ここさえ間違わなければ、蜀が天下を取っていた?

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1劉備
むむむ。愚息(劉禅)のおかげで、漢王朝の復興はならなかった。
やはり、ワシが生きている間に魏を滅ぼしておくべきだった。
ああ、あの時「アレ」さえなければ・・

1.ホウ統に馬を貸さなければ・・
2.孫権が謝ってきた時、許してやってケイ州と孫尚香を返させて、
 勢いかって、そのまま呉軍先頭に立たして、魏へ攻め入ってれば・・

(・∀・)ヨカッタ!

誰の立場でもいいから、(諸葛亮でも、関羽でも
今一度 新しく、よかったら語ってくだされ。
2無名武将@お腹せっぷく:02/04/19 14:30
議題は悪くないのだが
なりきりはもういいよ
3無名武将@お腹せっぷく:02/04/19 14:30
それに劉禅はあれでもよく頑張ったと思う
4劉備:02/04/19 14:40
>>2
いえ、立場的に語ってほしかったので、
最初だけなりきりで書いただけです。
よかったら、なんか語ってくださいな。
>>3
が、頑張ってましたか・・・汗
 
5無名武将@お腹せっぷく:02/04/19 14:44
諸葛亮がもうちょっと、
博打的な戦略を立ててたら
長安落とせたかもな。
いや、それよりバショクが言うこと
聞いてりゃよかった。
6無名武将@お腹せっぷく:02/04/19 14:47
>>5
そもそも、諸葛亮が死に際の劉備の言う事を真に受けてればよかった。
75:02/04/19 14:48
>>6
あ、なるほどね。
>4
陣営の人選はほぼ正しかったし、
暴君みたいに嫌いな家臣をいじめたりしていない。
諸葛亮が遠征から帰還する時は
汗水流してまで遠方までお出迎えしていたし。
9無名武将@お腹せっぷく:02/04/19 14:50
孔明死後も数十年国を守った劉禅は神
そもそも、劉禅を生まなければよかった。劉封が跡継ぎになってればどうなっていたかね。
11無名武将@お腹せっぷく:02/04/19 14:53
>>10
いや、趙雲がとりに戻らなければ・・・。
受け止めていなければ・・・。
12無名武将@お腹せっぷく:02/04/19 14:54
劉封は劉禅よりは見込みあるっぽいが
>>10
劉理か劉永あたりだろ。
14無名武将@お腹せっぷく:02/04/19 14:55
劉備が子供を作らなければ、天下を取ってたかも・・・。
15無名武将@お腹せっぷく:02/04/19 14:57
ようは趙雲がいなければ良かった・・・なんてな。
16無名武将@お腹せっぷく:02/04/19 14:57
>>10
趙雲は2回も助けているからなぁ。
名将趙雲の唯一の失態だな。
17無名武将@お腹せっぷく:02/04/19 14:58
ここはネタスレですか?
18無名武将@お腹せっぷく:02/04/19 14:59
っていうか、正史では趙雲が劉禅を助けたっていう記述ってあるの?
19馬超:02/04/19 15:06
>>18
言われてみれば、どうなんだろね。

って、いうか俺でも長安落とせたのに、
大体、孔明が情けないンだよ!
やっぱり俺が長生きしてりゃ
(・∀・)ヨカッタ!...てか?
20無名武将@お腹せっぷく:02/04/19 15:09
関羽に荊州の全権を任せた事。
夷陵の戦い。
劉禅の即位。
街亭の戦い。
正史に載っていなくて演技にある出来事が
全て創作だとも言い切れんし、イインジャネェノ?
22無名武将@お腹せっぷく:02/04/19 15:11
劉禅が親父に投げ飛ばされた時に、
打ち所が悪くて 

アボーン   

していれば・・・
23無名武将@お腹せっぷく:02/04/19 15:11
「陳グンがいたら」の仮定については?
24無名武将@お腹せっぷく:02/04/19 15:12
>>23 陳羣の献策を劉備が聞き入れていたら?では?
25無名武将@お腹せっぷく:02/04/19 15:16
>>23.24
なんの献策したの?
無知でスマソ
陳羣いても戦力の低さから徐州は保てず、
呂布の元に行かないなら曹操辺りに厄介になるで、
史実と余り変わらない展開になるかな
劉焉が死んだ時に劉備に引き継がれていれば、
28無名武将@お腹せっぷく:02/04/19 15:24
というよりも劉封だったら養子ということで誰も支持しないと思うぞ。
それ以前に劉禅と同じく孔明の傀儡になるやろうし。
29無名武将@お腹せっぷく:02/04/19 15:28
>>20
演技では、ホウトウが死んで
劉備が諸葛亮を呼んだことになってるけど、
正史では、すでに別働で蜀へ孔明は向かってた。
って、ことはやはり関羽に全権が移ったのは
まずかったか・・
しかし、守り難いケイシュウを漢中を落とすまで数年間
持ちこたえさせたのは、関羽だからこそできたのかも。
30無名武将@お腹せっぷく:02/04/19 15:29
つーか、アソコまで傀儡に徹すれば
リュウゼンも◎かと。
洛陽にお茶なんか買いにいかなきゃよかった
32無名武将@お腹せっぷく:02/04/19 15:30
>>29
けど軍事だけではな・・・
せめて費イあたりの優秀な外交官がいれば。
33無名武将@お腹せっぷく:02/04/19 15:33
>>31
ワロタ
34無名武将@お腹せっぷく:02/04/19 15:36
>>31 その後、
黄キン族に入って、出世してればよかった。
3529:02/04/19 15:37
>>32
言うこと聞いたかな・・あの長ヒゲ
>>32
徐庶辺りで。
孔明が先手を打って、徐庶の母親を暗殺して、曹操憎しにするの。
37無名武将@お腹せっぷく:02/04/19 15:39
>>25 陳羣は、呂布を迎え入れた劉備を諌めたのです。
恐らく陳羣は、徐州を劉備の拠点とし、
統治や人事等の基盤をしっかりとしてから
行動せよと言うつもりでは無かったかと思われます。
恐らく外圧にしても彼が外交で少しは凌げる策を持っていた
のだと思う。
38無名武将@お腹せっぷく:02/04/19 15:43
>>20 全権を任せたって事。
荊州がただでさえ、領土問題で同盟国呉と揉めているのに
呉を完全に敵にした。
39無名武将@お腹せっぷく:02/04/19 15:49
>>38
だよなぁ・・
とどのつまり、ケイシュウの王にしたわけだろ?
あれ、関羽だから全権任せたんだろうなぁ。
ほかの奴等なら、呂布でなくても独立しただろうな。
4025:02/04/19 15:59
>>37
ありがとぅ♪
でも、もし聞き入れたとしたら
その後の展開はどうなってただろうね。
41無名武将@お腹せっぷく:02/04/19 16:04
>>40 陳羣は紛れも無い清流派の名門だから
当然人脈や情報にも事欠かなかったから、結構良い線まで
行けたのでは?
42無名武将@お腹せっぷく:02/04/19 16:08
曹操がいなかったらなんとかなったんじゃない?
43無名武将@お腹せっぷく:02/04/19 16:11
劉備がエンショウの代わりに生まれていてもチャンスはあったかもしれない
44無名武将@お腹せっぷく:02/04/19 16:23
すべてはりゅうびの義理の兄になるびほうがあっけなく降伏しなければ歴史が変わった。
さすがに関羽もそれは予測できなかっただろう。
45魏延:02/04/19 16:27
魏延ですが、私の具申を聞き入れなかった
諸葛亮さんが許せません。
魏延ですが、私を不意打ちで殺した
馬タイが許せません。
俺しか蜀を引っ張っていく奴ぁ
いなかっただろぉ!! ゴルァ
何故歴代王朝は散々その害が報告されている宦官制度を止められなかったのか。
蜀を蝕む宦官、今夜はその恐るべき実体に迫る。
>>47
アホゥ(阿斗)は喜んでましたが?
49無名武将@お腹せっぷく:02/04/19 16:52
>>47
おれもそこが不思議だ。
姜維が黄皓を切ってればなぁ・・
大将軍でも無理だったのかな?
50無名武将@お腹せっぷく:02/04/19 16:55
男に性欲ある限り、宦官という便利な道具は無くならないのであった・・
51無名武将@お腹せっぷく:02/04/19 16:57
>>50
日本は無しでもうまくいってるじゃん。
5250:02/04/19 16:59
そういえばそうだな
53無名武将@お腹せっぷく:02/04/19 17:00
宦官ってあれだね、中国らしい人を人とも思わない感じが出ててヤダネ。
出川哲郎見ると劉禅がちらっと頭をかすめる
5551:02/04/19 17:01
>>50
こらこら、そこで鋭い斬り返しがくるのかと思ったのに(w。
5650:02/04/19 17:04
>>55
竜頭蛇尾だな・・・
57無名武将@お腹せっぷく:02/04/19 17:10
>>49
自分にこびへつらってイヤなこといわないし、後宮のお姉さま方はみんな直接はなせるのは
宦官しかいないから宮中ではどうしても宦官の思うがままになりがちだし。
姜維も無闇に軍を動かし功はなく、そんなことする力もなく。
けっきょく宦官と上手くつきあってけばいいじゃん、なやつら多数だったわけで。
58無名武将@お腹せっぷく:02/04/19 17:24
曹操暗殺計画が、一度でも成功していれば・・
あれだけ あったのにぃ!!
59無名武将@お腹せっぷく:02/04/19 17:32
劉封って曹操における曹彰みたいなものじゃない?
「血の気が多すぎる」って言われてるし。
諸葛亮じゃ罪人の鞭打ちの数まで決める皇帝になって過労死が早まるだろう。
回りがしっかりしてればやっぱり劉禅がベストの後継ぎでは。
60無名武将@お腹せっぷく:02/04/19 17:33
てーか、結論出していい?
無理。

 終了。
61無名武将@お腹せっぷく:02/04/19 17:53
>>60 まあ、待て。
>>59
確かに世継ぎは劉禅がベストだったと思う。
つまり、劉備か孔明が健在のうちに
ケリをつけとけばいいわけだ。
んじゃ、>>20
荊州は誰をおいとけばよかったの?
俺は、趙雲。もしくは、
孔明(ホウトウが死ななかったとして、
と、関羽。
ホウトウをもっと愛してやればよかった。
シバイがいれば
劉禅が宦官になれば良かったんだよ
>>61
よくそこで趙雲という話が出るけど趙雲はそういうレベルの将(名実ともに)ではないのだが…。
しかも何度もそう指摘されているはずなのだが…。
テレビゲームみたいに魅力が高ければOKではないのです。
66無名武将@お腹せっぷく:02/04/19 19:28
>>65 荊州諸軍事としてのみ関羽。
実際の運営面は馬良とか劉表からの降将を起用すれば良かった。
殆ど、曹操に寝返った様にも見えるが、かなり荊州の人材も
劉備に流れていたはず。
67無名武将@お腹せっぷく:02/04/19 19:34
宦官の制度が生き残れたのは、
宦官自体が歪んだ王朝内を立て直す事もしばしばあるからだ。
外戚の横暴に耐えかねた皇帝が、自分とその家庭事情をよく把握した
者が、如何に自分のためによく働いてくれるかを皇帝はよく知っているから。
つまり、本当に皇帝一個人の為に存在しているわけだ。
68無名武将@お腹せっぷく:02/04/19 19:43
外戚排斥に宦官ってのは役にたつからね。
69無名武将@お腹せっぷく:02/04/19 19:48
かたよったらアカンってことか
>>68 そう。宦官の最大の栄養が
帝の寵愛だから、帝に権限が無くなれば自ずと
宦官も朽ち果てる。
そして宦官の最大の武器が宮中の情報。
彼等は馬鹿なふりして常に周りに意識を研ぎすませる。
時として文武の官の道化となったり、
知識人の優越感を満足させたりとそれはそれで
和を保ったり、まさに体を張ってはいる。
>>69 そう。組織はバランスよく組み合わさって
初めて上手く機能する。
72無名武将@お腹せっぷく:02/04/19 20:40
びほうって信頼できる家臣の一人でしょう。どう考えても。
いくら関羽でもこんなの予測できるわけがない。
結論

曹操と孫権が最初からいなければよかった。

終了
みんな、ギエンがコウメイの延命祈祷中のロウソクを倒したことを忘れているな
セッカチでオッチョコチョイな挙動が歴史を変えた
75無名武将@お腹せっぷく:02/04/19 21:26
>>73 呂布モナー
7661:02/04/19 22:09
>>65
ここの板はまだ日が浅いので・・
確かに正史では、趙雲は関羽や張飛に匹敵するほどの
豪傑ではなかったように記されているが、
まあ、演技での趙雲なら、孔明の言いつけにしたがって、
荊州を守りとおすことはできただろうと思って
趙雲をあげたってわけさ。
77無名武将@お腹せっぷく:02/04/20 19:25
徐州を留守の張飛が呂布から守り通していたらどうなったんだろう?
その後、エン術を退却させた劉備が戻ってきて挟み撃ちにして呂布を捕虜にすることに成功する。
そして心から感服させて配下として、エン紹と同盟して曹操を挟み撃ちにすれば
官渡の戦いもエン紹の勝利に終わったのでは?
ただこのまま時代が進むと曹操の変わりにエン紹が帝を擁して最大勢力となるため
結果的に劉備は徐州を追われて荊州に避難するため状況は変わらないかもしれない。
78無名武将@お腹せっぷく:02/04/20 19:53
呂布を心から感服させるなんて蜀が天下を取るより難しいのでは・・・
79無名武将@お腹せっぷく:02/04/20 20:18
>78
だろうね。呂布は義兄弟になっても配下にするなんて無理だ。

オレは徐庶がキーだと思ってる。
曹操が徐庶の母親を人質にとらなきゃ、
蜀はフリーの三大軍師を揃えることになる。
彼ら三人なら軋轢もほとんどないだろうし。

あの三人が一つの元に揃ってれば、歴史は変わってたと思う。
80無名武将@お腹せっぷく:02/04/20 20:32
魏延が裏切らなければよかった
81無名武将@お腹せっぷく:02/04/20 20:34
劉備が10年早く水鏡先生と出会って、軍師を得ていれば・・・・・。
あるいは・・・・。
82無名武将@お腹せっぷく:02/04/20 20:36
そもそも、孔明の天下三分の計が失敗。
83無名武将@お腹せっぷく:02/04/20 20:47
みんながもっとがんばればよかったんだ
84無名武将@お腹せっぷく:02/04/20 20:50
孫尚香だって…(プ
85無名武将@お腹せっぷく:02/04/20 20:51
>>79
三人って、諸葛亮、ホウ統、徐庶のことか?
なら、もう一人加えて欲しい。
法正。彼の早死にはあまりに惜しかった。
できることなら、過去にワープして、彼を治療したいほどだ。
86無名武将@お腹せっぷく:02/04/20 20:58
赤壁で敗走する曹操を、関羽が見逃さなければ・・・。
でも、法正さん性格悪いっすよ
やり口が魔太郎みたい
88無名武将@お腹せっぷく:02/04/20 21:02
ホウ統、法正は惜しいね。
8979:02/04/20 21:12
>>85
異論なし。
法正ほどのレベルならヘタすりゃ他の国の
一線級軍師と引けを取らないしね。
>>87
ちょっとは性格悪いほうが軍師として優秀だよ。
ホウ統みたいにさ。

あの辺り(徐庶や法正)の人物が妙に地味なのは悲しいが、
その地味さがかえっていいのかもね。
90無名武将@お腹せっぷく:02/04/20 21:12
>>87
仮に徐庶、ホウ統がいなくても、法正がいればどうにかなったのではないかと個人的に思う。
諸葛亮と法正で張良と陳平みたいないいコンビになれたんじゃないのかな?
91無名武将@お腹せっぷく:02/04/20 21:16
ただ、ここで間違えちゃあかんのは、曹操陣営だって、早死にした優秀な軍師がいるんだよな
荀ケや郭嘉とか
確かに相手が優秀では国力の差で勝負が決まってしまうな。
というわけで、司馬懿がいなかったら。
孟達の反乱が成功するので、北馬津も楽になるだろう。
93無名武将@お腹せっぷく:02/04/20 21:27
>>91
荀ケは結構生きたことない?優秀なのは認めるけど。
94無名武将@お腹せっぷく:02/04/20 21:34
>>93
演義の「空器事件」を、俺の中では信じているんで。
早死にはしてないけど、突然死てことで、やっぱ惜しいなと。
95無名武将@お腹せっぷく:02/04/20 21:41
徐庶は空想の人物だろ。
96無名武将@お腹せっぷく:02/04/20 21:44
>>95
半端正史厨ですか?お呼びでありません。
97無名武将@お腹せっぷく:02/04/20 21:48
>>95
その前に、三国志はフィクションだろ
98無名武将@お腹せっぷく:02/04/20 21:52
演義厨がプルプルしてるよ(w
99みっくん:02/04/20 21:54
 駆虎の計の時、呂布に参戦を求めておけばよかったのでは?
そのまま遠術崩壊(そんなあほな・・)
100無名武将@お腹せっぷく:02/04/20 21:55
やっぱり、ホウトウが死んだのが痛かった。
101みっくん:02/04/20 21:59
(演義の話だが・・)
 だいたい、天下三分とかいって蜀をとったのは高祖劉邦の真似だろ?
 その割りに、蜀は北伐でいつも兵糧不足・・・。李平じゃショウカの
代わりは無理だったってことか? 蜀の内政はどうなっとんじゃ!!
(その内政の長が北伐にいってるんだもんね・・・。)
102無名武将@お腹せっぷく:02/04/20 21:59
しかし、いくら水鏡先生や徐庶、諸葛亮から認められたからって言って、
ホウ統は実績が無いから実際の実力は分からんぞ
103みっくん:02/04/20 22:04
 ホウ統 大元帥
 法正   軍師
 諸葛亮  宰相 これで魏が徐州にでも遷都してくれれば蜀の天下
官渡の戦いで曹操戦死。
違うかな・・・
105無名武将@お腹せっぷく:02/04/20 22:06
って言うか、孔明に出会った時ってもう、益州と荊州しか取る所ないじゃん。
しかし!人口は・・・。滅亡は必然。よく持った方だ。
蜀は兵糧不足じゃなくて、輸送に苦しんだんだよ
107無名武将@お腹せっぷく:02/04/20 22:14
蜀が滅んだの、しょっく。
108無名武将@お腹せっぷく:02/04/20 22:34
けい州が落ちたのが一番痛いと思う

散々指摘されてると思いますが、閑羽は、武官で政治に向いてなかった・・・
んじゃ誰が?

黄忠なんかどうでしょう?地位的に馬良の力(有るか知らんが)も発揮出来るかも
そもそも閑羽と交換ができるのか・・・
109無名武将@お腹せっぷく:02/04/20 22:36
閑羽って誰だ?
よくわからんが名前からして駄目そうだな。
110無名武将@お腹せっぷく:02/04/20 22:37
>>102
横山光輝なんかの三国志だと、
いまいちだが、
正史から見ると、
蜀遠征の最大功労者はホウ統だぞ。
>>103
イイね。
>>105
以前、当時の人口や戸、生産、兵士などの数値の資料を見たら、
魏が圧倒的だった、呉蜀合わせても全くおよばなかった。
太平洋戦争時の日本と米国くらいの差はあった。
孔明が死んで30年間も存続できた事自体が奇跡。
111無名武将@お腹せっぷく:02/04/20 22:43
>110
あんな田舎の辺境に犠牲を払って真剣に遠征しようと思わなかったんだよ。
中央を長くあけれないし、蜀って山の中の田舎だし。
112無名武将@お腹せっぷく:02/04/20 22:45
>孔明が死んで30年間も存続できた事自体が奇跡。
つまり竜全は神と
113無名武将@お腹せっぷく :02/04/20 22:52
っていうか、蜀を劉備に勧めたのは諸葛亮だったっけか?
114無名武将@お腹せっぷく:02/04/20 22:54
>>108
荊州は落ちてから、快進撃に陰りが見えてきたね。
でも、関羽だからこそ、魏と呉に挟まれ、
さらに土地は肥沃だが、守りにくい荊州を
漢中奪取までの数年間 持ちこたえさせたと思う。
劉備にジョシュウを攻めよと命令されて、
あっさり落として、曹操が遷都を考えたくらいだったからね。
ま、荊州の長として隣国の呉と上手くやれず、魏と呉両方を
相手にしたのがまずかった。
政治は荊州をよく治めていたのだから、
外交能力がダメだったってことじゃないかな。
俺はやっぱり、軍師が一人(諸葛亮とかホウトウ、法正とか
いれば、よかったと思う。
115110:02/04/20 22:56
>>111
ま、確かに地の利があったよね。
116無名武将@お腹せっぷく:02/04/20 22:59
当時、兵力が圧倒的に少なかった劉備軍でまともに統治できるのは山々に囲まれている
益州しかなかっただろう。よって孔明(・∀・)サイコー!
>>114
ジョシュウって何処よ?
118無名武将@お腹せっぷく:02/04/20 23:06
袁一族の誰かを味方に引き込んでおけば良かったのでは・・・。
119114:02/04/20 23:08
ジョウシュウだったね。

スマソ
120無名武将@お腹せっぷく:02/04/20 23:09
シバイがいなければ・・。
あとバショクも。
121無名武将@お腹せっぷく:02/04/20 23:17
>>117
日本語での読み方をどうこういってもしかたないじゃん。
中国での発音道理に読んでるわけじゃないんだし。
だから、いつまでも「夏候惇は『かこうじゅん』じゃないんですか?」って厨房が減らないんだよ。
122無名武将@お腹せっぷく:02/04/20 23:18
>114

>漢中奪取までの数年間 持ちこたえさせたと思う
ここまでは、良いが

>俺はやっぱり、軍師が一人(諸葛亮とかホウトウ、法正とか
>いれば、よかったと思う。
漢中平定時点で関羽の軍師って誰が?法正すぐ死ぬから難いかも・・・
123無名武将@お腹せっぷく:02/04/20 23:19
>>122
だからホウ統、法正が死ななかった場合の話じゃないの?
124無名武将@お腹せっぷく:02/04/20 23:20
>>118
ほとんどは曹操陣営にリクルートしたからね。
125無名武将@お腹せっぷく:02/04/20 23:23
ホウ統、法正死ななかったとか言ってないで、曹操陣営から引き抜きしろ!!
転蜀マガジンでも発行しろ!!
126122:02/04/20 23:27
>>123
そうでしたか・・・すみません

どうすれば良かったか?を、過程しましたゴメソ
127114:02/04/20 23:31
そそ、死ななかった場合ね。
まぁ、法正は病死だから仕方なかったとして、
ホウトウは戦死だからね・・
生きてりゃ、孔明の寿命も延びたんじゃない?
128無名武将@お腹せっぷく:02/04/20 23:32
でも蜀って本当にいい人材少ないよねー
129128:02/04/20 23:34
劉備が死んだ頃からね
上に2人ほど書いてる人がいたけど、
ビホウが裏切るのは、誰も予想がつくまい。
いや、ケイシュウ自体が落とされてなければ
問題なかったか。
(ケイシュウが落ちてからだよね、ビホウが裏切ったのは?
131無名武将@お腹せっぷく:02/04/20 23:37
あんまり関係ないように思えて、
劉備が素直に荊州を譲り受けてればよかったと思う。
>>131
本当にそういう話が出るように、劉備がもっと根回しできてればよかったかな。
>>128
夷陵の戦い。で、名は出てこない
歴戦の武将(部隊長以上クラス)が
かなり戦死したしね。
蜀になってからは、さらに人口上、
人材がでてきにくかったろうし。
トップにはまだ有能な人材がいたけど、
その下の官僚クラスは絶対数が少なかったろうなぁ。
厨房くさいスレですね。
135無名武将@お腹せっぷく :02/04/20 23:52
洛陽や許昌みたいな“都”的存在の都市がなかったからだと思う。
ケイシュウとられちゃったしね。
136無名武将@お腹せっぷく:02/04/21 00:03
ん〜、
1.劉gがもっと長生きしてくれていたら。
2.宋忠を捕えた後直ちに襄陽を攻めていたら。
3.劉備が寇封を養子にしていなければ。
4.放り投げられたアトがそのまま死んでくれていたら。
5.張任・張松が死んでいなければ。
6.漢中で曹操の首をあげていれば。
今思い付くのはこんな所。
137無名武将@お腹せっぷく:02/04/21 00:07
曹操と飲みやってる時に刺殺すればよかったYO!
あとは髯男爵アンド虎男を護衛に宮中を占拠。
そのまんま、漢のジョウショウへ☆
>>134
プンプンしてるね
139無名武将@お腹せっぷく:02/04/21 07:53
>>137
ふふふ案外要点をついた意見でたか
それをやったら司馬一族辺りと変わらない
でも完璧に偽善者に徹して曹操を暗殺し
皇族との根回しを完璧にしてばれないようにやっていれば
後漢王朝の簒奪どころかへたをすれば禅譲すら可能
乱世を終わらせ、中国の没落すら防ぐことも出来るわけだが
そういう人間だったら後世の人間に劉備は嫌われ
三国志演義も出来ないだろう
140無名武将@お腹せっぷく:02/04/21 08:09
>>139
だーかーら。お前みたいなののせいで、厨房臭いって言われるんだよ。
中国の没落を防ぐって何だよ。お前の中では劉備が絶対の正義みたいだな。
曹操が魏を建てた事で、その地方の人民は黄巾の欄などに脅える事は無くなったし、
むしろ、魏の国民にとってはようやく安定を見せ始めた生活に攻め込んでくる
蜀や呉の方が悪人だった事ぐらいわかれよ。
お前は曹操の政治手腕を知らないのか。
141無名武将@お腹せっぷく:02/04/21 08:12
>>140
俺も劉備は結構好きだが、同時代の人間にとっては
迷惑極まりない存在であることは否定できないね。
横レススマソ。
142無名武将@お腹せっぷく:02/04/21 08:51
えー、厨房ですがー。
>>140
>お前の中では劉備が絶対の正義みたいだな
んなわけないっすー。
>蜀や呉の方が悪人だった事ぐらいわかれよ。
うーす。
>>140
正直このレスも厨房臭さを醸し出しているように思う
144無名武将@お腹せっぷく:02/04/21 09:31
いいじゃネエか、厨房でも。曹操の政治手腕ねえ。
俺アンチ曹操なんすけど。
ゲーム呂布でやってたら曹操に斬られたから。
145無名武将@お腹せっぷく:02/04/21 09:51
曹操を撃退した以降、曹仁を助ける為に名将達を
フルに動かして、自らも動こうとしていた曹操に比べ
劉備が動けないで入る。
漢中は魏延、成都は孔明にまかせ自らは張飛を率いて
関羽の後詰めに入っていたら面白い展開になったじゃないかな。

劉備が素直に荊州を譲り受けていた場合。
・荊州が正当に劉備の土地となる。

・荊州を取り戻すと言う理由で呉が攻めて来ることがなくなるので、
 関羽はもうちっと長生きする。
147無名武将@お腹せっぷく:02/04/21 11:45
鹿狩りの時に、曹操斬っておけばよかったんね^^
148無名武将@お腹せっぷく:02/04/21 13:41
>>140
曹操とかは、漢の禄を食んでたから
演技では悪役になってるけど、
民衆にとっちゃ、そんなもん関係ないしな。
権威の落ちて、賊どもが暴れまわる治安の悪い国家より、
自分たちが安心して暮らせる国家のほうがいいしな。
>>144
ワラタ。切られンなよ。
149無名武将@お腹せっぷく:02/04/21 13:45
孫尚香斬っておけばよかったんになったじゃないかな。
巻狩りの時に曹操斬ろうとする
      ↓
キョチョ他の護衛に阻まれ失敗
      ↓
その場で劉備三兄弟あぼーん
      ↓
その後の戦争は確実に少なくなるので民衆は(゚д゚)ウマー


なるほどあの時斬ろうとしてくれた方が民衆にはよかったんね^^
151無名武将@お腹せっぷく:02/04/21 14:02
劉備には曹操、孫権と違い創業からの血族がいないことかな。
関羽、張飛は夏侯惇、曹仁らと違って臣として分をわきまえてないトコあるし。
152無名武将@お腹せっぷく:02/04/21 15:15
>122
俺もそう思う。蜀遠征の時にほう統がしななかったら孔明はそのまま
ケイシュウに残っていられたんだろうね。武の関羽、知の孔明でケイシュウ
のまもりは完璧だったはず。
後継ぎは劉冀公徳が良かったのに・・・
154無名武将@お腹せっぷく:02/04/21 15:40
>>152
>>29が書いてたが、正史ではホウトウが死んだからでなく
すでに孔明は別働で蜀に向かっていたらしい。
ま、どちらにせよ、死ななかったら
蜀遠征か漢中奪取の時には、諸葛亮、ホウトウどちらかが、
荊州にいて、リョモウ、リクソンごときには落とされなかったかもね。
155無名武将@お腹せっぷく:02/04/21 15:49
仮に荊州に諸葛亮がいても守り切れるとは思わない・・・。
蜀はあの土地だけで我慢して北伐しなきゃ良かったんだよ。いくら漢王朝復興の大義名分
の為とは言え、無茶な北伐繰り返してたら元も子もないし。大人しく守りに徹していれば
魏も中華の天下を手中にしてるのにわざわざあんな辺境の地に攻め寄せてくるとは思えな
い。そもそも兵力、人材、地形、国力、団結力、全ての面で魏に遠く及ばない蜀は魏に喧
嘩売るべきでは無かったと・・・。劉禅や諸葛亮個人でどうこう出来る問題では無いと思う。

あとは晋が内部で分裂して再び戦乱の世が来るのを待ってればひょっとしたら中原になだ
れ込むことが出来たかも、出来なかったかも・・・。でも俺は蜀好きなんだよ、本当。
156無名武将@お腹せっぷく:02/04/21 15:59
>でも俺は蜀好きなんだよ、本当。
チョト感動した。
>魏に遠く及ばない蜀は魏に喧 嘩売るべきでは無かったと・・・。
だから、大儀を掲げて立ち向かった、蜀や劉備、諸葛亮を
みんな好きなのサ♪
第五子の劉シンが、憤死せず、逆に劉禅を抹殺して、
第三代蜀皇帝になってればよかった。
・・って、もう遅いかその時では。
>>155
確か明や隋も天下三分の計と似たようなやり方で天下を統一したと聞いたんだが…
間違っていたらスマソ。

なんだけど…そこまで君を引きつける蜀の魅力ってなんだろう?
失礼な質問かもしれないが。
159無名武将@お腹せっぷく:02/04/21 16:06
>>156
そうか、なるほど!
160無名武将@お腹せっぷく:02/04/21 16:15
>>155
>そもそも兵力、人材、地形、国力、団結力、
>全ての面で魏に遠く及ばない蜀は魏に喧嘩売るべきでは無かったと・・・。

これじゃ、魏より蜀が分裂する確率の方が高いじゃないか・・・。
まぁ平穏になったら、魏と蜀の差がより開くのが道理だから、
比較的、乱世で体力を消耗しなかった蜀を以て、中原との格差が少ない内に、
何とかしたかったんじゃないかな。
161かつどん:02/04/21 16:18
乱世の時代に国が形を保つには挙国一致が大切。
よって敵国があるというのは重要。
今の中国も仮想敵国を日米にして、ある程度は国をまとめてる。
国民が「やるぞー!」と思うからね。
お・わ・り
162無名武将@お腹せっぷく:02/04/21 16:34
>>155
>わざわざあんな辺境の地に攻め寄せてくるとは思えない。
それはないと思う。異民族の国家ならともかく、同じ民族なんだし。
魏があの領土で満足してるなら、赤壁の戦いなんてやらなかったはず。
163無名武将@お腹せっぷく:02/04/21 16:36
>>161
今の中国は乱世じゃねえだろ。
164かつどん:02/04/21 17:12
>163
うひー疲れるなー。
今の中国は多民族国家で凄い弾圧の下に国家を形成してるんだよ。
もちろん漢民族でさえ情報規制などされている。
その抑圧下の中で「敵国」を作ると、副作用的に不満抑圧・団結心を生む。
昔の日本の「鬼畜米英」とかと一緒。

