K.V.ウォルフレンは舌鋒鋭く、日本社会、政治構造などを鮮やかに分析、全く新しい視点を 提供してくれた。 今日においても、価値の高い彼の日本社会分析について考える。 ●カレル・ヴァン・ウォルフレン Wolferen,Karel van 一九四一年オランダ生れ。十八歳より世界各国を巡り、八二〜八九年、オランダの「N RCハンデルスブラッド」のアジア特派員。現在アムステルダム大学教授。 89年に『日 本/権力構造の謎』を出版し、国際的ベストセラーになる。 その他の著書に、人間を幸福にしない日本というシステム、なぜ日本人は日本を愛せな いのか―この不幸な国の行方 、ウォルフレン教授のやさしい日本経済 、日本という国を あなたのものにするために、ブッシュ/世界を壊した権力の真実 、支配者を支配せよ―選 挙/選挙後 、アメリカを幸福にし世界を不幸にする不条理な仕組み、怒れ!日本の中流階 級、アメリカからの“独立”が日本人を幸福にする、民は愚かに保て―日本/官僚、大新 聞の本音、快傑ウォルフレンの「日本ワイド劇場」、日本の知識人へ など多数。
ヴォルフレン信者はある意味かわいそう。 ヴォルフレンの論法は、何か人を引き付ける作用がある。俺も騙されかかった。 だがヴォルフレンの理論を冷静に検討すれば、的外れなことが多い。予言も見事に外す。 さらに悪いことに、外れたことについて全く釈明しない。 説明責任という言葉は、奴自身に求められるべきだろう。
4 :
◆znwiARPvOs :2013/03/26(火) 21:48:58.64 ID:YWocbkuL
/// なぜ日本は変わらないか 1 //////// 『ウォルフレンを読む』、関昿野(編集)、窓社1996年5月発行より ・・・・ なぜ日本は変わらないか ――ウォルフレンの日本権力論が提起したもの―― 関 礦野 【せき・ひろの】 @【生年】1944年 A【現職】文筆業 B【最も重要と考えるウォルフレンのキーワード】正統性(正しい秩序をめぐる認識) 誤解されるウォルフレン 在日オランダ人ジャーナリスト、カレル・ヴァン・ウォルフレンの名は、今や日本でも広く 知られた名となった。これは一九八九年に刊行された大作『日本/権力構造の謎』がまき起こした 世界的な反響に氏が満足することなく、その後も日本における権力行使のあり方をめぐるすぐれて 論争的な著作を精力的に日本の公衆に向けて発表しつづけてきたせいである。 /////// ウォルフレンを読む ///
5 :
◆znwiARPvOs :2013/03/28(木) 20:39:50.95 ID:pWTbkI9q
/// なぜ日本は変わらないか 2 ///// しかし知的な刺激にみちた『日本/権力構造の謎』(以下『謎』と略記)はもちろん、その後 日本の読者のために書かれた『民は愚かに保て』や『人間を幸福にしない日本というシステム』 (以下『幸福』と略記)などの一連の著作で氏が示した姿勢は、たんなるジャーナリストと いうよりは知識人のそれであった。氏の問題提起をめぐる日本の保守派論客との論争も、日本の 現状に対する知識人の責任にかかかわるものであった。そして最近では、テレビの政治討論会の 席上などでアカウンタビリティという“ウォルフレン用語”が聞かれても、われわれはもはや 驚きはしない。日本の公衆にとって氏はすでに、ジャーナリストというよりは在日の国際的知識人 といっていい存在である。 //////////// 出版社: 窓社 ///
6 :
◆znwiARPvOs :2013/03/30(土) 20:08:33.05 ID:iLfo0SiD
/// なぜ日本は変わらないか 3 //////// しかしながら、三〇年以上もジャーナリストとして付きあうことになった日本という国の 現状に氏が知識人としてかかわったことは、さまざまな誤解の原因にもなった。昨今はさすがに、 氏を日米貿易紛争でアメリカの肩をもつ日本たたき屋とみなす偏見はなりをひそめたが、氏の 主張に共感する人々のあいだでさえ、内政干渉めいた政策提言をしているとか特定の党派に テコ入れしているといった誤解が根強くある。また、『謎』は批判ではなく分析を意図した 書であると氏が強調しているにもかかわらず、同書を痛烈な体制批判の書だと思って読み、 喜んだり怒ったりしている人々も少なくない。氏が『謎』を書いた狙いは日本のユニークな 異質さを説くことにあるなどと、氏の主張とは正反対のことを信じている人々もいる。 ///////////// 価格:¥1,916 ///
7 :
◆znwiARPvOs :2013/04/01(月) 20:56:37.07 ID:ppFaQ7GI
/// なぜ日本は変わらないか 4 ///// 思うに、こうした誤解がはびこる原因の一つは、『謎』が欧米人の読者を念頭に書かれた著作 であるために日本人にはわかりにくいところがあるせいなのだ。例えば、『謎』の中心的な テーゼは「日本には国家のかわりに“システム”がある」というテーゼである。このテーゼを 展開しているがゆえに『謎』は批判ではなく分析の書なのである。ところが、氏や欧米人の 読者には自明な「国家」のイメージは、大方の日本人にはなじみがないものであり、そのために 氏が国家とシステムを区別する理由も日本の読者にはピンとこない。他方で氏は、日本の実情に うとい欧米人読者のために、中央官庁から農協や暴力団にいたるまで現代日本の諸相を詳しく 説明しながらそのテーゼを立証していかざるをえない。 ///// 関 曠野 (編集) ///
8 :
◆znwiARPvOs :2013/04/03(水) 21:13:13.83 ID:WpQGNNJ6
/// なぜ日本は変わらないか 5 ///// そして日本の読者も見慣れた光景が出てくるそうした枝葉の部分に興味をひかれ、そこから 『謎』は体制エリートの横暴や腐敗を批判した痛烈な内幕暴露ものだという誤解が生じてくる。 こうして「日本には国家ではなくシステムがある」という同書の中心的なテーゼは理解されない ことになる。実際、このテーゼにショックを受けたとか、その当否をめぐって論争が起きたとか いう話を私はきいたことがない。その意味で『謎』とそれ以後の氏の一連の著作は、むしろ これから日本人によってじっくり読まれ論議さるべき書なのである。もちろんかく言う私が氏の 主張を正しく理解しているという保証はないが、以下私が理解しえたかぎりで氏の日本権力論に コメントしていきたい。 ///// 1996年5月出版 ///
9 :
◆znwiARPvOs :2013/04/05(金) 21:12:54.48 ID:/eK/F5Vx
/// なぜ日本は変わらないか 6 //////// ウォルフレンの出発点はどこにあるか まず最初に、ウォルフレン氏の主張は「日本異質論」であるというよく見かける誤解を とりあげたい。この誤解は、氏の問題の立て方が理解されていないところからくる。氏は きわめて普遍的な問題から出発し、日本はその問題を探究するうえでの一例として論じられて いるにすぎない。氏にとっての普遍的で根本的な問題、それは人間と社会にとって正しい 秩序とはどのようなものか、という問いである。そしてこの問いはただちに権力という問題、 権力の正しい使われ方とはどのようなものか、という問いかけに結びつく。文明の発展とは、 ますます人間が大規模で複雑に組織され人々の相互依存が深まる世界に生きるようになる ことを意味する。 /////// ウォルフレンを読む ///
10 :
◆znwiARPvOs :2013/04/05(金) 21:23:02.64 ID:/eK/F5Vx
11 :
◆znwiARPvOs :2013/04/07(日) 08:55:51.01 ID:qvHyDxKN
/// なぜ日本は変わらないか 7 ///// こうした世界は、なんらかの形の強力な政治権力なしには統合されえない。ゆえに文明が発展 すればするほど権力は不可避で不可欠なものになり、政治の影響を受けない人間はいなくなる。 だからこそ文明の発展に伴い、権力行使の正しい在り方という問題はすべての人の最大の関心事 とならねばならない。現代においては、権力を正しい秩序を実現し維持するための手段にする 試みは、民主主義と呼ばれている。大規模で複雑な経済や技術の上に成立している現代社会に おいては、権力なしには何事も生じず、それだけに民主主義は理想家向けの贅沢品ではなく 万人にとっての必需品なのである。 /////// 出版社: 窓社 ///
12 :
◆znwiARPvOs :2013/04/09(火) 21:31:16.15 ID:SioMlJXX
/// なぜ日本は変わらないか 8 //////// 権力という事実、権力の必要をリアルに認めることなしには民主主義はありえない。ところが 第二次大戦後の西側諸国、とくに米国の社会科学の一大特徴は、権力の概念を排除してしまった ことである(『謎』上巻、六三ページ)。米国流の行動論的社会科学においては、権力は漠然とした 「影響力」の概念に置きかえられたり、さらに多元的国家論においては権力現象に経済モデルが あてはめられ、権力は市場取引によく似た方法でさまざまな勢力グループのあいだを移動すると されている。権力概念を排除した結果、この社会科学は現存する西側の秩序や政策を暗黙裡に 受け容れ肯定するものになってしまっている。 /////// 価格:¥1,916 ///
新自由主義、競争社会、それにともなく格差の容認。 すでに10年も前に、 小泉の郵政選挙で、国民の賛成をいただいていますね。
14 :
◆znwiARPvOs :2013/04/11(木) 20:45:55.17 ID:lF9Oo2wD
/// なぜ日本は変わらないか 9 ///// 西側には権力などという不愉快なものが存在しないかに見せかけるこの行動論的社会科学は、 実は東西冷戦を西側がイデオロギー上で闘いぬくために発展させられたものであって、それは 同じように権力という現実を否認した旧東側諸国のマルクス・レーニン主義に等価なものと いえよう。『謎』における知識人ウォルフレンの最大の攻撃目標は、この行動論的社会科学に ほかならない。そして、この科学に密接に結びついているのが、日本を含む西側諸国は米国と ウリニつの国となる方向にほとんど自動的に進化するという、冷戦期の米国の独善的な信念である。 ///// 関 曠野 (編集) ///
15 :
◆znwiARPvOs :2013/04/14(日) 07:47:45.53 ID:Xf6CU91a
/// なぜ日本は変わらないか 10 ////// 六〇年代に流行したライシャワーやロストウの近代化論を想起していただきたい。実際、 冷戦期とは東西双方においてあきれるほど粗雑で知的に有害な経済決定論や社会進化論が まかり通った時代だった。そして氏を修正主義者と呼ぶことが正しいとすれば、それは氏が 権力の民主的統制という視点に立って、冷戦の副産物である行動論的社会科学や近代化論の 見解を「修正」したという意味においてなのである。 してみれば『謎』が刊行された八九年が、天安門事件以来、旧東側諸国で民主主義―― 資本主義ではない――の嵐が吹き荒れ、ベルリンの壁の崩壊とともに冷戦が終結した年でも あったのは偶然とは思われない。 ////////// 1996年5月出版 ///
16 :
◆znwiARPvOs :2013/04/16(火) 20:00:53.34 ID:lwT/lX73
/// なぜ日本は変わらないか 11 /////// 『謎』の問題提起と東欧民主革命による冷戦終結のあいだには、深い歴史的同時代性がある。 そして冷戦終結が冷戦期イデオロギーの死をも意味するものならば、われわれは経済決定論や 社会進化論がまき散らした幻想から現実へと立ち戻らねばならない。それは、世界のどの国も 固有のナショナルな過去をひきずり、過去をきちんと政治的に克服する努力なしには民主的 立憲国家になることはできない、というきびしい現実である。かつてカントは「恒久平和論」の 中で、商業の精神が平和な世界公民秩序をもたらす可能性を考察し、すべての国がまともな 立憲国家であることをその付帯条件とした。おそらくポスト冷戦の世界とは、すべての民族に このカントの命題がナショナルにして普遍的な課題として課されている世界であろう。そして この課題の実現のためには、すべての国の現状を権力の民主的統制という視点からきびしく 分析する必要がある。 /////// ウォルフレンを読む ///
17 :
◆znwiARPvOs :2013/04/18(木) 20:53:19.01 ID:MguimXDM
/// なぜ日本は変わらないか 12 //////// そうした分析の対象としてウォルフレン氏は、庶民の日常から政財官界のトップまで永年くまなく 取材してきた日本を選んだ。そして分析の結果、氏は二つの重要な結論に到達する。その一つは、 日本人はいまだに「国家なき民族」であり、日本にその名に価する立憲国家は存在していない、 ということである。もう一つは、経済大国日本は民主主義の世界的な再生と発展にとって大きな 障害や脅威になっている、ということである。というのも、ポスト冷戦の世界における最大の問題は、 世界の現状を見渡せばわかるように、政治的民主主義の経済発展の論理への従属にあるからである。 そして民主主義の経済発展至上主義への従属という点において、日本は極端で不幸な例なのである。 ゆえに日本は異質どころか悪しき典型であり、氏の所説は日本典型論と呼ばれていい。もちろん 日本がそうした国になった背景には、日本人が過去からひきずってきた歴史的に特殊な権力行使の 在り方がある。だが氏によれば、そうした伝統も制度的にはせいぜい明治国家をへて徳川期に遡る ものにすぎない。 /////// 出版社: 窓社 ///
18 :
◆znwiARPvOs :2013/04/20(土) 12:08:48.04 ID:mOQY7tph
/// なぜ日本は変わらないか 13 /////// <変化の制度化>か<現状維持の制度化>か そしてベルリンの壁が崩壊する以前に、すでに世界の関心は東西冷戦から日米の貿易紛争に 移っていた。したがって氏が『謎』のなかで欧米の読者に日本の権力構造を説明するにさいして、 まずジャパン・プロブレムをとりあげたのは当然のことだった。それに日米関係はジャーナリスト としての氏の当面の最大の関心事でもある。というのもこの二大経済大国の争いは、両国の局地的 利害をこえて現に全世界に巨人な衝撃を与えているからであり、場合によっては世界恐慌の導火線 ともなりかねないからである。しかし、日米関係をめぐる欧米人の発言は、必ずといっていいほど 日本の体制エリートの経済ナショナリズムに立った感情的反応を呼び起す。氏の場合もその例外 ではなかった。米国の立場を代弁する日本たたき屋という見方は論外としても、いまだに氏のことを ひたすら日本に市場開放と規制緩和をせまる英米型の経済的自由主義の信奉者と思いこんでいる 日本人は多い。 /////// 価格:¥1,916 ///
19 :
名無しさんの主張 :2013/04/20(土) 20:43:34.73 ID:7slaiAUx
小泉の郵政選挙で国民はそんなものに賛成なんぞしとらん。実態を知らされないまま雰囲気で流され騙されただけ。TPPと同じ
20 :
◆znwiARPvOs :2013/04/21(日) 22:31:39.25 ID:5R2N/nDx
/// なぜ日本は変わらないか 14 ////// しかし「私は、究極的に自由市場原理に立脚した経済のみが成功すると信じる、新古典経済主義者 ではない。日本の場合は、これが正しくないことを示している」(『日本の知識人へ』六四ページ)。 氏は日米交渉というゲームのプレイヤーでもレフェリーでもない。ジャーナリストとして氏が注目 したのは、日米交渉に見られるコミュニケーション・ギャップだった。そしてこのギャップに関しては、 明らかに日本の側により大きな責任があるのだ。米側にも独善と錯覚がある。しかし、日本側は この独善と錯覚をうまく利用し、いろいろな嘘をついている。米側はそれなりに現状を変えようと しているが、日本側には現状を変える意志も能力もない。そして何よりも重大なのは、攻撃的 敵対的な貿易によって異常な貿易黒字をかかえこんだ日本経済が世界の通貨貿易秩序の最大の 撹乱要因になっていることに、日本側が無自覚であることだ。 ////////// 関 曠野 (編集) ///
21 :
◆znwiARPvOs :2013/04/23(火) 06:10:10.84 ID:awsgMQNw
/// なぜ日本は変わらないか 15 ///// 日米間の知覚の行き違いということが言われるが、日本側は日本に関する基本的な事実を知覚していない。 そして欺瞞にふけっている。自己満足し傲慢になった経済大国日本は、その力の正しい使い方を学んで おらず、その結果は、国際的コミュニケーションにおける不誠実さとなって現われている。しかし ウォルフレン氏は、交渉の日本側当事者たちが邪悪なペテン師集団でないことはよく知っている。 空文になった前川リポートを見てもわかるように、日本はその政策や方針を変えたくとも変えようが ない国なのだ。そしてここにこそ、日本という謎を前に首をかしげる欧米人に対し氏が説明しなければ ならない問題の核心がある。。それは、なぜ日本は進路の変更ということがまるで不可能な国なのか、 という問題である。それゆえに『謎』は、日本という国をひとえに変化の可能性という点に的を絞って 分析した著作であり、この視点に立った一貫した徹底的な分析の試みとしては日本人の書いたものを 含めて前例がない。 ///// 1996年5月出版 ///
22 :
◆znwiARPvOs :2013/05/07(火) 20:59:25.20 ID:Pyh7N6Xx
/// なぜ日本は変わらないか 16 /////// 民主主義についてはさまざまな定義がありうるが、その最も重要な定義の一つは「変化の制度化」 であろう。民主主義とは、暴力や独裁に訴えなくとも国家の政策や制度の変革が市民の自由な発意と 政治家のリーダーシップによって実現されうる政治体制のことなのだ。そしてこうした変化の 制度化が可能であるためには、少なくとも以下の五つのことが条件となる。それは、@有益な情報と その論理的で私心なき分析が入手可能であること、A人心を変化に向けて動かしまとめる政治的 リーダーシップの存在でB変化の意味、目的および政治的意思決定の過程を討論可能なものにし、 討論による政策の変更を可能にするアカウンタビリティ(権威者の説明責任)の存在、C市民が 変革を実現するための効果的な手段の存在、そしてD紛争や反対を変化の契機として評価し、 民主主義にとって最も意義のある政治的過程として承認すること。 /////// ウォルフレンを読む ///
23 :
◆znwiARPvOs :2013/05/09(木) 21:54:07.92 ID:VTTdCs8h
/// なぜ日本は変わらないか 17 //////// 以上は、変化の制度化をめぐる氏の主張を私なりにまとめてみたものだが、とにかく日本には 右の五つの条件がどれも存在していないのである。だから日本は制度上は一応民主主義国家なのだが、 民主政治の最も重要な課題をまったく果たしえていない国なのだ。それというのも日本の現実の 政治体制は、変化の制度化どころか、その中にがっちりとビルド・インされた「現状維持の制度化」 の論理によって動いているからである。そこで後者の特徴をわかりやすいように図式化してみる。 【変化の制度化】 @情報と分析 Aリーダーシップ Aアカウンタビリティ(説明責任) C効果的な手段 D紛争と反対 【現状維持の制度化】 @リアリティの管理 A権力の拡散、権力中枢の不在 B非公式のヤミ権力の排外的秘密主義 C立法と司法の無力 D“調和”と“集団主義”のイデオロギー /////// 出版社: 窓社 ///
24 :
◆znwiARPvOs :2013/05/10(金) 22:54:37.16 ID:e02gZPFv
/// なぜ日本は変わらないか 18 /////// まず@だが、情報とその分析なしには、そもそも何か変革や改革の対象であるのかさえ、わからない ことは自明の理である。いっさいの変化は、情報とその分析を手がかりとした学習から始まる。 ところが日本のジャーナリズム、学者、知識人は公衆に必要な情報をちゃんと提供していない。 また情報の明確で政治的に有意義な分柝もやっていない。ゆえに彼らほど現状維持の制度化に貢献 している存在はない。とりわけその最大の功労者は大手マスコミであり、彼らは市民に必要な情報を サービスするという姿勢に欠け、体制の一環として美しい日本の秩序について道徳的に説教することに 関心をもっている。さらにジャーナリズム、学名、知識人は情報の提供やその分析を怠るだけでなく、 現実の管理者として振舞うことによって、政冶的に能動的な市民になるための知的手段を人民から 二重に奪っている。 /////////// 価格:¥1,916 ///
25 :
◆znwiARPvOs :2013/05/11(土) 17:52:59.42 ID:Ze0GmZ7P
/// なぜ日本は変わらないか 19 //////// こうして日本では万人に公開された共通の現実というものはなくなり、現実は政治的な交渉や取引 によって現状維持のために管理されうる対象と化し、現実についての偽りのイメージによって洗脳 された市民たちは体制に対して手も足も出なくなる。ウォルフレン氏は日本の官僚王国の批判者と 思われていることか多い。だが、氏は日本の官僚が概して有能で勤勉なプロフェッショナルである ことを認めており、官僚制を分析したことはあっても官僚を攻撃したことはない。日本の官僚の問題は、 彼らが憲法の規定に反してまであれこれと仕事をやりすぎることにあるので、彼らに職務怠慢の 疑いはない。しかし、ジャーナリズムに関しては話は異なる。ここには世界最悪の職務怠慢と背任の 実例がある。一連の著作において氏の怒りにも似た批判は、官僚や企業経営者ではなく、日本の ジャーナリズム、学者、知識人の怠慢と同胞市民に対する裏切りに向けられている。 ///////// 関 曠野 (編集) ///
26 :
◆znwiARPvOs :2013/05/12(日) 10:09:50.23 ID:srgB97lx
/// なぜ日本は変わらないか 20 //////// 人間の保守化しがちな性向と物事の惰性からすれば、変化は自動的に生ずることはなく、変化を 求める社会的合意も自然に形成されるものではない。変化のためには、そのための世論の焦点を つくりだすような問題提起的リーダーシップが必要である。民主国家における社会的合意や協調は そうしたリーダーシッブの求心作用がもたらすものであって、初めから与えられているものではない。 そしてリーダーが提起した問題をめぐる論争や反対も結果的にはそうした合意や協調を生み出す ことに寄与するのである。そのためにはリーダーは、自分が提起した問題を公的に明確に定式化 しなければならない。そしてリーダーの決定か承認された場合には、彼にはその決定を実行する ための権力が与えられていなければならない。ところが日本国家の一大特徴は「政治的説明責任の 中枢の不在」(『幸福』七九ページ)であり、変化のためのリーダーシップというものが根こそぎ 不可能になっている権力構造である。 ///////// 1996年5月出版 ///
27 :
◆znwiARPvOs :2013/05/13(月) 23:31:31.77 ID:3PwMgOf9
/// なぜ日本は変わらないか 21 ///// 民主国家においては世論が究極の権威の源泉であり、この権威に対して説明責任を負うことを条件 としてリーダーには強大な権限が与えられている。だが、日本においては、権力は公的に国家権力に 統合されることのない幾つかの有力な政治的グループの間に分散していて、それらのグループは 自分の流儀で勝手に権力を行使している。代表的なグループとしては政財官界のほかマスコミ、 農協、警察、暴力団などが挙げられるが、これらのグループはグループ間や仲間うちで派手な 勢力争いをすることはあっても、一方が他方に従属して公的な国家権力を構成することはない。 /////// ウォルフレンを読む ///
28 :
◆znwiARPvOs :2013/05/14(火) 20:59:36.45 ID:QbStrURi
/// なぜ日本は変わらないか 22 /////// 「日本の権力は、自律的でかつ、なかば相互依存的な多数の組織に分散されていて、それらは 主権者としての選挙民に対して責任を明確にすることもなければ、互いの組織の間に究極的な 支配関係もない。政府のさまざまな活動に、このような組織すべてが関わっているが、ある組織が 他の組織に命令を下すことはありえない。どの組織ひとつをとってみても、国の政策の最終責任を とったり、緊急を要する国家的問題について決定したりするだけの力はない」(『謎』上巻、九八ページ)。 /////// 出版社: 窓社 ///
29 :
◆znwiARPvOs :2013/05/15(水) 21:20:56.88 ID:eYhtdeoT
/// なぜ日本は変わらないか 23 ///// 変化への決定を下し説明責任を負うトップの座にいる者はない。官僚は国家体制におけるその 位置からして巨大な権限をもっているが、彼らとて究極的な決定を下しうる立場にはない。財界とて しかりである。自らの力と威信を追求するさまざまな組織があるだけで、国家を公的に代表し国家の ために選択や決断を行なう者はどこにもいない。そして「こういった日本の状況は、各種の利益団体 からの政府攻撃や内部抗争のために政府が意思決定できないというような、ほかの国の現状とは まったく異なるということである。つまり、ロビー(院外団)の活動が政治を左右するという 状況ではなく、これまでの政冶理論のどの類型にも当てはまらないひとつの構造的現象なのである」 (『謎』上巻、三七ページ)。 /////// 価格:¥1,916 ///
30 :
◆znwiARPvOs :2013/05/16(木) 22:09:31.28 ID:0ta6iNnU
/// なぜ日本は変わらないか 24 ///// だから、日本を特定の人間が牛耳る一枚岩の国家とみなす部の欧米人の通俗的な日本観は、 間違いなのだ。日本は東洋的専制国家でも、疑似共産国でも、権威主義的官僚独裁国家でも、 大企業と官僚が一体となって支配する日本株式会社でもない。さまざまなロビーが政府に圧力を かける多元的国家とか職能団体・利益代表と政府が協調するコーポラティズムといった戦後の 欧米諸国をモデルにした政治理論も、日本には当てはまらない。こうした理論は政府が政策決定の 中心であることを前提にしている。究極的な中心や頂点のない日本国家の権力構造は、同じ 東アジアの韓国や中国にも見られないものである。 ///// 関 曠野 (編集) ///
31 :
◆znwiARPvOs :2013/05/17(金) 23:57:12.31 ID:3fUAOl8I
/// なぜ日本は変わらないか 25 /////// だが、間違えてはならない。日本の権力者たちは意思決定ができないのではない。政財官界 その他の有力グループは、市民や選挙民に対し何の説明責任を負うこともなしに、社会に重大な 影響を及ぼす政治的感思決定を毎日行なっている。こうして、誰がいつ何のためにどんな権限に 基づいていかにして下したのかわからない政治的な選択と決足が、日本の社会を動かしている。 そして有力グループは説明責任を負わないばかりか、その政策決定過程に排外的秘密主義の ヴェールをかぶせる。というのも決定は現状を維持する目的で、すなわちグループの力と威信と 既得権益を保全する目的で、グループ自身のためになされるからであって、この真の動機は市民を 前にして公言できるようなものではないからである。組織エゴと秘密主義は常に不可分なのだ。 ///// 1996年5月出版 ///
32 :
◆znwiARPvOs :2013/05/18(土) 22:19:47.51 ID:YVCvk5rF
/// なぜ日本は変わらないか 26 //////// これに対しウォルフレン氏の説くアカウンタビリティの原則は、組織の行動をめぐる変化を 可能にするルールといえよう。それは政治的意思決定の過程を公開することで討論の対象とし、 討論による政策の変更や旧習の廃棄を可能にする原則である。この原則は、権力を行使する 人間に対して、人間のいっさいの行動や決定には他者への奉仕という愛他的要素があることを 思い起こさせ、それによって権力に対する民主主義的な統制を実現する。きちんと説明責任を 負う者は、自分を公衆に対する奉仕者として自覚している者である。 /////// ウォルフレンを読む ///
33 :
◆znwiARPvOs :2013/05/19(日) 10:50:25.75 ID:rOK3etbt
/// なぜ日本は変わらないか 27 ///// 組織エゴと秘密主義に密接に関連しているのが、日本の権力構造に特有のタテマエとホンネの 区別である。暴力団以外の日本の有カグループは、公的には民主国家の名誉ある成員として 国家の権威すなわち世論と選挙民の総意という権威に従属し、公衆への奉仕によってその高い 地位を得ていることになっている。しかし現実には彼らは、半自治的グループとして、市民が 委任したものではない権力をきわめて恣意的に自分自身のために行使しており、その力の及ぶ 範囲や他のグループとの関係は法の公的ルールに従っていない。それゆえに、民主国家という タテマエと現実のエリート間の人脈を中心とした寡頭制というホンネのずれは不可避になる。 /////// 出版社: 窓社 ///
34 :
◆znwiARPvOs :2013/05/20(月) 22:41:45.68 ID:m0HA0Emn
/// なぜ日本は変わらないか 28 ////// もちろんタテマエとホンネが完全に一致している国など世界のどこにもないし、ある程度の 二枚舌や面従腹背は世の常であろう。しかし日本の場合は、話が違うのだ。日本においては 夕テマエとホンネの違いは、現状維持をはかる権力エリートの力の源泉として制度化されており、 ゆえにタテマエとホンネの差をなくそうという努力など皆無なのである。例えば大蔵官僚の 絶大な権力は、タテマエとしての民主国家があってこそのものであり、しかもタテマエ上は 「公僕」である彼らは独裁者とされて政治的打倒の対象とされる心配はない。しかも日本の エリートがホンネの世界で行使する権力は、非公式な「ヤミ権力」(『幸福』九九ページ)に ほかならない。そして非公式な権力に対しては、人々が選挙、訴訟その他の公僕としての権利を 駆使して闘いを挑むことが初めから不可能なのである。 /////// 価格:¥1,916 ///
35 :
◆znwiARPvOs :2013/05/21(火) 20:26:16.82 ID:IdH9UHqv
/// なぜ日本は変わらないか 29 ///// だから現状維持をはかる権カエリートにとっては、タテマエとホンネがずれたまま民主主義が 空洞化した日本ほど往み心地のよい国はない。ところが日本人は、この制度化されたずれが生む ヤミ権力という問題を認識していないことが多い。それはタテマエを原則と解釈するからである (例えば権成ある研究社の『新和英大辞典』でもprincipleと訳されている)。この解釈に従えば、 タテマエとホンネのずれは日本人の柔軟なプラグマティズム(?)を意味するように見えるが、 これは開違いである。タテマエはむしろfacade, appearanceなどと訳されるべきであって、 この言葉は日本的なウチとソト、インサイダーとアウトサイダーの区別から解釈されなければ ならない。つまりタテマエとホンネの区別は、強力な組織のインサイダーがもっともらしい 見かけの下に無力なアウトサイダーを操作することを意味しているのである。 ///// 関 曠野 (編集) ///
36 :
◆znwiARPvOs :2013/05/22(水) 21:05:38.49 ID:UG3VxI9G
/// なぜ日本は変わらないか 30 ////// 民主国家において市民が体制を変革するための究極的な手段は立法と司法である。日本が 変わらない最大の理由は国家の立法部と司法部が無力なせいなのだが、この問題については 後で述べる。ともあれ、国家の権威がタテマエにすぎない世界で立法と司法ががまともに 機能することばありえない話である。そしてウォルフレン氏は、現状維持の制度化がエリートの 意向に即してはぼ完全に実現されている日本の社会を、市民社会と正反対のものとして 「政治化された社会(『幸福』五一ページ)と呼ぶ(この区別は、一九世紀ドイツの法学者 オットー・フォン・ギールケが人間社会を「支配結合」Herrschaftsverbandと「仲間団体」 Genossenschaftに大別したことによく似ている)。 ///// 1996年5月出版 ///
37 :
◆znwiARPvOs :2013/05/23(木) 21:29:16.14 ID:Go9R7rey
38 :
◆znwiARPvOs :2013/05/24(金) 22:22:55.58 ID:N5FXdE1h
/// なぜ日本は変わらないか 31 ///// 民主国家の公的権威が確立している場合には、国家が市民から委任された権力をもって支配してよい 範囲とそうでない範囲は、法と世論によって明確に区別される。市民社会とは、市民の自由に 委ねられ国家の支配や介入があってはならない領域である。ところが日本においては、中央官庁と 大企業を中心にした有力グループが非公式なヤミ権力を行使して社会に重大な影響を及ぼす決定を 勝手に行っているので、そうした政冶的決定がノーチェックで社会を左右するという意味で、 社会は「政治化」される。この無制限の権力にとって官と民、公と私といった区別は意味がなく、 その支配と干渉は家族生活や職場環境に及ぶ。 /////// ウォルフレンを読む ///
39 :
◆znwiARPvOs :2013/05/25(土) 14:40:43.86 ID:0MpJRvVZ
/// なぜ日本は変わらないか 32 ///// ここでは企業組織も、寡頭制エリートの権力追求のために存在しているので政治化しており、 その従業員を社会的に統制するという政冶的機能を果たしている。しかし、いかにエリートの ための現状維持を目的として政冶化された社会においても、社会から変化がなくなることは ありえない。そして社会が変化する必要は、紛争や反則によって表面化することが多いのだから、 エリートは全力をあげて日本の社会に紛争や反対が実在することを否定しなければならない。 彼らは昔から各種のトラブル・メーカーを体制のインサイダーとして取りこむ手法にたけている。 そして恐るべきは、人々が発作的本能的な紛争や反対を契機に現実を直視することを学び、 考え始め、思想をもつに到ることである。 /////// 出版社: 窓社 ///
40 :
◆znwiARPvOs :2013/05/26(日) 08:32:44.03 ID:Ri+Wbk3f
/// なぜ日本は変わらないか 33 ///// 人間社会の決定的な変化は思想によって起こる。だから日本のエリートは、現実を管理する ことによって、人間の思考能力をも社会的に統制しなければならない。彼らは体制派の知識人や 学者の手をかりて、変化への可能性を神話と儀式によって封じこめようとする。こうして 現存する秩序は、唯一の不動の秩序とされ、それはエリートの権力行使によって生じたものではなく、 文化の産物、日本民族のユニークな先天的素質が“調和”や”集団主義”といった形で発現した ものとされる。この種の神話によって日本は、変化に向かって開かれた出口をもたない、檻のような 社会として完結する。それは、ひたすら現状維持を志向する、いや、より正確にいえば、変化への 恐怖にこり固まったエリートに支配された世界である。 /////// 価格:¥1,916 ///
41 :
◆znwiARPvOs :2013/05/27(月) 21:28:07.63 ID:ybNGNj4q
/// なぜ日本は変わらないか 34 ///// 日本を呪縛する“組織の記憶” ウォルフレン氏の著作においては日本の官僚機構が大きな比率を占めている。それだけに、氏の 主張を官僚王国批判に矮小化して受けとめている日本の読者も少なくない。しかし、先述したように、 氏の本来の意図は官僚批判にはない。氏がその日本権力論で官僚制をクローズ・アップしたことには、 構造的および歴史的な理由がある。まず第一に、氏が問題にしているのは官僚制自体というより、 官僚が絶入な権力を揮うことを可能にしている日本の政治風土である。変化への恐怖にとりつかれた 世界においては、万事に保守的なルーティン・ワークの専門家である官僚は、まさに水を得た魚 である。それゆえに日本の政治風土を深く理解するには、その典型的な住人であり代表者である 官僚の行動を分析するのが一番よい。 //////// 関 曠野 (編集) ///
42 :
◆znwiARPvOs :2013/05/28(火) 21:57:00.90 ID:85CKAG+1
/// なぜ日本は変わらないか 35 ///// 第二に、日本のように立法と司法が無力な国の政府を分柝しようとすれば、立法と司法を押しのけて 異常に肥大した行政の権力がその中心とならざるをえない。実際、歴史的事実としても、近代日本の 政治を動かし歴史を作ってきたのは行政官僚なのである。彼らをぬきにして近代日本の歴史は語れない。 そこで氏は『謎』において、官僚が勝手にヤミ権力を行使できる不思議な民主国家の実情を欧米の 読者のためにあれこれ実例を挙げて説明している。そして同書のクライマックスというべき一四章 (「支配力強化の一世紀)と一五章(「不死鳥の国」)において、いかにエリート官僚と官僚出身の 管理者型経営者が戦後日本という巨大な生産マシーンをつくりあげてきたかを、明治期にまで 遡りながら分析している。 /////// 1996年5月出版 ///
43 :
◆znwiARPvOs :2013/05/29(水) 21:36:28.55 ID:Kuqoi+i1
/// なぜ日本は変わらないか 36 ///// 本書の読者諸賢は氏のこうした文章をすでに読んでおられると思うので、ここでその内容を 長々と祖述することはしない。その代わりに、氏の論点のなかで日本の読者が今後ともじっくり 考えてみる必要があると思われるものを以下幾つか列挙したい。 (1) 氏によれば、戦後日本の経済大国化は占領軍の民主化改革がまったく皮相なものだった ことを示している。日本の経済成長は、内務省の流れをくむ経済統制官僚が三〇年代に戦時産業体制を 確立するために全体主義の影響下で作成した産業・金融の統制政策にのっとって推進された。 占領軍は彼らを軍部と財閥というライバルから解放してやった。いわゆる一九五五年体制は革新官僚が 三〇年代に唱えていた大政翼賛体制をほぼ実現したようなものだった(『謎』下巻、二二四ページ)。 /////// ウォルフレンを読む ///
44 :
◆znwiARPvOs :2013/05/30(木) 22:32:41.93 ID:XmwpcExC
/// なぜ日本は変わらないか 37 /////// そして経済成長は新たな国家総動員の試みだったのだが、計画として公的に呈示されなかったので、 誰からも攻撃されずに済んだ。こうした氏の見解はさほど新しいものではなく、日本現代史に 関心のある左翼知識人なら周知の事実とさえ言える。だが問題なのは、この事実か国民の常識に なっていないことだ。庶民はいまだに日本の経済成長は民主主義と日本人の勤勉さの賜物だなどと 思いこまされている。つまりここには、日本には知識人向けの知と大衆向けの宣伝という二種類の 知があるという、氏が『幸福』の中で指摘したことの典型的な例があるのだ(『幸福』二二ページ)。 /////// 出版社: 窓社 ///
45 :
◆znwiARPvOs :2013/05/31(金) 21:56:50.55 ID:B4P/bqOn
/// なぜ日本は変わらないか 38 ///// (2) 官僚は、日本を巨大な生産マシーンにせよという至上命令に盲目的に従う。というのも 彼らは生産力の増大だけが日本国家の存立と安全を保障すると信じているからだ。戦後日本は 官僚が統制する経済的国防国家であり、国家の安全という至上命令を前にしては個々の国民など 使い捨ての消耗品にすぎない。その点では特攻で戦死した学徒兵も、旧満州に置き去りにされた 開拓民も、過労死するサラリーマンも、焼け跡に放り出された大震災の罹災者も、薬害エイズの 犠牲者も、みな同じことである。官僚の国防幻想があるかぎり、人権、自由、幸福といった言葉は 日本では虚ろな言葉であるだろう。そして経済力という力しか信じない日本の官僚の思想と行動を 国際社会が承認することは決してないだろう(念のため付け加えれば、氏が指摘するように日本には 真に自由な資本市場と労働市場が存在しない以上、日本は市場経済の国ではないのである)。 /////// 価格:¥1,916 ///
46 :
◆znwiARPvOs :2013/06/01(土) 07:35:06.76 ID:2weGXMwZ
/// なぜ日本は変わらないか 39 ///// (3) 氏によれば、日本の官僚制を欧米のそれと分ける重要な特徴は「組織の記憶」にある。 組織とその成員の一体化や終身雇用を特徴とするこの官僚制は、形状記憶合金のような組織の 記憶を持っており、それによって敗戦ショックを生きのび強力に再生することができた。独裁的な 旧内務省を解散させた占領軍は「組織の記憶の生命力や強さや死後にも残る力にまったく気づいて いなかった」(『謎』下巻、二一二ページ)。この非人格的組織の記憶こそが、日本の真の支配者 なのかもしれない。 ///////// 関 曠野 (編集) ///
47 :
◆znwiARPvOs :2013/06/02(日) 07:59:10.09 ID:jVgpDMFB
/// なぜ日本は変わらないか 40 ///// それゆえに日本の権力エリートは変化に対応して方針を転換することができないし、その権力と 支配の結果に対して人格的な責任をとることができない。日本は組織の記憶による自動操縦に 委ねられた国家であり、船長も舵手もいない五〇万トン・タンカーである。しかしこの記憶に 日本の政治化した官僚制の究極のアイデンティティがあるのだとすれば、それを一種のプログラム として分析することによって官僚の権力を解体する途も開けてくるはずである。日本民族が ユニークであるとか先天的に調和を好むといった神話も、万邦無比の国体とか家族国家という 戦前の官僚制のイデオロギーが組織の記憶によって再生したものであろう。 ///// 1996年5月出版 ///
48 :
◆znwiARPvOs :2013/06/03(月) 22:34:24.45 ID:Wmd0Rmko
/// なぜ日本は変わらないか 41 /////// (4) 日本の官僚の特徴は、自分たちだけが何が善であるかを知っており間違いを犯すことが ないと信じこんでいることである。善を認識し間違うことのない存在とは、ルソーが一般意志と 呼んだものである。すなわち、官僚は自分のことを勝手に一般意思の体現者とみなしている のであり、だからこそ彼らは管理者として政治化しているのだ。ウォルフレン氏によれば、 日本の官僚が政治化している原因は、彼らの原型が戦前の内務省の官吏、つまり社会統制官僚に あるからである。ざらに氏によれば、この官僚制は明治の元老山県有朋の政党政治と民主主義に 対する深い恐怖と嫌悪から生まれ、いっさいの社会的変化を阻止すべく山県によって仕組まれた ものである。これは大いに傾聴に価する見解といえよう。 ///// ウォルフレンを読む ///
49 :
◆znwiARPvOs :2013/06/04(火) 22:40:59.84 ID:7je29WWb
/// なぜ日本は変わらないか 42 /////// というのも従来の日本の歴史学は明治の元老といえばもっぱら伊藤博文に注目して、山県という 陰険な権力亡者の役割を軽視してきたきらいがあるからだ。山県に関する研究を深めることも、 日本の官僚を公僕に変えるためには不可欠な、一歩といえるだろう。しかしながら、氏が分析した 日本の官僚制の問題は、役所に対する情報公開の要求、オンブズマン制の導入、市民による 監視機構の設立といった方策で片付くような問題ではない。そうした試みもちろん無意味ではないが、 根本問題は官僚の無統制なヤミ権力をはびこらせる政治風土であり、氏の言う「システム」 なのである。 //////// 出版社: 窓社 ///
50 :
◆znwiARPvOs :2013/06/06(木) 19:25:09.78 ID:W/qR8Xjb
/// なぜ日本は変わらないか 43 /////// 押しくらまんじゅうの日本社会 「日本には国家ではなくシステムがあるだけだ」とウォルフレン氏は言う。ではシステム とは何か?それは変化の反意語であり、変化というものを不可能にしている日本社会の 組織原理である。それは普遍的で基本的な組織原理なのだから、大蔵省、暴力団、農協、 マスコミ、教育機関のどれにでも当てはまる。つまりこれらの組織のあいだには、その 異質さにもかかわらず、その組織の力学と成員の動機においてきわめてよく似た構造的 特徴があるのだ。ゆえに官僚制も、システムの最も強力で危険をはらんだ一例にすぎない。 ///// 価格:¥1,916 ///
51 :
◆znwiARPvOs :2013/06/07(金) 22:04:32.92 ID:bx8PAdqe
/// なぜ日本は変わらないか 44 /////// 普遍的な組織原理であるかぎりにおいて、システムには官と民の区別はないし、システムに 取りこまれた家族もざらにあるのだから、公と私の区別もない。システムの影響力は個人の 内面にさえ及ぶのだから、精神と物質の区別さえないのだ。こうして日本においてはシステムは、 一種の宇宙的運命の観を呈し、そこからシステムがもたらした結果に対してはなにごとも 「仕方がない」とする庶民の反応が生じてくる。そしてシステムのこの捉えどころのない 包括的な性格のおかけで、日本の権力者が「日本には権力の行使などというものはなく、 美しい日本文化があるだけだ」などと主張できることにもなる。 ///// 関 曠野 (編集) ///
52 :
◆znwiARPvOs :2013/06/08(土) 07:46:26.40 ID:W4WidkeA
/// なぜ日本は変わらないか 45 /////// システムが生じてくるのは、日本の社会に何が正統な支配であるかについての合意がなく ルールに則した服従ということが不可能なせいである。誰が最終的な支配者であるかは誰も 知らない。ゆえに日本の有力な組織は可能なかぎり自らの力と威信を追求しようとする。 この力と威信の迫求は当然他の組織との紛争をひき起こすが、そうした紛争を解決するための 合意された予見可能なルールは存在しない。正当性を承認されたルールに代わるものは、 脅しと威嚇が生み出す力関係であり、そうした力関係に基づく不安定な疑似秩序である。 そして組織間に公的な支配と服従の秩序が存在しないこととは裏腹に、各組織の内部では 組織に対するその成員の軍隊的な服従が要求される。システムのこの側面は“イエ原理”と 呼ばれていいだろう。 ///// 1996年5月出版 ///
53 :
◆znwiARPvOs :2013/06/09(日) 16:53:05.12 ID:5g4pVkxK
/// なぜ日本は変わらないか 46 /////// こうして力と威信を追求する組織間の紛争は、力の対抗と均衡からなる力の相対的配置図を つくり出し、それはまるで意図的な合意や計画から生じたかのように見えることがある。 例えば日本の政治がシステムの所産であることを知らない欧米人は、日本人に経済的な 世界支配の計画や陰謀があると思いこみやすい。しかし「日本政治の歴史は、政治的目標 というものは、それが完全に意識されていなくとも実現は可能であるという事実を立証していると 筆者は思う。至る所で接することのできる日本主義的な宣伝活動は、強力な中核機関が源として あるわけではなく、それぞれ別個の権力集団が共通の必要性から自然に発しているものだ。 ///// ウォルフレンを読む ///
54 :
◆znwiARPvOs :2013/06/10(月) 21:21:52.10 ID:IYQY6ji+
/// なぜ日本は変わらないか 47 /////// 同様にして、それぞれの権力集団が、各グループの政治的な生き残りを確かにし、最良の 生存条件を得ようと努力する結果、その個々の尽力が緊密につなぎ合わさって社会構築の 青写真にもとづいて実行されているかのように見えるだけだ」(『謎』下巻、二七二ページ)。 しかしシステムがもたらす力の相対配置図は、結局、合意された計画ではない。それゆえに システムを構成する諸組織は、現存する力関係に予見不可能な変化が生ずることを極度に恐れ、 状況の変化に対する警戒を怠らない。システムの影響は個人の行動にも及ぶ。日本では 人間関係が力関係になっていることか多く、日本人はレーダーを張って自他の地位や状況を 正確に判断しながら行動しなけれはならない。 //////// 出版社: 窓社 ///
55 :
◆znwiARPvOs :2013/06/11(火) 22:43:08.72 ID:kuxeSEC6
/// なぜ日本は変わらないか 48 /////// 全体としての日本社会をシステムとして見るならば、それはさまざまな有力な組織が 押しくらまんじゅうをしている社会と言えよう。各種の業界を主役とするこの押しくらまんじゅう においては、当然図体の大きな者が勝つ。そして支配と服従の明確なルールのないこの社会に おいては、被害者意識が正当性の代用品になっている。この意識が押しくらまんじゅうを 道徳的に正当化するのだ。ゆえに日本では、中央官庁や大企業のエリートでさえ精神的には 被害者意識のかたまりであることが多い。 ///// 価格:¥1,916 ///
56 :
◆znwiARPvOs :2013/06/12(水) 22:03:18.60 ID:J0rpgxxa
/// なぜ日本は変わらないか 49 /////// そしてこの社会で最も悲劇的なのは、有力な組織へのアクセスを持たない弱者の孤立と 無力である。押しくらまんじゅうで動いている国に、本来の意味での権利という思想はない。 当然の権利の代わりに権力者の慈悲や恩恵が強調される。そして弱者のほうも、その権利の 主張を脅しや威嚇という形で行なうことが多い。民主主義を推進するはずの労組や民主団体も、 組織の力と威信の追求に狂奔しているのが普通である。また日本では有力な組織への所属が ただちに特権的な政冶的地位を意味するので、そこから人脈による貴族階級が生まれる。 ///// 関 曠野 (編集) ///
57 :
◆znwiARPvOs :2013/06/13(木) 21:57:30.59 ID:Hj30EEN5
/// なぜ日本は変わらないか 50 /////// 要約しよう。正しい秩序についての社会的に共有された認識と何が正統的な支配であるかをめぐる 合意が存在せず、現世的な力関係がすべてであるような社会においては、システムはほとんど自動的に 生成してくる。そしてシステムについて最も強調さるべきことは、変化に対するその抵抗である。 というのも、ここでは対抗と均衡による力の相対的配置図が秩序と安定の唯一の保証なので、新規な 事態による配置図の変更は、秩序の全面的崩壊につながりかねないからである。さらに忘れては ならないことに戦後の状況がある。日本が国家ではなくシステムとしてやってこれたのは、日本が 一人前の近代国家として荷なうべき義務や責任を米国がずっとおんぶにだっこで引き受けてきた からなのだ。 ///// 1996年5月出版 ///
58 :
◆znwiARPvOs :2013/06/15(土) 09:50:52.01 ID:mwttxNSe
★談合文化論 何がこの国の「社会」を支えるのか 1/2 宮崎学/著 出版社名 : 祥伝社 出版年月 : 2009年9月 [目次] 土建屋の逆襲;日本の基層社会で起こっていること; 日本に「自由社会」などない; 談合の起源; 官製資本主義が談合を生んだ; 近代法とともに談合が生まれた理由; 官僚文化と土建文化の接点で; 顔役、金筋、新聞屋; 談合文化が高度成長をもたらした; 談合を変えた田中政治; 自治型談合から癒着型談合へ; 談合の復活が日本を救う; 日本に本当の自治社会をつくるために [出版社商品紹介] “突破者”による「談合」擁護論であり、「談合」を通じた日本文化論。
★談合文化論 何がこの国の「社会」を支えるのか 2/2
出版社・メーカーからのコメント
土建の現場を知り尽くしたアウトロー・宮崎が世に問う! 日本が日本であるために必要な
「法を超えたもの」とは。 「談合は悪」――なのか? この国に流れつづける「話し合いの文化」
談合とは、徳川時代まであったムラの自治に根ざしたもので、自治を運営する自分たちの掟をつくり、
それにもとづいて自己統治していくうえでおこなわれた構成員全員による話し合いのことであった。
近代になってからムラの自治は奪われ、国家行政に組み込まれたが、社会の基層には談合文化が残った。
日本は建前上「法治国家」になったが、社会のトラブルが司法の場に持ち込まれて、それを一つ一つ
解決していくことを通じて法が具体的に形成されていく、というヨーロッパ近代では成立した過程が
日本近代では成立しなかった。問題が発生した具体的な現場で、公式のルートには乗らない非公式な
話し合いで解決されてきたのである。(本文より) 談合の歴史を見ることで、この国の姿が見えてくる
(本書の主な内容)
■「一般競争入札」は土建屋に何をもたらしたか
■土木王国=田中角栄政治を崩壊させた小泉改革
■なぜ「談合坂」という地名があるのか
■明治政府の殖産興業が「土木建設請負業」を生んだ
■戦時統制経済と高度成長経済はつながっている
■「単なる談合なら無罪である」という地裁の判決
■「談合文化の否定」はアメリカからやってきた
http://www.e-hon.ne.jp/bec/SA/Detail?refISBN=4396613431
61 :
◆znwiARPvOs :2013/06/18(火) 22:00:31.84 ID:mD1HKHZW
/// なぜ日本は変わらないか 51 /////// 求められる法の支配と道徳的リーダーシップ それではどうすれば日本は名実ともに近代国家へと脱皮できるのであろうか。それには、 市民が自由な討論をつうじて正しい秩序についての認識を共有すること、および正統的な 支配をめぐる社会的合意が成立することが必要である。しかしながら、ウォルフレン氏が トップ・ダウンのピラミッド型権力構造の必要性を説きながら、他方で市民的自由の価値を 強調してやまないことには、とまどいを覚える日本人が多いのではあるまいか。戦後民主主義の 感化を受けた日本人には、民主主義をある種の粗雑なアナーキズムとごっちゃにする 傾向があり、そうした人々にとっては権力と自由は対立概念なのである。 ///// ウォルフレンを読む ///
62 :
◆znwiARPvOs :2013/06/20(木) 23:07:35.01 ID:rQdUCwXu
/// なぜ日本は変わらないか 52 /////// しかし真にリベラルな政治思想は、民権としての権力を強調する。すなわち@権力の所在と 行使は誰にでもすぐ見分けがつくように公示されていなければならない。そうであってこそ 討論の権力に対する監視や統制が可能となる。A法の最も基本的な役割は、社会の統制ではなく、 権力に対する人民の統制を可能にすることにある。人民と為政者の問に緊張がなければ法は 存在しない。ゆえに国家と市民社会、組織と個人の間に明確な境界線を引き、後者を前者による 干渉や侵害から守るということも、法の基本的な使命なのである。Bそうした法は人民の間に 共有された正しい秩序についての認識を究極の源泉とし、そこから派生するものでなければ ならない。 //////// 出版社: 窓社 ///
63 :
◆znwiARPvOs :2013/06/22(土) 08:27:50.67 ID:BhiXH3Dq
/// なぜ日本は変わらないか 53 /////// そして、このリベラルな民権思想の核心にあるものこそ、法の支配 the rule of low の 原則にほかならない。法の支配、すなわち独立した立法と能動的な司法は、人民の世論による 権力の統制を可能にするだけでなく、紛争や反対を社会変革の契機に変えることで変化の制度化を 実現する。民主主義の問題は、法の丈配の実効性の問題に尽きるといっていい。そして日本が 国家ではなくシステムにすぎないのは、まさしくこのタテマエ上の民主国家に法の支配が 存在していないからである。 ///// 価格:¥1,916 ///
64 :
◆znwiARPvOs :2013/06/24(月) 19:59:59.96 ID:J+Zu/Afe
/// なぜ日本は変わらないか 54 /////// 「たしかに、日本の社会にも多くの法律がある。事実、ときに外国人から日本には法律が多すぎると 指摘されるほどだ。日本の役所では、上から下まであらゆるレベルで、当局者のそれぞれの仕事に 関連して、秩序維持のために自由に発動できる多くの法律がそろっている。 しかし日本では、私がしばしば述べてきたように、最も重要な事柄は正規の法の規制を受けないのだ。 日本の政治構造の事実上の本質部分も、一切、法体に基づいていない。前段で述べた、日本の巨大な 経済システムの最も重要な側面も、法律の条文規定にまったく基づいていない。実際は、日本人の 経済活動は、多くの側面で法律の文言を組織ぐるみで破っている。たとえば、系列構造が存在すること 自体、日本の独占禁止関連法(米国の独禁法を真似たもの)を、そっくり虚仮にしている。(中略) 法律は何にもまして官僚の道具だ。官僚が社会秩序を保つための道具になっているばかりでなく、 彼らの望みどおりの制度や条件を確実につくり上げるための道具としても使われている」(『幸福』 一〇一−一〇二ページ)。 /////// 関 曠野 (編集) ///
65 :
◆znwiARPvOs :2013/06/27(木) 21:48:50.86 ID:EcX/v47T
/// なぜ日本は変わらないか 55 /////// しかし「戦後の正規の法規に定められた通り、真に独立し、政治に従属しない司法があり、 人びとか少しずつ訴訟になじんでくれば、戦後の<システム>が今日ある姿にまで強化される ことは阻止されていたはずである。独占禁止法か一貫して公平に通用されてきていれば、 阻止できたはずだ。公職選拳法を厳正に適用してもそうできただろうし、大企業と自民党との 腐敗した関係、その他の<システム>を存続させるさまざまな非公式の人間関係や慣例について 司法の審査がおこなわれていれば、阻止できただろう。 ///// 1996年5月出版 ///
66 :
◆znwiARPvOs :2013/06/29(土) 09:20:17.38 ID:YyEkIWyf
/// なぜ日本は変わらないか 56 /////// 民衆が上手に訴訟戦術を展開すれば、今日、いろいろな活動を制限しているあらゆる法制外の 行政措置について、裁判所に訴えることができたにちがいない。実際に企業家が官僚を裁判所に 訴える可能性があれば、<システム>管理上の目的の多くが根底からくつがえされていたはず である。さらに言えば、無数の人脈によって動かされている現在の<システム>は、法的な 手続きを一貫して適用することによって可能になる政治的な検分に耐えてまで、存続することは できないだろう」(『謎』上巻、三六二ページ)。 ///// ウォルフレンを読む ///
★あれこれ 弁護士 飯島奈絵
次に、感じたのはアメリカ人、そして、ここに住む日本人の方々の参政意識の高さ。
日本では、多くの国民が「政治は政治家が密室で利権がらみであれこれ決める何だか
よくわからないおどろおどろしいもの。」といった意識を持ち、政治に関わろうとしない。
露悪的にいえば、政治に関心があるのは権力意識がよほど強いか、妙に純粋で理想論
ばかりを述べる「青い」人か、宗教関係で動員がかけられた人といった意識がある。なぜ
このように違うのか。単なる「国民性」ではすまないであろう。日本人も米国の政治は
面白いと思っているのだから。違いは大統領選か?二大政党制か?
