【響鬼】鬼ストーリー 漆之巻【SS】

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1名無しより愛をこめて
「仮面ライダー響鬼」から発想を得た小説を発表するスレです。
舞台は古今東西。オリジナル鬼を絡めてもOKです。

【前スレ】
【響鬼】鬼ストーリー 陸之巻【SS】
http://anchorage.2ch.net/test/read.cgi/sfx/1224239622/l50

【まとめサイト】
http://olap.s54.xrea.com/hero_ss/
http://www.geocities.jp/reef_sabaki/
http://hwm7.gyao.ne.jp/lica/hero_ss/

【用語集】
http://members3.jcom.home.ne.jp/walachia/
※用語集へはTOPの「響鬼」でたどり着けます
http://hwm7.gyao.ne.jp/lica/hero_ss/glossary/

次スレは、950レスか容量470KBを越えた場合に、
有志の方がスレ立ての意思表明をしてから立ててください。

過去スレ、関連スレは>>2以降。
2名無しより愛をこめて:2009/04/11(土) 11:05:48 ID:TFnOKr3S0
【過去スレ】
1. 裁鬼さんが主人公のストーリーを作るスレ
http://tv7.2ch.net/test/read.cgi/sfx/1131944389/(DAT落ち)
2. 裁鬼さんが主人公のストーリーを作るスレ その2
http://tv7.2ch.net/test/read.cgi/sfx/1138029584/(DAT落ち)
3. 裁鬼さん達が主人公のストーリーを作るスレ
http://tv7.2ch.net/test/read.cgi/sfx/1139970054/(DAT落ち)
4. 裁鬼さん達が主人公のストーリーを作るスレ 弐乃巻
http://tv7.2ch.net/test/read.cgi/sfx/1142902175/(DAT落ち)
5. 裁鬼さん達が主人公のストーリーを作るスレ 参乃巻
http://tv7.2ch.net/test/read.cgi/sfx/1146814533/(DAT落ち)
6. 裁鬼さん達が主人公のストーリーを作るスレ 肆乃巻
http://tv7.2ch.net/test/read.cgi/sfx/1150894135/(DAT落ち)
7. 裁鬼さん達が主人公のストーリーを作るスレ 伍乃巻
http://tv7.2ch.net/test/read.cgi/sfx/1158760703/(DAT落ち)
8. 響鬼SS総合スレ
http://tv7.2ch.net/test/read.cgi/sfx/1162869388/(DAT落ち)
9.【響鬼】鬼ストーリー(仮)【SS】
http://tv9.2ch.net/test/read.cgi/sfx/1164788155/(DAT落ち)
10.【響鬼】鬼ストーリー 弐之巻【SS】
http://tv11.2ch.net/test/read.cgi/sfx/1170773906/(DAT落ち)
11.【響鬼】鬼ストーリー 参之巻【SS】
http://tv11.2ch.net/test/read.cgi/sfx/1179024153/(DAT落ち)
12.【響鬼】鬼ストーリー 肆之巻【SS】
http://tv11.2ch.net/test/read.cgi/sfx/1190639343/(DAT落ち)
13.【響鬼】鬼ストーリー 伍之巻【SS】
http://mamono.2ch.net/test/read.cgi/sfx/1208877624/(DAT落ち)
3名無しより愛をこめて:2009/04/11(土) 11:07:35 ID:TFnOKr3S0
【関連スレ】
--仮面ライダー鋭鬼・支援スレ--
http://tv7.2ch.net/test/read.cgi/sfx/1124581664/(DAT落ち)
弾鬼が主人公のストーリーを作るスレ
http://tv7.2ch.net/test/read.cgi/sfx/1133844639/(DAT落ち)
4名無しより愛をこめて:2009/04/12(日) 00:44:53 ID:bbglKguW0
>>1
スレ立てお疲れさまです。
5名無しより愛をこめて:2009/04/12(日) 01:39:05 ID:irYXm7K10
>>1さんご苦労様です
6名無しより愛をこめて:2009/04/12(日) 11:25:26 ID:iY9nq5xh0
まとめサイト(笑)
7名無しより愛をこめて:2009/04/12(日) 19:36:23 ID:jnuGWhFG0
おつっす
8高鬼SS作者 ◆Yg6qwCRGE. :2009/04/12(日) 21:27:54 ID:uyD5WxyZO
>>1乙です

なんかまた規制に巻き込まれたっぽいので、
約束の短編は後日という事で…。
9鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/04/15(水) 22:23:12 ID:hjK2+Q3H0
前回(前スレ403-412)のあらすじ:関東支部の管の鬼ショウキは、明るく気さくなお調子者で、子供のまま大人になった様な青年である。服装や身なりに無頓着で、冬でも薄着で暴れまくっていた。過去に「土星」「一番☆」と書かれたTシャツを着ていた事がある。


『鬼祓い』 十五之巻「追い詰める弾道」


『逃げろ、啓真』
 ビルの谷間のネットカフェの駐車場で、撃たれた脚を押さえてその場に踞りながら、微鳴鬼は啓真に言った。しかし啓真はそこから動こうとはしなかった。
 敵わない相手であれば逃げればいい。無理に自分より強い敵と戦うことはない。
 岸啓真は何事も、そんな風に気楽に考えて生きてきた。しかし、猛士四国支部に配属され、副島そよと出逢ってから、譲れないものが一つ彼の中に生まれた。
 たとえ相手が『角』であろうとも、それが関東十一鬼であろうとも。
 啓真は大切な仲間をその場に置いて、そこから疾り出すことはできなかった。
 血を流して膝をついた白い鬼の前に立つ、黒い一角の鬼。その姿を睨みながら啓真は『凪威斗』のアクセルを噴かした。その音に勝鬼が初めて顔をそちらに向けた。
 啓真は単車を勝鬼の横に回り込ませて前輪を立ち上げた。
「うぉらァーッ!」
 ウィリー走行で一直線に勝鬼めがけて突っ込み、啓真はライダー・タックルを仕掛けた。『凪威斗』の全重量に啓真の体重を加算した一撃は、壁にぶち当たったように停止した。
 勝鬼が、左の前腕に取り付けた金色の盾で『凪威斗』の前輪を受け止めていた。盾の装甲がいくら強固であろうとも、単車の加速度と重量を受け止めることは容易ではないはずだった。しかし勝鬼は片手の力のみでそれをやってのけていた。
 これまで何体もの童子や姫を倒してきた力が、この鬼には通用しなかった。勝鬼が腕で払いのけると、啓真と『凪威斗』はばらばらになって宙を飛んだ。
10鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/04/15(水) 22:27:23 ID:hjK2+Q3H0
 単車は横倒しに倒れ、啓真は背中からアスファルトの上に落ちた。ヘルメットの後頭部が路上と激突し、衝撃に意識が吹っ飛びそうになる。
 何とか起き上がると、レザージャケットに黒いフルフェイスの姿が黒い鬼に向っていった。
「うおォーッ!!」
 殴り掛かった啓真の腕が、いとも簡単に勝鬼につかまれた。それ以上動かそうとしても、びくともしなかった。
 ――啓真の眼前に、いつの間にか勝鬼のもう一方の手があった。
『撃つよ』
 以外と陽気な声が、紫の隈取が交差した銀面から発せられた。
 親指で抑えていた中指が繰り出され、啓真のヘルメットの額部分を弾いた。指先ひとつが爆発的な打撃を生み出し、啓真はその場から吹き飛ばされた。
 再びフルフェイスのヘルメットが震動で揺るがされ、啓真の意識が遠のいた。続いて背中に固いものが激突する衝撃。薄れ行く意識の中で、啓真は自分がアスファルトの上に倒れていることを知った。
11鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/04/15(水) 22:30:15 ID:hjK2+Q3H0
『やめろ』
 脚の弾痕を鬼の治癒力で塞いだ微鳴鬼が、立ち上がって勝鬼に言った。
『心配しないで』
 勝鬼は微鳴鬼に向き直って言った。
『僕の任務は、君を捕まえることだから。そのサポーター君には少しの間寝ていてもらうだけさ』
『私は、やっていない。師匠をやったのは私じゃない』
『そのあたりは、総本部でゆっくりと話してくれればいいよ』
 他の支部で出会った鬼たちのような、攻撃的な口調が勝鬼にはなかった。それが自信に裏打ちされた余裕であると感じられ、かえって空恐ろしくなった。
 勝鬼が左手の中にある銃を微鳴鬼に向けようとした所に、彼女は圧縮空気弾を打ち込んだ。素早く勝鬼が身を躱して銃を構えると、その時には白い鬼がネットカフェの駐車場から出て塀の陰に消えようとしていた。
 微鳴鬼に告げた通り、勝鬼は倒れたサポーターには見向きもせず、疾風のように走り出して彼女の後を追った。

 勝鬼を啓真から引き離すことに成功したことを確認すると、微鳴鬼は、金色の中型銃を手に街を走った。猛士が偽の避難勧告を出しているのか、不思議と街には人影がなかった。
 巨大なビルに飛び込んで階段を駆け上がると、微鳴鬼は闇の中を進んで鉄製の扉を開け、その部屋の奥まで走り抜け、暗がりで息を整えた。
12鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/04/15(水) 22:33:45 ID:hjK2+Q3H0
 闇の中で、長い、長い時間が経過したように思えた。
 無人と思われるビルの中に、足音が響いた。
 微鳴鬼は勝鬼に所在を特定されたことを知った。足音と共に、勝鬼の気配というか、闘う気迫のようなものが近づいてくるのを感じた。
 ここで微鳴鬼は、東海支部の先代サイキの言葉を思い出した。
(実に、清冽な闘気が出ているからね、君からは)
 経験の浅い彼女は、これまで他の鬼の闘気を明確に感じることはできていなかった。ここ暫くの闘いの中で、ようやく自分にも闘気の強弱や種類を感じ取る力が備わってきていることに気づいた。
 ということは、自分が勝鬼から発される闘気が近づくのを感じているのと同時に、相手もまたこちらの発するものを感じている。
 足音が、自分の潜む暗い部屋の前で止まった。扉が開かれ、明かりが点けられた。証明に照らされた室内を見て、微鳴鬼は自分のいた場所が、大量の段ボールが積み上げられた倉庫のような部屋であると知った。
 部屋は以外と広く、体育館ほどの面積と高い天井を持っていた。
『出ておいで』
 勝鬼が声をかけると、返答の代わりに、天井に無数の圧縮空気弾が放たれた。
13鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/04/15(水) 22:41:18 ID:hjK2+Q3H0
 正確な射撃によって、沢山の照明が数秒ですべて割れ砕かれ、広い一室はまた元の暗闇に戻った。
 日本科学技術大学で宗形が言っていた「地獄耳」という言葉に微鳴鬼は賭けた。
 自分の聴覚は、他の鬼と比べて優れていると聞いた。技でも力でも敵わない相手に優っている点があるとすれば、これぐらいしかない。
 闇の中、物陰から歩き出た微鳴鬼は、銃を片手に部屋の中を走った。気配に気づいた勝鬼がすかさず銃撃を仕掛けた。積み上がった段ボールに、空気弾によって穴が穿たれる。
 互いに相手の気配は感じるが、闇に包まれた屋内では正確な位置がわからない。その中で、微鳴鬼は全神経を耳に集中した。
 よく聞けば、床を進む勝鬼の足音や、銃に使用されている金属同士がこすれる音などが、遠い位置から響いていた。
 微鳴鬼は更に意識を集中した。耳に届いてくる響きが、勝鬼のいる場所を微鳴鬼に教えた。驚いたことに、先ほど射撃を放った部屋の入口付近から、彼の位置は広い部屋の対角線上に、数十メーターも移動していた。
 自分の感覚が極度の緊張により狂っているのかと疑ってみたが、よく聴き直してみても、音はやはりその場所から聞こえていた。
 いずれにしても、新人の自分が関東の歴戦の鬼に勝てる可能性は、これしかなかった。微鳴鬼は闇の中でゆっくりと狙いを定めた。
 自分の聴覚と射撃の腕を信頼すれば、間違いなく空気弾は勝鬼を仕留めるはずだ。
 微鳴鬼は覚悟を決めて引金をひいた。
14鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/04/15(水) 22:44:28 ID:hjK2+Q3H0
 一発の圧縮空気弾が間違いなく勝鬼に命中した。
 ――正確には、勝鬼が構えた円形の金の盾に命中していた。起死回生の一発は、勝鬼にダメージを与ることはできなかった。
 勝鬼が盾で空気弾を防いだ様子が、微鳴鬼の目に見えた。空気弾を受けて撓(たわ)んだ装着型音撃管の部品同士が擦れて火花を発していた。闇の中でこちらだけが相手の姿を視認できる優位を、微鳴鬼は見逃さなかった。
 それは、一秒にも満たない時間だった。火花によって相手の姿を視界に捉えた微鳴鬼は、続いて勝鬼の両の脚に一発ずつ空気弾を打ち込んだ。一瞬で閃光は消え去り、再び真っ暗になった中で、相手が倒れる音が聞こえた。
 それを確認すると、微鳴鬼は勝鬼が入ってきた付近、すなわちこの倉庫の入り口目指して走った。

 扉が開く音に反応した勝鬼が、倒れた姿勢から微鳴鬼に黒い鬼石の弾丸を放った。勝鬼の動く音に振り返った微鳴鬼が手にしていた音撃盤に鬼石が命中し、火花が散った。一瞬見えた微鳴鬼の姿に、勝鬼は更に弾丸を放った。瞬間、上腕を激痛が貫いた。
 腕を撃ち抜かれながら、微鳴鬼は痛みに耐えて暗い廊下を走り抜け、階段を下りて屋外に出た。街に出てみると、辺りは夕闇に包まれ始めていた。
15鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/04/15(水) 22:48:37 ID:hjK2+Q3H0
 腕から流れた血が、街路に点々と赤い染みをつけていく。これでは逃走経路が判明する。微鳴鬼は気合いを込めて腕の銃創を塞いだ。
 ――微鳴鬼が偶然成功させた、音を頼りに銃撃し、火花で照らされた視界の中で正確に相手を射抜くという行為を、数秒後にはそっくりそのまま返されていた。やはり関東十一鬼は、これまで出逢った鬼たちより数段上の手練だった。
 このまま闘い続けていても勝てる気がしなかった。今のこの姿で、恭也たちとの約束の場所に辿り着けるかどうか自信がなかったが、微鳴鬼は無人の街を、落ちていく夕日を左手に走り続けた。
 啓真はあの後どうしただろうか。無事に逃げ切っただろうか。恭也たちは、もう約束の場所に着いただろうか。
 傷は鬼の治癒力で回復できるが、疲労は回復できない。関東十一鬼との神経をすり減らすような闘いの末に、微鳴鬼は著しく消耗していた。
 ここで追手を振り切らなければ、今度こそ終わりだと思った。足が止まれば、傷を治癒した勝鬼がすぐに追いついてくる。あちらにはおそらく、こちらほどの疲れはない。
 ネットカフェの駐車場に戻って啓真を探したかったが、慣れない東京の道は、彼女にはわからなかった。ただ、太陽が沈む方向を頼りに、北へ向けて走って逃げることしかできなかった。
 あまりの疲労に微鳴鬼の顔の変身が強制解除され、長い黒髪が白い鬼の体に掛かった。
16鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/04/15(水) 22:55:04 ID:hjK2+Q3H0
 立ち並ぶ小さなビル群の向こうでバイクの排気音が聞こえた。
 啓真かと思いそちらを見たソヨメキは、肝を冷やした。勝鬼がすでに傷を回復し、バイクに跨がって彼女を捜していたのだ。
 こちらは駆け足だ。やがて闘気を頼りに勝鬼がソヨメキを見つけるのは、時間の問題だった。発見されれば、もう逃げる手立てはない。
 今度はすぐ背後でバイクの排気音が聞こえ、ソヨメキはびくりとして振り向いた。ヴィリジアンカラーの単車に乗った、白いフルフェイスの男が近づいてくるところだった。猛士か一般人か、いずれにしてもまずいことになった。
 単車がソヨメキの横で停車して、ヘルメットのシールドの奥から男が言った。
「ソヨメキちゃんだね?」
 男がシールドを開けると、見たことのない、細面の三十歳前後の顔があった。
「早く乗って。大丈夫、俺は味方だ」
 ソヨメキが足を止め、息を切らしながら無言でいると、男は言った。
「姉貴の頼みで、沖縄からここまでやってきた。――俺の名前は羽佐間洋介。羽佐間琴音の弟だ」
 その名を聞いたソヨメキの目から、涙がこぼれそうになった。遠く離れた香川で、今も琴音は自分たちのことを想ってくれていることを実感して、胸が熱くなった。
 以前琴音から、沖縄支部に『歩』を務める弟が居ると聞いたことがある。「フリューゲル」の副店長であり『金』見習いでもある伊家野は、その同級生だという話も聞いている。
17鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/04/15(水) 22:58:30 ID:hjK2+Q3H0
 彼女がリアシートに跨がると、洋介は再び単車を発進させた。
「琴音さんは……師匠は……無事なんですか?」
「姉貴は暫く体調を崩していたが、今はもう回復している。サザメキさんは今も意識不明のまま眠っている」
 ソヨメキは、音撃盤を吊るすストラップを握りしめた。
「姉貴は今、総本部の人間に監視されていて身動きが取れない。それで伊家野を通して俺に、君たちに協力してくれと言ってきたんだ。これからどこに行けばいい?」
 ソヨメキが場所を告げると、単車は夕暮れの街の中を、埼玉を目指して進んでいった。

 ソヨメキと洋介は夕刻になって、その日の朝に四人で入ったレストランに到着した。
 洋介も関東の道には詳しいわけではなかったので、多少迷ったが、ソヨメキが覚えていた支店名を頼りに、なんとか約束の場所に辿り着くことができた。
 首から下が鬼の姿のまま入店することもできず、ソヨメキは洋介に店の中から恭也たちを呼んでもらうように依頼した。
 少しして、店内から恭也とキー坊が連れ立って出てきた。啓真の姿はなかった。
 洋介がファミリーレストランの駐車場に停めた単車の横に、二人がやってきた。
「啓真は」
 ソヨメキが恭也に短く訊くと、恭也は首を横に振った。
18鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/04/15(水) 23:04:56 ID:hjK2+Q3H0
「啓真」
 顔を伏せてソヨメキが呟いた時だった。
「呼んだ?」
 少し離れた所に停車していた『嵐州』のトランク付近から、声がした。
 キー坊が、『嵐州』の横に立っていたレザージャケット姿の陰に気づいて言った。
「啓真!」
 皆もそちらを見た。そこに立っていた啓真が、恭也に掌を上にした手を差し出して言った。
「早くキーよこせよ。ソヨの着替えが出せねーだろ」
 啓真の何事もない様子を見て得心したように笑うと、恭也は車のキーを啓真に投げて寄越した。
 ソヨメキは、駆け寄って啓真の目の前まで来て言った。
「啓真、無事だったのか」
「関東の鬼にデコピンでやられた後、気づいたら周りに誰もいなくてよ。その後、ちょいと道に迷ってたら、着くのがこんな時間になっちまった」
 苦笑いして啓真は言った。そして洋介に気づくと、しきりにあれは誰かとソヨメキに訊いていた。
「心配してくれてたんだな、ソヨ」
 にやけながら啓真が言うと、ソヨメキは無表情に言った。
「私たちより先にこちらに向ったと思っていたから、姿が見えないのがおかしいと感じただけだ。別に、心配などしていない」
 それきりソヨメキは口を閉ざして、啓真から顔を逸らした。


十五之巻「追い詰める弾道」了


19名無しより愛をこめて:2009/04/15(水) 23:16:54 ID:8va9bRkW0
>>9-18
投下乙です
勝鬼さん強いっすねー
関東11鬼の面目躍如といったところですね
20名無しより愛をこめて:2009/04/16(木) 01:01:50 ID:AmElliKM0
>>9-18
投下乙です
最後のソヨの強がりが可愛いですね
しっかし関東十一鬼強いなぁ
21名無しより愛をこめて:2009/04/19(日) 15:31:00 ID:VP5BycsU0
>>20
でたでたキチガイド腐れマンコばばあが出やがった、キモ
家族に晩飯は作ったのかよ、一切答えてねえてめえがほざくな、ボケ
てめえは家事をしてないことは認めたんだな、オイ
答えてから抜かせ
人のレスパクってるてめえがほざくな、ボケ
てめえのことはスルーかよ、卑怯者、恥をしれ
↓この後速攻でここ監視してるばばあが絶叫電波レス


22名無しより愛をこめて:2009/04/19(日) 22:35:57 ID:asUgq6H90
新種の魔化魍出現?
23高鬼SS作者 ◆Yg6qwCRGE. :2009/04/20(月) 21:17:18 ID:kpE0EFl20
どうやら規制が解けたようなので、約束の短編を投下します。
あくまでも初期プロットに近い話であり、初期プロットそのものではないという事を御了承下さい。
それではどうぞ。
24仮面ライダー高鬼番外編「平行する世界」:2009/04/20(月) 21:20:16 ID:kpE0EFl20
何故このような事になったのか――イブキのコードネームで呼ばれる男は、胸中で煩悶していた。
時は1979年。あの京都での決戦から一月後。
その日、腕の怪我が原因でシフトが一時期の半分以下にまで減ったイブキは、暇潰しにと普段ならあまり読まないようなジャンルの本を手に取った。
平行世界を材に取ったSFものである。
本文中で語られていた「パラレルワールド」という単語に興味を持ったイブキは、専門家に教えを乞うべく、開発局長の南雲あかねの元を訪れた。ここまでは良い。
研究室には彼女以外の人間が三人居た。その顔触れが問題だったのだ。
一人はあかねの弟子であり、次期開発局長の呼び名も高い、コウキと言うコードネームの男。
次に先代開発局長である南雲あかねの叔父御。偶々遊びに来ていたらしい。
最後の一人が、「蘊蓄が服を着て歩いている」とまで言われる程の知識を誇る、総本部司書の京極。
実に最悪なタイミングであった。
彼等は、イブキがパラレルワールドについて知りたがっていると知るや、目の色を変えて説明を始めたのである。
想像してみてほしい。偏屈な科学者三人と仏頂面の司書。この面々に囲まれて延々と、一方的に小難しい話を聞かされるのだ。少しでも口を挟もうものなら、コウキの警策が唸りを上げる事だろう。
「で、パラレルワールドについて聞きたいのだったな」
コウキがそう尋ねた。さっきまでこの四人は、てんでばらばら好き勝手に喋り続けていたのだ。だが、これで漸く本題に入る事が出来る。
「分かり易く言うとだな、これは時間の連続性が深く関係しているのだ」
「分かり易くないですよ……」
「そうだなぁ、何か良い喩えがあれば……」
と、そこへまた一人誰かがやって来た。ニシキだ。彼のサポーターがメンテに出していたバイクを、代わりに受け取りに来たのだと言う。
25仮面ライダー高鬼番外編「平行する世界」:2009/04/20(月) 21:22:42 ID:kpE0EFl20
「おお、丁度良いところへ来たのぉ!」
叔父さまが嬉しそうにニシキを指差しながらそう告げた。
「はい?」
叔父さまは足早にニシキの傍へと近寄ると、力任せに彼を突き飛ばした。不意を突かれたニシキの小柄な身体が、派手な音を立てて近くの机にぶつかる。
「な、何しはるんですか!?」
文句を言うニシキを無視して、叔父さまが説明を始める。
「『未来』と言うものは決して一つではない!本来一本気に真っ直ぐ進んでいくつもりだった『現在』が、私が不意に彼を突き飛ばすというアクシデントによって新たな未来が枝分かれして発生したのだ!」
線路のポイント切り替えのようなものだろうか。
「そうやって互いに影響を与えつつ、無限数に形成されながら進んでいく別の時間軸をパラレルワールドと呼ぶわけ」
そう言ってあかねは、少しぬるくなった珈琲を一口飲んだ。
「あの……何の話をしてるんです?」
ぶつけた箇所を擦りながらニシキが尋ねるも、誰もそれには一切答えようとしない。
「基本的にパラレルワールドと言うのは隣り合って存在している『別の未来』だ。例えば、ニシキくんが叔父さまに突き飛ばされた未来――即ち『今』と、突き飛ばされなかった未来。差異は微々たるものでしかない」
京極のその言葉に、イブキもとりあえず「はあ」とだけ答える。
「しかし先程のあかねさんの説明でも分かるように、未来は無限に形成され続けている。結果、離れすぎた未来は、始まりが同じでも大きく内容が変わってくる。そうだな……」
そう言って少し考えると、コウキは手にした警策をイブキの方に向けてこう告げた。
「イブキ、君が既に結婚して野球チームを作れるぐらいの子宝に恵まれている未来と、死ぬまで独身の未来、この二つは全然違うよな?それがパラレルと言う形で今この瞬間、同時に成立しているかもしれんのだ」
「止めて下さいよ、縁起でもない!」
いくら例えばの話でも、あまり良い気分ではない。
26仮面ライダー高鬼番外編「平行する世界」:2009/04/20(月) 21:25:04 ID:kpE0EFl20
「……つまり、ほんの些細な出来事が原因で生まれる別の未来、別の可能性をパラレルワールドと呼ぶと?」
「そうだ。そもそも君がそのSFの本を読んだ事で新しいパラレルワールドが発生し、今に至る事になる」
「付け加えるならイブキくんがここへ質問に訪れた事でも、ね」
きりが無い。まるで合わせ鏡が生み出す無限の虚像だ。どうやらパラレルワールドとはそういうものであるらしい。基本的に各世界は隣り合って存在しており差異もそんなに無いが、離れすぎると全く違うものに変わるようだ。
「何処かのパラレルワールドでは僕は存在しないかもしれない。あるいは僕と言う人間は存在するが、役回りが違うかもしれない。反対に僕と同じ名前と役回りの人間は存在するが、全くの別人かもしれない……。そういうものなのだよ」
喋り終えた京極が、やはりぬるくなったお茶を実に不味そうに口にした。
「別の世界では私は死んでいるかもしれん。私に弟子はいないが、その世界の私には弟子がいて、その人物がコウキの名を継承しているのかもしれん。……ぬるくなったな」
一口飲んだだけで、コウキはカップをソーサーに置きなおし、二度と手をつけようとはしなかった。
「全てのパラレルワールドが同じ速度で進んでいるとも限らんのぉ。数秒から数年のタイムラグが発生しておるかもしれん。この世界では一年かけてやった事が、パラレルワールドでは二週間程度で終わったりとか、な」
一人頷きながら、遠い目でそう語る叔父さま。おそらくパラレルワールドに想いを馳せているのだろう。どんなパラレルワールドかまでは分からないが。
「あの、バイク……」
「きっと我々が今こうして語り合っている世界のすぐ隣でも、微妙に異なる未来が時を刻み続けているのだろうな……」
コウキ、あかね、叔父さま、京極の四人が、目を閉じて一斉に「うんうん」と頷いた。訳が分からないといった顔で、ニシキがイブキの方に視線を向ける。イブキはただ苦笑するしかなかった。
さて、そんな世界と隣り合わせに存在するとあるパラレルワールドでは、北陸の山中で今まさに大きな戦いが終幕を迎えようとしていた……。
27仮面ライダー高鬼番外編「平行する世界」:2009/04/20(月) 21:27:36 ID:kpE0EFl20
「おい突撃鬼……聞いてるか?」
殺鬼の呼びかけに突撃鬼は反応を示さない。彼の体は、近くの木の幹に寄り掛かったまま、動かなくなっていた。
殺鬼もまた、満身創痍である。
予想通り霊鬼は罠を幾重にも張り巡らしていた。いの一番に飛び掛かっていった突撃鬼は、結果的に殺鬼の盾代わりとなってしまったのだ。
「……ふふ、ははははは!」
突然気が触れたかのように笑い出した殺鬼を見て、霊鬼の動きが止まった。
「あんたは俺が殺す!」
突撃鬼の傍に落ちてあった「紅蠍」を拾い上げ、二刀流の構えを取る殺鬼。弾かれたように飛び出し、両の音撃弦で斬りつける。対する霊鬼は後方に跳躍し、一定の間合いを取り続ける。
殺鬼が「降魔」を投げつけた。回避のために一瞬の隙が出来た霊鬼の傍に急接近する。そして。
「死ねぇぇ!」
霊鬼の腹部目掛けて「紅蠍」を思い切り突き出す。だが、紙一重の差で避けられてしまった。更に間髪入れず霊鬼が手にした「阿頼耶識」で殺鬼の手を打ち、「紅蠍」を叩き落す。
「まだまだあ!」
次に殺鬼は、鬼法術・冥王之像を使用した。彼の左手に闇の塊が現れる。だが、その大きさは尋常ではなかった。使用する事で激しく体力を消耗する大技、にも関わらずこれ程まで巨大な重力場を生み出すという事は……。
「相討ち狙いか」
漸く霊鬼が口を開いた。殺鬼は自分ごと重力の渦に霊鬼を沈めるつもりなのだ。重力に捕らえられ、霊鬼の動きが完全に封じられる。その漆黒の塊は、ますます巨大になっていった。
「あんた程の男を殺すんだ。代償が俺の命なら安いもんだぜ!」
その時、物凄い殺気が両者を襲った。
「何!?」
その殺気の主に気を取られたのが不味かった。霊鬼の一撃を受け、殺鬼の体が宙に浮いた。折角大きくした塊も、無情にも消えてしまった。
28仮面ライダー高鬼番外編「平行する世界」:2009/04/20(月) 21:30:14 ID:kpE0EFl20
隠す気が無いのか、それとも隠せないのか。闖入者は、殺気を放ちながら二人の前にゆっくりとその姿を現した。
鬼だ。しかも見たことの無い鬼だった。当然ながら北陸支部の鬼ではない――筈だ。
「……未熟」
相対する鬼の姿を値踏みするように眺めていた霊鬼が、そう呟いた。彼の言う通りその鬼は体つきも未熟で、明らかに免許皆伝を受けていない、修行中の鬼だった。そしてその華奢な体は……女。
と、その女鬼があるものを手にした。見覚えのあるそれは……。
「お前、香菜か!?」
その手にあるのは間違いなくセンメンキの霊面、しかも生前彼が使う事を躊躇していた曰く付きの面だった。
今、香菜変身体が手にしているのは、数ある霊面の中でも最も強力な、神を模した面――鬼神面だった。神を肉体に降ろす。ベテランの呪術者でも難しい芸当を、変身したばかりの香菜に出来る訳がない。
「香菜、止せ!」
だが殺鬼の言葉は彼女に届かなかった。香菜変身体が鬼神面を被る。それと同時に彼女の肉体に変化が現れた。その背中から太く逞しい二本の腕が生え、そのうちの一本が変身音叉を握った。センメンキの遺品だ。
音叉の先端から白刃が飛び出す。音叉剣だ。そして元々の両腕には、同じくセンメンキの遺品である音撃棒が握られていた。
雄叫びを上げながら、香菜変身体が霊鬼へ向かって突っ込んでいく。今の彼女を突き動かしているのは怒りだ。その矛先は、師の命を奪った怨敵に向けられている。
しかし香菜変身体の突撃は文字通りの猪突猛進。ワンパターンで軌道も読み易く、あっさりと避けられてしまう。冷静さを欠いた香菜変身体には、それが分からない。否、分かっていても止められないのか。
「もう止めろ!そんな事してセンメンキさんが喜ぶものかよ!」
センメンキの名を出されて、香菜変身体の足が止まった。だがそれもつかの間、殺鬼の方を向くと、怒りと悲しみに満ちた声で語りかけてくる。
「センメンキさんは関係ありません。これは私自身のためです。この人を倒さないと、先へは進めない!」
29仮面ライダー高鬼番外編「平行する世界」:2009/04/20(月) 21:32:26 ID:kpE0EFl20
センメンキさんとの約束が果たせない――そう言うと香菜変身体は、四本の腕を滅茶苦茶に振り回しながら再び霊鬼へと向かっていった。制御するのに精一杯で、折角の神の力を使いこなせていないのだ。
「香菜!」
満身創痍の体に鞭を打ち、殺鬼が飛び出す。強引に彼女の腕を掴むと、強い口調で諭した。
「約束を果たしたいのなら、ここは俺に任せろ!」
「殺鬼さん……」
動きを止めた香菜変身態の一瞬の隙を衝いて、霊鬼が彼女の手から音叉剣を奪い取った。そしてその刃を上段に振り上げる。
「止めろぉぉぉぉ!」
振り下ろされた刃が、香菜変身体の霊面を割った。そして……。
「!」
音叉剣が香菜変身体の胸に突き刺さろうとしたまさにその時、殺鬼の蹴りが刃を砕いた。次いで渾身の一撃を霊鬼の顔面に叩き込む。その体は、何メートルも吹っ飛び地面へと叩きつけられた。
肩で息をしながら、殺鬼が地面に膝をつけた。そのまま顔の変身を解除する。汗が顔面からとめどなく零れ落ちた。
「サッキさん……」
サッキは、地面に倒れ伏して動かなくなった霊鬼を指差しながら、消え入りそうな声で「分かるな」と告げた。
香菜は霊鬼の傍へ近付くと、彼の腕に嵌められた御鬼輪を掴み、思い切り力を込めた。周囲に、御鬼輪の砕ける音が響く。
「きゃっ!」
「どうした!?」
見ると、御鬼輪を粉々に砕かれたレイキの全身の変身が解除されていた。
「す、すみません。はしたない声を出しちゃって……」
サッキは軽く笑うと、香菜に感謝の言葉を述べた。
「こちらこそ……」
「……煙草吸いてえな」
空を見上げ、月の位置を確かめる。儀式の時にはまだ時間があるようだ。
「少し、眠らせてもらうぜ……」
香菜にそう告げると、サッキは疲れからすぐさま眠りに落ちた。
30仮面ライダー高鬼番外編「平行する世界」:2009/04/20(月) 21:36:11 ID:kpE0EFl20
囚われた弥子の元へ、次々と北陸支部の面々が集まってくる。そんな中、大岩に埋まった奇妙な蛇の化石を見て、杯鬼が反応を示した。
「そうか、貴様等の目的はこいつの復活か……」
「知っているんですか、杯鬼さん!?」
「うむ、聞いたことがある。これぞ『常陸国風土記』にその存在が記載されている邪神ヤトノカミ……」
ヤトノカミ(夜刀神)とは――杯鬼の言う通り「常陸国風土記」に記述が残る蛇体の神だ。群れを成して谷に棲み、その姿を見た者は一族諸共根絶やしにされてしまうと言う。ヤトノカミは継体天皇の治世に全て退治された筈だが……。
「あの当時音撃はまだ確立されていない。従って魔化魍は封印と言う形で退治してきた。このヤトノカミは岩に封印されたのだろう」
大岩を凝視したまま、杯鬼が弥子に説明を続ける。と。
「そんな大昔に根絶やしにされた魔化魍、復活したって怖くないぜ」
声が聞こえた。その声のする方に弥子が顔を向ける。そこにもまた、見覚えのある人物の姿があった。
「サッキさん!それに……」
殺鬼に肩を貸している鬼が一人。ただ、それが誰だかは分からない。一瞬、中部支部から救援がやって来たのかと思ったが。
「弥子さん!」
「香菜!?」
その人物の声は、紛れもなく弥子のよく知る柿崎香菜のものであった。事態が飲み込めない弥子。
「その岩をぶっ壊し、てめえを殺す!一分だ!一分以内に片付けてやる!」
香菜変身体を脇に下がらせると、サッキは再び顔の変身を行うべく変身鬼弦に手を掛ける。だがそこへ。
「行け、黒紫の蝶!」
炎を纏った黒紫蝶が殺鬼目掛けて突っ込んできた。鬼爪を出し、それらを払いのけるサッキ。夜空を見やると、月を背に蝶鬼が浮かんでいた。
「蝶鬼!てめえ!」
「チッチッ、蝶・鬼(はぁと)。もっと愛を込めて!」
その左肩からは血が流れ出している。狙撃鬼が死の間際につけた傷だ。そんな状態ながらも蝶鬼は、巫山戯た口調でサッキを挑発する。そんな蝶鬼に向かい、「雑言」を発砲する毒覇鬼。だが軽く躱されてしまう。
31仮面ライダー高鬼番外編「平行する世界」:2009/04/20(月) 21:38:28 ID:kpE0EFl20
「肩だ!あいつの左肩に鬼石が撃ち込まれている!」
杯鬼が叫んだ。すぐさま毒覇鬼が「雑言」を音撃射形態へと組み替える。だが。
「!」
その手からマウスピースを落としてしまった。プロらしからぬ有り得ないミスである。
「お前、もう……」
心配そうに声を掛ける小粋鬼に、「大丈夫です」と告げると組み立てを再開する。しかしそこへ向けて黒紫蝶が……。
銃声が響いた。刹那、黒紫蝶が粉々に砕け散り、それとほぼ同時に響き渡る重低音。
派手な音を立てて蝶鬼の左肩が爆ぜた。音撃射だ。バランスを崩した蝶鬼が地上へと落ちていく。
「どうやら皆集まっているようね」
いつの間にか、左手に音撃管・若紫を握った滅鬼が立っていた。その斜め後ろには、バズーカ型音撃管を音撃射モードにして構えた重鬼の姿がある。
「……『皆』ではないか」
周囲を見渡し、誰が居ないかを確認する。そんな滅鬼の右腕は不自然に垂れ下がっていた。こちらへ来る途中の戦いで、重鬼の音撃管を無理矢理使用した結果だ。
「皆さん、来てくれたんですね!」
涙声で弥子が叫ぶ。それに対し滅鬼がいつもの事務的な、だが何処か優しさを感じられる口調で。
「当然よ。あなたは仲間だもの」
「わざわざ事務所を閉めてきたんだ。損害はちゃんと返せよ」
改めて顔の変身を終えた殺鬼が言う。
「今日だけは誰かのためじゃない。お前一人のために来たんだ」
そう告げると小粋鬼は大見得を切り、声を張り上げた。久方振りの名乗りだ。
「咲いて暴れて大傾奇!天下御免!小粋鬼参上!」
それを合図に、六人の鬼が新教祖を取り囲むよう輪を作った。
32仮面ライダー高鬼番外編「平行する世界」:2009/04/20(月) 21:41:30 ID:kpE0EFl20
杯鬼イヨマンテの音撃打を叩き込まれ、ヤトノカミは悠久の眠りから醒める事無く、完全に消滅した。それを見た新教祖は、がっくりと項垂れたまま何やらぶつぶつと呟いている。
「……何でなんだよ」
新教祖のその言葉が自分達に向けられたものであると気付き、既に顔の変身を解除していた鬼達が一斉に視線を向ける。
「お前等だってそうだろ?世間から爪弾きにされてさ。こんな世の中、爆発させてえって思った事ぐらい、あるだろ?」
およそ教祖とは思えないような愚痴を零し始めた。
静寂が場を包んだ。そんな中、弥子が口を開きかける。だがそれよりも少し早く。
「何甘えてやがる!」
コイキが叫んだ。彼の目には、今まで見た事がないまでの憤怒の色が浮かんでいた。
「あのな、ここに居る奴等は全員人には言えない過去を背負っているよ。腹ん中に闇を抱え込んでいるよ。否、俺達だけじゃあない。全国で戦っている同胞だってそうだ。それでも皆、人が好きでこの国が好きなんだ!」
唾を飛ばしながら、コイキが捲くし立てる。
「甘いと思うか?思えばいいさ!偽善と罵るか?やればいいさ!外野がいくら罵ろうとも、貫き通した信念と覚悟に嘘偽りはねえんだ!」
興奮するコイキを遮るように、ドクハキが一歩前に出て代わりに話し始めた。
「……確かに、人と少しでも違っていたら、異分子として排除される。それは世の常です。あなたも思うところがあるのでしょう。ですが」
誰も逃げていませんよ――そう強く、はっきりとドクハキは告げた。それを聞き、またしても新教祖が項垂れる。
「……さて、こいつをどうするかだな」
周りの鬼達に向かってトゥキがそう言った。このまま新教祖を警察へ突き出したところで、彼等の溜飲が下がる筈もない。
33仮面ライダー高鬼番外編「平行する世界」:2009/04/20(月) 21:45:01 ID:kpE0EFl20
と。
「……ふふふ、はははは!」
突然新教祖が大声で笑い出したではないか。そしておもむろに立ち上がると、先程までと同じ太々しい態度で一同に向かいこう告げた。
「偉そうに説教垂れやがって!何が誰も逃げてないだ!俺は逃げるぞ。俺さえ残っていれば教団は永遠に不滅だ!」
「こいつ……!」
宣言通り逃げようとする新教祖を追い掛けようとするサッキを、信者達が数人がかりで取り押さえた。他の鬼達の方へも信者達が向かっていく。その光景を振り返りながら、新教祖は勝利を確信していた。
(勝ったっ!第一部完!)
だがその時、空から新教祖に向かって何かが……。
「うん?……げええっ!」
「儂が北陸支部支部長、鬼小島平八であーる!」
夜空をバックにスカイダイビングを敢行してくる二つの影。北陸支部長の鬼小島と、「金」の直江なぎさだ。
鬼小島はパラシュートを空中で切り離すと、頭を下に向けて、まるでミサイルのように新教祖目掛けて突っ込んできた。
激突。ヘルメットで完全防備してある鬼小島の頭が、新教祖の脳天に減り込んでいる。次の瞬間、派手な音を立てて倒れ込む新教祖。鬼小島は軽やかな身のこなしで着地すると、呆然とこちらを見ている面々に向かって力強く告げた。
「死亡確認!」
動きを止めていた信者達が、教祖の仇と言わんばかりに一斉に鬼小島へと襲い掛かった。だが鬼小島は、鬼すらも苦戦する身体能力を備えたドーピング信者達を、いとも容易く蹴散らしたのであった。
「ふっふっふ……儂が北陸支部支部長、鬼小島平八である!」
34仮面ライダー高鬼番外編「平行する世界」:2009/04/20(月) 21:47:23 ID:kpE0EFl20
月明かりのみを頼りに無事着地したなぎさが、弥子達の傍へと駆け寄ってくる。
「弥子ちゃん、無事だった!?」
「なぎささん……」
「どうやらこれで終わりみたいですね……」
と、突然ドクハキが大量に吐血した。手にした音撃管を落とし、蹲るドクハキ。慌てて駆け寄り抱き起こそうとする弥子だったが、ドクハキの全身が皹割れ、崩れそうになっているのに気付き声にならない声を上げる。
「来たか……」
コイキが呟く。どうやら彼はこの事態をある程度予測出来ていたらしい。
「どういう事ですか!?」
「毒属性の鬼ってのはな、定期的に投薬を受けないととてもじゃないが生きていけないんだ。だがそれにも限度がある。あいつは長い間鬼で居過ぎたんだ……」
ドクハキの体は、もう投薬程度ではどうしようもない程に蝕まれていたのだ。
地面に倒れ込み、そのまま意識を失うドクハキ。彼の耳元で、泣きながら弥子が名前を呼び続ける。
なぎさが手にしたレシーバーに向かって何事か告げる。それを受け、上空から一台の輸送ヘリが降下してきた。
北陸支部の長い夜が終わった。空では明けの明星が美しく輝きながら、全てのものを平等に照らし出していた。
35仮面ライダー高鬼番外編「平行する世界」:2009/04/20(月) 21:50:05 ID:kpE0EFl20
暫くの間、北陸支部は色々な事後処理に追われて肝心の本業も疎かになる始末だった。漸く落ち着きを取り戻した彼等に待ち受けていたのは、沢山の別れだった。
「やっぱり行ってしまうのね」
なぎさが寂しげに言う。そんな彼女を慮ってか、コイキはわざとらしく大声で笑うと、こう告げた。
「元々俺は風来坊。根無し草には風任せの旅が似合っているもんさ」
長く居すぎた事は否めないな、とコイキが言う。
何処へ向かうのか、あえてなぎさは尋ねなかった。だが、これだけはどうしても聞きたかった。
「……また逢えるかしら?」
暫し間を開けて、コイキが答えた。
「俺は雲。風にその名を呼んだなら、いつでも助けに来てやるさ!」
今のなぎさには、こんな臭い台詞でさえも力強く感じられた。
「では私もこれで……」
そう告げると、香菜もまた荷物を手に深々と頭を下げた。
修行途中でまだ完全に体も出来上がっていない状態での変身、それに加えて強力な霊面の使用。彼女の体は、もう鬼として戦う事は出来なくなっていた。それでもサポーターとして猛士に残るよう、なぎさは説得したのだが……。
「行きます。旅先で自分自身を見つめ直してみます。そのために必要な知識や経験は、センメンキさんが残してくれましたから」
師弟とは言え、いつかは別れが訪れる。だから、一人ででも生きていけるように、弟子には鬼としての戦い以外の事も時間が許す限り教える――それがセンメンキの教育方針だった。そして今、彼の愛弟子は旅立とうとしている。
「トツゲキくん達のお見舞い、行く?」
なぎさが二人に尋ねた。二人はほんの少し逡巡すると。
「……会うと旅立ちが遅くなりそうだ。旅の空で回復を祈っていると伝えて下さい」
「私も、このまま失礼させていただきます」
そうなぎさに告げると、コイキと香菜は振り返る事なく鬼小島商事を後にし、別々の道を歩んでいった。
36仮面ライダー高鬼番外編「平行する世界」:2009/04/20(月) 21:53:52 ID:kpE0EFl20
なぎさは単身病院へと見舞いに訪れた。レイキ達が並んで寝かされている病室に、他の見舞い客の姿は無かった。
枕元には沢山の果物が入った籠が置かれている。一足先に鬼小島が見舞いに来ている筈なので、おそらくは彼が置いていった物だろう。
開口一番、レイキが予想だにしなかった一言を告げた。その手には何やら手紙のような物が握られている。
「サッキは辞めたぞ」
「はい?」
なんでも、サッキは昨日のうちにここに来てそう言い残していったらしい。
「チョウキの行方を追うために、また孤児に戻るそうだ」
チョウキはあの時のどさくさに紛れて逃げ出して以来、行方不明のままである。
「これを渡してくれと頼まれた」
そう言って手にしていた辞表をなぎさに渡した。
「はいそうですかって行かせたと?」
止めて聞く相手ではないだろう、とレイキが言う。
「支部長にも既に伝えておいた」
なぎさが溜め息を吐く。あの鬼小島の事だ。きっとお咎めなしだろう。組織としてどうかとは思うが、ここははぐれ者の中でも更にはぐれ者が集う掃き溜めだ。仕方あるまい。
「で、具合は?」
「私も彼も問題はない」
そう言うとレイキは、隣のベッドで寝息を立てるトツゲキに目を向けた。トツゲキが受けた罠は、呪術的なものばかりだ。術者のレイキが元に戻ったお蔭で、彼もまた命を拾ったのである。
その後、退院したレイキは鬼小島らに、仏門へと入り自分が手にかけた盟友の死を弔い続けるつもりだと告げた。ただ、残りの人数では対応しきれないと言うなぎさの懇願を受け、非常勤として北陸支部に在籍し続ける事にはなったが。
結局、登録されていた十人のうち、二名死亡、二人が支部を去った。大幅な補充が行われるまで、支部はレイキ、トゥキ、メッキ、ジュウキ、トツゲキの五人で切り盛りされていった。
さて、ドクハキと今回の騒動の中心に居た葛木弥子はどうなったかと言うと……。
37仮面ライダー高鬼番外編「平行する世界」:2009/04/20(月) 21:57:04 ID:kpE0EFl20
数年後、北陸支部に所属するヤクセキは、鬼小島商事のビルの前に一組の男女が居るのを目撃した。
女性の方はコートの下に喪服を着ており、男性の乗った車椅子を押している。その男性は肌が有り得ないくらいにぼろぼろで目は虚ろ、口をだらしなく半開きにしている。意識があるのかどうかも分からない。
一瞬客かと思ったが、すぐにそうではないと判断した。上手く言葉には出来ないが何かが違う。
と、視線に気付いたのか、女性がヤクセキの方に向いてにこりと会釈をした。ヤクセキも頭を下げる。
女性は彼の手首に巻かれた変身鬼弦に気付くと、一瞬寂しそうな表情を見せた。だがすぐに優しげな笑みを浮かべてヤクセキに声を掛けてくる。
「お仕事、大変ですか?」
「ええ、まあ……」
女性はヤクセキの顔をじっと見つめている。
「……ですが、遣り甲斐のある仕事ですよ」
それを聞くと女性は満面の笑みを浮かべた。
「寄っていきませんか?」
「……いえ、いつまでもこの人を連れ回す訳にはいきませんから」
そう言うと女性は、男性の口から垂れる涎をハンカチで丁寧に拭ってやった。
「寒いですよね。帰りましょう」
男性の耳元に優しくそう囁くと、女性はヤクセキに一礼して車椅子を押し、歩き始めた。
「……いつでも遊びに来て下さい」
何とはなしに、ヤクセキがそう声を掛けた。何故だか分からないが、そう言うべきだと思ったのだ。
女性は足を止め、ヤクセキに向けてにっこり微笑むと、そのまま表通りに向かって歩いていってしまった。
暫く歩いていると、車椅子を押す女の動きがはたと止まった。何かに気付いたようだ。
見ると、男の指がぴくりと動いたではないか。初めは見間違いかと思ったが、二度三度と動くのを目の当たりにして、それが気のせいではない事を確信する。
女の目に、涙が浮かんだ。
そして精一杯の笑顔を浮かべると、男の耳元に話し掛けた。
「もう、待ちくたびれたじゃないですか……」
38仮面ライダー高鬼番外編「平行する世界」:2009/04/20(月) 22:00:00 ID:kpE0EFl20
「……まあ、もっと詳しく知りたいのであれば、量子力学や宇宙論について学んでみるのだな」
そうコウキがイブキに告げた。
「よければ、平行世界を題材にした小説をいくつか紹介しようか?」
京極の提案を丁重に断るイブキ。正直言ってもうお腹一杯である。
「あの、そろそろバイクをですね……」
「あら、ニシキくんまだ居たの?」
あかねの冗談とも本気とも取れない発言に、ニシキがずっこける。しかしそれすらも軽く流して。
「まあ、こういうのは語って楽しむのに限る。平行世界と言うだけあって、それぞれの世界が交わる事は基本的に不可能じゃからのぉ。……ぬるいっ!」
珈琲を一口飲んだ叔父さまは、あまりのぬるさに腹を立て、カップを床に叩きつけて割ってしまった。床に広がる珈琲を眺めながら、イブキはふと思った。
――当然ながら、腕を怪我していない僕が居る世界もあるんだよな。
覆水は盆に返らない。
だがそれは、逆を言えばあの時の戦いで命を落とした自分が居る世界もあると言う事になる。
右腕を見やる。楽しむものだと言われても、今のイブキはそんな気持ちにはなれなかった。
先程の叔父さま同様、決して交わる事のない世界に住む別の自分に想いを馳せてみる。ひょっとしたら自分は、まだ幸せな方なのかもしれない。
コウキ達の言っている事が正しいのであれば、時間差で平行世界の自分も同じような事を考えている筈だ。
あちらの世界の僕は、幸せですか? 了
39高鬼SS作者 ◆Yg6qwCRGE. :2009/04/20(月) 22:03:47 ID:kpE0EFl20
奇しくも、ドクハキ&弥子コンビの元ネタが最終回を迎えた日に投下する事となってしまいました。

補足説明。
ラストでドクハキに回復の兆しが見えたのは、
こちらの世界ではアマノサグメとの戦いが無かったため、体への負担が少なかった事によるものです。
40名無しより愛をこめて:2009/04/23(木) 12:38:26 ID:An/C0Q0W0
>>24-38
投下乙です。
41鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/04/29(水) 22:52:45 ID:5iVKqgaT0
前回>>9-18のあらすじ:四国支部で『金』見習いとして修行中の伊家野は、高校の同級生だった羽佐間洋介を通じて猛士に加入した。現在は洋介の姉・琴音の元で、香川支局の管理を補佐しながら、表向きの顔であるカフェの副店長としての仕事も務めている。


『鬼祓い』 十六之巻「練り出す刃」


 ピアノの音と柔らかな歌声が、教会の中から聞こえていた。
 五十歳前後と思われる、眼鏡をかけて銀色の長髪を後ろでひとまとめにした長身の神父が、その音色に誘われて教会の中に入っていった。ステンドグラスを通して差し込む光の中で、黒衣のシスターが教会のピアノで賛美歌の弾き語りをしていた。
 平日の昼下がり、教会の中に彼女以外の姿はなく、しんとした空間を旋律が流れていた。
「こんにちは」
 演奏を終えて立ち上がったシスターが、輝くような笑顔で神父に挨拶をした。揉み上げまで続くあご髭を持つ神父が、鷹揚に挨拶を返してから言った。
「ピアノも歌もお上手ですね」
「ありがとうございます。神父様は、何か音楽はおやりになりますか?」
「私はホルンを少々」
 左手に持った大きなケースを片方だけ手袋を嵌めた右手で指さして、にこやかに神父は言った。
「お聴かせいただけますか?」

 ――その様子を、吹き抜けとなった教会の二階のステンドグラスの外側に張り付きながら啓真が見ていた。
「何をしている。姿勢を低くして、もっとこっそり監視しろ」
 隣でうずくまっていた恭也が小声で言い、レザージャケットを引っぱり啓真を窓から引き剥がした。
「いや、なんかこういう映画があったな〜って思って」
42鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/04/29(水) 22:57:29 ID:5iVKqgaT0
 ソヨメキたちを心配する四国支部の『金』、羽佐間琴音に依頼され、その弟・洋介が彼らの元にやってきた。洋介を加えて五人構成になった彼らは、宗形三十朗から教えられた、先代ケイキが居るという栃木北部の小さな村に来ていた。
 キー坊と洋介は、今は少し離れた所で一台の四輪、二台の二輪と共に待機していた。
「年齢的に、あの神父が先代ケイキだな」
 恭也は神父の外見から判断して啓真に言った。
「あいつが新型音撃管で戦果をあげたっつう元・鬼か」
 神父はホルンのハードケースを開けると、円形に巻かれた金管にパイプとベルが付随した楽器を取り出して演奏を始めた。
 左手の楽器から伸びる管の先についたマウスピースをくわえ、後方に向けたベルの中に手袋を着けた右手を入れ、神父はホルン特有のやわらかな音色を奏でた。

 教会二階の屋外になるバルコニーから、ステンドグラスを通してその様子を見ながら、恭也は低く啓真に尋ねた。
「琴音さんの弟さん……洋介さん。沖縄支部で『歩』をやってたって話だが、それにしちゃ色が白すぎないか?」
 洋介は、色が白く細面の男だった。身長は180センチ近くあり、わりとがっしりとした体格をしている。階下の神父も同じような体格だった。
「お前、キー坊も猛士からのスパイじゃないかって疑ってたな。今度は琴音さんの身内まで疑うのか?」
「『歩』って言ったら、外を歩き回るのが基本だろう。見かけが想像していたのと大分違っていたから、その違和感を口にしたまでだ。琴音さんの身内を疑いたくはないが、偽者という可能性もある。細心の注意を払うのは、この場合当然のことだ」
「もっと人を信用しろよお前は」
43鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/04/29(水) 23:00:49 ID:5iVKqgaT0
 神父は演奏を終えると、にこやかな顔のままソヨメキに言った。
「うーん……ちょっと想像していたのと違ったなぁ」
「何がでしょうか?」
 笑顔のまま、ソヨメキは尋ねた。
「古い友人がね、久々に電話をかけてきたと思ったら、私に言ったんだよ。そのうち僕の元に、一人の若い女がやってくるってね」
 ソヨメキは表情を変えずに神父の次の言葉を待った。
「その女性は、清冽な闘気を持っているという話だったが、私には判らないな。直接会って、僕自身の目で、彼女が天使なのか悪魔なのかを判断してほしい、そう言われたんだが」

 二階の壁に嵌まったステンドグラスの向こうで、啓真が恭也に小声で言った。
「あいつ、ソヨの正体に気づいているぞ!」
 立ち上がってステンドグラスを離れ、その横の窓を開いた恭也は、屋内に向けて金色の中型銃を投げた。
「受け取れソヨ!」
 神父は階上の恭也を振り返り、これまでの穏やかな態度からかけ離れた不敵な笑みを見せて言った。
「一緒に逃げているというサポーターか」
44鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/04/29(水) 23:04:59 ID:5iVKqgaT0
 ソヨメキは手にした音撃盤の銃口を神父の脚に向け、圧縮空気弾を放った。神父は人間離れした素早い動きを見せ、手袋を嵌めた右腕で脚を守った。右腕が被弾して黒衣を飛び散らせながら揺らぐ。
 ソヨメキが、神父がダメージを受けた様子がないことを不審に思い見ていると、左手が楽器で塞がった彼は、口で手袋の先をくわえて右手を抜き取った。手袋の下から出てきたのは鋼鉄製の義手だった。
「現役だった時、魔化魍に腕を持っていかれてね。それで今はこの通りだ」
 手袋を右手に持つと、神父はそれをソヨメキに投げつけた。ソヨメキがそれを反射的に躱している隙に、黒衣の姿は金色の楽器を手にしたまま、並んだ長椅子の間に飛び込んで身を隠した。
 椅子の陰で鬼笛が鳴り響き、次に出てきた時には、神父の姿はすでに黒い鬼の姿と化していた。頭から銀色の角を四本生やし、銀面に金の隈取が走り、右の上腕から先は鋼鉄の義手のままだった。
 左手には、ホルンが金色の円形の盾と化して装着されていた。吹込み管は収納され、ベルは分離して腰のバックルに嵌められていた。

 それを階上から見ていた恭也は啓真に言った。
「あの『鬼を狩る者』が着けていた、盾つきの銃と同じ型だ」
 同じ窓から教会のホールを見ていた啓真も言った。
「関東の鬼も同じものを着けていた」
「今あそこにいる男、先代ケイキが持っているのは新型音撃管のプロトタイプのはずだ。『鬼を狩る者』や関東の鬼が使っていたのも、同じ新型ということになる」
45鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/04/29(水) 23:07:34 ID:5iVKqgaT0
 階下では、ソヨメキが鬼笛を吹き鳴らして額にかざしていた。その時間が、今回はやけに長かった。鬼笛から出る変身音波を浴びたはずの額に鬼面が現れなかった。
『君からは、私の友人が言っていたような“清冽な闘気”が出ていない。というか、まったく闘気が感じられない。悪の心を持った者には、そんな物はないということか』
「私が師匠をやったわけじゃない。信じてくれ」
『しかし私は、もう決闘の申し込みをしてしまったからね』
 ソヨメキの背後の床に投げ捨てられていた自分の手袋を指さし、先代契鬼は言った。
『行くぞ、ソヨメキ』
 黒い鬼が金色の盾で覆われた左手をソヨメキに向けた。自動的に盾の内部から繰り出されてきたレールが左腕に巻き付き、銃身が手の中にセットされる。
 変身を諦めると、ソヨメキはシスター姿のまま音撃盤を構えてピアノの後ろに隠れた。その後ろで彼女の鬼笛が再び鳴り響く。腰につけていた三機のディスクアニマルを放って陽動に使い、ソヨメキはピアノの陰から出て空気弾を打ち続けた。
 先代契鬼は熟練の技で、空中から来る『茜鷹』と、床から来る『鈍色蛇』、『緑大猿』を空気弾で射抜いた。その隙に相手の背後に回ったソヨメキは再び先代契鬼の脚に狙いをつけた。背を向けたまま跳躍した先代契鬼は、空中で身を捻って銃口を向けてきた。
 圧縮空気弾の連続掃射を受ける直前に、ソヨメキは再び手近な物陰に隠れた。
46鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/04/29(水) 23:13:21 ID:5iVKqgaT0
「まずいな」
 恭也は階上からその様子を見て言った。
「理由は判らないが、ソヨは変身ができなくなっている。相手は変身して身体能力も飛躍的に伸びている。対してこちらは鬼の治癒力が使えないから、一発でも喰らえばダメージが消せない」
「五十近いオヤジ相手でも、鬼は鬼ってことか。やべぇな」
 ソヨメキは相手の銃撃を躱し切れず、ついに手から音撃盤を弾き飛ばされた。
『話にならないな』
 僅かに流血した手をもう一方の手で押さえる黒衣のシスターに、金色の銃を左腕に巻き付けた鬼が一歩一歩近づいていった。
 いつの間にか斜め後ろの死角に近づいていた恭也が、音撃弦『滅炉』を槍のように先代契鬼の左手に突き入れた。
 正確に音撃管の銃口を横から突かれ、先代契鬼の手の先にあった銃口が潰された。
「試作機と実用機との強度の違いだ」
 言うと、恭也はすぐに跳び退いてソヨメキに近づき、音撃弦を手渡した。ソヨメキがそれを受け取って音撃盤の代わりに構える。
 啓真は遠くに弾き飛ばされていた音撃盤を拾い上げ、ソヨメキの所まで行って手渡した。
47鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/04/29(水) 23:17:31 ID:5iVKqgaT0
『ほう。そういう姿で君は、君の師匠を襲撃したわけだね』
 言われてみれば、両手に音撃盤と音撃弦を持つ彼女の姿は、恭也が目撃者に聞いた襲撃犯の姿と良く似ていた。
『君は、実は本当に君の師匠を手に掛けたんじゃないのかな? その記憶がないというだけで』
 妙なことを先代契鬼は話し出した。
「ふざけんなッ、その時間俺は一緒にいたんだ!」
 叫ぶ啓真に黒い鬼は言った。
『そのお嬢さんを想う気持ちから出た、嘘なんじゃないのか? その時間、彼女の現場不在証明をできるのが君だけだとしたら、そこさえ守り通せば、犯行は不成立となる』
「馬鹿な……そんな」
 事件以来無実を訴え続けてきたソヨメキの心が、初めて揺らいだ。
 その時、黒い鬼は銃を収めていた左の掌中で何事かを操作し、銃身を自動的に盾の内部に収納させると、空いた左手と鋼鉄の右手の掌を打ち合わせて言った。
『鬼法術・鵬閻(ほうえん)!』
 鋼鉄の右腕の周囲が震動する光に覆われ、一瞬輝いた後にはその姿が人の腕から大振りの剣に変わっていた。
「右手が剣に……変化した?」
 全国に110人の鬼の中には特殊な術を持つ者もいるとは聞いていたが、こんな能力を持つ者がいるということを、恭也は今初めて知った。
48鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/04/29(水) 23:21:59 ID:5iVKqgaT0
 ソヨメキは音撃盤を右手、音撃弦を左手に持っていた。先代契鬼は術で右腕を剣と化し、左手には故障した音撃管が収まった盾を着けていた。彼らの姿は、鏡に映したように左右対称だった。
 二階分の高さが吹き抜けとなった教会の中で、彼らはそれぞれの武器を手に対峙していた。
 恭也の頭の中で、サザメキ襲撃直後に目撃者から直接聞いた、犯人の情報が繰り返された。
(暗くてよくは見えませんでしたが、二本の角があって、向って右にこう、きらっと光る銃みたいな物をもって……反対の手には長い剣のようなものを持っていました)
 向って右に音撃管、左に音撃弦ということは、つまり左手に管、右手に弦ということだ。今目の前にいる二人の鬼と比べると、ソヨメキの武器の持ち方は証言とは逆で、先代契鬼の持ち方がこれに一致する。
 その時、恭也は気づいた。
(銃は確かに音撃管でなければいけなかった。サザメキさんの音撃武器を破壊する威力が必要だったからだ。だが)
 剣は、必ずしも音撃弦でなければいけないということはない。あのときの音撃管の破損状態は銃によるものであって、剣も音撃弦である必要はない。
 先代契鬼のように、音撃管と何らかの剣を持っていれば犯行は可能だ。
(しかし、こいつは……)
 証言では、鬼は二本角ということだった。先代契鬼は四本だ。二本づつ縦に並んでいる角の配置が、正面からは左右一本づつに見えたということか。
「おい貴様」
 恭也は横顔を見せる先代契鬼に鋭い目を向けて言った。
「あの日、貴様はどこにいた! 言ってみろ!」
49鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/04/29(水) 23:24:00 ID:5iVKqgaT0
 その質問を無視し、先代契鬼は右腕をシスターに差し向けた。剣と化していた右腕が発光し、長く、細く変形しながら、ソヨメキに向けて突き進んでいく。迫り来る鋼鉄の刃を下によけて躱したその後ろに、啓真が立っていた。
「くッ!」
 再び立ち上がったソヨメキは、音撃弦を投げ出すと刃の途中を素手でつかみとった。両の掌に鋭い痛みが走ったが、彼女はなおも先代契鬼の腕から伸びる刃をつかみ続けた。
「俺はいい、ソヨ! あいつを倒す事を第一に考えろ!」
 刃が伸びる進路から飛び退いた啓真は、部屋の隅に逃げた。その姿を、湾曲した鋼鉄の刃が追っていく。
 噴き出す血と痛みにも構わず、ソヨメキは刃を手にした腕を上に伸ばし、その進路を変えた。だが、今度は刃が下に向けて湾曲し、部屋の隅に追い詰められた啓真に向って伸びていった。
「手を離せ、ソヨ! 指がちぎれるぞ!」
 そう叫びながら、啓真は伸びてくる刃先をディスクアニマルで防ごうとした。しかしディスク中心の穴を抜けて刃は自由自在に伸びてくる。いよいよ目前に迫った先端を、啓真は更に音叉で防いだ。
「うわ、ちょい待ちちょい待ち!」
 音叉の柄に鋭い切っ先が突き刺さり、徐々に穴を穿っていく。
 投げ出されていた音撃弦のそばにいつの間にか走り寄っていた恭也が、弦を取り上げて先代契鬼に投げつけた。黒い鬼は、腕の金色の盾でそれを防いだ。その間だけ止まっていた伸びる剣の動きが再び始まる。
 痛みに耐えながらソヨメキは言った。
「やめろ! やるのなら私をやればいい、私以外に手を出すな……ッ」
50鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/04/29(水) 23:27:45 ID:5iVKqgaT0
 輪郭を光に覆われた湾曲する剣が白く輝き、一瞬にしてその場から消えた。剣は鋼鉄の義手に戻り、先代契鬼の右腕に収まっていた。
 彼は顔の変身を解除すると言った。
「なるほどねぇ。わかったよ、サイキ――おっと、今は先代サイキか――あいつの言っていた意味が」
「どういうことだ……?」
 恭也は先代ケイキに訊いた。ソヨメキと啓真は、それぞれその場に膝を落として安堵していた。
「彼女は立派に人を護る心を持っている。たとえ自分が傷つこうと」
 その時、教会の扉が開き、小さな陰が建物の中に入ってきて言った。
「お姉ちゃん! 大丈夫!?」
 キー坊だった。
「駄目だろキー坊。洋介さんと待ってろって言ったじゃないか」
 立ち上がった啓真は、キー坊に向けて叫んだ。
 先代ケイキは、教会の扉付近に立つキー坊を見て言った。その声は、一番近くにいた恭也のみに聞こえていた。
「そうか……。あの子が、そうなんだな。確かにおまえの言った通りだ」
 それは、長野の空の下にいる、旧知の仲間に向けられた言葉だった。