今の中国は乱世じゃないけど対外政策は列強意識丸出しでしょ。
別に「今の中国は乱世」とか言ったつもりではないが。国際論、勉強してねん。
165無名武将@お腹せっぷく:02/04/21 18:50
>>164
サンクス
166無名武将@お腹せっぷく:02/04/21 19:04
劉禅は素晴らしい、最高の皇帝だ!!
http://freehome.kakiko.com/sims99/LiuShanVer2.swf
167無名武将@お腹せっぷく:02/04/21 19:10
>>166
今更言わんでもそのフラッシュはみんな知っておるわい!
感心しとらんで次スレも盛り上げんかい!
168無名武将@お腹せっぷく:02/04/21 19:12
あ、でも良くなってるかな?
169155:02/04/22 02:05
>158
天下三分の計は理にかなってるけど、恐らく荊州あっての「天下三分」じゃないかな・・・。
演義の主人公になる程の人望を集めた劉備、その遺志を継ぎ頑なに北伐を繰り返す諸葛亮。
「喧嘩を売らなければ」の考えには矛盾するけど結局は喧嘩売ったからこその蜀であり、俺
が蜀好きな理由もそこにあるんだよね。そうじゃなきゃ演義も出来ないだろうし。まああく
まで天下を取るならこうした方が良かったかもって事で。

>160>162
蜀の滅亡は遠征等によって財政にかかる負担が大きすぎ、国内が疲弊した時に晋が攻めて来
たからだと思うので国家が万全の状態に保たれていればもっと長く防衛することも可能だっ
たハズ。「防衛出来る=敵も簡単に攻めて来ない」ってのは結構成立すると思う。

三国鼎立後の大きなターニングポイントとしては
・荊州を呉に奪還される・夷陵での敗戦・度重なる北伐の失敗・姜維の暴走と政治腐敗
ってとこですかね。結局は荊州を取られたのが一番痛かったということで・・・。
結局は荊州を取られたのが一番痛かったのは間違いないですね。それにしても
荊州方面にいた武将は何故あんなに層が薄かったのでしょうか?ビホウとかじゃあね。
趙雲が荊州に配備されていたらもう少し事態は深刻なことにならなかったのでは。
ホウ統が生きていたらホウ統を荊州方面に、漢中方面に法正、成都に孔明でうまくいっていたかも
しれない。まあ、関羽が王甫の言うことを聞かなかったのも悪いんだが。

171黄忠:02/04/22 03:40
 関羽雲長殿が、にっくき曹操の奴を叩き切っておったら
歴史はどうなったかの〜翼徳殿〜?
生首曹操の都市伝説が生まれる。
173無名武将@お腹せっぷく:02/04/22 15:35
>>157
やったことが一家心中だけじゃあな・・
>>170
それ以前に劉備勢力の人材の層が薄いと思う。益州攻略の際もやはりそれなりの人材を
派遣しなければならなかったし、ビホウも徐州時代の(主に金銭面での)功臣と見ると劉備に信頼されていたと思う。
問題はその荊州に人材の調整役がいなかったということ。同僚には厳しい関羽の気性をオブラートで包むような
人物がいなかったのが致命傷だった。

174無名武将@お腹せっぷく:02/04/22 15:41
劉禅は曹叡よりかはマシだと思ふ
175無名武将@お腹せっぷく :02/04/22 15:46
司馬懿は赤壁の頃には
もう曹操に仕官してたんでしたっけ?
赤壁で敗走する曹操の待ち伏せを、ヒゲでなくトラヒゲにやらせておけばッ…!
>>170
いささかゲーム感覚の意見ではないかと。
当時の蜀の対外情勢をよく考慮したほうがいい。
蜀呉間の荊州の領有問題を解決しなければ、趙雲でも結果は同じ。
そもそも蜀の領有する荊州自体、防衛するに難がないか?
178無名武将@お腹せっぷく:02/04/22 16:01
>>173
前々から言おうと思っていたが、『呉書』ではビ方は
抗戦したが力及ばず降伏となってるぞ

諸葛亮の人材運用に問題があったと思う
糜芳は関羽と同格の大物で降伏はかなり意外だったはず
つーか少なくとも趙雲よりは上だろ、個人武勇はおいとくが

それに劉備の後継ぎは劉禅以外では駄目な気もするが
他の奴だったら絶対に諸葛亮を追い出すと思う
北伐の再開は国内に不穏な空気が漂ったから諸葛亮と同じ理由でやった事だからしょうがない気もする
君主諸葛亮ってのも周りから見れば簒奪なので弱体化すると思う
息子もパッとしないしな
蜀の国の世襲制を辞めて「皇帝は息子以外が」っていうくらいに割りきれば・・・駄目だろうなw
というわけで蜀の国はある意味ベストな状態だった
「劉焉の息子が死ななければ乗っ取られなかったかもしれない」ってくらいまで遡ってしまうかもな

あ、関羽が呉に降伏すれば良かったんじゃないか?とか言ってみるテスト
180無名武将@お腹せっぷく:02/04/22 18:12
そうだよな、糜芳って劉備の義理の兄だし関羽もそれなりに配慮したのではないかと思う。
だからこそ、留守居役を任せたのでは?
よく、国力の差で無理と言うやつがいるが、世の中は不思議なもので理由のつかない
勝利はある。それほど、戦争は絶対的なものではないと言う事だ。
日露戦争時の日本より蜀の北伐のほうが可能性は高いだろう。
181無名武将@お腹せっぷく:02/04/22 19:36
>>180
んなこたねぇ。
182無名武将@お腹せっぷく:02/04/22 19:41
配置するなら荊州に関羽と諸葛亮。
成都にホウトウ。
でしょう。
北伐も魏があんなにまとまってたら無理。
>182
諸葛亮とホウトウは逆じゃないの?
でも劉備が関羽や張飛より先に死んだらそれはそれで二人は独立しちゃうんだろうな
少なくとも諸葛亮には従わない
そして諸葛亮もそれが解ってたから関羽にハン城を攻めさせたとか言ってみるテスト
・・・・なんだけどハン城攻撃は諸葛亮の意見なの?
184無名武将@お腹せっぷく:02/04/22 23:16
>183
>二人は独立しちゃうんだろうな
張飛はともかく、関羽は劉禅に仕えるんじゃないかな。そういう人だし。

>ハン城攻撃は諸葛亮の意見なの
諸葛亮から出た意見かどうかは分からないが、樊城攻撃の命令は劉備から出ているし、
たとえ彼の献策ではなかったとしても少なくとも承認はしていると思う。
185183:02/04/22 23:22
>関羽は劉禅に仕える
コレには同意だし張飛もそうだと思う
だけど諸葛亮が史実の通りになったら劉禅に諸葛亮を追い出すように上奏したりして反目する気がする
でもまぁ諸葛亮は馬鹿じゃないと思うから関羽生きてればあんな事しないかも
桃園の3人が死んだから諸葛亮があそこまで権力持てたのかも
ホウトウも諸葛亮もどっちも成都だろ
187無名武将@お腹せっぷく:02/04/23 00:00
許チョが曹操に出会わずどうにかして劉備に逢って人徳光線を浴び、
ホウ徳が馬超についてきて蜀軍に入っていたら

これだけでずいぶん違うと思うが。
188現代の孔明:02/04/23 00:04
そうしたら、曹操は早めに死んでたかも・・・。
189無名武将@お腹せっぷく:02/04/23 00:20
>>169
蜀に攻め込んだのは魏だよ
190無名武将@お腹せっぷく:02/04/23 00:30
蜀が勝てなかった間違いは、つまるところないのではないか。

そこらの小学生が柔道の達人に挑んで敗れ、
何が失敗で負けたのかを議論するようなもの。
国力の差が大き過ぎる。
191184:02/04/23 00:39
>>185
>劉禅に諸葛亮を追い出すように上奏したりして反目する気がする

それはないよ。最初こそ関羽は諸葛亮の事を面白くは思っていなかった
ようだけど、すぐにその才能を認めている。
逆に諸葛亮もものすごく彼を信頼していた。(戦略上の要地である荊州も
彼ならば守りきれると判断している)
政治・軍事とお互い専門分野は違うが、優れた人物同士認め合えていた
のではないか。
192無名武将@お腹せっぷく:02/04/23 00:40
そもそも蜀を獲った後なんで成都を本拠地にしたんだ。
荊州を本拠地にしておけば良かったんじゃない?
蜀こそ誰かに任せておいて。

そしたらあんなに簡単に荊州に攻め込まれることもなかっただろう。

193184:02/04/23 00:51
>192
>なんで成都を本拠地にしたんだ
だって益州は要害じゃん。呉における建業と同じ。諸葛亮亡き後劉禅がトップ
で人材が居なくてあれだけ永らえたのは魏から攻め込む場合に守りやすい
地形になっているから。それに益州は平定したばかりですぐに離れるという
わけにもいかないでしょう。
ホウ統が死んだのはそういう意味でも痛かった。荊州に関羽&諸葛亮なら状況も
違っていた事だろう。
194無名武将@お腹せっぷく :02/04/23 04:57
              
195無名武将@お腹せっぷく:02/04/23 05:50
本当は荊州に関羽&ホウトウの予定だったと思ってたけど。
それが仕方なく1人で守る事になって…
196無名武将@お腹せっぷく:02/04/23 06:46
>>190
でも戦力の差が全てではないよ。
曹操は官渡で袁紹を、周瑜は赤壁で曹操を、法正は漢中で曹操を破っている。
つまり三国はそれぞれ戦力差の大きい戦いに勝ってるわけでその時は危ない橋を
渡っている。蜀にもチャンスがあったが孔明はそれを消化し切れなかった。
197無名武将@お腹せっぷく:02/04/23 12:33
実験的にもし孔明が第一次北伐で長安を取っていたらなんてことを書いてみる。
198155:02/04/23 12:56
>189
あ、間違えた(汗)スマン・・・。
>197
何とも言えない気がする。一時的には奪えてもそこを守れるかどうか・・・。

蜀が荊州を持ってて、呉との関係も悪化せず連携がキッチリ出来ればあるいは魏に対抗し得たのでは?
199197:02/04/23 13:05
>198
たぶんそう書くやろうと思った。結局北伐は孔明の玉砕攻撃としかいえんのか。
>蜀が荊州を持ってて、呉との関係も悪化せず連携がキッチリ出来ればあるいは魏に対抗し得たのでは?
話が戻るけど結局関羽の荊州問題なんだよなぁ。
200無名武将@お腹せっぷく:02/04/23 13:15
俺は、誰が仲間になってたら、死ななかったより、

 (関羽が生きていればベストだが)
1.呉遠征で呉の講和を承諾して、荊州を返させ、
 再度、呉と同盟を結び、蜀は長安、襄陽方面
 呉は徐州方面より魏を同時攻略する。
2.>>197(バショクが言うことを守っていれば、落とせたはず
 長安を落とせば、そのまま破竹の勢いで魏都まで進軍できたはず。

これでも、中原制覇はイケたんじゃない?

201無名武将@お腹せっぷく:02/04/23 13:31
ビ芳、傅シ仁、范キョウ、張逹が何らかの事情により投獄されていたら。
202無名武将@お腹せっぷく:02/04/23 13:37
>>200
呉が蜀と同盟しようとしたのは魏・蜀による二正面作戦を避けるためであって
蜀を恐れていたわけではない。そのため魏に降伏の申し入れが通ったあとは蜀と
戦い壊滅的な打撃を与えている。
蜀が呉遠征に成功するのはむずかしいのでは。
馬謖が言いつけを守っていても魏の圧勝がなくなるだけできっちりとした対応を
してきた魏を倒し、長安を取るのは難しいと思う。
203184:02/04/23 13:53
>>199
>結局北伐は孔明の玉砕攻撃としかいえんのか。
あの時点ではもはやそれしか残された道はなかった気がする。
馬謖云々ではなく結果は見えていたし、諸葛亮も決して口にはしなかった
だろうが、自分自身でも無理だと分かっていた筈。
204無名武将@お腹せっぷく:02/04/23 14:01
俺がいれば良かったんだよ
205無名武将@お腹せっぷく:02/04/23 14:08
ちなみに

劉備の先祖(といわれている)後漢始祖の光武帝を学んでみたまえ。
常に寡兵で大軍を破っている。
一番の圧巻が100万(といわれていた)新軍を3000人でぶち破っている。
寡兵でもいざ戦争となれば勝つ可能性がある。
206無名武将@お腹せっぷく:02/04/23 14:11
>>202
夷陵の戦い。の前に呉が講和を申しこんできたじゃない。
馬謖がミス犯しした時、すでに魏に大打撃を与えて、
士気も高かったし、武器、兵糧も十分だったから、
確率は高かったんじゃないかな。
状況は違えど(シバイもいないし)馬超ですら
長安落とせたんだから。

ま、すべて演技での話だけどね。
207無名武将@お腹せっぷく:02/04/23 14:12
>>203
蜀を守ってれば良かったんじゃないか?
法正が漢中を攻めるとき「曹操が引き上げたのは魏の内部に何か起こった
はずです。今が好機です。」といっていたんで普段は要塞の蜀にこもり
変事がおきた時につけこめばいいのでは。
実際、後に司馬氏の専横や異民族の南下があっただけに。
208184:02/04/23 14:17
>>207
守るだけではジリ貧になったのは必至。
それに蜀(劉備)の遺志は漢朝復興にあったわけで、そのためには蜀を
動かずにいることはできなかった。
209無名武将@お腹せっぷく:02/04/23 14:32
>>206
だからその時は二正面作戦を避けるためであって講和はしても広大で戦略の
要である荊州を明渡すことはないんじゃないか。
蜀が呉より強国であったわけではないし。

別に魏は大打撃は受けてないように思うけど・・・
魏はちゃんと対応をして迎撃している。打ち負かすのは難しいと思う。
孔明は十分に準備された場合、陳倉でも苦戦しているので長安を落とせた保証
はないかと。

演義で蜀が統一できなかったのはギエン・馬謖・劉禅の責任?
>>205
なにもかも出鱈目の「新」と「魏」では実力に差が在りすぎるよ
211無名武将@お腹せっぷく:02/04/23 14:48
>>209
「破竹の勢い」って言うように、
竹を少し割ったら最後まで一気に割れるのごとく、
一度、勢いにのった軍勢をとめるのは至難。
連戦連勝の蜀が建業まで到達するのを恐れた
孫権が、講和の条件に、范キョウ、張逹及び
荊州と孫尚香を蜀に返すを入れたんじゃなかった?
演技での話しだけどね。
長安も同じ、確かに保障はないけど、
可能性はバショクがヘマ打つ前までは
あったはず。
212無名武将@お腹せっぷく:02/04/23 14:52
あの時張飛が董卓を斬っていたらどうなっていただろう?
>201
ビ芳、傅シ仁は関係無いだろw
他の奴でも同じ事だし討ち死にするか降伏するかの違いだから大差無し
むしろあの状況では関羽が降伏するべきだった
214無名武将@お腹せっぷく:02/04/23 14:57
>>208
それもわかるが普通じゃ勝てない。
ほぼ勝ち目のない戦で国力がどんどん衰亡していくより魏に何か起こるのを
待つ方が得策だと思う。敵の方が攻めてくれば蜀の自然の要塞を生かせ
大軍でも相手できるが攻めていってはそれを生かせない。どうせ攻めるなら
魏が呉を攻めたときや魏の変事に進出とか。その方が割りが良くない?

それにしても孔明はあせりすぎていたようにみえる。よほどのせっかちさん
だったかそれとも自分の死後の劉禅が不安だったのだろうか?
劉焉の息子を成都に留めておけば後継ぎは劉障じゃなかった
その間に密かに張魯を従える
張魯とジサクジエンで劉備を蜀に招き入れて信用せずにそのまま殺して荊州を吸収

とここまで言って空しくなってきたw
ここで言う蜀てのは徐州伐なんでしょ
216無名武将@お腹せっぷく:02/04/23 15:06
>>211
ゴメン。おれが言ってるの演義じゃないほうの話なんで演義の話は
何ともいえんよ・・・
217無名武将@お腹せっぷく:02/04/23 15:09
>>209
いやいや、演義でも馬ショクと劉禅と諸葛亮のせいだろ
魏延は不平言いながらもちゃんとやってたし
それなのに焼き殺そうとして陣中に不穏な空気を漂わせた諸葛亮はどうかと・・・
218無名武将@お腹せっぷく:02/04/23 15:15
魏延をあげたのは蝋燭倒したから。
もし祈祷が成功して孔明の寿命が延びたのを仲達が知ったらショック死したと思う。

「げえっ・・・人の寿命が延びるなどと・・・
 孔明は魔物か・・・ぐふっ!!!・・・」
219211:02/04/23 15:20
>>216
そもそも正史では、「夷陵の戦い」の前に
呉から和睦の申し入れってあったの?
あと、
>そのため魏に降伏の申し入れが通ったあとは蜀と
戦い壊滅的な打撃を与えている。

って、これって関羽と関係が悪化した後、魏と一緒に
荊州を落としたこと?
220184:02/04/23 15:25
>>214
確かにそうも言えるが、同じことは魏にも言える。
経済・軍事の面で蜀を大きく凌いでいた魏にとって、怖いのは諸葛亮の存在
だけだったはず。諸葛亮という「偉才」がいなくなれば、あとはどうにでも
なると。
それを知っていたから諸葛亮は乾坤一擲の勝負に賭けたんだと思う。
221184:02/04/23 15:32
横レススマソ。
>>219
>って、これって関羽と関係が悪化した後、魏と一緒に
>荊州を落としたこと?
違うよ。劉備が関羽の弔い合戦という事で兵をあげたとき孫権は慌て
ふためいて、その力を借りるために魏に恭順を申し入れた。結局魏は
兵を出さなかったけどね。(誰か参謀が「出すな」といった気がする)
222無名武将@お腹せっぷく:02/04/23 15:35
>>219
和睦はどうかはわからんが孫権は劉備を思いとどまらせようと使者を派遣した。
蜀に壊滅的な打撃を与えた戦いってのは夷陵の戦いのこと。
223無名武将@お腹せっぷく:02/04/23 15:41
劉禅、最高!!
224211:02/04/23 15:45
>>221.222
ありがと♪
225無名武将@お腹せっぷく:02/04/23 15:49
先帝、諸葛亮の意思を引き継いで、
滅亡するまで、圧倒的な魏に対して
戦い続けた(自分は酒池肉林だったが
劉禅は、呉の孫権や、その後の皇帝から見れば
ほんとは、もっと評価されてもいいのかも。
226無名武将@お腹せっぷく :02/04/23 16:17
魏や司馬懿は、孔明を高く評価していたことは間違いない。
当事者にしかわからない何かは絶対にあったはずだ。
228無名武将@お腹せっぷく:02/04/23 16:28
>>196
戦力がすべてだよ。官渡の戦いとかがホントに大軍vs少数だと思ってる?
そりゃある程度劣勢であったことはたしかだけど誇張されてるほどではない。
しかも赤壁、官渡ともにかろうじて攻撃を防いだだけだし。
蜀にだってそれなりの計算があればこその北伐。
蜀の人口は魏に大きく劣ってるが南方との交易で非常に栄えていたという説もある。
南蛮平定はこの交易路の確保ではないかと考えられている。
そもそも蜀は準備万端で進撃してくるのに対して魏にはそこまでの準備はない
ゲームみたいにコマンド1つで簡単に軍が呼び出せたりできないし
常に戦闘準備の整った大軍を待機させておくことも出来ない。
遠征軍を組織するのは大変なこと。
北伐は北方を平定し国力を高める(シルクロードを手に入れる)のが真の目的という説もあるし。
229無名武将@お腹せっぷく:02/04/23 16:36
>227
でも、孔明の北伐を曹叡は
ケチョンケチョンにけなしてるよ。バカって。
わからないことよりも確実なこと。
230無名武将@お腹せっぷく :02/04/23 16:41
ここはきちんと討論していて良スレですね。
231無名武将@お腹せっぷく:02/04/23 17:18
232無名武将@お腹せっぷく:02/04/23 17:18
>>228

>戦力がすべてだよ。
出来たら根拠も書いてね。
>官渡の戦いとかがホントに大軍vs少数だと思ってる?
>そりゃある程度劣勢であったことはたしかだけど誇張されてるほどではない。
じゃあどのくらいなの?そしてその根拠は?
だいたい戦力がすべてなら劣勢な方が勝たないだろ。
>しかも赤壁、官渡ともにかろうじて攻撃を防いだだけだし。
でも立派な勝ち。赤壁で孫劉は荊州南部の土地を獲得。官渡は曹操の大勝だろ。
>蜀の人口は魏に大きく劣ってるが南方との交易で非常に栄えていたという説もある。
財貨があるからってゲームみたいにコマンド1つで簡単に国を強くしたりできないし
>ゲームみたいにコマンド1つで簡単に軍が呼び出せたりできないし
>常に戦闘準備の整った大軍を待機させておくことも出来ない。
孔明は奇襲してくるわけではないので準備時間は十分にある。
要所に兵を配置して敵にあわせて作戦展開・増援する方法で十分だろ。
ちゃんと防いでいるし。
>遠征軍を組織するのは大変なこと。
ん?遠征してきたのは蜀だろ。何がいいたいの?

結局なにが言いたいのかわからんよ。
もう少しわかりやすく書いてね。
233無名武将@お腹せっぷく:02/04/23 17:22
>>228
仮定の話が多すぎる。分からない事はあくまで分からないと割り切って
話せよ。電波扱いされても仕方ないぞ。
234228:02/04/23 17:38
めちゃくちゃだ、理論が破綻してるし。
いや、そもそもこうであるという話になってるのがおかしいわな・・。
恥ずかしい・・・・・・・。
ほんとすんません。
>>228
歴史資料を必要以上に否定してどうすんだよ。
だいたい
>ある程度劣勢であったことはたしかだけど誇張されてるほどではない
って何を根拠にしてんの?君の妄想でしょ。
まさか君の言う「誇張」って演義の話?
236184:02/04/23 17:43
まあまあ、228さんも謝っておられるし、それ以上はやめましょう。
237無名武将@お腹せっぷく:02/04/23 18:22
とにかく人口比は大事でしょ。
どんなにカネがあろうと、戦闘で血を流す兵士は容易に増やせんからね。
当時が徴募制か徴兵制か知らんが、魏は他より国土も広く人口が多いから兵士の補充が容易だったが、
呉蜀は太平洋戦争時の日本のように物資難・食糧難・人材不足のスパイラルに陥ったかと思われ。
特に蜀は「オラが村からまた一人…」みたいな事が頻発してたんじゃないか。
資料的根拠は特にないが。
238無名武将@お腹せっぷく:02/04/23 18:52
人口だっていい加減なものだぞ。
戦乱期にまともな人口統計ができたわけでなく、それぞれ手法も違ったことだろう。
全人口の統計を取るのは難しいため納税者だけを数えていたという説もあるし。
後漢時代に住み着いたり帰化したりした異民族などの扱いだってあるはず。

それでも魏の国力が高いことは想像できるけどね。

それと兵数のお話し。
当時、自分の軍勢だって何人いるか把握できる立場にいるものは一部の幹部だけ。
兵卒にいたっては実際の優劣すらわからない状態で戦場にいるわけで士気が重要に
なるんだよ。
10万対3万って圧倒的なように思えるけど平地で10万人に囲まれるのと山岳地
で数部隊に分かれて作戦行動をする10万人では意味が全然ちがいます。
戦場の広さって下手すると日本全土より広いんだよな・・・
240184:02/04/23 21:50
>>238
荊州では戸籍に登録していない人数が結構多かったらしいね。
他でも似たようなものかも。
241無名武将@お腹せっぷく:02/04/23 23:34
巴蜀の地に本拠を構えたことが第1の失敗かも。李自成は漢中に留まらずに中原にとって
かえしたでしょ。まあ結局、清王朝に負けちゃうけど。
242無名武将@お腹せっぷく:02/04/23 23:43
劉表から荊州をありがたく受け取っていたら、そのあとの騒動もなかったと思う。
あと、みんな気づいてるかどうか知らんけど、荊州の「荊」って字は、実は間違ってるよな
劉表が劉備に荊州をあげるって話なんてあったんか?
244227:02/04/23 23:59
>>229 演義でなくとも、(死せる孔明…じゃなくて)
司馬懿が孔明を評価してた説話無かったっけ?
245無名武将@お腹せっぷく:02/04/24 00:00
(・∀・)アッタYO
>244
孔明が死んだ後にベタ誉めしてるはず
あんなに誉めてたのはジュンイクの次くらいじゃないの?
演義と同じように陣地後を見て誉めたらしいけど晋書って信用できるんですかねえ?w
それ考えると演義ってかなり晋書から取ってるね
でもなんで司馬炎は祖父よりも諸葛亮を尊敬してたんだろう?
247無名武将@お腹せっぷく:02/04/24 00:07
>>246 人から好かれるかどうかの違いが決定的だとおもう。
正史から見る誠実さは、
孔明>>>>>>>>>司馬懿
だもんね。
今でも、五丈原(?)の孔明の墓には参拝客が訪れるそうだ。
五丈原にあるのは陣地跡だね
今は神社っぽくなってるらしい
王平や張翼やりょーかなんかの象も建ってるらしい
勿論魏延は筆頭格の扱いで門を守ってるんだけどその反対側を守ってるのが馬岱だというのが笑える
監視役って意味なのかなw
司馬懿が諸葛亮の陣地跡を誉めたのは解る気がする
あの戦いでは首都をカラにしてた(呉が動いた)から絶対に負けられなかったはずだという理由で動かなかったけど諸将は納得いかなかったのは本当らしい
となるとそれを納得させる為に陣地跡を誉めて「ほれみろ、出て行ったら討ち死にしてたかもしれないんだぞ」と言いたかったのかもしれない
実際に地形を最大限に生かしたと言われている陣地跡を見て驚いたってのは嘘じゃない気もするが
250184:02/04/24 00:51
>248
>勿論魏延は筆頭格の扱いで門を守ってるんだけどその反対側を守ってるのが馬岱
だというのが笑える

おそらく馬岱が生or景or開門で、魏延は杜or死門でしょうね(w
251無名武将@お腹せっぷく:02/04/24 01:01
>>250 あ、なるほど。風水も絡んでるわけか。
252無名武将@お腹せっぷく:02/04/24 01:02
孔明が完璧主義、潔癖、神経質じゃなくて、もうちっと度量のあるやつなら
大きく変わったんじゃん?本人ももっと長生きしたろうし。
253無名武将@お腹せっぷく:02/04/24 01:22
>>251
あの・・・>>250は風水とは関係ないと思われ。
>>251 八門金鎖の事でしょう。八卦の陣とか…。あれって、道教が
入ってるんじゃ無いの?
255254=251:02/04/24 01:26
>>253 自分にレスしてもた。
256無名武将@お腹せっぷく:02/04/24 01:49
北伐に劉禅を連れて行ってたらどうだったでしょか?
後顧の憂いがなくなるし、戦死してもラッキーですよね。
戦死したらシャレにならんだろが。アホか?
皇帝の代わりはいくらでもいるじゃん
戦死 → 孔明の監督不行き届き → 降格
後継者いくらでもいる → 内紛 → 蜀滅亡
260無名武将@お腹せっぷく:02/04/24 02:09
戦死すると話を決めてしまうのはどうかと
諸葛亮は手堅いし、趙雲もいるしね。
後顧の憂いがなくなるで賛成
261無名武将@お腹せっぷく:02/04/24 02:11
後顧の憂いがなくなる?バカですか?
主無き成都
バカというほうがバカです(w
264184:02/04/24 02:13
劉禅が若い頃に父親の苦労の何分の1、いや何十分の1でもしておけば、
いくら暗愚だったとはいえ少しはマシだったと思う。
265無名武将@お腹せっぷく:02/04/24 02:15
少しはマシになって蜀が天下を取れたと。めでたい話だ。
266無名武将@お腹せっぷく:02/04/24 02:16
「後継ぎは年長の劉封だ!」
劉禅以外だったら玉砕して滅びたかも
というか劉禅だったからこそ蜀だけ大規模なクーデターが起きなかったんでは?
君主としては「無難」な人だと思う
268155:02/04/24 02:57
このスレはどうなってしまうのでしょう・・・(涙)
269197:02/04/24 12:36
>>260
>趙雲もいるしね
逆にいえば当事の蜀は趙雲ぐらいしかいなかったということか?
極端になるけど蜀の優秀な将帥がおそらく老将の趙雲しかいなかったということは
それだけ職の人材が欠乏しているということでは?
>>264
>劉禅が若い頃に父親の苦労の何分の1、いや何十分の1でもしておけば、
>いくら暗愚だったとはいえ少しはマシだったと思う。
いや、してると思うぞ。ガキのころから戦乱の日々だからな・・。
逆に苦労のし過ぎで厭戦気分になったのでは。
劉禅にどれほどの権力があったのかが疑問。
劉禅にどれだけの情報を知ることが出来たのかも疑問。
少なくとも孔明の生きている間は孔明の完全な管理下であったのでは?
そして、孔明死後、その支配権をうまいこと宦官どもに・・・・。

それと上のこととは関係ないけど
劉禅はいちおう曹家とつながりがある(正室が張飛の娘、張飛の妻は夏候家の出)
ので魏に下ってもさほど悪い扱いうけないのはわかってたかも。
271無名武将@お腹せっぷく:02/04/24 18:49
>>269
いやいや、魏延殿もなかなか名将でしょう
十数年漢中太守を務め何度も魏軍を撃退しているらしいですから
272無名武将@お腹せっぷく:02/04/24 19:44
劉禅に苦労をさせろって言っても、劉備がいたから駄目だと思う。
劉備は貧乏出身だから、子供には貧しい思いをさせたくないと思っても不思議じゃない。
さらに、女で一つで育てられたから、父親を知らない。
父親らしく劉禅に接する事が出来たかどうかが疑問だ。
さらに、劉禅を養育していた糜夫人は、劉禅が幼い頃に死んでいる。
要するに、劉禅はある意味生まれた環境のせいで、ボンボンになってしまったのではないか、と思う。
273無名武将@お腹せっぷく:02/04/24 19:47
史実の劉禅ってほんとに馬鹿だったのだろうか?
普通の人間が度を過ぎた権力持たされて身を持ち崩したんじゃないの。
274無名武将@お腹せっぷく:02/04/24 19:56
まあ、劉禅は暴君にならなかったから立派だったと思うよ。
大体の暴君ってのは、自分に出来もしないことをやろうとして失敗するところから始まる。
自分の力をわきまえて、諸葛亮にほぼ全権を託した所は偉いのでは。
275無名武将@お腹せっぷく:02/04/24 21:35
以前その事については物凄い議論が交わされた事がある。
劉禅は名君だというのがたどり着いた結論。
276無名武将@お腹せっぷく:02/04/24 21:37
でも、劉禅は三国志の英雄として奉られてないのも事実。
以前その事については物凄い議論が交わされた事がある。
劉禅はバカだというのがたどり着いた結論。
278無名武将@お腹せっぷく:02/04/24 21:48
落ちつけ十字軍。(逃走)
279郭図公則 ◆2getuhmE :02/04/24 21:54
人材よりも兵力・国力を何とかせよ、圧倒的な我等が河北軍でさえ敗退したのに・・・
>>275
「劉禅の威信を回復しよう」?
今、見てみたけど、結局、変な煽りが結論を決めちゃった感じだった。
あの議論に参加出来なかったのが残念だ。
>>256
もしかしたら劉禅は戦場で大活躍したかも(W
劉禅の戦闘能力は実際未知数だしね。
282無名武将@お腹せっぷく:02/04/24 23:07
>>281
劉禅は、上手い下手以前に、やる気が無さそうだからな。
0も同然だろう。どっちかってと、士気を高める方を期待したい。
>>280
つーか、あのスレは回復しようとか言ってた奴等が劉禅を知らなすぎただけなんだよな。

暴君ではなかった!とか力説されなくても知ってるし。
だから名君!とか言われてもただの煽りとしか思えんし。
284無名武将@お腹せっぷく:02/04/24 23:42
諸葛亮・キョウイを野放しにして度重なる遠征で国力を疲弊させ、
人民もまた重税に喘いでいた。
それでも勝てればまだしも勝てもしない。
それではリュウゼンは名君とは呼び難い。
勝てぬならせめて防備に徹するべし。
山国だけに固く守れば魏とておいそれと手出し出来ない。
285無名武将@お腹せっぷく:02/04/24 23:50
>>284
それは蜀が単なる蛮族国家と認めるようなもの
286無名武将@お腹せっぷく:02/04/24 23:53
>>280
はははアレやったの俺だ。もう一回真剣に討議して失墜させる?
俺逃げちゃうけど。
287256:02/04/25 00:03
関羽が曹仁を攻めたときにだれか派遣していたら...とうのはどう?
守備要員としてだけど。
288無名武将@お腹せっぷく:02/04/25 00:10
>>287
魏延は動かせない・趙雲では地位が不足・矢張り劉備を動かすのか・・・
289無名武将@お腹せっぷく :02/04/25 00:15
黄忠は?
黄忠は歳とりすぎで劉備が皇帝になる前後に死んでる
多分老衰だと思うからまだビホウの方がいい
となるとジョウヨウに関羽派の武将を置いておくべきだったと言える(張飛でも可)
ある意味モウタツが援軍を出さなかった事が意外といえば意外なのだが
291無名武将@お腹せっぷく:02/04/25 00:50
関羽は韓信、諸葛亮はショウ何、張良は・・・いない
蜀と漢中とったまではいいとして、長安とれないんじゃ・・・
よって漢帝国はできません

292無名武将@お腹せっぷく:02/04/25 04:10
成都・・・劉備&黄忠&ホウ統&費偉&その他
荊州・・・関羽&関平&関興&諸葛亮&その他
長安・・・趙雲&馬超&ホウ徳&徐庶&その他
永安・・・張飛&馬岱&ショウエン&その他
漢中・・・厳顔&魏延&張松&その他

・・・などと妄想してみる。
厳顔やら馬岱やらが気になるな
大した奴等じゃないだけに
294無名武将@お腹せっぷく:02/04/25 12:50
関羽が麦城に逃げ込まなければ、呉にも捕らえられることもなかったか・・・
そうすれば、関羽が死ぬ事もなく、張飛が無理矢理な軍備をして寝首をかかれる
こともなかっただろうし、劉備も諸葛亮にいさめられて、呉に戦争をしかけること
もしなかったかな・・・要は夷陵の戦いがまずかったかと。
要は呉が裏切らなければよかったと。
296無名武将@お腹せっぷく:02/04/25 14:29
>>292
いかにもゲームっぽい考えだな。南のほうはどうすんだよ。

呉の裏切りは仕方なかったような気がする。蜀もしたたかなことをしていたからな。
要は夷陵の戦いの前に蜀と呉の関係が正常化していればもう少しよかったと思う。
・・なんて事を書いたがこれも「三国志英傑伝」のパクリだけど。
297無名武将@お腹せっぷく:02/04/25 14:34
まあ、呉との友好関係が崩れたのが痛かったね。
呉が裏切った時点でケイシュウ陥落は免れなかったように思う。
ゲームの話で恐縮だが、
三国志戦記を呉でプレイしてたら、
荊州を返さない蜀、マジで腹たったYO

299無名武将@お腹せっぷく:02/04/25 14:47
劉備がお人よしじゃなきゃいくらでもチャンスはあった
300無名武将@お腹せっぷく:02/04/25 14:48
劉備がお人好しだから人が集まった罠。
301無名武将@お腹せっぷく:02/04/25 16:22
孫尚香、斬っておけばよかったんじゃない?