勤務先法律事務所で『民主主義』を感じたことがあった。クライアントの日本企業が
州法に抵触した。勤務先事務所は「州法の制定手続、規制方法に手続的瑕疵がある。
当該法の規制範囲は広範に過ぎる点でも問題がある。争おう。」という。しかし、
日本企業は煮え切らない。日本では訴訟を提起したということ自体、新聞沙汰になる。
人聞きが悪い。企業イメージが下がる。その上、監督官庁にたてついたら、どのような
不利益があるか。国にたてつくとの構図も企業イメージを下げる。日本企業のそんな
思考方法を説明したところ、米国人弁護士に呆れられた。「法律に瑕疵があれば、
その是正を求めることは、民主主義における市民の権利であり義務でないか。」と
言われた。やはり日本はムラ社会なのか、出る杭は打たれるのか。国は「お上」なのか。
http://www.wjwn.org/views/05summer/sakairijima.html#_ftn2
68 :
◆znwiARPvOs :2013/07/01(月) NY:AN:NY.AN ID:l79TzQ/b
/// なぜ日本は変わらないか 57 /////// そうなのだ。まるで宇宙的運命のように見えるシステムは、日本に真に独立した司法と 能動的な立法さえあれば、太陽の前の雪ダルマのように消えていくものなのてある。しかし、 日本の司法と立法は事実上行政に従属し、絶望的なほど無力である。氏が指摘するように、 法務省は最高裁事務局をつうじて司法の独立を骨ぬきにしてしまっており、長らく政党の名に 価しない自民党に支配されてきた立法府は、中央官庁の資金を建設業などをつうじて地方に ばらまく利害誘導政治に従事することで行政を補完してきたにすぎない。 //////// 出版社: 窓社 ///
69 :
◆znwiARPvOs :2013/07/04(木) NY:AN:NY.AN ID:fc3nsURz
/// なぜ日本は変わらないか 58 /////// そして司法と立法のこの目を覆いたくなる現状は、あれこれの制度的手直しや、ましてや 金権政治家を道徳的に非難することで打破されるようなものではない。司法の独立と立法の 能動性を確立するためには、おそらく日本の政治風土を一変させるようなある種の精神革命が 必要なのだ。というのも、日本に法の支配が不在である原因は、官僚が法を権力の道具として 使うことを当然とみなすような日本人全般の法意識にあり、それには日本の宗教的、知的伝統が 深くかかわっているからである。 ///// 価格:¥1,916 ///
70 :
◆znwiARPvOs :2013/07/06(土) NY:AN:NY.AN ID:BHSQm7YY
/// なぜ日本は変わらないか 59 /////// 大方の日本人は法ときくと警察や役所を思い浮べる。実際、世界の主要国の中で日本は、 その国民が法の原点は司法にあることを理解していないおそらく唯一の国である。欧州に おいては中世の王権は司法権と不可分であったし、欧州の法の源流をなす古代のイスラエルや ギリシアやローマの法はいずれも裁判官や弁護士の法であった。欧州では文学でさえ 『アンティゴネー』から、『ヴェニスの商人』や『罪と罰』にいたるまで、法や裁判を主題と したものか少なくない。その一方で法に基づく行政が確立するのは欧州では、近代法治国家の 成立以降のことにすぎない。また中国語でも法という言葉は、もともと堤防で囲まれた水面の 平らな様子を表わし、転じて訴訟の公平さを意味するようになった、司法起源のことばである。 ///// 関 曠野 (編集) ///
71 :
◆znwiARPvOs :2013/07/07(日) NY:AN:NY.AN ID:M+2esh4m
/// なぜ日本は変わらないか 60 /////// ところが日本では、八世紀に律令国家がつくられて以来、鎌倉時代の一時期を除けば、 法は常にたんなる禁令か行政の手段とみなされてきた。そして司法権がその権威を確立する ためには、「正しい秩序とは何か」という問いをめぐる一貫性のある宗教的、思想的伝統が 不可欠なのだが、政治的便宜主義によって神仏儒の三者を使い分けてきた日本には、そうした 伝統は生まれようもなかった。ちなみにウォルフレン氏は言論における論理的一貫性の重要さを よく強調するが、西洋の倫理学もその起源は法廷弁論にある。 ///// 1996年5月出版 ///
72 :
◆znwiARPvOs :2013/07/08(月) NY:AN:NY.AN ID:NsDLCUFT
/// なぜ日本は変わらないか 61 /////// 近代国家の三権分立の原則は、日本ではたんに抑制と均衡の原則として理解されがちである。 そうした理解は、三権の間に権威の序列があるということを見落としている点で、不充分な ものである。この権威の序列からすれば、行政は立法に、そして立法は司法に従属しなければ ならない。この司法を頂点とする権威の序列こそ、国家による権力の行使が許容される条件であり、 支配の正統性の根拠である。そして司法のこの卓越した権威は、民主主義の原理が多数決に ではなくて正義にあることを示している。 ///// ウォルフレンを読む ///
73 :
◆znwiARPvOs :2013/07/10(水) NY:AN:NY.AN ID:X71JE61F
/// なぜ日本は変わらないか 62 /////// 多数決の原則は、自由と平等の原理とある程度まで両立可能とみなされた次善の策にすぎない。 司法によって民主主義の原理が正義であることが明らかにされた具体例を一つ挙げよう。 七〇年代の日本は水俣などの四大公害訴訟に揺れたが、そうした激甚公害の主な被害者は 日本全国でも総勢三五万人にすぎない沿岸漁民だった。彼らは国民中の極少数派である ばかりか、経済成長路線を突き進む官僚や財界にとってはいてもいなくても同じ虫ケラの ような存在だった。そして四大公害訴訟の判決内容をどう評価するにせよ、沿岸漁民は 司法という手段によってのみ、権カエリートに彼らがなした不法行為を公に認めさせることが できたのである。 //////// 出版社: 窓社 ///
74 :
◆znwiARPvOs :2013/07/12(金) NY:AN:NY.AN ID:P04DkqGd
/// なぜ日本は変わらないか 63 /////// ここで私がウォルフレン氏とともに民主主義の原理は正義であることを強調するのは、 正義という思想なしには権利という言葉が何を意味しているのか理解できなくなるからである。 そしてこの正義という問題に関連して、氏が説くアカウンタビリティの原則もやはり司法起源の ものだといえる。判決理由の付いていない、あるいは意味不明の文章で書かれた裁判所の 判決など誰も承認しないだろう。裁判所の権威は、たとえ相手が被告席の凶悪犯であれ、 裁判の当事者を人格をもつ他者として認めその決定をきちんと説明する姿勢に結びついている。 ///// 価格:¥1,916 ///
75 :
◆znwiARPvOs :2013/07/13(土) NY:AN:NY.AN ID:sHBSrNae
/// なぜ日本は変わらないか 64 ///////// そして司法において法とはそうしたものであるなら、同じ基準は行政と立法における法の あり方にも適用されなけれはならない。すなわち行政と立法委においても、法はその意味や 目的や決定の過程が公的に明記されたものでなければならず、口頭による指令や怪しげな メモなどがまかり通ることがあってはならない。強大な国家権力の存在が承認されているのは、 ひとえにそれが人民に奉仕するものてあることを根拠としてのことであって、ゆえに権威者の 説明責任を伴わない権力の行使は許されないのである。 ///// 関 曠野 (編集) ///
76 :
◆znwiARPvOs :2013/07/14(日) NY:AN:NY.AN ID:pTFexZW3
/// なぜ日本は変わらないか 65 ////// 戦前の日本帝国と戦後の新憲法下の日本国家の最大の違いは、日本が戦力を放棄した平和国家に なったこと――これは嘘である――ではなくて、戦前の行政国家から司法が最高の権威である 司法国家になったことである。しかしこの司法国家日本は、口にするのも恥ずかしいタテマエ にすぎない。戦後の革新勢力がそのお題目めいた平和主義に注いだ熱意とエネルギーを、せめて その半分でも日本をその名に価する司法国家にするための運動に注いでいたら、日本はどれほど 今日とは違う国になっていたかもしれないのだ。 ///// 1996年5月出版 ///
77 :
◆znwiARPvOs :2013/07/16(火) NY:AN:NY.AN ID:vyoH2mRQ
/// なぜ日本は変わらないか 66 /////// (ちなみにここでウォルフレン氏の平和主義批判にも一言触れておきたい。氏が問題にして いるのは憲法第九条と自衛隊の存在との間にあるズレである。そして氏の目からすれば、 護憲派は必死になってこのズレを維持しようとしており、その結果、世界有数の戦力が 法的に無統制のまま放置されている。民主主義者を自認する護憲派は自ら、その頼みの綱 であるはずの法の支配の原則を掘り崩しているのだ。ゆえにここでも氏が主張しているのは ルールの確立であって、重武装の自衛隊をどんどん海外に派兵せよといった政策提言 などした覚えはないのである)。 ///// ウォルフレンを読む ///
78 :
◆znwiARPvOs :2013/07/18(木) NY:AN:NY.AN ID:8qmlPXIv
/// なぜ日本は変わらないか 67 /////// それでは、立法の能勤性の回復という問題についてはどうか。これは、リーダーシップの 創出という問題に尽きるといっていい。民主的な社会とは、誰もが勝手な方向を向いている 支離滅裂な社会のことではない。民主主義の下においては、リーダーシップだけが社会的な 求心力や合意や協調をつくり出し、変化と可能性に向けて道を開く。しかしながら大方の 日本人はリーダーシップときくと、ワンマンとかファッショとかいかがわしい野心家とかを 連想するのではなかろうか。日本の政冶風土では、リーダーシップそれ自体に対する不信感が 根強い。正統な支配という思想が欠如している世界においては人は、リーダーを選ぶことより、 リーダーとなりそうな者の足を引っ張って自分の地位を守ることに懸命になるのだ。それゆえに この世界で可能になるのは、故田中角栄に代表されるような、システムのヤミ権力に対応する 黒幕やヤミ・リーダーである。これでは立法の能動性の回復など期待すべくもない。 //////// 出版社: 窓社 ///
79 :
◆znwiARPvOs :2013/07/20(土) NY:AN:NY.AN ID:vHB8dicr
/// なぜ日本は変わらないか 68 /////// そして、こんな状態がつづくのも、この世には二種類の異なったリーダーシップがある ことを日本人がよく知らないせいである。われわれは、剣によるリーダーシップと杖による リーダーシップを区別しなければならない。リーダーシップの一つの原型が剣、すなわち 戦場における軍隊指揮権にあることはローマ人のインペリウム imperium や栄光 gloria という概念に明確に示されている。この種の軍事的リーダーシップには二つの特徴がある。 その一つは、リーダーの命令に対する服従の代償として保護と安全が強調されることである。 ///// 価格:¥1,916 ///
宇野病院 俺が死んで仏壇 トランクスで外に出るな 夏の合宿 猫が来た もーお前はー早く書けよー。 ガンジー お風呂 鏡が倒れてきた所 トイレ 東日本大震災担当大臣 杉浦政権法務大臣 うんこがいろんな人のうんこと変わる ヘブンズ・ドライブの蛇
81 :
◆znwiARPvOs :2013/07/21(日) NY:AN:NY.AN ID:VjgJtwcp
/// なぜ日本は変わらないか 69 /////// もう一つは、ひとたびリーダーが征服と覇権の確立という軍事的目標を達成してしまうと、 そのリーダーシップはひたすら現状の維持を図るだけの極端な保守主義に転化すること である。そうした例は歴代の中国の王朝やマホメットによる大征服後のイスラム世界、 そして何よりも家康による天下統一後の徳川幕府に見いだすことができよう。人類は長い間、 この種の暴力と戦争に起源を持つ野蛮なリーダーシップしか知らなかった。NHKの大河 ドラマやビジネス誌の表紙などにやたらと戦国武将が登場するところをみると、日本人は いまだにこの種のリーダーシップしか知らないように思われる。しかし、軍事的リーダーシップ の行くつく先は、極端な保守主義による麻痺状態なのである。 ///// 関 曠野 (編集) ///
82 :
◆znwiARPvOs :2013/07/22(月) NY:AN:NY.AN ID:h5ZjRvXD
/// なぜ日本は変わらないか 70 /////// これに対し杖によるリーダーシップとは、杖によって迷える羊を導く羊飼いに象徴される、 変化と成長のために道案内をつとめるリーダーシップである。それは保護と安全ではなく 人格の成長を目的とし、そのために善と悪の判断と選択をめぐって問題を提起し道徳上の 範を自ら垂れる、垂範的問題提起的リーダーシップである。軍事的リーダーシップにおいては、 リーダーの力に脅威を感ずる者が必ずライバルとなってその足を引っ張るから、前者は 自分の地位を守ることに汲々としてリーダーシップの発揮どころではなくなる。したがって、 杖による道徳的リーダーシップだけが、真にリーダーシップの名に価する権威と効力を有する ことは明らかである。この種のリーダーシップの代表的な例としてはローマ法王があるが、 これは原利としては、神の命令の下にヘブライ人を奴隷の家エジプトから約束の地カナンヘと 導いたモーセに遡る。 ///// 1996年5月出版 ///
83 :
13242 :2013/07/24(水) NY:AN:NY.AN ID:rclLMbVq
84 :
◆znwiARPvOs :2013/07/24(水) NY:AN:NY.AN ID:MGM7x9HG
/// なぜ日本は変わらないか 71 /////// そして現代のわれわれに身近な例を挙げるならば、教師が存在する。教師は、垂範的問題提起的 リーダーシップの典型的な例である。そしてここに、ウォルフレン氏が戦後の日教組の闘いを 賞賛してやまない理由があるのだ。氏の賞賛は、たんに日教組がシステムの巫女たる文部省と 果敢に闘ったということにのみ基づくものではない。教師たちの闘いは、民主主義の発展に 不可欠な道徳的リーダーシップを確立するための闘い、そうしたリーダーシップに従うことの できる市民たちをつくり出すための闘いだった。彼らは文部省の教師聖職者論にマルクス主義の 教条で対抗し、自分たちを学校労働者と規定したかもしれない。しかし、実際には彼らは、 道徳的リーダーシップを体現すべく努めなければ自分たらは教師と呼ばれるに価しないと 感じていたのである。 ///// ウォルフレンを読む ///
85 :
◆znwiARPvOs :2013/07/26(金) NY:AN:NY.AN ID:A+6ppOg2
/// なぜ日本は変わらないか 72 /////// 彼らが取り組んでいたのは、剣から杖へのリーダーシップの質的転換という、戦後日本の 最大の課題だった。そして今日の学校と教師の状況がどれほどやるせないものであろうと、 日本人を道徳的リーダーシップの観念に馴染ませるという大仕事に関しては、やはり教師の 役割は決定的なものであろう。立法府の現状を改善するための努力は、もちろん無意味ではない。 しかし長期的には、日本の政治改革は教育改革を出発点とするしかない。市民の教育だけが この日本の風土において司法の権威と立法の能動性を確立することができ、司法と立法を 手段として体制を変革する市民たちを育てることができる。そしてたとえ天国であっても、 その住民から体制変革の効果的な手段が奪われているような天国は、檻の一種であろう。 //////// 出版社: 窓社 ///
★議論が行われず、事前の筋書き通りに進む日本の立法府 1 おかしいのは公選法だけではない 河野太郎公式ブログ ごまめの歯ぎしり 2013年07月23日 11:50 新しい国会の枠組が決まった。 強い与党のリーダーシップのもと、国会改革もやるべきだ。 もちろん野党の意見も取り入れながらだが。 以前に、ここで公職選挙法の問題をとりあげたが、公職選挙法だけがおかしいのではない。 例えば、国会の本会議の採決で議長が「賛成の諸君の起立を求めます」と声をかけ、賛成の 議員がどっと立つ起立採決。 衆議院本会議の起立採決で、誰が立って(賛成して)、誰が座っていて(反対して)、誰が 棄権したか、実は記録されていない。 本会議が始まる前の議院運営委員会で、各党の理事がその日の議題ごとの(各党の)賛否を そこで報告していく。 「自民党は賛成」というその報告が記録に残る。だから、議員一人一人の賛否は記録されない。 (「自民党は賛成」というならば「自民党の議員はみんな賛成」という建前だから。) 東日本大震災の後、菅内閣が通常国会の会期を延長しようとしたのに対し、谷垣総裁、 石原幹事長率いる自民党は、会期延長の動議に反対することを決めた。 岩屋毅代議士と私は、こんな非常時に国会を閉じるなんて馬鹿なことがあってはいけないと、 自民党執行部の決定に逆らい、会期延長の採決に賛成した。 それを執行部に咎められて、党紀委員会にかけられ、役職停止一年という処分を食らった。
★議論が行われず、事前の筋書き通りに進む日本の立法府 2 しかし、もし、我々が党紀委員会で、我々が造反した証拠を示せと突っ張ったら、執行部は とても困っただろう。国会の公式な記録には、岩屋、河野の造反の記録はないからだ。 もちろん谷垣・石原執行部は誤った対応をしたのであり、我々二人が正しい対応をした のだから、我々は胸を張って処分を受けたが。 本会議では、異議なし採決というものもある。 議長が本会議で「ご異議ありませんか」と諮って、異議がなければ満場一致ということで 可決される。 本会議前の議院運営委員会で反対する政党がないことがわかった議題については この異議なし採決が行われる。 かつて綿貫民輔衆議院議長時代に、「鈴木宗男君の議員辞職勧告決議案を議題として とりあげることにご異議ありませんか」と議長が諮ったことがあった。 鈴木宗男代議士の評価は別として、「議員辞職勧告決議案というもの」に反対する 立場として、私は自席で起立して右手を挙げて大声で、「異議あり」と叫んだ。 綿貫議長は間髪入れず、「ご異議なしと認めます」。 議院運営委員会で「反対がない」ことになれば、本会議で「異議あり」と叫ぶ者が いても、その者は存在しないことになってしまう。 衆議院では、「呼び出し」という役職があって、本会議での動議はすべて、この 呼び出しが出す。(呼び出しの席には、マイクがあらかじめ設置されている。) 「ギッチョーーーーーーーーーッ」「XX君」「緊急動議を提出いたします。 XXをXXし、XXすることを望みまーーーーす」「XX君の動議にご異議ございませんか。」
★議論が行われず、事前の筋書き通りに進む日本の立法府 3 (「異議なし」と叫ぶ者あり)「ご異議なしと認めます。よって動議の通り....」 この動議もすべて事前に議院運営委員会で了承された当日の本会議の流れに沿って出される。 その昔、岸田文雄外務大臣も当選二回当時に、この呼び出しをやっていた。 ある日、岸田代議士、動議を出すタイミングを間違えて「ぎっちょーー」とやってしまった。 しかし、議長はこれを完全に無視。何事もなかったように本会議が続いた。 つまり、本会議は事前の筋書き通りに進むのだ。 諸外国の議会と日本の国会のもっとも違うところは、日本の国会では議論が行われない。 メディアが「国会の議論を通じて」などと報道するが、国会で行われているのは、 政府や議員立法の提出者への「質問」であって「議論」ではない。 質問は、質問者に対して答弁者側からの逆質問はできないので、言わば、安全地帯に いるものが相手を一方的にぶん殴るだけである。 委員会や本会議で「討論」が行われることがたまにあるが、法案の採決の前に、 なぜ(わが党は)その法案に賛成あるいは反対するのかという理由を一方的にしゃべるだけだ。 採決の対象について、一人々々の議員の個人的な意見が述べられることはない。 だいたい本会議での発言の機会というものは、めったに回ってこない。十年間、本会議で 発言する機会がなかったという自民党の議員もそう珍しくない。 私自身、小泉総理の環境サミットの報告に対する質問が一回と外務委員長として委員会で 可決した条約に関する委員長報告が数回。 年に数本の重要な法案については、委員会審議の前に本会議での趣旨説明と質疑が行われる。
★議論が行われず、事前の筋書き通りに進む日本の立法府 4
しかし、大多数の法案については、いきなり委員会で審議(これも「質問」だけという
ケースが多い。)が始まり、委員会で採決されると、本会議では委員長が委員会審議の
様子を報告する委員長報告というものを数分やり、そのまま採決が行われる。
自民党の場合、委員会での質問に立てるのは、ほんの数人だけだから、ほとんどの議員は、
ある案件について、国会で意見を言うこともできない。
これで国会で審議しているとは言えないのではないか。
与党の場合、そんなことで文句を言うならば、その法案や条約が事前審査される
党本部の部会に来て、そこで意見を言えということになる。
問題は、党本部の部会は、公開されていないということ。
さらに、その場で役人から説明された法案について、その場で意見を言わないと
いけないということ。
何センチもある法案を、お役所はだいたいA4一枚にまとめたもので説明する。
関係者や専門家の意見を聞く機会もない。事前に内容の説明を受けているのは、
族議員と政調審議会、総務会のメンバーだけでは、事前審査も形式的になってしまう。
民主的な統制をしっかり行うためには、今の政府・与党の在り方も変えねばならないし、
国会の運営も変えなければならないのだ。
河野太郎公式ブログ ごまめの歯ぎしり 2013年07月23日 11:50
http://www.taro.org/2013/07/post-1376.php
★本当の議論がなく、議案の多数決をするだけの日本の地方議会
竹原信一の市政報告 1 2009/04/26 (日) (抜粋)
(前略)
私達は学校教育、そしてテレビや新聞を通じて社会の事を知っていると思い込んでいます。
しかし、肝心な事は何も知らされていません。
年金問題や、公務員給与の事など、現実が知らされていれば今のような状態であろうはずが
ありません。これ程大事な事を新聞とテレビは伝えてきませんでした。議会についても
同じです。
皆さんは全議員が集まって、議会としての阿久根の施政方針などを議論していると
お思いでしょう。しかし、そのような話し合いをした事は、いままでただの一度も
ありません。市長が召集した時にだけ来て、議案にケチをつけて賛成、反対の多数決を
するだけです。年間30回ぐらいの仕事で415万円も貰っています。アルバイト程度の
仕事振りです。本来ならば、議会も市長もそれぞれがまっすぐ市民の方を向いて、
あるべき阿久根を議論すべき所です。しかし現実は自分たちのための取引を繰り返しています。
例えば、総額400万円程度の手数料の値上げをする一方では職員に3800万円あまりの
退職金を出しました。市民は日常的に裏切られてきたのです。
http://www5.diary.ne.jp/user/521727/
★竹原信一 阿久根市長ブログ 住民至上主義 やればできる、市民参加の大改革 2009/06/06 (土) 松下政経塾月例レポート (アメリカ地方議会と住民の主権者意識)より抜粋 http://www.mskj.or.jp/getsurei/ohba9707.html アメリカ デトロイト 市政への不満や要求を、住民は電話一本の予約さえすれば、本会議において誰でも自由に発言ができる。 当然話題も環境、建設、教育、福祉など多岐にわたり、この中から立法化の必要があるものは議員のみの 委員会で審議され、さらに住民、そして専門家も呼んでの公聴会も開かれる。すべてが公開されており、 住民が参加しやすいよう夜7時30分より開催される。私の閑古鳥という予想に反し、この日も 約100人が傍聴席を埋めた。質問者は老若男女を問わず18人、各々制限時間いっぱい発言し、 熱気に溢れるその審議は夜11時まで及んだ。 傍聴して感じたことは、政策の是非に加えて、情報公開と住民の知る権利についての質問や意見が 多かったことである。一例として、ホームレス寮建設に関してだが、どうしてここかという場所選定の 決定過程が不透明性であったこと、また、住民への説明会の事前告知が小さく、かつ遅すぎたため、 殆どの住民がその開催すら知らなかったことに対し、厳しい意見や質問が相次いだ。また、質問者を よくみると、フリーに加え地元NPO代表が多く登壇し、このまちの地方自治にNPOが大きな役割を 果たしていることを痛感した。 議員は男性6人、女性5人のたった11人、(人口は約20万人)日本でこの人口規模なら35人以上はいるだろう。 議会事務局Jan Chapin氏によれば、選挙は2年ごとに市内18歳以上の有権者の投票で行われる。 議会での党派会派は存在せず、与党も野党もない。もちろん国会議員との系列関係もない。報酬は 毎月730ドル〔約8万4000円〕。商店主、企業経営者、銀行員、学者など多彩な顔ぶれで、 平均年齢は38歳と極めて若い。また、議会の様子は1957年からラジオ放送、81年からはテレビ生中継が 行われ、さらに毎月ごと議会レポートを作成し、全住民に配布している。 http://www5.diary.ne.jp/user/521727/
★アメリカで、私が学んだこと・・・「自己」を育てる教育 上 松野良一fromBoston 私が留学していたハーバード大学メディカルスクールでも、このクローン羊ドリー事件を巡り 倫理的に許されるかどうかについて、議論が始められていた。私も、生命倫理の授業で、 人間クローンの誕生の可能性について、ディスカッションをさせられたばかりであった。 私が驚いたのは、小学校5年生のクラスで、すぐにこの新しいトピックスについて、 ディベートの授業が行われていたからである。 担任の先生に聞くと、人間のクローンについて、クラスを賛成、反対2班に分け、事前に インターネットで資料を収集させ、各班に戦略を練らせたという(ボストンの小学校での インターネットの普及率は7割近い)。 小学校5年生のディベートとはどういうものであったか。実は、ディベートの内容は、 ハーバード大学で行われた内容とほとんど同じであったのだ。これには、本当に驚いた。 生徒たちは、3日間を準備に当て、人間クローンに関する材料をほとんど読破していた。 ディベートの間は、ずっとビデオカメラが回っている。そして、すべてが終了した後に、 録画されたビデオを再生して、全員で寸評し合うのである。最後に、どちらが勝ったかを 挙手によって決める。そして、一番最後に、各班の所属に関係なく、自分の意見を主張する 時間をあたえられるのである。
★アメリカで、私が学んだこと・・・「自己」を育てる教育 中 この時の担任の先生の助言には、私はアメリカの教育の原点を見たような気がした。 リズという愛称の女生徒が、「私は、トムと同じで、○○・・・」というような発言をした。すると、 担任は「トムと同じというのは、リズはトムのクローンなの。リズ、あなたの意見が聞きたいのよ。 あなただけの意見を」と迫るのである。その生徒は「トムとはここが同じだけど、私は、 ○○だと思うの」といい直すと、ようやく担任は「うん、リズの意見が聞けて良かったわ」と答えた。 アメリカの教育は、個人主義という言葉で表現されるけれども、私は日本でいう個人主義とは 大きく違うように思う。1人1人の「個性」を大事にし、「自己」というものを幼年のころから 育て上げていこうというようなことである。 日本は、アメリカの個人主義で、モラルや秩序がなくなったと良く言われるが、それは 間違いのような気がしてならない。日本の個人主義は、公衆道徳を守らない、自己中心的な 感じだが、アメリカの個人主義は、しっかりと物事を考え、発言できる「大人の自己」を 育てる事によって成り立っているものだと思う。 最近日本で起きた伝言ダイヤル事件も、いろいろインターネットなど顔の見えない新しい メディアが生み出したように報道されているが、私は、根本は日本が「自己」を育てる教育を してこなかったところに問題があるように思う。現代の日本人の中で、本当に「自己」を 持っている人はどれくらいいるだろうか。高校生や中学生で、自分で考え自分で責任ある 行動が取れるのはどれくらいいるだろうか。付和雷同型、友達がやってるから、というような 「自己喪失型」の人間が、日本ではたくさん育てられているように思う。
★アメリカで、私が学んだこと・・・「自己」を育てる教育 下
アメリカでは、小学校から「自分の考え、意見」を持つことを教育され、それを発表する
訓練を受ける。アメリカは、集団の中に個性を埋没させがちな日本の教育とは180度違う
教育を施し、「大人の自己」へ向って子供たちを成長させようとしているように思う。
アメリカの大学の授業では、ディスカッションの時間があり、どれくらいそれに参加(Participation)
できるかも、評価の対象になる。単なる講義形式の授業に飼い慣らされた日本人留学生が、
この「参加」に皆惑わされるのは、ただ単に語学力だけの問題ではないように思う。
日本の学校も、そろそろ「大人の自己」に向けて子供たちを成長させるようなカリキュラムを
組んだほうが良いのではないだろうか。窮屈な集団の和だけを説くような教育、公共道徳も
守れないような生徒を生み出しているような教育では、いつまで経っても国際社会では、
日本は子供扱いされる。これからの時代、公衆道徳を持つことは当然のこと、自分で考え、
自分の意見を持ち、自分の責任で行動できる人間を育てる必要があるように思う。
<アドバイス>
自分で考え、自分の意見をもち、それを主張していく訓練というのは、日本でもこれから
重要になると思われる。
さらに、ディベートやプレゼンテーション能力も国際社会では欠かせない。
学校でもこういう授業を組んでも良いのではないだろうか。
留学する人は、必ず「participation」の訓練をしておいたほうが良い。
「I think・・・」とまず切り出せることが大事。
http://www.tbs.co.jp/ryuugaku/old/boston10.html
95 :
名無しさんの主張 :2013/07/30(火) NY:AN:NY.AN ID:umyjCsic
>>86-94 カレル・ヴァン・ウォルフレンの日本分析のメモ日記のようなスレッドで、
本人の利他的行為に感謝しながら、参考にさせてもらっている。
そこに自分の衝動的な思いだけでスレの趣旨と無関係な内容を投稿されても
混乱させるだけになる。
96 :
名無しさんの主張 :2013/07/30(火) NY:AN:NY.AN ID:umyjCsic
97 :
◆znwiARPvOs :2013/07/30(火) NY:AN:NY.AN ID:21EF6LfH
/// なぜ日本は変わらないか 73 /////// 日本の権力者のアキレス腱としての正統性の問題 すでに見てきたように、司法と立法がまともに機能するのに必要な正しい秩序をめぐる 認識や道徳的権威が欠けていることは、日本の歴史に深く根ざしている。日本人は異質でも ユニークでもない。しかし欧米のみならず中国、韓国、フィリピンといった同じアジアの国にも 存在しているような宗教的知的伝統のほぼ完全な欠如という点において、日本の社会には 歴史的な特殊性があるといえる。政冶体制に関するかぎり、日本にあるのはユニークな個性や 文化ではなくて特殊な欠陥なのである。しかしこの欠陥は、権力の行使によって作られたもの にすぎないのだから、権力行使の在り方を変える知的、道徳的、政治的努力によって克服可能 なものであることを忘れてはならない。 ///// 価格:¥1,916 ///
98 :
◆znwiARPvOs :2013/07/31(水) NY:AN:NY.AN ID:z0b54uIY
/// なぜ日本は変わらないか 74 /////// それでは、日本のいかなる歴史的的特殊性が条件となって、この欠陥が生じたのであろうか? まず第一には、日本の地理的孤立が挙げられよう。アジア大陸の東端に孤立した島国であった ために、日本は長らく国際的な思想や文化の交流の機会に恵まれなかった。こうした地理学的 偶然性は、もちろん日本人の責任ではない。しかし二〇世紀の今日になってもなお、孤立した 島国という地理学的条件のために生じた思想や政治体制のヒズミを直せないのだとしたら、 そんな民族は文明国民の名に価しない。 ///// 関 曠野 (編集) ///
99 :
◆znwiARPvOs :2013/08/02(金) NY:AN:NY.AN ID:5A0oRYs2
/// なぜ日本は変わらないか 75 /////// もう一つ決定的だったのは、帝政中国の圧倒的な影響である。そもそも「日本」という国名自体、 中国から見て日の出の方角にある国を意味する中国中心主義の産物である。本居宣長は古代の 詩歌の中に中国人の理屈っぽい漢心と対照的な日本人のあかき心が見いだされると信じたが、 和歌の詩型は漢詩の影響なくしては考えられないものであり、中国の影響はそれほど圧倒的な ものだった。そのために、古代日本を支配していた族長たちの国産の政冶的神話を発展させよう とした試みは不可能になってしまった。ウォルフレン氏はその種の試みがうまくいったかどうかは 明らかではないとしているが(『謎』下巻、一二一ページ)、私としては神道は胎児期に外部から 大きな衝撃を受けたために流産してしまった宗教とみたほうがよいと思う。そして「古事記」や 「日本書記」も、当峙の国際情勢に対応するために外交目的であわててでっちあげられた プロパガンダ文書にすぎず、そこに一貫性のある神学を求めても無駄である。 ///// 1996年5月出版 ///
100 :
◆znwiARPvOs :2013/08/04(日) NY:AN:NY.AN ID:5G9XzFo6
/// なぜ日本は変わらないか 76 /////// しかし神道こそ日本の支配者にその権力の正統性を保証する神話となるはずのものであったから、 その後も何回となく北畠親房や平田篤胤らによって、雑然とした伝承から神学をつくり出す 試みが重ねられたが、流産した宗教が生き返ることはなかった。こうして日本の権力者は、 支配の正統性という問題をめぐって解決しようのないトラブルをかかえることになった。 彼らはやむをえず神道が流産する原因となった中国渡来の仏教や儒教を使ってもトラブルに 対処しようとしたが、まったくの政治的便宜主義によって神仏儒の三者を使い分けたことは、 長期的には正統性問題の解決を絶望的なものにした。力によって制するしかない不安定さが 日本の権力の特徴となった。 ///// ウォルフレンを読む ///
101 :
◆znwiARPvOs :2013/08/06(火) NY:AN:NY.AN ID:0BTyirnQ
/// なぜ日本は変わらないか 77 /////// さらに日本が八世紀に律令国家体制をつくったことも、日本の政冶文化に大きなヒズミを もたらした。半ば未開の国だった日本に、当時の世界で最も完成された統治システムが先進国 中国から外形だけ真似て導入されたことは、日本人が自力で道徳的思索を重ねながら政治文化を つくりあげる必要をなくしてしまった。中国の統冶システムは、孔子のような思想家による 長期にわたる政治教育の所産だったが、日本は制度が形成される過程をぬきに完成された制度 だけを輸入した。その結果、やたらと制度と権力を偏重する事大主義的な傾向が、それ以後の 日本の政冶風土を特徴づけることになった。また日中の歴史と国情の途方もない違いを無視して 中国型国家体制が導入されたことは、日本の政治風土のもうひとつの特徴であるタテマエと ホンネの使い分けが生まれる遠因となった。 //////// 出版社: 窓社 ///
102 :
◆znwiARPvOs :2013/08/08(木) NY:AN:NY.AN ID:SHGjvjyS
/// なぜ日本は変わらないか 78 /////// すでに八世紀の時点で天皇の権威と権力はまったくのタテマエであり政治の実権は豪族の手に あった。そのうえ中国の国家体制は春秋戦国時代の暴力と無秩序を政治教育によって克服する 試みを意味していたのに、遅れた日本はまるで映画フィルムのリールを巻き戻すように、 これから国土の開発と土地所有権をめぐる内戦の時代に入ろうとしていた。こうして公家を 押しのけて武装せる土地開発業者ともいうべき武士が擡頭し、日本は世界でも例がないほど 政冶が軍事に還元される国になった。この武家支配の行きついた先は、古代エジプトにでも 比すべき徳川幕府の徹底的な保守主義であり、しきたりに違反することはすべて重大な刑事犯罪 とみなされるような一種の封建的警察国家だった。 ///// 価格:¥1,916 ///
103 :
◆znwiARPvOs :2013/08/10(土) NY:AN:NY.AN ID:CrgIzJH0
/// なぜ日本は変わらないか 79 /////// 先述したように、軍事的リーダーシップは必然的にこうした保守主義を生む。そしてこの保守主義は、 制覇という目的を達成した暴力のヘーゲル的自己否定であるかぎりにおいて、ある種の道徳の実践 でもあるかのように見せかけることができる。事実、徳川幕府は権力者に対する軍隊的服従の代償 として与えられる保護と安全という、軍事的リーダーシップの表現にすぎないものを、イエの論理 として道徳用語で表現した。だから権力の行使を文化の表現といいくるめる日本の権力者の習慣は、 徳川幕府とともに始まるのである。日本ではいまだに、徳川期の日本には中韓両国並みの儒教的 政治文化があったかのような言説がまかり通っているが、ハーマン・ウームズが『徳川イデオロギー』 の中で指摘しているように(Herman Ooms "tokugawa Ideology," Princeton University Press, 1985, p76.)、これは当時の御用知識人林羅山の家康に対するゴマスリ的宣伝文句を後世の学者が 鵜呑みにしたせいであろう。 ///// 関 曠野 (編集) ///
104 :
◆znwiARPvOs :2013/08/14(水) NY:AN:NY.AN ID:pJVX4GH/
/// なぜ日本は変わらないか 80 /////// 幕府はその権力を特定の思想によって正当化する必要を感じておらず、その保守主義を正当化 してくれる権力の道具としての思想ならどんな思想でもよかったのである。ただし徳川期には 民間の一部に伊藤仁斎などの儒教的リベラリズムの芽生えがあったこと、および幕藩体制の 危機の深まりとともに儒教による体制のイデオロギー的再構築か図られたことは事実である。 そして僅かばかり本格的な儒教の種が播かれただけで、たちまち「仁政」が農民一揆の合い言葉 になったことに、支配の正統性の問題が日本の権力者のアキレス腱であることがくっきりと 示されている。 ///// 1996年5月出版 ///
105 :
◆znwiARPvOs :2013/08/16(金) NY:AN:NY.AN ID:eItqBmXd
/// なぜ日本は変わらないか 81 /////// この問題が体制の重大な危機にまで発展したのは、島原の乱においてであった。幕府の 鎖国政策にはさまざまな権力政治上の理由もあったろうが、水も漏らさぬ鎖国体制がしかれた 最大の要因は、島原の乱がもたらした衝撃にあった。いかなるこの世の人間も主人としない 超越的人格神への信仰に支えられた農民反乱のすさまじさは、成立してまもない幕府を 震撼させた。ゆえに幕府はこれ以後、思想に対しても鎖国体制をしき、神仏儒の伝統を体制の イデオロギーというよりキリスト教の流入を阻止するための魔よけの呪文として使ったのである。 徳川幕府に思想があったとすれば、それは、キリスト教だけはなんとしても排撃しなければ ならないという思想であった。 ///// ウォルフレンを読む ///
106 :
◆znwiARPvOs :2013/08/18(日) NY:AN:NY.AN ID:R4WTCHG5
107 :
◆znwiARPvOs :2013/08/19(月) NY:AN:NY.AN ID:etYMpT58
/// なぜ日本は変わらないか 82 /////// 明治維新とはなんであったのか しかしながら、近代日本の<システム>は、徳川幕府の遺産をそっくり受け継いで成立した ものではない。<システム>はあくまで明治国家の産物であり、ゆえにこの国家が日本の過去から 何をどのように継承したのかが問題になる。ウォルフレン氏は一連の習作において、明冶国家の 内奥には民衆に対する権力者の深い不信と恐怖があるとして、その体制をきびしく批判して いるが(例えば『謎』上巻、三一六ページ、『幸福』一三八、三三六ページ)、この国家を 生んだ明治維新そのものは批判の対象とはしていない。 //////// 出版社: 窓社 ///
108 :
◆znwiARPvOs :2013/08/21(水) NY:AN:NY.AN ID:gaSvklQ/
/// なぜ日本は変わらないか 83 /////// しかし、維新なしには明冶国家の体質はありえない以上、ここで私は氏の議論を一歩進め、 維新とはいったい何であったのかを改めて問題にしてみたいと思う。 一般に日本では、明治維新は日本の近代化を成功させた栄光にみちた出来事として回想され、 「維新」なる語の本来の意味がお上の命令によるすべての一新にあったことなど忘れられて いるのが普通である。こうした肯定的評価は、政治的事業としての明治維新と文明開化の 過程一般が混同されているせいである。 ///// 価格:¥1,916 ///
★波紋を呼ぶ前内閣法制局長官の発言。やはり日本では三権分立は無理なのか? 1 ニュースの教科書 2013年8月22日 前内閣法制局長官で最高裁判事に任命された山本庸幸氏は21日、記者会見において「政府に よる憲法解釈の見直しによって集団的自衛権の行使を認めることは困難」という見解を示した。 最高裁の判事が憲法解釈という重大事案について裁判以外の場所で個人的見解を示すことは 異例であり、山本氏の発言は大きな波紋を呼んでいる。菅官房長官は「非常に違和感を感じる」 と不快感を表明した。 今回の発言は、最高裁判事として裁判以外の場所でどこまで個人的な発言が許されるのか という問題に加え、山本氏が前内閣法制局長官であるという点でさらに状況を複雑にしている。 秋の臨時国会における憲法解釈論議にも影響を与えそうだ。 山本氏は就任の記者会見において「政府解釈の見直しで集団的自衛権の行使を認めることは 非常に難しい」と述べ、さらに「集団的自衛権を実現するためには、憲法改正をした方が適切だ」 との見方を示した。 最高裁は法律が憲法に違反していないのかを判断する違憲立法審査権を有している。だが それはあくまで判例を通じて実施するものであり、裁判官個人が憲法解釈について自由に発言して よいということを意味しているわけではない。政治家とは異なり、裁判官は専門職であり、 国民から選ばれた人物ではないからだ(最高裁判事の国民審査は政治家の選挙とは異なる)。 この点で菅氏の指摘は正しいといってよいだろう。 裁判官はこの状況をよく理解しているがゆえに、これまで裁判の場以外において個人的な 見解を示すことはほとんどなかった。今回の山本氏の発言はまさに異例中の異例ということになる。
★波紋を呼ぶ前内閣法制局長官の発言。やはり日本では三権分立は無理なのか? 2
さらに問題なのが、山本氏の前職が内閣法制局長官であるという点だ。日本は官僚主導の
国家であり、三権分立があまり機能していない。内閣法制局は、日本の憲法解釈を事実上
担ってきた官庁だが、それは議員立法がほとんどなく、議会制民主主義が未成熟であることの
象徴でもあった(本誌記事「憲法解釈の見直しに、何故か内閣法制局が障壁となっていた
日本の不思議」参照)。
それでも内閣法制局の見解が一定の権威を持っていたのは、総理大臣をはじめとする選挙で
選ばれた政治家による政治判断がその背後に存在したからである。菅氏が説明する通り、
憲法解釈の権限は、判例が確定するまでの間は、選挙で選ばれた政治家によって構成される
内閣にあるのであって、公務員の集団である内閣法制局にあるわけではない。
内閣法制局の職員は、あくまで政治家のスタッフであり、極論を言えば、憲法解釈において
個人的見解を持ってはいけないのである。行政府の人間で職務上、憲法に関して私見を持って
良いのは、選挙で選ばれた政治家のみである。
山本氏の発言は、最高裁判事としてのものなのか、前内閣法制局長としてのものなのか
定かではないが、いずれにしても、その発言には問題がありそうだ。
最高裁判事としての発言であれば、判例をもって見解を示すという司法の原則を逸脱して
いるし、前内閣法制局長官としてのものならば、現在は職務を離れている以上、コメントする
立場にはないはずである。行政府から最高裁判事という人事そのものは必ずしも否定すべき
ものではないが、行政府にいた人物が容易に最高裁に移り、個人的な憲法解釈を披露できる
土壌というのは、かなり異様である。
ニュースの教科書 2013年8月22日
http://news.kyokasho.biz/archives/16166
111 :
◆znwiARPvOs :2013/08/24(土) NY:AN:NY.AN ID:iYENkzJh
/// なぜ日本は変わらないか 84 /////// しかし、文明開化は咸臨丸の航海をみてもわかるように幕府によって開始された過程であり、 開化の成功も徳川後期の社会に蓄積されたポテンシャルや民間のイニシアティブに負うところが 大である。明治政的が幕府よりうまく文明開化を推進しえたという証拠はないし、むしろ この政府の本質は開化があたかも政府の民衆に対する恩恵から生じたかのように見せかけ、 文明開化を民衆の教導に利用したことにあったと思われる、今日、必要なことは、明治国家が 振りまいたこうした錯覚から脱却し、維新を一つの純粋に政治的な事業として評価し直すこと である。そして、この視点から改めて維新の過程を振り返ってみると、一つのきわめて印象的な 事実が浮かびあがってくる。それは、大政奉還から廃藩置県や秩禄処分にいたるまで世界史上にも そう例がないような革命的変革が大した流血もなしに遂行されたという、維新の過程の驚くべき スムーズさてある。当時の社会全体に共有されたなんらかの合意なしには、この種の“平和革命”の 成功は説明できないであろう。 ///// 関 曠野 (編集) ///
112 :
◆znwiARPvOs :2013/08/25(日) NY:AN:NY.AN ID:GcmVzguM
/// なぜ日本は変わらないか 85 /////// まさしく、そうした合意は存在した。それは欧州列強がインド、ビルマ、ベトナムを 次々に植民地化し阿片戦争以来中国に進出するという国際情勢から生じた、日本は列強による 植民地化の脅成に直面しているという恐怖感、民族の独立と安全が脅かされているという 恐怖感の共有がもたらした合意だった。もちろんこれは新しい見解ではない。ただ私が 強調したいのは、欧州列強の東アジア進出から日本人が受けた心理的ショックの大きさ なのである。このショックの大きさを考慮に入れなければ、維新の過程の異例のスムーズさは おそらく理解できないだろう。 ///// 1996年5月出版 ///
113 :
◆0JFEyIQD1s :2013/08/27(火) NY:AN:NY.AN ID:lCD2GR9Y
/// なぜ日本は変わらないか 86 /////// 例えば、大政奉還前後の状況など実に不思議である。なぜ支配層の大勢が充分に道理のある 公武合体の方向で固まっていたのに、大久保、岩倉ら極少数派の強引な倒幕クーデターが まかり通ったのか?なぜ幕府がかなりの余力を残してへなへなと崩壊し、勝海舟が江戸城 明け渡しの手びきをするにいたったのか? これは、暗黙の恐怖感に支配された世界においては大多数の人間が政治的能動性を失い、 安全や生存を大義名分とした一部の人間の強引な行動が状況をリードするということではないのか? ///// ウォルフレンを読む ///
114 :
◆0JFEyIQD1s :2013/08/29(木) NY:AN:NY.AN ID:aKDVMQFF
/// なぜ日本は変わらないか 87 /////// つまり私見では、前述の心理的ショック下の幕末の社会を条件として維新は可能になった のである。日本人は伝統的に中国を世界の中心とみなしてきたから、阿片戦争における清帝国の 敗北が強烈なショックとなったであろうことは想像するにかたくない。黒船以前の日本の 国際政治上の経験といえば、蒙古襲来と秀吉の朝鮮出兵しかなかったこともショックの一因 となりえたであろう。 そして列強に対する恐怖感を除けば、倒幕派を行動に駆り立てたものは党派的な権力欲でしか なかった。だから彼らが維新によってでっちあげた明治政府は、思想も理念もない中身が がらんどうの政府にすぎなかった。このことは、倒幕の立役者西郷隆盛が維新後に脱け殻の ような人間になってしまったことによく示されている。 //////// 出版社: 窓社 ///
115 :
◆0JFEyIQD1s :2013/08/31(土) NY:AN:NY.AN ID:q3DK5kcD
/// なぜ日本は変わらないか 88 /////// がらんどうの中身は、さしあたり天皇と神道で埋めねばならなかった。そして新政府を 憂慮させたのは、徳川幕府が幕末に播いた種だった。黒船の来航を国家的重大事態と見た 老中の阿部正弘は一八五三年に、ペリーの艦隊か携えてきた開国を求める米国の国書に対して 身分の上下を問わず広く国中から意見や提案を求めるという措置をとった。これに対しては、 吉原の遊郭のオヤジをふくむ各層から回答が寄せられた。そしてこの頃から幕府は盛んに 「公議興論」とか「天下公共の道理」といった言足を使うようになる。こともあろうに 幕府の官僚がこうした言葉をロにするとは恐れ入るが、この事実はまた、公論による統治 という市民的でリベラルな政治理念が決して西欧の特産物などでないことを鮮やかに示して いる。 ///// 価格:¥1,916 ///
116 :
◆0JFEyIQD1s :2013/09/01(日) 10:03:22.68 ID:zdEhn6SH
/// なぜ日本は変わらないか 89 /////// こうして幕府が維新までに公議興論という言葉を世に広めてしまったために、新政府は 引っこみがつかなくなってしまった。そこで木戸、岩倉らは姑息にも、天皇に人民の前 ではなく神前で「万機公論ニ決スベシ」と誓わせることで問題を厄払いしようとしたが、 自由民権運動がこの天皇の誓文を逆手にとってフルに活用することは阻止できなかった。 そして中身ががらんどうの明治政府のアイデンティティは、権力奪取と政府樹立の後で つくられていくことになった。すなわち明治国家は、維新前後に全国を揺るがした農民一揆と それにつづく自由民権運動を制圧する過程、そして教育による思想統制を確立してゆく 過程をつうじて、一歩一歩そのアイデンティティを創出していったのである。当時の庶民が 「上からは明冶だなどといふけれど、おさまるめいと下からは読む」と詠んだのも当然の ことだった。 ///// 関 曠野 (編集) ///
117 :
◆0JFEyIQD1s :2013/09/03(火) 22:01:10.83 ID:eWGRpLjZ
/// なぜ日本は変わらないか 90 /////// ところで明治維新を評価するうえで決定的なことは、維新の暗黙の前提になっていた 列強による日本の植民地化の脅威はまったく存在しなかったことである。ロシアもふくめて、 火山だらけの貧しい島国をわざわざ苦労して征服しようと考えた国は一つもなかった。 それだけではない。日本人の危機感が煽られる原因となった中国においてさえ、植民地化の 脅威は存在しなかった。外国人の租界や居留地はできたが、押しかけてきた「蛮族」に 自治的なな居留地を与えて税金をとるのは帝政中国の昔からの慣行であり、さらに列強諸国は 中国人が属領化に甘んずるような民族でないことを認識していた。しかし日本人の心理的 ショックから生まれた、事実に反する植民地化の恐怖という錯覚こそが、明治維新を可能に したばかりか、その後の日本帝国の膨張主義を正当化することになった。 ///// 1996年5月出版 ///
118 :
◆0JFEyIQD1s :2013/09/05(木) 21:29:24.99 ID:BOPz6DGS
/// なぜ日本は変わらないか 91 /////// 近代日本の支配層は、帝国主義諸国による包囲を口実に独裁やテロを正当化したスターリンに よく似た手口を使ったのである。明治初年の日本人が主権を問題にしていたあいだは、有司専制の 国権か人民の民権かをめぐって活発な論争が展開されたが、やがて山県有朋か利益線の論理を 主張し始めると論争は焦点を失ってしまい、帝国主義的な勢力圏の論理は琉球処分、日清戦争、 日韓併合へとつながっていった。おそらく士族出身の自由民権論者も心理的ショックに無縁では なかったのだ。こうして明治の日本は、根拠のない被害者意識に基づく帝国主義、植民地主義 という奇妙な代物の生みの親となった。日清戦争の空しい成果は、そうした帝国主義の行く末を 暗示していた。そして今日なお保守系の閣僚が日本の戦争や植民地主義について再三“失言”を 繰り返して懲りない理由は、この被害者意識に基づく帝国主義にある。被害者なら自分のしたこと について反省する必要はない。彼らは失言することで、明治国家の理念を再確認しているのである。 ///// ウォルフレンを読む ///
119 :
◆0JFEyIQD1s :2013/09/06(金) 20:27:01.43 ID:ohLPuqXQ
/// なぜ日本は変わらないか 92 /////// そして明治維新は、結局どのような国家をつくり出したであろうか? 維新の目的は、民族の 独立と安全だった。しかし近代日本の権カエリートは、維新でしかれた富国強兵の軌道に乗って、 異常に外部からの打撃に弱い人口過剰の無資源国をつくり出した。この傷つきやすさこそ、 近代日本国家の一大特徴である。第一次大戦に際しての昭和天皇の宣戦の詔勅は経済封鎖の脅威を 強調していだが、国家の傷つきやすさのゆえに、戦前のABCD包囲陣や戦後の石油ショックは 繰り返し日本の権カエリートをヒステリー状態に陥れる。実際、日本は、庶民はそれなりに常識ある リアリストなのに権カエリートは恒常的にヒステリー状態という、世界にも稀な国である。 //////// 出版社: 窓社 ///
120 :
◆0JFEyIQD1s :2013/09/08(日) 07:01:56.17 ID:wMKIrvou
/// なぜ日本は変わらないか 93 /////// だから日本ほどエリートの権力に対する民衆の統制が必要な国はない。この国には常に、エリートの ヒステリーによって破局に直面する可能性が存在しているのだ。そして政治的事業はその本来の 政冶目標を達成しえたかどうかで評価すべきであるならば、民族の独立と安全を目標としながら 異常に傷つきやすい国をつくり出した明治維新は、完全な失敗としなければならない。維新を 国民的栄光に包まれた出来事などと信じているようでは、われわれはレーニン一派のクーデターを 「十月革命」などと思いこまされてきた旧ソ連の市民と選ぶところがない。 ///// 価格:¥1,916 ///
121 :
◆0JFEyIQD1s :2013/09/09(月) 21:34:12.73 ID:HWbKRBSI
/// なぜ日本は変わらないか 94 /////// それでは明治以来の国策がつくり出した傷つきやすい人口過剰の無資源国日本は、<システム> によって使い捨てられる不幸な人間として生きることを日本人の宿命とするものであろうか? そんなことはない。日本の傷つきやすさは、力しか信じないエリートがひたすら力によって 保証された安全を追求してきたことの皮肉な結果なのである。そして政治とは何よりも、一見 宿命に見えるものを自由への機会に変える英知であり技術なのだ。人口過剰の無資源国という ことなら、ウォルフレン氏の母国オランダもそうである。しかしオランダは、軍隊にさえ 労働組合があるような成熟した民主主義国として名高い。 ///// 関 曠野 (編集) ///
122 :
◆0JFEyIQD1s :2013/09/11(水) 20:07:05.03 ID:q7JY+2zb
/// なぜ日本は変わらないか 95 /////// オランダにかぎらず、スイス、ベルギー、デンマーク、スウェーデンといった欧州の小国は、 その宿命的な傷つきやすさを民主主義の徹底がもたらす国民の団結、国際協調そして法と正義に 基づく国際秩序を実現するための努力によって相殺してきた。実際、大国にとっても、民主主義と 国際正義以外に国家の安全という問題を究極的に解決する方策はないのである。そして明治の 日本においても、日本が背のびした富国強兵策に列強という国際強盗団に仲間入りしようとして いることをきびしく批判し、道義に大なる小国たるべしと説く声は少なからずあった。その一人 中江兆民はいう。 ///// 1996年5月出版 ///
123 :
◆0JFEyIQD1s :2013/09/13(金) 22:05:49.62 ID:3GxyvdWS
/// なぜ日本は変わらないか 96 /////// 「もしそれさい爾たる小国にして敢て大国のために傚ふときは、何を以て日を保つことを得ん。 顧ふに小国の自ら恃みてその独立を保つ所以の者は他策なし、信義を堅守して動かず、道義の ある所は大国といへどもこれを畏れず、小国といへどもこれを侮らず、彼れもし不義の師を以て 我れに加ふるあるか挙国焦土となるも戦ふべくして降るべからず。隣国内訌あるも妄りに兵を 挙げてこれを伐たず。いはんやその小弱の国の如きは宜しく容れてこれを愛し、それをして 徐々に進歩の途に向はしむべし。外交の道唯これあるのみ。 かく論ずるときは世の英雄手段を喜ぶ者必ずいはん、公らの論は陣々腐々実に聴くに堪えず、 しかのみならず儒生学士の常話にして国家の上においては決で用ゆべからずと。ああ曷ぞ それしからん、欧米諸国の中もまた現に吾濟の旨趣とする所を実行する者あり。その諸国は 何とかいふ、曰く小国にありては瑞西、白耳義、荷蘭即ちこれなり。大国にありては北米聯邦 即ちこれのみ。彼の英仏虎狼の国は何ぞ則とるに足らんや」(「論外交」、松永昌三編 『中江兆民評論集』岩波文庫、一二四ページ)。 ///// ウォルフレンを読む ///
124 :
◆0JFEyIQD1s :2013/09/14(土) 14:58:31.84 ID:zTYZpSH2
/// なぜ日本は変わらないか 97 /////// そして、日露戦争によって日本が虎狼の国になった後にも、こうした声は絶えることが なかった。この戦争への抗議の意志をこめて、キリスト者内村鑑三は「デンマルク国の話」 を書き、社会主義者の安部磯雄は「地上の理想国スイス」を世に問うた。正統的自由主義の 立場から日本の中国進出に反対した石橋湛山の小日本主義も忘れてはならないだろう。 これにひきかえ経済大国などという醜悪な言葉がまかり通っている戦後の現状は、異常 というしかない。そして宿命としてのシステムに支配されたこの現状は、明治維新を失敗と 認めてすべてをゼロからやり直すことによってしか克服されえないのである。 //////// 出版社: 窓社 ///
125 :
◆0JFEyIQD1s :2013/09/15(日) 19:32:52.51 ID:1hCHvavw
/// なぜ日本は変わらないか 98 /////// 日本に民主主義の倫理的基盤が確立しない理由 日本の政治風土は権力を至上の価値としてきた。この点では、日本人は色即是空の仏教的 相対主義者だというのは真赤な嘘である。システムは、この世の地位や権力という相対的な 実在が絶対視され、超越的正義をめぐる緊張した問いかけが存在しないところ、垂範的 問題提起的リーダーシップが欠如したところに生ずる。そして近代日本において、この世の 権力に究極の価値はないことを痛切に悟った最初の人々は、維新で敗者となった旧幕臣だった。 近代日本のキリスト教、社会主義、労働運動および批判的ジャーナリズムは旧幕臣系の 人々によって創始された。そして明治国家に対し、「日本はユダヤ=キリスト教的伝統を 受容することなしにまともな近代国家をつくりうるか」という重大な開いを突きつけたのも 彼らだった。 ///// 価格:¥1,916 ///
126 :
◆0JFEyIQD1s :2013/09/16(月) 12:28:04.09 ID:7V+REn8X
/// なぜ日本は変わらないか 99 /////// 中村正直や内村鑑三に代表されるこの問いは、欧化という時代の風潮に感化されて出てきた ものではない。彼らは、すでに幕末に偉大な儒教リベラル横川小楠が提起していた問題を 継承していたのであり、日本の政治風土から内発的に出てきた問いを発していたのである。 小楠は筧一線の政治家にして思想家でもあるという日本では稀有な存在であり、パワーブローカー ばかりの維新の執行部の中で唯一人、維新に思想と理念を与えることができたはずの人間だった。 彼は儒教に内在するリベラルな伝統を踏まえたうえでのキリスト教との対話を考えていた。 この小楠がキリスト教への好意のゆえに明治初年に暗殺されたことは、おそらく近代日本にとって 取り返しのつかない損失だった。 ///// 関 曠野 (編集) ///
127 :
◆0JFEyIQD1s :2013/09/17(火) 22:25:28.64 ID:qGboiAjU
/// なぜ日本は変わらないか 100 /////// マッカーサー元師は日本国民がそろってキリスト教に改宗しなければ日本に民主主義は 根づかないと信じたが、改示は不可欠ではない。だが小楠が志向したような対話は必要である。 というのも近代国家はユダヤ教やキリスト教会の政治的遺産のうえに成立しており、それを ぬきにしては近代的な憲法や民法の精神も三権分立の原則も理解不可能だからである。これは キリスト教びいきとか西洋中心主義といった開題ではない。この事実を認めたくなければ、 日本人は幕藩体制にでも戻るしかない。横井小楠が洞察していたように、日本の開国と近代化には 一つの倫理的決断が潜在していたのである。そして明治のキリスト者と同じくらいこのことを よく理解していたのは、明治の元老伊藤博文だった。 ///// 1996年5月出版 ///
