【響鬼】鬼ストーリー 陸之巻【SS】

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1名無しより愛をこめて
「仮面ライダー響鬼」から発想を得た小説を発表するスレです。
舞台は古今東西。オリジナル鬼を絡めてもOKです。

【前スレ】
【響鬼】鬼ストーリー 伍之巻【SS】
http://mamono.2ch.net/test/read.cgi/sfx/1208877624/l50

【まとめサイト】
http://olap.s54.xrea.com/hero_ss/index.html
http://www.geocities.jp/reef_sabaki/
http://hwm7.gyao.ne.jp/lica/hero_ss/

【用語集】
http://www.iiyama-catv.ne.jp/~walachia/index.html
※用語集へはTOPの「響鬼」でたどり着けます
http://hwm7.gyao.ne.jp/lica/hero_ss/glossary/

次スレは、950レスか容量470KBを越えた場合に、
有志の方がスレ立ての意思表明をしてから立ててください。

過去スレ、関連スレは>>2以降。
2名無しより愛をこめて:2008/10/18(土) 00:44:58 ID:SErFpQiXO
【過去スレ】
1. 裁鬼さんが主人公のストーリーを作るスレ
http://tv7.2ch.net/test/read.cgi/sfx/1131944389/(DAT落ち)
2. 裁鬼さんが主人公のストーリーを作るスレ その2
http://tv7.2ch.net/test/read.cgi/sfx/1138029584/(DAT落ち)
3. 裁鬼さん達が主人公のストーリーを作るスレ
http://tv7.2ch.net/test/read.cgi/sfx/1139970054/(DAT落ち)
4. 裁鬼さん達が主人公のストーリーを作るスレ 弐乃巻
http://tv7.2ch.net/test/read.cgi/sfx/1142902175/(DAT落ち)
5. 裁鬼さん達が主人公のストーリーを作るスレ 参乃巻
http://tv7.2ch.net/test/read.cgi/sfx/1146814533/(DAT落ち)
6. 裁鬼さん達が主人公のストーリーを作るスレ 肆乃巻
http://tv7.2ch.net/test/read.cgi/sfx/1150894135/(DAT落ち)
7. 裁鬼さん達が主人公のストーリーを作るスレ 伍乃巻
http://tv7.2ch.net/test/read.cgi/sfx/1158760703/(DAT落ち)
8. 響鬼SS総合スレ
http://tv7.2ch.net/test/read.cgi/sfx/1162869388/(DAT落ち)
9.【響鬼】鬼ストーリー(仮)【SS】
http://tv9.2ch.net/test/read.cgi/sfx/1164788155/(DAT落ち)
10.【響鬼】鬼ストーリー 弐之巻【SS】
http://tv11.2ch.net/test/read.cgi/sfx/1170773906/(DAT落ち)
11.【響鬼】鬼ストーリー 参之巻【SS】
http://tv11.2ch.net/test/read.cgi/sfx/1179024153/(DAT落ち)
12.【響鬼】鬼ストーリー 肆之巻【SS】
http://tv11.2ch.net/test/read.cgi/sfx/1190639343/(DAT落ち)

【関連スレ】
--仮面ライダー鋭鬼・支援スレ--
http://tv7.2ch.net/test/read.cgi/sfx/1124581664/(DAT落ち)
弾鬼が主人公のストーリーを作るスレ
http://tv7.2ch.net/test/read.cgi/sfx/1133844639/(DAT落ち)
3名無しより愛をこめて:2008/10/18(土) 02:15:26 ID:SErFpQiXO
>>1スレ立て乙です。

なぜ1と2が別IDなのか、そしてなぜ1と2が5時間空いているのか。
それは、携帯電話ユーザーの2が1にスレ立て代行依頼をしたため。


昨夜遅く、前スレの470Kオーバーに気づいてスレ立て代行依頼を思い立つ>>2
   ↓
今朝代行依頼。代行人の手間を減らすためテンプレ>>2は自分で書こうと考えて構える。
   ↓
夕方から何か激務。終電で帰宅。家まで歩く途中で代行依頼していたことを思い出す。
   ↓
道端でケータイから>>2を書き込む。5時間近く2getされていなかったことにチョイ驚き。


そんな人生初の2get。
4まとめサイト(4get):2008/10/26(日) 22:16:36 ID:nGmVxuJn0
用語集(別冊)を更新しマシタよ。ヽ(゚∀゚ )ノ
ttp://hwm7.gyao.ne.jp/lica/hero_ss/glossary/

ここのところ月イチで更新してマスけど、いまだに人名の[な行]が1項目しかありマセンよ。
5高鬼SS作者 ◆Yg6qwCRGE. :2008/10/29(水) 21:20:40 ID:wrE54oog0
>>1

あと一回で終わらす予定だったのですが、予想以上に長くなっちゃって…。
何とか短く纏めようとしてるんですけど時間が掛かりそうなので、
とりあえずまた区切りの良いところまで投下させていただきます。
6北陸支部鬼譚 〜儀式〜 :2008/10/29(水) 21:25:02 ID:wrE54oog0
「人と少しでも違っていたら、異分子として排除される。日本人の歴史は排除の歴史です。まあ、世界各国似たり寄ったりなところもありますがね……」
まどろみの中で、弥子は嘗てドクハキとした何気ない会話の内容を思い出していた。ああ、こんな事話したっけなぁ……、と言うかどうして自分はこんな台詞を思い出しているのだろう……。
「お目覚めかな?」
突然、聞いた事の無い声が弥子の耳に飛び込んできた。覚醒。目を開けると、彼女の目の前には神官のような格好をした男が立っていた。冷徹な視線が弥子の全身を射抜く。まるで自分の全てを見透かされたかのようで、弥子は身震いした。
弥子が尋ねる前に、男は自らオモヒデ教の新教祖だと名乗った。
「どうして……」
弥子のその問いかけに、新教祖が答える。
「一年ぐらい前かな、奇妙な雰囲気を纏った男女に力を貰ってね。彼等は私にこう告げたよ、『好きに使え』と……」
「男女……」
ではこの一連の騒動は、京都での戦いで消息不明となったあの洋館の男女による「悪意の置き土産」だったとでも言うのか?
「君は彼等から与えられた『力』を解放するための鍵だ。儀式の刻限まで大人しくしていてもらおう」
「鍵ってどういう事!?それに『力』って何なの!?」
新教祖は薄笑いを浮かべながら、自分達の眼前にある大きな岩を指差した。その岩を囲むように注連縄が張られ、松明がくべられ、祭壇が設置されている。
岩には、大きな蛇が化石となって埋まっていた。頭に大きな角を生やした蛇だ。その化石からは、禍々しい悪意が放たれている。その邪気に中てられたのか、悪寒が弥子を襲う。
「……何を企んでいるの?」
不快感と戦いながら、弥子が尋ねる。松明の明かりに照らされ、悪鬼の如き影を浮かび上がらせながら新教祖は答えた。それを聞いて、弥子の背筋を冷たいものが流れていく。
目の前の男は、テレビや漫画の中の悪の組織ぐらいしか口にしない言葉をさも愉快そうに、且つ堂々と告げたのだった。
7北陸支部鬼譚 〜儀式〜 :2008/10/29(水) 21:28:38 ID:wrE54oog0
と、そこへ見張りに立っている信者達の悲鳴が飛んできた。声のする方を見ると、一人の鬼が群がる信者を蹴散らしながら弥子の方へと向かってくる。
「小粋鬼さん!」
「弥子、無事か!」
だがそう言う小粋鬼は傍目からでも分かる程に疲弊していた。長いブランクのせいだろう。
「君達の足止めにはヤコの群れを向かわせていた筈だが……」
「狐狩りなら終わりましたよ」
小粋鬼が信者を蹴散らして出来た道の真ん中を、ゆっくりと毒覇鬼が歩いてくる。こちらも全身ボロボロだ。……否、あまりにもボロボロになり過ぎている。長年サポーターを務めてきた弥子には分かる。今の毒覇鬼は何かがおかしい。
そこへ、毒覇鬼達とは逆方向から別の鬼が姿を現した。杯鬼だ。
「むぅ!」
大岩に埋まった化石を見て、杯鬼が反応する。
「そうか、貴様等の目的はこいつの復活か……」
「知っているんですか、杯鬼さん!?」
「うむ、聞いたことがある。これぞ『常陸国風土記』にその存在が記載されている邪神ヤトノカミ……」
ヤトノカミ(夜刀神)とは――杯鬼の言う通り「常陸国風土記」に記述が残る蛇体の神だ。群れを成して谷に棲み、その姿を見た者は一族諸共根絶やしにされてしまうと言う。ヤトノカミは継体天皇の治世に全て退治された筈だが……。
「あの当時音撃はまだ確立されていない。従って魔化魍は封印と言う形で退治してきた。このヤトノカミは岩に封印されたのだろう」
大岩を凝視したまま、杯鬼が弥子に説明を続ける。と。
「そんな大昔に根絶やしにされた魔化魍、復活したって怖くないぜ」
声が聞こえた。その声のする方に弥子が顔を向ける。そこにもまた、見覚えのある鬼の姿があった。
「殺鬼さん!それに……」
殺鬼が肩を担ぎながら連れてきた人物は、霊鬼だった。ただ、右上腕に嵌められていた御鬼輪は外されている。
「確かに。だが、ただ封印を解くのではなく、儀式によって復活させようというのがミソだ。おそらく復活と同時に封印当時と同じ、あるいはそれ以上の……」
「凄い凄い」
杯鬼の洞察を茶化すかのように、新教祖が声を掛ける。
8北陸支部鬼譚 〜儀式〜 :2008/10/29(水) 21:36:44 ID:wrE54oog0
「その岩をぶっ壊し、てめえを殺す!一分だ!一分以内に片付けてやる!」
霊鬼を地面に寝かせると、殺鬼が声の限りに叫んだ。だがそこへ。
「行け、黒紫の蝶!」
炎を纏った黒紫蝶が殺鬼目掛けて突っ込んできた。鬼爪を出し、それらを払いのける殺鬼。夜空を見やると、月を背に蝶鬼が浮かんでいた。
「蝶鬼!てめえ!」
「チッチッ、蝶・鬼(はあと)。もっと愛を込めて!」
狙撃鬼に抉られた左肩から血を流しながらも、蝶鬼は巫山戯た口調で殺鬼を挑発する。そんな蝶鬼に向かい、「雑言」を発砲する毒覇鬼。だが軽く躱されてしまう。
「どうした、狙いが定まっていないぞ?」
やはりおかしい――弥子の中の疑惑が確信に変わった。今思えば、一緒にヤコ退治に向かった時から何処かおかしかった。
「肩だ!あいつの左肩に鬼石が撃ち込まれている!」
杯鬼が叫んだ。「雑言」を音撃射形態に組み替える毒覇鬼。だが。
「!」
その手からマウスピースを落としてしまった。プロらしからぬ有り得ないミスである。
「お前、もう……」
心配そうに声を掛ける小粋鬼に、「大丈夫です」と告げると組み立てを再開する。しかしそこへ向けて黒紫蝶が……。
銃声。それと同時に黒紫蝶が粉々に砕け散る。それとほぼ同時に響き渡る重低音。派手な音を立てて蝶鬼の左肩が爆ぜた。音撃射だ。バランスを崩した蝶鬼が地上へと落ちていく。
「どうやら皆集まっているようね」
左手に音撃管・若紫を握った滅鬼が立っていた。その斜め後ろには、バズーカ型音撃管を音撃射モードにして構えた重鬼の姿がある。
「……『皆』ではないか」
周囲を見渡し、誰が居ないかを確認する。そんな滅鬼の右腕は、不自然に垂れ下がっていた。重鬼の音撃管を使用した結果だ。
「皆さん、来てくれたんですね!」
涙声で弥子が叫ぶ。それに対し滅鬼が実に優しい声で。
「当然よ。あなたは仲間だもの」
「わざわざ事務所を閉めてきたんだ。損害はちゃんと返せよ」
これは殺鬼の言。
「今日だけは誰かのためじゃない。お前一人のために来たんだ」
そう告げると小粋鬼は大見得を切り、声を張り上げた。久方振りの名乗りだ。
「咲いて暴れて大傾奇!天下御免!小粋鬼参上!」
それを合図に、六人の鬼が新教祖を取り囲むよう輪を作る。
9北陸支部鬼譚 〜儀式〜 :2008/10/29(水) 21:39:05 ID:wrE54oog0
「儀式は中止です。弥子を返していただこう!」
銃口を新教祖へと向けながら、毒覇鬼が威圧的な口調で告げた。だが新教祖は怯まない。まだ何か策があるのか?
と、新教祖が袖を捲くった。彼の右腕には御鬼輪が嵌められている。これで霊鬼を操っていたのだ。
「知っているだろう?鬼に近しい存在なら、これがあるだけで操れると……」
新教祖が御鬼輪を嵌めた腕を掲げた。それを合図に、ショウケラの群れとモウリョウが現れる。代田のドーピングを受けた信者達も一緒だ。
「囚われのお姫様を助けに来た勇敢なナイト諸君。残念だがここでさようならだ」
一斉に六人へと飛び掛かる魔化魍の群れ。北陸支部の鬼達もこの展開を予想出来なかったわけではないのだが、全員がここへ辿り着くまでの戦いで著しく体力を消耗していた。特に殺鬼は、大技を使った影響が動きに如実に表れている。
「こいつと私さえいれば儀式は行える!私の勝ちだ!」
喜色満面の新教祖が、弥子を抱き寄せた。だがその手に弥子が思い切り噛み付く。悲鳴。その隙に逃げ出す弥子。
「その娘はね、その程度の逆境では屈しませんよ。私が慣れさせていますから」
ショウケラの群れと渡り合いながら毒覇鬼がそう告げる。大口を開けて跳び掛かってきたショウケラに回し蹴りを叩き込むと、毒覇鬼が大きく両手を広げた。そこへ弥子が飛び込んでくる。
「毒覇鬼さん!」
何も言わず毒覇鬼は弥子の頭を強く撫でた。髪をぐしゃぐしゃにされながらも、弥子はずっと彼の腕の中で涙を流していた。
「人質は救出。後は……」
音撃棒・リムセでショウケラを打ちながら、杯鬼が言う。そして。
「ぬううう……!」
気合を込める杯鬼。彼の周囲が黄金色に輝き始めた。びりびりと空気が震えだす。
10北陸支部鬼譚 〜儀式〜 :2008/10/29(水) 21:43:36 ID:wrE54oog0
「あれをやるのか……」
滅鬼が呟く。彼女はショウケラに向かって歩み寄りながら、その全身に向け圧縮空気弾を撃ち込み続けていた。至近距離まで近付くと発砲を止め、ショウケラの顎を思い切り蹴り上げる。
「全員、杯鬼の変身が終わるまで敵を近付けさせるな!」
滅鬼のその言葉に頷く鬼達。殺鬼に向かって滅鬼が「若紫」を投げる。
「お前はそれを使え。肉弾戦が出来る体力ではないだろう?」
「ありがてえ!」
そう礼を述べると殺鬼は「降魔」を地面に突き立て、「若紫」を乱射しまくる。滅鬼はもう片方のホルスターから音撃管・薄雲を引き抜くと、改めて攻撃を始めた。
十秒程度で、杯鬼は全身が黄金色に光り輝く強化形態へと変身を遂げた。相変わらずその体には魔を祓う文身が刻まれている。
イヨマンテ――これが彼の強化形態に付けられた名だ。アイヌに伝わる伝統儀礼の事である。
杯鬼イヨマンテが「リムセ」を構え直す。異様な気配を敏感に察知し、他の鬼との戦いを放棄して杯鬼へと向かっていくショウケラの群れ。ある程度数が集まったのを見るや。
「おおお!」
風の如き速さでショウケラの群れに「リムセ」を叩き付けていく。刹那、金色に輝く音撃鼓がショウケラの胴体に次々と展開していった。まるで光り輝く花が一斉に咲き乱れたように。
花が咲いた順番にショウケラの体が爆発四散していく。その間僅か一、二秒。その時、杯鬼イヨマンテは既にモウリョウの前へと接近していた。
一撃。
魔化魍の中で最も鬼に近しい存在であるモウリョウ、それすらも一撃で祓い清めた杯鬼イヨマンテは、ヤトノカミが眠る大岩へと突き進んでいった。
新教祖が何やら叫んでいる。が、そんな事お構いなしに装備帯から音撃鼓・カムイを取り外す杯鬼イヨマンテ。それをヤトノカミの化石に思いっ切り押し付ける。大きく展開する「カムイ」。
間髪を入れず音撃打が行われた。轟音が周囲に響き、清めの波動が大岩を少しずつ砕いていく。
「止めろぉぉぉぉぉぉ!」
新教祖の悲鳴も勇壮な太鼓の音に掻き消された。とどめの一撃を叩き込まれ、ヤトノカミは悠久の眠りから醒める事無く、完全に消滅した。


続く
11高鬼SS作者 ◆Yg6qwCRGE. :2008/10/29(水) 21:50:51 ID:wrE54oog0
なんか中途半端な投下量になった気がする…。まあいいや。

もしアイヌの方がこのSSを読んでいたら、お詫び致します。
イヨマンテ、本物もちゃんと知っております。記録映像ではありますが見た事あります。
しかし金粉ショーのイメージがやはり強すぎて…。
本当にごめんなさい。あと、トゥキにはコテカは付いておりません。鼻からピーナッツも飛ばしません。
12名無しより愛をこめて:2008/10/30(木) 00:30:03 ID:6ZTFSSQ20
>11
投下乙ですw
13名無しより愛をこめて:2008/10/30(木) 00:35:14 ID:dg4Ly/PI0
おお、今回は誰も○んでいない。投下乙です。
14名無しより愛をこめて:2008/10/31(金) 22:06:48 ID:7rq57Pbr0
15名無しより愛をこめて:2008/11/08(土) 14:24:13 ID:ASTDq62t0
保守シマス
16高鬼SS作者 ◆Yg6qwCRGE. :2008/11/08(土) 22:33:56 ID:Ey74nDRL0
止せばいいのに途中大幅に書き直しちゃったせいで、予定よりまた少し長くなってしまった…orz
そういう訳で連続規制が怖いから、また区切りの良いところまで投下します。
たぶん続きは明日投下になるかと。で、その一回でようやく完結です。
17北陸支部鬼譚 〜結末〜:2008/11/08(土) 22:38:43 ID:Ey74nDRL0
がっくりと項垂れたまま新教祖は微動だにしない。さっきから何やらぶつぶつと呟いている。
魔化魍の群れは殆ど杯鬼イヨマンテが一人で粉砕した。そんな彼は、今は強化変身を解除し、顔の変身も解除している。他の鬼の強化変身同様、かなり体力を消耗するようだ。
他の鬼も全員顔の変身を解除していた。未だドーピングで強化された信徒、そして蝶鬼が残っているがお構いなしである。と言うか、既に蝶鬼も顔の変身を解除していた。
「……何でなんだよ」
新教祖のその言葉が自分達に向けられたものであると気付き、鬼達が一斉に視線を向ける。
「お前等だってそうだろ?世間から爪弾きにされてさ。こんな世の中、爆発させてえって思った事ぐらい、あるだろ?」
およそ教祖とは思えないような愚痴を零し始めた。それを聞いて、弥子の脳裏に嘗て仲間達とした何気ない会話が蘇ってくる。
18北陸支部鬼譚 〜結末〜:2008/11/08(土) 22:40:20 ID:Ey74nDRL0
――頭は良いんだけど病弱でね。家の跡継ぎとして相応しくないって……。誰からも必要とされない世界。そりゃ辛かったさ。こんな世界、燃やして、焼き尽くしてやるって思ったものだ。

あの日、確かにチョウキはこう言った。


――孤児あがりの俺を、みんな奇異の目で見てくるんだよ。あるのは差別か逆差別だけ……。それで開き直って「俺は孤児だ!」って叫んでたら、益々酷くなっちまってさ。

そう笑いながらサッキは煙草をくゆらせていた。


――警察は典型的な男性社会よ。私の敵は犯罪者だけじゃなかった。慕ってくれる部下も沢山出来たけど、それでもあの居心地の悪さは筆舌尽くし難いわね。

酒の席で珍しく過去を少しだけ語ってくれたメッキの目は、哀愁を帯びていた。


――僕にも人並みの夢はあったなぁ。……遠い昔の話だけどね。地方出身者への風当たりは強くって、逃げるように故郷へ帰ってきたっけ。

あの時、そう語るソゲキの胸中は如何程だったであろうか。


――こんな図体だから、昔っから誤解を多く招いてね。その当時は「どうしてこんなにレッテルを貼りたがるんだ」って、自棄になって、人が信じられなくて……。

そう語るあの日のジュウキの姿が、ありありと脳裏に浮かび上がってくる。


――昔、人助けをしたら何故か逆に糾弾された事があってさ。訳が分からなかった。世の中の理不尽さに憤って、何を信じたらいいのか分からなくなって……。強い男になろうと思ったのはその時かな。理不尽を跳ね返せる強い男に……。

トツゲキの心が少しだけ理解出来たような気がして、嬉しかった。

そして皆、それぞれの理由で「鬼」となった。古来よりヒトとは違う存在として畏怖されてきたモノに――。
19北陸支部鬼譚 〜結末〜:2008/11/08(土) 22:43:17 ID:Ey74nDRL0
静寂が場を包んだ。そんな中、弥子が口を開きかける。だがそれよりも少し早く。
「何甘えてやがる!」
コイキが叫んだ。彼の目には、今まで見た事がないまでの憤怒の色が浮かんでいた。
「あのな、ここに居る奴等は全員人には言えない過去を背負っているよ。腹ん中に闇を抱え込んでいるよ。否、俺達だけじゃあない。全国で戦っている同胞だってそうだ。それでも皆、人が好きでこの国が好きなんだ!」
唾を飛ばしながら、コイキが捲くし立てる。
「甘いと思うか?思えばいいさ!偽善と罵るか?やればいいさ!外野がいくら罵ろうとも、貫き通した信念と覚悟に嘘偽りはねえんだ!」
興奮するコイキを遮るように、ドクハキが一歩前に出て代わりに話し始めた。
「……確かに、人と少しでも違っていたら、異分子として排除される。それは世の常です。あなたも思うところがあるのでしょう。ですが」
誰も逃げていませんよ――そう強く、はっきりとドクハキは告げた。それを聞き、またしても新教祖が項垂れる。
「……さて、こいつをどうするかだな」
トゥキが周りの鬼達に向かって言う。そう、これで解決という訳にはいかない。このまま新教祖を警察へ突き出したところで、彼等の溜飲が下がるとは思えなかった。四人も死んでいるのだ。
「一発殴らせろ……」
ふらふらしながら前へ出ようとするサッキを、ジュウキが止めた。顔面蒼白である。立っているのも辛いだろう。これで殴るなんてとんでもない。
「殴るのか、お前等!?」
怯えた声で新教祖が叫ぶ。
「こいつは殴る価値も無いと俺は踏んだが」
「そうもいかないわ。私達の気が済まない」
「メッキさんに同意見です。ただ……」
コイキ、メッキ、ドクハキの三人が新教祖の処置について揉め始める。
20北陸支部鬼譚 〜結末〜:2008/11/08(土) 22:46:34 ID:Ey74nDRL0
と、突然新教祖の体が震えだした。徐々に震えは激しくなってくる。傍目から見ても異常だ。何事か分からず傍観する一同。鬼達だけでなく、信者達もだ。
体を震わせながら、新教祖が顔を上げた。その場に居た全員が息を呑む。
その顔には、鬼面が浮かび上がっていた。人と鬼の中間のような表情、能の世界で言う「生成(なまなり)」と呼ばれる状態に近かった。
刹那、新教祖の体が爆発的に膨れ上がる。着物が破け、その身が徐々に異形へと変化していった。
「これはどういう事だ!?」
「ドーピング……ではないわね」
北陸支部の面々が再び顔を鬼へと戻し、戦闘態勢に入る。その間、新教祖は完全に鬼に類似した怪物へとその姿を変えていた。
「こいつは……!」
「知っているのか、杯鬼さん!?」
「うむ。アマノサグメ――神の名を冠した魔化魍だ。一般には『天邪鬼』の名で知られている……」
アマノサグメは人心を掌握し、また未来や天の運行を探ると言ったシャーマン的な能力を持っているとされる。そこから転じて、人の心を読み取り人の嫌がる悪事を働く小鬼――天邪鬼となった。
アマノサグメは、微動だにせず毒覇鬼達の方に視線を向けている。
「こいつ、最初から魔化魍だったってのか!?」
「だがそんな素振りは何も……」
「こいつ、あの男女に力を貰ったって言っていました!きっとその時何かされたんです!」
弥子が叫ぶ。
民話「瓜子姫」の中では、殺害した瓜子姫の生皮を剥ぎ、それを被って瓜子姫に成り済ましている。だが今回は魔化魍が実際の人間と入れ替わったのか、それとも人間が魔化魍に改造されたのか、そこまでは分からない。
アマノサグメがその太い腕で地面を思い切り殴りつけた。土砂が舞い上がり、毒覇鬼達の視界を塞ぐ。と、何かが物凄い勢いで彼等の傍をすり抜けていった。振り返った毒覇鬼達の目に、信じられない光景が飛び込んでくる。
祭壇の四隅に備え付けられていた灯籠のうちの一本が、深々と重鬼の腹部に突き刺さっていたのだ。苦しげな声とともに、彼の口から血が漏れる。弥子が悲鳴を上げた。
21北陸支部鬼譚 〜結末〜:2008/11/08(土) 22:49:02 ID:Ey74nDRL0
いつの間にか間合いを詰めていたアマノサグメが、高々と掲げた手刀を滅鬼目掛けて振り下ろした。彼女の使い物にならなくなっていた右腕が根元から千切れ飛び、血飛沫を撒き散らしながら宙を舞った。
弥子を小粋鬼の方に押しやると、毒覇鬼がアマノサグメに向かって跳び掛かる。それを手にした「若紫」で援護するサッキ。彼だけは顔の変身を解除したままだ。
雄叫びを上げ、荒れ狂うアマノサグメ。最早理性の欠片も感じられない。杯鬼もまた、「リムセ」を手に戦いの輪に加わる。
アマノサグメが吼えた。何事かと小粋鬼の後ろからそっと顔を出して覗き見る弥子。見るとその脇腹に、毒覇鬼の毒爪が刺さっていた。しかし次の瞬間、毒覇鬼はアマノサグメに殴り飛ばされ、爪を折られてしまう。
「毒覇鬼さぁん!」
「下がっていろ!」
思わず毒覇鬼の傍へ駆け寄ろうとする弥子を、小粋鬼が制止する。強化形態への変身が元で体力を消耗している杯鬼も、アマノサグメの一撃で弾き飛ばされてしまった。
いよいよ小粋鬼も跳び掛かろうとしたその時、彼等の傍らを何かが横切っていった。灯籠だ。それがアマノサグメの胸に突き刺さる。その灯籠は、間違いなく先程まで重鬼に突き刺さっていたものだ。
「アメノワカヒコは返し矢で殺される……。神話通りだな……」
息も絶え絶えに重鬼がそう呟く。
アメノワカヒコとは記紀神話に登場する天津神であり、同じ話に登場するアメノサグメと共に天邪鬼の原型となった。彼は高天原からの使者を弓矢で射殺したが、その矢を天から投げ返され、それに当たって死んでいる。
「重鬼さん……!」
弥子の目に映る重鬼の腹部には、大きな穴がぽっかりと開いていた。そこから彼の後ろの景色が覗けるのだ、もう――長くはないだろう。
それでも重鬼は命の残り火を燃やしながら、音撃管を抱えた。膝をつき、震える腕で狙いを定める。発射。特注の大型鬼石がアマノサグメに命中した。世にも恐ろしい悲鳴が上がる。
それを確認すると、重鬼はゆっくりと地面に倒れ込んだ。弥子が叫ぶも、声が聞こえる事は認識出来るが何を喋っているのかまでは認識出来ない。怖くは無かったし、後悔も無かった。そのまま重鬼の意識は闇の底へと沈んでいった。
22北陸支部鬼譚 〜結末〜:2008/11/08(土) 22:52:18 ID:Ey74nDRL0
間髪入れず、毒覇鬼が起き上がり音撃射モードに切り替えた「雑言」を口にあてがう。深く深呼吸をし、息を整えて音撃射を奏でる。清めの音は、重鬼が撃った特大の鬼石によって増幅され、アマノサグメの身体を駆け巡った。
爆発。爆音に思わず耳を塞ぎしゃがみ込む弥子。粉塵が徐々に晴れ、音撃管を手にした毒覇鬼の姿が浮かび上がる。だが、その姿は……。
「……!」
弥子が息を呑む。毒覇鬼は全身の至る所がひび割れ、ぼろぼろと崩れだしていた。
「来たか……」
小粋鬼が呟く。どうやら彼はこの事態をある程度予測出来ていたらしい。
「どういう事ですか!?」
「毒属性の鬼ってのはな、定期的に投薬を受けないととてもじゃないが生きていけないんだ。だがそれにも限度がある。あいつは長い間鬼で居過ぎたんだ……」
毒覇鬼の体は、もう投薬程度ではどうしようもない程に蝕まれていた。弥子が感じた違和感の正体はそれだったのだ。
毒覇鬼が崩れ落ちるように地面に倒れた。彼の名前を叫びながら、弥子が駆け寄っていく。
だが、未だ残っていた信者達が彼女を捕らえようと立ちはだかった。指導者を失ったにも関わらず、ドーピングの影響で知能が低下したため与えられた目的をこなそうと機械的に動いているのだ。
片腕を失った滅鬼、最早充分な体力が残っていない杯鬼とサッキ、そして死に体の毒覇鬼。小粋鬼一人で相手にするには数が多過ぎた。それに深手を負っているとは言え、向こうにはチョウキもいる。
と、その時、北陸支部の面々にとって聞き慣れた声が聞こえてきた。しかも空の上からである。全員が一斉に空を見上げる。そこには。
23北陸支部鬼譚 〜結末〜:2008/11/08(土) 22:55:16 ID:Ey74nDRL0
「儂が北陸支部支部長、鬼小島平八であーる!」
夜空をバックにスカイダイビングを敢行してくる二つの影が。北陸支部長の鬼小島と、「金」のなぎさだった。夜間であるにも関わらず、二人は軽やかな身のこなしで毒覇鬼達の傍へと着地する。
「儂が北陸支部支部長、鬼小島平八である!」
鬼小島の一喝が、弥子に掴みかからんとする信徒の動きを止めた。誰もが蛇に睨まれた蛙よろしく動けずにいる。場は、完全に鬼小島が支配していた。
パラシュートを外すと鬼小島は、無言で信者達の傍まで近付いていった。そして一番近くに居た信者の眼前に立ち。
「むん!」
いきなり頭突きを叩き込んだ!信者の額が割れ、大量の血が噴き出す。
それが合図であるかのように、一斉に信者達が鬼小島に襲い掛かった。だが鬼小島は向かってくる相手を全て一撃で粉砕していく。若かりし頃、童子や姫と素手で戦ったと言う嘘みたいな逸話を思い出す弥子。
「儂が北陸支部支部長、鬼小島平八である」
全ての信者を地面に転がし終えた鬼小島が、勝ち名乗り代わりに本日三度目の挨拶を行う。チョウキはどさくさに紛れていなくなっていた。
「弥子ちゃん、無事だった!?」
「なぎささん……。それよりも皆さんが!」
「ジュウキは……もう駄目だな」
全身の変身が解けたジュウキの脈を取っていた小粋鬼がぼそりと呟いた。唇を噛み締める弥子の頭を、なぎさがそっと撫でた。
24北陸支部鬼譚 〜結末〜:2008/11/08(土) 22:58:49 ID:Ey74nDRL0
「霊鬼さんはどうした?」
嘗て右腕があった場所を押さえながら、滅鬼が尋ねる。霊鬼はサッキがここに連れてきた時からずっとそのままだ。
「こちらも駄目だ。全身の変身が解除されていない時点で、危険だとは思っていたが……」
霊鬼(だったもの)の傍にしゃがみ込んでいた杯鬼が、皆に向かって告げた。
「俺は何をやってんだ……」
それを聞いて、サッキの全身から力が抜けた。地面に倒れ込み、そのまま失神してしまう。慌てて彼の傍に杯鬼が駆け寄る。
「毒覇鬼さん!毒覇鬼さん!」
毒覇鬼もまた、危険な状態であった。意識が無いにも関わらず変身が解除されないのだ。必死で弥子が彼の耳元に呼び掛け続ける。
なぎさが手にしたレシーバーに向かって何事か告げる。それを受け、上空から一台の輸送ヘリが降下してきた。
北陸支部の長い夜が終わった。空には明けの明星が美しく輝いていた。
――ジュウキ、死亡。
――レイキ、死亡。
ドクハキ――。


続く
25名無しより愛をこめて:2008/11/09(日) 00:58:10 ID:SImAM+E50
ヒビキさんは、顔だけ変身解除すると、自動的に強化変身も解除されます。
強化形態のまま顔だけ変身解除をすることは、予算の関係上できないのです。
しかしトゥキさんはできるのでしょう。
というか、小説や漫画はそういう面でいろいろと融通が利くのです。


投下乙です。
26北陸支部鬼譚 〜弥子〜:2008/11/09(日) 22:09:39 ID:jn7bl7FF0
暫くの間、北陸支部は色々な事後処理に追われて肝心の本業も疎かになる始末だった。そんな彼等を助けてくれたのがカラスキだった。
先の約束通り、包み隠さず結末を知らせると、彼はやけに神妙な面持ちで黙り込んでしまった。
「本当に一番恐ろしいのは、何なのだろうか……」
たった一言そう呟くと、カラスキはそれ以降何も喋らなかった。聞いた話では中部に戻った後、山寺に篭るようになり、魔化魍退治は殆どしなくなってしまったと言う。
そして、ある程度ごたごたが落ち着いた北陸支部では。
「やっぱり行ってしまうのね」
なぎさが寂しげに言う。予想はしていたが、先の戦いで多くの人員を失っている以上、これ以上の別れは正直辛かった。
そんななぎさを慮ってか、コイキはわざとらしく大声で笑うと、こう告げた。
「元々俺は風来坊。根無し草には風任せの旅が似合っているもんさ」
長く居すぎた事は否めないな、とコイキが言う。
何処へ向かうのか、あえてなぎさは尋ねなかった。だが、これだけはどうしても聞きたかった。
「……また逢えるかしら?」
暫し間を開けて、コイキが答えた。
「俺は雲。風にその名を呼んだなら、いつでも助けに来てやるさ!」
今のなぎさには、こんな臭い台詞でさえも力強く感じられた。
「メッキさんのお見舞い、行く?」
「……会うと旅立ちが遅くなりそうだ。旅の空で回復を祈っていると伝えて下さい」
そう言伝を頼むと、コイキは振り返る事なく鬼小島商事を後にした。
27北陸支部鬼譚 〜弥子〜:2008/11/09(日) 22:13:42 ID:jn7bl7FF0
なぎさは単身病院へと見舞いに訪れた。メッキの個室に、他の見舞い客の姿は無かった。
枕元には沢山の果物が入った籠が置かれている。一足先に鬼小島が見舞いに来ている筈なので、おそらくは彼が置いていった物だろう。
開口一番、メッキが予想だにしなかった一言を告げた。左手には何やら手紙のような物を握っている。
「サッキ、辞めるって」
「は?」
なんでも、サッキは昨日のうちにここに来てそう言い残していったらしい。
「チョウキの行方を追うために、また孤児に戻るそうよ」
チョウキはあれ以来行方不明のままである。
「これ、辞表ですって」
「はいそうですかって行かせたの、あなた!?」
止めて聞く相手じゃないでしょう、とメッキが言う。
「支部長には私の方から伝えておいたから」
なぎさが溜め息を吐く。あの鬼小島の事だ。きっとお咎めなしだろう。組織としてどうかとは思うが、ここははぐれ者の中でも更にはぐれ者が集う掃き溜めだ。仕方あるまい。
「こう考えてみたらどうかしら。どうせチョウキは鬼祓いの対象になる。彼にはそのための特命を与えた、と」
「ああ……」
メッキの言う通りだ。放っておいてもチョウキは吉野が派遣する誰かに鬼祓いをされるだろう。せめて彼を知る者の手で――そういうのも有りだと言える。否、むしろその責任が北陸支部にはある。
「具合は?」
「残念だけどもう仕事は無理ね」
そう言うとメッキは、包帯が巻かれた嘗て右腕のあった部位を眺めた。接合は無理だとの医者の判断である。皮肉にも、彼女の容態がこれ以上悪化しなかったのは、代田が支部に残していった薬のお蔭だった。
「それに私の手は人の血で汚れてしまった。そんな女が居ても迷惑なだけでしょう?」
普段の凛とした雰囲気は何処へやら、弱々しい笑みを浮かべてメッキはそう告げたのだった。
結局、登録されていた十人のうち、半数が死に、二人が去り、二人が再起不能となった。支部でまともに戦えるのはトゥキ一人だけである。
この事態に総本部は、再び東海支部と北陸支部の併合を提案、半ば決定の形で進められていったが、結局諸々の事情で実現には至らなかった。代わりに、吉野等で研修を終えたばかりの新人のうち、やはり異能者を中心に大規模な補充が行われ今に至る。
28北陸支部鬼譚 〜弥子〜:2008/11/09(日) 22:18:15 ID:jn7bl7FF0
「……合点がいきました」
今まで黙って話に耳を傾けていたヤクセキが、ぬるくなった茶を飲みながらそう口にした。
「あまりにも急な配属。混沌期ならまだしも、おかしいと誰もが思っていましたが……」
「私の話はこれでおしまい。何処にでもある、生と死の話よ」
大した事なかったでしょう――そう言うとメッキは右腕の義手を巧みに使って湯呑みを口元へと運んだ。
ヤクセキは、ふと部屋の片隅に目をやった。掃除の行き届いた部屋の中で唯一、奏でられなくなって久しいと思われるアコースティックギターが埃を被った状態で立てかけられてあった。
「他に何か聞きたい事は?」
その問いに対し、ヤクセキが質問をぶつける。まずは代田についてだ。
「殺したのですか?」
「あの男は今も生きているわ。病院の中。散々痛めつけてやったから、随分と気が触れてしまったみたいだけどね」
あれの末路にしては充分でしょう、とメッキ。口元には、自嘲的な笑みを浮かべている。
次にヤクセキは鬼小島が当時不在だった事について尋ねてみた。それを聞くとメッキは笑いながら。
「あれはね、大口の取引に出ていたのよ。お得意様が相手の場合は、支部長自らが交渉に赴く事になっているの。今もそうじゃないの?」
「ヘリ、と言うのは?」
「その時の取引先がたまたま軍需関係を取り扱っているところでね。古いやつをロハで貰ってきていたらしいの。本業にも表の仕事にも使えそうだって……」
そう言えば未だヤクセキは見た事がなかったが、支部にはヘリが常備されているという話を聞いた事があった。
29北陸支部鬼譚 〜弥子〜:2008/11/09(日) 22:21:00 ID:jn7bl7FF0
今度はチョウキについて尋ねてみた。話を聞いていた時から疑問だったのだ。彼は御鬼輪で操られていた節が無いのだ。だがその答えは、あまりにも簡単だった。
「チョウキは代田の薬が無いと鬼になれないの。鬼に変身出来ないと言う事は、あいつの存在自体を否定する事になるわけよ。だから代田と共に離反した……」
「それは、仕方なく?」
「どうかしら。あいつは私達の中で一番心に闇を潜ませていたみたいだから……」
あれから数年経ったが、未だにチョウキは人生を謳歌しているらしい。偶に目撃情報が全国各地から届くと言うのだ。
「あいつ、山から逃げた後、ありったけの薬を代田の研究室から盗んでいったみたいなのよ。今じゃあ『蝶人』とか呼ばれて都市伝説になっているらしいわ」
あれを追っているサッキも大変ね、とメッキは愉快そうに話した。
ちなみにドクハキも同じ様に代田の薬を常用していた。だが彼が裏切りを持ちかけられる事は無かった。代田は、もうあれは使い物にならないと見限っていたのだ。だがそのドクハキのお蔭で最初の弥子誘拐は失敗し、結果このような事態にまで発展したのだ。
最後にヤクセキは、ドクハキについて尋ねた。彼だけその後について何も語られていない。そしてサポーターであり、今回の騒動の中心となった葛木弥子に関しても……。
「……生きてはいるわ」
やけに含みのある言い方である。だが、ヤクセキもそれ以上深く追求するつもりはなかった。
「こんなところでいいかしら?」
そう言うメッキに丁寧に礼を述べると、ヤクセキがソファから立ち上がる。
「ねえ」
メッキが声を掛けた。
「私達はあなた達次の世代に何も残してやれなかった。でもこれはある意味僥倖だと思っているわ……」
ヤクセキは何も答えなかった。メッキもまた、これ以上言葉を続けようとはしなかった。無言のまま、二人は別れた。
30北陸支部鬼譚 〜弥子〜:2008/11/09(日) 22:25:22 ID:jn7bl7FF0
鬼小島商事の傍まで戻ってきたヤクセキは、ビルの前に一組の男女が居るのを目にした。
女性の方はコートの下に喪服を着ており、車椅子を押している。男性の方は車椅子に座っていた。その男性は肌が有り得ないくらいにぼろぼろで目は虚ろ、口をだらしなく半開きにしている。意識があるのかすら分からない。
一瞬客かと思ったが、すぐにそうではないと判断した。上手く言葉には出来ないが何かが違う。
と、視線に気付いたのか、女性がヤクセキの方に向いてにこりと会釈をした。ヤクセキも頭を下げる。
女性は彼の手首に巻かれた変身鬼弦に気付くと、一瞬寂しそうな表情を見せた。だがすぐに優しげな笑みを浮かべてヤクセキに声を掛けてくる。
「お仕事、大変ですか?」
「ええ、まあ……」
女性はヤクセキの顔をじっと見つめている。
「……ですが、遣り甲斐のある仕事ですよ」
それを聞くと女性は満面の笑みを浮かべた。
「寄っていきませんか?」
「……いえ、いつまでもこの人を連れ回す訳にはいきませんから」
そう言うと女性は、男性の口から垂れる涎をハンカチで丁寧に拭ってやった。
「寒いですよね。帰りましょう」
男性の耳元に優しくそう囁くと、女性はヤクセキに一礼して車椅子を押し、歩き始めた。
31北陸支部鬼譚 〜弥子〜:2008/11/09(日) 22:27:11 ID:jn7bl7FF0
擦れ違う瞬間、ヤクセキは女性に向かって「幸せですか?」と尋ねたい衝動に駆られたが、結局そうしなかった。予想した答えが返ってくるのは明白だったからだ。だからその代わり。
「いつでも遊びに来て下さい」
それだけ伝えた。
女性は足を止め、ヤクセキに向けてにっこり微笑むと、そのまま表通りに向かって歩いていってしまった。
木枯らしが吹いた。
確かに、嘗てメッキと名乗った人物が言った通り、聞いたところで何かある訳でもない、大した事のない話だった。しかし当事者達は数年経った今でも、心に何かを抱え込んでいる。それが分かっただけでも良しとしよう――そうヤクセキは思った。
ビルから黒田が出てきた。あの一件で居場所を失った彼は、回復後北陸支部で働くようになり今日に至っている。彼も今では何人もの鬼をサポートする、立派な猛士の一員だ。
「どうした?」
黒田が尋ねるも、ヤクセキは「いえ、何も」と返すだけだった。
「……雪、降りそうだな。早く入れ」
その言葉に従い、ヤクセキがビルの中へと入っていく。
積み重ねられてきた一つの時代は、あっという間に消え去り、次の時代の担い手達に後が託された。だが、先代達が駆け抜けてきた証が消えたわけではない。鬼達を巡る話は、これからも続くだろう、きっと。 了
32高鬼SS作者 ◆Yg6qwCRGE. :2008/11/09(日) 22:29:25 ID:jn7bl7FF0
最初に考えたプロットじゃ、死ぬのはセンメンキとソゲキだけだったのに、いつの間にか六人も…。
特にジュウキは、前述の通り書き直したせいで死んじゃったと言う…。まあトータルで二話しか出てないキャラに固定ファンなんているとは思えないので、そこは一安心。
北陸支部は本編でできそうにないネタを色々とやるために用意した、まあ核実験場みたいなもんです。だから閉鎖する時は、殆どのメンバーは最終的に猛士から去らせると、それだけは最初から決めていました。
それでは、長々とお付き合いありがとうございました。
33名無しより愛をこめて:2008/11/09(日) 23:39:58 ID:hHWO+E3H0
前スレ270で「いずれ投下する」と言っていた4本、約束通りの投下乙です。
香菜は「センメンキさんの遺志は私が〜」という形で後を継いでほしかったけど、残念。
34前スレ:2008/11/16(日) 22:28:28 ID:3tQdolKw0
          _,l;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;l,,_
        ,.r'´,.    -┐   ':..,゙ヽ
       ,r' ,::;:'    ,ノ ヽ、    ゙:::.ヽ
      ,.' _.,:;:'___ _立_  ___;;ミ゙、          ̄ノ ̄| ̄
     .l厄巳厄巳厄 i王i ,.巳厄巳厄巳l           ,勹 .├‐''
     l´ , "´  ̄ ̄ ̄ `'''′  ̄ ̄ ̄`.:`{         ´_フ  ヽ、_,
     | l ;;:.,.   ::、.       ...   '゙|
    ,.-''、.,! ,.::'    ヽ、:.゙、 ;;.:' ''  ヽ | ,.、       __l__
   ./  、/ `ヾー─tッ−ヽ''  kーtr─ツ'´〕. ヽ.        |
  / {´i Y::::..   ` ̄ ̄´.: "i! ::. 、` ̄´ ゙:::.、} r、 l        i,____
  | ヾ_,,入;:::.. `'' " ´.::; .::i! ::..  ```  :. }ツl l
  \  ノ ヾ ;:::.   .:r'' :: ll! :ヽ;:..:.   .: j,ノ ,!       ┬‐┌,┴┐
    ヽ',,;l  ゙i ;::.. _ `ヽ、;;,,,,'.ィ'' _,, .::,;r'1,,,/           l__ ノl士
  ッジ::::::|  ゙ ,r'´:::;;;;;;;::>  弋´;;;;;::::ヽ'" |:::::゙'イィ      ノ凵 l土
 弍:::::::::::l  /:::;r'´ ,,..-ー…ー-、 ヾ;:::'、  |:::::::::::ヒ
  シ:::::::::::l   i':::,!  ´  __  ゙  l::::l:. |::::::::::ス       __ヽ__‐┬┐
  彡;:;:::::l  l:::l     ''''''''⇒;;;:,   l:::l  |::::;;ャ`        ニ メ ,ノ
  ,r', 广'`ヽl:::l ::::. .::     ゙::.   l::l ノ^i`、         l ̄l ハヽヽ
 ,イ(:::j    i::;ヘ  :;:.       .::   l::l'"  l:ヽヽ         ̄   ̄
 |;:ヽヽ   l::l  ヽ ;:.... ..  .. :  /l::l   ノ ,.イ
 |;:;:;:;\\ l::l   ', :;.:;::::::::::..::.  /  l::l,r'' /;:;:;|
35高鬼SS作者 ◆Yg6qwCRGE. :2008/11/18(火) 21:54:03 ID:BEzvg4650
前スレ270で言った欧州編と時代モノ、それぞれの第一話が完成しました。
便宜上「欧州編」「時代編」と呼称させていただきます。
これからどうするかは未定ですが、とりあえずお試しという形で両方投下させていただきます。
規制対策として、まず時代編を。欧州編は少し時間を置いて投下させていただきます。
それではどうぞ。
36時代編 序章:2008/11/18(火) 21:56:25 ID:BEzvg4650
時は飛鳥時代、文武天皇の治世。未だ「鬼」と呼ばれるモノ達の数も少なかった時代。
大和国葛城山、ここに一人の修験者が眷属と共に住んでいた。名を、役小角と言う。
「ふあ〜」
大きく欠伸をしながら、小角はぼうぼうに伸びた髭を撫でた。
「天下泰平、事もなし。結構結構」
そう言って惰眠を貪ろうとする小角に向かって、傍らに控えた眷族が尋ねる。
「おい、おっさん。そんな自堕落な生活続けてて良いのか?」
右上腕に腕輪を嵌めた大男――ゼンキの諫言に耳を貸そうともせず、小角はそのままごろりと横になった。
「今に始まった事でもあるまい……」
「はぁ……。何でこんなおっさんに使役されるようになったのかねぇ……」
そう呟くとゼンキは腕輪――御鬼輪をまじまじと見つめた。
「お前達が狼藉を働いていたせいだ」
「分かっているけどさ……」
また一つゼンキが溜め息を吐いた。
小角とゼンキは、生駒山で出会った。その頃のゼンキ達は人に害を成す荒ぶる鬼であり、偶々彼の地に立ち寄った小角に調伏され、師弟の契りを結ぶ事となった。御鬼輪は契約の証として小角に無理矢理嵌められたものである。
「……酒」
小角がそう呟いた。
「使いに出たゴキは未だ戻ってねえよ」
「酒と共に花鳥風月を愛でる事も許されないのか……」
段々とゼンキは苛々してきた。しかし御鬼輪を着けている以上、下手に逆らえば何をされるか分からない。苛々を静めるべく、昨晩の食べ残しである猪の骨を齧った。派手な音が粗末なあばら家内に響く。
「……ああ、故郷へ帰りてえ」
ゼンキは故郷の吉野山に五人の子どもを残してきている。こう見えて結構親馬鹿なのだ。
そこへ一人の女性が手に酒樽を抱えてやって来た。こちらは左腕に御鬼輪を嵌めている。彼の妻のゴキだ。
彼女の傍らには見慣れない少年が一人立っていた。何やら切羽詰った表情をしている。
「誰だ?」
「お客さんよ」
ゴキが事情を説明しようとする前に、少年が名を名乗った。
「始めまして。葛木弥彦と言います」
「葛木……。ああ、麓の行者の息子か」
弥彦に向かって、何があったのかとゼンキが尋ねると。
「どうか役行者様の御力をお貸し下さい!」
そう言って弥彦は頭を下げた。小角とゼンキは互いに顔を見合わせた。
37時代編 序章:2008/11/18(火) 21:59:03 ID:BEzvg4650
弥彦が言うには、怪しげな一団が村外れにやって来たのだと言う。ただ余所者がやって来たと言うだけなら村の人間だけでも何とかなる。だが、どうも勝手が違うようだ。
「その一団は常陸国からやって来たようなのですが……」
「それはまた遠くからご苦労な事だ」
常陸国とは今の茨城県である。そこからわざわざ今の奈良県までやって来たと言うのだ。
「問題なのは彼等が持ってきている石です」
「石?」
「はい。宿魂石(しゅっこんいし)と言っていました」
その名を聞き、小角の顔色が曇る。
「うわぁ、宿魂石……。これはまた厄介な……」
「おい、おっさん」
「嫌だなぁ、関わりたくないなぁ……」
「おっさん、何か知ってるならさっさと教えろ!」
ゼンキに怒鳴られた小角が、面倒臭そうに説明を始める。
「とある荒魂を封じ込めた石だ」
「荒魂?」
「四魂の一つだ。荒ぶる感情を司る。天変地異を引き起こし、人心を荒廃へと導く魂の事だ。百害あって一利なしとは正にこの事だな。……はぁ」
「で、誰の魂なんだい」
物凄く嫌そうな目でゼンキを一瞥すると、小角は告げた。
「アマツミカボシ。宵の明星・明けの明星の化身。……早い話が邪神だ」
小角が一際大きな溜め息を吐いた。
38時代編 序章:2008/11/18(火) 22:02:03 ID:BEzvg4650
「お前達、行ってきなさい」
寝転んだまま小角はゼンキとゴキに向かってそう言った。
「嫌だよ。何で……」
「はい師匠、お任せ下さい!」
妻の顔を睨み付けるゼンキ。愛しい妻は何故睨まれているのか分からず、きょとんとしている。
「おっさんが行けよ。この坊主はおっさんの力を借りに来たんだぜ?」
「……今日はまどろみの中で諸行無常について思いを馳せる日だと決めているのだ」
「要は面倒臭いだけだろ!」
こんな怠け親父だが、小角の呪術は凄まじい。何せ敵なしと謳われた最強夫婦を眷属にしてしまったぐらいなのだから。しかもこの男、高難易度を誇る神降ろしを得意とし、おまけに自身も鬼へと変身出来るらしいのだ。今で言う厨性能である。
「義学様、どうか御力をお貸し下さいませ!」
弥彦が頭を下げた。義学とは、小角がゼンキに与えた人間名である。ちなみにゴキは義賢と言う。
そうまで言われると無下には断れない。ゼンキは一つ咳払いをすると、やけに仰々しい口調で弥彦に告げた。
「……うむ。しからば我が力、お主達の為に振るうとしよう。心せよ」
「あら偉そう」
「偉ぶりたい年頃なのだろう」
茶々を入れるゴキと小角を無視し、さっさとあばら家から出て行こうとするゼンキだったが、何かを思い出したかのように足を止めると。
「おっさんが作ってたそれ、俺が使ってもいいか?」
そう言って部屋の片隅に無造作に放り投げられている二組の太鼓と撥を指差した。
「ああ『火焔太鼓』か。丁度二組あるから、お前達二人で使うといい」
宮中で執り行われる儀式を参考に、小角が作り上げた対魔化魍用の新兵器だ。今までは面倒臭い封印によって退治してきたが、音撃ならば僅かな時間で魔化魍を倒す事が出来る。おまけに封印が誤って解かれる心配も無い。物臭の生み出した奇跡だ。
「使い方分かるか?」
「馬鹿にするない」
そう言うとゼンキは「火焔太鼓」を手に、ゴキ、弥彦と共に外へと出て行った。
39時代編 序章:2008/11/18(火) 22:06:21 ID:BEzvg4650
ゼンキとゴキの仕事は簡単だ。謎の一団を追い払い、宿魂石を封印する事。邪神が眠っているのだ。音撃などと言う出来上がったばかりの技術で粉砕するのは非常に危険だとの判断故である。
但し、どうもその一団と言うのは魔化魍を用心棒代わりに使役しているらしく、故に弥彦は小角に助力を求めたのだ。
危険だからと村に置いていこうとしたものの、結局付いてきてしまった弥彦は、目の前で夫婦が鬼に代わる瞬間を目撃した。小角が使役する普段は人の姿をした鬼神、彼等の真の姿を見るのは弥彦の夢だったのだ。
赤銅色の体、蛍火に煌く角を持ち、はちきれんばかりの筋肉の鎧を身に纏った鬼――前鬼。同じく青銅色の体をした鬼――後鬼。両者はただ立っているだけであるにも関わらず、圧倒的な威圧感を放っている。
対峙する魔化魍はカエングモ。火の元素を取り込んだツチグモであり、奈良県磯城郡では「蜘蛛火」の名前で伝承が残っている。
「大蜘蛛か。戦い慣れた個体だな」
ツチグモは葛城山に棲んでいたとの伝承が残っている。
「と言う事は……現地調達?」
「だろうな。しかしこんな大物を使役するとは、どんな連中だ?」
カエングモが火を吹き襲い掛かってきた。二人の鬼はそれぞれ左右に跳躍し、これを躱す。蜘蛛は、矢鱈滅法火炎を吹き付けてきた。周囲の木々が焼け、一瞬のうちに炭化して崩れ落ちた。
40時代編 序章:2008/11/18(火) 22:09:52 ID:BEzvg4650
見ると、前鬼と後鬼は宙に浮かんでいた。この二人は全国四十八天狗の一角に数えられているのだ。空中浮遊など容易い芸当である。
前鬼が口から「ぺっ」と唾を吐き出した。それがみるみるうちに形を成し、彼の手の中で大戦斧へと姿を変える。
後鬼が鬼法術を用いた。カエングモの足元から勢いよく水が噴出し、壁を作って閉じ込める。それ目掛けて、炎を纏った大戦斧を構えた前鬼が急降下を仕掛けた。慣性の法則を無視したかのような動きで飛び回り、次々と脚を切断していく。
完全に動きを封じられたカエングモの脇に前鬼が降り立った。後鬼もまた、反対側へと降り立つ。
「行くぞ!」
「ええ!」
前鬼が「火焔太鼓・阿」を、後鬼が「火焔太鼓・吽」をそれぞれカエングモの体に貼り付けた。そして音撃棒を構える。
「せいっ!」
夫婦鬼による複打が奏でられた。苦しげに呻き、火を吹くカエングモ。凄まじい熱気の中で、演奏が続けられる。その様子を、弥彦は汗を拭う事すら忘れてずっと眺めていた。
演奏の終了と同時に、魔化魍の体は爆ぜて大地へと還った。再び邪気が凝り蘇るまで、長い時間を擁するであろう。ちょっとした環境の変化で解けてしまう封印に比べると、実に合理的な退治の仕方だと言える。
「さて、残るは……」
顔を見合わせて互いに頷くと、二人の鬼は駆け出していった。
41時代編 序章:2008/11/18(火) 22:13:12 ID:BEzvg4650
「これが宿魂石……」
邪魔する一団を全員伸して、目当ての宿魂石を目の当たりにした前鬼が呟く。
宿魂石は、今まで彼等が感じた事がないくらい強大な邪気を放っていた。こういう場合、力の強い術者であればある程、邪気に中てられて何も出来なくなってしまう。前鬼と後鬼がまさにそうだ。
「ねえ、あなた……」
「ああ。これに封印された邪神とか言う奴、復活しかかっているぜ」
そう。前鬼の言う通り、アマツミカボシは復活しかかっていた。蘇ればこの国がどうなるか、全くもって分からない。何せ相手は神――常識の範疇を超えた相手なのだ。
と、突然邪悪な波動が石から放たれ、後鬼に直撃した。遥か後方へ弾き飛ばされる後鬼。
「後鬼!」
前鬼が手にした音撃棒を掲げる。先端の鬼石目掛けて雷が落ち、炎と雷を纏った刃が飛び出した。
「ヴァジュラ!」
後先考えず、ただ宿魂石を砕く事だけを考えて前鬼がヴァジュラを振り下ろした。だが結界に阻まれ、刃は石に届かない。炎に照らされ、宿魂石が妖しく煌いた。
「おのれぇ!」
邪気が前鬼の体を蝕み、体力を奪っていく。完全に復活したわけでもないのに何という力だろう――前鬼の心が折れかかったまさにその時。
「下がれ!」
嫌と言う程聞きなれた声が響いた。背後に目をやると、そこには錫杖を手にした小角が立っていた。
42時代編 序章:2008/11/18(火) 22:15:38 ID:BEzvg4650
「来い、蔵王権現!」
掛け声と共に小角の体に神の力が宿る。彼の背後に、憤怒の形相を浮かべた三面の神の像が浮かび上がった。蔵王権現――嘗て小角が開いた吉野山を守護する神である。
蔵王権現の力を纏った小角が、前鬼を押し退けるような形で前へと飛び出し、宿魂石に強引に札を貼り付けた。その途端、邪気が嘘のように消え去ってしまう。
「ふう……」
神降ろしを解除して一息吐くと、小角は前鬼の頭を思い切り叩いた。
「馬鹿者!破壊しようとする奴があるか!」
「だってよう……」
「嫌な胸騒ぎがしたので来てみれば……。お前達、早速今日から修行のやり直しだ!」
「げえ!」
そこへ、弥彦に肩を借りた後鬼がやって来た。不意打ちを受けたものの、体の方は何ともないようだ。
「有難うね、弥彦。ふふ、可愛いわ。食べちゃいたい」
ちなみに生駒山で働いていた狼藉の中には、里の子どもを襲って捕食するという行為も含まれていた。小角が後鬼を物凄い形相で睨み付ける。それを受けて「冗談ですわ」と返す後鬼。
「……まあ兎に角、この石は私が責任持って封じておこう。面倒だけど」
そう言うと小角は、宿魂石を丁寧に布で包むと大事そうに懐へ仕舞い込んだ。
43時代編 序章:2008/11/18(火) 22:17:43 ID:BEzvg4650
その後、密告を受けた小角は、世を惑わす大罪人として流刑に処された。その際解き放たれた二人の鬼は、人を守るモノとしてそれからも戦いを続けていった。
――時代は流れた。
さて、あの時小角が封印した宿魂石はどうなったのであろうか。そう、これは宿魂石を巡る物語の序章に過ぎない。
次に宿魂石の名が登場するのは、藤原氏が栄華を謳歌した時代まで待つ事となる……。

序章 了
44名無しより愛をこめて:2008/11/18(火) 22:20:19 ID:frFaPCNH0
飛鳥時代もヘッタクレもない文章なんだけどわざと狙ってやってるのか天然なのか
45名無しより愛をこめて:2008/11/18(火) 22:42:06 ID:frhPm/l30
変に時代がかった文章になっても読みにくいから、物とか場所の呼び方とか、
衣装とかで表現してくれればいいよ。投下乙。
46名無しより愛をこめて:2008/11/18(火) 22:54:51 ID:frFaPCNH0
ああ、失礼、文章というより登場人物の台詞のこと。
時代編と銘打つからには、現代人と変わらん喋り方ってどうなん?と。
「7人の戦鬼」みたいなスーパー時代劇だと割り切ってやってるんならまあいいけど
47名無しより愛をこめて:2008/11/18(火) 23:11:58 ID:qwWa2rRL0
大河ドラマじゃないから、台詞にそこまで求めんでもいいんじゃね?
劇場版準拠で読むのがいいんじゃないかと
48名無しより愛をこめて:2008/11/18(火) 23:21:34 ID:frhPm/l30
>>46
ああ、失礼、そっちか。どうも時代物は人を選ぶみたいね。
49欧州編 第一夜:2008/11/18(火) 23:36:18 ID:BEzvg4650
まるで、癌患者が自覚の無いまま緩やかに身体を蝕まれていくように、その闇は少しずつ社会に侵食していった。二十年近くの歳月をかけて。
時は1999年。ミシェル・ド・ノートルダム(ノストラダムス)の予言で世界が踊らされていたまさにその時である。
この日、欧羅巴はヴァチカンにある対モンスター組織「DMC」の本部に、各支部の代表者達が集まっていた。そして外部からの参加者達も。
英吉利は倫敦に拠点を構える対モンスター組織「RPG」の大戦士長・ヴィクター、そして第三部隊々長・マリアもまた、その場に居た。第三部隊――ヴァンパイア退治を専門とする部隊である。
本来なら時のローマ教皇でありDMCの最高責任者であるヨハネ・パウロ二世がこの会合の進行を行うべきなのだが、彼の姿は見えず、代わりにナンバー2であるラッツィンガー枢機卿が出席していた。
マリアはこの枢機卿が嫌いだった。――顔が怖いのだ。子どもじみた理由だというのは本人も承知している。だが、こればかりはどうしようもない。生理的に嫌なのだ。
「……不思議なものだな」
ヴィクターがマリアにのみ聞こえる様に小さく呟いた。DMCとRPGは古くから対立している組織だ。それが今、こうして同じ場所に着いている。二十数年前までは考えられなかった事だ。
全ては、嘗ての第三部隊々長・ジョナサンの尽力によるものだった。RPG内に蔓延る偏見を、彼は数少ない理解者達と共に失くしていったのだ。彼の部下だったマリアは、その当時の事をよく覚えている。
今回の集まりの理由、それは欧州全土で徒党を組み行動を起こしたモンスター達への対策であった。敵の動きは素早く、各国の対モンスター組織は常に後手に回っていた。
このような場を設けるなど今更だと思うかもしれない。だが、これは奇跡なのだ。基本的に各国の対モンスター組織は横の繋がりを持っていない。持とうとはしない。宗教観や価値観の問題からだ。
今日この日の会合が、我々にとっての反撃の狼煙となるように――ラッツィンガー枢機卿は場内を見回しながら、厳かにそう告げた。
50欧州編 第一夜:2008/11/18(火) 23:38:31 ID:BEzvg4650
一台のバイクが、けたたましい排気音を響かせながら大陸を疾走している。日本製のものだ。車種は「陸王」。既に倒産したメーカーのマシンであり、嘗ては日本陸軍の御用達であった。
但し、これはただのバイクではない。見た目は確かに陸王なのだが、信じられないぐらいの改造が施されてある。馬力も車体の耐久力も、何もかもが桁違いだ。
これは餞別だった。十数年前、日本を経つ際に世話になった科学者の女性がくれたのだ。ベースになったのが陸王である事を見ても分かる通り、かなり昔に作った試作品らしい。体よくいらない物を処分したとも言える。
彼は最初、必要ない、精々自転車一台あれば充分だと断ったのだが、実際この広いユーラシア大陸を移動するのにバイクは必要だったなと今では思っている。……燃費が悪いのが難点だが。
「ねえ、これから何処へ向かうの?」
後ろに乗っている少年が声を掛けた。少年の名前はルミナ。最近知り合ったばかりで、色々あって行動を共にするようになった。放っておけなかったのだ。
「とりあえず伊太利亜、仏蘭西、独逸の辺りに行こうと思う。……今のところ親父の手掛かりはそこにある組織が一番持っているんだ」
そう言うとバキは、ルミナに「しっかりつかまっていろよ」と告げた。
51欧州編 第一夜:2008/11/18(火) 23:42:31 ID:BEzvg4650
「どうだった?」
会議を終えて戻ってきたマリアに向かい、別室に控えていた第三部隊の面々を代表してDが尋ねた。
D――人間とヴァンパイアのハーフ(ダンピール)である。男性はヴァンピール、女性はヴァンピーラと呼ばれ、東欧ではヴァンパイアハンターを生業とする者が多い。勿論、彼等も東欧代表としてこの会議に呼ばれている。
「奴等が狙うであろう、組織の協力者達の保護を行う事になりました」
冷静に淡々とマリアが告げる。幼い頃の、純真無垢だったマリアを知るDにとって、今の彼女は冷徹な仮面を被り無理をしているように思えてならなかった。
彼女が誰よりも慕っていた二人の人物――先代隊長のジョナサンと実兄のリヒターが戦死してからずっとこうだ。きっと彼女が仮面を外す事は二度とないだろう、そうDは諦観している。
「この期に及んで守りに徹しているようじゃ、勝てんぞ」
「不死身」の異名を持つ部隊の最古参、アランが言う。Dのようにダンピールではないため、人並みに齢は重ねているが、豊富な経験と不死身の能力ゆえに今も第一線で戦っている。
「ですが、各国の戦力をこれ以上失うわけにはいきません」
そう、彼女の言う通り、ここ数年の間に各国組織の関係者、協力者達が次々と殺害されているのだ。……ヴァンパイア達に。
ヴァンパイア。数あるモンスター達の中でも一際異彩を放つ存在。高い知性と戦闘能力を兼ね備え、特に上級と呼ばれる者達は戦闘力も高く、眷属を操り、人間を下僕へと変える力を持つ。RPG第三部隊が呼ばれた理由がこれだ。
「以降、我々は統一部隊の一員としてDMCの指揮下に入ります。当然ながらRPGやDMC以外に、ZEUSや他の組織の者も参加しています。粗相の無いように」
DMCの指揮下という言葉に、アラン達が不満気な表情を見せるも、マリアの「これは大戦士長の意向でもあります」の一言に皆渋々と頷いた。
嘗てDMCが提唱した世界統一部隊は、このような形で実現される事になったのだ。
と、そこへ一人の青年が入ってきた。否、少年と呼んだ方が良いかもしれない。正直な話、年齢不詳だ。鋭い目つきをした猫背で銀髪の少年。その傍らには、白衣を着込んだ青年の姿があった。
52欧州編 第一夜:2008/11/18(火) 23:44:50 ID:BEzvg4650
「はじめまして。私はニヤです。こちらがジェバンニ」
ニヤに紹介されたジェバンニが軽く頭を下げる。
ニヤは嘗てザルフと名乗った戦士の弟子だ。だが「狼」にはならず、現場指揮官である「クイーン」の道を選んだ。肉体労働よりも頭脳労働の方が自分は向いていると判断したからだ。
「俺達の指揮官はヘタリア様かい」
皮肉を込めてアランが言うも、ニヤはその発言を軽くスルーすると二枚の写真を取り出した。
「我々は部隊を二つに分けて、この二人の保護に向かいます」
一人は科学者、もう一人は大学教授風の男だ。
「こいつは……知っているぜ。人造人間の研究をやっていて学会を追放されたマッドサイエンティストだ」
科学者の写真を摘まみ上げて、Dが呟く。
「あんたらの協力者だったのか」
「この人物のサイボーグ技術や人体移植技術は、DMCにとって必要不可欠です」
淡々とニヤが告げる。
「もう一枚の方は……誰だ?」
「こちらの人物はむしろあなた方の領分でしょう。黒魔術の研究家です。我々の協力者ではありませんが、保護の必要ありとの上からの判断です」
何でもこの人物、魔導書を一冊所有しているらしい。しかも写本ではなく原本を。
「これはDMCのみが知る情報なのですが……一年程前にDMCの息の掛かった施設から一冊の魔導書の原本が盗み出されました。『黒い雌鳥』という名前の物です」
読者の皆様の中には「エロイムエッサイム、我は求め訴えたり」というフレーズを聞いた事がある方もおられるでしょう。要はあれである。あの呪文が掲載された書物が盗まれたのだ。
「おいおい、まさか……」
「この写真の人物は『鍵』を所有しています。我々はこの人物……と言うよりもこの人物の持つ『鍵』を保護しなければなりません。どんな手を使ってでも」
ニヤは冷徹にそう言い放った。
その時、ジェバンニが手にした携帯電話が着信を知らせた。慌てて電話に出るジェバンニ。二言三言話した彼の顔色が変わった。
「ニヤ、大変です。ゴーゴンが出ました!」
その名を聞いて、ニヤの無表情の仮面が剥がれた。
ゴーゴンとはギリシャ神話に登場する怪物だ。人間の女性と蛇が混ざったような姿をしているが、その背には黄金の羽が生え、真鍮の爪を持ち、猪の牙を生やしていると言う。未確認ながら、黒い牡牛の姿にもなるとされる。
53欧州編 第一夜:2008/11/18(火) 23:48:07 ID:BEzvg4650
「あれはバルカン半島やエーゲ海周辺に出るモンスターでは?」
マリアの問いに、ここ数年東欧や北欧のモンスターが各地に現れるようになったとニヤが答える。規模こそ違うが、この状況は1970年代の日本と似ていた。
ゴーゴンがここまで恐れられる理由。それはこいつの持つ石化能力にあった。同じ能力を持つ阿弗利加のカトブレパスや欧州のバジリスク、コカトリスとは根本的に異なる。
カトブレパスやバジリスク、コカトリスの場合、石化の正体は神経毒だ。これで相手の身体を硬直させた後に捕食する。逆に言えば毒さえ中和すれば回復可能だ。
しかしゴーゴンの場合、本当に石化してしまうのだ。毒は毒でも、筋肉や蛋白質をカルシウム化させる毒を使うのである。生きたまま化石にされると言う形容が正しいだろう。捕食ではなく殺害のための能力だ。勿論元には戻れない。
「神話じゃあ邪眼を鏡で反射して倒してなかったっけ?」
「違います。鏡はあくまでゴーゴンの姿を直接見ないために持っていただけです。ゴーゴン三姉妹の末娘メドゥーサの死因は、刀による首の切断です」
Dの間違いをニヤが訂正する。
「ジェバンニ、その電話がこちらに掛かってきたと言う事は……」
「ええ。一応他の部隊にも当たるとは言っていましたが……」
「……さて皆さん、相手はゴーゴンです。私が任された部隊全員で当たるのが確実でしょう。その場合、写真の人物の保護は他の部隊に任せる事になります」
その場に居たRPG第三部隊の面々を見回しながら、ニヤが告げた。
「どうする、マリア?」
Dが尋ねてきた。
・科学者の保護に向かう
・「鍵」の保護に向かう
・ゴーゴン退治に向かう

第一夜 了
54高鬼SS作者 ◆Yg6qwCRGE. :2008/11/18(火) 23:51:18 ID:BEzvg4650
最後の選択肢はRPGだけに…まあシャレみたいなもんです。
というわけで。
この二本は、あくまでこんなノリだという事をお知らせするためのお試し版です。
前述の通り今後の予定は未定です。もうやらないかもしれません。どちらも「続く」とついていないのはそのためです。
他の作者さんの新作が来るまでのつなぎになればとは思ったのですが、本末転倒しても意味ないし…。

>わざと狙ってやってるのか天然なのか
わざとです。
最初に時代物をやると宣言してから、どういう体裁にするか悩みに悩んで、いっそ大河の「新選組!」や「花の慶次」のノリでやってみようと。ある程度無茶もきくので。
要は「竹中半兵衛が実は生きていた」とか「戦艦大和が変形する」といった架空戦記、伝奇小説のノリです。
ただ、台詞回しに関しては某所で議論になっているのを見かけたことがあるので、そこは軽率だったなと反省しております。お騒がせして申し訳ありませんでした。

>時代編と銘打つからには
あくまで「便宜上」ですので。他にタイトルが思いつかなかったので。
55名無しより愛をこめて:2008/11/19(水) 00:07:01 ID:j0mwv34p0
投下乙です。
しかし・・・他の作者さんの新作があんまり来ないな。来て。
56名無しより愛をこめて:2008/11/19(水) 00:39:10 ID:1sz8W+AO0
これ出すと荒れるかもしれないけど
某作品の過去編なんか、いかにも明治時代の文章って感じで雰囲気出てたなー

あそこまで徹底しろとは言わないけど、時代感の演出って大事だと思うよ
小角と前鬼・後鬼なんてせっかく面白い題材なのに、なんかもったいない。
57名無しより愛をこめて:2008/11/19(水) 00:51:54 ID:8VCqwX1T0
でも、飛鳥時代の言葉遣いってどんなん?
明治時代はイメージしやすいからいいけど、飛鳥時代だからといって古事記や古今和歌集みたいな文章や台詞ばっかりだったら、逆にわかりづらいような気もするな。
時代感の演出とは言うものの、この時代を文章だけで表しきるのは難しいんだな
58名無しより愛をこめて:2008/11/22(土) 00:54:46 ID:hyJb8OFQ0
投下乙です。

>時代編
弥子のご先祖様出てる?