いらないものはいらない。劉邦なら斬るだろ。
おいおい、劉邦の正妻・呂后を知ってるのか?
303無名武将@お腹せっぷく:02/04/25 16:30
呂后がいなれば劉邦は死んでいる。劉邦もいがいとお人好し。
304無名武将@お腹せっぷく:02/04/25 16:40
中国の女って怖いね、なんか。
日本は国を食い潰すような女はあまりいないような。
当時の蜀に樊城と荊州でとニ正面作戦を行う余力はあったの?
呉遠征での蜀の軍勢が40万っていうから
余力はあったんじゃないのかな?
ちなみに、
北伐は蜀30万VS魏50万だったかな。
でもそこらへんの兵士の数って曖昧だからなぁ。
当時の人口が1000万と言われているし中国は
数字を10倍にするからそれほど余力が無いように見える
何より荊州は戦乱続きだし
関羽が曹操を片付けなかった。
演義と正史、どっちで議論してるんだ?
蜀を台湾に建国する。
演義で議論って難しいような気がする。
妖術とかを肯定しなくちゃいけないし。
正史が必ずしも正しくないのは知ってるが。
じゃあとりあえず正史で
先祖が先祖なら子孫も子孫だな。
315無名武将@お腹せっぷく:02/04/25 19:11
>>67
アフリカ遠征まで行って明朝の武威を世界中に広めた鄭和も宦官。
でも歴史を見ると自堕落な皇帝の時代にはクソみたいな宦官が増えるな。

>>164
「仮想敵」を作ることによって国内の意思統一を図るのは下策だね。
>>314
何が言いたい?
陳慶之は7000の軍勢で淮水を渡り、数十万の魏軍を破り洛陽占領してる。
敵将が馬鹿なら兵の多寡は問題でない。
蜀の政策どうこうより、魏に曹操、司馬懿いる限り無理。
318無名武将@お腹せっぷく:02/04/25 23:12
>>317
曹操と司馬懿をセットに考えるのはいかがなものかと
319age:02/04/25 23:19
夷陵の戦いで、法正が生きていれば蜀もなんとかなったんじゃないの。
320無名武将@お腹せっぷく:02/04/25 23:26
>>319
○ ハドウケン
(< 一二三@ノハ@
/>       ( ‘д‘)<法正は病死ですが?
321無名武将@お腹せっぷく:02/04/25 23:29
>>320
夷陵の戦いのとき、既に法正が死んでたって意味だろ?
322age:02/04/25 23:32
>320
そうですよね。法正にもう少し長生きしたほしかった。漏れ法正好きだし。
323無名武将@お腹せっぷく:02/04/25 23:45
「夷陵の戦い」の大敗を諸葛亮が聞いたとき、
「彼(法正)が生きていれば、この戦いを止められただろうし、
 もし、戦ったとしても、このような大敗になることはなかった。」
と、嘆いたらしいが、そこからだけでも法正の死は惜しかったよね。

漢中奪取は、黄忠と法正がいたからだし。
なあ、○○が生きていたら?ではなくて
もしあの時点で○○が可能であれば?
のほうが現実的でないか?
325無名武将@お腹せっぷく:02/04/25 23:56
>>323
その話って、諸葛亮と法正は個人的な部分では仲が良くなかった、という
サイドストーリーを考えると深いよね。
>>325
ホモ小説だけど、「天の華 地の風」読んどけ。
派閥争いする孔明センセが見れるぞ。
327無名武将@お腹せっぷく:02/04/26 00:09
>>324
俺もその方向で議論してほしい。
>>200〜あたりで、やってたが、
結論でなかったようだ。
328無名武将@お腹せっぷく:02/04/26 01:18
関羽が死んだ時に、劉備と張飛もショック死すれば良かったのでは?
そうすれば、あたら人材を失う事も無かったと思う。
特に気の毒な張飛を殺した2人の人生も違ったものであったろうにと涙を禁じえない。これは場違いな意見でスマン
329無名武将@お腹せっぷく:02/04/26 01:20
本当に場違いだわ
曹真と曹休の任地が逆だったらよかった。
331イフ:02/04/26 01:37
>330
曹休&かくわい&張合β、街亭で諸葛亮を撃破
曹真、石亭で陸孫に敗れその傷が元で死亡
332330:02/04/26 01:45
>331
同意。

結局魏は良将が多いな。
陸孫って戦争以外では目立った事してないけどそれだけで独立した伝(各国創設者、諸葛亮辺りと同格)が立つなんて余程強かったのかね?
少なくとも石亭のときでは中華最強だと思うのだが
334無名武将@お腹せっぷく:02/04/26 03:24
>>333
伝が独立してるのはカテゴライズがし辛かったからじゃない?
周喩魯粛呂蒙伝に入れても良かったのかもしれんが、
時代が少しずれ、都督だけでなく丞相も勤め、同じ様な功の人が他にいなかったからとか。
列伝の分類基準って明確にされてるの?
当時の諜報活動がどの程度のものだったかわからんが、
魏と呉が接触してるという情報を入手できてたら、
関羽も呉に対して、もうちょっと違う対応したかも。

赤壁以後の情勢を考えたら、
魏と呉が手を結ぶって青天の霹靂だったんじゃあ?
政治センスのある奴ならその可能性を考慮できたかもしれないが。

>> 333 & 334
話の腰折スマヌ。
関羽のやり過ぎだったのかな。
城を落とそうとせずに遊撃戦を繰り返してるだけだったなら、
呉にも警戒されずに済んだのかもしれん。
結局、この先、何を論じるにしても、>>324の意見に則るのが妥当だろうなぁ。

ゲーム感覚や、軍事のみでの一次元からの視点で述べる意見が多すぎる。
政治・外交によって生じる対外情勢の変化を考慮せずに、軍事面での勝敗のみを
問うても意味が無い。
せめて、関羽の生存時における、呉との関係悪化を防ぎなおかつ荊州を保持する
ための有効な手段は?
くらいが、自然なのではないか?

「孫尚香」だの、「北伐での蜀軍30万」だの、何故に誰もつっこまないのだろう。
つっこみだしたらきりがないからだろ。
ところで識者のみなさまに質問なのですが
http://www.our-towns.net/~ganmo-net/sangokushi/syoku1.htm
の馬謖の説明のところの信憑性はどうなのでしょうか?
このサイトは少々イタイ表現や書き方がありまた、憶測が多いのですが
考え方の一つとしておもしろいと思います。
他の部分のつっこみまで言うときりがなさそうなのでとりあえず馬謖についてお願いします。
スレ違いかも知れませんが北伐についての理解につながるかもしれませんので・・・
>337
ネタにはネタでしか返せん
>>340
そうかとも思った。
>339
これを考えると趙雲も劉備と同じように小人数の戦いを得意としてて大群率いるのは苦手だったって事?
だとすると趙雲を出世させなかった劉備はそこまで解ってたとか
いや、でも充分に出世してるな
魏延の出世が早いだけだからこれと比べるのも変だしな
343342:02/04/26 13:32
でも劉備のいりょーでの敗戦は確かに結果が最悪だったけど途中までは優勢だった事を考えると「大群は苦手」ってのもちょっとアレだなぁ
深追いした理由に「大群ってのを忘れて昔の癖が出た」ってのがありそうだが
>>339のサイトは覗いたが、劉備の軍事的才能は、やはり贔屓目に見ても
せいぜい及第点程度ではないか。
汝南での敗戦なんぞ、まったく情報収集を軽視した結果だと聞いたが…。
そもそも、少人数での用兵は得手だという見解にしても、それならば「夷陵」
に至るまでの遠征に、戦巧者を帯同・参戦させなかった理由の説明がつかない。
大軍での遠征に際して君主として目算が甘い、ということにならないか?
>>344
夷陵は大方の重臣が反対してたから連れていかなかったんだろ。
黄権は別働隊になってたし。
そもそも蜀の武将は大軍指揮の経験が無い者も多くて判断し難い。
第一次北伐のそれぞれの合計人数を知りたいが何に載ってる?
347無名武将@お腹せっぷく:02/04/26 16:49
夷陵は端から勝ち目が薄かった。
関羽、張飛、黄忠は亡くなって、諸葛亮と趙雲は呉攻めに反対して従軍せず。
これでは劉備も勝てない。しかも相手が陸遜とくれば。
348184:02/04/26 16:51
ホウ徳が関羽に降参していたら、その後の展開はちょっとは変わったと思う。
>>347
陸遜について劉備は何もしらんだろ?

以下の内容については信憑性に疑問があります

魏の知識人は蜀や呉が『国』であると知らなかった
同じく劉備の死をそうした人々が知ったのは孔明の北伐開始後
350339:02/04/26 17:34
サイト主に対して失礼な書き方をしてしまった・・・反省

夷陵の話になってしまってるが・・
>>344
俺もそう思います。もしほんとうに学問してなかったとすると、実質配下の者がほとんどの作戦立案、補給計画、情報分析等
しなくてはならないため、劉備個人の軍事的才能であるとは言い切れないですし。
>>347
反対して従軍しなかったから負けたというのは乱暴かと・・・これを言ったらお終いかもしれませんが
名前が残ってはいないが将来を期待された・才能ある将達も多くいたと思います。
もし夷陵で勝利していたとすると手柄を立てた将は歴史に残ったでしょうが結果として負けたあるいは戦死したため残っていない部分もあるかと。
それと蜀軍は刑州出身者が多いと思いますから故郷である刑州を奪還することは重要かと。
関羽の仇討ちというのはあくまで1つの側面であってこちらのほうがより重いと考えます。
と・・・これはほとんど推測です。すいません。

>>346
そのあたりを詳しく考察していただきたくて・・・
馬ショクと交戦した張コウが兵5万と言うが、これは何の資料だったか。
北伐は蜀の動員兵力限界近く動かしてるとみて蜀10万。
呉に対する備えもあるので魏15万程度なんでないの?
北伐は兵力差より兵粘線の問題だったんだろう。
352無名武将@お腹せっぷく:02/04/26 19:42
>>339の管理人は、田中芳樹を崇拝してるようだが。
>351
ごじょうげんならともかくあんなところに15万も動員できますかね?
>>339
そこの馬謖の所は「趙雲が破れた為にその後街亭で馬謖が破れた」ってなってるな。
こんな説は今まで聞いたことがないけど、どっからそう判断したのかな。
>>353
涼雍州方面軍全体だろ?
山間の地で大軍の布陣が出来る地形が限られてるために
蜀主導の戦役になったとも言える。
アンチ諸葛亮のデンパとしかおもえない
面白かったけどね。
>354
http://www.eonet.ne.jp/~gasenetachannel/menu.html
ここに色々書いてあるしココがさっきのネタの元になってる
これ読んだら俺も蜀書読みたくなった

趙雲伝と馬良伝(のオマケ)が主になってるな
358357:02/04/26 23:15
安い正史の訳って何があるかな(金が無いし図書館にもねえ)
これは蜀書と魏書が元になってるっぽいけど諸葛亮贔屓といわれてるちんじゅの文章だけに気になる
359無名武将@お腹せっぷく:02/04/26 23:19
>>339
どうせ偏見がある人物評のサイトなら、俺はこっちの方が楽に見れていいな。
http://www2s.biglobe.ne.jp/~ko-ba/main.htm
360307:02/04/27 00:37
みなさんレスありがとうございます。
>>352
なんか、その書き方俺が田中信者みたいだ・・
田中芳樹はアンチ孔明でああいう偏った評価してるってことであってます?
田中作品ほとんど読んだこと無いので。

>>354
そう思って北伐の詳しい展開知ってる方にしたらどうなのかなと思いました。
それにまあ、馬ショクの処罰についていままで疑問があってスケープゴートにされたという考え方に納得できたもので。
でもどうやら>>357見ると超雲軍が多勢であったのは憶測にすぎないようですね。
しかしまあ、どちらにせよ馬ショク1人の責任ではないと思うが・・・。

>>351,353,355
輜重隊等除いて実際に戦闘可能な兵がどれくらいかとかも問題ですね。

>>358
ちんじゅの父もたしか第1次北伐敗戦で刑を受けてるから怪しいところではありますが・・
たぶん信憑性は高いものなのでは?

>>359
なんというか、偏見があるというよりありがちといいますか(w

長文レスすいません。
361339:02/04/27 00:40
↑間違えた俺307じゃないです
すいません。
陳寿の諸葛亮贔屓はかなりのものだと思う、かといってアンチ諸葛亮もなあ・・・
田中芳樹は岳飛が正しいとかウィンザー婦人みたいにのたまうし(w
陳寿は諸葛亮贔屓だけど嘘は言ってない気がする
ただ、「あいつは諸葛亮を咎めている」って言ってる人がいるけどどうすればそういう結論になるのか知りたい
郭淮伝から持ってきてるのか?
このスレにそう言う意見の人います?
>360
張休、李盛、黄襲辺りはわかるが陳って姓の奴がいないのが気になるし年代的にも父親ってのは変なんじゃないかって思った
357の参照元が非常に興味あるが(街亭のだけ)
364無名武将@お腹せっぷく:02/04/27 14:11
長江川下り作戦
荊州北進
孔明の北伐
魏延長安奇襲

これだけやる余裕があれば勝てた
陳宮が曹操を殺していれば・・・
>>365
演義じゃなくて正史で議論してくれ
>>365
それにそれなら袁家の天下と思われ。
はたして劉備が歴史に残っていたか・・・
皆 正史を読んでないと思われ
拙者もよんでない。
>>368
いや、演義すら読んでいないものと思われ。
「戦記」や「無双」の臭いが、そこかしこに…。
370無名武将@お腹せっぷく:02/04/27 16:19
基本条項

200年当時の最大勢力は袁紹
中国の人口は中原華北に集中
蜀呉の人口を合わせても魏の半分以下
371無名武将@お腹せっぷく:02/04/27 16:47
あえて、魏・呉と争わずに100年くらい国力を保持してたらどうなったん
だろ?
372無名武将@お腹せっぷく:02/04/27 16:50
>>370
だから、その人口比は、一体何を元に言っているんだ?
戸籍調査などがあてにならないことは激しく既出なんだが。
373無名武将@お腹せっぷく:02/04/27 17:03
>>372
当時の人口についてご教授願います
374無名武将@お腹せっぷく:02/04/27 17:08
>>373
前スレならともかく、上で語ってあるものを見ようともしない厨房は帰ってください。
375373:02/04/27 17:13
>>374
ほとんど魏の人口がやたら多いって話になってるみたいですけど?
376373:02/04/27 17:19
>>374
てか魏の人口が多いってことは聞いてるのでそれ以外の意見があるの
かと思って聞いているのですが・・・
>>375
詳しいことはわからないと書いてあると思うぞ。
ようするに372は370が言い切ってるのが気に入らないわけで
魏の人口が少ないと言ってるわけではない・・・と思う。
374の言い方はどうかと思うが・・・。
378無名武将@お腹せっぷく:02/04/27 17:25
>373
魏が圧倒的に人口が多かったというのは一般論だが、
何を元に人口を調べてるかが重要なんだ。
戸籍以外に正確に測る方法は無いと思うんだが、
その戸籍が、イマイチ当てにならないことが上で既出だ。
379373:02/04/27 17:29
>>378
それで>>373さんは結局魏の人口が蜀や呉と比べてどれくらいだと思っているのですか?
380373:02/04/27 17:29
>>372だった、鬱
381無名武将@お腹せっぷく:02/04/27 17:40
>373
俺としては、上記の理由で具体的な数字を出せないんだが、
魏>呉>蜀には変わらないと思う。差はどうあれ。
>>381
まあ、それは当然だろうね。
383無名武将@お腹せっぷく:02/04/27 17:42
>>360
いや、アンチ孔明ということではなくて、
蜀のだれかの記述の中に田中の名前を出して考えを紹介してたから・・・・
スマソ。ただそんだけでした(w
384373:02/04/27 17:43
>>381
わかりました
385無名武将@お腹せっぷく:02/04/27 17:45
一州あたりの人口比が大して差が無いとすると絶望的だよな、特に蜀・・・
386無名武将@お腹せっぷく:02/04/27 17:53
益州は主に山、中原は主に平地という条件を考えてもらいたい。
3871:02/04/28 00:58
え〜色々ご意見が出ましたので、
ここまでをまとめてみようと思います。

演技の場合
1位・呉の荊州奪取と関羽の死亡(特に麋芳の裏切り
2位・諸葛亮の北伐の敗北(特に、馬謖の街亭(第一次北伐)での敗戦
3位・蜀の人材不足(特に龐統、法正の死亡
4位・夷陵の戦い
5位・曹操、司馬懿の存在(ただ、官渡の戦いに関しては、袁紹の天下に代わるだけとの意見多数
6位・劉禅の即位(これに関しては、意見は二分

正史の場合
1位・呉の荊州奪取と関羽の死亡
2位・諸葛亮の北伐の敗北(ただ、勝てる可能性は0に近かったとの意見多数
3位・無し

どうも今のところ、正史からでは、蜀の勝利は不可能に近いとの結論になってます。
こんなところでしょうか?
まあ、基本的に演技だけを読まれている方が多数ですし、
演技も歴史には沿って話しはできているので、
どちらからでも、どんどん語っていただきたいです。
3881:02/04/28 01:00
演義の間違いでした(汗
389劉備じゃムリだ俺が替わる:02/04/28 01:01
演義ベースなら、70万も動員できるくせにそれまでは出し惜しみ、
いざ動かしたら全員焼死と。

これなんとかしろよ(w
390無名武将@お腹せっぷく:02/04/28 03:09
五丈原で粘っている間に、キョウイに別働隊を率いさせて、上庸を責めさせ、
呉に襄陽を同時に攻めさせればよかったのでは
>>390
第5次北伐中に呉は合肥、襄陽の2方面に軍を向けたが、
魏に敗れ退却してますが。
392無名武将@お腹せっぷく:02/04/28 04:22
正史ベースで無理も何も、戦争に絶対はない。

393無名武将@お腹せっぷく:02/04/28 05:37
>391
マジで100万くらい動員してそうな勢いだな
このときのマンチョウは何歳だったけなぁ
>>391
満寵は生まれた年は不明だが、50歳くらいかと。
この時は曹叡自ら中軍率いてるから、ここで魏を破ること出来れば、
魏に余剰戦力ほとんど無しと出来たのにな。
395無名武将@お腹せっぷく:02/04/28 22:37
>>394
無理だね。

396艦長:02/04/28 23:26
>>97
プロレス同様、寛大な思考がないと三国志は楽しめんね。
まぁあれだけの人材でよくやったと思うわ。
>>390
別働兵力の捻出や二方面への兵站の確保の困難、それに伴う五丈原での戦線維持の
難易度の上昇、及び慎重肌の諸葛亮が戦略的柔軟性を欠くことからして、困難と
思われ。
というか、ほとんどゲーム感覚の発想かと。
398ひょっとこ:02/04/29 15:42
既にガイシュツと思うが・・・

チョウウンが跡継ぎのぼんぼん
助けなければ・・・・・
399無名武将@お腹せっぷく:02/04/29 16:13
>>398
んだねー。僕もそう思うんだなー。実際、ちょう雲がぼんぼんを助けて来て、そのぼんぼんを
助けるために、婦人が死んでしまった、という事を劉備が聞いて「この忌み子めーー!」とか
言ってぼんぼんを投げ棄てたっていうもん。
400無名武将@お腹せっぷく:02/04/29 16:20
中途半端に有能な後継者は猜疑心に捕われ孔明を使えないと
401無名武将@お腹せっぷく:02/04/29 18:52
>>400
それは、有るだろうね。
>>398-399
話がネタっぽいから無視しようとも思ったが、一応反論。
赤ん坊の資質を見分ける事が出来る人間がいるとでも?(w
なんでそのことで趙雲が批判されなければいけないのかがわからん。
あの劉備の子だから、英雄の素質があると見て当然。
その子を命がけで助けた趙雲は偉いと思うんだが。
403無名武将@お腹せっぷく:02/04/29 19:02
お題が”ここさえ間違わなければ、蜀が天下を取っていた? ”
だからいいんじゃない?
404無名武将@お腹せっぷく:02/04/29 19:28
劉禅ってなんでそんなに嫌われてるのかねえ?
俺の中じゃ曹叡より上なんだが
勿論戦闘に関してはゼロだと思ってる

てか>>398-399はネタだと思うが劉理、劉永の方がマシだったとでも言いたいのかが気になるw
>>404
正史にも演義にも劉禅の頑張りは見られない。
部下が頑張ってるのに上役が安穏とし、
体勢が崩れた後も敵側でのんびりしてれば、
そいつを嫌うのが一般的な心情だろ。
406無名武将@お腹せっぷく:02/04/29 19:44
ようは国力の差だね。
蜀の建国が遅すぎた。
劉備が蜀を立てたころには、曹操も孫権も、圧倒的に整備された地盤を持っているでしょ?
やっぱ徐州がカギだね。
>>405
駄目な人間が上に立つ場合は何もしないように徹してる
方が賢いと思うよ。
408無名武将@お腹せっぷく:02/04/29 19:53
北伐に夷陵で失った戦力を使えたら?
409無名武将@お腹せっぷく:02/04/29 19:54
>407
何もしなかったわけじゃないじゃん。
李厳の嘘に騙されて孔明呼び戻したり、ろくなことしてないよw
410無名武将@お腹せっぷく:02/04/29 19:56
魏が呂布の国だったらあるいは蜀が・・・・。
411無名武将@お腹せっぷく:02/04/29 19:56
>408
少なくとも、ホウトウや法正がいないとだめ。
孔明は戦術的に無能だったし。
やっぱ荊州が落ちても、関羽が死ななければまだ良かったと思う。
そうすれば張飛ももう少しは長生きできたはずだし。
>>407
駄目だから何もしないといって、それで評価が上がることはない。
自分の会社の社長が劉禅だったらと考えれば厭だろ?
0にはなりこそすれ、プラスには転じない。
413無名武将@お腹せっぷく:02/04/29 19:57
>>409
たかが孔明呼び戻した程度かまわないだろ
どうせ成功するはずの無い北伐だし
414無名武将@お腹せっぷく:02/04/29 20:03
>413
いや、むしろ北伐の目的は、領土を拡張して、自分の死後も魏と戦える国力をやしなうことが本当の目的だと思うんだけどな・・・。
だから、あのとき呼び戻されていなければ・・・
415無名武将@お腹せっぷく:02/04/29 20:09
李厳が呼び戻されたときの北伐って成功する気配あったの?
>>415
第4次北伐は、珍しく蜀がキ山で大勝し、
補給途絶えて退却するときに張コウを射殺している。
そのまま、対陣しても司馬懿は防御を固めてるだけだと思うので、
退却して良かったんじゃない?張コウ討ち取ってるし。
やはり、北伐で一番可能性があったのは第1次かと。
417無名武将@お腹せっぷく:02/04/29 20:20
>>411
>孔明は戦術的に無能だったし。
兵数も将の力量も地理的にも相当不利にもかかわらず
ちょくちょく善戦してた人間に「無能」は、いささか酷評では?
いつも思うことだが、戦は、法正の方が上手いって事は、わかるけど
ホウ統の評価って何で高いんだろ。
418無名武将@お腹せっぷく:02/04/29 20:26
ホウ統は、生き様がカッコイイだけ。
>>417
風聞。
誰其れは自分より才がありますとか言って紹介してるから、その辺だろ。
孔明>司馬懿も五丈原の陣地見た司馬懿が「天下の奇才也」と言ってるのが大きいかと。
420無名武将@お腹せっぷく:02/04/29 20:35
>>419
同意。
どうだろう?司馬懿が自分の手柄を過大評価する為に孔明を美化したのでは?
422無名武将@お腹せっぷく:02/04/29 20:44
>>402
別にチョウ雲を批判したわけじゃないYO!
>421
それでも相手の事を認めてないとそんな言葉は出てこないと思う。
一応、孔明の八陣図に従って晋の馬隆は鮮卑を劇はしてると言う記述もある。
ただ、頭が固いね、孔明。
鐘会が蜀に攻め寄せた時、漢城と楽城を包囲して漢中を進撃したが、
陳倉も城を包囲して通過するとか考えられなかったのか。
424無名武将@お腹せっぷく:02/04/29 21:42
234年に司馬懿が「出撃したい」って上奏したのを曹叡が勘違いしてマジで「よし、出撃を許可する」とか勅命を出したら魏は滅びたかも
でも呉の天下になるだけかもしれんなw
425無名武将@お腹せっぷく:02/04/30 12:15
夷陵の敗戦云々よりも夷陵の前に呉蜀外交が正常化したらなんてことは
考えていないのか?
426無名武将@お腹せっぷく:02/04/30 13:57
>425
関羽が呉と同盟とかか?
そもそも外交正常化は呉から言い出した事だったんだよな
劉備死後の同盟は蜀から?
427無名武将@お腹せっぷく:02/04/30 15:38
>>408
さらに兵糧が必要になり撤退が早くなる。
428無名武将@お腹せっぷく:02/04/30 18:46
>>427
余った人間を、前線に使わなきゃいけないわけじゃないし、
使える将が増えるから有利になるのは間違いない。
夷陵の戦力が残ってるとしたら、
街亭に馬ショクなんぞでなく、黄権派遣出来たりするな。
まぁ、夷陵の後の歴史の流れが変わってしまうんだろうけど。
430無名武将@お腹せっぷく:02/04/30 19:59
やっぱり徐州があっさり奪われてなかったらな・・・・・。
張飛が留守役だったのが失敗。
あのとき、せめて趙雲が配下に加わっていれば・・・。
>>430
そういうのをゲーム感覚と言うんだよ、あの時陳羣もいたのに・・・
ゲームしかしてない奴は、
正史とは言わない、演義でもいいから今すぐ読んでこい。
いやー、まさかあんなに遠い血縁のオッサンの
末裔だなんてモノが通用するとは思わんかったよ。
片田舎で藁いじってた俺が、昭烈皇帝に成れたんだ・・・

我が生涯に一片の悔い無し!
434無名武将@お腹せっぷく:02/04/30 23:56
>>432
演義じゃあほとんどゲームと変わらないよ。
少なくとも趙雲の超人っぷりは。
435無名武将@お腹せっぷく:02/05/01 10:01
>>432も言っているように、大体がゲーム感覚で、議論にもなってないと思う。
>>324>>337>>425くらいの提議でなければ、安直で短絡的すぎる。
「正史」を読めとまでは言わないが、せめて「伝」だけでも読んでほしい。

それとも本当にネタのみでの進行なのか?ここは。
>>433
>遠い血縁のオッサン
は、100人近い子供をつくったそうだから、
AC180当時では、1万人くらい子孫がいたらしいな。
437名無しさん@お腹せっぷく:02/05/01 11:04
呂布を討伐したとき、
関羽はなぜ張遼の男気と才能を感じながら
曹操に仕えるように勧めたのだろう
「張遼を下され」とはやっぱり言いづらかったのか、あの状況じゃ…
劉備陣営に張遼ひとり加わることで、戦局が大きく変わったとは
思えないが、少なくとも合肥では孫権軍が勝っていたハズ
以上、ゲーム感覚で語ってみました。
>少なくとも合肥では孫権軍が勝っていたハズ
人材豊富な魏は代わりがちゃんといます
439無名武将@お腹せっぷく:02/05/01 11:07
TIME の表紙をドラエモンにしよう!

