日本に住み始めてしばらくの外国人です。 日本に来てこれは?と言うような習慣や行動パターン、考え方に出会い 疑問を抱いています。 はっきり言うけど、あなたたち 「ここが変だよ、日本人」
まず、日本に来て時々日本人の方々と一緒に食事をする機会があったんだけど、 日本人の食べ方って汚いねえ。 「クチャ、クチャ」 「ズー、ズー」 音をたてながら食べて。 気持ち悪いったらありゃしない。 もっと、上品に食べれないの? 他にも書きたい事がたくさんあるけど長文?になるので まずはこれくらいにしておく。
妄想外国人やるのも疲れるだろ? だから閉鎖してあげるよ。 さようなら。 ____________終了___________________
4 :
名無しさんの主張 :02/04/26 03:19
もう、夜遅いのでまともなレスがないな。
5 :
名無しさんの主張 :02/04/26 12:58
パート1、どこ??
どうもこの考え方は日本人には受け入れれレないみたいだな。
7 :
名無しさんの主張 :02/04/27 01:42
>>2 可哀想に。極稀にいる下品な日本人に当たっちゃったんだね。
8 :
名無しさんの主張 :02/04/27 01:46
1は日本人。日本では相手にされず、 西洋かぶれで日本人に仕返しをしようと 企んだが失敗スマスタ。
とにかくあんた達、食事の時音を立てるの良くないよ。 全世界の中で日本人とアフリカ人だけだよ。
11 :
名無しさんの主張 :02/04/27 01:58
変で悪いか マジレスして悪いか これが漏れイズム
>>11 あんたこそ真の日本男児だ
と言いたいところだけど漏れを使っているので止め
くちゃくちゃずーずー 特に年輩者に多いな。
>>5 この糞スレにパート1があるとはとても思えない
15 :
名無しさんの主張 :02/04/27 02:14
1は放置しておいて、そんなことよりもさ「ここが変だよ日本人」てあの番組作り過ぎなんだよ(w TBSは好きだよなやらせ番組作るのさ、ばればれってのが解るから許せるんだけど(w でもさあTBSに限らず本当つまんねえ番組ばっか作るよな、似たりよったりのさ
それと理解出来ないのが毎年恒例の年賀状。 せっかくの年末年始の大切な休みが年賀状書きのせいで潰れてしまう。 日本人って年中本当にゆとりが無いね。
激しく同意
18 :
名無しさんの主張 :02/04/27 02:53
>>10 可哀想に。極稀にいる下品な日本人に当たっちゃったんだね。
19 :
名無しさんの主張 :02/04/27 02:59
>>16 年賀状を書きながら、疎遠になっている人に思いを馳せる。
確かにゆとりが無いと、できないことだね。
20 :
名無しさんの主張 :02/04/27 04:13
クチャクチャと音を立てて喰う奴は嫌だねえ。
癖じゃないんだよ、礼儀なんだよ。
日本の恥だよ。
>>15 つまんねえ番組、そう思うよ、スペシャル観たけど。
じいちゃん、ばあちゃんにワールドカップの質問して、日本人は無関心って・・・
けど、ワールドカップに日本が2度目の出場だって知らない若いアンちゃんがいたのは驚いたね。
そりゃ嘘だろって。
21 :
名無しさんの主張 :02/04/27 06:15
知り合いの白人があの番組見て言ってたよ 「コイツラのホウガ変ダヨ」 TBSは番組名を変更すべきだね。 「ここが変だよ!TVに出る外国人」
22 :
名無しさんの主張 :02/04/27 14:29
ここが変だよ日本人は、もう、かつてのように 毎週一回の放送じゃなくなったの? もっとしてくれたら良いのになあ。
もう一つ、日本に暮らしていて気になる事は日本人は影では会社や世の中に対する 悪口、批判を盛んにしていて本人に対しては、はっきり言わないところがあるね。 影でブツブツ言っていたって事態は改善しないよ。
24 :
名無しさんの主張 :02/04/27 19:11
番組で1について話したゾマホンです。 あのね 前はずっと1を見るといつも怒っていたけど やっとわかってきた 1は本当の犠牲者 なぜ犠牲者かというと 1の親は自由というものを結構入れすぎるから こういうパソコンとかがいっぱい与えた >1はパソコン好きでたまらなくて引きこもった それはいけないことです。それはごはん親が運ぶ ダメです。 というのは親のせいだけじゃなくて この社会のえらい人々アイティ革命のせいだと私は思う こういう2ちゃんねるは100%間違い もっときれいなホムページをすすめたい 例えばヤフー あるいは首相官邸 ああいうページはたくさんある あなたは1ヶ月で100万のスレ荒らす それは怖いよ 荒らしをしてる あなたは荒らしをしてる それはね荒らしまでね人の名前を煽って(誤字:O 騙って) キショヲタで自分の部屋にひきこもって臭いは本当にきれいな人間とは言えない 以上 変わってください
24の日本語おかしいな。
>>2 蕎麦や味噌汁やお茶だったら大目に見てほしい
27 :
名無しさんの主張 :02/04/28 05:37
28 :
名無しさんの主張 :02/04/28 05:44
>1 外国人さん。 あなたの日本語使い、外国人とは思えない不自然さが漂っているが…
29 :
名無しさんの主張 :02/04/28 11:14
>>23 事態を改善したいのではなく、憂さを晴らしたいだけなの。
30 :
名無しさんの主張 :02/04/28 12:56
>>23 それはね、下手に表立って当人に言いたい放題言うと
何されるか分からないから。
外国人の社会だって下の者が下手に上の者に意見しようモノなら
逆らったと見なされ制裁を受ける事があるんだろ?
31 :
名無しさんの主張 :02/04/28 14:14
とっくに気づいている人がいたら悪いんだけど 日本の国の対策とか法律とかとにかく行動が遅い理由は 国民一人一人のせいだなーと思いました。 どこかの外国の住民がある苦情を訴えてるシーンを見たけど 一人一人が怖っ・・・と思った。 でもそれが日本人と一番違うところなんじゃないですかね。 とにかく言いたい事ははっきり言ってるし 心の内にしまいこまず 本気で怒ってそれを相手にぶつけられるくらいの度胸こそが 威圧感も生んで 企業や市役所や国にも行動を起こさせるんだなぁと思った。
32 :
名無しさんの主張 :02/04/28 14:21
>>2 あれは無関心で音を立ててるわけじゃなくて
ちゃんと意味があるからやってるってTVでやってたけど。
たとえば麺類のズルズルーは
吸い込む際に空気と一緒に麺を吸うらしい。
そうすると熱い麺が冷やされて食べやすくなるのです。
音を立てて食べるということが逆に粋だったり
美味しそうに食べてるなぁと感じさせるのです。
別に外国人に分かってもらおうとは思いません。
ある種日本の食文化ですから、理解できない人もいて然り。
33 :
名無しさんの主張 :02/04/28 15:18
麺類の音は立ててもいいよ。32が正解。 麺類以外で「クチャ、クチャ」「ズー、ズー」音を立てている奴はDQN。
34 :
名無しさんの主張 :02/04/28 19:42
外人、ウンチクたれすぎ! 話し聞いてやってる 日本人のやさしさを間に受けんな お前らの考えてる事なんか 日本人にはバレバレなんだよ
dぉbjf・m。;bbkj;jk;んlんm11111!!!!!!!!!!!!!!!!
オマエら茂ン駆アルカ!ゴルァ!!!!!
無い
>37 ニ本陣は世界で診ても丘強いんだよ!
39 :
名無しさんの主張 :02/04/28 20:32
日本のメーカーは頭の悪い共産洗脳の中国に生産拠点を移し 頭の悪い日本人は安いからといって 100円ショップの『メイド・イン・チャイナ』の製品や 中国産の野菜を買い捲まくった結果が この日本のデフレを招いていることに全く気づいていない日本人
あはははは
41 :
名無しさんの主張 :02/04/28 21:34
>>39 バーーカ。
誰だってデフレは気づいているんだよ。
やむなしだと思っているんだよ。
とりあえず売上を確保し、従業員を確保し、消費需要を確保し、税金を確保するために。
ただなぁ、デフレもインフレも企業経営者や消費者の認識論だけでどうなるもんでもねぇんだ。
だから特別な経済政策が必要なんだろ。
バーーーーカ。
42 :
名無しさんの主張 :02/04/28 21:39
ぬはははははは
43 :
名無しさんの主張 :02/04/28 22:05
44 :
名無しさんの主張 :02/04/28 22:20
私外国人だけど日本人って犬も食べるし何を考えてるのか クジラ食べてるとこもあるんだってね:( 気持ち悪いよ
45 :
名無しさんの主張 :02/04/28 22:25
>>44 20年くらい前に流行ったような凡庸なコメントしてんじゃねぇよ。
46 :
名無しさんの主張 :02/04/29 08:49
犬も鯨も食った事ある奴見たこと無いぞ・・・
日本をどうこう言う前によっぽど
虫とか食う国にコメントしてた方がいいんじゃないか?
ちゃんとその国の現代の文化を知りもしないで
他国を悪く言う
>>44 は国際人として恥だと思うよ。
>>44 犬を食うのは韓国だろ、日本では今は犬を食うことはない。
挑発するのはいいが、間が抜けてるぞ。
>>32 吸い込む際に空気と一緒に麺を吸うらしい。
>>そうすると熱い麺が冷やされて食べやすくなるのです。
そんな事考えて食べている日本人いるかよ?
とにかく麺類も音を立てて食べるな。
気持ち悪い、下品たらしい。
音をたてて食べるのは世界ひろしといえども、日本人とアフリカ人だけだ。
イタリア人だって一人でパスタ食うときは音を立ててるぞ。
50 :
名無しさんの主張 :02/05/01 08:05
>>48 日本の国の事言うなら
まずお前の国名言ってみろよ。
話はそれからだろ。
名前、外人で偉そうな事言ってんなよ・・・
考えて無くても無意識的にそうやってんだよ。
51 :
名無しさんの主張 :02/05/01 08:18
日本では麺類は主に熱いスープの中に入って提供されます、このスープ温度、 じつは世界中の料理と比較してみるととても高いのです。 なにせ日本のスープは世界標準を遥かに超えた”熱さ”なのです。 我々日本人は、あつーーぃスープのなかから、あつーい麺を口の中に引き上 げ、噛む、そして飲み込む。この一連の動作中に鼻から空気を吸い込んで食 べ物を冷却することができるのです。これは熱さで口の中やのどをやけどし ないよう、無意識のうちに行われているのです。 信じられない人は鼻をつまんで、熱いお茶を飲んでみてください、または鼻 に洗濯バサミをつけてラーメンやそばをたべてみてください。 おとはでないし、とても熱くって飲み込めないでしょう 欧米のたべものは、食べ物の温度が低い、つまり鼻 から息を吸いこまなくて良い、だから食べるときに音を立てない。熱いスー プの中に麺の入った食べ物などない。
52 :
名無しさんの主張 :02/05/01 10:36
>>51 そうそう。熱いのが良いの。
あーラーメン食べたくなってきた。
昼は近所のラーメン屋で、ズルズルやってこよう。
53 :
名無しさんの主張 :02/05/01 10:42
>>48 >そんな事考えて食べている日本人いるかよ?
日本人でも無いのに何故分かる?
>>51 俺は熱い麺類を音をたてずにちゃんと食べれるぞ。(ら抜き言葉大いに結構)
別にズーずーやらなくたって、口の中に入れる前にフーフーと息を吹きかければ
いいじゃないか。
世界に通用しない習慣を改めろ。
麺を音を立てて食べるのはやったことがないし、嫌いだ、しかし、 日本の慣習を日本国内でやって何が悪い。外国人は黙ってろ。
57 :
名無しさんの主張 :02/05/02 01:47
麺は習慣文化。 それ以外で、音を立ててるのが糞。 ガムをクチャクチャの発祥の地は日本か? あれ、一番気持ち悪い。 電車の中にいると、気分悪くなる。 て事で、日本人も外国人も、糞ったれはいる。
58 :
名無しさんの主張 :02/05/02 06:42
>>54 外国人、フーフーした後はどうやって食べてるんだ?
口に入れた後、吸い込むとズーズーチュルチュルと音が立つから
ひょっとして箸で少しずつ口に入れている?
それともフォークで丸めて食べているのか?
59 :
名無しさんの主張 :02/05/02 06:49
>>58 冷えた麺をくわえた後唇を使ってモソモソと口の中に
送り込んでいると思われ。
60 :
名無しさんの主張 :02/05/02 09:36
61 :
名無しさんの主張 :02/05/02 09:43
>>57 ガムはアメリカだろ。昔、アメリカの大学を訪れる機会があって、
みんなクチャクチャやっててびっくりした。
>>58 アメリカ人とラーメン食べに行くと、箸で少しずつ口に入れてたよ。
で、モソモソ食べる。
62 :
名無しさんの主張 :02/05/02 12:46
つーかまだわかってねーな。 ハンドルネームを外国人、外人で誤魔化すのはやめろ阿呆。 まずお前の国を言ってから日本の文句言えよ。 自国を堂々名乗れないのならしゃしゃり出てくんな。
63 :
麺類限定の話 :02/05/02 13:15
麺類についてのこの手の論議はここ2ちゃんでも語り尽くされてるね。 食べ物の美味い、まずいを判断する要素の一つに「食感」というものがある。 食べた時の感触ね。我々日本人は数百年(千年以上?)麺を食べてきて、 この食い方が美味いという事を体で覚えている。 文明開化以降の文化的混乱で多分2のような意見が出るのだと思うが、 麺は物理的にも吸い込んだ方が食べやすいし、食感も良いので音を立てても問題なし。 誰だっておいしい方がいいでしょ? ちなみに台湾にしばらく滞在した事があるが、麺食べる時は皆ズーズー言わせてたよ。 あと既出だけどパスタ食べるイタリア人モナー。
アメリカではとにかく音をたてて食べちゃいけないんだよ。 もう、国際課社会なんだから。
65 :
強制送還 :02/05/03 17:04
[外国人]がどのような理由で「日本」に来て滞在をしているか知らぬが、 自国の「物差し」で、「異文化」を「ここが変です。」と言ったところで 「いらぬおせっかいを言うな!ほっといてくれ。」と言われたら終わり。 例えば「インド」のガンジス川で沐浴している人に、「牛の死骸や 糞が浮いている不衛生な川でなぜ沐浴するの?変ですよ。」と言っても その人は止めないであろう。 この日本に住むのなら「郷に入れば郷に従う」しか方法は無い。 「あれも変だ。これも変だ。」と「粗捜し」を目的に来日しているのなら、 この変な「国」からとっとと出国する事である。
一ぺん日本の外に出て、外側から日本を見てみな。そうすれば分かるから。 じゃあ、話題を変えようか。 前にも書いたが、毎年年賀状なんて書いてゆとりのない生活おくっているね。 せっかくの年末年始の休みが台無し。
クリスマスで1ヶ月も潰すよりはマシだろうが。
69 :
名無しさんの主張 :02/05/04 00:49
外国人は年賀状書いたことがなさそうだから、分からないだろうけど、 年賀状は年末の休みになる前に、こつこつと書くものだよ。
70 :
名無しさんの主張 :02/05/04 00:51
年賀状・お歳暮eteは全部やらない、面倒くさい こっちもやらない、あっちも送らない、これで結構
バレンタインデーの義理チョコも廃止しろ。おかしな日本人。
72 :
名無しさんの主張 :02/05/05 07:26
>>71 義理チョコしかもらえない男の立場になってみ。
73 :
名無しさんの主張 :02/05/05 07:41
>>72 義理チョコすらもらえない男の立場になってみ。
74 :
名無しさんの主張 :02/05/05 07:46
外人は音たてて食べることうるさいね 日本きてもんくゆーな
75 :
名無しさんの主張 :02/05/05 10:54
年賀状がどうのとか言ってるヤツがいるけど、クリスマスカード送るのは OKなの? あ? OKなの? あ? ちゃんと答えろよ。
>>75 kanemoukeka
>>76 watashiha sonnano kaiteimasen
78 :
ミトコンドリア :02/05/07 00:37
面白いね
>>77 おめーがかかねえって、答えになってねーよ。
年賀状かかねえ日本人だっていんだからよ。
80 :
名無しさんの主張 :02/05/07 01:04
>>76 クリスマスカードは手書きとかで親しい人にしか送らないでしょ
アホが立てたスレは盛り上がらないという好例
日本人って中学、高校で計6年間も英語習っていて全然英会話出来ないね。 頭悪いんじゃないの?
83 :
名無しさんの主張 :02/05/08 03:17
あ
86 :
名無しさんの主張 :02/05/08 03:46
87 :
名無しさんの主張 :02/05/08 04:11
ネタが単純
88 :
名無しさんの主張 :02/05/08 04:34
82 しんでください。
日本人朝起きて顔洗う時 プシュプシュ大きな音たてて・・・・ もっと静かに顔洗えないの?
91 :
名無しさんの主張 :02/05/16 05:11
92 :
イケてない日本 ノイマン・クリフトフ著 より :02/05/22 19:04
・・・日本人はいつも話す・・・・・・・・そして話す人がいないときは、テープを流す。 例えば、僕の乗換駅でもある目黒駅のエスカレーターで延々と流れている機械音。 「エスカレーターにお乗りの際は、ベルトにしっかりとおつかまり下さい。ベルトから手を 外に出さないで下さい。危険ですので、黄色い線の内側にお立ちください。降りるときには ご注意ください。エスカレーター内は禁煙です。体の不自由な方はご遠慮ください。」 このアナウンス・テキストを最後まで聞き終わらないうちに、もうエスカレーターから降りている。 そして「体の不自由な」人が、もう危険な旅に行ってしまった、と遅ればせながら気づく。 しかし、この機械音を作った私鉄会社の社員全員は、まず乗客皆がエスカレーターに 乗る前に立ち止まって、全てのマニュアルを聞くことを理想としているのだろう。 このエスカレーターのひとりごとは、しばらくしてから騒音に混じって聞こえるにすぎない。 しかし、列車が近づいてくると、二つ目の機械音が始まる。「二番線に、渋谷、新宿行きの 電車が参ります。危険ですので、黄色い線の内側に下がってお待ちください」この機械音が 二度繰り返されると、今度はサイレンのような音がなる。これが、すぐに入ってくる列車の 危険を知らせるもの。そして、駅員がマイクで、列車が来る、と注意する。このとき、本当に 危険なので、今度は皆、本当に気をつけろと叫ぶ。 さらに反対のホームに列車が入ってくると、音は倍になる。そしてエスカレーターの ところでも、音は頑固に鳴り続け、空襲の最中ではないかと思うほどだ。しかし爆撃機が 飛んでくるわけではなく、ただ二つの無害な列車が走ってくるだけだ。・・・
93 :
イケてない日本 ノイマン・クリフトフ著 より :02/05/22 19:04
・・・日本ではその注意を力強いものにするためには、嘘も許されている。東京の郊外、 つくば市の高速道路の大きな看板には、「交通事故死者急増。速度を落としましょう」と 書いてある。まず、この高い場所に設置された看板を読むために車を止めるおかげで、 多くの交通事故が急増するに違いない。特に、外国人は、看板をゆっくりと解読しなくては いけないからだ。 しかも、嘘なのだ。日本では、シートベルトの装着やエアバッグが広まったために、 交通事故の死者は減っている。インターネットで警察自身の発表を見ると、1992年の 交通事故の死者は11451人だったが、1998年には9211人に減ってきた。責任者には 間違った情報が伝わったのか?いや、警察は当然数字を知っている。なぜ公の場で 嘘をつくのだろう。それは日本は、国が市民を教育する国なのだ。速度を落とさなくては いけないのは、立派な目的なのだ。民族の幸せをかけた戦いで、注意には無邪気な嘘が あっても許されるのだ。 こんなときドイツでは、こう書くくらいだろう。「事故防止のため、ゆっくり走りましょう」・・・
94 :
名無しさんの主張 :02/05/22 19:52
ノイマンも本だしたのか。 でも、あんまりイケてないよお。
日本国内で日本人変だぞ!っていうのはおかしいよ。 外国に来て、「変だと思う事」=「文化」でしょ。文化を指摘されても日本人はどうしようもない。
96 :
名無しさんの主張 :02/05/23 00:09
既成の価値観は崩壊しています。 このズル剥け信仰もその一つです。 ズル剥けがいいというのは何故ですか? 見た目がいいという理由を答えられますか? 答は洗脳。同調圧力。 ズル剥けがいいだなんていう確証はなんて実は一つも無い。 むしろ亀頭を常にさらすということは、つまり、 例えば鼻呼吸が普通なのに口呼吸をしてウィルス、細菌、バイ菌歓迎状態ということ。 感染の機会は包茎よりも増える。これ当たり前。 チンカスは不潔というがあれは免疫系の生物的な機能であり、 常に洗っていれば悪玉菌が増えることもなく何も問題ないのですね。 陰茎癌、子宮癌になるってのも既に何十年前のカビの生えた医学説で信憑性を失っています。 欧米の学者達は今や誰もそんな包茎だと癌になるなどとは説は言っていません。 あるとすれば真性包茎でしょう。剥いて洗える仮性包茎は関係ないです。 しかも剥けチンだと不感症になって性感も奪われていく。 早漏は望ましく無いが、不感症はもっと悲劇だ。 早漏は亀頭を鍛えることによって多少は改善し得る。 なんのことはない、実は仮性包茎が多数派で、 常に剥けている状態にするメリットは科学的にそれほどはないのである。
97 :
イケてない日本 ノイマン・クリフトフ著 より :02/05/24 20:11
・・・注意通知の内容は簡単に無視できるが、注意通知の流れすぎから逃げることはできない。 交通機関では、お説教つきの行動規則が、日々、過剰に通告される。バスや電車などの 標準的アナウンスは、他の国々のように、次の駅や路線名を言うだけではない。まず、主要な 駅ごとに、その時間に従った挨拶。「おはようございます、本日、渋谷から東京行きのこの電車を ご利用いただきありがとうございます。」これは山手線で、朝八時に響きわたる挨拶だ。この感謝は 大切だが、ここには、ほかに三本も四本も平行して列車が走っているわけではない。もし選べる なら、よりによってこんなに混み合った列車には乗りたくない。 しかし、この後、乗り換えのときにはこんなアナウンス。「列車が混み合い、申し訳ありません」 本当に申し訳ないと思っているなら、朝はもっと列車を増やして欲しい。おまけに、謝罪に続いて すぐにまた説教。「列車に落し物・お忘れ物がないよう、お願いします」 そのアナウンス基礎の上には、いろいろな規則の台詞のカタログからプラス・アルファが入って くる。天気によっても変わる。「傘をお忘れにならないよう、お願いします」とか、「ホームが滑りやすく なっております。お気をつけ下さい」というのもある。列車が駅でないところで10秒以上止まると、 すぐにアナウンス。「停止信号で止まっておりますが、すぐに発車いたします」そして最後まで 言い終わらないうちに、列車はもう進みだしている。 そしてさらに、このカタログには、ボーナス規則がついていて、数ヶ月ごとに変わる。いわば 「今月の規則」や「今期の規則」だ。例えば、春の規則。「お忘れ物がないかどうか、もう一度 お確かめください」おせっかいに聞こえて、今度こそ新聞や、マクドナルドの袋をうっかり置きたく なってしまう。 いまはこうだ。「無理に列車に駆け込むのはやめましょう。ドアに、挟まる恐れがあります。 次の列車をお待ちください」秋にはこれもついた。「列車とホームの間には隙間があります。 ご乗車の際は、十分お気をつけ下さい」・・・
98 :
イケてない日本 ノイマン・クリフトフ著 より :02/05/26 20:37
・・・成田の東京空港に到着した乗客は、まず二枚の板の挨拶を受ける。一枚目には日本語で 「お疲れ様でした。日本へようこそ」と優しく撫でてくれ、もう一方では、英語で「Welcome to Japan. Please respect the rules.」(日本へようこそ。ルールを守りましょう)悪いことをしそうな 外国人を諫言しておく。 ・・・ ・・・しかし、こんな謎に満ちた「ルール」がどんなものか、それについてはわからないままだ。 ドイツ語や英語で何も書いていない。それほど日本人がルールを示したがるのなら、私たちの 国とはよほど違うのだろう。どうせ、三日間だけ来日する外国人のビジネスマンも無視しては ダメらしい。そんなにルールにうるさいのなら、日本人は、ルールをはっきりと文章にしてみせ なくてはいけない。しかし、具体的なルールは、どこにも書いていない。英語の看板の文字を まじめに受け止めようとしたら(パスポート検査が終わってから最初の英語で書いてあるテキスト だから、大切な法律に見える)、日本の地に足を付けた瞬間にカフカの「審判」のKと同じ 困った心境を感じることとなる。 きっとこの虐待間を、世界を知っている日本人も感じたのだろう。だから、長野オリンピックの ちょっと前に、英語の看板は「Welcome to Japan」(日本へようこそ)という簡単なものに 変えられた。・・・
99 :
イケてない日本 ノイマン・クリフトフ著 より :02/05/26 20:37
・・・国内に入っても、外国人はルールを延々と教え込まれる。「国際化−Yes。しかし、 ルールを守りましょう!」それは、東京の大手町にある入国管理局の窓口にあるボールペンに 日本語で書いてある。それを用意してもらった申請者はもちろんみんな外国人だ。 ボールペンの裏側には、「あなたの協力で、違法な仕事を0に」と書かれている。ようやく はっきり分かるルールだ。しかしかなりとんでもない書き方だ。こうも読めてしまう。 「君たち外国人は、いつも法律を破り、闇の仕事をする。それはやめてくれ!」しかもさらに とんでもないことに、そうした違法な仕事をさせる会社は日本人のものなのに、その日本人は 全く外国人申請者専用のボールペンを握ることなどない。しかし、我々外国人は、そんな ルールの微妙な言い回しなど分からないだろう。・・・
100 :
名無しさんの主張 :02/05/26 23:23
プーだかなんだか知らねェけどよ パンピーの糞ってのはまじで社会の糞だな!!! てめえら1握りの貢献もねぇただの糞。 道はてめえらのもんじゃねえ 厨な親にまんま食わさせて 親に買わせたチャリで我が物顔で通るんじゃねぇ 道が、街が、日本が汚れてんだよてめえらバカパンピーのせいでよ!!!!!! とっとと死ねよ 百害あって一理なし つかマジ、パンピー厨死ね。 無駄無駄無駄無駄ァ!!!! とっとと死ね!!!!!!!!!!! シネシネ死ね 資源の無駄 税金の無駄 浪費 ゴミ 社会のゴミ シネ死ネ死ね死ね 脳味噌ねえクせに生きてんじゃねえ つかもう死んでんだろその糞脳はよぉ あー今すぐシネ死ネ死ね 赤信号渡ってダンプに引かれて死ねよ 常識もねぇンだからよ つーか、死ね。
101 :
名無しさんの主張 :02/05/26 23:28
102 :
名無しさんの主張 :02/05/26 23:33
101>氏ね
103 :
名無しさんの主張 :02/05/26 23:39
_ー ̄_ ̄)’, ・ ∴.' , .. ∧_∧ ∴.'
∧ --_- ― = ̄  ̄`:, .∴)' ((( #)゚Д゚) ←
>>101 , -'' ̄ = __――=', ・,‘ r⌒> _/ / ・,‘
/ _-―  ̄=_ )":" . ’ | y'⌒ ⌒i .' ∴.'
/ ノ  ̄_=_ ` )),∴. ) | / ノ |∴.'∴.'
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/ _, \ )_ _ )= _) / , ノ ∴.' ∴.'
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j / ヽ | / / ,'
/ ノ { | / /| |
/ / | (_ !、_/ / 〉
`、_〉 ー‐‐` |_/
最近見ないような気がするんだけど「ここが変だよ日本人」って何曜日に 放送されているの??
105 :
名無しさんの主張 :02/05/27 13:17
>>2 日本の麺は熱いんですよ。
スパゲッティーはぬるい。
ラーメンは熱いけど蓮華で冷ましてから食べる。
うどんやそばはあついまま口に運ぶわけですよ。
だから音を出して空気と一緒に麺をくちにいれて
麺を冷ましながらたべるわけですよ。
106 :
イケてない日本 ノイマン・クリフトフ著 より :02/05/28 21:08
・・・あるOLは、渋谷でチョコレートを食べ、残った包みを紙を丁寧にたたんで、自分が 持っているティッシュペーパーにくるみ、高価なハンドバッグにしまいこむ。それから、 電車で二時間ほどかけて郊外の自宅へ帰り、バッグからゴミを取り出して自分のゴミ箱に 捨てる。少なくとも、彼女は駅のホームにたまに設置されたゴミ箱に辿り着くまでゴミを 大事に運んでいくに違いない。 いずれにしても、彼女は汚れて、くしゃくしゃの包み紙をバッグに入れて歩き回ることに なる。もしビニール袋だとすれば、それを手にぶら下げて歩くことになる。それもこれも 公共機関がゴミ箱を設置していないためだ。通りを汚さないためには、市民は自分の服や バッグの中を汚さずをえない。不衛生にもゴミでいっぱいにして犯される。 特権を持っているのは、よりのよって喫煙者だ。吸殻や灰のために、ほとんどの大きな 横断歩道のわきには、小さな吸殻入れの箱が置いてある。タバコの吸殻しか入れられない 小さな穴がたくさんついた金属容器だ。・・・ ・・・しかし、普通のゴミ箱がないことは、世界で最も金持ちの国民である日本人の発展した 民主主義意識とは全く矛盾する。国家に高い税金を支払って、国家にきちんとしたゴミ箱を 設置する義務を要求する代わりに、自らの生活を難儀なものにしてしまう道を選ぶのだ。 とりあえず日本人は国家のいい子供で自分のゴミも持ち帰り自宅のゴミ箱に入れる。 そして、それが一杯になると、それまでは紙切れ一枚も投げ捨てなかった同じ道路へ 持ち出してくる。こうしてゴミがひとめぐりしたわけだ。・・・
107 :
イケてない日本 ノイマン・クリフトフ著 より :02/05/28 21:08
・・・いや日本人は正しく振舞っているのだ。ゴミを持ち帰り、自分のゴミ箱に捨てる。 そしてゴミをきちんと縛ったゴミ袋に入れて家の前に出す。紙くずが最終的に道に 散乱することになっても、それは計り知れない不可抗力が働いたのであり、自分の 責任ではない。このことが物語るのは、「効率」の問題というよりは、ただ決まった ルールを繰り返す形式主義だけが重要なのだ。 どうして動物たちに荒らされないしっかり蓋が閉められるゴミ容器を設置しないのだろう? 答え・・・場所をとるからだ。日本の狭い道には歩道を用意できる場所もないので、 ゴミ容器の場所は全く考えられない。・・・ ・・・この全く機能しないゴミシステムが物語るのは、日本人の一人一人が、硬直した 制度に身動きができない敗者であることを示している。動物たちが夜にゴミを漁れなく するため、僕が住んでいるところの道のみんながごみ収集車が来る直前、早朝の七時に ゴミを出せといわれている。区役所がゴミをちゃんと管理できないから、人々を早起き させて睡眠を削らせてゴミを出させる。 もっとひどい地方だってある。歴史的史跡のある京都の烏丸では、ゴミの収集は 週に二回だけだ。それまで、小さな家に住んでいる烏丸の哀れな住民たちは、 ひどいゴミの臭いとアパートの中で一緒に毎日暮らさなければならない。そのあたりの 道路はビニール袋を出すにも狭すぎる。そういう小さい家に住む友人は、ゴミ袋を 家の中に三つも溜め込むことになり、トイレに行くたびにどけなければならないほどだという。
108 :
イケてない日本 ノイマン・クリフトフ著 より :02/05/28 21:13
・・・ゴミ処理に関していえば、この豊かな国である日本は、効率性とインフラの二点に おいて、発展途上の第三世界と変わらない。もっと貧しいフランスやスペインにも学ぶこと だってできるだろう。かれらもゴミ容器なしでゴミを袋のまま通りに出す。しかし、それを 漁ろうという動物たちから単純な方法で問題と解決している。ゴミ収集は、朝にではなく、 夜遅く(21時くらい)に来るのだ。だから、猫やネズミがやってくる夜には通りにはゴミ袋は もうなくなっている。だが、日本ではそれがうまくいかないらしい。五人ほどのゴミ収集係を 遅く働かせるよりも、何千人もの住民が早起きしたほうがよいというのだから。 こんな効率の悪い、崩れやすいゴミ収集のやり方が崩れないのは、ひとえに日本人 個々人のゴミに関する原則を守るという辛抱があるからだ。残念ながら、この原則という ものは、環境問題や、少なくとも町の美観とは全く関係がない。最も考えられる理由は、 規則を破りたくないということ。つまり世間体ということにつきる。 だから人目につかないゴミが増えつつあるのだ。東京から少し離れた筑波山に登って みればよくわかる。本来は聖地といわれるこの山には細い道しか通っていない。原野に 入れば入るほど、辺鄙な場所で頻繁に車のスクラップに出会う。何十台も、何百台も。 自分の車を廃棄させようとするならば、普通二万円くらいかかる。その金を惜しむ人が、 不法に、この聖なる山裾に置き去りにしてしまうのだ。ナンバープレートを外した後で。 都市は清潔の保たれながら、自然はゴミの山になりつつある。しかも、山の樹木は ゴミの出し方について陰口を叩いたりしない。・・・
109 :
イケてない日本 ノイマン・クリフトフ著 より :02/05/30 21:29
・・・ノンアルコールの缶飲料は、全国どこに行っても同じ120円で売られている。自動 販売機で買っても、コンビニで買っても、ペプシだろうと、アサヒのココアだろうと、 キリンのトマトジュースだろうと、みんな、同じ120円だ。これほど大規模に価格協定が 行われているのを見たら、ドイツの連邦カルテル庁の代表は、心筋梗塞を起こすだろう。 それに対して、一般の日本人は、1998年、消費者はポスターで価格カルテルに教えて もらった。缶飲料が110円から120円になり、10円高くなるというのだ。まるで政府に税金が 高くなることが知らされたようだった。 ビールもずっと同じ値段だった。330ミリリットル缶で、230円。石の彫像のように 変わらない。10年以上、どんな種類のビールもずっと同じ価格で、四大企業がコンビニや スーパーマーケットの棚を90から100%独占している。自動販売機の缶飲料のように、2000年、 同時に全部の種類のビールの値段を10%安くした。だが少し安くなったところで、相変わらず 日本では2マルク以下でビールを買うことはできない。・・・
110 :
名無しさんの主張 :02/05/30 21:35
日本の悪口を言う外国人は自分の国に帰れ
111 :
名無しさんの主張 :02/05/30 21:38
郷に入れば郷に従え
112 :
イケてない日本 ノイマン・クリフトフ著 より :02/05/31 21:56
・・・ヤクザとは、日本のマフィアで、盗み、殺し、恐喝をする。彼らが罰せられることはほとんど ない。警察や行政機関との密接な関係によって、守られている。ヤクザは、地域で貢納金を 恐喝したり、独自の会社を経営したり、大手企業に関わったりして、日本の経済界のさまざまな 面にも介入している。 日本のように、犯罪者が支配し、反民主主義的で、野蛮で、非人間的な工業国はほかにない。 ヤクザはやりたい放題で、法律も意味をなさない。・・・ ・・・日本に来たばかりの外国人として日本人を見ると、たいていの日本人は几帳面で、 遠慮深いから、日本の法律システムを信頼していて、この国では、正義と安全が守られている のだと思う。 ただ、ヤクザは、普通の日本人ではない。友人が東京のディスコに行った。そのとき、うっかりと 他のお客にぶつかってしまった。運が悪いことに相手はヤクザで、すぐに文句を言ってきた。 友人もまた下品にいいかえしたが、とたんにアッパーカットをくらった。友人は倒れそうになった。 もう一人の友人は怒って、すぐにそばの交番に行き、事件を報告した。しかし警官たちは 笑っただけだった。そして調書を書いたり、一緒にディスコに行ったりせずに、文句を言った 人を残して、バイクにまたがってどこかへ行ってしまった。
113 :
イケてない日本 ノイマン・クリフトフ著 より :02/05/31 21:56
警官たちが無視したのは、よかったのかもしれない。福岡に住んでいたドイツ人の友人が 体験したことを見ると、そんな風にも思えてくる。 彼は、友人たちとお酒を飲みに行くところだった。そこで通りの真中でヤクザのグループに あった。すると何の理由もないのに、いきなりヤクザは僕の友人をつきとばし、血を流して たおれるまでぶちのめした。 一緒にいた人たちは、驚いて交番に走って行き、警官に一緒に来るようにと頼んだ。警官は いやいやついて行った。そして、血を流すドイツ人を見て、身分を聞き出し、このドイツ人に 責任があるとでもいうように「私には関係ない」と言った。警官は何もせずに帰ってしまった。 友人たちは結局、タクシーを呼び、自分たちでそばの病院に連れて行った。 その後すぐに、友人は殺すぞという脅迫電話を受けた。警官がヤクザに情報を伝えたの だろうか。友人は結局警察に頼るのをあきらめ、福岡から引っ越した。 日本人はこういう話を聞き、もうヤクザの存在を否定できなくなると、「ヤクザには関わるな」 という反応をする。つまり、この安全な国でも、もはや排除できないほど、犯罪者の力が 強いことを認めているということだろう。・・・
114 :
イケてない日本 ノイマン・クリフトフ著 より :02/06/01 22:29
・・・他の国々では、人の行動を評価するための重要なポイントとなるのは、一般的な モラルだ。日本での、そのポイントは、規則を守ることだ。規則とは、自由な行動、つまり 「みんなが自分のやりたいことがやれる」ことを保障することだ。 人が盗んだり、殺したり、売春したりするかどうかというのは、大抵の日本人にとって、 基本的にあまり重要でなく、そうする人々からどう距離をとるかということが重要なのだ。 ヤクザはもちろん、日本の社会の中で尊敬するような人間たちでないが、邪魔されない人 以外には自分の汚い商売で邪魔しない程度で、日本人社会の普通の一部となっている。 このイメージのせいで、ヤクザの影響が怖い人はあまりいない。それに対して、ドイツでは マフィアによる現実の影響は、日本よりずっと少ない。なのに、「組織的犯罪撲滅」という スローガンを掲げるだけで、「権利と秩序」を守ろうという右党は実直で正直な市民たちに 支持される。 しかし、日本人は、犯罪のはびこるこの国を、危険な外国とは正反対の安全な国だと いってほめる。「ヤクザは悪いことをするけど、私にするわけではない。でも外国では、 私にも何かが起きるかもしれないでしょう」と、カナコという45歳の主婦は言う。・・・
115 :
イケてない日本 ノイマン・クリフトフ著 より :02/06/01 22:30
・・・僕はある女の子に話をしようと誘われた。友達の福岡のディスコのヤクザとの出会いを 思い出し、彼女に聞いた。「このクラブでヤクザにあったことがある?」彼女はすばやく 否定した。好奇心が起きて、余計な問題に首をつっこんでしまった。「ヤクザとは他であった ことがある?」ためらうように、うん、と返事があった。何度か聞いてみて、その女の子は、 婦人科病院の看護婦で、何度も、ヤクザと嫌な出会いをしているという。 その病院に、堕胎をするために女性が入院した。そして女性が退院した後で、ある夜、 ヤクザの黒塗りのBMWが玄関に乗り付けて、四人の若い男が降りてきた。ちょうど夜勤だった 看護婦は、ヤクザに乱暴に院長を呼んでほしいといわれ、死ぬほど驚いた。けれども、 もうすでに寝ていた医者に電話をかけたのだった。 医者がやってくると、一人が言った。「俺の彼女がここで子供を堕した。金は払わない。 堕胎は日本では違法だからな」彼らの行動には、全く論拠がない。もちろん堕胎は 日本では合法だ。 医者は驚きながらも勇気を出して、四人の前で、警察に電話をした。ヤクザは落ち着き 払って待っていた。そして警察が着たが.......何もしなかった。 なぜか。病院の請求を払わないというだけでは、犯罪にならないのだ。しかしその四人は、 他にも絶対悪いことをしているだろう。少なくとも、警察は、身元をしらべることができた だろう(日本人が証明書を持ち歩かないにしても)。そうすれば、何千もの別の犯罪で、 名前や顔がどこかの捜索リストに載っていることが分かっただろう。・・・ ・・・おまけに、間接的な脅しも、恐喝のようなものだ。他の国々の警察だったら、少なくとも 医者に相談や保護を提案したのだが。しかし、日本の警官はなにもせずに、婦人科病院 から立ち去った。
116 :
名無しさんの主張 :02/06/01 22:39
ごくろうさまです。
117 :
イケてない日本 ノイマン・クリフトフ著 より :02/06/02 20:59
「支払わない患者はたくさんいる。どうしてよりによって私たちが、ヤクザを追いかけ回して 請求しなくてはならないの」と、看護婦の女の子は言った。貢納金になったのはただ、ヤクザに 中絶などの請求をするのをあきらめることだった。 しかし、夜の訪問はその一度だけではなかった。看護婦はしぶしぶと話した。そのヤクザの 若者たちは三、四回来た。今度は、見え透いた口実から、直接にお金を要求したのだ。 病院がヤクザの男性の子供を勝手に堕ろしたから、損害賠償を払えというのだ。 またもや愚かな理屈だ。日本では、中絶を了解するという父親のサインが必要だ。 それがなければ、手術は行われない。しかし、病院は、女性が持ってきたサインを 調べることはできない。 特に、この話の場合は、本当に口実に過ぎない。一度払ったら永遠に払い続けることになる。 ヤクザは「貢納金」にさまざまな理由をいつもつける。恐喝に色々な言葉を使って、「貢納金」 という言葉を避けるのは、ヤクザの戦術だ。彼らは、言動で直接的に示さずに、 脅しを潜ませる。犯罪である証拠がわかりにくくなるのだ。 日本人は良く自慢するが、「建前」と言っていることの裏に「本音」という実際に思っている ことが別にある。ただ、それはヤクザの貢納金の脅し方に対して、自らの罠にはまる。 ヤクザの態度は客観的に見ると、脅しがない。だが、被害者は無理やりに、その割と平和的な 「建前」の態度の裏に、恐ろしい「本音」があると悟って、建前にではなく、すぐ本音に答える。 体でも、言葉でも暴力を使わない敵に、被害者はすばやく服従するように頭を下げたのだ。
118 :
イケてない日本 ノイマン・クリフトフ著 より :02/06/02 20:59
だが、抵抗していたはずだ。その被害者がその脅しにどう抵抗したかという話をイライラと 僕は待った。抵抗したはずだ。どうせ、五年前から貢納金を振り込んでいるのが話のオチ だったら、あの看護婦は僕に語らないだろう。 しかし、病院側は抵抗しなかった。ただ、取引をしただけだった。医者はすぐに、「地元に 影響力のある」友人に連絡を取った。そしてその友人はどこからか、ヤクザと連絡を取った。 その地域のヤクザのボスに、友人をほっておくようにと連絡を送った。それからは、病院は 静かになった。 彼女がいうには、その地域でお金を払っていない唯一の病院だ。他の全ての病院は 貢納金を払っているそうだ。病院が貢納金を払っているとは想像しにくい。南イタリア であっても病院ぐらいは払わなくてもいいだろう。すると、スーパーは、酒屋は。みんなで 少しずつ怪物に餌を上げているのだ。 だから、邪魔しない者にはなにもしない「きちんとしたヤクザ」というメルヘンは、日本人の 大きな自己欺瞞なのだ。一般の人は、自分たちだけはヤクザにいつまでも邪魔されずに 生活していこうと考えている。被害は、他のものが受ければいいのだ。突然、黒いBMWが 自分の玄関の前に来たら、誰も助ける人はいない。そして、マフィアの危険について、 真剣に考えてこなかったので、突然の出現に驚くばかりで、良く考えることもなく脅迫されて しまうだろう。・・・
日本人も正当な近代国家らしく理性をもって行動してほしいものだね。 結局根深いところは江戸時代とそんなに変わって無かったりして。
理性をもってつーかなんか去勢されてるんだよね、社会的に。 正当性を主張する元気を失ってる。
121 :
イケてない日本 ノイマン・クリフトフ著 より :02/06/03 21:26
・・・企業も政治家に負けていない。ヤクザの巨大なコンツェルンの一部署を使って、 誇張した会社の計画のやや汚い部分を実行させている。1998年には、野村證券の幹部の 一人が、ヤクザにおよそ三千万円を支払い、株主総会で、反抗的な株主が厳しい質問を するのを妨害させていた。 毎年、似たような会社とヤクザとの取引が表ざたになる。そしてみんな、犯罪者と組んで なされていることに、憤る。しかし、自分が窮地に立ったときは、ヤクザはまさに役に立つ。・・・ ・・・京都では、日本のほかの都市と同じように、暖かい季節になると、「国際祭」が開催 される。そして、街の中で音楽やダンスが催され、京都に住むさまざまな国籍の人たちの 特別料理を露店で試食できる。 以前、こうした祭りが京都で催されることになったとき、ドイツ人の友人が、出店をして、 「オリジナル・ドイツ・ソーセージ」を出そうと考えた。ドイツの伝統的な料理として、日本人には 好かれているので、友人はささやかな利益を得ることができそうだった。 この計画を思いついて、彼は、助教授のところへ相談に行き、市役所のどの係りで、許可を 取ったらいいか尋ねた。そして、助教授は、まじめにこう答えた。「市役所では、誰も扱って いない。露店はマフィアが仕切っているのだ。だから、まずヤクザに露店を許可してくれる ように申請して、使用料を払わなくてはいけないんだ」 友人はがっかりし、ソーセージつくりをあきらめた。それしか役所はない、といわれても、 犯罪者と取引をする気にはなれなかった。 こうしてヤクザは、日本の役に立たない役所のそばで、効果のある選択肢として地位を 確立した。・・・
122 :
イケてない日本 ノイマン・クリフトフ著 より :02/06/03 21:27
・・・このイメージから、普通の日本人がヤクザに関わることもある。暴行された犠牲者の 女性が、恥を捨ててしまうと、ヤクザにまかせるようになる。警察よりも、ヤクザのほうがずっと 犯人を捜すエージェントとなっている。 ヤクザのエージェントは、犯人たちを簡単に見つけられる。やはり、ヤクザは現在の法に 注意しなくてもいいからだ。そのとき、犯人が警察に突き出されることはない。そのかわり 膨大な口止め料を払わなければならない。マフィアはそのお金を被害者の家族と、 分けることになる。この方法はかなり効果があるらしい。 賃貸主も、よくヤクザの序列ある権力を利用する。日本の賃貸契約は、借主にとっては かなり抑圧的なもので、長くても二年で契約が切れることになっている。実際は、きちんと 家賃を支払いする借主をよそへ引っ越させるのは難しい。だから、数人のマフィアに汚い 仕事をやらせる。死んだ猫を玄関の前に置いたり、ポストに犬の糞を入れたり、それが きかなかったら、反抗的な借主と、賃貸主の委託人とで、直接的な「会話」をすることになる。・・・
123 :
イケてない日本 ノイマン・クリフトフ著 より :02/06/04 21:27
・・・僕は、ドイツ人の友人二人と、夜の10時頃、渋谷にいた。渋谷は、にぎやかで、 あかぬけたところでも、落ちぶれたところのない、東京の有名な繁華街だ。メイン通りを 歩いていると、突然歩道に人だかりができた。 通りの向こう側で、ビジネスマン風の男が、小さな男を殴りつけてる。小さな男は鼻血を出し、 地面に転がり、苦しんでいるが、ビジネスマン風の男は、まだ、腹や顔を蹴り続けている。 そして、時代劇の映画でしかきかないような言葉で、怒鳴りつけている。倒れている方は、 身をかばうこともなくひざまずき、謝ろうとしてうめいている。 通りのこちら側には、日本人が50人以上はいて、安全なところから、ただじっと見つめている。 関心はあるのだ。しかし50人以上もいて、一人の人間を助けることもできないのだ。目の前の 事件から、身を守るような、独特の受身な態度だ。「日本人は、特別で、理解しがたく 素晴らしい民族だ」という日本人独特の見せかけは、ここでは完全に血にまみれ、 ほとんど存在すらなくなっていた。 僕たちは、すでにお酒が入っており、ドイツ人魂の正義感が湧き上がって、三人で中に 割って入ることにした。そして通りをわたる。僕が二人を引き離す。旧に外国人の顔が現れて、 一瞬の間の後、すぐけんかが中止される。僕は落ち着いた調子で、ビジネスマン風の男に ドイツ語で言う。「デゥ・クライナー・シャイサー」友人たちは、ずっと攻撃に構えをして周りに 並んでいる。
124 :
イケてない日本 ノイマン・クリフトフ著 より :02/06/04 21:28
相手の男は、ドイツ語は分からなくとも、意味を悟る。そして十秒間、僕たちと闘おうかと、 計算しているようだが、結局、あえて文句は言わない。さっきまでの態度は弱いものの前だけで、 今度は、自分が叱られた子供のようにぶつぶつと言うだけだ。倒れていた男のほうを見ると、 その男は僕たちにずいぶんと感謝している。しかし、その男は、すぐに自分を殴っていた 男のほうを向いて、また謝っていく。 ビジネスマン風の男は、ちょっと何かを言うと、角に止まっていた映画に出てくるような大きな ヤクザ風のカーブを曲がってきたメルセデスに乗り込むと、行ってしまった。殴られていた男も すぐ逃げ去る。僕たちは、その男に、何があったのかと尋ねる時間はない。そして、僕たちが また通りを渡って戻る頃には、さっきまでとても興味津々に見ていた五十人の日本人たちは 急にいなくなる。彼らのうち何人くらいが、旅行予約をするときに聞くだろう。ロサンゼルスや ロンドン、ベルリンは、どのくらい危険ですか、刀傷騒ぎに遭う可能性は、と。 きっと、二人とも、やましいところがある者達だったのだろう。おまけに僕たちも軽はずみだった かもしれない。死にそうになっていた男も、誰かを殺したことがあるのかもしれない。しかし、 街の真中で、多くの人が見ているところで起こってはいけないことだ。 だれかがなぶり殺されているのを、何十人もの人が、ただじっと見ているなら、空港のビデオで 注意されている、ニューヨークの酷いありさまよりも酷いものだといえる。・・・
125 :
イケてない日本 ノイマン・クリフトフ著 より :02/06/06 21:39
<ノイマン財布を盗まれる> ・・・僕はサッパリしてプールから上がり、またロッカーを開けるために暗証番号を打ち込む。 ロッカーの中には、携帯電話と鍵はあるが、財布がない。・・・ ・・・スポーツセンターには監視カメラが設置されていること。五台も、おまけに的確な配置で。 センターの全てのものがビデオカメラに映し出され、そう、コインロッカーの入り口エリアも 映されている。 そうこうするうちに警官がやってきた。近くの警察署の強盗部が三人も。それから厚生課から 二人職員も駆けつけてきた。我々七人が、狭い守衛室に入ってさっき録画されたビデオを 見つめることになる。30分ほどは何も起こらないつまらない退屈な映像ばかりだ。そのあとで、 犯人の映像が出てくる。若い学生で、おそらく一年生のようだ。・・・ ・・・ロッカールームから人がいなくなると、泥棒君は辺りを見回し、ロッカーに歩み寄ると、 手を伸ばし素早く僕の財布を掴んでポケットにねじ込んでいる。それは全部はっきりと映像に 残っている。・・・ ・・・犯人は捕まるだろう。それは明々白々だ。警察は月曜日にもう一度大学に来て、 窃盗犯が誰か特定するはずだ。・・・ ・・・週末になってやっと気持ちが落ち着いてきた。月曜日に残りのカード類を閉鎖させ、 いつものように研究所へ向かった。・・・ ・・・突然、僕の携帯電話が鳴り出した。タムラと名乗る全く聞き覚えのないご婦人の声 だった。すぐにどうして僕の携帯の番号が分かったのか説明してくれた。 「私の息子が、あなたのお財布を拾いまして、本日、厚生課にお届けいたしました。・・・
126 :
イケてない日本 ノイマン・クリフトフ著 より :02/06/06 21:39
・・・「それで、お息子さんはいつ財布を届けてくださったのですか?」「今朝です。そうね、 9時頃でしたわ」僕は礼を言って、電話を切った。 九時だって!今は、午後五時じゃないか。八時間前には、財布は戻ってきていたのだ。 警察も厚生課も、僕にそのことを知らせる必要を感じなかったというのだろうか。知らせて くれれば、カードを止めたりする面倒を省けたというものだ。ともあれ、証明書類の再発行の 手続きだけでも免れて良かった。・・・ ・・・急いで研究所を出て、五分と離れていない厚生課の事務所に向かった。もちろん職員は 皆まだいた。課長が帰らなければそうだ。皆まだ机の前に座っており、お決まりの日本の 職場階級社会がそこにあった。学生が苦情を言ってくるカウンターから遠ければ遠いほど、 職場の地位も高いことになる。ずっと端っこの窓際に、課長が何も置いていないでかい机に ふんぞり返っていた。 愚民と直接接することになっている部下の職員が僕に近づいてきた。それは、金曜日の 上映会に駆けつけた二人のうちに一人だった。スポーツセンターのビデオを一緒に見た仲だ。 僕の顔を見ても、聞かれないうちに自分から新しい情報を伝える必要を感じてなさそうな彼に 「どうして、財布が届いたことを知らせてくれなかったのですか?」僕は単刀直入に尋ねた。 日本の役人というものは、責任問題に対しては本能的に拒否反応や非難で答える。 あの人もそうだった。「あなたにはそれを知る権利がない。私たちはその財布をすぐに警察に 渡しました。警察が適切な時期にあなたに連絡するはずです。それまで、おとなしく我慢したら いかがです」・・・
127 :
イケてない日本 ノイマン・クリフトフ著 より :02/06/07 21:32
・・・僕はノーと心に決めた。今度ばかりは、大きな声を出してやった。部屋中に響き渡る ようなでかい声で言った。「あなた、何を考えているの!僕が被害者ですよ、あなたじゃない! 僕が財布を盗まれたのですよ!僕はみじめな週末を過ごしたのです!そして今日はカードを 止めなければならなかった。時間もお金もかかりました。もし、もっと早く分かっていれば、 そんな事をせずに済んだのに!財布がここに戻ったことを八時間も前にあなたは知っていた のに、よりによって持ち主に知らせる必要がないと判断したのですか?あなたたちにとって、 この事件はただ犠牲者が面倒を起こす行政行為に過ぎない。ケイサツはいつ僕に電話して くるんですか?明日ですか、明後日ですか?ここにいるあなた方と同じ考え方だったら、 一ヶ月先になってしまうかもしれませんね!」 部下の職員の一人が何か抗弁しようとしたが、僕は怒りの矛先を今度は、課長に向けた。 そしらぬ顔で、まだ窓の外を眺めているフリをしていたが、僕がすでに原爆のようになって いるのには気付いているはずだ。しかしそんなことはどうでも良かった。僕はボスをじっと見て、 嘯いた。「あなた、そう、あなただよ。この部下の責任を取るのはね。しらばっくれてるんじゃない。 学生のことなんてどうでもいいと思っているのですか?学生より規則が大事なんですか? あなたは本当にアホだよ!」
128 :
イケてない日本 ノイマン・クリフトフ著 より :02/06/07 21:32
しばらくの沈黙。だが、抵抗があまりに大きくなると、日本の竹は折れてしまわずに しなやかに曲がるのだ。最後に、課長自身ではなく、その後ろに控えていた一人の男が カウンターに近づいてきた。 突然、僕と話していた職員とその男は、同時に深々と頭を下げてお辞儀をした。ほとんど 90度の角度まで。そしてほぼ同時に、かしこまった声でこう言った。「私達はあなたに対して とても悪いことをしました。まことに、申し訳ございません」 この一糸乱れぬ、唐突なアクションは、シンクロナイズトスイミングを連想させた。とても 信じがたく、僕は思わず大声で笑い出さずに入られなかった。当然相手は驚いたよう だったが、その最後のショックは僕の名誉回復に含まれたものだった。 彼らは、日本人が持っている陳謝の形式の内容見本的謝り方を次々に繰り出してきた。 その上、地位の低い学生に対して使った。まあいいか、僕はもう怒っていなかった。僕は 警察署の電話番号を聞いて、そこから立ち去った。・・・
129 :
イケてない日本 ノイマン・クリフトフ著 より :02/06/08 21:04
・・・水曜日に僕は警察署に出向いた。・・・ ・・・僕は警官に反論する代わりにいった。「厚生課にこの財布を届けに来たのは、本当に あのビデオに映っていた学生なんですか?」そしてその学生の学生証のコピーにある顔写真を のぞき込んだ。厚生課が、財布と一緒に警察に提出したようだ。だが、警官はすぐそのコピーを 手で隠してしまった。「これはお見せするわけにはいきませんな」そういった。「まだ、本人と 特定したわけではありませんから」なんたる茶番.....。そこへ、あの刑事本人が入ってきた。 借りていた五千円を返してから、僕はこれからどうするのか聞いてみた。 刑事はしぶしぶ話し始めた。「えっと、まず、この学生が犯人だとはっきりしないと」また 見えるようになった学生証の写真を、僕がむっとして指差した。「間違い無いでしょう、ビデオに 映っていたのと同じ人だよ」しかし、刑事はなかなか認めたくなかったらしい。「おそらくあなたの おっしゃる通りですな」 なんで、こんな明白なことをはっきりさせたくなかったのか?その後に起こったことを考えると、 重大な原因があった。刑事はまるで取り調べを始める時のようにどかっと椅子に座り込んだ (ちょうど良く、僕は犯罪者の椅子に座っていた)刑事は身を乗り出してきて、急に友達に 言うように言った。「あなたは、彼が罰されて欲しい?」 初めは、彼の言っている意味が分からなかった。刑事は続けた。「彼はまだ若い。まだ 未成年です。もしも、裁判になると、刑事罰を受ける他に、退学にもなるでしょうな」僕が 返答した。「それは大変ですね。でも、それが僕と何か関係ありますか?」
130 :
イケてない日本 ノイマン・クリフトフ著 より :02/06/08 21:05
刑事は、悩むような顔をした。うまく説明してやれねばなるまいと思ったらしい。日本人なら、 何を言わんとしているかすぐに分かるはずなのに。なるほど、最初に犯人の特定を隠そうと したわけだ。今回のような軽犯罪に対して普通にやることを、僕の許可なしで、勝手にできた はずなのに。だが、もう言ってしまった。日本語が話せるにしても、あの外人はことの次第を くどくど言って解説してもらわないと、分かりはしまい。そう思ったのだろう。 「我々が捜査を開始するか、それを決めるのはあなただ。もし、もういいと言ったら、捜査を 開始しない」僕はびっくりした。「この国には法律というものは無いのですか?つまり、僕の 意見は関係ないでしょ。誰かが犯罪を犯したら、あなた方は自動的に捜査を始めるので しょう?」「違うのです。あなたは被害者です。あなたが許すといえば、彼を見逃します」 こういうことは、日本の刑法に公的に記載されているのだろうか?全く信じられない。窃盗は 公的秩序に反する犯罪だ。だから、ドイツでは警察が動き始めるのは義務だ。おまけに、 ケイサツの独断と博愛主義にショックを受けたことは別にしても、個人的にでもなく、少なくとも 僕の代わりに国が復讐してくれることを望んだ。・・・ ・・・彼に僕に電話するように伝えてください。二人きりで話しましょうと。その後で、僕の 最終的な判断をお知らせします」僕は新たに湧いてきた力に励まされ誇らしい気持ちで言い、 警察署から大股で立ち去った。
133 :
名無しさんの主張 :02/06/09 03:28
若者ほど絶望してるんだよね、日本人て。 年寄りはわりかし楽観的でさ。 今の若者の絶望感はスゴいよ。 子供のころ夢に満ち溢れた将来像を持たされ、 漫画アニメ映画にも希望が満ち溢れていた。 ……でもね、実際大人になってみるとね、 不況・リストラ・就職難・国債・年金・少子高齢化 出世ナシ昇給ナシその他もろもろ…… なんつーか、今の年寄りたちは、若者をだまし洗脳し、 将来の若者にツケを回すことを当然とした制度ばかり作って、 しかもこの期に及んでその既得権益を離そうとしない。 正直、今の若者たち全員で年寄りどもを訴えてもいいと思ってるよ。
134 :
名無しさんの主張 :02/06/09 07:55
>将来の若者にツケを回すことを当然とした制度ばかり作って、 これはもうなってしまったことだからいいとして、 >しかもこの期に及んでその既得権益を離そうとしない。 これは明らかに腐敗の原因菌だね。 天下り禁止法案でも作ってみては? 無理か、政治家がアレだもんなあ。
135 :
名無しさんの主張 :02/06/09 07:58
正直、今の若者たち全員で年寄りどもを訴えてもいいと思ってるよ。 正直、今の若者たち全員で年寄りどもを訴えてもいいと思ってるよ。 正直、今の若者たち全員で年寄りどもを訴えてもいいと思ってるよ。
136 :
名無しさんの主張 :02/06/09 07:58
正直、今の若者たち全員で年寄りどもを訴えてもいいと思ってるよ。 正直、今の若者たち全員で年寄りどもを訴えてもいいと思ってるよ。 正直、今の若者たち全員で年寄りどもを訴えてもいいと思ってるよ。 正直、今の若者たち全員で年寄りどもを訴えてもいいと思ってるよ。
137 :
hagedou :02/06/09 07:59
ハゲ堂
138 :
名無しさんの主張 :02/06/09 08:32
>>133 せめて介護の手間を省くため、農薬でも飲ませてやりまショ
139 :
名無しさんの主張 :02/06/09 09:00
若者の質が低下したんじゃなくて、 さらに育つべき年寄りが育たなかった、 で結局現在の労働市場がバカな年寄りに占拠され 若者が苦労してるわけか。 男塾みたいだな。
140 :
イケてない日本 ノイマン・クリフトフ著 より :02/06/09 19:49
日本の警察も日本人だ。だから、犯人に対しての容赦を求め、調和を保つための要求は 本当の気持ちかもしれない。ただ、彼らが告発のための事務書類なんか作る気などさらさら 無かったことはもっと想像しやすい。それらの書類は山ほどあるからだ。僕は自分の財布を 受け取った時にピンときた。まず彼らは何も言わずさっと返してよこしたのだ。 ただ、僕があわれなタムラ君を免責するのを躊躇っていることをはっきり言ってから、 係官が言った。「分かりました。それじゃあ、あなたの財布の中身をちゃんと確認して おかないと」そして、財布を戻させて、中身を厳密に写真に撮ったのだ。結果として、 A3版よりも大きなコピー三枚に、中身の詳細を手で書き込んだ(コインやお札一枚ずつ まで)。そして、そのコピー一枚一枚に僕は次々にサインしなくてはならなかった。僕は 可愛そうな彼に、「このハイテクな日本の警察はコンピュータを使えないの?」と聞いてみた。 すると、相手は「いえ、全ての書類は手書きでなくてはいけません」というと、大きな紙の 束にまたぞろ漢字を書き続けた。何世代も前の彼の先輩たちもそうしていたように。 僕は、これまでに他の状況において何度も、この国の警察がいかに弱いかを経験させられ ていた。だから、今度の若者も見逃してしまいたい訳がもう一つ想像できるのだ。タムラの 学生証の(金持ちの人ばかり住んでいる)住所から、彼らはすぐに両親が政府高官とも つきあいそうな上流階級の人間であることを予感していたのかもしれない。・・・
141 :
イケてない日本 ノイマン・クリフトフ著 より :02/06/09 19:50
・・・警察署から帰った後で、僕は友人たちと急に生殺与奪の裁判官の役割を振り当て られてしまったことについて話し合った。ヨーロッパ人の友人たちの反応は、皆一様に警察の 弱い態度に憤慨するものだった。僕はその反応を見て少しホッとした。あの刑事が、僕を なだめすかすようなことを言っていたときから、僕自身も自分に対して意地悪なのかなぁと 徐々に思ってきていたからだ。・・・ ・・・僕は四万円をありがたく受け取り、さよならを告げた。父親と息子はまだ少しぎこちなく 喫茶店の椅子に固まって座っていた。・・・ ・・・一週間ほどして、僕は警察に手紙を書いた。僕の金銭的損害は父親によって 償われたこと。そして、さらに、僕にはタムラの運命を左右するような責任を引き受ける つもりがないこと。プロの警察は、刑事事件として訴追するかどうか、こういうことを全くの 素人に責任を委ねるなんてとても恥じるべきことではなかろうか。タムラ青年が退学 されることは望んではいないが、彼は国の法律によって裁かれることを望む、と。 その手紙で僕は、捜査を続けるようにとかなりはっきり要請したつもりだった。そして、 また証人として呼び出されるだろうと待っていた。 だが、未だに何の音沙汰も無い。おそらく、僕が彼の退学を望まないと書いたことを 勝手に、少なからずタムラ青年に同情しているものと解釈し、日本的「本音と建前」で、 その同情を、捜査をしなくてもいい許可に摩り替えて、その後の処理をうやむやにして しまったに違いない。・・・
142 :
名無しさんの主張 :02/06/09 20:37
すべての、日本人のみなさん!!! アイヌ人も、北海道人も、東北人も、北陸人も、甲信人も、関東人も、 東海人も、関西人も、中国地方人も、四国人も、九州人も、沖縄人も、 ホワイトカラーも、ブルーカラーも、フリーターも、ヒッキーも、 文系も、理系も、 中卒から,院卒まで、 老若男女、すべて それぞれ素晴らしい個性を持った 正統な日本人です。 善良な 現代日本人は、 あらゆる紛争・差別に反対しています。 サヨク、在日チョソ人が、一般日本人のフリをして、 日本人同士の仲を悪くし、対立を煽るのは、よくやる手口です。 日本における すべての地方・地域、あらゆる職種・身分・立場の みなさん、 冷静になって、 在日チョソ人による 日本分裂工作を、 見破りましょう!! 日本人同士が 対立し分裂することは、日本にとって 何の利益もありません。 日本人同士が 対立し分裂して、トクをするのは、サヨク、在日チョソ人だけです。 もし、日本国内の対立・分裂を煽る者の正体が、たとえ日本人であったとしても、 そういう日本人は、 北朝鮮と韓国が対立・分裂するように 対立・分裂が好きな「 朝鮮風 日本人 」 とでも言うべき 「 プチ・チョソ人 」なのである。 そのような「 朝鮮風 日本人 」は、 迷惑なサヨク、在日チョソ人と一緒に 半島へ行って、 分裂ごっこ 差別ごっこ をして、 自分のミジメな人生の 憂さ晴らしでもしてね!