>欧州編
懐かしい名前がたくさん出てるけど、一番「おお」と思ったのはバキ。
1999年に彼ははたして何歳になっているのか?(40過ぎと予想)
59名無しより愛をこめて:2008/11/30(日) 20:59:11 ID:HS1Ujlvb0
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60高鬼SS作者 ◆Yg6qwCRGE. :2008/12/07(日) 11:19:08 ID:resNCgot0
皇城さんもあと二章で完結されるそうですし、保守のため一本投下します。
とりあえず欧州編(仮)の続きを。
こちらはある程度種を蒔いてしまったので、途中で終わらせるにしてももう少し区切りの良いところまでやった方がよいと判断したので。
それではいつも通り暇潰しとしてお読み下さい。
61欧州編 第二夜:2008/12/07(日) 11:21:37 ID:resNCgot0
→・科学者の保護に向かう
 ・「鍵」の保護に向かう
 ・ゴーゴン退治に向かう


「私達は当初の予定通り重要人物の保護に向かいましょう」
そう告げるマリアに、ニヤがどちらへ向かうかと尋ねた。マリアは机上に並べられた二枚の写真のうち、老科学者の方を摘まみ上げた。
「分かりました」
「……で、この爺さんは何処に居るんだ?」
Dの問いにニヤが答える。彼の顔は再び無表情の仮面に覆われていた。
「西班牙(スペイン)です」
62欧州編 第二夜:2008/12/07(日) 11:23:59 ID:resNCgot0
首都馬徳里(マドリード)の郊外に、老科学者の住居はあった。最近になってわざわざこんな辺ぴな場所へと引っ越したらしく、車を運転するジェバンニは不満そうに愚痴っている。
この日の西班牙は生憎の空模様。鉛色の空からはいつ雨粒が落ちてきても不思議ではない。遠く山の向こうからは遠雷が響いてくる。
「西班牙もDMCの管轄なのか?」
Dの問いにジェバンニが答えようとしたが、それより少し早くニヤが口を開いた。
「レコンキスタ以前はイスラム圏の組織が幅を利かせていたようですが、ハプスブルク朝の時代からDMCが担当するようになりました」
ここも新教の弾圧が激しかった地域だ。未だに旧教やDMCへの偏見が完全には払拭されていないアランがこの場に居たら、絶対に不愉快そうな表情を見せた事だろう。彼は今、若手を引き連れて「鍵」の方へ向かっている。
「それより、この人数で大丈夫なのですか?」
後部座席に座るマリアが、ニヤに向けて疑問を投げかけた。目的地へと向かう車は彼等が乗る一台のみ。乗っているのはマリア、D、ニヤ、ジェバンニの四名。後は「鍵」の方へ回すか基地で待機させている。
「偏屈者なんですよ、あの老人は。大人数で向かうと機嫌を損ねてしまいますから」
ぼつり、とフロントガラスに水滴が落ちた。次いで激しい音と共に雨粒が車体を打ちつける。
稲光。雷鳴。ワイパーがせわしなく動き出す。
「近くに落ちたか……」
馬徳里は欧州の首都の中では、最も標高が高い。
「博士の実験には丁度良い天候ですね、ニヤ」
ジェバンニにそう振られ、ニヤが「ええ」と生返事を返す。
「丁度良い、とは?」
「行けば分かる事です」
泥を撥ねながら、車は老科学者の屋敷へと向かっていった。悪天候の中、Dの超人的な視力が遠くに塔を捉えた。その塔の真下に目指す建物があるのだ。
63欧州編 第二夜:2008/12/07(日) 11:26:36 ID:resNCgot0
「1.21ジゴワットの電流だ!」
血色の悪い顔に無数の青筋を浮かべながら、車椅子の老科学者は大仰にそう述べた。
Dにはこの科学者が地獄からの使者――死神にしか見えなかった。纏っている白衣のお蔭で、医者ないし科学者であろうと想像出来ると言うだけだ。
「で、あんたは何をしているんだ。タイムマシンでも造っているとか?」
茶化すように尋ねるDを無視して、老科学者は古めかしい機械のあちこちを弄りまわしている。
「精が出ますね、ドクトル・プルートウ」
ニヤのその言葉を聞いて絶句するD。プルートウとはローマ神話における死神だ。本名か通称かは知らないが、彼が受けた第一印象は正しかったと言う事になる。
「今度は成功すると良いですね、死者の蘇生――」
その言葉を耳にして、マリアとDがほぼ同時にシーツで覆われた手術台の方に目を向ける。この実験室に入った時からずっと気になっていたのだ。その、人間一人分くらいの膨らみに……。
「DMCが出資しているのか?」
「まさか。神の御名の下にある組織ですよ。ですが、この実験が成功した暁には、技術供与の約束をしてあります」
淡々と答えるニヤ。一方プルートウは、手にした教鞭を振るって何やら複雑な計算式の書かれたホワイトボードを叩いた。
「理論上は1.21ジゴワットの電流を流す事で、人造人間の内部メカニズムを稼動させる事が出来る!」
「そんな莫大な電気、何処から……」
言ってマリアは気が付いた。何故こんな高い場所に居を構えたのか、併設された塔に何の意味があるのか、何故ニヤ達が「丁度良い天候」と言ったのか。
「噂には聞いていましたが、実際に実験の様子を目の当たりにするのは始めてですよ!」
本来の目的も忘れ、興奮を隠し切れずにジェバンニが言う。彼のDMCでのポジションは「ビショップ」。所謂科学者だ。興味を持っていても不思議ではない。否、興味を抱かない方が不自然だ。
刹那、轟音が響いた。塔に雷が落ちたのだ。
「今日この日、私は現代のプロメテウスとなる!」
プルートウの歓喜の叫びが室内に木霊した。
64欧州編 第二夜:2008/12/07(日) 11:28:58 ID:resNCgot0
ゴーゴンが現れたのは、仏蘭西南東部に位置するプロヴァンス地方。丁度伊太利亜との国境付近だ。ニヤ達の代わりに派遣された部隊は仏蘭西支部の者が指揮を執っており、その中には歴戦の勇士であるミガルーの姿もあった。
そのゴーゴンは、今までDMCが収集したデータにも載っていない、特別な個体だった。――単純に巨大だったのだ。ゴーゴンは全長こそ数メートルあるが、長いだけであって巨大ではない。しかしこの個体は、ドラゴン種に匹敵する巨体を誇っている。
ゴーゴンの両目から、石化液が勢いよく発射された。サバクツノトカゲが眼窩から体液を飛ばすのと同じ原理だ。それを音撃弦・シャノワールで受け止めるミガルー。水圧で体が押し戻される。
「気をつけて下さい、ミガルー!」
彼の現場でのサポートを担当する女性――エリカが叫ぶ。少し顔色が悪い。それもそうだろう、何せミガルー以外は全滅してしまっているのだから……。
ミガルーは跳躍するとゴーゴンから間合いを取った。すると、ゴーゴンは背中に生えた黄金の羽を羽ばたかせ、空へと舞い上がったではないか!
「来ます!」
「言われるまでも!」
上空から石化液が雨霰のように降り注ぎ、ミガルーを襲う。そのしなやかな肉体を駆使し、攻撃を躱していくミガルー。
ゴーゴンが吼えた。逃げるしか打つ手のない敵に、己の勝利を確信したのだろう。その真鍮の爪を振り上げ、急降下して襲い掛かってくる。
だが、その時。
「そりゃあ!」
ゴーゴンの顔面に岩が飛んできて命中した。当然ながら岩が勝手に飛ぶ筈がない。誰かがぶつけたと言う事になる。
岩が飛んできた方を見やるミガルー。エリカもまた、視線を向けた。前述の通り味方は全滅。しかも、スピード戦に特化した狼の中で、大岩を持ち上げて投げつけるという芸当が出来る者は限られてくる。
(誰だ……?)
そこには、二人の予想に反した人物が立っていた。十数年前に二人揃って出会った事のある異国の戦士――鬼が立っていたのだ。
「オーガ!?」
「そう決め付けるのは早計だ」
あの時、ミガルーは出会った鬼をオーガ――三十年近く前から欧州全土を荒らしまわっている怪人と勘違いし、一方的に攻撃を仕掛けている。その事が今の彼を慎重にさせた。
「加勢する!」
鬼はそうミガルーに向かって告げると、構えを取った。
65欧州編 第二夜:2008/12/07(日) 11:31:32 ID:resNCgot0
「冗談じゃねえぞ……」
愛用のショットガンに弾を込めながら、アランは呟いた。部隊分けの際、アランは第三部隊の若手やDMCの狼と共に「鍵」の回収へと向かった。
任務は順調だった。何の妨害も受けず、彼等は所有者の下を訪れる事が出来たのだから。そして「鍵」を受け取る段階にまで至った。だが……。
突然、屋敷を三百は下らないヴァンパイアの群れが強襲したのだ。窓を割り、扉を蹴破って押し寄せるヴァンパイアの群れに不意を衝かれ、「鍵」をまんまと奪われてしまった。
物陰から身を乗り出し、発砲するアラン。向かってくる一匹のヴァンパイアの頭部が、肉片と脳漿を撒き散らしながら弾け飛んだ。
一緒にやって来た仲間の大半が、最初の急襲で殺害された。それでも残った面々で全体の四割までは倒したのだが、そこで力が尽きた。今生き残っているのは、アランだけだ。「鍵」の持ち主である学者も既に殺害されている。
(吸血鬼どもが人海戦術で攻めてくるとは……!)
二十数年前、黒い森での超常吸血同盟との戦いでもこれ程の数は居なかった。
(奴さん、欧州中の吸血鬼を集めやがったか?)
足下を溝鼠の群れが駆けて行く。指揮官の眷属だ。
「ちっ」
舌打ちすると、アランは銃を構えながら撤退を開始し始めた。半獣人形態と化したヴァンパイアが上空から襲い掛かってくる。発砲。胸に血の花弁を咲かせながら、ヴァンパイアが吹っ飛ぶ。
「……あの吸血鬼、Dが殺したんじゃなかったのかよ!くそっ!」
忌々しげにそう呟くとアランは、奪った魔導書――ソロモンの鍵を手にいやらしい笑みを浮かべる上級吸血鬼・オルロックを睨み付けた。
66欧州編 第二夜:2008/12/07(日) 11:34:03 ID:resNCgot0
DMC本部内の空気は、実にぴりぴりしていた。
今回の召集に応じたのは西欧と東欧の対モンスター組織だ。しかし敵の勢力は更に東、東洋にまで及ぼうとしていた。
そこで、最後まで共闘を頑なに拒んだイスラム圏の組織とは異なり、露西亜、そして中国の組織がついに重い腰を上げたのだ。
中国からはベテランのジオマンサー(風水師)が。そして露西亜からは東方正教会の使者、更に――FSB(ロシア連邦保安庁)の長官が非公式にやって来ると言うのだ。
何故そんな重要なポストの人間がやって来るのか、DMCの関係者の間では様々な憶測が飛び交った。その長官がKGBの諜報員だった頃、東独逸で活動していたからだと言う説が強いが、決定打には欠ける。
そんな渦中の人物が、その日、伊太利亜へと向け飛び立った。男の名はウラジーミル・プーチン。この僅か後に首相代行に任命される男である。
そしてその傍らには、彼のボディーガードとして、一人の女性が控えていた。彼女の名はサーシャ・サポフスキー。嘗て日本の猛士でササヤキと名乗っていた鬼だった。

第二夜 了
67名無しより愛をこめて:2008/12/07(日) 20:17:45 ID:SWxqtPOL0
俺の記憶の中のササヤキ↓

          、、、、
           | | | |
          _|_|_|_|
          〈〈〈〈 ヽ
          〈⊃  }
   ∩___∩  |   |
   | ノ      ヽ !   !
  /  ●   ● |  /
  |    ( _●_)  ミ/
 彡、   |∪|  /
/ __  ヽノ /
(___)   /
68鬼島兼用語集:2008/12/13(土) 23:45:30 ID:CFcC+2+j0
他の職人さんが投下するまでの繋ぎとして投下します。
69鬼島 〜水鬼・式を駆る者〜:2008/12/13(土) 23:49:56 ID:CFcC+2+j0
 昭和六十一年、六月。
 スイキはとある集落を目指してひとり車を走らせていた。山間の細い道である。舗装が悪く、もどかしいほどスピードが出せない。
 休暇ではない。現地の歩から奇妙な連絡があったためである。なんでも奇妙な連続失踪が起こっているらしい。
 ようやく連絡をよこした谷口という歩の家に着いたのは日没の直前だった。
「鬼一口かと思います」
 年のころ四十半ばの歩は、スイキに茶を出すなりそう切り出した。
「おにひとくち?」
「鬼があっという間に人を食ってしまうことです。もちろん鬼といってもあなた方のことではなく、魔化魍のことですが」
 鬼一口の伝承は伊勢物語や今昔物語集、日本霊異記などに見られる。特定の化け物のことではなく、化け物が人を食う現象のことである。
「しかし、連続失踪というだけで魔化魍と決め付けるのは……」
「だがおかしいのです。こりゃあひょっとすると誘拐の類じゃあないか、と、私もそう思ってよくよく考えてみたんです。そしたらね、誘拐じゃあないって確信したんですよ」
 スイキは軽くうなずいて先を促す。
「身代金の要求が一件もないんです」
 誘拐の目的は詰まるところ金である。金目的でない誘拐――つまり殺人が同一地域で連続することはまず無い。それが次々と人をさらいながらも身代金を要求しないということがあるだろうか。
70鬼島 〜水鬼・式を駆る者〜:2008/12/13(土) 23:59:15 ID:CFcC+2+j0
 人質というのは相当な重荷なのだ。監視に食事や排泄の世話、単純に人一人を隠し続けるという物理的な問題、なにより警察による捜査をかわし続けることなど常識的に考えてできることではない。それが連続しているのである。
 それに聞けば被害者は老若男女問わず、人間関係も全くない。仮に人身売買であるのなら子供に統一されるだろう。
「なるほど。確かに誘拐と考えるのは不自然ですね」
 とはいえ魔化魍の仕業と考えるのもいまだ自然とはいえない。なにしろ魔化魍の痕跡が見つかっていないのだ。
 スイキは車に戻ると可愛らしいステッカーが所狭しと貼り付けられたケースから式神を取り出し、次々に放ち始めた。痕跡が見つからなくても実際に魔化魍がいるかも知れず、また魔化魍ではなく失踪者の手がかりが得られるかもしれない。
「まあ、今日はもう遅いことですし、お休みになられたらいかがです?」
 既に夜の十時を回っている。
「いえ、もう少し起きています。そこの本をお借りしても?」
 と、天井に着くほど大きな本棚――というより書架といった方が正しいかもしれない――を指す。なんでも谷口の父親があちこちから蒐集したものだそうだ。
「かまいませんよ。ああそうだ、いま支部から連絡がありまして、明日の早くにサポーターの方が到着するらしいですよ」
71鬼島 〜水鬼・式を駆る者〜:2008/12/14(日) 00:04:57 ID:dq6FTgKa0
 スイキは用意された寝床の上に座り、適当に引き出した本を開いた。
「ん?」
 しばらく文字を追っていると、紙面に奇怪な記述を見つけた。それはロバート・ブロックとヘンリイ・カットナーの共著で、題名は『暗黒の接吻』という小説だった。
 要約すると、グラハム・ディーンという男が深遠の海獣に肉体を奪われる――というより精神を交換されるというものなのだが、これが妙に引っかかった。
 海獣に精神を交換された人間は、交換から後は海獣の醜怪な肉体に囚われる。そしてもとの人間の肉体が死んだ後に海獣の肉体から追い出され、死体となった我が身に戻ることもできず、死を迎える。
 やや回りくどい文章だが、不気味な雰囲気はよく伝わってきた。
「失礼しますよ」
 軽く襖を叩いて、寝間着に着替えた谷口が入ってくる。その手には魔法瓶と急須、湯呑みが下がっていた。
 返事をする前に入ってこられたことにやや不快感を覚えたが、まさか鬼に手を出そうなどと考える歩がいるものかと考え直し、湯呑みを受け取った。
「ああ、それをお読みになったんですか。でしたらこちらもいかがでしょう」
 そう言って書架に取って返した飛田が差し出したのは『アウトサイダー及びその他の物語』と題された本だった。著者はハワード・フィリップス・ラヴクラフト。それをぱらぱらとめくり、やや開き癖のついたページを指し示す。
72鬼島 〜水鬼・式を駆る者〜:2008/12/14(日) 00:08:04 ID:dq6FTgKa0
「この『インスマスを覆う影』、というのがその源流じゃあないかと思うんですが」
 谷口の父が気に入っていたというその作品は『暗黒の接吻』よりもはるかに気味の悪い作品だった。悪夢的と言ってもいい。
 インスマスという寂れた漁村を訪れた青年が魚のような外見(インスマス面)をした住民に追われて命からがら逃げ帰るが、数ヵ月後に自分もインスマス面になり、今度は仲間としてインスマスに帰る――
 インスマスの住民は邪神に奉仕する深きものどもという邪悪な半魚人種族との混血で、主人公にもその血が流れていたというのだ。
「精神交換……深きものども……深きものどもが魔化魍を暗喩しているなら『暗黒の接吻』も……」
 まさかとは思う。だが昔、疾風鋼の鬼が人に化けたモウリョウを退治したという噂を聞いたこともある。
「ふあ……」
 自分のあくびで思案から覚め、首を回して時計を見るともう日付が変わっていた。谷口はとっくに自分の部屋でいびきをかいている。冷たくなった茶を一息に飲み干し、スイキも布団に包まった。
73鬼島 〜水鬼・式を駆る者〜:2008/12/14(日) 00:12:39 ID:dq6FTgKa0
 その目覚めは最悪とは言わないまでも、かなり悪い部類に入るものだった。
「おーい! スイキちゃーん、いるかーい!?」
 スイキを覚醒させたのは、目覚まし時計でも暖かな日差しでも冷たい空気でもなく、野太い大声と玄関の戸を叩く騒音だった。
 どたどたと廊下の板を踏み鳴らす音が近づいて、ついにスイキの部屋の前で止まった。スイキはもそもそと布団から這い出て、襖の横に立つ。
「おっはよーぅ!」
「朝っぱらからやかましいですねあなたは!」
 すぱーん、と開けられた襖をすぱーん、と閉める。
 大声の主は顔を柱と襖に挟まれて悶絶し、仁王立ちのスイキの足元で転げまわる羽目になった。スイキは朝だけは弱いのである。
74鬼島 〜水鬼・式を駆る者〜:2008/12/14(日) 00:26:19 ID:dq6FTgKa0
 数分後。
「改めましておはようございます、本日スイキちゃんのサポートに回ることになった瞬火(またたび)です」
 瞬火と名乗る男は谷口が淹れた茶を飲みながら朝の挨拶をした。
 異装である。180cmを超えているであろう長身に腰まである黒い長髪、炯々と光る鋭い目。なにより衣裳が飛びぬけていた。純白の狩衣装束なのだ。そのくせやたらと朗らかな笑みを湛えている。
「はい、おはようございます。で、瞬火さんはサポーターと考えていいんですね?」
 瞬火もスイキもともに中部支部に所属しているが、何か事情があるようで瞬火はしょっちゅう他支部や吉野に出向しているため詳しいことは知らないのだ。
「サポーターって言えばサポーター。ちょっと違うけどね。瞬火って名前も鬼と同じようなコードネームなんだけどさ、イレギュラーっつーか特例っつーか」
 イレギュラーと特例は同じ意味である。
「俺も昔は鬼を目指してたのよ。ほら、弟のマネキ。知ってる? 知らない? 普段俺と組んでるんだけどさ、あいつ弟でちっちゃいのにムッキムキで。いつもプロテイン飲んで鍛えてるからさ。お兄ちゃんが勝ってるのって身長くらい?」
 スイキは瞬火のあまりの饒舌ぶりに呆れ、こちらが黙っていればそのうち収まるだろうと思って沈黙を通していたが、瞬火の取りとめもないしゃべりは一向に止まらない。
75鬼島 〜水鬼・式を駆る者〜:2008/12/14(日) 00:26:58 ID:dq6FTgKa0
「俺は途中で鬼になるのやめたんだけどさ、ってもとりあえず変身も簡単な音撃もできるん……」
「瞬火さんって!」
「おうっ!?」
「瞬火さんって飛車ですよね。なんでコードネームを名乗ってるんですか?」
 コードネームを名乗るのは角だけである。それは単なるけじめととる者も多いが、人ならざるものと成るという呪術的な意味合いも強い。サポーターならばその必要はないだろう。
「だからイレギュラーってやつだよ、うん。俺普通の飛車じゃないから。飛車が成ると……龍王、そう龍王! そんな感じ」
「はあ」
 よくわからないが、とりあえずそういうことらしい。というより、龍王って角――つまり鬼より強くないか?
「要は戦えるサポーターってこと」
「戦えるって、どのくらい戦えるんですか?」
「バビバビに!」
「はぁ……」
 まるでわからない。バビバビとは何を表す擬音なのだろうか。そもそも擬音なのだろうか。
76鬼島 〜水鬼・式を駆る者〜:2008/12/14(日) 00:32:13 ID:dq6FTgKa0
 そうこうしている内に、昨夜放った式神がすべて戻ってきていた。瞬火と手分けをして調べるが、何の手がかりも無かった。
「よっし、そんじゃあハイキングに行くとするか!」
 最後に頼れるのは自分の目と足である。車――スイキは個人的に可憐という名前をつけている――から着替えや食料など最低限の装備を詰めたバッグを取り出すと、装備帯を確認して足を踏み出した。
「おっと、ちょい待ち」
「なんですか、もう」
 出鼻をくじかれた形のスイキをよそに瞬火は姿勢を正して半眼になり、なにやら呟き始めた。
「奇一奇一たちまち雲霞を結ぶ、宇内八方ごほうちょうなん、たちまちきゅうせんを貫き、玄都に達し、太一神君に感ず、奇一奇一たちまち感通、如律令」
「? 何をしたんですか?」
「ちょっと強くなるおまじない。さあ行こう!」
77鬼島 〜水鬼・式を駆る者〜:2008/12/14(日) 00:38:16 ID:dq6FTgKa0
 一時間ばかり山道を登っていくと、両脇から襤褸を纏った奇怪な男女が現れた。
「我等の子に―――」
「―――餌をくだされ」
「おおっ、お姫様と童子のお出ましだね」
 しかしその姿から何の魔化魍の親なのかは判然としない。ヤマビコやイッタンモメンのような頻繁に出現するものなら一目で判別できるのだが、この童子と姫からはなにやら爬虫類系の魔化魍であることしか読み取れなかった。
「下がっていてください」
「いーや、ここは俺に任せてみ」
 スイキを制した瞬火は懐から数枚の札を取り出し、さっとそれを撫でる。するとそれは次々に折りたたまれて式神となる――が、それは普通の式神ではなかった。
 具足をつけ、槍や薙刀を持った武者だった。しかも紙と思われた姿は何時の間にやら色を得、肌や鎧の質感まで具えたまさに小さな人間そのものとなっている。
78鬼島 〜水鬼・式を駆る者〜:2008/12/14(日) 00:42:19 ID:dq6FTgKa0
「―――征け!」
 六人の式神は耳には聞こえぬ喊声をあげて童子と姫に踊りかかる。
「こんなものではなく―――」
「―――そなたの肉をくだされ」
 怪童子と妖姫はまるで蛇か蜥蜴の尻尾のように変じた両腕を振り回して式神を叩こうとするが、あるいは躱し、あるいは飛びついてその体に群がり、あちこちに得物を突き立てていく。
 最初こそ全身を覆う赤い鱗に阻まれたものの、膝や首などの鱗が薄い関節部分に狙いを定めて集中攻撃するや、たちまちのうちに怪童子と妖姫は白い血を噴き出してのたうち回る破目になった。
 そして満身創痍となった怪童子と妖姫に向け、
「オン・シュリマリ・ママリマリ・シュシュリ・ソワカ!」
 瞬火が真言を唱えて勢いよく手刀を切ると、その軌跡から焔が生まれ、怪童子と妖姫に直撃する。焔はすぐに彼らの全身を灼き、わずか数秒であるべき塵芥に戻した。
 瞬火が唱えたのは烏枢沙摩明王の真言である。烏枢沙摩明王は元を辿れば火の神アグニであり、あらゆる汚穢を焼き尽くし清浄に変じる明王とされる。
 呪術が廃れた現代において、これほどの法力を持つ者は猛士に、否、日本全国にも数えるほどしかいないだろう。なるほど、特例とされるのも頷けるというものだ。
79鬼島 〜水鬼・式を駆る者〜:2008/12/14(日) 00:47:21 ID:dq6FTgKa0
 童子と姫を退治したあと、さらに数時間歩き続けた。道々で放つ式神にも、目にも魔化魍の痕跡は見つからない。
 童子と姫がいたということは、付近に魔化魍が潜んでいるということである。しかし感じる邪気は朧で、一向に近づいている気がしない。
 日が中天を過ぎて傾き始めた頃、前方に二人の後姿が見えた。ひとりは若くはない男で、もうひとりは十歳を過ぎたくらいの女の子だった。
「おーい、そこの二人ー!」
「…………」
 瞬火の呼びかけにのっそりと男が振り向く。まだらに無精ひげを生やした生気のない顔をしている。対して女の子はやや疲れてこそいるが活発であることが伺える。
「だめだよこんな山の中をうろついてちゃ。神隠しにあっちまうぜ?」
「…………」
「はーい。おじちゃん帰ろ、疲れちゃった」
「…………ああ…」
「あの、失礼ですが、お二人の関係は…?」
 男の態度に不審を抱いたスイキが問い質す。もし誘拐犯の類であれば片腕一本でねじ伏せるだけの力が彼女にはある。
「…………」
「すみません、最近誘拐だ失踪だと物騒なもので…」
「…………この子の叔父だ」
「おじちゃんはおじちゃんなんだよ!」
「そうでしたか。疑ってすみませんでした」
 二人はスイキたちが登ってきた道を下り始めた。瞬火は十歩ほど離れたとき、先ほどの式神の一体を目にも止まらぬ速度で男に投げつけた。
「なっ!?」
 スイキが止める間もなく、式神の持つ矛は深々と男の背に突き立った。しかし男は倒れるでもなく、うっそりと立ち止まっただけであった。
80鬼島 〜水鬼・式を駆る者〜:2008/12/14(日) 00:51:48 ID:dq6FTgKa0
「魔化魍だ」
 邪気は感じなかったと言おうとして男に目を戻すと――その背から流れる血が、白い。
 遅まきながら目の前にいるのが人ではないと知ったスイキは装備帯から変身鬼笛・音涼を外し、唇に当てた。
 振り向いた男の顔は赤い鱗に覆われ、蛇のような先の割れた舌がちろちろと覗く。傍らにいた少女が悲鳴を上げた。
 ぴぃぃっ、と冴えた音色が響き、水の気に包まれたスイキはその身を水鬼に変じた。その両手に握られるのは青い霊木に水色の鬼石の音撃棒・凍月(いてつき)。
「ありゃあ……シチフジャだな」
 シチフジャ。七歩蛇と書く。
 四足と両耳を具えた赤い蛇の魔化魍で、強烈な毒を持っており、これに咬まれるか毒を浴びると七歩も歩かないうちに全身が壊疽して死ぬといわれる。
 伝承では四寸程度とされているがこれは幼生であり、成長しきると一丈ほどになる。
「だが人に化けるなんて聞いたこともないぞ……?」
 しかしテングのように人間が変化して成る魔化魍があることも考えれば無いとも言い切れない。ともあれこれで鬼一口の謎は解けた。人間の姿でおびき出し、魔化魍となって捕食していたのだろう。
81鬼島 〜水鬼・式を駆る者〜:2008/12/14(日) 01:04:37 ID:dq6FTgKa0
 少女は叔父と女性がいきなり化け物になったことに驚き、狂ったように甲高い悲鳴をあげて山道を駆け下りていく。シチフジャは水鬼たちに背を向けて走り、少女を捕らえんと首を伸ばす。
「子供が!」
「俺に任せろ、水鬼は魔化魍をやれ!」
 瞬火は飛ぶように駆け、シチフジャの頭上を飛び越えて泣き喚く少女の前に立ちはだかるとシチフジャに対して大喝した。
「東山つぼみがはらのさわらびの思いを知らぬかわすれたか!」
 するとシチフジャはびくりと急停止すると瞬火を睨みつけ、口を大きく開いて少女を威嚇したが、やがて二人から顔を背けて水鬼に正対した。
 瞬火が唱えたのは陰陽道における蛇の害を除ける呪歌である。瞬火の力を上乗せすれば蛇の魔化魍さえも除けるのだ。
 水鬼は音撃棒を構え、シチフジャの動きを伺う。積極的に攻めに出ないのは太鼓の腕が未熟であるためである。先の先を狙って足元をすくわれるよりも、後の先を取った方が確実だと思えた。
 管で戦える魔化魍なら―――
 しかしシチフジャは魔化魍にしては小柄で素早く、入り組んだ森の中を縦横無尽に逃げ回るため管では充分に戦えない。師の十獅子のような卓越した狙撃能力があれば別だろうが、あいにくと水鬼にできる芸当ではなかった。
 なにより今現在、管で倒す魔化魍ではないとの予測から音撃管は持ってきていない。
 水鬼の目論見を見透かしたようにシチフジャは鎌首をもたげたまま毒液を撒き散らすが、水鬼は難なくそれを避ける。毒液がかかった樹が腐り、数秒で倒れた。
 もどかしい睨み合いは早くも二分が過ぎた。少女は気を失って瞬火が背に庇ったまま身固めをしている。
82鬼島 〜水鬼・式を駆る者〜:2008/12/14(日) 01:08:52 ID:dq6FTgKa0
 ―――ちっ。
 先に焦れたのは水鬼だった。上下に構えた音撃棒を僅かに揺らし、故意に隙を作ろうと身体を揺らす。が、シチフジャの背後の瞬火が鋭い目でそれを制したために致命的な隙になる前に体勢を立て直すことができた。
 瞬火は羽織っていた狩衣を後ろに肌蹴て少女にかぶせ、懐から出した札を剣指で撫でる。
 口許をにやりと歪め、不敵に頷く。水鬼もそれに頷き返し、今度は隙を作るためではなく攻めるために前に出た。
 シチフジャはそれを好機と見たか、毒液を思い切り吹いて水鬼を倒さんとする。が、毒は鬼闘術・水斬掌で弾かれ、水鬼はシチフジャの懐に飛び込んだ。
 ならばと大口を開けて水鬼を食おうとしたシチフジャが石のように固まった。シチフジャが脅威とみなさなかった瞬火が、背後から邪を祓う霊符を放ったのだ。
 札は過たず魔化魍に貼り付き、その邪なる力を鎮めて水鬼に絶好の好機をもたらした。
「水鬼、バビッとサクッと決めちまえっ!!」
 水鬼は音撃鼓・月姫(つくひめ)を魔化魍の胸に貼り付けるや、高らかに宣言した。
「音撃打・蛟龍の巫女!!!」
83鬼島 〜水鬼・式を駆る者〜:2008/12/14(日) 01:14:14 ID:dq6FTgKa0
陰陽座「鬼一口」
作詞・作曲:瞬火

異里 外れの 荒屋に 人喰らう 鬼の 在りという

(座す 座す 座す)驀然
(座す 座す 座す)独行
(座す 座す 座す)辣腕
(座す 座す 座す)べっかっこう

電光石火の 早業に たじろぐ 聲すら 喰らいけり

(座す 座す 座す)驀然
(座す 座す 座す)独行
(座す 座す 座す)辣腕
(座す 座す 座す)べっかんこ

戦く 刹那に 鬼が嗤う 響動めく 間も無く 鬼が屠る

あな憂や いとも あられ無き 末期
劫火で 炙る 拷と 比ぶれば
許りか 寧ろ 未練など 無いも
もう直 我を 噛砕が 攫う

宛ら 牙の 尖どさときたら
襤褸の 如く 肉を 引き裂こう
恐れる 胸が 早鐘を 鳴らし
死に逝く 我を 恐悸へと 攫う

戦く 刹那に 鬼が嗤う 響動めく 間も無く 鬼が屠る
蠢く 刹那に 鬼が嗤う 阿と吐く 間も無く おくびと化す
84鬼島 〜水鬼・式を駆る者〜:2008/12/14(日) 01:19:01 ID:dq6FTgKa0
 ややぎこちないながらも見事に魔化魍を清めた水鬼は顔の変身を解除し、滅多に見せない満面の笑顔を瞬火に向けた。
「おう、やったな!」
「瞬火さんのおかげです!」
 瞬火は右手を挙げ、スイキとハイタッチを交わす。それから少女に掛けていた狩衣を羽織った瞬火は気絶したままの額に指先を当て、朗々と言の葉を紡ぐ。
「高天原天つ祝詞の太祝詞を持ち加加む呑んでむ。祓え給い清め給う」
「……瞬火さんって陰陽師ですよね?」
 どう聞いても今のは神道の祝詞である。詳しく言えば大祓詞を最も短く省略した最上祓いと呼ばれるものだ。
「ん。まあ、今は撫で物の人形を持ってないし、別にいいでしょ」
 よいしょ、と少女を背負うと悠然と歩き始める。
「ゆっくり歩いてるから、お色直ししてきてね」
 はい、と返事をするとスイキはバッグから着替えを取り出した。着替えているところを覗かれるのはもちろん嫌だが、着替えの服を見られるのもまた嫌だった。
 水色のストライプの下着にミニーマウスのTシャツというインナーだけは。
85鬼島 〜水鬼・式を駆る者〜:2008/12/14(日) 01:23:38 ID:dq6FTgKa0
 スイキと瞬火が報告のため支部のある出雲蕎麦屋に入ると、やはりというべきか着々と宴会の準備が整えられていた。魔化魍退治後の宴会は既にこの中部支部の伝統となっている。
 宴会の資金はかつて金霊で大金を手に入れた支部長の東のポケットマネーなのだが、東はなんとなく気に入った企業に投資しているとのことで目減りするどころか今では元手が数倍に膨らんでいるらしい。
 正直なところ騒がしい宴会はあまり好きではないスイキにとっては遠慮したいところなのだが、今回の宴会の主役ということもあり、宴会好きの瞬火に引きずられるように参加することになった。
 慣れたもので準備はすぐに済み、日没前からの酒宴と相成った。参加者は待機中のフウキと各役職一人ずつを除くほぼ全員である。
 今日の主役の一人であるはずのスイキはちょこちょこと料理をつまみ、猪口から酒を舐めておとなしくしていた。彼女は大騒ぎするよりものんびりと楽しむほうが好きなのだ。
 周りも心得たもので、人それぞれの楽しみ方に口を出す無粋な者はいない。
 日が沈むころには既に程よく酒が入り、宴はますます加速する。誰かが歌えと言いだし、直衣に着替えた瞬火が歌うぞとマイクを握りベースを肩に掛けて立ち上がる。
86鬼島 〜水鬼・式を駆る者〜:2008/12/14(日) 01:27:59 ID:dq6FTgKa0
「こーこはひとっつ祝いまっしょい!」
 全員がおおっ、と感嘆の声をあげて瞬火に顔を向ける。声量もさることながら、なかなか美声である。
 長髪を振り乱してベースを奏でる威容はどこまでも力強く見えた。ちなみに曲目は『亥の子唄』という民謡をゴリゴリのメタルにアレンジしたものである。
「いーちでーたらふんまいてぇ! にーでにっこりわろうて!
 さーんで酒つくって! よーっつ世の中ぁ、よいよいにぃ!」
 歌いながら巧みにベースを弾く姿に、弦の鬼とサポーターが慌ててギターを用意して両隣に立つ。即興のバンドだが、見事にはまっている。というかそのうちの一人は実弟のマネキ(招鬼)である。
「いつーついつものごぉとくにぃ! むーっつ無病息災に!
 なーなつ何事ないように! やーっつ屋敷を建てならべ!
 ここのつ穀倉を建て広げ! とーおでとうとうおさまった、ほんほんえーい!」
 瞬火の長吟とともに曲調が若干穏やかになり余裕ができると、瞬火は日本酒を舐めながらにこにことライヴを観ているスイキの腕を取った。
 ―――え、私!? なんで!?
 わけもわからず混乱するスイキを余所に、右手でピッキングを続けながら左手でスイキを隣に立たせる。それからマイクを持たせ、自分はギター組と激しいセッションを繰り広げ始めた。
 人の前に立つのは得意ではないが、こうなってしまっては席に戻るわけにもいかない。覚悟を決めるとマイクを握り、ギターソロの終わりを待った。
87鬼島 〜水鬼・式を駆る者〜:2008/12/14(日) 01:32:48 ID:dq6FTgKa0
「めーでたいなめでたいな めでたいものはおせんすよ……」
 普段の沈着なスイキからは想像もできないような艶やかな感情のこもった唄に、やんやの歓声を送っていた面々はしばし我を忘れ、次いで拍子を取るように手を振りはじめた。
「おせんすかなめにいけほりて いーけのしたにたおしつけ
 そのたにたおしてかるときにゃ ひとくろかればにせんごく
 ふたくろかればしせんごく みくろもかればこくしらず」
 満場の酔っ払いたちは唄にあわせて指を立て、体を揺らしている。スイキもいつの間にやら歌に合わせて即興で踊っている。
「そのこめさーけにつーくして さーけはじょうざけいずみさけ
 そのさけいっぱいのんだもんにゃ まーんのちょうじゃとなりそうな
 ほん ほんえーい」
 楽器隊の三人が奏でる爆音は激しさを増し、座敷は熱狂の渦に包まれた。最前列にいる者に至っては激しく首を振っている。
「さあ皆さんご一緒に!」
 瞬火の煽りに座敷の全員が声を揃え、叫んだ。
『こーこのやしきはよいやしき!
 こーこのこどもはよいこどもっ!!』
 大合唱でこの曲は幕を下ろしたが、まだ夜は長い。どうやら歌うことに魅了されてしまったスイキがマイクを放すのはまだまだ先になりそうである。
88鬼島 〜水鬼・式を駆る者〜:2008/12/14(日) 01:36:54 ID:dq6FTgKa0
 水鬼たちがシチフジャを清めた山中―――
 和装に身を包んだ品のいい男女がどこからともなくゆらりと姿を現した。
「ふん。やはり見様見真似ではうまくいかないか」
 男は不自然に腐朽した樹を眺め、表情を表さずに言った。
「というかほとんど別物だったじゃない。うまくいくはずないわ」
 朽ちた樹に白い指を這わせ、女が言う。こちらはどこか嘲笑じみた微笑を口元に湛えていた。
「まあそう言ってくれるな。これはこれで面白かっただろう」
「まあ、ね。もっと研究すれば海の向こうの町みたいにできそうだけど?」
「やめておこう。所詮遊びだ」
 男は笑みの形ににやり、と口元を歪めた。その笑みはまるで美しい石膏像に悪意ある一刀をもって刻まれた亀裂のごとく、不吉なものだった。
「だが、別種の生物の掛け合わせというのも面白い」
 男女は闇に紛れて消えた。
89鬼島兼用語集:2008/12/14(日) 01:42:10 ID:dq6FTgKa0
お目汚し失礼しました。
漠然と四人の卒業後と鬼島卒業時の騒動は描こうと思っているので、徐々に進んできているようです。
完結できるかはわかりませんが。
90鬼島兼用語集:2008/12/14(日) 21:54:46 ID:dq6FTgKa0
ミスった!ごめんなさい、訂正です!
出雲蕎麦屋は中国で、中部はうどん屋じゃあないかッ!
まとめサイトさん、掲載するときには差し替えをお願いします。

>>74
(誤)
 瞬火もスイキもともに中部支部に所属しているが、何か事情があるようで瞬火はしょっちゅう他支部や吉野に出向しているため詳しいことは知らないのだ。

(正)
 瞬火もスイキもともに中国支部に所属しているが、何か事情があるようで瞬火はしょっちゅう他支部や吉野に出向しているため詳しいことは知らないのだ。

>>85
(誤)
 スイキと瞬火が報告のため支部のある出雲蕎麦屋に入ると、やはりというべきか着々と宴会の準備が整えられていた。魔化魍退治後の宴会は既にこの中部支部の伝統となっている。
 宴会の資金はかつて金霊で大金を手に入れた支部長の東のポケットマネーなのだが、東はなんとなく気に入った企業に投資しているとのことで目減りするどころか今では元手が数倍に膨らんでいるらしい。

(正)
 スイキと瞬火が報告のため支部のある出雲蕎麦屋に入ると、やはりというべきか着々と宴会の準備が整えられていた。魔化魍退治後の宴会は既にこの中国支部の伝統となっている。
 宴会の資金はかつて金霊で大金を手に入れた支部長の東のポケットマネーなのだが、東はなんとなく気に入った企業に投資しているとのことで目減りするどころか今では元手が数倍に膨らんでいるらしい。
91まとめサイト(簡易版):2008/12/16(火) 23:37:37 ID:+3wdsx1K0
>>90に対応しマシタよ。ヽ(゚∀゚ )ノ
92欧州編 第三夜:2008/12/23(火) 19:26:06 ID:UOuTfErB0
ヴァチカン市国、サン・ピエトロ広場内で衛兵を相手に何やら捲くし立てている男が一人。
男は東洋人だ。そんなに大柄ではないが、盛り上がった筋肉が服の上からでも見て取れる。極限まで絞った無駄のない、戦う事に特化した肉体。脱げばミケランジェロの彫刻にだって負けない美を放つであろう。
「だぁかぁらぁ、ニヤって人に会わせてほしいんだって」
そう英語で話し掛けるも、ヴァチカンの公用語は伊太利亜語ないし仏蘭西語。あるいは独逸語。通じる筈もない。
連れの白人少年が心配そうに話し掛ける。
「バキ、大丈夫?」
「心配ないって。……なあ、誰か言葉の分かる人、居ないのかい?俺はニヤって人に会いに来ただけなんだ。ザルフの紹介だって言えば分かるからさ」
大陸をさすらい続けていたある日、どうやって居場所を掴んだのかは不明だが、ザンキから連絡が来た事がある。
「もし欧羅巴で何か困った事があったら、伊太利亜のニヤと言う男に会え。俺の名前――ザルフの名を出せば分かる筈だ」
今から六年前、丁度ザンキが命を落とす直前の事だ。それを覚えていたからこそ、バキは遥々ヴァチカンの地を訪れたのである。だが。
「参ったな……」
このままでは埒があかない。そう思った時、バキはこちらを見る視線に気付き、振り向いた。そこには、何処かで見た白人女性が立っていた。
「バキの知り合い?」
「いや……あんな知り合い、いない筈だけどなぁ」
年齢は三十代後半から四十代前半と言ったところだろうか。ただ、そんな年齢を感じさせないぐらいの美人である。ひょっとしたら有名な女優かもしれない。それならバキが何処かで見た事があると言うのも納得だ。映画か何かだろう。
「あなた、バキさん?砂糖水一気飲みの……」
「え?」
日本語で名前を呼ばれた。明らかにこちらを知っている。しかも総本部の大宴会で定番だった芸の事を知っているとなると……。
「……あ、あー!」
思い出した。彼女は一時期猛士中の男性からアプローチを受けていた、元北海道支部の。
「ササヤキさん!?」
嘗てのコードネームを呼ばれ、サーシャ・サポフスキーは笑顔を見せた。
93欧州編 第三夜:2008/12/23(火) 19:28:28 ID:UOuTfErB0
DMC本部内の会議室では、ラッツィンガー枢機卿とプーチン長官の両者による、非公式な会談が行われていた。この二人以外は全員締め出されており、その会談内容を窺い知る事は出来ない。
「君、KGBのスパイだったの?」
その頃、やはり本部内の食堂で美味そうにパスタを頬張りながら、バキはササヤキに尋ねていた。既に彼の前には空になった皿が山のように積み上げられており、他の利用者達が奇異の目でこちらを見ている。
「違います。帰国した後、色々あってスカウトされたんです」
確かに、彼女は猛士加入前に徹底した身辺調査を受けている。あの時点でスパイだったと言う事はないだろう。
「そして今ではKGB長官のボディーガードか」
「FSBです」
ああ、ごめん――そう言いながらバキはグラスになみなみと注がれたミネラルウォーターを一息で飲み干した。その食べっぷりに、同じ席で食事をしているルミナも目を丸くしている。
「……サーシャさんもこんなに食べるの?」
「馬鹿」
失礼な事を尋ねるルミナの頭を、バキが軽く叩いた。
「しかし露西亜の影の実力者が自ら動くだなんて……どうやら欧羅巴の情勢は俺の想像以上に混迷を極めているようだね」
バキの言う通りである。
と、そこへ背広を着込んだ肩幅の広い、いかつい白人男性がやって来た。男は、バキ達に身分証を見せると名乗った。
「私はレスター。ニヤに会いたいと言うのは君か?」
94欧州編 第三夜:2008/12/23(火) 19:30:37 ID:UOuTfErB0
「ニヤは今、任務で西班牙へ行っているんだ」
廊下を歩きながらレスター指揮官がそう説明する。バキは、これから来訪の目的を説明するべくレスターの部屋へと向かっていた。何故かササヤキとルミナも同行している。
彼の部屋では、既に一組の男女が応接セットのソファに腰掛けて待っていた。先程プロヴァンスから戻ってきたミガルーとエリカだ。やはり報告の為に訪れていたのである。
「あ、日本の人ですね!?」
バキの姿を見て、親日派――と言うかジャパニメーションやマンガオタクであるエリカが歓喜の声を上げる。突然の日本語に面食らうバキ。
「ひょっとしてあなたも鬼ですか!?」
「あなたもって?」
エリカは、自分達が十数年前に一人の鬼と出会っている事を説明した。彼女の口から出た懐かしい人物の名に、自然とバキの顔が綻ぶ。
「やっぱり鬼なんですね!じゃあさっき私達を助けてくれたのも……」
「えっ?」
意外そうな表情を見せるバキ。
「違うんですか?」
「どういう事かね?」
レスターが尋ねる。ミガルーがその場に居た全員に向かって、ゴーゴン退治の最中に一人の鬼と出会った事を告げた。
「まさかそれって親父――オーガか!?」
詰め寄るバキに、そうではないと冷静にミガルーが告げる。
「資料で見たオーガの姿とは違っていた。体色も、顔面に入ったラインの色も」
頑なに自国の言葉で喋り続けるミガルーの代わりに、エリカが訳してバキへと伝えた。
「ササヤキさん……な訳ないよね?」
ササヤキも首を振って否定する。彼女はプーチンの護衛としてヴァチカンに着いたばかりなのだ。仏蘭西になど行っていない。何より、彼女の変身後の姿は他の鬼と比べると多少変わっているので、普通は鬼だと思わない筈だ。
「俺達以外にも、鬼が居る……?」
それが何を意味するのか、誰にも分からなかった。
95欧州編 第三夜:2008/12/23(火) 19:33:18 ID:UOuTfErB0
ミガルーとエリカの報告によると、結局ゴーゴンは取り逃がしたらしい。正体不明の鬼もその後姿を消したそうだ。
レスターは正体不明の鬼の出現を一刻も早くニヤに伝えたかったが、同行しているジェバンニの携帯電話にいくら電話しても繋がらず、頭を抱えていた。
「ねえバキ、手伝ってあげようよ」
ルミナがバキに耳打ちする。それに対してバキは。
「言われなくても分かっているさ」
最初からバキは、オーガに関する情報と引き換えにDMCの手駒になるつもりでいた。
「……そろそろ時間だから私は行くわね」
腕時計を確認すると、ササヤキは退室していった。枢機卿とプーチンの会談がそろそろ終わる頃合らしい。
その後、プーチンの命令を受けてササヤキは、東方正教会の使者と共にDMCに残る事となった。露西亜の対モンスター組織も、やはり教会が母体になっているらしい。しかし、プーチンが置いていった人数は実に少なかった。
「まあ誰も居ないよりはマシか……」
レスターが呟く。
結局、この会談内容は当事者二名以外には不明のままだった。と言うか、何について話し合いが行われたのかさえ分からない。次に両者が会談の場を設けるのは、ラッツィンガー枢機卿が第265代ローマ教皇に即位する2005年以降の事となる。
「しかし怖い顔だったね、プーチンも枢機卿も……」
「ああ、あれじゃ悪の組織の秘密会議だな」
ひそひそとそのような話をするルミナとバキ。本当に二人とも顔が怖いのだ。今更言うまでもないのだが、DMCは正義の組織である。露西亜の組織だってそうだろう。しかしあの二人の顔は悪の組織の首領そのものである。
と、そこへ。
「チェチェンの件が一段落したら、また来るそうよ」
ササヤキだ。どうやら鬼の聴力で一言も漏らさず聞いていたらしい。さしものバキも、動揺の色を隠せなかった。
「ごめん、告げ口だけは勘弁ッ!」
それを聞いてササヤキは、あの頃と全く変わらぬ小悪魔の笑みを浮かべるのだった。

第三夜 了
96名無しより愛をこめて:2008/12/25(木) 20:42:35 ID:VNf9i6ar0
ゴーゴンが出現した場所に現れた鬼が誰なのかを考えてみた。
・バキはその時もっと離れた場所にいたので違う
・ササヤキの変身後は熊(凍鬼)っぽいので違う

第二夜の登場シーンを読み返してみると、
・属性も音撃武器も不明、ただし大岩を投げつけるパワータイプ
・口調はそんなに粗野ではない



結論:わかんない
97※短歌調でお詠みください:2009/01/02(金) 16:52:55 ID:FgLMQdI10
一年を 弾鬼SS 待ち続け

 今年も投下 引き続き待つ
98名無しより愛をこめて:2009/01/02(金) 19:58:37 ID:xxuhY5IC0
 
99名無しより愛をこめて:2009/01/03(土) 14:42:41 ID:k6kbO4S30
100元・あなたの〜作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/01/04(日) 17:46:42 ID:QxP8Hjs60
「鬼祓い」を題材にしたSSを考えてみました。全体で20話前後になる予定です。
101鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/01/04(日) 17:50:24 ID:QxP8Hjs60


『鬼祓い』 一之巻「巣立つ微風(そよかぜ)」


 瀬戸内の気候は冬でも温暖で、晴天となる日が多い。
 四国の北東、香川県高松市から臨む瀬戸内海の水面は、その冬の日も陽光できらきらと輝いていた。
 そこから南へ数10kmにある峠のドライブインに、食堂や休憩所と並び、カフェ「フリューゲル」があった。
 白いブラウスにオレンジのエプロン、スカート姿のウェイトレスが数人、まばらにドライブ客の座る店内を歩き回っていた。
 店内の中央には白いグランドピアノが一台置かれ、また厨房の奥では、バンダナで頭を覆った女性が、手伝いの男性と協力しながら、客に出すサンドウィッチなどの軽食を作っていた。
 会計を終えて店を後にする、夫婦と3、4歳の男の子からなる家族連れに向けて、ツインテールにエプロンと同色のリボンを飾り付けたウェイトレスが、満面の笑顔を向けて言った。
「ありがとうございましたー」
 屈んで子供に向けて「バイバイ」と手を振ると、小さな声で子供も「ばいばい」と言って手を振り返した。両親がその様子を見て笑顔になりながら、カフェを出て行く。ドアの上方に取り付けられた鈴が、開閉に伴い軽やかに音をたてた。
 鈴が鳴り終わってから数秒後、外からドアが開かれ、新たな来客を告げた。
 エントランスに向けて「いらっしゃいませー」と笑顔を向けたウェイトレスの前に現れたのは、茶髪で長めのウルフカットの若者だった。軽薄そうな笑顔と口調で、その男は言った。
「ソヨ、シゴトだ」
102鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/01/04(日) 17:53:54 ID:QxP8Hjs60
 笑顔のまま、厨房に向けてツインテールのウェイトレスは言った。
「店長ー、ちょっと出てきますー」
「はい行ってらっしゃーい」
 料理から目を離さぬまま、慣れた様子で厨房にいた女性が了承すると、ソヨと呼ばれたウェイトレスは、茶髪の男についてエントランスをくぐった。
 店を出ると、ウェイトレスの顔から笑みが跡形もなく消えた。無表情な顔で、低く小声になり前を歩く男に尋ねた。
「場所と獲物は」
 女はソヨメキという名で、猛士四国支部に所属する新人の「鬼」だった。
「大屋敷だ。ウブメっぽい」
 男は岸啓真という名で、同じく四国支部に所属する、鬼のサポーターだった。皮のジャケットを纏い、両手に指ぬきの手袋を嵌め、本人はこれを「ロック・ファッション」と呼んでいる。
 カフェ「フリューゲル」店長の羽佐間琴音もまた、四国支部の一員である。
 数十分前、地元の協力者から魔化魍目撃の情報を聞いた彼女は、それを四国支部に伝えていた。すぐに支部から魔化魍捜索・掃討の打電があり、琴音はソヨメキを現場に送るため、サポーターの啓真をカフェに呼び寄せたのだった。
103鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/01/04(日) 17:54:57 ID:QxP8Hjs60
 ウェイトレス姿のまま、コートを羽織りヘルメットを被ると、ソヨメキは黒いバイクのリアシートに跨がり、ハンドルを握る啓真の胴に手を回してつかまった。
「その格好もイケてるぜ、ソヨ」
「本名で呼ぶな。コードネームがある」
 無表情のまま、低い声で静かに彼女は言った。カフェでの仕事中の笑顔が嘘のように、まるで愛想がない。
「知ってらぁ。『ソヨメキ』を略してるだけだよ」
 へらへらと言いながら、啓真はバイクを発進させた。
 タンデムで、カーブの多い山間の道路を縫うように走行する啓真とソヨメキの前方に、白いスポーツカーの後ろ姿が近づいてきた。運転席に、啓真たちと同じ二十歳前後の若い男が一人、後部座席には三十代の男が一人座っていた。
 啓真とソヨメキのヘルメットに仕込まれたインカムから声が聞こえた。
『もう追いついたか。聞こえるか?』
「聞こえてます、サザメキさん」
「聞こえています、師匠」
 啓真たちが応えると、インカムからの声は続いた。
『確認する。場所は大屋敷、獲物はウブメと推定。“凪威斗(ナイト)”と“嵐州(ランス)”は直ちに現場に向い、魔化魍の探索・掃討を開始する』
 喋っているのは、車の後部座席に乗るヘッドセットを付けた短髪の男で、その名をサザメキと言った。四人の中で一人、十以上も年が離れていたが、声にも姿にも、力強さを伴う若々しさがあった。
 無言で車のハンドルを握る、黒髪に色白の、白いセーターを着た若者は、名前を木倉恭也といった。彼はただ寡黙に、ひたすら正確に最速の運転をこなし続けていた。
 連なって走る白い四輪と黒い二輪は、矢のような速さで曲がりくねった道を素早く駆け抜けていった。
104鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/01/04(日) 17:57:05 ID:QxP8Hjs60
 四人は魔化魍の目撃情報があった地点からやや距離を置いた、手頃な河原に車両を止めた。
 啓真とソヨメキが乗ってきた、グラファイトブラックのCB400 SUPER FORは、ソヨメキを現場に送るために支給された車両で、『凪威斗』という名を持つ。音撃武器とディスクアニマルを収納した黒いサイドバッグには、装飾的な書体で、白く「K」と記されていた。
 恭也とサザメキが乗ってきた、パールホワイトのシビックTYPE Rは、サザメキを現場に送るために支給された車両で、『嵐州』という名を持つ。リアシートには白い収納ケースがあり、こちらにも装飾的な書体で、黒く「L」と記されていた。
 バイクのサイドバッグからディスクアニマルを取り出すと、ソヨメキは鬼笛を吹き、啓真は音叉を打ち鳴らしてそれらを起動し、地や空へ放っていった。
 リアシートの収納ケースからディスクアニマルを取り出すと、サザメキと恭也は共に鬼弦を弾き、同様に魔化魍探索のためのディスクアニマルを放った。

 共に音撃武器を確認しているサザメキ・ソヨメキ師弟から少し離れた場所に啓真を連れて行くと、恭也は言った。
「お前、なんでソヨをあんな格好で連れてきた。あの上にコート一枚じゃ寒いだろ」
 それまで必要最低限のことしか喋っていなかったこの男が、今日初めてそれ以外のことを口にした。
「万一コケて、ケガでもしたらどうするんだ」
「俺のテクでコケると思うのか?」
「だから“万一”と言っているだろう。それに、あんな生足出した格好で。今は真冬だぞ? 風邪でもひいたら『鬼の霍乱』だ。鬼でも寝込むんだぞ」
105鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/01/04(日) 17:58:32 ID:QxP8Hjs60
「ココはテメエが育ったような寒いトコじゃねーんだよ。ソヨは北海道生まれだから寒さにも強いしな」
「ふざけるなよお前」
 それまであまり感情を表に出していなかった恭也の目が、前髪の下で刺すような光を浮かべた。
「お前、あの格好のソヨと一緒にバイクに乗りたかっただけだろ」
「俺がソヨのサポーターに決まったからって、筋違いな嫉妬してんじゃねーよ。ブッとばしちゃってイイか?」
 受けて立った啓真の目も殺気をはらんだ。

 サザメキが、遠くで中学生のように殴り合っている啓真と恭也の様子に気づいて言った。
「またかあいつら」
 遠くからソヨメキの耳に二人の争う声が聞こえ、微かにため息をついて彼女は言った。
「また、低レベルな争いです。ほうっておきましょう」
 ソヨメキが、目の前の音撃武器に顔を向けたまま、ちらと二人に視線を向けると、あごを手で押しのけられてタラコ唇になった啓真と、両側から口の端を引っ張られて下ぶくれになった恭也の滑稽な顔が見えた。
 ソヨメキは表情を動かすことなく、音撃武器の調整を続けた。

 殴り、蹴り合っている二人の男の耳に、電子ピアノの音が聴こえてきた。それに合わせて、ソヨメキの鈴の音のような歌声が流れてきた。
 喧嘩の手を止めて、啓真と恭也は河原にひっくり返ると、荒い息が治まるのを待ちながら、心地良い音と歌声に耳を預けた。
106鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/01/04(日) 18:00:49 ID:QxP8Hjs60
 数機のディスクアニマルによってすぐに魔化魍の現在地が判明し、ソヨメキはウェイトレスの制服の上に装備帯を身につけた。
「行けるな?――と言っても、今日で独り立ちしてからもう三戦目か」
「問題ありません」
 師匠の問いに無表情で応えると、ソヨメキは肩から金色の音撃武器をストラップで吊るし、河原を駆け出していった。
「よし、俺たちも行くぞ」
 サザメキが言い、腰から数枚のディスクアニマルをぶら下げた三人の男たちも、ソヨメキの目指した方角に走っていった。

 ソヨメキがたどり着いた湖の上空に、長い尾を持つ銀色の妖鳥が舞っていた。体長は人の倍ほどまでに育っていた。
 ウブメと同色の腰巻きを身につけた童子と姫が、その畔(ほとり)で姿を怪人形態に変えた。
 ソヨメキが、展開した鬼笛『音蓮』を吹き鳴らすと、その名に反した激しい風が周囲に巻き起こった。全身を包む空気の渦を切り裂いて、白い体に金の襷(たすき)、銀面に薄紅色の隈取が走る二本角の鬼が現れた。
 ――拾い上げた金色の中型銃を手にしたその鬼の名を、『微鳴鬼』と言った。
 ふた月ほど前、鬼として独り立ちする許しを得た時、師匠のサザメキ――『細鳴鬼』から贈られた名前である。
 その後、前回、今回とソヨメキの様子を見にきていたサザメキだったが、今日の闘いを見る目には、何かを見極めようとする強い意志が込められていた。
107鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/01/04(日) 18:03:02 ID:QxP8Hjs60
 鈍色の固い体表に銀色の首巻きをつけた二体、怪童子と妖姫が、牙を剥いて微鳴鬼のもとに殺到した。冷静に銃型の音撃武器を怪人に向けた白い鬼が、一発、二発と圧縮空気弾を放つ。過たず、的に吸い込まれる衝撃。連続して起る白い血飛沫混じりの爆発。
 戦略か本能か、鬼が育ての親を倒している最中その背後にまわり、飛来したウブメが死角から首元に噛み付きにかかった。

 木陰から飛び出そうとする啓真と恭也の襟首を、サザメキが強い力で止めた。小さく、落ち着いた声が二人の背後から言った。
「黙って見ていろ」

 微鳴鬼が振り向いた時にはウブメは目前まで迫り、銃口を向け狙いを定める時間はなかった。
 微鳴鬼はウブメの口腔に銃口を差し入れると同時に引金をひいた。牙の生えた下顎を残して前頭部が爆発し、妖鳥の体は後方の地面に吹き飛んだ。
 これほどまでの甚大な被害を受けても、魔化魍は死ぬことはない。ここから更に音撃による清めを行わなければ、滅ぶことはない。
 湖畔で、頭部をほぼ失いながらも尾や翼をばたつかせ続けるウブメに向けて、二本角の鬼は無言で銃口から鬼石の弾丸を数発撃ち込んだ。そして、ストラップで肩から吊るした銃を体の前に回し、腰のバックルから外した物をその上に被せるように取り付けた。
 この銃型の音撃武器は音撃盤『羽柱(うちゅう)』、それに取り付けたものは音撃鍵『灯芒(とうぼう)』と言った。
 薄紅色の手が音撃鍵を横にスライドさせると、三段に展開して鍵盤が出来上がった。
108鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/01/04(日) 18:04:29 ID:QxP8Hjs60
『音撃弾・旋然穿声(せんねんせんせい)!』
 左手で銃身を持ち固定したショルダーキーボードの鍵盤上で、右手が踊り音楽を奏でた。ピアノの白鍵と黒鍵にあたる、この音撃武器の銀鍵と金鍵の上を薄紅色の指が動く。清めの音がウブメの体に行き渡り、爆発して塵埃と化した。

「決めたよ」
 つかんでいた啓真と恭也の襟元を手放し、満足そうな笑みを浮かべて、十数年鬼を務めてきた男は言った。
「俺は引退する」

『凪威斗』と『嵐州』を停めた河原に戻り、着替え用のテントの中から出てきたソヨメキは、無表情にサザメキに訊いた。
「どうして……ですか?」
「あちこちガタが来ていてな、俺も。だが、今日の闘いを見て俺は確信した。お前が、立派に俺の代わりを務められる『鬼』に育ってくれたことを。だから俺は、安心して引退するんだ。後は頼んだぞ、『ソヨメキ』」
 無言で頷くと、次に、ソヨメキは啓真に向けてやはり無表情に訊いた。
「どうして……着替えがこの服なんだ?」
 変身時のエネルギーで消えたウェイトレスの制服の替りに啓真が用意していたのは、変身前と寸分違わぬ白いブラウスと、オレンジのエプロン、スカートだった。髪型こそツインテールにしていなかったが、それを除けば変身前と同じ格好になっていた。
 簡易テントを解体しながら、喜々として啓真は答えた。
「『制服消えました』じゃ琴音さんに悪いっしょ。リボンもあるよ」
 横から恭也が跳び蹴りを入れた。
109鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/01/04(日) 18:05:42 ID:QxP8Hjs60
 無様に倒れ込んた啓真は、起き上がると恭也の胸ぐらにつかみかかった。
「いきなり何すんだよ!」
 恭也は襟首を締め上げてくる啓真の腕を抑え付けながら言った。
「ソヨは、帰りは『嵐州』に乗せていくからな」
「何だよ、テメエだってあの格好のほうがいいだろ?」
 取っ組み合いを続ける二人は気にかけず、ソヨメキはパールホワイトの車に向っていった。
「おい、いいのかあれ」
 サザメキに言われても、ソヨメキは振り返らず言った。
「ほうっておきましょう」
 後部座席に乗り込むソヨメキに続き、サザメキは『嵐州』の助手席に乗り込むと、後ろを振り返り言った。
「師匠として一つ、いいか」
「何でしょうか」
「愛嬌が足りないぞ、お前は」
「申しわけありません」
 素直に頭を下げたソヨメキだったが、やはりその顔に表情はなかった。
110鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/01/04(日) 18:07:23 ID:QxP8Hjs60
 その日のうちにサザメキは四国支部に引退を申し入れ、次のシフトを最後に現役を退くことが決まった。
 そして、サザメキが『鬼』として魔化魍掃討に向った最後の日。恭也は彼を『嵐州』に乗せて、高松市南西の水ヶ本に向った。
「これ預かっててくれ」
 いつものように、変身前にサザメキは携帯電話を恭也に投げてよこした。
「ケータイは投げるものじゃありませんよ」
 と、毎回恭也は言っているが、急を要する場合にサザメキはいつもこれをやる。

 現地で魔化魍の居場所を探り当て、童子と姫を片付けた後、サザメキに車両内で待機するように言われた恭也は、山林の中に停めていた『嵐州』に戻った。
 夕闇が迫る頃、サザメキが奏でる音撃管の音色が聴こえ、それに続き遠くで爆発音があり、恭也はサザメキの鬼としての最後の仕事が成功したことを知った。
 そして、彼が帰ってくるのを待ち続けたが、なかなかサザメキは姿を現さなかった。そうこうするうちに辺りは闇に包まれていった。
 徐々に嫌な予感が増してきて、恭也は車から出ようとした。
 そのとき恭也の携帯電話に、四国支部からの連絡で、サザメキ負傷の報が伝えられた。
 なぜ現場に出ていた自分より先に支部がそのことを知っていたのか、恭也には判らなかった。自分はサポーターでありながら一体何をしていたのかと、自責の念に駆られた。

 それが、2009年初頭に発生し、幾多の人々を巻き込んでゆく一連の事件の、すべての始まりだった。


一之巻「巣立つ微風」了

111名無しより愛をこめて:2009/01/05(月) 15:59:58 ID:A5LDEkXi0
>101-110
投下乙です。
題材が題材なので結構ハードになりそうな予感。
次回の投下に期待。
112鬼島兼用語集:2009/01/05(月) 19:17:41 ID:s125Vx0S0
おお、最近低調だったところに新作ですか!
これは楽しみです。
啓真がロックファッションしてるのはやっぱり老いてますます盛んな城之崎氏の影響なのでしょうか。
ともあれ高鬼さんと鬼祓いさんのツートップでまだしばらくは鬼ストーリースレはいけますね!
113鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/01/05(月) 23:51:16 ID:bxv6F7Lg0
状況が許せば、4〜5か月は保守いらずでSS投下ができそうです。
その間に、未完のSSの続きを投下してもらえたら、と考えています。

既出の職人さんや、新たな職人さんの新作にも期待しつつ、
自分でSSを投下しながら、他の人のSS投下を待ち続けようと思います。
元ネタ解説はスレ埋めや保守のためにとっておきます。
114某SS作者 ◆MxwC1THAPo :2009/01/08(木) 02:33:28 ID:E4wM6Xo/0
お久しぶりです。
今月末にSICの新タイトル「極魂」の第1弾で響鬼が発売されると聞き、
発売を祝うと共に今後の関東11鬼ラインナップを祈願して1本書いてみました。