128 :
◆0JFEyIQD1s :2013/09/20(金) 20:54:30.90 ID:3yDryVGs
/// なぜ日本は変わらないか 101 /////// だからこそ伊藤は、キリスト教の代わりに国家神道、モーセの十戒の代わりに教育勅語を でっちあげ、この両者を防波堤としてユダヤ=キリスト教的伝統なしのまがい物の近代国民国家、 つまり<システム>をつくったのである。してみれば伊藤や山県がこしらえた天皇制国家の 自滅と敗戦は、日本人がユダヤ=キリスト教的伝統との対話を再開し開国と近代化を一つの 倫理的決断として再確認する好機だったはずである。だが敗戦は国民的な自覚と反省の契機 とはならなかった。その倫理的使命を完うする好機が到来したにもかかわらず、皇国の臣民 として戦争に協力し信仰をないがしろにしたキリスト教界の威信は地に堕ちていた。キリスト教の 威信の失墜は、戦後民主主義の発展にとって大きな打撃となった。 ///// ウォルフレンを読む ///
129 :
◆0JFEyIQD1s :2013/09/21(土) 19:49:45.97 ID:z43U7voi
/// なぜ日本は変わらないか 102 /////// そして天皇制国家に対する闘いでキリスト者に代わって殉教者や聖者を出したのは、共産主義者 だった。それゆえに戦後の一時期、共産党は宗教的信仰の対象となり、とくに知識人のあいだでは 党は法王庁のような権威を持っていた。ウォルフレン氏が認めるように(『謎』上巻、一五八ページ)、 日本の左翼の最良の部分は冷血なスターリン主義者などではなく真にリベラルな精神の持ち主だった ことは確かである。だがマルクス主義はさまざまな悪影響も残した。日本人の法意識の変革が 必要な時代に、法はブルジョア支配の上部構造とするマルクスの経済決定論は有害な影響を及ぼした。 //////// 出版社: 窓社 ///
130 :
◆0JFEyIQD1s :2013/09/22(日) 09:51:54.99 ID:Fbnwv3Ze
/// なぜ日本は変わらないか 103 /////// 近代西欧のブルジョアジーが法の支配と政治的自由という西洋の古い伝統を自分たちの階級利益の 促進のために使ったことは事実である。しかしマルクス主義者が見落したことは、まさにそのために ブルジョアジーは古く偉大な伝統にさまざまな形で拘束されることを余儀なくされたことである。 経済的自由は古く良き政治的自由から近代になって派生したものにすぎず、ゆえに政治的自由を 害するような場合には統制の対象になるのだ。やたらと「科学」や「理論」を強調するマルクス 主義者の主知主義的スコラ的な傾向も、民生生義の倫理的基盤の確立という時代の課題に水をさす ものだった。 ///// 価格:¥1,916 ///
131 :
◆0JFEyIQD1s :2013/09/23(月) 08:24:45.69 ID:J1PI0iP7
/// なぜ日本は変わらないか 104 /////// そしてマルクス流の階級闘争論は、軍事的発想を好む日本人の伝統的体質に大いに迎合する ところがあり、それだけ市民的政治文化の発展に対する障害となった。だが一番の問題は、 戦前の天皇制国家に対するマルクス主義者の教条的、党派的、スコラ的な分析が、五○年代の 大事な時期に、明冶国家という過去を克服するための具体的なプログラムを民衆に提起できなかった ことであろう。彼らは占領軍の民主化政策と新憲法によって日本も近代国家の仲間入りをした と思いこんでいた。不毛でアカデミックな主知主義に自足していた彼らは、伊藤博文ほどにも 近代国家におけるユダヤ=キリスト教的伝統の意味を理解していなかった。戦争協力による キリスト教界の失権がなければ、たんなる知的研鑽や啓蒙だけで民主主義が実現できるという 錯覚が、これほど戦後日本に広まることはなかったであろう。 ///// 関 曠野 (編集) ///
132 :
◆0JFEyIQD1s :2013/09/24(火) 20:51:57.30 ID:YWL4utx8
/// なぜ日本は変わらないか 105 /////// 権威と権力ならびに善と悪の区分欠く日本 権力をめぐるウォルフレン氏の考察は、五世紀のローマ法王ゲラシウス一世の説に負う ところが大きい(『謎』上巻、三五一ページ)。ローマ帝国が崩壊しゲルマン人が国家を つくり始めた西洋史上の大転換期に、この法王は権威auctoritasと権力potestasをを区別する 必要を説き、この説は後の西欧の政治理論の定礎となった。西欧の政治理論は、この世には 権力、支配、強制といった事実があることをはっきりと認め、だからこそ権力を行使する者は きびしい道徳的責任を自覚し道徳的権威に服従しなければならないとする。そしてユダヤ= キリスト教的伝統においては神だけが唯一の権威であるから、これは、権力者の法の上に 神の掟である愛と正義の原則があることを意味する。 ///// 1996年5月出版 ///
133 :
◆0JFEyIQD1s :2013/09/26(木) 22:51:51.46 ID:UybTr5wA
/// なぜ日本は変わらないか 106 /////// 法は、権力の行使と道徳の間にある緊張を表現するものにほかならない。日本では近代国家の 原則である政教分離はひたすら世俗国家を肯定するものと受けとられがちなのだが、宗教改革の 所産であるこの原則も、西欧の政治史をつらぬく聖と俗の間の緊張ぬきには理解できるもの ではない。近代の世俗国家は、権力者と市民の双方がきびしい道徳的責任感を共有している ことを前提として成立しているのである。そしてこうした権威と権力の間の緊張関係は、 おそらく旧約聖書の『サムエル記』に遡る。聖書によれば、カナンの地に定住したヘブライ人たちが 周囲の危険な大国から身を守るため王を選出しようとしたとき、神ヤハウエは預言者サムエルの 口をつうじて、王権という彼らの選択を罪と断じた。なぜならば、王とは民を奴隷にして税金を 絞りとり戦争をする者のことだからである。そして神は、王が神の掟に服従し神に奉仕する者 となることを条件としてのみ王権を認めたのである。 ///// ウォルフレンを読む ///
134 :
◆0JFEyIQD1s :2013/09/28(土) 08:43:25.14 ID:knuo4EPI
/// なぜ日本は変わらないか 107 /////// 権力がこうした道徳的に正しい秩序をめぐる認識によって統制されない場合には、社会は なんらかの形でインドにその典型が見られるようなカースト制によって秩序づけられる。 インドの場合、ヒンドゥー教はカースト制を正当化する宗教、仏教は解脱の論理によって カースト制を補完する宗教といえよう。これに対し超越的普遍的な正しい秩序についての 思想として歴史的に大きな影響を及ぼしたのは、儒教とユダヤ教、中国人の「天」とヘブライ人 「唯一なる超越的人格神」という思想である。天とは、天下は誰のものでもなく人間は基本的に 平等であり皇帝の権力は天命に左右されるという一種の自然法的正義の思想である。 //////// 出版社: 窓社 ///
135 :
◆0JFEyIQD1s :2013/09/29(日) 07:54:09.94 ID:SFF6qwu1
/// なぜ日本は変わらないか 108 /////// 日本の天皇制は、天というこの危険な思想を無意味なものにすることをその歴史的な使命と していた。天皇制が表現していたのは、天下は私物化でき人間には生まれながらに貴賤の 差があり権力者への不服従は神に逆らうことに等しいという思想だった。そして丸山真男が すでに指摘しているように、幕末の開国に際して日本人は、この中国渡来の天とか天道という 思想を導きの糸としで国際法というものを何とか理解しえたのである。しかし儒教的な天の 原理の限界は、それが基本的に既成秩序の安定と均衡を志向する原理だったことである。 なるほどこの原理は易姓革命を可能にしたかもしれないが、革命が意図したのは帝国の統一と 安定の回復であって体制のラディカルな変革ではなかった。 ///// 価格:¥1,916 ///
136 :
◆0JFEyIQD1s :2013/09/30(月) 20:37:26.55 ID:rYTbelpO
/// なぜ日本は変わらないか 109 /////// これと対照的にヘブライ人が常に変化と変革に向う正義の思想を生み出したことは、彼らが 中国人のような帝国の建設者ではなく反対に凶悪な大国に圧迫される小民族だったことに 関係していよう。彼らの神ヤウハエは造物主であり、世界を創造しただけでなく人間をみな 平等に人格をそなえた神の似姿として創造した。歴史は神の創造の延長線上にあり、日々に 新しく再創造されている。そして人間は人格神でもあるヤハウエとの盟約を介して歴史と 関係する。神はその愛ゆえに人間と盟約を結び、人間が神の似姿として成長し愛と正義と 平和の秩序を実現できるようになることを歴史の目的として設定した。ゆえに聖書は、 神の教えと導きに従って人面的に成長した者に対する神の祝福、および神との盟約に背いて 既成の不正な秩序に安住し偶像崇拝に陥った人間に対する神の裁きの物語である。 ///// 関 曠野 (編集) ///
137 :
◆0JFEyIQD1s :2013/10/02(水) 22:29:10.41 ID:cfK8nfGG
/// なぜ日本は変わらないか 110 /////// 人間性の発展と暴力の克服を至高の正義、歴史の目的とするこの思想が、モーセの出エジプト以来、 人類の歴史を揺さぶりつづけてきた。そしてここで、中国人の「天」にも人格神の要素がある ことに注意すべきである。天は天子に対し天命を与えたり撤回したりしているのだから、半ば 人格神として振舞っているわけであり、その意味で天の原理は中途半端なのである。人に超越的 人格神へと発展する必然性が内在していたことは、太平天国の乱の指導者洪秀全がキリスト教に 関する粗末なパンフレットを読んだだけでユダヤ=キリスト教的伝統の核心をほぼ完全に理解できた 事実によく示されている。そして歴史ということでいえば、日本の世論が東京裁判に勝者の正義 しか見ない傾向があるのも、神の裁きとしての歴史という思想に日本人が馴染んでいないことに 原因がある。実際、開国当時の日本人は、「世界」をもっぱら世界地理への関心から把握し、 世界史というものを理解できなかったのだが、この状態は今も変わらない。戦後の日本が対米 追随外交しかできなかった一因は、皇国史観消滅後の世界史をめぐる思想の空白にある。 ///// 1996年5月出版 ///
138 :
◆0JFEyIQD1s :2013/10/04(金) 20:39:26.94 ID:OKuReSum
/// なぜ日本は変わらないか 111 /////// それゆえにウォルフレン氏が変化の可能性を求めてやまないのも、人格を成長させる秩序こそ 正しい秩序と氏が信じているからである。「日本について述べる際、個人の人間的成長を理想と 考えることは、西洋の自民族中心の発想であると片づけてしまい、日本人には日本人独自の 個人の扱い方があると想定するのが、ここ数十年ほどの一般的な傾向になってきた。だが、 文化の違いにはよらない、普遍的な人間の成長の基準というものもありうる。小さな花芽から バラが花ひらき、猫にみまがうトラの幼獣が立派な親トラに成長するように、成長する人間には 本来、円熟し完成した、より統一のとれた一人の人間になるという目的が組み込まれている。 日本以外のアジアの国ぐにや、もののわかった日本の人だちとの体験を通じて、筆者のこの 信念はいよいよたしかなものとなった」『謎』上巻、六七−六八ページ)。 ///// ウォルフレンを読む ///
139 :
◆0JFEyIQD1s :2013/10/05(土) 20:55:09.37 ID:nUx2xHbb
/// なぜ日本は変わらないか 112 /////// しかし、日本では、人権の核心といえる、この人格的に成長する権利が組織的に否定 されたり抑圧されたりしているために、政冶体制に起因する人格障害や精神障害が蔓延 している。とくに私が強調したいのは、人格の成長を阻害された人間は各人の人格に固有の 歴史的=実存的統一を失いやすいことである。そうした人間は、昨日と今日で言動を百八十度 変えて平然としていたり、時と場合で言うことが違う支離滅裂な人間になったり、自分の 言いたいことを一貫した考えにまとめて人に伝えることができなかったりする。人格の 歴史的=実存的統一を欠いた人間には、真の記憶は存在しない。日本の世論の戦争責任に 対する鈍感さも、この種の人格障害の症候である可能性が大きい。 //////// 出版社: 窓社 ///
140 :
◆0JFEyIQD1s :2013/10/06(日) 20:13:14.90 ID:xnwbjhQf
/// なぜ日本は変わらないか 113 /////// ウォルフレン氏は、日本の識者のあいだで再三、西洋中心主義者の嫌疑をかけられてきた。 氏にそうした嫌疑をかける人々は、人格などというものは日本人には余計な贅沢品だとでも 言いたいのだろうか?もしも氏が、欧米諸国は昔も今もユダヤ=キリスト教的理想を模範的に 実現してきたと主張し、その立場から日本人に先生ぶって説教するなら、氏は西洋中心主義者 であろう。しかし、十字軍や植民地主義からナチズムにいたるまでの歴史を見ても、欧米人が その理想や伝統に常に忠実であったとは到底いえない。そして氏は、昨今の欧米諸国における 民主主義の混迷やカジノ資本主義の頽廃を深く憂慮している。欧州は自分がかつてキリスト教 世界と称していたことを忘れて久しいのだ。そのうえ、「人間は神の似姿として創られた」 という思想は、欧米人がユダヤ人から学んだ思想である。そしてユダヤ人は、どちらかといえば 東洋人に分類され、それこそ悪質なタイプの西洋中心主義によって再三迫害されてきた民族 なのだ。 ///// 価格:¥1,916 ///
141 :
◆0JFEyIQD1s :2013/10/09(水) 21:10:24.74 ID:I6vUElNk
/// なぜ日本は変わらないか 114 /////// ウォルフレン氏に西洋中心主義の嫌疑をかける人々は、意識的無意識的に文化相対主義の 立場に立っている。そして「十人十色」という文化相対主義は、刺身とステーキといった 生活習慣上の相違に関するものなら問題はない。しかし正義と不正、自由と隷属のあいだに 相対主義などあるはずもない。氏が指摘するように、道徳や政治の領域における相対主義は、 理想と熱情を失った現代知識人の頽廃から出てきたものなのである。そして氏は、人類の 歴史を究極的に左右するものは思想であると信ずるがゆえに、いっさいの現代の病弊の 根本原因は、この知識人の頽廃であると断言する。民衆は知識人の腐敗と怠慢の犠牲者なのだ。 ///// 関 曠野 (編集) ///
142 :
◆0JFEyIQD1s :2013/10/11(金) 22:19:28.66 ID:+H7uRfih
/// なぜ日本は変わらないか 115 /////// 現代という時代は、科学技術をつうじて知識が生産力となり政治経済を動かしている時代 である。そしてわれわれがそうした時代に生きているからこそ、知識人は、真の知識とは 善と悪についての知識であることをなおさら強烈に主張しなければならない。この知識を 人類が見失えば、アウシュヴィッツとヒロシマの悲劇の再現は避けられない。知識人とは、 人類の宗教的知的伝統の中からこの善と悪についての知識を受け継ぎ発展させる、現代世界に おけるその相続人である。ジョージ・オーウェルが気づいていたように(オーウェル『ライオンと 一角獣――社会主義とイギリス精神』平凡社ライブラリー、『オーウェル評論集4』に所収)、 現代の知識人の課題は政治教育という側面において伝統を継承することなのだ。かつて マックス・ウェーバーは世界宗教の経済倫理の探究をその生涯のテーマとしたが、現代の 知識人に要請されているのは、おそらく世界宗教の政治倫理の探究であろう。 ///// 1996年5月出版 ///
このスレ、ウォルフレンだけじゃなくて 他の外国人の日本分析を紹介するスレに変えたほうがいいと思うけど あまりにも一方的すぎるから
144 :
◆0JFEyIQD1s :2013/10/12(土) 09:27:53.52 ID:bftwnShP
/// なぜ日本は変わらないか 116 /////// 憲法改正のための討論を始めよう――民主主義の再生のために 社会学的な分析からすれば、昨今の日本が明冶どころか古代以来の大転換期を迎えている ことは明らかである。日本史をつらぬくダイナミックスは、人口の絶えざる増大と飽くことなき 国上開発であり、それが状況への適応を強調する日本人の現世的、経済至上主義的な発想を つくったように思われる。そして日本史の構造的な特徴は、アジアにも類例を見ないような 農村の排他的で孤立分散した性格であり、農村のこの性格は上からの力による支配を容易にし 都市のリベラルな文化の発展に対する障害になった。私見では、戦後の高度成長期にもこうした 伝統的な要素はなお支配的であり、その結果、農村部から大都市への人口の移動と集中、 大都市を支えるための国土の乱開発、市民としての結束力をもたない政治的に未成熟な都市 中産階級を犠牲にした輸出志向経済といったものが可能になった。 ///// ウォルフレンを読む ///
145 :
◆0JFEyIQD1s :2013/10/14(月) 23:35:00.24 ID:FKwGGDUk
/// なぜ日本は変わらないか 117 /////// こうして形成された戦後の一連の<システム>が今日急速に破綻しつつあることは、誰の目にも 明らかである。しかし社会学的な変化の要因は、市民が体制を変革するための効果的な手段が なければ、混乱と破局に行きつくものでしかない。そうした混乱と破局の兆候は、すでに 現われてきている。それではわれわれはどうすればよいのか。ウォルフレン氏の著作から 学ぶところのあった読者諸賢には、すでにその答はおわかりであろう。今、最も必要なものは、 あれこれの政策提言や制度の手直しや現状の学問的分析といったものではない。 //////// 出版社: 窓社 ///
143 名前: 名無しさんの主張 Mail: sage 投稿日: 2013/10/11(金) 23:56:45.64 ID: ??? このスレ、ウォルフレンだけじゃなくて 他の外国人の日本分析を紹介するスレに変えたほうがいいと思うけど あまりにも一方的すぎるから
147 :
◆0JFEyIQD1s :2013/10/16(水) 21:17:33.50 ID:s1XgdvUj
/// なぜ日本は変わらないか 118 /////// さまざまな開題の提示や提起に先立って、まず問題を政治的に解決するにあたっての方式と 原則が確立されねばならないのだ。そうした方式や原則が確立され、それに従った人民の 公的な合意と協力が可能になることなしには、どんな現状分析や政策提言も徒労に終る。 そして日本人が改めて一致協力して確立しなければならない原則とは、法の支配の原則である。 日本人全体がこの原則を支持し、これに従うことなしには、どんな形の体制の変革も不可能 なのだ。そして先述したように、日本の風土に法の支配という思想を根づかせ、司法の権威と 立法の能動性を回復するためには、教育の全面的な改革が不可欠である。教育の力なしには 法の支配こそ自由の楯や砦と考える市民が生まれてくるとは考えられない。 ///// 価格:¥1,916 ///
148 :
◆0JFEyIQD1s :2013/10/18(金) 20:42:22.19 ID:3rKX4USO
/// なぜ日本は変わらないか 119 /////// 日本の民主主義の再生のためには、司法と教育の改革は戦略的最優先事項である。そして 問題をこの点に絞って考えた場合、現行憲法はいったい使いものになる憲法であろうか? 私は旧式の左翼イデオロギーではなくあくまで法の支配の視点から、象徴天皇制を問題にしたい。 この天皇制のせいで、現行憲法では国家の法と権威の源泉がどこにあるのか不明になって しまっている。人民が法と権威の源泉であることが明紀されていないために、それは近代 立憲国家の憲法ならば当然そうであるはずの権利の宣言になっていない。そして現行憲法の 最大の問題は、その中に天皇制と主権在民原則が精神分裂症的に同居しているために、憲法に 基づく一貫性のある政治教育が初めから不可能になっていることである。民主主義とは本質的に 人民の不断の政治教育の過程にほかならないことを考えるならば、これは重大な問題である。 ///// 関 曠野 (編集) ///
149 :
◆0JFEyIQD1s :2013/10/19(土) 11:02:18.83 ID:sMsoFPpX
/// なぜ日本は変わらないか 120 /////// こんなことなら、いっそのこと首尾一貫した反動憲法があり、それに対しはやり首尾一貫した 憲法改正運動が起きたほうが、よほど人民の政治教育になる(ちなみに読売新聞の憲法改正案は、 憲法裁判所の設置といった見るべき点もあるが、基本的には世論操作を狙っただけの思想も 一貫性もないずさんな代物である)。そして憲法が政治教育の任務を果たさないということは、 戦後日本には学校制度はあっても教育の原理はなかったことを意味する。象徴天皇制は、 教育勅語が失効した後の教育原理の空白を象徴するものでしかない。 ///// 1996年5月出版 ///
150 :
◆0JFEyIQD1s :2013/10/20(日) 10:29:03.72 ID:i6EG7+66
/// なぜ日本は変わらないか 121 /////// もちろん、日本よりはるかにすぐれた憲法をもつ欧米諸国においても、経済発展の論理への 民主主義の従属が見られることは事実である。しかし、これらの国々においては、容易 ではないとはいえ、世論に対し建国の理念への復帰を訴え、民主主義再生のための公論を 形成すべく努力することが可能である。ところが建国の理念の代わりに天皇制があるだけの 日本人の場合は、どうしたらよいのか?人民の権威を象徴天皇制に置きかえないかぎり、 日本における法の支配の確立はどうみても不可能である。 ///// ウォルフレンを読む ///
151 :
◆0JFEyIQD1s :2013/10/21(月) 21:58:59.27 ID:5jmufwc/
/// なぜ日本は変わらないか 122 /////// そして司法と教育の改革を同時に進めることができる一石二鳥の名案がまさしく存在している。 それは、憲法改正のための討論を始めることである。この点で、私はウォルフレン氏と完全に 意見が一致する。いずれ憲法改正は不可避なのだから、少しでも早く草の根の市民レベルで そのための討論を始めたほうがよい。そうした討論は、家庭、学校、職場そして居酒屋で、 日常的でくつろいだ仕方で、サークルなどをつくって始めることができる。そしてこの一国の 憲法の制定という、これ以上のものはない政治参加の行為には、多忙なサラリーマンも、 寝たきり老人も、山谷のホームレスも、いじめられた中学生も討論によって参加できるのである。 //////// 出版社: 窓社 ///
152 :
◆0JFEyIQD1s :2013/10/22(火) 21:23:07.47 ID:YIzTW3t4
/// なぜ日本は変わらないか 123 /////// 実はフランスの革命憲法も、一八世紀に津々浦々に普及したサロンや読書サークルにおける 討論の成果だった。そしてこうした試みは、近年の日教組の文部省との妥協をむしろ一つの 好機として、市民の手に教育をとり戻す運動を始めることでもある。日教組の闘いは、それを 支える市民社会がなかったために敗北し、日教組は業界代表に堕してしまった。だからこそ、 これからは市民社会のほうが立ちあがって自らの教育の理念と運動をつくり出し、良心的な 教師を包みこんで市民主導の教育改革を進めていく必要があるのだ。そして近代教育の本質は 市民のための政治教育ということにあるのだから、憲法改正のための討論は、それ自体実り ゆたかな教育運動でもありうるのだ。われわれは建国の理念をこれから創造し自らを教育する民、 未来の民であり、そうした民としてのみ愛国心という言葉を悪びれずに使うことができる ようになるであろう。 ///// 価格:¥1,916 ///
153 :
◆0JFEyIQD1s :2013/10/23(水) 21:23:15.57 ID:QBJ2t/jv
/// なぜ日本は変わらないか 124 /////// 自由な市民が良き法をつくるのであろうか?それとも良き法が自由な市民をつくるので あろうか?このニワトリと卵のどちらが先かという問題に対する答は、一つしかない。 すなわち、人民は自らを市民として教育し解放する過程で、良き法をつくり上げるのである。 ゆえに討論による政治教育なしに、そして人民の参加なしにつくられた明治憲法や現行の 象徴天皇制憲法は不正な法である。そして日本においても、人民が自ら討論によって憲法を つくろうとした時代があった。その当峙、自由民権運動の時代には、地方の壮士演説会には いつも大勢の女性や子供が詰めかけ、七歳の子供の演説に聴きほれて大人が涙したといった 記録も残されているのだが、日本にもそうした時代があったことをわれわれは忘れ果てている。 ///// 関 曠野 (編集) ///
154 :
◆0JFEyIQD1s :2013/10/24(木) 20:32:18.72 ID:uyfatcV1
/// なぜ日本は変わらないか 125 /////// しかしながら、どんな混乱と頽廃の時代にあっても、人間は政治への関心を捨てることが できない。なぜならば、出生による世代の継続は、社会の最大の関心事だからである。 人間は子供を生み育てる。そして動物と異なり、人間は自らの意志と選択によって子供を 生んだことに責任を感じ、子供にとって出生が祝福であるように世界を整えようとする。 ここに法と政治の原点があるのだ。政治という問題を深く考えたユダヤ人や中国人が世代の 継続を最大の関心事とした民族でもあったことは、偶然ではない。出生と世代という事柄に 思いを凝らすこと、おそらくそこから、われわれは憲法政正のための討論を始めるべき であろう。 ・・・・ ///// 1996年5月出版 ///
156 :
◆0JFEyIQD1s :2013/10/31(木) 20:03:17.47 ID:1BS83RuK
157 :
◆0JFEyIQD1s :2013/11/02(土) 14:42:52.35 ID:fHcWV11Y
/// 夜明け前の暗闇 1 ////// 『What’sジャパン?―日本「再統一」の脅威』, NPQ (編集), 関 元 (翻訳), 吉岡 晶子 (翻訳)、出版社: JICC出版局, 1991年2月発行 より ・・・・ カレル・ヴァン・ウォルフレン 夜明け前の暗闇 【インタビュアー】 『日本/権力構造の謎』の最初の章で、日本について「決定的な要因」は、 「どのような状況にも常に通用する真理、法則、原則あるいは倫理があるのだとする考え方が 皆無に近いことであり……倫理規範が普遍的ではなくむしろ状況次第で変わる」点にあると 言っておられます。 したがって、あなたの説によると、日本には責任の中心が存在せず、時の権力が状況しだいで 変わる自己利益に従いながら、非公式な関係からなるシステムで現実を操作できる柔軟性があるだけ、 ということになる。そうした状況に応じて変わる倫理観は、どのような形の矛盾にも寛容なことや、 内側からの変化は不可能だということを見越しているためなのでしょうか。 ///// JICC出版局 ///
158 :
◆0JFEyIQD1s :2013/11/03(日) 08:12:17.09 ID:tPTlGkf0
/// 夜明け前の暗闇 2 ////// <ヴァン・ウォルフレン> もちろん、超越的価値観は一世紀以上も前から日本にも入ってきた。 キリスト教の宣教師によって徳川幕府の長い鎖国より前の時代、明治時代、そして一九四五年に アメリカの占領が始まった時、と持ち込まれたわけです。だが、そうした価値観はけっして根づかず、 世界観までには至らなかった。一三世紀、仏教文化の鎌倉時代にも、借り物でない超越的なものの 考え方が発達したけれど、理性による話し合いという伝統を残しはしなかったのです。また、 自然と祖先を崇拝する日本固有の宗教である神道も、つねに曖昧で漠然としたままで、教義を 生み出すことはなかった。 ///// 1991年2月発行 ///
159 :
◆0JFEyIQD1s :2013/11/04(月) 09:12:01.58 ID:4b/p2LUB
/// 夜明け前の暗闇 3 ////// ものの考え方というのは、別の考えを採り入れたり、削ったりできるし、反駁を受けたり、 大きく変わったりするものであり − 批判精神をもって社会・政治秩序とは距離をおいている ものだが − 日本にはそうしたものの考え方が発達しなかったのです。 他の社会では、この重要な視点が、既成の現実に挑戦あるいは反対するときに、そのことに 正当性を与えている。ローマ帝国に反抗して起こったキリスト教を考えても、ヨーロッパの 資本主義的秩序に反抗してドイツ思想から出現したマルクス主義を考えても、そう言える。 ///////// What's ジャパン? ///
160 :
◆0JFEyIQD1s :2013/11/05(火) 20:49:52.10 ID:qpmmCqCk
/// 夜明け前の暗闇 4 ////// 超越的なものの考え方をその判断基準として受け入れない社会・政治秩序では、社会は 本来調和に向かうといった神話には勝てないものです。個人的な体験から言うのですが、 日本の社会を本気で批評すると、けしからん奴だと思われる。罪人扱いされるのです。 日本というのは自己崇拝の社会なのです。外部の基準や標準を基にその社会や政治を 評価したり判断したりできないとすれば、日本自体が全ての徳を体現した存在であり、 自らを評価する唯一の尺度であり、自らを判断する唯一の判断基準となる。自分で自分を 正当化する社会は、内側からは基本的に変化できない社会であり、それは、変化に訴える 正当な基盤がないからに他ならない、例えば、フランス国旗に象徴される「自由、平等、友愛」 のような、信奉や離反の対象となる物がないからなのです。 ///// 日本「再統一」の脅威 ///
161 :
◆0JFEyIQD1s :2013/11/06(水) 23:52:47.00 ID:z+lQu7eW
/// 夜明け前の暗闇 5 ////// <−> オクタヴィオ・パスのような批評家は、この絶対的なものの不在と柔軟性を、 問題視せずに、むしろ「和の特性」と見なしている。この「和の特性」のおかげで、 日本は本来の文化を危機に陥れたり、西欧の例に見るような社会変化を伴う革命的急転回を もたらしたりせずに、変化できると言っていますが。 <ヴァン・ウォルフレン> パスの出身文化であるラテン文化には、組織化された反乱と 革命の伝統がある。実体はないが意識の中に存在し、現存体制への決定的な影響力として 利用できる超越的次元の現実に訴える能力がなければ、そうした反乱や革命は不可能でしょう。 ///// NPQ (編集) ///
162 :
◆0JFEyIQD1s :2013/11/07(木) 20:46:44.31 ID:ufrqFF5+
/// 夜明け前の暗闇 6 ////// <−> 日本は状況しだいで変わる倫理観と集団的相対主義の国であり、正当性について 独自の定義をし、独自のルールで動いているというあなたの説に、全体主義的共産主義社会に 対する批判を思い浮かべてしまいます。 伝統的にものごとを相対主義でとらえる気質があるため、日本人はその大義名分には 歴史的な必然性があるとマルキスト的に思い込むだけで、人権とか法規制といった倫理基準を 受け入れなかった。 ///// カレル・ヴァン・ウォルフレン ///
163 :
◆0JFEyIQD1s :2013/11/08(金) 23:42:52.19 ID:4AzMOn71
/// 夜明け前の暗闇 7 ////// <ヴァン・ウォルフレン> 実は、相対主義の倫理観とか絶対的価値の不在といった考え方が 初めて頭に浮かんだのは、『真昼の暗黒』の著者として最もよく知られているアーサー・ ケストラーの本を読んだ時でした。彼は、あらゆる状況に置いて、適用される絶対的価値が 存在してないことも、全体主義の決定的要因だと警告していた。 ケストラーが取り組んだ主題は、私が追求している主題と本質的に似ている。つまり、 社会や精神の正しい秩序をいかにして見つけるかという問題で、これは、言うまでもなく、 最初にソクラテスが系統的に語ったものです。また、これは全人類の関心事でもある。 ///// 関 元, 吉岡 晶子 (翻訳) ///
164 :
◆0JFEyIQD1s :2013/11/09(土) 16:56:45.21 ID:UFjGa+qz
/// 夜明け前の暗闇 8 ////// もっとも、ソクラテスは日本の知的伝統の一環を担っているわけではないのだから関係ない、 と日本人に主張されると、西欧の知識人は引き下がってしまう傾向があります。 だが、私はそうは思わない。好ましい統治とは何かという問題はすべての人の関心事だ。 政治体制を批判するのにう何らかの普遍的な基準を持たなければ、好ましい統治が存在するか どうかを評価することはできません。 ///// JICC出版局 ///
165 :
◆0JFEyIQD1s :2013/11/10(日) 06:33:49.98 ID:NM+ofRxm
/// 夜明け前の暗闇 9 ////// 当然のことながら、社会がよく統治されているかどうかという問題は、「なぜ従うのか」 という問題でもある。力の行使が時の権力によって危険視されるのはなぜかということです。 そして、従順の問題を提起するのは、日本ではオフリミットの問題、つまり社会への順応と 個人の自由な発達を対比させて問題を提起することになります。 と言っても、もちろん、日本と東欧の元・共産主義国家には大きな相違がある。東欧諸国は 外国の支配者に従順だった。日本は、支配者がいないので、自らに従順なのです。 ///// 1991年2月発行 ///
166 :
◆0JFEyIQD1s :2013/11/11(月) 21:04:47.95 ID:6NIZFtT+
/// 夜明け前の暗闇 10 ////// <−> それはどういうことですか。 <ヴァン・ウォルフレン> 日本のパワー・エリート層は底辺が広く大きいので − 最終決断の 下される場所がない、つまり責任の所在がない、そして中心に責任ある権力をもたないという、 先端のないピラミッド型であるため − 抑圧が目立たないということです。事実上支配者は 存在せず、あるのは全てを包含するクモの巣のような<システム>だけだ。 その<システム>の管理者も<システム>の従僕であり、したがって<システム>の犠牲者です。 徳川幕府や少数独裁の明治政府の管理者から受け継いだ自己欺瞞の犠牲者だ − 自己欺瞞 というのは、つまり、権力を行使していないふりをするとともに、その権力を規制するための 普遍的に受け入れられるルールの必要性を否定することを指します。 ///////// What's ジャパン? ///
167 :
◆0JFEyIQD1s :2013/11/12(火) 23:12:30.92 ID:E+227oBM
/// 夜明け前の暗闇 11 ////// 日本のパワー・エリートがはっきりしたリーダーシップを受け入れにくいのは、この 「ふりをする」ところに原因がある。そのリーダーシップを受け入れる代わりに、<システム>の 管理者は、相互援助によって広がる複雑な人脈を培ってきた。彼らの主要な仕事は、その 関係とルールを非公式なものに保ち、裁判所や法律が社会の最高調整機関にならないように することだったのです。 パワー・エリートは自己防衛から、非公式な権力が<システム>を実際に統治しているという 現実を否定し、何もかも、日本「文化」独自のやり方だという言い方をする。完全に組織化 された社会というプロイセン的幻想と、社会の無秩序に対する強烈な不安とが、彼らの動きを 制限している。秩序を維持するのに、最終的には、普遍的な妥当性をもつ法律その他のルールに 頼れないというのは事実であり、そうなれば、そうした幻想や不安が生じるのも当然です。 ///// 日本「再統一」の脅威 ///
168 :
◆0JFEyIQD1s :2013/11/13(水) 21:57:32.19 ID:f7eEL7bX
/// 夜明け前の暗闇 12 ////// 政治体制は理にかなった議論、批判、真の政治論争にはふつうは敏感に反応するものであり、 たいていの欧米諸国の政治家や官僚や知識人はその利点を享受しているのに、<システム>の 管理者はそうではない。実際、<システム>を支配下に置けないと認識して、多くの管理者が 恐慌をきたしています。 <−> そうした理由で、<システム>を変えられないということですか。 <ヴァン・ウォルフレン> <システム>を内側からは変えられない、と言っているのです。 <システム>という具体的現実以外には訴えるべき普遍的な妥当性がないので、知識人からの 有効な批判が不可能なのです。知識人は骨抜きにされている。 ///// NPQ (編集) ///
169 :
◆0JFEyIQD1s :2013/11/14(木) 21:31:51.95 ID:olGWyk7y
/// 夜明け前の暗闇 13 ////// 変化を求める政治運動は中産階級からは発生しない。それは彼らが会社文化によって 骨抜きにされているからだ。そして、サラリーマンは、精神的なエネルギーが残っていても、 政治活動をするとなれば、自分のキャリアを深刻に損なうことになるでしょう。 政府にしろ産業界にしろ、官僚体制がおのれの立場を有利にしようと巧みに立ち回ること ができるとはいえ、そのなかの一人の人間が、ほかの者たちを拘束するような決定を下す 指図をすることはありません。 意味のある変化という観点に立つと、本質的には日本の政治体制は麻痺している。日本は 無限の経済発展という目的をもって、日々のペースではきわめて順調に進んでいるが、国家の 長期的な目標とか方向を決める能力はない。第二次大戦で敗戦国になって以来、国家として どのような目的と方向をもつべきかについて論争が行われてきていないのです。 ///// カレル・ヴァン・ウォルフレン ///
170 :
◆0JFEyIQD1s :2013/11/15(金) 23:14:25.09 ID:kw/Yicbc
/// 夜明け前の暗闇 14 ////// <−> 核となる権威、責任の中心がなければ、反抗するにしても相手がいないということ になりますね。 <ヴァン・ウォルフレン> これは、麻痺の原因を作っているきわめて重要な条件です。 日本の強圧政治はソフトである。社会を囲む壁の感触がないので、それをよじ登ったり 穴を開けて逃げ出す方法も思いつかない。日本はしとね張りの小部屋みたいなものだ。 壁はぶつかっても柔軟性は持っているが、壁に閉じこめられていることに変わりはない。 ///// 関 元, 吉岡 晶子 (翻訳) ///
171 :
◆0JFEyIQD1s :2013/11/16(土) 08:29:40.62 ID:BFcjJLbt
/// 夜明け前の暗闇 15 ////// 反抗する相手がなかなか見極めにくい。それに、結局は、批判精神をもっていても、母親に、 そして国家という血のつながった虚構の家族に反抗しているような気分に追い込まれる。 その極めつけが、法に則った反対はなじまないという儒教的な考えです。韓国や中国や ベトナムにもこの儒教の遺産は残っているが、彼らは伝統的に、政府そのものによってだけ でなく「天命」によっても正当化された強力な中央政府をもっています。 中国では、「天」はつねに皇帝を超越した存在と見なされている。「天」が皇帝の上に あった。日本では、伝統的に天皇は神格化され、天皇が「天」なのです。 ///// JICC出版局 ///
172 :
◆0JFEyIQD1s :2013/11/17(日) 08:23:43.97 ID:qInyMrLN
/// 夜明け前の暗闇 16 ////// <−> 全体主義的共産主義社会との比較に戻りますが、行動的な市民社会 − つまり、 自律的な競争集団を積極的に仲介する役割を果たす部分 − を発達させる必要が日本には あると、あなたは指摘されているようです。社会学者のラルフ・ダーレンドルフは、健全な 市民社会から発生する創造的混沌が、開放された社会を唯一保障するものであり − ひいては、 自由を唯一保障するものだと言っていますが。 <ヴァン・ウォルフレン> それは非常に重要な見方だと思います。日本が輸出市場として 異常なほど依存している世界と両立していくためには、問題は、日本がその市場を開放する ことだけではなく、日本の政治体制の本質と国際社会に占めるその位置とを真剣に理解しよう とする政治論争が、日本国内から持ち上がってくる必要があるということです。 ///// 1991年2月発行 ///
173 :
◆0JFEyIQD1s :2013/11/18(月) 21:47:30.24 ID:B2DZSAAo
/// 夜明け前の暗闇 17 ////// <−> 日本の政治指導者の一部はそのことを理解していないのではないでしょうか。 中曽根康弘は、首相を務めていたころ、日本は門戸を開放し、「世界の中にある」だけ ではなく「世界とともにある」べきだと説いています。 <ヴァン・ウォルフレン> いや、中曽根は、政治責任の中心を首相に置かないかぎり、 日本は国際社会でその国益を推進できないと理解していたナショナリストです。国際主義 (インターナショナリズム)と世界主義(コスモポリタニズム)を混同してはならない。 もっとも、中曽根は民主主義者ではない。それどころか、統制のための社会統制に深い 関心を抱いていた。彼は、本質的には軍国主義かつ日本主義の理想を支配体制にふたたび 導入したがったのです。 ///////// What's ジャパン? ///
174 :
◆0JFEyIQD1s :2013/11/19(火) 22:22:45.84 ID:MYvIZkU3
/// 夜明け前の暗闇 18 ////// <−> なぜ統制のための統制をしようとするのですか。 <ヴァン・ウォルフレン> 私が前に指摘したのと同じ理由です。日本が何より恐れている のは無秩序だ − それも当然だが − それは日本が、法をはじめとする普遍的に有効なルールを 社会政治体制の最終的な調整役としているのではないからです。つまり、日本は非公式な手段 によってしか秩序を維持できないということです。社会では、閥をはじめとする利害関係者の 集まりによって統制を維持している。それに、数多くの非公式だが組織的な社会的圧力 − 穏やかな、そして時にはさほど穏やかではない脅し、顔をたてる必要など − そういったもの が異常に強い。 ///// 日本「再統一」の脅威 ///
175 :
◆0JFEyIQD1s :2013/11/20(水) 21:46:55.41 ID:gji3E4Qn
/// 夜明け前の暗闇 19 ////// 経済体制は自由裁量的権力によって統制されるものです。日本は人類の歴史で最も強固な 社会統制ネットワークの一つを発達させてきた。われわれはそのことを理解するべきです。 最近の日米構造協議のように、たいていは外圧が加わって、公式な統制が外されたとしても、 その時にはすでに必ずや、その同じ分野で非公式な統制システムが強化されてしまっている。 そこで、一見変化したように見えるだけで、実際には変化していないことになる。 <−> 高く評価されている日米構造協定は守られないと思いますか。 <ヴァン・ウォルフレン> 守る守らないの問題ではありません。流通機構が公式な統制を 外しても、非公式な関係がいぜんとして統制しており、それが通商交渉で約束された変化を 骨抜きにし、結局は現状のままということになる。 ///// NPQ (編集) ///
176 :
◆0JFEyIQD1s :2013/11/21(木) 21:09:18.50 ID:ie7hW5T6
/// 夜明け前の暗闇 20 ////// <−> この無秩序恐怖症は、日本の、世界に対するアプローチにどのような影響を与える のでしょうか。 <ヴァン・ウォルフレン> 日本人は外の世界を統制するのが苦手なので、外の世界は彼らに とって常に脅威の存在なのです。気まぐれで、予測できず、危険だというわけだ。日本人は 外の世界に対して恐怖感をもって育つ。外の世界が日本をやっつけるのではないかという 不安を持って育つのです。 この脅威に対抗するために、日本は今世紀の初めに、経済拡張と軍事拡張のどちらかが 日本の安全を保障する最善の道かと論争した。軍国主義の活動家たちがむりやり主張を通し、 それが中国侵略に進み、そして結局は真珠湾攻撃に結びつく一連の出来事を引き起こした わけです。 ///// カレル・ヴァン・ウォルフレン ///
177 :
◆0JFEyIQD1s :2013/11/22(金) 20:54:46.50 ID:S8pOCT53
/// 夜明け前の暗闇 21 ////// 一九四五年以降は、軍国主義者の選択は締め出され、一九三〇年代に満州への経済進出を 主張した(一九四〇年代にそれは実行されるのだが)「革新官僚」が実権を取り戻し − アメリカの占領のおかげだが − 戦後の日本「経済の奇跡」を推進してきた。戦後の大蔵省、 通産省、日本銀行などの中心人物は − 一部の有名な政治家とともに − この満州進出計画の 体験者たちだったのです。 皮肉なことに、アメリカの占領は、官僚主導による日本の経済拡張体制の助産婦の役目を 果たした。国家の代理をする大政府と大企業の関係について、何よりもナチス・ドイツの 例に誘発された考えを持つ経済官僚の存在を容認することによって、先例のない強力な 「日本株式会社」を設立したのです。 ///// 関 元, 吉岡 晶子 (翻訳) ///
178 :
◆0JFEyIQD1s :2013/11/23(土) 18:29:10.20 ID:hMwMYRDt
/// 夜明け前の暗闇 22 ////// <−> 国内の無秩序に対する不安と外の世界の力に対する強迫観念があるとして、 西欧はどう反応すべきでしょうか。 <ヴァン・ウォルフレン> 日本の労働者の生活の質の向上と、必要とされている社会基盤の 改善を犠牲にした飽くなき経済拡張は、日本の権力を握っている者たちが強い不安感に突き動か されているかぎり続くものと思われます。そうだとすれば、世界のほかの国が「日本問題」に ついてどのような解決策を採るにしても、底辺の広い日本のパワー・エリートから、世界が 彼らに反対しているという考えを取り除くようなプログラムを含めるべきです。冗談にせよ、 日本叩きといった言葉を使ったり、日本の政治体制を真剣に調べることを「アンチ日本」と 解釈することによって、日本人のあいだのこうした考えを刺激するのは、きわめて無責任な ことです。 ・・・・ ///// JICC出版局 ///
179 :
◆0JFEyIQD1s :2013/11/24(日) 10:03:40.62 ID:Zd3fIs+W
★内部からは変われない、変わらない日本の組織 1 みずほ銀行の不正融資やホテルの食材偽装表示にある「日本の病」 田原総一朗 公式ブログ 投稿日: 2013年11月11日 2002年、僕が塾頭となって「大隈塾」を母校の早稲田大学に開設した。60代の後半くらい からだろうか、母校のために何かできないかと考えるようになったからだ。さまざまなゲストに 来ていただき、学生、あるいは社会人の塾生たちに講義をしてもらっている。こうした経験は、 若者たちの血となり肉となるだろう。 時には僕も、彼らの前で話をすることがある。先日は、いま世間を騒がせている、みずほ銀行の 不正融資や食材偽装表示をテーマにして話をした。テレビでは毎日のように、大企業のお偉方が 謝罪会見する場面が、繰り返し放送されている。なぜこのような不祥事は、なくならないのか、と。 僕は、ひとことでいえば、「空気」のせいだと考えている。組織内で流れる空気に、多くの人は いつしか慣れてしまう。暴力団への融資、食材の偽装表示、客観的に見ればいけないことはわかって いる。だが、その空気の中にいると、誰も「やめよう」と言えなくなってしまうのである。
★内部からは変わらない、変われない日本の組織 2 彼らはまた、謝罪の仕方も下手だ。当初、みずほ銀行は、「頭取は把握してなかった」と弁明 していた。阪急阪神ホールディングスの社長は、偽装ではなく「誤表示」だと説明した。彼らは、 心底責任を感じていないのだ。ずっと会社がやってきたことが、「たまたま」自分が社長である ときに、発覚してしまった。「ついてない」くらいにしか、思っていないのだ。 独自の視点からの日本人論を展開した山本七平さんは、著書『空気の研究』で日本人の持つ この特質を見事に指摘している。 住友銀行(現三井住友銀行)の当時の頭取、磯田一郎さんが、世界的なコンサルティング会社 マッキンゼーに組織改革の依頼をした。当時、取材をしていた僕は、磯田さんにこう言った。 「外国のコンサルティング会社に頼まなくたって、自分たちでできるんじゃないですか」すると 磯田さんはこう答えたのだ。「日本の会社は話し合いを何度しても、前と同じようなことを ぐるぐる話しているだけなんだ」いわゆる「小田原評定」だ。 そして磯田さんはこう続けた。「外国の名の通ったコンサルティング会社の言うことなら、 みんなが従う」日本人が変わるには、今も昔も「外圧」が必要なのだ。
★内部からは変わらない、変われない日本の組織 3
安倍内閣が法制化を進めていたのが、「社外取締役」義務化だ。事態を客観的に見ることができ、
左遷などを恐れず発言できる存在が組織には必要である。つまり、空気を破る「外圧」が必要
なのだ。社外取締役が、そうした存在になる。
ところがこの社外取締役義務化の法制化は、経団連などの反対で流れてしまった。組織全体が
腐っていくことに気付かず、空気を乱さないことを大事と考え、それが心地よいと考える。
そんな経営者がいまだに多いということだろう。そのなれの果てが、いま続けて起きている、
大企業の不祥事なのだ。
僕は講義で塾生たちに言った。「空気を乱すことを恐れるな」。大隈塾で学んだ若者たちが、
きっと日本を変える原動力になる、と僕は信じてやまないのである。
みずほ銀行の不正融資やホテルの食材偽装表示にある「日本の病」
田原総一朗 公式ブログ 投稿日: 2013年11月11日
http://www.taharasoichiro.com/cms/?p=1145
183 :
◆0JFEyIQD1s :2013/11/30(土) 20:36:33.66 ID:0IEJySvK
/// リアリティの管理 1 ///////// カレル・ヴァン・ウォルフレン(Karel Van Wolferen) (著)、篠原 勝 (翻訳)、 原著1989年発行、邦訳 早川書房1990年発行 「日本/権力構造の謎」(下巻) The Enigma of Japanese Power より ・・・・ 9章 リアリティの管理 理論と現実の違い、。すなわち人びとがこう生きてきたと称するところと実際の生き方が 違っているというのは、人間につきものの状況といえる。この違いはいたるところで経験 するが、日本では特に目立つ。違いが時として途方もなく大きいばかりか、人びとがそれを 意に介していないように見えるのである。 ///// K.V.ウォルフレン著 ///
184 :
◆0JFEyIQD1s :2013/12/01(日) 12:50:13.87 ID:uIvioDPx
/// リアリティの管理 2 ////// 公式上の現実と実際上の現実が違うことは世界共通だが、日本と西欧では、その差が あまりにも大きいので、程度の問題ではなくて、むしろ、まったく異なった状況だという レベルにまで達していると言うべきであろう。日本では、物事が外観どおりであることは ほとんどないだけでなく、おまけに表向きの現実と実際の現実との違いが制度化されている。 日本での権力行使には、このことが不可欠だからだ。また日本では、現実がいくつかの レベルで同時に存在することが許容されている。その様子は理論と実践、すなわち形式と 実態との間の、よく見られる分裂の限界をはるかに超えたものである。さもなければ、 非公式な関係に基づいてすべてが進行する<システム>は存在しえないであろう。 ///// 「日本/権力構造の謎」 ///
185 :
◆0JFEyIQD1s :2013/12/03(火) 21:09:36.78 ID:rhcnZhox
/// リアリティの管理 3 ////// 矛盾の政治的利用 現実を理論に一致させようとする強い衝動が欠けていることは、政治的、社会的な緊張を 少なくしようとする管理者にとって都合の良いことである。日本式の論争では準拠している 理論的枠組みを変えることが許されでいて、枠組みを機敏に変えることによって衝突を丸く おさめたり解決したりできる。こうして日本の官僚と政治家は、自分たちの行動の正当化や カモフラージュに必要なたちまわりをすることができることになる。表向きの現実と実際との くいちがいが、制度化されて当然のこととして受け入れられ、あらゆる目的のために利用 されるかぎり、現におこなわれていることの是非はほとんど問われもしないし、脅かされも しない。 ///// 原書1989年刊 ///
186 :
名無しさんの主張 :2013/12/05(木) 00:09:17.58 ID:za26atUh
187 :
◆0JFEyIQD1s :2013/12/05(木) 21:34:06.90 ID:BA86BCwn
/// リアリティの管理 4 ////// 日本の形式としての法の構造は、官僚の行動に正統性を与えるのに役立つ多くの行政法を 許容している。その一方で官僚は、法律に訴える一般国民の動きに少しも邪魔されることなく、 法の枠組みから外れることが自由にできるのである。<システム>は、人びとがそれをつっこんで 批判的に見ることはないので、大きなダメージを与えられることはないから、あくまでも 強力で、その影響は広くいきわたる。形の上だけの現実と実質的な現実の間のギャップは 制度化され、それは優位な立場から弱者を支配するには、理想的な手段となっている。 ///// 邦訳 早川書房発行 ///
188 :
◆0JFEyIQD1s :2013/12/07(土) 10:54:26.52 ID:2Sqrlj+u
/// リアリティの管理 5 ////// 近代日本におけるこのようなギャップの記念碑的存在は、明治憲法であった。この憲法条文に 記してあった公民権は、当時存在していた他の法律によって実行不可能にされていたのだから、 無意味だった。それは今日、主に共産圏に存在する疑似憲法のはしりであった。現在の憲法は、 旧憲法ほどあからさまに実際の施行のされ方がくいちがってはいないが、理論上、保証されて いることが、実際には適用されない。米軍占領時代の遺産である新憲法は、日本人の共同体的な 態度が根本的に変わることを期待してつくられたが、期待された変化の多くは、起こらなかったり、 生き残った官僚組織によってつぶされた。 ///// 篠原 勝 (翻訳) ///
189 :
◆0JFEyIQD1s :2013/12/08(日) 17:11:35.92 ID:CpBsPAQH
/// リアリティの管理 6 ////// 理論と実際の乖離は、現在のたいていの国家で、政治の多くの部分についていえる特徴 である。だが、民主主義国では普通、市民の集まりが、社会・政治的な問題で理論と実際との 不一致を不満とし、かなりの数の人がその問題についてなんとかしようとするものだ。 たとえば、社会的に不利をこうむっている少数派のための行動などである。市民は行動を 通して、一般に共有されている原理に訴えるのであるが、官僚や政治家から、近所の人びとに いたるまで、共有された原理があることは理解している。 ///// The Enigma of Japanese Power ///
190 :
◆0JFEyIQD1s :2013/12/11(水) 21:58:30.89 ID:uW9M/Olz
/// リアリティの管理 7 ////// 西洋の民主主義国家でも、民主主義という建て前で、権力主義的な行為がある程度隠ぺい されるが、それには限度がある。"悪者をたたき出す"手があるし、法律に定められた制度的 手続きに訴える手もあるからだ。日本では、両方の手段とも不可能である。自主憲法期成 議員同盟の清原淳平事務局長が述べるとおり、「欧米人は、法と現実の状況の間に大きな 矛盾があると、不安になりがちだ。だから、彼らはつねに新しい状況に合うよう法律なり 憲法を変えるよう勧められる。しかし日本人はそのような矛盾を解消しようという思いには 駆られない」 ///// Karel Van Wolferen ///
191 :
◆0JFEyIQD1s :2013/12/13(金) 23:36:50.35 ID:nyGPG0V6
/// リアリティの管理 8 ////// 日本では、実際に履行されえない憲法があっても、それが問題だとは一般に思われない。 逆に、今の憲法は、憲法改定が忌わしい戦前の条項の復活につながるのではないかと恐れる 人びとにとっては望ましい。一方、権力者にとっても現実にそぐわない法律的な取決めを 結ぶのに、現行憲法は都合がいい。憲法が<システム>を支えるいろいろなインフォーマルな 政治的な仕組みを維持するのに役立つからである。公然の批判や公の議論は必然的に表向きの "現実"に向けられ、たいていの政治批判は、だれも真剣に受けとめない口先だけの理想論に すぎない。こうして、現実の力関係は安泰で手つかずというわけである。 ///// K.V.ウォルフレン著 ///
192 :
◆0JFEyIQD1s :2013/12/15(日) 06:56:38.19 ID:BRPTUkFz
/// リアリティの管理 9 ////// そこで、産業界の首脳たちは理屈の上では、古典的な自由市場経済を実践しているという 考えをゆずらず、官僚の介入を歓迎しないという建て前になっている。建て前では、一般大衆の 政治的意向は彼らが選び国会に送った政治家が代表して提示する仕組みになっている。 同じく公式の現実では、独占禁止法や公正取引委員会かカルテルを防ぎ、司法が民主主義的な 自由と個人の権利を守るはずである。労働組合は労働者の不満を公正に聞いてもらえるよう にするし、そのほか多くの制度化された保障が"民主主義的な自由市場制度"を敵から守る とされている。 ///// 「日本/権力構造の謎」 ///
193 :
名無しさんの主張 :2013/12/16(月) 17:02:31.63 ID:WIB30uJ+
194 :
◆0JFEyIQD1s :2013/12/16(月) 21:40:25.75 ID:aDstA633
/// リアリティの管理 10 ////// ところが実際には、独立した司法も、労働者の利益を第一に代表する労働組合も、 経済界と官僚の市場操作を防止する効果的な保障もいっさい存在しないという事実は、 隠されたままである。このように、制度化された表向きと実際の現実との相違がなければ、 戦後の経済的な"奇跡"はありえなかっただろう。 ///// 原書1989年刊 ///
195 :
◆0JFEyIQD1s :2013/12/18(水) 21:49:04.42 ID:PNsJAbvw
/// リアリティの管理 11 ////// 矛盾を目前にしての精神的な麻痺、つまり矛盾を知覚すらしないという状況がある。 そのおかげで特権階級はそれ以外の人びとに対して思いどおり力を行使できる。日本の 典型的な状況に存在する服従と支配の力学は、実際には理不尽でありながら同時に表向きは 理に適っているかのように見せるということと密接に関わっている。このことが究極的に 表われているのが禅問答である。師は意味不明の答えで弟子を困らせ、弟子はしまいには 知的な防衛をあきらめて、師のまったく勝手きままな権威に服従してしまうのである。 ///// 邦訳 早川書房発行 ///
★8割の企業が法令違反、速度オーバー並? 1 金融そして時々山 2013.12.17 本日(12月17日)の夕刊によると厚労省は9月に実施した「ブラック企業」取り締まりの ための調査結果を今日発表した。それによると、調査対象5,111社の内、82%にあたる4,189社で 賃金不払いや違法な時間外労働という違法行為が確認された。8割以上の会社が法令違反を 犯しているというのは、法治国家として異常ではないだろうか? 法令違反といえば、車を運転する人の大部分の人恐らく8割近い人(勝手な推測だが)が一度は 法令違反を犯していると私が推測するのが、道路交通法(施行令)で定める制限速度オーバーだ。 もっとも速度制限というのは、私の経験した限りでは多くの国でガチガチには守られていないようだ。 例えば制限速度時速40kmの道を45kmで走ったからといって、まず捕まることはない。日本でも アメリカでも。5km程度はノリシロとどこの警察も思っているのである(と我々は思っている)。
★8割の企業が法令違反、速度オーバー並? 2 その裏には現在の速度制限が少し実態に合わない・・・という思いもあるのかもしれない。 さて自分の会社生活経験を踏まえて言うと、恐らくかなりのサラリーマン、つまり上司も部下も 今の労働基準法が少し実態にそぐわない・・・と考えていて若干のスピードオーバーを起こして いるところがあるのではないかと私は感じている。無論私は違法な時間外労働の強制など悪質な 法令違反を擁護するつもりは毛頭ない。それは交通法規に例えるならば、信号無視などの危険行為 そのものだからだ。 だが「労働時間と成果が連動しない業務」において、長く働いたものが残業代の形で多く賃金を 貰う制度に固執すると変なことが起きる。たとえば勉強熱心なAさんは休日に自宅でパソコンの 勉強をして、タイピングやスプレッドシートの取扱いが早くなり、与えられた仕事を勤務時間内に 終了させることができるようになった。ところがBさんはそのような努力をしなかったので、 勤務時間内に仕事を終了させることができず、残業が恒常化した。その結果Bさんの所得の方が Aさんより多くなった。これでAさんとBさんを公平に取り扱ったといえるのだろうか?