十六之巻「練り出す刃」了


51名無しより愛をこめて:2009/05/06(水) 23:43:02 ID:WtOm744J0

http://anchorage.2ch.net/test/read.cgi/sfx/1224239622/468
          | | | |

          、ヘ,
          (_X_ )
         /⊂二))
         つ(⌒)
       .  (_ノU


52鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/05/07(木) 23:49:09 ID:Z8GLniNH0
前回(すぐ近くにあります)のあらすじ:見目敬介は12歳で家族全員を失い、独力で魔化魍の存在を調べ上げ、中学卒業と同時に猛士入りした。明確な師匠がいないまま序の六段まで上りつめた彼は、後にその名を譲り受ける師・契鬼と出会う事となった。


『鬼祓い』 十七之巻「切り裂く蛮刀」


 鬼に変身して神父の服を消失してしまった先代ケイキのために、洋介の着替えが提供された。啓真や恭也の服のサイズは、長身の神父にはやや小さかった。
 洋介が引き続き車両の見張りを買って出たため、後の四人が教会の席に着いて先代ケイキと話をする事にした。
「『凪威斗』と『嵐州』の見張りを頼んでたのに、それをほっぽり出すな」
 恭也はキー坊に詰め寄った。
「だって、なんか胸騒ぎがしたから。お姉ちゃんのことが心配だったんだ。おれ、お姉ちゃんを護るためのナイトだから」
 にこにこしながらキー坊は胸を張って言った。
「ソイツは俺のセリフだ、コラ」
 啓真が放ったデコピンを、キー坊は素早い身のこなしで避けた。
「君が、佐川が言っていた子供だね」
 洋介から譲り受けたカジュアルな服を着て、笑顔で先代ケイキは言った。
「長野の病院で、電話をしていたオジサンに話しかけたのは君だろ?」
 キー坊が頷くと、先代ケイキは話を続けた。
「『誘拐された』と言われていた関西支部の『と』らしい子供が、あいつに『誘拐されてない』って直接言ってきたって聞いたよ」
 これは啓真たちも初耳だった。
「何? お前あん時、そんなことしてたの?」
「へへぇ」
 とキー坊は照れ笑いした。
53鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/05/07(木) 23:52:38 ID:Z8GLniNH0
 話している間中、先代ケイキはソヨメキの傷付いた手を、鋼鉄の義手ともう一方の素手で覆うようにしていた。それらの間から漏れ出る光が、ソヨメキの手の傷を癒していた。
 義手を剣化させて伸ばした鬼法術は、海外から伝来した『錬金術』が原型となっており、その術と源流を同じくする治癒の力『錬丹術』で、彼はソヨメキの両手にできた剣による傷を治していた。
「私の目から見ても、君は自分の師匠を襲撃するような子には見えない」
 治療が終わり手を離すと、先代ケイキはソヨメキの目を見て言った。
「ただね、サイキ――いや、佐川が言っていたのと大きく違う点がある。あいつは、君から清冽な闘気が出ていると言っていたが、私にはそれはまったく感じられなかった」
 先ほどの先代ケイキとの闘いの中、ソヨメキは一度変身を試みたが、失敗した。普段通りの変身動作を行ったつもりだったが、額に鬼面が浮かぶ気配がまったくなかった。
「ソヨは、変身できなくなっているみたいです」
 恭也が言うと、啓真は気楽に応じた。
「そんなことあるかよ。タイミングとかの問題じゃねーの? ソヨ、もういっぺん変身してみ?」
 ソヨメキは無表情に立ち上がり、皆から少し離れて鬼笛を吹き鳴らした。それを額にあて続けたが、先ほどと同様に変化は起きなかった。
「最後に変身したのはいつ?」
 先代ケイキに問われ、ソヨメキは少し考えてから言った。
「先週です。東京で、関東支部の鬼と闘った時に」
「その時に、何か変わったことは?」
 ソヨメキが立ったままその場で考え込んでいると、啓真が言った。
「ソヨ、お前あの関東の鬼に黒い鬼石で撃たれなかったか?」
54鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/05/07(木) 23:56:24 ID:Z8GLniNH0
 啓真はあの時、勝鬼が音撃管から放った黒い鬼石がアスファルトに撃ち込まれたのを見ている。
「何発か撃たれたが、色までは確認していない」
 それを聞いて、先代ケイキは不思議そうに言った。
「圧縮空気弾じゃないのか? 私たちの頃は、鬼石の弾は貴重なものだったから、音撃目的にだけ使うのが基本だったぞ」
「今もそれは同じです」
 ソヨメキは言った。その認識は恭也も同じだった。
「わざわざ鬼石を使ったというのが怪しいな。それに、黒いというのも引っ掛かる」
 彼女が変身できないということは、今後の戦闘にも支障を来す。
「前に、猛士データバンクでそんな事例を見たような気がするが……思い出せない。これも琴音さんに調査を依頼したほうがいいかもしれない」
 この場では、ソヨメキが変身できなくなっている、という現象に対して打つ手はなかった。ソヨメキは再び教会内の椅子に戻った。
「さっき、君がしてきた質問の答えだが」
 先代ケイキは恭也に顔を向けて言った。戦闘中、
(あの日、貴様はどこにいた! 言ってみろ!)
 そう、恭也は先代ケイキに尋ねていた。
「あの事件のあった日、私は新年会で東京に行っていた。弟子が昔世話になった、秋葉原のメイド喫茶に呼ばれていたんだ。電話番号を教えるから確認してみてくれ」
55名無しより愛をこめて:2009/05/07(木) 23:59:40 ID:Z8GLniNH0
「メイド喫茶?」
 啓真とキー坊が目を輝かせて言った。
「おれ、まだ行ったことない」
 キー坊がわくわくしながら啓真に言った。
「次にまた東京に入ることになったら、そこ行ってみようよ」
「いいなそれ!」
 盛り上がっている啓真たちの横で、恭也は冷静に先代ケイキに訊いた。
「そこは猛士の関連施設ですか?」
「いや、そういうわけじゃない。弟子がたまたま街をフラフラしていたところを拾って、面倒を見てくれた店なんだ。――ちょっと待っててくれ」
 そう言うと、先代ケイキは教会の隅に行って何かを探し始めた。
 ソヨメキは何も言わなかった。啓真は恭也に言った。
「直接行って確認してみようぜ。な? な?」
「それは、お前がその店に行きたいだけだろう。電話で充分だ」
「関東支部の『銀』を探すんなら都内に拠点が必要だろう? また急に散らばる必要が出たら、いちいち埼玉まで戻るのか?」
 啓真の言うことにも一理あった。恭也が考えているところに、店の電話番号と所在地を書いた紙片を持って、先代ケイキが戻ってきた。
「店長には、君たちのことは説明しておくよ」
「ありがとうございます」
 恭也は紙片を受け取り言った。
56鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/05/08(金) 00:02:55 ID:4rgr1MnL0
 教会を立ち去り、四人で車両を停めた村外れの林の陰に向って歩く中、啓真は恭也に言った。
「お前な、なんでもかんでも疑いすぎだろ。なんで神父のオッサンがサザメキさん襲った犯人になるんだよ」
 啓真はスポーツバッグに入れて音撃盤を持ち、恭也はギターケースに入れた音撃弦を担いでいた。
「左手に銃、右手に剣という目撃情報がある」
「たしかにあのオッサンもそうだったけど、剣が音撃弦じゃないじゃん」
「音撃弦じゃなくていいんだ」
 恭也は言った。
「サザメキさんの『玩匣』を潰したのは同じ音撃管、もしくはそれと同等の破壊力を持つ武器である必要がある。これは前も言った通りだ。そして、携行可能なサイズで同等の力を持つ武器を造れる組織は、俺の知る限り猛士しかない。ここまではいいな?」
「おう」
「しかし、剣は必ずしもその条件を満たす必要はない。銃だけ条件を満たしていれば、あの日の状況は作りだせるんだ。犯人が剣で残したのは、サザメキさんにつけた刀創だけだ」
「そう言われりゃそうだな」
「そして、先代ケイキの他にも、この条件に当てはまる男に、俺たちは既に会っている」
「何……?」
 啓真が言いかけた時、恭也はギターケースを背から降ろし、中から音撃弦を取り出していた。
 ソヨメキも、低く啓真に言った。
「啓真、音撃盤をくれ」
 啓真は何も聞き返さず、すばやくスポーツバッグから金色の中型銃を取り出してソヨメキに渡した。こんな雰囲気は、今までのサポーター活動の中でも何度かあった。敵が近くにいるということだ。
57鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/05/08(金) 00:07:38 ID:4rgr1MnL0
 恭也はギターケースをキー坊に渡すと言った。
「『嵐州』まで、この林を突っ切ればすぐだ。これを持って走れ」
 立ち並ぶ樹の数が増え、そこはもう車両を停車していた村外れの林の近くである事を示している。
「それから、洋介さんにはさっき教会で言っていた喫茶店まで行くように伝えてくれ」
 恭也は、あらかじめ二枚書き写していた喫茶店の住所を書いた紙のうち、一枚をキー坊に渡し、もう一枚を啓真に渡した。
「また、バラけて逃げるぞ」
「逃げるって、まさかまた……」
 啓真は紙片を受け取りながら辺りを見回した。横道の奥に、目立たぬように赤いエレメントが停車していた。
「あれ、猛士の車両か?」
「啓真、お前も早く『凪威斗』のところまで走れ!」
 啓真が車両に向けて走り出した時、道の脇に立ち並ぶ丈高い樹々の中から黒い塊が飛び降りてきて、二十メーター程の距離をおいて彼らの行く手を塞いだ。
 落下の勢いで沈み込んでいた顔が上げられると、その者の黒い顔に走る黄色い隈取が見えた。黒い体に弦の襷が巻き付き、右側頭部で隈取りがひときわ高く立ち上がるその鬼は、関東十一鬼の一人、『蛮鬼』だった。
 胸の前には、ストラップで吊るしたベースギター型の音撃弦があった。
 その黒い無貌の裡からは、明確にソヨメキに向けられた狩猟者の意志が感じられた。
58鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/05/08(金) 00:10:06 ID:4rgr1MnL0
 ソヨメキを倒すために現れた、関東支部からの二人目の刺客。その出現にソヨメキと恭也はそれぞれ手にした武器を強く握りしめた。
『ここまでだ』
 そう言うと、蛮鬼は黄色い前腕をやや離れたソヨメキに向けて突き出した。それを契機にベースギターが展開してガードするように胸に張り付き、ボディからコードで繋がったネックが伸びて右腕に絡み付いた。
 それは、長野の鬼が使用していたものと同じ、新型音撃弦だった。
 腕と一体になった音撃弦を振るい、黒い鬼が二人に迫ってきた。恭也は蛮鬼の弦の先に取り付けられた鋭い鬼石が、汎用的な赤いものではなく、黒いということに気づいた。それは、東京で対決した管の鬼が使用していたという、黒い鬼石の弾丸を連想させた。
 ソヨメキは現在鬼に変身できない。啓真に用意されたシスターの姿のまま、彼女は音撃盤の銃口を迫り来る鬼に向けた。今の間合いでは長距離の攻撃が可能な自分に利がある。間合いを詰められる前に決着をつけるつもりだった。
 まだ十メーター程の間がある。この位置で発砲しようとしたソヨメキの目に、蛮鬼の手から伸びた弦の先に灯る、黄色い輝きが見えた。
「恭也、危ない!」
 ソヨメキは咄嗟に恭也を突き飛ばした。直後に蛮鬼の剣先から黄色い炎の塊が二発連続して放たれ、一発は恭也がそれまで立っていた場所に、もう一発はソヨメキの音撃盤に命中した。
 体へ直撃せず、運がよかった。一瞬そう思ったが、ソヨメキは音撃盤から圧縮空気弾が発射できないことに気づき、その考えを取り消した。関東の鬼は、最初から彼らの武器を狙っていたのだと気づいた。
59鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/05/08(金) 00:12:20 ID:4rgr1MnL0
 並大抵の鬼ならば、一撃必中で音撃武器の機能を停止させるほど強力な鬼法術を使えるはずはない。使えたとしてもそれは激しい体力の消耗につながる。それ程に、特に近年の音撃武器は堅牢に造られている。
 それでも敢えてその戦法をとってきたということは、必ず命中する自信があるか、充分な体力を備えているかのいずれかだった。その両方かもしれない、とソヨメキは思った。
 見る間に黒面の中央から八方に散る黄色い隈取が迫り、避ける間もなく頭上に振り上げられた蛮鬼の刀に気づき、ソヨメキは手にした音撃盤でそれを防ごうとした。
 その時突然目の前に影が現れ、その向こう側で刃同士が激突する音が聞こえた。
 恭也が音撃弦『滅炉』を構え、蛮鬼が右腕ごと振り落としてきた剣先を受け止めていた。蛮鬼が腕を右に払うと、いとも簡単に恭也は音撃弦ごとなぎ倒された。
 あくまでも蛮鬼はソヨメキたちの音撃武器を狙っていた。倒れた恭也には見向きもせず、蛮鬼は弾け飛んだ弦の行方を追っていた。まず相手の牙や爪を削いでから確実に仕留めようという、計算ずくの行動だった。
 ソヨメキは故障した音撃盤を地面に降ろして駆け出し、攻撃を受ける前に音撃弦を拾い上げた。そこに蛮鬼が斬り込んでゆく。
 再び新型音撃弦と『滅炉』が打ち合った。しかし今度の『滅炉』の持ち主は、簡単になぎ倒されはしなかった。
「くうぅ……ッ!」
 唸りながら、ソヨメキは蛮鬼の圧倒的な力に対抗した。交わった刃が押され、ソヨメキはじりじりと後退させられていった。
60鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/05/08(金) 00:14:15 ID:4rgr1MnL0
 その場に第三の剣が現れた。
「ソ・ヨ・メ・キ!!」
 林道に大音声が響き渡った。
 最悪のタイミングで、関東十一鬼に優るとも劣らない脅威が現れた。
 声は、ソヨメキの背後五メーターの林の中から聞こえていた。
 蛮鬼はそこに、金色の円形の盾を装着した赤い鎧の武者を見た。ソヨメキは振り向く余裕はなかったが、顔を向けずとも声の主が誰かは判っていた。
 鬼を狩る者、『頂鬼』の登場に、恭也は絶体絶命だと思った。関東十一鬼、鬼を狩る者、どちらか一方がいても逃げるのがやっとだったというのに、その両者が同時に現れてしまったら退却もできない。それに加えて今のソヨメキは変身ができない。
 同時に恭也は、赤い鎧武者の金色の盾と、腰から下がる日本刀を見て、先ほど啓真に言いかけていた考えを確かめていた。『鬼を狩る者』頂鬼もまた、サザメキを襲撃した者の条件に当てはまる。
 長野では、頂鬼は右手に刀を握り、左手の新型音撃管を使って戦闘していた。そして、目撃証言にあった二本角――それは、兜から伸びた二本の鍬形がそう見えたのではないか。四本角の先代契鬼より、頂鬼のほうがよりその条件に合致する。
61鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/05/08(金) 00:16:31 ID:4rgr1MnL0
「イタダキ!」
 恭也は立ち上がって叫んだ。何でもいい。ソヨメキへの攻撃を止められれば。それに、自分の中に湧いた疑念もある。
「何だ、木倉恭也」
「お前は、あの事件のあった日どこにいた!」
 赤い鎧武者は、今日は腰の剣も抜かず、腕の銃も構えなかった。ただ、無手の右腕をソヨメキの背中に向けていた。何かの術だと恭也は察知した。
「何を勘違いしているか知らんが、俺は本部から命じられた使命を果すだけだ」
 頂鬼が気合いを込めると、右の掌中から輝きが湧き出した。
「やめろ!」
 恭也は走り出した。
『よせ』
 ソヨメキと刀を交える蛮鬼が言った。
「俺が動き出した時から、こうなることは決まっていた!」
 頂鬼は、いまや激しい輝きを放つようになった右手をソヨメキの無防備な背中に向けて構えた。その手が前方に押し出される。
 蛮鬼の刃を受け止め、身動きが取れぬまま、ソヨメキは背後から迫る得体の知れない光と圧力を感じた。そして頂鬼の轟く大声が上がる。
「四国支部のソヨメキは――今死んだ!!」
 樹々を震わせる衝撃が、光線を四方八方に噴き出させながら炸裂した。


十七之巻「切り裂く蛮刀」了


62『皇城の守護鬼』 一之巻 「飛沫く鬼」 拾壱:2009/05/11(月) 13:29:16 ID:ugv+yxud0
音式の雄たけびが魔化魍どもの穏形を破った。
 目標十六。
 童子と姫(おや)は確認できず。
 炸裂音を背に飛沫鬼は地に降り立つ。
 地上に伏せていないとなれば、トンネルに隠れたか。
 生態から、海中にいることはありえまい。

 解せねぇ。

 飛沫鬼が一人心地た。
 童子と姫は『子供』たる魔化魍を守り育てることを自らの生存よりも優先するよう命令
(インプット)された『人形』である。
 そのプログラムの最大の障害にして天敵である鬼の存在を確認しながら使命を放棄する
ことはありえないことあった。
 二丁の音激管をそっと横たえると、音撃棒を諸手に携え、鬼はすべる様に歩き始めた。
巨体には似合わない軽やかかつ繊細な身のこなしであった。
 砂利の上を音も立てず進みながら、その口から真っ白い霧のような吐息を、トンネルの
壁面といわず床といわず、舐めるかのごとく吹き付けてゆく。
 鬼法術『鬼霜』(おにしも)。
 本来は凍気を操る鬼が使う術であるが、荒波の属性を持つこの鬼は、威力は及ばないな
がらもこれを身に付けていた。
 泥が、コンクリートが、七十度を上回る気温差に瞬時に凍てつき、穏行していた者ども
が風船細工を捻るような声を上げながら、現(うつつ)に呼び戻されてきた。
 その数七。
 表と合わせて二十三体。
 弱点たる超低温を総身に浴びて、あるものは鈍い動きでのたうち苦しみ、あるものは張
り付いた身体を引き剥がそうと、バリバリと恐ろしげな音を立てていた。

 いったいあと何体居やがる?

 飛沫鬼は静かに戦慄する。
63『皇城の守護鬼』 一之巻 「飛沫く鬼」 拾壱:2009/05/11(月) 13:30:32 ID:ugv+yxud0
 昨晩討ちもらしたショウケラは五体そこそこ。データの予想をはるかに上回る。実に二.
五倍弱の増殖速度である。
 やはり卒業試験などといっていられない。この様子では、今以上に取り返しのつかない
事態になりそうだ。
 殲滅を最優先に。
 御所守の思考はそう壮判断した。
 冷気に煙る足元を探りながら油断無く、動く。苦悶と怨嗟の声を上げる仇敵たちむかっ
て諸手を振りかざし、撃ち下ろした。
 ひとつ。
 ふたつ。
 みっつ。
 これ以上視界をさえぎることを恐れ音激鼓は使わない。最小限の撃ち込みで、確実に粉
砕してゆく。
 
 まだ親は姿を現さない──。
 そもそもどこに? 

 疑問の解けぬまま三体目に手をかけようとした刹那、飛沫鬼は吹き飛ばされ、地に伏し
ていた。

 何が起こった…?!

 激痛が遅れて襲ってきた。痺れた頭と身体のまま、靄を透かす。 
 のたうつ五体をかばうように、別の二体が飛沫鬼を睨めつけていた。

 仕掛けてきやがったのはこいつらか。

 攻撃を受ける瞬間まで、まったく気配は感じられなかった。

 どこから来た。
64『皇城の守護鬼』 一之巻 「飛沫く鬼」 拾壱:2009/05/11(月) 13:32:13 ID:ugv+yxud0
 少なくとも鬼霜の射程圏内にはいなかった。そうでなければ目の前でのたうっている奴ら
と同じく、極寒地獄に身を捩っているはずだ──だとすると?
 鬼霜の効果範囲外からステルス状態のまま攻撃を敢行したということか。
 移動中はともかく、ショウケラは攻撃姿勢をとるときには存在を消すことはできない。攻
撃寸前に穏行を解き、瞬きの何分の一の時間で音速へ加速、体当たりで目標を打ち倒すとい
うのが戦法である。だが、それにはどうしても「距離」が必要となる。加速のための助走だ。
その刹那の距離を読んで鬼たちは、回避、あるいは攻撃へ転ずる。しかし、今はその距離が
完全に殺されていた。いかに人を超えた感覚を持つ鬼でも、気配もなしに突然「現れる」攻
撃には反応しようが無い──計算された戦術と、能力の進化。
 敵は急速に成長しつつあった。
 
 此奴(こやつ)ら──。 

 熱い塊がこみ上げ、鉄の味が口腔を満たした。
 コンマの時間で故障箇所を探る。
 息を吸い込むことができない。
 肋骨がまとめてへし折れ、肺に突き刺さっている。
 手足は、動く。立てるか?
 衝撃。
 鳩尾。胸。
 激痛。
 胸部を覆う金色の襷が破片と化して舞った。
 凍ったコンクリートに叩きつけられ、砕きながら埋没する。
 肺の中にわずかばかり残っていた空気が押し出され、喀血した。
 痛みとは別の苦痛が全身を締め上げ、意識が呑まれかけた。
 
 「痛いか、鬼」

 甲高い声が問うた。浅黒い鱗甲状の皮膚に鎧われた怪童子が、無くなった部分を押さ
えながら飛沫鬼を見下ろしていた。声には明らかな侮蔑と、憎悪の色がある。

 ようやくおでましか。重役出勤なんて『人形(でく)』の癖になめぇきなんだよ。
65『皇城の守護鬼』 一之巻 「飛沫く鬼」 拾壱:2009/05/11(月) 13:33:15 ID:ugv+yxud0

 声にはならなかった。

 吸盤のついた手が鬼の手首を握ると、二の腕を踏みつけ、無造作に捻りあげた。
 腱が千切れる嫌な音がトンネル内に共鳴し、筋繊維がねじ切れてゆく感触が飛沫鬼の
身体を這い回る。
 声にならぬ呻き。
 音撃棒を握ったままの腕が持ち主だった者の目の前でゆらゆらと振られ、滴る鮮血と
ともに、「鬼」の色を急速に失っていった。

「次はあたし」

 しわがれた声。
 怪童子の隣にいつの間にか妖姫がいた。頭部の右半面が砕け、灰色をした内部組織が
覗き、胸部も大ききえぐれている。待ちきれぬとばかり、童子の手から腕ごと音撃棒を
ひったくった。
 逆袈裟に振りかぶった。
 鈍い音がした。
 もうひとつ。
 今度は濡れた音が混じる。
 額の鬼面が砕け・飛び、吽形の鬼石が砕け・散った。

『思い知ったか』

 呪怨の重奏。 

 手前ぇの感情を優先するあまり本来守り育てるべき子供を囮に使ったってか。
 子育ての勉強が足らねぇよ。
 クグツどもめ。感情の生む爆発的な力を利用したって寸法だろうが、育児放棄するよ
うなやつはもう親じゃねぇ。 
 こいつらは失敗作だな。それも大失敗だ。
 今それを教えてやる。
66『皇城の守護鬼』 一之巻 「飛沫く鬼」 拾壱:2009/05/11(月) 13:34:00 ID:ugv+yxud0
 
 視界のすべてがモノクロームと化し、再生速度が大きく減退しはじめた。


 身を捻りながら立ち上がった。

 立ち上がりながら渦淵鼓を握り、振り向きざまに投擲した。

 避けようと異形どもが、蠢く。
 

 莫迦奴、遅い。 


 展開してゆく鼓に向かって汐波を構えなおし、突進した。 

 ブラックアウト。

 膝が崩れた。


 かまうこたあねぇ。もう目の前だ。


 身体ごと叩き付けた。

 炸裂音は聞こえなかった。


 代わりにどこか遠くのほうで、ぶつりと何かが切れる音が聞こえた。
67『皇城の守護鬼』 一之巻 「飛沫く鬼」 拾壱:2009/05/11(月) 13:35:37 ID:ugv+yxud0

 ははは。どうだ。
 鳶が鷹を産んだってのに残念だったな、おい。
 折角いい知恵付けたのに、怨みに駆られて子守りを忘れるからこういうことになるんだ。
 今度はもっと愛情持って育てるんだな──言うだけ無駄だろうがよ。
 ははは。
 子育て関しちゃ人のこたいえねぇか。
 儂が厳しくしすぎたから、重美はあんなことになっちまった。
 儂に反発して、無茶して、大怪我して…いい鬼だったのによ。
 どうしてあの時認めてやれなんだかな。
 いまさら遅ぇか。
 済まなんだな、重美。店のことはよろしく頼む。

 苦しくてたまらん。

 ──おう史郎、やっつけたか。
 面度臭ぇのは片付けといた。儂が試験を手伝ったのは内緒だぜ?
 鬼の儀に立ち会えねぇのは残念だが、お前ぇも立派な鬼になれるだろう。
 飛沫鬼はくれてやる──おいおい、何だって儂に撥を向けるんだ。不満だってか?
 何だ。討ちもらしてたのか…儂も相当に焼きが回ったな。
68『皇城の守護鬼』 一之巻 「飛沫く鬼」 拾壱:2009/05/11(月) 13:37:31 ID:ugv+yxud0
 丁度いい。鬼も今日で店じまいにするか。ほれ、残りは自分で片付けてみせろ。
 何わめいてる。さっさとやれ。
 そう。
 そうだ。
 乾坤一滴はそうやって撃つんだ。
 やりゃあできるじゃねえか。
 よしよし。これで教えたことは全部マスターしたな。安心して引退できる。

 ずいぶん戦ったな。

 いい息子を二人も持てて、思い残すこたねぇ…いや、孫の顔はみたかったかな。
 莫迦、ゆすったって駄目だ。もう決めたんだよ。引退だ。御頭にはお前ぇからよろしく
言っといてくれ。
 じゃあな。そろそろ母ちゃんのとこ行くわ。
 おっといけねぇ。
 鬼のいけるところと言ったら地獄と決まってるっけ。
 ご先祖さんと、閻魔様と。酒でも飲みながらのんびりするか。

 何で泣くんだよ?  
69皇城の〜中の人 ◆COP3Lfy.8w :2009/05/11(月) 14:00:41 ID:ugv+yxud0
お久しゅうございます。皇城でございます。

作中、グロテスクな描写がございますが、何卒ご容赦ください。

戦いの結末をお送りいたします。
最後まで迷った挙句、このような結末と相成りました。
師弟でいま少し活躍させたい気持ちもかなり強かったのですが、飛沫鬼の年齢を考慮した結果、
こういう終わり方が一番「らしい」のではないかと考えました。
御所守りたちは、本編登場の鬼たちに比べだいぶ強めに設定してしまっていますが、決して「無敵」
ではないという意味合いも持たせたつもりです。

今現在、拾弐を書くか、この結びで終了させるさらにか迷っている次第でありまして…(苦笑

やはり『第14代 飛沫鬼』襲名までは書ききるべきなのだろうか?
ご意見ご感想、賜れれば幸いです。

板住人の皆様方

皇城輩


修正→スレッド>63

苦悶と怨嗟の声を上げる仇敵たちむかっ
         ↓
苦悶と怨嗟の声を上げる仇敵たちにむかっ
70名無しより愛をこめて:2009/05/11(月) 21:09:54 ID:LqtFTr0q0
矢野隆の「蛇衆」を見て「皇城の守護鬼」を思い出しました。
職人のSSを読んで「この職人はあの作家に似ている」と思うのが普通の順序ですが、
自分的には「皇城〜」の方が矢野隆より先だったので。

これで終わりとするかどうかについて。自分は拾弐もあっていいと思いますが、
最終的には職人自身で決めることかな、と思います。投下乙。
71高鬼SS作者 ◆Yg6qwCRGE. :2009/05/12(火) 20:44:44 ID:o8WT7gvC0
欧州編、区切り良く十話で完結させたいなぁと思っていましたが、無理っぽいです。すいません!
序盤で小出しにし過ぎました。
当面の目標はディケイド響鬼編終了までに完結……できたらいいな。
とりあえず切りの良いところまで投下します。どうぞ。

>>69
個人的には続きを読んでみたい気持ちもあるけれど、
>>70で言われている通り、最後に決めるのはやはり作者本人になりますから。
ただ、もし何らかの悔いが残るようであれば、それを書ききってから終わらせるべきだとは思います。
72欧州編 第九夜:2009/05/12(火) 20:47:19 ID:o8WT7gvC0
「いつかはこうなると思っていたんですよ」
「はあ……」
新たに選抜、編成された部隊を二つに分けて独逸へと向かう道中で、ニヤはハルにそう告げた。
「つまりニヤ、あなたは最初から独逸支部がヴァチカンを裏切っている、そう考えていたと?」
その通りです、とニヤは答えた。
東西独逸が統一された後、DMC独逸支部は紆余曲折を経て新たに生まれ変わった。それは良い。だが、問題は新たに支部長へと就任した男である。
「大佐」と呼ばれている事からも分かるように、この男、元は軍属である。その頃から、極右集団であるネオナチとの癒着が噂される等、色々と問題の多い人物であった。
それがどんな手を使ったのかは不明だが、DMC独逸支部の最高責任者に就任してしまったのである。
刷新された独逸支部は、時には明らかに教皇庁の意向を無視した行動を取り、組織内でも随分と問題になっていた。それでもお咎めが無かったのは、超常吸血同盟の暗躍により欧州が混乱していたからだ。
しかし。
「幾ら何でも……」
「力を持った者が闇に落ちるのは当然でしょう。仮に独逸支部丸ごとではなくとも、大佐個人が連中と繋がっている可能性は……九割九部九厘間違いないでしょうね」
間違いなく黒だと断言しているようなものだ。
会話が途切れ、重い空気が流れる。そんな中、思い出したかのようにハルが告げた。
「そうだ、ごたごたしていたせいで大事な報告を忘れていました!」
「何です?」
「サンジェルマン伯爵らしき人物が目撃されました」
その名を聞き、ニヤの表情が強張る。
「いつです?」
「ほんの数時間前に、伊太利亜支部の管轄内で……」
サンジェルマン伯爵とは、十八世紀の欧羅巴に実在した人物である。欧州各地を飛び回り、錬金術を研究していた人物だ。
だがこの男には、とある伝説が纏わりついている。――不老不死やタイムトラベラーだと言うのだ。事実、死後数十年経ってなお、彼を目撃したと言う証言が欧州中で確認されている。一番新しい目撃例は、なんと二十世紀にまで及ぶ。
謎の人物・サンジェルマン。当然ながらDMCも彼の事を長年追い続けてきていた。それが、このタイミングで目撃されたと言うのである。
(何が起きようとしている……?)
この先の流れだけは、ニヤをしても読む事は出来なかった。
73欧州編 第九夜:2009/05/12(火) 20:50:30 ID:o8WT7gvC0
独逸南部の田舎町ルーエンハイム。森に囲まれた僻地にあるこの町には、何も無い。観光名所も名産品も、他所に誇れるようなものは何一つ無い。別段住人が旅行者に親切と言う訳でもない。ただ「静か」なだけだ。――「寂れている」と言った方が正しいか。
場所が場所なだけに、政治家の密会場所や有名人の避暑地として利用される事があるが、要はその程度しか利用価値のない、ど田舎である。
そんな町へと続く唯一の道に、一台の大型トレーラーが停車していた。DMCの車輌である。助手席にはジェバンニが乗っていた。
「では宜しくお願いします」
ジェバンニがレスターに声を掛ける。独逸支部へと向かったニヤに代わり、ルーエンハイム解放作戦の現場指揮は、レスターが執る事になったのだ。
「……了解」
歯切れ悪くレスターが答える。彼はニヤと違い、基本は内勤の人間である。特別な力も何も無い、ただの人間だ。これから吸血鬼の巣窟と化したであろう町へと向かうのに、不安にならない筈がない。
「何かあったらすぐ連絡して下さいね」
そう言うとジェバンニは、後方のコンテナを指差した。この中には、先のゴーゴン戦でニヤが使用を考えたDMC自慢の新兵器が積まれてある。吸血鬼以外の敵が現れた場合を想定して、運んできたのだ。
と、ジェバンニの傍に一人の男が近寄ってきて文句を言い始めた。成龍だ。
「納得がいかねえ」
彼は、自分が大天使の弦の使用者に選ばれなかった事に腹を立てているのだ。
「俺だってオーガとの戦いで弦は壊れたってのによ」
「あなたの弦は修理して何とかなる範囲でしたから……」
その程度で納得するようなら、最初から抗議には来ない。文句を言い続ける成龍の襟首を、童虎が掴んで持ち上げた。
「皆もう行ってしまったぞ」
「ええっ!?」
「我々も行こう」
そう言うと成龍を地面に降ろし、ジェバンニに向かって深々と頭を下げた。纏め役であるムウは、ニヤに同行して独逸支部へと向かっている。
「お気をつけて。あなた達に神の御加護があらん事を……」
町へと向かう童虎達を見送りながら、ジェバンニは小さく十字を切った。
74欧州編 第九夜:2009/05/12(火) 20:54:46 ID:o8WT7gvC0
町は、あまりにも静かだった。否、あまりにも い つ も 通 り だ っ た と言うべきか。
超常吸血同盟によって封鎖されている筈の町に、やけにあっさり潜入する事が出来ただけでもおかしいと言うのに、町は、町の住人はいつもと変わらぬ生活を送っていたのである。これには統一部隊の面々も面食らってしまった。
「どういう事だ……?」
辺りを見回しながらレスターが呟くも、誰も答えられる筈がなかった。
「連中に一杯食わされたとか?」
何気なく成龍が口にしたその一言に、レスターが過剰に反応する。
「そんな筈はない。我々の情報網は確かだ。ちゃんと裏付けだって……」
そう捲くし立てるレスターの脳裏を、出発前にニヤが話した言葉が過った。彼は、最初から独逸支部を疑っていたのである。ではルーエンハイムが封鎖されたと言うのは、ガセ?
「もしそうだとした場合、電波ジャックが決定打だったな」
アランの言う通り、超常吸血同盟による電波ジャックがこの情報の信憑性を高めていた。あの放送がDMCを表舞台に引きずり出すためではなく、最初から偽情報を信じ込ませるためのものだとしたら……?
「……まだ全てが嘘だと決まった訳じゃない。手分けして町の中を調べてみよう。くれぐれも住人との接触は避けるように」
そう告げるとリヒターは、集まっていた面々に向かって指示を出し始めた。それを神妙な面持ちで聞いているDに向かって、アランが尋ねる。
「マリアの事が心配か?」
ルーエンハイムでの戦いが過酷なものになるだろうと踏んだDは、強引にマリアを説得してニヤと共にDMC独逸支部へと向かわせていた。だが、雲行きが怪しくなった今、そちらの方がより危険だったのではないかとDは心中後悔していた。
「……当然さ」
「心配するな。むこうにも手練れがついているんだ」
「ああ、そうだな」
「しっかりしろ。お前がそんな様子だと張り合い甲斐がない」
そう言うとアランはさっさとその場から立ち去ってしまった。Dもまた、単身路地裏へと消えていった。
75欧州編 第九夜:2009/05/12(火) 21:00:51 ID:o8WT7gvC0
「諸君、私は戦争が好きだ」
ホールに集まった面々に向かって、アイパッチを着けた軍服姿の男が、声を張り上げて演説を行っていた。
「諸君、私は戦争が好きだ。諸君、私は戦争が大好きだ」
記録映像に残るヒトラーの演説風景を彷彿とさせる、疑う余地を一切入り込ませない力強い演説だ。
「殲滅戦が好きだ。電撃戦が好きだ。打撃戦が好きだ。防衛戦が好きだ。包囲戦が好きだ。突破戦が好きだ。退却戦が好きだ。掃討戦が好きだ。撤退戦が好きだ。平原で、街道で、塹壕で、草原で、凍土で砂漠で海上で空中で泥中で湿原で……」
一息吐くと、男は一層力強くこう述べた。
「この地上で行われる、ありとあらゆる戦争行動が大好きだ」
壇上に立つ男の眼前に立ち並ぶ面々は、表情一つ動かさずに静聴している。
「諸君、私は戦争を、地獄の様な戦争を望んでいる。諸君、私に付き従い覇道を歩まんとする戦友諸君。
君達は一体何を望んでいる?」
男の演説は続く。
「更なる戦争を望むか?情け容赦のない糞の様な戦争を望むか?鉄風雷火の限りを尽くし、三千世界の鴉を殺す、嵐の様な闘争を望むか?」
その発言が終わるや否や、集まった面々が口々に男を称える言葉を唱える。それを聞き、満足そうに頷くと男は一言。
「……宜しい、ならば戦争だ」
歓声が上がった。
「我々は満身の力をこめて今まさに振り下ろさんとする握り拳だ。だがこの暗い闇の底で何世紀もの間堪え続けてきた我々に、ただの戦争ではもはや足りない!!」
両手を大きく広げ、男が力強く告げる。
「大戦争を!! 一心不乱の大戦争を!! 我らは非戦闘員を含めても百ちょっとの弱兵に過ぎない。だが諸君は一騎当千の古強者だと私は信仰している。百に満たぬヴェアヴォルフのカンプグルッペ(戦闘団)で欧州を燃やし尽くしてやる」
征くぞ、諸君――冷徹な笑みを浮かべながら男が告げた。先程以上の歓声が、万雷の拍手が沸き起こる。その様子を、拘束された状態で舞台袖から眺めている者達がいた。
76欧州編 第九夜:2009/05/12(火) 21:02:11 ID:o8WT7gvC0
「何だあれは。狂っているのか?」
壇上で聴衆に向かって手を振る男を睨みつけながら、トッコが言った。
「ああいう男なんです、あの大佐殿は……」
いつもの淡々とした口調でニヤが告げた。
ここはDMC独逸支部。だが今では、超常吸血同盟と手を組んだ裏切り者の巣窟と化していた。
乗り込んで早々、彼等は大佐の手によって捕らえられてしまったのだ。だが無策で訪れるニヤではない。同行していた面々のうち何人かを、支部の外に待機させてある。勝利の鍵となるのは、おそらく彼等であろう。
「別室へ移された彼は無事でしょうか」
ササヤキがニヤに尋ねた。それに対しニヤが答える。
「何故だか分かりませんが、連中は彼の身柄を必要以上に欲しています。手荒な真似はしないでしょう。トッコ、あなたならその理由が分かるのでは?」
しかしトッコは何も語らなかった。
「……まあ、定時連絡を入れなければ不審に思ったハルが何らかの動きを見せるでしょうから、それまでに大佐から出来る限りの情報を引き出しましょう」
野心家の大佐は、ヴァンパイアと手を組む事で欧州を制しようとしている。何としてでもここで叩いておかなければならない。反撃の時まで、今は耐えるのみだ。
77欧州編 第九夜:2009/05/12(火) 21:06:34 ID:o8WT7gvC0
銃声が轟いた。
町中を目立たぬよう移動していたアランの動きが止まる。次いでもう一、二発銃声が。
音のした方へと駆け出すアラン。おそらく、他の者も向かっている事だろう。ヴァンパイアとの戦いに備えて、愛用のショットガンをいつでも撃てるように準備しておく。
アランが現場に到着すると、そこには血塗れで倒れた老婆の姿があった。慌てて駆け寄り、助け起こす。
(まだ息はある!)
しっかりしろと耳元で叫ぶ。銃創からはとめどなく血が流れ出していた。
と、そこへ。
「見ろ、人が倒れているぞ!」
声と共に沢山の人が駆け寄ってきた。町の住人達だ。その手に武器となる物を握っている者もいる。
「お婆さんだ。お婆さんが撃たれているぞ!」
「あいつだ、あの男がやったんだ!」
「違う、俺じゃ……」
「その銃は何だ!」
群衆の一人が、アランの手にしたショットガンを指差す。
(しまった……!)
冷静に考えればショットガンの銃創ではないと言う事は火を見るよりも明らかなのだが、頭に血が上った群集にはそんな言葉は届かないだろう。何より。
「こんな爺、見た事ないぞ」
「余所者だ」
余所者だと言うだけで、もう完全にアランの仕業だとされている。どうにか説得しようとするが。
「待ってくれ、話を……」
「動くな!」
群衆の一人が、猟銃をこちらに向けた。止むを得ずショットガンを地面に置き、両手を上げてゆっくりと立ち上がる。
「おい、早くこの婆さんを病院に連れていけ。まだ息がある」
「黙れ余所者!」
銃口はアランの眉間にぴったりと合わせられていた。撃たれたぐらいで彼が死ぬような事はないのだが、不死身の能力がばれるとそれはそれで問題になる。
一触即発の状況下で、ふいに誰かが叫んだ。
「殺人鬼め、殺してしまえ!」
次いで、何処からともなく銃声。集まった人々の何人かが耳を塞いで蹲る。
アランに銃を向けていた男が、引き金を引いた。それを紙一重で避けるアラン。完全にパニックに陥った人々があちらこちらへ散らばっていく。小さな町だ。混乱は、この場に居ない住人達にも瞬く間に伝播するだろう。
「くそっ!」
どさくさに紛れて、その場からアランが逃げ出す。背後から轟く銃声。背中に痛みが走ったが、構わずに駆け抜ける。
78欧州編 第九夜:2009/05/12(火) 21:11:37 ID:o8WT7gvC0
「逃がすな、追え!」
何人かが武器を振り上げ追いかけてきた。勝手の分からない町の中を走っているうちに、いつの間にか袋小路へと追い込まれてしまう。舌打ちするアラン。追っ手との距離はどんどん縮まっていく。
と、そこへ。
「……これは!?」
突然バイオリンの音色が辺りに響き渡った。その音の魅力に惹かれたのか、暴徒と化した人々の動きが止まる。
(今がチャンスか)
立ち尽くす人々のすぐ横をアランが駆け抜けていく。誰も反応を示さない。音楽にこれ程まで心を奪われている人間を見るのは初めてだった。
走る彼の目の前には、バイオリンを弾く男の姿が。確か北欧の戦士だとジェバンニが言っていた。
「大丈夫ですか?」
演奏を止めて北欧の男――ヒッタヴァイネンが尋ねた。
「ああ。……あれはあんたの能力か?」
アランの問いに、ヒッタヴァイネンが静かに首を横に振る。
「別に魔法を使ったわけではありません。ただ私の奏でる音色は、荒ぶる者の心を落ち着ける効果があるのです」
そう言えばこの男は、北欧のベルセルクと常にコンビで活動していた筈だ。ベルセルクは戦いの最中トランス状態に陥り、敵味方関係なく襲い掛かる事があると聞く。
(そのためか……)
「急いでここを離れましょう。私もパートナーを待たせていますので」
そう告げるヒッタヴァイネンの手にしたバイオリンを見て、アランが尋ねる。
「俺達の組織は楽器を使わないのでよく分からないが……それはストラディバリウスか?」
ストラディバリウスが、オークションで億単位の値が付けられる事もある程の名器だと言うのはアランも知っていた。
「これはストラドではありません。銘も無い、ただの古いバイオリンです。組織に伝わる伝承では、世界樹から切り出して作ったと言われていますが……」
そう笑いながらヒッタヴァイネンは答えた。
北欧神話に登場する世界樹ユグドラシルは、九つの世界を繋げる巨木だとされている。ただ、世界樹信仰は世界各地に存在し、ここ独逸でも六世紀に大木を世界樹と呼んで崇拝していたと言う記録が残されている。
と、今度は全く別の方角から銃声が轟いた。
「急ぎましょう。先程から町の至る所で銃声が」
「ああ」
二人は脇目も振らずに駆け出していった。
79欧州編 第九夜:2009/05/12(火) 21:16:07 ID:o8WT7gvC0
「あなたの目的は何ですか、大佐?」
演説を終え、戻ってきた大佐に向かいニヤが尋ねる。
「欧州を支配する事ですか?」
大佐は髭を弄りながら、ただ不敵に笑っているだけで答えようとはしない。
「……世界征服ですか?」
馬鹿げた質問である。ニヤ達を取り囲む大佐の部下達から失笑が漏れる。それに対し漸く大佐が口を開いた。
「私の父は大戦中、ヒトラーユーゲントだった」
それを聞いて、ニヤの表情が僅かに変わった。彼等DMCを取り仕切るラッツィンガー枢機卿も、独逸で暮らした青年時代にヒトラーユーゲントに参加していた過去を持っているのだ。
ニヤの態度に気付いた大佐が、こう付け加える。
「まあ、あの当時は独逸に住む青少年は強制的にヒトラーユーゲントに参加させられていたのだがね。だが父は違った。熱狂的な、それこそ信仰と呼べるぐらいナチスに、総統閣下に傾倒していたのだ」
第12SS装甲師団にも選抜されていたよと、まるで自分の事のように嬉しそうに大佐が言う。
「亡き総統閣下の夢、千年王国の樹立。それがまあ目的かな」
「それを世界征服と言うのですよ」
ニヤの横に立っていた大佐の部下が、ニヤの頬を殴った。
「てめえ……!」
大佐を睨み付けるサッキを、別の部下が殴り飛ばす。
「……そのためにあなたはネオナチと?」
床に倒れたままの状態で問い掛けるニヤに対し、大佐は苦笑しながらこう答えた。
「あんな名ばかりの連中、私が好き好んで関係を持つ訳がなかろう。私の父の事を調べ上げて、向こうから擦り寄ってきただけに過ぎん」
ここまで喋り終えると、大佐は腕時計に目をやった。そして実に愉快そうにこう言った。
「そろそろパーティーの時間だ」
「パーティー?」
「まずは大きな花火を打ち上げる。場所はルーエンハイムだ」
その名を耳にした統一部隊の面々に緊張が走る。
「次いで、君達DMCの総本部でパーティーを開く。主賓は勿論教皇猊下だ」
その後は君達の女王陛下にも招待状を送ろう――そうマリアの顔を眺めながら大佐は告げた。
80欧州編 第九夜:2009/05/12(火) 21:21:41 ID:o8WT7gvC0
「しっかりして下さい!」
エリカに抱き抱えられた婦人の傷口から、止め処なく鮮血が流れ出している。銃で撃たれたのだ。
「一体、この町で何が起こっているんだ」
その手に「ガブリエル」を構えながら、ミガルーが注意深げに周囲を見回す。
小さな町は、完全に恐怖と混乱によって支配され、町の人々は誰もが疑心暗鬼に陥っていた。そんな彼等の恐怖の捌け口は、紛れもなく余所者である統一部隊の面々に向けられていた。
「エリカ、ここを離れよう」
「でもこの人が!」
雲が出てきた。一雨降るかもしれない。
(これが吸血鬼共の仕業として、連中の狙いは何だ!?)
冷静になるよう自分に言い聞かせながら、思考を巡らせる。
まず、この田舎町が連中の手によって封鎖されたとの一報が寄せられた。次いで電波ジャックによる挑発。
結果DMCは統一部隊を再編成し、多くの手練れをこの町へと派遣する事になった。敵の規模も戦力も分からなかったからだ。
(導き出される答えは……陽動!?)
まあ普通はそう考えるだろう。今頃、手薄になったヴァチカンに敵の大群が押し寄せている可能性は充分ある。しかし、この町に集まった統一部隊の面々をそのままにしておくだろうか。
(混乱を引き起こす事で……時間稼ぎ!?)
この町で何かを仕掛けようと言うのだろうか。
ミガルーの頬に冷たいものが当たった。雨だ。とうとう降り出したようである。
またしても銃声が町の中から聞こえてきた。まるで遠雷のようだった。
81欧州編 第九夜:2009/05/12(火) 21:24:21 ID:o8WT7gvC0
「降り出したか」
ルーエンハイムから送られてくる中継画像を見ながら、大佐が呟いた。
「まあこの程度の雨で運用出来ないと言う事はないだろう」
そう傍らに控えた男――独逸支部のビショップに尋ねる。
そこへ、電話の音が鳴り響いた。応対した部下が、大佐に受話器を渡す。
「もしもし。……あなたですか、何かありましたか?」
大佐は二言三言話すと電話を終え、次いで周りの者達に向かってやれやれといった表情でこう告げた。
「パーティーの開始時間が少し遅れる事になった。どうしても自分の手で殺したい相手がいるそうだ」
だが大佐は「いや、待てよ……」と呟くと。
「順番を入れ替えれば済む事か。花火は後回しにして、先に始めてしまおう」
そう言うと周囲の者に向かって何やら指示を飛ばす。それらの作業を終えると、大佐は満足そうに笑みを浮かべてこう言った。
「諸君、宴の時間だ」
同時刻、ヴァチカンに異様な集団が押し寄せてきていた。超常吸血同盟のヴァンパイア、機械改造を施された大量のグール、自ら下級吸血鬼と化した大佐の部下達、そしてDMCを裏切った各支部の狼達、総勢340名……。
82欧州編 第九夜:2009/05/12(火) 21:29:17 ID:o8WT7gvC0
「降り出したな」
そう言いながらバキは、連絡用に渡されていた携帯電話の電源を切った。妨害電波の類が流されているのだろう、一向に繋がる様子はなかった。
(雨がこれ以上強くなると、式神の耐久力が問題になってくるな……)
サッキが予備のディスクアニマルを持っていればよかったのだが、残念な事に彼は瑠璃狼一枚しか持っていなかった。あかねの思惑は外れた事になる。
「有線なら使えるかな?」
町に入った時、公衆電話を見かけたのを思い出す。だがそこまで戻るのも面倒だった。
「ねえバキ……」
バキから携帯電話を手渡されたルミナが、不安そうに尋ねる。
「どうして僕をここに?」
ルミナはサポーターでも何でもない、ただバキと行動を共にしていただけの一般人である。それなのにこんな危険な場所へ自分を連れてきたバキの真意が分からず、ルミナは出発時からずっと困惑していた。
それに対しバキは。
「お前、俺の戦いを見ていけ」
「え?」
「俺は不器用だからさ。学も無いし。こんな事でしかお前に何かを伝えてやれそうにない」
「バキ……」
「あそこの軒下を借りよう」
そう言うとバキはルミナを連れて、小さな商店の軒先に入っていった。店はもぬけの殻である。
と、バキが何かの気配を感じ取った。変身音叉を取り出し、ルミナを待たせて自分だけ雨の降りしきる路上へと歩いていく。
雨に煙る道の向こうから、一人の男が姿を現した。
「吸血鬼アルカード……」
「名前を覚えてくれたのか。有難う」
あのオーガの息子だとは思わなかった――アルカードが呟く。いつの間にかバキとオーガの関係について調べたらしい。
83欧州編 第九夜:2009/05/12(火) 21:34:10 ID:o8WT7gvC0
「日本で会った時、私は全力を出さなかった。だが今回は違う。四の五の言ってはいられない……」
名前の封印を解く――そうアルカードは言い放った。
「ヴァンパイアについてどれだけ知っている?」
「さあ、そんなに詳しくはないかな」
「上級ヴァンパイアは普段使っている名前とは別に、本当の名前――真名を持っている。それを名乗る時、ヴァンパイアは真の姿と力を取り戻すのだ」
「忌み名みたいなもんか」
古今東西を問わず、名前には特別な意味があると信じられてきた。鬼達がコードネームを名乗る理由も、突き詰めればそこに至る。北欧の戦士達も、そういった理由で名前を大事にしているのだと説明を受けている。
「名乗らせていただこう。私の名は……」
アルカードから放たれる邪気が、爆発的に膨れ上がった。否、邪気だけではない。その肉体もまた、爆発的に膨れ上がり、みるみるうちに巨大化していく。
「私の名はアルカード(Alucard)。しかし、その真名は……」
その姿が、漆黒の体躯に巨大な翼、太い尾、鋭い牙と爪を持つ怪物へと変わっていく。それはまるで……。
「ドラゴン……?」
変身を終えたアルカードが、爛々と輝く紅い目でバキを睨み付ける。その口からは幾本もの牙が覗き、悪臭がする息を吐いている。
ヴァンパイアは、不死の代償として神に呪いをかけられていると言われている。それは名前に纏わる呪いだ。千変万化のヴァンパイアだが、名前だけは本当の名のアナグラムしか名乗る事が出来ない。
「私の真名は……ドラキュラ(Dracula)!」
竜の子供を意味する言葉である……。
84欧州編 第九夜:2009/05/12(火) 21:36:58 ID:o8WT7gvC0
「何だ、あのでかいのは!?」
町の一角に突如として現れた、巨大な漆黒の竜を見て成龍が叫ぶ。
「あれはドラゴンか。しかし何故いきなり……」
事態が飲み込めない童虎。そんな彼等の傍を、狼の姿をした戦士が駆け抜けていった。その手には大天使の弦・ウリエルが握られている。北欧のヨンネが変身したベルセルクだ。
「俺達も行こうぜ!」
逸る成龍を童虎が諌めた。
「我々は我々でやる事があるだろう?」
そう。この町の住民を撃った実行犯を探さなければならない。ヴァンパイアか、それに与した人間かは分からないが、放っておく訳にはいかないだろう。
「くそっ!」
「我々も変身するぞ」
それぞれ虎と龍の姿に変身すると、二人はばらばらに散っていった。
その頃、町の外に待機していたジェバンニも、ドラキュラの姿を視認していた。
「あんなのが出たって言うのに、どうしてレスター指揮官からの連絡はないんだ!?」
携帯電話を手に、ジェバンニが叫ぶ。
「町の中へ行って下さい!」
運転手にジェバンニが告げる。ついに虎の子の新兵器を使う時が来たのだ。
トレーラーは町の中心部を目指して突っ走っていった。
85欧州編 第九夜:2009/05/12(火) 22:05:23 ID:o8WT7gvC0
「見たまえ、アルカード卿が本気を出したぞ!」
DMC独逸支部内の司令室では、ルーエンハイムからの中継を眺めながら大佐とその部下達が盛り上がっていた。
「……しかし残念だ。奴等は全員アルカード卿に殺されてしまうだろう。折角用意したあれが無駄になってしまう」
そう悔しそうにぼやく大佐。だがすぐに気を取り直すと。
「ヴァチカンに向かった部隊はどうなっている?」
「現在、ローマ教皇庁を包囲したそうです」
「そうかそうか」
満足そうに大佐が頷く。
当然ながら総本部にもある程度の戦力は残っているだろうが、重火器で武装した340名ものカンプグルッペに勝てるとは思えなかった。統一部隊の主力は現在、ここ独逸に居るのだから。
しかも現地で指揮を執っているのは、上級吸血鬼の一人であるオルロック。負ける要素など何処にもなかった。
「……現在支部の外で待機している連中の様子は?」
「動きはありません」
報告する部下の言葉通り、モニターにはハル達の姿がしっかりと映し出されていた。
「そろそろ外の連中も檻の中に入ってもらおうか」
いやらしい笑みを浮かべながら大佐が言う。
その時、轟音と共に独逸支部の建物が大きく揺れた。
86欧州編 第九夜:2009/05/12(火) 22:07:41 ID:o8WT7gvC0
ドラキュラの強烈な尻尾の一撃が、音叉を鳴らし額へ掲げようとしていたバキの体を吹っ飛ばした。なんとか受身を取るバキだが、音叉を何処かに落としてしまう。
「しまった!」
いくら鍛えている鬼でも、巨大な敵を相手に生身で戦うのは無理と言うもの。
(あ、でも確か……)
嘗て仲間内で百物語をやった時、師匠が生身で巨大魔化魍に音撃を叩き込んで清めたと言う話を誰かがしていたのをふいに思い出した。
「やれるかな……」
そう呟きながら、音撃棒・常勝を取り出し諸手に構える。あとはなんとかしてその体に取り付き、音撃鼓を貼り付けて清めの音を叩き込むだけだ。だが。
ドラキュラが口から超高火炎を吹き出した。素早くそれを回避するバキだったが、これでは近付けない。
「管が欲しいかな……」
尤も、バキ自身は管のスキルを習得していないため、あったところで無意味なのだが。
「バキ、逃げて!」
ルミナが叫ぶ。だがバキはドラキュラから視線を外そうとはしない。
「バキが強いのは知っているけど、変身も出来ないのにいくらなんでも無謀だよ!」
どうにかしてバキを説得しようとするが、彼は一向に聞き入れようとはしなかった。それどころか。
(笑ってる……?)
振り向いたバキは、明らかに笑っていた。そして、雨音にも負けないぐらい強くしっかりした口調でこう告げる。
「辛い時ほど笑うもんさ。勇気がすぐ戻ってくる。それに……」
強い奴ほど笑顔は優しいもんだ――それだけ言うとバキは果敢にドラキュラへと立ち向かっていった。
87欧州編 第九夜:2009/05/12(火) 22:09:27 ID:o8WT7gvC0
爪、火炎、尻尾、踏みつけのコンビネーションを躱していくバキ。だが、雨で足を滑らせたところに再び尻尾の一撃を喰らってしまう。近くの民家まで吹っ飛ばされたバキの体は、石造りの壁に強かに叩きつけられた。
もう見てられないと言わんばかりに、ルミナが両目を手で覆う。だがそれに対しバキは、口から流れる血を拭いながら強く告げた。
「逸らすな、見ろ!」
刹那、ドラキュラの腕がバキを掴み上げた。ルミナに見せ付けるかのように高く掲げ、そのまま握り潰そうとする。
「ぐああッッ!!!」
みしみしと骨の軋む音がする。だがその時。
白刃が煌き、ドラキュラの背中の羽が一枚斬り落とされた。その瞬間、僅かに緩んだ手の中から無理矢理脱出するバキ。
長剣を手にした戦士がルミナの真正面に降り立った。
「あなたは……」
「無事か?」
Dだ。バスタードソードを手にしたDが、ドラキュラを睨み据える。その体の周りには、彼をここまで導いてきたフェアリーが飛び回っていた。
「こんな大物が出てくるとは……マリアを向こうにやって正解だったぜ」
ドラキュラは一声吼えると、Dに攻撃を仕掛けてきた。フェアリーにルミナの傍にいるよう命じると、アクロバティックな動きで攻撃を躱していく。
「他の奴等もこっちに向かっている。それまで耐えられるか?」
「……当然」
Dとバキは、それぞれの得物をドラキュラへと向けて跳び掛かっていった。


TO BE CONTINUED…
88名無しより愛をこめて:2009/05/13(水) 00:25:10 ID:A9Et4LH10
欧州編投下乙です。多少の話数の増加より、いかにオチをつけるかが大切かと思います。
回収すべき伏線の数を考えると十話完結は無理っぽいですね。
89鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/05/13(水) 23:53:05 ID:M/bvsBDK0
前回>>52-61のあらすじ:関東支部の弦の鬼バンキは、裁鬼の元弟子で、若くして独立した後は大学に通いながら鬼として働いていた。若い頃から落ち着いた性格で、魔化魍や音撃の研究に余念がない知略家。3年前に株式投資信託「ダンキファンド」を購入した。


『鬼祓い』 十八之巻「断ち切る未来」


 栃木の小さな村のはずれ、樹々に囲まれた空き地に、三台の車両が停車していた。
 啓真の黒い単車と洋介の深緑色の単車が並んで停まり、その脇には恭也の白い車が停まっていた。洋介は車の中で一人、残り四人の帰りを待っていた。
 車のドアを忙しなく叩く手に気づいて洋介が顔を上げると、キー坊の切迫した顔があった。洋介が車を降りると、啓真が急いだ口調で言った。
「関東の鬼が現れた。洋介さん、すぐにここから逃げてくれ!」
「わかった」
 洋介は白いフルフェイスを被り、自分のヴィリジアンのバイクに跨がった。その手にキー坊が恭也からもらったメモを渡して言った。
「ここに書いてある場所に行って」
 啓真は黒いフルフェイスを被り、自分のグラファイトブラックのバイクに跨がった。
「啓真君、あとの二人は」
 洋介に訊かれて、啓真は目の前の雑木林を振り返った。
「ソヨと恭也は、いまこの林の向こうで関東の鬼と闘っている」
 啓真、キー坊、洋介の三人は、ソヨメキと恭也がいる方向に視線を向けた。
90鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/05/13(水) 23:55:18 ID:M/bvsBDK0
 ソヨメキたちが居た林道に強烈な光が広がったのは、啓真たちが車両を停めていた場所に集合してから数分後のことだった。
 その光の中に、剣を交えるソヨメキと蛮鬼、術を放った頂鬼がいた。そこに走り込んだ恭也の体が、空間を震わせる衝撃を感じた。
 赤い鎧武者が突き出した掌底が、自らの発する震動に耐えながら、しかとソヨメキの背中に向けられていた。
 激しい光の中で、蛮鬼はソヨメキの体が沈み込むのを見た。術にやられたか、と思ったが、体の下降はすぐに止まった。彼女と交える剣にかかる力には、変化はなかった。
 ソヨメキの体が沈んだ原因は、彼女の背に覆いかぶさった一つの影のせいだった。
「啓真……?」
 光の中で、恭也は咄嗟に思った。日頃から、自分を「ソヨメキを護る、鉄の馬に跨がるナイト」と自任している啓真なら、身を挺して彼女を護るということも充分考えられる。
「ソヨーッ!」
 その時、恭也の反対側からバイクの爆音が聞こえ、林を抜けて黒い単車が姿を現した。黒いフルフェイスを被った啓真だった。
 それなら、いまソヨメキと頂鬼の間にいるのは誰なのかと恭也は思い、目を凝らした。
 ソヨメキたちを中心に広がった光が徐々に消え去っていき、皆は、ソヨメキの背に覆いかぶさるようにして彼女を護った者の姿を見た。
91鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/05/14(木) 00:00:33 ID:fl4n1d/20
 蛮鬼は刃を返して一旦退き下がり、それまで刀を交えていたソヨメキの前から離れると、素早く頂鬼の横に回り込んで剣先を向けた。
『貴様、この子に何をした』
 刀を交えていた相手が急にいなくなり、ソヨメキは、背に誰かの重みを感じて前のめりになった。膝を落としてその場に倒れると、背から小柄な体が転がり落ちた。振り向くと、そこにキー坊が倒れていた。
 視点が定まらないまま、キー坊は見開いた目を空に向けていた。異様に荒い呼吸を繰り返す少年の様子は、明らかに尋常ではなかった。
 静かになった林道に、キー坊の微かな声が上がった。
「お……おれ……、お姉ちゃんを護る……、ナイト……」
 そこで声は途絶えた。キー坊の目は閉じられ、呼吸は細く頼りないものになっていった。
 ――てめえェーッ! と、啓真が絶叫した。バイクに跨がったままヘルメットを脱ぎ去ると、啓真はそれを荒っぽく地面に投げ捨てた。
 続いてハンドルの一部を横にスライドさせ、隠しスイッチを押した。バイクの後部にぶら下がっていた黒いサイドバッグと、後部にぶら下がっていた簡易テントがどさりと地面に落ちた。
 機械の唸りを上げながら、啓真は前輪を空中に立ち上げ、暴れ馬と化した『凪威斗』と共に頂鬼に突っ込んでいった。
『よせ!』
 蛮鬼の言葉は一切啓真の耳に入っていなかった。ヘルメットを取り去り視界を広げ、装備を棄てることでスピードを増し、岸啓真は捨て身の戦闘に入った。
92鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/05/14(木) 00:05:32 ID:M/bvsBDK0
 ソヨメキは、仰向けに倒れたキー坊に向き直り、その場に腰を落としたまま放心していた。
 恭也は、よろける足でキー坊に近づいていった。ひざまずき、小さな肩をそっと抱き上げると、涙を流して言った。
「許せ、キー坊! 俺は……ずっと、お前が猛士からのスパイじゃないかと疑っていた。でも、そうじゃなかった……ッ!」
 予想外の結果に茫然としながら、頂鬼は啓真の猛攻を躱していた。意識が集中できず、次々と前輪や後輪の突撃を受け、回転する後輪に鎧を削られていった。
「お前が……俺や、啓真よりも、誰よりも……ソヨのことを護ろうとしていた。それなのに、俺は……そんなお前を……」
 その様子と、啓真と頂鬼の闘いを交互に見ながら、蛮鬼は何事かを考えていた。
 ソヨメキは、恭也に抱えられたキー坊のそばまで来て、ゆっくりと言った。
「私は、『お姉ちゃん』と呼ばれて、最初のうちは落ち着かなかったが……、そのうち、本当は――そう呼ばれることが、うれしくなっていた。
 弟がいたら、こんな感じなのかと思って……暖かい気持ちになれた。素直に『ありがとう』と言うべきだった。こんなことになる前に」
 考えが決まると、蛮鬼は叫んだ。
『明日夢くん!』
 遠くに停車していた赤いエレメントから、二十歳前後の青年が降りて走ってきた。それは、宗形三十朗が『グレーゾーン』と呼んでいたうちの一人、安達明日夢だった。しかしそのことを、ソヨメキたちは知る由もない。
93鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/05/14(木) 00:09:25 ID:fl4n1d/20
 すぐにそばまで来ると、明日夢はキー坊の顔を覗き込みながら言った。
「ゆっくり、この子を寝かせて」
 恭也から見た明日夢は、目が大きく、やや女性的な顔立ちをした青年だったが、その言葉には有無を言わせぬ響きがあった。
 恭也が再びキー坊をその場に横たえると、明日夢は慣れた手つきでキー坊の様子を診ていった。恭也は明日夢が、医学の知識がある人間だと感じた。
「危険な状態だと思います。すぐに病院で処置しないと、まずいかもしれません」
『頼めるかい?』
「はい」
 ソヨメキと恭也が見上げる中、明日夢はキー坊をしっかりと抱き上げ、歩き去っていった。
「待て、キー坊をどこに……」
 立ち上がり、明日夢を止めようとした恭也を、蛮鬼が遮った。
『やめろ。あの子の命がかかっている』
 蛮鬼は戦闘中の啓真と頂鬼に顔を向けて言った。
『それよりもこっちだ。止めろ、君も』
 蛮鬼は、バイクと一体になってタックルをかます啓真と、赤い鎧武者の間に割って入った。
 啓真が立ち上げたバイクの前輪をつかみ止めると、蛮鬼は言った。
『無益な闘いはよせ』
 蛮鬼が前輪をつかんでいた手を軽く捻ると、啓真は『凪威斗』を離れて林道になぎ倒された。
94鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/05/14(木) 00:11:15 ID:fl4n1d/20
 立ち上がり、単車を立て直すと啓真は叫んだ。
「無益なんかじゃねぇ! 邪魔をするなら、てめぇも……!」
「よせ」
 近づいて肩をつかみ恭也は言った。そして耳元で小さく囁いた。
「この隙に逃げるんだ」
「何だとォ!?」
 啓真は構わず大声で返した。
 一方、茫然としている赤い鎧武者の前に立ち、蛮鬼は言った。
『どんな理由であれ、あなたは、あってはならないことをしてしまった。取り合えず関東支部に来てください』
「わざとでは、ない。……俺は、こんなことをするつもりはなかった。ただ、俺はソヨメキを」
『そんなことはわかっている! ただこうなった以上、あなたにこのまま任務を続けさせるわけにはいかない。この任務は中止だ!』
 その蛮鬼の言葉に頂鬼は反応した。声に険悪さが戻り、絞り出すように言った。
「貴様、俺の邪魔をする気か」
『邪魔だとか、そういう問題じゃない』
「それだけは、できない。引き受けた使命は必ず果す。それが――それだけが、一族の誇りなのだ!!」
 頂鬼は腰の鞘から剣を抜き放った。蛮鬼は右腕の装着型音撃弦を構えた。
「それを邪魔する奴は、誰であろうと許しはしない!!」
 大声で叫び、頂鬼は蛮鬼に斬り込んでいった。
95鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/05/14(木) 00:14:21 ID:fl4n1d/20
 響く剣戟の中で、恭也は啓真の説得を続けた。
「キー坊が、何のために体を張ったと思ってるんだ。ソヨを護るためだろう……! お前はキー坊の気持ちを無駄にするのか!?」
 ずっと蛮鬼と頂鬼に鋭い視線を向けていた啓真が、ソヨメキを振り返った。シスターのヘッドピースを取り去り、長い黒髪を垂らして悄然としている彼女の姿があった。
「逃げれるだけ逃げて、ソヨを陥れた奴を見つけると言ったのは、お前だ。その時まで俺たちでソヨを護り続けるんじゃなかったのか」
 恭也は故障した音撃盤『羽柱』と啓真が投げ捨てたヘルメットを拾い上げ、ヘルメットを啓真に渡した。
「これがなけりゃ、疾りながらの連絡が取れないだろう。被れ」
 軽量化のために『凪威斗』から外したサイドバッグは、頂鬼たちが闘う場所のすぐそばにあり、回収できる状況ではなかった。
 恭也はソヨメキに立ち上がるよう促した。
「来い、『嵐州』まで走るぞ」
 恭也に手を引かれ林の中へ進む前に、ソヨメキは振り返った。
「啓真」
 名前を呼んだだけだったが、その短い中には、これまで彼女が殺してきた感情の中の一つである、悲しさや切なさといったものが含まれていた。しかし啓真はこれに反応せず、一歩も動かなかった。