相変わらずの借り物競争でオリジナルティも何もないですが、暇つぶしにどうぞ。
115年越す鬼 ◆MxwC1THAPo :2009/01/08(木) 02:35:49 ID:E4wM6Xo/0
「冬なのに等身大の魔化魍ですか」
 東京は葛飾、柴又にある《甘味処たちばな》の店内でキョウキは店主の立花勢地郎に向かって言った。
「どうも情報によるとバケネコの亜種みたいなんだ。時期外れのハグレ者だからそんなに強くはないと思うが、如何せんバケネコだ。増えないうちに何とかしたいと思ってね」
厄介だよねぇ、と言いたげな目をしながら勢地郎は自分の正面で目を丸くしている部下に茶を啜りながらとつとつと語った。
「今年も温暖化の影響があるせいか暖冬だ。そこのところも魔化魍の生育環境に何らかの影響を及ぼしているのかもしれない」
「わかりました。場所は何処ですか?」
「猿橋近辺の山中だそうだ。一昨日からゴウキが出動しているが、まだ網にはかかっていないようだ。見つかるまでにはもう少し日にちがかかるかもしれない」
勢地郎は再び茶を啜ると、万一のために《飛車》の佐久間賢をサポートに連れて行くようにキョウキに言って厨房に戻っていった。
 キョウキは了解しました、と返事をして席を立つと、暖簾をくぐって外に出た。
 大晦日の柴又は新年に向けての準備に大童だ。
 二〇〇八年のアメリカ経済の失墜による世界的な通貨や株相場の下落による不況の爪痕は二年を経た今でも未だ癒えていなかったが、その中でも例年通りの賑わいがこの街にはある。
 キョウキは出動の準備の為に自分の住まいに向かって雑踏の中に入っていった。
116年越す鬼 ◆MxwC1THAPo :2009/01/08(木) 02:37:10 ID:E4wM6Xo/0
今回の退治対象であり、等身大の魔化魍に区分されるバケネコは主に太鼓の鬼が担当する決まりになっている魔化魍である。
 的が小さく敏捷なバケネコに対しては銃火器である管では接近戦に持ち込まれた場合に辛くなるし、かといってパワータイプの弦では取り回し上スピードが殺される為にやはり不利になる。
 また、夏に主に出現する等身大魔化魍は短期間に増殖を繰り返して大量に発生するという非常に厄介な習性を持っている。今回のバケネコのように弦や管を使った攻撃の場合に分裂するタイプも多い為、
攻撃特性上において分裂の可能性が低く、最もバランスの取れた武器である撥を扱う太鼓の鬼がこの役を担っていた。
 しかし、魔化魍自体の強さ自体はそれ程のものではなくとも、大量に現れる事によって単体で活動する大型の魔化魍に比べて数で圧倒してくることになる。結果的に一人の鬼にかかる負担が大きくなってしまう事は自明の理だった。
 そこで『夏の魔化魍には複数の鬼で挑む』という経験則からなる規定が生まれた。
 そして、シフトによる問題を防ぐべく管や弦の鬼には撥の取り扱いを一通り学ぶよう指導が行われていた。
 《イチ・サン》と呼ばれる鬼の出動形態によるシフト組みは原則として異なる武装の鬼がチームを組むことになっているが、関東支部のように太鼓の鬼の在籍率の高い地域では同一武装のものが被る事になる為、
二種もしくは三種の武装を扱える鬼が他種の鬼の代わりに入っている事がある。
本来であればキョウキのシフトは年明けからであったが、ゴウキと同じチームの弦の鬼であるバンキが大学院の絡みで月初めから渡米しているために一時的に番変をしてシフトに入っていたのである。
師匠であるヒビキの厳しい指導もあって、独り立ちした後のキョウキは猛士関東支部でも三種の武装を扱える高い実力を持つ若手の鬼として信頼を得始めていた。
117年越す鬼 ◆MxwC1THAPo :2009/01/08(木) 02:39:17 ID:E4wM6Xo/0
キョウキは着替え等の入ったスポーツバッグを肩に下げてたちばなに現れると、地下にある猛士関東支部作戦室に入っていった。
「お疲れ様。準備できてるわよ」奥の研究室から装備の整備、開発を担当する《銀》の滝澤みどりがキョウキを出迎えた。
「年末で忙しいのに無理言ってすみません、みどりさん」
「ううん、いいのよ。仕事だからね」みどりは頭を下げるキョウキに右手を振って笑顔で答えた。
 番変でシフトには入っていたものの、キョウキの主武装である太鼓の撥は使い込んだせいか先端の鬼石に若干の傷みがあった。
 使用中に破裂する等の不具合を危惧したキョウキは出動の前にみどりに鬼石のメンテナンスを依頼していたのである。
「キョウキ君の見立て通り結構鬼石の傷みが酷かったわね。でも、それ以外にかなり乱打の感じが見えるんだけど、これはどういう事かな?」
「え、それは、その……」
「素直に言えよ。夏にドロタボウに苦戦した跡だって」
「ヒビキさん!」口ごもるキョウキに後ろから笑顔で突っ込みを入れたのはキョウキの師匠のヒビキだった。
「キョウキは今年がドロタボウ戦デビューだったからな。慣れない相手で途中呼吸が乱れたのさ」
「まあ、そうだったの」顔を赤くするキョウキの前でみどりがわざとらしく驚く。
「いつも俺はかーなーりー強いって顔してるのにね」
「もう、勘弁してくださいよ」悪戯っぽい笑顔のみどりの突っ込みにキョウキはたじたじになりながら言葉を返した。
「それはそうと、バケネコだってな」真顔になったヒビキがキョウキに尋ねた。
「ええ。時期外れのハグレネコだと支部長は言っていましたが……」
「今年は山も雪が頂ぐらいまでしか降っていない。何だか暖かい日ばかりだからな。魔化魍も狂い咲きなのかもしれないな」
「その程度のものならばいいのですが」
「俺もそう思う。くれぐれも気を抜くなよ、キョウキ」
「はい」真剣に言葉を交わす師弟をみどりは微笑んで見つめていた。
118年越す鬼 ◆MxwC1THAPo :2009/01/08(木) 02:40:07 ID:E4wM6Xo/0
 数時間後、佐久間の運転する《不知火》はキョウキを乗せて一路猿橋へと向かっていた。
「支部長の話ではまだ見つかっていないって事だけど、年内には退治したいよね」
「着く前にゴウキさんが退治してくれてれば十分間に合いますよ。……賢さん、ひょっとして何か約束でもしているんですか?」
「正月まで予定が入っていなかったんで、友達と初詣の約束してたんだよ」
 佐久間はイブキと結婚して身重になった勢地郎の娘、香須実の代役として着任してきたサポーターである。着任して一年に満たない若いキョウキにとって佐久間は同期の仲と言える間柄だった。
「まぁたぁ。ホントは彼女さんでしょ」
「ばか、ちげーよ。そんなんじゃねーって」キョウキの突っ込みにいかつい顔を赤くしながらも佐久間のハンドリングには乱れがない。
「ところでよ、俺は猛士に入ってからあまり経ってないからよく知らないんだけど、冬のバケネコって前にも出た事あるのか?」
「俺もよく知りませんけど、以前にも何度か出現したことがあるようですよ。さっき記録を見たんですけど、あのオロチの時はよく街中にウワンなんかと一緒に出ていたらしいですね」
「オロチかぁ。あんなのしょっちゅうあった日にゃ、俺たちみたいなの何千人いたっておっつかないよな」
「ヒビキさんやサバキさんみたいな人ばっかりだったら十分いけると思いますけどね」
「おっ、キョウキ君はその枠には入らないのかい?」
「気持ち的には俺も入っているんですけどね」
「おおー、強気だねぇ。強化形態もまだのくせに」佐久間はキョウキの言ににやりと笑って突っ込みを入れた。さっきの仕返しと言った風情だ。
「来年にはやって見せますよ。ちゃんと名前も考えているんです」
「ねぇ、キョウちゃん。それ今は教えてくれないのかい?」
 少し膨れ気味のキョウキに佐久間はやや意地悪く言葉を重ねた。が、それ以上は深くならない。キョウキが佐久間の言質を掴んで、それはまだ言えないですよ、と笑って話を切ったからである。
119年越す鬼 ◆MxwC1THAPo :2009/01/08(木) 02:42:48 ID:E4wM6Xo/0
時間も夕方近くなった頃、猿橋の山中にあるゴウキのベースキャンプに着いた二人は自分達の乗ってきた車から索敵用の音式神が入ったケースを二個降ろして展開した。
 キョウキが変身音叉《音汐(おんせき)》を鳴らして式神を起動させる。
 式神達はキョウキの指示に従ってゴウキの式神の索敵範囲とは別の所を捜索し始めた。
 その後、荷物を降ろしたキョウキ達がコーヒーを飲んで休んでいると、ゴウキがキャンプに戻ってきた。周辺に魔化魍の育ての親である童子と姫の気配がないかと捜索に出ていたのである。
「ゴウキさん、お疲れ様です」キョウキは立ち上がってテーブルにあったポットからコーヒーをカップに移すとゴウキに向かって差し出した。
「まだ見つからないみたいですね」
「ああ。時期外れのせいなのか、妖気が弱いみたいなんだ。DA(ディスクアニマル)も判然としない感じで動き回っているよ」ゴウキはカップに入ったコーヒーを旨そうに啜りながら言った。
「もしかすると、まだ育っていないかもしれないがな。……この先にかなり昔に廃れた村があって、恐らくはそのあたりを根城にしていると俺は踏んでいるんだが、どうも反応がない。
明日まで様子を見てみるつもりだが、見つからなければ河岸を変えようと思う」
魚釣りみたいですね、と言う佐久間の言葉に苦笑しながらゴウキはコーヒーを飲み干した。
ゴウキがコーヒーを飲み干すのと同時に一体の音式神がうおん、と一声吠えて草むらから現れた。
「お帰り」ゴウキが呼びかけると現れた瑠璃狼は円盤状に変形してゴウキの手の内に収まった。
 音叉に嵌めて回転させ音を確認する。
 非常に小さく、僅かではあったが魔化魍の発する音が記録されていた。
「当たりだ」ディスクを外すとゴウキは厳しい面持ちで戌の五番だな、と言った。
「行きましょう、ゴウキさん。賢さん、ここを頼みます」言うや否やキョウキが装備帯を体に巻きつけて駆け出す。
ゴウキがその後を追ってキャンプを後にする。
「……頼むぜ、お二人さん」佐久間は走り去る二人の背に向かって火打石を打って切り火をした。
120年越す鬼 ◆MxwC1THAPo :2009/01/08(木) 09:09:22 ID:IVXMhPIY0
ゴウキの読みどおり魔化魍は廃村の中に潜伏していた。
 しかし、既に時間は日没を過ぎ魔化魍の力が増す夜へと移行している。
 場合によっては長期戦も覚悟しなければならなかった。
「おいでなすったぞ」ゴウキの言にキョウキが正面に注意を振り向けると、廃村の入り口近くに若い男女が座っていた。
 佇まいは美しい男女だが、生気のない顔に纏う雰囲気が異様さを与える。
 バケネコの童子と姫である。
「我が子らの成長を邪魔する鬼どもよ」
「お前達の血肉を食ろうて我が子らの滋養としようぞ」
ゆらりと立ち上がった二人の動かない唇から性別の逆転した声が聞こえてくる。
「悪いがお前達に構っている暇はない」キョウキは呟くと駆けながら腰の音叉を鳴らして額に当てた。
 白い炎と共にキョウキの姿が《強鬼》という名の鬼へと変わってゆく。
 強鬼は地を蹴って高く舞い上がると、落差を利用して童子に向かって飛び蹴りを見舞った。
童子はそれを怪童子へと変化して受け止めると、反動を利用して後ろへと飛び退ってゆく。
「やるな」強鬼は同様に後ろに着地すると背中の音撃棒《蒼火》を取り出した。
 強鬼が童子に向かうのと同様にゴウキは音叉を弾いて鬼の姿になると姫の方に向かっていった。
 姫もこれに対抗するべく妖姫となって迎え撃つ。
『時期外れの奴らにしては強いな』剛鬼は敵の予想外の強さに僅かながら驚いていた。
個体差はあるが、魔化魍の強さは童子や姫の強さに比例する。
オロチの際の魔化魍と同様に時期や生育環境を著しく外れた所謂《ハグレ魔化魍》は通常の種類に比べて弱い事が多い。
 剛鬼も強鬼も妖気の弱いことなどから計れる事前の状況から、魔化魍の力はそれほど強いものとは考えていなかった。
121年越す鬼 ◆MxwC1THAPo :2009/01/08(木) 09:10:44 ID:IVXMhPIY0
しかし、鬼と拮抗できる強さを持つ童子と姫が母体ということになれば、育ったバケネコはそれなりに扱い辛い個体になっていることが推測される。
「分裂されると厄介だ。強鬼、一気に行くぞ!」剛鬼はそう叫ぶと両手の音撃棒に気を籠めた。
 先端の鬼石が朱に輝く。
「うおりゃあっ!」右手の音撃棒を妖姫の頭上に振り下ろす。
 受け止めようとした妖姫の両腕を砕きながら鬼石が頭を直撃する。
 さらに左腕の音撃棒を袈裟切りに振り下ろすと、妖姫は白い体液を飛び散らせて爆散した。
 姫の爆死に気を取られた怪童子もまた、強鬼の放った鬼火に顔を焼かれた上に音撃棒を叩き込まれて爆発した。
「奥だ。駆け抜けるぞ」剛鬼は先ほど戻ってきた瑠璃狼を再び式神モードに戻すと、先頭を走らせ行く先を案内させた。
「剛鬼さん、この奥は?」強鬼が駆けながら尋ねる。鬼の走る速度は速く、常人では見ることも難しいだろう。
「村の逆側の外れは確か・・・・・・!?」考えている間にその場所に出る。瑠璃狼がぴたりと止まった。
「・・・・・・墓地だ」二人の前には二十体近いバケネコの群れが待っていた。
122年越す鬼 ◆MxwC1THAPo :2009/01/08(木) 09:12:03 ID:IVXMhPIY0
強鬼と剛鬼がバケネコの巣へと向かった頃、たちばなには安達明日夢が年末の挨拶に来ていた。
「今年もお世話になりました」
「明日夢君も一年お疲れ様だったね」既に営業を終えた店内には勢地郎と明日夢の二人だけだ。
「皆さん、お出かけのようですね」
「香須実は京都の和泉家に行っているし、日菜佳も紙黄村の戸田山さんの所だからね。今年は寂しい年越しになりそうだよ」勢地郎は苦笑いしながら、良かったら年越し蕎麦でもどうだい、と明日夢に水を向けた。
「もう少しすればあきら君やみどりもここに来るから」今は東北にいる天見あきらから今年は関東で年を越したい、と連絡が来たのだという。
 明日夢も母の郁子が夜勤の為に今年は一人で年越しする事になっていたので、今回は勢地郎の言葉に甘えることにした。
「キョウキやヒビキさんも出かけているんですね」
「キョウキ君はゴウキの応援で猿橋まで出ているんだ。一昨日からバケネコが出たらしくてね。・・・・・・あれ、ヒビキはさっきまでいたんだがなぁ。何処へ行ったのかな」
座敷で明日夢に座布団を渡しながら勢地郎は周囲を見渡した。
 明日夢もつられて周囲を見回したがヒビキが店内にいる気配は何処にもなかった。
123年越す鬼 ◆MxwC1THAPo :2009/01/08(木) 09:13:14 ID:IVXMhPIY0
一方、バケネコの群れに囲まれてしまった剛鬼と強鬼は、魔化魍の数と不釣合いな妖気に戸惑いを覚えていた。
「この妖気でこの数・・・・・・。どういうことだ」
「剛鬼さん、来ます!」強鬼の言葉に続くようにバケネコの一体が剛鬼に襲い掛かってきた。
「むうっ!」剛鬼は右手の音撃棒を一振りしてバケネコを右に薙ぎ払った。音撃棒はバケネコの顔面を直撃し、バケネコは地面に叩きつけられた。
 それが合図となって、二人の鬼と十数体の魔化魍の戦いの火蓋が切られた。
 太鼓の鬼達はセオリーに従ってバケネコの本体である親を探した。
「親を倒せば分裂もできない。司令塔を失って統率力が落ちるはずだ」剛鬼は強鬼にそう指示してバケネコに向かっていたが、子供である分体も夏に発生するものとそう変わらない力があった。
「おやっさん、話が違うよ!」強鬼も堪らず叫んでいた。それでも、バケネコに向かう闘志は衰えていない。
 苦戦しながらも一体のバケネコに音撃鼓を貼り付ける。
「いくぞ、蒼炎強打の型! 覇ぁっ!」蒼い音撃鼓《水蓮》が強鬼の音撃打に反応して発光する。
「音撃打、剛腕無双!」剛鬼も負けずに音撃打を打ち鳴らす。
 通常の音撃打の半分といったところでバケネコが破裂した。
124年越す鬼 ◆MxwC1THAPo :2009/01/08(木) 09:14:25 ID:IVXMhPIY0
「!?」爆裂した魔化魍の残骸の中で白く硬い物がいくつも飛んでいる。
「剛鬼さん、これは?!」一瞬視界に入った見慣れぬ物に強鬼が驚いて尋ねた。無論戦闘は止まっていない。
「・・・・・・骨だ」バケネコを弾き飛ばして強鬼に答えた瞬間、剛鬼ははっとした。
「そうか、こいつらは付喪神だ」強鬼の背中に自分の体をつけて言葉を続ける。
「付喪神!?」
「正しくは人骨に魔化魍の体液か何かを足したんだ。・・・・・・奴等の仕業だな、これは」
「くそっ、またあいつらか!」無貌の面の奥でぎりっ、と強鬼が歯噛みする。
「だが、強鬼。これで妖気の弱い理由がわかった。どうやら耐久力も人骨の分だけ弱いようだ。いけるぞ」
「そう願いたいです」
「心配するな。今日は俺とお前で《ダブルライダー》だからな」剛鬼は面の奥でにやりと笑って言った。
「なるほど、ダブルライダーですか」強鬼も思わずにやりとする。
「なら、《仮面ライダー》らしく戦いますか!」幼い時ビデオで見て熱狂したあのライダーのように。
「おうよ!」どんな時でも決して悪に屈することのなかったあの正義の味方のように。
 二人の鬼は荒ぶる戦神となって魔化魍と戦い続けた。
125年越す鬼 ◆MxwC1THAPo :2009/01/08(木) 11:11:19 ID:IVXMhPIY0
数時間後、十数体のバケネコを全て清めた剛鬼と強鬼はバケネコの親を追いながらベースキャンプへの道を辿っていた。
「感じるか?」
「・・・・・・剛鬼さん!」異変を感じたのは強鬼の方が早かった。
「いかん、里のほうに向かっているぞ!」剛鬼が感知した数キロ先をバケネコの親子が数体走っている。
 バケネコは既にかなりの妖気だ。なぜ今まで感知できなかったのか。
「あいつら、妖気を隠す事ができるのかっ!」強鬼に比べてベテランの剛鬼も苛立ちを隠せない。
「拙いですよ! この先には賢さんが!」
「くそっ、間に合ってくれ!」二人はベースまでの道を最大速度で走りぬけた。
 しかし、その歩が不意に止まる。
「・・・・・・妖気が消えた?」周囲を見回す強鬼。
「いや、違う。消されたんだ」剛鬼の言葉が終わるや否や奥の草むらから、よう、と言って現れた影があった。
 紅い体の鬼。
126年越す鬼 ◆MxwC1THAPo :2009/01/08(木) 11:15:54 ID:IVXMhPIY0
「響鬼さん?!」音撃棒《烈火》で肩をとんとんとやりながら現れた響鬼・紅に強鬼が驚きの声を上げる。
「大晦日に魔化魍退治だって言うから、陣中見舞いに来てみたんだけどさ。ベースを出たらバケネコに出くわしちまってね。ついでだから清めといた」
「・・・・・・すみません」剛鬼がすまなそうに項垂れた。
「俺たちがもっと早く清めていれば奴等をここまで逃がす事もなかったんです」強鬼も剛鬼に並んで頭を下げた。
「気にするな。お前達は良くやったさ。・・・・・・俺も戦ってみて分かったんだが、今回のバケネコは分裂も早くて、おまけに知恵が回ってた。子供を囮にして自分たちが別動隊になっていたんだ」
 響鬼は顔の変身を解きながら二人に言った。
「奴等の手が入ったモノだってのは俺もすぐに分かったよ。まったく手を変え品を変え、忙しい事だよな」
 ヒビキの言葉に肯きながら二人も顔の変身を解いた。
「おやっさんが年越し蕎麦を打ってくれてる。着く頃には年は明けてるが、早いとこ食いに帰ろうぜ」
 そう言うとヒビキはくるりと踵を返して先頭に立って歩き始めた。
 キョウキとゴウキは互いに顔を見合わせると、どちらともなく互いの右手を差し出して握手をしながら笑いあった。
「今日はダブルライダーならぬ《トリプルライダー》だったな」
「はい!」
「・・・・・・何の事だ?」二人に問いかけるヒビキに何でもありません、とにやにやしながら答えると、キョウキとゴウキはヒビキを挟むようにしてベースキャンプへの道を急いだ。
 年明けまではまだ間がある。三人の上には幾万の星達が新しい年を迎える鬼たちを祝福するように瞬いていた。

 明けて時は二〇一一年。この年にあの《悲しい出来事》が起こる事を知る者は誰もいなかった。
127年越す鬼作者 ◆MxwC1THAPo :2009/01/08(木) 11:17:54 ID:IVXMhPIY0
投下終了です。
連投規制に引っかかること2回……。
修行が足りません。
また機会があれば投下したいと思います。
128名無しより愛をこめて:2009/01/08(木) 11:30:56 ID:Pf4NLPKLO
おお、これは!
キョウキさんはキリヤというよりユートのような好青年になっちゃってまあ、嬉しいじゃないですか
そうですよね、着実に猛士、いや日本の壊滅に近付いているんですよね……
あっちの続きも気になるところです
129名無しより愛をこめて:2009/01/08(木) 15:02:36 ID:Wz1KioGH0
保守age
130年越す鬼作者 ◆MxwC1THAPo :2009/01/09(金) 02:05:31 ID:DvYykGtC0
>122の6行目
「天見」を「天美」に修正願います。
ベタなミスしてすみません。
131鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/01/10(土) 14:39:39 ID:4Wj6L1hj0


『鬼祓い』 二之巻「引き行く細波(さざなみ)」


 四国支部からの連絡により、木倉恭也は水ヶ本の山中に深く分け入り、暗闇の中にいくつかの明かりと、大勢の人影を見た。
 ――こんな人里離れた場所に、なぜ大勢の人間が?
 近づいていった恭也は、スーツ姿の年かさの男たちの中に一人私服姿でいる、見知った地元の猛士協力者の顔を見て、何となくその理由が判った。
「あの、この人たちも『猛士』の……?」
 ボランティアで恭也たちの組織に協力する、『歩』と呼ばれる人々がいる。
 彼らは自らの生活のかたわら山河を渡り歩き、魔化魍の目撃情報や痕跡を組織に報告することを主な役割としているが、たまに猛士本部から来た視察団の、ガイドのような役割をすることもある。
「はい。視察に来られた本部の方々です」
 防寒着をまとった、眼鏡に白髪の男性が恭也に答えた。
 夜の山の中に似合わぬ、背広にコートを羽織った一団は、猛士本部の者たちだった。その彼らの見下ろす地面に、うつ伏せに、二本角を持つ深緑色の鬼が血まみれで倒れていた。
「サザメキさん……!」
 恭也は倒れ伏す細鳴鬼の顔の近くに膝を付き、話しかけた。
「『気』を込めて! 体の傷を塞いでください!」
 変身している間であれば、鬼の治癒力を使って傷を治すことが可能だ。しかし、このまま意識を失い変身が解けてしまえば、普通の人と変わらぬ重傷患者となる。
132鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/01/10(土) 14:41:23 ID:4Wj6L1hj0
 本部から来た者たちの中には、医療部の人間はいないらしい。男たちはただこの惨状にうろたえているだけだった。
 だが、この中の一人が、厳しい電波状況の中で携帯電話での連絡に成功し、いち早く四国支部に連絡を入れてくれたとのことだった。現場にいた自分より支部が先にこのことを知っていたのは、そのせいかと気がついた。
『む、ぐ……』
 意識が混濁しているのか、細鳴鬼からのはかばかしい返事はなかった。
 深緑色の鬼の体を見ると、背中や脚にいくつもの赤い穴が穿たれていた。銃創だ。それから、袈裟懸けと逆袈裟に大きな刀傷があり、他にも、頭部、腕、脚など全身に無数の刀創があった。
 童子と姫は倒し、夕暮れ前に魔化魍を清めた気配もあった。そしてこの細鳴鬼の様子は、魔化魍の牙や爪にやられたものではなく、明らかに銃刀によるものだった。
「何にやられたんだ、これは。誰か、見た人はいますか?」
 必死の顔で恭也は皆を見回し言った。すると『歩』の男が、おずおずと言った。
「遠くで演奏や爆発音が聞こえて、退治が終ったと思ったので、近づいてみたんです。そうしたら、こんなことになっていて」
「演奏……サザメキさんの音撃か」
 恭也は男から懐中電灯を借り、周囲の地面や野原を照らした。少し離れた場所に、細鳴鬼の音撃管『玩匣(がんこう)』が弾圧か何かでひしゃげて転がっていた。音撃鳴『其朝(きちょう)』は血まみれの手元に転がっていた。
 魔化魍を清め終わり、音撃管と音撃鳴が分離している。この状況からして、細鳴鬼は退治の直後に何者かに襲撃されたようだ。
 音撃管のひしゃげかたは銃撃を受けたもののように見え、従って細鳴鬼自身の射撃とは別に、誰かが別の銃でサザメキを狙撃したということになる。
 しかし恭也は、その銃声は聞いていない。魔化魍が爆発したタイミングで銃撃したものと思われた。爆発音が響く時、それはすなわち音撃が決まった直後となる。
133鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/01/10(土) 14:42:45 ID:4Wj6L1hj0
 音撃武器は、武器であると共に楽器でもある。変身や戦闘による衝撃にも耐え得る強度と硬度を備えていなければならない。音撃管『玩匣』は恭也自身が整備した武器であり、その堅牢さもよく知っている。それをひしゃげさせた武器となると――
(まさか……)
 恭也の胸中で深刻な事態が形作られようとしていた時、サザメキの全身が発光し、変身が解除された。後には、寒空の下に、着衣のない血まみれの男が横たわっていた。
 自分の着ていたジャケットを脱いでその上に掛けると、恭也は皆に協力を仰いでサザメキを猛士支給車両『嵐州』の所まで運んでいった。
 サザメキを後部座席に横たえると、恭也は懐中電灯を持つスーツの男たちに言った。
「今、四国支部に皆さんの人数とこの場所を伝えて、迎えの車をよこすように依頼しました。すみませんが、皆さんはここでしばらくお待ちください。サザメキさんを、一刻も早く病院に連れていかなければなりません」
 また、サザメキの音撃武器を持っていた『歩』の男に恭也は言った。
「あなたは後部座席に乗って、サザメキさんを支えていてください。飛ばしますんで」
 猛士本部の者たちに、この場を動かず、ひとかたまりになっているように言うと、恭也は白いシビックTYPE Rを発進させ、高松市街を目指した。
134鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/01/10(土) 14:44:16 ID:4Wj6L1hj0
「続きを聞かせてください」
 猛スピードで夜の路面を疾る車を操りながら、恭也は後部座席でサザメキを支える『歩』に訊いた。
「“誰”がこんなことを。相手は魔化魍じゃありませんね」
「人影が……いや『鬼』の影が見えました」
 白髪に眼鏡の男は、ためらいがちに言った。
「暗くてよくは見えませんでしたが、二本の角があって、向って右にこう、きらっと光る銃みたいな物をもって……反対の手には長い剣のようなものを持っていました」
「つまり、左手に音撃管、右手に音撃弦をもった鬼がいたと、そういうことですね」
 会話をしながらも、恭也は正確かつ迅速な運転で『嵐州』を疾らせていく。
「ええ、その通りです。私だけではなく、本部の皆さんも見ています」
 猛士の技術が用いられていない兵器でも、大型なものになれば、強固な音撃武器を破壊する力は充分にある。
 しかし、目撃情報によると、サザメキを襲撃した者は、手に持てるサイズの武器を携帯している。そのサイズであそこまで音撃管の形状を変化させたものとなると、それは猛士の技術で造られた、音撃武器である可能性が濃厚となる。
 そしてそれを両手で取り回すことのできる者は、よほどの鍛錬を積んだ者――『鬼』に他ならないと、現場を見ながら恭也は朧げに考えていた。悪い予感は当たった。
「馬鹿な奴だ。こんなことをして、あんなに目撃者もいて、こうなったらもうそいつの運命は決まっている」
 恭也は苦々しく呟いた。後部座席の『歩』は、ごくりと唾を飲んだ。
「つまりそれは、その――」
 二人と、一人の重症患者を乗せたパールホワイトの車は、稲妻のように闇の中を突き抜けていった。
135鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/01/10(土) 14:45:35 ID:4Wj6L1hj0
 高松市街にある、猛士医療部の人間が多く在籍する総合病院に、サザメキは運び込まれた。
 恭也が病院の廊下で椅子についていると、そこに、金髪にあご髭を生やした、粗野な目つきの青年が現れた。
 サザメキの一番弟子、ザワメキという鬼だった。ソヨメキにとっては兄弟子にあたる。
「おい、やったのは『鬼』だって聞いたぞ。どこのどいつだ!」
「ここは病院ですよ。静かにしてください、ザワメキさん」
「お前は一体何やってたんだよ! それでもサポーターか!」
 ザワメキには、興奮すると多少見境がなくなるところがある。
「師匠に万一のことがあったら、てめえのせいだからな!」
 拳が獰猛に病院の壁に撃ち込まれた。常人なら拳の方がいかれるところだが、この場合にひびが入ったのは壁の方だった。
 サザメキの意向に沿わず、自分があの時現場を離れていなければ、多少なりとも何かの役に立てたかもしれない。恭也は椅子についたまま何も言えなかった。
「ま……『鬼』じゃねえお前がいても、同じことだったかもしれねえな」
 壁に八つ当たりしてから、やや落ち着きを取り戻してザワメキは言った。
「この落とし前は、俺がつけてやる。師匠をやったその鬼は、この俺の手で――」
 自分が穿った壁を、ザワメキは燃えるような瞳で睨みつけた。
「『鬼祓い』だ」
136鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/01/10(土) 14:53:27 ID:4Wj6L1hj0
 翌日、出動シフトが終って峠のドライブインのカフェ「フリューゲル」に帰り着いたソヨメキと啓真は、早朝の開店前の店内で、羽佐間琴音にサザメキの件を聞いた。
「師匠が」
 ウェイトレス姿のソヨメキは、いつもと変わらず、無表情なまま言った。だが、琴音にも、隣に居た啓真にも、その後に続く無言の裡に、彼女の心中で静かに燃える怒りの炎が感じられた。
 数週間前にサザメキが引退することを決めたあの日、満足そうな笑顔で言っていた、あの時の声がまだ耳に残っている。
(あとは頼んだぞ、『ソヨメキ』)
 あの時ソヨメキは、無言で頷きながら、師に認められたことや、その言葉の重さなど、色々なことを噛み締めていた。
「サザメキさん、どんな様子なんスか」
 啓真は息せき切って琴音に訊いた。朝の店内は、明るい光に包まれてしんとしていた。バイトの娘たちが来るまでまだしばらくある。
 やがて、口重く琴音が言った。
「ずっと意識が戻らないの……人工呼吸器つけて、やっと命を繋いで」
 あとは言葉にならず、琴音は口元を手で覆い、目に涙を浮かべながら、必死に泣き出しそうな自分を抑えていた。
 無言で啓真の皮ジャケットの裾をつまんだソヨメキが、店の隅まで啓真を引っ張っていくと、低い声で言った。
「琴音さんにあんなことを言わせるな。長い付き合いの同期なんだぞ、師匠とは」
「そうだよな……ソヨも、俺に何かあったら悲しんでくれるってことだよな、同期としては」
 ソヨメキは啓真の脚の甲を踏みつけた。
「不謹慎だ」
「痛ッ! 悪かったよマジで」
137鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/01/10(土) 14:55:45 ID:4Wj6L1hj0
 琴音と共に調理を担当している青年、伊家野が厨房から出てきて言った。
「琴音さん、店の方は僕一人で大丈夫ですから。しばらく休んでください」
 何も言えず口元を抑えたまま目に涙をにじませている琴音に、伊家野は申し訳なさそうに言った。
「あの、こんな時にすみませんが、また支部から連絡が入っています。重要な内容だから、どうしても琴音さんにって」
 琴音はカフェの店長という表の顔の他に、猛士の組織の中で『金』という役割を持っている。伊家野は彼女の弟の同級生で、現在は『金』見習いという立場にいる。
『金』には、支部長クラスの『王』の元でサポートに付く者、魔化魍その他のデータ管理をする者など様々いるが、琴音の場合は四国支部の支局の一つの司令官として、高松近辺を担当する者たちへ直接指示を行うのがその役目だった。
 すぐに戻ってきた琴音は、更に蒼白になっていた。
「こ、琴音さん? 顔色悪いっスよ……」
 見るからに様子のおかしい琴音に、啓真は言った。
「今、四国支部から連絡があって。サザメキくんを襲ったのは鬼で、その鬼に対して『鬼祓い』の指令が出たの」
 消え入りそうな、頼りない声で琴音は続けた。
「今回『鬼祓い』の対象になったのは……あの人を襲撃した鬼は……」
 琴音は俯いたまま言った。
「ソヨメキちゃん、だって」
 信じられない言葉を耳にしてソヨメキも啓真も固まった。
138鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/01/10(土) 14:58:30 ID:4Wj6L1hj0
「な、なーに言っちゃってんスか、琴音さーん」
 啓真が、無理に笑いながら言った。
「今朝まで俺ら、出動してたんスよ。昨日の夕方だったら一緒にメシ食ってましたよ」
「わ、わかってる……でも……」
 琴音は震える声で言った。
「一度『鬼祓い』が決定したら、それから逃れられる鬼はいない。いなかったの。これまで、ずっと……たとえ啓真くんが証言しても、『鬼祓い』は行われる」
 琴音は、やっとソヨメキと目を合わせて言った。
「逃げて」
 ソヨメキの顔に、微かに抵抗の色が出たが、琴音は続けた。
「わかってる、あなたはそんな子じゃない。そんな理由もない。でも……」
「私は」
 皆が見守る中、ソヨメキは静かに言った。
「私は、師匠を傷付けた鬼を許さない。私がこの手で、そいつを倒す」
 琴音は、震えを懸命に押し留めようと努めた。
139鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/01/10(土) 15:01:41 ID:4Wj6L1hj0
「あなたは『鬼祓い』の本当の恐ろしさを知らない。自分の今の立場を、よく理解して。本当の犯人は、私たちが見つけ出すから。それまであなたは、とにかく逃げて、逃げるのよ!」
 琴音は断固として言った。ソヨメキも、啓真も『鬼祓い』の実態は知らない。どれほどの脅威なのかは未知だったが、ここ数年の付き合いで、彼女の言葉に信頼がおけることは良くわかっている。
「よし、わかった。逃げようぜ」
 軽い調子で啓真は言った。ソヨメキはそちらを振り返り言った。
「逃げるのは私一人だ」
「アシが要るだろ。行くぜ、二人のアイのトウヒコウだ」
「不謹慎だ」
 ソヨメキは再び啓真の脚の甲を踏みつけた。
「ゲキ痛ぇ!」
 一刻も早く猛士関連施設を離れるように、と琴音に言われ、ソヨメキは啓真の操る『凪威斗』に乗って「フリューゲル」から離れた。
140鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/01/10(土) 15:04:04 ID:4Wj6L1hj0
 その日の深夜。黒いCB400 SUPER FORに乗る、皮のジャケットを着た男と、ウェイトレスの服の上にコートを羽織った女は、高松から西へ100km以上離れた愛媛の今治にいた。
 本州へ向かい、しまなみ海道を進むに連れ、車の通行量が目に見えて減って行った。
「啓真。何か様子がおかしくないか」
 リアシートからヘルメット越しにソヨメキが言うと、啓真も周囲の気配を窺って同意した。対向車が皆無になり、同じ方向に向かう車も明らかに減ってきている。
「なんかヤバイ雰囲気だな、ガチで」
 ヘッドライトが照らす光の輪の中に遠く、頭に二本の角を戴く群青色の異形が待ち受けていた。近づくにつれ、それが、何度か見たことがあるソヨメキの兄弟子『澤鳴鬼』であるということがわかった。
『よう。来たな、ソヨメキ』
 片手に束ねて持った二本の青い音撃棒を肩に預けて澤鳴鬼は立っていた。
「ザワメキさんか」
 啓真はソヨメキの兄弟子の姿をライトの光の中に確認して言った。
 音撃打、音撃射、音撃斬を極めたサザメキから「打」を受け継いだのが、この男だった。そして、彼の独り立ち後に同じ師匠に弟子入りし、「射」と「斬」を受け継いだのがソヨメキだった。
 その後、ソヨメキの歌声を活かすため、音撃管は音撃盤に置き換えられたが、まぎれもなく彼女は師匠の「射」、「斬」二つの技の継承者だった。自分が一つで、ソヨメキが二つ。これが、ザワメキには面白くなかった。
 横をすり抜けようと啓真は進路を変えたが、その前に澤鳴鬼が躍り出て、仕方なく『凪威斗』を急停止させた。
『逃がしゃしねえよ。恩を仇で返すような真似しやがって。俺はお前を許さない、ソヨメキ』


二之巻「引き行く細波」了


141欧州編 第四夜:2009/01/12(月) 01:52:59 ID:Qle8A+WR0
非公式とは言え、兎に角仲が悪い事で有名なラッツィンガーとプーチンが会談の場を設けていたまさにその時、西班牙では……。
「今日この日、私は現代のプロメテウスとなる!」
プルートウがレバーを思いっ切り下げた。そして1.21ジゴワットの電流が――。
少し離れた位置で様子を見ていたニヤ達に向かって放たれたのだ!
マリアが魔術による防御壁を展開し、直撃を防ぐ。それと同時に、愛用のバスタードソードに手を掛けたDが一歩前へと踏み出す。
「何の真似です?」
ニヤの問いにプルートウは答えず、ただ薄気味悪い笑みを浮かべながらこちらを見ている。
切っ先をプルートウに向け、突撃するD。マリアも別に止めようとはしない。プルートウは明らかにこちらを殺す気でいたからだ。
飛び出したDの眼前を、手術台に掛けられてあったシーツが覆い隠した。誰かが跳ね飛ばしたのだ。それを目にも留まらぬ速さで斬り捨てるD。
「誰だ!」
切り裂かれたシーツの向こう、手術台の上に立っていたのは蒼白い顔をした青年。手には一本のギターを持っている。
「ヴァンパイアか!」
跳躍するD。迎え撃つべくヴァンパイアもまた宙へと跳ぶ。Dの剣とヴァンパイアのギターに仕込まれた刃がぶつかり合い、火花を散らした。
「ふふふ……」
プルートウの傍に着地すると、ヴァンパイアは自ら名を名乗った。
「我が名はアルカード。今日は顔見せ、博士共々これで失礼させていただく」
「待て!」
アルカードがマントを翻すと同時に、何処に控えていたのか大量の吸血蝙蝠の群れが現れ、D達の視界を塞いだ。後には、ニヤ達四人だけが取り残されていた。
「ニヤ、これは……」
「……ドクトルは既に連中と手を組んでいた。我々DMCの落ち度です」
わざわざ待ち伏せしていたのは、あわよくばニヤ達を抹殺しようとしていたからだろう。それなのにあっさりと退いたのは、マリアとDが居たからに他ならない。アルカードはこの二人がヴァンパイア退治の専門家だと知っていたのだ。
「本部へ戻りましょう」
そう告げるマリアにニヤは「言われるまでもありません」と答えた。無表情の仮面の下では、どのような感情が渦巻いているのであろうか。
仮面を被った者同士、意外にマリアとニヤは良いコンビになるかもしれない。そんな風にDは思ったが、すぐに頭を振ると、バスタードソードをケースの中に収めた。
142欧州編 第四夜:2009/01/12(月) 01:55:33 ID:Qle8A+WR0
「あなたがバキですね。お噂はかねがね……」
「俺を知っている?」
本部へと戻ったニヤは、レスターに紹介されてバキと面会した。実際に会うのは初めてだが、その名前だけはニヤも知っていた。ザルフの死について日本と連絡を取り合っていた時、その名を耳にしているのだ。
「あなたの事はアカネ ナグモから伺っています」
「あかねさんが!?」
あかねは電話口で、万が一バキと出会うような事があれば力を貸してやってほしいとニヤに頼んでいたのだ。
「……事情は大体分かりました。オーガは我々にとっても排除するべき存在。協力しましょう」
ですが、とニヤは付け加えた。
「ご存知の通り、今や欧羅巴は混迷の渦中にあります。本来ならば決して交わる事は無い筈のDMCとRPGが手を組み、互いに敵愾心剥き出しの枢機卿とプーチン長官が会談の場を設けた。これだけでも事態がいかに深刻か分かると言うもの」
そう。事態は刻一刻と悪い方へ向けて転がり続けている。つい先程もアランから魔導書を奪われたとの一報が本部へと寄せられたばかりだ。
いくら大陸中の組織が手を結んだとしても、それはあまりにも遅すぎた対応だと言わざるを得ない。加えて、彼等にはあまりにも不安要素が多かった。
まず、統一部隊は一枚岩ではないという事。長年憎みあっていた組織同士が昨日今日で仲良くなれる筈がなく、事実、既に不和が起きている部隊もあるらしい。
次に、対応が遅かったとは言え、未だ敵の目的が掴めていないという事。憶測はいくらでも立てられるが、所詮は憶測である。
そしてオーガの存在。三十年近くも前から欧州を荒らしまわった巨凶は、この混乱の渦中において何一つ動きを見せていない。それが逆に不気味だった。
「……そろそろ中国から組織の人間が来ます。話は後にしましょう」
そう告げるとニヤは話を切り上げた。
「オーガに関する情報は用意しておきます。後でレスター指揮官から受け取って下さい」
ジェバンニ、レスター、そして女性諜報員のハル――いつもの取り巻きを引き連れてニヤは退室していった。
143欧州編 第四夜:2009/01/12(月) 01:59:25 ID:Qle8A+WR0
「アカネ ナグモですか?……Nです」
中国からの来訪者を待つ間、ニヤは久し振りに日本の南雲あかねへと電話を掛けていた。バキの事を知らせるためだ。
彼は偽名を使わない代わり、必要な時はNと名乗るようにしている。
嘗て、亡き師ザルフは幼いニヤに「二代目Zを名乗るのはお前だ」と話してくれた事があった。
ああいう性格の人だったから、本気だったのかどうかニヤには今も分からない。ただ一つだけ分かっている事、それは未だ自分が二代目Zを名乗るだけの器にはなっていないという事だけだ。
だから彼は自分への戒めも込めてNと名乗っている。あと90度回転すればZになる。しかしその一歩に届かない、届けない――そんな名前。
あかねは消息不明だったバキが元気でやっている事を知り、電話口で歓喜の声を上げた。
少し泣いている――微妙な声の調子でニヤはそう判断した。だがわざわざそんな事を確認したりはしない。他にも話す事はある。
「鬼が……?」
ニヤにバキとササヤキ、オーガ以外の鬼がここ欧羅巴に現れた旨を聞かされたあかねは、暫し電話口で黙り込んでしまった。
「残念だけど心当たりはないわ。ただ……」
「ただ?」
「私も一線から身を引いて長いから……二、三日時間を頂戴」
「いいんですか?」
わざとそう尋ねてみる。彼女がやろうとしているのは、猛士の機密を漏らすという事だ。ニヤとしては嬉しいが、万一あかねに何かあった場合、いずれ行われるザルフの復讐に支障をきたすおそれがある。
しかしあかねはいつもの明るい口調で一言「大丈夫よ」と告げた。何が大丈夫なのか分からない、科学者らしくない非論理的な発言だ。
「では私はこれで……」
電話を切るとニヤは軽い溜め息を一つ吐き、出迎えへと向かった。
144欧州編 第四夜:2009/01/12(月) 02:02:38 ID:Qle8A+WR0
その日、シア・ムウは龍と虎を一人ずつ従えてヴァチカンを訪れた。
十数年前に日本で狼藉を働いた後、帰国したムウは故郷の村でひっそり生きていこうと決めた。漢神や風水の力は村人のために使おう、そうする事が亡き恋人への贖罪になると思ったからだ。
ある日の事、風の噂で、日本で自分の憎しみの心を祓ってくれた鬼が引退したと耳にした。
ムウは苦悩した。それは自分との出会いが原因なのではないかと。世の中には彼の力を必要としている者がまだ居る筈なのに、自分が引導を渡してしまったと。
悩み続けたムウが出した結論、それは――嘗て所属していた組織に頭を下げる事。
再び組織の呪術師として戦う事で、引退した鬼の分まで人を守ろうとした。気持ちの問題だったし、彼もそんな事が分からない程愚かではなかった。
そして今、彼は大陸を救うという大きな使命を胸にヴァチカンの地に立っている。
実を言えば、戦力を送る事を最後まで渋っていた上を説得したのはムウであった。そして自ら欧州へ行く事を志願したのだ。
「どうした、早く行こうぜ!」
傍らに控えていた「龍」が声を掛けた。
聳え立つ大聖堂を眺めながらムウは何を思っていたのか。欧州へ訪れた事が、これからの彼にどんな影響を与えるのか。
風水は万能ではない。自分の運命は、何者にも読めはしないのだ。
145欧州編 第四夜:2009/01/12(月) 02:07:01 ID:Qle8A+WR0
バキがニヤと話している間、ルミナは一人ヴァチカンのサン・ピエトロ広場をぶらぶらと歩いては人々を眺めていた。観光客が笑顔で大聖堂から出てくる。
彼等の平穏な生活の裏では、怪物達と戦士達が日夜戦いを繰り広げている。裏側を知ってしまったルミナは、子供心にもう自分は日常へは戻れないだろうと思っていた。
超常吸血同盟のヴァンパイアに住んでいた村を襲われ、彼一人が偶々旅の途中で村を通りかかったバキに助けられた。全てを失ってからの彼は、自分の笑顔がぎこちなくなっているのを自覚していた。
いつか、目の前の人々のように心から笑える日が再び訪れるのだろうか。そんな事を考えているルミナの背後から。
「だ〜れだ」
誰かに両手で目隠しをされた。この声は……。
「エリカさん?」
「ふふふ、ばれちゃった」
ルミナの後ろには、初めて会った時と同じシスター姿のエリカが立っていた。
「ルミナは一人で何をしていたの?」
「別に何も……」
何となくばつが悪そうに答えるルミナに向かって、エリカが手にした人形を突きつけた。
「おばちゃんとこれで遊ばない?」
「ロボット……?」
何故彼女がそんな物を持っているのか分からなかったが、ルミナは丁重に断った。
146欧州編 第四夜:2009/01/12(月) 02:11:11 ID:Qle8A+WR0
「ロボット嫌い?格好良いのに、ゴルドラック……」
ゴルドラックとは日本のロボットアニメ「UFOロボ グレンダイザー」の仏蘭西版タイトルだ。1978年に仏蘭西国内で放送され、最高視聴率100%を記録した伝説の番組であり、仏蘭西で日本オタクを大量に生み出したきっかけでもある。
手にしたゴルドラックの人形をまじまじと眺めるエリカに向かって、ルミナが尋ねた。
「それ、エリカさんの私物……?」
「そう!」
満面の笑みで答えるエリカ。
「私ね、三十代も後半になって、未だこういうのに興味があるの。同僚の中には馬鹿にする人もいるけど、私は誰が何と言おうと辞めるつもりは無いわ」
嬉しそうにエリカが話し続ける。今のルミナにとって、好きな事を語り、心から笑う彼女の姿はあまりにも眩し過ぎた。
と、そこへ。
「DMC」
突然のその言葉にエリカが振り向く。彼女達から少し離れた位置に、三人の男が立っていた。ムウ達だ。
「やっぱり。そんな気がした。出迎えの人?」
「出迎えは私達です」
再び声のする方を見やると、そこにはニヤ達が立っていた。
「時間通りですね。初めまして、私はニヤです。ようこそDMCへ」
中国からの来訪者三人は、一斉に頭を下げた。
147欧州編 第四夜:2009/01/12(月) 02:14:55 ID:Qle8A+WR0
集まった統一部隊の主要メンバーに向かって、ムウ達が自己紹介を始めた。まずはムウ。次に。
「よう!俺は成龍だ、よろしくな!」
やけに軽い調子でそう挨拶したのは、少し小柄な「龍」だった。
龍に纏わる話は日本にも数多く残っている。古いものでは記紀神話の玉依姫の伝説や、「日本書紀」に記された龍の背に乗った中国人の話がそうだ。また、奈良県には龍に化身した僧の伝説が残っている。
「おお、白人女性は美しい!今度一緒に飲茶しない?」
いきなり成龍がマリアを口説き始めた。Dが一歩前へ出ようとするが、マリアはそれを制止すると適当にあしらい始める。
「俺は童虎。宜しく頼む」
もう一人、成龍とは対照的に大柄な「虎」が名乗った。
中国には人虎の伝説がある。それを扱った物語としては、日本では中島敦の「山月記」が有名だろう。これらの事から、猛士関西支部のニシキのルーツは間違いなく大陸であろうと思われる。
彼等も使用するのは音撃だ。日本の雅楽は大陸から伝来した音楽を独自に発展させたものである。発祥の地が音撃を使わない訳がない。スピードとテクニックに長ける成龍は弦を、パワーファイターの童虎は太鼓を使うようだ。
「今度は三人だけか……」
レスターがまた頭を抱えた。露西亜と言い、大陸とそこに住む人類の危機を未だ分かっていないらしい。
一通り挨拶を終えた後、ムウは隅の方に立っていたバキに気付き、彼の傍へと近付いていった。
「日本人か?」
「それが?」
日本の組織からも出向してきている者がいたのか……。
ムウはあの時の男――カラスキについて尋ねようと思ったが、止めた。
「……いや、何でもない。失礼する」
ムウは逃げるようにバキの傍から立ち去っていった。
148欧州編 第四夜:2009/01/12(月) 02:18:31 ID:Qle8A+WR0
「ゴーゴンが再び現れました」
ハルが持ってきた一報を受けて、ざわめきが起こる。
「ニヤ……」
ニヤの顔を見やるジェバンニ。少し考え込んだ後、ニヤは。
「ジェバンニ」
「はい!」
「……あれの使用は可能ですか?」
「!」
あれを使うつもりですか――ジェバンニの問い掛けにもニヤは答えない。
と、ゴーゴンについての説明をレスターから受けたムウが、口を挟んだ。
「良い機会です。我々の力をお見せしましょう」
成龍と童虎もやる気充分のようだ。
そこへ更にZEUSの人間が。
「我々は長年ゴーゴン退治を生業にしている男を希臘から呼んだ。もうすぐこちらに着く筈だ」
ゴーゴン退治は任せてもらおう、そうその場に居る者に向かって告げる。
纏まりきれていない――改めて不安要素の一つを確認し、心中でニヤが溜め息を吐く。そんなニヤに向かってDが尋ねた。
「あれって何だ?」
「……DMCが開発した新型兵器です。リスクを極力減らし、大量の音撃を一度にモンスターへと叩き込むための」
対ドラゴン種用に以前から開発されていた物らしい。それをゴーゴンに使おうと言うのだ。
「……折角です。ここはRPGの人間であるあなたに公平に選んでいただきましょう」
「俺か!?」
慌ててマリアの顔を窺うD。彼女も無言で頷いた。
「おいおい、勘弁してくれよ……」
・DMCの新兵器を使用する
・ムウ達中国勢に任せる
・ZEUSの聖闘士の到着を待つ

第四夜 了
149鬼島兼用語集:2009/01/16(金) 11:06:48 ID:5PWcAuty0
欧州編おもしろいなあ
鬼祓いおもしろいなあ
年越す鬼おもしろいなあ

自作……だめだなあ
だけど書いたのを長期保存しても悪くなるばかりなので新鮮な内に投下します
150鬼島 〜風鬼〜 ――序曲――:2009/01/16(金) 11:07:34 ID:5PWcAuty0
 平成4年9月。
 中国支部の管轄下で猛士構成員が次々に殺される事件が起きた。
 鬼にはいまだ被害がないが、最も数が多い歩は既に4世帯13人も殺されている。無惨なものだった。ほとんどは一撃で首を刎ねられ、中には唐竹割りに両断された死体もあった。
 被害者は全員が猛士関係者ということで、中国支部の鬼は全員が通常シフトではなく、一週間出動・一週間待機の非常シフトに移行し、魔化魍の警戒とともに猛士メンバーの保護のためのパトロール任務も負うことになった。
 無論警察も捜査しているが、ほとんど成果はあがっていない。指紋や毛髪などの証拠がないばかりか、凶行は深夜に行われたらしく目撃者も皆無だからだ。
 普通の人間にできる殺し方ではない。だが魔化魍の捕食では明らかにないし、クグツが手を下すことはまずない。
 例の男女が関連しているのではないかという意見が有力だが、さてどう関連しているかとなると誰もわからない。謎であった。
 そんな中、15人目にして初めて生存者が出た。萱野という男だ。
 同居していた妻が目の前で殺されたせいで恐慌をきたしていたが、途切れ途切れのうわごとに近い証言から犯人像が解った。
 曰く、鬼であると。
 萱野の石のように固く握られた手に山地の地図が握られていた。大山に血で大きく丸がつけられている。
 猛士の方針は決まった。鬼の半数で中国地方全域をカバー。残る半数で大山の捜索に当たる。
 犯人が鬼であるとの証言から吉野や各支部に確認を取ったが、現役・引退・行方不明問わず該当する鬼はいなかった。これが最大の不安材料だが、モウリョウやテングのような魔化魍を改良したものではないか、との予測が大勢を占めた。
151鬼島 〜風鬼〜 ――序曲――:2009/01/16(金) 11:12:16 ID:5PWcAuty0
 フウキらベテランの鬼が大山捜索班に振り分けられた。激戦が予想されるため原則的に飛車やとは入山を許されず、従って鬼にかかる負担も大きくなった。
 携行する装備をできるだけ少なくするため、フウキはいくらかの食料と着替えだけをリュックに詰め、武器はもっとも使い慣れた太鼓のみを身につけて山に足を踏み入れる。
「よし、それじゃあ頼むぜ」
 フウキはいつもより多くの式神を打ち、割り当てられた範囲を山麓から山頂にかけて捜索を開始した。
 かつて動乱と呼ばれた時代に大山伯耆坊が復活し、中国支部の鬼の大多数が打ち破られた山である。鬼のような魔化魍が大山に出現したのは偶然なのだろうが、踏み出す足には厭な予感が絡み付いていた。
 捜索は難航するものと思っていた。しかしわずか一時間ほどで件の偽鬼を発見した―――というよりも、むしろ向こうから出てきたと言っていい。
 考えてもみれば、これは鬼をおびき寄せて一網打尽にする策とも思われた。しかし通常、魔化魍にそのような知能はない。
「手前ぇが人殺しの鬼もどきだな」
 禍々しい形状のギター型武器を提げた鬼のようなモノに問う。だが確認するまでもない。
 その鬼は、鬼とは言いがたいほど醜かった。体は凝固した血のように赤黒く、皮膚はケロイドのように爛れている。何より気配が違う。鬼特有の清浄なものではなく、蛆の湧いた腐肉のような邪気を放っていた。
 鬼ではなく、強化されたモウリョウか何かだろう。そう推定した。
「一応訊くが……何故殺した?」
 返答を期待していたわけではない。童子や姫のように人語を解し意思疎通を図れる魔化魍もいないではないので問うてみただけだ。
「タケシだからだ」
 驚くべきことに、醜い鬼は英語訛りの日本語でしっかり答えたではないか。
「何?」
「モンスターから人を守るのがタケシだろう。だからだ」
「……手前ぇ、人か?」
「鬼だ。鬼を殺す、鬼だ」
 フウキは戸惑いを抑えて装備帯から変身音叉を外すが、そこで手を止める。偽の鬼がまだ先を続けたからだ。
152鬼島 〜風鬼〜 ――序曲――:2009/01/16(金) 11:19:15 ID:5PWcAuty0
「USアーミーの無人兵器を見たことがあるか?」
「―――?」
「俺は人を助け平和を守るために軍に入隊した。そのために人を殺した、俺たちの後ろにいる人たちを守るために俺たちの前にいた人たちを殺した。善も悪もない、信じる正義と求める平和が違ったからだ」
 絶対の正義も絶対の悪もない。たとえば猛士が魔化魍を倒すことは人間にとっての正義だが、魔化魍が人を食うことは魔化魍にとっての正義だ。
 だが人である以上、人が人を殺すことは絶対悪ではないか。フウキはそう思ったが、口には出さなかった。これさえもフウキの主観であり、目の前の男には別の信念があったのだ。
「悩んだ。悩んだが、除隊することは考えもしなかった。誰かがやらないといけない仕事だ、誇りもあった」
 確かに、功罪あるとはいえ現代の世界秩序に米軍が寄与するところは大きい。米軍の仕事がどのようなものかはよく知らないが、誇れるものであろうと思う。
「だが無人兵器のコンセプトを見たときに心底嫌気が差した。無線で自走する台車にカメラと銃をつけただけのシロモノだ。国にとって俺たち兵士は人間ではなく、銃を運ぶだけのモノらしい」
 初耳だった。それではまるで、戦争がゲームではないか。モニター越しに戦場を眺め、自分は安全に、ボタン一つで敵の命を奪う―――
 もちろん自軍の兵士の命を尊重するのは当然のことで否定するつもりはないが、そんな原則論で割り切れるような問題ではなかった。兵士の存在意義と、殺人の理由―――
153鬼島 〜風鬼〜 ――序曲――:2009/01/16(金) 11:27:31 ID:5PWcAuty0
「人を殺すのは鋼の意志であるべきだ。引き金を引くのは生身の人間であるべきだ。相手の意思を乗り越え、信じるものを実現する意志だ。それがない軍など、国営のテロ組織にすぎん」
 つまりはそれだ。死は究極の略奪であり、それをもたらすのが命のない無人兵器などというのは許されない。殺人の罪は人間が負うべきだ。
 フウキが属する猛士と軍は違う。しかし自分の誇りを否定され、存在意義さえただの殺人機械と断じられた牢鬼の心はわかる―――いや、わかる気がした。
 センチメンタリズムに過ぎないが、ときに感情は理論より大切なものなのだ。
「脱走同然に除隊して旅をしていたときに、あいつらに出会った」
 あいつら、とはあの男女のことか。アメリカにもいるとは初耳だが、魔化魍が世界中にいる以上、その背後にいる男女が世界中にいても不思議ではないのだろう。
「国を壊す力を呉れてやろう、と。嫌も応もない、俺は力を得た」
「それが、その姿か」
 死体から絞った血のようにどす黒い、醜い鬼の姿である。己の白い鬼の姿を思い、なにやら皮肉めいたものを感じた。白と黒、どちらが勝つか。いずれにしろ、すぐに判る。
「牢鬼という。俺は全てを壊す力のテストベットだそうだ」
 だからそれを防ぐお前ら鬼を殺す。偽りの鬼はそう結び、ギターを構えた。
 意図を察し、フウキは変身音叉・音耀を弾く。
154鬼島 〜風鬼〜 ――序曲――:2009/01/16(金) 11:35:05 ID:5PWcAuty0
「さあ、死ね!」
 牢鬼が振り下ろす刃を飛び退って躱し、そのままバックステップで距離を取る。
 しかし、破裂音とともに風鬼の体に灼熱の衝撃がめり込んだ。見れば牢鬼が構えるギターのヘッドから煙が上がっている。牢鬼の武器は刃と銃の複合武器だったのだ。
「対鬼音撃弦スクリーミング・ローレライ。お前ら鬼を殺すためだけの武器だ。鬼を殺す俺の意志だ」
 幸いにも命中したのは二発だけだったので傷はすぐに塞がった。しかし弦で近距離、銃で中距離をカバーするスクリーミング・ローレライは厄介な武器だ。
 どうやら弾丸はライフル弾ではなく拳銃弾らしいが、だからといって何発も喰らえばただでは済まない。
 風鬼は意を決して距離を詰める。ジグザグに走って弾丸を避け、音撃棒・下弦で頭と胸を同時に殴りつける。狙い通り牢鬼はスクリーミング・ローレライを立ててそれを防いだ。
 そこで思い切り牢鬼の膝を蹴り飛ばす。黒い鬼はたまらず姿勢を崩し、音撃棒の追撃で完全に転倒した。
 風鬼は牢鬼に馬乗りになり、その胸に音撃鼓・朧を張り付けた。そして数多の魔化魍を清めてきた必殺の楽を奏でる。
「音撃打・鳳翼天翔! せやあっ!!」
 音撃棒・下弦が力強く朧を連打する。しかし―――
「効くと思うか?」
 スクリーミング・ローレライの弾丸が風鬼の腹をずたずたにえぐった。弾丸に押されるように風鬼は吹き飛ばされ、腹を押さえてうずくまる。
155鬼島 〜風鬼〜 ――序曲――:2009/01/16(金) 11:40:37 ID:5PWcAuty0
「音撃が……効かない…!?」
「忘れたか、俺は鬼だ」
 魔化魍とほぼ同様の存在でありながら、鬼に音撃は効かない。理論はいまだ解明されていないが、この原則からすれば鬼を滅ぼすには鬼を差し向けるのが最も効率がいいと言える。
 しかし、だとすれば例の男女は鬼を『製造する』技術を確立しつつあると考えざるを得ない。
 テングなどのような人間が成った魔化魍のようにはいかないということか。鬼はいくら鍛えているといっても、相手にするのは人や鬼ではなく魔化魍である。牢鬼とは対人戦闘の経験が圧倒的に違いすぎる。
「立ち上がれ! 俺に立ち向かえ! さもなくば死ね!」
 内心の動揺を押しとどめ、回復もそこそこに立ち上がる。腹からは血が滲み、音撃棒は吽がどこかへ吹き飛んでいた。音撃鼓は牢鬼の足元でスクリーミング・ローレライに貫かれている。
 どうあっても牢鬼はここで倒さねばならない。それはわかっているが、頭を絞ってもろくな戦術が思いつかない。というより中・近距離をカバーできる牢鬼に対して近距離戦闘しかできない風鬼は相性が悪すぎる。
156鬼島 〜風鬼〜 ――序曲――:2009/01/16(金) 11:46:58 ID:5PWcAuty0
 気を練り、下弦から風神結界を纏った風神剣を伸ばす。腹の傷もなんとか治癒した。
「止まったら撃ち殺す!」
 風鬼の足を狙ってスクリーミング・ローレライが火を噴く。中距離では一方的に攻撃されるばかりだと判断した風鬼は今一度思い切って距離を詰めた。
 風鬼は結局のところ、自分の勝機は突撃して一気に倒しきることしかないと理解しているのだ。
「破ッ!」
 風神剣の袈裟懸けの一刀が牢鬼の肩口に吸い込まれる。
「見えない剣か……さすがジャップ、随分ダーティーなものを使う。リメンバー・パールハーバー、だな」
 風鬼はわが目を疑った。固い甲殻を持つ魔化魍でさえ両断する風神剣が牢鬼の鎖骨に阻まれて止まっているのだ。しかも斬られた肉がそのまま再生し、風神剣をがっちりと固定してしまった。
「俺の番だ……喰らいな」
 スクリーミング・ローレライの剣尖が風鬼の腹を抉る。牢鬼がベルトから外した音撃震をボディの中心にセットすると刃が展開し、黒い鬼石のような結晶が露出する。
「Anti-Ogre Sound Attack Slash! Rain of Violation!」
 牢鬼が嘲るような、それでいて暴力的な旋律を奏でる。荒れ狂う音は黒い結晶に増幅され、風鬼の中に流し込まれ、暴れまわる。
「あああああああああああああああああああ!!」
 対鬼音撃斬の振動で風神剣が牢鬼の肩から抜け、風鬼は吹っ飛ばされた。倒れながらもなんとか首を上げて腹を見ると、どうしたことか、腹だけ変身が解けていた。
 生身に戻ったせいで対鬼音撃斬の力に耐え切れなくなった肉が裂けたために逃れ得たのだ、ととっさに判断する。
 怪我の功名と言えなくもないが―――その怪我はあまりに重い。腹腔が大きく裂け、内臓が見えている。激痛で気が遠くなった。
「これが対鬼音撃……鬼の力を消す音撃だ」
 風鬼は集中を乱す痛みに耐えてなんとか腹の変身を回復させて傷を塞ぐが、思うようにいかない。牢鬼の言葉通り、鬼の力が明らかに減衰しているからだ。
 何度も繰り返し攻撃された腹は外見こそ元通りになったが内臓が損傷し、刻一刻と悪化している。
157鬼島 〜風鬼〜 ――序曲――:2009/01/16(金) 12:05:51 ID:5PWcAuty0
 ―――音撃鼓を壊されたのは痛いな。
 そう思ったのは、昇天舞という最後の選択肢がなくなったためである。
 ―――いや……
 しかし風鬼は思い直す。俺の後ろには守るべき人たちが大勢いる。カナタがいる。子供たちがいる。カナタは今も出雲蕎麦屋で俺のことを心配しながら待っているのだ。
 ―――だから、負けられない。死ぬわけにはいかない!
 右手に握った音撃棒に目を落とす。流石ベテランの意地というべきか、対鬼音撃斬を喰らっても風神結界も風神剣も解除されていない。これが最後の切り札だ。
 風神剣を左腰に、鞘に収めるように構える。
「俺には妻がいる」
 そのまま体を前に傾げ、足指で地面を掴んだ。
「あんたが信じ切れなかったものを、俺は信じぬく!」
 大きく息を吸い、牢鬼を眼で射抜くようにして叫んだ。
「俺は俺の後ろにいる人を殺すあんたを殺す!」
 牢鬼が笑ったように見えた。
158鬼島 〜風鬼〜 ――序曲――:2009/01/16(金) 12:20:00 ID:5PWcAuty0
「鬼棒術・風神鉄槌!」
 踏み切りとともに後ろに向けた風神結界から高圧に圧縮された風が吹き出し、風鬼の体を弾丸に変えた。
 スクリーミング・ローレライが連続して弾丸を吐き出すが、風鬼の勢いを止めることはできない。命中はしている。だが意志の力で致命傷に至らぬ銃創を無視しているのだ。
 牢鬼は刃で迎撃しようとするが、銃撃モードから剣戟モードに持ち替えるそのわずかなタイムロスが風鬼に味方した。
 風鬼は左拳から鬼爪を伸ばし、衝突と同時に牢鬼の鳩尾に叩き込む。それでも勢いは止まらずに牢鬼を大樹に叩きつけ、すかさず風神剣を黒い左胸に突き立てた。
 牢鬼はもがき、怒声を吐き散らしながら鉤爪のようになった手を水鬼の首に伸ばすが、それも途中で落ちた。
 黒い鬼の体から靄が抜け、裸の男が現れた。筋骨逞しい、額から鼻筋にかけて大きな傷のある男であった。男は粘つく血を盛大に吐き出す。それは赤い人の血ではなく、白い魔化魍の血だった。
「腐れジャップ…! 俺はロバート・ロウアル……俺を、殺すのは何だ?」
 絶望し、血に塗れた男が風鬼に血反吐を吐きつける。
「俺の、風鬼の、藤咲史弥の意志だ」
 対鬼音撃斬の影響で鬼の力が失われてゆき、顔の変身が解除された。憎悪に燃える目を直視する。
 ロバート・ロウアルは風鬼の心中の恐れを見透かしたように凶悪に嗤う。
「俺を殺さなければ俺がお前を殺す。妻とやらも殺す。守りたいなら俺を殺せ。誰でもない、お前の意志でな」
 風鬼は奥歯を噛み締め、もはや解除されかかった風神剣を自分の意思で解除した。
 ぱん、と小さな音がロバート・ロウアルの胸の中で弾け、心臓を潰された男――ロバート・ロウアルは絶命した。
159鬼島 〜風鬼〜 ――序曲――:2009/01/16(金) 12:55:58 ID:5PWcAuty0
Dir en grey「凌辱の雨」
作曲:Dir en grey 作詞:京

罪無き人さえも
生温い雨に打たれ根づく傷

嘘が今生まれ
どこかで嘘ではなくなって

いつしか言葉もこの日さえ全て
あやまちに埋もれてゆく
青く汚れない記憶抱きしめ

激情の涙に希望さえ滲んでゆき
今を生きてゆく強ささえ…
激情に狂い嘆き
祈りを夕日にかかげ

burning from the inside
crying with pain
アナタニハスクエナイ

激情の涙に失った優しさとは
生まれここに与えられた愛
失った心の理由
自分の弱さだろ…?