★8割の企業が法令違反、速度オーバー並? 3
「職場における労働時間と産出物は比例する」という古い工場労働者モデルをベースにものを
考えるとこのような誤りを起こす。
ザックというと私は8割以上の会社が法令違反をしている、という中には本当に悪質な法令違反を
行っている会社もあるが、法律が時代遅れになっているという面もあると感じている。
とはいえ8割以上の会社が法令違反をしていて「ああそうですか」というのでは、青少年に対して
「法律を守りなさい」と胸を張って言える大人がほとんどいないことになってしまう。その時々が
求めるfairnessを機敏に判断して、皆が守ろうと思う法律を作り、そして作った法律はキチンと
守るというのが法治国家のあるべき姿だとすれば、現状はお寒い限りである。
金融そして時々山 2013.12.17
http://kitanotabibito.blog.ocn.ne.jp/kinyuu/2013/12/post_1aef.html
199 :
◆0JFEyIQD1s :2013/12/21(土) 15:06:07.50 ID:5gg5co5Q
/// リアリティの管理 12 ////// 競い合うリアリティの茶番劇 日本における"真実"の管理は、しばしば、二層だけでなく、三層、四層の現実と関わっている。 <システム>の上位にいる者はそれらの間を泳ぎまわってそれぞれの目標を達成する。その見事な 例が、以下に述べる形だけの政治闘争なのだが、この例はまた、5章でふれた近年の政治史に おける重要な力関係を一層明らかなものにするであろう。 日本に一九八三年一〇月と一一月に、"政治的危機"を経験した。この危機は東京地検が ロッキード収賄事件で、政界のボス、田中角栄に有罪判決を下した時に始まり、野党の四七日間に わたる議事ボイコットと中曾根首相に対する不信任決議案上程で頂点に達した。 ///// 篠原 勝 (翻訳) ///
200 :
◆0JFEyIQD1s :2013/12/22(日) 13:05:24.09 ID:aET8L2f2
/// リアリティの管理 13 ////// 田中は判決に対し控訴したが、それ以上のことは何もしなかった。規定は、このような 場合の議員辞職について明記していない。だが野党は、田中が辞職という形だけでも何かしらの 態度表明をしなかったために、非難し大騒ぎしたのである。少数野党は、田中の議員辞職勧告の 審議という前例のない動議を提出し、中曾根がその要求を拒否するや、席をけって退場してしまい 国会を麻痺状態にした。 ここで思い出しておくべきだが、田中はその時点ですでに中曾根の率いる自民党の一員では なかった。田中はその七年前に離党していたのである。自民党の幹部たちが、収賄容疑で起訴 された人物が自分だちと同列にいてははために悪いと判断したのだ。 ///// The Enigma of Japanese Power ///
201 :
◆0JFEyIQD1s :2013/12/23(月) 10:41:09.47 ID:Aif1O73s
/// リアリティの管理 14 ////// つまり、彼らにとっては田中が汚職をしたということ自体ではなく、検察官に取調べのために 呼び出されるということこそが問題なのである。とはいえ、田中は先に見たように、他の正式の 党員のだれよりも自民党を牛耳る力を持ち、すでに三人の後継首相を選んでいた。中曾根は 田中のおかげて首相の地位についたから、苦境に立たされることとなった。議事ボイコットは 日本の首相の威信をゆるがす。御しにくい野党を抑えるのが、首相の指導力を示す数少ない チャンスのひとつだからである。さらに中曾根は、多くの法案を可決させる必要に迫られていた。 田中への恩義はさておいても、彼が年末まででも首相の座に留まっていようとしたら、田中の 支持が必要だった。彼はそのため、野党に屈伏して議会の危機を収拾するという安易な方法を とることもできなかった。 ///// Karel Van Wolferen ///
202 :
◆0JFEyIQD1s :2013/12/24(火) 21:17:11.35 ID:mkxsywDw
/// リアリティの管理 15 ////// 騒ぎ立てていた少数党が妥協案に同意して、緊張のうちに待たれていた解決がやっと可能になった。 野党はとりあえず首相に対する不信任案を出す。これは少数党にも何がしかの力があるという事実を 国民に示すひとつの方法である。中曾根は、野党が審議拒否という懸案の法案への儀式的な抵抗を しないという条件で、自分に対する不信任案提出という野党案を"受け入れた"。正式のボイコット でさえなければ、野党議員が懸案の法案承認の票決時に欠席しても問題ではなかった。彼らが投票 したとしてもどうせ議決は変わらないのだ。重要なのは、野党が正式に国会ボイコットを中止した という点たった。ボイコットが進行中でも、自民党の議決投票を禁じる規則があるわけではない。 しかし、それをすると、野党が"多数党の一党独裁"だと叫んだろうし、世論や、国民に世論がどう あるべきかを説く新聞の論調(これも現実のもう一つの層だ)に、与党にとってまずい影響を与えた であろう。 ///// K.V.ウォルフレン著 ///
203 :
◆0JFEyIQD1s :2013/12/27(金) 20:21:15.37 ID:17gV2Rza
/// リアリティの管理 16 ////// 日本の政治という「不思議世界」を一見するだけでわかるのは、なにはともあれ、議会制 民生主義の規則というものは何の威力も持っていないという点てある。もしそのような規則に 従って物事が進行するなら、危機は生じなかったはずだ。田中が国会に留まることをめぐる 抗争もなかったであろうし、多数党である自民党はいつでも好きなだけ法案を出して投票できた だろう。だがこれは、相競う"現実"から生じた茶番劇のはじまりにすぎなかった。 ///// 「日本/権力構造の謎」 ///
204 :
名無しさんの主張 :2013/12/28(土) 01:25:53.17 ID:9zeGhFrw
205 :
◆0JFEyIQD1s :2013/12/28(土) 18:32:08.93 ID:DmgbqqO+
/// リアリティの管理 17 //////// 野党と中曾根との妥協は、マスコミが伝えた表向きの現実だった。マスコミの評論家は ほぼ一致して、中曾根が不承不承妥協案に同意したと述べた。こう解釈された現実によれば、 不信任案提出と衆院解散後の選挙は、首相のもともとの計画ではなかったということになる。 ところが、一般に信じられたこの解釈は、関係者が先に新聞に漏らし報道されたのに忘れられて しまった情報と矛盾していた。各紙とも以前には、早期の議会解散と大々的な選挙準備を 報じていたのである。 ///// 原書1989年刊 ///
206 :
◆0JFEyIQD1s :2013/12/29(日) 10:33:00.68 ID:Ozd2XtU3
/// リアリティの管理 18 //////// こうしてマスコミに合唱をさせた情報の操作者たちは、中曾根を大いに助けることになった。 中曾根の最大の問題は、田中から離れようとしているという印象を国民に与えつつ、田中に そう思わせないことだった。さらに、野党に譲歩することによって、自分がいかに"民主的" であるかを見せることができた。それに加えて、彼が当初から計画していた選挙がありがたい ことに早ばやとおこなわれることになったのである。要約すると、一番表に政治のタテマエがあり、 その下に、誰もが予想できる儀式的な行為という半公式の現実がある。さらにその下に、力関係 という本当の現実がある。これらのいくつもの現実が、本当の(裏舞台の)動機を"暴露"する ことに生きがいを感じる記者によってさらに混乱させられる。マスコミはこの過程で、知らぬ間に もろもろの動機を歪めて報道してしまう。報道界もしばしば、最終的には操作されてしまうから である。 ///// 邦訳 早川書房発行 ///
207 :
◆0JFEyIQD1s :2013/12/30(月) 10:05:09.47 ID:cfwLgAYu
★靖国参拝という非合理主義 1 池田信夫 blog 2013年12月26日17:00 安倍首相が靖国神社を参拝したことで騒ぎが起きているが、これはもともと招魂社という天皇家の 私的な神社であり、国家の戦死者をまつる神社ではなかった。国家神道という国定宗教をでっち上げ、 靖国神社をその中心にしたのは明治政府である。 この奇妙なカルトが、天皇制を支えた。それを福田恆存は近代社会の「空虚を埋めるためにもちだされた 偶像」だといったが、丸山眞男も同じ指摘をしている。拙著『空気の構造』87〜8ページから引用 しておこう。 --- 天皇は、幕末にはほとんど実態のない地位になっていたが、尊皇派は幕藩体制の割拠的な性格を 克服して「日本」という国家的な統合を体現するために、儒教のイデオロギーを利用し、形骸化 していた天皇を皇帝の地位に置いた。伊藤博文は帝国憲法制定の際に、天皇を中心にすえる目的を 次のように述べている。 欧州に於ては憲法政治の萌せる事千余年、独り人民の此制度に習熟せるのみならす、又宗教なる 者ありて之か機軸を為し、深く人心に浸潤して、人心此に帰一せり。然るに我国に在ては宗教なる者 其力微弱にして、一も国家の機軸たるへきものなし。[中略]我国に在て機軸とすへきは、独り皇室 あるのみ。(丸山「日本の思想」)
★靖国参拝という非合理主義 2 ここでは欧州に比べて日本の弱点は、宗教的な「機軸」がないことだという自覚があり、国家を 統一するためには法律や官僚組織だけではなく宗教が必要だということが意識されている。明治以降の 「一君万民」型の天皇制は、このように列強の宗教(キリスト教)に相当するものをつくるために 明治初期に意識的に設計されたものであり、日本の自然な伝統ではない。 それは明治維新のイデオロギーだった尊皇思想の中では、儒教的な「一君万民」の思想として学問的な 実体をそなえていたのだが、明治政府によって国民統合のイデオロギーとして利用され、それが大衆化 するに従って正体不明の無責任の体系になったのだ。その根底には、神道(と呼ばれる固有信仰)にも 通じる「無限抱擁」的な日本の伝統がある。 --- 国家神道は伊藤など明治憲法の創設者がつくったキリスト教のイミテーションだが、それはできそこない だった。神との契約で世俗的な権力を拘束するキリスト教の合理主義は法の支配の原型になったが、 国家神道の中身は不明で、国家がそれをどう利用してもよかった。「現人神」だったはずの天皇には、 開戦の拒否権さえなかった。
★靖国参拝という非合理主義 3
靖国神社は、日本を無責任体制に陥れた国家神道という非合理主義の中心だった。特攻隊員は
「靖国で会おう」といって出撃して行った。それを首相が参拝するのは「日本はあの非合理主義に
戻りたい」という意思表示と受け取られてもしょうがない。中国や韓国がそれを非難するのは感情論だが、
安倍氏も「英霊」がどうとかいう感情論では議論にならない。
私は国家安全保障会議や秘密保護法などの安倍政権の戦略的政策を支持するが、靖国参拝はそういう
合理的な政策を台なしにし、アジア外交を感情的攻撃の応酬に引き戻すものだ。これでしばらく外交も
経済交流も止まるだろう。その代償に、日本は何を得るのだろうか。
池田信夫 blog 2013年12月26日17:00
http://ikedanobuo.livedoor.biz/archives/51882442.html
211 :
◆0JFEyIQD1s :2014/01/01(水) 00:05:42.32 ID:NqocWBWq
/// リアリティの管理 19 ////// 政治家が作り出す現実 近年の日本の政治史で、自民党のボスが作り出した衷向きの現実を根づかせるのにマスコミが 一役買った顕著な例は、一九七六年後半の三木降ろしであっだ。公式な説明によれば三木武夫 首相は終わったばかりの選挙で自民党が大敗した「責任を取る」ために辞任したということに なっている。この公式説明は納得のいくもののように見えた。日本の首相は、自分に無関係の 失敗でも象徴的な責任をとったり、関わりのない功績を賞賛されて光栄に浴したりする。 ///// 篠原 勝 (翻訳) ///
212 :
◆0JFEyIQD1s :2014/01/02(木) 11:17:18.47 ID:cgPw3RI9
/// リアリティの管理 20 ////// しかし、この場合、説明はまったく妥当とはいえなかった。たしかに同年のロッキード事件は、 戦後のどのスキャンダルよりも深刻に自民党に悪影響を及ぼした。だが三木が首相の座にいる ことでその傷を最小限に抑えることができた。日本のマスコミはその年の大半、自民党に 徹底的な"倫理"問題との取り組みを促し、三木("ミスター・クリーン")が真剣にやっていると 賞賛していた。三木がもし選挙前の一年余、舵取りをしていなければ、自民党はもっと議席を 失ったであろうと広く信じられていた。 ///// The Enigma of Japanese Power ///
213 :
◆0JFEyIQD1s :2014/01/04(土) 07:37:07.71 ID:6Th2PVfo
/// リアリティの管理 21 ////// 三木辞任の本当の理由は、まったく別のところにあった。田中の逮捕以来、自民党内の批判の 重砲が三木に向けられていたのである。彼が田中の逮捕を防ぐための手をなにも打たなかった からである。三木を首相の座に就かせた実力者である椎名悦三郎は、「三木には側隠の情がない」 といって、彼の日本人らしくない行動を暗に非難した。自民党の指導者たちは、三木の"改革熱"が 高じて"やり過ぎ"になるのを恐れて、挙党体制確立協議会をつくって三木解任をめざした。 もともと三木が首相に選ばれた唯一の理由は、大平正芳と福田赳夫の激しい競争だった。 ///// Karel Van Wolferen ///
214 :
◆0JFEyIQD1s :2014/01/05(日) 13:18:55.63 ID:q6asibeX
/// リアリティの管理 22 ////// 挙党協の主唱で、二人は競い合いを止めるよう説得され、首相になる順番が決められた。 こうなると、三木が首相の座にしがみつくと自民党に分裂が起きるのはほぼ確かだった。 三木はその責任を取る気はなく、二大政党制を導入する機会も逃し、引き下がるほかなかった。 彼は、党内(総裁)選挙の規定改定を受け入れさせ、面目を保ったうえで辞任した。マスコミは、 約九ヵ月間三木を力づけ、日本の政治の浄化のために励ましたのにその後、選挙の責任を取っての 三木辞任という現実を作り出すのに主要な役割を果たしたのである。 ///// K.V.ウォルフレン著 ///
215 :
◆0JFEyIQD1s :2014/01/07(火) 22:35:16.62 ID:ReL3bvkc
/// リアリティの管理 23 ////// メディアがスポンサーする現実 日本のマスコミは世の中の出来事を画一的に解釈し、自分たちに都合のいい"現実"をつくる 力をもっている。この点、共産主義圏の統制された報道界と肩を並べるものだろう。ただ、 外国人の観察者は共産圏の報道を大して信じないのに、日本の報道は信じてしまいがちである。 日本のマスコミは、日本についての情報と誤報のもっとも主要な源である。日本のマスコミが 東京に駐在する外国特派員に与える影響は、他の主な首都においてその地域の新聞が特派員に 及ぼす影響よりも大きい。マスコミ以外の情報源だけに頼るのはかなり狭い分野を専攻する 専門家だけである。一般ニュースを扱う特派員は、どれほど言語に長けていて、助手が働き者で あっても、情報を直接取れない分野がかなりあり、情報の多くを日本のメディアに頼るしかない。 これは、条件が整備された大使館や外国企業についてもいえる。 ///// 「日本/権力構造の謎」 ///
216 :
◆0JFEyIQD1s :2014/01/10(金) 00:35:10.79 ID:dpiTPV5u
/// リアリティの管理 24 ////// 外国人記者、外交官やビジネスマンは、日本の新聞が非常に画一的だから、紙面にある 情報を信じがちである。各紙が政治の出来事について一致している様子や、"国民の声"を 伝える雰囲気ほど現実を描くのに好都合なものはない。基本的には、外の世界は、一つの フィルターを通して日本を見ているわけである。疑念と注意をもって接すべき日本の報道が、 そのまま信じられがちである。その結果、しばしばひじょうに誤解を招きやすい日本像が 報道されてしまう。 ///// 原書1989年刊 ///
217 :
◆0JFEyIQD1s :2014/01/11(土) 19:36:40.47 ID:+ZGL3kN8
/// リアリティの管理 25 ////// たとえば、一九八三年一二月、前述のとおり不信任案と衆院解散によって、"危機"が 終わった後の、選挙報道を例にとってみよう。日本のマスコミは、論説と多くの報道記事で、 自民党が三六議席を失ったのは政府の"政治倫理"への対処に対する国民の不満のためだとした。 外国の主要紙の社説は、多分この点に関して日本の新聞ほど強気ではなかった。大半が、 中曾根の背負わされた"田中の重荷"にふれたり、与党内の汚職に対する国民の反応について、 平凡な論説を書いた。 ///// 邦訳 早川書房発行 ///
218 :
◆0JFEyIQD1s :2014/01/12(日) 08:28:11.65 ID:zOJUiEg4
/// リアリティの管理 26 ////// 実際には、"政治倫理"や中曾根の政策が自民党の支持票に重要な影響を与えたわけでは なかった。自民党の票はニパーセント減少したが、これは天候のせいで投票率が極度に 低かった事実と(これはつねに自民党にとって不利になる)関係していた。日本のマスコミが 説明しなかった皮肉な結果は、田中批判派の候補者のほうが、田中と結びついていた候補者より、 はるかに成績が悪かったことだ。 ///// 篠原 勝 (翻訳) ///
219 :
◆0JFEyIQD1s :2014/01/13(月) 07:04:29.32 ID:Qyd1bgDX
/// リアリティの管理 27 ////// マスコミが一致して、衆院選の結果を「自民党内で政治倫理を復活させようとしない中曾根の 姿勢に対する厳しい評決」と言及するとき、述べられるのは合意済みの現実なのである。 堅い内容を扱う月刊誌はいくつかの記事で、因果関係を論理的に説明しようとしたが、それは いかにも弱々しくまた、記事が出る頃にはそのリアリティはもう論議の対象ではなくなっている。 もし中曾根が、具体的な数字をあげてメディアの出した結論は間違いであると説明でもしよう ものなら、大笑いされたであろう。人為的に作られた現実があまりにも確固としていたから である。自民党は、新聞の支持する現実を公に承認していた。そして、何度目かの(まやかしの) "政治倫理確立"計画を掲げて、歓喜する野党に反撃した。現実の管理のための数ある方策の中で、 悔悟するふりをするのは、有権者に"誠実"だという印象を与える理想的な方法である。 ///// The Enigma of Japanese Power ///
220 :
◆0JFEyIQD1s :2014/01/14(火) 22:57:17.06 ID:xPsLKYKh
/// リアリティの管理 28 ////// 新聞が果たす現実管理の役割は、一部の管理者グループに不利に働くだろうが、一方、 他のグループには有利に働くのがオチである。前記の出来事に関していえば、自民党内に 数多くいる田中と中曾根の政敵が得をした。 <システム>を支える人為的な現実に習慣的に服従することは、新聞編集者たちにとって 習慣のようになっている。一九八七年の最後の数力月、関係者を当惑させる問題が起きた。 企業の投機と、暴力団と関係ある地上げ屋が借家人を脅迫して住居から追い出したり、 所有者に不動産を売却させたりしたおかげで、地価が高騰した。 ///// Karel Van Wolferen ///
221 :
◆0JFEyIQD1s :2014/01/17(金) 21:38:16.59 ID:FJwzhOJ2
/// リアリティの管理 29 ////// マスコミはなにも手を打たない政府を責めた。ところが一九八八年一月には、この問題は 紙面からいっせいに姿を消した。かわって政府の地価対策としての遷都計画が報道され はじめた。マスコミはおよそ一〇年か一五年ごとに、多くの官庁や大学を東京の外に移転 させる(あるいは、富士山麓に新首都を建設する)という計画を伝える。一九八八年の 場合にも、政府のだれも本気で計画実行を考えてはいなかった。しかしマスコミは、地価高騰 というもともと緊急な問題を追求せずに、対策が考慮されているかのような幻想を国民の 間に広げる手助けをしたのである。 ///// K.V.ウォルフレン著 ///
222 :
◆0JFEyIQD1s :2014/01/19(日) 08:56:05.70 ID:h9CsBhCm
/// リアリティの管理 30 ////// 管理者は公益を守るという幻想を広めるのに、メディアが一役買った例は多い。一九八八年 一月に、大阪地検が"政治献金"は賄賂だと決めた時の、マスコミの反応はその例だった。 たまたま選ばれて犠牲者になったのは、公明党の参院議員、田代富士男で、役職を利用して 便宜をはかった礼に一〇〇〇万円を受け取ったとして起訴された。一〇〇〇万円は建設業に コネを持つ自民党の大物にとっては取るに足りない金額である。この公明党議員は、全国 砂利石材転用船組合連合会が、同会の会員を差別する規制を一部改正するよう運輸省に提案し、 その返礼として金を受け取り、罪に問われた。 ///// 「日本/権力構造の謎」 ///
223 :
◆0JFEyIQD1s :2014/01/20(月) 22:49:30.77 ID:2R2/YqtW
/// リアリティの管理 31 ////// ここで思い出しておくべきだが、この種の団体は省庁を裁判所に訴えることができない。 そのかわりに仲介役を務めるのが、日本の政治家の仕事になっている。自民党の議員がその 役を引き受けなければ、コネのある少数党の議員でもよい。にもかかわらず、この野党政治家は、 潔白だと熱心に抗議し、金も政治献金として受け取ったものだと強調しながらも"道義的責任"を 痛感し参議院議員を辞任して国民に深く謝罪した。彼がもしこうしなければ、新聞が総力を あげて怒りを彼に向けたであろう。記者なら本能的に、なぜ検察官が突然一野党議員の政治生命を 破滅させてもよいと判断したのかという当然の疑問を持つだろうが、それもなかった。 ///// 原書1989年刊 ///
224 :
◆0JFEyIQD1s :2014/01/23(木) 22:07:26.47 ID:W5cXHZpz
/// リアリティの管理 32 ////// かわりにマスコミは、政治家たちは反省する必要があるという、お決まりの説教を流した。 このようなことは日本では許されないと社説が主張することは、一般大衆を承知のうえで 欺く振る舞いであった。このようなことは許されているばかりか、この一〇倍、一〇〇倍もの 金が動く数知れぬほどの同様の取引が、5章でふれた日本の政治体系の基盤となるというのが 実際の現実なのである。リクルート・スキャンダルさわぎのなかで真にスキャンダラスな 部分は、実業家が政治家を買収する新手(上場直前の株式を使って)を編み出したことでは ない。日本の検察の異常な熱心さと、マスコミの道徳的な怒りが、こういった振る舞いは 日本では許されないし、それへの対策が講じられているとの印象を作り上げたことにある。 ///// 邦訳 早川書房発行 ///
225 :
◆0JFEyIQD1s :2014/01/25(土) 07:35:18.03 ID:XoNXzrda
/// リアリティの管理 33 ////// 現実の操作がどのくらい外から見えるかは、場合によって異なる。鈴木善幸首相が「国際的な 貿易問題によりよく対処できる」よう抜本的な対策として新内閣をつくる、というニュースが 世界中に流れた。いくらかでも経験のある者はこれがナンセンスだと見てとった。内閣改造は、 自民党議員が熱望する大臣ポストを報酬として与える、一年に一度ほどある定期的な行事である。 鈴木が選んだ大臣たちも、前任者と異なるやり方で国際問題と取り組む意図などなかった。 もしその意図を持つ大臣がいたとしても、決して実行に移せなかったであろう。 ///// 篠原 勝 (翻訳) ///
226 :
◆0JFEyIQD1s :2014/01/26(日) 17:38:42.46 ID:pYI5wnxQ
/// リアリティの管理 34 ////// 派閥解消が必要であるという、自民党内でよくなされる論議も似たようなケースである。 派閥が政界の汚職の大きな原因になっているとの理由で、派閥をなくそうという計画がくり返し 発表されてきた。一九七〇年代の末には、一部の派閥が解散を発表し、派閥の事務所を引き払う 写真が新聞に載ったりもした。しかし政界の事情通は、自民党から派閥をなくすのは生き物から 骨格をすべて抜いてしまうのに等しいことを知っている。 ///// The Enigma of Japanese Power ///
227 :
◆0JFEyIQD1s :2014/01/28(火) 23:36:33.95 ID:QNPSIOC/
/// リアリティの管理 35 ////// だが多くの分野において現実が管理されていることによって正確な分析は難しくなっているし、 不可能でもある。その結果、一般に信じられている歴史の大部分が信頼できないものとなる。 日本の記者のうち情報を豊富に持っている者(彼らは高度に専門化している)でさえ、彼ら だけが知りえた知識はにぎりつぶし、公式に合意された現実を採用する傾向がある。外交や 政治の出来事で一般に知られるようにならない事実は最近の記憶だけとっても数多くある。 これらの事実はそれを隠ぺいしておきたいと考える外交・政治関係者以外の、数多くの日本人の 知るところなのであるが、それにもかかわらず一般には伝えられないのである。 ///// Karel Van Wolferen ///
228 :
◆0JFEyIQD1s :2014/01/30(木) 23:01:19.74 ID:38/5htK8
229 :
◆0JFEyIQD1s :2014/02/01(土) 19:27:10.38 ID:yiHmSoRV
/// リアリティの管理 36 ////// 社会に是認された欺瞞 さまざまな現実が競いあう世界においては、外見が非常に重要になる。スキャンダルに 関係したり関係したと疑われた政治家は、汚名を"清める"のに選挙運動を利用する。神道の 清めの儀式に由来する"禊"である。彼らは選挙演説でも「禊」を口にし、潔白を主張していた 者でさえも、禊の期間が終わったなどと言う。日本では、何かに関係したと疑いをもたれた だけで、責任をとることになるのだ。 ///// K.V.ウォルフレン著 ///
230 :
◆0JFEyIQD1s :2014/02/02(日) 09:11:14.70 ID:kgPxXkYN
/// リアリティの管理 37 ////// "正しいイメージ"という表現が、表面を塗り直してごまかすさまざまな行為について慣習的に 使われる。"意見調整"というしばしば使われる表現は、なんの問題であろうと合意に達する という意味である。つまり"現実"は交渉しだいで変わると考えられているのである。日本の 代表が、国際会議や、主要な出版物とか助成金で発行される見栄えのよい雑詰で好んでおこなう "本当の情勢"の"説明"の大部分も、以上の点に留意をして受け取る必要がある。権力者は、 きわめて熱心に合意事項を皆が"理解"するよう望んでいる。 ///// 「日本/権力構造の謎」 ///
231 :
◆0JFEyIQD1s :2014/02/03(月) 22:32:20.46 ID:9ei2SqZp
/// リアリティの管理 38 ////// 日本のエリート階級のライバルたちは、実際的な理由から、ある状況についての勝手な 解釈に同意することもしばしばある。そこから皆が同調する公式現実が生じるのである。 交渉で決める現実(コンセンサスと混同してはならない)は、はっきりとした政治指導性と、 明瞭な指揮系統を欠く状況においては、非常に重要になる。政治体系にあるこのような弱点は 収拾不可能な混乱をひき起こすだろうと考える人もいよう。しかし交渉で決まる現実が、 混乱を未然に防止するのに役立つのである。 ///// 原書1989年刊 ///
232 :
◆0JFEyIQD1s :2014/02/04(火) 22:11:58.64 ID:Dkpb31o3
/// リアリティの管理 39 ////// 管理者が、一致した見解を示すということの理由は、このようにして、彼らが共有している、 暗黙のうちに合意された勝手な現実の見方に一部由来している。彼らの学歴は似かよっており、 絡み合った人的つながりもあるので、彼らのものの考え方の枠組みは類似していたり、同じ であったりする。このような考え方の枠組みは個人としての状況評価をほとんど反映して いないもので、個人的な世界観とまったく別なものとして存在するのである。 ///// 邦訳 早川書房発行 ///
236 :
◆0JFEyIQD1s :2014/02/06(木) 22:01:51.56 ID:0RbTzOMP
/// リアリティの管理 40 ////// 日本人は日常の生活においても、互いに相手の立場を失わせないよう大いに気をくばる。 自分が今しゃべったことが事実としての現実とは異なるかもしれないなどと、はっきりいう ことさえしばしばあるのだ。必要なのは、ちょっとしたヒントをとらえることである。そして 外国人も当然同じやり方に従うだろうと思われている。というのは、日本人が国際的なやりとりで 時に口にする言い訳や"説明"は余りにお粗末すぎて、とても本気とは受けとれないからである。 日本人のために、さらにことを容易にする便利な用語がある。"建て前"の意味するものは、 相手に提示するべきもの、表向きの動機、公式の真実、正面の顔、見せかけ、あるべき姿 である(日本人は"建て前"を"原則"と一緒にするが、これは間違いである)。"本音"は本当の 動機、客観的に観察された現実、つまり知っていたり感じとれる真実である。 ///// 篠原 勝 (翻訳) ///
237 :
◆0JFEyIQD1s :2014/02/07(金) 21:50:44.58 ID:+wVll6Xr
/// リアリティの管理 41 ////// 本音と建て前の使い分けは日常的におこなわれ、普通、日本社会の良い面とはされない までも、そのことの倫理的な是非は問われない。しかし、この使い分けが、ある考え方の 枠組みを生み、いろいろな欺瞞が社会的に容認される素地ともなっている。日本人は、 西洋人に真似できないほど自分のまやかしについてあっけらかんとしている。日本人には、 その不正直さを叱られる恐れなしに正直ぶることが許されているのである。 ///// The Enigma of Japanese Power ///
238 :
◆0JFEyIQD1s :2014/02/08(土) 12:00:50.58 ID:T7zcViVk
/// リアリティの管理 42 ////// ある人類学者のことばを借りれば、こうなる。「真実と道徳は……そのときどきの状況に おける相互作用に依存するものである。……日本人は、明らかに矛盾するいくつもの事柄の 存在を、ひとつの真実のもつさまざまな側面として受け取る傾向を示す。彼らは一貫性に こだわることがほとんどなく、厳密な論理にこだわる人を理屈っぼい、すなわち"理屈好きの かわりもの"と見なしがちである」。 ///// Karel Van Wolferen ///
239 :
◆0JFEyIQD1s :2014/02/09(日) 12:15:24.36 ID:ULHrOHMd
/// リアリティの管理 43 ////// 外国人に対する不信感 日本人は自分たちが、本当の動機と表面的な動機の間に制度化されたギャップを持つので、 外国人や外国の動機も疑いがちである。彼らは、日本の状況や二国間の関係についての 外国の分析の背後にある、隠された"本音"をあくまでさがそうとする。この本音と建て前の 二分法を使えば、かつて日本が主張していた言い分を説明できる。日本人は第二次世界大戦前 および大戦中に、日本の真意がアジアでまったく理解されず、西洋諸国の本当の動機は見せかけ よりはるかに陰険だと言い張ったものである。 ///// K.V.ウォルフレン著 ///
240 :
◆0JFEyIQD1s :2014/02/10(月) 22:16:47.76 ID:ANbF49yx
/// リアリティの管理 44 ////// 筆者は、日本と西洋の衝突が拡大する原因は、両方の誤解にあるとする新聞記事を書いた ことがある。すると日本の高官が、筆者の記事は日本の信用を傷つけようとする欧州共同体の 試みだという彼の考えを共同通信を使って流した。筆者はまた、アメリカ政府が一貫した 対日政策を持たないところから生じる影響を分析し、<システム>の特徴を列記した論文記事を アメリカの出版物に書いた。この時も筆者がアメリカの利益代表と結託している可能性を それとなくさぐるような質問を受けた。筆者の罪といえば、長年、日本の役人と親密につきあった のに、彼らの世界向けの"建て前"の宣伝に協力しなかった点にある。日本において"本音"は あくまで私的なものであり、酒を飲みながら論議したり冗談のネタにされるものである。 ///// 「日本/権力構造の謎」 ///
241 :
名無しさんの主張 :2014/02/11(火) 19:19:12.24 ID:iy6HzOrl
>>1 漆間巌警察庁長官が「捜査費」で宴会を開いていた!