http://www.asahi.com/national/update/0530/003.html 富山県上市町で昨年6月に中学時代の上級生らによる集団暴行で死亡した男子高校生が、99年7月にも同
じ上級生らに暴行を受けながら、上市署が高校生の親を説得して上級生らを家庭裁判所に送致しなかったこと
がわかった。両親は「この時に十分捜査をし、上級生らに処分が出ていれば息子は死なずにすんだ」として同
署に申入書を提出する。
死亡したのは私立高校1年だった黄山顕成(こやま・てるまさ)くん(当時15)。昨年6月26日夜、同
町内の小学校で暴行され、27日に外傷性ショックなどで死亡した。少年7人が傷害致死容疑で逮捕された。
主犯格の2人が同罪で起訴され、昨年12月に富山地裁で実刑判決を受けた。他の5人は富山家裁の審判で少
年院送致となった。
両親が提出予定の申入書や関係者の話によると、黄山くんは中学2年生だった99年7月、中学校の部室に
上級生の少年3人に呼び出されて殴られ、腕などに1週間のけがをした。
黄山くんの親からの被害届で同署が捜査を始めたが、担当した署員は黄山くんの親に対し、▽少年たちは深
く反省している▽少年を厳しく指導し、保護者にも監督を指導した▽中学校が二度と起きないように注意を払
うと約束した、として被害届を取り下げるよう説得した。
「今回に限り、寛大な処分にしてあげてください」と書かれた文書が事前に用意され、親は押印させられた
という。
マジでださい警察の事が書かれている全文はアサヒ・コムを銅像。
144 :
名無しさんの主張 :02/06/12 00:47
>133 いくらだか忘れたが日本人全員赤ん坊から寝たきり老人まで何百万円も借金があるんだっけ? その大半を使ったのは年寄りどもだな。当然返す気もない。 すると俺たちは生まれながらに一千万円近い借金を背負わされているのか? 書いてて怖くなってきた。誰か反論求む。
145 :
名無しさんの主張 :02/06/12 00:58
「お年寄りは大切に」は詭弁。 年金受給者は電車・バスなどでは、 納税者に席を譲るべきである。 借金を返していくには、 社会の効率化が必要。
146 :
名無しさんの主張 :02/06/12 01:04
つーかね、老人は社会に頼らなきゃ生きていけないくらいで丁度いい。 俺もそんな老人にならいくらでも席譲ってやるぞ。
147 :
K.V.ウォルフレン著 :02/06/14 22:02
「日本権力構造の謎」1989年刊より 「ジャパン・プロブレム」 ・・・日本では、現実に対するとらえ方が柔軟すぎて、それは他の社会で許される、 つじつまの合わない弁解や身勝手な方便の許容限度をはるかに超えている。たとえば、 欧米諸国のビジネスマンや政府代表が契約や法律、国際協定などに訴えると、 日本側から、日本の社会は冷厳な法よりむしろそのつど、その場に応じた温かい 人間的な感情によって導かれていると説明される。それではと次の機会に、日本の 官僚に、法律を持ち出さずに伝統的な方法で貿易問題に話を付けてもらえないかと 訴えると、そんなことはできない、日本は法治国家であり、民主主義の国だということを 理解してもらわないと、といわれるのがオチである。こうして、一方では日本の社会は 血の通わないルールに拘泥せず人間的で柔軟であるといい、また一方では、あくまで 法律通りにしなくてはいけないという、相反する論が大いなる確信を持って堂々と 述べられる。それでも、日本人が、公平な立場でこの矛盾を指摘することは、めったに ない。・・・
148 :
K.V.ウォルフレン著「日本権力構造の謎」1989年刊より :02/06/16 20:51
・・・日本の市民は実際上、何かあったときに法律に頼ることができない。それどころか、 「市民」と「臣民」は違うということすら、ほとんど理解されていないようだ。もちろん、 紙の上では多元主義代表制が存在するのだが、これによって日本の実態を説明されて 額面どおり信じるのは、もはや信仰というべきだろう。・・・
149 :
K.V.ウォルフレン著「日本権力構造の謎」1989年刊より :02/06/16 20:52
・・・日本について述べる際、個人の人間的成長を理想と考えることは、西洋の 自民族中心の発想であると片付けてしまい、日本人には日本人独自の個人の 扱い方があると想定するのが、ここ数十年ほどの一般的な傾向になってきた。だが、 文化の違いにはよらない、普遍的な人間の成長の基準というものもありうる。小さな 花芽からバラが花開き、猫に見まがう虎の幼獣が立派な親虎に成長するように、 成長する人間には本来、円熟し完成した、より統一のとれた一人の人間になるという 目的が組み込まれている。日本以外のアジアの国々や、ものの分かった日本の 人たちとの体験を通じて、筆者のこの信念はいよいよ確かなものとなった。・・・
150 :
名無しさんの主張 :02/06/17 00:17
普段はサッカーのサの字もない似非サッカーファン
151 :
K.V.ウォルフレン著「日本権力構造の謎」1989年刊より :02/06/17 21:19
2 とらえどころのない国家 ・・・日本にも、法律、立法者、国会、政党、労働組合があり、首相、利益団体、 株主などがいる。 だが、このような聞きなれた名称だからといって、日本での力の 行使のされ方について早急に結論を出しては間違いになる。 日本の首相は、統率手腕をあまり発揮することは期待されていない。労働組合は、 昼の休みに合わせてストライキをする。また、立法府は、実際に法律を制定するわけ ではないし、株主が配当を強く要求するなどということもない。また、消費者団体が 保護貿易論を支持し、法律は、有力者の利益を損なわない限りにおいてしか、発動 されない。そして、与党の自由民主党は、どちらかといえば保守的で権威主義的だが、 本当の意味では一つの政党でもなく、実際に統治しているわけでもない。・・・
152 :
K.V.ウォルフレン著「日本権力構造の謎」1989年刊より :02/06/18 21:38
・・・自民党の総裁でもある総裁でもある日本の首相は力の弱い国会に君臨 しているのだから、理論的には強い権力を行使できる立場にある。ところが、 実際には、日本の首相は外国人(外国政府も含め)から見て当然、首相の権限 に含まれていると考えている権力を行使できない。もし、彼がある目標に全 エネルギーを集中し、二年以上首相の座にとどまっていられたとしても、ほんの 少し行政上の優先順位を変更させることができるかどうかという程度の権力 なのである。日本の首相が直接行使できる具体的な権力の形は、衆議院の 解散権だけである。もし、それ以上に強大な権力を望もうものなら、自民党内の ライバルたちと”野党”との共同攻勢にあい、倒されてしまうのはほぼ確実だろう。・・・
153 :
K.V.ウォルフレン著「日本権力構造の謎」1989年刊より :02/06/19 21:16
・・・官僚全体の中で文部省、運輸省、建設省などの役人は、通産官僚や 大蔵官僚ほどの独自の意思を持たない。だが、重大な決定を下す大臣は ほとんどいないので、もしいたら、そういう大臣は後々まで官庁機構内部で 語り草になり、新聞で取りざたされることになる。 大臣が、あくまでも正式の規定どおりに権力を行使することにこだわれば、 あなどりがたい官僚のサボタージュに出会うこと必定であろう。まれな例外を 除いて、閣議は、ものの10分か15分で済んでしまう全く儀式的なものだ。 その前日の次官(各省庁の最高位の官僚)会議で決まった法改正案などを、 正式に認めることがその日の閣議の唯一の目的である。ヨーロッパの閣議では 良く行われることだが、日本の閣議では、官僚がまだ知らない新しい事柄や、 詳細まで検討していないことについては、討議されない。・・・
154 :
ガイジンヘ :02/06/19 23:27
外国人へ 馬鹿が得意げにもんくたれるな! お前らもフォークやナイフをカチャカチャ、音鳴らして 食うな!お前ら猿か?
155 :
K.V.ウォルフレン著「日本権力構造の謎」1989年刊より :02/06/20 21:15
・・・というわけで、日本の権力は、自立的でかつ、なかば相互依存的な 多数の組織に分散されていて、それらは主権者としての選挙民に対して 責任を明確にすることもなければ、互いの組織の間に究極的な支配関係 もない。政府のさまざまな活動に、このような組織すべてが関わっているが、 ある組織が他の組織に命令を下すことはありえない。どの組織一つをとって みても、国の政策の最終責任を取ったり、緊急を要する国家的問題について 決定したりするだけの力は無い。しかし日本は、たとえばアメリカ社会の ような、おびただしい数の協議会や政府機関、委員会、裁判所などに権力が 分散されている社会とは違う。アメリカの場合、どれだけの数の機関が あっても、指令の流れる明確な経路があるし、逆に国民はその経路をたどって 中心まで自分たちの意思を伝え、政策を作らせたり実施させたりすることも できる。日本はまた非常に強い利益団体が政治中心の権力をそいでしまって いるという点で、西欧の社会とも違う。というのはヨーロッパの政府の閣議は、 政策のイニシアチブをとるし、究極的に、決定も下す。日本では、さまざまな ”統治”グループが、誰に支配されることなく存在しているのである。・・・
音をたてて物を食べるのは 蕎麦 納豆 とろろ 食材 料理 など状況による。ナイフ フォークなどの道具を使って数百年しか経たない白人民族に、とやかく言う資格が有るのか。ベルサイユ宮殿 の便所などやっと最近出来たくせに!。
157 :
K.V.ウォルフレン著「日本権力構造の謎」1989年刊より :02/06/21 21:45
・・・国家であるかぎり、最低限期待されるのは、統一された組織体として 行動するということ、そして、少なくともそこから発せられる見解は一つの まとまったものであるということだ。これは実際に筆者の同僚外国人特派員が 経験したことなのだが、農水省から得た情報にもとづいて書いた記事を、 正確ではないといって、外務省が叱責するということがあった。このような 状態で、どこに国家があると言えるのだろう。また、これもよくあることだが、 ある省がすでに譲歩したことを、外交交渉の席で別の省が否認する というようなこともどうであろうか? 日本から入れかわり立ちかわり差し回されてきた十何人目かの調停役との 交渉で、ついにいらいらが爆発し、「責任者のところに連れて行ってくれ」と 叫びたくなる外国代表が多いはずだ。だが、日本にはそんな責任者などは いない。日本には、筆者が<システム>と呼ぶものを構成する権力者たちが 多数いるが、彼らによって日本は押されたり、引き戻されたり、漂わされは しても、率いられてはいないのである。・・・
158 :
名無しさんの主張 :02/06/21 22:24
日本人は、全体的にレベルは高いです。 ただ、とても流されやすいので犯罪とかもまねする変な人がいるのは問題です。 でも、基本はいい人が多いと思います。そう思いませんか?
159 :
K.V.ウォルフレン著「日本権力構造の謎」1989年刊より :02/06/22 21:15
・・・だが同時に、<システム>を一枚岩として見てしまわないよう気をつけなければ いけない。近代的な装いの東洋的専制君主制ではないのだ。専制君主はどこにも 見あたらないし、ジョージ・オーウェルの『1984年』にあるような、いつも目を光らせて いるビッグ・ブラザーがいるわけでもない。もし<システム>の構成員で、その役柄を 演じてみたいという野望を持つ者がいようものなら、たちまちにして、他の構成員が 一団となって反発することになる。<システム>において自己の力を保つことが、構成員 それぞれにとっては最優先事項である。自己の勢力の維持は、どれか一つの構成員が 他の構成員を支配できるほど強い力を得ないよう、終始、抑制し合い、相手を良く調べ、 構成員間で互いに介入し合うことによって、成し遂げられる。あの1930年代のように、 力のバランスが崩れた時には、事が取り返しのつかない悪い方向に行ってしまうことが あるのを、苦い経験を通して日本人は知っている。・・・
160 :
名無しさんの主張 :02/06/22 21:18
>>158 >ただ、とても流されやすいので犯罪とかもまねする変な人がいるのは問題です。
それは、べつに日本に限ったことではないと思います。そう思いませんか?
161 :
名無しさんの主張 :02/06/23 02:42
陰湿なイジメ、自殺、談合体質、これらが無ければ もっといい国になるんだろうなあ・・・・
162 :
K.V.ウォルフレン著「日本権力構造の謎」1989年刊より :02/06/23 19:59
3章 抱き込みの包囲網 政治的な競争の欠落 ・・・アジア諸国や西欧社会では、宗教組織や血縁同属集団などが、既存のエリート 階級に挑戦し、それらに取って代わろうとする勢力として存在してきたが、日本には このようなオルタナティブ(二つ目の選択肢)の組織が全く無い。だから、既存の政治 体制に対する長期的で粘り強い反対をする伝統はなく、労働組合も、消費者運動という 単純な現象すら生まれなかった。色々な利益集団や、農業協同組合や労働組合も あるが、そのほとんどが<システム>に取り込まれ、<システム>の目的に利用されて しまっているのだ。・・・
163 :
K.V.ウォルフレン著「日本権力構造の謎」1989年刊より :02/06/23 20:00
無力化される市民運動 ・・・日本の政治的現状に逆らって変革を試みるものが直面する相手は、変幻自在で、 雲をつかむように実体がないから、結局は攻略もできないという難物である。日本の 権力は分散されすぎているので、対決するにも捕まえどころがないのだ。<システム>に 対抗してくる不平分子の主要なものは皆、そして小規模なものも大半が、<システム>の 個々の構成員の平和的手段によってその懐の中に抱き込まれてしまう。顕在化したもの であれ、潜在的なものであれ、反対勢力は全て、速やかに牙を抜かれて、忘れ去られる。 また、その規模からいっても声の大きさから見ても無視できないほど大きな勢力は、 <システム>内の一部として機能するよう、ごく自然に同化させられてしまうのである。・・・
164 :
K.V.ウォルフレン著「日本権力構造の謎」1989年刊より :02/06/24 21:48
4章 <システム>に仕える人々 <システム>に従う教育制度 知的な芽をつむ学校 ・・・日本の児童生徒が、国際的な筆記テストで高得点を取るのは、別に驚くべき ことではない。まさに、そのたぐいのテストのために、小学校から高校まで訓練される のである。しかし、そのテストが、例えば自分で考えて結論を引き出したり、事実を 抽象し、その抽象を理論的に構成したり、自分の考えを小論文にまとめる、あるいは 外国語で自分を表現する、あるいは、単に質問する能力でも良いのだが、そういった 能力を評価するテストであれば、たちまち、日本の教育制度の欠陥がどこにあるかが 露呈してしまうだろう。 日本の教育の目標は、英語の education という言葉の原義 ”精神の緒力を生み 育てる” から遠くかけ離れており、単に事実情報を伝えることにとどまっていると 思われる。生徒に合理的に考える能力を練磨させるどころか、日本の教育制度は このような目標には冷淡である。自発的に考え、自発的に行動することは、ほぼ全ての 学校で組織的に抑えられてしまう。独創性に対する許容度が低いのである。生徒は、 論理的に思考したり、当を得た質問を−いや、実際にはどんな質問も一切−しないよう 教育される。逆に丸暗記に重点がおかれる。だから、日本で”成績がいい”学生の頭の 中には、膨大な量のデータが詰まっている。(逆の仮説をするならば)もし学生がその データを体系化し、そこから整った人生観を見い出せたとしても、自力でそうしなければ ならなかったのである。・・・
165 :
K.V.ウォルフレン著「日本権力構造の謎」1989年刊より :02/06/24 21:49
”試験地獄” ・・・頭の中に詰め込まれた膨大な量のデータが、ほとんど何の役にも立たず、学生 たちが(英語の場合のように)正しく学びなおすのも難しい間違った癖を身につけて しまったとしても、選抜されてトップまで行くような人は非常に粘り強いし、極めて 記憶力が良いことであろう。官界と経済界が高く評価するのは、創造性よりも、持続性、 献身的な態度、そして記憶力である。 ところで、日本の教育に対するこうした見方は、真新しいものではない。日本最初の 外国人教師の一人、アメリカ人宣教師ウィリアム・グリフィスは、なんと1874年に 日本の教師についてこう書いているのだ。「彼らの第一の仕事は、とにかく生徒の頭の 中にしゃにむに知識を詰め込むことであった。少年の精神力を豊かにし高め、知的なもの の見方を広げ、自分で考えるよう教えたりしたのでは、教師の仕事に反するのだ」・・・
166 :
名無しさんの主張 :02/06/24 22:26
なんか知らんけど、ご苦労様です。
167 :
K.V.ウォルフレン著「日本権力構造の謎」1989年刊より :02/06/25 22:01
規則の大量生産 ・・・日弁連は、子供の人権の重大な侵害が広範に見られるという結論の報告書を まとめた。日弁連が調べた大半の学校で、生徒の座り方、立ち方、歩き方、そして、 手を上げる時の角度や高さまでこと細かに規定した校則が適用されている。下校路を 指定している学校も多い。級友と道で会話を交わすのを禁じている学校もあれば、 給食のおかずを食べる順番を決めている学校まである。このような校則は、自宅でも 休暇中でも適用される。原則として、夕方六時以降は外出禁止で、起床時間も定め られている。日曜日も例外ではない。読んでよいのは学校の選んだ図書に限られ、 見てよいテレビ番組を決めるのは、親ではなく学校である。休暇中の家族旅行にも、 許可が必要な学校もある。 このスパルタ教育の学校の生徒全員が、常時制服着用が義務付けられているのは、 いうまでもない。・・・
韓国を同じアジアとして応援してる日本人
これだけの量だと引用じゃなく 無断転載にならないの?
170 :
名無しさんの主張 :02/06/28 11:57
>>外国人 おまえチョンだろ。
171 :
「日本権○構○の○」1989年刊より○○転○ :02/06/28 23:05
以下は○○よりの引用だよ、○○よりの引用だね、○○よりの引用だった 「座敷牢につながれた日本の○聞」 自主検○の伝統 ・・・編集者が自ら招いた無知が、時として、かなり不気味な結果として現れることが ある。例えば、普段から、国会はたとえ国益に直接関わるものでも外交政策をあまり 討議しないという事実はあっさり棚に挙げて、野党が議会をボイコットしたために日本の 選良たちが世界の重大事件を討議できなかったと各紙が嘆いたりすることがある。また、 ある大きな横領事件について、読売新聞の社説は、株主と労組がその会社で何が起こって いるかをきちんと監視しているべきだった、と述べた。だが、日本の会社で、株主や 労組がそうした役割をほんのわずかでも果たしたことなど一度も無い。日本の新聞には、 毎日といってもいいほどこの種の論説が現れる。・・・
172 :
「日本権○構○の○」1989年刊より○○転○ :02/06/28 23:05
以下は○○よりの引用だよ、○○よりの引用だね、○○よりの引用だった 社会的制裁機関としての○聞 ・・・ホテル・ニュージャパンが炎上し、後になって法に定められた安全設備が そろっていなかったことが判明した時、そのホテルの所有者に対する○聞の扱い方も、 そうした例の一つだった。このように選び出された事件の"後日談"は、何週間、時には 何ヶ月も続けて、新聞の一面を飾ることになる。その間、責任を問われた人々は、社会の 敵として、編集者の怒りの総攻撃を受ける。しかも、こうした制裁は逮捕以前から始め られることが多い。 これで、他のデパートのオーナー、あるいは、次に槍玉に上がる組織がどこであるに せよ、そのトップも、恐怖心を覚え気をつける。また、いたるところで行われている ゆすり、たかりまがいの悪徳商法にも、ある程度歯止めがかけられ社会の役に立つ。 法律が市民を護るためというより、官僚の行政目的のためにある(といっても過言では ない)国においては、新聞が重要な制裁役をつとめる。日本人は、自分の評判に傷が 付いた後の結果を極度に恐れるから、新聞にこういうことができるのである。名声を維持 したいという気持ちは、かなりの程度、組織やその成員に規律を乱させないための法的な 制裁のかわりになるのである。・・・
173 :
名無しさんの主張 :02/06/29 00:57
■自殺者 3年連続3万人
■リストラ、倒産、借金苦… 自死遺児激増
☆不況が中高年男性を直撃!
98年、日本ではじめて自殺者が3万人を超え、不況・リストラ・
過労・ストレスで働き盛りの男性の自殺が急増しています。
30・40代の男性の死因は、ガンをぬいて自殺が一位になりました。
2000年の自殺者は3万1957人で、3年連続で3万人の大台を越え
ました(警視庁統計)。失業と自死の関係は、下のグラフが示して
います。経済悪化、失業率の上昇は自殺者の急増の大きな要因にな
っています。失業者率の上昇に比例して増加する自殺者。そのかげ
には、10倍の未遂者がいると言われており、自死を考えたことこ
とがある予備軍は数えきれません。倒産・リストラの激増で、自殺
者が増加することは避けられない状況になってきています。
http://www.ashinaga.gr.jp/gakubo/jishi.html
174 :
japanese :02/06/29 03:14
日本人のほとんどのひとには、隣人の概念がありません。 昔は、内と外の区別はあったらしいのですが、今はそれすら崩壊しております
175 :
名無しさんの主張 :02/06/29 03:20
そのアメリカは今では、詰め込み式の日本の教育が一番効率がいい とブッシュ父が大統領の時、日本式を導入して小学生にも卒業試験 を課してる位だからな。いい加減なもんだよ。コロンビア大学の大学院 の数学なんて分数の掛け算、割り算、微分・積分なんてやってんだぞ。
176 :
「日☆☆☆構☆の☆」1989☆刊より☆☆☆☆ :02/06/29 21:12
次は今日、本屋で見つけたある本からの引用だ。 ====================================================================== 「便宜を図ってもらう暴★団」 <システム>が、アウトサイダーとみなされる集団をいかにその目的達成のために利用 するかの、最も驚くべき例は、警察と犯罪者の一群との関係である。日本には、やくざ というかなりロマンチックなイメージももたれている、おおよそ10万人のギャングで構成 される非合法社会があって、これが勢力を持っている。・・・ 究極の共生 何世紀も前から続いている伝統的な制度によって、犯罪者は犯罪分子自らが統制する。 それに助けられて、警察は、組織外の犯罪を取り締まるだけでよい。犯罪を完全になくす ことは不可能だから、組織化されていない犯罪を最小に抑えるのに犯罪組織を利用しよう と考え出したのは、徳川幕府のお目付け役すなわち、警察官と行政官を兼ねていた町奉行 たちの知恵であった。・・・ ====================================================================== だいたい、このようなことだった気がする
177 :
「日☆☆☆構☆の☆」1989☆刊より☆☆☆☆ :02/06/29 21:13
次は今日、本屋で見つけたある本からの引用だ。 ====================================================================== ・・・や★ざは、高い地位にいる人々に保護されるのに慣れている。戦前、戦後、 いずれの時代にも、会社は彼らをスト破りに使った。非の打ち所のない有名大企業だから といって、威嚇の目的に彼らを使わない、とはいえない。まれだが、例えば、そうした 大企業を相手取って訴訟が起こされた時などである。やくざが、政治家にかわって汚れ 仕事をするのはよく知られたことだ。佐藤栄作首相には、呼べばすぐ来るヤクザの "ボディガード"がいたし、政治集会に、用心のためヤクザを出席させていた政治家も 多い。日本で、脅しによってどれだけのものが達成できるかを考えれば、高位のヤクザと 仲良くするのはいいことだと自民党の政治家が今考えても不思議ではない。大臣が ヤクザの結婚式に出席したり花を贈ったりしても、それほど大騒ぎすることもないと 考えられてきた。黒幕として大きな影響力を持った岸伸介元首相は、1963年に行われた あるヤクザの葬儀副委員長を務め、1974年には、山口組組長の息子、田岡満の結婚式に 際し祝電を送っている。・・・ ====================================================================== だいたい、このようなことだった気がする
178 :
金持ち名無しさん、貧乏名無しさん :02/06/29 21:52
仏教に押さえつけられた 日本人は 他文化、人間の生死 について軽視する傾向がある
179 :
名無しさんの主張 :02/06/30 13:17
日本が世界に誇れるものは何一つありません。 日本人は劣等民族です。戦後、日本が経済成長を遂げられたのは アメリカ様のおかげです。日本は何一つ努力なんぞしてません。 アメリカが日本の国防を担い、産業はアメリカの真似をし、アメリカ市場を 頼りにここまで大きくなれたのです。したがって、アメリカ人が日本人を 見下すのは当然です。というよりも、完全に軽蔑、馬鹿にしてます。 「この黄色いジャップめ」は、今でもアメリカで脈々と受け継がれています。
180 :
Bendarson quote from 'T*e En*g** Of Jap*ne*e P*we*' :02/06/30 21:12
Hi everybody, my name is Bendarson. I quote a paragraph from a book. ====================================================================== ・・・今世紀中ずっと、警察と企業は、マルクス主義の影響を牽制するのにやくざを 利用してきた。日米安全保障条約の延長に関連して、急進的左翼の学生と労組が政府と 衝突した60年安保闘争では、アイゼンハワー大統領訪日予定期間中、警察の警備の不足を 補うため、児玉誉士夫が自民党と東京のやくざの組長たちとの間を取り持って、三万人 以上のやくざと右翼の行動隊が組織された。不穏な状態が続いて、同大統領の訪日は 取りやめになったが、その間、やくざはチラシ、腕章、輸送車、機材、糧食などを準備 して待機していたのである。その頃のやくざは自信に満ちあふれており、1964年の最盛期 には、組員の数も約20万人に達した。 ====================================================================== see you again...
181 :
Bendarson quote from 'T*e En*g** Of Jap*ne*e P*we*' :02/06/30 21:12
Hi everybody, my name is Bendarson. I quote a paragraph from a book. ====================================================================== 1960年代半ばになると、やくざが強くなりすぎたと見て、警察は一部のやくざ組織に 手入れをし、咎めだてたり、住宅地区からのやくざ追放運動を行う市民団体を援助したり した。しかし、本気でやくざ組織を解散させようとしたことは一度もなかった。その根底 に腐敗があるからではない。個々人あるいは小グループで犯罪者が活動し始めたら大混乱 になり、警察が独力でこれに対処しなければならないとすれば、今は低い日本の犯罪率が 上がるのは必定というのが事実なのである。日本の警察に関する研究者が論断する ように、「双方に利益がある関係である。警察もやくざもともに親密な関係を保ち、 表面的には互いの顔を立てながらその関係を強化することが得策と考えている。大きな 事件が起きて、警察がやくざを制裁しなければならなくなっても、互いの友情と理解の 核心部分は、変わらないと見える」。 ====================================================================== see you again...
182 :
名無しさんの主張 :02/06/30 21:22
やーさんがいなければ戦後のどさくさの中、日本は三国人に乗っ取られていたよ。
183 :
名無しさんの主張 :02/07/01 16:40
このスレ ウザ過ぎ
186 :
quote from 'T** En*g** O* J***ne*e P**e*' :02/07/01 21:12
hi guys, following is a quotation from a book I found at a booksotre yesterday. ====================================================================== 警察の暴力団担当官は、やくざの組本部を定期的に訪れては、組から追放された者は いないか調べ、もしいたら、すぐに逮捕の段取りを整える。はぐれ狼の犯罪者が復讐を 企てて街を彷徨するのを未然に防げば、警察も組も両方が助かるからだ。大きな組織は 組の紋章を掲げた事務所を堂々と街なかに開く。 警察とやくざの組長たちは、各組の縄張りを定め、非公式協定を暗黙のうちに確かめ 合うため、時々トップ会談を催す。武器不法所持の捜査に関連しても、継続的取引が 行われている。例えば覚醒剤の案件は不問にするかわり、不法な拳銃を手放すようにと 言いわたしたりする。このような要求に応じるためだけに、やくざが拳銃を買い求めて おくということも良く知られた事実である。・・・ ====================================================================== i wish Japanese people happiness and success...
187 :
quote from 'T** En*g** O* J***ne*e P**e*' :02/07/01 21:13
hi guys, following is a quotation from a book I found at a booksotre yesterday. ====================================================================== 跡目★続の大抗争 ・・・山口組と一和会との間でおこったのと同様のことが、小規模ながら、やくざ 顔負けの形で<システム>の下部の構成員相互で、また不満分子相互間でも起こる。ただ、 山口組抗争では、対立する両派が受け入れられる妥協案を出して状況を収拾できる黒幕− <システム>内ではつねに黒幕がこの役割を果たすことになっている−がいなかったので、 むき出しの権力闘争という流血抗争を招いたのである。しかし、このケースで見られた ような、大きくて力のある集団が、小さいほうの集団の力の源を次第に吸収して、 ついには無力化してしまうという権力の力学は、<システム>に働いている力学を手に 取るように例示している。・・・ ====================================================================== i wish Japanese people happiness and success...
188 :
quotation from a book published i* 1989 :02/07/02 21:28
hi, here is a quotation from a book I saw at a library today. ====================================================================== 5★ アドミニスト★ーター <シス★ム>の維持 相互★助のール ・・・日本の管理者集団の間でもっとも重視される不文律は、各集団がうまくやって いけるよう、互いに助け合わなければならないということだ。彼らは、正式にはどこにも 定めのない規則に従って、相互扶助を遂行する。時として、公の法規定の条文や精神に 明らかに違反することすらある。官僚は、国民を助成金や公共事業で買収することに よって、自民党が政治を担当できるよう取り計らっている。自民党国会議員は、官僚に 揺さぶりをかけるでもなく、また、戦争直後に登場したままの産業拡大政策の見直しに 指一本触れるでもなく放置して、官僚の仕事を奪わないようにしてる。このように自民党 と官僚は、経済界を外国の競争者から護り、拡大主義的な事業計画に承認を与えて、 経済界の健全な運営に気を使っているのである。・・・ ======================================================================
189 :
uotation from a book pu*lished i* 1989 :02/07/03 22:02
this is quoted from a book I saw at a library today.... ====================================================================== 構★汚職 ・・・田中角栄−この名はすでにこれまでも本書の他のさまざまな事象に関連して登場 している。なぜ彼のキャリアを詳しく見る必要があるかというと、彼が日本の管理者の 世界の中に築き上げた帝国は、互いにからみあう非公式なネットワークと、政治行動を 律する不文律によって維持される現<システム>の見事な縮図だからだ。田中は、誰にも 勝る人脈作りの名人だった。彼の成功物語は、完璧な人脈作りの技に熟達したものは この国を支配できる、ということの実証になる。・・・ ======================================================================
190 :
uotation from a book pu*lished i* 1989 :02/07/03 22:02
this is quoted from a book I saw at a library today.... ====================================================================== ”ヤミ★軍” ・・・とうの昔に田中は、<システム>の中心は空洞だということ、つまり本著の中心 テーマの一つを発見していたのである。戦前の関東軍の中階級の士官たちが気付いていた のと同様に彼も、的確なテクニックさえものにすれば、比較的簡単にこの空隙を利用して 対抗する権力者たちをも自分の後ろにつかせ得るということに気付いていたのだった。 そこで彼は、本来の機能を果たしていない議会制民主主義の殻の中に、非公式の幕府を 作り上げたのであった。多分、<システム>を完全に支配することは彼にもできなかった であろうが、近代日本の誰も達したことがない域まで達したことは確かである。・・・ ======================================================================
南朝鮮が世界に誇れるものは何一つありません。本当にな。 朝鮮人は劣等民族です。戦後、南朝鮮が経済成長を遂げられたのは 日本様のおかげです。南朝鮮は何一つ努力なんぞしてません。本当にな。 アメリカが南朝鮮国の国防を担い、産業は日本の真似をし、日本の技術を 頼りにここまで大きくなれたのです。したがって、南朝鮮人が日本人を 見下すのは当然です。というよりも、完全に軽蔑、馬鹿にしてます。 「このブサイクなチョソめ」は、今でも日本で脈々と受け継がれています。
192 :
quotation from a book pu*lished i* *989 :02/07/04 22:05
this is quoted from a book I saw at a library today.... ====================================================================== 6★ 従★な中産階級 ・・・製造業、銀行、商社の相互にからみ合うヒ★ラルキーの頂点にいる管理者たち は、単なる生産や通商以外のことにも関わっている。実際、"民間"企業は二重の機能を 担っているのである。政治的には、これら民間企業が人々に与える影響力が重要なのだ。 西欧の企業はそうしたいと望んでもできないし、たとえできてもうまくはやりおおせない ほど、限度をはるかに超えて従業員の行動や考え方を管理統制することによって、日本人 を支配する力を持っているからである。日本企業なら当然行う思想・行動の教化とそれが 従業員に一つの生き方を強制し成功を収めていることこそが、<システム>を不動のものに するのに大きく貢献しているのである。 ======================================================================
193 :
quotation from a book pu*lished i* *989 :02/07/04 22:06
this is quoted from a book I saw at a library today.... ====================================================================== 典型的な”★ラリーマン像” <システム>の巨大な核心を構成する人的集団は"★ラリーマン"である。もともと、 "サラリーマン"という表現はサラリー(月給)をもらうことから起こった。月給取りを、 日数計算で賃金をもらう工場労働者などと区別するためであった。"サラリーマン"という 言葉には、”事務員"あるいは"ホワイトカラー"よりはるかに多くの意味が含まれる。 サラリーマンは、日本人の行動規範の目標にされる人のことである。サラリーマンの 関心や習性はあまりにも型にはまったものなので、”サラリーマン文化”という日本語が 日常語になった。明らかにサラリーマンの好みに合わせた本や(電話帳ほどのぶ厚い 漫画雑誌も含めて)雑誌の出版が、日本で一大産業になっている。各種メディアは 典型的なサラリーマンの生活を国のすみずみにまで送り届ける。 ======================================================================
194 :
quotation from a book pu*lished i* *989 :02/07/05 21:12
this is quoted from a book I saw at a library today.... ====================================================================== 「★員」になるための通過儀礼 4章で述べた選別過程を経た若い日本男性の約三分の一が、サラリーマンの世界に参入 できる。だが、希望する会社に採用されるかどうかは、それまで何回もの入学試験の難関 を突破してきた若者たちであっても、教授の紹介・推薦状、入社試験の結果、そして 興信所の身上調査報告にしばしば左右される。小・中学校や高校の先生や近所の人々に 会って、その応募者の十代の素行を調べたりもする。被差別部落の出身者ではないか、 会社への忠誠心がおろそかになりかねないいわゆる”新興宗教”の信者ではないかを チェックする会社も多い。・・・ ======================================================================
195 :
quotation from a book pu*lis*ed i* *989 :02/07/05 21:12
this is quoted from a book I saw at a library today.... ====================================================================== ・・・続いて実施される新入★員教育では、会社員としての複雑な礼儀作法にかなりの 重点が置かれる。なんと、お辞儀をする角度まできっちり決められていて、同僚と廊下で すれ違うときには十五度、上役や重要な訪問者にあったときには、両腕をまっすぐ 伸ばしてズボンの両外側の縫い目に当て、三十度の角度でお辞儀する。何かの不始末で 謝らなければならないとき、あるいは特に礼を尽くす必要があるときには、謝罪の言葉や 丁寧な挨拶とともに、四十五度のお辞儀。いたるところで行われる名刺交換にも、しかる べき練習が必要である。上役とともに乗り物に乗る時、あるいは応接室で自分が座るべき 場所についても、注意深く学ばなければならない。社内の廊下を上役と歩く際には、 上役の少し後ろを歩き、エレベーターに乗るときには客より先に入らなければならない。 廊下で同輩としゃべり続ける新入社員は、まだまだ勉強が足りないということになる。 外観が与える印象が極めて重視されるのである。・・・ ======================================================================
196 :
quotation from a book pu*lis*ed i* *989 :02/07/06 21:33
this is quoted from a book I saw at a library today.... ====================================================================== ・・・保養地に自社の厚生施設や集会施設のある大企業は、何週間か新入社員を カンヅメにして外の世界から隔離し、集中的に協調性を身につける訓練や相互告白、 その他さまざまな方法で訓練する。これらの訓練の一部は、明らかにみそぎであり、 会社の新しい一員として認められる儀式である。新入社員教育の究極的な目的は、 軍隊の新兵教練係りの軍曹のそれと同じである。つまり、組織全体の目的に逆らおうと する個性はつぶし、服従の習慣を教え込むことにある。 一般にいまどきの大学新卒者にはこのような特訓がとりわけ必要だと考えられている。 というわけで、日経連は毎年、代々木のオリンピック選手村跡の施設に、中小企業の 新入社員を集めて合同教育訓練をしている。この訓練の最終日には、新入社員たちが 各社の社旗を先頭にオリンピック・スタジアムを周回行進する。都市化の進行、物質的 豊かさ、学校教育の物足りなさという環境の中で育った若者には、今まで以上に このような特訓が必要になった、と日経連のスポークスマンは説明する。・・・ ======================================================================
197 :
quotation from a book pu*lis*ed i* *989 :02/07/06 21:33
this is quoted from a book I saw at a library today.... ====================================================================== 会★との絆と忠誠心 ・・・サ★リーマンは会社に対する忠誠心を積極的に行動で示さなければならない。 示し方の一つとして、1960〜1970年代の鉄道ストの際、徒歩で出勤したサラリーマンが いた。1980年代には、有給休暇の一部あるいは全部を返上するサラリーマンがいる。 最も一般的な忠誠心の表し方は、残業したり、退社後も同僚や仕事の関係者と時を 過ごすことである。こうすれば必然的に、家族との時間は、夜の11時から朝の7時まで しかなくなってしまう。 いうまでもなく、このような会社と社員との絆が保たれるのは、他に転職先がない場合 である。普通は転職先がない。下請けの中小企業などの経済ヒエラルキーの下層では 始終従業員の顔ぶれが変わるのもいたって普通のことだが、サラリーマンの世界では、 転職は可能だとしても、せいぜい入社してから二、三年以内に限られる。 ======================================================================
198 :
quotation from a book pu**is*ed i* *989 :02/07/07 21:20
this is quoted from a book I saw at a library today. ====================================================================== この移動性の欠如ということについては、これまであまりにも”心理的”な側面からの 説明がなされすぎてきた。同じ会社に留まるのを良しとする考え方がサ★リーマンに 植えつけられることは確かであるが、より重要なのは、転職するとまず必ず、給料も 個人的な評判も将来の見込みも悪くなるという事実があることだ。会社側の都合による 場合でないかぎり、他社に勤めていたホワイトカラーは採用しない、あるいは、 受け入れたとしても、元の会社よりかなり下の地位に配置するというのが大企業の 方針になっている。 ======================================================================
199 :
quotation from a book pu**is*ed i* *989 :02/07/07 21:21
this is quoted from a book I saw at a library today. ====================================================================== このような方針は、★ラリーマンに強い忠誠心を持たせ続けるための、明らかに政治的 な予防策である。1980年台には、特にエンジニアやソフトウェアの開発者など、急増 する需要に供給が追いつかない専門職の労働市場の自由化が、ためらいがちながらも ぼちぼち始められたが、経団連は、このような傾向は無責任であり、望ましくないと指摘 する報告書を出した。経済界の管理者たちは、子が親に依存するように、サラリーマンも 完全に会社に依存すべきだとする希望を隠そうとはしない。・・・
200 :
quotation from a book pu**is*ed i* *989 :02/07/08 21:11
this is quoted from a book I saw at a library today. ====================================================================== 家族主義的な★想 ”公”と”私”の★域 ・・・何世紀かの間に、政治的統合が進み国の文化も進化したが、それに平行して国家 への帰属意識は発達しなかった。もし、その間に、このような概念が日本人の考えの中に 確立されておれば、日本人の政治に対する態度は今日全く違うものになっていたで あろう。”国家”という概念が備わっておれば、どこまでが権威の範囲であるかが想定 できる。また、公の領域と私の領域とを区別して頭の中に描ける。このことは、公が 必要以上に私を侵害した場合、どの程度どのような方法で侵害しているかを見極める際の 必要条件となる。物を考えるときに役立つこの知的構造物がなければ、政治的秩序と ”社会”がまるで同じものになってしまう。事実、日本の知的伝統においては一貫して、 政治的領域と”社会”とが明確に区別できないままであった。
201 :
quotation from a book pu**is*ed i* *989 :02/07/08 21:12
this is quoted from a book I saw at a library today. ====================================================================== ”マイホーム主義”がネガティブな意味合いで生き残っていることからも分かるよう に、理想的な日本の物の見方では、職場、多世代家庭、学校、同好会などは、私的領域 とはみなされない。したがって、公的領域が個人の精神領域の境界ぎりぎりにまで侵入 しうることは、いうまでもない。多くの日本人にとって、家族や友達や同僚は、政府や 会社の権威に面と向かって、自分を守ってくれたり精神的な支えになってくれる緩衝役 ではないのである。肌すれすれのところまで政治的な世界が広がっているわけだ。 また逆に、世界全体が”私”の世界だといっても良いかもしれない。胃潰瘍のもとに なりそうな”家族”内での緊張や他の問題は、”個人的な関係”を通してのみ解決可能 とされる。・・・ ======================================================================
202 :
quotation from a b*ok pu**is*ed i* *989 :02/07/09 21:54
this is quoted from a book I saw at a library today. ====================================================================== 歌と犠★ ・・・日本の会社の推定80パーセントが朝礼を行う。予備知識なく朝礼の集まりを見た 人は、日本のサラリーマンの一日は合同礼拝ではじまるのかと思うだろう。社員は次々と 続く会議、仕事に関する集団討議、”QCサークル”その他もろもろの集まりに出席 しなければならない。このような集まりは操作しやすい人間を作るのに役に立つ。 会社の象徴、創業者、会社の理念に対する熱情的な信奉、社歌斉唱、合同体操などは、 その会社の一員であることと会社の保護力とを、常に社員に再認識させるための象徴的な 行為である。会社の象徴は、抽象的だが分かりやすく身近に感じられるものである。 陳腐な文句を呪文のように繰り返していれば、批判力が鈍化する。こうして、 サラリーマンの、感情エネルギーの大部分が消耗され、会社以外のことに個人的な 愛着を持ち続ける心の余裕はほとんどなくなってしまう。・・・ ======================================================================
203 :
quotation from a b*ok pu**is*ed i* *989 :02/07/09 21:54
this is quoted from a book I saw at a library today. ====================================================================== 服★と秩序 上位者への★敬 ・・・今日、現代日本人の上位者への服従は、盲従もしくは無条件降伏ではなくなった が、たいていの場合、いまだに選択の余地がない。大企業の社員大半の、上役に 対する不満が極限に達したとしても、彼らは”忠節な”部下であり続けるしかない。 というのは、これまでに見たように、勤め先に辞表を提出しても他に今と同等の給料が もらえる転職先がない。今日においても、自分の上役に対する忠誠が他の倫理的配慮に 優先する。1976年、ロッキード汚職事件に関連する衆院予算委員会での証人喚問で、 重役たちが終始一貫して計画的に、しかも彼らの雇い主たる会社を”護る”ために 明らかに偽証するのをテレビの国会中継で見た全国の視聴者は、このことを再認識 させられた。この場合のように、”忠誠心”がからむ組織ぐるみの欺瞞は、かなりの 程度、広く社会的に是認され、賞賛されるのである。 歌舞伎や一部の現代映画で描かれるような忠誠心の表現の極地−例えば、殿様の子の 命を救うため我が子を殺すというような物語は、西欧人には道徳的に受け入れられない ものである。しかし、何はともあれ重要なことは、日本人の忠誠の倫理観は、本質に おいて、服従の倫理観であることを理解しなければならない。・・・ ======================================================================
204 :
quotation from a b*ok pu**is*ed i* *989 :02/07/10 21:58
this is quoted from a book I saw at a library today. ====================================================================== 忠誠を尽★す下請け業者 ・・・自分の名前を冠した会社の社長になれるということにおいては、確かに小規模の 企業家には自由があるといえる。しかし、中小製造会社の約三分の二が、労働条件まで 指示する大企業のどれかに財務を依存していることから言えば、自由など存在しない ことになる。ここにおいても、家族関係の比喩が大いに適用される。”親会社”は、 下請け会社に必要な原材料を供給し、設備投資も含め技術的な援助をする。親会社は 何かの異変でもないかぎり、代金のより安い下請け会社に変えることはない。そのかわり ”子会社”は、不景気の時にはショック吸収役を引き受けなければならない。 ここでも<システム>が機能し、その抱き込みが多数の中小企業団体、そして、それらを 統括し選挙時には自民党の候補者を支援するいくつかの連盟に及んでいるのは、明らか である。自民党の後押しで、官僚は、小規模の製造業者には厳しい法規制を課さず、 また、これは最も重要な点だが、公式、非公式に税制上の特典を与えることによって、 二重構造経済の維持を助けている。通産省には中小企業庁があり、地方銀行などの融資を 通して複雑な支援体制を整合し、中小企業間のヒエラルキーの維持にも一役買っている。 ======================================================================
205 :
名無しさんの主張 :02/07/11 05:58
206 :
quotation fr*m a b*ok pu**is*ed i* *989 :02/07/11 21:47
this is quoted from a book I saw at a library today. ====================================================================== ・・・ 利益代表をもたない中★階級 ここまでで、農村部の日本人がいかに<システム>に縛り付けられているか、また、 医者や大学教授や中小製造業者もいかに<システム>の一部になっているかを見てきた。 比較的自由なのは、小売店主、美容院経営者、芸術家などである。しかしここでも、 小売店主はメーカーによって統制される取引業者連合会に縛られることが多いし、他の 職種の場合にも連合会活動が盛んで、しばしば連合会の取り決めに従うよう会員に強要 する。しかし、どの職種にしてもサラリーマンほど自由を奪われてはいない。 <システム>は、サラリーマンの生活と彼らが属する組織を通して、最も効果的に日本の 人々を経済的に支配している。他の工業諸国と比較して極めて顕著なのは、サラリーマン には転職市場がほとんどないに等しいために、<システム>を牽制できる力として労働者の 勢力が存在しないということである。サラリーマンの大半は都市消費者で、かなり高額 の貯金がある。その貯金が投資資金として”系列”大企業グループに注ぎ込まれてきた のであるから、彼らこそ経済的”奇跡”を維持する上で重要な役割を果たしてきたと いえる。安い輸入品を買うチャンスを徹底的に奪われた結果、ほとんどの日常生活 必需品を買うのに、西欧の諸工業国よりはるかに高い代価を払わされ、なおかつ、 1980年代後半に日本の輸出産業を助けていたのは、彼らなのである。・・・ ======================================================================
207 :
quotation fr*m a b*ok pu**is*ed i* *989 :02/07/12 21:40
this is quoted from a book I saw at a library today. ====================================================================== 7★ 国★の監護者 その”闘争心”や、無理やり集団化させられること、会社の上下意識、また特に、 会社が従業員を”家族”の一員として占有物さながらに扱い、独立した個人としての 成長を阻むことなどから、”サラリーマン”生活は、明らかに軍隊の伝統を彷彿させる。 実際、日本人の生活はたいていが高度に規律を要求する組織によって統制されて いる。憲法によって交戦権を否認している世界で唯一の国であり、その公式スポークス マンが、平和を愛するよう世界に訴えることができる国だと言ってはばからず、いつ、 どこで、誰に戦争を仕掛けられても武力の行使を放棄しているという国が、軍隊組織 を想起させるのは皮肉である ======================================================================
208 :
quotation fr*m a b*ok pu**is*ed i* *989 :02/07/12 21:41
this is quoted from a book I saw at a library today. ====================================================================== この国の中・高校生が、二十世紀初頭のプロシアの軍服のようなデザインの黒い 制服を着ていることなど表面的なことにすぎない。集団体操の重視をはじめ、技能の 限界を越えた訓練のための訓練、”ガンバリズム”(あきらめず、理不尽なほど執拗に 頑張り続けること)に対する社会的是認、若者の一途な努力の”純粋さ”への感傷的な 絶賛、柔道、空手、剣道、合気道などにおけるスパルタ式の訓練、これら全てが 軍隊式の手法による社会秩序の維持につながる。日本人にとって最も大切だと教え られる自己規制と忍耐は、忠誠とともに実は兵隊が涵養すべき一番重要な徳目である。 日本が軍人によって長い期間統治されてきた過去を考えれば、これも驚くべきこと ではない。・・・ ======================================================================
209 :
quotation fr*m a b*ok pu**is*ed i* *989 :02/07/13 21:32
this is quoted from a book I saw at a library today. ====================================================================== 恩★の力 ・・・・明治の寡頭政府も、後続の政府も直接的な抑圧のかわりにできるかぎり 宣伝の力を借りたほうが良いのを知っていた。官僚たちは、政治的な挑戦に、 あるいはそうなりうる組織に、正面きって攻撃するのを避けた。そのかわりに ”指導”や公費援助を通して、それらの組織を骨抜きにしたのである。20世紀 初期には、不満を抱えた労働者やその他明らかに不利な立場におかれた者の 生活向上を目指す団体が矢継ぎ早に組織された。1920年代には、労働政策 担当の内務省官僚が、工場法を制定したり、労働者の健康保険制度作りを すすめて、企業の労働者搾取を幾分軽減した。いうまでもなく、この”恩恵”と 抱き合わせで、”危険思想”の弾圧があった。以下に見るように、ここでも寛大さが 大いに示された。 今日なら国家の名のもとにむき出しの力を行使することもあろう 警察官や検察官も(両者は税務署と並んで国家らしきものの存在を如実に 思い出させる)、寛大さが第二の天性のように振舞った。ただし、条件付である。 寛大に扱ってもらった者は、お返しに体制化された社会的秩序の善意を 認めなければならないのだ。これに対し政治的異端者は当局の厳しい対応に 直面するのである。 ======================================================================
210 :
quotation fr*m a b*ok pu**is*ed i* *989 :02/07/13 21:32
this is quoted from a book I saw at a library today. ====================================================================== 監護人、★視人、布教師 日本の警察は、1870年代に作られた当初から、刀を振り回す侍のように、 怖がらせるだけでは民衆を屈服させられないことを知っていた。東京警視庁の 初代総監で、近代日本の警察制度を設計した川路利良は「政府ハ父母ナリ 人民ハ子ナリ警察ハ其保傅ナリ」と簡潔に要約して言った。・・・・ ======================================================================
211 :
quotati*n fr*m a b*ok pu**is*ed i* *989 :02/07/14 21:32
this is quoted from a book I saw at a library today. ====================================================================== ・・・・いうまでもなく、1945年まで日本の警察は政治的な異端に対する抑圧の役割も 担っていた。民間に張り巡らされたスパイ網による素晴らしく精巧な情報収集網を 持っていたおかげでそれも容易であった。個別訪問という形で、定期的に全日本人の 照合確認が実施された。名家や地主の家には年に一回、無産家は二回、無職者や 不審な市民については三回の割りで、警察官が訪問した。警察は、既成秩序を くつがえす恐れのあるものは厳しく取り締まったが、社会を平穏に保つ最善の道は 可能な限り寛大に民衆の意をかなえてやることだということを知っていた。後に ”思想警察”として恐れられた特高は、1925年の治安維持法を通じて強力になった後 でも、”間違った思想”を持った人々も改悛の情さえ示せば過酷に扱わなかった。 自分の信念を撤回すれば、起訴を取り下げ、スムーズに社会復帰できるよう職探し までが役所が手伝ってくれることも多かった。法務省が積極的に奨励したいわゆる “転向”というこの確立された過程は、容疑者が”改宗”して天皇制下での”家族国家” の恩恵を信じるよう”変節”することを意味した。・・・・ ======================================================================
212 :
quotati*n fr*m a b*ok pu**is*ed i* *989 :02/07/14 21:33
this is quoted from a book I saw at a library today. ====================================================================== ”やさしい”お巡りのいる警★国家 ・・・・全市民の子守役としての役割は、現代の警察でもなお重視されている。 アメリカの研究者によると日本では− 警察が、実際に、社会福祉係や僧侶の役割を果たすようである。容疑者の 経歴を調べ、なぜ悪事を働いたのかを見定めようとする。そして、本来善人 であるのに間違いを犯しただけだと、容疑者に説諭する。尋問中に係官が 怒鳴りつけても、それは容疑者が憎いからではなく、間違いを犯しただけの 善人であるのに、それを認めようとしないからである。・・・・ ======================================================================
213 :
quotati*n fr*m a b*ok pu**is*ed i* *989 :02/07/15 21:57
this is quoted from a book I saw at a library today. ====================================================================== 口うるさく、差出がましい保★者 ・・・・警察の介入を人々が容認する好例は、花時に東京の上野公園に行けば 見られる。公園には、会社員をはじめ多数の人が集まり、桜の下に敷物を広げ ピクニック気分で飲んだり歌ったり、手拍子を打ったり、会社のパーティの慣例どおり 花見の宴が開かれる。ところが、一方で警察も大きな区画を数ヶ所確保して、思いの ままにメガホンを通して勧告や警告を発する。この状態が夜の八時半頃まで続き 酒宴も最高潮というところで、警察が皆に帰りなさいと怒鳴り始める。驚くべきことに、 30分もしないうちに上野公園にはほとんど人がいなくなるのだ。警察側の独断的な 規定であっても、ほとんど全員がそれに従うのである。実際にはこの公園は一日 24時間開いているのに。・・・・ ======================================================================
214 :
名無しさんの主張 :02/07/15 21:58
this is quoted from a book I saw at a library today. ====================================================================== ・・・・とくに都市部の日本人は、常に市民というより臣民であると感じさせられる ようになっている。彼らは、おだてと訓戒の環境に暮らしている。彼らは始終、危険に ついて警告され、物事の適切なやり方を改めて注意され、やさしく叱られる。川路が 生んだ人民の養護役が、永遠の指導役として残ったのである。巡回するパトカーや 大きな交番に備え付けられた拡声器は、心配性の母親を想い出させる。それは いつも、アブナイ、危険だと警告する。その不満げな声の調子まで、ますます日本の 母親に似てくる。そして歩行者は、手に負えない子ども扱いをされていると感じさせ られるのである。・・・・ ======================================================================
215 :
名無しさんの主張 :02/07/16 21:21
this is quoted from a book I saw at a library today. ====================================================================== 容★者と悔恨 ・・・・警察の取り締まり方法を比較文化的に研究した専門家が、日本では社会自体が 自警社会としてその秩序維持にあたるから警官にとっては天国だという結論を出した。 さらにいえば、日本の社会は警察に捕まった者にとっても、他との比較では天国である。 逮捕されても実際に罰せられるのはごく少数だからだ。犯罪者の取り扱い方にも、 明らかに警察の保護機能が発揮される。見せしめのために時たま厳しく罰することは あるが、一般的には、軽い罪を犯した者が充分に謝り、改悛の情を示せば、お座なりの 説教だけで方面されることが多い。 ======================================================================
216 :
名無しさんの主張 :02/07/16 21:21
this is quoted from a book I saw at a library today. ====================================================================== もっと重い犯罪を警察が追及する場合でも、検察官には犯罪者を放免できる、 ほぼ無限の権限がある。刑法の規定によれば、容疑者の性格、年齢、状況、または、 犯行後の事情を考慮して不起訴にできるのである。したがって、検察官が「一般公衆の 道義の解釈者として、誰を見せしめにするのか、誰を放免し再起の機会を与えるか、 公益が最も要求しているのは何かなどを裁量決定する」のである。ここ数十年、重大な 事件の容疑者の半数近くが、証拠不十分とは別の理由で不起訴になっている。 老齢者や初犯者は、きわめて寛大に扱われる。これはもちろん他の国でも珍しいこと ではないが、日本の検察官は、欧米諸国の同僚よりもかなり大きな自由裁量権を持つ。 ======================================================================
217 :
名無しさんの主張 :02/07/17 21:39
this is quoted from a book I saw at a library today. ====================================================================== 容疑者が起訴され有罪判決を受けても、実刑を科せられないことが多い。1986年には、 交通法違反者も含め、起訴されたケースのうちわずか3.2パーセントが実刑で、57.4 パーセントが執行猶予つきであった。強姦犯が執行猶予つきの二、三年の懲役という こともかなり普通である。その結果、人口一億二千万のこの国で、刑務所に入っている のはわずか五万人程度である。ひとつには、法務省というところが大蔵省を相手にすると 名うての折衝下手で、刑務施設拡充のための予算が少ないからである。理由は他にも ある。日本の法執行官憲には多大の自治的自由裁量権があるため、重点を軽犯罪や 犯罪の刑罰でなく、犯罪者を”改心”させて社会の側につけることに置くのである。 ほとんどの場合、検察官が処置を選ぶ上で一番重要なのは、容疑者がどれほど 悔恨の情をあらわしているかである。 ======================================================================
218 :
名無しさんの主張 :02/07/17 21:39
this is quoted from a book I saw at a library today. ====================================================================== 警察と検察は謝罪が大好きである。しかし通り一遍の謝罪では不十分である。最も 日本では社交上でも軽い謝罪はありえないことだが。容疑者に求められるのは、ただ ひたすら謝り続けることであり、謝り方の熱意とたて続けの謝罪の言葉に”誠実さ”が 表れていなければならないのである。事実、容疑者によっては土下座さえもする。 このように、日本の司法制度では、犯罪に当てはまる刑罰を科すのではなく、 どちらかといえば犯行後の犯罪者の態度にふさわしい刑罰を科すのである。しかし、 これを”情け深さ”ととってはならない。日本の官僚組織にそのような性向はない。 容疑者の処分決定で大切なのは、彼らがまだ社会に適合しうるかどうかを決める 象徴的な品定めである。その際のもっとも重要な基準は、容疑者が、必要とされる 贖罪の儀式を充分に理解し、その儀式を行う心構えができているかどうかである。 この背後にある言外の理論的根拠は、金をかけて刑務所に収容しても、服役させ ればもっと悪質の犯罪者になりかねないので、放免して協力的な市民にするほうが 良いということでもある。・・・・ ======================================================================
219 :
名無しさんの主張 :02/07/19 21:53
this is quoted from a book I saw at a library today. ====================================================================== 吐け(自★せよ)! ・・・・警察にとってもう一つの強みは、日本人以外の者には全く必要がないと 思えるような謝罪を、日本の社会は本気で是認するという事実である。日本人は 身に覚えがなくても人から良くないと思われたら、単に”誠実さ”を示すためについ 許しを乞うてしまう。・・・・ ======================================================================
220 :
名無しさんの主張 :02/07/19 21:54
this is quoted from a book I saw at a library today. ====================================================================== 放★ 警察と容疑者の標準的な関係では、自白の後ひたすら謝り続けると、<システム>の 慈悲の堰が切って落とされることになる。容疑者もいったん”味方に引き入れられる” と、親切に扱われる。手錠をはめられたり腰に縄を巻かれた協力的な容疑者が、 警察官とくったくなく親しげに話し合う情景に、外国の研究者は驚いている。・・・・ ======================================================================
221 :
名無しさんの主張 :02/07/21 20:54
this is quoted from a book I saw at a library today. ====================================================================== ・・・・ 保護され★い人々 <システム>は、社会のトップから底辺近くまで、広範にわたる社会階層を保護し、 色々なニーズに応えている。明らかに、<システム>は、ナチズムやレーニン主義に もとづいて20世紀が生み出した全体主義的社会制度よりはるかに優れている。 問題が残るのは、大半の人にとって良い仕組みであってもそれが少数者 (マイノリティ)を適正に保護しているかどうかという点である。<システム>は恩恵を 与えるのに選択的だといわざるをえない。すでに見たように、犯罪容疑者は充分に 保護されない。在日韓国人などの少数者やかつての被差別部落出身者のような 社会的な少数者も保護されていない。これらの少数者は、教育や就職の面で 体系的に一貫した差別に直面する。警察や公立の学校など、本来規範とされる べき機関も差別をしなくはない。戸籍および興信所の調査をもとに、雇用主や親が 就職希望者や結婚相手として、少数グループの人々を考慮の対象から外すことも できる。警察もまた、彼らにはあまり慈悲を示さず、問題の多い別の集団として 扱っている。・・・・ ======================================================================
222 :
名無しさんの主張 :02/07/21 20:55
this is quoted from a book I saw at a library today. ====================================================================== 自らの意志によら★い非順応者 ・・・・身体的あるいは精神的ハンディのある日本人は、親族によって慣習的に 社会から隠されてきた。多くの人が、ハンディは恥ずべきこととみなすからである。 最近は、自宅の奥の部屋に留め置かれずに、施設に送られる精神障害者の数が 増えてきた。各種の精神病院に勤める医療関係者で、調査に協力的な人々が 語ったところによると、もし差別がなければ、患者のおよそ70%が在宅医療ですむ。 医学上の精神病患者や精神薄弱者のほかに、年老いた親が、ボケ症状とよくある 嫁とのもめごととが重なって精神病施設に送られるケースも非常に多い。時には 手に負えない若者への対策として、施設への監禁が利用される。・・・・ ======================================================================
223 :
名無しさんの主張 :02/07/23 21:47
this is quoted from a book I saw at a library today. ====================================================================== <シ★テム>の敵 日本の<システム>が一貫して苛烈に攻撃してきた非順応者は、左翼主義者である。 マルクス主義に感化された日教組と文部省との戦いの足跡や、強硬作戦に負けた 戦後の労働運動の組織者については、すでにくわしく見てきた。もう一つ明白なのは、 警察と検察が、思想的な動機を持つと考えられる紛争の関係者をかなり激しく差別 することである。「収入ではなく、思想が、権威の誤用を引き起こす」。警察は一般の 激しい喧嘩はふつう気軽に扱い、やがて忘れてしまう。ところが、職場での工場 労働者の闘争は、激しく追及され原則的に起訴される。最高裁も検察も警察も この偏向を支持しており、たいていの場合、下級審の判決を覆してでも労働者側に 不利な判決を下す。 ======================================================================
224 :
名無しさんの主張 :02/07/23 21:47
this is quoted from a book I saw at a library today. ====================================================================== <システム>のやり方に反対し、不満を政治的行動に移す日本人は、体制破壊者で、 爆弾を投げる可能性のある人物とみなされる。警察と検察は過激派の学生を、他の 検挙者に比べて、かなり過酷に扱う。左翼に対する警察の反感は「ほとんど本能的」 である。あるアメリカの学者が要約したように、「警察は、共産主義者や左翼的な労働 組合についての話になると、電気が通じたように気色ばむ。彼らは、そういう人々は 日本社会と警察体制に対する脅威と考えていると、幾度となく私に語った」。警察官 志望で左翼的傾向をつい見せてしまう者は、この仕事には不向きだとみなされ、 選から除外される。兵庫県警に10年勤めたあと、本を書いた松本均は、警察の やり方や優先事項に疑問を出せば、外部の者でも警察内部の者でも、警察の 上司は自動的に「アカ(共産主義者)!」と言い返すと述べている。・・・・ ======================================================================
225 :
名無しさんの主張 :02/07/25 21:37
this is quoted from a book I saw at a library today. ====================================================================== ・・・・左翼の活動家が信念を撤回しないと、警察と検察官の怒りが増す。警察に とって、彼らの犯罪そのものはその”誤った態度”ほど重要ではない。彼らが謝ろうと しないのは、警察から見れば、”日本人にもとる”態度となる。単に予謀、犯罪行為の 準備あるいは共同謀議の嫌疑で投獄された過激派は、犯罪が立証され有罪と 決まった一般囚人よりはるかに苛酷に扱われる。待遇を改善してもらうには、戦前の マルクス主義者や知識人が”間違った思想”を放棄して帝国主義秩序の良さを 認めた転向のように、誓って思想上の信念を否定しなくてはならない。今日では、 証明済みの過激派活動家だけがこのような圧力を受けるが、人の信条を強引に 変えさせるのは憲法違反であることに変わりはない。・・・・ ======================================================================
226 :
名無しさんの主張 :02/07/25 21:37
this is quoted from a book I saw at a library today. ====================================================================== <システム>の最★メンバー ・・・・国民の監護者についての最も重要な一側面は、彼らを制御しているのは彼ら 自身だけだということである。したがって、彼らは<システム>を構成する者の中でも 異例の位置にある。理論上は今なお地方公安委員会が統制力を行使する。だが、 これら委員会の構成員が右よりの経歴のある昔風の保守派だという事実はさておい ても、警察は極度に中央集権化されている。25万人の警官とその仕事を助ける 事務官が、わずか450人のキャリア官僚によって統制されている。<システム>の 主流の構成員と同様、警察の最高幹部は、1880年代以来ずっと東大法学部出が 占めている。これらの管理者は必要な時には、自分たちの独立性をはっきりと示す。 例えば、1984年に警察がからむ汚職事件後、自治大臣で国家公安委員長だった 田川誠一が、関西地域の警官に正式に訓話したいと希望したが、警察庁は、 関係官僚の慣行にそぐわないとの言い訳で要望を言下に拒絶したことがある。・・・・ ======================================================================
227 :
名無しさんの主張 :02/07/27 21:27
this is quoted from a book I saw at a library today. ====================================================================== 8★ 法を支★下におく 権★者の上と下の法 法の庇護を受け★い国民 ・・・・日本の歴史のどこを見ても、日本の一般市民に法律が自分たちを護るために あるという考え方はなかった。伝統的な日本の法律は、合理的で哲学的な正義の 原理を積み上げて法体系を作り上げたのではなく、民衆を盲従させるための命令を 一覧表にしたとしかいえないものであった。このような法律が実際にどのように適用 されたかは、時代によって違いがある。平安時代にはかなり寛大だったようだ。だが 室町時代(1333〜1568年)になると、非常に残酷な処置が当たり前となり、日本が 開国してからもそれは続いた。徳川支配下の二世紀半の間は、法律が社会的地位 に応じて適用された。つまり、武士は町人や農民が無礼あるいは、身分をわきまえ ないと思えば、その場で、一刀のもとに切り捨てても良かったのである。・・・・ ======================================================================
228 :
名無しさんの主張 :02/07/27 21:27
this is quoted from a book I saw at a library today. ====================================================================== ・・・・日本の権力者は、自らが西洋から法律を導入した必然的結果として発生した 問題に直面することになった。しかし、いちはやく大衆や知識人が”悪い思想”を 抱かないよう処置を講じた。山県有朋は、法律にあまり頼りすぎると色々問題が 生じるとして、法に頼ることを痛烈に非難した。その一方で、山県自身は法律を ”政治に対する防護物”として自在に活用することに何のためらいも感じなかった。 ここで彼が言う”政治”とは、民主的な議会制の、反対党のある政治という意味 だった。法律は急速に管理者の有力な道具へと変質させられていったのである。 ======================================================================
229 :
名無しさんの主張 :02/07/29 21:19
this is quoted from a book I saw at a library today. ---------------------------------------------------------------------- このような状況全般を総括して、マルクス主義理論を日本に紹介した経済学者、河上肇は、 20世紀初頭に次のように書いた− 個人を以て自存の価値あり自己目的性を有すと看做す能はず、独り自存の価値を有し 自己目的性を有する者は只だ国家あるのみと為す。故に日本人には天賦人権の思想なく して天賦国権の思想あり。個人の権利は只だ国家の承認を経て始めて存在す。国家は只だ 其の自存の目的を達するの手段として、個人に一定の権利を認む。個人の有する権利は、 本来自己目的の為めに非ずして、只だ国家の道具として役立つが為のもの也。故に西洋に 在りては人権が天賦にして・・・・・・人命を重んじ人格を尊ぶことが日本人の想像の外に在るが 如く、日本に在っては国権を重んじ国家を尊ぶことが又た西洋人の想像の外に在り。 だが、一部の日本人は頑強に西洋の法概念を取り入れようとした。1937年、日中戦争勃発の 直後、矢内原忠雄はこう主張した− 正義は國家に基底を與へつつ國家を越えて存在する客觀精神である。換言すれば正義 は國家の製造したる原理ではなく、反對に正義が國家をして存在せしむる根本原理である。 國家が正義を指定するのではなく、正義が國家を指導すべきである。 この文の掲載された『中央公論』はたちまちにして発禁になった。・・・・ ----------------------------------------------------------------------
230 :
名無しさんの主張 :02/07/29 21:26
上記の英語は、日本人もしくは、ネイティブではない外国人のものと 思われる。 NATIVEの用法ではないよ(藁
231 :
名無しさんの主張 :02/07/31 21:31
..... for beautiful human life ! ..... ====================================================================== ・・・・日本の役人は、多くの法律の中から随意に都合のよいものだけを選んで、 自分たちの目的に利用する。法律と政策が矛盾対立するとき、彼らは、法律の ほうに新”解釈”を加えることによって、政策に法律を合わせようとする。このような 便宜を容易にはかれるよう、多くの法律文が意図してあいまいな言葉で書かれて いる。法学者・渡辺祥三は国会で成立する多くの法律を、内容を充分に読みも しないで署名する契約書に例えているのだ。つまり「法律の言葉の意味がほとんど 国民に知らされないままで成立している」。自民党の国会議員は自分たちの 支持者に有利な利益誘導のための法律を作ることに一生懸命で、その法案が 社会正義に貢献するものか否かを吟味しようともしない。1958年には、教師の 勤務評定に関係する法律に関して、文部大臣が「法解釈は誰がどう考えようと 勝手だが、この法律については文部大臣の見解を尊重して欲しい」と発言した。 これが冗談ではないのである。 ======================================================================
232 :
名無しさんの主張 :02/07/31 21:32
the following quotation is taken from a book I saw at a booksotre today. ====================================================================== 最上位管理者の養成所である東大法学部の教授たちは、法律は基本的に 政府行政の補助と考えているようだ。彼らは、政府はおのずから国民の上にある という何世紀も前の旧態依然たる前提を盲目的に受け入れ、「国民は所詮政治など 判るものではなく、政府のすることに批判をするのはけしからん」と確信しているので ある。逆に、国民大衆が法律を受け入れているのは、法律がこれまでつねに そうする権利を与えられてきた階層の人々によって管理運用されているからに すぎないのであって、法律が国民大衆の正義の感覚に従っているからではない。 一般大衆に適用される時、法律はいまだに「苦痛あるいは罰の同義語」なのである。 いうまでもなく、日本も正式に国際的な法と正義の概念を受け入れてはいる。 だが日本の政治的な慣習に妨げられて、それが真の活力になっていないのである。 ・・・・ ======================================================================
キャプテンジョージだったのか!そうだったのか!