It is then the proof of sadness, caused by absolute justice

In the lukewarm rain which does not stop...
160鬼島 〜風鬼〜 ――序曲――:2009/01/16(金) 13:01:37 ID:5PWcAuty0
 フウキが目を開いたのは、白い部屋だった。
 そこが病室であると理解するのにしばらくかかった。起き上がろうとするが、体にまったく力が入らず、腕がわずかに痙攣したのみだった。
「フウキくん!?」
 右手が強く握られる。なんとか首を回すと、頬を涙で濡らしたカナタがフウキの手を抱いていた。
「よかった、よかったよぅ……!」
 カナタはナースコールで医者を呼び、そのままベッドに突っ伏して気絶するように眠ってしまった。到着した看護婦によれば、フウキが担ぎ込まれてから四日間、ほとんど寝ずに看病していたのだという。
 看護婦が枕元から何かを持ち上げて見せた。それは子供たちからの何通もの手紙だった。涙でしわになり、字もぐちゃぐちゃになっていて読めたものではないが、思いは十二分に伝わってきた。
 ありがとう、と心の底から思った。愛している、と。
 そうしているうちに厳しい顔の医者がてきぱきと簡単な診察を終え、四十物です、と名乗って説明を始めた。
「悪いとは思いましたが、意識がない間に一通り検査をさせてもらいました。いいニュースと悪いニュース、どっちから聞きたいですか?」
「……いい、ほ…う」
 声がかすれてほとんど出ない。それで気付いたが、深く息を吸うことさえ難しかった。あれほど腹を痛めつけられたせいだろう。
「わかりました。体はすぐに治ります。今までの経過からして一週間で立って歩けるまでに回復します。全治三ヶ月といったところでしょう。
 怪我自体は相当なものでしたが、変身が解ける前に大方治癒させていたのが効きましたね」
 それに奥さんとお子さんの看病も、と四十物医師は初めて微笑んだ。
 対鬼音撃斬を喰らったときの傷を思い返すと背筋がうそ寒くなる。ただの人間なら間違いなく致命傷だった。いま呼吸器もなしに寝ていられるのは奇跡か―――いや、生きる意志か。俺と、カナタと、子供たちと、猛士と医者の。
161鬼島 〜風鬼〜 ――序曲――:2009/01/16(金) 13:06:18 ID:5PWcAuty0
「さて、悪い方ですが……」
 そこで言葉を切り、フウキから目を逸らすように手元のファイルを見た。
「あなたはもう鬼にはなれない。鍛えても無理です。鬼になる力そのものがすっかり消えているのです」
 牢鬼の対鬼音撃の効果だろう。牢鬼と戦っているときから覚悟していたことだったが、そうと断定されると辛いものがあった。なにしろ十代の頃からずっと鬼一筋できたのだから。
 しかしこれまでに引退を考えたこともないわけではない。それに鬼ではなくとも魔化魍と戦うことはできるし、戦いから降りるつもりは毛頭ない。それがロバート・ロウアルを殺した藤咲史弥の意志であり義務なのだ。

 しばらくの沈黙の後、ファイルの新たなページを開いて四十物医師が続ける。
「連続殺人犯の対処、よくやってくれました、ありがとうございます。
 彼についてはまだ調査の途中ですが、魔化魍と同質の力で鬼になっていた、らしい。あなたの鬼の力を消した力は早急に研究する必要があります。
 すみませんが動けるようになったらすぐに報告書を提出してほしいとのことです」
 テストベットだ、と牢鬼は言っていた。だとすればまだ鬼を殺す鬼は何人もいるわけではないのだろう。
 例の男女が鬼を殺す鬼を完成させるのが早いか、猛士がそれに対抗する術を完成させるのが早いかの勝負になるはずだ。
 すぐにでも報告書の作成に取り掛かりたかったが、体が動かず会話もままならない状態ではどうにもならない。成るだけ早く回復しようと目を閉じると、睡魔はあっという間にフウキを眠りの底に引き込んだ。
162鬼島 〜風鬼〜 ――序曲――:2009/01/16(金) 13:10:14 ID:5PWcAuty0
 その後、快復したフウキは正式に鬼を引退して藤咲史弥に戻り、カナタとともにトレーナーに転属して新たな鬼を鍛える任に就いた。
 吉野ではロバート・ロウアルの遺体と藤咲の報告書をもとに研究が続けられたが、如何せん研究材料が少ないこととそれ以降は牢鬼のような偽りの鬼が現れなかったため徐々に規模が縮小されていき、七年後には継続案件としてファイルに閉じられるままになった。
 例の男女の実験のとりとめのなさが知られていたことも大きな要因となった。
 アクルやスクナオニといった神の領域の存在を復活させたこともあったが、それ以降はぷっつりと途絶えている。継続されていることといえば通常の魔化魍の改造くらいなものなのだ。
 当時の猛士メンバーも世代交代が進み、牢鬼の事件は徐々に忘れ去られていった。


 時は流れ、西暦2015年。
 鬼を殺す鬼―――完成。
 戦争、勃発。
163鬼島 〜風鬼〜 ――序曲――:2009/01/16(金) 13:17:01 ID:5PWcAuty0
設定

牢鬼
後のサッキ、クジキ、ハイキが一撃で鬼を殺していることからもわかるように、対鬼音撃の威力はまだかなり低い。
ただし肉体的な戦闘能力ならば素材となったロバート・ロウアルのポテンシャルが高いこともあり、彼ら完成型に近いものを持っている。
だが元軍人であるためか銃に頼る比率が高かったため力を十全に発揮しきることはなかった。

スクリーミング・ローレライ
PCゲーム「吸血殲鬼ヴェドゴニア」でヴァンパイア三銃士の一人で元ロックスターのジグムンド・ウピエルの武器スクリーミング・バンシーから。
ギターとステアーAUGとバヨネットを合体させた変態武器でした。
そのままじゃあ芸がないのでちょっと名前を変えよう→何がいいかな→東方フォルダを覗く→ミスティア・ローレライ→スクリーミング・ローレライ。
なお音撃震に名前はありません。

ロバート・ロウアルが言うあいつらとは、洋館の男女の上にいる洋装の男女の方です。洋館の男女を作るくらいだから研究も結構腰を据えてやるタイプなんじゃないかと思います。
164名無しより愛をこめて:2009/01/16(金) 18:44:44 ID:qR/L0Grg0
投下乙です!
鬼島さん、相変わらずの文章力ですなあ。ものごっつ読みやすいし臨場感すごい。続き楽しみにしてます!
165鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/01/18(日) 23:56:04 ID:TEii0K1/0
前回>>131-140のあらすじ:ターゲットはしまなみ海道を広島方面に逃走中


『鬼祓い』 三之巻「闘う飛車」


 四国の愛媛から広島方面へ伸びる橋の上で、深夜の闇の中、群青色の鬼と黒いバイクに跨がる男女が対峙していた。
 彼らの他に人はいなかった。猛士が組織の力を使って、おそらく中国、四国の両側から通行を規制している。
『そのサポーターが、お前に肩入れするのは予想がついてたからなァ。それなら単車で陸路を使って四国を出ると、俺たちは考えた。しまなみ海道、瀬戸大橋、鳴門海峡、このどれかで待ってれば来るとは思ってたぜ。そうしたら俺担当のここがビンゴだ』
 音撃棒を両手に持ち、澤鳴鬼は進み出てきた。
『うれしいぜ。俺自身で師匠の仇を取れるなんてな』
「言っておくが、私はやっていない」
『二本角で、銃と剣が扱える鬼なんてのは、四国じゃお前くらいのもんだ。支部の他の鬼も、近隣支部の鬼も、みんな確かなアリバイがある。目撃者もいる。状況証拠は揃ってる。後輩の不始末は俺が“祓って”やるよ』
 静かにバイクのリアシートから降りたソヨメキは、変身鬼笛『音蓮』を吹き鳴らそうとした。
「待て。ここは俺が食い止める」
 啓真はバイク後部のサイドバッグから音撃盤を出し、護身用にとソヨメキに渡すと、入れ替わりにヘルメットを受け取って詰め込んだ。
166鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/01/18(日) 23:58:26 ID:TEii0K1/0
『“食い止める”? “銀”上がりの“飛車”風情が何言ってんだよ』
 せせら笑い、澤鳴鬼は言った。
 ――岸啓真は、当初は総本山の車両部で車両の整備・改造を学んでおり、四国支部に配属されてからは、人材不足のためサポーターを兼ねるようになった。猛士の役割で言うところの『銀』兼『飛車』である。
「死ぬ気か」
 低い声でソヨメキは言った。
「これからアイのトウヒコウが始まろうって時に、そんな気は無いッシュ」
 人差し指、小指、親指を立てた手の甲を見せて、フルフェイスの奥で笑って啓真は言った。これを彼は「ロック・ポーズ」と呼んでいる。
「行け」
 真顔になって啓真が言うと、ソヨメキはそれ以上の逡巡は見せず、大きく回り込んで澤鳴鬼から離れ、橋上を広島方面に向けて駆け出した。
『おおっとそうは行くか』
 駆け出した澤鳴鬼と逃げるソヨメキの間に啓真の『凪威斗』が割り込んだ。
『邪魔だよ』
 側面から無理矢理に車体を蹴倒そうと、澤鳴鬼の脚が繰り出される。後部サスペンションを沈めて前輪を持ち上げ、ウィリー走行で啓真はこれを躱した。
『生意気な』
167鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/01/19(月) 00:01:08 ID:/rtehtzr0
 そのままソヨメキと同方向に走行すると思っていた『凪威斗』は、前輪を浮かせたまま、啓真が地面に着いた片足を軸に澤鳴鬼を振り返った。
『なッ?』
 棒立ちになった澤鳴鬼を小馬鹿にしたように笑いながら、啓真は叫んだ。
「ブチかますぜ!」
 浮かせていた前輪を元に戻して突進してきた『凪威斗』が、進路を斜めに変えて澤鳴鬼の目前で急制動を掛けた。そして今度は前輪を沈ませ、跳ね上げた後輪に車体の総重量を乗せて群青色の鬼に体当たりした。回転し続ける後輪が澤鳴鬼の顔面を削り取る。
『ぐおォッ!?』
 体表と顔にダメージを受け、澤鳴鬼が後方に倒れ行く。その上を容赦なく黒いバイクが疾り抜ける。くぐもった呻きをあげて澤鳴鬼が両手の音撃棒を手放した。
『……“フローティング・ターン”に“ライダー・タックル”だとォ……?』
「俺をただの『飛車』だと思うなよ。これでも童子と姫くらいなら『こいつ』で何体もブッ倒して来たんだぜ」
 愛機のボディを叩いて啓真は言った。
「昔はサポーターにも『飛車』だの『桂馬』だの『香車』だの、いろいろ呼び方があったって知ってるか? 俺みたいに単車で闘いに参加するサポーターは、『桂馬』って呼んでたらしいぜ」
168鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/01/19(月) 00:03:29 ID:/rtehtzr0
 猛士の中でも完全分業制が進み、現代では殆ど直接戦闘に参加する『飛車』はいなくなったが、その昔、馬や二輪で人馬一体となって闘う存在――『桂馬』という役割があったという。
「じゃあなーアゴ髭」
 啓真はバイクで広島方面へと走行していった。仰向けに倒れた澤鳴鬼の頭部が光に包まれ、顔の変身が解除された。後には、息を切らせた金髪にあご髭の顔が現れた。
 普段の魔化魍掃討ではもっと巨大な、強力な敵を相手取っていたが、サポーター風情、と見下していた啓真のまさかの戦闘力に意表を突かれ、ザワメキはショックとダメージでアスファルトの上に大の字になったまま動けなかった。
「やりやがったな、あんの野郎……!」
 一人、声を荒げたザワメキだったが、やがて、汗まみれの顔を歪めて笑い、言った。
「だが、逃げ切れるもんじゃねえ、猛士からは」
 その時、アスファルトに預けていたザワメキの背に、巨大な重量を持つ何者かが近づく震動が伝わってきた。
169鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/01/19(月) 00:05:42 ID:/rtehtzr0
 音撃盤を肩からかけて走っていたソヨメキに追いついた啓真は、再び彼女をリアシートに乗せて疾り出した。
 その前方に、突然まぶしい光が広がった。橋の右から左がすべて、工事現場などで見かける柵で塞がれていた。二輪でこれに突っ込めば、転倒は免れない。
「マジか!?」
 啓真は絶体絶命の状況に速度を緩めた。柵の向こうには、中国支部の『歩』だろうか、幾つもの照明機材の元に、多くの私服の人々の姿があった。おそらく、他の二つの本州への経路にもこれと同じ用意がされているのだろう、と啓真は思い、
(ご苦労なこった)
 と苦く心の中で呟いた。
「どうする」
 背後から言うソヨメキに、啓真は苦しい笑いで答えた。
「どうしよ〜」
 その時、後方から遠く、エグゾーストノイズが響いてきた。聞き覚えのある自動車の音に、啓真は『凪威斗』をその場に停めて振り返った。
 猛士支給車両としては数少ない、オフロードには不向きとされる、車高の低いスポーツカータイプの白い車が地響きと共に近づいてきた。
「恭也……三か所もあるのに、ザワメキさんだけじゃなく、お前までよりによってここの担当だったのかよ」
170鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/01/19(月) 00:07:19 ID:TEii0K1/0
 ソヨメキを連れて逃げることは猛士への背任行為であり、今まで仲間だった恭也や琴音とも敵対することになる、とは解っていた。だが啓真は、ソヨメキと共に同期として過ごしてきた恭也とだけは、直接対決したくはないと思っていた。
『ここじゃない』
 啓真とソヨメキのヘルメットに内蔵したインカムに、言葉少なに恭也の声が聞こえてきた。
『俺は瀬戸大橋だった』
 どの時点で二人がこちらに来ていることを聞いたのかは不明だが、恭也は急遽、100km以上も離れたこちらに駆けつけたらしい。
「お前とは闘いたくなかったぜ」
 啓真のこの言葉には、恭也が同期だったというだけではなく、もう一つの意味が含まれていた。
 ――木倉恭也は、当初は総本山の技術部で装備開発を学んでおり、四国支部に配属されてからは、啓真と同様に人材不足のためサポーターを兼ねるようになった。役割も啓真と同じく、『銀』兼『飛車』である。
171鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/01/19(月) 00:08:57 ID:/rtehtzr0
 そして、恭也もまた鬼と共に戦闘に参加する『飛車』だった。猛士にはその昔、装甲を強化した四輪車で戦車のように闘う存在――『香車』という役割があったという。『桂馬』と同様、分業制によりその存在もなくなり、名称は『飛車』に統一された。
「お前みたいに車で闘いに参加するサポーターを、『香車』って言うんだってな。その名の通りの改造をしちまったことを後悔してるぜ、俺は」
 互いのサポートする鬼が師弟関係だったことで、恭也は師弟の音撃武器の整備を行い、啓真は師弟に支給された車両の整備・改造を行ってきた。
 迫り来る白い自動車のフロントバンパーのすぐ上に、幅広の槍のような突起が伸びて牙を剥いた。
 将棋の香車は俗に「槍」と呼ばれ、そこから着想を得て啓真が『嵐州』に仕込んだのがこのギミックだった。今、その姿を巨大な白い槍に変え、恭也は啓真とソヨメキに迫ってきていた。
「ヤバイ、アイツなら平気で突っ込んでくるぞ」
 啓真は慌ててバイクを再始動させた。しかしもう恭也の車はすぐそこまで来ていた。
172鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/01/19(月) 00:10:24 ID:/rtehtzr0
 啓真とソヨメキの乗る『凪威斗』のすぐ横を突風が吹き抜けた。『嵐州』はそのまま前方のバイク止めの柵めがけて突き進んでいった。柵の向こうにいた人々が、わっと叫んで左右に散る。
 啓真が、ソヨメキが、人々が見守る中、槍を装備した車は止まることなく柵をぶち壊し、疾り抜けていった。かなり行き過ぎてから制動を掛けた恭也が、ヘッドセットにつけたマイクから啓真に言った。
『何が“アイツなら平気で突っ込んでくる”だ。啓真はともかく、ソヨがいるのにそんなことするか』
 恭也の真意がわからず、その場にいる誰もが固まっていた。
『何をしてる、啓真。――さっさとそこを突破しろ!』
 それまで低く喋っていた恭也が、声を荒げて言った。啓真は素早くバイクを発進させて、恭也が突き破った柵の途切れを通過して広島方面に疾った。その先には、恭也の車のテールランプが光っていた。
173鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/01/19(月) 00:12:25 ID:/rtehtzr0
 しまなみ海道を広島方面へと向いながら、恭也は二人のヘルメットのインカム越しに言った。
『話は琴音さんから聞いた。俺も、ソヨがサザメキさんを襲ったなんて話は信じない。しかし本当のことを言っても信じてもらえない、“鬼祓い”ってのはそういうものらしい。今は、逃げるしかないみたいだ。
 携帯電話の電源は切っておけ。銀行預金は今夜中に下ろせるだけ下ろしておけよ』
「……いいのかよ」
 啓真は、車中の恭也に向けて口元のマイクで言った。
「今からでも遅くねえ。『あれはマチガイでした』って言って詫び入れて四国支部に帰れ。お前まで俺たちと一緒に逃げるこたねぇ」
『それはお前も同じだろう。お前も今から詫び入れて帰れば、もう追われることもない』
「ソヨが逃げるためのアシが必要だろ」
『それはお前でなくてもいい』
 何となく、二人は黙った。ソヨメキは無言で二人の会話をインカム越しに聞いていた。
174鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/01/19(月) 00:14:57 ID:/rtehtzr0
 しばらくの沈黙の後、啓真から口火を切った。
「ふざけんな、テメエ! 誰がお前とソヨ二人だけで行かせるか!」
『それはこっちの台詞だ』
 低く恭也が答える。
「二人とも……喧嘩するな」
 それまでずっと黙っていたソヨメキが、静かに言った。
 大人しくそれぞれの車両を走行させるようになった二人の耳に、再びソヨメキの声が届いた。
「二人とも……ありがとう」
 いつもの、感情のないソヨメキの声だったが、彼女がこうした感謝の言葉を二人に伝えること自体が、かなり稀少だった。
 黒い二輪と白い四輪は、夜のアスファルトの上を、広島へ向けて疾り続けていった。


三之巻「闘う飛車」了


175鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/01/24(土) 13:18:14 ID:LUpDkqvS0
前回(すぐ上にあります)のあらすじ:ターゲットは包囲を突破して広島に侵入後、消息不明


『鬼祓い』 四之巻「立ち塞がる壁」


 高知の四国支部に帰り着いて、事態の報告と対策会議への参加を終えた後、ザワメキは歯噛みしながら、皆が去った後の猛士の間で、卓上に広げられた日本地図を睨みつけていた。
 地図は猛士の各支部が担当する区域ごとに塗り分けられ、各区域には支部の所在地が記してあった。
 三つある本州への陸路のうち、一番西の「しまなみ海道」を選んだソヨメキたちが、どこを目指しているのかが、先ほどまでここで行われていた議論の中心だった。
 今回捜索の対象となったのは三名。
 一人目は、今回『鬼祓い』の対象となった、『角』の副島そよ、コードネーム・ソヨメキ。彼女の出身地は北海道である。
 二人目は、ソヨメキのサポーターである、『飛車』兼『銀』の岸啓真。彼の出身地は九州である。
 そして三人目は、今回ソヨメキが襲撃したとされるサザメキのサポーターである、『飛車』兼『銀』の木倉恭也。彼の出身地は北陸である。
 しまなみ海道を選んだことから、目的地は岸啓真の出身である九州がまず候補に挙げられたが、他の二人が出身である北を目指すという可能性も考えられた。その場合は、先の考えとは逆方向となる。
「どこへ行こうと、猛士の支部は日本中にあるんだ。逃げられやしねえぞ」
 立ち上がり、ザワメキは独り呟いた。彼の言うところの「『飛車』風情」にやられた傷は完全に回復していたが、戦闘専門の『角』としてのプライドは一向に癒えていなかった。
176鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/01/24(土) 13:19:39 ID:LUpDkqvS0
 その頃ソヨメキたちは、広島に入り、なるべく目立たぬような裏道を選んでじわじわと北上し、山陰に向っていた。
 猛士がソヨメキたちの目標を南方と予想すれば、広島・山口に人員が配備されると思われる。逆に、目標を北方と予想すれば、岡山に捜索の網が掛けられる。
 その裏をかき、というよりは、北に向うか南に向うか決めかねて、三人は取りあえず日本海を目指してひた走っていた。恭也の主張があり、今は『嵐州』のリアシートにソヨメキが入り、恭也が運転する『嵐州』の横を、啓真は一人『凪威斗』に乗って並走していた。
『ソヨ、なんか喋ってくれよ』
 ソヨメキがつけたヘッドセットに、一人単車で走行する啓真からの声が入った。
「安全運転」
 と、ひと言だけソヨメキは言い、啓真は次の言葉を待った。
 再び沈黙が続いた。
『……って、それだけかよ!』
 啓真の声が響いた。恭也は無言でハンドルを握り、ひたすら正確な運転を続けていた。
 鳥取の大山(だいせん)近くの山中まで辿り着いた黒いバイクと白い自動車は、山の西側のペンションを何件か回り、なるべく安い所を選んでその日の宿を取った。啓真と恭也で一部屋、ソヨメキで一部屋取って、三人はようやく暖かい部屋のベッドでよく休んだ。
177鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/01/24(土) 13:21:45 ID:LUpDkqvS0
 そして翌日の朝、啓真たちの部屋にノックがあり、入ってきたソヨメキの格好はなぜか白衣(びゃくえ)に緋袴という、巫女の姿だった。
「どうして……私の着替えがこれなんだ?」
 無表情に、二人に向けてソヨメキは言った。恭也は無言で首を振って関知していないことをアピールし、啓真はふやけそうな笑顔でソヨメキの巫女姿を見ていた。
「ウェイトレスの格好だと目立つだろう? 何か神社が近くにあるみたいなんで、『フィーチャリング神社』な服を選んでみました」
「他のを出せ」
「チャイナドレスもキャビンアテンダントの制服も、ここじゃ人目を引くぜ」
「どこにそんなものを積んでいる」
「『嵐州』に」
 ソヨメキの軽蔑しきった視線を受けて、恭也は必死に平手を顔の前で振ってから啓真を睨んだ。
「お前いつの間に……」
「いつも『嵐州』の整備してんのは誰だと思ってんだよ」
 得意そうに啓真は言った。
178鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/01/24(土) 13:23:25 ID:LUpDkqvS0
 同じ頃、大山の南方にある鍵掛峠。その山道の途中に、スライドドアを開け放った赤いオフロード車の姿があった。
 周囲は鬱蒼と繁る樹々や草原しかない。この何もない山奥にあって、車の上がり口に腰掛け、楽しそうに何かに聴きいっている、若い女の姿があった。
 彼女が耳にあてているのは、鬼笛にセットして回転しているディスクだった。鬼特有の『早聴き』という能力で、高速再生中のディスクアニマルから魔化魍の鳴き声を聴き取る作業を、彼女は鼻歌まじりで行っていた。
「あ」
 大きな目を更に大きく見開いて、嬉しそうに言った。
「ウゴウゴくん、当たり来たよー」
 それを聞いて、車内から角ばった顔の青年がぱちぱちと拍手しながら出てきた。
「おめでとー」
「魔化魍が呼んでる」
「行こう」
 無邪気に言い合いながら、猛士中国支部に所属する二人は、徒歩で獣道を歩きだしていった。
179鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/01/24(土) 13:25:08 ID:LUpDkqvS0
 行き先が決まらないまま、ソヨメキたちは『凪威斗』と『嵐州』に分乗し、大山環状道路の南西を南へ下っていた。
 白いシビックTYPE Rの横を、啓真が単身乗車する黒いCB400 SUPER FORが並走する。
『取り合えず様子見だ』
 車内でヘッドセットを付ける恭也とソヨメキの耳に、啓真のお気楽そうな声が入ってくる。
「日本全国、どこに行っても猛士の支部がある。何か考えはあるか?」
 恭也の問いに、能天気な啓真の声が返ってきた。
『なーんも。九州の実家で、親父が乗馬教室をやっている。そこにでも転がり込むかな』
「俺たち全員の実家は、その土地の『歩』が監視していると思うぞ」
 ソヨメキは、無言でそのやりとりを聞いていた。
180鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/01/24(土) 13:26:42 ID:LUpDkqvS0
 鍵掛峠にさしかかった時点で、ソヨメキの耳が、遠くで微かに響く獣の声を聴いた。サザメキの元で続けた修行の日々の中で何度も耳にした、魔化魍の鳴き声に思えた。
「恭也、啓真。魔化魍がいる。近い、東だ」
「――ということは、近くに猛士の人間もいるかもしれない」
 恭也は淡々と言った。
「俺たちが今、最も近づいちゃいけない所だ」
 車内に沈黙が続き、やがて、ソヨメキは低く言った。
「しかし、まだここの支部が発見していなければ、犠牲が増える」
「琴音さんの言ったことを忘れたのか? 俺たち、猛士に捕まったら終わりかもしれないんだぞ」
 変化の少ないソヨメキの顔に、わずかに苦い思いが見えた、その時。
『行こうぜ』
 ヘッドセットを通して、啓真の声が聞こえた。
「啓真」
 鋭い恭也の言葉も、啓真は意に介さなかった。
『ソヨが行きたい場所に行こうぜ。もし何かあっても、この鉄の馬に乗るナイト様が護ってみせるぜ』
 恭也は不本意な顔を見せながらも、進路を東に取った。
181鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/01/24(土) 13:28:22 ID:LUpDkqvS0
 車で侵入できる道を探しながら、恭也たちは大山の東方、地獄谷に近づいていった。やがて啓真の耳にも、下方から巨体が歩を進めるような地響きが聞こえてきた。
『いた。ヤマアラシじゃねーか?』
 黒い巨体が谷底を歩く姿が、啓真たちの走る道路上から小さく見えた。
 恭也と啓真は、崖の上にそれぞれの車両を停めて、谷底の様子を窺った。
 両肩に沢山の針が植わった、背の盛り上がった黒い後ろ姿が見えた。
「音撃弦で行く」
 白い上着に赤い袴という出で立ちのソヨメキが、音撃震『仁阿(にあ)』を嵌めた装備帯を付けて恭也に言った。
「本当に行くのか」
 そう言いながらも、恭也は音撃弦『滅炉(めろ)』をソヨメキに手渡した。
 地形的にこれ以上は車両で近づけないため、三人は勾配の緩やかな坂を選んで谷底に向けて走り降りていった。
182鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/01/24(土) 13:30:25 ID:LUpDkqvS0
 その時、近くで連続して銃声が響いた。続いて、二つの爆発が起った気配。
 近くに音撃管を持つ鬼がいると気づき、三人は素早く周囲を見渡した。
 ヤマアラシの童子と姫を片付けてきた、白い体に黒い隈取、左右に張り出した二本角の鬼、『犇鬼(ヒシメキ)』がそこに現れ、黒い指先で三人を指しながら嬉しそうに高い声で言った。
『あーっ!』
 無邪気な声に似合わぬ物騒な物、金色の中型銃が右手に握られていた。黒と白のツートンカラーと、女性とわかる体つきが、ホルスタインを連想させた。もっとも、角は雄牛のようだった。
『手配書で見た顔だー。四国支部で“鬼祓い”になったコでしょー』
 キーの高い声も、その鬼が女性であることを示していた。ソヨメキに音撃管の銃口を定めた犇鬼は、ためらいなく引き金を引いた。
 直前までソヨメキがいた空間を圧縮空気弾が突き抜ける。しかしその時にはもう、ソヨメキと恭也は横に跳んで岩陰に退避していた。
 啓真は一瞬遅れて二人と逆方向に跳んだが、身を隠せるような岩が手近になかった。
 今度は銃口が啓真に向けられる。岩陰でソヨメキの鬼笛が鳴り響き、三体のディスクアニマルが飛び出てきて犇鬼に迫った。すかさず狙いを付けて次々と銃撃がアサギワシ、キアカシシ、リョクオオザルを破壊していった。
183鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/01/24(土) 13:31:58 ID:LUpDkqvS0
 犇鬼がディスクアニマルに応戦している間に、啓真もソヨメキたちが隠れる岩陰に跳び込んだ。
「大丈夫か」
 岩陰から犇鬼の様子を窺ったまま、ソヨメキが言う。
「サンキュー、助かったぜ」
「まずいな」
 恭也が二人に言った。
「この谷底じゃ、あまり身を隠せる場所がない。弦と管じゃ、弦の方が不利だ。音撃盤は上に置いてきているしな」
 崖の上に停車している『凪威斗』と『嵐州』を振り仰いだ恭也は、視界の隅に何か動くものを捕らえた。自分たちが車を止めた地点と同じ高さの崖の上に、角張った顔の青年が一人立っていた。
「上に誰かいる」
 ソヨメキと啓真もそちらを見た。崖の上にいた青年は、谷底の犇鬼に向けて大きな声で言った。
「ヒッシーちゃん、大丈夫ー?」
『大丈夫だよー』
 ソヨメキたちと少し離れた場所から、崖の上に向けて大きな返事が上がった。
184鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/01/24(土) 13:33:58 ID:LUpDkqvS0
「あのウシ姉ちゃんのサポーターか?」
 青年を見上げて小さく言った啓真に、恭也が言った。
「おかしいと思わないか? ヤマアラシ相手に管の鬼が出てるのは。これは、ここの支部が予測を誤ったか、さもなければ――」
 青年が腕の鬼弦を弾いて額にかざすと、その周囲に現れた砂の粒子が岩となって体に張りついた。
「あいつも鬼か!」
 啓真が叫ぶ間に、人型の岩の表面が割れ砕け、その中から巨大な一本角を立てた栗色の鬼、『蠢鬼(ウゴメキ)』が現れ、足元に置いていた音撃弦を取り上げた。こちらの鬼は、栗毛の馬を思わせる姿をしていた。
「やっぱり弦の鬼だ。女の方は今日はサポートだったんだ」
 鬼二名対、鬼一名と人が二名。数では優っているが、今のこの場では、啓真たちの、それぞれの車両を活かした闘いができない。
「何をしている!」
 ソヨメキは崖の上の蠢鬼に向けて、これまで啓真たちが聞いたことのないような大きな声で言った。
「ソヨ……?」
 ここまで声を荒げる彼女の姿を、恭也は初めて見た。
 更に、ソヨメキは岩陰の向こうにいる犇鬼にも言った。
「お前たちは魔化魍を清めに来ているんじゃないのか。今ここで捕り逃して、犠牲を増やすつもりか!」
 その目は真剣に鬼の使命を訴え、かつてないほどに怒りを露にしていた。


四之巻「立ち塞がる壁」了


185名無しより愛をこめて:2009/01/24(土) 21:41:49 ID:S6Go28x/0
投下乙です。
次回wktk
186鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/01/31(土) 14:13:43 ID:0SozwM4D0
前回(すぐ近くにあります)のあらすじ:ターゲットは中部支部管轄に潜伏中、現在のところ目撃情報なし


『鬼祓い』 五之巻「燃え立つ稲妻」


 鳥取の大山地獄谷に出現した魔化魍ヤマアラシは、地響きをたてながら黒い巨躯を川下へ運んでいた。
 その掃討にやって来た猛士中国支部の鬼・犇鬼と蠢鬼は、その現場で思いがけず、全国支部で指名手配となっている裏切り者三人組を見つけた。
『そのコが、自分のお師匠さんを半殺しにしたんでしょー? 何でお兄さんたちはそんなコの味方してるのー?』
 犇鬼が、岩の向こうから三人に向けて、場違いな明るい声を掛けた。
「魔化魍が逃げちまうっつってんだろ!」
 叫ぶ啓真の勢いを削ぐ、蠢鬼ののんびりした声が、崖の上から降ってきた。
『そんなこと言って逃げようとしても無駄だよ。手配中の鬼が現れたら、そっちを優先するようにって支部から言われてるんだ』
 言うと、音撃弦を手に、蠢鬼は数十メートルの高さの崖を飛び降りてきた。着地の衝撃で地面にクレーターが広がり、土煙が舞った。その中から駆け出てきた栗色の一角の鬼が、あっという間に三人の目前に迫り、振り回した音撃弦でソヨメキに斬りつけた。
 渓谷に金属同士の衝突音が響いた。
 ソヨメキが細腕で構えた音撃弦『滅炉』と蠢鬼の音撃弦が刃先を交えて拮抗していた。ソヨメキは先ほどまで見せていた怒りの表情を瞬時に消し、冷め切った顔で相手を見返していた。
『凄いねーお姉ちゃん。管と弦が専門だって聞いてたけど、確かに弦を扱えるだけのパワーを持ってるよ……』
 つい先ほどまで余裕を持っていた蠢鬼の口調が、切羽詰まった物になっていた。その時彼の耳に、音叉が響く音と、鬼弦を弾く音が聴こえた。
187鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/01/31(土) 14:16:18 ID:0SozwM4D0
 次の瞬間、蠢鬼の後頭部に硬質の塊が連続して撃ち込まれ、一発ごとに顔が下に傾いた。
 その隙を見逃さず、ソヨメキは蠢鬼の音撃弦を払い跳ばした。近くを流れていた浅い河に弦が沈んだ。
 啓真と恭也が放ったディスクアニマルが、目的を達成し各々の鳴き声を発しながら空に漂っていた。
 銃声が轟き、ディスクアニマルたちが正確に撃ち抜かれて地面に落ちた。犇鬼の音撃管からの射撃によるものだった。啓真は必死に中国支部の鬼たちに言った。
「よせ! ソヨはやっていない。俺たちは無実の罪で追われてんだよ!」
『って言うよね、犯人は』
 素手のまま、じりじりと距離を計りながらソヨメキたちの周囲を円を描くように動きながら、蠢鬼は言った。
『言い逃れは駄目だよー』
 すぐ側から声がして啓真は仰天した。いつの間にか、岩陰に隠れていた啓真たちのすぐそばまで犇鬼が来ていた。
188鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/01/31(土) 14:18:50 ID:0SozwM4D0
 銃を突き付けられた啓真は、そのまま鬼の強靭な力に押し倒され、胸の真ん中に銃口を突き付けられた。
『うわ、ちょい待ちちょい待ち!』
 ソヨメキは、ファイティングポーズを構える蠢鬼から目を離せない。恭也が残っていた腰のディスクアニマルに手をかけた時、犇鬼の銃口が恭也に向けられた。
『動かないでー』
 銃口は啓真の胸から離れたが、体重を乗せて膝で乗りかかられ、片手で首を締め上げられ、人の力ではそこから脱出できそうにない。
『君のせいで、お友達が二人とも死んじゃうよ?』
 蠢鬼が、ソヨメキの動きを警戒しながら言った。
『おとなしく武器を捨てなよ』
『捨てなきゃ撃つよー』
 恭也に銃口を向けた犇鬼が、ソヨメキに言った。ソヨメキは無言のまま、『滅炉』をゆっくりと地面に置き、手を離して立ち上がった。
「ソヨ! チクショウ……!」
 ソヨメキに顔を向けたまま宙をさまよわせていた啓真の手が、何か弾力のある物に触れた。啓真が何かと思って見ると、膝で乗り掛かり自分を抑え付ける犇鬼の胸を、自らの手が鷲づかみにしていた。
189鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/01/31(土) 14:23:07 ID:0SozwM4D0
 甲高い悲鳴を上げ、犇鬼は啓真の首を締め上げていた手を使って顔面を殴りつけた。その隙を見逃さず、二人に近づいた恭也は音撃管を持つ犇鬼の腕に回し蹴りを叩き込んだ。手を離れた金色の銃が彼方に吹っ飛ばされる。
 ――それが膠着状態の終わりだった。
 蠢鬼は大きな角を生やした頭を突き出し、ソヨメキに向けて突進した。ソヨメキは激突の直前でそれを躱して間合いを取った。
 犇鬼は素早く立ち上がり恭也に向けて突進した。恭也もソヨメキと同様に直前でその動きを躱し、ソヨメキのそばに近づきつつ犇鬼との間合いを空けた。
『あれー? 鬼は女のコ一人で、あとの二人は“飛車”だって聞いたのになー。おにーさんももしかして鬼なのー?』
「俺は、『香車』だそうだ」
『何それー』
「よくは知らない。あいつに聞け」
 言って、恭也は啓真が倒された場所をあごで示した。
『聞けって言っても、鬼の力で思いっきり殴っちゃったから、聞いても何も答えられないよ。もしかしたら死んじゃったかもねー』
 自分が先ほどまで啓真を抑え付けていた場所を振り返り、そこに犇鬼は意外なものを見た。
190鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/01/31(土) 14:25:19 ID:0SozwM4D0
 啓真が顔を押さえて立ち上がっていた。
「マジ痛ぇ……」
『えー? なんで!? ただの”飛車”でしょー?』
「『桂馬』だ、俺は」
『そんなの聞いたことないよー』
 その時、雲一つない晴天の空に、赤く稲妻のような光が走った。五人から遠く離れた川下から、落雷のような音と震動が伝わってきた。
「何だ!」
 啓真が叫び、川下を窺い見た。他の四人も思わずそちらに顔を向けた。
 遠くから、ヤマアラシのものと思われる獣の悲鳴と、鋭い弦の演奏が聞こえてきた。やがて爆発音が轟き、五人は魔化魍が清められたことを知った。
「他にも中国支部の鬼がいたのか」
 呟きながら、恭也はまずいと思った。人数で優る今でも不利な状況であるこの場で、敵の頭数が同じかそれ以上になってしまっては、勝ち目がない。
191鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/01/31(土) 14:28:27 ID:0SozwM4D0
 突然、ソヨメキたちと中国支部の鬼たちとの間に人型のノイズが現れた。
 今まで誰も立っていなかった空間に、横に走る無数の紅い線が集中したかと思うと、それは瞬時に密度を増して鬼の姿となった。周囲には僅かに紅い電流のような光が散り、その手には音撃弦があった。切っ先からは魔化魍の白い血が滴っていた。
 蠢鬼と犇鬼は、茫然と呟いた。
『鬼……?』
『瞬間移動ー……?』
「中国支部の鬼じゃないのか?」
 恭也の読みは外れたらしい。すると、どこか別の支部の鬼か。
 敵対する二組の間に突如として現れた紅い鬼のような男は、啓真に訊いた。
『お前たちが、追われている方か』
「おう。誰だお前」
『で、お前たちが追っている方か』
 紅い異形が振り返って訊くと、中国支部の二人は答えた。
『そうだよー』
『その三人が裏切り者だよ』
『わかった』
 言うと、異形は目にも止まらぬ速さで動き、音撃弦で犇鬼と蠢鬼を斬りつけた。
 続いて犇鬼を蹴り飛ばし、蠢鬼を殴り飛ばすと、ソヨメキたちに言った。
『逃げるぞ』
 圧倒的な強さの前に、二人の鬼はまったく抵抗できず渓谷に倒れ、動かなくなった。意識が途絶えたらしく、共に顔の変身が強制解除された。
192鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/01/31(土) 14:31:30 ID:0SozwM4D0
 再び姿を横に走る紅い無数の線に変え、密度を見る間に薄くしてその場から消えると、次の瞬間には彼の姿は崖の上にあった。ソヨメキは素早く音撃弦『滅炉』を拾い上げると、二人を促し、渓谷まで降りてきた傾斜まで引き返し、全速力で坂を駆け上がった。
「なんだか知らないけど助かったな」
 啓真が気楽そうに言ったが、他の二人は至って冷静だった。
「まだ、あいつが敵か味方かはわからない」
 恭也はそれだけ言った。
 車両を停めていた場所に戻り、恭也とソヨメキが『嵐州』に、啓真が『凪威斗』に乗車すると、そこで待っていた紅い異形は言った。
『大山の、大上山神社まで来い。そこで待つ』
 そう言うと、異形は背を見せ、現れた時と同様に無数の横に走る線と化し、紅い稲光を残して唐突に姿を消した。
 現在大山の東側にいる啓真たちが神社に行くには、山の北東をぐるりと周ることになる。
 中国支部の二人が意識を取り戻せば、ソヨメキたちがここにいることがすぐさま猛士に知れることとなる。どこに向うにしても、この場から一刻も早く離れることが先決だった。
「どうする?」
 ヘッドセットをつけて車の運転を続けながら、恭也は言った。
「やつの言うとおり神社に行くか、それともこのまま遠くに逃げるか」
「二人とも……すまない」
 車のリアシートでヘッドセットを付けたソヨメキが、無表情のまま言った。
「私が軽率だった。私がヤマアラシを片付けようなんて言い出さなければ、こんなことにはならなかった。――私には、行き先を決める資格はない」
193鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/01/31(土) 14:33:54 ID:0SozwM4D0
『言っただろう。俺は、お前の行きたいところに行くってな』
 単車で並走する啓真の声が、無線でヘッドセットに伝わってきた。
「ソヨはあいつを、味方だと思うか?」
 恭也の問いに、少し考えてからソヨメキは答えた。
「わからない。だけど、なぜ助けてくれたのか、あいつが何者なのか……私は知りたい」
『決まりだな』
 しばらく何も言わず神社への道を疾り続けた後に、啓真は言った。
『恭也。何か言いたいことあるか?』
「――ない。これは、ソヨのための“旅”なんだからな。ソヨが行きたい場所に行くことにしたよ、俺も」
『ナニ恥ずかしいこと言ってんだよ』
「お前が言い出したことだ」
『俺様はいいんだよ』
 パールホワイトの車とグラファイトブラックの単車は、アスファルトの上を大山の北側目指して進んでいった。
194鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/01/31(土) 14:38:28 ID:0SozwM4D0
 大上山神社の近くまで二台の車両で乗り入れた啓真たちは、人気のない境内を歩き進んだ。
 まだ昼を少し過ぎたところだったが、参拝客もいなければ、神社の関係者の姿も見えなかった。
「何か様子が変だな。人っ子一人いねぇ。巫女サマが一人いるけどな」
 啓真は自分がプロデュースしたソヨメキの巫女姿を見て満足そうに言った。そういう本人のロック・ファッションはこの景色にまったく似合っていない。
 ――辺りに、霧が立ち込めてきた。やがて、深まる靄の向こうに一つの影が現れた。
「そこに誰かいるのか」
 いち早くその気配に気づいてソヨメキが言うと、影が答えた。
「俺だ」
 あの紅い鬼のような姿をした男と同じ声が、霧の向こうから言った。
 影がソヨメキたちに近づいて来て、その姿を現した。意外とカジュアルな姿をした、目元の涼しい若者が、一人立っていた。
「へぇー、イケメンだねぇ」
 面白くなさそうに、啓真は男の周囲をぐるぐると回りながら、上から下までその姿を眺め回した。装備帯に下がる数枚のディスクアニマルと、左手首につけた鬼弦以外は、武器らしい装備はないことを確かめた。
195鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/01/31(土) 14:40:59 ID:0SozwM4D0
「どこの支部の所属だ?」
 恭也が油断なく男を見据えながら言った。
「それは今まで幾度となく訊かれてきたことだ。『猛士という組織のどこの支部に所属しているのか』という意味でいいんだな」
 恭也が無言でいることを肯定と受け取り、男は答えた。
「俺は猛士の人間じゃない」
 ソヨメキは、男の前に出て言った。
「私の名前はソヨメキ。この二人は、サポーターの啓真と恭也。お前の名前は?」
「ムテキ。――『無敵』の『鬼』と書く」
 ゆっくりと人差し指で天を指さし、男は言った。
「おばあちゃんは言っていた。鍛えし『鬼』が『天狗』になったのが、俺の一族の発祥だと」
「天狗……?」
「俺が小さい時におばあちゃんは亡くなったから、『猛士』とか『支部』とか人に訊かれるようになった頃には、それが何なのか教えてくれる人はいなかったけどな。その意味が判るようになったのは、つい何年か前のことだ」
 男は霧の中、三人を何処かへと導きながら話し続けた。
「さっきの二人が気がついて猛士に連絡を入れるまで、あまり間はないが……お前たちに、話しておきたいことがある。それを聞けば、なぜ俺がお前たちを助けたのかわかるはずだ」


五之巻「燃え立つ稲妻」了


196鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/01/31(土) 15:11:31 ID:0SozwM4D0
冒頭(>>186)で間違えました。
誤:前回(すぐ近くにあります)のあらすじ:ターゲットは中部支部管轄に〜
正:前回(すぐ近くにあります)のあらすじ:ターゲットは中国支部管轄に〜
197名無しより愛をこめて:2009/01/31(土) 19:02:31 ID:EWSR7JJe0
投下乙です!

『香車』に『桂馬』に『天狗』…設定がすごく格好イイ。めちゃくちゃ先が楽しみだあ
198名無しより愛をこめて:2009/01/31(土) 22:18:05 ID:OVlrdcPs0
投下乙。

まさか無敵鬼が出てくるとは……。
このスレのログやまとめをよく読みこんでいることがわかります。
199欧州編 第五夜:2009/02/01(日) 02:26:15 ID:4sSXRk320
 ・DMCの新兵器を使用する
 ・ムウ達中国勢に任せる
→・ZEUSの聖闘士の到着を待つ


「まあ餅は餅屋って言うぐらいだしな」
Dは思った事を率直に伝えた。
成る程と呟くと、ニヤはその案で行きましょうと周りに告げた。ZEUSの人間が嬉しそうに「英吉利人は見る目がある」と騒いでいる。一人成龍だけが不満そうな顔をしていたが、ムウと童虎に説得されて渋々同意した。
聖闘士の到着を待つ間、ジェバンニが件の兵器の調整のために研究室へと戻っていった。今回は使わずとも、近いうちに使う事になるだろうとのニヤの判断だ。ゴーゴン退治には中国勢三人とRPG第三部隊も、後学のため同行する事が決定している。
「バキはどうするの?」
エリカに尋ねられたバキは、「残って親父に関する資料を読んでるよ」と答えた。エリカとミガルーはリベンジのため同行する事を決めたようだ。ちなみにササヤキら露西亜勢は、バキ同様本部で待機となっている。
一方、ニヤはハルに今回の件について質問されていた。
「どうしてあれの使用を?」
「はったりですよ」
そうニヤは答えた。
「ヴァンパイアどもに、我々もこんな兵器を開発するだけの余裕があったんだと見せかけるためです」
実際には、新兵器はそれ一つしかない。
「そうする事で牽制になるのではないかと思ったのです。……上手くいくかは賭けですけどね」
「……いつからそんな運に頼るような采配を?」
呆れながらハルが尋ねる。ニヤがこの若さでここまで上り詰める事が出来たのは、伊太利亜人らしくない論理的且つ理知的な頭脳に因るところが大きい。
だがニヤはハルに対してそれ以上何も答えず、だんまりを決め込んだ。
200欧州編 第五夜:2009/02/01(日) 02:28:56 ID:4sSXRk320
希臘からやって来た聖闘士の階級は「白銀」。コードネームはペルセウスと名乗った。
ペルセウス――神話においてゴーゴン三姉妹の末娘メデューサを倒した、半人半神の英雄である。戦女神パラスアテナの鏡の盾、ヘルメスの槍、冥王ハーデスの兜で武装したペルセウスは、メデューサの首を斬り落とし退治している。
ZEUSにおいてペルセウスの名と聖衣を代々引き継ぐ者は、必然的にゴーゴン退治を専門とするようになっている。
「鏡の盾……」
既に聖衣を着込み臨戦態勢を整えてあるペルセウスの姿を見て、ニヤが呟く。彼の手には、まるで鏡の様に表面が磨かれた盾が握られていた。
「神話通り、これに映るゴーゴンを見ながら戦います」
そうペルセウスが説明した。
ゴーゴンはその両目から石化液を放つ。つまりゴーゴンの視界に入ったものが狙われるという事になる。だから代々のペルセウスは、神話の時代からゴーゴンと直接対峙しないよう戦ってきた。
201欧州編 第五夜:2009/02/01(日) 02:31:21 ID:4sSXRk320
ペルセウスら一行がゴーゴン退治に向かった後、バキは与えられた自室に篭ってレスターから渡された資料に目を通し始めた。約三十年分もの量があるため、一日で読み終わるのは無理だろう。更にその中から有益な情報のみを取捨選択するのは至難の業だと言える。
そこへ、淹れたての珈琲を手にルミナがやって来た。差し出された珈琲を美味そうに飲むバキ。ルミナは山と積まれた資料を目にし、驚きを隠せないままバキに話し掛けた。
「これ全部!?」
「そう」
暫く呆然と立ち尽くすルミナだったが、意を決したようにバキにこう尋ねた。
「……そこまでお父さんを追う理由って何?」
資料を捲るバキの手が止まる。
「やっぱり正義のため?」
行動を共にしている間、彼はバキから父親の犯した罪について聞いた事がある。同朋を殺害してその血を啜り、更なる力と強者を求めて日本を出奔した男――欧州での通り名は「オーガ」。
このオーガが欧州にいらぬ混乱を齎しているのは事実である。だがバキは「それだけじゃないな」と呟くと、ルミナの方に向き直ってこう告げた。
「男ってのはさ、いくつになっても誰かの背中を追いかけていたいもんなんだよな」
きょとんとするルミナに向かってバキは。
「俺にとってその対象は偶々親父だった。そして親父は偶々『地上最強の生物』と呼ばれるような化け物だった。それだけさ」
子どもにはまだ分からないかな、と笑いながらバキはルミナの頭を強く撫でた。
202欧州編 第五夜:2009/02/01(日) 02:35:24 ID:4sSXRk320
移動中、アランがDに責める様な口調で詰め寄ってきた。オルロックの件についてだ。
「間違いなくとどめは刺したぜ。この手に残る肉の裂ける感触に誓って」
「じゃあ何で死んだ筈の吸血鬼が指揮を執っていたんだ!?」
元々アランは人ならざる者であるDを嫌っていた。先代隊長であるジョナサンが死んでからは、表面上は大人しくなっていたのだが、今回の一件でとうとう限界がきたようだ。
「俺には分からない……。それに、西班牙で出会ったアルカードって吸血鬼も気になる」
「アルカードだとぉ!?」
部隊最年長のアランはその名に覚えがあった。確か、大戦前まで英吉利方面で猛威を奮っていたヴァンパイアだ。しかし大戦後行方不明となり、黒い森での戦いにも姿を現してはいない。
「くそっ、何が起きているのかさっぱり分からん!」
そう吐き捨てると、アランはDの傍から立ち去っていった。大丈夫かとマリアが尋ねてくる。
「大丈夫さ。……アランも新人を皆殺しにされちまって気が立っているんだ」
それは、RPGにとって魔導書を奪われた事以上の屈辱だった。しかも相手はヴァンパイア――彼等第三部隊が最も得意とする相手である。
強引に話を切り上げようとするD。そんな彼に向かって、マリアが本題を告げる。
「ダンテさん、私、嫌な胸騒ぎがします」
「予知能力なんてあったっけ?」
「そんなものはありません。何と言うか、その……第六感と言うやつです」
「……まあ注意しておくか。有難うな」
そう礼を述べると、Dは空を仰ぎ見た。晴れてはいるが雲の多い、何とも言えない空だった。
203欧州編 第五夜:2009/02/01(日) 02:37:54 ID:4sSXRk320
ゴーゴンの最終目撃地点へと到着したニヤ達は、詳しい居場所を特定するべく追跡調査を行っていた。と、Dの下へ一匹の大きな虫が飛んできたではないか。一見、蝶のように見えるが細部が微妙に異なる。
虫はDのすぐ近くを飛び回ると、彼の肩に止まりそのまま煙のように消えてしまった。
「見つかった。こっちだ」
「それが噂の『フェアリー』ですか」
ニヤが感心したように呟く。
英吉利各地にはとても多くの妖精伝説が残っている。英吉利人はそれが当たり前の環境で育ち、そこのところが「真夏の夜の夢」や「指輪物語」、「ハリーポッター」といった作品を生み出す下地になっていると言えるだろう。
彼等RPGは日本の猛士で言うディスクアニマルに当たる存在として、妖精と契約しこれを使役している。猛士東北支部の関係者が使役するクダギツネみたいなものだ。
フェアリーの報告に従い道を進んで行くと、そこにはとぐろを巻いて横たわるゴーゴンの姿があった。どうやら眠っていたようだが、ニヤ達の気配に気付き、むくりと上体を起こす。
「これは必要無いな」
そう呟くとペルセウスは鏡盾を地面に置き、背負った槍を手に取ると軽く振るった。盾に映して戦うという戦法は、身を隠すだけの障害物がある場所でのみ有効であり、今彼等がいるような開けた場所では意味を為さないのだ。
「お手並み拝見」
そう呟くとムウ達中国勢は、その場にどっかりと腰を下ろした。ミガルーもいつでも飛び出せるように「シャノワール」をケースから取り出して構えている。
ゴーゴンへと駆け出すペルセウス。その速さはまるで疾風のよう。放たれた石化液を難無く躱すと、ペルセウスは背後に回りこみ、ゴーゴンの翼へ斬りつけた。黄金の羽根が周囲に散らばる。
重い装備を纏いながらも、ペルセウスの動きは狼達のそれに匹敵していた。四方八方を飛び回り、ゴーゴンを翻弄していく。
「戦い慣れていますね」
エリカのその言葉を聞いて、ミガルーが「ふん」と不愉快そうにそっぽを向いた。
振るわれた槍が、ゴーゴンの両目を横一文字に切り裂いた。絶叫が上がる。これでもう石化液は使えない。好機と見たペルセウスは、槍を細かく動かすと、空中に何やら文様を描き始めた。
204欧州編 第五夜:2009/02/01(日) 02:41:01 ID:4sSXRk320
「あれは?」
Dがマリアに尋ねるも、彼女も首を横に振る。その問いにニヤが変わりに答えた。
「封印の紋章です。力ある音を使わないという点ではあなた方と同じですが、RPGとZEUSの最大の違いはこれです」
「漢神に似ているな」
これはムウの言。
宙に描かれた紋章が完成と同時に光り輝く。そこに向けて槍を突き出すペルセウス。紋章は刃に吸い込まれ、それと共に槍先が輝きだした。
跳躍。ゴーゴンの顔面に槍を突き出す。先端は見事にゴーゴンの眉間を貫き、そこから紋章が大きく展開した。ゴーゴンの全身が光に包まれ、そして……。
光が消え、目をそらしていたニヤ達が元の場所に視線を戻すと、そこには槍を背負いなおしたペルセウスの姿と、地面に刻まれた封印の紋章があった。
「おぉい、見たか今の!?」
興奮しながら成龍が隣に座る童虎の肩を叩く。それに比べ、ムウと童虎は冷静だ。
何かあったらいつでも飛び出せるよう準備をしていたミガルーが、「シャノワール」をケースに戻して背負い直そうとしたその時。
「!」
「ミガルー?」
刹那、その場に居た全員が射るような視線を感じた。次いで押しつぶされそうなまでの圧倒的なプレッシャー。禍々しい、気分の悪くなる邪悪な気配。
中国勢の三人が一斉に立ち上がり、身構える。Dとアランもそれぞれの得物を手に取った。
205欧州編 第五夜:2009/02/01(日) 02:43:32 ID:4sSXRk320
「ここが祭りの会場か……」
その人物は、低くそう呟くと緩やかな足取りで彼等の傍に近寄ってきた。周囲の空間が圧倒的な覇気に歪んで見える。
この世の全ての闇を凝縮したかのような、禍々しい漆黒の体。膨れ上がった筋肉。近付くもの全てを切り刻まんと身体の各部から飛び出した刃。肥大した鬼面。
冷や汗に全身を濡らしながらニヤが呟く。
「オーガ……」
突然の巨凶の登場に誰もが動けないでいた――かに見えた。
一人、オーガの前へと踏み出す者が居た。既に変身を終え、虎へとその身を変えた童虎だ。
「虎……。中国人か」
拳法の構えを取る童虎。対するオーガは構えを取らない。構えとは弱者がするもの――それが彼の持論である。
一方ニヤは、何故このタイミングでオーガが現れたのか、必死で納得のいく答えを出そうと頭を回転させていた。だが一向に考えが纏まらない。
エリカが膝をついた。邪気に中てられたのだ。ミガルーが肩を支えてやる。
「……本部のレスター指揮官に連絡を」
ニヤはエリカにそれだけ告げると、これから始まろうとする戦いに視線を戻した。
206欧州編 第五夜:2009/02/01(日) 02:47:40 ID:4sSXRk320
対峙する童虎は、オーガの圧倒的な気迫に気圧されていた。
(勝てる気がしない……)
それが童虎の正直な気持ちだった。彼もかなりの修羅場を潜ってきた、歴戦の勇士である。真面目であるが故にムウの考えに賛同し欧州を訪れたが、まさか初戦の相手が悪名高いオーガになるとは夢にも思わなかった。
だが。
欧羅巴の組織の面々は、完全に戦意を失いかけていた。この場に居る者の中で過去にオーガと直接対峙した事がある者は一人も居ない。それでも、今までの悪名が彼等に二の足を踏ませていた。年輩者ほどその傾向は顕著なようだ。
戦えるのは自分達だけ――それ故にここで退く訳にはいかなかった。
「既にゴーゴンは倒されていてがっかりだったが……それ以上に面白そうなのがごまんといやがる。ラッキーだぜ」
「何!?」
オーガはどうやらゴーゴン目当てでこちらに来たようだ。しかし、組織に所属する自分達と違い、どうやってオーガはゴーゴンの出現場所を掴めたのだろうか。
そんな童虎の疑問に答える筈もなく、オーガがにじり寄ってきた。腰を低く落とす童虎。
先手必勝と言わんばかりに、童虎が飛び出していった。そしてオーガに向けて拳を叩き込む!
しかしオーガは流れるかのような動きで童虎の攻撃を躱した。空振りした拳はそのまま地面を打ち、轟音と共に粉塵が飛び散った。その威力を目にし、ニヤが驚きの声を上げる。
「パワーファイターだとは聞いていましたが、これ程までとは……」
明らかに童虎は全力を出していない。それでこの破壊力なのだ。
「ムウ、童虎の『虎拳』が避けられちまった!」
成龍が信じられないといったような声を上げた。ムウも冷や汗を流しながら戦いを見守っている。
童虎の放った虎拳は、申し分ない速さだった。おそらく、今まで誰にも避けられた事がなかったのだろう。しかし戦っている本人にそんな事を気にしている余裕はない。すぐさま第二撃を放つ。だがそれも空しく宙を切った。
「あの巨体でこれだけの動きを見せるとは……」
冒険家時代も含めて、過去に様々なものを見てきたアランも驚きを隠せないでいる。
207欧州編 第五夜:2009/02/01(日) 02:50:53 ID:4sSXRk320
「目が悪いのか?かすりもせんぞ」
挑発するオーガの顔面へと、三度目の虎拳が吸い込まれるように命中した。歓声が上がる。しかし様子がおかしい事に気付き、再び場は静まり返った。
鬼面故にその表情はよく分からないが、オーガはせせら笑っていた。
「本当のパンチを見せてやる」
童虎が放つ虎拳、これは当身技と呼ばれる類のものだ。その圧倒的な破壊力は、手首のスナップと握力により生み出される。
童虎は太鼓型音撃武器を使用して戦う。常日頃から撥を握り特訓を欠かさない彼の手首のスナップ及び握力は、長年の積み重ねでとんでもないレベルにまで達していた。その速さは一般人には目視不能、人間の状態でも人体を壊せるだけの力を持つ。
しかし、太鼓使いと言う点ではオーガも同じなのだ。加えてこちらの方がキャリアは上、同朋の血を啜り修羅と化しているというおまけ付きだ。
危険を察知し、慌てて童虎が防御の態勢に入る。そこ目掛けてオーガの一撃が叩き込まれた。
童虎の巨体が宙に浮いた。真っ直ぐに吹っ飛ばされた彼の体を、ムウと成龍が受け止めるも、衝撃を殺しきれずそのまま数メートル共に吹っ飛んでいく。
「腕は折れていないな」
「なんとか……」
漸く止まったところでムウが声を掛ける。どうやら無事なようだ。
彼等三人に向かって歩み寄ってくるオーガが、拳を掲げた。
「これで終わりじゃないだろ?」
その拳が、まるで溶鉱炉の中の様に、灼熱色に輝きだした。バキも使う鬼闘術・爆熱掌の応用技だ。
立ち上がり拳を構える童虎。真正面から対決するつもりのようだ。
傍らに立つムウが、宙に「炎」の一文字を描いた。その文字に童虎が拳を突き入れる。瞬間、彼の拳が炎に包まれた。
漆黒の影と黄色い影が、ほぼ同時に駆け出した。そして互いの拳をぶつけ合う。
轟音が響いた。
208欧州編 第五夜:2009/02/01(日) 02:53:07 ID:4sSXRk320
オーガ出現――このエリカからの連絡は、瞬く間に本部中へと広まった。当然ながらバキの耳にもその知らせは届いた。
陸王に跨り出撃しようとするバキを、ルミナとササヤキが必死に止めている。
「止めるな!行かせてくれッッ!」
「駄目よ!DMCに協力すると約束した以上、命令は絶対。待機を無視して勝手に出撃するだなんて……」
「放せ!放してくれッッ!」
バキが吼えた。あまりの大声にルミナとササヤキが耳を塞いだ隙に、陸王のエンジンを掛けるバキ。しかし。
「……ッッ!?」
後輪が凍りつき、発進できない。ササヤキの仕業だ。彼女が氷属性だという事を思い出す。だがこの程度では彼を止められない。
バキは凍りついた後輪に触れると、自身の属性である熱を使って瞬時に氷を溶かした。そして改めて出発する。
最高速度でかっ飛ばしていくバキの後ろ姿を見送りながら、ササヤキが呟いた。
「今から向かっても間に合うかどうか……。もういい歳なんだから少しは落ち着けばいいのに」
それに対しルミナは。
「でも、それがバキにとっての全てだから」
「あら、彼から何か聞いたの?」
「へへへ、ナイショ。男同士の秘密さ」
「あらあら……」
そう言うとササヤキはルミナを連れて、本部の中へと戻っていってしまった。

第五夜 了
209高鬼SS作者 ◆Yg6qwCRGE. :2009/02/01(日) 03:02:54 ID:4sSXRk320
>男ってのはさ、いくつになっても誰かの背中を追いかけていたいもんなんだよな

以前よそのスレで
「響鬼はいい年した視聴者がおっさんに憧れている姿がキモかったので視聴をやめた」
みたいな内容のレスを見まして。
ああ、こいつ解ってねえな、と。
そういうわけでバキの口を借りて僕の率直な気持ちを書いてみました。
今でもヒビキさんは僕にとって憧れの人物の一人です。
210名無しより愛をこめて:2009/02/01(日) 23:44:59 ID:44/5/pRd0
投下乙ッッ!
211鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/02/07(土) 17:56:00 ID:MeJDxMk+0
前回>>186-195のあらすじ:ターゲットは大山地獄谷で中国支部の鬼二名と交戦後、逃亡


『鬼祓い』 六之巻「潜る深海」


「宗形は言っていた……。俺の先祖は、昔『鬼祓い』から逃げ切った鬼なんだそうだ」
 よく手入れの行き届いた広々としたリビングで、見目麗しい青年、ムテキは言った。
「俺の『無敵鬼』という名は、その鬼から代々受け継がれているものだ」
 ソヨメキ、啓真、恭也の三人は、大山の中腹にあると思われる、ムテキの暮らす洋館に招待されていた。霧の濃い中を、ムテキに導かれるままに歩いてきたため、ここの正確な場所は判然としない。
 あるいは、住処への道筋をはっきりとさせないようにムテキが何らかの術を用いているのかもしれない、と恭也は密かに考えながら、彼の話を聞いていた。
「ちょい待ち。その『ムナカタ』ってのは?」
 ソファーに掛けた啓真が、ムテキが運んできた紅茶を飲みながら訊いた。隣に掛けるソヨメキと恭也は、謎の多い鬼らしき男の出した飲み物を、易々と口に入れる気にはなれなかった。その様子を見て、微笑みながらムテキが言う。
「毒は入っちゃいないよ。そちらの彼を見ればわかると思うが」
 啓真は空になった紅茶をムテキに差し出し、笑顔でおかわりを所望していた。
「宗形は、三年くらい前に俺が東北で出会った男だ。今は東京の大学で准教授とかいうものになっている。彼が色々と調べた結果、『猛士』という組織について、そして昔から続いてきた『鬼祓い』について知ることができた」
212鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/02/07(土) 17:59:04 ID:MeJDxMk+0
 啓真たちは『鬼祓い』という言葉を聞いて、一斉にムテキを見た。
「お前の先祖は、鬼祓いから逃げ切ったと言ったな」
 恭也は静かに訊いた。
「逃げ切れるものなのか……?」
「俺がお前たちに伝えたいのはそこだ」
 ムテキは、啓真たちの向いの席につき、自分も紅茶を飲みながら言った。
「主に中国・四国地方での話だが、鬼を狙う鬼が現れた場合、総本山の判断で、鬼祓いを専門とした“ある一族”が動く。その一族は、異様な執念で祓いの対象となった鬼を追いつめ、これまで多くの鬼の命を奪ってきた。この近くで鬼祓いの専門家といえば、有名人がいるだろう」
 この近く。中国・四国地方。
 視線を落とし考えていたソヨメキは、ふと気づいて言った。
「『桃太郎』か……?」
「ご名答。どこまでが本当かは知らないが、桃太郎の子孫と言われている一族が、代々、中国地方を中心とした地域で『鬼祓い』を担当してきた。
 鬼祓いには、対象となった鬼が抵抗しなければ、総本山に連行してそこで裁きを受けるという形もあるらしいが……その一族が関わった鬼祓いに関しては、ほぼ例外なく対象が死亡していることが、宗形の調べでわかった」
「“例外なく”?」
 恭也が訝しげに言った。
213鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/02/07(土) 18:05:55 ID:MeJDxMk+0
「生け捕りにする機会があっても、その一族は敢えて闘いに持ち込み、数多くの鬼を葬ってきたらしい。出頭した鬼をさらって始末したという疑惑まである。ほぼ例外なく対象となった鬼が死亡しているのは、おそらくそれが原因だ。
 宗形が見つけたその一族の手記によると、代々彼らは、鬼になれない体質を持って生まれるらしい。その、鬼の力に対する渇望が、彼らの鬼に対する憎しみを増幅させ、『鬼を狩る者』にした。もし“その一族”に見つかれば、お前は殺される」
 さらりと、なんでもない事のように、ムテキはソヨメキに言った。
「なるほどな」
 恭也は、四国支部の『金』羽佐間琴音が、必死に逃げるように訴えていた、という話を思い出して言った。琴音もどこまでの知識を持っているかはわからないが、この付近での鬼祓いには、そういう危険があることを知っていたのだろう。
「北か南に逃げればどうなる」
「それでも奴は追ってくるだろうな。逆に、奴が動き出さなければ、この近くにいても無事な奴は無事だ。要は、総本山の判断でその一族が動いたときが、その鬼の最後ってわけだ。俺の先祖はなんとか逃げ切ったようだが」
214鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/02/07(土) 18:08:42 ID:MeJDxMk+0
 ムテキはソヨメキに、本の栞のような紙を渡した。表面に何事か筆文字が書かれている、呪符のようだった。
「もし宗形に会うことがあれば、彼にこれを渡してくれ。これを見れば、おまえたちの力になってくれると思う。それで本当の犯人をつきとめることができれば、たとえ『鬼を狩る者』が動き出したとしても、お前たちに手出しはできないはずだ」
 ソヨメキは呪符を受け取って言った。
「……ありがとう」
「感謝の気持ちがあるのなら、一曲俺に聴かせてくれないか? せっかく楽器を扱えるのに、使う目的が音撃ばかりじゃもったいないぜ」
 それを聞いて、ソヨメキは、音撃盤『羽柱』に音撃鍵『灯芒』を取り付け、ショルダーキーボード形態になった音撃盤を肩に掛け、立奏の体勢をとった。
「めずらしい音撃武器だな」
「師匠が『お前は声がいいから、こんな音撃武器の方がいいだろう』と言って用意してくれたものだ」
 それまで無表情だったソヨメキの顔が、ふっと優しさに満ちた。そして、キーボードの演奏に乗せて、鈴のように軽やかな声で歌い始めた。
 啓真も、恭也も、そしてムテキも、紅茶を手に彼女の演奏に聴き入った。広々としたリビングに、明るい歌と演奏が満ちた。
215鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/02/07(土) 18:12:22 ID:MeJDxMk+0
 来訪時と同様、深い霧の中を通り、三人は再び神社の前まで導かれた。
「本当の犯人が見つかるといいな」
 別れ際、ムテキは三人に言った。
「それまで、絶対に逃げ切れよ」
「……ありがとう」
 ソヨメキが、静かにもう一度礼を言うと、ムテキは踵を返して霧の向こうへ歩き去っていった。
「ソヨ。おいソヨ」
 啓真が、ムテキが消えていった方向を見て立ち尽くしているソヨメキに言った。
「あいつがイケメンだからって、サービス良過ぎじゃねぇか? 俺にはあんな顔見せてくれねぇのによ」
「くだらないことを言うな。私は、演奏中は曲に合わせて感情を出すようにしているだけだ」
 それ以上啓真の言葉は聞かず、停車してあった車両の前まで来たソヨメキは、『嵐州』の後部座席に乗り込んだ。恭也も運転席に乗り込み、二人はヘッドセットを付けた。
 啓真もインカム内蔵のフルフェイスを被り、『凪威斗』に跨がった。
216鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/02/07(土) 18:16:11 ID:MeJDxMk+0
『――どうして東に向うことにしたんだ?』
 車窓の外を並走する啓真から、ヘッドセット越しに聞こえてきた問いに、ソヨメキはマイクを通して答えた。
「あいつが言っていた、『宗形』という男に会ってみたい。この地方の『鬼祓い』の実態を調べ上げるほどの力を持つ男だったら、師匠を襲った犯人についても、何か判るかもしれない。今は、東京に行きたいと思っている」
「西に行けば中国支部にぶつかるしな」
 恭也も納得して言った。
「俺も東に向かうのには賛成だが、その前にちょっと寄りたいところがある」
 恭也の希望で、『嵐州』と『凪威斗』は大山から100km近く東へ離れ、兵庫へ入る手前で見つけたネットカフェに停車した。
 人目を忍びつつの東京までの道のりは長旅になることが予想され、宿泊料の節約を考えてシャワーや洗顔はそこで済ませ、寝床は『嵐州』の中を男女交代で使うことにした。
 夕刻、ソヨメキは一人、ネットカフェの駐車場に停めた『嵐州』の中で早めの眠りにつき、恭也と啓真はネットカフェの個室に入った。
 六時間後にソヨメキと交代し、翌朝まで恭也たちが車中で睡眠を取った後、兵庫へ向けて出発する段取りとした。
217鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/02/07(土) 18:19:29 ID:MeJDxMk+0
 二人用の広さのソファーマットが敷かれたネットカフェの個室で、恭也はパソコンの前で片膝を立てて座り込み、ディスプレイ上に何枚ものウィンドウを出して、その中の一つの画面内で素早く何かを打ち込み始めた。
 たて続けにキーを打ち続ける恭也に背を向け、啓真は漫画を読みふけっていた。
「何やってんだ?」
 漫画を読みながら啓真が訊くと、恭也は画面から目を離さぬまま答えた。
「猛士データバンクに侵入して、現在の状況を探る」
「ネットカフェのパソコンで?」
「そこそこのスペックで、インターネットに繋がっているパソコンなら何でもいいさ。誰も気づかないほど深く、深く潜って、引き出せるだけの情報を引き出してやる」
 深呼吸を終えたあと、恭也は滑らかに“DIVE”と打ち込んでエンターキーを押した。
 画面上に全神経を集中させた恭也の様子に気づき、啓真は振り向いた。そして、今は何も言うべきではないと判断し、そ知らぬ顔で読んでいた漫画に目を戻した。
 啓真の背後で、再び恭也の指が素早くキーを叩く音が聞こえた。
218鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/02/07(土) 18:23:22 ID:MeJDxMk+0
 数十分後、再び恭也の手が止まり、画面を見続けたまま背後の啓真に言った。
「見ろ」
 漫画を伏せて恭也の背後からディスプレイを覗き込んだ啓真の目に、本来ネットカフェのパソコンからは見れるはずのない、猛士データバンクの画面が表示されていた。
「本部のシステムを制圧した。誰も気づいちゃいないと思うが、気づいたところで、俺の動きを捕捉しようとしたら、そいつの処理をブロックするようにガードをかけている」
 画面には、四国支部で発生したサザメキ襲撃の件が表示されていた。
 犯人はソヨメキで、岸啓真、木倉恭也と共に逃亡中となっている。
 そして、全国の『王』を始め、『金』、『銀』、『飛車』、『角』、『歩』に至るまで、猛士の全関係者に対して、魔化魍掃討に優先してこの三人の身柄を確保すべし、との指示が出ていた。
「中国支部の二人が言っていた通りだな」
 画面を見て恭也は言った。啓真は画面上の文字を睨みつけて言った。
「魔化魍掃討に優先して、だと? 誰だ、こんなトンチキな指示を出しやがったのは」
「データを探ってみても、誰が指示を出したかは判らなかったが、このデータ自体は猛士本部の『金』から上げられたものだ」
 啓真との会話を続けながらも、恭也は更に別のウィンドウにコマンドを打ち込み続けていった。本部からダウンロードしたデータが、USBスロットに差し込まれたメモリに次々とコピーされていき、メモリのアクセスランプが点滅を続ける。
「本部の『金』か……」
 考え込む恭也の横で、啓真が画面をしばらく見てから言った。
「俺たちが大山地獄谷で中国支部の二人とやり合ったことまでは知られているな。ムテキについては何も書かれていねぇけど」
「本部の人間が、あいつらの言った事を信じなかったんだろう。それとも、わざと隠しているのか……」
 恭也は画面を見ながら考え込んだ。
219鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/02/07(土) 18:29:38 ID:MeJDxMk+0
「激ヤバじゃねぇ? この状況。全国110人の鬼が――いや、ソヨとサザメキさんを抜かした108人の鬼が、俺たちの敵に回っている」
「そしてその中に、本当の犯人がいるのかもしれない」
 恭也はキーボード上で指を走らせながら言った。
「俺は、サザメキさんが襲われた直後に現場に行って、そこにいた沢山の目撃者にも会った。やったのは、右手に音撃管、左手に音撃弦を持った二本角の鬼だと確かに言っていた」
「管と弦が使える二本角の鬼……確かに、ソヨはあてはまる。だけど、俺はその時間、ソヨと一緒に出動してたんだぜ」
「それに、サザメキさんがソヨに引き継ぐ予定だった音撃弦は、俺が乗っていた『嵐州』のリアシートのラックに入っていたんだ。ソヨが犯人なわけがない。その辺りについて、データバンクでは、どこかから試作品を盗んだとか適当な事が書かれているけどな」
 恭也は新たな画面を開いて言った。
「逆に言えば、その辺が、本当の犯人を見つける糸口になるんじゃないかと思う。見ろ」
 そこには、全国に配布された音撃武器の試作品の一覧があった。配布先は、ほとんどが関東支部となっている。
「音撃武器の試作品ってのは、数が限られている。量産ラインに乗るまではコストが高くつくからな。関東支部に配布された後、誰の手に渡ったのか……それを何とかして調べ上げれば、犯人に繋がるかもしれない」
 その時、画面を前にした恭也の目が、信じられない物を見て見開かれた。
 恭也のその様子に、啓真もそちらを見た。二人の目にする画面には――恭也が開いたウィンドウの一つに、割り込むようにしてメッセージが表示されていた。
“あなたは誰ですか?”
220鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/02/07(土) 18:33:24 ID:MeJDxMk+0
「馬鹿な」
 言うと、恭也は、当初から開いていた別のウィンドウをクリックし、そこに素早く何かを打ち込んだ。途端に英文字と数字の羅列が画面に出力されていく。
「本部のシステムは制圧済みだ。俺を捕捉できないようにガードも掛けている……」
 次々と別のウィンドウに何かを打ち込んでいた恭也が、やがて言った。
「俺と同じように、本部の外から潜ってきた奴が、俺に気づきやがった。――東京のIPアドレス……関東支部か。あそこでこんなことができるのは……」
 恭也は、自分からもメッセージを送るため、メッセージの割り込みを受けたウィンドウに戻ってキーを叩いた。
“滝澤みどりか?”
 恭也は、天才的な技術者として知られている、猛士関東支部の『銀』がネットワークの向こう側にいると睨んだ。返事は数秒で来た。
“みどりさんに何か用ですか?”
 それを見て一瞬迷った後、恭也は素早くウィンドウ上で“RIZE”と打ち込んだ。途端に数多く開いていたウィンドウが次々と消えていく。
「逃げるぞ、啓真。大至急だ」
「マジ?」
「メッセージを送りつけてきたってことは、こっちのIPも抜かれている。俺たちが鳥取にいることは、バレたと思った方がいい。一刻も早くここから離れるぞ」
 パソコンの電源を落とすと、恭也は素早く身支度をして立ち上がった。


六之巻「潜る深海」了


※作中の通称「ハッキング」行為は「不正アクセス禁止法」に触れる犯罪です。ストーリーのフィクションなので絶対に真似しないでください。
221鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/02/14(土) 14:01:38 ID:DjdeqXXC0
前回(すぐ上にあります)のあらすじ:ターゲットの車両二台の目撃情報あり、二台は鳥取東部から兵庫方面に逃走


