「直轄領」というサイトで「女帝 (仮)」という、SEED+ハマーン様 な作品が。
過疎っている…だと…。
ハマーン様の人カモーン!!
>>5 それ、なかなか面白いんだが。
ちょっと作者の傲慢を感じるのが難点か。
意味なし保守
ヤザン隊長はいずこ……
11 :
通常の名無しさんの3倍:2009/09/12(土) 07:21:30 ID:6aqBSb9M
隊長早くきてくれ
12 :
通常の名無しさんの3倍:2009/09/12(土) 12:33:23 ID:Gh5xeTqW
カツ
友釣りの仕掛け鮎か
捕手
捕手
16 :
通常の名無しさんの3倍:2009/09/15(火) 17:16:03 ID:EZwbK6Zf
カミーユ「こんな人間は、生かしておいちゃいけなんだ!」
キラ「!!」
ヒィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィッ!
ども、337です。明日か明後日には第三話を投下できると思います
投下宣言キター
投下お待ちしております!
三話目を投下します
ZcrossC.E
第三話「これから」
「一通りお前さんの機体をチェックしたんだがな」
マッドが溜め息と共に吐き出した言葉のために、カミーユはまたも質問の応酬をする羽目になった。
「お前さんの機体、ありゃなんだ?
ありゃどうもバッテリー機じゃないみたいだし、かといってニュートロンジャマーキャンセラー(以降NJCと表記)を使ってるわけでもないみたいだし、コクピットだってあのよくわからない浮き椅子だ。よーく説明してもらわにゃあ、整備もおぼつかんぞ」
ここでのやりとりは省略させていただく。ただ、カミーユがバッテリーという単語に驚いたり、マッドが核融合炉という単語に腰を抜かしたりしたことは読者の皆様にも容易に想像ができるだろう。
「なるほどなぁ……するとあれか?エゥーゴってのはこの世界で最も進んだ技術を持ってるわけか?」
「ええと……そう、なるのかもしれないです」
マッドは思わず天を仰いだ。すると、見計らったようなタイミングで格納庫の内線用パネルにタリアの姿が映る。
「マッド、カミーユはそこに……あら、いたのね。ちょうどいいわ。カミーユ、私達の頼みを聞いて欲しいのだけど」
「……なんでしょう?」
「そう身構えないでちょうだい。ウチのシンと模擬戦をやって欲しいのよ。Zガンダムとあなたに、戦力としてどれだけ期待していいのかを明確にしておきたいから」
「シンと?本人には確認は取れているんですか?」
「もちろん。後はあなた次第なのよ」
カミーユはZを見上げた。確かに、この世界でまた戦争に関わっていく可能性がある以上、この世界のMSの性能を知っておく必要があるのは間違いない。
「……わかりました。やります」
「ありがとう。じゃあ三十分後にその格納庫でね」
「了解です」
元々シンから提案されていた模擬戦だ。確認なんてとうの昔にしてあるに決まっている。カミーユは覚悟を決めた。そして、三十分後。
「接続完了。インパルス、Zガンダム、模擬戦プログラム、リンクします」
「エゥーゴの新型とザフトの新型か。面白い戦いが見られそうだ」
独りごちたレイに、ルナマリアがピクリと「アホ毛」を揺らす。彼女のこの一房の髪の毛は、まるで彼女の感情を表すアンテナのようだ。
「Zガンダムかあ……シン、苦戦しそう」
「実際苦戦するだろう。カミーユの腕はまだどの程度のものかわからないが、俺達が実戦で戦った可変機は奪取された三機のGだけだ。どうしても経験が足りん」
「それもそうだけど、エゥーゴのMS自体戦うのは初めてじゃない。それに、なんだかカミーユって不思議なのよね」
視線を模擬戦の様子が映しされようとしているモニターから外し、レイは目を瞬いた。不思議?とオウム返しに聞くと、ルナマリアは饒舌になる。
「そう。なんというか、あの目がね。吸い込まれそうっていうか、こっちの考えてることを見透かされそうっていうか……なんかとにかく不思議なのよ!」
レイは無言で目をモニターに戻した。アカデミーからの付き合いだ。彼女の扱いは心得ている。モニターの中では、ちょうど模擬戦が始まろうとしていた。
「あっ、ちょっとレイ、無視するの?!」
「考えをまとめてから喋ってくれ。それに、もう模擬戦が始まる」
「えっ、本当?!」
モニターの中、シンのインパルスが動く。Zの斜め上方まで飛び上がり、小手調べとばかりにビームライフルを連射する。
「仕掛けてくるか!」
僅かに体を捌き、ことごとくビームをかわすZ。跳躍に合わせてバーニアを吹かして飛び上がり、すぐさま変形する。ウェイブライダー……機体下部のフライングアーマーでショック・ウェーブに乗り、本体の推力と併せて凄まじい速度を実現する。
「前にみた、ZのMA形態か!でもそれだけの速度だ、小回りの方はさぁ!」
突進してくるウェイブライダーに対して、インパルスは空中を横にスライドしながらビームライフルを撃つ。一定間隔でビームライフルを撃ち続けながら、シンはくるくるとインパルスを滑るように機動させた。
「この動き、ウェイブライダーの射角に入らないつもりか?しかもあのガンダムタイプ、なかなか素早い!」
しかし、命中弾はない。インパルスを追って加速したウェイブライダーが機首を上げ、高く高く飛び上がり、変形を解いた。
空中での高い機動性を失う代わりに手に入れたフレキシブルさと広い射角、そして格闘能力がインパルスを襲わんと、バーニアを吹かしたZがインパルスに急接近した。
「行くぞ!」
「来いっ!」
Zが頭部バルカンを撒いてインパルスを攪乱しつつ、ビームライフルを撃つ。機体を大きく左右に振ってビームをかわしつつインパルスが加速をかけ、ビームサーベルを抜いた。対するZはライフルを左手に持たせ、右手でサーベルを抜き合わせる。
「ろくに飛べないMSが、インパルスと空中戦をやる気かよ?!」
「電池式のMSで、Zと格闘戦ができるものか!」
両者が叫び、Zが核融合炉搭載機のパワーをもってインパルスを押す。力比べは不利と悟ったシンは前蹴りを繰り出して距離を取ろうと図るが、カミーユは二機のサーベルを基点にZのバーニアを吹かし、前宙でインパルスの蹴りをかわすと同時に背後を取った。
「何?!」
「この感じ……シミュレータ越しなのに彼の呼吸が伝わってきているのか?」
Zが背後を取ったとはいえ、前宙でインパルスを飛び越えてのことである。つまり、この瞬間は背中合わせ。虚を突いた分カミーユが有利なのは言うまでもないが。
「まだまだぁ!」
自分の中に芽生えた何かを確かめたくて、カミーユはシンに先手を取らせる。振り向きざまにサーベルを振るうインパルスの視界に、Zは存在しなかった。
「な、ど、どこだよ?!」
「見えた!」
「何?!」
Zは、インパルスの真下に位置していた。バーニアを一時的に全て切り、自由落下に身を任せて下方に潜り込んだのだ。
「そこだっ!」
Zの掲げたビームライフル。その銃口から一筋の光が伸び、インパルスの股間から頭までをまっすぐ貫いた。同時にモニターが暗転し、模擬戦の終了を告げる。Zのコクピットハッチを開くと、同じようにインパルスから這い出てきたシンが悔しそうに顔を歪めていた。
「……え、もう終わり?」
「〜〜っ!」
眼下のルナマリアがポツリと漏らしたその一言は、負けた直後のシンにはひどく辛辣だった。やれやれと額に手をやったレイは、Zのコクピットから降りてくるカミーユに歩み寄った。
「見事な腕前だ。クワトロ大佐といい、エゥーゴはよほどの英傑揃いなのだな?」
「そんなことは……」
ない、と言いかけて、カミーユは「こちらのエゥーゴ」の事を何も知らないのだということを思い出した。しかし、そこでインパルスから降りてきたシンが口を挟む。
「やめてくれよ、謙遜なんて。……俺が惨めになるだけじゃないか」
最後は小さく言い捨て、シンは格納庫から出て行った。直後のルナマリアとレイの、
「シンってば子供ねえ」
「シンは男だということだ」
というやりとりが、妙にカミーユの心に響いた。
ミネルバの一室。
見事な金髪を「その方が動きやすいから」という理由でショートカットにしているカガリ・ユラ・アスハ――婚約者には常々「もったいない」と詰られている――が、備え付けのコンソールパネルを繰り、艦長室を呼び出す。ややあって、げんなりした顔のタリアが応じた。
「――どうかなさいましたか」
「いや、今後のことについて話し合いたいのだが、今は大丈夫か?……というか、大丈夫か?」
ああ、とタリアが自らの失態を悟り、ビシリと凛々しい顔を作る。軍人ながら一つの艦を背負うとなると、こうも顔の筋肉を自在に扱えるようになるものか、と、カガリは妙な所で感心した。
「申し訳ありません代表。では私が代表のお部屋まで参じますので、しばらくお待ちを……」
「いや、それには及ばない。私がそちらに行こう」
内線を切って部屋を出る。軍艦の狭い廊下をアスランを伴って歩いていく。幸い、タリアは艦長室にほど近い個室を用意してくれていたので、迷子になる心配はなさそうだ。
「なあ、アスラン」
「どうした?」
「……私はやっぱり、政治家として以前に問題があるのだな。いくら女傑を気取ってみせたところで、中身はゲリラをやっていた頃と変わらない私なんだ」
「……シン・アスカのことか」
ユニウスセブン破砕作業の前後に、カガリはシンから辛辣な批判を受けていた。それに上手く反論できなかったこと、そして彼を激怒させたような不用意な発言。それはカガリが言ったように、政治家として以前の問題だった。
「君はまだ十代なんだぞ?人として、ましてや政治家として未熟なのは当たり前じゃあないか。そういう批判も受け入れて、成長していけばいい」
「……しかし」
「さあ、そんな顔はやめるんだ。君はオーブの代表首長、カガリ・ユラ・アスハなのだろ?この艦のクルーやグラディス艦長にそんな顔は見せられないはずだ」
カガリは恨みがましい目でアスランを睨みつけたが、アスランは涼しい顔で受け流す。それからカガリは一つ溜め息を吐き、先ほどのタリアに倣って凛々しい表情を作り上げてみせた。
「……これでいいのだろ?」
「はい、代表」
アスランとのやりとりに、睦ごとのようなどこかむずがゆいものを感じながら、カガリは艦長室のドアをノックした。
「どうぞ」
「失礼する」
お決まりのやりとりを経て、カガリは艦長室に入った。
「艦長、早速で申し訳ないが、今後の予定について、軍規に差し支えない範囲で教えていただけるだろうか」
「我々はオーブまで代表をお送りした後、カーペンタリア基地に向かう予定です」
「そうか……ならば、オーブに到着の際には、我々に可能な限りの補給と修理をさせていただく。アーモリーワンから今に至るまでに受けた損害は、軽いものではないだろう?」
「ええ……」
「それと、外部との通信はできるか?」
「いえ、粉塵の濃度が酷く……」
「そうか……」
ひとしきりオーブ代表首長としての用件を済ませたところで、「カガリ・ユラ・アスハ」が顔を出す。それは、彼女がずっと案じていたことのためであった。
「我々オーブは、プラントとの友好関係をこれからも継続していきたいと願っている。しかし、今回のユニウスセブンの件で、地球連合各国がどういう動きに出るかはまだわからない」
「代表、それは……」
話の行き先を察したアスランが待ったをかけるも、カガリはお構いなしだ。タリアに至っては元よりそんなつもりはさらさらない。
「最悪の場合、地球連合軍とオーブ軍がオーブ国境付近でミネルバを挟み撃ち、なんてこともあり得るだろう。もちろんそうならないよう努力はするつもりだが、何しろ我が国の閣僚は連合寄りの者が多い。もしもそうなってしまった時は……」
「……そうなってしまった時は?」
アスランの喉が鳴る音が妙に大きく響く。カガリが含み笑いをした。
「我が軍の者ではない、正義の味方気取りの誰かがきっと貴艦を助けに参上するだろう」
しばらくの間タリアは呆然としていたが、やがてカガリの意図するところに気付き、苦笑いした。
「その正義感の味方気取りの誰かさんは、きっと代表にそっくりでいらっしゃるのですね」
「かもしれん。何しろそんな馬鹿なんて我が国には私以外にはそうはいないからな。だが、一回馬鹿をやれば誰しも学習する。同じ馬鹿を二度も繰り返しはしないだろう」
アスランは憂鬱な気分になった。この艦を取り巻く今後の展開があまりに簡単に予想できたからだ。確かにカガリには、アスランを助けられたという借りがある。しかし、先のことを考えれば、今回の話はあまり賢明とは言えなかった。
第三話終了です。誤字や矛盾点などがありましたらお願いします
連載してみると改めてカミーユ氏の偉大さがよくわかりますね……
投下乙!
カミーユは何を感じたんだろか?
そして未だに他人の口から語られるだけのエゥーゴが微妙に不気味さを帯びてきているような気がする。
それにしてもカガリは預言者だねw
>>28 大変だろうけど続き期待して待ってるよ
30 :
通常の名無しさんの3倍:2009/09/19(土) 07:55:06 ID:V0BPKY0a
おもしれー
337氏乙です
大変だろうけど完結までやってください
どんなに時間かかってもいいので
投下乙
この時点のシンはMk-U時代のカミーユだからな、当り前の結果だな
青く眠る〜水の保守に〜そっと♪
33 :
通常の名無しさんの3倍:2009/09/24(木) 22:37:48 ID:Nn258R5o
保守揚げ
このスレってZ関連のことでも雑談は控えた方がいいのかな?
雑談してると変な奴を呼びこんじゃう恐れがあるからな
過っ疎過疎と雑談が全ては
スレの両極端だよなw
アムロスレは反面教師なんか
そして保守が並ぶと…
てかこのスレ見てる人ってどれくらいいるんだろうな?カミーユ氏が作品を完結させてから一気に人が離れたのだろうか……
2
3
ノシ
4
5
6
ノシ
7!
8
47 :
通常の名無しさんの3倍:2009/10/01(木) 23:14:36 ID:aYFJmb4p
009。後は投下する勇気だけだ
010これより待機する
011って訳でもないけど、wiki保管しようとしたら1,2話がこのスレに
乗って無くて保管できない。337の人の作品をログ持ってる方、
だれかうpろだにplz
>>49 うpした
鬼柴田5M
[oni02506.zip]
DLkey> nobu6
51 :
49:2009/10/04(日) 13:42:31 ID:???
>>50 thx
でも、だれかが先にやってくれてたみたい。
シロッコの出番まだかな
ども、337です。
>>49>>50>>51のお三方、私のために骨を折ってくださってありがとうございました
今週中には第四話を投下できそうです。それと、第一話にタイトルを付け忘れていたので、どなたか編集をお願いできますでしょうか。第一話タイトルは「青い光と赤い宇宙と」でお願いします
無印種を舞台にしたクロスSSを希望。
ヤザン隊長かハマーン様の人に期待しろ。それかお前が書け
ヤザン隊長マダー
ども、337です。第四話を投下します。今回はちょい長めです
「キラ、バルトフェルド、お前らオーブ軍に入れ」
「ええ?!」
「これはまた唐突だねぇ……」
ZcrossC.E
第四話「キラとラクス、アスランとカガリ」
冒頭のやりとりから遡ること二日。ミネルバはオーブに入港を果たし、タリア、アーサーの二人を伴ったカガリは国民と婚約者の熱烈な歓迎に見舞われた。
「カガリ〜!!」
やや軟弱な顔立ちに緩いウェーブのかかった紫色の髪。くねくねととした挙動の線の細い体、それらが相まって、中性的な印象を与える。カガリの婚約者にしてオーブ連合首長国閣僚の一人、ユウナ・ロマ・セイランであった。
そのユウナが、ミネルバのタラップを降りてきたカガリに大きく両手を広げ、抱き締める。
「お帰りカガリ!もう心配したんだからさぁ〜!」
「おい、やめろユウナ、ちょっと待て、国民の前で何を考えて……?!」
「やめんかユウナ。国民の前であるぞ。代表にも失礼であろう。……お帰りなさいませ、代表」
ユウナを窘めた壮年の男。ユウナの父にしてオーブ宰相のウナト・エマ・セイランを前にして、さすがにユウナはカガリを解放した。ユウナに抱き締められて泡を食ったような対応しかできなかったカガリとは対称的に、その表情はピクリとも動かない。
「ウナト・エマ……留守中、ご苦労であった。被害の状況など、どうなっているか」
「他の国と比べれば大分軽微ですが、やはり沿岸部は高波にやられました。……詳しいことは、行政府で。すぐに、おいでいただけますな?」
「無論だ。……」
ウナトの視線が僅かに動き、目の端にアスランを捉えた。それを感じたカガリは、やや不快そうな態度だ。
「では、こちらへ。車を待たせております」
「ああ、アレックス、お前は……」
「代表の護衛ご苦労様、アレックス。君の仕事はもう終わったから、帰っていいよ」
ウナトがアスランについて具体的に言及する前に、最後にアスランに一言労いの言葉をかけようとしたカガリだったが、それはユウナに阻まれた。カガリは不快感を露わにするが、ユウナは動じない。むしろ、面白がっている節さえある。
「ユウナ、アレックスは私の私設秘書だ。勝手に指示を出すのはやめてくれ。……アレックス、ありがとう。ご苦労だった」
「……では、私はこれで」
ユウナに時間と話すべき言葉を持っていかれ、あまり多くを話すことができなかった。車に乗り込んだカガリは不機嫌さに任せて思い切り腰を下ろす。出してくれ、と一言吐き捨て、カガリは腕を組んで目を瞑った。
「どうしたんだい、カガリ?ご機嫌斜めじゃないか」
わかっていてわざと聞くユウナの相手が面倒で、カガリは狸寝入りを決め込むことにした。
一方、ミネルバのクルーたちは上陸許可が出るのを心待ちにしていた。この男、シン・アスカともう一人、この世界に居場所のないカミーユを除いては。
「オーブ、か。帰って来ちゃったんだな、俺は……」
ミネルバのデッキ、一人柵にもたれて立ち尽くすシンを、ルナマリアとカミーユが遠巻きに眺めていた。
「なんでシンはあんなに沈んでるんだ?オーブはシンの故郷なんだろ?」
「そりゃあそうよ。でもね、あいつはオーブで家族を亡くしてるの。当たり前っちゃ当たり前だけど、楽しい思い出ってわけじゃないから、誰かれ構わず言いふらしたりはしないしね」
それでか、とカミーユはシンが発している、怒りと悲しみの入り混じった感情を理解した。
「ね、何とかしてやれないかしら」
無茶言うなよ、とカミーユは呆れて呟く。かつてとある女性の心に無遠慮に踏み込んで拒絶されたことを思い出したカミーユには、今のシンに必要なのは、無遠慮な異邦人に心を覗かれることではないとはっきりとわかる。
「その気持ちはわかるよって傷を舐めてやればいいのか?……違うだろ?」
「……わかってるけど」
ルナマリアは少し落胆した様子で、デッキの床に視線を落とした。いつも元気一杯な彼女には珍しい、と、ルナマリアに出会ったばかりのカミーユは思った。
その時、シンがカミーユたちの方を振り向いた。
「……何やってんだよルナ、カミーユ」
「何って、お前を心配してたんだ。元気がなかったからな」
白々しく答えたカミーユに、シンの眼が細くなる。どうせもう聞いたんだろ、とうそぶいて、シンは再び二人に背中を向けた。その背中に、カミーユは呼びかける。
「お前を理解して、心配している人がいるんだ」
「……だからなんだよ?」
「いつでも受け止めてもらえるってことさ。お前の怒りも悲しみも、肯定してくれる人がいる。それを忘れないでくれ」
「なんだよそれ……わけのわからないことを言うな!そんなのはカミーユの言い分だろ!俺は誰かに、自分の苦しみを受け止めてほしいなんて思っちゃいない!」
怒りに任せて怒鳴るシン。一言一言を叫ぶ度に覗く犬歯が、彼の危うげな攻撃性を物語っている。そのシンが、大きく肩で息をつきながらカミーユを睨みつけた。
「そうやって、人の心を理解したふりをする――鬱陶しいんだよ!」
大股でカミーユとルナマリアの側を通り抜け、シンは艦内に消えた。そのシンを目で追いつつも、残されたカミーユを気遣わしげに見遣るルナマリアは、
「ご、ごめん……私、そんなつもりじゃ」
「いや、ルナマリアの気持ちもシンの気持ちもわかるから……」
カミーユは三人の人間を思い出した。内二人は自らの両親。二人が二人共、宇宙(そら)の藻屑となった。二人ともいい親ではなかった。それでも、二人が死んだ時は涙が出たのだ。シンの悲しみはカミーユの比ではないだろう。
もう一人は、何かとお節介を焼いてきた幼なじみ。心配そうなルナマリアのその顔に、カミーユはファ・ユイリィの顔を重ねて微笑んだ。
「な、何?」
「あ、ああ、ごめん。ちょっと、知り合いのことを思い出してさ」
「知り合いって?」
「幼なじみ。何かと世話焼いてきてさ、ちょっと鬱陶しいって思ってた頃もあったんだけど……」
「……大切な人なんだ?」
さあね、とカミーユは肩をすくめる。夕日が、オーブの海に沈んだ。
「同盟締結は避けられないのか?」
緊急の閣議を終え、カガリは、席を立って資料をまとめているウナトに歩み寄った。
「でしょうなァ。そもそも、この同盟はブレイク・ザ・ワールド……今回の事件の被災者及び被災地への復興支援、というのが表向きの理由ですから」
閣議でユウナにグウの音も出ないほどに論破され、カガリは苛立っていた。大西洋連邦との同盟など、理念に殉じて死んでいった父を裏切るも同然。
しかし、カガリの頭に残された最後の冷静な部分は、同盟を結ばざるを得ない、むしろ結ばねばオーブが危ないと、しきりに喚起していた。
「なあウナト、本当にもうどうしようもないのか?」
「……閣議でもユウナが散々申し上げましたでしょう。オーブのため、国民とその財産、そして彼らの住まう土地のため、我々はどんなことをしてでも、もう二度とこの国を焼かせるわけにはいかないのです」
「……そうか」
落胆して議場を出ると、そこには散々自分を言い負かしたユウナがいた。カガリは鼻息も荒く足早に立ち去ろうとしたが、ユウナにその腕を掴まれる。
「何の用だ」
「……もしかして怒ってる?」
カガリは掴まれた手を振り払い、再び歩き出す。大股で歩くカガリの隣に慌てて並んだユウナは、とても一国の閣僚とは思えない軟派な口調で喋りだした。
「ねえ、カガリが怒るのもわかるけどさあ、仕方ないじゃない?僕たちはこの国のために最善の道を選ばなきゃならないんだから」
「だからお父様が命を賭して守った理念を捨てると!お前はそう言いたいのか?」
「そうだよ」
当たり前じゃん、とでも言わんばかりのユウナの襟首を掴む。そのまま一目のつかない所まで引きずり込み、カガリははったとユウナを睨みつけた。睨みつけられているユウナはというと、襟首を掴まれる前と変わらないへらへらとした調子である。それでも、カガリは言った。
「そうしなければならないというのは私にだってわかる。閣議でもお前に散々言われたからな。だが、お前のその態度は何だ?まるで前大戦で払われた犠牲を軽侮するようなその態度と物言いは!
お父様だって、お前やウナトと同じように国を思って、国を守ろうとして、その末に死んでいったんだぞ!そしてその尊い犠牲の上に、何とか築いたのが今のオーブなんだ!それをお前は一体何だと思ってるんだ、ええ?!言ってみろ、ユウナ!!」
「……そうだねぇ」
口調はそのままなのに、どこか底冷えするユウナの言葉にカガリははっとした。そのユウナの目は、冷徹さと怒りを湛えてカガリを見ている。
「じゃあさ、逆に聞きたいんだけど、ウズミ様に国民の財産であるマスドライバーとモルゲンレーテを爆破されて、それでも二年でそれらを再建して、その間経済危機になりかねなかったところをどうにか支えて、何とか僕たちはこの国を復興させたんだ。
おまけに武門のサハクの台頭を抑えて君の席を守ってさ。で、君がそれらの苦境を呼び込んだ元凶たるウズミ様の肩ばかり持つのはどういうわけ?」
「げ、元凶だと?!ユウナお前!」
「元凶以外の何だって言うのさ?!この二年間、僕やパパが必死にやってこなきゃあ、経済的に世界各国に大きく立ち遅れて、この国は三流国に成り下がってるよ!」
父を侮辱されたと思うカガリと父の功績を蔑ろにされたと感じるユウナの口論は過熱し、やがては怒鳴り合いになった。これでは一目につく場所だろうがつかない場所だろうが意味がない。
「マスドライバーとモルゲンレーテを破壊しなければ、連合はどこまでもオーブを狙うに決まってるだろ!」
「じゃあなんで連合に下るって発想がないのさ!取り引き次第じゃ使用料まで取れて一石二鳥だったはずなのに!」
「そんなことができるものか!お父様が殉じたオーブの理念を何だと思ってる!理念と工業技術で立ち回ってきた我が国がいきなり理念を捨てれば、他国からの信用を失う!」
「その他国の大半が大挙して押し寄せてきたのが前大戦だろ!いつまでも的外れなこと言ってんじゃないよバカガリ!」
「何だと?!言ったな、この女々しいオカマ野郎!」
カガリを迎えに来たアスランは唖然とした。議場へ向かう廊下の一角に、ちょっとした人だかりができている。
その中心では、オーブの中枢を担う二人がつかみ合い、罵り合いの喧嘩をしている。上になったり下になったり、派手に暴れ回っているせいで、時折カガリの服の胸元が大きく開き、あられもない姿を晒している。
「代表、何をなさっているのです!ユウナ様、あなたもです!」
コーディネイターの腕力で強引に割って入り、アスランは二人を引き剥がした。
カガリはシャツを引っ張られたためか、ボタンがいくつかちぎれている。ユウナは更に悲惨で、唇は切れ、整えた髪が無惨にもぐしゃぐしゃになっており、その上シャツが裂け、上着もしわくちゃという惨憺たるありさまである。
「ああ、アレックスか!ちょうどいい、さっさとそこの馬鹿娘を連れて帰ってくれ!」
「国家元首を捕まえて、よりにもよって馬鹿娘だとぉ?!ならその馬鹿娘の閣僚のお前は馬鹿以下だ!」
アスランはこれ以上この場にいてはならないと肌で感じた。素早くカガリを抱え上げ、
「失礼致します」
と言い置いて、走り去った。カガリを車に放り込み、アスハ家の私邸に向かう。その道中、機嫌悪く後部座席にひっくり返っているカガリに、アスランはふと気になったことを聞いてみた。
「ユウナ・ロマは、君の婚約者だよな?」
「……そうだ」
「……彼は、君と結婚したいんじゃないのか?」
「……アスハ家のカガリとは結婚したいんだろう。だから国民の前で平然と抱きついてみせたりもする。大西洋連邦にかぶれてるんだ」
アスランはどう反応したらいいのかわからなくて、黙りこくっていた。
「元々ユウナとは幼なじみで、昔はよく喧嘩もしたんだ。頭のいいあいつが私を馬鹿にして、力で勝る私があいつを泣かして、ってな。まあ今日は久しぶりだったけど」
「まあ、君の気持ちはわからなくはないが、自重した方がいい。何せ君は」
「オーブ代表首長、カガリ・ユラ・アスハだからな。……わかってるよ」
少し寂しげに呟いたカガリをバックミラー越しに見たアスランは、方向指示機を倒してハンドルを切った。脇道に逸れた車は、やがて海沿いの道に出る。アスランはそこで車を止めた。沈む夕日に映えるオーブの海は、息を飲むほど美しかった。
それから小一時間ほど、夕日が完全に沈むまで海を眺めて、カガリはようやく決心を固めた。いや、そもそも始めから、他に選択肢がないことはわかってはいたのだ。
「ありがとうな、アスラン。ようやく決意がついた。……私はお前に誓う。この美しい海を、オーブを戦場にさせはしないと」
晴れやかな口調で言ってのけ、そして、涙した。
「…………ごめんなさい、お父様…………私は、お父様の…………」
それ以上は言葉にならなかった。アスランは後部座席に移り、嗚咽を洩らすカガリを抱き締めた。そしてその時、アスランはある決意をした。
「……本当に行くのか。何もお前じゃなくたって……」
「俺だから意味があるんだ。元ザフトトップガンで、タカ派のパトリックの息子である俺だからこそ」
カガリが同盟締結を覚悟したその日、アスランはプラントへ行くことを決め、翌日には旅立つことにした。その目的は、ギルバート・デュランダルに非戦を説くため。大西洋連邦の方はカガリに任せ、自分は自分にできることをする。
そう決めたアスランだったが、アスランのこのプラント行きを誰よりも渋ったのは、何故か本来であれば恋敵のはずのユウナだった。
「なあ、本当に行っちゃうのかい?」
「ユウナ様、代表をお願いいたします」
「嫌だよ、カガリの面倒は君が見てくれなきゃ。君には、いずれ行われる僕とカガリとの結婚式で花嫁泥棒をやってもらうつもりだったのにさあ」
冗談だか本気だかわからないユウナの暴言に、アスランは苦笑で返すしかなかった。そうできたらどんなにいいか――。
「そんなに私が嫌か?!」
「嫌だよ。君だって僕のこと好きじゃないだろ?僕だって、もっとこう、しとやかで、大人の色気ある女性が好みなのにさあ――」
「人のこと言えた義理か、お前が!」
「アレックスさあ、プラントに行くのはいいけど早く帰ってきてよ?ほら、なんなら今ここでキスでもしていけば?カガリが僕に惚れちゃあ困るし」
「お前ぇ!!」
激昂したカガリの注意が完全にユウナの方を向いたのが嫌で、アスランはカガリに歩み寄った。女性特有の華奢な肩を掴み、振り向かせる。
「では、遠慮なく」
これにはユウナですら驚いた。そして、当事者たるカガリはもっと驚いた。ゆっくりと慈しむように唇が離れ、カガリの顔が怒り以外の何かで真っ赤になる。
「では、行って参ります」
その日、カガリは何も手につかなかった。その翌日になってようやく仕事に手をつけ、猛烈な勢いで溜まった仕事を処理する。午後、ティータイムが過ぎた辺りでようやく一段落つき、ふと秘書を呼んだ。
「ミネルバの修理、補給はどうなっているか」
「もう二、三日もあれば全て終わるかと存じますが」
「そうか。……ちょっと出てくる。私用だから、車はうちのを使うからな」
アスハ家所有の車に乗り込んで、カガリは考えた。大西洋連邦と同盟を結ぶのは仕方ない。しかし、何から何まで向こうの思い通りではつまらない。ここは強力なカウンターを用意しておく必要がある。そして、場面は冒頭に戻る。
「どうして?僕たちをオーブ軍に入れて、カガリは僕たちに何をさせたいの?」
カガリの提供した、海辺の別荘。キラ、そしてラクスはそこを孤児院として、そしてかつての三隻同盟の中核を担った者たちの住まう家として活用していた。
「オーブの自治と独立を守るため、お前たちの力を貸してほしいんだ。キラ、バルトフェルド」
「まさか、連合と真っ向から戦うつもりかな?」
「馬鹿を言うな。……オーブは大西洋連邦との条約に加盟することになった。今はこれでいいとしても、いずれ彼らの要求が度を超えたものになる可能性は充分にあり得る。その時、オーブは主権国家として、彼らを拒むことになるだろう」
「その時、俺たちを連合に対するカウンターにしようってか」
「そんな?!……カガリ、ウズミさんの貫き通した理念を忘れちゃったの?おかしいよ、そんなの……」
カガリは俯いた。キラのこういうリアクションは予想できていたのだが、改めて糾弾されるとやはり辛い。
「熟慮して決めたことだ。お父様のことも、理念のことも。それでも、オーブをもう一度戦場にはできないと判断して決めたんだ。だからこそ、お前たちの力を貸してほしい」
「まあ、俺は構わんがねぇ。カガリの嬢ちゃんには、ここに住まわせてもらってる恩もある。しかし、あんまり期待せんでほしいね」
バルトフェルドは割とすんなりカガリの要求を容れた。後はキラだけ、そう思ったところで、孤児院からラクスが現れた。
「カガリさん、お久しぶりですわ」
「ラクス。……」
名を呼んだきり、後に言葉が続かない。三隻同盟からの付き合いではあるが、カガリには未だにラクス・クラインという人間がよくわからない。良く言えばミステリアスで、悪く言えば得体が知れないのだ。
しかし、希望はある、とカガリは考える。キラはラクスの言いなりになるきらいがあるからだ。果たして、ラクスは言った。
「キラ、カガリさんは自分の仕事に全力を尽くしているのです。カガリさんを責めるような言い方はいけませんわ」
「だけど……」
「そんなに心配なら、キラがカガリさんを支えて差し上げればよろしいでしょう。カガリさんの言う通り、今のオーブに他に手はありません。ならば、私たちは私たちにできることをしなければ。できること、望むこと、キラとカガリさんの望む世界は同じでしょう?」
勝負あった、という確信があった。ラクスにここまで言われれば、キラは間違いなくラクスの言うことに従う。そして、そうなれば早速彼に一つ頼まれてもらわねばならない。
「……わかったよ、ラクス、カガリ。僕も戦う。オーブのために」
「そうか。ありがとうな、キラ。……悪いんだけど、早速一つ頼まれてくれるか?」
「何?」
「フリーダムで、ミネルバを守ってくれ」
第四話終了です。矛盾点などがありましたら指摘お願いします。
ちなみに
>>64は単なるトリの付け忘れなので、お気になさらず
以下チラ裏
これだけ長い話で全く戦闘シーンを入れられなかった……orz
GJ!
嗚呼、最初からこうしていればラクシズが視聴者から総スカンを喰う事も無かったろうに・・・
いや、カガリが筋肉製のノウミソをフル回転させてせめて最善のアイデアとして
考えついたのはわかるんだが、シンにとってはこの上ない逆撫でになりそうな。
あるいは早い段階で対面させて因縁を吐き出させきっといて和解に持ち込むという手も…?
いずれにせよこれまでにない展開になりそうでGJ&wktk
更新きてたー!それにしてもカガリとユウナが良すぎるw
>>70 まあそれは同行するから何とかすると思いたいが
職人乙!
ほす
GJ
wiki保管したので、何かありましたら一報ください。
名前のところ消して、自動で改行タグを挿入しただけです。
酷く虚ろに 保守がゆれても♪
ヤザン隊長カムバック保守
ヤザン隊長〜!
ヤザン隊長とかハマーンの人って誰?
ヤザン隊長→ヤザン厨氏。ヤザンが種世界に転移してくる話を書いてた
ハマーン様の人→種世界にハマーン様が(ry
SSを投下し始めた時期は337氏よりちょっと早い
両方の作品とも種死ではなく種の段階にZキャラを転移させている
>>79 読んでみたいんだけどまとめサイトになくない?
過去スレ探すしかないのかな。
ヤザン厨氏はともかく、ハマーン様の人は確か投下回数が数えるほどしかなかった。だから過去ログ漁ってみるしかないと思ふ
未完と言えば過労死しそうなシロッコさんもw
もう来ないだろうな
「パプテマス様パネェwww」の一言で説明できるアレかw
過去スレ漁ろうと思ったらまとめにもログ残ってないな。
>>79 ハマーンが来るのは2種類あるがどっちもZZ最後からの転移だぞ。
たぶん最近の方を言ってるんだろうけど。
1.キラがハマーン様と出会ったら
最初のスレ立てが 04年 というSSスレ最初期の物。
そのためか纏めにスレにない。
ZZ最後からヘリオポリスへ転移、完動キュベレイ。
種は完結。 種死途中で中断。
2.二人の女王
去年の4〜6月頃にここへ投下。
ZZ最後から転移。 半壊キュベレイ。
プロローグと一話のみ?
青く眠る〜水の保守に〜そっと♪
保守!
浮上
酷く虚ろに〜♪
保守がゆ〜れて〜も♪
底に残った若狭鳥出汁♪
tesu
どうも、ほぼ一ヶ月ぶりですが337です。私遅筆なもので、一話書くのに一か月はかかってしまうようです。これからも一か月、もしくはそれ以上かかるかもしれませんがどうぞよろしくお願いします
次回の投下は来週になると思いますので、読んでくださっている方、もう少々お待ちを
よっしゃー!!
キター((´∀`))
どうも337です。
結局書き上がりませんでしたサーセンwwwああ自分の遅筆っぷりが憎い……orz
今回はちょっと長めな話になりますので、とりあえず前半部分だけ投下します
「さて皆さん、まずはご覧下さい」
ユニウスセブンの破片が世界各地にもたらした災害を、数人の男たちが黙って眺めていた。スクリーンはいくつかのワイプで区分けされ、そこからは、一切の編集がされていない映像がエンドレスで流されている。
その映像を流している張本人は、紫色のルージュを引いた唇を僅かに吊り上げた。
「そして、続いてはこちら」
ワイプが消え、一つの映像がスクリーンに大写しになった。
そこに映っているのは、鶏冠のようなブレードアンテナを持つ黒い機体。太陽光にきらめく実剣を振るい、赤いモノアイが輝く。男たち――いや、老人たちと呼んだ方が相応しいだろう――の間に、軽いどよめきが走る。
「ザフトのロートル……か?」
「ジンじゃな。しかし今日日ジンとは。こいつはザフトの機体なのかな、ジブリール?」
ロード・ジブリール。男の本名だ。「ロード」というのが「卿」という意味に取られかねないが、とにかく彼の名前はロードである。
そのロード・ジブリールが、膝に抱いていた猫をゆっくりと床に下ろした。気障ったらしくゆっくりと脚を組み、更にもったいをつけて組んだ指をゆっくりと膝の上に乗せる。
老人たちが徐々に苛立ち始めたのを楽しむように、そして彼らが痺れを切らすその直前に、ジブリールは言う。
「ジン、というのは正確ではありません。ジン・ハイマニューバU型、というのが正式な名称です。宇宙戦用にカスタマイズされた機体なのですよ、あれは」
老人たちも徐々に苛立ちを隠せなくなってきた。高級品のモニターから発せられる細かな光のパターンが、如実にそれを表現している。ジブリールはこみ上げてくる笑いを堪えるのに苦労した。
「そんなことを聞いているのではないぞ、ジブリール。我々が聞きたいのは……」
「わかっています、ご老人。この機体がザフトのものであるか否か、問題はそこです」
苦心して作り上げた極上の顔――真剣で真面目そのものな表情だ――をカメラに向けるも、老人たちは仏頂面を崩さない。少しやりすぎたか、とジブリールは反省した。
とは言え、彼はこの手の質の悪い「お遊び」をやめるつもりはさらさらない。重要なのはいかに楽しむかだ。
「さて、この機体についての私の見解を述べさせて頂きます。この機体のパイロットは、恐らくは、元ザフトのテロリスト、といったところでしょう。
ただまあ正直に申し上げて、この機体がザフトから横流しされたものであることは疑いようもございません。それだけでも充分にザフトの管理責任を追及できるでしょうし、この機体が本当に現ザフトのものなのか、本当のところはわからないのです。
……ところで皆さん、そろそろあの『工場』の利権、回収したいのでは?」
老人たちの表情が、また僅かに動いた。
ZcrossC.E
第五話「赤の衝撃(前編)」
「……今回のユニウスセブン落下事件、通称『ブレイク・ザ・ワールド』に関して、ギルバート・デュランダルプラント最高評議会議長は、ザフトの関与を否定し、むしろ落下の阻止に全力を尽くしたとのことです。
ブレイク・ザ・ワールド以降、地球各地の被災地にザフト基地から多数の人員と作業用重機、そして大量の救援物資が届き、デュランダル議長は、多額の義援金や更なる人員の投入を検討しているとのことです。では続いてのニュース……」
「……大西洋連邦は決してテロリズムには屈しないという強い姿勢を示し、プラント政府に対して実行犯の引き渡しを強く要求しました。これに対して、プラント政府は『実行犯は全員死亡した』として、大西洋連邦の要求を拒否しました。
これについて、連邦議会主席トンプソン氏は、『大西洋連邦はテロリストに対して、武力をもって報復する用意がある。そしてそれを支援する国家も同様だ』と述べ、議会も主席を支持しました……」
「大西洋連邦とユーラシア連邦が共同で声明を発表し、今回の事件の犯人はザフトであるという証拠を押さえたとし、その映像を公表しました。今からご覧いただく映像は、地球連合宇宙軍のMSのガンカメラが押さえた映像です」
ミネルバは未だオーブに釘付けである。しかし、多くの兵士が外出のローテーションを終え、修理の済んだ箇所の点検で忙しい。
そんな中での、大多数の者の休憩時間の過ごし方といえば、談話室でドリンクを飲み、テレビモニターから流れる映像を流し見することであった。今そのリモコンを握っているのは、他ならぬシン・アスカだ。
「やだ、ちょっとレイ、これ……」
「間違いないな。俺たちが交戦したテロリストの機体だ。連合め、やってくれる」
そのシンが、ひっきりなしに切り替えていたチャンネルを一つの番組で止めた。モニターの中では、ユニウスセブンが大気圏内に落ちていく映像と、斬機刀を握る黒いジンの映像で埋め尽くされている。
前かがみになってソファに座っているシンの後ろで、カミーユが呟いた。
「こんな大変な事件を簡単にプロパガンダに使うなんて……」
「そりゃあ連合は俺たちコーディネイターなんてみんな死ねばいいと思ってる奴がほとんどだからな。そうでない奴がいたって、そんなのは少数派だ。少数派の意見なんて民主主義の中じゃあ、何も言わないのと変わらない。
……そういや、あんたたちエゥーゴはそういう人達の集まりなんだっけ」
シンの口調は妙にとげとげしい。カミーユが黙っていると、シンの目つきは鋭くなる。
「いいよなあ、あんたたちはさ。『少数派』が力を持って、世界を、人々を変えていこうって頑張ってられるんだ。大抵の『少数派』は『多数派』っていう数の暴力に追いやられて、自分の命に関わることですらどうにもできやしない」
「……?」
かつて圧倒的な支持率を背景に、地球連合に与することを良しとしなかったウズミ・ナラ・アスハの言っているのだということはカミーユにはわからない。
シンのオーブ嫌いについての概要はルナマリアから聞いてはいるものの、二年前の政治的背景や、家族を失うその瞬間まで、シンがウズミを信じていたことなどは聞かされていないからだ。
「臨時ニュースです」
カミーユが何か言おうと口を開いた時、テレビがにわかに騒がしくなった。自然、シンやカミーユもテレビに目が行く。テレビの中では、キャスターがせわしなく原稿をめくり、その内容を確かめていた。
「たった今、大西洋連邦とユーラシア連邦が共同で記者会見を開き、プラントに正式に宣戦を布告しました」
しばらくの間、談話室にいた面々はモニターに釘付けになっていたが、やがて慌ただしく席を立ち、持ち場に戻っていった。オーブを出れば、即戦闘になる可能性がある。もう談話室にいるのは、シンたちだけだった。
「状況は?」
「大西洋連邦系の部隊が、オーブ国境付近まで展開しているようです。空母を四隻も出しているとか」
穏やかに波が凪ぐ。それに合わせて穏やかに揺れる艦橋で、身なりのいい男が一人、ゲストシートにひっくり返っていた。
「ふうん」
いい風、いい波、いい天気。ブレイク・ザ・ワールドの影響の薄い、この地域にいたことは本当に幸運だった。本当なら今すぐにでも甲板に出て昼寝と洒落込みたいところだが、目の前の女性士官はそれを許してくれない。
遮蔽されていないブリッジの窓から注ぐ日光も、ゲストシートまでは届かない。男は退屈そうに溜め息を吐いた。
「まあ、どの道この位置からでは、ミネルバを助けに行くには遠過ぎますよ。それにクワトロ大佐の話じゃあ、こちらのパイロットが一人、MSと一緒に派遣されているんでしょ?それで充分ザフトに対する義理は果たしていますよ」
嫌みな口調は意識してのものではない。それを知っている女性士官ではあったが、少し苛立ったように、
「そうですか」
とだけ、投げやりに返事をした。
ミネルバはその日の内に出航することになった。あくまでもこれはタリアの判断だったが、タリアがそう決めなくても出航が数時間遅れるだけだっただろう。タリアが出航を担当官に告げると、その担当官はあからさまに安堵した顔をした。
ミネルバ出航の報はすぐにオーブ行政府に伝わったらしく、出航を担当官に伝えてから僅か一時間ほどで、カガリがユウナを伴って港に飛んできた。というより、港に飛んでいこうというカガリにユウナがお目付役としてくっついてきたのだ。
「本当に済まない。私たちはザフトに助けてもらったのに、追い出すような形になってしまって……」
「仕方のないことですわ。代表、頭を上げて下さい」
なかなか頭を上げないカガリにやきもきしたタリアがカガリに近付き、その肩を掴んだ。すると、カガリは頭を下げたまま僅かに顔を寄せ、声を潜めて呟いた。端から見ると、カガリがタリアに甘えているような格好だ。
「連合の艦隊がオーブ国境付近まで展開している。約束通り、この場限りではあるが『正義の味方』を寄越す。……何とか、包囲を突破してくれ。私にできることは、もうない」
タリアは静かにカガリを離し、目礼した。
「代表、オーブの皆様方、ミネルバの修理を始め、我々に対して数々の便宜を図って頂いたこと、感謝いたします」
ユウナにも聞こえるようにボリュームを上げて言い放ち、腰を折って一礼する。タラップに足をかける前にまた軽く一礼し、タリアはミネルバに戻った。廊下を歩いてブリッジに向かう道すがら、クルーたちとすれ違う。
皆精悍な顔付きでタリアに敬礼し、タリアも歩きながらではあるが、同じように堂々と敬礼を返す。戦闘前の儀式のようなものだな、とタリアは思った。
「こんなにも頼れるクルーがいる」とタリアは確認し、「この艦長なら大丈夫だ」とクルーは安心し、お互いがお互いを信頼して戦いに臨むことができる。彼らはミネルバという一隻の艦を囲んで、背中を預け合っているのだ。
「アーサー、出航準備、どう?」
ブリッジに入るなり、一声。ブリッジクルーが皆立ち上がり、一斉に敬礼した。タリアはそれを手で制し、作業に戻るよう促す。
皆ピリピリしている、というのを肌で感じ取り、気の抜けている者がいないことを喜ぶ一方で、プレッシャーに潰されやしないかと不安にもなる。
「艦長、システムオールグリーンです!」
副長席から声が上がり、タリアは頷いた。
「発進と同時にブリッジ遮蔽、更にコンディションイエロー発令。連合の艦隊がオーブ国境付近に展開しているわ。各員、オーブを出たら即戦闘になると思いなさい」
了解、という声がブリッジに響き、タリアは大きく深呼吸した。腹筋に力を込め、叫ぶように言う。
「ミネルバ発進!」
今回は以上です。また近日中に後編を投下します
あ、
>>103は私です。トリの付け忘れが多くて申し訳ないです
投下乙!GJは後半次第になるけど、楽しみにしてます
保守
保守
保守
うう……みんな規制が悪いんや! で生存報告。
ヤザン―ユウのwikiに続きを投下しようとして出来ず。どうやらパスが要るらしい……。
あそこのパス知ってるひとー! って居ないんだろうなぁ。
やる夫がブルーを観て、「おイおイ」と苦笑いしてしまった。
まあいいか。アレ、覚えてるひといないだろうし。世代も違うだろうし。
でヤザンSEED! ヤタガラス装備してからのそろそろアルテミスでドンパチ! なのに…規制でうやむやに。
さあ、また資料読み直しの日々が始まる。……願わくば、投下までに規制が行なわれることが無いことを祈る……。
――わお、すごく懐かしく素晴らしい人の生存報告を見た。
> やる夫がブルー
ちょwwwwwヤザン氏もあそこ見てたんかwwwwwww
……まぁいくらなんでもヤザンがむせるっていうwwwwな事にはなってないと思いたいけど
別に自暴自棄になってないのになんでそうなるんだよw
>>112 ヤザン氏は「あんなモン認めん」つっとるんだぜw
いやいや、アナルズブとかのオリ展開、良かったんですよw?
思う存分笑えましたし。……ま、メインが似通うのは元が同じなんでしゃーないよな、と。
愚痴ですよ愚痴。面白いものが正義、やったもん勝ちなのが、ネットの世界の不文律です。
ヤザン厨氏、お帰りなさい!正直待ってました。これでこのスレはあと10年は戦える……
ところで私の作品の方はと言いますと、明日の夜に後編を投下できそうです。読んでくださっている方、お待たせしてすいませんでした
どうも、337です。投下を開始します
ブリッジのキャプテンシートに収まったタリアは、マイクを握った。
「ミネルバ全クルーへ」
オーブ領海内からでも、ずらりと並んだ連合軍艦隊はよく見える。タリアはマイクを持つ手が震えないように力を込めた。
「こちらは艦長のタリア・グラディスである。現在本艦の正面には、空母四隻を含む、地球連合軍の大艦隊が展開中である。我々の出航を待って、網を張っていたのだと思われる」
ごくり、と喉の鳴る音がする。この大艦隊相手に緊張、もしくは恐怖しない方がおかしいのだと思い、タリアは音のした方に優しげな目を振り向けた。視線の先にいたのは、タリアの視線にすら気付かないほどに緊張した副長、アーサー・トライン。
タリアの目つきが途端に厳しくなった。
「今回の戦闘は、今まで我々が経験したどの戦闘よりも厳しいものとなるだろう。
しかし、烏合の衆たる地球連合軍艦隊ごときに、ザフトの最精鋭たる諸君と、ザフト最新鋭のこのミネルバを倒すのは不可能である。
諸君には日頃の訓練の成果を見せていただく。しかし、今回の戦闘においては、艦隊を突破すればそれで我が方の勝ちである。なので、あまり張り切りすぎて敵艦隊を全滅させないように、諸君にはほどほどに訓練の成果を発揮していただきたい。
……最も、諸君が私にネビュラ勲章を献上したいのならば話は別である。遠慮なく敵部隊を撃滅せよ」
ブリッジクルーのマリク、チェンが忍び笑いを洩らした。オペレーターのメイリン・ホークも、引き吊りがちだった口角が緩んでいる。
アーサーはというと、緊張が解けているのかいないのか、しきりに自らの頬を叩いていた。力加減を誤って頬を真っ赤に腫らしているところを見ると、やはりまだ緊張しているのだろう。タリアは吹き出しそうになるのをこらえながら、アーサーに目線をやった。
「アーサー、いくら私にネビュラ勲章を貰ってほしいからって、そんなに張り切る必要はないわ」
「はっ?!……了解です、艦長。見苦しいところをお見せしました!」
「わかればよろしい。メイリン、MS隊はどう?」
「はい、全機発進準備整っています!」
「よし、MS隊発進させよ!インパルスとZガンダムは空中で敵MSを迎撃、ザクは甲板上で援護。ルナマリア機のオルトロスにはエネルギーケーブルを使わせなさい。MS隊発進次第離水、同時に最大戦速、また同時に対空防御!この海域を突破する!」
一番カタパルトに収まったコアスプレンダー。シン・アスカの目が鋭く光る。自分の働きに仲間たちの命が懸かっているいるのだ、と気合を入れて操縦桿を握り締めた。と、その時、艦が不自然に揺れた。何事かとバイザーを上げ、ブリッジを呼び出す。
「メイリン、今のは?!」
「待って下さい!……オーブ海軍、イージス艦からの砲撃です!本艦の後方にオーブ艦隊が展開中、退路を断たれています!」
「そんな?!……くそ、アスハめ!」
毒づいたシンだが、オーブ艦隊からの砲撃が止むことはない。二番カタパルトのZガンダムの中で出撃を待つカミーユは、シンの怒りをひしひしと感じていた。
が、彼は何も言わない。すぐに仲良くなれるかと思われたのが、模擬戦以降どこかよそよそしくなり、シンの逆鱗に触れてからは完全に嫌われているようだ。こちらに突き刺さりそうな刺々しいオーラを発し、シンはカミーユを拒む。
無理に歩み寄ろうとするのは逆効果、とカミーユは踏んだ。ただ、今回の戦闘を通じて分かり合えることがあれば、という期待はしていた。
「MSを出して!発進後すぐに離水、最大戦速!」
「了解、カタパルト解放!発進シークエンスを開始します!」
コアスプレンダーのキャノピーから臨む空は、懐かしのオーブの空。まさかオーブの空を飛ぶ日がやってくるなどと、シンは思ってもみなかった。しかしその日はやってきたのだ。オーブ艦の砲撃に追い立てられ、目の前の地球連合艦隊を沈めるために出撃する。
(二年前とそっくりじゃないか)
二年前のあの日、シンはオーブに退路を断たれ、連合の攻撃に晒され、家族を奪われた。鼻の奥からあの時の焦げた臭いが蘇り、シンはえずいた。
(いや、違う。あの時とは違う。今の俺には……!)
「進路クリア、コアスプレンダー発進、どうぞ!シン、頑張って!」
「っ、シン・アスカ、コアスプレンダー、行きます!」
こみ上げてくる吐き気をメイリンの激励と一緒くたに飲み下し、シンは出撃した。続いて発進したフライヤーは次々にコアスプレンダーと合体し、人型のロボットが現れる。背には航空機のような翼を背負い、ノズルからは青白い炎を吹き上げる。
(今の俺には「力」がある!このインパルスが!)
「続いてZガンダム発進、どうぞ!カミーユさん、よろしくお願いします!」
「了解。Zガンダム、カミーユ・ビダン、行きます!」
続いて現れたのはカミーユのZ。発進するやウェイブライダーに変形し、高度をとる。
「カミーユ、あんたのそのMSじゃあ、空中戦は不利だ。あんたは俺の援護に回ってくれ」
「……了解。無理はするなよ」
シンに一応の釘を差し、インパルスの更に上空を旋回する。やがて、地球連合艦隊からもMSが発進する。灰色のフライト・パックを背負ったダガーLとウィンダムの混成部隊が、一斉に空母から飛び立った。
(これだけの艦隊を相手にするなら、ハイパー・メガ・ランチャーが欲しかったけど……)
「アーサー、射程距離に入り次第トリスタン一斉射。以降は回避しつつ迎撃!」
「了解!」
更に、ミネルバのカタパルトが開く。射出装置を使わずに歩いて発進し、射出口の上に飛び乗ったMSが二機。
「ルナマリア・ホーク、出るわよ!」
「レイ・ザ・バレル、発進する」
エネルギー消費の激しい大砲「オルトロス」にエネルギーケーブルを付けて小脇に抱えたルナマリアのザクウォーリアと、ミサイルポッドを装備したレイのザクファントムが出撃した。それぞれ手持ちの火器を前方のMS部隊に差し向け、臨戦態勢に入る。
「ちょっと、あの数。冗談じゃないわよ……30機はいるんじゃあないの?!」
「ルナマリア、俺たちはシンとカミーユの援護、それから接近してくるMSの迎撃をしていればいいんだ。決して不可能な任務ではない」
「そんなこと言ったってぇ……」
ルナマリアが愚痴をこぼす間にも、両軍の距離は詰まる。そして、タリアは叫んだ。
「トリスタン、撃(て)ぇーっ!!」
ミネルバから四本の火線が伸び、駆逐艦一隻、ダガーL一機が沈んだ。同時に、地球連合艦隊の夥しい数の砲腔が唸りを上げ、ミネルバを襲う。しかし、ミネルバは意外な程の機敏さでその巨体を翻し、降り注ぐ砲弾の大半を回避する。
「マリク、振り落とさないでよ?!」
「無茶言うな!」
艦上の二機のザクは飛び上がってバランスを取る。ルナマリアの要求に、操舵のマリクが唸った。
「行くぞ!」
カミーユのウェイブライダーが加速した。ビームガンを連射しつつ突進し、連合のMSのただ中に突っ込む。慌てて散開したダガーLとウィンダムから降り注ぐビームをロールして避けると、機首を上げて急上昇。
それを追って更にビームライフルを挙げた一機のダガーLが、ビームの直撃を受けて爆散した。シンのインパルスがビームライフルで狙撃したのだ。それを見るやカミーユのウェイブライダーは変形を解き、MS形態をとる。高空から緩やかに後退しつつ、インパルスの援護に回る。
「行くぞ!」
シンがビームライフルを連射しつつ突進した。カミーユもZを再びウェイブライダーへと変形させて続く。二機の高い機動性で攪乱しつつ、ミネルバ、そしてレイとルナマリアの砲撃が連合軍MSの数を減らす。
「シンもカミーユも凄い……あんな大軍相手に渡り合って……!」
「いや、気を抜くなルナマリア!あれだけの数を相手にしていては、いずれボロが出る!」
レイの指摘通り、機敏に動き回っていたインパルスの背部、フォースシルエットのウイングの一枚をビームが掠め、溶解した。シンは舌打ちしたが、それでも機体を右に左に振って避け続ける。
戦線を維持するためにも、シンは機体を下げることはできないのだ。決して退かないインパルスに業を煮やし、一機のウィンダムがビームサーベルを抜いて接近戦を仕掛けた。
「接近戦で負けるかっ!」
すぐさまサーベルを抜き合わせ、応じる。しかし、鍔迫り合いになって動きを止めた隙を突かれ、左右から二機のダガーLがインパルスを挟む。
「シン!」
しかし、カミーユのZが更にその隙を突き、二機のダガーLを狙撃した。爆炎に包まれたダガーLを見るや、シンはすぐに相対するウィンダムのコクピットハッチに膝蹴りを食らわせ、怯んだ隙に切り捨てた。
「カミーユはこっちの動きも、敵の出方も読んでいるのか?……くそっ、俺にだって!」
しかし、意気込んだところでジリ貧である。群がるMSと艦隊の火力に押され、ミネルバの足も鈍っている。更に前線を支えているMSはたったの二機。オーバーテクノロジーのZといえど、この圧倒的な数の差を埋めるには至らない。
その時、シンはカミーユが五機もの機体に囲まれていることに気付いた。
「カミーユ、囲まれてるぞ!」
「シン、来るな!」
「馬鹿言うな!」
「違う、お前までこっちに来たら、ミネルバが!」
五機がかりで抑え込まれたカミーユをフォローしようとしたシンだったが、その隙にミネルバに肉薄するダガーLが二機。
気付いた時には既にレイとルナマリアが応射していたが、パイロットは二人共がよほどの手練らしく、レイとルナマリア、更にミネルバの弾幕までをもかいくぐって接近する。
慌てて機体を翻したシンだが、横合いからウィンダムの放ったビームにバックパックを貫かれ、慌ててシルエットを棄てた。落下しながらも機体を振り向かせ、何とかウィンダムを撃ち落としたが、既に二機のダガーLがミネルバに最接近している。
フォースシルエットを失った今、もう飛ぶことすら叶わないインパルスの中で、シンは歯噛みした。
「邪魔をして!くそっ、ミネルバが!!」
カミーユはウェイブライダーの加速で五機の包囲を無理矢理に突破した。インパルスがバックパックをやられて落下していくのが見えたが、今はミネルバを優先する。狙いを定め、トリガー。放たれたメガ粒子は見事にダガーLを貫いたが、もう一機は既に射撃態勢に入っている。
ダガーLが右のマニピュレータに保持したビームライフルの銃口が僅かに輝く。いかに新型ラミネート装甲製のミネルバとはいえ、至近距離からの直撃に何度も耐えられるほど丈夫ではない。しかしその時、メイリンが叫んだ。
「新たな熱源が接近!」
(この感じは……?)
カミーユもまた、近付いてくる何かを感じとっていた。そして、その感覚に違和感を覚える。まるで民間人のような、戦場にそぐわない殺意のなさ。しかし、決然としたその意識。果たして、「それ」は戦場に舞い降りた。
「当たれぇ―――――っ!!」
あー、あれか
……さるった?
ミネルバのレーダーレンジギリギリから放たれたレールガンが、ダガーLのビームライフルを腕ごと打ち砕く。
広げた翼は青と黒。腰にはレールガン、その手にはビームライフル、翼の根元からはプラズマ砲。一機のMSとしては規格外な数の火器を引っ提げて、輝くライトイエローのデュアルアイ。
「ミネルバへ。こちらフリーダム、援護します」
翼を広げてハイマットモードへ移行すると、一気に加速し、ミネルバの前に踊り出るフリーダム。そして翼を畳み、プラズマ砲、レールガンを展開する。大ぶりなビームライフルと合わせて、その砲門の数は五。その全てが、一斉に火を噴いた。
「か、艦長、あのフリーダムは……?!」
「…………援護すると言っているわ。少なくとも、今の所敵ではないと見なします。メイリン、MS各機へ通達。フリーダムは放っておくように」
「了解です!」
フリーダムの砲門から吐き出される火力は、連合軍MSの武装、メインカメラを次々と奪っていく。その精密さにはカミーユも舌を巻いた。
「あのガンダム、なんて火力と射撃精度だ。今の内に、シン!」
「……」
バーニアを目一杯吹かして辛うじて粘っていたインパルスを、ウェイブライダーがその背に乗せる。しかし、シンからの反応はない。当のシンはというと、現れたフリーダムを穴が開くほど凝視していた。
「あの青い翼のMS……やっぱりフリーダムだった…………」
「シン?何を言っている?」
次の瞬間、インパルスが保持したライフルを挙げた。インパルスのコクピット内部では、モニターに表示されたレティクルがフリーダムを補足する。同時に、フリーダムのコクピットではアラートが鳴り響いた。
「何?……な、なんでザフトの機体が?!」
間一髪、シールドで受けたビームは明らかにコクピットを狙ったもの。目を疑ったのはタリアだ。
「シンは何をやっているの?!」
「インパルス、応答を!フリーダムは味方です!繰り返します、フリーダムは……」
「俺の」
不意に、シンは通信機のスイッチを切る。歯を思い切り食い縛った勢いで唇を噛み切り、その端から血を流した。その目は光を失って、赤く染まる。
「俺の家族の、仇だ!!」
今回は以上です。誤字などがありましたらご指摘をお願いします
乙!
久々にフリーダムを明確に復讐相手だと認識したシンを見た気がするかも
種のサーベルは鍔競り合いできないよ
できるよ、本編でやっちゃったせいでw
おお、投下が! 素晴しい!
……時代は確実に前へと、良いほうへ進んでいる!
私も、いや昔のようにオイラも……前進するとするか!
一方、ZAFTの猟犬たちの追撃は、確実にアルテミス要塞へと迫っていた。
アルテミスの探知範囲ギリギリに、ヴェサリウスは待機していた。要塞外部に
張り巡らされた光の壁、『アルテミスの傘』は健在で、何者の侵入も許さない。
難攻不落の要塞として名高いこの要塞は、ZAFTにとって頭痛の種だった。
これまでは。
「……中の『足付き』の様子が気に為るが……下手に手出しが出来ないな」
「なんとかなるかもしれませんよ」
クルーゼが形の良い顎をつまみながら、大型モニターに映し出された要塞を
見て嘆息した後に、二コル・アマルフィは微笑みながら進言した。クルーゼ隊の
他のメンバーとは持つ雰囲気が違う。優しげで儚げで、どこか少女を思わせる
線の細さが、軍人としては不似合いだった。……ピアニストとしても相当の腕を
持っているとは個人データにあるが、まだ皆にそれを披露する機会は無かった。
そんな一歩引いた、控えめな性格の彼が進言するのだから、余程の自身がある。
クルーゼはそう判断したが、アスラン・ザラは意外だったのか目を剥いた。
「二コル? 」
「ああ、臆病者にはピッタリの、アイツの機能を使うのか」
「ディアッカっ!」
ディアッカ・エルスマンが壁に凭れ、ニヤニヤしながら呟いた。薄ら笑いが
嫌味な程に、良く似合う。少年らしからぬ不敵さが、精一杯の背伸びを感じ
させる。これがご婦人方には堪らない可愛さに映るのだろうとクルーゼは思う
のだが……生憎クルーゼは女性ではないので小憎らしさ、小癪さしか抱けない。
アスランもそう感じたのだろう。苛立たしげに叱責した。ニコルはアスランに
懐いている。ディアッカが二コルを侮辱した、と考えたのだろう。だが……
「おいおいアスラン? 俺はあれを開発したナチュラルどもの事を言ったんだ。
お前、臆病者が二コルの事だと思ったのか? 失礼な奴だなあ、アスラン」
「いいんですアスラン、そんなの事は。僕にひとつ、考えがあるんですよ……」
「ニコル、俺はお前に乗る。お前はどうする? アスラン? 要塞が怖いか?」
二コルの話を聞かずに、ディアッカはアスランに言った。ニコルが目を丸くする。
クルーゼは『工作員:アルU(ジュニア)』として、G兵器の性能のアウトラインを
『ブルーコスモスのモロサワ』との秘匿通信により得ていた。ブリッツのミラージュ
コロイドを使えば、要塞の『アルテミスの傘』の開閉時を狙いスニーキングで突破
出来る。部下の自発性を期待して、案の定巧く、二コルが乗ってくれたのは計算通り。
しかし、ディアッカの発言が意外だった。……何故ニコルを、挑発し、焚き付ける?
「誰が要塞などっ! 」
「おお、それでこそパトリック・ザラの息子! 二コル、俺達を囮にするのは良いが、
ちゃんと美味しい所は残しておけよ? あそこにはイザークもいる事だし、な」
クルーゼは得心した。……AAを燻り出すには、偵察だけでは足りないのだ、と。
アークエンジェルの格納庫は、文字通りの【戦争】だった。搬入物資が入り乱れ、
所狭しと梱包されたミサイル・弾薬・オイル・推進剤が、中が無重量状態をいいことに
流れ飛ぶ。メカニック・補給・需品要員総出で作業を急いでいるのだが……!