 恭也たちが林を抜け、皆の車両を停めていた空き地に行くと、そこには『嵐州』一台しかなかった。その状況を見て、洋介だけは無事に逃げおおせたと知った。
 すぐに啓真も後から来る、と言って、恭也は連絡用のヘッドセットをつけ、後部座席のソヨメキにも装着するように言った。
 車が疾り出してからしばらくしても、二人が耳にするスピーカーからは、何も聞こえてこなかった。完全に啓真のヘルメットは無線が届く範囲の圏外にあった。
96鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/05/14(木) 00:19:19 ID:fl4n1d/20
 栃木の林道で赤い鎧武者が仰向けに倒れた。腕で上体を支え、すぐに起き上がろうとしたが、その鼻先に蛮鬼の腕に装着された音撃弦の切っ先があった。
『言え。あの術は何だ』
 少しでも動く度に蛮鬼の剣先が近づく。鎧武者は渋々言った。
「一族に伝わる『断ち切る』秘術だ」
『断ち切る? 何をだ』
 頂鬼が再び沈黙すると、蛮鬼はまた数ミリ頂鬼の顔に黒い鬼石で出来た剣先を近づけた。頂鬼は仕方なく答えた。
「『未来』を」
『それを解く方法は?』
「それは……」
 頂鬼は言葉に詰まった後に、言った。
「ない」
 蛮鬼は頂鬼の顔を蹴り付けた。呻いて鎧武者が完全に仰向けに倒れた時、ガンメタリックのオフロード車がその場に向ってきた。
 オフロード車のドアが開き、長髪に痩躯の男が運転席から降りてきて、周囲を見回し言った。
「スタッフー!」
 それを合図に、林道に立つ蛮鬼の左右から、林の中の茂みを揺らす音が聞こえてきた。
『桃太郎には三人の家来がいるんだったな』
 蛮鬼は素早く腰のディスクを二枚抜き取ると、鬼弦を鳴らして左右に放った。
 桃太郎の時代から、鬼を狩る者には代々三人の家来、すなわち『戌』『申』『酉』が付き従っている。長髪の男と左右から回り込んできた者たちを足せば、数が合うと蛮鬼は考えた。
97鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/05/14(木) 00:24:04 ID:fl4n1d/20
 茂みの中でディスクアニマルの鳴き声が聞こえ、次の瞬間、紙製の古風な音式神が、蛮鬼の放ったディスクアニマルに噛み付かれながら、草むらから飛び出てきた。
 自らの体を引き裂きつつディスクアニマルを振り切ると、蛇型・龍型の式神が蛮鬼に同時に襲いかかった。
「イタダキさん! 早く乗ってください!」
 長髪の男、『戌』に促され、蛮鬼が音式神を斬り捨てている間に鎧武者はオフロード車に乗り込んだ。横にスライドした扉を閉める間もなく、車はUターンしてその場から離れた。
 蛮鬼は装備帯に残っていた一枚のディスクを外し、腕の鬼弦を鳴らして起動した。
『追え』
 疾り去る車を青い鳥型のディスクアニマルが追って行く。だが、車の中から銃声が響き、浅葱鷲は撃ち落とされた。
 今回ボランティアでサポートについてもらった明日夢の乗る赤いエレメント、『不知火』は、今は少年を乗せてこの近辺にある猛士関係者の勤める病院に向っている。蛮鬼はこれに乗車してきたため、現状、頂鬼を追う手段はなくなった。
 蛮鬼が辺りを見回すと、啓真が単車の後部から落としたサイドバッグと簡易テントだけが地面に残されていた。黒いバッグには装飾的な書体で白く「K」と書かれていた。
 未来ある少年の命を危険にさらした頂鬼には、もう『鬼祓い』を行う資格はないと蛮鬼は考えた。しばらくして戻ってきた『不知火』に乗り込むと、蛮鬼は明日夢に、キー坊が入院した病院に向ってほしいと告げた。
98鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/05/14(木) 00:26:12 ID:fl4n1d/20
 再び東京に向けて車を疾らせながら、恭也は後部座席に座るソヨメキに言った。
「『ソヨを護るナイト』だって、キー坊言ってたな。啓真のマネなんかしやがって、あいつ」
 声に悲痛な響きが滲んでいた。キー坊を猛士からのスパイではないかと疑っていたことを、恭也はひたすら後悔していた。
 ソヨメキはあまりのことに、何も言えずにただじっと唇を噛んでいた。
「キー坊が『ナイト』なら、俺はお前を傷付ける存在をすべて蹴散らす、お前のための『槍』だ。俺は――『香車』だ」
 二人がつけたヘッドセットのスピーカーに、突然声が飛び込んできた。
『キー坊もお前も俺様の二番煎じなんだよ、恭也』
「啓真」
 バックミラーに小さく『凪威斗』の姿が見えた。黒い車体はすぐに近づいてきて『嵐州』の横に出た。
 単車を並走させながら、ヘルメット内部に組み込んだマイクで啓真は言った。
「何度でも言うぞ、ソヨ。俺は、お前を護る鉄の馬に跨がったナイト様だ。俺は『桂馬』だからな。――ソヨ、何かリアクションくれ」
 しばらくして、啓真のヘルメット内部のスピーカーから、低くひと言だけソヨメキの声が聞こえて来た。
『頼りにしている』
 啓真が口笛を吹いた。
 前方を見つめて運転を続けたまま、恭也は心の中で叫んでいた。
(お前の気持ちは無駄にはしないぞ、キー坊。俺は必ずソヨを護り抜く)
 二台は闇に包まれたアスファルトの道を、南へ向けて疾っていった。


十八之巻「断ち切る未来」了


99名無しより愛をこめて:2009/05/14(木) 17:18:49 ID:DvBsgU6q0
高鬼SS作者様、鬼祓い作者様、投下乙です。
100名無しより愛をこめて:2009/05/16(土) 21:04:38 ID:aChi6lIV0
いつも、あらすじからして楽しみな鬼祓い。
キー坊が倒れた場面、ちょっと息が止まりました…
その後の全員のリアクション、明日夢青年の登場etc、読んでて盛り上がりました。
続き楽しみにしてます
101鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/05/21(木) 23:58:27 ID:NYXTDEXI0
前回(すぐ近くにあります)のあらすじ:狩野英孝(自称イケメン)は鬼毘の一族の『戌』であり、鬼を狩る者のサポート役を務める。『酉』は情報収集・管理を担当し、『申』は技術や医療等の専門職である。各々の役割は猛士の『飛車』『金』『銀』に相当する。


『鬼祓い』 十九之巻「軋る鬼面」


 秋葉原に立ち並ぶ雑居ビルの地下一階に、メイド喫茶「eshikat」があった。
 黒いワンピースに白いエプロン、フリル付きのカチューシャを付けたウェイトレスが数人、まばらに男性客の座る店内を歩き回っていた。
 会計を終えて単身店を後にする青年に向けて、ツインテールのウェイトレスが満面の笑顔を向けて言った。
「ありがとうございましたー」
 それは、栃木から無事に東京に帰り着いた、ソヨメキだった。
 厨房の奥では、それぞれ黒髪と茶髪の若者二人と、ひときわ背の高い30代の男が、三人で皿洗いをしていた。

 ソヨメキ、啓真、恭也の三人が、夜更けに先代ケイキの知人が経営している秋葉原のメイド喫茶に到着した時、洋介一人が店に着いていた。
 眼鏡を掛け、逆立てた髪から前髪をひと筋たらした店長は、そのとき既に先代ケイキから連絡を受けていた。しかし、洋介一人を前にして、店長は対応を決めかねていた。
 確かに数年前、後に先代ケイキの弟子となる一人の青年の面倒を見たことはあったが、洋介から「後から仲間が来る」と聞いて、何人もの居候を抱えることを躊躇っていた。
「近頃不況でねぇ……五人もいっぺんにってのはちょっとなぁ」
 しかし、後からやってきたソヨメキの容姿を見て、店長は彼らの面倒を見る事に決めた。ソヨメキがメイド喫茶の店員として店に出るということが条件だった。また、人数が四人に減ったというのも決断した理由の一つだった。
102鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/05/22(金) 00:02:26 ID:ieIWHRWN0
 その夜、店長からあてがわれた同じ雑居ビル内の居室で、恭也は洋介に、キー坊の身に起こったことを説明した。
「そんなことがあったのか……。無事回復することを祈ろう」
 五人に増えた仲間は、また四人に戻ってしまった。
 急の事態に備え、啓真の『凪威斗』はシートを掛けて雑居ビルの裏手に駐車し、恭也と洋介の車両は近くの立体駐車場に隠すことにした。
 翌日から、四人は「eshikat」で働きながら、次に打つ手を模索し始めた。
 ソヨメキは、空いた時間で鍛錬を続け、失われた変身能力の回復に努めた。
 啓真は、それぞれの車両の整備・点検に入った。
 恭也は、栃木で蛮鬼に破壊された音撃盤の修復に掛かった。
 そして、まだ顔もその存在も知られていない洋介が、一人街に出て、宗形三十朗の言う『グレーゾーン』についての調査を進めた。
103鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/05/22(金) 00:13:31 ID:ieIWHRWN0
「『グレーゾーン』の一人について正体が判った」
 数日して、雑居ビル内のコンクリートを打ち放した壁に囲まれた居室で、洋介は皆に言った。
「関東支部に、ヒビキという鬼がいるのは、みんな知っているな」
 洋介の問いに、ソヨメキたちは頷いた。三年前、『オロチ』鎮めの中心となった関東支部のエースであり、多くの鬼が目標としている、全国区で有名な太鼓の鬼である。その存在は猛士であれば誰もが知っていた。
「『オロチ』の前年、柴又周辺で『ヒビキ』と呼ばれる男とよく行動を共にしていた高校生がいたことを、街の人が覚えていた。いろいろ聞き込んだ結果、その高校生は、関東支部がカモフラージュでやっている甘味屋にも出入りしていたことが判った。
 高校を卒業してからその少年は、城南大学に進んだらしい。何もかもが『グレーゾーン』の一人の条件に当てはまる」
 城南大学に進んだという点が宗形の話と一致していた。
「新学期に入って、四月からは城南大学の二回生だそうだ。名前は安達明日夢」
「『明日夢』?」
 個性的な名前に恭也は覚えがあった。
「栃木で、関東の鬼のサポーターみたいな奴が、そんな名前で呼ばれていました。医療系の『銀』か何かだと思っていたけど、猛士の正式メンバーじゃなかったんですね」
「医療系か、それも調べた結果と一致する。彼は医学部だ」
「あいつは俺たち三人の顔を知っています。下手に近づかないほうが良さそうだ」
104鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/05/22(金) 00:20:02 ID:ieIWHRWN0
「『グレーゾーン』なら、自宅周辺には猛士の人間はいないという話だったが、彼の場合は自宅が関東支部にわりと近い。俺が聞き込んだ人の中に、もしかしたら猛士の『歩』もいたかもしれないし、どのみちもう柴又には近づかないほうがよさそうだな」
「となると……」
 宗形の話では、同じ大学の一学年上に、もう一人『グレーゾーン』がいるという話だった。
「大丈夫、あと一人候補がいる。俺は、明日からはそっちについての調査に入るよ」
 皆を安心させるように、洋介は笑顔で言った。
「それから今日は、もう一つ話しておきたいことがある。ソヨメキちゃんが変身できなくなっている件に関して、思い出したことがあるんだ」
 ソヨメキは、ひと月ほど前に勝鬼との闘いで変身して以降、鬼の姿に変わることができなくなっていた。
「過去に、『装甲声刃(アームドセイバー)』に関連して似たような事例があった」
 これも、ヒビキの使う音撃武器として、猛士関係者の間では有名なものだった。
「最強の音撃武器と言われている装甲声刃だが、実は正式稼働前にトラブルがあった。テスト使用した複数の鬼が、変身不能になるという現象が出ていたんだ」
 これについては、恭也が数年前に猛士データバンクの中で見たような気がする、という程度で、あとの二人の記憶には残っていなかった。
105鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/05/22(金) 00:27:52 ID:ieIWHRWN0
「簡単に言えば、出力が強すぎて鬼の体内に不要な波動を生み、それが変身を阻害していた、ということらしい。被害にあった鬼の数人は、ひと月ほど変身不能の状態が続いたそうだ。
 装甲声刃を開発した小暮耕之助がその時の失敗を活かして、『鬼祓い』の時に対象を容易に捕獲するために、鬼の変身能力を抑制する音撃武器の開発に入っていたという話を、姉貴か誰かから聞いた気がするんだ」
 基本的に、『歩』である洋介は猛士データバンクを直接閲覧することはない。姉である『金』の琴音か、同級生で『金』見習いの伊家野から聞いた話ということだった。
「関東の鬼が東京で使っていた新型音撃管、栃木で使っていた新型音撃弦、両方とも黒い鬼石が使われていたと君たちは言っていたが……これが小暮耕之助の開発によるものだとしたら、おそらく同じ理論が用いられているはずだ。
 仮に変身不能になる期間が30日だとすれば、あと数日もすれば、ソヨメキちゃんは再び変身可能になるかもしれない」
 ソヨメキは、栃木では音撃弦による傷は負っていない。東京で関東の鬼に黒い鬼石で撃ち抜かれた時を起点として数えるれば、あと数日でまるまるひと月が経過することになる。
106鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/05/22(金) 00:34:10 ID:ieIWHRWN0
 翌日、ソヨメキが近くの公園に鍛錬に出向き、啓真が調整の終わった『凪威斗』の試運転に出かけ、洋介が情報収集に出かけた後のことだった。
 雑居ビル内にあてがわれた居室で音撃盤の修理を終えた恭也は、街に出てネットカフェに入った。琴音からメールの返信が来ていないか確認するためだった。
 都内での勝鬼の襲撃、栃木での蛮鬼と頂鬼との三つ巴の闘いなどが続く間も、恭也は何度かネットカフェに入り、以前作成したフリーメールの受信ボックスを確認していた。
 知らないアドレスから来たメールを受け取って、琴音はそれを迷惑メールとして棄ててしまったかもしれない。そろそろ、もう一回メールを送信すべきかもしれないと恭也は思い始めていたが――
 待ち望んでいた、羽佐間琴音の見知ったアドレスから返信が来ていることに気づき、恭也はネットカフェの個室のパソコンで、急いでメールを開いた。メールの送信日は数日前だった。

『ずっとずっと、心配していました。みんな、ケガとか病気とかしていませんか? ちゃんと食べていますか?
 あの人はまだ意識が戻らないけど、ずっと病院のベッドの上で闘っています。
 私は、先週頃からまたお店にも出るようになりました。
 あの日から「フリューゲル」にはずっと総本部の監視がついています。思うように身動きが取れなくてごめんね。代わりに、弟の洋介にあなたたちの所に行ってもらうように頼みました。
 何か月かかっても捕まらないみんなを洋介が見つけられるかどうかはわからないけど、それでも何もせずにはいられなくて、弟をそちらに行かせることにしました』
107鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/05/22(金) 00:48:15 ID:ieIWHRWN0
 出だしを読んで、まるで故郷で離れて暮らす母親のようだ、と苦笑しながら恭也はメールを読んでいたが、洋介の件を見た時に心の底から安堵した。
 洋介が琴音の依頼で来たという話は、あくまでも本人が口頭で言った内容であり、恭也は内心、洋介が本当に琴音の依頼で来た者なのかどうかを怪しんでいたのだ。
 キー坊の件があって以降は、この疑念をソヨメキや啓真に話すのは憚られたが、実際のところは、彼が本部からのスパイである可能性もあると考え、密かに疑っていた。だがここで、ようやく彼が本当に琴音の依頼で関東に来てくれたのだと確信できた。
 琴音のメールに続く説明によれば、洋介が東京に向かったのは三月末ということで、四月の上旬に東京でソヨメキに出会っているということから、時期的にも符合している。
 恭也が以前メールで依頼した本題に対する答えは、その後に書かれていた。

『あの日、本部から四国に来ていた視察団の名簿は、猛士データバンクにありました。以下が視察団メンバーの氏名です。
 安東朝日
 加藤一樹
 信貴山真矢
 鶴野剛士
 名和永禮
 東山浩
 ……』
108鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/05/22(金) 00:53:08 ID:ieIWHRWN0
 視察団というのはすべて本部の人間で構成されていると考えていたが、実際は他支部のメンバーとの混成だった。これでは一人二人姿を消していても気づかない可能性がある。全員が全員の顔を知っているわけではない。
 宗形三十朗の言った通り、四国に来ながら視察そのものに出かけなかった者がいたとすれば、その人間がサザメキ襲撃に関与している可能性は高い。
 そして何よりも、恭也は現場にいた視察団の顔を見ているのだ。この名簿に載っている人間一人一人に会ってみて、見覚えがない顔がいれば、その者が怪しい。
 しかし実際問題として、全国の猛士から追われる身である自分にそんなことができるはずはない。何か他に手がないものかと、恭也はネットカフェの個室で考えた。
 恭也がパソコンのモニターを前に無言で考え込んでいた時、琴音からのメールを開いたウィンドウの後ろで、メールの受信ボックスの件数が一件増えた。
 琴音からの続報かと思ったが、知らないメールアドレスだった。恭也と同じくフリーメールのドメインで、件名は「鳥取でお会いして以来です」となっていた。
 恭也はもう一度メールアドレスを確認した。アカウントは「silver_bullet」――シルヴァー・ブレット。「銀の弾丸」という意味になる。
 何度見ても心当たりのないアドレスだったが、その件名には恭也の心を引きつけるものがあった。メールを開封した恭也はその内容に目を見張った。
109鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/05/22(金) 00:58:34 ID:ieIWHRWN0
『皆さんになるべく早くこのメールを読んで頂けることを祈ります。
 これを読み終えたらすぐに関東支部に行ってください。彼女が犯人でない理由を順序立てて事務局長に説明してあります。

 申し訳ありませんが、香川にいる皆さんの知人の方のメールボックスに、こっそり見張りをつけさせて頂きました。
 失礼ながら送信内容も確認させて頂き、宛先が鳥取でお会いした方だとわかりましたので、こうしてこのメールを送付させて頂いています。
 皆さんは大学を出たあたりで監視の網にかかっていました。そこから追跡した結果、支部の一人と皆さんが遭遇したわけです。
 その大学に行って聞き込んでみて、皆さんが誰に会いに行ったかがわかりましたので、ぼくもその人に会ってみました。自分が“グレーゾーン”という立場であることを明かした上で、皆さんが大学でしたお話の内容を教えて頂きました。
 また、これまで皆さんに直接お会いした方々とも連絡を取り、総合的に考えた結果、皆さんの主張が真実であると判断しました。

 それから、おそらく現在、彼女は変身できない状態にあると思います。これは黒い鬼石で攻撃を受けたことによって体内に発生した、波動の影響によるものです。
 この現象はそのままでもひと月ほどで解消されますが、歌を歌うことによって解消することもできますので、必要があれば試してみてください。
 感情を込めて歌うことによって変化した心臓の鼓動と、歌そのものが持つサイクルが同一、または等倍の周期に達した時、黒い鬼石による波動が打ち消されて現象がなくなります。
 また彼女の場合、声に含まれる“1/fゆらぎ”そのものがサイクルを持っていますので、心臓の鼓動がこれと重なってもやはり現象は解消されます。もっとも簡易なケースでは、感情のこもったシャウトひと声で変身を阻害する波動が消えることが考えられます』
110鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/05/22(金) 01:02:47 ID:ieIWHRWN0
 午後のトレーニングを切り上げて秋葉原の雑居ビルに帰ってきたソヨメキは、汗を流した後、メイド服に着替えて居室を出ようとした。
 夕方以降はウェイトレスと皿洗いを行うというのが、ソヨメキたちがこの雑居ビルを拠点として起居に使用させてもらうための条件だった。
 廊下に出て地下の店舗に向かおうとすると、暗い通路に黒い人影が立っているのに気づいた。頭には二本の突起――鬼の角があった。
「関東支部の鬼か?」
 それにしては、闘気というものが感じられなかった。勝鬼にも蛮鬼にもあった、相手を威圧するような力がその影にはなかった。それがあれば、部屋を出る前にソヨメキの元に何らかの気配が伝わってきていたはずだ。
 その影が、腰の装備帯から一枚の銀盤を取り、ソヨメキに投げてよこした。
 受け取らずに躱したソヨメキの足元に、乾いた音をたててディスクが転がった。
 それを見た影から、機械で加工された軋るような声が発せられた。
『オイオイ。駄目ダヨ、チャント受ケ取ラナイト。ソノでぃすくノ中身ヲ聴イテミナ』
 二本角の影から目を離さないようにしてゆっくりと屈み、ソヨメキはディスクを拾い上げた。メイドの衣装の下から取り出した鬼笛にディスクを装着し、そこに録音された音を彼女は聴いた。僅かな雑音が流れた後、覚えのある声がディスクから聞こえた。
『……ごめん、ソヨメキちゃん。俺の行動がバレて、捕まった』
 それは洋介の声だった。
『俺のことは気にせず逃げろ』
 録音されていたのはそこまでだった。
『ドウスルー?』
 相手を小馬鹿にしたような高い声で、影はソヨメキに訊いてきた。


十九之巻「軋る鬼面」了


111名無しより愛をこめて:2009/05/23(土) 15:32:38 ID:T4Xuxr070
投下乙です。

一話一話の切り方が上手すぎw続きが気になってしかたない・・・
112名無しより愛をこめて:2009/05/23(土) 18:14:40 ID:hyLTUk5d0
明日からいよいよディケイドが響鬼編に入り、
これが終わる頃には高鬼欧州編が完結するという・・・
これから二週間いろいろと楽しみだ。
113欧州編 第十夜:2009/05/24(日) 00:12:37 ID:SQ3dTSWI0
降りしきる雨の中、突如として現れた漆黒の竜を目の当たりにして、レスターも町の住人達も暫し呆然と立ち尽くしていた。
「……い、いかん!」
我に返ったレスターが、人々に避難するよう呼び掛ける。我先にと逃げ出す人達。喧騒。悲鳴。
そこへ一台のトレーラーがやって来た。DMCの車両だ。
「ジェバンニ!」
「レスター指揮官!全く連絡が取れなくて心配したんですよ!」
助手席の窓を開けて、ジェバンニが答える。
「ああ、どうやら妨害電波の類が何処かから出ているようだ……」
手にした愛用の携帯電話に視線をやりながらレスターが言う。
「それより……」
「ええ、使いますよ。そのためにはあなたの承認が必要です」
ニヤにルーエンハイム解放作戦の指揮権を委ねられているレスターの許可、これがなければ新兵器は使えない。それに対し、レスターは迷う事なくこう告げた。
「使用を許可する!我々DMCの底力を見せてやれ!」
「了解!」
敬礼を終えたジェバンニが窓を閉めると同時に、トレーラーは再びドラキュラとD達が戦う場所へと向けて走り去っていった。
114欧州編 第十夜:2009/05/24(日) 00:15:55 ID:SQ3dTSWI0
暴威を体現したかのようなドラキュラを前に、Dとバキは徐々に押され、今や完全に劣勢に立たされていた。
「あんた、ヴァンパイア退治の専門家じゃなかったのかい?」
「悪いな、ここまでとんでもないのは俺も初めてなんだ」
ヴァンピールであるDはまだしも、変身出来ないまま戦いを続けているバキは傍目からも辛そうに見える。
ドラキュラが大きく振り回した尾によって、瓦礫が飛び散り二人を襲った。回避するも動きを読まれ、渾身の体当たりを受けてしまう。まるでゴミのように吹き飛んだ二人は、近くの民家に激突し、壁を破壊して漸く止まった。
「バキ!」
ルミナが叫ぶ。粉塵の向こうからバキ達が立ち上がってくる様子はない。地響きを立てながらドラキュラが近付いてくる。牙の間から、真っ赤に燃え上がる炎が覗いた。とどめを刺すつもりだ。
その時、背後から飛び出してきた狼が手にした弦でもう片方の羽を切り裂いた。ヨンネだ。着地するや一声吼えるヨンネ。まるでそれが合図になったかのように、壊れた壁の向こうからDとバキが姿を現した。
「何処の狼だ?」
その手にした大天使の弦を見て、Dが答える。
「ありゃあベルセルクだな。北欧の戦士だ」
ヨンネはドラキュラの方に向き直ると、高く掲げた「ウリエル」の刃を、地面へと勢いよく振り下ろした。舗装に使われていた石が吹き飛び、ドラキュラの顔面目掛けて矢の様に飛んでいく。
腕を使って防御するドラキュラ。隙が出来た。ヨンネの構える「ウリエル」から炎が吹き出した。ヘブライの伝承によると、大天使ウリエルは炎の剣を持ってエデンの園を守護していると言う。
聖なる炎の刃が、ドラキュラの分厚い皮膚を切り裂き、焼いた。ヴァンパイアの再生能力を持ってしても、焼け焦げた皮膚の回復は容易ではなかった。
115欧州編 第十夜:2009/05/24(日) 00:18:12 ID:SQ3dTSWI0
ヨンネは再び高く吼えると、「ウリエル」を四方八方に振り回し始めた。彼の背後まで来ていたD達の体を、炎の刃が掠めていく。
「うおっ!?」
防刃コートに付いた焦げ跡を見やりながら、Dが叫ぶ。
「見境無しかよ!」
「トランス状態ってやつじゃないの?」
「ああ、そうか……」
思い出す。北欧の狼は狂気の代弁者であると言う事を。神話の時代から闘争を続けてきた者の末裔だと言う事を。
それ故にベルセルクは、常に手綱を握る役目の人間とペアで行動している筈だ。だが、今ここに居るのは彼一人のみ。
「おい、もう一人はどうした」
Dの問い掛けに対し、ヨンネはただ低く唸り声を上げるだけ。完全に我を失っている。どうやら超常吸血同盟によるお膳立ては、町の住人だけでなくヨンネの精神にも影響を及ぼしてしまったようだ。
スピードを活かし、ヨンネがドラキュラに再度斬り掛かっていった。迎撃すべく火を吹くドラキュラ。それを躱すヨンネ。当然ながら、炎は避けた彼の背後にあるものを薙ぎ払っていった。
「あいつの戦い、無茶苦茶だ!」
その時、雨音や戦闘の喧騒に混じって、優美な旋律が流れてきた。途端にヨンネの動きが止まる。
その隙を衝いてドラキュラが右手の爪でヨンネを引き裂くべく攻撃を仕掛けてきた。だが、一発の銃声と共にドラキュラの右目が弾け飛ぶ。
「ヨンネ!」
「Dも居るのか。当然無事だろうな」
バイオリンを構えたヒッタヴァイネンと、硝煙の昇るショットガンを手にしたアランが立っていた。
御者の到着である。
116欧州編 第十夜:2009/05/24(日) 00:21:56 ID:SQ3dTSWI0
突然の爆発に、大佐以下独逸支部の人間は右往左往していた。予想外の出来事に、指揮系統が完全に乱れている。
「外の連中の仕業か!?」
だがモニターには、相変わらずハル達の姿がはっきりと映っていた。
同じ頃、監房へと入れられていたニヤ達は、ムウの手により助け出されていた。
「よくここまで来れたな」
手錠を外してもらいながらサッキが言う。
「この程度、風水を極めた者にとっては容易い事」
何でも、風水を用いて吉と出る方角を辿ってきたらしい。ちなみに監視モニターは漢神の力で誤魔化してきたと言う。
「あなたを外に待機させておいて正解でした」
素直に礼を述べるニヤに対し、ムウもまた「感謝の極み」と深々と頭を下げた。
「ところでさっきから続く爆発音と震動……。チョウキか?」
サッキの問いに、無言でムウが頷く。
同時刻、独逸支部内ではムウと共に入り込んでいたチョウキが、火を点けた黒紫蝶を放って破壊の限りを尽くしていた。
「陽動は派手にやるもの。戦いの鉄則だな」
支部に残っていた狼達に変身する暇を与えず、その炎が身を焦がしていく。
「私はカズキンを助けに行く」
一同に向かってトッコが告げた。捕まった際、一人だけ別室へと連行されたカズキンを助けに行くと言うのだ。
「一人で行く事はありませんよ。全員で行きましょう」
ニヤがそう告げるも、トッコは取り上げられていた愛用の処刑鎌を掴み取ると、そのまま駆け出していってしまった。
「支部内は勝手を知らなければそれこそ迷路のようなものだと言うのに……」
「迷路の最も簡単な攻略法は御存知ですか?」
ふいにムウが尋ねた。ニヤ達の答えを聞く事もなく、続けざまにこう言う。
「……壁をぶち壊す事ですよ」
117欧州編 第十夜:2009/05/24(日) 00:25:06 ID:SQ3dTSWI0
急ぐトッコの前に、重火器で武装した兵達が立ちはだかった。
「どけ」
ドスの利いた声でトッコが威圧するが、兵達は怯む事なく銃口を彼女へと向けてくる。
「……少しは命を惜しめ」
その言葉に、兵士の一人が漸く口を開いた。
「我々は大佐殿の銃!盾!剣!道具に感情はいらぬ。ただ殺すだけ」
「大した忠義だな。それとも洗脳の賜物か?」
腰を低く落としたトッコが、必殺の構えを取る。死を呼ぶ天使を二つ名に持つ彼女に、銃など脅しにすらならない。
その時、壁をぶち壊して何かが飛び出してきた。兵士達が瓦礫に押し潰される。何が起きたのか分からず、構えを解くトッコ。
「追いついたぜ」
そこには、煙草を美味そうに吹かすサッキを頭に乗せた、巨大な瑠璃狼が唸り声をあげていた。
「何だこれは!?」
「文字の力だ」
瑠璃狼が開けた穴の向こうから、埃を払いながらムウが出てきた。その後からニヤ達が続く。
どうやら漢神の力でディスクアニマルを巨大化させたらしい。
「付いてこい。匂いを辿って、あいつが捕まっている場所まで行く」
そう告げると、サッキは瑠璃狼に何やら指示を飛ばした。それに応えるかのように一声吼えると、瑠璃狼は再び壁を突き破り進んで行った。
118欧州編 第十夜:2009/05/24(日) 00:31:12 ID:SQ3dTSWI0
「カズキン、無事か!?」
「トッコさん!」
一人別室に監禁されていたカズキンを救出し、胸を撫で下ろす一同。
「あとはここを破壊するだけか……」
「違います。大佐を捕らえるのです」
取り立て人時代の癖か、サッキが口にした物騒な発言を即座に否定するニヤ。あくまでもここはDMCの施設である。なるべく原型を留めた状態で取り戻したい。そうニヤが告げたが。
「そりゃ無理だ」
「右に同じく。あの男が加減などするものか」
「チョウキは派手好きだからな」
サッキ、トッコ、カズキンの三人が口を揃えて否定する。事実、先程から間断無く爆音が響いてきている。調子に乗ったチョウキが実に厄介だと言う事を、彼等はよく知っていた。
「ですがニヤ、総本部の方が……」
不安そうに尋ねるササヤキに向けて、ニヤが言う。
「大丈夫です。あちらにはZEUSの人達が残っていますから」
オーガにペルセウスがやられたという報告を受けたZEUS本部は、汚名返上のため「白銀」より上の階級である「黄金」の派遣を決定、その出迎えのために希臘勢は全員ヴァチカンに残っているのだ。
「それに……」
今頃、伊太利亜にはあの男が再び訪れている筈だ。そう告げるや否や、ササヤキは安堵の笑みを漏らした。
119欧州編 第十夜:2009/05/24(日) 00:36:06 ID:SQ3dTSWI0
「一体何をやっているのだ!」
オルロックの檄が飛ぶ。
超常吸血同盟側は、誰もが勝利を確信していた。ヴァンパイアだけでなく、機械改造を施された大量のグールやDMCを裏切った各支部の狼達を合わせた、340名ものカンプグルッペ。負ける要素など何処にもなかったのだ。だが。
爆音と共にグールの群れが空高く打ち上げられた。
この圧倒的戦力差を覆し、ヴァンパイアの群れごと常識を叩き潰し、獅子奮迅の活躍を見せる者達が居たのだ。それは超常吸血同盟が知らない相手、希臘の英傑達。
砂埃の中に浮かび上がる三つの影。ZEUSは、なんと「黄金」を一気に三人も投入してきたのだ。バルカン半島とエーゲ海全域を守護する聖闘士達の頂点に立つ者の実力は、まさに一騎当千。それが三人も揃ったのである。本国でも滅多に見られない光景に沸き立つギャラリー。
「つまんねえ。わざわざ俺達が出張ってきた甲斐がないぜ!」
「我等三人揃えば、国一つ滅ぼす事も可能」
「寄せ集めの集団ごとき、勝てて当然と言うものです」
その日、伊太利亜もまた天気は崩れていた。だが彼等の身に纏った聖衣は金色に光り輝き、その威光はヴァンパイア達を十二分に震え上がらせていた。彼等の噂を聞きかじっていた元DMCの狼達に至っては、完全に戦意を喪失している。
大口を叩くのは、それに裏打ちされた実力ゆえ。見よ、余裕の笑みを浮かべたまま仁王立ちする三人の勇姿を!彼等のコードネームはそれぞれ「キャンサー」、「タウラス」、「ピスケス」。黄道十二星座の蟹座、牡牛座、魚座を模った聖衣を纏った戦士達だ。
「ぬうん!」
腕を組み、仁王立ちの状態のままでタウラスが叫ぶ。その途端、闘気が放出され、ヴァンパイア共が天高く吹き飛ばされた。
「そりゃあ!」
続いてキャンサーが、上空を舞い落ちる敵に向けて燐火を放つ。日本の鬼が使う鬼法術・怪火や鬼棒術・小右衛門火のようなものだと思っていただきたい。身を焼かれ、悲鳴を上げるヴァンパイア達。
「行け!行けぇ!」
オルロックに命じられるまま、何人かが彼等三人を突破しようと駆け出した。だがそれが許される筈もない。
「うぎゃあ!」
あちこちで悲鳴が上がる。ピスケスの仕掛けた罠に嵌ってしまったのだ。日本の鬼で言うところの毒属性を持つ彼は、事前に周囲の地面を毒沼に変えていたのである。
120欧州編 第十夜:2009/05/24(日) 00:40:52 ID:SQ3dTSWI0
「貴様等本当に人間か!?」
オルロックが叫ぶ。ZEUSの聖闘士達は、強化服を身に纏っただけのただの人間だと聞いていた。だが、「黄金」ともなればその実力は最早人外の領域である。
「てめえら全員、タルタロスへの供物にしてやる!」
邪悪な笑みを浮かべながらキャンサーが言う。
「裏から攻めている部隊はどうした!?」
オルロックが通信機に向かって叫ぶも、ただ雑音が聞こえてくるだけ。
「観念するのだな、ヴァンパイア!」
「ふっ、私達に勝とうなど笑止」
念のために言っておくが、この場にまたしてもオーガが乱入してくるような事は、無い。そういう訳で、ヴァチカンの地は完全に彼等三人による無双乱舞の場と化していた。
否、もう一人、先程オルロックが言っていた裏を守護する男が居た。
その男の正拳が、喉を狙って襲ってきたヴァンパイアの顔面に炸裂し、骨を砕いた。彼の周囲には、戦闘不能状態に追い込まれたヴァンパイア達が数体転がっている。
「強い……!」
「本当にただの人間か!?」
オルロックと同じ様な事を、ヴァンパイアの一人が叫んだ。それ程までに強いのだ、この男は。
男は着ていたスーツのネクタイを締めなおすと、冷静ながらも凄みのある口調でこう告げた。
「ヴァンパイアは便所に追い詰めて肥溜めにぶち込んでやる」
この男は、ほんの少し前に全く同じ発言を公共の場で述べていた。尤も、その時はヴァンパイアがテロリストになっていたが。
男の名はウラジーミル・プーチン。サンボと柔道の大会で優勝した経歴を持ち、若い頃はKGBに所属、そしてこの僅か一月後にはロシア首相に任命される男である。
話は変わるが、「パニッシャー」と言うアメコミ原作の映画にこのような名台詞がある。主人公の命を狙う悪党が、劇中最強の男を呼ぶ時の台詞だ。それは。
「ロシア人を呼べ!」
121欧州編 第十夜:2009/05/24(日) 00:46:06 ID:SQ3dTSWI0
司令室には、大佐一人が残っていた。他の者は全員迎撃に向かい、そのまま帰らぬ人となっていた。
「私としては投降をお勧めします」
「そんな訳はなかろう」
ニヤの提案を、大佐は一蹴した。
「では我々と戦うと?」
その言葉が終わらぬうちに、サッキ、トッコ、カズキンがそれぞれの武器を手に一歩前へと出た。だがそれを見ても大佐は余裕の笑みを崩そうとはしない。
と、突然ニヤ達の目の前で小さな爆発が起きた。威力は低いものの、至近距離での爆発に一瞬ながら視覚と聴覚を奪われてしまう。大佐が何らかの仕掛けを施していたようだ。
「何処だ!」
カズキンが叫ぶ。それに対しニヤが「声を出してはいけない!」と叫んだ。だが遅かった。
刹那、一匹の狼がカズキンの喉笛に噛み付いていた。血が噴き出し周囲に飛び散る。
「急所は外しておいてやった。暫く大人しくしていろ」
その狼の声は、紛れもなく大佐のものであった。
煙が晴れた。
血塗れで倒れたカズキンを見て、トッコが叫ぶ。急いで彼の傍に駆け寄り、抱き起こすトッコ。
「貴様ぁ!」
黄金の毛並みを持つ狼へと姿を変えた大佐を、トッコが睨みつける。
「あなたもワーウルフだったのですね。恥ずかしながら今の今まで知りませんでした。……失態です」
「そうだ。コードネームはゾルフ。言っておくが私は強いぞ」
処刑鎌を手に立ち上がろうとするトッコを、サッキが制した。
「頭に血が上った状態で勝てる相手じゃねえ。ここは任せろ」
それだけ言うとサッキは煙草を近くの壁で揉み消し、次いで手首に巻いた変身鬼弦を鳴らし額へと掲げた。弦の音色と共に、サッキの全身が闇に包まれる。
気合いと共に闇を払い、殺鬼がその姿を現した。
「行くぜ!」
音撃弦・降魔を構え、ゾルフに向かって斬り掛かる。対するゾルフも、一声高く吼えると目にも留まらぬ速さで殺鬼に跳び掛かっていった。刃と爪がぶつかり合い、火花を散らした。
122欧州編 第十夜:2009/05/24(日) 00:53:07 ID:SQ3dTSWI0
逃げ遅れた少年が、脚から血を流し、涙を流しながら許しを乞うている。だが相手は冷酷なヴァンパイア。その手に握られた銃が、少年の頭に向けられる。
「ちょっと待ったあ!」
声が聞こえたと同時に、異形の戦士の蹴りが銃を弾いた。次いでヴァンパイアの水月に貫手を叩き込む。口から吐瀉物を撒き散らしながら倒れこむヴァンパイア。
「坊や、無事か!?」
新たに現れた怪物がこちらを向いた瞬間、少年の意識は遠退いた。
「おい、しっかりしろ!」
慌てて少年の傍に駆け寄り、抱き起こす。どうやら気を失っただけのようだ。
「可哀想に。怖かったろうな……」
決定打となったのが自分だと言う事に気付かず、龍の姿をした戦士――成龍が少年を抱き抱える。銃で撃たれた傷からは、止め処なく血が流れていた。早く安全な場所に運ばなければならない。
「うおお!」
上空から、ライフルを抱えたヴァンパイアを掴んで童虎が落下してきた。地面へとヴァンパイアの顔面を叩きつけ、これを粉砕する。
「これで四……否、五人目か」
町に潜入し、混乱を演出していた下級吸血鬼の数はこれで五体。まだ後どのくらい残っているのか、彼等にも分からなかった。
123欧州編 第十夜:2009/05/24(日) 01:13:11 ID:SQ3dTSWI0
「それよりもこの坊やを安全な場所に……」
「君達!」
そこへレスターが駆け寄ってきた。この雨の中、何度も転んだのだろう。伊太利亜製の高そうなスーツはぐちょぐちょの泥まみれになっていた。
「レスター指揮官!」
「後の事は他の者に任せて、君達はあのドラゴンを退治に向かってくれ!新兵器の運用に人手が必要なんだ!」
「新兵器!?」
素っ頓狂な声を上げる成龍。だがどこか嬉しそうだ。
「了解です。行くぞ」
童虎に促され、ドラキュラの方へ向かおうとする成龍。と、背を向けた彼等二人に、先程成龍にやられた筈のヴァンパイアが跳び掛かってきた。まだ息があったのだ。
しかし成龍は、慌てる事なく回し蹴りをカウンターで叩き込んだ。ヴァンパイアが体勢を整えるのを待つと、両手を体の正面で合わせた独特の構えで対峙する。
再び牙を剥き襲い掛かってきたヴァンパイアを軽くいなすと、両側頭部に同時に手刀を叩き込んだ。衝撃で眼球が飛び出し、鼻血が噴き出す。
「赤心拳・諸手打」
童虎が実戦において虎拳を操るように、彼もまた赤心拳の使い手であった。合掌を終えた成龍は、童虎と共に屋根を飛び越え、直線距離でドラキュラの下へと向かっていった。
124欧州編 第十夜:2009/05/24(日) 01:18:14 ID:SQ3dTSWI0
ヒッタヴァイネンの登場で、見違えるように動きの良くなったヨンネ。弾幕を張り続けるアラン。そしてバキとD。これが普通の相手ならば、もう決着はついていた事だろう。だが相手は上級吸血鬼が変化したドラゴン。残念ながら一筋縄ではいかない。
「くそっ!」
何度もドラキュラの体を斬りつけたDのバスタードソードが、とうとう刃こぼれを起こした。手も痺れてきている。全身を覆う頑丈な鱗に、打撃武器は一切通用していなかった。銃弾も同じだ。
「化け物め!」
何を今更といった感じの台詞をアランが吐く。
彼が使用する銃弾は、錬金術で練成した銀十字を錫溶かして作った、対吸血鬼用の特殊弾丸だ。しかも銃身には魔術文字が刻まれている。それが通用しないような相手と対峙するのは、初めての事だった。
ドラキュラの尾が、バキを絡め取って近くの民家へと投げつけた。石造りの小さな家は粉々に砕け散り、粉塵が舞う。
気力を振り絞り立ち上がったバキを、何度も尻尾で叩き付ける。二発、三発と続くうちにバキの体は徐々に地面へとめり込んでいった。
バスタードソードを手に、Dが跳び掛かる。鱗に斬りつけた瞬間、音を立てて刃が砕けた。折角手に入れた「白い羊膜の粉末」も、やはりヴァンピールである自分には意味がなかったようだ。あるいは相手が強すぎるのか。
「ここが死に場所か。これも運命……」
「おいベルセルク!運命なんて言葉で逃げるな!」
ヨンネの呟きに反応し、Dが叫ぶ。たとえ武器が使えなくなっても、彼はまだ望みを捨てていなかった。ここで死ぬわけにはいかないのだ。ジョナサン前隊長に会いに行くにはまだ早い。
「運命は神ですら抗う事は出来ない」
ヒッタヴァイネンの旋律を耳にして落ち着きを取り戻して以来、彼はずっと冷静だ。
北欧神話では主神オーディン以下、全ての神々がウルド、スクルド、ヴェルダンディと呼ばれる三女神の定めた通りの運命を辿る。そういう決まりなのだ。最後に待ち受けるのはラグナロクと呼ばれる最終戦争であり、九つの世界は滅びる運命となっている。
125欧州編 第十夜:2009/05/24(日) 01:26:47 ID:SQ3dTSWI0
そこへ、ジェバンニを乗せた大型トレーラーが到着した。コンテナが電動で開き、中から何かが現れる。それは……。
「……え?」
そこには、沢山のバズーカが所狭しと並べられていた。だがモンスターに現行火器は通用しない。厳密に言うと、ダメージを与えられない事はないのだが、完全に殺す事は出来ない。洋の東西を問わず、その摂理は一貫している。
「弦の心得がある人はどれでもいいから手に取って!早く!」
ジェバンニが叫ぶ。あのニヤが自信を持って運用を決定した以上、ただの兵器ではない筈である。
まず、Dがバスタードソードを投げ捨ててトレーラーへと向かった。どうやら弦楽器の心得があるらしい。次にヒッタヴァイネンに促されるまま、ヨンネが向かっていった。
「これだけ!? 二人だけじゃ足りない……」
「どうした、まだか!?」
トレーラーを叩き潰そうと移動するドラキュラに向けて発砲を続けながら、アランが叫ぶ。
ドラキュラが超高火炎を吐くべく、大きく息を吸い込んだ。だが、炎が一直線に吐き出された瞬間、アランとドラキュラの間に割って入る者が居た。
成龍だ。両腕を円を描くように動かす、所謂「回し受け」の動作で炎を全て払い飛ばしてしまう。更に。
「赤心拳・梅花!」
絡め取った炎を気合と共にドラキュラに向けて跳ね返した。顔面に直撃を受け、ドラキュラが顔を背ける。
「チャイニーズ!」
「無事か、ジョンブル?」
「こっちへ来てくれ!」
成龍が弦使いである事を知るジェバンニが、大声でトレーラーの方へ来るよう呼び掛けた。
「これが新兵器?」
成龍の言いたい事を察したジェバンニだが、それについて説明する事はなく、ただ相手に向けて撃ち込めとだけ伝えた。
「最低でもあと一人は欲しいところだけど……今は贅沢を言っていられない!」
126欧州編 第十夜:2009/05/24(日) 01:30:59 ID:SQ3dTSWI0
再びトレーラーを破壊しようとするドラキュラ。だが今度は、横から跳んできた童虎の虎拳を頬に喰らい、転倒してしまう。
「大丈夫か?」
着地するやバキを助け起こす童虎。バキは満身創痍で血塗れの状態ながらも不敵に笑ってみせた。
「今だ!」
起き上がろうと体を起こしたドラキュラに向けて、D、ヨンネ、成龍の構えたバズーカが一斉に火を吹いた。弾頭は頑強な鱗に阻まれる事なく命中し、その体に深々と突き刺さった。
「爆発しないけど良いのか!?」
「これで良いんです!次はコードを弦に繋いで!」
「コード?」
見ると、各弾頭からはそれぞれ一本のコードが伸びていた。言われるままに、ヨンネと成龍がそれぞれの弦にコードを繋ぐ。Dにも一本のギターが手渡された。
「これでどうする!?」
「後は……」
そこへ吸血蝙蝠の大群が飛来した。ドラキュラの眷属だ。雨を物ともせず、縦横無尽に宙を飛び交い、地上に居る者達へと襲い掛かる。
「うわっ!これじゃあ……」
その時、不思議な事が起きた。吸血蝙蝠の群れが雨ごと、否、周囲の大気ごと凍って地面に落ちていったのだ。それを見てはっとするジェバンニ。ここルーエンハイムを訪れている者の中でこんな芸当が出来るのは……。
「ミガルー!」
近くの民家の屋根の上に「ガブリエル」を構えたミガルーと、護身用の日本刀を手にしたエリカの姿があった。刃を展開した「ガブリエル」からは冷気が噴き出している。
ミガルーが「ガブリエル」を振るった。冷気が放たれ、遠く離れた位置に居る吸血蝙蝠達は触れた瞬間氷付けとなり地面に落ちた。「ガブリエル」に試験的に搭載されていたギミックである。
だが、この攻撃は範囲が限られている。射程外に居た蝙蝠達が、その矛先を彼等二人に向けて襲い掛かる。しかし。
「島原抜刀流・回天!」
音速の速さで抜刀したエリカの回転斬りが、無数の吸血蝙蝠を死骸へと変えた。刀を鞘に収めると、再び居合いの技を放つ。
「島原抜刀流・桜花!」
斜め下から有り得ない速さで繰り出された袈裟斬りが、再度吸血蝙蝠の群れを駆逐する。サポーターながらも常にミガルーと共に危険な前線に立っている理由がこれだ。日本好きが高じて、通信教育で学んだ賜物である。
「Amen」
そう呟きながら十字を切り、刀を収めるエリカ。
127欧州編 第十夜:2009/05/24(日) 01:39:09 ID:SQ3dTSWI0
ジェバンニ達の傍へと飛び降りたミガルーは、状況を把握するとバズーカを手に取り、同じようにドラキュラ目掛けて撃ち込むと、コードを「ガブリエル」へと繋いだ。
「次はどうすれば良い?」
「えっ?あ、ひ、弾いて下さい!魂の赴くままに!ここに居る全員でセッションするかのように!」
「つまり、いつも通りにやれば良いんだな?」
そう確認するや否や、成龍がいの一番に演奏を始めた。続いてヨンネが、それに被せるかのように「ウリエル」を掻き鳴らし始める。それを見てミガルーも、覚えたばかりのギター型音撃弦用の曲を弾き始めた。最後にDも、彼等に合わせてギターを爪弾く。
四人が思い思いに奏でる清めの波動は、コードを伝って弾頭へと流れ込んだ。弾頭に組み込まれた装置が波動を増幅させ、ドラキュラの巨体の隅々にまで流し込む。
悲鳴を上げ苦しむドラキュラだが、しっかりと体に食い込んだ弾頭からは刃が飛び出しており、どう足掻いても抜ける事は無い。
「見たか、これが新兵器『ハウリン・ウルフ』だ!」
ジェバンニが声高々に叫んだ。
後に日本の猛士関東支部で、裁鬼と言う名の鬼が使う音撃双弦――あれの大掛かりなバージョンだと思ってもらって構わない。
硬い鱗と巨体を誇るドラゴン種に効率良くサウンドアタックを叩き込むべく作られた、音撃斬は直接武器を介して使用しなければならないと言う先入観を覆す、DMC総本部の自信作だ。
「ハウリン・ウルフ」の効果は抜群で、徐々にドラキュラの悲鳴が弱々しくなっていく。
フィニッシュの掛け声と共に、とうとうドラキュラの巨体が木端微塵に消し飛んだ。成り行きを見守っていたジェバンニ達が歓声を上げる。
「今までで一番気持ちの良い演奏だったぜ!」
そう言ってDとハイタッチする成龍。
「どうやら我々が死ぬ運命はまだまだ先だったようですね」
「ウリエル」を掲げて叫び声を上げるヨンネに笑顔を向けながら、ヒッタヴァイネンが呟いた。
「……まだだ」
ふいにバキがそう告げた。次いで、彼の傍らに立つルミナが、粉塵の中で蠢く何かの姿を確認する。
「あ、あ……」
「!?」
そこには、罅割れた全身からどす黒い血を垂れ流しながらも立つ、アルカードの姿があった。
128欧州編 第十夜:2009/05/24(日) 01:44:06 ID:SQ3dTSWI0
「まだ生きて!?」
「流石は上級と言ったところか。だが今なら……」
そう言ってアランが銃口を向ける。今のアルカードならアランの銃でも仕留める事は可能だろう。
「……何かあったな」
消え入りそうな声でアルカードが呟く。自分がやられた時点で、モニターしている筈の大佐が「あれ」を使う筈だ。だが何も起こっていないと言う事は、独逸支部で何かあったと言う事に他ならない。
アルカードが口笛を吹くと同時に、またしても大量の吸血蝙蝠が現れ、その場に居た全員の視界を塞いだ。各々手にした武器で蝙蝠を払いのけるが、既に満身創痍のアルカードは何処かに消えた後だった。
「逃げられたか……」
「だが指揮官を撃退した以上、もうこの町は大丈夫だろう」
悔しそうな成龍に向かって、童虎が告げた。
「そうだ、バキ……」
ルミナがバキにある物を手渡す。
「さっき見つけたんだ。そこの瓦礫の下に入り込んでた」
「あ……」
それは、ドラキュラに攻撃を受けた際に失くしてしまった、彼の変身音叉だった。
「有難うな」
音叉を受け取り、ルミナの頭を撫でてやる。それに対しルミナは。
「お?」
照れ臭そうに笑ってみせた。
「やっと、笑ったな?」
バキもまた、笑顔で応えた。
129欧州編 第十夜:2009/05/24(日) 01:55:04 ID:SQ3dTSWI0
ゾルフと渡り合う殺鬼。パワーファイターの殺鬼に対して、ゾルフは残像が残る程の超スピードで四方八方から攻撃を仕掛けてきた。鋭い爪が殺鬼の背に、肩に、腕に食い込み、辺りに鮮血を散らす。
「やはり私が!」
そう言って戦いの輪に飛び込もうとするトッコを、再び殺鬼が制した。
「心配するな。お前はカズキンの傍に居てやれ」
当のカズキンは、マリアのヒーリングによって辛うじて命を繋いでいる状態だ。ヒーリングはあくまでも治癒力を高め、痛みを癒すための技。完治した訳ではないのだ。
「どうした?こちらは別に何人相手にしても構わないのだぞ?」
その言葉を受けて、今度はムウが一歩前に出ようとする。だが。
「!?」
突如、ムウの胸に真っ赤な血の花が咲いた。銃撃を受けたのだ。見ると、ゾルフの右人差し指の先から硝煙が上っている。
「早く手当てを!」
ニヤが叫ぶ。マリアがムウの傍らにしゃがみ込み、傷口に掌を翳した。
「次は私が」
そう言うと今度はササヤキが傷口に手を翳す。途端に氷がムウの銃創を塞ぎ、出血を止めた。カズキンにも同じ処置が施されている。
「何だ、それは」
殺鬼の質問に答える事もなく、ゾルフは左右十本の指先から一斉に銃弾を発射してきた。比較的至近距離からの銃撃に、回避しきれず直撃を受けてしまう。
「くっ!」
弾丸が「降魔」の先端に取り付けられている鬼石を砕いた。これでもう音撃は使えない。
130欧州編 第十夜:2009/05/24(日) 02:02:17 ID:SQ3dTSWI0
予想外の攻撃を目の当たりにし、殺鬼は次にどう出るべきか決めかねていた。
殺鬼の方にも切り札はある。鬼法術・冥府之像。重力の渦に敵を巻き込んで粉砕する技だ。だが体力を大きく消耗し、発動までに時間が掛かると言う欠点がある。
「諦めたらどうかね?それもまた勇気だ」
「昔っから諦めが悪い方なんでな」
そう言ってゾルフに斬りかかる。開いたままの傷口から血が飛び散るのも構わずに、である。
「それに、ここで退く訳にはいかない。少なくともこの場でてめえと互角に渡り合えるのは俺だけだ!」
「ブシドーと言うやつかね?」
「ちょっと違うな。まあ、しいて言うなら大和魂と言うやつか」
突然、何処からともなく声が聞こえてきた。ゾルフの動きが止まる。
「チョウキ!」
殺鬼が名前を呼ぶと同時に、壁が爆破された。炎と煙の中から、鬼の姿に身を変えた蝶鬼が現れる。
「さっきから支部を壊しまくっていた奴か」
「おせぇよ」
「真打は最後に登場するものさ」
ゾルフが左手を蝶鬼の方へと向ける。銃撃を行うつもりだ。だが蝶鬼の背後から無数の黒紫蝶が飛び出し、ゾルフの視界を奪った。
「ありったけの黒紫蝶だ。とくと味わえ!」
蝶鬼が指を鳴らす。それを合図に、火の点いた黒紫蝶が飛び込み、ゾルフの全身を覆いつくした蝶の群れを一斉に燃え上がらせた。
「使え」
蝶鬼が自身の音撃弦・恍惚を殺鬼へと放り投げた。既に音撃震は装備されている。
「奏でろ」
「言われるまでもねえ!」
炎に包まれ悶えるゾルフの体に、「恍惚」の刃を突き立てる。しっかりと刺さったのを確認し、音撃斬の体勢に入る。
「久々のライブだ!行くぜ!音撃斬・見敵必殺!」
右手親指のピック状の爪が、弦を掻き鳴らした。音撃斬が炸裂する。弦を弾き、アームを巧みに動かし、体を激しく揺らしながら魂を込めて奏でていく。
清めの音がゾルフの全身に行き渡り、次いで大爆発を起こした。
「あなたの大和魂、見せていただきました」
ニヤが拍手を送る。
131欧州編 第十夜:2009/05/24(日) 02:05:30 ID:SQ3dTSWI0
JAP(イメージソング)
作詞 Takanori Nishikawa 作曲 Shibasaki Hiroshi 歌 Abingdon boys school


Deep Insideぶっ放せ 本能刺すFrequence
Beat&Rhyme&Flow 弾丸を マシンガンへ装填
一刀両断 極東Winds To Blow Down
道なき道へと もがいて進むんだ

As time goes by
旋律(おと)の刃でもって 伐り開くその先に
我を導け 光の方へ

吐き出す痛みに
痺れる躯が また疼きだす
閉ざした瞳に
Now I face the change
Illuminate the glow I have inside
Blaze your mind
132欧州編 第十夜:2009/05/24(日) 02:10:44 ID:SQ3dTSWI0
煙が晴れ、無様に横たわる大佐の姿が現れた。その体を目の当たりにし、その場に居た者達が息を呑む。
破裂した大佐の腹からは、機械が覗いていた。
「ロボットだったのか……?」
「そんな訳ないだろう……。私は、人間だよ」
殺鬼の問い掛けに、大佐が弱々しく笑いながら答える。
「あなた、サイボーグだったんですね……」
ニヤが尋ねる。
「更に言うなら大佐、あなたの話に出てきた父親、それはあなた自身の事なのでは?」
「えっ!?」
突然のニヤの推理に、驚きの声を上げる一同。
「ではこの男は自らの体を機械化して、戦後五十年以上も生きていたと!?」
信じられないと言った様子でトッコが言う。
「……そうさ。総統閣下が自ら命を絶たれた後、私はとある男女に出会った。よく上官が噂していた、総統閣下が秘密裏に繋ぎを取っていた連中だと言うのはこいつらの事だと直感したよ……」
ヒトラーのオカルト趣味は有名である。おそらくその過程で、ヒトラーはあの男女と接触したのだろう。
「彼等は私以外の何人かにも話を持ちかけていた。連中の実験が成功し、生き残ったのは私だけだった。五十年以上もの間、ずっとこの日を楽しみにしていたのだがね……」
遠い目をしたまま、大佐は話を続ける。
133欧州編 第十夜:2009/05/24(日) 02:13:55 ID:SQ3dTSWI0
「全てが終わった後は、バル・ベルデ辺りに移住して楽しく暮らそうと思っていたのだが……どうやら無理のようだ。すまないが幕を引く手伝いを頼みたい……」
そう言うと大佐は部屋の一角を指差した。そこには、88ミリ高射砲が置かれてあった。嘗て、タイガー戦車に搭載されていた代物だ。
「アハト・アハト……。私の人生を終わらせるのに、これ程相応しい物は無い……」
にやりと大佐が笑った。
無言のまま、トッコがアハト・アハトの傍まで歩き、これを持ち上げた。華奢な体からは信じられない程の怪力である。
「その役目、私が引き受けた。有難く思え」
照準を瀕死の大佐へと合わせる。と、いつの間にか彼女の体を、蝶鬼が支えていた。
「一人でこいつの反動を受けきるつもりか?」
「……こういうのは『ペイルライダー』である私の役目だ!」
「俺だって蝶――死者の魂を弄ぶ者だ」
「……早くしてもらえないかな」
大佐が呟く。そんな彼に向かって、ニヤは超常吸血同盟の目的について尋ねた。
「……彼等の目的は悪魔だ。物凄い大物を呼び出す腹積もりらしい」
「やはり悪魔ですか……」
次にニヤは、連中のアジトについて尋ねた。だが大佐は、自分も知らされていないと答える。
「嘘を吐くつもり!?」
「本当だよ、フロイライン(お嬢さん)……」
ササヤキがきつい口調で問い質すも、大佐は飄々とそう答えてみせた。これ以上の質問は無意味と、ニヤがトッコに視線を送る。
アハト・アハトが火を吹いた。大佐の体は、粉々に砕け散った。
134欧州編 第十夜:2009/05/24(日) 02:15:31 ID:SQ3dTSWI0
雨が上がり、雲間から降り注ぐ陽光が、半壊したルーエンハイムの町を照らしていた。
そそくさと統一部隊の面々が撤退準備を始める。その様子を、町の住人達は冷ややかな目で見つめていた。
「俺達、嫌われてるな」
成龍が呟く。それも当然だろう。住人達にしてみれば、今日の日の災厄は全て彼等が運んできたようなものなのだから。
まず「ハウリン・ウルフ」を積んだトレーラーが町を出て行った。次いで続々と統一部隊の面々が町の外へと去っていく。
と。
「おい」
童虎に促され、成龍が住人達の方へと目を向ける。脚に包帯を巻いた少年が、大人達の後ろに隠れながらこちらを見ていた。
「さっきの坊やか」
どうやら無事だったようだ。安堵する成龍。すると、大人達に遠慮するかのように少年が小さく手を振った。
「あいつ……」
無言で童虎が成龍の肩に手を置く。
これだけで充分過ぎるな――そう胸中で呟くと、成龍は童虎と共に町を後にした。


第十夜 了
135名無しより愛をこめて:2009/05/26(火) 17:53:50 ID:AamstoZz0
投下乙です。
このあと悪魔召還があり、それにあのアイテムが使われるのか、
使われる前にアイテムが奪回されるのか、なんてことを予想してみたり。
136鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/05/27(水) 23:33:45 ID:REeuDHNm0
前回>>101-110のあらすじ:猛士関東支部にお手伝い(無給)として出入りする大学生・須佐純友は、猛士総本部−関東支部間のデータ伝送速度低下の原因を調査するうちに、本部サーバに入り込んでいるハッカーの存在に気づき、以降その動向を見張り続けていた。