『鬼祓い』 七之巻「流れ行く歌声」


 夜の山間の道を、遠く街明りが見える道路を、ヘッドライトの光の輪以外が全て闇に包まれたアスファルトの上を――黒い二輪と白い四輪が、夜空を貫く雷鳴のように、轟音をたてて駆け抜けていった。
 パールホワイトのシビックTYPE Rの後部座席に座るソヨメキの視界を、猛スピードで様々な夜の景色が過ぎ去っていった。
「もう少し休んでいてほしかったんだが、緊急事態なんだ。すまなかったな、ソヨ」
 運転席でハンドルを執る恭也が低い声で言った。
「問題ない」
 と彼女が短く答えた時、恭也とは対象的にテンションの高い声が、ソヨメキと恭也の付けたヘッドセットを通して聞こえてきた。
『俺たちの敵は、全国108人の鬼――』
 並走するグラファイトブラックのCB400 SUPER FORに乗る、啓真からだった。その後を低く、恭也が引き継いで言った。
「――だけじゃなかった。『金』や『銀』も俺たちを捕まえようとしている。『王』や『飛車』や『と』と合わせれば約1000人だ」
『問題ねぇ。ほとんどは本部勤めで吉野にかたまってらぁ。奈良だけは避けていこうぜ!』
 本部は奈良県の吉野にあり、『総本山』、『総本部』などと呼ばれている。
「もっとも遭遇する確立が高いのが、日本各地に数1000人いる『歩』だ。見かけしだい通報されるぞ」
『国民の何万人かに一人だぜ? まず会うことはねぇよ、気にすんな!』
222鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/02/14(土) 14:05:58 ID:DjdeqXXC0
 その頃、吉野の猛士総本部。
 広々とした会議室に、一人の男が招聘されていた。長方形の部屋一杯に配置された円卓の下座に男は立ち、その反対側の上座、日本地図を映写したスクリーンの左右に、幾つかの黒い影が立っていた。
「中国支部の『歩』から目撃情報が入ったのは数時間前だ。白い車と黒いバイクが、鳥取から兵庫に向けて疾っていた。彼らは進路を東に取り、東京方面に向っているものと思われる」
「その鬼の故郷は北海道だったな」
 下座に立つ男が横柄に言った。
「北海道に向う、という線も捨てきれない。どちらにしても、おそらく今頃は兵庫を抜け、今後は滋賀、岐阜辺りを抜けていくんだろう」
「そこから先は、北上するか、東京まで向うかはわからない、ということだな」
「わからんが、そうなる前に、この俺が奴らを捕まえてみせる。そのために『専門家』の俺を呼んだんだろう?」
 暗い部屋の中で、そう言った男の口の端が歪んでつり上がった。その彼に、スクリーンの脇に立つ黒い影の一つから声がかけられた。
「頼んだぞ、イタダキ。何か解ったら逐一報告してくれ」
 男が会議室から出ていくと、残った影の中の一人が言った。
「関西・東海・北陸の三支部に、特に監視の目を強化するように指示を出せ」
 別の影がそれに応え、懐から携帯電話を取り出して指示を始めた。
223鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/02/14(土) 14:09:31 ID:DjdeqXXC0
 ソヨメキたちは、宿代節約を考え、ネットカフェでの宿泊を続けながら、人目につきにくい裏街道を選びつつ、少しづつ東へと移動していた。
 夕方から、ネットカフェの駐車場に停めた『凪威斗』の中でソヨメキが眠りについた頃、啓真と恭也はカフェ内のシャワー施設で交代に汗を流してから、二人掛けの個室に入り、パソコンのモニターを前にしていた。
 恭也は、スロットに差したUSBメモリ内のデータを開いて画面に映した。
「猛士データバンクからダウンロードしたデータだ」
 鳥取のネットカフェで、恭也が、サザメキを襲った者の手掛りになるかもしれないと言っていた、プロトタイプの音撃武器の支給先一覧がそこに表示されていた。
「表の備考を見ると、関東支部に行っているのは、試作品の最終調整のためだな。関東支部の『銀』と接触できれば、そこからどこに配布されたのかを辿れると思う。実戦投入されていればそこから調べもつくが、試作品じゃその可能性も低いな」
 言いながら、画面をスクロールさせていた恭也の手が止まった。
「……あった。新型の弦が一つだけ実戦投入されている。東海支部だ。実戦投入の初戦で敗退、その『角』は現在入院中だ」
「よし、取り合えずそこに行くか?」
「ああ」
「そこがハズレだったら、関東支部か」
224鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/02/14(土) 14:15:09 ID:DjdeqXXC0
 頷いて、恭也は少し黙った。
「なんだ? こないだのこと気にしてんのか?」
 ネットワークの底深くに潜り、猛士データバンクのシステムを制圧し、誰からも見つかることはない、と自信を持っていた恭也のサーバへの侵入は、東京にいる何者かによって短時間で捕捉された。
「あいつは滝澤さんを『滝澤みどり』だと知っていた。関東支部に関わりのある人間に間違いない。しかし、本人じゃないような口ぶりだった。……誰だったんだあれは」
 考え込んでいる恭也に、啓真が漫画を読みながら言った。
「本部のダチから聞いた噂だけどな。一人、思い当たる奴がいる。去年の音撃弦のニューモデルを造った奴だ」
「噂か」
「まあ、聞けよ。その数基造られたニューモデルのうちの一台が、関西支部の『と』に支給されている。これ、どう思う?」
「それが本当だとしたら異例だな。新型はコストが高い。普通はもっと経験を積んだ、選ばれた鬼にしか支給されないはずだ」
「噂じゃ、その新型を造ったのは、猛士の正式メンバーじゃない、ただの学生だったらしい。だから、猛士はその開発技術を買い取ろうとした」
 恭也は無言で、啓真の次の言葉を待った。
「でもそいつは、関西支部の『と』に新型を支給することを条件として、無償で技術の利権を手渡した。そいつが新型音撃弦を造ったのが、その『と』のためだったからだ」
225鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/02/14(土) 14:20:56 ID:DjdeqXXC0
 恭也もその噂は聞いたことがあった。大災厄『オロチ』が発生した年に、関東支部で共に研修を受けた二人の少年がいたという。その後、一人は猛士を離れて大学に進み、もう一人は鬼の修行に入ったと聞いている。
 彼らがその数年後、新型音撃弦の開発者と、それを支給された『と』になったということは、容易に想像がつく。
「俺らとそう歳も変わらねぇのに、たった数年で新型武器を開発したような奴と、お前は互角にやり合ったんだよ。向こうにこっちの位置をつかまれたかもしれねぇけど、こっちも向こうが東京からアクセスしてることに気づいたんだろ?」
 啓真は、小馬鹿にしたような笑顔で恭也の肩をばんばんと叩いて言った。
「だから、そう気にすんなよ」
「うるさい。そんなに気にしちゃいない」
 引きつった笑顔になった恭也は、対抗して啓真の背中をどんと突いた。
「『誰からも見つかることはない』とか言ってたけど、忘れてやるよ。ああ言った手前、気にしてんのはわかるけどな」
 そう言って、啓真は片手で恭也の顔を下からつかんだ。
「そんなことはない」
 頬を挟まれてタラコ唇になりながら、恭也は仕返しに片手で啓真の顔をつかみ、鼻先を指で押し上げた。
「黙れ、ネクラ野郎!」
「お前が能天気すぎるだけだ!」
 言い争っているうちに狭いネットカフェの部屋の中で殴り合いになり、店員が注意にとんできた。
226鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/02/14(土) 14:23:42 ID:DjdeqXXC0
 深夜、交代して休息をとるため、二人はネットカフェの駐車場に出てきた。既に起きてリアシートに座っていたソヨメキを見て、彼女の寝顔を見れると思っていた啓真は少しがっかりした。
 そして、恭也のノックに気づいて車を出てきたソヨメキの服装を見て、更にがっかりした。
「あぁ、巫女さんのカッコのままでよかったのに……」
 残念そうな声を上げる啓真の前に、白いシャツと黒いホットパンツ、タイツを着て、黒いロングブーツを履いたソヨメキの姿があった。
「トランクの中を探して、その……なるべく普通のものを選ばせてもらった」
「上からコートを着ていても、あの格好は足元が目立つ。街中に出る前に着替えて正解だ」
 恭也が当然のように言って啓真を振り返ったが、隣からその姿は消えていた。
 いつの間にかトランクが開く音と、中を探る音が、車の後部付近から聞こえていた。
 トランクを閉め、啓真は一抱え何かを持ってくると言った。
「それじゃ寒いだろ、これ着な」
 そう言って啓真がソヨメキの背後に回って後ろから被せたのは、黒い鋲打ちのベストだった。
227鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/02/14(土) 14:27:45 ID:DjdeqXXC0
「それから、これとこれも」
 鋲打ちの黒い腕環と首輪を勝手に付けて、ソヨメキの前に周り恭也は満足そうに言った。
「よし。これで出来上がりだ。オプション忘れちゃ駄目だろ、ソヨ」
 パンク・ファッション風のその姿を見て、恭也にはソヨメキがミュージシャンのように見えた。
「もっと普通の服はないのか」
「ミニスカポリスとレースクィーンならどっちがいい?」
 夜の駐車場で言い合っている二人をよそに、恭也は何事かを考えていたが、やがて言った。
「啓真。さっさと寝るぞ。明日も早い」
「わかったよ。じゃあオヤスミ、ソヨ〜」
 ひらひらと手を振って、啓真は恭也と共に『嵐州』の車内に入っていった。
 一人車外に残されたソヨメキは、無表情に、啓真にコーディネートされた自分の服装を見ていたが、やがて小さく溜め息をついた後、ネットカフェの中に入っていった。
228鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/02/14(土) 14:31:15 ID:DjdeqXXC0
 翌朝、人々の通勤や通学が始まる頃、ソヨメキがネットカフェを出て駐車場に行くと、既に啓真は『凪威斗』に跨がり、恭也は『嵐州』の暖気運転を始めていた。
 ソヨメキのモノトーンの衣装を見て、上機嫌で挨拶をすると、啓真はヘルメットを被った。ソヨメキは無表情に挨拶を返し、『嵐州』に乗り込んだ。
 ソヨメキが後部座席でヘッドセットをつけると、恭也は運転席から振り向いて言った。
「ちょっと寄り道していくぞ、ソヨ」
「どこへ行く」
『大阪だよ』
 ヘッドセットから、車内の二人の耳に啓真の声が聞こえてきた。
 車を走り出させると、恭也は言った。
「東京に行くまで、ちょっと懐具合が寂しくなってきたからな。この辺で旅費を稼ごう」
「……稼ぐ?」
「お前のその格好を見て、思いついた。大阪でストリートライブをしよう」
「ライブ……誰がやるんだ」
「俺たちが」
「その『俺たち』に私は入っていないな?」
『なーに言ってんだよ!』
 隣を並走する啓真の声が、ヘッドセットを通して聞こえてきた。
『ソヨ。お前がメインだ。みんなにお前の美声を聴かせてやれ!』
「断る」
 京都を南下し、大阪へと向う車の中で、ソヨメキは僅かに困惑した声で拒否し続けた。
229鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/02/14(土) 14:35:31 ID:DjdeqXXC0
 休日の大阪のストリートライブ・ポイントを幾つか回り、三人は、なんとかスペースを確保できそうな通りを見つけて車を停めた。
 めぼしいポイントは、事前に要予約であったり、既にバンドがセッティングを始めていたりしていたため、来たばかりのソヨメキたちが入ることは出来なかった。
 やっと確保したスペースは、人通りがあまり多くない閑散とした場所で、この近辺でライブをしているのは、かなり遠くでアコースティックで演っている二人組だけだった。
「ま、最初はこんなもんだろ」
 積み上げたディスクアニマルのケースの上に、サザメキの音撃鼓『騎鑼(きら)』を置き、両手に音撃棒『柄瑠(える)』を構えて啓真は言った。
 ソヨメキは師匠から音撃鼓の皆伝を受けていないため、これらの音撃武器は、サザメキ引退後に「夏の魔化魍発生時のみ使用を許す」という条件で引き継ぐ予定だった。
 その左右前方に、音撃弦『滅炉』を持った恭也と、音撃盤『羽柱』を肩から吊るしたソヨメキが立っていた。
 まばらに目の前に人は通るが、誰も立ち止まらない。
「ソヨ、取り合えず、練習だと思ってやるんだ」
 恭也に言われて、固い表情のままソヨメキは答えた。
「わかった」
「――いくぜ」
 二人の背後から、啓真の声と、リズムを取る撥の音が聞こえた。
 やや緊張の面持ちだったソヨメキが、ふっと表情を緩めて、ショルダーキーボードに指を走らせた。同時に恭也の手がエレキギターの弦を弾く。
 彼らの前には、蓋を開けた空の音撃弦のケースが置かれていた。
 鼓も、弦も、盤も戦闘時の音撃を目的としているため、通常の楽器では実現し得ないコンパクトかつ実用的な音響装置が内蔵されている。その分、一般人が演奏するには重量のある楽器ではあったが、この三人についてはそれも問題なかった。
 ソヨメキの鈴の音のような声が流れ出すと、少しづつ、道行く人々が、足を止めはじめた。
230鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/02/14(土) 14:39:13 ID:DjdeqXXC0
 ――遠く離れた人を想う、優しい感情、切ない感情、慕わしい感情が、緩やかな風のように声となって街の中に流れていく。
 やがて、少しづつ人が増え、人垣が厚くなり過ぎ、投げ銭を受けるための弦のケースに気づかない人々も多かった。それでも、数曲の演奏を終えた後には、沢山の小銭と数枚の紙幣がケースの中に入っていた。
 気づけば、他にも更に二組の路上ライブが開始され、スペースの空きを待つバンドがひと組いた。ソヨメキたちは、頃合いと見て引き上げることにした。
 人垣がなくなっていくと、恭也が回収しようとしていたギターケースに気づき、ひと組のカップルが近づいてきた。男女それぞれから一枚づつ千円札が入れられた。
「すっごぃ良かったデスぅ」
 金髪にギャルメイクの女が、ソヨメキに言葉をかけた。一緒にいた長身で面長の男が、啓真の一風変わったドラムセット、というか、積み上げたケースの上にスネアパッドのようなものを乗せた、謎の物体を見て言った。
「バンド名は何て言うんですか?……えーと、テイク・シ……?」
 男が、ディスクアニマルのケースに貼ってある小さなラベル上の「takeshi」という文字を見て言った。ぎくりとして、頭を下げながらギターケースを回収していた恭也の動きが一瞬止まる。
 啓真は、すかさず恭也を指さして言った。
「テイク・シー(take she)です。――こいつが馬鹿だから綴り間違えちゃって」
 笑って歩き去っていくカップルを見送りながら、恭也は否定するわけにもいかず、思い切り啓真を睨んだ。啓真は必死に笑いをこらえていた。
 その二人の耳に、くすくすと、小さく笑い声が聞こえた。男二人は、滅多に見ない、ソヨメキの自然な笑顔に驚いて固まった。ソヨメキは、慌てて笑顔を消して言った。
「なんだ。私が笑うと、問題あるのか?」
 固まった表情のまま、啓真と恭也は声を揃えて言った。
「問題ありません」


七之巻「流れ行く歌声」了


231名無しより愛をこめて:2009/02/14(土) 15:34:34 ID:fIWLieJP0
投下乙であります。

願わくばあの二人は彼らの敵にはなりませんように。
232名無しより愛をこめて:2009/02/17(火) 12:22:33 ID:5kJRLrzs0
保守age
233某SS作者 ◆MxwC1THAPo :2009/02/21(土) 00:21:58 ID:qtSl773V0
ある板でネタバレ画像を見て愕然とした新作ディケイド。
こんな感じで絡んでくるのかしらん、と思い予告編みたいなプチSS作ってみました。
気が向けば続きも書くかもしれませんが……。
保守兼で投下します。
234某SS作者 ◆MxwC1THAPo :2009/02/21(土) 00:24:12 ID:qtSl773V0
 2011年2月のある日を境に、世界はおかしくなった。
 突如街中に等身大の魔化魍が出現し人々を次々と襲い始めたのだ。
 対魔化魍組織である《猛士》総本部は魔化魍大量発生事件「オロチ」の再現であると判断し、全国にある各支部に魔化魍の封殺と事態の収拾を速やかに図るよう指示した。
 そんな中、柴又のある場所にあった団子屋が消え、代わりに一軒の写真館が出現した。
 しかし、その写真館が別の世界から来たものであることやその前にあった店が閉店した訳でもないのに突如消滅したという事実も、近隣の店の人々はおろか、猛士の人間すらもわかってはいなかった。

「キョウキさんですね」柴又の町を歩いていたキョウキが不意に見知らぬ男に呼び止められた。
黒縁の眼鏡をかけ、灰色のトレンチコートを羽織った神経質そうな出で立ちのこの男はあなたに話したいことがあります、と言うと近くの公園へとキョウキを誘った。
『見ない顔だな』キョウキは少し警戒しながら男に話の内容を尋ねた。
「この前からの魔化魍の発生についての情報ですよ」
「!」眼鏡をずり上げる男の瞳を覗き込むように反応するキョウキ。
『猛士の関係者とも思えない。何者なんだ、この男』キョウキは男の意図を探るべく、話を聞くことにした。
 しばらく歩いて公園に入ると隅っこにあるベンチに男が座った。キョウキは僅かに距離を取って立つ。
 魔化魍の出現により国内は厳戒態勢中のため、公園には人一人いない。政府発表の戒厳令と言った風情である。
 しかし、本来は秘密である筈の魔化魍の存在がなぜ公になっているのかということを気にする人間もこの《世界》には存在しない。
 2月のある日を境に世界は突如ベクトルを変えてしまったのである。
男はコートの胸ポケットから煙草を取り出して火をつけると、一息すって話し始めた。
「キョウキさんは平行宇宙と言う言葉をご存知ですか」
「SFの話に出てくる言葉だな」
「……私はその平行宇宙を旅する者です」
「くだらない。病院に行ったほうがいいんじゃないのか。医者の卵でよければ紹介するぞ」
「私は正常だ!」呆れる様に言ったキョウキに向かって男は大声で怒鳴りだした。
「……ディケイドという《仮面ライダー》がいる」
「へえ、それは初耳だ。仮面ライダーはZXまでしかいないと思っていたが」
235某SS作者 ◆MxwC1THAPo :2009/02/21(土) 00:26:41 ID:qtSl773V0
「ディケイドはすべての平行宇宙を壊す存在です。その宇宙にある《仮面ライダー》の力を使って世界を破滅に導く」
『やはりヘンな話だ。そもそも仮面ライダーとオロチのようなあの現象に何の関連があると言うのだろう』
「魔化魍が異常に発生したのはディケイドの出現の前触れなのです」こちらの心を読んだような男の話にキョウキの眉がつりあがる。
「ディケイドの現れる所には必ず何らかのカタストロフィが発生します。仮面ライダーの力を得たディケイドがその世界の仮面ライダーを滅ぼし、世界を破滅させるのです」
「おいおい、仮面ライダー自体フィクションじゃないか。実在しないものが消えて世界が滅ぶのか?」
「滅びます。……何故なら《仮面ライダー》は実在する存在だからです」
「……」キョウキは絶句した。二の句が告げないとはこのことだ。
 突然現れて平行宇宙だの仮面ライダーは実在するだの言われては頭がおかしいと考えざるを得ない。
「仮面ライダーという言葉に語弊があるならば、《未知の脅威から人類を守る力》と言い換えましょう。この世界の《守る力》は貴方達《猛士の鬼》です」
「!? あんた、何を言っている?」キョウキは男の言葉に耳を疑った。
 鬼の存在を知っている者は数少ない。魔化魍の存在が明らかになっている状況であっても猛士の事は一般人にはまだオフレコの状態だ。
「そもそも俺の名を知っていたり、猛士のことを匂わせたり……。貴様、まさか奴等の……!」
「違いますよ。私は魔化魍側の人間じゃない」詰め寄るキョウキに男ははっきりと否定した。
「しかし、世界を滅ぼすディケイドとは敵対する者ではある」
「では聞こう。ディケイドとは奴等と関わりの在る者なのか」
「それはわからない。しかし、貴方達にとっては敵となりうる存在だ」
 男はポケットから小瓶を取り出すと蓋を開けて中身を一口喉に流し込んで話を続けた。
「ディケイドが持つ《ディケイドライバー》。それにはその世界の仮面ライダーの能力を写し取る力がある。奴は写し取った仮面ライダーの力を使って別の世界の仮面ライダーを倒しているんだ」
「仮面ライダーを失った世界は滅ぶ、と言ったな。具体的にはどうなる?」
236某SS作者 ◆MxwC1THAPo :2009/02/21(土) 00:27:43 ID:qtSl773V0
「魔化魍を阻む力を失った人類が辿る道は何ですか?」
「……奴等の贄だ。人類は大昔のように魔化魍の脅威に脅えながら僅かな生にしがみつく事になる」
「そういう事です。ディケイドが現れれば貴方の杞憂は現実のものになる」
「そうならない為にディケイドとかいう奴を倒せ、と言うんだな」
「信じる信じないは貴方の自由です。しかし、現実は待ってくれないでしょうね」
「……」キョウキは押し黙って男の顔を見た。
「私の話が本当かどうかはいずれ分かります。人類を守れるかどうかは貴方達の出方次第だという事もね」男はそうキョウキに言い残すと、ベンチを立って公園から立ち去っていった。
 キョウキはその場に立ち尽くしたまま暫く動けずにいた。
237名無しより愛をこめて:2009/02/21(土) 15:17:01 ID:53UFktGS0
深夜

   ∧∧
  (´ ・ω・)   投下規制に掛かったのかな…。
  _| ⊃/(___
/ └-(____/
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

  <⌒/ヽ-、___ もやすみ。
/<_/____/




 Σ(゚Д゚) コ、コレデオワリ!?
238某SS作者 ◆MxwC1THAPo :2009/02/22(日) 00:41:14 ID:usWm2AvD0
すんません。ちょっとトラぶって投下途中で止まってしまいました。
続き投下します。
239某SS作者 ◆MxwC1THAPo :2009/02/22(日) 00:43:02 ID:usWm2AvD0
 キョウキが甘味処たちばなに戻ったのはそれから暫く経ってからの事だった。
 店の中には客は居らず、中央のテーブルに店主であり猛士関東支部長である立花勢地郎とその配下の鬼であるダンキとショウキが座っていた。
「で、その男が言うには今回の魔化魍の発生はディケイドとかいう奴の仕業らしいって話なんすよ」ダンキが口を尖らせながら向かいに座る勢地郎に話している。
「どうもおかしい話だと思ってあまり取り合わなかったんすけど、今店の前でショウキと出会ってこの話をしたらショウキも俺と同じ頃に同じような奴から話されたって言うんです」
「僕の聴いた話もダンキ君と同じようなものです。猛士のことを知っていたり僕が鬼だってことも見抜いていたりとなんとも気味が悪かったんですが……」
 ショウキも眉をひそめながら神妙な表情で勢地郎に語った。体育会系の彼らのいでたちはいつものジャージとTシャツ姿だ。
 真冬なのに寒くないのかなと思うキョウキの視線を感じた勢地郎が、後ろを振り向いて横に座るように手招きした。
 それに合わせて店番をしていた勢地郎の娘の戸田山日菜佳が店の玄関の暖簾を仕舞い、準備中の札をかける。
「キョウキはどうだ。今日おかしな奴に会わなかったか?」座るや否やダンキが話しかけてきた。
「ディケイドとかいう奴の話なら僕もついさっき聞かされましたよ」
「お前もか」驚くダンキの向かいで勢地郎の眼が細くなった。
「黒縁眼鏡かけた四角い顔のインテリっぽい奴だったか?」
「ええ。トレンチコートに小瓶持ってましたよ」
「僕が会ったのもそんな感じの男だった」キョウキの話にショウキが肯きながら加わる。
「でも本当に同じ奴でしょうか」キョウキが素朴な疑問を口にする。
「う〜ん…。そうだ。キョウキ、お前絵上手かったよな」首を傾げたダンキが何かを閃いた。
「まあ嗜み程度ですけど」
「ちょっと似顔絵かいてみろ。日菜佳ちゃん、紙と鉛筆頂戴!」日菜佳から紙と鉛筆を受け取るとキョウキに渡す。
 もともとキョウキは文化系の人間である。さらさらと衒いもなく鉛筆を走らせ、先ほど会った男のデッサンを描き出した。
「おう、こんな顔だったぜ!」
「そうだ、僕が会ったのもこの男だ!」ダンキとショウキが口を揃える。
240某SS作者 ◆MxwC1THAPo :2009/02/22(日) 00:45:16 ID:usWm2AvD0
「あの野郎、いけ好かないなりしていやがったな。名前は確かハルマキとかシラタキとかいいやがったか」
「シラタキじゃなくてナルタキだよ、ダンキ君。……たぶん《鳴く》という字にさんずいの《滝》という字じゃないのかな」
「…………実はその男、ここにも来たんだよ。それもつい一時間ほど前に」二人の話の成り行きを見ていた勢地郎だったがキョウキの描いた似顔絵を見て重い口を開いた。
「おやっさん、それって」
「僕が彼と出会った頃と」
「……同じ!?」三人がほぼ同時に驚く。
 それと同時にたちばなの電話が鳴った。
「父上」電話に出た日菜佳が勢地郎に電話を渡す。
「やあ、一さんか。……うん。……うん」暫く受話器の向こうの相手の言葉に耳を傾けていたが、わかった、皆にそう伝えるよ、といって電話を切った。
「おやっさん、誰からで?」ダンキが電話の中身を気にして勢地郎に尋ねた。
「……吉野だ。どうやらその男、吉野にも現れたらしい。それもこっちと同時刻にだ」
「マジっすか!?」
「おやっさん、ひょっとするとその男、やっぱり奴等の……」
「俺もそう思います。支部長」キョウキが疑いを持ったように、ショウキも男が魔化魍側の人間ではないかと思っているようだ。しかし、勢地郎は二人の疑いに若干懐疑的だった。
「奴等の手口に似ている事は間違いないが、それにしては手の内を明かしすぎてはいないかい?」
 勢地郎の疑問は尤もだった。魔化魍側の闇の男女が仕掛けてくる事件は大概謎めいてはいるものの、最初から手の内を明かす様な真似はしてこない。
 今までのこともあり、吉野もそれ故魔化魍側の罠かどうかの判断に苦慮している、と勢地郎は付け加えた。
「吉野では今回の事件に絡むであろうディケイドという存在を確保し、事件の真相を突き止めるよう各支部に連絡したそうだ」
「敵とみなした、ということでいいんですか」キョウキは鳴滝という名のあの男の顔を思い出しながら言った。
「いや、そうじゃない。あくまで重要人物であろうという判断だ」
「だ〜〜っ、めんどくせぇ! 要はそいつを捕まえりゃ事件は解決って事でしょ!? うだうだしてねぇでサッサと捜しにいこうぜ!」ダンキが短気を起こして立ち上がって叫んだ。
241某SS作者 ◆MxwC1THAPo :2009/02/22(日) 00:46:37 ID:usWm2AvD0
「落ち着きなよ、ダンキ君。相手の顔も分からないのにどうやって捜しに行こうって言うの」ショウキがダンキのジャージを引っ張って宥める。
 あ、そうか、とダンキが納得してぺたんといすに座った。
「それなんだが」と勢地郎が言うとほぼ同時に日菜佳がノートパソコンを持って下の作戦室から上がってきた。
「吉野からメールで添付されてきました」そう言って見せた画面には若い男の姿が映っていた。
「……門矢士(もん・やし)? 何だコイツ、中国人か?」
「かどや・つかさ、というらしい。フリーランスのカメラマンだということだ」
「ふうん。で、そのカメラマンが世界を破滅させようっての」
「見なさい。これがディケイドだ」勢地郎がキーを叩くともうひとつの画像が開いた。
「……なんじゃ、こりゃ!? 趣味悪!」突込みを入れていたダンキが画像を見るなり噴き出した。
 そこに出ていたのは昔見た仮面ライダーからは程遠いピンク色の体をしたヒーロー番組の着ぐるみのような姿だった。
「鳴滝という男が吉野に渡した情報だ。この男を確保するのが今の我々の最優先事項となる」勢地郎は真剣な面持ちで三人に語った。
「ディケイドは仮面ライダーの力を手に入れて世界を滅亡に導く、と鳴滝は言っていました」
「奴が言うにはこの世界の仮面ライダーは俺達鬼だそうです」ショウキとキョウキの言に勢地郎が肯く。
「鬼の力を手に入れようとする動きは魔化魍の中にも以前からあった事だ。くれぐれも魔化魍とディケイドが手を組んだりしないように押さえ込む必要があると思う」
 勢地郎は各所に出払っているメンバーに連絡を取って吉野からの指示を伝えると言い、三人にも早急に門矢士なる人物を見つけてほしい、と改めて言った。
 三人は勢地郎の言に肯くと厳しい面持ちでたちばなを後にした。
242某SS作者 ◆MxwC1THAPo :2009/02/22(日) 00:49:48 ID:usWm2AvD0
 翌日、柴又に不意に現れた写真館から若い男女が外に出てきた。
「ほう、ここが《響鬼の世界》か」周囲を見回しながら言葉を発した男は昨日猛士の吉野総本部が手配書を回して捜索を開始した門矢士その人だった。
「いい? この世界の仮面ライダーと戦うなんて、絶対ダメなんだからね!」士の横で叫んだ若い女はこの写真館の主の孫、光夏海(ひかり・なつみ)だ。
「ああ、ああ。……大体分かった。心配するな」夏海の叫びにうるさそうに対応すると士は周囲に気を配って歩き始めた。
「まったくあんたって人は。ちゃんと人の話を聞きなさいよ!」横を向いて歩いていた夏海が正面から来る人物に気づかずにどん、とぶつかった。
「あっ、すみません!」はっとして相手に詫びる。
「いや、いいよ。気にしないで。こっちも少しよそ見していたしね」そう言って夏海に詫びたサングラス姿の長身の男は、お互い気をつけよう、じゃ、と言うと敬礼に似た仕草をしながら立ち去っていった。
 数十メートル先で若い男がヒビキさん、と男に向かって叫んでいた。
 ヒビキと呼ばれた男は若い男に近寄って二言三言交わすと、若い男と連れ立って人混みの中へと消えていった。
「あれが響鬼か……」立ち去るヒビキの後姿を見ながら士が呟いた。
 その横顔を見ながら、夏海はかつて自分が見た悪夢がフラッシュバックするのを抑えることが出来なかった。
243某SS作者 ◆MxwC1THAPo :2009/02/22(日) 00:53:10 ID:usWm2AvD0
投下終了です。
今後のディケイドを見ながら続きを書くか考えていきたいと思います。

>237さん、ご心配をおかけしました。
244名無しより愛をこめて:2009/02/22(日) 15:19:28 ID:76/iqlH70

               fl  _  fl
             ,γ」|]l| |l[」.ト、
             |{_||‖l|r.||::||||}|   このスレでの俺の役割は……
              |/\j::||L||::|レ'::|
              |::::::::\j|./ :::::|   短気な眼鏡に笑われる事か!
                 ',:::::::::::}|{::::::::::,'
                V=-'|‖`ー','   / ̄ ̄¨\
               〉7tl_j|_jレ'ス´¨7/´ ̄二二|
        __==/ ̄ヲ´:::::::////: :/  /´ ̄ ̄V
       ト、\、___//::::::::/ /// _f|  / ̄ヽ.: : : : |
       ゝ.\_/´::::::::::|  j_|´¨='t∠_: : : :',: : : :j
         V-|:::::::::::::/_,-' レ'´_,.jレ ̄ ̄`ヽ.==≦、

245鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/02/22(日) 21:58:03 ID:GkBlVioV0
前回>>221-230のあらすじ:恋人と共に京都の実家に婚約の報告に行った相内藍里は、その帰りに寄った大阪の街で、男女三人組のストリートライブに足を止めた。同行していた婚約者の代田信がバンド名を尋ねたところ、彼らは『take she』と名のった。


『鬼祓い』 八之巻「付け狙う狩人」


 啓真たちは、大阪に滞在――というか潜伏を一週間続け、次の日曜日にもう一度ストリートライブを行うことにした。その間、ネットカフェの利用代、食事や洗濯などの生活費で、前回稼いだ分は消えていった。
「『take she』ってネットの翻訳ページで和訳したら、『彼女と同じくらい取ってください』だってよ」
 お好み焼き屋で食事中、先日自分が口からでまかせで言った、三人のバンド名が決まった経緯を思い出しながら啓真は言った。そして何度目かの思い出し笑いをした。
 その様子を見て、食器を握りしめながら低い声で恭也は言った。
「とっさに誤魔化したのはいいが……俺のせいにするな」
 ソヨメキは、我関せずという様子で、無言でお好み焼きを食べていた。
「とにかく、今日のライブが終ったらまた東を目指すぞ」
 恭也は厳しい目を向けながら啓真に言った。啓真は笑いをこらえながらソヨメキに訊いた。
「ソヨ、それでいいか?」
「問題ない」
 短くソヨメキは答えた。
 数時間後、先週よりは人通りの多い通りでスペースを確保し、ソヨメキたちは再びストリートライブを行った。
246鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/02/22(日) 22:01:12 ID:GkBlVioV0
 立奏スタイルでショルダーキーボードを弾きながら、モノトーンのパンク・ファッションで歌うソヨメキ。
 その隣に立ち、白いセーターに黒いジーパンという姿でエレキギターを弾く恭也。
 そして、二人の後ろでエレクトリックドラムのスネアパッドらしきものを叩く、レザーのロック・ファッションの啓真。
 この三人編成のバンドが、その通りで行われた午後一番のライブで、最も注目を浴びた。
 人々を惹き付けたのは、ソヨメキの容姿とその歌声だった。
 恭也が演奏しながら人々の視線を確認したところ、ほとんどの目は彼女に向けられていた。
 そして、長く歌い上げる時、声にかかる鈴の音のような「ゆらぎ」が、恭也を含めその場にいた人々の心に癒しと快適感を与えていた。歌い上げた後には、歓声や感嘆の声が上がった。
 香川の「フリューゲル」でバイトをしていた時と同じく、営業モードに切り替えたソヨメキは、きわめて愛想良く人々と接し、最高の笑顔で応えた。
 街を行く人々は、人だかりの前で足を止め、遠巻きに三人編成のバンドのフロントに立つ、金色のショルダーキーボードを持つ女性ヴォーカルの姿と歌声に魅了されていった。
247鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/02/22(日) 22:04:03 ID:GkBlVioV0
 今週は、先週とは比べ物にならないほどのコインと紙幣がギターケースに投げ込まれ、中には五千円札、一万円札も数枚含まれていた。
「えらい騒ぎになっちまったな」
 周囲に猛士からの追手らしきものがいるかどうか、恭也はさっと辺りを見渡して確認したが、街にあふれる人々は皆、猛士とは無関係な一般市民に見えた。少なくとも、腰から銀の円盤や音叉を提げた者は一人もいなかった。
 次のバンドにスペースを空け渡すため、早々に通りを立ち去ったソヨメキたちは、急いで大阪を離れることにした。
 二台の車両に乗り込み、ソヨメキたちは東へ向けて移動を再開した。大阪の中心地にいた彼らは、猛士総本部のある奈良を避けるため、まず進路を北東へ向け、それぞれの車両を疾らせた。
「今回の儲けで温泉宿でも泊まろうぜ」
 はずんだ声で、啓真はヘルメット内蔵のマイクに言った。無線を通じて恭也がそれに答える。
『大阪では少し目立ち過ぎたかもしれない。ここから少し離れたら、宿で一泊くらいはしてもいいかもな。たまには普通に布団で寝ないと体に悪いだろうし』
 ソヨメキは何も言わず、車の後部座席でじっとしていた。
 二台の車両に分乗した三人は、京都を通り抜け、滋賀の南部を通過しながら岐阜を目指した。
248鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/02/22(日) 22:07:02 ID:GkBlVioV0
 ソヨメキたちが去った後の路上で、次のバンドの演奏を待つ人々の中、先ほどまでここにいた三人の様子を聞き込んでいる男がいた。
「……ギターが黒髪の色白の男、ドラムが茶髪のウルフカットの男、キーボードが黒いロングで色白の女……」
 たった今聞いた話を反芻して頭の中でまとめながら、ライダースジャケットを着た男は更に訊いた。
「キーボードはどんな色だった?」
 金髪にあご髭の男は、自分の想像通り、ショルダーキーボードの本体が金色で、普通の鍵盤の白鍵、黒鍵にあたる部分の色が銀と金であることを確かめ、意気込んで一人呟いた。
「見つけたぞ、ソヨメキ……!」
 それは、四国支部の太鼓の鬼にしてソヨメキの兄弟子にあたる、ザワメキだった。
 メタリックブルーの単車に跨がってヘルメットを被ると、憎悪に燃えた目で前方を睨み、ザワメキはそこから疾り出した。
249鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/02/22(日) 22:11:56 ID:GkBlVioV0
 山の中を逃げる、一人の少年がいた。立ち並ぶ樹々や雑草の向こうでも、自分と並行するように走る、ざざざ、という音が鳴っていた。それも左右両側からだった。
 少年が森を抜けて開けた平野に出ると同時に、その両側に小豆色の和服を着た長髪の男女が現れ、足を止めた少年を両側から挟むように立った。
『子供、餌になれ』
 長髪の頬が削げた男が、女の声で言った。
『我らの子の餌に』
 反対側から、青白い肌の女が、男の声で言った。
 それを左右に見ながら、少年は素早く腰の装備帯からディスクアニマルと音叉を外し、互いを叩き合わせて打ち鳴らした。
「喰らえ!」
 少年が左右に投げ放ったディスクが瞬時に鳥型に変形し、金属製の赤い鳥と青い鳥が、正確に男女の首に向っていった。
 あっけなく翼に首が切り裂かれ、宙を舞った。首なしの男女の体が少年に向いたまま静止する。
『残念でした』
『残念ね』
 上空に浮かんだ二つの首が、風に長髪をなびかせながら、空中に留まって少年を見下ろし言った。少年の足元を埋め尽くす枯れ葉もまた、風にあおられて騒ぐ。
 首なしの小豆色の着物を着た体が再び動き出し、少年に向けて近づいた。
「うわっ」
 まずいと感じた少年はそこから逃げ出そうとしたが、首のない童子の体が進路に回り込んだ。逆方向に逃げようとすると、そこに首なしの姫の体が回り込む。
250鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/02/22(日) 22:15:38 ID:GkBlVioV0
 その時、機械の唸り声が空高く響いた。
 黒い鉄の馬に乗った騎士が、空中に躍り出てきたように、少年には見えた。
 同時に地響きが近づいてきて、白い戦車が枯れ葉をかき分け地を這うように突き進んできた。
 人馬一体となってウィリー走行で首なしの姫に近づいた啓真が、『凪威斗』を体当たりさせて姫の体を倒した。
 車体の前方に幅広の槍を突き出した『嵐州』が、首なしの童子の体を突き刺し、そのまま平野を走り続け、童子の体を樹の幹に激突させた。
 立ち上がってきた姫の体に、更に啓真が単車の後輪を跳ね上げて激突させると、空を舞った姫の体が地面に落ち、その場で砕け散った。
 恭也が車を後進させると、樹に縫い付けられていた童子の体がそこから転がり落ち、爆発して消し飛んだ。
「大丈夫かボウズ!」
 黒いフルフェイスのシールドを上げ、啓真は少年に言った。少年は上空を見上げながら啓真に言った。
「まだ終わりじゃないよ、上だ!」
 啓真が見上げると、姫の首がかッと口を広げながら、急降下してくるところだった。童子の首は少年に向って同様に急降下していた。
251鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/02/22(日) 22:18:47 ID:GkBlVioV0
 銃声が連続して轟き、二つの首を次々と打ち砕いた。
 童子と姫の死角に回り込んでいたソヨメキが、音撃盤の銃口を啓真たちの上空に向け、少し離れた樹のそばに立っていた。
 走り寄ってきたソヨメキが、少年の前で少し屈んで言った。
「大丈夫か」
「うん」
 言いざま、少年は素早い身のこなしでソヨメキに蹴りを放った。ソヨメキは後方に跳躍してそれを躱した。腰の装備から察しはついていたが、今の動きを見て、ソヨメキはこの少年が関西支部の『と』であるという確信を強めた。
「おいボウズ! 助けてやったのにそりゃねーだろ」
 怒って指摘する啓真に、少年は言い返した。
「だってお前たち、『鬼祓い』になったソヨメキとその仲間だろ? 猛士ならみんな知ってるよ」
「ありゃー本部の調査が間違ってるんだ。ソヨはやってねぇ!」
 恭也が車を降り、そこに歩いてきた。
「よせ、啓真。言っても無駄だ」
「ったく、ソヨもやめときゃいいのによ、こうなるって判ってるんだから」
「俺たちは『ソヨの行きたい場所』に行くんじゃなかったのか? 一度決めたら文句を言うな」
 少年を無視して、たちまち二人の殴り合いが始まり、ソヨメキが止めに入った。
「そのへんに縛っておくか? 支部に連絡されちゃ厄介だ」
 少年を後ろから抑え付けて啓真が言うと、ソヨメキは低く言った。
「駄目だ。魔化魍の餌にする気か」
「えぇー? じゃーどうするよ」
252鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/02/22(日) 22:21:51 ID:GkBlVioV0
「信じてほしい」
 再び、ソヨメキは少年の前に屈んで言った。
「誰かが私の師匠を襲撃したことは確かだ。だが、それは私がやったことじゃない」
 少年は、啓真に押さえつけられながら、不審な目でソヨメキを見ていた。彼女の瞳は澄んでいる。無表情だが、その顔も、長い黒髪も、造り物のように綺麗だった。
 少し考えていた少年は、迷いを振り切るように言った。
「信じられないよ、そんなこと言われても。目撃された鬼の特徴にあてはまる『角』は、みんなその時の居場所がはっきりしてるんだ。犯人はお前しかいない」
「……今でも、それが本部の見解なのか?」
 恭也が、少年の言ったことを聞き咎めて訊いた。
 啓真は少年を押さえる手を緩めず言った。
「丁度その時間、この俺様がソヨと一緒にいたんだ。ソヨなわけはねぇ」
 その時、遠くから風に乗って、人を呼ぶ声が聞こえてきた。
「おぉーい、キー坊、どこ行ったーっ」
「鈴木さんだ」
 少年が声のした方に首を巡らせて言った。
「スズキさん? ここの支部の仲間か」
 恭也が少年に尋ねたが、少年は顔を背けてそれを拒否した。
「どうするソヨ」
 啓真に問われ、ソヨメキが悩んでいる所へ、恭也が言った。
「そのガキを『嵐州』に乗せろ。安全な所まで離れたら、そこで降りてもらう」
 言われて、ソヨメキは首に着けていた黒いベルトを外すと、少年を後ろ手に縛って、共に『嵐州』の後部座席に入った。啓真と恭也はそれぞれ『凪威斗』と『嵐州』のハンドルを握り、エンジンを始動させた。
253鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/02/22(日) 22:26:36 ID:GkBlVioV0
 滋賀南部で白い自動車と黒い単車を探していたザワメキは、地元の『歩』からそれらしい目撃情報を聞き、ソヨメキたちが通ったと思われる道筋を辿り、一軒のネットカフェに行き着いた。
 店員に、一晩入れ替わりに滞在したという、男二人組と女一人の人相風体を聞き、ザワメキは、それが大阪で聞きこんだものと一致することを確かめた。
(なるほどな……主な幹線道路を避けて、ネットカフェを泊まり歩き、目立たないように東へと進んでいるわけか)
 そうであれば、ここから先は、『凪威斗』と『嵐州』の目撃情報を辿り、ネットカフェの駐車場を注意していけば、師匠の仇に追いつくことが可能かもしれない。
 そう考えて、単車を停めていた駐車場に戻ってきたザワメキは、先ほどまで駐車場にはいなかった、ガンメタリックのオフロードカーが駐車していることに気づいた。
 自分がネットカフェで聞き込みをしている間、出て行く客も、入ってくる客もいなかった。しかし自分がネットカフェから出る随分前から、この車はそこにいた様子だった。
 誰かを迎えに来たのだろうと思い、その車の前を通り過ぎた時、車のドアが横滑りに開き、そこから人が降りる気配があった。
「四国支部のザワメキ」
 男の声がして、ザワメキは振り返った。ザワメキからは車の側面が見えるが、開いたドアはその反対側であり、男の姿は見えない。
「誰だ。関西支部か?」
「任地を離れて、こんなところで何をやっている」
「今はシフトが入っていない。何をしていようと、俺の勝手だ」
「『鬼祓い』ならやめておけ。猛士全体に指示が出ているが、それは任地の範囲での話だ。貴様が鬼の力を師匠の仇討ちに使うというのなら、こちらにも考えがある」
254鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/02/22(日) 22:29:53 ID:GkBlVioV0
「突然現れて、何様だ!」
 ザワメキが来た道を戻って車の反対側に出ると、そこに、鎧兜をまとった男が立っていた。黒と赤を基調とした鎧帷子をまとい、上に伸びる二本の鍬形を持つ兜を被り、顔は頬当てがほぼ全てを覆っていた。
「お前たち“鬼”の本分は、魔化魍を始末することだ。“鬼”の始末は本来俺たち一族の役目。本部から指示が出ているわけでもないお前に、出る幕はない」
 ザワメキが見知った物とは違う型だが、それは猛士がその昔に開発した『鬼の鎧』だった。鬼の力を持たぬ者でも、それを纏えば音撃が放てるという、鬼の不足を埋めるために造られたものであったと聞いている。
 その左手前腕に、和風の鎧兜と意匠が異なる、金色の管を巻いた円盤のような盾が装着されていた。男が左手をザワメキに向けてすいと上げた時、何か言葉にはできぬ危険を察知し、ザワメキは取り出した音叉を打ち鳴らして素早く額にかざした。
 金色の盾から自動的に弧を描いて出てきた銃が、鎧兜の男の左腕に巻き付くようにセットされ、男は手の中に握った銃の先をザワメキに向けて言った。
「遅い!」
 ザワメキの周囲に現れた水滴が数を増やし、全身を包む渦になろうとした時、鎧兜の男の左手から発射された圧縮空気弾が、至近距離でザワメキの胴を撃ち抜いた。変身できずに、自らが作った水流と共に駐車場に倒れ、ザワメキはその場で血を吐いた。
「ソヨメキもいずれこうなる。お前は大人しく寝ていろ」
 水浸しで這いつくばるザワメキをその場に残し、鎧兜の男を乗せたガンメタリックの車は、東へ向けて疾り去っていった。


八之巻「付け狙う狩人」了


255欧州編 第六夜:2009/02/23(月) 22:26:38 ID:4dJkCaxU0
ニヤの眼前に広がるのは、横たわる統一部隊の猛者達の姿と、返り血に染まったオーガの巨体のみ。他の何も視界に入らない。完全に釘付けにされていた。
ペルセウスは身に纏った聖衣を粉々に粉砕され、血塗れで倒れていた。
ミガルーは破壊された「シャノワール」と共に血の海に沈んでいた。
成龍もまた、自身の音撃武器を破壊されたうえ、脚の骨を圧し折られて倒れている。
漢神の力で戦おうとしたムウだったが、オーガのスピードには敵わず、一撃の下にダウンしている。
オーガに発砲したアランは銃弾を受け止められ、投げ返された挙句、頭部を破壊されてしまった。不死身とは言え、頭をやられた場合、蘇生には時間が掛かるようだ。
今オーガ以外でこの場に立っているのはニヤとエリカ、そして。
「うおおおお!」
Dがバスタードソードをオーガの首目掛けて突き出した。だが目にも留まらぬ速さで剣先を摘ままれてしまう。Dがどれだけ力を込めようと、剣はびくとも動かない。
オーガが鼻を鳴らして臭いを嗅ぐ動作をする。次いで一言。
「臭うな。合いの子か」
「貴様ぁぁ!」
次の瞬間、バスタードソードがいとも容易く折られた。体勢を崩したDに容赦なく拳が叩き込まれる。
血反吐が周囲に飛び散った。
一部始終を目撃していたニヤは、ふとマリアの姿が見えない事に気付いた。周囲を見渡す。居た。彼女はアランの傍にしゃがみ込み、彼の頭部に掌を翳していた。彼女が最も得意とする魔術――ヒーリングだ。
「あの女、魔術師か……」
オーガがマリアの方に向き直る。
「逃げろ、マリア……」
満身創痍のDがそう声にならない声を上げるも、オーガはそんな彼の頭を踏みつけると、鬼闘術・鬼刃を両の拳から生やした。
「回復役は早めに潰さないとな」
横たわるDを蹴り飛ばすと、オーガはマリアに向かい突撃を仕掛けた。僅か数歩でマリアの眼前にまで達し、鬼刃を振り翳す。
256欧州編 第六夜:2009/02/23(月) 22:30:11 ID:4dJkCaxU0
その時、両者の間へと割って入った人物が、手にした撥でオーガの鬼刃を受け止めた。
童虎だ。彼もまた、マリアのヒーリングによって傷を癒されていた。だがヒーリングはあくまでも治癒力を高め、痛みを取り除くだけ。彼の右拳は先程の激突で砕けたままである。
「うおおおおっ!」
「おおっ!?」
童虎がオーガを押し返した。心なしか、彼の体がオーガ以上の巨体に変わったかのように見える。
「ニヤ、これは……?」
「おそらく『気功』でしょうね」
エリカに説明するニヤ。
彼等中国の組織に所属する戦士は、鍛錬により気功を操る事が出来ると言う。ヒーリングに近い事も出来れば、離れた位置にあるものを触れずに倒すと言う超能力じみた事も可能らしい。
今回の童虎の場合、気功によって闘争心を具現化、投影して自らを巨大に見せているようだ。要は威嚇である。漫画の例で恐縮だが、かのラオウや大豪院邪鬼も使っていたあれだと思ってもらって間違いはない。
強引にオーガの体を押し返した童虎は、折れた右手を使い、猛士の鬼で言うところの装備帯から銅鼓(中国南西部から東南アジアに至る範囲で使われた祭器)型音撃鼓を取り外すとオーガの厚い胸板に押し付けた。
「サウンドアタックを仕掛けるつもりですか」
最早魔化魍――欧米で言うところのモンスターに近しい存在となったオーガには有効であろうと童虎は踏んだのだ。ニヤとエリカも固唾を呑んで見守る。
257欧州編 第六夜:2009/02/23(月) 22:34:15 ID:4dJkCaxU0
「喰らえオーガ!」
童虎の手にした音撃棒が振り下ろされる刹那。
「!?」
轟音と共に童虎の巨体が吹き飛んだ。恐れていた事態が現実のものとなった事に、ニヤも動揺を隠せない。
オーガは、未だ本気ではなかった。
オーガの全身の筋肉が爆発的に膨れ上がる。誇らしげに両腕を上げ、力を込める。その背には、息子バキ同様に鬼の顔を思わせる背筋が浮き上がっていた。
「これが俺の本気だ」
今にも童虎へと飛び掛からんばかりのオーガ。だが、一歩踏み出した途端、オーガの動きが止まった。その理由は童虎、そしてザルフの下で鍛錬を積んでいたニヤにも分かった。
――邪気を感じたのだ。しかも上級のモンスターが放つそれを。
「ちっ、背中のこれを見せたにも拘らず水入りになるとはな……」
苦々しげにオーガが呟く。彼がその暴威を振るう相手は、三十年以上経った今でも魔化魍が最優先されるのだ。気付いてしまった以上、遊びを続ける訳にはいかない。
何の躊躇いもなく、オーガは童虎達に背を向けるとそのまま歩き去っていった。明らかに無防備であるのに、誰も不意打ちを仕掛ける事は出来なかった。動けなかったと言った方が正しいか。
オーガの姿が見えなくなったと同時に、童虎の巨体が音を立てて倒れた。全身の変身が解除される。
巨凶が立ち去った後には、血と沢山の怪我人と、呆然と立ち尽くす数名だけが残った。
258欧州編 第六夜:2009/02/23(月) 22:39:11 ID:4dJkCaxU0
現場へと急ぐバキの前に現れたのは、彼が日本に居た頃一度だけ出会った事のある相手だった。……絶対に二度と会う筈のない相手であった。
「お前は……」
陸王に跨ったまま、進路上に立つ男を凝視する。一方、男の方も。
「ふふふ……ははははは!なんという僥倖!」
男は――吸血鬼アルカードは実に嬉しそうにそう言った。
「……あんた、あの世で俺達が朽ち果てる様を見物するんじゃなかったのか?」
「あの世は予想以上に暇だったのでね、戻ってきたのさ」
「船岡山での続き、やるかい?」
陸王から降りたバキが、変身音叉を手にした。しかしアルカードはその申し出を丁重に断ると。
「残念だが、今日はこちらの仕事を優先したいのでね。それに、そろそろ奴が来る」
「奴……?」
その時、禍々しい気配が周囲を包み込んだ。
「ほら」
そう言うとアルカードは尋常ならざる動きでその場から立ち去ってしまった。そして。
「ッッ!」
身構えるバキの方に向かって、漆黒の巨体が駆けてくる。
――オーガ。彼の実父である。
オーガはバキの姿を確認すると足を止め、次いで顔の変身を解除した。
「誰かと思えば出来の悪い馬鹿息子……」
「……ッッ!」
何十年振りの親子の対面。これが普通の親子ならば美談で終わる展開だ。しかしこの親子は違った。互いに殺気を振り撒いている。一触即発、どちらが死んでも不思議ではない。
259欧州編 第六夜:2009/02/23(月) 22:42:21 ID:4dJkCaxU0
「やけに若々しい姿をしているじゃねえか」
「あんただけ年を取らないのは卑怯だからな」
バキの実年齢は四十代も折り返し。だがオーガの言う通り、彼の外見は日本を発った頃と変わらぬ若々しい姿をしていた。
オーガは嘗て同朋の血を飲み、修羅と化している。修羅と化した者は時のしがらみから解放される。要は老化しにくくなるのである。これがバキにとって一番の問題だった。
普通、自分が老いればその分相手も老いる。しかしその常識は修羅には通用しない。だからバキは何とかしてその溝を埋めなければならなかった。
基本的に憎しみが力の源であり、力を得た代償も大きい修羅になるという選択肢は最初からバキにはなかった。何より、あの父親と同じものになると言うのが彼には耐えられなかったのだ。かと言ってバキは呪術を使えない、典型的な肉体派である。
そんな彼は大陸を放浪中、チベットでとある秘術と出会い、数年掛けてこれを会得した。――若さを保つ呼吸法である。
これは何も漫画の中だけの話ではない。実際にヨガや仏教では呼吸法の修行が存在し、身体機能を上昇させる事が可能であると言う。バキが身につけたのは、その中でも特に生命活動に影響を齎す呼吸法だ。
結果、バキは信じられない事に十年近くもの間、殆ど年を取っていない。元々鍛錬を積んだ鬼の肉体だからこそ出来た芸当だと言える。
音叉を自身の手の甲に当てようとするバキ。しかし意外な事にオーガは纏っていた闘気を完全に消してしまった。戦う意思がないという証である。これには流石のバキも面食らってしまった。
「どういう事だよ……」
「興が醒めた」
そう告げるとオーガはわざとらしく両手を上げてにやにやと笑ってみせた。その態度が萎えかけていたバキの闘争心に火を点ける。
「ふざけんなッッ!」
しかしこうなった以上、もうオーガは戦おうとはしないだろう。そういう人物なのだ。この気紛れな性格故に、長い間大陸各地で畏れられてきているのだ。扱い的には地震や嵐といった天災と同じである。
「再会を祝して一杯やりに行かねえか?」
突然の提案にまたしてもバキが面食らう。
「本気で言ってんのか!?」
オーガは何も答えず、ただにやにやと笑っている。
完全に相手のペースに巻き込まれたバキは、それ以上言葉を継ぐ事が出来なかった。
260欧州編 第六夜:2009/02/23(月) 22:45:37 ID:4dJkCaxU0
オーガにこっぴどくやられた者達は、DMC所有の大型ヘリによって病院へと搬送された。無事な者達はそのまま本部へと帰還した。
しかし休む間もなく、ニヤは新たな問題について話し合いの場を設けるため、ジェバンニら腹心を会議室へと呼び出していた。その内容とは。
「正体不明のオニって、仏蘭西のガルーが遭遇したと言う?」
ジェバンニの問いに、ニヤは板チョコを齧りながら静かに頷いた。
「確かに、オーガともバキやササヤキとも違うオニ……。気にはなりますがしかし」
「何かが起きてからでは遅いんです」
ただでさえ我々は常に後手に回っているのですから――ニヤのその言葉にハルが黙り込んだ。
「オーガも動き出したし、まるで最後の審判が訪れたかのようだ……」
そうぼやくレスターに向かってニヤが告げる。
「オーガが動き出したからこそ、です。それと、みだりに最後の審判だなんて言葉は使わない方が良いですよ。ここは基督教の総本山なんですから……」
しかし、ニヤはレスターの言った「最後の審判」という言葉がどうも引っ掛かって仕方がなかった。
最後の審判とは――ヨハネの黙示録に記された、世界の終わりに起こるとされる出来事である。全ての死者が蘇り、神の子によって裁かれるというものだ。それが開始される前に、七つの災いが世界を襲うとされている。
そして今は1999年。仏蘭西の占星術師ミシェル・ド・ノートルダムが預言書の中で指摘した年である。
(まさか……ね)
「しかしニヤ、やけに正体不明のオニについて拘りますね」
ジェバンニが尋ねる。
ニヤがその鬼に拘るのには理由がある。それは彼の師、ザルフの死と関係があった。
261欧州編 第六夜:2009/02/23(月) 22:49:20 ID:4dJkCaxU0
最初に訃報を耳にした時、ニヤはあのザルフが死んだなど俄かには信じられなかった。殺しても死なないような人だと思っていた。しかも、死亡した時には視力を殆ど失っていたと言う。
あのザルフが視力を失うような事態に陥るなど有り得ない――そう考えたニヤは、それが何者かによる陰謀だと勝手に結論付けた。
勿論それには根拠がある。ザルフは死の五年前に猛士総本部にスパイ疑惑を掛けられ、命を狙われた事があったのだ。
だからニヤは、ザルフが生前懇意にしていた南雲あかねと繋ぎを取ると同時に、ザルフの死の真相についてしつこく調べ始めた。表向きは弟子を庇って視力を失ったとされているが、絶対裏に何かあると信じていた。
否、そう思い込んでいた。――思い込もうとしていた、と言った方が正しいかもしれない。
兎に角、その鬼はザルフの死について何か知っている可能性がある。だから敵であれ味方であれ、何が何でも捕らえなければならない。
「そのオニも『オーガ』と呼ぶのは紛らわしいから、コードネームを付けましょう。そうですね……『ダークロード』と言うのはどうでしょう?」
「ダークロード(魔王)って……」
ジェバンニの言う通り、ダークロードとは基督教において神と敵対するもの、即ち魔王を意味する言葉だ。
「さっき私にはみだりに使うなと注意したくせに……」
そんなレスターのささやかな愚痴を軽くスルーして、ニヤはその場に居た者に向かって告げた。
「これより我々は、通常の作戦と平行してダークロードの捜索を行います」
ダークロード捕獲作戦――それが統一部隊に与えられた新たな任務であった。
262欧州編 第六夜:2009/02/23(月) 22:52:54 ID:4dJkCaxU0
本部へ戻ってきたエリカの傍に、ルミナが慌しく駆け寄ってきた。
「バキは!?」
「え?」
ルミナに説明されて、初めてバキが現場へ向かっていた事を知る。
「道に迷っているのかも……。森の多い土地柄だから……」
心配そうにエリカが呟く。
バキの乗る陸王にはナビの類は付けられていない。基本的に地図を見ながらの運転となる。しかし、冷静さを欠いたバキがちゃんと地図を確認しながら向かったとは、ルミナには思えなかった。
「DMCのネットワークを使って探してもらう?」
「ううん、バキの事だから大丈夫だと思う……」
そう答えるルミナだが、やけに歯切れが悪い。ひょっとしたら既にオーガにやられてしまったのではないか、そんな不安が脳裏を過ぎってしまうのだ。
不安に顔を曇らせるルミナを気遣い、エリカが話題を変えた。
「そう言えばルミナはどうしてバキと一緒に?」
「……敵討ち」
「敵討ち?」
「バキなら、僕のお父さんとお母さんの仇をきっと倒してくれるから……」
彼は住んでいた村をヴァンパイア達に襲われ、偶然村に立ち寄ったバキに救われている。以来、天涯孤独となった彼は、バキと一緒に大陸を旅していたのだ。
「ねえエリカ……」
「うん?」
「そんな事を考える僕は……僕は……」
なかなか二の句を継ぐ事が出来ないルミナを、エリカがそっと抱きしめてやる。そして耳元で優しく囁く。
「大丈夫。主は、あなたの弱さも強さも、何もかもみんな含めて愛してくれていますよ」
「うっ……!」
優しい言葉を掛けられたのが余程嬉しかったのだろう、ルミナの両目に涙が滲んだ。ひょっとしたら、エリカに亡き母の面影を重ねたのかもしれない。
「大事なのは、その主の愛にどうやって応えるかです。私達と一緒に、ゆっくり歩いていきましょう」
ルミナは、彼女の胸の中で気の済むまで泣いた。
263欧州編 第六夜:2009/02/23(月) 22:56:37 ID:4dJkCaxU0
さて、バキが西欧にやって来るよりほんの少し早く、仏蘭西の地を踏んだ一人の日本人男性がいた。
彼の足下には二人のごろつきが呻き声を上げながら転がっている。旅行者を狙う強盗の類だ。
一人は顎を踏み砕かれて地面に倒れ込み、もう一人も鼻を折られて大量の鼻血と涙で顔をぐしゃぐしゃにしていた。
そんな強盗を尻目に、男は咥えていた煙草に火を点けると一服し、煙を吐き出した。そして空に架かった月を見上げながら。
「思えば遠くへ来たもんだ……」
感慨深げにそう呟いた。
ギターケースを背負い、ぼろぼろになった黒いジャケットを羽織った、目つきの悪い男である。その額には、今は亡き仲間の遺品である赤い鉢巻が巻かれている。
彼が欧羅巴を訪れた理由は唯一つ。日本から逃げ出した一人の男を追うためである。情報を集め、その相手が仏蘭西のとある地下組織に現在潜伏中だと言う事を漸く突き止めたのだ。
周辺調査に行かせておいた瑠璃狼が戻ってきた。それを確認すると、サッキはギターケースを背負い直し、雑踏の中へと消えていってしまった。

第六夜 了
264高鬼SS作者 ◆Yg6qwCRGE. :2009/02/23(月) 23:03:43 ID:4dJkCaxU0
全十話を目処にかなり駆け足でやっているけど、纏まるかどうか…。
結末は既に決めてあるので脱線の心配は無いのですが…。

ちなみにダークロードはサッキで正解です。
重力を操る特性を持つ彼には、岩投げなんて朝飯前ですから。
265名無しより愛をこめて:2009/02/24(火) 23:51:15 ID:Ffy1Xyco0
まさかサッキとは・・・。思いつかなかった。
266揺れる鬼:2009/02/27(金) 23:37:55 ID:VMov0AM30
「ねぇ、威吹鬼君。ちよっと良いかな・・・・?」
「たちばな」に入るなり、勢地朗は満面の笑みを浮かべ手招きする。勢地郎がこういう態度をする時は、何か悪い事が起きる前触れである。
気おつけた方が良いという響鬼やザンキの言葉を思い出し一瞬、身を固めた。
「大丈夫だよ。別に獲って喰おうという訳じゃないからさ・・・・・。」
それが恐いのだと威吹鬼は思った。ある意味、他の先輩の鬼よりも勢地郎の笑みの方が数億倍、恐い。
「なんですか?」とワザと落ち着いているように装うが、声が上擦っていた。
「実はだね・・・。君、お弟子さんを取る気ない?」
「お・・・お弟子ですか!?」
別に「弟子」の先頭に「お」をつける必要が無いのだが、勢地朗の予測していなかった言葉に慌てた。
大体、ザンキさんや響鬼さん達、先輩の<鬼>を差し置いて、まだ来たばかりの(とはいえ、すでに2年は経過しているが)
自分が弟子持ちとは!!
「ま・・待ってください事務局長!!自分には無理です!!自分のような若輩に・・・・!!」
勢地郎は笑みを浮かべた。普段はクールな威吹鬼が酷く慌てている表情が可笑しくて堪らないのだ。
「それがね・・・ザンキ君も戸田山(後の轟鬼)君の修行に懸りきりでさぁ。響鬼君は、ほらぁ弟子取らないしさ・・・・。」
拝むような表情を浮かべる勢地郎。さすがに困って、何も言えない。
「ねぇ、君なら安心して任せられる、そうだろ?」
「判りました。とにかく、その人に会わせてください。それからでも・・・・。」
おそらく答えを躊躇すれば、こちらがイエスというまで拝み倒すだろう。そうなればイエスと応えねばならないから、あえて「会ってから」という
含みを持たせた言葉を使った。会って相性が悪かったと断れば一応、面子は保てる。
「そうか、そう言ってくれると嬉しいな!!おーいカスミ!!連れて来てー!!」
立花勢地朗の長女 カスミは奥から「は〜い」と応えて、出てきた。
「これが!?」と驚く威吹鬼。何と(どうみても)中学生1年生にしか見えない少女だった。
「あきら君だ・・・・・。」
267揺れる鬼:2009/02/28(土) 00:06:04 ID:L5YQJYcl0
勢地郎は満面の笑みを浮かべた。
「じ・・事務局長!!じ・・冗談ですよね?」と上擦りながら尋ねる威吹鬼の言葉に「いや、マジ・・・。」と即答で応じる勢地郎。
気が遠くなりそうになる。弟子を取るだけならまだしも、相手は少女である。御山で<鬼>の修行中の妹より2つ下だ。
「こ・・断ります!!」
威吹鬼は叫んで「たちばな」の出口に向かう。おそらく今日は厄日だ。早く帰って休もう!!
「そんな事、言わないでさぁ・・・・。」
そういう勢地朗の声を戸で遮り、慌ててバイクに跨る。
                 ***
「そうか!!お弟子さんが女の子か!?」
響鬼は愉快そうに腹を抱え笑う。そんなに笑う事じゃないでしょうに!!威吹鬼はムッとした。
「怒った、御免!!」
響鬼は本当に済まなそうに手を合わせて誤る。何故か威吹鬼は、響鬼にかかると調子が変になる。
奥多摩山中 
威吹鬼は響鬼の<仕事>の現場に来ていた。最近、ここいらで謎の遭難が相次いでいるからだ。
「でも、事務局長からすればさぁ、御前宗家だろ?だから責任って奴を持たせて、早く成長してもらいたいって事じゃないの?」
ポットの持ち手が熱くて、慌てて耳朶を掴みながら言う。その通りだ。宗家から最前線で、他の鬼と仕事をするというのは、普通の
鬼の数倍の努力が必要だ。責任も重い。とはいえ、それと弟子を取るのは別物である。
「でも・・・まだ自分には若すぎます。響鬼さんのような体験も浅い。そんな自分が弟子を取って、何を教えれば?」
「う〜ん。それは難しいよな。いまでも大変なのにさ・・・・。」
どこか抜けているように思えるのだが、言う言葉は引き込まれる。例えるなら優しく包み込む穏やかな海のようだ。
本来、響鬼さんのような人が弟子を教える適任者ではないか?
「でもさ、何でも体験だと思うよ。体験しないうちから無理だと諦めてたら、まったく前に進まない訳だしさ・・・・。」
「何故、響鬼さんで無く、自分なんです?自分は響鬼さんの方が適任だと・・・・。」
268揺れる鬼:2009/02/28(土) 00:43:02 ID:iyFDkSyo0
一瞬、響鬼の眼が険しくなる。こんな響鬼を見た事が無い威吹鬼は慌てたが、すぐに普通に戻った。
「う〜ん、俺さぁ、あんま弟子を教えるの苦手なんだよね・・・・。」
笑みを浮かべる響鬼。その視線は虚空を彷徨うように遠い。
              ***
数日後、カスミとデートに出かけた威吹鬼は、あの厳しい表情になった響鬼の事が気になって仕方ない。
「威吹鬼君、何考えてるの?父さんに言われたお弟子さんの件?」
あれから2日が経過していた。あきらの身柄は一時、「たちばな」で預かる事になり、急に妹のような物が出来た
カスミの妹 ひなかは服や下着や生理用品を買うのだと大騒ぎになっていた。
「いや・・・。それよりカスミさんは知ってる?」
「知ってる?」と訊かれた物の、内容が判らないから応えようが無く怪訝な表情を浮かべた。
「何が?」
「何故、響鬼さんが弟子を取らないのか?」
そう尋ねた威吹鬼は、カスミの方が見て驚いた。カスミの顔が険しくなったからだ。
「以前、父さんから聞いた話だと、以前に組んだ先輩の鬼が魔化魍にやられて再起不能になったらしいの、
怪我をした響鬼君を庇ってね・・・。だから弟子を取らないのよ・・・・。責任を背負う重さを知っているから・・・・。」
「そうだったんですか・・・・。」 威吹鬼は、そう呟くしかなかった。
「師匠のいない響鬼君にとって、その人は<鬼>の仕事を教えてくれた師匠みたいな人だったそうよ。」
「カスミさん、自分は弟子を取るべきでしょうか?もし、自分も響鬼さんのようになったら・・・・。」
「悩みなさい、威吹鬼君、人間は悩み抜いて成長するモンなんだから・・・・。」
そう言うと笑みを浮かべた。
<第一部 完>
269名無しより愛をこめて:2009/02/28(土) 01:43:29 ID:HCXI5Mlm0
これは期待w
270名無しより愛をこめて:2009/02/28(土) 01:58:17 ID:+sbIVYw50
…E-mail欄には…半角英字で「sage」と入れてほしい…
271揺れる鬼:2009/02/28(土) 16:54:31 ID:3lREBcFO0
***
都内にある某総合病院は<猛士>系列の病院である。その廊下を、響鬼が歩いていた。手にはピンク色の包みで包まれたピンクの薔薇が握られていた。
「ああ、響鬼さん!!」と、初老の白衣の男が、笑みを浮かべて挨拶した。この病院の院長 田所である。
「ああ、先生・・・・。」と響鬼は、頭を垂れた。
「華鬼さんは・・・・?」
「まだ、眠ったままだよ・・・。」と田所が暗い表情で言う。ここに運び込まれて以来、一度も眼を覚ましていない。それでも<鬼>の仕事が無い時は、響鬼は欠かさず見舞いに来ている。
「そうですか・・・・。」
暗い表情で応える響鬼。力づけるようと、通り過ぎ様、「ボン」と田所は響鬼の肩を叩いた。
悪徳金融屋みたいな面構えだが、田所は響鬼の苦しみを理解してからだ・・・・。
                 ***
「御元気そうですね、華鬼さん・・・・。」
響鬼は病室のベットに眠る女性に向け、独り呟いた。
美しい女性であった。美しく優しさと、<鬼>として生きる厳しさを教えてくれた<師匠>のような人であった。
「また、来ました・・・・。」
その声に心拍を示す機械音が重なる。無言。何故、こうなったのか?あそこで自分が躊躇しなければ、華鬼はああはならなかっただろう。
「君のせいでは無い・・・・。」と病院に華鬼が運び込まれた病院で、勢地朗にそう言われた。だが、そうだろうか?
たしかに相手や魔化魍や姫・童子だけで無く正体不明の男(おそらくTVで出てきたクグツ)が相手だった。
だが、あの時、自分を庇ったせいで華鬼は、こんな姿になったのだ。
「すいません・・・・。」
俯いて華鬼の安らかな寝顔を見ながら呟くように言った。その表情は歪んでいた。
              ***
ふいに尿意を感じたあきらは、素早くトイレに向かう。
妹が出来たような状況で舞い上がったひなかに、あちこちの店に引き回されてトイレに行く暇さえなかったのだ。
トイレを済ませ、出てきたあきら。ふいに店の方から声がした。威吹鬼の声だ。
<私事で続きは明日>
272鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/03/01(日) 18:33:23 ID:v0gkjHD30
前回>>245-254のあらすじ:板尾創路は『鬼を狩る者』鬼毘の一族の末裔である。一族の発祥は吉野の暗部であり、鬼祓いや裏切り者などの始末屋をしていた。鬼毘の一族は鬼祓いの際には『鬼の鎧』を纏い、『頂鬼』を名乗り鬼との闘いを続けるのだった。