その喧騒の中、無理矢理に人員を掻き集めたわけでもなく、飽くまで本人の自主
参加で自分の作業を終わらせてしまった、とんでもない輩に、コジロー・マードックは
苦笑いを隠せない。
「この糞忙しい時に、好き放題やりやがって。流石だな……要領の良さは」
ポーカーの負けを俺がチャラにしてやるやら、ラミアス艦長のAA内での隠し撮りな
映像はいらんのかとか、いたいけな少年少女たちから聞き出したプロフィールやらを
餌にされては、これに乗って来ない奴は、お祭り騒ぎが大好きな整備屋には居ない。
さらに、接続自体はたった5〜10分で終わる作業だと聞けば、希望者は殺到する。
「こらそこ! そいつは弾頭、爆発物だぞ! もう少し丁寧に扱えんのか! 」
だから、あぶれた連中が半ばヤケクソのように、こうして何処ぞの運送業者よろしく
荷を手荒に扱い、鬱憤を晴らしているのだ。その自体を招いた張本人が、作業完了
為ったMS【ストライク・ナハト】を個人整備用端末を掲げながら、見上げていた。
「……ミスマッチだな……物凄く……【ヤタガラス】がチンマリしてやがる」
ヤザン・ゲーブルTITAnS大尉が【ストライク・ナハト】を下から、個人用整備端末を
掲げて、見上げている。どことなくマッシヴな印象を与えるこの機体に、変形が成った
【ヤタガラス】はどことなく小さく、頼り無く見えてしまうのだ。
シールドとバックパックになった分、余計に小さく見える。シールドとバックパックは
かなりの豪華頑丈仕様らしい。そのスペックを見るとなんと……
PS装甲とラミネート装甲のハイブリッド。
どんな冗談装甲だ、PS装甲を維持するエナジーはどうするんだ、と問い詰めたくなる。
最も、問い詰めたらまず、半日は潰れる。確定事項だとヤザンは内心を慌てて隠した。
どうも、思わず表情に出るほどに、素直になってしまうのだ。……【コイツ】の前では。
『煩い。純正パーツだ。文句言うな。不恰好に見えるのはMSの素体のスペーサーと
増加ラミネート装甲のためだ。それらを爆散・パージさせることで【イザヨイ】は……』
その彼に文句を言っているのが、【元・開発者ミオ・クサナギであったもの】今は……AIだ。
個人用整備端末のカメラをヤザンが掲げているのも、端末のカメラで機体外観を見せて
やろうとするさりげない優しさからだ。実はAAの監視システムもきちんと使っているのだと
ヤザンに知らせれば話は早いのだが……【元ミオであったもの】は優しさに浸っていたかった。
「俺の言いたいのはな、こいつとの推力比は問題無いのか、と言う話だよ」
『……イザヨイ……いや、ナハトの外装は言ってしまえばハリボテだ。軽量かつ強い。
もう私の言いたい事は解るな、眉無し? あまり電力を無駄に消費させるな』
掲げていた個人用端末を胸元に引き寄せ、ヤザンはモニターを見た。慌てたようにお前が
照れた表情を取り繕う姿を表示する電力は無駄の最たるものではないのかと言ってしまいたく
なるが、黙って置くことにした。可愛いところあるじゃないかなんて言ったら、後で何をされるか
解らない。最悪、妙にヘソを曲げ、こじれてしまうとナハトが起動しなくなる可能性が多分にある。
それぐらいは鼻歌混じりでやりかねないのだ。コイツは。だからヤザンは、観ないフリをする。
投下終了。今日、規制解除されたので、出来たところまで投下しました。それでは失礼しまっす!
とりあえずageとく
ヤーザーン!!ヤーザーン!!ヤーザーン!!ヤーザーン!!
ヤザン厨氏乙&GJです!
またこのスレでヤザンの暴れっぷりを見られる日が来ようとは……。次回を楽しみにしています!
>>127 ああ、その辺は
>>128の方が指摘されている通り演出上やっちゃっていることなので私もやっちゃっていました。これからも私のSSではビームサーベルで鍔迫り合いするし、ハイマットフルバーストモードなんてありません。その方がカッコいいから!
>>133 まとめ読んだ疑問点。
いまヤザン持ってるカメラ付き端末とコンテナ内で持ってた端末は別ものって解釈だよね?
また、ヤザン-seedを見られる日がこようとは…、今日は実にいい日だ。
>>138 まとめの最後でコジローに手伝うよな?と言われた時に端末の乗り換えしたんだろうな。
今日規制解除…!
一時はどうなるかと思った……投下開始!
「やけに絡むじゃないか……」
『……絡みたくもなるし、久々に戯れ合いたくもなる。……なんだあの乳牛?』
【相棒】の不機嫌の原因が、やっと理解出来た。そういやコイツ……肉体が無い。
忘れていた。自慢の長い黒髪も、ニホン系の女にしては比較的大きかった胸乳も、
滑らかだった肌も(手とか顔とか頬しか知らない)、今はもう、何処にも無いのだ。
今はミオ・クサナギの精神、思考だけが【ストライク・ナハト】内に残されている。
どんな技術だか知らないが、技術は【人間の存在の死】をついに乗り越えたのだ。
「ああ、ラミアス艦長様のことか。ありゃあ元々技術屋で、コイツは新機体だ。
それで久々に暇が出来て、彼氏候補のムウも寝てると来たら……わかるだろ?」
『ウィンクするな気色悪い……。まあ……それは解らんでもないのだが……』
「だが、なんだ? クサナギ女史ぃ?」
聞かれたモニターの中の女は不機嫌そうに口を噤んだあと、上目遣いでヤザンの
様子を伺ってみせた。これはプログラムされただけの機械知性では絶対にやらない
類の動作だ。眉は無いが、左眉のあたりの表情筋をヤザンは軽く上げて見せて催促
すると、意を決したらしいミオが、渋々と言った調子で問いかけて来た。
『本当に本当に本当に本当に……あの女、ゲーブル、貴様に気が無いんだな?』
「そりゃもう。一目瞭然で解るだろう?」
『解るかっ!』
何を言っているんだ、とヤザンが呆れた調子で言った途端に、ミオが目を吊り
上げ、顔中を口にして、端末の音量を最大ボリュームにして『叫ぶ』。スピーカー
がハウリングを起こす寸前なのがまだ理性の存在を感じさせるが、それでも異常
事態だ。浮いて格納庫の作業指揮をしていた人間が一斉に振り向くぐらいだ。
「オイオイオイ……ヘリオポリスで初の対面で、ストライクのコックピットで
怒鳴り倒し、初のMSでの実戦で、勃起した俺のナニをあのケツに押し付けて
嫌われ、さらに頬桁に手加減したとは言え拳をぶち込んで、艦長就任後には
事ある毎にコケにしまくって、今も絶賛継続中な奴の、何処に惚れるんだ?」
『……相変わらずの記憶力のバケモノめ。流石はテストパイロット様だ……』
マリュー・ラミアス大尉にどれだけのボーギャク行為をして来たかは、克明に
ヤザンは記憶している。女と言う奴は受けた痛みや嫌味は決して忘れず、決定的な
所や思いも拠らぬところで必ず復讐したり足を引っ張ったりする。この案件が解決
したら、機を見てひとつひとつ理由を挙げて謝罪するべき所は謝罪するつもりの
ヤザンだが……仮にも軍と言う男社会で生きてきた女性なので、自己反省が可能
な女性であって欲しい、と、謝罪の必要が無いことを祈っている。
が、天には絶対届かないだろう。したくても、マリューへの謝罪はAAが地球連合軍の
【完全保護状態になる】までは無理な相談だ。増長させるとロクなことにはならない。
「第一、俺はヒトの女に手を出す程、腐っちゃあ……?」
『が! 言ってやる、何だあの女! ハッチ開けてたら【いいかしら?】なんて
頬染めて? 中に無理に潜り込んで来たと思ったら乳とか尻とか貴様に押し付け
ながら……アチコチ弄繰り回してハァハァ息切らせて【流石オーブ製……高級品】
【手抜き無しなんて……素敵】とかなんとか言いつつコンソールに触れるときに
貴様の股の上に座ってモジモジして? どうすればいいのかわからないの教えて
だぁ? ……媚を売るのも大概にしろ腐れ阿婆擦れと私が何回最大ボリュームで
罵倒しようとしたか解るか貴様? 25回だぞ25回! 10分経過でだっ!』
そんなことか、と思わずヤザンは嘆息が漏れた。AIに成り果てたとは言え、女は
女だ。と思ったところでふと気が付いた。……ミオには肉体が無い。だから余計に、
生身の女、それも『女』をウリに近づいて来たとなればカリカリもしたくなるだろう。
そこまで読んで、最適な台詞を選択するのが狡知で鳴らすパイロットというものだ。
仲間の狙った獲物に要らぬ手を出して、背中から撃たれたいと思うアホウの末路は
腐るほど見て来たのもある。危険は必ずしも敵だけが運んでくるものではないのだ。
「ありゃ天性のモンだ。本人自覚無しでやってる。軍人や技術屋には女馴れして
無い奴多いから、あんなのに滅茶苦茶、弱いんだよ。お前も知ってるだろう?」
『自慢ではないが、同じ女でもな、私はあんな事した事は当然、一度も無いっ!』
ヤザンの読み通りの反応が返って来た。図星だった。マリューの外見・体は確かに
確かに魅力的だとは思うが、女の価値はそれだけではない。それに『それ』はヤザンに
とってはあまり意味のあるモノではない。むしろ在りすぎては、打てば響く知性が
伴ってないとバカが余計に加速して見えるだけだ。……技術屋の面ならばOKだが……
指揮官としては……まったくの不合格だ。だから、今は目の前の『オンナ:敵』に
集中する。激昂させてしまうと面倒だ。
「今からでも遅くは無いぞ」
『ア゛ァン? 私を貶めたいのかゲー……』
「俺にだけ優しくしてくれると嬉しいね」
とたんに目元を紅に染めて、端末の中でオタオタし始める相方を見てニヤリと笑う。
肉食獣が見せる、獣臭く、男臭い笑みだ。これを普通のオンナや男が観たら間違い無く
寒気と戦慄と尿意を催す笑みだが、ある種のフィルターが掛かっている特定少数には
別の効果があって、滅法威力があったりすることが今、ヤザンはようやく確認出来た。
『……ま、マッチングを急がないとなっ、な、なにせ工廠が違うンだ、い、往くぞ』
「あいよ、クサナギの姐御。落ち着いた後でいい、なるべく早くハッチ開けてくれ」
間髪入れずにナハトのコックピットハッチが無音で解放されたその時、格納庫内に
けたたましくエマージェンシーコールが鳴り響いた。……ヤザンは哂う。ついに来た、と。
投下終了……まるで牛歩だ……でも、出来る限りやってみせる!
オヤスミナサイ。
投下乙、GJ
牛歩がナメクジにならない事を祈る
乙!
現役の職人が二人もこのスレにいる……しばらくはSSに飢えることはなさそうだw
代々の新シャアのSSを語るスレでもヤザンSSだけは話題にすら上らない状態なのがなんか嬉しいよなw
てかあのスレはこのスレを無視したがっている節がある気がする。以前何度かこのスレに関する話題を出していた人がいたが、ことごとく直後に別の話題を被せて、このスレの話なんて全くされなかった
スレ住人がカミーユ並みに殴りかかってくると思われてるんじゃない?
スイカバーでやられるのが相当嫌いなんだろう
あそこで話題に上がるスレにも居るが、上がるたびに荒れて過疎る…
冷やかしみたいなレスばかりつくようになるしな
上がらない方がいいと思う
語るスレで語られたらもうその作品は黄昏の時期に入ってる証拠だと思う
ヤザンSSはそうはなってほしくないな
>>151 その言い方は他スレの作品と職人さんに失礼だろ
何の証拠もない
知るひとぞ知るって感じでひっそり楽しみにしてようよ。
ヘイトSSだって思わせておけば荒らしもわざわざ来ないし。
スレ住民だけのひそかなお楽しみってわけですね
ヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒ
つーかほとんど住人いないと思ってたが、まだまだいるじゃないか。いるなら職人氏に対する乙GJを忘れちゃあ駄目だぜ
どうも、337です
非常に申し訳ないのですが、しばらくの間連載を休ませてもらおうと思います。理由はいくつかあるのですが、一番は自分の文章の拙さに嫌気が差したことです
今のままでは描きたかったシーンすら上手く表現できずにスレに上げてしまうことになりかねないので、しばらく色々な小説やSSを読んだり、連載再開の時のために書き溜めと推敲をしたいと思います
読んでくださっている方、本当に申し訳ありません
復帰するまで待ってます
気長に待つよ
俺は、待たないよ…
でもスレがある限りは巡回してるから、また巡り会えたら良いね
ほしゅ
保守上げ
機体だけが性能じゃない・・か。
ヴェサリウスとガモフがそのまんまいるんだよな・・・
保守
hosyu
(0w0)
保守
h
o
保全
保守
175 :
通常の名無しさんの3倍:2010/03/03(水) 10:02:09 ID:IvAzVnAV
ホシュアゲ
保守
保守
ヤザンさん読みたいなー・・・
ヤザーン!ヤザーン!・∀・
ヤザンさんは別スレだろ。
まぁ、長らく続きが投下されていないことには変わりないけどさ。
いんや、その別スレが落ちてからこっちに移行して来てる
いや、専用スレ→一話ここに→別スレに一話だろ?
その別スレとは?ここぐらいしか見張ってなかったので良ければ教えて頂きたい
保守
保守
保守
保守
保守
ちょっと底が見えるのであげますよ
保守。
緊急浮上……やらない
保守。
保守
「バスターとイージスか……要塞砲を無駄に使わせ、まずはアルテミスの傘を外させるか」
要塞守備隊の望遠カメラの映像がアークエンジェル艦橋に送られて来ているのを、ナハトの
コックピットでヤザンはインターセプトしていた。無論、ナハトのAIであるクサナギ女史は艦橋の
監視・保守担当者のチャンドラやトノムラにはカモフラージュしていることだろう。
『イージスで撹乱、バスターで超長距離から傘発生装置を狙撃……陳腐な手だが確実だな』
フン、と映像で鼻を鳴らして見せるミオの芸の細かさに、ヤザンは嫌らしくニヤニヤして見せる。
この分だと、自分の携わった【G兵器】の特殊機、GAT-Xの200番台のことを完璧に忘れている。
「要塞カメラをここから直接、インターセプト可能か? 少し確認したいことがある」
『G兵器の最後の勇姿でも眼に焼き付けて置くのか? 野獣にしては殊勝な心掛けだな』
「……いいから早くしてくれ。事は一刻を争う」
ヤザンの口元から微笑みが消える。要塞下部の映像が一瞬のみ写る。……シャトルのバー二ア光。
ユーラシア連邦のガルシア要塞司令官の連絡機が脱出した、とヤザンは認識した。G兵器の情報を
得ているなら当然の処置だ。
『……怒らなくてもいいじゃないかゲーブル……どうせバスターのインパルスライフルでも……』
「GAT-X207! 忘れたのか! 一番テストに苦労したろうが! ブリッツのミラージュコロイド!」
『あ……!』
ミオは息を呑み、顔色を変えて見せると直ぐに精査補正した映像を表示させる。一部分の【歪み】が
接近しているのが捉えられた。要塞内通信も傍受するが、要塞守備隊は気付いている様子は無い。
「ブリッジ! アークエンジェルブリッジ! 聞こえているか! 急遽、出港だ!」
『大尉、艦長は私です! 理由を聞かせて貰えますか?』
ミオが気を利かせてブリッジとの直通回線を開いたが、受けたのがマリュー・ラミアスではこうなる。
しかし好都合とも言える。彼女は開発者の一人でもあり、G兵器に精通している相手でもあるからだ。
「映像は見ていたな? イージスで陽動、バスターで狙撃! あと一機が来る! 要塞は気付いてない!」
『するとそれも陽動でブリッツの潜入っ!? 解りました、私の権限で総員起床で戦闘態勢に移項させます』
小さくなったウィンドゥでチッ、とミオが舌を鳴らして見せている。自分が気付けなかったことをこうも素早く
察知されれば面白くもない。増してやナハトのコックピットでこれでもかと【女】を振りまいて行った相手だ。
『ナハトで出るのか?』
「いや、キラを迎撃に出す。MS格闘の戦闘経験を積ませる相手には持って来いだ。ナハトは艦の直援だ」
ムウは温存させておくのがいい。メビウスゼロはある種の切り札でもあるが、ガンバレルのレールガンは
【G兵器】のPS装甲相手には無力だ。あのクルーゼと名乗る青瓢箪が来るまで休憩させて置く……のが
理想だが、恐慌を来たしたマリューにより無理に叩き起こされたのか、格納庫にパイロットスーツ姿でアクビを
しながら姿を見せる。これだから女は! ヤザンはアタマの中で毒づいた。数分遅れて、キラもやってくる。
「……役者は揃った、か。ZAFTの赤服とやらの狭隘空間戦闘技術、見せてもらう」
デュエルはイザーク、イージスはアスラン、バスターはディアッカ。未知のブリッツのパイロットの腕前を、
ヤザンは凄腕であることを期待していた。より強いMS戦闘の刺激による快楽が欲しいがためだけに。
GJ!!
ヒャハーッ!投下だ!上げるしかないじゃない!!
雑談ネタだけど、ヤザンって原隊に復帰出来たらどうなるのかな?
元ティターンズでしょ。
;ω;誰か…
>>198 軍籍残ってるんなら復帰できる
ティターンズで大尉になったから連邦軍には中尉に戻って復帰だろ
完全にエゥーゴが牛耳ってる連邦軍の主流派から外れるけど
AOZじゃ元ティターンズは軍法会議にかけられたりと酷いじゃない
>>201 アレはエゥーゴ主体になったあとの連邦軍の裁判だからな(東京裁判やニュルンベルグ裁判のノリ)
アクシズとやりあうにあたっては、元ティターンズのヤザンの存在は貴重だ(ジオン嫌いと看做されるから)
復帰するとしたらZZのカメオ出演をパーティ会場で果たした移項だろう
アクシズと完全敵対関係になったあとでないと
>>201の言う通りに戦犯として裁かれる
大尉は時期を見て復帰を考える男だと思いたいが酸素欠乏症説が正しいとそれも望み薄か
ヤザン厨氏も雑談に御参加だ。ヒーハー
しかし、パーティーに参加したのは良く似た他人と思いたい。ジオン嫌いなヤザンさんなら特に
けどやっぱりヤザンさんならヘラヘラしながら腹の底でネオジオンに牙を研いでるのもありか、その場合なら酸素欠乏症説を覆す材料になりそうだし
>>204 アレは参加と言うより潜入かなあと思ってる
連邦高官も参加するだろうし何よりリィナが出席してる
Zと交換させるために奪いに来たとかね
リィナの事はグレミーの一存では?アーガマ以外の外部にどうやって漏れるのか?
>>206 グレミーが少女を連れまわしてる→ニュータイプ部隊の一員?
で情報漏れてるとか。
社交界デビューさせるつもりだったんだから情報流して当然だろ
だが待って欲しい、ヤザンはリィナに会っているのか?
小説版もTV版もジュドーは教育に悪いからとリィナに逢わせてないが
ゲゼ入手の時のジャンク屋のゲモン・バジャック経由でジュドー達の詳細な情報を得てる
保守
保守
保守
ほしゅ
保守
保守
保守
新作マダー
上げるさ
保守
221 :
通常の名無しさんの3倍:2011/02/18(金) 19:19:33 ID:Rfe+soGa
迷わずスパロボをやろう!
ご無沙汰です。久しぶりにちょっと書いてみました
出番が無かったキャラの小エピソードみたいな感じです
暇つぶしにどうぞ↓
トリ忘れた……
「知ってるか? あの噂」
哨戒任務中のことだった。ボルテールの艦橋で先の宇宙をジッと見据えていたイザーク・ジュー
ルは、振り返り、ディアッカ・エルスマンを見た。
「何の話だ?」
トンと意味が分からないと思考を巡らせるイザークは、ディアッカの遠まわしな言い回しが気
に食わないと眉を顰めた。
イザークが不機嫌な空気を醸し出すと、それを察したディアッカは「例の新設部隊の話だよ」
と素早く切り返した。
「最近、噂になってるだろ?」
「デュランダル議長の肝いりという話だな」
「そうさ」
ディアッカは床を蹴って、ゆっくりと艦橋を漂った。そしてイザークを超えて前に降り立つと、
にやりと口の端を吊り上げ、
「見慣れない男が2人、組み込まれたらしいぜ。
志願兵らしいけど、俺の読みじゃあ十中八九――」
「ナチュラルだと言うんだろう? それも、イレギュラーの」
先に答えてしまったイザークに、ディアッカは「何だよ!」といじけた様に舌打ちをした。
鬱陶しい男だと、イザークは思う。だが、どこか憎めない。得な性分の男だと、時々イザーク
は羨ましくなる時がある。尤も、そんな事は口が裂けても言わないが。
「フンッ。何を今更。デュランダル議長が一枚かんでいるとなれば、誰でもそう考える」
イザークはプラントの守備隊長を命じられている。その彼が新設された部隊の情報に目を通さ
ないはずが無い。だから、イザークはとっくに分かっていた。
評判を聞く限り、その男たちは信じられないほどモビルスーツの扱いに長けていると言う。
その上、経歴に曖昧な点が多いとすれば、正体は自ずと見えてくる。
「……それだけか?」
悔しがるディアッカを、勝ち誇ったように顎を上げて見下すイザーク。この男には屈辱を与え
ておくくらいで丁度いいのだ。
「くっくっく」
しかし、ディアッカの表情が一変したのを見ると、やれやれ、まだ何かあるのかとイザークは
溜息をついた。
「その新設の部隊が、この宙域に居るんだよ。見てみたくないか? そのイレギュラーをよ」
この男は任務中だということを分かっているのだろうか。いや、分かっている上で言っている
のだとしたら、尚、性質が悪い。
イザークは額に手を当てて、また大きな溜息をついた。
戦場が宇宙に移りそうだと言う首脳部の観測が出ている。地上のザフト部隊は劣勢に立たされ
つつあり、同盟国であるオーブ連合首長国も最早瀬戸際だと言う話だ。そして、それに合わせる
ような形で、宇宙での連合軍の動きが活発化してきていた。
今回の哨戒任務も、そんな連合の動きを牽制するのが主目的だった。プラントを発って3日――
ボルテールは今のところ敵と遭遇しては居ない。
これを幸運と取るべきか、イザークは答えを出しあぐねていた。プラント周辺に連合軍の姿が
見えないのは良い。だが、それは逆に相手方の動きが掴めないという事でもある。それが却って
不気味に感じられるのだ。殊に、相手方のイレギュラーであるパプテマス・シロッコと言う男は、
諜報部の話では急速に連合内で影響力を拡大させているとの事だ。それが何を意味しているのか
――心配は尽きない。
「パトロール隊のガモフと合流します。――あれが噂の新設部隊の艦ですよ」
オペレーターが報告に付け足すように言う。それを受けて、イザークは頬杖を突いたまま正面
のモニターでその造型を確認した。
何の変哲も無いガモフだ。特別な装備があるわけでもない。将来有望な若手が多数搭乗してい
る編成らしいが、デュランダルが創設に関わっている割には、味気ないというか控えめな印象だ。
「実質的には訓練艦も同然ということか」
「戦果よりも経験を積ませたいんだろ? だとしても、噂の連中は見ておきたいよな」
イザークが呟くように言うと、横からディアッカが喜々とした声で言う。一平卒とは暢気なも
のだと、ディアッカを睨みつけるように見やる。
「髭面の男と、でかっ鼻の男さ」
「調べたのか」
モビルスーツに乗る身として、興味が無いわけではなかった。イザークは少し身を乗り出し、
ディアッカに迫った。
「一応な。髭の方がロベルト、でかっ鼻の方がアポリー。与えられたモビルスーツは、
ミレニアムシリーズのコンペでザクに負けた奴が宛がわれている」
「確か……ドム・トルーパーだったか? 高性能だが、汎用性とコストの差で落選したとか
いう。試作機の何体かがターミナルに流れたと聞いたが、よくも確保できたものだな」
「あぁ。連中、それを"ディアス"とかって呼んでるらしいぜ。気取ってさ」
ディアッカは呆れたように肩をすくめて見せた。
「旧暦の中世期、大航海時代と呼ばれた頃に、そんな名前の人物が居たはずだ。
バーソロミュー・ディアス――」
「で、その名前にどんな意味があるわけ?」
「さあな。だが、わざわざそう呼ぶくらいだ。腕に覚えが無けりゃ、出来ん芸当だ」
果たして、どれほどの腕前を持っているのか、イザークも興味があった。
「それでよ……」
不意に、ディアッカは姿勢を低くして、椅子に座っているイザークの肩に肘を乗せて顔を近づ
けた。同期とはいえ、艦長である自分に対して馴れ馴れしい男だ、とイザークは顔を顰める。
ディアッカは艦橋内を目で見回していた。どうやら、女性士官を気にしているようだ。
「鼻がでかいとアッチの方もでかいって言うけどよ、どうだと思う? 実際」
真剣な顔をして何を言い出すのかと思えば、どうでもいいような事を言う始末。バカかお前は、
と怒鳴ってやりたかったが、イザークはグッと堪えた。
「……人差し指の長さらしいぞ」
「えっ!?」
席を立ちつつ告げると、ディアッカは慌てたように身を仰け反らせた。
「マジかよ!?」
ディアッカは自分の人差し指を確認すると、慌てて隠した。バカめ。自ら正直に示すとは、
迂闊な奴だ。
イザークはその様子を嘲笑いつつ、艦橋の前の方に降り立つ。
「向こうにはボルテールの後ろに付くように伝えろ。
これより艦隊を組み、偵察任務へと入る」
イザークはオペレーターに指示をすると、艦橋を後にした。
少し仮眠を取って、再び艦橋へと向かった。オートドアが開いて、艦橋のまぶしい光が目に入る。
イザークは少し目を細めつつ、ひらりと無重力を舞って艦長席に腰掛けた。
ディアッカの姿が見えない。お陰で職務がはかどる。
「そろそろ連合の勢力圏内に入る。コンディション・イエローを発令しておけ。
――後続は付いてきているな」
イザークが問うと、「もちろんです」とクルーからの反応があった。手元のコンソールパネル
を操作して小型モニターに表示させると、ボルテールの後ろにぴったりと追従しているガモフの
姿が映し出された。律儀なものだ、とにべも無い事を考えて、鼻を鳴らす。
「ん……?」
だが、その時、急にモニターの表示が乱れ、映像が歪んで砂混じりになった。同時に、艦橋内
のクルーの間にも動揺の色が広がった。どうやら、手元のモニターと同じような現象が、他の計
器類にも起きているらしい。
「艦長!」
一人、振り返り、イザークを覗う。
「落ち着け」
イザークは立ち上がり、クルーの動揺を鎮めようと手で落ち着くようにジェスチャーを取った。
「連合の勢力圏が近いのだ。ミノフスキー粒子と言う奴だろう。このくらいで動揺するな」
「しかし、レーダーがこうも乱れては――」
「目を使え。――そういうものらしい」
ハイテク技術が使えないとなれば、アナログに回帰するしかないのだ。しかし、デジタルに
慣れ切った彼らには多少酷な注文かもしれないが。
「来るか?」――イザークがポツリと呟いた時、遠くの方でポゥッと光が瞬いた。同時に、
索敵担当のオペレーターが振り返り、やや興奮した面持ちでイザークを見上げた。
「モビルスーツの光らしきものが見えました!」
「分かっている。コンディションレベルをレッドに引き上げ。
モビルスーツ隊に出撃命令を出せ。出てくるぞ」
イザークはふわりと浮き上がり、出口へと向かった。
パイロットスーツを着込み、ヘルメットの顎の部分を持って格納庫へと向かう。エレベーター
で下ってプシュッと音を立ててドアが開くと、まず油の匂いが鼻を突いた。格納庫の各所通用口
からは、飛び出すように現れたパイロット達が、各自のモビルスーツに取り付いていく姿が見られた。
イザークはふと、ディアッカのザクを見やった。既にモノアイに光が入っていて、アイドリン
グ状態にあることが見て取れる。
「――かと思えば、これだ」
イザークはフッと笑うと、自らの搭乗機である白いグフへ向かって床を蹴った。
グフのコックピットには、整備兵が臀部を突き出すように頭を突っ込んでいた。イザークがそ
こに取り付くと、整備兵がそれに気付いて身体を起こした。
「火は入っています」
「おう」
「御武運を」
整備兵はそう言うと、グフの装甲を蹴って離れていった。イザークはひらりとコックピットの
中に入り込み、ハッチを閉めてヘルメットを装着し、シートベルトを締める。キュッキュとグラ
ブを引っ張って指の動きを確認すると、コンソールパネルを弄って艦橋を呼び出した。
「15秒後に5秒間の艦砲射撃後、モビルスーツ隊順次発進だ。向こうにもそう伝えろ」
『はっ』
オペレーターが返事をすると、イザークは操縦桿に添えるように手を置いた。
「こんな宙域で遭遇戦か。フン、奴らめ、何を出してくる?」
イザークは操縦桿を動かし、グフをカタパルトデッキへと移動させた。
「レーダーが役に立たない?」
スクランブル命令に慌ててパイロットスーツを着込んでいたアポリーは、更衣室に備え付けら
れている艦橋との直通回線を結ぶモニターに向かって、そう問い返していた。モニターの中には
アカデミーを卒業したばかりと思しき少年のような士官が、困り顔をしている。
『乱れて、敵の位置が分からんのです』
「そりゃミノフスキーテリトリーに入ったって事だ。
なら、機械よりも自分の目を当てにした方がいい」
「おいアポリー。急げ!」
アドバイスを送るアポリーを尻目に、既にパイロットスーツを装着済みのロベルトが急かす。
「ボルテールの指示には従うんだぞ。お前たちはまだ実戦経験が殆ど無いんだからな」
言い捨てるように告げると、アポリーは更衣室を後にした。
格納庫に直結するエレベーターに乗り込むと、アポリーはヘルメットを首のアタッチメントに
装着した。ロベルトはグラブの感触を確かめている。
「ユニフォームもそうだが、この色のノーマルスーツを着ているとジオンの頃を思い出すな」
ロベルトの言葉に、アポリーは頷いた。緑色の制服に緑色のパイロットスーツ。それにモビル
スーツのコックピットがリニアシートで無い事もあって、否が応でもジオン公国軍を想起させら
れる。そして、それを懐かしく思うと言う事は、7年の歳月が決して短いものではなかったと言う
事の証左だろう。
「よぉ、じゃあ、何でディアスなんだ?」
ドムをディアスと呼称しようと提案したのは、ロベルトだった。公国軍のドムと瓜二つなモビ
ルスーツがそのままの名称で存在していたのには驚かされたが、だがそれよりも、ロベルトがモ
ビルスーツの名前に拘る人間だとは、アポリーにはどうしても思えなかった。
ロベルトもヘルメットを首に装着すると、アポリーを見た。
「俺たちはジオンだったが、クワトロ大尉に付いてエゥーゴに入った。
なら、ディアスだろう」
「そりゃあそうだが、ありゃあどう見てもドムだ」
アポリーがそう言ったところで、エレベーターが到着し、ドアが開いた。すると、ドアが開き
切らない内にロベルトは飛び出し、アポリーもそれに続く。
「俺はリック・ディアスに誇りを持ちたいんだ。
あれはエゥーゴで開発した始めての奴なんだからな」
「そりゃ分かるな」
それは感覚的な問題なのだと、アポリーは理解した。
リック・ディアスが産声を上げた時、クワトロと共にブレックスに呼ばれてコロニー・スウィー
トウォーターに上がって、その瞬間に立ち会った。感動的な対面だったように思う。リック・
ディアスという名も、確かその時付いたものだ。それから、ずっと愛機だった。だから、愛着も
持てる。
ロベルトは"ディアス"に上がっていった。アポリーも自分の"ディアス"へと身体を流していく。
整備兵の片づけが遅れているように見えたが、新兵ばかりならそれも仕方ないと思った。
モビルスーツに取り付くと、直ぐにコックピットの中に入った。ハッチを閉めて起動すると、
遅れてやってくるパイロットたちの姿が見えた。
『遅いんだよ貴様ら! 実戦だって分かってんのか!』
ロベルトの怒声が格納庫に響く。ビクッと身を震わせ、焦った新米のパイロットたちは、その
声に当てられて慌てて自分のモビルスーツに乗り込んだ。
「ロベルトの奴、随分な教官気質じゃないか」
アポリーはメットを被りつつ、からかうように呟いた。
この新兵ばかりの部隊に自分たちが配属されたのには理由がある。モビルスーツパイロットと
して経験が長い事を買われて、デュランダルが新兵の教育係として組み込んだのだ。デュランダ
ルは異世界人であるアポリーたちに対して理解があった。何よりもクワトロそっくりの声質を
持っていたのには耳を疑ったが、こういう男の手腕と言うものは信用できると感じた。
「俺たちが先に出る。ディアスに続けよ、お前たち」
アポリーは新兵たちに告げると、"ディアス"をカタパルトデッキへと移動させた。
月が遠くに見える。グフの機体を宇宙に躍らせて、イザークは先を見据えた。
こちらの艦砲射撃が吸い込まれていった先とは少しずれた位置から、反撃のビームが襲ってくる。
数は多くない。相手はどうやら単艦らしい。
「単独の哨戒部隊か?」
レーダーにちらりと目をやる。ミノフスキー粒子の影響で、センサーの有効半径が著しく狭く
なっている。まだ友軍しか判別できない。ならば、接近か。
ふと、ディアッカのザクがこちらを向いてモノアイを瞬かせていた。
「何だ?」
手に持ったライフルで何かを促している。イザークがその方向を見ると、2機の黒と紫のツート
ンカラーの機体が平行して進んでいた。
イザークはグフの腕を横に掲げて、進撃速度を緩めるように後続に指示する。すると、その意
図を感じ取った一体のドムが機体を傾け、こちらに接近してきた。
こつん、と軽い振動が起こる。その手馴れた動きに、やはりイレギュラーなのだと、イザーク
は確信した。
『アポリー・ベイであります』
「プラント守備隊隊長イザーク・ジュールだ。――では、向こうがロベルトか?」
『はっ』
ミノフスキー粒子下でのコミュニケーションの取り方を十分に心得ている。接触回線を求めて
きたという事は、そういう事だ。
アポリーと名乗った男は、イザークの顔を見て多少驚いているようだった。「何か?」と問う
と、『いえ、問題ありません』と返ってきた。イザークが思ったよりも若いと分かって、意外に
思っているのだろう。少しの間だけだったが、評議会議員も務めたこともあるのだ。舐めて貰っ
ては困ると、イザークはフンと鼻を鳴らした。
「ミノフスキー粒子下では、貴様らの方が手馴れているな」
『我々の事情を知っておいでで?』
「当然だ。――そちらの新兵たちには後方支援をさせろ。
面倒は俺の部下が引き受ける。貴様たちは俺とディアッカと共にフォワードに回れ」
『了解です。ディアスで続きます』
ドムは一つモノアイを瞬かせると、イザークのグフから離脱していった。
「ディアスか」
フン、と鼻を鳴らす。確かにディアッカの言うとおり、気取って聞こえる。実際に言われて見
ると、意外と鼻につくものだと感じた。
「ボルテールも撃ち出したか」
先ほどの敵方の反撃のビームの射線元へ、艦砲射撃が注がれていく。敵は、その方面から出て
くるに違いない。イザークはスロットルを奥に押し込み、グフを加速させる。それにディアッカ
のザクが続き、次いでアポリーとロベルトのドムが追従する。
進めば進むほどにレーダーが役に立たなくなる。何かを隠したがっている――イザークには
そう思えた。
キラリと瞬く閃光。星の煌きではない。バーニアの光か。イザークが一瞬、思考を逡巡させて
いる間に、ドムが肩に担いだバズーカ砲でビームを撃った。
「分かるのか?」
ドムのビームが宇宙の黒に吸い込まれていくと、そのバーニアのものと思しき光は左右上下に
散った。あれはモビルスーツの動きだ。なるほど、互いに見えていない距離ならば、先制攻撃を
仕掛けた方が優位に立てる。それに、経験則的なものもあるのだろう。ドムを"ディアス"と呼ぶ
だけの事はあると思った。
お返しとばかりに反撃のビームがイザークたちを襲う。しかし、同じミノフスキー粒子下なら
ば、向こうもこちらが見えてないも同然。照準は甘い。
「接近戦だな」
遠めで暗中模索のどんぱちをダラダラとやるつもりは無い。それで無くとも、グフは白兵戦に
特化した機体なのだ。グフの腕を仰いでディアッカたちに続くように指示を出すと、イザークは
一気に敵陣に突撃した。
加速による心地よいGを身体に感じる。広大な宇宙では進んでいる感覚が希薄になる分、そう
いった慣性による負担が実感を与えてくれる。
その感覚を味わっていると、そぞろにバーニアの光が大きくなってくるのが見える。そして、
次第にモビルスーツの姿もハッキリしてくる。先頭を数機のウインダム、その後ろから10機程度
のダガーLが続いている。
貧弱な印象を受けた。連合の主力であるウインダムは片手で数えるほど。それ以外は全て一世
代前のダガーで固めている。相手は資金潤沢な大西洋連邦だ。ケチってるとは思えない。
考えてる間にもぐんぐんと敵との距離が詰まる。先ほどよりも正確なビーム攻撃が襲い、
イザークは操縦桿を傾けて回避行動を取った。ディアッカたちもそれに続く。
その瞬間、後方につけていたボルテールのザク部隊と新兵の駆るゲイツR部隊による支援砲撃が
連合軍部隊を襲った。撃墜こそ出来なかったものの、数機にダメージを負わせることに成功する。
敵は怯んでいる。イザークは好機を見逃さない。テンペストソードを引き抜き、一気にウイン
ダムと距離を詰めた。慌てたウインダムがライフルを向けたが、
「遅いっ!」
振り上げたテンペストソードがウインダムの腕を両断する。そして左マニピュレーターの指の
ビームマシンガンで蜂の巣にすると、そのままスレイヤーウィップで胴を真っ二つにした。
その時、背後からビームが通過する。振り返ると、イザークの背中に向けてライフルを構えて
いたダガーが、その更に背後からの狙撃によって胴を撃たれていた。ダガーが内側から膨れ上が
るように爆発して消えると、その向こうからディアッカのザクが姿を現した。
「フン、奴め」
得意げにライフルを掲げる仕草を見て、イザークはフッと笑った。
支援砲撃部隊との砲撃戦が始まっている。さて、ドムはどうなったのかと、イザークは視線を
巡らせた。
アポリーにとってドムの性能は申し分なかった。リック・ディアスに比べれば機体追従性は今
ひとつだが、何よりも装備が充実している。特に防御性能に特化しているのがいい。両手に備え
られたビームシールドはほぼ無敵。その上、ジオンの本家ドムでは目くらまし程度の拡散ビーム
でしかなかった胸の砲門も、スクリーミングニンバスという攻防一体の武器になっているのだ。
携行武器も面白い。二段砲門になっていて、実体弾とビームの撃ち分けが出来る優れものだ。
「こいつをドムと呼ぶのは、反則だぜ」
だからと言って、リック・ディアスと呼ぶにしても高性能すぎる。これが本当に量産されてい
たなら、ザフトはここまで追い込まれることも無かっただろうに、とアポリーは思う。
イザークの事を当初、若すぎると感じていたアポリーだったが、その感じ方を遥かに上回る腕
前を彼は披露した。そういえば、自分はカミーユ・ビダンという例を知っているのだ。アムロ・
レイは15で戦場に出たと聞く。クワトロがシャア・アズナブルであった頃、齢20にして大佐の位
にまで上り詰めた。なら、プラントの文化を多少なりとも理解していれば、イザークのような少
年は少年ではないのかもしれない。
敵が迫っていた。敵は連邦軍系のモビルスーツのように見える。ジム系統のような頭部を持ち、
シールドとライフルと言うシンプルな武装もそう思わせる要因かもしれない。
アポリーはチラとロベルトのドムを見やった。一つ、ロベルトのドムはモノアイを瞬かせた。
その一瞬で、呼吸を合わせた。
「行くぞ!」
アポリーは両手からビームシールドを展開させ、敵モビルスーツの群れへと突撃した。迎撃の
ビームが雨のように降り注いだが、ビームシールドが全てシャットアウトしてくれる。
ビームが効かないと悟ったダガーの群れの一部は、ならば接近戦だとサーベルを抜いた。アポ
リーのドムは防御で両手が塞がっている。背後から攻めれば、がら空きだと踏んだのだ。
防御を固めさせようと砲撃は続けられた。その支援を受けて、サーベルを抜いたダガーは急ぎ
アポリーの背後へと回った。しかし、その時――
「狙い通りに来てくれたぁっ!」
アポリーのドムに隠れるようにしていたロベルトが、唐突に姿を見せて背後に回り込もうとい
うダガーに向けてビームを放った。ビームはダガーの脇腹に突き刺さり、貫通した。
「も一つ!」
ロベルトは更に別のダガーに向かってビームを撃った。しかし、それはギリギリでかわされて
しまう。――否、ロベルトの中では違った。かわされたのではない、外したのだ。だから、自分
に苛立つ。
「んなくそぉっ!」
ダガーが反撃のビームを撃つ。ロベルトはそれをかわし、一気に距離を詰めて至近距離で砲門
を差し向けた。そしてトリガーを引くと、砲身から飛び出した弾頭がダガーの頭部を粉微塵に
吹っ飛ばした。
「次っ!」
立て続けにロベルトはアポリーを攻撃していた敵に向けてビームを放つ。1体、2体と命中させ
て沈めると、アポリーも防御を解き、攻撃に加わった。
数的な不利を、機体性能もあるとはいえ、いとも容易くひっくり返して見せた。イザークが疑
うまでも無く、アポリーとロベルトの腕前は本物だった。
『グゥレイト! 派手に見せ付けてくれちゃって。
負けてらんないんじゃない? こっちも』
ディアッカのザクが肩をぶつけてきて、そんな事をイザークに言った。「無論だ」とイザーク
は返す。異世界の人間の腕を認めつつも、イザーク自身、それに劣っているなどとは露ほどにも
思っていない。
敵戦力は半減している。後方の支援部隊の活躍もあるだろう。ゲイツの新兵は、思っていたよ
りもずっとか腕がいい。流石は選抜メンバーか、或いは教育係のアポリーたちの賜物か。
そんな事はどうでもいいと、イザークはウインダムに向かって切り掛かる。
ディアッカがイザークの背後をフォローする形で砲撃する。それがあるからこそ、イザークは
思い切りよく仕掛けられる。果たして、ディアッカの砲撃によって周りの友軍機から孤立させら
れたウインダムは、真正面からイザークと対峙しなければならなくなった。
ウインダムはビビっている。モビルスーツの装甲越しに、パイロットの動揺が透けて見えたよ
うな気がした。イザークには何となく分かるのだ、ビビっているパイロットの事は。
ウインダムは焦ったのか、遮二無二ビームを撃った。その様子に、イザークは歯噛みした。
「こちらは剣を抜いているのだぞ!」
それはイザークのエゴでしかないのだが、この期に及んで飛び道具に頼るウインダムの姿勢が
鼻持ちならなかった。――ウインダムのパイロットにしてみれば「だからどうした」と返したい
気分だろう。
イザークはシールドで砲撃を退けつつ、するするとウインダムに肉薄した。
「この腰抜けがぁっ!」
及び腰の敵などイザークの敵ではなかった。肉薄され、今更になってビームサーベルを抜こう
とするも、イザークはもうそれを待ったりはしない。容赦なく振り抜かれたテンペストソードの
一閃は、僅かなよどみも無くウインダムの胴を真一文字に切り裂いた。
ウインダムは片付いた。イザークは続けて残りのダガー部隊に向かってビームマシンガンを
撃った。それが支援となったのか、あれよあれよと言う間にディアッカがいつの間にかそこそこ
の撃墜数を稼いでいた。――小ずるい男だ。ほくそ笑む顔が目に浮かぶ。
アポリーたちの方は問題ない。イザークたちが一段落つける頃には、彼らの方も趨勢を決めていた。
「これだけか?」
あらかた殲滅し終わった。しかし、イザークにはこれで終いだとは思えなかった。勘でしかな
いのだが、遭遇戦だったのに、こちらがキャッチされる前からミノフスキーテリトリーを構築し
て警戒されていた事、それに配備されていたモビルスーツが貧弱だった事がどうにも気になるの
だ。ボルテールがこの宙域へ来る事など、知りようはずも無いのに――何かを隠したがっている
ように感じたのは、それが原因なのかもしれない。
しかし、辺りは静かになった。取り越し苦労だったのか? だが、その時イザークの予感が的
中した。後方の支援部隊が展開している宙域で、突如として爆発が起こったのである。
「何ッ!?」
慌てて振る返るイザーク。爆発はどうやらモビルスーツが沈められた事によるものらしい。
『新手だ、イザーク!』
「くっ! ――続け!」
イザークはディアッカとアポリーたちに命令すると、スロットルを押し込んだ。
「油断した! ミノフスキーテリトリーなら、あり得る事だった!」
敵が隠し玉を持っている事は薄々感づいていた。しかし、それを未然に防げなければ何の意味
も無い。撃墜された味方はもう二度と還らない。指揮官としては恥じるべき失態だった。
「こいつら、俺たちのテストを嗅ぎつけたってのか?」
青いエイのようなシルエットを持つモビルアーマーだった。それが2機、宇宙を海と定めて泳い
でいるかのように、ザクやゲイツを翻弄した。
『基本データは取れてんだ。なら、実戦テストができるとなりゃあ!』
「そうだな!」
背部のビームキャノンを連射し、1機、2機と火の玉にする。ザフトも反撃を試みたが、その
モビルアーマーは機敏に動いて的を絞らせず、嘲笑うかのようにひらりひらりとかわす。
「パプテマス・シロッコがどこまでこいつを再現できているかを確認する」
『性能はこちらの方が上だ。俺たちだけでもやれるぞ!』
「おう!」
球体の中に浮かぶ椅子。周りを全てモニターに囲まれている中で、ラムサス・ハサはダンケル・
クーパーの呼び掛けに応えた。
モビルアーマー・ハンブラビ。モビルスーツとしても機能する異世界のトランスフォーマブル・
モビルスーツである。その特徴は当代随一とも評される機動力と――
「食らえっ!」
ラムサスのハンブラビが放ったルアーのような物体が、ワイヤーを伸ばしてザクの腕に絡みつく。
そして、ハンブラビのマニピュレーターが手元の柄に付いているスイッチを押すと、ワイヤーを
伝って一瞬にして電流を流し込んだ。
『ぎゃああああぁぁぁぁっ!!』
喉が張り裂けんばかりの悲鳴が聞こえてくる。――それがハンブラビの必殺武器、通称海ヘビ。
ライトニングボルトを流して、モビルスーツの内部からダメージを与えようと言う武器である。
グリプス戦役時、この武器がエゥーゴに猛威を振るった。
海ヘビに電撃という毒を流され、虫の息となったザクはダンケルのビーム攻撃によって撃沈さ
せられた。
「ははんっ! ちょろいもんだぜ!」
ラムサスは高らかに笑い、次の獲物を見定める。ゲイツは、明らかに面食らって浮き足立って
いる。だが、ザクの方は冷静にこちらの動きを覗っている。パイロットの質が異なるのが、丸見
えだと感じた。
「まずは木偶の方から片付ける。――ダンケル!」
『仕掛けろラムサス! 援護する!』
ゲイツがハンブラビに必死に砲撃を見舞う。ラムサスとダンケルはそれを嘲笑うようにすり抜
け、機首を向けた。背部の2連ビームキャノンが前を向き、火を噴く。粒子を散らしながら何発も
撃ち込まれるビームは、何体かのゲイツに着弾し、ダメージを負わせた。
しかし、離脱しようと思った刹那、切り返しのタイミングを狙われて、ザクが一斉に砲撃を浴
びせてきた。
「うおっ!?」
不覚にもラムサスは一撃、もらってしまった。掠めた程度で、装甲にも殆どダメージは無かった。
だが、衝撃は感じた。コックピットが揺れた。肝を冷やされた。ラムサスは、それが気に食わなかった。
「しかし、何だこいつら?」
下手糞と手練が入り混じる、奇妙な組み合わせ。ハンブラビのテストを嗅ぎつけて襲撃しよう
という割りには、編成に一貫性が無いような気がした。
『船は2隻だぞ、ラムサス』
「分かってる。なら、先にそっちを沈めちまえば!」
チラとザフトの戦艦を見やる。前に出ている艦に、もう1隻が寄り添うように砲撃を続けている。
まるで子守をしているようだ。
「そうか!」――そこに至って、何かピンと来るものがあった。
「こいつら、偶然か? ――ならば!」
ダンケルがビームキャノンでモビルスーツ隊に牽制を掛ける。ラムサスは目標を敵戦艦に変え、
スロットルを手前に引く。しかし、そのスロットルは即座に反転させられた。ラムサスの行く手
を、一条のビームが阻んだからだ。
ビームを撃ったのは、ディアッカのザクだった。当たったと思えただけに、外した事に舌を鳴らす。
それは何とも奇妙な光景だった。宇宙を泳ぐエイなど、聞いたことも無い。だが、現実として
目の前に現れていることは、認めなければならない。
イザークはアポリーたちに確認を求めた。見慣れないシルエットの小型モビルアーマー。もし
かしたら、彼らはあれを知っているのではないかと思ったからだ。
ロベルトには見覚えが無かった。だが、アポリーは知っている。幾度もアーガマを苦しめた、
天敵のような"モビルスーツ"。
「自分はあれを知っています。あれはティターンズのモビルスーツです」
『確かなんだな?』
「自分とロベルトのディアスで対応します。支援、願います」
アポリーはそうイザークに言うと、マニピュレーターでロベルトのドムの肩を持った。
『あれがティターンズのモビルスーツって本当なのか?』
「違いない。ロベルト、奴の手に持っている武器には気を付けろ。
――バッチは、あれにやられたんだ」
イザークとディアッカは損傷の無いザクとゲイツと共にハンブラビを牽制していた。損傷を受
けたゲイツは、帰還命令が出ているのだろう。1機のザクが引率するような形で母艦の方へと流れていた。
敵は手強い。数的には圧倒的に有利だが、敵もハンブラビには慣れているように見受けられる。
なら、あれを落とすのは容易ではない。
弾幕の中を、ひらりひらりと舞い踊る。ハンブラビは弾幕の合間を見つけては、反撃のビーム
を挟む。そのビームが、1機のゲイツに直撃してしまう。まぐれ当たりなのは一目瞭然だった。
だが、直撃を受けたゲイツには全くの不運だった。
ゲイツは己が身の不幸を嘆く間もなく、宇宙に散った。
「あいつ、よくもっ!」
アポリーとロベルトの中で、怒りが沸々と湧き上がる。
2機のドムがハンブラビに仕掛けた。肩に担いだバズーカ砲でビームを撃ちながら、迫撃する。
ハンブラビはそれを確認すると、モビルアーマーからモビルスーツに変形した。そして、袖口の
ビームガンでそれを迎え撃つ。
ロベルトのドムが左手にサーベルを握った。ビームを掻い潜り、ダンケルに接近すると思い切
りよくそれを振り抜いた。だが、ビームの刃は空振り。
「甘いんだよ!」
ダンケルはそれを見て、海ヘビを射出。ワイヤーはドムのバズーカ砲に巻きついた。
『放せ、ロベルト!』
「うおっ!」
通信機からアポリーの声が聞こえた瞬間、ロベルトは反射的にバズーカ砲を投棄していた。
そして、その瞬間とダンケルが電撃を流そうとした瞬間は、同時だった。
投棄したバズーカ砲に、電撃が流される。「チッ」――ダンケルは舌打ちした。即座に海ヘビを巻き取る。直後、バズーカ砲は爆発した。
「あれがアポリーの言ってた武器か……後一歩、遅れていたら、やられていた」
ロベルトは全身に汗が滲むのを感じた。
一方で、ロベルトを気に掛けた分、アポリーに隙が生じた。ラムサスはそれを見逃さない。
一気に勝負を決めようと、海ヘビを伸ばす。ダンケルのような失敗はしない。狙うは本体。
だが、直前でそれを察知したアポリーは寸でのところで海ヘビをかわした。流石に虫が良すぎ
たかとラムサス。悔しさ交じりに海ヘビを巻き戻す。
アポリーはそれを狙った。ハンブラビで最も危険な武器が海ヘビ。
「そいつを無効化しちまえば!」
照準も甘いままビームを連射する。まぐれでも構わないのだ。果たして、そのまぐれの一発が
海ヘビの先端部分を消し飛ばした。
「しまった!」
思わず声を上げるラムサス。反射的にビームキャノンを連射して、アポリーとの間合いを離す。
迂闊だったと、歯噛みした。
「こいつ、この動き……エゥーゴか!」
的の小さい海ヘビを狙い撃とうなどと、普通は考えない。しかし、それでも強行したのは、海
ヘビの危険性を分かっているからだ。ハンブラビは、今日が始めての本格的なテストなのだ。
当然、実戦に投入されたのは今回が初めて。情報がザフトに漏れているはずが無い。その上で考
えれば、相手も自分たちと同じ異世界からの迷い人なのだと気付く。
アポリーにしてみれば、海ヘビを攻略できたのは大きかった。依然として性能差はあるが、
これでかなり楽になったのは確かだった。味方の支援もある。
「よし、押し込めるぞ!」
アポリーは意気を上げた。
対照的に、ロベルトはやや苦しかった。ダンケルのハンブラビには未だ海ヘビは健在。しかも、
自分はメインウェポンを失っている。残された武器は両肩のバルカン砲とビームサーベル。それ
に、スクリーミングニンバス。どれも遠距離戦には向いていない。海ヘビの存在を考えれば、出
来るだけ接近戦は避けたいのがロベルトの心情だった。
イザークにはそれが歯痒かった。決め手を欠いているように見えた。イザークは早めにケリを
付けたかったのだ。既に、ハンブラビ2機に随分な被害を受けている。これ以上、部隊を消耗させ
たくなかった。
アポリーはいい。しかし、ロベルトをこのままにさせて置くというのは違う気がした。
「埒が明かん。俺も前に出る。支援しろ、ディアッカ」
『大丈夫なのかよ?』
「"ディアス"だけに任せておけるか。性能差は腕でカバーしてみせる!」
『しらねーぞ』
ディアッカのザクがライフルを構えた。イザークはスロットルを押し込み、グフを突撃させた。
ロベルトはビームシールドを展開してハンブラビからのビーム攻撃を遮断していた。
「何なんだ、あの光の膜! ビームがとおりゃしないぜ!」
ビームシールドの存在は、ダンケルを苛立たせていた。ならばと海ヘビを伸ばそうと試みるも、
ロベルトは後退を繰り返すばかりで全くレンジ内に入らせてくれない事も、苛立ちに拍車を掛け
ていた。
ダンケルが気付いた時、イザークは既に格闘戦のレンジ内にハンブラビを捉えようとしていた。
しかし、ダンケルも素早く左腕を差し向け、ビームガンで攻撃しようとした。ギリギリだが、ま
だビームを叩き込めるタイミングだった。
しかし、一閃のビームがトリガーを引くダンケルの親指を躊躇わせた。ディアッカの援護射撃
だった。
その一瞬が、イザークに仕掛けるタイミングを作った。グフが手に持ったテンペストソードを
振り上げ、ハンブラビに斬り掛かる。ハンブラビの笑っているような目が、イザークを見ていた。
「にやけ面ぁっ!」
刃が振り下ろされる。手応えはあった。だが、切れたのはハンブラビの左手首だった。ダンケ
ルはそれでも、何とか致命傷を避けたのだ。
「指揮官機か!」
一番の獲物が、わざわざ死ににやって来てくれた――ダンケルにはそう思えた。ハンブラビは
右手に持った海ヘビを、グフに向けて射出した。
「何ッ!?」
ワイヤーが胴に絡まり、電流が迸る。
「ぐああああぁぁぁっ!!」
全身に何千本もの針が刺さったような激痛がイザークを襲う。
「イザーク!」
ディアッカがビームを連射して援護する。何とかワイヤーを切断して、イザークへの電撃は止
んだ。だが、身体が痺れ、イザークはまともに操縦桿を握る事すら儘ならない。グフのシステム
もダウンして、モノアイからは光が消えた。
「そんなモビルスーツで調子に乗るからだ!」
ダンケルはビームキャノンでディアッカを牽制し、無力化したグフにビームガンの照準を合わ
せた。指揮官を落とせば、敵は総崩れになる。
だが、それが落とし穴だった。ダンケルの目がイザークに向いている間に、ロベルトは密かに
ハンブラビに接近していたのだ。
ハンブラビの陰に隠れたドムの目が、暗闇に浮かび上がるように光る。気配を感じたダンケル
は、ハッとして背後を振り返った。目に飛び込んできたのは、高出力のビームサーベルを振りか
ぶったドムの姿だった。
「今更遅いんだよ!」
「うわああああぁぁぁ!!」
カッと目を見開いて、ダンケルは悲鳴を上げた。
ドムのサーベルが、抉るようにハンブラビの脇腹を切り裂いた。ロベルトはそのまま、沈黙し
ているグフを連れて離脱した。その数瞬後、ハンブラビは大きな爆発を伴って四散した。
「ダンケルっ!?」
ダンケルが沈んだのが、ラムサスには信じられなかった。だが、ラムサスも追い込まれている
ことは確かなのだ。認めなければならない。
本来なら、ハンブラビであればイザークたちを退ける事など、もっと容易いはずだった。だが
、
不運なのはハンブラビの情報を持っているアポリーが存在していた事だった。それが、この様な
惨事を招いた。
「くそっ! 退くしかないのか! ヤザン大尉が居てくれれば、こんな事には……!」
ラムサスは完全に目測を誤っていた事を認識した。
ハンブラビは反転すると、母艦への帰還ルートへと入ろうとした。
「逃がすな!」
直感し、即座にアポリーが叫ぶ。その号令で、ゲイツ部隊がドムの砲撃に合わせて一斉にハン
ブラビの背中にビームを放つ。一発のビームが、ハンブラビのバーニアを直撃した。
「よし! お前たち、良く当てた!」
弟子の快挙に、アポリーは喝采を上げた。
バランスを崩し、きりもみするハンブラビ目掛けて、アポリーは照準を合わせる。
「当たれっ!」
バズーカの砲口から連続してビームが発射される。その内の2発がハンブラビを貫いた。
直撃だった。
次にイザークの意識が繋がったのは、ボルテールの医務室のベッドの上だった。無重力で身体
が浮いてしまわないように、ベルトで身体が固定されている。
「ん、起きたかよ?」
タイミングを見計らったかのようにドアが開き、ディアッカが入ってくる。――さて、どうし
て自分はこんな所で寝ているのか。少々記憶が混乱しているようだった。
「あんま無茶するなよな、隊長なんだからよ」
「無茶だと?」
イザークは首を傾げた。が、直ぐに記憶が蘇ってきた。ハッとして、上体を起こす。
「どうなった!」
「え? お、おぉ……」
その迫力に驚いたのか、ディアッカは目を丸くして軽く身を引いた。
「アンノウン2機とも撃墜だよ。あの2人の"ディアス"がやった」
それを聞いて、イザークはホッとした。戦闘中に意識を失ってしまった事に恥じる気持ちは
あったが、とにかく部隊が壊滅してなかった事に安堵した。
「俺はどのくらい寝てた」
「2時間くらいだ。――勝手にプラントに帰還してるけど、問題ないよな?」
ディアッカがイザークを覗う。
「あぁ。すまない」
未確認のモビルスーツによって、部隊は思ったよりも損害を受けていた。これ以上の偵察任務
の遂行は不可能だと、イザークも感じていた。
「もう暫くゆっくりしとけよ。こっちは俺が何とかしておく」
「あぁ。任せる」
イザークとは、こんなに物分りのいい人間だっただろうか? ――素直に受け入れたイザーク
をいぶかしみつつも、ディアッカは医務室を後にした。
ディアッカが出て行くと、イザークは起こした上体を再びベッドに横たえた。思うところが
あった。だから、ディアッカの言葉を素直に受け入れた。
「今回の件、奴らが居なければ危なかった」
イザークはポツリと呟き、まだ直接の面識が無いアポリーとロベルトのことを考えた。ナチュ
ラルでありながら卓抜した操縦テクニックを持ち、コンビの連携も取れていた。そして、何より
も今回は彼らに助けられたという思いが強かった。
彼らに対する借りを作ってしまったという事だ。借りは後で返さなければならない。そして、
その時、改めて面識を持ちたいと思った。
その後、アポリーたちが所属していた部隊の新兵たちとは、何度か戦場で一緒になった。彼ら
は期待されていただけあって、腕の良いパイロットに成長していた。だが、肝心のアポリーとロ
ベルトとは、遂に再会する事は無かった。そして、やがて戦争は終わりを迎えた。
戦後、アポリーとロベルトの消息を調べたイザークは、彼らが既にMIAとなっていた事を突き止
めた。彼らは何度か転属を繰り返した後、最終決戦の最中に行方不明になっていたのだ。
彼らの搭乗機体である"ディアス"と呼称していたドムは無事で発見された。しかし、奇妙な事
に彼らの姿だけが、どれだけ探しても見つけられなかったのだという……
以上です
お粗末さまでした
乙!!
すばらしいエピソードです
本編でも彼らの活躍を見たかった
今更ながら素晴らしい作品に乙を捧げたい
GJ!
ヤザン厨氏は無事だろうか
おそレすですが乙。
引き続き全裸待機中。
どうも。また書いてみました
ZZの序盤でゲゼに乗って活躍したあの人です
注意点として
・名前つきのオリキャラが出てきます。7〜8割がたはそいつの視点です
・16レス程度になる予定です。中途半端に長いです
以上、暇つぶしにでもなれれば幸いです↓
またトリ忘れた……
連合軍内の一部で、噂になっていることがあった。この戦争には、異世界からやって来た人間
が関わっている――見慣れないモビルスーツや小型の核融合炉の突然の完成、そしてそれらの
根幹を支えるミノフスキー物理学は、その異世界人によってもたらされたものだと言われていた。
そして、この艦にも一人、異世界からやって来たのではないかと噂されている人物が居た。
イシン・リーは、その人物の噂を聞きかじった程度で配属されてきた。
「どんなもんだか」
イシンには、自信があった。恵まれた体躯に、トレーニングによって身に付けた強靭な筋肉は、
同期の中では抜きん出ていた。肉弾戦の才覚もあった。体術の訓練では、教官相手も含めて一度
も負けたことが無かった。モビルスーツにもあっという間に適応し、周囲からは羨望と期待の眼差し
で見られていた。
ただ、上の見る目が無かったのだ。その優秀な成績で将来を嘱望され、エリート部隊への配属が
決まった。しかし、そこで自分を待っていたのは無能な上官の無能な命令に従うというフラストレー
ションだけだった。ある日、イシンはふとしたきっかけでカッとなって上官を殴ってしまい、そして最前
線である、この部隊に左遷させられる事になった。
左遷自体はどうでもいい。あんなところで腐ってるくらいなら、最前線でバリバリ戦えた方が幾分も
マシだ。それにイシン自身、早く自分の腕を実戦で試したかった。
特別機動部隊第一隊――それが部隊の名称だった。いかにもなネーミングだが、その実態はただ
の便利屋。最悪の言い方をすれば"鉄砲玉"である。だが、イシンにとってはおあつらえ向きであった。
――まだ、今のところは。
転属の手続きを済ませ、イシンは噂の異世界人とやらを探しに艦内をうろついた。その男が、実質
的なこの艦のボスなのだと聞いていた。艦長を差し置いてボスを気取るような男だ。自分がそれより
も上だと証明できれば、この部隊は自分のものだ。そうすれば、自分の好きに出来る。
イシンは肩をいからせて、尊大な態度で艦内を移動した。だが、レクルームにも居住区にも食堂に
もそのような人物を見つけることは出来なかった。
そういえば、自分はその男の顔すら知らない。イシンは遺憾に思いながらも、適当な人物に声を掛
けてその男がどこに居るかを訊ねた。
「お前が新入りか。大尉なら、ハンガーに降りてんじゃねえか?」
「ハンガーかよ」
イシンは舌打ちをして、面倒くさそうに頭を掻いた。
「挨拶か? せいぜい気に入られるんだな。あの人がこの船のボスだぜ」
男はからからと笑い、去って行った。イシンは心の中で、誰がそんな事するかよ、と呟いた。
「そのボスは、今日から俺になるんだよ」
イシンは不適に笑い、ハンガーへと向かって行った。
ハンガーにやって来ると、何やら騒がしくなっていた。そういえば、自分がやって来る時、一緒
に物資も送られていた事をイシンは思い出した。その搬入作業が、そろそろ終わりそうなのだ。
イシンの使うモビルスーツは、ウインダム。ダガーよりも高いレベルで纏まった性能を持ち、連合
軍の現主力モビルスーツとして各部隊に配備されている。尖がったところも無く、平均的で悪い
言い方をすれば凡庸であるが、イシンの機体は特別機として標準のライフルの他に、より強力な
メガ粒子砲が撃てるライフルも持たされていた。
イシンはその自分のモビルスーツを眺めながらハンガー内を流れた。すると、ふと奇異なシル
エットを持つモビルスーツが目に入った。
「何だ、あれ?」
それは独特の形をしていて、明らかに連合軍内では浮いているデザインだった。全身が真っ青
に塗られ、尖がった頭部はイカやエイを思い起こさせる。目に当たる部分は三日月状の穴が上下
に向かい合うような不思議な形をしていて、今は黒くその瞳を眠らせている。ウインダムとは、まる
で正反対の性格のモビルスーツだと思った。
あれが異世界のモビルスーツに違いないと、イシンは直感した。そして、そのパイロットが例の
男だろう。イシンは壁を蹴って、そのモビルスーツの足元へと向かった。
モビルスーツの足元に、整備士と話し込む一人の男の後姿があった。イシンはそこへ向かって
流れて、床に足をつけた。
鶏冠のような頭をしている。金髪を上に立たせ、纏めている。いわゆるリーゼントだ。時代錯誤
もいいところだと、イシンは内心で馬鹿にした。
背丈も体格も、間違いなくイシンの方が大きい。
「ちょろいぜ」
イシンは小さく呟き、足を一歩、前に出した。すると、その男が気付き、肩越しにこちらに顔を振り
向けた。
「うん? 何だ貴様は」
話しかけられたとき、イシンは一瞬、股間を握られたかのような萎縮した気分になった。男の放っ
た言葉に威圧されたのではない。その、けだものの様な顔に慄いたのである。
(何だってんだ)
イシンは心の中で呟く。だが無理も無い。男は、剃り落としたのか眉毛が無く、頬も削げた様に
こけていた。そして、何よりも剥き出したようにギョロッとした目が、まるで飢えた肉食獣のようで、
それに睨まれたかと思うと、一瞬だけ心の中に恐怖が過ぎったのだ。
(この俺がこの程度でビビるなんて!)