234 :
名無しさんの主張 :02/08/02 21:42
the following quotation is taken from a book I saw at a booksotre today. ====================================================================== ・・・・不利な立場におかれた集団の闘士たちが、”権利”について激しい言葉で 議論することはある。だが、これまでこのような運動を見てきて筆者に判ったのは、 彼らが何らかの満足が得られたとしても、それは普遍的な法の正義の概念によって ではなく、威嚇や他の戦術的圧力の結果だということである。日本人の伝統的な 在り方が、現代の法律慣行によってさらに強化され、明確な”権利”の概念を確立する 妨げになっている。この概念を表す言葉として権利の用語が考案されたのであり、 この語が持っている二つの意味のうちの一つは公平である。法学者・野田が言う ように、「今日では、この言葉が含蓄する公平の意味に注意を払うものはいない。 平均的な日本人にとって、この言葉は利己主義を想起させるものである。」 ======================================================================
235 :
名無しさんの主張 :02/08/02 21:43
the following quotation is taken from a book I saw at a booksotre today. ====================================================================== ”権利”の概念がないことから、さまざまな問題が生じる。その一つは、よく外国人を 嘆かせることだが、日本人には公民としての勇気が欠けているということ、もう一点は、 真の国際主義を確立する上で明らかに障害になっているという事実である。日本の 教育にしても、また<システム>内の他のどの構成員も、なんらかの主義主張をあえて 貫くのは良いことだと、少しも人々に教えようとはしない。このような態度は、 サラリーマン社会の服従の倫理にも、はっきりと反映されている。後に10章で、 それがいかに”日本らしさ”という強力な思想によって、より強化されるかを見る。 ここまで筆者が指摘してきた違いは、”西洋の個人主義”と、集団のためには 個人の利益を犠牲にするといわれるアジア人の態度に区別することによって、 これまで簡単に説明されてきた。しかし、このような見方だけでは、十分な全体図は 得られない。法意識、政治的権利の観念や公民としての勇気などに関して言えば、 同じアジア人でも韓国やフィリピンのようなアジア国民の態度と日本人のそれとは、 あまりにも大きく違う。・・・・ ======================================================================
236 :
名無しさんの主張 :02/08/05 21:37
the following quotation is taken from a book I saw at a booksotre today. ====================================================================== ・・・・ 法的脅★に対する<システム>の対処 もし西欧の民主主義社会で日本ほど法律が軽視されれば、たえまない動揺が起こり、 最終的には権威構造が崩壊してしまうに違いない。逆に、日本で、西欧の民主主義 社会でのように、また日本国憲法に記されている通りに法律が運用されれば、今の 日本の権威構造は崩壊してしまうだろう。 日本の憲法は占領時代の遺産だが、これ以上に民主主義的な憲法はないといえる。 そこには欧米の憲法よりも明確に、国民を保護するための歯止めが盛り込まれている。 しかし、だからといって、この憲法が日本の政治的優先事項を反映していることには ならない。日本国憲法が司法を他の政府機能から独立させ、法律と行政の間に一線を 画しているのは、過去の日本の全歴史を貫く慣行に反することなのである。権力者に 対して法的に挑戦できるという認識があれば、少なくとも15世紀間も、被統治者が 超越的な真理に訴えて権力者に有効な対抗手段をもたないよう徹底的に強いられて きたことに終止符を打てただろう。だが、そんなことは起こり得べくもなかった。 ======================================================================
237 :
名無しさんの主張 :02/08/05 21:37
the following quotation is taken from a book I saw at a booksotre today. ====================================================================== 戦後の正式の法規に定められた通り、真に独立し、政治に従属しない司法があり、 人々が少しずつ訴訟になじんでくれば、戦後の<システム>が今日ある姿にまで強化 されることは阻止されていたはずである。独占禁止法が一貫して公平に適用されて きていれば、阻止できたはずだ。公職選挙法を厳正に適用してもそうできただろうし、 大企業と自民党との腐敗した関係、その他の<システム>を存続させるさまざまな 非公式の人間関係や慣例についての司法の審査が行われていれば、阻止できた だろう。民衆が上手に訴訟戦術を展開すれば、今日、色々な活動を制限している あらゆる法制外の行政処置について、裁判所に訴えることができたに違いない。 実際に起業家が官僚を裁判所に訴える可能性があれば、<システム>管理上の目的の 多くが根底からくつがえされていたはずである。さらに言えば、無数の人脈によって 動かされている現在の<システム>は、法的な手続きを一貫して適用することによって 可能になる政治的な検分に耐えてまで、存続することはできないだろう。・・・・ ======================================================================
238 :
名無しさんの主張 :02/08/07 21:23
the following quotation is taken from a book I saw at a booksotre today. ====================================================================== 司法を最小限に抑★こむ ・・・・法曹界への参入を厳しく制限することによって、裁判官や弁護士の数が人為的に極め て少数に抑えられている。法務省が司法研修所の実質上の門番をつとめ、判事や検事、弁護士 になりたいと志すもの全員がここを通過しなければならない。司法試験に合格した志望者はこ こで二年間にわたってそれほど難儀でもない研修を受け、政治的に健全であるとみなされた者 は全員ほとんど自動的に卒業できる。ところが、この司法修習生になるための、毎年行われる 司法試験は、極端に合格率の低い難関なのである。合格率は約2パーセントで、例えば1985年 には受験者数2万3855人に対して、合格者は486人だった。1986年に合格した者のうち80人は五 度目の受験だった。このような状況を正当化するなかば公式な説明は、司法に割り当てられる 国家予算額が少ないからだというものだ。 ======================================================================
239 :
名無しさんの主張 :02/08/07 21:23
the following quotation is taken from a book I saw at a booksotre today. ====================================================================== 日本人は法曹に就きたがらないとの一般認識は、神話にすぎない。ある専門家が指摘するよ うに、1975年に司法試験を受けた日本人の数は、総人口比で見ると、司法試験を受けたアメリ カ人の数よりわずかながら多い。アメリカではその年の受験者の74パーセントが合格したのに 対し、日本のほうの合格率が1.7パーセントだったから、実際には、法律家になりたい希望者 は日本の方がはるかに多いことになる。 1890年以来人口は三倍に増えたが、裁判官の数は二倍にもなっていない。法務に携わる者へ の需要があるのは確かである。日本の裁判所はあまりにも多くの事件を抱えすぎているため、 簡単な訴訟でも地方裁判所で判決が出るまでに二、三年かかることが多い。控訴も含む大きな 訴訟になると十年はかかるだろう。原告や被告人が裁判官の前に初めて立った日から二五年後 に最終判決が出ることも、珍しくない。 弁護士を見つけることも簡単なことではない。弁護士不足から、弁護料も高くなる。1986年 現在、弁護士会に所属している者の数はわずか1万3161人である。言い換えれば、日本の弁護 士の数は人口9294人に対し1人ということになる。アメリカでは360人に対し弁護士1人、英国 では872人、西ドイツでは1486人である。・・・・ ======================================================================
なんでもいいんだが、そんなに日本が嫌いなら何で日本に住んでんのさ? アメリカで目緒ヨーロッパでも好きな国に住みなよ。別にお願いして住んでもらってるわけじゃないんだから
241 :
名無しさんの主張 :02/08/09 21:06
the following quotation is taken from a book I saw at a booksotre today. ====================================================================== ・・・・訴訟手続きが開始されてからでも、原告は和解に切り換えるよう強い圧力を かけられる。裁判官はほぼ例外なく、時間と費用の節約になるから、示談・和解に するようにと訴え続ける。あえて、原告が法廷に明快な裁決を出すように執拗に求め 続けると、裁判官に非協力的だから不利な裁決を出されてもやむを得ないと思うように、 と言われることにもなる。裁判に訴えてことを解決しようとするのは、倫理的に劣る態度 だとするところが、裁判官たち自身にもある。このような状況だから、なぜ日本人が 訴訟に持ち込まないか、裁決が出るまで頑張らないかを理解するのは難しくない。 いざ意を決して提訴しても、つのるのは裁判に対する不信感だけである。日弁連の 調査によれば、裁判を経験した人々の大半が裁判官は「社会の実情を知らない」と 感じており、審査の過程で十分に訴訟事実を聞いてもらえなかったと述べている。 ======================================================================
242 :
名無しさんの主張 :02/08/09 21:06
the following quotation is taken from a book I saw at a booksotre today. ====================================================================== 日本国民から訴訟という手段をほぼ完全に取り上げてしまうほどの、凄まじい力が <システム>にあるとすれば、政府に反対して私人としての個人が行動を起こすなど ということは実質的に不可能だと考えても別に驚くには当たらない。最高裁には、 戦後の憲法の定めによって、民主主義を護る手段として違憲審査権が与えられて いるが、最高裁はその行使を拒んでいる。この事実に相まって、政府機関が広範囲 に及ぶ公権力(=行政権)があるため、官僚の活動はこれまで司法の違憲審査の 対象からほとんど完全にはずされてきた。活動家が行政の決定に対し訴訟に持ち 込んで対抗しようとすると、官僚たちはそれを”過激”な行動であり、国の政策決定を 妨害しようとする暴力的な活動だとみなすのである。・・・・ ======================================================================
243 :
名無しさんの主張 :02/08/11 21:39
the following quotation is taken from a book I saw at a booksotre today. ====================================================================== 従属する裁★官 ・・・・戦後の裁判官は、理論の上では、行政の統制から独立しており、同僚の裁判官のみ が彼らを裁けるとしている。ところが、米占領軍当局が慎重に引いた司法と行政との境界線が、 占領が終わったとたんに、注意深く取り除かれたのである。それ以来、行政官僚が徐々に司 法官を制御してきた。現在では、再任資格や昇進についての官僚からの意見に対する恐れが、 戦前と同じくらい重く裁判官にのしかかっている。 官僚統制の中心は本来、まったく別の目的のために設置された最高裁事務総局である。戦後 の制度では、すべての裁判所は自治・自律を原則にしており、これを保障するため各裁判所の 運営全般は判事の手に委ねられ、この自治性を守るため、それぞれの裁判所に事務局が設けら れた。最高裁事務総局も本来は同じ目的で設置された。一方、司法行政の最高主体は、最高裁 の裁判官会議にある。ところが、後者の権限はしだいに形式上だけのものとなり、実権力は事 務総局に移ってしまった。・・・・ ・・・・現在、最高裁事務総局の司法官僚群が日本の司法全体を監督している。裁判実務に 携わる裁判官ではないこうした官僚が、裁判官の任命、昇格人事、給与の決定、解任を牛耳っ ているのである。最高裁事務総局は、下級裁判所に関するあらゆる情報や資料を独占でき、規 則制定権や裁判官人事政策などを通して、着実に司法への掌握を強めてきた。事務総局はまた、 司法研修所をも実質的に完全に掌握している。・・・・ ======================================================================
司法制度にも薀蓄を傾むけておられますが こんなことが平然と罷り通るのが現在の
日本の実情です 旧住友銀行日本一支店の副支店長谷口佳紀夫が5300万円も脱税をしてのにそれを
隠蔽する為に西川頭取が必死になって検察やマスコミに圧力を掛けて事件にさせていません
当時の住友銀行の最高顧問弁護士は前最高裁の長官でした この事で今の日本の司法の
現状が良くお分かりと思います 金さえあれば・・・残念です 一時が万事です
兎に角この スレ板 見て下さい 既に良心ある理解者が2万3千人以上も覗いて
くれています 仰天するような事実です 皆さん見てね
http://www.page.sannet.ne.jp/pepetaro/
245 :
名無しさんの主張 :02/08/14 20:33
246 :
名無しさんの主張 :02/08/14 21:03
the following quotation is taken from a book I saw at a booksotre today. ====================================================================== ・・・・ 法による保★に代わるもの 日本の新聞が社会的制裁役を演じるのは、日本の法制度に実際面で欠点がある ためという見方で捉える必要がある。「他の国の司法制度にも、ある程度は日本の 法律にあるような限界はあるが、法規範の違反に対する有効な制裁あるいは救済 対策をこれほど広範に欠いている状態は、他に見られない」と、この問題に詳しい あるアメリカ人は書いている。権力者は、刑事事件で人を投獄する以外、法をあまり 強制しえない。日本の裁判所には法廷侮辱罪を科す権限がない。(裁判所は法廷 の秩序を維持する権能はあるが、拘束されていない者をその意思に逆らって法廷に 出廷させることはできない)。財産差押えがせいぜい行使できる最高の制裁だが、 その場合でも有罪になったものが回避できる方法がいろいろとある。正規の法規に 違反した場合に科せられる罰則規定も、違反者が企業や他の大きな主要組織で あれば、実際にはほとんど発動されない。既に指摘したように、日本の組織やその 長たる人物がそれほどひどい罪を犯さないのは、運わるく”一罰百戒”の一人に 選ばれた場合、自分たちの評判に傷がつくからである。 ======================================================================
247 :
名無しさんの主張 :02/08/14 21:03
the following quotation is taken from a book I saw at a booksotre today. ====================================================================== 1968年末に最高裁は近い将来、575ある簡易裁判所のうちの149を統廃合する と発表した。・・・・ ・・・・役所の目からみれば、あまり利用されていないこれらの裁判所は廃止して 当然だろう。だがこうした裁判所の管轄にあった地域の村人は、暴力団のような ”プロの調停役”がどっとやって来るのではないかと心配している。法の保護が 十分にないところでは、力のある友達が必要になる。そして、法によらない調整に 大きく頼る<システム>を前にして、名もなく、力もない普通の人は身を護る個人的な 関係が必要である。こう考えれば、日本社会における地元の”ボス”や国会議員、 暴力団員その他の”始末家”の役割の説明がつく。なによりも重要なのは人脈だ、 ということの説明もつく。人と人とのつながりが、成功だけでなく、安全のためにも 決定的に重要なのである。また、日本人が、個人主義的な態度をとって社会から 疎外される危険を冒さないようにする理由も、ここにある。・・・・ ======================================================================
248 :
名無しさんの主張 :02/08/16 21:20
////////////////////////////////////////////////////////////////////// 9★ リア★ティの管理 矛盾の政★的利用 ・・・・日本の形式としての法の構造は、官僚の行動に正統性を与えるのに役立つ 多くの行政法を許容している。その一方で官僚は、法律に訴える一般国民の動きに 少しも邪魔されることなく、法の枠組みから外れることが自由にできるのである。 <システム>は、人々がそれをつっこんで批判的に見ることはないので、大きなダメージを 与えられることはないから、あくまでも強力で、その影響は広くいきわたる。形の上だけ での現実と実質的な現実の間のギャップは制度化され、それは優位な立場から弱者を 支配するのには理想的な手段となっている。・・・・ //////////////////////////////////////////////////////////////////////
249 :
名無しさんの主張 :02/08/19 22:10
the following quotation is taken from a book I saw at a booksotre today. ////////////////////////////////////////////////////////////////////// ・・・・自主憲法期成議員同盟の清原淳平事務局長が述べるとおり、「欧米人は、法と 現実の状況の間に大きな矛盾があると、不安になりがちだ。だから、彼らは常に新しい 状況に合うよう法律なり憲法を変えるよう勧められる。しかし日本人はそのような矛盾を 解消しようという思いには駆られない」 日本では、実際に履行されえない憲法があっても、それが問題だとは一般に思われない。 逆に、今の憲法は、憲法改定が忌まわしい戦前の条項の復活につながるのではないかと 恐れる人々にとっては望ましい。一方、権力者にとっても現実にそぐわない法律的な 取り決めを結ぶのに現行憲法は都合がいい。憲法が<システム>を支えるいろいろな インフォーマルな政治的な仕組みを維持するのに役立つからである。公然の批判や公の 議論は必然的に表向きの”現実”に向けられ、たいていの政治批判は、だれも真剣に 受けとめない口先だけの理想論にすぎない。こうして、現実の力関係は安泰で手つかず というわけである。 //////////////////////////////////////////////////////////////////////
250 :
名無しさんの主張 :02/08/19 22:10
the following quotation is taken from a book I saw at a booksotre today. ////////////////////////////////////////////////////////////////////// そこで産業界の首脳たちは理屈の上では、古典的な自由市場経済を実践している という考えをゆずらず、官僚の介入を歓迎しないという建前になっている。建前では 一般大衆の政治的意向は彼らが選び国会に送った政治家が代表して提示する仕組みに なっている。同じく公式の現実では、独占禁止法や公正取引委員会がカルテルを防ぎ、 司法が民主主義的な自由と個人の権利を守るはずである。労働組合は労働者の不満を 公正に聞いてもらえるようにするし、そのほか多くの制度化された保障が”民主主義的な 自由市場制度”を敵から守るとされている。ところが実際には、独立した司法も、労働者の 利益を第一に代表する労働組合も、経済界と官僚の市場操作を防止する効果的な 保障も一切存在しないという事実は、隠されたままである。このように、制度化された 表向きと実際の現実との相違がなければ、戦後の経済的な”奇跡”はありえなかっただろう。 矛盾を目前にしての精神的な麻痺、つまり矛盾を知覚すらしないという状況がある。 そのおかげで特権階級はそれ以外の人びとに対して思いどおり力を行使できる。・・・・ //////////////////////////////////////////////////////////////////////
251 :
「次」はこう☆☆ :02/08/20 23:04
"「★」はこうなる" ★屋 太一著 1997年刊より 「遅進国」になった日本 1 10年前の1980年代末−日本は世界の最先端を往く経済大国であった。 生産力は極めて大きく、一人当たり国民総生産は、人口一千万以上の国では 最高だった。製造業の国際競争力は素晴らしく強く、急激な円高にもかかわらず 輸出は減らず、企業利益は史上最高、倒産件数近年最低の好景気を満喫していた。 失業率は極めて低く、犯罪は少なく、街は清潔で、公共機関は正確に動いていた。 福祉の水準も高いし、公害の防止にも成功していた。この国こそは、近代工業社会の 成功例、いわば「現代の天国」と主張することができた。 それというのも、この国には、一方に優秀にして清潔な官僚の指導があり、他方には 有能にして積極的な経営者と忠誠心に富んだ従業員を持つ強力企業群があったからだ。 しかもこの両者の間には、官民協調体制が確立しており、終身雇用と企業系列は 厳格に守られていた。日本の官僚たちは世界に向かって「日本式の産業政策を見習え」 と説教を垂れ、日本の経営者たちは「忠誠心と仲間意識で結ばれた日本式経営は 無敵不敗」と胸を張っていた。
252 :
名無しさんの主張 :02/08/22 22:37
the following quotation is taken from a book I saw at a booksotre today. ////////////////////////////////////////////////////////////////////// 社会に是認さ★た欺瞞 ・・・・本音と建前の使い分けは日常的に行われ、普通、日本社会の良い面とはされない までも、そのことの倫理的な是非は問われない。しかし、この使い分けが、ある考え方の 枠組みを生み、いろいろな欺瞞が社会的に容認される素地ともなっている。日本人は、 西洋人に真似できないほど自分のまやかしについてあっけらかんとしている。日本人には、 その不正直さを叱られる恐れなしに正直ぶることが許されているのである。ある人類学者 の言葉を借りれば、こうなる。「真実と道徳は......そのときどきの状況における相互作用に 依存するものである。......日本人は、明らかに矛盾するいくつもの事柄の存在を、一つ の真実の持つさまざまな側面として受け取る傾向を示す。彼らは一貫性にこだわることが ほとんどなく、厳密な論理にこだわる人を理屈っぽい、すなわち”理屈好きの変わり者”と 見なしがちである」。・・・・ //////////////////////////////////////////////////////////////////////
253 :
名無しさんの主張 :02/08/22 22:37
the following quotation is taken from a book I saw at a booksotre today. ////////////////////////////////////////////////////////////////////// 外国人に対★る不信感 日本人は自分たちが、本当の動機と表面的な動機の間に制度化されたギャップを 持つので、外国人や外国の動機も疑いがちである。彼らは、日本の状況や二国間の 関係についての外国の分析の背後にある、隠された”本音”をあくまでもさがそうとする。 この本音と建前の二分法を使えば、かつて日本が主張していた言い分を説明できる。 日本人は第二次世界大戦前および大戦中に、日本の真意がアジアでまったく理解さ れず、西洋諸国の本当の動機は見せかけよりはるかに陰険だと言い張ったものである。 筆者は、日本と西洋の衝突が拡大する原因は、両方の誤解にあるとする新聞記事を 書いたことがある。すると日本の高官が、筆者の記事は日本の信用を傷つけようとする 欧州共同体の試みだという彼の考えを共同通信を使って流した。筆者はまた、アメリカ 政府が一貫した対日政策を持たないところから生じる影響を分析し、<システム>の特徴を 列記した論文記事をアメリカの出版物に書いた。この時も筆者がアメリカの利益代表と 結託している可能性をそれとなくさぐるような質問を受けた。筆者の罪といえば、長年、 日本の役人と親密につきあったのに、彼らの世界向けの”建前”の宣伝に協力しな かった点にある。・・・・ //////////////////////////////////////////////////////////////////////
254 :
名無しさんの主張 :02/08/23 23:29
the following quotation is taken from a book I saw at a booksotre today. ////////////////////////////////////////////////////////////////////// 論理性の蔑★ 政治、社会状況のどんな論議でも、論理こそが確固とした論点の枠組みと一貫性を与え るのである。論理のルールは、その場で即席で作られるものではないし、毎月の討議によ って改められるものでもなく、もちろん、政治家が指図できるものでもない。また、論理 のルールは我々が意識しなくても、存在し続ける。こういうと、明々白々な点について改 めて説明しているように見えるかもしれないが、日本では、知識人が、”論理”は西洋人 が論議に勝つために西洋で発明されたものだと言い張ったりする。日本人の間には、過去 の何世紀もと同様、今も自分たちは論理なしでやっていけるという考えが行き渡っている もちろん、これは真実ではない。日本の技術者や科学者は他国の技術者や科学者と同じく、 論理的な考え方になじんでおり、その結果、ノーベル賞受賞者も何人か出た。 //////////////////////////////////////////////////////////////////////
255 :
名無しさんの主張 :02/08/23 23:29
the following quotation is taken from a book I saw at a booksotre today. ////////////////////////////////////////////////////////////////////// だが、社会的、政治的な問題になると、日本人は、逆説に気づいたり矛盾を解決したい という強い欲求にかられることはなさそうである。日本の三大精神体系(神道、仏教、儒 教)も科学思想も、日本人にとって環境に働きかけるためのテコとならなかった。徳川時 代の数学面での業績は相当なもので、17世紀末には微積分の発明に至ったのに、チェスと 似たり寄ったりの位置づけしか与えられなかった。それはゲームとして扱われ、宇宙の本 質、またその中の日本の社会と関係があるものとは考えられなかったのである。・・・・ ・・・・学校がこのような態度を助長している。あるアメリカの人類学者は、日本と西 洋の教育を比較して、こう結論を下した。「論理教育は、西洋文明そのものと同じように 古い。これと対照的に、日本は伝統的に......暗記と模倣を強調してきた。前者のアプロ ーチは道徳的、知的な考え方の枠組みを内面化するのに役立ち、後者は環境への適応を助 長する。」・・・・ //////////////////////////////////////////////////////////////////////
256 :
名無しさんの主張 :02/08/27 21:54
the following quotation is taken from a book I saw at a booksotre today. ////////////////////////////////////////////////////////////////////// 知的真空の★島 ・・・・政治的な方策のせいで、日本人は何世紀にもわたり、無形ながら非常に重要な 文化的財産すなわち自由な論議の場を奪われてきた。非常に理路整然と考え、知的な発見 をする日本人を筆者は個人的に知っているが、過去にも、多数の人が人間として当然の欲 求に従って哲学的な思索をしたはずだ。だが、忘れてはならない重要な点は、これらの人 々は自分ひとりだけの知的な世界を作り出さなければならなかったことである。日本に欠 けていたのは、これらの人々の思索をつなぎ合わせて、思考の枠組みとするという壮大な 知的伝統だった。反論したり新しい論を加えようにも、哲学的な思索の秩序だった体系が なかったのである。論理的に秩序だった抽象概念の体系は現実を把握する長い間の知的努 力の産物である。こうした知的なベースがないと、競合する証拠の実態、関連、重要さ、 比重、均衡などを正確に把握できないのである。・・・・ //////////////////////////////////////////////////////////////////////
257 :
名無しさんの主張 :02/08/27 21:55
the following quotation is taken from a book I saw at a booksotre today. ////////////////////////////////////////////////////////////////////// ・・・・日本の中学・高校では、相反する西洋と日本の思想が、学生に混乱を起こさせ ないよう努力することなく、横並びで出てくる。政治や歴史にふれる教科書は、望ましい 政治の体系と望ましくない体系との区別もしない。 そこには情熱がない。判断も欠如している。学生が教えられるのは、歴史に登場し た勢力の独自性、活力や衝突ではなく、項目の暗唱である。全体主義、資本主義、 共産主義、さらに自由と民主(日本語ではどちらも”主義”になる)などを含め、多く の”主義”の名前が挙げられるが、具体的な詳細は検討されることはない。 さまざまな”主義は”は立替可能であり、どれも同じような妥当性をもって、我々の尊 敬の念を要求できるとの印象を与える。・・・・ //////////////////////////////////////////////////////////////////////
258 :
名無しさんの主張 :02/08/29 21:23
the following quotation is taken from a book I saw at a booksotre today. ////////////////////////////////////////////////////////////////////// ばらば★に存在する知識 ・・・・まぎれもない秩序が社会的関係を律しているのに、個々の事象や考え方は、 不調和の饗宴よろしく共存し、外国人を困惑させたり、面白がらせたりしている。日本を 訪れたものがすぐに気づくのは、そこがさまざまな思想や方法やトリックが常習的に 集められる国であるという点である。まったく異なる建築様式を七つとか九つとか混ぜた 喫茶店や建物がある。マンドリン演奏クラブが大学にある。この種の例は数限りなくあるが、 もう一つ挙げると、日本にはヨーデル愛好協会があり、ヨーデルの歌い手たちがスイスの 民族衣装を着て舞台に並び、コンサートを開く(コンサートにはスイス大使館の文化 担当官が招かれる)。思想も、大量に輸入される。英語、ドイツ語、フランス語から 訳された書物が本屋に所狭しと並ぶ。原著の新しい思想は訳本にもいくらか滲み出る のは間違いないにしても、原著の精神や目的を伝えそこなう翻訳もかなり多い。 //////////////////////////////////////////////////////////////////////
259 :
名無しさんの主張 :02/08/29 21:24
the following quotation is taken from a book I saw at a booksotre today. ////////////////////////////////////////////////////////////////////// これまでの人類の歴史で、明治維新以降の十九世紀後半の日本人ほど、新しい思想を 多すぎるほど大量に吸収する必要を感じた人々は他になかったであろう。国の改造が 進む中で、おびただしい雑誌や研究会が新思想を日本中に広めた。だが、武士階級 であったエリートや教育を受けた平民の新しい階級が心酔した諸思想は、一般的にいって もともとの思想が発生した文脈を外れて伝えられたものであった。新思想を紹介した知識人は、 多くの場合、実際的な目的を念頭において思想選びをした。外国は知の大露店市となった。 日本は近代化、国の強化、他国に追いつくための道具として使える宗教、道徳規範、芸術、 政治体系をそこで選んで買い込んだのである。 //////////////////////////////////////////////////////////////////////
260 :
名無しさんの主張 :02/08/31 19:51
the following quotation is taken from a book I saw at a booksotre today. ////////////////////////////////////////////////////////////////////// 日本人の哲学者のうちで、ある程度国際的に知られた唯一の人である西田幾多郎は、 彼の先生でドイツで教育を受けたラファエル・ケーベル博士が、1914年の東京帝国 大学での講演において日本の知識人の生半可な理論を痛烈に非難した様子を覚えて いた。ケーベルによれば、 − 「(日本の学者は)根を移そうとせずに、ただ人目を驚かす ような花だけを切り取ってこようとする。その結果は、その花をたずさえた人がひどく 尊敬されたというだけで、その花を咲かすような植物はわが国(日本のこと)には育って こないのである」 ・・・・ //////////////////////////////////////////////////////////////////////
261 :
名無しさんの主張 :02/08/31 19:51
the following quotation is taken from a book I saw at a booksotre today. ////////////////////////////////////////////////////////////////////// ・・・・日本の一部の知識人は、類別の細部をめぐって果てしなく議論する習慣を身に つけた。たとえぱ、いまだに、日清戦争が"国家主義的"であったか"帝国主義的"で あったかと激論を戦わす知識人がいる。日本のマルクス主義者は、第二次世界大戦前 もそういうことがあったが、戦後にもまた、日本杜会がまだ"封建的"であるかどうかと論争 して分裂した。もし封建的であるなら、杜会主義的革命が起こる前に、ブルジョワ段階を 一応経過する必要があるというわけだ。この大論争が学界のかなりの部分を講座派と 労農派に二分する原因になったが、労農派は、資本主義が労働者階級を十分に育てた から、ブロレタリア革命の準備をすすめることができると信じた。西洋の思想を批判し、 それに対抗するのに、別の西洋思想がしぱしば利用される。どちらの西洋思想も目本の 経験に関連づけられないままに使われる。抽象的な西洋の学問の大食らい現象は、 明治時代から国家主義台頭の一九三〇年代まで続いた。この結果、その後の日本に 残ったのは、支離滅裂で未消化の知識の寄せ集めだった。・・・・ //////////////////////////////////////////////////////////////////////
ま、確かにそうだわな・・・ もっとも・・・ そんな歴史作る羽目になったのは全部歴史上の王族とされている 人物が筋金入りの俗物で、テメーさえ良けりゃそれでいいとばかりに 政権振るったからな。 結局は、帝国主義が悪いだけじゃないのさ。
263 :
名無しさんの主張 :02/09/02 21:27
the following quotation is taken from a book I saw at a booksotre today. ////////////////////////////////////////////////////////////////////// 峻別の★避 政治理論家の丸山真男や彼の信奉者など、戦後日本の一部の知識人は、普遍的 原理が政治過程や個々人の目的の是非が判断される場合に適用されないことに悩んで いるようだ。彼らは、こうした原理を適用しないことが日本社会の多くの欠点の原因だと 言う。しかし、国家主義的な傾向のある日本人は、日本人の考え方の"柔軟性"を美点 だと考えているようだ。中曾根首相は一九八四年八月に全国向けに放映されたテレビ のインタビューで、日本人はその柔軟性のために、西洋人に比べ有利な立場に立てる と示唆した。彼はこの点を誇りにしているようだった。彼は、その時、日本人は個人と して神道やキリスト教と共に仏教を受け入れる多神教であると説明した。彼によると、 日本人の考え方は「一神教の西洋人」の考え方より寛容であることになる。究極的に 相容れない信念を同時に受け入れるのは、実際には、どれも信じないのと同じだと、 彼が思ってもみなかったのは明らかだ。・・・・ //////////////////////////////////////////////////////////////////////
264 :
名無しさんの主張 :02/09/03 21:24
the following quotation is taken from a book I saw at a booksotre today. ////////////////////////////////////////////////////////////////////// 鈍化さ★た儒教 ・・・・融通性に富み、相対的で、話し合って決めることができる日本の真理。あり余る ほどあるとされる理屈。強靭な知的伝統の欠如。管理者への法の屈従。無節操を受け 入れるどころか賞賛すること。これらのすべてがいうまでもなく、互いに原因となり結果 となって絡み合っている。これらは、日本の力の行使におけるもっとも重要な決め手で あると筆者が述べた論点を強めている。すなわち超越的真理や普遍的価値に訴える という伝統の欠如である。現存する他の文明においてはみな、杜会・政治的な関心を 超越した真理の存在を認める宗教や思想体系を発達させてきた。しかし、日本では 神道も仏教も役に立たなかった。 //////////////////////////////////////////////////////////////////////
265 :
名無しさんの主張 :02/09/03 21:25
the following quotation is taken from a book I saw at a booksotre today. ////////////////////////////////////////////////////////////////////// 日本の政治的伝統の精神的背景を検討する際には、中国の知的、精神的生活と比較 するのが有益だ。中国における支配的な力は儒教だった。杜会的経験に根ざした 儒教は代用物としての宗教であったから、日本の権力者にひじょうに好都合だった。 儒教の倫理観は、人間性と社会の力学への洗練された深い理解にもとづいていた。 したがって形而上学の入りこむ余地はなかった。中国の「天」の概念は、西洋(もとは メソポタア)の神が創造し支配する宇宙の概念とはずいぶん違う。中国の「天」は、 もちろん地上のなによりも上位にあると考えられたが、宇宙の創造主とはみなされず、 具体的な形には描かれなかった。それはまた、杜会の知の源としても重要だとは考え られなかった。儒教の行動規範は、現世志向だとしかいえないだろう。だが、儒教が 発達させた原理は、普遍的な真理であり、すべての状況に適用できると考えられた点は 重要である。 //////////////////////////////////////////////////////////////////////
266 :
名無しさんの主張 :02/09/04 21:49
the following quotation is taken from a book I saw at a booksotre today. ////////////////////////////////////////////////////////////////////// こうして、中国人に、社会的秩序とは別個の道徳的秩序があるとの考えを抱かせる 下地が整った。中国の倫理観は、超自然的存在にはもとづかず、形而上学的な仮説に 支えられてもいなかったが、世俗の権威や生々しい社会の関心事を超越していた。 この点、中国の儒教は結局キリスト教、ユダヤ教、イスラム教、ヒンズー教、仏教の 伝統的な超越概念に類似している。 日本人はさまざまな事柄に関して中国の模範に大いに学び、また、権力者は従順な 被統治者をつくり出すことに熱心であったが、卓越的抽象原理を導入して道徳的な 市民をつくることには関心を示さなかった。日本の権力者たちが中国人に習って、 社会的に望ましい行動から普遍的道徳原理を抽出することによってもう一歩を進めた としても、不公正な社会的慣習に異議を申したてかねない個人の良心というものを発達 させることなど、思いもよらなかった。中国の個々人は、社会よりも自己の道徳的判断を 優先させよと教える伝統にたよれる。孔子自身が次のように言ったとされている。「有徳の 仁は、社会でとるに足りない者ではなく、協力的な一員でなくてはならない。慣習が道に もとり、有害だと思えばいつでも、順応するのではなく、慣習を変えるよう他をよく説得 すべし」 //////////////////////////////////////////////////////////////////////
267 :
名無しさんの主張 :02/09/04 21:49
the following quotation is taken from a book I saw at a booksotre today. ////////////////////////////////////////////////////////////////////// 孔子は皇帝への絶対忠誠を拒み、「道」つまり原理への忠誠を選んだ。その結果、 「生命を捧げて道を守った、殉教者の高貴な一段」が生まれた。この伝統が中国人に 統治者の正統性について考えてみるというひとつの自由を許した。彗星の出現、地震、 洪水、疫病などが起こって、天の怒りというべきものの存在が明らかになつたときなど 特に、そうであった。中国の歴史を画した革命や王座強奪は、天からの命令だとして つねに正当化された。多数の一般大衆も、政治的、経済的な方便を超越する道徳的 秩序の概念を拠りどころとした。彼らはすくなくとも、原理として、権力者の独断専行から 自由になるために、この概念に訴えたのだった。 中国人がいかに理念的な原理に重きを置き、イデオロギーに力を与えてきたかは、 彼らが最近何十年かに体験した「大躍進」と「文化大革命」という社会変革によく表われて いる。それらは世界歴史上、最大級の恐るべき事件として数えられるものであるが、 ともに社会の上位に位置するとされる歴史的"真理"に訴えて正当化されたのであった。 //////////////////////////////////////////////////////////////////////
268 :
名無しさんの主張 :02/09/06 21:00
the following quotation is taken from a book I saw at a booksotre today. ////////////////////////////////////////////////////////////////////// イデオ★ギーのカメレオン 日本は中国や他のアジアの国々より比較的容易に近代工業世界の仲間入りができた。 その理由のひとっは、超越的信念にもとづく強固な戒律がまったく欠如し、物質面での 変化に対処するのに必要となる精神面の変化を妨げるものがなかったからである。まさに、 この国は近代化のために多くの新しい考え方を必要としたが、その影響を押しとどめる ほど強い知的低抗も道徳的低抗も存在しなかったのである。 ”自己にとっての真理”に行動を制約されるという伝統がなかったから、日本人は あることを”信じ”ながら完全に別のことができる。形式的に西欧の政治制度や理想を 取り入れるのは比較的やさしかった。というのは、外国の概念や信条を、日本自体の 必要性に適するように、その本来の目的とは異なった道具として使うことに伴う道徳的 矛盾を感じなかったからである。 //////////////////////////////////////////////////////////////////////
269 :
名無しさんの主張 :02/09/06 21:01
the following quotation is taken from a book I saw at a booksotre today. ////////////////////////////////////////////////////////////////////// 日本人は社会状態の変化に伴い精神面を素早く調整する能力を持つ。この能力の おかげで、それまで慣れていた状況がまったく異なる状態に移っても、行動面でも カメレオン並みの驚くべき変化をやってのける。日本人の行動を研究したルース・ ベネディクトは、彼女の古典的な著書『菊と刀』で、西洋と日本の兵士のもっとも劇的な 違いは、捕虜になった時に後者が連合軍にいかに協力したか、その協力ぶりに表われ ていると指摘した。「彼らは模範囚以上であった。老練な兵士と長年の超国家主義者が、 弾薬集積所の位置を教え、日本軍の配備を念入りに説明し、われわれの宣伝文を書き、 われわれの爆撃機に同乗してパイロットを軍事標的へ案内してくれた」 //////////////////////////////////////////////////////////////////////
270 :
名無しさんの主張 :02/09/08 09:58
the following quotation is taken from a book I saw at a booksotre today. ////////////////////////////////////////////////////////////////////// シベリアの捕虜収容所に抑留されていた日本人元捕虜が次のように書いている。 収容所のドイツ人、イタリア人、朝鮮人、中国人は、日本人ほどソビエト軍に「惨めな 降伏ぶり」をさらさなかった。日本人捕虜は度胸も気骨も捨て去って赤旗を振り、日本を 敵性国だと言い放ち、スターリン、バンザイと叫んだ。彼はこれを日本の知識人の行動に 見られる楽天的日和見主義と同じだと見ている。知識人は当初、日本の天皇が現人神 だという神話を信じているかのように振る舞った。後には米占領軍当局者に頭を下げて 「民主主義」を唱え、ついで「ソ連の脅威を感じると、ソビエトが世界平和の砦だと賛美の 歌をうたいはじめた」。 似たようなことは、シベリアの捕虜収容所の残酷さ、苦難、たえまない恐怖が存在しない、 まったくかけはなれた状況下でも起きた。日本企業の代表たちは文化大革命中の 中国を訪れて毛沢東語録を振りまわし、しかるべきスローガンを口にした。 //////////////////////////////////////////////////////////////////////
271 :
キンニクマン :02/09/08 11:45
[1] そんなに嫌なんだったら 何も言わずに自分の国に帰ったらいいじゃない(笑) 別に日本は君を必要としていないし 君が帰ったところで 誰も気にしない。(笑 そして日本人でありながら「日本人は・・・」とか言うやつ。 その自虐的態度が 実に日本人らしいと 外の人間からは思われるってことを知るべきでしょう(笑
272 :
名無しさんの主張 :02/09/08 18:39
273 :
名無しさんの主張 :02/09/08 18:54
>>1 チョソで殉死せよ
274 :
名無しさんの主張 :02/09/09 21:51
////////////////////////////////////////////////////////////////////// また、日本人は石油危機の直後、アラブ諸国に対する態度をあからさまに、それまでの 軽蔑と無関心からへつらいと気くばりに一変させた。アラブ諸国が悪く見える映画は、 日本ではいっさい上映されない。朝日新聞は、電話が一本入るだけで中東のある代表の いやがるラナン・ルリーの漫画を紙面から消してしまう。 日本の知識人が環境によって政治色を容易に変えるという最近の好例は、日本の 大半のマスコミと中国政府との関係であろう。産経以外の主要新聞が、中国、毛沢東、 文化大革命について好意的な記事だげを書き、二国問の友好関係を促進すると合意 した。交換条件は中国政府がこれらの新聞の北京特派員を追放しないという保証だった。 どの新聞もこの合意を読者に隠していたから、日本の国民は、巨大な隣国で実際に 何が起こっているか、長年のあいだわからなかったのである。 //////////////////////////////////////////////////////////////////////
275 :
quotation from a book published in 1989 :02/09/10 22:43
////////////////////////////////////////////////////////////////////// * 日本の政治文化におげる重要な点を要約しよう。日本人はずっと、一思想の力が 一国の政府を作り上げるはどの具体的な力になりうるなどと考えないよう仕向けられて きた。日本の権力関係を理解する鍵は、権力関係が超越概念の制約を受けないことだ。 国民一般は、生活の中にある政治的な諸側面に筋のとおった判断を下すだけの知的 手段を持たない。弱者、すなわちイデオロギーに支えられてはいるが力の弱い政治的な 団体にしても個人にしても、時おりわずかぱかりの感情的な圧力を果敢にかける以外、 現状に影響を与えるだけの手段をなにも持っていない。要するに、日本の政治慣行は、 強者から弱者に与えられることが保証されている形だけの"恩恵"に装われてはいる ものの、「力は正義なり」が実施されているということである。・・・・ //////////////////////////////////////////////////////////////////////
276 :
quotation from a book published in 1989 :02/09/11 21:27
////////////////////////////////////////////////////////////////////// 10★ 文化にか★つけた権力 ”日本人らしさ”のイデ★ロギー ・・・・日本人はみずから日本文化を始終引き合いに出すが、この自己意識に、 イデオロギーの機能があるのに気をつけるべきである。事実、"文化"が、すべての 状況下のすべての日本人の動機を説明するのに酷使されすぎる。往々にして、 日本人には文化によって決められた動機のほかにはなにもない、国民全員が同じ 自律神経に支配されているとでも言いたいかのようだ。 //////////////////////////////////////////////////////////////////////
277 :
quotation from a book published in 1989 :02/09/12 22:13
////////////////////////////////////////////////////////////////////// 広く行きわたった公に支持された見方によると、日本人が自分と家族の生活を犠牲 にして会社のために働くのは、グループのために自分を犠牲にする文化的な傾向が あるからで、会社が最小限のコストで事業成長するためではない。日本人が紛争を 示談で解決するのは、文化的に裁判所や弁護士が嫌いだからであって、法務省が、 裁判官や弁護士を近代的な法体系の機能に必要な数よりはるかに少なく抑えている からではない。会社の寮が軍隊の兵舎のようであるのも、若者を見守るという日本の 文化的伝統を受けついでいるからであるという。日本の利益団体が官僚にキバを 抜かれているのは、政治家が団体を利用するからでもないし、不満を除くための 法的機構が欠如し、官僚の温情にすがるよりほかに道がないからでもたく、団体の 代表に"調和"という文化的規範が染みこんでいるからだとされている。・・・・ //////////////////////////////////////////////////////////////////////
いいかげんにしろ。これ以上ウザイコピペすんな。 文句があるならちゃんと発言しろ。英語でもかまわん。 スレごと放置するぞ。
279 :
quotation from a book :02/09/13 21:38
////////////////////////////////////////////////////////////////////// ・・・・日本の役人、評論家、ビジネスマンは、外国人が指摘する日本が当然すべき ことを実行しない理由として、いつもきまったように"文化"を持ち出す。日本人は、「貿易 紛争において、伝統的な社会的調和、長年の孤立や微妙に敏感な国内事情といった 文化的な事情を根拠に、自分たちの側の事情を理解してほしいと訴えるのであって、 ……それは国内業者にとって望ましくない外国業者との競争を強いることになるとは けっして言わない」。ソニー株式会杜の盛田昭夫の意見によれぱ、通商におげる 互恵主義は「われわれの文化に適さないかもしれない外国のシステムを受け入れるよう、 法律を変えることを意味する」。"文化の違い"はまた、日本の会杜が契約を守ろうとしない 時に好んで使う表現である。有名な一例は、世界の砂糖価格が下落した一九七〇 年代末の、オーストラリア政府との交渉である。"契約的社会でない"日本に対して、 外国文化の規則に従うように追ったとして、日本はオーストラリア側を非難したのだ。・・・・ //////////////////////////////////////////////////////////////////////
280 :
名無しさんの主張 :02/09/14 08:48
////////////////////////////////////////////////////////////////////// ・・・・日本の役人やマスコミは外国の批判が高まると、批判を分析して反証するかわりに、 日本側の事情を理解させるようさらに一層の努力が必要だと声を高める傾向がある。世界 向けの日本解説は著述や出版界の一大ジャンルになった。政府機関や主要経済団体が つくった民間組織は、国際的な宣伝を広めるのに活躍する。いろいろな省庁、経団連の 経済広報センターやそのほか、半官半民の団体や私企業が見栄えのする出版物を広い 分野においてつぎつぎに発行する。これらの美しい刊行物は、外国人、とくに日本に 苛立ちを感じている貿易相手を対象に、日本の文化的な背景を説明して、海外の批判を 受けても日本の慣行は変えようがないという説得に努める。外国人の弁解者も説明に 協力しており、その多くは文化論的議論を受け入れる学者や外交官である。 //////////////////////////////////////////////////////////////////////
281 :
名無しさんの主張 :02/09/15 09:30
////////////////////////////////////////////////////////////////////// このような努力は宣伝であると思わせる徴候が時どき現われることがある。筆者は、 日本では自由市場機能は支配的でないし、国策の指揮をとる中心もないという記事を、 アメリカの『フォーリン・アフェアーズ』誌に書いたことがある。そのすぐ後、ある在米領事 から外務省に、日本が金とエネルギーを注いでおこなった近年の広報活動の半分ぐらいが 筆者のこの論文により水泡に帰したかも知れないと報告が入った。 //////////////////////////////////////////////////////////////////////
282 :
名無しさんの主張 :02/09/15 11:56
「ここが変だよ三国人」ならいくらでも書けるんだけどなぁ。
283 :
from a book published in 1989 :02/09/16 19:31
////////////////////////////////////////////////////////////////////// イデ★ロギーによる服従の強制 一般の日本人に見られる異常なほどの画一化と順応は、服従の態度を体系的に 教えこまれることで維持される。服従を通して忠誠心を育て個性をなくすような人格形成が、 日本の子供のしつけと教育を支配しており、大人になってからの生活でももっとも重要視 される。この教育方法に力を与えているのは、一般にはイデオロギーとはみなされていない イデオロギーである。それは"文化的分析"という立派な衣装で装われたイデオロギーである。 くる世代くる世代にわたって、日本人は集団の命令に従うように言って聞かされる。日本人 であるからには、集団に忠実で誠をつくしたいと思う固有の性格を持っているはずだ、 というわけである。日本人の思考プロセスは、西洋と対照的に、非合理的、非論理的、 状況即応的、感情的で社会依存的だといわれる。そしてこれらが欠陥ではなく、優れて いることのしるしとされるのである。この服従の文化が一般に日本人の言う"典型的な日本の 文化"のエッセンスであり、共同体の感性を養い、政治的方策を支え正当化する、強力で 広く普及した教義の中身である。 //////////////////////////////////////////////////////////////////////
284 :
名無しさんの主張 :02/09/17 20:20
////////////////////////////////////////////////////////////////////// すべての思想体系や信条の体系がイデオロギーだということではない。実際、 イデオロギーは、深い思索を余計なものとして排除する目的を持つものである。 それは思想の冒険を禁じ、いっさいの説明の代用となる。こうして、イデオロギーは、 知識や社会・政治的現実に対する認知のしかたを萎えさせる。それゆえに、 イデオロギーは、現存する力関係を偽装するものとして使えるし、また政治の状況を 不明確にしておくことがみずからの利益に一致する者たちによる、その不明瞭な 状況を永続させようとする不断の努力の一部として利用されるのである。 もちろん、日本的なものを信奉するというイデオロギーは、政治のエネルギーを ユートピア風の未来実現のために活用しようと努めるイデオロギーとは異なる。逆に、 その任務は、現在の日本の社会・政治的な世界を完全に容認させ、大きな変革の 提唱に対して、それを受けつけないための免疫性をつけることである。西洋の イデオロギーと異なり、社会の当面の要求を無効にするものでもなく、社会の期待に 反する思考や行動を正当化しようとする際に個人がそれに訴えられるようなもの でもない。 //////////////////////////////////////////////////////////////////////
285 :
名無しさんの主張 :02/09/17 20:20
286 :
名無しさんの主張 :02/09/17 20:23
「一部だけが先行し、他の大部分は極めて後進的である日本。 一部の人だけが搾取によって富み、他の大部分が貧困と生活苦と 差別と公害によって追いつめられている日本――。そんな国とはどだい違うのだ。 結局、人民全体の水準がすべての面について確実に上昇し、 その先駆的役割を芸術がになっている国――。朝鮮民主主義人民共和国とはそういう国であり、 冒頭にのべたように、国そのものが『芸術そのものの具現』と言える国なのだ。」 岡本愛彦(映画監督)
287 :
quotation from a book published in 1989 :02/09/18 22:05
////////////////////////////////////////////////////////////////////// 膨大な数の書物が日本らしさというイデオロギーを力あるものにしている。しかし 聖典といえるような一冊の書物はないし、もちろん、教義の純粋性を守るための 中心になる機関もない。この日本イデオロギーが奉仕するグループは、ひとつの 特定の権力者グルーブで代表されるわけではないので、ただちに見きわめられない。 これが、このイデオロギーが概してイデオロギーとして認知されない、ひとつの理由 となっている。イデオロギーの宣伝活動には、通常、かなり強力な中枢からの指導力を なによりも必要とするとされている。 しかし、イデオロギーの宣伝活動は、ひとつの、秘術を練る源によってなされるとは 限らない。単に自己の利益を守ろうとしているだけのいくつかの勢力が星座のように 集まったもので、それは私利私欲に適い、しかも全体として統合された世界像を提示 できるのである。日本の権力集団は、互いに対抗しあい利害関係も異なるのだが、 "共謀"によってそれぞれの領域を、すくなくとも部分的には制していて、共に〈システム〉が 優勢であるように努力するのだ。こうして、全員が互いの立場を強めることのできる 共通の社会・政治的現実を支持し、広めることに協力するわけである。 //////////////////////////////////////////////////////////////////////
288 :
quotation from a book published in 1989 :02/09/19 23:15
////////////////////////////////////////////////////////////////////// <システム〉は宣伝活動の源だが、必ずしも、その手助げをする者全員が自分たちを 宣伝活動員であると知る必要はないのである。逆に、日本イデオロギーが人を誘惑の 罠にはめる力を持つひとつの理由は、宣伝活動をする人が、それを宣伝とは知らず、 一所懸命につとめているということだ。日本の権力者の大半が、宣伝がまやかしである 点に気づいているかどうかを推理してみるのは一興ではあろうが、その答えを出しても、 日本の権力関係の分析にとって意味がない。いずれにしろ宣伝の効果は同じだから である。 文化論のイデオロギー機能は、その主成分となった思想の歴史をたどれぱ、はっきり してくる。それらの思想はかつて日本人の優位性を明確に説いていたからだ。 //////////////////////////////////////////////////////////////////////
289 :
quotation from a book :02/09/21 10:57
////////////////////////////////////////////////////////////////////// 四世紀間の宣伝☆動 ・・・・徳川幕府が受け入れた思想上の諸学派は、正統派の枠内での精神的あるいは 知的"運動"と呼ぶほうがよいだろう。学派のいくつかがしだいに独自の異説に発達し、 一九世紀初期に徳川の支配権の根拠をくずす一因となった。とはいえ、異説があった にもかかわらず、これらの諸学派はほぼ二〇〇年間、変化のない政治制度の知的基盤 であった。そしてこのことは、計りしれないほどの意義を持っている。 開国に伴う激変と明治の指導者が革命的な変化を実現しつつある間は、比較的 自由な政治談論が間奏曲のようにあらわれたのだが、それはまもなく政府主唱の イデオロギーに道を譲った。"伝統的な文化的価値観"はなりゆきに任せられたのでは なく、大臣や官僚の助けによって"復興"されたのだ。 //////////////////////////////////////////////////////////////////////
町役場による外部スピーカー乱用による騒音公害問題について抗議する。 町役場においては、このところ毎日のように何の意味もない放送を繰り返している。 その内容は、緊急性のないものばかりであり、公共性もない。 それを一日に何度も放送するようになった。 以前は一週間に一度程度であったものが、毎日、一日に5回も6回も放送するようになった。 放送時間は、まちまちであるが、長いときには5分以上のときもあった。 私の家は、外部スピーカーの近くにあり、非常にうるさい。 必要のない放送はしないでもらいたい。 また町においては、各家庭に、2種類の無線受信機がある。 どうしてそれを活用しないのか? この無線受信機を設置するにあたっては、外部スピーカーに利用を緊急時以外にはしないという約束があった。 しかし、それが無視されている。 このような不正な行為は止めるように強く要求する。
291 :
quotation from a book :02/09/22 10:29
////////////////////////////////////////////////////////////////////// 明治時代につくられた公式の国家イデオロギーは、一九四五年まで支配エリート 階級に活用されたが、その中身は徳川の武家支配を弁護した理論の断片に、 日本の政治的文化の独特な優位性を加えて強調したものだった。 日本はアメリカを敵にした戦争に負け、マッカーサー元帥に同行した社会工学者の 努力もあって、法律にもとづいた議会制民主主義を求める国内の熱意が高まった。 その間は、戦前の国家イデオロギーは排除されていたが、やがて、日本をユニーク だとする古いイデオロギーの切れぎれのこまかい残滓が、文化論的な説明をぬい あわせるため、そして現代日本の政治的統制を正当化するために使われるように なった。だが、現代の状況について観察を進める前に、徳川時代と明治の日本人が 信じるよう教えられた思想を、もっと詳しく見ておく必要がある。歴史的背景のこの 知識なしには、日本人独特の心理と社会について彼らみずからが説明する際の 知的主張の大部分が、わけのわからないものになるからである。・・・・ //////////////////////////////////////////////////////////////////////
292 :
quotation from a book published in 1989 :02/09/23 21:22
////////////////////////////////////////////////////////////////////// 武☆道と禅 ・・・・徳川の権力者は気づいていなかったかもしれないが、武士で禅僧の鈴木正三 (一五七九〜一六五五)が、後に徳川のイデオロギーとなるものの最初の宣伝活動をした 主要人物だった。彼は一連の禅寺で、また下級武士の私的な助言役としてある考えを 広めた。それは物事の判断に自己の知力を使うのはすべての邪悪の源であり、より 具体的には、政府転覆につながる邪心の源であるというものだ。彼の影響は、徳川時代の 平民の生活にも及んだ。鈴木正三の考えは、個人を尊重しないどころではなかった。 彼にとっては、個人の身体は「痰と涙と尿と糞便の袋」でしかなく、いずれにしても、 自分に属すものでなく、寛大な主君に属するものであり、命があるのも主君のおかげで あるとした。身体が何を含んでいるにしろ、自我を含むという考えは無意味だと彼は 教えたのである。・・・・ //////////////////////////////////////////////////////////////////////
自慢か?