『鬼祓い』 九之巻「厭わぬ痛み」


 滋賀の霜ケ原から、岐阜を目指す道を啓真たちは疾った。
 啓真は一人、単車『凪威斗』に乗車し、後の三人は四輪の車中にいた。
 恭也が運転する『嵐州』の後部座席には、ソヨメキと、霜ケ原で乗せた一人の少年が乗っていた。
「お前ら、これって誘拐だぞ」
 ソヨメキのしていた黒い首輪で後ろ手に縛られながらも、少年はひるんだ様子もなく文句を言い続けた。
 少年は関西支部の『と』であり、彼はソヨメキたちが鬼祓いで指名手配となっていることを知っていた。魔化魍が近くにいるためその場に残しておくこともできず、仕方なく少年も車に同乗させた。
「お前、名前は? 『キー坊』とか呼ばれてたな」
 運転を続けながら恭也が訊いた。少年は答えなかった。その代わりに、突然叫び声が車中に響いた。
「うおおおォッ!」
 少年が声と共に力を込めると、手を縛めていた首輪が引き千切られた。ソヨメキが止める間もなく、少年は車のドアを開けて車外に跳んだ。
「待て!」
 ソヨメキが叫んだが、地面に転がった少年の姿は『嵐州』の遥か後ろのアスファルトの上だった。
273鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/03/01(日) 18:35:30 ID:v0gkjHD30
「停まれ! 啓真、恭也ッ」
 ソヨメキが言うと、二人は『凪威斗』と『嵐州』を急停車させた。
「あのガキ……!」
 恭也が見ると、少年は立ち上がって、霜ケ原方面へ駆け出していくところだった。
「なんて真似しやがる」
 恭也とソヨメキが着けたヘッドセットに、啓真からの声が聞こえた。
『走る元気はあるみたいだし、このまま行かせてやりゃーいいさ。あのボウズから仲間に連絡が行くまで、しばらく掛かりそうだ』
「待て」
 ソヨメキが緊張した声で言うと、ヘッドセットを取り去って車外に出た。
 崖下から這い上がってきた、小豆色の巨大な長い生物が、少年をその胴で締め上げていた。
「魔化魍だ!」
 啓真が叫んだ。恭也もヘッドセットを取って車外に出た。
「ソヨ。行くのか」
「当たり前だ」
 ソヨメキは車内に戻ると、音撃震を備えた装備帯を着け、音撃弦を取り出して魔化魍に向けて駆け出した。
274鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/03/01(日) 18:38:58 ID:v0gkjHD30
 走りながら口元にあてた鬼笛を吹き、桜色の竜巻を舞い上げながら、ソヨメキは『鬼』――『微鳴鬼』と化した。薄紅色の隈取が走る二本角の白い姿が、音撃弦を手に魔化魍に向っていった。
 魔化魍は、鋭い牙を覗かせる鮫のような頭部を有した、小豆色の巨大な怪虫・ロクロクビだった。その胴に全身を締め上げられ、少年が呻いている。微鳴鬼は音撃弦をロクロクビの下方の胴に突き刺した。
 少年に近づいていた首が動きを止めて耳障りな声で唸ると、微鳴鬼は引き抜いた弦を手に跳躍し、ロクロクビの下顎から上に向けて弦を突き刺した。
 今度は弦を刺したままにして、微鳴鬼はロクロクビの首に取り付いて、体重を掛け魔化魍を地面に引き倒した。
「ソヨの奴」
 恭也は、隣で単車の向きを変え、いつでも救援に行ける体勢になっている啓真に言った。
「弦を手放して、ガキを救出するつもりだ」
「人命を優先するなら当然じゃねぇの?」
「あのガキは『と』だ。ただのガキじゃない。それに、今は俺たちを追う側の人間だ。それを知ってて、自分の命を危険にさらすなんて……」
「そういう奴だろ、ソヨは」
 当然のことのように、啓真はニヤリと笑いながら言った。
「そうか……そうだな」
 恭也は自分も車の向きを変えるために車内に戻った。
275鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/03/01(日) 18:42:24 ID:v0gkjHD30
 微鳴鬼は薄紅色の手の甲から鬼爪を生やすと、少年に絡みついているロクロクビの胴をその爪先で裂き始めた。白い血飛沫が飛び、弦を下顎に突き刺されたロクロクビは、口が充分に開かず、くぐもったうめき声を上げた。
 硬い体表に立てる爪が、一本、二本と折れていく。それをものともせず、微鳴鬼は息を乱しながらロクロクビの白い胴を引き裂き、やがて少年をそこから助け出した。
 少年を抱き上げ、数メートル離れた路上にそっと横たえると、同時に恭也が『嵐州』を疾らせ、横たわっている少年の脇に停車した。素早く運転席から出てきて少年を抱え上げると、後部座席に乗せて再びそこから遠ざかった。
 微鳴鬼が少年を避難させている間に、引き倒されていたロクロクビは再び首をもたげ、長い体を起こそうとした。
「ソヨーッ!」
 叫びながら、啓真が『凪威斗』に乗って戦闘現場に向ってきた。微鳴鬼の脇を通り抜け、黒い単車がロクロクビの上を疾り抜けた。起き上がろうとしていた魔化魍が、再び地面に倒れる。
「今だッ、弦を取れ!」
 微鳴鬼はロクロクビの下顎から音撃弦を抜き取ると、ロクロクビの腹に深く弦を突き立て、装備帯から外した音撃震を装着し、弦をギター型に展開させた。
『音撃斬・嶺地厳荘(れいちげんそう)!』
 清めの音を奏ではじめた微鳴鬼の脇腹に、伸びてきたロクロクビの首が噛み付いた。
「ソヨ!」
 啓真が叫ぶ。
276鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/03/01(日) 18:46:22 ID:v0gkjHD30
『問題……ない!』
 一瞬乱れた演奏がすぐ元に戻り、微鳴鬼は鋭い牙が背と腹部に食い入る痛みに耐えながら音撃を続けた。
 清めの音の浸透に伴い、ロクロクビの首の力が弱くなっていく。微鳴鬼が最後に長く弦の音を引き延ばすと、小豆色の体が木端微塵に砕けた。
 後には、土屑と化した魔化魍であったものと、その中に息を切らせて立つ白い鬼の姿があった。
「ソヨ! ソヨ! 大丈夫か」
 ヘルメットを脱いだ啓真が、路上に膝をついた微鳴鬼に駆け寄る。
『言っただろう。問題、ない』
 微鳴鬼が脇腹に集中して気合いを込めると、白い体に幾つもつけられていた赤い穴が塞がって消えた。
 微鳴鬼の首から上が光に包まれ、顔の変身が解除されると共に、長い黒髪が背や胸にかかった。白い顔にはうっすらと汗が浮かんでいた。
 単車をまわしてきた啓真が、ソヨメキに後ろに乗るように言うと、弦を抱えながら彼女は啓真の後ろに乗った。
 ソヨメキを乗せた『凪威斗』が『嵐州』の脇に着くと、窓から顔を出した恭也が二人に言った。
「路上にいつまでもいるのはまずい。脇道に入り込んでキャンプを張るぞ」
 恭也の先導で、二台はそこから疾り去った。
277鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/03/01(日) 18:49:00 ID:v0gkjHD30
「起きろ、ボウズ」
 啓真の声で、少年は目を覚ました。
「覚えてねえかもしれねぇけどな、ソヨが、命懸けでお前を助けたんだぞ。感謝しろ」
「覚えてるよ。音撃が始まったあたりまでだけど」
 少年は反抗的に言った。
「ソヨが、自分の師匠を傷付けるような人間に見えるか?」
 否定できず、少年は口を閉ざした。
「武器を手放して、まずお前の命を最優先にしたんだ。見てただろ?」
 そこは、街道から離れた山林の中だった。停車した黒い二輪と白い四輪の脇に、猛士支給の小型テントが設営されていた。その中からソヨメキの声がした。
「あれは戦術だ。音撃体勢に入る前にダメージを与えている間、噛みつかれないように、奴の口を封じたまでだ」
 言いながら、ソヨメキがテントから出てきた。少年はソヨメキの姿を見て不思議そうに言った。
「その服……変身した時になくなったんじゃないの?」
 ソヨメキの格好は、変身前に着ていたものと同じ、モノトーンのパンク・ファッションだった。
「服のことはみんなこの男のせいだ」
 パンク・ファッションを満足そうに眺めている啓真を指さし、ソヨメキは言った。
278鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/03/01(日) 18:51:54 ID:v0gkjHD30
 恭也が少年に近づいて来て、隣に座り込んで小さい声で言った。
「ソヨは、照れ隠しによくあんなことを言うけど、本当に人命救助を最優先にしたんだ。わかれよ、ガキ」
 また無言になって、少年はただ恭也を睨んだ。恭也は動じる様子もなく言った。
「なんだ? 言いたいことがあれば言えよ」
「……おれはボウズでもないし、ガキでもない」
「名前言えよ、いいかげん」
 また少年が黙ったので、恭也は言った。
「じゃあもう、さっきお前の師匠が呼んでた名前で呼ぶぞ。キー坊」
「鈴木さんは師匠じゃないよ。メシドキさんのサポーター」
「メシドキ……関西支部の鬼か。そのメシドキさんってのがお前の師匠か」
「でも、何も教えてもらってない。おれがまだ小学生だから基礎トレーニングしかしてくれない」
「体術のスジはよさそうだけどな。ソヨに向けて放った蹴りはなかなかだったぜ」
「自己流だよ」
「そうか、キー坊」
 少年の頭に手を置いて、恭也は簡易テントの片付けに向った。
279鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/03/01(日) 18:55:51 ID:v0gkjHD30
 少年が浴びた魔化魍の血や服の汚れは、気を失っている間にすべて恭也が拭き取っていた。啓真から飲み物を与えられ、少年の人心地がついた様子を見ると、ソヨメキは言った。
「もう少し先の街まで行ったら、そこでお前を降ろす。お前は交番にでも行って、支部と連絡をつければいい」
 横から啓真が言った。
「できれば、『何も覚えてない』とか支部に報告してくれっと助かるんだけどな〜。命助けてやったんだから、そのくれぇトーゼンだろ?」
「よせ、啓真」
 低い声でソヨメキは言った。
「この子はこの子で、支部の一員としてしなければならない役目がある。そこまで頼むことはできない」
「や〜だよ」
 少年は、三人を見据えて言った。
280鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/03/01(日) 18:57:51 ID:v0gkjHD30
 メタリックグレーのオフロード車が、左右が崖となっている街道で停まり、黒いセーターの男が道に降りた。
 もう一人、運転席から長髪で痩身の男が降りてくると、黒セーターの男は訊いた。
「お前、これは何だと思う?」
 長髪の男は、アスファルトの一角を埋め尽くした土屑を指さして言った。
「……魔化魍が、土に還ったものですか?」
「正解だ。しかし今日、猛士に霜ケ原で魔化魍を退治したという報告は入っていない。これが魔化魍のなれの果てだとしたら、やったのはソヨメキだ。奴らはここを通った可能性が高い。ここから東へ進め」
 長髪の男が車の運転席に戻りながら言った。
「わかりました。行きましょう、イタダキさん」
281鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/03/01(日) 19:01:15 ID:v0gkjHD30
「おれも着いていく」
 少年――キー坊の言葉に、啓真は言った。
「マジで?」
「助けてもらった恩返しだ。支部に戻って、嘘の報告するなんでできそうにないし、お姉ちゃんたちのことを話すのもイヤだから、支部には戻れない。おれ、あんたたちに着いていく」
 ソヨメキが、少し居心地悪そうに目を伏せた。
「こっそり支部に連絡して、スパイでもやるつもりか? キー坊」
 恭也が言うと、キー坊は反抗的に言った。
「違う。おれも、お姉ちゃんはやってないって思うから、本当の犯人探すのに協力する。犯人が見つかってから支部に帰るよ」
 啓真と恭也の背後で、今度はソヨメキの視線が右左に泳いだ。
「それって家出だろ」
 啓真が言うと、キー坊は胸を張って言った。
「大丈夫だよ。おれ、いま鈴木さんのとこに世話になってるから、家出じゃない。一緒にいる人が変わるだけだから」
「その鈴木さんが心配するだろ」
 恭也に訊かれても、キー坊は問題なさそうに言った。
「あとで連絡入れるよ。電話代くれたらね」
「……いいのか? ソヨ」
 振り向いた恭也は、ソヨメキの様子が何かおかしいのに気づいていった。
「どこかにケガでも残っているのか、ソヨ」
 しばらく無言で固まっていたソヨメキが、やがて、小さく言った。
「その……『お姉ちゃん』と呼ぶのはやめろ。問題……ある」
 慣れない呼ばれ方に、ソヨメキは少なからず動揺していた。


九之巻「厭わぬ痛み」了


282揺れる鬼:2009/03/01(日) 21:18:45 ID:9FHqZlnC0
<前回までのあらすじ>
勢地郎に中学1年少女 あきらを弟子にするよう薦められ、悩む威吹鬼。そして、いまだに
<過去>を背負う響鬼。揺れる鬼達を尻目に熾烈な戦いは続く・・・・・。
              ***
「明日、事務局長に話して、弟子を取る件を正式に断ろうと思う・・・・。」
あきらは動揺した。このままでは 何もせず終ってしまう!!両親を眼前で惨殺した忌まわしき化物=魔化魍と戦う機会が永遠に喪われてしまうのだ。
「それが、威吹鬼君の答え・・・・?」
カスミは恐い表情で威吹鬼を睨み付けた。
「ええ・・・。」と力無く応える威吹鬼。まだ自分は修行の身である。それも響鬼やサバキ、ザンキのような体験すら乏しい。もし、現場にあきらを同行させ<何か>あったら!?
「貴方はクールで、それなりの強い意思を持った人だと思った!!でも、アタシの見当違いみたいね!!」
そう言い放ち、背を向け奥に向かうカスミ。その背を声をかける事さえ出来ず立ち尽す威吹鬼。
            ***
奥多摩山中は、東京都と明記されているが新宿や渋谷のような高層ビル群がある大都会と相対して、まだ自然が残されている。
午前二時
森の中に二人の男女が居た。中肉中背の西洋風の服を着た眼鏡の男、そして着物を凛と着こなしたモデルのような美しい顔をした女性。
何故、こんな時刻に、こんな辺鄙な場所に居るのか?
「最近、<鬼>共が目障りだ・・・・。」
眼鏡の男が、誰と無く告げた。
「<鬼>が多すぎて、こちらの<活動>に齟齬が招じている・・・・。」
眼鏡の男の言葉が終るか終らないかのうちに、鬱蒼した森の中から「俺に<鬼祓い>をしろと?」という声が重なった。
「そう、いなくなるのも困るけど増えすぎちゃね・・・・。少しばかり掃除して頂きます?」
女がそう告げた。数分の沈黙。
「あんた等に拾って貰った命だ・・・・。引き受けよう・・・。」
闇の声が応えた。重い声。
「頼みますよ・・・・。牙鬼さん・・・・。」
            ***
威吹鬼は、湯気を立てるポットを力無く見つめていた。
あれからカスミとは疎遠になっている。時折、「たちばな」に用事で行き会うのだが、声もかけない。
283揺れる鬼:2009/03/01(日) 21:50:01 ID:9FHqZlnC0
何を怒っているのか?カスミの怒りを威吹鬼は理解できなかった。
自分に悩んで悩み抜いて決めろと促したのはカスミの方ではないか!?
自分は、まだ弟子を取る資格が無い!!自分自身でさえ護るのが精一杯で、弟子を護る余裕さえ無い。
それとも、あきらと呼ばれたあの娘が、女の子だから断ったと思っているのか?
そうでは無い!!彼は宗家で生まれた。宗家は遠い親戚筋から嫁をとる者が多く、彼の母も父に嫁ぐ前、<鬼>として修行し最前線で魔化魍と戦ってきた。
彼の2つ下の妹も<鬼>として修行を受けている。だから威吹鬼のなかには<女性だから・・・>という意識は無い。
考えて、どうなるのか!?これは威吹鬼自身が決めた事だ・・・・・。
背後から気配を感じ振り返ると、周辺に放っていたディスク・アニマル アカネタカが、こちらに飛んでくるのが見えた。
威吹鬼は、しばらくカスミの事や弟子の事を忘れようとした。
<鬼>でさえ気を抜けば、魔化魍の餌食になる。
             ***
樹を縫うように疾走する威吹鬼。それに並行して飛行するイッタンモメン。
音撃管を向け、連続して放つ!!照準はしていない。とにかく素早く樹を縫うように飛ぶイッタンモメンを牽制する為だ。
「バシ、バシ、バシ!!」
樹を盾にしているせいで、総てが樹に減り込んでいく。
「チッ」
威吹鬼は舌打ちした。こういう場所では音撃管は不利だ!!
樹の隙間をくねるように接近するイッタンモメン。当る寸前で上に飛び回避した威吹鬼は、飛び上がりながら音撃管を放つ。
数発が減り込み、のたうつ魔化魍!!
「疾風一閃!!」
音激管から放たれた<清めの音>。のたうち爆発するイッタンモメン。
「ふぅ」
息をついた。同時に背後に気配を感じた。
殺気、妖気、瘴気
<えっ?>
振り返る威吹音。同時に<気配の主>に向け、音撃管を向けた。
<な・・・!?>
躊躇した。眼前に迫る者。それはどう見ても<鬼>だからだ。
強烈な衝撃。意識が遠のいていく。
<続きは明日>
284名無しより愛をこめて:2009/03/02(月) 19:41:22 ID:uetdLtBWO
最近クオリティの高い作品がバンバン投下されて嬉しい
一時は消滅するんじゃねえかと思うほどだったのに
反面、乾燥や投下乙のもじが少ないのが気になる
読んで「おもしろかった!」と思うだけでなく、その気持ちを作者さんに伝えようぜ!
簡単な感想でも、投下する側にとっては嬉しいものだし糧になるんだから
俺もこれからは読んだら感想を伝えるように気をつけるから
285揺れる鬼:2009/03/02(月) 19:52:14 ID:qOlMudDg0
安達総合病院
午後10時だというのに、廊下を駆けて来る者がいる。
響鬼とザンキ、そしてザンキの弟子 戸田山君だ。
「威吹鬼は・・・・?」
ザンキが尋ねた。あれ程、駆けているにも係わらず息切れをしていない。
「意識がまだ・・・・・。」
勢地朗は俯きながら応えた。
「しかし、威吹鬼がイッタンモメンに遣られるなんて・・・・。」
イッタンモメンは威吹鬼を倒せるとは思えない。それが故、カスミの第一報は響鬼にもザンキにも信じられない物であった。
「それがだ・・・・。どうやら、威吹鬼君を倒したのはイッタンモメンではないらしいんだ・・・・。」
「どういう事です、事務局長!!」
興奮して大声を上げる戸田山。威吹鬼が居る病室から出てきた看護婦が一瞬、咎めるような視線を投げ掛けた。
「落ち着け・・・・。」と、ザンキ。
「牙鬼が出たらしい・・・・。」
「まさか・・・・!?」
今度はザンキも響鬼も声を高くなる。
「どうやら・・・・本当らしい・・・。」
低い声で勢地郎が応えた。
「ザンキさん!!牙鬼って何なんスカ!?」
看護婦が恐い顔でナース・ステーションから顔を出し、鬼を喰わんばかりの勢いで睨み付けた。
                 ***
病室では・・・・。
看病するあきら、ひなか、カスミ。
無言のまま見つめるあきら。
「大丈夫よ、あきらちゃん。威吹鬼さんは良くなるから・・・・・。」
そうは言った物の、ひなかもカスミも医者では無い。それに安達先生も、今日が山場だと言ったではないか!?
「姉上!!御山に・・・威吹鬼さんのご両親に電話を・・・・。」
ひなかが半泣きで言うが、カスミには聞こえない。威吹鬼に<何かある>などとは、断じて考えたくない!!
「無理!!ひなかも知ってるでしょ?威吹鬼さんの御父様を・・・?」
子供の頃、御山にある威吹鬼の家に泊まった事がある。その時、おねしょをしたひなかは威吹鬼の父親にお尻が紅くなるまで叩かれた事がある。
それは自分の子、威吹鬼にも同じ事だ。三歳の頃から、厳しく<鬼>になる訓練を受けてきたのだ。
286揺れる鬼:2009/03/02(月) 20:36:28 ID:qOlMudDg0
本人の意思とか、将来の夢とか全く無視され、蹂躙され、ただ只管<鬼>になる事だけに鍛えられて来た。
普通なら幼児虐待の類だろうが、それが宗家として生まれてきた物の宿命だと考えていた。
おそらく、魔化魍に破れ死地を彷徨っている威吹鬼を、父親は許さないだろう。
それが故、カスミは連絡する事を躊躇した。
「でも・・・このまま・・・」
それ以上、言いかけて次の言葉を慌てて飲み込んだ。カスミの前で不吉な事は言うまい!!
そんな姉妹をよそに、あきらは寝ている威吹鬼の手を握り締めていた。
まるで、自分の生命を威吹鬼に分け与えようとするかのように・・・・。
              ***
待合室
缶コーヒーの開いたままの口を、無言で見つめる勢地郎。
「牙鬼は元々は・・・宗家の人間だった<鬼>だ・・・・。」
独語を無言で聞き続ける響鬼とザンキ、戸田山
「強さでは威吹鬼君の父親を上回っていた。宗家や御山、<猛士>の誰もが宗家は牙鬼が継ぐだろうと考えていた。」
「それが・・・そんな人が何故、鬼を裏切ったんすか!?」
「己の力に過信したせいだ。己は地球上の誰よりも強いと勘違いしてしまった。」と、ザンキ。
「<鬼>の力は・・・あくまで魔化魍の牙から人の命を護る為のものだ・・・。それ以上も、それ以下もあってはならない・・・。」
「それで!?」
「彼は御山を離れ、<鬼>達を襲い始めた。何人かが命を喪い、何人かが不具になった。宗家も<鬼祓い>を行なって、何人かの宗家の
鬼を送り込んだ・・・・。威吹鬼君の御父上も、その一人だ・・・・・。」
無言
「で、御山には連絡を・・・・?」
「もちろんだ。我々は<鬼>を捨て闇に飲み込まれた者が、<鬼>力を振るう事を許す訳にはいかん・・・。」
287揺れる鬼:2009/03/02(月) 20:51:06 ID:qOlMudDg0
「本来なら・・・・宗家の威吹鬼君が<鬼祓い>をするのが妥当だろう・・・。だが、威吹鬼君は動けない。」
「<鬼祓い>って?」と戸田山が尋ねた。
「牙鬼のように、<鬼>の掟を破った者を倒す事だ・・・・。」
無表情で告げるザンキに、戸田山はそれ以上、訪ねられない。こんな恐い顔したザンキを一度も、見た事がなかったからだ。
4人の間に、重い空気が流れていく。
「御山は、まだ結論を出していない。だが<鬼祓い>をするとなると、宗家の人間が来るだろうな・・・・。」
「響鬼君。すまないが・・・もし、御山が<鬼祓い>の命令をくだしたら、宗家の人間をサポートしてくれるか?」
「事務局長!!そういう仕事は、俺が・・・・。」
ザンキが言う。響鬼に<鬼祓い>という最も重く辛い任務に耐えられないと思ったからだ。もし、無事に<鬼祓い>を果たせたとして、
精神的な部分で耐えられるかどうか(作者注: 映画「バトル・ロワイヤル」の冒頭シーン。発狂した優勝者を想像してもらいたい。)?
<第二部完>
288名無しより愛をこめて:2009/03/04(水) 22:00:37 ID:Up0Lt2cuO
   +
+  ∧_∧ +
 +(0゚・∀・)
  (0゚つと) +
+ と_)_)

  ∧_∧
 ( ・∀・) ワクワク
oノ∧つ⊂)
( ( ・∀・) ドキドキ
∪( ∪ ∪
 と_)_)

289揺れる鬼:2009/03/08(日) 19:32:20 ID:XdYMHcSa0
< 第3部 >
たしかにザンキの言う事は最もだろうと、勢地朗も思った。なんといっても師匠 朱鬼から古流呪術の技を受け継いでいる。力では多分、牙鬼と互角だろう。
体験も豊富だ。とはいえ、これは<御山>の直接の指名である。これだけは、流石に関東支部の<玉>の立場にある地勢郎でさえ異議を唱える事は許されないのだ。
「う〜ん。膿もそう思うんだけどね、これは<御山>の御指名だから・・・・。」
「判りました、事務局長!!俺、遣ってみます!!」と響鬼。それに驚くザンキと戸田山。
「判ってんのか、響鬼!!<鬼祓い>は・・・・。」と言い掛けたザンキの脳裏に、<あの光景>が蘇った。
まだ、朱鬼のもとで修行中の頃、<鬼祓い>をした朱鬼のかっての弟子を見舞った事がある。
鉄の扉と鉄格子、室内は自殺防止用にフワフアになっている。その室内で両膝を抱え、震えている男。それは朱鬼の弟子で、かってザンキも教えを乞うた事がある閃鬼だった。
あの閃鬼とは、全く別人のようであった。響鬼は、まだ若い!!あのような姿にしてはならない!!
「ええ、大丈夫ですザンキさん!!俺、鍛えてますから!!」
いつもと変わらぬ笑みを浮かべた。
               ***
暗い部屋。どうやら道場らしい。そこに蝋燭に浮かび、無言のまま座禅する男。
49歳くらいだろうか。中肉中背。だが、筋肉の鎧を身に纏っている。肉体と年齢との格差がある。
男の名は泉源次郎。<宗家>第五十七代当主である。
<膿は・・・・牙鬼に勝てるのか?>
自問自答!!だが、それは数千数万回繰返して来た言葉である。
以前、源次郎は牙鬼と戦い、右腕を喪った。喪った右腕を義手に変え、さらに鍛錬を続けたのも、この屈辱を忘れていないからだ。
幾千億。五体満足だった頃以上に鍛錬を繰返して来た。だが、それでも勝てるのか!?
<いや、勝たねばならん!!それが宗家の運命(うんめい)・・・・!!」
「時間です・・・・。」
背後から声がして、瞠目した瞼をカッと見開いた。背後にいるのは威吹鬼の母である。
「うむ」
「貴方、威吹鬼は・・・・?」
「命は大事無い・・・・。」
言い捨てるように言う。
「いいか、いまは宗家の恥の名を訊きたくない!!」
<すいません 私事で続きはあす)
290名無しより愛をこめて:2009/03/08(日) 23:15:59 ID:YBaO5IT20
>289
投下乙

細かくてすまんが
>膿=儂(わし)
牙鬼の読み方は「ガキ」でいいのかな?
291鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/03/09(月) 21:41:51 ID:2LDD01ha0
前回>>272-281のあらすじ:関西支部の管の鬼・メシドキのもとに、弟子入り希望の少年がやってきた。メシドキのサポーター・鈴木は、なぜ太鼓の鬼を目指す少年が管の鬼の所に来たのか不思議に思っていた。その矢先、少年は反逆者三人組に誘拐された。


『鬼祓い』 十之巻「浮かぶ傷痕」


 長野の温泉街、とある旅館の駐車場に、グラファイトブラックの単車とパールホワイトの車が停まっていた。
 湯煙が立ちのぼる温泉に、啓真とキー坊が共につかっていた。
「お前、ホントの名前はなんていうの?」
 啓真が訊くと、キー坊はそっぽを向いた。
「『キー坊』でいいじゃん」
「『き』がつくんだろ? き……き……北乃きい?」
「なわけないじゃん」
「何を言っている」
 湯煙の向こうから声がした。岩で造られた湯船の端に、恭也の姿があった。
 啓真は、恭也の両肩から下に向かって走る、ほのかに赤く滲んだような傷に気づいて言った。
「あれ? お前そんな傷あったっけ」
 以前、どこかで一緒に着替えた時には、その位置に傷はなかったような気がした。肩から伸びたその痣のような痕は、下に向かうにつれて細くなり、消えている。背中にまわっても同じように傷痕があった。
「昔の傷だ。体温が上がった時だけ出てくる」
「へぇ……」
292鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/03/09(月) 21:47:14 ID:2LDD01ha0
 啓真とキー坊はしばらく卓球に興じていたため、温泉に入るのが遅れた。恭也とソヨメキは先行して温泉に入っていた。
「そうだ!」
 啓真はソヨメキのことを思い出し、女湯との仕切りになっている、竹が敷き詰められた壁に鋭い視線を向けた。
「この壁の向こうにはソヨが……俺の知らないソヨが……」
 啓真は壁に取り付き、隙間を探し始めた。
「キー坊、お前も探せ! 未知への扉を探し出せ!」
「了解」
 啓真と、途中からこの旅に加わった関西支部の『と』は、岐阜を抜けてこの長野まで来る間にすっかり仲良くなったようだが、これで良いのか悪いのか、二人の様子を見ながら恭也は考えていた。
 敷き詰められた竹の向こうに板が入っていることに気づくと、啓真は腰にタオルを巻いて湯から上がり、壁をのぼり始めた。
「おい、よせ。騒ぎになる」
(というか、見せてたまるか)
 と思って恭也が動き出そうとした時、壁の向こうから飛んできた石鹸のケースが啓真の頭にぶつかり、盛大な飛沫を上げて湯船に落ちた。
 壁の向こうから、ソヨメキの声が聞こえてきた。
「くだらないことをするな。犯罪だぞ」
 どうやら鬼の聴力でこちらの様子を聴いていたらしい。
「ソヨ? そこにいるのか? この壁一枚の向こうにいるのか?」
 啓真が興奮して訊くと、「もう上がる」と声がして、湯を波打たせる音が壁の向こうで遠ざかっていった。
293鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/03/09(月) 21:51:23 ID:2LDD01ha0
 恭也はキー坊に鋭い目を向けて言った。
「キー坊お前……俺たちに着いてきたのはそういうことか」
「そういうことって?」
 女湯との壁際にいたキー坊が、振り向いて言った。
「ソヨが目的だな、このガキ」
「そうだよ」
 にこにこしながら、キー坊は言った。
「おれ、お姉ちゃん大好きだもん。味方になるって決めたんだ。おれ……おれもいつか、あんなオ……わぷ」
 後ろから、啓真がキー坊の口を押さえて小声で言った。
「おい、あんまりでっけえ声で『鬼』とか言うなよ。誰が聞いているかわかりゃしねぇ」
 啓真はキー坊を連れて、恭也がいた湯船の端までやってきた。他に数人いた、湯船につかる人々や体を洗う人々から離れ、二人は恭也の隣に並んで湯につかった。
「お前にわかるのか? 本当のソヨが」
 恭也に訊かれ、キー坊は笑顔で答えた。
「わかるよ。お姉ちゃんが言ってること、本当だって。ずーっとツンとした顔してるけど、ホントはすごく優しい人だと思う。命懸けでおれのこと助けてくれたもん。それが、自分のお師匠さんを……とか、絶対ない」
294鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/03/09(月) 21:55:06 ID:2LDD01ha0
 暫くキー坊を見ていた恭也は、ぽつりと話し始めた。
「ソヨは、両親を魔化魍に殺されたんだ」
 ソヨメキが「副島そよ」として北海道に住んでいた中学生当時、副島一家は魔化魍に襲われ、彼女一人だけが生き残った。
 その後、猛士に入り、鬼となることを決意したそよだったが、人を護る心に先行して魔化魍を憎む心だけが育ち、なかなか本格的に鬼の修行に入ることを許されなかった。
 ――それを解決するために、副島そよは「心」を捨てた。
 感情を極力抑えることにより、喜びや悲しみと共に怒りも捨てて、ようやく彼女は本格的な修行に入ることを許可された。
「なーんでお前がそんなことを知ってるんだよ」
 不満そうに啓真が言うと、恭也もまた不満そうに答えた。
「前に、サザメキさんが言ってたんだ」
 その頃の恭也は、自分が彼女のサポーターに選ばれず、岸啓真という軽薄そうな同期生がサポーターについたことを不満に思っていた。
 そのことについてサザメキに言うと、彼は啓真がなぜサポーターとして選ばれたかを恭也に答えた。
(そよは、憎しみを捨てるために、他の感情まで押し殺すようになっちまった。そういう奴には能天気なサポーターが必要だって、支部長と話して決めたんだ)
 笑いながら、サザメキは言っていた。
 恭也自信は、能天気な要素は持っていない。むしろネガティブな方だ。逆立ちしても啓真のようなポジティブさは出てこない。
 悔しかったので、恭也はこちらのことについては啓真たちに言わなかった。
295鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/03/09(月) 21:58:56 ID:2LDD01ha0
 湯から上がった後、キー坊がいち早く着替えて脱衣所を出てから、恭也は啓真に言った。
「油断するなよ。小学生だからって簡単に信用するな」
「キー坊を疑ってんのか? 考え過ぎだって」
「猛士からのスパイじゃないって言い切れるのか? さっき、風呂でカマかけてみたら、ためらいなく『お姉ちゃん大好き』だとか言いやがった。男はそんなに、自分の気持ちを素直に言えるものじゃない」
「お前がヒネくれてんだよ」
 啓真は人差し指で恭也の顎を押しやりながら言った。
「お前のそういう能天気なところが、ソヨを危険にさらすことになるんだ」
 仕返しに恭也は両の拳を啓真のこめかみをねじ込みながら言った。
 脱衣所で喧嘩になった二人は、汗をかいて再び浴場に行き、あとはひと言も口をきかずに浴槽の端と端に浸かり続けた。
296鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/03/09(月) 22:02:06 ID:2LDD01ha0
 数日後、長野のとある病院内を歩くソヨメキの姿があった。猛士関係者が多い病院ということで、ソヨメキは看護師の制服を着用し、眼鏡を掛けて院内に潜入していた。衣装は啓真がどこからか調達してきた。
 ナース姿のソヨメキが入った病室は六人部屋で、その半数のベッドが使用されていた。七十過ぎと見える老人が一人と、母親が付き添った、骨折したらしい足を石膏で固めた子供が一人、それに、五十歳前後の男が寝台の上にいた。
 ソヨメキはさりげなく視線を走らせながら、部屋の一番奥になる、実年の男のベッドに近づいていった。ベッドの頭方向のパイプには「佐川幸男」とあった。
 上半身を起して、ベッドの上に渡した白い卓上で本を読んでいた男に、ソヨメキは穏やかな声をかけた。
「佐川さん、お加減いかがですか」
 演技であれば、いくらでも笑顔は出てくる。眼鏡の下で最高の笑顔を見せながら、ソヨメキは窓際に行き、佐川のベッドのすぐ横に立った。
「ええと、新しい看護婦さんですか。お世話になります」
 本から顔を上げ、ソヨメキの顔を見て、人の良い笑顔を向けて佐川は言った。
「はい。今日からです」
 笑顔のまま、ソヨメキは声だけを潜めて言った。
「猛士の者です。魔化魍退治でのそのお怪我、ご愁傷様でした」
 顔や襟元にガーゼを貼り、袖から覗く手首にも包帯が見られた。
297鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/03/09(月) 22:07:18 ID:2LDD01ha0
 ――恭也の調べで、新型の音撃弦のうち一つが実戦投入されていることがわかった。記録では、引退した先代サイキが新型武器をヤマアラシ相手に使用し、敗退したということがわかっている。時期は昨年末だった。
 サザメキを襲った「鬼」が持っていたという音撃武器は、管と弦だったという証言を、地元の『歩』から恭也自身が聞いている。
 また、恭也が本部からダウンロードした資料の中にも、あの場に来ていた本部の人間の証言として、確かに「鬼」が手にしていたのは「猛士製のものと思われる音撃管、音撃弦」だった、という記録があった。
 四国支部および近隣支部・支局の音撃武器は、所有者または所有支部の管理下にあり、所有者たちの現場不在証明もきっちり取れている。この状況でソヨメキ以外の鬼が手を下したとすれば、音撃武器の出所が不明となる。
 恭也はその出所として、プロトタイプの武器が使われている可能性を考えた。
「両手に銃と剣を持っていたということだが、音撃弦のような重量のある武器を持ちながら、音撃管も同時に使うというのは使い勝手が悪い」
 ソヨメキの病院潜入前に、恭也は皆に言った。
「取り落としをなくすために、最近の新型によくある『装着型』を使用した可能性が高い」
 ソヨメキは今日、現在彼らが知り得る唯一の使用経験者である先代サイキから、新型武器の性能や、その後の武器の行方を聞き出すためにこの病院にやってきた。
 戦闘記録によると、現場は岐阜の笠ケ岳だった。恭也がネットカフェから現場近辺の病院サーバに侵入し、記録の日時のすぐ後に入院した患者を捜索した結果、この長野の病院に行き着いた。
298鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/03/09(月) 22:11:35 ID:2LDD01ha0
「ヤマアラシとの戦闘だったと伺っていますが、新型武器の性能はいかがでしたか?」
 笑みを絶やさず、小声でソヨメキは訊いた。遠くから見れば、入院患者と看護師が談笑している図である。
「性能には満足しているよ。最新式だねあれは。生体電流がどうこうっていう難しい説明があったけど、要は気合いを入れて腕をこう動かせば、本体が胸に貼り付いて、ネックが腕に絡み付くんだから」
 と言って、佐川はベッドの上で右の拳を前に繰り出した。
「でも、引退してから何年も経っていると、身体の方がついていかないねぇ、やっぱり。それで全治三か月の大怪我だよ。見ての通り。まあ、俺みたいな老体に使わせるだけあって、防御力も高くて、おかげで殉職しないで済んだけどね」
 快活に笑いながら、佐川は言った。
「その時、新型武器の損壊はどの程度でしたか?」
「全治三日だってさ。本部に送ったらそう返事が来たよ。使った奴が三か月なのにね」
「実戦に不向きでない、ということはありませんか?」
「うーん、どうだろうね。実戦に投入したのは俺だけだからなぁ」
 腕を組んで佐川は言った。その言葉にソヨメキは内心落胆した。他に投入実績がなければ、もう同じ手段でプロトタイプの武器について探ることはできない。
「まあ、管のほうは実戦で成果を挙げたって聞いてるよ。同期がやっぱり実験台になって」
 ソヨメキの眼鏡の奥の瞳が、僅かに輝いた。
「同期の方は、お名前、なんとおっしゃるんですか?」
「それは個人情報だから言えないなぁ……」
299鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/03/09(月) 22:14:22 ID:2LDD01ha0
 笑顔を絶やさぬまま、佐川は言った。
「まあ、コードネームならいいか。そいつも俺と同じで、とっくの昔に名前を譲っていてコードネームはないんだけど、『先代ケイキ』ってことになるかな」
「先代ケイキ……さん」
 ソヨメキがその名をしっかり頭に刻んでいると、佐川はぎょっとするようなことを言った。
「君のコードネームも聞いていいかな? 新型に興味があるってことは、君は管の鬼だね?」
 佐川もソヨメキも、病室にいる一般人を意識して笑顔を絶やさなかったが、ソヨメキは内心、どうして自分が管の鬼であると見抜かれたのかが解らず動揺していた。
「私が鬼……に、見えますか?」
「実に、清冽な闘気が出ているからね、君からは。新型武器は今、太鼓のは出ていないから、管か弦の使い手だと思ってね。腕に鬼弦がないから管かなぁって。違ってたらごめんね」
 ソヨメキは曖昧に頷いた。
「で、コードネームは……」
「修行中の身ですので」
 ぼろが出るとまずいと思い、ソヨメキは早々にそこから立ち去った。
300鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/03/09(月) 22:18:50 ID:2LDD01ha0
 ソヨメキが立ち去ってからしばらくすると、佐川は寝台を降り、同室の患者たちに会釈をしながら病室を出て、病院内の電話の前まで行った。
 そらんじている東海支部への番号を押して連絡をつけ、電話口で言った。
「今、俺のところに女の鬼が来たんだけど……」
 佐川は先ほどあったことを支部へ報告した。
「師匠に重傷を負わせた上に、子供まで誘拐した一味、って話は聞いてるけどなぁ。とてもそんな風には見えなかったよ」
 電話を切った後、佐川はいつの間にか隣に立っていた少年に気づいて、僅かにたじろいだ。小学生か中学生くらいの少年が、気配を殺していつの間にか自分の脇に立っていたのだ。
「お姉ちゃんは誘拐なんてしてないよ。とっても優しくて、キレイで、強い人なんだ」
 口調に怒りを忍ばせながら、一生懸命に少年――キー坊は言い、背を向けて走り去っていった。
「お、おい、君――」
 佐川が声をかけた時、少年の姿は角を曲がって視界から消えていた。追いかけようとして、治りかけの身体が少し痛んで足を止めた。
 佐川の想像では、おそらく今の少年は、ソヨメキとサポーター二人の一味にさらわれた、関西支部の『と』のはずだ。それが、一人で歩き回ってソヨメキを庇うようなことを言っているのが意外だった。
 首を捻って、佐川は病室に戻って考えをまとめようと思った。このままもう一度電話をかけて、いま見聞きしたことをそのまま報告することもできたが、その前に自分でもう少しこの件について考えてみたくなった。


十之巻「浮かぶ傷痕」了


301名無しより愛をこめて:2009/03/09(月) 22:26:47 ID:taDg1OHP0
鬼祓い作者様、投下乙です。

無実の罪で追われながらも疑いを晴らそうとするソヨメキ達の姿は、あの「逃亡者」を彷彿とさせます。
頂鬼がジェラードリ警部の役割なのかは分かりませんが。
主人公たちにがんばれと応援したくなります。
302名無しより愛をこめて:2009/03/10(火) 21:53:30 ID:ZOIH3s1l0
まとめサイトから来ました
まだすべての作品を読んだわけではないのですが、皆さんすごいです……
これからも楽しみにしています!

こういう感想ってここに書いても大丈夫ですか?
303名無しより愛をこめて:2009/03/10(火) 22:37:43 ID:XEMLcDCK0
>>302
もちろんありでしょう。
職人さんも読み手の反応があるほうがいいと思いますし
304揺れる鬼:2009/03/10(火) 23:10:54 ID:F8kwKjLp0
* 有難う御座います!!表記は>>290が正しいと・・・・・。
>>289
「しかし・・・・」
これは覚悟した筈だ。宗家である跡取りのもとに嫁ぎ子供を生み、その子が元服し<鬼>の修行を始めた時から、
もはや母と子ではなくなったのではないのか?それを覚悟し決断したからこそ嫁いできたのではないか?
だから、次の言うかけた次の言葉を必死に飲み込んだ。
「母上・・・・。」
振り向くと、詩織がいた。どうやらトイレで用を足した帰りに、二人の遣り取りを聞いてしまったらしい。
「お兄様は・・・・?」
大きな瞳を潤ませる。詩織は兄を好いていたから、不安で堪らないのだ。
雪乃は詩織を優しく抱きしめた。
「お兄様は、大丈夫よ・・・・・。」
<続く>
305揺れる鬼:2009/03/10(火) 23:29:32 ID:F8kwKjLp0
             ***
「たちばな」の電話が鳴ったのは、深夜2時頃であった。
勢地朗は布団から身体を起こすと、素早く受話器を取った。普段なら熟睡できるのだが、威吹鬼や響鬼の<鬼祓い>の件が気になって、
眠れなかったのだ。
「はい・・・・。」
無言。何も応えず、ただ向うの話を聞く。
「判りました・・・。あたしから伝えておきます・・・。では・・・・。」
受話器を置く。重い表情であった。<御山>は、やはり<鬼祓い>の命を下した。しかも刺客として
送り込まれるのは威吹鬼の父で、彼が<御山>に事前に嘆願していた通り、響鬼がサポートするという
事であった。
”風鬼さんは・・・、まだ響鬼君の事を怨んでいるのだろうか・・・・?”
そう考えると勢地朗は暗い気分になるのだった。あれは響鬼だけの責任では無い。<鬼>の何名かが魔化魍
との戦いで戦死するか病院送りにんり、人材不足だったとは言え、体験が浅い響鬼とベテランの華鬼を組むと、
最終的に決めたのは勢地郎なのだ・・・・。
風鬼・・・威吹鬼の父と華鬼は兄弟だった。妹を溺愛しているが故に、響鬼を許せないのだろう。それは勢地朗にも
判る。だが、これはどうなる物では無い。運不運といえば軽薄かもしれないが、<鬼>という物自体が、絶えず運不運
で生きている。それを宗家である風鬼が誰よりも知っている筈だが・・・・・。
               ***
威吹鬼は、ふいに瞼を開けた。
体中が強烈な痛みに襲われ、端正な顔を歪める。
306揺れる鬼:2009/03/10(火) 23:49:29 ID:G7f6Ovrc0
手に気配を感じた。あきらが威吹鬼の手を握り締め、眠っていた。
”この子が、僕の看病を・・・・”
威吹鬼は後悔した、己の未熟さ故に、この娘を心配させてしまった・・・・・。
威吹鬼は、眠るあきらの手を握られたまま、瞼を閉じた・・・・・。
            ***
「何故、トドメを刺さなかった?」
眼鏡の男が静かに告げた。普段通りの落ち着いた口調。だが、その言葉の奥には怒気が含んでいる。
「気乗りしかっただけだ・・・・・。」
大きな千年樹の桜に背を預け、長髪の男が応えた。眼鏡の男から放たれる暗い怒気を、威に返していないようだ。
「相手が、宗家だから躊躇したか?」
そう眼鏡の男が言った瞬間、彼の足元の五ミリ先の地面を、強烈な風の壁が過ぎった。
地面に僅かにへこみの線が出来た。
「それは、言わない約束だぜ・・・・。」
風で長髪が靡く。その太い唇が歪む。
「それより、お掃除を進めてくださいな・・・・。」
眼鏡の男と長髪の男の遣り取りに不釣合いな、おどけた口調で女が告げた。
「まかせろ・・・。」
長髪の男=牙鬼は、そう言い捨てると背を向け闇に溶け込んでいく。
「あの男の賞味期間は、残り少ないようだ・・・・。」
眼鏡の男が告げた。
「だが、どうせ始末するなら、邪魔な鬼を何匹か退治して相打ちで死んでもらいたいわ・・・・。」
女が言う。
「この世界を終らせねば・・・・。それが、我等の<神>の御意志なのだから・・・・。」
<続く>
307名無しより愛をこめて:2009/03/12(木) 11:24:19 ID:prz1Y2BAO
揺れる鬼さんは、きつく聞こえるかも知れないけど文章力にまだまだ向上の余地があるね。
完成したのを一度か二度読み返して手直しするとよくなると思う。
あとはとにかく書くことかな。
それと人名は鬼状態が漢字、人間状態が片仮名という決まりがあるけどいくらか混乱している。
宗家の姓が和泉じゃなくて泉なのは、原作とも既存の鬼ストーリーともちょっと違うよ、ということなのかな?
裁鬼さんの世界を中心にしたストーリーではイブキさんの親父さんは和泉一文字さんだし。

きついことばかり言ったけど、続き期待してます。
308名無しより愛をこめて:2009/03/12(木) 12:45:05 ID:9+1AErldO
とにかく頑張って最後まで書き切ってほしいな。
完結が無理そうだったら、置き去りにしないで一言 言ってほしい。
何も言わずに去られると寂しいので。
309揺れる鬼:2009/03/12(木) 22:34:46 ID:hGWsq7AU0
<<306
鬱蒼とした森に在る古寺に太鼓の音が、ひときわ大きく響いていた。
ここは過疎化したせいで、すでに住む人間は2家族ぐらいで、太鼓の音が響く事すら数十年ぶりだ。
響鬼は一心不乱に太鼓を叩いた。そうしなければ、自分の弱さに飲み込まれそうだったからだ。
実際の処、響鬼は<鬼祓い>などしたくはないのだ・・・・・。
だが、本当に俺に<鬼祓い>が出来るのか?土塊や葉で造られた魔化魍ならともかく、相手は<鬼>とはいえ、同じ人間なのだ!?
”こういう時、華鬼さんなら、どういうだろうか・・・・・?‘
ふいに、そんな事が頭を過ぎったが、それを強引に振り払う。もう、華鬼に頼る事は出来ないのだ・・・・!!
「響鬼さん・・・・!!」
声がして、意識を現実に戻し振り返ると、梅婆が息を切らせて中腰でゼイゼイ息をしていた。
彼女も<猛士>のサポーターである。
310揺れる鬼:2009/03/12(木) 22:50:19 ID:hGWsq7AU0
「どうしたの、梅さん!?大丈夫!?」
心配そうに駆け寄る響鬼を制して、梅は「いま「たちばな」の処のカスミちゃんから、電話が・・・・・。」
「えっ、カスミから?」
驚く響鬼。修行をしている時には響鬼に気を使い、自分達の方から連絡するのを控えるカスミが、わざわざ電話を掛けてきたのだ。
これは徒事では無い!!響鬼はゼイゼイと息を切らす梅をオンブすると「家まで走るから・・・・」と言うと、梅の了解も訊かず、
素早く石段を駆け下りていった。
<続く>
311名無しより愛をこめて:2009/03/12(木) 23:41:27 ID:fyv6EIqB0
投下乙・・・・・。
312名無しより愛をこめて:2009/03/13(金) 03:14:22 ID:q5X8y0Wv0
>>309-310
投下乙

でももう少しまとめてから投下してくれるともっと見やすいかも。
もしかして直接書き込んでるのかな?
313揺れる鬼:2009/03/15(日) 21:45:33 ID:j5BiQroi0
やく3`の道のりを、梅を(78のお婆さんとはいえ、42キロはある)を背負い、全速力で下ると梅婆の家に着いた。
受話器を取った時、意外な事に相手はカスミではなく、勢地郎であった。
「やぁ、響鬼君悪いね。」
「それより事務局長、御山に行かれてたんじゃ?」
修行の為に、梅婆の処に行くと「たちばな」に報せに行く時、ちょうど勢地朗は吉野に向かい出発する処であった。
大昔、まだ<鬼>が出来た頃の馬や徒歩での移動ならいざ知らず、交通手段が多い現在である。
とはいえ、それ程、素早く御山から帰ってきたのは驚きであった。
”もしかして、余程拙い事態が起きたのに違いない・・・・・。”
「いゃぁ、御山の結論が、今回は速く出てね・・・・。<鬼祓い>が正式に決定されたよ・・・・。」
「そうですか・・・・・。」 応える響鬼の声は重い。
「吉野での決定では、風鬼さんが来る・・・・。」
”風鬼さんが・・・・・!!”
それを聞いた響鬼の表情は、さらに険しくなる。華鬼が風鬼の妹だと響鬼は知っている。
「響鬼君!!出来るのかい、君に・・・・・?」
勢地朗は敢て訪ねた。気に迷いがあれば、間違いなく響鬼は死ぬ。ましてや相手は牙鬼である。
「やれます・・・おやっさん。俺は鍛えてますから、大丈夫です・・・・。」
314揺れる鬼:2009/03/15(日) 22:15:57 ID:j5BiQroi0
続きは明日。
315鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/03/16(月) 20:45:06 ID:sD9AfrGT0
前回>>291-300のあらすじ:オロチ発生の年、東海支部に所属していた佐川聡は、父親・幸男から鬼名・サイキを襲名後、関東の弦の鬼、ザンキ・トドロキ師弟の元に預けられた。それから四年後、鬼を引退していた父に新型音撃弦のテスト・ドライブの話が来た。


『鬼祓い』 十一之巻「絡み付く剣」


 長野にあるネットカフェの駐車場に停めた『嵐州』の車内で病院から戻ってきたソヨメキの報告を聞いて、恭也は言った。
「収穫だな、ソヨ」
 ソヨメキが先代サイキから話を聞いて判ったことは、以下の三つ。

 一つ、今期の新型音撃弦は、腕の挙動だけで自動的に身体に装着される機能を持ち、なおかつ防御力が高いものである。
 一つ、東海支部に支給された新型音撃弦は、昨年末に本部に返送され、修理時間は三日だった。
 一つ、先代サイキの同期である先代ケイキが新型音撃管を支給され、ここ数か月の間に実戦で成果を挙げた。

 先代サイキが年末に使用した新型音撃弦は、本部に送られた時期と修理時間から、年始にあったサザメキ襲撃で使用された可能性もある。また、先代ケイキがどこの支部に所属しているかは不明だが、以前のコードネームを知ることができた。
316鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/03/16(月) 20:48:21 ID:sD9AfrGT0
「なんとか先代ケイキの居場所を知ることができれば、そこから何か判るかもしれない」
 しばらく考えてから恭也は言った。ソヨメキは『嵐州』の後部座席に座りその話を聞いて頷いた。啓真はその隣で彼女の看護師姿を見て満足そうに頷いていた。
 恭也は一人足りないことに気づいて言った。
「啓真、キー坊はどこだ」
 そこに帰ってきたキー坊が、どんどんとソヨメキの側の後部ドアを叩いた。
 ソヨメキがドアを開けると、キー坊は小柄な身体で後部座席に乗り込んできて、切迫した様子で言った。
「おじさん、あの後すぐ猛士に連絡入れているみたいだったよ」
「『オジサン』って、先代サイキのことか?」
 啓真が訊くと、キー坊は頷いた。
「そうか」
 言うと、啓真はキー坊が入ってきた反対のドアから車外に出て、『凪威斗』に跨がり黒いヘルメットを被った。恭也とソヨメキは、素早くヘッドセットを着用した。
『行くか』
 無線を通して啓真から聞こえた声に、恭也が短く答えた。
「東だ」
317鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/03/16(月) 20:54:29 ID:sD9AfrGT0
 進路を群馬に向けて並走する『凪威斗』と『嵐州』を追ってくる、シャイニーオレンジの単車とライムグリーンの車の姿が、バックミラーの中に小さく見えた。
 それがぐんぐん迫ってくると、車の窓から銃を片手に黒人の男が顔を出し、金色の銃身を前方に向けて圧縮空気弾を放ってきた。
 幸いにも、啓真にも恭也たちにも被弾はなかったが、速度を上げても二台を振り切ることができない。
 ライムグリーンの車が猛追し、『凪威斗』の反対側になる『嵐州』の真横まで出て、車体を『嵐州』に寄せた。車高の高いオフロード車が『嵐州』に肉迫し、側面を接触させる。嫌な擦過音と共に白い車体が揺れた。
 その隙をつき、オフロード車は速度を上げて『嵐州』を追い抜いた。大きく引き離すと、狭い道で車を横付けにして停めて進路を阻んだ。
 啓真は単車の幅のコンパクトさで何とか車の脇を抜けたが、窓から顔を出していた黒人が低めの銃弾を放った。圧縮空気弾が前輪を貫き、制御が取れなくなったバイクが高速度のまま転倒した。
 宙に投げ出された啓真が、前進するエネルギーを持ったまま地面に落ち、激しくアスファルトに激突して、そのまま数メートルも路上を引きずられるように転がる。
「啓真!」
 恭也が呼びかけたが、インカムを通して聞こえたのは、何かが激突して叩き付けられる激しい音だけだった。
 恭也は『嵐州』がライムグリーンの車に接触する直前でバンパーの上から槍を突出させ、後部座席のソヨメキとキー坊に叫んだ。
「何かにつかまれ!」
 二人はウィンドウの側にある、ルーフに取り付けられた手すりをつかんだ。
 恭也は急制動をかけつつ、腕を突っ張りハンドルを強く握りしめた。
318鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/03/16(月) 20:58:56 ID:sD9AfrGT0
 停まり切れず激突した『嵐州』の槍ギミックが、ライムグリーンの車体の側部に深く突き刺さった。車の激しい揺れと衝撃に三人は耐えた。
「ソヨ! キー坊! 大丈夫か?」
「問題ない」
「うん、大丈夫」
 槍の長さと恭也の反応速度が、車体の直接の接触を回避していた。
 恭也は『嵐州』を後退させ、車の前面から出た平型の槍を、追手の車から引き抜いた。
 その後ろにシャイニーオレンジの単車が乗り付け、降り立った人物がヘルメットを脱いだ。その素顔は、三十代前後と見られる、長い巻き髪に派手な顔立ちの女だった。
「やるよね〜。弟子の車がキズ物だよ」
 女は楽しげに、ハスキーな声で言った。
 弟子と思われる黒人の青年と、運転を担当していた『飛車』らしい、口髭を生やした中年の男が、オフロード車から出てきて『嵐州』を取り囲んだ。
 白い車から飛び出て来たナース姿のソヨメキの手には、肩からストラップで吊るした音撃盤『羽柱』があり、恭也の手には音撃弦『滅炉』があった。
「キー坊、啓真を頼む」
 恭也が低く言うと、キー坊は頷いて追手の車の脇を抜け、啓真が転倒した数十メートル先の道路を目指して走り出した。口髭の『飛車』がそれに気づき、キー坊と反対側から車の脇を抜けて後を追いかけた。
 音撃管を構える若い黒人青年とソヨメキは、互いに銃口を相手に向けながら、じりじりと道路の端の土手まで歩き寄っていった。土手の手前で互いに発砲したが、二人ともその直後に土手をすべり降りて空気弾を躱した。
319鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/03/16(月) 21:04:36 ID:sD9AfrGT0
 土手の上に残った恭也は、音撃弦を地面と水平に持ち、弦の剣先を相手に向けて槍のように構えていた。敵方の派手な顔立ちの女は、鬼面を内側に向けて腕に巻いていた鬼弦を開き、弦を爪弾いた。
 風が彼女の全身を包み、それが流れ去った跡に、黒い体色に橙(だいだい)色の四本角の鬼『靡鬼(なびき)』が姿を現した。
 橙色の鬼は、車両側面にホールドしていたベースギター風の音撃弦をストラップで肩から吊るし、構えもせずに、じりじりと近づいてくる恭也の動きを見つめていた。
「行くぞ」
 冷静に相手を見据えながら、前方に弦を出し恭也は駆け出した。
『言うよね〜。鬼じゃないのに弦なんか持っちゃってどうすんの?』
 構わず恭也は突進していく。
 靡鬼は右腕を恭也に向けて繰り出した。その瞬間、音撃弦の本体部分が彼女の胸に張り付き装甲と化し、コードを伴って本体から分離したネック部分は、自動的に腕に絡み付き、右の手甲から伸びる剣となった。
 恭也が突き出した音撃弦の剣先を、靡鬼の装着型音撃弦の剣先が弾いた。体勢を立て直して恭也は靡鬼に再び弦を向けて言った。
「それは、先代ケイキが使っていた新型か?」
 サザメキ襲撃前に修理から戻ってきていたとすれば、東海支部にある新型の弦は事件とは無関係ということになる。だが、それを聞き出す余裕はなかった。
『引退した鬼には勿体ない高性能な武器だよ!』
 言うと同時に、靡鬼は右手の剣を恭也に突き入れた。
320鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/03/16(月) 21:07:13 ID:sD9AfrGT0
 土手を降り切って川岸に出たソヨメキと黒人の青年は、それぞれ鬼笛を吹き、巻き起こる風の中で姿を鬼と化した。黒人青年は、師匠の靡鬼とよく似た、黒い体色に黄緑色の四本角の鬼、『棚引鬼(タナビキ)』に姿を変えた。
 微鳴鬼の白い姿が、金色の銃を持って川岸を走り出した。静止した標的となることを避けるためだった。周囲には、遮蔽物となるようなものが何もない。
 棚引鬼にしてみても条件は同じで、彼も微鳴鬼と並行して走り出した。
『よせ! 私はやっていないんだ!』
『ソレハ聞イテマセンデシタ』
 二人とも、かなりの速度で駆け続けながら、息ひとつ切らさず会話を続けた。
『信じてくれ』
『大人シクシテクダサイ』
『ここで捕まるわけにはいかない、許せ!』
 微鳴鬼は走り続けながら、音撃盤『羽柱』から棚引鬼の足元に圧縮空気弾を放った。足を止めた棚引鬼が、自らも音撃管の銃口を微鳴鬼に向けた。
 相手の放った空気弾を横に跳んで躱しながら、微鳴鬼は棚引鬼の足元手前の土に空気弾を連続して打ち込んだ。土が大きく弾け飛んで棚引鬼の視界を眩ます。
 彼が顔についた土を手で拭った時、目の前から白い鬼の姿は消えていた。
321鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/03/16(月) 21:10:00 ID:sD9AfrGT0
『ドコデスカ』
 平らな川岸の土地には、身を隠すような場所はどこにもない。棚引鬼は素早く後ろを振り向いて銃を向けたが、そこにも彼女の姿はなかった。
 棚引鬼が構えていた音撃管が、真上からの連続する衝撃を受けた。耐え切れず彼は武器を取り落とした。反射的に上を向いた彼の視界に、天から降ってくる金色の銃を携えた白い鬼の姿が広がった。
 真上から全体重を掛けた微鳴鬼の体当たりを受け、棚引鬼はその場に崩れた。
 後には、背中に嫌というほど膝を食い込まされた黒い鬼が、うつ伏せに倒れていた。
『予想外……デス……』
 前方に腕を伸ばし、起き上がろうと顔を上げた彼だったが、そこで力尽きて顔も腕も土の上に伏せられた。意識が途絶えたらしく、顔の変身が解除され、目を閉じた黒人青年の顔が現れた。
 彼の伸ばした手の先にあった音撃管を川に蹴り入れると、微鳴鬼は金色の中型銃を携えて土手を駆け上がった。
322鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/03/16(月) 21:14:54 ID:sD9AfrGT0
 一方、『嵐州』がライムグリーンの車に追突したはるか先の路上には、主を失って倒れた『凪威斗』の姿があった。
 その更に数メートル先の路肩に、うつ伏せで倒れている啓真がいた。
「啓真!」
 走ってその場に近づいたキー坊は、啓真の姿を確認して叫んだ。
 黒いフルフェイスのシールドには亀裂が入り、その前面を地面に接したまま、レザージャケットをまとった人影はまったく動く様子がなかった。
 すぐそばに跪いたキー坊は、啓真の腕や肩を揺すって必死に呼びかけた。
「啓真、大丈夫!? 起きてよ!」
 キー坊を追ってきた、前髪を大きく立ち上げた髭面の『飛車』が、横からキー坊を蹴り跳ばした。
 すかさず立ち上がったキー坊の目の前に、倒れた啓真に金色の小型銃を向ける髭の男の姿があった。
「武装解除しろ」
 髭の『飛車』は銃口を啓真に向けながら、もう一方の手でキー坊の装備帯を指して言った。
 キー坊は『飛車』を睨みながら動けずにいた。
「説明してもらおうか。誘拐された関西支部の『と』が、なぜ誘拐犯の心配をするのか。こいつらの口車に乗せられたか」
 ぷいと顔をそむけてキー坊は何も喋らなかった。
「さっさとその腰の装備帯を外せ。いいか、今から三つ数えるうちにそうしないと、この男を撃つぞ!」
 無言でいるキー坊に『飛車』は言った。
「数えるぞ。一、二、……」
323鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/03/16(月) 21:19:08 ID:sD9AfrGT0
 車両追突現場の手前では、靡鬼が切っ先を血に染めた音撃弦を手にして立っていた。
 その前に立つ恭也の足元には、点々と血が滴っていた。
 恭也の白いセーターや黒いジーパンには所々裂け目があり、赤く血が滲んでいた。頬や手にも細い斬り傷があり、血が流れていた。
 靡鬼もまた、黒い身体の所々を、恭也が手にする音撃弦によって斬り裂かれて血を流していた。
『やるよね〜、槍の心得があるみたいだけど、槍より短い剣でここまで闘うなんて、すごいよアンタ』
 恭也は依然、音撃弦を地面と水平にして前方に向け構えたまま、息を切らせて靡鬼と対峙していた。
『でもね、鬼と人では決定的な違いがある』
 靡鬼が気合いを込めると、身体の何か所にもあった傷痕が、鬼の治癒力により瞬時に回復した。
『このまま続けてても、そのうち出血でそっちが倒れるよ。大人しく降伏したらどう?』
 土手の下から駆け上がってきた微鳴鬼が、音撃盤の銃身を靡鬼の足元に向けて圧縮空気弾を放った。
 靡鬼が発射音に気づいた時には、その両脚に、正確に一発ずつ空気弾が撃ち込まれていた。黒い鬼はその場に倒れた。
『アンタ、私の弟子を……!』
 倒れたまま顔を上げた靡鬼の視界に、飛び蹴りを繰り出す白い鬼の姿があった。
『殺してはいない』
 言いながら、微鳴鬼は靡鬼の顔に蹴りを打ち込んだ。橙色の四本角の鬼は意識を失い、顔の変身が解除された。
324鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/03/16(月) 21:25:11 ID:sD9AfrGT0
 微鳴鬼は顔の変身を解除して、黒髪をなびかせながら恭也に駆け寄った。
「大丈夫か」
「ああ。派手にやられちゃいるが、傷は浅い」
 と言いながらも、恭也は槍のように構えていた音撃弦を力なく下ろし、地面に突いて杖にしながら、荒い息を吐いた。
 そこに近づいてくる車の音に、二人は身を固くし、視線を西に向けた。ガンメタリックのオフロード車があっという間に近づいてきて、彼らの前で停車した。
 ソヨメキと恭也は視線を交わした。一般人が今の有様を見れば、剣と銃を持った若い男女が、女を一人襲撃したと思われても仕方がない。
 その場を立ち去ろうとして、二人は『嵐州』に乗り込んだ。血まみれの手でハンドルを握った恭也の視界に、進路を阻むライムグリーンの車の側面があった。
「待て!」
 割れんばかりの大きな声が、後方から響いた。すでにガンメタリックの車のドアは開いており、そこから、頭に二本の角のようなものを生やした巨躯が、路上に降り立った。
「やっと見つけたぞ、『ソヨメキ』……!!」
 角と見えたのは、その者が被る兜の額から伸びた、二本の鍬形だった。左前腕に金色の円形の盾をつけた、赤を基調とした帷子(かたびら)をまとう、鎧武者だった。
 どう見ても尋常な姿ではなく、ソヨメキたちには、これが猛士から差し向けられた追手であり、その身にまとっているのは『鬼の鎧』であると察した。
 鎧武者が、何か小さなものを『嵐州』のリアウィンドウに向けて投げつけた。ガラスに食い込む鋭い音が、恭也たちの耳を打った。
 後部座席にいたソヨメキがリアウィンドウを見ると、将棋の駒の角が、ガラスに数ミリの深さで突き刺さっていた。駒には真っ赤な文字で『鬼』と彫り込まれていた。
 鎧武者が、大きく威圧的な声を周囲に響かせた。
「師匠を襲撃したその罪、万死に値する! 今からここで『鬼祓い』を執り行う!!」


十一之巻「絡み付く剣」了


325名無しより愛をこめて:2009/03/18(水) 11:45:02 ID:utEc+MFg0
>>315-324
投下乙です。

予想GUYヤラレ役で登場
今度はどっかで白犬登場しないかな
326名無しより愛をこめて:2009/03/18(水) 13:16:09 ID:3gWWR2bzO
鬼祓いとかけて白犬と解く
その心は?