イシンは気を取り直し、先ほどまでのように胸を張って肩をいからせ、尊大な態度で男の前まで
歩み寄ると、顎を上げて上から見下すように顔を見た。
「あんたがヤザン・ゲーブル大尉かい」
「あん? 何だ、と聞いている」
イシンは、スッとヤザンの前に手を差し出した。
「ふん……」
一寸、怪訝に思いながらも、ヤザンはイシンの手を握り返した。
(掛かりやがった)
その瞬間、イシンは力の限りヤザンの手を握り締めた。リンゴだって簡単に握り潰せてしまう握力
だ。ヤザンがどれだけの腕っ節だろうと、直ぐに泣きを入れるに違いないとイシンは思っていた。
しかし、ヤザンは顔色一つ変えないで涼しい顔をしている。いくら力を込めようと、ニヤニヤといや
らしく笑みを浮かべるだけなのだ。
(な、何だと!?)
自分は顔を赤くするくらい全力で握っているというのに、この、まるで空調の効いた快適な室内で
くつろいでいるかのような顔は何だ?
訓練生時代から、単純な力だけでは誰にも負けなかった。力比べをすれば、誰もが自分の前に
ひれ伏してきたのだ。それは、教官だろうと例外ではなかった。だが、ヤザンはその限りではない。
イシンは、余裕の笑みを浮かべているヤザンの姿が、許せなかった。
「どうした? そんな顔をして何を黙っている」
「大尉、こいつ、今日からうちに転属んなった新入りじゃねえですか?」
「新入り? クッ! 中々上等な図体してるじゃねえか」
ヤザンはまるで何事も無いかのように整備士と会話を交わし、ぽんぽんとイシンの身体を叩いた。
何なのだ、この男は? これでは、力比べをしているつもりの自分が間抜けなピエロではないか。
こんな屈辱は、許せるものではない。頭に血が昇っていくのを感じていた。
イシンは唐突に握っていた手を放し、拳を握ってヤザンに殴りかかった。
「た、大尉!」
気付いた整備士が悲鳴のような声を上げる。だが、ヤザンは素早く身をかわし、イシンのパンチ
を避ける。思い切り殴りかかったイシンは、前のめりに倒れ、無重力の中を無様に回転して機材に
突っ込んだ。
「てめえ! いきなり何しやがんだ!」
整備士の怒号が飛ぶ。だが、イシンは機材を掻き分けて立ち上がると、ヤザンの姿を探した。
同じ目線の高さに、ヤザンの姿は無い。ならば上か、と思って見上げた時には、既にイシンの
視界には軍靴の固い靴底が一杯に広がっていた。
顔面に、鈍い痛みが広がる。今度は後ろに回転しながら飛ばされて、床をバウンドし、モビル
スーツの足に背中から激突した。
更に追い討ちを掛けられ、腹部を強く踏みつけられた。ぐふっ、と呻いて薄目を開ける。まるで
雑魚を見るような目をしたヤザンが、ポケットに手を突っ込んでイシンを見下していた。
頭が混乱していた。今しがた見下していた男が、今は自分を見下している。いつの間にか、立場
が逆転しているのだ。こんな事、まるで想像もしてなかった。
「イ、イシン・リー……曹長!」
先日、降格された事を思い出し、イシンは名乗った。何故、このタイミングで自己紹介をしたのか、
自分でも分からない。ただ、これ以上は逆らうべきではないと、意識ではなく本能で悟っていた。
イシンは、ヤザンに手を出した事を後悔している自分に気付いていなかった。
「新入りのイシン・リーか」
くっくっく、と虚仮にするようにヤザンは笑う。
「自信があったようだが、まだまだ訓練生レベルだな、曹長?」
「コイツの始末、どうしやす?」
ヤザンの整備士が、取り巻きのような口調で言う。ヤザンは軽く手を上げて、詰め寄ろうとする
整備士を制した。
「元気があるのは結構じゃねえか。――この俺に向かってくる度胸は買ってやる。
貴様の事は覚えておいてやろう。行けぃ」
ヤザンはイシンの上から離れると、再び整備士と話し込み始めた。まるで、最初から何事も
無かったかのように。ヤザンにとって、イシンの事などまるで眼中に無いのである。
自分は雑魚の烙印を押されたのだ。はらわたが煮えくり返るほどの怒りを感じていた。挫折を
知らないイシンにとって、ヤザンの自分に対する態度は許せなかった。
だが、力で敵わない事が、分かってしまった。イシンは、尻尾を巻いてその場から逃げるよう
に去るしかなかった。
この艦はまるで海賊船だ。レクルームは妙に充実してるし、食堂のメニューも変に偏っている。
居住区のそれぞれの部屋には独自の装飾やペイントが施されているし、通路を歩けばスケベ本が
浮いている始末。雑然とした艦内にクルーはチンピラのような男ばかりだし、当然、女性仕官なん
て居るはずも無い。――誰が好き好んで血に飢えた狼の群れの中に飛び込もうと言うのか。
こんなの、軍隊の船じゃない。前に属していたエリート部隊の艦は、もっと味気なく、質素で無機
質なつまらないものだったが、まだ理性的でスマートではあった。ここはまるで掃き溜めだ。それ
もこれも、あのヤザンという男が部隊を仕切っているからだろうか。エリート部隊の居心地も良くは
無かったが、ここも違う意味で馴染みにくい。
だが、慣れるしかない。イシンにも、軍人としての最低限の矜持は持っているつもりだった。
イシンは慣れない環境にストレスを感じながら、任務を遂行していった。その中で、何度もザフト
の部隊と交戦した。主戦場が宇宙に移ってから、特別機動部隊第一隊は常に最前線に配置され、
大車輪の活躍を見せていた。
イシンも、それなりの活躍を見せた。だが、度重なる出撃で、強靭な肉体を持つ彼も流石に疲労
が溜まっていた。彼が想像するよりも遥かに、この部隊は苛酷な環境だった。
ある時、突然の遭遇戦で仮眠を邪魔されたイシンは、不機嫌な面持ちで出撃準備に掛かった。
うんざりした気分でパイロットスーツを着込み、チンタラとハンガーへ向かう。メットのバイザーを
下ろし、エアロックを抜けてハンガーに降りると、既にヤザンのモビルスーツ――ハンブラビは
稼動状態にあって、今、正に出撃しようというところだった。
「化け物かよ、あのおっさん」
ヤザンは常に最初に出撃する。どんなに連戦が続いても、必ずヤザンが一番最初に出撃するのだ。
そして、最も激しい戦場に自ら突っ込み、誰よりも多くの戦果を上げ、一番最後に帰還する。その
戦いぶりは、まさしく野獣。連戦で神経をすり減らしていくイシンとは対照的に、ヤザンは戦うほど
に気力を漲らせていく。まるで戦いが栄養源であるかのように。
「本当にナチュラルかよ。やっぱ、コーディネイターなんじゃねえのか?」
イシンは疑問に思って、医務室に栄養ドリンクを貰いに行った時にさり気なくドクターに尋ねて
みたことがあった。だが、ドクターはそんなイシンの疑惑をきっぱりと否定した。どんなに細かく
検査を行っても、ヤザンからは遺伝子操作の痕跡は見つからなかったのだという。ヤザンは、
間違いなくれっきとしたナチュラルである。ただ、普通の人間よりも遥かに強靭な肉体と精神を
持っているだけである。
イシンには、それが信じられなかった。そんな単純な理由で、あんな化け物になれるわけが無い。
きっと、突然変異種なのだ。それこそ、コーディネイターなんかよりもよっぽど性質の悪い――
『今頃何をしている。遅れとるぞ!』
その時、ハンブラビのモノアイがギョロッと動いて、イシンの姿を追った。その声に驚かされて、
思わずビクッと身を震わせた。
イシンは適当に敬礼してお茶を濁し、乗機のコックピットへと潜り込んだ。ハッチが閉まり、モニター
が表示されると、通信回線に無理矢理割り込んでくる回線があった。勝手にその回線が開かれ、
モニターが表示されると、そこにはけだもの、もとい、ヤザンの顔が浮かび上がった。どうやら、
お茶は完全に濁しきれていなかったようだ。
『貴様、この間廻されてきたイシンとかいう新人だな』
「ハッ。遅れて申し訳ありません」
丁寧な言葉遣いとは裏腹に、イシンの口調はぞんざいだった。まだ、初対面の時の反感が残っていた。
相変わらず恐ろしい顔をしていると思った。放って置いたら、人でも食ってしまいそうなほど
獰猛な顔つきをしている。今のところ軍に収まってくれているから何とかなっているが、絶対に
この男を野放しにするべきではないと思った。
『いい度胸だ』
そして、そんな男が、にたあっ、と笑うのだから堪ったものではない。今にもモニターから飛び
出してきて、食われてしまいそうだ。
『貴様は今回、俺と組め。そのたるんだ根性を、俺が叩きなおしてやる』
言われた瞬間、イシンは一瞬、凍りついた。それは、死刑宣告に等しい。ただでさえ連戦に次ぐ
連戦にうんざりしていて、精神的にも体力的にも追い込まれているというのに、その上ヤザンな
んかと組まされたとあっては身体がいくつあっても足りない。ヤザンの激しさは、遠目で戦いを
見ているだけでも疲れてしまうほどなのだから。
だが、イシンは断る事は出来ない。上官の命令であるし、何よりもこの凶暴な顔面に睨まれた
ら口答えなど出来ない。睨みを利かせるだけで人を殺せそうな顔面凶器である。これなら、無能
な上司の無能な命令を聞いていた方がマシだったかもしれない。
「あ、ありがとうございますっ」
イシンは顔を引き攣らせながら、ようやくの思いで答えた。そして、今更ながらにこの部隊に
左遷させられるきっかけを作ってしまった事を後悔した。
その日の出撃も、何とか乗り越えられた。だが、イシンのウインダムは被弾して中破してしまった。
今までの出撃の中では、最も損傷率が高い。それもこれも、ヤザンと組まされたせいだ。
間近で戦ってみて、改めて分かった事がある。戦闘中は自分のことだけで精一杯で気にしてる
余裕も無かったが、帰還してハンブラビの損傷が殆ど無いところを見て、ヤザンがつくづく化け物
だという事を思い知らされた。
ハンブラビは確かに高性能だ。異世界のモビルスーツの性能は、この世界のモビルスーツの性能
とは一線を画す。だが、モビルスーツの問題ではない。ヤザンは自ら渦中に飛び込み、そして一人
で敵を蹴散らしてしまう。今回の戦果の殆ども、ヤザン一人の功績だった。
この男には、疲労という概念が欠けているのか、或いは初めからそんなものは無いのかもしれ
ない。今ではヤザンのことを宇宙人ではないかとすら疑い始めているイシンは、ハンブラビの姿
を見て漠然と思っていた。
その時、不意にハンブラビのハッチが開いて、ヤザンが降りてきた。ヘルメットを脱ぐと整備士
から飲料水の入ったボトルを受け取り、ストローに口をつけた。額にはうっすらと汗が滲んでいて、
浅黒い肌に映えていた。パイロットスーツの前をはだけさせると、その胸元にはいかつい容貌とは
まるで似つかわしくない、可愛らしい亀のタトゥーが彫られていた。
(あいつにとっては、その程度なのかよ)
ヤザンはまるで適度な運動を行った後のような爽やかさだった。いや、あの面で爽やかなんて
言葉はありえない。だが、激しく消耗しているイシンに比べ、ヤザンのあの余裕は信じられなかった。
イシンにとっては死線でも、ヤザンにとっては遊び場ていどでしかないらしい。
これが、厳然たる実力の差ということなのだろうか。この部隊にやってくるまでの自分は、井の中
の蛙だったということなのか。イシンは、自らの力を過信して浮かれていた過去の自分が、急に
恥ずかしくなった。
その時、ヤザンがイシンの姿に気付いた。そして、にたあっ、とあの恐ろしげな笑みを浮かべると、
こちらに流れてきた。
「褒めてやる。この俺について来られるとは、大したもんだ」
ヤザンはイシンのウインダムを一瞥すると、肘でイシンの胸元を小突いた。
そういえば、戦闘中は無我夢中で意識してる余裕は無かったが、ヤザンには撃墜されそうになった
ところを何度か助けてもらっていた。――何故か、感謝よりも空恐ろしさの方が先に沸き起こった。
ヤザンは、あの激しい戦いの中で撃墜数を稼ぐと同時に、イシンの事を気に掛けている余裕もあった
のだ。いよいよ、この男が普通の人間だとは思えなくなってきた。
ヤザンは値踏みをするようにイシンをじろじろと見ていた。その時間が長ければ長いほど、イシンの
緊張感は高まっていく。足が竦むのだ。イシンが今、ヤザンに対して思っている事は、一刻も早くこの
場から去ってくれ、という事のみだった。
「中々筋がいい。見込みがある。貴様は、これから俺と組め。
この俺が、貴様を一流のパイロットに鍛え上げててやる」
ヤザンは、またあの笑みを浮かべると、満足そうに上がって行った。イシンには、その笑みが悪魔の
笑みに見えていた。
「隊長に気に入られたようだな。良かったじゃねえか」
担当の整備士が意地の悪い笑いを浮かべて言う。茶化すんじゃねえ、とイシンは強く反発した。
(じょ、冗談じゃねえぞ!)
気に入られた、なんて生ぬるいものではない。悪魔に魅入られた、と表現するのが正しい。あんな
のと組まされたとあっては、命がいくつあっても足りない。イシンは、ここに至って、転属願いを出そう
かと思案せざるを得なかった。
転属を本気で考えたが、結局、何だかんだでイシンは未だこの部隊に残っている。あれ以来、ヤザ
ンとの出撃が続いて、毎日が死ぬ思いだった。
しかし、慣れとは恐ろしいものである。当初、本気で死んでしまうかもしれないと危惧していたが、
経験を積む内に次第に順応していく自分に気が付いた。今でもきつい事には変わりないが、峠は越え
たと思う。ヤザンと同じ激戦区で戦っていても、以前ほどのパニックは起こさなくなっていた。
「お前、最近、腕、上がったんじゃねえか?」
担当の整備士が、イシンのウインダムのレコーダーを調べながら言った。知らねえよ、とイシンはぶっ
きらぼうに返す。
「数字に出てんだって」
整備士は機械からプリントアウトした紙を見せて、言う。しかし、それを見せられてもイシンは浮かな
い表情を見せるだけだった。確かに、数字上では結果が出ている。それでも、イシンには実感が無かった。
ヤザンの戦いを知れば知るほど、その本当の実力差というものがはっきりしてくる。一緒に戦え
ば戦うほどに、その背中は近づくどころか遠ざかっていくのだ。戦場には慣れたかもしれない。
しかし、反比例するようにイシンは自信を失くしていった。ヤザンを見ていると、自分がただの
凡人でしかない事を嫌と言うほど思い知らされるからだ。
だから、戦場ではイシンはヤザンに何とか付いていく事しか出来なかった。第一次メサイア攻
防戦においても、イシンはヤザンが仕留め損ねて弱った敵を何機か落としただけだった。
あれだけの大規模な戦闘でも、ヤザンは臆することなく、寧ろ余計に元気に、はしゃぐような
戦いを見せた。初めて見る敵の数に緊張していたイシンに対し、ヤザンは喜色満面で嬉しそうな
声を上げていたのである。
どうやったら、あんな人間になれるのだろか。元来持つ気性のせいなのかも知れないが、ヤザ
ンが一体どんな教育を受けて育ってきたのか、知りたくは無いが怖いもの見たさで知りたい気持
ちもあった。
第二次メサイア攻略戦が迫っていた。今回の作戦には、コロニーレーザーが使用される事が
予定されていた。月のダイダロス基地にあるレクイエムは、ザフトの戦力を分散させるための囮と
して使われるらしい。贅沢なものだ、とイシンは思った。
「コロニーレーザー? 上も詰まらん事を考える。
あんなもの無くたってなあ、この俺が居れば十分だろうが、あぁん?」
コロニーレーザーの件をヤザンに報告すると、そう返してきた。冗談みたいな台詞だが、この
男が言うとまんざら嘘でもないように思えてしまうのが恐ろしい。もし、クローン技術か何かで
この男を量産できたなら、きっとこの戦争はもっと早くに終わりを見ただろう。尤も、その後の
ことを想像するだに、恐ろしくて全く笑えない冗談だが。
「しかし、コロニーレーザーとレクイエムを併用できれば、
コーディネイターを全滅だって出来ます」
「全滅なんかして、どうする?」
ヤザンは素っ頓狂な事を言い出した。この男は異世界人だから、エイプリルフール・クライシ
スもブレイク・ザ・ワールドも知らないのだろうか。今でこそ地球の世論は割れているが、連合
軍がプラントの征伐に躍起になっているのは、それらの出来事が義憤の温床となっているから
に他ならない。
イシンは内心で呆れながら、ヤザンに言った。
「地球圏が平和になります」
「平和だあ?」
ヤザンは眉を(無いが)吊り上げてイシンを睨んだ。
「平和になったら、戦争が終わっちまうだろうが」
「我々はその為に戦っているのでは?」
「馬鹿を言え。コーディネイターという敵が居なくなっちまったら、俺たちは誰と戦えってんだ?
えぇ? 宇宙人か?」
一瞬、宇宙人はあんただろうが、と突っ込みそうになったが、イシンは閉口するしかなかった。
ヤザンの頭の中には、敵と戦う事しか無いのだ。
「コーディネイターの連中は適当に尖がらせときゃあいいんだよ。
そうすりゃ、俺たちの需要もなくならない。食いっぱぐれる事も無い」
そんな事を考えてるのは、ヤザンくらいなものだろう。そもそも、連合軍を主導しているロー
ド・ジブリールは、徹底的なコーディネイター排斥論者として知られている。ヤザンの思惑は、
そうそう果たされるようなものでもない。
イシンは、そうっすか、と気の無い返事をして、時刻に目をやった。
出撃の時刻が迫っていた。今回は、以前にも増して激しい戦いが予想されていた。イシンは
落ち着かない気持ちを誤魔化すように、待機所の中をうろうろしていた。
「鬱陶しい奴だ。ガキでもあるまい」
ヤザンは一番上等な一人掛けのソファに埋もれるようにして座り、腕を大きく開いて肘を掛け、
長い足を目線より高い位置で組んでいた。これから、もしかしたら死ぬかもしれない戦いに赴こ
うというのに、その舐めきったようなリラックスした態度は何だ、とイシンは怒鳴りたかったが、
黙っていた。
すると、ヤザンは徐に立ち上がり、イシンの前にやって来た。そして、自分より背の高いイシ
ンの顔を見上げて邪悪な笑みを浮かべる。戦闘前の緊張とは比べ物にならない緊張が、イシ
ンを襲った。
「た、大尉――」
イシンが言いかけたとき、下半身に激痛が走った。目玉が飛び出しそうなほどの痛みだ。口を
尖らせ、目線を下に向けると、そこにはヤザンの手が自分の股間を握っている光景があった。
リンゴを握り潰せる自分よりも更に強い握力を持つヤザンの手が、である。その痛みは筆舌に
尽くしがたく、容赦なく込められた力は、ゴリッと捻るようにイシンの股間をまさぐった。
「クッ! 図体の割りに大した事の無い。縮んどるせいか?」
ヤザンは笑いながら言うと、イシンの股間から手を放して、バン、と強烈に背中を叩いた。
イシンはその場に蹲り、股間を押さえて悶絶した。叩かれた背中も痛かったが、そんなのも問題
にならないほどの激痛が、股間にあった。
いきなり何をするのだ、この男は? 出撃前に部下を痛めつけて心をへし折り、あまつさえ喜色
を浮かべるなんて、正しく悪魔の所業だ。この悪魔、と罵ってやりたい気分だったが、それでヤザ
ンが気分を害して仕返しをされては堪らないので、イシンは我慢するしかなかった。
こんな事をされる位なら、モビルスーツに乗って直接対面しなくて済む戦場の方が幾分かマシ
だ、とイシンは思った。今しがたまでナーバスだった気分が、一転、出撃を待ち遠しく感じるように
なっていた。
戦闘宙域に到着し、出撃命令が下され、イシンはヤザンに引っ張られるようにして、いの一番に
飛び出した。
これから終の戦場となるかもしれない場所に向かおうというのに、妙に安堵した気分があった。
開放された、と言うべきだろうか、イシンにとって待機所の緊張感と言ったら無かった。こうして
大して居心地の良くないモビルスーツの座席に座っている方が、ヤザンと同じ空間に居るより
も遥かにリラックスできるのである。
「あの悪魔、俺にトラウマを植え付けやがって……」
『何か、イシン曹長』
イシンが呟くと、まるで見計らっていたかのようにヤザンの顔がサブモニターに現れた。イシン
は慌てて取り繕い、何でもありません、と叫ぶように返した。そうするとヤザンは、フン、と鼻を
鳴らして回線を切った。
ふー、と息を吐く。部隊の不文律だか何だか知らないが、ヤザンの通信回線は彼の都合で
強制的に繋がるようになっている。全く迷惑な話だ。監視されているわけではないが、ヤザンは
地獄耳でも持っているのか、今のようなタイミングで急に回線を繋げてきたりする。迂闊に下手な
事は口に出来ないのである。
それでも、一緒の空間に居るよりかはマシだけどな――イシンはそう思いながら、ミノフスキー
粒子の影響で次第に効かなくなってくるレーダーを一瞥し、宇宙の黒の中に敵の光を探した。
イシンの部隊は、向かってメサイアの右側から攻めていた。ヤザンのハンブラビは、抜群の機動
性を誇りながら、イシンのウインダムに歩調を合わせていた。ただ単に編隊を崩したくないだけか、
或いは部下いびりをするためか。イシンは敵のことよりも味方であるはずのヤザンの動向の方が
気になって仕方なかった。
迎撃のモビルスーツ隊が出てくる。
『出てきたか。――掛かるぞ! 後続、遅れるなよ! イシンは俺に続け!』
ヤザンは威勢良く、と言うよりも、玩具を与えられた子供のようにはしゃいだ声を上げる。この
男は敵の出現を喜んでいるのだ。その証拠に、それまでイシンのウインダムに合わせていた
航行速度を一段上げ、あっという間に敵陣へと身を飛び込ませて行った。
「あんなのについて行けるわけねーだろ!」
イシンは不満を漏らしつつ、ヤザンの後を追った。単独で飛び込んで行ったヤザンであったが、
イシンはまるで心配していない。寧ろ、撃ち漏らした敵まで片付けられてしまうのではないかと
いう危惧があった。
「俺も星を稼がせてもらわねえと!」
このまま現状の下士官のままだったら、延々とヤザンにしごかれるだけである。それは避けた
かった。なるべく早く昇級して、出来ればヤザンよりも上に行って、彼を使う立場になりたい。
そういう欲が、イシンの中に芽生えていた。
イシンが現場に入ると、既にそこではヤザンが大暴れしていた。もう、勢いが違う。目に付い
たもの全てに攻撃を仕掛け、逃げようとする敵は海ヘビで捕らえて動きを封じ、向かってくる敵
はビームサーベルで一刀両断に斬り捨てる。無茶苦茶だ。この規格外の強さ、止められる奴な
んて居るのか?
ハンブラビが袖のビームガンでゲイツを狙う。
「そうそう持ってかれて堪るか!」
イシンは素早くビームライフルを取り回し、自分でも会心と思えるほどの早さと正確さで照準
を合わせて、トリガーを引いた。ライフルの中の粒子加速器が作動し、銃口からメガ粒子の奔流
が放たれた。ビームの軌跡はまっすぐにゲイツに向かい、脇腹に突き刺さって綺麗に貫通した。
そして、一瞬の間を置いた後、白熱の華を咲かせた。
「やりいっ!」
イシンは手を叩いて喝采を上げた。しかし、喜んだのも束の間、ハンブラビの目がこちらを見る
と、イシンは股間が縮み上がる思いがした。
(何で味方に怯えなきゃならねえんだ!)
動悸を抑えようと深呼吸をすると、ハンブラビからの通信回線が繋がった。サブモニターの中の
ヤザンの顔は、ニヤニヤと笑っていて妙に嬉しそうだった。気味が悪い。
『俺の狙った獲物を横取りしたのか』
「いえ、自分は敵を討っただけであります」
屁理屈をかましてでも正当化しなくてはならない。このままヤザンに金魚の糞では、昇進は夢の
また夢。多少ずるくても、結果を出したかった。
ヤザンは、くっくっく、と笑った。この後の言葉が怖い。
『いいだろう。曹長、俺と勝負するか? 勝ったら、何でも一つだけ言う事を聞いてやってもいい』
「本当でありますか」
『あぁ、勿論だ。俺は嘘はつかない』
願う事は勿論、ただ一つ。現状からの脱却である。ヤザンとのコンビを解消し、ストレスだらけの
日々からおさらばする事だ。
「やります!」
イシンはスロットルを押し込み、ヤザンに先駆けてウインダムを加速させた。相手はあのヤザン
なのだ。このくらいのズルは、大目に見てくれるだろう。現にイシンの予想通り、ヤザンは何も言わ
ない。それどころか、イシンを先に行かせてくれている。ハンデをくれているのだろう。
しかし、この戦いは両軍の命運を賭した一大決戦である。いくらイシンがチャンスをモノにしよう
と気を急かしても、敵の数も抵抗も半端ではない。最初こそ勢いに任せて順調だったかに思えた
が、直ぐに状況は苦しくなった。
それを見計らったかのように、ハンブラビが前に出てきた。特徴的で目立つモビルスーツゆえに、
あっという間に周りを取り囲まれる。だが、ハンブラビはそんな包囲網をものともせずに、敵モビ
ルスーツをちぎっては投げ、ちぎっては投げ――あんなの、モビルスーツの戦い方じゃない。
「ボーっとしてる場合じゃねえ!」
イシンは気を取り直し、操縦桿を握りなおした。
作戦は順次進行していく。やがて、一つの節目の時間を迎えた。艦隊やモビルスーツ隊が、
予定通りに配置を移動する。すると、キロメートル単位はある光線が、敵宇宙要塞のメサイア
に直撃した。コロニーレーザーの攻撃だった。
メサイアには、リング状のバリアシステムが備わっていた。それゆえ、本体には大きなダメー
ジは与えられなかったが、バリアシステムはコロニーレーザーの一撃によって沈黙した。
コロニーレーザーで慌てた敵は、メサイアの防御を固めるため後退を開始した。そして、それ
と同期するように旗艦からのメサイア上陸作戦が発令された。
『敵はメサイアだ。俺たちも行くぞ』
ヤザンは、まだ戦い足りないとばかりにハンブラビを加速させる。イシンも負けじと追った。まだ、
勝負の途中である。既にかなり水をあけられてはいるが、可能性が残っている限り諦めるわけ
には行かない。イシンにとって、ヤザンとの勝敗は死活問題なのだ。
防御を固めるために後退した敵だったが、随分と浮き足立っているように見えた。恐らく、指揮
系統が混乱しているのだろう。ここをチャンスと見て、イシンは次々と敵を沈めていった。
メサイアに取り付く頃には、そこそこの撃墜数を稼いでいた。ヤザンがどれだけ沈めたかは知ら
ないが、これで何とか勝負にはなるはず。お陰でメガ粒子砲のライフルはエネルギーが尽きてし
まったが、ここからが正念場だと、イシンは標準のライフルに持ち替えながら気を引き締め直した。
その時だった。突如、また巨大な光線が宇宙を穿った。そのエネルギーの奔流は、先ほどのコロ
ニーレーザーの光ではない。その上、メサイアにもプラント本国にも向かっていない。
光が穿った位置に、イシンは覚えがあった。慌てて作戦データを呼び出し、確認する。そこは、
旗艦艦隊が配置されているはずの座標だった。
「ど、どういうことだ?」
あれはレクイエムの光だ。レクイエムは、止めに使われるはずだった。それが、止めどころか
味方を撃った。イシンはこの意味が理解できずに、パニックを起こしかけていた。
『シロッコは月だったか。そういう事かよ』
通信回線から、何かを知っている風なヤザンの声が聞こえてくる。イシンはハンブラビに接近し、
ヤザンに応答を求めた。
「大尉、こりゃあ一体、何なんです」
『大西洋やユーラシアのブルーコスモス系議員の中にゃ、そろそろジブリールを邪魔に思って
いる輩がいる。そういう奴らをくすぐって、シロッコがやりやがったのさ』
「シロッコ……パプテマス・シロッコ!? ジブリール閣下の肝いりが!?
重用してもらっておいて、背中を撃ったんでありますか!」
『肝いりだろうが何だろうが、用済みになりゃ捨てるだろうが』
何を頓珍漢な事を言ってるんだ、とヤザンは言う。イシンはいまいち得心を持てずにいたが、
一先ずそれは置いておき、
「大尉は、それをご存知で?」
『いいや。だが、シロッコならそうするだろうよ。
そして、既にお偉方に取り入って色々と約束を取り付けてあるはずだ。
やつめ、まんまと軍のトップになろうとしてやがる。面白くなりそうじゃねえか』
ヤザンは愉快そうに言った。
思わぬ大損害に、味方はパニックを起こしていた。その様子を鑑みるに、レクイエムの発射は
完全なる想定外の出来事であると分かる。そして、それは本当にごく一部の将官しか知らされて
いなかった事なのだろう。艦長クラスはおろか、大隊や連隊の指揮官ですら知らなかったと見え
る。当然、ヤザンが知らされていたとは思えない。
ヤザンは、自分で結論を導き出したのだ。同じ異世界人としてシロッコの性格に通じていたの
もあるだろう。しかし、まさかヤザンの口からこんな話が飛び出してくるとは予想だにしなかった。
この男、目の前の戦いだけを見ているわけではないのだ。
ヤザンの思わぬ一面に驚きながらも、イシンは状況把握に努めた。
「旗艦が沈んで、指揮系統が死んでやがる――大尉、どうされるんで?」
ハンブラビの目がぎょろぎょろと動いて、辺りを見回している。そして、何かを見つけたのか、
ピタッと止まって一点を見つめた。
『もう少し居座る。
こんな中途半端じゃ、せめてガンダムの首の一つでも土産に持って帰らねえとよ』
その声を聞いて、ヤザンが喜色満面の笑みを浮かべているのが容易に想像できた。イシンは
嫌な予感を抱きつつも、ヤザンが見ているものを見た。思った通り、そこにはザフトのGタイプが居た。
しかも、そのGタイプには覚えがあった。イシンは慌てて、ありゃあ駄目です、とヤザンを止めた。
『臆したか? 俺に向かってきた度胸はどうした』
「大尉は、あのGを分かってんですか?」
背面に大型のバインダーを持ち、そこから光の翼を広げる派手な外見から、連合軍内では有名
だった。大型の対艦刀や長大な砲塔を背負う、フリーダムと並んで恐れられるG。つい先ほど、精鋭
部隊であるファントムペインの隊長機であるジ・Oが撃墜されたとの報告があった。
それらを踏まえて、イシンは説得に当たった。しかし、ヤザンは全く聞く耳を持たない。
『戦い甲斐があるって事だろうが』
分かってはいたが、イシンは馬の耳に念仏を唱えただけだった。ヤザンは一段と気勢を上げ、
意気揚々とザフトのG――デスティニーへと突撃していった。
「敵陣のど真ん中で!」
確かにヤザンなら、デスティニーをしれっと叩いてしまうかもしれない。だが、今はあまりにも
条件が悪すぎる。ザフトは指揮権が別に移ったのか、統率を回復しつつある一方、こちらは未だ
パニックの只中にあり、味方からの援護だって期待できない状態なのだ。こんなところで道草を
食ってる場合ではない。
だが、イシンはヤザンを追った。見捨てて置けないからではない。一時は連合軍に包囲されて
いたメサイアであるが、今はザフトが取り返しつつあるのだ。そんな状況の中、消耗したウイン
ダム一機で帰還できる自信が、イシンには無かったのである。
ハンブラビがデスティニーに迫撃をかける。背部のビームキャノンで牽制を掛け、接近と同時
にビームサーベルで斬りかかる。
デスティニーは大きく光の翼を開いて、ビームシールドでいなしながら間合いを離す。――や
はり、只者じゃない。ヤザンの奇襲を受けておきながら、落ち着いて対処している。イシンはライ
フルの照準を合わせようとしたが、あまりにも動きが早すぎて、目も追いつかない。
ハンブラビは更に追撃する。デスティニーはビームシールドで防御しながら、後退を繰り返し
ていた。シン・アスカは、突如として現れた異形のモビルスーツに、戸惑いを隠せないで居た。
「な、何なんだよ! いきなり、コイツは!」
データベースに、そのモビルスーツのデータはある。だが、問題はそういう事ではなく、パニッ
ク状態にある連合軍の中で、こちらに仕掛けてくる敵が居たということだ。シンは最初、血迷っ
て特攻を仕掛けてきたのだと思った。しかし、それはどうやら違うらしい。呆れるほどに好戦的
で、しかも強い。どういう意図かは知らないが、ハンブラビは本気で仕掛けてきたのだ。
ハンブラビはその特徴的な顔つきで、まるで笑いながら攻撃を仕掛けてきているように見えた。
それは、快楽殺人者のように感じられた。
「アスハを逃がさなきゃいけないって時に!」
厄介な奴が現れたもんだ、とシンはチラと護衛対象に目をやった。傷だらけの小型艇が、頼り
なく航行を続けている。ハンブラビにまだ気付かれていないのが救いか。こんな強い奴に狙われ
たらひとたまりも無いぞ、とシンは気が気ではない。
だが、ヤザンは小型艇の存在には気付いていた。誰が乗っているかまでは分かっていなかったが、
その存在を知っていてあえて無視していた。ヤザンにとって、標的はあくまでデスティニーである。
ようやく歯ごたえのある相手に会えた、とヤザンは喜んだ。戦いこそが人生のようなヤザンで
ある。強い相手と戦う事は、楽しかった。そして、最後には必ず自分が勝つ。勝つから楽しいの
である。楽しくなかったのは、あの不可解な現象を起こしたΖガンダムに撃墜された時だけだ。
「こういう奴が出てくる。叩き甲斐のある奴が!」
ヤザンの思った以上にデスティニーは歯ごたえがあった。モビルスーツの性能もさることなが
ら、その性能を遺憾なく発揮できるパイロットも大したものだ。コーディネイターの兵士は、総じ
てモビルスーツの扱いに長けているらしいが、このパイロットはその中でも上玉だろう。逃がし
てなるものか、とヤザンは更に前のめりになった。
だが、デスティニーはヤザンの攻撃を前に後退と防御を繰り返すだけで、殆ど反撃をしてこない。
その上、どうにも誘導されている気がした。それが違和感となって、ヤザンは不愉快に思った。
「フン、あれか」
ヤザンは小型艇に目をやった。どうやら、デスティニーはあれを守りたいらしい。分かっている
のだ、ヤザンが小型艇をターゲットにすれば、たちまちの内に撃墜してしまう事が。だから、デス
ティニーは健気にハンブラビを誘導したがる。だが、その健気さが癇に障る。
ヤザンはハンブラビをモビルアーマー形態に変形させて、一気にデスティニーとの間合いを詰め
た。迎撃のビームを掻い潜り、接近すると再びモビルスーツ形態に戻る。そして、ビームサーベル
を大きく振りかぶって襲い掛かった。
「この俺が、あんな小物を落として喜ぶとでも思ったか!」
『は、話せるのか!?』
「――ガキだと?」
ビームサーベルが、展開したデスティニーのビームシールドに重なり、その干渉で眩い光が
一面に広がる。
接触回線から聞こえてきた子供の声に、ヤザンは一寸、眉を(無いが)顰めた。ガンダムのパイ
ロットが子供であると、どうしてもΖガンダムのパイロットを思い出してしまう。しかも、ちょっと癇の
強そうな声だったから、尚更だった。
「ガンダムってのは、ガキの玩具か!」
デスティニーがビームシールドを展開している腕を振り払い、ハンブラビのビームサーベルを
退ける。そして続けざまに高エネルギー砲を構えて撃ったが、ヤザンはそれをひらりとかわした。
「クッ! もっと抵抗してくれなけりゃ、落とす意味が無い」
海ヘビを投げつける。デスティニーは分かっているらしく、慎重にそれをかわして、肩から取り
出した小ぶりのビームサーベルでワイヤーを切断した。
「やってくれる!」
ヤザンはすぐさま使い物にならなくなった海ヘビを投棄し、ビームサーベルに持ち替えた。
そして、再び躍り掛かると、デスティニーは先ほどよりも激しい抵抗を見せた。
「そうでなきゃなあ!」
『何が!』
「ようやく戦いらしくなってきた!」
縦に横にビームサーベルを振り回す。デスティニーはそれをひらりひらりと蝶のように舞って
かわす。そして、左手の篭手から発生するビームシールドで受けると、右手に持ったビームライ
フルを差し向けて、その銃口をハンブラビの胸部に突きつけた。だが、シンがトリガーを引く寸前
にハンブラビの左手がデスティニーの右腕を掴み、上に持ち上げる。デスティニーの銃口から
放たれたビームは、メサイアの外壁に当たった。
『コイツ……!』
「へっ!」
デスティニーのパイロットの焦燥が伝わってくる。ヤザンは、にやり、と口の端を吊り上げた。
イシンは、完全に傍観者の立場になってしまっていた。あまりにも次元が違いすぎる。ハンブ
ラビとデスティニーの戦いに割って入るどころか、援護のビームの一発すら撃てていない。
「うん?」
その時、イシンは必死に逃走を図る小型艇に目がいった。
「大尉は気付いてねえのか」
小型艇には、きっとザフトの兵士が乗っている。今、ここで沈めてしまえば、その分だけ戦力
を削ぐ事が出来る。
イシンはライフルの照準を小型艇に合わせ、トリガーを引いた。
しかし、小型艇は小癪にも回避運動を行い、イシンの放ったビームは掠めただけだった。
「メガ粒子砲じゃねえのが!」
エネルギーさえ切れなければ、今のでも十分に撃墜できたはず。ノーマルのライフルでは、
威力が足りなかったのだ。イシンは苛立って、更にビームを撃った。
「あ! アイツ!」
カガリが狙われている事に気付くシン。ハンブラビを蹴り飛ばし、急いで間に入り、ビームシー
ルドで防御する。
ヤザンもそれに気付いた。
「チッ、イシンの奴め! あんなもの、放っておけばいいものを!」
ハンブラビをイシンのウインダムのところへと向かわせる。
イシンは怯んだ。神速の如きスピードで小型艇との間に割って入り、ビームを防いでこちらに
睨みを利かせた。標的が、こちらに移ったと思った。。
その、圧倒的な姿に、イシンは震えた。ヤザンと同等の敵を前にして、とてつもない恐怖が芽生
えた。デスティニーとやり合って、生き残れる自信が無かったのである。
「う……く……!」
デスティニーがライフルを構えた。がちがち、と歯が音を立てる。激しい尿意を催してきた。ヤザ
ンにも感じたことの無い威圧感――殺気。こちらを本気で殺そうとしている。
ふと、ヤザンと戦うザフト兵の気持ちが分かった気がした。ヤザンが味方である分だけ、イシン
はその本当の恐ろしさを知らなかったのだ。
(こんな時に、何を考えてる!)
だが、死の瀬戸際である。そんな悠長な事を考えていられる場合ではない。イシンは目を見開き、
必死に切り抜ける方法を模索した。
しかし、その時、横合いから激しい衝撃を受けた。コックピットに座るイシンは、ベルトが身体に
食い込むほど激しく揺すられた。デスティニーに気を取られて他の敵の攻撃を受けたのかと思っ
たが、イシンにぶつかったのはハンブラビだった。見れば、イシンのウインダムが構えているライ
フルを持ち上げ、制していた。
『俺の戦いの邪魔をして、何を勝手をしようとしている、曹長』
ヤザンの声は苛立っていた。しかし、その時、イシンは初めてヤザンの声に安らぎを覚えた。
いつもは恐怖でしかないのに、この時ばかりは味方である彼に感謝した。これほど頼れる味方は、
他に居ない。
「も、申し訳ありません!」
『貴様は後で修正だ。分かったら、適当にその辺に隠れていろ!』
帰れるものなら、修正なんていくらでもしてくれて構わない、いや、寧ろ受けたいとすら思った。
ヤザンはイシンを乱暴に突き放すと、再びデスティニーに襲い掛かっていった。
シンはビームライフルで迎撃する。ヤザンはそれを掻い潜り、ビームキャノンで応酬する。ビー
ムがデスティニーの装甲を掠め、焦げ痕を残した。
「何なんだよ、コイツは! 違うじゃないか、ファントムペインとも、ジ・Oとも!」
シンは驚愕していた。ハンブラビは、それまで戦ってきたどんな敵とも違う印象を受けた。その
異質さは、戦いだけに価値を見出そうとしている行動原理にあった。カガリを狙わないのもそうだ。
味方を突き飛ばしたのも、シンが気兼ねなく戦えるようにするためだ。軍人的ではないのである。
ファイター純度100%の、根っからの戦闘マニアだ。
ヤザンは笑っていた。まともに戦える相手が現れたことに、喜びを見出していた。
「てめえも俺の星に加えてやる!」
――イシンは目の前の光景に絶望を抱いていた。ヤザンと共に帰還の途に就いた彼を待ってい
たのは、数多のザフトのモビルスーツだったのである。
突出し過ぎたのだ。メサイアへの上陸は、元々、そのまま落とすことが前提だった。しかし、旗艦
が沈んで制圧が中途半端に終わった結果、ザフトに盛り返す機会を与えてしまった。そうなって
しまえば、頭をもがれた連合軍を追い返す事だってそれほど難しい事ではない。しかも、ザフト
の兵士の中には戦力をズタズタにされたことに対する憤りもある。手負いの敵が逃げようとして
いたら、看過するようなことはしない。
その上、ハンブラビは目立つ。無茶苦茶に暴れまくったヤザンだ。尚更、逃がそうとしない。
ザフトのモビルスーツたちが、その瞳をギラつかせてイシンたちに向かってきた。
「た、大尉……こりゃあ……」
イシンは震える声で何とか口にした。頭の中に"死"という単語が纏わりついて、離れない。
しかし、ヤザンはそんなイシンとはまるで対照的だった。
『付いて来い、曹長。突破して帰還する』
「し、しかし、自分にはもうメガ粒子砲はありません! 大尉だって、右腕が……」
『それがどうした? この程度が切り抜けられんでどうする。しっかりせい』
ヤザンの叱咤を聞いていて、そりゃあんたは高性能な機体に乗ってるんだからいいだろうよ、
と内心で反発した。そもそも、こんな事になったのもヤザンがデスティニーなんかにかまけてた
からだ。もっと早くにメサイアを離れていれば、囲まれるような事はなかったかもしれない。
(けど、いくら大尉だって、流石にこれは無理だろ)
20機近い敵が迫ってくる。よしんば、ヤザンがミラクルを起こして殲滅、若しくは無力化した
としよう。しかし、その先で待っているのは味方ではなく、恐らく敵の第2波だ。ミノフスキー粒子
の濃度が低下し、通信機能が回復しつつある今、自分たちの存在は既に他のザフトに知られて
いるだろうし、逃がすつもりなど毛頭無いに決まっている。
ヤザンにも、その程度のことは分かっているはずだ。それなのにヤザンは、敵より先に仕掛け
たのである。ここまで来ると、最早ただの気狂いだ。イシンの常識の範疇を超えている。あの男
を理解する事なんて、不可能なのかもしれない。
しかし、一方で漠然と思うこともある。その強さは、理屈ではないのかもしれない。純粋に戦い
を楽しむからこそ、臆することなく敵に向かっていける。どんな状況でも、誰が相手でも決して
怯まない。それが、ヤザンを強者たらしめている理由なのかもしれない。
片腕だけのハンブラビが、十数機の敵を相手に大立ち回りを演じている。戦いは互角どころか、
ヤザンの方が圧倒しているようにすら見える。流石にそれは錯覚なのだが、イシンはいよいよ訳
が分からなくなってきた。
出来の悪いプログラムピクチャーでも鑑賞している気分だった。少なくとも、目の前で繰り広げ
られている出来事が、現実であるとは考えたくなかった。たった一機のモビルスーツで、十数機
の敵を相手にしているのだ。あまりにも常識外れだ。
しかし、その、まるで夢のような光景が、いつしかイシンの感覚を捻じ曲げていった。もしかした
ら、自分にも出来るんじゃないか――そんな淡い空想が、イシンの心の内に沸いてきたので
ある。それは今まで感じたことの無い、そして、あまりにも馬鹿げた思考だった。
「こりゃ夢なんだ。目が覚めりゃ、いつもの臭せえベッドで横になってんだ」
イシンは、ぶつぶつと独り言を呟き始めた。どうせ狂うのなら、徹底的にだ。そして、がたがた
と震える手でギュッと操縦桿を握り締めると、一思いに奥に押し込んだ。
「やってやる! こうなりゃ破れかぶれだ! やってやるーっ!」
覚悟を決めて、敵に突っ込む。敵は手負いのハンブラビ一機に、キリキリ舞いになっている。
「うわああああぁっ!!」
悲鳴染みた叫び声を上げ、ビームを連射しながら突撃。ザクの背中を射抜いて沈めると、続け
ざまにビームサーベルを抜いてゲイツに躍りかかり、斜めに切り裂いた。
『いい気合だ。それでこそ張り合いがある』
ヤザンが喜色を浮かべて言う。しかし、イシンにそれを聞いている余裕など無い。
ぎゃあああ
投下順間違えたあああああああくぁwせdrftgyふじこ
))257はもっとあとですorz
モビルアーマー形態で迫撃し、接近と同時に変形を解く。ビームガンで牽制してサーベルを抜く
と、間髪を入れずに斬りかかる。デスティニーはビームライフルで応戦したが、ヤザンはそれを
かわしてライフルの銃身を斬り飛ばした。
「くそっ!」
シンは歯噛みする。ぐいぐいと押し込んでくるヤザンの迫力に、圧されていた。
ヤザンは勝利を確信した。接近してしまえば、あのでかい砲身も邪魔なだけ。取り回しの難し
い対艦刀なんて以ての外だ。ビームシールドがあるが、全身を防げるわけではない。
ヤザンは意気を上げて、更に押し込んだ。デスティニーは壊れたライフルを捨て、左手のサー
ベルで対応した。ハンブラビのサーベルと重なり、激しい光を撒き散らす。ヤザンはそれをもの
ともせずに、デスティニーのサーベルを力任せに弾く。
「ここまでだな、ガンダム!」
デスティニーのガードがこじ開けられた。ハンブラビはサーベルを振りかぶり、止めの一撃を
繰り出そうとした。
しかし、その時、光を反射するバイザーの奥で、シンの深紅の瞳が鋭い光を放った。
「そうは行くかよ!」
デスティニーの右腕が急に伸びて、受け流すようにサーベルを持つハンブラビの右腕に手の平
を押し付けた。何のつもりだ、とヤザンが思った瞬間、突然ハンブラビの右腕が吹き飛んだ。
「仕込み銃だと!?」
「お前の相手なんか、してられるか!」
ハンブラビがダメージを受けてバランスを崩した途端、デスティニーは大きくその翼を広げて
一瞬にして間合いを広げ、高エネルギー砲で牽制すると、既にこの場を離れていた小型艇を追っ
て去っていった。
「しくじったか。首を貰い損ねた」
あっという間に姿を消したデスティニーに、ヤザンは不満げに呟いた。あの派手な光の翼は、
もうどこにも見えない。
『大尉!』
イシンがやってきて、接触回線を繋げてくる。ヤザンはダメージチェックを行いながら、外見
がどうなっているかを訊ねた。
『右腕の肘から先がありません。しかし、爆発の心配はないと思われます』
「よし。帰還するぞ」
遠くの方で撤退を告げる信号弾が瞬いた。ヤザンは操縦桿を握りなおし、傾けた。
一方、カガリの小型艇に追いついたシンは、一応の状況確認のために接触していた。
応答に出たのは、操縦士のキサカだった。
「あの人は、無事なんです?」
シンは問う。大丈夫だ、とキサカは返した。
『それにしても、追ってこないか?』
キサカが懸念しているのは、ハンブラビのことだった。シンは、嫌な感触を思い出した。
「何者なんだ、あれ? とんでもない奴に遭っちまった……」
独り言のように呟いたシンに、あのまま落とせたんじゃないのか、とキサカは言う。
「冗談じゃない。不意を突けたから何とかなったけど、もう二度とゴメンですよ。
それに、あんた達を無事に送り届けなきゃいけないんだし」
『そうか。君がそう言うのだから、よっぽどなんだろうな。それなら尚更、
止めを刺しておいた方が後顧の憂いを断つという意味でベターだったのではないか?』
「それは多分、大丈夫だと思います」
シンは言い切った。キサカは、何故だ、と問い返す。
「だって――」
業務連絡))257と))259は投下順が逆でした
本当に申し訳ありませんでしたorz
理性など吹っ飛んでいた。ただ目の前の敵を叩く。それだけしか頭に無い。
視界がどんどん狭まってくる。コックピットが揺れた。ダメージを受けた。右足のつま先が
消し飛んでいた。しかし、なりふり構わず攻撃を続ける。今度は、右肩のアーマーが吹き飛んだ。
「死ぬにしたって、てめえら一人でも多く道連れにしてやる! 分かってんのか!
ただじゃ死なねえ! てめえらをぶっ殺してから死んでやる! 掛かってこいやーっ!」
『ふはははっ! キレてやがる。いいぞ、もっとだ!』
ヤザンの愉悦交じりに煽る声も、イシンの耳には届いていなかった。ただ、がむしゃらに目の
前の敵を叩く。いくらダメージを受けようが、機体が動く限りイシンは攻撃を続けた。
気付けば、最初の敵は突破していた。知らぬ間に、股間の辺りが湿っている。だが、束の間、
再び敵が姿を現した。
ハンブラビが突っ込む。遅れじと、イシンも鼻の穴を広げてスロットルを押し込む。
敵も激しく抵抗した。二人を逃すまいと、容赦ない火線を浴びせる。
シールドのビームコーティングが限界を迎え、溶解した。続けてビームが浴びせられる。左腕
が、肩から根こそぎ吹き飛んだ。
まだ、ビームライフルが残っている。照準も曖昧なまま、ビームを撃つ。運良く、ザクのコック
ピットを貫いた。だが、右足の膝から下が斬り飛ばされた。
「ちくしょー! もう駄目だー!」
叫びながら、出鱈目にビームを撃ちまくる。ゲイツがイシンに銃口を向けた。その時、横合い
からビームが襲来して、ゲイツをスクラップに変えた。ザザッとノイズ混じりにヤザンの声が聞
こえてくる。
『駄目だと? 何をほざく。この俺が居るんだ。駄目であるわきゃねえだろうが!』
この絶望的状況で、ヤザンはまるでそれを楽しんでいるかのような声を上げた。もう、今更、
突っ込むまい。この男は、そういう男なのだ。
『俺様の修正を受けずに沈むバカがいるかよ。いいか。
戦場では、ビビッた奴から死んでいくんだ。なら、先に敵をビビらせちまえばいいんだよ!』
ハンブラビの損傷も、軽いものではなかった。背中のキャノン砲も一門が融けている。装甲に
も無数に傷が刻まれていて、内部メカが完全に露出している部分もあった。バーニアも一部が死
に、抜群の機動力も見る影も無い。流石のヤザンも、囲まれてこれだけの砲火を浴びせられれば、
無事では済まないのだ。そこは、現実なのである。だが、それでもハンブラビは尚も活発に動き回る。
ヤザンの言っていることは無茶苦茶だ。だが、不思議とこの男なら何とかしてくれるのではない
かという気にさせてくれる。大尉でありながら、佐官である艦長を差し置いて部隊のボスに認めら
れていた理由が、分かった気がした。ヤザンには、そういう魅力があるのだ。……女性受けは
悪そうだが。
ヤザンが言うのだから、出来る気がした。イシンは歯を食いしばり、襲い来る敵に対して必死の
抵抗を試みた。必ず、生き延びられる――そう信じて。
ザフト側から見れば、それは信じられない光景だった。どう考えても、ハンブラビとウインダム
はまともに戦える状態ではないのだ。それなのに、周りを囲まれながらもギリギリで抵抗を続け
ている。それは脅威であり、動揺を彼らに与えた。
イシンは、そんな敵の微妙な変化に気付けなかったが、ヤザンは気付いていた。敵は、怯え始
めている。それを決定的にしようと、ヤザンは一体のゲイツに目を付けて、接近した。
「ふははははっ! 怯えろ怯えろ! 貴様ら雑魚に、この俺が落とせるものかよ!」
最早、朽ち掛けであるハンブラビが迫ってくる様子に、ゲイツは戦慄した。これだけダメージを
受けた機体が、尚も向かってくるのである。ゾンビが迫ってくるのと同じだ。恐怖に竦んだゲイツ
は棒立ちのまま、来るな、と叫んでビームを連射した。だが、それでは固定砲台と変わらない。
今のハンブラビでも、ヤザンにとってそれをかわす事は容易だった。
ゲイツに接近したハンブラビは、ビームサーベルをその胸部に突き立てた。そして、手首を返し
て、そのまま上に切り裂く。ゲイツの生首が、ドッと上に飛んだ。
死体のように虚空に浮かぶゲイツ。ハンブラビが振り返り、モノアイを光らせ、にたあ、と笑う。
「さあ、次は誰だあ?」
最早ホラーだ、スプラッタだ。無残にやられたゲイツ、そしてゾンビのようなハンブラビの姿。
猟奇的な殺人者のようにしか見えない。
敵の恐怖が決定的になったことを、ヤザンはその微妙なモビルスーツの動きから察した。
「続けぃ、イシン! このままここを突破する!」
『はっ!』
怯え竦んだ敵など、ヤザンの敵ではなかった。進路上の敵を難なく蹴散らし、帰還に向けて
一気に宇宙を駆け抜けていく。
――スクラップが宇宙を漂っていた。ジジッ、ジジッと消えかけのモノアイを瞬かせ、それが
辛うじてモビルスーツであることを証明する。
連合軍の艦艇が近くに迫っていた。大西洋連邦軍所属の艦艇だった。スクラップが味方の識別
信号を発しているのを感知して、調べに来たのだ。
何だゴミじゃないか、とブリッジの誰かが言った。その時、スクラップのコックピットが突如として
開いた。しかし、調子が悪いのか、ギギギ、と中途半端にしか開かない。すると、内側から長い足が
伸び、乱暴にハッチを蹴っ飛ばした。ハッチが外れ、乱回転しながら無重力を流れていく。その様子
に、ブリッジが色めき立った。そして、中から一人の男が姿を現した。
「チッ! コイツはもう駄目だな。シロッコめ、予備は用意してあるんだろうな」
男は勝手な独り言を呟いて、もう一つのスクラップを見やった。すると、そのコックピットも開き、
またブリッジがざわつく。中から、のそっと大柄な男が這い出るようにして姿を現した。
「よくよくしぶといな、曹長?」
「お互い様であります、大尉殿」
ヤザンとイシンは、顔を見合わせて笑った。人間、死ぬ気になれば何とかなるもんだ、とイシ
ンが呟く。ヤザンは、そうじゃない、と返す。
「強い奴が生き残る。そいつが戦争だろうが」
ヤザンは、自信満々に言い切って見せた。
相変わらず、そういう風にしか考えられないんだな、とイシンは苦笑した。
ヤザンはヘルメットの通信機を弄り、姿勢を正して大西洋連邦の艦艇に応答を求めた。
「照合、願います。我々は、大西洋連邦宇宙攻撃軍特別機動部隊第一隊所属戦隊のヤザン・
ゲーブル大尉と、同イシン・リー曹長であります。現在、我々は原隊への自力での帰還が困難な
状況にあり、難航している次第であります。つきましては、原隊への復帰までの間、貴艦に我々
の収容を願いたく存じます」
そう伝えると、少しして艦長からの許可が下りたのか了承する返答を貰ったらしく、ありがとう
ございます、とヤザンは敬礼した。
イシンは、そんなヤザンの姿を見ていて、呆気にとられていた。
「大尉でも、そのような慇懃な態度をなさるので?」
慇懃なヤザンなど、不気味でしょうがなかった。原隊の上官である艦長に対しても、気心が知
れているとはいえ、タメ口を利くような男だ。意外すぎるヤザンの姿に、イシンは戸惑いを覚えた。
ヤザンは、あぁん? とブリッジとの通信回線を切りつつ、不機嫌そうに眉を(無いが)顰めた。
「偉い奴にはおべっかでも使って見せなきゃ、戦いに使ってもらえなくなっちまうだろうが」
ヤザンは、しれっとそう言ってのけた。やはり、この男の頭の中には戦いしかないのだ。
「戦争には、まだまだ続いてもらわなくてはな。全然、満足してねえぜ」
そう言って、ヤザンはいつものように、にたあ、と笑みを浮かべるのだった。
い、以上です
ヤザン厨氏に色々期待して……ってつもりだったんですが
まさかの投下ミスそしてアンカーのつけかたもミスってるし……
テンパりすぎだろ自分……orz
書き終わってからヤザンだったら容赦なくカガリ落としてただろうなとか思ったり
何か本当に色々お粗末さまでしたorz
ヤザンパネェ!
というか来てたのかw
雰囲気だけでタマを掴む荒業とヤザンクローン部隊の悪夢にワロタw
異世界に来て、より純粋に戦いだけを楽しんでる感じがしますね
そういう感じだから見逃すのもアリなような>カガリの船
GJでした
覗いていてよかった
ヤザン大尉キタッ!
大尉まだかなー・・・・・・(´・ω・`)
(* 'ω ’*)
待ってます。
「キラヤマト二等兵! ストライク! 」
『は、ハイッ!』
間髪入れずに、傍に駐機していたストライクから脅えた返事が還って来る。どうやらMSの
センサーで格納庫内をモニターしていたらしい。ストライクに乗り込んだ途端に【コレ】だ。
己がコーディネーターである、と言う自意識を完全に捨て去らねば、真にあの友人たちとは
理解し合えず、永遠に仲良くはなれない。コーディネーターだろうが何だろうが、所詮人間だ。
死は容赦無く、その時が来れば平等に訪れる。命の価値は「どう生きたか」で決まるのだ。
「ブリッツが要塞に侵入する。貴様に命令を下達する。アークエンジェルを出港させるまで
貴様が足止めしろ。俺のナハトはこの通り、接続が終わるまで出られない? できるな?」
『……努力します』
「努力するじゃない、やるんだ。完遂せよ。これは命令だ。貴様がやらなければ、皆が死ぬ」
キラが息を呑み、固唾を呑みこむ音までストライクのコックピットの集音マイクは拾っていた。
整備班の皆は手を止めることなく、二人の会話を聞くことに注力している。為さねばならぬことを
疎かにしていては、整備班が機能しなくなる。
「換装は許可しない。ノーマルの状態で出ろ……と言いたいんだが、残念だが相手はG兵器だ。
イーゲルシュテルンとアーマーシュナイダーでは無力化される。やむを得んがエールで出ろ」
コジローの『エールストライクに決定! ストライク斑は換装急げ!』と言う胴間声が心地良い。
こうして整備班が確実に的確に機能するのは嬉しい。発声に喜色が混じることを隠せなくなる。
『やむを得んが……? どういうことですか? 』
「ああ、それはだ」
『フぁ〜あ……っと、僕ちゃんが出たいんだけど待機せざるを得ない理由、わかって欲しいのよね』
今度はブリッジのマリューの『あ……』と漏らす声が筒抜けになってしまう。『てへ』と小さく舌を出し
笑う照れ隠しまでばっちり嫌味なまでに拾ってしまう。G兵器相手にはガンバレルのレールガンなど
無力。開発者のくせに、残酷なまでにその原則を忘れていたことへの照れだ。
『撹乱ぐらいはやってやりたいんだけど、こう狭くちゃね? 小回りが効かないのよ、このゼロじゃさ。
だから少年、不必要にエールの背中のスラスターやバーニアをさ、やたら噴かすんじゃないよ〜?』
と、ヤザンの言いたいことを柔らかく言ってくれるムウの心遣いは有り難い反面、緊張感に欠ける。
不慣れなキラを気遣い、わざとやっているのだろうが、この場合はあまり相応しいとは言えない言動だ。
「……要塞の壁に激突するだけでストライクのPS装甲は律儀に衝撃を吸収し、エナジーを減らし機体を
守る。これはヒントでもある。必ず覚えておけ。きっと、貴様の役に立つ。バジルール少尉! 補給は!」
『積載完了、あとは納品されたもののチェックを……』
「時間がない。要塞側の人間を監禁しろ。今から即出港だ。聞・こ・え・た・な? 艦・長? 」
マリューが命令し、慌ただしく要塞側の補給責任者を拘束する音声が聞こえる。港へのブリッツ来襲は近い。
とまあ、やっと顔を出せたってのが……いろいろ震災の仕事が嵩んでね……ホント……
上のが余程面白いぶん、ゴメンなさいね? オイラので? 忘れてないから!
当然、ブルーのほうも! では、また!
お久しぶりの投下乙(゚∀゚)
本業の方もお疲れ様であります(`・ω・´)ゞ
御無理はなさらぬようご自愛くだされ……
過労や熱中症にご注意下さい(・∇・ゞ
乙乙乙。
大尉のために保守するぜ
10日保守ってやつ
キラ・ヤマト【二等兵】がエールストライクで出撃するスラスター光の映像をナハトの中で見送りながら、
ヤザンは乾いた唇を舌で湿した。ドリンクを持ち込んでいないので、下の犬歯で舌を刺激し、唾液を分泌
させてそれを飲み込む。皆が臨戦態勢で浮き足立って動き回っている時に、敢えて要求する道理はない。
「外に出るのはいいんだがな」
『どうしたゲーブル、とは今更訊かん。問題は港を出たあとのバスターのライフル、だな』
ブリッツは勢子、言わば野ウサギの巣穴に潜り込み追い出す猟犬の役割だ。とかく暴れて暴れて暴れて、
猟師の前に獲物を晒すことが使命なのだ。戦術としては猟犬を野ウサギが仕留めてしまえば良いのだが、
不慣れなキラ・ヤマトにMSのCQB経験を積ませるために敢えて送り出した。……と言うよりガルシアの
性格上、時限による自爆作戦は確実にやる。巣穴、つまりアルテミスは最早安全とは言えない状態だ。
一度目を退けても二度目は持たない。どのみち、この要塞を出るしかないのだ。
「ああ。確実にあのふざけた盗人の餓鬼は喜んで狙撃してくるだろう」
『あの女に、アークエンジェルのラミネート装甲がどれくらい……』
「そこであからさまにムッとするな。どのみち、ラミアス大尉に訊いても想定外だろうよ」
この艦、アークエンジェルの装甲は物理ダメージを熱エナジーに変換して放熱して致命的な破壊を防ぐ
ラミネート装甲を主体にしてある。このナハトにも一部使われているが、ビーム兵器に対する対弾性能は
想定の外だろう。……想定はしてあるかも知れないが、まさかバスターの超高インパルス長距離狙撃
ライフルに対抗出来るとは到底思えない。何せ戦艦を一撃で葬る【最強の矛】なのだから。
「エールストライカー装備で予測狙撃地点まで素っ飛ぶしかないが……今から換装すると言ってもな」
『超望遠で視認して、インターセプトするため出撃したカタパルトハッチが開いた所を狙われたいのか?』
「マズイか?」
『一番の拙策だ。それならば何の為にこのイザヨイ……ナハトにヤタガラスを装備したか解らなくなる』
モニターの中のミオが得意げにニヤニヤ笑いつつ腕組みしてみせる。明らかに、勿体ぶって見せている。
嫌いではないが、いい女がやると、思い切り鼻っ柱を圧し折って泣かせて、啼かせてみたくなる態度だ。
ヤザンの胸の中で暴力衝動が生まれ、股座がいきり勃ちそうになるが、無理矢理に意志の力でねじ伏せる。
「どう言うことだ?」
『オーブには良い言葉があってな? 【論より証拠】だ。……装備装着終了か。よし、整備員を下がらせろ』
ややヤザンの掠れた声で気付かれたのか、白衣のミオが自らの身を抱きしめる。……間違い無く処女だ。
いや、だった、だ。実体は既に失われ、電脳に宿りし精神体。それでも、女、雌であることからは逃れられない。
どんなに足掻こうが人は人以上のモノには為れない。コーディネーターを創りし創造主はそれを解らなかった。
「親爺さん、皆を下がらせてくれ! 少し試してみたいことがある!」
『機体のラミネート装甲がほぼ剥離する。絵的には戦闘中に爆散させたかったがな……」
「親爺さん、皆を艦内に退避させてくれ! 畜生! まだ資材があるんだぞ!」
慌てて訂正したが、整備班の皆が固唾を呑んでナハトを見守っている。コジローがそいつらの襟髪を引っ掴んで
艦内に投げ込むと、堰を切ったように皆待機スペースへと流れて行く。それでも視線はナハトに向いたままだ。
『スペーサーのみの爆破で行けるな。それで一息に外れてくれる【はず】、5……』
「4」
『3』
「2」
『1』
「イグニション!」
点火。しかしコックピット内には部分的なPS装甲の装備の御蔭で衝撃が来ない。濃紺の装甲が格納庫各部に
ぶつかり、無軌動に流れていくのがヤザンには見えるだけだ。正面モニターに、即座に細身の機体が表示された。
ミオの仕業だ。サービスのつもりなのか、微笑んでいる。
『さあ、偽装は外れた! そして、第二段階! ウェイヴライダー、ヤタガラスが要るのはこのときのためだ!』
「ウォうっ?!」
PS装甲では殺し切れない機動によるGが発生する。コジローも含めた整備班の皆の目が文字通り、丸く見開かれる。
機体の変形がフレーム画で表示され、戦闘機然としたものへと変形する。……ほぼ全てのバーニア、スラスターの推力
ベクターが、機体制動や機動変更分を除き、後方へと集約されているのが、メビウス乗りだったヤザンには理解出来た。
――その機体概略図の名には『望月―モチヅキ』とあったが、カーソルが現れ消される。すぐにナハト、と書き換えられた。
『オーブの最強の矛、強襲・復讐兵器になるはずだった機体だ。これならば確実に間に合う【はず】だ』
てなこって不定期にお届け致しますですハイ……。
アストレイもそーなんですがね?