http://incidents.cocolog-nifty.com/the_incidents/2005/09/post_cc21.html 漆間巌(うるま・いわお)警察庁長官(60歳)が愛知県警察本部長時代
(1996年8月20日〜1999年1月8日)、「捜査費」(国費)で宴会を開いていたことが、
筆者が情報公開法により入手した「3月分捜査費明細書」という文書からわかった。
「捜査費」はその名前のとおり、「捜査」に使う費用。それが漆間本部長(当時)らの飲み食いに
使われていたとなれば、国民から強い批判が巻き起こるのは必至だ。
漆間本部長(同)が「本部長激励慰労」なる宴会を開いていたのは、
「平成9年(1997年)3月6日」。場所は「名城会館」(名古屋市北区・現在は存在しない)で、金額は「150,000円」。
このような宴会が「捜査費」でまかなわれているのは違法ではないのか。
愛知県警総務部会計課は、次のとおり説明する。
「捜査費の激励慰労費は、捜査活動に要する経費のうち、長期にわたる重要事件および
困難な重要事件の捜査等に従事する捜査員等に対する簡素な激励のための経費です」
あくまでも「捜査」にかかる「経費」だから、違法ではないということらしい。
しかし、いくら「激励」という名目があっても、身内の飲み食いが税金で支払われなければならない理由はない。
財務省主計局は、こう話す。
「警察庁から『激励慰労費は、単純な飲み食いとは違い、現場の捜査員の率直な意見交換に必要な経費』と説明されています」
だから「経費」として認め、予算をつけているということらしい。
しかし、「飲み食いしながらでなければ、率直な意見交換ができない」などという理屈は、税金支出上、
絶対に認めるべきではないし、そのような組織が捜査しているから、検挙率が26.1%(2004年)と低迷しているのである。
筆者は漆間長官にもインタビューを申し込んだが、
「個別案件についての長官へのインタビューは応じておりません」(警察庁広報室)と拒否された。
242 :
◆0JFEyIQD1s :2014/02/11(火) 19:38:30.48 ID:UzbscyNM
/// リアリティの管理 45 ////// 論理性の蔑視 政治、社会状況のどんな論議でも、論理こそが確固とした論点の枠組みと一貫性を与える ものである。論理のルールは、その場で即席でつくられるものではないし、毎月の討議に よって改められるものでもなく、もちろん、政治家が指図できるものでもない。また、論理の ルールはわれわれが意識しなくても、存在しつづける。こういうと、明々白々な点について 改めて説明しているように見えるかもしれないが、日本では、知識人が、"論理"は西洋人が 論議に勝つために西洋で発明されたものだと言い張ったりする。日本人の間には、過去の 何世紀もと同様、今も自分たちは論理なしでやっていけるという考えが行き渡っている。 もちろん、これは真実ではない。日本の技術者や科学者は他国の技術者や科学者と同じく、 論理的な考え方になじんでおり、その結果、ノーベル賞受賞者も何人か出た。 ///// 原書1989年刊 ///
243 :
◆0JFEyIQD1s :2014/02/12(水) 21:54:37.37 ID:AOl94/8B
/// リアリティの管理 46 ////// だが、社会的、政治的な問題になると、日本人は、逆説に気づいたり矛盾を解決したい という強い欲求にかられることはなさそうである。日本の三大精神体系(神道、仏教、儒教)も 科学思想も、日本人にとって環境に働きかけるためのテコとならなかった。徳川時代の数学面 での業績は相当なもので、一七世紀末にば微積分の発明に至ったのに、チェスと似たりよったりの 位置づけしか与えられなかった。それはゲームとして扱われ、宇宙の本質、またそのなかの 日本の社会と関係があるものとは考えられなかったのである。近代の科学理論とてほとんど 変わらず、科学理論上の"現実"は社会の現実から切り離されたままである。 ///// 邦訳 早川書房発行 ///
244 :
◆0JFEyIQD1s :2014/02/14(金) 22:48:11.76 ID:6jP/jTst
/// リアリティの管理 47 ////// 抽象思考はそれ自体が最終目的となりがちで、人間の関わり合いの本質を見きわめるのに 活用されることはない。一方、社会研究は研究のための研究にとどまり、それは経験から 獲得された論点とは完全に切り離されている。 学校がこのような態度を助長している。あるアメリカの人類学者は、日本と西洋の教育を 比較して、こう結論を下した。「論理教育は、所洋文明そのものと同じように古い。これと 対照的に、日本は伝統的に……暗記と模倣を強調してきた。前者のアプローチは道徳的、 知的な考え方の枠組みを内面化するのに役立ち、後者は環境への適応を助成する」 ///// 篠原 勝 (翻訳) ///
245 :
◆0JFEyIQD1s :2014/02/15(土) 19:35:06.73 ID:RS4XJNdi
/// リアリティの管理 48 ////// 知的真空の列島 政治的な方策のせいで、日本人は何世紀にもわたり、無形ながら非常に重要な文化的財産 すなわち自由な論議の場を奪われてきた。非常に理路整然と考え、知的な発見をする日本人を 筆者は個人的に知っているが、過去にも、多数の人が人間として当然の欲求に従って哲学的な 思索をしたはずだ。だが、忘れてならない重要な点は、これらの人びとは自分ひとりだけの 知的な世界を作り出さなければならなかったことである。 ///// The Enigma of Japanese Power ///
246 :
◆0JFEyIQD1s :2014/02/16(日) 16:58:37.79 ID:fzK+yrNL
/// リアリティの管理 49 ////// 日本に欠けていたのは、これらの人びとの思索をつなぎ合わせて、思考の枠組みとする という壮大な知的伝統だった。反論したり新しい論を加えようにも、哲学的な思索の 秩序だった体系がなかったのである。論理的に秩序だった抽象概念の体系は現実を把握する 長い間の知的努力の産物である。こうした知的なベースがないと、競合する証拠の実態、 関連、重要さ、比重、均衡などを正確に把握できないのである。 ///// Karel Van Wolferen ///
247 :
◆0JFEyIQD1s :2014/02/17(月) 22:40:37.85 ID:AOfuTnKw
/// リアリティの管理 50 ////// 日本の学問的な議論は、ごく小規模な自己充足的な論議の領界として知的真空の中に存在 することになる。論述を展開する学者たちは反対されるのが嫌なので、反論をほとんど不可能 にする程度にまで自己の論点を不明瞭にしがちである。知識人は自分の言った仮説を証明 したり反証するように求められることはめったにないから、批判的評価をするのがあまり 得意ではない。丸山真男は、日本の知識人は日本と外国の新しい考えを次々とすばやく取り 入れると言う。「新しい思想は、元がなんであれたちまちにして知識人を征服してしまう」 と彼は書いている。 ///// K.V.ウォルフレン著 ///
248 :
◆0JFEyIQD1s :2014/02/20(木) 21:56:14.34 ID:2K8p8H5a
/// リアリティの管理 51 ////// 新しい考えを、それまでの確信に照らして検討する努力もしない。急進派の学生は、同じ 傾向をはっきり示す例である。彼らは、日本以外の国でなら改宗にも匹敵するような、 知的・精神的過程をくぐりぬける。ところが、このような経験を何回も繰り返すので、 しまいには信念がほとんど残らなくなってしまう。ひとつの知的信念を固守しつづける のはまれであり、固守しても報いがないばかりか、身近なところからくる社会・政治的な 要求としばしば衝突してしまう。多くの西洋人が日本人と有意義な会話を交わしたと思っても、 後になって、その時の結論が完全に忘れられているのに気づくことが多い。 ///// 「日本/権力構造の謎」 ///
249 :
◆0JFEyIQD1s :2014/02/21(金) 22:48:02.35 ID:9KbnRO4V
/// リアリティの管理 52 ////// 日本の中学・高校では、相反する西洋と日本の思想が、学生に混乱を起こさせないよう 努力することなく、横並びで出てくる。政治や歴史にふれる教科書は、望ましい政治の体系と 望ましくない体系との区別もしない。 そこには情熱がない。判断も欠如している。学生が教えられるのは、歴史に登場した 勢力の独自性、活力や衝突ではなく、項目の暗誦である。全体主義、資本主義、 共産主義、さらに自由と民主(日本語ではどちらも"主義"になる)なども含め、多くの "主義"の名前が揚げられるが、具体的な詳細は検討されることはない。 ///// 原書1989年刊 ///
250 :
◆0JFEyIQD1s :2014/02/22(土) 09:17:03.82 ID:4IGhBsOj
/// リアリティの管理 53 ////// さまざまな"主義"は立替え可能であり、どれも同じような妥当性をもって、われわれの 尊敬の念を要求できるとの印象を与える。 日本の知的伝統の貧しさは、例の熱意を欠く機関――つまり大学――に反映されている。 日本の学生のもっとも際立った特徴は、一般的に見られる無感動だろうが、そのことを 知ってもだれも驚きはしない。筆者は早稲田大学などで教えたことがあるが、学生が知的な 追求のおもしろさを発見するとしても、それは彼らが自分で発見するのであって、学生に 知的な影響を喚起するような教授はまれである。高校と同様、知力を育て拡げるという 意味での教育はほとんど存在しない。日本の一部の大学教授が知的な案内人として機能 していても、それは親切心からで、そういう役割があると期待されているからではない。 学生のうち比較的才能に恵まれたものの多くは、極端な虚無を経験することになる。 ///// 邦訳 早川書房発行 ///
251 :
◆0JFEyIQD1s :2014/02/25(火) 22:51:03.47 ID:P/swgH12
/// リアリティの管理 54 ////// ばらばらに存在する知識 西欧の場合がそうであるように、知的伝統が権力者の方策から究極において独立性をもって 存在しているなら、それは政治の問題にある程度の知的コントロールを行使できるのみならず、 何か新しい思想が出現したときにもある種の知的整合性を育むことができる。宇宙の仕組みに 関する中世の諸理論が、異端であったコペルニクスやガリレオの仮説に耐えられなくなった時、 ジョン・ダン(一五七三〜一六三一、英国の詩人・聖職者)は「すべてはばらばらに砕け、 もはや整合性心なし」と嘆いた。だが、彼はギリシャの伝統的な論理的思考の力を過小評価 していた。そもそも彼自身、この伝統なしには整合性についてなげくこともなかったであろう。 新しいものに次々と直面しながらも、日本人は知的生活の面でこのような伝統の継承者には ならなかった。 ///// 篠原 勝 (翻訳) ///
252 :
◆0JFEyIQD1s :2014/02/27(木) 23:07:28.67 ID:UEu3YEtB
/// リアリティの管理 55 ////// まぎれもない秩序が社会的関係を律しているのに、個々の事象や考え方は、不調和の饗宴 よろしく共存し、外国人を困惑させたり、おもしろがらせたりしている。日本を訪れた者が すぐに気づくのは、そこがさまざまな思想や方法やトリックが常習的に集められる国である という点である。まったく異なる建築様式を七つとか九つとか混ぜた喫茶店や建物がある。 マンドリン演奏クラブが大学にある。 ///// The Enigma of Japanese Power ///
253 :
◆0JFEyIQD1s :2014/03/02(日) 09:59:35.71 ID:Lg4Kyozc
/// リアリティの管理 56 ////// この種の例は数かぎりなくあるが、もうひとつ挙げると、日本にはヨーデル愛好協会があり、 ヨーデルの歌い手たちがスイスの民族衣装を着て舞台に並び、コンサートを開く(コンサート にはスイス大使館の文化担当官が招かれる)。思想も大量に輸入される。英語、ドイツ語、 フランス語から訳された書物が本屋に所狭しと並ぶ。原著の新しい思想は訳本にもいくらか 滲み出るのはまちがいないにしても、原著の精神や目的を伝えそこなう翻訳もかなり多い。 ///// Karel Van Wolferen ///
254 :
◆0JFEyIQD1s :2014/03/03(月) 21:46:28.67 ID:MatoI4AP
/// リアリティの管理 57 ////// これまでの人類の歴史で、明治維新後の一九世紀後半の日本人ほど、新しい思想を多すぎる ほど大量に吸収する必要を感じた人びとはほかになかったであろう。国の改造が進む中で、 おびただしい雑誌やや研究会が新思想を日本中に広めた。だが、武士階級であったエリートや 教育を受けた平民の新しい階級が心酔した諸思想は、一般的にいってもともとの思想が発生 した文脈から外れて伝えられたものであった。新思想を紹介した知識人は、多くの場合、 実際的な目的を念頭において思想選びをした。外国は知の大露店市となった。日本は近代化、 国の強化、他国に追いつくための道具として使える宗教、道徳規範、芸術、政治体系をそこで 選んでは買いこんだのである。 ///// K.V.ウォルフレン著 ///
255 :
◆0JFEyIQD1s :2014/03/05(水) 22:23:01.62 ID:Fs+XFaKh
/// リアリティの管理 58 ////// 日本人の哲学者のうちで、ある程度国際的に知られた唯一の人である西田幾多郎は、 彼の先生でドイツで教育を受けたラファエル・ケーベル博士が、一九一四年の東京帝国 大学での講演において日本の知識人の生半可な理論を痛烈に非難した様子を覚えていた。 ケーベルによれば――「(日本の学者は)根を移そうとせずに、ただ人目を驚かすような 花だけを切り取って来ようとする。その結果は、その花をたずさえた人がひどく尊敬された というだけで、その花を咲かすような植物はわが国(日本のこと)には育ってこない のである」 ///// 「日本/権力構造の謎」 ///
256 :
◆0JFEyIQD1s :2014/03/07(金) 23:01:31.83 ID:DfG9zvF/
/// リアリティの管理 59 ////// フランス語、ドイツ語、英語からの翻訳物の寄せ集めや、堰を切ったように入ってきた 種々雑多な意見はたしかにあった。しかし、そこから一連の一貫した思想にもとづいた、 広範な人びとにとって説得力のある人生の指針は生まれなかった。特に真剣な思想家は、 自国の伝統的な学問の正当性に疑問を持ちはじめ、あまりに激しく反応するあまり、知的な 方向を完全に見失ってしまうこともあった。ごくまれな例外は、リベラルな学者、吉野作造 (一八七八〜一九三三)だった。彼は、まとまった社会観を作り上げ、日本の政治体系が 発達し進むべき方向について独自でかつ現実的な考えを持っていた。 ///// 原書1989年刊 ///
257 :
◆0JFEyIQD1s :2014/03/08(土) 16:35:59.80 ID:/xGda6ii
/// リアリティの管理 60 //////// 日本の一部の知識人は、類別の細部をめぐって果てしなく議論する習慣を身につけた。 たとえば、いまだに、日清戦争が"国家主義的"であったか"帝国主義的"であったかと激論を 戦わす知識人がいる。日本のマルクス主義者は、第二次世界大戦前もそういうことがあったが、 戦後にもまた、日本社会がまだ"封建的"であるかどうかと論争して分裂した。もし封建的 であるなら、社会主義的革命が起こる前に、ブルジョワ段階を一応経過する必要があると いうわけだ。 ///// 邦訳 早川書房発行 ///
258 :
◆0JFEyIQD1s :2014/03/09(日) 11:34:15.86 ID:EYOMn0xu
/// リアリティの管理 61 ////// この大論争が学界のかなりの部分を講座派と労農派に二分する原因になったが、労農派は、 資本主義が労働者階級を十分に育てたから、プロレタリア革命の準備をすすめることが できると信じた。西洋の思想を批判し、それに対抗するのに、別の西洋思想がしばしば 利用される。どちらの西洋思想も日本の経験に関連づけられないままに使われる。抽象的な 西洋の学問の大食らい現象は、明治時代から国家主義台頭の一九三〇年代まで続いた。 この結果、その後の日本に残ったのは、支離滅裂で未消化の知識の断片の寄せ集めだった。 ///// 篠原 勝 (翻訳) ///
259 :
◆0JFEyIQD1s :2014/03/10(月) 22:29:29.59 ID:SoF9G8bi
★「内閣法制局」問題で表面化した法治国家の弊害 1 北村 隆司 内閣法制局の憲法解釈をめぐり安倍首相が「憲法解釈の最高責任者は私だ」と答弁した事に、 与野党から批判が出たそうだが、首相の答弁が「憲法解釈の(行政府に於ける)最高責任者は 私だ」と言う意味であれば、安倍首相が正しい。 なぜかと言えば、「内閣法制局設置法」の第七条で「内閣法制局に係る事項については、 内閣法 にいう主任の大臣は、内閣総理大臣とする」と内閣法制局の最高責任者は内閣総理大臣 であると定められているからである。 それにも拘らす、この当たり前の答弁が問題になる背景には、「立憲民主制」である筈の 日本を、事実上「立憲権威制」に堕落させた象徴的存在である内閣法制局の「権威主義」がある。 法制局のうぬぼれと厚顔振りを物語る実例として、退官後に最高裁判所判事に天下り(天上がり?) した故高辻正己元法制局長官が現役時代に新聞インタビューで内閣法制局の存在意義について 述べたコメントを紹介したい。 「何のために法制局があるかと言えば、政府の施策が法の支配、法の定めるところに従って 実施されることを担保するためですよ。……内閣は行政各部を指揮監督できるんですが、内閣が 法制局を指揮監督するというのは考えられない。法の支配を考えると、法律判断というのを 内閣がやっていたらきりがない。だがら、法制局が重視されざるをえない」
★「内閣法制局」問題で表面化した法治国家の弊害 2 この「内閣が法制局を指揮監督するというのは考えられない」と言う、何とも非論理的で傲慢な 発言には怒りを覚えるが、これに反論もしないマスコミや識者の権威への屈服振りも見事なものである。 政治的システムとしての権威主義の特徴は: @ 政治的権力は被統治者に対して何ら憲法上の責務を負わない。 A単一の指導者または少数エリートに集中される反民主性。 B指針となるイデオロギーの欠如。 B 社会的機構に幾らかの複数性を許容する。 C 他人の意思や意見への関心が欠ける。 等があげられるが、内閣法制局はこの全てが当てはまる。 故高辻元長官の意味する処は「政権交代があったとしても、一義的に導き出される憲法解釈の 変更を認めない」と言うに等しい。 この事は「一度示した憲法解釈、法律解釈は誰が首相でも、政権交代があっても従来の見解は 頑として変更しない」と選挙で示された国民の意志を含む全てからの「超然性」を求める暴論で、 これを崩すには首相が法制局内の順送り人事を無視して自分の信頼できる人物を持って来る 他に方法がない。
★「内閣法制局」問題で表面化した法治国家の弊害 3 安倍首相が、新長官に小松氏を連れて来たのもこれが理由であろう。又、設置法に定められた 法制局の担当職務が内閣の相談係である以上、首相が自分の信頼する人物を長官に任命する のは当然である。 英米法の泰斗で少数意見の多いことで知られた故伊藤正巳元最高裁判事(東大名誉教授)が 退官される際に「先輩には、補足意見は無駄な独り言だと言われもした」と嘆いた通り、 法制局や最高裁に限らず、日本の司法幹部には長いプロセスに於ける少数意見から学ぶ利点も 知らない時代に遅れた余りに不適格な人物が多すぎるのも問題である。 支配の形式である前にその中身が正義・公正の原則に合うものでなければならないとする 「法の支配」と異なり、法律の文言や形式に重きを置く「法治主義」は、法律によれば解釈次第で 何でも出来ると言う「法律万能主義」に陥り易い欠点がある。 国家の近代化で一歩先行していた英国に追いつこうとした独仏などの大陸欧州諸国は、分散的な 封建主義から中央集権的近代国家に移行しようとして、中身・内容は二の次にして体裁を整える 事を優先してローマ法を発展させた法制度(大陸法系の法治主義)を導入した。
★「内閣法制局」問題で表面化した法治国家の弊害 4 その結果、法文解釈の「硬直化」や「権威化」が広がり、(1) ジャコバン党の恐怖政治(フランス) (2) ナチスの席巻(ドイツ)(3) ソ連の全体主義支配(欧州全体)。と三回に亘る制度危機に 直面し、その度にコモンローの英米両国に救われて来た。 この傾向は第二次大戦後も変らず、頻繁に憲法や統治形態の変更を迫られ、1945 年の第二次 世界大戦終結から2010 年に至るまでに、成文憲法の無い英国は別として、アメリカが6 回のみ であったのに対し、フランスは27 回(1958 年の新憲法制定を含む)ドイツは57 回も憲法を 改正して制度の陳腐化を防いで来た。 大陸法的な憲法運用をする日本が戦後一度も憲法を改正していない事実からも、法制局による 「恣意的解釈」で誤魔化して来たことは火を見るより明らかである。 近代国家で唯一成分憲法を持たない英国が「憲法の祖国」と言われる理由は、国民の権利・自由を 保障しそれを守る為に民主主義的な政治制度を定めた1215年のマグナ・カルタに遡る気の遠くなる 様な昔から、中身・内容を重視する「法の支配思想」を守って来たからである。
★「内閣法制局」問題で表面化した法治国家の弊害 5 又、独立した精神と自由への愛着の強い裁判官が「法の支配」を実現する上で最も大きな役割を 果たすと信ずるコモンロー国家では、裁判官の独立性を保障する為に日本の様に昇進、昇給, 更には任地についてまで最高裁事務局や上司を気にして行動しなければならない官僚制度の適用を 意識的に排除している。これは、裁判官の好みや恣意的判断を防ぐ重要な智恵でもあり、アメリカや カナダでも踏襲している。 法律を学んだ事のない私には、ケルゼン純粋法学も修正自然法論も理解の外だが、ここに挙げた 例でも判る通り「法の支配」を採用するコモンローの国と大陸法系の「法治主義」を採用する 諸国の統治制度や憲法の永続性や安定度を比較すると、「法治主義」国家の劣勢は明らかである。 1889年当時から既に時代遅れだと言われていたプロイセン憲法を真似て、大日本帝国憲法を 制定して「法治国」入りした日本は、内容も理解もせずに殆ど直訳して沢山の法律用語を 整える事で形式的な近代化を果たした。 この慣習は現在でも継承され、アメリカの強い影響を受けて制定された日本国憲法でありながら、 英米とは全く異なる戦前からの日本の伝統に沿った権威主義と仲間意識を中心とした運用と 解釈が横行し、永らく行政訴訟は門前払い、憲法判断は回避する時代が続いた。
★「内閣法制局」問題で表面化した法治国家の弊害 6 そのため、憲法第八十一条 で「最高裁判所は、一切の法律、命令、規則又は処分が憲法に 適合するかしないかを決定する権限を有する終審裁判所である」と規定しているにも拘らず、 政治とのかかわりを嫌い違憲判断を避けたい最高裁の意向を知る内閣法制局は、何の法的根拠も なしに「法制局、法の番人論」と言う流言飛語を流し、憲法上の責務を負わずに実態的な単一 憲法解釈権を手に入れた。 その背後には、最高裁と司法行政当局との互助会的な談合もあると思われるが、この点は 改めて触れる事にしたい。 法治主義のもう一つの欠点は、いくら細かく規定したとしても解釈の余地が全く無い法律と 言うものはあり得ない事で、例えば、「白馬」の売買を禁止する法律を制定しても、法解釈の 責任者がその馬の背中に数本の黒毛を発見して「この馬は白馬ではない」と解釈できる 「恣意的な判断」が容易な点である。
★「内閣法制局」問題で表面化した法治国家の弊害 7
しかも、内閣法制局は相対立する法解釈に弁論の機会を与えすに「白馬でないと言う結論が
論理的な帰結である」と問答無用の宣言をしても誰も抵抗出来ない組織に変えてしまった。
米国の大統領制の三権分立統治とは異なり、英国や日本の議院内閣制に於いては必然的に行政が
強くなる宿命にあり、今回の「内閣法制局」問題を契機に、我が国も明治以来継承して来た
大陸法的な「法治主義」の弊害をきちんと認識した上で、英米流の「法の支配」原理を日本の
法体系に融合する時期である。
以上の事からも憲法改正は喫緊の課題であるが、次回は米国司法省法律顧問局(OLC)と日本の
法制局の機能を比較しながら、現憲法下でも現実の政治課題を迅速に処理出来る具体策を論じたい。
2014年2月27日
北村隆司
http://agora-web.jp/archives/1584161.html
★「適正な裁判や当事者の権利は二の次」 1 元裁判官が最高裁の「人事支配」を厳しく批判 弁護士ドットコム 2014年02月28日 17時12分 33年間にわたり、東京地裁や大阪高裁など日本各地の裁判所に勤務し、最高裁判所の調査官を 経験したこともある元裁判官・瀬木比呂志氏が2月27日、外国特派員協会で記者会見を開き、 日本の裁判所の「病巣」を厳しく批判した。 裁判所の内部に長く在籍した人物による表立った組織批判は、異例のことだ。2月中旬に『絶望の 裁判所』と題する新書を出した瀬木氏は、同書の内容を引用しながら、「最高裁長官の意を 受けた最高裁事務総局が、裁判官の人事を一手に握ることによって、容易に裁判官の支配・統制を おこなうことが可能になっている」と指摘した。 そのうえで、「裁判官たちは、ヒラメのように最高裁事務総局の方向ばかりをうかがいながら 裁判をするようになり、結論の適正さや当事者の権利は二の次になりがちだ」と、現在の裁判所の 人事制度がもたらす問題点を批判した。 スピーチでは、最高裁長官による「大規模な情実人事」や、最高裁の暗部とされる「思想統制工作」に ついても触れており、組織内部の体験者ならでは生々しさが感じられる。以下、瀬木氏のスピーチの 内容を紹介する。
★「適正な裁判や当事者の権利は二の次」 2 ●「思想統制工作」を自慢げに語る裁判官たち 「日本の裁判所はどのような裁判所かということですが、大局的にみれば、それは国民・ 市民支配のための道具・装置であり、また、そうした装置としてみれば、極めてよく できているといえます。 なぜ日本の裁判所・裁判官が、そのような役割に甘んじているのかを多角的に解き明かす のが、この書物(『絶望の裁判所』)の目的です。 私は思想的には、広い意味での自由主義者であり、また、個人主義者でもあると思いますが、 いかなる政治的な党派・立場にも与してはいません。 以下、書物の内容に沿いながら、論じます。 まず、私が最高裁で経験した2つの事件について、述べます。1つは、私が事務総局民事局の 局付裁判官だった時代の経験です。 ある国会議員から入った質問に対してどのように答えるかを、裁判官たちが集まって協議 していたとき、ある局の課長(裁判官)がこう言いました。『俺、知ってるんだけどさ、 こいつ、女のことで問題があるんだ。質問対策として、そのことを週刊誌かテレビに リークしてやったらいいんじゃないか』
★「適正な裁判や当事者の権利は二の次」 3 もちろん彼のアイデアは採用されませんでした。(裁判官からこのような言葉が出たことに) 他のメンバーはショックを受けていましたが、その課長は平然としていました。彼は、のちに 出世のヒエラルキーを昇り詰め、最高裁に入りました。 また、私が最高裁の調査官時代、最高裁判事と調査官の昼食会の席上、ある最高裁判事が 大声をあげました。『実は、俺の家の押し入れには、ブルーパージ関連の資料が山とあるんだ。 どうやって処分しようかな』。すると、『俺も』『俺も』と他の二人の最高裁判事からも 声があがりました。 このときも、昼食会の会場は静まりかえりました。『ブルーパージ』というのは、大規模な 左派裁判官排除、思想統制工作であり、最高裁の歴史における代表的な恥部です。そのような 事柄について、6人の下級裁判所(地裁・高裁)出身の裁判官のうち3人もが、自慢げに このような発言をおこなったことに、他のメンバーはショックを受けました」
★「適正な裁判や当事者の権利は二の次」 4 ●最高裁事務総局を頂点とする「上命下服のピラミッド」 「2000年代以降、長く人事上劣勢にあった刑事系裁判官は、裁判員制度導入を利用して、裁判所の 支配権を握りました。彼らがおこなった情実人事については、本書でも詳しく記しています。 このような状況について、ある元裁判官は『最高裁長官・竹崎博允(ひろのぶ)氏が進めた このような人事は、言語道断である。こうした大規模な情実人事が、下級審裁判官たちに 与えた影響は計りしれない』と述べています。 竹崎長官の就任後、最高裁判所のいわゆる『学者枠』に元裁判官である女性学者が任命されました。 しかしこの人事については、学者の間から『彼女の業績は非常に乏しいものではないか』という 批判が数限りなく聞かれました。 この人事についても、元裁判官の有力者は次のように述べています。 『筋の通った反対意見を書くことが多く、影響力が強い《学者枠》の裁判官に、そのような 人物ではない人を得るというのは、裁判所当局にとって都合の良いことであろう。たとえば、 必ず提起されるに違いない《裁判員制度違憲》を訴える訴訟について、全員一致の合憲判決を 得ることが容易になるに違いない』 この合憲判決については、彼の予測は当たることになりました。
★「適正な裁判や当事者の権利は二の次」 5 日本の裁判所のもっとも目立った特徴は、あきらかに『(最高裁)事務総局中心体制』であり、 それにもとづくところの上命下服の『ピラミッド型ヒエラルキー』です。そのヒエラルキーは、 たとえば横綱から幕下力士までの名前が細かく掲げられた相撲の番付表にも似ています。日本の 裁判所が、およそ平等を基本とする組織ではなく、むしろ、その逆であることを認識してください。 最高裁長官、事務総長、そして、その意を受けた事務総局人事局は、裁判官の人事を一手に 握ることによって、容易に裁判官の支配・統制をおこなうことが可能になっています。こうした 人事について恐ろしいのは、裁判所当局による報復が何を根拠としておこなわれるのか、いつ おこなわれるのか、わからないということです。 そのため、裁判官たちは『最高裁や事務総局の気に入らない判決を書かないように』という ことから、ヒラメのようにそちらの方向ばかりをうかがいながら裁判をするようになり、 結論の適正さや当事者の権利は二の次になりがちです。 事務総局は、気に入らない者については、かなりヒエラルキーの階段を昇ってからでも、たとえば 『もう、あなたは東京には戻さない』といったことを告げ、公証人など別の職業を紹介する といった形で、切り捨てることができます」
★「適正な裁判や当事者の権利は二の次」 6 ●『それでもボクはやってない』はいつでも起こりうる 「日本の裁判官は、このような事情から、たとえば国が被告になっている、あるいは行政が被告に なっているような困難な判断につき、棄却・却下の方向をとりやすい。また、困難な判断を避け、 当事者に和解を強要する傾向が強いといえます。 最高裁の判例の一般的な傾向については、このように言えると思います。すなわち、統治と支配の 根幹はアンタッチャブルであり、しかしながら、それ以外の事柄については、可能な範囲で 一般受けの方向を狙うということです。 刑事裁判については、日本では『それでもボクはやってない』という周防正行監督の映画が話題に なりましたが、実際には日本の法律家にとって、あの映画はショッキングなものではありません。 ああいうことは、いつでも日本の刑事司法で起こりうる。つまり、あなたがたにも起こりうる ことだと考えます。 裁判員制度についても、そのあるべき姿がゆがめられてしまったといえます。被告人選択制の 陪審制度に移行すべきです。
★「適正な裁判や当事者の権利は二の次」 7 日本の裁判官は、かつては2000名あまり、現在も3000名足らずと非常に少ない。一般的にいえば エリート集団ですが、その非行はかなり多く、ことに2000年代以降、8件もの事件で、多くの裁判官が 罷免等されています。ほとんどが性的な非行です。これは裁判所の荒廃の端的なあらわれではないか と思います。このような事態を生む裁判官の精神構造の病理については、本書で詳しく触れています。 日本においても、たとえば大学では、ハラスメントに関する適正な規律がなされています。しかし、 裁判所には、そのようなガイドラインも、相談窓口や審査機関もなく、いわば野放しの状況に なっているといえます。 つまり、裁判官たちの非行については、収容所的な組織がもたらす悪影響と個人的な原因が あるということです」
★「適正な裁判や当事者の権利は二の次」 8 ●日本の裁判官は「見えない収容所」の囚人 「日本の裁判官たちは、見えない『檻』『収容所』の中に閉じ込められた『制度の囚人達』である といっても良いと思います。それはある意味で、旧ソ連の全体主義的共産主義体制すら 思い起こさせます。 日本の社会はそれなりに充実した民主社会ですが、その構成員にとって、あるいは日本に住む 外国人にとって、息苦しい部分があると思います。 その原因の一つは、おそらく社会の二重構造、二重規範にあるのではないかと思います。つまり、 法などの明確な規範の内側に、それぞれの部分社会特有の『見えない規範』があるのです。 人々は、どちらかといえば、その『見えない規範』によって縛られています。 日本の裁判官の社会は、この『見えない規範』が極めて強固であり、またそれに触れた場合の 制裁が極めて過酷な社会なのです。 日本国憲法76条には『すべて裁判官は、その良心に従い独立してその職権を行い、この憲法 及び法律にのみ拘束される』と記載されています。
★「適正な裁判や当事者の権利は二の次」 9 しかし、日本の裁判官の実態は、『すべて裁判官は、最高裁と事務総局に従属してその職権を行い、 もっぱら組織の掟とガイドラインによって拘束される』といったものになっています。この憲法の 条文は、日本国憲法の他の数多くの輝かしい条文と同じように、愚弄され、踏みにじられていると いえます。 日本の裁判所・裁判官制度が根本的に改革されなければ、日本の裁判は、本当の意味において良くは ならないでしょう。また、現在の裁判所はもはや自浄能力を欠いており、法曹一元制度の採用による 根本的な改革が必要だと考えます。 まとめの言葉として、次のように述べておきたいと思います。 本書はある意味で、司法という狭い世界ではなく、日本社会全体の問題を批判する書物です。 バブル経済崩壊以降の日本社会の行き詰まりには、私がこの書物で分析したような問題に起因する 部分が大きいのではないでしょうか。
★「適正な裁判や当事者の権利は二の次」 10
日本の裁判官組織は、法律専門家エリートの非常に閉ざされた官僚集団であるために、
そのような問題が集約・凝縮されてあらわれていると考えます。その意味で、本書で
私が提起した問題には、かなり大きな普遍性があるのではないのかと考えています」
【瀬木比呂志氏プロフィール】
1954年名古屋市生まれ。東京大学法学部在学中に司法試験に合格。1979年以降、裁判官として
東京地裁、最高裁等に勤務、アメリカ留学。並行して研究、執筆や学会報告を行う。2012年
明治大学法科大学院専任教授に転身。民事訴訟法等の講義と関連の演習を担当。
(弁護士ドットコム トピックス)
http://www.bengo4.com/topics/1243/
277 :
◆kw91xaRjPU :2014/03/16(日) 07:46:45.07 ID:zLZeIOAo
/// リアリティの管理 62 ////// 政治理論家の丸山真男や彼の信奉者など、戦後日本の一部の知識人は、普遍的原理が 政治過程や個々人の目的の是非が判断される場合に適用されないことに悩んでいるようだ。 彼らは、こうした原理を適用しないことが日本社会の多くの欠点の原因だと言う。しかし、 国家主義的な傾向のある日本人は、日本人の考え方の"柔軟性"を美点だと考えているようだ。 中曾根首相は一九八四年八月に全国向けに放映されたテレビのインタビューで、日本人は その柔軟性のために、西洋人に比べ有利な立場に立てると示唆した。彼はこの点を誇りに しているようだった。 ///// The Enigma of Japanese Power ///
278 :
◆0JFEyIQD1s :2014/03/20(木) 22:51:39.18 ID:AV7fsGH3
/// リアリティの管理 63 ////// 彼は、その時、日本人は個人として神道やキリスト教と共に仏教を受け入れる多神教 であると説明した。彼によると、日本人の考え方は「一神教の西洋人」の考え方より 寛容であることになる。究極的に相容れない信念を同時に受け入れるのは、実際には、 どれも信じないのと同じだと、彼が思ってもみなかったのは明らかだ。 このような説明の例があると、一般の人びとは、ケーキを食べてしまえばケーキは なくなるという事実を理解しづらくなってしまう。エドワード・サイデンステッカーは こう言う。 ///// Karel Van Wolferen ///
279 :
◆0JFEyIQD1s :2014/03/20(木) 22:52:26.69 ID:AV7fsGH3
/// リアリティの管理 64 ////// 学生は、明快な説明が求められると……思考を思考でなくしてしまう折衷主義の傾向を示す。 ある研究者が、調査のために選ばれた一団の学生にどのイデオロギーの影響を受けていると 思うかをたずねた。彼女が選択させたイデオロギーは、「マルクス主義……非マルクス主義的 社会主義……自由主義……ヒューマニズム………プラグマティズム……無政府主義……ニヒリズム ……実存主義……ナショナリズム……理想主義……快楽主義……ノンポリ……その他」であった。 ///// K.V.ウォルフレン著 ///
280 :
◆0JFEyIQD1s :2014/03/21(金) 17:29:46.32 ID:zi+dPwva
/// リアリティの管理 65 ////// 活動家だと述べた学生四七人のおよそ半数がマルクス主義だけを選んだ。三人が自由主義、 一人がヒューマニズムを選び、残り全員が往々にして互いに対立する多数のイデオロギーを 信奉していることを明らかにした。回答者のうちの二人は一〇項目に、一人はリストにある 「その他」以外の全項目に印をつけた。他国の政治的文化では、こういうことはユーモアの 一部とも考えられるだろうが、日本では違う。日本人の頭の中ほど、まったく異種のイデオロギーが 仲良く隣り合わせになっておちついているところはない。結局そのことで生じる効果は、 もちろん猛烈な反主知主義である。 ///// 「日本/権力構造の謎」 ///
281 :
◆0JFEyIQD1s :2014/03/22(土) 19:45:59.03 ID:OR/Dq/6k
/// リアリティの管理 66 ////// メソポタミア、ペルシャ、インド、西洋、そして中国の宗教、哲学は伝統的に弁別法および 二分法を欠かせないものとした。これに対し、日本人はそれを避けることを日本的なものの 真髄とし、讃えてきた。一八世紀まで遡ってみても、日本最大の古典学者のひとり、本居宣長は、 善悪を峻別しないことに憧憬の念を抱いていた。彼は日本固有の神道を外国の教義と対照させ、 こう述べた。「すべて神の道は、儒佛などの道の、善悪是非をこちたくさだせるやうなる 理屈は、露ばかりもなく、ただゆたかにおほらかに雅たる物(神々の道には、儒学者や仏教の 道のように正と邪などと、煩わしくも物事を善悪によって評価するような議論はひとつとして 含まれていない。神々の道は富裕にして寛大で優雅である)。」 ///// 原書1989年刊 ///
282 :
◆0JFEyIQD1s :2014/03/23(日) 16:48:42.17 ID:qlAnnJa6
/// リアリティの管理 67 ////// 日本の伝統的な思想には根本的に、二元性が存在しないという主張は、今日でも賞賛されている。 現代の理論家は日本の国民的特性にふれて、日本人は知的なあいまいさを好む、と誇らしく 宣言している。西洋で禅を大衆化して有名になった鈴木大拙は、「文章には表わすことのできない」 はずの真実を約四〇冊の英語の本にして一財産築いたが、彼はひたすら西洋の「二元的論理」の 欠点を指摘しつづけた。武士階級の間で盛んだった日本の禅は、ある歴史的な役割を実際に 果たしてきた。我を"滅し"、心を"無"にするという禅の一般的なイメージからも推察されるように、 それは盲従を期待された個人が感じる抵抗の気持ちを弱めるようにするという役目だった。 ///// 邦訳 早川書房発行 ///
283 :
◆0JFEyIQD1s :2014/03/24(月) 21:54:34.05 ID:0K9vfkk8
/// リアリティの管理 68 ////// 鈍化された儒教 融通性に富み、相対的で、話し合って決めることができる日本の真理。あり余るほどある とされる理屈。強靭な知的伝統の欠如。管理者への法の屈従。無節操を受け入れるどころか 賞賛すること。これらのすべてがいうまでもなく、互いに原因となり結果となって絡み合っている。 これらは、日本の力の行使におけるもっとも重要な決め手であると筆者が述べた論点を強めている。 すなわち超越的真理や普遍的価値に訴えるという伝統の欠如である。現存する他の文明においては みな、社会・政治的な関心を超越した真理の存在を認める宗教や思想体系を発達させてきた。 しかし、日本では神道も仏教も役に立たなかった。 ///// 篠原 勝 (翻訳) ///
284 :
◆0JFEyIQD1s :2014/03/26(水) 23:51:58.36 ID:UmyedmkQ
/// リアリティの管理 69 ////// 日本の政治的伝統の精神的背景を検討する際には、中国の知的、精神的生活と比較するのが 有益だ。中国における支配的な力は儒教だった。社会的経験に根ざした儒教は代用物としての 宗教であったから、日本の権力者にひじょうに好都合だった。儒教の倫理観は、人間性と社会の 力学への洗練された深い理解にもとづいていた。したがって形而上学の入りこむ余地はなかった。 中国の「天」の概念は、西洋(もとはメソポタミア)の神が創造し支配する宇宙の概念とは ずいぶん違う。中国の「天」は、もちろん地上のなにものよりも上位にあると考えられたが、 宇宙の創造主とはみなされず、具体的な形には描かれなかった。 ///// The Enigma of Japanese Power ///
285 :
◆0JFEyIQD1s :2014/03/28(金) 21:29:40.13 ID:+nVrNcQ+
/// リアリティの管理 70 ////// それはまた、社会の知の源としても重要だとは考えられなかった。儒教の行動規範は、 現世志向だとしかいえないだろう。だが、儒教が発達させた原理は、普遍的な真理であり、 すべての状況に適用できると考えられた点は重要である。 こうして、中国人に、社会的秩序とは別個の道徳的秩序があるとの考えを抱かせる下地が 整った。中国の倫理観は、超自然的存在にはもとづかず、形而上学的な仮説に支えられても いなかったが、世俗の権威や生々しい社会の関心事を超越していた。この点、中国の儒教は 結局キリスト教、ユダヤ教、イスラム教、ヒンズー教、仏教の伝統的な超越概念に類似 している。 ///// Karel Van Wolferen ///
286 :
◆0JFEyIQD1s :2014/03/29(土) 11:14:39.52 ID:9s9yPstz
/// リアリティの管理 71 ////// 日本人はさまざまな事柄に関して中国の模範に大いに学び、また権力者は従順な被統治者を つくり出すことに熱心であったが、卓越的抽象原理を導入して道徳的な市民をつくることには 関心を示さなかった。日本の権力者たちが中国人に習って、社会的に望ましい行動から普遍的 道徳原理を抽出することによってもう一歩を進めたとしても、不公正な社会的慣習に異議を 申したてかねない個人の良心というものを発達させることなど、思いもよらなかった。中国の 個々人は、社会よりも自己の道徳的判断を優先させよと教える伝統にたよれる。孔子自身が 次のように言ったとされている。「有徳の仁は、社会でとるに足りない者ではなく、協力的な 一員でなくてはならない。慣習が道にもとり、有害だと思えばいつでも、順応するではなく、 慣習を変えるよう他をよく説得すべし」 ///// K.V.ウォルフレン著 ///
287 :
◆0JFEyIQD1s :2014/03/30(日) 09:13:54.87 ID:aIExdroB
/// リアリティの管理 72 ////// 孔子は皇帝への絶対忠誠を拒み、「道」つまり原理への忠誠を選んだ。その結果、「生命を 捧げて道を守った、殉教者の高貴な一団」が生まれた。この伝統が中国人に統治者の正統性に ついて考えてみるというひとつの自由を許した。彗星の出現、地震、洪水、疫病などが起こって、 天の怒りというべきものの存在が明らかになったときなど特に、そうであった。中国の歴史を 画した革命や王座強奪は、天からの命令だとしてつねに正当化された。多数の一般大衆も 政治的、経済的な方便を超越する道徳的秩序の概念を拠りどころとした。彼らはすくなくとも 原理として、権力者の独断専行から自由になるために、この概念に訴えたのだった。 ///// 「日本/権力構造の謎」 ///
288 :
◆0JFEyIQD1s :2014/04/02(水) 00:04:37.15 ID:HAi6RZYF
/// リアリティの管理 73 ////// 中国人がいかに理念的な原理に重きを置き、イデオロギーに力を与えてきたかは、 彼らが最近何十年かに体験した「大躍進」と「文化大革命」という社会変革によく 表われている。それらは世界歴史上、最大級の恐るべき事件として数えられるもの であるが、ともに社会の上位に位置するとされる歴史的"真理"に訴えて正当化された のであった。 ///// 原書1989年刊 ///
289 :
◆0JFEyIQD1s :2014/04/04(金) 00:41:58.77 ID:Yu6LnMKS
/// リアリティの管理 74 ////// イデオロギーのカメレオン 日本は中国や他のアジアの国ぐにより比較的容易に近代工業世界の仲間入りができた。 その理由のひとつは、超越的信念にもとづく強固な戒律がまったく欠卸し、物質面での 変化に対処するのに必要となる精神面の変化を妨げるものがなかったからである。まさに、 この国は近代化のために多くの新しい考え方を必要としたが、その影響を押しとどめるほど 強い知的抵抗も道徳的抵抗も存在しなかったのである。 "自己にとっての真理"に行動を制約されるという伝統がなかったから、日本人はあることを "信じ"ながら完全に別のことができる。形式的に西欧の政治制度や理想を取り入れるのは 比較的やさしかった。というのは、外国の概念や信条を、日本自体の必要性に適するように、 その本来の目的とは異なった道具として使うことに伴う道徳的矛盾を感じなかったからである。 ///// 邦訳 早川書房発行 ///
290 :
◆0JFEyIQD1s :2014/04/05(土) 11:53:27.12 ID:5C+bU/Mf
/// リアリティの管理 75 ////// 日本人は社会状態の変化に伴い精神面を素早く調整する能力を持つ。この能力のおかけで、 それまで慣れていた状況がまったく異なる状態に移っても、行動面でもカメレオン並みの 驚くべき変化をやってのける。日本人の行動を研究したルース・ベネディクトは、彼女の 古典的な著書『菊と刀』で、西洋と日本の兵士のもっとも劇的な違いは、捕虜になった時に 後者が連合軍にいかに協力したか、その協力ぶりに表われていると指摘した。「彼らは模範囚 以上であった。老練な兵士と長年の超国家主義者が、弾薬集積所の位置を教え、日本軍の 配備を念入りに説明し、われわれの宣伝文を書き、われわれの爆撃機に同乗してパイロットを 軍事標的へ案内してくれた」 ///// 篠原 勝 (翻訳) ///
291 :
◆0JFEyIQD1s :2014/04/06(日) 08:38:37.36 ID:fgyeNqyT
/// リアリティの管理 76 ////// シベリアの捕虜収容所に抑留されていた日本人元捕虜が次のように書いている。収容所の ドイツ人、イタリア人、朝鮮人、中国人は、日本人ほどソビエト軍に「惨めな降伏ぶり」を さらさなかった。日本人捕虜は度胸も気骨も捨て去って赤旗を振り、日本を敵性国だと 言い放ち、スターリン、バンザイと叫んだ。彼はこれを日本の知識人の行動に見られる 楽天的日和見主義と同じだと見ている。知識人は当初、日本の天皇が現人神だという神話を 信じているかのように振る舞った。後には米占領軍当局者に頭を下げて「民主主義」を唱え、 ついで「ソ連の脅威を感じると、ソビエトが世界平和の砦だと賛美の歌をうたいはしめた」。 ///// The Enigma of Japanese Power ///
292 :
◆0JFEyIQD1s :2014/04/08(火) 23:49:57.65 ID:IthJtpeO
/// リアリティの管理 77 ////// 似たようなことは、シベリアの捕虜収容所の残酷さ、苦難、たえまない恐怖が存在しない、 まったくかけはなれた状況下でも起きた。日本企業の代表たちは文化大革命中の中国を訪れて 毛沢東語録を振りまわし、しかるべきスローガンを口にした。また、日本人は石油危機の 直後、アラブ諸国に対する態度をあからさまに、それまでの軽蔑と無関心からへつらいと 気くばりに一変させた。アラブ諸国が悪く見える映画は、日本ではいっさい上映されない。 朝日新聞は、電話が一本入るだけで中東のある代表のいやがるラナン・ルリーの漫画を 紙面から消してしまう。 ///// Karel Van Wolferen ///
293 :
◆0JFEyIQD1s :2014/04/12(土) 10:56:01.25 ID:FAtM1orw
/// リアリティの管理 78 ////// 日本の知識人が環境によって政治色を容易に変えるという最近の好例は、日本の大半の マスコミと中国政府との関係であろう。産経以外の主要新聞が、中国、毛沢東、文化大革命 について好意的な記事だけを書き、二国間の友好関係を促進すると合意した。交換条件は 中国政府がこれらの新聞の北京特派員を追放しないという保証だった。どの新聞もこの合意を 読者に隠していたから、日本の国民は、巨大な隣国で実際に何が起こっているか、長年の あいだわからなかったのである。 ///// K.V.ウォルフレン著 ///
294 :
◆0JFEyIQD1s :2014/04/13(日) 08:04:05.71 ID:PpFGMnLa
/// リアリティの管理 79 //////////// * 日本の政治文化におげる重要な点を要約しよう。日本人はずっと、一思想の力が一国の 政府を作り上げるほどの具体的な力になりうるなどと考えないよう仕向けられてきた。 日本の権力関係を理解する鍵は、権力関係が超越概念の制約を受けないことだ。国民一般は、 生活の中にある政治的な諸側面に筋のとおった判断を下すだけの知的手段を持たない。 弱者、すなわちイデオロギーに支えられてはいるが力の弱い政治的な団体にしても個人にしても、 時おりわずかばかりの感情的な圧力を果敢にかける以外、現状に影響を与えるだけの手段を なにも持っていない。要するに、日本の政治慣行は、強者から弱者に与えられることが保証 されている形だけの"恩恵"に装われてはいるものの、「力は正義なり」が実施されている ということである。 ・・・・ ///// 「日本/権力構造の謎」 ///
295 :
名無しさんの主張 :2014/04/14(月) 00:10:57.73 ID:u554oQGW
馬鹿げてる アホ左翼はこういうのを読まされてるからいつまでもアホ左翼なんだよ
>>295 どこが馬鹿げてるの?
君の方が馬鹿に見えるよ
297 :
◆0JFEyIQD1s :2014/04/16(水) 00:09:12.19 ID:NlbnKtj7
298 :
◆0JFEyIQD1s :2014/04/19(土) 17:45:50.53 ID:MMNCATGq
/// 文化にかこつけた権力 1 ///////// カレル・ヴァン・ウォルフレン(Karel Van Wolferen) (著)、篠原 勝 (翻訳)、 原著1989年発行、邦訳 早川書房1990年発行 「日本/権力構造の謎」(下巻) The Enigma of Japanese Power より ・・・・ 10章 文化にかこつけた権力 <システム>の結束力すなわち、国民に網をかけ、めんどうな批判家を封じこめ、脅威に なりそうなグループを骨抜きにする<システム>の見事なやり方。これは日本に支配の中心が ないということに気づいた人を不思議がらせるにちがいない。政治の中核のない国が、一人の 鼓手の太鼓の音に合わ造て国民全員を行進させられるなどとは、とても考えられないであろう。 実際、そのような現象は見られない。しかしそれなら、多くの鼓手の音に従って日本人が 行進する際、それらがみな、たまたま同じ音楽を奏でているのは、なぜであろうか? ////// K.V.ウォルフレン著 ///
299 :
◆0JFEyIQD1s :2014/04/20(日) 15:24:11.00 ID:Z31PuqP1
/// 文化にかこつけた権力 2 ///////// その答えの一部は、日本人の個人的な志向がしっかり抑制されている点にある。この 抑制ははとんどの社会的状況とすべてのレベルで見られ、予想どおりに規律正しく振る舞う ようにさせる人格形成の過程で加えられる。大勢の日本人はレジャー活動ですら、どこに いって何をしろという姿を見せたい者の強力な声に従ってしまうようだ。もろもろの人間関係を とりしまる責任者は、たいてい、それがみごとに統制のとれたものであることを当てにできる。 統制する立場にある日本人なら、予期せぬ出来事に困惑することは、まずない。 ////// 「日本/権力構造の謎」 ///
300 :
◆0JFEyIQD1s :2014/04/23(水) 22:04:09.12 ID:YCe6mmoi
/// 文化にかこつけた権力 3 ///////// "日本人らしさ"のイデオロギー 日本社会の調整力や推進力に思いをやる日本人はほとんど、それらの力の源は"日本文化" だと言う。日本人は人と調子を合わせて働き、自分の個性を抑え、完全に会社に身を捧げ、 権威に協力すると彼らはみずから述べている。調和と忠誠が日本文化で最高の価値を持つと されるからである。同じ意味あいで、彼らの文化では訴訟やその他の対決行為はよくない こととされているので、裁判ざたを避けるのだとも説明する。 ////// 原書1989年刊 ///
301 :
◆0JFEyIQD1s :2014/04/26(土) 21:28:42.99 ID:Tyo8znKq
/// 文化にかこつけた権力 4 ///////// この種の説明は表面的にはいたって無邪気なので、反論するのはむずかしい。つまるところ、 文化をもっとも広く定義すれば、個人としての人間の社会行動のすべてに対し規範的な影響を 与えるものであり、代々受け継がれていくものである。どの社会においても、文化が集団 としての活動のまとまりと共通の目的を保証する。文化は「人間の産物の総計」とも定義されたが、 それは、イデオロギーも、あらゆる種類の権力の仕組みも含むものである。 ////// 邦訳 早川書房発行 ///
302 :
◆0JFEyIQD1s :2014/04/29(火) 20:45:30.35 ID:i4MCKa1v
/// 文化にかこつけた権力 5 ///////// しかし、文化を通して日本を説明する場合、「こうするのがわれわれの文化であるから、 こうする」(つまり「われわれはこうするから、こうする」)となるのであるが、この 言いまわしが同義の反復だとは意識されない。このような説明は、その政治的な意味合いは どこかに忘れ去られて、あらゆる慣行を受け入れるための正当な理由であると考えられている。 ////// 篠原 勝 (翻訳) ///
303 :
◆0JFEyIQD1s :2014/05/01(木) 22:55:02.54 ID:j2NwuJHP
/// 文化にかこつけた権力 6 ///////// こうして、文化が、体系的な搾取、法律の悪用、不正な取引、その他あらゆる形の 歯止めのない権力行使の言い訳になる。文化は国際的な領域においても言い訳となる。 約束を守らなかったり、責任を果たさなかったり、貿易の相手国からの圧力に直面しても 行動を起こさなかった場合の言い訳として、文化が使われるのである。日本の広範にわたる 政治的局面は決して批判的な目で調べられることはない。というのは、それは最初から "文化的特性によって決定された"として正当化されているからである。 ////// The Enigma of Japanese Power ///
304 :
◆0JFEyIQD1s :2014/05/02(金) 21:28:37.57 ID:6c45R1mC
/// 文化にかこつけた権力 7 ///////// イデオロギーとしての"文化" 日本人はみずから日本文化を始終引き合いに出すが、この自己意識に、イデオロギーの 機能があるのに気をつけるべきである。事実、"文化"が、すべての状況下のすべての 日本人の動機を説明するのに酷使されすぎる。往々にして、日本人には文化によって 決められた動機のほかにはなにもない、国民全員が同じ自律神経に支配されているとでも 言いたいかのようだ。広く行きわたった公に支持された見方によると、日本人が自分と 家族の生活を犠牲にして会社のために働くのは、グループのために自分を犠牲にする 文化的な傾向があるからで、会社が最小限のコストで事業成長するためではない。 ////// Karel Van Wolferen ///
305 :
◆0JFEyIQD1s :2014/05/05(月) 16:42:25.31 ID:A2xP9Tlh
/// 文化にかこつけた権力 8 ///////// 会社の寮が軍隊の兵舎のようであるのも、若者を見守るという日本の文化的伝統を受けついで いるからであるという。日本の利益団体が官僚にキバを抜かれているのは、政治家が団体を 利用するからでもないし、不満を除くための法的機構が欠如し、官僚の温情にすがるより ほかに道がないからでもなく、団体の代表に"調和"という文化的規範が染みこんでいるからだ とされている。なにかを調べようとした際、どこでもこのような文化論的な説明が出る。 文化論は日本の社会、経済、政治を研究する外国人学者の大半をがっちり押さえている。 この状況では、本来、政治体系は吟味・批判されるべきだというのに、日本の社会・政治的 生活の基本を決定する要素が、暗黙のうちに精密な調査や批判の外にあることになる。 ////// K.V.ウォルフレン著 ///
306 :
◆0JFEyIQD1s :2014/05/06(火) 09:52:38.23 ID:7dxmpq98
/// 文化にかこつけた権力 9 ///////// さらに"文化"が議論に持ちこまれると、絶対不変のものを前にすることになり、そこで すべての論議は中止されなければならないことになる。日本のスポークスマンは、そこに 包含されるものはすべて非難の対象から自動的に外されるかのように、日本の文化を扱う のである。企業内組合が支持する調和や、夫を家庭から引き離す会社への忠誠、国内市場から 外国人を締め出す絡み合った流通組織の関係は、神聖で侵すことのできない文化的な偉業 となる。批判的で感謝心の薄い否定的なコメントは、まったく必要がないと感じさせられる。 そのようなコメントは、一九八○年代後期にはともすれば公式スポークスマンや新聞から "日本叩き"ときめつけられる恐れさえあったのである。 ////// 「日本/権力構造の謎」 ///