TIME の表紙を飾るにふさわしいものの投票が行われています。

投票ページ
http://www.time.com/time/asia/features/heroes/poll.html

ショートカット
http://www.time.com/gdml.dyn?page=www/time/asia/features/heroes/poll/asianheroes03.oft&gameid=asianheroes03&q1=doraemon
これでドラえもんに票が入る。
あとは F5 連打で票が入る。
みんな投票しまくって。
440無名武将@お腹せっぷく:02/05/01 11:32
荊州の守備を関羽でなく魏延、てのはどうかな。
故郷だから人間関係でゴタゴタすることもなかったのでは?
呉との友好が重要な荊州にプライドの高そうな関羽を配置したのは
まずかったかも。
地位とか実績から考えると、当然の人選だとは思うけど。
441無名武将@お腹せっぷく:02/05/01 11:51
>>440
待て、当時の魏延はそんなに地位が高くないぞ。
よく見積もっても部隊長クラスだったような気がする。
彼が漢中太守になったのは蜀の制圧から漢中のたたかいまでの時に勲功第一だったから。
それに関羽が人間関係でゴタゴタにあったのは呉との関係においてだから、
それなりに外交感覚の優れた人物がいればよかっただけ。

劉備が益州(または漢中)を得た時点で荊州を呉にすんなりと返していたらよかったかもしれない。
まぁその後の歴史がずいぶんと変わるかもしれんが。
442無名武将@お腹せっぷく:02/05/01 12:08
>>438
李典と楽進だけでも勝てそうだよな(w
443無名武将@お腹せっぷく:02/05/01 14:28
>>435
そもそもゲーム厨隔離のために日本史世界史から独立した
この板でまともな議論を期待するほうがおかしい(苦笑
>>441
>それに関羽が人間関係でゴタゴタにあったのは呉との関係においてだから、
>それなりに外交感覚の優れた人物がいればよかっただけ。

同意。それこそ、孔明タソとかね。
445関羽うんちょ:02/05/01 15:34
ヒゲの生えた娘を嫁に出せるか!!(ん・・・間違えた!?)
446周瑜Go:02/05/01 15:38
赤壁の後、関羽が曹操をそのまま逃がさずに斬っていたら…
447無名武将@お腹せっぷく:02/05/01 16:17
>>446
それこそ演義
448無名武将@お腹せっぷく:02/05/01 16:32
大体蜀が天下をって時点で演義も正史もないと思うが

蜀から北伐を成功させた事例を見れば明らか。
関中をあっさりと陥落させること、それ以外にない。
劉邦のときは関中に人望があったためあっさりと陥落させている、その後
関中を拠点に中原へと乗り出している。

三国志の時代、関中の人達からすれば蜀など侵略者集団としかうつらないだろ

わかってるとは思うが関中≠漢中だかんね
449張遼:02/05/01 16:51
>>438
拙者が消えても代わりはいる(らしい)もの・・・
 
関羽殿についてきゃよかったかなあ。頑張ったのに。
450jonn:02/05/01 16:58
http://www.hamq.jp/i.cfm?i=0321654

やっぱ関羽が対呉の守備をふやせばよかったんだ!
451無名武将@お腹せっぷく:02/05/01 18:52
>>423
諸葛亮と鍾会じゃ戦略の自由度が違うね。
鍾会はひたすら命令された漢中奪取→成都陥落を目指すので
捨てておける城は眼中に無かったのだろう。

諸葛亮の最終目的は長安を手に入れることだが、
それが非常に困難であることは本人も自覚していたと思う。
だからこそ常に次善の策を採ることが多かった。
具体的には少しでも蜀の防衛ラインと魏への侵攻拠点を確保して
おくために田舎の小城まで制圧しなければならなかったんだと思う。

ただ長安を落とせば陳倉のような小城は放っておいても
いつかは自然に落城してしまうものだというのも事実。
諸葛亮のような隅々まで綺麗に掃除しないと気がすまない人間は
それが我慢できなかったのかもね。
452無名武将@お腹せっぷく:02/05/01 22:58
馬良と伊籍を成都に帰したのがまずかったと思う。
どちらかが残っていれば呉(呂蒙と陸孫)を油断している関羽を忠告してくれたかもしれない…
素直に聞くかはわからないけど…
>>452
いや、どっちも関羽から見れば新参者でしかないから無理かと。
ゲー(以下略
454jonn:02/05/01 23:02
(  )
   ゝ` ̄ ̄\
  /  (・)(・) |
  |    ●   |◯  / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
  <\__σ__// < 劉備がもうちょっとざんこくだったら・・・・・!
○=キ  o o |'    \_____________
   |_____,|
   (___Y__)

http://www.hamq.jp/i.cfm?i=0321654
http://www.hamq.jp/i.cfm?i=0321654
http://www.hamq.jp/i.cfm?i=0321654
http://www.hamq.jp/i.cfm?i=0321654
455無名武将@お腹せっぷく:02/05/01 23:21
蜀を取った早くから南蛮と同盟を結び、
あの強力な軍隊を我が物として使えば、相当強力な味方となっただろう
逆に敵になったからこそ、国力、兵力は削がれ北伐の大きな妨げとなった
さらに、魏は北方にあるために、モンゴルとの仲は非常に悪かったと思われる
あの頃のモンゴルは、寒くなると北の方に食料が無くなるために、同盟関係が
結ばれていないと、毎年のように中国を襲っていた
万里の長上が出来たのはそのためである
しかも、騎馬民族のため相当な強さを誇っていた
そこで、モンゴルと組み蜀、呉、モンゴル同盟で
秘密裏に魏を同時に襲撃する計画を画賛するのだ
>>455
思いっきりゲーム厨だな。
457無名武将@お腹せっぷく:02/05/02 05:54
曹真って諸葛亮の性格まで読んでたのかね?
チンソウに城を造ったのも大成功だったじゃん
城主が優秀だったからという話もあるけど降伏しなかったのは曹真の到着を信じてたからこそだと思うし
458457:02/05/02 05:58
牛頭城の戦いではその逆っぽい事が起きてるし
姜維って結局は前線の城に残ってる味方を損得勘定で見捨てたの?
459無名武将@お腹せっぷく:02/05/02 06:03
>>456
そうか?455はかなり現実的止観で見てると思うが
それと史実でも、蜀呉同盟は組まれて、同時攻撃は行われた訳なんだし
武将単位でどうこうって言うだけじゃなく新たな視点からの切りこみは評価したいよ
ジサクジエーン
>>459
では
南蛮への同盟の使者をお務めください。
孟獲を連れて戻ってきて欲しいですな。
462無名武将@お腹せっぷく:02/05/02 07:17
>>455=459
演義派だな(w
463無名武将@お腹せっぷく:02/05/02 10:54
>>455
ひとつ訊きたい。
曹操は208年の江南遠征において、兵の多くが風土の差による病で戦意を沮喪し、
それが有力な原因で、中国統一に頓挫をきたした。
その逆もまた然り、とまではいかないにしろ、はたして念頭にはなかったのか?
464無名武将@お腹せっぷく:02/05/02 12:47
>>455に教えて欲しい。
当時の情勢で北方民族がモンゴルだったという事実は本当かい?
>>463
俺もそのへん詳しい人に聞きたい。
俺の中途半端な知識だと
とりあえず江南と中原では気候も食べ物も違うから体調が悪くなるってのは考えられる・・・
それと江南人には免疫があるが中原人には免疫のないような病原菌だか寄生虫がいたとか聞いたこともある。
しかし大局的に影響がでるほどなのかは疑問。
とはいえ、赤壁は曹操が侵攻をあきらめ撤退し防御に回っただけでそれほど被害がなかったとも聞いたことがある。
(有力な将軍レベルがあまり戦死していないという理由だった)
呉にとってはこれにより蜀侵攻のタイミングを失ってしまったと聞いたこともある。
まあ全部はっきりしないことだがな・・・。
466無名武将@お腹せっぷく:02/05/02 12:56
>>457 性格を読んでいたのでは無く軍略上陳倉が、
どうしても押さえておか無けりゃならん要衝だったのだろう。
ということは曹真は対蜀戦の戦略を完全に頭に把握できていた
名将ということだろうね。
467465:02/05/02 13:03
すまん>>463の文章よく読んでなかった。
しかもこれスレ違いだ。鬱だ・・・・逝ってきます・・
>>455
魏は北方にあるために、モンゴルとの仲は非常に悪かったと思われる

じゃあ蜀や呉は南蛮と仲悪いのか?その論法だと
>>455
何が悲しくて、自国の領土の豪族と同盟を結ばなければならないんだ。
南中は最初から蜀の領土で、劉備は益州に入ってすぐにトウ方を派遣して、
これを上手く治めてる。
また、第4次北伐では鮮卑の王軻比能を長安の北に出現させて牽制させてる。
呉とは北伐開始時からの軍事同盟。
同盟組んでるから全軍一斉に動くわけではないし、石亭、新合肥の戦いで呉は、
魏の領土に踏み込むことなく撃退されてる。
>>455
南蛮の兵を北に送り込ませるだけで南蛮が反乱を起こすと思う。
結局懐柔策しかないんだから。
これ以上>>445に対するレスはやめましょう。
471郭図公則 ◆2getuhmE :02/05/02 15:13
蜀の人口が100万人多かったら
472無名武将@お腹せっぷく:02/05/02 16:06
だから、三国時代の北方民族はモンゴルなのか?とつっこみたいんだが
473無名武将@お腹せっぷく:02/05/02 16:08
劉備が最初からお金持ちだったら・・・・
474無名武将@お腹せっぷく:02/05/02 16:12
>>473 劉備が、幼い頃に廬植先生の授業をまじめに受けていれば…。
475無名武将@お腹せっぷく:02/05/02 16:15
劉備が曹操にはじめてあったときにころしていれば・・・・
476郭図公則 ◆2getuhmE :02/05/02 16:15
蜀の人口が呉と同じくらいあったら?
477無名武将@お腹せっぷく:02/05/02 16:18
赤壁の戦いで孫権をころしていたら・・
478無名武将@お腹せっぷく:02/05/02 18:17
天下の定義を変え、雲南地方一帯のことにしてしまえばよい。
479無名武将@お腹せっぷく:02/05/02 18:24
今度は蒼天厨か?
480無名武将@お腹せっぷく:02/05/03 20:14
蜀にも姫兵を作ってわどうだろうか?

赤壁ン時は蜀側に居るモンだろ!孫尚香!!

黄蓋も周瑜と見つめ合って、最初から呉軍に居るしワケ解らねぇ
せめてムービーの時、背中にムチ傷残せい!!
482無名武将@お腹せっぷく:02/05/05 13:20
なんだかんだといっても、あれだけ短期間に、五度の遠征を企図し実行にうつした
諸葛亮の手腕は、評価したい。
諸葛亮の死後、呉では、二年続けての出征で国内に怨嗟の声が挙がっている。
483無名武将@お腹せっぷく:02/05/05 13:27
>>477
>赤壁の戦いで孫権をころしていたら・・
孫権が殺されたら、劉備も曹操に滅ぼされてるよ。
むしろ、赤壁の戦いでは曹操を殺しておくべきだったよ。
484無名武将@お腹せっぷく:02/05/05 17:15
>>483
そうであろうか?
曹操が死ねば、最も利益を受けるのは孫権ではないだろうか?
曹操の子息連はいずれも若年。
曹操の死によって起きる恐慌や孫権の攻勢に対し、有効な対処が必ずしもできる
とは、考えにくいのだが…。
江北の曹操領は早晩、孫権に蚕食されるだろうし、河北や獲得間もない荊州の
維持にも支障をきたさないか?
もともと孫呉と劉備では、軍事力に大きな開きがある以上、曹操が生存する方が、
その後の展望を考慮するなら、劉備側としては幸いではないだろうか。
485郭図公則 ◆2getuhmE :02/05/05 17:36
>>484
とりあえず、正史と演義とどちらで言ってるのかわからん
呉は豪族の連合体みたいなもので対外侵略には豪族は非協力的
第一孫権死亡・曹操生存では魏に対抗できる勢力がなくなる
486郭図公則 ◆2getuhmE :02/05/05 17:42
追記、いろいろ意見があるけど当時の中国の人口は曹操がおさえている
中原と華北に集中している
ついでに合肥太守の劉馥とか言う奴が戦闘前に病死してるらしいけど
住民は一致団結して合肥を死守したらしい
487無名武将@お腹せっぷく:02/05/05 18:33
>484
曹操が死んでも、漢の体制を受け継いだ魏の体制は強固なもので、そうやすやすと崩壊しない。
あととりもいないわけじゃない。
488企業戦死:02/05/05 18:39
>>482

魏に戦争を仕掛けるのはあきらめて、攻撃された場合だけ、
迎え撃つ防御体制に徹していれば、もっと長く、民が平和
にいらえるような時代を築くことができたのではないか?

何となく、無理な戦いを挑んで民を疲弊させたような気が
するのだが。


>>488
そうなると、ただ ジリ貧になるだけ。
ジリ貧はジリ貧でも、平穏になって、
より、戦力の差が開かないうちに、長安以西を取っておけば、ちったぁマシになる。
その時代の民のための国を作るなら、蜀なんかいらん。

つーか、既出。
490無名武将@お腹せっぷく:02/05/06 00:52
初期(黄巾の乱前後)に曹操を殺しておけば何とかなった気がする
491無名武将@お腹せっぷく:02/05/06 01:23
既出でスマンが、関羽の娘と孫権の息子の縁談が上手くいってれば良かったかな?
関羽の娘の方は知らんが、孫権の息子となると・・・孫登?
血筋だけで考えると、とんでもない子供が産まれそう。
話ずれてきたので下げとく。
陳羣が劉備のそばにいれば大分違ってたと思う。

結論:劉備が全部悪い。
チョウリョウ、タイシジ、ジョショ
あたりはどない?
これらも、劉備陣営に入ってた可能性あったはず。

っていうか、漢中を取ったあたりから、蜀の勢いが
なくなってるなぁ。
やっぱり、劣勢の国が天下を取るためには、
重要な戦いで大勝利を収めて、勢いに乗らなくちゃ。
そういった、意味では第一次北伐で決めときたかった。

あと、夷陵の戦い が痛いな。
495無名武将@お腹せっぷく:02/05/08 11:14
夷陵の戦いで死んだ将ってどれだけいるのかね?
あ、名前が残っている人だけね
すぐに出てくるのは
馬良、王甫、程畿、傅トウ、馮習、張南、沙摩柯
投降を含めるとメジャーどころでは黄権、杜路、劉寧辺りか
他にいる?

張達范彊は・・・・・(汗
>>494
張遼、太史慈、徐庶?

徐庶は一時劉備配下だったんだけど。
張遼、太史慈についてだけど、何でそう思うの?
497無名武将@お腹せっぷく:02/05/08 11:31
>>496
張遼と太史慈については、徐州時代の可能性を示唆しているものと思われる。
徐州時代は群雄割拠だから、可能性の幅が大きすぎ。
>>495
うお、そんなに名前が出るとは・・
そこまでは、知らなかったっス。
ま、強いて言えば、名も無い部隊長クラスの武将も
たくさん戦死しただろうね・・・(結構これが痛いと思う。

>>496
497と498が言った通りです。

もっと、他にも可能性のあった武将はいた。
(まあ、危ないが、呂布もその一人だし、
張遼は呂布のあと、チャンスがあったと思うし、
太史慈は、確か(正史だったと思うが)トウケンへの
援軍を劉備のもとに頼みに来たのが、太史慈だったから。





500494:02/05/08 12:46
あ、ちなみに

494=499  ね。
正確には黄布賊に包囲された孔融を助ける使者としてだね、太史慈
502494:02/05/08 13:49
あ、そっちだったか。

サンクス
503無名武将@お腹せっぷく:02/05/08 14:11
孟達が裏切らなければ。
504無名武将@お腹せっぷく:02/05/08 14:21
>>503
禿げ同。
505無名武将@お腹せっぷく:02/05/08 15:10
>>503
少々、異なると思われる。
裏切らなければ、ではなく、魏から蜀への再度の投降の際に失敗していなければ、
ではないか?
>>505
孟達は、関羽を助けるのと北伐に合わせての2度の機会があるね。
北伐前のは相手が悪すぎ。
電撃戦が得意な武将は名将中の名将だもの。
スネオがいれば・・・
508無名武将@お腹せっぷく:02/05/08 16:49
劉封は劉禅の邪魔になるから殺せっていったの諸葛亮なんだな・・・
てか劉備を義の人と書くのはキツイ気もする
509無名武将@お腹せっぷく:02/05/08 16:56
諸葛亮こそ残酷すぎ!
510無名武将@お腹せっぷく:02/05/08 17:03
この板住人ってのはどの程度のレベルなのか良く分からん。
未だに劉備を聖人君子と思ってる奴ばかりなのか?
逝きすぎて演義全否定な思考硬直ばかりなのか?
孔明も劉備も黒い部分はあるが、それでも魅力ある人物なのは変わりないだろ。
>>510
魅力を感じない人もいるって事だろ。
512無名武将@お腹せっぷく:02/05/08 17:39
レベルと言うより、頭がどの三国志を中心に組み立てられているか、だと思う。
自分は北方三国志中心なのでいささかやばいかも。
みんなはどうかな?
漏れは艶義中心なのでもっとやばい
514無名武将@お腹せっぷく:02/05/08 17:54
正史が基本
正史をベースに孔明は江森、孫堅は北方、
曹操は蒼天とか良さそうなの拾って脳内補完。
516無名武将@お腹せっぷく:02/05/09 04:34
>499
名も無い部隊長クラスの武将を多く失ったのも痛いが馬良、黄権といった超大物を失ったのもやっぱ痛すぎるわね
ゲーム感覚でもw
517 :02/05/09 07:03
>>512
ループスレになるのはそれが原因。
まあ多くの住人も「自分の好き勝手なこと言えればそれでいい」
んじゃねーか?
2ちゃんねるなんてそんなもんだし(結論出るよりバトルと祭り優先)
518呂布:02/05/09 07:15
 諸葛亮先生は五丈源で死んだ。
519無名武将@お腹せっぷく:02/05/09 10:28
イリョウで死んだ人のリスト持ってたんだがどっかやってまった。
後漢の軍制度で副将クラスやら大隊長クラスの人達がかなり死んでるよ。
記録には残ってるかどうかわかんないけど中隊長や小隊長クラスまで死んでるとすれば
ほぼ仕官クラスがいなくなるわけでかなり痛いよね。
軍制度が維持できなくなるからさ。
そして蜀で権力握りたい諸葛亮の思うツボというオチ
521無名武将@お腹せっぷく:02/05/09 12:28
>>519
だよなぁ・・

>馬良、王甫、程畿、傅トウ、馮習、張南、沙摩柯
投降を含めるとメジャーどころでは黄権、杜路、劉寧辺りか
を失ったのも、もちろん痛いが。

この仕官クラスって、つまり
蜀遠征や、漢中の戦いでは魏を叩きのめした、
いわゆる、長い間 劉備軍を支えてきた、歴戦の武将たちだろ・・
後にも先にも、この時の軍勢が蜀の最強精鋭だったはず。
漢中を奪取したあと、軍備を整えて北伐を開始していれば、
歴史が変わっていた可能性はあったはず。
(関羽を討たれて、劉備軍の指揮は高かったろうし
結局、夷陵の戦いが最大の原因。
これで、蜀の勢いは完全に無くなったといえるだろう。
まさしく、中原など「夢のまた夢」となった。




522無名武将@お腹せっぷく:02/05/09 16:10
>>521
実在するか怪しいが、武田家が騎馬軍団を喪失したようなものか?
長篠も重臣の討ち死にが多いので似たようなものかもしれん。
将もだけど、兵士はどうなのよ?
荊州時代からの経験を積んだ兵士数万が消えてしまったのも痛いと思うのだが。
524無名武将@お腹せっぷく:02/05/09 18:18
>>508

劉備は義の人でいいんじゃないか?
確かに忠は無かっただろうが、義が無かったら関羽の仇討とかしないだろ。
どちらかというとそれは情かもしれんが、情に厚いやつってのは義のイメージがある。


兵が減ったのも痛かっただろうな。
経験があるのと無いのとではぜんぜん違うだろうし。
525無名武将@お腹せっぷく:02/05/09 18:42
>>522
それとこれは違う
武田の騎馬軍団は明らかに存在してないが蜀軍の精鋭は存在してる。

>>523
当然兵士の損失も大きい、しかし仕官と違って兵士は補充が利く。

実際の劉備はかなり戦通として名が通っていたようだし、実際に傭兵軍団としての
評価は高かったようだ。
中国全土を戦い抜いてきた古参の仕官がいなくなってしまって蜀軍が弱くなったと
いうのは現実的な話だと思われる。
526無名武将@お腹せっぷく:02/05/09 21:14
なんだかんでいって一番惜しいのは劉備の死
ただ、関羽が討たれてると仮定すると呉との国交回復は望めないがな
国交回復ができたのも3兄弟が死んでたからだろうし
527無名武将@お腹せっぷく:02/05/09 21:21
>>526
>ただ、関羽が討たれてると仮定すると呉との国交回復は望めないがな
それだと、魏と呉の連合が強化されるよ。
528無名武将@お腹せっぷく:02/05/09 21:26
そりゃ、やっぱり街亭じゃないの。
あそこが最後で、最大のチャンスだと思うし。
まぁ、蜀が自力で天下狙う望みがあったのは街亭までだろうな。
530無名武将@お腹せっぷく:02/05/09 23:38
それよか関羽が生きてる間に呉と国交を回復すべきだったね
あの3人があと10年長く生きてれば諸葛亮の出番は来なかったかもしれんが凄い事に?
531損権厨房 ◆eUbtZCI. :02/05/09 23:54
仮に街亭とって長安落としても魏はでかいし、必至になるだろうし
呉と連合して魏を滅ぼしたにしてもその後呉と戦うわけだから街亭等の局所的な戦いで買っただけで蜀の天下とは到底考えられない
呉も魏の次は自分だと言う事はわかるわけだから連合もそううまくも逝かないと思う
532無名武将@お腹せっぷく:02/05/10 00:15
それよか蜀は仲間割れがおおすぎたね
そんな状態じゃ天下はむりでしょ
ようするに孔明は部下達になめられてたんじゃねぇの?
533無名武将@お腹せっぷく:02/05/10 00:16
ようするに?
裏切りは何処の国でも頻発してるよ。
魏では司馬氏の専横に対して、呉では皇帝の馬鹿さ加減や将来の不安から。
遠因だが親劉備派の魯粛が早死したのもかなり痛かっただろう。
演義ではただのアフォにしか書かれていないが正史での
魯粛は呉の武将にしては珍しく中国全土を視野に戦略を立てる事ができた
数少ない存在だった。呂蒙も陸遜も荊州を取ることしか考えられなかったが
後々の事を考えれば蜀と呉が争うのは互いにマイナスにしかならないことに
気付かなかった。魯粛さえ生きていれば方向もかなり変っていたと思うがどうか。
536馬岱:02/05/10 00:25
長板で趙雲が劉禅を助けてこなければ・・・・(コラ
537無名武将@お腹せっぷく:02/05/10 00:26
>>535
魯粛があと10年生きてたら、魏は滅亡してたと思う。
538無名武将@お腹せっぷく:02/05/10 00:38
魯粛って曹操に筆を落とさせた男だよね
荊州奪回については取り敢えずの結果がオーライなんだよな。呉にとって
魏と同盟組んで荊州奪って攻めて来た蜀をぶっつぶして裏切った魏も撃退してる
あの一連で得をしてるのは呉だけだという事が割と重要
539無名武将@お腹せっぷく:02/05/10 00:41
>>497
魏の陳群も徐州時代に一時的に劉備の部下だったぞ

>>521
それだったら関羽軍崩壊時に失った人材も痛いよね。
呉に降伏した潘濬なんて正史の呉書に名臣として伝が立てられているぐらいだもの。

そもそも将軍クラスは関羽だけで、あとは校尉クラスしか荊州軍に残してない状態で
魏への侵攻を許した劉備と孔明の責任が大きいよね。
特にプライドの高い関羽に遠慮して、ほかの将を荊州軍に派遣したり、関羽の問題点を
改めさせられなかった孔明の責任は大きい。
あの時、関羽と感情的にぶつかる可能性のない趙雲を後詰に派遣してればなあ・・・
って結果論ですが。
540無名武将@お腹せっぷく:02/05/10 01:22
>>521 士気を指揮だなんてアホじゃん。知ったかぶりもいいところ。
      三国志の本でおみながらかきこんいるんだろ・・・
     氏ね


541無名武将@お腹せっぷく:02/05/10 01:26
蜀はひきこもりの国
赤壁で諸葛亮がうまく風を調節して、曹操軍だけじゃなく呉の軍も火の海にしていれば…
誤字の突っ込みかっこ悪い
氏ねだって( ´,_ゝ`)プ
544損権厨房 ◆eUbtZCI. :02/05/10 01:42
>>536
跡継ぎで揉めるだろうな
そして呉みたいに衰弱して行くと思われ。
545無名武将@お腹せっぷく:02/05/10 01:55
>>544
別に揉めないだろ
助けなければ、次の劉理が自動的に継承者になるだけじゃーん
546無名武将@お腹せっぷく:02/05/10 04:13
孔明に有給休暇。過労死はイカン
547無名武将@お腹せっぷく:02/05/10 05:12
>>539
なるほど。孔明が適切な手を売っていれば、荊州陥落や張飛殺害事件、関羽弔い合戦は起きず、
戦死・降伏・裏切りで失われた孟達、劉封、関平、潘濬、麋芳、士仁、郝普、
王甫、趙累、馬良、王甫、程畿、傅彤、馮習、張南、沙摩柯、黄権、杜路、劉寧、
そしてなによりも関羽・張飛が蜀将として引き続き存在しており、人材不足にならずに
済んだわけだ。
そして、それらの部将と荊州西南部が蜀に残っている状態で南征・北伐が行われれば、
劉備生存中に中国西半分制覇も夢ではなかっただろうね。
やはり、荊州を失ったことや何度も北伐を行って何の成果も得なかったことを考えると
孔明の軍師として限界が見えてくるよね。
548無名武将@お腹せっぷく:02/05/10 05:29
>>547
孔明は荊州のヒッキー。
軍学・政治を身につけても、ショセン実績のない机上の空論。
自らをそれを自らを管仲・楽毅に比すとは、身の程知らずで頭デッカチな若造だった。
そのくせ、関羽や法正といったアクの強い人物に物申せない小心ぶりも、秀才君にありがちな性格。
むしろ、度重なる失敗で現実を学び、大器晩成して名宰相となったというのが実情なのだろう。
549 :02/05/10 06:14
劉備の母ちゃんがお茶を川に捨てさえしなければ…
550無名武将@お腹せっぷく:02/05/10 09:09
>>548
どうも、妄想色が濃いように思う。
孫権あたりへの外交を見る限り、少なくても小心では、ないでしょう。
551無名武将@お腹せっぷく:02/05/10 09:09
仕官と士官を延々間違えてるのもかなり格好悪いな
552494:02/05/10 09:18
しかん・・で変換すると、
まず、仕官になるからなぁ。

あと、上で書いてた 士気も
最初は指揮になる。

ま、いいじゃぁないか。
553無名武将@お腹せっぷく:02/05/10 10:02
呉に吸収合併されるんだ!
554無名武将@お腹せっぷく:02/05/10 10:57
まず蜀が天下を取れるはずもないのだが。。。

1.夷稜での敗戦がなければ
  これが一番大きな失敗、ここで蜀は軍を一度失っていると言ってもいいくらい

2.街亭での敗戦がなければ
  諸葛亮は残った僅かな士官の中から良く軍を立て直したと思うがここで実戦経験
  のない士官がミスをする、夷稜の結果を引きずっているわけだがしかしここで
  敗戦がなければ長安以西を支配下に置くことができたわけでその後の魏との
  戦いが変わってきたと思われる。

結論として、やはり北伐では魏を負かすことは無理。
過去いろいろ言われているとおり、北伐に成功しているケースはかならず長安以西の
土地を早急に手にいれている、そういう意味では街亭での敗戦がかなり痛手になって
いる。
その後、魏は蜀戦線に対する防備を固めてしまったため北伐では勝ち目が無くなって
しまった。
555無名武将@お腹せっぷく:02/05/10 10:58
魏延に兵預けて長安急襲すればよかったのに
>>552
うちじゃ一番最初が死姦でしたが、何か?
557無名武将@お腹せっぷく:02/05/10 11:54
何故に、軍事面のみの一次元的な発想に終始してしまうのだろうか。

>>535>>538のように、蜀呉間の荊州の領有問題、という観点から論じるべきだと
思われる。
荊州の守備要員云々もたしかに重要だが、それ以前に政略・外交面を重視するべき
ではないだろうか。
国家戦略の前には、「関羽か、それとも趙雲か」などの意見は枝葉、瑣末事に
すぎない。
戦争も、つまるところは政治の延長である。
「関羽が死ななかったら(荊州を失陥しなければ)」「夷陵での敗戦がなければ」
などの短絡的意見はもういい。
後にも先にも、「荊州の維持」、これに尽きるのではないか?
558無名武将@お腹せっぷく:02/05/10 12:39
>>557
夷陵での敗戦がなければ も一理あるだろ
あれで明らかに軍を失い政治的にもダメージを受けてるんだから。

荊州が係争の地である以上、そこの守備だって当然しっかりとしておくべきだ。
それなのに魏を攻めさせたりしてる、蜀の政治家達は呉が攻めてくるとまでは思って
いなかったのだから関羽だけの責任ではない。
政治面からみたって夷陵での敗戦は大きなターニングポイントだよ。
そこで諸葛亮が台頭してくるわけだし、そもそも親呉派の諸葛亮が政権を担うこと
になったからその後の戦略があるわけだろ。
559無名武将@お腹せっぷく:02/05/10 12:50
手取川の合戦で加賀に攻め込めばよかった
560無名武将@お腹せっぷく:02/05/10 13:22
>>558
いや…だから、荊州の維持が大前提であって、そうなれば夷陵の敗戦も
ないわけでは?
荊州は、蜀の中原進出における東部方面の策源地であるわけで、益州のみ
となった時点で、北伐の成功も十中八九無いと思うのだが…。
無論、夷陵の敗戦は関係無く、という意味だが。

ひとつ気になったのだが、関羽が樊城攻囲に至った経緯には、いくつか
諸説がなかったか?
漢中方面への曹操の圧力の軽減化とか、南陽での叛乱につけこんだとか、
いろいろあった気がする。
561無名武将@お腹せっぷく:02/05/10 14:09
北伐なんて無理!
赤壁の戦いに勝っただけでも奇跡だよ。
562無名武将@お腹せっぷく:02/05/10 14:10
赤壁の戦いに勝利したのに、なんで形勢は逆転しなかったの?
563無名武将@お腹せっぷく:02/05/10 14:29
>>562
結局は、蜀も呉も滅ぼされたね。
564無名武将@お腹せっぷく:02/05/10 14:32
>>560
荊州の維持が前提であることは同意する。
貴方の言われている戦争とは政治の延長というのもよくわかってる。
その前提で考えてもやはり荊州で戦は起こったであろうということ。

蜀からしてみれば荊州の維持が絶対なように呉からしてみても荊州返還が
絶対にゆずれない条件であった。
いずれ紛争は起きていたのだろうというだけのこと。

そして最悪の選択が夷陵の戦いであり、結果敗れた蜀がああなったという
だけのこと。

政治的に努力してなかったわけではないだろうが蜀側と呉側の事情の違い
から紛争に発展したのだと認識しているが?
親蜀派の魯粛がいなくなり、親呉派の諸葛亮がまだ全権を握る前だけに
衝突はしかたなかったのかと。
ただし、貴方のおっしゃる「趙雲うんぬん」は賛成だが(わら
どーいーつもこーいーつもゲーム厨ばーかーりー
そーれーではみーなーさんさよーなーらー
そうかそうか。
北伐 = 荊・益からの二方面作戦 を前提にしてるから、
よく言われる「荊北だけでも呉に返しておけば」ってのは、無理なのか。
すると、荊・益を擁している状態で北伐をしても、荊州を呉が狙ってくるから・・・。
やっぱり、魯粛が痛かったな。せめて、その後任が諸葛瑾あたりだったら、
まだ、変わってたかもしれんが。
567無名武将@お腹せっぷく:02/05/10 19:40
関羽が曹仁を包囲した過程が不思議
関羽には3万くらいしか兵がいなかったと思うのだが
曹仁にはそれと同数から倍くらいはいたと思えば、壊滅していたり
関羽についている筈。
あと于禁軍3万が降伏したり、別将を予州に派遣していたり,
梁等の賊が従ったり、隣りの上庸が孟達等に降伏しているところ
当時10万以上の兵が周りにいたんじゃないかな。

568無名武将@お腹せっぷく:02/05/10 20:22
関係ないが蜀の武官第二位孫乾かよ
569無名武将@お腹せっぷく:02/05/10 21:02
国破れて山河あり。城春にして草木深し。
国破れてサンガリア。
みっくちゅじゅ〜ちゅっ♪
みっくちゅじゅ〜ちゅっ♪
ホウトウさえ死ななければ、諸葛亮の仕事のふたんも減り、
寿命も延びただろうし、はん城でも関羽と一緒にいれば
裏切りも読めたかもしれないし。あと、街亭の戦いの
時に馬しょくがバカなことをしなければねえ。長安は
制圧できたかもね。だけど、魏は人材も豊富だし、
孫権は合肥新城で負けてとっとと逃げたからな。
そうなると、呉が再び魏に総攻撃を掛けられるのは
ある程度時間が掛かるんじゃねえのか?やはり、蜀、呉
同時に攻撃を仕掛けないと勝てないのでは?
572無名武将@お腹せっぷく:02/05/10 22:24
>>571
あえて言わせてもらうとな・・・
『孔明が権力を握れたのは病やら夷陵で蜀の重鎮が壊滅したから』
ホウ統が生きてたら派閥抗争再燃・・・
573無名武将@お腹せっぷく:02/05/10 22:26
>>572
どうせネタで言ってるゲーム厨なんだよ。ほかっとけ。
574無名武将@お腹せっぷく:02/05/10 22:49
571は演義ベースで語っているんだろ?
別に演戯を元に、タラレバ言ったっていいじゃねぇか。
一応、史実を元に作られてるし、大抵の人が演戯の
三国志を知っているんだしな。
俺は演戯の話で、もしかしたらを想像するのは楽しいがな。
それに、571の話は別に史実と離れてないだろ。