劇中のムラサメのプロトタイプについてなーんもまだ触れられていないのが
オイラにゃ納得できなかったわけで! だったらやってみようじゃないかと!
素材がいいんでこーしてイヂリたくなってしまうのが種の魅力なのよね…。
では、またいつか。
GJ!!
おつおつ……お疲れー
>物理ダメージを熱エナジーに変換して放熱して致命的な破壊を防ぐラミネート装甲
んん?ラミネート装甲てのは設定上、対エネルギービーム装甲ってことになってまして、
エネルギービームの熱エネルギーを装甲全体に拡散・排熱してダメージを軽減・無効化する装甲ですぜ旦那
……いやまぁ、そんな理屈の装甲が実際にできるのかまでは知らんけど
つか高エネルギービームって荷電粒子ビームでいいのかそもそも
弾薬庫巡察より帰還……。
>>280 アリガトウございます!
ありゃりゃ……対ビームはバッチリ……文字通り無敵装甲じゃーん?
だがバスターのライフルには不安が残りそうだよ!(無理矢理納得)
排熱機構ブチ壊れたら全て終わるってことですな!(メモメモ……っと)
内側には大気圏突入時のあのジェルが満たされてるかもなぁと。
ヤザン厨氏二つの意味で乙です
ヤザンと言えば可変機!
戦場を縦横無尽に駆け回る野獣とか飼育員が必要なレベルだな
居ても制御できそうに無いけどw
種の設定が面白いのは同意
でも種死パートに入ると急に粗くなるというか雑になるというか……
だからこそ弄りたくなるんだよね
うざいー
いざくー
大尉まだかなー
287 :
通常の名無しさんの3倍:2011/10/01(土) 23:55:33.21 ID:YE3xb5cV
不味い禁断症状が…
ヤザン待ってますぜ
ついに港内に侵入して来た黒いMS。そのフェイスは、デュエル、ストライクの『ガンダムフェイス』と同じもの。
ツインアイが鈍く光る。その名はブリッツ。電光石化の、奇襲の魁(サキガケ)を担うはずだったMS。要塞内の
コントロールルームから炎が噴き出す。【一仕事を終えてきた、次はオマエだ】。態度に見える余裕が憎らしい。
『さあ、おいでなすったぞキラ・ヤマト二等兵! 貴様の真価を見せ付けてやれ! 』
笑み、嘲笑を含んだヤザンの声がキラ・ヤマトの耳に届く。甲高いが渋みもあるその声が、無意識に緊張で
強張っていた全身の力をほどよく抜いてくれる。見捨てられてはいない。コーディネーターだなんだでは無く、
常に【能力的に『使える』かどうか】の判断基準しか持っていない男が、自分を信じ、任せてくれた『任務』だ。
「やたら吹かすんじゃないよ〜? か……」
キラ・ヤマト全速を出そうとスロットルレバーを握り締め、ふとムウ・ラ・フラガ大尉に言われたことを思い出し、
中止する。その後に、ヤザン大尉に何を自分は言われた? ヒント? 違う! その前! 『要塞の壁に激突
するだけでストライクの【PS装甲】は律儀に衝撃を吸収し、エナジーを減らし機体を守る』……。そうだPS装甲!
「やっとわかりました、大尉たちの言いたいことが! 」
キラはストライクにシールドをブリッツに投げつけさせた。ブリッツは苦も無く払ってのける。しかし、ブリッツに
とってそのタイムラグが致命的ミスだった。エールストライクの全開推進力を以って、距離を詰められてしまう。
そして……
「捕まえたっ! 」
ブリッツの腕を抱え込み、エールストライクが組み付いた。ここからが勝負だ。キラは自然と漏れ出しそうな笑みを
殺し目を細めるに留めた。きっと大尉は【帰ってきたら】褒めてくれるに違いないと。そのままストライクのバーニアを
吹かしブリッツを【要塞の壁に擦り付け始めた】。ストライクの推進剤が切れるのが先か。ブリッツの【PS装甲】が維持
出来なく為るのが先か。
「僕は勝つ! アークエンジェルのみんなのために! 生き残るために! 」
頭の中から【ジュードーのネワザ】の知識を引っ張りだそうとしたキラの視界の片隅、ストライクのモニターの外れに、
アークエンジェルの格納庫から飛び出していく見慣れぬシルエットのMAが写る。そちらに意識を移そうとした途端に
『……このっ……生意気なんだよおォっ! 素人はなっ……! 目の前のっ……仕事を……しろおオおおおォっ! 』
と搾り出すようなヤザン・ゲーブルの怒鳴り声がキラの耳を焼いた。コックピットの中を見られていた? いや違う!
ストライクの動作を見ていたのだ。そうだ。今の相手は目の前のZAFTのパイロットだ。……確認するとブリッツの腕が
抜けかけていた。大尉は大尉の任務のために、この大役を任せてくれたのだ。生意気な素人の仕事を見せてやる。
「やりますよ! ちゃんと! 守ってみせますよ! みんなを! 」
キラはもがき足掻くブリッツの抵抗を封じ込めつつ、要塞を使い衝撃を与えていく作業のみに意識を集中させた。
何故かすぐに出港しないアークエンジェルのことも、港の崩壊のタイムリミットの事なども綺麗さっぱり忘れ果てて。
いろいろありまして遅れました。ごめんなさい。
先月上げられなくて、すみませんでした。
キラ准将の、バルトフェルドさんに「バーサーカー」と呼ばれた設定って、死に設定になってるの勿体無いッス!
ちゃんとそれまでに段階踏んで描写してきたのにただの「種割れ」だけで片付けられるなんて! いやーん!
では、また。
奴だ!『野獣』だ!やった!これでかつる!!
乙であります(‘∇‘ゞ
保守
age
再び浮上
大尉〜
待つわん。
もう、年一なのかな…(´Д`)
ホッシュホッシュ!
待ってるでぇ
ほしあげ
いつまでも待ちますゞ
303 :
通常の名無しさんの3倍:2012/07/18(水) 23:45:07.34 ID:G0pTOkZ7
浮上
保守
9月保守
もう11月ではないか
お供え
つ土佐鶴
つ軍鶏鍋
師走保守
保守るぜぇ、保守しちまうぜえ!
保守る!
保守
修正してやる!
これが…若さか(キラリ
314 :
通常の名無しさんの3倍:2013/03/02(土) 23:49:53.30 ID:ddiykivi
上げてみるさ
まだだ・・・
まだ終わらんよ!
ヤザンマダー
test
あ、規制解除きた
どうも以前ここで二作品ほど投下してたものです
前回のでやりたいことはやりきった的なことを言ったような気もしますけど
また書きたくなってしまったので飽きもせずに種死で三週目を書いてみました
種死リマスター記念ってわけじゃないですけど、需要があったら投下してみようと思うので
希望される方がいらっしゃったら反応お願いします
ノシ
こんな早くレスもらえると思ってなかったので油断してた('A`)
連投対策のため一時前くらいから投下開始します
wktk
戦いは終局を迎えようとしていた。漆黒の宇宙に夥しいまでに瞬いていた光芒は、やが
て潮が引くように消えていった。
ハマーン・カーンには、最早これまでという思いがあった。コロニーレーザーは発射さ
れ、ティターンズ艦隊の半分は沈んだ。趨勢は一挙にエゥーゴに傾き、ティターンズの敗
北は必至だった。
ハマーンの決断は早かった。即時の地球圏からの撤退を決意したのである。
このコロニー・レーザーを巡る戦いでティターンズが敗れれば、反乱分子とされていた
エゥーゴと立場が逆転し、連邦軍内からその分子は排除されることになるだろう。それは
即ち、連邦軍内の内ゲバが終結することを意味し、連邦軍が正常に戻るということであっ
た。
内乱で弱体化しているとはいえ、地球連邦軍は依然として強大であった。エゥーゴのジ
オン分子が合流してきたとして、それでもジオンの残党に過ぎないアクシズが、それと正
面から事を構えて戦い抜けるだけの体力が無いことは、把握していた。だから、地球圏か
らの撤退を決めたのである。
しかし、ハマーンには、その前にやらなければならないことがあった。裏切り者のシャ
ア・アズナブルだけは、是非ともこの手で抹殺しなければならないと思っていた。
金色のモビルスーツは、右腕と左足を損傷して尚、はしっこく無線誘導端末兵器・ファ
ンネルのビームを免れる。腐っても赤い彗星の二つ名を持つだけのことはあった。
しかし、エゥーゴではクワトロ・バジーナと名乗るシャアにも、意地はあった。既にビ
ームライフルのエネルギーは切れ、逃げ回るしか能がなくなってしまった百式に、果たし
てこの窮境を切り抜けるだけの力が残されているのか――その可能性を探りつつ、シャア
は朽ちたサラミスの残骸に百式を飛び込ませた。
ハマーンのキュベレイが、それを追った。ところが、その先に百式の姿は無かった。剥
き出しになった内部を、階層ごとに調べてみたが、金色のモビルスーツの影を見つけるこ
とは出来なかった。
それは、シャアのフェイントだった。サラミスに逃げ込んだと見せかけての、バックア
タック。キュベレイの背後に回り込んだシャアは、丸腰の百式でキュベレイの背中にタッ
クルをかました。
「これでビットは使えまい、ハマーン!」
サラミスの内壁にキュベレイを叩きつけ、してやったりの声でシャアは言う。こうして
組み付いてしまえば、自機を巻き込むことを恐れて、迂闊にファンネルを使えないだろう
と睨んでいた。
しかし、ハマーンはそんなシャアの目論見を看破した上で、余裕を崩してはいなかった。
「甘いな、シャア!」
鋭く抉るようなハマーンの声。その言葉の通りのことが起こった。ファンネルはシャア
の期待を裏切り、百式の左腕と右足だけを撃ち抜いて見せたのである。
「何っ!?」
シャアが驚愕する中、四肢を失った百式は、力なくサラミスの甲板に墜落した。
万事休す。百式には、最早キュベレイから逃れる力は残されていなかった。
キュベレイの蛇のような双眸が、モニター越しにシャアを見下ろしていた。
「ここで終わりにするか、続けるか――シャア!」
回線から、そんなハマーンの勝ち誇った声が聞こえてくる。シャアは激して応じた。
「そんな決定権がお前にあるのか! ――ん!?」
その時、シャアの目に、あるものが飛び込んできた。キュベレイの背後の、サラミスの
内壁が剥がれて剥き出しになった部分から、スパークが迸っているのが見えたである。
躊躇う余地は無かった。それは賭けであり、今のシャアに残された唯一の希望でもあっ
た。
「返事のしようでは、ここでその命もら――」
ハマーンの台詞を遮って、シャアは躊躇なく頭部バルカン砲のスイッチを押した。射線
上のキュベレイは自分が狙われたと勘違いして、サッと身をかわす。
それでシャアの底を知ったつもりになったハマーンは、完全にシャアを見限った。ビー
ムサーベルを抜き、止めを刺すべく身動きの取れない百式に襲い掛かったのである。
しかし、既に布石は打たれていた。シャアの放った最後の一撃は、狙い通り、サラミス
の動力系のパイプを撃ち抜いていた。それがきっかけとなり、キュベレイが百式を貫くよ
り先に、サラミスは爆発を起こした。
爆発は連鎖的に広がっていき、遂にはサラミス全体をも飲み込んだ。
そして、二人は――
――同時刻、もう一つの戦いも決着しようとしていた。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜
ザフトの最新式の戦艦ミネルバの進水式は、散々なものだった。アーモリー・ワンにて
予定されていたその日に、ザフトが開発していた最新式のモビルスーツ三体が、何者かに
よって強奪されるという事件が起こってしまったのである。
既にミネルバに積載されていたインパルスのパイロット、シン・アスカがスクランブル
出撃にてそれの阻止を試みたものの、あえなく失敗。コロニーの外でミラージュコロイド
を展開し、身を隠していた所属不明の艦に三機のGは回収され、まんまと逃げられてしま
った。
ミネルバは、"ボギー・ワン"と仮称した謎の艦船を拿捕すべく、追撃の任に就いたのだ
った。
ミネルバには、オーブ連合首長国の若き元首であるカガリ・ユラ・アスハの姿もあった。
アーモリー・ワンでプラント最高評議会議長であるギルバート・デュランダルと会談を行
っていた矢先に強奪事件に巻き込まれ、避難の名目でミネルバへと乗り込んだのである。
カガリの傍らには、サングラスを掛けた若い男が護衛として常に帯同していた。アレッ
クス・ディノと名乗るその青年は、顔立ちも整っていて、そのせいもあってか、ミネルバ
のクルーの中にはその関係を怪しむ者もいた。
その後、ミネルバはボギー・ワンの捕捉に成功した。そして、直ちに奪還作戦は遂行さ
れたが、敵の奇天烈な作戦の前に、手痛い反撃を受けてしまうという憂き目に遭ってしま
う。アレックスの機転によってその難は逃れられたものの、ボギー・ワンには、またして
も逃走を許してしまった。
それでも諦めずに追討作戦は続行されたものの、結局、ボギー・ワンには完全に逃げら
れてしまった。
そこでミネルバは一旦、作戦を中断し、地球へと降下することとなった。今回の事件の
裏で暗躍する組織のにおいを嗅ぎ取ったデュランダルは、これから起こるかも知れない有
事を想定して、ミネルバの前線への投入を急いだのである。
――事が起こったのは、地球へと向かい始めて間もない頃だった。対空監視が、正体不
明のモビルスーツを発見したと報告したのである。
宇宙空間を漂っていた。全天スクリーンは、半数近くが砂嵐に変わってしまっていた。
気を失っていたらしい。覚醒したシャアは、試しに指を動かしてみた。身体の感覚があ
る。自らの命脈が未だ尽きていなかったことに安堵し、うっすらと目蓋を上げた。
大分、損傷しているようだが、コンピューターはまだ生きていた。シャアは、ノーマル
スーツの空気漏れが無いことを確認してからハッチを開いた。
外に出ると、様子はすっかり変わっていた。静か過ぎるのだ。戦闘の光は確認できない
し、コロニーレーザーも艦隊の姿も見えない。ただ、地球だけが静かに青い光を湛えてい
るだけだった。
「戦いはどうなったのだ?」
シャアは首を回して辺りの様子を探った。
(コロニーレーザーが発射されたところまでは確認できたのだ。あれでエゥーゴの勝利
は確定的になったとは思うが……)
気になるのは、パプテマス・シロッコの存在だった。あれは、放置しておいてはいけな
い存在だと思っていた。
(カミーユに任せるしかなかったが……)
その時、その懸念を吹き飛ばすように何かの接近を告げるアラームが鳴った。
シャアは一旦、コックピットに戻り、パネルを操作して確認した。レーダーには、正体
不明の何かが接近していることだけが表示されていた。
「……この大きさは船か?」
エゥーゴの勝利は確定的だった。だから、味方の艦艇であるとは思ったが、「UNKNOWN
」と表示されていることが腑に落ちなかった。戦闘の衝撃でコンピューターのメモリに不
具合が生じているのかもしれない。
「まだ、遠いな――」
だが、そう呟いた瞬間、シャアはふと気付いた。
「ミノフスキー粒子の干渉を受けてない……?」
正常に機能しているレーダーに、シャアはかぶりつくように見入った。レーダーは、そ
の機能を妨害する作用をもたらすミノフスキー粒子の干渉を受けているとは思えないほど
精細に広範囲をカバーしていた。
「そんなに流されてしまったのか……」
戦域からかなり離れたとなれば、ミノフスキー粒子の干渉は受けにくくなるのは道理。
それならば、戦闘の痕跡がまるで見えないのも頷けると思った。サラミスの爆発は、それ
だけ衝撃が大きかったということだろう。
シャアは、ふぅっと息を吐くと、徐にリニアシートの背もたれに身体を預けた。
どうやら、ハマーン・カーンからは何とか逃げ切れたようだった。そう考えると、ドッ
と疲れが押し寄せてきた。もう、何日も不眠不休で戦い続けていたような気分だった。
思えば、メイルシュトローム作戦が発動して以来、碌に休息も取っていなかった。戦っ
ている間は気が紛れるとはいえ、そればかりでは体が持たないというものだ。
迎えの艦艇が到着したら、少し休ませてもらおう――シャアはそう考えて、艦艇の到着
を待った。
そして、やがてそれはやって来た。しかし、シャアの前に現れたそれは、まるで見たこ
とがないシルエットを持つ戦艦だった。
「何だ、この艦艇は……!」
シャアは驚きを隠せなかった。一見した時、それはスニーカーが宇宙を泳いでいるよう
にも見えた。何の冗談かと思ったが、接近してその威容がハッキリしてくると、それが正
真正銘の戦艦であることが分かった。
耳に不快なノイズが流れる。謎の艦艇からの、交信を求める電波だ。しかし、シャアは
暫し通信回線の周波数を合わせることも忘れて、呆然と立ち尽くしていた。
シャアは謎の艦艇に回収され、百式はハンガーへと搬送された。
コックピットから出たシャアを待っていたのは、上下左右から向けられた銃口だった。
シャアはハンズアップして抵抗の意思が無いことを示した。
取り囲んでいるクルーの姿を見て、やはり違う、と内心で呟く。どうやら宇宙人ではな
いらしいが、シャアが見たことのない制服を着ていた。
(どこの組織の連中なのだ……?)
キグナンからの情報を今一度、精査してみる。しかし、思い当たる節は無い。
その時、一人の男が無重力の中を流れてきた。
「そいつを外してもらおうか」
シャアの目の前に降り立つと、男は低い声でそう告げた。
がっしりした体格の、中年の男だ。短髪のブロンドで繋ぎを着用している、いかにもメ
カニック然とした感じの人物だった。
言われたシャアは、ヘルメットを脱いだ。癖のあるブロンドの髪が露になった瞬間、場
内が少しざわついた。
「見慣れないパイロットスーツだな……そいつはお前のモビルスーツか?」
顎で指す先には、百式があった。ボロボロにくたびれていて、よくも持ってくれたな、
とシャアは思った。
「そうだ」
シャアが声を発した瞬間、場内が一層、ざわついた。
(何だ……?)
シャアには理解できない、異常な反応だった。その騒ぎは、やがて沈静化していったが、
何やら自分を指差してひそひそと話しているのが、シャアには不可解だった。
目の前の男も驚愕していた。だが、やがて気を取り直すと、「所属は?」と問うてきた。
「私はエゥーゴ所属のクワトロ・バジーナ大尉だ」
そう言うと、男は露骨に眉を顰めた。
「ジオンのアクシズとかってのじゃないのか」
男は殊更に驚く素振りをして、何やら他の面子を集めて相談を始めた。何がそんなに一
大事なのか、シャアには計りかねるが、付いて来いと言うので、逆らってもこの状況では
損をするだけだろうと思い、従うことにした。
途中で両手首に枷を嵌められて、脛のハンドガンも没収された。そして、新人らしき真
新しい赤い制服を着た少年兵二人に連行された先は、艦長室だった。
中に入ると、ブロンドのショートヘアの女性がデスクに腰掛けている後ろ姿が目に入っ
た。この女性が、この仰々しい艦の艦長だろうかと意外に思って、表情には出さないもの
の、内心で訝った。
(しかし、いきなり艦長自らが尋問とは恐れ入る……)
シャアが内心で苦笑していると、徐に女性が振り返った。
「ようこそミネルバへ。艦長のタリア・グラディスです」
それなりに年齢を重ねてはいるようだが、随分と若作りに見えた。童顔なのだろう。
「……とても歓迎されているようには見えないが?」
シャアは目で状況を指し、皮肉を述べた。
だが、その瞬間、このタリアという女性も驚いた顔を見せた。発言内容に驚いているの
ではないことは分かったが、この大袈裟な驚きようはシャアにとってはあまり面白くない
反応だった。
(私の声に驚いているのか……?)
そう推測してみるも、今のシャアにはそれがなぜ驚かれているのかは分からなかった。
「報告どおり、本当に似てるわね。そのものと言ってもいいわ」
タリアはそう言って微笑むと、「いつイメージチェンジをされたのです?」と訊ねてきた。
「……何をおっしゃっているのか、分からないのだが?」
要領は得られないし、からかわれていると感じたシャアは、流石に不機嫌な心持になっ
た。
そのシャアの心情を察したタリアは、冗談が過ぎたと反省したようで、「ごめんなさい」
と謝った。
「あなたの声が、知っている人にそっくりだったものだから」
そう釈明して、タリアがその理由を説明してくれた。
タリアの説明によれば、シャアの声がデュランダル議長なる人物と瓜二つなのだという。
それでシャアが口を開く度に、この艦のスタッフは驚いていたらしい。
シャアは、それで納得はしたが、そのデュランダルという人物について、思い当たる節
が無いかどうかを考えることを怠らなかった。議長と呼ばれているからには、それなりの
身分であるはず――そう考えて記憶を探ってはみたものの、しかし、やはり該当するよう
な組織や人物は思い当たらなかった。
(何者なのだ、この連中は……?)
組織であることは疑いようがない。それも、かなり本格的な組織である。それなのに、
それなりに事情に通じている自分に思い当たるような節が無いことが、シャアには不思議
でならなかった。
タリアが咳払いをして気を取り直し、「兎に角」と切り出した。
「素性は明かしてもらえるわね? 正体不明のままじゃ、それは外してやれないわよ」
シャアの手枷を指し、タリアは言う。
「正体不明?」
それはこちらの台詞だ、と内心で反発しつつも、シャアはタリアの言い回しに違和感を
覚えた。
(エゥーゴを知らないのか? ティターンズでも、その様な言い方はしないというのに
……?)
メカニック風の男は、アクシズを知っていた。艦長であるタリアも、当然、知っている
はずである。それなのに、アクシズを知っていながらエゥーゴのことを知らないと言い張
る彼らが、シャアには信じられなかった。
それから尋問形式で、シャアはタリアと会話を重ねた。その中には、シャアがまるで知
らない単語や組織、事件のこと等が出てきて、ますますタリアの正気を疑った。
(悪い冗談だ……)
シャアにとっては苦痛以外の何物でもない、悪夢のような時間だった。
先ほどのように自分をからかっているのだろうか、と考えたが、どうも冗談を言ってい
るようには聞こえない。まるで、違う世界に迷い込んでしまったかのような気持ち悪さを
覚えた。
だが、本当の悪夢はこれからだった。
「あなたも同じなのね」
まるで手応えが無いと言わんばかりに、タリアはため息混じりに言った。重ねて思うこ
とだが、ため息をつきたいのはこちらの方なのだ、とシャアも内心でため息をつく。
「彼女に会わせてみれば、何か分かるかもしれません」
その時、長い前髪で片目が隠れたブロンドの少年が、そう提案した。タリアは、「そう
ね……」と呟くように言うと、ブロンドの少年の提案を了承した。
「こっちだ」
促されて艦長室を退室すると、もう一人の黒髪の少年に背中を銃で突っつかれつつ、言
われたとおりに歩を進めた。そして、やがて居住ブロックに入り、ある船室の前で止まる
ように命じられた。
ブロンドの少年がキーを操作して扉のロックを解除する。
次の瞬間、プシュッと空気が抜ける音を立てて、自動ドアが横にスライドした。刹那、
その部屋の中にいた人物の姿に、シャアは凍りついた。
相手方も、大きな反応はしなかったものの、随分と驚いている様子だった。
互いの反応は、当然であった。
「シャア……!」
「ハマーン……!」
絶句する中、互いは互いを呼び合った。それしか言葉が出てこなかったというのもある。
後ろで二人の少年が、やっぱり、といった感じで顔を見合わせた。
背中を小突かれ、促されたシャアは、気は進まなかったがハマーンの待つ船室に足を踏
み入れた。するとドアが閉まり、再びロックが掛けられ、少年たちの銃による監視の中、
その部屋は密室と化した。
ハマーンの手首にも、同様に枷が嵌められていた。静かにベッドに腰掛けている彼女の
姿は、独房に押し込められている罪人そのもののように見えた。
(これはこれは……)
いつもより小さく、華奢に見えたハマーンの体躯に、シャアは少しだけ胸がすく思いが
した。
「……まさか、こんなところでお目に掛かれるとはな」
ハマーンは、つい数時間前までの苛烈さからは想像できないような静かな口調で語り始
めた。しかし、それは意図して感情を抑えているだけなのだろうとシャアは思う。ハマーン
の眼差しは、内に秘めた侮蔑の感情を隠しきれていなかったからだ。
払いきれない己の業を、どう払えば良いのか、シャアは分からなかった。
「……状況が分からんな。説明してもらおうか、彼らが何者なのかを」
「さあな」
ハマーンは嘲るように笑った。
「気を失っていてな、気付けばご覧の有様だ」
ハマーンは手枷を見せて言った。
「いつからここに居るのだ?」
「……二日くらい前か」
それは、二度ほど睡眠をとったという意味であり、正確な数字ではない。
「むう……」
シャアは小さく呻いた。
どうにかして状況を知りたい。だが、その為には後ろの少年たちの存在が邪魔だと思え
た。ハマーンの言葉数が少ないのも、彼らを警戒してのことだろうとシャアは察する。
シャアは背後の少年たちをチラチラと見やった。ハマーンがその仕草に気付いて、目で
シャアに合図を送る。シャアは少年たちに気付かれないよう、ハマーンにだけわかるよう
に小さく頷いた。
ハマーンは小さくため息をつくと、「それにしても――」と徐に口を開いた。
「あの状況で生きていたとはな。相変わらず悪運の強い男だよ、お前は。どうやら、もう
一度私の手で始末する必要があるようだな?」
突然物騒なことを言い出した、と黒髪の少年が顔を顰める。シャアはその様子を盗み見
つつ、ハマーンに向き直った。
「そいつはお互い様だな、ハマーン。お前は幼いミネバを担ぎ、地球圏を混乱に陥れた。
その罪は購ってもらう」
シャアが言うと、「くくくっ!」とハマーンが喉を鳴らして笑った。
「良く言う。偵察と称していながらエゥーゴに参加し、ティターンズを相手に地球圏を混
乱させたのは、他でもない、お前自身ではないか?」
「私はただ、地球の重力に魂を縛られた人間のエゴによって地球が沈んでしまうのを阻
止したかっただけだ」
「それはどうかな? 私から見れば、シロッコの言い分は正しいように思えるぞ? シャ
ア、お前は人類全てをニュータイプにすれば、自分が思い描いている世界が手に入ると
思っているのだろう? ――愚劣な。それが傲慢だというのだ、貴様は」
シャアは背中で少年たちの様子を覗っていた。言葉に詰まった振りをして耳を澄ますと、
微かにひそひそ声で相談を交わすやり取りが聞こえる。内容までは聞き取れなかったが、
ただ事ではない雰囲気に、少年たちは少しそわそわしているようだった。
「いずれにしろ――」
シャアが目線を戻すと同時に、ハマーンが再び口を開く。――個人的な好き嫌いを抜き
にすれば、彼女のこういう観察力の鋭さや察しの良さに、シャアは本当に感心させられる
のである。
「地球圏はエゥーゴとティターンズの対立によって勝手に混迷を深めたのだ。ならば、
我々がその隙を突くのは道理というもの。我々を裏切ったお前に、それを云々言う資格は
無い」
「言った筈だ。私は元々、世界を誤った方向に持って行きたくないだけだと」
「それでエゥーゴか? ――馬鹿馬鹿しい。世直しをしたいのであれば、我らと共にすれ
ば良かったのだ。さすれば、上手く行ったものを。エゥーゴは情勢を複雑化させただけに
過ぎん」
「私が地球圏に流れたのは、お前たちアクシズの連中では世直しは出来ないと判断した
からだ」
「何を根拠にだ?」
「ザビ家の血に囚われたやり方では、一年戦争の過ちを繰り返すだけだと言っている」
「何を言う。火星の向こうでも、地球圏の騒々しさは伝わってきたのだぞ? それだか
らこそ、お前は地球圏に戻ったのではないのか? ザビ家が無くとも地球連邦はティター
ンズを生み出し、反発したスペースノイドがエゥーゴを組織して、勝手に争いを始めた。
それはつまり、愚民には統制する絶対者が必要だということの証明ではないか」
「それは違う。人類には、いま少し時間が必要なのだ。だが、それを待っていたのでは、
地球は人類全てのエゴによって押し潰されてしまう。人類が覚醒した時に地球が無かった
のでは意味が無い。だから、私は地球が押し潰されてしまう前に手を打とうと、地球圏に
戻ったのだ」
「フフフ……素晴らしいな。お前は自分の全てが正しいと思っているようだ。――笑わ
せるなよ、シャア。誰よりも強いエゴを持つお前が、本気で世界を導けると思ってか」
「私がエゴの塊だと?」
「そうだろうが」
そこまで口論を続けた時、「おいアンタら、一体、何を話してんだ?」と黒髪の少年が
流石に口を挟んできた。
その瞬間シャアは、掛かった、と思った。
「……このままでは埒が明かんな」
シャアはため息混じりに言って、不意に少年たちに振り返った。銃を構え直すブロンドの
少年の一方で、黒い髪の少年が少したじろぐ仕草を見せた。――ターゲットは容易に決
まった。
「君――」
シャアが呼び掛けると、黒髪の少年は一度ブロンドの少年の方を見やり、「俺?」と自
らを指差して確認した。シャアは頷き、「そうだ、君だ」と告げた。
「察しの通り、彼女はアクシズの実質的指導者、ハマーン・カーンだ。そして、私はブ
レックス准将よりエゥーゴの指揮を託されたクワトロ・バジーナ大尉だ。つまり、私たち
の言葉はエゥーゴとアクシズの総意であると思ってもらって構わない」
「はあ……?」
ちんぷんかんぷんといった様子で生返事をする黒髪の少年は、明らかに事態が飲み込め
てないといった様子だった。それは、シャアの見込んだとおりの反応だった。
すかさず、「そこで聞きたいのだが――」と畳み掛けるように続けた。
「どうやら、私たちの意見は平行線を辿るばかりのようなのだ。だから、これからを担う
若い世代の君に意見を求めたい。私とハマーン――どちらの主張に、君が同調してくれ
るのかを」
「お、俺が?」
黒髪の少年は、突然意見を求められてしどろもどろになっていた。シャアの狙い通りの
反応である。
だが、その時、動揺している黒髪の少年を見かねて、「相手にするな、シン」とブロン
ドの少年が口を開いた。
「意味不明なことを言って、俺たちを混乱させようとしているのかもしれん」
シャアはそれを聞いて、わざとらしく肩を竦めて見せた。しかし、ブロンドの少年の目
は、厳しくシャアを睨みつけている。
「男の方がこんな声をしているんだ。デュランダル議長を騙って、悪さをしてないとも
限らん」
「確かに……」
「二人が顔見知りだということの確認は取れたんだ。これ以上、コイツらの茶番に付き
合う必要は無い」
ブロンドの少年はそう言い捨てると、ドアを開いて退室して行った。「待てよ、レイ」
と黒髪の少年が後を追う。
「大人しくしてろよ」
黒髪の少年はそう釘を刺してドアを閉めると、再びロックのランプが赤に灯った。
シャアはそれを確認すると、ふぅっと息を吐き出した。
「道化を演じるのは疲れるか?」
ハマーンの調子は、打って変わって穏やかだった。シャアは苦笑混じりに、「そうだな
……」と呟いた。
「芝居とはいえ、手厳しく詰られれば疲れる」
「私は本当のことを指摘しただけだが?」
皮肉をそのように返され、シャアは小さく舌打ちをした。その様子を嘲るハマーンは、
至極愉快そうに目を細めていた。
「全く……」
呆れるものの、しかし、邪魔者を排除することには成功した。監視カメラはあるだろう
が、グッと会話はし易くなった。そこでシャアは改めて、「それで――」と切り出した。
「これは一体、どういうことなのだ?」
「知るか。私の方が教えてもらいたいよ」
ハマーンは、やや諦め気味に言った。本当に分からないのだろう。投げやりなハマーン
は珍しいな、とシャアは思った。
「仕方ないな……」
シャアはぼやきつつも、備え付けの情報端末のデスクの前に座り、コンピューターを起
動して情報の洗い出しに掛かった。シャアが作業を始めると、ハマーンもベッドを立ち上
がり、椅子に座るシャアの後ろから画面を覗いた。
流石に引き出せる情報には制限が掛かっていたが、一般的なニュースやネット辞典を閲
覧する程度のことは出来た。今のシャアたちにとって、それだけでも十分な情報であった
が、しかし、調べれば調べるほどに、俄かには信じられない事実が次々と判明してしまっ
た。
「性質の悪い悪戯じゃないのか?」
年号、歴史、国の名前、コロニーの名称など、まるで知らない単語ばかりが津波のよう
に押し寄せてくる。シャアがついぼやきたくなるのは、当然だった。
「愚問だな」
ハマーンは微かに苛立ちながらも、反論する。
「事実、この船に私たちは乗っている。それを否定することはできんよ」
ハマーンはシャアの後ろからコンソールパネルを弄って、画面に別窓を表示させた。す
ると、そこには見たこともないような砂時計型のコロニーが、サイドのようなものを形成
している様子が映し出された。
「プラントと言うらしいな。その名のとおり、元々は地球へ物資や食物を供給するため
の集合体だったらしいが、それに反発した住民によって独立運動が展開され、大きな戦争
が起こって休戦協定が結ばれたのが二年ほど前……フフッ、まるでジオンじゃないか」
「……CGじゃないのか?」
シャアはハマーンの指摘を無視して続けた。しかし、いくら検索しても証拠を見つける
ことはできず、寧ろ、プラントが実在することの証明ばかりがなされてしまった。
(認めるしかないのか……?)
未知の規格の戦艦。見慣れない軍服を纏ったクルーたち。話の通じない相手。一方で通
じる公用語と、モビルスーツの存在。そして、コロニーの落下跡の無いオーストラリア。
パラレルワールドなどというSF用語に縋ることでしか、シャアはこの状況に納得すること
ができなかった。
「白昼夢にしても笑えない」
シャアはそう嘆き、かぶりを振った。
その後、シャアはハマーンとは別の部屋に移された。共謀して脱走を図られても面倒だ、
と判断してのことらしい。どの道、行く当ても無いのだから脱走しても意味が無いと分か
っていたシャアだったが、部屋に閉じ込められている間は手枷を外してもらえたので、そ
れはありがたいと受け入れた。何よりも、ハマーンと同室でないということが僥倖だった。
彼女と四六時中、顔を突き合わせていては、息が詰まってしまう。
シャアとハマーンの会話は、想定通り、筒抜けだった。しかし、タリアを始めとするミ
ネルバ主脳は、どう始末をつけていいか決めあぐねていた。そして、更にそこへメカニッ
ク班からの百式とキュベレイの解析結果の報せを受けて、ますます混迷を深めてしまった。
そこで、最早一隻の戦艦の艦長の裁量権を越えていると判断したタリアは、プラントの
最高評議会に裁決を仰いだ。しかし、その話に興味を示したのはデュランダルだけで、評
議会そのものは気狂いの絵空事だと事態を軽く扱い、結局、暫くはミネルバにその身を預
けるという通達がなされただけだった。
地球側の動きに神経を尖らせなければならないから、面倒事は引き受けたくないという
のが評議会の本音だろうというのは、すぐに分かった。確かに気狂いと決め付けて処理し
てしまう方が楽には楽だ。しかし、タリアはシャアとハマーンの二人に看過できないもの
があると感じていた。
結局、二人は現状維持のまま、通達どおりにミネルバにてその身を拘束することとなっ
た。
シャアとハマーンが、ミネルバが地球へ降りると知ったのは、直前になって安全のため
のノーマルスーツを渡された時だった。
(地球か……)
シャアはノーマルスーツを着込みながら、少し感傷的になっていた。
やがて大気圏へと突入すると、揺れと重力を感じた。何度も経験した感覚である。もう、
通算で何度目だろうか。こうして幾度となく地球に降りている自分を意識すると、人は決
して地球から離れられないのではないかと思い知らされているような心持になった。
(地球には、人類を引きずり込む力がある……)
それが、シャアの率直な実感だった。
ミネルバはカーペンタリア基地の近く、太平洋の南側に着水した。そして一路、水面を
滑るようにしてオーブ連合首長国へと向かう。
続く
第一話は以上です
タイトル挟むスペースを確保するのを忘れてたのでここで失礼します
『SEED DESTINY × ΖGUNDAM 〜コズミック・イラの三人〜』
全三十五話、よろしくお願いします
あと大体週二か三回くらいのペースでの投下を予定してますがどのくらいがいいか希望あったらお願いします
GJ
投下乙
投下ペースについては特に何も無いみたいなんで予定通りにいこうと思います
んでは第二話いきます↓
オーブ連合首長国は、太平洋の南海上に浮かぶソロモン諸島に存在する島嶼国である。
かつてのオーブ解放作戦により一時は大西洋連邦の管理下に置かれたが、ユニウス条約
の締結により現在は主権を回復させている。
ミネルバがオーブに接近した際に、オーブ国防本部からの警告が発せられた。寄港目的
を伝えると、ならば迎えの艦艇を出すから領海の外で引き渡しを行ってくれと打診された。
しかし、タリアはこれを拒否した。デュランダルからの指令は、オーブに入国して直接
カガリを送り届けるべし、とのことだったからだ。
「どういうつもりなんだ、国防本部は!」
カガリはあからさまに不機嫌な態度を取って言った。
アレックスは、ミネルバに乗り込んで以来、カガリの機嫌がすこぶる悪いということを
分かっていた。きっと、あの黒髪の新米兵士――シン・アスカという少年の言葉が脳裏に
焼きついてしまっているのだろう。
オーブ解放作戦の時、シンはオノゴロ島にいた。島民には避難指示が出されたが、間に
合わずに多数の死傷者が出てしまった。その時、シンの家族も全員、死亡したのだという。
シンは当時の実質的指導者であったウズミ・ナラ・アスハ――カガリの養父であり、彼女
が実父のように敬愛する人物を激しく憎んでいた。そして、その精神を継いだカガリに対し
ても、変わらぬ憤りを抱いていた。
シンにとって、オーブという国そのものが許せなかった。それは、現国家元首であるカガ
リにとっては辛いことだった。
ミネルバと国防本部との交渉のやり取りは、平行線のまま進んだ。その間にもミネルバ
はオーブへとじわじわ接近しており、領海ぎりぎりになってようやくオーブ側が折れた。
カガリがミネルバに乗っている限り、主導権はミネルバにあるからだ。こうしてミネルバは、
大手を振って堂々とオーブへと入国したのである。
故郷のオーブの土を踏んだ。しかし、カガリの機嫌はますます悪くなる一方だった。その
原因は、出迎えに出てきたひょろ長い男にあった。
身なりは整っている。いいとこのボンボンといった風で、言動も軽い。オーブの行政を
取り仕切る五氏族の一つ、セイラン家の嫡男であるユウナ・ロマ・セイランだった。
ユウナはカガリの事をハニーと呼び、馴れ馴れしく肩を組もうとした。しかし、カガリは
それを辛らつに払い除けると、厳しい眼差しでユウナの顔を睨み上げた。カガリは、ユ
ウナの軽い言動と態度が嫌いだった。
「おかえりなさいませ」
出迎えの中には、恰幅のいい禿げ上がった初老の男の姿もあった。ユウナの父である
ウナト・エマ・セイランである。
ウナトは公用車のドアを開けると、カガリにそれに乗るように促した。
「――厄介なことになりましたな」
車の後部座席で、カガリの左手側に座ったウナト・エマ・セイランは、わずらわしそう
にミネルバの巨体を見やりつつ、カガリに呟いた。
「どう、厄介なんだ?」
カガリが問い返すと、ウナトはため息をつきつつ、答えた。
「アーモリー・ワンでは、大変だったようですな」
「それがどうかしたのか?」
勘が鈍いカガリに、「全く」とウナトは嘆息した。
「よろしいですか? プラントは、あなたを送り届ける名目で、ザフトを進駐させてき
たのです。このきな臭い情勢下でその様なことをしてきたということは、オーブがプラン
ト寄りであることを強くアピールするためなのです。それでは、連合諸国が黙っては居り
ますまい」
「えぇっ!? それは、困る!」
助手席に座ったユウナが振り返り、唐突に声を上げた。
「だったら、今すぐにでも疫病神には出ていってもらって、我々がザフトとは何にも関
係ないことを急いで先方に伝えなくては! こんなことで連合に睨まれるなんて、御免だ
よ」
ユウナは口を尖らせて言いたいことを言うと、前に向き直った。
「はあ……」
カガリは、臆病風を吹かすユウナに脱力して車窓へと視線を移した。こんな男が、勝手
に決められていたこととはいえ、自分の婚約者なのだと思うと頭が痛かった。
(コイツに、オーブ五氏族としての矜持は無いのか……?)
ユウナの軟弱さに、カガリは自分がしっかりしなくてはならないと強く思った。
ミネルバがどこかに到着したらしいことは、シャアにも何とはなしに分かっていた。し
かし、シャアが閉じ込められている船室には舷窓は無く、現在地が一体何処にあるのかは
トンと知れない。が、別段、焦る必要性を感じていないシャアにとっては、どうでもいい
ことだった。船室に閉じ込められているとはいえ、モビルスーツのコックピットに比べれ
ば遥かに快適だからだ。体が鈍らない程度に運動が出来れば、それで事足りるのである。
しかし、そんなシャアのところに一人の人物が訪れた。先日、黒髪の少年と一緒に自分
を連行した、ブロンドの少年だ。
少年は私服に着替えていて、シャアにも着替えを渡してきた。レイ・ザ・バレルと名乗
った少年は、監視付きの条件でオーブへの上陸許可が下りたと告げたのである。
戦時下でないとはいえ、捕虜同然の扱いの人間に対して随分と寛大なことだなと思って
いると、そのシャアの疑問を紐解くようにレイは説明した。
「ギル……デュランダル議長のお計らいです。議長はあなた方に大変興味をお持ちにな
られ、丁重にもてなすべしと、秘密裏に通達なさったのです」
デュランダルという男が、科学者出身という、政治家にしては少々変わった経歴の持ち
主であるということは調べがついている。昔の虫が騒ぎ出したのか、変に強い好奇心が、
些か軽率だと思った。
「では、ハマーンも?」
「はい。彼女の方には、ルナマリアが付きます」
あの黒髪の少年じゃないのか、と、ふとシャアは思った。
名前の響きからして、そのルナマリアなる人物は女性らしいが、どちらにせよ、あのハ
マーンの相手をしなければならないのだから、他人事ながら心配になった。
「……気の毒にな」
シャアは着替えつつ、未だ見ぬルナマリアという女性のことを哀れんだ。そんなシャア
を、レイは不思議そうな目で見つめた。
シャアより一足先にオーブの土を踏んだハマーンは、照りつける太陽の光に目を細めた。
騒々しい場所は好かないと言って、オノゴロ島からアカツキ島へと移動したハマーンは、
浜辺を歩いていた。
「もう、好き勝手に動くんだから! 自分の立場を分かってないのかしら!」
砂に足を取られながら追随する少女がいた。しかし、ハマーンはそれを全く気に留めず、
じっくりと砂を踏みしめながら歩き続けた。
足の裏に、確かな地面の感触がある。コロニーの薄い大地ではない。それが、これほど
力強いものなのかと、宇宙暮らしのハマーンは感動した。
空気も水も造る必要は無い。汚染が進んだとはいえ、地球は尚も自然に溢れ、何もしな
くても当たり前に生物が生きていける環境がある。コロニーの老朽化を心配する必要も無
い。
そこに感じるのは、強い安心感だった。それこそが地球に住むということなのだと、ハ
マーンは思った。
(俗物だから地球にしがみ付くのか、それとも、地球の重力が俗物に変えてしまうのか
……)
ハマーンはそんなことを考えながらも、頭の中にはミネバの面影があった。
終戦後にアクシズで生まれたドズル・ザビの忘れ形見は、アステロイドベルトの冷たさ
と貧しさの中で育った。物心が付く前に母親のゼナと死別し、ハマーンの父でアクシズの
指導者であったマハラジャの病死後は、実質的にハマーンがミネバの後見人となっていた。
そのミネバを、地球に降ろすという計画があった。ゼダンの門を潰す際にエゥーゴに自
治を認めさせたサイド3を経由し、アクシズの艦隊が地球圏から離脱した後に地球に向か
ってもらうという計画だ。一部、ミネバの側近の侍女であるラミアにはその話はしてあった
が、その後どうなったのか、ハマーンは気掛かりだった。
「……?」
ハマーンは、ふと背後を振り返った。いつしか、ルナマリアとはぐれていた。
「迂闊なことだ……」
新兵とはいえ、これなら戦い慣れしていなかったグワダンの将校の方がいくらかマシだ
っただろうと思う。
少し、日が傾きかけていた。微かにオレンジを含んだ陽光は、それでもまだ肌を焼くだ
けの熱を持っていた。
ふと、子どもたちの声が聞こえてきた。その声は次第に大きくなってきて、元気一杯に
砂浜を駆ける少年少女たちが、ハマーンを通り過ぎていった。遊ぶことに夢中になってい
て、ハマーンの存在も気にならないようだ。
その後方から、不思議な雰囲気を持つ女性が現れた。長い桃色の髪を持ち、ドレスのよ
うな衣装を身に纏った、可憐な印象を与える女性である。
「……!」
思わず息を呑んで、立ち尽くした。目を見張ったのは、見目麗しい容姿に対してではな
い。
ニュータイプが持つものとは違う、異質なプレッシャーを感じた。本能が、この女性に
は絶対に接触してはならないと警鐘を鳴らしている。
(何者だ、この女……!?)
動揺させられていた。女性は、そんなハマーンにしゃなりしゃなりと近づいてくると、前で
立ち止まって、「ごきげんよう」と丁寧にお辞儀をして見せた。
刹那、ハマーンはその女性が持つ特異なプレッシャーの正体を垣間見た。ぐらりと、思
わず心を許してしまいそうになるような、甘美で柔らかな声。無防備で、純真無垢そのも
のといったその女性は、まるで生まれついての女王のようだった。
ハマーンは理解していた。世界を統べるには、力を示す必要がある。そうしなければ、
民衆は従わない。だが、この女性は違う。戦争などというまどろっこしい手段を用いずと
も、その気になれば言葉だけで世界を支配できてしまうのではないかと思わせる、絶望的
とも言える魅力があった。そして、その自覚が無いからこそ、この女性は一点の曇りもな
い、水鏡のような純真無垢な心を持っていた。それは、ハマーンにとっては信じられない
ことだった。
(こんな人間が存在するのか……!?)
コーディネイターという、遺伝子改造をされて生まれてくる人種のことは知っている。
だが、この女性が持つ異質さは、そういうことではないように思えた。何か、天啓のよう
な、そんなオカルトめいた想像さえしてしまうような空恐ろしい感触を味わった。
「……」
一刻も早くこの場を離れるべきだと思った。ハマーンは無言のまま、まるでその場にそ
の女性が存在していないかのような素振りで歩き出した。
横を素通りすると、その桃色の髪の女性が振り返ってハマーンを見送った。
「あの方の眼差しは……」
そう呟いた女性――ラクス・クラインは、雷に打たれたような衝撃を受けていた。名も
知らぬ、自分と似た桃色の髪と、鋭い目を持った女性。その目が自分を見据えた時、網膜
が映す実像を透かして、何か心の奥まで見られてしまったかのような錯覚を抱いた。
恥部を見られてしまったかのようだった。自分さえ知らない心の深淵を覗かれたような
気がして、それを意識した時、ラクスの中に恥じらいが生まれた。まるで、ずっと守り続け
てきた貞操を、強引に奪われてしまったかのような気持ちになった。
そんな感覚は、初めてだった。キラとの初めての時でも、こんな意識は生まれなかった。
ハマーンの視線には、自分を恍惚とさせてしまう、何か特別な力がある――ラクスは、理
屈ではない本能的な部分でそれを感じていた。
そんな自分を、信じられないと思う。初めての経験だし、何より相手は女性である。こん
な感情を抱いてしまうなんて、自分にはレズビアンの気があるのだろうかと自問した。
問題なのは、全く嫌な気がしなかったことだった。無防備な自分の心を覗かれたのに、
ラクスはそこに性的なものに似た興奮を見出してしまった。まるで、それを待ち望んでい
たかのようにである。
一時の気の迷いだと、ラクスはかぶりを振った。いずれ、すぐに忘れてしまうことだと
言い聞かせた。
しかし、その衝撃はいつまでも居座り続けた。まるで、あの衝撃を忘れることを拒んで
いるかのような身体の反応に、ラクスは激しく困惑した。
「どうしたの?」
普段と様子が違うことに気付いて、キラが優しく訊ねてくる。ラクスは、「大丈夫です、
何でもありません」と平静を取り繕ったが、しかし、全身の内側を駆け巡る衝撃は消えな
かった。
その日の夜、皆が寝静まった後、ラクスは一人、ひっそりと自分を慰めた。
恋とは違う。それは分かっている。しかし、この感情が何なのかと問われれば、ラクス
はそれに当たる言葉を持ち合わせていなかった。
オノゴロ島は、かつてのオーブ解放作戦で激戦区となった地域である。その最たる理由
が、半国営企業である、オーブの国防兵器の大半を手がけるモルゲンレーテ社の存在であ
った。
モルゲンレーテ社はその技術力の高さを内外から評価されており、それゆえに本社が存
在するオノゴロ島が優先的に狙われたのである。
そんなオノゴロ島は、オーブ島嶼の中では最も発展した島だった。モルゲンレーテに代表
されるオーブの企業の大半がオノゴロ島を拠点にしており、それに伴って人が集うことで商
業も発展した。繁華街は賑わいを見せ、観光客で溢れていた。
シャアが訪れた時は、まだ日も高く、澄み切った青空が広がっていた。だからだろうか。
それまで船室に閉じ込められ、そうでなくともコロニーレーザーを巡る激戦から碌に息抜き
もできていなかったシャアは、珍しくハメを外したい気分だった。つまり、酒が飲みたくなっ
たのである。
監視役という名目の付添い人であるレイに検索を頼み、昼間でもアルコールを提供して
くれるような店を探してもらった。そうして一件だけ該当したバーに入店し、カウンター席
に腰を下ろした。
シャアは、ウイスキーの氷割りを注文した。レイの前には、何も言わずともホットミルク
が差し出された。
マスターと会話を交わしながら、それとなくコズミック・イラの情報を聞き出す。レイは
シャアの目論見に気付いているはずであったが、何も言わなかった。それよりもレイが
気に食わなかったのは、サービスで出されたホットミルクだったらしく、レイは始終、そ
れを不機嫌そうな眼差しでジッと見つめ、遂に最後まで手を付けることはなかった。どこ
か達観した雰囲気のある少年だが、年相応な部分もあるのだな、とシャアは思った。
そうして五杯ほど呷って、程よく気分が良くなったところで店を出た。
空は、いつしか青と朱色のコントラストに彩られていた。思ったよりもマスターとの会
話が弾んでしまったようだ。レイにとっては苦痛の時間でしかなかっただろうな、とシャ
アは少し申し訳なく思った。
そのレイが時計を見やって、「まだ少し時間がありますが」と言った。そろそろ他のバ
ーも店を開く時間で、はしごしたい気分であったが、しかし、苦痛を強いてしまったレイ
に気を使って、もうミネルバに戻ることにした。
その帰途、海沿いを行く道を車で走っていると、ふと気になる場面に出くわした。波が
ぶつかり飛沫を上げる、波止場のようになっているところの突端に、碑のようなものが見
えた。そして、そこに二人の人影が見えた。
「シン」とレイが呟いた。手前側の黒い髪の少年の後姿には、シャアも何とはなしに見
覚えがある。
酒が入っているのもあった。だから、つい、こんなうらぶれた寂しげな場所で、一体何
をしているのだろうかと気になって、レイに車を止めてもらった。
物言いたげなレイの視線をかわし、車を降りたシャアはそぞろにそちらへ向かった。呆
れ返りながらも、レイもそれに続く。
奥の方にいた一人が、歩き出してこちらに向かってきた。アッシュブラウンの髪を潮風
に靡かせて、その青年はどこか儚げで虚ろな表情をしていた。シャアの姿に気付くと、す
れ違いざまに軽く会釈をして、そそくさと逃げるように去っていく。シャアはその青年の
背中を見送って、年齢の割りに濃い影を落とした、暗い青年だなと思った。
――その時、レイの目がその青年をジッと追っていたことに、シャアは気付かなかった。
「アンタは――」
不意に姿を見せたシャアに、碑の前で佇んでいたシンが呼び掛けた。アッシュブラウン
の青年を見送っていたシャアは振り返りつつ、「あぁ、すまない」と返した。
「君の姿が見えたものでね。気になって、寄ってみたんだ。迷惑だったかな?」
「物好きだな」
シンは、ぶっきらぼうに言い放った。しかし、シャアはそんなシンの態度も、大して気
にはならなかった。酔って、少し陽気になっているからだろう。だから、今現在の自分が
いかに自由であるかを、シラフの時以上に実感していた。
シャアの苦難は、父ジオン・ダイクンの暗殺の時より始まった。
ジオン・ダイクンの側近であったジンバ・ラルに連れられて、妹のアルテイシアと共に
サイド3を出奔したのは、まだ10歳の頃だった。そして、そこからジンバにジオン・ダイク
ンの死がデギン・ザビによる暗殺であると刷り込まれ、シャアの人生はザビ家への復讐
へと大きく振れ出す。シャアはジンバよりザビ家への復讐を託され、そうすることこそが
自らの正義であり義務であると信じ、一年戦争の時までそれに腐心することとなった。己
の身一つでジオン公国軍に潜り込み、復讐の機会を窺う――それが、シャアの最初の苦
難だった。
苦節の末、ザビ家の大半は鬼籍に入り、その血統はミネバを残すのみとなった。しかし、
シャアはその中で、生涯を捧げても良いと思った女性を失った。そして、更にシャアを苦
しめたのは「赤い彗星」の名が大きくなり過ぎていたことだった。
赤い彗星のシャアは、ジオン・ダイクンの遺児のキャスバル・ダイクンであるという図
式は、一年戦争後、常識化した。凄腕のエースパイロットであり、宇宙移民者のカリスマ
であったジオン・ダイクンの嫡男であるという肩書きが、シャアに本人が思っている以上
のカリスマを与えていた。
クワトロ・バジーナを名乗ったのは、そんな周囲の期待から逃れる意味もあった。しか
し、ブレックスにしろ、アムロ・レイにしろ、様々な人間がそんなシャアの仮面を容赦な
く剥ぎ取った。それは、本人にしてみれば過大とも思える期待で、重荷でしかなかった。
本当は、そんな期待を背負えるほど立派な人間ではないと叫びたかった。もっと、つま
らない人間なのだと。
今のシャアには、そんな柵は無かった。コズミック・イラでは、ジオン・ダイクンの名も
シャアという名も何の意味も持たない。それは、真にシャアが自由を得られた瞬間であ
った。
そういう気分が、シャアを饒舌にさせた。
「寂しい、場所だな」
ジッと碑を見つめたまま佇んでいるシンには、拒絶の意思が宿っていた。シャアは誰に
語り掛けるでもない調子で、徐に目線を碑へと向けた。その袂には、先ほどの青年かどち
らかが持ってきたであろう献花が供えられていた。
シンは少しの間、沈黙していた。会話を拒否しているかのようであったが、しかし、夕陽
が水平線の彼方へと沈もうとした頃、躊躇いがちにその口を開いた。
「慰霊碑なんだ。前の戦争で死んだ人の……」
潮風に掻き消されそうなほどの小さな声で、シンは語り始めた。
「バカなアスハのせいで逃げ遅れて、流れ弾が飛んできてみんな吹っ飛んで……俺の
両親も、まだ小さかったマユも……みんな、俺の目の前で……」
シンはそこで言葉を切ると、喉を詰まらせ、肩を震わせた。
戦争の話だ。そんな話を、シャアはいくらでも耳にしてきた。だから、シンには悪いと思っ
たが、その言葉にシャアは感じるものは無かった。
そういう感覚が、死んでしまっているのだろう。或いは、復讐を誓ったあの時に封印して
しまったものなのかもしれない。
しかし、妹のアルテイシアが生きているという事実がある分、シンよりはいくらか幸せか
もしれないとも思った。
シンは、グッと袖で目元を拭った。
「こんな慰霊碑なんかで誤魔化そうとしてるんだ。俺は、絶対に許さない」
シンがこの国の出身だという話を、小耳に挟んだことがあった。シンはいわゆる戦災孤
児で、戦後にプラントに渡り、ザフトに入隊したのだという。
どこか、昔の自分に重なるような気がした。ザビ家への復讐を胸にジオン軍へと志願し
た自分と。
「復讐からは何も生まれない――」
語り出したシャアが思い出していたのは、ガルマ・ザビのことだった。士官学校時代か
らの盟友であったが、ザビ家であるという理由だけでシャアの標的となった。そんなガル
マを謀殺しようとした時、シャアは毛ほどの躊躇いも見せなかった。当時は、それが自分
の人生で生き甲斐だと信じていたからだ。
だが、ガルマのガウ攻撃空母がホワイトベースの攻撃によって沈んだ時、シャアが得た
のは束の間の爽快感だけだった。シャアが得たかったものは何も得られなかったし、何も
取り戻せなかった。
「――ただ、虚しさを煽るだけなのだ」
シャアは当時を思い起こしながら、黄昏の空に言葉を投げかけるように静かに言葉を結
んだ。
その瞬間、シンがバッと身を翻した。釣り上がった目が、シャアに強い敵意を投げかけ
ていた。
「復讐だって……? ――アンタに何が分かる! そんなの、家族を殺されたことの無
い奴が言う、奇麗事じゃないか!」
波の音を掻き消すほどのシンの怒鳴り声が、オーブの高い空に響き渡った。
家族のことで鼻息を荒くするシンが、些か羨ましいと思った。シャアには、もうこのよ
うな感情は失せてしまっていたからだ。
「……私の手は、既に復讐で血に染まっているよ」
シャアの言葉に、一寸、シンが怯んだ。
「アンタが……!?」
「私の青春は復讐だった。その成れの果てが、今の私だ。復讐を胸に生き、目的を果た
して、虚しくなった。そして、虚しさを覚えた瞬間から人は腐り始める。だから、人はもっと
生産的な生き甲斐を持って、より良く生きねばならん」
「偉そうに!」
「復讐とは、憎しみで人を殺すことだ。君は、ご家族の死に対して憎しみで報いようとい
うのか?」
「……っ!」
シンは言葉を詰まらせた。だが、すぐに「うるさい!」と声を上げた。
「だからって、アンタに俺の気持ちが分かって堪るか!」
シンは大きく身振り手振りをして、シャアに吠え掛かった。
「腕だけだったんだぞ! ……マユの……妹の……! それをアンタはっ!」
激したシンには、いっそのこと全て綺麗に吹き飛んでくれていれば、という思いがあった。
シンは肩でシャアを突き飛ばし、駆けていった。シャアは、それを追うようなことはしな
かった。レイが、鋭い眼差しでシャアを睨みつけていたからだ。流石に、口が過ぎたと
思った。
(年寄りの嫌な癖が出たな……若者を見ると、つい、ああしろこうしろと言いたくなる
……)
自省が必要な酒は、良い酒ではない。こういうのを悪酔いと言うのだと、シャアは深く
反省した。
ミネルバに戻ると、疲れ切ってうな垂れている少女の姿が目に入った。ラウンジで椅子
に腰掛けていた彼女が、ルナマリアなる人物なのだろうと直感的に分かった。
案の定、随分と辛酸を舐めさせられた様子だった。ルナマリアはレイを見つけるなり、
「ちょっと聞いてよ」と愚痴を零し始めた。女性が「ちょっと」と言う時は、大抵長くなるも
のなんだよな、とシャアも適当に椅子に腰掛けた。
ルナマリアはレイに不満の限りをぶつけた。ストレスの捌け口にされたレイはうんざり
した様子だったが、ルナマリアはまるでお構いなしに、矢継ぎ早にしゃべり続けた。
言うことを聞かないのは当たり前。勝手に動いて危うく見失いかけることはしょっちゅ
うで、挙句、そのせいで軍人としての資質を疑われて詰られる始末。その上、アカツキ島
への移動運賃を払わされて、ただでさえ寒い懐事情が余計に寒くなった等、云々。出るわ
出るわの愚痴の大盤振る舞いで、傍で聞いているシャアも流石に参った。
そうして10分ほど一方的に話し続けると、ようやく愚痴を吐きつくしたのか、「アンタは良
いわよね」と急に話題を切り替えた。
「クワトロさんの方が楽そうでさ。今度の時は替わってよ」
ハマーンはもう懲り懲りだと言う。愚痴に付き合わされたレイも懲り懲りだろうな、と
シャアは思った。
そのシャアの心の声が聞こえてしまったのか、ルナマリアが不意に顔を振り向けて、
「あの、いいですか?」と話しかけてきた。シャアは内心、何故もっと早くこの場を離れな
かったのかと臍を噛みながらも、「何かな?」と冷静に返した。
「どういう人なんです、あの人?」
それを聞いて、どうやら愚痴を聞かされるわけではなさそうだと安堵する一方、それは
難しい質問だなとも思っていた。シャアは、「そうだな……」と前置きして、頭の中を整理
してから言葉を選びつつ、慎重に話し始めた。
「怖く見えるが、基本的には優しい人だ。あれで、けっこう子煩悩なところもあるようだ」
シャアは、無理矢理ハマーンを持ち上げるようなことを言った自分を、心の中で笑った。
だが、ミネバがハマーンを頼り切っていた様子を鑑みる限り、それもあながち間違いで
はないような気もした。育て方に問題はあったが、ハマーンはミネバには優しかったのだ
ろう。そう思うと、寧ろ不甲斐ないのは途中でアクシズを離れた自分の方ではないかと思
えてきた。
「色々と苦労を重ねてきた経緯があってね、中々、他人と打ち解けるということが苦手な
女性なんだ」
シャアの説明に、「そうなんですか?」とルナマリアはさして理解してない様子で相槌を
打った。
無理もない。例え詳細に説明したところで、本当の意味で彼女の苦労を理解することな
どできはしないだろう。ハマーンがルナマリアたちと同じ年頃から過ごしてきた青春は、
あまりにも貧しく、世界が違いすぎる。
才能もあっただろうが、少女が組織を率いるということは、並大抵ではない。だから、力
を示す必要があった。絶対的な力を。そのために重ねた努力は、想像を絶するものがあ
ったはずである。
そうさせてしまったのは自分なのかもしれないと、ふとシャアは思った。ハマーンの才能
を褒めそやし、その気にさせておきながら自分は地球圏へと流れた。それがハマーンを
孤独にして追い詰める結果になったのだとしたら、その判断は間違っていたということに
なりはしないか――そう思うと、シャアの中に苦い思いが沸き起こってくるのである。
ハマーンをあのようにしてしまった責任は、ハマーンを支えてあげなかった自分にある
のかもしれない。しかし、例えそうだったとしても、シャアに地球圏の不穏な情勢を看過
するという選択は、あり得ないことだった。
オーブからの出国要請が舞い込んできたのはその翌朝で、突然のことにミネルバは慌し
くなっていた。
「それがアスハのやり方なんだ! 自分を送り届けさせて、用済みになったら手の平を
返しやがるんだよ!」
声高に主張するのは、シン・アスカだった。「分かったから配置に就け!」と、チーフ
メカニックのマッド・エイブスに注意される。
事の経緯は、ウナトが懸念した通りだった。ザフトの最新鋭艦であるミネルバが入国し
たことを快く思わない連合国側が、オーブに抗議の電話を入れたのである。
連合国側は、デュランダルの意図を分かっていた。だから、中立を標榜しているとはい
え、それを信用していない連合国側は、オーブがプラントに取り込まれる前に早めに手を
打って置こうと考えたのである。内容は不明だが、カガリがデュランダルと極秘会談の場
を設けていたという情報もキャッチしていたため、そのことが疑惑に拍車を掛けていた。
投下乙です
連合国側の動きは素早かった。そして、その手段は強硬なものだった。脅しまがいの艦
隊の派遣は、かつてのオーブ解放作戦を思い起こさせ、オーブ全体を恐怖で震え上がらせ
たのである。
当然、カガリは連合国の動きに反発した。こんな横暴があって堪るか、と。しかし、興奮
するカガリを諌めたのは、ユウナの言葉だった。
「国民感情というものもあるんだよ。君は、もう一度オーブを焼くつもりか?」
その言葉に、カガリは黙すしかなかった。そして、「ここは連合に従いましょう」というウナ
トの言葉に、沈黙を以って肯定するしかなかった。
公海上でミネルバを待ち受けるのは、連合国軍第81独立機動部隊――通称ファントムペ
インと呼ばれている部隊だった。
隊を指揮するのは、ネオ・ロアノークという長身の男である。黒の制服に奇妙な仮面を
被り、裾から長く伸びた癖のあるブロンドの髪を靡かせている。
旗艦J・Pジョーンズの艦橋で佇んでいるネオのもとに、一通の内線が届けられた。通信
端末を耳に当てると、およそ上司に対して取る態度とは思えない喧々囂々とした声が、怒
鳴り立てるようにネオの耳を劈いた。だが、そんな相手にも、ネオは慣れた様子で応対し
た。
「今回、お前たちの出番はない」
開口一番にそう言うと、更にがなる口調で捲くし立てられて、仮面の下のこめかみに青
筋が浮かんだ。
「だから、まだ弾薬とか予備のパーツが間に合ってないっつってんだろうが! ……あ
あ、そうだ! 然るべき時にお前たちには出てもらう! だから、その時まで大人しくして
ろっ!」
一方的に通信を終えると、ネオは疲れた様子で通信端末をオペレーターに渡した。
「子守も楽じゃありませんね」
「誰がくたびれた保父さんだ!」
「言ってませんよ、そんなことっ!」
オペレーターを小突くと、ネオは振り返り、「しかし……」と誰にともなく呟いた。
("ゆりかご"の調整は行った……今は安定してるように思えるが、もし、それが偽りだ
ったとしたら……?)