日本語は変だった。 私が興行師の香具語を聞きすぎただけかもしれないが 喋ることはプロポーズの歌とイコールだったようだ。 それで職人さんは「見て仕事を盗め」とか「以心伝心」とか言うしかなかった。 近代化で大正頃に「子供を産みたい」風な言い方をしていれば 周辺でなんとか意味を汲んで貰うことになったようだったが、 戦争で教科書黒塗りにした世代が暴力団化した香具師に弄られて 作法とかぐちゃぐちゃだ。 しかも軍隊造るときナチスドイツの考え方も入れたらしく ユダヤ(エッタ、枝)差別をつくちゃったし。 (興行師に囲い込まれると家畜状態だよ セクハラと虐待と洗脳を躾と言ってる。 横山ノックのセクハラの件は周辺の香具師の生娘奉納だと思われた。) 今警察と病院関係の人は変だよ? ウカツな駄目な奴とレッテル張られると人権無いよ。 なんで薬害が認められて改善されないのか。 車で轢き殺す殺人事件も事故で済まされてたのは改善されてきたけど 保険を他人に掛けられても解除してくれ無いと言う危ない状況も見過ごされるし 火の付いた煙草投げ捨てが放火未遂にならないし。 ↑こういうこと書くと 香具師の使いっ走りをけしかけられるのな。 私は抜け忍じゃないのにな。
これを野放しにしている日本政府は本当に愚かです。 現職の警察官や、裁判官や、検察官や、教師が、携帯電話を利用して、未成年を買春し、みだらな行為に及んだというニュースが報道されます。 それもかなり頻繁に報道されます。 これは買春した大人が悪いということもあり、売春した未成年も悪いということもまりますが、そういう環境を放置したという罪もあります。 今では、ほとんどの人が、携帯電話を持っており、それを使って、簡単に不正行為ができるのですから、それを防止することは不可能でしょう。 何か新しい法律を作り、規制する必要があります。 少なくとも、大人も未成年も無制限に携帯電話を使用できるというのは、間違っています。 子供が所持している携帯電話に、テレクラまがいの宣伝広告メールが、頻繁に届くというのは許せないことです。 そういう誘惑をするべきではありません。 携帯電話をどのように使うかは所有者の良識と、責任感に任されていますが、未成年にそれを期待するのは無理です。 そこで、ある程度、送受信の規制をするべきでしょう。 未成年の場合には通話記録を親や、保護者が開示請求をしたら、それに応じなければならないというような法律を作るべきです。 何も悪いことをしない者がほとんどでしょうが、必ず悪用する者がいるのです。 携帯電話が犯罪に利用されないように、監視する必要があると思います。 どんな便利な道具でも、それを間違って使用すれば、凶器となり、重大な損害をもたらすことになります。
296 :
名無しさんの主張 :02/09/24 19:34
インターネットも印刷も変な広告が大量に有るから そういう事で携帯を禁止にしたら 猿山のように情報の無いところに子供を隔離しなきゃ守れない とか言い出されそうだ。 それと、「売春禁止にしない方がレイプされたときの罪が問える。」 と思われる。
297 :
quotation from a book published in 1989 :02/09/24 23:02
////////////////////////////////////////////////////////////////////// 純☆な大和魂の誠実さ ・・・・大和魂のイメージを鼓舞するもろもろの考え方の中心は、普通英語では sincerityと訳される"まこと"の理想である。しかし日本では"まこと"を計る規準はやや 変わっている。西洋の言語と同じく、外部の世界に示すものが自己の内に在るものと 一致するというのが表面上の意味である。ところが、まことがあるというのは、自己の 自然な気持ちを表わすのではなく、自分の考えや感情を無理にでも周囲の社会の 期待に添うものにすることを意味する。理想的には、内なる自己を奥深く沈めて、 良心を自分の振る舞いに適合するように変えることである。日本人が相手に自分を 合わせる態度は疑いもなく、日常の人間関係を快くし、和らげる環境を作り出している。 しかし、まことは西洋の"純誠"の概念と相容れないだけでなく、深い次元では非常に 政治的な考えである。自己を過度に抑圧するのは心地よくないが、まことはそれを隠す ための社会的に認められた偽善を奨励しているのである。・・・・ //////////////////////////////////////////////////////////////////////
298 :
quotation from a book published in 1989 :02/09/25 20:51
////////////////////////////////////////////////////////////////////// ・・・・忍従、まこと、節操、犠牲によって象徴される大和魂は、なによりも"純粋"な精神で ある。この伝統的な考えは、国学によるところ大である。国学は古代日本の書物にまで さかのぼって知的な支えを作った、徳川時代に見られた知的運動のひとつだった。 十八世紀の初めごろ、国学の熱心な信奉者は、想像上の前史時代を理想化した。その 時代には、天照大神によって日本列島にはじめて配置された天皇が、純粋で無垢の、 幸せな日本人の一大家族を統治したという。民族の純粋さと穢れのなさを民族の起源に までさかのぼって日本人のユニークさと優位性を近代になって説いたのは、国学者が最初 だった。中国人と異なり、太古の日本人は生来善人で互いに思いやりがあったので、法律を 必要としなかった。国学者の賀茂真淵(一六九七〜一七六九)が書いたところでは、 人びとの気質が率直であった古代には、複雑な道徳体系は必要なかった。当然の こととして時に悪しきおこないがなされることはあったが、人びとが率直だったので、 その邪悪を隠したり増長させたりすることはなかった。よって、古代には、正邪を分別 する教義も必要なかった。 //////////////////////////////////////////////////////////////////////
299 :
この世に生きてるのはてめえだけじゃねえ :02/09/25 21:51
てめえが本を読んで、何らかの感慨を得るに至ったのは良くわかった。 だから、大量のコピペはやめろ。 ホームページでも立ち上げてそこに貼れ。 貴様のやっていることは知識の押し付けだ。 例え中身が良くても、こんなやり方をされたら、 貴様も読む気が失せるだろう? 相手の気持ちをおもんばかると言うことが出来ないのかねえ・・・ その点で貴様が『外人』いや、『人外』と言うことはよくわかったが。 少なくとも、このスレで、てめえに同意する正気の日本人はいねえぞ。 でなおしてきな。
300 :
名無しさんの主張 :02/09/26 06:02
2chには正気の日本人はいないので、適切な場だと言えば適切な場ではある・・・
301 :
quotation from a book published in 1989 :02/09/26 21:29
////////////////////////////////////////////////////////////////////// 国学運動の大物、本居宣長(一七三〇〜一八〇一)は、日本にはすぐれた道徳が あるので、中国とは異なると主張した。中国の統治者は、自己の不誠実を正当化し、 内乱から自らを守るために天命という概念を考案したが、日本人は道徳規範を宣言する 必要はないのだから、すなわち生来道徳的であり優れている、というのである。国学 運動は主として国文の古典の言語とテキストの解釈に携わったのであるが、後に続く 明治時代と二〇世紀の国粋主義的な考え方に決定的な影響を与えた。 中国文化の影響に汚されない"純粋な"日本は、紀元後の初めの数世紀に各地方の 国ぐにを征服し同化させた王国の名を取って、大和と呼ばれた。そして真の日本人は、 他の国民に勝る感受性のある大和魂や大和心を有するとされた。後期の国学者、 平田篤胤(一七七六〜一八四三)は、みずからの大和心を純化することがどうしても 重要だと説いた。「真の日本人の心と魂が、真実と誤りを分別する唯一の有効な根拠 である」。篤胤の外国ぎらいの教えは日本が強引に開国させられた後、大きな影響力を 持った。・・・・ //////////////////////////////////////////////////////////////////////
302 :
quotation from a book published in 1989 :02/09/27 22:15
////////////////////////////////////////////////////////////////////// 精☆鍛練 多くの会社が一九七〇年代と一九八○年代になって、社員の気力の衰えについて 心配しはじめ、精神修養という名の鍛練を受けるよう社員に奨励した。ここで言う"精神"は "純粋な日本魂"という考えと密接な関係にあり、その精神が十分にあれぱ献身、忍耐力、 困難に耐える能力が増大するとされている。 鍛練の中身は普通、極度の精神的、肉体的な疲労から、命令にいっさい低抗しなくなる ようにする運動や修練である。気力のない訓練生がいれぱその背中を打とうと監督が 歩きまわる中で、ひざまずいて日夜詠唱すれぱ、その目的を果たせるであろう。 マラソンも経営者好みの鍛練法である。だが、社員の精神修養に関心を持つたいていの 会社が採用するのは、より簡単な禅の瞑想(これにも肩を時々打たれることが含まれる)や、 会杜の山の家で新入杜員が受ける軍隊式の訓練である。いずれの方法であっても、 精神修養で訓練された者が得るのは、権威に対し無条件に服従しながら心静かに していられる能力である。 //////////////////////////////////////////////////////////////////////
303 :
quotation from a book :02/09/28 20:10
////////////////////////////////////////////////////////////////////// サラリーマンには、訓練を真剣に受けるだけの理由がある。昇進に際して個人評価は 「精神修養訓練によって培われた考え方の基準にもとづいて」おこなわれることが 多いからである。日本の組織では、上位に昇るほど、それも「"エリート・コース"と 一般に言われる指導者の地位に至る道をたどる者の場合」とくにこのような点に注意が 払われる。日本の多くの大企業には、精神重視に賛同するエリート文化の要素があり、 精神という言葉には過去が濃くただよっている。サラリーマン、特に野心のある者たちは、 この基準を守り、下の者にも広めるよう奨励されるのである。 //////////////////////////////////////////////////////////////////////
304 :
quotation from a book :02/09/29 11:51
////////////////////////////////////////////////////////////////////// 秩序を支える正統派思想 ・・・・知的な論議が自由にできる環境で育った人々には、イデオロギーが人間の 精神とその自由な働きにいかに厳しい制限を課すものかはすぐには理解できない だろう。人間の条件をめぐる多くの哲学的思索の中からあるイデオロギーを自由に 選んで信奉するのと、競合する思想や信念に敵意を示す社会・政治的雰囲気のもとで 特定のイデオロギーを教え込まれるのとでは、大変な違いである。・・・・ ・・・・他の国では、もろもろの思想の共存、対立、相互作用などによって批判的 政治理論の伝統が生まれた。だが日本では、こうした進展は絶え間なく抑圧されてきた。 そうでなければ、日本の<システム>は今日まで存続できなかったであろう。日本の 文化も、自然のなりゆきにまかせていたなら、他の主要文化と同じく、超越的な価値 体系を発達させていたであろう。だが、そうはならなかった。政治的権力が、<システム>を 国家へ変えさせる思想を意識的に抑圧してきたからである。・・・・ //////////////////////////////////////////////////////////////////////
こんにちは、みなさん!知っていますか? 年金制度は昭和36年までなかったと言う事を。 日本の社会保障制度は 昭和36年に達成された国民皆保険、皆年金制度を機軸としています。 ここで・・ですが・・と・いうことは・・、昭和36年ぐらいに、 年齢が59歳ぐらいだった人は、ほとんど年金を支払っていないということに なります。 昭和36年といえば、今から、約40年ぐらい昔、、 現在100歳ぐらいの老人は年金なんてものは、い〜〜っっさい、払っていないのです。 もう亡くなりましたが、名古屋のキンさん、ギンさんは、年金なんてのは 払っていないのです。テレビで「ありがたや〜、ありがたや〜」 なんてよくいってましたが、それもそのはずだったのです。
306 :
quotation from a book published in 1989 :02/09/30 20:33
////////////////////////////////////////////////////////////////////// 徳川時代の危険思想抑圧 ・・・・幕政の問題を論じるのはご法度だった。力関係に関わるいっさいの批判は 反逆として扱われた。二世紀半以上にわたり存続する間、徳川幕府は周期的に 取締りを厳格にしたり緩和したりしたが、道徳基準については譲らず、一手に取締りを 続けた。その道徳基準のなかには、武士が平民と交わったり、時局を論じるというような ことでさえ、”危険な現象”として扱うものもあった。役人は念入りな検閲制度を維持して、 とるにたらない文学や絵までも厳密に調べた。「なんであれ”新しい”ものは階級構造を 脅かす危険があったから、幕府は、新傾向の思想や変わったことが書かれた本や 印刷物を、とくに念入りに抑圧した」。このような抑圧を背景に、数々の新儒学的な 運動が栄えた。 //////////////////////////////////////////////////////////////////////
307 :
quotation from a book published in 1989 :02/10/01 19:14
////////////////////////////////////////////////////////////////////// 新儒☆的正統派学説 新儒学、とくに朱子学は、権威主義の官僚政権にとっては夢のように好都合の 宇宙観でこの世の秩序をとらえたので、徳川時代の正統派学説の主流になることが できた。新儒学によると、社会の秩序も自然の秩序も共に、大自然の不変の原理に 一致するとした。こうして、なぜ位にある者は位にあり、彼らの下にあるすべての者が ”しかるべき身分”に留まらなけれぱならないのか、という疑問を合理的に論じることは 禁止された。 //////////////////////////////////////////////////////////////////////
308 :
quotation from a book published in 1989 :02/10/02 22:51
////////////////////////////////////////////////////////////////////// 6章で見た通り、日本の新儒学は、中国の儒学の優先項目を逆にし、孝行にかえて、 支配者への忠誠をもっとも重要な道徳的な命令とする理論を発達させた。吉川惟足は こう要約して言った。「主のために親を捨てることはあれ、親のために主を捨てる理由は なし」。後に、明治の寡頭政権は、天皇を全日本人の慈悲深い父とする神話を作り上げる ことになる。吉川惟足の門弟で、徳川時代初期の思想家として多大な影響を持った 山崎闇斎は、支配者に徳不徳を問わず盲従の忠誠をもって仕えるべきだとした。彼は、 新儒学と神道を合体させ、存在する政治的構造と社会的構造を神聖なものとする前提に 立った。山崎にとって、政治的な変化は正当でありうるわけがなく、とても考えられない ことであった。・・・・ //////////////////////////////////////////////////////////////////////
309 :
健保・年金汚職。 :02/10/03 16:49
日医マネーって、 どういうもので、 どうおかしいのですか?
310 :
quotation from a book published in 1989 :02/10/03 20:23
////////////////////////////////////////////////////////////////////// ・・・・徳川幕府が正式に認容した思想の支持者はみな、課せられた現存の秩序は 自然と調和し、よろずの神々の意思に従うものであるから不変である、という見解を 広めた。また彼ら自身の間でも”純粋さ”と”忠誠”をさらに強めるように努力した。 それはちょうど、一九二〇年代から終戦まで、日本の超愛国主義者が当局や彼ら 以外の国民一般と意見を異にし、天皇への敬愛を競い合って示そうとしたのと 同じであった。 //////////////////////////////////////////////////////////////////////
311 :
quotation from a book published in 1989 :02/10/04 21:12
////////////////////////////////////////////////////////////////////// 三〇〇年前の、全面的な服従への要求がいかに多くの個人の意に反していたか、 当時の大衆文化から伺い知れる。戯曲や小説は、とりつかれたように義理と人情との 葛藤を題材にした。義理は厳格な社会が命じた義務であり、人情は人の自然な感清 だが、特に、人情は親類縁者を殺したり恋人を捨てるよう強いられる際の感情を意味 した。この義理と人情を対極化させることは今日も使われ、多くの日本人が、人情は 外国人には理解できない日本人独特のものだと信じている。徳川時代の演劇や文学は、 義理人情をテーマとする心理描写に満ちていた。今日の歌舞伎もこのテーマなしでは 存在しないだろうし、映画やテレビ番組の視聴者や漫画本の読者も同じテーマに 飽きることはない。昔は、義理が最後には必ず人情に勝った。そのうち、義理人情を 扱った劇などから苦境に立たされた人間を理解するのに必要な記号が生まれた。 現代の日本では、政治理論の伝統が弱すぎるため、社会・政治的なヒエラルキーは 自然の秩序に従うとする新儒学的な感覚の残存を排除できない。官僚が法的根拠 なしで支配的な権力をふるう点に、疑問を持つ日本人はごく少数しかいない。・・・・ //////////////////////////////////////////////////////////////////////
312 :
quotation from a book published in 1989 :02/10/06 10:39
////////////////////////////////////////////////////////////////////// 国家アイ☆ンティティの構築 ・・・・明治時代初期の日本のように、わずか二〇年ばかりのうちにあれほどの大きな 変化を経験した主要国はほかにない、と多くの著者が結論している。明治時代を その目で見たB.H.チェンバレンの有名な著書『日本事物誌』は次のように書き出している。 現代日本の過渡期を過ごしてきた者は、「不思議なほど年をとったという気持ちを感ずる。 というのは、今この現代に住んでいて自転車とか徽菌とか勢力範囲とかいう話があたりに 充満している中にいる。それと同時に彼自身は中世のことを明瞭に思い浮かべることが できるからである」。クーデターとして始まったことが、重大な政治的変革へと発展した のである。権力者も政治機構も一新した。なによりも革命的変化は、国軍創設の結果で あろう。何世紀にもわたり武器の所持を禁止され、違反すれぱ死刑だった非武士階級の 強壮な男たちが、戦う兵士として訓練されたのである。つまり、日本の平民が初めて、 はっきり眼に見える形で国家の目的に関わったわけである。 //////////////////////////////////////////////////////////////////////
313 :
quotation from a book published in 1989 :02/10/07 21:08
////////////////////////////////////////////////////////////////////// 一般大衆がひとつの政治勢力になりはじめる一方、移入した外国の理論のおかげで、 多くの日本人が政治は詮議できるものだと気づいた。外国の政治制度の実例を知った 結果、自国の政治について早急に検討すべきだということになった。そこで、好奇心に あふれる日本人が、政府転覆を図る可能性を持つ個人主義、自由主義、民主主義の 外国思想に侵されないよう教化する必要が出てきた。それ以前には必要のなかった ことだが、日本における権力の行使のしかたを説明し弁明しなければならなくなり、 新しい統制の方法も導入しなけれぱならなくなったのである。 //////////////////////////////////////////////////////////////////////
314 :
quotation from a book published in 1989 :02/10/08 20:43
////////////////////////////////////////////////////////////////////// わけても、国家的なアイデンティティを明確にすることがここで必要になった。ヨーロッパを しばしば荒廃させた外国との戦争に日本は直面しなかったから、共同の国家目的意識を "自然に"発達させる刺激がなかった。ヨーロッパにおいては一六〇〇年から一八五〇年 までの間に、フランスが合計一一五年、英国は一二五年、ロシア一二四年、スペイン 一六〇年、オーストリア一二九年も、対外戦争にあけくれていたのだ。同じ期問に、 日本はただ一度、禁制を無視して日本沿岸に近づいたアメリカの商船に向けて発砲した だけである。うるさく迫る西洋の勢力に対抗できるように日本の新しい国家主義的な信念を 強化すると同時に、新寡頭政権による統治を理由づける必要が生じたのである。 //////////////////////////////////////////////////////////////////////
315 :
quotation from a book published in 1989 :02/10/09 21:35
////////////////////////////////////////////////////////////////////// 明治の男たちは、彼らの目に圧倒的な威力として映った西洋の力の源が、日本に 欠落しているところの普遍的で超越的な思想・信仰体系にあるとの結論に達した。 つまり、西洋の法体系、アメリカの憲法、そしてとくにキリスト教である。西洋列強は、 世界征服の最上の手段として、意図的にキリスト教を選んだという印象が広まっていた。 明治維新の直前にすでに、国学者の中島広足が、キリスト教はヨーロッパの支配者が 「民衆を従順にし御しやすくする」ために使ったトリックだと説明している。 //////////////////////////////////////////////////////////////////////
316 :
quotation from a book published in 1989 :02/10/10 22:16
////////////////////////////////////////////////////////////////////// 明治の初め以来、宗教は政府の関心事だった。寡頭政治の指導者は当然のように、 宗教の問題は自分たちが答えを出すべき事柄だと考えた。その重要人物のひとり、 伊藤博文は、日本の諸宗教は弱体であるから、かわりのものを見つけなければならない、 と結論づけた。明治のいわゆる啓蒙思想の大家の一人、西周が一連の雑誌記事で 論じたのがきっかけとなって、一八七〇年代初期には、国家と宗教の関係が白熱した 議論の対象になった。西は宗教の容認を唱えたが、宗教は国益に介入すべきではないと 警告した。彼はまた、政府は宗教に頼るべきではないとも、強く主張した。「いかなる 政権であれ、政府がその偽りを隠すものに頼っていては……崩壊や破滅を避けることが できようか」。彼は、国家宗教の確立をめざす、新しい支配者たちの動きを批判した。 一方、政府は神祗官制を復活させ、全国の神社を組織して、仏教の影響を抑えるため 仏教の僧のもとに(神道)伝道者を派遣した。しかし、僧侶たちはこの新しい国家主義的な 信仰を支持し広めるのに難色を示し、またこのような努力自体が西洋人の日本に対する 印象を悪くしたこともあって、この国家宗教の確立をはかる初期の運動はしだいに衰えて いった。 //////////////////////////////////////////////////////////////////////
317 :
quotation from a book published in 1989 :02/10/11 20:54
////////////////////////////////////////////////////////////////////// もう一人の明治の啓蒙思想の先覚者、中村正直が提案したのは、天皇がまず キリスト教の洗礼を受けて範を示すべきだという解決案であった(中村はジョン・ スチュアート・ミルの『自由論』の翻訳者として知られる)。睦人天皇(明治天皇)は この助言を受け入れなかった。もっとものちに、牛乳と牛肉をメニューに加えるという 別の範を示すことになる。これらの食品は大きくて頑丈な動物から取ったものである から、日本人もこれを食すれば、昔からずっと牛肉を食べ牛乳を飲んでいた 西洋人のように大きくて頑丈になると信じられた。 結局、キリスト教は解決策にならなかったが、明治の寡頭政権は天皇を疑似宗教の 要に据えることで問題を解決した。明治の権力者たちは、彼らが設定した方式に 合うような想像上の日本の古代を呼び戻し、みずからつくり出した神格天皇を通して 自分たちを正統化しようとした。 //////////////////////////////////////////////////////////////////////
318 :
quotation from a book published in 1989 :02/10/12 21:16
////////////////////////////////////////////////////////////////////// "国体の本義"と天☆の存在 天皇がユニークな天恵であると日本の市民に説得するのに、明治の権力者はその 豊かな伝説を利用することができた。日本最初の歴史解釈書『愚管抄』(一二一九年、 著者は政治活動もした仏僧、慈円)は、日本の本質が神聖な皇室の家系のユニークさに あると肯定していた。中国では皇帝が選ばれたが、日本では天照大神が唯一の天皇の 家系を造り、歴代の天皇の統治に必要な、歴史の異なる段階に適した具体的な方策も 残したというのである。 //////////////////////////////////////////////////////////////////////
319 :
quotation from a book published in 1989 :02/10/13 21:10
////////////////////////////////////////////////////////////////////// 『愚管抄』が書かれてからおよそ一世紀後、同書の説を疑わせるかのように二人の 天皇が対立する時期(南北朝時代)があった。南朝の政治に参加した当代きっての 博学者、北畠親房は、彼が選んだ天皇を支持すべく学術的論文を書いた。皇室の 家系の神性を記したこの『神皇正統記』は、王座と民衆の独特の関係を強調し、 その現象を説明するのに彼は、中国語からきた"国体"という古代の用語を使った。 "国体"は、日本語では普通"国の本質"と解されている。のちにこの概念は、一九四五年 まで日本人が吹きこまれることになる大和魂の中心イデオロギーになった。 先に見た通り、一七世紀と一八世紀の多くの思想家は、天皇家のとぎれず続いた家系の 神聖さを日本の優位性の証拠とした。皇室に関する一七世紀の大理論家、山鹿素行は、 中国でなく日本が本物の"中国"(中央の王国)であり、神道が儒教の発達を導いたのだと 主張した。彼の議論の中心には国体の概念があった。 //////////////////////////////////////////////////////////////////////
320 :
quotation from a book published in 1989 :02/10/14 19:36
////////////////////////////////////////////////////////////////////// この国体の概念は一八二五年にふたたび、『新論』の編者、会沢正志斎によって 広められた。彼の主張が、のちに明治の寡頭政権が作り上げた宗教の主要な要素に なった。皮肉なことに、会沢の考えは西洋諸国の力に着想したものだった。彼は、 西洋の支配者のほうが徳川幕府より"国体"をよく達成していると考えたのである。 明治のインテリの思想を決定づけるのに一役買った権力者は、熱狂的に"国体"の 概念を採用した。一八七三年の新聞紙発行条目はすでに、国体を批判してはならない ものとしていた。 大和魂を宣伝した信奉者の諸説を織り合わせて、ひとつの包括的な国家神話を 作り上げるのに約二〇年かかった。この神話は、やはり明治の寡頭政権がつくり出した 強力な二つの制度を通して、国民の間に広められた。徴兵制の軍隊と教育制度である。 //////////////////////////////////////////////////////////////////////
321 :
quotation from a book published in 1989 :02/10/16 20:42
////////////////////////////////////////////////////////////////////// 一八八○年代になると、日本の歴史の教科書は石器時代からでなく天皇の直系の 先祖である神々から始まるようになった。日本が半世紀にわたり甘受することになった 教化がどのようなものであったかは、一八八二年の軍人勅諭によって分かる。しかし、 その八年後に発布された教育勃語が、なにが日本的で、なにがそうでないかを決める 基底になった最初の公式布告だった。それは、天皇がさらに栄えるよう、忠誠、孝行、 そのほか一二の徳目を養成せよとしていた。このような考えがすべての修身の教科書に 組みこまれ、すべての学校で朝一番に教えられた。小学生たちは一八九二年には すでに、天皇のために喜んで命を犠牲にすると誓う文章を、暗記していたのだ。 文部省が外国向けに要約し、説明したように- 天の神々の直系の子孫として、天皇は〔その臣民との関係において〕主従では なく父と子として、代々ゆるぎなくその高き位置に立ってきた。皇室は親の家で あり、臣民は家族と親類縁者である。 //////////////////////////////////////////////////////////////////////
322 :
名無しさんの主張 :02/10/16 20:44
はっぱふみふみ
323 :
quotation from a book published in 1989 :02/10/17 22:20
////////////////////////////////////////////////////////////////////// 西洋の思想が到来する前の神道復興派は、儒教に頼らずには天皇の神聖さ以外 ほとんどなにも唱えることができなかった。彼らは、自国の宗教が中国の思想に汚される 前の純日本的な穢れのなさに"戻る"ことを好んだのであろう。だが、神道は聖典も 教義も道徳規範も哲学的論文もつくらず、とぎれることなく続いた天皇の家系という 考え以外にはほとんどなにも提示できなかった。"国体"の思想をめぐる討議も必然的に 儒教にある家族の概念を借用せざるをえなかったが、それらに、新しい中央集権的な 日本と、強力な国家を支えるプロシアの組織理論を加えた幅広いものにした。 //////////////////////////////////////////////////////////////////////
324 :
名無しさんの主張 :02/10/18 19:42
注) 国体=国民体育大会
325 :
quotation from a book published in 1989 :02/10/18 21:45
////////////////////////////////////////////////////////////////////// "家族国家"賞賛の教化には、日本の精神が危険な非日本的な思想に脅かされ かねないという警告が添えられた。熱気にもえた明治初期の学者や学生は、実に 広範な西洋思想に接していたのである。英国の自由主義、ルソーの主権在民説、 英米の経験主義、功利主義、そして社会進化論などであった。さらに、へーゲルの 国家についての思想は、マルクス主義やアナキズムが紹介される前に、日本で解釈が なされていた。しかし、人間の体験をすべて包括しうる概念的枠担みとしての、西洋の 道徳思想や政治思想の体系に対しては、疑念が増してきていた。 //////////////////////////////////////////////////////////////////////
326 :
quotation from a book published in 1989 :02/10/19 21:15
////////////////////////////////////////////////////////////////////// 今世紀を迎えるまでには、大和心信奉の神話が代用宗教になるほど堅固になった。 一八八○年代には、すべての国がなんらかの形の"国体"を持っていると考えられて いたが、今世紀に入ると、"国体"は日本の独占物になってしまった。当初、"国体"は ナショナル・ポリティ(国の政治形態)と英訳されていたが、のちには"国体"は日本独特の 精神的意義をしみこませているので、どんな外国語でも表現できない概念だと 説明されるようになった。明治時代の政治的進展を要約して、歴史学者の高坂正顕が 言うように− 法律、神話、そしてく<国家>を崇めるものだとする古代の倫理の復活によって ……国家が観察され、研究され、批判されるようになってからは……ひとつの 変化が起こった。〈国家〉は服して従うべきものとなった。人は〈国家〉を説明せずに 信仰するようになったのである! //////////////////////////////////////////////////////////////////////
327 :
quotation from a book published in 1989 :02/10/20 10:26
////////////////////////////////////////////////////////////////////// 多くの人が"国家"を信仰していたらしいことが、一九一〇年にロンドン・スクール・ オブ・エコノミククスでこれをテーマに博士号を取得した植原(ジョージ)悦二郎の論文 からも推察できる。日本人は最初の(神話の)天皇である神武天皇以来、唯一無二の 統治のもとに生活してきた、と植原は述べた。日本人はつねに民族の単一性をきちんと 維持してきた、とも言っている。彼の見解によれぱ、日本がひとつの大家族である証拠は、 日本人が同じ行動形態を持ち、同じ感じ方をすることにある。そして「国に寄せる強い 愛情が彼らの全神経系を刺激する」。天皇制は「まさしく彼らの骨肉に浸透している」。 天皇から「あらゆるものが発せられ、天皇のうちにあらゆるものが存する。日本の国土で 天皇に依存しないものはない。天皇がこの帝国の唯一の所有者であり、法、正義、 特権、名誉を授ける全能者であり、日本国の統合の象徴である」。実際の国の統治・ 行政において天皇は目立った存在ではなかったのを、この博士課程の日本人は 気づいていたようだが、間題にしたかった。なぜなら、「日本の大君主はみずからの 偉大さを示す必要はない」からであった。 //////////////////////////////////////////////////////////////////////
328 :
quotation from a book published in 1989 :02/10/21 21:44
////////////////////////////////////////////////////////////////////// 地方のサ☆ライ化 徴兵制によって新しくできた大軍隊が"家族国家"のイデオロギー、軍事的な 価値観と軍隊による社会の組織化を効果的に全国に広めた。徴兵制の軍隊と 教育制度が、日本を急速に"サムライ化"した。武士の教育で範例になっていた 規律や極端な"忠誠"の規定が、国民の下層階級に広まった。 //////////////////////////////////////////////////////////////////////
329 :
はっきり言うけど、あなたたち >1 :02/10/21 21:48
週40時間も働く動物になっては自民も民主も共産もないもんだがな。
アメリカであろうと日本であろうと北朝鮮であろうと、
民主党であろうと自民党であろうと社民党であろうと、
いつの時代であろうと、
「常に儲けて楽をする者」と「朝から晩まで何代も奴隷のように働く者たち」
がいるだけである。
この2種類の内のどちらであるかということが全てである。
さて、きみの父親はどちらに属するんだ?
アメリカ人か日本人か北朝鮮人か知らないが、
きみの一族は2種類の内のどっちなんだ?
http://members.tripod.co.jp/esashib/jyunkin03.htm
330 :
quotation from a book published in 1989 :02/10/22 18:57
////////////////////////////////////////////////////////////////////// 陸軍は二〇世紀初めの数十年の間に、地方に浸透していった。軍人は地方議会を とりこみ、田舎の人びとの共同体意識を利用して陸軍の優先事項と村本来の慣習による 優先事項とを一体化させた。一九一〇年には、帝国在郷軍人会が設立され、つづいて 一九二五年には軍部のエリート、内務省と文都省の肝入りで大日本連合青年団が つくられた。一九二六年、青年軍事訓練場が軍部と文部省によって設けられた。 そして最後に全国組織の大日本国防婦人会が設立され、軍国化の努力がまっとう されたのであった。これら四つの組織の会員は、一九三五年に一一〇○〜一二〇〇 万人に達した。軍は巨大な教化の機構をつくったわけである。こうして、中国で戦争を 始める頃には、"家族国家"の組織者たちは、六歳から四〇歳までの日本人の心と頭に 注ぎこむものを相当に統制できるようになっていた。一四歳までは学校で、一四歳〜 二〇歳は連合青年団を通じて、二〇歳以上は兵役と在郷軍人会を通してというわけだ。 //////////////////////////////////////////////////////////////////////
331 :
名無しさんの主張 :02/10/23 01:06
////////////////////////////////////////////////////////////////////// し こ し こ ぴ ゅ っ ぴ ゅ っ //////////////////////////////////////////////////////////////////////
332 :
名無しさんの主張 :02/10/23 04:43
////////////////////////////////////////////////////////////////////// 北 朝 鮮 と 国 交 正 常 化 ? ふ ざ け ん な //////////////////////////////////////////////////////////////////////
334 :
quotation from a book published in 1989 :02/10/23 22:30
////////////////////////////////////////////////////////////////////// 戦前"文化"の☆産 もし当節の日本の役人や知識人が"神務"、"皇道"、"徳道"と話しはじめたなら、 同僚から気が狂ったと思われるであろう。ごく一部の日本人がいまだに(天皇制が そのまま残されたから)日本は一九四五年に無条件降伏しなかったと考えているとしても、 一九四五年八月の原爆投下は、日本固有の"国体"も交戦中の日本を結局のところ 救いえないことを証明した。歴史上初めて、外国の征服者が到着し、民族の単一性と とぎれなく続いた天皇の系譜ゆえに日本人は勇敢さでも勝るという考えが否定されたのだ。 //////////////////////////////////////////////////////////////////////
335 :
quotation from a book published in 1989 :02/10/24 20:12
////////////////////////////////////////////////////////////////////// 一九四六年の元旦に、日本人は、「天皇ヲ以テ現御神トシ、且日本国民ヲ以テ他ノ 民族二優越セル民族ニシテ、延テ世界ヲ支配スベキ運命ヲ有ストノ架空ナル観念二 基クモノニ非ズ」という"天皇人間宣言"を朝刊で知らされた。しかし、内閣が新しい 体制を説明するために一九四六年一月に発行した小冊子では、今度は"国体"が "国の基本的な性格"を意味するものとされて、日本存立の基盤であり、その中身は 国民が国を統合する力としての天皇を敬愛することだ、となおも主張されていた。 日本人は国を永遠に存続するものと自動的に考えているふしがある。この点、"国体"の 思想にあるいろいろな概念はいまだに、現代の思想の基本的要素である。・・・・ //////////////////////////////////////////////////////////////////////
336 :
名無しさんの主張 :02/10/24 23:42
////////////////////////////////////////////////////////////////////// asei;fliasxcaksejfrie;alisjfie;laksdc,mnvasd.fmeia;sldkfji;alsjefrfaes //////////////////////////////////////////////////////////////////////
337 :
quotation from a book published in 1989 :02/10/25 21:35
////////////////////////////////////////////////////////////////////// 日本人のユ☆ークさと優位性 ・・・・教師や新聞やテレピ番組は、日本文化がユニークであり、考え方、慣習、 生活のしかたが独特であると終始思いおこさせる。このような考えは、政府刊行物の 数々の間接的な説明文によっても強化されるし、このテーマのために特別に存在する 独特の種類の書物によって徹底的にたたき込まれる。"日本人論"と呼ばれるこの種の 著作は、日本人は比較のしようもないほど異色だという考えを強調するにとどまらない。 さらに、日本人の在り方は世界の他の国々より優れているので、より好ましいとしばしば 主張する。日本人論は時に非常に奇想天外な仮説の形をとることがあるが、ともかくも 広く信じられている考えを述べてあるものだ。日本人の読者は、誇張だと思う部分を 無視するであろうが、それでも日本社会のユニークさについての中核になっている 考えを確認するのである。"日本人論"として流布されている諸説は、部分的に 相反するところがあっても、すべてに共通する内容がある。それは日本人と西洋人の 考え方や行動は異なるとくり返し述べている点だ。 //////////////////////////////////////////////////////////////////////
338 :
quotation from a book published in 1989 :02/10/26 10:47
////////////////////////////////////////////////////////////////////// あた☆かく、ウェットで、非論理的 日本人論は、概して日本人は普遍的な価値を信じず"論理的でない"と認めている。 そしてこのような特徴は利点とされ、そのため日本人はその時その場の具体的な状況に、 より身近に触れることができ、他人への敬愛も厚いという。西洋の慣習や作法は"ドライ"で "硬い"といわれ、日本の方は"ウェット"で"柔らかい"といわれる。砂粒のように個々に 離れてつながりのない西洋人や、この点では同じ中国人と異なり、日本人は"湿っぽく"て "柔らかい"ので、餅米のようにくっつきあう。同様に、西洋人の理性は"冷たく"て"ドライ"で "偏狭"だとされ、片や日本人のアプローチは"あたたかく"て"ウェット"であり、したがって より人間的だとされる。また、日本人論の理論家たちは、日本人は互いに相手の必要に 極度に敏感で、言葉抜きで意思を疎通させる特別な才能があると信じている。どの 日本人論も、個人より集団を第一にすることを強調し、日本人は自己を共同体の生活に 没するのを好むとほのめかす。 //////////////////////////////////////////////////////////////////////
339 :
quotation from a book published in 1989 :02/10/27 11:23
////////////////////////////////////////////////////////////////////// 比較的力のあった戦後の首相の一人、中曾根康弘は熱烈な日本人論の信奉者である。 彼は、日本人が「モンスーン文化」に由来する独特の情愛を有していると信じていた (日本の夏は暑いうえに、ひじょうに湿度が高く、ベトつく)。彼にとっては、キリスト教の愛も、 仏教を生んだ同じアジアのモンスーン文化に由来したに違いないということになる。 キリスト者の愛が、「目には目を、歯には歯を」というユダヤ・キリスト教の価値観を 生み出した中近東の砂漠の気候からきたはずがないというのだ。一九八六年のある スピーチで、中曾根は言葉をにごすことなくはっきりと、日本の国際的な使命は モンスーン文化から生まれた思いやりの愛を他国に広めることだと述べた。彼はまた、 契約は思いやる愛のない砂漠文化の所産だとも暗示した。 //////////////////////////////////////////////////////////////////////
キリスト教と仏教を一緒にしてる時点でドキュソ その前に当のN曾根が日本人一般を思い遣っているのと言えるかどうか 小一時間
341 :
quotation from a book published in 1989 :02/10/28 20:01
////////////////////////////////////////////////////////////////////// このたぐいの"分析"はナショナリストの倫理哲学者、和辻哲郎(一八八九〜一九六〇)の 説のストレートな受け売りである。和辻は日本の外国征服の主要な弁明者で、征服は 世界史の圧力によって課せられた日本の運命の一部だと信じていた。戦前の有名な 著書『風土』は、多くの日本人論の担い手を鼓舞した。彼は"モンスーン"型と"砂漠"型の 文化のほかに、主にヨーロッパに見出される"牧場"型の文化が存在すると仮定した。 たいていの西洋人は牧場と砂漢の混産物であるから、優しく愛すると同時にドライで 観念主義的、契約中心の思考を好むとされた。和辻によれぱ、日本は「情感豊かな 活力と繊細さに溢れる」人を生んだ、とくに独特なモンスーン型文化である。それゆえに 日本人の間に親密で家族のような関係が育つというのである。 一般の日本人は、このような論を額面どおり受け入れるものではないという意見を あまり耳にしてこなかったのである。 //////////////////////////////////////////////////////////////////////
342 :
quotation from a book published in 1989 :02/10/29 22:25
////////////////////////////////////////////////////////////////////// 日本人が自国の社会について書いた硬派の書物で、まったく日本人論の影響を 受けていないものは非常に少ない。また、驚くべきことに、日本人論は外国人著者による 日本評価にも大いに忍びこんでいる。抑圧や教化が日本人の振る舞いを決める要因 であるという可能性については、日本人論の世界ではいっさい考慮されない。そこには 宣伝活動のつよさがある。日本人論の見方からすれぱ、日本人が行動をみずから制限し "権利"を主張せずつねに上位にある者に服従するのは、それしか仕方がないからではなく、 日本人であるから自然にそうする。日本人は自己を抑制したくなる特別な頭脳をもって 生まれるかのように描かれるわけである。 //////////////////////////////////////////////////////////////////////
343 :
quotation from a book published in 1989 :02/10/30 21:40
////////////////////////////////////////////////////////////////////// 日本人は自分たちが肉体的にも他の国民と異なる"一種独特の人種"であるという 考えを、驚くほど容易に受け入れるようだ。日本人の体の構造は外国人とは違うから、 外国の会社が製造した医薬品は日本での使用許可を出す前に特別なテストを 受けなければならない、と役人たちが外国のビジネスマンに説明するのを筆者も 聞いたことがある。全国農協中央会(全中)の元会長、岩持静麻は、ある時外国 特派員たちを前に、「周知の通り、日本人の腸は外国人の腸より約一メートル長い」ので、 米国産の牛肉は日本人が消化するのに適していないと理解すべきだ、と説明した。 一九八七年一二月にワシントンを訪れた自民党の総合農政調査会長・羽田孜も、 赤肉を消化するのが難しいという、日本人の長めの消化管について述べている。 //////////////////////////////////////////////////////////////////////
344 :
quotation from a book published in 1989 :02/10/31 21:37
////////////////////////////////////////////////////////////////////// 日本人のユニークさを立証するという見事な"科学的証拠"が角田忠信博士の 有名な研究から生まれた。つまり日本人の脳は、西洋人どころか世界中の人の脳と 本質的に違うことを彼は発見したのである。この研究者によれば、日本人は虫の音、 寺の鐘、ハミングや鼾を脳の左半分で聞き、西洋人は右半分で聞くという。 日本人は左右の脳を他国の人びとと違う使い方をするので、日本人の考え方は 異なるのだと角田博士は示唆する。しかし彼の実験法には大いに疑問がある。彼の 実験の外国人被験者の一人だった知人から筆者が受けた印象では、その実験は 自己暗示が重要な役割を果たしていたようだ。だが、彼の著書は日本でよく売れ、 彼の見解は半官営である国際交流基金によって海外に紹介されるほど公的に 認められている。 //////////////////////////////////////////////////////////////////////
345 :
こんな非国民?が… :02/11/01 13:25
すでに旧聞に属しますが、 無責任愛つまり異常性欲のため、何人かの女性を傷つけ、日本社会の性道徳も傷 つけた小室某なるもの、新しい結婚披露宴に小泉首相に招待状を発したとか。 小泉さんと個人的付き合いがあるにせよ、いまは現職の総理大臣、大切な局面にあら れることは有権者ならどなたもご存知。小室某なるものの思い上がりもここに極まれり です。 かれの人格は、先進諸国では公序良俗違反の常習者として、表向き認められませ ん。その彼から現職総理に、あまりに失礼ではありませんか。ひいては日本に対して の無礼行為です。また彼は、税金軽減の為米国在住とか。 どなたか彼の知己であられる方、即、招待状の取り下げ、忠告してください。
346 :
名無しさんの主張 :02/11/01 13:31
>>344 さん
角田博士の説、私も一時期そのつもりになりましたが、どうも仮説のままでその
検証作業がされていないようですね。
347 :
quotation from a book published in 1989 :02/11/01 21:41
////////////////////////////////////////////////////////////////////// 日本人論の一分野で人気があるのは、日本語を論じるものである。多くの日本人が、 日本語は習得が特別に難しいと考えている。それも表記法が途方もなく複雑だから ではなく、日本語には他の言語にない"霊"があるからだという。"言霊"(ことだま)は、 日本人がすぐれた独自性を持つという戦前のイデオロギーの中の重要な神話的な 要素であった。"言霊"は、中国や西洋からの借用語が表現できないほどの深い意味を 持つ純粋な日本の言語、"大和ことば"に宿るとされている。日本語に固有の独特さが あるという考えは、たいていの日本人論者にとっては重要だ。それは、日本語の微妙な ニュアンスや言外の意味を、粗野だとされる西欧の言葉と対照させて、日本人の ユニークさを改めて証明できる、彼らの新しい証拠となるからだ。・・・・ //////////////////////////////////////////////////////////////////////
348 :
quotation from a book published in 1989 :02/11/03 17:50
////////////////////////////////////////////////////////////////////// ・・・・日本人論の著述は、日本的なものを信奉するイデオロギーを、個人を大切にする 西欧の概念や、西欧の政治的自己主張や、日本の政治文化を脅かすおそれのある 西欧の論理的一貫性から防御するためのエッセーだとみることができる。この意味で、 日本人論は国学が徳川時代に漢学に示した反発と比べられよう。当時も今も、日本人の 優位性証明しようとする試みが歴然と見える。徳川時代の国学者は、自国の教えにある 道徳を理解しなかった中国人に比べ、日本人はきわめて道徳的であるとした。本居宣長の 有名な一番弟子、平田篤胤のもとで、日本の伝統は諸外国に多大な影響を与えたとして 賞揚された。インドよりはるかに西の国々においてさえ、人びとは天・地・人が偉大な 神によって創造されたと信じている、という。 //////////////////////////////////////////////////////////////////////
349 :
quotation from a book published in 1989 :02/11/04 21:48
////////////////////////////////////////////////////////////////////// 「したがって、日本はすべての国々の始祖であり、世界の中心で根源の国である。 天皇は、唯一無比の真なる天子であり、四海のうちのすべてを主君として統治するよう 定められた世界の君主である。」今日、日本は、外国人に"世界平和を愛する"よう 教える国として描かれ、調和によって達成された強さの見本とされている。戦時中の 日本人の想像物である欧米諸国にみられる意志の喪失と、それと対照的に日本は 一致協力することによって力を発揮できたとするイメージが日本人論に繰り返し 登場する。 //////////////////////////////////////////////////////////////////////
350 :
quotation from a book published in 1989 :02/11/05 20:15
////////////////////////////////////////////////////////////////////// 日本政府は、(当時の中曾根首相の主唱で)国際日本文化研究センターを設立し、 日本文化の特色を調査するよう決めた。関係者の説明によると、日本について大いに 誤解している他国に、調査結果を知らせるためということであった。このプロジェクトに 関係した一部の学者が書いたものから判断すると、文明の概念に対してまったく 新しいアプローチを取ろうとしている。 このプロジェクトの隠された目標は、日本の歴史、社会的慣習、政治などの日本研究や 日本評価を、一般的な国際間の論議などの範囲外に置くことにあるようだ。日本の新聞は 通常、日本人論の見方に立つ説明が嫌いではないようだが、京都に新しい研究所を 設立するのに政府が関与するという点にはさすがに異議を唱えた。たとえぱ朝日新聞は、 一九三〇年代の学者を真似するような日本の教授たちの発表に、諸外国はそれほど 注意を払わないであろうと述べた。読売新聞の社説は、政府が個人の生き方を決められた 時代はもう過ぎたと当局に思い出させた。 //////////////////////////////////////////////////////////////////////
351 :
quotation from a book published in 1989 :02/11/06 22:50
////////////////////////////////////////////////////////////////////// 同質☆の神話 日本人論に欠かせない要素であり、日本の今の政治的イデオロギーの中核概念に なっているのは、日本人が単一の民族だという説である。民族的な純粋性と社会の 単一性をうたう古い神話が、装いも新たに復活してきているのである。しかしこの説は 次の事実を無視している。まず日本では地方によって慣習も態度も関心事も大いに 異なる。またそこには、約三〇〇万人の被差別部落出身者、一〇〇万人近くの 日本生まれの朝鮮・韓国人のほかに、沖縄人や少数のアイヌ人がいる。さらに韓国や 中国やそのほか外国人の子孫で最近帰化したり日本で生まれた者が数十万人もいる。 だが単一民族説によって、日本には少数民族グループは存在せず、皆が同じように 集団を第一にする倫理によって動く事実に、日本人は誇りを持つようにいわれて いるのだ。その言葉の使われ方をみると、"同質性"という言葉は日本人のユニークさと 同じことを意味すると考えられる。 //////////////////////////////////////////////////////////////////////
352 :
quotation from a book published in 1989 :02/11/08 20:32
////////////////////////////////////////////////////////////////////// 外務省は、一九八五年の夏に刊行した外交"青書"で、この国の大いなる経済的 成功を祝い、成功を民族的な単一性のおかげだと述べた。一部の官僚や、また特に 目立って中曾根は、日本が折り合って暮らさなければならない他の人種がいなかった ことに感謝すべきであると示唆した。中曾根は一九八六年九月には、アメリカには 黒人やヒスパニックのような少数民族がいるので、日本より"知的"に劣ると述べて、 アメリカ人などを仰天させた。アメリカからの遺憾表明に直面した外務省は、誤解や 文脈を外れた引用があったと主張したが、実はそうではなかった。中曾根は日本人 だけに聞かせるつもりのスピーチでこの発言をした。彼は民族の誇りを国民に 持たせようというねらいで長期のキャンペーンを続けており、これはその一環だった のである。彼のスピーチを聞いた約五〇人の日本人記者のうち、これを報道するに 値すると判断したのはわずか二人だけだった。というのは、中曾根はそれまでにも 似たような発言をしており、多くの日本人が同じような見方をしているからである。 //////////////////////////////////////////////////////////////////////
353 :
名無しさんの主張 :02/11/08 20:59
Quote ばっかりじゃ読む気しねーーーーYO!!
354 :
quotation from a book published in 1989 :02/11/09 17:02
////////////////////////////////////////////////////////////////////// 日本政府は、一九八○年に国連人権委員会に提出した報告書で、日本社会には 少数民族は存在しないと述べた。日本人が単一民族だとする考えは日本の管理者に とってひじょうに重要で、このような公式の見解には重大な象徴的な意味があった。 外国人が帰化する場合、法律の規定はないのに戸籍に登録する名前を大和名 (民族の多数派の名前)にするよう強くすすめられる。法務省の官僚はカタカナ表記の 名前に、「単一民族の日本社会にはふさわしくない」という根拠で反対する。 //////////////////////////////////////////////////////////////////////
355 :
quotation from a book published in 1989 :02/11/11 20:55
////////////////////////////////////////////////////////////////////// 同質性の神話はまた、日本が貧富の差がわずかしかない無階級社会だというイメージに もつながる。政府は、一九五八年以来、毎年日本人がどの社会階層にいると思っているか 意識調査をしてきたが、一九六〇年代なかば以来"中流階級"だと思う者が過半数を占め、 一九八O年代にはその数は九〇パーセントに達した。この調査の結果を毎度報告する 新聞は、誇りにできる同質的な国家に属していて良かったと読者に思わせる。調査は 回答者の主観にもとづくもので、なにをもって"中流階級"とするかは明示されず、 収入の違いもいっさい説明されない。 //////////////////////////////////////////////////////////////////////
356 :
:quotation from a book published in 1989 :02/11/12 17:29
////////////////////////////////////////////////////////////////////// 日本人論の一分野で人気があるのは、日本語を論じるものである。多くの日本人が、 日本語は習得が特別に難しいと考えている。それも表記法が途方もなく複雑だから ではなく、日本語には他の言語にない"霊"があるからだという。"言霊"(ことだま)は、 日本人がすぐれた独自性を持つという戦前のイデオロギーの中の重要な神話的な 要素であった。"言霊"は、中国や西洋からの借用語が表現できないほどの深い意味を 持つ純粋な日本の言語、"大和ことば"に宿るとされている。日本語に固有の独特さが あるという考えは、たいていの日本人論者にとっては重要だ。それは、日本語の微妙な ニュアンスや言外の意味を、粗野だとされる西欧の言葉と対照させて、日本人の ユニークさを改めて証明できる、彼らの新しい証拠となるからだ。・・・・ //////////////////////////////////////////////////////////////////////
357 :
quotation from a book published in 1989 :02/11/13 20:50
////////////////////////////////////////////////////////////////////// 収入を円の国内での購買力に照らして評価すると、かなりの数の日本人が比較的 貧しいはずである。数人の政府高官が、実際の失業率は公式発表のおよそ二倍だろうと 認めている。別の推計では三倍になるという人もいる。一方、一九八七年に、日本には 一〇億ドル以上の財産を持つ長者が二二人もおり、アメリカより一人多いと分かって 日本人を大いに驚かせた(アメリカの人口は日本の二倍)。日本の長者のうち、一人は 二一〇億ドルに相当する財産を持っている。為替レートや恐ろしいほどの地価高騰が 日本側の数字を高くしたのは問違いないが、リストにあった人びとはもともと相当な富を 保有していたはずである。つまり、日本社会を"単一階級"あるいは"無階級"とするのは 適切ではない。・・・・ //////////////////////////////////////////////////////////////////////
ご静聴ありがとうございました。 =======糸冬=======
359 :
名無しさんの主張 :02/11/13 21:24
先ほど左翼の改竄編集掲示板でこの投稿が”削除”されました! :02/11/13 20:46 ID:W5z2Lc+1
http://www.geocities.co.jp/CollegeLife-Labo/8596/geobook.html 五番街氏 - 02/11/13 19:42:54
コメント:
>つまり、仮に、違法な侵略戦争に対して抵抗し、
>通常の戦闘で死んだ正規兵のケースも虐殺として
>カウントする場合には
そうなると大東亜戦争後など、植民地帝国主義からの
独立のための戦争での植民地側の犠牲者がすべて虐殺
されたと言うことになってしまいます。
中共のやロシアなどの共産国家の大虐殺、ナチス、原爆などと同列にはできないと言わねばなりません。 同列に虐殺とするのは国際的に通用しないでしょう。
原恒裕氏 気持ちは通じるところがあります。 - 02/11/13 19:09:10
コメント:
>無理やり事実を歪曲する人たちに私は悪意を感じます。
それはそのとおりですね。
>規模の大小に関係なく過ちは過ちであり、
これについては、確かに 過ちは過ちですが
規模の大小は重大です。 同じ虐殺であっても、たとえば通り魔殺人1人と100人とでは全然違います。
前者は残念ながら世界中では珍しいことではありません。後者となると、これは稀な事であり歴史的にも 特筆されて当然ですね。
仮に南京事件が解明され他の通州事件や済南事件など
と同規模であれば稀な事として扱われる事はないでしょう。
掲示板のスレッドなどで、原爆ですらその投下の 是非の議論は延々となされているのは見たことがありません。
>意図的に事実を抹殺する日本人がいることにどうしよ>うもない怒りを感じてしまいます。
もりろんそのとおりです。
さらに私は 意図的に事実であると言う確たる証拠のない事を事実と強弁する日本人がいることにもどうしようもない怒りを感じてしまいます。
(30万、20万、5万、1万程度など)南京大虐殺がそれです。
360 :
名無しさんの主張 :02/11/15 19:07
__,,,―-、 .'ハ、 .__,,.―-、 .リ'-、 .,、、 ,.-、、 .,,,,, ヽ l''''" ,/ ....ヽ、 .`-.イ'┘.,i´ ,.ヽ, ヾヽ-、, t-. '〔'i、 /l゙゙| .ヽ,_ .〔ヽ ,//'''ミ'i、 | .{, ,/ .,/,2、.゙'i、 .| .|、.,i´ ,/∠.゙ヽ _丿 ,,ッ ゙i、ヽ\ | .|.,l゙.ニi、 r、\ .| ゙l ,i´l゙ .| ゙l rニ′.,,,i´_ iソ^,,,八. ゙l tこ .,,,i´_ iソ^,,,八. ゙l .ニ丶 ..,i´.| .| .゙l ゙i、 .| ゙゙i、.| .} | ゙l ゙l l゙ | l゙ .,| .| .} | .|゚゙゙゙lニニ「'゙.゙>.゙″ .| .|゚゙゙゙lニニ「'゙.゙>.゙″ ./ ,l゙ | | .| | | /.}.゙l | .| l゙ .| | l゙ .l゙ l゙ .| ゙l ,izi" ."ナi二.-/「.\ ,izi" ."ナi二.-/「.\ .,i´ l、 l゙ .|n,i´ ,l゙ .| | .ヽ.゚" 〃 丿 .゙l ゙l_/ ;|、,,,,,l゙ | .广 ,,/.,,,-‐".,,/^ .゙l"`,,/.,,,-‐".,,/^ ( ./゙''ミ゜ ../ `''''′ .゙-ノ .,ノ ._--‐′ \,,,,,ノ゙`''-.,, _,l゙ .゙'''゜ .゙“''ー'''" ゚''" ゙“'ー‐'" .゙" `'''" ~゙"''″ `
361 :
quotation from ◆CMLjWvtunQ :02/11/15 20:33
////////////////////////////////////////////////////////////////////// ・・・・たしかに、あからさまな不一致は多くの日本人を不快にする。紛争の両当事者を 責めるという何世紀にもわたる喧嘩両成敗の伝統がいまだに存続している。これは、 日本人がいがみ合わず仲良くやっていると見せるのに、大いに効果的な手法である。 だが実際には、日本人が他の国民よりも隣人を愛するわけではない。考え方が似ていて、 振る舞いが一様に見えるから、その裏に隠された社会的結合力の問題がカモフラージュ されるだけだ。日本の社会は、同質性の神話をもって包み隠さなけれぱならない多くの 衝突をかかえている。支配階級のエリートの間でとめどもなく続く衝突をこの神話が 隠している。エリートたちが無条件に同意するのはただひとつ、現在の権力の仕組みを 存続させることだけである。神話はまた、一方に〈システム〉の管理者、もう一方に左翼 その他〈システム〉に代表されるものに反対する集団、個人との間で展開される、儀式化 されてはいるものの慢性的な政治上の衝突も隠ぺいしているのである。 //////////////////////////////////////////////////////////////////////
362 :
名無しさんの主張 :02/11/16 16:55
脱北者支援 日本人がすべきことは?
http://ex.2ch.net/test/read.cgi/korea/1037112661/746 日本人がこの不況のどん底で苦しんでるときに脱北者にだけ仕事が斡旋されるのか。
政府は納税者国民の面倒もろくにみれないくせに、チョウセン人なんか援助するな。
あのNGOの加藤って元韓国籍帰化人は相当のクワセモノだ。
日本人に脱北朝鮮人=拉致被害者という間違った図式のイメージを植えつけようと
画策してTV出演している。
まっとうな生活してる日本人の敵がまた現れた。
売国政治屋
亡国外務官僚
TBS筑紫テレ朝久米田原マンセーマスゴミ人
日本に寄生虫の卵を産みつけようとしているNGO加藤
363 :
quotation from ◆CMLjWvtunQ :02/11/17 15:45
////////////////////////////////////////////////////////////////////// 一生続く教化 日本人論は基本的に、"国体"イデオロギーから軍事的な要因を除いたものである。 日本人はふたたび同質性の神話によって、本質的にひとつの幸せな大家族の 一員であると自身にも外国人にも言い聞かせているのである。 この国全体について言えることは、国を構成する単位のいくつかについても、 さらにはっきり言える。特に大企業はサラリーマンに、仕事は家庭や妻や子供の ためだけではなく、職場という恩恵を施してくれるもうひとつの大家族のためだと 信じ込ませる。 //////////////////////////////////////////////////////////////////////
364 :
名無しさんの主張 :02/11/17 18:07
「アメリカ人に嫌われる日本人のタイプ」 アメリカまんせーで、日本人のクセに日本の悪口を触れ回る奴。
365 :
quotation from ◆CMLjWvtunQ :02/11/19 20:43
////////////////////////////////////////////////////////////////////// 6章で見たように、会社と家族を類似のものとする宣伝が広められたのは今世紀 はじめの数十年で、労働争議と初期の組合運動に対抗するためであった。また、 徳川時代には、"イエ"の構成−血縁関係ではなく、経済的あるいは政治的任務 によって結ぱれた家族−が、社会統制のうえで重要な方策になっていた。近年 出された主要な日本人論のひとつ(『文明としてのイエ社会』)は、この近代以前の 政治的構成を戦後日本の根本的な社会組織原理だとしている。この理論は個人が 倫理的に集団に服従することを伴った集団生活が不可避だとする前提から出発する。 こうして、この理論は、多分意識せずにではあろが、日本の大の大人が、自立する ことなく永久的に政治の監督下におかれることを是認するわけだ。 //////////////////////////////////////////////////////////////////////
366 :
名無しさんの主張 :02/11/19 21:53
////////////////////////////////////////////////////////////////////// ・・・・たしかに、あからさまな不一致は多くの日本人を不快にする。紛争の両当事者を 責めるという何世紀にもわたる喧嘩両成敗の伝統がいまだに存続している。これは、 日本人がいがみ合わず仲良くやっていると見せるのに、大いに効果的な手法である。 だが実際には、日本人が他の国民よりも隣人を愛するわけではない。考え方が似ていて、 振る舞いが一様に見えるから、その裏に隠された社会的結合力の問題がカモフラージュ されるだけだ。日本の社会は、同質性の神話をもって包み隠さなけれぱならない多くの 衝突をかかえている。支配階級のエリートの間でとめどもなく続く衝突をこの神話が 隠している。エリートたちが無条件に同意するのはただひとつ、現在の権力の仕組みを 存続させることだけである。神話はまた、一方に〈システム〉の管理者、もう一方に左翼 その他〈システム〉に代表されるものに反対する集団、個人との間で展開される、儀式化 されてはいるものの慢性的な政治上の衝突も隠ぺいしているのである。 //////////////////////////////////////////////////////////////////////
367 :
quotation from 1989 ◆CMLjWvtunQ :02/11/21 22:25
////////////////////////////////////////////////////////////////////// 一部の西洋人は"一人の人間の全人格"を管理・生産構造にとりこむ日本のやり方を 賞賛するが、彼らはこのことが通常、家庭生活を犠牲にして成立している事実に 気づいていないようだ。彼らも、せいぜい一〇人かそこらのサラリーマンの結婚生活を ちょっと見てみさえすれば、そのことを納得するであろう。また、会社が家族的だから といって、サラリーマンが同僚と本当に親密になると考えてはならない。逆に、職場で 家族のような関係を強いられるので、親密な絆に欠かせない自然なつき合いが 生じにくい。 //////////////////////////////////////////////////////////////////////
368 :
quotation from 1989 ◆CMLjWvtunQ :02/11/23 19:09
////////////////////////////////////////////////////////////////////// 企業が家族だというたとえは、経営管理者が行使する権力を隠ぺいするものである。 日本の産業界の労働状況に詳しい、ある専門家が言うように、 日本の労働倫理のさまざまな側面は、究極的には、根本的で誤解の余地を残さない 力関係にもとづいている。……日本の経営者が、伝統的な経営者に許された特権の 大部分を保持し、権力の手綱をしっかり握ってはなさないことに疑いの余地はない。 労働者の経営参加、労働者の責任感、労働者の社内訓練と養成そのほかすべて、 このような文脈のなかで理解しなければならない。これは、会社を民主化しようと 努力する者にとって、手本にすべき理想とはまず言えない。・・・・ //////////////////////////////////////////////////////////////////////
369 :
quotation 1989 ◆CMLjWvtunQ :02/11/25 21:58
////////////////////////////////////////////////////////////////////// ・・・・このように、日本の権力はいろいろな段階で、独特な文化というイデオロギーに 装われている。日本人に一生つきまとう教化の主要な目的は、服従を続けさせることに ある。そして、この政治的な現実に支えられる文化が、いろいろなやり方で服従の念を さらに強める。世界をあるがままに受け入れるという考え方が、流行歌やたくさんの よく知られた物語、数々のテレビ連続ドラマでもてはやされる。社会的に賞賛される、 受身的な態度は、教育制度や会社などの要求に − たとえ要求が不条理なもので あったとしても − 盲従する姿勢を強めてしまう。人為的に引き起こされたものであろうと なかろうと、不幸を前にしてはあきらめるのが円熟のしるしとみなされる。騙されたと 騒ぎたてる者は、"未熟"ということになる。この態度があるから、自然発生的あるいは 組織的な不正な金もうけも多くなる。日本人は日常生活でいろいろなヒントを通じて、 自分の属するより大きな社会に個人としての自己を"没する"よう積極的に誘導される のである。 //////////////////////////////////////////////////////////////////////
370 :
名無しさんの主張 :02/11/26 00:15
爆発騒音といえば、昔、次のようなことが起きたそうだ。 この地域ではないが、ある場所でポン菓子作りをしている人が引っ越してきた。 その人は、それで生計を立ててていたので、毎日のようにポン菓子製造機を使用していた。 知っているひとならわかると思うが、ポン菓子製造機は、ものすごい爆発音を出す。 ポン菓子そのものはおいしい。 米を持っていって、作ってもらうのだが、米粒が、大きく膨らみ、ぱりぱりになる。 砂糖で甘く味付けをしている。 だが周辺住民は、怒った。 なぜなら毎日爆発音がしたからだ。 いくら悪意がないとはいえ、不快だったのだ。 それで結局どうなったのかというと、その家の人は、どこへ引っ越した。 苦情が次々にきたからだ。 これなども、使用者に悪意がなく、生活のためであっても、それが許されない例だ。 この場合、周辺住民を無視して、爆発を続けることも可能だったかもしれない。 だが、そうなると、その人の存在はどういう意味を持つだろうか?