★南極海への遠征という文化 1 非国民通信 2014-04-04 23:24:26 調査捕鯨に中止命令=「科学研究」逸脱―日本が敗訴・国際司法裁(時事通信) 【ハーグ時事】南極海での日本の調査捕鯨は国際法違反だとして、オーストラリアが即時中止を 求めて起こした訴訟の判決が31日、オランダ・ハーグの国際司法裁判所(ICJ)であった。 ペテル・トムカ裁判所長は、日本の調査捕鯨は「国際捕鯨取締条約」が例外的に認める「科学的 研究のための捕鯨」の範囲を逸脱していると述べ、豪州の主張を支持。合法的活動だとの日本の 訴えを退け、日本に現在の形での調査捕鯨の中止を言い渡した。1987年から南極海で調査捕鯨を 実施してきた日本は、捕鯨政策の大転換を迫られることになった。 裁判は一審制で、上訴はできない。判決後、日本訴訟団を率いた鶴岡公二政府代表は 「判決に従う」とのコメントを発表した。日本がICJの裁判で当事国になったのは初めて。 ……とまぁ、至極マトモな判決が下されたわけです。それはもう日本の行為を科学的研究だと思う 人なんて、よほど頭がアレな人以外にはいないでしょう。科学的な調査ではない――と国際的に 認められたからには、今後は調査捕鯨という体を表わさない呼び方も改めた方が良いように思います。
★南極海への遠征という文化 2 もちろん税金漬けの赤字垂れ流し事業であって商行為としても成り立っていない以上は商業捕鯨と 呼ぶのも似つかわしくないですし、ここは一つ「遠征捕鯨」とか「威力偵察捕鯨」とか、そういう 呼称に改めれば日本人の間にも理解が浸透するのではないでしょうか。 捕鯨を日本の伝統あるいは文化だなどと主張している人が日本国内にいて、どうしてそこまで自国 である日本のことに無知でいられるのか首を傾げるところです。戦後の一時期に限定的に見られた 代替的な食材が「伝統」と呼ばれるのなら、脱脂粉乳だって日本の伝統になってしまいます。鯨食は せいぜいが一部地域の珍しい文化であって全国に広まったのは日本の歴史において一瞬に等しい間 でしかない、もとより南極海くんだりまで遠征するのが伝統なんて言い出された日には、それこそ 臍が茶を沸かす話と言うしかありません。
★南極海への遠征という文化 3 せめて地域の風習として細々とやっている分には伝統との言い訳も立ちそうですが、例えば2002年の IWC(国際捕鯨委員会)年次総会において日本代表団はアラスカのイヌイットに認められていた鯨の 捕獲枠に断固として反対し、一時はイヌイットによる伝統的な生存捕鯨の存続が危ぶまれる事態 にまで持ち込みました。言い分としては「日本に認められないものがイヌイットに認められるなど 許せん」ということらしいのですけれど、こういうレベルの捕鯨にまで反対するのは日本の他には シーシェパードくらいしか思いつきません。ともあれ日本が拘っているのはあくまで「遠征」捕鯨 であって伝統的な漁民による細々とした捕鯨には、むしろ理解がないようです。 あるいは2008年のIWC中間会合でも、日本の沿岸での捕鯨を認める代わりに(自称)調査捕鯨を 止めるようオランダとアルゼンチンから提案されるなんてことがありました。もちろん日本は提案を 一蹴し、あくまで「遠征ありき」の立場を鮮明にしてきたわけです。ついでに同会合ではオーストラリア から「非致死的な」鯨の調査に協力する旨の申し出もあったそうですが、言うまでもなく日本は 拒否しました。どうしても遙か彼方の海の果てまで遠征して鯨を殺してこなければ、日本の気は 済まないと言うことのようです。こんなの、ヨソの国から理解が得られるはずもないでしょう。
★南極海への遠征という文化 4
民主党政権は官僚への憎悪を煽り続けてきましたが、典型的な天下り組織であるはずの鯨研に
矛先が向けられることはありませんでした。どうにも日本国内ではイデオロギーありきの盲目的な
捕鯨支持が目立つところですけれど、もうちょっと合理的な判断はできないものかと思いますね。
税金の使い道は、ちゃんと考えられなければならないはずです。「世界から理解されない日本」と
被害妄想に酔いしれるよりも、意味のある金の使い道かどうか自省する方が先でしょう。遠く離れた
遙かな海で鯨(ついでにシーシェパード)と闘うロマンを追い求めるよりも、他にやるべきことは
あります。
非国民通信 2014-04-04 23:24:26
http://blog.goo.ne.jp/rebellion_2006/e/2f5db6e378642f18fc854aa1bfc6a580
311 :
◆0JFEyIQD1s :2014/05/09(金) 22:19:54.92 ID:Dpo9FPIF
/// 文化にかこつけた権力 10 //////////// 世界には目隠し 日本の役人、評論家、ビジネスマンは、外国人が指摘する日本が当然すべきことを実行 しない理由として、いつもきまったように"文化"を持ち出す。日本人は、「貿易紛争において、 伝統的な社会的調和、長年の孤立や微妙に敏感な国内事情といった文化的な事情を根拠に、 自分たちの側の事情を理解してほしいと訴えるのであって、……それは国内業者にとって 望ましくない外国業者との競争を強いることになるとはけっして言わない」。ソニー株式会社の 盛田昭夫の意見によれば、通商における互恵主義は「われわれの文化に適さないかもしれない 外国のシステムを受け入れるよう、法律を変えることを意味する」。 ////// 原書1989年刊 ///
312 :
◆0JFEyIQD1s :2014/05/10(土) 20:57:21.49 ID:aXQMpjnd
/// 文化にかこつけた権力 11 ////////////// "文化の違い"はまた、日本の会社が契約を守ろうとしない時に好んで使う表現である。 有名な一例は、世界の砂糖価格が下落した一九七〇年代末の、オーストラリア政府との 交渉である。"契約的社会でない"日本に対して、外国文化の規則に従うように追ったとして、 日本はオーストラリア側を非難したのだ。西洋人、とくにアメリカ人は、このような議論に まったく弱かった。一九八○年代なかばのある期間、米国が相対的に閉鎖的な日本市場を 批判したのに対し、日本側は外国人が日本の文化を変えようとしているという、おなじみの 反論を打ち出した。この反論を受けて一部の批判者は、アメリカの要求が多分ある種の 神聖冒漬罪になるかもしれないと心配して静かになったのであった。"文化的防衛"の策略は このように効果がある。西洋人は一般に、自民族中心の思想の持ち主だと思われることを 嫌がる。というのは、それは人種差別主義者と五十歩百歩だと多くの人が考えるからだ。 ////// 邦訳 早川書房発行 ///
まともに論破できないから、頭のおかしい馬鹿のブサヨID:u554oQGWが火病って難癖つけてきました どうか幼稚で陋劣な妨害にくじけず、このスレを存続させてください
314 :
◆0JFEyIQD1s :2014/05/14(水) 22:49:47.18 ID:FPcLAne7
/// 文化にかこつけた権力 12 ///////// 政府高官は、彼らの行動や国際的に日本の責任だとされるすべてのことは日本文化に よって説明できるのだから、許容されなければならないと思い込んでいる。日本の役人や マスコミは外国の批判が高まると、批判を分析して反証するかわりに、日本側の事情を 理解させるようさらに一層の努力が必要だと声を高める傾向がある。世界向けの日本解説は 著述や出版界の一大ジャンルになった。政府機関や主要経済団体がつくった民間組織は、 国際的な宣伝を広めるのに活躍する。いろいろな省庁、経団連の経済広報センターやそのほか、 半官半民の団体や私企業が見栄えのする出版物を広い分野においてつぎつぎに発行する。 ////// 篠原 勝 (翻訳) ///
315 :
◆0JFEyIQD1s :2014/05/17(土) 10:42:36.82 ID:CmqEJSxy
/// 文化にかこつけた権力 13 ///////// これらの美しい刊行物は、外国人、とくに日本に苛立ちを感じている貿易相手を対象に、 日本の文化的な背景を説明して、海外の批判を受けても日本の慣行は変えようがない という説得に努める。外国人の弁解者も説明に協力しており、その多くは文化論的議論を 受け入れる学者や外交官である。 このような努力は宣伝であると思わせる徴候が時どき現われることがある。筆者は、 日本では自由市場機能は支配的でないし、国策の指揮をとる中心もないという記事を、 アメリカの『フォーリン・アフェアーズ』誌に書いたことがある。そのすぐ後、ある 在米領事から外務省に、日本が金とエネルギーを注いでおこなった近年の広報活動の 半分ぐらいが筆者のこの論文により水泡に帰したかも知れないと報告が入った。 ////// The Enigma of Japanese Power ///
★法務省試案では取り調べは可視化できない 1 ビデオニュース・ドットコム ニュース・コメンタリー (2014年05月03日) ゲスト:指宿信氏(成城大学法学部教授) 国連の拷問禁止委員会で「中世」とまで酷評される日本の刑事司法制度。その改革を議論している法務省の 諮問機関に4月30日、法務省から最終答申の試案が提示された。この諮問機関は司法関係者が多数を占める こともあり、よほど世論の反発が無い限り法務省の試案がそのまま最終答申に反映される可能性が高い。 この試案は刑事司法の改革を議論している「捜査と公判の在り方を見直す法制審議会」の特別部会に、 事務局を務める法務省から最終答申のたたき台として提示されたもの。警察及び検察に対して取り調べの 録音・録画の原則義務づけが謳われており、一見本気で可視化を進める意図があるようにも読める内容と なっている。 実際、マスコミ報道でも「可視化義務づけ」などこれを評価する見出しが躍っている。 しかし、古くから取り調べの可視化を提唱し続けている指宿信成城大学法学部教授は、この試案で可視化が 進むかどうかについて疑問を呈する。それは試案が原則として可視化を謳っているものの、様々な例外が 設けられており、しかも例外を適用するかどうかの判断が警察、検察側に委ねられているからだ。
★法務省試案では取り調べは可視化できない 2 確かに試案では取り調べの可視化について、逮捕から起訴までの全過程で録音録画を行うよう義務付ける 案が提示されている。しかし、まずその大前提として、裁判員裁判のみを対象とするA案と、検察官の取り調べ については身柄を拘束する事件すべてを対象とするB案との2案が出される中、検察や警察関係者がB案に反対の 意見を表明しているため、最終的にはA案の裁判員裁判の対象事件のみが可視化の対象となる可能性が高い。 これは例えば本審議会の委員を務める村木厚子厚労次官が冤罪被害にあったような郵便不正事件や、同じく 委員を務める周防正行氏が監督した映画「それでもボクはやってない」のテーマとなった痴漢事件、また そもそも今回の制度改革が必要とされたきっかけとなった志布志事件や4人の誤認逮捕と2人の無実の被疑者の 自白まで生み、現在公判が進む遠隔操作ウイルス事件などは、いずれも可視化の対象にならないことを意味 している。そもそも裁判員裁判の対象となる事件は、起訴された全事件の3%に過ぎない。
★法務省試案では取り調べは可視化できない 3 また、司法改革の大きな論点の一つだった検察による証拠開示の義務づけについても、試案では日弁連などが 求めていた証拠の全面開示ではなく、証拠一覧、つまり証拠そのものではなく、そのリストの開示に止まっている。 しかも、この点についても、録音録画同様、検察官は「犯罪の証明又は犯罪の捜査に支障が生じる恐れがある」 時は一覧を開示しなくていいとなっており、リストすら開示されない可能性もある。 いずれも事実上の無限裁量を警察や検察に認めるもので、改革どころか改悪である。これでは典型的な 「総論賛成、各論反対、実質ゼロ」どころか、実質マイナスの火事場泥棒である。 今回の試案では可視化以外の部分では、盗聴対象事件の拡大や自白や証言を得やすくするための司法取引や 刑の軽減制度など、あたかも可視化や証拠開示で譲歩したことの交換条件として、数々の捜査権限の拡大が 謳われている。可視化や証拠開示も実質ゼロか、むしろ捜査権限の拡大に寄与するような内容で、その上、 更に捜査権限の拡大を図ろうとしているというのだから、その厚顔無恥ぶりにはまったく驚きである。
★法務省試案では取り調べは可視化できない 4
今回刑事司法のあり方を議論している法制審議会の特別部会はそもそも元警察幹部や検察幹部などの
利害当事者が多数派を占めるお手盛り有識者会議だ。そのような会議の人選を許している自民党政権も、
またそのようは根本的な問題を指摘せずにデタラメな試案を法務省側の意図に沿ってもっともらしく報じて
いるマスコミも、一体全体日本の司法制度が本当にこのままでいいと考えているのだろうか。それとも
彼らもまた利害当事者ということなのだろうか。
法制審議会特別部会に提出された刑事司法改革案の試案の中身とその背景について、ジャーナリストの
神保哲生と社会学者の宮台真司が指宿教授と議論した。
ビデオニュース・ドットコム (2014年05月03日)
http://www.videonews.com/news-commentary/0001_3/003279.php
321 :
◆0JFEyIQD1s :2014/05/20(火) 22:45:46.12 ID:1uHT7LO9
/// 文化にかこつけた権力 14 ///////// イデオロギーによる服従の強制 一般の日本人に見られる異常なほどの画一化と順応は、服従の態度を体系的に教えこまれる ことで維持される。服従をとおして忠誠心を育て個性をなくすような人格形成が、日本の 子供のしつけと教育を支配しており、大人になってからの生活でももっとも重要視される。 この教育方法に力を与えているのは、一般にはイデオロギーとはみなされていないイデオロギー である。それは"文化的分析"という立派な衣装で装われたイデオロギーである。くる世代 くる世代にわたって、日本人は集団の命令に従うように言って聞かされる。 ////// Karel Van Wolferen ///
322 :
◆0JFEyIQD1s :2014/05/23(金) 22:51:51.72 ID:4teEfbFP
/// 文化にかこつけた権力 15 ///////// 日本人であるからには、集団に忠実で誠をつくしたいと思う固有の性格を持っているはずだ、 というわけである。日本人の思考プロセスは、西洋と対照的に、非合理的、非論理的、 状況即応的、感情的で社会依存的だといわれる。そしてこれらが欠陥ではなく、優れている ことのしるしとされるのである。この服従の文化が一般に日本人の言う"典型的な日本の文化"の エッセンスであり、共同体の感性を養い、政治的方策を支え正当化する、強力で広く普及した 教義の中身である。 ////// K.V.ウォルフレン著 ///
323 :
◆0JFEyIQD1s :2014/05/24(土) 22:24:09.57 ID:9Hw1L3Tl
/// 文化にかこつけた権力 16 ///////// すべての思想体系や信条の体系がイデオロギーだということではない。実際、イデオロギーは、 深い思索を余計なものとして排除する目的を持つものである。それは思想の冒険を禁じ、 いっさいの説明の代用となる。こうして、イデオロギーは、知識や社会.政治的現実に対する 認知のしかたを萎えさせる。それゆえに、イデオロギーは、現存する力関係を偽装するもの として使えるし、また政治の状況を不明確にしておくことがみずからの利益に一致する 者たちによる、その不明瞭な状況を永続させようとする不断の努力の一部として利用される のである。 ////// 「日本/権力構造の謎」 ///
324 :
◆0JFEyIQD1s :2014/05/26(月) 22:50:19.28 ID:DNAN32LV
/// 文化にかこつけた権力 17 ///////// もちろん、日本的なものを信奉するというイデオロギーは、政治のエネルギーをユートピア風の 未来実現のために活用しようと努めるイデオロギーとは異なる。逆に、その任務は、現在の 日本の社会・政治的な世界を完全に容認させ、大きな変革の提唱に対して、それを受けつけ ないための免疫性をつけることである。西洋のイデオロギーと異なり、社会の当面の要求を 無効にするものでもなく、社会の期待に反する思考や行動を正当化しようとする際に個人が それに訴えられるようなものでもない。 ////// 原書1989年刊 ///
325 :
名無しさんの主張 :2014/05/28(水) 13:13:17.53 ID:iRnjib2b
株式会社リブセンスという会社に恐喝されています。 どう対応したらよろしいでしょうか。
326 :
◆0JFEyIQD1s :2014/05/30(金) 00:13:29.37 ID:xHxK8EWL
/// 文化にかこつけた権力 18 ///////// 膨大な数の書物が日本らしさというイデオロギーを力あるものにしている。しかし聖典と いえるような一冊の書物はないし、もちろん、教義の純粋性を守るための中心になる機関も ない。この日本イデオロギーが奉仕するグループは、ひとつの特定の権力者グルーブで 代表されるわけではないので、ただちに見きわめられない。これが、このイデオロギーが 概してイデオロギーとして認知されない、ひとつの理由となっている。イデオロギーの 宣伝活動には、通常、かなり強力な中枢からの指導力をなによりも必要とするとされている。 ////// 邦訳 早川書房発行 ///
327 :
◆0JFEyIQD1s :2014/05/31(土) 20:36:28.23 ID:CCUMgqj/
/// 文化にかこつけた権力 19 //////////// しかし、イデオロギーの宣伝活動は、ひとつの、秘術を練る源によってなされるとは 限らない。単に自己の利益を守ろうとしているだけのいくつかの勢力が星座のように 集まったもので、それは私利私欲に適い、しかも全体として統合された世界像を提示できる のである。日本の権力集団は、互いに対抗しあい利害関係も異なるのだが、"共謀"によって それぞれの領域を、すくなくとも部分的には制していて、共に<システム>が優勢である ように努力するのだ。こうして、全員が互いの立場を強めることのできる共通の社会・ 政治的現実を支持し、広めることに協力するわけである。 ////// 篠原 勝 (翻訳) ///
328 :
◆0JFEyIQD1s :2014/06/04(水) 23:55:57.07 ID:x9CJC55V
/// 文化にかこつけた権力 20 ///////// <システム>は宣伝活動の源だが、必ずしも、その手助げをする者全員が自分たちを宣伝 活動員であると知る必要はないのである。逆に、日本イデオロギーが人を誘惑の罠にはめる 力を持つ一つの理由は、宣伝活動をする人が、それを宣伝とは知らず、一所懸命につとめて いるということだ。日本の権力者の大半が、宣伝がまやかしである点に気づいているか どうかを推理してみるのは一興ではあろうが、その答えを出しても、日本の権力関係の 分析にとって意味がない。いずれにしろ宣伝の効果は同じだからである。 文化論のイデオロギー機能は、その主成分となった思想の歴史をたどれば、はっきり してくる。それらの思想はかつて日本人の優位性を明確に説いていたからだ。 ////// The Enigma of Japanese Power ///
329 :
◆0JFEyIQD1s :2014/06/06(金) 22:40:23.66 ID:4rwN+fYv
/// 文化にかこつけた権力 21 /////////// 四世紀間の宣伝活動 法制外の権力の行使の説明と正当化に、現在使われている議論の多くが登場したのは、 約四〇〇年も前のことである。議論は、数世紀にわたる内乱後の政治的決着を強化するために、 道徳論や形而上学的た理論のさまざまな糸をより合わせたり、修正を加えてできたもので あった。徳川の権力が強くなるとともに、諸学派の思想はそれまでのいかなる政治的な 独立性をもすべて失い、人生の意味や正しいおこないに関する、さまざまな教えがひとつの 正統派的な説としてまとめられる一方で、以前に影響力のあった仏教の一部の宗派やキリスト教は "異説"として抑圧された。 ////////// Karel Van Wolferen ///
330 :
◆0JFEyIQD1s :2014/06/07(土) 20:55:45.29 ID:7eb1dMMr
/// 文化にかこつけた権力 22 //////////// 徳川幕府が受け入れた思想上の諸学派は、正統派の枠内での精神的あるいは知的"運動"と 呼ぶほうがよいだろう。学派のいくつかがしだいに独自の異説に発達し、一九世紀初期に 徳川の支配権の根拠をくずす一因となった。とはいえ、異説があったにもかかわらず、 これらの諸学派はほぼ二〇〇年間、変化のない政治制度の知的基盤であった。そしてこの ことは、計りしれないほどの意義を持っている。開国に伴う激変と明治の指導者が革命的な 変化を実現しつつある間は、比較的自由な政治談論が問奏曲のようにあらわれたのだが、 それはまもなく政府主唱のイデオロギーに道を譲った。 ////// K.V.ウォルフレン著 ///
331 :
◆0JFEyIQD1s :2014/06/09(月) 22:07:37.03 ID:oK+fbRs/
/// 文化にかこつけた権力 23 ///////// "伝統的な文化的価値観"はなりゆきに任せられたのではなく、大臣や官僚の助けによって "復興"されたのだ。明治時代につくられた公式の国家イデオロギーは、一九四五年まで 支配エリート階級に活用されたが、その中身は徳川の武家支配を弁護した理論の断片に、 日本の政治的文化の独特な優位性を加えて強調したものだった。日本はアメリカを敵にした 戦争に負け、マッカーサー元帥に同行した社会工学者の努力もあって、法律にもとづいた 議会制民主主義を求める国内の熱意が高まった。 ////// 「日本/権力構造の謎」 ///
332 :
◆0JFEyIQD1s :2014/06/13(金) 22:10:45.00 ID:cbRxDkiC
/// 文化にかこつけた権力 24 ///////// その間は、戦前の国家イデオロギーは排除されていたが、やがて、日本をユニークだとする 古いイデオロギーの切れぎれのこまかい残滓が、文化論的な説明をぬいあわせるため、 そして現代日本の政治的統制を正当化するために使われるようになった。だが、現代の 状況について観察を進める前に、徳川時代と明治の日本人が信じるよう教えられた思想を、 もっと詳しく見ておく必要がある。歴史的背景のこの知識なしには、日本人独特の心理と 社会について彼らみずからが説明する際の知的主張の大部分が、わけのわからないものに なるからである。 ////// 原書1989年刊 ///
333 :
◆0JFEyIQD1s :2014/06/15(日) 12:18:12.54 ID:2UPv4HHf
/// 文化にかこつけた権力 25 ///////// 武士道と禅 徳川幕府権力者の最大関心事は、社会的な流動性のまったくない秩序を維持すること であった。被統治者は、正式に定められた階級の中の決まった位置を与えられた。階級の 間の力関係は自然のなりゆきによって変わったが、そのような変化の可能性は理論的には 認められなかった。幕府がこの至上の関心事に固執する素地があったから、服従と忍従の 命令は、出所がなんであれ、正しい教えとして歓迎された。 ////// 邦訳 早川書房発行 ///
334 :
◆0JFEyIQD1s :2014/06/18(水) 22:29:37.64 ID:YNZmcb4U
/// 文化にかこつけた権力 26 ///////// 権力者たちは、豊富な伝統から忍従の大倫理を抽出した。徳川幕府による国内統一の 前のおよそ五〇〇年問、日本の大部分が断続的に戦場になっていた。絶え問なく続く 内乱の中、武将への盲従を主にした行動規範が強調されたのは当然である。武家政権は 一六世紀より前に、後に"武士道"に包含される倫理を発達させていた。よろこんで死ぬまで 戦い、君主や幕府の命令があればみずから命を断つのをよしとする倫理であった。 ////////// 篠原 勝 (翻訳) ///
335 :
◆0JFEyIQD1s :2014/06/21(土) 16:26:19.52 ID:4ZCjDqRa
/// 文化にかこつけた権力 27 ///////// 中国から数多く移入された宗教や哲学の日本版のうち、特に禅が忍従の倫理をさらに 強化した。禅は、道徳とまったく無関係で、人生への反主知主義的なアプローチを理想化し、 より優れた認識の世界に到達できるものとされている。徳川の権力者は気づいていなかった かもしれないが、武士で禅僧の鈴木正三(一五七九〜一六五五)が、後に徳川のイデオロギー となるものの最初の宣伝活動をした主要人物だった。彼は一連の禅寺で、また下級武士の 私的な助言役としてある考えを広めた。 ////// The Enigma of Japanese Power ///
336 :
◆0JFEyIQD1s :2014/06/22(日) 18:59:38.16 ID:7NyEMU7V
/// 文化にかこつけた権力 28 ///////// それは物事の判断に自己の知力を使うのはすべての邪悪の源であり、より具体的には、 政府転覆につながる邪心の源であるというものだ。彼の影響は、徳川時代の平民の生活 にも及んだ。鈴木正三の考えは、個人を尊重しないどころではなかった。彼にとっては、 個人の身体は「痰と涙と尿と糞便の袋」でしかなく、いずれにしても、自分に属すもの でなく、寛大な主君に属するものであり、命があるのも主君のおかげであるとした。 身体が何を含んでいるにしろ、自我を含むという考えは無意味だと彼は教えたのである。 ////// Karel Van Wolferen ///
337 :
◆0JFEyIQD1s :2014/06/25(水) 22:32:28.46 ID:dBs6QdLG
/// 文化にかこつけた権力 29 //////////// この"生きつつ死ぬ"という態度への賛美は、すくなくとも一九四五年まで日本イデオロギーに 影響を与えつづけた。武士道の教戒は平時の武士の礼儀作法に組みこまれていた。一七一六年に 書かれた有名な『葉隠』に要約されている礼儀作法がそれであるが、最初の部分に「武士道と いふは死ぬ事と見付けたり」とある。この書は単調であり同時に極論である。そこに含まれる 話や警句は、庶民向けにやきなおされた多くの本を通して、より単純な形で日本的なものを 信奉するというイデオロギーの一部として不滅のものとなった。一九七〇年には、作家の三島 由紀夫が自衛隊員を相手に、蜂起して天皇制を復活させよと訓戒したのち切腹し、日本人は 武士道の実例を見せられることとなった(彼はそれまでにも武士の礼儀作法を称えていたのだが、 真剣に受け取られていなかったのである)。 ////// K.V.ウォルフレン著 ///
338 :
◆0JFEyIQD1s :2014/06/28(土) 13:13:03.52 ID:CSzc1uTz
/// 文化にかこつけた権力 30 ///////// 自己は価値のない存在で、上位者に完全に仕えてこそ意義があるとする、あからさまな 理論は、一般に支持されないようになったが、禅や武士道の考えから生まれるイメージは 今も日本の理想主義を伝えている。サムライややくざの登場する映画や続きもののテレビ 番組は、このテーマをかなり重視している。劇中に表われる行動観範は、現代の日本人には 極端に思えるのだが、ロマンチックに描かれた過去の人物の見せる献身や忠誠、自己犠牲の 覚悟からは、今日の観客も学ぶものがあるという暗示がそこには含まれているのである。 ////// 「日本/権力構造の謎」 ///
339 :
◆0JFEyIQD1s :2014/06/29(日) 17:25:22.10 ID:N9dYDzfk
340 :
◆0JFEyIQD1s :2014/07/01(火) 22:30:37.63 ID:PIJcz4gw
/// 文化にかこつけた権力 31 /////////// 『忠臣蔵』は、儀礼上の作法について誤ったことを伝えることによって主君を侮辱した 慕府の重鎮に対し、四七人の家臣が仇討ちをした、一八世紀に実際にあった出来事を称える 叙事詩的な大作である。この話はくり返しテレビ、舞台、映画、そして数え切れないほどの 漫画本に登場する。彼らの妻や娘たちは遊廓に売られ、いずれ殺害される仇敵にまやかしの 安心感を与えるため親類縁者が殺されるというような脇筋もある。この歴史劇を、アーサー ・ケストラーが「西洋のすべての基準から言って狂気のさたそのものの物語」と評したのは まったく適切だ。 ////////// 原書1989年刊 ///
341 :
◆0JFEyIQD1s :2014/07/04(金) 22:51:06.71 ID:pryQKvuv
/// 文化にかこつけた権力 32 ////////////// サムライとやくざ、さらに太平洋戦争の映画で同じ極端な献身ぶりを見せる英雄的な 兵隊が、日本の一般のイメージでは"男らしい男"となる。理想的とされる男は寡黙で 反理知的である。ある新聞は社説にこう書いた。「日本人は口数の多い人や雄弁な人を 信用しないで、……〔むしろ〕話下手な人を尊敬する。俗に言う"雄弁は不誠実さのあらわれ" はまさしく中曾根首相に当てはまると……多くの日本人が思いはじめている」中曾根が、 日本にとって望ましいと思われる政策について単に彼の同僚たちより明瞭に説明しただけで、 こう言われたのだった。 ////// 邦訳 早川書房発行 ///
★故小松内閣法制局長官は、共産党とマスコミの風評被害者 1 北村 隆司 アゴラ 2014年7月3日 共産党の小池議員に「番犬」呼ばわりされて憤慨し、喧嘩別れのまま逝去された小松前法制局長官の 初七日があけた7月1日に、政府は集団的自衛権の行使を認める閣議決定をした。 改めて小松氏のご冥福を祈りたい。 かの英国首相チャーチルはブルドッグ宰相と呼ばれ、濱口雄幸首相は「ライオン宰相」、吉田茂は 狸爺、クリスチャンで読書家としても知られた大平正芳首相は、その風貌や「あ〜……う〜……」 と言う訥弁から「鈍牛」と呼ばれるなど、指導的な地位にある人が動物呼ばわりされる事は珍しくない。 人格攻撃の色彩の濃い小池発言で顰蹙を買うのは小池氏自身だとしても、少なくとも小池氏は 選挙で選ばれた国民の代表であり、例え悪意があったとしても、この程度の悪口に堪えられない ようでは、小松氏も民主主義の要請する法制局長官には相応しくない単なる官僚に過ぎなかった のは残念である。
★故小松内閣法制局長官は、共産党とマスコミの風評被害者 2 番犬論争はさて置き、「内閣法制局長官の役割は憲法という大切なものを擁護すべき番人である べきなのに、政権をかばうようなことをしたからだ」などと、「法制局=憲法の番人」と言う 風評をまともに信じて小松氏を「番犬」呼ばわりする小池氏の無知振りは、「鴉の鳴き声(アホー)」 発言としか言いようがない。 憲法は小池氏がお好きな第9条だけでなく、第81条も立派な一部であり、そこには「最高裁判所は、 一切の法律、命令、規則又は処分が憲法に適合するかしないかを決定する権限を有する終審 裁判所である。」と明規している。 一方、内閣法制局設置法は「閣議に付される法律案、政令案及び条約案を審査し、これに意見を 附し、及び所要の修正を加えて、内閣に上申する」事等を「所掌事務」と定めているように、 法制局は純然たる諮問機関に過ぎない。
★故小松内閣法制局長官は、共産党とマスコミの風評被害者 3 日本の内閣法制局は、米国司法省法律顧問局(通称 OLC) をお手本にして設置された組織である。 そのOLCも、すべての憲法上の問題について行政府に法的アドバイスを与える責任があるとされるが、 行政府にはOLC に法的アドバイスを求めなければならない法的義務も、OLC の法的アドバイスに 従う義務もない諮問機関である。 また、OLC が法的アドバイスを提供することができるのは、行政府内に対してのみであって、 議会や司法、外国政府、私人等、行政府外の者に対する法的アドバイスは行っていない事も、 内閣法制局と同様であるが、内閣法制局と大きく異なるのはOLC の意見作成過程に重層的な チェックアンドバランスが働く事である。 その一方、透明性に神経質な米国だが、OLC の法的意見は1. 機密での法的アドバイスを含む事。 2. 意思決定過程の確保や他の行政機関とOLC との間の信頼関係を保持する事、3. 公表することが 法の執行を妨げることもありうること等を理由に、原則として公開されていない。
★故小松内閣法制局長官は、共産党とマスコミの風評被害者 4 この考えは、何の恐れも無く自由にアドバイス出来る事を目的に作られた、医者と患者、弁護士と その顧客との守秘義務原則を援用したものであろう。 官僚で構成される内閣法制局とは異なり、高度な独立性を有するエリート法律家で構成されるOLCの メンバーたちは、OLCの構成員である間は行政府の一員としての公務員であるという側面と、法律の 専門家集団であるという側面のどちらを重視して意見を作成するかの狭間に置かれ、常に2つの 決定モデルからの選択を迫られている。 第1のモデルが、「準司法モデル(quasi-judicial model)」と呼ばれるモデルで、裁判官と同様に、 法解釈の領域に政治的・政策的考慮を持ち込まず、可能な限り客観的に法の意味を探求すべき であるとするモデルである。 このモデルは、OLC の法解釈機関としての評判を維持する事で将来、学者や裁判官になることを 意図している者には重要な要素となりうる為、ややもすると行政府へのアドバイスと言う組織の 目的を離れた非現実的な意見を助長する危険がある。
★故小松内閣法制局長官は、共産党とマスコミの風評被害者 5 第2のモデルは、アドボケート(代弁者)モデルで、OLCと大統領を始めとする行政府の関係を、 弁護士と依頼人との関係に近い関係として認識するモデルである。 このモデルの問題点は、OLC 自身の組織利益の追求のために行動する事が多くなりがちな上に、 顧客にとって望ましいアドバイスを与えることは、自身のポストの維持や大統領や司法長官に 対する影響力を保持し、出世を役立つ「ゴマすりコメント」を醸しだし易い点にある。 どちらのモデルがOLC のあるべき姿として望ましいかと言う問題について、ある学者は: 統治の各部門を制度的に見た場合、 1. 選挙を通じた民意によるコントロールを受けないこと、 2. 自身の判断を文書のかたちで公表し正当化することが求められていること、 3. 法的能力を少なくとも基準の一つとして選任されること。 等から、人権や権利の問題については、司法がよりよい憲法解釈を行うことができる制度的 地位にある。
★故小松内閣法制局長官は、共産党とマスコミの風評被害者 6 他方、国防問題などのいわゆる「政治的方針」の妥当性の判断では、行政府の方が制度的に優れており、 国民の意思(政策問題)については、議会が制度的に優れていると言う意見を述べているが、 「法治主義」を法律万能と誤解する日本には、大いに参考にすべき見解だと思う。 法曹一元制が確立している米国では、20〜40人の卓越した法的能力を有する法律家から構成された OLC のスタッフは、その職のプレステージは非常に高く、法的強制力が無くとも各行政機関がこぞって 意見を求めて来るのに対し、未だに法曹一元化が実現していない日本の均質的な官僚間の法的論争には、 米国のような高度な質的論争は望めない。 その、OLC でも米国伝統のチェックアンドバランスの努力を少しでも怠ると「低レベルで、極めて 根拠薄弱」と酷評されたいわゆる「拷問メモ」のような事件も起き、そのメモの作成者は批判の 嵐を浴びる事となる。 OLCであろうが、内閣法制局であろうが、解釈は人間が行うものであり、その責任は解釈者に 属するのが普通である。
★故小松内閣法制局長官は、共産党とマスコミの風評被害者 7 ところが、日本の内閣法制局の決定モデルは、旧ソ連や中国の「機関決定モデル」に近いプロセスで、 組織だけが前面に出て個人の顔が見えない。 その典型が、「集団的自衛権は行使できない」という過去の「法制局の一義的解釈」が、どのような 論議で誰が決めたのか判らないにも拘らず、国の置かれた環境の変化には関係なく変更できないと言う のでは、国民が新政策を求めて政権交代をさせる意味もなく、「独裁国家」の決定プロセスと同じ 効果を持つ事になる。 日本が世界の常識に反して、何故このような習慣に染まったかと言えば、閣僚の席が派閥の利権を 巡ったたらい回しになった結果、当事者能力のない閣僚が任命された為に、「内閣法制局」と言う 何の資格もない官僚が、自分の解釈を最高裁の憲法判断のような形にしてマスコミに売り込み、 この風評を信じた国民が「内閣法制局」を憲法の番人だと誤解した為である。 この風評を磐石にした重要な要素に、最高裁の機能不全と無責任がある。
★故小松内閣法制局長官は、共産党とマスコミの風評被害者 8 その際たる例は、1951年当時の日本社会党が起こした自衛隊の前身である警察予備隊の違憲訴訟に 対して、最高裁判所は警察予備隊の違憲性については一切触れずに訴えを却下し、逆にこのような 裁判はいかなる裁判所も裁判権を有しないと言う判断を下した事にある。 常にドイツ的な大陸法解釈を採る最高裁が、この判決では奇妙な事に(都合良く?)憲法判断は 具体的な訴訟の内容に基づいて行われるアメリカ型の付随的違憲審査制を採用した判決を下した。 しかしその米国でも最近は、法令の違憲性の主張の利益 を広く捉え、憲法秩序自体を保障する 制度に近づいている。 共産党が本気なら、「番犬論争」のような低俗な論議はやめて、 米国のこの傾向を捕らえて 自衛隊違憲訴訟を起こすのが本筋である。 こうして見て来ると、憲法が機能しなくなった日本の統治体制は事実上崩壊しており、その意味でも 憲法改正は喫緊の課題である。
★故小松内閣法制局長官は、共産党とマスコミの風評被害者 9
さもなければ、故小松長官の様に過去の法制局の一義的解釈を変更しようとする度に「番犬」
呼ばわりされる恐れが去らない。
注:本稿の執筆には、鹿児島大学の横大道 聡准教授の論文「執行府の憲法解釈機関としてのOLC と
内閣法制局 −動態的憲法秩序の一断面〔補訂版〕や、最近のOLC局長経験者で、その後巡回控訴審
判事や大学教授、弁護士等として活躍しているTheodore B. Olson 、Douglas Kmiec 、Michael
Luttig 、Walter Dellinger 、Jay S. Bybee 、Jack Goldsmith 、Steven G. Bradbury 、David
J. Barron 各氏の論文、講演録などを参照させて頂いた。
2014年7月3日 北村 隆司
http://agora-web.jp/archives/1602462.html
351 :
◆0JFEyIQD1s :2014/07/06(日) 16:19:45.50 ID:6HAxqlFm
/// 文化にかこつけた権力 33 ///////////// 純粋な大和魂の誠実さ 大和魂のイメージを鼓舞するもろもろの考え方の中心は、普通英語では sincerity と 訳される"まこと"の理想である。しかし日本では"まこと"を計る規準はやや変わっている。 西洋の言語と同じく、外部の世界に示すものが自己の内に在るものと一致するというのが 表面上の意味である。ところが、まことがあるというのは、自己の自然な気持ちを表わす のではなく、自分の考えや感情を無理にでも周囲の社会の期待に添うものにすることを 意味する。理想的には、内なる自己を奥深く沈めて、良心を自分の振る舞いに適合する ように変えることである。日本人が相手に自分を合わせる態度は疑いもなく、日常の 人間関係を快くし、和らげる環境を作り出している。 //////// 篠原 勝 (翻訳) ///
352 :
◆0JFEyIQD1s :2014/07/10(木) 21:38:34.44 ID:VL2HtIwH
/// 文化にかこつけた権力 34 ///////// しかし、まことは西洋の"純誠"の概念と相容れないだけでなく、深い次元では非常に 政治的な考えである。自己を過度に抑圧するのは心地よくないが、まことはそれを隠す ための社会的に認められた偽善を奨励しているのである。まことが、社会・政治的な環境を 運命として受け入れるという理想とつながりがあるのは明白だ。まことの人とみなされる には、社会・政治的な事情に適するよう、できるだけ個性を消去しなければならない。 ////// The Enigma of Japanese Power ///
353 :
◆0JFEyIQD1s :2014/07/11(金) 22:13:40.26 ID:Ewe5FcsB
/// 文化にかこつけた権力 35 ///////// まことにこのような意味があるということは、社会の規律は何世紀も厳格に保たれては いたが、普通の日本人のほとんどとはいえないまでも多くが、他者のために犠牲になる のを究極的な人生の目的であると本心から信じてはいなかったということが事実上認識 されているということである。昔も今と同様に、生き延びるためには外形を装わなければ ならない。たとえば、有名な『葉隠』も、賢明なサムライなら厳しい礼儀作法が無意味な ものと分かっても、この点を若者にいっさい悟られてはならないと指摘している。 ////// Karel Van Wolferen ///
354 :
◆0JFEyIQD1s :2014/07/13(日) 18:22:43.86 ID:g8V88w1H
/// 文化にかこつけた権力 36 ///////// 忍従、まこと、節操、犠牲によって象徴される大和魂は、なによりも"純粋"な精神である。 この伝統的な考えは、国学によるところ大である。国学は古代日本の書物にまでさかのぼって知 的な支えを作った、徳川時代にみられた知的運動のひとつだった。一八世紀の初めごろ、 国学の熱心な信奉者は、想像上の前史時代を理想化した。その時代には、天照大神によって 日本列島にはじめて配置された天皇が、純粋で無垢の、幸せな日本人の一大家族を統治したという。 ////// K.V.ウォルフレン著 ///
355 :
◆0JFEyIQD1s :2014/07/17(木) 21:37:44.34 ID:JXz/eTUG
/// 文化にかこつけた権力 37 ///////// 民族の純粋さと穢れのなさを民族の起源にまでさかのぼって日本人のユニークさと優位性を 近代になって説いたのは、国学者が最初だった。中国人と異なり、太古の日本人は生来善人で 互いに思いやりがあったので、法律を必要としなかった。国学者の賀茂真淵(一六九七〜 一七六九)が書いたところでは、 人びとの気質が率直であった古代には、複雑な道徳体系は必要なかった。当然のこと として時に悪しきおこないがなされることはあったが、人びとが率直だったので、 その邪悪を隠したり増長させたりすることはなかった。よって、古代には、正邪を 分別する教義も必要なかった。 ///////// 「日本/権力構造の謎」 ///
356 :
◆0JFEyIQD1s :2014/07/19(土) 20:14:50.91 ID:Q1BYDghv
/// 文化にかこつけた権力 38 ///////// 国学運動の大物、本居宣長(一七三〜一八〇一)は、日本にはすぐれた道徳があるので、 中国とは異なると主張した。中国の統治者は、自己の不誠実を正当化し、内乱から自らを 守るために天命という概念を考案したが、日本人は道徳規範を宣言する必要はないのだから、 すなわち生来道徳的であり優れている、というのである。国学運動は主として国文の古典の 言語とテキストの解釈に携わったのであるが、後に続く明治時代と二〇世紀の国粋主義的な 考え方に決定的な影響を与えた。 ////// 原書1989年刊 ///
357 :
◆0JFEyIQD1s :2014/07/20(日) 19:00:53.13 ID:9y1gO1R+
/// 文化にかこつけた権力 39 ///////// 中国文化の影響に汚されない"純粋な"日本は、紀元後の初めの数世紀に各地方の国ぐにを 征服し同化させた王国の名を取って、大和と呼ばれた。そして真の日本人は、他の国民に 勝る感受性のある大和魂や大和心を有するとされた。後期の国学者、平田篤胤(一七七六〜 一八四三)は、みずからの大和心を純化することがどうしても重要だと説いた。「真の 日本人の心と魂が、真実と誤りを分別する唯一の有効な根拠である」。篤胤の外国ぎらいの 教えは日本が強引に開国させられた後、大きな影響力を持った。 ////////// 邦訳 早川書房発行 ///
358 :
◆0JFEyIQD1s :2014/07/21(月) 17:35:59.62 ID:/R1aGbqB
/// 文化にかこつけた権力 40 ///////// 精神鍛錬 多くの会社が一九七〇年代と一九八○年代になって、社員の気力の衰えについて心配 しはじめ、精神修養という名の鍛練を受けるよう社員に奨励した。ここで言う"精神"は "純粋な日本魂"という考えと密接な関係にあり、その精神が十分にあれば献身、忍耐力、 困難に耐える能力が増大するとされている。 ////// 篠原 勝 (翻訳) ///
359 :
◆0JFEyIQD1s :2014/07/25(金) 00:17:03.73 ID:BfhKgPPQ
/// 文化にかこつけた権力 41 ///////// 鍛練の中身は普通、極度の精神的、肉体的な疲労から、命令にいっさい抵抗しなくなる ようにする運動や修練である。気力のない訓練生がいればその背中を打とうと監督が歩きまわる 中で、ひざまずいて日夜詠唱すれば、その目的を果たせるであろう。マラソンも経営者好みの 鍛練法である。だが、社員の精神修養に関心を持つたいていの会社が採用するのは、より 簡単な禅の瞑想(これにも肩を時々打たれることが含まれる)や、会社の山の家で新入社員が 受ける軍隊式の訓練である。いずれの方法であっても、精神修養で訓練された者が得るのは、 権威に対し無条件に服従しながら心静かにしていられる能力である。 ////// The Enigma of Japanese Power ///
360 :
◆0JFEyIQD1s :2014/07/26(土) 21:46:40.12 ID:rsmxTCle
/// 文化にかこつけた権力 42 ///////// サラリーマンには、訓練を真剣に受けるだけの理由がある。昇進に際して個人評価は 「精神修養訓練によって培われた考え方の基準にもとづいて」おこなわれることが多い からである。日本の組織では、上位に昇るほど、それも「"エリート・コース"と一般に 言われる指導者の地位に至る道をたどる者の場合」とくにこのような点に注意が払われる。 日本の多くの大企業には、精神重視に賛同するエリート文化の要素があり、精神という 言葉には過去が濃くただよっている。サラリーマン、特に野心のある者たちは、 この規準を守り、下の者にも広めるよう奨励されるのである。 ////// Karel Van Wolferen ///
361 :
◆0JFEyIQD1s :2014/07/27(日) 18:43:22.98 ID:4n9dRywV
/// 文化にかこつけた権力 43 ///////// 秩序を支える正統派思想 知的な論議が自由にできる環境で育った人びとには、イデオロギーが人間の精神とその 自由な働きにいかに厳しい制限を課すものかはすぐには理解できないだろう。人間の 条件をめぐる多くの哲学的思索の中からあるイデオロギーを自由に選んで信奉するのと、 競合する思想や信念に敵意を示す社会・政治的雰囲気のもとで特定のイデオロギーを 教えこまれるのとでは、大変な違いである。 ////// K.V.ウォルフレン著 ///
362 :
◆0JFEyIQD1s :2014/07/30(水) 23:11:36.40 ID:iGaSQZkn
/// 文化にかこつけた権力 44 ///////// 過去四世紀にわたり、日本人は正統派思想とともに生きてきた。昔も今も、日本に おける権力の行使のされ方にとって、支配的な正統派の思想・信念が存在することが 必要である。一九八〇年代の状況は、いうまでもなく、直接的な"思想統制"があった 戦前よりはるかに和らいでいる。しかし、すでに見たように、警察と検察および司法機関は 異端のイデオロギーは容赦せず、また日本のマスコミは<システム>の基盤である不文律の 教義に疑問をさしはさまない。これらは数多くあるうちのほんの二例にすぎない。 //////// 「日本/権力構造の謎」 ///
363 :
◆0JFEyIQD1s :2014/08/02(土) 08:49:37.36 ID:VgPnbfvI
/// 文化にかこつけた権力 45 ///////// 他の国では、もろもろの思想の共存、対立、相互作用などによって批判的政治理論の 伝統が生まれた。だが日本では、こうした進展は絶え間なく抑圧されてきた。そうで なければ、日本の<システム>は今日まで存続できなかったであろう。日本の文化も、 自然のなりゆきにまかせていたなら、他の主要文化と同じく、超越的な価値体系を発達 させていたであろう。だが、そうはならなかった。政治的権力が、<システム>を国家へ 変えさせる思想を意識的に抑圧してきたからである。 ////// 原書1989年刊 ///
364 :
◆0JFEyIQD1s :2014/08/03(日) 17:58:14.39 ID:n/Trl6hx
/// 文化にかこつけた権力 46 ///////// 徳川時代の危険思想抑圧 一九世紀に入るまで、日本の平民や武士が幕府好みの思想に反する批判的な思想の総合体系を つくるのは、実質的に不可能だった。鎖国は日本の一般民衆を、他国の民衆がどう統治されて いるのかうかがい知れない状態においていた。それでも地方大名やその知的な家臣、そして 学者文人層は、国内外の考えに促されて疑問を抱いた。武家政権としては、自分たちが指揮を とっている幕府の構造を改良しえないということを、彼らに納得させるのに困難だった。 実際には幕府正統派の信念・慣行に対する知的チャレンジはかなりあった。 ////// 邦訳 早川書房発行 ///
365 :
◆0JFEyIQD1s :2014/08/05(火) 23:01:47.00 ID:cdc4pPJg
/// 文化にかこつけた権力 47 /////////// それはひとつには古代中国での国政運用術という手本があったからだ。また、何世紀かにわたる 内乱の間に、仏教の一部の土着宗派が、教義を発達させて当時の日本の不毛な知性面を豊かに していた。そのままいけばこうした教義はおそらく時の権力者を攻撃するための思想的基盤に 育っていただろう。さらに、追放されはしたが、かつてポルトガル人の宣教師たちが滞在して いたから、彼らの遺したものが国を運営するのに異なる方法があるという考えを、芽を出した ばかりの政治理論家たちに吹きこむことも可能だったろう。そのうえ、オランダ人がいた。 彼らは用心のため長崎の人工島、出島に集められて政治的な隔離状態におかれていたが、それでも、 きわめて非日本的な属性をもつ社会から来た、生きた見本にはちがいなかった。 ////// 篠原 勝 (翻訳) ///
366 :
◆0JFEyIQD1s :2014/08/07(木) 00:05:43.37 ID:T65f6b62
/// 文化にかこつけた権力 48 ///////// 新しい学者階級が知的リーダーとして徳川時代以前の仏僧に取ってかわった。幕府おかかえの 有閑階級だったサムライは政治に手を出さないよう、学問を奨励された。こうして倒幕を 可能にしかねない思想がエリートの間で普及する状況が熟していた。幕府は、政府転覆を 防ぐイデオロギーをみずから体系化することもせず、体系化するようにとの命令も出さなかった。 だが、言ってよい事と言ってならないことを明らかにし、その規則を守らせた。したがって 異端の思想は生まれず、「異なることを口にしたり、おこなう者は地下に追いやられた」。 ////// The Enigma of Japanese Power ///
367 :
◆0JFEyIQD1s :2014/08/08(金) 21:47:10.76 ID:jblOfeBL
/// 文化にかこつけた権力 49 /////////// 幕政の問題を論じるのはご法度だった。力関係に関わるいっさいの批判は反逆として扱われた。 二世紀半以上にわたり存続する間、徳川幕府は周期的に取締りを厳格にしたり緩和したりしたが、 道徳規準については譲らず、一手に取締りを続けた。その道徳規準のなかには、武士が平民と 交わったり、時局を論じるというようなことでさえ"危険な現象"として扱うものもあった。 役人は念入りな検閲制度を維持して、とるにたらない文学や絵までも厳密に調べた。「なんであれ "新しい"ものは階級構造を脅かす危険があったから、幕府は、新傾向の思想や変わったことが 書かれた本や印刷物を、とくに念入りに抑圧した」。このような抑圧を背景に、数々の 新儒学的な運動が栄えた。 ////// Karel Van Wolferen ///
368 :
◆0JFEyIQD1s :2014/08/09(土) 20:43:50.15 ID:kdqk2ojZ
/// 文化にかこつけた権力 50 ///////// 新儒学的正統派学説 新儒学、とくに朱子学は、権威主義の官僚政権にとっては夢のように好都合の宇宙観で この世の秩序をとらえたので、徳川時代の正統派学説の主流になるこ止ができた。新儒学に よると、くらい社会の秩序も自然の秩序も共に、大自然の不変の原理に一致するとした。 こうして、たぜ位にくらいある者は位にあり、彼らの下にあるすべての者が"しかるべき身分"に 留まらなければならないのか、という疑問を合理的に論じることは禁止された。 ////// K.V.ウォルフレン著 ///
369 :
◆0JFEyIQD1s :2014/08/12(火) 23:05:23.51 ID:7RVYLCLY
/// 文化にかこつけた権力 51 ///////// 6章で見た通り、日本の新儒学は、中国の儒学の優先項目を逆にし、孝行にかえて、 支配者への忠誠をもっとも重要な道徳的な命令とする理論を発達させた。吉川惟足はこう 要約して言った。「主のために親を捨てることはあれ、親のために主を捨てる理由はなし」。 後に、明治の寡頭政権は、天皇を全日本人の慈悲深い父とする神話を作り上げることになる。 吉川惟足の門弟で、徳川時代初期の思想家として多大な影響力を持った山崎闇斎は、支配者に 徳不徳を問わず盲従の忠誠をもって仕えるべきだとした。彼は、新儒学と神道を合体させ、 存在する政治的構造と社会的構造を神聖なものとする前提に立った。山崎にとって、政治的な 変化は正統でありうるわけがなく、とても考えられないことであった。 ////// 「日本/権力構造の謎」 ///
370 :
◆0JFEyIQD1s :2014/08/14(木) 22:45:01.00 ID:gcUbEDW5
/// 文化にかこつけた権力 52 ///////// 徳川時代後期には、林羅山の子孫とその学派が、幕府の儒官として自然と人間社会の法則を 新儒学にそって解明する旗手になった。その頃には、新儒学は武家政権下の権力関係にぴったり 適合するようになっていた。だが、知的生活はその先でどうなるか、予測がつかなかった。 幕府の"儒学者"も、仲間うちの活発な議論で頭を働かせることが時にはあった。当時の政治思想家の 第一人者、荻生徂徠(一六六六〜一七二八)は、仲間の目をさまさせた。彼は儒教本来の教えに 戻れと唱え、彼以前にあった考えを取り入れて、既存の政治組織が歴史の変遷にかかわらず不変だ とする筋の通った理論を組み立てた。徂徠の考えでは、古代中国の聖賢は儒教の道を実行する 手段として、政治組織をつくり出した。かれらは政治機構に体現さるべき道徳理念を与えたのであり、 構造がいかに変わってもその理念は存続するとしたのである。 ////// 原書1989年刊 ///
371 :
◆0JFEyIQD1s :2014/08/16(土) 12:03:10.92 ID:O6NCLLNM
/// 文化にかこつけた権力 53 ///////// 徳川時代の思想も変化を免れず、互いに対立する学説を含んでいたが、思想がどんなに 変化してもその政治に対する姿勢は同じであった。徳川時代の知的生活に参加した者たちは 正統派の学説を支持していたといっても、その意味は彼らが皆同じようなことを言ったと いうのでなく、彼らが口にしなかったことが同じだったという意味である。つまり彼らの 議論は、基本的な社会・政治的な問題について異論を許さなかったのである。 ////// 邦訳 早川書房発行 ///
372 :
◆0JFEyIQD1s :2014/08/17(日) 19:26:16.69 ID:KZStXmsj
/// 文化にかこつけた権力 54 ///////// 彼らは一団となって、非正統派的な学説を排除した。彼らの世界観には、個人の道徳的 自立性は存在しなかった。これが彼らのイデオロギーの中心だった。幕府自体は、教義が ある程度の柔軟性を持つ必要は認めた。一八世紀なかば以降、幕府や各地の学者たちの 知的風潮は、移りゆく歴史のなかで権威を保っていくためにはイデオロギーに調整を 加えることが必要だとするものだった。 ////// 篠原 勝 (翻訳) ///
373 :
◆0JFEyIQD1s :2014/08/18(月) 22:39:26.24 ID:pTfQx/Lp
/// 文化にかこつけた権力 55 ///////// 陽明学は道徳的な正しさの判断を直感に頼るよう強調したが、日本の陽明学者たちは、 徳川時代のほぼ終わりまで幕府を強く支持した。国学運動に関しては真淵が、究極的には、 世俗の秩序は不可侵の天皇制によって統治されているという理由から、神聖であるという 前提に立って論を進めた。本居宣長は、徳川幕府の政治体制は天照大神の意図に完全に 添うものである、としていっそう強く支持した。 ////// The Enigma of Japanese Power ///
374 :
◆0JFEyIQD1s :2014/08/21(木) 22:58:14.02 ID:kTYKI6WG
/// 文化にかこつけた権力 56 ///////// 彼は、君主の適性を判断しようなどというのはけしからんとし、上位の者への無条件服従を 説いた。徳川幕府が正式に認容した思想の支持者はみな、課せられた現存の秩序は自然と 調和し、よろずの神々の意思に従うものであるから不変である、という見解を広めた。 また彼ら自身の間でも"純粋さ"と"忠誠"をさらに強めるように努力した。それはちょうど、 一九二〇年代から終戦まで、日本の超愛国主義者が当局や彼ら以外の国民一般と意見を 異にし、天皇への敬愛を競い合って示そうとしたのと同じであった。 ////// Karel Van Wolferen ///
375 :
◆0JFEyIQD1s :2014/08/23(土) 18:01:24.03 ID:5t0nD9FU
/// 文化にかこつけた権力 57 ///////// 三〇〇年前の、全面的な服従への要求がいかに多くの個人の意に反していたか、当時の 大衆文化から伺い知れる。戯曲や小説は、とりつかれたように義理と人情との葛藤を題材にした。 義理は厳格な社会が命じた義務であり、人情は人の自然な感清だが、特に、人情は親類縁者を 殺したり恋人を捨てるよう強いられる際の感情を意味した。この義理と人情を対極化させる ことは今日も使われ、多くの日本人が、人情は外国人に理解できない日本人独特のものだと 信じている。徳川時代の演劇や文学は、義理人情をテーマとする描写に満ちていた。今日の 歌舞伎もこのテーマなしでは存在しないだろうし、映画やテレビ番組の視聴者や漫画本の読者も、 同じテーマに飽きることはない。昔は、義理が最後には必ず人情に勝った。そのうち、義理人情を 扱った劇などから苦境に立たされた人間を理解するのに必要な記号が生まれた。 ////// K.V.ウォルフレン著 ///
376 :
◆0JFEyIQD1s :2014/08/24(日) 11:30:42.10 ID:dPKG/GGs