もちろん、史実で考察するのが一番だとは思う。
だけど、それ以外をゲーム感覚だと馬鹿にするのは
どうかと思うな。

575無名武将@お腹せっぷく:02/05/10 23:18
晋の名前が蜀だったら天下を取ってたのに…
573とは別人ですけど一言、
「影武者家康ベースで家康を語るな」
という意見の人がいても仕方無いと思うでしょ?
個人的にはアンチ演義なので史実のみでしか論じない。
かといって漏れは排斥する気も無いけどネ。
ていうか演義そのものが少々タラレバ話入ってんじゃーっ(叫

……ごめん、一言に収まらんかったかも
577無名武将@お腹せっぷく:02/05/10 23:37
>572
いや、まて。
派閥戦争があるとして、それが蜀の崩壊にまで繋がるまでに発展するだろうか?
ホウトウの戦死は、派閥抗争というより、蜀の地形(進行ルートが限定されること)と張任の意外な有能のためでしょ。
仮にも時代を代表する賢者二人。
派閥抗争はすれども、蜀を滅ぼすまでには至らないよう自重するのではないか。

>564
当事、関羽と孫権の娘の婚礼が、関羽の犬よばわりでご破算になった過程も重要じゃない?
もし、これが趙雲であれば?
この婚礼を受けていたら、呉の親劉備派の勢力も強くなって、少なくとも呉の荊州進行は10年くらいし送れていたんじゃないかと?
578無名武将@お腹せっぷく:02/05/10 23:42
>>577
蜀自体が寄せ集めだから孔明の抵抗勢力の誕生はヤヴァイ
当時の趙雲は哀しいようだけど関羽と比べて階級が低すぎて
荊州を任せられないよ(確か馬良・伊籍のほうが偉いはず)
579無名武将@お腹せっぷく:02/05/10 23:48
まあ、確かに史実を知っている人からみれば、
演戯はどうしてもアンチになってしまうよね。
(孔明の神がかり的な活躍など
でも、吉川英治や横山光輝の三国志を読んだら、
劉備や諸葛亮の活躍を見て、蜀が漢王朝を復興できなくて
残念に思って、誰でも一回はもしもを想像するじゃない。
そういった思いをここに書いて、ゲーム感覚だと言われたんじゃ
悲しいよ。

それにさ、、
「影武者家康ベースで家康を語るな」
って、あれと一緒にされちゃぁタマンナイヨ・・・
あれは、チンギスハーン・義経伝説と同じくらいの
こじつけ、仮想話じゃないかーーっ(叫
580無名武将@お腹せっぷく:02/05/10 23:57
やっぱり関羽の弔い合戦(夷陵の戦いだっけ?)でしょ
>>580
あっそ
582無名武将@お腹せっぷく:02/05/11 00:00
>>579
>まあ、確かに史実を知っている人からみれば、
>演義はどうしてもアンチになってしまうよね。

確かにそういうの多いんだけど、俺には、この辺の感覚がどうも理解できない。
荊州問題は、イスラエル問題と変わらんだろ。絶対に平行線。
蜀が百歩譲って、南郡を呉に返し、上庸を中心に荊州西部を確保するのは駄目か?
2正面作戦を取れるだけの土地を残す。
いざ、軍を動かすときには、荊州を返した恩を着せて呉を積極的に動かす。
584無名武将@お腹せっぷく:02/05/11 00:03
>>582
まあ、本物のこだわり
ってやつかな。

>>580
ちょっと上で考察されてんけど、
漏も、夷陵の戦い が一番の原因だと思う。
>>荊州問題は、イスラエル問題と変わらんだろ。絶対に平行線。
だと思う。
憶測ですまんが
蜀軍には荊州出身者が多いのだからその故郷、家族が残っているものも多いだろう
それを他国にすんなりあけわたすなど普通考えられない。
荊州が呉に返還されれば呉に下るものがでてもおかしくない。特に階級の低いやつら。
関羽の問題は色々脚色されてるがむしろ呉の挑発、陰謀と考えると・・・
益州の連中が迅速に動けなかったといってもそりゃあれだけ離れていて、情報伝達手段は限られているのだから・・・
もちろんその可能性を考え対処策を講じてなかったのはだめかもしれんが・・・
夷陵の初戦で蜀に勢いがあったのは、
兵が故郷に帰りたいというのもあったと思う。
587瑠璃:02/05/11 01:06
というより実際呂蒙の罠に孔明がもっと早く気づき、もし間一髪江陵を奪還していたら、襄梵どころか、豫州まで取れたかもしれない。(でもそうすると馬超が第4の国をつくりやすくなるかも)
588無名武将@お腹せっぷく:02/05/11 01:08
>>587
取れません
589無名武将@お腹せっぷく:02/05/11 01:09
馬超が第四の国って、削れる領土無いぞ、蜀とやりあう気か?
590無名武将@お腹せっぷく:02/05/11 03:40
どこまで本気で漢王朝再興考えてたのかね?
流浪が続いて地盤作るのが魏呉より遅れたのも
その大義名分が足かせになってたろうし。

正史でどうなのか知ってる人教えて。
漢王朝再興は建前として利用し易い。
本気半分、野心半分ってとこだろ。
592無名武将@お腹せっぷく:02/05/11 08:05
ゲーム厨だと言われて、(ゲームやってないんだが)
俺なりに図書館の資料やらなんやら見てきてからこのスレに来て見たんだけど・・。
(ネットの資料なんかあてにならんの多いからね。)
なんか、演義で語られてる部分多いなと思った。
偉そうに語ってる奴、一回正史の資料読んでこい。
>>590
大義名分がなければ蜀は存在理由がないような気がする
曹家が正統でないという大義名分がなくては曹家に対抗する理由はない
だから、蜀の地にこもって専守防衛というのも意味がない。
蜀は魏と戦争することで存在理由を保っているわけだから・・・
もし専守防衛に徹するというのならばむしろ民族意識の改革等によって
中原と離れ中華内の反乱軍という存在から中華と異なる国家ととして独立する必要があるのではないか。
呉はむしろ豪族連合も色合いが強く中原と文化的に異なるためそれに近い状況だったと思う。
国内は常に越人によるゲリラ攻撃に悩まされていたにかかわらず野心をだして中原をねらっていたから・・・

中国があの範囲で統一されたのは始皇帝からであってそれまでは異なる国家として独立していたのだけど・・
594無名武将@お腹せっぷく:02/05/11 10:37
何気にこのスレ楽しいな

>>593
確かに始皇帝からだがその間、前漢・新・後漢と数百年間ずっと中国だぞ。
それ以前も中華の爵位を名乗ってるから構成員である意識は豪族内にあったはず。
漢で統一されてから200年も平和が続いたので、
そこで中華というしっかりした枠組みが出来てしまったのだろう。
それを崩すなら鎖国を何十年と続けない限り、別の国という意識が生まれない。
ま、三国が争うのは必然。
596無名武将@お腹せっぷく:02/05/11 11:37
おれは実際に成都に行った。そして知った。
成都の農作物の豊かさ、人のやさしさ、町のおだやかさ。
そして、成都の人がどれほど劉備、孔明、関羽、張飛を
愛しているか。
今の北京も南京も、あの豊かさと、穏やかさには叶わない。
人が人として生きている町だ。

だから、最後に勝ったのは、蜀だ。
孔明の選択は、数百年を経て、やはり、正しかった。
>>596
なんか、すごく良いね。
598無名武将@お腹せっぷく:02/05/11 11:51
献帝を誘拐してきたらどうなるだろ?帝を奉じて劉備は漢中王のまま。
漢朝復興の大義名分だけなら立つな。
そもそも漢朝復興とか言いながら自分で皇帝になっちゃったのが大きな間違いと思われ。
確か献帝が死んだのは諸葛亮と同じくらいの時期だよな。
599無名武将@お腹せっぷく:02/05/11 11:59
ええ話や・・・。
600損権厨房 ◆eUbtZCI. :02/05/11 12:08
600get
>>596
なんか涙が出てきた。
602593:02/05/11 12:26
>>594,595
そうですね、呉のこと書いたのが余計だったか。
いちおう独立など非現実的というぐらいの意味で書いたのですが・・うまく書けてないすまん。
まあ蜀よりはその芽があったということぐらいならよろしいでしょうか?
基本的に中原は畑作民で呉は稲作民という違いが等もあると思うので。
これも微妙か・・現代感覚でいえば全く関係ないが・・・文化という面からいえば・・・
一般民がさほど頻繁に交流することは無理な距離だから・・・・とも思うけど
603無名武将@お腹せっぷく:02/05/11 12:41
>>601
完全な蜀マンセーなヤシだな(w
604無名武将@お腹せっぷく:02/05/11 12:48
>>602
一般に呉地方の特異性はかかれている通りだと思います。
しかし中国史を見るにあたって大切な視点が抜けているのです。
日本史と同じように中国史もそのほとんどが豪族の派閥抗争の歴史です。
つまりのところ方言や風俗などがまったく庶民レベルで違っていたとしても支配階級
の意識一つなんです。

呉ばかり豪族が強かったとされますが、実は魏も蜀も豪族問題でかなり頭を痛めて
ますよ、魏を簒奪する司馬氏などは豪族筆頭みたいな立場の一族です。
蜀の派閥も良く出身地でわけられますがこれらもやはり豪族同士の派閥です。
こういう理由からみても蜀にとって本来荊州問題はかなり重要な問題だったのです。
荊州派閥の豪族達を引き止めるために夷稜の戦いは避けられず、その後もなお残る
旧領地回復の願いを北伐へのエネルギーに変えていったのかとも勝手に推測します。
605無名武将@お腹せっぷく:02/05/11 12:48
悪いけど、俺は>>592に同意。
演義やゲームを元に語ってるように感じる。
荊州問題で趙雲がどうのこうのとか、張任が名将だったとか、
正史関係の資料見ると閉口するようなこと言ってるヤシ多い。
606593:02/05/11 13:01
>>604
いや別に呉ばかりがとは思ってません、書き方が悪かったです、すいません。

ですね、荊州豪族の反曹操連中が劉備を担ぎ上げて蜀を建国したと考えてよろしいでしょうか?
もちろん劉備にそれだけの名声と実力があったから可能だったことでしょうけど。

法正という人物は益州派閥をとりまとめられる実力者であったから
もし生きていたら夷稜に関して真っ向から荊州派閥と対立していたと考えてよろしいでしょうか?
その結果蜀にとってよい方向に進む可能性もありますけど。

もう一つ憶測があるのですが張飛は夷稜戦を主張するものの実力者であったため
反夷稜を主張するものの手によって暗殺されたと考えるのもありでしょうか?
しかしタイミングと方法が悪く結局夷稜を避けられなかったと・・・
607無名武将@お腹せっぷく:02/05/11 13:01
劉封を殺せといったのは誰?
潘濬って呉に降伏してからどうなった?
夷陵で死んだ高官三人以上リストアップして
ホウ統の実績は?

>>605
同意、張任が有能など何処に書いてあったのかと(彼には能力を判定
できるほどの文字が割かれてない)
608無名武将@お腹せっぷく:02/05/11 13:08
>>596を読むと、ウダウダ言ってるやつらが
ガキに見えてしまうな
609無名武将@お腹せっぷく:02/05/11 13:09
内陸部の成都って発展してるの?
と聞いてみるテスト
610無名武将@お腹せっぷく:02/05/11 13:09
ゲーム厨と蒼天厨はどっちがダメですか?
妄想だが、多分 趙雲って、融通きかないよな。
剛直で、頭も良かったみたいだが、多分何か欠けてたんだろうな。
妄想だが。
612郭図公則 ◆2getuhmE :02/05/11 13:16
今正史の趙雲伝読んでるが記述が相当少ないな・・・
613無名武将@お腹せっぷく:02/05/11 13:58
>>606
>荊州豪族の反曹操連中が劉備を担ぎ上げて蜀を建国したと考えてよろしいでしょうか?

半分正解
益州の豪族達の内乱に乗じて蜀を建国したわけです。
張松や法正が手引きして益州に引き入れ反対する豪族達を平定して益州を
平定します、同様に益州の内乱に乗り込んできた曹操が漢中を落としますが
その曹操を撃退、そして漢中王なんですけどね。

劉備軍団はそもそも徐州派閥と荊州派閥がありまして、そこに劉備を積極的
に引き入れた親劉備益州派と平定されてしかたなく従った反劉備益州派が
あります。
益州平定戦で戦力になったのは当然荊州派閥と親劉備益州派閥ですから
荊州人が主導権を握って蜀を建国したというのは半分当りで半分はずれです。

>夷稜に関して真っ向から荊州派閥と対立していたと考えてよろしいでしょうか?

これはどうかと、それこそIFの世界ですから。
親劉備益州派閥のドン法正が生きていたら益州派閥をうまくまとめてくれて
いたはずですからもっといい体制で夷稜戦に向かえたとは思いますがカリスマ
皇帝の劉備を抱え込んだ荊州派閥に対して牽制できたかどうか疑問です。
建国の成り立ちからみても劉備は絶対権力だと思いますので、この点が
タナボタ皇帝の孫権と違うとこでしょうか。

>もう一つ憶測があるのですが張飛は夷稜戦を主張するものの実力者であったため
>反夷稜を主張するものの手によって暗殺されたと考えるのもありでしょうか?

この辺りは歴史の楽しみの部分ですよね、こういう考え方好きです♪
実際に張飛軍の成り立ちなどを考えると反劉備益州派を抱えていた可能性は
かなりあると思いますのでこういう妄想も楽しいですね。

蛇足程度に
劉備が死後、諸葛亮が台頭してきます。
積極的に北伐をするわけですが、彼はどうみても荊州派閥のドンです。
その彼が蜀の実権を握ってもなお荊州奪回作戦をやれなかったことを見ると
蜀で軍を動かす場合、益州豪族に頼らないと軍が編成できなくなったと見る
べきなのではないかと思うのです。
益州派閥(この頃には親諸葛亮益州派と呼ぶべきでしょうか?)の以降に
より北伐なら軍を出してくれるという承認があったのではないかと。
その後、北伐や亡命などで元魏派閥もできたりして、姜維がその元魏派閥の
ドンだと考えると諸葛亮時代でも考えられないようなペースの北伐も納得
行くのかと。

なんて妄想長文失礼!
614無名武将@お腹せっぷく:02/05/11 14:27
ベトナムとかタイとかに進出するってのはどうでしょ?
>>614
ジャングルの行軍は大変だし、領土が広大な割に人口は少なく、
何より異民族なので常に反乱に備えなければならないとを考えれば非現実的。
616無名武将@お腹せっぷく:02/05/11 15:04
>>596盲信者が多い気がする。
益州の気候って、現代と後漢・三国時代では、かなり違うはずだが。
おまけに霧が多くて、想像ほどに農業生産力は高くない。

現地の感想としては、すばらしいのはたしか。
しかし…難しいな。正史ベースだろうが演義ベースだろうが、
蜀が天下を取るってのは。反三国志ベースででもない限り無理じゃないかな…

長安を落とせていたら、もう少し国として長生きはしたかも知れんが。

>>615
つうか、「中華」っつー言葉の意味するとおり、蛮地を領土にするつう発想自体が
なかったような気がするな。従えることはあっても。
618諸葛亮:02/05/11 17:11
私は、蜀が勝利するために様々な「兵器」を作ってきました。
その平気は、元戒ど、神刀、木牛などです。やはり、兵力差を
埋めるには強力な兵器を作るしかなかったんです。何せ、曹操軍の
6分の1の兵力しかなかったのです。元戒どの生産に力を注いだ
方が良かったかもしれません。この時代にはほとんどなかった
戦車に目を向ようかと思いました。小回りが利かないのは弱点
ですが、3、4人の努兵を乗せて元戒どを装備するのです。
さらに、その戦車の周りを4人ほどの兵が守るのです。
中距離の敵は元戒ど、近距離は重装備の歩兵。
遠距離ように、努弓をつんどきます。これが開発されれば
集団行動による戦法も可能になり、希望の光が見えたかもしれません。
619無名武将@お腹せっぷく:02/05/11 17:16
>>618
>何せ、曹操軍の6分の1の兵力しかなかったのです。
呉が共同作戦に応じていれば、もう少し兵力の差を補えた筈だよ。
>>617
長安を落としても何も変わらない。
むしろ、益州のように周りを守られていない長安の防衛のために、
蜀の寿命が縮まると思う。
>>613

蜀の天下取りからは話がちょっとずれて申し訳ないが、
613の捉え方は色々と疑問に思うので書かせてもらう。

>劉備を積極的に引き入れた親劉備益州派と
>平定されてしかたなく従った反劉備益州派があります。
613は劉璋旧臣の中でも劉備政権で初期に重用された李厳、董和、劉巴といった連中を
親劉備益州派豪族と考えているということで間違いないか?
しかし彼らはそのほとんどが劉備入蜀前に蜀へ避難していた「荊州出身者」であって
劉璋旧臣ではあっても「益州派」とは言い難いだろう。

>親劉備益州派閥のドン法正
この捉え方もどうだろうか?
法正は司隷部扶風郡の出身者で戦乱を避けて孟達とともに益州入りしている。
益州出身者ではない。
劉璋時代も不遇で張松以外の益州豪族との繋がりはなかったのでその頃の人脈もないし、
彼が益州豪族の派閥に入っていたと考えるのは無理があるのではないだろうか。
それに彼は劉備の恩寵をかさにきて
自身の蜀郡太守という地位を悪用して旧怨を晴らしていた人物でも有る。
彼を怨んでいた益州豪族もさぞ多いだろう。
たとえ法正が益州豪族の派閥の一員だったとしても
果たしてこういう人物が益州豪族たちを纏め上げることができたかどうか・・。
個人的には無理だと思うが。
法正の権力のバックボーンは派閥ではなく劉備個人からの信頼の厚さではないだろうか?
彼は派閥の長などではなく、そういう意味では関羽や張飛、魏延と同類なのではないかと思う。

>諸葛亮が蜀の実権を握ってもなお荊州奪回作戦をやれなかった
諸葛亮が荊州閥の長であったことは間違いないと思うが
忘れてはいけないのが彼自身は徐州の出であるということ。
荊州奪回作戦はやれなかったのではなく、やるつもりがなかったのではないか?

>姜維がその元魏派閥のドン
姜維にはそういう頼るべき派閥が無かったからこそ、自身の地位の保持のために
無謀な北伐を繰り返さざるを得なかったという考えの方が一般的だし内容も合理的だと思う。

長文で失礼。スレの本題からも外れるのでsage
>>620
長安一帯は董卓が引きこもりに利用した要害なのだが。
潼関・武官・散関・簫関の四つの関ががっちり守ってる。
それゆえあのあたりのことを関中地方と呼ぶ。

ま、だからと言って長安をとったら何とかなったとも思えないし、
そもそも長安を奪取できたかどうかが問題だが。
623郭図公則 ◆2getuhmE :02/05/11 20:08
自己保身のために国を私物化する家臣達、蜀も所詮袁一族と同じか・・・
624無名武将@お腹せっぷく:02/05/11 20:27
だから、派閥抗争で滅びるならしょうがないんだよ。
曹操を見ろよ。あちこちの出身の家臣や遺臣やらを配下にしているよ。
派閥抗争で滅ぶなら、先に曹操がほろぶってば。
派閥抗争がないとは言わないが、それがすべて国を滅ぼすものとは限らないだろー。
625無名武将@お腹せっぷく:02/05/11 21:13
>>623、624
でもそれは曹操という個人的カリスマの力と、内部抗争するまえに一致団結して漢旧臣派と戦う
必要があったからでしょ(内部の人間でも親漢派の荀氏は排除されたしね)。
曹操死去の後は、派閥抗争が原因で徐々に崩壊し、司馬氏にのっとられてるじゃん。
626無名武将@お腹せっぷく:02/05/11 21:22
>621
益州に益州出身者は少ないと思うのだが
劉えんは益州出身者ではないが俺の中では劉障も益州閥だ
劉備が入った時点で益州にいた奴等の事をそう呼んでいいと思うのだが
627無名武将@お腹せっぷく:02/05/11 21:28
>>626
御意。
大きくは、旗揚げ派、徐州派、荊州派、益州派、その他の5つぐらいで、
その中がいくつか分かれていると考えるべきだな。
628無名武将@お腹せっぷく:02/05/11 22:27
一番よかったのは蜀の天然の要害を盾に籠もりきってひたすら内政を充実させ、外で魏と呉が争い疲弊し切るのを
見てから北伐っていう手かもしれない。というか漢の高祖と同じなんだが。まっとうな国力のある相手と蜀は戦うべき
ではなかったんだよ。外の混乱に乗じて打って出るべきだった。もちろん呉も比較的保守的だったからどの程度魏と
抗争してくれたか分からないから、どちらかと言えば司馬氏の台頭による政情の不安定に乗じるぐらいがよかったの
かもしれん。あ、でも呉も一応その直に動いていたけど失敗してたっけなぁ?
>>628
このスレで何度かガイシュツな気がするけど蜀に引き篭もった場合、
漢室再興という大義名分が胡散臭くなってしまうのが最大の難点かもしれない。
630621:02/05/11 23:51
>>626
>益州に益州出身者は少ないと思うのだが
そんなことはないよ。
黄権、彭ヨウ、李恢、馬忠、張嶷、張翼、張裔、楊洪、費詩、etc...
蜀漢の臣下でも探せばいくらでもいる(地元なんだから当然だけど)。
劉備政権下で益州出身者が初期にあまり目立たないのは
諸葛亮の影響なのか当初荊州出身者が優遇され、彼らばかりが高位にある傾向にあったから。
(逆にいうと劉璋旧臣はその多くが劉備に取り立てられているが、同じ劉璋旧臣でも
荊州出身者と違い益州出身者は実権のある高位の職を与えられたのは黄権と彭ヨウくらいしかいなかった
=それくらい荊州出身者と益州出身者の待遇に格差があった、ということ)。
益州出身者も政権中枢に組み込まれるようになっていったのは劉備の死の前後から
(本当に朝廷の中枢にまで益州出身者が至るのは諸葛亮没後)。
だから、少なくともその頃までは
>劉備が入った時点で益州にいた奴等=益州閥
という括り方には無理があると思う。

>>627
>大きくは、旗揚げ派、徐州派、荊州派、益州派、その他の5つぐらいで
>その中がいくつか分かれていると考えるべきだな。
基本的に同意。
漏れは荊州出身の劉璋旧臣は益州閥でなく荊州閥だと言いたかっただけなので。
ただ関羽、張飛、簡雍といった旗揚げ派と
麋竺らの徐州派は「派閥」と言う形での勢力ではないと思うけど。
むしろ彼らは621で挙げた法正みたいに劉備の個人的な繋がりによって権力を持っていたのでは?
魏延や劉[王炎]といったその勢力の生き残りは劉備の死後、
諸葛亮と肌合いが合わず消えていくことになったと考えると筋が通ると思う。

また本題と関係ないのでsage
631621=630:02/05/11 23:56
訂正。
>諸葛亮と肌合いが合わず消えていくことになった
諸葛亮を頂点とする派閥的、名士的な人物評価構造と
肌合いが合わず消えていくことになった

の間違い。スマソ。

とにかく、劉備が長生きすればヨカータと思う。
633無名武将@お腹せっぷく:02/05/12 19:02
>625
つまりは劉備の個人的カリスマがあれば、孔明とホウトウが、同時に配下に存在してても問題はないんじゃないか?
634諸葛亮:02/05/12 20:07
さっきバカなレスを書いた僕ですが、諸葛亮先生の
兵器があったから大軍相手に互角に渡り合えたの
かも知れない。だって元戒どって諸葛亮先生が
作ったって聞いたが。>619 呉は共同作戦に
応じたが合肥新城で負けそうになってとっとと
逃げちゃったんだよ。諸葛亮と中悪かったのって
誰だっけ?魏延だけだった?劉備や古参の
武将が残っていればどうにかなったかも。
>>634
戦いは数
>>635
それに愛を加えてもらおうか
>>634
別に諸葛亮の兵器はそんな特別なものでもないと思います。
戦車なんて紀元前1500年ごろから使われてる兵器だし・・・
荒地でなく整備された土地の平らなとこでないと全く役立たずな兵器です。
改良型の石弓だって別段特別なものでない春秋戦国時代から使われてる兵器だから
その後いろいろ改良されれいってるだろう諸葛亮の石弓だけ特別強力とは思えない。
もし大変な能力があったら後の時代みんな使ってますし・・・

戦いは数だが、一度に全軍で戦えるわけではない。蜀だけと戦えばいいわけでないし。
一つの戦いとってみれば別に蜀が圧倒的兵力不利で戦っているとは思わない。
違いは蜀と魏の国力差から戦争すればするほど地力の差が大きくなっていくこと
魏にとっては大した損害でなくても蜀には致命傷になりうる。互角の戦いをすればするだけ差が開いていく。
魏にとって互角の戦いならまあ良しで蜀にとっては大勝利以外勝ちといえない状態だったのだろう。
徐庶がいてくれたらと思う。
徐諸なら関羽を押さえることも出来ただろうし荊州での人脈もあるから
留守居役として荊州失陥の確立を大幅に下げてくれたんではなかろうか。
>>638
徐庶は孔明を哨戒したぐらいしか実績が無いよ、魏でも大して出世してない
640諸葛亮:02/05/12 22:00
戦車はあれふざけて書きました。あれは
小回りが利かないので使われなくなってしまったんですよね。
諸葛亮先生は1度に大軍相手に戦うと負けるのは
必至なので狭いところで戦ったんだよね。そうすれば
1度に相手にする軍が少なくなるからじゃなかったっけ?
だけど、元戒どって本当にあったんでしょ。
なんか、10発同時に打つとか言う奴。解説があったな
そういえば。
641諸葛亮:02/05/12 22:03
漢中にこもればいいっていうレスがあった
と思うがあのそこら辺は地の利があったし
やはり、山があるから(あったよね?勘違いか?)
複雑な地形になってるからやはり、少数で
大軍を相手にするのが可能だね。多分・・・
だけど、その間になんか曹繰の使者によって
誰か裏切りそう。孫権も蜀をみかぎって
同盟を破棄しそうだし
>>641
国は人ではなく国力です
643無名武将@お腹せっぷく:02/05/12 22:22
>>641
もし、蜀が漢中にこもっていれば・・・
たしかに、蜀は魏の侵攻を当分は防げると思います。
しかし、その間に魏が先に呉を攻め滅ぼしてしまう可能性があります。
そうなれば、やはり蜀は魏に攻め滅ぼされてしまうと思います。
その意味では、孔明の北伐はやむを得なかったと思います。
644乱丸:02/05/12 22:23
人は石垣、人は城
645無名武将@お腹せっぷく:02/05/12 22:25
徐庶が劉備の元に残る。
ホウトウが死なない。
張任も死なない。
ほう徳が馬超といっしょになって劉備に下る。
関羽が孫権の娘と結婚して、呉との連携強化を図る。
当然、荊州の失陥や夷陵の戦いはない。
訂正 国は人ではなく人口です
(´Д`)/ <先生!関羽が孫権の娘とケコーンしたら反逆行為ですよね?
>643
そうそう、蜀の圧力があったからこそ呉などの勢力がだいぶ楽をした。
諸葛亮の死で蜀の圧力が弱まったとたん遼東の公孫氏が滅ぼされたのがよい例。
蜀が完全に守勢に回っていたら寿命が延びたかってのはかなり微妙だよ。
649無名武将@お腹せっぷく:02/05/12 22:45
>>643
>しかし、その間に魏が先に呉を攻め滅ぼしてしまう可能性があります。
>>648
>そうそう、蜀の圧力があったからこそ呉などの勢力がだいぶ楽をした。
君は、この>>643の意見について同意するんですね?
なんか妙な突っ込み食らったな…余分な補足だったということか?

> 君は、この>>643の意見について同意するんですね?
Yes.
651無名武将@お腹せっぷく:02/05/12 23:01
>>643
何だ、お前こんなとこにいたのか、???よ。
2ちゃんと他でここまで文体が変わらんやつも珍しいもんだな。
おおかた大手で問題起こして追放食ったってとこか?(藁
(´Д`)/ <先生!蜀の臣下が呉の主君と婚姻を結んだら蜀への反逆になりますよね?
653無名武将@お腹せっぷく:02/05/12 23:16
>>651
何のこと?
>>653
歴史系のサイトで問題ばっか起こしてるのよ。
教えて君のくせにお礼言わないし、勝手に切れるわで鼻つまみ者なのさ。
検索エンジンにカテゴライズされてる大手歴史サイトにはたいてい出現してる。
>>654
649も同じ文体と見ていいの?
656無名武将@お腹せっぷく:02/05/13 00:02
>>655
まあ>>643が???である証拠はないけどね。
ただし、文体が似通ってるね。
657無名武将@お腹せっぷく:02/05/13 00:05
>652
たぶん関羽のことを言っているんだけど、勝手にやらなければいいだけでしょ?
主君である劉備にお伺いを立てて決めればいいこと。
即断で追い払った関羽は、やはり倣岸不手際と言わざるを得ない。
劉備だって呉と縁者になってるわけだし、孔明も東は孫権と和すって政略があるし。
賛成はされても反対はされなかったはず。
(´Д`)/ <>>657さん回答有難う、でも敵対派閥は怒るんじゃないの?
659無名武将@お腹せっぷく:02/05/13 09:00
>>657
自分も、関羽の人格には問題を感じるな。
関羽って、『春秋左氏伝』をほとんど諳んじることができたそうだが、
にもかかわらず、↑の件や、士大夫などのある程度の地位にある人間には
驕慢といっていい態度で接していたようだからなぁ。
『春秋左氏伝』を読んでいるくせ、ごまんと記述されている「礼」を疎かに
した人間の末路から、なにも学ばなかったのだろうか?
660無名武将@お腹せっぷく:02/05/13 10:47
>>657
だったら婚姻の使者を関羽のとこじゃなくて劉備のとこにいけばいい。
呉が分裂策を使ったってことだろ?
関羽に野心ありなら独立させてないなら非礼さを主張する。
外交とはそういうものだろ?
661無名武将@お腹せっぷく:02/05/13 10:56
そもそも蜀が出来たこと自体間違い。
662無名武将@お腹せっぷく:02/05/13 17:19
っていうかさ、呉って蜀と喧嘩する口実のためだけに関羽に
結婚申し込んだんじゃないの?
呂蒙だったらそれくらい考えると思うんだけど。
そんなこといってる漏れは北方に侵されすぎなのかもしれないが。


っていうか???、ここにもいるのかよ・・・。
いったい何なんだ。ヒッキーか?
あんま言うのもアレだが、ちょっとどうかと思うよな。
663無名武将@お腹せっぷく:02/05/13 17:20
つーか、蜀はひたすら南を
たいらげて、インドあたりまで
攻め込んで、そっちに国をつくりゃ
よかったのよ。
それだけ。
>>596
それでも四川省は現在の中国で最貧地域という罠。
孫権が申し込んだのは「関羽と孫権の娘の結婚」ではなく、
「孫権の息子と関羽の娘の結婚」なのに
何故誰も>>645にツッコまないのか?