371 :
quotation 1989 ◆CMLjWvtunQ :02/11/27 20:19
////////////////////////////////////////////////////////////////////// 頭を鈍らすためのイデ★ロギー 社会・政治的な現実を説明する際の知的構築物を支配するイデオロギーの 影響力を知るには、イデオロギーが知的市民を引きつける力だけでなく、それが どのくらい他の知識を持つ機会を奪っているかを考慮すべきである。日本では、 自国のイデオロギーが、それと根本的に異なる考えを制するので、市民の知的な 刺激を抑えることになる。サラリーマンや流れ作業の労働者が、実は強制させられて いるのに、神秘的に結びつけられている高尚な文化ゆえに仕事をやっていると 信じこまされたり、はたまた、自国の文化こそが幸せの根源なのだと言われれば、 反抗的な考えが育ちにくくなるだろう。さらに重要なことがある。彼らの読む 新聞論評の大半が、個人的な生活より会社への奉仕を選ぶのは、より意義のある さだめを全うすることになるという見解を補強しているとしたら、知性が鈍くなるのも 当然である。 //////////////////////////////////////////////////////////////////////
372 :
名無しさんの主張 :02/11/27 22:02
////////////////////////////////////////////////////////////////////// ・・・・たしかに、あからさまな不一致は多くの日本人を不快にする。紛争の両当事者を 責めるという何世紀にもわたる喧嘩両成敗の伝統がいまだに存続している。これは、 日本人がいがみ合わず仲良くやっていると見せるのに、大いに効果的な手法である。 だが実際には、日本人が他の国民よりも隣人を愛するわけではない。考え方が似ていて、 振る舞いが一様に見えるから、その裏に隠された社会的結合力の問題がカモフラージュ されるだけだ。日本の社会は、同質性の神話をもって包み隠さなけれぱならない多くの 衝突をかかえている。支配階級のエリートの間でとめどもなく続く衝突をこの神話が 隠している。エリートたちが無条件に同意するのはただひとつ、現在の権力の仕組みを 存続させることだけである。神話はまた、一方に〈システム〉の管理者、もう一方に左翼 その他〈システム〉に代表されるものに反対する集団、個人との間で展開される、儀式化 されてはいるものの慢性的な政治上の衝突も隠ぺいしているのである。 //////////////////////////////////////////////////////////////////////
373 :
名無しさんの主張 :02/11/28 21:30
////////////////////////////////////////////////////////////////////// "家族国家"賞賛の教化には、日本の精神が危険な非日本的な思想に脅かされ かねないという警告が添えられた。熱気にもえた明治初期の学者や学生は、実に 広範な西洋思想に接していたのである。英国の自由主義、ルソーの主権在民説、 英米の経験主義、功利主義、そして社会進化論などであった。さらに、へーゲルの 国家についての思想は、マルクス主義やアナキズムが紹介される前に、日本で解釈が なされていた。しかし、人間の体験をすべて包括しうる概念的枠担みとしての、西洋の 道徳思想や政治思想の体系に対しては、疑念が増してきていた。 //////////////////////////////////////////////////////////////////////
374 :
001 from 1989 ◆CMLjWvtunQ :02/11/29 22:15
////////////////////////////////////////////////////////////////////// このような状況の理由をさぐろうとする知的能力と個人的性向を持つ日本人が いたとしても、体制ぐるみで彼らに与えられるのは愚にもつかない説明である。 このため、しばしば虚無主義者になったり、極端な唯美主義に逃げてしまうことになる。 日本人的なものを信奉するイデオロギーが今日でも幅を利かす一因は、戦後 日本の生活に全般的に見られた知的貧しさによる。日本は因襲によって必然的と されている権力関係やそこから発生する社会的行為を意欲的に分析する知的伝統を 欠いていたから、煽情的な週刊誌や知識人向けの月刊誌がのせる社会・政治的な 現実の説明も、疑わしい内容にながちである。これらの雑誌は、きまったように 日本人論の記事を載せる。 //////////////////////////////////////////////////////////////////////
375 :
2 from 1989 ◆CMLjWvtunQ :02/12/01 14:19
////////////////////////////////////////////////////////////////////// 日本文化のイデオロギーが圧倒的で強力であり、いたるところに顔を出すので、 日本の評論家は自分の知的な警戒心を保つのがきわめて難しくなる。一部の知識人は、 自分の研究領域で文化的説明が悪用されるのに気づいているようだが、他の領域の 誤用は気にしないようである。日本人は集団生活を好み、本来訴訟好きではなく、 論理的に考える必要もないとくり返し言われる中で、荒野に呼ばわる少数者の声を 聞きとるのは、もともと聞く耳のある者だけである。少数者の意見は、めったに新聞でも お目にかかれないしテレビにも登場しない。これぞ現代日本の正統派の力といえる。 //////////////////////////////////////////////////////////////////////
376 :
3 from 1989 ◆CMLjWvtunQ :02/12/03 22:03
////////////////////////////////////////////////////////////////////// 日本人は〈システム〉が要求する規律をいとも平然と受け入れる。単に、国民の大半が 疑問すら抱かないからである。日本人の生活と文学を熟知する高名な研究者、エドワード・ サイデンステッカーは、こう言う − 「日本社会を理解する鍵は、日本人がノーを言う ように教えられていないことを理解することだ」。たいていの日本の中学や高校では 社会の仕組みについて疑ってみる態度を奨励しないし、それどころか、なんであれ 質問する生徒に対していやな顔をしがちである。日本の親も同様である。あまやかされた 日本の子供はとても反抗的になることもあろうが、母親相手の心理ゲームでは、自己を 社会的な枠組みとの関係において客観的に見る学習の代用にはならない。いうまでもなく、 日本人もみずから構築したものに対し「ノー」と言う、人間として各国に共通の能力を 持つのだ。だが、日本の若者は成育の過程で、社会は究極的に人間の考えの産物であり、 自然の気まぐれまかせの避けられない結果ではないという点について教えられない。・・・・ //////////////////////////////////////////////////////////////////////
たいへん興味深いので本を買ってしまいました。
378 :
名無しさんの主張 :02/12/04 20:26
////////////////////////////////////////////////////////////////////// ・・・・何でもアングロ・アメリカン流にしろという立場を筆者はとらないが、米国および 英国の教育改革の流れは大いに参考になる。基本的には、選択の自由の拡大と 結果責任(アカウンタビリティ)強化を目的とした分権化と規制の緩和を行うのが 望ましいと思われるが、文部科学省が従来以上に、ナショナル・スタンダードを明確にし、 定期的に全国試験を実施し、その結果を、県・市町村の教育委員会ごと、また個別の 学校ごとに公表することが適切であろう。つまり、徹底的な分権と規制の緩和を行う反面、 スタンダードの設定とそれに基づく評価については文部科学省の役割を強化する訳だ。 //////////////////////////////////////////////////////////////////////
379 :
4 from 1989 ◆CMLjWvtunQ :02/12/05 20:50
////////////////////////////////////////////////////////////////////// ・・・・制度化され"文化的に"認められた服従の仕組みと、権力者が思うままに 現実を提示するのを許す日本の柔軟性が、権威主義的な権力行使に理想的な 環境をつくり出す。事実、先にも見たように、"官僚的権威主義"という分類表示こそ 日本の政治統一体を指していうのにもっとも近いであろう。ただしひとつの問題がある。 普通、権威主義の体制では、社会を制御する力の源がはっきりと分かるものだ。 ところが日本の場合、統制力がいたるところから、また社会そのもののなかからも、 たえず出ているように見える。公の権威構造と社会 − サラリーマンにとって、 後者は主に会社 − が、一般大衆の頭の中でひとつになり、さらに"日本文化"の 本質的要素になっている。国家、社会、文化がひとつの大きな混合物になり、 全体を包みこむ自然現象、また逃れられない力として、日本人の大半に作用している。 そして日本人は、この力を善と見るように仕向けられるのである。 //////////////////////////////////////////////////////////////////////
380 :
名無しさんの主張 :02/12/05 21:18
////////////////////////////////////////////////////////////////////// "家族国家"賞賛の教化には、日本の精神が危険な非日本的な思想に脅かされ かねないという警告が添えられた。熱気にもえた明治初期の学者や学生は、実に 広範な西洋思想に接していたのである。英国の自由主義、ルソーの主権在民説、 英米の経験主義、功利主義、そして社会進化論などであった。さらに、へーゲルの 国家についての思想は、マルクス主義やアナキズムが紹介される前に、日本で解釈が なされていた。しかし、人間の体験をすべて包括しうる概念的枠担みとしての、西洋の 道徳思想や政治思想の体系に対しては、疑念が増してきていた。 //////////////////////////////////////////////////////////////////////
381 :
5 from 1989 ◆CMLjWvtunQ :02/12/07 13:37
////////////////////////////////////////////////////////////////////// 11☆ 宗教としての〈シ☆テム〉 日本人は、日本の社会・政治秩序を評価する手段として、法律や、宗教、あるいは 体系的に理路整然とした知的探究法といったものを一貫して用いることはしないから、 それを評価するためには結局身近な社会環境から発生する要求やその命ずるものに もとづく日常生活上の"諸現実"を用いるほかない。このように、〈システム〉の外部に 〈システム〉の決定をくつがえしたり裁いたりするものがないのだから、〈システム〉は みずからを裁けばいいということになる。これはつまり、〈システム〉は本来、善であり、 したがってその本質を批判するのは不可能だということを意味する。〈システム〉の 守護者たちは、彼らが代表している秩序体系には本来思いやりの精神が備わっている と主張するが、これはそのことを裏づけている。こうして、〈システム>は宗教の代替物 にもなる。 //////////////////////////////////////////////////////////////////////
382 :
名無しさんの主張 :02/12/07 14:27
383 :
名無しさんの主張 :02/12/07 15:03
べつに他と比べなくてもいいんちゃうの?
384 :
名無しさんの主張 :02/12/07 15:26
【フェミファシズム】 @いかがわしい男女平等 Aいかがわしい児童保護
385 :
名無しさんの主張 :02/12/07 17:22
連続書き込みうざい。 どっか逝って氏ね。
>>385 おれは第三者だけどさ、おまえがうざいんだよ。なんでおまえの価値観に合わす
必用あるんだよ。
387 :
名無しさんの主張 :02/12/08 21:27
////////////////////////////////////////////////////////////////////// "家族国家"賞賛の教化には、日本の精神が危険な非日本的な思想に脅かされ かねないという警告が添えられた。熱気にもえた明治初期の学者や学生は、実に 広範な西洋思想に接していたのである。英国の自由主義、ルソーの主権在民説、 英米の経験主義、功利主義、そして社会進化論などであった。さらに、へーゲルの 国家についての思想は、マルクス主義やアナキズムが紹介される前に、日本で解釈が なされていた。しかし、人間の体験をすべて包括しうる概念的枠担みとしての、西洋の 道徳思想や政治思想の体系に対しては、疑念が増してきていた。 //////////////////////////////////////////////////////////////////////
388 :
名無しさんの主張 :02/12/08 21:30
だから比べるなって、人は人自分は自分なのよ おまえの主張なんか世の中通りませんよ
389 :
6 from 1989 ◆CMLjWvtunQ :02/12/09 21:32
////////////////////////////////////////////////////////////////////// 二〇世紀に入る少し前に構築され、広島、長崎に原爆が投下されるまで存続した 社会・政治的秩序においては、その秩序を宗教のようにとらえるという傾向がみられ、 それは公然と強調されていた。"天皇制"を養う精神的栄養素として確立された国家 神道が、他の宗教すべてを翼下に統括する上部組織として機能した。他の宗教は 天皇崇拝の思想と相容れない教義をすべて放棄しなければならなかった。 国家神道は、神格天皇を中心にすえた"家族国家"の諸理論とともに、今や過去の ものである。一九四五年の敗戦に続く三〇年間ほどは、日本人の間で"天皇制"への 痛烈な批判がきかれた。だが、このような批判も、天皇制にとってかわるほど決定的な 説明や、政治的信念として役立つほど深く強力な理論にもとづいていなかったし、 古い神話を根絶する世俗の信念体系や、社会主義的、人道主義的、あるいは自由 主義的な世界観などはいっさいなかった。 //////////////////////////////////////////////////////////////////////
390 :
名無しさんの主張 :02/12/09 21:46
ヽ(´π丶)ノヘ(゚_ 。)ノ 凸( ^ー゚) fuck! (:.;゚;Д;゚;.:)ハァハァ(´o`) 漱石 ("J") ? ? ?? ????Fuck! 凸=(´Д`)¬ you! q=(`ε´)¬(・c_・ )¶:3ミ o(^-^(-_-(-.-;(・_・(・o・(^〜^ 9 みんな応援してるよ!! (?_?) <(´ー`)♪三瓶 (´ー`)>です♪ (`)Ξ(´)ぶぅ〜 ???????????????????? ???????????????????? ?? <br> ?????????? エライコッチャc(゚ロ゚c)(っ゚ロ゚)っ エライコッチャ ??イクラ大好き (´ι _` ) アッソ
391 :
名無しさんの主張 :02/12/09 21:58
そうだお前が外人になれよそれで解決だ!おれって天才
393 :
名無しさんの主張 :02/12/10 14:25
ここがおかしい日本人! 公務員、議員に気前よくボーナスやってる日本人。 そんな法律は廃止させろ。 公務員に冬のボーナス 12月10日 全国の公務員約429万人のほとんどに10日、冬のボーナス (12月期の期末・勤勉手当)が支給された。 国家公務員は管理職を除く一般行政職員の平均支給額は 約66万2000円(平均年齢36・2歳)、地方公務員は 約61万8000円(同35・3歳)。 月給引き下げの人事院勧告を受けた給与法の改正や条例改正で、 年間総額は前年度と比べそれぞれ約8万2000円、7万 2000円減となる。 国家公務員の場合、2003年度から3月期の期末手当を 廃止するのに伴い12月期の平均支給月数は増えたが、 月給引き下げなどのため年間の手当支給額は下がる。 地方も同様のケースが多い。 総務省人事・恩給局の試算によると、特別職の最高額は 小泉純一郎首相と山口繁最高裁長官で約591万円。 国務大臣は約431万円、衆参両院議長は約541万円。 国会議員が約322万円。 一般職では、東大学長が352万円、事務次官が345万円、 局長クラスが約262万円だった。
394 :
7 from 1989 ◆CMLjWvtunQ :02/12/11 21:51
////////////////////////////////////////////////////////////////////// さらに、戦後の日本はその憲法と法律にしたがって統治されるべきだという単純明快な 決意さえ固めることはなかったのである。こうして、服従という政治的な文化は生きつづけ、 〈システム>があらゆる実際面でまごうかたなき代用宗教としての力になっている。戦前の 日本の行為を指してよく使われた"日本主義"は、今日の〈システム〉に奉仕する慣行を 表現するのにもいまだに有効である。この日本主義は、もちろん10章で述べたイデオロギーと 切っても切れない関係で結びついている。"日本人らしさ"を信奉するイデオロギーを 簡潔にまとめたものはどこにも見当たらないとか、それが一冊の本にまとめられて本屋の 書棚に並んでいないことは重要ではない。それはあたかも形ある聖典のように、 〈システム>を支える目的を果たしているからである。 //////////////////////////////////////////////////////////////////////
395 :
8 from 1989 ◆CMLjWvtunQ :02/12/13 20:50
////////////////////////////////////////////////////////////////////// 共産主義のイデオロギーはしばしば宗教になぞらえられ、まさしく"現世の宗教"だと 言われてきた。その宗教的特長は明らかである。あらゆることを"説明"できる自己完結的な 哲学体系があり、それ自体の基盤になっている原理に訴えて批判的な議論を迎え撃つ。 それは教義を解釈する専門家層や疑似僧侶階級も作り出した。共産主義を拠り所とする 者は、崇高な目標の名のもとに、宗教的情熱をおびた大きな力を与えられる。いくつかの 点で、日本主義は共産主義より効果的でさえある。共産主義ほど吟味されず、当然の こととされ、逃れられないからである。また、狂言的行動の危険や俗化への恐れなど、 教団宗教にまつわる属性を多く持っている。・・・・ //////////////////////////////////////////////////////////////////////
396 :
9 from 1989 ◆CMLjWvtunQ :02/12/15 18:47
////////////////////////////////////////////////////////////////////// 好都合な宗☆ 新興☆教 ・・・・新興宗教のもっとも際立った特徴は、いとも簡単に蓄積したように見える巨富の ほか、教義が極端に簡素化していることである。信者や会員がすでに信じていること 以上の信条が実質的にあるのだろうかと思わせる。どの教団もとり立てていうほどの 価値ある教義を発達させず、信者、会員に対して哲学的な指導、ましてや政治哲学 的な指導をおこなっていない。たしかに、創価学会は公明党を生み出した。しかし、 一九七〇年代に政教分離によって親教団から形式的に離されたこの新しい議員集団は、 オルタナティブの政治原理にもとづいて新しい政策の選択肢を呈示することによって 日本の政治の世界の質を高める、ということはなかった。自民党の一派閥と大した かわりはないだろう。 //////////////////////////////////////////////////////////////////////
397 :
10 from 1989 ◆CMLjWvtunQ :02/12/17 21:51
////////////////////////////////////////////////////////////////////// 日本の新興宗教の主な機能は社会的なものである。新興宗教は、集団活動に 参加したいという強い欲求がありながら、大企業の”一員”ではない人びとの安息の 所となる。新興宗教の熱心な信者の中で多いのは、孤独な主婦、バーホステス、 下層の労働者などである。 一個人が自分の心の奥底まで宗教にかかわり得るとするのは、たいていの日本人 にとってなじみがない考え方である。宗教はむしろひとつの道具、自分の問題を 解決してくれそうだから取り入れるもの、なのである。ある新聞の人生相談欄で、 自分の娘がキリスト教会に入ってから”まったく違う女”になってしまった、と心配する 母親に対し、助言者は、娘がキリスト教信者になったきっかけの個人的な問題を、 まずつきとめることをすすめていた。・・・・ //////////////////////////////////////////////////////////////////////
398 :
11 from 1989 ◆CMLjWvtunQ :02/12/19 20:14
////////////////////////////////////////////////////////////////////// 教会としての会☆と社会 ・・・・企業は、社員ないしその親が新興宗教の信者であることを好まない。入社 選考で、この点を調査することが多い。日本での宗教的熱意はその人の属する集団 への優先的忠誠によって表現される。したがって会社に対する忠誠と宗教への忠誠 とが衝突する可能性大きすぎるというわけだ。昔からある仏教の宗派は、信者の時間を ほとんど奪わないから、その点脅威にはならない。ビルの屋上に設けられた”会社の 神社”を拝むよう社員に要求する会社もあり、キリスト教信者の社員を困らせるのは、 周知の通りである。会社が宗教的な活力の源だと如実に示したのは大手商社・ 日商岩井の島田常務の有名な遺書だった。ダグラス・グラマン疑惑(一九七九年)に 関わった結果、ピルから飛び下り自殺したこの常務は、社員全員にあてこう書いた − 「会社の生命は永遠です。その永遠のために私たちは奉仕すべきです」 //////////////////////////////////////////////////////////////////////
399 :
12 from 1989 ◆CMLjWvtunQ :02/12/21 19:21
////////////////////////////////////////////////////////////////////// 会社にもまして、<システム>全体が宗教的な活力を与えてくれる。悔悟の気持ちを 十分に示せばたいていの法律違反者が放免されること、管理者が彼らの運営する 組織が慈悲の泉であると国民に思わせたがること、逮捕された過激派が異説を主張 するという極端なケースでは、その信念を棄てさせようと多大の努力が払われること、 などを読者は覚えておいでだろう。日本には大いなる言論の自由がある一方で、 非正統説信奉が組織化され特定の団体と結びつくと、すぐさま<システム>がそれを 吸収するかあるいは無力化しようとする力が発動するようだ。既成の社会・政治的な 仕組みに個人が反抗するという可能性は、とても認められない。 //////////////////////////////////////////////////////////////////////
400 :
13 from 1989 ◆CMLjWvtunQ :02/12/23 13:58
////////////////////////////////////////////////////////////////////// 日本社会の宗教的特性のために、日本では社会の知的、批判的評価が低い レベルにとどまっているということなのだろう。社会的な関心事がつねに優先し、 しかもその関心事に宗教的な意味を与える場合、社会分析は聖なる神性分析に 類似してくる。神を分析しようとしたら、神の神秘や聖なる特性がなくなってしまう だろう。その結果、信念・信仰が弱まってしまうことになる。日本人論の核心である ”日本人らしさ”信奉のイデオロギーとちょうど同じように、日本主義はその宗教的な 実体をそのように認識されることがない。こうして、知らぬまに<システム>の宗教色が なお一層強化されるのである。・・・・ //////////////////////////////////////////////////////////////////////
402 :
14 from 1989 ◆CMLjWvtunQ :02/12/25 21:42
////////////////////////////////////////////////////////////////////// 仏教徒、キリ☆ト教徒、マルクス主義者、狂信者 ・・・・政治的秩序を超えた真理に訴える伝統が日本では根づかなかったという事実が あるからといって、このような信条や原理について考えたり訴えたりする能力が日本人 にないというわけではもちろんない。日本の〈システム〉は宗教の代替物として自然に 発生したものではないのだ。説明のつかないなにかしらの理由によって、宗教的思索 には関心をもたなかった国民が作り出したものではないのだ。人間の頭脳は必然的に、 心眼がとらえる事柄を支配する、目に見えない秩序を探索するものである。教えられて そうするわけではないし、またしばしば活発な邪魔だてがあるなかでそうするのである。 人は単に育てられた環境の産物ではないことは、他の人びとと同じく日本人の場合にも、 歴史のなかではっきり証明されている。 //////////////////////////////////////////////////////////////////////
403 :
15 from 1989 ◆CMLjWvtunQ :02/12/28 08:29
////////////////////////////////////////////////////////////////////// 歴史上のいくつかの転換期に、日本の権力者は、日本の正式の宗教にまだ少しは 残っていた超越的な価値や普遍的な原理を根絶してしまった。このような要素が、 彼ら権力者こそ究極的善の体現者だと提示することへの脅威になり得ると極度に 恐れたのである。このことは確かであろう。戦わずして諦めようとはせず、激しく弾圧 された宗教団体がいくつかあるからだ。 //////////////////////////////////////////////////////////////////////
404 :
16 from 1989 ◆CMLjWvtunQ :02/12/29 18:37
////////////////////////////////////////////////////////////////////// 仏☆徒の反乱 たとえば、鎌倉時代の偉大な仏教改革の一番手、法然(一一三三〜一二二一)は、 個人救済が可能だと説いた。当時、仏教はすでに神道に影響を与えていた。すなわち 輪廻転生によっていろんな姿に再生するという仏教の教えによって、死者の霊は しだいに先祖の霊と合一するという神道の死後の世界の考え方を変えていたのである。 一〇世紀ごろから、人には来世があるという考えが、政治的統制を受けない倫理的 規範にもある程度の影響を与えていたが、その考えが人気を得たのは、日本固有の 仏教諸宗派が隆盛をきわめてからである。法然はその嚆矢だった。彼の説は、儀式的 行為よりむしろ、慈父のような阿弥陀仏の慈愛と慈悲に子供のようにすがるだけで、 仏の力で極楽浄土に往生できるというものであった。京都に近い比叡山の僧院に 本拠をおく体制の一部となった仏教は、法然を危険人物とみなし、手荒な行動に出た。 叡山の僧侶は、法然の仏法論集の刷本とその印刷に使われた版木を、手あたりしだい に焼き捨てたのである。結局、彼の人気のせいで、当局は法然を流罪に処した。 //////////////////////////////////////////////////////////////////////
405 :
17 from 1989 ◆CMLjWvtunQ :02/12/31 11:25
////////////////////////////////////////////////////////////////////// 次に現われた偉大な仏教理論家、親鴛(一一七三〜一二六二)もまた、彼の人生の 大半を日本の政治や文化の中心地から遠く離れた所で民衆に混ざり、島流し同然の 生活を送った。彼は法然の理論を一歩発展させ、信心だけで救われると説いた。仏の 名を唱えることも、儀式も、宗教上の信念からの独身生活も必要なく、信心のみが救済 の鍵だと説いた。中国から移入された仏教は支配階級エリートの道具になっていたが、 他のだれにまして親鷲は、無学な村の凡夫にも仏門を近づきやすいものにした。彼が 開いた浄土真宗は、今も日本最大の宗派である。 //////////////////////////////////////////////////////////////////////
406 :
18 from 1989 ◆CMLjWvtunQ :03/01/01 21:30
////////////////////////////////////////////////////////////////////// 第三番目の土着仏教の宗派の開祖、日蓮(一二二二〜八二)は、日本の歴史上、 もっとも華やかに活動しもっとも政治的、したがってもっとも物議をかもした宗教的指導者 だった。六〇〇年以上も経った今でも、個人の信念を国家の利益に優先させた人物の 特異な例として名を残していることは注目に値する。日蓮は、”南無妙法蓮華経”の 題目を唱えて、法華経の超越的真理を信じれば、一人ひとりの日本人の魂は救われ、 ひいてはそれが国民全体の救済につながると説いた。彼は、日本中が改宗しなければ、 外国からの侵略も含め、あらゆる災難に見舞われると予言した。実際に、一二七四年と 一二八一年、蒙古の族長で中国の支配者だったフビライ・カンが襲来し、そのことで 日蓮の名声はその後何世紀にもわたりきこえおよぶこととなった。・・・・ //////////////////////////////////////////////////////////////////////
て言うか議論になってないよ。自己満足ですか?
408 :
19 from 1989 ◆CMLjWvtunQ :03/01/03 13:02
////////////////////////////////////////////////////////////////////// キ☆スト教の脅威 ・・・・徳川時代から明治時代、そして今世紀はじめの数十年間に、宗教との競合に 対する恐れがあったことは、キリスト教徒に対する不寛容さに一番顕著に示されている。 一六世紀末から一七世紀にかけての数十年間に、ポルトガル人のイエズス会その他 の宣教師による改宗者が、何人かの大名も含め一〇〇万人にも達した。このような時代 がどうして終わったかについては、意見が異なる。一説によれば、将軍が宣教師たちを ポルトガルやスベインによる日本植民地化のための先兵だと見たからだという。おそらく もっと重要だったのは、幕府への忠誠度が低い領主が外国の軍事的支援を受けかねない と徳川幕府が恐れたことであろう。しかし、理由はこれだけにとどまるまい。たとえ絶対者 としてのその神が天にいるだげとしても、将軍や天皇の上におかれた異国の神への 信仰が政治的秩序に対して与えうる潜在力は、支配者にとって非常な脅威だったに ちがいない。・・・・ //////////////////////////////////////////////////////////////////////
409 :
20 from 1989 ◆CMLjWvtunQ :03/01/05 16:21
////////////////////////////////////////////////////////////////////// ・・・・一六三七年、多数のキリスト教徒が虐殺され、あるいは棄教を強制された後、 隠れキリシタンに浪人武士が加わり、キリスト教の旗をかかげて島原半島で反乱を 起こした。三万七〇〇〇人の男、女、子供が戦列に加わり、地元島原城を占拠して 四カ月間幕府軍に低抗して戦った。これは、約二三〇年後に明治維新で武士が 戦うまで、最後の大きな戦いだった。 //////////////////////////////////////////////////////////////////////
410 :
21 from 1989 ◆CMLjWvtunQ :03/01/06 21:02
////////////////////////////////////////////////////////////////////// 仏教徒やキリスト教徒が追放されても、それとともに公認の”真理”を超えるなにかを 渇望する者が完全に姿を消したわけではなかった。一八世紀前半に生きた思想家、 安藤昌益は、幕府はイデオロギーに支えられた武力に頼る独断専横の統治だとして、 実態をありのままに捉えた一人だった。彼のような人物がほかにもいただろう。安藤昌益 の著作は一八九九年になるまで発見されず、広く日本の一般大衆に紹介されたのは やっと第二次大戦後のことであった。 キリスト教は無情に絶滅させられた。仏教はみずから発達させた超越的概念を抜き とられ、いくつかの宗派が非合法化された。徳川支配の下に、新しい権力関係は正統派 イデオロギーの中で固定化した。このすべてが、今日の日本の政治的文化を形づくる 上で決定的であった。そして、それは政治的な采配の直接の結果なのである。・・・・ //////////////////////////////////////////////////////////////////////
(^^)
412 :
22 from 1989 ◆CMLjWvtunQ :03/01/08 20:30
////////////////////////////////////////////////////////////////////// 二〇世紀の危☆な信仰 ・・・・またもや、キリスト教徒が最初の標的だった。明示も三〇年を過ぎた頃、彼らは 新政府の規制の対象にされた。一八九九年、文部省が学校での宗教指導を禁止した。 その六年前には、東京帝国大学の哲学教授、井上哲次郎が、有名な『教育と宗教の 衝突』を出版し、その中で「當然の締結にして耶蘇教は徹頭徹尾非國家的なればなり」 と述べていた。もう一人のナショナリストでジャーナリストの陸羯南は、仏教が以前 政治体系に吸収されたようにキリスト教も同化するよう主張した。彼は、いかに日本人の 道徳を保持するかについて政府に指示する論説で有名だった。宗教教育の禁止は、 社会の新しい倫理の担い手をめざしてキリスト教にならって張り合っていた仏教系の 学校にも影響を及ぼした。だが、キリスト教徒は「体制イデオロギーにとってイメージの 上で”外国人”であり、彼らの異邦思想の反射を通じて愛国主義の輸郭が一層くっきり と浮かび上がったのだ」。 //////////////////////////////////////////////////////////////////////
あぼーん
414 :
23 from 1989 ◆CMLjWvtunQ :03/01/09 22:37
////////////////////////////////////////////////////////////////////// 明治の寡頭政権が認める社会に適合するよう、キリスト教徒は至高神と信徒としての 個人の責任を捨てるべきだとされた。言いかえれば、日本のキリスト教は、キリスト教徒を キリスト教徒たらしめる信仰の本質的な部分を奪われたあである。しかし、時には異議を となえながらではあったが、多くのキリスト教信者がそれに順応した。一部のキリスト教 系の学校は、道徳指導の拠り所として聖書を天皇崇拝の基本文書である教育勅語に かえたりした。 日本のもっとも有名なキリスト教徒、内村鑑三(一八六一 〜 一九三〇)は、日本社会 に積極的に参加したいと願いながら解決不能な葛藤に悩んだ多くのキリスト教徒の 気持ちを代表している。つまり、知性や道徳の命ずるところは社会・政治的秩序体制 の要求になんら優先しない、と認めることの葛藤である。アメリカで学んだ内村は、 日本の学校で教えるには適さなくなっている自分に気がついた。一八九一年の有名な エピソードによれば、彼は教育勅語の玉璽に頭を下げるのを拒否し同僚の嘆願で やっと折れたという。彼のジレンマは、一九二六年執筆の有名な短文『二個のJ』に 痛切に描き出されている。(〔〕内は英文からの訳出) //////////////////////////////////////////////////////////////////////
415 :
24 from 1989 ◆CMLjWvtunQ :03/01/11 10:49
////////////////////////////////////////////////////////////////////// 私に愛する二個のJがある。三番目はない。其一はイエス Jesusであって、もう 一つのは日本 Japanである。イエスと日本とを較べてみて私はいづれをより多く 愛するか私には解らない。……〔イエスのためには、彼の父なる神以外のものを 認めることはできない……日本のためには、外国人の名のついた信仰を受け 入れることはできない〕……私の信仰は、この二個の中心をもつ楕円である。 内村が求めたのは、西洋の影響によって汚されていない、純粋に日本的でありうる キリスト教だった。そんなものが可能だとしても、とてもむずかしい注文ではある。彼は、 聖書の物語とキリスト教の倫理的教義の一部はそのまま取り入れ、教会制度を捨て ればそれが可能だと考えた。・・・・ //////////////////////////////////////////////////////////////////////
416 :
25 from 1989 ◆CMLjWvtunQ :03/01/14 21:59
////////////////////////////////////////////////////////////////////// ・・・・今世紀になってからは、マルクス主義者もキリスト教徒も彼らの信条の本質的 原理を捨て去ることを条件として、社会的妥協を受け入れるかぎり、捨ておかれた。 一九〇〇年代初期に社会的地位が高いものの間で共通の話題は、どうすれば ”危険思想”をうまく抑制できるかだった。”危険思想”とは、主にキリスト教徒とマルクス 主義者の世界観から出た思想のことである。一九二三年には、このような思想を 抱かないよう国民に命じる勅令(国民精神作輿に関する詔書)が発せられ、その後は こともなくおさまった。一九三〇年代から終戦時まで、強情なマルクス主義者は執拗に つきまとわれるか巧みに説得されて転向させられた。一番あからさまに迫害されたのは、 共産主義者だつた。共産党はコミンテルンからの指示を受けていたから、外国の手先 として描き出すのは容易だった。もちろん、党は非合法だった。激しい党派間の争い により分断され、大量逮捕によってさらに弱体化させられた。共産党の指導者は戦時 中の大半を刑務所で過ごしたのであった。 //////////////////////////////////////////////////////////////////////
結論は「朝鮮人はもっとヘン」ということですか
418 :
26 from 1989 ◆CMLjWvtunQ :03/01/17 21:42
////////////////////////////////////////////////////////////////////// 戦後日本の言論の自由によっても、かつて”異常な外国の思想”の主要源とされて いたものの命運には、それほど大きな変化はもたらされなかった。一部のキリスト教会は 結婚式場として大いに繁盛しているが、これは、カトリックやプロテスタントの牧師の前で 結婚するのが流行しているからである。日本の人口のわずか一パーセントがみずから キリスト教徒を名乗るにすぎない。 日本の社会主義者および共産主義者は、彼らの理論を実現可能な社会・政治的な 目標に結びつげることを拒みつづけてきた。共産主義の組織も、〈システム〉の主要 構成員と同じように日本主義的な政治思想と姿勢を受けついでいる。一九六〇年代 まで、ソビエト共産党に誤りはないとして日本共産党はその決定事項を正当化していた。 また、集団指導の神話によって個人の責任があいまいにされている。 //////////////////////////////////////////////////////////////////////
(^^)
420 :
27 from 1989 ◆CMLjWvtunQ :03/01/20 20:36
////////////////////////////////////////////////////////////////////// 長らく確立されていたマルクス主義の紋切型教義は、ある種の学者や知識人の 間で影響力を持っている。こうした人の数は今でもなお多いが、しだいに減りつつある。 彼らの”独占資本主義”の概念は、過去七五年間に積もり積もって固まったイデオロギー の澱の重さで、沈みつつある。何事にも思考を停止したかのように決まり文句を使うので、 彼らが説得できるの仲間か、何でも真に受ける一握りの学生だけいしかいない。 にもかかわらず、この古びた日本式マルクス主義だけが、”日本主義”に代わりうる ものとして確立されたイデオロギーなのである。それは、それ以外に正しいものはない という〈システム〉の主張に挑戦する、唯一本格的な政治的反対勢力にとって、ある程度 ではあるが知的な支援となっている。〈システム〉の”逃れられない抱きこみ”を、少なくとも 一九八〇年代なかばまで拒絶してきた一つの大きな政治的組織が、教条的マルクス 主義者に導かれた日教組だったということは、偶然ではない。また、司法官僚による 日本の司法の政治化に唯一一貫して反対しつづけ、司法の自治独立を維持しようと 独り精力的に努力したのは、少なくとも部分的にマルクス主義者の影響を受けたもう ひとつの組織、青法協である。 //////////////////////////////////////////////////////////////////////
421 :
28 from 1989 ◆CMLjWvtunQ :03/01/23 19:45
////////////////////////////////////////////////////////////////////// ロマン☆ックな過激派 日本主義と真の宗教との違いは、後者は社会・政治的次関心事を超越しているのに 対し、日本主義のほうは社会・政治的関心事に由来し完全にそれに支配されている ので、定義からいってもそれを超越できない点にある。日常生活を支配する現行の 仕組みは不変で究極的な意義があるという一方的な断言に、すべての日本人がいつも 満足してきたわけではない。日本主義は、究極的な説明を強く求める人間的な希求を 充分に満足させえないのである。 //////////////////////////////////////////////////////////////////////
422 :
29 from 1989 ◆CMLjWvtunQ :03/01/25 23:03
////////////////////////////////////////////////////////////////////// 先にあげた歴史的な例証に示されるように、こういった人間的希求は、他の国の 人びとの場合と同じく日本人の性質の一部をなしている。日本の若者の新世代も、 断続的にこの希求を表出させる。知的な学生は、時として猛烈な早さでいろいろな 教義体系を奉じては棄てるという個人的な大激変を経験する。確固たる信頼の拠り所 がないので、彼らは新たに出会うイデオロギーにとりわけ染まりやすい。普遍的な原理 に照らして考えるよう訓練されていないので、すべてのことを説明してくれそうな信条を にわか発見すると、極度にそのとりこになってしまう。 //////////////////////////////////////////////////////////////////////
423 :
名無しさんの主張 :03/01/26 02:28
コピペ、誰も読んでいないと思うけど・・・ 書物からのコピペって大丈夫なの? 出版社に連絡してあげた方がいいのかな?
424 :
名無しさんの主張 :03/01/27 13:47
たんなる荒らしだ
425 :
30 from 1989 ◆CMLjWvtunQ :03/01/28 22:24
////////////////// ウォルフレン著「日本/権力構造の謎」 ///////////////// このようなのめりこみが集団として生じると、かなりの画一化と統制がその集団の特徴に 加わる。一九六〇年代と一九七〇年代初期に活発だった日本の学生運動は、二つの 点で、ヨーロッパとアメリカの学生運動とはかなり違っていた。日本の過激派は、コチコチ のマルクス主義イデオロギーの焼き直し文句のあれこれを、忠実に猿真似して叫んだ。 彼らはすっかり心酔してわが身を指導者の手に委ね、すべての命令に従った。機動隊と 過激派学生の戦いは振り付け師が指揮しているかの幻想さえ抱かせた。全員同じマーク と同じ型のヘルメットをかぶり、ヘルメットのアゴヒモに全員同じ小さなタオルを付けて顔の 下半分をかくし(催涙ガスを防ぐため)、全員同じ棒を携えた過激派学生は、紺色の制服 に金属の楯をもった機動隊に負けぬほど統制がとれていた。彼らが編隊を組んで走る 様子を見せれば、有名なイタリアの狙撃隊ベルサーリエリさえ舌を巻いただろう。 //////////////////// 早川書房より邦訳絶賛発売中! ///////////////////
426 :
31 from 1989 ◆CMLjWvtunQ :03/01/28 22:25
////////////////////////////////////////////////////////////////////// それは、西洋の”革命家”学生や彼らのサブカルチャーと、これ以上ないほどかけ 離れていた。西欧のラディカルな若者文化における至上命令は”自発性”だったし、 その理念は真の自我を制限するすべての権威 − 自分たちのリーダーの権威も含め − をいっさい排除することであり、自分たちをある方向に向け、そうすることで”革命” の力を減じさせる諸理論をも排除することであったが、一九六〇年代と七〇年代の 日本の学生運動は、最近のより過激化した分派とは異なり、すっかり儀式化されていて、 機動隊が対処するのはそれほどむずかしくなかった。しかしそうした事実があったとは いえ、当時の学生運動家たちがくシステム>を脅かせさえする考えを強く抱いている ことや、その熱意を公にするのにやぶさかでなかったことの価値を減じるものではない。 ・・・・ ////////////////////// 早川書房を応援しよう //////////////////////////
427 :
名無しさんの主張 :03/01/28 22:31
428 :
32 from 1989 ◆CMLjWvtunQ :03/02/01 21:37
///////////////////////////////////////////////早川書房より絶賛発売中/// 戦時中の狂信 ・・・・陸軍士官学校がつくりあげた将校たちは、精神による物質界の支配、すなわち ”精神主義”を旨とし、論理的な思考は無視するよう教えられた。彼らの大部分が現実 との接触がなく、病的に自己を過信していた。陸軍大臣(後に文部大臣)荒木貞夫の 親友だった小林順一郎陸軍大佐は、その著書『陸軍の根本改造』の中で、”物質的な もの”に頼りすぎることが日本の陸軍の魂を堕落させると考える同僚を批判している。 ”純粋な日本人”の特性ゆえに日本人は能力的に優れているという信念は、一九三九 年の満蒙国境でのノモンハン事件の後でさえ生きのこった。このとき、日本人の優れた 戦闘の精神にかけて闘えという上官の命令で、一万七〇〇〇人以上の関東軍兵士が 「人海戦」で戦死した。ソ連の優れた機械化部隊と優れた戦略的技術と衝突したので ある。この初期の悲惨な敗北は極秘にされて、日本の一般国民には知らされなかった。 //////////////////////////////////////////////////////////////////////
429 :
33 from 1989 ◆CMLjWvtunQ :03/02/01 21:38
////////////////////////////////////////////////////////////////////// 太平洋戦争直前においてさえ、より慎重な同僚を威嚇して黙らせた上で将校たちが 流布させた公式見解は、日本は意志の力でアメリカの物量的な戦力に勝ってみせる、 というものであった。加藤寛治海軍大将の考えは、軍事的にはるかに優れた敵に勝て ないことを認めているが、精神力によってその不可能を可能にすることができるというもの だった。開戦を事実上の決定として承認する御前会議で、大日本帝国軍令部総長・ 永野修身海軍大将は、アメリカと戦う必要に言及して次のように述べた。すなわち戦わず して降伏すれば「魂まで失った真の亡国」を招く、と。また、日本の降伏に続いて、文部 大臣・前田多門は、「我等に匪躬の誠足らず報国の力乏しくて」敗戦した、と全国の 校長に送った訓示で説明した。・・・・ //////////////////////////////////////////////////////////////////////
430 :
The Enigma Of Japanese Power ◆CMLjWvtunQ :03/02/01 21:42
431 :
名無しさんの主張 :03/02/01 23:11
433 :
名無しさんの主張 :03/02/02 02:56
日本人はそうやってズルズル食べるのを普通と思っているからいいじゃない。 ここは一度あなたも笑いながらやってみれば? けっこう楽しいかもよ。 どうしても周りがそうするのを耐えられないのなら、そういう麺類の店から出て行くべきなのはあなただと思う。 少なくとも日本人じゃない。 おれは飯屋での一番の礼儀はマナーを守ることだと思っているけど、わざとやってるんじゃないんだし、あなたを不快にしてもしょうがない事だと思う。 ちなみに次の礼儀は、出された料理を出来るかぎりおいしく頂くことだと思う。 だから、モソモソ窮屈そうに食べるのは俺の中では礼儀に反するよ。
実話 ―――自称パリ出身歌手、日本でも売れてまつ――― 最初に発した言葉 "What's your name?"・・・・・・「あいむ美奈」(勿論偽名 次に吐いた言葉 "We're friends,ok?"・・・・・・・・( ゚д゚)ポカーン 本当にいたんです。これほどまでにイタイ香具師が。
435 :
名無しさんの主張 :03/02/02 10:47
日本はヤクザ以外でもヨーロッパ諸国に比べ犯罪率は低いけど 殺人事件の比率は高いの!ヨーロッパは軽犯罪国だけど 日本は基本的に治安は昔から良くないんだよ。
436 :
名無しさんの主張 :03/02/02 10:55
ロンドン切り裂き魔がまだ有名なイギリスだけど、日本の同じ時期の凶悪犯罪者なんかとっくに忘れられてるよそれだけイギリスより日本は凶悪犯罪者が多いってこと。
あぼーん
438 :
名無しさんの主張 :03/02/02 12:57
>>433 すっごいイイとおもいますよ。
海外に住んで長い人は、当然そこの風習に慣れなければならないと思います。
しかし、日本国内にいて、海外の風習を取り入れる必要性は疑問です。
ちなみに私は、スパゲッテイを食べる時でも、箸。ズルットいってます。
だけど海外に行ったときは、箸で食べますが、音は少なめにしてます。
ちょっと気を使って。
ちなみに知り合いの外国からきた友人はラーメンを食べる時、ズルズル
やってますよ。なぜかって?熱くて食べられないし、のんびり食べるもの
でもないし.....その土地、地域によって風俗習慣が違うのだから
あえて、外国の風習を日本に押し付けるのは横柄過ぎると思います。
439 :
名無しさんの主張 :03/02/02 13:41
世界一高い新聞を文句も言わずに買っている。
440 :
34 from 1989 ◆6dgm1BV1dM :03/02/05 20:52
////////////////////////////////////////////////////////ウォルフレン著// 戦後の純粋さ ・・・・現代の日本は、アメリカが押しつけた戦後の憲法が、国の交戦権を永久に 放棄したので、いわば去勢国家になった。しかし、戦争が気高い行為とはみなされ なくなったとはいうものの、日本人には無限のエネルギーが備わっており、それは、 国の産業統計に現われているという考えは、なお強く生きている。 同様に、いまだに”純粋な”動機と”純粋な”行為という理念は、危険な感情同化の 代替対象物を創り出している。日常的な発想を打ち破り”日本人らしさ”の激烈な 礼讃に変えてしまう伝統、大塩平八郎の熱情を優越日本の支持に化けさせたところ から始まり、維新の志士たちを経て戦前の超国家主義者へと続いた伝統は、今も 死んでいない。 //////////////////////////////////////////////////////////////////////
441 :
35 from 1989 ◆6dgm1BV1dM :03/02/05 20:54
////////////////////////////////////////////////////////////////////// この伝統は、なにか究極的で意義深いものを提供する。それは単調な物質中心の 日常性の対極であり、現実逃避である。それは戦前も今も同様なのであるが、日本 主義を超越する、個人を解き放つ力をもった知的構築物にはなりえず、お粗末な 代用物になっているだけである。自衛隊は蜂起して”皇道を復活させよ”と訴えて ”もっとも日本男子らしい行動”で切腹した三島由紀夫の哀れをさそう行為は、まさしく この伝統に当てはまるものである。一九六九年に三島は公開討論で、東大の安田講堂 を占拠していた学生が、警察の催涙ガスと放水に負けてやすやすと降参しただけで、 身を投げて死んで崇高な態度を示した者は一人もいなかったといって、学生たちを 責めた。当時の論説を見ると、三島のために多くの左翼学生が屈辱を感じさせられた ようだ。・・・・ ///////////////////////////////////////////////////////////早川書房///
442 :
名無しさんの主張 :03/02/08 17:29
突然申し訳ありませんが、私の話を聞いてください。 裁判で相手に支払命令の判決を勝ち取ったけど、現実には強制執行して働いてる会社の給料を差し押さえようとすれば、ボランティアで働いて いるので差し押さえ出来ない・・・ ちなみにそいつは1年前まではその会社の役員だった。会社ぐるみであっても立証出来ないため、俺の権利は法律によって阻害されている。 裁判にかかった年数はかなり長期です。 こんな事が許されるのでしょうか?