/// 文化にかこつけた権力 58 ///////// 現代の日本では、政治理論の伝統が弱すぎるため、社会・政治的なヒエラルキーは自然の 秩序に従うとする新儒学的な感覚の残存を排除できない。官僚が法的根拠なしで支配的な 権力をふるう点に、疑問を持つ日本人はごく少数しかない。徳川時代の政治的方策は、 「天と地の、多くの自然現象に見られる秩序」に合致しているから完壁だとされた。今日、 総理府などの政府機関は、社会の慣習、態度、意見をたえず調査しているが、それは現状 把握のためでなく、調査結果を日本人の模範として示すためである。官庁付属の研究団体 グループも、理想的な日本人像を描き出す報告書類を刊行する。国民大衆は、その九〇 パーセントが中産階級であるとの定期的な世論調査の結果に安心させられる。また日本女性は 結婚後は仕事を辞め、少なくとも子供を一人育てるまで家にいたいと望むものだとも教えられる。 ////// 「日本/権力構造の謎」 ///
377 :
◆0JFEyIQD1s :2014/08/28(木) 00:39:41.82 ID:0tR9zBM5
378 :
◆0JFEyIQD1s :2014/08/29(金) 00:11:11.72 ID:2MJh+/qz
/// 文化にかこつけた権力 59 ///////// 国家アイデンティティの構築 徳川時代に行きわたっていた、人びとをしかるべき身分に縛りつける道徳的命令は、 宗教的な属性を有していたが、さまざまなイデオロギーの細糸はより合わされて明解に 要約できる一本の信条の太綱を組みあげるには至らなかった。日本が孤立状態から抜け出た 後にやっと、イデオロギーの断片、古い神話や新しい愛国心が混ぜ合わされて、幅広い 日本の信条を生んだ。その信条の名において、何百万人もの日本人が命を犠牲にし、さらに 何百万人ものアジア人が命を失うことになったのである。廃止したばかりの武士階級と 同様に平民に忠誠を義務づける国家をつくっていこうとするなかで、明治の寡頭政権は、 政治的な目的にかなう新しい信条を意識的につくり出した。 ////// 原書1989年刊 ///
最近バカチョンの変なウソ捏造映画のアピールのせいで なにやら「豊臣秀吉」の事が注目されるネタが沸いている おかげで興味が無くて知らなかった「バカチョンが何故に豊臣秀吉」を嫌うのかググってしまった そしたら何と!! 1592年に当時の中国の明と戦うために15万もの戦国武将がバカチョン半島に進軍して 明の手下のバカチョンが豊臣軍に挑み「連戦連敗」のコテンパンに蹴散らされまくっているではないか そしてとうとう明もろとも豊臣軍に歯が立たず絶体絶命まで追い込まれていたw しかし明とバカチョンは豊臣秀吉の死によって豊臣軍が引き上げてくれて運良く命拾いした事実は大爆笑www それにしてもバカチョンの不甲斐なさは鉄壁だな(((( ;゚Д゚)))ガクガクブルブル
380 :
◆0JFEyIQD1s :2014/08/30(土) 15:02:31.19 ID:PRb3OcwW
/// 文化にかこつけた権力 60 ///////// 明治時代初期の日本のように、わずか二〇年ばかりのうちにあれほどの大きな変化を 経験した主要国はほかにない、と多くの著者が結論している。明治時代をその目で見た B.H.チェンバレンの有名な著書『日本事物誌』は次のように書き出している――現代 日本の過渡期を過ごしてきた者は、「不思議なほど年をとったという気持ちを感ずる。 というのは、今この現代に住んでいて自転車とか徽菌とか勢力範囲とかいう話があたりに 充満している中にいる。それと同時に彼自身は中世のことを明瞭に思い浮かべることが できるからである」。 ////// 邦訳 早川書房発行 ///
381 :
◆0JFEyIQD1s :2014/08/31(日) 17:02:09.64 ID:uwTmuXQE
/// 文化にかこつけた権力 61 ///////// クーデターとして始まったことが、重大な政治的変革へと発展したのである。権力者も 政治機構も一新した。なによりも革命的変化は、国軍創設の結果であろう。何世紀にも わたり武器の所持を禁止され、違反すれば死刑だった非武士階級の強壮な男たちが、 戦う兵士として訓練されたのである。つまり、日本の平民が初めて、はっきり眼に 見える形で国家の目的に関わったわけである。 ////// 篠原 勝 (翻訳) ///
382 :
◆0JFEyIQD1s :2014/09/01(月) 23:31:54.91 ID:NXaxfPwz
/// 文化にかこつけた権力 62 ///////// 一般大衆がひとつの政治勢力になりはじめる一方、移入した外国の理論のおかげで、 多くの日本人が政治は詮議できるものだと気づいた。外国の政治制度の実例を知った 結果、自国の政治について早急に検討すべきだということになった。そこで、好奇心に あふれる日本人が政府転覆を図る可能性を持つ個人主義、自由主義、民主主義の外国思想に 侵されないよう教化する必要が出てきた。それ以前には必要のなかったことだが、日本に おける権力の行使のしかたを説明し弁明しなければならなくなり、新しい統制の方法も 導入しなければならなくなったのである。 ////// The Enigma of Japanese Power ///
383 :
◆0JFEyIQD1s :2014/09/04(木) 22:31:28.55 ID:NuW/Fh5i
/// 文化にかこつけた権力 63 ///////// わけても、国家的なアイデンティティを明確にすることがここで必要になった。ヨーロッパを しばしば荒廃させた外国との戦争に日本は直面しなかったから、共同の国家目的意識を"自然に" 発達させる刺激がなかった。ヨーロッパにおいては一六〇〇年から一八五〇年までの間に、 フランスが合計一一五年、英国は一二五年、ロシア一二四年、スペイン一六〇年、オーストリア 一二九年も、対外戦争にあけくれていたのだ。同じ期間に、日本はただ一度、禁制を無視して 日本沿岸に近づいたアメリカの商船に向けて発砲しただけである。うるさく迫る西洋の勢力に 対抗できるように日本の新しい国家主義的な信念を強化すると同時に、新寡頭政権による統治を 理由づける必要が生じたのである。 ////// Karel Van Wolferen ///
384 :
◆0JFEyIQD1s :2014/09/06(土) 13:08:54.40 ID:yTsVUrei
/// 文化にかこつけた権力 64 ///////// 明治の男たちは、彼らの目に圧倒的な威力として映った西洋の力の源が、日本に欠落 しているところの普遍的で超越的な思想・信仰体系にあるとの結論に達した。つまり、 西洋の法体系、アメリカの憲法、そしてとくにキリスト教である。西洋列強は、世界征服の 最上の手段として、意図的にキリスト教を選んだという印象が広まっていた。明治維新の 直前にすでに、国学者の中島広足が、キリスト教はヨーロッパの支配者が「民衆を従順にし 御しやすくする」ために使ったトリックだと説明している。 ////// K.V.ウォルフレン著 ///
385 :
◆0JFEyIQD1s :2014/09/07(日) 12:17:45.97 ID:SZrxLZc4
/// 文化にかこつけた権力 65 ///////// 明治の初め以来、宗教は政府の関心事だった。寡頭政治の指導者は当然のように、宗教の 問題は自分たちが答えを出すべき事柄だと考えた。その重要人物のひとり、伊藤博文は、 日本の諸宗教は弱体であるから、かわりのものを見つけなければならない、と結論づけた。 明治のいわゆる啓蒙思想の大家の一人、西周が一連の雑誌記事で論じたのがきっかけとなって、 一八七〇年代初期には、国家と宗教の関係が白熱した議論の対象になった。西は宗教の容認を 唱えたが、宗教は国益に介入すべきではないと警告した。 ////// 「日本/権力構造の謎」 ///
386 :
◆0JFEyIQD1s :2014/09/10(水) 00:18:05.80 ID:juVSDpHN
/// 文化にかこつけた権力 66 ///////// 彼はまた、政府は宗教に頼るべきではないとも、強く主張した。「いかなる政権であれ、 政府がその偽りを隠すものに頼っていては……崩壊や破滅を避けることができようか」。 彼は、国家宗教の確立をめざす、新しい支配者たちの動きを批判した。一方、政府は 神祗官制を復活させ、全国の神社を組織して、仏教の影響を抑えるため仏教の僧のもとに (神道)伝道者を派遣した。しかし、僧侶たちはこの新しい国家主義的な信仰を支持し 広めるのに難色を示し、またこのような努力自体が西洋人の日本に対する印象を悪くした こともあって、この国家宗教の確立をはかる初期の運動はしだいに衰えていった。 ////// 原書1989年刊 ///
387 :
◆0JFEyIQD1s :2014/09/11(木) 21:35:01.56 ID:/hEj0pLO
/// 文化にかこつけた権力 67 /////////// もう一人の明治の啓蒙思想の先覚者、中村正直が提案したのは、天皇がまずキリスト教の 洗礼を受けて範を示すべきだという解決案であった(中村はジョン・スチュアート・ミルの 『自由論』の翻訳者として知られる)。睦人天皇(明治天皇)はこの助言をを受け入れなかった。 もっとものちに、牛乳と牛肉をメニューに加えるという別の範を示すことになる。これらの 食品は大きくて頑丈な動物から取ったものであるから、日本人もこれを食すれば、肉を食べ 牛乳を飲んでいた西洋人のように大きくて頑丈になると信じられた。 結局、キリスト教は解決策にならなかったが、明治の寡頭政権は天皇を疑似宗教の要に据える ことで問題を解決した。明治の権力者たちは、彼らが設定した方式に合うような想像上の日本の 古代を呼び戻し、みずからつくり出した神格天皇を通して自分たちを正統化しようとした。 ////// 邦訳 早川書房発行 ///
388 :
◆0JFEyIQD1s :2014/09/15(月) 23:05:01.94 ID:0zqWT4Md
/// 文化にかこつけた権力 68 ///////// "国体の本義"と天皇の存在 天皇がユニークな天恵であると日本の市民に説得するのに、明治の権力者はその豊かな 伝説を利用することができた。日本最初の歴史解釈書『愚管抄』(一二一九年、著者は 政治活動もした仏僧、慈円)は、日本の本質が神聖な皇室の家系のユニークさにあると 肯定していた。中国では皇帝が選ばれたが、日本では天照大神が唯一の天皇の家系を造り、 歴代の天皇の統治に必要な、歴史の異なる段階に適した具体的な方策も残したというのである。 ///////// 篠原 勝 (翻訳) ///
389 :
◆0JFEyIQD1s :2014/09/17(水) 23:53:53.82 ID:GK0au+13
/// 文化にかこつけた権力 69 ///////// 『愚管抄』が書かれてからおよそ一世紀後、同書の説を疑わせるかのように二人の天皇が 対立する時期(南北朝時代)があった。南朝の政治に参加した当代きっての博学者、北畠親房は、 彼が選んだ天皇を支持すべく学術的論文を書いた。皇室の家系の神性を記したこの『神皇 正統記』は、王座と民衆の独特の関係を強調し、その現象を説明するのに彼は、中国語からきた "国体"という古代の用語を使った。"国体"は、日本語では普通"国の本質"と解されている。 のちにこの概念は、一九四五年まで日本人が吹きこまれることになる大和魂の中心イデオロギー になった。 ////// The Enigma of Japanese Power ///
390 :
◆0JFEyIQD1s :2014/09/20(土) 00:30:04.42 ID:9DXL9vmF
/// 文化にかこつけた権力 70 ///////// 先に見た通り、一七世紀と一八世紀の多くの思想家は、天皇家のとぎれず続いた家系の 神聖さを日本の優位性の証拠とした。皇室に関する一七世紀の大理論家、山鹿素行は、 中国でなく日本が本物の"中国"(中央の王国)であり、神道が儒教の発達を導いたのだと 主張した。彼の議論の中心には国体の概念があった。 この国体の概念は一八二五年にふたたび、『新論』の編者、会沢正志斎によって広め られた。彼の主張が、のちに明治の寡頭政権が作り上げた宗教の主要な要素になった。 皮肉なことに、会沢の考えは西洋諸国の力に着想したものだった。彼は、西洋の支配者の ほうが徳川幕府より"国体"をよく達成していると考えたのである。 ////// Karel Van Wolferen ///
391 :
◆0JFEyIQD1s :2014/09/20(土) 21:52:23.67 ID:9DXL9vmF
/// 文化にかこつけた権力 71 ///////// 明治のインテリの思想を決定づけるのに一役買った権力者は、熱狂的に"国体"の概念を 採用した。一八七三年の新聞紙発行条目はすでに、国体を批判してはならないものとしていた。 大和魂を宣伝した信奉者の諸説を織り合わせて、ひとつの包括的な国家神話を作り上げるのに 約二〇年かかった。この神話は、やはり明治の寡頭政権がつくり出した強力な二つの制度を 通して、国民の間に広められた。徴兵制の軍隊と教育制度である。 ////// K.V.ウォルフレン著 ///
392 :
◆0JFEyIQD1s :2014/09/21(日) 10:40:52.98 ID:yam125pD
/// 文化にかこつけた権力 72 ///////// 一八八○年代になると、日本の歴史の教科書は石器時代からでなく天皇の直系の先祖 である神々から始まるようになった。日本が半世紀にわたり甘受することになった教化が どのようなものであったかは、一八八二年の軍人勅諭によって分かる。しかし、その八年後に 発布された教育勅語が、なにが日本的で、なにがそうでないかを決める基底になった最初の 公式布告だった。それは、天皇がさらに栄えるよう、忠誠、孝行、そのほか一二の徳目を 養成せよとしていた。このような考えがすべての修身の教科書に組みこまれ、すべての学校で 朝一番に教えられた。 ////// 「日本/権力構造の謎」 ///
393 :
◆0JFEyIQD1s :2014/09/22(月) 21:46:07.76 ID:EyVpgPQc
/// 文化にかこつけた権力 73 ///////// 小学生たちは一八九二年にはすでに、天皇のために喜んで命を犠牲にすると誓う文章を、 暗記していたのだ。文部省が外国向けに要約し、説明したように―― 天の神々の直系の子孫として、天皇は〔その臣民との関係において〕主従ではなく 父と子として、代々ゆるぎなくその高き位置に立ってきた。皇室は親の家であり、 臣民は家族と親類縁者である。 ////// 原書1989年刊 ///
394 :
◆0JFEyIQD1s :2014/09/23(火) 20:01:43.01 ID:DFu0zce3
/// 文化にかこつけた権力 74 ///////// 西洋の思想が到来する前の神道復輿派は、儒教に頼らずには天皇の神聖さ以外ほとんど なにも唱えることができなかった。彼らは、自国の宗教が中国の思想に汚される前の 純日本的な穢れのなさに"戻る"ことを好んだのであろう。だが、神道は聖典も教義も 道徳規範も哲学的論文もつくらず、とぎれることなく続いた天皇の家系という考え以外には ほとんどなにも提示できなかった。"国体"の思想をめぐる討議も必然的に儒教にある 家族の概念を借用せざるをえなかったが、それらに、新しい中央集権的な日本と、強力な 国家を支えるブロシアの組織理論を加えた幅広いものにした。 ////// 邦訳 早川書房発行 ///
395 :
◆0JFEyIQD1s :2014/09/24(水) 23:07:16.44 ID:9ff38OIA
/// 文化にかこつけた権力 75 ///////// "家族国家"賞賛の教化には、日本の精神が危険な非日本的な思想に脅かされかねない という警告が添えられた。熱気にもえた明治初期の学者や学生は、実に広範な西洋思想に 接していたのである。英国の自由主義、ルソーの主権在民説、英米の経験主義、功利主義、 そして社会進化論などであった。さらに、へーゲルの国家についての思想は、マルクス主義や アナキズムが紹介される前に、日本で解釈がなされていた。しかし、人間の体験をすべて 包括しうる概念的枠組みとしての、西洋の道徳思想や政治思想の体系に対しては、疑念が 増してきていた。 ////// 篠原 勝 (翻訳) ///
396 :
◆0JFEyIQD1s :2014/09/26(金) 00:18:43.65 ID:/3pzCj0s
/// 文化にかこつけた権力 76 ///////// 今世紀を迎えるまでには、大和心信奉の神話が代用宗教になるほど堅固になった。 一八八○年代には、すべての国がなんらかの形の"国体"を持っていると考えられていたが、 今世紀に入ると、"国体"は日本の独占物になってしまった。当初、"国体"はナショナル・ ポリティ(国の政治形態)と英訳されていたが、のちには"国体"は日本独特の精神的意義を しみこませているので、どんな外国語でも表現できない概念だと説明されるようになった。 明治時代の政治的進展を要約して、歴史学者の高坂正顕が言うように―― 法律、神話、そして〈国家〉を崇めるものだとする古代の倫理の復活によって…… 国家が観察され、研究され、批判されるようになってからは……ひとつ変化が起こった。〈 国家〉は服して従うべきものとなった。人は〈国家〉を説明せずに信仰するようになった のである! ////// The Enigma of Japanese Power ///
397 :
◆0JFEyIQD1s :2014/10/08(水) 22:27:51.39 ID:ars2RmmO
/// 文化にかこつけた権力 77 ///////// 多くの人が"国家"を信仰していたらしいことが、一九一〇年にロンドン・スクール・オブ・ エコノミックスでこれをテーマに博士号を取得した植原(ジョージ)悦二郎の論文からも 推察できる。日本人は最初の(神話の)天皇である神武天皇以来、唯一無二の統治のものとに 生活してきた、と植原は述べた。日本人はつねに民族の単一性をきちんと維持してきた、とも 言っている。彼の見解によれば、日本がひとつの大家族である証拠は、日本人が同じ 行動形態を持ち、同じ感じ方をすることにある。 ////// Karel Van Wolferen ///
398 :
◆0JFEyIQD1s :2014/10/10(金) 21:28:04.18 ID:WMPsIfs2
/// 文化にかこつけた権力 78 ///////// そして「国に寄せる強い愛情が彼らの全神経系を刺激する」。天皇制は 「まさしく彼らの骨肉に浸透している」。天皇から「あらゆるものが発せられ、 天皇のうちにあらゆるものが存する。日本の国土で天皇に依存しないものはない。 天皇がこの帝国の唯一の所有者であり、法、正義、特権、名誉を授ける全能者であり、 日本国の統合の象徴である」。実際の国の統治・行政において天皇は目立った 存在ではなかったのを、この博士課程の日本人は気づいていたようだが、問題に しなかった。なぜなら、「日本の大君主はみずからの偉大さを示す必要はない」 からであった。 ////// K.V.ウォルフレン著 ///
海外でカルト指定され続け 日本でも犯罪だらけのカルト宗教 創価学会 統一教会は日本から出て行け
400 :
◆0JFEyIQD1s :2014/10/11(土) 15:26:25.31 ID:Vw1Ql7kv
/// 文化にかこつけた権力 79 ///////// 地方のサムライ化 徴兵制によって新しくできた大軍隊が"家族国家"のイデオロギー、軍事的な価値観と 軍隊による社会の組織化を効果的に全国に広めた。徴兵制の軍隊と教育制度が、日本を 急速に"サムライ化"した。武士の教育で範例になっていた規律や極端な"忠誠"の規定が、 国民の下層階級に広まった。 陸軍は二〇世紀初めの数十年の間に、地方に浸透していった。軍人は地方議会をとりこみ、 田舎の人びとの共同体意識を利用して陸軍の優先事項と村本来の慣習による優先事項とを 一体化させた。 ////// 「日本/権力構造の謎」 ///
401 :
◆0JFEyIQD1s :2014/10/12(日) 10:24:09.65 ID:flJwfBWD
/// 文化にかこつけた権力 80 ///////// 一九一〇年には、帝国在郷軍人会が設立され、つづいて一九二五年には軍部のエリート、 内務省と文都省の肝入りで大日本連合青年団がつくられた。一九二六年、青年軍妻訓練場が 軍部と文部省によって設けられた。そして最後に全国組織の大日本国防婦人会が設立され、 軍国化の努力がまっとうされたのであった。これら四つの組織の会員は、一九三五年に 一一〇〇〜一二〇〇万人に達した。軍は巨大な教化の機構をつくったわけである。こうして、 中国で戦争を始める頃には、"家族国家"の組織者たちは、六歳から四〇歳までの日本人の 心と頭に注ぎこむものを相当に統制できるようになっていた。一四歳までは学校で、 一四歳〜二〇歳は連合青年団を通じて、二〇歳以上は兵役と在郷軍人会を通してというわけだ。 ////// 原書1989年刊 ///
402 :
◆0JFEyIQD1s :2014/10/13(月) 10:45:16.53 ID:RULjw50J
/// 文化にかこつけた権力 81 ///////// 戦前"文化"の遺産 もし当節の日本の役人や知識人が"神務"、"皇道"、"徳道"と話しはじめたなら、同僚から 気が狂ったと思われるであろう。ごく一部の日本人がいまだに(天皇制がそのまま残されたから) 日本は一九四五年に無条件降伏しなかったと考えているとしても、一九四五年八月の原爆投下は、 日本固有の"国体"も交戦中の日本を結局のところ救いえないことを証明した。歴史上初めて、 外国の征服者が到着し、民族の単一性ととぎれなく続いた天皇の系譜ゆえに日本人は勇敢さでも 勝るという考えが否定されたのだ。 ////// 邦訳 早川書房発行 ///
403 :
◆0JFEyIQD1s :2014/10/17(金) 00:09:24.20 ID:pRKB3llm
/// 文化にかこつけた権力 82 ///////// 一九四六年の元旦に、日本人は、「天皇ヲ以テ現御神トシ、且日本国民ヲ以テ他ノ民族二 優越セル民族ニシテ、延テ世界ヲ支配スベキ運命ヲ有ストノ架空ナル観念二基クモノニ非ズ」 という"天皇人間宣言"を朝刊で知らされた。しかし、内閣が新しい体制を説明するために 一九四六年一一月に売行した小冊子では、今度は"国体"が"国の基本的な性格"を意味するもの とされて、日本存立の基盤であり、その中身は国民が国を統合する力としての天皇を敬愛する ことだ、となおも主張されていた。日本人は国を氷遠に存続するものと自動的に考えている ふしがある。この点、"国体"の思想にあるいろいろな概念はいまだに、現代の思想の基本的 要素である。 ////// 篠原 勝 (翻訳) ///
404 :
◆0JFEyIQD1s :2014/10/18(土) 22:57:23.40 ID:So1IRdu8
/// 文化にかこつけた権力 83 ///////// 徳川時代と明治のイデオロギーがどれくらい現代の日本に残っているかについては、 確かなことは言えない。その理由のひとつは、日本人があいまいな意味に満足する ことにあり、もうひとつは、日本人が伝統的な考え方や自己のアイデンティティの 問題に関して相反する感情を両立させることにある。一方では、二〇世紀初頭の 宣伝活動によく使われた文言の多くが、今日では滑稽なくらい時代錯誤だと 見られている。 ////// The Enigma of Japanese Power ///
405 :
◆0JFEyIQD1s :2014/10/19(日) 10:20:27.92 ID:+U8KPsk/
/// 文化にかこつけた権力 84 ///////// ところがもう一方では、心理的、社会的なテーマを扱う通俗的な書物によって、 個人が政治的に忍従することが日本流なのだと"分析"され、説き勧められる。 会社は恩恵を施す大家族だと主張しているし、民族的なユニークさと優位性が 一般にかなり広く信じられている。 服従の倫理と戦時中の神話があいもかわらず大衆娯楽のテーマとして登場するし、 戦前の宣伝活動のかなりの部分が今日の日本にしみついて残っている。一九八○年代 後半でも、たとえば日本の貿易に対する外国の制裁などによって国民が集団的に 自己隣欄と自己疑惑に駆られた場合、こうした昔の日本像が国じゅうで流行する 可能性はかなり濃いだろう。 ////// Karel Van Wolferen ///
406 :
◆0JFEyIQD1s :2014/10/23(木) 00:57:03.64 ID:O/dEch+R
/// 文化にかこつけた権力 85 ///////// 日本人のユニークさと優位性 教師や新聞やテレび番組は、日本文化がユニークであり、考え方、慣習、生活のしかたが 独特であると終始思いおこさせる。このような考えは、政府刊行物の数々の間接的な説明文 によっても強化されるし、このテーマのために特別に存在する独特の種類の書物によって 徹底的にたたき込まれる。"日本人論"と呼ばれるこの種の著作は、日本人は比較のしようも ないほど異色だという考えを強調するにとどまらない。さらに、日本人の在り方は世界の 他の国々より優れているので、より好ましいとしばしば主張する。 ////// K.V.ウォルフレン著 ///
>>399 創価学会も統一教会も万世一系の天皇制を肯定してるもんな。
神社本庁と同様にカルトであることは間違いない。
408 :
◆0JFEyIQD1s :2014/10/24(金) 00:26:06.91 ID:uKKpMM5e
/// 文化にかこつけた権力 86 ///////// 日本人論は時に非常に奇想天外な仮説の形をとることがあるが、ともかくも広く 信じられている考えを述べてあるものだ。日本人の読者は、誇張だと思う部分を 無視するであろうが、それでも日本社会のユニークさについての中核になっている 考えを確認するのである。"日本人論"として流布されている諸説は、部分的に相反する ところがあっても、すべてに共通する内容がある。それは日本人と西洋人の考え方や 行動は異なるとくり返し述べている点だ。 ////// 「日本/権力構造の謎」 ///
409 :
名無しさんの主張 :2014/10/24(金) 06:01:55.77 ID:lkFElFJn
日本は黄昏の時代に入る ハイテク化、多民族化した60年代って感じになるんじゃないのかな? 春は家族と満開の河原で卵焼き弁当330円をほお張る、花吹雪が美しい 同僚に気をつかって大嫌いな酒を日曜祝日を台無しにしながら 満面の笑顔で吐くまで飲む花見が義務だった時代があったらしい。 夏は海水浴にお出かけ、フナムシやカニの観察会 イソギンチャクやケヤリムシで花見するのも夏の風物詩 強い日差しと抜けるように青い空の下、岩に座ってセミの声に耳を傾ける 太陽熱温水器やソーラーパネル以外の屋根は真っ白で 道ゆく人々の殆どは半ズボン・サンダル ぎらつく太陽の真下で真っ黒な屋根の家で全館冷房をガンガン効かせ ネクタイ、スーツ、革靴が社会人として当然の時代があったらしい 秋はヒガンバナ・バラ・ホテイアオイ・コスモス・菊・紅葉と 見るモノが多すぎて大忙し マイカーって概念が殆ど消滅状態なので公共交通を全面活用 バスや電車はびっくりする程に充実 家やクルマの為にローンを組んで支払いに生涯を捧げ お出かけもせずに暮らすのが社会常識だった時代もあるらしい 冬は室内で厚着をすれば困る事は何もない クリスマスは商店街のツリーを楽しみ、LEDが街中を彩る 不可思議な事だが真冬に暖房をガンガンきかせて大汗かいて 全館暖房が絶対的な常識だった時代があるそうだ そんな社会になるんだろう (地獄と感じるか天国と感じるかはヒトによって違うだろう)
410 :
◆0JFEyIQD1s :2014/10/26(日) 00:08:04.85 ID:ZPIZuFDe
/// 文化にかこつけた権力 87 ///////// あたたかく、ウェツトで、非論理的 日本人論は、概して日本人は普遍的な価値を信じず"論理的でない"と認めている。そして このような特徴は利点とされ、そのため日本人はその時その場の具体的な状況に、より 身近に触れることができ、他人への敬愛も厚いという。西洋の慣習や作法は"ドライ"で"硬い" といわれ、日本の方は"ウェット"で"柔らかい"といわれる。砂粒のように個々に離れて つながりのない西洋人や、この点では同じ中国人と異なり、日本人は"湿っぼく"て"柔らかい"ので、 餅米のようにくっつきあう。同様に、西洋人の理性は"冷たく"て"ドライ"で"偏狭"だとされ、 片や日本人のアブローチは"あたたかく"て"ウェット"であり、したがってより人間的だとされる。 また、日本人論の理論家たちは、日本人は互いに相手の必要に極度に敏感で、言葉抜きで 意思を疎通させる特別な才能があると信じている。どの日本人論も、個人より集団を第一に することを強調し、日本人は自己を共同体の生活に没するのを好むとほのめかす。 ////// 原書1989年刊 ///
220 名前:名無しさんの主張 投稿日:2014/09/01(月) 16:24:15.65 ID:Bynv7fVQ 大手ホルホルブログの最新記事一覧wwwwww 海外「俺の国にも皇室があれば…」 天皇皇后両陛下のお姿に外国人が感銘 海外「俺は日本を支持する」 死刑囚2人の死刑執行に海外の反応は? トルコ「さすが兄弟国」 日本で行われたオスマン軍楽隊の演奏にトルコ人が感激 海外「神道的な美なんだよ」 日本の陶器の『不完全さ』を巡り外国人が論争 海外「日本の魅力に惹きこまれた」 慶応大の外国人留学生誘致PVが大好評 海外「日本の圧勝です」 世界の様々な高性能ロボットを見た外国人の反応 インド「日本は信頼できる先進国」 モディ首相 異例の日本滞在延長か 海外「日本の美を感じる」 日本古来の製本技術が外国人に密かな人気 海外「日本人が歌ってるみたい」 外国人が日本語で歌う『千と千尋』に絶賛の嵐 海外「世界最先端の性能だった」 幻の戦闘機『震電』の映像に外国人ゴクリ 230 名前:名無しさんの主張 投稿日:2014/09/08(月) 20:10:09.15 ID:??? 今週のホルホル 10日(水) 00:43〜01:13 [TBS] アメージパング! 番組内容 ニッポンを自慢したくてうずうずしている、日本人以上にニッポンが大好きな、ご当地外国人たち! 12日(金) 21:00〜21:54 [テレビ朝日] 世界の村で発見!こんなところに日本人 13日(土) 18:30〜18:50 [NHKBS1] エキサイト・アジア〜奮闘する日本人たち〜 14日(日) 00:45〜01:15 [テレビ朝日]これぞ!ニッポン流! 番組内容 日本人も知らない世界に誇れる『日本のスゴイ事』を日本が大好きな外国人生徒とともに学んでいきます 14日(日) 18:00〜18:45 [NHKBS1] COOL JAPAN〜発掘!かっこいいニッポン〜 14日(日) 18:30〜19:00 [TBS] 夢の扉+ 番組内容 まだまだニッポンは捨てたもんじゃない。 未来を切り拓こうと高き志と熱い情熱で立ち向かっている人、頑張っている人、そんな人がたくさんいる。
413 :
◆0JFEyIQD1s :2014/10/27(月) 23:19:51.37 ID:W22oWVIA
/// 文化にかこつけた権力 88 ////////////// 比較的力のあった戦後の首相の一人、中曾根康弘は熱烈な日本人論の信奉者である。彼は、 日本人が「モンスーン文化」に由来する独特の情愛を有していると信じていた(日本の夏は 暑いうえに、ひじょうに湿度が高く、ベトつく)。彼にとっては、キリスト教の愛も、仏教を 生んだ同じアジアのモンスーン文化に由来したに違いないということになる。キリスト者の愛が、 「目には目を、歯には歯を」というユダヤ・キリスト教の価値観を生み出した中近東の砂漠の 気候からきたはずがないというのだ。一九八六年のあるスピーチで、中曾根は言葉をにごすことなく はっきりと、日本の国際的な使命はモンスーン文化から生まれた思いやりの愛を他国に広めることだ と述べた。彼はまた、契約は思いやる愛のない砂漠文化の所産だとも暗示した。 ////// 邦訳 早川書房発行 ///
414 :
◆0JFEyIQD1s :2014/11/01(土) 22:44:15.32 ID:gK5Wzux3
/// 文化にかこつけた権力 89 ///////// このたぐいの"分析"はナショナリストの倫理哲学者、和辻哲郎(一八八九〜一九六〇)の 説のストレートな受け売りである。和辻は日本の外国征服の主要な弁明者で、征服は 世界史の圧力によって課せられた日本の運命の一部だと信じていた。戦前の有名な薯書 『風土』は、多くの日本人論の担い手を鼓舞した。彼は"モンスーン"型と"砂漠"型の文化の ほかに、主にヨーロッパに見出される"牧場"型の文化が存在すると仮定した。たいていの 西洋人は牧場と砂漢の混産物であるから、優しく愛すると同時にドライで観念主義的、 契約中心の思考を好むとされた。和辻によれば、日本は「情感豊かな活力と繊細さに溢れる」 人を生んだ、とくに独特なモンスーン型文化である。それゆえに日本人の間に親密で 家族のような関係が育つというのである。 ////// 篠原 勝 (翻訳) ///
415 :
◆0JFEyIQD1s :2014/11/02(日) 16:35:00.37 ID:mjM9hgg/
/// 文化にかこつけた権力 90 ///////// 一般の日本人は、このような論を額面どおり受け入れるものではないという意見をあまり 耳にしてこなかったのである。 日本人が自国の社会について書いた硬派の書物で、まったく日本人論の影響を受けていない ものは非常に少ない。また、驚くべきことに、日本人論は外国人著者による日本評価にも 大いに忍びこんでいる。抑圧や教化が日本人の振る舞いを決める要因であるという可能性に ついては、日本人論の世界ではいっさい考慮されない。そこには宣伝活動のつよさがある。 日本人論の見方からすれば、日本人が行動をみずから制限し"権利"を主張せずつねに上位にある 者に服従するのは、それしか仕方がないからではなく、日本人であるから自然にそうする。 日本人は自己を抑制したくなる特別な頭脳をもって生まれるかのように描かれるわけである。 ////// The Enigma of Japanese Power ///
416 :
◆0JFEyIQD1s :2014/11/03(月) 10:50:49.85 ID:WgNszIU5
417 :
◆0JFEyIQD1s :2014/11/08(土) 11:56:51.68 ID:Ypchb1/w
/// 文化にかこつけた権力 91 //////////// 日本人は自分たちが肉体的にも他の国民と異なる"一種独特の人種"であるという考えを、 驚くほど容易に受け入れるようだ。日本人の体の構造は外国人とは違うから、外国の会社が 製造した医薬品は日本での使用許可を出す前に特別なテストを受けなければならない、と 役人たちが外国のピジネスマンに説明するのを筆者も聞いたことがある。全国農協中央会 (全中)の元会長、岩持静麻は、ある時外国特派員たちを前に、「周知の通り、日本人の 腸は外国人の腸より約一メートル長い」ので、米国産の牛肉は日本人が消化するのに適して いないと理解すべきだ、と説明した。一九八七年一二月にワシントンを訪れた自民党の 総合農政調査会長・羽田孜も、赤肉を消化するのが難しいという、日本人の長めの 消化管について述べている。 ////////// Karel Van Wolferen ///
418 :
◆0JFEyIQD1s :2014/11/09(日) 10:23:52.48 ID:65KgWDB7
/// 文化にかこつけた権力 92 ///////// 日本人のユニークさを立証するという見事な"科学的証拠"が角田忠信博士の有名な研究から 生まれた。つまり日本人の脳は、西洋人どころか世界中の人の脳と本質的に違うことを彼は 発見したのである。この研究者によれば、日本人は虫の音、寺の鐘、ハミングや鼾を脳の 左半分で聞き、西洋人は右半分で聞くという。 日本人は左右の脳を他国の人びとと違う使い方をするので、日本人の考え方は異なるのだと 角田博士は示唆する。しかし彼の実験法には大いに疑問がある。彼の実験の外国人被験者の 一人だった知人から筆者が受けた印象では、その実験は自己暗示が重要な役割を果たして いたようだ。だが、彼の著書は日本でよく売れ、彼の見解は半官営である国際交流基金に よって海外に紹介されるほど公的に認められている。 ////// K.V.ウォルフレン著 ///
419 :
名無しさんの主張 :2014/11/09(日) 17:17:33.21 ID:ma+0GT9W
誘導です
集団ストーカー・電磁波犯罪被害は24時間365日、何年も続きます。
そこから考えられる事として、真犯人は、
1.加害装置をコントロールする端末の前に座りっぱなし
2.無職であること
3.引きこもりであること
4.1日8時間危害を加える行為を行ったとしても、被害者に対し、ローテーションを組んで加害行為を行っている
5.仲間が必ずいる
などが考えられます。
被害者が精神病であるという前提を無視すると、面白い仮定が可能です。
貴兄らの思考ゲームのはじまりです。
さぁ、精神病の前提をはずして、犯人像を自由に語れ。
http://wc2014.2ch.net/test/read.cgi/soc/1414651762/
420 :
◆0JFEyIQD1s :2014/11/14(金) 00:47:08.37 ID:setEUYVB
/// 文化にかこつけた権力 93 //////////// 日本人論の一分野で人気があるのは、日本語を論じるものである。多くの日本人が、日本語は 習得が特別に難しいと考えている。それも表記法が途方もなく複雑だからではなく、日本語には 他の言語にない"霊"があるからだという。"言霊"は、日本人がすぐれた独自性を持つという戦前の イデオロギーの中の重要な神話的な要素であった。"言霊"は、中国や西洋からの借用語が表現 できないほどの深い意味を持つ純粋な日本の言語、"大和ことば"に宿るとされている。日本語に 固有の独特さがあるという考えは、たいていの日本人論者にとっては重要だ。それは、日本語の 微妙なニュアンスや言外の意味を、粗野だとされる西欧の言葉と対照させて、日本人のユニークさを 改めて証明できる、彼らの新しい証拠となるからだ。 ////// 「日本/権力構造の謎」 ///
421 :
◆0JFEyIQD1s :2014/11/15(土) 00:06:25.46 ID:setEUYVB
/// 文化にかこつけた権力 94 ///////// 文部省の統計数理研究所がおこなった日本人の物の考え方についての調査結果にヒントを得て、 主要な日本人論者の一人である山本七平は、日本の若者は徳川時代の価値観と社会的態度に戻りつつ あるという結論を出した。彼によると、この徳川時代型の日本人の特徴は、気楽に伝統的な規律に 順応し、わざわざ意識して努力することなしに規律を受け入れ享受することである。これは本来の 自分のままでいられるのだから、現在を楽しむのに最善の生き方だという。そして、このようなことが 可能なのは日本社会が擬制的血縁関係にもとづいているからだ、と彼は主張する。山本は、一九七〇年に 日本人固有の独特さを賞賛するユダヤ人、イザヤ・ベンダサンのペンネームを使って、このての 大ベストセラー第一号となった日本人論を書いて出版した。 ////// 原書1989年刊 ///
422 :
◆0JFEyIQD1s :2014/11/15(土) 19:44:13.32 ID:UO/vYBBz
/// 文化にかこつけた権力 95 ///////// 日本人論の著述は、日本的なものを信奉するイデオロギーを、個人を大切にする西欧の概念や、 西欧の政治的自己主張や、日本の政治文化を脅かすおそれのある西欧の論理的一貫性から防御する ためのエッセーだとみることができる。この意味で、日本人論は国学が徳川時代に漢学に示した 反発と比べられよう。当時も今も、日本人の優位性を証明しようとする試みが歴然と見える。 徳川時代の国学者は、自国の教えにある道徳を理解しなかった中国人に比べ、日本人はきわめて 道徳的であるとした。本居宣長の有名な一番弟子、平田篤胤のもとで、日本の伝統は諸外国に多大な 影響を与えたとして賞揚された。 ////// 邦訳 早川書房発行 ///
423 :
◆0JFEyIQD1s :2014/11/16(日) 18:27:58.60 ID:VH54FIbI
/// 文化にかこつけた権力 96 ///////////// インドよりはるかに西の国々においてさえ、人びとは天・地・人が偉大な神によって創造 されたと信じている、という。「したがって、日本はすべての国々の始祖であり、世界の 中心で根源の国である。天皇は、唯一無比の真なる天子であり、四海のうちのすべてを 主君として統治するよう定められた世界の君主である。」今日、日本は、外国人に"世界平和を 愛する"よう教える国として描かれ、調和によって達成された強さの見本とされている。 戦時中の日本人の想像物である欧米諸国にみられる意志の喪失と、それと対照的に日本は 一致協力することによって力を発揮できたとするイメージが日本人論に繰り返し登場する。 ///////// 篠原 勝 (翻訳) ///
424 :
◆0JFEyIQD1s :2014/11/21(金) 23:11:48.42 ID:Zl1HDx8g
/// 文化にかこつけた権力 97 ///////// 日本政府は、(当時の中曾根首相の主唱で)国際日本文化研究センターを設立し、日本文化の 特色を調査するよう決めた。関係者の説明によると、日本について大いに誤解している他国に、 調査結果を知らせるためということであった。このブロジェクトに関係した一部の学者が書いた ものから判断すると、文明の概念に対してまったく新しいアブローチを取ろうとしている。 このプロジェクトの隠された目標は、日本の歴史、社会的慣習、政治などの日本研究や日本評価を、 一般的な国際間の論議などの範囲外に置くことにあるようだ。日本の新聞は通常、日本人論の 見方に立つ説明が嫌いではないようだが、京都に新しい研究所を設立するのに政府が関与する という点にはさすがに異議を唱えた。たとえば朝日新聞は、一九三〇年代の学者を真似するような 日本の教授たちの発表に、諸外国はそれほど注意を払わないであろうと述べた。読売新聞の社説は、 政府が個人の生き方を決められた時代はもう過ぎたと当局に思い出させた。 ////// The Enigma of Japanese Power ///
425 :
◆0JFEyIQD1s :2014/11/22(土) 19:52:09.63 ID:cK3dJgHn
/// 文化にかこつけた権力 98 /////////// 同質性の神話 日本人論に欠かせない要素であり、日本の今の政治的イデオロギーの中核概念になっているのは 、日本人が単一の民族だという説である。民族的な純粋性と社会の単一性をうたう古い神話が、 装いも新たに復活してきているのである。しかしこの説は次の事実を無視している。まず日本では 地方によって慣習も態度も関心事も大いに異なる。またそこには、約三〇〇万人の被差別部落出身者、 一〇〇万人近くの日本生まれの朝鮮・韓国人のほかに、沖縄人や少数のアイヌ人がいる。さらに 韓国や中国やそのほか外国人の子孫で最近帰化したり日本で生まれた考が数十万人もいる。だが 単一民族説によって、日本には少数民族グループは存在せず、皆が同じように集団を第一にする 倫理によって動く事実に、日本人は誇りを持つようにいわれているのだ。その言葉の使われ方を みると、"同質性"という言葉は日本人のユニークさと同じことを意味すると考えられる。 ////// Karel Van Wolferen ///
原始人みたいに宗教に執着してる人の妄想
427 :
◆0JFEyIQD1s :2014/11/23(日) 19:02:53.93 ID:+5T9xjf6
/// 文化にかこつけた権力 99 ///////// 外務省は、一九八五年の夏に刊行した外交"青書"で、この国の大いなる経済的成功を祝い、 成功を民族的な単一性のおかげだと述べた。一部の官僚や、また特に目立って中曾根は、 日本が折り合って暮らさなければならない他の人種がいなかったことに感謝すべきであると 示唆した。中曾根は一九八六年九月には、アメリカには黒人やヒスパニックのような少数民族が いるので、日本より"知的"に劣ると述べて、アメリカ人などを仰天させた。アメリカからの 遺憾表明に直面した外務省は、誤解や文脈を外れた引用があったと主張したが、実はそうでは なかった。 ////// K.V.ウォルフレン著 ///
428 :
◆0JFEyIQD1s :2014/11/24(月) 18:01:24.73 ID:8u3PAjsn
/// 文化にかこつけた権力 100 ///////// 中曾根は日本人だけに聞かせるつもりのスピーチでこの発言をした。彼は民族の誇りを 国民に持たせようというねらいで長期のキャンペーンを続けており、これはその一環 だったのである。彼のスピーチを聞いた約五〇人の日本人記者のうち、これを報道するに 値すると判断したのはわずか二人だけだった。というのは、中曾根はそれまでにも似たような 発言をしており、多くの日本人が同じような見方をしているからである。 ////// 「日本/権力構造の謎」 ///
429 :
◆0JFEyIQD1s :2014/11/26(水) 22:27:22.73 ID:Igm95piV
/// 文化にかこつけた権力 101 ///////// 日本政府は、一九八○年に国連人権委員会に提出した報告書で、日本社会には少数民族は 存在しないと述べた。日本人が単一民族だとする考えは日本の管理者にとってひじょうに 重要で、このような公式の見解には重大な象徴的な意味があった。外国人が帰化する場合、 法律の規定はないのに戸籍に登録する名前を大和名(民族の多数派の名前)にするよう 強くすすめられる。法務省の官僚はカタカナ表記の名前に、「単一民族の日本社会には ふさわしくない」という根拠で反対する。 ////// 原書1989年刊 ///
430 :
◆0JFEyIQD1s :2014/11/28(金) 00:18:11.39 ID:g6Z4IvCq
/// 文化にかこつけた権力 102 ///////// 同質性の神話はまた、日本が貧富の差がわずかしかない無階級社会だというイメージにも つながる。政府は、一九五八年以来、毎年日本人がどの社会階層にいると思っているか 意識調査をしてきたが、一九六〇年代なかば以来"中流階級"だと思う者が過半数を占め、 一九八〇年代にはその数は九〇パーセントに達した。この調査の結果を毎度報告する新聞は、 誇りにできる同質的な国家に属していて良かったと読者に思わせる。調査は回答者の主観に もとづくもので、なにをもって"中流階級"とするかは明示されず、収入の違いもいっさい 説明されない。 ////// 邦訳 早川書房発行 ///
431 :
◆0JFEyIQD1s :2014/11/29(土) 00:08:15.98 ID:Xc62nbOz
/// 文化にかこつけた権力 103 ////////////// 収入を円の国内での購買力に照らして評価すると、かなりの数の日本人が比較的貧しい はずである。数人の政府高官が、実際の失業率は公式発表のおよそ二倍だろうと認めている。 別の推計では三倍になるという人もいる。一方、一九八七年に、日本には一〇億ドル以上の 財産を持つ長者が二二人もおり、アメリカより一人多いと分かって日本人を大いに驚かせた (アメリカの人口は日本の二倍)。日本の長者のうち、一人は二一〇億ドルに相当する財産を 持っている。為替レートや恐ろしいほどの地価高騰が日本側の数字を高くしたのは間違いないが、 リストにあった人びとはもともと相当な富を保有していたはずである。つまり、日本社会を "単一階級"あるいは"無階級"とするのは適切ではない。 //////////// 篠原 勝 (翻訳) ///
432 :
◆0JFEyIQD1s :2014/11/29(土) 14:20:29.55 ID:Xc62nbOz
/// 文化にかこつけた権力 104 //////////// 同質性と、日本人に特別の純粋な特性があるとする二つの考えは、しばしば組み合わされる。 このことは、言葉でながながと説明されることはめったにないが、日本文化と外国人の流儀との 衝突を取り上げる映画やテレビの連続ドラマに現われる。"純粋な"大和心つまり大和魂―― 大和民族の精神、本物の日本人、中国文化や西洋文化の影響に汚されていない神秘的なもの ――の考えは、一九四五年の敗戦時にはいずこかに姿を消していたが、数十年後にはきわめて 劇的に復活した。"大和心"という明白な表現は使われないにしても、一九八〇年代には、 同質性の考えがマスコミの多用する"民族"という言葉に伴って出現した。 ///// The Enigma of Japanese Power ///
433 :
◆0JFEyIQD1s :2014/11/30(日) 12:32:07.78 ID:plX9MOgw
/// 文化にかこつけた権力 105 ////////////// "民族"という用語は社会的有機体や家族的な一致団結を暗示するが、文脈によってはナチスが 使った意味でのドイツ語の"フォルク"に類似する。中曾根元首相は、彼のいくつかのスピーチから 判断すると、人種色のない"国民"や"民衆"という語より"民族"という言葉を好んだようだ。 また政府刊行物や日本人の態度や行為についての官僚の説明にも、それはしばしば登場する。 現在の政府の報告書にも、文部省が一九三七年に編集した"ナショナルエッセンス"の重要点を 羅列した小冊子『国体の本義』に書き記されていた主張の跡を思わせる記述が見られる。 それらの古代からあったとされる特質のおかげで、日本は、国家的な組織を引き裂く敵対階級の ない、よく調和のとれた繁栄する社会を生む唯一の工業国になれたというわけだ。 ///// Karel Van Wolferen ///
434 :
◆0JFEyIQD1s :2014/12/01(月) 22:33:46.55 ID:CRRhmTpW
/// 文化にかこつけた権力 106 ////////////// 硬派の西欧の日本研究者なども、人種的、社会的な同質性が社会の結合、政治面の"コンセンサス"や 協力のもとになっているという考えを支持する傾向にある。彼らはしばしば、日本の人種混合は 一〇〇〇年以上も前のことだと指摘する。この種の論はたしかに魅力的である。人種のるつぼと いわれるアメリカのような国に育ったり、移住外国人労働者や旧植民地の人びとの流入による 調整問題を近年じかに経験した一部のヨーロッパの国々の研究者にとっては、特にそうであろう。 しかし、日本の"同質性"では説明できないこともある。日本には解決しがたい問題を起こす少数グループが 現に存在するし、公には認められていないものの相当な社会的緊張がある。日本同質説は、これらの 事実を無視するもので誤解をまねくものである。 ////////// K.V.ウォルフレン著 ///
435 :
◆0JFEyIQD1s :2014/12/03(水) 22:24:57.97 ID:98j6r//S
/// 文化にかこつけた権力 107 ////////////// たしかに、あからさまな不一致は多くの日本人を不快にする。紛争の両当事者を責めるという 何世紀にもわたる喧嘩両成敗の伝統がいまだに存続している。これは、日本人がいがみ合わず 仲良くやっていると見せるのに、大いに効果的な手法である。だが実際には、日本人が他の国民よりも 隣人を愛するわけではない。考え方が似ていて、振る舞いが一様に見えるから、その裏に隠された 社会的結合力の問題がカモフラージュされるだけだ。日本の社会は、同質性の神話をもって包み隠さ なければならない多くの衝突をかかえている。支配階級のエリートの間でとめどもなく続く衝突を この神話が隠している。エリートたちが無条件に同意するのはただひとつ、現在の権力の仕組みを 存続させることだけである。神話はまた、一方に<システム>の管理者、もう一方に左翼その他 <システム>に代表されるものに反対する集団、個人との間で展開される、儀式化されてはいる ものの慢性的な政治上の衝突も隠ぺいしているのである。 //////////// 「日本/権力構造の謎」 ///
★May_Romaの打倒宣言「愛国ポルノ」をぶっ壊せ! 1
2014.11.18 07:00 DMMニュース
http://dmm-news.com/article/898524/ 今回も日本のぶっ壊さないとならないものを、思いっきりぶった切らせていただきます。
日本で今年最も話題になったものの一つといえば「愛国ポルノ」でございましょう。この恥ずかしき
歯クソはさっさとコンクリで練って、納豆とみの虫と一緒にミキサーにかけて、固めるテンプルで
固めてシベリアに船で輸送しなければなりません。
儲かっているらしいので、ワタクシも一発こういう本でも書いて、林真理子女史の様な豪邸でも
ぶっ建てて、高須クリニックで全身整形でもたりたいという誘惑にはかられますが、「シニタイ」
「会社辞めたいんだけどどうしたらいいですか」みたいな相談ばっかり来てしまって、さばくのが
急がしいいので、手が回っておりません。
ところで「愛国ポルノ」とはなんでありましょうか。を一言で表すならば、「日本SUGEEE!!!」と
延々と吠えまくるオナヌー本とかオナヌーテレビのことをいいます。なぜ「ポルノ」かと言えば、そういう
テレビとか本をオカズに「日本SUGEEE!!!」と延々とハアハアハアするからですね。
帰省したとき義父から自慢話を聞かされる感じ
そういうテレビや本は、皇室の方の名前の漢字が読めないためiPhoneでいくら打っても「名前の漢字が
でてこないおかしいiPhone壊れてる」と大騒ぎしている「ネットde真実」の皆さんとか、隣国が金持ちに
なって超悔しいと怒っている団塊老人の娯楽となっています。
しかしなぜこのオナヌー本やテレビをどうにかしなければならないかと言いますと、要するにですね、
恥ずかしいからです。
この「日本SUGEEE!!!」のオナヌー本やテレビの恥ずかしさを日常生活に例えてみましょう。
「俺はPTA会長だったから凄い」
「俺は会社では最も優秀な係長だと言われていた」
「俺はそろばんに関しては多分この町内では誰にも負けない」
「おい、玄関の花をみたか。あれな、農協の大会で賞もらったやつだから。俺は花に関しては町内で一番だから」
「お前、車磨いといてやったから。俺は会社で車を磨かせたら一番だったんだから。どうだすごいだろ。
★May_Romaの打倒宣言「愛国ポルノ」をぶっ壊せ! 2 水垢をここまで落とせるのは俺だけだし」 「ちょっとこのゴルフコンペの表な。俺がワープロで作った。エクセルっちゅーのに字を埋めるわけよ。 どうだすごいだろ。これ誰にも真似できないから。会社の事務の女の子がエクセルを方眼紙みたいに使うのって わけわかんねーっていうから、俺がやってやったのよ。婿さんよ、あんたは会社でコンピューターやってる かもしれないけど、俺みたいにきっちりとはつくれないっぺよ」 「俺は小学校の時は級長やってたの。しかも成績は全部5だから。5段階の。10歳の頃までには図書館の 本を読んでたからね。神童っていわれてたもんさ」 どうですか、皆さん何かを走馬灯の様に思い出しませんか。正月や盆の度に帰省すると延々と自慢を 足れるあなた様のボケ気味の義父を。 そのウザサとスケールの小ささと、どうでもいい事柄の自慢に、あなた様はジジイよ早く死んでくれないかと 雑煮をすすりながら2000回は祈った記憶があるはずです。 車線変更時の挨拶なんて、他の国でもやってる! 「日本SUGEEE!!!」本とかテレビには例えば以下のようなものが語られます。 「日本では車が車線変更する時に運転手が挨拶する。SUGEEE!!!」 「ウズベキスタンの日本人捕虜が作った劇場は地震で倒れなかったんだぜ。捕虜なのに激務で仕事も きっちりやってSUGEEE!!!」 「都内には無料でクラッシックを聞ける所があるぜ。SUGEEE!!!」 「日本の牛丼は安いんだぜ。SUGEEE!!!」 「日本は世界で一番人気があるんだぜ。SUGEEE!!!」 しかしですね、車線変更の時に挨拶するなんて、他の国でもやってるんですよ。そんなの日本だけじゃねーし。 ウズベキスタンの捕虜がウズベキスタンに到着した頃にはナボイ劇場はかなりでき上がってて日本人捕虜が やったのは左官仕事でありました。 日本はやたらと無料イベントやってるところがありますが、その無料イベントは税金でやってて、お前 日本は国が借金浸けだろ、借金どうすんだよ、です。 で もって、牛丼が安いのはワンオペで従業員を酷使してるから人件費削れるからであって、別に凄くも 何でもないんです。しかも牛肉輸入品だし。
★May_Romaの打倒宣言「愛国ポルノ」をぶっ壊せ! 3 日本は世界で一番人気があるって、あんたそれエリトリアとかボツワナでもそうなのかよ、ですよ。 そもそもエリトリアの奥地の奴らは日本って国をしらねーよ、ですよ。 要するに「日本SUGEEE!!!」は、あなた様のボケかけた義父が、他人が大迷惑だと思っているエクセル 方眼紙でゴルフ会のお知らせを作れることを誇る様な、恥ずかしいオナヌーに過ぎないということです。 別の例を考えてみましょう。見るからにキモヲタの同僚が、「俺は10年前は痩せてて100人斬りをやってた」と 豪語したりします。会社という場では不細工男ほど「俺はかつてモテモテだった」という過去自慢とか 「俺の小指は長くてキレイ」というどうでもいい自慢をなさるものです。なぜかはわかりませんが、 そういう風になっています。 しかし会社の女子社員は、最初からキモヲタなぞ眼中にありません。キモヲタの上、仕事もアレで、昇進の 見込みもない様な男の自慢を聞きたいわ、一緒にお食事に行きたいわ、なんて思う女子はいないのです。 いたとしたら、それは認知症老人のクソまみれのオムツを替える様なボランティア精神です。 大半の女子社員に取っては、キモヲタの同僚がもてたかどうかなぞどうでも良いことであり、見るからに ダメなのに、些細なことを自慢されても、よけいにそのダメ男加減が目立つだけであります。 そもそも、もてまくりのイケメンというのは、縦からみても横からみてもモテルとわかりますので 「俺の小指は長くてキレイ」とか「俺の耳クソは特別だから女子に人気がある」と自慢する必要はないわけです。 愛国ポルノが蔓延れば「アレな国」の仲間入りに そういうわけで、「俺の耳クソは特別だから女子に人気がある」「俺は隣の席の吉田君よりも紙粘土で ペンギンを作るのがうまい」などと壮大な自慢をしまくる様な本が書店の店頭に並んでいたり、テレビで 垂れ流しというのは、要するに日本というのは、生き甲斐は婿への自慢だけというボケかけた義父の様な 情けない存在だといことを、全世界にアピールしているということなのです。
★May_Romaの打倒宣言「愛国ポルノ」をぶっ壊せ! 4
こんなものがのさばっていると、日本は中二病でインキン持ちの恥ずかしい非モテ認定されてしまい、かのリ
ビアや北朝鮮やアルバニアやオソロシヤなどの「アレなお国」のお仲間になってしまい、外国の優秀な方々からは
相手にされなくなり、アレな国と徒党を組んでやって行かざる得なくなるのです。
しかし謎なのは「日本SUGEEE!!!」と叫ぶ割には、原発は直らないし、借金だらけだし、円安で経済が
ボコボコで米CNBCのキャスターに「日本からのレポートはさっぱり意味がわかりません。日本は一体何を
したいのでしょうか?」と言われているし、老人は増えてるし、年金もボコボコなことであります。
本当に「日本SUGEEE!!!」なら、とりあえず汚染水が逆流してたの一年気が付きませんでした、とか、
年金がどっかいっちゃってわかりません、とか、消費税増やして消費は伸びますからと言い張るインチキ
エコノミストをどうにかするとか、さっさとファンダメンタルなものを解決しろよと思うのであります。
ところでワタクシが愛国ポルノ様に関して最近心配していることといえば、そろそろ題名がネタ切れなんじゃ
ないかということです。「嫌○」「反○」「呆○」「誅○」「亡○」「犯○」「恥○」「沈○」と来ましたが、