おもしろい(尾も白い)
327名無しより愛をこめて:2009/03/18(水) 17:43:15 ID:i7cLengLO
弾鬼SSとかけて松の林ととく
その心は




ひたすら待つ
328鬼島兼用語集:2009/03/20(金) 22:38:47 ID:CT/8tlnR0
拙作とかけて冬の葡萄棚と解く
その心は

蔦なく、実もならぬ(拙く、見もならぬ)

では、見苦しいものですが投下します
329鬼島 〜金鬼・いしあたまな石頭〜:2009/03/20(金) 22:42:25 ID:CT/8tlnR0
 昭和63年3月。柴又、甘味処たちばな。
 店の奥から女の大声が轟いた。
「鍛えなおします!」
「は?」
 大声の主であるキンキの前で両耳を塞いでいた手を離しながら訊き返したのは、猛士関東支部長である立花勢地郎だ。
「だから鍛えなおします! ついてはいつもの山より凄く鍛えられる場所を知らないかしら!?」
「鍛えるのはもちろんいいが、どうしたんだねいきなり……夏は終わったばかりだし、別段衰えたわけでもないだろうに」
「気に入らないんです!」
「なにが?」
「昨日の出動でヤマアラシに踏んづけられました! 私、鈍ってるみたいです!」
 実のところ、鬼がちゃんと体勢を整えていれば巨大魔化魍に踏まれてもどうということはない。それどころか魔化魍の体勢を崩す好機とすることさえできる。
 しかしそれさえ気に入らないというのが、キンキの悪い癖―――つまりは思い込んだら一直線の、超がつく頑固さなのだ。おそらく蝶のように舞い蜂のように刺す、とでも決めていたのだろう。
「ああはいはい、わかった。鍛えるにいい場所だったね、じゃあ紙黄村に行きなさい。あそこの戸田山さんには私から連絡しておくから」
「紙黄村? ってあの魔化魍を集めてる紙黄村かしら?」
「そう、その紙黄村。それとただの魔化魍じゃなくて陽の魔化魍だからね、くれぐれも倒しちゃあいけないよ」
 半ば投げやりにキンキの要求を呑んだのは、勢地郎ならではの諦観である。
 我侭さと強引さで有名なザンキとキンキには関わると碌なことがないということを経験上うんざるするほどわかっているので、大きな問題がなければ大抵の我侭は好きにさせているのだ。
 それにしてもザンキ一人でも何度胃に穴を開けられたか数えるのをやめてしまったほどなのに、同じくらい扱いにくいキンキまで関東支部に配属するとは、総本部長の和泉一流は勢地郎に何か恨みがあるのかと疑わざるを得ない。
 数十年来の盟友である一文字が総本部長に就任すればこの地獄も変わってくれるのだろうか。
「わかりました! じゃあ行ってきます!」
330鬼島 〜金鬼・いしあたまな石頭〜:2009/03/20(金) 22:48:20 ID:CT/8tlnR0
 キンキは自ら車を運転して山道を走破し、小さな村に辿り着いた。
 飛車の草笛みつみが一緒ではないのは、鬼の鍛えに飛車が同行しても意味がないので、勢地郎の提案に従って飛車としての鍛え―――つまり研究会や城南大学の公開講義に参加しているからである。
 出掛けに、いつもの火打石が見つからないからと言ってチャッカマンをカチカチやって幸運を祈ってくれた。
「あそこかしら?」
 キンキの目に小さな家が見えた。藁葺きの分厚い屋根に白い漆喰壁の、絵に描いたような和風家屋である。近付くにつれ、家屋というより屋敷と言った方がいいほどの規模があることがわかった。
「おっきい家ね……」
 この家こそが寺と並ぶ紙黄村の中心であり、いざという時のための最後の砦である。それなりの規模と頑丈さを兼ね備えた、しかし温かな戸田山としよの家である。
「ごめんくださ……ぁああああ!?」
 がらりと引き戸を開けたキンキが悲鳴を上げる。いきなり目の前に湯気を上げる薬缶を持ったテングが立っていたからである。
 慌てて変身鬼弦の覆いを開けようとするが慌てすぎてうまくいかず、そんなキンキを尻目にテングは悠々と奥へ引っ込んでいった。そして薬缶のかわりに一人の老女を連れて戻ってきた。
「おやおや、なんだい騒がしいねぇ。あら、お前さんが勢地郎坊主が言ってたキンキちゃんかい?」
 ようやく弦を弾こうとしていたキンキの指が止まる。そこでやっと思い出したのだ。この紙黄村は人と魔化魍が共存する平和な村であることを。
「は、はいキンキです! おばあちゃんは戸田山としよさんかしら?」
「ええ、そう。あたしが戸田山だよ。ほら、お前さんも挨拶おし」
 としよは傍らに立つテングを小突いて促した。
「初めまして。私は射寧丸綾(しゃねいまる あや)。清く正しい射寧丸です」
 にっこりと笑って――といっても魔化魍の表情はわかりにくいが――差し出された手をおずおずと握ったキンキに、
「あんなに慌てて、本当に鬼ですか?」
 と、微笑んだまま毒舌をお見舞いした。
331鬼島 〜金鬼・いしあたまな石頭〜:2009/03/20(金) 22:52:16 ID:CT/8tlnR0
 この日は到着が夕方になったことで、まず歓迎の意味も込めて夕食を摂り、鍛えは翌朝からということになった。
 10代のころは料理などほとんどできなかったキンキだが、今ではみつみに習ったり自分で試行錯誤したりしてそれなりのものは作れるようになっている。
 材料は射寧丸らが取ってきたので、料理をするのはとしよとキンキの役目だった。
 そして完成したのは、素朴だがボリュームのある美味しそうな料理の数々だった。山菜や川魚をメインに、野兎や猪の肉もあった。
「「「「いただきます」」」」
 食卓を囲むのは戸主のとしよにキンキ、射寧丸、それに一人のカッパだった。
 引退して長いとはいえさすがに元鬼だけあってとしよは健啖家である。小さな体のどこにこれだけ入るのかと問いたくなるほど食べていた。射寧丸とカッパもよく食べる。頑強な魔化魍の身体を維持するには相応のカロリーが必要なのだろう。
 それに対してキンキの箸はほかの三人よりも随分と重かった。
「どうしたね、あんまり食べないみたいだけど?」
「お、おいしいです、ご飯。でも…その……」
 茶碗を握ったままちらりと射寧丸らの方を見る。
「ああ、そうだったねぇ。あたしは慣れっこだけど、魔化魍とちゃぶ台を囲むのは最初は緊張するものねえ」
 としよと一緒にからからと笑った射寧丸とその横のカッパは、揃って顔をつるりと撫でた。すると魔化魍の顔が少女のそれに変わっているではないか。いや、顔だけではなく体つきも少女そのものになっている。
「これなら大丈夫ですよね」
 ショートカットの黒髪と白い肌のコントラストが美しい少女になった射寧丸が微笑む。
「わたし、ちゃんと変わってる?」
 カッパの方は髪の色こそ青みがかっていたが、こちらは幼さを残した無邪気な顔立ちである。
「綾は紙黄村でも結構な古株でね。この姿はテングになる前の姿だそうだよ。なんでも山菜採りに山に入ったら迷って、山伏に助けられて一緒に修行してるうちにテングになってたんだってさ」
 牛若丸に修行をつけたのは天狗だといわれている。鬼と同じく人が変わった存在であるテングも、必ずしも人の心を失った魔化魍となるわけではないのだ。
 鬼と違い明確に体系化された修行方法がないため稀ではあるが、かつては修験者や山伏が変じた天狗が鬼の手助けをしていたこともあるらしい。
332鬼島 〜金鬼・いしあたまな石頭〜:2009/03/20(金) 22:57:26 ID:CT/8tlnR0
「この子……おっと、紹介がまだだったね。この子は河代みどりっていってね、あたしと同い年くらいかねぇ。カッパはもとが人形っていうくらいだから、長く生きてるとこのくらいはできるようになるみたいだね」
 まだ化けるのは苦手みたいだけど、ととしよは微笑んで青い髪をそっと撫でた。
「二人ともとっても可愛いわ! 私も変身…」
「おやめ! 家を壊す気かい?」
 鬼弦に指をかけていたキンキは危うく踏みとどまり、皆の笑いを誘った。
 それからはキンキもほかの三人に負けず劣らず食べ、一升半も炊いた飯があっという間になくなってしまった。
「ふー、食べた食べた」
「おなかいっぱいです」
 満足げに腹をさする射寧丸とみどりに対し、キンキはやや物足りなそうである。
「私はもうちょっと食べたいかしら」
「食べ物ってのはもう少し食べたいくらいが丁度いいのよ。次に食べるときの楽しみが増えるじゃない」
「それもそうね。さすがとしよさん、いいこと言うわ」
「褒めたって何にも出やしないよ。さあみんな、お風呂に入って寝ようかね」
「「「はーい!」」」
333鬼島 〜金鬼・いしあたまな石頭〜:2009/03/20(金) 23:07:21 ID:CT/8tlnR0
 翌朝、日の出とともに目を覚ましたキンキに課せられた訓練は山道の20キロマラソンと、ついでに山菜採りだった。つまり朝食のおかずの調達である。
 籠を背負ってえっほえっほと山道を駆け回り、あちこちでそれらしい草を毟っては見本にと渡された山菜と見比べて籠に放り込んだりそのまま捨てたりちょっと齧ってみたりした。
 もとより山道で正確な距離など測れるわけもなく、実質的にとしよの指示はしばらく走って山菜を採ってこいというものである。
 普段の訓練で走る平坦な街中とは違い、自分で進める道を探して走る山道はそれだけで楽しいものだった。加えて山菜採りである。これは宝探しのような楽しみがあった。
 一時間後、いっぱいになったを揺らして汗みずくのキンキが戻った時には、洗濯をしたり薪を割ったり朝食の下拵えをしたりと戸田山邸は活気に満ちていた。
「たっだいまー! このくらいでいいかしら?」
 籠を受け取ったとしよは大仰によろめいて見せた。
「あらあら、いっぱい採って来てくれたわね。ご苦労様。すぐ朝ごはんだから、水でも浴びてきなさい」
「はーい!」
 キンキが水場に駆け去っていくと、としよは籠から一掴み山菜を取り出して眺めた。
「ふふ、てっきり食べられないのも混じってるかと思ってたけど、ちゃんと選んだみたいだね。さて、手早くおひたしと煮物かね!」
334鬼島 〜金鬼・いしあたまな石頭〜:2009/03/20(金) 23:18:13 ID:CT/8tlnR0
 その日、キンキが射寧丸やみどりたちとじゃれながら修行しているところへ電話がかかってきた。としよが受話器を取る。
「はいはい、戸田山ですよ。あら勢地郎坊主……えぇ、そうかい。大丈夫、あたしとキンキちゃんと村のみんなでやれるよ。ええ、それじゃあね」
 受話器を置いたとしよは、先ほどまでとは打って変わって厳しい表情になっていた。
「どうかしたのかしら、としよさん?」
「勢地郎坊主がね、ここいらに魔化魍が出るって知らせてくれたのさ。だから修行は実戦訓練になるね」
 魔化魍の絶対数には限りがあるため、陰の魔化魍を多く出現させるには紙黄村に暮らす陽の魔化魍の存在が邪魔になる。よって、不定期にではあるが魔化魍がここを襲うことがあるのだ。
「わかったわ。何が出るかはわかったのかしら?」
「ドドメキだってね。しばらく前から変な気配がしたからあちこち調べてたんだけど、育ちきるまでずっと隠れてたようだね」
 ドドメキはキンキが相手にしたことのない魔化魍だった。稀種ではないが、あまり頻繁に出るものではない。そのため対処法を身に付けている鬼が少ないのだ。
「大丈夫さ、あたしが昔戦ったことがあるからね」
 キンキの不安を見透かしたようにとしよが言う。まさかとしよ自らが戦うと言い出すのではないかとキンキはむしろ心配してしまったが、それは杞憂ではなかった。
 奥の間から大きな桐の箱を持ち出してきたのだ。
「音撃弦・烈霆(れってい)に音撃震・皆紅。ザンキ坊やが使ってる烈雷の予備部品で作ったコピーさ」
 “烈”の一文字を冠する音撃武器は猛士の中でも最高傑作とされ、トップクラスの実力と人望を持つ者にのみ支給される最強の証といえるものだ。
 老いてなお烈の弦を持つとは、としよの実力はいかほどのものだろうか。
 心細かったキンキの胸中は頼もしさと戦意に満ちた。
335鬼島 〜金鬼・いしあたまな石頭〜:2009/03/20(金) 23:23:21 ID:CT/8tlnR0
 としよの説明によれば、ドドメキとは眼球様の石くれの集積のような魔化魍であるそうだ。といってもその石くれそのものが魔化魍というわけではなく、その中に本体がある。
 この魔化魍の厄介なところは、土中の鉱物から無尽蔵に眼球様の礫を作り出すことだ。この特性のため放置すると手に負えないほど巨大化してしまう。
 方々へ式神を放ち、また近在の陽の魔化魍に斥候を頼んでドドメキを探し出す。もはや隠れる気もなくなったのだろう、そうこうするうちに両腕に大量の目を付けた妖姫と怪童子が現れた。
「みんな下がって!」
 射寧丸が紙黄村の魔化魍たちを妖姫と怪童子から引き離す。凶暴性を持たず平和な性格の魔化魍たちは、生来戦いを嫌うため人を襲う魔化魍に比べずっと戦闘力が低いのだ。
 キンキが前に出る。変身鬼弦・音鍾を弾き、地面から噴出した岩に身を隠す。再び現れたとき、そこには中黄の身を持つ一つの鬼がいた。
「征くわよ!」
 愛用の小型音撃弦・小鳥を脇に構え、駆ける。身体を小さく丸めた走法はもともと小さな身体をさらに視認しづらくし、あっという間に怪童子の背後を取った。
 金鬼とて鬼島の、ひいては戸隠流忍術をベースにした体術を教える戸隠の卒業生である。童子を翻弄するくらいはわけのないことだ。
336鬼島 〜金鬼・いしあたまな石頭〜:2009/03/20(金) 23:27:25 ID:CT/8tlnR0
「はぁっ!」
 勢いよく振り出された音撃弦が怪童子を両断する――はずだった。なんと怪童子は腕の関節をありえない方向に捻じ曲げ、弦のネックを掴んで斬撃を受け止めていたのだ。
「うえ、気持ち悪い!」
 腕の目は飾りではない。四方八方への完全な視界をもたらすものである。
「―――鬼も裏切り者も」
「諸共に死に絶えろ―――」
 動揺した金鬼に妖姫がしがみつき、怪童子が勝ち誇った顔を見せた。
「気持ち悪いったら!」
 金鬼は音撃弦にさらに力を込め、それを掴んでいる腕諸共に怪童子をへし斬って捨てた。返す刀で離脱しようとする妖姫もまた袈裟懸けに叩き斬り、二つの爆発が連続した。
「なんとまあ力任せな……」
「もうちょっと考えてもいいんじゃないかなぁ?」
「いろいろ策を弄するよりも大上段からの一撃が一番いい、とは言うけどね、こりゃちょっと行きすぎかねぇ」
 射寧丸は唖然とし、みどりは呆然とし、としよは大儀そうに頭を振った。
「あの子の修行は力じゃないところを鍛えるべきだね」
 としよがぽつりと、しかし楽しそうな表情で呟いた。
337鬼島 〜金鬼・いしあたまな石頭〜:2009/03/20(金) 23:31:41 ID:CT/8tlnR0
 金鬼が童子と姫を倒したとき、としよのもとに放っておいた菫鳶が戻ってきた。手にとまった菫鳶が首を山のある一点に向けてしきりに動かしているのを見て、そこに魔化魍がいると知れた。
 四人は菫鳶の先導で山に分け入る。しばらく走ると猫目石のような礫の集合体が現れた。これがドドメキである。
「なかなかでっかくなってるねぇ……よし、キンキちゃん、あんた退治してみなさい」
「わかりました!」
 言うなり鬼弦を弾き、キンキは再び顔の変身をして金鬼へと姿を変えた。
 金鬼は音撃弦・小鳥を引っ掴み、一直線にドドメキへと突撃していく。ドドメキはその身を覆う眼球のような礫を飛ばして金鬼を迎え撃った。
 最初の数発は小鳥で叩き落したものの、次々に飛来する礫に何度も打たれてたまらず横に跳んで弾道から逃げる。しかしドドメキの礫は全周囲についているので、しつこく金鬼を追尾して撃ち続けた。
「痛っ、痛いって!」
 数え切れないほど礫を受けた金鬼は開き直って仁王立ちをすると、礫に構わずドドメキを睨みつけた。
「もう怒った! 覚悟しなさい!」
 そう言うと金鬼は全身に気を込め、その身を鋼鉄と化す。鬼闘術・鋼鎧である。
 そして再びドドメキに吶喊していく。鋼鎧を纏った金鬼の身体は鈍い音を立てて礫を弾き返し、あと少しでドドメキに一太刀を浴びせるまでに近付いた。
 勝ち誇った金鬼が音撃弦を振りかぶったとき、これまでに弾かれた礫が一斉に金鬼に襲い掛かった。いや、むしろ覆い尽くしたというほうが妥当だろう。礫自体にはさほど威力があるわけではないが、膨大な数に物を言わせて金鬼の動きを封じたのだ。
338鬼島 〜金鬼・いしあたまな石頭〜:2009/03/20(金) 23:36:08 ID:CT/8tlnR0
 身動きが取れなくなった金鬼にドドメキが迫る。いくら鬼とはいえ、まともに受身も取れない状態でこの巨体にのしかかられれば重傷は免れない。
 視界さえ封じられた金鬼は必死で礫をはがそうとするが、あちらを動かせばその隙間に礫が収まり、こちらを動かせば礫が固まって抜け出すことができない。
 進退窮まった金鬼は、ならばと鋼鎧を纏おうとするも、身体を半ば固定された状態では満足に気を練る事ができず、また仮にできたとしても鋼鎧がドドメキの超重量に耐えられるかは疑問であった。
―――やっば! やられる!
 生命の危機を感じるが、金鬼には身を強張らせることしかできない。
 ずしん、ずしんとドドメキが迫る音が聞こえ、それが止まった。いよいよか、と覚悟を決めたその時、突然視界が開けた。
「はあっ!」
 目に飛び込んできたのは、深緑の身体に桜色の隈取の、一本角の小柄な鬼だった。その鬼は巧みに弦を操り、金鬼の身を縛す礫をあっという間に砕き落とした。
「おいで!」
 小柄な鬼に手を引かれ、金鬼は危ういところでドドメキの巨体から逃れることができた。
 そのまま数秒駆け、射寧丸らのいる一応の安全地帯へと逃れた。しかし、金鬼の目にはそこにいたはずのとしよの姿が見えなかった。
 そして小柄な鬼が手に提げた音撃弦を見て驚く。
「まさか、としよさん!?」
 小柄な鬼の弦は、緑のボディに鮮烈な雷を刻む音撃弦・烈霆だったのだ。
「そうだよ、この石頭娘」
 としよが変身した鬼の名は、時滅鬼という。かつて朱鬼と関東一の美鬼の座を争ったといわれ、また実力も呪術を好まないながら朱鬼に匹敵する鬼である。
「でもとしよさん、変身して大丈夫なの!?」
「鍛えてるからね。しょっちゅうじゃなけりゃ大丈夫さ」
 魔化魍ではないモノから人を守りし者たちの里にはそこを守る騎士がいるという。紙黄村にそういった鬼がいないのは、としよがいるからだ。
 いまだ衰えず。
 若さを保つ術を使わず、鬼の血をすすりもせず。関東有数の――否、猛士有数の力を持つ鬼は老いてますます健在であった。
339鬼島 〜金鬼・いしあたまな石頭〜:2009/03/20(金) 23:47:30 ID:CT/8tlnR0
 時滅鬼は手を伸ばして金鬼の頬を張った。
「お前さんの悪いところはね、頭が固すぎることだよ」
 ぽかんとする金鬼に、時滅鬼は畳み掛ける。
「しっかりおし! ここで教えたことを思い出すんだよ。まったく、戦いとなるとすっかり忘れちまうようだね」
 金鬼は、教わったことといってもいわゆる普通の修行しかしていない、と頭をひねる。やたらと楽しかったけれど―――
「わかってきたようだね。何でも気楽に楽しむのが一番さね。余計な力ってのは使うだけ損なんだから」
 鬼面に隠れてはいるが、時滅鬼が笑ったのは明らかだった。
「さあ征くよ、みんなでね!」
 金鬼と時滅鬼の傍らには射寧丸とみどりが集まってきた。彼女らは紙黄村で屈指の実力者なので、時滅鬼とともに普段から紙黄村の防衛を担当しているという。
「あの石っころが邪魔だろ? どうするね」
 鈍重に移動するドドメキを尻目に、時滅鬼が金鬼に子供を諭すように問う。
「えーっと……あれを飛ばしてくるんだから……そうだ、飛ばせなくすればいいのよ!」
「よしよし、じゃあやってごらん」
「了解! みどりちゃん、お願い!」
「わっかりましたー!」
 カッパの姿に戻ったみどりが射寧丸に抱えられて空に舞い上がり、四方八方から粘液を飛ばしていく。粘液が強力な接着剤となり、礫の射出を封じた。
 礫のフレキシビリティが失われ、ただでさえ遅いドドメキの移動速度がさらに鈍る。
340鬼島 〜金鬼・いしあたまな石頭〜:2009/03/20(金) 23:51:21 ID:CT/8tlnR0
「綾ちゃーん! 次はこっちおねがーい!」
「まったくテング使いの荒い鬼ですね貴女は!」
 文句を言いながらも射寧丸は金鬼と時滅鬼を抱えあげ、そのままかなりのスピードで真上に向けて飛翔していった。そして身軽な鬼が跳躍するおよそ倍程度――高度200メートル――に到達するや、くるりと反転して真下に全速で降下を始めた。
 時滅鬼は豪風の中、金鬼に叫ぶ。
「お前さんも鬼島の出なら習ったでしょう、合わせな!」
「はいっ!」
 充分に加速がついたところで射寧丸は二人の鬼と足の裏を合わせ、ドドメキに向けて思い切り蹴り出した。
 ドドメキの本体は礫の中にある巻貝状のものである。それ単独ならばさして手強くはないが、大量の礫で鎧った場合には攻防一体の礫により音撃まで持っていくのが格段に難しくなる。音撃弦の刃が本体まで届かないためだ。
 そこで、金鬼は射寧丸の手を借りて加速することを思いついた。威力は速度の自乗に比例する、という法則である。
 音撃弦を弾頭とした二つの鬼が礫の塊に激突する。分厚い礫の層を貫き、見事に魔化魍の本体に刃を刺した鬼は、弦に音撃震を装着して叫んだ。
「「音撃双斬・紅葉!!!」」
341鬼島 〜金鬼・いしあたまな石頭〜:2009/03/20(金) 23:55:35 ID:CT/8tlnR0
陰陽座『百々目鬼』
作詞・作曲:瞬火

烟景の霞の嶺 玉響に心襲う
魔の刺したる間隙

千篇が一律皆 悉く余人の功
のさばりし茶番劇

底に満ちた偉功を這いずり舐めるその仕草
その手には幾ばくの望み

混沌の祭は今 荒れ果て路頭に迷う
移ろわぬ偶像と

掌握した栄光は 手垢でどす黒くとも
満面のしたり顔

底に満ちた偉功を這いずり舐めるその仕草
その手には幾ばくの望み

己も うぬらも 限りない先人の形見を
囓りて 舐りて 明日を生きる餓鬼の群と知れ
堆く積もり 流れ落ちる どどめき

底に満ちた偉功を這いずり舐めるその仕草
その手には幾ばくの望み

己も うぬらも 限りない先人の形見を
囓りて 舐りて 明日を生きる餓鬼の群と知れ
堆く積もり 流れ落ちる どどめき
342鬼島 〜金鬼・いしあたまな石頭〜:2009/03/20(金) 23:59:05 ID:CT/8tlnR0
 激しくも物悲しい、悲劇の女に捧げられた演奏が終わると同時にドドメキの巨体が爆裂して散った。方々に放たれた眼球状の礫も清められ、何の変哲もない石くれに戻っている。
「ぃやったぁー!」
 濛々たる土煙の中で顔の変身を解いたキンキが快哉の叫びを上げた。
 時滅鬼はひょいひょいと土煙から抜け出ると、既に着地していた射寧丸とみどりの横に立って満足げに頷いた。変身を解いた顔には穏やかな笑みが浮かんでいる。
「あの子、なかなかやるじゃないか。ねえ?」
 話を振られた二人も口々に同意した。
「でも、やっぱりちょっと抜けてますね」
「ああ、抜けてるねぇ」
「わたしのせいじゃないからね」
 射寧丸がばさりと翼を一振りすると土煙が晴れ、埃まみれのキンキが姿を現す。
「ヤッタヤッタ、ミンナアリガト……コエガオカシイ!」
 慌てて喉を押さえるキンキの声はヘリウムガスでも吸ったかのように甲高くなっていた。
「そりゃあね。みどりの粘液玉で固めてたんだから息を吸ったらそうなりますよ」
 苦笑する三人の前で、キンキは大急ぎで深呼吸を繰り返す。これが現役六年目の中堅とは思えない、情けない有様だった。
343鬼島 〜金鬼・いしあたまな石頭〜:2009/03/21(土) 00:03:14 ID:rnFJ9OsM0
設定…ではなく余談。
陰陽座の長野公演で紅葉(くれは)を聴いたとき、そのあまりの素晴らしさに震えるぞハート。そのイメージが今回の音撃です。そのライヴハウスから割と近いところに紅葉の墓があるんですよ。
でもテーマ曲は「百々目鬼」。ドラムの連打がまさに百々目鬼のイメージにぴったりです。
なおテーマ曲は基本的に陰陽座にしていますが、前回の風鬼と牢鬼の話は牢鬼の痛みを表現するためにDir en greyにしました。
鬼も妖怪も宴好き、ということでラストに宴会シーンを入れようとしましたが、あまりにも蛇足なので削除。
なおそこで歌わせる予定だったのがHunting Song(ttp://www.nicovideo.jp/watch/sm3710474)。
あやーややーやー!
北欧の対モンスター組織はこんな(森メタル)イメージです。音撃技術は荒削りだけど、魔術的な力を加えたドルイドといったスタイル。土地の力と音撃を合わせて魔を清めるような。
タイトルの「いしあたまな石頭」ってわかる人がいたら俺と同じ趣味。
344名無しより愛をこめて:2009/03/22(日) 22:20:16 ID:T+cOcSGF0
>>329-343
投下乙です。

鬼島SS〜〜ぅ、読むと何だか面白くて〜〜ぇ、もっと読みたくなる気がする〜〜ぅ
あると思います。
345名無しより愛をこめて:2009/03/24(火) 02:02:53 ID:1QPo7kzs0
前回>>315-324のあらすじ:在日中に白い巨犬型の魔化魍に襲われた黒人青年、タイロン・タイラーは、窮地を猛士東海支部の鬼・ナビキに救われて弟子入りし、新人の鬼・タナビキとなった。予想外なことに、師匠の本名は中西南示(男性)であった。


『鬼祓い』 十二之巻「巻き付く銃」


 左右が急な傾斜の土手で囲まれた長野の細い道路上に、東海支部の鬼・ナビキが意識を失い、顔の変身が強制解除されたまま倒れていた。
 東京方面へと向う路上には、ライムグリーンの車が道を塞ぐように横付けで乗り棄てられ、『嵐州』はその進路を閉ざされる形となっていた。
 それを追ってきたガンメタリックのオフロード車が倒れたナビキを挟んで路上に停車し、その中から鎧兜の異装の者が降り立った。
 ――師匠を襲撃したその罪、万死に値する!
 赤糸威(あかいとおどし)の鎧武者の大音声がソヨメキと恭也の耳に突き刺さった。
 ――今からここで『鬼祓い』を執り行う!!
 轟く声が肚の底まで響き、本能的な恐怖に体温が奪われた。
 前方には、狭い道に側面を見せて東海支部の移動車両が停車し、進路を阻んでいる。
 後方からは、鍬形を伸ばした兜を被る鎧の男が迫っている。かなり危険だったが、恭也は前方の車を迂回して、傾斜のきつい土手の斜面に疾り出ることを考えた。
346鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/03/24(火) 02:08:16 ID:1QPo7kzs0
 鎧武者は腰の鞘から剣を抜き、巨躯に似合わぬ素早さで『嵐州』に迫った。進路の変更により、将棋の駒が突き刺さったリアウィンドウは鎧武者から見て左に周り、後部座席の右ウィンドウが彼の視界に入った。
 そのガラスの向こうに、彼の標的――ソヨメキの姿があった。
 反応して窓の外を見たソヨメキが目にしたのは、突き入れられた日本刀が自分に向かって迫り来る図だった。
 鋭い衝突音と共に、剣先がウィンドウ表面に突き刺さり動きを止めた。『嵐州』の強化ガラスは、巨体の鎧武者が放った渾身の一撃にも貫通を許さなかった。
「これが木倉恭也の『嵐州』か。だが」
 鎧武者は、嵐州のドアに手を掛けた。恭也は即座に反応してすべての扉にオートロックを掛けた。施錠の音を気にも留めず、鎧武者はドアを渾身の力で無理矢理開こうとし続けた。
「いかに装甲車でも、人が出入りをするためにはドアが必要だ」
 鎧武者はドアに掛ける手に力を込めながら言った。
「ドアというのは、開くようにできているものだ。ドアをロックする部品さえ駄目になれば、『嵐州』であろうとその扉は開く」
 最後に強く、ぬぅん! と叫ぶ声と共に『嵐州』の後部右扉が無理矢理開かれた。怪力に歪んだパーツが路上に散らばる。
 鎧武者はソヨメキの脚を捉え、抗い難い力で白い鬼の身体を持つ黒髪の女を車外に引きずり出した。
347鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/03/24(火) 02:12:04 ID:1QPo7kzs0
「ソヨ!」
 ハンドルから手を離して恭也は振り返った。
「恭也、『嵐州』から出るな」
 ソヨメキは、足首を万力のような力でつかまれ路上に倒れながらも、音撃盤『羽柱』を手放していなかった。
「こいつは……危険だ」
 ソヨメキが音撃盤の銃口で狙いを定めようとすると、鎧武者は彼女の足首から手を離し、素早く後ずさって間合いを空けた。
 鎧武者は足元に倒れるナビキを見て言った。
「こうやって、お前の師匠も半殺しにしたのか」
 ナビキの両脚に、一つずつソヨメキによる弾痕があった。
「違う、師匠をやったのは私じゃない」
「言い訳は後にしろ。人を護るためのその力を悪行に利用した廉(かど)で、貴様の『鬼』を『祓』う」
「お前は、『鬼を狩る者』か」
「ほう。俺の一族のことを知っているのか」
 鬼になれない体質を受け継ぎ、鬼の力に対する渇望からその存在を憎む一族。ソヨメキたちが鳥取で教えられた、鬼を狩る一族の者がいま目の前にいた。
 東海支部が交通を規制しているのか、鬼を狩る者がいくら大声を上げても、それを聞きつけてやってくる者の気配はなかった。
 のどかな自然に囲まれた中に走る細い道路には、見渡す限り彼ら以外の姿はなかった。
348鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/03/24(火) 02:16:03 ID:1QPo7kzs0
「俺は『鬼を狩る者』でもあり、また俺自身が『鬼』でもある」
「鬼……『鬼の鎧』だな、それは」
 ソヨメキが知る物とは意匠が異なるが、鬼になれない体質の者が『鬼』を名乗るのであれば、その身に纏うのは鬼の鎧と思われた。
「これを纏えば、俺は本物の『鬼』にも負けない鬼となる。人は俺を――『頂鬼』と呼ぶ!」
 大声でそう告げると、鎧武者は金色の円形の盾を装着した左腕をソヨメキに差し向けた。同時に、盾から弧を描いて出てきたレールの先にある銃が、自動的に鎧武者の手に収まった。
 突然の武器の出現に、ソヨメキの反応が一瞬遅れた。敵の得物が銃だと判り、彼女はそこを瞬時に跳び退いた。白い鬼の脚が、鎧武者から発された空気弾に撃ち抜かれる。
 血をアスファルトに散らしながら、ソヨメキは『嵐州』の陰に倒れ込んだ。
「大丈夫かソヨ!」
 窓を開け車内から恭也が声を掛けると、車窓の直下からソヨメキの苦痛混じりの声がした。
「問題、ない……!」
 気合いを込め、鬼の治癒力で脚の銃創を塞いだソヨメキが、金色の中型銃を手に立ち上がった。追手から陰となる『嵐州』の前方を低い体勢で走り抜けると、ソヨメキは白い車体の陰から様子を窺った。
349鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/03/24(火) 02:19:24 ID:1QPo7kzs0
 反対側を向いている鎧武者の様子を確認すると、ソヨメキは音撃盤から発砲した。しかし、この動きは読まれていた。赤い鎧武者は、銃撃を受けた瞬間に素早くソヨメキに正対して左腕の盾で空気弾を受け止めた。
 弾圧に僅かに盾が歪んで軋んだ音をたてたが、それ以上のダメージはないようだった。
「効かぬ!」
 兜の下の頬当ての奥から、大きな声が勝ち誇った声をあげた。そして、彼は再びソヨメキに銃口を向けた。射撃音が連続して響き、横に逃れたソヨメキの手と音撃盤の銃身に空気弾が食い込んだ。またも血飛沫があがり、今度は音撃盤が弾き飛ばされた。
 ソヨメキの手から離れた音撃盤は、土手の下に落ちて姿を消した。
「終わりだ。ソヨメキ」
 肚の底に響く低い声で、鎧武者は言った。
「この狭い道では、車は通れまい。岸啓真の『凪威斗』も大破した。貴様にもう逃げ道はない」
 長い黒髪を乱し、ソヨメキは手の傷を抑えた。相手の立て続けの攻撃に、顔だけ変身解除した状態から再び鬼の顔になるいとまもない。息は乱れ、額や頬に汗が伝ったが、彼女はまだ戦意を喪失していなかった。
 気合いを込めて手の傷を塞ぎ、無手となった両の薄紅色の甲から、鬼爪を生やして構える。
「まだ抵抗する気か」
 威圧的な声にも、ソヨメキは動じずに立ち続けた。しかし無表情な中にも、緊張と焦りが僅かに出ていた。
 その時、無人だったはずの東海支部のライムグリーンの車両が、突如として唸りを上げた。
350鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/03/24(火) 02:27:16 ID:1QPo7kzs0
 鎧武者もソヨメキも、互いに相手から注意をそらせず、そちらを見ることはできなかった。
 東海支部の『飛車』か、と思い恭也が目を向けると、オフロード車が動き出して向きを変え、恭也たちに進路を開けるように車を道路の左に寄せた。
 運転席から、レザージャケットをまとった男が降り立ち、恭也に向けて車を直進するように手を振った。
「早くソヨを『嵐州』に乗せろ!」
「啓真!?」
 東海支部の鬼に単車の前輪を撃ち抜かれて転倒し、かなりの速度の中で地面に投げ出されたはずだったが、深刻なダメージは無いようだった。
「無事だったのか。東海支部の『飛車』はどうした?」
「あの口ヒゲなら、土手の下でのびてるぜ」

 啓真が転倒した地点から傾斜を降りきったところに、口髭を生やした男が頭に大きなこぶを作り、脚を斜面の上に広げ仰向けに倒れていた。
351鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/03/24(火) 02:30:29 ID:1QPo7kzs0
 先ほど無理矢理こじ開けられたまま開いていた後部座席のドアから、小さな塊が車内に跳び込み、ソヨメキに向けて言った。
「お姉ちゃんの音撃盤ひろってきたよ!」
 それは、金色の中型銃を土手の下から拾ってきたキー坊だった。
「啓真ッ、キー坊!」
 恭也は左腕の鬼弦を二人に示して、展開して指で弾いた。啓真とキー坊は頷いて、それぞれの音叉を打ち鳴らした。
 三人の放った鳥型のディスクアニマルが、赤い鎧武者に三方から向っていく。鎧武者は左腕に巻き付いた銃口を向け、それらを次々と撃ち落とした。
 鎧武者が気づいた時には、『嵐州』のドア付近でキー坊から受け取った音撃盤を構え、正確に自分に向けて狙いを定めたソヨメキの姿があった。
 間髪入れず放たれた圧縮空気弾を金色の盾で受け、その腕をゆっくりと降ろした時には、ソヨメキの姿は鎧武者の視界から消えていた。
 射撃後すぐにソヨメキは『嵐州』の後部座席に滑り込み、同時に、ドアを一つ開けたまま車は疾り出していた。
「この場は退くぞ! 啓真、お前も早く乗り込め!」
 東海支部の車両の横を抜けて啓真の横で停車した恭也は、そこに、脚を上げて嘶いた馬のような体勢でその場に静止している『凪威斗』の姿を見た。
 フルフェイスのヘルメットを被り、ウィリー体勢で啓真は車体をそこに停止させていた。バイクのリアショックは完全に沈み切っていた。
「俺のアシはコイツだ。そう簡単に相棒を置いていけるかよ」
 高く持ち上げられた前輪は、バーストしたままで走行に使用できない状態にある。
「後輪だけで疾れるのか?」
「なあに、そこの声のデケぇオッサンの車には負けねぇよ」
 亀裂の入ったシールドの奥で、啓真は不敵に笑って言った。
352鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/03/24(火) 02:35:03 ID:1QPo7kzs0
「――待てい!!」
 背後から割れ鐘のような鎧武者の声が上がる。
「二人とも、何かにつかまっていろ」
 キー坊が後部の扉を閉めると、いつものようにヘッドセットを付ける余裕もなく、恭也は車を急発進させた。その後を、前輪を浮かせたままの黒い単車がウィリー走行で続く。
「馬鹿な……」
 鎧武者は、遠ざかる二台を見ながら言った。
「猛スピードで疾る単車で転倒した男が、なぜまだ動ける。誘拐された『と』がなぜ奴らの味方をする。相手が残り二人だけなら、俺は確実にソヨメキを仕留めていたはずだ」
 ガンメタリックの単車のドライバー席から、長髪で痩躯の男が鎧武者に言った。
「イタダキさん、乗ってください。奴らを追いましょう」
 鎧武者は車両に乗り込むと、左腕を降ろし、握っていた金色銃の銃を操作した。腕に巻き付いていた銃が自動的に掌中から離れ、弧を描いて円形の盾の中に収まっていった。
 車が疾り出すと、鎧武者は運転する男に向けて言った。
「四国の方はどうだ」
「今のところ、動きはありません」
「俺の読みでは、『フリューゲル』の『金』は、事件の翌朝にソヨメキと接触している。逃亡の手引きをした可能性は高い。今後も目を離すなと、二人に伝えておけ」
「はい」
353鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/03/24(火) 02:39:08 ID:1QPo7kzs0
 長野からはるか南西、香川の峠にあるドライブインに停車した、ネイヴィーブルーの乗用車がいた。運転席には猿顔でソフトモヒカンの男が座り、後部座席には眼鏡を掛けた中年女性がノートパソコンを膝の上に乗せて座っていた。
 既に時刻は夕方になり、暗い車内でノートパソコンのディスプレイが光り、その明かりが女の眼鏡に反射していた。
 キーボードの上で指を走らせながら、女は歌うように呟いていた。
「あなたのパソコン、ハッキングゥ〜、でも正しい言い方はクラッキングゥ〜」
 桃太郎のモデルとなった『吉備津彦』に付き従った犬養部、猿養部、鳥養部の子孫と伝えられる彼らは、代々の『鬼を狩る者』に『戌(いぬ)』『申(さる)』『酉(とり)』として仕えてきた。
 三人のうち、『戌』は鬼祓いに出向いた主人に付き従い、残る二人は四国に飛んで、ソヨメキたち三人の叛逆者が出入りしていた猛士関連施設を監視していた。
 ドライブインの食堂や休憩所に並び、カフェ「フリューゲル」は営業を続けている。
 ただし、店長の羽佐間琴音は体調不良のため店に出ることはなくなり、副店長であり、琴音の弟の同級生でもある、伊家野が店を取り仕切り、また猛士の支局を束ねる『金』としての務めも代行していた。
「ここは総本部も監視してるんだろ? 俺たちが視てる意味あんの?」
 男が後部座席の女に言った。
「それがイタダキさんのご命令でしょう?」
 ディスプレイから目を離さぬまま、女は応えた。
「そんなの関係ねぇ」
「何を考えているの」
 女がようやく顔を上げて訊くと、男は凶悪な笑みを浮かべて言った。
「今夜あたり、ここの『金』見習いを監視してみようぜ。本部と同じことをしてたってしょうがない」
354鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/03/24(火) 02:41:25 ID:1QPo7kzs0
 恭也たちの行く手に、大勢の私服の人々によって張られたバリケードがあった。その大半の注意は恭也たちの進行方向に向けられている。『鬼祓い』を執り行う地から人を遠ざけるために作られた、東海支部による検問と思われた。
 その集団に向って恭也はクラクションを連打した。驚いて振り返った人々が、迫り来る白い車両に気づいて脇に逃げる。
「どけ、どけどけーッ!」
 ウィリー走行で疾り続ける『凪威斗』の車上から、啓真が陽気に叫んだ。
 その前を行く、槍のギミックを車両の前面から突き出した『嵐州』がバリケードを突き破り、検問を突破した。
 二台がそこを通り抜けてからすぐに、ガンメタリックのオフロード車がやってきた。
 背後で再度起った騒ぎを耳にして、恭也はバックミラーに目を移した。鎧武者の車両が迫っていることに気づき、後ろを振り返る余裕もなく、恭也は夢中で車を疾らせた。

 どこをどう疾ったのか、とにかく矢のように走行を続け、日が落ちる頃、ようやく恭也は『嵐州』を停車させた。
 驚いたことに、その間『凪威斗』はずっとウィリー体勢のまま、リアショックを深く沈めた状態で『嵐州』と並走していた。
 気づくと、そこはどことも知れぬ夜の山中だった。緊張が解けると、東海支部の鬼に斬りつけられた全身の傷が痛んだ。出血のせいか意識が遠のく。
「ソヨ……、大丈夫か」
 バックミラー越しに恭也が訊くと、鏡の中でソヨメキと目が合った。
「私は問題ない。それより、お前の方が――」
「そうか、よかった」
 呟くような声で言うと、恭也は運転席に座ったまま意識を失った。


十二之巻「巻き付く銃」了


三話ずつ、四国編、中国編、関西編、東海編と書いてきましたが、今回で地方編は終了となります。後半(十数話予定)は関東編です。
355名無しより愛をこめて:2009/03/25(水) 10:54:05 ID:Z3jLZoY/0
>345-354
投下乙です

関東編、wktk
356欧州編 第七夜:2009/03/25(水) 23:44:24 ID:sjCr6BO+0
「サッキ……ですか」
「そう。北陸支部所属、コードネーム殺鬼。十中八九彼で間違いないでしょうね」
電話口で南雲あかねはそう答えた。
だが、ニヤにとって重要なのはダークロードの名前ではない。その人物がザルフの死について何か知っているか否か、それだけだ。
「北陸支部所属と言うのは……?」
バキのように既に一線から身を引いているのならまだしも、組織に在籍中の者が渡欧していると言うのはどうも腑に落ちない。それに対しあかねは「表向きは猛士に籍を置いているという事になっているの」と答えた。
サッキは、嘗て支部の仲間を裏切り、あまつさえ手に掛けた人物を追っていると言う。その相手――チョウキと言うコードネームの鬼が渡欧したという情報を得て、彼もまた欧羅巴の地を訪れたらしい。
(もう一人オニが来ているのか……)
そのチョウキと言うオニも捕獲の対象とするべきだろう。だが今は、ニヤが秘密裏に猛士と繋がっているという事実を、DMCの者に知られる訳にはいかない。
(そちらは捨て置くしかないか……)
「ねえN……」
「はい?」
急にあかねの口調が変わった。
「バキくんは居るかしら?大事な話があるの」
「残念ながら彼は不在です」
オーガを追って本部を飛び出していったきり、丸一日戻ってきていない。残念そうなあかねに、戻ってきたら連絡するよう伝えておくとニヤは告げた。
「そう……。分かったわ」
どうやら本当に大事な話なのだろう。ただ、あかねには色々と便宜を図ってもらっている手前、余計な詮索はしないよう務めようとするニヤ。
通話を終えた後、あかねは深く溜め息を吐いた。実は今、猛士の上層部はある事情で蜂の巣を突いたような騒ぎになっている。極秘裏に解決するにはバキの力を借りるしかない。サッキの協力も得られるのであれば尚更だ。
傍らの机の上に置かれた、一枚のディスクアニマルに目をやる。嘗てザンキがあかねに託した物だ。
(ザンキくん……)
あかねはディスクを手にすると、亡きザンキに力を貸してくれるよう祈った。黄金狼のディスクは、窓から入り込む陽光を浴びて、きらきらと輝いていた。
357欧州編 第七夜:2009/03/25(水) 23:47:51 ID:sjCr6BO+0
その日の事を、場末の小さなショットバーのマスターは一生忘れないだろう。
彼の店は薄暗い階段を下りた先、古びた雑居ビルの地下にあった。マスターは階段を下りてくる足音だけで、客の人数や背格好、性別までも判別出来た。長年の経験だった。
だがその日は違った。足音どころか、全く気配が感じられなかったのだ。突然ドアが開け放たれ、不意を突かれたマスターは入ってきた人物に向けて、客商売をしている者としては有り得ないような間抜け面を見せてしまう。
そこには、怪物が立っていた。
否、相手は人間なのだ。しかし人間と呼ぶのは憚られた。第六感とでも言うのか、本能がそう強く訴えかけていた。
「二人だ」
そう告げる大男の背後から、小柄な男が顔を出した。どちらも東洋人だ。しかし、どうもただの観光客とは思えなかった。
「……ッッ!」
長年の経験で、客がどういう商売をやっている人間なのか大体は分かるようになっていた。しかし、今目の前に居る二人の東洋人からは何も読み取れない。それがマスターの自信を奪った。
「どうした?」
「あ、は、はいッ!何に致しましょう!」
大男は「ウォッカ」と告げるとカウンター席にどっかりと腰を下ろした。その横にもう一人が座り、「俺はテキーラ」と告げる。
「えーと、その……」
ストレートかロックか、それとも何かで割るのか、シングルにするかダブルか、そう尋ねるだけだと言うのに言葉が出ない。そんなマスターを無視して大男は「瓶ごと出せ」と厳かに告げた。
「ハ、ハイッ」
「俺はグラスで。あ、塩やライムはいらないから」
「ハイッ!?」
さらっと恐ろしい事を言う。テキーラはアルコール度数の高い酒だ。ストレートでやると確実に喉をやられるので、その場合は塩を舐めライムを口に搾りながら飲む事になる。それをそのままで良いと言うのだ。何度聞き返しても男は「いらない」と答えた。
358欧州編 第七夜:2009/03/25(水) 23:51:04 ID:sjCr6BO+0
マスターが用意をしている間、男達は日本語で会話を始めた。
「憎い相手と酒を飲む気分はどうだ?」
「あんたの方から誘ったくせに」
大男は「クスクスクス」と薄気味悪い笑みを浮かべた。
「……親父はどうしてあの場所に?」
「教えてもらったのさ」
「誰に?」と言う問いに対し、またしても不気味な笑みを浮かべながら。
「お前もよく知った顔だ。まあ、顔だけで中身は違うようだが」
「ああ、あの連中か……」
しかし、何故そのような情報を教えたのかまでは分からないと言う。だがいつもの事だと、それ以上の追及はしなかった。
「お待たせしました……」
ショットグラスに入れたテキーラをまず置き、次にウォッカのボトルをカウンターへと置いた。言われた通りこちらにはグラスを付けていない。
大男――オーガはボトルを一睨みすると、文字通り目にも留まらぬ速さで手刀を横一文字に振り抜いた。首の部分が吹っ飛び、マスターの頬を掠めてバックバーに並んであったボトルを一つ砕いた。
マスターの頬から一筋の血が、額から冷や汗が流れた。彼にしてみれば、突然目の前のボトルの首が飛んだ訳である。超常現象以外の何ものでもない。
オーガは首を撥ねたウォッカのボトルを掴むと、満足そうに一気に飲み干した。
「〜〜ッ!!」
開いた口が塞がらないマスター。駄目押しをするかのように、隣に座るバキもテキーラをまるで水でも飲むかのように一息に飲み干す。
「おかわり」
「お、お、おか〜!?」
全てを言い終える前に、マスターの意識は深い闇へと遠退いてしまった。失神したマスターを心配そうに眺めるバキに向かって、オーガが「放っておけ」と言い放つ。
359欧州編 第七夜:2009/03/25(水) 23:53:53 ID:sjCr6BO+0
「バキよ……」
「何だよ」
「あの連中は何やらとんでもない事をやらかそうとしている。俺があの場に呼ばれたのにも何か意味がある筈。そして各地を放浪している間、吸血鬼どもが魔導書を次々と盗み出しているという話を耳にした」
「……欧州が落ち着くまで俺との戦いはお預けと?」
話が早い、とオーガは満足そうに笑った。そして一言。
「……『ソロモンの指輪』だ」
「何だって?」
「連中が次に狙うとすればこれだろう。あらゆる悪魔を使役出来ると言う呪具だ」
「悪魔!?」
ソロモンの指輪とは――大天使ミカエルがソロモン王に与えたと旧約聖書に記されているアイテムである。既に超常吸血同盟の手によって奪われた「ソロモンの鍵」には、ソロモン王がこの指輪で七十二柱の悪魔を使役したと記されている。
「そんな……」
しかし現実に吸血鬼達は二冊の魔導書を盗み出しているのだ。否定は出来ない。そしてそれは……。
「連中の目的は『悪魔』なのか?」
だがバキの問い掛けにオーガは「知るか」と告げると、勝手にカウンターの内側に入ってアルコール度数の高い酒を中心に漁り始めるのだった。
360欧州編 第七夜:2009/03/25(水) 23:58:06 ID:sjCr6BO+0
ここで少し時間は遡る。
仏蘭西の首都・巴里。その地下にまるで網の目のように張り巡らされたメトロ。とあるメトロの駅の片隅に、嘗て第二次大戦中にレジスタンスが使用した秘密基地へと通じる通路があった。
古びた階段を一人の男が下りていく。手には大きな荷物を抱え、その顔には――仮面を被っている。
錆び付いた鉄扉の前に立つと、男は扉を軽くノックした。扉の向こうから声が聞こえる。
「片手に」
どうやら合言葉のようだ。男は迷う事なくこう答えた。
「ピストル」
またしても声が問い掛けてくる。それに対し男も合言葉を返していく。
「心に」「花束」
「唇に」「火の酒」
「「背中に人生を」」
最後の合言葉は二人でハモる。それと同時に扉が開かれた。
「お帰り、パピヨン!」
パピヨンと呼ばれた仮面の男を、満面の笑みで男が迎える。仮面の男は近くの机の上に、抱えていた荷物――食料や日用品の類を乗せると、くるりと回った。
「見ろ!顔馴染みになった店の人達からこんなに沢山!」
「うおお〜!凄いじゃないかパピヨン!」
「何を騒いでいるんだ、君達は……」
はしゃぐ男性陣を、冷めた目で眺めながら一人の女性が呆れたように呟いた。目つきの鋭い、と言うか悪い女性だ。美人なのだが、彼女の顔には左目の上から口元にかけて斜めに傷跡が刻まれている。
「……お前が考えたその日本語の合言葉、何とかならんのか?」
「む、知らんのかジュリー?」
合言葉に使われているのは、ジュリーこと沢田研二の1978年のヒット曲「サムライ」のフレーズである。沢田研二は1975年に仏蘭西で賞を受賞しており、知名度はそれなりにあると踏んでいたのだが、残念ながらこの曲は仏蘭西では発売されていない。
「大体、私は英吉利人だ」
「そうか、それは残念」
溜め息を吐きながら女が告げる。
「パピヨン、客だ」
誰だと言う問いに対し彼女は「オーファンだそうだ」と答えた。
「オーファン(孤児)?」
明らかに偽名である。
361欧州編 第七夜:2009/03/26(木) 00:02:16 ID:a4Qn5LaA0
と、奥の方に置かれた椅子に座って、古ぼけた本に目を通していた黒尽くめの男が立ち上がった。件の来客である。
「相変わらず無駄に能天気じゃねえか……」
やさぐれた目にぼさぼさの髪、無精髭。ぼろぼろに擦り切れた黒革のジャケットにジャングルブーツ、額には亡き仲間の遺品である赤い鉢巻。咥え煙草。そして、腕に巻かれた変身鬼弦。
「誰かと思えばサッキさん」
「元気そうだな、チョウキ。何だ、パピヨンって」
パピヨンとは仏蘭西語で蝶の事である。
「蝶鬼だからパピヨン。こちらではそう名乗っている。この俺に相応しいエレガントな名前だろう?」
「けっ」
吐き捨てるようにそう呟くと、サッキは本を乱雑に放りなげた。
「よせ。それはお前みたいな国語のレベルが低い者が乱雑に扱っていい物じゃあない」
「毒吐くのはあいつだけで充分だ。相変わらず妙な本を読みやがって……」
支部に居た頃、チョウキはよく仲間の一人と本の貸し借りをしていた。……その男も既に鬼籍に入っているが。
「チョウキ、紹介してくれよ」
チョウキを出迎えた男が、そう頼んだ。
「やれやれ……。こいつはサッキ。俺が日本に居た頃の同僚だ。俺を殺したがっている」
「敵なのか!?」
武器を構えようとする男を、チョウキが制止した。
「やめておけ。その男は強いぞ。老けた分、最盛期程の力はもう出ないだろうが……。さて、次はこいつらの紹介だな。既に自己紹介は済ませているかもしれんが念のため……」
まずチョウキは傍らに立つ男を指し示して。
「この如何にも偽善者な笑顔が曲者の男は、カズキン・サンライトハート。この地下組織のエースの一人だ」
「カズキンだ。宜しく!」
カズキンと呼ばれた男は、これまた満面の笑みでサッキに利き腕を差し出した。どうやら握手のつもりらしい。だがサッキはそれには応えず、顔に傷のある女について尋ねた。
362欧州編 第七夜:2009/03/26(木) 00:06:39 ID:a4Qn5LaA0
「この一目で凶暴だと分かる女はトッコ・B・マッケンロー。もう一人のエースだ。女だからって甘く見ない方がいい。こいつは生身の人間だが、戦闘能力は鬼や狼にだって負けはしない」
「ほう……」
意外そうな目を向けるサッキを一睨みすると、トッコはチョウキに向けて告げた。
「そんなに持ち上げるな。特に、お前に言われるとあまり良い気分ではない」
「トッコさん照れてるの?」
「照れてなどいない!」
突然、夫婦漫才のような掛け合いを始めるカズキンとトッコを尻目に、サッキがチョウキへと尋ねた。
「……お前、ここで一体何をしている?」
「最初は日本漫遊にも飽きたし、そろそろ大陸進出の頃合かと思って、それでとりあえず花の都・巴里へと飛んだわけだが……」
欧州では、滅んだ筈の超常吸血同盟が復活し、各地で暗躍を行っていた。力を持つチョウキは、否応無しに戦いの渦中へと巻き込まれたのだと言う。
「そんな時、この組織に拾われたのさ」
チョウキ達が所属するこの地下組織は、モンスターとDMCの戦いに巻き込まれた被害者を中心に結成されたらしい。但し、その目的は独自にモンスターと交戦して被害を減らす事であり、DMCに敵対する意思は無いようだ。
基本的に民間人の多いこの組織において、英吉利からやって来た二人の戦士――カズキンとトッコは組織の要でありシンボルであった。
「シンボルねぇ……」
そう呟くとサッキは近くの机の上から古びた灰皿を拾い上げ、短くなった煙草を押し付けた。強く押し付けたため、溜まっていた灰が舞い上がる。
「……質問を変えるが、あの本は何だ?俺にはさっぱり読めねえ。何か奇妙な図形とかも書いてあったが……」
そう言うとサッキは先程自分が眺めていた本に目をやった。チョウキが不敵な笑みを浮かべながら答える。
「あれはグリモワール。日本語で言うと魔導書」
「魔導書?」
「そう。『鍵』と呼ばれる魔導書さ……」
魔導書「ソロモンの鍵」は二冊一組の本だ。オルロックにより奪われたのは「ソロモンの大いなる鍵」。そしてチョウキが読んでいたのは残る一冊、「ソロモンの小さな鍵」の原本であった……。
363欧州編 第七夜:2009/03/26(木) 00:12:21 ID:a4Qn5LaA0
オーガとの戦いから数日後、ダンピールであるDと不死身の肉体を持つアランは、中国勢やミガルー達よりも遥かに早い時間で退院し、鍛錬に励んでいた。特にDは、自身と同じダンピールの吸血鬼ハンターを多く抱えた東欧の組織、それに所属する者を相手に模擬戦を重ねていた。
その日、Dが戦っているのは、同じく東欧の組織に所属する「クルースニク」と呼ばれるハンターだった。
彼等はダンピールではない。どちらかと言うと猛士の鬼やDMCの狼に近い。つまり、鍛錬で肉体を変化させた人間達である。
クルースニクは戦闘時には獣の姿へと変身する。今Dと相対している二人のクルースニクは、それぞれ馬と猪を模した戦士に姿を変えていた。スピード特化型とパワー特化型の戦士である。
その様子をベンチに腰掛けながら眺めるマリアの傍に、アランがやって来た。未だ頭には包帯が巻かれており、実に痛々しい。
「あいつ、やけに熱心だな」
「この模擬戦に勝ったら、クルースニク達が持つある物を貰えると言う約束らしいです」
「ある物?」
それが何なのかマリアにも分からないと言う。だが、あのDが執着する程の物だ。今後の戦いにおいて、RPG第三部隊の力になるのは間違いないだろう。
「……ところで、仏蘭西の地下組織の話は知っているか?」
アランの問いにマリアが頷いた。
「元第十二部隊の人間が参加していると聞きました」
「それは初耳だな……」
RPGには全部で十二の部隊が存在する。これは円卓の騎士の伝説を意識した数だ。
実際の伝説ではアーサー王を含めて座席の数は十三。しかし十三番目の席には呪いがかけられており、実際の騎士の数は十一人だと言われている。
大戦士長ヴィクターが直々に率いる、錬金術に長けた第一部隊。マリア達が所属する対吸血鬼専門の第三部隊。エクソシストが在籍する第四部隊に、諜報活動を主な任務とする第七部隊……。そして忌まわしき十二の数字を与えられた部隊の任務は――暗殺。
組織の存在に気付いたマスコミ等の口封じや、脱走者の粛清。汚れ役専門の、味方にすら忌み嫌われている部隊である。
基本的に各部隊の問題児や、任務に見合ったスキルを持つ者の寄せ集めで構成されているのが特徴である。そして、噂の地下組織に所属していると言う人物は……。
364欧州編 第七夜:2009/03/26(木) 00:17:05 ID:a4Qn5LaA0
「覚えていませんか?『ペイルライダー』のコードネームで呼ばれていた……」
「あの女か!?」
「どうやらそのようです。あの顔の傷は目立ちますからね」
ペイルライダー(最後の審判に現れるとされる死の天使)の異名を持つ女戦士は、嘗てヴィクター配下の第一部隊に所属していた。組織の中でも強豪が集うとされる第一部隊に最年少で配属された程の腕前である。
その後第十二部隊に移り活動を続けていたが、同じくRPGの戦士の一人と共に、半ば強引に組織を辞めた後、行方を眩ませていた。それがまさか仏蘭西の地で見つかるとは……。
「組織を辞めておきながら、何故戦う?」
「巻き込まれたのかもしれません」
今の欧羅巴圏を取り巻く情勢を顧みれば、何ら不思議ではない。
「彼女達と繋ぎを取る事が出来れば……」
草の根活動を展開している彼等には、独自の情報網がある筈だ。常に後手に回っている統一部隊にとっては藁にも縋る思いだと言えよう。
「うおおお!」
Dの新しいバスタードソードが、クルースニクの一人の胸を斬り裂いた。血飛沫が飛び散る。傷を押さえながら後ろへと後退する仲間を庇うかのように、もう一人のクルースニクがDの前に立ち塞がった。
「どうした、来い!」
血を浴びた事で、彼の中に眠るヴァンパイアの血が目覚めたのだろう。真紅に染まった眼を光らせながら、Dが叫んだ。
365欧州編 第七夜:2009/03/26(木) 00:22:51 ID:a4Qn5LaA0
「最近お前、何と呼ばれているか知っているか?」
不敵な笑みを浮かべながらチョウキがサッキに問うた。サッキはディスクアニマルの整備をしている。
「ダークロードだそうだ。これまた大層な呼び名だな」
「どういう意味なんだ?」
チョウキに視線を向ける事なく、サッキが尋ねた。
「意訳すると魔王だ。お前が以前話したゴーゴンと狼の戦いへの乱入、あれが原因らしい」
「魔王ねぇ……」
「ここ欧州では鬼は畏れられている。聞いた事あるだろう、関西支部を出奔した『地上最強の生物』の話を……」
無言のままサッキは咥えていた煙草を、大量の吸い殻が溜まった灰皿へと押し付けた。吸い殻の山が崩れ、灰が宙に舞う。
(サッキ、オーファン、魔王、そして……)
人としての本名――ここ欧州で彼は四つ目の名を手に入れた事になる。万が一これ以上増えると、ただでさえ空虚な自分と言う存在が、ばらばらになってしまいそうで少し怖かった。そんな自分の心情をチョウキに読まれぬよう、新たな煙草に火を点けてふかす。
彼等が居るのは、巴里の地下にあるアジトのいつもの一室だ。状況が状況なため、サッキはチョウキの鬼祓いを行わず、共闘すると約束している。
「ソゲキを殺したのは俺だぞ?」
最初、チョウキはそう言って反応を見た。だがサッキは。
「鬼になった時点であいつも覚悟の上だったろう」
鬼祓いをする事と復讐は別だと、そう彼は暗に告げたのだった。
空調設備の整っていない室内は、サッキが吸う煙草の煙で真っ白になっている。北陸支部に居た頃はいつもこんな感じだった事もあってチョウキは気にしていないが、カズキンやトッコ達は堪らず他の部屋へ避難している。
366欧州編 第七夜:2009/03/26(木) 00:25:03 ID:a4Qn5LaA0
調整の最後の仕上げに、サッキは腕の鬼弦を鳴らした。ディスクが空中で回転し、瑠璃狼の姿へと変わる。
「知らないうちにそんな物を持つようになったんだな」
「今の開発局長の大ヒット作だ」
「ああ、よく大宴会の席上で無駄に上手い歌を唄っていた……」
「俺は会議の疲れもあってか、あの人が唄いだすとすぐ眠っていたがな」
遠い目で、あの頃の事を思い出すサッキ。九州支部の馬が暴れたり、関東支部の妙な外人が北海道支部の女に手を出して制裁されたり……実を言うと、毎年何か起こりはしないかと期待しながら吉野を訪れていた。
と、そこへカズキンが駆け込んできた。
「チョウキ!」
本名(厳密に言うとコードネームだが)が判明して以来、カズキンは彼をチョウキと呼ぶようになった。パピヨンのままで構わないと告げたのだが、彼は笑顔で「ちゃんと名前で呼ぶのは当たり前だろ」と答えたのだった。
「どうした、騒がしい」
「周辺を警戒中だった仲間から連絡が……」
二人の鬼の表情が一瞬のうちに険しくなった。サッキは煙草の火を消すとギターケースを背負い、チョウキは「ソロモンの小さな鍵」を懐に仕舞い込んだ。
「ヴァンパイアか?」
「凄い数らしい」
「物量で来たか」
余程この本が欲しいとみえる――そう言うとチョウキは本を仕舞った懐を軽く叩いた。
その日、巴里の地下は絶叫と血に包まれた。
367欧州編 第七夜:2009/03/26(木) 00:28:51 ID:a4Qn5LaA0
「あれの封印を解くですって!?」
ニヤの突然の発言に、ジェバンニは腰を抜かさんばかりに驚いた。レスターも冷や汗を拭いながら考え直すよう嗜める。
「万が一我々の技術が他所の組織に流出でもしたら……」
「その考え方がいけないのです。そんなだから我々は今もって、ただの寄せ集め集団でしかないのです」
強い口調だった。ジェバンニもレスターも黙り込んでしまう。
ニヤが封印を解くと言ったのは、約十年前に開発された、大天使の名を冠した四本の音撃弦である。新型のプロトタイプとして、試験的に様々なギミックが盛り込まれてあるものの、どれも諸事情で量産化が見送られ封印された曰く付きの代物である。
うち一本、火を司る大天使ミカエルの名を冠した弦は、生前のザルフに譲渡された後、日本で行方不明となっている。だが残り三本はDMC総本部に眠ったままだ。
分かりましたよ、と渋々ジェバンニが同意を示した。
「で、誰に使わせるのか決めてあるんですか?」
「先の戦いで音撃弦を破壊されたミガルーに一本渡そうと考えています。後は……」
北欧の組織から出向してきている者の中に凄腕の弦使いがいるらしいので、その人物を候補に考えているとニヤは告げた。
368欧州編 第七夜:2009/03/26(木) 00:31:05 ID:a4Qn5LaA0
「北欧ですか……」
北欧はRPGが使用している魔術文字発祥の地である。基督教による教化が遅れたため、独自の組織体系が出来上がっており、そのまま現在に至る。神話の影響か運命論者が多く、また名前を大切にする考え方のため、戦士は皆本名を名乗っている。
そんな北欧の戦士達最大の特徴、それは死を恐れない事だ。勇敢に戦って死んだ者は、主神オーディンの住むヴァルハラ宮に勇者として招かれるからだ。死を恐れない者は得てして――強い。
「で、あと一本は?」
「それは未だ決めていません。あれを扱うに足る者が居ればよいのですが……」
最悪私が使いましょうか、と事も無げにニヤが言った。彼は弦の戦士であるザルフの弟子。当然ながら弦の扱いにも長けている。
「止めて下さいよ。あなたに万が一の事があったら……」
「冗談ですよ」
しかし戦力の底上げは重要な課題の一つだ。何としてでも大天使の弦を扱えるだけの戦士を探さなければならない。
「……候補者探しの件は私に任せて下さい。皆さんはそれぞれに与えられた任務をきちんとこなすようお願いします」
二人にそう告げると、ニヤは静かに立ち上がりいつもの会議室を後にした。

第七夜 了
369高鬼SS作者 ◆Yg6qwCRGE. :2009/03/26(木) 00:40:29 ID:a4Qn5LaA0
前回の投下の後、規制に巻き込まれて今日ようやく解除されたみたいです。
その間に鬼島作者さんが北欧について言及してて「マズい!」と思ったんですけど、
とりあえず書いておいたまんま投下しました。


この間の連休に屋久島へ行ってきました。
ひょっとしたらそれで何か一本書くかもしれません。
久々に連続物以外のものも書きたかったところだし。
370名無しより愛をこめて:2009/03/26(木) 08:40:59 ID:p66MaOtX0
>>356-368
投下乙です。
371鬼島兼用語集:2009/03/28(土) 08:58:49 ID:rYYprPLSO
いや面白い
これまでに膨大な数の作品があるだけに重厚ですね
北欧については、ネタは出したもん勝ちなのでガンガンやっちゃってください!
俺も何か思いついたら書きます
372鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/04/03(金) 00:47:36 ID:GT/RnGdg0
前回>>345-354のあらすじ:東海支部に所属する『飛車』渡辺鐘は、数を数えて三の倍数になった時、驚異的な身体能力を発揮する特技を持っていた。残念ながら、先月のソヨメキ一味との闘いの場では、真の力を見せる前に土手の下に葬り去られることとなった。


『鬼祓い』 十三之巻「聳(そび)える魔都」


 鬼を祓う一族の者との直接対決から数週間。
 東海支部の鬼に斬りつけられた恭也の全身の傷もほぼ回復してきた頃、ソヨメキたちは、旅の最終目的地である東京に向けて動き出した。
 恭也の傷の療養と、『凪威斗』、『嵐州』の修理を進めながら、ソヨメキ、啓真、恭也、キー坊の四人は、埼玉の山中で野営を続けて時を過ごした。

 長野での闘いの翌朝、目を覚ました恭也は、自分が猛士の野営用テントの中に寝かされていることに気づいた。
 起き上がると共にあちこちが痛み、恭也は体を確認した。すると、頬や腕、足など、痛む箇所は全て包帯などで手当てされていることが判った。
 テントを出ると、一人、野外で単車の前輪の入れ替え作業をしている啓真がいた。
「よう、目が覚めたか」
「お前、身体は何ともないのか」
 長野で単車の前輪を撃ち抜かれて激しく転倒したはずだったが、啓真はどこにも怪我を負った様子はなかった。
「昔っから頑丈だからな、俺。『凪威斗』とヘルメットはイッちまったけど」
 見ると、傍らに置いてあるフルフェイスのシールドには大きな亀裂が入っていた。
 恭也は辺りを見回した。山奥の森林の中といった風景だった。
373鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/04/03(金) 00:53:11 ID:GT/RnGdg0
「どこだ? ここは」
「埼玉の山ん中だ」
「ソヨは?」
「『嵐州』の中で寝ている。キー坊もだ」
 白い車の後部座席では、座った姿勢から上体をシートに横たわらせてソヨメキが眠り、助手席のシートを倒した上ではキー坊が眠っていた。
「ったくよー、なんでソヨとキー坊が車の中で、俺がお前とテントで雑魚寝なんだよ」
 口を開けたキー坊の寝顔を睨みつけながら、啓真は不満一杯の顔で言った。
「俺が『嵐州』の状態を見ている横で、お前はソヨに手当てを受けてたんだぞ。割に合わねー話だなぁオイ」
 ぶつぶつと文句を言いながら、啓真はヘルメットのシールドの交換に入った。
 恭也は自分の腕に巻かれた包帯を改めて見た。細やかな気遣いを窺わせる、丁寧な処置だった。
 車のドアが開く音がして、恭也は礼を言おうと、黒髪を揺らしながら車外に出てきたソヨメキの前に行った。
「ありがとう、ソ……」
 ソヨメキの服装を見て恭也の言葉が止まった。
 そこに女子高生が一人立っていた。スカートの丈がとても短い、ブレザータイプの制服を着たソヨメキだった。この服も啓真が用意したものと思われた。
「なんだ。あまりじろじろ見るな」
 無表情のまま、ソヨメキは恭也に言った。
374鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/04/03(金) 00:56:19 ID:GT/RnGdg0
 その朝、取り合えず簡易的にドアロックを修理した『嵐州』で彼らは山を降りた。ファミリーレストランを見つけて車両を駐車場に入れると、四人は店内で朝食をとった。
 食後、レストランのテーブルの上に、ソヨメキは赤く『鬼』と書かれた将棋の駒を出した。『嵐州』のリアウィンドウに突き刺さっていたものである。
「あれが『鬼祓い』の一族か」
 恭也は前日遭遇した、ガンメタリックのオフロード車から出てきた鎧武者を思い出して言った。
「左腕に金色の盾を着けた、赤い鎧の男……恐ろしい奴だった」
「ただの、声がデカいだけのオッサンだろ」
 啓真がいつもの軽い調子で言うと、恭也の後を引き継ぐようにソヨメキは言った。
「すごい殺気だった。『嵐州』の強化ガラスがなかったら、私は間違いなくあの男に刺し殺されていた」
 普段、あまり長く語ることのない彼女が、その日は思い詰めた様子で話し続けた。
「魔化魍にはない、強力な『殺意』が奴にはあった。情けない話だが、私も奴を『怖い』と思った」
 誰もが口を閉ざした。
 だが数秒もすると、啓真はあっけらかんとして言った。
「俺が守るから。そんなに怖がるなよ」
「啓真、お前には奴の恐ろしさがわかっていない」
 恭也は厳しい表情で言った。
「奴が近づいて来たときの、あの殺気……あれは尋常じゃなかった」
 いつになく弱気なソヨメキと恭也の様子を、キー坊は不安げな表情で見た。それが判り俯きがちになりながら、恭也は言葉を続けた。
「ソヨを一瞬で車の外に引き出した膂力。全身を護る鎧と、日本刀。強固な盾のついた装着型音撃管……。あんな奴をまともに相手にしたら、俺たちが束になって掛かっても敵わない。啓真、俺たちはあの男に勝てない」
 漂う敗北感がその場を支配した。
375鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/04/03(金) 01:00:21 ID:GT/RnGdg0
 やがて、啓真は静かに言った。
「そうか。俺たちじゃ、あの男には勝てない、か」
 ニヤリと笑って、力強く啓真は続けた。
「それじゃ、ひたすら逃げ続けようぜ。で、本当の犯人見つけりゃそれで解決だ。要は、奴と闘わなければいいんだろ? みっともなかろうが何だろうが、逃げれるだけ逃げて、なんとしてでも犯人を捜し出すんだ。俺はあきらめねぇぞ、絶対」
 キー坊は、おずおずと言った。
「啓真。おれたち、これから先も大丈夫だよね?」
「いいか、もともと俺たちには、そんなおっかねぇ奴に追われるいわれなんかねぇんだ。真実をあきらかにすれば、奴と闘う必要もなくなる。気楽に行こうぜ」
 あきれるほどのポジティブさに、ソヨメキと恭也は、俯きがちだった顔を再び上げた。
「鳥取で会った、あのイケメン野郎が言ってたナントカ教授に会いにいこうぜ。俺たちならひとっ走りだ」
 恭也は、ふと気づいて言った。
「俺たちはもう、関東支部の担当区域に入っていたんだな」
 無我夢中で疾り続けているうちに、彼らは、今の自分たちにとって一番危険な地域、猛士関東支部の管轄に入り込んでしまっていた。
 大災厄『オロチ』が発生した年、最も危険な地域だった関東を守り抜いた「関東十一鬼」は、今もほぼオリジナルメンバーがそのまま在籍している。
「これからはもう、今までのようにはいかないな。猛士に発見されたら大変なことになる」
 恭也が言うと、啓真はこれに関しても良い方に解釈して言った。
「ここが俺たちの目的地だろ? 関東にはさっき言った教授もいるし、ここの『銀』に接触できれば、四国で使われた凶器の出所がわかるかもしれねぇ。一気に犯人に近づくチャンスだ」
376鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/04/03(金) 01:03:28 ID:GT/RnGdg0
 どこまでも前向きな啓真の言葉に、片手で額から半顔をおさえながら恭也は言った。
「お前ってヤツは、ホントに――」
 どれだけポジティブなんだ、と思って恭也は小さく笑った。
「なァんだよ」
「底なしの馬鹿だな、と思ってな」
「なんだと!」
 目を三角にして言うと、啓真はテーブルを挟んで恭也に向けてファイティングポーズを取った。
 二人のやりとりを見ながらキー坊は笑顔になり、ソヨメキも微かに口元をほころばせていた。

 山中での野営と、麓のファミリーレストランとの間を往復する生活が数週間続いた後、彼らは、覚悟を決めて行動を開始した。
 白い車と黒い単車の組み合わせでは特定されやすいと考えた恭也は、二組に分かれ、鳥取で教えられた、宗形という准教授が勤める大学を目指して東京に入った。
 白いシビックTYPE Rが、だいぶ寒さの和らいできた東京都心部を湾岸に向かって南下していく。
 恭也の運転するその車が通り過ぎてから数分後、今度はフルフェイスを被った男女が乗る、黒いCB400 SUPER FORが同じ道を走行していった。
 啓真の強硬な主張によって、ミニスカートの制服姿のソヨメキは、久しぶりに彼の運転する単車のリアシートに乗ることになった。冬の寒さもだいぶ和らいできていたため、恭也は渋々これを認めた。
 なるべく裏街道を選んできた恭也たちにとっては、都心部の交通量は大阪に出て以来の多さだった。どこに猛士の関係者が潜んでいるかわからない人の多さだったが、それは同時に、彼らを街に溶け込ませることにもなっていた。
377鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/04/03(金) 01:11:39 ID:GT/RnGdg0
 23区を北から南東へ向けて縦断するように進んだ二台は、数分の時間を置いて、ベイエリアにほど近い、日本科学技術大学に到着した。
『嵐州』から降りた恭也とキー坊が待っていると、『凪威斗』が到着し、啓真とソヨメキもやってきた。
「行くぞ」
 春休み中のキャンパスには、サークル活動中と見られる学生たちがちらほらと見られた。新入生勧誘の準備らしきものがそこかしこで行われ、新学期を前に学内は活気づいていた。
 恭也が先に立ち、四人はその構内を歩き出した。念のため、ソヨメキはスポーツバッグに音撃盤を入れて携行した。
 方々を聞き回り、准教授・宗形の研究室の場所を調べ、四人は薄暗い大学の構内を進んでいった。
 大学には似つかわしくない高校の制服姿のソヨメキと、小学生か中学生にしか見えないキー坊を、学生たちが次々と振り返っていった。
 恭也はキー坊に言った。
「お前はいくら何でも目立ち過ぎだ。『嵐州』に戻ってろ」
「やだよ。おれも行く」
 口をとがらせてキー坊が言う。
「一人で歩かせるのもどうかと思うぜ」
 啓真が笑いながら言った。
「このままジュンキョージュのトコまで行って、話を聞いたらソッコーでバックれる。で、いいんじゃねぇ?」
「仕方ないな」
378鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/04/03(金) 01:15:12 ID:GT/RnGdg0
 たどりついた研究室を廊下から覗き込むと、中には、スチールのラックに積まれた多くの本や、壁際に設置されたいくつものパソコンがあり、学生や院生と思われる若者たちが思い思いに席に座っていた。宗形らしき男の姿は見えない。
「すみません、宗形准教授はこちらでしょうか?」
 恭也が尋ねると、若者の一人が答えた。
「先生は今ちょっと席を外しています。戻るまで、あと30分くらいかなー」
 恭也は学生に、ここで待たせてもらうように依頼した。
「妹の進路の件で相談がありまして、知り合いからの紹介で訪ねさせていただきました」
「兄妹なの?」
 学生が、恭也とソヨメキを見比べて言った。
「ふーん、言われてみれば、二人とも色が白いねぇ。そうすると、そっちの二人は?」
 視線を向けられた啓真とキー坊は、それぞれ「彼氏です」「弟です」と元気よく言った。途端に恭也が凄い顔で啓真を睨んだ。キー坊に「お姉ちゃん」と嬉しそうに言われ、ソヨメキはその場でそわそわし始めた。しかし状況的に否定できない。
「うわー、お兄さん、目が恐いですよ」
 学生が笑いながら言った。
379鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/04/03(金) 01:19:22 ID:GT/RnGdg0
 しばらくして、長身で眼鏡を掛けたあご髭の男が、書類を小脇に抱えて研究室に帰ってきた。
「え? 進路について?」
 学生から恭也たちのことを聞いたその男が、四人を振り返った。
「大山(だいせん)にいる、あなたのご友人からの紹介です」
 恭也がそう言うと、少し考えた男は、「来たまえ」と言って、研究室と廊下を挟んで反対側になる部屋に四人を案内した。ドアには「准教授 宗形三十朗」とあった。
 こちらの部屋は、同じ広さながら、乱雑な印象の研究室とは違って整然としていた。
 左右の壁に膨大な本が並ぶ部屋の窓際に、立派な造りの机があった。
「まあ、かけて」
 宗形は、部屋の中央に置かれたガラステーブルの左右に並ぶ、三人がけのソファー二つを手で示して言った。
 恭也とキー坊、啓真とソヨメキがソファーにそれぞれ掛けた。宗形はソファーにも自分の机の椅子にも座らず、ただじっと黙って立っていた。
 ソヨメキがスポーツバッグの中を探って、大山でムテキから預かった呪符のような紙を取り出すと、宗形は急に笑顔になってそれを受け取った。
「第一段階は合格だ」
380鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/04/03(金) 01:23:35 ID:GT/RnGdg0
 机の奥にまわって椅子に掛けると、宗形はその紙片を机上の灰皿の上に持っていき、顔を寄せて何事かを呟いた。ソヨメキの耳が、宗形が小さな声で「どんと来い」と言っているのを捉え、何かと思い彼の様子を見た。
 宗形は突然、ライターで紙片に火をつけた。
「あ、何すんだ」
 啓真が声を上げる前で、紙片は緑色の炎と共に燃え尽きて灰皿の中に落ちた。それを確認して宗形は更に笑顔になって言った。
「第二段階も合格だ」
「どういうことだ?」
 不審そうな啓真たちに向けて、宗形は滑らかに言った。
「私が発した言葉によって、この紙は燃やした時に出る炎の色が変わる。別に、不思議なことじゃない。奴と私で決めた通りの色で燃えたから、ユーが奴の紹介で来たことが証明された」
 ソヨメキたちが黙っていると、宗形は更に続けた。
「物理学的な見地から言わせてもらうと、この仕組みというのは」
 話が長くなりそうな予感がしたため、恭也は即座に言った。
「わかりました。本題に入らせてください」
 恭也は、ことの始まりから今までの経緯を、事細かに話していった。宗形は、時に思案顔になり、時にニヤニヤとしながら、それを聞き続けた。前半に関してはキー坊も詳しくは知らなかったため、宗形と一緒になって表情を変えながらその内容を聞いていた。
381鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/04/03(金) 01:27:00 ID:GT/RnGdg0
 ひととおり話を聞き終えると、眼鏡にあご髭の准教授は言った。
「その、サザメキという鬼が襲撃された日に、何か変わったことはなかったかい?」
「サザメキさんが引退前、最後の仕事だったとか、それくらいしか」
 恭也は、ソヨメキや啓真と顔を見合わせた。しかし二人にも、他に思い当たる点はない。彼らが首をひねっていると、宗形は訊いてきた。
「『本部からの視察』というのは、そんなに頻繁にあることなのか?」
 少し考えて、恭也は答えた。
「いや、そんなにあることじゃありません。一つの支部に来るのは年に一度くらい……だったと思います」
「たまたま事件の日に視察があって、その一団が現場に居合わせた。これは『変わったこと』とは言わないのかね」
 宗形は雄弁に言った。
「視察の日付を決めた奴は誰だ? 被害者のその日の予定を知っていた奴は誰だ? その一団の中で『具合が悪い』とか言って別行動をしていた奴はいないか?
 ――凶器の所在を確認するというのも証拠集めとして有用な行動だが、それだけで犯人にたどり着くのは難しいぞ。状況証拠も考慮しろ。そうすればおのずと犯人像はかたまってくる。鬼だけでなく、現場近辺にいた者は、すべて疑うことだ」