443 :
36 from 1989 ◆6dgm1BV1dM :03/02/09 15:44
/////////////////////////////////////////////////日本/権力構造の謎//// 非宗教化の危機感 ・・・・もし日本の厳格な社会規範がなくなるようなことになれば、そのあとに残る ものはあまりないであろう。道徳的な原理の源になりうる宗教あるいは倫理的な信条 体系が生まれるのを、政治体系が防いできたからである。日本社会から個人に服従を 強いる厳格な掟を取り去ってしまえば、社会を結合させるものが実にすくないのだ。 多くの管理者も、不安を覚えながらこのことに気づいている。 戦時中の狂信的な日本主義に対して日教組や他の左翼団体によって執拗に続け られてきた反発は、日本的道徳の守護者の目には大きな行き過ぎと映った。彼らは 外部の者にはこれまた過度で執拗すぎると思えるほど、次の世代の人びとの道徳に こだわるのである。 //////////////////////////////////////////////////////////////////////
444 :
37 from 1989 ◆6dgm1BV1dM :03/02/09 15:45
37 from 1989 ////////////////////////////////////////////////////////////////////// 筆者が日本に初めて来た一九六〇年代初期、消えゆく慣習、若者の無礼さ、社会 のために働く決意の喪失などについて活発に論議されていた。一九八○年代末に なっても、耳にするのはまったく同じ不満である。国家の”精神”がつねに衰退しつつ あると見られているのである。管理者は、学校に通っている世代が会社への献身、 主婦としての役割、権威への服従、国のためを思う一念などを棄て去りはしないかと いう異常な不安にとりつかれているのではないかと見えるときがある。なんとか手を 打たなければならないと、管理者はみな一様に思いつめている。 ///////////////////////////////////////////////////////////早川書房///
読む気にさせろ坊や
銀行が100万人もの生活を破壊しているそうだ。 日本の司法制度は、腐っており、銀行側のみを不公平に優遇し、公正な裁判も行われていないという。 その結果、本来救済されるべき多くの人々が、破滅させられている。 このようなことでは日本に未来はない。 司法試験に合格した人間が、正義ではないということを知っておくべきだ。 邪悪な銀行の不正行為は、やがて必ず制裁を受けるだろう。
447 :
38 from 1989 ◆6dgm1BV1dM :03/02/12 21:25
////////////////////////////////////////////////////////////////////// 国家精神の鼓舞 一九五〇年代と八○年代の「占領政策の行き過ぎを是正する」キャンベーンや、 若い人々の新しい愛国心育成を求める自民党議員や文部官僚の呼びかけは、この ような背景があってのことだ。道徳教育がおこなわれないことと、学校に道徳教育を 復活させようとして政府が直面する制約に対し、各界から公然と大いに不満の意が 呈されている。経済諸団体のトップの官僚的財界人が、”受験地獄”をさらに極端に させる教育制度を推進させたのは、そこから産み出される従順な中産階級労働者が 企業に役立つと思っただけではなく、そのきびしい訓練が日本社会の分裂をくい止 めると見たからである。日本の政治秩序の番人たちは口にはしないが、彼らがもっとも 恐れているのは、日本社会の”世俗化”なのである。ついでに言えば、明治政府が したように政府が”文化的価値”の涵養に一役買うことがいとも気軽に容認されるの は重大なことである。 //////////////////////////////////////////////////////////////////////
448 :
39 from 1989 ◆6dgm1BV1dM :03/02/12 21:26
////////////////////////////////////////////////////////////////////// 日本の〈システム〉と西洋起源の考えとの相克によって引き起こされた日本の教育 制度の緊張は、一九八○年代にさらに激しくなった。中曾根元首相は性懲りもなく、 自身と強硬な日本主義者の解釈による日本的道徳規範を再主張することによって、 緊張を解決したいと望んだ。彼は、日本が真に国際化し世界の福祉に貢献するため の第一条件は、日本人であるということはどういうことであるか、そのすべてを完全に 理解することにあると、研究の必要性を強力に宣伝した。日本人は外国の人びととは 違う道徳を教えられねばならぬものなのか、という筆者自身の質問に対し、中曾根は、 基本的な道徳は世界共通だが、社会基盤が異なれば表現される形が異なる、日本 の場合当局が面倒をみる必要がある、と答えた。 //////////////////////////////////////////////////////////////////////
なにこのスレ。 つまんね
450 :
40 from 1989 ◆6dgm1BV1dM :03/02/15 16:15
////////////////////////////////////////////////////////////////////// 一部の自民党政治家はもっと大胆に発言する。文部大臣・藤尾正行は一九一〇年 の日韓併合は韓国にも責任があると述べて、八六年に辞任させられたが、彼は、戦 後乱れてきた国民の道徳秩序をとりもどすには、教育勅語の道徳規範を復活させる 必要があると、ズバリ主張した。別の文部大臣、瀬戸山三男は、一九八三年の記者 会見で、日本の学校の生徒が規則に従わなくなってきているのは、アメリカ占領軍 当局に問接の責任がある、と主張した。日本人をアメリカの生活習慣に順応させる ため、日本の慣習や道徳や歴史を一掃するのが彼らの仕事だったと彼は言う。良い 結果も少しはあったが、それで人びとが幸せになったわけではない。これを正すには、 国民的道徳と時代おくれの教育方法を再検討する必要がある、と文相は言った。子 供たちに教えるべきだと彼がいう考えはすべて教育勅語にある。ほんの六年前なら、 このような考えを吐露すれば、辞任させられたに違いない。 //////////////////////////////////////////////////////////////////////
451 :
41 from 1989 ◆6dgm1BV1dM :03/02/15 16:16
////////////////////////////////////////////////////////////////////// 中曾根や戦後の文部大臣の大半と同じ考え方をする日本人は、占領時代以降、 伝統的な道徳にとってかわったとされる”個人主義”が、自由奔放な利己主義と暴力 をはびこらせたものだと信じている。文部省が教科書執筆者に宛てた一九八七年の 手引きの中で、文部省の教科書調査官は憲法教育に関して、個人の権利の保証か ら社会的、国民的責任へと重点を移す必要があると説明した。”個人主義”の考え方 については、かなり相反する感情が共存している。個人主義は一九四七年の教育 基本法に明示された教育の目的を正しく理解していることを示すキーワードである。 また、もっと創造的に考える者が日本には必要だとも考えられている。中曾根が設立 し、学者、知識人、財界人で構成されたあの重要な臨時教育審議会(臨教審)は、こ うした概念と懸命に取り組んだ。 ///////////////////////////////////////////////早川書房より絶賛発売中///
452 :
名無しさんの主張 :03/02/18 03:21
当方北米在住♀です。 郷に入れば郷に従えでしかたなくヌードル系を食べる時は 音をたてずに麺を歯で一口大に切ってからモソモソ食べてる。 でもやっぱりズルズルっと啜りこむのが一番おいしいよね。 日本にいるガイジンはその食べ方に文句つけるな、これが 日本文化だ。でもマネして音たてて食うな!日本文化がわかった 振りをして”ボクはサミュラーイスピリット持テルネ〜”とか 言うガイジンが一番ウザい、ひょっとしたらいっそ文句言ってる ヤシのほうがマシか?とも思う時がある。
郷に入れば郷ひろみ
あぼーん
457 :
42 from 1989 ◆6dgm1BV1dM :03/02/18 20:33
////////////////////////////////////////////////////////////////////// 一九八五年から八七年にかけて出された報告書は、教育統制を強化すればするほど 個人主義と創造性が生まれると彼らが信じているとの印象は免れない。しばしば日本 の役人は外国からの借用語に勝手な意味をもたせて使う。だから彼らは述べてある 目的に矛盾する措置を取れるのだ。日教組や他の批判者は、相反する現実を巧みに 操作するテクニックについては知り尽くしているので、”個人主義”が、長く待たれていた 国家主義的倫理をこっそり持ちこむトロイの木馬になるのを恐れている。(臨教審の) 改革論者が言っているのは、個性と創造性を刺激し、国際社会において積極性をもつ 一員になるには、教育は子供たちに日本を愛する心を植え付けなければならない、 ということだ。臨教審は道徳教育のカリキュラムへの最終答申で、一部はすでに復活 している”日本文化を尊重”する教育を強調した。”日本文化の尊重”という表現は 一般的には、現行の力関係を尊重するという意味で使われる。・・・・ //////////////////////////////////////////////////////////////////////
458 :
43 from 1989 ◆6dgm1BV1dM :03/02/22 08:45
////////////////////////////////////////////////////////////////////// 外圧が強いる〈システム〉の非宗教化 ・・・・日本の〈システム〉およびそれを支えるイデオロギーや考え方について外国 人が分析すると、きまって日本人からの猛烈な反発が出るのだが、けだしこれは不 可避であろう。つまるところ、それは、言うをもはばかるほど神聖なものを分析するに 等しいからである。そうすることは、どのような宗教にとっても破壊的な行為である。 というわけで、日本の非公式の、しかしどの点から見ても世界一目立つ代弁者であ るジャパン・タイムズは、ある知的な雑誌に載った外国人の著者と日本主義的な見 解を提議する日本人の教授とのやりとりに関して、次の論説を書いた − //////////////////////////////////////////////////////////////////////
459 :
44 from 1989 ◆6dgm1BV1dM :03/02/22 08:46
////////////////////////////////////////////////////////////////////// 外国人が怒りとともにまちがった流儀で、この国のアイデンティティ − あるい はこの国の神話といってもよいが − を痛烈に叩くのは、日本人に外国からの批 判に耳を貸すなと勧めるようなものだ。罪穢がまったくない国民というアイデンティ ティは、人類の課題として今やしっかりと根を下ろしている。しかし、このような主 張は円滑な国際関係向きのものではない。よって、必要なのは忍耐と寛容と行 儀と礼儀よさである。 //////////////////////////////////////////////////////////////////////
460 :
名無しさん :03/02/22 12:06
461 :
45 from 1989 ◆6dgm1BV1dM :03/02/25 21:59
////////////////////////////////////////////////////////////////////// 〈システム〉の宗教性を本格的に切り離さないかぎり、この国の被統治者はほんとう の意味での市民にはなりえない。そればかりか、宗教的熱情をもって多くの者が参加 している〈システム〉の諸活動によって、自分たちがどの方向に導かれているのかを 明確に知ることも不可能である。しかし、外国人、とくに外国の政府や経済界の代表は、 宗教の代替物としての日本社会に関与できないために、また日本がどの方向に進み つつあるのかをたしかに懸念しているために、そしてつねにいろいろな疑問を抱き それに対して骨身にこたえるような答えを提言したりするために、彼らは、日本の 管理者たちが恐れる”〈システム〉の宗教性を切り離す”勢力なのである。そして ジャパン・タイムズや前出の京大教授をはじめ、多くの論評者は、無意識のうちに この信仰の弁護者になっているのだ。 /////////////////////////////////////////////////日本/権力構造の謎////
462 :
名無しさん :03/02/25 22:23
ロリコンや愛好者が横行していること
463 :
46 from 1989 ◆6dgm1BV1dM :03/03/01 09:46
////////////////////////////////////////////////////////////////////// 12☆ 支配する権利 日本では非公式の権力が行使されても、その権力がどこかに集中したものでない かぎり鋭い痛みを感じさせることはない。戦後の日本人が〈システム〉の存在に気づいて いるとしても、〈システム〉の逃れられない、いたるところに点在している権力は、微妙で、 漠然としており、突き止めようがないものである。法律の枠組みの外で秩序を保つという 非公式の方法はめったに感知されず、いわんや公然と批判的な目で調査されることも ないから、それはあからさまな問題を引き起こすことはない。ところが一方、公式な方法 によって指導力の行便をしようとするなら、始終深刻で、見るからに解消不能な緊張を 引き起こすことになる。 //////////////////////////////////////////////////////////////////////
464 :
47 from 1989 ◆6dgm1BV1dM :03/03/01 09:47
////////////////////////////////////////////////////////////////////// 首相や閣僚は国の正式な責任者でありながら、実際には、憲法に定められた権力 を行使することすらできない。本物の指導性を熱望する政治的指導者は必ず、不信と 絶えざるサボタージュという、とらえどころがなくて乗り越えがたい壁にぶつかる。日本 では誰も明確な支配権を与えられてはいない。日本では個人も集団も、だれも国の することに責任を取りはしない。日本における指導力はつねに不完全だといえる。 ///////////////////////////////////////////////早川書房より絶賛発売中///
465 :
48 from 1989 ◆6dgm1BV1dM :03/03/05 20:51
////////////////////////////////////////////////////////////////////// 日本の正式な指導者の弱さについては広く知られているが、普通、日本に”個人主義” を歓迎しない社会慣習があり、そのため個人主義的な指導者が生まれないからだと 説明される。しかし、中曾根康弘、田中角栄、池田勇人、岸信介、あるいは利益団体、 暴力団の多くの”ボス”のような、大きな権力を持ち、潜在的にはもっと大きな権力を 持ち得た指導者について考えると、この理論は適切でない。たとえば中曾根は、毎年の 先進国首脳会議(サミット)で彼が一緒に会議をした外国の首長に遜色なく”個人主義的” であった。また、一般国民は、個人主義者と係わりたくないので強力な指導者を受けつけ ない、という似たような理論にも説得力がない。いつの時代にも、きわめて個人主義的に 行動した民衆の英雄がたくさんいたし、彼らはまさしく個人主義のために多くの人に 好かれたのである。 //////////////////////////////////////////////////////////////////////
466 :
49 from 1989 ◆6dgm1BV1dM :03/03/05 20:52
////////////////////////////////////////////////////////////////////// この問題を文化論的に説明しようとすると、重要な政治的な現実を無視することにな る。つまり権力を共有する日本人の間でだれが支配の権利を持つべきかに関して、彼ら はたえず相反する感情を抱いているということである。近代工業国としては異常なこの 特徴が、日本の政治世界のもっとも根本的な問題である。このことが直接・間接に及ぼ す影響は、本書が扱っている現象の大半に係わっている。この問題は、本質的にも、ま た定義からいっても、政治的正統性の問題である。私が「定義からいって」と言うのは、 なによりも正統性は、だれに支配する権利が与えられているかが、明確に定義される 状況をいうにふさわしい言葉であるからだ。・・・・ //////////////////////////////////////////////////////////////////////
>>462 他人に迷惑さえかけなきゃ大半のことは許されるんだ、
仕方なかろう。
迷惑をかける要因になりそうなことをしないように
積極的に働きかける社会ならまた話は違ったのだろうが。
468 :
名無しさんの主張 :03/03/06 19:34
保守
469 :
◆6dgm1BV1dM :03/03/09 17:08
// 50 ///////////////////////////////////////////////////////////////// 正統性とは何か ・・・・筆者は政治的要因としての”受諾”や”黙認”を軽視しているわけではない。 それどころかどの国でも既存の権力形態を維持するうえで決め手となる一般大衆の 無関心が、日本の政治的な仕組みをこれまで存続させるうえでも特に有力な要因に なってきた。「仕方がない」 − 日本人が日常使う表現のひとつである。ちょうど「暑い ねえ!」とか「おお寒!」とか言うように、自然現象を認めることばだ。権力者の命令に 従うことは、大体”仕方がない”ことなのである。社会秩序と政治体制の区別がはっきり していない事実もこのあきらめを助長する。しかし、従順さは強制という目に見えない 社会的威嚇によって支えられており、正統性とまったく関係がないのである。 //////////////////////////////////////////////////////////////////////
470 :
◆6dgm1BV1dM :03/03/09 17:13
// 51 ///////////////////////////////////////////////////////////////// ”仕方がない”と溜め息をついて、政治の現状について普段あきらめている人びとに とって、支配権がだれにあるかという問題は大した関心事ではあるまい。だが、このような 受身の容認は状況の産物である。そこには政治的な信条が介在しない。もし〈システム〉 が自分たちをとり囲んでいて、それには勝てないとすれば、もし〈システム〉に人生の 究極的な意義があり、そこ以外に意義を求められないとなれば、せいぜいそこで頑張るか 我慢するしかないではないか。これまでに見たように、日本人の考えでは、個人的な 部分と社会・政治的な領域の境界がはっきりしないし、〈システム〉の代替宗教的な役割 も漠然としている。これでは<システム>の正統性を問うのは、一般の日本人にとって、 母親の正統性を疑うようなものである。 /////////////////////////////////////////////////日本/権力構造の謎////
471 :
名無しさんの主張 :03/03/09 17:15
淫交条例を廃止しないのがおかしい! 今すぐ廃止するべきだ
472 :
◆6dgm1BV1dM :03/03/13 21:22
// 52 ///////////////////////////////////////////////////////////////// 支配☆級の悩み 平均的な日本人とは対照的に、支配階級の人間や集団は、その中のだれが他者に服従 と協力を要求できるかという問題にしばしば深い関心をよせる。官僚、自民党の政治家、 産業界のヒエラルキーの頂点にいる管理者、新聞の編集者 − 彼らは直接意見を言わ ないが、支配権の問題に直面している。中曾根康弘の首相としての行動が、この問題の 見事な例証になる。 中曾根は、日本の国際的な困難のほとんどが国の主導力の弱さのためだと、十分に分 かっていたようだ。彼は、戦後の首相のだれよりも懸命に、世界が一般に期待する首相 の主導性を、実現するよう努めた。5章で見たように、彼は国務大臣を長とする新しい 総務庁をつくり、緊急事態に迅速に対処できるよう総理府本府の能力向上に努め、行き 詰まりを打開する際に官僚を動かす新しい方法を見出した。 ////////////////////////////////////////////////////////ウォルフレン著//
473 :
◆6dgm1BV1dM :03/03/13 21:25
// 53 ///////////////////////////////////////////////////////////////// このような中曾根の措置は、官僚や自民党の政治家、多くの論説記者に歓迎されたと人 は思うであろう。彼らはそれまで、外国の圧力や批判を不快に思い、抜本的な構造調整、 効果的な指導性、世界的問題で責任をとり、役割を増す必要を唱えていた。また、他国 の首長がまじめに相手にしてくれる首相がいる利点は、日本の管理者、論説委員、そして 国民の大部分に確実に認識されたはずだ。それにもかかわらず、日本が果敢な首相の おかげで得するだろうと主張していた同じ人びとが、前任者たちより強く、より果敢になろう と志した中曾根のやり方に反対したのである。自民党議員の大半にとって、日本に信頼性 のある指導力を確立しようとした中曽根の努力自体が、おそらく彼を激しく嫌った理由 だったのであろう。官僚は、中曾根が要請した政策調整のための動きをほとんど実行 しなかった。また、中曾根の努力にふれる新聞の論彊は不信感が目だってきた。 ////////////////////////////////////////////////////////////1989年刊//
474 :
◆6dgm1BV1dM :03/03/17 20:32
// 54 ///////////////////////////////////////////////////////////////// 興味深いことに一般国民は、より強力な指導者になろうとする中曾根の努力を不快な こととは受けとらなかった。彼は、世論調査によると戦後の首相のだれよりも高く国民 に評価されていた。さまざまのエリート集団だけが狼狽したのである。たしかに日本の インテリの一部は、はじめから中曾根に対し不信感を抱いていた。彼は自分の国家主義 的な信念をまったく隠そうとしなかった。彼は、消化不良のままで、議論されず放置さ れてきた日本の過去の帝国主義にかかわるタブーを破ろうとする点で、前任者よりふみ こもうとしていた。彼はまた日本が単一文化、単一民族の社会だとする思想を奉ずる団 体や個人と交際がある。しかし、彼の計画は、多くの管理者の願望とだいたい一致した。 ただそのやり方がむきだしのままだったので、ひんしゅくを買ったのである。問題は、 日本の<システム>のさまざまな部分を動かす者たちが、まぎれもない、中心となる政 治的指導者を受け付けなかったという点だ。もし中曾根でなく、その前任者だった福田 赳夫や大平正芳が首相の権限を強化したとしても、同様に多大な不信感を持たれたこと であろう。 //////////////////////////////////////////////////////////////////////
475 :
◆6dgm1BV1dM :03/03/17 20:39
// 55 ///////////////////////////////////////////////////////////////// 古代からの問題 日本の歴史をふりかえって見ると、支配権の所在の不明確さを補うため次々と対策が導入 されたのが認められる。それらは不完全な解決法ではあったが、その大半が今日の日本の 権力の行使になお決定的な影響を与えているので、ここでそれらをふりかえってみたい。 政治秩序を維持するもっとも簡単な方法は、腕力による威嚇である。たとえば警察が犯罪者 を逮捕するのに行使する力のようなむき出しの権力の残滓は、どの先進社会でも見られ、 大多数の市民が不可避なものとして認めている。だが、ごく通常の政治的な制御に暴力を 使うのは、明らかに得策ではない。この方法は、権力を長く保持しようとする権力者なら だれもが望むはずの安定した状況をもたらさない。裸の権力は支配者に威力をそえるで あろうが、被統治者がマゾヒストでないかぎり、好ましい感情を生まない。そのうえ、支配者は 処罰の脅威の効力を本ものにするために武装した従者を雇うだろうが、彼らが野望のある 隊長の指揮のもとに刃向かってくることもありうる。 //////////////////////////////////////////////////////////////////////
476 :
◆6dgm1BV1dM :03/03/21 14:05
// 56 ///////////////////////////////////////////////////////////////// これらの問題を解決し、兵士を含む臣民に対して彼らを治める権利が支配者にあると 信じさせるためには、儀式やその他の象徴とともに、ひとつの理論体系が必要になる。 日本史初期の氏族の族長は、守護神の元来の親族であるから徳が本来備わっているとして、 支配権を主張した。族長はさらに、氏族の寺や塚をつくり年代記を書いて権利を強調した。 日本で最初の政治権力を正当化するこのような試みが、うまくいったかどうかは明らかでない。 四一五年に允恭天皇が出した勅令により、氏族の族長や世襲の称号を持つものは、熱湯に 手を入れて彼らの主張する地位が正当なものか神の裁断を仰がなければならないとされたと、 日本最古の公式歴史書『日本書紀』は述べている。同書によると、主張に嘘のない者は火傷 を負わず、嘘つきは恐れて逃げ、それ以来家系について嘘をつく者はいなくなったそうだ。 //////////////////////////////////////////////////////////////////////
477 :
名無しさんの主張 :03/03/21 18:13
478 :
◆6dgm1BV1dM :03/03/22 10:48
// 57 ///////////////////////////////////////////////////////////////// 六世紀と七世紀に、独立した族長を統治し支配力を増すために、大和朝廷はさらに 強制力のある新しい正統性の定義を必要とした。そこで、聖徳太子の”憲法”は和の 必要性を強調し、大和の支配者は正統性の主張に強固な支えを得るため、熱心に仏教 と儒教にとびついた。 武家の台頭と内乱の時代については、多言を要しないだろう。未解決のままの正統性 が新たに問題になる時には、武力が前面に出る傾向がある。こうして、日本は、さかの ぼれるかぎりの歴史の半分以上の期間、なんらかの形の武家支配を経験することになった わけである。外国からの脅威がほとんどなかったことを思えば、ますます驚くべきことで あった。・・・・ ///////////////////////////////////////////////早川書房より絶賛発売中///
479 :
◆6dgm1BV1dM :03/03/25 20:34
// 58 ///////////////////////////////////////////////////////////////// ・・・・徳川の武家支配は、冷やかで、また時にはっきりと反抗的な大衆に押しつけ られたものであった。日本は二世紀半にわたり平和な時代を享受したとの一般的な印象 があるが、実際には、騒動がこの期問を通して起こっている。異説が容赦なく抑圧され、 国家を究極的な善とするイデオロギーがあったにもかかわらず、ある調査によると、 百姓一揆は二八〇九回に及び、暴動はおよそ一〇〇〇回に達したということだ。『大日 本史』の編纂に携わった主要な儒学者の一人、藤田幽谷(一七七四〜一八二六)は、日本 の平民がどれだけ自分たちの権力者を支持するかについて、幻想を抱いていなかった。 平民は機会さえあれば喜んで敵の仲間に加わるだろう、と彼は考えた。彼の仲間の多く が同じ意見を持っていたようだ。・・・・ ////////////////////////////////////////////////////////////1989年刊//
480 :
◆6dgm1BV1dM :03/03/25 20:39
// 59 ///////////////////////////////////////////////////////////////// ”ノーメンクラツーラ”による解決法 ・・・・正統性が得られず、腕力による直接の抑圧が続けられない場合でも、両方の中間に 位置する方法があり、それによって支配力を維持できる。その方法とは、社会のもっとも 重要な地位を占める人びとの集団に、現行の仕組みが彼らにとって最良のものだと信じ こませるやり方である。等級別恩典制度によって軍人と公務員に報いれば、彼らの同意 を得られる。筆者が見たこの形にもっとも近い制度は、北ベトナム軍の幹部組織であった。 ソビエト社会のノーメンクラツーラ(世襲特権を持つ上流階級)も明らかにこの類型に属す。 //////////////////////////////////////////////////////////////////////
481 :
名無しさんの主張 :03/03/25 20:58
読みにくいんですが
482 :
◆6dgm1BV1dM :03/03/29 10:27
// 60 ///////////////////////////////////////////////////////////////// エリート集団の支持と指導がないかぎり、地位の低い人びとが既存の支配体制に挑戦 することはまずない。スパルタクス(奴隷の反乱を起こした古代ローマの剣士)型の動きは 稀であり、失敗に終わる。一方、重要な地位にある者が変化を妨害しようとするのには、 立派な理由がある。彼らにとって、経済の欠乏状態 − それはこの種のエリート制度が 栄える状態であるが − の最中の変化は危険である。統制への不服従は、結構な生活を するのに不可欠な特権を失うことになるから問題外である。支配力のある人ほど、買いもの の特権、医療サービス、エリート教育、子供のための良い就職口など、服従しないことで 失うものが大きいのだ。 //////////////////////////////////////////////////////////////////////
483 :
◆6dgm1BV1dM :03/03/29 10:28
// 61 ///////////////////////////////////////////////////////////////// 徳川政権がつくりあげた制度は、この”ノーメンクラツーラ”による解決法によく似ていた。 幕府の安全は、”家臣”である大名を隔年ごとに首都に居住させ、あとの期間は彼らの 家族を人質として江戸に留め置く(参勤交代)制度に基盤をおいた。徳川政権はすくなくとも その時代の後期に、先に述べた共産主義国の例を思わせるような政治制度を発達させた。 世襲制の特権を持つ上層の武士が、政権の維持を保証した。彼らの下に、教育があり 統率のとれた下層の武士がいた。このグループは、かなり急速に進展する政治的経済を 日々管理し、租税やその他の課徴で集めた富を寄生的な支配階級に流す仕事を任された、 初期の”テクノクラート”であった。下層武士は不満を抱いたが、社会という舟を揺さぶれば 自身も舟から落ちてしまうのを知っていた。・・・・ //////////////////////////////////////////////////////////////////////
485 :
◆6dgm1BV1dM :03/04/02 20:16
// 62 ///////////////////////////////////////////////////////////////// 無責任の制度化 ・・・・新しい支配者が最初にしたのは、途方もない正統性の大問題を解決するため、 明治天皇を京都の御所から東京と改名された江戸の将軍の城に移住させることだった。 これは寡頭政権の決定が天皇の名においてなされるということを示唆するためだった。 ほかにも天皇の座と政治過程を結びつける数々カの新制度があった。現実には、王政”復古” が天皇の世俗にかかわる権力を復活させはしなかった。寡頭政権は大きな政治の改革を 成しとげながらも、ひとつの重要な政治的伝統を変えなかったからである。それまで、 すべての慕府政権は理論的には天皇に任命されたという形で正当化されてきた。天皇は 申請であり不敬罪は重罪であったから、力のない天皇はつねに権力ゲームの理想的な道具 であり、政治操作の理想的な盾だった。 //////////////////////////////////////////////////////////////////////
486 :
◆6dgm1BV1dM :03/04/02 20:18
// 63 ///////////////////////////////////////////////////////////////// 一四歳で皇位を継承した睦仁(明治天皇)は、統治にまったく輿味をもつことがなかった ようだ。しかし、それは支配者にとって無関係だった。というのは、明治維新に先行した ”復古運動”は、天皇の占めるべき位置は中心であるという歴史的な研究にもとづく諸理論 に裏打ちされてはいたが、寡頭政権は天皇に権力を渡す意図をまったく持たなかったから である。(だが、支配者たちは天皇に、統治に興味をもっているふりをしてくれと頼んだ。 愛馬にのみ注意を払うのは世論に悪影響を与える、と天皇が政治の指南役からいさめられた こともあるという)。 ////////////////////////////////////////////////////////////1989年刊//
487 :
名無しさんの主張 :03/04/02 20:19
>>1 さんは、どこの国の人か解らないけど、もしアメリカ人
だったら、ブッシュのおかげで、あちこちの国で、ここが
変だよアメリカ人って言われそう。
488 :
名無しさんの主張 :03/04/02 20:22
>>487 つか、みんな変なのがアメリカ人だからな。
489 :
名無しさんの主張 :03/04/04 21:14
あぼーん
491 :
◆6dgm1BV1dM :03/04/06 11:39
// 64 ///////////////////////////////////////////////////////////////// 明治維新の後、寡頭政治はいずれ議会制に変えられ、日本は立派に近代国家の仲間入 りをするだろうという印象があった。新しい外国の理論が導入された後の政治論議では、 睦仁が国王として首相や閣僚を任命し正統化する、ヨーロッパの制度に似た立憲君主制 を唱える者もいた。しかし、この仕組みでは、寡頭政権内での個人の権力はしだいに 消えていくことになったであろう。寡頭政権が最終的につくり上げた明治憲法は、立憲 君主制が自分たちにまったく利点をもたらさないと彼らが知っていたことをはっきりと 示している。紙の上では、天皇がすべての権限をにぎり、寛大さをもって国に憲法を授 けるということになった。だが現実には、非公式の権力を行使する新しい政治体制が実 現しつつあった。非公式の権力の頂点を寡頭政権内の人問が占めたのである。こうして 明治憲法は、徳川幕府やそれに先立つ政治体制と同様の体制を実現させた。新旧いずれ の体制も、実権行使と無関係あるいはあまり関係のない天皇統治の理論によって正統化 されたわけだ。 //////////////////////////////////////////////////////////////////////
492 :
◆6dgm1BV1dM :03/04/06 11:40
// 65 ///////////////////////////////////////////////////////////////// 新国家の設計者たちは、御しにくい下層武士階級の出身だった。彼らは特権のヒエラ ルキーによる統制をプロパガンダによる統制にかえなければならないことを理解していた。 そこで、明治の政権は必然的正義であるという、国民向けの大がかりな宣伝活動に乗り 出した。このキャンペーンは勢いづいて”国体”の秘儀を生み出し、その結果、政治的には 立憲君主制に限界があるとは考えられなくなった。さらに実際的なレベルでは、天皇が 正統性を与えるべき指導者の選定について明確な規定を、意図的に憲法に入れなかった。 明記すれば、彼らの地位がまともに脅かされたからである。もし彼らが首相やだれか一人 の人間への権力集中を許していれば、明治の寡頭政権を可能にしたグループ連合の 結合力はなくなっていただろう。 //////////////////////////////////////////////////////////////////////
493 :
◆6dgm1BV1dM :03/04/10 21:32
// 66 ///////////////////////////////////////////////////////////////// マッカーサー元帥が新憲法を日本国民に与えるまでの何十年もの問、誰が本質的な問 題を決定する権利を持つのか、不明確なままできた。天皇の周辺にいた長老政治家集団 が体制を機能させていた。しかし彼らは憲法や法的に定められた公的地位を有したわけ ではなく、責任を負いもしなかった。 誰が実権を持っていたのだろうか? 陸軍だろうか? 枢密院? 国会? 内務省? 外 務省? だれの正統性が審判されなければならないのだろう? 丸山真男は有名な一文で こう要約している − 「だれか一人が決定の究極的な責任を負うとされないよう、不明 確な責任の分担が好まれた。明らかに天皇制国家の機構は、巨大な無責任体制を発達さ せる危険を本来的に持っていた」。 /////////////////////////////////////////////////日本/権力構造の謎////
494 :
◆6dgm1BV1dM :03/04/10 21:38
// 67 ///////////////////////////////////////////////////////////////// 明治時代やそれ以後の日本の権力者は、悪事や極端な悪性の責任を問われ得なかった。 この伝統が日本にとって(他の国々にとっても)重大な危険をはらむことは、二〇世紀 前半に十分に示された。日本のアジア征服を許したうわべの公的権限は、日本の行動に 実質的な発言権のない天皇に在った。この時期の責任者をはっきりさせない決定が、 アジアの政治地図を変え、世界最大の工業国との戦争を開始させ、およそ三〇〇万人の 日本人と一〇〇〇万人から二〇〇〇万人の外国人を死に追いやった。さらに、共産主義者 の中国支配を実現し、ヨーロッバ諸国のアジア植民地からの撤退が早まった。しかも、 ここにあげたのは主要な結果だけである。・・・・ //////////////////////////////////////////////////////////////////////
495 :
◆6dgm1BV1dM :03/04/14 19:48
// 68 ///////////////////////////////////////////////////////////////// ”知らしむべからず” ・・・・徳川の為政者は民衆の無知と支配者の秘密主義が秩序維持に欠かせないと認 めていた。国体イデオロギーの先がけとなる『新論』を書いた会沢正志斎(一七八二〜 一八六三)は、こう述べた。一般民衆は、法規が存在し、それが思いやりのあるものだ という事実を受け入れるだけでよく、法規の内容まで知る必要はない、と。彼はまた、 徳川幕府が故意に平民を弱く無知な立場にとどめていた事実を、隠そうとしなかった。 彼の死後一〇〇年以上たった今日でも、日本市場への参入を図って不満を覚える外国企 業は、自社の製品が日本の法規にしばられるのだが、その理由について詳細な説明をも らえないということがしばしばおこる。・・・・ ////////////////////////////////////////////////////////ウォルフレン著//
496 :
◆6dgm1BV1dM :03/04/14 20:01
// 69 ///////////////////////////////////////////////////////////////// ・・・・戦後の日本の管理者は”危険思想”という用語を使わなくなった。日本人は、 フィリピン人を別にして、アジア各国の人びとより、批判的あるいは闘争的な考えを 表現する自由をもっている。しかし、管理者が握る情報の多くを一般人に対して隠して おこうという、高慢な考えが厳然と残っている。 筆者はしばしばさまざまな分野の官僚にこう言われた。彼らは筆者の結論に賛成 するし、書いた内容にも間違いないと思うが、その分析の一部が「誤った印象を与える ことにもなる」と。”国益”を守るという理由では正当化できないほど官僚が”知る権利” を強く制限していることについては、日本のジャーナリストも批判する。徳川時代の 「民は知らしむべからず依らしむべし」という決まり文句が、現在でもまだときどき使わ れるのである。役人にとって好都合なことに、多くの官庁の記者クラブのメンバーは、 ”知る権利”の制限を批判しながら、たいていの場合官僚に同調する。 //////////////////////////////////////////////////////////////////////
(^^)
498 :
◆6dgm1BV1dM :03/04/18 21:22
// 70 ///////////////////////////////////////////////////////////////// 日本の管理者は秘密主義の習慣に良心の呵責を感じる必要はない。この習慣は 一般に受け入れられている、日本の現実の管理に適合するものだからである。 ”情報を知らされない”者もないがしろにされたと思う必要はない。もともと何も知らない 市民だからである。政治の複雑さについて無知であったり、単純な考えを持つことは、 日本人の理想とされた無垢の純真さの要だと長年みなされてきたのである。 //////////////////////////////////////////////////////////////////////
499 :
◆6dgm1BV1dM :03/04/18 21:24
// 71 ///////////////////////////////////////////////////////////////// 権カの否定 支配権の問題の部分的解決法で、日本の権力者が思いついたなかでもっとも 独創的なものは、当初から権力の行使などないとする一貫した否定である。 管理者は正統性の問題を避けるため、権力に無関心なふりをする。 //////////////////////////////////////////////////////////////////////
500 :
◆6dgm1BV1dM :03/04/18 21:25
あぼーん
∧_∧ ( ^^ )< ぬるぽ(^^)
503 :
名無しさんの主張 :03/04/21 03:06
日本って違法駐車多いね。
504 :
名無しさんの主張 :03/04/21 03:21
日本のニュース番組(特にNHK)、アナウンサーが切れ目で頭下げるの、みっともない。 おじぎって奴? 滑稽なんだよな。 それと、もっと背筋伸ばして!
505 :
◆6dgm1BV1dM :03/04/22 21:09
// 72 ///////////////////////////////////////////////////////////////// この解決法は、徳川家とともに登場したものである。かくて、徳川の歴代将軍とその 代理人は、権力を望んでいなかったし、行使しなかったとされる。彼らは単に自然の秩 序を維持するための適正な儀礼をおこなっただけだった。彼らがいかにして儀式を指揮 する地位に到達したのか思いめぐらすのは、タブーだった。明治の寡頭政権とそれが生 んだ官僚制も権力には関心がなく、天皇に仕え、ひいては国民すなわち、大家族として の日本の利益のためにのみ働くものだとされた。兵隊も水兵も、陸軍大将や海軍提督に いたるまで同様であった。彼らは、自己の勢力拡大の気持ちなしに、天皇に仕えた。今 日、実際には主要関心事である権力獲得や維持、ましてやそれを拡大したいという欲望 を公然と認める日本の管理者はまずいない。もちろん、実際には権力欲が彼らの主要関 心事である。・・・・ //////////////////////////////////////////////////////////////////////
506 :
◆6dgm1BV1dM :03/04/22 21:10
// 73 ///////////////////////////////////////////////////////////////// 打算的な政治家と高潔な官僚 ・・・・政治家は選挙民に責任を負うという西洋の概念が明治維新後に導入されて、 日本の指導者や知識人は困惑と違和感を覚えた。当初、明治の寡頭政権は方針を 決めかねていた。初期の指導者の一人、木戸孝允は、国民の意思に責任をもつ 立憲政府を主唱した。ただし、国民にその用意がないので徐々に実現しようとした。 大久保利通は、議会形式が適切だとは考えず、能力ある者で構成する絶対権力の 政府を良しとした。伊藤博文は、大久保の影響を受け、基本的にこの案に賛成した。 //////////////////////////////////////////////////////////////////////
507 :
名無しさんの主張 :03/04/22 21:35
★一重★目が細いか小さい★目頭がほとんど無い★ツリ目かトガリ目★ ★ヨリ目★眉毛がかなり薄い★目と眉毛の間が広い★ハの字眉★ ★肌が茶色い★ヒゲが薄いか生えない(男性限定)★ ★歯が大きい、または出っ歯★スネ毛など体毛が薄いかほとんど生えない★ ★頬骨が強く張っている★彫りが極端に浅く、起伏に乏しい★ ★うりざね型の面長★絶壁頭(過短頭)★ 以上のうち4つ以上該当すれば朝鮮
508 :
名無しさんの主張 :03/04/24 16:57
えー、中高生と(以下略)
509 :
名無しさんの主張 :03/04/24 17:42
1=チョソ
510 :
◆6dgm1BV1dM :03/04/26 21:42
// 74 ///////////////////////////////////////////////////////////////// だが、政党政治の導入は、西洋に追いつこうと努力する日本にとって避けられない 制度だった。そこで、政党政治のもたらすであろう害を、最小限に抑える措置が必要 になった。「国に忠誠心をもつ反対勢力という考えを受け入れるのは、武士上りの 官僚にとってはきわめて難しかった。反対勢力は彼ら自身のみならず国家にとっても 脅威になるとみなされた」からである。解決法として、寡頭政権は政治とつながりの あるものは非愛国的だと見えるよう、極力宣伝活動に努めた。 政治家を批判するということについて明治の新聞は、概して、寡頭政権担当者や 官僚よりいくらかゆるやかであっただけだった。日本の初期の記者は、贈収賄や選挙 違反に対しては憤慨するか、憤慨するふりをしたが、それが今日まで残るパターンと なった。新聞は明治時代の日本国民に向けて、政党政治を下劣で狭量な私利私欲で 動くものと描き出した。そして、兵士や役人など天皇の忠実な臣下は、政治と関わりを もつべきでないという考えを叩きこまれた。 ////////////////////////////////////////////////////////////1989年刊//
511 :
◆6dgm1BV1dM :03/04/26 21:49
// 75 ///////////////////////////////////////////////////////////////// 政党政府は体系的に妨害された。当時の外国人政治史学者が要約するように、 貴族院〔官僚と皇族・華族などで構成〕は責任ある政府を確立しようとする 諸政党のあらゆる努力に抗して、寡頭政権を支持し、あまりにも密接に政党と提携 する政府が提示する法案をいつでも妨害しようと構えていた。したがって、政党政府 樹立の試みは、おおむね、寡頭政権が時によって異なる政党のメンバーと組んで おこなう政治に道をゆずることになった。政党のメンバーは買収されたり、野に 下っては得るところがないと考えたりして、寡頭政権と協調した。 //////////////////////////////////////////////////////////////////////
513 :
名無しさんの主張 :03/04/27 01:12
朝鮮人
514 :
◆6dgm1BV1dM :03/04/30 21:29
// 76 ///////////////////////////////////////////////////////////////// 政治家に反対する宣伝活動は、明治以後の世代にも伝えられた。一九二〇年代 の日本主義者は、政党を - 個人的な権力を求める醜い不道徳な衝動を体現している、と見ていた。諸政党 は、天皇統治の下に国民を結びつけるものではなく、天皇と臣民の神聖で神秘的 な絆を裂く侵入者として描かれた。美しく調和のとれた絆が天皇の慈悲と忠実な 臣民の服従として現われる時、日本は世界各国の中で道徳的な最高の地位に まで達するとされた。 //////////////////////////////////////////////////////////////////////
515 :
◆6dgm1BV1dM :03/04/30 21:39
// 77 ///////////////////////////////////////////////////////////////// 本質的に今日まで続いた、官僚と政治家の権力構造内での相対的な位置は、十九 世紀末、明治の寡頭政権の一人、山県有朋が制度を操作して確立したものである。 山県は、他の明治の指導者ほど引用に値する考えを残さず注目されなかったが、 最終的には、だれよりも長期にわたって実質的な権力をふるった。彼は徴兵制軍隊 設立の背後にいた主要人物で、強大な内務省が発達の段階にあった時、省の権力 づくりをした。山県こそ、日本の社会統制官僚の生みの親と呼ばれてよい。彼は「競合 的な政治制度は社会をいちだんと分割し、すべてを犠牲にして実現すべき国家統合 の道を踏みはずすことになるという見解にしがみついた」。 ////////////////////////////////////////////////////////ウォルフレン著//
516 :
◆6dgm1BV1dM :03/05/04 20:54
// 78 ///////////////////////////////////////////////////////////////// 国会議員は行政権から遠ざけられていたのに、寡頭政権が議会に予算の拒否権を 与えるという間違いをおかしたため、議員の存在が次第に重要度をましてきた。つまり、 予算拒否権は、諸政党が政府に前年の予算で済ませるよう強いる道具になったので ある。行政官はやがて政治家と交渉しなければならなくなった。しかし、官僚と政治家 の権力争いは、山県が導入した規則のおかげで、始まる前にほとんど結着がついていた。 日本最初の政党政治家の内閣が一八九八年に四カ月間存続してから崩壊すると、 山県が首相になった。彼は直ちに、国家の"害"を統制する処置をとった。最初の政党 政府を率いた大隈重信は、政治家が官僚にとって代わるべきだという要請に攻めたて られた。それより穏健な政治家たちは、議員も行政官に就任できるという並列制度に 改めるよう要請した。つまり、東京帝国大学法学部の卒業生が大半を占める高等官試験 の合格者に加えて、国会議員や県会議員にも高官の地位を許せという要請だった。 大隈は応じなかったが、権力を取り戻した山県は、大隈がそのような要請に応じたと いう嘘の情報を流した。 //////////////////////////////////////////////////////////////////////
517 :
◆6dgm1BV1dM :03/05/04 20:57
// 79 ///////////////////////////////////////////////////////////////// 山県が案出した新制度は、将来、政党内閣が党員を省の次官や局長あるいは県知事 に任命できる可能性を、実質的に、永遠に消滅させた。こうして官僚が政治的決定の 影響を受けないよう分離されたわけである。修正された官吏登用令が決して破棄され ないよう、山県は枢密院をその布告の守護役にした。さらに、内閣が枢密院につねに 従うようにする保証として、彼は「法的強制力を欠くが実際には強い拘束力のある、 希有にして徴妙な解決法を選んだ」。以後、枢密院に付託すべき法令として数々のもの を列記し、天皇に"勅令"として発布させることにしたのだ。その中には、官吏登用試験、 任命、規律、解任、序列に関するものがすべて含まれていた。 //////////////////////////////////////////////////////////////////////
518 :
◆6dgm1BV1dM :03/05/04 21:16
// 80 ///////////////////////////////////////////////////////////////// 天皇の個人的な通達は通常の勅令と異なり、決議でくつがえされることがなく、天皇に 破棄を要請した前例も手続きもなかった。しかし、後の内閣が大胆にも、天皇に考えを 変えるよう要請する可能性が、ごくわずかながら残っていた。山県は、巧妙さの極みで、 その可能性をも妨げる策を考え出したのである。「その勅令を守るため、彼はそれを 秘密にした。枢密院と宮内省以外の者は勅令の存在さえ知らなかった。……山県は、 取り消せない法律はない、という司法の理論を反古にする、複雑ではあるが策に富んだ 方法を見出した。」 ////////////////////////////////////////////////////////////1989年刊//
519 :
◆6dgm1BV1dM :03/05/08 21:33
// 81 ///////////////////////////////////////////////////////////////// 高潔なアドミニストレーターの選別 日本を選挙で選ばれた者が国民を代表して統治する国にはしないという寡頭政治家の 決定に伴い、支配階級を構成し、強化するという次の議題が浮上した。彼らの採用した 方式が、今日の日本でも権力配分を決定している。当時、世襲制の原則がくずれ、能力 評価の原則がとってかわろうとしていた。維新の後何年も、寡頭政権とその延長である 官界に加わるための重要な資格は、クーデター(明治維新)に発展した運動に参加したか、 あるいは薩摩と長州の武士階級出身者だった。その後、できればヨーロッパかアメリカで 吸収した"西洋の知識"を持つことが、重要視されるようになっった。しかし、二〇世紀が 始まる前後には、国を管理し、"情報を握る"階級に入りこむもっとも確実でほとんど唯一 の方法は、東大〔東京帝国大学〕法学部を卒業することだった。すでに見たように、これは 今日においても日本の学校教育の特徴を決定づける伝統である。 //////////////////////////////////////////////////////////////////////
520 :
◆6dgm1BV1dM :03/05/08 21:40
// 82 ///////////////////////////////////////////////////////////////// 日本が治外法権を規定する条約を西洋諸国とむすんだ結果、東大が正統性を授けると いうことに関して要の位置を得ることになった。先に述べたように、外国政府は、日本が 資格をそなえた司法が法に則った裁判を実施できるようにさえなれば、明治政府の深い 憎しみの対象だったこれらの条項を破棄するつもりだった。このため、なんとしても東大 法学部に近代版のサムライに資格を授ける機能を与える必要があった。当初、最高位の ポストを埋めるため、東大法科の卒業生は公務員試験に合格する必要がなかった。 一八九〇年までに東大法学部が送り出した人材は、行政官職のほぽすべてのポストと 司法職の半分以上を埋めるほど多人数になっていた。 一八八○年代の東大卒業者の半分以上が高い地位に達し、四人に一人がエリート 階級入りを果たした。これに比べ主要な私立大学の早稲田や慶応の卒業生の場合、 二五人に一人であった。一九〇一年から一九二六年までに、八つの省で七六人の次官 が任命されたが、そのうち、七〇人が東大出であった。 /////////////////////////////////////////////////日本/権力構造の謎////
521 :
◆6dgm1BV1dM :03/05/08 21:48
// 83 ///////////////////////////////////////////////////////////////// 今では、この支配エリートの資格を与える方式は固定化しているが、知力と技能という 側面に関するかぎり相当に独断的である。過去に言えた事は、現在ででも言える。官僚 の役割にふさわしい正統性らしさをそえるのは特別な"知識"、ひいては"実力"とされるが、 実はそれは結局のところ、きわめて難解な入学試験に合格する技を身につけた階級の 一員であるということにすぎないのである。日本でのエリートの選び方に関する西洋人の 一般的な誤解については、4章で触れた。エリートは主にスタミナと熱心さゆえに選ばれて きた。東大卒業生は"頭がよい"ことはそうであるが、知的にひじょうに優れていながら 別のタイプに属する多数の日本人は社会の主流から外されて永久に外辺で働くことを 運命づけられる。こうして、独創的な考えを生み出す才能の多くが浪費される。日本の 支配階級は、教育があるというより、徹底的に仕込まれているといったほうがよい。これは 日本の管理者の国際社会に対する態度やアプローチの面から見て、相当に重要な事実 である。 //////////////////////////////////////////////////////////////////////
522 :
◆7VVcJPr0sw :03/05/12 22:13
// 84 ///////////////////////////////////////////////////////////////// 政治の非政治化 戦後日本において、統治権の正統性は、公式には国民の委任によって政府に与えられる。 たしかに、選挙と議会がある程度、天皇にかわって現行の仕組みに正統性を与える制度と なっている。しかし、主権在民の概念は日本人の大半に理解されていないし、権力保持者が この概念を生きた原理にしていないのはたしかである。マスコミが主権在民を訴えるのは 美麗字句をもてあそぶにすぎず、その原理の実現を体系的に阻んでいる広汎な非公式権力の 行使について、首尾一貫した分析を伴っていない。国会と選挙は現存する政治秩序に正当性を 与える機関と見なされていないのだ。国民の頭の中では、国会も選挙も、古い組織や仕組みに 取って代わったものではない。というのは、天皇が正当性を公式に授与していた時代においても、 国会と選挙は存在しており、その時代にその両者は、日本国民の穢れのなさと道徳的健全さを 傷つけるものとして広く厳しく批判されていたのだった。 //////////////////////////////////////////////////////////////////////
523 :
◆7VVcJPr0sw :03/05/12 22:17
// 85 ///////////////////////////////////////////////////////////////// 一九四五年まで、天皇の名によって発せられた法律と勅令はすべて、公益のためになると されていた。したがって、官僚は、本来公明正大とされた。対照的に政治家は明らかに政治的な おもわくによって行動し、それが日本では利己的な動機と区別されなかった。政治的動機をもつ 行動は、公益のための(すくなくとも公益のためとされる)動機をもつ行動に比べて、それほど 良いはずがないと今日でも思われがちである。官僚が自己の利益によって導かれ、国民に いっさい相談もせずことを進めているのはあまりにも明白であるのだが、どういうわけか彼らの 努力は政治家のすることより正統性があるように見られている。政治家は、愚かで利己的な 日和見主義者だという以前からの評判を完全に払いのけられないでいる。戦後のマスコミも 政治家への自分たちでそうとは認知していない偏見で充満している。マスコミは明快に表現 しないものの、懐疑的で否定的な政治観を国民に毎日のように提供する。日本では政治的な 地位が金で容易に売買され、そのため自民党の派閥間に根強い不安定がかもされる事実を 知って国民は疑念と政治家嫌いをさらに深めることになる。 ///////////////////////////////////////////////////////////早川書房///
524 :
名無しさんの主張 :03/05/13 01:43
今日、出張で東京の雑踏を歩いてきたんだが 皆背中丸めて歩いて、猿の群みたいだった。こわかった。
525 :
名無しさんの主張 :03/05/13 16:22
劣った者や不愉快な者に対して、優秀・優位性を誇示して 自分の方が正しいと履き違える低脳バカが多い。
526 :
◆6dgm1BV1dM :03/05/18 10:35
// 86 ///////////////////////////////////////////////////////////////// ところが、日本は政治家なしでやっていけない。理論的には、彼らが社会と政治総体をつないで いるからである。政治家なしでは、〈システム>最強の構成員は官僚と経済人だけとなり、 官僚的権威主義があまりにもあからさまになるだろう。明治の寡頭政権にとっての天皇と同様に、 国会審議は、管理者がことを運ぶために掲げるおもて向きの顔である。 政治家というものは"利己的な動機。を持つものだという、国民の政治家への嫌悪感は 消えそうにない。この状況に対抗するため、自民党は自分たちを思いやりのある管理者の 集まったものに過ぎないという印象を与えようとする。自民党議員のおよそ三分の一 - そのうち通常、最有力な議員たち - は東大法学部かそれに相当するところを出て、省庁に 勤めるというエリート官僚コースを経てきている。個人としての自民党議員が権力に関心がない と言えば、信用されないだろうし、選挙区に政府の補助金を引っばってくる能力がないのではないか と疑われてしまう。しかし、自民党は、党全体としては、高潔な官僚出身者の集まりなのだから、 カネや権力という存在理由によっているのではないというふりがしやすいのである。 //////////////////////////////////////////////////////////////////////
527 :
◆6dgm1BV1dM :03/05/18 10:36
// 87 ///////////////////////////////////////////////////////////////// 自民党はこの権力行使否定というイメージとともに非政治化された政治という構図を描いて みせる。ここで大いに役に立つのは、権力者は権力のない者より倫理的であり、権力をふるう がゆえに正統な権力者であるという、太古の考え方である。マスコミは自民党の"金権政治"、 横暴さや政治的な優先順位のつけ方の誤りをついてキャンペーン記事で叩くのだが、それにも かかわらず、自民党には他のの政党にない敬意を感じさせる雰囲気がある。始終非難を浴びる のに、この与党は、新しい政治的意見をもって政治の土俵に入ってくる集団と異なる部類として 扱われる。新しい集団は、日本人全体でなく非常に限られた数の市民の利益に関心をもっている として、簡単に見くびられる。自民党の力の一部を我がものにしたいという新しい政党は、その 欲望のために、自動的に"利己的な政治家"という烙印を押されてしまう。 //////////////////////////////////////////////////////////////////////
━―━―━―━―━―━―━―━―━[JR山崎駅(^^)]━―━―━―━―━―━―━―━―━―
529 :
◆6dgm1BV1dM :03/05/23 10:21
// 88 ///////////////////////////////////////////////////////////////// 西洋の立憲民主主義国では、正統性の問題は起こらない。政治的決定をおこなう手順が、 法的に認められたコースから始終それるようであれば、市民はいつでもそれを正す機構に訴える ことができる。日本では法律が行政側を制御するのではなく、行政的制御の道具として法律が 働くのだから、訴える手だてもない。日本では、民主主義は実際に政治過程を導く実用的な 概念とは見なされていない。日本思想史家として著名なシカゴ大学のテツオ・ナジタが言うように、 民主主義は、日本では、抽象的、規範的な意味で評価される急進的な概念である。民主主義は、 日本人にとって現存する政治や歴史の枠外にあって、合理的な人道主義にもとづいて物事を 判断する枠組みとして使われる。「民主主義は、歴史的傾向や現在の文化的、政治的内容を 批判する際の倫理的規範として利用される。一九二〇年代のように……民主主義は立憲政治に 力を与えるための思想ではなく、むしろ批判用の思想で、しばしば反政治的とみなされる」 //////////////////////////////////////////////////////////////////////
530 :
◆6dgm1BV1dM :03/05/23 10:23
// 89 ///////////////////////////////////////////////////////////////// 君主政治、貴族政治、民主政治というアリストテレスの有名な分類に従えば、日本は "民主政治"といえる。「アリストテレスが民主政治と言ったのは、かなり幅広い参加者の ある貴族政治にすぎなかった」からである。また、日本の"民主主義"は憲法にもとづくが、 憲法を擁護するものではない。最高裁が官僚に握られているかぎり、憲法にある民主主義 的な規定は結局は実施できないからである。 //////////////////////////////////////////////////// K.V.ウォルフレン著 //
531 :
名無しさんの主張 :03/05/23 11:02
JOYが訴えられないところが日本
友達の輪を作って、他を排除しようとする心
∧_∧ ピュ.ー ( ^^ ) <これからも僕を応援して下さいね(^^)。 =〔~∪ ̄ ̄〕 = ◎――◎ 山崎渉
534 :
◆6dgm1BV1dM :03/05/28 21:24
// 90 ///////////////////////////////////////////////////////////////// 不毛の反体制勢力 西洋の立憲民主主義国では政治的方策を正統化する法的秩序を維持することが"悪者を 追い出す"機能をはたす。有権者の選択が、権力をひとつの権力集団から別のグループに 移せるかぎり、政治体制が、法的に規制されずに権力が濫用される仕組みの〈システム〉に なるのを防げる。この目的のために、政治体制は、制度化された健全な野党の存在を許容 しなければならない。先に見たように、すぺてを抱きこむ日本〈システム〉のもっとも本質的な 特徴のひとつは、本ものの対立者を許さないことである。〈システム〉の日教組に対する反応と 日教組の悲運がこの特色を劇的に見せてくれた。 //////////////////////////////////////////////////////////////////////
535 :
◆6dgm1BV1dM :03/05/28 21:26
// 91 ///////////////////////////////////////////////////////////////// 健全な野党 - 政府の方針に効果的に反対することを許され、完全に正統性をもつとみなされる 組織という概念は、中国の伝統的な政治理論に則って権力の行使を正当化した国ぐにでは特に 厄介視された。韓国の政治問題はこの点に関係がある。敗戦前の南ベトナムの"民主主義"を 妨げたのも、伝統的な中国の政治理論だった。現在の中国と台湾のケースも好例である。 南ベトナムのゴ・ジンジエム大統領は、儒教的な考えから対立者を許容できなかったので、 ジョン・ケネディ大統領やヘンリー・ロッジ大使との交渉が難航した。儒教の伝統では、統治者は 本来、高潔だとされる。したがって、統治者に反対することは、自動的に彼らの正統性を質す ことを意朱するのである。 /////////////////////////////////////////////////////////// 1989年刊 //
536 :
◆6dgm1BV1dM :03/06/02 20:14
// 92 ///////////////////////////////////////////////////////////////// 今の日本も本質的には、同様である。自民党と官界の管理者は政権をとろうとしたり、そこまで いかなくとも政策メニューを変えるだけの可能性を持つ、本ものの対立グループを容認しない。 彼らはそのような反対に直面するのを不快に思うというだけでは、この問題をあまりに過小評価 することになってしまう。本格的な対立者は、管理者たちがよって立つ主義主張すべてを無効 にしてしまうであろう。というわけで、日本の公式の政治体制は人脈間の取引という現実を 被い隠す立派なマントを着ているだけで、実質的に一党体制なのである。 //////////////////////////////////////////////////////////////////////
537 :
◆6dgm1BV1dM :03/06/02 20:20
// 93 ///////////////////////////////////////////////////////////////// いかなる反対者にも深い不信感を持つという点で、自民党と官界はまったく同様である。 中曾根首相は、一九八六年の選挙運動の際、野党はわがままな幼稚園児のように振る舞うと くり返し演説した。彼はこの時、野党に国民の面倒見るだけの器量がなく、自民党は責任を果たす 最高の党だという、根深い偏見をくり返し口にしたのである。野党へ投票することは日常的に 行われるが、それは止めさせようと思えばできる、軽いルール違反とみなされる。中央政府の 権力を共有することが許されるはずがないと分かっている野党に一票を投じるのは、"意思表示"の 行動であり、"手段"を求める行為ではないのだ。昼休みのストライキ参加や、革命もどきの のぼりを立てて国会周辺を行進することも同じ意思表示にすぎない。 //////////////////////////////////////////////////////////////////////
538 :
名無しさんの主張 :03/06/03 00:36
WEB広告(週刊アウトロ−ズ)の編集長山岡俊介の武富士盗聴事件刑事告訴 についての記者会見に宇都宮健児弁護士参上。 なぜ山岡とクレサラが?そう言えば、武富士恐喝未遂事件の関連で、 山岡は捜査当局からすでに長時間の事情聴取を受けているという。 その弁護に、宇都宮の登場!?宇都宮は「庶民大衆の味方」としてテレビに 出ているほどだから、表面切ってこの様なアウトローの弁護人にならないでしょう。そうすると新里か今弁護士あたりか。 そう言えば、今弁護士と山岡はインターネット上で、お互い「エール」を 交換している仲だから!まあ情報交換ってやつ。 今弁護士の「由利弁護士の部屋」山岡の「東京アウトローズ」にて、 情報を提供しあっているね。クレサラ=山岡 今弁護士=東京アウトローズ こういう図式だな。 お互いの利害が一致すればどんな相手だろうと手を組む。 何とも浅ましく醜悪な二人の関係である。
539 :
◆6dgm1BV1dM :03/06/07 10:21
// 94 ///////////////////////////////////////////////////////////////// 一九四五年以前に存在した選挙にもとづく議会は、その本来の機能において、理論的に "国体"のイデオロギーと噛み合わない、輸入された制度であった。この制度は、政治的選択と 政治的衝突があり得るということを前提としてはいたが、一方"国体"は、慈悲深い天皇によって 授けられ、衝突なき社会を維持するための政治的方策を提供するものであるとされた。現在でも、 状況は不変である。健全な反対党の持続という可能性を含めた本ものの議会政治は、衝突なき 社会を自明の理とする強力な日本主義的な信念とまったく相容れないのである。 //////////////////////////////////////////////////////////////////////
540 :
◆6dgm1BV1dM :03/06/07 10:23
// 95 ///////////////////////////////////////////////////////////////// "大衆包括"の幻想 管理者は、日本が議会制民主主義の国であると世界と日本国民に向けて明言している手前 決して公然とは認めないが、彼らは政治における基盤そのものである多元主義を道徳的に 疑わしいものと考えている。自民党のいくつかの発言には、政治的現実を反映し、将来の政策を 講じるための理念を求めようとする努力が見られる。自民党が記録破りの議席を獲得した一九八六 年七月の選挙の一カ月後、中曾根首相は、勝利は彼の言う"一九八六年体制"の始まりを示すもの だと説明した。この秩序の誕生は、"柔軟性のある保守的な"都市部有権者の票を勝ち取ろうと する新しい党戦略に後押しされた。(農村の人びとや中小企業のオーナーと異なり、都市部の主婦、 サラリーマンや学生は自民党の安定した支持者ではなかった)。自民党支持者の増加は、"一九五五年 体制"が終わりを告げ"一九八六年体制"の始まりを意味する、と中曾根は言った。"一九五五年の 政治秩序"とは、(保守合同による)自民党結成後、自民党と杜会党との間に生じたバランスを欠いた 競争を指す簡潔な表現である。 /////////////////////////////////////////////// 「日本/権力構造の謎」 ////
541 :
◆6dgm1BV1dM :03/06/11 19:46
// 96 ///////////////////////////////////////////////////////////////// 中曾根の発言は、勝利の感激のあまり口から出た誇張以上のものであった。その四年前に、 自民党のイデオロギー専門家たちが、党の機関誌にある重要な記事を書いていた。その記事は、 自民党は労働者を社会党から離して自民党側にひきつけ、都市居住者や消費者の政治的 エネルギーを直接に吸収できる新しい政治組織を創造する運命にあるとの政治史的理論に もとづいていた。これら自民党の理論家と中曾根は、自民党の唯一の"ライバル"である日本 社会党さえ間もなく必要でなくなるだろうと、はばかることなく公言していたわけだ。 マルクス主義志向の学問が徐々に姿を消すのに伴い、〈システム〉の主義主張を支持する学者が 登場しはじめた。支持論の中で好んで使われる新用語は、村上泰亮の"新中間大衆"という表現 である。また、日本の政治分析者たちは"官僚主導型大衆包括体制"という用語を繰り返し 使うようになった。その意味するものは、国民がそれをコントロールできないにもかかわらず、 大多数に支持される官僚統制である。 //////////////////////////////////////////////////////////////////////
542 :
何十万もの日本人を殺した神風特攻隊 :03/06/11 19:52
543 :
◆6dgm1BV1dM :03/06/11 19:53
// 97 ///////////////////////////////////////////////////////////////// つまるところ、非政治化された"大衆包括"政治体制が一様に支持されるという主張は、信憑性 がない。まず、支持は当然視されているだけで、実際には測定されていない。さらに政党間の 活気ある競争が日本に健全な民主主義をもたらすと期待したのは、米占領軍の"改革者"だけ ではなかった。多くの日本人もそう願っていた。そして、一九七〇年代に自民党支持率がはっきり と漸減をたどったとき、この後退とメディアの予測する"多党"時代の到来をリベラルな日本人は 歓迎した。官界のさまざまな部門の力関係について論じる日本のジャーナリストや学者の数は 多く、さらに、〈システム〉の威圧を肌で感じとっている一般民衆もかなりの数におよんでいるから、 そのことをみても〈システム〉がいくら自己のもつ権力を否定しようとしても、その議論は説得力を 欠いてしまう。 //////////////////////////////////////////////////////////////////////
544 :
◆6dgm1BV1dM :03/06/15 15:10
// 98 ///////////////////////////////////////////////////////////////// 正統牲のある"健全な野党"という概念の受け入れを妨げるような、儒教的政治文化を有する 他のアジアの国ぐにには、強力な中心的指導者がいる。韓国の例で分かるように、支配権が だれにあるかという問題が、権力者を多くの国民から分離させてしまうこともある。日本の支配権の 正統性の問題は、このような政治的分離の原因にならない。日本人らしさを信奉するイデオロギー が政治的反抗力を全国規模で弱めるからだ。しかしこれで支配エリートの問題が解決されたこと にはならない。前にも見た部分的解決法、特に権力の全面否定は、問題をさらに大きくしている。 //////////////////////////////////////////////////////////////////////
545 :
◆6dgm1BV1dM :03/06/16 21:50
// 99 ///////////////////////////////////////////////////////////////// 政治体系を非政治化できるという考えは、いうまでもなく幻想である。本来、権力が何らか の役割を果たして成立している仕組みや社会的過程には政治的な意味がないというふりをする ことは、問題の本質をぼかしてしまうことである。そのため、普通、政治的な領域の外におか れているはずの生活の多くの分野が、逆に大いに政治化されてしまうのだ。<システム>はあま りに非政治化されていくので、西洋なら政治と見なされるものがしだいに減っていくと言って もよい。しかし、まさしくこれゆえに、すべてを含む〈システム〉は著しく政治的なのである。 すでにふれたように、日本人の生活に広く見られるこうした政治的状況は、"文化"という仮面 で存続しつづける。 ////////////////////////////////////////////////////////// 早川書房 ///
546 :
名無しさんの主張 :03/06/18 23:35
きょう別カムが1年ぶりに来日しました。 1年前の画像がニュースで流れたが彼が小学生の女の子にキスしたのはうらやましがられ、 訴えられないが、 漏れ達ロリがそんなことをしたらポリ公やってきて職を失う。 犯しーじゃない? キスは挨拶と一緒、コミュニケーションに大事なもの
547 :
◆6dgm1BV1dM :03/06/21 09:52
// 100 //////////////////////////////////////////////////////////////// 表向きに非政治化された社会は、そこにおいて深刻な紛争がないとし、全員一致の合意 という幻想をいつもつくっていなければならない。このような社会に生じるもっとも重大な問題は、 近代立憲国家なら当たり前に持っているはずの紛争解決の手段を社会が持っていないという ことである。この影響は十分に認識されていないが、日本の国際関係も含め、広い範囲に及ぶ ものである。紛争解決のための公式機関を欠くということは、日本の社会関係に調停抜きの 権力 - 別の言葉を使えば、おどし - が充満していることを意味する。 //////////////////////////////////////////////////// K.V.ウォルフレン著 //
548 :
◆6dgm1BV1dM :03/06/21 09:53
あぼーん
550 :
名無しさんの主張 :03/07/02 13:01
オウム報道を検証していくと、現在、 競売妨害容疑で逮捕、武○士恐喝で逮捕の 大○万吉!マスコミの間では 「裏社会の広報担当として名高い男」 この大塚万吉をオウムが頼り、一時期、 上祐や青山など幹部のテレビ出演のほとんどを 仕切っていたことは有名な話し。 オウムの東京総本部を家宅捜索した 捜査関係者は、大○万吉と直接係わりの深い 資料が見つかっている。 趙コト大○万吉はオウムの裏幹部の 筆頭であるとも言われていた。 その大○万吉が今度は、武○士の元社員 (中川○博)と共謀し、その武○士へ 恐喝ときたから、いい加減にしろと言いたく なる。この中川も借金を5000万もしていた (毎日新聞)とされその金欲しさの犯行! 金が必要だったらなんでもしてよいという 感覚は実に恐ろしい! こういう人間をパクッタ警察はホント大手柄だと思う。 こんな奴らは厳しい処罰になればいいと強く思し、喜んでいる善良な企業も本当に多いと思う。
__∧_∧_ |( ^^ )| <寝るぽ(^^) |\⌒⌒⌒\ \ |⌒⌒⌒~| 山崎渉 ~ ̄ ̄ ̄ ̄
__∧_∧_ |( ^^ )| <寝るぽ(^^) |\⌒⌒⌒\ \ |⌒⌒⌒~| 山崎渉 ~ ̄ ̄ ̄ ̄
あぼーん
554 :
◆6dgm1BV1dM :03/08/01 21:09
/// 儀式とおどし 1 /////////////////////////////////////////////////////// 13章 儀式とおどし 日本人は子供の時から、 "お上" (権威当局)が一致して国民の望みと必要を理解し、 この理解が日本本来の"同質性"に由来するという、社会・政治的なイメージと共に 育てられる。独特の同質性が情け深い官僚の支配を可能にするという考えは、官僚の 自己イメージにも非常に大切である。以上の点は、ある地方自治体管理職研修用の テキストにも、次のように明記してある。 このような、わが国独特の集団主義を可能にする組織風土は、わが国が世界でも 珍らしい同質民族の国であって、お互いに相手の心をくみとり、対立をおそれ、 「和をもって尊し」となして、お互いに自分を押さえて、集団の人びとの考えや行動に 同調しながら生きていくという伝統によってつくられてきた。 //////////////////////////////////////////////////// K.V.ウォルフレン著 //
555 :
◆6dgm1BV1dM :03/08/01 21:11
/// 儀式とおどし 2 /////////////////////////////////////////////////////// この引用文でも言及されており、同質性と慈悲深さへの信条と分かちがたくからみあって いる支配的イメージにはもうひとつの基本的な要素がある。"和"の概念である。普通 ハーモニー harmony と英訳されているが、そこにはさらにいろいろな意味が含まれている。 "和" は、外国人に理解しがたい、あるいは理解不可能と広く信じられている概念のひとつ である。日本の "和" は、調和をはじめ、慰撫、優しさ、一致、柔和さ、穏健さ、鎮静、平安、 柔軟性、気立てのよさ、宥和、順応、柔らかさ、秩序、和合、妥協、などさまざまな普遍的な 人間の美徳や特性に関連している。 /////////////////////////////////////////////// 「日本/権力構造の謎」 ////
556 :
名無しさんの主張 :03/08/01 21:36
>555 >日本の "和" は、調和をはじめ、慰撫、優しさ、一致、柔和さ、穏健さ、鎮静、平安、 >柔軟性、気立てのよさ、宥和、順応、柔らかさ、秩序、和合、妥協、などさまざまな普遍的な >人間の美徳や特性に関連している。 そんなもの日本人には無い。 実際、和とは、むかつくの共感、犬的迎合、右に習え、村八分、服従、・・・ 日本人は外国人に嘘をいい、自分自信に「素晴らしい」と、嘘誤魔化し思い込んでいる。 理想と現実を区別できないナルシストだ。
(^^)
558 :
◆6dgm1BV1dM :03/08/02 07:16
/// 儀式とおどし 3 /////////////////////////////////////////////////////// "和" は、日本の子供たちが歴史の授業で最初に教えられる政治概念である。日本 最初の立法者、聖徳太子の、有名な "一七条の憲法" が「和を以って貴しと為し、 さからうことなきを宗とす」という訓示で始まると学ぶのだ。聖徳太子は彼の後の権力者と 同じく、 "和" の必要性を理解していた。彼が生きていたのは、皇位継承をめぐる暗殺と 戦いの時代であり、土着勢力が外国の宗教 - 仏教の儀式が政治的な目的のために 推奨されていた - の侵入に対し反対していた時代であった。 /////////////////////////////////////////////////////////// 1989年刊 //
559 :
◆6dgm1BV1dM :03/08/03 11:42
/// 儀式とおどし 4 /////////////////////////////////////////////////////// 完壁とはいえない調和 価値体系が、結局のところ、切迫した社会的要求に左右されるということだと、人びとは 思想をめぐって戦おうという強い気持ちがなくなる。従って、そのような状況では、一般に 理解されている意味での革命は起こらないのである。日本の歴史には、悲惨な経済状態や 耐えがたい酷使が原因となって民衆の蜂起や百姓一揆などがあったが、それらは 持続せず、決して大きな革命にならなかった。 //////////////////////////////////////////////////////////////////////
馬鹿を馬鹿と思わない馬鹿! SEXと仕事! 白人女性を大好物の好色人種。 救い様ない馬鹿。 自覚しないと日本が米国の一部に!