『鬼祓い』 二十之巻「疾り抜ける騎士」


 調整を終えた『凪威斗』で湾岸まで出て試運転を済ませてきた啓真は、現在世話になっている雑居ビルの裏手で停車し、黒いフルフェイスを脱いだ。
「“慣らし(シェイクダウン)”はこんなモンだろ」
 車体をシートで覆い隠すと、啓真はヘルメットを片手にビルの表に回った。
 メインストリートからやや奥まったところにあるそのビル周辺は、人通りが少なく、その時も啓真の他には一人青年がいるだけだった。
 その青年が丁度雑居ビルの入り口付近で立ち止まっていたため、啓真は警戒しながら近づいた。
 茶色がかった長めの髪に、新品のように綺麗な服。「金持ちの坊や」というのが啓真の第一印象だった。猛士の『歩』という可能性はあるが、少なくとも『角』や『と』のような戦闘要員ではないと思い、何食わぬ顔をして啓真はその脇を通り抜けた。
(ここもバレたかもしれねぇな)
 今夜にでも、皆と秋葉原からの引き上げについて相談しようと啓真は考えた。
「おい」
 建物内に入ろうとした啓真の背後で、青年の声がした。
 振り向いた啓真に向けて青年の回し蹴りが叩き込まれた。
137鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/05/27(水) 23:37:51 ID:REeuDHNm0
 その頃恭也は、近くのネットカフェの一室でシルヴァー・ブレットから届いたメールを読み続けていた。

『取り合えず、こちらで知っている、あなた方が必要とされている情報を伝えます。

 管1:本部 (1/1〜)
 管2:関東 (1/12〜)
 管3:本部 (2/10〜)
 管4:北陸 (3/13〜)
 管5:本部 (3/13〜3/20)→関東(3/21〜)

 弦1:東海 (12/25〜31)→本部(1/1〜1/11)→東海(1/12〜)
 弦2:本部 (1/1〜)
 弦3:北海道(2/17〜)
 弦4:九州 (3/13〜)
 弦5:本部 (3/13〜3/29)→関東(3/30〜)

 一番左の日付がロールアウトした日です。
 管と弦の5番は皆さんもご存知の通り、三月の下旬から関東で使用しています』
138鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/05/27(水) 23:42:35 ID:REeuDHNm0
 固有名詞はあらかた省かれているが、何が何を指しているか恭也には理解できた。
 冒頭にあった内容から、このメールの送信者は、猛士の正式メンバーではないが猛士に深く入り込んでいる存在――恭也たちが探していた三人目の『グレーゾーン』に違いない。
 恭也は、宗形に新型音撃武器の配布先について知りたいと告げていた。メール上にある略式の表は、それを示したものであると思われる。一覧の左から、種別、支部名と書かれ、括弧内にあるのは日付と察せられた。
 ロールアウト、すなわち関東支部での最終調整が終了して使用可能な状態となった日付が、メール本文によると最も左の日付であるという。サザメキが襲撃されたのが一月上旬であるため、凶器である可能性があるのは、管の一番と弦の二番に絞られる。
 弦の一番は、先代サイキが言っていた通り、故障のため一度本部に戻った後、再び東海支部に配布されている。サザメキ襲撃時には丁度修理の最中にあったことになる。
 残る管の一番と弦の二番は年明けからずっと本部にある。これを密かに持ち出せる者がいるとすれば、それは総本部の人間となる。
(新型音撃武器の近くにいて、なおかつあの日、四国に来ていた人間)
139鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/05/27(水) 23:47:28 ID:REeuDHNm0
 一覧にある名前をいくら見続けても、それは単なる漢字の羅列だった。
「アンドウ・アサヒ……カトウ・カズキ……シギサン・シンヤ……」
 声に出して呟いてみると、恭也の記憶の奥の奥で、何かが動いた。
 恭也は自分の荷物の中からUSBメモリを取り出した。この中には、数か月前の猛士サーバ侵入時にダウンロードした、猛士データバンクのデータが入っている。
(魔化魍掃討に優先してこの三人の身柄を確保すべし)
 という指示を報じた記事。このデータをアップした者は、所属IDから本部の『金』であることは鳥取で確認していた。その時に見た記事の作成者・更新者のユーザーネームを再度確認しようと恭也は考えた。
 データを確認すると、本部の『金』であることを示す各所属IDの横に、ローマ字のユーザーネームが次のように書かれていた。

『shigenori.takadera
 shinichirou.shirakura
 tsuyoshi.tsuruno
 misaki.mibu
 motoko.oga』
140鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/05/27(水) 23:51:43 ID:REeuDHNm0
 入社年度順に並ぶローマ字の羅列の中に、一つだけ視察団メンバーと重なる名前があった。
 tsuyoshi.turuno――ツヨシ・ツルノ――つるの、つよし――鶴野剛士。
(まさか……こいつ)
 視察団のメンバーの一人が、その視察中に発生した事件の記事を更新している。単なる偶然の一致に過ぎないかもしれないが、恭也はこれに引っ掛かるものを感じた。
(状況証拠も考慮しろ。そうすればおのずと犯人像はかたまってくる。鬼だけでなく、現場近辺にいた者は、すべて疑うことだ)
 宗形の言葉が胸に蘇る。現場近辺にいて、かつ凶器の入手が可能な者。
 仮にイタダキが使用していた新型音撃管が表中の「管の一番」であるとすれば、それはこの鶴野という本部の『金』を経由して手に入れたものではないのか。
(鶴野剛士)
 恭也はその名を心に刻み付けた。
141鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/05/27(水) 23:57:12 ID:REeuDHNm0
 路上で啓真に突然回し蹴りを喰らわせた青年は、啓真の脇腹にダメージを残して素早く身を引いた。正直この一撃は効いた。啓真の手から黒いヘルメットが転がり落ちた。
(こいつ、『角』か?)
 啓真が脇腹を押さえていると、その場に携帯電話の着信音が流れた。
 青年は、啓真の存在などないかのように、ごく普通に携帯電話で話を始めた。
「はい。――いい加減『京介』じゃなくてコードネームで呼んでくださいよ」
 隙だらけと見えた青年――桐矢京介に啓真は殴りかかった。今や『キョウキ』というコードネームを持つその鬼は、電話の向こうの声を聴きながら、あっさりとその拳を躱した。
「――え?」
 続いて啓真が放った蹴りを空いた方の手で受け流しながら、キョウキは顔をしかめた。
「『確保』じゃなくて『保護』ですか?」
(なんだこいつ……!)
 こちらが必死で攻撃しているというのに、相手は余裕で携帯電話を手に誰かと会話をしている。啓真が最初に持った「金持ちの坊や」という印象は消し飛んだ。
 携帯電話を畳んで懐に戻すと、キョウキは素早く啓真の懐に飛び込み、腹部に拳を突き入れた。躱すことはもちろん、手で捌くこともできなかった。
 啓真が激痛でその場に膝を落とすと、キョウキは悠然と地下の喫茶店へ向かう外階段を下りていった。
「なんだかわからないけど、とにかく『ソヨメキ』を『保護』させてもらうからな」
 啓真が痛みに耐えて路上に膝を付いていると、黒い乗用車が雑居ビルの裏手から出てきて疾り去った。その運転席に一瞬、啓真は二本角の異相を見たような気がした。
142鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/05/28(木) 00:03:25 ID:REeuDHNm0
 雑居ビルの戸が内側から開き、メイド喫茶の店長が頬を押さえながら出てきて、啓真を見つけると言った。
「今の、ソヨちゃんだよッ。さらわれた!――あの黒い車!!」
 店長は早口で叫び、既に遠くに小さく後ろ姿を見せている黒い乗用車を指した。
「何っ! 誰に!!」
 目の色を変えて啓真は叫び返した。
「暗くてよく判らなかったけど……黒いライダースジャケットみたいなのを着ていて、仮面を被っていて……」
「仮面っ!? どんな!!」
「二本の角が生えてて、のっぺりとした……」
 またしても鬼か、と啓真は思った。
 そこにネットカフェから帰ってきた恭也が歩いてきて、明るい声で言った。
「啓真、もう大丈夫だ。ソヨが犯人じゃないって、猛士にわかってもらえたんだ」
「なに呑気なこと言ってやがる! ソヨがさらわれたんだぞ!」
 啓真が指さした先で、遥か遠くの角を黒い乗用車が曲がって姿を消した。
「何?」
 恭也も目の色を変えて言ったが、こんな時こそ冷静になるようにと自分に言い聞かせた。まず車両での追跡を考えたが、いま『嵐州』は少し離れた立体駐車場の中にあった。
 恭也は懐に隠していたディスクアニマルを一枚取り出し、啓真に手渡して言った。
「『凪威斗』ですぐに追ってくれ。場所がわかったら、これに地名を吹き込んで、飛ばせ。この一枚は、俺の元に帰ってくるように設定してある」
「了解!」
 啓真が路上に転がっていたヘルメットを拾い上げ、単車を停めているビルの脇道に駆け入ると、すぐに黒い単車に跨がり黒いヘルメットを被った姿が怒濤の勢いで疾り出てきた。
 急ターンで黒い車の消えた方向に車体を向け、爆発するような勢いで『凪威斗』は雑居ビルの前を離れた。
143鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/05/28(木) 00:07:55 ID:nv79Gpl10
 恭也は店長を振り返り言った。
「何があったんですか?」
「ソヨちゃんが時間になってもお店に降りてこなくて、上に見にいったら、一階の裏口から怪しい奴に背中を押されて連れ去られるところで……」
「怪しい奴?」
「角の生えた仮面を被っていて、妙な……ボイスチェンジャーで変えたみたいな声で喋っていた」
「ソヨは、どんな様子でした?」
「目隠しされていて、大人しくしていた。仮面の男が、洋介さんをさらったとか何とか言っていて、それでソヨちゃん、抵抗しなかったみたいだ」
「その頬は?」
 店長が手で押さえた下の頬が、痣になりつつあった。
「止めようとしたらやられた」
「ご迷惑をおかけしました」
 頭を下げると、恭也は自分も誘拐犯を追跡すべく、『嵐州』を駐車している立体駐車場に向かった。
 なぜソヨメキが唯々諾々と怪しい奴に着いていったのかは、大体判った。彼女は洋介を人質に取られて抵抗できなかったのだ。
 しかし、店長の言う「仮面の男」というのが誰なのかが判らなかった。イタダキとは大分姿が違う。その疑問を抱えながら、恭也は『嵐州』の元に向かった。
(鶴野剛士)
 さきほどネットカフェで頭に刻んだ名前が浮かんだ。まだ見ぬこの男が「仮面の男」の正体かもしれないと恭也は考えた。
 久々に乗る白い四輪をゆっくりと発進させると、恭也は街中で停車してディスクアニマルの帰還を待った。
144鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/05/28(木) 00:11:02 ID:nv79Gpl10
 ソヨメキは目隠しをされたまま、車の後部座席に転がされていた。その上からシートが被せられ、車が路面を疾る震動が体に伝わると共に、シートががさがさと音をたてていた。
 車が雑居ビルを離れ、角を曲がってから、ソヨメキの体に被せられたシートの上にぱたり、ぱたりと何か小さなものが乗った。ディスクアニマルの鳴き声らしきものが聞こえ、ソヨメキは洋介と自分を誘拐した者が猛士関係者であると察した。
 数十分も疾ると車は停車し、ソヨメキは車外に連れ出された。
「洋介さんはどこだ」
 尋ねても、ソヨメキを引っ立てる人物はひと言も喋らなかった。ただ背中を小突いて、彼女をどこかへ向けて歩かせ続けた。その周囲をディスクアニマルが飛び、歩いている気配があった。耳に意識を集中させると、その数は三機であると知れた。
 目隠しが解かれないため何も見えなかったが、潮の匂いと波の音が、そこが海の近くであることを知らせていた。
 そのうち波の音がすぐ足元で聞こえ、彼女は今にも自分が冷たい水の中に突き落とされるのではないかと身構えたが、足は固い板の上を渡り、また耳に届く波の音が小さくなった。
 何となく不安定さを感じる床の上を歩かされ、やがて、目隠しで覆われていた視界がさっと暗くなり、ソヨメキは自分が屋内に入ったことを知った。
145鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/05/28(木) 00:17:32 ID:nv79Gpl10
 啓真は必死に一瞬だけ見た黒い車両の後ろ姿を探し、街中を激走した。遥か遠くに黒い点のように見えた車の影を視界に捕らえ、超絶のライディング・テクニックで、居並ぶ無数の車両の間を縫うようにして追跡を続けた。
 気を抜けば見失ってしまうほど追跡対象は遠く離れていたが、啓真は絶対に逃すものかという気迫で黒い影を追い続けた。
 途中で何度か車の姿を見失い、その度に焦燥にかられたが、予想した進路を進んでいくと、角を曲がった先の視界の中に小さく黒い後ろ姿が見えた。
 やがて信号や車の数は減って行き、過ぎ行く景色は、倉庫が多く立ち並ぶ閑散としたものになっていった。
 またしても啓真は車を見失い、血走った目であたりを見回した。一か所、錆び付いた柵が開いたままになっている門に気づき、啓真はその敷地に『凪威斗』を乗り入れた。
 立ち並ぶ倉庫の陰に無人で乗り捨てられた車を発見し、啓真は安堵の息を吐いた。
 音叉を打ち鳴らして恭也に手渡されていたディスクを起動すると、ディスクは展開して赤い鳥の姿となった。これに啓真が地名を吹き込んで空に放つと、ディスクアニマルは全速力で空を引き返していった。

 時速240kmで持ち主の元に戻ってきた茜鷹の影が地面にさし、恭也は街中に停車していた『嵐州』の窓を開いた。
 中に飛び込んできた茜鷹をディスクに戻し、鬼弦で再生して啓真が吹き込んだ地名を聴き取ると、恭也は車のエンジンを始動して、一人呟いた。
「今行くぞ、ソヨ」
 白い車体が牙を剥くように、エンジンの唸りを上げて二つのライトをぎらつかせた。


二十之巻「疾り抜ける騎士」了


146名無しより愛をこめて:2009/05/28(木) 12:48:59 ID:nWhLCkK80
鬼祓い作者様、投下乙です。
物語もいよいよ佳境に入っていくように見えます。
次回が待ち遠しい!
147欧州編 第十一夜:2009/05/29(金) 22:02:32 ID:ziSbyHxg0
三ヶ所での戦いが終わった翌日、ニヤはいつもの取り巻き三人を引き連れて、ルーエンハイム周辺の調査に来ていた。
「こんな物を用意していたのですね……」
ニヤが呆れたように呟く。
ルーエンハイム郊外にある、今は使われていない路線。そこに、巧妙にカモフラージュされたそれは隠されていた。
80センチ列車砲ドーラ。4.8トン榴爆弾を発射可能な、要塞攻略戦用兵器である。
「我々を都市区画ごと葬り去るつもりだったのか……」
冷や汗を拭いながらレスターが呟く。
「物凄い改造が施されていますよ。特に射程と連射性能。これはもうガワ以外は全くの別物ですね」
ドーラを調べていたジェバンニが、興奮気味に言った。
「どうします?」
ハルに尋ねられたニヤは、迷う事無くこう答えた。
「使える物は何でも使いましょう。ジェバンニ、これの解析を大至急お願いします」
「任せて下さい。一晩もあれば充分ですよ!」
自信満々にジェバンニが答える。
(あとは奴等の悪魔召喚を未然に防ぐだけ……)
先の見えなかった戦いに、漸く終わりが見えてきた。統一部隊の新たな力となるであろう兵器を目の前に、ニヤは決意を新たにするのであった。
148欧州編 第十一夜:2009/05/29(金) 22:05:50 ID:ziSbyHxg0
「長官!」
ササヤキがプーチンに向かって敬礼する。その様子を眺めながら、アランとDがひそひそと話し合っていた。
「下級とは言え、ヴァンパイアの大群相手に無傷だったらしい」
「どっちが化け物だよ……」
突如、プーチンが射るような視線をアラン達の方へと向けた。二人の動きが止まる。
(聞こえていたのか……!?)
(ロシア人、恐るべし……!)
だが、そんな彼等をしても、指揮官であるオルロックを逃がしてしまったと言う。
――ここはDMC総本部の会議室。統一部隊発足の際、各組織の代表が集まって会合を行った場である。室内には、先のルーエンハイム戦、独逸支部戦、ヴァチカン迎撃戦の関係者達が揃っており、これから互いに報告を行う事となっていた。
「ヴァンパイアがモンスターの中で最も恐れられている理由って……」
頬に絆創膏を貼ったバキが、エリカに話し掛ける。ちなみにバキは、あれだけのダメージを生身の体で負ったにも係わらず、驚く事に打撲と切り傷だけで済んでいた。
戦いを終え、脳内麻薬が切れた際は人並みに痛みを訴えていたが、翌日にはすっかり元気になっていた。驚くべきタフネスぶりである。
「人間と同等の高い知性、獣人態への変身能力、驚異的な生命力、眷属の使役、人間を襲って下級吸血鬼を増やす能力……、でもあの連中が恐れられている本当の理由は、等身大で巨大モンスターと同等の戦闘力を持っている事なんです」
欧州では、狼達が命を落とす相手の多くはドラゴン種かヴァンパイアなのだとか。
「それに勝ったのか。生身の人間が……」
改めてプーチンを見やる。初めてその姿を見た時から、ただ者ではないとは思っていたが、ここまでやるとはバキにも予想外だった。
149欧州編 第十一夜:2009/05/29(金) 22:08:43 ID:ziSbyHxg0
「噂じゃ枢機卿も加勢されたとか……」
「あの悪人面のおっさんが!?」
慌ててエリカがバキの口を塞ぐ。当然ながらこの場にはラッツィンガー枢機卿の姿もあった。
「消されますよ!うちにも汚い仕事専門の機関はありますから!」
バキの耳元でそうエリカが告げた。
「……枢機卿は魔法を使えると専らの噂なんです」
「魔法?それってやっぱり白魔術?」
「……逆の方です」
そう言えば、この集まりの前にプーチンがヴァンパイアと戦った現場を見てきたのだが、地面の所々に不自然に焼け焦げた跡があったのを思い出す。
「ねえ、黒魔術って確か……」
「しっ!黙って!」
物凄い剣幕でエリカがバキに言い聞かせる。どうやらDMC内における禁忌らしい。これ以上の詮索は本当に危険だと判断し、バキが口を噤む。
150欧州編 第十一夜:2009/05/29(金) 22:15:07 ID:ziSbyHxg0
会議自体は滞りなく終了した。問題なのはその後、ニヤによって一部の関係者のみが居残りを命じられ、改めて報告会が開かれた事だ。
残されたのはバキ達日本の鬼三名と、RPG第三部隊の面々、そしてトッコとカズキンの計八名である。
「どちらから行きましょうか……」
各人を見回しながら、ニヤが言う。
「そうですね……、ここはやはりトッコ、あなたから話してもらいましょうか」
そう言われたトッコが、マリア達とカズキンの顔を交互に見やる。
「トッコさん……」
「構わん。だが、そこの彼女には辛い話になるかもしれんぞ」
そう言ってマリアの目を見る。マリアもまた、小さく頷いた。
「単刀直入に言おう。このカズキン・サンライトハートは人間ではない」
ざわめきが起こる。それがある程度収まるのを待つと、トッコは話を続けた。
「この男は『ホムンクルス』だ」
「ホムンクルスだとぉ!?」
アランが驚きの声を上げた。
ホムンクルスとは、錬金術によって生み出される人造生命体の事である。当然ながら、人が神になろうとするかのようなこの所業は宗教上禁忌とされており、RPG内においても暗黙の了解となっていた。
「誰が作ったんだ!? まさか……」
パラケルススか――そうアランが尋ねた。
RPGの最高責任者であるパラケルススと名乗る男は、ホムンクルスや賢者の石の精製方法を知っている――そう専らの噂である。それに対しトッコは。
「誰が作ったのかまでは分からない。だが、この男は今後の『ホムンクルス量産計画』の雛形として生み出され、その後第一部隊に配属される手筈となっていた」
「大戦士長の部隊に!?」
大戦士長ヴィクターと最後に会ったのは、ここヴァチカンの地を共に訪れた時だ。あの日の事を思い出してみる。いつもと変わらぬ、静かで威厳のあるヴィクターの横顔がマリアの脳裏に浮かんだ。
「大戦士長が……そんな……」
「くそっ!」
行き場の無い怒りをどうする事も出来ず、アランが強く机を叩いた。RPGは人である事を良しとする集団だ。だから手段として人である事を捨てたDMCの事を毛嫌いしていた。それなのに。
「ホムンクルスを現場に投入だと……?巫山戯やがって!」
そんなアランの様子に、萎縮するカズキン。首に巻かれた包帯が痛々しい。
151欧州編 第十一夜:2009/05/29(金) 22:22:16 ID:ziSbyHxg0
「ホムンクルスか……」
初めて会った時に感じた違和感の意味を知り、納得したサッキが煙草を口に咥えた。すぐさま「ここは禁煙です」とジェバンニに注意され、渋々胸ポケットに仕舞う。
「そこまで腰が低くて、底抜けに真っ直ぐでお人好しなら、普通の人間よりよっぽどマシかもな」
煙草が吸えないせいで少し不機嫌になりながら、サッキがそう言った。すぐさまアランが反論する。
「そういう問題じゃない!信仰心の薄い日本人には分からないだろうが、人が人を作ると言うのはだな……」
「別に宗教論を持ち出さなくても、それが不味いと言うのは倫理的に分かっている。落ち着けよ。英吉利人には冗談も通じないのか?」
「ジャップめ……」
忌々しげに呟くアランを、マリアが諌める。
「なあ、ホムンクルスって無からは作れないんだよな?」
今まで黙って聞いていたDが、不意にそう尋ねた。
「俺も超気になっていた。そいつ、誰がベースだ?」
チョウキもまた、トッコに向かって尋ねる。
ホムンクルスを生み出すには、ベースとなる人間の精液が必要だとされる。ただ、クローンとは異なりオリジナルと瓜二つの人間が生まれる訳ではないようだが。
152欧州編 第十一夜:2009/05/29(金) 22:27:50 ID:ziSbyHxg0
「……君達第三部隊がよく知る人間だ」
そう言われ、マリア以下第三部隊の面々が一斉にカズキンの顔に視線を向ける。各々、何やら思うところがあるようだ。
「確かに、何処かで見た顔だ」
「……!? おい、まさか」
「ひょっとして……!?」
三人の脳裏に、在りし日のジョナサン前隊長の顔が浮かんだ。瓜二つと言う訳ではないが、顔のパーツは確かによく似ていた。
「隊長のホムンクルスだって言うのか!? こいつが!?」
「実験には、組織の中で最も正しく、高潔な精神を持った男がベースとして選ばれた――私が目にした資料にはそう書かれていた」
なんてこった――そう呟き肩を落とすアラン。マリアとDは、未だ信じられぬと言った表情でカズキンの顔を眺めていた。
「……俺は俺だ。ジョナサンって人の代わりじゃない」
「当然だ。お前が隊長であってたまるか」
いつになく棘のある言葉をDが口にする。またしても俯き、黙り込むカズキン。静寂を破るかのようにニヤが口を開いた。
「……これで何故連中が彼の身柄を必要以上に欲していたのか分かりました。ホムンクルス精製は神の御業を人為的に引き起こす秘法。ドクトル・プルートウが連中と手を組んだのも、そっち絡みと見て間違いないでしょう」
人造人間の研究に勤しんでいましたからね、とジェバンニが相槌を打つ。
153欧州編 第十一夜:2009/05/29(金) 22:34:52 ID:ziSbyHxg0
「あとはあなた方の問題です。この場ではこれっきりにしてもらいましょう。さて次は……」
視線をバキの方へと向ける。バキは、一同を見回すとこう言った。
「俺の故郷でちょっと大変な事が起こっちゃってさ……」
電話口であかねに受けたのと同じ説明をする。役小角や宿魂石と言う単語に、案の定サッキとチョウキが喰い付いた。
「シュッコンセキってのは何だ?」
Dの問いにバキが答える。
「俺も詳しくは知らないんだけど、なんでも邪神が封印されているらしい」
「邪神?」
自分の知識をひけらかすかのように、チョウキが会話に割り込む。
「神話の時代の話だ。天津神の一員でありながら、彼等の地上平定に異を唱え、最後まで抵抗した神がいた。名を『アマツミカボシ』と言う。その名の通り星を司る神だ」
天津神の意向に背き反抗したアマツミカボシは、邪神の烙印を押された後、封印された。邪神を封印した器こそが「宿魂石」である。
「その『宿魂石』に纏わる伝説、興味があったので個人的に調べてみたのですが……」
そう告げるとニヤは独自の推理を披露し始めた。
「最初にアマツミカボシの話を聞いた時、ある話との共通点が多く見られる事に気付きました」
「その『ある話』とは?」
ハルが尋ねる。
「焦らないで下さい。順を追って話しますから……」
一同を見渡し、改めてニヤが話し出す。
「第一に、アマツミカボシは元々天界の者だった。第二に、主神に逆らって堕天した。第三に、星――厳密に言うなら明けの明星を司る存在だった……」
「明けの明星とは?」
そう質問するレスターに、「金星だ」とサッキが即答する。
「詳しいですね」
「……俺とこいつが日本を離れる切っ掛けとなった戦いに、明けの明星が大きく関わってたんでな」
それだけ言うとサッキは黙ってしまった。
「待て、確かに何処かで聞いたような内容だぞ」
口を挟んだものの、それが何だったのかDは思い出せないようだ。
「まさか、そんな……!」
ニヤの言いたい事に気付いたらしいトッコが、声を上げる。
「そうです。私はアマツミカボシとはルチフェロの事ではないかと考えています」
154欧州編 第十一夜:2009/05/29(金) 22:41:11 ID:ziSbyHxg0
嘗て天界に、神の片腕と呼ばれる天使長がいた。「暁の天使」、「光を掲げる者」等の二つ名を持つ、その大天使の名はルシフェル(伊太利亜語でルチフェロ)。
だが彼は父なる神に反旗を翻し、結果「エル」の称号を剥奪され、堕天した。以降の名をルシファーと言う。地獄へ堕ちたルシファーは七大魔王の一柱として万魔殿に君臨する事となる。
「しかしルシファーは、地獄の最下層コキュートスで眠りについている筈だろ?」
Dが言った。ダンテの「神曲」に描かれている内容である。ちなみにこの人物の名を、Dは偽名として借りている。
「そんなもの、誰も本当に見た訳じゃないでしょう?」
あっさりと否定するニヤ。しかし、本当にルシファーが日本に渡り、そこで封印されたと言うのもただの推理――否、妄想でしかない。
と、その時、何かを思い出したバキが声を上げた。
「ああッッ!! あったぞ!俺の居た関西支部に!」
実際にその地をメインで担当していたのは別の鬼だったが、確かにあったのだ。
その場所は京都鞍馬山。牛若丸の伝説にその名を残す鞍馬寺。
バキにとって、そこは思い出深い地だ。今から二十三年前、八大天狗の一角である僧正坊が多数の眷族と共にこの地で蘇り、関西支部の鬼達は台風が直撃する中、テングの群れと死闘を繰り広げているのだ。
さて、その鞍馬寺には三つの本尊が祀られている。一つは毘沙門天、次が千手観音、そして最後の一つが護法魔王尊である。
この魔王尊、伝承では650万年前に金星より飛来したとされている。
「また金星か……」
ジェバンニが呟く。
もしこの魔王尊の由来が、神話や民間伝承お得意の「真実を隠蔽するためにそれとなく本当の事を混ぜて創作されたお話」だったとしたら?
「……まだ信じる訳にはいかんな」
アランが言う。
「しかしその可能性が出てきたのも事実です」
淡々とニヤが告げる。
場は水を打ったように静まり返った。それもそうだろう。悪魔自体が彼等の常識の範疇を越えていると言うのに、よりによって出てきた名前がルシファーである。
155欧州編 第十一夜:2009/05/29(金) 22:46:39 ID:ziSbyHxg0
「……そもそも悪魔なんて存在するのかよ」
サッキが至極当然な疑問を口にした。それに対しニヤが答える。
「モンスターと同じですよ。伝承がまずあって、それに酷似した生物が現れたのではなく、怪物が現れたからそれっぽい伝承が生まれた……」
「つまり悪魔も呼び方が違うだけで魔化魍――そちらで言うモンスターと変わらないと?」
「まあ悪魔と呼称される以上、他の個体とは一線を画す能力を持っている事だけは間違いないでしょうが」
次にトッコが、どうするのかと疑問を口にする。
「どう、とは?」
「結局我々は敵のアジトすら分かっていないのだぞ」
「だが連中が悪魔を復活させようとしている日時や場所は予想がつく」
またしてもチョウキが会話に割り込んできた。自分の頭を人差し指でこつこつと叩きながら、得意気にこう告げる。
「俺は『ソロモンの小さな鍵』を穴が開くほど読み込んだんだ。断片的ではあるが、儀式の条件は分かっている」
「つまり、連中が悪魔召喚の儀式を始める直前に乗り込んで阻止すると?」
あの時と同じじゃねえか、と吐き捨てるようにサッキが呟いた。
「だが他に方法は無いだろう?」
「……正直言うぜ。また誰か俺の目の前で死なれたりすると迷惑なんだよ」
つい癖で煙草を取り出し吸おうとしたが、今度はライターごとジェバンニに取り上げられてしまった。
「アジトに乗り込むのが一番なんですけどね……」
こればかりはどうしようもない。結局、チョウキが予想を立てた場所に当日向かって阻止する――そういう方向で話は進んでいった。
「……最後に一つ。『宿魂石』は場合によっては破壊しても構いませんか?」
そう尋ねるニヤだったが、その目は明らかに「破壊しますよ構いませんね」と訴えかけてきている。前開発局長の南雲あかねからこの件に関して一任されているバキは、躊躇する事なく「良いよ」と答えた。
会議終了後、まるで見計らったかのように日本から二つの小包が届いた。一つはあかねからバキ宛てに、もう一つは北陸支部からサッキ宛てにだった。
156欧州編 第十一夜:2009/05/29(金) 22:52:09 ID:ziSbyHxg0
超常吸血同盟のアジトに、満身創痍のアルカードが舞い戻った。慌ててオルロックが駆け寄り、文字通り今にも崩れそうなその体を支える。
「アルカード卿!」
「生き恥を晒してまで帰ってきたぞ。全てを見届けるために……」
「もう喋るな!ああ、俺だってそうさ。あれだけの部隊を率いておきながら、負けておめおめと逃げ帰ってきた」
そこへ、誰かがやって来た。闖入者は入室と同時に派手な音を立てて床へと倒れ込んだ。長い黒髪がばさりと広がる。
「ミラーカ!?」
上級ヴァンパイア最後の一人、ミラーカである。だが彼女は例の男女の動向を探るべく別行動を取っていた筈だ。
「……全てお見通しだった。奴等は全て考慮した上で計画を進めていた……」
弱々しい声でミラーカが告げる。アルカード同様、罅割れた全身からは血が流れ出ている。
「奴等に渡された土産だ……」
そう言ってミラーカは、握り締めていた紙束をオルロックに手渡した。目にしたオルロックの体が小刻みに震える。
「見せろ」
オルロックがアルカードに無言で手渡す。それを見たアルカードは、自嘲的な笑みを零した。
「ただでは済まないと思っていたが、こういう事か……」
DMCに情報をリークする――そうアルカードは告げた。このままあの男女が描いたシナリオが完成するぐらいなら、いっそDMCの好きにやらせるのも有りだと思ったのだ。どちらが勝とうが、最早彼等三人には関係の無い話だった。
それぞれの思惑を胸に、最後の戦いが始まろうとしていた。


第十一夜 了
157高鬼SS作者 ◆Yg6qwCRGE. :2009/05/29(金) 23:28:31 ID:ziSbyHxg0
多種多様な伝承や俗説を独自の解釈で組み合わせた結果、と学会が喜びそうな内容になりましたが、こんな話にした理由もそれなりにあります。


「仮面ライダー響鬼」は元々「変身忍者 嵐」のリメイクとして企画された

じゃあ「嵐」でやっていた西洋妖怪編をやってみよう

オリジナル同様に西洋妖怪を日本に持ってくるのは無理があるから、鬼の方を欧州へやろう

「嵐」で敵の親玉はサタンだったから、こちらはルシファー(頻繁にサタンと同一視される)にしよう


とまあこんな感じ。

最後に。DCD響鬼編終了までに完結はやっぱり無理だった…orz
北陸支部編の時とは逆で、結末は決めていてもそこへ持っていくまでの経緯に悩みまくりなもので…。
158名無しより愛をこめて:2009/05/30(土) 02:29:40 ID:ew0VDE9D0
いま響鬼成分が満たされている自分としては完結が伸びても無問題。
次回も日曜朝八時のテレ朝では響鬼の世界が続く…。嬉しいねぇ。
159鬼島兼用語集:2009/05/31(日) 19:55:13 ID:JH33PbAt0
一日くらいで書いたのを投下します
ディケイドの影響って凄い
160鬼島兼用語集:2009/05/31(日) 19:58:45 ID:JH33PbAt0
 昭和63年。
 近畿地方、某山中。
 石を組んだ簡単な竈を囲む三人の男女がいた。
「出たのはオオニュウドウだから、まずすべきことは?」
「転ばせることでしょ、そのくらい分かってるよヒビキさん」
 ヒビキと呼ばれた男は微笑みながら頷き、黒革の手帳に目を落とした。それには几帳面にインデックスがつけられ、今開かれているのはオオニュウドウのページである。その手帳は魔化魍の生育環境から攻撃方法、適した音撃などがまとめられた手製のデータベースだ。
 そのはす向かいに座った十代半ばほどの少年はヒビキとは対照的に、朗らかな笑みを浮かべて小ぶりの薬缶に茶葉を振り入れ、爽やかな茶の香りを楽しんでいる。
 彼の名は日高仁志といった。ヒビキの弟子である。
 そんな二人を横目で見つつ冷たい缶コーヒーを飲んでいる女はスイキ。吉野に出向いたついでに、鬼島が壊滅した際に応援に駆けつけてくれたヒビキが弟子とともに近くに出撃していると聞いたため陣中見舞いに訪れたのだ。
 ヒビキは飽きもせず手帳を読んでいる。これまでの経験から魔化魍との戦闘を幾通りもシミュレートしているのだろう。
 しばらく中学校の非常勤講師として勤務していたこともあり、師匠というよりも教師といったほうがしっくりくる性格のヒビキは、鬼であることにとても真面目だ。
 鬼の力を最大限に保ち、魔化魍を迅速に清め、それを弟子に伝える。鬼の鑑というべきヒビキは、独り立ちした後すぐに弟子を取り、日高少年の前にもすでに四人の鬼を育て上げている。
 それに対して日高少年は鬼になるという熱意は本物だが、生来の朗らかさから常に何事も楽しもうとしているようだ。今も戻ってきた式を札に戻さず、机の上で戯れるに任せている。
 やがて野営に戻ってきた藤黄虎がヒビキらの前に茶色く長い体毛を置き、こっちへ来いと合図を始めた。オオニュウドウを見つけたのだ。
「よし、行こうか」
 ヒビキに従い、日高少年とスイキも藤黄虎の後を追って行った。
161鬼島〜揺るがぬ師弟〜:2009/05/31(日) 20:02:26 ID:JH33PbAt0
 オオニュウドウは間もなく見付かった。すっかり育ちきり、里に下りようと巨体を起こしたところだ。
「仁志にはこの前ヤマビコを任せたから、今度は僕がやろう。仁志とは童子と姫を。スイキさんは仁志のサポートをお願いしますね」
 手早く指示を出したヒビキは日高少年と揃って変身音叉を鳴らす。ヒビキは蒼い焔を、日高少年は紫の焔を纏いその姿を変える。
 濃藍の身体に赤の隈取の二本角の鬼―――響鬼。
 紫紺から紺青まで色を変える身体に人のままの顔―――仁志変身体。
 響鬼は音撃棒・烈火を抜くと鬼棒術・烈火弾を放ちながらオオニュウドウに接近していく。仁志変身体は一声気合を入れ、拳を固めて怪童子へ立ち向かった。
 スイキは変身せず、音撃管・水流から圧縮空気弾を放って妖姫を牽制する。が、あくまで戦うのは仁志変身体なのでスイキ自身は戦おうとしない。
「はっ!」
 仁志変身体は荒削りなラッシュで怪童子を圧倒する。いまだ変身が完全でないので打たれ弱く、よって先の先を取る戦法を執らざるを得ないのだ。
 しかしそれが功を奏し、怪童子はろくに反撃もできないまま爆発して消えた。
「次、妖姫が行くわよ!」
 スイキは自分と妖姫の間の地面に圧縮空気弾をばら撒いて進路を塞ぎ、仁志変身体へ誘導する。背後からの一撃を受けた仁志変身体はつんのめって姿勢を崩し、妖姫はそこに覆い被さるように追撃を試みた。
「おっと!」
 しかし仁志変身体も修行を積んでいるだけあってそこまで甘くはない。地面を軽く叩くと身体の向きを変えて背中から着地し、妖姫の腕をつかむとその腹に一蹴りくれて巴投げの要領で投げ飛ばした。
 投げの勢いのまま立ち上がった仁志変身体は、身を起こそうとする妖姫の首を足で押さえ、その腹に鬼爪を伸ばした右拳を叩き込む。
162鬼島〜揺るがぬ師弟〜:2009/05/31(日) 20:14:58 ID:JH33PbAt0
「はあっ!」
 妖姫の爆発音が響いた直後、響鬼が鋭い気合とともに二本の音撃棒を揃えて横に振り抜いてオオニュウドウの足を払って転倒させる。このタイミングは仁志変身体に音撃を見せるために狙ったのだろう。
 オオニュウドウの巨大な胸に音撃鼓を貼り付けた響鬼が高らかに叫ぶ。
「火炎連打の型!!!」
 小さなモーションで素早い連打を繰り出す、響鬼が最も得意とする音撃打。この音撃で清められなかった魔化魍はほとんどない。ほどなくしてオオニュウドウは塵芥に還り、朦々と煙る埃の中から鬼の姿が現れた。
「やりましたね、響鬼さん!」
 仁志変身体が師匠に駆け寄る。しかし。
「がぁぁあああああ!!!」
 響鬼は仁志変身体を横様に殴りつけ、割鐘のような咆哮をあげる。いや、それは響鬼なのだろうか。
 仁志変身体の目の前で響鬼の身体からは蒼い焔が吹き上がり、逞しい身体はいびつに歪み、膨れ上がっていく。角が禍々しく伸び、盛り上がった背には黒い体毛がびっしりと生え揃った。
 これは鬼か?
 それとも魔化魍か?
 あまりの出来事に呆然とするしかない仁志変身体に、響鬼だったモノの拳が振り下ろされる。
「日高くん!」
 しかしすんでのところでその拳は止まり、その一瞬の隙を縫ってスイキの銃撃が響鬼だったモノを襲う。我に返った仁志変身体は慌てて立ち上がり、響鬼だったモノから離れる。
「響鬼さんが……!」
「わかってる! 今は撤退するのよ!」
 仁志変身体は戸惑ったが、再度スイキに促されると野営に向けて走り出した。スイキは何秒か圧縮空気弾を放って撤退を援護し、仁志変身体の後を追って走り出した。
 スイキが追いつく寸前、駆ける仁志変身体の背に衝撃が走る。追いつかれたかと思って振り返ると、歪んだ響鬼の姿はなく、代わりに響鬼の音撃棒・烈火が落ちていた。追いつけないと悟って手近にあったものを投げつけたのだろうか。
 仁志変身体はそれを拾い、再び駆け出した。
163鬼島〜揺るがぬ師弟〜:2009/05/31(日) 20:26:47 ID:JH33PbAt0
 野営に帰り着くと、日高少年が着替えるのを待ってスイキが切り出した。
「ヒビキさんが変わったもの、あれは牛鬼という魔化魍よ」
「魔化魍!? 鬼がですか?」
 興奮しかけた日高少年に淹れたてのお茶を勧め、自分でも一口飲んでから続ける。
「ええ、原則から言えば不思議でも何でもないわ。テングは猿や人が成るものだし、鬼と魔化魍は本来極めて近い存在だもの」
 極論すれば鬼は魔化魍の力を人の心で制御しているものだ。力と心のバランスが崩れれば途端に危険な存在となる。
「でも、ヒビキさんがそんな……」
「ヒビキさんが弱いというわけじゃないわ。むしろ強すぎたのよ、鬼が」
「鬼が?」
「ええ。ヒビキさんは誰よりも鬼として真面目だった。力を高め、魔化魍を清め、弟子を教える。私もまさか危険だとは思わなかったけれど、真面目すぎるせいで鬼としての部分が人の心を上回ってしまったんだと、私は思う」
 今だから言える仮説だけどね、とスイキは結んだ。
「…………それで、どうするんですか」
「どうするもなにも、戦うわ。それしかないでしょう」
「そんな! 戦えません、あれは響鬼さんです!」
「そうね、でも戦わなければ響鬼さんが人を殺すことになるわ!」
 憎しみに支配されて人の心を失った鬼が成る悪鬼と並ぶ、堕ちた鬼の末路にして大災厄。増大した鬼の力に負けた鬼、それが牛鬼であった。
 人が成る魔化魍はいくつもあるが、鍛えに鍛えた鬼が成った魔化魍という点で牛鬼は他の魔化魍を圧倒する力を持つ。
164鬼島〜揺るがぬ師弟〜:2009/05/31(日) 20:31:03 ID:JH33PbAt0
「よく考えて!」
 スイキは日高少年の肩を強く握り、その目を見つめた。
「…………でも!」
「思い出して。牛鬼は貴方を殺せたはずなのにそうしなかった。なぜ?」
「―――まさか」
「そう、牛鬼の中にはヒビキさんが残っているはずよ。だから殺さずに清められる、はず」
「でも、どうやって?」
「彼の鬼を……祓うのよ」
 鬼祓い。
 呪的・外科的処置に始まり、大々的な討伐、闇から闇へ葬る暗殺まで様々な手法があるが、要するに鬼を鬼でなくすことである。
 スイキは魔化魍に成り果てる前にヒビキの鬼を消すことで、ヒビキが魔化魍に成るのを防ぐと言っているのだ。
「さっき吉野に反鬼石を大至急届けるよう連絡してあるわ。ヒビキさんが牛鬼に負ける前に鬼祓いできれば、牛鬼も消える」
 日高少年の目に輝きが戻る。
「でも、僕たちだけでヒビキさ……牛鬼に勝てますか?」
「安心して……とは言えないわね。でも反鬼石と一緒に応援も頼んであるわ。最低でも一人はすぐに送ると言っていたから、こちらの戦力は三人ね」
 戦力は三人、つまりスイキはいまだ修行中の身である日高少年も一人と計算しているのだ。それは猫の手も借りたいという状況のためであり、日高少年に対する信頼の表れでもあった。
 それを理解した日高少年は弱音を吐くこともなく、力強く頷いて見せた。
165鬼島〜揺るがぬ師弟〜:2009/05/31(日) 20:35:43 ID:JH33PbAt0
 その夜は交代で式を打ちながら休息を取り、応援と反鬼石の到着を待つことにした。
 心情的にはスイキも日高少年も今にも走り出したいほどだったが、そうしたところで牛鬼が見つかるわけもなく、世闇にまぎれて襲われる危険もあったために野営でじっとしていることを選んだのだ。
 支部の余剰人員が総出で探索に当たっている現在、戦闘を担う彼らが徒に消耗するのは避けるべきなのだ。
 それにこの野営はヒビキが設置したものだから、動き回るよりも留まったほうが牛鬼と遭遇する確率は高い。
 スイキが二度目の番に立っていたとき、虫の鳴き声や木の葉のざわめきの中に紛れもないエンジン音が聞こえてきた。
 やがて音はヘッドライトで闇を切り裂くバイクになり、バイクは野営の前で轟音を止めた。
「お待たせ!」
 バイクから降り立ったのはぴったりしたライダースーツに身を包んだ女だった。フルフェイスのヘルメットを取ると、漆黒の長髪を靡かせて端正な白い顔が現れる。
 北海道支部に所属する鬼、アマユキである。
「アマユキさん!」
 スイキがアマユキに駆け寄り、しっかと抱きつく。
「久しぶりね菫、いいえ、スイキ。お望みのものと応援、届けに来たわよ」
 アマユキは鬼島でのスイキの先輩で、スイキはアマユキと特に仲がよかった。というか、ものすごく懐いていたのである。百合である。
「アマユキさんが来てくれたなら絶対に勝てます! やったあ!」
 普段の厳しくもクールなスイキとはあまりにかけ離れた姿である。
「私を買ってくれるのはいいけどね、スイキ」
「なんですかアマユキさん?」
「そろそろ離れないと、年頃の男の子には毒よ?」
 交替に起き出した日高少年がテントから首を出したまま固まっていた。美女二人が抱き合う姿はそれだけで刺激的であるのに、その二人が揃いも揃ってボディラインがよく出る服装なのだ。
 スイキは水色のキャミソールにぴったりしたショートパンツ、アマユキは黒のライダースーツ。そんな服装で抱き合えば胸や太ももやお腹がどうなるか。
166鬼島〜揺るがぬ師弟〜:2009/05/31(日) 20:40:25 ID:JH33PbAt0
「っと、失敗失敗」
 赤面している日高少年に悪戯っぽく笑うとアマユキから離れ、彼女のバイクのトランクケースに目をやった。
「それが?」
「ええ、反鬼石と、日高くんの音撃鼓よ」
 ケースの中には三つの桐の箱が入っていた。大ぶりな一つには『火炎鼓』と筆文字が書かれており、残る二つの小さな箱は無地だった。
 アマユキは火炎鼓の箱を日高少年に渡し、小さな箱から拳よりも一回り小さな鬼石を二つ出して、これも渡した。
「ヒビキさんが貴方のためにと作らせていた音撃鼓よ。音撃棒の鬼石をこの反鬼石に付け替えておいて」
 スイキには手付かずの箱をそのまま渡す。これは音撃管の弾丸に加工された鬼石だった。
 日高少年は牛鬼が――ヒビキが残していった音撃棒・烈火を握るとしばし瞑目し、心を決めると鬼石を外しにかかった。
 奇しくも渡された反鬼石は烈火のものと同じ赤。師の武器で師を倒す―――その胸中にどんな想いが渦巻いているのか、真一文字に唇を結んだ顔から窺うことはできない。
 日高少年は鬼石を交換するだけでなく、リングや柄尻のメダリオンを外し、柄糸も解いて、完全に一から組み直し始めた。こうすることで師の武器を己の物とできると考えてのことだろう。
 音撃管・水流の弾倉に反鬼石を装填したスイキは目を瞑り、音撃管を握ってイメージトレーニングを始めた。
 音撃棒・凍月と音撃鼓・月姫を持って来ればよかったと思ったが、太鼓はメンテナンスに出してあるし、考えてみれば太鼓三人よりも太鼓二人に管が一人のほうがバランスがいい。
 手早く音撃棒・天賜の鬼石を交換したアマユキは華麗なエングレーブが施されたそれで素振りをしている。
 三人の戦士がそれぞれの方法で士気を高めていく。
 やがて空が黒から紺に変わり始めた頃、まだ出ぬ朝日を背にして菫鳶が飛来した。野営から放ったものではなく、支部の飛車からの連絡用だ。
「ヒビキさんが見付かったみたいです」
 無心に音撃棒を振っていた日高少年が顔を上げる。額には玉の汗が浮かんでいるが、息はほとんど切れていない。
「ええ、行きましょう」
「ヒビキさんを助けに」
 日高少年の声にスイキとアマユキも訓練を終え、それぞれが水を一口飲んで菫鳶の後を追って駆け出した。
167鬼島〜揺るがぬ師弟〜:2009/05/31(日) 20:45:06 ID:JH33PbAt0
 牛鬼は派手に暴れまわっていた。
 目に付く木や岩を手当たり次第に殴りつけ、巨大な角で粉砕し、地形が変わるほどとにかく破壊し続けているのだ。
 それはまるで自傷行為のようで、事実、牛鬼に囚われたヒビキが魔化魍の猛烈な飢えと殺人衝動を抑えつけて破壊に転化しているのだ。
「ヒビキさん!」
 日高少年の声に牛鬼が向き直る。
「仁志…僕を倒せ……ぅう、があぁっ! ……忌々しい人の心ももうすぐ消える。この身体は我がもらった!」
 ヒビキの声は途中で牛鬼に取って代わられ、牛鬼は日高少年に鋭い角を向けて突進の体勢を取る。
「日高くん」
 スイキの冷静な声が昂ぶりかけた心を静めた。
「はい。―――征きます!」
 変身音叉・音角を鳴らし、額へ翳す。
 続いてスイキが変身鬼笛・音笛を、アマユキが変身音叉・音澄を鳴らす。
 紫の焔が、勿忘草色の水が、空色の氷が身体を包み、鬼へと変える。
 焔を払って現れたのは紫紺から紺青まで色を変える身体に猩々緋の隈取を持つ二本角の鬼―――仁志変身体。
 水を裂いて現れたのは縹色の身体に藍白の隈取を持つ三本角の鬼―――水鬼。
 氷を砕いて現れたのは群青色の身体に浅葱色の隈取を持つ四本角の鬼―――雨雪鬼。
「克服あれ」
 水鬼の、鬼島で叩き込まれた教えを合図に三鬼は戦いを始めた。
168鬼島〜揺るがぬ師弟〜:2009/05/31(日) 20:49:17 ID:JH33PbAt0
「鬼棒術・氷雨!」
 雨雪鬼の振り抜いた音撃棒から数多の氷の飛礫が表れ、牛鬼に襲い掛かる。牛鬼がわずかにひるんだその隙に音撃管を連射しつつ接近した水鬼と仁志変身体が近接戦闘に持ち込んだ。
「鬼闘術・水斬掌!」
 水鬼が高圧水流を纏った手刀・足刀をめまぐるしい速度で繰り出す。まだ高度な術を使えない仁志変身体は反鬼石をつけた音撃棒・烈火で牛鬼の身体を乱打する。
 牛鬼は豪腕に物を言わせて二人を弾き飛ばすと、正面の水鬼に刃のように鋭い角を向ける。
「待って!」
 突進しようとする牛鬼の腰に仁志変身体がしがみつく。動きを封じる仁志変身体に牛鬼は拳を何度も叩きつけるが、仁志変身体はうめき声を上げるばかりで腕は僅かも動かない。
「はああっ!」
 仁志変身体の敢闘を無駄にせず、水鬼が水斬掌を開放して鋭利なウォーターカッターとし、牛鬼の二本の角を根元から斬り落とす。
 そこへ駆け寄ってきた雨雪鬼が充分にスピードの乗った跳び蹴りを喰らわせ、牛鬼を転倒させた。三鬼は体勢を立て直し、三方から包囲しつつ牛鬼に向かう。
 立ち上がった牛鬼は仁志変身体に逞しい肩を固めたタックルをかける。仁志変身体はそれを敢えて躱さず、真正面から受け止めた。
「ヒビキさん、負けないで! あなたは強いんだ!」
 足は土にめり込み、それでも押し負けて地面に二本の線を刻んでゆっくりと後退している。スイキの射撃も牛鬼の力を削ぐには力不足のようだった。
「我を倒せるか!? 我は響鬼だ!」
「黙れ魔化魍、ヒビキさんは強い! ヒビキさん、あなたを死なせはしない! だから――!」
 今にも仁志変身体を地面に押し潰さんとしていた牛鬼の力が僅かに緩む。
「鬼棒術・氷の楔!」
 雨雪鬼が音撃棒・天賜で牛鬼を殴る。するとその部分を中心に凍りつき、動きを封じる。水鬼は距離を取り、反鬼石の弾丸を牛鬼に撃ち込んだ。
169鬼島〜揺るがぬ師弟〜:2009/05/31(日) 20:54:12 ID:JH33PbAt0
「ヒビキさん、いきます!」
 仁志変身体は装備帯から真新しい音撃鼓・火炎鼓を外すと牛鬼の顔を見据え、その胸に貼り付けた。雨雪鬼は背中に音撃鼓・黛青を貼り付ける。水鬼は音撃管・流水に音撃鳴・湧水を組み合わせた。
「一気火勢の型!!!」
「音撃射・大河滔々!」
「音撃打・卍! 二秒で終わりよっ!」
 三鬼の音撃重奏が牛鬼に染み渡る。
 仁志変身体の音撃は未熟だが、師を救うという想いがその力を何倍にも増し、力強い演奏としている。その想いを知っている水鬼と雨雪鬼は仁志変身体の音撃打に己の音撃を合わせ、引き立てることに専念している。
 しばしの演奏。悶え苦しんでいた牛鬼はやがてその動きを緩め、ほとんど動かずに音撃されるがままになっている。
「はあ―――ぁっ、はあっ!!!」
 最後に一拍空け、渾身の一撃を火炎鼓に、牛鬼に、ヒビキに叩き込む。
 歪に堕ちた鬼は一瞬静止し、爆裂四散した。
170鬼島〜揺るがぬ師弟〜:2009/05/31(日) 20:58:25 ID:JH33PbAt0
陰陽座「牛鬼祀り」
作詞・作曲:瞬火

嗚呼 海潮に乗りて
届く幽冥の声

嗚呼 雲居の彼方
融けて混ざり消え逝く

今宵 贄の宴や
来たれ 乙女 我を満たさん

小袖の時雨は 現世の未練と
又選られ逝く 寝覚む残花への手向けよ

天つ風 雲の通ひ路 吹き閉ぢよ
をとめの姿 しばしとどめむ

世の中は 常にもがもな 渚漕ぐ
あまの小舟の 綱手かなしも

忘られぬ想いを 胸に抱いて
黄昏る波間を望みて いざ逝かば

今宵 贄の宴や
眠れ 乙女 我は満ちたり

小袖の時雨は 現世の未練と
又選られ逝く 寝覚む残花への手向け

別離世の唄は 満つ潮に呑まれて
雲居の遥かに 融けて混ざりて消えるまで
171鬼島〜揺るがぬ師弟〜:2009/05/31(日) 21:03:18 ID:JH33PbAt0
 三鬼は爆煙が晴れるのを祈るような思いで見つめていた。もしやヒビキを殺してしまったのではないかという不吉な考えが脳裏をよぎらなかった者はいない。
 煙が薄れると、その中心に人影らしきものがあった。
「ヒビキさん!」
 仁志変身体は顔の変身を解除し、地に横たわる人影に走る。人影は紛れもなくヒビキだった。
 祈るような思いでヒビキの胸に耳をつけると、しっかりと脈打っているのが聞こえた。
「やった……やったー!」
 歓呼の叫びをあげると、仁志変身体はそのままヒビキの横に倒れて気絶してしまった。
 それを見てスイキとアマユキも互いに抱き合って喜びを表し、ついで困惑した顔を見合わせた。
「どうしよう」
「どうしようって、私たちが運ぶしか……ないわよね」
 二人の女の前に横たわるのは、全裸を晒す男二人だった。
172鬼島〜揺るがぬ師弟〜:2009/05/31(日) 21:07:14 ID:JH33PbAt0
 ヒビキが目を覚ましたのはそれから五日後だった。
「……僕は……そうか。仁志たちが助けてくれたのか」
 間もなく病院から連絡を受けて到着した日高少年に、ヒビキは唐突に言った。
「僕は君の師匠を辞める」
「はあ!?」
「何だ変な声を出して。僕はもう鬼じゃなくなったんだから、鬼の師匠なんてできるわけないじゃないか」
 ベッドの横に置いてあった自分の荷物から何やら取り出すと、それを日高少年に渡した。
「ほら、僕の手帳だ。あとは猛士が新しい師匠を見つけてくれるだろう」
「ちょ、ちょっと待っ」
「僕は教師になりたかったんだ。その仕事も手配してくれるとありがたいんだけどね」
「待てよ馬鹿!」
「師匠に馬鹿とは何だ馬鹿とは!」
「師匠を辞めるんじゃなかったのか!?」
「そ、それは……、そうだ、師匠じゃなくても僕は年上だ! 年上は敬うべきだ!」
 しばらく言い合いを続けて喧嘩別れした二人だったが後に猛士の仲裁で仲直りし、日高少年は牛鬼を清めた功を認められて響鬼を襲名。ヒビキは日賀良紘彦にもどり、新たなヒビキのサポーター兼トレーナーとなった。
 しかし日賀良は頑として自分は師匠ではないと言い張ったうえ実際にトレーナーとしてヒビキを鍛えた期間のほうが長かったため、いつしかヒビキは師匠なしで鬼になったと若干誤った通説が流布することになった。
 ヒビキがベテランとなり、関東支部に移籍したあとも師匠について尋ねられると渋い顔をするのはこのためである。
173チラ裏と訂正:2009/05/31(日) 21:11:32 ID:JH33PbAt0
冒頭でちらっと語られるように、鬼島は壊滅します。スイキ、オンギョウキ、フウキ、キンキを最後の卒業生となりますが、それはまたの機会に(これ書けるんだろうか)。
ディケイドの響鬼編があまりにかっこよかったのでほぼ二日で書いてしまいました。
デビヒビキは助けられなかったけど、このくらいの妄想くらい許してほしい。

拙作「鬼島〜未来の金鬼」および「鬼島〜風鬼、その愛する者〜」で雨雪鬼(薊変身体)の体色と風鬼の前腕の色を浅黄色と書いていましたが、浅黄だと「うすき」となって肌色っぽい色になってしまいます。
単純な変換ミスですが、ここでお詫びとともに『浅葱色』だと訂正します。
ちなみに拙作では鬼の色は基本的に日本の伝統色を採用しています。なので水鬼の色も伝統色にのっとった色名称に置き換えました。
それと>>160で名前欄がタイトルになってませんでした。こっちも訂正。
174鬼島兼用語集:2009/05/31(日) 21:13:12 ID:JH33PbAt0
ついでに一言
あの音撃は反則だろ!かっこよすぎる!
175名無しより愛をこめて:2009/05/31(日) 23:25:57 ID:GSXHUpETO
投下乙です。これはまた仕事が早い。
176名無しより愛をこめて:2009/06/04(木) 08:16:49 ID:lRc2CT06O
177鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/06/04(木) 22:56:43 ID:y8tK7pP1O
前回>>136-145のあらすじ:猛士関東支部で先代トウキのサポーターを務めた尾賀元子は、彼の死後に『歩』となった。事情により小学校教師の職を解かれた後に総本部へと招かれ、魔化魍の出現予想の研究の傍ら、猛士データバンク上の記事更新等を行っていた。
尚、現在このスレには規制に巻き込まれてPCから投下できない職人がいる。