>>663
それじゃ「漢」を名乗った意味が無くなってしまう訳で・・・。
666無名武将@お腹せっぷく:02/05/13 21:20
原因は張まつが思った以上にバカだったから益州獲るのが遅れた。
でも地図ありがとう。
蜀って場所が悪いんじゃないのか?
自然の要害が逆に仇になっているとか。

前漢滅亡後や西晋末期にも蜀の地に王朝が立っているけど、
いずれもろくに外に出て行かずに滅びていなかったか?
高祖に倣ったんだろう。
辺境から軍を興して天下統一した例は少ないけど。
ほとんどが、北方を抑えた国がそのまま天下統一をしている。
誰がヒキー?
ところで、三戦板の住人はこんなゲームはお嫌いか?
http://www.200ch.com/~lolink/eb2/ebs.cgi
671無名武将@お腹せっぷく:02/05/14 20:53
>>668
高祖に習ったところがどうもいけないと思う。
劉邦は、人を使うのが上手く、臣下に優れた人材がいた。
劉備は人事が下手だったとまでは言わないが、圧倒的に人材も兵力も魏、呉に劣る状況で
蜀をとってもどうしようもなかったのではないか。
>>671
かと言って、他に土地がありません。
そればっかりは劉備や孔明を責める事は出来ない。
673無名武将@お腹せっぷく:02/05/14 21:03
>>672
いや、劉表が死んだとき、荊州を奪い取っていればよかったのでは?
大義名分の為という理由をつければ、それも可能だと思うのだが。
674無名武将@お腹せっぷく:02/05/14 21:07
>>670
5月11日(18:15) 王平が蜀漢を樹立。R略に対して独立を宣言。
675損権厨房 ◆eUbtZCI. :02/05/14 21:12
>>671
項羽が暴君すぎたと言うのも幸いしているね>劉邦
676無名武将@お腹せっぷく:02/05/14 21:13
>>675
暴君というのはどうかな?むしろ英雄。
677無名武将@お腹せっぷく:02/05/14 21:13
難しいと思うぞ。
劉璋が君主のままでは曹操に潰されるだけだと思う。
どうやっても無理だね。
678無名武将@お腹せっぷく:02/05/14 21:15
だから、荊州を奪って地盤を固めた上で、蜀に攻め入ればいいのでは・・・・
って、まんま初登場した時の孔明の策なんだけどね(w。
>>673
いや、あの時点で荊州を奪っても、荊州豪族たちを掌握する時間が足りないから、
「すぐに曹操の南征軍に破られて終わり」の可能性が高いからねぇ・・。
680無名武将@お腹せっぷく:02/05/14 21:20
>>679
でも、劉備は7年間(だったっけ?)も劉表の下で過ごしてたんだから、
ひそかに荊州豪族達といざというときに手を結んでおく事くらい出来たはずじゃない?
681無名武将@お腹せっぷく:02/05/14 21:21
>>680
よのなかそんなに甘くない、蔡一族どうすんだ?
682無名武将って:02/05/14 21:22
本当無名武将って人暇人だよね。
いつ来てもいるもん。ここに。
683無名武将@お腹せっぷく:02/05/14 21:23
>>681
暗殺。もしくは、元々、蔡一族が台頭したのは、蔡夫人を劉表がもらったから。
ケコーンを影から邪魔する。
>>673
その場合は、まず蔡帽たちをどうするか?
彼らを抱えたまま曹操の大軍と対峙するのは不安要素が大きいので、
クーデター時に殺すのが適当か。
陸戦でまともにぶつかっても勝てるわけないので、籠城し、
孫権と同盟しつつ情勢の変化を待つことになるのかな。
その後の展開は、史実と変わらんだろうが、
これだと荊州問題で呉がガタガタ抜かさないと言うのがある。
ただ、実力行使で荊州に攻め寄せるかもしれんが。
7年もあるのだから
まずは劉[王宗]暗殺。
次に蔡帽でいいんじゃない?

大義なんて在った物じゃないが(藁
686679:02/05/14 21:29
>>680
荊州の豪族のうち最も有力なのは蔡瑁を始めとする蔡一族。
連中を始めとする荊州の有力豪族はほとんどが劉ソウ派。
(自分たちの既得権益を守りたいから曹操に降伏した方がマシと考えてる)。
彼らに対抗できるような豪族たちは劉表が赴任してきた直後に
騙まし討ちで殺されてて、力のあるものなんて残っちゃいない。

大体当時の劉備軍には数千の兵力(劉キの兵力合わせても一万ちょっと)しかない。
これで曹操軍数十万に歯向かって劉備に味方しようなんて奴がそうそういる訳がない。
反曹操派の豪族がいたとしても劉備に従って逃げるのがやっとでしょ。
687無名武将@お腹せっぷく:02/05/14 21:35
>>674
王平が蜀漢を樹立ってどういうことですか?
蜀を立てたのはホウトウとコーメイでしょ?
688無名武将@お腹せっぷく:02/05/14 21:42
蔡一族を劉備の人徳光線をもって洗脳・・・・
おもいっきり演義入ってるな、スマソ。
でも、蔡一族の時期家長候補の中に、劉備派はいたと思うから、
蔡瑁を暗殺した後、そいつが家長につくように工作すればよかったんじゃない?
689無名武将@お腹せっぷく:02/05/14 21:52
>>688
>蔡一族の時期家長候補の中に、劉備派はいたと思う
いないと思うけどなあ。
蔡一族にとって一番良いのは縁戚関係にある劉ソウ
(正史では蔡夫人の子ではない。夫人の姪が劉ソウの妻の関係)
がそのまま荊州を治めてくれること。

それが適わなくなったからせめて曹操に反抗せずに降伏して・・・
ってのが蔡一族の基本路線でしょ。
それからはみ出した思想を持ってる奴なんてのがいて、
しかも次期家長クラスだったら確実に歴史に名を残す行動をしてるだろう。
そんな話は聞かないし・・・。
>>687
( ゚д゚)ポカーン
>>687

>>670の言ってるゲームの話だろ。
大体なんで蜀を立てた人物が劉備じゃなくて諸葛亮とホウ統なんだか(笑
692位宮:02/05/14 22:33
可比能が暗殺されてなければ....
693無名武将@お腹せっぷく:02/05/14 23:14
>>692 鮮卑か…。
694無名武将@お腹せっぷく:02/05/15 02:49
>671
蜀漢は劉備だけど蜀は違う
宣伝することをお許しください。
半年前に某商社をリストラされ、職安に通いながら日銭で暮らしている者にございます。
しかしながら時代は50代には厳しく、蓄えも底尽きようとしています。
子供にも恵まれず、女房は病床に伏し、もはや私には絶望しか残されていませんでした。
インターネットで情報を探し、色々なビジネスに取り組みましたが失敗の連続。
このカジノは最後に残された光であります。

嘲笑、同情感じていただいた方、何卒宜しくお願い致します。
http://www.imperialcasino.com/~1hvd/japanese/

696無名武将@お腹せっぷく:02/05/15 15:59
>>695
そして麋竺が登場して劉備は助かったわけだ
697無名武将@お腹せっぷく:02/05/15 16:13
>>694
高祖は蜀を根拠地に中国統一したんじゃなかったっけ?
698無名武将@お腹せっぷく:02/05/15 16:32
>>697
高祖劉邦は漢中から領土を広げていったんだよ。
699無名武将@お腹せっぷく:02/05/15 16:37
>>698
漢中は蜀の一部と考えてよろしいか?
700無名武将@お腹せっぷく:02/05/15 16:41
2ch=格好の宣伝場所と考えるやつってどうかしてるよな。
2chの中で貼られるリンクは、そのスレや板にとって必要な場所に飛んでなけりゃ、
ただのネタとしかみてもらえないのに。
701無名武将@お腹せっぷく:02/05/15 16:42
っていうか、漢中は益州の漢中郡だし……。
ちなみに高祖劉邦にとっては、漢中よりむしろそこを出て“関中”を制する事ができたのが大きいと思われ。
だから孔明も長安を目指したのだろうけど、すでに長安は首都ではなかったし、
また李[イ寉]と郭[シ巳]らが洒落にならないほど荒らしまわったので、仮に取れたとしても高祖劉邦のようにうまくいったかは疑問。
702無名武将@お腹せっぷく:02/05/15 16:43
>>691
意外とマターリしてるゲームだたーよ。

そうだな、ホウ統はともかく、なんで諸葛亮なんだよ(w
703無名武将@お腹せっぷく:02/05/15 16:47
李[イ寉]と郭[シ巳]が荒らしまわしたのって、劉備が蜀を取るずいぶん昔の話じゃない?
いくら荒らされてたとしても、さすがに元首都なんだし、
孔明が狙うだけの発展はしてたと俺は思うけど。
>>703
無理
705無名武将@お腹せっぷく:02/05/15 16:53
地図帳みてみたんだが、日本にもちょうど蜀みたいなとこあるね。
岐阜とか、長野にある盆地はけっこう要害っぽい。
そこの君主がなにやってたかは知らんがw
706無名武将@お腹せっぷく:02/05/15 16:53
>>704
何が?
>>703
長安が本当に復興したのは北伐期でしょ。
孔明に狙われるから要塞化するために大開発したと聞いたが。
708無名武将@お腹せっぷく:02/05/15 17:56
街はどうだか知らんが、
関中の土地は戦国時代から開発が続いた為にかなり痩せてる。
長安を目指したのは、単にルートの都合だろ。
709無名武将@お腹せっぷく:02/05/15 19:52
>>702
ホウ統と諸葛亮 どう考えても、逆だろ。
>708
遥か時代が下って唐代になっても生産力が回復しきらなかったという話があるね。
関中の生産力じゃ長安の人口を支えきれなくて、
飢饉となると文武百官が黄河下流の食料集積地まで出向いていったとか何とか。

>709
蜀攻略作戦の指揮官は鳳統。
諸葛亮は建国後しばらくして政権を握ってその後の蜀の基礎を築いた。
ということで、「建国」の功臣は鳳統の方で、諸葛亮は「守成」の功臣だろう。

でも、建国したのは絶対に劉備…
711無名武将@お腹せっぷく:02/05/17 02:06
イリョーで失った人材は名前が残ってるので
馬良、王甫、程畿、傅トウ、馮習、張南、沙摩柯、黄権、杜路、劉寧
辺りだけど
劉備、張飛も含まれそうだ
ハンキョーチョータツはもしも裏切らなかったら名前も残らなかったような奴らなの?
身分とかはどんなんだったん?
712無名武将@お腹せっぷく:02/05/17 13:30
>>711
李朝・劉巴も222年、永安で死んでいるよね。
他に趙融と言った将軍がその後出てこないと思う。
713無名武将@お腹せっぷく:02/05/19 17:48
                                
714無名武将@お腹せっぷく:02/05/19 18:45
劉備と孫尚香がセクースするから取れなかった。
715無名武将@お腹せっぷく:02/05/19 20:00
高祖劉邦が天下を統一した時は始皇帝の死から始まった中国の動乱が終わろうとしていたから、すんなり行った。
一方、三国時代はその後隋の統一までの長い分裂時代の始まりだった。だから例え、劉邦とその一統がいても無理
だと思う。敢えて言うなら、献帝が早くに廃されていて曹操暗殺が成功していたら、確実に曹操一統は割れるので
劉備にもチャンスはあったのではないだろうか?と思う。でもそうすると哀紹が統一してしまうだろうか・・・?
716無名武将@お腹せっぷく:02/05/19 20:52
>>710
いや、
戦略が無さそうな劉備に戦略を示した面と
呉との連携を成した点で、諸葛亮の功績の方が高いと思う。
ホウ統は、他に大した功績も無いし、
肝心の蜀攻略の途中で戦死しちまってる。これが相当なマイナス。

でも、劉備だよなぁ。
717無名武将@お腹せっぷく:02/05/19 20:52
曹操「この鹿を射止めたのは俺DA!!」
・・・・って時に、関羽がばっさりとやっとけばよかったんだよ(w
718損権厨房 ◆eUbtZCI. :02/05/19 20:55
>>717
そしたら劉備もあぼーんで余の天下となる
曹操が途中で死んだら、まっとうに袁紹の天下でしょう。
曹操に負けたから不当に評価低くなっているけど、優秀な部下が多かったし、河北もちゃんと統治していたみたいだし。
劉表、劉璋、孫策あたりも、普通に臣下の礼をとって、曲りなりにも統一。
そんで、袁紹が死んだあとで、まず兄弟の後継者争いが起きて、内乱起きまくり、異民族侵入してきて……結局、晋と同じ事に(藁
720損権厨房 ◆eUbtZCI. :02/05/19 21:26
孫策
↑劉表や劉璋はともかくこいつが臣下の例をとるとは思えない
河北と中原を袁紹が、ほぼ無傷で手に入れた時点で、
孫策はともかくとして彼の下の豪族たちが従ってしまうだろう。
官渡の戦いの後、曹操は河北制圧に七年もかかっているが、そのタイムラグもなく南下されたら、さすがの孫策も抗し切れないだろうし、また彼の性格だとやはり史実のように部下に暗殺されてしまう危険性すらある……。
孫策は大好きなんだけどね。
722無名武将@お腹せっぷく:02/05/19 23:09
袁紹は河北という一地域を統治してる分に構わなかったかもしれないが、天下となると果たしてそれだけの
ビジョンがあったのだろうか?彼にそれだけの器があっただろうか?正史はちゃんと読んだこと無いので知
らないが。連合軍の司令を務めたのが史実なら、それすらうまくまとめ得なかった彼が果たして多様な文化
多様な人種が混在する漢土を治められただろうか?家柄なんてものは脆く通用しないが乱世の決まりだと
思うが。
あんま器とか、そういうので歴史は判断しないほうがいい。
器じゃない人間に歴史が握られるのはいくらでもあるし、置かれた状況と流れのほうが大事。
それに袁紹は言われるほど愚鈍でもないし、部下も優秀だった。蜀よりも人材層は厚いとすら言えるぐらいで、曹操は袁紹を倒したあとでもさんざんに苦労させられている。
それに勝ち組に乗ってしまうと、勢いづくものなので、雪崩的に袁紹に天下が転がり込む可能性しかなり高かった。
それを一番わかっていたのが、ほかならぬ曹操だったのだろう。
袁紹が病死した後も息子二人に負けたこと無かった?
725無名武将@お腹せっぷく:02/05/19 23:40
なるほど。
726無名武将@お腹せっぷく:02/05/20 03:31
実は諸侯は袁紹の元にまとまりかけてた
その袁紹が滅びてしまったから動乱が長続きした
曹操だってトータクが滅びるまでは袁紹の下(?)についていたという形だし(派閥というのが正しいかも)
トータク、袁紹、袁術で天下3分されてたとも言えるし(トウケンや孫堅は袁術派)
そういう意味では曹操には勝ち目がなかったというのは本当だと思う
袁術の滅亡時には袁紹の元にまとまりかけてたともいえるし曹操さえ滅びればマジでその時点で天下統一になったかもしれない

その曹操が勝つ方法・・・・それは滅びたはずの漢王朝を復興させるという大義をそこで復活させるという点
そして袁紹は献帝の影響力を軽視しすぎた(漢王朝は既に滅んでいたという感覚だったから)
時代はさらなる戦国時代に

実は袁紹の家柄は袁術にすいとられていた感じで彼は能力でのし上がって来たって言われてた気がする
皇帝になる気は満々だったと思う
727劉備:02/05/20 05:21
皆の者すまん。
728無名武将@お腹せっぷく:02/05/20 10:55
題名変えない?
「ここを間違えてたら蜀が天下を取っていた!」
「三国志と反三国志を間違えてたら蜀が天下を取っていた!」
730無名武将@お腹せっぷく:02/05/23 06:59
呂布を滅ぼした時に、張遼の命乞いするじゃん。
そこで張遼を配下に加えていたらどうだったろうね。
劉備が呂布を受け入れていれば・・・・・。

ダメか。
732損権厨房 ◆eUbtZCI. :02/05/23 17:45
>>730
張遼は忠臣だなぁ

>>731
ダメだろう
>>731
きっと裏切るだろうね
734無名武将@お腹せっぷく:02/05/23 23:49
ここにいる人たちって、李厳のことをどう考えてる?
「呉の陸遜に対抗できる人物」と評されていながら、後方で食料輸送が任務。
実際はどの程度の人物だったんだろう。
735無名武将@お腹せっぷく:02/05/23 23:53
>>734
それはただ単に諸葛亮が李厳をおだてただけ、劉禅への
上奏文であいつはおだてりゃ良しと書いてる
736無名武将@お腹せっぷく:02/05/24 00:00
張遼の命乞いって出典どこから?
730見てから史書ざっと読み返したけど見つからない…
(確認したのは曹操・張遼・呂布・臧覇・劉備の伝)
737無名武将@お腹せっぷく:02/05/24 00:08
一応は関羽が助けろと頼んだんじゃなかったか?
738無名武将@お腹せっぷく:02/05/24 00:08
>>736
演義じゃないかな?
739無名武将@お腹せっぷく:02/05/24 00:21
>>730はこのスレ逝って告白してこい。

歴史で恥ずかしい勘違いをしてた奴→
http://curry.2ch.net/test/read.cgi/warhis/1019707050/l50
740無名武将@お腹せっぷく:02/05/24 00:32
>>735
でもそれは裏返せば、おだててでも働いて欲しかったと言うことでは?
本当に大したこと無いんだったら諸葛亮もそんなにおだてて無理に
働かせようとなんてしないんじゃない?
李厳のことは諸葛亮だけじゃなく劉備も評価してるし、
蜀ではそれなりに有能な人材だったんじゃないかな。
勿論、多士済々の魏でも一線級になれる人材だとまでは思わないけど。

>>734
後方の食料輸送などの軍政は軽視出来ないものだよ。
兵站や補給は前線での戦闘と同じくらいかそれ以上に重要な役割。
劉邦が前漢を建国した時、勲功第一と賞したのは、常勝の将軍、韓信でも
稀代の軍師、張良でもなく後方で補給を一身に支えた蕭何だったことは有名。
蜀では諸葛亮がこの分野の第一人者だったけれど、
自身で軍を率いることになって誰かに任せる必要が出てきて、
更に南征の頃から北伐初期までその役割を任せていた張裔が230年に
病死してしまったために、後任に李厳を持ってきた訳。
李厳の才能はかなり評価されてたんじゃないかと思う。
741無名武将@お腹せっぷく:02/05/24 01:55
つーか「この武将がいれば」とかいうレベルの話ウザい
ネタレスに反応するのもどうかと思ってたんだが
742損権厨房 ◆eUbtZCI. :02/05/24 02:16
>>740
襄陽攻めのとき
そこを普段大切にしていない部下に任せた関羽はやはり己の才能に自惚れていたのかも知れない
743関平タン:02/05/24 02:20
天に逆らう劉備を倒せ!!天に逆らう劉備を倒せ!!(決戦2より)
744無名武将@お腹せっぷく:02/05/24 09:58
>>734
李厳(230年に、厳から平に改名)は、ともすれば孔明の陰に隠れがちだが、
実際には劉備の崩御時、生前の法正と同格の尚書令である。

つまり孔明とも同格といっていいわけだが、この李厳、じつは劉備の死後まもなく、
孔明に王位に即くことをほのめかすようなことを言っている。
それどころか、益州のなかの五郡を巴州とし、その刺史に任じるようにいっている。
また、三公の特権である府の開設の権利を求める主張までしていたらしい。

上記の全てが真実とは思わない。
が、それに類する件が積み重なって、最後の末路に至ったのではないか。
孔明自身、李厳を相当持て余していたと思われる。

真実恐ろしいのは、外患よりも内憂である。
745無名武将@お腹せっぷく:02/05/24 11:48
この武将がいれば 今後禁止
この時点でこれができれば 今後の主題
746無名武将@お腹せっぷく:02/05/24 12:23
まったくだ。
“この武将がいれば”で語られる人物全部いたとしても、魏に人材層でかなうはずないのにな。
747無名武将@お腹せっぷく:02/05/24 12:24
李厳は以前でてた派閥の中でいうと益州閥でいいの?
派閥別実力者を年代別に知りたいんですが、そうすれば想像がつくと。
748無名武将@お腹せっぷく:02/05/24 12:30
四国が本州と戦争したら、いくつかの偶然や知略などで手近な大阪は占領できるだろうけど、東京まで進撃するのはまず不可能。
そしていずれ総反抗に遭って大阪も奪還される。
蜀と魏の戦いとはこのようなもの。

むしろあの状況で蜀を建国できた劉備をホメ、維持してきた孔明と費禕、蒋琬、劉禅を褒めるべき。
大国も崩れるのは速い。
なにかウルトラCの計略でも・・・
750無名武将@お腹せっぷく:02/05/24 12:42
大国が崩れるより小国が潰れるほうが早いが?
大国は歴史に大きく残るから目立つけど、あっちゅーまに潰れた小国の例の方が多いぞ。
751無名武将@お腹せっぷく:02/05/24 12:42
>>748多分その通りだね。近世まで中国は日本以上に同郷意識が強かったそうだから、
中原を奪い維持しようとなると、安定するまで百年はかかるんじゃない?
曹操や曹丕みたいに強力な中央政権を作っても、元々中原の以降とは
縁薄の流刑地で独自色強い蜀だからね、内憂が多いだろう。
それに中原=魏=都会の中枢は豪族というよりインテリ文官が多いのに対して
僻地=蜀=田舎は清流派知識人ではなく流れ者or地元豪族だからね。
維持は非常に難しい。
そもそも孔明は劉備の無茶な注文を曲がりなりにも通した功績は大きいと思う。
>>750
何かムキになってないか?
ウルトラCの非現実性を問うならまだしも、
事例の数量は問う意味が無かろうが。
それいったらほとんどの大国も崩れ去った事例しか残らん。
753無名武将@お腹せっぷく:02/05/24 12:54
>>752
 むきになるとか感情論を持ち出しなさんな。
 大国>小国で崩れやすいってな言いかたはおかしいって指摘したまでさ。
 基本的に大国のが小国より強くて、だから小国は苦労する。
 これが基本的な仮定とすべきで、大国は崩れやすいって仮定から推論を進めるのは乱暴じゃないかって指摘したまでのことだよ。
>>753
俺が書いたのは
>大国も崩れるのは速い。
だぞ。
>>大国は崩れやすい  >>大国>小国で崩れやすい
とは違う。
その崩れのきっかけを促すことが出来るような
>ウルトラC
を問う方向に直したかっただけで、状況を査定するだけでは
このスレの意義を失うと思うよ。
別に木を送れだ美女を送れだ言うつもりはないが。
755無名武将@お腹せっぷく:02/05/24 13:11
 まあ、孔明がいなけりゃ、蜀は劉備が死んだ時点で起きた各地での反乱で滅びたのは間違いなくて、そこから蜀の国力を回復してのけた孔明の手腕は、誰が見ても否定できない功績だと思う。むしろ北伐などより、益州各地の鎮定と益州の復興こそ孔明の最大の功績だろう。
 これを踏まえて、孔明の偉大さを認めつつ言ってしまうけど、やはり孔明が最大の内憂であったという面もあるな。
 あまりに巨大な存在となってしまったせいで、蜀は孔明と劉禅という二つのリーダーを抱える事になってしまい、そのせいでさまざまな齟齬をきたしてしまっている。
 特に北伐で孔明が漢中に出てしまうと、ほとんど二重国家になってしまう。前線の孔明の後方すら劉禅を利用して北伐の足を引っ張る事が事実可能であったわけだし。
 この点で指揮系統が曹叡が一手に握っていた魏の統率にはかなわなかった。なにしろ蜀と呉の二正面で戦っても、指揮系統に蜀ほどは齟齬をきたさなかったわけだし。
 それこそ大国こそが分裂して、その隙を小国が突くべきなのに、小国のほうが分裂してしまったわけだ。これでは勝てない。
 孔明なればこそ北伐はできたのかもしれないが、やはり巨大過ぎる輔弼の臣である孔明は前線に出るべきではなく、劉禅にぴったりくっついて補佐しているべきだったろう。
 代わりに北伐の指揮を取るべき人材がいないのが、蜀のつらいところであったろう。
 さて、ここでようやく“この武将がいれば”の仮定を入れる余地を作ってみた。
 孔明の代わりに北伐の指揮を取れる人物はいたのだろうか……?

 龐統、徐庶、関羽、張飛、魏延、法正……どないなもんかね?
>>755
死んだ者が許されるなら、劉備が直接、、、
757無名武将@お腹せっぷく:02/05/24 13:52
>>756
 留守が孔明で劉備が出征するってのが、おそらく蜀ではベストなんだろうけど……。
 結局、夷陵の二の舞になるだけなんだろうなぁ……。
758無名武将@お腹せっぷく:02/05/24 13:57
>>757
劉備 ?統のタッグが最強。
759無名武将@お腹せっぷく:02/05/24 13:58
あらコピペじゃ鳳雛タンの名前でないのね〜
テストコピペ龐統
自分で打った龐統
上二行をコピペ
テストコピペ龐統
自分で打った龐統
761無名武将@お腹せっぷく:02/05/24 14:04
>>758
 益州攻略でさんざんてこずったあげくに、龐統死んでるし……。
 むしろ、劉備と法正のほうがいいだろうけど、法正は益州閥と仲が最悪だからなぁ……。
>761
劉備軍で益州軍を引きつけて荊州軍を迂回させる作戦を立てたのは鳳統で、
実際にその作戦は成功してるのだから鳳統の実力を窺い知れるのでは?

ローカルではコピペが化けるので当て字でご容赦。
763762:02/05/24 15:00
まあ、益州攻略作戦を鳳統の功績と認めないにしても、
鳳統が生きていれば諸葛亮が後方支援に徹することができたわけで、
それは蜀にとってかなり有利な材料だろう。

>744
それは相当の革命家ですな。危険視されて当然か。

>755
関羽・張飛・魏延は方面軍指揮官としてはよいとしてもマクロ戦略はどうだろう?
あと徐庶って兵家だったっけ?無知でスマソ。
764755:02/05/24 15:08
>>763
 いや、ただ“この武将が生きていたら”で挙げられる名前を書いただけで、他意はない。
 劉備が主将で軍師に龐統と法正、前線指揮官に関羽、張飛、馬超、魏延……
 これだけの布陣でも勝てる気がしないなぁ……。
 最大限、関中まで占領して涼州、益州、雍州を制するのが最高の結果だろうね。
 んで荒れ果てた長安をなんとか復興させて首都として後世、西漢でも呼ばれたら万万歳かな。
 けど、涼州を治めるために馬超を涼州牧にしたら馬超、確実に裏切るんだろうなぁ……。
765損権厨房 ◆eUbtZCI. :02/05/24 15:40
>>763
関羽は荊州北伐と呉との関係、張飛は無理矢理呉に攻め込もうとした所ですでにマクロ戦略は無いと思う
魏延の長安急襲は後の事をあまり考えて無いと見える

[广龍]統がいたらと言う人も多いがはたして劉備、劉禅の元で孔明と上手くやっていけただろうか?

>>755,760,764
逝ってよし
766郭図公則 ◆2getuhmE :02/05/24 15:42
そもそもあまり実績の無いホウ統を過大評価しすぎではないのか?
と言ってみるテスト
ついでにいくら将軍がいても率いる兵がいないじゃないか?
とも言ってみるテスト
767無名武将@お腹せっぷく:02/05/24 16:03
まちがいなく蜀が天下取れる可能性はなかったと思うのだが。
もしもの場合を想定すると

1.魏が内乱状態になり勢力が長い間分裂状態になる
2.その片方の勢力に応援する形で蜀が参戦できる
3.その勢力がもう片方を駆逐できなおかつ蜀が多大の支援をしていることを万人が認める
4.その後簒奪

これくらいしか思い浮かばないんですが。
768無名武将@お腹せっぷく:02/05/24 16:16
正直、蜀が天下取れたかという無理な仮定より、
ちょっとだけ議論されてた袁紹の天下とか、董卓の天下とか、周瑜による魏呉天下二分とか、そういうものについて考えてみたいなぁ。
>>768
余所のスレでやれだが、
袁紹→官渡という分かりやすい決戦で勝てば可能
董卓→諸侯の信頼を全く得られないので無理
周喩→早死がなければな、しかし内部に劉備勢力を抱える不安が出来るはず
770無名武将@お腹せっぷく:02/05/24 17:42
董卓は完全に悪役にされてるから評価の難しいところだろうけど。

黄巾の乱平定後、群雄の盟主として董卓が台頭。
しばらくは董卓政権が続く、袁紹も曹操もこのころ董卓政権の幹部ね。
で、派閥争いの過程で袁紹一派が反董卓で結束、2大勢力を持って天下乱れる。
結果董卓は呂布に殺されるわけで反董卓派の勝ちとなり袁紹天下といえなくもない
けど袁術が分裂、2袁家の時代になる。
そこで曹操が董卓残党を処分し功名をあげ皇帝を擁立し漢王室派を立ち上げる。
ここで袁紹・袁術・曹操の中原版三国志となる。
その後、袁紹・袁術連合の連絡路となっていた徐州(袁紹派)を攻め落し袁術を
壊滅させる、ちなみに袁術戦の最前線には劉備軍が常にいた。
その後、2大勢力による決戦が行われ結果漢王朝派の曹操が勝ったと。

こんな感じでよい?
>>770
とりあえず、当時の曹操は袁紹派だと思う
772無名武将@お腹せっぷく:02/05/24 18:12
まああれだ、「あの人がああだったら」とか個人の能力云々言う奴は
歴史がちっとも分かってないゲームヲタと言うことだ。
曹操が袁紹派というのは、青州黄布賊を討つまでだろ。
それに袁術は南陽から追い出された時点でかなり戦力を減らしていて、
天下を2分する様な勢力とは言えない。曹操とあまり変わらん。
774無名武将@お腹せっぷく:02/05/24 18:18
確かに一個人の力で歴史は動かんわな。
ただでさえ中国は人多いんだから。
775無名武将@お腹せっぷく:02/05/24 18:20
>>772 つうか、個人の思い入れがあったり歴史のIFを楽しみたいんだから
シュミレーションゲームがあるんだろうが。変なやっちゃな。
まあ書き込んでまで言う事では無いと言いたいんだろうが…。
>>774
当時は激減してたけどな、それでも一個人では限界がありすぎる
むしろ漏れはもし各州の人口が同程度だとしたら華北が恐ろしく見える
777郭図公則 ◆2getuhmE :02/05/24 18:20
777
778無名武将@お腹せっぷく:02/05/24 18:25
個人の能力がどうであろうと
劉備の立てたイデオロギーには
あれだけの人間しか集まらなかったということで。
あれだけ集まれば十分だろ。
故郷や家族を投げ出してまで流浪に付き合ってるし。
漢の高祖の配下なんか、沛のヤクザ友達ばかりだしな。
そこそこの人材なんてどうにかなるものだ。
780無名武将@お腹せっぷく:02/05/24 18:41
劉備のイデオロギーってどんなの?
反曹操ってこと?
781無名武将@お腹せっぷく:02/05/24 18:53
漢王室復興
782無名武将@お腹せっぷく:02/05/24 19:00
しかし、漢復興って劉備らがうるさく言い出したのは、漢が魏に変わってからと思われ。
むしろ劉備たちの繋がりは、義理とか人情とか地縁とか血縁だったと思う。
取り敢えずの名分があれば後は何でもいいだろ。
主を補佐して天下取りに名を連ねるのは、乱世の人間なら少しは考えるだろ。
784無名武将@お腹せっぷく:02/05/24 19:16
>>782
本気で言ってんのかよ。
いくらなんでも妄想激しすぎ(w
785無名武将@お腹せっぷく:02/05/24 19:20
>>779
「人材」の意味を勘違いしている。

必要なのは周倉やらではなく
それを支える地方領主階級。

君もゲームヲタだね(藁
786無名武将@お腹せっぷく:02/05/24 19:23
>>785
周倉なんて名前、普通に出さないぞ。
お前こそ演義オタじゃねーか。
787無名武将@お腹せっぷく:02/05/24 19:26
>>784
 お前こそ演義に毒され過ぎだ。
788郭図公則 ◆2getuhmE :02/05/24 19:32
必要なのは人材じゃない、人口だと思われ
789無名武将@お腹せっぷく:02/05/24 19:37
蜀が天下取れる可能性は薄かったと思うのだが。
もしもの場合を想定すると

1.魏が内乱状態になり勢力が長い間分裂状態になる
2.その片方の勢力に応援する形で蜀が参戦できる
3.その勢力がもう片方を駆逐できなおかつ蜀が多大の支援をしていることを万人が認める
4.その後簒奪