561 :
名無しさんの主張 :03/08/03 14:15
ソープランドヤヘルスの風俗OKで売春NG パチンコOKでカジノNG タバコ・酒OKで大麻NG なんか矛盾している日本
562 :
正義の見方 :03/08/03 14:22
559>> どこの国でも思想をめぐって戦った奴などいない。戦うとすれば宗教、経済、身分制度 などであって、思想なぞは20世紀になってからのことで、その思想たとえば社会主義 にしろ共産主義にしろ、戦いがすんでみれば単なる独裁でしかなかった、というのがほ んとのところだ。 現在の世界を見渡しても、思想で戦争している国があるか?あるのは圧制か独裁かであ って、民主主義国家なら話し合いで解決できるものだ。 まあ、あまりミョウチクリンな言辞を弄さぬほうがよい。
563 :
◆6dgm1BV1dM :03/08/05 20:57
/// 儀式とおどし 5 /////////////////////////////////////////////////////// 一〇〇年余り前まで、百姓の抗議運動を指導した者は、言い分が認められた場合でさえ、 しばしば死刑になった。名誉は死後与えられるものだった。彼らを偲んで神社が建てられ、 民衆と共に領主も参拝した。いかに偉大な英雄であっても、社会の "和" を乱しては ならないのである。一九三七年、文部省は『国体の本義』を二〇〇万部配布したが、この 小冊子は "国体" のイデオロギーを説き、調和の精神が歴史を通して日本の国家的 発展の源であったと主張している。鈴木善幸は首相当時(一九八○〜二年)、 "和" が 彼の政治哲学の中心思想だと機会あるごとに説明した。一九七〇年代後期から、日本人 の書く世界向けの日本文化説明の著述に、 "和" が頻繁に登場するようになった。 一部の日本人は、日本にとっての "和" は西洋の普遍的価値に相当し、日本社会を 動かす中心の "原理" だと言う。 "和" は "忠誠" と共に口にされることが多いのも さして驚くにはあたらないだろう。 ////////////////////////////////////////////////////////// 早川書房 ///
564 :
◆6dgm1BV1dM :03/08/07 22:33
/// 儀式とおどし 6 /////////////////////////////////////////////////////// 獅子身中の虫 "和"への努力は会社の会議の席でしばしば唱えられ、公開の演説でもよく言及される。 たとえば、不正を正すのに法的手段に訴えないといったことが、"和"の保持に不可欠と される。つまり、"和"は努力して得られるもので、自動的に生じるものではないのだ。"和" がこれほど強調されるということは、それが厄介の種である事実を、意図せずに明らかに している。日本人が調和の思想に憑かれているのは、"和"の達成は大変難しいものだとい う潜在意識を持つからだ。"和"とは、実際に存在する最高の調和ではなく、共同体の平静 のため自己の利益を犠牲にする準備があることを始終意思表示することである。 //////////////////////////////////////////////////////////////////////
565 :
セニョリート名無し ◆40WnEtzSeY :03/08/07 22:54
マッカーサーは、中途半端な日本国憲法を作ろうとしたんだよ。 後々、日本人を苦しめるためにね。 マッカーサーが仮に日本を愛していたら、過激な個人主義重視の憲法を 作ったはずだった。
566 :
◆6dgm1BV1dM :03/08/09 08:37
/// 儀式とおどし 7 /////////////////////////////////////////////////////// 日本の<システム>のどこか一部に"和"が欠けているかもしれないとなると、これは 大変な問題である。この理想化された社会・政治体制に、恐ろしいことに完壁さが一部 でも欠けているとなると、体制の実態が露呈してしまうことになる。しかし、実態が目に 触れないようにするには、ただならぬ努力を要する。というのは、日本の社会も他国の 社会と同じように争いをかかえているからだ。<システム>は決して静的ではない。 <システム>は激しい競争を刺激する強大な内部の力によって働かされている。競争は 一九世紀初期に世襲制による権力配分に徐々にとってかわった能力評価制の原理に もとづいている。今日の競争は、学校の入試に始まり、サラリーマンの世界や官界での 出世競争へと続き、やがてはマーケット・シェア競争や派閥闘争といった、集団の争い へと昇華する。大集団間の競争は可能なかぎりコントロールされるとはいえ、それでも なお力の均衡に変化をきたしたり、自己の利益がちゃんと確保されているのだろうかと 思い悩む心労は大いに残る。だが、むき出しの争いを避けたり抑える徴妙な方法が いろいろあって、表面上の行儀よさを保つ努力がなされる。 //////////////////////////////////////////////////// K.V.ウォルフレン著 //
567 :
名無しさんの主張 :03/08/09 09:54
気侭、我侭、無節操な「何でも信仰」をしている人に限って、全く反対に「無宗教」として、 レス で登場するような人が多い。「無節操、恣意信仰」を「無宗教」として欺瞞するのは、 余りに、世の中に「甘え」ているというか、国際社会を馬鹿にしているというか、とにかく 「ヘン」です。
568 :
◆6dgm1BV1dM :03/08/10 09:44
/// 儀式とおどし 8 /////////////////////////////////////////////////////// 日本人の争いとその抑圧、また抑圧がきかなくなった状態で何が起こるかということは、 極端に様式化されて、やくざ映画に見事に描かれる。この種の映画で、緊張が高まると 普通、子分たちが「しゅーしゅー音をたてる圧力釜さながらになる」。ついに主人公は 親分を侮辱した相手に対する(あるいは相手が犯したなんらかの悪事に対する)復讐を 進んで引き受ける。彼は、ちょうど徳川時代の百姓一揆の指導者のように、最後に 自分が死ぬのを知っている。ロマンチックに仕立てられた映画では、たとえどんなに 立派な大義名分があっても、社会秩序を乱した代償は死である。 /////////////////////////////////////////////////////////// 1989年刊 //
あぼーん
570 :
◆6dgm1BV1dM :03/08/11 21:12
/// 儀式とおどし 9 /////////////////////////////////////////////////////// 日常生活では、圧力釜のような音を実際に耳にすることはない。だが、日本人を注意深く 見ると、怒りで気が動転しているのを必死に抑える顔の奥で、圧力釜が音をたてている のが感じとれる。めったに起こらないが、もし緊張が公衆の前で放たれると、その効果は 爆発的である。突然の感情の噴出に、まわりの者たちはいっせいに静まりかえる。しかし 青天の霹靂のたとえのように、爆発はたちまち終わり、不服だった当事者が普段の自分を 取り戻し、まるで何事もなかったかのような笑顔を見せる。 一番よく使われる緊張解放の一法に、集団で酔っばらうことがある。酒を飲む集まりは、 日本社会という圧力釜に付けられたいくつかの安全弁のひとつだ。一部の会社で今なお 見られる急進派労組の小グループの騒々しいが儀式的なデモはもうひとつの別の 安全弁である。 /////////////////////////////////////////////// 「日本/権力構造の謎」 ////
571 :
名無しさんの主張 :03/08/11 22:01
>>1 :外国人 :02/04/26 02:53
日本に住み始めてしばらくの外国人です。
>>23 :外国人 :02/04/27 19:06
もう一つ、日本に暮らしていて気になる事は日本人は影では会社や世の中に対する
悪口、批判を盛んにしていて本人に対しては、はっきり言わないところがあるね。
影でブツブツ言っていたって事態は改善しないよ
>>48 :外人 :02/05/01 05:23
音をたてて食べるのは世界ひろしといえども、日本人とアフリカ人だけだ。
>>55 :外国人 :02/05/01 23:19
世界に通用しない習慣を改めろ
>>64 :外国人 :02/05/03 06:08
アメリカではとにかく音をたてて食べちゃいけないんだよ。
もう、国際課社会なんだから。
>>67 :外国人 :02/05/03 23:03
一ぺん日本の外に出て、外側から日本を見てみな。そうすれば分かるから。
>>82 :外国人 :02/05/08 03:13
日本人って中学、高校で計6年間も英語習っていて全然英会話出来ないね。
頭悪いんじゃないの?
外国人gaikokujinn君がアメリカ人なら、君はとても下品なアメリカ人だ。
572 :
◆6dgm1BV1dM :03/08/12 12:03
/// 儀式とおどし 10 ////////////////////////////////////////////////////// 圧力が高まって湯気を立てている官僚に出くわすことは、まずない。ところがいくらか 酒が入った食事をしている時など、ちょっと水を向けるだけで、彼らは他省との関係や、 省内のライバルについてしゃべりだす。その語り口はまるで軍事戦略の談論口調だ。 特定の行政問題を処理するために編成された特務機動部隊が、あくなき進撃をくり返し、 戦術上の退却をきめ、おとり作戦を展開する。警視総監を務めたことのある秦野章が 第一次中曾根内閣の法務大臣に任命されると、秦野は敵陣に落下傘降下したような ものだと言われたものである。省庁は常に他省在などを"植民地化"しようとするし、 自民党の有力議員は政府機関を"植民地化"しようとする。官僚の戦争は、事情通の 政界人がよくする内輪の話題になる。外国のポストや組織に転勤させられた役人は、 外地で展開するであろう戦いを外務省の外国との戦いになぞらえる。 ////////////////////////////////////////////////////////// 早川書房 ///
あぼーん
>>530 自分の頭で考えてものをいわないと、説得力がありません。だれかの言説を持ってきても 所詮は付け焼刃です。日本の民主主義は政治制度の一部分であり、本当の民主主義ではあ りえません。なぜなら、真の民主主義は国民、市民が底辺から積み上げた制度であり、誰 かに教わったとか、上から押し付けられたというものではありません。古代ローマの民主 主義こそ本当の民主主義であり、貴族も市民も等しく決定権をもっていたのです。戦争を するにも、司令官を決めるにもすべて選挙で決めていたのです。政治参加の権利を持つこ とは当然義務をともなうのであり、ここがいいかげんな多数決政治と根本的にことなって いるのです。
575 :
◆6dgm1BV1dM :03/08/13 10:36
/// 儀式とおどし 11 ////////////////////////////////////////////////////// 日本のマスコミの"政治分析"は、始終くりひろげられる自民党の派閥間の権力闘争に 関する論評と推測が中心である。日本の政治的危機と称されるものは、この権力闘争の 一時的な激化を指している。そのような政治記事は、派閥争いそっくりの、サムライの 忠誠と裏切りをテーマにする日本の連続テレビ時代劇になぞらえてもよいくらいである。 //////////////////////////////////////////////////// K.V.ウォルフレン著 //
576 :
名無しさんの主張 :03/08/14 16:46
577 :
◆6dgm1BV1dM :03/08/14 20:38
/// 儀式とおどし 12 ////////////////////////////////////////////////////// 官僚戦争 他国の官僚と同じように日本の官僚にも天敵がいる。しかし、日本では、敵は政界や 財界でなく、ライバルの省にいる。官僚、特に各部局の中堅クラスの役人に課せられる 主な仕事は、他の官僚との交渉である。たとえば、石油パイプラインの管理に関して、 運輸省は輸送の問題だと主張し、通産省は、石油は商品であるから自省の所管だと主張 して譲らない。このような口論はどこにもあるが、日本の官僚の場合、それが大きな 争いに発展して公式の決定を完全に麻痺させてしまうことも多い。省庁間の争いは "セクショナリズム"だと日本の評論家に批判される。国益よりも省庁の利益を優先させる のが当然のように考えられている。"縄張り争い"が原因である機能不全は、許容できる 範囲を越えていると高級官僚自身が認めている。 //////////////////////////////////////////////////////////////////////
(⌒V⌒) │ ^ ^ │<これからも僕を応援して下さいね(^^)。 ⊂| |つ (_)(_) 山崎パン
579 :
◆6dgm1BV1dM :03/08/15 14:47
/// 儀式とおどし 13 ////////////////////////////////////////////////////// 外務省と通産省の関係には"和"はほとんどない。互いに相手を天敵とみなしている。 両省の縄張り争いは、通商担当の省を設立する計画に対し、外務省の仕事が取り上げら れるとして、外務官僚が抗議の集団辞職をした一九三〇年代にまでさかのぼる。戦前の 外務省は現在よりはるかに力を有していた。昨今では、両省は日本の商慣習をめぐる 国際的な紛争や日本の外交権をめぐって仲たがいしている。その結果、両者の発言は 日本の貿易相手国にとって矛盾するものとなる。 ////////////////////////////////////////////// 早川書房より絶賛発売中 ///
580 :
名無しさんの主張 :03/08/15 14:56
581 :
名無しさんの主張 :03/08/15 15:52
誰が社交辞令を作ったんですか?
582 :
名無しさんの主張 :03/08/15 16:41
無節操や背信行為でしかない背徳を「温和、寛容」などと善、徳と思い込み、 錯覚してる人が多い。
583 :
◆6dgm1BV1dM :03/08/16 20:52
/// 儀式とおどし 14 ////////////////////////////////////////////////////// 激しい官僚の争いとして、一九八四年の通産省と郵政省のVAN戦争があった。これは、 新しい電気通信産業の監督権をめぐる広範な争いの一部であった。このVAN(付加価値 通信網=高度情報通信サービス)戦争には、外国人、主にアメリカ人も参加するよう促された。 通産省から見れば、この新しい分野はいわゆる"情報化社会"の領域、過去何年も 自省の報告書でふれた産業開発の分野、さらに"未来のビジョン"に属した。ところが、 郵政省は、管轄下の通信サービスとみなしたのである。通産省は、日本のVAN市場を 外国企業に全面的に、また無制限に開放するよう要求した。一方、郵政省は、実質的に 外国企業を締め出す免許制を強硬に主張した。最終的には、戦いは部分的に自民党 政調会にまで持ちこまれ、政治家が重要な調停役を務めた。郵政省は例外的に強い省 である。というのは郵政族(郵政分野の利益に関係する自民党議員の"族")は、他の "族"よりも、郵政省を熱狂的に支持するからである。 //////////////////////////////////////////////////// K.V.ウォルフレン著 //
584 :
◆6dgm1BV1dM :03/08/17 18:38
/// 儀式とおどし 15 ////////////////////////////////////////////////////// 省庁間の争いに裁決を下す行政的な方法はない。そこで黒幕や影の権力ブローカーが 存在することになる。省庁間の争いが、自民党のような外部の機関によって"収まった" としても、それは争いの解決を意味しない。ライバル省庁間に和平はなく、休戦があるだけだ。 あまり知られていないが重要なのは、警察と検察の間の軋轢である。両者は表面的に 相互援助するし、イデオロギーを動機とする左翼に対して共同してあたるが、根深い 相互蔑視がある。これは、戦前の内務省と司法省の対抗関係にまでさかのぼる。 戦前の警察は、時によって、"危険思想"を持つとされる人びとに関する重要な情報を、 検察に与えなかった。戦後の憲法の下で、警察は検察への伝統的な組織上の劣勢から 解放されたが、現行の刑事訴訟法は依然として、警察が検察の指示に従わなければ ならないと明記している。多くの警察官僚経験者が自民党に加わるようになると、警察は 金がらみのスキャンダル捜査を渋るようになったが、一方検察は政治がらみの汚職事件を 以前よりも盛んに摘発した。このことに関しては、検察が警察との対抗戦で得点を重ねている。 /////////////////////////////////////////////// 「日本/権力構造の謎」 ////
585 :
セニョリート名無し ◆40WnEtzSeY :03/08/17 18:51
>>1 Are you from Brazil?
I had a long relationship with a Brazilian girl when I was a
university student. I love Brazilians.
あぼーん
587 :
◆6dgm1BV1dM :03/08/18 21:22
/// 儀式とおどし 16 ////////////////////////////////////////////////////// そのグループに近い別の集団に対する敵対心から、ある集団の結束が固まるという ことはよくあることだ。キリスト教の教派の間に見られる激しい対抗はその好例である。 日本では、グループ間の争いが極端に走り、きわめて理不尽な形を取ることがある。 集団内の団結が強調され、個人に対する集団との一体化の要求が非常に強い。 このためグループの結束を固めるようなことがらが他にない場合、集団は互いに 戦闘体制を取ってしまったりする。この傾向を考慮して、官庁の管轄はできるだけ 重ならないようにしてある。この結果、自由裁量による官僚の権限は強化されている のだが、それだけに争いが起こった時には、熾烈なものになってしまう。 /////////////////////////////////////////////////////////// 1989年刊 //
588 :
名無しさんの主張 :03/08/18 21:32
>日本では、グループ間の争いが極端に走り、きわめて理不尽な形を取ることがある 低脳病質ジャップの特徴。
589 :
◆6dgm1BV1dM :03/08/19 23:03
/// 儀式とおどし 17 ////////////////////////////////////////////////////// 半自治的な構成分子が全体の結合に害を及ぼすことになるこのパターンは、 <システム>のさまざまなレベルでくり返されている。たとえばひとつの新聞編集局内の いろいろな部が、別個の刊行物ではないかと思えるような紙面を作る。このような セクショナリズムはおよそどこの省庁にもある悪弊だ。時には、同じ省内の局問の 争いが、他省との争いより激しいこともある。局が下そうとしている決定が、ある課の 利益を脅かす恐れがあると、その課が局の計画を妨害することもある。 警察も、いくつかの型の激しい派閥間の摩擦によって割れている。ひとつは 警察学校から交番にまで及ぶ、刑事畑と公安警察のライバル関係、もうひとつは 警視庁と警察庁の摩擦である。 ////////////////////////////////////////////////////////// 早川書房 ///
590 :
◆6dgm1BV1dM :03/08/20 21:29
/// 儀式とおどし 18 ////////////////////////////////////////////////////// 筆者が高官たちと個人的に話して分かったのだが、各官僚の自分の局への所属意識が 強いにもかかわらず、究極の競争相手は、いずこも同じで、身近にいる同僚である。 すなわち野心を持つ個人としての官僚だ。大蔵省の役人が、全体の結束を台無しにして まで自局を弁護するのは、必ずしも局を大事に思うからではない。ただ、彼の忠実な 役人としての価値が、属する局の功績によって評価されるからなのだ。なにしろ、 キャリアの将来や最終的には天下り先もその評価次第なのである。 //////////////////////////////////////////////////////////////////////
591 :
名無しさんの主張 :03/08/20 23:46
自由民主党、元総務庁長官 : 太田誠一 「集団レイプをする人はまだ元気があるからいい。 まだ正常に近いのじゃないか」。 太田誠一、本日も議員辞職せず
593 :
◆6dgm1BV1dM :03/08/21 23:25
/// 儀式とおどし 19 ////////////////////////////////////////////////////// 制度的麻痺 日本特有の内部抗争が公益に重大な害を及ぼしうるということは、記録的な五二〇人 の死者を出した一九八五年八月の日航機墜落事故の直後の動きによって示された。 諸官庁が一致団結して関係者一同のために悲劇を最小限にとどめるどころか、惨事は 相互の敵意を強めてしまったのである。 まず、省庁間の管轄が混乱して救援活動に大幅な遅れが出た。その間におそらく 多くの人命が失われたであろう。最初の自衛隊の救援隊が山腹の墜落現場に向かう までに、一四時間もかかった。四人の生存者の報告によると、墜落直後、生存していた 乗客がもっといたし、聞こえていた子供たちの声が時間が経つにつれしだいに消えて いったという。 ////////////////////////////////////////////// 早川書房より絶賛発売中 ///
594 :
◆6dgm1BV1dM :03/08/22 23:27
/// 儀式とおどし 20 ////////////////////////////////////////////////////// 航空自衛隊はレーダーから日航機の機影が消えたのを知り、調査に出された二機の ファントム戦闘機は四分以内に現場の位置を突きとめた。だが、後続行動を起こさず、 そのまま基地に戻った。一番に責任のある官庁である運輸省航空局が、捜索開始を 陸上自衛隊に要請したのはその二時間半後である。ヘリコブターを持つ墜落緊急 救援隊は日本にも存在するのに、出動は要請されなかった。墜落現場を管轄とする 群馬県警には、ヘリコプターがなかった。二つの米空軍基地が困難な夜間の山中での 捜索に、機材とベテラン隊員を提供すると援助を申し出たが、どの官庁からも反応がなく これらの専門家は約三時間近く待機するだけで活用されることがなかった。一方、 現場がすでに判明していたのに、派遣された陸上自衛隊の第一陣は間違って別の 山に行ってしまった。事故から一〇時間後、自衛隊の救援隊ヘリコプターがジェツト機 の残骸を発見したが、救援行動にとりかからなかった。行動命令は別の部隊に 出されていたからだ。運輸省の指示により派遣された自衛隊員が現場にたどり着く 数時間前に、地元の村人たちはすでに到着していた。 //////////////////////////////////////////////////// K.V.ウォルフレン著 //
595 :
>>585 :03/08/22 23:34
>>1 がブラジル人ならポルトガル語で話し掛けてみたら?
でも、君の英語より流暢な日本語つこうてるね。
596 :
◆6dgm1BV1dM :03/08/23 16:33
/// 儀式とおどし 21 ////////////////////////////////////////////////////// 被害を大きくした遅滞や、省庁間における効果的なコミュニケーションの明らかな 欠如の問題は、事故のあと、日本航空に向けられた非難の波にもまれて沈んでしまった。 こうなってしまったのは、主に前からあった運輸省と半官半民の日航の争いのためで あった。運輸大臣・山下徳夫は新聞のインタビューで、技術的なことは分からないが 日航が悪いのにきまっていると述べた。その結果、日本のメディアは目航を大悪党とする 大がかりなキャンペーンを展開することになった。一日として、日航の悪口が新聞に のらない日はなかった。 国際定期航空操縦士協会連合会が、関係者一同に、航空機墜落事故の捜査は 責任転嫁のためではなく、主として同様の事故が防げるよう原因を究明するためである、 と声明文を発表したのも当然である。同連合会は、混乱をまねくような矛盾した情報を 報道機関に漏らすのをやめるよう当局に要請し、捜査陣に航空機製造会社と米国の 国家運輸安全委員会の専門家を含めるよう嘆願した。その時点ですでに同委員会の 専門家は東京で二週間待機しており、その間一度だけ儀礼的に現場に案内された だけだ。 /////////////////////////////////////////////// 「日本/権力構造の謎」 ////
597 :
◆6dgm1BV1dM :03/08/24 10:10
/// 儀式とおどし 22 ////////////////////////////////////////////////////// 一見不可解な自衛隊と運輸省の行為も、中心的な指導者が存在しないということから 考えれば明瞭になる。自衛隊員は、戦前の軍人との比較をシャットアウトすべく、あくまでも "文官支配"の原則に固執する。機能する中央軍事当局が存在しないのだ。かといって、 緊急時に指令を出し調整できる文官の機関も存在しない。もっとも責任のある省の官僚は、 日航機墜落事改を能率的に処理できるだけの準備を欠いていた。さらに肝心な問題は、 大臣も運輸官僚もみずからを民間航空の従業員を含む一般国民の期待に応えられる、 責任ある政府の代表とみなしていなかったことだ。彼らは、墜落事故を含むいかなる 状況下でも<システム>の他の構成員から自己を防衛することだけに関心のある、 党派的な集団のメンバーだった。中曾根首相は、たまたま休暇で、墜落現場まで ヘリコプターで約二〇分の所にいた。彼は決断力ある指導者を主唱することで知られて いたのに、あえて現場に出向いて近親者を慰めたり救助隊員を励まそうとはしなかった。 そのようなことをすれば、政府が事件の象徴的な責任を取ったという、望ましくない 印象を与えるからだ。 /////////////////////////////////////////////////////////// 1989年刊 //
598 :
◆6dgm1BV1dM :03/08/25 19:45
/// 儀式とおどし 23 ////////////////////////////////////////////////////// 未消化の過去 日本はひとつの幸せな家族であり、同質的で、考え方や、何が重要化という優先順位 に関してひとつにまとまっているという神話があるが、それともっとも顕著に矛盾する のは一九四五年以前の未消化の過去とでも呼ぶべきものが引き起こす全国民的な 論争である。この場合、<システム>に一部しか属していないか、まったく属していない 集団が論争を長らえさせている。この種の全国民的な論争でもっとも重要なのは、 天皇の地位、建国記念の日、靖国神社、憲法改定、学校の授業としての愛国的倫理 の導入、それに自衛隊である。これらの問題のどれかひとつが政府の行動や言説が きっかけで再燃すると、わずかに残る日本の左翼が知識人グループと一部の宗教団体 と共に猛烈に反応することになる。・・・・ ////////////////////////////////////////////////////////// 早川書房 ///
599 :
◆6dgm1BV1dM :03/08/26 22:05
/// 儀式とおどし 24 ////////////////////////////////////////////////////// 天皇 ・・・・かつて日本の国家宗教の中心だった天皇、というより天皇が戦後の秩序の中に 占めた地位は、今なお相当な論争の的になる。一九四五年から、昭和天皇(裕仁天皇)は、 戦争の犠牲になったとされる日本の良心を人格化することになった。しかし一部の日本人は、 一九八○年代になっても、その名において父や夫や息子を犠牲にした権威を恨んでいた。 裕仁天皇は彼の"意思"にすがった者たちにもたらされた悲劇を承知しているということを 示す象徴的なジェスチャーとして、一九四五年に退位すべきだったと、少数派は考える。 より多数を擁するグループは明仁天皇についての懸念をかなりオープンに表明する。 日本の軍国主義的、権威主義的な過去に対してはっきりと反対を表明したり、排除 しなかった勢力に、天皇が、政治的な道具としてふたたび利用されないかという心配だ。 //////////////////////////////////////////////////////////////////////
600 :
◆6dgm1BV1dM :03/08/27 20:59
/// 儀式とおどし 25 ////////////////////////////////////////////////////// 裕仁天皇は、それまでの歴代の天皇 - 一一〇人が実在、一四人が神話に登場の だれよりも長い期間"菊の御紋の皇位"を占めてきた。天皇は一九八六年四月、 八五歳の誕生日には、即位六〇周年を祝った。君主として世界一の年長者であった 天皇は、きわめて義務感が強く、在位年数も最長であった。しかし天皇は六〇年間に わたり、もっともきびしく他人にコントロールされる人生を送ってきた。皮肉なことに、 昭和天皇は政治的な状況によって、大正、明治の両天皇より多大な権力を行使する 可能性を与えられていた。しかし、天皇はあえてこの権力を使おうとしなかった。ただ 一度天皇が力を示したのは、軍人が"天皇の意思"を代行すると唱えて、一九三六年に 歴史の流れを変えた二・二六事件というクーデター未遂事件を起こした時であった。 天皇は数人の政治家が殺害されたのに怒った。天皇は反乱者たちからの軍階級剥奪 を命令し、天皇の指示の下に自害したいという彼らの願いを拒絶した。 ////////////////////////////////////////////// 早川書房より絶賛発売中 ///
601 :
◆6dgm1BV1dM :03/08/28 21:35
/// 儀式とおどし 26 ////////////////////////////////////////////////////// 裕仁天皇が第二次世界大戦で果たした個人的な役割については、大部分が不明 である。天皇が一九四五年に連合軍が提示した降伏を受け入れる大きな決定をしたと、 すくなくとも公式に言われている。この時の一連の働きの真相は分からないままで 終わるかもしれない。天皇自身、長年、宮内庁の官僚に拘束され、今世紀前半の 出来事にかかわる動機について、公式声明を出さなかった。しかし、一九八一年の 正式発言は例外であった。この時天皇は、直接の政治的決定を禁じる憲法の規定に 固執したので、アメリカに対する宣戦布告を止めさせられなかった、と断言した。皇后 および天皇とごく近かった侍従(彼らはほとんど沈黙したままだが)以外、天皇と親しく 私的な会話を交わした者はいない。 //////////////////////////////////////////////////// K.V.ウォルフレン著 //
602 :
◆6dgm1BV1dM :03/08/29 19:55
/// 儀式とおどし 27 ////////////////////////////////////////////////////// マッカーサー元帥が、一九四五年九月二七日の天皇との初の会談で天皇が述べた と言う内容と、会談の四日後の内務省スポークスマンの報告や会談に同席した唯 一人の日本人通訳の記憶は、まったくくいちがっている。その会談後何年も経って、 マッカーサーは裕仁がこう言ったと書いている - 「私は、戦争中に決定されたすべての 政治的、軍事的決定とわが国民がおかした行為について全責任を負う者として、貴下が 代表する連合国の判断に私自身をゆだねるために、ここに参りました」。この部分 は多くの西洋の歴史書にも出てくる。しかし内務省と通訳の言ったことからひき出せる 結論では、天皇の責任に関する判断を"将来の歴史家"に任せることにしだという以外は、 責任問題は話題にのぼらなかった。 /////////////////////////////////////////////// 「日本/権力構造の謎」 ////
603 :
◆6dgm1BV1dM :03/08/30 10:17
/// 儀式とおどし 28 ////////////////////////////////////////////////////// 裕仁天皇の真意を推察するのに、多分もっとも重要な手がかりは、彼が七歳で乃木 希典大将の監督下に置かれ、乃木が父親と友人のかわりを努めたという事実だろう。 英雄だった軍人の乃木は、義務感と自己犠牲に宗教的な意義があるとする、病的な 国家主義者だった。師であり少年期の唯一の友だった乃木が、明治天皇の崩御に際し、 殉死と呼ばれる儀式的な自殺をした時、一一歳の皇太子は、この事件を彼の教育の 一部として、悲しみを見せずに受け入れざるをえなかった。乃木は遺書で明治時代 末期の日本人の道徳的な弱さを嘆き、"日本人魂"の復活を訴えた。これが、裕仁に 長く影響を与えたと思われるフシがある。 /////////////////////////////////////////////////////////// 1989年刊 //
604 :
◆6dgm1BV1dM :03/08/31 19:11
/// 儀式とおどし 29 ////////////////////////////////////////////////////// 裕仁天皇は、彼自身が人生において一番すばらしかったと述懐している英国王室 への訪問とイギリス滞在を唯一の例外として、自然な人間のよろこびを知らなかった。 彼は生後三ヵ月で一七歳の母親から引き離された。幼児期の友達はなく、子供の 遊びも許されなかった。自分の兄弟も、彼には見知らぬ人同然だった。彼自身の 子供たちも別の住まいで育てられた。皇后・良子が唯一の話相手だった。天皇は 病気で弱るまで、毎週三日、海洋生物学研究用の顕徴鏡と標本のある質素な木造の 研究室で過ごすことができるのが慰めだった。 ////////////////////////////////////////////////////////// 早川書房 ///
605 :
◆6dgm1BV1dM :03/09/01 19:41
/// 儀式とおどし 30 ////////////////////////////////////////////////////// 日本の皇室の生活は極度に組織化され、厳正で、古風である。占領時代のわずかな 期間、アメリカが考えついた、天皇をヨーロッパの君主に似せようとする運動の一部として、 裕仁天皇は日本全国をまわり、工場を訪問して庶民と話した。その後は、ほとんど国民 との接触がなかった。皇室の神話的な面が強く否定された一九五〇〜六〇年代に比べ、 今日、皇室がふたたびタブーでおおわれるようになった。天皇を天照大神の子孫だとする 古い神話が、神社本庁が中・高生を対象に一九八五年に発行した小冊子で復活した。 さらに多くの自民党国会議員が、外国人に決して理解できない日本の皇室制度の独自性 を公然と口にし始めた。宮内庁の官僚は、政府発行の在位六〇年記念金貨に天皇の 肖像を使うのを拒否した。天皇の肖像は硬貨にも切手にも使われなかった。肖像は いたずらの的にされやすいから、というのが公に説明された理由だった。 //////////////////////////////////////////////////////////////////////
607 :
◆6dgm1BV1dM :03/09/02 21:04
/// 儀式とおどし 31 ////////////////////////////////////////////////////// 一九四六年元旦の有名な天皇人間宣言にもかかわらず、右翼の活動家、一部のナショ ナリスティックな知識人と官僚、自民党のいくつかのグループは天皇の地位と役割について、 公式の神道の神だった頃とほとんど変わらない見方を奨励している。裕仁天皇が一九八八 年の秋から八九年一月まで死の病いの床にあった一一一日問、閣僚は国際会議に欠席し、 有名人は予定の結婚式を廷期し、テレビ局や週刊誌は軽薄な番担や記事を控え、多数の 会社や学校が祝いの行事を取りやめ、マスコミは謹粛ムードを作り上げるのに多大な貢献を した。その間、日本イデオロギーは人びとの目と耳にふれる機会を大いにふやした。天皇の 死と葬儀は超ナショナリスティックな"日本主義"イデオロギーをもてあそぶインテリにその 考えを語らせる機会となった。倫理的に受け入れられる規準が極右によって決められた ということになる。 天皇の病気を理由に学校の秋の行事や運動会を中止するべきではない、という意見も 広範に聞かれた。しかし、学校側は、広がりつつある右翼団体の威嚇行為を心配した。 出版社や編集者も、同じ理由により、社名をつけた出版物に皇室関係の情報を出す時、 極力注意する。これは、普段の状況においても同様である。 ////////////////////////////////////////////// 早川書房より絶賛発売中 ///
608 :
名無しさんの主張 :03/09/02 21:54
〜〜なぜ東京人は行列に並びたがるのか?〜〜 かつて、蝦夷を討伐した征夷大将軍は、 関東人を奴隷として京に連行した。 そのため、関東人の遺伝子には、「奴隷」の習性が インプットされているのである。 彼らは、きちんと列をなさなければ、鞭打たれ 食事も与えられなかったのである。 したがって、東京人は無意識的に列を作るのである。
609 :
名無しさんの主張 :03/09/04 20:55
外人板つくったら需要ありそうだな。 中身は作る前から想像できるが。隔離板としてちょうどいいカモ名。
610 :
◆6dgm1BV1dM :03/09/04 21:30
/// 儀式とおどし 32 ////////////////////////////////////////////////////// 右翼団体と自民党内のナショナリストは、彼らの影響力を増大させるのに、目前に 迫った皇位継承の儀式を利用しようと待っていたにちがいない。一九九〇年一一月下旬 に執りおこなわれる即位大嘗祭の中心の儀式では、新天皇が象徴的に女性に変身し、 つづいて象徴的に神がみの子を宿し、天皇自身は神格に再生する。憲法の規定では、 天皇の地位は、西欧の立憲君主国の君主ほども高くない。天皇は「日本国の象徴であり 日本国民統合の象徴」である。ところが、天皇崇拝復活を防ぐ唯一の実際的な方法は、 宗教的な儀式に公費をあてるのに反対する法的な根拠を国会の反対派に与えること だけである。 これまでの状況からみて、明仁新天皇と美智子皇后は皇室から神秘性をとり除き、 国民大衆との距難を近づけ、真の立憲君主になるよう望んでいるようだ。しかし継承式典 をめぐって国民の間で新たな衝突が起こる可能性がある。・・・・ //////////////////////////////////////////////////// K.V.ウォルフレン著 //
◆6dgm1BV1dM はこんなに思い切りK.V.ウォルフレンの著書を書き連ねて ほとんど参考引用の域を越えてるけど、ちゃんと承諾を得てやってるのか? 著作権に著しい侵害を及ぼしてないか?
612 :
◆6dgm1BV1dM :03/09/05 20:17
>>611 しょせん自分の意見など持てない権威主義者だろ彼は。
614 :
◆6dgm1BV1dM :03/09/06 11:49
/// 儀式とおどし 33 ////////////////////////////////////////////////////// 儀式が支える秩序 ・・・・外国人の目から見ると、実質的な討議や理性に訴える方が抗議をする側に とって得策だと思える。しかし問題の儀式的な扱いが広く一般に浸透するという パターンは、日本での争いの特徴で、それは小規模の争いにもよく見られるものだ。 "和"は、理性によって達成されるものでなく、まして法律によるものでもない。そういう 状況は外国にも存在することはするが、しかし、日本においては、儀式化することで "和"の達成・維持をめざす方法は高い洗練度に達している。 /////////////////////////////////////////////// 「日本/権力構造の謎」 ////
615 :
◆6dgm1BV1dM :03/09/07 16:57
/// 儀式とおどし 34 ////////////////////////////////////////////////////// きかない内なる声 日本の生活における儀式の重要性を十分に理解するには、普遍的な価値に訴える伝統 のない普通の日本人の目に、社会・政治的世界がどう映るのかをふたたび考えなければ ならない。日本人の目から見た世界は、ほとんどの場合、不変の原理にもとづく道徳秩序 を信じることから得られる確実性を欠いたものである。たいていの日本人は結局のところ、 頼りにできる知的拠り所を持っていないということになる。彼らは近所の人、職場の同僚や 上司に対し、自己の行為を正当化するために原理や理想に訴えることができない。 日本人の住む道徳世界を理解するには、ある状況をイメージしなければならない。 すなわち自分の行為の良し悪しというものは、いつも、いつも自分がどうふるまうことを 他の人びとから期待されているかという判断によって決まるのだ。そのような状況に おいては、"ほかのやつらがなんだ"という考えは決して出てこないし、社会的期待に そうのは、不幸な妥協でなく、唯一の生きる方法だということになってしまう。 /////////////////////////////////////////////////////////// 1989年刊 //
616 :
◆6dgm1BV1dM :03/09/08 22:23
/// 儀式とおどし 35 ////////////////////////////////////////////////////// 格言、諺、伝統的ないいならわしが、日常生活で具体的な行動のための実用的な 指針になっている。しかし一方で、格言の類は、社会的期待に反する行動の正当化には 十分ではない。先に見た"精神の純粋性" "忠誠" "誠実さ" など、理想的な良い態度 というものは、時の社会秩序を維持するためのもので、人が政治体制に立ち向かう ための武器にならないのはたしかである。すでに見たように、共同体にとって利益が あるとされているものへの抵抗は、"私的な" - つまり利己的な - 動機から生じる とされ、とうてい正当な個人の政治的意見とは考えられないのである。 ////////////////////////////////////////////////////////// 早川書房 ///
617 :
◆6dgm1BV1dM :03/09/10 21:19
/// 儀式とおどし 36 ////////////////////////////////////////////////////// 日本人は、自分が成長する過程の中で抱くようになる普遍の道徳原理を思い出させて くれる内なる声を心の拠り所とするよう、期待されていない。それぞれの個人は、内なる 人生の案内役として道徳問題に対処する決定力を持っているとは考えられていない。 個人の信念を掲げて主張するよう励ましてくれる歴史的な手本もない。ソクラテスや彼に 続く多数の思想家や政治的活動家のように、自己の良心に従うことは慣習に従うより良い、 と考えることもない。もちろんしようと思えばなんでもできる。だがそうすることは、非難 される危険をおかすことになるし、また、めったに報われることもない。 //////////////////////////////////////////////////////////////////////
618 :
◆6dgm1BV1dM :03/09/12 21:25
/// 儀式とおどし 37 ////////////////////////////////////////////////////// 一部の日本人が持つ "高い身分に伴う義務" という個人的センスは、広くいきわたった 礼譲の作法と共に、日本の社交に心地良さと安心感をもたらす。いく人かの日本人は 理想主義から道徳的な大義にみずからを捧げる。それでも、個人が共同体の期待に 反する行為を正当化するのに、個人的な行動の理想に訴えることはできない。純粋に 日本的な状況で機能しようと欲する日本人は、防衛や攻撃の究極的な手段として、論理、 道徳的価値、哲学的あるいは科学 "真実" に訴えることは諦めねばならない。日本人を 実用主義者と呼びたくなるかもしれないが、一貫して実用主義を原理として実践している 日本人はなかなかいない。 ////////////////////////////////////////////// 早川書房より絶賛発売中 ///
619 :
◆6dgm1BV1dM :03/09/14 19:09
/// 儀式とおどし 38 ////////////////////////////////////////////////////// 秩序の保証 日本人は、普遍的に適用できるルールや抽象理論にもとづく内的合理思考に 導かれるのではなく、レーダーに導かれていると言ってよかろう。重視されるのは 物事と人々の外面である。日本の状況を真面目かつ鋭く見る、ある観察者は、以下 のようなものの存在について述べている - 他者の反応をとらえ、必要な調整をするために、常時機能していて、会話と会話 以上のものを探りあてる異常に鋭敏な "触角" 。調整自体は徴細なものではあるが、 その積み重ねが本質的に社会を支えている。考えや原理は二次的とされ、主要な 支えではない。そして、親切、優しさ、人情などの普遍的な概念も、このような 文脈の中に存在するのである。 //////////////////////////////////////////////////// K.V.ウォルフレン著 //
620 :
◆6dgm1BV1dM :03/09/16 20:01
/// 儀式とおどし 39 ////////////////////////////////////////////////////// 日本人はつねに、自分の言葉と行動で他の日本人の言動をある程度コントロールして いなくてはならない。個人が自分の行動を正当化するのに、具体的な形になっていない 法に訴えられないのと同じく、究極的には、他者が自分の私的生活の秩序を侵害する のを防ぐのにそういう法の助けを求めることもできない。彼らはしたがって用心し疑わ なければならない。上位の者についての最大の関心事は、その者が自分のことをよく 考えてくれているかという点だ。最終的に人の行動を抑制する内的制裁がないとすれば、 抑制力は外からこなければならない。したがって、<システム>の上位では、ある程度の 力を持つ者は全員、他人の力を牽制することに始終追いまくられる破目になる。 /////////////////////////////////////////////// 「日本/権力構造の謎」 ////
621 :
名無しさんの主張 :03/09/16 21:19
うんこ
日本が嫌いだってのはわかるが、恨み言いうだけじゃ仕方あるめえ
623 :
◆6dgm1BV1dM :03/09/19 21:17
/// 儀式とおどし 40 ////////////////////////////////////////////////////// 日常生活とコミュニケーションの中にふんだんにある儀式的なものが、秩序が 保たれているという安心感を与えてくれる。日本人は秩序を失うのを、西洋人より はるかに恐れるので、この安心感が必要なのだ。普遍的で不変の真理に照らして 世界を説明するという伝統が欠如しているので、未来の予想はいっそうむずかしい ものになり、個人への保護も手薄なものになり - 実際に知的保護はまったくない - また、人は正体不明の勢力の気まぐれにさらされることになる。厳重に統制された 社会秩序のみが安心感を与えるという状況の意味は、社会の基底として存在する 法と原理を吹きこまれて育った者にとって想像しがたい。 /////////////////////////////////////////////////////////// 1989年刊 //
624 :
◆6dgm1BV1dM :03/09/21 09:26
/// 儀式とおどし 41 ////////////////////////////////////////////////////// 日本では、日々の確実性をある程度保証するため、社会生活をできるだけ予測できる ものにしなければならない。そこで、日本人のコミュニケーションはひじょうに紋切り型に なりがちだし、物事はこうあるべきで、人はこう振る舞うべきだということを、相当強く 意識するように育てられる。人間関係をとりまく環境は、"柔らかい" 面と "硬い" 面を 兼ね備えている。両方の面が互いに補足しあうのだが、両者が一貫性のある論理的な 枠組みにはならない。柔らかい側面では、柔軟性が親密な個人的な関係を左右する。 この世界は "ウェット" で、情緒的で、個々の特異な状況に寛容である。しかし、 親愛感の少ない "硬い" 側面では、物事はありきたりで硬直した不変の類型に 当てはめられる傾向がある。仕事の世界では、日本人は出身校、出身大学、そして 勤務先や所属官庁によって、互いに相手を判断する。 ////////////////////////////////////////////////////////// 早川書房 ///
625 :
◆6dgm1BV1dM :03/09/23 13:05
/// 儀式とおどし 42 ////////////////////////////////////////////////////// それをさらに広げて、外国人の場合には、出身国によるステレオタイプの類別によって その人を判断する。この視点から見る世界は、すべてが表面的なことで判断され、 それに従って配置されるジグソー・パズルである。身近な社会環境内の柔らかく、 ウェットな世界の変化と推移についてゆくだけで大変な努力を要するので、あたかも、 その先にある非個人的な世界の方は単純化してしまいたいかのようである。 日本人は、周辺の世界や人カが期待どおりでないと、気分を極端に害したり、 既成概念に当てはまらないものをさっさと無視する傾向がある。これは人間に共通の 特性であるが、日本人の場合、その程度が極端である。予期されるパターンに はまらないものは、かなりの学歴もあり聡明な人カにすらなかなか浸透しないことが あって、外国人は驚かされる。予想できない事に対する不安感が、極度に柔軟性を 欠く態度や振る舞いをとらせるのだ。 //////////////////////////////////////////////////////////////////////
626 :
◆6dgm1BV1dM :03/09/25 21:15
/// 儀式とおどし 43 ////////////////////////////////////////////////////// 階層構造による紛争回避 儀式性と階層構造が、内なる理念にかわって予測性を増し、あからさまな争いの起こる 可能性を減らす。各人が社会的枠組みの中である位置を与えられ、その位置に留まる かぎり、社会の混乱と大変動の多くが避けられる。日本では階層構造による秩序維持を 受容することが、争いをくすぶらせておくことにかわる唯一の選択である。"道徳教育" 復活をめぐる争いのような、全国的な規模の紛争が解決できないのは、当事者である <システム>の管理者と非難する側、この場合には文部省と日教組であるが、その両者が 互いに認める形での階層構造の上下関係にないからである。 ////////////////////////////////////////////// 早川書房より絶賛発売中 ///
627 :
◆6dgm1BV1dM :03/09/27 08:30
/// 儀式とおどし 44 ////////////////////////////////////////////////////// 同様に、日本がからむ外国との争いも、日本のグループがみずからすすんで 外国人グループの下につくことはないので、問題はくすぶりつづける。たとえば、 農水省や農協は、外国が日本との貿易収支を均衡させたいと望んでいるという だけの理由では、国益のため日本市場の自由化を認めない。外国人が論理的に 主張しても、説得は決して成功しない。外国とのこういった争いは決着がつかない。 もちろん、相手国が日本の<システム>の手段を採り入れ、自国のより強力な地位を 強引に認めさせれば、話は別だ。 //////////////////////////////////////////////////// K.V.ウォルフレン著 //
628 :
名無しさんの主張 :03/09/27 21:52
Λ_Λ / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ( )< きもかったら無視すればいいだろ ( O ) \_________ │ │ │ (__ (__) ∧_∧ ( ´∀`)彡 / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ( O ) < お前がいつも家や学校でされてる様にな ││ │ \________ (__(__)
629 :
◆6dgm1BV1dM :03/09/29 19:43
/// 儀式とおどし 45 ////////////////////////////////////////////////////// 日本の社会・政治的秩序のおいては、争いは忌避され、無視され、拒否され、 儀式によって祓い清められるが、めったに解決されない。社会秩序を保つのに、 普遍的な原理に訴えたり、法的手続きを活用する伝統がないので、個人やグループは 自分より力の強いものがそこにいろという位置にいることを甘受するだけだ(ただし 表立たないサボタージュは予想され、また大目に見られる)。母親と子供・夫と妻、 上司と部下というような親密な人間関係においてしばしば見られることだが、心理的な やりとりが互いの態度を理性的に説明することにとってかわる。日本人はこの心理 "ゲーム" を芸術の域にまで高めた。弱者も主にゲームの術を身につけることによって、 自分の存在を主張できるようになるのである。 /////////////////////////////////////////////// 「日本/権力構造の謎」 ////
630 :
◆6dgm1BV1dM :03/10/02 21:38
/// 儀式とおどし 46 ////////////////////////////////////////////////////// こうして、半自律的な<システム>の各要素の相互牽制関係や、階層の下位にいる 人びとへの支配が理性によってではなく力によって最終的に決定される。従属が 要求されるのである。階層構造なしには "和" もありえない。一生を通して日本人は いつも家族、親類、学友、職場の同僚などまさしく接触するすべての人との関係で 相手の "目上" か "目下" かを思い出させられる。また、どの種のものであれ、 組織のランキングを知っていることを、組織の代表者への接し方で示すよう期待 される。社会的地位をあいまいにしたままでは落ちつけないよう、日本人は条件 づけられているのだ。 /////////////////////////////////////////////////////////// 1989年刊 //
631 :
◆6dgm1BV1dM :03/10/04 18:50
/// 儀式とおどし 47 ////////////////////////////////////////////////////// 階層構造はまず家庭からはじまる。もっとも上流階級の家族を別とすれば、 "年長" "年少" の区別は戦前ほど強調されなくなった。しかし、異なる学校の生徒たちの個の ランクづけは、制服やつけられている名札からすぐ判る。教室中でのランキングは はっきりしていて、誰にでもわかるようになっている。階層構造は大学の運動部や 応援団においてはとても重要であり、もっとリラックスしたクラブにおいても同様である。 学年の上下はアメリカの学生のクラブではほとんど問題にならないが、先輩と後輩との 階層構造的関係が日本のクラブの結束の大黒柱となっている。序列はサラリーマンの 世界では、さらにはっきりしてくる。 ////////////////////////////////////////////////////////// 早川書房 ///
632 :
◆6dgm1BV1dM :03/10/06 19:46
/// 儀式とおどし 48 ////////////////////////////////////////////////////// 日本人が電話しているのを聞いていると、話の相手の地位が上か下かほとんど間違い なく判る。広く海外で宣伝され信じられている、日本の職場グループ内の平等主義 (日本の重役は一番下の従業員と同じ社員食堂で昼食をとる、というのがよく引用 される例)は、ナンセンスである。日本の従業員は話している相手の階層によって、 話し方を変えるばかりか、お辞儀の角度まで適正に知らなければならないのである。 通常、オフィス内のすべての者の序列が、机の位置と椅子の大きさですぐに判る。 自分自身仕事に加わって観察を行なったある一人の外国人は、「上司が部屋の一方 から部下たちを大声で呼びつけると、彼らはそれに応えて歩くのではなく、駆けつける」 と書いている。日本人が大挙して交渉の場に現れると、彼らの序列が一目で判る。 序列は半自律的なグループの垣根を越えて存在する。日本の日常生活は、出席者の 大半が大使館付きの武官である外交団のカクテル・パーティのようである。 //////////////////////////////////////////////////////////////////////
633 :
◆6dgm1BV1dM :03/10/09 19:41
/// 儀式とおどし 49 ////////////////////////////////////////////////////// 日本の階層構造のよく知られた基本要素である、親分・子分の関係については、 すでに触れた。日本の工業化初期の段階での労働グループに見られたこの関係は、 今日も、暴力団、政治家、伝統工芸や劇場関係のアーチストの間に生き残っている。 これに似ているのが先輩・後輩の関係である。先輩と後輩は同僚との普通の関わり よりも密接な関係を拷つ。両者の関係は多くの会社や官庁で、自然に生まれるので あろうが、特に社員が急増する成長会社では、上役が強制的にこの関係を人為的に 育てあげることもある。 ////////////////////////////////////////////// 早川書房より絶賛発売中 ///
634 :
◆6dgm1BV1dM :03/10/11 08:22
/// 儀式とおどし 50 ////////////////////////////////////////////////////// 日本の官界の階層構造は、多くの外国の官僚が考える以上に厳しい。中間層のある 役人はパイプを吸うのが好きなのだが、紙巻きたばこを吸う上役より上だと思っている ような印象を与えるので職場で決してバイプをやらない、と筆者に話してくれたことがある。 また、ある元大蔵官僚は、別の役人の子供が上役の同級生の子供より成績がよかった ために、転勤を命じられたというエピソードがあったといっていた。警察の官舎が並ぶ 地域は、相当に自己規制的な世界だが、警察官の階級が妻や子供の階級まで決めて しまう。これは他の国ぐにでの軍人家族用住宅の割当てを思わせる。 日本企業の有名な "年功序列制度" は、明確な階層構造を維持するためにある。 いくつかの戦後創立の会社は、能力と業績によって一部の社員を昇進させ注目されたが、 後になって、上役が "若すぎる" ために部下と正常な上下関係を保てないという問題が 生じた。 //////////////////////////////////////////////////// K.V.ウォルフレン著 //
635 :
◆6dgm1BV1dM :03/10/12 21:36
/// 儀式とおどし 51 ////////////////////////////////////////////////////// 階層構造による公式の秩序は、いかなる状況下でも維持されなければならない。 たとえそれが実際の力関係と一致しないとわかっている場合でも同様である。 たとえば、あるグループの名目上のトップがアイデアを出す能力を持たず、決定を下す 際に想像力のある部下に頼らなければならないことがよくある。この場合、良好な "人間関係" を保つのに、上司がそれと分からない形で、部下の才能を使うことを 心得ていることが重要なのである。たいていの場合、才能ある社員が自分の手柄を 口にしないこともとても重要である。 /////////////////////////////////////////////// 「日本/権力構造の謎」 ////
636 :
◆6dgm1BV1dM :03/10/14 22:59
/// 儀式とおどし 52 ////////////////////////////////////////////////////// よく統合された集団においてメンバーは、理論的に自分と同等の者が指導権を握る のが普通だと考える。時には、特に職場を離れた場合、意志決定者が誰かについて 見せかけの体裁を保つ努力がほとんど払われないこともある。第三者が同席していない 場合には、能力のある部下が、西洋ではとても許容されない程、ぞんざいに上司を 扱うこともある。しかし、公衆の面前では、上位者に敬意を払う儀式がきちんと守られる。 こうして、集団の年功序列は無事に保たれるのである。才能も指導力もある者は、 西洋ではだいたい早く昇進するが、日本では下の階層にかなり長く留まる。この結果、 下の者が相当程度イニシアチブを取るという現象がよく見られる。 /////////////////////////////////////////////////////////// 1989年刊 //
637 :
名無しさんの主張 :03/10/15 07:32
日本人、幼稚。 集団行動大好き。自分の妻を他人の前でけなす。 アイドル大好き(モー娘、ジャニーズ)。 飲み会で、ビールなどを人に注ぎまわる。 お酒を飲めない相手に「付き合い悪い」という・・酒飲まなくてもうまくしゃべれるっつーの。 酒飲まなくても歌えるっつーの。相手に酒を押しつけるじじいばかり・・ 日本にうんざり・・
638 :
◆6dgm1BV1dM :03/10/17 19:51
/// 儀式とおどし 53 ////////////////////////////////////////////////////// 日本の確立された関係では、上にいる者は概して、目下の者に物事を頼むのに 理由を説明しなくてよい。しかし、上位の者は部下のために最善になるよう考えて いるということを示す必要がある。また逆に部下はなぜ、何のために指示を受けたか とか、自分が受けている扱いについて尋ねることはない。上司の指示の陰にある 善意の動機を信じるかぎり、部下は命令にだまって従う。 ////////////////////////////////////////////////////////// 早川書房 ///
639 :
名無しさんの主張 :03/10/17 19:56
日本人らしい日本人なんて 戦後いねーだろ 目くそ鼻くそ 貧乏な無教養な田舎者か 静養コンプレックスの田舎者か
>>637 俺は全部やってない日本人だが、同じ思いだよ。
641 :
◆6dgm1BV1dM :03/10/18 21:36
/// 儀式とおどし 54 ////////////////////////////////////////////////////// 階層構造的な秩序は日本社会のいたるところに行きわたっている。日本銀行は 容易にコントロールできる貸出制度を維持するため、大手銀行間の規模の序列を 熱心に守る。また、5章で見たように、自民党の国会議員の序列は、当選回数に よって決まる。議員の才能や手腕に関係なく、その序列が委員会での地位や大臣 任命の時期を決める。 優越感と劣等感はまた日本の他国に対する態度にも普通に、はっきりと見られる。 日本人は国家の "手本" としてまず中国、後には西洋につねに愛憎両様の感情を 示してきた。強い階層構造的な世界秩序観がこの二重傾向をさらに募らせた。 日本人は手本とする国ぐにに劣等感をもつ一方で、例の "大和魂" という神話的 概念を自明のこととして仮定し、基本的に自国のほうが優れていると主張してきた のである。 //////////////////////////////////////////////////////////////////////
642 :
名無しさんの主張 :03/10/18 21:49
>>日本に住み始めてしばらくの外国人です。 日本に来てこれは?と言うような習慣や行動パターン、考え方に出会い 疑問を抱いています。 はっきり言うけど、あなたたち 「ここが変だよ、日本人」 お前他国について言及する前にまず自分の出身地・年齢・性別くらいは晒せよ。そうでないと単なるネタスレにしか聞こえなくレス仕様がない。
643 :
◆6dgm1BV1dM :03/10/20 20:25
/// 儀式とおどし 55 ////////////////////////////////////////////////////// みんなと一緒の儀式 すくなくとも徳川時代以来、社会秩序を維持すべきだという強迫観念と共に、 秩序を確実に生きのびさせるには多くの儀式が必要だという考えがあった。 「天皇と最下層の人びととの間、将軍、大名、無数の武士階級、農民、職人、 商人を並べた『存在の大いなる連鎖』の中で全体の秩序が保たれ、再確認 されるように、儀式は演じられねばならないのである」 ////////////////////////////////////////////// 早川書房より絶賛発売中 ///
644 :
◆6dgm1BV1dM :03/10/22 19:36
/// 儀式とおどし 56 ////////////////////////////////////////////////////// 階層構造と儀式はいうまでもなく結びついており、儀式は "和" を保つのに欠かせ ない。礼儀作法のルールに違反したり、定められた儀式を持続させなければ、重大な 道徳上の罪を犯すことになる。もしひとつだけ日本人が他の国民、西洋人はもとより アジアの近隣諸国の人々とはっきりと違う点があるとすれば、それは儀式的な 振る舞いの徹底ぶりである。日本人は儀式でがんじがらめにされている。日本人が 海外で儀式的に振る舞うのを観察しても、母国での徹底ぶりの一端しか見たことに ならない。厳格な公式的行動様式の網が、スポーツ大会やパーティさらに新婚旅行 のような生活や行事の領域までおおっている。日本以外の社会でなら、自然な自発性 の発露が重要な要素とされるそのような機会でさえもである。 //////////////////////////////////////////////////// K.V.ウォルフレン著 //
コピペ * 興行成績一位、は不思議でも何でもありません。すばらしい作品だからです!!・・・なんてね、まさかね(^w^) やたらお金を持っている団体が劇場を(期限付きで)買い取ったということです。お客が入っていようがなかろうが、 前売り券を毎日一定の割合で使用されたという風に処理するのです。当然「興行通信社」とかにもそのまま報告します。 (要するにこの手の「記録」づくりはこの業界では日常的なワケで・・・) ―前売り収入は配給→劇場と配分され(券の種類によって配分が違う)当日売りの収入と相殺されます。 当日売り=窓口での販売が全くなくても、また実際に前売りで見に来るお客が“ひとりも”いなくとも、 一日100枚とか1000枚とか劇場規模によって割り当てられた前売りが“使われた”ことになる契約なのです。 業界用語で「配券」といいます。劇場も配給会社も誰も損をしないオイシイ興行ですね。 寅さんや漫画まつりといった定期収入がなくなってジリ貧の邦画界にとって、宗教界の進出はまさに文字通り「救世主」なのでありました。 これは現在の日本の映画興行の一つの現実。映画好きの皆さん、でも映画を嫌いになったりしないでしょ。 現実は現実として映画サービスデーとか、友達と彼氏・彼女と映画館に行ってください。 ダメモトであなたの本当に見たい映画を見に。興行ランキングなんて気にせずに。 映画館の従業員、できれば支配人を見つけて話し掛けてください。 みんなホント、映画好きの映画馬鹿ばかりですから。 映画館が人間同士の交流の場となる日がまた来るのならば、こんな「動員映画」もなくなるのかもしれません。 そう希望しているわけです、マジで。信者の皆さんもどうですか?語り合いましょう。 最後まで読んでくれて、ありがとう。
646 :
◆6dgm1BV1dM :03/10/25 18:04
/// 儀式とおどし 57 ////////////////////////////////////////////////////// 日本人が必ずしも他の国民より儀式を好むわけではないのだが、儀式なしでは途方 にくれるようだ。儀式は必ずしも歴史があって神々しくなくてもよい。新しい儀式の 好例に、一九六〇年代に登場して以来、日本を征服してしまった結婚披露宴がある。 大ホテルや結婚式場などの業者が、昨今、結婚する日本人の大多数の従う "習慣" を作った。このような披露宴はとても固苦しく退屈で、多額の金がかかる。どの披露宴 も決まりきったように同じで、ウェディング・ケーキ切り、献花、キャンドル点灯の 儀式がある。また、花嫁は三、四回、衣装を変え(花嫁衣装、豪華な和服、イブニング・ ドレス、そして望むなら新婚旅行用の制服と化したスーツ)、新郎・新婦の勤務先の 上司が長ながとしゃべる。 /////////////////////////////////////////////// 「日本/権力構造の謎」 ////
647 :
◆6dgm1BV1dM :03/10/27 21:38
/// 儀式とおどし 58 ////////////////////////////////////////////////////// スピーチの中で新婚カップルをひやかすジョークはどの結婚披露宴でも使える代物 である。この儀式は、花嫁と花婿(それぞれだいたい二〇代前半と二〇代後半)が、 やっと子供時代に別れを告げる時が来たということを暗示する新趣向がたっぷり 含まれている。出席した者の感想をきくかぎり、このような披露宴は、めでたい祝宴の 気分や自発性を欠き、立場上行かなければならない人々の大半がいやいやながら 出るものなのだが、それのみかかわらず、すべての日本人が "すでにそう決まって いること" だとして我慢するのである。 /////////////////////////////////////////////////////////// 1989年刊 //
648 :
納豆やめとけ :03/10/27 23:02
あの年寄り臭は納豆のせいだった。 あの異臭は日本人だけ。
649 :
名無しさんの主張 :03/10/27 23:07
外人のたわごとなど2チャンでは誰も聞きません。
650 :
名無しさんの主張 :03/10/29 18:28
一応あげ
651 :
◆6dgm1BV1dM :03/10/30 20:00
/// 儀式とおどし 59 ////////////////////////////////////////////////////// 日本人は子供の時から、慣習にしたがい、慣習を信じるようにしむけられる。慣習 はレジヤー活動を含む生活のあらゆる領域に及ぶ。こうして慣らされた結果の顕著な 一例が、高度に儀式化されたゴルフ文化である。第一に、日本人のゴルフはスポーツ でも余暇の楽しみでもなく、重役連にとってはつらい役目であり、全サラーリーマン の三〇パーセントを占めるサラリーマンゴルファーにとって、きわめて真剣な仕事で ある。最近は、義務的に参加する社員旅行にゴルフのコンペを組み入れるのが普通に なった。ゴルフ文化は階層構造での地位を誇示する理想的な機会でもある。新設ゴル フ場の会員権取得には、一九八〇年代なかばで平均一〇〇〇万円かかる。名門ゴルフ 場の会員権は二五〇〇万〜五〇〇〇万円もする。このよう会員権は株券や債券なみに 取り引きされ、すばらしい投資だと考えられている。だが、異常に高くつくゴルフ文 化の重要な機能は、ほぼ同じ階層の経済人、官僚、政治家が比較的リラックスしたム ードで接触する機会を提供することである。こうして、彼らの人脈が拡大されるわけだ。 ////////////////////////////////////////////////////////// 早川書房 ///
652 :
◆6dgm1BV1dM :03/11/01 20:59
/// 儀式とおどし 60 ////////////////////////////////////////////////////// 学者の間でさえ、慣習にしたがうことが真理の探究に徹するよりも重要とされる。 そこで、自尊心の高い日本の学者は、最近の政治動向や時事問題を取り上げよう とせず、ジャーナリストにまかせる。このような問題は雑談の領域に属するものと 考えているようである。 日本人は日々の生活環境の中で、ヨーロッパの古風な宮廷と同じくらい複雑な礼儀 作法を、固く守らねばならない。そうすることによって、職場の仲間、家族や親密な 人びとなどの内輪の者より外にある世界で、人騒がせで社会的なはみだし行為が 生じる可能性がほとんどなくなる。日本人は役割を変更せず、服装、言葉づかいや 振る舞いによってその役割を明白にすることになっている。母親役、主婦役、先輩役、 親分役、見習い役などは、ひじょうに見分けがつきやすい。 ////////////////////////////////////////////////////////// 早川書房 ///
653 :
◆6dgm1BV1dM :03/11/02 21:53
/// 儀式とおどし 61 ////////////////////////////////////////////////////// 日本の階層構造と儀式は、弱者が自分の威厳を失わずに強者に仕えるようにする、 驚異的なメカニズムである。これで争いの原因の大部分が回避される。訴訟の かわりに勧められる調停が、関係者一同の面目を保てるようにするし、法律の からまない状況でも、仲裁が人間関係にある無数の思わぬ障害をスムーズにさせて、 調停と同じ役割を果たしている。 ////////////////////////////////////////////////////////// 早川書房 ///
儀式とおどし チョンが日本の興隆が悔しいので、こじつけてるレス
655 :
◆zpIOsXU1Wc :03/11/04 20:24
/// 「官僚たるものの心得」入門 35 ////////////////////////////////////////// しかも、どういうわけか国会の議決は満場一致をよしとしている。だが、何百人も の国会議員の意見が全員一致することなど、もとよりありえない。だから、もし全員 の意見が一致することが民主主義の基本と考えているならば、それはすくなくとも 欧米型民主主義の根本とは異なる。議決の際、反対意見の存在があってこそ、 民主主義が機能しているとみなされるのが欧米流だ。反対意見が存在せず、満場 一致の状態で議決が成立しているのならば、議決の結果は偏見か感情に流された ものと考えたほうがよい、という感覚なのだ。 他人がどう思うかなど気にせず、自由で、のびのびとした議論ができてこそ民主 主義はその本領を発揮できるのではないか。しかし、実態はそうではない。国会の 場に限ったことではない。公式の場で、論理立った議論の応酬で相手を論破する ようなことは、日本社会ではほとんど見受けられない。 ///////////////////////////////////////////////////////// 宮本 政於著 //
去年の5月から貼り付けてるんだ。すごいね。
内容は結構当たってると思うけど というか、批判には聞こえないよw 俺は、こういう日本(人)でいいと思うんだが
延々とコピペするのは確かにどうかと思うけど、書かれてることが悪口だと思わないがな 気に障ってる人、どの辺が気に入らんのか教えてくれ
659 :
◆6dgm1BV1dM :03/11/05 19:53
/// 儀式とおどし 62 ////////////////////////////////////////////////////// リアリティを管理する伝統のおかげで、社会的な争いの場合、矛盾を解決する努力 をせずに争いを和らげることができる。論理的な議論は、なによりも大切な "和" を 乱すから、あまり許されない。西洋では、論理に訴える議論は意見の違いを収める 方法として認められて(そしてその方法がとられることが期待されて)いる。日本では、 議論が争いそのものと同じにみられ、すべての争いは悪いとされているから、議論も 討論も普通は紛争解決の健全な方法と認められない。学術的な討論も実質的には 無いも同然である。日本の学者の大半が、討議の進め方を知らない。来日する外国の 学者や知識人はほとんどいつも賞賛され、共に議論することはめったにない。これで、 面目を失う危険が最小限におさえられる。 ////////////////////////////////////////////////////////// 早川書房 ///
660 :
名無しさんの主張 :03/11/05 22:17
私からの、お返事。 お前らこそ、そんなにまともか? 外国人 (1がどこの国の奴かわかれば、具体的に書きますよ)
661 :
◆6dgm1BV1dM :03/11/07 21:18
/// 儀式とおどし 63 ////////////////////////////////////////////////////// 表現としての政治的行為 政治的行為を分類するのに、 "表現としての" 行為と "手段としての" 行為とに 分ける方法がある。ほとんどの行為は両者が混じっているが、ある利益を直接 求めるのではなく、自分の立場を世界に示すことに明らかに重点を置くのは、 "表現としての" 行為である。日本の反対運動に関するかぎり、この方が圧倒的に 多い。 //////////////////////////////////////////////////////////////////////
662 :
◆6dgm1BV1dM :03/11/08 21:27
/// 儀式とおどし 64 ////////////////////////////////////////////////////// 総評系の組合が一九七〇年代に始めた順法闘争や毎春のストライキ、そして現在の メーデー集会は、まったく無害な儀式化された抗議行為の好例である。だが、多分 もっともよい例は日本の過激派学生運動であろう。一九六〇年代や七〇年代初期 ほどではないが、学生 "デモ隊" の分隊が今も時どき、大きな集会に参加しているのを 見かける。彼らはまったく同じヘルメットをかぶり、似たような服装で、鋭い呼子と かけ声のリズムに合わせて、まるで胱惚状態のようにスローガンをとなえて行進する。 そうしながらもまるで魔術のように彼らは密着した隊形をくずさない。胸と背中、肩と肩 とを密着させ、わずかな間隔をおいて男子学生に女子学生が続く。長い列は、体を うねらせて進む一匹の蛇のようだ。世界中のどんなコーラス.ラインもパレードの部隊も、 これ以上のお手本はないだろう。だが、学生は実質的なことを何も達成しない。 また、はじめからそのつもりもない。デモのためのデモなのである。 ////////////////////////////////////////////// 早川書房より絶賛発売中 ///
663 :
◆6dgm1BV1dM :03/11/09 14:24
/// 儀式とおどし 65 ////////////////////////////////////////////////////// 民主主義を装った儀式主義が日本の政界にはびこっている。"現実の管理" を 滞りなくおこなうには、細心の注意を払って儀礼を守り、民主主義の形をあくまでも 維持する必要がある。こうして、国会での予算審議の儀式がおこなわれることに あいなる。審議は打合せが前もって済んでいるのに、政治家も官僚も決してないがしろ にしない。内閣は法により公式に国会に対し責任を持つ。したがって、大臣たちは このほとんど完全に儀式でしかない予算質疑の期間に、国会審議を欠席しようなどとは 夢にも思わない。大臣に対する質問や質疑応答は、大部分が官僚のお謄立てした 念入りなパフォーマンスである。野党議員が質問材料の提供を官僚に頼ることも多く、 その質問にまた同じ官僚が答える。池田内閣以来、野党議員の大臣に対する説明の 要求に大いに敬意が払われるようになつた。しかし、答えの内容よりも声の調子が 注目される。 //////////////////////////////////////////////////// K.V.ウォルフレン著 //
///朝鮮の禿山について///////////////////////////// 吾々日本人にとって朝鮮のイメージは禿山だった、朝鮮人に依るとオンドル最高 畳は冷たいと言って、その為日本家族は冷たい、と言う趣旨の書き込みがあるスレにあるが、 彼ら朝鮮人は、オンドルで燃やし尽くして自国の山々を禿山にしてしまったのである、 朝鮮人や、中国人は、植林と言う概念がなかった、それを日本統治時代に、日本人が回復に努めたのだ 植林毎年 22年総計1億4千万本 を行った。 兼好法師の言う如く、日本家屋は夏をむねとすべきなのは、今も変わらない 朝鮮の様に痩せた赤土の国土で冬酷寒の国とは訳が違う。日本は気候温暖、山の幸、海の幸 に恵まれ、神州清潔の民である、吾が国土は古代より緑に覆われ、営々と造植林に努めてきた。 美しい日本万歳
日本人はどうして何かにつけて核家族を否定するんや?それでいて三世代家族 は絶対正しいかのように思うとる!モラル・マナーの低下が目に付くと、すぐ に「戦後、核家族化が進んだから・・・」などとぬかす奴が多すぎる。よく考 えてみい。古今東西、核家族は存在する。だいたい核家族を全否定するなら職 業選択の自由・居住移転の自由を剥奪する以外ないやろ?けど、そんな夢も希 望もない国で人が生きられるか?そもそも嫁と姑・親夫婦と息子(又は娘)夫 婦なんかが喧嘩ばかりになってうまくいかんのやったらむしろ別居したほうが ええに決まっている。ちゃうか?第一、核家族と三世代家族のどちらにするか なんて本人達で決めたらええことやないか。それにいちいちくだらんいちゃも んつけるなんて日本人はおかしいわ!