『鬼祓い』 二十一之巻「蹴散らす槍」


 洋介を人質に取られ、無抵抗のままソヨメキは誘拐された。事は一刻を争う。
 誘拐犯の車両を追跡した啓真の元から地名を吹き込まれたディスクアニマル『茜鷹』が戻り、啓真が着いた場所を知った恭也は、臨海地区を目指し『嵐州』を疾らせた。
 数多く疾る車の中を『嵐州』は湾岸へ向けて進んでいった。何度目かの信号につかまった時、恭也はバックミラーに映る様々な車の中に、見覚えのあるガンメタリックのオフロード車を発見した。
 希望的観測では、未来ある少年に術で甚大なダメージを与えた『鬼を狩る者』は、そのことで既に『鬼祓い』の任務から解かれているものと思われる。
 たとえ別の者が任務を代行していたとしても、シルヴァー・ブレットからのメールによれば、猛士はすでにソヨメキの無実を知っている。ソヨメキの容疑は晴れ、彼女に対する『鬼祓い』の任務そのものが無効となったはずだ。
 しかし、意識して以降、常にバックミラーに映る車両の影は、長野で見たイタダキの乗る車に非常に良く似ていた。
178鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/06/04(木) 22:59:51 ID:y8tK7pP1O
 臨海地区に入り縦横に運河が走るようになり、『嵐州』は何度も川を越える橋を渡った。
 前方に東京湾が広がる頃、上空の『茜鷹』は左手に曲り、お台場を背にして街路は閑散としていった。恭也はスピードを上げた。オフロード車はその後をひたと着けてくる。
 啓真が暫く前に通過した赤く錆びたゲートを抜けて、『嵐州』は木材埠頭の一角を占める、ひっそりとした敷地内に入っていった。
 コンテナや倉庫が並ぶアスファルトの地面が続き、二方は東京湾だった。
 倉庫にも、埠頭に停泊する船にも一切の明かりはなかった。
 だが、一つのコンテナの脇に停車している啓真の『凪威斗』を見つけ、恭也もその近くに停車した。
「恭也!」
 車から降りて辺りを見回していた恭也の所に、啓真が走ってきて言った。
「駄目だ。ソヨ、見つかんねえよ!」
「洋介さんは? 誰もいないのか?」
「洋介さんどころか、人っ子一人いねぇよ!」
 走り回ってあちこちの倉庫を見回ったらしく、啓真は息を切らしながら言った。
 そこにガンメタリックのオフロード車が乗り込んできた。
 車が停車すると、予想通り、スライドドアを開けて中から赤い鎧の武者が出てきた。
179鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/06/04(木) 23:07:38 ID:y8tK7pP1O
「どういうことだ」
 恭也は鋭い声で頂鬼に質した。
「キー坊をあんな目に遭わせておいて、まだ『鬼祓い』を続けているのかお前は」
 実際にそのことがあった時には戸惑いを見せていた頂鬼も、今はすっかり以前の様子に戻っていた。割れ鐘のような声で彼は応えた。
「課せられた任務は何があろうと遂行する。それが、一族の誇りだ。誇りにかけて、俺はどんなことがあってもこの鬼祓いをやり遂げる」
「人質をたてに、無抵抗の人間を誘拐するなんて真似までしてもか」
 兜の庇と頬当ての間から覗く目が正面から恭也を見据えた。
「何度も言わせるな。どんなことがあってもだ」
 凄惨な笑みを漏らしながら頂鬼は言った。
「人質ぃ?」
 啓真が恭也のすぐ横で、訝しげな顔をして訊いた。
「こいつが、洋介さんを拉致した」
 恭也は頂鬼を指さした。
「そうだ」
 凶悪な笑顔と共に頂鬼は言った。
180鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/06/04(木) 23:14:09 ID:y8tK7pP1O
 今日は、最初からヘルメットを被ることはせず啓真は『凪威斗』に跨がった。防御力と引き換えに広い視野を得る、捨て身の体勢だった。
「やい、声のでけぇオッサン。よくも今まで俺たちを追い回してくれたな? だけどソヨの容疑は晴れた。もうオッサンの『鬼祓い』も終わりだ、さっさとソヨを返せよ。またくらわすぞ」
 ウィリー走行で疾り出した『凪威斗』が、埠頭のアスファルトの上を駆けて赤い鎧武者に向っていった。その間に恭也は『嵐州』に乗り込んだ。
「勘違いするな、岸啓真!」
 頂鬼は迫り来る黒い単車に向けて言った。
「この間のあれが、俺の実力だと思うな」
 前輪を立ち上げ牙を剥いたグラファイトブラックの単車の突進を頂鬼は躱した。『凪威斗』はそのまま脇を疾り抜け、フローティング・ターンで頂鬼に向き直った。
 円形の盾を纏った左腕が単車に向けられ、盾から出てきたレール付きの銃が手中にセットされる。その銃口から圧縮空気弾が放たれた。
 単車の前に疾り込んできた『嵐州』の装甲が空気弾を受け止めた。
 そのパールホワイトのルーフの上から飛び出した、黒い人馬の影があった。それは『嵐州』を踏み台にして空高く飛んだ『凪威斗』だった。
 通常の乗り手の体重と車両の重さに加え、重力加速度が加わったライダー・タックルが頂鬼目がけて飛来した。気づいて左腕の銃口を上げた時には頂鬼の眼前にCB400 SUPER FORのボディが迫っていた。
「遅ぇよ!」
 前輪が脳天を直撃し、赤い鎧武者の体が大きく下へ沈んだ。
 それは、そろそろ日も翳ろうとする中、二方を海で囲まれた無人の埠頭で、赤い鎧武者を相手に黒い二輪と白い四輪が闘う光景だった。『桂馬』と『香車』の合同攻撃の前に、『鬼を狩る者』の兜は割れ砕けた。
 兜の下から現れたイタダキの素顔は、額から鼻の両脇を通り流れる血で朱に染まっていた。四十前後と思われる伶俐な雰囲気をまとった男の顔を、イタダキは初めて啓真たちの前にさらした。
181鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/06/04(木) 23:20:34 ID:y8tK7pP1O
「ソヨを取り返すためだったら、とことんやってやらぁ!」
 叫ぶ啓真に、イタダキは負けずに叫び返した。
「何のことだ。ソヨメキを探しているのは俺のほうだ!」
「しらばっくれるな!」
 車内から恭也が叫んだ。
「洋介さんをさらったのはお前だろう!」
 パールホワイトの車両の前面から幅広の槍が突き出され、鎧武者に向けて牙を剥いた。
「喰らえ!」
 近づいてきたシビックTYPE Rを、重い鎧を着ているとは思えない身軽さで跳躍して躱しながら、イタダキは腰から抜いた日本刀を一閃した。アスファルトの上に降り立つと、イタダキは血で染まった顔をにやりとさせながら言った。
「槍の先まで装甲は施していまい」
 疾り抜けて急停車した『嵐州』の車前面から、幅広の槍が切断されて転がり落ちた。
「羽佐間洋介は、確かに俺の手下どもが拘束した。だが、人質というのは何のことだ?」
 先ほどからどうも、話が微妙に噛み合わない。
「おまえが洋介さんを人質に、ソヨを誘拐したんじゃないのか?」
「何を言っている。俺は街で『嵐州』を見つけ、ソヨメキを『祓う』ためにお前を尾行してきたのだ。それと羽佐間洋介を拘束したことに関連はない」
 確かにそうだった。ガンメタリックのオフロード車の動きは、恭也の後を尾行するものだった。
「鶴野剛士」
 恭也は当てずっぽうでかまをかけた。
「ソヨをさらったのはこいつの方か? 鶴野はお前の仲間なんだろう?」
182鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/06/04(木) 23:23:53 ID:y8tK7pP1O
 恭也は車内から、じっとイタダキの反応を待った。
 鶴野は猛士総本部に所属する『金』であり、『戌』、『申』、『酉』のような、イタダキの部下ではない。もっと別の関係が考えられる。この辺りがはっきりすれば、もう少し一連の事件の真実が見えてくるはずだ。
「ツルノ……」
 イタダキはその名を呟いてから、しばらくして言った。
「俺に『鬼祓い』の任務を下した本部の『金』たちの中に、そんな名前の奴がいたような気もするが、そもそも奴らが俺たちの『仲間』になるはずなどない。奴らは俺たちを常に下に見ている。汚い仕事だけさんざん押し付けてきて、自分たちの手は汚さず」
 イタダキの答は、恭也の予想とは異なるものだった。
 イタダキが鬼の力への渇望からサザメキを襲撃し、凶器は鶴野を利用して本部から調達していた、そんなストーリーを組み立てつつあった。鶴野はイタダキに弱みでも握られ、悪事の片棒を担がされていたのではないかと考えていた。
 しかし、彼の言葉には、本部に対する怒りのようなものが感じられるだけで、共謀している様子はなかった。
「俺は、ソヨメキに関して解ったことを逐一本部に報告し、あとは任務遂行に向けてひたすら鬼を追い続けていた。それだけの関係だ。名前など一々覚えていられるか」
「何だ、それは。そんなことを続ける理由はあるのか? 汚い仕事だとわかっているなら辞めればいいだろう」
「お前は、組織の暗部を引き受ける俺たちの気持ちをわかっていない」
 イタダキは苛立ちを見せながら言った。
183鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/06/04(木) 23:26:20 ID:y8tK7pP1O
「その昔、代々鬼になれない体質を持つ俺の一族に、奇跡的に鬼に変われる者が現れた。後に鬼となり、一族の希望の星となったその者は、皆の期待を背負った身でありながら、道を踏み外して『鬼祓い』の対象となった。
 その時、一族の長がこの『鬼祓い』の任務を宗家に代わって引き受けると申し出た。そして、一族きっての強者が、『鬼の鎧』をまとって祓いに成功した……。
 解るか? 同族の命を奪ったこの決断の意味が。祓いの役目を一族が自ら担うことで、我らはどんな使命でも必ず果す一族であるという証としたのだ。このことで、一族の希望の星の死に、意味を持たせたのだ。
 以降、西日本を中心に、鬼毘の一族は総本部からの依頼に応じて『鬼祓い』を執り行うようになった。
 そしてそれから、どんなに暗く、汚い任務であろうとも、俺たちは使命をすべて遂行してきた。それが俺たち一族の誇りであり、あの時死んだ初代『頂鬼』がこの世に生を受けた意味であるからだ」
 イタダキはまた「誇り」と言った。誇りを持つ人間が、他人に罪をなすり付けたりするだろうかと恭也は思った。そして、栃木で行ったものと同じ質問を繰り返した。
「もう一度訊く。お前は、サザメキさんが襲撃された時、どこで何をしていた」
「里で一族の者と過ごしていた。俺が鬼を襲撃したと疑っているようだが、それは見当外れだ。やったのは、ソヨメキだろう」
 それを聞いて啓真が叫んだ。
「違ぇって、散々言ってんだろ!」
「違っていようと、いなくとも、俺には関係ない。引き受けた任務を遂行する。それが全てだ」
 では、サザメキを襲撃したのは鶴野剛士なのかと、恭也は考え直した。『金』と言えばデスクワークが専門というイメージがあり、剣と銃を同時に使い、鬼を倒せるような力があるとは思えない。
184鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/06/04(木) 23:31:43 ID:y8tK7pP1O
 とにかく、敵を前にしての逡巡はやめた。ソヨメキをさらったのが誰であろうと、今は彼女を取り戻すことが最優先だ。そしてそのためには、いま目の前にいるこの強力な敵が邪魔だった。
「お前の理論はわかった。だが、無実のソヨを『祓う』なんてことは俺がさせない」
 その時、啓真が胸元を扇ぎながら言った。
「なんだか暑くねぇ?」
 初夏に入り、気温も上がってきているのだろうと恭也は考えた。しかし車窓を開けると、押し寄せてくる明らかな熱気が伝わってきた。
 熱源は埠頭に停泊する、全長が『嵐州』数十台分にもなりそうな大型の材木輸送船だった。見ると、船体と海水が接しているあたりからわずかに湯気も出ている。
 その時、無人と思われていた船が海水を揺らして船体を震わせ始めた。
「啓真! あの船、何か怪しい。乗り込めるか?」
「ソヨが絡んでるんなら何でもやるぜ、俺は」
 と言っても、船の甲板は埠頭のアスファルトから数メーター上の高みにある。
「また『嵐州』の背中を借りるぜ!」
 白い装甲車の上に曲芸師のようにバイクで飛び乗った啓真は、そこから手近なコンテナ上に飛び移り、コンテナ上を幾つも飛び渡った後、さらに倉庫の上に飛び移った。
 複数の倉庫の屋根の山と谷を疾り、埠頭の端に近い倉庫の屋根から黒い車体が飛んだ。その先にあるのは、海水を蒸発させながら埠頭を離れようとする、材木輸送船の甲板だった。啓真は芸術的な腕前で、単車の推進力を利用して船に迫った。
185鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/06/04(木) 23:35:01 ID:y8tK7pP1O
 轟音が黒い車体を貫き、啓真を乗せたまま『凪威斗』は海に急降下した。夕日が映えた海面に飛沫を上げて、車体と乗り手は水中に姿を消した。そのすぐ先で輸送船がゆっくりと埠頭から離れてゆく。
「啓真!」
 その様子に叫んでから、頂鬼に向き直って恭也は叫んだ。
「貴様! なぜ邪魔をした! あれにソヨが乗っているかもしれないんだぞ!」
「なればこそ!」
 大声で赤い鎧武者は言った。
「岸啓真も、木倉恭也、お前もあの船には行かせん。この俺があの船に乗り込み、そこにソヨメキがいたならば、今度こそ『祓う』」
「言ったはずだ」
 恭也は防弾ガラスをすべて開け放ち、言った。
「そんなことはこの俺がさせない、と」
 リアシートの白い収納ケースに後ろ手を伸ばし、装飾的な書体で「L」と書かれたディスクアニマルの入った箱を恭也は開いた。続いて鬼弦を連続してかき鳴らし、ケース内にあった数十体のディスクアニマルを残らず起動させた。
 先ほど全開にした『嵐州』の窓から、あるものは地を這い、またあるものは空を切り、イタダキに向けて一斉にディスクアニマルが向かっていった。
「行けーッ! 奴を取り囲めッ!!」
 起動者の叫びに呼応するように、数十体の機械仕掛けの動物たちが、赤い鎧武者の周りを取り囲み、頂鬼の視界は色とりどりの金属の群れで埋め尽くされた。
 そこから抜け出ようとしているうちに、イタダキはコンテナを背にしていた。左腕の銃からの射撃で視界を奪うディスクアニマルたちを次々と仕留めていくイタダキ。
 ディスクアニマルの群れの向こうから自動車の排気音、走行音が近づいてきた。気づいて顔を上げた頂鬼の眼前に、様々な色の小型動物をかき分けて、白い装甲車が現れた。
「何!?」
 瞬間、『嵐州』自体が白い槍となって一直線に『鬼を狩る者』に突っ込んだ。
186鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/06/04(木) 23:38:24 ID:y8tK7pP1O
 コンテナの外壁と『嵐州』に挟まれる寸前、鎧武者は左腕の円形の盾で体を庇った。しかし庇った盾ごと彼の体は金属と金属の間に挟まれ、押し潰された。
 巨大な激突音の直後、引火して車が燃え出し、盛大な爆発音が上がった。
 炎上する『嵐州』を前に、激突の直前で車から飛び出した恭也が、ソヨメキの『盤』、『弦』、『太鼓』の三つの装備だけを手にしてアスファルトの上に立っていた。腰から上には三種の装備帯が巻かれていた。
 ガンメタリックの車の中から、爆発音を聞きつけた『戌』が出てきて叫んだ。
「イタダキさーん!」
 コンテナの壁際で、巨大な炎の塊が燃え続ける。この特攻に、ディスクアニマルの半数が巻き添えになり、残りは恭也の元に集った。
「……案ずるな」
 炎の中から野太い声がして、刀を手に炎を纏った黒い影が歩き出てきた。頂鬼は一旦刀を鞘に納めると、両手を使い、燃え続ける上半身の装備をすべて外した。
「これでお前がくたばるとは思っちゃいないさ。お前の強さも、恐ろしさも充分解っている。だがこれでお前の音撃管はオシャカだ。装甲車一台と引換えとは随分な代物だな」
 頂鬼が脱ぎ捨てた篭手に、『嵐州』の特攻により破壊された音撃管が、金色の金属の残骸となり果てて絡みついていた。
 恭也は音撃盤と音撃棒を地面に降ろし、音撃弦を手に頂鬼と対峙した。
「ソヨと、あの馬鹿が俺を待っている。ご自慢の鎧もなくなったところで、そろそろ俺とサシの勝負をしてもらおうか」
 イタダキは腰の鞘から剣を抜き放って言った。
「これで力の差を埋めたつもりか?」
 下半身のみを鎧で覆った男が両手で正面に剣を構えると、恭也は音撃弦を槍のように地面と水平に構えた。


二十一之巻「蹴散らす槍」了


187名無しより愛をこめて:2009/06/06(土) 14:15:43 ID:Hw0sd9g00
おお。出張から帰ってきたら、続きが投下されてるー。
投下乙です。めっちゃかっけぇ!

>尚、現在このスレには規制に巻き込まれてPCから投下できない職人がいる。
・・・・ご愁傷様です・・・・(涙)。早く解除されるといいな・・・
188鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/06/12(金) 23:52:57 ID:4BSdicPOO
前回>>177-186のあらすじ:NPO法人TAKESHIに入社した加藤一樹は、2009年初頭に四国支部への視察団のツアーコンダクターを任された。現地到着後、現場へ向う直前に一人、電話が来たため先に行ってほしいと告げてきた男がいたことを、後に加藤は証言した。


『鬼祓い』 二十二之巻「滲み出る過去」


 闇夜の木材埠頭の突端を、ベースギターを背負った細い人影が歩いていた。人影は外灯のもとで足を止めて、暗がりに向けて尋ねた。
「すみません」
 尋ねた声は若者のものだった。すると、声が向けられた先で密やかに動いていたもう一つの影が動きを止めた。その影が振り返った先に、外灯に照らされて、二十代半ばの若者が笑顔で立っていた。
「鶴野さん? 本部の鶴野さんですよね」
 若者に顔を向けた男は、しばらくそのまま黙っていた。アスファルトの地面が若者のすぐ背後で途切れ、そこから先に広がる黒い海面が、埠頭の突端にぶつかって静かに波を打ち付ける音を奏でていた。
 やがて、男は言った。
「どこかでお会いしましたか?」
「もう十年くらい前になりますが……父に連れられて本部に伺ったときに、一度お会いしています。関東支部のバンキを覚えていませんか? 今は僕が『蛮鬼』の名を継いでいます」
189鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/06/12(金) 23:57:05 ID:4BSdicPOO
 しばらくの沈黙の後、影はバンキに訊いた。
「十年も前に会った人の顔を、覚えているものですか? 普通」
「僕、記憶力がいいんですよ」
 バンキは横から自分のこめかみのあたりを指さして笑顔で言った。それに対して影は穏やかに応じた。
「視力もいいみたいですね。こんな暗い場所で人の顔を見分けられるなんて」
「そうなんですよ」
 これに対し、影の発する声が急に凄みを帯びた。
「じゃあ、これも見えていたんだろう?」
 男が外灯の光の中に差し出した左腕外側に、円い形をした金色の盾が装着されていた。盾の側面から自動的に出てきたレールが腕に絡み付き、トリガー付きの銃身が掌中にセットされた。
 危険を察知したバンキは素早く腕の鬼弦を弾いて額に翳した。男は変身中のバンキに銃口を向けた。
「悪いな。今日俺がここに居たことになっていちゃマズいんだよ」
 正面から圧縮空気弾を打ち込まれ、バンキの体が後方に吹っ飛び海面下に落ちた。男が外灯の下に走り出て海面を見ると、海中にバンキの発する黄色い光が見えた。男は素早く黒い水面に銃口を向けた。
 男がそのまま待っていると、やがて海中から放たれていた光が消えていき、海面は元通り黒く静かな姿を取り戻した。
190鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/06/13(土) 00:00:18 ID:31h6rZ8kO
 その、一瞬の戦闘があった地点から、いくつもの倉庫やコンテナを隔てたアスファルトの上で、互いに満身創痍となった恭也とイタダキが闘い続けていた。
 二人の周囲の地面には、夥しい機械の小動物が斬り捨てられ、屍を晒していた。互いの剣は相手の血で汚れ、イタダキの持つ日本刀はすでにその半ばで刀身が折れていた。
 イタダキは折れた刀を投げ捨てて猛然と恭也に向かっていった。恭也は音撃弦を槍術風に構えたが、その動きは疲労とダメージに侵され緩慢としていた。
 それに比べてまだ余力を残していたイタダキは、最後の力を振り絞り、渾身の力を手刀に込めて恭也の手から音撃弦を叩き落とした。弦は乾いた音をたててアスファルトの上に落ちた。それをイタダキはすかさず蹴り飛ばした。
「恐れ入ったぞ、木倉恭也。『鬼』以外でここまで俺と闘える者がいるとは思わなかった。――もう、いいだろう」
 強靭な拳が恭也の腹部に食い込んだ。喉から呻きの代りにひゅうという息が漏れた。もはや恭也にはまともに声を出す力も残っていなかった。全身の斬り傷に加え、イタダキの体術により刻み付けられた打撲が顔と言わず手と言わず全身を痣だらけにしていた。
「……ソヨと……あの馬鹿が……待っている……」
 拳を叩き込まれた姿勢のまま、うわごとのように呟く恭也の声がイタダキの耳に届いた。
「岸啓真なら、あれから埠頭に上がってきていない。奴はもう死んだのだ。――そういう意味では、奴は貴様を待っていると言える。これから貴様も死ぬのだからな」
191鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/06/13(土) 00:08:27 ID:31h6rZ8kO
 巨大な材木輸送船の甲板で、岸啓真はうつ伏せになって倒れていた。
 単車で輸送船まで飛ぼうとした瞬間イタダキに単車を射抜かれ、啓真は『凪威斗』もろとも暗い海中に沈んでいった。
 上も下も判らなくなったその時、二すじ伸びる光線が遠くでぷつりと途絶えているのが見えた。それを見て啓真はそちらが海面であると判った。
 光源は沈みゆく『凪威斗』のヘッドライトだった。最後に『凪威斗』が行くべき方向を教えてくれたような気がして、心の中で愛機に礼を言いながら啓真は海面を目指した。
 なんとか暗い海中から脱して海を泳ぎ、異常な熱気を放つ輸送船の外壁に取り付いて、よじ登ったまではよかった。しかし甲板に着いたところで力尽き、そのまま意識を失ってしまった。
 気がつくと服はほとんど乾き、夕闇は夜空に変わっていた。啓真が立ち上がって周囲を見渡すと、沖へ進んでいたはずの船は埠頭のすぐそばに戻っていた。ただ、その位置からは恭也もイタダキも見えなかった。
 船は、二辺を海に接した埠頭の一辺から、もう一辺のそばに移動していた。位置関係を掴むと、啓真は船の内部へと入っていった。暗い中を進むにつれ、熱気の強まっていく方向があった。これに何かあると睨んだ啓真は、熱源を探しつつ船内を歩いていった。
 歩き進むうちに、ほぼ乾いていた服が、今度は啓真自身の汗を吸って重くなった。
 暗い船内の廊下で、細い光の筋が漏れる扉を見つけ、啓真は足音を殺して近づいた。横滑りのドアをそっと開けると、啓真のいる廊下に光と声が漏れてきた。
『ドウダ? 暑イカ? 暑イダロウ。俺ハ両手の“コレ”ヲ回収ガテラ、涼ンデキタカラヘッチャラサ』
 ヴォイスチェンジャーにより奇妙に高く変換された声が室内に響いていた。啓真のいる扉付近からは、船室内にいる声の主の姿は見えなかった。啓真が隙間から視線を走らせると、壁際で両手を鎖に繋がれた、メイド喫茶の制服姿のソヨメキが見えた。
「ソヨ!」
 叫んで船室に飛び込んだ啓真を、室内にいた二本角の影が振り返った。
 啓真は、意外な場所で意外な者に出会い、目を見開いた。
192鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/06/13(土) 00:14:32 ID:31h6rZ8kO
 その、反り返り気味に立ち上がった銀色の二本角――
 その、頭部を覆うマジョーラカラー――
 その、顔に走る紅の隈取――
 全国にその名が知れ渡る鬼の名を啓真は口にした。
「『ヒビキ』!!」

 懐に飛び込んできたイタダキに胴へのひと突きをねじ込まれ、突き上げられるように立ち、既に死に体と見えた恭也の腕が、いつの間にか頭上にあがり強く握られていた。
 イタダキが気づいた時には、その拳が自らの頬に炸裂していた。急な一撃にイタダキは倒れた。しかし起き上がれぬほどのダメージではない。
 痛みに耐えて立ち上がると、武器をなくし無手となった恭也が、固めた左の拳を喉の高さ、右の拳を肚の高さで固定し、急所を守りながら同時に拳を繰り出す構えになっていた。
 左の拳は肩から三足分ほど前方に位置し、イタダキの接近を警戒しながらも、いつでも攻めに転じられる型をとっていた。
「まだ動けるとは。木倉恭也、お前は――」
 イタダキも恭也と同様に両の拳を構えた。
 ふいに接近してきた恭也が鋭い蹴りを放った。それまでの疲弊していた姿が嘘のように、機械じみた動作で恭也は無言で攻め入ってきた。
 すかさずイタダキがそれを下方に払うと、地に降りた脚を軸にして恭也は間髪入れず回し蹴りを放った。鎧のないイタダキの胴に恭也の脚が深く食い込む。
 体全体のバランスを崩したイタダキに恭也の拳が次々と打ち込まれていく。
「う……おぉッ!」
 払う隙もない連打を受けてイタダキは再び地面に倒された。
 イタダキは口元の血を拭いながら立ち上がり言った。
「鬼同様に音撃弦を使い、武器をなくせば素手でも闘う――お前はまるで……」
193鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/06/13(土) 00:27:16 ID:31h6rZ8kO
 啓真が飛び込んだ船室は、船倉といった様子の無機質な部屋だった。教室ほどの大きさの広い空間には窓がなく、また本来あると思われる荷物もほとんどなかった。
 がらんとした印象の部屋の壁二か所に頑丈な鎖が打ち込まれていた。それらの先それぞれに鉄の輪があり、輪がソヨメキの両手首を斜め上に広げるようにして縛めていた。
 鉄の輪に両手を取られ、彼女は膝を落として前方に首をうなだれていた。その腕や、顎の先から絶えず汗がしたたり落ちている。室内はどこからか来る熱気に満たされサウナのようだった。
「大丈夫か、ソヨ!」
 再び名を呼ばれ、汗みづくで動かなくなっていたメイド服姿がぴくりと動いた。のろのろと顔を上げると、汗で乱れた髪が張り付いたソヨメキの顔があった。
「啓真……」
『邪魔スルナヨ馬鹿ヤロー』
 はっとして啓真は“ヒビキ”を振り返った。よく見ると、頭部のマジョーラはヒビキのような紫を基調とした色ではなく、白をベースに様々に変化する、玉虫色とも言える色だった。そして黒いライダースーツのような服が全身を覆っていた。
 さらにその上から、左手を装着型音撃管、右腕と胸部を装着型音撃弦で覆った、鬼もどきがそこにいた。
 ソヨメキは完全に武装解除されており、鬼もどきの足元に、彼女の鬼笛やディスクアニマルが提げられた装備帯が置かれていた。
「誰だてめぇは」
『俺? 俺ハ、師匠ノさざめきヲ殺ソウトシタ悪イ鬼、そよめきダ!』
 おどけた様子でその鬼もどきは言った。二本角で、白っぽい頭部に紅い隈取。ソヨメキの隈取は薄紅色だが、頭部だけ見ればソヨメキの変身後に似ていないこともない。
「てめぇが犯人か」
『ソウダヨー』
194鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/06/13(土) 00:31:55 ID:31h6rZ8kO
「ざけんなョ。てめぇのおかげで俺たちがこれまでどんな目に遭ったと思ってやがる」
『知ッテルヨー』
「いちいちムカつく野郎だな」
『ムカツイテルノハ俺ノホウダ』
「何ぃ?」
『事故モナク怪我モセズ、運良ク“鬼”ニナレタ奴ガこーどねーむヲ与エラレテ特別扱イ、“鬼”ッテノハソンナニ偉イノカ?』
「鬼モドキが何言ってやがる。てめぇのその格好は何だ」
 啓真は、鬼もどきの鬼によく似た姿を指して言った。
「どう見ても『鬼に憧レテマス』って奴の格好だぜそれは。鬼になりてぇなら修行しろ、以上だ」
 これを聞いて、鬼もどきはしばらく無言になった。それから、今までの人を小馬鹿にした態度をがらりと変え、突如激して言った。
『――幾ラ鍛エテモ、鬼ニナレナイ奴モ世ノ中ニハ居ルンダヨーッ!!』
 左手の銃口が啓真の脚を狙い圧縮空気弾を放った。啓真の右大腿部の外側が削られ血が飛沫く。激痛に啓真は倒れた。せかせかと近寄ってくると、扉付近の床に転がっていた啓真を部屋の中央に向って蹴り飛ばし、鬼もどきはスライド扉を閉めた。
「てめぇ、や……め、ろ。ソヨに何しやがる」
『取リ合エズ、彼女ハ撃チハシナイヨ。アクマデ“罪ヲ悔イテ自殺”ッテ形ニシタイカラネー。ダカラ今、水分絞リ取ッテ衰弱サセテンノネ。デモ、君ハドウシヨウカナー』
 再び人を小馬鹿にした態度を取り戻し、鬼もどきは言った。
195鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/06/13(土) 00:36:28 ID:31h6rZ8kO
 ソヨメキは両腕を斜め上に固定された不自由な姿勢のまま、鬼もどきに視線を据えて言った。
「……啓真には、手出しをしないでくれ」
『美シイ友情ダネー』
 からからと笑いながら鬼もどきは言った。
「人を、護る。……それが鬼の使命だ」
 ソヨメキのこの言葉に再び鬼もどきは激した。
『ダカラ、ソウイウノガムカツクッテ言ッテンダヨー! 運良ク鬼ニナレタダケノ甘チャンガ、ナニ使命感トカ感ジチャッテンダヨーッ!!――コレヲ見ロッ!』
 鬼もどきはスーツの前を開け、前方で鎖に繋がれているソヨメキと、横で倒れている啓真それぞれに向けて、胸から腹にかけて袈裟がけに走る紅い傷痕のようなものを見せた。
『“鬼神経”ッテ知ッテルカ? 鬼面カラ脊髄ヲ通ル“気”ノ通リ道ノヨウナ物ダ。コレガ断裂シタ人間ハ鬼ニナルコトガ出来ナクナル。ココニ何カアルト、今ミタイニ体温ガ上昇シテイル時ニ、コンナモノガ浮カビ上ガル』
 啓真はどこかで、これと似たような物を見た覚えがあった。
『“鬼神経”ガ先天的ニ退化シテイルノガ“鬼ヲ狩ル者”ノ一族ダ。ソシテ、修行中ノ事故ナドデ後天的ニ損傷ヲ受ケルト、同ジコトニナル。ツマリ、幾ラ鍛エテモ鬼ニナレナイトイウコトダ』
196鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/06/13(土) 00:41:53 ID:31h6rZ8kO
 恭也とイタダキの闘いは、互いに武器もなくなり、肉弾戦となり、それでもまだ決着がつかなかった。だがイタダキには、一度栃木の山村で見せた奥の手があった。
「ぬぅん!」
 輝く掌から発せられた光芒が恭也の胸から背を貫いた。外面的な変化はなかったが、その術は体を内部から揺るがしていた。
 これまでの闘いと今の衝撃の積み重ねで、恭也の服の前が散り散りとなった。その胸には、輸送船の船内で鬼もどきが見せたものと同様の、紅い傷痕が肩口から下へ向って二すじ流れていた。
「そうか、貴様のその強さ……鬼の修行をした者だったわけか」
 恭也はイタダキに躱された拳を前方に突き出したまま、体力の限界が来て動けずにいた。
「それなら貴様がソヨメキを救出に行くべきだったな。岸啓真がもし無事に船にたどり着きソヨメキを見つけ出せたとしても、その先にいる者に敵うかどうか」
「……あいつと同じ支部になった頃……」
 憔悴し切った状態で、前髪が目の上にかかったまま恭也は呟くように言った。
「俺は正直、あの馬鹿とのぶっとばしあいでは……手加減していた。……だが――何度もやり合っている内に、そのうち俺も、本気を出さざるを……えなく、なっていた」
「それが岸啓真の頑強さの理由か。知らず、岸啓真にとって貴様は『師匠』の役割を果していたというわけだな」
 それを聞くと、口元に笑いを浮かべながら恭也は言った。
「奴は……絶対、認めない、だろう、けどな……」
 しばらく動かぬ恭也の様子を見ていたイタダキは、やがて満足そうな笑みをうかべて言った。
「決めたぞ。俺は『鬼祓い』を引退する。指令通り俺は一人の『鬼』を葬った。これで俺の任務は終わりだ、悔いはない。俺の手下どもが捕えていた羽佐間洋介も解放する」
 薄れ行く意識の中、霞む視界に浮かぶイタダキの表情を見て、なぜか恭也はサザメキが引退を口にした日のことを思い出していた。
197鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/06/13(土) 00:47:44 ID:31h6rZ8kO
 しばらくしてイタダキは恭也の脇を抜け、『戌』の控えるガンメタリックの車に近づいてきた。
「イタダキさん、いいんですか? あいつは」
 長髪に痩躯の『戌』が指さした先に、前方に拳を突き出したまま背を向ける恭也の姿があった。
「静かにこの場を去るべきだ。そうすればあの男は、眠るように穏やかに死ぬことができる。それが、俺とここまで闘ったあの男に対する敬意だ。あの男はもう何も見えず、話せず、聞こえぬ。このままそっとしておけば、じきに心臓も止まる。
 ――今ここに一人の鬼が死んだのだ」

 一方輸送船の中では、熱気に包まれた船室で、啓真が怒りを露にして鬼もどきを見据えていた。
「その『鬼神経』ってーのがブチ切れて、てめぇが鬼になれなくなったから、鬼に『ムカついてる』ってわけか。勝手なこと言ってるよな、てめぇ」
 立ち上がり、撃たれた右脚を引きずりながら啓真は言った。
『ウルサイ! オマエニ俺ノ気持チガ解ッテタマルカ!』
 キンキンとした高い声で鬼もどきは叫んだ。
「お前の気持ちなんざ解りたくもねぇが……俺は、『鬼神経』が切れて鬼になる道が断たれても、『銀』として、『飛車』として務めを果たしている奴を知っている。そいつは、自分にできることを精一杯やっている。お前みたいに腐っちゃいねぇ!」
『黙レ!』
 近づいてくる啓真を、鬼もどきは右手に纏った音撃弦で斬りつけた。再び倒れた啓真の鼻先に音撃弦の切っ先を突き付けながら、鬼もどきはソヨメキに言った。
『コノ熱イ中ズイブント頑張ッテイルヨウダガ、モウイイダロウ、そよめき。ソロソロコノ船ト一緒ニ海ニ沈ンデモラオウカ。逆ラッタラコノさぽーたーヲ殺スヨ?』


二十二之巻「滲み出る過去」了


198名無しより愛をこめて:2009/06/13(土) 17:12:59 ID:98sZh9xx0
鬼祓い作者様、投下乙です。

そろそろヒビキさん登場でしょうか。
199高鬼SS作者 ◆Yg6qwCRGE. :2009/06/14(日) 19:44:48 ID:Sr9HZcXU0
欧州編、次回で漸く終わりです。長かった…。

本編中、不自然な場面転換が起こる箇所があるかと思いますが、仕様ですので気にしないで下さい。
残りあと二回、どうぞ。
200欧州編 第十二夜:2009/06/14(日) 19:47:21 ID:Sr9HZcXU0
「新しい黒紫蝶の調子は超最高!俺様の調子も超ビンビン!」
大量の黒紫蝶を周囲に侍らせながら、声を大にしてチョウキが言う。言葉の意味はよく分からないが。
北陸支部からサッキ宛てに送られてきた荷物の中には、チョウキ専用の式神である黒紫蝶が大量に詰め込まれてあった。サッキは今回の一件を「金」の直江なぎさに報告しており、気を利かせた彼女が送ってきたのだ。
既に猛士ではディスクアニマルが主流となっており、紙製の式神は時代遅れの廃棄品となっていた。そんな中、現存する全ての黒紫蝶を掻き集めて送ってきたのである。
「悪いなぁ、俺の分も貰っちゃって」
そう言いながらバキは、サッキから渡された緑大猿の起動確認を行っていた。黒紫蝶と一緒に送られてきた物だ。
「本当に良いんですか、私まで使わせてもらっちゃって……?」
茜鷹のディスクを手に、ササヤキが尋ねる。それに対しサッキは「あんただって元猛士の鬼だろ?構うもんか」と素っ気無く答えた。
「……ところであんたには何が届いたんだ?」
煙草に火を点けながらサッキがバキに向かって尋ねた。それに対しバキが困ったように答える。
「俺宛てと言うより、ニヤ宛てだったんだよな……」
その言葉の意味が分からず、不思議そうな表情を浮かべるサッキ。
201欧州編 第十二夜:2009/06/14(日) 19:53:31 ID:Sr9HZcXU0
「ところでサッキさん、弦はどうするんだい?」
バキが尋ねる。独逸支部での戦いで彼の音撃弦・降魔は先端の鬼石を破壊されているのだ。このままでは音撃斬が使用出来ない。
「それなんだが、ニヤからこんな物を渡されてな」
ギターケースの中から、サッキが見た事も無い形の弦を取り出した。金ラメ塗装された表面がきらきらと輝いている。
「名前は『ラファエル』。仏蘭西と北欧の狼が持っているのと同じシリーズだそうだ」
大天使ラファエル――癒しを司り、空気や東方を表すとされる天使だ。
既に自分用にチューニングも終えてあるらしく、先程食堂で一曲弾いてきたらしい。その時、バキを呼ぶ声が。
「バキ!」
声の主はルミナだった。やけに動き易さを重視した格好をしている。
「まさかその餓鬼も連れて行くつもりか?」
サッキの問いにバキは「そうだ」とあっさり答えた。
「こいつの、ルミナの希望なんだ。見届けたいんだってさ」
「……守りながらの戦いになるぞ」
「分かっているよ」
そう言うとバキは笑顔で自分の得意ポーズを決めてみせた。それをルミナが、同じく笑顔で真似てみせる。まだ多少ぎこちないが、今の彼に出来る精一杯の笑い顔だった。
202欧州編 第十二夜:2009/06/14(日) 19:57:01 ID:Sr9HZcXU0
「その後、あなたのお父様から何か連絡は?」
ニヤに尋ねられ、無言で首を横に振るバキ。ニヤは「そうですか」と呟くと、熱々の珈琲に大量の角砂糖をぶち込んで掻き回し、一口飲んだ。無言のまま珈琲を見つめると、もう二つ程角砂糖を入れて掻き混ぜる。
「ところで『修羅』でしたか?」
「うん?」
「あの姿ですよ。アカネ ナグモから話は聞きました。何でも憎しみが力の源とか……」
一体何を憎んでいるんです?――そうニヤは聞いてきた。約三十年もの間、大陸中を荒らし回ってなお消える事の無い憎しみとは何か。それが気になって仕方がなかったのだ。
それに対しバキは、さも当たり前と言う風に「理不尽なんだよ」と答えた。
「理不尽、とは?」
「あの親父はさ、何であろうと自分より強いものが許せないんだよ。だから常に最強であるために修羅になった」
酷い理由だろ?――バキがそう言った。
「……同感です」
次にニヤは、修羅とは呪術に長けた存在だったのではないかと尋ねた。
「鬼の血を啜っているんですよね?」
鬼の血を啜り、完全な修羅となった者は長い寿命と強力な呪術の力を得られるとニヤは聞いていた。しかし欧州各地で暴れ回っていたオーガは、肉弾戦以外見せた事がない。
「元々呪術に長けた鬼じゃなかったからなぁ……。ああいうのは子供騙しだって切り捨てるような人だったし……」
バキにもよく分からないようだ。最後にニヤは。
「念のために確認しますが、本当にオーガとは休戦協定を結んであるんですよね?」
そう尋ねた。このタイミングでまた乱入されようものなら、目も当てられない事になる。だがバキは否定も肯定もしなかった。
「俺達とは戦わないってだけで、決戦の場には来るかもな。さっきも話したけど、自分より強い存在は許せないわけだから」
「悪魔にも喧嘩を売ると?」
「売るね。絶対」
バキは断言した。湯気の上がる珈琲に視線を落としながら、ニヤが何事か考え込む。
結局、オーガに関する話はこれっきりになった。
203欧州編 第十二夜:2009/06/14(日) 20:01:39 ID:Sr9HZcXU0
「こいつは……」
折れたバスタードソードの代わりに渡された「それ」を手にして、Dが呟く。それは、彼もよく知る武器だった。
その剣の名はエクスカリバー。RPGが錬金術の粋を集めて作りあげた永久機関「ウロボロス・システム」を搭載した光の剣だ。嘗て、ジョナサン前隊長が愛用していた武器でもある。
「こいつを俺に……?」
その問いに頷きながら、マリアもまた武器を手に取った。鞭だ。彼女の実兄であるリヒターの遺品である。
「終止符を打ちましょう。長かったヴァンパイアとの戦いの連鎖に」
まじまじと「エクスカリバー」を眺めるD。この剣は制限時間があるため、前隊長もここぞという時にしか使わなかった。だがDならば、鞘に収められた状態でも問題はないだろう。
最終決戦――誰もが逸る心を抑えきれずにいた。これに勝てば、二十年近くもの間欧州を覆っていた黒雲を払う事が出来るのだ。
204欧州編 第十二夜:2009/06/14(日) 20:06:57 ID:Sr9HZcXU0
「撃ち方、止め」
ニヤがそう命じると同時に、「ドーラ」の砲撃が止まった。
「まあこんなものですかね」
双眼鏡を覗きながらニヤが呟く。集中砲火を受けて、目標は跡形も無く消し飛び、爆心地には大きなクレーターが出来ていた。
少し前までそこには、古びた教会が建っていた。場所は欧州のとある山中である。
中世に建てられた物らしいと言う事以外は何も分かっていない。登山者も滅多に来ないこの山で、長い間教会は雨や風や雪に晒されながら、粉微塵となるつい先程までずっと建っていたのだ。
その日の未明、DMC総本部に超常吸血同盟のアジトに関する情報が齎された。
一度罠に引っ掛かっているDMC側は、一度引っ掛かったのなら二度も三度も同じと言う実に大雑把な理由でこれを信じ、夜明けと共に列車砲を持ち出して先制攻撃を仕掛けたのである。
「ではそろそろ乗り込みましょうか」
教会が連中のアジトだった訳ではない。齎された情報によると、その地下数十メートルの地点にあるのだと言う。
「……皆さんの命、私に下さい」
その場に居た全員の顔を見回し、ニヤがそう言った。続いてエリカがロザリオを手に。
「ヨハネ・パウロ二世。最もいと高き司教たる天下世界の教皇に無限の平和と生命と救いあれ。及び彼に委ねられた全ての聖職者に無限の平和と生命と救いあれ――Amen」
彼女に続いて、その場に居た全員が「Amen」と唱えた。基督教徒ではない者達も、一緒になって口にする。たとえこの場限りの事だとしても、人種も宗教も違う者達が共通の目的のために一丸となったのだ。
数台のトラックの荷台に戦士達が乗り込む。まるでやくざ映画の出入りだ。これには少なからずその筋との仕事経験があるサッキも苦笑せずにはいられなかった。
ちなみにメンバーは、独逸での戦いに参加した者達で固められていた。希臘勢を初めとするその他の面々は、万が一に備えて総本部に待機、あるいは儀式の地と思しき場所へと向かっていた。だがニヤの真意は。
「先の総本部襲撃に裏切り者が随分と混じっていました。よって敵アジトへ襲撃を掛けるメンバーは、私が信用出来る者で固めます」
後の事はZEUSの「黄金」やプーチン長官に任せてある。後顧の憂いは絶たれた。
205欧州編 第十二夜:2009/06/14(日) 20:12:14 ID:Sr9HZcXU0
「何だ、ここは……?」
その部屋を一目見て、アランが驚きの声を上げる。
地下へと下りた一行は部隊を幾つかに分けながら進んでいった。ニヤとRPG第三部隊が入り込んだのは、研究施設と言うべき場所だった。
大きなカプセルが部屋中にみっしりと並べられている。液体で満たされたカプセルの中には……。
「……オーガ」
ニヤが呟く。
カプセルの中で培養されているのは、オーガこと先代バキであった。部屋中のカプセル全てにオーガが入っていたのである。
「オーガに兄弟がいると聞いた事がある人は?」
「どんだけ子沢山なんだよ」
呆れたようにDが答える。
ただ、カプセルの中のオーガは明らかに小柄だった。本物の半分もない。まるで子どもである。
「まさか、クローン?」
「その通り」
マリアが誰にともなしに呟いた言葉に、何者かが答えた。
「……お久し振りです、ドクトル・プルートウ」
ニヤが言う。
一段高い所に立ってこちらを見下ろしているのは、紛れもなくドクトル・プルートウその人だった。西班牙で会って以来である。
「おい……」
Dがプルートウを指差す。彼は、自分の二本の脚でしっかりと立っていたのだ。
「あの爺さん、車椅子じゃなかったか?」
「前に話したでしょう?偏屈者だって……」
「そういう問題か!?」
そういう問題なのだろう、きっと。納得がいかない様子のDを無視して、ニヤがプルートウに話し掛ける。
「この施設が何なのか、話していただけませんか?」
「君達の想像している通りだと思うがね」
「と言うと、クローン?」
わざとらしくそう尋ねてみるニヤ。それに対しプルートウは薄ら笑いを浮かべるだけ。
「ここにあるのはどれも未完成だ。クローン体の培養には時間が掛かるのでね」
「成る程、カズキン・サンライトハートを狙ったのはホムンクルスの技術を得て、ここに並んでいるものを完成させるためですか」
確かに、門外不出のホムンクルス精製技術――即ち錬金術を手に入れる事が出来れば、クローン技術も大幅に進歩するだろう。
206欧州編 第十二夜:2009/06/14(日) 20:18:36 ID:Sr9HZcXU0
「そんな事させるか!」
アランが近くにあったカプセル目掛けて発砲した。カプセルが砕け、培養液と共に不完全なオーガのクローンが流れ落ちてくる。
「同じ意見だ。全部ぶっ壊してやる!」
手にした「エクスカリバー」で、Dが手当たり次第にカプセルを叩き割っていく。
「一体どれだけ作ったのです?」
「まあ百は下らんな。命令通りに動くオーガの部隊……想像するだけでわくわくしないかね?」
と、彼等の足下を無数の溝鼠が駆けていった。
「鼠!?」
「まさか……!」
奥の方から禿頭の男が歩み寄ってくる。上級吸血鬼・オルロックだ。
「博士、お喋りが過ぎるぞ」
そう言うや否や、オルロックは半人半獣の姿に変わり、ニヤ達に向かって襲い掛かっていった。
アランがショットガンを撃つも、カプセルの陰に回り込んで回避されてしまう。次にマリアが鞭を振るったが、オルロックは障害物を巧みに利用して攻撃を躱していった。
舌打ちしながら、「エクスカリバー」を抜くべくDが鞘に手を掛ける。ロールアウトから二十年以上経ったが、未だ永久機関を制御する事は出来ず、十秒以上の使用は不可能のままである。ここで使用する事に多少のためらいはあったが。
(迷うがままよ!)
だが、剣を握るDの手にマリアが手を重ねた。彼の目を見つめ、無言で首を振る。
一方、アランは依然ショットガンを乱射していた。特別製の弾丸は、等身大ならば獣人形態であろうと致命傷は避けられない。すばしっこく駆け回り避けていくオルロック。だが。
「かかったな」
アランがにやりと笑う。
そう。彼はただ闇雲にショットガンを撃っていた訳ではない。一ヶ所に追い込むべく計算して撃っていたのだ。いつものオルロックならば途中で気付いたかもしれない。だが、今の半ば自暴自棄となった彼は、相手の思惑を読む事が出来なかった。
オルロックの正面には、拳銃を構えたニヤが。当然ながらヴァンパイアが嫌う、儀礼済み銀の弾丸を込めた銃である。動物的勘で危険を察したオルロックだが、カプセルが邪魔で左右に飛び退く事は出来ない。結果、上空へ逃げる事となる。
そこをマリアの鞭が絡め取った。きつく締め上げるマリア。オルロックが悲鳴を漏らす。
その瞬間、轟音と共に鉄砲水が一行を襲った。どさくさに紛れ、オルロックが鞭の束縛から逃れ、姿を眩ませる。
207欧州編 第十二夜:2009/06/14(日) 20:24:37 ID:Sr9HZcXU0
「何だこれは!」
「皆さん、あれを!」
近くのパイプに捕まりながら、ニヤが指差す。そこには巨大な、蛸と烏賊を組み合わせたようなモンスターの姿が!
「行け、クラーケン!」
プルートウが指示を出す。
クラーケン――北欧の伝承に残る大海魔で、十九世紀まで目撃情報が残っている。その奇怪な姿は「クトゥルー神話」や「ハリーポッター」と言った著名な作品群にも影響を与えている。
今彼等の眼前に居るのは、大きさからしてどうやら幼体のようだ。
「こんなものを飼育していたのか!?」
「おい、大事なクローンが流れちまうぞ!」
「ここでお前達を殺せるのなら安いものよ。それに、オリジナルの細胞が一欠けでも残っていれば、いくらでも再生産が可能だ」
そう言ってプルートウは不敵に笑ってみせた。
胸元まで溜まった水に動きを封じられ、戦うどころかまともに動く事すら出来ない。クラーケンが物凄い速さで迫ってくる。今度こそ「エクスカリバー」を抜こうとするD。そこへ。
派手な水飛沫を上げて何者かが飛び込んできた。周囲の水が瞬時に蒸発して夥しい水蒸気を生み出す。大量の熱を帯びているのだ。
「お前は!」
闖入者は周囲を見回すと、吐き捨てるようにこう言った。
「良い気分じゃねえな。同じ顔が何十も並んでるってのは……」
男は――オーガはそう言うと、クラーケンに向かって跳び掛かっていった。
208欧州編 第十二夜:2009/06/14(日) 20:31:49 ID:Sr9HZcXU0
「お前は!?」
通路を進むバキ、ルミナ、トッコ、カズキンの前方からオルロックが駆けてきた。研究室から逃げてきたところを鉢合わせしてしまったのだ。
カズキンが戦鎚を振り翳し、飛び掛かる。
「砕け、俺のウォーハンマー!」
渾身の一撃を、壁の方へ飛び退いてオルロックが躱す。そのまま壁を走って逃げようとするオルロックを、今度はトッコの処刑鎌が襲った。
一閃。身を翻して躱したオルロックは、前方に立つバキの顔面に蹴りを叩き込んだ。ヴァンパイアの怪力をもってすれば、普通ならば蹴られた箇所は破裂して周囲に血と肉片が飛び散るものなのだが……。
バキは耐えた。変身前の生身の状態であるにも関わらず、である。そのままオルロックの頭に拳を振り下ろし、弾き飛ばす。
「バキ、大丈夫!?」
ルミナが尋ねる。バキは鼻血を拭い、口中に溜まった血を折れた歯と一緒に吐き捨てると、一言「大丈夫だ」と答えた。
すかさずトッコの刃がオルロックを切り刻む。四肢をもがれたオルロックは、獣人形態も解除され、無様に地面へと倒れ込んだ。
「!」
オルロックの姿を見て、ルミナが声にならない声を上げた。恐ろしかったのではない。その姿に見覚えがあったのだ。今、彼の目の前で蠢いているヴァンパイアは……。
「僕の、僕の村を……」
そう。彼の故郷を滅ぼしたのは、オルロック率いる部隊だったのだ。血と腐臭に包まれた凄惨な現場で、ルミナは確かに見たのだ。指揮を執る禿頭の男の姿を。
ルミナの様子から全てを察したバキは、音撃鼓・無敗をオルロックの胴体へと貼り付けると、音撃棒・常勝の「阿」をルミナに手渡した。
「え……?」
「やれよ」
ルミナに音撃打を叩き込むよう促すバキ。しかし彼は和太鼓など生まれてこの方一度も叩いた事が無い、ただの素人である。当然ながら躊躇いを見せるルミナに向かって、バキが再び告げる。
「やるんだ」
手渡された「常勝」を見つめたまま、ルミナは全く動きを見せない。それに対しバキも、無言のまま彼を見ている。
209欧州編 第十二夜:2009/06/14(日) 20:38:45 ID:Sr9HZcXU0
「トッコさん……」
「黙っていろ。これはあの二人の問題だ。それより……」
オルロックの口中に処刑鎌を突き刺す。口を封じられ、悲鳴を上げる事すらもう出来ない。
「変な真似をしようなどと思うなよ」
ドスの利いた声でトッコがそう告げた。オルロックに向かって言った言葉だが、あまりの気迫にカズキンも無言で首を縦に振り続ける。
意を決したルミナが、オルロックの傍に近寄った。そして、バキ達の見ている目の前で「常勝」を叩き込む。
鬼石によって増幅された清めの音が、オルロックの全身を駆け巡った。続けてもう一度。声にならない悲鳴を上げるオルロック。
続けていくうちに、ルミナは大声で叫びながら叩くようになっていた。腹の底に溜まったものを全て吐き出すかのように。
訓練も何も受けていないルミナの音撃打は、オルロックを清め終えるのにかなりの時間を要した。その間、彼はずっと叫び続けていた。
とどめの一撃が叩き込まれ、オルロックの体が灰と化した。「無敗」を回収し終えたバキが、ルミナの頭に優しく手を置く。
ルミナは、泣いていた。
バキに無言で促され、涙を拭う。
「……行くぞ」
言うや否やトッコは再び通路を駆け出していった。その後にカズキンが続く。最後に、バキとルミナも一緒になって二人の後を追っていった。
210欧州編 第十二夜:2009/06/14(日) 20:43:59 ID:Sr9HZcXU0
「出やがったな……」
サッキ、チョウキ、ササヤキ、ムウ、童虎、成龍の前に、アルカードが立ち塞がった。当然ながらルーエンハイムでの傷は癒えておらず、全身ぼろぼろのままである。
ムウが動いた。素早い動きでアルカードへと接近する。援護するべくササヤキが小さな氷の欠片を複数、治りきっていないアルカードの右目に向けて投げ付けた。
目に氷が刺さると同時に、ムウがアルカードの胸の前に右掌を翳した。その体から彼の真名――ドラキュラの文字が引きずり出される。
名前を奪われ、膝を付くアルカード。どうやらムウのこの力は、こと上級吸血鬼相手には抜群に相性が良いようだ。
「……少しは抵抗があるかと思ったが」
奪った名前を帳面に納めながら、不思議そうにムウが呟く。その場に居た誰もが不思議に思っていた。
「このまま放っておいても死ぬが……やはり君達に殺されるのが礼儀……と思ってね」
弱々しくアルカードが告げる。
「そこのお前、お前も『仮面ライダー』なんだろう?」
そう言ってサッキの方を指差す。訳が分からずチョウキに視線をやると。
「そう言えば昔、鬼の間でそんな風に名乗るのが流行った時期があったな。覚えてないか?」
「ああ……」
言われてみると、そんな事もあったように思う。何故アルカードがその事を知っているのかまでは分からないが。
「とどめを刺せ……」
既にアルカードは呂律が回らなくなってきている。そんな彼の傍に近寄り、刃が展開した状態の「ラファエル」を振り翳した。
「最後に……オーガの子に伝えてくれ。竜の子は再び……あの世でから笑いしながら……待っていると……」
にやりとアルカードが笑った。刹那、「ラファエル」の刃が彼の心臓を貫いた。そして人の姿のまま、清めの音を奏でる。
灰と化したアルカードの体が崩れ落ちた。船岡山の時とは異なり、そこには墓標すら残らなかった。
「……行こうぜ」
サッキが周りの者に向かって告げる。一行は再び走り出した。
211欧州編 第十二夜:2009/06/14(日) 20:50:02 ID:Sr9HZcXU0
「上級吸血鬼か」
ミガルー、エリカ、ヨンネ、ヒッタヴァイネンの前に現れた女性は、明らかに常人とは異なる気配を放っていた。何より、全身が罅割れている。
今にも相手に向かって跳び掛からんとするヨンネを、ヒッタヴァイネンが制止する。
女が――ミラーカが話し始めた。
「お前達を、儀式の場所まで案内してやる」
その言葉に驚きを隠せない一同。エリカが代表して尋ねた。
「どういう風の吹き回しです?」
「……オルロックは最後までお前達との戦いを望んだ。アルカード卿はお前達に殺されるのを望んだ。そして私はお前達に連中の野望を潰してもらうのを望んだ。それだけだ」
「その言葉を信じるに足る証拠は?」
ヒッタヴァイネンにそう問われたミラーカは、躊躇なく自身の両目を潰した。
「これでどうだ?」
「悪いがヴァンパイアの再生能力の高さは周知の事実だ。何より、お前達には目などあっても無くても同じだろう?証拠にはならん」
冷たくミガルーが言い放つ。しかしそれに対しエリカが異を唱えた。
「でもおかしいですよ。あの吸血鬼、どうしてあんなにぼろぼろなんです?」
確かに、強い再生能力を持っている割には、その全身に刻まれた傷――と言うか皹は古いものに見えた。それに対しミラーカが答える。
「私もアルカード卿もオルロックも、既に上級ヴァンパイアの力は殆ど失っている」
「どういう事だ?」
「……私達は三人とも一度死んでいる。それをあの男女が蘇らせてくれたのだとばかり思っていたが、少し違っていた」
我々はオリジナルの灰から生み出されたクローンだ――そうミラーカは告げた。
「皮肉なものだ。クローンを作って奴等に一泡吹かせてやろうと思っていた我々がクローンだったとは……。しかも」
彼等は一定期間が過ぎると、細胞が壊れるよう遺伝子に細工がしてあるのだと言う。
「今がその時期だ……」
四人は互いに顔を見合わせた。どう反応を返せばよいのか分からない。
「付いて来い」
そう言うとミラーカはさっさと踵を返して歩いていってしまった。仕方なく彼女の後に付いて行く。ここに乗り込んできた時点で、罠は充分承知の上だ。
212欧州編 第十二夜:2009/06/14(日) 20:55:37 ID:Sr9HZcXU0
「吐き気がしてきた……」
気分悪そうにヨンネが呟く。
ミラーカに案内されて進んでいくうちに、周囲に漂う邪気は一段と増していった。
ふいに開けた場所に出た。そこには。
「あっ!」
四人揃って驚きの声を上げる。
そこには、巨大な魔法陣、その周囲を囲むように並べられた三冊の魔導書、陣の中央に置かれた宿魂石、そして高台から一行を見下ろす男女。男の指には「ソロモンの指輪」が嵌められていた。
「これが答えかい?」
男がミラーカに向かって尋ねる。だが彼女は答えようとしない。
「……まあいい。今まで手駒として働いてくれて有難う。もう用は無いからゆっくり休むといいよ」
厭らしい笑みを浮かべながら男が告げた。その態度に腹を立てたヨンネが、「ウリエル」を振り上げて突撃しようとする。
「待って!迂闊に手を出してはいけない!」
ヒッタヴァイネンに制止され、渋々ながら動きを止めるヨンネ。
と、ここで予想外の出来事が起こった。男が「ソロモンの指輪」をミガルー達の方へ投げて寄越したのだ。あまりの事に一瞬ながら思考が止まる一同。男は、そんな彼等の様子を楽しそうに眺めながらこう言った。
「これは返そう。使いたければ使うがいい」
「……最初から呼び出した悪魔を制御する気はなかった、と?」
男女はミガルーの問い掛けに答える事もなく、ただ笑うのみ。不気味である。
そこへバキ、ルミナ、トッコ、カズキンがやって来た。彼等の先頭に立って、緑大猿が騒ぎまくっている。
「日本のオンシキガミとやらは凄いな。RPGのフェアリーにも劣らない索敵能力だ」
「感心している場合じゃないよトッコさん。あれ!」
カズキンが魔法陣を指差す。一方バキは、例の男女の姿を目の当たりにして、驚きを隠せないでいた。
「うわ、あいつらそっくり……」
驚くと言うよりは引いていると言った方が正しいかもしれない。
「おい、それは『ソロモンの指輪』じゃないのか!?」
ミガルーが手にした指輪を見て、トッコが叫ぶ。
213欧州編 第十二夜:2009/06/14(日) 21:08:15 ID:Sr9HZcXU0
「どういう事だ……?」
「意味なんか無いよ。あそこの二人が、俺のよく知る連中と同じだとしたら……」
1970〜79年は、あの連中の気紛れに付き合わされた十年間だったと言える。それを知っているからこそ、バキはそう答えた。しかしトッコはこの回答が気に入らなかったらしい。
「笑えない冗談だ。この世に意味の無い行為などあるものか!」
「あんた真面目だね。でもあいつらは、人間以上に人間らしいんだ」
「……どういう意味だ?」
「人間は心に暇がある生き物だ。無駄を楽しみ、遊びを愛する。そんな素晴らしい生き物なんだよ、人間は」
そしてあいつらも――そう忌々しげにバキが言う。
バキが現役時代に戦った男女は、運命への反逆のために実験を重ねていたが、そんな中でも「画霊」を戯れに生み出すような余裕を常に持ち続けていた。そんな連中の生みの親と思しき二人組である。
「下手したら今回の一件、あいつらにとって長い人生の暇潰し程度でしかないかもしれない」
「暇潰し!?」
エリカが声を上げる。
「こんな……二十年近くも欧州中を荒らし回っておいて、暇潰し!?」
男女を仰ぎ見るエリカ。たった一言「違う」と否定してもらいたいがために。だが男女は、そんな彼女の心境を知ってか知らずか、ただ不気味に微笑むばかり。
と、魔法陣を中心に、床が震えだした。まるで地震だ。次いで、宿魂石が輝きだした。その光は、美しいと言うより、実に禍々しかった。
刹那、悲鳴が上がった。見ると、魔法陣の近くに居たミラーカが陣の中に吸い込まれていくではないか。
「生け贄か……?」
ミガルーが呟く。そう考えて間違いないだろう。
そして。
邪悪なる者達の王が、魔法陣の中からその半身を現した。
214欧州編 第十二夜:2009/06/14(日) 21:18:07 ID:Sr9HZcXU0
「あれが……」
魔法陣の中から徐々にその巨体を現す悪魔に、ルミナは完全に目を奪われていた。魅せられていた、と言った方が正しいのかもしれない。背徳的な魅力を感じ、彼の心は大きく揺れ動いていた。
そんなルミナを、バキの「下がれ!」と言う声が現実へと引き戻した。
バキは、長い間一緒に旅をしてきたルミナでさえも見た事が無いくらいの、憤怒の形相をしていた。否、彼だけではない。この場に居た戦士達全員が怒りに震えていた。
恐怖ではない。怒りである。こんな禍々しいものがこの世に存在してはならぬと言う、怒り。
バキが手の甲に変身音叉を打ちつけ、額へと翳した。爆発が起こり、その中から刃鬼が姿を現す。既にミガルーとヨンネも狼の姿へと変わっていた。
アマツミカボシ――否、ルシファーと呼ぶべきか――は魔法陣の中から顔と左肩が覗いているだけだ。その大きさから、全長は少なくとも二、三十メートルはあろうかと思われる。全身が現れるにはまだまだ時間を要するだろう。
ミガルーが「ソロモンの指輪」を嵌めて、ルシファーに言う事を聞くよう叫んだ。だが何一つ反応は返ってこない。
「制御しないのではなく、出来ないのか……」
七十二柱の悪魔を従えたと伝えられる「ソロモンの指輪」も、大魔王相手では全くもって役に立たないようだ。
音撃鼓を貼り付けるべく接近しようとする刃鬼だが、ルシファーは口から突風を吹き出して彼の進行を妨げた。ひょっとしたら、ただ息を吐いただけなのかもしれない。
隙を作るべく、ヨンネが「ウリエル」から炎を吹き出した。周囲が火の海へと変わる。
「また暴走しているのか!?」
「でもヒッタヴァイネンさんは弾いていますよ、バイオリン」
そうミガルーに告げるエリカ。どうやらいつもの暴走ではなく、何か策があるらしい。
次にヨンネは、自身の属性である風を巻き起こした、それによって周囲の空気が炎の中心に集められ、局地的な上昇気流が発生する。結果、一本の炎の竜巻が人為的に生み出された。
このような炎の竜巻は、自然現象として存在する。「火災旋風」と呼ばれるこの現象は、鉄の沸点を軽く超える程の高温を持ち、空気を求めて動き回り、広範囲に被害を齎す。近年では2003年にカリフォルニア州で観測されている。
そんな烈火の竜巻が、ルシファーの顔面に直撃し、炎に包んだ。しかし一向に怯む気配は無い。
215欧州編 第十二夜:2009/06/14(日) 21:24:11 ID:Sr9HZcXU0
「ならば凍りつかせてやる!」
ミガルーが「ガブリエル」を構えた。確かに、「神曲」でのルシファーは氷漬けの状態で描かれている。やってみる価値はあるだろう。
ヨンネの起こした炎ごと凍らせる勢いで、「ガブリエル」から冷気が噴き出される。しかしこれまたルシファーの動きを止めるには至らなかった。
「小手先の技でどうにかなる相手か!」
そう叫ぶや否やトッコが処刑鎌片手にルシファーの背後へと回り込んだ。そのまま接近して後頭部に斬りつけるつもりだ。カズキンもまた、戦鎚を手に後に続く。
と、ルシファーの額から生えている二本の角が発光した。稲妻が発生し、背後に回り込んだトッコ達をピンポイントで狙う。これを何とか錬金武器を用いて防ぐ二人。
「死角は無いのか!?」
忌々しげにトッコが舌打ちする。
そうこうしているうちに、ルシファーの体はどんどん魔法陣の中から現れてきていた。「無敗」を手に、強引に前へと出る刃鬼。雷撃が今度は刃鬼を襲うも、彼の歩みは止まらない。
「バキ!」
ルミナが叫ぶ。バキの音撃棒と音撃鼓から火が上がった。熱属性の彼が変身時に放つ膨大な熱量にすら耐える「常勝」と「無敗」が焦げているのだ。尋常ではない威力の雷撃である。
最後の手段である全パワー解放を行う刃鬼。力任せに前へと進んでいく。そして手にした「無敗」を……。
刹那、ルシファーの口から熱波が放たれた。直撃を受け、刃鬼の体が宙を舞う。
「これが悪魔……」
今にも折れそうな心を必死で奮い立たせながら、ミガルーが駆け出していった。それに釣られるかのように、ヨンネもヒッタヴァイネンの旋律を振り払い、突撃を仕掛ける。
そこへ、一発の銃声が。ルシファーの右目から血飛沫が飛び散る。
「やっぱりこういう相手には銃が一番だな」
そこには愛用のショットガンを構えたアランの姿があった。すぐ後ろにはニヤ、マリア、D、そして。
「どうした刃鬼、その程度か?」
「オーガ……!?」
オーガの姿があった。ミガルー以下、驚きを隠せない一同。
「そんな事では俺には永遠に届かんぞ」
だが刃鬼の体は倒れ込んだままぴくりとも動かない。そもそもオーガの声が届いているのかさえも怪しかった。
216欧州編 第十二夜:2009/06/14(日) 21:31:53 ID:Sr9HZcXU0
「刃鬼ィッ!」
「うるせえよ……」
刃鬼が上体を起こした。やせ我慢かもしれない。だが、彼の戦う意思は消えてはいなかった。
アランの援護射撃を受けながら、マリアとDが駆け出していった。しかしルシファーの電撃が両者を絶え間なく襲う。鉄壁の守りだ。
ルシファーの左腕が、魔法陣の中から抜け出てきた。続いて胸部と羽が姿を現す。
「あれを出すなよ!」
近付いては弾かれるを繰り返しながら、ミガルーが叫ぶ。今更言われるまでもない事だ。しかし。
「阿呆共がッ……!」
とうとうオーガが飛び出した。
「悪魔なら俺の闘争欲を満たしてくれるよなッ!!」
威勢の良い掛け声と共に、弾丸のように突っ込んでいく。そしてついに、誰もが成し得なかったルシファーに取り付くという芸当をやってのけた。渾身の拳を鼻っ柱に叩き込み、跳び蹴りで角を一本粉砕する。
「角が折れた!」
好機である。少なくとも、これで電撃は弱まる。他の者達も接近出来る可能性が高まった。
だが一瞬の隙を衝かれ、ルシファーの左手にオーガが捕まってしまった。このまま握り潰すつもりらしく、手に力を込めていく。振り解こうともがくオーガだが、予想外の力に身動きが取れない。雄叫びを上げるルシファー。そこへ。
炎を纏った無数の蝶が、大きく開かれたルシファーの口内へと飛び込んでいった。口中を焼かれ、握っていた拳が緩む。その機を逃さず脱出するオーガ。
「あれは……!」
トッコが振り向いた先には、蝶を周囲に侍らせた仮面の男と、大天使の弦を構えた目付きの悪い男の姿があった。
217欧州編 第十二夜:2009/06/14(日) 21:38:12 ID:Sr9HZcXU0
「鬼、参上」
にやりと笑いながらチョウキが言う。
サッキが変身鬼弦を弾き、全身を闇に包みながら駆け出した。チョウキもまた、腕の鬼弦を鳴らした。彼の全身を青白い燐火が包む。
やはり変身を終えた童虎と成龍も、それぞれの得物を手に駆けていった。そしてサッキから借り受けていた変身音叉を使い、約二十年振りにササヤキがその身を鬼へと変える。
全身を覆った氷柱を砕き、姿を現したのは白銀の戦士。どことなく熊に似た姿は、アイヌの伝承に登場する熊の神・カムイを連想させる。名を、囁鬼。
ムウが「影」と書かれた札を大量にばら撒いた。漢神の力で実体化し、札を依代とした大量の影法師が生まれる。
更に囁鬼が、鬼法術・氷霧で部屋一面を真っ白い霧に包んだ。この両者の合わせ技でルシファーは完全に撹乱された事になる。
ある者は気配を読み、ある者は長年の経験から来る勘でルシファーへと取り付き、各々の武器を貼り付ける、あるいは突き立てる。
「全力全開!うおおっ!」
カズキンの振り下ろした戦鎚が、残るもう一本の角を砕いた。更にトッコの処刑鎌が縦横無尽にルシファーの顔面を切り刻んでいく。そして。
「はっ!」
刃鬼の掛け声と共に、力ある音を奏でる武器が一斉に鳴り響いた。ここに居るメンバーで合わせた事など一度たりとも無い。しかし、信じられないくらいに息の合った合奏だった。東洋と西洋、異なる組織の戦士達の、おそらく最初で最後の演奏会……。
重厚な音を響かせる太鼓の上を、弦の音色が流れていく。
苦しげな声を上げながら、ルシファーが左手を使って近くに居たヨンネと成龍を弾き飛ばそうとする。しかし。
「邪魔はさせるか!」
Dが手にする「エクスカリバー」から放たれた光の刃が、ルシファーの左手首を切断した。
218欧州編 第十二夜:2009/06/14(日) 21:42:40 ID:Sr9HZcXU0
「思う存分奏でろ!俺達が邪魔はさせねえ!」
Dが叫ぶ。その言葉にトッコ、カズキン、マリアも頷いた。
遅れてやってきた蝶鬼が殺鬼の隣に立ち、音撃弦・恍惚をルシファーへと突き刺す。
「お前と一緒に演奏するのは、初めてかもしれないな」
「あー、そうだっけか?」
激しく弦を掻き鳴らす蝶鬼。その姿に刺激され、殺鬼もまた指先に力を込める。
そこへ銃声が響いた。アランのショットガンの音ではない。囁鬼だ。やはりサッキから預かっていた音撃管・若紫を手にしている。
ありったけの鬼石を撃ち込み終えた囁鬼は、「若紫」をポケットトランペット型の音撃射モードへと組み換えると、大きく息を吸って吹き鳴らした。
管の音色が加わった。
旋律が大きなうねりとなって場を包み込む。いつの間にか刃鬼の横では、音撃棒・魔獣を握ったオーガが一緒になって演奏をしていた。
「この三十年近くでお前が培ったもの、その全てを見せてみろッッ!」
「……上等!うおおッッ!!!!」
大きく展開した「無敗」を乱打する刃鬼。オーガもまた、力強く自身の音撃鼓・巨凶を叩いた。この二人に関しては、演奏と言うよりも殴り合いである。
「仏蘭西や北欧に負けるな!」
童虎が太鼓を打ち鳴らしながら、成龍に檄を飛ばす。
激しく体を揺らしながらバイオリンを弾くヒッタヴァイネン。彼の演奏はあくまでもベルセルクを制御するためであり、音撃の効果は無い。だが場の空気によって、演奏に熱が入っている。結果、ヨンネの演奏も暴走気味だ。
楽器を演奏しているのではない。誰もが、一個の楽器そのものとなって音を響かせていた。
そして遂に終幕の時が。
爆発。
ルシファーの体が弾けとんだ。あの巨体が爆発したのだ。爆風と爆音をもろに受け、至近距離で演奏をしていた各国の音撃戦士達が吹き飛ばされる。彼等の太鼓や弦が宙に舞い、周囲へと散らばった。
219欧州編 第十二夜:2009/06/14(日) 21:52:22 ID:Sr9HZcXU0
「やった!」
いつも冷静なムウが、歓声を上げた。だが爆煙が晴れた瞬間、彼の表情から笑顔が消えた。
まだルシファーの顔半分が魔法陣から覗いていたのだ。
「清めきれなかった……!?」
「完全に押し返す事すら出来なかった……!?」
誰もがショックを隠しきれなかった。
「四本の大天使の弦を一つに!」
ニヤが叫んだ。
「あの四本は共鳴させる事で、莫大な破壊力を生み出します!これに賭けましょう!」
「そんな事言われても……」
エリカが呟く。現在この場にあるのは「ガブリエル」、「ウリエル」、「ラファエル」の三本のみ。残る「ミカエル」は行方不明となっている筈……。
「残る一本はここにあります」
そう言うとニヤは、後生大事に抱えていた荷物の中から一本の弦を取り出した。その姿は紛れも無く「ミカエル」の弦であった。
「何でそれを!?」
「秘密です」
実はバキ宛てに届いた荷物の中身がこれだったのだ。必要なデータを取り終えたあかねが、元の持ち主に返却しておくようにと送ってきたのである。
「出し惜しみですか!?」
「だって私、生身ですもん」
飄々とニヤが答える。こういうところは師匠譲りだ。きっと本人は認めないだろうが。
「でも今回はそうも言っていられません。私が行きます」
「他の三本は!?」
見ると、「ラファエル」はマリアの傍に、「ウリエル」はムウの傍に、そして「ガブリエル」は当のエリカの傍に落ちていた。
「時間がありません。拾って!」
「わ、私に弾けと!?」
「出来ませんか?」
躊躇う事無く、マリアが「ラファエル」を拾い上げた。昔、ギターの弾き方をDに習った事があったのだ。それを見て、エリカも「ガブリエル」を手にする。ミガルーの特訓に付き合わされて、簡単なコード進行ぐらいは覚えていた。
ムウもまた「ウリエル」を拾い上げる。そして、ルシファーへと走り寄った。
220欧州編 第十二夜:2009/06/14(日) 21:58:37 ID:Sr9HZcXU0
「征きますよ!」
「ミカエル」の装甲をパージしながら、ニヤが言う。
「し、失敗しても怒らないで下さいね!」
「失敗を恐れるな」
弱気な発言をするエリカに、ムウがそう告げた。
それぞれ対角線上に立ち、大天使の弦を巨大な顔面に突き立てる。弱りきったルシファーは、最早声すら上げない。
「前にも言いましたが、私に皆さんの命をください」
そう言ってニヤが素早く十字を切る。それに続くエリカ。
演奏が始まった。先程までのものと比べると遥かに劣る、稚拙なものだった。基本的な訓練を受けているのはニヤ一人のみ。その彼も、長らく楽器から離れており、指が柔らかくなっていた。
しかし、それでも四人は自分達の全てを込めて大天使の弦を奏でていた。四つの波動は増幅され、奏者の体にも跳ね返ってくる。それに生身の体で必死に耐える四人。
マリアが血を吐いた。
「マリア!これ以上見ていられるか、俺と代われ!」
Dが叫ぶも、彼女は大丈夫だと告げた。
「耐えて下さい!悪魔は人間が勇気と知恵で打ち破る、それがセオリー!」
ニヤが三人に檄を飛ばした。持久戦である。ルシファーが消え去るのが先か、彼等四人の体が限界に達するのが先か。
その頃、すっかり存在を忘れられていた例の男女は。
「もう少し楽しめると思ったんだけどねぇ」
「帰りましょう。あいつらの騒音のせいで体調が悪くなってきたわ……」
「じゃあ『飛ぶ鳥あとは濁さず』と言う事で……」
「待ちな」
彼等の立つ足場の真下から、オーガが睨み付けてきた。
「やあ。ドクトル・プルートウの研究室はどうだった?」
「お遊びが過ぎたな。今日はただでは帰さんぞ」
しかし男はオーガの威圧に臆する事もなく。
「じゃあ、さようなら」
右手を高く上げた。
刹那、大爆発が起き、部屋は瓦礫に押し潰された。
221欧州編 第十二夜:2009/06/14(日) 22:02:27 ID:Sr9HZcXU0
「一体何が……」
辛うじて崩落に巻き込まれなかったササヤキが、顔の変身を解除しながら呟く。彼女の眼前には瓦礫の山が。先程までそこで演奏をしていたニヤ達の姿は何処にも見当たらなかった。
「後味の悪い終わり方だな」
同じく顔の変身を解除し、改めて仮面を着け直しながらチョウキが言う。
「終わりって……」
「終わりは終わりだろう?」
「そう。俺達の関係もこれで終わりにしようぜ」
声のする方を振り向く。そこには、やはり顔の変身を解除したサッキが立っていた。手にした「若紫」の銃口をチョウキの眉間に合わせながら。
「俺が欧羅巴までやって来た理由、忘れたとは言わせねえぞ」
「参ったな……」
チョウキが吐血した。先程の演奏が予想以上に体に負担を掛けたのだろう。
サッキが一歩一歩近付いてくる。
「止めて!」
そんな二人の前にササヤキが割って入った。
「どけ」
サッキが鬼弦を鳴らすと同時に、瑠璃狼と茜鷹がササヤキに襲い掛かった。
「そんな、どうして……!?」
「元々俺宛てに送られてきたものだぞ?」
彼女の相手をディスクアニマルに任せ、チョウキのすぐ目の前に立つ。「若紫」は相変わらず眉間を狙ったまま。もう片方の手には、音叉剣が握られていた。
「……やれ。しくじるなよ」
大人しくチョウキがそう告げた。