これくらいしか思い浮かばないんですが。
790無名武将@お腹せっぷく:02/05/24 19:38
はずい
もう少しちゃんと反論しろよw


786 名前:無名武将@お腹せっぷく :02/05/24 19:23
>>785
周倉なんて名前、普通に出さないぞ。
お前こそ演義オタじゃねーか。


787 名前:無名武将@お腹せっぷく :02/05/24 19:26
>>784
 お前こそ演義に毒され過ぎだ。
791無名武将@お腹せっぷく:02/05/24 19:38
すでに、
どこをどう間違えても蜀は天下を取れなかった!
スレッドになってしまったな……。
まあ、普通に考えれば当然のことなんだが……。
792無名武将@お腹せっぷく:02/05/24 19:42
>>789
もう片方の勢力に呉が応援する形で参戦する可能性もあるよ。
793無名武将@お腹せっぷく:02/05/24 19:44
>>789
>>792
 それと同じ状況が諸葛誕や文欽らの反乱として起きたけど……
 結局、ほぼ国内で片付けちゃったよな。
 魏っつーか、司馬氏だけど。
結論、司馬懿が悪い。
795785:02/05/24 19:50
>>786
一応三国志演技くらい読んだことあるよ(藁
796無名武将@お腹せっぷく:02/05/24 19:55
>>795
演義の字まで間違ってるし…。
たぶん素で間違ってるね(w
>>795
分かってなさげだね。
周倉は演義だけで、正史には記述が1つもない。
出直して来い、すっとこどっこい。
798無名武将@お腹せっぷく:02/05/24 19:59
揚げ足取りですか?(w
799785:02/05/24 20:03
>>797
誰でも知ってるって(藁
800無名武将@お腹せっぷく:02/05/24 20:06
誰でも知ってることなのに、
うっかり周倉なんて書いてしまっただけなんだから赦してやれ
ま、ゲームで蜀に天下を取らせてなさい
801800:02/05/24 20:07
        ∧_∧   ________   / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
       (  ´Д`)/ ̄/ ̄/ <この間、、近所の街亭行ったんです、街亭。
      ( 二二二つ / と)   |そしたらなんか魏軍がめちゃくちゃいっぱいで布陣できないんです。
      |    /  /  /    |で、よく見たら山上に人がいて馬謖が布陣してるんです。
  __  |      ̄| ̄ ̄     |もうね、アホかと、馬鹿かと。
  \   ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄\   |お前らな、馬謖が山上に布陣した如きで普段来てない街亭に来てんじゃねーよ、ボケが。
  ||\             \  |  
  ||\|| ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄|| ̄
  ||  || ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄||
     .||             ||
        HIT ANY KEY
------------------------------------     
>>801
ネタにアレコレ言うのもなんだけど、順番逆
魏軍が来るから山上に布陣したんだろ。
803無名武将@お腹せっぷく:02/05/24 21:28
周倉・・・・
関羽信仰が生み出した、架空キャラ。
言うなれば関羽オタの中国人が生み出したキャラ。
804無名武将@お腹せっぷく:02/05/24 22:17
スレ違いで悪いんだけど…
誰か周倉って何した(事になってる)人か教えて!
805無名武将@お腹せっぷく:02/05/24 22:18
>>794
チョットワラタ

・荀ケが九錫問題で曹操に諫言が聞き入れなかった時、蜀に亡命する。
・入蜀の時、葭萌関から成都を急襲する(実際はフ水関を占領)。
というのはどうだろうか?
806無名武将@お腹せっぷく:02/05/24 22:33
>>803
悪く言い過ぎのような気がするw。
俺なりの解釈だと、

周倉は演義で生み出された架空人物だが、同時に生きた人物でもある。
演義で生涯関羽に付き従ったその何処までも澄み渡った人生には、
関羽を想う中国万人の想いが込められている。
807無名武将@お腹せっぷく:02/05/24 22:38
>>806
 以前の成都の紀行文もそうだが、そんなエモーショナルな視点で語ったら、なんもならんわ。
 現代に至るまで中国人の心に生きる蜀こそ最後の勝利者だったろう……。
 で、終わり。
 なにかを検証するときは、そういうのナシにしようや……。
808無名武将@お腹せっぷく:02/05/24 22:45
>>807
いやでも、なんかここの板の住人は、無理やり正史に寄ろうとしてるみたいな感じがして。。。
(別に演義や横山を中心に語りたいわけではない。)
関羽は実際の手のつけられないプライド君だったらしく、中国人の間で神格化されるのは、
三国時代からずいぶん時が必要だったことも知ってるけど・・・・。
なんかこう、卑屈っぽいといとでもいうか、そんな感じが否めない。
809無名武将@お腹せっぷく:02/05/24 23:01
>>808
キャラクターを語るスレだったり、ネタスレだったりする分には演義やゲームでもいいけど、
さすがに、どうすれば蜀が天下を取れたか? というような検証スレ、考証スレは最低限正史に基かないと、
なんの判断材料にもならないだろう?
演義ベースやゲームベースで語るんだったら『反三国志』のノリで蜀は天下統一しましたでOK、それでオシマイになるし、ゲームならリプレイで検証すれば済む。
810804:02/05/24 23:46
>>806
なんとなくだけど説明サンクス。
劉備に従った関羽張飛みたいに、関羽に付き従った人物っていう解釈でいいかな?
>>810
演義くらい読もうよ。
周倉。元黄布賊。関羽が曹操の元から去る時に山賊をしていた周倉に出会い、
かねてより関羽を慕っていた周倉は配下にして貰った。
水練達者でハン城を包囲した際に救援に来たホウ徳を水中で生け捕りにする。
最後、関羽の死を知り麦城で自害して果てた。
812無名武将@お腹せっぷく:02/05/25 02:05
>>809
ネタレスだと思ってたけど、皆違うのかな。
正史で蜀を語ると面白くないよなー
正論でわかるけどね。

周倉
銅像になってるよねー
>>812
>正史で蜀を語ると面白くないよなー
そんな事ない。つーか、それだったら、ここまでこのスレが長持ちするはずがない。
814無名武将@お腹せっぷく:02/05/25 02:21
>>805
荀ケの方は面白いけど現実感なさ過ぎない?
815無名武将@お腹せっぷく:02/05/25 02:48
周倉は関羽配下の名も無き兵卒がモデルになってると(今でも)思ってる
勿論一人の人物というわけではなく色んな人(もしかしたら殉死したのもいたかもしんない)がガターイしてできたと
検証?するわけないじゃん。どうせわかんねーんだし

演義の時代には既に周倉はいたのかね?
>>814
ここで聞くのもスレ違いだが、何であそこで荀ケが曹操に反発するのか。
当初から献帝を蔑ろにしてたのだし、今更漢室とか言われてもピンと来ない。
納得行く解釈はないですかね?

で、荀ケは亡命するくらいなら潔く死ぬ人だと思う。
亡命したら妄想としては面白いけどね。もれなく荀ユウも付いてくるだろうし。
後方に荀ケ置いて、前方に孔明、荀ユウ。
817804:02/05/25 08:08
>>811
重ね重ねサンクス!!
でも演義は読みたく無いから読んで無いんです。
だって絶対読みながらムカつきそうなので…。
818無名武将@お腹せっぷく:02/05/25 11:02
>当初から献帝を蔑ろにしてたのだし、今更漢室とか言われてもピンと来ない。

正史じゃなくて演義の方でもおそらく書かれてあるとは思うが荀ケは漢王朝の臣なんだよ。
彼は曹操の元で漢王朝を復興させるのが目的だったんだよ。献帝を許昌に招くように進言した
のは荀ケだが、これはもちろん勅という大義名分を得るためもあるが、漢の象徴である献帝を
保護することも考えていた。蔑ろというのが具体的にどういうことを指しているのかは知らないが、
やはり突然王や公に感心を持ち出した曹操に失望しても仕方がないと思う。

>で、荀ケは亡命するくらいなら潔く死ぬ人だと思う。

これも同意。曹操陣営の中では比較的、劉備を良く評価していたとは思うが、長年付き添った曹操
の元を去ってまでして降る相手ではないと思う。ハンゾウのように野に降って行方知れず、というのが
ありがちかもしれん。
819無名武将@お腹せっぷく:02/05/25 11:03
荀ケは間違いなく亡命しないだろうなー。
後漢末期の清流派きっての名門の出である荀ケが、かけらの信憑性のない劉備の正統性を認めるわけもないし……。
荀ケが亡命してくる最低限の条件としては、献帝が劉備のところへ脱出してくる。
これが必要だろうと思う。

ちなみに劉備の自称漢室が当時としてのどれだけ信用がなかったかは、彼の配下の家格を見るといい。
誰一人として清流派の知識人がいないのだから……。
>>816
荀氏はむしろ漢王朝の臣下という立場のほうが強いように思われる。
パワーバランスが崩れるきっかけがあればどうなっていたかわからない。
ただ、そうならないよううまく曹操はやったのだろう。

君主が絶対権力者であるという考え方はやめたほうがいいし(曹操は丞相に過ぎないけど)
荀ケレベルの豪族なら部下というより協力者(下請け企業の社長ぐらいかもしれない)に考えたほうがいいいと思う。
上の立場の人間に盲従しているのでなく自家の繁栄(せめて一族の生活の安定)を皆めざしていることを忘れずに

と、いうような考え方はただの妄想?
821820:02/05/25 11:21
すまん、荀ケが蜀に亡命するかどうかの話だったら、それはないか・・・。
蜀と協力するとなると荀氏のほうが立場が上になるかな?
荀ケが蜀に亡命するかどうかってのはとりあえず209年以前の話なんだろ?
それは無くないか?劉備はその頃荊州南部しか土地を持っていなかったわけだろ?
わざわざ劉備のところへ行く必要は無いと思うのだが。
それくらいだったら曹操陣営で不満分子見つけて謀反っていうのが一番ありえそうな気がする。
その過程で劉備にも声をかけてくるかもしれないけど、荀ケが盟主のような格好になるだろう。
結局劉備は天下を取れなくなってしまうな。
まあ、でも荀ケが謀反っていうのがしそうにないんだけれども。
>>818
>彼は曹操の元で漢王朝を復興させるのが目的だったんだよ。献帝を許昌に招くように進言した
>のは荀ケだが、これはもちろん勅という大義名分を得るためもあるが、漢の象徴である献帝を
>保護することも考えていた。蔑ろというのが具体的にどういうことを指しているのかは知らないが、
>やはり突然王や公に感心を持ち出した曹操に失望しても仕方がないと思う。

そういう見方もあるけど、正史に注を付けた裴松之はその説をほぼ全否定してるよ。
乱世を終わらせる為に最も天下に近い曹操に与して、思いを遂げて死んだってね。
個人的にはその説の前半だけ取って、
曹操の天下がほぼ決まった後で漢朝に義理立てて曹操を諌めて自殺、
っていう説が格好良くて好きだけど。
故に洩れは曹操陣営での荀ケ謀反は有りえないと思う(劉備に降るは論外で…)
824816:02/05/25 18:36
やはり今一つ得心が行かない。
曹操の方が耄碌し始めたという事なのかな。
荀ケを清流派の筆頭っぽいけど、宦官の娘を嫁にしてたり、割と異端だよ。
825無名武将@お腹せっぷく:02/05/25 18:45
>>824
単なる恋愛ケコーンだったりして(藁
>>825
 曹操と荀ケが?(藁
827無名武将@お腹せっぷく:02/05/25 18:53
戦国時代なんかはさ、ぶっちゃけた話、諸侯の王が独立して、魏だの趙だのって国をつくって争ったわけでしょ?
だから、曹操が魏王になるってことは、曹操は漢から独立してしまうんじゃないかと、そう考えたのかもしれないよ、荀ケは。
>>819
それいつごろの話をしてるのかわからんが、
許靖は思いっきり清流派だと思うぞ。家柄も悪くないはず。
829無名武将@お腹せっぷく:02/05/25 23:01
1.荀ケは曹操の野心に気付かず仕え、最後にガッカリして自殺
2.荀ケは曹操の野心に関係無く、一族繁栄の為に出世優先
3.荀ケは曹操の野心は薄々わかってたけど平和の為に尽くし、最後に自殺で意思表示
荀ケに関しては凡そこの3つの説って事でいいかな。
そのうち謀反や逃走に繋がりかねないのは1だけ。
でも一番荀ケらしく無いのも1な気がする。
830無名武将@お腹せっぷく:02/05/25 23:48
>>829
 本当、荀ケっていいよなぁ……。
 味方になると芋づる式に郭嘉や荀攸、鍾繇といった第1級レベルの人材連れて来てくれるし、
清流派の名門の栄光を与えてくれるし、常に的確な方針を示してくれるし、
留守守らせたらどんなに苦しくてもがっちり拠点を維持してくれるし、
挙句の果てには曹操が袁紹と敵対して(((( ;゚Д゚)))ガクガクブルブル゙になったときもメンタルケアまでしてくれるんだもんなぁ……。
 しかも、当時の基準での美形つーか、何処へ出しても恥ずかしくない容姿だったっていうし。
 できすぎだわ……。
>>829
2,3の複合だと思う。
曹操一人の権力がこれほどまでに増大することは予想できなかっただろう。
曹操に対抗できるだけの力を持つことが出来ればと思っていたのではないかと。
ただ曹操の方が一枚上手で野心も想像以上だったのかも。
最後の自殺は下手すると一族滅亡の危険がある曹操と自分の無用な争いを避けるためかと。
832無名武将@お腹せっぷく:02/05/26 00:03
>>831
>最後の自殺は下手すると一族滅亡の危険がある曹操と自分の無用な争いを避けるためかと。
それなら、べつに隠居でも良かったと思うよ。
833無名武将@お腹せっぷく:02/05/26 00:25
自殺かどうかもわからんぞ。曹操が殺めた可能性だってある。
ただの病死の可能性だって。

何にしてもジュンイクが仲間にならなかったことについて、
劉備陣営が間違いをおこしていたとは思わないなあ。
いつの間にか蜀の天下取りの可能性を論じるスレから
荀ケスレになってるな(藁
>805
荀ケの話ばかり盛り上がってるので蜀の人物の話に戻そうか。
鳳統が建策した蜀攻略作戦は3つあって、
上策:成都強襲
中策:劉備軍&荊州軍の2正面作戦
下策:荊州に一度戻って最進攻
と覚えているのだが、遥か荊州から遠征するという無謀な下策はともかくとして、
上策は失敗すれば敵地で孤立して全滅は必至、例え成都を攻略できたとしても、
それだけで蜀全域がなびくかどうかは未知数。かなり危険に思える。
それとも上策で蜀を簡単に平定できるほどに劉章政権が腐っていたのか、どうなのだろう?
その上中下ってのは要するに
・リスクは大きいが得られる結果も大きい
 (うまく行けばほとんど抵抗されることなく成都を落とせたかも知れない)
・リスクは中程度だが得られる結果もそこそこ
 (結構抵抗くらって、ホウトウ自身を含めて損害はあったわけだしね)
・リスクは低いが得られる結果も低い
 (一端戻って体勢を立て直せば準備万端かもしれんが、それは向こうも同じ事なので下手するとawayの劉備が損)
っていう並べ方だったんじゃないかなぁ?
>836
政権基盤がしっかりしてるのなら首都を攻略しただけでは戦いに勝利できない。
例え成都強襲に成功しても猛烈な反撃を受ければ、荊州からの増援を待たずして全滅。
よほど蜀の制圧に自信があったのならともかく、
こんなリスクの高い作戦は正気の沙汰とは思えないので、
やはり龐統は最初から中策を選ばせるつもりで献策したのではないかと。

余談。「龐」は unicode にはあるけど jis にはない字らしい。
よって内部がunicodeなツール(普通にIEとか)なら大丈夫。
(廳廱廰←こういうのはあるのに、無念)
838(書き忘れ):02/05/26 03:52
ただ、蜀漢の滅亡がまさにその作戦なだけに、
よほど劉章政権が腐ってたら可能な話なんでどうなのかと。
839816:02/05/26 04:47
>>838
劉備が成都まで攻め寄せた時に城内の兵糧十分で士気も高かったという事になってるから、
成都強襲は無謀と思う。
しかし、劉璋の政治は駄目だったという記述もあるけど、
それなのに籠城体勢ばっちりというのも訳分からん。
840諸葛孔明を心から尊敬する者:02/05/26 15:44
蜀が天下を取るための、方策として自分なりに考えてみました。
これは、赤壁以後の劉備が自領をある程度確立してからのことですが・・・
まず、益州を取るというのは、蜀にとって、最後の拠点を増やす為と考えれば
賛成できると思います。実際に、益州自体が難攻不落の土地として
知られていますし(蜀の桟道)。益州が無ければ、南方(西)に逃れること、
もしくは勢力を拡大することができなかったと思います。
荊州の守りを誰にするかと言う問題は、関羽ではなく、黄忠+馬良が良かったと
思います。理由としては、両名とも荊州時代に加わった家臣であるし
お互いの事も一目置いていたのではないかと思います。援護する部隊を
永安に置くのは当然として、指揮官を超雲が最適ではないでしょうか。
そうすれば、北伐の際、超雲の代わりに関羽を連れて行くことができるし、
呉が攻めてきても十分な対応ができると思います。
そもそも、関羽といった旗揚げとからの重臣(義兄弟)を
要地に置くのは、いざといったとき(史実では呉と魏の同盟による、荊州戦)
に君主の怒りを抑えることが出来ないという点において、誤判断であると思います
841郭図公則 ◆2getuhmE :02/05/26 15:48
>>840
あえて言うが・・・
『黄忠は階級低すぎ』
842諸葛孔明を心から尊敬する者:02/05/26 15:49
たびたびレス失礼・・・
その後の北伐に関して、ちと考えさせていただきたい。
843諸葛孔明を心から尊敬する者:02/05/26 15:51
>>841
結局は五虎将軍の一角を担う人物です。
付け加えれば、私は能力主義で考えます。
844郭図公則 ◆2getuhmE :02/05/26 15:57
>>843
無理、当時の中国は一種の豪族連合
呉なんて孫権が独断で決定できることなんて少ない
実績が無い黄忠に果たして豪族が従うだろうか?
そして黄忠の抜擢を傲慢な関羽が納得するだろうか?
黄忠と同格というだけで激怒したような奴をどうやって
黄忠の下に置く?
荊州はそれだけの戦略拠点
てか黄忠の実力が認められたのって蜀戦では?
である以上蜀戦以前に守備を任せるわけには逝かないし
かといって関羽を途中でその地位から降ろすことは難しい
てか黄忠って荊州閥だっけ?
>>843
ついでにいうなら、趙雲の階級も低い。
手持ち無沙汰の将棋の駒を好きに配するのとは、わけが違う。
846無名武将@お腹せっぷく:02/05/26 16:31
だから一個人をどうこうすればいいとか言ってる奴、
お前はゲームの世界から出てくるなって(ワラ

847郭図公則 ◆2getuhmE :02/05/26 16:34
関係ないが漏れのどうでもいい考え
荊州呉に献上するから益州の人口三倍にしてくれ
848無名武将@お腹せっぷく:02/05/26 16:39
呉と同盟して魏と戦うのー。
呉と争ったら蜀は滅びるよー。
849無名武将@お腹せっぷく:02/05/26 16:41
荀ケについて色々言ってるのもゲーム厨だな。
光栄のゲームなら確かに序中盤の荀ケの存在大きいが(w
まあまあそう言わず厨房のマスターバーション見守ってやれよw
851無名武将@お腹せっぷく:02/05/26 16:45
だって世界史板の連中にこのスレとか見られると恥ずかしいんだもん・・・
852郭図公則 ◆2getuhmE :02/05/26 16:47
つかさ、当時の派閥抗争って
自民公明保守が閣僚のイス争うのと似たようなものかもな、
ある程度バランスが必要で
853諸葛孔明を心から尊敬する者:02/05/26 16:51
階級が低いで済ますなら、蜀は関羽、張飛のみで戦うに等しいことかと。
>>844さんの意見ももっともだと思いますが、関羽は、同等の武将に対し
高慢だったという小説があります。そういった意味で、関羽は劉備のそばに
いるべき人物(義に厚いため)だと思います。
劉備のそばにいれば、関羽は文句をいう事はないかと・・・。
ついでに黄忠の実績に関してですが、関羽と一騎打ちをしたことがあったと
思います。そこで、負けなかっただけでも個人的能力に関しては十分かと
思います。統率に関しては、劉表の配下の時に培ったものがあり、
孫策軍に攻められた時も、史実では暗殺とありますが、
総合的に見れば活躍したはずだと思います。
そういった意味では、必ずしも蜀戦の時に活躍したと言うのは、
一方的な評価の仕方だと思いますが、いかがでしょう?
また、>>845さんの意見についてですが、超雲は公孫讃の配下のときから
劉備陣営に加わる意思があったのは有名な話だと思います。
あえて言うなら、劉備陣営に来たときが、丁度劉表のもとに行くときであり、
勲功を上げるチャンスが無かっただけで、個人的能力に関しては
いう事はないと思います。
>>851
何を今更w

しかし853の妄想も凄いな、、、
厨房のマスターバーション見守るのもきついぜ!
855無名武将@お腹せっぷく:02/05/26 16:54
まだ>>840みたいな厨房って存在するんだねー
850を超えるこのレス群をちっとも読まずにタイトルだけみてレスしてるんだねー
856無名武将@お腹せっぷく:02/05/26 16:57
>>853
(´ヘ`;)ハァ
すまんが世界史板に戻る、じゃ!
857諸葛孔明を心から尊敬する者:02/05/26 16:58
これは個人的な意見ですが、ゲームから学ぶ三国志もアリかと思います。
興味を持つのが大切であって、その機会が無ければこのような意見を
持つことすらないかと思います。ちなみに大坊ですがなにか?
858郭図公則 ◆2getuhmE :02/05/26 16:59
劉備元帥
関羽大将
張飛中将
麋竺中将
孫乾少将
孔明少将
簡雍少将
法正少将
孟達少将
麋芳准将
黄忠大佐
趙雲中佐

・・・大体こんな状態だろ?誰か間違いあったら訂正キボン
859諸葛孔明を心から尊敬する者:02/05/26 17:02
あらかじめ言っておきますが(誤解の無いように)
私は、書き込む前に全部レスを見ています。
念のため・・・
はっきり言って魏呉蜀に分かれた後は、
曹操・曹丕の暗殺にせも成功しなきゃ蜀が勝つのは不可能。

それをああだこうだ言って、
しまいには「から学ぶ三国志もアリかと思います」かよ!

ゲームでならいくらでも蜀が勝つ方法あるぞ(ワラ
861損権厨房 ◆eUbtZCI. :02/05/26 17:05
>>847
人口少ないのは呉も一緒だと思うが・・・
たしかに蜀に比べりゃ多いけど面積単位ではかなり少ないし
↓ソース
http://marurun.virtualave.net/sangoku/sangogaiyo.html
862無名武将@お腹せっぷく:02/05/26 17:06
>>849
ゲーム厨ならぬ横山厨ですか?
魏の人脈は荀ケ抜きで語れません。
ゲームより史実の方が存在大きいと思うんだけど。

>>853
>劉備のそばにいれば、関羽は文句をいう事はないかと・・・。
この一点だけ読んでも勘違い甚だしい。
アンタの文章からは「蜀マンセー!」しか伝わってこないよ。
863860:02/05/26 17:06
訂正

しまいには「から学ぶ三国志もアリかと思います」かよ!

   ↓


しまいには「ゲームから学ぶ三国志もアリかと思います」かよ!
864諸葛孔明を心から尊敬する者:02/05/26 17:06
>>854
あなたに一言物申したいのは、レスを見る前に
英語の辞書を見るべきだと思います。
マスターバーション?
ベーションじゃない?
865郭図公則 ◆2getuhmE :02/05/26 17:07
>>859
あえて説明するがさ、公明党や保守党を与党として繋ぎとめるために
自民党は連中の意向を反映した政治をしている。
劉備にしても荊州閥・徐州閥・益州閥と言った各派閥の利害も調整
しないといけない。
である以上能力があるとか無いとか以前にたいした地位に無い将軍を
起用している暇があったら各派閥の実力者を要職につけないといけない。
それ以前に黄忠と関羽の一騎打ちって創作だろ?
荊州南部平定は四人の太守が降伏したとしか書いてないんだが・・・
866無名武将@お腹せっぷく:02/05/26 17:08
>>862
>魏の人脈は荀ケ抜きで語れません。
 ゲームより史実の方が存在大きいと思うんだけど。
ハゲツクワラタ
そのデムパは一体どこから受信してるんだい?

まさか「正史を読んで」とか言うんじゃないだろうな(藁
867無名武将@お腹せっぷく:02/05/26 17:08
>>857
ゲームから学んだ知識で、
いきなり正史を前提にやってる議論に入ってくるなって話よ。
ゲームから興味を持つのは悪い話じゃない(俺は好かないが)

議論のルールとか、あまり俺は詳しくないんだけど、
妄想は妄想でも根拠の有る妄想なら納得出来るけど、
端から端まで妄想ってのはどうよ。
868郭図公則 ◆2getuhmE :02/05/26 17:08
>>861
それはしっとる、皆中原に帰ってしまって偉いことになったと
聞いたこともあるが、やっぱ中原華北に集中してることがネックだよなあ・・・
869無名武将@お腹せっぷく:02/05/26 17:10
大学生なら文献でも読んで勉強しろ。
大学生にもなってゲームレベルの知識だけで偉そうに語るな。

 >諸葛孔明を心から尊敬する者
870諸葛孔明を心から尊敬する者:02/05/26 17:11
なら、聞くが本物の歴史を知っているとでも言うのかい?
なら細かく説明してくれ。
私は真実が知りたい。長くても全部読んでやるから
書いてくれ。
871郭図公則 ◆2getuhmE :02/05/26 17:12
>>870
ちくま書店から『三國志』という当時の歴史書の
完訳が発売されています
872無名武将@お腹せっぷく:02/05/26 17:12
別にゲームから興味持とうが勝手だが・・・・
いつまでもゲームのレベルで止まってないでゲームはゲームだと分かれよ。

ファミコンの電源切って外に出て現実に戻ろうぜ!
873諸葛孔明を心から尊敬する者:02/05/26 17:14
三國志のゲームならどのシリーズでもたいてい呉と長期同盟結べば勝てます。
874無名武将@お腹せっぷく:02/05/26 17:14
ちなみに当時の人口は徴税人口ですんで。
875郭図公則 ◆2getuhmE :02/05/26 17:15
>>873
勝てません、蜀の将軍は袁紹軍の将軍よりも駄目です。
てか、当時の人口比率から見て袁紹軍の方が蜀より
強いと言うのは納得できるな?
876無名武将@お腹せっぷく:02/05/26 17:15
煽り屋たのしんでるな!>諸葛孔明を心から尊敬する者
877諸葛孔明を心から尊敬する者:02/05/26 17:18
>>857
妄想って言うけど、実質人間を観察するのはある程度、自分の固定観念に
当てはめなければできないと思う。
特に歴史上の人というのは、会いたくても会うことができない。
だから、何を参考に基準を作るかと言うのは、
ゲームかも知れないし、小説かもしれない。
そういうものだと思いますがいかがですか?
>>869
勉強するから、君の知っている文献とやらのある場所を教えて下さい。
878郭図公則 ◆2getuhmE :02/05/26 17:19
>>877
大きな本屋さんで探そうな(三國志)
879諸葛孔明を心から尊敬する者:02/05/26 17:19
>>875
関羽と張飛の子供たちが強いので勝てます。
880諸葛孔明を心から尊敬する者:02/05/26 17:20
>>876
私は煽ってるのではなく、皆さんに
『このような意見はどうでしょうか?』
と言っているつもりです。
皆さんの意見を参考にしたいし、自分の意見も聞いてもらいたい
と思っているのです。
881郭図公則 ◆2getuhmE :02/05/26 17:20
>>879
関羽と張飛の息子は北伐に出る前に死んでるよ
>>877
ゲームレベルで止まっておいた方が逆にいいかもね。
漏れは別分野で似た様な体験をしたが、勉強する度それに囚われてしまって
間違った解釈しているの見ると本当に嘆かわしくなる。またそれの多い事多い事。

とりあえず、人形劇三国志から始めたら?NHKの。
883無名武将@お腹せっぷく:02/05/26 17:21
>だから、何を参考に基準を作るかと言うのは、
 ゲームかも知れないし、小説かもしれない。
 そういうものだと思いますがいかがですか?

ワロター

ゲームの話題ならゲームの話題でいいぞ。
俺もゲームは好きだ。

ところでどのゲームを基準にして話してるんだ?
ものによっては埋伏しまくるだけで魏に勝てますが、ナニカ?(藁
884諸葛孔明を心から尊敬する者:02/05/26 17:23
>>881
武将登録で上杉謙信や武田信玄作れば余裕です。
885無名武将@お腹せっぷく:02/05/26 17:23
ゲームの話ならPCゲー板いけ

>>879
やっちまった。まだ、ばらすの はえーよ。
もっと、真性ぶんなきゃ
887郭図公則 ◆2getuhmE :02/05/26 17:23
>>884
wwヘ√レvv〜(゜∀゜)─wwヘ√レvv〜─ !!!
(((( ;゜Д゜)))ガクガクブルブル
888郭図公則 ◆2getuhmE :02/05/26 17:24
>>886
スマソ
>>879
息子の誰よ?
主なのは死んでるような・・・
890無名武将@お腹せっぷく:02/05/26 17:25
ゲームだったら別に関羽を荊州に置いていても守りきれるという罠
891郭図公則 ◆2getuhmE :02/05/26 17:25
てあれは>>881へのレスか。てっきり漏れが二人の死をばらしたことかと
892郭図公則 ◆2getuhmE :02/05/26 17:25
違う、>>879だ・・・
893諸葛孔明を心から尊敬する者:02/05/26 17:25
>>873>>879
人の名前使って、煽るのはどうかと思います。
>>878
ありがとうございます。ぜひ読んでみます。
894無名武将@お腹せっぷく:02/05/26 17:26
祭りだワショ━━━(゚∀゚≡(゚∀゚≡゚∀゚)≡゚∀゚)━━━━イ!!!!!!!!!!
895無名武将@お腹せっぷく:02/05/26 17:27
(;´Д`)ヒサシブリノマツリハァハァ
896郭図公則 ◆2getuhmE :02/05/26 17:28
(´Д`)/<先生!エディターで蜀軍の武将能力オール1にしていいですか?
897無名武将@お腹せっぷく:02/05/26 17:28
諸葛孔明を心から尊敬する者祭りキタ━━━(゚∀゚)━( ゚∀)━( ゚)━( )━( )━(゚ )━(∀゚ )━(゚∀゚)━━━!!!!!