666 :
◆6dgm1BV1dM :03/11/13 20:42
/// 儀式とおどし 66 ////////////////////////////////////////////////////// 政治的慣習を無視すれば、危機を招きかねない。そこで、中曾根は一九八六年 六月の選挙で自民党が記録的危勝利をおさめると、まず反対勢力に儀式的な融和の 姿勢を見せた。自民党が "尊大になりすぎる" ことのないよう気をつけるという姿勢を 示していなければ、マスコミが嵐のような非難を浴びせ、国民も不満の意を表したで あろう。少数党が多数党の横暴に服従させられると文句を言いかねないので、 強い党は、慈悲心があるという外面を保つことがほとんど義務になってしまう。 /////////////////////////////////////////////// 「日本/権力構造の謎」 ////
667 :
◆6dgm1BV1dM :03/11/16 10:21
/// 儀式とおどし 67 ////////////////////////////////////////////////////// 官僚は徹底した儀式の世界に住む。役人は暗号で話す。役人が "検討する" と 言うのは、何もしない、という意味である。 "前向きに検討する" と確約してくれると、 これは多少希望があり、状況が許すかぎりなんらかの調整をしましよう、という意味 になる。政治家と同じで、官僚もすべてを人の目に触れない所で取り決め、その後に 正式決定をする儀式的行事がおこなわれる。局長が外国人との交渉で、用意された 報告書から時に多少脱線したので部下の役人が狼狽した、という例もまれにはある。 /////////////////////////////////////////////////////////// 1989年刊 //
668 :
◆6dgm1BV1dM :03/11/18 22:03
/// 儀式とおどし 68 ////////////////////////////////////////////////////// 官僚は儀式と断固たる階層構造の示威が、社会秩序の権威への尊敬の念を はぐくむのに、必須だと信じている。下級役人は上位者にいんぎんな敬意を表し、 つねに問題を上役に最終決定させるふりをする。官僚制の階層構造そのものが 一般国民に畏敬の念を起こさせると考えられているのだ。いずれの場合でも、 慈悲の施しという幻想が重要である。国民に次のように思わせて安心させたいのだ - つまり、役人は、自身のためでなく国民生活の安定を計るため、彼らのつとめを はたしている。気をゆるめず徹底的にやっている。自分の時間を犠牲にして やっている。不測の事故に対しいつも警戒している、と。 ////////////////////////////////////////////////////////// 早川書房 ///
669 :
◆6dgm1BV1dM :03/11/21 21:07
/// 儀式とおどし 69 ////////////////////////////////////////////////////// 階層構造と儀式が効かない状況 徳川時代から受け継がれ、今世紀はじめに "国体" 神話によって強められた 政治的なイメージによると、私欲のない管理者の国民に対する慈悲深い配慮が 最善の世界を生み、究極の真理を表わすとされている。この見方では、国民が まとまっていることは基本的な前提であり、これから達成すべきものではない。 この国のこの自然な状態は最悪の場合でも、まぐれ当たりのような偶発的な 出来事によって、一時的に破られるだけだというわけだ。 //////////////////////////////////////////////////////////////////////
670 :
◆6dgm1BV1dM :03/11/23 14:47
/// 儀式とおどし 70 ////////////////////////////////////////////////////// "和" は社会に内在しているという。しかも、日本人全員が "和" の維持に努める よう期待されている。つまり、すでに見たように、争いの可能性は正式には無視される のである。このような状況下では、階層構造と儀式は秩序を保つのに驚くほど効果的 だが、すべての不測の事態にまでは対応できない。同意しないことを認める慣習的な 方法がないため、争いがくすぶり続ける。こうした場合、まず理性的なコミュニケーション が完全になく、感情的爆発や時には暴力沙汰に発展してしまう可能性もある。しかも 国会の議場や会社の重役室のように、ふつう起こるとは考えにくい所で起きることすら ある。だが、そのような時でさえ、対立に伴うジェスチャーはきわめて儀式化されている。 ////////////////////////////////////////////// 早川書房より絶賛発売中 ///
671 :
◆6dgm1BV1dM :03/11/26 20:36
/// 儀式とおどし 71 ////////////////////////////////////////////////////// 一九六〇年代なかばまで、野党と自民党あるいはその前身であったいくつかの 党の間のコミュニケーションが断絶し、国会がしばしば暴力沙汰の現場になった。 乱闘はひどく、国会の速記者たちは一九五四年に国会議員に、喧嘩中に速記台の 上を歩かない、彼らの身体や速記ノートに触れない、との誓約を要求したほどだった。 一九七一年と少なくともその後一度はこの誓約を再確認させている。 コミュニケーションの完全断絶の好例は、東大病院の精神科(入院)病棟と外来 (精神分析)部門の抗争である。争いは何十年間も続いているのだが、コミュニケーション を完全に断ってしまったので、互いに相手側の考えをつかめない。 //////////////////////////////////////////////////// K.V.ウォルフレン著 //
672 :
◆6dgm1BV1dM :03/11/29 16:31
/// 儀式とおどし 72 ////////////////////////////////////////////////////// 日本式のコミュニケーション断絶が、くすぶっている争いをいかに不気味な様相に 導くかという例は、映像に記録されて残った。悪名高い水俣水銀汚染の患者が抗議 する場面である。汚染源のチッソ株式会社の幹部の鼻先わずか十数センチのところで 犠牲者が変形した手足を揺り動かしている。母親たちは会社幹部の眼前に、変形し 痙攣して震える我が子を差し出した。だが、会社側の人間の顔はまったく無表情で 一言もしゃべらなかった。そのうちに、一人の幹部が耐えられなくなって失神した。 彼は最後まで頑張る、忠実な宮仕えだった。 /////////////////////////////////////////////// 「日本/権力構造の謎」 ////
673 :
◆6dgm1BV1dM :03/12/01 21:12
/// 儀式とおどし 73 ////////////////////////////////////////////////////// 日本社会における不調和や、社会的混乱の可能性がどの程度のものであるかを 確定するのは難しい。日本の報道機関は社会の争いを反映するのではなく、事前に 危険回避させるのをみずからの役目だと信じているので、多くの争いが報道されない ままですまされてしまう。一九八七年に、機動隊が外国人登録法改定に抗議する 人びとと法務省前で衝突した時、人びとは近くの地下鉄の駅から出てくるのを阻止 されたり、手荒く地面に投げ倒された。だが、次の日の新聞は、写真も記事もまったく 載せていなかった。テレビのニュース番組もいっさい取り上げなかったのである。 筆者は一九六〇年代の後期に新宿で暴動を目撃した。学生運動のいくつかの 派閥が口火を切ったのだが、そのうちサラリーマンも熱狂して参加し、転がした 車に火をつけるのを手伝ったり、警官に石を投げつけたりしていた。新聞記事は、 この騒乱をイデオロギーを吹きこまれた過激派学生のお決まりの活動として 描き出していた。 /////////////////////////////////////////////////////////// 1989年刊 //
674 :
◆6dgm1BV1dM :03/12/04 21:07
/// 儀式とおどし 74 ////////////////////////////////////////////////////// 日本でも社会混乱の起こる可能性が、ちらりと見えたのは一九七四年だった。 国鉄の運転士が順法闘争の一環として電車を立ち往生させると、満員電車に 閉じ込められていた乗客が怒り、東京のある駅のプラットホームにある係員詰め所を 打ち壊したのである。その直後に、埼玉県の高崎線上尾駅でも乗客が暴れた。怒りが 伝染し、乗客の暴動が数日間で首都圏の国電駅一円に広がった。東京の有楽町駅で、 普通のサラリーマンが切符販売機や窓を壊すのを、筆者も目撃した。この行為は、 規模がはるかに小さいものの、性格において一九一八年の米騒動にほぼ匹敵する ように思えた。組織されをのでない、自然発生的な通勤者の暴動が各地に広がった この爆発はすぐおさまった。しかし当局は、これを重大事と受け止め、順法闘争の 組織者に以後普通のストライキにするよう頼んだ。公務員はストを禁じられている のだが、普通のストであれば駅を閉鎖できるからだ。 ////////////////////////////////////////////////////////// 早川書房 ///
675 :
◆6dgm1BV1dM :03/12/07 14:47
/// 儀式とおどし 75 ////////////////////////////////////////////////////// 成田空港 近年とくに悪名高く、永久に続く恐れのある武力闘争は、新東京国際空港に反対 する抗議運動である。この抗議運動は、空港建設予定地の成田市三里塚の農民が、 西瓜畑とピーナツ畑を失うのに賠償金としてわずかな金額の支払いしかないと気づいた、 一九六六年に始まった。その一年後、当時まだ強力だった急進的な学生運動の 全学連が応援を始めた。学生たちは一九七一年から七八年の間に、砦や見張り塔を 建て、トンネルや地下蔽壕を掘った。一連の闘争の中で、機動隊員四人と抗議側二人 の命が失われた。学生の多くが農地で働き、農民の娘と結婚し始めた。地域の村々は、 子供の一群も含む、行動隊のネットワークで結ばれた。そして一九七九年、したわれて いたキリスト教徒のリーダーが死ぬと、運動は分裂し過激化した。 //////////////////////////////////////////////////////////////////////
676 :
◆6dgm1BV1dM :03/12/10 20:01
/// 儀式とおどし 76 ////////////////////////////////////////////////////// 空港のオープンは予定より七年遅れた。ビルや滑走路が完成してから五年後 だった。一九七八年の三月、正式の開港予定日の数日前に、過激派が下水施設から 管制塔に入りこみ、機器を破壊してしまい、開港が再度廷期された。この事件に ついて言える重要なことは、多くの一般人が過激派の快挙を称えこっそり拍手を 送っていたことだ。 機動隊と過激派との激しい戦いが空港の開港以来、数回 あった。 "和" の国への訪問者が、日本人の紛争解決能力のなさを示す巨大な 記念物ともいえる場所に到着するとは、皮肉である。この空港は日本で最も警備の 厳重な施設である。電流の流れる高いフェンスが幾重にもはりめぐらされ、トンネル 掘りを妨害するため、地下まで伸びている。乗客と送迎者はみな厳重なチェックを受け、 時には、空港構内に入る際に警察に身体検査される。数百メートルごとにある見張り 塔はサーチライトを備え、警備員が常時つめている。鋼鉄のバリケードが空港への 道路の何箇所かにあり、あちこちに一五〇〇人を上回る常駐の警官が装甲車と 放水車を用意して待機している。 ////////////////////////////////////////////// 早川書房より絶賛発売中 ///
677 :
名無しさんの主張 :03/12/10 20:51
3年ぶりで日本に帰ってきました。この番組いつ終わったんですか。最初はおもしろ かったけど、次第に馬鹿馬鹿しくなって観るのを止めてしまいました。 中身のないことを一方的にがなりたてるだけで、全く討論になってませんから
679 :
◆6dgm1BV1dM :03/12/14 09:28
/// 儀式とおどし 77 ////////////////////////////////////////////////////// コンセンサス神話 筆者がこれまで描いてきた国は、コンセンサスにもとづく人間関係の社会とされる 日本とは似ても似つかないものである。これは、大いに誇示されているコンセンサスが 神話だからだ。日本の "コンセンサス様式の民主主義" は外国人による、通俗的な 本でも真面目な著書でもよく取り上げられ、多くのアメリカ人評論家がきまったように 引き合いに出すが、これは日本に関して一番功を奏した神話のひとつである。驚くまで もなく、日本の管理者たちは外の世界との折衝で、 "コンセンサス形成" の必要が、 何もしないことへの有用な言い訳になるのをずい分以前に発見したというわけだ。 //////////////////////////////////////////////////// K.V.ウォルフレン著 //
680 :
◆6dgm1BV1dM :03/12/19 20:18
/// 儀式とおどし 78 ////////////////////////////////////////////////////// "コンセンサス" という言葉は、提案や行動のコースをみなが積極的に支持すること を暗に意味する。ところが、日本で "コンセンサス" と間違って呼ばれているものは、 問題の当事者が当局が決定したことをひっくり返すことはないとする状況のことである。 事実、日本の "コンセンサス" に同意した当事者たちが、自分たちの "同意" したこと に対し非常に否定的な感じをもっていることもある。多くの西洋人は "コンセンサス形成" だと思っているが、実はちがう現象がもうひとつ別にある。この現象とは、関係者の 一人一人がかかわっている人脈体系の中の重要な部分である義理の貸借に関する 複雑な計算である。 /////////////////////////////////////////////// 「日本/権力構造の謎」 ////
中国人を見たら泥ボーと思え
jap vaka hahaha
683 :
◆6dgm1BV1dM :03/12/22 20:51
/// 儀式とおどし 79 ////////////////////////////////////////////////////// "コンセンサス" 達成にいたるまでの過程は "根回し" と呼ばれる。根回しとは、 何かを植える前に土地を準備するように、ある計画を "受け入れ" てもらうよう、 関係者とあらかじめ話しあうことである。この下準備においては、西洋でなら許される (拒否を含む) "民主主義的な" 異議をとなえることはできない。日本人は、本物の 意見一致であるかのように見えるが、実際にはしばしばそうでないものを指して、 "コンセンサス" と呼ぶようになったのである。 /////////////////////////////////////////////////////////// 1989年刊 //
【ゴールデンレス】 このレスを見た人はコピペでもいいので 10分以内に3つのスレへ貼り付けてください。 そうすれば14日後好きな人から告白されるわ宝くじは当たるわ 出世しまくるわ体の悪い所全部治るわでえらい事です
685 :
◆6dgm1BV1dM :03/12/26 21:34
/// 儀式とおどし 80 ////////////////////////////////////////////////////// 日本において施策方針が集団的に決められると考えるのは、間違いだ。委員会に よって何か新しいものを発明することはできないという点で、日本人も他の国民と同じく きわめて人間的である。一方、ある元次官が筆者に語ったように「 "コンセンサス" を 得れば得るほど、達成されないことが多くなる」。日本流のコンセンサスに至る過程は 厳しい制限的な機能を持つ。一般に、まるで作者不詳であるかのように、集団全体が 案を出し、集団のメンバーは形式的に異議を唱える機会を与えられている。 "コンセンサス" が成立しているとは、関係者の誰一人として自分より力のある人物や 集団の計画にあえて抵抗する手間や危険を冒そうとする者はいないという意味だ。 一方、面子を保たせる根回しのような手順が省略されたり、あまりに急速に おこなわれると、日本人は "多数者の独裁" だという。この特徴を知っておくことが、 日本における権力の行使を理解する上で大切である。強者は自分の意思を乱暴に 実行しないかぎり、正当とされるのである。 ////////////////////////////////////////////////////////// 早川書房 ///
>>1 変だ、と思うのはアナタの価値観と日本人の価値観が違うからです。以上
687 :
◆6dgm1BV1dM :03/12/29 17:13
/// 儀式とおどし 81 ////////////////////////////////////////////////////// 会社レベルでは、日本の会社員は、職業生活に影響を与える問題について、 他の産業化社会の会社員よりも発言権が大きいわけではない。だが、重要な 事項に関して、社員側の異議に対しては、注意が十分払われたという幻想は 維持される。この幻想を会社や日本の他の組織で作り出すのが一般に大して 難しくないというのは、社員個人の主観的な見解が、その人が状況の客観的な なりゆきと認識するものと一致しないということが、めったにおこらないからだ。 つまり、日本人はコンセンサスの決定などの方向を察知するようよく慣らされていて、 それに合わせて自分の考えを調整するのである。 //////////////////////////////////////////////////////////////////////
689 :
◆6dgm1BV1dM :04/01/01 00:08
/// 儀式とおどし 82 ////////////////////////////////////////////////////// 筆者の経験では、日本の集団は概して少数意見を歓迎せず、そのことを徴妙な 方法でメンバーに分からせる。少数意見は集団の団結心の邪魔になり、なによりも 大切な見かけの統一性を脅かす。集団の指導者は特に重要な決定に際し、一人 一人の意見を聞いて許可をとりつける。これはめんどうな手続きのように思えるが、 肝要なのは、一人一人を、自分はとるにたらない存在ではないと安心させる ジェスチャーを見せることである。コンセンサス形成の過程である実際の説得に おいては、頑固に拒否する可能性のあるメンバーには、結局支持を表明する以外の 選択はほとんどまったく与えられていないのである。メンバーが強く反対の気持ちを 持ちつづけ、他にも自分と同じ考えの者がいると分かった時には、集団の中で闘う よりも新しい派閥をつくる可能性が高い。 ////////////////////////////////////////////// 早川書房より絶賛発売中 ///
690 :
◆6dgm1BV1dM :04/01/03 18:34
/// 儀式とおどし 83 ////////////////////////////////////////////////////// 稟議制 よく行なわれる決定方法で、コンセンサス幻想を生むのは、いわゆる "稟議" 制で ある。この制度においては、下の者の起草した計画が最上位の者まで関係者全員に 順次回され、承認印をもらうことになる。これで、全員参加の体裁が整えられる。その 案に賛成でない者は、捺印する前に、稟議書にホコリがたまるまで手元に置くことで、 ある程度妨害することができる。稟議書を次に回すまでにかける時間を適切に選ぶ ことで、どれくらい案に不満があるかを暗示できるわけだ。稟議制は "積み上げ方式" の別名でも知られている。 //////////////////////////////////////////////////// K.V.ウォルフレン著 //
あぼーん
692 :
◆6dgm1BV1dM :04/01/07 20:46
/// 儀式とおどし 84 ////////////////////////////////////////////////////// 稟議制は、すべての責任を拡散し、最終的に責任の所在を不明瞭にする、絶妙な からくりである。局長から一連の下位の者まで全員が "結果に対する責任" をわずか しか感じない。不適当な決定をした者はどこにも見当たらない。この制度はトップの 指導力を妨げることになる。時には、中間層の者が打ち出した案を扱う最善の方法は、 発案者がまずその考えを下の者と非公式に討議し、後者の書いた草案が、途中で もとの発案者の所も通って上へ流れていくというものだ。一部の官僚はこの制度を 不合理だと考えるが、上位にあるものがこの制度をくりかえし無視すれば地位が危うく なる恐れもある。よく現われる別の効果は、関係役人に対して、何をなすべきかでは なく、むしろ何をなすべきでないかを明確にするということだ。日本でもっとも著名な 官僚研究家の一人、辻清明は、稟議制は日本の官僚制の擬制的家族関係の産物 でなく、むしろそのような関係を強いるためのメカニズムなのだと言う。 /////////////////////////////////////////////// 「日本/権力構造の謎」 ////
693 :
名無しさんの主張 :04/01/07 22:26
牛肉の不当な値上げってなんだ?価格カルテルのことか? 大体、定価って概念はなんだアホかと。
694 :
◆6dgm1BV1dM :04/01/11 19:17
/// 儀式とおどし 85 ////////////////////////////////////////////////////// 5章で述べた "審議会" は、利益団体との問題が生じそうな官僚の決定事項に関し、 国民的コンセンサスの雰囲気をつくり出すのに貢献する。審議会は、関係筋の代表を 一堂に集め、調和のとれた相互協力に協力してもらったという体裁をつくろうものだ。 時には審議会は切迫した問題について新鮮な、あるいはまるで初めてのとりくみ方を うち出すこともある。しかし、審議会はたいていの場合、 "コンセンサス" の象徴的 な表現、つまり、国民のために各界の優秀な頭脳が集まって、とるべき行動について 十分に考えたという証拠の品なのである。 /////////////////////////////////////////////////////////// 1989年刊 //
695 :
◆6dgm1BV1dM :04/01/15 20:53
/// 儀式とおどし 86 ////////////////////////////////////////////////////// おどしを通しての秩序 日本においては、権力に対する制度化された抑制力がひじように弱い。 だれもがそれに訴えうる普遍的な一連の信条がなく、法体系は限定された 統制機能しか持たない。実際の権力者の責任がはっきりしないし、ともすれば 権力者の姿がよく見えないとすれば、権力者が政治的に野放しになり、搾取を 目的とする社会・政治的な慣習が横行して、 "キバをむきツメをたてるような" 状況が出現する。 ////////////////////////////////////////////////////////// 早川書房 ///
696 :
◆6dgm1BV1dM :04/01/20 19:30
/// 儀式とおどし 87 ////////////////////////////////////////////////////// バランス・オブ・パワー だが、歯やツメはうまく隠されている。威圧は、みずからの権力の減少を恐れる 他の関係者からの威圧によって牽制され、何層にもなった儀式によってある程度 緩和される。日本では、権力のあからさまな顕示は恐れを招く。西洋の立憲民主 主義の用語でいうと、日本は "チェック" はほとんどないが、きわめて特殊な "バランス" は存在する。<システム>の不調を防ぐためには、さまざまな集団が 誰の目にも明らかな形で存在していること、さらにはこのような集団がしばしば 積極的に介入することが、つねに必要である。 //////////////////////////////////////////////////////////////////////
697 :
◆6dgm1BV1dM :04/01/25 09:03
/// 儀式とおどし 88 ////////////////////////////////////////////////////// 日本ではなにがしの権力を持つすべての組織が、互いに他の組織の権力を牽制 している。日本の<システム>を構成する各部門の力の均衡は、どれか一部門の 力が他を支配するほど強く、野心的にならないよう、互いに介入しあうことによって 保たれる。国民からの働きかげや法による規制ではやりとげられないので、それに かわって、大がかりな均衡維持の行為が必要となるのである。ひとつの党派や 個人の力が、現存の構造に円滑に収められないほど急激に増大すると、体内の 異物に集中する白血球を思わす反応が生じる。田中角栄元首相に起こったことは、 このいちばん良い例のひとつである。中曾根が首相の権限を強化しようとした 時の関係者の疑心もその好例だ。 ////////////////////////////////////////////// 早川書房より絶賛発売中 ///
698 :
◆6dgm1BV1dM :04/01/31 08:19
/// 儀式とおどし 89 ////////////////////////////////////////////////////// 管理者たちは、各自の領域で力の均衡に変動が起こることに異常なほど神経を 使う。驚嘆すべき例は、検察とその左翼に対する態度である。左翼活動家が政治 腐敗に強く抗議していた時には、検察は経済界と政界の清浄剤としてその伝統的な 敵である左翼の効用を認めていた。政治的汚職は "構造的" なものであり、検事も それを排除しようとは夢にも思わないが、何ごとでも度を過ぎたものからは<システム> を守る必要がある。カウンター・バランスとしての左翼勢力がしだいに弱まると、 検察はみずからその役割を果たし、汚職事件をもっと明るみ出さねばならないと 感じたのである。 //////////////////////////////////////////////////// K.V.ウォルフレン著 //
699 :
◆6dgm1BV1dM :04/02/05 20:14
/// 儀式とおどし 90 ////////////////////////////////////////////////////// 弱みにつけこむ 政治秩序を守るには、力には力をもって対抗するしかないので、日本の政治マンは、 影響力をもたらすだけの力のある、飼い慣らされていない集団にはおかしなほど 弱みをみせる。他の国ぐにでは、支配エリートは、普遍的に認められた法律や説得力 のある政治理論に照らして、自己の支配を正当化できる。日本の権力者は、それが できない。将軍の主張できることは、将軍に反対する勢力も同様に主張できたのである。 したがって、過去の政治的指導者は、始終面倒を起こすより小規模な半自律的勢力に なんとか対応しなければならなかった。指導者はこれらの小規模権力集団に対して 戦ったり、他の大名に加勢させて現状維持をはかったり取引をしたり、ある程度相手の 言い分に応じたりした。 /////////////////////////////////////////////// 「日本/権力構造の謎」 ////
700 :
◆6dgm1BV1dM :04/02/10 21:03
/// 儀式とおどし 91 ////////////////////////////////////////////////////// さまざまな将軍の政権と明治、大正、昭和の政府の用いたおどしは、時の権力者 自身が強力である場合に限って、効果があった。明治の支配者は、神格天皇に融合 され復活させた宇宙的秩序の名において支配権を行使した。しかし、このことは、 他の誰でも "天皇の意思" に頼りさえすれば、政治秩序の変更を正当化できるという 重大な問題を生み、おどしが用いられる機会は著しく増した。脅しは今日の<システム> 内でも似たような実効力を有している。自衛隊が今も論議の対象であり心配の種で あるひとつの主な理由は、その力を抑制できる信用のできる制度が欠けているという ことだ。日本の軍事力が増大すれば、自衛隊はかなりの威嚇力を発揮できる組織に なるだろう。 /////////////////////////////////////////////////////////// 1989年刊 //
702 :
◆6dgm1BV1dM :04/02/18 21:03
/// 儀式とおどし 92 ////////////////////////////////////////////////////// <システム>が、この奇妙な弱点をカバーするための二つの方法については、 すでにふれた。ひとつは、日本国民の究極の忠誠を得ることを目指して、 <システム>と競い合う社会分子や勢力については、それを抱きこんだり、 吸収したり、去勢するために<システム>がくりひろげる垣久的なキャンペーン である。二つめは、政治的な現状維持をはかる宣伝活動である。 ////////////////////////////////////////////////////////// 早川書房 ///
703 :
名無しさんの主張 :04/02/18 21:55
集団スト−カ− 汚物野郎の下衆行為。
日本人は困っている人、弱い人を守り、平等を守る良い文化を持っている。 他の国では先端製造業をえこひいきしているが、我が日本では国際競争力の 無い寄生虫ゾンビ産業(銀行、ゼネコン、農業など)に救いの手をさしのべ て平等を、いや、もっと通り越して、製造業の技術者よりも厚遇している。 そもそも、成長力・国際競争力のある産業を優遇したら、ますます差が開いて しまい平等に反してしまう。断じて許されない。平等がくずれるくらいなら、 みんな一緒に地に堕ちてしまった方がいいのである。
705 :
◆6dgm1BV1dM :04/02/23 21:05
/// 儀式とおどし 93 ////////////////////////////////////////////////////// 日本人はどのような状況においても、力の有無を非常にすばやく察知し、権力の 移動を感知すると直ちに態度に反映させる。どのような状況においても、また目的の いかんにかかわらず、彼らは力と活力を賞賛する傾向がある。 戦前の日本に関する鋭い観察者の一人、カート・シンガーは、簡潔にこう要約する - 「彼らは、どんなにうまく隠されていても、衰退のにおいを特別敏感に嗅ぎつける。 そして、その中枢部分が迷いを見せた敵に対してはすぐさま攻撃をしかける」。 日本と取引をする外国人は、つねにこの点を念頭におくべきだ。一九八〇年代には、 アメリカは自国の経済が比較的弱かったため、日本人に対し下手に出る傾向が あった。日本人はすぐさまその弱みを感じとり、ツケ入った。 //////////////////////////////////////////////////////////////////////
706 :
◆6dgm1BV1dM :04/02/28 21:03
/// 儀式とおどし 94 ////////////////////////////////////////////////////// 日常茶飯事のおどし おどしは業界団体内でのヒエラルキーを保つのに用いられる。有カメンバーは 無力なメンバーに対し相当の支配力を有し、極端な場合、下請け会社、流通網や 債権者に力をかけて、倒産させることさえできる。 <システム>内の官僚構成員諸企業に全体の仕組みの中での彼らのしかるべき 位置を認識させるのに、いろいろな方法を自由に使える。新興会社があまりに 積極的だったり、業界の支配的大手企業を苛立たせたりすると、おしおきを食うこと にもなる。京セラが一例である。この会社は比較的新しく、正真正銘の企業家の 指揮のもとに大成功した。 ////////////////////////////////////////////// 早川書房より絶賛発売中 ///
708 :
◆6dgm1BV1dM :04/03/05 20:24
/// 儀式とおどし 95 ////////////////////////////////////////////////////// 同社は既成の企業ヒエラルキーに属していないので、役人の不興を買えば弱みは 大きい。一九八五年六月、同社は、五年間にわたり役所の許可なしに(完全に良質な) セラミック製の関節と骨を病院に販売したという理由で、三五日間の生産停止命令を 厚生省から受けた。実際には、日本の官僚は夥しい数の規制や制限を産業界に 突きつけるので、それらに完全に従える会社はない。どの程度厳重に規制を強いられ るかは、会社の人脈と産業界ヒエラルキー内のその会社の勢力によって変わる。 この状況の下で、京セラに対する措置は、痛い目にあわせるというものであった。 マスコミもおしおきに協力するから、問題になった会社の社長は儀式にかなった 方法で社会の許しを乞うしかない。 //////////////////////////////////////////////////// K.V.ウォルフレン著 //
709 :
名無しさんの主張 :04/03/06 00:04
誰かネタ振れ
710 :
名無しさんの主張 :04/03/06 00:06
日本人はヘン 金持ちがエバるのに金が嫌い 金で解決することを恥ずかしいと考える でも確かに恥ずかしい
「この国には王様が居ないだろ。侍も居なくなっ ただろ。ただひとり坐した現人神様も、人間宣言し てしまったからな。神様まで居なくなっちまった。 政してる連中がどんな連中か、庶民は大体知って るよ。権力者も信仰の対象もないんだから、頼りに なるのは金だけだ。人間って云うのは頼りになるも のを拝むものだろう。この国が民主主義なのかどう かはどうも怪しいが、拝金主義であることは間違い ないよ。資本家が一番偉ェのよ」 塗仏の宴-宴の始末 P50 「拝金主義の国には貧富の差はあっても善悪の別は ない。正義も悪もないんだ!」 塗仏の宴-宴の始末 P53
712 :
◆6dgm1BV1dM :04/03/13 22:02
/// 儀式とおどし 96 ////////////////////////////////////////////////////// おどしは嫌悪されるどころか、社会・政治生活の必然的な側面として受け入れ られている。不可避というわけは、社会秩序を保ち、権力者の力を保護するため、 <システム>の特徴である非公式で法律によらない関係が非公式の威圧(つまり おどし)に頼る傾向を自然に生み出すからだ。高く評価される日本人の体制順応は 大部分がおどしによって強いられるものだ。多くの学校で教師たちは、ごく最近 非難を浴びるまで、生徒の弱い者いじめを奨励していた。管理者は法によって 強制しうる規範よりもおどしの方を好み、統制維持に広くそれを用いる。 /////////////////////////////////////////////// 「日本/権力構造の謎」 ////
713 :
◆6dgm1BV1dM :04/03/21 08:34
/// 儀式とおどし 97 ////////////////////////////////////////////////////// 暴力団が自由に行動し、事実上支持を受けるのも、おどしが<システム>運営を 助けることを示す別の例である。暴力団が存在し、強力であるのは、とりもなおさず 彼らが容認されていることを意味する。おどしによって彼らはその存在を "容認" させたのだ。彼らは一般人をおどしても罰せられないこともある。警察も、たいていの 裁判所も犠牲者の苦境に同情を示さないのだ。4章で見たように、<システム>内の 高い地位にあって尊敬されている人びとが、時としておどしの目的で暴力団を利用 することもある。 /////////////////////////////////////////////////////////// 1989年刊 //
714 :
名無しさんの主張 :04/03/21 09:31
★ココを見てる★ 暴力団 やくざ チンピラ 朝鮮人と中国人 その他、珍走やヤンキー等、見ていて こちらが恥ずかしくなって視界から 外したくなってしまう生き物にお願いです ★出来る限り早くお亡くなり下さい★
コピペばっかのスレは読む気しない。
717 :
名無しさんの主張 :04/03/21 15:16
>>716 寺嶋さん、いらしたんですね。
全く、同意です。
718 :
名無しさんの主張 :04/03/21 17:33
>>716 本人なの?
本人で尚且つ、コピペを繰り返しているのが貴方なら意見があるのだが・・・。
自説に対する反論なり同意なり質問を求めているのなら、自分のHPにきたメールをもとに
Q&A方式でやったほうがいいんじゃないのか?
どうしてもこのスレでやりたいのなら、「日本人のここが変」と思う箇所を絞って、
それに対して一つ一つ提示しながら議論していく形式を採ったほうがいいと提案します。
なんつうのかなあ?たんなる『部分』を抜き出したコピペが置いてあるだけだと、
この板の住人も反応しづらいのではないかなあ?
2chは一応、「対話方式」を前提にした「掲示板」なんだから、
もとの文章を掲示板で語りやすく加工して書き込むだけで反応は全然違うと思うのですが・・・。
719 :
名無しさんの主張 :04/03/21 17:55
>>718 同意。
思うに、自説を啓蒙したいだけの方なのでしょうが・・・
と、判断するのは、あちこちのBBSに同じように
自説コピペを貼っているのを見かけたからですが、
本人ならば、HP上でもいいので、会話をしてみたいものです。
天皇制止めてみない?のスレで、このスレを簡潔にいい表しているであろう文章を見つけました。 丸ごと引用します。 -引用開始- 492 :435 438 ◆lJJjsLsZzw :04/03/14 12:41 いつでも思うんだけどさ。みんな「議論しよう」とか言うくせにさ、議論なんかしちゃいないのよ。 っていうか、議論になってないのよね。議論になってない理由はさ、べつに 参加者の知識レベルの 乖離とかじゃないとおもうのよ。当事者の議論に対する姿勢の違い だとおもうのよ。 みんなが「議論」だとおもってることでも、それは「ディベート」であったり、「布教」であったり してる事が多いのよ。議論 ディベート 布教の違いを 出来るかぎり 図式化して書くね。 議論 n≧2の参加者が、 n≧2の仮説をもちより、それを相互検討/参照/批判 しながら より真実に近いと思われる 仮説に辿り着こうとする努力だとおもうのよ。そのときに必要なのは 参加者が自分の主張はあくまでも仮説であり、相手の仮説の方がより真実に近いかもしれない という 虚心坦懐かつ謙虚な態度だと思うのよ。 ディベート n=2の参加者が n=2の「主張」をぶつけあい 圧倒的多数の観客に対して 「どちらの 主張がうけいれられるか」という事を問うことだと思うのよ。このとき、参加者達は 自分の主張が真実かどうかなんて気にしてない。気にしてるのは、観客のウケだけ。それでいいのよ。 布教 n=1の参加者が 圧倒的多数の一般大衆に対して、n=1の主張をうったえかけることにより 賛同者を募るって事だとおもうの。もちろんこの たった一人の参加者は 他人の意見なんか 聞きたくないし。聞いてるふりしてても、「ああ、そういう見方もあるか」なんて謙虚になることもない。 なにせ、そいつにとっちゃ、その「主張」だけが「唯一絶対の真実」なんだもの。 そこでね、貴方に考えて欲しいのよ。貴方がやってることは、「議論」?「ディベート」? 「布教?」」のうち、どれ? -引用終わり- 正直、自分にはこれ以上の簡潔な文章が書けないので丸ごと引用しました。 ただ、この問いかけってのは、「掲示板のあり方」に対する有効な一石にもなっていると思います。 おんなじコピペにしても「話の指向性」が備わっていれば有効になるのではと・・・。そう思います。
721 :
名無しさんの主張 :04/03/24 02:28
何が基準に変なの?
あぼーん
723 :
名無しさんの主張 :04/03/28 23:45
日本人は変
724 :
◆6dgm1BV1dM :04/03/29 19:51
/// 儀式とおどし 98 ////////////////////////////////////////////////////// 法的制裁よりおどしが好まれる事実は、部落解放同盟の活動を公的に認容する点 にも現われている。解同の叫ぶ糾弾戦術は出版社、著者、ジャーナリスト、編集者、 教師と対決する時、効果をあげる。なんであれ被差別部落出身者について解放同盟 のイデオロギーに反する言辞をろうした者は、強制的に糾弾の会にひき出される危険 を負うことになる。自己の意志に反して会場に連れて行かれ、 "社会の代表たち" の 前で、糾弾者に叱りつけられるのは、相当に不愉快であろう。糾弾は深甚な陳謝が なされるまで続く。その結果、編集者は部落問題に触れる内容を本や雑誌から削除 する。<システム>は部落解放同盟と共存のためのとりきめを結び、両者とも共産党系 の被差別部落民グループに反対の立場をとる。共産党系の団体は、あからさまな 差別行為に対して訴訟を起こすことに力を入れている。 ////////////////////////////////////////////////////////// 早川書房 ///
725 :
名無しさんの主張 :04/03/29 20:06
>>721 寺嶋眞一氏のHP参照。
あと漏れのレスを書く。
変と言えばいろいろある。
ジャパニーズ・スマイル、過剰な注意書き、マスコミ報道、政治家の性格、
察するのがうますぎる社会(逆に言えば思いこみで成り立つ社会)
など、外国人が抱く疑問はこう言うところばかりだ。だから質問されても
答えられない。
>>725 721氏の
>何が基準に変なの?
への返答で、
>外国人が抱く疑問はこう言うところばかりだ
とある事から考えて、外人からみて「変」ということでよろしいか?
ただ、そうすると「外人に変といわれたら絶対的にout!」という不毛な結論しか
導けないのでは?
異なる国の比較による相違点のあぶり出しは楽しいが、結論が決まっているのは
虚しいだけだと思うのだが・・・。
あと、対象HPで、こういう議論で付き物の「ムラ社会」連発非難があるが、他の国でもあるぞ?
寺島氏への発言は控えるが、725氏はメジャーな国の人物的にも出来た人々との出会いに
恵まれていると思われるので、そこのところが見えないのでは?
ロシアの田舎なんか、1970代前半の日本社会そのものだぞ。
「曖昧な笑い」なんか、結構どこの国のヤツでもやらかしてくれると思うのだが・・・?
727 :
◆6dgm1BV1dM :04/04/06 20:50
/// 儀式とおどし 99 ////////////////////////////////////////////////////// 官庁が、一部の被差別部落出身者が共産党の指導下で起こす訴訟より、同盟の おどしの方を好むのは理解できる。おどしの方が法による新しい規範よりはるかに 抑制しやすいからである。大がかりな訴訟と判例の確立は、規範の強化となる。 これは不利な立場にいる他の人びとや団体が訴えを起こしやすくするし、管理者の 社会統制上の特権のさまたげになる。労使関係の分野でも、敵意に満ちた激しい 紛争は、後に続く争いを決着するための規準となる判例を残さず、管理者の取れる 行動範囲を狭めないような方法で解決されることになる。つまり、日本には労使闘争で 行使される力の妥当性を裁定する基準がほとんどないということだ。 //////////////////////////////////////////////////////// 絶賛発売中 ///
728 :
◆6dgm1BV1dM :04/04/11 19:47
/// 儀式とおどし 100 ////////////////////////////////////////////////////// 日本では、それがどこから発生するものであれ、おどしは効果的である。中国政府が 日本の新聞特派員に対し、毛沢東、文化大革命やその他の論争を呼ぶ問題について 批判的な記事を書かないよう約束させた時にも、おどしがものをいった。アラブ諸国が 日本企業に対しイスラエルと貿易しないように要請する時も、同様である。アラブ諸国 が要請したイスラエルに対する経済ボイコットを戒律のように守るのは、西側陣営の 主要国では日本だけだ。少なくとも一九八八年まで日本の財界などの経済代表は イスラエルを訪れておらず、一方アラブ諸国へ足繁く通っていた。日本の国旗を掲げる 船はイスラエルに入港したことがない。日本の銀行はイスラエル向けの資本財輸出に 長期融資をしないし、トヨタはイスラエルで一台も車を売っていない。 ////////////////////////////////////////////// 早川書房より絶賛発売中 ///
729 :
◆6dgm1BV1dM :04/04/14 21:01
/// 儀式とおどし 101 ////////////////////////////////////////////////////// ニューヨークのエド・コッチ市長が記者会見でこの政策を批判したが、二〇〇人の 日本の記者で新聞に一行でも書いた者は一人もいなかった。西洋では、アラブの 社会慣行批判と解釈されかねない映画の放送が論争を起こすが、このようなことは 日本では考えられない。アラブ側がわずかでも不満を示せば、このような映画は 直ちに回収されてしまう。日本の安全が脅かされると信じる官僚は、このような 方針を守るよう関係企業に圧力をかける。 どんな国でも "外圧" をかけることによって日本の政治的な綱引きに参加できる。 ある省庁が他省庁との争いに関連して、相手側の省に "外圧" をかけるよう外国に 要請したケースもいくつかある。 //////////////////////////////////////////////////// K.V.ウォルフレン著 //
730 :
名無しさんの主張 :04/04/15 16:32
732 :
◆6dgm1BV1dM :04/04/17 18:27
/// 儀式とおどし 102 ////////////////////////////////////////////////////// 官僚のおどし これまでに見たように、官僚が行政的統制のために起草する法律はわざとあいまい にしてある。法と政策が矛盾すると、 "法の解釈" を変えて法を政策に合わせようと する。普通適用されない事例にも法律を適用するというおどしにより、官庁は多大な 威嚇力を持つことになる。『国家秘密に係るスパイ行為等の防止に関する法律(国家 秘密法)』案に対する猛烈な反対があるひとつの理由はこのためである。何度も提案 されたが承認されぬままになっているこの法律案には、国家の安全に関して多様に 解釈できる条項が含まれている。朝日新聞の編集委員、石川真澄が要約するように、 /////////////////////////////////////////////// 「日本/権力構造の謎」 ////
733 :
名無しさんの主張 :04/04/17 19:23
さて、日本人種の未来についてだが、 現在の日本の国際結婚率が約5%だから、 新生児の約5%が異種との混血児と推測できる。 平均的に約30才で子供を出産したとすると、 30年で5%ずつ日本人の血が異種の血に占められていく訳だから、 このペースで行くと、約300年後には、日本人の血の半分は 異種の血で占められてしまい、現在の日本人とは 全 く 違 っ た 人 種 に な っ て し ま う 。
734 :
名無しさんの主張 :04/04/17 23:49
735 :
名無しさんの主張 :04/04/18 14:14
>1 生まれも育ちも日本ですが,昔から一般的日本人に対して, 理解することはできても共感することができないまま 生きてきました.日本人として言わせてもらいますが, なにが変かと言うと,日本人は理にかなわない考え方をして います.それに対してちがった意見や,悪い所を指摘すると 「ものごとは理屈じゃない」「それは屁理屈」という言葉が 返ってきます.そっちの言い分が屁理屈だと言いたいような むちゃくちゃな理論も,数の力によって押し切られます. また,決まったルールは平気でやぶってもあまり怒られない のに,みえないルールである常識をはずすと冷たい目で見られます. 例を上げると,前者はたばこのポイ捨,労働基準法違反,信号無視など 後者は,同調する,考えがみんなと同じなど. 学生のころミニスカートがはやったのですが,私はしませんでした. ミニスカートは校則違反だから. みんなが校則をやぶってスカートを短くしているのは,その中の 感覚だと常識である.その常識をと違う行動をとれば,たとえ「校則と 言うルール」をまもっていても,周囲からは変人扱いされます. 日本では ルール<<常識 なのです. でも常識なんてのは,人によって微妙に違う事を言うし,その時その時 で都合のいいように形を変るいい加減なものであることを知っているので 私はルールは重んじますが,常識は無視します.だから孤立します. 今日本を出ようかどうか考えています
>>735 は共感できる話だね。ここの国民はちょっと異常だよ。
「赤信号、みんなで渡れば怖くない」の精神だけで生きてるみたい。
客観的に見れば明らかにおかしい事でも、数の論理だけで押し通されるし。
日本を批判すると出ていけとか言う奴がいるのも信じられないな。
日本人に生まれた以上、そう簡単に出ていけるものでもないし、
第一、おかしいところを直しましょうよって言ってる人間に対して
出ていけって言ってる事自体が異常でしょ。
自分の異常性を認めてるってことなわけで。
なんだかんだ言って、諸悪の根元は政治家だろ。
自民党が50年以上も政権を執り続けた結果が今の日本。
目先の利益だけ考えて自民党に投票し続ける
既得権益を手放さない人たちと、
それに絶望したからと言って選挙で投票に行かない人たち。
要は、国民全体が馬鹿ってことなんだよ。
投票率4割って一体どういう事よ?
その4割の中で半分しか票が取れてないってことは、
自民党政治は国民の2割の信頼しかないってことなのにね。
ってことは、だいたい2割弱の国民が利権で食ってるから
他の8割がその尻ぬぐいをさせられているわけね。
みんな、頼むから選挙に行って自民党以外に入れようぜ。
まあ、政治家全体が腐ってるせいで、
結局は連立政権とかわけのわからん数の論理で
何も変わらなかったりするんだけどな・・・
737 :
◆6dgm1BV1dM :04/04/20 20:50
/// 儀式とおどし 103 ////////////////////////////////////////////////////// うっかり書いた記事で逮捕され、悪くすると死刑になってしまうなどという心配では ない。おそらくこの法律の推進者たちが期待しているのは、すぐさま私たちをふんじ ばってしまおうなどということではあるまい。それよりも、私たちの筆を縮こまらせる ことにむかっての効果のほうが大きいに違いない。……おそらく多くの記者たちは、 国家秘密法のもとで危険を冒さない賢明な道を選ぶであろう。外交・防衛に関しては おしきせの発表ものか、これならまあ安全という範囲のトクダネで満足する者が 大多数になる。……(このようにして)「偉い」人たちにとって、快適な環境が生まれる。 少数の勇気ある記者たちは圧殺される。 /////////////////////////////////////////////////////////// 1989年刊 //
738 :
名無しさんの主張 :04/04/23 07:46
何ですかこのスレは・・・・・
739 :
◆6dgm1BV1dM :04/04/23 22:55
/// 儀式とおどし 104 ////////////////////////////////////////////////////// 企業と官僚の関係は通常、敵対するものではない。しかし、両者が政策の詳細に ついて意見を異にするなどの衝突が生じると、普通、企業側が官僚の意向に合わす しかない。西洋のオブザーバーが大いに注目した“行政指導”という手法自体、 事実上、おどしによる威圧に類するものだ。 “行政指導”が効果的であるのは、官僚が経済を動かす力を持っているからだ。 許認可を保留する権限は、明らかにひとつの力である。役人は考えうるほとんどの 経済活動について、申請を承認する権限を有している。理由がなんであれ、申請者が 気にくわないと、彼らは申請された事項の決定を先に廷ばすことができる。企業は 行政指導に従う法的義務はないが、活動をつづけるためには従うしかない。これが、 日本の官僚的統制の鍵のひとつである。公式(法律の)理論がどうであれ、行政指導は なんらかの形で強制力を持たされている。 ////////////////////////////////////////////////////////// 早川書房 ///
>736[ >みんな、頼むから選挙に行って自民党以外に入れようぜ。 頼むから選挙に行くなんて馬鹿馬鹿しいマネは止めようぜ。 なぜかって? >まあ、政治家全体が腐ってるせいで、 >結局は連立政権とかわけのわからん数の論理で >何も変わらなかったりするんだけどな・・・ ↑ これに決まってるからだな。 目指せ投票率0パーセント。 国民の、「政府を裸の王様に」作戦実行だ。
利権主義にならないと、支持者を失ってまともな政治活動ができない。地位も得られない。そもそも当選できない。困った世界ですね。
742 :
◆6dgm1BV1dM :04/04/25 08:21
/// 儀式とおどし 105 ////////////////////////////////////////////////////// 時として、威圧はもっとあからさまな形をとる。ある通産省の高官が筆者に話して くれたところによると、どの会社もいつかの時点でなにか後ろめたいことをしている ので、通産省の指示に従わないと、それらを暴露されるのではないかと恐れるという。 このような恐喝に使える情報収集の担当は、通産省の課長補佐クラスであるという。 情報源は直接調査または競争会社、顧客、警察、業界内の敵、不満を抱く従業員 だそうである。この官僚の話によると、警察と通産官僚が握っている企業の悪事の 半分以上がそのまま秘密にされているそうだ。こうして通産省が手中に収める力は、 会社に与える恐怖感である。法的措置への恐れではなく、“社会的制裁”を受ける 恐れである。どの種のものであれスキャンダルに関係して社名が公表されることほど、 その会社にとってダメージになることはないと考えられているからである。 //////////////////////////////////////////////////////// 絶賛発売中 ///
743 :
名無しさんの主張 :04/04/25 09:18
「不可解」な日本? 人質への非難に驚く米社会
http://news.goo.ne.jp/news/kyodo/kokusai/20040424/20040424a3010.html 【ロサンゼルス24日共同】イラク日本人人質事件で、解放された人質が日本国内で冷淡に扱われたり、
非難の声を浴びていることに、米国で驚きが広がっている。
善意を尊び、職務の使命感を重視する米国人の目には、日本での現象は「お上」(政府)が個人の信条を虐げていると見え、
不可解、奇異に映っているようだ。
米主要紙には22日から23日にかけ「OKAMI(お上)」や
「JIKOSEKININ(自己責任)」という日本語が並んだ。
ロサンゼルス・タイムズは「敵意の渦中への帰還」という見出しで人質への対応問題を特集。
小泉純一郎首相が政府の退避勧告を無視しイラク入りした人質を、
自己責任論を振りかざし非難したと伝えた。
同紙は、対照的な例として、カナダの人道援助活動家の人質が地元モントリオールで温かい歓迎を受けた例を紹介、
日本の例は「西側諸国とはまったく違った現象だ」と評した。
744 :
名無しさんの主張 :04/04/25 09:20
>>743 3馬鹿と家族の実際の挙動を知ってもそういう反応するのかな?
745 :
所詮は弱肉強食さ :04/04/27 18:53
社内での就業規則違反には裁判でも勝てるぞと激怒する貴方、では日本国を 会社に見立てたら、国民は社員、社会の各々の法律は就業規則となりますが それに違反してる貴方はどうなるのですか? そんな事はクソでも喰らえ? 信義則違反には----- 銀行つぶすにぁ爆弾いらぬ、預金をしないだけで良い ----- 企業つぶすにぁ爆弾いらぬ、物を買わないだけで良い 弱者の苦しみと地獄を味わって見ろと言う、怒った庶民の仕返しなんだよ 若い人達も国民も、怒りキレて、精神的ヤクザ心理になってしまうんだよ ブラジル国民の1/3は、1日1ドル以下で暮らしてる現実、未来は?
746 :
◆6dgm1BV1dM :04/04/27 20:21
/// 儀式とおどし 106 ////////////////////////////////////////////////////// 官僚にとって自発的協力という幻想を保つことは非常に重要である。そこで、役人は 大抵の場合に、手強そうな会社に対して非公式な接触を好み、問題を規制する法律が 存在していても、政府の意向に従えば過度の官僚的形式主義から解放すると持ちかけ たりする。行政指導を受ける側も、(非公式の)強制措置をもって臨まれるより、協力する 方が自社の権威のためによいと考える。そして省庁は、行政指導に従う代償として 税制上の特典や財政援助などの恩典を与える。 ////////////////////////////////////////////// 早川書房より絶賛発売中 ///
747 :
◆6dgm1BV1dM :04/04/29 20:42
/// 儀式とおどし 107 ////////////////////////////////////////////////////// 官僚が計画実施に用いる主な手段は、立法措置、予算措置、行政指導の三つで あるが、彼らがもっとも好むのは三番目の手段である。これは効果的だし、すばやい 行動が必要な場合、直ちに使えるからだ。たいていの場合、目的に適う法律があるが、 “行政指導”にすると自発的協力というフィクションを保てる。大蔵省が国債を買うよう 商業銀行などに強いる時、同省はこれを“協力”という。また、行政指導は、標準的な 法規制の適用より、受けとる側との相談により大幅な具体的調整を可能にする。 さらに、法律の施行はそれほど容易でないので、行政指導のほうが法的行動より 効力を発揮する。 //////////////////////////////////////////////////// K.V.ウォルフレン著 //
748 :
◆6dgm1BV1dM :04/05/01 10:43
/// 儀式とおどし 108 ////////////////////////////////////////////////////// 経済関係の省庁は、統制に従わない会社や銀行を困らせる多大な力を持っている。 官僚が使う切り札は、役人の“示唆”するものは官庁の望みより業界がかねて望んで いる線に近いという主張だ。この手段は、別の官僚的な力の操作と連携して使われ がちである。業界から追放するという脅しにより、手に負えない会社が他と足並を 揃えざるをえなくする戦略だ。業界団体が業界の一致団結を強要するわけだ。有名な 一例は、一九六五年に、大阪の住友金属工業が通産省の命じた生産量削減に 応じるよう強いられたケースである。 /////////////////////////////////////////////// 「日本/権力構造の謎」 ////
1980年代前半のある暑い夏の日、おれはいつものように会社に 向かっていた。何のへんてつも無い平凡な夏の日、周囲には全て 何か浮き上がった華やかな繁栄の雰囲気が漂っていた。 <繁栄>...どこにでもそれは見て取れた。 そしてBGMとして街中からサザンやユーミンの歌声が響いていた。 先輩や先生から、もしくはTVにでる奴らの語る「学生運動」は遠い 世界の出来事にしか思えなかった。 ただ、おれは個人として疑問を持っていた。 一体これはいつまで続くのだろう? もし続かなくなるとしたら何が原因なのか? それを予測して回避不可能になる前に手を打つ必要はないのだろうか? そしてどうして誰もそんな事を考えもしないんだろうと思った。 ふと同じ事を昨日TVで言った奴がいたのが思い出された。 司会のタモリは「ネクラ(根暗)だなあ君は!」と言い、スタジオ中 が爆笑でわき返った。 別のタレントが言った。「難しい事を言ってんじゃねえよ。今が楽しけ りゃそれでいいじゃん!」 (そうだそうだ)というスタジオの声に押され、彼は苦笑いのうちに 言葉を選びなおした。 「そうだよね。何ネクラなこと言ってんだろうオレ(笑)」 また皆が笑った。 街角ではその頃、妙な装束の新宗教団体が会員を募集し始め、マンガ 雑誌では『アキラ』という東京が一瞬にして破滅する話が人気を集め 出していた。 でも、街角の人々の顔は誰もが満たされ、そこには何の不安もなかっ た。
750 :
◆6dgm1BV1dM :04/05/05 19:28
/// 儀式とおどし 109 ///////////////////////////////////////////////////// 行政者を威嚇する 官僚たちが<システム>内での自分たちの位置をどう見るかは、彼らに対して 起こされるひじょうに数少ない訴訟への反応で分かる。専門家、伊藤大一が的確に 指摘するように、このような訴訟は不当な力の使用とみなさる。法的な紛糾は 公務遂行の妨げになるのだが、官僚が訴訟を嫌う主な理由は、公式措置の根拠を 法廷で述べることが、大切な“官僚機構の秘密主義”に抵触すると思うからだ。 法廷での審理は官僚に事実の開示を強いて、彼らの威厳を、ひいては、日本国の 平穏で慈悲に満ちた状態を傷つけてしまうというのだ。 /////////////////////////////////////////////////////////// 1989年刊 //
751 :
◆6dgm1BV1dM :04/05/08 08:38
/// 儀式とおどし 110 ///////////////////////////////////////////////////// というわけで、おどしは両方向に働きうる。国民の僕とされている者の方が有利 であり、彼らに対して訴訟を起こす可能性はほとんどゼロといってよいほど限られる といっても、あるグループが官僚を被告席に座らせようとする可能性があるだけで、 威嚇効果を生む。公務員はこのような抵抗を“赤信号”とみなし、状態が手におえなく なる前に、なんとか自分たちの態度を修正する。国民の不満が強力な抵抗になるのを 彼らが畏れているということは、疑いの余地はない。 ////////////////////////////////////////////////////////// 早川書房 ///
752 :
名無しさんの主張 :04/05/11 16:22
>>1 >>日本に住み始めてしばらくの外国人です。
はたして、自分のことを外国人と呼ぶ奴はいるのだろうか?
たとえば、アメリカにいって「わたしは日本人です」「アジア人です」
といっても、おそらく「わたしは外国人です」とは絶対に言わない。
したがって、
>>1 、おまえは ネタだ。
753 :
名無しさんの主張 :04/05/11 16:23
ここが変だよ日本人。 日本人、外国人といった、いかにも島国的な分類をしてしまう。
754 :
◆6dgm1BV1dM :04/05/12 20:31
/// 儀式とおどし 111 ///////////////////////////////////////////////////// 日本の政策バターンは、破局が到来するか、被害者たちが本気で抗議の声を 一斉にあげるまでは、柔軟性を欠くのがつねである。反対運動や苦情は普通、 最初は無視されるか抑圧される。だが、これ以上抑圧すれば運動が強まると 気づくと、官僚は態度を変える。担当の役人の態度は柔軟になり、不法行為を 見逃してもいいとの態度もみせる。問題が突然激化しそうになると、それまでの 頑固で非妥協的な態度から一変して譲歩の姿勢へと急変する役人の変貌ぶりは、 概してひじょうに劇的である。 //////////////////////////////////////////////////////////////////////
755 :
◆6dgm1BV1dM :04/05/15 08:41
/// 儀式とおどし 112 ///////////////////////////////////////////////////// 日本の<システム>に見られるおどしは“構造的おどし”と呼んでいいだろう。 おどしなしには、現<システム>が停止してしまう。おどしが権力者に力を与えて いるからだ。儀式と階層構造は秩序維持を助けるが、安全までは保障しない。 日本では力のみが安全保障になる。法律も普遍的な価値も欠如しているとなると、 安全保障には力が不可欠である。自分の力を守るには、その力を徴妙に見せつけ 拡大していくのが最善の方法である。このやり方は非公式な手段を通してだけ 可能であるから、おどしが日本社会では不可避でかつ、いたるところに存在する 特徴となるのである。・・・・・ //////////////////////////////////////////////////////// 絶賛発売中 ///
756 :
◆6dgm1BV1dM :04/05/15 08:42
757 :
名無しさんの主張 :04/05/15 19:24
朝日新聞:反日主義の集団。親韓、親中。「○○は韓国に学べ」 講談社 :反日低劣の集団。政府批判のみ。嫌なら日本を出ていって欲しい。 公明党 :外国人参政権推進の売国奴集団。
758 :
名無しさんの主張 :
04/05/16 08:49 反日報道のNHKには受信料を払いません。 反日の朝日新聞の購読を止め、廃刊に追いやろう。