TO BE CONTINUED…
222高鬼SS作者 ◆Yg6qwCRGE. :2009/06/14(日) 22:04:50 ID:Sr9HZcXU0
今回はすぐに気付いたから訂正できる…。

>>220の「飛ぶ鳥あとは濁さず」は「立つ鳥あとを濁さず」の間違いです。
お詫びして訂正いたします。
223名無しより愛をこめて:2009/06/15(月) 12:36:57 ID:lDFP7GtM0
高鬼SS作者様、投下乙です。

いよいよ次回で欧州編も終わりですか・・・。
ちょっと寂しいですね。
224名無しより愛をこめて:2009/06/15(月) 23:56:18 ID:DQYjLTFK0
投下乙です。これは…

サッキvsチョウキ→「次に会った時は敵同士だ」
バキvsオーガ→「次に(ry」

で終わると思っていましたが、あと一話残してこうなるとは…
関係ありませんがカズキンとトッコの元ネタに今回気づきました。
225鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/06/17(水) 22:40:49 ID:p5zCVykx0
前回>>188-197のあらすじ:猛士総本部から全国各支部へ出される視察団には、他支部からの有識者や護衛要員も含まれており、九州支部からは比良鬼という鬼も参加していた。本名を東山浩といい、かつて関東で修行をしていた頃はヒビキとも呼ばれていた。


『鬼祓い』 二十三之巻「湧き出す感情」


 拳を突き出した姿勢のまま動かぬ影が、埠頭のアスファルトの上にあった。
 木倉恭也は何も映さぬ瞳を前方に向けて静止していた。
 周囲は、波が突堤に打ち寄せる音がささやかに聴こえる他は、何もない静寂に包まれていた。
 その静かな世界の中に、動くものが現れた。
 それは、ライダースジャケットを着た金髪にあご髭の男・四国支部のザワメキだった。
 周囲には、コンテナの壁に大きな焦げ跡を作り、燃え尽きた様子の『嵐州』の残骸と、アスファルト上に放置されたソヨメキの音撃武器三種とその装備帯があった。
 ザワメキはにやつきながら言った。
「へーえ、立ったまま死す、か……」
 もの言わず立ち尽くす傷だらけの恭也の正面に来て、突如ザワメキは怒りの形相になった。
「……って、そんなカッコいいマネさせるかよォーッ!」
 荒々しく叫ぶとザワメキは無抵抗の恭也を蹴り倒した。人形のように仰向けに倒れる恭也。
「てめぇもソヨメキのサポーターも、随分とナメたマネをしてくれたよなぁ。勝手にそこでくたばってろ。サザメキさんの武器はみんな俺のモンだ」
 言い捨てると、ザワメキは周囲に落ちていたソヨメキの音撃武器を拾い集め始めた。その背後に立ち上がる影に彼は気づかなかった。
226鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/06/17(水) 22:47:55 ID:p5zCVykx0
「……かなり痛かったが……」
 永遠の眠りに入っていこうとしていた恭也の体は無理矢理叩き起された。
「……おかげで、目が覚めたぞ」
 傷と痣だらけの顔の中で、その目が光を取り戻してぎらぎらと輝いていた。気づいて音叉を取り出したザワメキの手を恭也は血に汚れた手で握り止めた。その手から音叉を奪い取ると、恭也はそれを遠くに投げ捨てた。
「お礼だ、とっておけ!」
 渾身の力で恭也はザワメキを殴り飛ばした。そして、ザワメキの手から落ちた音撃武器を回収すると、恭也は木材輸送船を探して埠頭を歩き出した。死にかけた体を動かすことは厳しかったが、足を引きずるようにして恭也は歩を進めた。

 熱気に満たされた輸送船の中では、鬼の仮面に装着型音撃管、音撃弦を左右の腕に纏った『鬼もどき』が、小さな鍵を顔の前に持ってきてソヨメキたちに話しかけていた。
『コレナーンダ?』
「それは、あの腕輪の……?」
 鬼もどきの足元で倒れ、音撃弦の切っ先を突き付けられながら、啓真は言った。ソヨメキの両腕を壁に縛り付けている鎖の先についた、鉄の輪の鍵と思われた。
『ソウダ。アノ腕輪ハ、鍵ナシデろっくガ掛カル。悪イ鬼そよめきハ、マズ自分デ上手イコト両腕ヲろっくシマシタ。次ニ、コノ鍵ヲ――ホレッ!』
 鬼もどきは鍵をソヨメキの顔の前となる床まで投げ放った。両腕を鎖で釣り上げられ膝を突かされているソヨメキには、自らの腕輪の鍵を解錠することはできない。
 なぜ鍵を目の前の床に提示されたのかと彼女が考えていると、ボイスチェンジャーで高く変質した声が言った。
『ソレヲ、犬ミタイニ床カラクワエ取ッテ、飲ミ込ムンダヨー! ソノホウガ自殺ッポイダロー?』
「てめぇ、ソヨに何させやがる!」
227鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/06/17(水) 22:52:57 ID:p5zCVykx0
 足元で叫んだ啓真を鬼もどきは蹴り付けた。
『人質ガ何イキガッテンダヨー!』
 鬼もどきは啓真の頭に左腕の音撃管を向けた。
『早ク飲ミ込メヨ、そよめき』
 汗にまみれ、憔悴した顔で床の上の鍵を見続けていたソヨメキは、やがて顔を上げ、啓真を見た。
「ソヨ、俺がどうなろうと、こんな奴の言うことなんか」
 喋っている途中で鬼もどきは啓真の顔を蹴り付けた。
 ソヨメキは啓真と目が合うと、首を横に振った。そして、床の上の鍵に顔を近づけた。
 その時扉がスライドし、腰から上に三種の装備帯を巻き付けた、傷と痣だらけの恭也が熱気に満ちた室内に入ってきた。埠頭から離れた輸送船まで泳ぎ着くために更に体力を消費し、ずぶ濡れになった体がふらついていた。
「よ……せ、ソヨ……ッ」
『人質ソノ2カ』
 恭也に銃口を向け、鬼もどきは躊躇いなく圧縮空気弾を放った。腕に被弾して恭也はその場に倒れた。片手に持っていた音撃弦と、ストラップで肩からかけていた音撃盤がその周りに散乱した。
『オラッ、テメエモコッチニ来イヤ』
 部屋の熱気を逃さぬよう、戸口まで行って再びスライドドアを閉めると、鬼もどきは倒れた恭也を蹴り飛ばしながら、啓真の倒れている船倉の中央付近まで連れていった。
『コイツラノ命ト引キ換エダ。早クソノ鍵飲ミ込メヨ』
228鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/06/17(水) 23:01:07 ID:p5zCVykx0
「よせ、ソヨ! こいつが約束を守るかどうか判りゃしねぇ。俺らの命より、まず自分の命を護ることを考えろ!」
『黙レ!』
 倒れた啓真を蹴り付けようとした鬼もどきの足を、恭也が痣だらけの手でつかみ止めた。
『ハ、放セ!』
 鬼もどきが恭也の腕から逃れようとしている間に啓真は懸命にソヨメキに呼びかけた。
「――ソヨ! 顔を上げろ。俺を見ろ。俺の声を聞け!」
 ソヨメキは床からわずかに顔を上げた。
「俺たちのために命を捨てるとか、そんなことすんじゃねぇ! 俺も、恭也も、お前も、全員揃って琴音さんの待つ四国に帰るんだ! 帰って、また俺たちで人を護る仕事を続けるんだ!」
 必死になって啓真は叫んだ。
「ソヨ、お前はどうしたいんだ。生きて、また琴音さんに会いたいだろ! また『フリューゲル』に帰りたいだろ? 俺たちと一緒に四国に帰りたくはないのか!?」
 ソヨメキは、潤んだ目でしばらく啓真の必死な顔を見ていたが、やがて、深く頷いた。
「聞こえねぇよ! お前の声で、お前の気持ちを言うんだ! お前の言葉で!!」
「……私は……」
 か細い声で、鎖に繋がれたメイド服姿で、ソヨメキは言った。
「――帰りたい」
 啓真を見たソヨメキの両目から、涙が伝い落ちていた。
「四国に……帰りたい、帰りたい! みんなで一緒に帰りたい。帰りたい、二人と……!――恭也ぁーっ!――啓真あああぁーっ!!」
 泣きながらソヨメキは思い切り叫んだ。その瞬間、恭也は彼女の体の芯から立ち上がる清冽な闘気を感じた。
229鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/06/17(水) 23:08:19 ID:p5zCVykx0
 シルヴァー・ブレットは恭也たちに宛てたメールの中で、感情を込めて歌えば彼女は再び変身可能になると言っていた。また、声に『1/fゆらぎ』を含む場合はそれ自体が波動となり、叫ぶだけでも同様の効果が得られるかもしれないとも言っていた。
 歌うこと自体は、栃木の教会などで何度か行っていた。その後も変身能力が回復しなかったのは、歌に感情が入っていなかったということである。
 感情――それは彼女にとって最も欠けているものだった。両親を奪った魔化魍への憎しみを消すために全ての感情を抑えた彼女にとって、歌に感情を込めるということは大きなハードルだった。
 しかしここ数か月の旅が続く中で、少しずつ、彼女は様々な感情を取り戻しつつあった。そしてここに来て――啓真の言葉が、また一つ彼女の眠っていた感情を呼び覚ました。
 啓真はシルヴァー・ブレットから届いたメールの内容は知らないはずである。にもかかわらず、彼のとった行動は今この場でもっとも必要なことだった。
(サザメキさん、支部長……。なぜあなたたちが啓真をソヨのサポーターに選んだのか……今解った気がします……)
 恭也の目が、鬼もどきの足元にあったソヨメキの装備帯を捉えてぎらりと輝いた。恭也はそこからソヨメキの鬼笛『音蓮』をつかみ取ると、音高く吹き鳴らしてソヨメキの目の前の床に投げ放った。
「今だ、ソヨ! 鬼笛に額を近づけろ!」
 鎖に両腕を繋がれたまま、彼女は顔を床の鬼笛に近づけた。その額が熱くなり、輝きが生まれた。ゆっくりと顔を上げた彼女の額に、金色の鬼面が現れていた。
 シルヴァー・ブレットの言葉通り、歌わずとも叫ぶだけで彼女は変身可能となった。ほぼひと月ぶりに彼女の体は桜色の竜巻に包まれ、風を巻き上げながら白い体に薄紅色の隈取を持つ、二本角の鬼がその中から現れた。
230鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/06/17(水) 23:14:04 ID:p5zCVykx0
 鬼の姿『微鳴鬼』となった彼女は、斜め外側に釣り上げられていた両腕を体に引きつけ、腕輪から伸びていた鎖を引きちぎった。立ち上がると白い鬼は、薄紅色の前腕から鉄の腕輪をねじ切って取り去った。
 鬼もどきは、いくら振り払っても腕を放さない恭也に向けて、音撃管から圧縮空気弾を打ち込んだ。肩を撃ち抜かれて血飛沫を上げ、恭也はついに腕を放した。
「ソヨ!」
 啓真の声に微鳴鬼は顔を向けた。恭也が入り口近くで落とした音撃武器のところまで傷付いた脚で駆け寄った啓真が、その中から音撃盤『灯芒』を取り上げて微鳴鬼に投げよこした。
『貴様ァーッ!』
 鬼もどきが啓真に音撃管の銃口を向けた瞬間、轟音と共に横から放たれた圧縮空気弾に銃口が曲げられた。装着型のため取り落としはしなかったが、銃口がひしゃげたために空気弾を放つことはできなくなっていた。
 続いて微鳴鬼の銃撃は鬼もどきの足元に向けられた。敏感にそれを察知した鬼もどきは、遮蔽物のない室内に危険を感じて逃走を図った。
 それを追おうとした微鳴鬼の脚がもつれ、床に倒れた。変身してさほどの時間は経っていなかったが、顔の変身が強制解除され、黒髪が白い肩に落ちた。
「ソヨ、大丈夫か!」
「問題、ないッ」
 鬼笛を拾い上げると、ソヨメキはすぐさま吹き鳴らして額に翳し、再び銀面に薄紅色の隈取が走る鬼の顔となった。
『奴を追う』
 微鳴鬼は鬼もどきの後を追って船室を出た。
231鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/06/17(水) 23:19:00 ID:p5zCVykx0
 微鳴鬼は熱気が渦巻く船内を、金色の中型銃を手に走った。階段を下り、動力炉に近いと思われる、より熱気の強い中を進んでいくと、彼女の耳が僅かなもの音を聴き取った。
 薄暗い機関室に入ったソヨメキは、まばらに灯る照明の光の輪の中にいた、見知った顔に胸を撫で下ろした。そこで腰を落として座っていたのは、捕われの身となっていた羽佐間洋介だった。
『洋介さん!』
「ソヨメキちゃん、助けに来てくれたのか」
 洋介も船内の熱気でもの凄い汗だった。
『ここは熱すぎます。早く、外へ』
 傷付いた体で、啓真と恭也も機関室にやってきた。それぞれの手には、微鳴鬼の音撃棒『柄瑠』と音撃弦『滅炉』があった。
「洋介さん!」
 啓真が洋介に気づき歓声を上げた。だが、恭也は緊張した声で言った。
「油断するな二人とも。そいつは洋介さんじゃない」
「何言ってんだ恭也。どう見ても洋介さんだろ」
「そいつは初めから偽者だったんだ」
 そう言われ、洋介は汗だくでそこに座り込んだまま黙っていた。
「イタダキは、洋介さんを『手下ども』が捕らえた、と言っていた。だが、奴が連れていた手下はいつも一人だった。――桃太郎といえば三人の手下がいるはずだが、残りの二人は今まで姿を見せていない。それはつまり別行動を取っていたということだ」
 恭也は洋介を油断なく見据えながら話を続けた。
「まだある。さっき仮面の男は、俺を見て『人質その2』と言った。『自分』は数に入れなかったということだ」
 洋介は、床に腰を落としたまま何も言わなかった。
232鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/06/17(水) 23:24:01 ID:p5zCVykx0
「四国か、それとも四国と関東の間のどこかで、本物の洋介さんはイタダキの残り二人の手下に捕まった。そしてイタダキは、そういう情報をすべて本部に報告していた。それを知ったある男が、本物になりかわって俺たちの前に現れたんだ」
「ある男……?」
「イタダキの手下たちが洋介さんを捕らえたことを知っている人間、イタダキに『鬼祓い』を指示した本部の人間だ。――おまえ、鶴野剛士だな?」
 しばらくの間の後、おだやかな返事が返ってきた。
「恭也くん、馬鹿言わないでくれよ。俺は本物だって」
「とにかくお前はさっきまで鬼の仮面を被っていた『鬼モドキ』だ。脚を見せろ」
 恭也が近づいていってズボンの裾を上げると、そこに恭也の手とぴったり重なる痣があった。先ほど、恭也が鬼もどきを止めようとして脚をつかんだ痕だった。
 それまで羽佐間洋介として行動を共にしていた男は、暗がりからベースギター型の装着型音撃弦を取り出すと、その形態のまま鬼石の刃がついたネックを振り回した。
「もう誰も、生かして帰すことはできない。お前らが悪いんだぞ!」
 微鳴鬼が銃を構えて身構えると、洋介ならぬ鶴野は、音撃弦を手に踵を返し、機関室の奥に入っていった。その奥で何かを操作する音が聞こえると、突如動力炉が鋭い唸りを上げ、更に船内の温度がぐっと上がった。
「うわ、あっちぃ!」
 啓真が滝のように流れ出した汗を拭った。
 やがて機関室の奥でオレンジ色の光が弾け、爆発音が響いた。震動で機関室全体が揺れる。
「はじめから奴は、この船を沈めてソヨを殺す気だったんだろう。とにかく止めるぞ!」
 音撃盤を手に、微鳴鬼は機関室の奥へと進んだ。鶴野が操作したと思われる操作盤は、音撃弦で傷付けられ操作不可能になっていた。そして近くに鶴野の姿はなかった。機関室のもう一つの扉が開け放たれており、三人は鶴野がそこから逃亡したことを知った。
 彼らも後を追ってその扉の奥に入っていた。暗い通路を抜け、階段を下り、鶴野の姿を探した。
233鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/06/17(水) 23:30:48 ID:p5zCVykx0
 闇の中を走りながら、微鳴鬼は言った。
『しかしなぜ、あの男……最初に関東の鬼と闘った時、あの男は私を助けてくれたんだ』
「あの男が現れなかったら、どうなっていたと思う?」
 逆に恭也はソヨメキに訊いた。
『私は確実に、関東支部に捕まっていた』
「お前が関東支部に捕まることで、奴にとって何か不利になることがないか、考えてみろ。
 ムテキが言っていた過去の文献では、祓いの対象となった鬼が一度猛士に捕らえられた場合でも、『鬼を狩る者』がわざわざそこから連れ出して、その鬼の命を確実に奪っていたと伝えている。
 しかし関東支部が相手となると、それができない。関東十一鬼が強過ぎるからだ。俺たちが関東に着く前に猛士に捕まっていれば、あの男は出てこなかったかもしれない」
 三人が進んだ先は行き止まりだった。廊下の最後は壁になっており、左右にはいくつかの船室が並んでいた。
「このどれかのドアの向こうにいるってことだな? 袋の鼠だ」
 啓真が廊下の両側の扉を見回していると、微鳴鬼が耳を澄ませながら言った。
『待て。……右の一番奥だ。奴はそこにいる』
 三人は部屋に入って照明をつけた。窓のない船室の中に、音撃弦を装着済みの鶴野剛士が立っていた。
「鶴野!」
 啓真が叫んだ。
 鶴野は自らの鬼笛を吹き鳴らすと、腰に提げていたディスクが『鋼鷹』『兜大猿』『鎧蟹』となって動きだし、鶴野の頭部周辺で更に変形した。三機のディスクアニマルは、二本角に紅い隈取を持つ、鬼のような仮面となった。
234鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/06/17(水) 23:34:55 ID:p5zCVykx0
「『鬼装甲』……実現していたのか?」
 恭也が本部で『銀』として修行中だった頃、その研究が行われていると聞いたことがあった。
「なんだソレ」
 啓真に訊かれて、恭也は簡単に説明した。
「複数のディスクアニマルが人の体を覆い、『鬼の鎧』と同じ機能を持った装甲になるという技術だ。つまり、鬼でなくても音撃が可能になる」
 それを聞いて啓真は鶴野に向けて言った。
「やい鶴野! さっき『鬼神経』が切れて鬼になれなかったとかどーたらこーたら言ってたけど、その『鬼装甲』があればノープロブレムだろ」
 それに対してヴォイスチェンジャーで高く変換された声が答えた。
『今ハマダ、頭ヤラ脚ヤラ、部分的ニシカ出来テイネーンダヨ』
「じゃー完成するまで待てよ」
『現状ノ開発体制ジャ、完成マデ十年カカルト言ワレテイル。……ソレジャ遅インダヨォーッ! ソンナニ待ッテタラ、スグニ現役ヲ引退スル歳ニナッチマウ。
 ダカラ、鬼ガ危険ナ存在デアルトイウ考エヲ広メ、“鬼ナンテ、イラナイ――”トイウ思想ヲ浸透サセテ、開発ヲ加速サセルツモリダッタ。ナノニ、オマエラガイツマデモ逃ゲマクルカラ、俺ガ自ラ出張ッテクルコトニ……!』
「勝手なリクツをたれてんじゃねーよ!」
『年々進ム鬼ノ減少ニモコレデ対応デキルンダ。鬼ニナリタクテモナレナカッタ者タチガ、ミンナ鬼ニナレルンダ! ソレヲ邪魔スルンジャネェ!』
「後付けで正当化か? くだらねぇな!」
 その時、下方から巨大な爆発音が響いてきた。大きく足元が揺れ、次いで沈みゆく感覚を感じて恭也が叫んだ。
「まずい。たぶん動力炉のオーバーヒートだ!」
 巨大な木材輸送船が船体を斜めに傾かせながら、黒い海面下に沈んでいった。


二十三之巻「湧き出す感情」了


235名無しより愛をこめて:2009/06/18(木) 19:39:51 ID:W+6P7YCd0
投下乙です!
本当にクライマックス、盛り上がってますね。次も楽しみに待ってます。
でも、終りが見えてきちゃうのはちょっとさびしい気もします

 …スピンオフというか、ちょっとした短編ででも、ソヨメキチームとアイキ達とのコラボを見てみたい…とか贅沢なことを思ってみたりw
236鬼祓い作者 ◆pQ5IvOxmrTbK :2009/06/21(日) 11:29:41 ID:i8hMu9X+0
 夏の日差しが、微かに弱まりかけていた午後。四国、高松市街の総合病院に入った羽佐間琴音は、見舞いの花束を手に、歩き着いた一室の扉を静かに開けた。
「……さて、と。猛士総本部が、ソヨメキちゃんの無実を認めてくれたの」
「……」
「これであの子たちも、四国に帰ってこられる。三人が帰ってきたら……『フリューゲル』に、集りましょう」
「……」
「ソヨメキちゃん、啓真くん、恭也くんと……伊家野くんと洋介も、バイトのみんなも」
「……」
「早めにお知らせを出して、お店を貸し切りにしておかないとね」
「……」
 病室に入った琴音の笑顔に応えるように、寝息が一定のリズムで繰り返される。眠り続けるサザメキが、微かに笑ったような気がした。

 その夜、遠く離れた東京で、ソヨメキたち三人は最後の決着を迎えようとしていた――
237鬼祓い作者 ◆pQ5IvOxmrTbK :2009/06/21(日) 11:34:21 ID:i8hMu9X+0


『鬼祓い』 最終之巻「帰り着く場所」


 東京湾に囲まれた木材埠頭近くの海面に、あちこちから火柱を噴き上げながら沈みゆく巨大な輸送船の姿があった。動力炉のオーバーヒートによる熱気によって、船の周囲の海水が盛大に湯気を立ちのぼらせていた。
 その様子を、夜の闇に包まれた埠頭から勝鬼が見ていた。アスファルトに膝を付く単角の鬼の前には、先ほど海中から助け出したバンキが仰向けに倒れていた。
 バンキは顔だけ変身解除された状態で、首から下は鬼の体だった。その腹部には、鶴野に打ち込まれた圧縮空気弾の弾痕があった。全身は海水に塗れ、アスファルト上に次々と雫を垂らしていた。
『起きなよバンキ君、大変なことになっている』
 勝鬼に言われて気がついたバンキは、腹部の痛みに呻いた後、気合いを入れて鬼の治癒力を使ってその傷を塞いだ。
『助かりました』
 瞬時に状況を理解して海水を滴らせながら立ち上がると、バンキは腕の鬼弦を弾いて額にかざし、黒地に黄色い隈取が走る鬼の顔となった。

 噴き出る火柱によって船体の所々に穴が空き、船内にどっと海水が流れ込んできた。微鳴鬼、啓真、恭也の三人は、鶴野を追って船の奥深くに入り込み、出口から遠く離れたエリアに来ていた。
 通路の突き当たりは行き止まりで、左右に並ぶ部屋の一つにいた三人は、鬼の仮面を被った鶴野と対峙していた。
 その時船が沈み始め、床が傾いた船室に勢いよく海水が流れ込んできた。微鳴鬼たちはばらばらになって大量の水の流れに呑まれた。
238鬼祓い作者 ◆pQ5IvOxmrTbK :2009/06/21(日) 11:38:45 ID:i8hMu9X+0
 必死で水をかき分け、啓真は水面上に泳ぎ出た。部屋は九割方海水に満たされ、斜めに傾いた部屋の天井が、頭二つ分上に迫っていた。
 続いて微鳴鬼も水面上に出てきた。
『啓真、恭也はどこだ。鶴野は』
「……わかんねぇ、一瞬でばらばらになっちまった」
 その時、水面に三つ目の頭が出てきた。
「恭……!」
 言いかけた啓真の言葉が止まった。水面に上がってきたのは、恭也ではなく鬼面を被った鶴野だった。
 微鳴鬼は水面上に音撃盤を持ち上げて銃口を鶴野に向けた。
『なぜだ。なぜ師匠を、サザメキさんを狙った』
『理由ナンテ無イサ』
 ヴォイスチェンジャーで高く変化した声で、鶴野は言った。
『誰デモヨカッタ』
 鶴野はこともなげに言った。
『一人一人、鬼ヲ祓ッテイケバ、鬼ノ数モ減ル、鬼ヲ危険視スル者モ増エル。コレカラモ鬼ヲ、祓ッテ祓ッテ祓ッテヤル! ソノツモリダッタノニ、貴様ラノセイデコンナコトニ……!』
「全部てめぇのせいだろ、俺らのせいにすんな!」
 啓真が叫んでも、鶴野はそれに見向きもせず、水上に音撃弦を装着した右腕を上げ、微鳴鬼に向けて言った。
『“鬼ナンテイラナイ”ト思ッテイルノガ俺ダケダト思ウナ! 今ニ来ルゾ! 鬼ガ狩ラレル時代ガ! ソノ時ニナッテ、鬼ニナッタコトヲ後悔スルガイイ!』
 その時、鶴野の体が水面下に沈んだ。すぐに二本角の仮面を再び水の上に出すと、鶴野はじたばたしながら下に向けて言った。
『放セ、馬鹿野郎! ソノ手ヲ放セ』
「恭也……?」
 この時になって啓真は、水面下で何が起こっているか判った。恭也が鶴野を水面下にひきずり降ろそうとしているらしい。
239鬼祓い作者 ◆pQ5IvOxmrTbK :2009/06/21(日) 11:44:02 ID:i8hMu9X+0
『ガッ、ヤメロッ、放……ッ』
 何度も水面に出ようとしていた鶴野は、やがて水面下に引きずり込まれていった。微鳴鬼と啓真は、恭也が水面に上がってくるのを待っていたが、いつまでたっても恭也は姿を見せなかった。
「何やってやがる、死んじまうぞ!」
 啓真は部屋を満たす水の中に潜り、水中で恭也を探した。しかし恭也の姿も鶴野の姿も見つからず、やがて息が続かなくなって啓真は再び水上に出てきた。
「だめだ、見つかんねぇ!」
 部屋に流れこんできた水と、上まで数十センチの傾いた天井に挟まれた空間に啓真が出てくると、微鳴鬼は壁に向って圧縮空気弾を次々と撃ち込んでいた。
「……ソヨ、何やってんだ?」
『この部屋は出口から遠い。水中を通って脱出するのは無理だ。だから壁を撃ち破って脱出しようと思ってやっている。音撃盤の破壊力があれば可能だ』
 船室の壁面に次々と圧縮空気弾が突き刺さり、分厚い壁を掘り進もうとしていた。
 しかし、水上に出ていた微鳴鬼の頭部が発光し、音撃盤による銃撃が途絶えた。変身直後にも一度あったが、それ以前の鶴野による責め苦で水分を絞り取られ、衰弱により変身が解除されたのだと啓真は悟った。
『ごめん、啓真……』
 よく見ると、顔だけでなく全身の変身が解除され、水面上にソヨメキの白い肩が出ていた。もう体力に限界が来ていることがわかった。
 瞳を潤ませながら、強がるように笑って、ソヨメキは言った。
『もう私は、駄目みたい――』
 水面を泳いでソヨメキに近づき、啓真は水面に沈みそうになったソヨメキの肩に腕を回してつかんだ。そして、彼女が持っていた音撃盤を引き取り、啓真は銃口を壁に向けて引金をひいた。
「最後まで諦めるな、ソ……」
 その時、更に爆発が起き、ついに部屋全体に海水が流れ込んできた。大量の水圧に押されて啓真の手からソヨメキの腕が離れた。
「ソヨォォーッ!」
 その叫びも波に呑み込まれていった。
240鬼祓い作者 ◆pQ5IvOxmrTbK :2009/06/21(日) 11:50:50 ID:i8hMu9X+0
 栃木の病院の個室に、白いベッドの上で熱に悶える少年の姿があった。意識のないまま苦しみ続ける少年の患者着がはだけ、大量の汗にまみれた肩から胸にかけて、恭也や鶴野と同様に、紅い傷痕のようなものが浮かんでいた。
 そばについていた安達明日夢は、その様子に気づいてナースコールを押した。
 病院スタッフの処置により危険な状態を脱すると、あとは小康状態が保たれ、翌朝その少年――キー坊は数週間ぶりに目を覚ました。そのまま病院に泊まっていった明日夢は、病院から東京にいる元・兄弟弟子に電話連絡を入れた。
「京介」
『コードネームで呼べよ』
 現在、明日夢自身は医学の道に進み、キョウキだけが鬼として独り立ちしていた。以前共に修行をしていた明日夢には、電話の向こうで口を尖らせているキョウキの様子が手にとるように判った。
「今、栃木の病院。こっちで重体になった子供の意識が、今朝戻ったんだ。もし支部でバンキさんに会ったら、伝言頼むよ。バンキさんあの子のこと心配していたから。一応メールは送っておいたけど、今は大忙しで見れていないかもしれない」
『はいはい判ったよ。……よかったな、無事目が覚めて』
「それが、まったく無事……というわけでもなかったんだ」
 明日夢は病室を振り返り言った。
「イタダキの術は、『鬼神経』を断ち切るものだった。昔、イタダキの一族は本当に『鬼祓い』で鬼の命を奪っていたそうだけど、今の世の中、人ひとりが死んだ時の辻褄合わせが大変だから、命じゃなくて鬼の力だけを奪う方法に切り替えたんだと思う」
『じゃ、その子は……』
「関西支部の『と』だって聞いてたけど、かわいそうに。もうあの子は、どんなに鍛えても鬼にはなれない」
 電話の向こうでキョウキは絶句した。
241鬼祓い作者 ◆pQ5IvOxmrTbK :2009/06/21(日) 12:01:01 ID:i8hMu9X+0
 ――目が覚めると、白い天井が視線の先にあった。自分はベッドの上に寝かされていた。横にゆっくりと視線をやると、隣にも同様に、白い布団をかけられ眠る者の姿があった。ここはどこで、今はいつで、自分は一体何者だったのか……
 銃で撃たれた脚の痛みに気づいて、岸啓真は昨夜あったことを全て思い出した。
「ソヨ!」
 叫ぶと、啓真はベッドの上で半身を起こした。隣で寝ていた者の顔を見ると、それはソヨメキではなく、恭也だった。
「起きろ恭也!」
 啓真の叫び声に、恭也は起き上がった。体中の切り傷や打撲、そして銃で撃たれた腕や肩の痛みに恭也の動きが一瞬止まったが、そこで考えたことは啓真と一緒だった。
「啓真、ソヨは!」
「わからねぇ」
 その時、病室に三十歳前後と見られる男が入ってきた。男は隆々とした筋肉質な体の上にTシャツを着ていた。その胸には『流星の絆』と大きな文字で書かれていた。
 その見知らぬ男に突然啓真は尋ねた。
「おい、あんた! ソヨは、ソヨはどこだ!」
「え?……ああ、彼女ならいま、店のほうにいるよ」
 男は輝くような白い歯を見せ、笑顔で言った。
「店!? 店ってどこだ! 俺を連れて行け!」
 初対面と思われる男にそれはないだろう、と横で恭也は思っていたが、意外なことにその男は笑顔のまま「いいけど、体大丈夫?」と訊いてきた。
242鬼祓い作者 ◆pQ5IvOxmrTbK :2009/06/21(日) 12:03:43 ID:i8hMu9X+0
 啓真の必死の依頼に笑顔で答え、男は二人を病院の外まで連れていくと、自分の車に啓真と恭也を乗せて、どこかへと向って気前よく運転を始めた。
 ほどなく到着したのは『甘味処たちばな』という暖簾が掛かる店先だった。
「着いたよ。ここが関東支部なんだ」
 ろくにその言葉も聞かず、二人は店内に飛び込んだ。
 お年寄りや主婦、若者などがほのぼのと甘味を楽しんでいる様子を見て、決死の顔をした二人の体から力が抜けた。
「あ、あれ……?」
 啓真は拍子抜けしながら、きょろきょろと店内を見回した。恭也も同様にしてソヨメキを探したが、どの席にも彼女の姿はなかった。
 店の奥の暖簾をくぐり出てきた作務衣姿の店員は、長い黒髪に白い肌の、ソヨメキにそっくりな女性だった。
「うり二つだ……」
 茫然と呟いた啓真に、店員は笑顔を絶やさぬまま小首をかしげた。横から啓真の頭に拳を叩き込んで恭也は言った。
「馬鹿、本人だ」
「ソヨぉ!?」
 ソヨメキが二人に近づき小声で言った。
「今、事情があって店に人がいなくて、大忙しだ。話があるなら後にしてくれ」
 Tシャツの男に言われるままに二人は店の空いていた席に着かされ、しばらく待っていると食事が出されたので、これを食べた。
 昨日の夕方から何も食べていなかったため、実際これは有り難かった。
 厨房では線の細い若い男が一人大忙しだったが、ソヨメキが手伝いに入っていくぶん助かっているようだった。Tシャツの男は奥に入って作務衣に着替え、厨房と客席を何度も行き来して、客の対応をこなしていった。
243鬼祓い作者 ◆pQ5IvOxmrTbK :2009/06/21(日) 12:11:10 ID:i8hMu9X+0
 一段落し、店内から客の姿がなくなると、作務衣からTシャツ姿に戻った男が「ショウキです」と名乗り、店の奥にいた青年を指して「あっちはバンキ君だよ」と紹介した。
「昨日の夜、僕らで船の中から君たちを助け出して、病院に送り届けたんだ」
 ショウキは店内の机の一つに着き、啓真と恭也を相手に説明を始めた。
「もっとも、彼女は朝起きたらすっかり全快していたから、お店の手伝いにまわってもらったんだけどね」
 ショウキは店の奥で片付けをしているソヨメキを指して言った。
「僕たちは君らを助ける所までが仕事だったけど、他の皆がその後大変だったんだよ」
 現場近くで倒れていたザワメキに音撃武器が船内に持ち込まれた可能性があると話を聞き、その船が沈んだため、残りの関東支部の人間で徹夜で海中を探索し、ソヨメキと鶴野の装備をすべて回収したということだった。これらは組織の機密事項である。
「ああ、それでお店に人がいないんですね」
 恭也は店内を見回して言った。今いる五人以外には、誰もいないようだった。
「まあ、新人の鬼が一人、何かあった時のために自宅で待機してるんだけどね。残りの人たちは今頃夢の中だよきっと」
 ショウキは笑いながら言った。
「だけど一つだけ見つからなかったものがある」
 奥からバンキが出てきて言った。
「鶴野だけは、見つからなかった」
 おそらく輸送船の爆発に巻き込まれ、死体も残らず死亡した、というのが関東支部の見解だった。
「ああそれから、四国支部のサザメキさん、今朝やっと目を覚ましたそうだよ」
 それを聞いて二人は歓声を上げた。ソヨメキはもうすでに知っていたようで、また、元の無表情に戻ってつんとすましていた。
「あと、栃木でイタダキの術を受けた、あの男の子。相当危険な状態が続いていたようだけど、今朝意識が戻ったって」
「なんだかまるで、見ていたように話をしますね」と恭也が言うと、バンキに「僕があの時の鬼だよ」と言われて二人とも驚いた。
244鬼祓い作者 ◆pQ5IvOxmrTbK :2009/06/21(日) 12:14:47 ID:i8hMu9X+0
「よし、じゃあ早速キー坊に会いに行こうぜ」
 脚の傷をものともせず啓真が言って店を出て行こうとすると、それをショウキが引き止めた。
「申し訳ないけど、あの子にはもう会わないでほしいんだ」
 イタダキの術は『鬼神経』の断裂と共に、体内部に届く衝撃を伴うものだった。これは子供の小さな体には負担が大きく、キー坊は数週間高熱が続いた。そのためか、彼はここ数ヶ月ほどの記憶を失っているという話だった。
「あの出来事を思い出させるのは酷だと思うんだ。君たちに会ったら思い出しちゃうかもしれないから、ね?」
 ショウキに言われて、啓真は気落ちして入り口に向っていた足を止めた。
「その前のことは覚えているんですね? 自分が『鬼』を目指していたことも」
 恭也に訊かれると、ショウキは答えた。
「うん。猛士のこととか、住んでいた場所とか、自分の名前なんかは全部覚えていた」
「あいつは自分では『キー坊』って言っていたけど、本当はなんて名前だったんですか?」
「ええと……何か温泉みたいな名前だったなぁ」
 斜め上に視線を向けていたショウキは、やがて「思い出した」と手を打って言った。
「鬼怒川一平」
「キヌガワ……それで『キー坊』か」
 恭也は納得したように言った。
「さっき言ったウチの新人の鬼が、その話聞いて何か思うところがあったみたいで、『もし他の誰が見放しても、俺が鍛えてやる』って息巻いてたよ。自分が独り立ちしたばかりなのに、もう弟子のことまで考えているなんて気が早いねぇ」
「ちょっと待った!」
 啓真が思い出したように叫んだ。
「さっき、あんたたちが俺たちを海中から助けてくれたって言ったよな?」
「うん」
 ショウキが答えると、啓真は詰め寄って訊いた。
245鬼祓い作者 ◆pQ5IvOxmrTbK :2009/06/21(日) 12:19:10 ID:i8hMu9X+0
「じゃあ、あの時ソヨは全身変身解除してたから、てことは……あんた、俺の知らないソヨを、ソヨのすべてを見たな!?」
「いやそんなこと言われても、埠頭は暗かったし……」
「どんなだった? 俺の知らないソヨは、どんな!?」
 ショウキは笑顔のまま啓真の額の前に、親指の内側で中指の打ち出し準備をした手を差し向けて言った。
「撃つよ?」
 啓真は都内での関東十一鬼との闘いを思い出し、後ずさり額を抑えて言った。
「まさか、あんたあの時の、ネットカフェの前で会った鬼か?」
「うん」
 ショウキは空中で指を弾き出しながら、やはり笑顔で答えた。
 その一方で恭也は、シルヴァー・ブレットについてバンキに尋ねていた。
「あの、ここにお手伝いに来ている大学生がいると思うんですけど」
 バンキはすぐに思い当たったようで言った。
「ああ、最近学校の方が忙しいみたいで、たまに来る程度だけど。今日は来ていないんだ」
「そうですか。四国支部の『香車』が、お礼を言っていたとお伝え願えますか」
「うん。判ったけど……『香車』とは懐かしい名前だね、また。昔、『飛車』をそんな名前で呼んでいた頃があったらしいけど」
「俺が『香車』で、あっちの馬鹿が『桂馬』なんです」
 恭也はショウキを恐れて店の隅まで後ずさっている啓真を指さして言った。
246鬼祓い作者 ◆pQ5IvOxmrTbK :2009/06/21(日) 12:21:57 ID:i8hMu9X+0
 まだサポーターの二人は重傷の部類だったが、彼らがその日のうちに四国支部へ帰還したいと申し出たため、店番にバンキを残し、ショウキはソヨメキたちを東京駅まで送り届けた。
 ソヨメキには、TAKESHI製のスポーツウェアが用意され、彼女は作務衣からこれに着替えた。啓真は彼女の地味な格好を残念そうな目で見ていた。
 新幹線のホームまで見送りに来ると、ショウキは別れ際に敬礼に似たポーズでソヨメキたちを送り出してくれた。
 そうしたポーズを特に持っていなかったソヨメキは、啓真に言われて、親指と人差し指と小指を立てた右手を挙げ、手の甲をショウキに見せた。啓真と恭也も同じポーズを取り、三人は新幹線の窓からショウキに挨拶をした。
 三人がけの席にソヨメキを真ん中にして座り、彼らは西へと向う新幹線の中で、約半年ぶりに帰れることになった、帰り着くべき場所、四国へと想いを馳せた。
 恭也が席を外している間、ソヨメキは啓真の足を指して言った。
「無理に今日帰ることもなかったのに。頼むから無茶はしないでほしい」
 無表情で話すソヨメキに対して、笑顔で啓真は言った。
「だって、早く帰りてぇじゃねえかよ、四国に。この程度の怪我、大したことねぇよ」
「ゆっくりでいいから、怪我はしっかり治してくれ」
 そこで、ソヨメキは視線を啓真と反対方向に逸らして言った。
「お前には、これからも私のサポートを続けてもらわないと困る」
 席に戻ってきた恭也は、不自然に顔をそむけて押し黙っているソヨメキと、その隣で、彼女の意外な言葉に目を丸くしている啓真を見ることになった。
 恭也は再び座席に腰を下ろしながら、笑顔で二人に言った。
「夕方にはもう四国だぞ。帰ったらまず、何をする?」
「師匠の見舞いに行く」
「ソヨの着替えを買う」
 また無表情と笑顔に戻り、ソヨメキと啓真はそれぞれ即答した。


        『鬼払い』 完


247鬼祓い作者 ◆pQ5IvOxmrTbK :2009/06/21(日) 12:33:41 ID:i8hMu9X+0
トリップの仕様が変更、12文字トリップ導入
http://namidame.2ch.net/test/read.cgi/poverty/1245404578/l50

トリップキーが12桁以上の場合、トリップが変更になるみたいです。
投下中にトリップが変わっていることに気づいて、入力し間違えたかと思いました。
前のトリップ(◆GX3Ot1s2is )わりとお気にいりだったんですけどねー。


半年間のお付き合いありがとうございました。
248鬼祓い作者 ◆pQ5IvOxmrTbK :2009/06/21(日) 12:41:25 ID:i8hMu9X+0
あ、最後の最後で単純ミスが…

誤:      『鬼払い』 完
正:      『鬼祓い』 完

でした。すみません。
249名無しより愛をこめて:2009/06/21(日) 14:15:14 ID:+BRx6cJK0
堂々の完結、お疲れ様でした&おめでとうございます。
そして、ありがとうございました!
仕事から帰ってきて続きが来てないか楽しみにチェックするのが日課になってましたww
それだけに、ちょっとさびしい気もしますが…今度は1から順に一気読みできるw

 読みやすく情景が想像しやすい、綺麗な文章が大好きでした。
 もしよろしかったら、ぜひまた新作を投下してくださいませ。
250名無しより愛をこめて:2009/06/21(日) 14:46:05 ID:glB8hXwK0
鬼祓い作者様、連載お疲れ様でした。
続きが投下されるのを楽しみにしていたので完結はやっぱり寂しいですね。
次回作、期待しています。
四国三人衆、お疲れ様!
251時代編 終章&欧州編 夜明け:2009/06/24(水) 21:59:06 ID:BC8O/q9y0
瓦礫の山の一部が動き、そこから逞しい一本の腕が突き出された。次いで瓦礫の下から全身が現れる。
刃鬼だ。首をこきりと鳴らすと、注意深く周囲を見渡す。瓦礫に埋もれた室内のそこかしこから気配が感じられた。
と、背後から射るような視線が。振り向く先にはオーガの姿があった。
「親父……」
「逃げられてしまったな。こういう事に関しては奴等の方が一枚上手か」
あの男女の事である。オーガが瓦礫の下から這い出してきた時には、もう二人の姿はなかったと言う。
「……もう俺達が戦わない理由はないな」
そう告げるオーガの全身から、大量の熱と共に闘気が放たれた。周囲の空間が歪んで見える。
構えを取る刃鬼。対するオーガは相変わらず構えを取らず仁王立ちのままだ。
先の合奏とその後の爆発は、刃鬼の体に多大な負担を与えていた。だがそうも言っていられない。刃鬼が本日二度目の全パワー解放を行う。
刃鬼は、一度見た相手の技は完璧に見切り、更に自分のものにすると言う特技を持っている。だがそれは元々オーガから教わったものだ。つまり、戦いが長引けば長引くだけ不利になると言う事である。
それ故に、刃鬼はたった一撃で勝たなければならなかった。まさに乾坤一擲、全身全霊を込めた一撃を打ち込み、仕留めなければならない。
思考するよりも早く、刃鬼の体が動いた。両者の間は僅か数メートル。刃鬼のスピードならば瞬きをする一瞬で必殺の間合いまで詰められる距離だ。
文字通り、勝負は瞬きする一瞬で決した。
カウンターを腹部に叩き込まれた刃鬼の体が崩れ落ちた。当の刃鬼は自分が剛拳を受けた事実を理解出来ず、どうして床が自分に向かって飛んでくるのか疑問に思いながら、そのまま気を失ってしまった。
252時代編 終章&欧州編 夜明け:2009/06/24(水) 22:06:13 ID:BC8O/q9y0
耳鳴りが響く中、マリアは覚醒した。意識が戻ると同時に、彼女は自分の身よりもDの心配をした。不死身のアランはこの程度で死にはしないだろう。だがDは。
(ダンテさん……)
最初の演奏の時、迂闊にも彼女は肝心な事を忘れていた。彼は半人半妖のヴァンピールである。つまり、あの聖なる波動の渦は少なからず彼の体にも影響を与えていた可能性があるのだ。
(やっぱり私は……隊長失格だわ)
亡き隊長のようにはいかない。無力。無念。知らず知らず彼女の頬を涙が流れ落ちていく。
「よかった、気がついた!」
声がする。暗闇に目が慣れてきた彼女の眼前に、カズキンの顔が見えた。どうやらこちらを覗き込んでいるようだ。
カズキン・サンライトハートは、その身を盾にして彼女を瓦礫から守っていたのだ。笑顔を見せるカズキンの額からは、夥しい量の血が流れていた。
「どうして……?」
「人を守るのに理由なんかいらないだろ?」
「私は――私達はあなたの事を……」
「大丈夫、俺はもう気にしてないから」
ふいに、そう告げるカズキンの笑顔とジョナサン前隊長の笑顔がオーバーラップして見えた。
「……泣いてるの?」
言われて気付く。彼女は再び泣いていた。
「笑いなよ。折角助かったんだからさ」
253時代編 終章&欧州編 夜明け:2009/06/24(水) 22:12:02 ID:BC8O/q9y0
その時、声が聞こえてきた。
「マリア、何処だ!返事をしてくれえ!」
「カズキン!」
Dとトッコだ。その声に両者の無事を知り、安堵の笑みが零れる。
「おーい、トッコさぁん!」
カズキンが力一杯叫ぶ。その声を頼りに、二人は無事救出された。
「マリア、無事か!?」
「はい。それよりも……」
Dの方こそ体に異常は無いかと尋ねる。だが彼女の心配とは裏腹に、Dは至って元気そうだ。
「おそらくこいつのお蔭だな」
そう言ってDが空になった皮袋を取り出す。いつぞやか、東欧の組織の戦士達から譲り受けたものだ。
「『白い羊膜の粉末』。邪悪な力を打ち破る効果があるとは聞いていたが……」
「あ……」
ひょっとしてDにとって害を成す力、即ち清めの波動を「白い羊膜の粉末」が相殺したのではないか、そうマリアは思った。Dも同じ事を考えているようだ。
「まあお互い無事で何より……どうした?」
急にマリアは俯いたまま黙り込んでしまった。心配するD。だが次の瞬間、マリアは顔を上げると精一杯の笑顔をDに見せた。
ジョナサン前隊長が亡くなって以来、久しく見ていなかった彼女の笑顔に戸惑うD。そんな彼に向かって、マリアが告げる。
「……ただいま」
「……お帰り」
まるで憑き物が落ちたかのようなマリアを、Dは優しく抱きしめた。
254時代編 終章&欧州編 夜明け:2009/06/24(水) 22:18:20 ID:BC8O/q9y0
「大丈夫ですか?」
ヒッタヴァイネンに助け出された成龍は、顔の血を拭うと周囲を見渡した。
瓦礫の山である。
「おい待てよ。童虎はどうした!? ムウは!?」
静かに首を横に振るヒッタヴァイネン。
「くそっ」
周囲の瓦礫を脇目も降らず掻き分ける成龍だったが、ふいにその手を止めた。瓦礫の下から、血が流れ出してきていたのだ。慌ててその近くの瓦礫を取り除いていく。
そこには、全身の変身が解除された童虎の姿があった。耳元で彼の名を叫ぶが、一向に反応がない。
「おい、冗談はよせ。怒るぞ」
そう言いながら童虎の手を取る。脈はなかった。
「起きろ!一緒に故郷へ帰ろう!」
今まで黙っていたヒッタヴァイネンが、静かに告げる。
「悪魔の復活が阻止されるのが運命だったとするならば、彼等の死もまた……」
「黙れ!」
ヒッタヴァイネンを睨み付ける。
「何でもかんでも運命の一言で片付けるんじゃねえ!そういうところが……うん?」
先程のヒッタヴァイネンの発言の違和感に気付く。
「彼等……?」
よく見ると、ヒッタヴァイネンの後ろには、血塗れのヨンネの姿があった。彼もまた全身の変身は解除されている。
「……死んでいるのか?」
「……はい」
悲しそうにヒッタヴァイネンが言う。
「くそ……」
頭を抱えて成龍がしゃがみ込んだ。犠牲は覚悟の上だったが、自分達は大丈夫だと言う根拠の無い自信もあった。それなのに……。
「畜生……恨むぜ神様」
やり場の無い怒りを神への呪詛に変えて、成龍が呟いた。
255時代編 終章&欧州編 夜明け:2009/06/24(水) 22:25:42 ID:BC8O/q9y0
ニヤは、何処からか聞こえてくる自分の名を呼ぶ声に耳を澄ませていた。何やら懐かしい感じがする声だ。ひょっとしたら、ここは既にあの世なのかもしれない――そんな事を考えていた。
「ニヤ――起きろ、ニヤ!」
頭を叩かれた。驚いて飛び起きたニヤの眼前に、一人の狼が立っていた。狼とは言っても、野生動物のそれではない。サウンドアタックを使う戦士の事だ。ただ、その狼はミガルーともヨンネとも違っていた。
「ここは……?」
周囲を見回す。黒一色に閉ざされた空間の中で、ニヤと狼の二人だけがぽっかりと浮かんでいた。
(やっぱりあの世ですかね……?)
そんな事を考えながら、改めて目の前の狼に視線を移す。何処かで見たような気がするが思い出せない。
「えっと……何処かでお会いした事がありますかね?」
「お前、俺が誰だか分からないのか?」
悲しそうに狼が告げる。
「俺だよ、俺」
そう言うと狼は顔の変身を解除してみせた。そこには髭面のおっさんの顔があった。おっさんの顔をまじまじと眺めるニヤ。
「あっ!」
思い出した。この男は、ザルフが日本へ発つ少し前に時空を超える力を身につけ、そのまま消息不明となった……。
「そうだよ、マルフだよ」
嬉しそうにマルフが言う。
「いやあ、暫く見ないうちに大きくなったな。パスタ食べてるか?ちゃんと女は口説いてるか?セリエAの試合は……」
「わざわざそんな事を言いに来たんですか?」
「お前、相変わらず真面目だな。伊太利亜人で、しかも師匠があの男だって言うのによ……」
真面目でいて呆れられるという事実に多少の理不尽さを感じながらも、ニヤは本題に入るよう促した。
256時代編 終章&欧州編 夜明け:2009/06/24(水) 22:33:42 ID:BC8O/q9y0
「じゃあ言わせてもらうぞ。今回の一件はお前達もヴァンパイア共もやり過ぎだ」
髭を撫でながらマルフが言う。
「今までDMCは表沙汰に出来ない事件を幾つも揉み消してきただろ?だが今回ばかりは無理だ」
それはマルフに言われるまでもない事だ。電波ジャックで堂々とDMCの存在を世間に公表され、田舎町が一つ半壊する程暴れ回り、観光地でもあるヴァチカンで白昼堂々大規模な戦闘が行われ、山の形が大きく変わってしまった。
「マスコミ、動きまくっているぞ。各国の諜報機関もな」
「……その件に関しては、ルシファーの復活を阻止し終えた後、対処するつもりでした」
「具体的にどうやって?」
その問いに閉口するニヤ。実は何も妙案が浮かんでいなかったのだ。
「……安心した。やっぱりお前も伊太利亜人なんだな」
その様子を見て、マルフが笑顔でそう言った。今度は安心されてしまった。ひょっとしたらおかしいのは自分の価値観の方なのではないかと、今更ながらニヤは思う。
「だから今後の事態も考慮した上で、ちょっとした時間改変を行うことにした。早い話が一連の悪魔復活騒動を無かった事にするんだ」
「は!?」
唐突な発言に、ニヤは我が耳を疑った。しかしマルフは、実に真面目な表情で話を続ける。
「お前も含めて何人かが瓦礫に押し潰されて死んだが、それらもみんな無かった事にしてやる。出血大サービスだぞ。本来なら有り得ん事だ」
今さらっととんでもない事を言われたが、あえて聞き流した上でニヤが質問する。
「それは……我々が歩んできた二十年近くの歳月がパアになると言う事ですか?」
それはあんまりじゃないですかとニヤが言った。それに対しマルフは。
「あくまでも少し時間を弄るだけだから、お前達関係者の記憶や体験した事は消えない。その外側の連中の記憶と事実、そしてルシファーの痕跡だけをきれいさっぱり消す」
「そんな事が可能なのですか?」
「厳密に言うと、これら一切合切のトラブルを引き受けてくれる新しい器を作るんだ。つまり、俺が時間改変をする事でパラレルワールドが発生する。分かる?」
早い話がDMCは存在しないがルシファーが復活し掛けて、それが何らかの理由で阻止された平行世界が誕生するのだと言う。
「分かる?」
もう一度そう尋ねるマルフだったが、ニヤは「はあ」と相槌を打つのが精一杯だった。
257時代編 終章&欧州編 夜明け:2009/06/24(水) 22:42:40 ID:BC8O/q9y0
「まあ俺に任せておけば大丈夫だから。あと、今回頑張ったお前に俺からの特別プレゼントだ」
「はい?」
マルフが指を鳴らすと同時に、彼の背後に一人の男性が現れた。ボルサリーノを目深に被った男が、ニヤに向かって声を掛ける。
「チャオ!久し振りじゃん!」
「あ、あ……」
それは紛れも無く彼の師匠、ザルフことザルバトーレ・ザネッティその人であった。
「どうして……」
「死ぬ少し前の時間から連れてきた。お前、こいつが日本のオニに暗殺されたと思い込んでいただろ?」
「何で知っているんです?」
「細かい事は聞くな。それが伊太利亜人だ。さあ、聞きたかった事を何でも聞いてみな」
だがニヤは俯いたまま何も話そうとはしなかった。そんな彼の傍にザルフが近寄る。そして。
渾身の力でニヤの頬をぶん殴った。ぶっ飛ぶニヤ。しかし彼も嘗て狼となるべく特訓を受けた者、すぐ立ち上がるとザルフを殴り返した。
「おいおい……」
呆れ帰るマルフの前で、師弟は気の済むまで殴り合い続けた。力尽き、大の字になって倒れ込む二人。暫しの静寂の後、ニヤが言った。
「……聞きたい事は何もありません。もうあなたの死の真相なんかどうでもいい。あなたから受け継いだものを先へと進める、そうする事で私は漸くあなたと並べる、超えられる」
「おう、楽しみにしてるぜ」
258時代編 終章&欧州編 夜明け:2009/06/24(水) 22:49:03 ID:BC8O/q9y0
次にザルフがこう言った。
「一つ頼みがある。日本にお前の兄弟弟子が居る。蔵王丸って言うんだ。もしこいつの身に何かあったら助けてやってくれ。これがお前への遺言だ」
「……はい」
そろそろ時間だとマルフが二人に向かって告げた。起き上がり、固く握手を交わす二人。
「あなたにもう一度会えて良かった……」
「じゃあな、俺の愛弟子。お前にはこれ以上何も贈るものはねえ」
そう言うとザルフはニヤの傍を離れ、マルフの所へと戻っていった。その時、何かに気付いたニヤが声を掛ける。
「あっ!マルフ、もしかしてあなたがサンジェルマン伯爵……」
そう尋ねられ、暫しの間考え込むマルフだったが。
「……ああ、そう言えば時間移動能力を身につけた最初のうちは力の扱い方がよく分からなくてな。十八世紀頃の欧羅巴に行って暫く滞在して……そう言えばそんな名前を名乗ったような。うん、名乗った。名乗ったぞ」
「何故『サンジェルマン』だったのです?」
「え?俺の家の近所にあるパン屋の名前」
それだけ告げると、ザルフを連れたマルフは闇の中へと消えていった。刹那、ニヤの眼前が眩い光に包まれた。
259時代編 終章&欧州編 夜明け:2009/06/24(水) 22:55:12 ID:BC8O/q9y0
その日の晩、ヴァチカン総本部では盛大な祝勝パーティが開かれた。会場は酒と高級料理と音楽で溢れ返っていた。その様子を眺めながらニヤは、改めてあの時の事が夢ではなかったのだと実感していた。
マルフが言っていた通り、一連の事件に纏わる痕跡は全て消え去っていたのだ。
「どうしました、ニヤ?」
ハルが尋ねる。それに対しニヤは「何でもありません」と返した。
壇上ではヨンネがギターを掻き鳴らしながら歌い続けていた。ニヤ同様、彼もまた一度確実に死んでいた人間である。その隣ではヒッタヴァイネンが演奏を続けている。
「運命……ですか」
「はい?」
「こちらの話です」
もし本当に運命の女神様がいるのならば、自分はまだ死ぬわけにはいかないと言う事になる。きっとそれは、ザルフの遺言を守らなければならない時が来る、そういう事だろう。そして他の者達も……。
近くのテーブルでは、曲に合わせて成龍と童虎が腕を組みながらくるくると回り、麦酒を呷る様に飲んでいた。童虎もまた、命を拾った口だ。成龍が「これが北欧流の飲み方らしいぜ」と赤ら顔で言っている。
「ニヤ」
ムウが彼の傍に近付いてきて話し掛けた。そして恭しく礼を述べる。
「最後の最後に大天使の弦を託された事で、私がここに来た意味も、これから成すべき事も分かったような気がします。謝謝」
「別に私は何もしていませんよ。そういうのは全て気の持ちようです」
それでもムウは、深々と頭を下げてもう一度感謝の言葉を述べると、立ち去っていった。
ニヤが目の前に置かれてあった麦酒に口をつけた。甘党の彼がカクテル以外のアルコールを好まない事を知っていたハルが慌てて止める。案の定ニヤは咳き込んでしまった。それでも、ハンカチを取り出すハルに「大丈夫です」と告げる。
ヨンネの歌が、ニヤの耳に流れ込んできた。濁声だが味のある歌い方だなとニヤは思った。
260時代編 終章&欧州編 夜明け:2009/06/24(水) 23:03:18 ID:BC8O/q9y0
朝から飲もうぜ(イメージソング)
作詞・作曲 Jonne 歌 KORPIKLAANI 対訳 新垣信哉


Little red house, potato field.(小さな家、じゃがいも畑)
little forest, lake as far as you can see.(小さな森、見渡す限りの湖)
Woodshed, for my homebrewed beer,(自家製ビール用の薪小屋)
perfect place for drunkards like me(ワシみたいな飲んだくれには完璧な場所さ)