ネオの脳裏に、一寸、嫌な予感が過ぎった。
「……まさかな……」
口元に浮かぶ笑みは、自身を宥めるためのものでしかない。そうして、「今回は出撃さ
せないのだから……」と言い聞かせると、前に向き直って声を張り上げた。
「ザムザザーの出撃準備を急がせろ! 我々の任務は、オーブから出てくるザフトの新
型戦艦の撃破である。戦時下ではないが、名目は上がいくらでもでっち上げてくれる。遠
慮なく叩け!」
ネオはそう号令を掛けると、後のことを艦長であるイアン・リーに委任し、自らも出撃す
るために艦橋を後にした。
ミネルバの背後からは、オーブ海軍が追随していた。そして、ミネルバが公海へと出る
と同時に、威嚇射撃を浴びせてきた。転進しての再入国は認めないという意思を示す砲撃
だった。
前門の虎、後門の狼。ミネルバは進退が窮まったのである。
ファントムペインから、ミネルバへ通告がなされた。無条件での艦船及びモビルスーツ
の放棄である。形式的とはいえ、こんな冗談みたいな要求を突きつけてくる相手を、タリア
は恥知らずだと思った。
後退が許されないなら、かくなる上は敵を撃破して突破するしかない。敵は旗艦を含め
て空母や巡洋艦が複数隻。苦しい状況だが、ミネルバの戦力を信じるしかないとタリアは
判断した。
ミネルバの砲塔が次々と開かれていく。同期して、搭載されていた三機のモビルスーツ
の展開も行われた。すなわち、シン、レイ、ルナマリアの三人である。
「まだ撃つなって、どういうことだよ!」
フォースシルエットにて出撃したシンは、オペレーターを担当するルナマリアの実妹で
あるメイリン・ホークから告げられた内容に憤慨した。それに対し、メイリンも「まだ戦争
になったわけじゃないんだから」と反論した。
「だから、こちらから仕掛けると、国際世論的に不味いのよ」
「そりゃ向こうも同じだろ! ――ったく! 艦長命令なら、従うけど……!」
シンの目に、相対する艦隊から次々とモビルスーツが発進するのが見えた。相手側は、
明らかにこちらを攻撃する意図を持っている。
「――馬鹿馬鹿しい!」
シンは、やきもきした。どの道、戦闘になるのは分かりきっているのだから、先制攻撃
を加えた方が得だという思いがある。それなのに、攻撃されてからではないとトリガーを
引けないなんてナンセンスだと思った。
結局、シンが睨んだとおりファントムペインはミネルバに攻撃を加えた。そして、その
攻撃が被弾して威嚇でないことが判明して、初めてタリアからの迎撃命令が下された。
対応が鈍すぎる、とシンは腹を立てていた。こんな囲まれてから迎撃を始めても、窮境
に追いやられるだけだと憤慨していた。事実、機先を制されたミネルバは、早速敵のモビ
ルスーツ隊に取り囲まれていた。
タリアからの指示は、それの撃退だった。
「こんなんで、本当に突破できるのかよ!」
ミネルバを囲むのは、見慣れない型のモビルスーツだった。ダガーの発展型と思しきそ
のモビルスーツは、アカデミーで習った地球軍のモビルスーツの性能とは、一味違った。
「けど、この程度なら!」
シンにとって、手に負えない相手ではなかった。同じく最新鋭機であるインパルスは、
高性能を追及したワンオフ機である。例えるなら、ノーマル車とカスタムされた車ほどの
性能差がある。多対一の状況でも、遅れを取ることはなかった。
タリアが突破に自信を見せるのは、そういった理由もあった。ミネルバには、新兵が多
いとはいえ、選抜されたスタッフが乗り込んでいる。そして、ザフトの新たなフラッグシ
ップとなるべく建造されたミネルバには、最新の技術が惜し気もなく注ぎ込まれていた。
その中でも象徴的な兵器が、一撃必殺の巨砲タンホイザーだった。それは連合軍側で言
うところのローエングリンであり、一度の発射で数隻の艦船を沈めることも可能な威力を
誇っていた。
起動さえ出来れば、後は撃つだけで局面を打開できる。ところが、誤算だったのはタン
ホイザーを起動する暇が中々見つけられないことだった。対空迎撃を続けているのだが、
敵新型モビルスーツの性能が存外に良く、空中戦が可能なインパルスは兎も角として、甲
板から迎撃するしかないレイとルナマリアのザク・ウォーリアが苦戦を強いられていた。
タンホイザーは、その威力に比例するように起動から発射までに時間が掛かる。包囲さ
れている状況で強行すれば、間違いなく狙われる。その様な本末転倒の愚を犯すわけには
いかなかった。
(彼らが見ていると言うのに……!)
タリアは、チラと背後のゲスト席に目をやった。そこには、シャアとハマーンが座って
いた。タリアが、その戦いぶりを見せ付けようと招待したのである。裏には勿論、二人を
懐柔しようというデュランダルの思惑がある。
しかし、それは却って逆効果だったかもしれないと、タリアは臍を噛んだ。
「フッ……」
シリアスなミネルバのブリッジに、シニカルなハマーンの嘲笑が響く。タリアには、そ
れが耳障りだった。
その時、「シャア」と嘲笑混じりにハマーンが隣に座るシャアに話しかけた。二人で笑
いものにでもしようというのかと思っていると、次に出てきた言葉に、思わずタリアは耳
を疑った。
「苦戦しているみたいだぞ。手を貸してやったらどうだ?」
意外な提案にすぐさま反応したのは、副長のアーサー・トラインだった。「本当か!」と
咄嗟に立ち上がったアーサーの現金な反応に、それを見たハマーンが更に嘲笑を重ねた。
嘲笑を浴びたアーサーは、よく意味が分かってないようだった。それを横目で見やって、
「そりゃそうよ……」とタリアは内心で頭を抱えた。
「それはやぶさかではないが……」
シャアが一同を見渡しながら、遠慮がちに切り出した。
「私の百式は使えないはずだ」
そう懸念を伝えると、「それとも、キュベレイを使わせてくれるのか?」と続けた。するとハ
マーンは、「まさか」と返した。
「今出ている他にも、まだ一機、残っているだろう」
ハマーンは、クルーの誰にともなく呼び掛けた。オペレーターのメイリンが、「確かに、アー
モリー・ワンの襲撃の時にアスハ代表を収容する際に持ち込まれたザクが一体、残ってま
すけど……」と答えた。
「使えるのだろう?」
「一応、メンテはしてあると報告は受けてますが……」
「十分だ」
ハマーンが言うと、シャアはすっくと立ち上がり、タリアに視線を投げ掛けた。
「――後は許可をいただければだが、艦長?」
シャアはタリアに要求した。
ブリッジには、妙な緊張感があった。シャアとハマーンが特別なゲストであるとはいえ、
ナチュラルであるという事実が一同の心に引っ掛かっていた。
タリアにもその懸念はあった。しかし、これは逆にチャンスでもあるのではないかと思
った。
タリアはシャアに顔を振り向け、「でも――」と切り出した。
「クワトロ殿に、この世界のモビルスーツが扱えて?」
ワン・クッションを置くように訊ねると、「この男ならできる。私が保証しよう」とハマーン
から返事が飛んできた。シャアはそんなハマーンを見やって、苦笑を浮かべた。
「……分かりました」
こうしている間にも戦況は進む。ならば、決断は早い方がいいとタリアは判断した。
「クワトロ殿に助太刀を頼みます。デッキのザクを使ってもらって構いません」
「賢明な判断だ、艦長……」
ハマーンはそう言って、「くくく……」と意味深長な含み笑いをした。
タリアは直ちにモビルスーツデッキに連絡を取り、ザク・ウォーリアの出撃準備をする
ように内線で伝えた。「本気ですかい!?」とマッドが驚愕していたが、タリアは局面を
打開するためだからと言って押し切った。
やや揉めたのが気になったのか、「本当によろしいのかな? グラディス艦長」とシャ
アが気を利かせた様子で確認を取ってきた。侮られてると感じたタリアは、「勿論よ」と
何事も無かったかのように微笑みで返した。
シャアは、そのタリアの微笑に女性の胆力を感じた。
(なまじの艦長ではないということか……まったく、女という生き物は……)
シャアはそうは思いながらも、出番が訪れた事に高揚していた。苦戦している様子を見
せられると、戦士としての血が騒ぐのだ。実のところ、シャアはずっと加勢したくてうずうず
していた。
ハマーンは、そんな心の内を見透かしていたのだろうか――サングラスの下から盗み見
たハマーンは、既に足を組んで観戦モードに戻っていて、その意図を汲むことは出来なか
った。
(まあ、いい……ウイスキー代の分くらいは、働いて見せるさ……)
「こっちです!」
シャアは迎えに来た浅黒い肌の若いメカニックに連れられて、勢い良く艦橋を飛び出した。
続く
一部名前欄の表記ミスりました
>>348の10/12は正しくは11/12です
さるさんに引っ掛かってしまいました
気をつけてたつもりなんですけど前と仕様がちょっと変わったのかな?
とりあえず第二話は以上です
次回は木曜の夜か金曜あたりを予定しています
それでは
投稿乙です
シャアは今後、ザクを赤く塗らせるのかな?いやルナ機と被るからダメか・・・
GJ!!
どうもです
第三話行きやす↓
それは、シャアが知っているものとは別物だった。しかし、確かにモビルスーツであり、
ザクと呼ばれているものであった。この世界が、歴史のどこかで分岐した平行世界なのか
もしれないという思いが、一層強まった。
ビリジアンが、いかにも量産機であるという印象を与えてくる。出来ればジオン公国軍
時代のパーソナルカラーであった赤に塗り直したいという思いが強かったが、そこは我慢
した。
ザク・ウォーリアと呼ばれるこのザクには、“ウィザード”という換装システムがあると説
明を受けた。F型やJ型のような違いかと思ったが、もっと大胆に性格が変わることを知っ
て、シャアは感心した。
いくつかのタイプを提示された。機動力を好むシャアは、その中から最もオーソドック
スなタイプを選択した。
コックピットに乗り込み、ハッチを閉める前に簡単にレクチャーを受けた。多少の違い
はあるが、基本的な操作はかつて扱っていたものとさして変わらなかった。触ってみて、
慣らしさえ済ませれば十分に動かして見せる自信はあった。
「本当に出来るのか?」
クレーンに乗ってザク・ウォーリアのハッチに身を乗り出しているメカニック主任のマ
ッド・エイブスが、操作確認を続けるシャアに疑いの目を向けてくる。シャアは手早く一
通りの確認を済ませると、そんなマッドに不敵な笑みを返した。
「問題ない」
「裏切るとかは、勘弁してくれよ」
不審者に釘を刺すように言って、マッドはクレーンを移動させるように命じた。クレー
ンが離れるとシャアはハッチを閉じ、ハンガーのロックが外れた事を確認すると、ザク・
ウォーリアをカタパルトデッキへと向かわせた。
シャアの操るザク・ウォーリアが、滑らかにモビルスーツデッキを移動していく。
「あれで初めてかよ」
その無駄のない動きに、若いメカニックたちが囁き合う。マッドはその様子を複雑な面
持ちで見渡しながら、半ばやけくそ気味に叫んだ
「ザクの三番機が出るぞ! 奴さんはブレイズウィザードをご所望だ! 用意してやれ!」
カタパルトデッキへと移動すると、ロボットアームが服を着せるようにザクに装備を施し
た。それが終わると、ゆっくりと前方のハッチが開いていった。
メインの三面スクリーン越しに、ビームや爆発の光芒が見える。その上部には通信回線
用のサブスクリーンが二つ設置されていて、周りは計器や操縦系の機器に囲まれている。
全天マルチスクリーンとリニア・シートに慣れたシャアには、多少、窮屈に感じられはし
たものの、それも一年戦争時代の感覚を思い出すまでの僅かな間の辛抱だった。
「ブリッジへ、ザク三番機、出るぞ!」
シャアはカタパルトを進み、ミネルバの甲板へと躍り上がった。そこでは、レイとルナ
マリアのザクが空中のウインダムの群れに必死に抵抗している姿があった。被弾こそ
していないが、苦戦している様子は見て取れた。
「本当に出てきたの!?」とシャアのザクを見たルナマリアが声を上擦らせた。
「艦長から正式に要請を受けて、許可を貰った。加勢させてもらう!」
シャアはそう言うなり、上空から襲い来る敵機に向けてビームライフルを連射した。そ
して、そうしながら、傍らでは二人の対応を分析したりもした。
(彼の方は問題ないが……)
レイの白いザク・ファントムは、敵を散らすようにビームライフルを撃っていた。だが、
一方で問題なのがルナマリアだった。敵の数に焦りがあるのか、ルナマリアは長い砲身
の巨砲オルトロスを、闇雲に連射しているだけのように見えた。
(そんな狙いでは……!)
シャアはウインダムの群れに対応しながら、それとなくルナマリアの照準にも気を配っ
た。そうしてルナマリアの狙いを絞ると、シャアはそちらに向かってビームを散らした。
標的にされたウインダムが、シャアの撃ったビームに晒されてバランスを崩した。そし
て、そこへ待っていたかのように大口径のビームが襲い掛かり、ウインダムを粉砕した。
「やった! 当たった!」
ようやくの成果にルナマリアは快哉を上げた。実質的にはシャアに当てさせてもらった
だけなのだが、それに気付くことなくルナマリアは喜んでいた。
だが、シャアはそれに構うことはしなかった。
(反応速度、命中精度……大体こんな感じか……)
シャアの本懐は、そちらにあった。ザク・ウォーリアの性能試験である。
そして、まだザク・ウォーリアの性能の全てを把握したわけではない。シャアは上空を
仰ぎ、比較的敵機が接近していることを確認した。
「よし、試してやる……!」
シャアはバーニアの使用限界を示すメーターの位置を確認すると、一挙にザク・ウォー
リアを飛び上がらせた。
ミネルバ付近は激戦区となっていた。敵味方の弾が入り乱れ、さながらビームと弾丸の
嵐となっていた。シャアはそこへ飛び込んだのである。
誰もが目を疑った。レイやルナマリアは勿論、ブリッジのタリアやアーサー、その他ク
ルーの面々も目を見張ってその様子に仰天していた。誰もが、シャアを自殺志願者のよう
に見ていた。ただ一人、ハマーン・カーンを除いては。
自由飛行が出来ないザク・ウォーリアに、滞空中の機動力は皆無と言ってよかった。ウ
インダムに比べれば、その機動力差は月とすっぽんほどの違いがある。言わば、カモ同然。
当然、ファントムペイン側はそう思っていた。
だが、それは誤った認識であると、すぐに思い知ることとなる。
バーニアを限界近くまで使って飛び上がったところで、シャアは上昇を止めた。そして、
直下に見えた手近なウインダムに照準を合わせ、素早くライフルを連射した。油断してい
たウインダムは咄嗟に反応できず、右肩の辺りに被弾し、バランスを崩した。
シャアはそのまま自由落下に任せて被弾したウインダムの上から襲い掛かり、それを踏
みつけて再び上昇した。バーニアを使わない、ザク・ウォーリアの脚力のみでの上昇であ
る。チラと見やったバーニアのメーターは、四分の三程度にまで回復していた。
踏みつけたウインダムは、そのままバランスを取り戻すことなく海へと沈んだ。そのあ
っという間の出来事に動揺した数瞬の間隙を縫って、シャアは更に二機のウインダムにビ
ームを散らして撃墜した。
「ザクで空中戦をやるの!?」
ルナマリアは悲鳴を上げるように叫んだ。その一瞬、手を休めた瞬間を狙って、一機の
ウインダムがビームサーベルをかざして接近戦を挑んできた。ルナマリアは辛うじてその
一撃をかわし、レイにそのウインダムの頭部を撃ち抜いてもらって事なきを得たが、「余
所見をするな!」と怒鳴られてしまった。
「ゴメンだけど……!」
目を奪われるなと言う方が無理だった。シャアのテクニックは、セオリーを完全に無視
している。アカデミーで習ったような模範的な動きとは、白と黒ほどの違いがあった。
レイもそれは実感していた。しかし、だからこそ目に毒だと思った。
誰しもができるような動きではない。そして、それ以上に、今、ルナマリアが示したよ
うに、非常に興味を惹かれる刺激的な動きでもあった。しかし、それに触発されるのは、
大きなミステイク。真似をしようと思っても易々と出来ることではない。レイは、そのこ
とは深く肝に銘じなければならないと思っていた。
高空から自由落下するシャアのビリジアンのザク・ウォーリアは、葉が落ちるようにゆ
らゆらと揺れていた。弾幕を避けるために、シャアが細かくバーニアを噴かしているのだ。
シャアはメーターを何度も細かく見やりながら、オーバーヒートを起こすギリギリの境界
をキープし、ミネルバに向かって落下を続けていた。
そこへ、接近戦を仕掛けてくるウインダムがいた。当然、シャアはビームライフルで迎
撃したが、ウインダムはそれを被弾しながらも潜り抜け、ビームサーベルを叩きつけてき
た。シャアはそれをシールドで防ぎ、ビームライフルでコックピットを射抜いたが、バラ
ンスは大きく崩すこととなった。
「むっ……!」
背後からの警戒を告げるアラームが鳴る。カメラをそちらに向けると、もう一機のウイ
ンダムが、同じようにビームサーバルを手に肉薄していた。
シャアは咄嗟にビームトマホークを抜き、それに対応した。切り結んだビーム刃が強い
光を放ち、スクリーン越しにシャアのサングラスをビカビカと照らした。
「コイツは……!」
シャアは唸った。カラーリングの違いを見るまでも無い。刃を弾こうとするシャアに合わ
せて、そのウインダムは絶妙な力加減で柔軟に対応し、巧みに放さない。他の青系統の
カラーリングとは一線を画する紫系統のカラーリングのウインダムは、確実にパイロット
の質が違った。
「面白い動きをするな?」
「ん……!」
接触回線から聞こえてきた声に、シャアは眉を顰めた。
「少し、俺と遊んでもらうぜ!」
そのウインダムのパイロット――ネオ・ロアノークは、一方的にそう伝えると、蹴りをザ
クの腹に入れて突き放した。そして、左手に持たせてあったビームライフルを構え、落
下するザクに照準を合わせた。
「……っ!?」
だが、ネオがトリガーを引くより先にザクのバックパックが開き、無数の小型ミサイル
が発射された。ネオは急加速を掛け、それをかわした。
ミサイルの煙が、煙幕になった。一寸、見失ったザク・ウォーリアは、次にネオが視認
した時には、既にミネルバにかなり接近していた。
しかし、今の一連の攻防で、シャアもバーニアを使い切っていた。ミネルバの甲板への
落下軌道には入っているが、最早、シャアには攻撃をかわす手段は残されていなかった。
ネオは、そこへ素早く照準を合わせた。タイミングはギリギリ。予測では、ザク・ウォーリ
アがミネルバの甲板に降り立つ前に狙撃できる寸法だった。
「貰った!」
だが、ネオが確信の声を上げた瞬間、またしても邪魔が入った。ネオの眼前を、轟音の
ように巨大なエネルギーの奔流が掠めていったのである。その強烈なビーム攻撃に目をそ
ばめ、ネオは咄嗟にウインダムを飛び退かせていた。
「これは……!」
ネオは、同時に強い不快感のようなものも流れて行ったような感覚を味わっていた。
不思議なことに、目が自然とそれを追っていた。ミネルバの甲板に、紅いザク・ウォー
リアの大砲を無理矢理にこちらに向けさせている白いザク・ファントムがいる。
「あの坊やか……!」
何者かは知らない。しかし、ネオには何故か相手が少年であるということだけは分かっ
ていた。
「アーモリー・ワンを脱出した時といい……アイツは一体、何者なんだ?」
しかし、白いザク・ファントムに気を取られている暇はなかった。ネオのウインダムを
攻撃する更なるビームが、今度は別方向から一閃したのである。ネオがミネルバを牽
制しながらカメラを向けると、そこにはインパルスが迫っている姿が目に入った。
「チッ!」
ネオは舌打ちをし、ミネルバから間合いを取った。
シャアの加勢によって、事態は動きを見せた。ミネルバの両舷での戦闘が激しくなると、
正面からの火力が弱くなったのである。タリアは、これを好機と踏んだ。
「タンホイザー起動!」
号令が掛かると、火器管制担当クルーのチェン・ジェン・イーから「はっ!」と声が上
がった。
ミネルバの艦首の装甲が持ち上がり、そこから巨大な砲塔が浮かび上がった。
ネオは、それを見逃さなかった。ビームライフルでインパルスを牽制すると、「ザムザ
ザーの準備は出来ているな!」とJ・Pジョーンズに向かって叫んだ。
タリアの起死回生の一撃。タンホイザーはチャージを始め、発射可能な出力にまで上が
る時を待った。
「タンホイザー出力上昇。49、52、55――」
チェンが声に出して出力をカウントアップしていく。そして、「出力60%、発射OKです!」
とチェンが振り返った瞬間、タリアは手を掲げた。
「タンホイザー、発射!」
号令を掛けると、副長のアーサーがそれを復唱し、チェンが「了解!」と言ってタンホイ
ザーの発射スイッチを押した。
刹那、タンホイザーの砲口から、オルトロスとは比較にならないほどの巨大なビームが
放たれた。それは海水を巻き上げ、射線上に存在する全てのものを飲み込んで、一直線
にファントムペイン旗艦のJ・Pジョーンズを目指した。
タンホイザーのインパクトのある光は、一瞬、戦闘を硬直させた。ネオの目も、タンホイ
ザーの光の先を追っていた。
「……聞こえるか、イアン!」
タンホイザーの光が消えると、ネオはすぐさま回線を繋ぎ、呼び掛けた。そして、通信機
から返事が来ると、ふぅと口の端を吊り上げたのだった。
他方、ミネルバのブリッジは騒然となっていた。メイリンが告げた「敵旗艦、健在していま
す!」という報告に、戦慄が走った。
「確かなのか!?」
動揺したアーサーが思わず立ち上がって、メイリンに確認を取る。「間違いありません!」
と返されると、拳を握って唸り声を上げた。
「原因究明、急げ!」
ヒステリック気味な声でアーサーがクルーに号令を掛ける。タリアはその様子を見やり
ながら、ふと背後のハマーンに振り返った。
氷のような青い瞳が、戦闘を映す正面の大画面を見つめていた。タリアの視線に気付い
たのだろう。ハマーンはチラリとタリアを一瞥すると、徐にモニターに向けて人差し指を
突きつけた。
「……あれだな」
ハマーンが指し示す先に、タリアも目を凝らす。戦闘の様子を遠景で映す大画面の中に、
海の反射光とは違う不自然な光が見えた。タリアは手元の小型スクリーンにその画像を
表示させ、その光を拡大した。
「モビルアーマーか」
いつの間にか傍らまで来ていたハマーンが、タリアの手元の画面を覗き込んで言った。
タリアはそれを一瞥すると、手元の画面に目線を戻して「“アルテミスの傘”ね」と呟いた。
「この光の感じ、二年前の大戦の資料で見た覚えがある」
厄介なことになったと、タリアは眉を顰めた。“アルテミスの傘”の絶対的な防御性能は、
タンホイザーを無効化して見せたことでも明らか。本来は宇宙基地などの巨大な建造物
にしか搭載できないようなシステムを、連合軍はこの二年で小型化し、モビルアーマー
に搭載できるレベルにまで発展させてきたのだ。
バリアを持つモビルアーマーが存在する限り、タンホイザーは通用しない。タリアはイ
ンパルスのシンに、モビルアーマーの撃墜を命じた。
メイリンより命令を伝え聞いたシンは、任務遂行に躊躇いを見せた。隊長機と思しきウ
インダムを放置してミネルバを離れることに、不安を覚えたからだ。
だが、そんな時、シャアのザク・ウォーリアが颯爽と戦闘に介入してきた。
「隊長機は、私が抑える!」
そう言って上昇してきたシャアのザク・ウォーリアはビームライフルを連射し、ネオの
ウインダムを牽制した。
「モビルアーマーにアタックを掛けられるのは、自由飛行が出来る君のガンダムだけだ
! 行ってくれ!」
ネオのウインダムがシャアの牽制で間合いを離す。その間隙を縫ってビームライフルの
カートリッジを交換するシャアのザク・ウォーリアは、再接近してくるネオのウインダムに
向けて更に腰のグレネードを投擲して掣肘を加えた。
その間にも、他のウインダムがシャアに襲い掛かってくる。だが、シャアの操縦テクニッ
クは更に冴えを見せ、先ほど以上に効果的にバーニアを使い、サーカスのように攻撃を
かわして見せた。
(何なんだよ、コイツ……!)
ふと敵艦隊の方にカメラを向けてみると、先ほどのモビルアーマーが接近しているのが
見えた。深緑色のカニのような巨大モビルアーマーは、大型のクローと強力なビーム砲で
ミネルバに迫っていた。
タンホイザーが防がれたミネルバは、敵の圧力によって少しずつ後退させられていた。
背後には、それを観戦しているかのようにオーブ艦隊が存在する。そして、領海の境界線
付近での戦闘は、ミネルバの再入国を認めないオーブ海軍からの威嚇射撃を招いた。ミネ
ルバは前後からの板ばさみにあい、退路を断たれつつあった。
そこへ、追い打ちを掛けるかのように巨大モビルアーマーは迫る。シンに、判断を迷って
いる時間はなかった。
「アンタを信用したわけじゃないからな!」
シンは叫ぶと、ザムザザーの迎撃に向かった。
ミネルバはダメージを受けながらも敵の攻撃を凌いでいた。しかし、背後にはオーブ領
海の境界線が、すぐそこまで迫っていた。
(この状況でオーブにまで参戦されたら……!)
ミネルバの命脈が尽きるという危機感が、シャアにはあった。
(ハマーンは、まだ動かないのか……?)
ミネルバに振り返る。しかし、ハマーンの力を当て込んでいる自分に気付くと、それは
酷くナンセンスな思考だと思えた。それが、かつて“赤い彗星”と綽名された男の思考な
のかと。
「余所見をしてる場合かい?」
弱気になりかけたシャアを見透かしたかのように、挑発的な言葉で敵の隊長機が迫って
くる。シャアは落下を続けながら、ネオが撃つビームを細かく左右に機体を振りながら避
けた。
そこへ、下方から別のウインダムがシャアを狙う。シャアはバーニアを一瞬だけ全開に
し、その下方のウインダムに向けて落下軌道を変更して急接近した。
ビームをかわして肉薄すると、シュートをするようにウインダムの顎を蹴り上げた。顎の
下にザク・ウォーリアの爪先が入り、ウインダムの頭部はサッカーボールのように青空
に弧を描いた。
シャアはウインダム踏みつけて再び上昇し、シャアを追って下降していたネオのウイン
ダムの上に出た。しかし、ネオの切り替えも早い。シャアがビームライフルを向けるより
も早く、頭部のバルカン砲をばら撒いて牽制していた。
「チィッ!」
シャアは止むを得ずバーニアを使い、横に逸れる。ネオはそれを先読みして、シャアの
ザク・ウォーリアに追随した。
光り輝くビームサーベルが、ザク・ウォーリアの腰部を狙う。シャアは咄嗟に機体をコ
ントロールし、辛うじて直撃を避けたが、ネオが振るったビームサーベルはザク・ウォー
リアの胸部装甲を抉っていた。
ネオの突撃による勢いがあまって、二機は空中で衝突した。一度はその衝撃で二機は
離れかけたが、シャアは咄嗟に腕を伸ばして、再びネオのウインダムに組み付いた。バ
ランスを崩しかけたシャアの隙を突いて、ネオがビームサーベルを突き立てようとする意
図を察知したからだ。
空中戦では、自由飛行が出来るウインダムに圧倒的な分がある。ネオはそれを分かって
いた。
「そのモビルスーツじゃ、俺とはまともに戦えないぜ」
「むう……!」
図星であるだけに、シャアは反論が出来なかった。
「見てみな」
「何……?」
ネオに促され、シャアはカメラをそちらに向けた。
「お前たちの頼みの綱であるあのGでさえ、ザムザザーを相手にあのザマだ」
拡大を掛けた画面には、ザムザザーの大型クローに片足を挟まれているインパルスの姿
があった。赤化するクローはインパルスの足に食い込み、やがて噛み砕いてしまった。
その瞬間、インパルスはフェイズシフトダウンを起こした。機体色がフェイズシフト装甲展
開前の石灰色に戻ったということは、フェイズシフト装甲を維持できないほどにエネルギー
が消耗してしまったことの証左だった。
「素直に投降してりゃ、捕虜くらいにはなれてたかもしれないのにな」
勝ち誇るネオの嘲りの声が聞こえてくる。その間にもザムザザーは、海面に落下するイ
ンパルスに止めを刺そうと、ビーム砲を向けていた。
だが、変化が起こったのはその時だった。
インパルスは、海面に激突する寸前にバーニアを全開にし、そのまま海面を滑るように
ミネルバに直進したのである。流れもあった。ザムザザーの撃ったビームが海面を叩き、
大きな水柱を上げていたこともあって、ザムザザーはインパルスを一瞬見失っていた。
それが、インパルスの逆転の契機となった。ミネルバ付近にまで戻ったインパルスは、
ミネルバから照射されるデュートリオンビームによってエネルギーを回復。再びフェイズ
シフト装甲を展開して本来のトリコロールカラーに戻ったインパルスのそこからの動きは、
まるで次元の違うものだった。
「変わった……!?」
シャアは思わず驚嘆していた。インパルスは、急加速と急旋回でザムザザーを翻弄する
と、一瞬にして上に取り付き、ビームサーベルを突き立てて切り裂いたのである。
コックピットを貫かれたザムザザーは、インパルスが離脱すると同時に爆散した。それ
は正しく秒殺だった。
「あっ……!」
刹那、ネオは戦慄した。ミネルバの巨砲の存在を思い出したのである。
「イアン――っ!」
ネオが通信回線に向かって叫んだ瞬間であった。自機を縛っていた力が突然、張り詰め
た糸がぷっつりと切れたかのように抜けた。
「くっ……!」
ネオの視界に、切り飛ばされた腕が宙を舞うのが見えた。ネオのウインダムの右腕だ。
シャアのザク・ウォーリアが、ビームトマホークを振り抜いていた。しかし、それを気に
している場合ではない。ネオは頭部バルカン砲でシャアに掣肘を加えると、一目散に後
退した。
「全艦、散開しろ! 第二射が来るぞ!」
ネオが叫んだ直後、ミネルバの艦首の砲台から、タンホイザーの光が走った。それは一
直線にファントムペイン艦隊に伸び、数隻の船を掠めて、彼方に着弾した。数瞬後、見る
も恐ろしい水柱が立ち上がり、やがて大きな波が押し寄せてきた。
いくつかの小型の艦船は転覆し、退艦者を出した。直撃でなくとも、それだけの被害が
出たのだ。ネオは形勢不利と判断し、全軍に撤退命令を出した。
「イアンが、俺が気付くよりも先に艦隊を下げてくれていたからこの程度で済んだが…
…」
ネオはそう呟きつつ、後方に遠ざかっていくミネルバを忌々しげに睨み付けた。
この戦闘の後、大西洋連邦を中心とした地球連合は、今回のミネルバ隊とファントムペ
インの衝突を、プラント側の一方的な侵略行為として非難する共同声明を発表した。だが、
プラントもそれに即座に反応し、反論の声明を出した。これにより、地球連合とプラント
の対立は先鋭化し、一触即発の事態へと推移していった。
「助けられたな」
昇降ワイヤーでコックピットから降りるシャアに、そう呼び掛けたのはマッド・エイブス
だった。
マッドはシャアが床に足をつけると、手に持っていた飲料の容器を投げ渡した。シャア
はそれを受け取ると、軽く微笑んでボトルの蓋を開けた。
「色々と疑って悪かったな。俺たちはコーディネイターなもんでね」
「分かっている。その辺の事情は理解してるつもりだ」
シャアはあっという間に飲み干すと、目線をモビルスーツデッキの一角へと向けた。
「ああ、すまないな」
マッドがシャアの目線に気付いて、代弁して詫びた。シャアの目線の先には、人だかり
がある。その中心にいるのは、インパルスのパイロット、シン・アスカである。
「若い連中には、アイツの活躍が嬉しいのさ」
「そうだろうな」
カーニバルのように湧き上がる若者たちの活気が、微笑ましかった。
(しかし……)
シャアにはシンのことが気になっていた。
(モビルアーマーを一瞬で葬ったあの力……それまで手を抜いていたようには思えんの
だが……)
突然、シンのインパルスがそれまでとは質の違う動きを見せた。それが、どういう理屈
なのかが、シャアには分からなかった。
話し声の中から、微かにシンの声が聞き取れた。
「こんな所で死んで堪るかって思ったら、急に頭の中がクリアになって――」
たったそれだけで、果たしてあれほど急激に強くなれるものなのだろうか――いつしか
マッドがザク・ウォーリアの点検作業に入っているのを見て、シャアはモビルスーツデッ
キを後にした。
激戦で消耗したミネルバは、大洋州連合領内にあるカーペンタリア基地へと向かった。
大洋州連合は戦前からのプラントの友好国で、それは戦役を経た今も変わっていなかっ
た。そして、カーペンタリア基地はユニウス条約締結後も地球上に存在することを許された
二つの基地の内の一つである。そこで今回の戦闘で受けたダメージの修理と、配備が遅れ
ていたセイバーの受領を行うことになっていた。
一方、ファントムペイン艦隊も、カーペンタリア基地に程近い、新設されたばかりの基
地にて補給を行っていた。
「何故、出撃が無かったんです?」
咎めるような質問に、ネオの仮面の下の目が険しくなった。
「だって、僕のは使えたんでしょ?」
「今回は様子見だったからだ。次は出てもらう」
ネオは一方的に話を打ち切ると、去っていった。
「あの体たらくで様子見だってよ」
ネオの姿が見えなくなると、水色の髪をした少年が嘲って言った。
「大人の面子って奴だろうさ。ネオの奴、俺たちに手柄を奪われるのが嫌だったもんで、
あんなこと言ってんだぜ」
短髪で緑色の髪をした、長身の少年も続いた。
「それで失敗してたら世話ねーってのにな。ま、いいさ。次は出してくれるって言ってん
だからさ」
「次、あるの……?」
柔らかな髪質のブロンドの少女が、首を傾げた。
「そうだといいんだけど。どうも胡散臭いんだよな、あの被り物がさ」
少年少女たちはネオを指して、まるで友達の噂をするように笑った。
続く
第三話は以上です
それでは
GJ!!
投下乙です
乙!
次も頼むよ
投下おつおつ
……”僕”の?
まさか……
こんにちは
第四話です↓
地球圏に硝煙が立ち昇り始めた。デュランダルは、それを必然と受け止めていた。コー
ディネイターの排斥を強弁する過激派組織ブルーコスモス。一度は枯れたかに見えたそ
の花は、二年というインターバルを経て再び花を開こうとしていた。
そのブルーコスモスに、資金という水を与えている組合がある。デュランダルは、それ
を叩かない限り、コーディネイターとナチュラルの間に横たわる問題を解決することはで
きないと考えていた。
地球圏の緊張感は高まり、ザフトと地球連合軍は戦力の再編を急いだ。その最中、ミネ
ルバとファントムペインの衝突を口実に、地球連合は二年前に結んだ休戦協定がプラント
によって破られたと主張し、戦争の再開を宣言した。一方、プラントはアーモリー・ワン
の襲撃・モビルスーツ強奪事件を持ち出し、それが地球連合軍の仕業であるとして、地球
側にプラントを非難する資格無しと厳しく糾弾。結果、双方はなし崩し的に戦争状態へと
突入していった。
そこからの地球連合軍の行動は素早かった。地球連合軍は宇宙攻撃艦隊を集結させて、
プラント本国への直接攻撃を敢行し、早期の決着を図ったのである。
だが、それはデュランダルの想定の範囲内だった。アーモリー・ワンの襲撃事件直後か
らザフト宇宙軍の編成を有事シフトへと優先的に進めていたプラントは、押し寄せる連合
宇宙軍を態勢十分で迎え撃ち、これを退けたのである。そして、その勝利によって宇宙で
の勢力を盛り返し、こう着状態へと持ち込んだ。
しかし、一方で地球では圧倒的に劣勢だった。そこでザフトは局面打開のために大規模
な降下作戦を実行し、そして、それを阻止しようと迎撃する連合軍との衝突が地球の各地
で続発した。
こうして、ものの数日で紛争は各地に拡散していった。
デュランダルは、こうした事態を予期していた。大西洋連邦国の大統領に、ジョゼフ・コー
プランドが就任した際、その当選の裏にきな臭さを嗅ぎ取ったのである。
「やはり、彼らの圧力に耐えられなかったか……」
デュランダルは画面の中で演説を続けるジョゼフ・コープランドを鼻で笑いながら、目線
を手元の報告書へと落とした。それは、ミネルバより送られてきたものである。
デュランダルは報告書を捲り、隅々まで目を通した。戦闘中の各種データや言動、その
他、報告書の作成者の個人的論評に至るまで熟読し、思わず口角を上げた。
「……やはり、興味深いな……」
デュランダルの耳には、もうジョゼフの演説の声は聞こえていなかった。
報告書には、音声データも添付されていた。デュランダルはイヤホンを装着し、それを
再生した。
「……フッ……フフッ!」
デュランダルは肩を揺らして笑った。失笑が堪え切れなかった。何せ、耳に聞こえてく
るのは自分の声そのものだったのだから。
「これが作り物じゃないというのだから、恐れ入る。まったく、世の中は面白いね。研究
させて欲しいくらいだ」
つい、研究者時代の血が騒いだ。
デュランダルは秘書を呼び、ミネルバへの指示書を送信するように告げた。
「近い内に、是非、会ってみたいものだ……」
シャア・アズナブルの出現に、デュランダルは奇縁を感じていた。
「――私をザフトに?」
カーペンタリア基地に入港して数日経ったある日、艦長室に呼び出されたシャアは、タ
リアから告げられた内容に驚きの声を上げた。
「議長の強い意向でもあるの」
タリアはデスクの下から、デュランダルから送られてきた指令を記憶したディスクを取
り出し、シャアに見せ付けた。
「クワトロ殿の素性や所属に関しても、偽装も含めて元々プラント市民だったというこ
とになるわけだけど、いかがかしら?」
タリアに「悪い条件じゃないはずよ」と言われて、シャアは肩をすくめた。
オーブ沖での戦闘で、シャアとハマーンは信頼を得ていた。そこでタリアは、報告と同
時に二人の待遇の改善を本国に上訴していたのだが、その了承と同時にシャアをザフト
に引き込めとの指令も送られてきたのである。
シャアは暫時、黙考した。身元不明ではなくなるという条件は、確かにおいしかった。
申し出を受諾するのに、やぶさかではない。しかし、懸念はある。
「よろしいのですか? 私はあなた方の言うところのナチュラルですが」
「プラントに忠誠を誓ってくれるのなら、問題ありません」
念を押すシャアに対し、タリアはそう答えた。
そう来たか、とシャアは思った。この機会に、完全にシャアを取り込んでしまおうとい
うタリアの、延いてはデュランダルの魂胆が見えたのだ。
そして、シャアが靡けば自然とハマーンも同調してくれるだろうという期待もあったは
ずである。しかし、それは甘い見通しという奴だった。彼女はシャアが右へ行くとなれば、
その逆を行くような女性だ。平たく言えば、捻くれているのである。
(地球側に寝返るようなことは無いだろうが……)
かと言って、プラントに靡くとも考えにくかった。
「……了解しました」
シャアはタリアからの申し出を承服した。
シャアにはセイバーが与えられ、特別戦闘補助員という名目で戦闘部隊に加わることと
なった。これにより、シャアはミネルバ艦内の自由な移動が可能となったのだった。
オーブ沖でミネルバとファントムペインの交戦があった後、連日伝えられる地球連合と
プラントの情勢や紛争のニュースを、キラ・ヤマトは複雑な心境で見つめていた。既に大
西洋連邦やユーラシア連邦などの連合主要国が、地球上のザフトに対する徹底抗戦を
表明し、それに呼応するように連合各国にも動きが見られていた。一方、プラントはあくま
でも連合国側の姿勢を不服とし、対決の姿勢をより強く鮮明にしていた。戦争は、日増し
に激しさを増していく様相を呈していた。
そんな、ある日のことである。意外な人物が、キラたちの下を訪れた。
キラの双子の姉であるカガリ、そして、その護衛の仕事をしている親友のアスランまで
は普段のことで、理解できた。だが、その背後から姿を見せたユウナの登場には驚かさ
れた。
キラはユウナが苦手だった。調子が軽く不遜な、いかにも成金の息子といった言動が、
時に酷く不快に思えることがあった。それに、彼がカガリの許婚であるということもネック
になっていた。キラの心情的に、唯一の肉親であるカガリには、親友のアスランと上手
く行って欲しいと思う願望があったからだ。
しかし、その日のユウナは違っていた。不遜な態度は相変わらずだが、何か隠し持った
ナイフを抜いたような鋭さがあった。
カガリもカガリで、そわそわして普段よりも落ち着きの無い、思い詰めた表情をしていた。
(何かあったんだ……)
キラが察するに十分だった。
三人を中に入れると、ユウナは慇懃無礼な態度でソファに腰掛け、長い脚を誇張するよ
うに組んで見せた。
「クーラー効いてないの? このクソ暑いのに、よくやるねえ。何か飲み物ちょうだいよ。
このままじゃ、干上がってしまいそうだ」
図々しくユウナが要求すると、ラクスがてきぱきと用意した。
「一体、何なの?」
キラはそれとなくアスランに近づいて、そっと耳打ちをした。しかし、キラが聞いても、
「すまない、俺も事情は知らないんだ」という答えしか返ってこなかった。
「アイスコーヒーかあ……」
ユウナは出されたコーヒーを口に含むと、「それにしたって、もっと上等なの無いの?」
とクレームをつけた。
「申し訳ありませんが、今はそれしか」
ラクスが平謝りすると、しょうがないといった感じで渋々と飲み干した。
(嫌なら飲まなきゃいいのに……)
傲慢な態度のユウナに、キラは心の中で強く反発していた。
「……さて、あんまり長居するつもりは無いから手短に話すよ」
キラの反発を知ってか知らずか、ユウナは一息つくと、徐に語り始めた。キラは戻って
きたロボット鳥のトリィを肩に止まらせて、その話に耳を傾けた。
「先日のオーブ沖でのザフトと連合軍の衝突が口実となって、休戦協定が破棄されたの
は知っての通りだ。これから、世界は再び大戦に突入していくことだろう」
(やっぱり、そうなのか……)
世界情勢に通じているであろうユウナに改めて突きつけられると、嫌でも現実を認めざ
るを得なかった。
二年前の大戦に関わった当事者として、複雑な心境だった。多くの犠牲と引き換えに、
ようやく得た平和を、どうしてこんな簡単に無駄にしてしまえるのだろう――キラが抱い
たのは、そんな無念の思いだった。
目の前で炎の中に命を散らした少女がいた。野望を道連れにして自ら討たれた女がいた。
愛する人を守って星となった男がいた。戦争が再開された現実が、彼らの死を無意味なも
のに変えてしまうような気がして、キラは悔しかった。
「それで――」
ユウナの声に、キラは我を取り戻した。
「そうなると、当然オーブにも軍事同盟締結の打診が来るわけだ。でも、こっちとして
は戦争なんて真っ平ゴメンだから受けたくなんてないんだけど、困ったことにオーブに
はそれを突っぱねるだけの力は無いんだよね。つまり、そこで君たちに凶悪犯になって
もらおうっていう、僕の素晴らしいアイデアの登場なのさ」
話が飛躍しすぎていて、その場の誰もが閉口してしまった。「手短にしすぎだ、バカ」
と青筋を立てるカガリの言は、もっともであった。
「鈍いなあ」
ユウナはキラたちを小ばかにするように肩を竦めた。
「連合から軍事同盟締結の打診を受ければ、オーブは拒否することが出来ない。拒めば
武力介入を招くことは、先日の連中の態度で明らかだからね。ザフトの新造艦を入国させ
たことで、連合側にオーブがプラント寄りであると疑いを持たれてしまっている。当然、二
年前と同じ轍を踏むわけにはいかないから、国防軍の出撃は止むを得ない。そこで――」
「ちょっと待った」
その時、異議を挟んでキッチンから男が姿を現した。顔の左側に縦に大きな傷跡のある、
隻眼の男である。かつて“砂漠の虎”という二つ名で活躍したアンドリュー・バルトフェルド
だった。
「何だい君は?」とユウナは話を遮られて不機嫌そうに口を尖らせた。
「俺のスペシャルブレンドが口に合わなかったようで?」
ユウナは片眉を上げて、「これ、アンタかい?」と汗をかいたグラスを指で抓んで持ち
上げた。
「懲り過ぎだね。味が迷走してる」
「やっぱり、そう思うかい?」
「一流の人間は、一流の味を知っているものさ。――で、言いたいことはそれだけ?」
「いやあ……」
バルトフェルドは、「そういうことじゃなくてな……」と続けて、話し合いの輪に加わった。
「連合がオーブに同盟締結を打診してくると、どうして思うんだ? ユニウス条約によ
る軍縮で、大西洋とユーラシアの戦力だけでも十分ザフトには対抗できるはずだろう?
こう言っちゃなんだが、オーブは色々と面倒な国だ。いくらプラント寄りの疑いを持たれ
てるからって、そんな国をわざわざ戦場に引っ張り出そうと思うものかね?」
バルトフェルドが指摘すると、ユウナはフン、と鼻を鳴らした。
「父がロゴスと通じているからさ」
「ロゴス?」
聞き慣れない単語に、一同が首をかしげた。その様子を眺めて、「これだから素人は困
る」とユウナは呆れながらも、解説を始めた。
「いわゆる軍産複合体って奴だ。秘密結社みたいな連中でね、ブルーコスモスの資金
源も、そいつらが出どころさ。そして、現在のブルーコスモスの盟主はロゴスのメンバー
の一人だ。父はそのロゴスと通じて、融通してもらってたのさ」
一同が顔色を変えた。それを見てユウナは、「勘違いしないでくれよ」と付け加えた。
「私腹を肥やすためじゃない」
「じゃあ、どういう理由で……」
ユウナは眉を顰めるアスランを一瞥すると、意味深長に一同を見回した。
「――ところで君たちは、オーブが連合軍の侵攻による被害から二年でここまで復興で
きたのは、どうしてだと思う?」
「……? それは――」
「まさか、オーブの底力とか言わないでおくれよ」
その時、一部の者が気付いて、顔をハッとさせた。
「……そうさ」
その反応を楽しむように、ユウナは顔を綻ばせつつ続けた。
「オーブの復興には、ロゴスの資金が一枚噛んでいる。戦後のモルゲンレーテの兵器開
発にも、ロゴスの金が絡んでいる。今のオーブには、ロゴスの金の血が流れているんだよ」
それは、カガリにとっては認めたくない事実だった。あたかも、オーブが汚されてしまっ
たかのように思えたからだ。民の安寧のためとはいえ、カガリはそれが悔しかった。それ
は即ち、元首としての自分の無能さを突きつけられたことでもあるのだから。
「ロゴスはオーブだけじゃなく、連合各国にもパイプを持っている。そして、ジョゼフ・コー
プランドが就任して以降の大西洋連邦には、とりわけ強い影響力があるんだ。彼の当選
の裏にロゴスの金が絡んでるっていうのは、僕らの間じゃ有名な話でね」
「なるほど、今の大西洋連邦の大統領は、そのロゴスとやらの傀儡って訳か。だから、
その筋を通じて見返りを求めてくると?」
バルトフェルドの問い掛けに、ユウナは「そうだ」と頷いた。
「ブルーコスモスに入れ込んでいるだけあって、コーディネイターの排斥に熱心なメン
バーも多い。戦争を煽って、火はなるべく大きく――業突く張りな連中だから、戦争特需
と思想目的の二兎を追いたがるのは目に見えてると思うよ」
「オーブの早期復興は彼らの計画の内……そのための投資か。――その内、地球に俺
たちコーディネイターの居場所は無くなっちまうのかねえ」
バルトフェルドの嘆息は、キラにとって他人事ではなかった。しかし、そんな巨大な組織
を相手に、個人の力で対抗できるわけが無かった。キラは、組織と組織が角を突き合わ
せる戦争における個人の限界というものを痛感していた。世界が一度動き出してしまえば、
もうそれを止める術は無いのだから。
それは、カガリも同じ気持ちなのかもしれなかった。先ほどから硬い姿勢でソファに座
っているカガリの、膝に添えた両拳がぷるぷると震えていた。それに気付いたアスランが、
そっと慰めるようにカガリの肩を擦った。
「――ここまでは、理解してくれたかな?」
ユウナが聞く。一同は沈黙したままだったが、ユウナはそれを肯定と受け取った。
「ま、君たちが暗くなるのは分かるよ」
ユウナはまるで他人事のように一同を見渡した。
「……で、そこで本題だ」
そして、ユウナはそう切り出すと、身を前に乗り出して、一通りの説明を行った。
いつもは穏やかな邸宅が、まるで世界を変えてしまったかのような深刻な空気に包まれ
た。皆、複雑な表情をしていた。キラはその時になって、カガリの浮かない表情の意味を
知った。
「このキーが封印の鍵だ」
そう言って、ユウナはポケットから取り出したキーをアスランに手渡した。
「この島の地下ドックに隠してある。それを使ってくれ。必要なクルーも、既にこちらで
用意してある。マリア・ベルネスだっけ、今は? 艦長はモルゲンレーテの彼女でいい
よね。――ああ、そうだ。モビルスーツも一機だけじゃ心もとないだろうから、ムラサメ
を何機かおまけしてあげるよ。それと、スカンジナビアには信頼できるルートで事情を説
明しておく。補給のことで困ったら、彼らを頼るといい」
ユウナは立て板に水を流すと、「それじゃ、これで失礼するよ」とソファを立ち上がった。
「どうしてこんなことを……?」
アスランは去り際のユウナを呼び止め、訊ねた。ユウナのイメージではない――比較的
ユウナと接する機会の多いアスランは、単純に今の彼に違和感を持った。
立ち止まったユウナは、徐にアスランに振り向いた。その眼差しがいやに神妙だったの
が、いまいち信じられなかった。
「……君、先日の連合軍とザフトの衝突が、偶発的な事故だったとでも思ってやいない
かい?」
「い、いえ……」
アスランにも察しはついていた。ミネルバとファントムペインの衝突は、仕組まれたも
のだった。裏には、ユウナが今しがた解説したロゴスの影があると、今なら分かる。
「事の始まりは、アーモリー・ワンからだ。あの挑発がデュランダルをその気にさせて、
オーブを巻き込んだんだ」
ユウナの眼光は、怒りだった。
「そういった意味じゃ、プラントも大概だ。デュランダルはアーモリー・ワンの時点で、
既にこうなることを分かっていたはずだ。彼は、その上でミネルバでオーブに接触して
きた。けど、もっと許せないのは、そう仕向けたロゴスだよ」
「あなたは、純粋にオーブを守るために……」
「僕はね、利用するのは大好きだけど、利用されるのは死ぬほど嫌いなんだ」
ユウナを見直そうと思っていたアスランは、その一言を聞いて、それはもう少し待って
からにしようと思った。
「理屈は分かりますけど、それはどうかと……」
「ロゴスを利用したは良いけど、そのためにオーブの安保を犠牲にするようでは駄目だ。
そういう父のやり方が、僕は気に食わないんだ。こんなことになるなら、最初から利用し
ない方がいい。……ま、平たく言えば、政治をやるには僕はまだまだ青いってことだよ」
ユウナは自嘲気味に言った。まだ好きになれそうに無いが、ユウナの言葉は信じられる、
とアスランは感じた。
キラもそんなユウナを不思議な心持で見ていた。ボンクラとばかり思っていたユウナが、
今は何故かとても頼もしく、立派に見えた。
「……何?」
キラの視線に気付いたユウナが、不機嫌そうに顔を顰めた。
「いえ、そういう顔も出来るんですね」
「嫌味かい? 普段の僕は、父のマークを外すための演技だ。君たちには隠す必要も、
意味も、価値も無いから素を見せているだけだ。思い上がるんじゃないよ」
ユウナはそうキラに釘を刺すと、「いいかい、くれぐれも言っておくけどね」と続けた。
「君たちには使い道があると思って、今日まで大目に見てきてやったんだ。だから、く
れぐれも期待を裏切るような真似だけはしないでくれたまえ」
突き放すように言うと、ユウナは足早に帰っていった。
後日、オーブに激震が走った。突如として出現した戦艦――アークエンジュエルにより、
国家元首であるカガリ・ユラ・アスハが拉致されるという事件が起こったのだ。
アークエンジェルは、そのままオーブ艦船の一部を破壊し、逃走を図った。そして、その
阻止に出撃したオーブ軍を撃退したのは、たった一機のモビルスーツだった。自由の翼
の復活が、高らかに宣言された瞬間だった。
「凶悪犯は凶悪犯らしく。多少の時間稼ぎにはなるだろうし、まあ、滑り出しとしては
上々かな」
損害は出たものの人的被害は一切無し。国家元首の拉致による混乱は見られるものの、
市民生活に大きな支障なし――報告を聞いたユウナは、一人笑みを浮かべるのであった。
カガリ拉致のニュースが飛び込んできたのは、カーペンタリア基地を出立する直前にな
ってからだった。
その少し前には、オーブと地球連合軍の軍事同盟締結のニュースも報じられており、ミ
ネルバ去りし後のオーブは一体どうなっているんだ、と艦内はその話題で持ちきりだった。
中でも、シンの憤りようは尋常ではなかった。
オーブが中立国であるということは、シャアも知っていた。しかし、前大戦の最終決戦
となった第二次ヤキン・ドゥーエ戦役では、オーブの戦力が介入していたという記録もあ
る。付け加えて、オーブ解放作戦の記録も含めて鑑みるに、オーブの中立はなまじ形骸
化しつつあるのではないかと思っているシャアにとって、その対応はある意味で当然なの
ではないかと思った。
「アスハの奴は何やってんだ! そんなことだから、死ななくていい人が死んじゃうん
じゃないか!」
シンの癇癪は治まる気配を見せず、顔を赤くして乱暴にコンテナを蹴っ飛ばしていた。
シンの友人であり、担当メカニックでもあるヨウランがとばっちりを受けて、「何すんだ
よ!」と血相を変えた。
「……くそっ!」
悪びれるでもなく、シンはハンガーを後にした。「まったく……」と呟いて、同僚のヴィー
ノが片づけを手伝った。ヨウランも、仕方ないと割り切っているのか、愚痴を零しながらも
片づけをした。
シンの激しい気性に、シャアは思い出す人物があった。ニュータイプとして、誰よりも可
能性を秘めていた少年。最初こそ癇の強さが目立ったが、次第に角が取れていったよう
に思う。彼はあの後どうなったのだろうか、とシャアは今さらになって気になった。
甲板に出たシンは、前のめりになって柵に身を預けていた。潮風が絶えず吹いて、乱れ
た黒髪がその表情を隠していた。
シャアはまず、他に人が居ないことを確認してから歩み寄った。
「説教なら、聞きませんよ」
振り返りもせず、シャアが来たことをシンは言い当ててみせた。「凄いな」と、シャアは
おだてるように感嘆した。
「バカなアスハが悪いんですから。奇麗事ばかりほざいて、結局あいつ自身は何一つ
できやしないんだから。何が理念だ。守れないとなったら、自分だけとんずらかよ」
シンはカガリの拉致を事件だとは信じていなかった。シャアは、それも一つの見方だろ
うと思う。
「憎みたければ、憎めばいい」
シャアは、そう言いながらシンの横に立った。
「その先に、君の納得するものが見えているのならな」
潮風を全身で感じて、シンとは違う方向を見つめる。
「聞かないって、言ってるでしょ」
シンは苛立ちを見せた。だが、シャアは構わず続けた。
「私には見えなかった。だから、気を紛らわすように色々と手を付けたのだが、どれも
長続きしなかった」
脳裏に、ララァ・スンの面影が過ぎった。
「飽き性なのだろうな。そんなことだから、何か一つだけでもやり遂げてみせたいと思
うんだ。この年になって、余計にな」
シンは黙っていた。正直、シャアが何を言っているのか分からなかった。しかし、何故
かその語りに引き込まれた。
シャアは一寸、サングラスを上げ、太陽を見上げた。強烈な光に、目が眩んだ。「やは
り、何も見えないな」と、諦めたようにサングラスを下ろす。
「何一つ成し得ない自分は、情けなく思えるものさ」
「だから、いつもそんなもの付けてんですか」
「察しがいいな」
シンにサングラスを指摘されて、シャアは苦笑を浮かべた。
「だが、こんなものを必要とするような人間には、ならない方がいい。それが年寄りの、
若者へ向けたアドバイスだよ」
シャアはそう言い残すと、踵を返し、甲板を後にした。
「……まだ酔っ払ってんじゃないのか、あの人?」
シンは、扉の奥に消えていくシャアの後姿を見送って、そう呟いた。
(二人の関係が噂になってるけど……その線で攻められるかしら……?)
食堂の入り口で中の様子を窺うルナマリアは、現在、ミネルバの女性クルーの間で話題
になっている噂を頭に思い浮かべながら、どのように話し掛けるかのシミュレーションを
繰り返していた。
視線の先にはハマーン・カーンの姿がある。ルナマリアには、タリアからの直々のミッ
ションを言い渡されていた。即ち、ハマーンをザフトに引き入れるミッションである。
オーブで付添い人だったから指名されただけの、単純な理由であった。しかし、ハマー
ンの気難しさを知っているルナマリアにとって、このミッションは罰ゲームに等しかった。
(貧乏くじ、引かされちゃったのよねえ……)
運命とは、かくも残酷なものなのか。ルナマリアは、我が身を呪いたい気分だった。
(ああ、もう! 悩んでたってしょうがないじゃない! どうせ失敗するんだったら、当た
って砕けてやるわよ!)
ルナマリアは意を決し、配膳カウンターで食事を受け取ると、ハマーンが座っている隅
のテーブルへと一直線に向かった。
ハマーンは、接近しても目線さえ向けようとしなかった。それだけで、ルナマリアはこれ
から味わうであろう精神的ストレスの大きさを想像できてしまった。
(うわあ……やだなあ……)
偽らざる本音である。思わず尻込みして、生唾を飲み込んだ。
「あ、あの……相席、いいですか?」
ルナマリアは恐る恐る伺いを立てた。そうやって声を掛けて、ハマーンはようやくルナマ
リアを見た。何を考えているのか分からない、氷のような青い瞳がルナマリアを睨み上げ
ていた。
(ゾッとするのよ、この目が……)
内心で怯えながら、ルナマリアは表面的には笑みを絶やさなかった。
ハマーンはそんなルナマリアを一瞥しながら、食堂内を見渡して、「席は他にもあるが」
と指摘した。ルナマリアはハッとして振り返り、人がまばらな食堂の風景に、今はピーク
を過ぎた時間帯であることを思い出した。
「あっ、しまった……!」
思わず臍を噛んだルナマリアの失態は、ハマーンの失笑を買った。
「くくっ……楽しませてはくれるがな」
「そんなの……!」
「私に用があって来たのだろう? 好きにするがいい」
ルナマリアは顔を赤くしながら、ハマーンの対面に座った。
「それで、どういった用向きなのだ?」
ハマーンは上品にスープを啜りながらルナマリアに訊ねた。落ち着いた物腰の中に、決
して他人を許容しない妙な迫力がある。ルナマリアは、その雰囲気が、シャアとの痴情の
もつれによるものではないかと推測した。女の勘である。
ルナマリアは気合負けしないようにと、牛乳を一気に飲み干し、勢いをつけて切り出した。
「率直に言います。ハマーン・カーンさん。私たちと一緒に戦ってください」
「断わる」
鋭いカウンターのような即答をされ、危うく心をへし折られそうになったが、カウントナイ
ンで辛うじて踏み止まった。
ルナマリアは気を取り直し、両手でテーブルを叩いて、「どうしてですか!」と更に強い
口調で迫った。虚勢であることは、言うまでもない。
「クワトロさんは戦うって決めたんですよ! なのにあなたは!」
「シャアが戦うというのなら、それで十分だ。あのガンダムのパイロットもいる」
「けど、連合軍は強大なんです! 戦力は少しでも多い方がいいんです!」
ルナマリアは身を乗り出し、真っ直ぐにハマーンを見据えた。ハマーンはその暑苦しい
眼差しに対し、煩わしそうに少し顎を引いた。
「……上から命令されてきたのだろう?」
「それを分かってくださるなら!」
「だが、私が乗るモビルスーツが無ければな」
「キュベレイってモビルスーツがあるじゃないですか!」
「あれはパーツの代えも利かない。どうして使える?」
ハマーンの切り返しに、ルナマリアは「あっ……」と声を一瞬詰まらせたが、負けじと
「だったら!」と声を張り上げた。
「ザクがあります! クワトロさんが使った!」
「それこそ論外だ。私はシャアみたいにお前たちのモビルスーツに合わせてやるつもり
は無い」
「うぐっ……!」
きっぱりと言われ、ルナマリアは二度目のダウンを喫した。硬直し、頭の中であれこれ
と反撃の一手を懸命に見出そうとしたが、しかし、まともな反論は思いつかなかった。
パッと思いつける限りの攻め手は、ほぼ出し尽くした。残された手段は、挑発まがいの
ゴシップのみである。
(これで駄目なら、諦めよう……)
ルナマリアはそう心に決め、「でも、クワトロさんが戦うってことは……」と改めて切り出
した。
「つまり、ハマーンさんがクワトロさんに守ってもらうってことですよね?」
大して効果を期待していたわけではなかった。ハマーンとシャアが険悪な仲であること
は分かりきっていたし、プライドが高い上にガードも固そうなハマーンがそれで考えを改
めるとは、到底思えなかった。
しかし、ハマーンはその時、初めてルナマリアの言葉に即答できなかった。それはつま
り、シャアを攻め手に使うことが効果的であるということの証左だった。
「それは、クワトロさんに借りを作ることになるんじゃないでしょうか?」
ルナマリアは、一気呵成とばかりに続けた。
「私がシャアに借りだと……?」
答えたものの、ハマーンの歯切れは悪い。ルナマリアは、効果を確信した。
「ハマーンさんはクワトロさんのことを“シャア”と呼びますよね? ――この際だから
ハッキリ言っちゃいますけど、お二人はただならぬ関係にあるように見えます。この間、
少しハマーンさんについてお話しさせてもらったんですけど、クワトロさんはハマーンさ
んのことを色々と知っているようでした。今は随分と険悪でいらっしゃるようですけど、
そういう相手に借りを作って置いて本当によろしいんですか? あたし、ハマーンさんの
ような方が、そういうことを許して置ける人だとは思えないんですけど」
ハマーンの目が鋭くなった。その視線にルナマリアは急に尿意を催したが、しかし、そ
れは説得が通じていることの裏返しでもあるとも思った。
だが、それは勘違いであった。ルナマリアは、火のついた炭に風を送っているに過ぎな
いことに、まだ気付いていなかった。
「……冗談ではないな」
抑制された声でありながら、鳩尾にずしっと来るような一言に、ルナマリアは怯んだ。
「奴の方が私に借りがあるのだ。なら、奴が私のために働くのは当然のこと」
「でも、クワトロさんは、ハマーンさんは基本的に優しい人だって! だったら――」
雲行きが怪しくなったのを感じて、藁にも縋る思いで持ち出したシャアの言葉だった。
しかし、それが決定打となってしまった。刹那、ハマーンは急に目の色を変えたのである。
無論、悪い方向に。
「シャアが……か?」
ハマーンの引き攣ったような微笑と共に、ザワッとした瘴気のようなものが辺りに立ち
込めたように感じた。悪寒が走った。ルナマリアは、反射的に背筋が震えた。本物の殺気
というものを知ったような気がしたのだ。
(ああ……この人は絶対にクワトロさんの言葉を信じたりはしないんだろうな……)
根拠は無い。しかし、ルナマリアは、何故かその自分の直感に絶対的な自信があった。
同姓だから分かる、オカルト染みた共感とでも言えばいいだろうか。
「……付き合ってられんな」
(そうでしょうね……)
トレイを持って立ち上がるハマーンに、ルナマリアは呼び止めもせず、心の中で呟いて
いた。ハマーンとシャアの関係が、既に修復が不可能なまでに壊れてしまっていることを、
ルナマリアは密かに察していた。
艦内に警報が鳴り響いた。シャアは急いで自室を飛び出した。
コンディションレッド。敵部隊と遭遇したのだ。それは、カーペンタリア基地を出撃して、
インド洋に差し掛かってすぐの出来事だった。
「セイバーでの実戦は初めてなんだから、無茶だけはするんじゃないぞ」
パイロットスーツに着替え、ハンガーに降りてセイバーのコックピットシートに身を収
めたシャアに、クレーンに乗ったマッド・エイブスが最終点検をしながら、苦言を呈する
ように言う。シャアは、「分かっているよ」と出撃準備を進めながら答えた。
「カーペンタリアで慣らしは済ませてある。君たちの仕事を増やしたりはしないつもりだ」
「本当だろうな? 頼むぜ」
マッドは懐疑的な言葉を投げかけると、下に合図を送ってクレーン車ごとセイバーから
離れていった。
「舐められたものだ……」
シャアはコックピットハッチを閉じると、起動の最終チェックに入った。
「赤いガンダムか……しかも変形する……」
各画面に表示されるデータを確認しながら、シャアは自嘲するように呟いた。
「これでは、誰のモビルスーツなのか分からんな」
すべてのチェックが完了すると、シャアは苦笑しながら操縦桿を握り、セイバーをカタ
パルトデッキへと移動させた。
バッテリー動力にヴァリアブルフェイズシフト装甲と未知の技術の塊であるが、カーペ
ンタリア基地で慣熟飛行を行った際に感動したのは、その存外な性能の高さだった。ザク・
ウォーリアの性能から粗方の性能を予測していたのだが、それが良い意味で裏切られた。
それでも百式に見劣りする部分もあったが、流石はガンダムの形をしているだけのことは
あると感心させられた。モビルアーマー形態での加速性は、すこぶるご機嫌だったのだか
ら。
「システム、オールグリーン――」
エレベーターでカタパルトに迫り上がってくると、無線からオペレーターのメイリンの
声が聞こえてきた。シャアはその声を聞きながら、声が幼過ぎるなと感じていた。戦争
をする人間に似つかわしくない声だと思えたのだ。
つまり、シャアにはそういうことを考えていられる余裕があった。セイバーの性能と、
自身のパイロットとしての腕前に疑いの余地を持っていなかったのだ。
しかし、それは油断だった。そのことを、シャアは出撃後、間もなく思い知ることになる。
両足がカタパルトに固定された。暗いトンネルの向こうに開いたハッチから見える、抜け
るような青空と強い日差しが、バイザー越しでもシャアの目を細めさせた。
「――進路クリア。クワトロ機、セイバー、発進どうぞ!」
「クワトロ・バジーナ、セイバー、出るぞ!」
機体が加速し、シャアの身体にも加重が掛かった。そうしてミネルバを飛び出すと、セイ
バーはフェイズシフト装甲を展開して深紅に染まった。
シャアが最後の出撃で、既に他の三人は展開を終えていた。レイとルナマリアは前回同
様、ミネルバの甲板に陣取り、空戦仕様のフォースシルエットにて出撃したインパルスは、
シャアのセイバーが追いついて来るのを待っていた。
「ちゃんとついて来て下さいよ。遊びじゃないんですから」
「足を引っ張ったりしないよう、努力しよう」
シンの棘のある言葉に柔らかく返しながらも、生意気な少年だなとシャアは思っていた。
そうこうしている内に、CICからデータが送られてくる。識別から、オーブ沖で遭遇した
部隊と同じであると伝えられたが、どうにも敵方の戦力の展開が鈍いらしいとの情報も
送られてきていた。
「――なら、この付近に何かあると見ておいでで?」
シャアは、ふと通信相手のタリアに訊ねた。
「地図のデータは三ヶ月以上も前のものなのよ。当てになるかしら?」
「おっしゃるとおりで」
シャアとタリアの見解は一致していた。
「オーブ沖でぶつかった相手と同じであるなら、タンホイザーで沈めた分の数が戻って
いるのは不自然よ。この辺りで補給を行っていたと見て、ほぼ間違いないわね」
「カーペンタリアからインド洋に抜けるルートは、いくつかあります。この接触が偶然で
あったなら、敵の展開が鈍いのも頷けます」
シャアが言うと、「そういうことよ」とタリアは頷いた。
「先制攻撃を掛けます。シン、クワトロの両名は付近の島嶼を探索。何らかの発見があり
次第、ミネルバに連絡よ。いいわね?」
「了解」
その通信を終えたのを皮切りに、敵の迎撃部隊が姿を現した。同時に後方のミネルバか
ら支援砲撃が行われ、敵の火力を分散した。インパルスとセイバーはその高機動力を武器
に、敵陣を切り裂いていった。
新米のパイロットであるシン・アスカは、既に数度の実戦を経験しているだけあって、シャ
アの目から見ても十分に優れたパイロットだった。しかし、ゲルズゲーを一瞬にして葬った
時のような、目を見張るような動きからはまだ程遠い。
(いつでもあの力を発揮できるというわけではないということか……)
シャアはウインダム部隊の攻勢を切り抜けながら、一方でインパルスの動きにも気を配
っていた。シン・アスカの秘めたる力というものに、シャアは興味があったのだ。
だが、それも余裕があればこそ。索敵システムが告げる新手の存在が、シャアからその
余裕を奪った。
その時、警告音と同時に、スクリーンに新たなモビルスーツの情報が表示された。
「これは……シン・アスカ君! 分かるか!」
シャアはシンに呼び掛けた。立て続けにデータで表示されたのは、例のアーモリー・ワ
ンで強奪された三体のモビルスーツであった。
空中戦を得意とする深緑色のカオス、水中戦で絶対的な力を発揮するブルーのアビス。
そして、大地を高速で疾駆する黒のガイア。全て、インパルスと同じ、ザフトのセカンド
ステージシリーズのモビルスーツだった。
「ガンダムだらけだな……!」
シャアは、思わずそんな感想を漏らした。だが――
「気付いているな、シン君! ――ミネルバ、ガンダムタイプの奪還任務について、どう
なっているか確認を……ンッ!?」
それを見つけてしまった時、シャアは思わず言葉を切っていた。
新手は、三機だけではなかった。最後の一機、四機目の新手は、モビルスーツの形をし
ていなかった。しかも、カメラがキャッチしたその機体は、最新であるはずのセイバーの
データベースにも存在しない機種であった。
その機体は、航空機のようなシルエットを持っていた。シャアは、その派手なトリコロー
ルカラーの機体を知っていた。
続く
第四話は以上です
>>372の名前欄ミスってます
4/12ではなく5/12です、失礼しました
乙
カミやんキター?