編集様、次はどうするんでしょうか。あまりに難しい漢字を当てますと、「ネットde真実」の皆さんとか、
低能な団塊老人は題名が読めないので悩ましいところでありますね。
著者プロフィール
コンサルタント兼著述家 May_Roma
神奈川県生まれ。コンサルタント兼著述家。公認システム監査人(CISA) 。米国大学院で情報管理学修士、
国際関係論修士取得後、ITベンチャー、コンサルティングファーム、国連専門機関、外資系金融会社を経て
ロンドン在住。日米伊英在住経験。ツイッター@May_Romaでの舌鋒鋭いつぶやきにファン多数。
著作に『ノマドと社畜』(朝日出版社)、『日本が世界一貧しい国である件について』(祥伝社)など。
公式サイト/谷本真由美(@May_Roma)の「週刊めいろま」
http://magazine.livedoor.com/magazine/80 http://dmm-news.com/article/898524/
440 :
◆0JFEyIQD1s :2014/12/06(土) 14:19:12.71 ID:HiWK9/Dz
/// 文化にかこつけた権力 108 ///////// 一生続く教化 日本人論は基本的に、"国体"イデオロギーから軍事的な要因を除いたものである。日本人は ふたたび同質性の神話によって、本質的にひとつの幸せな大家族の一員であると自身にも 外国人にも言い聞かせているのである。この国全体について言えることは、国を構成する 単位のいくつかについても、さらにはっきり言える。特に大企業はサラリーマンに、仕事は 家庭や妻や子供のためだけではなく、職場という恩恵を施してくれるもうひとつの大家族の ためだと信じ込ませる。 ///// 原書1989年刊 ///
441 :
◆0JFEyIQD1s :2014/12/07(日) 16:37:06.02 ID:zrDr2TkR
/// 文化にかこつけた権力 109 /////////// 6章で見たように、会社と家族を類似のものとする宣伝が広められたのは今世紀はじめの数十年で、 労働争議と初期の組合運動に対抗するためであった。また、徳川時代には、"イエ"の厚生――血縁関係 ではなく、経済的あるいは政治的任務によって結ばれた家族――が、社会統制のうえで重要な方策に なっていた。近年出された主要な日本人論のひとつ(『文明としてのイエ社会』)は、この近代以前の 政治的構成を戦後日本の根本的な社会組織原理だとしている。この理論は個人が倫理的に集団に服従する ことを伴った集団生活が不可避だとする前提から出発する。こうして、この理論は、多分意識せずにでは あろうが、日本の大の大人が、自立することなく永久的に政治の監督下におかれることを是認するわけだ。 ///// 邦訳 早川書房発行 ///
442 :
◆0JFEyIQD1s :2014/12/10(水) 00:19:53.44 ID:3IkRphf/
/// 文化にかこつけた権力 110 //////////// 一部の西洋人は"一人の人間の全人格"を管理・生産構造にとりこむ日本のやり方を賞賛するが、 彼らはこのことが通常、家庭生活を犠牲にして成立している事実に気づいていないようだ。彼らも、 せいぜい一〇人かそこらのサラリーマンの結婚生活をちょっと見てみさえすれば、そのことを 納得するであろう。また、会社が家族的だからといって、サラリーマンが同僚と本当に親密になると 考えてはならない。逆に、職場で家族のような関係を強いられるので、親密な絆に欠かせない 自然なつき合いが生じにくい。 ///// 篠原 勝 (翻訳) ///
443 :
◆0JFEyIQD1s :2014/12/10(水) 22:25:25.61 ID:3IkRphf/
/// 文化にかこつけた権力 111 /////////// 企業が家族だというたとえは、経営管理者が行使する権力を隠べいするものである。日本の 産業界の労働状況に詳しい、ある専門家が言うように、 日本の労働倫理のさまざまな側面は、究極的には、根本的で誤解の余地を残さない力関係に もとづいている。……日本の経営者が、伝統的な経営者に許された特権の大部分を保持し、 権力の手綱をしっかり握ってはなさないことに疑いの余地はない。労働者の経営参加、労働者の 責任感、労働者の社内訓練と養成そのほかすべて、このような文脈のなかで理解しなければ ならない。これは、会社を民主化しようと努力する者にとって、手本にすべき理想とはまず 言えない。 ///// The Enigma of Japanese Power ///
444 :
◆0JFEyIQD1s :2014/12/12(金) 00:18:33.96 ID:yr8m5BsH
/// 文化にかこつけた権力 112 ///////// 今日、家族主義の神話は、財界によって熱心に広められている。役人と政治家はその神話を 世間に訴え、日本人論の見方から仕事をする学者たちもそれを支持している。しかし、もし 日本人の大半が国家的大家族の一員だと本当に考えているのなら、このようにあらためて 想起させたり、懸命に説得する必要があるだろうか? また、ここで問題にしている神話が、 イデオロギー的なまやかしであると結論できる、別の理由がある。日本の女性や大都市圏以外の 地域に住む一般の日本人は、自分のことを説明するのに「われわれ日本人」という表現を あまり使わない。日本人が<システム>の重要な部門から離れていればいるほど、"大家族"の 教化に影響されにくい事実を示しているといえるようだ。 ///// Karel Van Wolferen ///
445 :
◆0JFEyIQD1s :2014/12/13(土) 08:37:00.86 ID:PwcTkCJU
/// 文化にかこつけた権力 113 /////////// このように、日本の権力はいろいろな段階で、独特な文化というイデオロギーに装われている。 日本人に一生つきまとう教化の主要な目的は、服従を続けさせることにある。そして、この 政治的な現実に支えられる文化が、いろいろなやり方で服従の念をさらに強める。世界を あるがままに受け入れるという考え方が、流行歌やたくさんのよく知られた物語、数々の テレビ連続ドラマでもてはやされる。社会的に賞賛される、受身的な態度は、教育制度や 会社などの要求に――たとえ要求が不条理なものであったとしても盲従する姿勢を強めてしまう。 人為的に引き起こされたものであろうとなかろうと、不幸を前にしてはあきらめるのが円熟の しるしとみなされる。騙されたと騒ぎたてる者は、"未熟"ということになる。この態度があるから、 自然発生的あるいは組織的な不正な金もうけも多くなる。日本人は日常生活でいろいろなヒントを 通じて、自分の属するより大きな社会に個人としての自己を"没する"よう積極的に誘導されるのである。 ///// K.V.ウォルフレン著 ///
446 :
◆0JFEyIQD1s :2014/12/14(日) 09:58:04.12 ID:dQne2o29
/// 文化にかこつけた権力 114 /////////// 頭を鈍らすためのイデオロギー 社会・政治的な現実を説明する際の知的構築物を支配するイデオロギーの影響力を知るには、 イデオロギーが知的市民を引きつける力だけでなく、それがどのくらい他の知識を持つ機会を 奪っているかを考慮すべきである。日本では、自国のイデオロギーが、それと根本的に異なる 考えを制するので、市民の知的な刺激を抑えることになる。サラリーマンや流れ作業の労働者が、 実は強制させられているのに、神秘的に結びつけられている高尚な文化ゆえに仕事をやっていると 信じこまされたり、はたまた、自国の文化こそが幸せの根源なのだと言われれば、反抗的な考えが 育ちにくくなるだろう。さらに重要なことがある。彼らの読む新聞論評の大半が、個人的な生活より 会社への奉仕を選ぶのは、より意義のあるさだめを全うすることになるという見解を補強している としたら、知性が鈍くなるのも当然である。 ///// 「日本/権力構造の謎」 ///
447 :
◆0JFEyIQD1s :2014/12/17(水) 22:52:12.28 ID:eaQiGAqe
/// 文化にかこつけた権力 115 ///////// このような状況の理由をさぐろうとする知的能力と個人的性向を持つ日本人がいたと しても、体制ぐるみで彼らに与えられるのは愚にもつかない説明である。このため、 しばしば虚無主義者になったり、極端な唯美主義に逃げてしまうことになる。 日本人的なものを信奉するイデオロギーが今日でも幅を利かす一因は、戦後日本の 生活に全般的に見られた知的貧しさによる。日本は因襲によって必然的とされている 権力関係やそこから発生する社会的行為を意欲的に分析する知的伝統を欠いていたから、 煽情的な週刊誌や知識人向けの月刊誌がのせる社会・政治的な現実の説明も、疑わしい 内容になりがちである。 ///// 原書1989年刊 ///
448 :
◆0JFEyIQD1s :2014/12/18(木) 22:50:13.97 ID:EfaTey+m
/// 文化にかこつけた権力 116 ////////// これらの雑誌は、きまったように日本人論の記事を載せる。日本文化のイデオロギーが 圧倒的で強力であり、いたるところに顔を出すので、日本の評論家は自分の知的な 警戒心を保つのがきわめて難しくなる。一部の知識人は、自分の研究領域で文化的説明が 悪用されるのに気づいているようだが、他の領域の誤用は気にしないようである。 日本人は集団生活を好み、本来訴訟好きではなく、論理的に考える必要もないとくり返し 言われる中で、荒野に呼ばわる少数者の声を聞きとるのは、もともと聞く耳のある者だけ である。少数者の意見は、めったに新聞でもお目にかかれないしテレビにも登場しない。 これぞ現代日本の正統派の力といえる。 ///// 邦訳 早川書房発行 ///
449 :
◆0JFEyIQD1s :2014/12/20(土) 08:55:03.58 ID:5LUrg6BA
/// 文化にかこつけた権力 117 ///////// 日本人は<システム>が要求する規律をいとも平然と受け入れる。単に、国民の大半が 疑問すら抱かないからである。日本人の生活と文学を熟知する高名な研究者、エドワード・ サイデンステッカーは、こう言う――「日本社会を理解する鍵は、日本人がノーを言う ように教えられていないことを理解することだ」。たいていの日本の中学や高校では 社会の仕組みについて疑ってみる態度を奨励しないし、それどころか、なんであれ 質問する生徒に対していやな顔をしがちである。日本の親も同様である。あまやかされた 日本の子供はとても反抗的になることもあろうが、母親相手の心理ゲームでは、自己を 社会的な枠組みとの関係において客観的に見る学習の代用にはならない。 ///// 篠原 勝 (翻訳) ///
450 :
◆0JFEyIQD1s :2014/12/21(日) 09:17:25.44 ID:NS3kC7U9
/// 文化にかこつけた権力 118 /////////// いうまでもなく、日本人もみずから構築したものに対し「ノー」と言う、人間として 各国に共通の能力を持つのだ。だが、日本の若者は成育の過程で、社会は究極的に 人間の考えの産物であり、自然の気まぐれまかせの避けられない結果ではないという 点について教えられない。 もし日本人があえて、自国の社会・政治的な環境について質せば、そんなことは 止めるよう始終仕向けられることになろう。森田療法や内観療法など社会的要因による 心理的混乱のための治療法では、個人としてのアィデンティティを確立しようとする 欲望を抑制する。患者は、自己を見出して落ち着くのではなく、外界に対する態度を 変えるよう指導されるのである。患者が個人的な考え方や感情を精神から消す時、 "治癒"が始まったとされる。 ///// The Enigma of Japanese Power ///
451 :
◆0JFEyIQD1s :2014/12/22(月) 22:05:08.28 ID:64kqAmh/
/// 文化にかこつけた権力 119 ////////// 制度化され"文化的に"認められた服従の仕組みと、権力者が思うままに現実を提示 するのを許す日本の柔軟性が、権威主義的な権力行使に理想的な環境をつくり出す。 事実、先にも見たように、"官僚的権威主義"という分類表示こそ日本の政治統一体を 指していうのにもっとも近いであろう。ただしひとつの問題がある。普通、権威主義の 体制では、社会を制御する力の源がはっきりと分かるものだ。ところが日本の場合、 統制力がいたるところから、また社会そのもののなかからも、たえず出ているように 見える。公の権威構造と社会――サラリーマンにとって、後者は主に会社――が、 一般大衆の頭の中でひとつになり、さらに"日本文化"の本質的要素になっている。 国家、社会、文化がひとつの大きな混合物になり、全体を包みこむ自然現象、また 逃れられない力として、日本人の大半に作用している。そして日本人は、この力を 善と見るように仕向けられるのである。 ///// Karel Van Wolferen ///
452 :
◆0JFEyIQD1s :2014/12/23(火) 18:22:25.03 ID:8dQ9paKv
453 :
◆0JFEyIQD1s :2014/12/25(木) 22:39:09.62 ID:E7YzcKlA
/// 宗教としての〈システム〉 1 //////// カレル・ヴァン・ウォルフレン(Karel Van Wolferen) (著)、篠原 勝 (翻訳)、 原著1989年発行、邦訳 早川書房1990年発行 「日本/権力構造の謎」(下巻) The Enigma of Japanese Power より ・・・・ 11章 宗教としての〈システム〉 日本人は、日本の社会・政治秩序を評価する手段として、法律や、宗教、あるいは 体系的に理路整然とした知的探究法といったものを一貫して用いることはしないから、 それを評価するためには結局身近な社会環境から発生する要求やその命ずる ものにもとづく日常生活上の"諸現実"を用いるほかない。 ///// K.V.ウォルフレン著 ///
454 :
◆0JFEyIQD1s :2014/12/26(金) 22:18:18.75 ID:L1oje7AE
/// 宗教としての〈システム〉 2 //////// このように、〈システム〉の外部に〈システム〉の決定をくつがえしたり 裁いたりするものがないのだから、〈システム〉はみずからを裁けばいい ということになる。これはつまり、〈システム〉は本来、善であり、したがって その本質を批判するのは不可能だということを意味する。〈システム〉の 守護者たちは、彼らが代表している秩序体系には本来思いやりの精神が 備わっていると主張するが、これはそのことを裏づけている。こうして、 〈システム〉は宗教の代替物にもなる。 ///// 「日本/権力構造の謎」 ///
455 :
◆0JFEyIQD1s :2014/12/27(土) 21:07:02.32 ID:evnAB6NO
/// 宗教としての〈システム〉 3 //////// 二〇世紀に入る少し前に構築され、広島、長崎に原爆が投下されるまで存続した 社会・政治的秩序においては、その秩序を宗教のようにとらえるという傾向がみられ、 それは公然と強調されていた。"天皇制"を養う精神的栄養素として確立された 国家神道が、他の宗教すべてを翼下に統括する上部組織として機能した。他の宗教は 天皇崇拝の思想と相容れない教義をすべて放棄しなければならなかった。 国家神道は、神格天皇を中心にすえた"家族国家"の諸理論とともに、今や過去の ものである。一九四五年の敗戦に続く三〇年間ほどは、日本人の間で"天皇制"への 痛烈な批判がきかれた。だが、このような批判も、天皇制にとってかわるほど決定的な 説明や、政治的信念として役立つほど深く強力な理論にもとづいていなかったし、古い 神話を根絶する世俗の信念体系や、社会主義的、人道主義的、あるいは自由主義的な 世界観などはいっさいなかった。 ///// 原書1989年刊 ///
456 :
◆0JFEyIQD1s :2014/12/28(日) 17:52:18.40 ID:6CJXsOQP
/// 宗教としての〈システム〉 4 /////////// さらに、戦後の日本はその憲法と法律にしたがって統治されるべきだという 単純明快な決意さえ固めることはなかったのである。こうして、服従という 政治的な文化は生きつづけ、〈システム〉があらゆる実際面でまごうかたなき 代用宗教としての力になっている。戦前の日本の行為を指してよく使われた "日本主義"は、今日の〈システム〉に奉仕する慣行を表現するのにもいまだに 有効である。この日本主義は、もちろん10章で述べたイデオロギーと切っても 切れない関係で結びついている。"日本人らしさ"を信奉するイデオロギーを簡潔に まとめたものはどこにも見当たらないとか、それが一冊の本にまとめられて本屋の 書棚に並んでいないことは重要ではない。それはあたかも形ある聖典のように、 〈システム〉を支える目的を果たしているからである。 ///// 邦訳 早川書房発行 ///
457 :
名無しさんの主張 :2014/12/28(日) 19:16:32.03 ID:FVMVPy+L
中曽根の言う、キリスト教徒とアジア的同情心の親和性は興味深いと思った
458 :
◆0JFEyIQD1s :2014/12/29(月) 21:41:20.33 ID:tZkm6bux
/// 宗教としての〈システム〉 5 //////// 共産主義のイデオロギーはしばしば宗教になぞらえられ、まさしく"現世の宗教"だと 言われてきた。その宗教的特徴は明らかである。あらゆることを"説明"できる自己 完結的な哲学体系があり、それ自体の基盤になっている原理に訴えて批判的な議論を 迎え撃つ。それは教義を解釈する専門家層や疑似僧侶階級も作り出した。共産主義を 拠り所とする者は、崇高な目標の名のもとに、宗教的情熱をおびた大きな力を与えられる。 いくつかの点で、日本主義は共産主義より効果的でさえある。共産主義ほど吟味されず、 当然のこととされ、逃れられないからである。また、狂言的行動の危険や俗化への恐れ など、教団宗教にまつわる属性を多く持っている。 日本の権力構造の極度に宗教的な特性は、権カヘの競争者の身に何が起こったかを 調べれば、明確に浮き彫りにされる。 ///// 篠原 勝 (翻訳) ///
459 :
◆0JFEyIQD1s :2014/12/30(火) 20:53:21.82 ID:s/0bN9jP
/// 宗教としての〈システム〉 6 /////////// 好都合な宗教 ある有名な社会学理論によれば、すべての宗教は社会的基礎を持つ。社会の秩序を 維持していくには、発達段階の初期にそれを法典として成文化して宗教的な聖性が 付与されなければならない。政治的権力が神聖な権威の延長であり神慮が現われた 仕組みだと信じられれば、その正統性はもっとも強力な説得力を持つ。高度に発達した 宗教については、このような初期の起源まで遡って確かめることはできないが、自然と 祖先崇拝が中心の宗教であれば、社会・政治的な起源論で一応の説明がつく。 ///// The Enigma of Japanese Power ///
460 :
◆0JFEyIQD1s :2014/12/31(水) 22:15:18.39 ID:UOMVsGdz
/// 宗教としての〈システム〉 7 //////// 神道は、現存するこの種の宗教のなかでも際立ったものである。日本の土着信仰は "神"という考えから派生したものであった。神はもともとその集団を神聖化する ために使われた。このような神々を共同体で崇拝することが、個人にそのグループに 属していることを神秘的に確認させ、古代大和の支配者や地方の族長を正統化する のに役立った。今日、神社神道は硬直化した伝統儀式の体系と化し、本来の目的は 忘れ去られている。祖先崇拝と樹木、岩、滝その他の自然物を信仰の対象とする "村の鎮守"の神道も、同様に〈システム〉に対する精神面での競争相手ではない。 それより、どちらもある程度権力者への崇敬の念を強化するのに一役買っている。 ///// Karel Van Wolferen ///
461 :
◆0JFEyIQD1s :2015/01/01(木) 17:29:38.67 ID:Tc/XSYcR
/// 宗教としての〈システム〉 8 //////// 仏教に関しては、前に見たように神道や儒教と混ぜ合わされ、ごった煮宗教として ごく近代まで、日本の権力関係を是認する上で主要な役割を果たした。今も仏教は 人が逆境にある時の慰めとして役立つことはあろうが、このことがかえって政治的には 個人に現在の社会的状況を受け入れさせる結果を招く。神道も仏教も、現代の日本人に、 政治的原理や人生観あるいは道徳規範らしきものを提供できるほどの存在ではない。 ///// K.V.ウォルフレン著 ///
462 :
◆0JFEyIQD1s :2015/01/02(金) 21:53:28.60 ID:Y7nFjSpg
/// 宗教としての〈システム〉 9 /////////// たいていの日本人が結婚する時は神式にのっとり、死ねば仏教のお経が読まれる。 神社は地域の祭礼の中心になり、寺は、通夜、葬式、(通常は火葬の後におこなわれる) 埋葬から法事まで、来世の産業のほうを受け持っている。一九八○年代初頭、国税調査で、 評判どおりに仏教は実入りのよい商売であることが判った。宗教法人の非課税特権を 利用して、伝統的な諸活動のほかに高収益事業が増えたのである。一部の仏寺は、 駐車場、学習塾、幼稚園の経営や水子供養の仏像の販売で大いに稼いでいる。伝統的な 仕事のほうも結構な儲け口である。 ///// 「日本/権力構造の謎」 ///
463 :
◆0JFEyIQD1s :2015/01/03(土) 19:34:05.01 ID:t2MLjH5x
/// 宗教としての〈システム〉 10 //////////// 葬式の読経で二五万円から一〇〇万円、戒名料としても同様の額が入る。墓地を 所有する寺――"檀家"の家族の墓を持つ寺――は容易に財産を築ける。三〇〇年前、 ある天皇によって建立され、院主の娘が相続した京都のある寺は、アパート数棟、 駐車場、ベジタリアン・レストラン、ナイト・クラブを経営している。仏尼は 剃髪しなければならないのだが、パーのホステスたちの中でつるつる頭では異様 すぎるので、院主岡田尼は特別許可をもらった。この一風変わった副業を営む 彼女の言い訳は、相続した文化財の維持費が高くなる一方だからと言う。 もちろん、檀家の人びとと人生の問題を話し合う仏僧も少しはいるが、大多数は そのようなことを主な仕事とは考えない。信者たちに深くかかわって話し合う 機会を与えるのは、いわゆる新興宗教だけである。 ///// 原書1989年刊 ///
464 :
◆0JFEyIQD1s :2015/01/05(月) 22:18:06.49 ID:Jwryk0uC
/// 宗教としての〈システム〉 11 /////////// 新與宗教 新興宗教は過去一世紀半の産物である。そのひとつで権威も高い天理教は、 徳川時代後期からあり、奈良県の天理市全体を支配し、天理大学、その付属校、 民族博物館、歴史図書館を有し、第三世界に伝道師を派遣している。信者が 地方に多い二大教団は大本教と金光教で、明治維新直後に生まれた。だが、 新興宗教が本格的に増えはじめたのは、戦後の日本で、公的な抑圧策がすべて 廃止されてからのことである。こうして新しく登場した宗教の中には、トーマス・ エジソンを崇拝するなぞめいた電信教というのもあった。一九五一年には、 七二〇の新興宗教が登録されたが、はびこる脱税対策の法改定で、変動は あるものの数はほぼ半減した。 ///// 邦訳 早川書房発行 ///
465 :
名無しさんの主張 :2015/01/06(火) 10:32:59.57 ID:KwnJdOmj
他の先進国と違ってまともなキリスト教が根付かないところに日本における下部構造の性格というのが見て取れると思う
★葬儀費用の稼ぎ頭「戒名」 正式な由来も根拠もなく寺の都合
死者を金で差別するようなランク付
現在、葬儀費用約200万円、お墓代約280万円(東京都)ともいわれる高額な葬儀ビジネス。
その“稼ぎ頭”とされるのが戒名だ。「終活」の費用を徹底調査した『死ぬのにいくらかかるか!』
(祥伝社刊)の著者でノンフィクションライターの大宮知信氏は、母の死に際してこんな経験をした。
「近くの寺に相談に行くと、住職がいきなりファミレスのメニューのような料金表を差し出した。
最低の『信士、信女』は30万円、最高の院号つきは90万円。法外な料金もさることながら、
死者を金で差別するようなランク付けに疑問を感じました。
それで本名(俗名)のままお願いすることにし、住職もいったんは承諾しました。ところが
葬儀当日になって、『戒名でなければ埋葬できない』と言われた」
葬儀後、別の住職に相談し、結局戒名をつけてもらうことに。気になるお布施について
恐る恐る尋ねたところ「お気持ちですから額はいくらでもいいんですが……」という。大宮氏は
ホッと胸を撫で下ろしていたのだが、次の瞬間、この住職はこう言うではないか。
「(慣例として)うちは30万円いただいております」
結局、20万円で戒名を書いてもらったが、住職は金額に不満だったのか、お布施が入った
封筒を受け取ると、遺族に慰めの言葉をかけることもなく、そそくさと帰っていったという。
宗教に詳しい社会学者・橋爪大三郎氏が語る。「戒名というのはバレンタインチョコみたい
なもの。正式な由来も根拠もない。チョコがなぜ広まったかといえば、菓子メーカーの
“都合”です。同様に、戒名が広まったのはお寺の都合なんです」
橋爪氏によれば、「俗名をつけてはならない」「自分でつけてはいけない」といった
戒律は、どこにも存在しないという。
※週刊ポスト2014年3月21日号 2014.03.14 11:00
http://www.news-postseven.com/archives/20140314_245372.html
★世界で断トツ一位の日本の葬儀費用231万円(墓地代除)、妥当なのか?
死者はとんだ金食い虫!?
都市での無縁死や孤独死が増えている今、 老後の生活費同様に独身者が考えなければ
ならないのが 「自らの処分費」。これがめっぽう金がかかるのである。
宗教学者であり、葬送の自由をすすめる会会長の島田裕巳氏の著書『0葬――
あっさり死ぬ』 (集英社)によると、 日本の葬儀平均費用は231万円で、世界の
葬儀費用の中でもダントツ1位。 アメリカの44万4000円、イギリスの12万3000円、
ドイツの19万8000円で、 韓国の37万3000円と比べると、日本の死者がいかに
金食い虫であることが分かる。 また、これに墓代まで合わせると、実に100万〜
1000万円の費用がかかるというのである。
数百万円も葬儀に金をかけるなら、生きている間に使い果たしたい。
そう考える人も少なくないだろう。縁遠い実家の墓に無理やり詰め込まれ、
「なんで結婚しなかったんだ」なんて、死後まで小言を言われるくらいなら、
生前同様、一人安らかに眠りたい。最近では夫の墓に入りたくない
妻たちの共同墓地も密かに人気を集めている。要は宗教心が薄れた分、
生きている間の業をあの世まで持って行きたくない人が増えているのである。
そこで近年注目を集めているのが自前葬や自然葬。Amazonや楽天で2万円前後で
棺おけを事前準備し、 死んだ直後は、通夜や告別式をすっ飛ばして「直葬」で火葬場へ。
遺体を燃やし終えたら、海や山に撒いてもらう「自然葬」を生前にセルフプロデュース
しておけば、 予算を十数万円にまで抑えられる。死んだ直後のどたばたの中で、
見ず知らずの業者や僧侶に高い値段をふっかけられる心配もないのだ。
(後略)
文=山葵夕子 ダ・ヴィンチNEWS 2014.4.15
http://ddnavi.com/news/191137/
468 :
◆0JFEyIQD1s :2015/01/11(日) 09:31:23.66 ID:dQ0zdZlf
/// 宗教としての〈システム〉 12 //////// 一部の新興宗教は大規模化し、金もでき強力になった。もっとも有名な創価学会は、 その規模ゆえに政治的に重要だ。学会によると、会員は六〇〇万人いる。また、海外に 進出した新輿宗教の中でも、創価学会が一番成功している。一九六〇年代には、戦闘的な 折伏とライバルの新興宗教に対する敵視活動によって、〈システム〉内に相当な動揺を もたらした。しかし今は、落ち着いて、独自の学校、大学、政党、出版帝国を有し、 まだ多少異論はあるものの、〈システム〉の一員になることに成功した。 ///// 篠原 勝 (翻訳) ///
469 :
◆0JFEyIQD1s :2015/01/13(火) 22:05:53.72 ID:bUMnvhwm
/// 宗教としての〈システム〉 13 //////// もうひとつの大きな新輿宗教団体は、会員五〇〇万人以上と称する立正佼成会で、 巨大なウェディング・ケーキ型の大聖堂、有名な病院、そして日本一大きなコンサート・ ホールを所有している。大聖堂はピンク色で、一九三〇年代に神経衰弱になっている時に 神託を受け同会を創設した女性開祖の好みの色だという。創価学会と同様、この団体も 日蓮宗の系統を引く在家仏教の団体である。共同創始者、庭野日敬は現在この派の中心 人物であるが、ノーベル平和賞を受賞しようと運動中で、受賞のチャンスを高めようと みずから"庭野平和賞"を設けた。戦後の新興宗教団体で三番目に大きいのはPL教団で、 創始者の趣味がゴルフで、同教団の支部の屋上にゴルフ練習場をつくったことから、 世間が"ゴルフ教"と呼んだこともあった。 ///// The Enigma of Japanese Power ///
470 :
◆0JFEyIQD1s :2015/01/15(木) 22:44:13.45 ID:6v4L9GyX
/// 宗教としての〈システム〉 14 /////////// 新興宗教のもっとも際立った特徴は、いとも簡単に蓄積したように見える巨富のほか、 教義が極端に簡素化していることである。信者や会員がすでに信じていること以上の信条が 実質的にあるのだろうかと思わせる。どの教団もとり立てていうほどの価値ある教義を 発達させず、信者、会員に対して哲学的な指導、ましてや政治哲学的な指導をおこなって いない。たしかに、創価学会は公明党を生み出した。しかし、一九七〇年代に政教分離に よって親教団から形式的に離されたこの新しい議員集団は、オルタナティブの政治原理に もとづいて新しい政策の選択肢を呈示することによって日本の政治の世界の質を高める、 ということはなかった。自民党の一派閥と大したかわりはないだろう。 ///// Karel Van Wolferen ///
471 :
名無しさんの主張 :2015/01/15(木) 23:33:26.01 ID:ro+BxJ8A
住民投票党議員希望者募集(4月に間に合います)
http://www.c-sqr.net/c/cs53739/ 選挙の初心者も中級者も自分の名前を売込むのに苦労されていると思います。実際地方議会に有権者の関心は低いです。住民投票党は覚えやすい名前で政党の性質も表していて有利です。今ならその地区の党での一番有名な候補になれます。
私は20年ほど前に一度落選したことがあります。その後いろんな選挙陣営に出入りして当選する理由が見えてきました。
現在はその選挙区の当選者が8人以上ならほぼ確実に当選させることが出来ると言えます。つまり4人区では分からないけど、全市で8人を選出するなら当選させることが出来るという意味です。
選挙初心者でも2ヶ月あれば当選させることが出来ます。すべて指導します。費用も10万円以下におさえます。(供託金は別ですが返ってきます。)党則を守ってもらえるなら、よほど変な主張をしなければ当選できると思います。本人だけで活動しても大丈夫です。
立候補してみようと思われた方は党に登録後にサイト内部の問い合わせから
タイトル 立候補希望 でコメント欄に、 選挙区とおよその投票日 人口(選挙区の) あなたの政策(200字以内)を書いて送信してください。折返し連絡します。なお党が出来てから日が浅いので現在立候補に資格は問いません。
472 :
◆0JFEyIQD1s :2015/01/17(土) 09:15:32.20 ID:lQIM4mLd
/// 宗教としての〈システム〉 15 ////////// 日本の新輿宗教の主な機能は社会的なものである。新興宗教は、集団活動に参加したい という強い欲求がありながら、大企業の"一員"ではない人びとの安息の所となる。新興宗教の 熱心な信者の中で多いのは、孤独な主婦、バーホステス、下層の労働者などである。 一個人が自分の心の奥底まで宗教にかかわり得るとするのは、たいていの日本人にとって なじみがない考え方である。宗教はむしろひとつの道具、自分の問題を解決してくれそう だから取り入れるもの、なのである。ある新聞の人生相談欄で、自分の娘がキリスト教会に 入ってから"まったく違う女"になってしまった、と心配する母親に対し、助言者は、娘が キリスト教信者になったきっかけの個人的な問題を、まずつきとめることをすすめていた。 明治時代初期にキリスト教信者になったかなりの数の知識人が結局、即効性がないことに 失望して棄教した。 ///// K.V.ウォルフレン著 ///
473 :
◆0JFEyIQD1s :2015/01/18(日) 20:50:53.64 ID:NoiU0v35
/// 宗教としての〈システム〉 16 //////// 人びとがなんとなく入信しては辞めていく日本の宗派の中で例外は、統一教会 (原理運動)である。韓国に発したこの運動の信者は、欧米諸国では創始者(文鮮明)の 名前にちなんで"ムーニー"として知られている。日本のムー二ーも欧米諸国の信者に 劣らず狂信的である。金で好意を買うために使える大資金を擁し、威嚇的なやり方と 熱烈な反共産主義によって、政界や学術界の一部にも浸透し、大きな影響力を持つ。 統一教会の信者は、日本は再軍備してもっと自立する必要があると主唱する〈システム〉 の一部構成員の重要な支持役になってている。 ///// 「日本/権力構造の謎」 ///
474 :
◆0JFEyIQD1s :2015/01/20(火) 23:23:50.06 ID:ph1f20Lw
/// 宗教としての〈システム〉 17 //////// 教会としての会社と社会 企業は、社員ないしその親が新興宗教の信者であることを好まない。入社選考で、 この点を調査することが多い。日本での宗教的熱意はその人の属する集団への優先的 忠誠によって表現される。したがって、会社に対する忠誠と宗教への忠誠と衝突する 可能性が大きすぎるというわけだ。昔からある仏教の宗派は、信者の時間をほとんど 奪わないから、その点、脅威にはならない。ビルの屋上に設けられた"会社の神社"を 拝むよう社員に要求する会社もあり、キリスト教信者の社員を困らせるのは、周知の 通りである。会社が宗教的な活力の源だと如実に示したのは、大手商社・日商岩井の 島田常務の有名な遺書だった。ダグラス、グラマン疑惑(一九七九年)に関わった結果、 ビルから飛び下り自殺したこの常務は、社員全員にあてこう書いた――「会社の生命は 永遠です。その永遠のために私たちは奉仕すべきです」 ///// 原書1989年刊 ///
475 :
◆0JFEyIQD1s :2015/01/22(木) 00:16:12.50 ID:sTBstles
/// 宗教としての〈システム〉 18 ////////// 会社にもまして、〈システム〉全体が宗教的な活力を与えてくれる。悔悟の気持ちを 十分に示せばたいていの法律違反者が放免されること、管理者が彼らの運営する組織が 慈悲の泉であると国民に思わせたがること、逮捕された過激派が異説を主張するという 極端なケースではその信念を棄てさせようと多大の努力が払われること、などを読者は 覚えておいでだろう。日本には大いなる言論の自由がある一方で、非正統説信奉が組織化 され特定の団体と結びつくと、すぐさま〈システム〉がそれを吸収するかあるい無力化 しようとする力が発動するようだ。既成の社会・政治的な仕組みに個人が反抗するという 可能性は、とても認められない。 ///// 邦訳 早川書房発行 ///
476 :
◆0JFEyIQD1s :2015/01/22(木) 22:07:02.53 ID:sTBstles
/// 宗教としての〈システム〉 19 //////// 日本社会の宗教的特性のために、日本では社会の知的、批判的評価が低いレベルに とどまっているということなのだろう。社会的な関心事がつねに優先し、しかもその 関心事に宗教的な意味を与える場合、社会分析は聖なる神性分析に類似してくる。神を 分析しようとしたら、神の神秘や聖なる特性がなくなってしまうだろう。その結果、 信念・信仰が弱まってしまうことになる。日本人論の核心である"日本人らしさ"信奉の イデオロギーとちょうど同じように、日本主義はその宗教的な実体をそのように認識 されることがない。こうして、知らぬまに〈システム〉の宗教色がなお一層強化される のである。 ///// 篠原 勝 (翻訳) ///
477 :
◆0JFEyIQD1s :2015/01/24(土) 18:57:15.45 ID:gmoC2myr
/// 宗教としての〈システム〉 20 //////// 仏教徒、キリスト教徒、マルクス主義者、狂信者 政治的秩序を超えた真理に訴える伝統が日本では根づかなかったという事実があるから といって、このような信条や原理について考えたり訴えたりする能力が日本人にないと いうわけではもちろんない。日本の〈システム〉は宗教の代替物として自然に発生した ものではないのだ。説明のつかないなにかしらの理由によって、宗教的思索には関心を もたなかった国民が作り出したものではないのだ。人間の頭脳は必然的に、心眼がとらえる 事柄を支配する、目に見えない秩序を探索するものである。 ///// The Enigma of Japanese Power ///
478 :
◆0JFEyIQD1s :2015/01/25(日) 08:36:57.06 ID:RoLgPCcU
/// 宗教としての〈システム〉 21 ////////// 教えられてそうするわけではないし、またしばしば活発な邪魔だてがあるなかでそう するのである。人は単に育てられた環境の産物ではないことは、他の人びとと同じく 日本人の場合にも、歴史のなかではっきり証明されている。 歴史上のいくつかの転換期に、日本の権力者は、日本の正式の宗教にまだ少しは 残っていた超越的な価値や普遍的な原理を根絶してしまった。このような要素が、 彼ら権力者こそ究極的善の体現者だと提示することへの脅威になり得ると極度に恐れた のである。このことは確かであろう。戦わずして諦めようとはせず、激しく弾圧された 宗教団体がいくつかあるからだ。 //////// Karel Van Wolferen ///
479 :
◆0JFEyIQD1s :2015/01/27(火) 21:01:42.31 ID:tw02eobZ
/// 宗教としての〈システム〉 22 //////// 仏教徒の反乱 たとえば、鎌倉時代の偉大な仏教改革の一番手、法然(一一三三〜一二一二)は、 個人救済が可能だと説いた。当時、仏教はすでに神道に影響を与えていた。すなわち 輪廻転生によっていろんな姿に再生するという仏教の教えによって、死者の霊はしだいに 先祖の霊と合一するという神道の死後の世界の考え方を変えていたのである。一〇世紀 ごろから、人には来世があるという考えが、政治的統制を受けない倫理的規範にも ある程度の影響を与えていたが、その考えが人気を得たのは、日本固有の仏教諸宗派が 隆盛をきわめてからである。 ///// K.V.ウォルフレン著 ///
480 :
◆0JFEyIQD1s :2015/01/28(水) 22:27:26.53 ID:92+49ZsX
/// 宗教としての〈システム〉 23 ////////// 法然はその嘱矢だった。彼の説は、儀式的行為よりむしろ、慈父のような阿弥陀仏の 慈愛と慈悲に子供のようにすがるだけで、仏の力で極楽浄土に往生できるというもの であった。京都に近い比叡山の僧院に本拠をおく体制の一部となった仏教は、法然を 危険人物とみなし、手荒な行動に出た。叡山の僧侶は、法然の仏法論集の刷本とその 印刷に使われた版木を、手あたりしだいに焼き捨てたのである。結局、彼の人気のせいで、 当局は法然を流罪に処した。 ///// 「日本/権力構造の謎」 ///
481 :
◆0JFEyIQD1s :2015/01/30(金) 22:29:47.01 ID:VOP+uOJR
/// 宗教としての〈システム〉 24 /////////// 次に現われた偉大な仏教理論家、親鸞(一一七三〜一二六二)もまた、彼の人生の 大半を日本の政治や文化の中心地から遠く離れた所で民衆に混ざり、島流し同然の生活を 送った。彼は法然の理論を一歩発展させ、信心だけで救われると説いた。仏の名を唱える ことも、儀式も、宗教上の信念からの独身生活も必要なく、信心のみが救済の鍵だと説いた。 中国から移入された仏教は支配階級エリートの道具になっていたが、他のだれにもまして 親鷲は、無学な村の凡夫にも仏門を近づきやすいものにした。彼が開いた浄土真宗は、 今も日本最大の宗派である。 ///// 原書1989年刊 ///
482 :
◆0JFEyIQD1s :2015/01/31(土) 10:18:32.55 ID:QNcxR2T8
/// 宗教としての〈システム〉 25 //////// 第三番目の土着仏教の宗派の開祖、日蓮(一二二二〜八二)は、日本の歴史上、 もっとも華やかに活動しもっとも政治的、したがってもっとも物議をかもした宗教的 指導者だった。六〇〇年以上も経った今でも、個人の信念を国家の利益に優先させた 人物の特異な例として名を残していることは注目に値する。日蓮は、"南無妙法蓮華経"の 題目を唱えて、法華経の超越的真理を信じれば、一人ひとりの日本人の魂は救われ、 ひいてはそれが国民全体の救済につながると説いた。彼は、日本中が改宗しなければ、 外国からの侵略も含め、あらゆる災難に見舞われると予言した。実際に、一二七四年と 一二八一年、蒙古の族長で中国の支配者だったフビライ・カンが襲来し、そのことで 日蓮の名声はその後何世紀にもわたりきこえおよぶこととなった。 ///// 邦訳 早川書房発行 ///
483 :
◆0JFEyIQD1s :2015/02/01(日) 20:52:34.12 ID:YPHOFQs5
/// 宗教としての〈システム〉 26 ////////// 日蓮は支配階級の打倒こそ要求しなかったが、貴族階級がみずからを改革し、浄土宗 その他の旧来の宗派を抑圧するよう、熱心に説いた。鎌倉のエリート階級と体制の一部と なっていた仏教宗派の生活ぶりを攻撃したことで死刑を宣告された日蓮は、奇跡的に 死刑をまぬがれたが流罪に処された。内容は定かではないが、その後当局との取引が 成立し、富士山西方の身延山に隠居した。そこで、全国の信者とひんばんに文通を しながら、他宗派を入れない、日蓮にとって唯一の普遍の教えである法華経の総道場を 建てる構想を練った。彼が夢に描いた全人類のための総本山は、富士山の麓に本拠を おき、そこから世界中に広まるはずであった。新興宗教の中でも日蓮宗からの最大派生 宗派である創価学会が、その地に本部を置いているのは偶然の一致ではない。 ///// 篠原 勝 (翻訳) ///
484 :
◆0JFEyIQD1s :2015/02/02(月) 21:38:10.49 ID:NhM3fBHi
/// 宗教としての〈システム〉 27 //////// 日本の土着仏教宗派の開祖たちの教えが永続的なひとつの政治理論に発展することは なかったし、開祖の著述集に残されている権威当局への宗教的な挑戦は、武力による 挑戦へと発展しえなかったが、にもかかわらず彼らの教えは政治的に重要だった。 彼らの教えは単純ではあるが、明らかに時の権威を超越する真理の例を一般大衆に 教えたからである。民衆の反乱の多くは宗教に鼓舞された側面があったことが、 歴史家の研究でも明確になっている。 ///// The Enigma of Japanese Power ///
485 :
◆0JFEyIQD1s :2015/02/03(火) 22:51:48.61 ID:1BQz5OB6
/// 宗教としての〈システム〉 28 //////// 一四世紀初期から起こりはじめた土一揆は、時には不満を抱く武士も加わって次々と 続いた。この地方農民の数多くの反乱の引き金は、たいていは村への過重な傭務や税金が 払えなかったり、不作などであった。だが、仏教の超越的教理が、政治意識と村人の 団結心を強めたことは疑いのないところだ。徳川幕府という政治的体制が確立される 前の世紀には、もっとも手ごわい一揆が浄土真宗(一向宗)の信者によって組織された。 この派は親鸞を開祖に、本願寺の偉大な門主・蓮如(一四一五〜九九)の指導のもとに 栄えた。村から起こった一向一揆の武装蜂起は、武人指導者があからさまの武力行使を みせるようになるにつれ増えていった。これは、「出現しつつある秩序の新しい搾取性」 を見抜いていた農民が多数いたことを暗示している。 ///// Karel Van Wolferen ///
486 :
◆0JFEyIQD1s :2015/02/04(水) 22:26:45.13 ID:vDrdRsQw
/// 宗教としての〈システム〉 29 //////// 一六世紀末に三人の武将が相次いで登場し、日本の統一をすすめて何世紀間もの争いと 流血に終止符をうった。しかし、彼らは土着仏教に対してはひとかけらの忍耐心も持ち 合わせなかった。まず織田信長は、ほぼ一〇年間、一向一揆を厳しく取り締まった。 信長の仏教徒闘士に対する見方は、一揆勢の戦いに勝った後とられた皆殺し作戦によく 示されている。ある記録によれば、一五七五年には約三万人の信徒を焼き殺している。 しかし、その同じ信長が、負かした敵の戦国大名や武士の命は奪わなかった。つまり、 後者は正常な権力秩序の一部であったが、宗教的な思惑をいだく戦闘者はそうでは なかったのだ。 ///// K.V.ウォルフレン著 ///
487 :
◆0JFEyIQD1s :2015/02/05(木) 21:32:40.62 ID:2tuwUKx/
/// 宗教としての〈システム〉 30 //////// 全国統一の偉業をなしとげた二番手、豊臣秀吉は、仏教徒のうちの支配者層に恩義を 売る戦術にでた。民衆仏教をとり込み、そこから生まれた一揆の根絶をはかった。秀吉の 目的が果たされた後は、民間仏教が説く世界観は抑圧された。その前の数世紀の間に 発達した仏法と人の世の法との理論的な区別は、しだいに不明確にされ忘れ去られて いった。こうして、ふたたび、世俗の権威が根本原理とされ、それへの服従が最優先の 義務になった。 ///// 「日本/権力構造の謎」 ///
488 :
◆0JFEyIQD1s :2015/02/06(金) 22:57:46.34 ID:CV0GY279
/// 宗教としての〈システム〉 31 //////// しかし、三番目の全国統一者、徳川家康が仏教組織に対するコントロールをめざましく 強化し、その教義や活動を規制したにもかかわらず、権威当局を超越する"真理"の信者は 容易に締めなかった。一七世紀のはじめに成立した徳川幕府の最初の四〇年近くの間は、 仏教徒は組織的な弾圧に抵抗しつづけた。一六三八年に出版されベストセラーになった 『清水物語』は、当時の思想的な反抗小集団つまり、一向門徒、日蓮宗信徒、そして キリスト教徒についてつまびらかに述べている。 ///// 原書1989年刊 ///
489 :
◆0JFEyIQD1s :2015/02/07(土) 11:46:57.27 ID:qHGPIYyD
490 :
◆0JFEyIQD1s :2015/02/08(日) 18:58:11.89 ID:RdboTohy
/// 宗教としての〈システム〉 32 //////// キリスト教の脅威 徳川時代から明治時代、そして今世紀はじめの数十年問に、宗教との競合に対する 恐れがあったことは、キリスト教徒に対する不寛容さに一番顕著に示されている。 一六世紀末から一七世紀にかけての数十年間に、ポルトガル人のイエズス会その他の 宣教師による改宗者が、何人かの大名も含め一〇〇万人にも達した。このような時代が どうして終わったかについては、意見が異なる。一説によれば、将軍が宣教師たちを ポルトガルやスペインによる日本植民地化のための先兵だと見たからだという。おそらく もっと重要だったのは、幕府への忠誠度が低い領主が外国の軍事的支援を受けかねないと 徳川幕府が恐れたことであろう。 ///// 邦訳 早川書房発行 ///
491 :
◆0JFEyIQD1s :2015/02/09(月) 23:47:41.83 ID:sSPKFj8s
/// 宗教としての〈システム〉 33 //////// しかし、理由はこれだけにとどまるまい。たとえ絶対者としてのその神が天にいるだけ としても、将軍や天皇の上におかれた異国の神への信仰が政治的秩序に対して与えうる 潜在力は、支配者にとって非常な脅威だったにちがいない。日本が外国との往来を完全に 断った後も長くキリスト教徒迫害が容赦なく続けられたという事実は、将軍が恐れていた のはポルトガルの政治的な動きだけではなかったことを暗示しているようだ。将軍が 政治秩序への脅威を見てとった結果、自分たちは、ポルトガル人と司じ神を崇拝しては いないと、なんとか幕府の役人を説得した一握りのオランダ人を例外として日本は、 西洋人との接触を断った。 ///// 篠原 勝 (翻訳) ///
492 :
◆0JFEyIQD1s :2015/02/28(土) 21:05:00.91 ID:iQm5anzl
/// 宗教としての〈システム〉 34 //////// 宣教師追放に続いて、日本人のキリスト教徒は拷問を受けたり、はりつけに処せられたり、 島流しにされたりした。彼らは、キリスト教信仰を捨てた証明として、踏絵を強いられ、 次のような奇妙な棄教の誓いの言葉を述べさせられた。「父と子と聖霊、サンタ・マリアと すべての諸天使により……もしこの誓いを破れば、われは神の恵みを永遠に失い、 イスカリオテのユダと同じ不幸な運命をたどるでありましょう」。この誓詞を案出した 役人たちは、超越的な宗教の力を体験として理解していたようだ。 一六三七年、多数のキリスト教徒が虐殺され、あるいは棄教を強制された後、隠れ キリシタンに浪人武士が加わり、キリスト教の旗をかかげて島原半島で反乱を起こした。 三万七〇〇〇人の男、女、子供が戦列に加わり、地元島原城を占拠して四ヵ月間幕府軍に 抵抗して戦った。これは、約二三〇年後に明治維新で武士が戦うまで、最後の大きな 戦いだった。 ///// The Enigma of Japanese Power ///
493 :
◆0JFEyIQD1s :2015/03/01(日) 21:36:51.77 ID:bqS9UkcA
/// 宗教としての〈システム〉 35 //////// 仏教徒やキリスト教徒が追放されても、それとともに公認の"真理"を超えるなにかを 渇望する者が完全に姿を消したわけではなかった。一八世紀前半に生きた思想家、 安藤昌益は、幕府はイデオロギーに支えられた武力に頼る独断専横の統治だとして、 実態をありのままに捉えた一人だった。彼のような人物がほかにもいただろう。 安藤昌益の著作は一八九九年になるまで発見されず、広く日本の一般大衆に紹介された のはやっと第二次大戦後のことであった。 キリスト教は無情に絶滅させられた。仏教はみずから発達させた超越的概念を抜き とられ、いくつかの宗派が非合法化された。徳川支配の下に、新しい権力関係は正統派 イデオロギーの中で固定化した。このすべてが、今日の日本の政治的文化を形づくる上で 決定的であった。そして、それは政治的な采配の直接の結果なのである。 ///// Karel Van Wolferen ///
494 :
◆0JFEyIQD1s :2015/03/03(火) 00:08:47.98 ID:mffgubyI
/// 宗教としての〈システム〉 36 //////// 日本の統一者となった将軍たちが、宗教の政治的重要性を認識していたことは、 宗教の革新をめざした彼らの努力からも見てとれる。織田信長も豊臣秀吉も徳川家康も、 それ以前の戦国時代における野望にあふれる武者たちと同じ成り上がり者だった。 しかし、三人とも朝廷の承認を得る際に課せられる政治的束縛を回避したいと願っており、 そのためにはみずからの統治を正統化するための精神的拠り所が必要だった。そこで、 三人とも己に聖性をもたせ、個人崇拝という方法を用いて、この支配権を正統化しよう とした。もっとも有名な大建築物のひとつ、日光東照宮の廟は、徳川政権が家康崇拝を 重視していたことを示す証拠である。徳川支配のはじめの一世紀には、東照宮が神道の 一番重要な神社であり、歴代天皇が先祖に参拝する伊勢神宮と人気を競い合った。 ///// K.V.ウォルフレン著 ///
495 :
◆0JFEyIQD1s :2015/03/03(火) 21:17:00.17 ID:mffgubyI
/// 宗教としての〈システム〉 37 //////// 二〇世紀の危険な信仰 徳川家によって作り上げられた警察国家が続いた二世紀半の間、人間と社会あるいは 全世界との関係についての新しい命題が、日本人の知性をかけて徳川政権と競い合う 機会はついぞ訪れなかった。明治時代になって外国の学問という形でようやく競争相手が 登場した時、権力体制の守護者たちが、個人の社会に対する関係について独自の教義を 決定するまでには数十年かかった。その後は当然のことながら、彼らはふたたびその 教義の防護策を講じた。 ///// 「日本/権力構造の謎」 ///
496 :
◆0JFEyIQD1s :2015/03/04(水) 20:35:36.59 ID:ttI1yOrV
/// 宗教としての〈システム〉 38 //////// またもや、キリスト教徒が最初の標的だった。明治も三〇年を過ぎた頃、彼らは 新政府の規制の対象にされた。一八九九年、文部省が学校での宗教指導を禁止した。 その六年前には、東京帝国大学の哲学教授、井上哲次郎が、有名な『教育と宗教の 衝突』を出版し、その中で「當然の歸結にして耶蘇教は徹頭徹尾非國家的なればなり」 と述べていた。もう一人のナショナリストでジャーナリストの陸羯南は、仏教が以前 政治体系に吸収されたようにキリスト教も同化するよう主張した。彼は、いかに日本人の 道徳を保持するかについて政府に指示する論説で有名だった。宗教教育の禁止は、 社会の新しい倫理の担い手をめざしてキリスト教にならって張り合っていた仏教系の 学校にも影響を及ぼした。だが、キリスト教徒は「体制イデオロギーにとってイメージの 上で"外国人"であり、彼らの異邦思想の反射を通じて愛国主義の輪郭が一層くっきりと 浮かび上がったのだ」。 ///// 原書1989年刊 ///
497 :
◆0JFEyIQD1s :2015/03/05(木) 21:22:37.31 ID:ymiHgk4g
/// 宗教としての〈システム〉 39 /////////// 明治の寡頭政権が認める社会に適合するよう、キリスト教徒は至高神と信徒と しての個人の責任を捨てるべきだとされた。言いかえれば、日本のキリスト教は、 キリスト教徒をキリスト教徒たらしめる信仰の本質的な部分を奪われたのである。 しかし、時には異議をとなえながらではあったが、多くのキリスト教信者がそれに 順応した。一部のキリスト教系の学校は、道徳指導の拠り所として聖書を天皇崇拝の 基本文書である教育勅語にかえたりした。 ///// 邦訳 早川書房発行 ///
498 :
◆0JFEyIQD1s :2015/03/06(金) 20:22:10.50 ID:8gNinRuj
/// 宗教としての〈システム〉 40 //////// 日本のもっとも有名なキリスト教徒、内村鑑三(一八六一〜一九三〇)は、 日本社会に積極的に参加したいと願いながら解決不能な葛藤に悩んだ多くの キリスト教徒の気持ちを代表している。つまり、知性や道徳の命ずるところは 社会・政治的秩序体制の要求になんら優先しない、と認めることの葛藤である。 アメリカで学んだ内村は、日本の学校で教えるには適さなくなっている自分に 気がついた。一八九一年の有名なエピソードによれば、彼は教育勅語の玉璽に 頭を下げるのを拒否し同僚の嘆願でやっと折れたという。彼のジレンマは、 一九二六年執筆の有名な短文『二個のJ』に痛切に描き出されている。 (〔〕内は英文からの訳出) ///// 篠原 勝 (翻訳) ///
499 :
◆0JFEyIQD1s :2015/03/07(土) 10:19:50.55 ID:WobApyCM
/// 宗教としての〈システム〉 41 //////// 私に愛する二個のJがある。三番目はない。其一はイエス Jesus であって、 もう一つのは日本 Japan である。イエスと日本とを較べてみて私はいづれを より多く愛するか私には解らない。……〔イエスのためには、彼の父なる神 以外のものを認めることはできない……日本のためには、外国人の名のついた 信仰を受け入れることはできない〕……私の信仰は、この二個の中心をもつ 楕円である。 ///// The Enigma of Japanese Power ///
500 :
◆0JFEyIQD1s :2015/03/08(日) 09:53:10.30 ID:ZwkXFO6l
/// 宗教としての〈システム〉 42 //////// 内村が求めたのは、西洋の影響によって汚されていない、純粋に日本的でありうる キリスト教だった。そんなものが可能だとしても、とてもむずかしい注文ではある。 彼は、聖書の物語とキリスト教の倫理的教義の一部はそのまま取り入れ、教会制度を 捨てればそれが可能だと考えた。他の日本人のキリスト教徒が設立した教会の中で、 権力者の悩みの種になった教会はあまりなかった。教理に反する状況が生じた場合、 たとえば第二次大戦開戦直前、日本人全員が靖国神社、(国家神道の神社、また 戦没者の霊廟)を参拝するよう要求された時、当局がその考えを通した。 ///// Karel Van Wolferen ///
501 :
◆0JFEyIQD1s :2015/03/09(月) 22:22:16.93 ID:zKMACo5E
/// 宗教としての〈システム〉 43 //////// バチカン教皇庁は日本のカトリック信者に参拝は市民の義務と考えることができると 告げ、プロテスタントの教会の大半もこれに倣った。一九四一年には、数十の プロテスタント教会が合併し、政府きも入りの日本基督教団を結成した。戦後、 聖公会などいくつかの宗派がこの組織から脱退したが、それは現在も日本最大の プロテスタント団体である。今日、時どき話題になるのはエホバの証人くらいである。 それは学校で信者の子供がこの教団の掟に反することをするように言われ、校長が 宗教的少数派に例外を認めるのを拒否したりしてニュースになるときである。 ///// K.V.ウォルフレン著 ///
502 :
◆0JFEyIQD1s :
2015/03/10(火) 21:21:08.10 ID:3x2qAiY2 /// 宗教としての〈システム〉 44 //////// 今世紀初期には、日本人のキリスト教徒は日本人らしくない者の典型にあげられた。 政治的左翼を日本に紹介したのが彼らだったということも災いした。社会主義研究協会、 およびそこから派生した社会民主党(結成二日目に禁止された)の創設者の何人かが キリスト教徒だったし、日本最初の全国的労働者組合である友愛会を組織した者のなか にもキリスト教徒がいた。 今世紀になってからは、マルクス主義者もキリスト教徒も彼らの信条の本質的原理を 捨て去ることを条件として、社会的妥協を受け入れるかぎり、捨ておかれた。一九〇〇 年代初期に社会的地位が高いものの問で共通の話題は、どうすれば"危険思想"をうまく 抑制できるかだった。 ///// 「日本/権力構造の謎」 ///