898無名武将@お腹せっぷく:02/05/26 17:28
菊地祭り以来だな(笑)
899無名武将@お腹せっぷく:02/05/26 17:28
(´Д`)/<先生!エディターで蜀軍の武将能力オール255にしていいですか?
900郭図公則 ◆2getuhmE :02/05/26 17:29
(´Д`)/<先生!エディターで天地を喰らうを史実にしていいですか?
901無名武将@お腹せっぷく:02/05/26 17:29
http://curry.2ch.net/test/read.cgi/warhis/978598261/
次スレはここと統合しようぜ
902諸葛孔明を心から尊敬する者:02/05/26 17:31
どうやら、祭りになってしまった・・・
スレに合っていると思って書いたのに・・・
スマソ・・・
903無名武将@お腹せっぷく:02/05/26 17:31
どうやっても とれねーよ アフォ
904無名武将@お腹せっぷく:02/05/26 17:32
>>902
いえいえ、謙遜なさらなくてもいいですよ。
あなたが素敵なデムパを発信して下さったおかげです。
>『このような意見はどうでしょうか?』
>と言っているつもりです。

⇒激しく妄想です。以上。
906無名武将@お腹せっぷく:02/05/26 17:36

        まもなくここは 乂1000取り合戦場乂 となる。

      \∧_ヘ     / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
 ,,、,、,,, / \〇ノゝ∩ < 1000取り合戦、いくぞゴルァ!!       ,,、,、,,,
    /三√ ゚Д゚) /   \____________  ,,、,、,,,
     /三/| ゚U゚|\      ,,、,、,,,                       ,,、,、,,,
 ,,、,、,,, U (:::::::::::)  ,,、,、,,,         \オーーーーーーーッ!!/
      //三/|三|\     ∧_∧∧_∧ ∧_∧∧_∧∧_∧∧_∧
      ∪  ∪       (    )    (     )   (    )    )
 ,,、,、,,,       ,,、,、,,,  ∧_∧∧_∧∧_∧ ∧_∧∧_∧∧_∧∧_∧
      ,,、,、,,,       (    )    (    )    (    )    (    
907無名武将@お腹せっぷく:02/05/26 17:37
シナリオ2で呂布を選択。移動・移動で劉備の隣へ。
劉備滅ぼして関羽と張飛を配下にする。そしてジュンイクを口説く。
首切られたらリセット。そして火をつけて呂布を殺して張遼を君主に・・・
あっというまに天下統一。

ちなみに「T」ね。
908諸葛孔明を心から尊敬する者:02/05/26 17:39
なんだかなぁ・・・
ゲームと小説は馬鹿にされるのか・・・
荒らしたつもりが無いのに、いつのまにか祭りだワショーイ・・・
誰か、真実だけの三国志を教えてくれ。
909郭図公則 ◆2getuhmE :02/05/26 17:40
>>908
真実以前にここは史実を元に議論するスレだから
910諸葛孔明を心から尊敬する者:02/05/26 17:42
そうですか。
史実を勉強してきます。
ちくま書店の『三国志』で・・・
911損権厨房 ◆eUbtZCI. :02/05/26 17:43
次スレは
『蜀に活路はあったのか!?』
でよさげかと・・・
>>866
荀ケ一人が凄いってのは微妙だが荀一族の存在の大きさについては否定できないだろ。
正史読んでないならせめて目次でも眺めてくれ。
913無名武将@お腹せっぷく:02/05/26 18:00
(´Д`)/<先生!信長の野望ではだめですか?
914無名武将@お腹せっぷく:02/05/26 18:05
(´Д`)/<先生!次スレで呉も足していいですか?
915無名武将@お腹せっぷく:02/05/26 18:06
うわあ……午後に来たら激しくクソスレ化しとる……。
最近、トーナメントと無双のせいで、ネタスレとゲーム前提スレだらけの三戦板の中で、
数少ない正史前提のスレだったのに……。
別に正史を真実とは言わないし、史実に過ぎないのは十分承知している。
その史実を前提に話したい層だって三戦ファンにはいるんだよぉ〜。
特に最近は本当に真面目な議論スレが板の中に減ってて泣きそうだったのに、
ついにここも陥落かよぉ〜。
916損権厨房 ◆eUbtZCI. :02/05/26 18:07
>>914
その前にあの寂れっぷりを何とかすべきと思われ。
917無名武将@お腹せっぷく:02/05/26 18:07
次スレ予告

【三国志】蜀に活路はあったのか!?【史実ベース】
・もし○○が生きてたらは禁止
・あの武将が○○を守っていたらはタブー
・ゲームや演義ベースでも妄想以外なら大歓迎
918無名武将@お腹せっぷく:02/05/26 18:08
ガンガレ 村券!
>>866
 おいおい……頼むから正史か関連書籍読んでみろよ……。
 腹立つぐらい荀ケが曹操の政権に貢献してるのわかるから……。
 諸葛孔明を心から尊敬する者に怒りを抱いてしまう者としては、
つい戯れて「諸葛亮の才に十倍する」とでも言いたくなるぐらいだけどな。
 才だけでなく、名門荀氏の影響も含めてだけど。
920無名武将@お腹せっぷく:02/05/26 18:14
>>919
そんなまじめな貴方のような方のおかげで今までも良すれでいれたのだと
思います。

921無名武将@お腹せっぷく:02/05/26 20:27
>>915
いや、まだ終わってないぜ。
これまでずっと、真面目に議論してきた連中が三戦版に残っていれば・・・
って、ことで、このスレはもう残り短いが、
もう一度盛り上げて、最後を飾ろうぜ。

基本的に蜀がどんなにあがいても、
所詮、圧倒的な国力の差がある魏には敵わないって
意見が多数だが・・・確かに、
歴史上、少数の軍勢が多数の軍勢を戦場で破ることは
結構あるが、小国が大国を滅亡させるってのは殆ど聞いたことがない。

漏れ的には、ガイシュツだが、
>>494〜539  で議論されているように
やはり、夷陵の戦いが蜀の命運を分けたと思う。
(親劉備派の魯粛の早死がなければ、呉が魏に臣下の礼を取って  
 荊州を攻めることもなかったろうし、こんなことを書いたら
 突っ込まれそうだが、呉が蜀と連動して徐州方面へ魏領へ
 進軍したかもしれないし。夷陵で蜀の優秀な将兵たちが
 戦死しなくてすんだ。(これがどれだけ痛かったかは、519、521あたりで

北伐は、街亭が最初で最後のチャンスだったと思う。
ただ、例え勝利したとしても、すでに書かれているが局地的な勝利で
あって、魏を滅亡に直結するわけではない。しかし、その後さらに
洛陽へ向かって進軍するのは間違いなく、どうなったかはわからないが・・

しかし、小国が圧倒的な国力差がある大国の領土へ進軍する
(と、いうか滅亡させようとするなんて、歴史上あまりないと思う
 普通は呉のように、臣下の姿勢をとって存続しようとするもの。)

だから、多くの人が三国志(特に蜀)が好きで、
このスレもこんなに、真面目に討論されたのですね。

(最後に、誰が生きてたら?とかは無意味だとは思うけど、
 殆ど書かれていないが、馬超の早死にはマジで惜しかったと思う。 
 彼は一将軍というより、一英雄でしょう。
922郭図公則 ◆2getuhmE :02/05/26 20:34
>>921
漏れの知ってる馬超は和睦した相手の妻子を殺したり
父親が曹操の勢力圏にいるときに叛乱おこしたりと
こいつに英雄的なものってあるのか?
923921:02/05/26 20:45
一国の大将で、魏から戦で長安を奪取し、
また、曹操自ら率いた軍と互角の戦いを演じたところで。

ちなみにもっと、みんな
>諸葛孔明を心から尊敬する者氏
を、援護してやってくれよ・・
ここは、もっと自由に楽しく
蜀がこうすれば、漢王朝を復興できたなぁって
議論したいよ。(たぶん>>1もそんな考えだと思うよ。
ちなみに馬超は>>858のだと少将あたりにはなるのかな?
>曹操自ら率いた軍と互角の戦い

そうだな、それを完膚なきまでに叩きのめして、
漢中を奪取した、蜀の精鋭軍が再編して
225年くらいまでに、長安〜洛陽へと進軍してたら
蜀が魏を滅亡させるという、大番狂わせが起きたかもしれない。
926無名武将@お腹せっぷく:02/05/26 21:04
>>921
 漏れが思うに正史での馬超は呂布を小粒にしたタイプの人物だと思う。
 強いけど物凄くドキュソ。
 だから馬超が生きていたとしても、内憂が増えただけのような気がする。
 間違いなく隙あらば劉備を裏切ろうしとしてたでしょ。
927926:02/05/26 21:08
馬超の呂布以上に悪いところは、なにかあると正面の敵を忘れて手近な味方や部下を殺したりしてしまうところなんだよな。
この悪癖がある以上、劉備や諸葛亮でも彼を使いこなす事はできなかったろう……
928925:02/05/26 21:12
ところで、献帝直属というか、宮廷親衛隊みたいな
兵士ってのは、どれくらいいたのかな?

>>748 を見ると、
>>925 で書いたように、大番狂わせがおきた場合でも、
直属の軍勢がクーデターを起こして、
蜀軍と内と外で攻めないと、やはり厳しいかなと思えて・・・
あ、でも、225年では遅いか・・漢中を落として4〜5年以内で・・
929921:02/05/26 21:17
>>926
・・・確かに。

漏れでも、彼に関羽に荊州の全権を委任したように、
一国を任せることはできないですわ・・
(マジで裏切りそうだし、そうでなくても安心できないね・・
そう、使いこなすことが(心服してくれれば最高)
できれば、いいんだけどね。
930郭図公則 ◆2getuhmE :02/05/26 21:32
>>929
いつ裏切るかわからないようなDON厚遇して心服させる価値あるのか?
931Queue:02/05/26 21:51
魏延の言うとおり長安を取っていれば、その後の戦況は変わった。
孔明の言うとおり、占領しても維持できず撤退することになるだろう。
それでも「あの蜀が一度は長安を陥とした」という虚名がもつ影響力は小さくない。
劉備とて負ける確率が高いにもかかわらず、徐州で反曹操の兵を挙げ荊州でも曹操に降ることを拒んだ。
その結果はどちらも敗北し敗走する羽目になった。
それでも「あの曹操に叛旗をひるがえした」という虚名は、その後の赤壁に至る対呉外交や入蜀に
効果があった。

肌で戦いの機微を知る戦術家・魏延は自分の勘と経験に基づく賭けを主張し、
机上の戦略論で育った戦略家・孔明は自分の書いたシナリオにこだわった。
孔明を関が原における石田三成だと思えばわかりやすい。
頭がよく戦略論を良く知っているが、柔軟性を持たず万全を期すことに囚われるあまり
戦機を見失った文官肌・慎重主義の戦略家。
その結果はどうであったか?
ワンパターンの孔明の戦略はことごく敵に読まれ、すこしも領土を広げることなく
国力を消耗させて終わった。
孔明の素晴らしい人格や政治能力と、武将としての能力は別物である。

自分を「戦いを知らぬ文官」と影で小馬鹿にして嘲笑する魏延への憎しみ、
そして自分の死後にイチかバチかの賭けに出て蜀を滅亡させかねない魏延への恐れ、
その結果は、無実の魏延の誅殺という悲惨な結末に終わった。
932郭図公則 ◆2getuhmE :02/05/26 22:05
>>931
長安て当時李[イ寉]郭の暴政で人々が逃げ出して寂れていたそうだが
そんな場所落としたところでどうなるんだ?
第一諸葛亮ですら魏では無名に等しいような情報が少ない社会で
1地方都市を落とすことがどの程度の影響力をもつんだ?
933無名武将@お腹せっぷく:02/05/26 22:07
http://curry.2ch.net/test/read.cgi/warhis/1011019416/

とりあえずこのスレ読んでみ。
蜀の武将(人材)の解説があるから。
参考になるかと。武将を通し国力や南蛮等にも触れているので。
934無名武将@お腹せっぷく:02/05/26 22:25
チョウウンがケイ州守ってたら?って話ってよく書かれる話だけど、
全権は身分的に無理なのは当然としても、(ここまではキシュツ)
チョウウンを対呉戦線部隊(要は留守)みたいな形で関羽の元で働かせておけばああはあっさり落ちないのでは?
身分的にも関羽の一部隊ってのは相応だし。性格的にもショクにしてはめずらしく守りとか備えが出来そうな奴だし。
935無名武将@お腹せっぷく:02/05/26 22:27
>>933
 それぐらいの知識はこのスレの住人では常識と思うが……。
 とりあえず蜀のマイナー文官を挙げて蜀の優位を説こうとすると、魏だとそれ以上のレベルが倍以上いたりする。三公レベルの人材だけでも、鍾繇、王朗、華歆が出てくるし、地方行政官といったら……。
 人材面で魏と比べてしまうと、文官、武官ともに蜀はほとんど絶望的になってしまう。
936無名武将@お腹せっぷく:02/05/26 22:27
>>932
おいおい、三国志以外の中国の歴史知ってますか?
長安は秦より続く大都市で、あの頃で「都」と言えば長安と洛陽のことだぞ。
曹操が作った魏都など都のうちに入っていない。
さらに関中と中原をつなぐ函谷関を東にもつ戦略上の重要拠点。
おまけに董卓の頃から何年たったと思ってる?
東京は東京大空襲から復興するのに何年いりました?
とっくに復旧してます(藁
>>934
お前は趙雲の性格を知っているのかと問いたい。問い詰めたい。
お前、キャラ萌えだけなんちゃうんかと。
938無名武将@お腹せっぷく:02/05/26 22:30
こういうことを書くと、
『趙雲はそんなに優秀な武将でなかった』ってな
突っ込みをされそうだが、

史実で深く書かれていないだけで、
演義のようなすごさはなくても、
優秀な武将であったには違いない。

合肥を守った、チョウリョウのように
呉軍から荊州を守ることはできたのでは?と
漏れも思う。
939無名武将@お腹せっぷく:02/05/26 22:32
そもそも蜀建国したのが破滅への始まり
940無名武将@お腹せっぷく:02/05/26 22:35
>>935
禿同。
演義があるおかげで蜀のマイナー人物は有名になった。
もし魏を中心にしていれば、比べ物にならない。
933は演義・吉川小説・横山漫画・光栄ゲームで三国志を知って、
正史や三国時代の歴史そのものはよく知らないのだろう。
941無名武将@お腹せっぷく:02/05/26 22:35
>>934
 まったく状況は変わらないと思う。
 麋芳や孟達たちが離反した上に呉の大軍来るような四面楚歌の状況では、善戦してなんとか兵をまとめて関羽と合流するのがやっとだろう。
 で、あとは関羽らとともに魏軍の本隊に包囲されてあぼーん。
 むしろ、趙雲まで巻き込まれずに済んでよかったというべきでは?
>>938
とりあえず、公孫サンの軍師だった事は知ってる?
943郭図公則 ◆2getuhmE :02/05/26 22:40
>>936
あのなあ・・・
当時の人口が中原華北に集中してるのはしってるよな?
で戦乱を避けて南に逃げた連中が北に戻って呉とかはエライ目に
あってる、長安一つ落ちたところで魏は殆ど損害が無い。
長安が都として重要だと言うならこちらの手落ちだが
そんな所を落としたら魏が本気で対蜀戦に戦力を集中させてくるぞ、
蜀軍が長安を落としたところで結局はジリ貧で潰されるだけ、
名前を売るためだけに国家総力戦を挑む余力は蜀には無い
944無名武将@お腹せっぷく:02/05/26 22:40
>>931
>孔明の言うとおり、占領しても維持できず撤退することになるだろう。
>それでも「あの蜀が一度は長安を陥とした」という虚名がもつ影響力は小さくない。

最初の北伐でも、長安以西の郡や孟達が呼応してるし、
魏の備えが、より頑強になることと、蜀の北伐派の発言力が
強くなることぐらいしか思いつかない。
他に効果が有るだろうが、まず、長安を落として、大した兵力置かずに撤退っつーと、
それこそ魏延あたりが反対して、険悪になるんじゃないかな。

二段落目、
北伐しない云々を含めて、色々な戦略を考えた結果
蜀にとってどれが一番良かったかを考えなきゃいけないわけで。
一概に、成果が出なかったから戦略は間違いとも言えない。

三段落目
小説か何かですか?
945郭図公則 ◆2getuhmE :02/05/26 22:41
追記、長安に民衆が戻ったと言うのはいつ頃の話だ?
俺は全然知らんのだが・・・
議論抜きに教えてくれ
946934:02/05/26 22:41
>>937
萌え〜!!ハァハァ...
>>938
堅実に与えられた任務を忠実に果たすという意味でいいと思うわけよ。
別に長坂橋みたいな事やれとかいう話じゃなくて、コツコツと備えとけば、一瞬でケイ州は落ちないだろうしし、そうやって奇襲第一波をしのぎきってケイ州戦が国同士の大事になっていったら、関羽引き返すとかショク本国としても対応しはじめるとかするだろうしね。
947無名武将@お腹せっぷく:02/05/26 22:42
>>936
 10年で都市計画すら変わってしまう近現代の復興速度と同じにしないように……鉱工業力や輸送、建築技術が違いすぎる(苦笑)。
 スレの中にもあったが、唐代まで関中は回復しなかったという記録はあるし、当時それほどの重要地点であったなら、そこを根拠としていた馬超、韓遂、成宜ら関中八雄たちは、もう少し勢威を振るっていただろう。
 ちなみに関中だけでなく、後漢末の混乱は中国全体に影響を及ぼして隋唐が統一するまで響き続けたというほどのものだぞ。
 そんな大混乱期に、比較的マシなところを治めて秩序を回復したのが魏、呉、蜀なんだよ。
 魏だって河北中原の枢要な地を治めるのが精一杯だったし、呉や蜀にいたっては領内に異民族が跳梁跋扈しまくってるような状況だったんだ。
 いかに統治能力が衰えていたかは、魏呉蜀の戸籍が把握している人口が後漢の10分1にまで減っている事でわかるだろう?
948無名武将@お腹せっぷく:02/05/26 22:44
>>943
漢中を奪取してから、50年近く守り抜いたのだから、
函谷関を要する長安はそうたやすく落とせんとは思うぞ。

っていうか、曹操ですら、トウタク攻めて
えらい目にあわされてるからな。
949無名武将@お腹せっぷく:02/05/26 22:45
>>942
趙雲が公孫サンの軍師!?!?
あんた、頭おかしいんちゃうか?
そりゃ光栄のゲームぐらい知力あれば軍師になれるかも(笑
950郭図公則 ◆2getuhmE :02/05/26 22:46
>>948
同意、俺が言うのもなんだが長安を落とす可能性があるとすれば
第一次北伐で魏延がとてつもない強運でもないと無理かと。
951無名武将@お腹せっぷく:02/05/26 22:49
>>946
 張遼の場合合肥を守りきれたのは本国や周辺地域との連絡が取れていたからなの。
 関羽の荊州失陥のときは、関羽の性格が災いして麋芳、傅士仁に裏切られてるわけ。
 もし趙雲が堅守したとしても、関羽と分断されて、樊城の関羽は魏軍に、で呉軍は趙雲の守る城を包囲して各個撃破してしまえたわけだ。
 こんな状況では、将より先に兵や部下が絶望して降伏しちまうわな……。
 趙雲の性格や能力より前に“状況”を考えてくれ。
952無名武将@お腹せっぷく:02/05/26 22:49
     ♪
ハッコネの山ぁ〜は、天下っのけん♪

クァンコクカンも、ものならず〜♪

って いうが、

ンナワケ ねーだろがっ!!!!
比べ物にもなんねぇYO
953934:02/05/26 22:51
>>941
孟達はともかくビホウとかはチョウ雲がケイ州に配置される事になれば役割も違ってくるだろう。
チョウ雲により大きな権限・拠点・兵を委ねられているはず。

又、呉の正史が正しいという前提に立てば(上の方にあった)ビホウは抗戦して降伏したんだから、始めに裏切りありきは無理がある。
チョウウンと共に守るという見込みがあるのなら、よき同僚として共に抗戦したんじゃないかな?
954無名武将@お腹せっぷく:02/05/26 22:55
>>953
 そういう仮定を許すなら、趙雲も麋芳とともに関羽の横暴に嫌気が刺して降伏するという仮定も可能だろうよ。
 趙雲と麋芳が同じところに駐屯した場合、権限は麋芳が上で趙雲が補佐すると言う事になるだろうし。
955無名武将@お腹せっぷく:02/05/26 22:56
>>947
人口どうこうでなく、長安と言えば都、それを落としたってことが
人民にあたえる戦略的影響を931は「虚名」という言葉で説いているのでは?
例えば、日本で京都を落としたと言えばそれなりにインパクトがあるのと同じ。
それに函谷関を中原への侵入口兼防御拠点として持つことはすごく大きい。
周・戦国時代の秦の歴史を勉強してみなさい。
孟ショウ君や信陵君ですら函谷関は破れなかった。
956938:02/05/26 22:58
>>951
そうだな・・確かに状況を考えると・・
>>953
言いたいことは分かるが、
そこまで空想を広げると、なんでもありになってしまうよな・・
しかし、義兄にあたるビホウが奮戦したかもしれんな・・
957934:02/05/26 23:02
>>951
確かにその通りだ。
しかし、それはチョウ雲を一守将としてしか捉えてないからそうなるんじゃないか?
中々うまく例える事が難しいが、ただどっかの拠点を守らせるって話ではなく対呉戦線全般をチョウ雲に孫請けさせるんだよ。
リュウ備が関羽にケイ州を下請けさせたように関羽もチョウ雲に対呉防衛宣言の下請けをさせるって感じで。
要は一守将ではなくてもうちっと広い全般的な権限を持たせたらどうかという話です。
958郭図公則 ◆2getuhmE :02/05/26 23:05
>>957
趙雲より麋芳のほうがエライ
959郭図公則 ◆2getuhmE :02/05/26 23:06
>>955
だ・か・ら・・・
長安を落として名を売っても『それだけ』で終わってしまうのが当時の蜀
960無名武将@お腹せっぷく:02/05/26 23:06
>>955
 そこまでの戦略拠点だとしたら、魏が北伐までほぼ放置に近いような状況にしていたのか?
 そういう事をまず考えてくれよ(笑)
 まずその時代の情況を考えてから、他の歴史の例を引いていくべきだろう?
961無名武将@お腹せっぷく:02/05/26 23:06
>>953
趙雲は本陣・大奥の護衛隊長。
一軍をまともに指揮したのは晩年の第一次北伐のおとり役だけ。
許チョと同じで、個人的武勇に優れ君主のそばにいたから逸話にめぐまれて
三国志演義で有名になっただけで、武将としての力量は中堅どころの人物。
劉備が呉に攻め込んだときも、せいぜい荊州の孟達軍牽制のための留守番役ぐらいしか
与えられなかったことでも、その評価はわかるでしょう。
962934:02/05/26 23:11
>>956
ところで呉の正史って史実なのかな?過去の発言見ただけなんでわからんのけど?
まず、そこがどうかって事で結構変わるような。
ということで954さんも教えておくんなまし。(私は知らんw)

あ、それから空想してるんじゃなくてこのスレで正史正史って良く言われているようなので正史を種ネタに書いてみました。
呉の方が嘘書いてたんならこの話は引っ込めます。
963無名武将@お腹せっぷく:02/05/26 23:12
>>857
 関羽にそういう権限を持たせられる器量があれば、麋芳や傅士仁と仲違いしてなかったんだって。
 それだったら、普通に麋芳なり傅士仁たちと協力して戦線維持できたわけよ。
 馬超や黄忠と将軍位で並べられただけでヘソまげるお方だよ?
 逆に趙雲がやってきたら、それだけで趙雲にツラくあたるだろうね。
 だから劉備もそういう事はせずに、極力、関羽子飼いの部下に任せて、麋芳、傅士仁といった武人肌でない人物を周囲に配置したわけ。
964無名武将@お腹せっぷく:02/05/26 23:12
趙雲に関しては、記述が少ないから、意見が割れるよな。
ただ、趙雲別伝を信じるなら、名将ラインの前後
965無名武将@お腹せっぷく:02/05/26 23:17
ちょっとスレの題材のわりに蜀に対して厳しく書き過ぎてたので、も少し救いを。
蜀の荊州失陥については、それまでの劉備や諸葛亮がとってきた対呉の荊州問題に関する外交の態度があまりに不誠実だったというのもあるだろう。
むしろ、呉はよく耐えていたというぐらい蜀は荊州に固執して呉をないがしろにし過ぎていた。
このときもう少し呉に誠実に領土割譲で大幅に譲歩して、呉と共同歩調をとれていれば……という事は考えてられないだろうか?
けど……、その場合も関羽や荊州閥の者たちが黙っちゃいないだろうから、難しいかもなぁ……。
まさに内憂外患であるなぁ……。
966934:02/05/26 23:20
>>963
関羽の器量についてはほぼ同意。
だけど、呉の備えについてうざがるような奴なんだから、
「面倒な事はあいつに任せとけ」みたいになるんじゃない?
課程なり動機はともかく結果としてそうなるって事は十分にあったと思うよ。

あと961さんには964さんが答えているみたいです。
967郭図公則 ◆2getuhmE :02/05/26 23:22
>>966
趙雲は麋芳や傅士仁より階級が低いんだがそんな奴に任せるくらいなら
二人に任せると思うぞ。
大体親衛隊長に何ができるのかと・・・
結局どうあがいても呉を敵に回してケイ洲を守りきるのは無理っしょ。
魯粛が生き(略
969無名武将@お腹せっぷく:02/05/26 23:27
>>964
趙雲別伝も個人的武勇や質実剛健な人柄を伝えているだけで、名将に値するものは
なにも書いてませんよ
大体、劉備が漢中王となったとき、新参でまだ功もそんなにあげていなかった
魏延より格下だったことでも、蜀における趙雲の評価がよくわかる。
いい人、頼れるやつ、強い、でも一軍の将としては普通、って感じでしょう。
970無名武将@お腹せっぷく:02/05/26 23:31
武将として活躍しはじめたのが、荊州失陥と夷陵で大方の勇将たちが死んでからだからなぁ……。
971934:02/05/26 23:31
>>967
チョウ雲が第一次北伐で部隊が任された時のように、身分の低い人物ってのはどこかで抜擢されたから日の目を見ていくわけでしょ?
その時点の身分を理由に全くないとまではいえないんじゃないかな?

慎重一途なチョウ雲が呉への危険性を憂慮したら、じゃあ行けや!ってならないのかな?
馬良じゃあるまいし、彼は武将のはしくれなんだし。

あ、あと関羽ってチョウ雲と仲良くなかったの?
何かそういう感じでここは書かれてるけど.....。
勝手に立てちまったけど、これで良い?
http://curry.2ch.net/test/read.cgi/warhis/1022423590/
973郭図公則 ◆2getuhmE :02/05/26 23:34
>>971
趙雲が指揮できる兵力などたかが知れてるからどうにもならない、
第一その時期に抜擢される理由が無い、
関羽が趙雲と仲悪いと言うより関羽が黄忠と同列に扱われるだけで
切れるような奴だから趙雲派遣されてきたら怒るだろうってことでは?
974無名武将@お腹せっぷく:02/05/26 23:35
>>969
新参ではあるが、益州遠征や、漢中争奪戦で
かなり功をあげてたのでは?

と、いうか 劉備が漢中王となったとき、
武将に将軍の位をつけるときに、
(なんだったか忘れた←無知でスマソ
誰もが張飛に与えられると思われてた称号が、
魏延に与えられたところから、
魏延自体がかなりの器だったのではないのかな・・
975無名武将@お腹せっぷく:02/05/26 23:38
>>971
 つーか、どうして趙雲にそこまでこだわる?
 武人的な活躍はさておき、軍事的な活躍は第一次北伐の撤退戦だけだぞ? それにしたってケ芝とのコンビプレーだ。
 だったら、むしろ法正とか諸葛亮とか張飛とか魏延とか実績ある武将を派遣したほうがよくないか?
976934:02/05/26 23:40
>>968
そうそう。チョウ雲なら守りきれたとか言うとそれでしゅう〜りょ〜and房決定なんで、
取り敢えずケイ州戦を大ごとにする!(気がついたら落ちてたにならんように)って事なんですよ。

結局負けるにしても、「髭どの!拠点が落とされたよ〜。げげっ〜麦城へGo〜」、じゃなくて「現在抗戦中!助けて〜」て事ならああはあっさりいかないしね。
977無名武将@お腹せっぷく:02/05/26 23:44
>>960
あんさん、函谷関には軍勢がちゃんといましたぜ
曹真がオトリの趙雲軍につられて出撃させた軍がそれですがな
978無名武将@お腹せっぷく:02/05/26 23:47
979934:02/05/26 23:51
>>973
気持ちよく北だけ向けるんだから、喜ぶかと思ってたんですが...。
怒る?やっぱ。
コウソンサンの時からの付き合いだし、結構打ち解けてる→任せた!任せろ!の関係 って式を書いてるんですよ。。
>>975
元ネタはよく出てくるチョウ雲にケイ州を守らせれば...って例のあれです。
別に他の人でもいいですよ〜。法正は無理っぽいが、ギエン張飛はおもしろいかも。孔明は政務で忙しいかな?
980郭図公則 ◆2getuhmE :02/05/26 23:53
>>979
関羽が北に行ったら趙雲は麋芳・傅士仁の指揮下に入るのでは?
981無名武将@お腹せっぷく:02/05/26 23:57
>>979
 あそこまでボロボロ崩れたのは、荊州の豪族たちが関羽を身はなしたからだろ。
 だから名将とかそういうのではなく、必要なのはそういった慰撫・融和政策のとれる人材。
 でも、やっぱり派遣されてきたら関羽が……(以下略
 物凄い縄張り意識の強いタイプだもんなぁ……。
>>979
諸葛亮はその時点では大軍を指揮した経験がゼロなので、
関羽どころか軍部は誰も納得しないだろう。
(強いて言えば入蜀の際の別働隊指揮経験はあるが)。

934よ、君は君自身が思っている以上に趙雲にこだわり過ぎてる。
冷静に議論するためには一度趙雲のことは忘れた方がいい。
983郭図公則 ◆2getuhmE :02/05/27 00:04
てか所詮・・・
数百の兵士を指揮する権限しかない奴を派遣するか否かで騒いでる934。。。
984無名武将@お腹せっぷく:02/05/27 00:05
              ∩
             | |
             | |
             | |
             | |
        ∧_∧ | |    / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
      ( ´Д`)//  < 先生!趙雲厨は無視しますか?
      /     /     \ 
     / /|    /      \___________ 
  __| | .|    | __
  \   ̄ ̄ ̄ ̄ ̄   \
  ||\         \
  ||\|| ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄|| ̄
  ||  || ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄||
     .||          ||
985無名武将@お腹せっぷく:02/05/27 00:06
986無名武将@お腹せっぷく:02/05/27 00:09
986
987郭図公則 ◆2getuhmE :02/05/27 00:10
埋めるか
988無名武将@お腹せっぷく:02/05/27 00:11
ここは良スレだった。
いい終わり方をしたいな。
989いい終わり方:02/05/27 00:14
ウンコ〜
990無名武将@お腹せっぷく:02/05/27 00:14
詩スレの「星落秋風五丈原」でも貼るか?(藁
991郭図公則 ◆2getuhmE :02/05/27 00:15
埋めましょう
992郭図公則 ◆2getuhmE :02/05/27 00:15
どんどん
993郭図公則 ◆2getuhmE :02/05/27 00:15
続きは次スレにて
994郭図公則 ◆2getuhmE :02/05/27 00:15
行いましょう
995無名武将@お腹せっぷく:02/05/27 00:15
994
996endテーマ:02/05/27 00:15
星落秋風五丈原          土井晩翠



祁山悲秋の風更けて 陣雲暗し五丈原、
零露の文は繁くして 草枯れ馬は肥ゆれども
蜀軍の旗光無く 鼓角の音も今しづか。

丞相病あつかりき。

清渭の流れ水やせて  むせぶ非情の秋の聲、
夜は關山の風泣いて  暗に迷うかかりがねは
令風霜の威もすごく  守るゥ営の垣の外。

丞相病あつかりき。

帳中眠かすかにて  短檠光薄ければ
ここにも見ゆる秋の色、 銀甲堅くよろへども
見よや侍衞の面かげに  無限の愁溢るるを。
 
丞相病あつかりき。

風塵遠し三尺の  劍は光曇らねど
秋に傷めば松柏の  色もおのづとうつらふを、
漢騎十萬今さらに  見るや故郷の夢いかに。

丞相病あつかりき。

夢寐に忘れぬ君王の  いまわの御こと畏みて
心を焦し身をつくす  暴露のつとめ幾とせか、
今落葉の雨の音  大樹ひとたび倒れなば
漢室の運はたいかに。

丞相病あつかりき。

四海の波瀾収まらで  民は苦み天は泣き<
いつかは見なん太平の  心のどけき春の夢、
群雄立ちてことごとく  中原鹿を争ふも
たれか王者の師を學ぶ

丞相病あつかりき。

末は黄河の水濁る  三代の源遠くして
伊周の跡は今いづこ、 道は衰へ文弊れ
管仲去りて九百年  樂毅滅びて四百年
誰か王者の治を思う。

丞相病あつかりき。
997988:02/05/27 00:16
>>990
そうするか
998無名武将@お腹せっぷく:02/05/27 00:16
999
999無名武将@お腹せっぷく:02/05/27 00:16
p
1000endテーマ:02/05/27 00:16
   二

嗚呼南陽の舊草廬  二十余年のいにしへの
夢はたいかに安かりし、 光を包み香をかくし
隴畝に民と交れば  王佐の才に富める身も
たゞ一曲の梁歩吟。

閑雲野鶴空濶く  風に嘯く身はひとり、
月を湖上に碎きては  ゆくへ波間の舟ひと葉
ゆふべ暮鐘に誘はれて  訪ふは山寺の松の影。

江山さむるあけぼのゝ  雪に驢を驅る道の上
寒梅痩せて春早み、 幽林風を穿つとき
伴は野鳥の暮の歌、 紫雲たなびく洞の中
誰そや棊局の友の身は。

其隆中の別天地  空のあなたを眺めれば
大盗競ほひはびこりて  あらびて榮華さながらに
風の枯葉を掃ふごと  治亂興亡おもほへば
世は一局の棊なりけり

其世を治め世を救ふ  經綸胸に溢るれど
榮利を俗に求めねば  岡も臥龍の名を負ひつ、
亂れし世にも花は咲き  花また散りて春秋の
遷りはここに二十七。

高眠遂に永からず  信義四海に溢れたる
君が三たびの音づれを  背きはてめや知己の恩
羽扇綸巾風輕き  姿は替へで立ちいづる
草廬あしたのぬしやたれ。

古琴の友よさらばいざ、 曉さむる西窓の
殘月の影よさらばいざ  白鶴歸れ嶺の松
蒼猿眠れ谷の橋  岡も替へよや臥龍の名
草廬あしたはぬしもなし。

成算胸に蔵りて  乾坤ここに一局棊
ただ掌上に指すがごと、 三分のはや成れば
見よ九天の雲は垂れ  四海の水は皆立て
蛟龍飛びぬ淵の外。



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