投下おつおつ
>>381 え?そげぶするニュータイプだって?
投稿乙です
もしかしてカミーユ登場?それともトリコに塗っただけのムラサメかな?
毎度です
第五話です↓
「これではっきりした! アーモリー・ワンの事件は、やっぱり連合軍の仕業だったんだ!」
襲い掛かってきたウインダムの右腕を、左手に持たせたビームサーベルで切り落とし、
ビームライフルでその頭部を撃ち抜くと、素早くカメラをその方面へと向けた。
「俺たちの目の前で奪っておいて、抜け抜けと!」
追撃のビームがインパルスに注がれる中、シンはそれをかわしながら照準の中心に深緑
色のモビルアーマーを捉えた。シンの紅い瞳が上下左右に動いて、他の機体の存在も確認
する。
水中を潜航するアビスは、視認できなかった。一方のガイアは、地形的な制約を受けて島
の高所から背部のビームキャノンによる砲撃を繰り返していた。そうなると、ターゲットは自
ずとカオスに絞られた。
シンはチラとセイバーの位置を確認すると、インパルスに加速を掛けた。相手も察したの
だろう。モビルアーマー形態のカオスは猪突猛進なインパルスに向けてカリドゥスの強力な
ビームを放つと、インパルスがそれを回避している間にモビルスーツ形態に変形し、尚も迫
撃してくるインパルスに対して横にスライド移動しながらビームライフルで迎え撃った。
インパルスの動きをフォローしていたカメラが、カオスと交戦状態に入ったことをシャア
に教える。シャアはそれを確認しつつも、複数方向にビームを散らして敵を分散し、インパ
ルスとカオスの対決への他の介入を妨害した。
しかし、シャアの目が追うのは、それらではなかった。
「あれは間違いなくΖだった……カミーユまで飛ばされていたというのか……!?」
シャアが見てしまったもの、それは、ウェイブライダー形態のΖガンダムであった。
パイロットの確認をしたわけではない。だが、シャアには分かる。感覚として、ウェイブ
ライダーを操縦しているのがカミーユ・ビダンであるという確信があった。シャアも、ニュ
ータイプの端くれであった。
「接触できれば……!」
UNKNOWNと表示されたウェイブライダーの反応は、既にロストしていた。シャアのいる
戦域を抜けて、ミネルバへと向かったのだ。
今すぐにでも接触して、自分の存在を伝えたかった。しかし、シャアにそれを追ってい
る暇は無かった。敵は、シャアの都合になど構ってはくれない。
「シンは陽動に掛かっていることに気付かないのか?」
シンが、カオスとの戦いだけにのめり込んでいっているように見えた。ガイアの支援砲
撃の仕方を勘案しても、カオスは明らかにインパルスを誘導している。シンが、それに
まんまとはまっていることは明白だった。
「腕は確かでも、少年だな!」
シャアにも動揺と焦りがあった。それが、シンを詰る言葉となって口から出てきた。ウェ
イブライダーの出現は、シャアにとっても全くの想定外だったのだ。
シャアは、焦りを自覚するからこそ急いだ。シンをいつまでもカオスと遊ばせておくの
は、得策ではないと思った。
モビルアーマー形態に変形し、アムフォルタスビーム砲で進路上のウインダムを排除す
ると、そのスピードを最大まで加速させて一気に突き抜けた。そうして射程距離にカオス
を捉えると、変形を解いてビームライフルを連射した。
しかし、カオスの反応は早い。インパルスと接近戦を続けていたカオスは、セイバーの
接近を察知すると早々に間合いを開いて、シャアの射撃に備えたのである。そればかりで
はない。カオスの大推力の根幹である二基の大型ブースターポッドは、それ自体が本体か
ら分離して、有線式の機動兵装ポッドとなる。カオスは、シャアに対してそれで反撃をし
てきたのだ。
それは、攻撃ユニット自体が大型で、キュベレイのファンネルほどの脅威は無かった。
しかし、地上からのガイアの支援砲撃が、対応を難しくさせた。シャアはそれらの砲撃か
ら逃れるために、安全圏まで離脱する必要を迫られたのである。
「チィッ……!」
梃子摺らされている自分に苛立ち、舌打ちを漏らす。
シャアはビームを散らして一時的にガイアを退かせると、素早く反転してインパルスと
カオスの戦闘に突撃した。その僅かな時間が勝負だと、シャアは決めていた。
インパルスは、機動兵装ポッドの動きを嫌って、強引な接近戦を試みていた。狙いが明
け透けであれば、当然、カオスがそれに付き合うはずがない。しかし、そのインパルスの
追い込みは、シャアにとっては支援となった。インパルスの大振りの斬撃をかわしたカオ
スに、シャアは間隙を突いて猛スピードで肉薄したのである。
驚きながらも、カオスは反応した。シャアもその反応速度に目を見張りながら、しかし、
もう遅いと確信していた。カオスが機動兵装ポッドで迎撃するより前に、セイバーの右手
に握られたビームサーベルが唸っていた。
カオスは辛うじてシールドによる防御が間に合ったものの、加速に乗せて殴りつけられ
るようにして繰り出されたセイバーの一撃は重く、著しくカオスのバランスを崩すことと
なった。
「――んなろぉっ!」
パイロットのスティング・オークレーは、苦々しげに蛮声を張り上げた。だが、息をつ
く暇も無く、追い立てるような警告音がスティングの気持ちを逸らせた。インパルスが、
横合いからカオスに迫っていたのだ。
「お前たちはよくもーっ!」
「こいつっ!」
ファイアフライ誘導ミサイルで迎撃したものの、シールドを前に突き出したインパルス
には通用しなかった。それでなくとも、実体弾は無効化してしまうフェイズシフト装甲を
展開中である。煙幕が立ち込めた次の瞬間には、それを突き抜けてきたインパルスが
カオスに激突した。
「うぐっ……!」
加速に乗ったインパルスは、シールドで体当たりをしてきた。物理的ダメージを遮断し
てしまうフェイズシフト装甲がダメージを防いでくれてはいたが、その衝撃までは相殺す
るに至らず、カオスはきりもみ気味に墜落していった。
「くそっ! こんな奴らなんかにっ!」
スティングは、自身の窮状が許せなかった。そのプライドが、無理な抵抗へと駆り立て
た。スティングは分離していた機動兵装ポッドを手繰り、それで同様にバランスを崩して
いたインパルスを狙おうとした。
しかし、そのスティングの意地は、次の瞬間、あっさりと挫かれた。横合いから一閃し
たビームが、機動兵装ポッドの一基を貫いたのである。
「狙撃――ポッドをか!?」
目の前で火を噴いて爆散する機動兵装ポッドに、スティングは目を見張った。カメラが
オートで狙撃者を追尾し、スティングの左側のスクリーンにその姿を表示した。紅のモビ
ルスーツが、今は下方向からのビームをかわして、ダンスを踊っていた。
「ガイアの支援……!? ――ステラにケツを持たれたら、退くしかねえ……!」
カオスの生命線とも言える機動兵装ポッドの一基を失った。付け加え、ガイアの懸命な
支援砲撃を目の当たりにすれば、スティングは自らの意地よりも身の安全を優先するしか
なかった。
それは、感情を刺激される感覚だった。
忘れようにも忘れられない感覚である。神経を逆撫でにするその感覚の持ち主を、ハマ
ーンは否応なく感知していた。
ハマーンは直感的に部屋を飛び出し、甲板へと走った。甲板への扉は、当然のことなが
らロックされていたが、しかし、被弾して穴が開いた部分から、都合よく甲板に出られるよ
うになっていた。
「因果だな……」
ハマーンは自嘲っぽく言うと、そこから甲板に出た。
ミネルバの周囲に、十数機の敵が展開していた。海面からも水柱が上がっているのを見
て、海中から攻めてくる敵もいるようだとハマーンは感じ取った。
左右のカタパルト部分の上部甲板では、二体のザクが抗戦していた。懸命に抗戦しては
いたが、所詮は甲板から迎撃するのが精一杯の、固定砲台も同然の二体である。その上、
感覚で敵の動きを捉えるハマーンから見れば、目で追うだけのレイとルナマリアの狙いは
あまりにも稚拙に見えた。
「……あれか!」
空と海からの攻撃を受け、ミネルバは激しくうねっていた。ハマーンは、立っているのもや
っとの状況の中、無数のウインダムが飛び交う青空の中に、まるで吸い寄せられでもする
かのようにその姿を探し当てた。
航空機のシルエットである。太陽の光で少し目が眩んだハマーンであったが、ハッキリと
その形を認識する必要は無かった。意識をそのシルエットに向けるだけで、パイロットの存
在を認識できるハマーンにとって、網膜が映す情報はついででしかない。
「カミーユ・ビダンめ!」
叫んだ時、ハマーンの近くにビームが着弾した。辛くもそれを逃れたハマーンであったが、
衝撃でバランスを崩し、ミネルバから転げ落ちそうになった。
「……えっ!? 何でいるのよ!?」
ルナマリアが、そんなハマーンの危機に気付いた。慌ててザク・ウォーリアの腕を伸ばし、
海に落ちようかというハマーンを、寸でのところで救助した。
しかし、その隙を突かれた。ハマーンを受け止めて立ち上がった瞬間を狙われて、左膝
を撃ち抜かれてしまったのだ。左足の支えを失ったザク・ウォーリアは大きくバランスを崩
し、ミネルバの壁にぶつかるようにして尻餅をついた。
咄嗟にオルトロスを手放して、両手でハマーンを包み込む。それが奏効して、ハマーン
は無事だった。ルナマリアは一先ずそのことに安堵したが、ハマーンに対する憤りはあっ
た。
「どうしてこんな所にいるんですか!」
外部スピーカーで、指の隙間から上半身を乗り出したハマーンを怒鳴りつけた。しかし、
そんなルナマリアの憤りを無視しているかのような態度で、ハマーンは眉根を寄せて上空
を見上げるばかりだった。その態度がルナマリアには余計に腹立たしく、いっそのこと、
このまま海に放り投げてしまおうかという考えが、一瞬だけ脳裏を過ぎった。
「何をしている! 武器も持たずに!」
ルナマリアが被弾したことに気付いて、反対側の甲板に陣取っていたレイが移動してき
た。レイは叱責しながらもルナマリアの防御に入り、上空のウインダムに抗戦した。
「ゴメン!」と、理不尽さを感じながらもルナマリアはレイに謝った。
ところが、そんなレイのザク・ファントムを、邪魔だと言わんばかりにハマーンが何かを
喚き立てた。砲撃の音でハマーンの声は掻き消されて、何を言っているのかは分からない。
「自分が迷惑を掛けてるって自覚、無いのかしら!」
ルナマリアは不満を口にしながらも、集音マイクの調整をした。そして、調整が済むと
マイクがハマーンの声を拾い上げ、コンピューターが自動でノイズを除去し、スピーカー
からはクリアになったハマーンの声が届けられた。
「私を乗せろ!」
「はあ!?」
何を言い出すのかと驚かされた。しかし、ハマーンを守りながらでは、戦えないのも事
実。それならば、いっそのことコックピットに入れてしまった方が良いのではないかとル
ナマリアは考えた。
「単座なのよ、これ!?」
ルナマリアは文句を言いながらもハッチを開き、マニピュレーターに乗せたハマーンを
コックピットに招き寄せた。ハマーンは近くまで寄ってくると、軽やかにジャンプし、ルナマ
リアのいるコックピットに乗り込んできた。
狭いコックピットスペースに、女性とはいえ二人は厳しい。「余ってるザクで来て下され
ば良かったのに」とルナマリアは指摘したが、それは無駄な一言だと口に出してから気
付いた。ハマーンは、自らザク・ウォーリアを動かすことを嫌忌していたことを思い出し
たからだ。
ハッチを閉じると、「白いザクに繋げろ」と当然のように命令された。
「りょーかい!」
最早、何も言うまい――ルナマリアは半ば諦めたようにレイのザク・ファントムと通信
を繋げた。
「……何なんだ!?」
サブスクリーンのレイは、ルナマリアの横にハマーンがいるのを認めると、色々な意味
を込めてそう言った。
「レイ・ザ・バレルとか言ったな? そのまま壁になるのだ」
「壁……? 盾にはなってやってるでしょう!」
レイが反論した時、ミネルバの艦体が一際揺れた。カタパルト付近にビームの直撃を受
けたのだ。
ハマーンの目が、その姿を追った。ミネルバの対空砲撃で思うように攻撃を仕掛けられ
ないウインダムが多い中、ウェイブライダーは、手数こそ多くなくとも的確なダメージを与
えてくる。
また、ミネルバが振動した。今度は船底にダメージを受けた。海中のアビスの攻撃によ
るものだ。だが、ハマーンは敢えてそれには構わず、ウェイブライダーの動きにのみ意識
を集中させた。
「武器を持て」
ハマーンが命令すると、ルナマリアは戸惑いながらもそれに従った。
「照準はここに固定だ」
照準をマニュアルに切り替えさせたハマーンは、操縦桿を握るルナマリアの右手に自身
の手を添え、照準の位置を指定した。
「これって……」
ルナマリアは眉を顰めてハマーンを凝視した。ハマーンが照準を固定させたのは、レイ
のザク・ファントムの背中であった。
「何をさせようって言うんです!?」
「しゃべるな。気が散る」
ハマーンの声音は、鋭かった。真剣な眼差しは、どこを見ているのか分からなかったが、
ルナマリアは何とはなしにハマーンがいつになく本気であることを感じた。
「こちらで合図を出す。そうしたら、レイ・ザ・バレル、お前は――」
ルナマリアはハマーンがレイに指示を与えている横で、緊張しながらオルトロスの照準
を固定させることに集中していた。
指示を終えると、ハマーンはカミーユの気配を探った。独りでに存在感を放ってしまう
ほどのニュータイプであるカミーユを感知することは、ハマーンにとって容易であった。
だが、違和感を覚えた。
(……?)
カミーユが強力なニュータイプであるということは、即ち、同じニュータイプであるハマ
ーンのことも相手からは丸見えだということである。しかし、そうであるはずのカミーユ側
から感じられる思惟は、戸惑いだった。
知らない仲ではない。不本意ながら、交感して互いの心に足を踏み入れた経験もある。
それなのに、ハマーンを感じているはずのカミーユは動揺していた。それは、おかしいと
思った。
だが、動揺や戸惑いが真実であることを証明するように、ウェイブライダーの動きには
揺らぎが見えた。それは、慄いているようにも見える。まるで、未知の感覚に怯える稚児
のように。
カミーユは、自身がニュータイプであることを忘れているのではないか――ハマーンは、
咄嗟に直感した。そして、その未知の感覚に対する恐怖は攻撃性へと転化され、ハマーン
に向けられた。
「――だが、おあつらえ向きだな」
「えっ?」
含み笑いをして独り言を漏らすハマーンに、ルナマリアが思わず反応した。ハマーンは
それを見咎めて、「いいから集中しろ」と厳しく注意した。
「わ、わかってますよ……」
ルナマリアは、渋々とメインスクリーンに目を戻した。
その動揺は、ハマーンに有利に働く。その方が思考が単純化して、動きを読みやすいの
だ。
だからこそ、ハマーンはルナマリアに弛緩を許さなかった。動揺が誘った焦りは、カミー
ユをハマーンの排除へと急がせる。それを逆手にとって、逆襲するのだ。
目の前で盾になっていたレイのザク・ファントムが、ぐらりと揺れた。ハマーンはその時を
待っていたかのように、「今だ!」と通信回線に向かって叫んだ。
「……!」
レイはハマーンの声が聞こえると同時に、反射的にザク・ファントムをしゃがませた。そう
すると、それまでレイのザク・ファントムで塞がっていたルナマリアの視界が開けた。
すると、ハマーンが固定させていた照準の中に、まるで打ち合わせていたかのようにその
後姿が収まっていた。レイのザク・ファントムに一撃を加えた後、離脱しようとしたウェイブラ
イダーがピッタリと収まっていたのである。
「撃て!」
ルナマリアに、そのことに驚いている暇は無かった。間断なく怒鳴るハマーンの声に突
き動かされ、ルナマリアは慌ててオルトロスの発射スイッチに添えた親指を押し込んだ。
ドウッと放たれる強力なビームの反動で、紅いザク・ウォーリアは振動した。ルナマリア
が操縦桿を力一杯に押さえてその振動を緩和しようとしている傍らで、ハマーンはその
エネルギーの奔流の行く先をジッと注視した。
ハマーンの意識に流れ込んでくるカミーユの思惟は、焦りだ。だが、ハマーンが狙って
いることを感知していたカミーユは、その分だけ早く反応することができた。
咄嗟の操縦が、ウェイブライダーの機体を傾けさせた。オルトロスのビームは、そんな
ウェイブライダーの翼端を掠め、空を穿つ。高熱で溶かされた翼端は黒い煙を噴き、バラ
ンスを崩したウェイブライダーは海へと墜落するように高度を下げていった。
「当たった!」
ルナマリアは手を叩いて快哉を上げた。だが、ハマーンはそんなルナマリアの声に重ね
るように、「しくじったか!」と苦渋の声を上げていた。
「えぇ……!?」
どうしてなのよ! と文句を言いたかったルナマリアであったが、直後、ハマーンの言葉
の意味を理解した。海面に叩きつけられそうになったウェイブライダーは、寸前でバランス
を取り戻し、再び中空へと舞い上がったのである。
ウェイブライダーはそのまま後退を始めた。ハマーンはそれを睨みながら、忌々しげに
舌打ちをした。
しかし、撃墜こそ成らなかったものの、後退させることはできたのである。それは成果だ。
直撃ではなかったが、命中はした。ルナマリアは、それを喜んでもいいはずだと思っていた。
だが、ハマーンにとっては、それは失敗なのだろう。ルナマリアは、その妥協の無いハマ
ーンの姿勢が、アカデミーの教官よりも遥かに厳しく思えた。
ガイアを追討した先には、目当てのものがあった。タリアとシャアの推測は、正しかった
のだ。
島嶼の中の一つの島、そのジャングルの中に、明らかに急造されたものと思しき軍事施
設を発見した。規模は、それほど大きくはない。しかし、カーペンタリア基地と地理的に接近
していることを考えれば、看過できる存在ではなかった。
「……! あいつらっ!」
シンはガイアの存在を無視して激した。それは、基地の内部で繰り広げられている虐殺
に向けた怒りだった。
新設の基地は、ミネルバの侵攻で混乱していた。明らかに統率が取れていなかった。強
制徴用されたと思しき現地住民が、その混乱を利用して脱走を図っていたのだ。敷地を仕
切る柵の外には、その脱走を幇助するための人々も詰め掛けていた。主に、親類たちだろ
う。
しかし、連合軍の兵士はそれを許さなかった。脱走を試みる現地民に対し、兵士たちは
弾丸を浴びせたのである。背中を撃たれ、コンクリートに倒れる者、金網をよじ登り、後一
歩というところで叶わなかった者――基地の外で迎えに来ていた女たちが、悲鳴を上げて
涙を流す光景は、シンに二年前のオーブ戦の時の出来事を髣髴とさせた。
「シン君!」
シャアの呼ぶ声が、基地の様子に目を奪われていたシンの耳を打った。その次の瞬間、
襲ってきたビームがインパルスのビームライフルを溶かしていた。
慌てて投棄し、シールドで爆発を防いだ。インパルスを狙撃したガイアは、ジャングルの
木々の間を巧みに走り抜け、更にインパルスを攻撃した。シンは、流石に次の攻撃は避
けた。
「くそ……!」
四本足形態のガイアは、木立の間を動物そのものの俊敏性で駆ける。レーダーがその
位置を特定していても、狙撃は困難だった。
ガイアはそのまま逃走していった。だが、今のシンには奪われたモビルスーツの奪還任
務よりも、基地の様子の方が気掛かりだった。ガイアが逃走すると、シンは追撃もそこそ
こにインパルスを基地へと向かわせた。
シャアは、シンのその転進の早さが気になった。
「カミーユは……」
付近に気配は感じなかった。シャアは、気にしつつもシンの後を追った。
先に基地に降り立っていたインパルスは、胸部のチェーンガンで基地に掃射を掛けてい
た。シャアは思わず目を剥き、慌ててそのインパルスの行為の阻止に入った。
「何をしている!」
シャアは、ミネルバでは下っ端のパイロットであることを心掛けていた。そうであることが、
現状に対して最も真摯な態度だと思っていたからだ。しかし、シンの暴虐を目にした時、そ
のことをすっかり失念して怒鳴っていた。
シャアはセイバーを、掃射するインパルスの前に立たせてバリケードとなった。そして、
腕を伸ばしてマニピュレーターでインパルスの肩を掴み、咎めるように迫った。
「正気か!?」
「うるさいっ!」
インパルスが、そんなセイバーの腕を払い除けた。そうして、再び基地を掃射しようとし
た。
しかし、それ以上はシャアが許さなかった。シャアは咄嗟にビームライフルを抜いて、
その銃口をインパルスに向けたのである。
インパルスは、流石に止まった。
「シン君、君は自分がやっていることが分かっているのか!?」
そう呼びかけたシャアに、シンは一寸だけ言いよどむと、「へっ!」と嘲るように笑った。
「そうかよ。やっぱり、アンタもナチュラルかよ!」
「……何を言っている?」
要領を得ない。シャアは、シンの普通ではない様子に眉を顰めた。
「ここの連中は、逃げようとした人たちを撃ったんだ! 強制労働させられてた人たちを
だぞ! 俺は、その人たちを守ったんだ! 俺は間違ったことはしてない! けど、アンタ
はその俺を咎めて、連中の味方をするような真似をした!」
フィクションの検事や弁護士がする様に、インパルスはセイバーに向かって人差し指を
突きつけた。シャアは、思わずカッとなりそうな自分を堪えた。
(子供の理屈が……! これで軍人か……!?)
シャアは、流石にその心の内を声に出したりはしなかった。シンに釣られて感情的にな
るのは愚の骨頂。子供の調子に合わせる必要など無いのだから。
シャアは気を落ち着けて、徐に口を開いた。
「……君の言い分は分かった。だが、基地を発見したのだから、ミネルバへの連絡が先
だということを忘れてもらっては困る。それが、グラディス艦長との決め事なのだからな」
「……」
シンは気が済んだのか、それとも反論できなかったのか分からないが、黙っていた。
(まるで赤ん坊だな……)
シンの態度が、癇癪を起こして泣き叫ぶ赤ん坊の姿に重なったのだ。
シャアは、そう内心で詰りながら、「ここの物資は、我々でも使うのだから」と言い、ミネル
バへと通信を繋げた。
基地の座標を送って、ミネルバからの応援を要請した。それを終えると、シャアは基地の
様子に目を配った。
インパルスの掃射を受けて、出来上がったばかりの基地施設は、いくつかが炎を上げて
いた。眼下には連合軍兵士が複数人倒れていて、生きてるのか死んでいるのかは定かで
はなかったが、中には一目見て絶命していると分かるほどに身体が損傷している者もいた。
生き残っていた兵士は、最初こそ抵抗していたものの、モビルスーツの強大さと先ほどの
インパルスの行為への恐怖で完全に戦意を喪失していた。そして、もう一方へ目を向けれ
ば、脱走に成功した現地民が再会を喜ぶでもなく、不安げな眼差しでインパルスやセイバ
ーを見上げていた。
疲れ切った光景だった。それは、不幸な光景だとシャアは思った。
(見えているか、シン? これが、君の正義の結果なのだ……)
そして、シャアが不甲斐ないのは、その言葉を口に出して言えないことだった。シャアは
自身の立場の弱さを自覚して、遠慮したのである。それはシャアの律儀なところであり、
また、情けないところでもあった。
(しかし……)
シャアはシンの幼児性を心配する一方で、忘れてはいなかった。勿論、カミーユのこと
である。
鑑みるに、カミーユが連合側に拾われたことは確かである。ならば、早々に連絡をつけ
る必要性を感じていた。味方同士で争うなど、それほど馬鹿らしいことは無いのだから。
そのシャアの願いが通じたのかは知れない。応援を要請して少しした時、セイバーのレ
ーダーに一瞬だけ“UNKNOWN”の光点が表示されたのである。
ウェイブライダーの反応ではないかもしれない。しかし、確認はするべきだと思った。
シャアは、それを運命の導きだと信じようとした。
「シン君」
シャアが呼び掛けると、インパルスの頭部が徐に振り向いた。表情の無いマシーンの面
差しなのに、その顔にはどこか不信めいた感情が覗いていた。
しかし、シャアはそれに構わず、「ここを君に任せたい」と告げて、セイバーのバーニア
を点火させた。
「はあ!?」
「すぐに戻る!」
言うが早いか、シンの反論も許さずにセイバーは飛び立っていた。
シンは呆気に取られ、飛び去っていくセイバーの後姿を見送っていた。
「今さら、はしゃぎたい年頃かよ? 子供じゃあるまいし……」
シンには、シャアに邪魔をされたという不満がある。毒づいたのは、そんなシンの未熟
さがさせたことだった。
ウェイブライダーの本来の航行速度ではなかった。だが、シャアはその姿を視界に収め
た時、瞬時に得心した。ウェイブライダーの翼端部分が、溶けて損傷している。それで、
航行速度を意図的に抑えていたのだ。
「ハマーンがやったな……」
何とはなしに、そう思えた。しかし、真偽はともかく、それはシャアにとって好都合だっ
た。お陰で、こうして接触できそうなのだから。シャアは、セイバーの高機動力に感謝
した。
接近するセイバーの存在を、カミーユも察知していることだろう。シャアはそれを承知
して、回線をオープンにし、自身に交戦の意思が無いことを呼び掛けた。
「カミーユ、私だ。クワトロ・バジーナ大尉だ」
支援
そう呼び掛けながらモビルスーツ形態に戻り、巡航状態のウェイブライダーに徐に接近
した。
しかし、ウェイブライダーはそれまで温存していた力を解放するように急加速すると、
鋭く弧を描いて機首をセイバーに向けた。かと思うと、次の瞬間には上部にマウントした
ビームライフルがメガ粒子ビームを発射したのである。
油断していたシャアは、突然の事に避けることを忘れていた。ウェイブライダーの撃った
ビームは辛うじて外れてくれていたが、直撃を受けていたらと思うと、シャアの背筋をゾッ
とさせた。
「聞こえないのか、カミーユ!?」
ウェイブライダーは立て続けにセイバーにビームを浴びせた。シャアは弛緩した気を引
き締め直し、その鋭いビーム攻撃をかわした。
「敵だと思っている……?」
シャアはそう考えたが、それはおかしいと感じた。カミーユほどのニュータイプが、自分
の存在を判別できないはずがないと思ったのだ。
その矛盾が、シャアを混乱させた。カミーユは、セイバーのパイロットがシャアであると
分かっていながら攻撃を仕掛けてくる。エゥーゴ時代、一年近くも共に戦った間柄である
にも拘わらずである。
「回線が閉じてるからと言って!」
シャアはそう言い訳をつけて、納得しようとした。しかし、ウェイブライダーの攻撃には、
シャアの精神を抉り取るような重いプレッシャーが含まれている。それは、明らかにシャ
アへ向けた敵意だった。
「いい加減にしないか、カミーユ!」
シンとのことで、シャアもストレスが溜まっていた。シャアは本気になったのである。
シャアはウェイブライダーの砲撃をかわすと、遂にビームライフルを抜いた。そして、
ウェイブライダーの上側に回り込むと、機体のギリギリを掠めるようにビームを散らした。
バランスの悪くなったウェイブライダーは、シャアの思惑通りに減速した。シャアはそ
こを狙って、突撃した。
ウェイブライダーの上から、圧し掛かるように取り付く。大きく揺れたが、本来ウェイブ
ライダーはサブフライトシステムとしても機能する。セイバーの一機が取り付いたくらい
で、墜落したりはしない。
シャアはセイバーのマニピュレーターをウェイブライダーの機首の付け根の辺り、コッ
クピット付近に当てると、「接触回線を開いた!」と叫んだ。
「これで傍受の心配は無い――カミーユ!」
「傍受……!?」
ようやく返ってきた声であったが、その声音にシャアは違和感を覚えた。
「カミーユ……? 分かるだろう? エゥーゴのクワトロ・バジーナだ。お前と一緒にティ
ターンズと戦った――」
「何をわけの分からないことを!」
そんな返事があると、ウェイブライダーはロール回転を繰り返してセイバーを振り落と
しに掛かった。
「くっ……!」
ドリルのように回転し、必死にそれに耐えるシャアであったが、頭の中では疑問符ばか
りが浮かんでいた。
パイロットが別人であったというわけではない。その声は、確かにカミーユ・ビダンの声
だった。だが、その反応はまるで別人のようだった。
一瞬、デュランダルと自分の声が瓜二つだと言われたことを思い出した。自分にとって
のデュランダルであるように、カミーユにとってのそういう人物がいたのかもしれないと
推測した。
だが、それはナンセンスだった。シャアのニュータイプ的な勘は、確かにウェイブライ
ダーのパイロットがカミーユであると感知しているのだから。
「……どういうことだ、カミーユ!? 私を覚えていないのか!?」
「どこの誰だか知らないけど!」
ウェイブライダーはロール回転を止めると、反り返るように上昇を掛け、背面飛行に入
った。
「敵が馴れ馴れしくくっ付くんじゃないよ!」
「カミーユ!」
「離れろ! お前たちは不愉快なんだ! 離れろ!」
重力が、セイバーを下へと引っ張った。セイバーはそのせいでウェイブライダーから引
き剥がされたが、シャアはそうは思わなかった。ウェイブライダーから離れてしまったの
は、自分の気が抜けたからだと思っていた。
「待て、カミーユ!」
逃げるように彼方に去っていくウェイブライダーを、シャアは追い掛けようとした。しか
し、そのシャアの足を、下方向からの警告が止めた。咄嗟にシールドを構えると、海面
から強力なビームが突き出てきて、それがセイバーのシールドを擦った。
「うっ……!」
正面モニターに、大量の火花が散っていた。画面の警告表示は、まだ消えていない。
カメラを斜め下方向に向けた瞬間、不意を突くように海面から青いモビルスーツが飛び
出してきた。
アビスだ。中空に躍り上がったアビスは、両肩のアーマーを広げると、片側二門ずつの
ビームと腹部のカリドゥスを同時に一斉射して、セイバーに浴びせかけた。
シャアは、その凄まじい量の攻撃に、引き続きシールドで耐えるしかなかった。ダメー
ジを負わなかったことが不思議なくらいだった。
アビスはからかうように双眸を瞬かせると、再び海中へと沈んだ。その時には、ウェイブ
ライダーの姿も反応も、もう消えていた。
シャアは、ふぅっと大きく息を吐いた。
「……そういうことか、連合め……」
戦いの潮が引いていく。目が覚めるような海の青と、群島に萌える緑。その美しさを感
じる余裕を取り戻したシャアは、察して深い嘆息を漏らした。
「――今回のことは、貸しにしておくからな!」
カミーユは、そんな得意気なアウルの声を聞きながらヘルメットを脱いだ。頭痛がする
のだ。
「アウルに借りを作るのか……面白くないな」
「お前が雑魚いのがわりーんだぜ?」
「……うるさいよ」
普段であれば一悶着あるようなアウルの挑発にも、カミーユは乗らなかった。そんな気
分にはなれなかったのだ。
今まで経験したことの無い不快感が、カミーユの意識の中に居座っていた。頭痛は、そ
の不快感によって誘発された症状だと感じた。そして、その原因がミネルバにあるという
ことまで、カミーユは把握していた。
脳裏に、おぼろげなイメージがある。それは二人の男女のイメージだ。カミーユは、本
能的に自分は彼らのことを知っているのかもしれないと考えた。
何故、そう考えられたのかは分からない。それは酷く妄想めいていると思えるし、現実
的であるとは到底思えない。だが、そんな考えが浮かんでくるような感覚を、カミーユは
その二人から受け取った気がした。
(どうかしてんだ……俺……)
カミーユは両手で髪をかき上げて、天を仰いだ。独特の全天スクリーンに囲まれたリニ
アシートは、あたかも空を飛ぶ椅子のようである。中天で強い光を放つ太陽が、カミーユ
の目を眩ませた。
ミネルバへ帰還すると、既にインパルスは分離した状態になっていて、コアスプレンダ
ーのコックピットにはシンの姿は無かった。
シャアはセイバーを格納庫の定位置に収めると、コックピットを出た。そこへマッドが
作業車に乗ってやってきて、降りるなり若手に向かって「点検作業、急げ!」と怒鳴り立
てた。
「傷を付けてしまったな」
セイバーの装甲にはビームによる焦げ跡がそこかしこに点在していた。その殆どは、最
後のアビスの攻撃によるものだった。
「内部にダメージは無いだろ」
マッドは電子パッドを小脇に抱えて、シャアと入れ違いになるように昇降ワイヤーでセイ
バーのコックピットへと上がっていった。シャアは、「頼む」とマッドに言うと、コアスプレン
ダーの整備に取り掛かっていたヨウラン・ケントに声を掛けた。
「シンはどうした?」
「呼び出しっスよ。クワトロさんもご存知でしょ?」
「まあ……」
コアスプレンダーのシートに座ったヨウランは、先ほどマッドが持っていたのと同じ電子
パッドとコンソールパネルをケーブルで繋いで、戦闘データの吸出しを行っていた。急ぎ
らしく、殆どシャアと目を合わせることなく気忙しくパッドに指を走らせている。
「どうなんスかねえ」
ヨウランはパッドに指を走らせながら言う。
「クワトロさんは、その場面は見てたんでしょ?」
「そうだが……あれは流石に擁護は難しいな」
「やっぱりっスか……」
ヨウランはやれやれといった感じで軽くかぶりを振ると、ため息をついた。
「派手にやり過ぎるんスよね、アイツ。もっと賢くやりゃあ、大目玉を食らうことも無かっ
たのに」
そう言うヨウランの口元から、褐色の肌に映える白い歯が覗いた。
「そうだな……」
シャアはそれを横目で見やると、格納庫を後にした。
その後、シンは三日間の謹慎処分を言い渡された。
続く
第五話、以上です
次回は明日の夜くらいを予定しています
それでは
プッツン中に拾われたかな…シロッコは死亡確定かも
GJ!
投下乙です
投下おつ
こんばんは
第六話です↓
アウルとJ・Pジョーンズに帰還すると、既にカオスもガイアも戻っていた。
「おやあ? スティングの奴、やられちまってんじゃねーか!」
コックピットから身を乗り出したアウルが、開口一番にそんなことを大声で言った。それ
をコンテナに腰掛けて頬杖をついていたスティングが聞きつけて、忌々しげにアウルを睨
み上げた。
「気にするなよ! やられたのは、お前一人じゃねーんだからさ?」
アウルはそう言って、昇降ワイヤーで下降しながら、顎でウェイブライダーの方を指した。
ウェイブライダーは、翼端を損傷していた。だが、カオスに比べればダメージは軽微で、
アウルが言うほどではない。
しかし、肝心のカミーユは、コックピットを開いたきり、なかなか出てこようとしなかった。
そして、ようやく出てきても、どうにも動きが鈍い。気だるそうにウェイブライダーを降りる
と、それこそ病人のように機体に背中を預けた。
ステラが、それを心配して駆け寄った。カミーユは疲弊している様子だったが、微笑を
返したようだった。
ふと、スティングはアウルへと目をやった。アウルは、ちょうど床に足を着ける時で、
眉間に皺を寄せながらそんな二人の様子を凝視していた。
(へっ……)
スティングは少しだけ胸がすく思いがして、自分もカミーユとステラのところへと歩み
寄った。
「どうした、カミーユ?」
「あ、ああ……スティングか」
カミーユの顔色が、少し青く見えた。
「大丈夫だ。ちょっと、疲れたんだと思う」
「……そうか。無理はするなよ」
「悪い……」
カミーユはそう言うと、ゆっくりと歩いて格納庫を後にしていった。そして、その後をス
テラが小走りについて行ったのを見て、スティングはもう一度アウルの様子を盗み見た。
(ふん……俺は、そこまで面倒を見るつもりはねえぞ、ネオ……)
アウルは、もう、二人の方には背を向けていて、整備士と話をしていた。だが、アウル
と会話をする整備士の緊張した面持ちを見るに、アウルの機嫌がすこぶる悪そうなのは
容易に想像できた。
(けど……)
スティングは、再びカミーユの方へと目線を移した。
(本当に、このままアイツを使っていく気かよ……?)
カミーユの様子に不安が付き纏った。スティングはその不安を誤魔化すように、担当の
メカニックに声を掛けた。
着替えを済ませて、ミネルバ艦内を歩いているシャアを、ハマーンが待ち構えていた。
意外な光景に出会ったな、とシャアは思ったが、ハマーンが何の目的でシャアを待ち伏せ
ていたのかは、何とはなしに察していた。
「気付いたか」
ぶしつけにハマーンが訊ねると、シャアは首肯した。
「ああ、接触した。しかし、あれはまるで――」
「強化人間の反応そのものだった……か?」
「分かるのか?」
シャアが驚いてみせると、ハマーンは軽く含み笑いをした。
「カミーユの頭の中に、私たちの記憶は無い」
「やはり、記憶操作を受けているか……」
厄介なことになったと思った。それは即ち、カミーユはこれから先、敵として立ちはだ
かることを意味していたからだ。そして、戦いの中で正気を取り戻させなければならない。
それは、非常に困難なことだと感じた。
「それで、どうするのだ?」
不意に、ハマーンが訊ねる。短い言葉の中にも、覚悟を迫るような威圧感を感じた。
シャアは、だからハマーンは性質が悪いと内心で愚痴りながらも、少し間を置いてから
答えた。
「敵として出てくるのなら、戦うしかあるまい」
それがシャアの正直な気持ちであるし、別段、間違った答えでもないと思っていた。
しかし、ハマーンはシャアの答えを聞くと、堪え切れなくなったような笑い声を上げた。
その嘲笑が不可解で、シャアはサングラスの奥で眉を顰めた。
「そうだろうな。それでこそ、シャア・アズナブルだものな」
皮肉めいた声が、煩わしかった。シャアは、キッとハマーンを睨み付けた。
「勘違いするな。私は諦めたわけではない」
「そういうことに、しておこうか」
ハマーンは、シャアの言うことを真に受けようとはしなかった。
それはシャアの本心のつもりなのだが、ハマーンを見ていると、自分でも気付いていな
い本音が見えているのではないかという気にさせられて、どうにも気持ち悪い。
シャアは、そんな纏わりつくようなハマーンの瘴気を感じて、それを振り払おうと、「とこ
ろで――」と話題を切り替えた。
「ルナマリア君のザクに乗って、戦ったそうだな?」
それは、更衣室で一緒になったレイから聞いた話である。シャアはその話を耳にした時、
一瞬、我が耳を疑ったものだが、すぐにそれがカミーユに関係していることだと気付いて、
得心した。
「カミーユが来ていたのでな。戦ったというほどではない」
ハマーンは、素っ気無く返した。
だが、シャアはそれだけではないと思いたかった。ハマーンも、冷静に考えてみればま
だ二十歳のうら若き女性である。変われる余地は残されているはずだと、信じたかった。
だから、要らぬことを口にしてしまう。シャアは、自分本位でしか他人を計れない男で
あった。
「君も一緒に戦えばいい。少なくとも、守られているよりは性に合うはずだ」
刹那、ハマーンは表情を一変させた。
「その手には乗らんよ……」
最近は鳴りを潜めていた目だ。不信と、侮蔑である。
ハマーンはシャアとすれ違い、「だが」と続けた。背中から聞こえるその声は、あまり
にも冷えている。
「どうしても私を戦わせたいのなら、コロニーの一つでも用意するのだな。そうしたら、
考えてやらんでもない」
「そんなこと、できるはずが無かろう」
シャアは首を回して、ハマーンの背中を見た。感情の無い背中が、シャアを嘲笑ってい
るように見えた。
「分かっている。――そういうことだ」
ハマーンはそう言い捨てると、すたすたと去っていった。シャアもそれを最後まで見送
ることなく、深いため息をつくと、ハマーンに背を向けた。
アフリカ大陸は、二年前の大戦では当初、ザフトの勢力下にあった。前回の停戦が結ば
れて以来、アフリカは南北に分かたれることになったのだが、反プラント的な南側に比べ
て、北側は比較的親プラント的な風潮があった。
その北アフリカに存在するマハムール基地に、ミネルバは入った。カーペンタリア基地を
出撃したのは、このマハムール基地からの支援要請を受けてのことだった。
現在、マハムール基地の部隊はスエズのガルナハン地区に存在する連合軍基地を攻略
中だった。連合軍の補給ルートの要衝であるスエズ基地は、戦略上、重要な拠点である。
マハムール基地司令のヨアヒム・ラドルは、その補給ルートを分断し、この地域における連
合軍の弱体化を目論んでいた。
しかし、ラドルは既に何度かの攻略作戦を展開していたのだが、その悉くは失敗に終わっ
ていた。ラドルが恥を忍んでカーペンタリア基地に支援を要請したのは、そういった理由が
あったからだった。
問題は、連合軍基地に備えられたローエングリンの存在だった。連合軍基地は狭い峡谷
の先にあり、侵攻ルートは限られていた。そのためにローエングリンの恰好の餌食にされ
て、それで今まで攻略が儘ならなかったのである。
「しかし、問題はそれだけではないのだ」
ラドルが頭を悩ませている要因は、もう一つあった。それは、ローエングリンを守護するモ
ビルアーマーの存在であった。そのモビルアーマー・ゲルズゲーは、多脚型のクモのよう
な下半身にダガーの上半身をくっつけた、キメラのようなグロテスクな姿をしていて、それに
はザムザザーのようなリフレクターが装備されていた。それがローエングリン砲台を守って
いて、攻略をより困難なものにしていた。
ラドルは、マハムール基地の体力的に次の攻撃がラストチャンスだと告げた。ミネルバ
は、たった一度のチャンスでローエングリンゲートの攻略を遂げなければならなかった。
副長のアーサー・トラインが演台に立ち、ブリーフィングは執り行われた。その時、誰もが
気になったのは、隣に立つ少女の存在だった。
日に焼けた肌をした、亜麻色の髪を旋毛の辺りで束ねたコニールという少女は、ガルナハ
ンのレジスタンスの一員だと紹介された。連合軍に接収された火力プラントを取り戻すため、
ザフトに協力をしにきたのだという。
「これを届けに来たんだ」
そう言って提示したのは、連合軍基地が建設される際に掘られた試掘坑のマップだった。
「この坑道が、ローエングリンの近くに通じていることが分かったのだ」
アーサーは教鞭でルートをなぞり、「これを利用して、ローエングリン砲台に奇襲を掛ける」
と作戦内容を説明した。
「その役目は、シン・アスカのインパルスに担ってもらう」
「自分が……!?」
指名されたシンは、思わず声を上擦らせていた。直前の説明で、坑道内は真っ暗闇で、
視界はほぼゼロであると聞かされていたからだ。
「マップデータ頼りのオートパイロットなんですよね?」
シンが立ち上がり、質問をした。アーサーが、「そうだ」と言って答える。
「坑道は狭く、通常のモビルスーツのサイズでは通れない。分離した状態のインパルス
でなければ攻略は不可能だ」
「それは了解しましたけど、もし、そのマップが間違ってたら――」
シンがアーサーの説明に疑義を唱えた時、それを遮るように「そんなことは無い!」と
コニールが声を張り上げた。
「これは、仲間の犠牲と引き換えに、ようやく手に入れたものなんだ! これが間違っ
ているなんてあり得ない!」
コニールはいきり立つ勢いだった。しかし、シンも「そんなの、当てになるかよ」と言っ
て引き下がらない。
「やるのは俺たちなんだぜ?」
「お前!」
「やめないか!」
詰め寄ろうとするコニールを、アーサーが抑えた。他方で、シンの隣に座っていたルナ
マリアも「言い過ぎよ」とシンを咎めていた。シャアはそれを遠目から眺めて、見苦しい
光景だなと思った。
「こんな奴にあたしたちの運命は預けられない!」
コニールはシンを指差すと、アーサーに振り向いた。
「誰か他の人を候補に立ててくれよ!」
「しかし、現状インパルスのパイロットは彼であって……」
「じゃあ、あの人は!」
そう言ってコニールが指差したのは、シャアだった。
「あの人もパイロットだろ? あの人に頼んでくれよ! あんな奴よりも、ずっとか頼り
になりそうじゃないか!」
そのコニールの言葉に、「何だと!」と言ってシンが立ち上がろうとした。そんなシンを、
「止めなさいよ!」とルナマリアが手を引いて抑える。
「なあ、頼むよ!」
コニールはシャアに歩み寄り、頭を下げた。
「あたしたちも、もう後が無いんだ。連合軍のせいで、あたしたちの街は酷いことになって
いて、今度の作戦が失敗したら、あたしたちはもう……!」
シャアは無言のまま、声を絞り出すように懇願するコニールの肩を叩いた。コニールは、
その優しいタッチに、心なしか慰められたような気がした。
シャアは、ふとシンを見やった。シンは中腰の状態で、こちらを睨むように見ていた。
シャアは、そんなシンに向けてフッと笑った。
「確かに、彼の言うことにも一理あります。命懸けで手に入れたからといって、そのマッ
プが正確であるかどうかは分からない」
「そんな!」
「しかし――」
「えっ……?」
「そういう時は自分の腕で何とかすればいい。パイロットとは、そのために居るのです
から」
シャアは徐に立ち上がると、シンの所へと歩を進めた。
「自信が無いと言うなら、変わるぞ?」
シャアは腰に手を当てて、中腰のシンを見下ろして言った。シンには、そのシャアの物
腰が癪に障った。
「アンタには、できるって言うのかよ?」
シンはルナマリアの手を振り払い、背筋を伸ばしてシャアを睨み付けた。シャアは、そ
んなシンの敵愾心をいなすように、少し斜めに構えた。
「できるな。私はパイロットだからな」
「くっ……!」
シンは拳を握り締めた。が、それ以上は反論の言葉が出てこなかった。
シンはアーサーに向き直り、「自分がやります!」と宣言した。
「いいのか?」
「自分は、インパルスのパイロットでありますから!」
念を押すアーサーに、シンはそう答えた。ここでシャアに役目を譲れば、自身がパイロ
ットとして無能であると認めることになってしまう。それは、シンの矜持が許さなかった。
「本当に、アイツで大丈夫なんですか……?」
シャアの横にやって来たコニールが、ポツリと呟くように言った。
「不安でしょうが、大丈夫でしょう」
シャアはそう言ってコニールの不安を払拭した。
「精神的に未熟ではありますが、腕は確かです」
「そ、そうなんですか……?」
「はい。信じてあげてください」
シャアは、もう一度コニールの肩を軽く叩いた。
宥め透かすように語り掛けてくれるシャアが、コニールには優しく感じられた。
作戦の決行を翌日に控え、シャアはセイバーの最終チェックのために格納庫に降りて、
マッドと打ち合わせをしていた。その中で、突然とシンの話題が出てきたことが、シャア
には少し意外だった。マッドは、もっとストイックな技術屋だと思っていたからだ。
「若いのが、ナーバスになってるって気にしてたからよ」
「プレッシャーを掛けてしまったからな。若者を苛めているようで、あまり気分は良く
ない」
「へへっ!」
マッドが、自省するシャアを“らしく”ないと笑う。
「そう思ってるなら、何か声を掛けてやってくれ。ベテランらしくな」
「うん……口幅ったいが、そうだな……年配が苦言を呈するだけというのもな」
「そういうこった」
「分かった。やってみよう」
シャアはマッドに後のことを任せると、展望デッキへと向かった。
何故か、そこにいると思っていた。いつぞやの時も、ここにいたからだろう。真っ赤な太
陽が空を茜色に染め上げる展望デッキで、シンは風に吹かれていた。
シンは一寸、顔だけ振り向けて一瞥すると、また景色の方へと目をやった。アフリカの
茶色い岩の大地が、夕陽を受けて燃えているようだった。
シャアは柵のところまで進み出て、そのアフリカの大地を眺めた。風に乗って運ばれて
くる砂のにおいが、自然を感じさせた。
「何の用ですか」
淡白なシンの声が、シャアの耳を打った。シャアは、あえてシンを見ずに、「明日は君の
出来に掛かっている」と徐に告げた。
「プレッシャーを掛けに来たんですか」
シンは横目でシャアを睨み上げた。目元がサングラスで隠されたシャアの顔立ちは、整
っているだけに能面のよう見える。シンには、それが馬鹿にされてるように感じられて好き
になれなかった。
「そうではない」
シャアはシンの視線に気付いていながらも、まだ目を合わせなかった。
「皆、君に期待している。君のモビルスーツパイロットとしての技量は、誰もが認めるとこ
ろだ。私も、君には将来性を感じている」
「……」
シンは答えなかった。反発したい気持ちがありながらも、反面、シャアの言葉に悪い気
はしなかったからだ。
「しかし――」
言葉を継いだシャアに、シンは顔を振り向けた。
「君はまだ、自分を律するということを知らない。だから、先日のようなことをしてしまう」
「あれは!」
「軍人は、戦争がただの暴力ではないことを常に意識していなければならない。そうで
なければ、戦場の狂気に絡め取られて、やがて殺戮者になってしまう」
シンの脳裏に、燃え盛る基地の様子がフラッシュバックした。それは先日、シンが犯し
た過ちである。
今なら、シンはそれが過ちであると認めることができた。タリアに叱責され、謹慎してい
る間に冷静になって、シンは炎が上がり、死体が転がっている中にインパルスが立って
いる光景を想像できるようになった。
それが、二年前のオノゴロ島のことと何が違うのかと自問した時に、シンは自らが仕出
かしたことに恐怖した。相手も軍人だった。非道も働いていた。しかし、自分がやったこと
は虐殺だった。
「俺は……殺人鬼なんかじゃない!」
自覚があるから、シンは叫んだ。歯を食いしばって、必死にシャアの言葉を否定しよう
とした。
「そうだ。君は、人殺しではない」
「えっ……?」
シャアの調子は、単調でありながらも柔らかだった。
「軍人とは、戦うものだ。その中で、人を殺めることもある。しかし、人々を助けるのも、
また軍人なのだ」
シャアはサングラスを外して、シンを見据えた。
美しい碧眼が、そこにはあった。シンは、サングラスを外したシャアの顔を、初めて見た
ような気がした。
「君は明日、出撃する。だが、それは敵を倒すためではない。ガルナハンの苦しんでい
る人々を救うために、君は戦うのだ」
沈みかけの太陽が、姿を消した。辺りは、じわじわと闇を濃くしていく。
「砂漠の夜は冷えると聞く」
シャアはサングラスを掛け直すと、展望デッキの出口へと向かった。
「明日は早い。作戦の要である君には、疲れを残して欲しくはないな」
シャアはそう言い残すと、ドアの奥に消えていった。
シンはそれを見送ると、柵に背中を預けて、一つ小さく深呼吸をした。
「人を救うために……か……」
空気から熱が失われていくのが分かる。少し冷たくなった風に髪を泳がせると、すぅーっ
と頭の中がすっきりしてくような感じがした。
ミネルバは、ラドル麾下のマハムール基地部隊と共に、連合軍スエズ基地攻略のために
出撃した。空中をミネルバとバビの編隊が行き、地上はラドルが指揮するレセップス級地上
戦艦とバクゥの群れが疾駆する。これまで単独で行動してきたミネルバにとっては、初めて
の艦隊行動である。
シャアは、空戦部隊の一員として戦列に加わっていた。
「敵の第一次防衛ラインとの接触まで、あと五分!」
オペレーターからのコールが聞こえると、コアスプレンダーがチェストフライヤーとレッグフ
ライヤーを従えた状態でミネルバを発進して、編隊から離脱していった。
交戦は、間もなく始まった。ミネルバを加えたザフト・マハムール部隊は、優勢に事を進め
ていった。しかし、それは連合軍側の手の内だった。
「ローエングリン、捕捉!」
「進軍、止めー!」
敵部隊を押し込みつつ峡谷を進んでいたザフトは、ラドルのその号令でピタと足を止めた。
そして、その次の瞬間、高台に据えられたローエングリン砲台から巨大なビームが発射され
た。
ローエングリンの光はザフト艦隊を穿ちはしたが、損害は軽微であった。射程、射角ともに、
既にデータは揃っているからだ。ローエングリンに散々苦しめられてきたラドルの対策は万
端だった。
ローエングリンのチャージの隙を突いて、ミネルバが前に出た。艦首からは、タンホイザー
の砲身が既に浮かんでいた。
「てぇーっ!」
タリアの号令が飛び、タンホイザーが発射された。目標は、ローエングリン砲台である。
しかし、その射線上に素早く身を飛び込ませたシルエットが、それを弾いた。タンホイザーの
複相ビームが拡散した後から姿を現したのは、例のゲルズゲーというモビルアーマーだった。
それもまた、いつものことであった。
「なるほどな。これは確かに手強い」
シャアはその一連の流れを目の当たりにして、ラドルが無能なのではないと確信した。
地の利を上手く活用し、最強の矛と盾を中心に布陣を敷くスエズ基地の鉄壁は、この拠点
が連合軍にとっていかに重要であるかを示している。そして、だからこそザフトはここを落とさ
なければならなかった。
「頼みの綱は、シン・アスカただ一人か……」
現在、交戦中のザフト艦隊は、全て陽動である。全ては、坑道を行くインパルスが敵の
背後を突くまでの時間稼ぎである。
「しかし、あまり時間は掛けられん……」
陽動であるとはいえ、ローエングリンに気を配りつつ攻めなければならないザフトの消
耗は、連合軍の比ではなかった。ミネルバを編成に加えたことで大きく体力を増強させた
マハムール部隊ではあるが、それも無限ではない。いつもよりは長持ちするとはいえ、タ
イムリミットは確実に存在するのだから。
そして、その時間は迫りつつあった。レジスタンスの支援もあったが、それも雀の涙ほ
どでしかない。ラドルは、次第に時計を気にし出して、焦りを感じるようになっていた。
だが、最早これまでとラドルが覚悟を決めた時、俄かに連合軍に動揺が走った。動揺は
連合軍の後方から伝播して、前線のモビルスーツ部隊へと伝わってきた。それは、インパ
ルスが坑道を抜け出たことを意味していた。
インパルスは坑道を抜けると、即座にドッキングしてモビルスーツ形態となった。そして、
連合軍に態勢を立て直す暇を与えることなくゲルズゲーを撃破し、そのままローエングリ
ンをも破壊して見せたのである。
その瞬間、戦況は一挙に好転した。ラドルは全軍に突撃の号令を掛け、ザフトは一気呵
成にスエズ基地を陥落させたのだった。
「おーいっ!」
ガルナハンの街では、人々が歓声を上げて待っていた。その中には、コニールの姿も
あった。
人々が待っていたのは、インパルスだった。インパルスがゆっくりとガルナハンの街の
広場に降り立つと、ワッと一斉に住民たちがその周りを囲んだ。シンがコックピットから
姿を見せると、一層歓声が大きくなった。
「よくやってくれたじゃないか!」
昇降ワイヤーでシンが降りると、喜びを爆発させてコニールが飛びついてきた。シンが
それを受け止めると、それがきっかけとなったように他の住民たちも雪崩のように押し寄
せてきた。
作戦前のブリーフィングの時とは打って変わって手の裏を返したようなコニールを、シ
ンは現金な奴だと思ったが、他の住民から口々に賞賛を浴びると、こういうのも悪くない
な、と思った。
そんなシンの様子を、シャアは上空を旋回しながら眺めていた。
「シンを中心に、人間の輪ができている……」
カメラに望遠を掛けて、シンの表情を捉えた。面映ゆそうにしながらも、笑みを弾ませ
ている少年のあどけない表情が読み取れた。
「彼には、ああしている方が似合っている」
シャアはそう言って微笑むと、セイバーを帰投コースに乗せた。
続く
第六話は以上です
それでは
辞めちゃったのかな
規制解けてるかな?
反応が無かったのは大規模規制に巻き込まれてたからと思いたい……('A`)
第七話です↓
ミネルバはガルナハンを離れ、一路ディオキアへと向かった。
スエズ基地、通称ローエングリンゲートが落ちたことで、地球連合軍はヨーロッパ地区
における主要補給路を断たれた。ザフトは、時に連合に不満を抱く民衆の求めに応じて、
各地の都市の解放作戦を展開した。黒海沿岸都市ディオキアも、その一つである。
戦闘の跡が残るディオキアではあるが、中世期の面影を残す街並みは健在であり、現
在、ザフトが駐留している状態だった。
「本当かよ!?」
ディオキアに入ると、クルーの間であることが話題に上った。
「地球に降りてるらしいぜ」
「ここでライブやるんだってさ」
「慰問ってことは、俺らも見に行けるんだろ?」
「ひゅー! 楽しみだなー!」
彼らの話題を独占していたのは、プラントの絶対的アイドルであるラクス・クラインの
ことであった。ラクスは現在、前線の兵士を労うために各地を巡っているのだという。
シャアにはいまいちピンとこない話題であったが、ディオキアに集ったザフト兵士たち
の熱気を見るに、その人気が凄まじいものであることは分かった。
シャアも社交辞令的にライブに誘われたりはしたが、丁重に断わった。流石に、場違い
だと思ったからだ。
シャアはマッドに許可を貰い、車を一台借りた。上陸許可が出ていたので、気晴らしに
ディオキアのクラシックな街並みでも眺めながらドライブでもしようと思い立ったのだ。
だが、運転席に乗り込み、いざエンジンをスタートさせようとした時だった。
「乗せろ」
不意に助手席側のドアが開いたかと思うと、ハマーンが突如、乗り込んできたのである。
「何をしている。出せ」
突然の事に閉口しているシャアに、ハマーンはさも当然であるかのように命令した。
(どういう風の吹き回しなんだ……?)