Never gonna give up my rugged life,(こんな粗野な生活を止めるつもりはないぜ)
never sell my infertile soil(不毛の土地だって売りゃしない)
Never gonna give up this simple style(質素なスタイルが一番)
let`s drink and enjoy(さあ、飲んで楽しもう)
261時代編 終章&欧州編 夜明け:2009/06/24(水) 23:04:38 ID:BC8O/q9y0
「今まで世話になった」
そう告げるとDはニヤに握手を求めた。利き手を差し出して、それにニヤが応える。
パーティの翌日には、各国の戦士達は次々と自国へ戻っていってしまった。露西亜が去り、希臘が去り、北欧が去り、中国が去り、東欧が去り、そして今また英吉利が去ろうとしている。
「ダンテさーん、早くしないと置いていきますよぉ!」
エリカが広場の向こうから手を振りながら、大声で叫んだ。まるで憑き物が落ちたかのように、今の彼女は嘗ての明るさを取り戻していた。その横でアランが不機嫌そうに腕時計を睨んでいる。
「マリアさん、元気になったようで何よりです」
「ああ。あれぐらい元気じゃなきゃ、帰ってからの戦いには付いてこれないだろうしな」
RPG第三部隊の面々にとって、真の戦いは帰国してからとなる。彼等は、組織の上層部が秘密裏に行っていた計画について知ってしまったのだ。その事実は既に本国に届いているかもしれない。
「嘗て隊長がやったように、俺達も戦うさ。己の信念のために……」
「あなた方のこれからを祈らせていただきます。さて……」
次にニヤは、トッコとカズキンの二人を見た。互いに寄り添い、手を繋いでいる。
「お二人はこれから何処へ?」
「また巴里に戻る。そこで静かに暮らすとしよう」
そう言ってトッコはカズキンの顔を見た。彼の笑顔に、トッコが僅かに頬を紅潮させる。
「俺達の事は心配いらない。トッコさんは俺が守る」
「ああ。君と私は一心同体、君が死ぬ時が私の死ぬ時だ」
「……お達者で」
熱々ぶりに少し引きながら、ニヤがそう告げた。
262時代編 終章&欧州編 夜明け:2009/06/24(水) 23:10:54 ID:BC8O/q9y0
立ち去っていくDとカズキン、トッコの後ろ姿を見送りながら、ニヤが背後の人物に向けて言う。
「……あなたも行きますか。ダークロード」
「その名は止せ。魔王の名は、孤児の名と一緒にここに捨てていく。宿魂石が墓標代わりだ」
煙草に火を点けながら、サッキがそう告げた。
「日本へ帰るのですね」
「ああ。聞いた話じゃ、最近の若い連中は心も体もまだまだのひよっこばかりらしい。師匠って柄じゃあないのは承知の上だが、俺が鍛えてやらなきゃあと思ってな……」
それを聞いてニヤは、日本の若い鬼達に向けて心の中で「ご愁傷様」と呟いた。
同じく見送りに来ていたエリカが、サッキに告げる。
「私、いつか日本へ旅行に行くつもりです!その時は案内して下さいね!」
特に秋葉原に行ってみたいと言うエリカに、そこは管轄外だからと断りを入れるサッキ。
「飛行機ですか?」
「……それなんだが、急ぐ旅でもなし、列車を乗り継いでのんびり寄り道でもしながら帰ろうかと思う」
風の向くまま気の向くまま、所詮はぐれ旅だ――そう言ってサッキは笑ってみせた。
僅かな荷物を手に、サッキが歩き出した。途中、ふと立ち止まってニヤに告げる。
「万が一あの馬鹿がまた何かしでかしたら、すぐ俺に連絡をくれ。地球の裏側からだって飛んでくらぁ……」
「もう大丈夫だと思いますがね」
話は、あの時に遡る。
263時代編 終章&欧州編 夜明け:2009/06/24(水) 23:18:43 ID:BC8O/q9y0
「……やれ。しくじるなよ」
策でも何でもなく、本当にチョウキはここで自分の幕を引くつもりだった。……どのみちもうこれ以上は生きていけないのだ。日本を発つ時に持ち出してきた代田謹製の薬が、とうとう尽きてしまったのだから。
サッキが、音叉剣を振り上げた。そして一刀の下に斬り捨てる。
……音を立てて、割れた仮面が落ちた。
「どういうつもりだ?」
「裏切り者の鬼――蝶鬼は死んだ。これからは一人の人間として生きろ」
淡々とサッキが告げる。
「俺にまた弱い人間に戻れと?」
「お前はもう強いだろ」
「……だがな」
そう。薬が無いのだ。今死ななくても、近いうちに死は訪れる。そんなチョウキに向かってサッキが言った。
「薬の事なら心配はいらないぞ」
その言葉に、疑問の表情を浮かべるチョウキ。
「俺宛てに届いた荷物、ディスクアニマルだけにしてはでかかっただろ?お前の薬も一緒に届いてるんだ」
「何だと……?」
「俺達が支部を去った後にヤクセキって新人が入ったそうなんだが、こいつが薬の精製に関する知識を持っているらしくってな。代田のおっさんが残していったサンプルを元に作っちまったんだとさ」
これはな、なぎささんや支部長の意向でもあるんだ――そうサッキは言った。
「それに、言った筈だぜ。また誰か俺の目の前で死なれたりすると迷惑だってな」
「……ふん」
口の周りに付いた血を拭うと、チョウキはいつもの不敵な笑みを見せた。
「お前も充分偽善者だな。後悔するなよ?」
「するかよ。これが俺の出した決着だ。生きろ」
そう言うとサッキは「若紫」を下ろし、にやりと笑った。
264時代編 終章&欧州編 夜明け:2009/06/24(水) 23:26:01 ID:BC8O/q9y0
嘗て蝶鬼と名乗った男は、人間としてやり直す道を選んだ。ただ、鬼の力を取り除く手術を受けた訳ではないので、やろうと思えば変身は可能だ。だが彼が再び鬼の姿に戻る事はないだろう。
仏蘭西、巴里、エッフェル塔。その天辺に黒紫蝶を侍らせた元チョウキが立っていた。大きく深呼吸をし、生きている事を実感する。日本から届いた薬は、下手すれば代田の物よりも出来が良かった。
次いで、元チョウキは自分の顔を撫でた。もう仮面は無い。素顔に風が当たる。心地良い。
「折角拾った命だ。精一杯生きて楽しんでやる。死んだ奴等の分もな……」
大空に向かってそう呟くと、元チョウキは「デュワ!」と叫んで飛び降りた。塔の下に集まっていた人々から悲鳴が上がる。
元チョウキは黒紫蝶で力場を形成すると、風に乗って大空を飛び回った。沸き起こる歓声。それに気を良くした元チョウキが大声で叫ぶ。
「嗚呼、素晴らしき哉人生!お前達もそう思うだろう!? 超サイコー!!!!」
その後、亜米利加のモスマンのような都市伝説が巴里に生まれた事は言うまでもない。その名は、パピヨン。
265時代編 終章&欧州編 夜明け:2009/06/24(水) 23:32:46 ID:BC8O/q9y0
「しっかりやれよ」
「バキも元気で」
一方、バキもまたルミナとの別れを迎えていた。ルミナの肩を力強くバキが叩く。
ルミナはDMCに戦士見習いとして入る事が決まった。これは彼自身の希望であり、訓練も無く音撃打を使って上級吸血鬼を清めたと言う事もあって、とんとん拍子で話は進んでいった。彼の身柄は、ニヤの居る伊太利亜支部かエリカの居る仏蘭西支部が預かると言う。
「あなたも行きますか」
サッキの見送りを終えたニヤがやって来た。
「ああ。親父との再戦の約束があるからな」
あの時オーガはバキを殺さなかった。もっと強くなって自分を倒しに来い、そう告げたのだ。
「オーガは今何処に?」
「亜米利加へ渡るとか言ってた」
「となると、あちらの組織も大変ですね」
亜米利加の組織は、多国籍の戦士が集うため統率が取れていないと聞いた事があった。だがもしオーガが現れたなら、今回の自分達のように結束するための良い切っ掛けになるかもしれない。
「バキ、何年先になるかは分からないけれど、いつかバキを超えてみせるよ!」
強い決意を胸に、ルミナがそう告げる。
「そいつは楽しみだ。じゃあ俺もそれまでに親父を超えなきゃな」
「ふふふ、初っ端から物凄く高いハードルですね。オーガを超えるかもしれない人物を、更に超えるだなんて……」
「ああ、そう言や親父の『修羅』についてだけどさ……」
あの後、オーガは真相をバキに語って聞かせたのだと言う。
266時代編 終章&欧州編 夜明け:2009/06/24(水) 23:40:08 ID:BC8O/q9y0
「鬼の血を飲んでいなかった……?」
「そう。親父は血を飲んでいない不完全な修羅だったんだ」
「しかし老化は?」
「老化に関しては俺と同じだった。特殊な呼吸法で老化を極限まで遅らせているらしい。あと、他にも興味深い話を色々と聞いてきた。俺も親父も属性は『熱』なんだけど……」
修羅と化すと全身に高熱を帯びる。元々熱属性のオーガはこの修羅形態と非常に相性が良かったらしく、体への負担は殆ど無いようだ。更に尽きる事無い強者への渇望のため、二十四時間と言う制限時間も関係なくなってきているらしい。
最後まで聞いて、ニヤは「それ、私に話して大丈夫ですか?」と尋ねた。言われてバキは少し考えたが、まあいいやと笑ってみせた。
「でも親父が同朋を手に掛けたってのは事実だからさ。あの親父はやっぱり許しちゃおけない。……じゃあな」
そう言うとバキは自分の決めポーズを取った後、陸王へと跨った。安全運転をするようにとニヤに念を押されながら、バキはそのまま走り去ってしまった。
こうして、戦士達は皆元の居場所へと帰っていってしまった。だが感傷に浸っている暇はない。独逸支部の再建問題を始め、まだまだやらなければならない事が残っている。それに、あの連中も暫くの間は大人しいかもしれないが、野生のモンスターとなると話は別だ。
「ニヤ!」
案の定レスターが血相を変えて走り寄ってきた。どうやらモンスターが出たらしい。
「折角です。行きますか?」
ニヤがそうルミナに尋ねた。笑顔で「行きます!」とルミナが答える。
彼等にとっての日常――モンスター退治の日々がまた始まった。

1999年、予言に記された恐怖の大王は現れる事無く年を越え、2000年、そして二十一世紀へと時代は流れていった。
戦士達の戦いは終わらない。だが、連綿と続いてきた宿魂石に纏わる物語は、これで終止符を打つ事となる。 完
267高鬼SS作者 ◆95dGpeQUnh38 :2009/06/24(水) 23:44:55 ID:BC8O/q9y0
補足説明
・プルートウは、あの後オーガに殺害されています。クローンも回収された細胞も全て破棄されました。
・その細胞は、ゴーゴンの情報で誘き出された際に採集されています。
・ゾルフ以下、独逸支部の面々の裏切りは無かった事にはなりませんでした。合掌。
・ミラーカ(Millarca)の真名はカーミラ(Carmilla)。
・猛士内でのごたごたは、あかねと小暮が尽力して何とか収まったらしい。宿魂石の扱いは表向きは「行方不明」のまま。


今後について
以前触れた屋久島の話、告知だけしておいてそのままなのはフェアじゃないので、これは近いうちに投下します。
それ以降については何もない白紙状態です。
268名無しより愛をこめて:2009/06/25(木) 01:16:21 ID:fNqPU9kC0
欧州編、7か月の長丁場 乙でした。
宿魂石の役割終了に伴い時代編の終章も兼ねるという・・・
個人的には、チョウキが「鬼、参上」と言って現れたシーンが好きですね。
それと一緒に現れた鬼達が変身して参戦していくところとか。

屋久島の話は、過去ログを見ると短編モノのようですね。
いつの時代のどんな話になるかは読み取れませんでしたが、投下お待ちしています。
269高鬼SS作者 ◆95dGpeQUnh38 :2009/07/07(火) 20:39:21 ID:q97LREJT0
とりあえず保守も兼ねて、屋久島編の序盤を予告代わりに投下します。

今回の屋久島編、
ディケイドのDVDに平成ライダーシリーズの第一話が収録されるという事で、
じゃあこれしかないだろうと。

本格的な投下はもう少し先になります。それでは、どうぞ。
270終わらない旅路:2009/07/07(火) 20:41:41 ID:q97LREJT0
かたかたとキーボードを叩く音が聞こえる。
ここは、とある一戸建て借家の一室。リズミカルにキーボードを叩いていた、年の頃二十代後半から三十代前半の男性は、一息吐くと大きく伸びをして両目を押さえた。
そこへ、どたどたと廊下を駆けてくる騒がしい足音が。次の瞬間、部屋の襖が勢いよく開け放たれ、五、六歳程度の男の子が飛び込んできた。
「とーちゃ〜ん!」
椅子に座っていた男性の後頭部に、渾身のクロスチョップを叩き込む。
「いえ〜!」
嬉しそうに両の拳を前方へと交互に突き出して、男の子が雄叫びを上げた。
「……みちろう」
痛めた後頭部を押さえながら、男性が男の子――みちろうを睨み付ける。しかしみちろうは謝ろうとはしない。
「とーちゃん、しごとは?」
「あと少しで終わるから、ちょっと休憩してたところだ」
「とーちゃんはだめだな〜。さっさとおわらせて、りょこうのじゅんびしような」
「……とりあえず謝らないと、旅行は中止です」
次の瞬間、みちろうは土下座をしていた。
この男性の名前は遠藤郷介。職業は作家。収入は、このような家を都心から多少離れた場所に借りられる程度であり、こうやって息子のみちろうと旅行へ出掛けられるくらいの暇もある。
「先に準備しておきなさい」
「わかった!」
嬉しそうに部屋を出て行くみちろうに向かって、「合羽忘れるなよ」と呼び掛ける。
彼が旅行へ出掛けると決めたのは、一ヶ月程前か。アイディアに煮詰まり、気晴らしに大学時代の友人が話していた場所へと行ってみる事に決めたのだ。みちろうへの家族サービスにもなるし、一石二鳥だった。
観光シーズンと時期がずれていると言う事もあってか、一月前からでも諸々の手配は滞りなく行う事が出来た。そして出発は、二日後。
仕事机の傍らに置いてあったガイドブックを手に取り、ぱらぱらと頁を捲る。体力勝負になるな、と郷介は思った。デスクワークの自分に、子どもを連れて山道を行くだけの体力があるかどうか、それだけが不安だった。
みちろうが大声で歌う声が聞こえてきた。言われた通り荷物を纏めているようだ。その嬉しそうな様子に、思わず顔が綻ぶ。
2005年、睦月。父子がこれから向かおうとしている場所、それは、鹿児島県熊毛郡屋久島――。
271終わらない旅路:2009/07/07(火) 20:43:49 ID:q97LREJT0
「……さん、聞いていますか?」
鹿児島港と安房港を繋ぐ高速船「トッピー」。その二階席で、一人の男が隣の座席で眠る男に向けて話し掛けていた。
話し掛けている男性は年の頃二十代後半から三十代前半、眼鏡を掛けており、そこそこ長身で恵まれた体格をしている。
眠っている方の男性は、どう見ても彼より年下の若者だ。アイマスクを着用し、耳に掛けているヘッドホンからはシャカシャカと音が漏れている。船室中に響く程ではないが、隣に座っている者としては迷惑この上ない。
「音、漏れてますよ」
だが、どんなに話し掛けても一向に反応を示さない。
「寝たふりは止めてもらえますか!?」
そう言ってアイマスクを額の方へとずらす。両目はしっかりと閉じられていた。次に、その顔へ耳を近付けてみる。一定のリズムで寝息が聞こえてきた。
(本当に眠っているのか……)
それを確認すると、男は勝手にプレーヤーを弄って音量を下げた。最新のMP3プレーヤーである。
(全く……)
目的地――屋久島に着くまでまだ時間はある。手首に巻いたスポーツウォッチを確認すると、男もまた隣で静かに寝息を立て始めた。
272終わらない旅路:2009/07/07(火) 20:46:12 ID:q97LREJT0
鹿児島港から宮之浦港を繋ぐ「フェリー屋久島2」の船内で、みちろうは目を輝かせながら大海を眺めていた。白波を立てながらフェリーは進んでいく。天候は晴れ。場合によってはイルカの群れも見る事が出来るらしく、みちろうはそれが楽しみのようだ。
その様子を郷介は、出発前に購入した「かるかん」を食べながら眺めていた。
「とーちゃーん、しゃしん!」
「おう」
笑顔で手を振るみちろうにデジカメを向けて、シャッターを切る。
と、みちろうが何かを見つけたらしく郷介を呼んだ。
「どうした?イルカでも出たか?」
「あれ」
そう言ってみちろうが指差す先を見ると。
「!?」
そこには、みちろうと同じくらいの年の子どもを片手でしっかりと抱き抱え、もう片方の手でフェリーの船縁を掴んだサングラスの男性の姿があった。
慌てて郷介が人を呼びに行こうとしたが、サングラスの男性は自力でデッキによじ登ったではないか。
その後、抱えていた子どもは駆け寄ってきた両親の下へと帰っていった。サングラスの男性は、傍らで呆然と立ち尽くしていた中学生ぐらいの少年に擦れ違いざま何か話し掛けると、そのまま立ち去っていってしまった。
「何だったんだ……?」
一連の流れを見ていた郷介は、その少年と同じでただただ唖然とするだけだった。
「すげぇ!おれ、ちょっとあのおっちゃんにあってくる!」
「あ、こら待ちなさい!」
みちろうの興味は、イルカからあの不思議な男性へと完全に移ってしまったようだった。
急いでみちろうの後を追う郷介。
郷介が追いついた時、既にみちろうは件の男性と談笑をしていた。初対面の相手にも物怖じしないのが、みちろうの強みだ。
「おっちゃん、さっきのすごかったな!まるでヒーローみたいだったぞ!」
「鍛えてますから」
不躾な子どもの質問にも嫌な顔一つせず、男性はさも当たり前のようにそう答えた。
273終わらない旅路:2009/07/07(火) 20:49:36 ID:q97LREJT0
「みちろう!」
「おー、とーちゃん!」
「すいません、うちの子が……」
「気にしてないです」
そう言うと男性はサングラスを外し、笑顔を見せた。何かこう、悟りきったと言うか、全てにおいて達観したかのような笑顔だった。
暫くの間、郷介は男性と話をして過ごした。どうやら彼も東京からの旅行者らしい。ただ、男性は柴又の方から出てきているらしく、こちらの住まいを告げるとちょっと残念そうな表情を見せた。
「あ、そろそろ着きますよ」
そう言うと男性は郷介達の背後を指差した。その指差す先には、厚い雲に覆われた屋久島の姿があった。
「狭い島です。場合によってはまた何処かで会えるかもしれませんね」
何やら敬礼に似たポーズを取ると、男性は荷物を取りに自分の船室へと戻るべく歩き出した。郷介達も部屋へ戻ろうと踵を返す。
「じゃあ失礼します。あ……」
やってしまった。話に霧中で、お互い名前を名乗っていなかったのだ。慌てて郷介が自己紹介し、ついでみちろうを紹介する。
男性は、笑顔でこう名乗った。
「ヒビキです。……ぶえ〜っくしゅ!」
釣られて郷介とみちろうも派手にくしゃみをするのだった。


三組は屋久島へ……。続く。
274高鬼SS作者 ◆95dGpeQUnh38 :2009/07/07(火) 20:52:40 ID:q97LREJT0
また凄い誤変換をやっているのに気付いた…。

>>273の「話に霧中で」は「夢中」の間違いですね。
お詫びして訂正します。
275名無しより愛をこめて:2009/07/08(水) 21:56:14 ID:VhXDIn5B0
投下&保守乙です。
276名無しより愛をこめて:2009/07/09(木) 18:24:46 ID:yLTNk90z0
おおお。ヒビキさんだああ。
高鬼SS作者さんは、リアリティのある文章を硬軟自在に使い分けて
いろんな雰囲気のSSを書かれるので毎回楽しみにしています。

今作も期待しながら待ってます
277鬼島兼用語集:2009/07/12(日) 00:26:05 ID:Fza4TPNs0
「鬼か」
「まだ違う」
音角が届いたけど方っぽのネジがきつく締まりすぎてて手持ちのドライバーでは開けられず、変身できない有様です
事前情報では桐箱に入っているとのことでしたが、それなりに立派な紙の箱になってました
あとぶら下げようにもベルトを使わない人なので、明日あたり100均でちゃんとしたドライバーとベルト買ってきます
これで新しいのを書くモチベーションが上がると…いいな……

しばらくスレを見ていなかったのですが凄い進んでいますね
これは読むのが楽しみ!
278高鬼SS作者 ◆95dGpeQUnh38 :2009/07/13(月) 21:18:38 ID:hnlcdYa90
これから投下する屋久島編にあたって注意事項が。

1. 一気に投下する必要もないので、三回ぐらいに分けます。
2. ヒビキさんが屋久島まで木を取りに来た理由について、独自の解釈と設定を入れています。
3. 弾鬼SSに名前だけ登場した鬼を一人使わせてもらっています。

それではどうぞ。
279終わらない旅路 屋久島初日:2009/07/13(月) 21:22:28 ID:hnlcdYa90
「降ってなくて良かったですね」
高速船から港へと降り、開口一番眼鏡の男性が言った。横に立つヘッドホンの青年は、聞こえていないのか何一つ返事をしない。
作家の林芙美子は、著書「浮雲」の中で「屋久島は月のうち、三十五日は雨」と言う名言を残している。それだけ雨が多い土地柄だと言う事だ。眼鏡の男性が言う通り、雲こそ出てはいるが雨は降っていない。
「迎えは?」
「そのうち来ますよ」
愛用のスポーツウォッチを眺めながら、眼鏡の男性が答えた。「歩」の人が車で迎えに来る手筈になっているのだ。
彼等二人は「猛士」と呼ばれる民間の組織に所属している戦士とその補佐役だ。猛士九州支部所属の二人は、任務のためここ屋久島の地を訪れていた。彼等の任務、それは魔化魍と呼ばれる怪物を祓い清める事。
「詳しい打ち合わせは宿に着いてからと言う事で」
ヘッドホンの青年がそう告げた。
その「歩」の人物は、ここ屋久島で民宿をやっており、当面はそこを拠点に活動出来るようになっている。観光シーズンだとこうはいかなかっただろう。
一台のワゴン車がやって来た。迎えの到着である。遅くなって申し訳ないと謝りながら、五十代ぐらいの男性が運転席から降りてきた。二人の荷物を受け取り、後部座席へ座るように促す。
二人を乗せたワゴン車は、民宿へ向けて軽快に走り出した。
280終わらない旅路 屋久島初日:2009/07/13(月) 21:28:32 ID:hnlcdYa90
郷介が運転するレンタカーは、カーブの多い道路を走っていた。屋久島には信号は数える程しかない。ごみごみした都会とは雲泥の差だ。
後部座席に座るみちろうは、膝に置いた荷物をしっかりと押さえながら、父親の運転を凝視していた。その様子に気付いた郷介が声を掛ける。
「どうした?」
「とーちゃん、うんてんできたのか……」
「おいおい」
苦笑する郷介。確かに、マイカーも無いし遠出をするときは専らバスや電車を利用している。みちろうが運転出来ないと思っていたのも無理はないだろう。
「この島には野生の鹿や猿が至る所にいるそうだ」
「さる!?」
「会えるといいな」
みちろうの心は完全に猿に移っていた。「さる〜さる〜」と楽しそうにはしゃいでいる。
時間があったので、明日以降登る予定の白谷雲水峡や荒川登山口を下見がてら、島内をぐるりと一周する。途中、レンタルショップへ立ち寄って登山靴をレンタルしておくのも忘れない。
「さるだ!」
道中、みちろうが大声で叫んだ。見ると、ガードレールの傍でヤクザルの群れが毛繕いをして戯れているではないか。車を停めて、デジカメのシャッターを切る郷介。
「ん?……わああ!」
シートベルトを外し、勝手に車外へ降りようとするみちろうを慌てて止める。
281終わらない旅路 屋久島初日:2009/07/13(月) 21:33:46 ID:hnlcdYa90
猿との邂逅を終え、レンタカーは滞在中の拠点となる民宿へと向かっていった。
「とーちゃん、このあとどうすんだ?」
「とりあえず宿に荷物を置いて……そうだな、滝でも見に行くか」
「たき!? たきってあれか!? ゴーってやつか!?」
「そう!ゴーってやつだ!」
「ゴーか!ゴーなのか!?」
今度の興味の矛先は滝へと向いたようだ。実にアンテナの感度が高い子どもである。
民宿前の駐車スペースに停めた後、中へと入っていく。
「すいませーん」
玄関で奥に向かって呼び掛けてみる。主人と思しき人物が顔を見せた。
「はい」
「あ、今日からお世話になる遠藤ですが」
「ああ、遠藤様……」
簡単な説明を受けながら部屋へと案内される。そこは、八畳程度の和室だった。大人一人と子ども一人には少々広すぎるなと郷介は思った。早速荷物を置き、滝へと向かうべく部屋を出る。
「たきへいくんだな!」
「そうだ。……うん?」
隣の部屋から出てきた二人組、そのうちの一人の横顔を見て郷介の足が止まる。向こうもこちらの視線に気付いたらしく、顔を向けてきた。
「あっ!」
「お前、キタローか!?」
郷介にキタローと呼ばれた眼鏡の男性は、目を見開いて驚いている。その横に立っていたヘッドホンの青年が、不思議そうに「キタロー?」と尋ねる。
「……昔のあだ名です」
「とーちゃん、キタローってだれだ?」
「とーちゃんの大学時代の悪友だ。いやしかし驚いたな……」
十年振りか、と郷介。卒業して以来、疎遠になっていたのだが、こんな所で会うとは思わなかった。否、郷介が屋久島旅行を決めたのは、大学時代にこのキタローが話していたのを思い出したからだ。巡り合わせのようなものを感じる。
282終わらない旅路 屋久島初日:2009/07/13(月) 21:40:01 ID:hnlcdYa90
「お前、九州出身だったもんな。卒業して故郷へ帰っていたのか」
「いや、東京で就職していたんだが……まあ色々あってな」
「そうか……」
キタローは元々スポーツ推薦で大学に入ってきた男だ。国体出場経験もあるし、複数の企業から引く手数多、今頃は順風満帆な人生を送っているものと郷介は思っていた。そう言えば当時は眼鏡なんか掛けていなかった。
「そう言う郷介こそ……。それにその子は?」
「ああ、俺の子だ」
「結婚したのか!?」
そうじゃあないんだ、と郷介は答えた。
みちろうは、郷介の実子ではない。色々あって引き取る事になった養子である。そう話し終えたところで、ヘッドホンの青年が話に割り込んできた。
「積もる話もあるでしょうが、そろそろ出発しないと……」
「あ、すみません」
キタローとヘッドホンの青年の関係が分からず、郷介が尋ねる。
「こちらは今の仕事先の……先輩です」
成る程、転職したキタローにとってたとえ年下でも先輩は先輩、だから敬語を使っているのか――そう郷介は一人で納得した。
283終わらない旅路 屋久島初日:2009/07/13(月) 21:43:20 ID:hnlcdYa90
「今どんな仕事をしてるんだ?」
「悪いな郷介、続きは戻ってきてからだ。その時お前の近況も聞かせてくれ」
「そうか……。これから何処へ?」
「白谷雲水峡だ。お前もこれから?」
「ああ。大川の滝だっけ?そこへこいつを連れて行ってくるつもりだ」
みちろうが満面の笑顔で「たきだぞ。うらやましいだろ!」と言った。そんなみちろうの頭をキタローが優しく撫でる。
郷介のレンタカーを見送った後、予め手配しておいた猛士の車輌に乗り込んだキタロー達も、目的地へと向かって車を走らせる。その車中、運転するキタローにヘッドホンの青年が尋ねた。
「キタローの由来、教えてもらえます?」
「お恥ずかしい。昔の俺は髪を切りに行くのを面倒臭がって伸ばしていたんです。それで、前髪が左目にかかるぐらいの長さで暫く過ごしていたらいつの間にか……」
「ああ」
他愛もない理由である。
「じゃあ今から俺もキタローって呼ばせてもらいます」
「うえっ、勘弁して下さいよ」
そのまま青年は黙り込んでしまった。ヘッドホンから流れてくる曲に耳を澄ませている。出発前、ドライブに最適な曲が連続で流れてくるよう設定しておいたのだ。今はサザンオールスターズの「希望の轍」が流れている。
車は緩やかなカーブを曲がって、白谷雲水峡へと向かっていった。
284終わらない旅路 屋久島初日:2009/07/13(月) 21:48:48 ID:hnlcdYa90
郷介の目の前には、「日本の滝100選 大川の滝」と刻まれた石の看板が置かれてある。その右手方向には、派手な音を立てながら岩肌を流れ落ちる滝の姿があった。
看板に嵌め込まれたプレートの解説文に目を通していた郷介を、みちろうが手を振りながら大声で呼ぶ。
「とーちゃーん!」
「おう」と返事をして、みちろうの傍へと歩いていく郷介。観光シーズンから外れているためか、観光客は一人も居ない。……否、居た。一組の男女が、滝の傍で水の音に負けないぐらい大きな声で会話している。
郷介は、話している少年の顔に見覚えがあった。職業柄、人の顔は忘れないようにしている。あれは確か――そう、あの時船でヒビキと名乗った男性の傍に立っていた子だ。
まあ、お互い屋久島行きの船に乗っていたのだから何ら不思議はない。ヒビキも「狭い島です。場合によってはまた何処かで会えるかもしれませんね」と言っていた事だし。
少年と連れの女性が、滝の前から離れてこちらに向かい歩いてきた。帰るのだろうかと郷介は思ったが、耳に飛び込んできた会話内容は、次は何処に行くのかというものだった。
郷介は腕時計を確認した。確かに、まだ時間はある。滝の前で「でっけえ〜」と声を上げているみちろうを見て、他にも何処かへ連れて行ってやろうかと考える。
「みちろう」
「おー、とーちゃん!たきはすごいなー!」
「この後、何処へ行きたい?」
そう尋ねられたみちろうは、少し考え込むと。
「やま!」
満面の笑みでそう答えた。
「ええっ、もう山か!?」
縄文杉を見に行くのは時間的に不可能だ。何より、登るには前日に申請をする必要がある。だが白谷雲水峡なら……。それに、今行けばキタロー達にも会えるかもしれない。
「……行くか、雲水峡」
「さすがはとーちゃん!」
「そうと決まれば早速車に戻るぞ!」
「おー!」
「と、その前に写真だ」
資料用にデジカメで滝を何枚か撮影し、次いで滝をバックに微笑むみちろうの写真を撮る。
「じゃあ行くか!」
父子は、意気揚々と白谷雲水峡へ向けて出発していった。
285終わらない旅路 屋久島初日:2009/07/13(月) 21:54:36 ID:hnlcdYa90
助手席に座るヘッドホンの青年が、小刻みにリズムを取り出した。どうやら聴いている曲がテンションの上がる系統のものに変わったらしい。事実、この時曲はラルクの「Heaven's Drive」に切り替わっていた。
キタローが彼のサポーターを務めるようになったのはほんの数年前からだが、彼はいつも肌身離さずヘッドホンとプレーヤーを持ち歩いていた。そしていつも何かの曲を聴いているのだ。
古くから支部に居る者は、「ああやっていつも自分を鼓舞しているんだ」と不思議がるキタローに教えてくれた。「音楽の力を借りなければ戦えない未熟者」と彼自身そう口にした事もある。
と、前方を歩いている赤いレインジャケットの男性を目にした途端、「ストップ!」と叫ぶや否や青年は横からブレーキを踏みつけた。これには運転していたキタローも堪らず声を荒らげる。
「何をするんです!」
だが青年はそのまま車から降りると、赤いレインジャケットの男性の前まで進んでいき、ヘッドホンを外して深々と頭を下げた。
「関東支部のヒビキさんですよね。俺――否、僕は九州支部のフブキと言います」
突然やって来て自己紹介を始めた青年に面食らいながらも、赤いレインジャケットの男性――ヒビキは。
「おー、『特例』の!」
車を脇に停めて、キタローが降りてきた。
「フブキさん、この方は?」
「関東のヒビキさん」
そう青年――フブキが答えた。
286終わらない旅路 屋久島初日:2009/07/13(月) 22:00:14 ID:hnlcdYa90
フブキ(風舞鬼)。彼の師匠は、混沌期に九州で活躍したブキ(舞鬼)と言う名の鬼だ。戦いの中で視力の殆どを失ったブキは弟子を取る事もなく引退し、その後は総本部でトレーナーとして第二の人生を歩んでいた。
視力を失いながらも戦いを続けていた彼が引退に踏み切った理由は、北陸支部に居る兄弟子が既に何年も前に戦死していた(しかも組織の裏切り者として)と言う事実を知ってしまったためだと言われているが、定かではない。
そこで彼は、当時まだ十代だった藤井文弥と出会った。
文弥の天性の才に気付いたブキは、自身の持つ技術の全てを彼に教え込んだ。そして免許皆伝の日、師匠は弟子に「フブキ」の名を与えたのだった。
知っての通り「フブキ」と言うコードネームは、代々文室家の人間が継承してきた由緒正しい名だ。本来ならば一般の鬼は名乗る事が出来ない。
しかし現総本部長の和泉一文字は、現役時代にブキと交流があり、彼に感謝の念を抱いていた。駄目元で頼み込んだブキに、一文字は(違う漢字を当てると言うブキの申し出もあって)特例として快諾したのだった。
これは、本来光巌寺家の人間しか名乗れない「コウキ」の名を、やはり字は異なるが名乗っていた人物が嘗て存在していた事も大きい。今でこそ知る者は少なくなったが、現開発局長の小暮耕之助その人である。
その名の通りフブキは、風を自らの属性としている。それに対し師匠のブキは水属性だ。だがこれは別におかしな事ではない。
鬼の属性や変身後の姿は、変身者の闘争本能が具現化したものだと言われている。弟子が師匠の姿に似るのは、いつも傍らで師匠が戦う姿を見ていた事が大きい。しかし、既に引退していたブキとなると話は別だ。結果、文弥は独自の属性と姿を手に入れたのである。
さて、そんなフブキだが、何故目の前に全国の太鼓使いにとって憧れの的であるヒビキが立っているのか理解出来ずにいた。それを察し、音撃棒の修繕のためだとヒビキが告げる。
287終わらない旅路 屋久島初日:2009/07/13(月) 22:05:42 ID:hnlcdYa90
「修繕?」
「ああ。ちょっとオオニュウドウとの戦いで壊しちゃってさ」
折れた音撃棒を修繕するために、わざわざ屋久島まで来たのだと言う。しかし霊木ならば関東にだってある。わざわざここまでやって来る理由が分からない。
正直にそう告げると、ヒビキは「ここの杉を使うのが最もしっくりくるから」と答えた。だがそれでも納得のいかない顔をしているフブキに、ヒビキは「まあいいか」と本当の事を話した。
「俺の本名は日高仁志と言います」
「日高?」
「ここは俺のルーツなんだ」
そう言われてフブキは漸く気が付いた。日高と言う姓は、日本では北海道の日高地方、そしてここ屋久島に多く分布していると言う事を。
「そうだったのか……」
西洋のヴァンパイアは、生まれ故郷の土を棺桶に敷き詰めて眠らないと力を維持出来ないと言われている。そういった伝承からも分かる通り、出身地のものと言うのはかなり重要な要素なのだ。
だからヒビキは遥々屋久島まで来たのだろう。彼自身の本籍は群馬にある。だが何代か前の先祖までは、ここ屋久島の地で暮らしていたのだ。この地は日高家にとっての故郷なのだ。
納得した様子のフブキを見て、ヒビキはにこりと笑った。
「ではこれから?」
「そう。ところで君達が居ると言う事は……」
「お察しの通りです」
ここ屋久島には、蛇に纏わる伝承が存在する。年間を通して湿度の高い屋久島の地には、基本的に蛇種の魔化魍のみが極稀に発生し、他は精々沖合いに水棲魔化魍が出る事があるくらいだ。
「そうか。俺も念のためディスクアニマルを飛ばしておくか……。じゃあお互い気を付けて!」
シュッ、といつもの決めポーズをしてヒビキが言う。それに対しフブキも自身の決めポーズで応えた。
288終わらない旅路 屋久島初日:2009/07/13(月) 22:11:31 ID:hnlcdYa90
山道を黙々と歩く郷介の顔は、疲労に塗れていた。一方、先頭を行くみちろうは大声で歌なんか歌っている。子どもと大人の違い、年齢差を実感する郷介。
白谷雲水峡は、縄文杉へと至る山道に比べると遥かに易しい。だが注意してもらいたいのは、あくまでも「縄文杉へと至る山道に比べると」易しいと言うだけである。さつき吊橋を越えた辺りから本格的な山道となり、慣れない登山に郷介は早速足を痛めてしまった。
「もう少しゆっくり行こう……」
「なんだ、とーちゃんはだらしないな!」
元気の塊のようなみちろうにとっては、こんな山道など屁でもないようだ。変わらぬペースで歩き続けている。
くぐり杉を抜け、休憩地点である白谷小屋へと辿り着いた郷介は、みちろうに休憩を提案した。渋々みちろうが承諾する。
小屋には先客が居た。
「郷介!」
フブキとキタローの二人だ。両者とも何やら地図を広げて熱心に眺めている。その傍らには、大きな収納ケースが置かれてあった。
「滝に行ったんじゃなかったのか!?」
「時間があったから、この子にせがまれて登ってきたんだ」
それを聞いて、キタロー達は何やらひそひそと話し始めた。フブキが「予想地点はもう少し先だし、大丈夫でしょう」とキタローに言う。
「これからどうするんだ?」
キタローの問い掛けに、「もののけ姫の森まで行くつもりだ」と郷介は答えた。ジブリ映画「もののけ姫」のロケハンが行われた、白谷雲水峡の目玉である。
「では、これから一緒にもののけ姫の森まで行きませんか?」
そう告げるとフブキは遅ればせながら自己紹介を行った。改めて郷介も名前と職業を告げる。
「作家……」
少しだけ嫌そうな顔をするフブキ。そんな彼に対し、キタローが「大丈夫、信用出来る奴です」と耳打ちした。
289終わらない旅路 屋久島初日:2009/07/13(月) 22:17:11 ID:hnlcdYa90
休憩を終えた一向は、残りの900メートルを踏破し、目的地であるもののけ姫の森へと辿り着いた。
そこは、林立する木々や岩場が地床植物にびっしりと覆われ、緑一色に染まった地だった。靄がかっており、それがより一層神秘的な感じを醸し出している。幽玄と言う単語は、まさにこのような状況を指すのだろう。
「観光シーズンだとここ、足の踏み場もないくらい人が集まるんだぜ」
そうキタローが郷介に説明する。
「すげー!」
目を見開いてみちろうが叫んだ。「リアクションの楽しい子ですね」とフブキが言う。ただ、森が荒らされるのを防ぐため柵が設置されており、近付けない事が不満のようだった。
「とーちゃん!」
「無理だ。そこで我慢しろ」
デジカメを構えながら郷介が言う。
と、そこへ一羽の茜鷹が飛来した。フブキはディスク形態に戻ったそれを素早く回収し、手にした変身音叉にセットする。途端に彼の表情が険しくなった。
「近いです」
その一言に、キタローの顔色が変わる。慌ててここから離れるよう郷介達を促すも、逆に理由を尋ねられてしまう。キタローが口篭っている間、フブキはヘッドホンとプレーヤーをリュックサックの中に入れると、音叉を展開した。
彼には風の動きが読めた。今、魔化魍と育ての親が何処に居るのかが手に取るように分かる。現場に向かってから変身したのでは遅いと判断したフブキは、キタローに向かって尋ねた。
「その人、本当に信用出来るんですね?」
「大丈夫です!」
それを確認するや、フブキが音叉を鳴らして額に掲げた。彼の周囲を風が吹き荒れる。
「何だ!?」
面食らう郷介とみちろうの前で、フブキは風を払いのけると、そのまま森の奥へと駆けていってしまった。郷介の目に一瞬だけ映ったその姿は、人ならざる異形の者。
「おい、あれは一体何だ!お前は今、何をやっているんだ!?」
「落ち着け。順を追って話すよ」
キタローは、郷介に猛士と魔化魍についてぽつぽつと話し始めた。
290終わらない旅路 屋久島初日:2009/07/13(月) 22:22:42 ID:hnlcdYa90
突然目の前に飛び出してきた風舞鬼に、間髪入れず鬼爪を突き刺された童子は、怪人態へと変わる暇も無く爆ぜて土へと還った。
少し離れた位置に立っていた姫が、全身を鱗に覆われた妖姫の姿へと変化する。
その姿を見て、風舞鬼は支部の「金」が立てた予想が外れたのを知った。予想では今回屋久島に発生した種は、ヌレオンナかウワバミだろうとされていたのだが、今目の前に立っている妖姫はそのどちらの妖姫とも微妙に異なっていたのだ。
(他に蛇の魔化魍と言うと……)
昔見た資料の内容を必死で思い出そうとする。そんな風舞鬼に向かって、妖姫が襲い掛かってきた。手刀の一撃を両手でしっかりと受け止めると、風舞鬼は妖姫を引き寄せて膝蹴りを叩き込んだ。
妖姫が口から毒霧を吹き出した。顔面に直撃を受け、視界を奪われるもその手を離そうとはしない。
「はっ!」
掛け声と共に妖姫を投げ飛ばした。起き上がってきたところに、師匠譲りの流れるような動きで連続回し蹴りを叩き込んでいく。完全に相手が戦意を失った事を確認すると、風舞鬼は鬼闘術・旋風刃を顔面へと叩き込んだ。爆発。
戦闘スタイルは師匠であるブキのものを継承しているが、風の技は他のトレーナーや同期の鬼、支部の先輩達から習っている。結果、多種多様な技を身につけているのが風舞鬼の強みだ。
一息吐く間も無く、風舞鬼は魔化魍を求めて更に原生林の奥へと踏み込んでいった。
291終わらない旅路 屋久島初日:2009/07/13(月) 22:29:03 ID:hnlcdYa90
黒く細長い物体が大きな屋久杉の根元で蠢いていた。魔化魍だ。やはり風舞鬼が見た事のない種類のものだった。イレギュラーか稀種かは分からないが、用心するに越した事は無い。
蛇が鎌首をもたげてこちらを睨み付けてきた。否、頭部をこちらへ向けたと言う方が正しいか。その魔化魍は無貌――顔が無かったのだ。
刹那、弾かれたかのように魔化魍が飛び掛かってきた。広い場所へ誘き出そうと、追いつかれないよう道なき道を風舞鬼が駆け抜けていく。
跳躍し、木々の枝から枝へと飛び移っていく風舞鬼。魔化魍は尚もしつこく追いかけてくる。
開けた場所へと出た。そこは、太鼓岩と呼ばれる標高1050メートル地点にある展望スポットだ。晴れの日には宮之浦岳を一望出来る。そんなに広い場所ではなく、人が十人も居れば身動き出来なくなるだろう。絶壁だが、当然柵なんかは無い。
絶壁のぎりぎりの位置に背を向けて立ち、追ってくる魔化魍を迎え撃つべく音撃棒を両の手に握り構える。強風が吹き、装備帯に付けてあるディスクアニマルと変身音叉を激しく揺らした。
来た。太鼓岩へと至る唯一の道から、真っ黒な蛇体が。間髪入れず跳躍する風舞鬼。風舞鬼は空中で両腕を横に大きく広げると、体を独楽のように回転させた。まるで全身に風を纏うかのように。
突撃を避けられ、魔化魍の全身の三分の一が足場から宙へと飛び出した。そんな相手の背に着地し、音撃鼓を貼り付ける。そして必殺の音撃打・行雲流水をお見舞いした。
その瞬間、魔化魍の全身が弾けた。清めの音によって爆発四散した訳ではない。行雲流水の型は、たった一撃で仕留められるような技ではない。となると答えは一つ、魔化魍が自らの意思で体を分裂させた事になる。
よく見ると、弾け飛んだ魔化魍の体が小さな蛇となって岩場を這いずり、絶壁の下へと下りていくではないか。
(何だ、この魔化魍は……?)
風舞鬼は、ただ呆然とそれを見送る事しか出来なかった。
292終わらない旅路 屋久島初日:2009/07/13(月) 22:35:37 ID:hnlcdYa90
白谷雲水峡から下山し、民宿へと戻った四人は、夕食を終えると近くの温泉まで出掛けていった。この頃には、郷介も彼等が何者であるかを知るようになっていた。
温泉からの帰り、昼間の疲れからみちろうが眠ってしまったのを確認すると、フブキが郷介に言った。
「我々の事、書きたければ書いてもいいですよ」
「本当かい?丁度ネタに困っていたところなんだ」
「どうせ読者はフィクションだと思うでしょうから。但し、一生猛士の人間から監視され続ける事になるでしょうけど……」
それは嫌だなと郷介。結局書くなと言っているのに等しい。
「明日はどうするんだ?」
キタローが郷介に尋ねた。
「やっぱり縄文杉に行くのか?」
その問いに対し、それは明後日にするよと郷介が答える。
「じゃあ我々も明日中に決着を付けるから、一緒に登りましょう」
「え、倒したらすぐ戻ってこいと言われているのでは?」
「細かい事は気にしない」
そうキタローに言うと、フブキはまたヘッドホンから流れる曲に集中し始めた。
民宿に戻った後、フブキは今日遭遇した魔化魍についての情報を集めるため、九州支部へと電話を掛けた。それを終えて自室に戻ると、既にキタローは部屋の電気を消して就寝していた。
屋久島の夜は、暗い。電気を消せばそこは真の闇に包まれる。ここまで暗いと逆に安心感に包まれる――そうフブキは思う。
その頃、隣室の郷介は。
「酒、買い忘れた……」
屋久島にもコンビニはあるのだが、夜十時には閉まってしまう。一杯飲んでから寝ようと思っていただけに、これはショックだった。その横ではみちろうがすやすやと眠っている。
こうして屋久島一日目の夜は更けていった。

続く
293高鬼SS作者 ◆95dGpeQUnh38 :2009/07/13(月) 22:40:08 ID:hnlcdYa90
>>289の「休憩を終えた一向は」は「休憩を終えた一行は」の間違いですね。お詫びして訂正します。
意外と書き終えて読み直している間は気付かないもんでして。で、投下して初めて違和感に気付くと。
294名無しより愛をこめて:2009/07/14(火) 23:14:20 ID:BIluIVB60
投下乙です。

言われてみれば、今回登場した鬼の名前を弾鬼SSで見たような気がします。
全国の鬼のシフトを事務局長(おやっさん)が一括して組んでいるという設定で、
九州支部のシフト表の中で見た名前だったと思います。

「いや、おやっさんそこは各支部長に一任すべきでは…」とか思ったっけ…。
295終わらない旅路 屋久島二日目:2009/07/20(月) 22:55:24 ID:H5Y3mh/g0
翌日、フブキとキタローは日が昇る前から行動を開始した。
「今日は少し範囲を広げて捜索してみましょう」
曲を聴きながらフブキが告げる。
と言う事は島の南側ですか――とキタロー。
「ところで昨日の魔化魍、何だったか分かったんですか?」
「トウビョウの可能性が高いようです」
トウビョウ(当廟)とは、主に中四国の伝承で語られる憑き物だ。呪術者に使役される事もあるらしく、その際は相手の家を没落させる恐ろしい存在となる。
「『スイミー』と言う絵本を御存知ですか?」
「それぐらい知っていますよ。小さい頃に読みました」
なら話は早いとフブキが説明を続ける。
「あれ、スイミーが中心となって無数の小魚が集まり、大きな魚の振りをして敵を追っ払ったでしょう?」
本作の肝となるシーンである。
「それと同じで、トウビョウは無数の小さな蛇が集まった魔化魍なんだそうです」
複数体で一つと言う魔化魍は、他にもモクモクレンが該当する。別段珍しい訳ではない。
「そんなのどうやって倒すんです?」
「蛇の群れが絡み合って一つになっているときに、太鼓で清めるしか方法はありません」
「成る程……」
管や弦だと、弾や刃が当たった瞬間ばらばらになってしまうだろう。その点、表面に貼り付ける太鼓ならば退治も可能だ。しかし。
「何とかして動きを止めないといけませんがね……」
普通にやっても、昨日のように一撃を叩き込んだ瞬間、ばらばらになって逃げられてしまうだろう。
「何か策はあるんですか?」
キタローのその問いに対し、フブキは何も答えなかった。ヘッドホンからは、眠気を覚まし気合を入れる熱い曲が流れ続けていた。
296終わらない旅路 屋久島二日目:2009/07/20(月) 22:59:12 ID:H5Y3mh/g0
霧島屋久国立公園、淀川登山口。昨日の白谷雲水峡とは宮之浦岳を隔てて丁度反対側に当たる。縄文杉へと至る登山口の一つだ。
この日、宿で朝食を終えた郷介とみちろうは、一通り島内を観光して回った後、お昼前にここ淀川登山口を訪れていた。
「のぼるんだな!?」
「縄文杉か?それは明日」
みちろうの問いに郷介が苦笑しながら否定する。縄文杉へは明日の夜明け前、荒川登山口から登る予定だ。
駐車場にレンタカーを停める。と、近くに見覚えのある車が停まっているのが見えた。キタロー達の車だ。
(この車がここにあると言う事は……)
彼等が教えてくれた、人智を越えた怪物――魔化魍の事を思い出す。
(出るのか?)
ここと白谷雲水峡は繋がっている。昨日彼等が逃がした魔化魍が出てきたとしてもおかしくはない。
「なあ、やっぱり……」
「よしとーちゃん、いくぞ!」
そう言うとみちろうはさっさと登山口へ向けて駆け出していった。
297終わらない旅路 屋久島二日目:2009/07/20(月) 23:05:26 ID:H5Y3mh/g0
山道を黙々と登っていく郷介。先頭を行くみちろうは、元気良く歌を歌っている。場所が違うだけで昨日と全く同じ構図だった。
「みちろう。今日はこれぐらいにして下山しよう」
「なんだ、とーちゃんはだらしないな」
昨日、変身したフブキの姿をみちろうは見ていない。だからキタローからの説明は郷介しか聞いていない。わざわざ教えて怖がらせる必要も無いだろうとの判断だ。それ故に「化け物が出るから」とは説明し難かった。
と、彼等の左手の方にある原生林の奥から何やら音が聞こえてきた。大きなものが地面を這いながらこちらへと近付いてくる、そんな音だ。前を行くみちろうに声を掛け、郷介が歩みを止める。
次の瞬間、父子の目の前に全身真っ黒な大蛇が飛び出してきた。その背には太鼓の撥を手にした異形の戦士がしがみついている。
目を点にしたまま固まってしまった二人の眼前を横切り、蛇は再び原生林の奥へと消えていってしまった。
あれは確かに風舞鬼だった。となるとあの蛇が魔化魍か――そんな事を考えていると。
「うお〜〜〜!すっげ〜〜〜!!!!」
そう叫ぶや否やみちろうは魔化魍の後を追いかけて走っていってしまった。
「うわ〜〜〜!」
絶叫し、慌ててみちろうの後を郷介が追う。登山道から外れているため、当然ながら道など整備されていない。何度も転びそうになりながら後を追っていく郷介。
298終わらない旅路 屋久島二日目:2009/07/20(月) 23:13:04 ID:H5Y3mh/g0
開けた場所に出た。目の前ではみちろうが呆然と突っ立っている。みちろうの傍まで行き、漸く郷介は今の状況を理解した。
鎌首をもたげる大蛇の魔化魍――トウビョウの攻撃を、風舞鬼は舞うような動きで躱し続けていた。昔仕事で見に行った日本舞踊がこんな感じだったなと郷介は思った。
風舞鬼が鬼法術・高気圧を放ち、トウビョウの巨体を宙へと打ち上げた。風圧を受け、魔化魍の体を構成していた蛇の群れが押し固められる。
次いで風舞鬼は自らの体を打ち上げ、空高くへと昇って行った。地上から見上げる郷介とみちろうの目に、風舞鬼と魔化魍の姿が小さな点として映るようになった瞬間、音が響いた。太鼓を打ち鳴らす音だ。遠く空の彼方から一定のリズムで響いてくる。
暫くすると音は聞こえなくなった。首が痛くなるのも構わず、空を見上げ続ける。
風舞鬼が下りてきた。風を使って落下速度を相殺し、無事着地する。どうやら戦いに集中していて郷介達に目撃されている事には気付いていなかったらしく、二人の視線に気付くと。
「あ〜」
困ったように頭を掻く風舞鬼に向かってみちろうが。
「すっげー!!!!」
風舞鬼の傍に駆け寄ると、その体をばしばし叩きながら楽しそうに言う。
「なんだこりゃ〜!あはははは!」
「こら、止めなさい。困っているじゃないか……」
郷介が注意したその時、少し離れた位置から再び太鼓の音が響いてきた。その方角に顔を向ける風舞鬼。確か向こうには入り江があった筈……。
「ここで待っていて下さい」
そう告げると、風舞鬼は文字通り風の速さで駆け出して行った。
299終わらない旅路 屋久島二日目:2009/07/20(月) 23:19:51 ID:H5Y3mh/g0
「へーっくしゅ!」
入り江を見下ろす崖の上までやって来た風舞鬼は、顔の変身を解除したヒビキが派手にくしゃみをしている姿を目撃した。その近くには中学生ぐらいの少年が一人立っている。
ヒビキが変身して戦っていた。これが何を意味するのか、風舞鬼は瞬時に理解した。
――魔化魍は他にも居た。
有り得ない事である。だがわざわざ未塗装の音撃棒を持ち出してまでヒビキが戦っていたのも事実だ。
ヒビキは少年と連れ立って、その場から立ち去ってしまった。その後ろ姿を見送った後、風舞鬼は顔の変身を解除すると郷介達の下へと戻っていった。
戻ってきたフブキの姿を見て、みちろうが指を差しながら叫ぶ。
「あっ、にーちゃんだったのか!」
その頭を軽く叩く郷介。フブキは彼等の傍まで来ると「行きましょう」と促した。
「郷介!?」
フブキの帰りを待っていたキタローは、彼と一緒に郷介達が歩いてくるのを見て、目を丸くして驚いた。
「着替えを」
「あ、はい」
新しい着替えをフブキに渡すと、キタローは郷介の傍まで近付き、何やってるんだと語気を荒げながら言った。
「いや、狭い島だし……なあ」
「せまいしまだしな!」
「……その子も見てしまったのか?」
「見た」
「すごいへびだったぞ!」
キタローは暫し頭を抱え込むと、おもむろに眼鏡を外して拭きながら「よく無事だったな」と言った。とりあえずフブキが戻ってくるまでに事情を説明しておく郷介。
「話を聞く限りじゃ不可抗力っぽいが……う〜む」
そこへ着替えを終えたフブキがやって来た。相変わらずヘッドホンを耳に掛けて何かの曲を聴いている。
「ちょっと良いですか?」
これから人に会いに行くと告げるフブキに対し、キタローは小首を傾げるのだった。
300終わらない旅路 屋久島二日目:2009/07/20(月) 23:23:44 ID:H5Y3mh/g0
雨が降り出した。明日夢少年と別れ、一人バス停へと向かっていたヒビキはフードを被ると足早に歩き出した。その傍に一台の車が近付いてくる。
「送りますよ」
助手席の窓を開けてフブキがそう告げた。
後部座席にヒビキを乗せて、車は雨の中を駆けていった。宿泊先まで送ると言ったところ、そのまま港まで頼むと言われてしまった。
「慌しい旅ですね」
「遊びに来た訳じゃあないですから」
車中を沈黙が包んだ。聞こえてくるのは、車に当たる雨音とヘッドホンから漏れる音ぐらい。
「いつ来ても良い所だ……」
「またいつでも来て下さい」
感慨深げに呟くヒビキに向けて、フブキがそう告げた。と、ヘッドホンを外しながらフブキが一言。
「……折角の機会ですから、一つ質問しても構いませんか?」
「うん?」
フブキにそう尋ねられたヒビキは、「俺に答えられる事なら」と言った。
301終わらない旅路 屋久島二日目:2009/07/20(月) 23:32:41 ID:H5Y3mh/g0
「どうしてヒビキさんはそんなに強いんです?」
「それはまた何とも答え難い質問だな」
苦笑しながらヒビキが言う。
「前々から気になっていたんです。ただ鍛錬を積むだけで人はそこまで強くなれるのか、と」
「う〜ん」と唸るとヒビキはそのまま考え込んでしまった。だが暫くすると顔を上げて。
「強いて言うならば、帰る場所があるからかなぁ」
「帰る場所?」
「暖かい場所に心優しい人達……。帰る場所があるから、そこで待っていてくれる人達を悲しませたくないから、それで必死になって戦っていた結果強くなったってところかなぁ」
フブキに質問されて思考を巡らせたヒビキの脳裏に、真っ先に浮かび上がったのが「甘味処たちばな」であり、立花勢地郎とその二人の娘、そして滝澤みどりの姿であった。今の彼にとっての帰る場所であり、大切な人達だ。
彼等の存在は無くてはならない、そうヒビキは思っているし、きっと関東支部の他の者達だって同じ考えだろうと思う。身近な心優しい人達を守れなくて、他者を救える筈がない。……本人の前では絶対に言えない事だなとヒビキは胸中で苦笑した。
こんな答えじゃ駄目かなとヒビキは尋ねた。それに対しフブキが静かに首を横に振る。
確かに、それはフブキが期待していたような答えではなかった。だがこのような事を平然と言える、その姿勢にヒビキの強さを垣間見たような気がした。
「もう間もなく到着しますよ」
運転しているキタローがそう告げた。フブキは再びヘッドホンを耳に掛けた。
302終わらない旅路 屋久島二日目:2009/07/20(月) 23:37:26 ID:H5Y3mh/g0
「美味しい!」
フブキとキタローが待ち合わせ場所の観光センターを訪れた時、郷介とみちろうは建物の二階にあるレストランで、少し遅めの昼食として屋久島の名物を使った料理に舌鼓を打っていた。
向かいの席に腰掛け、水を持ってきた店の人に注文をする。
「これ美味いな」
郷介が美味いと言っているのは、名産品であるトビウオの丼だった。熱々のご飯の上にトビウオの刺身が乗っているところまでは海鮮丼と変わらないのだが、醤油の代わりに卵の白身とたれが掛かっていた。
「刺身に卵……これ程までに合うとは……」
感心する郷介の隣で、みちろうは丼を一心不乱に食べている。
「グルメライターにでも転身するか?」
笑いながらそう言うキタローに対し、「金に困った時はそういうのもやってるよ」と真顔で郷介が答える。
暫く待った後、キタローの前にも父子と同じトビウオ丼が置かれたが、フブキにはヤクシカの肉を使った料理が届けられた。物欲しそうに眺めるみちろうに、肉を一切れ分けてやる。満足そうに頬張るみちろう。
「食べ終わったら下で土産物を買いたいんだけど、何かお勧めはないかな?」
「屋久杉耳かきがお勧めです」
郷介の質問にフブキが即答した。そうこうしているうちに、たんかんジュースがみちろうの前に届けられる。たんかんとは、日本では奄美大島と屋久島、沖縄でしか収穫されないオレンジの品種だ。
「そのたんかんもお勧めだぞ。箱で勝って宅配してもらうと良い。東京でも買えない事は無いが、物凄く高価だ」
ジュースの入ったグラスを指差しながら、キタローが言う。
その後、郷介にはグアバ、キタローとフブキにはパッションフルーツのジュースが届いた。それを飲みながらフブキが告げる。
「では明日は約束通り、四人で縄文杉を見に行きましょう」
「本当に良いんですか?」
心配そうに尋ねるキタローに対し、フブキが小声で答えた。
「……ちょっと調べたい事もありますし、ね」
支部への連絡はお任せします、そう告げるとフブキはジュースを美味そうに飲み干した。

続く
303名無しより愛をこめて:2009/07/21(火) 23:53:34 ID:EJaTWXlb0
テレビ本編の映像だけでは認識できなかった地名や物産が書かれていると、
実際に現地に行った人ならではの内容なんだろうな、と思います。投下乙
304名無しより愛をこめて:2009/07/24(金) 19:16:13 ID:5z/QH98h0
漏れら極悪非道のageブラザーズ!
今日もネタもないのにageてやるからな!
 ̄ ̄∨ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
  ∧_∧   ∧_∧    age
 (・∀・∩)(∩・∀・)    age
 (つ  丿 (   ⊂) age
  ( ヽノ   ヽ/  )   age
  し(_)   (_)J
305名無しより愛をこめて:2009/07/24(金) 19:31:59 ID:MHkJKRHB0
実質、蕎麦屋で飲む酒もうまいが別に蕎麦屋でなくてもいい。
俺は雰囲気に酔うタイプかも知らんが、
老舗という背景で、通人・粋人を気取り、時代遅れの変人(脳内では時代に流されない芯の通った男と変換されている)と目されてるんだという気分も好きだから、職場の近くの神田の2軒の蕎麦屋に週5位では通ってる。
酒は弱い方だが蕎麦屋に長居するのも野暮というから丁度良い。
飲み会断るのも一人で蕎麦屋で飲むのが好きなんだよ、と言えば変わり者と思われても弱いとは思われない。
306名無しより愛をこめて:2009/07/24(金) 22:05:04 ID:3vZEbC990
響鬼が戦国BASARAの世界に迷い込んだら・・・
とか妄想しちゃダメ?
307名無しより愛をこめて:2009/07/28(火) 12:00:58 ID:QEVQ0fAHO
マカモーいねぇじゃん
308名無しより愛をこめて:2009/07/28(火) 13:28:11 ID:pYWkI43v0
横レスで申し訳ないがSSしている人へ
もう少し文章は短く端的に。
描写は短めに書いたほうがいい。
309名無しより愛をこめて:2009/08/01(土) 22:05:09 ID:fWErb+ki0
ゲゲゲの鬼太郎の世界に響鬼が・・・とかはどうだろう
310終わらない旅路 屋久島最終日:2009/08/02(日) 01:57:04 ID:kSoOxzJg0
午前四時過ぎ。真っ暗な冬の日の夜明け前、予定通り一行は宿を出発した。途中、予約していた弁当屋に立ち寄り、人数分の弁当を受け取る。登山前に食べる朝食と、山で食べる昼食だ。
車を運転しているのはキタロー、助手席にはフブキ、後部座席には郷介とみちろう父子。みちろうは郷介の膝枕で眠っている。
「ここ、観光シーズンになると渋滞で全く進めなくなるんだぞ」
カーブだらけの下り坂を、ヘッドライトの明かりだけを頼りにハンドルを切りながらキタローが告げた。
「渋滞!?」
信号が数えるほどしかないここ屋久島で渋滞――郷介には俄かに想像出来ない光景であった。
荒川登山口。早めに出た甲斐もあって、無事駐車スペースの確保に成功した。周囲には幾つかの乗用車や観光バスが停まっている。
「ほら、起きろ」
郷介がみちろうを揺さ振り起こす。
車中で朝食を食べ、最低限の荷物を詰め込んだリュックサックを各人用意し。
「夜明けと同時に出発しましょう」
フブキの提案に従い暫く車内で待つうちに、漸く辺りが明るくなり始めた。いの一番にみちろうが飛び出していく。次いで大人達も車外へと出て行った。冬とは言え亜熱帯、そんなに寒いとは感じなかった。
「行きましょう」
フブキに先導されて、一行はトロッコ道を歩いていった。
311終わらない旅路 屋久島最終日:2009/08/02(日) 02:02:25 ID:kSoOxzJg0
小杉谷集落跡で小休止を取った時には、時刻は午前七時をとっくに回っていた。僅かにいる観光客の中には、ここで朝食を取る者もいた。
嘗て屋久島で伐採が盛んに行われていた頃に出来た村落だ。住人が居なくなって三十五年が経過したこの地では、学校跡に人が暮らしていた名残が僅かに残るだけで、他は全て緑に埋もれてしまっている。
諸行無常を感じながらデジカメのシャッターを切る郷介に、キタローが告げた。
「そろそろ行こう。ちなみにここまでで全体の三分の一程度だ」
「いいっ!?」
「お前達父子の足に合わせているから……縄文杉に着くのはどんなに早くても昼過ぎだな」
小雨が振り出した。合羽を羽織い、再び歩き出す。
ここから先は延々とトロッコのレールに沿って歩いていく事となる。全体の行程の実に11分の8がこのように平坦なトロッコ道なのだ。初めは歌なんか歌っていたみちろうも、三、四十分も歩く頃には代わり映えのない道程に半ば元気を失いかけていた。
「おぶってやろうか?」
「……いい」
同じく足に疲労の溜まってきている郷介を気遣ってか、みちろうがそう答える。
一方、先頭を歩くフブキは相変わらず何かの曲をヘッドホンで聴いていた。何を聴いているのかキタローが尋ねる。無言でヘッドホンを外し、キタローに差し出すフブキ。それを早速耳に当ててみると……。

