論座の先月号では「ポスト・ロストがロストの味方になってくれることがロストにとっての希望」といった類の
お話だったような気がするんだけど、「ひっぱたきたい」はロスト以外の世代に対する「脅迫」になっていて
ポスト・ロストに対しては
>>600のような次第で「強制収容所」じゃなくて「戦争」でおまえらを final solution するぞ、と
宣言しているようなもの(赤木は「希望は戦争」はレトリックであるだけではないと言っているので)。
味方にならないと「戦争」でおまえらを final solution するぞと「脅迫」されていることに対する
居心地の悪さをポスト・ロストが感じているのを、彼らと赤木の話をすると感じる。彼らは赤木の不遇に
明日はわが身かもと共感しつつも、その言動に違和感をもっている。
それは赤木の「自己中」なところ、「必要な社会的コミュニケーションといった手続きをとらずに
他者を手段化しようとする」ところへの違和感であると思われる。「強者女性」の件でも同様の姿勢で赤木は一貫している。
コミュニケーション・スキルが低いというのは「他者の手段化」が下手だということで、
それは企業においては交渉能力が低い、という判断につながる。同じプロジェクトのメンバーとであれ、
クライアントとであれ「交渉」を避けて仕事はできない。表情、声の出し方、音量、口調、抑揚、リズム、テンポなどなどは
自分の身体で調整するしかない。赤木個人ではなく「赤木のような男性」は、まずは女性をナンパできるスキルを
習得した方がいいんじゃないか。「金に女はついてくる」とか言ってないで。