デートでもしようというのか、と推測したが、あまりの愚論にシャアは自らを罵りたく
なった。第一、そうであるならハマーンのこの険しい表情の説明がつかない。流石のハ
マーンも、そういう時はもう少し可愛い顔をするものだ。
(ハマーンには、何か目的がある……)
シャアはエンジンをスタートさせながら、横目でハマーンの表情を窺った。ハマーンは
車窓の景色を見やったまま、思索に耽っているようだった。
(だが、それを聞いても答えてはくれないのだろうな……)
隣に座っていながら、まるで目を合わせようとしないハマーンを見て、シャアはそう思
っていた。
こうして、シャアとハマーンの奇妙なランデブーは始まったのだった。
街中を適当に流していた。ハマーンは特に指示するでもなく、車窓からジッと街の様子
を眺めていた。会話も、全く無い。重苦しい空気が、車中に充満していた。
(これでは拷問だよ……)
ハンドルを握るシャアは、チラと横目でハマーンの様子を窺いつつ、心の中で独りごちた。
憂いを帯びたハマーンの横顔には、麗しさが漂っている。若くしてアクシズの指導者と
して君臨してきたその容貌には、苦労を重ねた女の哀愁が放つ色気がミックスされた美し
さがあった。
しかし、シャアはそれに気付こうともしなかった。シャアのハマーンを見る目には曇ガ
ラスのようなフィルターが掛かっていて、それがハマーンの実像を見えにくくしているか
らだ。シャアは、未だにミネバのことでハマーンを許せずにいた。
静かな車内は、ステレオから流れてくる音楽が矢鱈と大きく響いていた。現在、ラクス・
クラインのコンサートライブが始まろうとしていて、その中継が流れていた。
「静かな〜、この夜に〜」
ステレオから、ラクスの歌声が流れてきた。可愛らしい歌声で、溌剌としていて張りの
ある曲調は、シャアには幼く感じられた。
しかし、その途端、ハマーンは急に血相を変えて、車内モニターの中継の様子を凝視し
た。その不可解な行動に、シャアは何事かと訝ったが、ハマーンはやがて平静を取り戻す
と、再び街の景色へと目を戻した。
元々、苦手な女性ではあったが、今日のハマーンは特にシャアの理解を超えていた。何
も語らない上に、今しがたのように理解不能な反応を見せたりもする。
シャアはこの時、無性にハマーンが考えていることを知りたいと思った。しかし、車中
を包む重苦しい空気が、シャアの口を開かせてはくれなかった。
居心地の悪いドライブを続けながら、いつしか海岸線に沿って走っていた。崖の上に敷
設された道路で、曲がりくねったカーブの多い道は交通量も多くなく、今はシャアが運転
する車だけが走っていた。
シャアは、鬱屈した空気を紛らわせるようにアクセルを開けて、スピードを上げた。
――少し進んだところでハマーンが急に口を開いた。
「スピードを落とせ」
そんな気分ではなかったが、シャアは言われるがままにアクセルを緩めた。
ハマーンの目が、何かを見つめていた。その視線の先には、一台のオープンカーと、崖
下を覗き込んでいる一人の少年らしき後姿があった。
ハマーンがその近くで車を止めるように言うので、シャアはその通りにした。ハマーン
が車から降りると、ドアを閉める音で短髪の少年が振り向いた。シャアも車から降り、少
年のところへと歩み寄った。
「連れが気になったものでね。どうかしたのかな?」
シャアが聞くと、少年は一瞬だけ鋭い眼光を放ったが、すぐさま普通の若者の顔つきに
戻った。
(この少年は……)
シャアは少年のことが気になりつつも、ハマーンの方へと目をやった。ハマーンは、先
ほど少年がしていたように崖下を覗いている。
「仲間の一人が、うっかり海に落ちてしまいまして」
少年がそう言って、ざっくりと説明をしてくれた。
「それは大変だ」
崖の付近には、脱ぎ散らかされたウェアが散乱していた。鑑みるに、あと二人はいそう
だった。
その時、崖下から「おーい」と少年の呼ぶ声が聞こえてきた。短髪の少年が、「ちょっ
と待ってろ!」と応じると、自分たちが乗ってきた車からロープを取り出して、それを崖
下に投じた。
「そんなんじゃ、全然足りねーよ!」
下まで届かなかったらしく、崖下からはそんな文句が聞こえてきた。しかし、もうそれ
以上長いロープは無いらしく、短髪の少年は「参ったな……」と呟いた。
「私たちのを使えば良い」
見かねたシャアは、自分の車から牽引ロープを持ち出し、それを結んで長さを足すよう
に言った。少年は、「ありがとうございます」と言ってロープを受け取って、言われた通り
に結んだ。
やがて、ブロンドの髪の少女が、水色の髪の少年に抱えられて上がってきた。少年も少
女もずぶ濡れになっていたが、特に少女の方は酷く憔悴し切った様子だった。「大丈夫か
な?」と声を掛けると、「何だ、おっさん」と少女を抱えた少年がシャアを睨んだ。
「お前らを助けるために協力してくれた人だぞ」
短髪の少年が咎めるも、少女を抱えた少年は「そーかよ」と素っ気ない。
「すみませんね」
短髪の少年が、愛想笑いを浮かべてシャアに詫びた。
「いや、助かって何よりだ」
シャアはそう返しながらも、目線はハマーンを追っていた。短髪の少年も、そのシャア
の目線の行方に気付いて、同じ方へと目をやった。
「奥さんで?」
「まさか……」
シャアは苦笑しつつ、「それより、もう一人いるのだな?」と訊ねた。
「ええ、そうですけど……」
ハマーンはまだ、崖下を覗いていた。その目的が、“もう一人”であることは明らかだった。
最初に少女を担ぎ上げた少年から一、二分ほど遅れて、もう一人の少年が崖を這い上が
ってきた。ハマーンはその顔を認めると、やおら笑みを浮かべた。
「ようやく御目文字がかなったな――」
崖縁から身を乗り出し、少年が顔を見せた。シャアはそれを目にした瞬間、思わず目を
見張った。
「カミーユ・ビダン」
――それは、一瞬の出来事だった。短髪の少年が懐から素早く銃を抜き出し、ハマーン
へと狙いを定めた。そして、それとほぼ同時にシャアも銃を抜いて、銃口を短髪の少年へ
と向けた。
その場が、一瞬にして凍りついた空気に支配された。
「チッ……!」
ハマーンの舌打ちが、無粋だと言わんばかりに響いた。その足元では、崖縁に這ったま
まの少年が、目を大きくしてハマーンを凝視していた。
「カミーユ……」
シャアは短髪の少年に銃を向けながらも、呟くようにその名を呼んでいた。その呟きが
聞こえたのか、カミーユは一寸、シャアの方にも目をやったようだった。
その顔は紛れもなくカミーユ・ビダンだった。しかし、その瞳はシャアを見ても懐かしむ
わけでもなく、寧ろ深い敵意に満ちているように見えた。
「何を驚いている? だから、車を出したのだろう?」
当惑するシャアに、ハマーンが顔を振り向けて言った。しかし、シャアはそれには答え
られなかった。
予感はしていた。だが、それは最初からではない。車をレンタルしたのは、本当に気晴
らしのつもりだった。カミーユの存在を予感したのは、車を降りて短髪の少年に違和感を
持ってからだった。それまで、シャアはカミーユを感じることができなかったのである。
一方で、ハマーンは最初から気付いていた。だから、気の進まないシャアとのドライブ
も止む無しとした。シャアは、そんなことすら想像できなかった。
黙すシャアを、ハマーンは一笑に付した。その余裕が、シャアにはもどかしかった。
「うっ……! ううっ……!」
カミーユは頭を抱えて呻いていた。ハマーンは、そんなカミーユを虫けらでも見るかの
ような目で見つめた。
「いい眺めだな、カミーユ?」
「……ようやく分かりましたよ……!」
そう言って、カミーユは抗うように顔を上げた。
「この不愉快さは、あなたたちが居たからですね……!」
「だとしたら、どうなんだ?」
カミーユの鼻先に爪先を突きつけ、蹴り落とさんばかりにハマーンはにじり寄る。カミー
ユは、そんな挑発的なハマーンを睨みはしたが、反発は控えた。そんなことは無いだろ
うと思いながらも、蹴落とされる可能性を完全には捨て切れない苛烈さを、ハマーンから
感じたからだ。
「――ったく、ネオの命令で敵情を探りに来てみればこれだ……!」
短髪の少年――スティングは、シャアの銃口に注意を払いながら、忌々しげに呟いた。
すると、少女を介抱していた少年――アウルが、それに呼応するように「カミーユの奴が
気分が悪いとか抜かすからじゃねーか!」と怒鳴った。
「それでスティングが甘やかして休憩だなんて言い出すもんだから、その間に暇を持て
余したステラが一人でタコ踊りでもしてりゃ、このバカ女が足を踏み外して落っこちること
はあるだろーが!」
「うるせえっ! そこまで想像できるか! お前は文句垂れる前に、この状況をどうにか
することを考えろ!」
口論を始めた少年たちを見て、シャアはこの隙にどうにか出来るのではないかと考えた。
だが、シャアが狙いをスティングの銃に定めようとした時、俄かにハマーンがスティン
グに向けて制するように手を掲げた。それは同時に、シャアをも制しているようであった。
「案ずるな。ここでお前たちと事を構えるつもりは無い。私はただ、カミーユ・ビダンを
見に来たかっただけだ」
「カミーユを見に来ただと……!?」
「そうだ」
スティングには、まるでカミーユの居場所を知っていたかのようなハマーンの言い草が、
信じられなかった。
「……何者なんです?」
カミーユが問う。しかし、ハマーンは微かに嘲笑するだけだった。
「哀れだな、カミーユ。己を見失い、与えられた幻想の中でお友達ごっこかい?」
「何を言ってるんだ……?」
「命じられるままに戦う操り人形……それが今のお前だろうが?」
「耳を貸すな!」
叫んだのは、スティングだった。シャアがそれに反応して、トリガーに掛ける指に力を
込めた。
ハマーンが、そんなシャアを指差した。
「お前がどうなろうと私は構わんが、シャアはどうかな?」
「女! それ以上はしゃべるんじゃねえ! 撃ち殺すぞ!」
スティングが激昂して銃を構え直した。しかし、ハマーンは動じない。
「シャア……? くっ、ううっ……!」
カミーユは、両手で再び頭を抱えた。ハマーンはそんなカミーユを、冷めた瞳で見つめ
た。
(ニュータイプと言えど、こんなものだ……)
苦しむカミーユは、壊れかけの玩具のようだった。
ニュータイプに覚醒しても、人類の膨大なエゴからは逃れられない。結局は、戦争の道
具に成り下がるしかない。それは、自身もニュータイプであることに対する、ハマーンの
自虐でもあった。
シャアは、人類全てがニュータイプに覚醒すれば、世界は正しい方向へと向かうと主張
した。それは、コロニー・レーザー内の劇場跡でのことだ。シャアは、人類がそうなる時ま
で待つと言った。
しかし、それは見果てぬ夢だと思った。例えそうなれるとしても、その前に人類のエゴが
地球を食い潰すだろうという確信が、ハマーンにはあったからだ。それが、ニュータイプを
恐れ、戦争の道具としてしか考えられない貧困な発想の地球連邦政府の限界だと悟って
いた。それは、本末転倒というものである。だから、ハマーンはそんな地球連邦政府に代
わって、人類を正しく統治できる絶対者が必要だと考えた。それを、ザビ家の名の下に行
おうとしたのだ
シャアも、それを分かっているはずだった。しかし、シャアの胸の内は、その黒いサング
ラスが表情を隠しているように、読むことが出来ない。
(シャアは、ニュータイプに幻想を抱き過ぎている……)
ハマーンは、カミーユを見て思っていた。ニュータイプであることが、必ずしも人を幸せに
するわけではない。寧ろ、すれ違うことの方が多いのだと、カミーユとの経験で思い知って
いた。
自分か他人かよく分からない感覚は、気持ち悪いだけだった。相手の心を覗く代わりに、
否応なしに自身の心をも暴かれていくのは、苦痛でしかなかった。
シャアは、それを知らないのだ。それを実感できるだけの素養を持てなかったシャアに
は、知り得なかったことだったのだ。それ故に、ララァとアムロの関係に嫉妬したことが反
発となり、シャアをニュータイプへの強烈な憧れに駆り立てたに過ぎない。童貞が未だ見
ぬセックスに過剰な夢を見るのと同じ心理だ。
(分かるか、シャア? これが、ニュータイプの成れの果てだよ……)
ハマーンはカミーユを見下ろしながら、心の中でシャアに語りかけた。
「あ、あなたたちは、一体、僕に何を……!」
カミーユは呻くように言った。ハマーンは、フンと鼻を鳴らすと、カミーユに背を向けた。
「いいものを見せてもらった。もういい」
ハマーンは踵を返すと、銃口を向けるスティングの前を些かも気兼ねすることなく横切
り、さっさと車に乗り込んでしまった。その図々しいほどに堂々たる足取りに、スティング
は思わずトリガーを引くのも忘れた。
シャアはそれを見て、自らも銃を収めた。そして、名残惜しむようにカミーユを見やった。
正気に戻す余地はあると見た。カミーユは、シャアやハマーンを見て反応を示したのだ
から。
(ならば、ここは退くか……?)
シャアはスティングたちの身のこなしを見て、強化人間かもしれないと見当をつけていた。
それならば、ハマーンにその気が無い以上、この不利な状況でわざわざ無理をする必要
も無いと思い至った。ここで退いて見せれば、彼らもこれ以上カミーユに無理な記憶操作
を施すことも無いだろうと読んだのだ。
彼らがディオキアにいたということは、本隊も近くにいるということである。ディオキアを
出れば、ミネルバはその部隊と接触する可能性が高い。だとすれば、その時に改めて
洗脳を解けば良いとシャアは考えた。
(しかし……)
シャアが引っ掛かっていたのは、スティングたちの態度だった。スティングがハマーン
を黙らせるために激昂した時、彼らがカミーユをどのように扱っているのか、分からなく
なったのだ。
(彼らは、カミーユをどこまで受け入れているのだ……?)
ここで、本当に見逃してしまっても良いのだろうか――シャアは、迷ったのである。
その時、プァーンとクラクションの甲高い音が鳴った。早くしろ、というハマーンの催促
である。
シャアは仕方無しに踵を返し、車に乗り込んだ。自らの判断の正否も分からぬままに……
「カミーユがいることを、最初から分かっていたのだな?」
車を走らせながら、シャアはハマーンに訊ねた。ハマーンは頬杖をついて、流れる景色
を眺めたまま無言を貫いていた。シャアは、それを肯定と受け止めた。
辺りはすっかり夕闇に包まれていた。通り過ぎていく街灯の明かりが、ストロボのように
ハマーンの表情を何度も浮き上がらせた。
氷のように冷たい瞳の奥には、拭い切れない孤独がある。儚く脆い心を、ハマーンは凍
てつかせることで保ち、生きてきた。ハマーン・カーンは、その裏にどうしようもない寂しさ
を隠している、少女のような女性だった。
そのことに目を向けられないシャアに、ハマーンを理解することなどできはしなかった。
戻る途中、ミネルバから連絡を受けた。ラクスと共にディオキアを訪れていたデュラン
ダルが、二人を晩餐会に招待したいとの達しがあったのだという。
「いいな、ハマーン?」
シャアが聞くと、ハマーンは気だるそうに片手を上げて答えた。シャアは了解すると、
ナビに教えられた住所をセットして、そこに向かった。
ディオキアの街並みにマッチした、中世期の城のような高級ホテルの中庭に乗り付け
ると、出迎えのスタッフが現れた。シャアはスタッフの一人に車を任せると、ハマーンと二
人で別のスタッフに案内されて高級ホテル内に入った。
バルコニーに辿り着くと、既に準備が整っていた。長テーブルには先に呼ばれていたタ
リア、シン、レイ、ルナマリアが横一列に並んで座っていて、それと向かい合って一人の
男が座っていた。
黒い長髪の男である。目つきは鋭くありながら、どこか温和な雰囲気もある、不思議な
男だった。
(あれが、ギルバート・デュランダルか……)
デュランダルは二人を見つめて、柔和な笑みを浮かべていた。シャアは、それは政治家
が使う嫌な愛想笑いとは違うようだと思った。もっと、子供染みていると感じたのだ。
「クワトロ・バジーナです。本日は、デュランダル議長閣下にこのような催しにお招きい
ただき、真にありがたく存じます」
シャアはそう述べて、恭しく頭を下げた。
その途端である。
「はっはっは!」
デュランダルは痛快に笑ったのである。その理由は、シャアもデュランダルの笑い声を
聞いた瞬間に理解した。
「報告の通りだね、クワトロ・バジーナ? まるで、私がしゃべっているようだった」
「恐縮であります。私も、議長閣下のお声を拝聴して、同じことを思いました」
「君なら、いざという時に私の代わりが務まるかもしれないね?」
「ご冗談を……」
シャアが苦笑していると、「どうぞ、お掛けください」と、デュランダルの傍らに立つ、オレ
ンジの髪をした青年将校が二人を促した。ボーイが椅子を引き、シャアはタリアの右隣に、
ハマーンはそのシャアの更に隣に腰掛けた。
「ね? 言ったとおりでしょ?」
タリアが、得意気にシャアにそっと耳打ちをした。今なら、タリアが最初に自分の声を聞い
た時の反応も納得できるとシャアは思った。
「全員、御揃いのようです」
青年将校は、そうデュランダルに告げると後ろへ下がった。デュランダルは、「うむ」と頷く
と一同を見渡した。
「まずは乾杯と行こうじゃないか」
デュランダルが乾杯の音頭を取り、各々はグラスを交わした。
暫くは、和やかに食事を楽しんだ。ハマーンも、乗り気ではないにしろ、高級ディナーと
いうだけあって、それなりに興じてはいるようだった。もっとも、このような場に慣れていな
いシンとルナマリアは、食事の味を楽しむ余裕も無さそうではあったが。
「こうして食事が出来るのも、君たちがローエングリンゲートを落としてくれたお陰だ。君
たちは、期待以上の働きをしてくれている」
賛辞を述べるデュランダルに、タリアが「ありがとうございます」と一同を代表して応じた。
デュランダルの話によると、スエズ基地が陥落したのを機に、ヨーロッパ戦線が好転しつ
つあるのだという。一方、宇宙の方では緒戦以来は膠着状態を堅持していて、月の周辺で
小規模な戦闘がある程度だという。
「しかし、このまま戦況をひっくり返して、一気呵成に、とは行かないだろうね」
デュランダルはそう言って、楽観ムードを否定した。
「何故でしょうか?」
「イデオロギーの対立に便乗する商売というものがある」
問うタリアに、デュランダルはそう返した。
「戦争がすぐに終わってしまっては困ると考える人間も、いるということさ」
「そんな……何でですか!?」
咄嗟に口を挟んだのは、シンだった。シンは僭越なことをしてしまったと気付くと、す
ぐに「すみません」と申し訳なさそうに俯いた。
「よい。それがまともな反応だ」
畏まるシンに、デュランダルはそう言って宥めた。
「だが、戦争には碌でもない側面もあってね。そう……例えば、あの機体――」
デュランダルはそう言って、ホテルの中庭に佇んでいる巨人を指した。それは全身をオ
レンジに塗装されたモビルスーツで、ザフト系統らしい単眼の意匠ではあったが、見慣れ
ない型をしていた。
「ZGMF-2000、グフ・イグナイテッドという。ロールアウトしたばかりの機体なのだがね、
あれを一機建造するのにも、莫大な資本が要る。それだけではない。運用するのにも
コストが掛かる。ミサイル一発にしろ、推進剤にしろ、損傷した時の予備パーツのことも
考えなければならない。そして、破壊されればまた新しいものが必要になり、より強力な
武器を求めて新兵器の開発も進められる。無論、これは武力行使に限っての話なのだが、
それだけでも途方もない金が動く。インフラなどのことまで考えれば、尚更だ。戦争の中
では、そういった破壊と創造のサイクルが凄まじいスピードで繰り返されていく。つまり、
戦争をするということは、一方でそういう見方もあるということなのだよ」
「戦争を食い物にしているってことですか?」
シンの問い掛けにデュランダルは、「身も蓋もない言い方をすればね」と苦笑した。
「所謂、“死の商人”と揶揄される人々のことだ。そういう人間ばかりではないが、彼ら
が力を持てたのは、そうやって戦争を利用して莫大な富を築けたからなのだよ。そして、
今回の戦争の影にも、間違いなく彼らの存在がある。私は、彼らをどうにかしない限り、
地球側との本当の和平は無いと考えている」
「デュランダル議長は、開戦前からそれをご存知だったんでしょうか?」
「その通りだ、シン・アスカ。私は今回のような事態を想定して、前々から準備を進め
てきた。戦争をする為にだ」
「……!」
シンはハッと息を呑んだ。自分を見据えるデュランダルの瞳に、白刃が放つような鋭い
輝きを見たからだ。
「戦災孤児である君の身の上については、知っているつもりだよ。だから、そういう意
味では、私は君に残酷な仕打ちを強いてしまっているのかもしれない」
「いえ、自分は……」
「忌憚のない意見をぶつけてくれても構わんよ。君の今の正直な気持ちを聞かせてくれ
ないか?」
デュランダルが問うと、ハマーン以外の注目がシンに集まった。シンはそれを意識して
少し身を固くし、若干の間を置いてから徐に口を開いた。
「……戦うべき時に戦わなければ、守りたいものは守れません。それに、仕掛けてきた
のは向こうです。だから、自分は戦います。少しでも、自分と同じ思いをする人を少なく
するために」
「よく言ってくれた、シン」
頬を緩めたデュランダルの目に、もう鋭さは無かった。柔和な笑みは、先ほど迎え入れ
てくれた時と同じだった。
(この人、こういうオンとオフを切り替えられる人なんだ……)
ポンと肩を叩くレイの顔には、珍しく笑みがあった。「シン!」と呼ばれて顔を振り向け
れば、ルナマリアの嬉しそうな顔があった。デュランダルの言葉と二人の笑顔が、自分
の言葉に間違いが無いと思わせてくれた。
デュランダルは、その若者たちの結束を微笑ましく見つめた後、やおら盗み見るように
目線を動かした。
視線の先には、ハマーン・カーンの姿がある。
「食事は、楽しんでいただけているかな?」
呼び掛けると、ハマーンはナイフとフォークを置き、ナプキンで口元を拭いた。
「議長閣下は、随分と軍産を目の敵にしていらっしゃるようで」
「そう聞こえたかね?」
「はい。企業心理も解せぬ議長には、失望いたしました」
ステーキにフォークを突き刺したシャアは、それを聞いた瞬間、咄嗟に肉切れを口に運
ぶ動作を止めてハマーンを見やった。
気温が下がったように感じるのは錯覚だが、気のせいではない。暴言にしか聞こえない
ハマーンの辣言は、一瞬にして和やかな会食の空気を凍りつかせた。
「ちょっと、クワトロ……」
タリアが小声で囁き、シャアに何とかしろと促す。
ハマーンは元は敵同士であるが、知らぬ仲でもない。シャアは、ハマーンが苛立ってい
ることには気付いていた。原因は、恐らく先刻のカミーユとのことだろうとの察しはついた。
「手厳しいね」
デュランダルはそれでも、流石に感情的になったりはしなかった。そういうデュランダル
の人柄に、救われているという自覚がある。パトロンというものは、大事にしたいものだ。
(ハマーン……履き違えるなよ……)
シャアはそう心の中で念じて、「議長」とデュランダルに呼び掛けた。
「軍需産業複合体ともなれば、経済界に与える影響力は甚大です。それを解体、ないし
潰すおつもりであるならば、その後の地球経済のことまで考えなければなりません。プラ
ントは取引相手が無ければ立ち行かないのですから、彼女は、そのことを心配して申し上
げたのです」
シャアを睨むハマーンの頬は、微かに紅潮している。何杯あおったかは知らないが、ハ
マーンは随分とワインが進んでいたようだった。
「なるほど……」
デュランダルは、そう呟いて微笑した。それが本当に納得しているのかどうか、その微
笑からは窺い知ることは出来ない。デュランダルの中にある無邪気さが、邪魔をしている
ように思えた。
「では、君たちはブルーコスモスのことは知っているかね?」
「対コーディネイター強硬派の思想集団であると存じております」
「排斥派だよ。彼らが連合軍の軍事行動にまで口を出せるのは、ロゴスを母体としてい
るからなのだよ?」
「ロゴス?」
「彼らの通称だよ。ブルーコスモスは、ロゴスの資金力によって支えられている。なら、
ブルーコスモスを排除したとして、その根を絶たなければブルーコスモスは何度でも蘇る
ということになる。それでは、結局は今回のように戦争の繰り返しになってしまう」
デュランダルはそこまで話すと、目線をシャアからハマーンへと移した。
「私はね、その輪廻を断ち切りたいのだよ。勿論、それが経済に破滅的な影響を与えか
ねないことは承知している。しかし、戦争が半永久的に繰り返されるようでは、人類の未
来は絶望的だ。どちらかが滅びるまでこのサイクルが続くというのなら、そこから逃れら
れる道を模索したいのだよ、私は」
反目し合う二つの人種が、戦争の禍根となっている。その根本的解決の為に、デュラン
ダルはまずブルーコスモスの土台となっているロゴスをどうにかしたいと言う。
シャアは思う。エゥーゴとして地球連邦の内情にもそれなりに通じることが出来た。腐
敗は、ティターンズの台頭を許した連邦政府の有り様を見れば明白だった。
ブレックス・フォーラは、それを地球の重力に魂を引かれた人々のエゴだと評した。そ
の表現は、当たっているのではないかとシャアは思う。
ならば、コズミック・イラでの禍根をロゴスであるとするデュランダルの言葉に該当す
る、ユニバーサル・センチュリーにおける争いの禍根は何であるかを、シャアは考えた。
アースノイドとスペースノイドの格差は、地球に住んでいるかそうでないかで分けられ
ると言っても過言ではない。そうであると仮定すれば、その格差を是正して人類を平等に
するには……
「――これからも、君らには厳しい任務を課すことになると思う」
デュランダルが言葉を継いで、一同を見渡した。シャアは思案を止め、目線を上げてデュ
ランダルに注目した。
「しかし、本当の平和のために、諸君らには一層の奮励努力を期待したい。そこで……」
デュランダルが後ろを振り返って顎をしゃくると、待機していた先ほどの青年将校が前
に歩み出てきた。
「少しでも諸君らの負担を軽減するために、優秀な増員を手配した」
デュランダルに紹介された青年将校は、ピシッと背筋を伸ばして立ち、見事な敬礼を決
めて見せた。
「ハイネ・ヴェステンフルスです。デュランダル議長の命により、この度ミネルバに配属
となりました。以後、よろしくお願いいたします」
ハイネと名乗った青年将校は一同を見渡すと、それまでの軍人然とした居住まいから一
転して、人懐っこい笑みを浮かべた。
ハマーンの発言で冷や冷やさせられる場面もあったが、晩餐会が和やかな雰囲気の内に
終えられたのは、デュランダルの寛大さがあったからだろうとシャアは思う。
その帰り際、ホテルのロビーを出ようとしたシャアに、駆け込んできた誰かがぶつかった。
一目で分かるほどに女性だった。長い桃色の髪を靡かせて、その少女はシャアにぶつか
った衝撃で転倒しそうになった。シャアは咄嗟に腕を伸ばして、転倒寸前の少女を抱き止
めた。
「も、申し訳ございません」
近くで見ていたルナマリアが、「あっ!」と声を上げた。少女は、ラクス・クラインだった。
ライブの時の衣装のまま、シャアにしなだれ掛かるようにしているラクスは、息を弾ま
せながら顔を上げた。
「あなたは……」
黒いサングラスに映った自分の顔を見て、ラクスはハッとした。夜中にサングラスとい
う奇妙な出で立ちでありながら、それを魅力に変えてしまうような端正な顔立ちとスマー
トな体躯は、シャアの姿を、あたかも夢の中に出てくる王子様のように見せていた。
「お気をつけて。プラントの宝石であるあなたに怪我をさせてしまったら、私はプラント
国民全てから恨まれてしまいます」
見惚れているラクスに、シャアは少し気取った言い回しで優しく呼び掛けた。すると、そ
の声にハッとなったラクスの瞳が途端に色めき立った。
「デュランダル議長ですの?」
「いえ、声は似ていますが、違います」
「まあ! では、あなたもデュランダル議長に?」
ラクスは熱い瞳でシャアを見つめ、ずいずいと迫ってきた。シャアは、その想定外の反
応に戸惑い、それとなく後ずさりした。だが、最終的には壁際に追い込まれ、ラクスは逃
れられなくなったシャアに身体を密着させるように迫った。
「……人目があります。お止めください」
人目が無かったらどうするつもりだったのかしら、とルナマリアは思う。
シャアはラクスの肩に手を置いて、押し退けようとした。しかし、ラクスはそれに抵抗して、
ますます迫った。
「胸が当たっているのですが……」
「嫌ですか?」
シャアは返答に困った。
ラクスは確信犯的にシャアに身体を寄せて、反応を試しているようであった。そういうこ
とが分からないシャアではなかったが、衆目の前でもあるし、同僚の目だってある。こうい
う場面を恥ずかしいと思う気持ちはシャアにもあるし、初めて会う女性にこうも積極的に迫
られるというのも、おかしな気分だった。
シャアはラクスの衣装に目をやりつつ答えた。
「感心はいたしません。ショーの時ならこれもアリでしょうが、そのような格好で異性の前
で無防備になられるのは危険です」
「だって、今までお仕事だったのですから、仕方ありませんわ」
「そういうことではなく……」
「あなたなら、わたくしと同じ思いを共有できると思って……」
その時、コツコツとハイヒールの踵が床を叩く音が鳴り響いた。
ルナマリアが、阿呆のように口を開いて冷や汗を流していた。ハマーンが、二人のもとへ
と近づいていたのである。
シャアは内心で肝を冷やしていたが、ハマーンの目はそんなシャアを無視してラクスだ
けを見ていた。そしてラクスの顎を掴むと、顔を自分の方に向けさせた。
「な、何ですの? あなたは……」
困惑するラクスの顔を、ハマーンは構わずにまじまじと観察していた。そして、やがて
納得がいったのか、一つ含み笑いをすると、徐にラクスの耳元に顔を寄せて、何事かを
囁いた。
その途端、ラクスは急に青ざめて、顔を引き攣らせた。
「あ、あなたは……」
ラクスは、目を丸くしてハマーンを凝視した。ハマーンは、そのラクスの反応を楽しむ
かのように微笑を湛えていた。
「安心しろ。誰にも言うつもりは無い」
狼狽するラクスにハマーンはそう告げると、薄ら笑いを浮かべたままホテルを後にして
いった。
ハマーンが去っていった後も、ラクスは落ち着きを取り戻せずにいた。必死に取り繕お
うとするも、その努力が却って余計にうろたえているように見えた。
(ハマーンは、何を言ったんだ……?)
その狼狽振りを見るに、何か決定的なことを言われたに違いないことは分かった。しか
し、ならばそれは何なのかと言うと、シャアには全く想像もつかなかった。
ともかく、哀れに思ったシャアはラクスを気遣い、優しくその背に手を添えた。
「連れが、何か無礼をいたしたようで」
「い、いえ……お優しいのですね」
いくら平静を装うとも、隠しきれない動揺が端々に溢れていた。そんなラクスを、シャ
アは気の毒に思った。
興が冷めたのか、ラクスは徐にシャアから離れた。
「お名前、お聞かせ願えますか?」
「クワトロ・バジーナと申します」
「クワトロ様……またお会い致しましょう」
そう言って別れを告げると、ラクスは追いついてきたマネージャーを伴い、「次のお仕
事がありますので」とホテルの奥へと消えていった。
翌日、ミネルバの格納庫では休暇を返上した数人のメカニックが、以前にシャアが使っ
たことがあるザク・ウォーリアのオールペンを行っていた。白と紫のツートンに塗り分けら
れたそのカラーリングは、ハマーンの注文によるものであった。
前日、ホテルでの会食の後、ハマーンはタリアに自身も戦闘部隊に加わる旨を告げた。
無論、それを望んでいたタリアは二つ返事で了承したが、ハマーンの急な変心の理由につ
いては、特に追及はしなかった。迂闊な質問でへそを曲げられたくは無いからである。
そのことをタリアから打ち明けられた時、シャアはその変遷に思い当たる節があった。
ハマーンの苛立ちの理由を考えれば、その答えは単純明快。洗脳されたカミーユを実際に
目の当たりにして、ハマーンの中で何かしらの心境の変化があったのは間違いなかった。
「良かったですね!」
そう快活な声でシャアに言ったのは、ハマーンが戦列に加わると知ったルナマリアだっ
た。しかし、その満面の笑みを見るに、本当に嬉しいのはルナマリア本人の方なのではな
いかと思えて、不思議で仕方なかった。
(彼女は、ハマーンと何かあったのだろうか……?)
シャアは、そんなルナマリアが変な宗教にはまっていくように見えて、些か心配だった。
オールペンが行われているザク・ウォーリアの隣に、搬入されてくるモビルスーツがあっ
た。ホテルの中庭に駐機していたグフ・イグナイテッドというモビルスーツである。新たに
配属になったハイネ・ヴェステンフルスの搭乗機として、共に配置となったのだ。
勿論、厳密にはシャアの知っている旧ジオン軍のMS-07Bとは違う。しかし、シルエット
はやや先鋭的でありながらも似ていて、名前まで同じなのだから驚かされた。ザクといい、
流石に気味が悪いと思った。
ただ、パイロットであるハイネ自身は、非常に気さくな好青年だった。ハイネはミネルバ
に配属されると、戦歴を考慮されて戦闘隊長に任命されることになったのだが、早速執
り行われたパイロット同士のミーティングでは、軍隊的な堅苦しさが性に合わないと言っ
て、自らを呼び捨てにするよう、若いシンたちに命令したのである。そこには、チームワー
クを円滑にこなせるようにとの、ハイネ流の配慮があった。
ハイネは、シャアに対しても遠慮が無かった。そういう気の置けない関係というものは、
シャアも嫌いではない。出会って間もないが、気の良いハイネには気を許してもいいと思
えた。
「不思議なこともあるもんだよなあ。パラレルワールドか」
シャアはハイネと甲板で語らっていた。鉄柵に背中を預けたハイネが、カモメが鳴く海
を眺めながら潮のにおいを嗅いでいた。
「まだ、そうと決まったわけではないのだが」
「いいじゃん、別に。ここにこうして存在してるってことは、そういうことが起こったって
証明なんだし」
深くは考えないタイプなんだろうな、とシャアは思う。竹を割ったような性格なのだろう。
シャアはサングラス越しの風景に目を細めた。記憶の中の地球の自然と変わらない風
景のはずなのに、どこか違う景色に思えた。
「確かにな。俄かには信じられないことだが、こうして現実を突きつけられると、つくづく
思い知らされる」
「嫌なのか?」
「そうではない。ただ、なぜ私がこの世界に迷い込んでしまったのかが、腑に落ちない
んだ」
それはハマーンであり、カミーユも同様である。どうしてこうなってしまったのか、その
根本的な理由を、シャアは知りたかった。例え分からずとも、納得のできる答えが欲し
かったのだ。
ハイネはカモメが遠くに飛び去っていくのを見送ると、徐にシャアに向き直った。
「“えん”や“ゆかり”って言葉があるだろ? そういうのって運命的なものでさ、理由
なんか無くたって、男と女はくっつくものなんだ。しかも、それで一生を添い遂げたり
もするんだぜ。そんなものにさ、もっともらしい解釈を見出そうだなんて、野暮だと思わ
ないか?」
「同じだと言うのか?」
「割り切れよ。その方が楽だぜ」
ハイネにそう言われて、確かに考え過ぎなのかもしれないとシャアは思った。否、考え
るべきではないのかもしれない。途方もないことばかりを考えていると、目の前の現実に
対応する能力が衰えていくような気がしたのだ。それはナンセンスだと思った。
「……そうだな」
シャアはハイネの言葉をよく噛み締めてから答えた。
依然としてカミーユの問題が残っている。ハマーンも、違った意味で問題だ。
しかし、ハイネと話して、少しだけ気が楽になったような気がしていた。
続く
以上、第七話です
それでは
乙です。
GJ!
続きが楽しみです!
乙です、続きを待ってますね
おつおつ
シャアの鈍さと、ハマーンの繊細さを隠した鋭さがホントよく描けてるなぁ
これってカミーユが種世界にきたらって話書いてた人と同人物かな
あの人の話面白かったから
それになんか雰囲気が似てる
あとちゃんと完結させてくれたこともうれしかった
>>431 以前にこのスレで2パターンほど完走させてもらったものです
なので、指摘されてる人物は多分自分で合ってると思います
以前からのご愛読ありがとうございます
最終三十五話までお付き合いいただけたら幸いです
というわけで最近規制が続いていたので今日も投下の第八話どぇす↓
ダーダネルス海峡は、ボスフォラス海峡と並んで黒海と地中海を結ぶ海上交通の要衝
である。ミネルバがそこを通って地中海に抜け、ジブラルタルを目指すという情報は、斥候
によってネオの耳にもたらされていた。
洋上に展開するファントムペイン艦隊の傍らには、オーブ艦隊も轡を並べていた。大西
洋連邦との軍事同盟を締結後、始めての共同作戦である。その相手がミネルバであると
いう点に、ユウナは因縁めいたものを感じていた。
「僕が苦労しなくちゃいけないのは、あの船のせいなんだからね」
ミネルバが土足でオーブに上がり込んできたから、連合に目をつけられた。そして、そ
のお陰でオーブは連合の茶坊主になってしまったという思いが、ユウナにはあった。
「それで、本当に来るのですかな?」
艦長席に座している、オーブ軍旗艦タケミカズチの艦長であるトダカ一佐が、傍らのゲ
ストシートに座るユウナに訊ねた。ユウナは、「勿論さ」と返す。
「彼女が乗ってるんだ。来るに決まってるだろ?」
分かりきったことだろう、とユウナは軽い口調で言う。本当に上手く行くのだろうかと、
トダカは内心で勘繰っていた。ユウナの浮ついているような態度が、どうにも不安にさせ
るのだ。
その時、J・Pジョーンズより連絡が入った。艦内に警報が鳴り響き、戦闘配備が敷かれ
る。
「現れたようです」
「ミネルバか?」
ユウナは座席から身を乗り出し、双眼鏡で水平線の彼方に目を凝らした。そして、その
姿を認めると、双眼鏡を下ろして席を立った。
「近くまで来てるはずだよ。僕たちは前に出過ぎず、まずは奴らにやらせるんだ」
「はっ!」
「――ファントムペインとかって、気取っちゃってさ!」
ユウナはJ・Pジョーンズを横目で見やり、そう毒づいた。
オーブ軍の進撃が鈍いことを、ネオは疑問視していた。一応、同盟関係であるから指揮
系統は別になっているが、どうにも共同戦線を張ろうとしているようには見えなかった。
何か、思惑がある――ネオがそう直感したのも、当然であった。
「そちらの出足が鈍いようだが?」
ネオはタケミカズチに回線を繋げて、クレームをつけた。それに対してタケミカズチから
返ってきた答えは、ミネルバの横から仕掛けて連携を取る、というものだった。
その返答が示すように、オーブ艦隊はファントムペインから離れて、確かにミネルバの
脇腹を攻めるルートに入っていく。しかし、ネオはそれが却って不審な動きのように見え
てならなかった。
「何を企んでんだか知らないが……」
しかし、まだ何も証拠は無い。今はまだ、彼らの行動を捨て置くしかない。オーブとの
同盟は紙の紐で結ばれているようなものなのだから。
ファントムペインとオーブ軍の双方が戦力を展開して、ミネルバを待ち構えていた。
オーブ軍の姿を見たシンは、例の如く癇癪を起こしていた。シンの出自を思えば仕方の
ない反応だとシャアは思ったが、せっかく英雄になれるかもしれない素質を持っているの
に、一々このような反応をしていては勿体ないと思った。
シンはオーブ軍を叩きたがっていた。しかし、戦闘隊長であるハイネの命令は、進路上
のファントムペインへの対応だった。
「あいつらを放っておいたら、碌なことになんない!」
「そうは言うがな、奴さんたち、本気で仕掛けてくる気に見えるか?」
ハイネの指摘どおり、オーブ軍の動きはあまりにも鈍い。大半の火器が射程外で使えそ
うにないような遠方でオーブ艦隊は固定され、一方のモビルスーツ部隊――ムラサメやM1
アストレイの編隊も積極的に仕掛けてこようとはせず、遠距離から散発的な攻撃をしてく
るだけである。
「罠じゃ?」
そう勘繰るシンを、ハイネは鼻で笑った。
「そう見えるなら、お前の目は節穴だな。だったら、連合の奴らがあんなに苛立ちはし
ないぜ」
オーブのちぐはぐな連携に、ファントムペインの攻撃部隊がやきもきしている様子が容
易に見て取れる。それは、錬度不足というだけでは説明がつかない、とてもプロとは思え
ない体たらくだった。誰の目から見ても、オーブ軍の消極的な姿勢は不可解であった。
オーブに対する偏見が、シンの目を曇らせている。確かにオーブ軍を指揮するユウナに
は目論見があるのだが、それはシンが考えているようなことではない。
流石にこれだけ動きが鈍いと疑われるだろうということは、ユウナにも分かっていた。しか
し、それを承知の上での布陣である。変に突っかかってタンホイザーを撃たれでもしたら、
元も子もないのだから。ユウナの目的は、オーブの戦力を極力使わないことにあった。
「シン、クワトロ、オーブは相手にするな。連合の動きに集中しろ」
「何で!」
ハイネからの指示に、シンが声を上げる。オーブは敵になったのだから、動きの鈍い今
の内に叩くべきだというのがシンの主張だった。
シャアはそれを聞いて、つくづく勿体ないと思った。シンが私情を捨て、もっと広い視野
で以って事に当たれるようになれば、それこそ本当に英雄になれるかもしれないというの
に。今のままでは、ただの扱いにくいハサミでしかない。
「いいから連合を叩け! その後でなら、いくらでもオーブを叩きゃいい!」
ハイネが強い口調で命令すると、シンは渋々といった様子で了解した。
シンの中の癇癪は、未だ燻っている。それが、いつ火山のように噴火してもおかしくな
い状態だった。
しかし、シャアにそれを気にしている余裕は無かった。相手がファントムペインということ
は、カミーユが出て来るということなのだから。
ウインダムとの緒戦は、ハイネの活躍もあって難なく退けた。本番は、これからである。
シャアが予想していた通り、ウェイブライダーがカオスを伴って姿を現したのだ。
シャアは一目散にウェイブライダーの相手に取り掛かった。ハイネはそれを認めると、
シンに援護を命じ、自身はカオスに向かっていった。
「何で俺が援護なんだよ!」
ストレスの捌け口を求めるシンには、ハイネの命令が不満だった。頭に血が昇っている
今のシンには、それがハイネの配慮であることなど気付くべくもなかった
しかし、シンはまだ知らない。シンの神経を更に逆撫でする存在が接近していることに。
セイバーには自由飛行ができるという利点がある。変形するのは機動力の上昇と航続距
離を稼ぐためのもので、変形が自在であるという意味ではウェイブライダーに対して有利
であるはずだった。
しかし、そのシャアの見通しは甘かった。問題はモビルスーツではなかったのである。
カミーユ・ビダンそのものが、シャアにとって天敵だったのだ。
かつての仲間とはいえ、敵となれば手心を加えるような甘さはシャアには無い。操縦技
術でもシャアの方が上だろう。しかし、ニュータイプであるという点において、シャアは
決定的に劣る。
ニュータイプだからといって、それだけで強いわけではない。しかし、未来予測に近い
勘の良さを備えることで、ニュータイプはその生存確率を飛躍的に高める。カミーユは、
そんなニュータイプの最たる例だった。
シャアの攻撃が当たらないのである。ウェイブライダーは的が小さく機動力が高いから、
というだけではない。シャアの狙いから、必ず少しズレるのである。それは、シャアの殺
気を確実に読み取っているカミーユの仕業によるものだった。
ニュータイプという人種に、シャアは少なからずの苦手意識がある。アムロ、シロッコ、
ハマーンといずれも勝てた例が無い。
カミーユが相手でも、その法則は成り立ってしまうのか――シャアは歯噛みした。
シャアは苦戦した。カミーユは、微かな頭痛を感じながらも、シャアの焦りを感じ取っ
ていた。
これは、チャンスだと思った。この敵を落とせれば、少しは頭の痛みも治まるかもしれ
ない――そう期待していた。
しかし、カミーユが前掛かりになって積極的にシャアに攻撃しようとした瞬間、頭を刺す
ような痛みが襲った。次の瞬間、目の前をビームの奔流が穿ち、カミーユを及び腰にさ
せた。
ただのビームだとは感じなかった。ビームと一緒に、人の意思も乗せてたように感じた。
だからカミーユは、寸前で回避することが出来た。もし、好機に目が眩んで気が逸るまま
に攻撃しようとしていたら、直撃を受けていた。
今の一撃に、カミーユは底冷えするような恐ろしいものを感じていた。
「またあの人か!」
スンダ列島近海での戦いの時にも、同じ攻撃を受けていた。脳裏には、ディオキアで遭
遇した冷たい瞳の女が浮かんだ。
果たして、カミーユが目線を向けた先には、白と紫のツートンのザク・ウォーリアが、
ルナマリアの赤いザク・ウォーリアからかっぱらったオルトロスを構えていた。
カミーユがキッと睨むと、その思惟が飛んで、千里眼のようにハマーンの存在をカミー
ユに知覚させた。
ハマーンはそれを敏感に察知していた。カミーユは、機械よりも正確にハマーンの存在
を見ている。
「レーダーの有効範囲外の敵を狙撃するなんて……」
ハマーンがオルトロスを突き返すと、ルナマリアが驚嘆の声を漏らした。
ハマーンにとっては造作も無いことである。特に、カミーユのように自ら居場所を知ら
せてしまうような強力なニュータイプは、それを敏感に感じ取れるハマーンの格好の的で
ある。
だが、当てられなかった。カミーユも、同じようにハマーンを感じられるからである。
ウェイブライダーは機首をミネルバに向けた。厄介なのは、ハマーンの方であると悟っ
たのだ。
「来るぞ!」
ハマーンは、カミーユの敵意がシャアから離れたことを即座に理解した。
ウェイブライダーは肉眼で確認できるところまでやってくると、ミネルバの砲撃を潜り
抜けて迫撃してきた。
「やはり私を狙うか!」
狙いは、ハマーンに絞られていた。はっきりとそれが見て取れる攻撃だった。
ビーム攻撃を回避すると、ミネルバが傷つく。ハマーンは舌打ちをし、旋回して再び機
首をこちらに向けようかというウェイブライダーに向かってザク・ウォーリアを跳躍させた。
ビームトマホークを抜き、それで斬りかかる。ウェイブライダーはテールスタビライザー
を連動させてかわすと、急旋回してビームライフルの銃口を向けてきた。しかし、ハマーン
はウェイブライダーの更に上に上昇すると、その上から圧し掛かるように絡みついた。
「上につかれた……!? 何なんです、あなたは!」
「自分で思い出すんだな!」
咄嗟に叫ぶカミーユに、ハマーンは突き放すように返した。
「思い出す……? 思い出すって……クッ!」
ウェイブライダーは急旋回を繰り返し、強引にザク・ウォーリアを振り落とした。
振り落とされたザク・ウォーリアは、中空でバランスを崩していた。カミーユは即座に
ビームガンの砲門を開き、ビームを撃ち込もうとした。
しかし、再びそれを阻害するビーム攻撃を受けた。カミーユは慌てて旋回し、ミネルバ
から離脱した。
ハマーンはその間にバランスを建て直し、再びミネルバの甲板に降り立った。
「シャア!」
ハマーンは上空を仰ぎ、叫んだ。そこでは、モビルアーマー形態のセイバーがウェイブ
ライダーを攻撃しつつ追い立てていた。
「その機体で無理はするな! 空戦なら、私のセイバーで!」
「私に指図するな、シャア!」
シャアにできた空中戦が、自分に出来ないはずがない。しかし、相手は空中戦に特化し
たウェイブライダーである。自由飛行ができないザク・ウォーリアでは如何ともしがたい
のは事実であった。遺憾ながら、オーブ沖でシャアがやって見せたようにはできないのが
現実だった。
シャアには、それが分かっていた。いくらハマーンが強がって見せたところで、ウェイ
ブライダーを相手にザク・ウォーリアではどうしようもないことを。寧ろ、一度でも組み
付けただけでも大したものである。
カミーユをどうするか、シャアはまだ決めあぐねていた。ディオキアでの記憶を消され
た様子はなさそうだった。それなら、まだチャンスの目はあるかもしれない。しかし、戦
いの中でどうやってカミーユを正気に戻させるか、それが問題だった。
しかし、カミーユにとって、シャアもハマーンも自分を不愉快にさせる敵でしかなかっ
た。カミーユがどれだけの敵意を持ってシャアとハマーンを見ているか、それを測りきれ
ないのがシャアの誤算だった。カミーユには、既にコズミック・イラでの居場所を与えら
れていた。
出撃前、指揮官であり直属の上司でもあるネオから、今回の出撃を見合わせるように言
われた。ネオはスティングからディオキアで起こった出来事を聞かされていたのである。
しかし、カミーユはネオの命令を拒んだ。自分は足手纏いではないと主張して。
「まやかしを使う敵なら、排除して見せます!」
精神的な安定を得るには、シャアとハマーンを倒すことが第一と考えた。そして、何よ
りもスティングたちと共に戦うことが大切であるように思えた。彼らと共に行動すること
が心地よいことなのだと、カミーユは無意識の内に直感していたのである。
シャアの誤算はそこにあった。今のカミーユに、過去を否定して現在の自分を安定させ
ているという認識は無い。記憶操作は、自らを過去から切り離すようにカミーユに仕向け
ていた。
――戦況が一変したのは、間もなくだった。シャアと戦いを繰り広げていたカミーユの
元に、J・Pジョーンズからの命令が下されたのである。
「……戦闘の一時中断? アーク、エンジェル?」
前肢が付いた戦艦のデータが表示される。見覚えは無かったが、相当なスペックを誇る
戦艦だということは読み取れた。
目の前には倒すべきシャアがいる。しかし、お情けで出撃を許可されたカミーユに、こ
れ以上の命令無視はできなかった。
カミーユはシャアに掣肘を加えて足止めをすると、スロットルを全開にして後退した。
「――所属不明の船だと?」
カミーユが去ると同時に、シャアの元にもミネルバからの情報が入っていた。
アークエンジェルは、過日、オーブの国家元首を拉致した一味である。シャアの疑問は、
その一味がこの戦場に何をしに来たのか、ということだった。
――ふとインパルスの姿が視界に入った。
インパルスは、立ち尽くしていた。シャアには、わなないているように見えた。その視線
の先には、アークエンジェルがある。否、シンの瞳は、アークエンジェルから出てきた一
機のモビルスーツに釘つけにされていた。シャアは、シンの感情がどす黒く逆巻いてい
ることに、まだ気付いていなかった。
「あの女、どういうつもりか……!」
ハマーンは忌々しげに呟いた。
視線の先には、やはりアークエンジェルがある。しかし、ハマーンが見ているのはアーク
エンジェルそのものではなかった。ハマーンは感知していた。アークエンジェルに、“本物”
が乗っていることを。
「モビルスーツに乗ると決めた途端にこれか……奇縁だな」
奇しくもタイミングが重なった――そういう考え方はナンセンスだと思った。
これは必然なのだ。ディオキアでラクスに遭遇したのは、偶然ではないとハマーンは
思った。
アークエンジェルが突如として戦場に姿を現した時、ユウナは微かな苛立ちを覚えて
いた。
「遅刻だろ、どう考えても」
ユウナはアークエンジェルへの攻撃を命じると共に、J・Pジョーンズにオーブ軍の戦線
離脱の旨を伝えた。理由は当然、国家元首を拉致した凶悪犯の確保である。
タケミカズチのミサイル発射管から、多数のミサイルが煙の尾を引いてアークエンジェ
ルに襲い掛かる。しかし、立ちはだかった一体のモビルスーツによって、全て撃ち落され
てしまった。
「ああもう、何やってんだよ! 一発二発は当たって見せなきゃ、僕たちがわざと外して
るって分かってしまうだろ!」
ユウナは癇癪を起こして、頭を掻き毟った。
しかし、全てはユウナのシナリオどおりだった。アークエンジェルにカガリの狂言誘拐を
演じさせ、オーブが参加する作戦に乱入させる。そうすれば、オーブ軍が戦闘から離脱す
るための名目が立つ。表向き、アークエンジェルは国家元首を拉致した凶悪な国際指名
手配犯である。オーブ軍が国の根幹を揺るがす凶悪犯の確保を優先するのは当然なのだ
から。
その時、全周波通信でアークエンジェルからの声明が発表された。
「我々は、オーブの理念に則って立ち上がった有志である。我々の要求はただ一つ、オー
ブ軍の即時撤退である。オーブには中立の理念がある。それを破って連合軍の作戦に隷
従する現在のオーブ軍に正義が無いことは明白である。我々はカガリ・ユラ・アスハを人質
に取っている。要求が受け入れられない場合、同盟の決定を下した諸悪の根源である彼女
の命の保障は無いものと思え」
変声機で声を変えているが、語り口がカガリ本人であることはユウナとトダカには丸分か
りだった。しかし、義勇軍を気取ってくれたのは都合が良かった。これでオーブ軍は、アーク
エンジェルに対しても、ミネルバに対しても迂闊な動きを取れなくなった。
これで戦闘は膠着するはずだった。しかし、それをぶち壊したのは、一機のモビルスーツ
だった。
「あいつだ! 俺たち家族を無茶苦茶にした奴だ!」
アークエンジェルの出現で時間が静止したはずの戦場で、ただ一人だけ復讐の炎を燃や
す人物がいた。シン・アスカの瞳には、その姿が記憶の中の姿と重なっていた。青い六翼
を持つモビルスーツ、フリーダム。二年前のオーブ解放作戦の時、オノゴロ島から逃げる
シンの目に映ったのは、紛れもなくフリーダムだった。
ビームサーベルを抜き、一足飛びに斬りかかる。ザフトが攻撃してくるとは思いもしなかっ
たフリーダムのパイロット、キラ・ヤマトは、戸惑いながらもシールドで受けた。
「こんなものでーっ!」
「どういうことなの!? 何でザフトが!?」
シンは理性を失ったかのように、何度もフリーダムに斬りかかった。
キラは対応に戸惑いつつも、攻撃をかわした。しかし、シンの狙いが自分だけであるこ
とに、キラはまだ気付いていない。
インパルスの怒涛の攻撃が、フリーダムを追い詰めていく。甘く見たらやられる。キラ
がそう懸念するほどに、シンの勢いは凄まじかった。
ブランクがあったとはいえ、腕が錆付いてしまったとなどとは思いたくない。徐々に高
まっていく集中力が、キラにかつての力を取り戻させる。
覚醒――フリーダムの動きが、一瞬にして変わった。それは、シンがショックを受ける
ほどに劇的な変化に見えた。インパルスが振り上げた右腕を、フリーダムは腰から居合
い抜きのようにビームサーベルを抜いて斬り飛ばしたのである。
絶望的な斬撃だった。シンは、その太刀筋を見ることすら叶わなかった。
呆然とするシンに、フリーダムはすかさず組み付いてきた。
シンは接触による振動で我を取り戻し、尚も抵抗して胸部のチェーンガンを撃った。フ
リーダムの装甲に、火花が飛び散る。しかし、フェイズ・シフト装甲はものともしない。
「あんただ!」
接触回線が繋がって、シンの声がキラに届けられた。地の底から這い出てくるような、
深い憎しみに染まった声色だった。
その憎悪に気付いた時、キラはようやくインパルスの敵意が自分だけに向けられてい
ることに気付いた。
フリーダムがオーブを守るために戦っていたことを、シンは分かっていた。オノゴロ島
の避難が間に合っていれば、或いはフリーダムを見る目も変わっていただろう。
しかし、現実にフリーダムが戦っている傍で家族は死んだ。つい今しがたまで生きて、
話して、動いていた大切な家族が、次の瞬間にはただの肉片に変わり果てていた。
突然奪われた悲しみは、当然のように憎しみへと変わっていった。憎しみは、オーブを
含めた、あの場で戦闘を行っていたもの全てに向けられた。フリーダムは、その象徴だっ
た。
キラは、シンの事情を知らない。だからこそ、必要以上に動揺した。
「君は一体、どうして僕を――!」
「あんたがどんな思いで戦ってたのか知らないけどーっ!」
フリーダムを蹴り飛ばし、インパルスは強引に逃れた。そして、残った左腕にビームサー
ベルを持たせ、再び躍り掛かる。シンの紅い瞳には、フリーダムの姿しか見えていなかった。
アークエンジェルの登場で、一旦は膠着状態に陥りそうだった戦場は、再びざわつき始
めていた。原因は勿論、インパルスとフリーダムの戦闘である。
「このままでは不味い……!」
様子見をしていただけで、元々ファントムペインに戦闘を停止する理由は無い。それが
インパルスとフリーダムの戦いが始まったとなれば、ファントムペインがそれに乗じるの
は当然だった。
ミネルバ防衛の要の一機が、離脱したのである。機を見るに敏。ファントムペインがそれ
を好機と捉えるのは火を見るよりも明らかだった。そして、混乱が残る戦場で攻撃が再開
されれば、場は荒れる。場が荒れれば、数で劣るミネルバは不利である。
「シンめ……!」
シャアは操縦桿を傾けて、インパルスとフリーダムが戦いを繰り広げているところへ向
かう。懸念した通りにファントムペインが攻撃を再開させる動きを見せ始めた以上、シンを
このまま暴走させて置くわけにはいかなかった。
ネオはユウナの目論見をおおよそのところで看破していた。国家元首の拉致事件から端
を発するオーブの諸々の混乱が、マッチポンプであることを見抜いていたのだ。
しかし、確証は無い。アークエンジェルがユウナの差し金で動いていることを立証でき
れば、或いは訴えることができるかもしれないが、ユウナは尻尾を掴ませるようなヘマは
しないだろうとも思った。オーブ軍の動きがあからさまに鈍いのは、そういう自信がユウ
ナにあるからだ。
それならば、少し困らせてやろうと思った。小賢しい小細工を巡らせると、どういう目に
遭うか、思い知らせる必要があると思ったのだ。
「――それにしてもフリーダムか。まだあんなものが動いていたとは……」
ネオはタケミカズチに通信を繋げ、アークエンジェル確保のための援護を申し出た。
「このままではオーブは動けないだろう。折角、犯人の方から出てきてくれたのだ。貴
君らは迂闊に動けないだろうから、我々が代わりに代表殿をお助けして差し上げよう」
ユウナはネオからの通信を受け取って、自分の策略が見破られていることを悟った。ユ
ウナはマイクを握り締め、白々しい奴め、と内心で歯噛みしつつ、慎重に言葉を発した。
「我が国の代表の命が掛かってるんだ。凶悪犯を悪戯に刺激する貴官の申し出は、受け
入れられない」
「だが、彼らの要求は貴官らの即時撤退だ。我々に対しては何も言及していない。なら、
問題は無いと見るが?」
「そのような屁理屈で、我らの代表の命を危険に晒せと言うのか!」
「他ならぬ同盟国の国家元首殿の危機だ。まあ、上手にやってご覧に入れよう」
ネオは一方的に告げると、通信を切った。同時に、ウインダム部隊がミネルバへの攻撃
を再開し、カオス、アビス、ウェイブライダーの三機にアークエンジェルへの攻撃命令を
出した。
ユウナは、「くっそー!」と制帽を床に叩きつけた。
「わざとらしく言いやがって!」
「気を落ち着けてください」
取り乱すユウナに、トダカが冷静に言う。「分かってるよ!」と、ユウナは制帽を拾い
上げ、再び頭に乗せた。
「当然、この僕がこうなることを想定してなかったわけじゃない。そのためのフリーダ
ムなんだ」
モニターに表示されているフリーダムの姿に、ユウナは苛立ちを向ける。
「それなのに、あのザマは何だよ! 最強のコーディネイターじゃないのか!」
目算が狂うことを嫌うユウナにとって、インパルスに苦戦するフリーダムの姿は、あま
りにも見苦しいものだった。
そんなユウナの苛立ちも露知らず、キラは混乱していた。シンが、どうしてこれほどま
でに強い怒りを持って襲い掛かってくるのか、全く分からないからだ。
「聞いてくれ! 何で君は僕をそこまで憎むんだ!」
キラは必死に呼び掛けた。しかし、インパルスは問答無用で襲い掛かってくる。
抵抗できないようにしてしまうしかない。原因が分からない以上、やられるより先にや
るしかない。
しかし、キラが反撃に転じようとしたその時、別方向からの強力なビームがキラを襲っ
た。
辛うじて回避するキラ。カメラが、セイバーの姿を捉えた。
好機と見たシンが、フリーダムに躍り掛かろうとする。しかし、その前にセイバーが回
り込んで、インパルスを制止した。
「邪魔するな!」
シンは叫ぶ。しかし、セイバーは退かない。逆にその双眸に睨まれると、殺気のような
強い重圧を感じて、シンの方が怯んでしまった。
シャアはフリーダムに攻撃の意志が無いことをジェスチャーで示すと、インパルスへと
向き直った。
「我々はまだ彼らを敵と認定していない。勝手な行動は慎むんだ!」
「雇われが、俺に命令するな!」
シンはシャアの言葉に強く反発した。
「いい加減にしたまえ!」
しかし、シャアも負けじと強い言葉でシンに怒鳴り返した。シンはその迫力に驚いて、
思わず息を呑んだ。
「分からないのか! 君が戦場を乱しているんだぞ!」
シャアにそう言われて、シンは初めて周りの様子に気付いた。
戦闘を中断していたはずのファントムペインが、再びその動きを活発化させていた。ミネ
ルバはいつしかすっかりウインダムに包囲され、迎撃する三機のザク・ウォーリアは苦戦
を強いられていた。ハイネのグフ・イグナイテッドも、ミネルバの砲撃に晒されるというリス
クを背負いながら、少しでも敵をミネルバから遠ざけようと奮闘している。
全ての原因は、ウインダムの進撃を食い止める役割だったインパルスが――シンが抜け
たからだった。
「君が勝手な行動をしなければ、ああはならなかった」
「お、俺が……俺のせいで……」
シンは、体から力が抜けていくのを感じた。ミネルバが危機を迎えている。その責任が
全て自分に降りかかってくる思いがした。
「ミネルバを守る。いいな?」
「……了解」
シャアに命令されるいわれは無い。しかし、今のシンはそれに従うしかなかった。
インパルスは去っていった。しかし、キラに息つく暇は与えられなかった。
「――次から次へとよくも!」
キラは立て続けにカオスとアビスの同時攻撃を受けていた。空中を自在に飛び回り、機
動兵装ポッドやカリドゥスといった砲戦兵器を持つカオスと、海中を泳ぎ回り豊富な火器
を持つアビスの連携攻撃には、さしものキラも手を焼いていた。
ファントムペインが仕掛けてくることは織り込み済みだった。それゆえ、待機していた
アスランとバルトフェルドは、ムラサメで即座に出撃した。
「俺が戦闘機タイプを抑えます。バルトフェルドさんはキラの援護に入ってください」
アスランが告げると、バルトフェルドは了解してキラの援護に向かった。
ウェイブライダーは、ムラサメのモビルアーマー形態にシルエットがそっくりだった。
ムラサメの技術が連合に漏れてたのではないかと、思わず疑ってしまうほどである。
「モルゲンレーテにロゴスの金が流れてたっていうのは、こういうことなのか!」
ユウナの言葉を思い出したアスランは、思わず独り言を叫んでいた。
だが、それはすぐに勘違いなのだと思い知らされた。
まず、ビームの威力が明らかに違った。アークエンジェルはラミネート装甲という、ビー
ムの熱を艦全体に拡散して軽減するという特殊な装甲を持っているのだが、その排熱が
追いつかないほどの強力なビーム兵器を持っていたのである。
フリーダムのバラエーナと同程度の威力はあるだろうか。それだけでもムラサメとは全
くの別物であるということが分かった。
既に、アークエンジェルの装甲には複数箇所の溶解した痕が残されていた。全てカミー
ユの仕業である。そして今、再びアークエンジェルの砲撃を掻い潜って攻撃を加えようと
機首を向けた。
「これ以上はやらせるか!」
アスランはムラサメの機首をウェイブライダーの横っ腹に向け、ミサイルを放った。カ
ミーユはアスランの攻撃の意思を察知し、咄嗟に方向転換してやり過ごした。しかし、そ
れを更に予測していたアスランは、カミーユの回避先を読んで、最短距離でウェイブライ
ダーに迫った。
「何っ!?」
今までの敵とは明らかに質の違う動きに、カミーユは不意を突かれた。
ムラサメはモビルスーツ形態に変形すると、ビームサーベルで斬りかかってきた。カミ
ーユはそれを辛うじてかわすと、スロットルを全開にして間合いを開いた。アスランはそ
の背中に追い立てるようにビームライフルを撃ち、再びモビルアーマー形態になって追撃
した。
「この敵、強い!」
圧倒的な操縦技術と確かな読み。アスランの駆るムラサメは、カミーユを強く警戒させ
るほどの威力を発揮していた。カミーユによるアークエンジェルへの攻撃は、アスランに
完全に封じ込まれてしまったのだ。
他方のカオスとアビスも、途中まではフリーダムを相手に優勢に戦いを進めていたもの
の、バルトフェルドが援護に入ったことで完全に形勢が逆転していた。
ネオはJ・Pジョーンズの艦橋からその様子を眺め、次いでミネルバの方へと視線を移し
た。
「う〜ん、どうしたもんかねえ」
ウインダム部隊は良く攻めていた。しかし、インパルスとセイバーが戻ったことでミネル
バの防御力が上がり、攻守のバランスが反転しそうな気配を見せていた。戦局が微妙な
タイミングに差し掛かろうとしていることを、ネオの肌は感じていた。
「どう見る、イアン? ミネルバはその内、主砲を使ってくると思うが」
ネオは艦長席に座る男に語りかけた。イアンと呼ばれた男はネオの言葉に頷き、「おっ
しゃるとおりだと思います」と答えた。
「そうか。仕方ない。なら、これまでだな」
ネオは、勝機を逸したと判断した。迂闊に戦闘を長引かせて、ミネルバにタンホイザー
を撃つチャンスを与えてしまってもおもしろくない。それならば、ここは一旦退くべきだ
とネオは決断した。
大見得を切った手前、非常にみっともないことだとは思うが、ユウナはこの状況をも想
定に入れていたということなのだろう。今回は見事に彼に一本取られてしまった。
それに、アークエンジェルももっと簡単に攻略できるものと思っていた。それをさせな
かったのは、アークエンジェル自体の戦闘能力もさることながら、それに搭載されていた
モビルスーツの活躍によるところが大きい。ネオの自慢の三人、すなわち、スティング、
アウル、カミーユが完封されてしまったのだから、これでは手詰まりだ。
「さあて、次も出てくるんだろうなあ、やっぱり」
ネオは呟く。ミネルバがジブラルタルに入る前に、もう一度くらいは仕掛けるチャンス
がある。そして、その時もまた、今回のようにアークエンジェルは介入してくるはずだと
感じていた。
「だが、物事はそうそう上手く運ぶものじゃないぜ、お坊ちゃん?」
タケミカズチを見やり、ネオは不敵に笑った。J・Pジョーンズから撤退信号が打ち上げ
られたのは、間もなくだった。
続く
以上、第八話です
それでは
GJです!
>>432 おお、やっぱりカミーユ氏だったのね
過去2作は傑作でした
今作もまた傑作になりそうですな
応援してます
投下おつおつ
相変わらずキャラの性格しっかり掴んでて崩れてないわーウメーウメー
単行本風ならパゴッパゴッ
GJ!