せ〜んろは つづく〜よ ど〜こま〜で〜も〜♪

「ぴったりでしょう?」
どうやらフブキは、この曲がエンドレスで流れるように設定してあるらしい。
「気、滅入りませんか?」
「何で?」
と、トロッコ道の脇に何やら動くものが見えた。ヤクシカだ。鹿の姿を一目見るなり、みちろうが元気を取り戻す。
「しかだ!」
郷介に写真を撮るよう促すが、鹿は大声に驚いて逃げていってしまった。落ち込むみちろうにフブキが「ここから先、何処にでもいますよ」と告げる。
みちろうの表情が輝いた。
312終わらない旅路 屋久島最終日:2009/08/02(日) 02:08:46 ID:kSoOxzJg0
途中休憩を何度か挟んだものの、それなりのペースで一行は大株歩道へとやって来た。ここでトロッコ道は終わり、整備の行き届いていない険しい山道を登っていく事となる。
頂上まではトイレも無いため、トロッコ道の終点にある休憩場で用を済まし、改めて山道に挑んでいく。
道の至る所には雪が積もっていた。南国とは言え、標高1000メートル級の山だ。
「足下に気をつけて」
そう言うフブキはさくさくと岩場を乗り越えていく。悪路など全く問題ではない。へっぴり腰の郷介とは大違いだ。常に鍛えている鬼と一般人との差が如実に表れてしまった。
「大丈夫かい?」
「おう!」
みちろうに手を貸すキタロー。彼もまた、サポーターとして修羅場を潜っているためか軽やかな身のこなしで山を登っていく。
岩と岩の間の狭い隙間を抜け、木の根に足を取られながら歩く事数十分、道中で翁杉を見物しながら一行はウィルソン株(安土桃山時代に島津氏が豊臣家へと献上するべく伐った杉の切り株)へと辿り着いた。
「頂上は……まだか……?」
近くの岩に腰を下ろし、息を切らしながら郷介が尋ねる。それに対しキタローは「まだまだ」と無情な答えを返した。
「とーちゃん、わきみずだ!」
みちろうが大声で郷介を呼ぶ。ウィルソン株の中は大きな空洞になっていて、そこには小さな祠と湧き水があった。
「顔でも洗ってこいよ」
キタローにそう言われ、郷介はリュックから大きめのタオルを取り出すと切り株へと歩いていった。
313終わらない旅路 屋久島最終日:2009/08/02(日) 02:15:38 ID:kSoOxzJg0
緩急の差が激しい岩場を越え、足場の狭い木製の階段を渡り、少しずつではあるが頂上へと向かって登っていく。
(まるで忍者の修行場だ……)
そんな事を思う郷介。本当にフブキは、日頃からこんな山で鍛えているに違いないと思った。先頭を行く彼は、ペース配分を心得ているらしく全く息が上がっていない。
「そうだな……あと四十分ぐらいで頂上ですかね」
そうフブキが呟く。キタローもスポーツウォッチを見て頷いた。
「あと四十分か!」
漸く終わりが見えてきた事で、俄然元気が出る郷介。
途中、大王杉や夫婦杉を眺めながら、慎重に足場となる岩を選んで進んでいく。この辺りになると、周囲は一面雪景色だ。雨はとっくに雪へと変わっている。そして。
「見えた……」
雪煙の中、展望デッキが見えた。頂上である。この一言に郷介の全ての想いが詰まっていた。
「お昼は過ぎるかと思いましたが……やりますね」
携帯電話の時計表示を見ながらフブキが言う。本格的な登山は初めてと言う郷介とみちろうだったが、フブキ達の予想より遥かに早く頂上へと辿り着く事が出来た。
314終わらない旅路 屋久島最終日:2009/08/02(日) 02:20:53 ID:kSoOxzJg0
曇天模様の空の下聳え立つ縄文杉は、独特の威圧感を放っていた。他の観光客達に混じり、暫し呆然と縄文杉を見上げる郷介。白と黒のコントラストには、有無を言わせぬ迫力があった。
「これを見に来たんだなぁ……」
感慨深げにそう呟くと、郷介はデジカメで写真を何枚も写した。と、そんな彼の頬に冷たい感触が。
見ると、キタローが水の入ったペットボトルを持って立っていた。すぐ近くの湧き水を汲んできたらしい。
「生水って大丈夫なのか?」
「心配するな。飲んでみろ」
言われて一口飲んでみる。実にまろやかで飲み易い水だった。屋久島の水は硬度10と言う超軟水なのだ。ついついがぶ飲みしてしまう郷介。
「もう少し進んだ先に山小屋があります。そこでお昼にしましょう」
「とーちゃん、おなかすいた〜!」
言われて初めて空腹を覚え、郷介はみちろうを連れて展望デッキから離れていった。フブキは何やらキタローに耳打ちしている。
フブキの言う通り、少し進んだ先に山小屋とトイレがあった。小屋の中に入り、弁当を取り出す。飲み物は空になった水筒に大量に入れてきた湧き水だ。
「あれ、フブキさんは?」
よく見るとフブキがいない。不思議に思ってキタローに尋ねると。
「やる事があるそうだから」
先に食べていようと言われ、深く考えずに食事を始める。運動の後の食事は信じられないくらい美味しかった。
315終わらない旅路 屋久島最終日:2009/08/02(日) 02:24:16 ID:kSoOxzJg0
樹齢何百年もの杉林の中で、風舞鬼は用心深く周囲を探っていた。雪を踏みしめる音だけが耳に入ってくる。
と、禍々しい邪気を感じ取り風舞鬼の足が止まった。あまりにも強大な邪気に気圧され、片膝を着いてしまう。邪気はどんどん彼の傍へと近付いてきた。
「……居るとすればこの辺りだと思ったよ」
風舞鬼の眼前、木立の間に金属製の杖を持った漆黒の影が立っていた。黒傀儡である。
「霊木を悪用するつもりか?そうはさせない!」
そう言い放つと風舞鬼は力を振り絞って立ち上がり、構えを取ってみせた。
316終わらない旅路 屋久島最終日:2009/08/02(日) 02:29:30 ID:kSoOxzJg0
食事を終えて休憩中のキタローの携帯電話が鳴り響いた。「いけね!」と言いながら慌てて電話を取る。電話の相手と二言三言話すと、キタローは通話を終えて携帯電話を片付けた。
「悪い。バイブに設定するの忘れてた」
「通じるのか、ここ!?」
屋久島は遭難者対策のため、山頂付近は携帯電話が通じるようになっているそうだ。電話の相手は誰かと尋ねる郷介に、キタローは「フブキさんだ」と答えた。
「先に下山していてくれ。後から追う――だってさ」
「置いていくのか?」
「俺はあの人を信頼している。何も不安は無いさ」
休憩を終えて山小屋を出る三人。
「お!」
いつの間にか、先程までの天気が嘘のように晴れていた。山の天気は変わりやすいとはよく言ったものである。
縄文杉は、陽光を受けてきらきらと輝いていた。最初に見た時とは全く違った印象を受ける。
「一度に二つの顔を見られるなんて、ツイてるよ」
キタローにそう言われながら、郷介は夢中でデジカメのシャッターを切りまくった。
317終わらない旅路 屋久島最終日:2009/08/02(日) 02:35:58 ID:kSoOxzJg0
電話で告げた通り、フブキは途中で先を行く三人に追いついた。だがその姿は……。
「フブキさん!?」
キタローが絶句するくらい、酷い有様だった。顔中が生傷だらけだったのである。重装備をしているためよく分からないが、おそらく全身こんな感じだろう。
何か言おうとする一同に向かって、フブキは「さあ行きましょう」と先頭に立ちそのまま歩いていった。仕方なく三人も後に続く。
「この後は皆で温泉に行く約束でしたが……ちょっと無理ですね。すいません」
郷介の方を振り向き、フブキが詫びを入れる。
「あ、でも平内海中温泉なら大丈夫か。あそこ、付近の住民が誰も利用していない時間帯は、足湯として使っても黙認されるんです」
これ、ここだけの話ですよ――そう言うとフブキはいたずらっぽく笑ってみせた。
来た時と同じ道程なのに、やけに長ったらしく感じながらも、どうにか下山を終えて一行は荒川登山口へと戻ってきた。その後四人は温泉へと行き、田代海岸(ヒビキが音撃棒を削っていた場所)等を観光して宿へと戻った。
そして翌日。
318終わらない旅路 屋久島最終日:2009/08/02(日) 02:44:40 ID:kSoOxzJg0
フェリー乗り場には四人の姿があった。但し、フェリーに乗って帰るのは郷介とみちろうの二人だけ。フブキとキタローが乗る高速船は、これよりもう少し後に出る事となっているため、見送りに来ているのだ。
「船内で食べてくれ」
そう言って餞別にたんかんが入った袋をキタローが渡す。ちなみに郷介はキタローの勧め通り、箱で購入して自宅に宅配してもらっている。
「いつの間に買っていたんだ?」
「この島には至る所に無人販売所があるんだ」
そう言うとキタローは「これも持っていけ」と屋久島の軟水が入ったペットボトルを二本手渡した。
一方、みちろうはフブキに向かって笑顔でこう告げていた。
「にーちゃん、おれ、おおきくなったらにーちゃんみたいになるな!」
それを聞いてフブキは、みちろうの背丈に合わせてしゃがむと。
「有難う。でも、君が本当に憧れるべき人物は意外と近くにいるかもしれないよ」
そう言って郷介の方にちらりと視線を寄越す。その仕草が理解出来ず、不思議そうな顔をするみちろう。
「折角だし、俺からも何か餞別を。そうだな……」
少し考え込むと、フブキはプレーヤーを操作し、ヘッドホンを外してみちろうの耳に掛けた。
「俺が一番好きな曲」
暫し音楽に耳を傾けていたみちろうだったが、にっこり笑うと元気良くこう告げた。
「いいきょくだな!」
319終わらない旅路 屋久島最終日:2009/08/02(日) 02:50:38 ID:kSoOxzJg0
出港するフェリーに手を振り続けるキタローに向かって、フブキが言った。
「風が吹きそうです」
「風?」
「禍風とでも表現しましょうか。これから忙しくなりますよ……」
その言葉の通り、関東に拠点を構えた謎の男女の実験によって、2005年は猛士にとって激動の年となった。70年代の混沌期が十年間続いたのに対し、僅か一年で収束したのは奇跡的だったと言えよう。
さて、そんな裏側の出来事は露知らず、東京へと戻った郷介とみちろうは。
「おっ、また見ているのか」
みちろうは居間に寝転がって、DVDを見ていた。土産に買ってきた、屋久島の自然を映したDVDである。
「とーちゃん」
「うん?」
たんかんを食べながら郷介が聞き返す。
「またどこかつれてってな」
「そうだな……」
たまには今回のように父子二人で旅行に出るのも悪くないだろう。
「じゃあ父ちゃんはお隣に御土産を持っていくから、大人しく留守番してろよ」
「おれもいく!」
また、いつもの日常が戻ってきた。旅行に出る前と後とで変わった事、それは人々の知らない所で行われている戦いがあると言う事実を知った事。でも不安はなかった。何故なら――。
ぼくたちには、ヒーローがいる。 了
320高鬼SS作者 ◆95dGpeQUnh38 :2009/08/02(日) 02:53:50 ID:kSoOxzJg0
まあこのまま瞬過終闘に流れていけば、フブキもキタローもろくな未来は待っていないんですけどね。

あと訂正が一つ。
>>302の「箱で勝って」は「箱で買って」の間違いでした。お詫びして訂正いたします。
では、後はよろしくお願いします。
一応今回の話を書くに当たって響鬼DVDを見返していて、ネタとして広げられそうなセリフを見つけたんですけど、まだ何一つ形になっておりません。
もしこのスレがまだ暫く残っているようだったら、お蔵入りのネタを組み合わせて何とか形にして投下するかもしれません。

それでは長い間お疲れ様でした。
321名無しより愛をこめて:2009/08/02(日) 12:22:04 ID:iOfXwHF80
高鬼SS作者様、投下乙です。
長期の定期投下、本当にお疲れ様でした。
毎回楽しませていただきましてありがとうございました。
その気になりましたら、またSSを投下くださいますようお願い申しあげます。
322名無しより愛をこめて:2009/08/06(木) 22:47:10 ID:MYR3bEDRO
みちろうの出生のヒミツが出てくるのかと思って読んでいた。
ナゾのまま終わった。
323名無しより愛をこめて:2009/08/07(金) 23:09:14 ID:65RLTJMVO
よつばと!だから仕方ない
324鬼島兼用語集:2009/08/10(月) 20:28:39 ID:J1VbtT6T0
読むのが遅くて申し訳ない。欧州編まで読み終わった興奮のままに書き込み。
鬼祓いも欧州編も見事でした。
お二人ともとても文章が読みやすく、世界観が揺らいでいないところが凄いです。
ソヨご一行様はこの半年で一回りも二回りも大きくなられたことかと思います。
またどこかでソヨメキたちの活躍を見たいものです。
鶴野を見ていると、並べるのも失礼ですが拙作の牢鬼を思い出してしまいました。
これで牢鬼を作った技術と鶴野が持ち逃げした技術を発展させて鬼を狩る鬼へ……とか誰かやってくれないだろうか。

欧州編は広げに広げた風呂敷をきっちりと畳んでのけたところがまず凄い。
古今東西の伝承をつなげてしまうあたりに高鬼作者さんの学の深さとセンスを感じます。
そして無名戦団にも触れていただいてありがとうございますw

俺も何か書きたいなぁ、でもアンブロークンアロー戦闘妖精雪風も読みたいし……
325名無しより愛をこめて:2009/08/11(火) 12:57:11 ID:StJvAr/cO
鬼島の続編を心待ちにしておりますです
326名無しより愛をこめて:2009/08/11(火) 20:59:42 ID:0MT855trO
前回の投下内容によると、鬼島は最終的に壊滅するという…。
滅びの美学を見てみたい。
327名無しより愛をこめて:2009/08/15(土) 00:25:35 ID:ZpaZ+dK70
12-444 荒吹く鬼                 2008/04/16
     1 2

14-384 荒吹く鬼:第二話・応える式神    2009/04/05
     1 2 3

…年イチペース…?(ではないと思いたい)
328某SS作者 ◆6xXSPDL4ieAv :2009/08/16(日) 00:27:48 ID:85Oq/czN0
ごぶさたしています。
「荒吹く鬼」ですが、すみません。都合により途中で筆が止まっております。
話が纏まらず進まないので今しばらくお待ちいただくことになりそうです。
ですが、一年まではかかりません(……と思います)。
もともと単発の予定だったものが膨らんだものなので、ちゃんと風呂敷を畳めるのかと思うところもあります。
申し訳ないですが、時間をくださいますようお願い申し上げます。
329 ◆6xXSPDL4ieAv :2009/08/16(日) 00:29:36 ID:85Oq/czN0
連投失礼します。
トリップ変わってしまったみたいなので確認してます。
330名無しより愛をこめて:2009/08/18(火) 11:31:34 ID:Y0woGn6iO
瞬過終闘と鋭鬼SSの続きマダー
331名無しより愛をこめて:2009/08/18(火) 20:59:09 ID:NghAyIbmO
もうさすがに・・・
俺の期待は淡い。
332名無しより愛をこめて:2009/08/20(木) 13:02:49 ID:JSRlwh9I0
響鬼本編のタイムスケジュールみたいな資料とかってないのかな?
333『皇城の守護鬼』 一之巻 「飛沫く鬼」 拾弐、:2009/08/21(金) 22:05:55 ID:DpagS/k60
 腕の中で巨体がまばゆい光に包まれ、「鬼」の色を失った。
 満足そうな笑みが「息子」を見上げていた。

「親方」

 師の身体が重みを増してゆく。
 乱暴に揺すった。
 口がわずかに動いた。

 大丈夫。

 そう思った
 思いたかった。

 青年の両眼からはらはらと涙の玉がこぼれゆく。
 老兵の口元から、かすかに漏れる吐息。
 「あの」顔だった
 重蔵の焦点が史郎の遥か後ろ、空のかなたに結ばれた。
 
「駄目っスよ…」

 信じられなかった。
 信じたくなかった。

「俺…まだ親方からなんも聴いてないじゃないスか」
334『皇城の守護鬼』 一之巻 「飛沫く鬼」 拾弐、:2009/08/21(金) 22:06:44 ID:DpagS/k60
 ふたつ。
 みっつ。

 大粒の涙が這い伝い、闘い疲れた亡骸に落ち、幾く筋もの跡を作った。
 嗚咽も漏らすことなく、史郎は泣いた。
 つい数分前まで並んで走っていた大きな背中が、ゆっくりと熱を失ってゆく。逃げ行く
命の証を押し留めようとでもするかのように、堅く、強く抱きしめた。ぼろぼろの骸を抱
きしめながら肩を震わせ、泣いた。
335『皇城の守護鬼』 一之巻 「飛沫く鬼」 拾弐、:2009/08/21(金) 22:08:08 ID:DpagS/k60
 塩辛声はもう、弟子の名を呼ばわることはない。
 グローブのような手で、背中を叩いて激励することもない。
 組み手では五本のうち二本しか取れなかった。
 体術はしょっちゅう駄目を出されていた。
 法術も闘術も重蔵のほうが威力があった。
 まだまだ敵わないと思っていた。
 あっけない終わりだった。
 怒りは無かった。
 ただ深い悲しみだけがあった。

「この莫迦」

 押し殺した声が背後からした。振り向けば五対の金色の角持つ鬼が、音激棒を諸手八双
に構え立っていた。

「閃鬼さん…親方……」
「見ればわかる。確認が先だ」
 
336『皇城の守護鬼』 一之巻 「飛沫く鬼」 拾弐、:2009/08/21(金) 22:08:49 ID:DpagS/k60
 上空を哨戒中だった三機の藤梟に指揮棒よろしく音激棒で指示を出すと、呆けた表情で
立とうとしない史郎の頬桁を閃鬼が殴りつけた。何が起こったのかわからない表情を浮か
べ、抗議しかけた史郎を遮り、

「お前の師匠は戦闘中にめそめそしろと教えたか、大間抜け」

静かに、強く。
 青年は我を取り戻す。

「確認が済むまでは殲滅は完了しない。嘆くのは一番後だ。」

悲しく、低く。
 亡骸を横たえ、瞳閉じさせ。 

「立て、シブキ」 

そして強く。
 頷き。

 しかして、鬼は名を得た。 

 
 『皇城の守護鬼』 一之巻 「飛沫く鬼」 了
337名無しより愛をこめて:2009/08/23(日) 00:13:58 ID:cpkIIpoiO
お疲れさまでした


最後の一文は、「かくして」の方がいいなぁ
趣味の問題かもしれませんが
338鬼祓い作者 ◆1vK6hvC1aSq/ :2009/08/27(木) 21:45:09 ID:BdcTirp20
鬼祓い作者です。トリップ変えました。
一話読み切りの短編を書いてみました。少し前に全国放送していたCMを元にしています。


『ほろよい.com』


 どこか遠くから穏やかな音楽が聴こえてくるような、ゆったりとした気分になる夏の夜だった。

 コンピューターグラフィックで描かれたパーティールームで、思い思いの髪型、服装をしたキャラクターたちが、飲み物のグラスを手に会話を交していた。
 アバターとよばれるこのキャラクターは、パソコンを通してこの飲み会の会場に来るユーザー自身の手によって、様々なスタイルにカスタマイズすることができる。

きい:ほろよいって?

 グレーのスポーツウェアを着た、長い黒髪の女性キャラクターがグラスを片手に尋ねた。
 青いキャップのつばを後ろにまわしてかぶり、カーディガンをまとった男性キャラクターが答える。

クロスロード:素直になれる、一番心が開く状態。

 夜景が臨めるそのパーティールームには、もう一人、茶髪に赤いTシャツを着た男性キャラクターがいた。

獅子:だから話したくなるんだ……
339鬼祓い作者 ◆1vK6hvC1aSq/ :2009/08/27(木) 21:50:02 ID:BdcTirp20
 杯を片手にパソコンの前に座り、ネットワークを通してウェブ上の会場に集まりチャットで語り合う飲み会。「宅飲み」と「街飲み」の中間に位置するこうした飲み方は「ウェブ飲み」と言われている。
 自宅で一人飲んでいる見知らぬ者同士が、ウェブを通じてつながり、皆で一緒に飲んでいるような気分を楽しむという形式の飲み会である。

 この「ほろよい飲み会」のサイトには数十ものチャットルームが用意されている。数か月前から何度も方々の部屋で顔を合わせていた三人は、すっかり顔見知りの間柄になっていた。
 もっとも、互いが知っているのはウェブ上のアバターとしての顔であり、本当の顔や名前などは知らない。
 ただ、今夜「地元を語ろう」というチャットルームで顔を合わせて話した内容から、三人の住んでいる地域はまったくばらばらであることがわかった。
 ハンドルネーム「クロスロード」は東北、「きい」は四国、「獅子」は関西に在住していた。
340鬼祓い作者 ◆1vK6hvC1aSq/ :2009/08/27(木) 21:52:47 ID:BdcTirp20
 東北地方・宮城県仙台。

 猛士東北支部に所属する『飛車』の湯河原有志は、数ヶ月前の結婚を機に、自分が生まれ育った町、杜王区に新居を構えていた。思い切って購入した二階建ての一軒家に、今は妻の史子と二人で新婚生活を送っていた。
 史子との出会いは小学生の頃で、それからずっと幼馴染みとして長い時間を過ごしてきた。昨年、有志の配置換えにより東北支部で再会した二人は、三十代も半ばに近づいた今年、ようやく結婚した。
 一階のリビングには、史子が趣味で弾く黒いグランドピアノが置かれていた。今日、彼女は仕事で帰りが遅くなるとのことで、有志は外で一人夕食を済ませてきた。
 そして帰宅後に、リビングでノートパソコンを広げ、缶チューハイを片手に夜の十時を過ぎた頃からチャットに参加していた。
 有志は愛車の車種名「クロスロード」をハンドルネームにして、実際にもドレードマクである青い帽子をウェブ上のキャラクターにかぶらせていた。

きい:明日夜10時、ここに集まれる? 相談したいことがあるの。

クロスロード:ウェブ飲み会やりますか。

獅子:りょーかい。
341鬼祓い作者 ◆1vK6hvC1aSq/ :2009/08/27(木) 21:55:26 ID:BdcTirp20
 四国地方・香川県高松。

 猛士四国支部に所属する『角』のソヨメキは、下宿している峠のカフェの部屋で一人、パソコンの前にいた。成人したばかりの彼女は、大家でありカフェの店長でもある女性の勧めもあって、アルコールを口にすることを覚えた。
 今夜チャットで話した「クロスロード」と「獅子」は、善良な人間に思えた。前々から誰かに相談したいと思っていたことがあり、それをもちかけて小一時間話してみたいと思ったが、今日はもう夜も遅かった。
 そこで明日も同じチャットルームに集まってもらうよう彼らに依頼し、彼女は今日のチャットを終えた。
 鬼の弟子として音撃の修行をしていた頃に使用していたトランペットが、壁際に置かれていた。家具の少ないソヨメキの部屋で、その金色の管楽器だけがひときわ輝いていた。
 ソヨメキは、彼女が東京のメイド喫茶でアルバイトをしていた時の名前「きい」をハンドルネームにしていた。この名前は、その頃知り合った少年のあだ名からきているものだった。
 その日パソコンの電源を落とした後、ソヨメキはふと思った。
(「ほろ」って何だろう)
342鬼祓い作者 ◆1vK6hvC1aSq/ :2009/08/27(木) 21:59:32 ID:BdcTirp20
 関西地方・滋賀県大津。

 猛士関西支部に所属する『と』の田島大洋は、市内の小さなアパートで一人暮らしをしていた。
 他の二人と違い、大洋のチャット上での会話はまだまだ滑らかではなかった。メカの類いは苦手なたちで、キーボードを見ずに文字入力できるようになったのも、つい最近のことだった。
(アイツだったらこんなの楽勝なんだろうな……)
 もう随分と会っていない、関東で共に過ごした仲間のことが頭に浮かんだ。

 関西に単身やってきて鬼の修行に入った彼の生活は、日に日に荒んだものになっていった。総本部にほど近い支局に配属された大洋は、ちょっとした雑用で支部と本部の間を行き来するなどして、総本部のエリートたちと接する機会も多かった。
 鼻につくような態度の者とかち合い、乱闘事件をおこしたことも一度や二度ではなかった。たとえそれが格上の鬼であっても、大洋は構わず事を荒立てた。
 関東との交流も減り、心の荒みも増していき、彼の行動は次第にエスカレートしていった。大洋はすっかり関西支部の問題児となっていた。
 ――鬼になりたいんだよね、君。だったらそうやって、すぐ怒っちゃ駄目だよ。
 関東支部で知り合った宗家の鬼に、かつてそう言われたことがあった。大洋は攻撃的な性格が原因で、関東支部内でも何度か諍いを起こしていた。
 ――心も鍛えないと、鬼にはなれないよ。
 今その言葉が、大洋の心に重くのしかかっていた。
343鬼祓い作者 ◆1vK6hvC1aSq/ :2009/08/27(木) 22:02:08 ID:BdcTirp20
 大洋の住むアパートの一室の片隅には、エレキギターが一台転がっていた。関西支部の中堅の鬼、ゲンキの弟子となり音撃の修行を始めるにあたり、大洋は自費でギターを購入し、普段からギターの演奏に慣れ親しむように努めていた。
 しかし、修行を始めてから一年ほどして、突然ヴァイオリン型の音撃弦を渡された。師のゲンキも扱ったことのない新型の武器で、使用方法は東京からやってきた見たこともない鬼から伝えられた。東京には、柴又の関東支部以外にも支部があるらしい。

 その音撃武器は、左腕を覆うシールド状の音撃弦・阿と、右腕に取り付けたサーベル状の音撃弦・吽、それと装備帯に付けた音撃震の三つから成るものだった。
 左腕のシールドを上腕部にスライドさせ、音撃震を取り付け、右腕のサーベルの内側に仕込まれた弓で音撃震を弾くことで、こられはヴァイオリンとして清めの音を紡ぎ出す楽器になる。
「三つもあって使いづらいスよ」
 新型武器の操作訓練中にそうもらすと、東京からきたプロレスラーのような体格をした鬼は、大洋の後頭部をいきなりひっぱたいて言った。
「太鼓も同じだろ。二挺拳銃の音撃管だってあるんだぜ。そんなことでガタガタ言うんじゃねぇよ。デビュー前に新型の武器を下ろしてもらえるなんて異例な話だぜ。ありがてぇと思え」
344鬼祓い作者 ◆1vK6hvC1aSq/ :2009/08/27(木) 22:05:31 ID:BdcTirp20
 自分はそれほど期待がかかった鬼だったのか? と自問してみたが、どう考えてもそうは思えなかった。
 誰かれ構わずぶつかっていくやりかたが問題なのは自分でも解っていた。しかし、今は胸の裡にたまった言葉を聞いてくれる仲間がすぐそばにいなかった。気づくと言葉より先に手や脚が出ていた。
 問題を起こし、大勢に取り押さえられ、身柄を引き取りにきた師匠のゲンキにひっぱたかれる、その繰り返しだった。
 関東を発つ時に、大洋は関東支部の『銀』から餞別として『岩紅獅子』のディスクアニマルを渡された。師匠にお仕置きをくらったあと独りになると、大洋はこのディスクを見て、関東支部で過ごした頃のことを思い出し、心も鍛えなければ、と思い直した。
 チャットのハンドルネーム「獅子」はここからきていた。アバターが赤いTシャツを着ているのも、このディスクアニマルに由来していた。

 孤独にも慣れ、最近はようやく自分を抑えられるようになってきたが、その矢先、大洋は師匠のゲンキが同期の『飛車』にもらした言葉を偶然聞いてしまった。
「俺は『弦鬼』の名前をアイツに継がせる気はねぇよ」
 師匠は確かにそう言った。空虚になった心を抱えながら、大洋はそっとその場を離れた。
345鬼祓い作者 ◆1vK6hvC1aSq/ :2009/08/27(木) 22:09:39 ID:BdcTirp20
『弦鬼』は歴史ある鬼で、江戸時代にその名を持つ鬼が行ったアミキリ退治が、猛士の文献として後世にも伝えられている。その流れを汲むのが今の大洋の師匠・ゲンキだった。
 ゲンキという男は、歳は大洋より十近く上で、既に中堅どころの鬼だった。その師匠が、何度か無言で『茜鷹』のディスクを手にしてじっと黙っていたことがあった。何をしているのかと大洋が訊くと、こうしていると気持ちが落ち着くのだと師匠は言った。
 以来、それに倣って大洋もそのやり方で気持ちを鎮めるようになった。その効果か、最近では起こす問題の数も減ってきていた。そんな時「名を継がせることはない」という発言を耳にして、大洋は意気消沈していた。

 自分は、一体何なのか。ゲンキのもとで修行を始めてから二年以上が過ぎ、関東で我流で鍛えた一年半を合わせれば、修業期間はもう四年近くにもなる。鬼への変身も可能となり、最近では実戦での魔化魍退治にも参加している。
 これで独り立ちさせるつもりがないのであれば、自分は新型の音撃武器のための、単なる実験台なのかもしれないと思えてきた。
 今日のチャットで「きい」が「相談がある」と言っていたが、それが終わったらこちらの相談にも乗ってもらおうと大洋は考えた。自分の今後の、身の振り方について。
 猛士という組織の特性上、あまり具体的なことは話せないが、可能な範囲で今の状況を説明し、これから自分はどうすべきかを二人に相談してみようと思った。

 チャットルームから出る直前に「実は自分も、相談したいことが……時間があったらでいいから。仕事で来れないかもしれないけど」と入力したが、大洋のキー入力は人より遅い。二人がその発言を見たかどうかは解らなかった。
346鬼祓い作者 ◆1vK6hvC1aSq/ :2009/08/27(木) 22:11:40 ID:BdcTirp20
 翌日の夜10時、ウェブ上で三人がチャットルームに集まると、グレーのスポーツウェア姿のアバターが発言した。

きい:この格好、どう思う?

クロスロード:地味。

獅子:ジミ。

「きい」の相談というのは、何のことはない、アバターのデザインについてだった。
 彼女は実生活でもアバターと同様スポーツウェアで過ごすことが多いらしい。自分でもアバターの服装が地味なのではないかと思っていたが、これ以外でどんな格好にすればよいか、二人に相談してみたかったという。

「クロスロード」が、これまでに着た服の中で、他に気に入った格好はなかったかと訊くと、彼女は「色々な服を着てきたが、どれもしっくりこなかった」と答えた。
「獅子」が、色々な服とはどんなものだったのかと尋ねると、「きい」からウェイトレス、巫女、パンクファッション、看護師、女子高生、シスター、メイド、作務衣という答えが返ってきた。どれも今のスポーツウェア姿よりはマシだ、と「獅子」は答えた。
「きい」は、これらの服の中からどれかを選び、アバターの服装をカスタマイズすることにした。
347鬼祓い作者 ◆1vK6hvC1aSq/ :2009/08/27(木) 22:14:23 ID:BdcTirp20
クロスロード:昨日、君も何か相談したいことがあるって言ってなかった?

獅子:いや、カイケツしたんで。……さんきゅー。

きい:よかったね。

 大洋は日中、今日から魔化魍退治のシフトに入った師匠・ゲンキのサポートについていた。その日のうちにバケガニを発見すると、弦鬼は大洋にとどめを刺すように言ってきた。ヴァイオリン型音撃弦でこれを退治すると、突然鬼になる許可が下りた。
「マジすか? 俺が『弦鬼』の名を……?」
 そう言うとぼかりと頭を殴られた。
「なに言ってやがる、俺はまだまだ現役だ。『弦鬼』の名をてめぇに譲る気はねぇ。てめぇには別の名前を用意してやった」
 その日、田島大洋は師匠からタツマキ――『竜巻鬼』の名を贈られた。

 数日後、『鬼の儀』を受けて大洋は正式に関西支部所属の『角』となった。
 猛士の人間に「タツマキ」というコードネームを名乗ると、たまに「宗家のお坊ちゃんのバイクがどうかしましたか?」と言われることもあるが、大洋はこの名を結構気に入っていた。何度も暴れてきた自分には、荒れ狂う竜巻は似合いの名前だと思った。

 関東にいた頃から合わせて約四年の歳月をかけ、ようやく大洋は正式に鬼となることができた。独り立ちし、ゲンキの力なしで魔化魍を退治したその日、大洋――タツマキは空を見上げて彼方へ向けて語りかけた。
(俺はこの通り、頑張ってるぜ。そっちはどうだ?)



348名無しより愛をこめて:2009/08/29(土) 21:15:01 ID:/GO172RO0
おおおお!
ユージが史子と結婚してるー!
ソヨが成人してるー!
二人が会話してるー!

前に、ちらっとアイキとソヨメキのコラボを希望した者ですが、これは嬉しい不意打ちw
登場人物が、全然お互いを知らないで交流してるシチュエーションも面白かったです
できればこの設定で、猛士のメンバーのちょっとした日常を見たいとおもったりw
349二匹の弦:2009/09/05(土) 11:42:05 ID:uzn3JYiYO
[sage]

初めまして。
ずっとロム専だったのですが、自分も書いてみたくなったので書いてみました。

文才がまったくないので読みづらかったり、誤字や脱字が多々あるかと思いますがよろしくお願いします。
350二匹の弦作者:2009/09/05(土) 11:48:02 ID:uzn3JYiYO
[sage]

『二匹の弦』

201X年4月――
ここ北海道にも遅い春が訪れようとしていた。

「グゥギャアァァァァァァ!!」
人里離れた山中に響く、苦痛に満ちた獣の叫び声。
それを追うように爆発音が鳴り響く。
もくもくと上がる土煙の中から人影が――
否、それは人ではなく鬼。
黒い体色に赤い隈取と前腕、弦を模した金の襷を掛けた四本角の鬼であった。
名は断鬼――
『断ち切る鬼』と書いて断鬼《ダンキ》と呼ぶ。
「ふぅー、終わりましたよっと」
ダブルネックギター型の音撃弦『花火』を二つに分離させながら断鬼は一人呟いた。
顔の変身を解き、ぼさぼさ頭に無精髭を生やした青年の顔に戻るダンキ。
「ふぅー」と呼吸を整えると、その場にあぐらをかき座り込む。
すると遠くから、別の獣の叫び声と爆発音が――
ダンキは通常の人間では聞こえないぐらい小さいな音を耳にして、音の鳴った方向を見上げ
「おっ、あっちも終わったみたね・・・」
そう言うと立ち上がり、二本一対の音撃弦『花火』を手にその場を後にした。
351名無しより愛をこめて:2009/09/05(土) 11:53:40 ID:uzn3JYiYO
ダンキが歩き始めた頃、もう一人の鬼が戦いを終え一息着いていた。
白い体色に水色の隈取と前腕、弦を模した銀の襷を掛けた一本角の鬼。
名は貫鬼――
『貫く鬼』と書いて貫鬼《ツラヌキ》と呼ぶ。
貫鬼は顔の変身を解くと、釣り下がった特注の眼鏡を右手の中指で直し
「さてと・・・あっちは先に終わってるみたいだし、こっちも戻りますか」
そう言って突き立てたベース型の音撃弦『氷柱』を抜き取り、ダンキが先に向かっているベースキャンプへと歩き始めた。

ちなみに素顔のツラヌキは整った顔立ちの好青年である。
例えるならダンキが肉食系で、ツラヌキは草食系と言ったとこだろう。

ツラヌキがベースキャンプに着く頃には、ダンキはすでに着替えを終え、折り畳みの小さな椅子に腰掛けながらディスクアニマル達を収納ボックスへ戻してる所だった。
戻ってきたツラヌキに気付いたダンキは、ツラヌキをチラッと見た後に再び視線をDA収納ボックスに戻して右手を軽く上げ
「うぃ、お疲れちゃーん」と力なく言った。
ツラヌキもその行動に腹をたてる事もなく、同じ様に右手を軽く上げ
「はい、お疲れさん」
とそのままテントの中へ入っていった。
この二人にとってはいつもの事らしい。
352名無しより愛をこめて:2009/09/05(土) 12:31:19 ID:uzn3JYiYO
着替えを終えツラヌキがテントから出てきた。
「よし!いつものやりますか!」
ダンキがツラヌキに向かって構えをとりながら言うと、「やれやれ・・・」と言った感じでツラヌキも構えをとった。

「「ジャンケン!!」」

「「ポン!!」」

異様に気合いが入ってるジャンケンである。
「オーマイガァァッ!」
そう叫びながら膝を着き倒れ込むダンキを見て、ニヤっと笑いながら勝ち誇った様に右手のパーを天にかざすツラヌキ。
「これで俺の連勝だな」
と小さなクーラーボックスから管ビールを取り出して、グビグビと飲み始める。
「畜生ぅう!!また俺が運転かよぉお!!」
ダンキの叫びが、小春日和の空の下で木霊した。

201X年4月――
猛士北海道支部に所属する二人の弦の鬼、断鬼と貫鬼の物語が今ここで始まる。
つづく・・・(か?)
353名無しより愛をこめて:2009/09/05(土) 18:56:42 ID:Zv/GSkSQ0

   ΛΛ
  ( ゚Д゚)⊃
〜/U / メ欄(E-mail欄)
 U U  に「sage」と
     入力すべし

──────────

名 [二匹の弦作者]
メ [sage____] ←
 ________

|『二匹の弦』
|________
規約に同意する
[書]

──────────


354名無しより愛をこめて:2009/09/11(金) 04:05:46 ID:dhRQdS1R0
久しぶりに来たらいろいろと終了してた……
355二匹の弦作者:2009/09/11(金) 18:55:08 ID:dZMTvvoj0
>>353

ああ、よくわかったよ
356名無しより愛をこめて:2009/09/19(土) 13:05:24 ID:xQAE5Yf10
『皇城の守護鬼』二之巻「閃く鬼」の投下を心よりお待ちしております。
357名無しより愛をこめて:2009/09/26(土) 16:40:41 ID:+3R4YCFB0
「瞬過終闘」を最近読み直してみて、やっぱり続きが読んでみたいと思った

投下が途絶えてから二年以上たつけど、スレあるかぎり投下を待ち続けるよ
358名無しより愛をこめて:2009/09/28(月) 09:58:03 ID:wvPMgrrIO
鋭鬼SSにも激しく期待!
359名無しより愛をこめて:2009/09/28(月) 22:00:08 ID:3Po50zO90
DA年中行事さんを切に希望っ
360名無しより愛をこめて:2009/09/29(火) 00:59:09 ID:12Ry2K90O
弾鬼SS復活希望!!
361名無しより愛をこめて:2009/09/29(火) 19:01:57 ID:WLW++GCu0
お、欧州でドラゴンと戦う鬼とか見たい……
362名無しより愛をこめて:2009/10/06(火) 23:08:55 ID:9Zua9gde0
関東十一鬼があまり本編に出なかったのが残念だったので、
個人的にはそれを補完するような話が面白かったナリ。
363皇城作者:2009/10/12(月) 20:30:23 ID:7ScJ+FAY0
こんばんは。
都市型魔化魍を出すとして、どう設定したものかと思案中です。

山野に出現する場合と違って被害がダイレクト且つ速効であり、本編後期の仮面ライダー響鬼GT
に出現した狐のような出現のしかたは、恐怖感が少ないように思えます。
そもそも屋内に出現するようなタイプだと「歩」の眼が活用できそうになく…何ぞ妙案はないものだろうか(苦笑
364名無しより愛をこめて:2009/10/17(土) 16:41:08 ID:fZ5qlQlW0
>>363
ワームじゃないですけど擬態型とか
弱いけど隠れるのが上手い奴とかどうでしょう
妖怪には詳しくないんで具体例が出せなくて恐縮ですが
365皇城作者:2009/10/17(土) 18:16:35 ID:hEjIqjOc0
>364
擬態型は考えました。一番合理的なのですよ。姫も童子も要らないし。
都市型で江戸でも発生する可能性があるのは、拙作のショウケラ。あかなめ、バケネコ、天井下がり、もくもくれん
ぬらりひょん、おはぐろべったり、文車妖美、二口女あたりでしょうか。
366名無しより愛をこめて:2009/10/19(月) 20:27:54 ID:RrJGutcE0
NARUTOとかうたわれるものとか聖霊の守り人とかの世界に鬼が迷い込んだみたいなのがみたいです
ルイズの世界に召喚スレみたいな
367皇城作者:2009/10/19(月) 23:41:53 ID:5BW9eIs70
>366
それはすでに響鬼の世界ではないような気がします(苦笑
368皇城作者:2009/10/25(日) 14:12:34 ID:XNMaQ0130
369鬼祓い作者 ◆1vK6hvC1aSq/ :2009/10/28(水) 20:44:47 ID:5dzF3YMLO
秋の夜長のお供・缶チューハイ。「レモン」「うめ」「もも」に続いて「りんご」が新発売になりました。


『ほろよい.com 2杯目』


 緑深い森の奥に、透き通る水を湛えた泉がありました。
 朝からその近くで木を切っていた一人のきこりが、手を滑らせて斧を泉に落としてしまいました。
 きこりの男が困り果てて嘆いていると、白い衣をまとった女神が現れ、泉の底から金の斧を拾い上げて、落としたのはこの金の斧ですかときこりに尋ねました。
 きこりが泉に落としたのは鉄製の斧で、女神が手にする輝く金の斧とは違います。きこりは正直に、違うと答えました。
 女神は再び泉に潜り、今度は銀の斧を手にして水面に上がり、きこりに再び尋ねました。きこりはこれも正直に、違うと答えました。
 その時、静かだった水面が徐々に波立ち、気づくと周囲の森中がどこからか吹いてくる風に揺らいでいました。
370鬼祓い作者 ◆1vK6hvC1aSq/ :2009/10/28(水) 20:49:54 ID:5dzF3YMLO
 女神の白い衣も風になびき、いつの間にか彼女の頭は白い衣で覆われ、目元を除いて顔は黒い布で隠されていました。
 それまで銀の斧だと思っていた女神の手にするものは、ぶどうの房のように幾つもの丸い塊が取り付いた、銀色の杖に変わっていました。
 異変はそれだけではありませんでした。風が吹き荒れる泉の奥の木陰から、黒い衣をまとった金の杖を持つ男の人も出てきました。
 どこか遠くから、女の人の甲高い悲鳴が聞こえてきました。

 2007年の初夏、橘多美は、来年入試予定の大学を見学するために神戸から上京してきていた。二年前まで東京に在住していた彼女は、その頃から進学先を東京の大学に決めていた。
 そのついでに、転校前の東京の高校でクラスメートだった須佐純友と再会した多美は、純友の勧めで、彼女たちの後輩がボランティアで行っているパネルシアターを観にきていた。
 数十名の観客の多くは病気で入院中の子供たちとその母親だった。
 純友は、異変に気づいてこちらの様子を窺ってきたパネルシアター上演中の後輩たち、持田ひとみと天美あきらに手で制するような合図を送り、一度悲鳴を上げたあと心ここにあらずの状態の多美を、そっとパネルシアター上演会場の外まで連れて行った。
 金銀の斧、白い衣。これらが、橘多美の眠っていたある記憶を呼び覚ました。
 多美の頭の中だけで、パネルシアターのストーリーは途中から異なるものに変わっていた。
 どこか遠くで聞こえていた悲鳴は、彼女自身のものだった。
371鬼祓い作者 ◆1vK6hvC1aSq/ :2009/10/28(水) 20:54:18 ID:5dzF3YMLO
 その年、須佐純友が城南大学に入学したのに対し、同級生だった橘多美は受験生として神戸の高校に通っていた。これは、彼女が高校二年の夏から半年ほど、行方不明だったことに起因している。
 何らかの事故にまきこまれたものとして失踪中だった彼女は、2006年の冬に無事保護され、その年の春から再び高校二年生として学生生活に戻ることになった。
 そうした理由で、多美は同級生の純友から一年遅れの受験となった。

 彼女の記憶は2005年の夏の神戸で一度途切れ、再び自分を取り戻した2006年の春には、東京にほど近い関東の岩だらけの平野にいた。その時そこにはなぜか、前年の春先まで高校のクラスメートだった、須佐純友と田島大洋がいた。
 純友も大洋も、詳しい事情は何も知らないと言っていたが、あれから一年以上経ったその日、パネルシアターの会場で突然、空白となっていた半年の記憶が甦った。
 滋賀で鬼の修行中だった田島大洋は、そのことを純友から電話で告げられると、思わず電話口で叫んでいた。
「おまえがついていながら何やってんだよ!」
 失われた記憶が、何が切っ掛けで戻るかは誰にもわからない。純友が悪いわけではないとはわかっていたが、大洋は思わずやり場のない怒りを受話器の向こうの純友にぶつけてしまった。
 このことはすぐに猛士の知るところとなり、橘多美の元に猛士からの使者がやってきて、彼女に組織入りするかどうかの選択を求めた。
372鬼祓い作者 ◆1vK6hvC1aSq/ :2009/10/28(水) 20:59:41 ID:5dzF3YMLO
「多美ちゃんは東京に行かせない。お前は二度と多美ちゃんに会うな!」
 無茶苦茶を言って大洋は純友からの電話を一方的に切った。
 それから二年以上の時が流れた。数か月前、大洋は鬼として独り立ちし「タツマキ」のコードネームを持つ関西支部の鬼となった。このことは、真っ先に純友に伝えたかったが、あれから今に至るまで、タツマキは純友と一度も話をしていない。

 ウェブサイトのチャットルームの一室に、以前ウェブ飲み会を行った三人が揃った。
 アバターのデザインは、タツマキが使用する「獅子」はいつもの赤いTシャツを着て、「クロスロード」もまたいつもの青いキャップを被っていた。「きい」は見かける度に毎回スチュワーデスやチャイナドレスなど、異なるデザインに変わっていた。

獅子:また、ウェブ飲み会しない? あしたの夜。

クロスロード:おっ、さては何かありましたな?

きい:いいよ、集まろ?

 二人とも、ハンドルネーム「獅子」=タツマキの誘いに快く応じてくれた。その日はもう夜も更けていたため、タツマキは時間を翌日の夜10時と指定した。
373鬼祓い作者 ◆1vK6hvC1aSq/ :2009/10/28(水) 21:04:15 ID:5dzF3YMLO
 関西地方・大阪市此花区。

 翌日、ユニバーサル・スタジオ・ジャパンでタツマキは橘多美と会っていた。
 記憶を取り戻した当時、橘多美は不安定な状態が続いていたため、神戸の親元から離れて単身東京の大学に進むことを、周囲の人間が危ぶんだ。その結果、多美は大阪の大学に進学した。
「もうそろそろだね、一緒の初仕事」
 多美は隣を歩くタツマキに言った。一昨年の夏、記憶を取り戻してから神戸に戻った多美は、猛士からの使者に、組織に入る意志があることを告げた。断片的に甦った様々な不可思議な光景の意味を解明し、失われた半年を取り戻すため、彼女は覚悟を決めた。
 猛士の適性判断により、多美には鬼のサポーターとしての素養があることがわかり、大学生活の傍ら、彼女は様々な現場を渡り歩いてサポートの技術を磨いた。
 そして、多美はこのたび独り立ちしたタツマキのサポーターとして、猛士関西支部に配属された。次のタツマキの出動シフトから、二人は共に行動することとなった。
374鬼祓い作者 ◆1vK6hvC1aSq/ :2009/10/28(水) 21:06:13 ID:5dzF3YMLO
 その日の夜、「クロスロード」や「きい」と示し合わせてチャットルームに集まった「獅子」=タツマキは、自分と純友と多美の関係について、猛士の仕事については触れずにぼかしながら説明した。
 自分のやっていることは「抜け駆け」なのではないかと、タツマキは二人に尋ねた。

きい:抜け駆けって?

クロスロード:卑怯なことじゃないかもしれない。

 その時、チャットルームに入ってきた四人目のアバターが突然割って入り言った。

KNIGHT:チャンスに照れるな。

「KNIGHT」というハンドルネームのアバターは、レザーのジャケットに指貫きの手袋というロックな出で立ちをしていた。

獅子:恋ってほろ苦い?

クロスロード:ホロホロ鳥は一夫一妻制で一生添い遂げるらしい。

KNIGHT:苦いより甘い方がいいな。
375鬼祓い作者 ◆1vK6hvC1aSq/ :2009/10/28(水) 21:10:53 ID:5dzF3YMLO
 四国地方・香川県高松。

 数時間前、猛士四国支部所属のサポーター・岸啓真は、同支部の鬼・ソヨメキが下宿するカフェ「フリューゲル」の店長・羽佐間琴音から、ソヨメキが最近アルコールを飲み始めたこと、それに「ウェブ飲み会」なるものに参加していることを聞きつけた。
 啓真はこれを同期のサポーター・木倉恭也に話し、彼にソヨメキが出入りしているチャットルームを捜してほしいと頼んだ。
「本人に聞け」
 話を聞いて、ひと言で冷たく恭也は突き放した。それにしつこく食い下がる啓真。
「ソヨが俺だって気づいちゃったら意味ねぇんだよ。顔も知らない相手に対して本音を語るチャットだから意味あんだよ。そこには、俺の知らないソヨがいるんだぞ。俺の知らないソヨが!」
「知るか」
「まっ、お前にそこまで突き止められるウデはねーか」
 憎たらしく言い放ちながら恭也の元を去っていこうとする啓真の背に、低い声がとんだ。
「なんだと……?」
 プライドを刺激された恭也は、パソコンに向かい素早くキーを叩き始めた。
「“DIVE”!」
 ウェブ中の主なチャットルームをサーチした恭也は、サーバからログを引き出すと、ウィンドウ内に流れ出した英数字の羅列を睨んだ。
376鬼祓い作者 ◆1vK6hvC1aSq/ :2009/10/28(水) 21:14:05 ID:5dzF3YMLO
 ハンドルネーム「きい」=ソヨメキが、「KNIGHT」の正体に見当がつき、パソコンの前で溜め息をついていると、その場に更に五人目のアバターが現れた。黒い髪に白いセーターというデザインだった。そのアバターは皆に「LANCEです」と名のった。

獅子:愛ってなに?

クロスロード:愛という字の真ん中には心。

KNIGHT:すべてのはじまり、あいうえお。

LANCE:すみません、飲み過ぎみたいです、コイツ。連れて帰りますね。

 そう言って、「LANCE」は嫌がる「KNIGHT」を無理矢理チャットルームの外に引きずり出していった。一般ユーザーにこのような機能はないはずだが、と皆は一様に首をかしげたが、考えてもわからなかったのでチャットを続けた。
 ソヨメキは「獅子」が大阪に行った話を受けて、自分が今年の冬、旅行中に大阪に立ち寄ったときのことを話した。
 ソヨメキが旅費を稼ぐため、大阪でストリートライブを行った当時のことを語っていると、チャットルームに入ってきた金髪にギャルファッションのアバターが言った。

ぁぃちω:ノヾ・/├″名レよナょωτぃぅω〒″スカゝ?
377鬼祓い作者 ◆1vK6hvC1aSq/ :2009/10/28(水) 21:17:45 ID:5dzF3YMLO
 東北地方・宮城県仙台。

 ハンドルネーム「クロスロード」=湯河原有志は、久しぶりに見る暗号めいた文字列を前に固まった。数秒後、書斎のパソコンの前から、リビングにいる妻を大声で呼んだ。
「おい、アヤ! ちょっと来てくれ!」
 有志はこの妙な文字列に見覚えがあった。以前、彼が猛士東北支部でサポートしていたギャル鬼が、ちょうどこんな感じのメールをよこしてきたことがあった。
「なーに? 大きな声出して」
「これ、これ! これ見てくれ。何て言ってるんだ?」
 パソコンのモニターの前に顔を寄せて史子は言った。
「えっと、『バンド名はなんていうんデスか?』だって」
「これってまさか、あいつじゃないよな」
「うーん……名前が『あいちん』っていうのがなんか……本人ぽい」
 チャットルーム上の「きい」もなんとかギャル文字の内容を解読したらしく、バンド名は「テイク・シー」だと答えていた。
 チャットルーム内の「ぁぃちω」が更にギャル文字の洪水を放つ。

ぁぃちω:ぁ〜ゃっレよ°丶)〜! ァ勺゛/ξ@├≠大卩反レニぃτ、皆廾・/@ラィ┐″観τまιナニぁ〜!!(Pq´∀`∞)☆
378鬼祓い作者 ◆1vK6hvC1aSq/ :2009/10/28(水) 21:20:31 ID:5dzF3YMLO
 史子によると「あ〜やっぱり〜! アタシそのトキ大阪にいて、皆サンのライブ観てましたぁ〜!!」と言っているらしい。猛士を離れたギャル鬼は現在アメリカにいるはずなので、これは別人だと思い、有志は胸をなで下ろした。
 一応のこと、有志=「クロスロード」は「ぁぃちω」に現在の居場所を尋ねてみた。

ぁぃちω:ァ乂└|ヵτ″っす!ヾ( ≧▽≦)ノ

「アヤ……これ『アメリカ』って書いてあるよな」
 有志は即座にチャットルームから出る決意を固めた。

クロスロード:俺も今夜は飲み過ぎたみたいだ。それじゃ、また。

きい:おやすみなさい。

獅子:オヤスミー。

 青いキャップを被ったアバターは、逃げるようにしてチャットルームを出ていこうとして、去り際に「獅子」に向けて言った。

クロスロード:ずっと会えていないっていう友達のことだけど、会えるか会えないかは、君が決めていいんじゃないかな。そこから動き出せるかどうかは、君の気持ち次第だと思うよ。




11/10からは冬期限定の「冬みかん」が発売されます。
詳細はこちら→ttp://suntory.jp/HOROYOI/
379名無しより愛をこめて:2009/11/03(火) 02:58:22 ID:yToAfv0S0
テスト
380名無しより愛をこめて:2009/11/10(火) 19:02:06 ID:zLoEGDknO
未だに規制が解除されない…から、携帯からカキコ。

ギャル文字でた瞬間、飲んでいたエビスザホップ噴きかけましたw
アイキ、相変わらずのようで何よりです…しかしよく読めたなソヨメキ…

タツマキ、うまく純友と仲直りできるといいね
案ずるよりなんとやらで、どーんとストレートにいけばきっと上手くいくさね、頑張れ

…などと登場人物に声をかけたくなるくらい、キャラクターがイキイキしてるところが大好きです。

投下ありがとうございました!
381名無しより愛をこめて:2009/11/24(火) 19:00:13 ID:f9dQSbhT0
保守
382名無しより愛をこめて:2009/12/07(月) 22:39:48 ID:2UqXRi2F0
ソヨ保守
383名無しより愛をこめて:2009/12/08(火) 18:13:24 ID:P41cacf40
啓真がアイキとニアミスだったのがちと残念w
この二人だと、通じてるんだかいないんだかわからんようなカオス会話で盛り上がりそうだ
384名無しより愛をこめて:2009/12/10(木) 12:58:11 ID:JSgHEnsjO
なんという過疎
385鬼祓い作者 ◆1vK6hvC1aSq/ :2009/12/15(火) 00:03:28 ID:k/Bht0JZ0


『ほろよい.com 3杯目』


 ウェブサイトでチャットをしながらの飲み会を続けてきた「クロスロード」、「きい」、「獅子」は、特に示し合わずとも、週に一度くらいは互いのアバターをチャットルームで見かけるようになっていた。
 たまたま同じチャットルームで出会ってチャットをしていると、残る一人もやってくるというかたちが定着していた。ウェブサイトに来る時間帯や、興味のある話題が重なっているのだろう。

きい:風を信じる子と書いて?

クロスロード:ヒヤシンス。

獅子:僕は僕しか信じない。

 こんな内容の会話を交わしてから数週間、「クロスロード」は「獅子」をさっぱり見かけなくなった。ある晩チャットルームで会った「きい」にそのことを告げたところ、彼女も同じように感じていたという。
 四国に住む彼女は、数週間前に出張で関西に行ってきたばかりだった。関西在住の「獅子」にチャットルームで出会ったら、その時に見聞きした関西のあれこれを話そうと思っていたが、いまだにその機会はなかった。
386鬼祓い作者 ◆1vK6hvC1aSq/ :2009/12/15(火) 00:07:42 ID:k/Bht0JZ0
 数週間前、滋賀・琵琶湖西側の山間部に、大量の魔化魍が出現していた。洋館の男女か、それとも『夜卿』の差し金か、いずれにしても人為的な作為を感じる状況だった。
 魔化魍退治を行う組織・猛士の総本部は組織内に非常事態宣言を発令し、関西支部の人員だけでは手にあまる今回の状況に対して、近隣支部に応援要請を出した。
 その結果、東海、中国、四国の三支部から数十人の応援要員を得て、猛士関西支部は事態の沈静化にあたることになった。

 琵琶湖西側に点在する魔化魍発生地点の一つ、朽木渓谷では、稀種魔化魍オトロシが出現し、多数の鬼たちがその対応にあたっていた。
 そのとき現場の山岳地帯にいた猛士の人員は以下の通りだった。

 関西支部のベテラン・弦鬼と、その弟子であるルーキー・竜巻鬼の師弟。
 東海支部のベテラン・靡鬼と、その弟子である棚引鬼の師弟。
 中国支部の若手・犇鬼と、同期の蠢鬼。
 四国支部の若手・澤鳴鬼と、同門の微鳴鬼。

 この八鬼が巨大で頑強な魔化魍・オトロシを相手に戦っていた。
387鬼祓い作者 ◆1vK6hvC1aSq/ :2009/12/15(火) 00:19:11 ID:k/Bht0JZ0
『“やつら”の手が入った魔化魍だ。マニュアル通りにいくと思うな』
 オトロシの巨体を前にして、弦鬼が真横にいる竜巻鬼に言った。
 魔化魍オトロシは、百年に一度くらいの割合で自然発生する魔化魍である。そのため、はるか昔の猛士の文献しか資料がなかったが、近年の人為的な発生により、結果として猛士はその実物から情報を得て、具体的な対応マニュアルを作成することができた。

 オトロシは、十メートルを越す体高を持ち、亀のような甲羅と四肢を有し、サイのような角を鼻先から立ち上げた巨大な魔化魍である。甲羅に手足を引き込み黒煙を噴射して空を高速で飛行し、攻撃力、防御力、スピードいずれにも長けている。
 弱点は、頭部とは別に甲羅にもあるもう一対の目である。

 微鳴鬼の銃撃が、オトロシの甲羅にある目に命中した。続いて頭部の目に向けて射撃が行われ、これも命中した。すると、オトロシは何度かまばたきをして、これらの鬼石を体外に排出した。
 管の鬼たちが銃口を構え、太鼓と弦の鬼たちが近づいていこうとする中、オトロシは空に向けて怒りの咆哮を上げた。
388鬼祓い作者 ◆1vK6hvC1aSq/ :2009/12/15(火) 00:21:54 ID:k/Bht0JZ0
 手足を甲羅の中に引き込み、黒煙を噴き宙に舞い上がったオトロシは、鬼たちの立つ岩肌に急降下して、敵を地面に押し潰そうとした。
 鬼たちは片側の目を潰されたオトロシの死角に回り込み攻撃をしかけたが、固い甲羅に射撃も斬撃も弾き返された。それぞれの属性を生かした鬼法術も高速移動を続ける的には当たらなかった。

 そして、いよいよ鬼たちの中から犠牲者が出た。
 音撃弦で斬り掛かった竜巻鬼がオトロシに弾き飛ばされ、地に倒れた。手足を甲羅に収めた体勢のオトロシがそこに急降下した。
 他の鬼たちが惨状を想像し、息を詰めて様子を見ていると、浮き上がったオトロシの真下の地面には、岩地の窪みに体を滑りこませ難を逃れた竜巻鬼の姿があった。
 が、四肢を甲羅から出して地に降り立ったオトロシは、巨大な前肢で鬼の体を窪みから蹴り出し、踏みつけた。
 竜巻鬼がダメージを受けて動かなくなると、オトロシは再び手足を甲羅に引き込み、黒煙を噴きつつ空へと急上昇した。そして、地に仰向けで横たわる竜巻鬼に向けて、とどめとばかりに急降下した。
389鬼祓い作者 ◆1vK6hvC1aSq/ :2009/12/15(火) 00:25:29 ID:k/Bht0JZ0
 大地とオトロシの巨体に挟まれた竜巻鬼の安否が心配された。
 弦鬼が駆けつけオトロシに斬撃を繰り返したが、固い甲羅に攻撃は阻まれた。他の弦の鬼の斬撃も、管の鬼の射撃もオトロシには通用しなかった。
『俺が行くしかねえな』
 現場で唯一太鼓の装備を持っていた澤鳴鬼が飛び上がり、オトロシの背に張り付いて音撃鼓を展開した。
 澤鳴鬼が両手の撥で鼓を叩き始めると、他の鬼はそれに合わせて音撃を開始した。弟子の身を案じつつ、弦鬼も自らの弦をかき鳴らし始めた。七つの音撃が一つに重なり、オトロシが爆発して土に還ったのは、それからしばらくしてからだった。
『タツマキ!』
 名を呼びながら弦鬼が駆けつけた先には、半ば地中に沈み、鬼から人の姿に戻ったタツマキの倒れた姿があった。
390鬼祓い作者 ◆1vK6hvC1aSq/ :2009/12/15(火) 00:28:26 ID:k/Bht0JZ0
 ウェブサイトのチャットルームでたまたま出会った「きい」と「クロスロード」は、「獅子」が来ることを待ちながらチャットを続けていた。

きい:ウルトラマンの最終回の怪獣。なぜゼットンって言うの?

クロスロード:アルファベットと50音の最後の一文字。

獅子:僕はまだ終わらないよ。

 チャットルームに入室してきた赤い服のアバターが、そう二人に話しかけた。
391鬼祓い作者 ◆1vK6hvC1aSq/ :2009/12/15(火) 00:30:42 ID:k/Bht0JZ0
 タツマキが目覚めると、そこは病院のベッドの上だった。
 病室の天井の下に、自分の顔を心配そうに覗き込む、師匠・ゲンキとサポーター・橘多美の顔があった。
「俺、助かったみたいですね」
 タツマキは二人に向けてそう言った。予想以上に小さな声しか出なかった。
 関東支部で研修を受けていた頃、これと同様の状況に面したことがあった。トドロキという当時若手の鬼がオトロシに手ひどくやられ、猛士の医療部からは「鬼への変身は不可能」という判断がくだされた。
 その後、トドロキは奇跡の回復を遂げ戦列に復帰し、大災厄『オロチ』を闘い抜いた。しかしタツマキは、それが奇跡でも何でもなく、禁を破って術を使い、トドロキの復活を望んだその師匠・ザンキの存在あってこその事だったと知っている。
 通常であれば、この状況から助かるすべはない。命があっただけでも幸運だったのだ。
「俺、もしかしてもう――鬼に、なれないんじゃないスか」
 多美が、小さな声で喋るタツマキを見て泣き出した。
392鬼祓い作者 ◆1vK6hvC1aSq/ :2009/12/15(火) 00:32:47 ID:k/Bht0JZ0
「何を言ってやがる」
 ゲンキがぶっきらぼうに言った。
「ここ最近の非常事態で、支部のみんなは疲れきってんだよ。昨日でようやく事態も収まったみてえだが、これからも魔化魍の自然発生は続く。お前も早々に復帰しろ」
「復帰? 俺、そんなにひでえことやられてなかったんスね。奇跡だ……」
「奇跡でもなんでもねえ」

 オトロシ退治が終わった後、ゲンキが現場で見たのは、半身を巨大な盾のようなもので覆われたまま仰向けで倒れた、タツマキの姿だった。その盾状のものは、タツマキが左腕に装着した音撃弦が展開したものだった。

「装着者の状態を感知して『セーブ・モード』とかいうものに移行するらしいぞ、お前の音撃弦は。技術部に聞いてみたら、そういう仕様だって言われたぜ。勉強不足なんだよお前は」
「『セーブ・モード』……?」
 多美は相変わらずベッドの横で泣き続けていたが、それは悲しみの涙ではなく、パートナーの無事を確認した喜びの涙だった。
393鬼祓い作者 ◆1vK6hvC1aSq/ :2009/12/15(火) 00:43:10 ID:k/Bht0JZ0
「そういう俺も脳が足りなかったかもな」
 声のトーンを落とし、ゲンキは静かに続けた。
「お前の弦が、普通の弦より強い材質で造られてたってことは知ってたが、それが何のためなのかまでは解っていなかった。――お前の音撃弦は、使用者を『護る』ことに重点を置いたものだったんだ。そのための『最強硬度』の材質だったわけだ」
 タツマキは、全国でも数人しかいない、2008年にロールアウトされた新型音撃弦の使用者である。ゲンキは従来の音撃弦を使用する鬼であり、タツマキへの指導は、弦の基礎と従来の枠組みの中での応用に留まっていた。
「新型を造った奴に感謝するんだな。持ち主のことを第一に考えた、いい武器じゃねえか」
 涙を拭き終えた多美が、タツマキに言った。
「私、明日にでもその人にお礼にしてくるね」
「それがな……」
 横からゲンキが言った。
「俺もそうしようとして技術部に問い合わせたんだが、居なかった。造ったのは猛士の外の人間だそうだ。会いに行こうと思って住所を尋ねたら……一般人なんで所在は教えられない、だと」
394鬼祓い作者 ◆1vK6hvC1aSq/ :2009/12/15(火) 00:45:22 ID:k/Bht0JZ0
 二人が帰り、病室に一人になったタツマキは、寝台に横になり考え続けていた。
(純友……おまえなのか?)
 天井を見続けるタツマキの目が、じわりと熱くにじんだ。
 タツマキは、高校に通いながら猛士の研修生として過ごしていた頃、共に研修を受けていた同級生・須佐純友と互いに約束をしていた。

 ――自分は、必ず鬼となって魔化魍を倒す。
 ――純友は、最強の音撃武器を造る。

 タツマキがその音撃武器を使うことによって、自分も共に闘っていることになるのだと、純友は言った。
 数年が経ち、タツマキはその約束を果たした。だがその時すでに、純友の約束のほうは果たされていたのかもしれない。

 純友は現在大学に進学し、卒業後に猛士入りするかどうかは本人に委ねられている。
 タツマキの音撃弦を造ったのが猛士の外部の人間であるということは、それは、現在の純友のような、猛士に関わりながらも組織に入っていない者であるということを示している。本当の所はどうなのか、本人に会って確かめてみたい。

 怪我が治ったら、純友に会いに行こう。そうタツマキは思った。





395名無しより愛をこめて:2009/12/15(火) 02:40:40 ID:LjsUu2IK0
鬼祓い作者様、投下乙です。
今回も面白かったです。
396名無しより愛をこめて
投下有難うございます。相変わらず文章のクオリティ高い。

しかし、きいとクロスロードは何を話しているんだ・・・w