巻き込まれ規制を恐れつつ第九話です↓
帰還したカミーユは、激しく疲弊していた。アスランとの戦いもそうであるが、シャアと
ハマーンが戦場に存在しているということも、カミーユの神経を大きく磨り減らす要因と
なっていた。
出番が無かったステラが、出撃した三人を出迎えにハンガーに来ていた。弱り果てた
カミーユの姿を目にすると、ステラは一目散に駆け寄り、優しく気遣った。
その様子を、アウルは横目で見ていた。
「何でカミーユだけなんだよ。こっちも戦ってたっつーの。贔屓かよ!」
「ひがむなよ」
不満そうに独りごちるアウルを、スティングが宥める。「誰が!」とアウルが怒鳴った。
「カミーユの疲れ方が異常なのは分かるだろ。ディオキアの奴らが出てやがったんだ、
多分な」
「記憶が戻るかもしれないって?」
アウルは視線をカミーユの方へと向けた。
「だったら、戻しちまえばいーじゃん。その方が安定するならさ」
アウルは、わざとらしく大きな声で言った。
「バカ!」
血相を変えたスティングが、慌ててアウルをコンテナの陰に押し込んだ。
「てめえ、アイツの近くでそういうことを言うんじゃねえよ!」
胸倉を掴み、凄むスティングであったが、アウルはそれを逆にからかうように笑みを
浮かべ、全く意に介する様子はない。
「おー怖い怖い。麗しいねえ、男同士でさ」
「何を言ってやがる!」
へらへら笑うアウルの言い様が気に入らない。スティングはアウルを突き放して、コ
ンテナに叩きつけた。
「何がそんなに気に入らねえ? ――ステラか?」
スティングが思い当たるのは、そのくらいだった。しかし、指摘した途端に、今度はア
ウルが血相を変えたのを見れば、確証を得たも同然だった。
「誰があんな幼稚な奴!」
反発するアウルだが、慌てて否定する様が既に怪しい。
(やっぱりな……)
スティングは思ったが、それ以上は突っ込まない。それはアウルのデリケートな部分だ
と理解しているからだ。
「ステラは女だからな」
スティングの含蓄のある台詞に、アウルは言外に含まれている意味を読み取っていた。
カミーユには不思議な雰囲気がある。言葉で言い表すことはできなかったが、それに触
れていると、会って間もないカミーユが何故か身近に感じられた。
スティングは、その感覚を受け入れていた。上司であるネオの命令であるし、カミーユが
持つ雰囲気は嫌いではなかった。一方で、アウルはまだ抵抗があった。それは、ステラが
妙にカミーユに懐いているからだった。スティングが睨んだとおり、ステラに気があるアウ
ルは、それが気に入らなかった。
ステラは女だから、カミーユの不思議な雰囲気を男の魅力に感じて惹かれている――そ
れがスティングの言葉の意味だった。アウルにも、それが何とはなしに分かっているから、
余計に悔しいのである。カミーユを認めてしまったら、自分がカミーユに劣っていることも
認めてしまうことになるのではないかと、恐れているのだ。
それは杞憂でしかないのだが、ステラへの好意がアウルを頑なにさせていた。カミーユ
に対する認識がスティングと大きく隔たっているのは、そういう理由があるからだった。
それは、スティングには如何ともしがたい。当人たちがどうにかして問題を解決してくれ
るのを待つしかなかった。
スティングはネオにカミーユの状態を報告した。報告を受けたネオは、暫くの間の安静
をカミーユに命じた。
ネオには、“ゆりかご”によるカミーユの再調整という選択肢もあった。そうすれば、カ
ミーユはより安定するだろうと科学技術班からも言われ、勧められていた。
しかし、ネオはあえてその方策を採らなかった。
“ゆりかご”の調整が行き過ぎれば、いずれは記憶の破綻により精神に異常を来す。そ
して、そうなったら感情を壊して、命令を聞くだけの戦闘マシーンにしてしまうしかない。
それは鬼畜の所業だ。ネオの良心は、そうやって人を機械にしてしまうことを、強く拒ん
でいた。
「ミネルバを相手に、カミーユはもう出すべきではないか……」
ネオはそう呟いて、腕を組んだ。
密閉された格納庫には、音がよく響いた。ドサッ、という鉄の床に人が転がる音が、高
い天井に鳴り響いた。
シンが殴り飛ばされた音だった。ハイネは一寸だけ自分の拳を見やると、スッと背筋を
伸ばして倒れているシンを見下ろした。
「お前には、これまでの功績がある。だから、今回はこれで勘弁してやる」
シンは上体を起こし、袖で口元を拭うと、徐に立ち上がった。顔には苦汁が滲んでいる。
自分がどうして殴られたのか、理解して反省している顔に見えた。
「すみませんでした……」
反省の態度を見せているが、内心ではどうかな、とシャアは思っていた。理由は定かで
はないが、シンのフリーダムに対する憤りが、この程度で収まるとは到底思えなかったの
だ。
ハイネは、格納庫では厳しい態度を見せたが、アフターケアを欠かさない気配り上手な
男だった。
シャアは偶然、ハイネとシンが二人だけで語らっている場面に遭遇した。趣味が悪いと
思いつつも、耳を欹ててしまうのは俗人の性か。
かつてオレンジショルダー隊という、ハイネのパーソナルカラーを象徴にした部隊が存
在していて、大層な活躍をしたらしいことをシャアは聞かされていた。あれは単なるハイ
ネの自慢話ではなかったのだと、この時シャアは理解する。
シャアにはよくよく真似できない芸当だった。ともすれば仲間にドライなシャアと、相手
の懐に一歩踏み込んでくるハイネは、対照的な存在だった。
「復讐か……」
シンの動機を知ったハイネは、呟くように言った。
シャアの記憶の中で、オーブの慰霊碑の前でシンが語った話がオーバーラップした。
シンはアスハという一族のことを心底から嫌っていたが、復讐を考えているわけではな
かった。当初、シャアは勘違いしていたのだが、後にそのことが分かって、その点で自身
よりは利口だと思っていた。
しかし、家族が死亡する直接的な原因だったかもしれない存在が今になって現れたこと
で、シンの中で燻っていたものが一気に燃え上がった。フリーダムは唯一、シンの無念を
晴らさせてくれる相手かもしれなかった。
シンは項垂れたまま無言で頷いた。
「そうだな。そういう事情か」
理解を示したかのように、ハイネは言った。しかし、シンの表情は晴れない。それは、次
にハイネが口にする言葉を知っていたからなのかもしれない。
ハイネは一呼吸置くと、「しかしな」と徐に続けた。
「軍人は、私情で動いてはいけない生き物だ。作戦行動中は、特にな。――分かるな?」
ハイネの言葉に、シンはもう一度頷いた。私情で動いた結果、殴られても仕方のないこ
とになってしまったのだから。それは、よく弁えているつもりだった。
シンは、シャアが見くびるほどに愚かではなかった。
「いい子だ」
ハイネは笑って、子供をあやす様にシンの頭を撫でた。シンはそれを迷惑そうにしなが
らも、逆らうようなことはしなかった。
「……それにしても、相手はフリーダムか。あれの強さは、半端じゃないな!」
ハイネの語り口が変わる。まるで、フィクションの中のヒーローに興奮する少年のような
口調だった。シンはそれを感じ取って、怪訝そうに首をもたげてハイネを見た。
「噂にゃ聞いてたが、実際に目にして良く分かったよ。単機で一個艦隊に匹敵する戦闘
力を持ってるって、お前、分かってるか?」
「そりゃあ、勿論……」
「じゃあ、勝つ自信があって仕掛けたわけだな?」
ハイネの再度の問い掛けに、シンは戸惑いながらも「はい」と答えた。
ハイネの表情に、柔らかい笑みが浮かんだ。
「それを確認しておきたかった。俺は隊長だからな。部下をみすみす死なせるわけには
いかない」
シンはまだ要領を得られていない様子で、きょとん、としていた。
シャアには、ハイネの心積もりが分かっていた。こういうハイネを甘いと思うが、それが
ハイネの魅力なのだろうとも思った。
「分かった。当たってみてやるよ」
「何を?」
その場を去ろうとするハイネを、シンが呼び止める。ハイネは振り返って、にやり、と口
の端を上げた。
「フリーダムは強奪されたもので、元々プラントのものだったんだ。それが今更になっ
て出てきて俺たちの作戦行動を妨害するってんなら、奪還する義務を負うのがザフトだ」
「戦うチャンスをもらえるんですか!?」
ようやくハイネの意図を解したシンは、興奮して思わず声を上擦らせた。ハイネはそん
なシンを窘めるように、「落ち着け」と言う。
「あくまで奪還だ。あれに搭載されているニュージャマーキャンセラーは、ユニウス条
約に抵触しているんだからな。そこを履き違えるなよ」
「はい! ありがとうございます!」
「だから、そういう堅苦しいのは止せって」
シンが模範的な敬礼をして見せると、ハイネは煩わしそうに苦笑した。
――シャアは、まるで今通りがかったかのように装ってハイネとすれ違った。
「ニンジャごっこってのは、楽しいものなのかい?」
すれ違いざま、ハイネは不敵な笑みでシャアに言った。
「参ったな……」
ハイネは得意気に口笛を鳴らしながら去っていく。シャアは恥ずかしそうに後ろ頭を掻
くのだった。
こんな偶然があるものなのかと、ハマーンは自らの迂闊を悔やんだ。
ミネルバは、エーゲ海沿岸の小さな港町の近海で停泊していた。
何故か不穏な予感がして、ハマーンは下僕(?)のルナマリアを従えて街に繰り出してみ
たのだが、それが失敗だった。
最初に気付いたのはルナマリアだった。雑踏に溢れかえる人波の会話の中から、耳聡く
“アスラン”という単語を聞き分けたのである。
アスランというのがプラントの英雄の名であるということは知っていた。そして、アスランが
ラクスと婚姻関係にあるということも知識の中にあった。ハマーンはそれで、不穏な予感は
それが原因なのだと思いついた。
ミネルバが停泊している海から、港町を挟んだ反対側の海中に、アークエンジェルは潜
伏していた。互いに気付かず、偶然にもこの小さな港町に寄港していたのである。
それは運命だったのかもしれない。しかし、ハマーンはそれを運命だとは思いたくなかっ
た。寧ろ、不幸だと思った。ハマーンにとって、この巡り合わせは全く望まないものだった
のだから。
気になるからと言って、ルナマリアは人込みの中に飛び込んでいった。それが、不幸の
始まりの合図だったのかもしれない。ルナマリアが去り、一人取り残されたハマーンの前
に、彼女が現れたのである。
地味な身なりをしていたが、内から湧き水のように溢れ出る高貴なオーラは隠しきれて
いなかった。サングラスと帽子で顔を隠してはいるが、すれ違う人の誰しもが彼女を振り
返った。どんなに素性を隠しても、目立ってしまう。無意識に人々を魅了してしまう淫魔
のような女性――それこそが、本物のラクス・クラインだった。
ラクスも道に迷っている様子だった。困った様子でおろおろしている姿は、庇護欲をか
き立てられる雰囲気を醸し出していた。しかし、あまりにも場違いなオーラを発している
ため、周囲の男性は声を掛けようとするも尻込みするばかり。――それでも、スケコマシ
のシャアなら迷わず声を掛けているだろうな、とハマーンは一人勝手に想像した。
しかし、そんなラクスもハマーンの姿を見つけると、何故か急に顔が華やいだ。ハマー
ンには、それがどういった了見なのか判然としなかったが、ラクスが迷わずこちらに駆け
寄ってくる姿を見て、さっさとこの場を離れておけば良かったと後悔した。
「以前、オーブでお見かけした方でいらっしゃいますね?」
ラクスはハマーンのことを覚えていた。そして、アカツキ島の砂浜でほんの一瞬、しか
も言葉すら交わしていないのに、ラクスはハマーンのことをまるで旧知の仲であるかのよ
うな親密な態度で話し掛けてきたのである。
衆目が、一気に二人に集まった。ハマーンがそれを睨みつけて威圧すると、その不快感
を察したラクスが、「こちらへ」と手を引いた。
手を振り払って逃げることも出来た。見る限り、身体能力は平凡かそれ以下だった。しか
し、ハマーンは不思議と抵抗する気になれなかった。
改めて向き合ってみて、ラクスの危険性というものを再認識した。しかし、一方でその危
険性に興味を惹かれる自分がいることも自覚していた。ハマーンは、そんな怖いもの見た
さの興味を、俗物の性だと切って捨てるが、それは人間が背負う逃れられない業のように
も思えた。
人目を避けられる郊外までやって来た。辺りは岩山に囲まれていて、人が訪れた痕跡は
殆ど無い。
ここならば安心だと、ラクスは変装を解いた。長い桃色の髪を振りほどき、サングラスを
外すと宝石のように煌くサファイアブルーの瞳が覗いた。ディオキアのラクスに比べると、
体型はよりスレンダーだったが、顔は寸分違わぬほどに同一だった。
しかし、ハマーンの目には全くの別人に見えていた。
本物は違った。いくら外見を同一にしようとも、本物が醸し出すオーラまではコピーできな
かったようだ。
(それにしても……)
ハマーンは思わず顔を顰めていた。ラクスの赤子のような純粋な眼差しが、酷く煩わし
かった。そして、頬を上気させているのは、何の冗談かと思った。
「あの、改めまして、わたくし、ラクス・クラインと申します」
「知っている」
ラクスの名乗りに何の気も無い素振りで答える。しかし、ハマーンが答えた途端、ラク
スはその手を満面の笑みを浮かべて取った。
「わたくしをご存知でいらしたのですか!」
何事かと思い、ハマーンは絶句した。確かにラクスは眉目秀麗で、女でも思わず見とれ
てしまうほどの麗人だった。しかし、ハマーンが驚いたのはそんなことではなく、ラクスが
どうしてこれほどまでに歓喜するのか、皆目見当が付かなかったのである。
ハマーンは気を取り直し、言う。
「お前はプラントのアイドルなのだろう? 忘れたのか。私たちは一度、ディオキアで顔
を合わせている」
ハマーンはディオキアのラクスと目の前のラクスが別人であると知っていながら、わざ
と鎌を掛けるように言った。
ラクスはハマーンの手を放すと、一寸目を泳がせて躊躇う素振りを見せた。
「あなたは理解していらっしゃるかと存じますが、その方は本物のわたくしではござい
ません。恐らく、デュランダル議長が仕立て上げられた方だと思うのですが……」
ハマーンは斜に構えた。まるで、ハマーンが何でもお見通しであることを知っているか
のような物言いが、気に食わなかったのである。
ラクスは、ハマーンが全てを見通していることを直感で分かっていた。かつて、日の傾
きかけた浜辺で受けた、一睨みされただけで全裸に剥かれてしまったかのような衝撃が
忘れられず、あれからずっとハマーンのことを心の中だけで求めていた。そんな鋭い洞
察力を持つハマーンが、本物と偽者の区別が付かないはずがないと確信していたのだ。
ハマーンは、そのラクスの淀みの無い思い込みが癇に障った。
「なら、お前は偽者の存在を知っていて、あえて放置しているというのか」
「そうではありません。わたくしは、わたくしが今すべきことをしているだけです。必要と
感じた時には、然るべき行動を起こすでしょう。真実は、いずれ正さなければならないの
ですから」
それは本気で言っているのか、とハマーンは思った。ラクスの言葉は、裏を返せばいつ
でも何とでも出来ると言っているようなものである。
しかし、そんな傲慢とも思える言葉も、ラクスが言うと信じられるから恐ろしかった。
そして、その純粋に過ぎる心が危険だとも思った。ラクスが純粋であるが故に、その力
を利用する者が現れた時、ラクスは自分でも思わぬ方向へと力を向けてしまうのではな
いかという危惧が、ハマーンの中にはあるのである。
強い意志を持っているとはいえ、まだ若い。自分ではどうにもできないこともある。
ハマーンはジッとラクスを観察した。その刃のような視線に晒されて、ラクスは心が解
放されていく感覚を楽しんでいた。
戦役で、唯一の肉親であった父のシーゲルを亡くした。その一方で、キラ・ヤマトとい
うかけがえのない存在と巡り合うこともできた。しかし、キラはラウ・ル・クルーゼとの戦
いで激しく心を傷つけられてしまった。
それから二年、ラクスはキラが回復するのを待っていた。
だが、そんな時、ハマーンと出会ってしまった。その瞳は、まるで蹂躙するかのように
心の中に入ってきて、乱暴にかき乱した。名前も知らず、言葉も交わしたことのない女
性に、一瞬にして自分の全てを強引に曝け出されてしまった。その衝撃が、今もラクス
の中に居座り続けていた。
ラクスは、ハマーンの冷たい瞳に孤独を見出していた。ハマーンもきっと、寂しい青春
を過ごしてきたのだろうと感じた。同様に青春を犠牲にすることを宿命付けられてきたラ
クスには、何とはなしにそれが分かる気がしたのだ。ハマーンに、訳も無く親近感が湧く
のである。
ハマーンも、ラクスが熱視線を向けてくる意味を、何とはなしに察していた。しかし、そ
れは見果てぬ夢である。孤高であろうとするハマーンにとって、馴れ合いを求めるラクス
は水と油の関係。所詮は、相容れない存在である。可能性は……無い。
(万が一、この女に毒されるようなことが無ければな……)
しかし、ふと思いついたその仮定に、ハマーンは内心で戦慄した。
(まさか、恐れているのか? この女を、私は……)
寒気がした。それは生理的な反応だ。ハマーンはその時、ラクスを避けたがっていた自
分の本能の意味を、論理的に理解した。ハマーンは、ラクスの生まれながらの愛され体
質が自身に影響を及ぼすことを恐れていた。
(……そんなはずは無い)
ハマーンは気を取り直し、ラクスを見据えた。
「お前は、あの船に乗って何をしようというのだ?」
問うハマーンに、ラクスは意味深長な微笑を返した。
「何でも、お見通しでいらっしゃるのですね」
ラクスは事も無げに言った。自ら服を脱ぎ捨てるような潔さは、あまりにも無防備だった。
「成り行きというものもありますが、今はこうしていることがわたくしのすべきことだと認識
しております。オーブは戦うべきではありません。そして、それは連合軍とザフトにも言える
ことだと思います」
「殊勝なことだな。戦いを止めさせたいのか」
「誰しも、心の底から争いを望んではいないはずですから」
「……愚劣な」
吐き捨てるハマーンに、ラクスは朗らかに微笑んだ。
「人々が、同じ平和への思いを共有することは不可能でしょうか? わたくしは、そうでは
無いと信じたいのです」
ラクスの瞳に強い意思の力が宿ったことを、ハマーンは感じていた。
嘘や偽善ではない。ラクスは本気だった。ハマーンが呆れるほどに純粋な言葉を並べ立
て、そして、それを心底から信じている。――ハマーンが最も嫌悪するタイプだ。
「……なるほどな。よく分かったよ」
ハマーンは、静かに言った。そして、徐に懐に手を入れ、銃の柄を握った。
「――ハマーンさーん!」
だが、その時だった。銃を抜き出そうとした瞬間、俄かにハマーンを呼ぶ声が轟いた。ル
ナマリアの声だ。ハマーンが持たされていた発信機の電波を辿って、やって来たのだ。
ハマーンは舌打ちをして、銃から手を離した。事情を知らないルナマリアがパニックを起
こして、面倒を起こすとも限らない。
「ハマーン・カーンさん! 一体、こんな所で何をして、る……?」
岩陰から顔を出したルナマリアが、ハマーンと一緒にいるラクスの姿を見て硬直した。
「ど、どうしてこんなところにラクス・クライン!? ま、まさか、ディオキアでのクワトロさ
んとの件で呼び出したとか……」
慌てふためくルナマリアは、頓珍漢なことを言い出した。咄嗟のこととはいえ、まるで地
に足が着いていない。この娘は軍事訓練を積む前に、頭脳を鍛え直すべきだとハマーン
は思った。
「……ん?」
ハマーンは、ふと上空を仰いだ。遠くの方から何かが飛来してくる音が聞こえる。かと
思うと、それはあっという間に近づいてきて、爆音が耳を劈いた。モビルスーツのバーニ
アスラスターの音だ。踏ん張らないと飛ばされてしまいそうな強風が吹き、ハマーンとル
ナマリアは顔の前で腕を交差させて何とか堪えた。
爆音を伴って降り立ったのは、フリーダムだった。フリーダムが着地して地面に手を差
し出すと、ラクスはよじ登るようにその上に乗った。
「えっ!? 何でフリーダムが……っていうか、ラクス・クラインって……あれーっ!?」
案の定、ルナマリアはパニックを起こしかけていた。気持ちは分からなくはないが、ル
ナマリアはもっと冷静に物事を見定める目が必要だとハマーンは思った。
「ハマーン・カーン様、とおっしゃられるのですね……」
フリーダムの手の上に乗ったラクスが、ハマーンに振り返った。
「わたくしたちは、お友達にはなれないのでしょうか?」
「愚問だな!」
ハマーンは当然のように即答する。
「そうですか……」
ラクスは顔を俯けて、眉尻を下げた。しかし、すぐに気を取り直すと、気丈に顔を上げ
た。
「そちらの方をお見受けする限り、ハマーン様はザフトに身を置いていらっしゃるようで
すね?」
ラクスはルナマリアを指して言った。
そのルナマリアは、ラクスに見とれて頬を上気させ、呆然としていた。ディオキアのラ
クスの時には無かった反応である。
ハマーンは視線をラクスに戻した。
「ミネルバだ。先日、お前たちが介入してきた時に見ているはずだ」
「そうだったのですか。ですが、ハマーン様。どうか、わたくしたちの邪魔をなさいま
せんよう、切にお願い申し上げます。わたくしは、ハマーン様と事を構えたくはありま
せん」
「それはどうかな? そのガンダムの出方次第では、お前たちの船は潰す!」
ハマーンが強い口調で言うと、ラクスは徐にかぶりを振った。
「いいえ。わたくしには分かります。ハマーン様は、そのようなことをなさる方ではな
いはずです」
ラクスの最後の言葉は、はったりである。ハマーンとは敵対したくないという、ラクス
の強い気持ちの表れだった。
フリーダムの手がラクスを優しく閉じ込める。そうすると、次にチラと頭部カメラがハ
マーンたちを見た。まるで、その存在をよく記憶しているかのようだった。
フリーダムは徐に中空へと舞い上がって、西日に向かって飛び去っていった。ラクス
のみならず、ハマーンたちをも気遣った優しい動きである。そういうパイロットが乗って
いるのだろう。戦場では鬼神のようなフリーダムの紳士然とした態度がまた、ハマーン
には面白くなかった。
フリーダム去りし後、静かになった荒野で、ハマーンは服に付いた埃を手で払った。
強い西日が輝いていた。空は快晴。あと数十分もすれば日は沈むだろうが、まだ空の青
は強かった。空気が澄んでいる証拠である。
「アスランたちとはぐれたって聞いたから……どういう人たちなの?」
キラは、鋼鉄の手の中で腰を下ろしているラクスに問いかけた。
風を受け、桃色の美しい髪が舞い踊っているかのように靡いていた。顔に掛かる髪を、細
くしなやかな指がかき上げて、美しい顔を露出していた。西日に目を細めた表情は、仄かに
朱色がかって神々しいまでの輝きを放っている。キラはふと思い立ち、密かにラクスを収め
るカメラの録画ボタンを押していた。
ラクスは、キラが見たことも無いような表情をしていた。憂鬱の中に充足感を混ぜ込んだ
ような、複雑な表情だった。西日や風といった自然の演出もあるだろう。偶像的な麗しさを
持ったラクスは、心を骨抜きにされてしまいそうな美しさを醸していた。
ラクスはキラの問い掛けに答えなかった。心ここにあらずといった様子で、ジッと西日を
見つめていた。キラは、そんなラクスを見つめているしかない自分をもどかしく思った。
それは、ラクスが会っていた女性のせいかもしれない。――キラは思った。相手は女性
なのに、と。
キラは胸の内にしこりのようなものが出来たのを感じた。それがジェラシーなのだと気付
くのに、そう時間は掛からなかった。
「――ルナマリア・ホーク」
突然呼び掛けられて、ルナマリアは「ひゃいっ!」と条件反射的に背筋を伸ばした。
「ここで見たことは、口外するな」
「ど、どうしてですか?」
一大事ではないのかと、ルナマリアは思った。プラントの人気アイドルが、フリーダムに
連れ去られたのである。そのフリーダムはオーブの国家元首を拉致したアークエンジェル
一味の構成員で、国際指名手配犯である。
点と点の繋がり方が、ウルトラC級の難易度である。ルナマリアには事情がさっぱり飲み
込めなかった。
「説明してください! どうしてラクス・クラインがこんなところにいたんですか? ハマー
ンさんは彼女と親しいんですか? そもそも、何でフリーダムがラクスを連れて行ったんで
すか?」
ルナマリアは立て続けに質問を投げかけた。
「後で説明してやる。ただ……」
ハマーンは西日の強さが気に食わなくて、太陽に背を向けた。
逆光になったハマーンの姿が黒く塗り潰され、冷え切った刃のような青い双眸だけが、嫌
にはっきりと目に付いた。その鋭い眼差しに、ルナマリアは思わず生唾を飲み込んだ。
ハマーンは、徐に歩き出した。
「あれは敵だ。私にとってはな」
重苦しい声には、それ以上の追及を阻む威圧感があった。
続く
>>450の名前欄表記ミスりました
正しくは1/8ではなく、2/8です
第九話は以上です
それでは
連日の投下、乙です!
今回も面白かった…!
投下おつおつ
ハマーン単独でラクスとタイマンか……考えてみりゃ種SSでもあまりなかったな、このシチュエーション
GJ!
巻き込まれ規制の遅れを取り戻す
第十話でございやす↓
エーゲ海からクレタ海にかけて、島嶼が点在する。ファントムペインとオーブの連合軍
は、そこを最終ラインと決めてミネルバを待ち構えていた。
ミネルバにとっては最後の関門と言えた。ここを抜けて地中海に出られれば、ジブラル
タルまではあと一息だった。逆に連合軍にしてみれば、ジブラルタルに入る前にミネルバ
を叩く最後のチャンスである。
コックピットに座ったまま、ハマーン・カーンは動かなかった。コンディションレッドの発
令はなされている。ハイネを始め、シャアや他のモビルスーツ隊は既に出撃を終え、戦
闘を開始していた。しかし、ハマーンは目を閉じたまま指の一本も動かさず、黙している
だけだった。
やがてハマーンは目を開き、コックピットから降りてしまった。それを見咎めて、「どうし
て出撃しないんだ!?」と、マッド・エイブスが声を荒げた。
「シャアではないのだ。私がそうそう戦ってやると思うな」
ハマーンは唾棄するように言って、格納庫を去っていった。
ミネルバが大きな揺れに見舞われたのは、その直後だった。
ミネルバの艦体からは、無数の煙が立ち昇っていた。装甲には、小さな傷ではあるが、
夥しい数の穴が開けられていて、各所で火災も発生していた。
甲板で迎撃をしているはずのルナマリアのザク・ウォーリアは、大破寸前にまで陥って
いた。一方のレイのザク・ファントムにも、軽微であるが損傷の痕がある。
それらは、ファントムペインから放たれたミサイルによる損害だった。一度は全て撃破
したはずだったのだが、その後、拡散して土砂降りの雨のように散弾がミネルバに降り
注いだのである。これにより、ミネルバの砲門の殆どが使用不能に陥ってしまった。
ルナマリアとの通信が途絶えたことで、メイリンが取り乱していた。タリアはその様子を
見やりつつ、正念場を迎えていることを悟った。
ミネルバ本体は迎撃の術を失った。タンホイザーが辛うじて生き残っているが、連合艦
隊もそれを警戒して、かなりワイドに展開していた。
焼け石に水かもしれないが、使わないよりはマシだろうか、とタリアは考える。しかし、
既に敵機動部隊がミネルバの近くにまで展開しているとなれば、起動にすら時間の掛か
るタンホイザーは格好の的にされるのがオチである。遅きに失したのだ。今となっては、
もう使えるはずがなかった。
航行に支障は無い。しかし、ミネルバが受けたダメージは軽くはなかった。そこへ、ファ
ントムペインが牙を剥く。
先鋒として姿を現したのは、ムラサメの編隊だった。既にユウナの目論見を看破してい
るネオの差し金である。前回の戦闘で殆ど戦いに参加しなかったオーブは、今回も同じよ
うにとはいかなかった。
ユウナは、今は悔しがっているしかなかった。艦長のトダカが、そんな落ち着かない様
子のユウナを見て声を掛けた。
「ユウナ様は司令官でいらっしゃる。もっと鷹揚としていて下さいませんと」
ユウナの目が、ジロリとトダカを睨んだ。
「バカ言うんじゃないよ。僕は今、最高にイライラしてるんだ」
ユウナは苛立ちを隠そうともせずに放言した。
ネオにオーブ軍を好き勝手に使われているという認識があった。それは前回の仕返しな
のだろうが、ユウナにはそれが許せない。他人を利用するのは好きだが、利用されるのは
大っ嫌いなのである。
そういう幼児性の部分がユウナの欠点なのだと、トダカは内心でため息をついていた。
ユウナの軍靴が、鉄の床を小刻みに叩く。その苛立ちの矛先は、ネオともう一つ。
「アークエンジェルはまだなのかい? 全く、使えない連中だね!」
待ち望むユウナに吉報がもたらされるのは、その少し後だった。
ミネルバの迎撃システムが沈黙してしまった以上、空戦部隊のシャアたちの負担はより
重みを増した。レイがまだ継戦可能な状態であるが、ミネルバを守る戦力は今や彼一人に
なってしまった。
しかし、それは困難なことだった。高性能機を揃えているとはいえ、空戦において、たった
三機の防衛線は決して厚いとは言えない。どれだけ抗戦しても突破を許してしまうこともあ
る。
ミネルバの戦力が充実しつつあっただけに、よもやこのような窮境に追い込まれるとは思
いもしなかったシャアは、ムラサメ部隊を迎撃しつつ、窮状打開のための方策を考えていた。
「彼女はどうして出ないんだ!?」
テンペストソードでムラサメのウイングを切り飛ばしたハイネは、戦闘の合間を縫ってシャ
アに問い掛けてきた。
ハイネの言う“彼女”とは、ハマーンのことである。ハマーンは、ミネルバが窮地に陥ってい
る今も、まだ出撃する気配を見せていなかった。
「何とも言えんな! だが、何か考えがあるのかもしれない」
シャアは、突破してミネルバに仕掛けようかというムラサメに向かってビームライフルを向
けた。一発、二発とリズムよく放たれたビームは二体のムラサメに立て続けに命中し、海に
叩き落した。
「ピンチだって時に! 考えって、何なんです!?」
シンは少し苛立っている様子だった。しかし、インパルスの動きはすこぶるキレが良く、突
破を試みるムラサメにチェーンガンを叩き込むと、続けて別のムラサメには上から圧し掛か
り、海に蹴り落としていた。
「レイ一人だけじゃ、ミネルバは持ちませんよ!」
シンの焦りは、もっともだった。今はまだムラサメ隊だけだから何とかなっているが、こち
らの消耗を見越して、直にファントムペインの部隊も加わってくる。そうなった時、流石に三
機だけでは防ぎきれない。
ハマーンとて、ミネルバが沈めば自身の命が無いことは分かっているはずである。では、
どうして未だに出撃しないのかを、シャアは考えた。
(カミーユの気配を感じない……)
シャアは意識してカミーユの気配を探ろうと試みたが、不思議と感じることが出来なかった。
(カミーユは出てないのか……?)
それが、ハマーンのやる気を削いでいるのかもしれないと思った。
ハマーンは、正式にザフトとなったのではなかった。特別待遇でモビルスーツを貸与され
ているだけであり、命令系統から外れた独立した権限を有していた。気難しいハマーンが自
ら戦列に加わると申し出た好機を逃すまいと、タリアがその破格の条件を受け入れてしまっ
たのである。
だから、戦列に加わる切欠がカミーユであったならば、そのカミーユが出撃していない戦
場にハマーンが出てくる道理は無い。
(……果たして、そうなのか?)
何かが違うとシャアは思った。単純に違和感を覚えた。
ハマーンのセンシビリティは、シャアには感じ取れない、もっと別のものを感じ取っている。
それは、シャアには決して推し量ることのできないことであった。
アークエンジェルが姿を現したのは、それから少ししてからだった。牽制のビーム攻撃が
両軍の戦いに水を差して、戦闘を中断させた。
フリーダムの姿もある。シンはそれを認めると、カッと頭に血が昇るのを感じた。
「あいつら!」
「まだだ、シン!」
シンは咄嗟に飛び掛ろうとした。しかし、ハイネの怒鳴り声がそれを許さなかった。
「落ち着け、シン。ミネルバの安全が確保されるまでは、勝手な行動は慎め」
「は、はい……」
前回に犯した独断専行の手前もある。シンは逸る気持ちを抑えて、ハイネの命令に従っ
た。
「――再度警告する。我々はオーブ軍の即時戦闘中止と退却を求める。受け入れられな
い場合、今回は実力行使による阻止も辞さない覚悟である」
アークエンジェルは、そう宣言して恫喝してきた。
「実力行使だって……?」
その宣言を耳にしたシンは、ギリッと歯を軋ませた。
「やれるものならやってみろ! オーブさえ良ければ後はどうでもいいって連中が!」
シンは吼えた。その激情は、今はまだ行き場が無い。しかし、それをぶつけるべき相手は、
ハッキリしていた。
「やはり出てきたか」
ネオ・ロアノークに焦りは無かった。アークエンジェルの出現は、折り込み済みだったから
だ。
そして、だからこそ今回はオーブに先鋒をやらせたのである。
「相手にするな。オーブ軍には、ミネルバへの攻撃に集中しろと伝えろ」
アークエンジェルには、ユウナの息が掛かっている。そうとなれば、アークエンジェルがオ
ーブ軍を攻撃するようなことは無いだろうとネオは睨んでいた。
しかし、それが自身の読みの甘さだったということを、ネオは直後に思い知った。
ネオの要請に従って、オーブ軍がミネルバに攻撃を再開した途端であった。ネオが想像も
できなかった、ユウナの仕込んだトリガーが発動したのである。
フリーダムが前進して、青い六翼を開いた。そして、両肩からバラエーナを迫り出し、両腰
のクスィフィアスを前に向け、ビームライフルを構えて砲撃態勢を取った。
ネオはそれを見ても、まだハッタリだと信じていた。
だが、フリーダムはオーブ軍に向けて砲撃を行ったのである。五門の火器がそれぞれに
火を噴き、無数の弾丸の嵐がオーブ軍を巻き込んだのだ。
「バカな!」
ネオは目を疑った。それは、全弾が命中したからではない。その全てが致命傷を避けて
いたからでもない。それ以前の問題である。ユウナの息が掛かっているはずのフリーダム
が、何故オーブ軍を攻撃したのか――
「怯むな! 我が隊にも攻撃命令を出せ! オーブと連携して、一気にミネルバを叩く!」
ネオは動揺を払拭するように発破を掛けた。惑わされてはいけないと思ったのだ。
「フリーダムの行動……一見、矛盾しているようにも見えるが、そうではないはずだ……」
ユウナの人を食ったような卑しい笑みが、頭の中にチラついていた。
フリーダムは遂に動き出した。ネオは双眼鏡を取り出し、その様子を注視した。ファインダ
ーの中では、フリーダムの圧倒的スピード、そしてパワーによる無双演舞が繰り広げられ
ていた。ファントムペイン、オーブ問わずに、抵抗も儘ならずに戦闘能力だけを間引かれて
いく。
ネオは仮面の下で眉を顰めた。一寸、もしやアークエンジェルはユウナの思惑とは関係
ないのではないかと疑った。
しかし、ネオの慧眼はすぐさまに見抜いた。
(もし、これが全て奴の計算の上だったとしたら……?)
そう考えた時、答えは導き出された。
「そういうことか、ユウナ・ロマ!」
ネオは俄かにシートから立ち上がり、双眼鏡のレンズをタケミカズチの艦橋部へと転じ
た。倍率を高くしてピントを合わせていくと、果たして、そこに愉悦に歪むユウナの表情が
見えた。それは、ネオの推測が正しかったことを裏付ける顔だった。
そのユウナも、同じようにJ・Pジョーンズへと目を向けていた。ユウナも、ネオをそれほ
ど侮っているわけではない。そろそろ気付く頃だろうと思っていた。
しかし、意に介さない。何故なら、それを見抜けたとて、ネオには何もできないことをユ
ウナは知っているからだ。ユウナは、腕を組んで鷹揚と高みの見物を決め込んでいれば
良かったのである。
「今回は、最初から驥足を展ぶてくれているみたいだね」
フリーダムの圧倒的戦闘力は、ユウナの期待通りではあった。
「分かるかい? 人前で仮面も外せない恥ずかしがり屋さんのネオ・ロアノークに。戦い
が避けられないなら、自ら牙を折るまでさ。オーブを……僕をそうそう好きにできると思う
なよ」
キラ・ヤマトというコーディネイターを駒に持つからこそ可能な策だった。ユウナはキラ
の腕を見込んで、人的被害を出さずに戦闘能力だけを間引くように指示していた。そうや
って自ら戦闘不能状態に陥ることで、戦線を離脱せざるを得ない状況を作り出すことこそ
が、ユウナの巡らした最後の策だった。
ネオはアークエンジェルがユウナの手引きによるものだと分かっていても、ユウナの尻
尾を掴めない限り追及することはできない。そして、全てをアカツキ島でのやり取りで終
えている以上、今からユウナとアークエンジェルが通じている証拠を掴むのは、ほぼ不可
能なのである。
しかし、それは自爆まがいの最終手段である。当然、そこに大きなリスクが伴うことを、
ユウナは承知していた。内心では、外見から読み取れるほどの余裕は、ユウナには無か
った。或いは、策の要であるフリーダムが封じられる可能性は、前回のことを思えば否め
ないのだから。
ユウナは賭けたのだ。オーブを戦線から退かせるために、危険な判断であることも厭わ
ずに。ネオは、それが単なる若気の至りだとは思えなかった。狂気と紙一重の強い執念を
感じたのだ。
「そこまでやるか、ユウナ・ロマ・セイラン! ……ならば!」
ネオはスティング、アウル、ステラの三人を呼び出した。
「お前たちの目標は変更だ。あのクソ生意気なフリーダムを、海の底に沈めてやれ!」
ネオは親指で首を掻っ切って下に向ける仕草をした。
最たる脅威はフリーダムである。他のアークエンジェルや二体のムラサメは、フリーダ
ムほどの脅威ではない。それなら、フリーダムさえ落としてしまえば、ユウナの策は封じ
たも同然であると睨んでいた。
「任せろよ!」
意気揚々とスティングが応じると、三人はフリーダムへと一挙に襲い掛かった。
ダーダネルスの海戦では、カオスとアビスだけでフリーダムと渡り合えていた。今回は、
そこにガイアを加える。ネオは、この三人のエクステンデッドであれば磐石であると踏ん
でいた。
しかし、ユウナはそのネオの目論見を看破した上で、その自信を嘲笑った。
「馬鹿だねえ。その程度で、本当にアレを止められると思っているのかい?」
ユウナの嘲笑は、間もなく現実のものとなった。
機動兵装ポッドを展開して仕掛けたカオスは、一発も弾を当てられずに機動兵装ポッド
を撃ち抜かれて戦線を離脱した。海中から攻撃していたアビスは、海面から飛び出したホ
ンの一瞬を狙われて、頭部を破壊された。グリフォンビームブレイドで飛び掛かったガイア
は、逆に四肢を切断されて返り討ちに遭った。
ネオが自慢にしていた三人が、歯牙にもかけられずに戦闘不能に陥ったのである。その
様を見せ付けられて、ネオは甚く悔しがった。煩わしいユウナの嘲笑が聞こえた気がした
のだ。
「化け物め……!」
しかし、ネオにフリーダムだけにかまけている暇は無かった。メインターゲットはアークエ
ンジェルではなく、あくまでミネルバであるのだから。
アークエンジェルの介入は、戦場に混沌をもたらした。ネオにとって痛手だったのは、フ
リーダム対策のために、カオス、アビス、ガイアの三体の手駒が使えなくなったことだった。
そして、これを好機と睨んだのがタリアだった。
「タンホイザー、照準!」
オーブは、先のフリーダムの攻撃で弱体化している。ファントムペインの部隊に対しては、
ハイネを中心として何とか侵攻を食い止めている。それならば、タリアが狙うのはただ一点。
ミネルバの艦首を、オーブ艦隊へと向けさせた。タリアは、そこが最も手薄であると見抜
いたのである。
だが、キラの目がそれを見逃さなかった。カオスらを撃退した直後、ミネルバの動きを察
知したキラは、すぐさまそちらにターゲットを移したのである。
モビルアーマー並みの加速で、フリーダムはミネルバに迫る。仰天するハイネたちは、そ
のあまりの速度に阻止することも儘ならなかった。
「レイ!」
ハイネは叫んだ。その声を聞くまでもなく、レイはフリーダムを待ち構えていた。
フリーダムは、起動したばかりのタンホイザーに気を取られている。レイのザク・ファントム
の存在には、目もくれようとしない。
(気に入らんな……!)
まるで眼中に無いと言われているようだった。それが、レイのプライドを刺激した。
「その余裕が命取りだ、フリーダム! 落ちろ!」
レイは上空のフリーダムにビームライフルを連射した。その正確な射撃の一発がフリーダ
ムの左の脛を掠めて、火花が散った。
「……!」
キラも油断していたわけではない。白いザク・ファントムの存在は、確かに認識していた。
それは決して侮っていたわけでもなかった。
しかし、ザク・ファントムにぼんやりとした違和感を覚えた時、キラは不意に込み上げてく
る不快感を味わった。
(何……!?)
知っている感覚なのだろう。だが、記憶の扉は、それを思い出すことを固く拒んでいるか
のように開かない。
キラは、ホンの一瞬ではあるが、原因不明の不快感に囚われていた。だが、タンホイザ
ーのことを思い出して我に返ると、白いザク・ファントムに言い知れない苛立ちを感じた。
「邪魔をしないでくれ!」
半ば八つ当たりに近い。キラはビームサーベルを抜くと、ザク・ファントムの迎撃を掻い
潜って肉薄し、鬱憤を晴らすかのような凄まじい早業でその両腕を両断した。
「くっ……! フリーダム――ぐあっ!」
離脱の際、キラはザク・ファントムを踏みつけるように蹴っていた。両腕を失い、バランス
の崩れたレイのザク・ファントムは、その衝撃で容易く甲板に転がった。
キラは簡単にレイを片付けると、ハイネたちに掣肘を加えてミネルバの艦首へと回り込
んだ。そして、そこから浮き上がってエネルギーチャージを始めたタンホイザーの砲身に、
ビームを一閃した。
チャージが開始されていたタンホイザーは、大きな爆発を起こした。ミネルバの艦体は
その爆発で激しく揺れ、砲身のあった部分の周辺は、爆発の熱と衝撃で黒く抉れてしまっ
た。
「これでオーブは――」
キラは一寸、オーブ艦隊の方を見やりつつも、すぐにミネルバに目を戻した。
ミネルバの装甲には、先のファントムペインのミサイル攻撃による被害で、まだ煙が立
ち昇っている部分もあった。そして、今のタンホイザーの爆発で、ミネルバの美しい艦体
は、無残な姿に変わり果ててしまった。
キラは、自分がやったこととはいえ、黒くひしゃげた艦首の装甲板を見つめて、事の他
大きな被害を与えてしまったと思っていた。
「でも、オーブを討たせる訳には……」
キラは、その自分の呟きが言い訳なのかもしれないという自覚があった。もし、これが
切欠でミネルバがここで沈むようなことがあったら――そう考えると、キラは一抹の不安
を覚えた。
「ミネルバをここで沈めないためにも、次は連合軍の方を抑えなくちゃ」
キラはそう決意して、ミネルバを離脱しようとした。
だが、その時である。俄かに鳴り響いた警告音が、キラの鼓動を早めた。
「新たなザフト機の反応……!? ――下っ!?」
ハッとなって、咄嗟にミネルバに振り返る。刹那、キラの目に飛び込んできたのは、見
慣れないカラーのザク・ウォーリアだった。
白系統のカラーリングは似ているが、先ほどのザク・ファントムはまだ甲板に転がって
いる。そのザク・ウォーリアには、アクセントのように紫があしらわれていた。
その白と紫のツートンカラーのザク・ウォーリアは、巨砲オルトロスを構え、寸分の狂い
も無い狙いでフリーダムに照準を合わせていた。
ドクン、とキラの心臓が鼓動した。
「――沈め」
発射と同時に、強烈な反動がザク・ウォーリアの駆動間接を軋ませた。が、それはキラ
が関知する範疇ではない。キラは、その砲口が光を放つ前に射線上から逃れなければな
らなかった。
「くっ……!」
ビームは、フリーダムの脇を掠めていた。間一髪だった。後一歩、反応が遅れていれば、
間違いなく致命傷を受けていた。キラは、久方ぶりに戦場の中で戦慄を味わった。
白いザク・ファントムとは、また違う脅威を感じる。しかし、機体の性能差がある。
「抵抗しないで!」
これ以上、ミネルバを傷つけることは忍びなかった。それでも、白と紫のザク・ウォーリア
を捨て置けないと感じたのは、キラの直感でしかなかった。
だが、その直感が正しいということを、キラは身を以って体感することになる。
射撃でミネルバを傷つけることを懸念したキラは、ビームサーベルによる接近戦を挑んだ。
ザク・ウォーリアはオルトロスで迎撃したが、今しがたの不意打ちとは違い、今度は十分に
狙いを読む余裕がある。それをかわすのは、キラにとって造作も無いことだった。
迎撃を抜けて間合いを詰めたキラは、先ほどのザク・ファントム同様に両腕を切り落と
そうと目論んだ。ザク・ウォーリアは、肉薄するフリーダムのスピードに慄いたのか、ビー
ムサーベルを振り上げた途端に後ろにバランスを崩しかけた。
それは、キラにとっては誤算だった。不意な出来事に、流石のキラも反応できず、肩口
を狙って振り下ろしたビームサーベルは思惑から外れて、ザク・ウォーリアの左爪先を斬
っていた。
斬り飛ばされたザク・ウォーリアの爪先――キラの視界の先で、尻餅をつきそうになっ
ているザク・ウォーリアが、顎を引いてキラを見据えていた。そして、その単眼が微笑むよ
うに瞬いた時、自分は爪先を“切らされた”のだと気付いた。
刹那、ザク・ウォーリアのバーニアスラスターが点火した。最大出力である。それが、背
中を着きそうになっているザク・ウォーリアの機体を、一挙に押し上げた。
「あっ――」
キラが叫ぶ間もなく、フリーダムとザク・ウォーリアは激突した。軽いパニックである。キ
ラは反射的にフリーダムを後退させた。
追撃のオルトロスは、些か照準が甘かった。相手も、焦ってくれたからだろう。キラは、
ホッと胸を撫で下ろし、すぐに冷静さを取り戻した。
しかし、キラの受難はそれで終わりではない。ミネルバに仕掛けたということは、即ち、
その覚悟を求められるということである。
索敵レーダーが新たに仕掛けてくる敵の存在を警告した。
「彼か……!」
キラは頭の中を切り替えると、その方向へと目を向けた。
「ようやく敵になってくれたな!」
シン・アスカは、この時を手薬煉を引いて待ち侘びていた。タンホイザーの破壊、そして
レイとハマーンとの交戦で、フリーダムは明らかな敵対行為を示した。ハイネからのGO
サインが出た以上、もうシンを縛るものは何も無かった。
猪突猛進するインパルスを、フリーダムは待ち構えていた。
「くくっ! 相手してくれるってのかよ!」
シンは喜びを隠さない。インパルスは、シンの激情を推進力としているかのようにフリー
ダムへと迫った。
バックパックから抜き出した柄から、ビームの刀身が伸びた。初撃。シンは、その思い
の丈をぶつけるように、力任せに叩きつけた。
ビームサーベルが、フリーダムのシールドに激突して、その形を歪めた。刀身を固定す
るコロイド粒子の格子が歪んで、その隙間から溢れたビームの粒子が花火のように派手
に飛び散った。
ビームの爆裂現象。幻想的な光のシャワーでありながら、その粒子に触れればノーマル
スーツを着た人間でさえ一瞬にして焼き尽くす。インパルスとフリーダムは、その光の爆
発に弾かれるようにして間合いを離した。
インパルスのビームサーベルは、瞬時に刀剣の形を取り戻した。そして、間髪いれずに
再度フリーダムへと挑みかかった。
インパルスの双眸が、グリーンの光を灯していた。グリーンは優しい光である。しかし、
インパルスのグリーンには、キラは血のような赤と同じ激しさを見た。
それはパイロットの気迫が表れたものだ。特攻と同じように、自らの命を削る気迫だ。
何がインパルスのパイロットをそこまで駆り立てるのか知れない。しかし、命懸けで立ち
向かってくる相手に、前回のようななまじの対応は禁物であった。
「君がどうしても立ち向かってくるなら……!」
剥き出しの闘争心。インパルスに、フリーダム以外の標的は見えていない。対し、キラ
は冷静だった。
フリーダムの双眸が、黄金色の光を放つ。キラの覚醒は、即ち、シンの敗北を意味して
いた。
インパルスは、ビームサーベルを大きく振りかぶった。それは、シンの剥き出しの感情
の表れである。言うなれば、隙だらけ。覚醒したキラに、その動きはスローだった。
振り下ろされるビームサーベルを、キラは体捌きのみで軽くかわしてみせる。一見、紙
一重。しかし、キラの余裕は絶対的だった。
両腰にマウントされているビームサーベルの柄に手を掛ける。フリーダムは、それを引
き抜くと同時に、居合い切りのようにしてインパルスの右腕と頭部を切り飛ばしていた。
「なっ……!?」
シンは目を剥いた。前回も似たようなことがあったとはいえ、今回もまた、その太刀筋
を見切ることができなかった。アラートが激しく鳴り響く中、シンは激しく乱れるスクリー
ンの中のフリーダムに圧倒的な迫力を感じていた。
「くそっ!」
残った左手に、もう一本のビームサーベルを抜かせようとする。しかし、刹那、シンは
フリーダムの双眸に目を奪われた。フリーダムの金色の目は、そのシンの思惑を見通
しているかのように映ったのである。
それは、正しかった。フリーダムは、返す刃で、ビームサーベルの柄に手を伸ばそうと
するインパルスの左の二の腕の辺りを切り落としたのである。
「ううっ……!」
アラームはけたたましく、鳴りっぱなしだった。しかし、シンはその音すら耳に入っては
いない。絶望的な力量差を前に、パニックを起こしかけていた。
フリーダムの双眸は、まだインパルスを見ていた。それは、装甲を透過して、コックピッ
トのシンを直接見ているのではないかという錯覚を起こさせた。
死の恐怖が眼前にある。しかし、それを超越するほどにシンの執念は強固だった。
「こんな事でーっ!」
ほぼ無意識だった。シンは咄嗟に分離の操作を行い、チェストとレッグのパーツを遺棄
した。
インパルスの胴体部が分離して、核となるコアスプレンダーが脱出した。キラは小型の
戦闘機が離脱するのを見て、インパルスを完全に無力化したものと思い込んでいた。
しかし、それは尚も立ち向かってきた。青空に弧を描いたかと思うと、コアスプレンダー
は機首をフリーダムに向け、ノーズから機関砲を連射しながら突っ込んできたのである。
キラには、そのシンの行為が信じられなかった。モビルスーツの状態で、力の差は見せ
付けたはずだった。その時よりも圧倒的に不利であるコアスプレンダーの状態で、何故こ
うも戦おうとするのか。
「そんな戦闘機じゃ無駄だって、分からないのか!」
シンの行為は、キラの理解を超えていた。自分の想像も及ばない事象に遭遇した時、キ
ラはそれに対して憤りに似た深い苛立ちを覚えた。
「無謀な!」
コアスプレンダーは弾丸をフリーダムに浴びせると、そのまま猛スピードで通過して行っ
た。キラは、そのコアスプレンダーに向かって素早く反転して、ビームライフルを向けた。
命を無駄にするような無謀さを、キラは嫌忌する。
「僕が相手じゃなかったら、君はここで死んでいたんだぞ!」
コアスプレンダーの背後に、キラは照準を合わせた。狙いは、右翼。海面に不時着する
程度のダメージを与えればいい。
だが、その照準は突如狂わされた。
「何だ!?」
「チャンスはお預けってことだ!」
何かがぶつかってきた。カメラが即座に動作して、キラに異変を伝えた。スクリーンに表
示された情報は、オレンジ色をした単眼のモビルスーツだった。
ハイネのグフ・イグナイテッドが横合いからタックルをし、そのシールドでフリーダムがビ
ームライフルを持つ右腕をかち上げていたのだ。
そのグフ・イグナイテッドの単眼が、スクリーン越しにキラを見たかと思うと、妖しく光を放
った。ゾクッとする悪寒は、直感である。
グフ・イグナイテッドは、フリーダムの右腕をかち上げている左腕を振り抜いた。フリーダ
ムの右腕は外側に弾かれて、胴体部ががら空きになった。刹那、グフ・イグナイテッドは、
半身になって隠し持っていた右手のテンペストソードを、そのがら空きになったフリーダム
の胴体部目掛けて振り上げた。
キラの目が、その軌跡を追った。辛うじて見切れる――そう直感した瞬間、キラはそのテ
ンペストソードの一振りをかわしていた。
「バカな!?」
ハイネの受けたショックは、絶望的だった。フリーダムの動きは、それまでハイネが経験
してきたモビルスーツの動きとは一線を画していた。ハイネは、フリーダムのように動くモビ
ルスーツを知らないのである。それほどまでに、フリーダムは次元が違った。
ハイネがショックで硬直していたのは一瞬であったが、キラにとってはそれで十分だった。
フリーダムはビームライフルの銃口をグフ・イグナイテッドの右前腕に押し付けて、ゼロ距
離射撃で撃ち抜いた。
右前腕の半分以上がビームの熱で抉れて、テンペストソードを握ったままもげ落ちた。
しかし、ハイネはパニックには陥らなかった。元オレンジショルダー隊の隊長として、自分
が少しは名の知れたパイロットであるという矜持がある。その矜持がある限り、ハイネの心
は折れない。
「分かってたことだが――!」
それでも、相手は数多くの伝説を残すフリーダムである。敵わないことは、最初から承知
の上だった。意地で見舞った左手の四本指から放たれるドラウプニルビームガンの連射も、
フリーダムには当然であるかのように通用しない。同じようにビームで左肩を一閃されて破
壊されたのは、予定調和にも似た帰結であった。
「やっぱ強いな、クソッたれっ!」
悠然とこちらを見下ろすフリーダムの姿は、巨人のようだった。歴然たる力量差を骨身に
染みるほどに感じた時、ハイネはもう笑うしかなかった。
誰も、この化け物(フリーダム)には敵わない。それが、ハイネの実感だった。
(だが、一人だけ、或いは間違いを起こせる奴がいるはずだ……!)
ハイネは、まだその才能の片鱗を見ていなかった。しかし、何故か期待する気にさせてく
れる。
「――ったく、さっきみたいなしょうもないやられ方したら、承知しねえぜ。俺が時間を稼い
でやったんだ。あの時のお前の自信がハッタリじゃなかったってことを、証明して見せろ――」
海面に向かって落下を続けるグフ・イグナイテッドのコックピットの中、ハイネはそう呼び掛
けながら天空を仰いだ。その視線の先には、太陽に重なった一体のモビルスーツのシルエッ
トがある。
「――シン・アスカ!」
声を上げた瞬間、グフ・イグナイテッドは海に墜落し、大きな水飛沫を上げた。
陽光を反射する水玉の一つ一つが、真珠のようにキラキラと輝いていた。キラは、その
水飛沫の先に、復活したインパルスの姿を見た。
「あのガンダム、そういうモビルスーツなのか……」
核となるコアスプレンダーが破壊されない限り、予備のパーツが続く以上、インパルス
は何度でも蘇る。キラは、そういう相手を非常に厄介に感じた。完全に黙らせるには、コ
アの部分を破壊するか、予備パーツが尽きるまで何度も戦わなければならないからだ。
シンはグフ・イグナイテッドが墜落した海面をチラと見やった。墜落で出来た大きな波
紋は、もう波に飲まれて掻き消されていた。シンは目線をフリーダムに戻し、キッと睨み
付けた。
「アンタが奪ったフリーダムは、返してもらう!」
シンは見得を切ると、ビームライフルを構えて迫撃した。
直情的な突進による攻撃――馬鹿の一つ覚えのようにインパルスは突っ込んでくる。
「そんなんじゃ!」
それは、キラにとっては対応を易くさせるだけの要素になるはずだった。しかし、キラ
が冷静にインパルスのビームをかわし、距離を取りながらバラエーナで反撃した時であ
る。バラエーナのビームはインパルスの左側を掠めて火花を散らしたように見えたのに、
キラはそこに違和感を覚えた。
最大加速で迫るインパルスに小回りは利かない。バラエーナが掠めたのは、そのせい
だ。インパルスにしてみれば、それは冷や汗ダラダラものの紙一重の回避だったはず。
(でも、あの紙一重が確信犯だったら……?)
ふと、そんな考えが思い浮かんだのは、キラが冷静である証拠だった。インパルスの
パイロットの中で、何かが芽吹こうとしている――そんな予感を抱いたのだ。
インパルスは間合いを詰めると、ビームライフルを投げ捨ててビームサーベルを抜いた。
相も変わらず接近戦に拘ろうとするのは、激情に縋るシンの性。キラにとって、与し易い
はずの性である。しかし、キラがビームサーベルを抜いて、その斬撃をいなし、反撃の構
えを見せた時、インパルスは劇的に変化した。
「そう何度も同じ手を食うかーっ!」
シン・アスカ、覚醒の瞬間だった。
抑圧されていた何かが解放される。シンの見ていた世界は、その瞬間に変わった。
何度見切ろうとしても見切れなかったフリーダムの太刀筋が、見える。シンが操縦桿を
操作すると、それとシンクロしてインパルスの腕が連動した。
振り下ろす自身のビームサーベルの太刀筋を、キラは見ていた。しかし、その刃がイン
パルスの左肩口に切り込まれようとした瞬間、視界の外から別のビーム刃が突然、飛び
込んできた。
キラに、特に驚きは無かった。こうなることを、予感していたからだろう。
交差したビームサーベルが、互いに干渉して凄まじい光を放つ。歪む刀身からビーム
粒子が飛び散って、微かではあるが海面に落ちて白い水蒸気を上げた。
ビームサーベルが反発して、互いに弾かれる。反動の影響が少なかったのは、切り掛
かったキラの方だった。キラはシンに一歩先んじて、もう一度ビームサーベルを振るった。
しかし、機先を制したはずのキラを、シンは逆転した。インパルスは急加速を掛けて突
進し、シールドを押し付けるようにしてフリーダムのビームサーベルを防いだのである。
「うおぉーっ!」
シンは咆哮して、がら空きになったフリーダムの胴体部を蹴っ飛ばした。
――シャアは、ゾクッと肌が粟立つのを感じた。オーブ沖での海戦、ザムザザーに対し
てやって見せたような煌きを、フリーダムと戦うシンに見た。
戦場は混沌としていた。アークエンジェルはミネルバを援護するように連合軍側に攻撃
を仕掛けている。その連合軍は、あくまでもミネルバをメインターゲットとしながらも、アー
クエンジェルに対しても攻撃を加えていた。シャアは、押し寄せるウインダムに対応しなが
ら、一機のムラサメと相対していた。
自ら積極的な中立を謳っているアークエンジェルから出てきたそのムラサメは、シャア
と共にミネルバに攻撃しようかというウインダムを撃退しながら、自らもミネルバに接近し
ようとしていた。シャアは、その不可解なムラサメの思惑を、次第に理解していた。
フリーダムが、ミネルバの近辺で捕まってしまっている。このムラサメは、それを援護
したいのだ。しかし、それを許すわけには行かないのが、シャアの立場と心情だった。
そのムラサメのパイロットが手練れであることは見て取れた。ミネルバへ向かうのを阻
止しようというシャアの攻撃を、これまで難なく捌いてきたのだから。
しかし、そのムラサメの動きに、揺らぎが見られた。それは、シンが覚醒した頃からだ。
「――甘いな」
シャアは口角を上げて、短く呟いた。
ムラサメのパイロットは、動揺している。フリーダムに、余程自信があったのだろう。だ
から、そのフリーダムがインパルスに封じ込められている現状が信じられずに、浮つい
ている。
若いパイロットなのだろう。破綻の少なさは流石だと思ったが、シャアを相手にその動
揺は致命的だった。
ムラサメがフリーダムを気にする場面が、明らかに増えた。気もそぞろといった様子は、
シャアにとっては恰好の獲物でしかない。
「そこだ!」
ムラサメがフリーダムに顔を向けたその一瞬を、シャアは容赦なく狙った。ムラサメの
右肩にビームが一閃して、そのショルダーアーマーを円形に溶融し、肩の駆動部まで抉
っていた。
「しまった!?」
ムラサメのパイロット、アスラン・ザラは自らの迂闊を嘆いた。キラを援護するつもりが、
逆に手痛いダメージを受けてしまった。
セイバーからの砲撃は、更に注がれた。キラを気にしている場合ではなかった。アスラ
ンは自機のコントロールに集中し、セイバーから注がれる容赦ないビーム攻撃から辛くも
逃れた。
ダメージは軽くない。後退を余儀なくされたアスランのムラサメは、一転、後ろ髪を引か
れながらもアークエンジェルへの帰投コースへと入った。
後顧の憂いというものがある。アークエンジェルの存在が、今後の障害になりかねない
と予感したシャアは、この機会に一気呵成にアスランを撃墜しておきたかった。
しかし、それを阻んだのは、ファントムペインの動きだった。レイとハイネが戦闘不能に
陥り、シンがフリーダムに掛かっている今、ミネルバを防衛できるのはシャアとハマーン
のみである。ハマーンのオルトロスは、多数を相手にするには使い回しがよろしくない。
シャアは、ミネルバの防衛に徹する必要があった。
「チィッ……!」
シャアは、ファントムペインの迎撃に向かった。
損傷したアスラン機の収容のため、アークエンジェルは前進していた。ハマーンは、そ
れを認めると徐にオルトロスを構えた。
長い砲身から伸びた光線は、一直線にアークエンジェルに向かい、艦橋部を掠めた。
「うわーっ!?」
アークエンジェルの艦橋が、オルトロスのビームの衝撃で揺れる。クルーの悲鳴が木
霊する中、しかし、オペレーター席に座るラクスだけは取り乱すことは無かった。
ミネルバの甲板からこちらを狙い撃つザク・ウォーリアの姿がある。その白と紫のカラ
ーリングが、ラクスには何故かハマーンを思い起こさせた。それが、ハマーンの色である
ような気がしたのだ。
だから、先日のハマーンの言葉を思い出していた。フリーダムの出方次第では、アーク
エンジェルを沈める――言葉の通りだ。狙撃するザク・ウォーリアがハマーンであること
を直感したラクスは、訳も無く確信していた。
オルトロスのビームは何度も放たれ、執拗に艦橋部を狙った。しかし、そのいずれも直
撃することは無かった。距離があるから当てられないのではない。わざと外しているのだ
と、ラクスは思った。
そして、ラクスはその狙撃に込められたハマーンのメッセージを理解していた。
「これは警告だ。分かっているな、ラクス・クライン……?」
直接、声を聞いたわけではない。それは勝手な自分の思い込みでしかないのかもしれ
ない。しかし、ラクスはハマーンが今回に限ってはアークエンジェルを沈めることは無い
と信じきっていた。
何故、そこまでハマーンを信じられるのだろう。ラクスは、それは生理的な好き嫌いの
問題ではないかと考えた。
「――ラミアス艦長、アスランの収容が終わったようです」
ラクスは、下方の艦長席に座るラミアスに報告した。ラミアスは、「了解」と短く応じると、
「戦況は?」と立て続けにミリアリアに訊ねた。
「連合、オーブ共に消耗しています」
「ミネルバは?」
「健在です。連合軍による散発的な攻撃は受けていますが、持ち堪えています」
「よくも――」
外見から見るミネルバは、相当のダメージを受けているように見えた。ラミアスは、その
状態で良く持つものだな、と感心した。
「あの赤いモビルスーツね。たった一機でよくやるわ」
サブスクリーンに、セイバーが孤軍奮闘する様子が映し出されていた。キラによって数
を減らされているとはいえ、ファントムペインのモビルスーツはまだそこそこの数が残って
いる。それを、セイバーは単機で食い止めていた。
「連合軍の後退命令を傍受。連合軍が撤退を始めました!」
ミリアリアが声を上げると、「オーブも退いて行くぞ!」とカガリも続けて声を上げた。
それを受けて、ラミアスは即断した。
「我々も退きます。キラ君とアンディに後退命令! 急いで!」
ラミアスの後退命令はすぐさまキラに伝わり、キラはそれを了解した。
インパルスとの戦いは続いていたが、当初の勢いは失われ、次第に地力の差が出始め
ていた。一時、キラはアークエンジェルがハマーンのザク・ウォーリアに狙撃されている状
況に焦りを覚え、インパルスに猛攻を許す場面もあった。だが、キラが扱うデバイスとして、
フリーダムは圧倒的アドバンテージを誇っていた。
絶対的なエネルギー量の差がある。バッテリー電力をエネルギー源としているインパル
スに比べて、核分裂炉を動力源としているフリーダムのエネルギー量は無尽蔵に等しい。
フリーダムと激しい戦いを繰り広げたインパルスは、急速にエネルギーを消費し、尽きよう
としていた。
そのタイミングが重なったのは、シンにとっては幸運ではあった。インパルスのエネルギ
ー残量が危険域に入ろうとした時、フリーダムが後退する動きを見せたのだ。
「待てよ!」
しかし、シンの執念だけはそれを許そうとはしなかった。なまじの手応えが、シンから判
断力を奪っていた。深追いは危険だと分かっていながら、ハイネの期待に応えなければ
ならないという思い込みが、シンを追撃へと駆り立てた。
しかし、その判断が誤りであると、シンはすぐさま身を以って知った。キラの後退を援護
するアークエンジェルからの艦砲射撃に遭い、前掛かりになっていたシンは、危うくゴット
フリートの直撃を受けそうになったのである。
「俺から逃げるのか、フリーダムっ!」
シンの遠吠えは、しかし、キラの耳には届かない。アークエンジェルはフリーダムを収
容すると、素早く転進して離脱していった。
ファントムペインとオーブの連合軍は、とうに後退していた。シンは、今になってそのこ
とに気付いて、既にメイリンが何度も帰艦命令を呼び掛けていたことにようやく気付いた。
(また、勝てなかったじゃないか……!)
「シン、どうしたの? ねえ――」
メイリンの気遣う声が響いていた。シンは、無言で拳を握り、パネルを叩いた。
続く
第十話は以上です
それでは
GJ!!
GJです!
やっぱアスラン、ムラっ気あるな
らしいw
オオッしばらく目を離してたうちに久々の本格長編が。
これは倉庫に登録せずにはいられませんが、
念の為作者◆1do3.D6Y/Bsc 様にご確認を。
旧トリップ「◆x/lz6TqR1w」様時期の「カミーユ In C.E. 73 」および
「ΖキャラがIN種死(仮)」には各話サブタイトルがおありでしたが
今回は付けられないのでしょうか?
あと気がついてみれば498KB、どなたか次スレを…
梅
{ ̄\ / ̄}
. ∨ニニ\ /ニニ∨
__ ∨ニニ\ /ニニ∨ __
{ ` <ニニ\ /ニニ> ´ }
, ` <ニ\ /ニ> ´ γ⌒ヽ /
. ′ ┃┃┃ `\Y^ 、 ^Y,/´ ゝ__ ノ /
, ┃┃┃ |\ \ -――- //:| γ⌒ヽ /
. ′ ┃┃┃ | / \ | ゝ__ ノ
\ ∨ ∨ /
\ ′ ' /
/⌒\ { (℃) (℃) } /⌒ヽ
ミ≧x、 { { } } ,x≦彡
. ⌒¨¨¨´\_A_A.人 ー'ー 人.A_A_/`¨¨¨⌒
`¨¨¨゚⌒≧=‐‐------‐‐=≦⌒゚¨¨¨´
{ミ}W ̄`ー´ ̄Y{ミ}
{ ̄》\::::::::::::/《 ̄}
/^Y/⌒Y⌒\Y^\
/⌒¨¨\ ミ | 彡/¨¨⌒ヽ
/\___/ \.|./ \___/ヘ
〈__/ \__〉