十三之巻「聳える魔都」了


382名無しより愛をこめて:2009/04/03(金) 13:31:17 ID:radNDIhM0
>>372-381
投下乙です。
次回も期待
383某SS作者 ◆MxwC1THAPo :2009/04/05(日) 08:48:01 ID:bXUgyet00
おはようございます。
最近規制に巻き込まれて書き込みもままならず、困っております。
出張で環境が変わっていたおかげで筆が進み、1本書けましたので投下したいと思います。
「荒吹く鬼」の第二話になります。
では、どうぞ。
384荒吹く鬼作者 ◆MxwC1THAPo :2009/04/05(日) 08:50:17 ID:bXUgyet00
荒吹く鬼:第二話・応える式神

 アラブキが魔化魍の出現を受けて当該の街に入ったのは大型連休も終わった五月も中盤に差し掛かった頃の事だった。
 先月末のウブメ退治から二週間程しか経っていなかったが、奇しくも現場に近いところに来ていたアラブキに宿泊先の民宿の主人である《歩》の笹本氏から魔化魍退治の依頼があったのである。
「札幌に電話しましたら、アラブキさんがいるなら丁度いいから彼に頼みなさいと支部長に言われましたもので」と笹本は申し訳ないといった面持ちでアラブキに話を持ってきた。
 一週間出動し三週間休むという通称《イチ・サン》と呼ばれる猛士の鬼の勤務体制であれば、アラブキの現状は非番である。
 通常であれば出動後魔化魍の退治を行った事から、その日から原則として三週間の休養が認められる筈だった。
 アラブキは店長の奴、人使いの荒いことだなと苦笑いをしながら札幌の支部本局に電話を入れた。
「店長、どうやらこっちには誰も来てなかったようですね」受話器の向こうにいる猛士北海道支部長、戸次登吉朗(とつぎ・とうきちろう)に向かってアラブキは軽い皮肉を混ぜて話しかける。
「悪いな、アラブキ。今週の巡回は道南だったんでね。こっちから人手を出すとちょっと時間がかかっちまうんだよ。お前さんの方が現場まで近くて手っ取り早かったんだ」
「こっちは問題ないですが、そうやっていると若手の経験値もなかなか上がらないですよ」
「なに、お前さんだってまだまだ若手だよ。俺から見ればちょっと羽の伸びたヒヨッコさ」
「相変わらず俺には手厳しいな、トウキさんは」受話器の向こうの先輩の言に思わず笑みが零れる。
385荒吹く鬼作者 ◆MxwC1THAPo :2009/04/05(日) 08:54:40 ID:bXUgyet00
 昭和六十年現在九人の鬼が在籍する猛士北海道支部ではあったが、ここ一、二年でベテランの鬼が相次いで引退し、他支部との戦力バランス均衡化のために中堅の鬼が各地に移籍していた。
 現状は入れ替わりで配属された新人の鬼がそのメンバーの半数を占めており、戦力が一時的に下がった中でアラブキは僅かに残った中堅の位置にいた。
 支部長である戸次も本来はその鬼の一人、コードネームを《凍鬼》といった。
 正確には戸次は凍鬼の家の出ではない。凍鬼の名は《藤木(とうき)》という家の者が代々継いでいたが、先代の凍鬼に男子が居なかった為に若くして病死した先代に代わって一時的に藤木の分家筋である戸次が凍鬼の銘を継いだのである。
 幸いなことに後に残った長女に婿養子を迎えた藤木の家にはその後男の子が生まれ、将来凍鬼の銘を継ぐ手筈がついた。
 戸次は初代凍鬼の再来と謳われる瞳を持つその少年の師匠となり、日々厳しく鍛えていた。
「勿論若いのも応援に向かわせるさ。だが、お前さんならその前に一人で清めてしまうだろうけどな」
「ヒヨッコが無理して怪我されちゃたまんないですしね」
「それ見たことか。お前さんのほうがよっぽど後輩への基準が厳しいよ。奴らだって一応は一人前の鬼だぞ」
「俺はトレーナーじゃないですからね。いちいち若い奴のお守りなんてできませんよ」
「そう言うな。とりあえず今夜には戻るから、明日朝一で出させるよ。悪いが先に現場に入っていてくれないか。夕方には合流させるようにする」
「分かりました。で、現状は?」軽口を収めるとトウキに現状の確認を求めた。
《金》の魁さやかの報告によると、道東の弟子屈町にある屈斜路湖に水妖の気配があるとのことだった。周辺の気象状況から見ておそらくは魚類型の魔化魍と思われる。
 童子と姫の出現は確認できていないが既に幼生の状態にあるとの判断を下したようだ。
「何が出るかは分かりませんか」
「如何せんクッシーなどという謎の怪物が棲んでいるという湖だ。どんな奴が出てもおかしくないさ」トウキが苦笑しながら言う。アラブキはトウキの話を聞きながら水中戦になることを覚悟した。
386荒吹く鬼作者 ◆MxwC1THAPo :2009/04/05(日) 08:55:47 ID:bXUgyet00
「クッシーは魔化魍じゃないんですか」
「ネッシーだって魔化魍じゃないだろ? 出たとしても相手するなよ」
「写真でも撮りますか」
「取る暇があればな。ネタがあればメディアに送って一儲けと洒落込める」
「生憎と水中カメラなんて持ってないもんで」アラブキがペロリと下を出しているのは受話器の向こうのトウキにはおそらく筒抜けだろう。
「へっ、お前さんがカヌーなんか頼まなきゃ経費も少しはあったのに。あの発注のおかげで今月は赤字決済だ。何で十艇も頼むんだ、まったく。仕入の金額も少しは考えろ」
猛士北海道支部の現在の表の顔はオリエンテーリングに必要なアウトドア商品を主に扱う《山川荘》という店になっていた。
鬼の装備に必要なキャンプ用品等の商品開発から完成した商品のモニタリング、関連グッズの販売による組織運営財源の確保の目的も担っている。
「これからはアウトドアですよ、店長。世の中右肩上がりですからね。……こう見えても俺も店の事、少しは考えてるんですよ」
「ああ、ああ。わかった、わかった」トウキはアラブキの恩着せがましい言葉に呆れ声で答えると、応援はクズマキをやるから明日からよろしく頼むと言を重ねた。
「了解です。キャンプ以外の装備は甲でいいと伝えてください」甲、即ち甲種装備とは必要最小限の音撃装備のことを指す。音撃を行う鬼にとっては自分の最も得意とする音撃武器と数体の音式神のみを携行する状態だ。
「そんな軽装備でいいのか?」
「問題ありません。場所は限定できてますし、何かあれば俺の貸しますから」軽く言うアラブキにトウキは不安を隠せなかった。
 アラブキの音撃武器は支部の中でも癖が強く、使いづらいことで有名だ。どういう訳があるかは知らないがアラブキが軽々とその武器を使いこなすのに、他の鬼が持つとかなりの苦労を強いられる。
「トレーニングにしては随分と厳しいな」
「実戦ですからね。どんな物でも使いこなして貰わなきゃ困ります」
「やっぱお前さん、若手に厳しすぎだわ」トウキは呆れた様に言うと、もう一度明日からよろしく頼むと言って電話を切った。
387荒吹く鬼作者 ◆MxwC1THAPo :2009/04/05(日) 08:56:43 ID:bXUgyet00
「クズマキか……」受話器を置きながらアラブキは呟いた。
 クズマキはこの年の始めに関西から戻ってきた若手の鬼だ。もともとは北海道の生まれだが師匠の転任について関西支部に移籍し、そこで独り立ちした管の鬼だった。
 アラブキが見る限り鬼としては控えめな印象が強く、どちらかと言うと技術畑の《銀》の人間に多いタイプに思えた。
クズマキと組んで仕事をするのは彼が弟子時代の時以来である。
 弟子の頃から管の扱いが丁寧で綺麗な音を出す事にレベルの高さを感じたものだった。
 他の鬼に比べても弟子やサポーターを置かず単独で仕事をすることが多いアラブキは、誰かと組んで魔化魍に相対することは極端に少なかった。
 《あの時》の事が頭のどこかにあるからなのだろうと折に触れて思う。
 いずれにせよ今回は支部長の肝いりの依頼だ。若いクズマキに経験を積ませ、戦力の向上を図りたいという意図がはっきりしている。
 トウキさんの顔を立てやらなきゃならないと思いながらアラブキは部屋に戻っていった。

続きはまた午後に投下ということでいったん切ります。
388荒吹く鬼作者 ◆MxwC1THAPo :2009/04/05(日) 10:39:39 ID:bXUgyet00
「……篤史、逃げろ」厳しい表情の師匠の言葉だったが、篤史は首を横に振った。
「師匠を残しては行けません!」
「駄目だ。相手は《カオナシ》だ。今のお前では到底倒せん」
 ―魔化魍《カオナシ》―。
 一説には鬼のドッペルゲンガーであるユキオンナの亜種とも言われる。しかし、決定的に違うのは古き鬼の怨念がその元になっている事である。
 魔化魍から人を守る存在でありながら、かつては人間からも疎まれ、迫害されていた鬼。
 その迫害の中で命を落とした鬼達の魔化魍や人間に対する強い怨念が年月を経て顕在化した凶悪な魔化魍が《カオナシ》である。
 カオナシ自体の出現は極めて稀な上に元は鬼であるため、魔化魍に対しても強い憎しみを持っている。当然、鬼と同じように魔化魍を攻撃することも多い。
 しかし、その攻撃も音撃ではないため、魔化魍を一時的に破壊するだけで清めることは出来ない。
 人から迫害された怨念も持っているので必然的に人間も襲撃対象になる。
 その存在は魔化魍でありながら人間を食わず、童子や姫の存在のない非常に稀有な種類といえよう。
 そのどちらにもつかない出自と鬼の無貌の面体からいつしか《顔無し》と呼ばれるようになった。
 師匠は篤史と鍛えに入っていた最中にやって来た式神の知らせからこの危険な魔化魍の存在に気づいて、篤史に逃げるように指示を出したのだ。
389荒吹く鬼作者 ◆MxwC1THAPo :2009/04/05(日) 10:40:48 ID:bXUgyet00
「しかし」
「奴に効くのは太鼓の音撃だが、老いた今の儂には強い音撃は打てぬ。だが、渾身の一撃を与えれば何とかなろう」
「なら、俺も一緒に入れば」篤史はなおもそこに留まろうとして言葉を重ねる。だが、師匠はそれを認めようとはしなかった。
「それは駄目だ。今のお前が入っても音が乱れて音撃にならん。それでは二人とも共倒れだ。……確かにお前の鬼としての能力はすでに独り立ちの域には達している。だが、カオナシを清めるには実戦の経験が足りないのだ」
「……」
「ここは儂が何としても食い止める。お前は逃げて支局に助けを求めてくれ」
「師匠!」
「急げ! 今の儂では奴を一時的に封じるだけで完全に清めることは出来ん。その後は別の鬼に任せなければならんのだ」師匠は篤史に向かって真剣な表情で訴えた。
「……わかりました。でも、必ず戻って来て下さい」
「分かっている。荒吹く鬼の銘を継ぐお前の独り立ちを、儂はまだ見ていないのだからな」師匠は暖かい笑みを漏らすと、早く行け、と言って篤史を送り出した。
390荒吹く鬼作者 ◆MxwC1THAPo :2009/04/05(日) 10:43:12 ID:bXUgyet00
 その後、篤史はその場を脱出して支局に救助を求め、別の鬼が身柄を保護した。
 しかし、何日経っても師匠である先代アラブキは篤史の元には帰って来なかった。
 嘗て篤史は小学二年生の夏休みに一人で祖父の所に来ていた際に、関東にいた父母を魔化魍に襲われて亡くしていた。
 死んだ父母が鬼であった祖父の跡を継がずに歩として猛士に在籍して活動していたのを知ったのは、それから暫くしてからの事だった。
 それを知った篤史は自分も鬼にしてくれ、としきりに祖父に頼むようになった。
 鬼を引退していた祖父は篤史の裡の憎しみに気づいてなかなか取り合わなかったが、篤史が必死に懇願する姿に渋々弟子にすることを認めた。
「だが、弟子にするからには今後お前を身内としては扱わん。それでもいいな?」祖父は頷く篤史に今日からは師匠と呼べ、と言って、翌日から厳しい修行を始めた。
 それからの篤史は師匠が課した十年に渡る修行に耐え、あと少しで独り立ちというところまで来ていたのだった。
 篤史が保護された後で先代の捜索が行われ、その際に先代が使ったと思われる音撃鼓・千代盾と音撃棒・八千矛が半壊した形で見つかり、篤史の元に届けられた。
 篤史はそれらに触れた時に全てを悟った。
 師匠。否、たった一人の祖父はもうこの世にいないのだと。
「……じいちゃん……!」その夜、篤史は十年ぶりに泣いた。
 両親を失ったあの日以来、決して泣かないと決めてから初めて流した涙だった。
『魔化魍を憎んではならん。清めの音は憎しみからは決して生まれないからな』
『鬼は命を護る心をもって闘う者だ。だからこそ鬼の作り成す清めの音は強い武器と成るのだ』その涙の中で師匠の言葉が幾つも思い出され、篤史の心に染みていった。
391荒吹く鬼作者 ◆MxwC1THAPo :2009/04/05(日) 10:44:31 ID:bXUgyet00
「……」目が覚めたアラブキの顔には涙の筋が残っていた。
 今もたまに見るあの夢。
 それは師匠の遺した戒めなのかもしれない。
 あの事件以来カオナシは一度も姿を見せていない。
 支部でも状況からカオナシは先代アラブキが清めたのだとの判断を下していた。
 しかし、アラブキは心の奥底でカオナシが今も生きていることを確信していた。
 師匠を殺したあのカオナシだけは何としても自分が清めなければならない。
 それが自分を守って死んだ師匠に対して出来る唯一の恩返しなのだ。
『憎しみは何も生み出さない』
アラブキは師匠の言葉で自らを戒め、何れ自分の前に現れるであろう宿敵の存在を思った。
392荒吹く鬼作者 ◆MxwC1THAPo :2009/04/05(日) 10:45:27 ID:bXUgyet00
翌朝、アラブキは車に荷物を纏めると屈斜路湖に向かって走り出した。
出発前にトウキより予定通りにクズマキは札幌を出発したので三時過ぎには合流する、という連絡が入っていた。
事前に決めたランデブーポイントである和琴半島側の湖畔に車を乗り入れ、そこにベースキャンプを張る。
今回は水中戦の為、仕組みが複雑で耐水性のないカセットテープ型の音式神は使えない。
アラブキは耐水性の和紙で作られた魚型式王子『白岩魚』を五十枚ほど水中に放つと索敵を始めた。
「後はかかるのを待つばかりだが……」探索を式王子に任せて作戦を練る。
『貰った情報から見るにオオナマズだと思うが、まだ幼生ならクズマキにやらせてみるか』腕組みをしながら対処法をシミュレートする。
 オオナマズは成体まで成長すれば十メートル以上の体躯を誇る水棲形の大型魔化魍である。
 触覚の先に食物摂取口兼消化器官を持ち、無数の人間を食べる凶悪な性質を持っている。
 主に海に近い地域に現れるが山奥の淡水の湖などでも生育する可能性の高い奴であった。
 アラブキは一通りのシミュレートを終えると、近くに置いたパイプ式のディレクターチェアに腰掛けて音撃管・和魂の手入れを始めた。
『手入れをしっかりすれば道具は必ずそれに答えてくれる。それは音撃装備でも同じ事だ』
アラブキに手ほどきをする時、いつも師匠はそう言いながら丁寧に管を手入れしていた。
師匠がやっていたのと同じように丁寧に音撃管を拭きながら腕時計の文字盤を確認すると、針は十二時を指そうとしていた。
『昼にするか』車にあったミニタンク型のバーナーと五徳を取り出すと、キャンプ用の調理道具で手早くスパゲティを茹でで昼食を取る。
 昼食を終えた後は豆を挽いて淹れたコーヒーを飲みながら待ちの姿勢を維持する。
 その後暫くして近場に出した式王子が何体か戻ってきたが、魔化魍発見の成果は出なかった。
『すぐにはかからないか……。底に潜っているのかも知れないな』
今回、犠牲者らしき者はまだ出ていない。今朝のさやかの話でも、今日の時点であくまで生育条件が一致している状況が出ているに過ぎないとの事だった。
『笹本さんの言う事だし、おそらく間違いはないだろう。何とか幼生のうちにケリをつけたいな』アラブキはこの日三杯目のコーヒーを啜りながらクズマキの到着を待った。
393荒吹く鬼作者 ◆MxwC1THAPo :2009/04/05(日) 10:46:47 ID:bXUgyet00
 放った式王子の第二陣が帰ってくる頃にクズマキを乗せた車が時間通りにベースキャンプに到着した。
「お疲れ様です」助手席から短髪の若い男が降りてきてアラブキに頭を下げた。
 まだ面影に十代の繊細さを残すこの青年こそ今回のアラブキのパートナー、クズマキである。
「長旅ご苦労さん。道混んでたかい?」アラブキはクズマキと運転席から降りてきたサポーターの藤川忠(ふじかわ・ただし)に労いの言葉をかけた。
「道はそうでもありませんでしたが、藤川さんの運転は荒いので落ち着く暇が全然ありませんでした」
「おいおい、途中までしっかり寝てたじゃねえかよ」忠のサポートのお陰なのか、いつになくクズマキの口調は明るい。
 アラブキはチュウさん相変わらず若い奴の扱いが上手いな、などと思いつつ状況を掻い摘んで説明した。
「で、お前の予想では何時頃かかりそうだ?」忠は口を覆う分厚い髭を摩りつつアラブキに尋ねた。
「もう少しで湖底に放った三陣の連中が戻ってくるから、おそらくそこでかかると思う。クズマキ、今回はメインをお前に任せるぞ」
「僕がやるんですか?」クズマキは丸い目を更に目を丸くしてアラブキに聞き返した。
「当たり前だ。今回はお前の当番なんだから、お前が清めるのが筋だ」アラブキは真剣な顔をして言った。
「……アラブキ。まさかお前、ホントは面倒臭がってるんじゃないよな」忠が意地悪くニヤニヤ笑いながら口を挟んできた。
「チュウさん、それは違うよ。俺はただ……」
「わかってるって。言ってみただけだよ」忠はアラブキの様子に他意無く笑うとクズマキに向かって言った。
394荒吹く鬼作者 ◆MxwC1THAPo :2009/04/05(日) 10:47:44 ID:bXUgyet00
「クズマキ、お前オオナマズは初めてだったな」
「はい」
「戦闘サポートはアラブキがしっかりやってくれる。お前はアラブキを信じてオオナマズだけを見て戦えばいい」忠は暖かい笑みでクズマキを励ますように言う。
「俺の予想ではオオナマズはまだ幼生の段階だ。落ち着いて向かえばそう難しくは無い筈だ。童子と姫は俺に任せて、お前は魔化魍に専念しろ」
「……分かりました。よろしくお願いします」頼もしい先輩達を前に不安が幾分取れたのか、クズマキは覚悟を決めて二人に深々と頭を下げた。
「ようし、そうと決まれば早速腹ごしらえだ。おう、アラブキ。何か食う物無いのか」忠はガハハと笑うと、急にその辺を物色し始めた。
「アンタねぇ、もう三時回ってるよ。大体昼飯食って来なかったのかよ」
「三時まわればおやつの時間だ。腹が空くんだよ、腹が。団子とか甘い物無いのか!?」
「うるせえよ、この甘物大魔王が! お前に食わせる物はねえっ!」
本当は仲がいい筈なのに食い物の事で突如揉め始める先輩二人を見て、クズマキは別の不安に襲われ始めていた。
395荒吹く鬼作者 ◆MxwC1THAPo :2009/04/05(日) 10:48:54 ID:bXUgyet00
食い物をめぐる角と飛車の悶着が落ち着く頃に式王子の第三陣が湖畔に戻ってきた。
「……当たりです」白岩魚の様子を確認したクズマキが言った。
 とたんに二人の顔が厳しいものに変わる。
「何番だ」
「ホの三番……。先輩の読み通り湖底です」
「当たったな、アラブキ」
「行くぞ、クズマキ」忠の言に頷くと、アラブキはクズマキを伴って出撃する事にした。
 湖底まで潜るから水圧に耐えるために事前に変身しておくぞ、と言ってテントに入ったアラブキは中で服を脱ぎ、装備帯を腰につけた。
 褌姿のような状態で出て来ると、浅瀬に立って音笛を構えて息を吹き込む。
 赤と青の模様の風がアラブキを取り巻き包んだかと思うと、その風を切り裂いて五本角を頭に頂く鬼が現れた。
 同様にテントから現れたクズマキも水に入り、変身音笛・音祥(おんしょう)を吹いた。
 白い光の中に葛のような無数の細かい粒がきらきらと舞う。
 その光がすっと消えると、純白の体に金色の襷を纏った鬼、葛巻鬼が現れた。
 その面は襷と同じ金色の二本の角と白銀の隈取に覆われている。
「やっぱ良い男は鬼になってもカッコいいな。どっかのケチで無粋な奴とは違って気品があるぜ」忠が顎を撫でながら感心する様に言った。
「誰がケチで無粋だ」
「からかわないで下さい」むっとする荒吹鬼の横で葛巻鬼は照れたように言うと、お先に行きます、と音撃管・浅黄を握って湖底へと向かった。
「じゃ、後よろしくな」荒吹鬼も同様に音撃管・和魂を持って後に続く。
 忠は二人を切り火で送り出すと、こっちも始めるか、と言ってテーブルの上やテント周りを片付け始めた。
396荒吹く鬼作者 ◆MxwC1THAPo :2009/04/05(日) 11:44:03 ID:bXUgyet00
 二人は白岩魚の案内で湖底の方へと向かっていったが、暫くすると正面から若い男女が長い袖を棚引かせてこっちに向かって泳いできた。
 青白い面長な顔の優男とエキゾチックな風貌の美女。
《奴等》と呼ばれる謎の男女と生き写しの顔を持つオオナマズの童子と姫である。
「旨そうな鬼だ」女の声を出す童子が変化しながら葛巻鬼に向かう。
「こっちは不味そうだ」荒吹鬼に向かう姫が男の声で顔を顰めながら言う。
『水の中でこっちが話せないのをいい事に好き放題言いやがって。正面切って不味いって言われると何かムカつくな』荒吹鬼は水中でも言葉を出せる魔化魍達に心の中で毒づきながら和魂を構えた。
 牽制を兼ねて実弾を二発お見舞いする。
 水の抵抗で鬼石は陸上よりも遅いスピードで相手に向かう為、距離があるとすんなりとは当たらない。
「ここは吾等の世界よ。如何に鬼でも自由はそう利くまい」怪童子と姫は水中にも関わらず切れのある動きで鬼達を縦横に翻弄する。
 水中戦の経験の乏しい葛巻鬼は堪らず浅黄を連射するが、このまま続けていれば空気弾の使えない状況に鬼石の損耗が激しくなってしまう。
 荒吹鬼は葛巻鬼の近くに寄って身振りで無駄弾を撃つな、と警告した。
すみません、と言いたげに頷いた葛巻鬼は浅黄を背に回すと両手の鬼爪を展開した。
『ここはオオナマズに専念させてやりたい所だが、やっぱりこの状況では同時に二体はちょっと厳しいよな』荒吹鬼は昨日トウキに好き勝手を言っていた事を少し反省した。
葛巻鬼に済まないと思いながら、左手の鬼爪を出して姫に近づいていく。
同時に葛巻鬼の負担を減らすべく持って来た式王子を放って怪童子の牽制に回した。
397荒吹く鬼作者 ◆MxwC1THAPo :2009/04/05(日) 11:44:49 ID:bXUgyet00
「舐めた真似を!」怪童子は忌々しい式神を振り払うように腕を振ったりしていたが、動きに隙が出来た所を葛巻鬼の右手の鬼爪に深く抉られた。
『もう一撃!』葛巻鬼はすかさず左手の鬼爪を動きの止まった怪童子の顔面に突き刺した。
 その正拳突きに耐え切れずにぼんと音を立てて弾け散る怪童子。
 一方、姫に向かった荒吹鬼はその攻撃をあえて紙一重で見切るようにする事で戦況を接近戦に持ち込んだ。
「不味い癖にしゃらくさい鬼め」姫は忌々しそうに変化すると袖だった右手を伸ばして荒吹鬼の左手を掴んだ。
『いいのかね、そんな事して』荒吹鬼はそう思うと間髪を置かずに妖姫の傍に泳ぎ寄り、右手の和魂を腹に押し付けた。
「!」引きつった表情の妖姫への至近距離での鬼石の攻撃。
 発射音が鈍く二回響くと同時に妖姫はその場から永遠に消滅した。
『あんまり人の事不味い不味い言うから、罰が当たるんだぜ』荒吹鬼は心の中で呟くと葛巻鬼を伴って湖底へと潜っていった。
398荒吹く鬼作者 ◆MxwC1THAPo :2009/04/05(日) 11:46:41 ID:bXUgyet00
 湖底近くにいたオオナマズは既に成体の域に達していた。
『人を食わずに何故ここまで巨大化できたのか……』荒吹鬼はその謎の先を考えて見たが思い当たる節は無かった。
 しかし、目の前にいる敵は十メートル以上の巨体だ。葛巻鬼では力負けする可能性も上がっている。
『どうする。俺がやるか……?』悩む荒吹鬼に葛巻鬼が近づいてきた。どうやら指示を求めているようだ。
 荒吹鬼はかねてからのシミュレートの通り葛巻鬼の経験を上げる事を優先する事にした。
 確実なサポートが出来れば、葛巻鬼の自信を深める効果も出よう。
『俺が仕掛けて陽動する。お前は鬼石が反応を始めたら音撃をかけろ』
『了解しました』荒吹鬼の身振りに葛巻鬼は頷いて意思を示した。
 二人はその場から散開すると両側から攻撃を開始した。
 荒吹鬼の放った白岩魚でオオナマズの触覚を牽制し、そこに和魂の弾を少しずつ撃ち込む。
 一方、葛巻鬼は隙の出来た本体側に浅黄の弾を撃ち込んでいく。
 少し時間がかかるがシミュレート通りの確実な対処法だと荒吹鬼は考えていた。
 そうして鬼達の打ち込んだ鬼石が反応を始めた頃に異変が起きた。
 オオナマズの下腹部から不意に触手が伸びて葛巻鬼に向かっていったのだ。
『何ぃ!?』葛巻鬼が驚いたのも束の間、葛巻鬼の持っていた浅黄は触手によって叩き落されてしまった。
『しまった!』沈んでゆく浅黄に一瞬気を取られた葛巻鬼は触手に右手を絡め取られてしまう。
『拙い!』荒吹鬼が急いで支援に向かおうとすると、行く手を阻むようにオオナマズの胃が襲ってきた。
399荒吹く鬼作者 ◆MxwC1THAPo :2009/04/05(日) 11:47:35 ID:bXUgyet00
『こいつめ、邪魔をするなぁ!』荒吹鬼はその胃に向かって和魂の弾をありったけ叩き込んだ。
 吹き飛ぶ胃を更に蹴り飛ばして葛巻鬼に向かう荒吹鬼。
 しかし葛巻鬼は動揺することなく左手の鬼爪で触手を引き裂いて拘束を解き、腰の式王子を放って牽制を始めた。
『あいつ、初めてのオオナマズ戦なのに結構やるな』水に入る前の不安な表情やさっきの童子戦の初めからは全く想像できない落ち着きぶりに荒吹鬼は感心した。
 師匠の教えが良かった証拠なのだろう。プロとしての心構えや切り替えが出来ているようだった。
 荒吹鬼は葛巻鬼に近づくと、右手の和魂を渡した。
『お前がやれ』そういう風に肩を叩くと葛巻鬼は一瞬逡巡したが、頷いて腰の音撃鳴・萌黄を和魂に装着した。
 扱いづらい筈の和魂は葛巻鬼に逆らう事無く萌黄を受け入れ、和魂は音撃モードへと移行した。
『音撃射・昇陽一彗(しょうよう・いっすい)!』純白の鬼の音撃が鋭い攻撃となってオオナマズの巨体を襲った。
 オオナマズは全身に撃ち込まれた鬼石によって共鳴する音に暫く悶え苦しんでいたが、やがてその動きが止まると同時に爆発して果てた。
400荒吹く鬼作者 ◆MxwC1THAPo :2009/04/05(日) 11:49:14 ID:bXUgyet00
 着替えを終えて湖畔に向かった椅子に座るクズマキにアラブキがコーヒーを差し出した。
「音撃管、無くしてしまいました……」そう言って落ち込むクズマキの前に不意にぷかりと浅黄が浮かび上がった。
 その下には沢山の白岩魚と共に一匹の赤い式王子がいた。
「……お前」それは先ほどの戦闘でクズマキが触手に放った式王子の赤岩魚だった。
「クズマキ。お前、師匠に教わっていなかったか? 道具は大事にすれば必ずそれに答えてくれるって」アラブキは一口コーヒーを啜るとそう言ってクズマキの肩に手を置いた。
「……はい。そうでしたね」クズマキはぐいと目の辺りをひと擦りしてからにっこり笑って答えると、見つけてくれてありがとう、と言って式王子を迎え入れた。
 湖の中で泳ぐ白い式王子たちも嬉しそうに跳ねている。
 アラブキはこの若い鬼の成長に明るいものを感じながらも先程のオオナマズのことを考えていた。
『人を食わずにあの大きさ、そして不意に出た触手……。変種か。それとも……』言い知れぬ不安と疑問がアラブキの中を駆けていたが、飯だぞ、と言う忠の言葉にその思いは一時封じられた。
「鹿肉のステーキだ。地元の人の差し入れだから旨いぞ!」豪快な声と共に肉の焼ける音が弾ける。
「さ、食うか」アラブキはクズマキに声を掛けるとテーブルに向かって歩き出した。
 今夜は恐らく酒盛りだ。夜更けまであのヒゲに付き合うことになるだろう。
 アラブキはクズマキの奴可哀想に、と思いつつ肉の旨みに舌鼓を打った。

 鬼達が清めに成功してささやかな宴についた頃、かつて施された封印が黒いクグツの手によって解かれ、一体の魔化魍が動き出した。
 その名はカオナシ。
 かつてアラブキの師匠をその手にかけた宿敵との対決の日は間近に迫っていた。

 第二話:了
401名無しより愛をこめて:2009/04/05(日) 20:42:26 ID:fcJielmV0
規制の中、投下お疲れ様です
続きが気になるぅーー
402名無しより愛をこめて:2009/04/07(火) 00:59:22 ID:1TpFR+d90
作者の皆さん投下お疲れ様です
一月くらい規制で書き込めないで悲しかった……
403鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/04/09(木) 00:35:19 ID:YP4ZOll40
前回>>372-381のあらすじ:数年前、東北の山中で物理学者・宗形三十朗は天狗を名のる青年に出会った。宗形は天狗などというものは存在しないと言い切り、青年の生い立ちを調べ上げ、猛士側にも魔化魍側にも属さない存在・無敵鬼のルーツを探り当てた。


『鬼祓い』 十四之巻「撃ち抜く暴風」


 日本科学技術大学の一室で、准教授・宗形三十朗の話は続いた。
「状況証拠の件は君たちでもう一度考えてもらうとして、次に物的証拠の方だ。音撃武器の試作品という考えはいい線だ」
 宗形は、恭也の推測を聞いて満足そうに言った。
「しかし、関東支部の猛士メンバーと接触するというのは危険な考えだな。すぐに捕らえられてジ・エンドだ」
 恭也は宗形に訊いた。
「あなたは昔、ムテキのルーツを明らかにするために、猛士について調べあげたと聞いています。その時はどうやったんですか?」
「基本的に、『歩』と呼ばれるボランティアを除けば、猛士の構成員は組織の関連施設が職場になっている。自宅やその周辺も関係者の影がある。だから、『歩』からあたったよ」
 忌々しい思い出を語るように、宗形は苦笑いしながら言った。
「だが、『歩』ってのはそもそも機密へのアクセスを行うことがないんで、大したことは判らなかった。それどころか、支部に通報されて危ういことにもなった」
「じゃあ一体どうやって……」
 恭也の問いに、宗形はニヤリとして返した。
「紆余曲折の末、私は『グレーゾーン』をあたった」
「グレーゾーン……?」
「猛士に深く入り込みながら、猛士の正式メンバーではないグレーゾーンの人間がいる。そういう人間と、猛士関連施設の外で会えばいい、というわけだ。もっとも、そいつが猛士に報告を入れようなんて考えを起こせば、やはりただでは済まなくなるが」
404鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/04/09(木) 00:38:05 ID:YP4ZOll40
「あんたは、その『グレーゾーン』の人間を知っているのか?」
 啓真が訊くと、宗形は頷いた。
「もちろんだ。私が知っているのは三人。うち二人は城南大学の一回生と二回生だ」
「じゃあ、その大学に行けば……」
「ジャスト・モーメント」
 丁寧に、宗形は言った。
「今の君たちが城南大学に行くのは自殺行為だ。あそこは猛士の関係者がウヨウヨしているところだからな。そっちじゃなくて、彼らの自宅の方をあたることをお勧めするよ」
「自宅って、どこだよ」
 啓真に問われると、宗形はあっさりと「知らん」と答えた。
「ちょっと待ってください」
 恭也は、宗形に言った。
「さっきあなたは、『グレーゾーン』を当たって猛士のことを調べたって……」
「私は、津村努という青年を切っ掛けとして調べた。ケイキという鬼も、彼を糸口として独力で猛士のことを調べたらしい。だが残念ながら津村君はいま関東を離れている。そういうわけで、君らには城南大学の二人について紹介したわけだ。
 申し訳ないが、この二人については『そういう存在がいる』という程度しか知らん」
「ちょっと待ってください」
「またかい?」
405鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/04/09(木) 00:45:22 ID:YP4ZOll40
 恭也は、注意深く聞き返した。
「今、なんて言いました? 鬼が、独力で猛士のことを調べたとか」
「ああ、失敬」
 宗形は言い直した。
「『独力で猛士のことを調べ上げた結果、鬼となった』というのが正確かな」
「いや、そこではなくて、その鬼の名前です。『ケイキ』と言いましたね」
「ああ」
 新型音撃弦の試作品のテストをした先代サイキが、長野の病院でした話の中にその名前があった。彼の同期の先代ケイキが、新型音撃管の試作品を使用したと聞いている。
 そのことを思い出した恭也は、宗形に訊いた。
「ケイキの師匠、先代ケイキの居場所を知りませんか? 彼は、新型音撃管のプロトタイプを使用した人間なんです」
「ケイキがしばらく身を置いていた、村の教会にいたという話は聞いたことがある。今でもそこにいるかは知らんが、場所は一応知っている」
 宗形はメモ用紙に住所を書いて恭也に渡した。栃木県の東北寄りにある村だった。
406鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/04/09(木) 00:48:14 ID:YP4ZOll40
 恭也はソファーに掛けたままソヨメキたちを見回し言った。
「物的証拠は、まずは先代ケイキをあたる。それで何もわからなければ、ちょっと危険だが『グレーゾーン』と接触するしかないな。状況証拠に関しては……」
 恭也は頭を悩ませた。猛士データバンクに不正侵入し、猛士関係者の事件当日の行動について調べ、怪しい者を探す作業が必要となった。しかし、データバンク上に詳しいデータが存在するかどうかも判らない上に、侵入を検出されれば所在が特定される。
 考え込んでいる恭也に、啓真は言った。
「琴音さんに頼めば何とかならないか?」
「啓真」
 それまでずっと黙っていたソヨメキが、無表情の中にも咎めるような感情を除かせながら言った。
「私のために、琴音さんにこれ以上迷惑は掛けられない」
 しかし、恭也は他に手がなかった。
「ソヨ。猛士の人間が、猛士データバンクにアクセスするだけだ。それだけなら咎められることもないだろう。……協力を頼もう。琴音さんの体調が回復していればの話だけどな」
「気をつけろよ」
 窓際の机の向こうから、宗形が言ってきた。
「俺が猛士だったら、その『金』には監視をつけてるぞ」
407鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/04/09(木) 00:57:57 ID:YP4ZOll40
「匿名のメールを出す」
 恭也は言った。
「琴音さんなら、知らないアドレスでも、俺たちの名前を書かなくても、それが俺たちからのメールだってことに気づいてくれるはずだ」
 四人は顔を見合わせ、ここを出てすぐネットカフェに向かおうと意見をまとめた。
「あー、ちょっと待った」
 宗形が、立ち上がりかけた四人を呼び止めた。
「ギブ・アンド・テイクだ。ユーの演奏を聴かせてくれないか」
「わかった。あまり大きな音は出せないが」
 ソヨメキはソファーに掛けたまま、スポーツバッグから音撃盤と音撃鍵を取り出して組み合わせ、キーボード形態にした『羽柱』を膝の上に載せた。
 キー坊が目を輝かせながら言った。
「うわ……俺、音撃以外でお姉ちゃんの演奏聴くの初めてかも」
 啓真がキー坊を小突いて言った。
「ブッとぶぜ? ソヨのは弾き語りだからな。歌声もよく聴けよ」
 多くの人が同じフロアに居ることを考慮して、ソヨメキはミディアムテンポの流行りの曲を穏やかに奏ではじめた。人との出会いの大切さ、かけがえなさを愛しく思うメッセージが込められた歌を、電子ピアノの演奏と共に彼女は歌い上げた。
 曲が終わり、充分な余韻を味わってから、宗形は称賛の声を上げた。
408鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/04/09(木) 01:01:03 ID:YP4ZOll40
「素晴らしい! ムテキの演奏を聴いたときの感動に優るとも劣らない! 地獄耳に天使の歌声。なかなかいい組み合わせだ」
 立ち上がって宗形は大きく拍手をした。
「地獄耳?」
 啓真が聞き返し、一同もまた不思議な顔で宗形を見た。視線に気づき、宗形は拍手を止めて説明を始めた。
「ああ、失礼。『地獄耳』というのは、彼女の聴覚が発達している事を形容したものだ。遠距離にいる魔化魍の位置を鳴き声だけで特定できるという力は、他の鬼と比較して突出した能力と言える。音源の位置を音響伝達特性により識別するという能力は……」
「わ、わかりました」
 恭也が辟易して言うと、宗形は更に言った。
「失礼、語るまでもない常識だったな。では次に、『天使の歌声』についてだが、これは彼女の声から感じる心地よさを形容したものだ。『1/fゆらぎ』、あるいは『ピンクノイズ』とも言われるこの現象は、規則正しい音とランダムな音との中間にあり……」
「あ、ありがとうございます」
 深く頭を下げ、恭也は宗形の部屋を退出し、残りの三人もそれに続いて出ていった。
409鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/04/09(木) 01:03:39 ID:YP4ZOll40
 校舎を出てから啓真は言った。
「話し好きなセンセーだったな。誰かが止めないとずっと話し続けるタイプだ、ありゃ」
 恭也も、校舎を振り返り言った。
「大学教授なんて職種は、そういうところが必要なのかもな」
「お姉ちゃんの歌ステキだったよ」
 キー坊にそう声をかけられると、ソヨメキは無言で少し肩を縮こまらせた。
「でも、まあ」
 再び校舎に背を向け歩き出し、恭也は言った。
「ここでの収穫は大きかったな。サザメキさんを襲った犯人について一歩近づいたような気がするよ。あの日、本部から四国に来ていた視察団のメンバーをもっと調べた方が良さそうだというのが一つ。それから、先代ケイキの手掛りがつかめた事がもう一つ」
「次の行き先は決まったな」
 ニヤリとして啓真は言った。
 バイクと車に分乗し、彼らは栃木を目指して疾り出した。
 ――それを上空から見守る、ステルス機能で姿を隠した一羽のディスクアニマルがいた。無色の浅葱鷲は静かに彼らの後を追っていった。
410鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/04/09(木) 01:06:12 ID:YP4ZOll40
 琴音へのメールを出すため、東京から出る前に二台はネットカフェに寄った。
 今回は恭也一人だけで建物内に入り、啓真とソヨメキは『凪威斗』を降りて『嵐州』の中でキー坊と共に帰りを待つことにした。
 キー坊の希望で、啓真は助手席に追いやられ、後部座席ではキー坊がソヨメキに音撃盤の演奏を教わっていた。

 恭也がネットカフェでの用事を済ませ、カフェの入り口から出てきたのを見て、啓真とソヨメキは、再びバイクに乗るべく車外に出た。
 恭也が『嵐州』の運転席につき、啓真に続いてソヨメキが『凪威斗』に向けて歩き出した時、彼女の耳が遠くで微かに響く金属音を捉えた。そして増してゆく不吉な予感。
「啓真ッ、伏せろ!」
 何も訊き返さずに啓真はアスファルトの上に伏せた。ソヨメキはその場から跳躍して植え込みの向こうの物陰に跳び込んだ。ネットカフェの駐車場の、ソヨメキが今の今までいた場所に、轟音と共に銃弾が撃ち込まれた。
 白い煙を上げ、アスファルト上に黒い弾丸のようなものが喰い込んでいた。伏せていた啓真の目に見えたそれは、黒い鬼石だった。
 姿勢を低くして『凪威斗』の側まで走り込んだ啓真は、サイドバッグから音撃盤『羽柱』を取り出した。
 植え込みの向こうから、既に変身した微鳴鬼の白い姿が出てくると、啓真は音撃盤を微鳴鬼に投げ渡した。
411鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/04/09(木) 01:08:09 ID:YP4ZOll40
 微鳴鬼がそれを受け取る寸前で、正確な銃撃が音撃盤を弾き飛ばした。
 啓真は『凪威斗』の陰から周囲を見回した。銃弾は二発とも、明らかに斜め上から撃ち込まれていた。立ち並ぶ十階建て前後のビルを一つ一つ見ていくと、斜向いのビルの外階段で動くものに気づいた。
 音叉を弾いてディスクアニマルを起動させると、啓真は動く者が見えた外階段の七階付近を目がけて『茜鷹』を放った。ビルの陰から出てきた黒い陰が、左腕の銃から放った圧縮空気弾で赤い鳥を撃ち抜いた。
 その隙を突いて微鳴鬼は路上に転がっていた音撃盤を拾い上げ、啓真がディスクアニマルを放ったビルの外階段に金色の銃口を向けた。
 車外の啓真も、車内の恭也とキー坊も、そちらに注目した。
 そして全員は、見た。
 黒い体に金管の襷、銀面に交差した紫の隈取を持つ、単角の鬼――
「マジかよオイ……!」
 ついに出会ってしまった、猛士関東支部の鬼を見て啓真は呟いた。
 彼らに円形の盾を伴う銃を向けるその者は、関東十一鬼の一人、『勝鬼』だった。
 微鳴鬼には、遠くに見える黒い姿が、異様な迫力を纏ったとても大きなものに思えた。
412鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/04/09(木) 01:12:23 ID:YP4ZOll40
 関東十一鬼。その巨大な存在感に、恭也はいい知れぬ圧力を感じた。
 勝鬼は階段の手すりに脚をかけ、宙に身を躍らせた。落下する黒い姿に向けて微鳴鬼は音撃盤から圧縮空気弾を連射したが、一発も命中しなかった。
 恭也は勝鬼が腕に装着した盾が、『鬼を狩る者』と同型の音撃管であることに気づいた。
『恭也。ひとまず散れ。別々に逃げて、あの埼玉のファミレスで落ち合おう』
 ソヨメキが言うと、恭也は車の窓ごしに応えた。
「わかった。啓真、ソヨを頼んだぞ!」
 キー坊は、微鳴鬼の方を心配そうに見ながらも、『嵐州』の急発進に備えて車内の手すりにつかまった。白い車が疾り出し、その場を離れていく。
「早く後ろに乗れ、ソヨ!」
 啓真は叫ぶと、ヘルメットを被って『凪威斗』にまたがりエンジンを始動させた。微鳴鬼は金色の中型銃を手に、勝鬼がやってくるであろう方向から背を向けて駆け出した。
 微鳴鬼が振り向いた先にあったネットカフェの物陰から轟音が響き、彼女の左足に灼熱が生じた。
「ソヨ!」
 啓真が振り向いた先に、脚を押さえて倒れる白い鬼と、その背後に回り込んでいた、紫の隈取を持つ一角の鬼の姿があった。左腕に巻き付くように装着した音撃管の銃口からは、たったいま弾丸を放ったことを示す白い煙が立ちのぼっていた。


十四之巻「撃ち抜く暴風」了


413名無しより愛をこめて:2009/04/09(木) 12:02:54 ID:ZbXlJjGc0
>>403‐412
投下乙です。
勝鬼登場とくれば、次は短気なあの人ですな。
414名無しより愛をこめて:2009/04/09(木) 17:52:06 ID:Q4h30Y270
>>403-412
投下乙です
関東十一鬼となると、響鬼さんとどうからむのか楽しみです
415欧州編 第八夜:2009/04/09(木) 20:53:55 ID:7I9WXxD70
「指輪ならばとっくに奪われていますよ」
「はい?」
本部へと戻り、オーガの推理を告げたバキは、予想外の返事にただただ呆気に取られてしまった。
「我々も敵の狙いが悪魔ではないかと考えています。ですが確証が無い。組織と言うのは確実でないものには……」
「もういい、分かったから!」
ニヤの言葉を制止し、バキは額に手を当てた。
自分が欧州を訪れる以前に、「ソロモンの指輪」はとっくに何者か(おそらくは超常吸血同盟)によって奪われていたのだ。ショックを隠せないバキ。
そんな彼に、ニヤは日本から連絡が来た旨を告げた。勿論自分とあかねの関係について改めて尋ねてくるバキの事は適当にあしらったうえで、である。
ニヤに言われるまま日本へと国際電話を掛けるべく退室したバキの傍に、ササヤキが近付いてきた。挨拶もそこそこにササヤキが話したのは、ルミナについてだった。
「笑わない、か……」
そんな事、わざわざササヤキに言われるまでもなく分かっている。伊達に一緒に旅をしてきた訳ではないのだ。
「エリカさんがなんとか心を開こうとしているみたいだけど、全然駄目なの。ただ彼、あなたには懐いているみたいだから……」
「一体俺にどうしろと?」
「ここにあの子を連れてきた以上、責任はバキさんにあるわ」
「俺が連れてきた訳じゃない。あいつの意思だ」
あの日の事を思い出す。故郷の村と家族を失ったルミナは、涙と洟水でぐちゃぐちゃになった顔をバキに向けて、ただ一言「連れてって!」と言ったのだ。
だがササヤキの言う通り、旅の道連れにする以外にも方法はあった筈だ。では何故ルミナを連れて行ったのだろう。
(……ああ、あの目だ)
あの時のルミナの目は、憎しみに染まっていた。だから放っておけなかったのだ、憎しみを糧とする修羅へと化した身内を持つ者として。
「……あいつの事は俺が何とかするよ」
そうだ、自分が何とかしなければならない。ササヤキに礼を言うと、バキは足早に立ち去っていった。
416欧州編 第八夜:2009/04/09(木) 20:56:59 ID:7I9WXxD70
「それが……?」
模擬戦に勝利し、約束通りクルースニク達からDが譲り受けた品を見てアランが尋ねる。彼が手にしているのは、ただの古い皮袋だった。
「ああ、これが俺の求めていた『白い羊膜の粉末』だ」
そう言うとDは自分の掌の上で、口を開けた皮袋を逆さまにした。さらさらと真っ白い粉末が零れ落ちる。
クルースニク達が戦うヴァンパイアは、現地ではクドラクと呼ばれる。呪術を操る邪悪な存在であり、確実に仕留められなかった場合、より強くなって再生復活する。
そんなクドラクの力を無効化するためのキーアイテムが、この「白い羊膜の粉末」である。クルースニク達の力の源だ。
敵は欧州中のヴァンパイアの連合体。Dは、クルースニクと同じ力を得ておいて損はないと踏んだ上でこの粉末を手に入れたのだ。
「どうするんだ?」
「こうするのさ」
言うが早いかDは粉末を己の口中へと、ミネラルウォーターと共に流し込んだ。
「ふぅ……」
空になったペットボトルを捨てると、自分の両手を眺め、次いで指を二、三度閉じたり開いたりしてみせる。
「どうだ?」
「……分からん」
「何だそりゃ!?」
粉末は飲んで使うものだとクルースニク達に教わっている。しかし言われた通りにやってみたものの、何かが変わったという実感がてんで湧かないのだ。
「お前みたいなヴァンピールが飲んでも意味が無いのかもな」
「そうかもな……」
興味を失ったアランは、踵を返して立ち去ってしまった。
そんな二人の様子を傍らで静観していたマリアは。
「ダンテさん、気を落とさないで下さい」
「落としてはいないさ。ただ、予想と違っただけだ」
大恩あるジョナサン前部隊長に報いる方法、それは新しい隊長であるマリアを、命を賭して守る事だ。先日のオーガ戦の時みたいな危険に晒す訳にはいかない。これから激化するであろう戦いの中、彼女を守りきらなければならない。彼女が笑顔を取り戻すその日まで……。
417欧州編 第八夜:2009/04/09(木) 20:59:52 ID:7I9WXxD70
その日、巴里の地下は絶叫と血に包まれた。
「ぶち撒けろ!」
物騒な言葉を叫びながら、トッコが得物である処刑鎌(錬金術で錬成された特別品)を振るいヴァンパイアの首を狩っていく。カズキンもまた、愛用の戦鎚を駆使して狭い通路内でヴァンパイアと渡り合っていた。
「きりがねえ……」
音撃弦・降魔を手に、サッキが呟いた。
ヴァンパイア達は数に物を言わせて、仲間の屍の上を乗り越えながら次々と襲い掛かってくる。あちらこちらで悲鳴が聞こえてきた。
「殲滅しようとは思うな!逃げ延びる事を考えろ!」
全身を返り血に染めながらトッコが叫ぶが、同志達にその声が届いたかどうか定かではない。
「やれやれだな。もう少し広い場所ならば、黒紫蝶に火を点けて纏めて火葬にしてやるのに……」
ぼやくチョウキに向かってサッキが叫ぶ。
「上だ!」
見ると、天井を這って一匹のヴァンパイアがチョウキへと向かって来ていた。手にした音撃弦を構え直そうとするチョウキだったが。
「がはっ!」
薬の効果が切れたのか、チョウキが大量に吐血した。その隙に、牙を剥いたヴァンパイアが天井から跳び掛かってくる。
ヴァンパイアはチョウキの服をその爪で切り裂くと、懐に仕舞われていた「ソロモンの小さな鍵」を奪い取った。
「しまった……!」
418欧州編 第八夜:2009/04/09(木) 21:02:03 ID:7I9WXxD70
「オルロック様!」
そう叫ぶや否や、後方に向かってヴァンパイアが魔導書を放り投げた。刹那の差で銃声が響き渡り、頭部を撃ち抜かれたヴァンパイアが倒れ込む。
「ちっ、遅かったか!」
「お前、それは……」
見ると、サッキの右手には小さな銃が握られていた。チョウキもよく知る、独特の形状をしたその銃の名は音撃管・若紫。北陸支部を離れる前に、嘗ての仲間が餞別にとくれた物だ。更に。
「お前はこれで援護しろ。俺は二刀流で行く」
サッキは「若紫」をチョウキに投げて寄越し、代わりに懐から一本の音叉を取り出した。気合を込めると同時に、その先端から白刃が飛び出す。
二十年前に命を落とした柿崎香菜が、変身する際に用いた音叉だ。元々は彼女の師が使用していた遺品である。
「奪い返すつもりか!?」
「取られるとやばいんだろ?」
そう言うとサッキは「降魔」を床に突き刺し、左腕に巻いた変身鬼弦を弾こうと右手を伸ばした。変身と同時に飛び出し、「降魔」と音叉剣で群れを蹴散らしながら魔導書を奪い返すつもりのようだ。
その時、下卑た声がヴァンパイアの群れに指示を飛ばした。
「次はあの男だ!ハンマーを持ったあの男を捕まえろ!」
「何!?」
予想外の指示内容にサッキの動きが止まる。ハンマーを持ったあの男とは、間違いなくカズキンの事である。超常吸血同盟が何故……、そんな疑問が頭を過ぎる。
「何をぼさっとしている!撤退だ!」
トッコが叫ぶ。それに対し「いいのかよ!?」とサッキ。魔導書を奪われてしまっているのである。その疑問は当然と言えよう。
「無理は禁物だ!今はここにいる者の命を優先しろ!」
「……くそっ!」
床から「降魔」を引き抜くと、サッキは忌々しげに舌打ちをした。
419欧州編 第八夜:2009/04/09(木) 21:04:23 ID:7I9WXxD70
DMC総本部内にある訓練所から激しい剣戟の音が響いてくる。戦っているのは二人の狼だ。見た事も無い音撃弦を構えた狼――ミガルーと、手にした擦弦楽器の弓をフルーレのように操る狼――トガルー。
振り下ろされた音撃弦の刃を巧みな弓捌きで受け流したトガルーは、「リポスト!」の掛け声と共に弓の先端をミガルーの心臓部に突き当てた。それと同時に高圧電流が流れ、ミガルーの体が吹き飛ぶ。
「くっ……」
「ははは。これが練習じゃなかったら、お前は確実に命を落としていたぞ」
わざわざ本国から応援に来た甲斐が無いな、とトガルーは顔の変身を解除しながらそう告げた。弦で体を支えながら立ち上がったミガルーもまた、顔の変身を解除する。
「お疲れ様です」
二人の傍へと駆け寄ってきたエリカが、それぞれにタオルとスポーツドリンクを手渡した。
「お前が前まで使っていた『シャノワール』に比べると、取り回し易そうに見えるんだがな」
その場に座り込んでスポーツドリンクを飲みながらトガルーが言う。
「チェロからギターへ転向するんだ。何もかも違うさ」
タオルで汗を拭いながらミガルーはそう告げた。
未だ現役で戦い続けるミガルーとは異なり、トガルーは既に現場から引退し、現在はトレーナーへと転身していた。彼が現役時代、ギター型音撃弦の使い手だった事を思い出し、特訓のためヴァチカンへと来てもらったのだ。
手にした音撃弦を見やるミガルー。ニヤから渡されたそれは、名を「ガブリエル」と言った。四大元素のうち水を司ると言われ、人に天啓を齎す大天使の名前である。
ボディには、あまり上手ではない白百合の絵がペイントされてあった。エリカが描いたものだ。白百合はガブリエルが聖母マリアに受胎告知をした場面の象徴として、よく絵画のモチーフにされている。
「休憩が終わったら、次は本気でやろう」
そう言うとトガルーは弓を置き、代わりに現役時代に使用していた音撃弦を手に取った。
「望むところだ」
「ミガルー、無茶は禁物ですよ。天使様の名を冠した弦があなたに与えられた意味を考えて」
「無論」
狼達の特訓は、深夜にまで及んだ。
420欧州編 第八夜:2009/04/09(木) 21:06:53 ID:7I9WXxD70
予想外の出来事とは、普段はそうそう起こらないものだが起こる時は連続して起こるものだ。バキがオーガと停戦を結んで戻ってきた時は、さしものニヤも驚きを隠せなかった。そして今、彼の目の前では二つ目のサプライズが椅子にもたれ掛かっている。
脚を組んで悠然と煙草をふかしているのはダークロード――サッキである。その隣の椅子では仮面の男――チョウキが踏ん反り返っていた。言わずと知れたニヤの捕獲対象である鬼達だ。
(なんとまあ……)
あの後、地下での騒ぎに気付き駆けつけたDMC仏蘭西支部の面々に助けられ、トッコ、カズキン、チョウキ、そしてサッキの身柄は本部へと移送された――とこう言う訳である。
トッコの指揮とDMC仏蘭西支部の到着によって、結果的に地下組織の面々は一人の死者も出す事なく撤退する事が出来た。奇跡的だと言えよう。だが、その奇跡の代償はあまりにも大きかったと言える。
奪われた「ソロモンの小さな鍵」の件で未だ苛々が続くサッキは、ニヤの質問に対しぶっきらぼうに答えた。
「ザンキってあの妙な外人だろ?そいつの死因についてなんて知る訳がねえ」
「右に同じ」
「そうですか……」
そんな簡単に望み通りの結果が出てくるとは思っていなかったが、これでニヤは亡き師に繋がる手掛かりを全て失った事になる。胸中で溜め息を吐くニヤ。
「……で、あんたは俺達をどうしたいんだ?」
今度はサッキが尋ねた。それに対しニヤは二人に共闘を持ちかける。
「あなた方も我々も目的は同じ。ばらばらに戦う理由はないと思いますが?」
「確かにな……」
だが気に喰わねえ、とサッキは冷たく言い放った。
「これまた右に同じく。俺は利用するのは大好きだが、利用されるのは大嫌いなんでね」
悪そうな笑顔を浮かべながら、チョウキが告げる。
(扱い難い人達だ……)
ここまで我が強いと統一部隊の和を乱しかねない。ここにきて結束が弱まるなどという事は、どうしても避けたかった。
そんなニヤの心情を読み取ったのか、チョウキが邪悪な笑みを崩さぬままこう言った。
「ではそろそろ解放してもらおうか」
「そういう訳にはいきません。あなた方は……」
その時、ドアが勢いよく開け放たれ、一人の青年が室内へと飛び込んできた。カズキンだ。
421欧州編 第八夜:2009/04/09(木) 21:09:39 ID:7I9WXxD70
カズキンは彼等の傍までずかずかと進んでくると、ニヤの前に立ち、強い口調でこう告げた。
「俺を統一部隊に加えてくれ!」
「あなた方には今回の戦いから手を引いていただくつもりだったのですが……」
ニヤの狙いはあくまでもダークロード――すなわちサッキである。だから民間人の寄せ集めである地下組織に関しては、最初から眼中になかった。それに。
「何故戦おうとするのです?」
ニヤのストレートな問いに、カズキンもまた自分の正直な気持ちを伝える。
「一人でも多くの人を救いたいから。この理由じゃ不満か?」
カズキンの目をじっと見つめるニヤ。一点の曇りもない、綺麗な目をしている。
「……分かりました」
「有難う!」
次の瞬間、カズキンは満面の笑みで感謝の言葉を述べた。
「な、なかなかの偽善者ぶりだろう?」
チョウキがサッキに笑いながら告げる。しかしサッキはそれには答える事なく、カズキンの無邪気な笑顔を眺めていた。思えば、最初に会った時も彼は笑顔で接してくれた。こんな怪しげな風体の男に、恐れも疑いも一切見せずに、である。
(人間ってのは、ここまで底抜けに笑えるものなのか……?)
咥えていた煙草の灰が床に落ちた事にも気付かず、サッキはただずっとカズキンを見ていた。何よりも。
(何故こいつは狙われた……?)
あの時、アジトがヴァンパイアの群れに襲撃された時、どうして上級吸血鬼――オルロックはカズキンを捕らえるよう部下達に命令を下したのか。
煙草を燻らせながら思考を巡らせるも、何一つ納得のいく解答は導き出されなかった。
422欧州編 第八夜:2009/04/09(木) 21:12:19 ID:7I9WXxD70
統一部隊の一員としてヴァチカンに残る事になったのはサッキ、チョウキ、カズキン、そしてトッコの四名だ。彼等はこれからDMCの指揮下に入り戦う事となる。
「こいつが残ると言うであれば仕方あるまい」
カズキンが統一部隊に参加する事が決まるや否や、チョウキは先程までとは打って変わって、自分も残ると宣言した。こうなるとサッキも残らざるを得ない。
各部隊の関係者に軽く紹介が行われた後、嘗てRPGに在籍していた経歴を持つトッコに、マリアが話し掛けたのは当然の流れだと言えるだろう。
「お久し振りです、『ペイルライダー』」
「その名前で呼ばれるのも久し振りだな」
最初は当たり障りの無い無難な会話を続けていた二人だったが、とうとうマリアが本題を切り出した。何故RPGを辞めたのかについてである。それに対しトッコは。
「……組織を信じられなくなったからだ」
異分子の排除を担当する第十二部隊に所属していた人物とは思えない発言に、驚きを隠せないマリア。だが、むしろ第十二部隊に所属していたからこそ、そういう結論に至ったのではないかと思い直す。
「……ところであのカズキンと言う青年は?」
マリアが何を尋ねたいのか、トッコはすぐに理解した。当然である。表向きは、トッコは組織の人間と半ば駆け落ちする形で英吉利を去った事になっている。だが。
……ないのだ。
RPGにカズキン・サンライトハートなる人物が所属していたと言う事実は存在しないのだ。では一体彼は何者なのか。その問いに関してトッコが口を開く事はなかった。
423欧州編 第八夜:2009/04/09(木) 21:16:11 ID:7I9WXxD70
DMC本部内の食堂は、各地の組織から戦士達が集まってくるにつれ、どんどんパブのような雰囲気になってきていた。朝からジョッキで麦酒を飲み、酔いの勢いで喧嘩し、思い思いに固まって演奏やダンスを行っている。
時には簡易ステージが組まれ、組織ごとに対バンが行われる事もあった。その日もまた、ステージ上でDMCの人間と北欧の組織の人間が激しい演奏を繰り広げていた。
「ニヤが言っていたのはあの人物か……」
そう呟くとジェバンニは、ステージ上で荒々しくギターを弾いている北欧からの出向者の観察を始めた。
男は、北欧神話に登場するドワーフがそのまま飛び出してきたかのような、ぼさぼさの髪に髭面のずんぐりした人物だった。凄まじいデスヴォイスで唄い、ステージ上を飛び跳ねている。
男の名はヨンネ。北欧の組織に所属する「ベルセルク」だ。
ベルセルクとは、北欧神話に登場する狂戦士の事だ。伝承では熊や狼の毛皮を纏い、戦場を縦横に駆け巡り動くもの全てを殺戮する戦士とされている。アイスランドの歴史家は、著書で「武器をもってしてもこれを傷付けられない」と述べている。
ベルセルクの名で呼ばれる彼等は、伝承の通り熊や狼に似た姿に変身して戦う。しかしDMCの狼達と比べると闘争心が格段に高く、変身中は脳内麻薬の影響で常にトランス状態だと言う。
424欧州編 第八夜:2009/04/09(木) 21:18:28 ID:7I9WXxD70
(そんな輩に大天使の弦を託してもいいのか?)
そう疑問に思うジェバンニの目の前で、興奮したヨンネがDMCの戦士に掴みかかっていった。それを機にたちまち乱闘が始まる。
「うわわ、何て事を!」
慌てふためくジェバンニ。戦士でもない彼に、この乱闘騒ぎを収める事なぞ出来る筈がない。煽るかのように、周りの者が太鼓や笛を鳴らし始める。ドンジャラホイとはまさにこの事だ。
誰か人を呼んでこようとジェバンニが立ち去ろうとしたその時、突然バイオリンの優美な音色が食堂内を響き渡った。乱闘を繰り広げる男達の手が止まる。
見ると、ヨンネとはまるで正反対の長身禿頭の男がバイオリンを弾いていた。
音色に魅せられた――とでも言うのだろうか、まるで潮が引くかのように争いは収まってしまった。バイオリン一本で、である。
「す、凄い……」
確かヨンネと同じ北欧から出向してきた人物の筈だ。名前はヒッタヴァイネンだったか……。
と、次の瞬間ヨンネが「すまなかった」と掴みかかった相手に謝ったではないか。ギターを掻き鳴らしながら唄っていた時とは比べ物にならない程、丁寧且つ穏やかな口調だ。
ジェバンニは北欧からやって来た男達に、俄然興味を抱いたのであった。
425欧州編 第八夜:2009/04/09(木) 21:21:01 ID:7I9WXxD70
欧州の何処かにある超常吸血同盟の本拠地。そこで二人の上級吸血鬼が何やら密談を行っていた。アルカードとオルロックだ。彼等が囲む卓上には、三冊の魔導書と指輪が置かれていた。
「すまない。サンプルは捕らえ損ねた」
侘びを入れながらオルロックは、そちらはどうかとアルカードに尋ねた。
「問題は無い。サンプルがなくとも博士が上手くやってくれている。それよりも……」
アルカードが、厳重に封印された木箱を取り出した。あの男女がわざわざ日本から奪ってきた代物だ。二十年近くもの歳月を重ねて進められてきた今回の作戦の、一番の肝である。
「あの二人組、恐ろしい事を考える……」
呟くオルロックの顔には、恐れの色が浮かび上がっていた。
「ミラーカからの連絡は?」
「今のところ何も」
もう一人の上級吸血鬼・ミラーカは、あの男女の動向を探るべく、数年前から彼等とは別行動を取っている。
「あいつが下手を踏むとは思えんが……」
「少なくともこれだけは言えるだろう。あの二人が望むのは……」
恒久の混沌――アルカードにはそうとしか思えなかった。
蘇らせてもらった手前、協力はしているが、アルカードもオルロックもミラーカもあの男女の事が嫌いだった。だから連中のシナリオとは別に彼等は動いているのだ。万が一全てお見通しだとしても、やるしかなかったのだ。
決戦の日は近い――アルカードは手にしたギターを軽く鳴らすと立ち上がった。
「そろそろ頃合だ。計画の第二段階へと移行する」
426欧州編 第八夜:2009/04/09(木) 21:24:51 ID:7I9WXxD70
数回のコール音の後、バキの耳に懐かしい恩人の声が聞こえてきた。会話をするのは十数年振りだ。
「もしもし、バキくん?」
「あかねさんですか?」
南雲あかね。元猛士総本部開発局長である。
「元気そうで安心したわ……」
「俺もです」
「……話したい事は山のようにあるけど、今は用件だけを伝えさせてもらうわ。心して聞いて頂戴」
あかねの口から、バキの予想もしなかった人物の名が飛び出した。
「役小角って知ってるわよね?」
「小角ですか?」
修験道の開祖、役小角。伝説の鬼である前鬼・後鬼を使役し、猛士総本部のある吉野山を開いた人物である。当然ながらバキもその名を知っていた。否、鬼でその名を知らない人物はいないだろう。
「その小角が封印したとされる、ある物が盗み出されたの」
「ある物、ですか?」
誰が盗み出したかは不明だと言う。ただ。
「それらしい物を手にした男女が税関を通っていったとの報告が吉野に寄せられたわ」
「じゃあそれは今海外に?」
おそらく欧羅巴に渡ったのではないかと総本部は目処をつけたらしい。ただ、物が物なため海外の組織にその存在が知られては困るのだと言う。故に捜索・回収のために人を送る事も渋っているのだそうだ。
「……私としては、そちらの組織の協力を得るべきだと考えている。それぐらいやばい代物よ」
この件に関してはバキくん、あなたに一任するわ――そうあかねは告げた。
「そんな権限があかねさんにあるんですか?」
「あるわけないでしょ」
そう言うとあかねは電話口で静かに笑った。
「猛士としては無事に回収出来ればそれで良いみたいだから……」
「……ま、やってみます」
「お願いね。そっちには別の任務で北陸支部のサッキくんが来ている筈だから、彼にもし会えたら協力してもらって。最新の式神なんかも持っているし、助けになってくれる筈よ」
おそらくエリカ達が言っていた鬼の事だろう、そうバキは理解した。
「で、そろそろ何が盗まれたのか教えてもらえませんか?」
その問いにあかねは、少し黙り込んでから、こう答えた。
「『宿魂石』って聞いた事あるかしら……?」
427欧州編 第八夜:2009/04/09(木) 21:29:06 ID:7I9WXxD70
DMCに齎されたその一報は、彼等を一時的に混乱させるには充分だった。
南独逸の田舎町ルーエンハイムが、超常吸血同盟の手によって封鎖されたのだ。町の住人全てが人質にされた事になる。しかも。
「DMCに告げる。町の人間達を無事解放してもらいたければ、姿を現せ」
電波ジャックにより、公共の放送で流された実際の音声である。
「連中は我々を表舞台に引きずり出すつもりですか……」
苦々しげにニヤが呟く。
DMCとは、極秘裏にモンスターと戦い、これを滅ぼすべくローマ教皇庁が組織した部隊だ。長い歴史の中で、その存在が公にされた事が一度だけある。
中世、折しも黒死病の蔓延により世情が不安定だった時代の事だ。
人々は全ての元凶がDMCであるとして、関係者達を次々と捕らえて回った。ローマは彼等を見捨て、最後まで黙する事を決めた。――世に言う魔女狩りの始まりである。
闇の世界の住人が、日の当たる世界の住人と交われば、双方に悲劇が起こる。この忌まわしい事件を教訓に、DMCはより目立たぬようモンスターと戦い続け、今日に至る。だがそれを。
428欧州編 第八夜:2009/04/09(木) 22:04:46 ID:7I9WXxD70
(我々の存在が明るみに出れば、中世の比ではない混乱が起こるだろう……)
突きつけられた現実を魔女狩りという形で昇華した中世の人々と異なり、下手に知識のある現代人がモンスターやDMCの存在を知ったらどうなるか、ニヤにもある程度の予測はついた。
「ニヤ……」
心配そうに声を掛けるレスターに向かって、ニヤが告げた。
「私はDMC独逸支部へと向かいます」
ニヤにとって腑に落ちない点が一つ。それは連中の封鎖があまりにも迅速だった事だ。前々から現地で準備を進めていない限り、これ程まで早く行動を起こせる筈がない。しかしそれだとどうやって独逸支部の目を誤魔化したかという話になってくる。
それに、現在独逸支部長の座についている「大佐」は良からぬ噂が多い人物だ。直接会って話をする必要があるだろう。
「部隊を二つに分けましょう。私と共に独逸支部へ向かう部隊と、今回の一件が大きくならないうちにルーエンハイムを開放する部隊です」
これからメンバーを集めると、ニヤは告げた。
「町へはRPG第三部隊を筆頭に、対ヴァンパイアに特化した面々を揃えましょう。私に同行する者はササヤキさん達を中心に、少数精鋭で固めます」
ササヤキら露西亜勢を独逸支部に同行させる理由は、彼女達の上司であるプーチンが元独逸方面担当の諜報員だったからに他ならない。その時に調べ上げた情報が必要になるかもしれないと踏んだのだ。
その日のうちに、ニヤが率いる統一部隊は二つに分かれて独逸へと向かっていった。一方は首都伯林にあるDMC独逸支部へ、もう一方はルーエンハイムへ……。 了
429高鬼SS作者 ◆Yg6qwCRGE. :2009/04/09(木) 22:07:29 ID:7I9WXxD70
最近、久し振りにまとめサイトにある自分の過去投下分を読んでみたら、粗が出てくるわ出てくるわ。
和泉一文字がいつ結婚して長男が生まれたかとか、これで大丈夫なのだろうかと思うし…。
一番まずいと思ったのは、1979年に死亡したレイキが、ブキの会話では未だ存命であるかのように語られている事。
北陸支部編を書いていた時に少し触れた通り、書いている最中に大幅に展開を変えちゃったので。
あの時点では、レイキを退場させる予定はありませんでしたから。
そういうわけで次回は、平成ライダー恒例のパラレルワールドという形で初期プロットに近い話を息抜きに投下してみたいと思います。
以前のやつに加筆するだけなので、土日には投下できるかと思います。
430名無しより愛をこめて:2009/04/09(木) 23:47:17 ID:Q4h30Y270
>>415-429
投下乙です
自分のを読み返すと出ますよね、粗って…
431名無しより愛をこめて:2009/04/10(金) 00:11:57 ID:XtniS0Qy0
>>415‐428
投下乙です。
432名無しより愛をこめて:2009/04/11(土) 10:59:03 ID:TFnOKr3S0

  ∧_∧
  ( ´・ω・) キュッキュッ
  ノ つ_φ))____
 ̄ ̄\        \
       ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

      ∧_∧
      ( ´・ω・`)
   | ̄ ̄∪ ̄∪ ̄ ̄| トン
   |   次スレ    |
 ̄ ̄| 立ててくるよ! | ̄ ̄
     ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
433名無しより愛をこめて:2009/04/11(土) 11:12:43 ID:TFnOKr3S0

 ∧_∧
 ( ´・ω・)つ http://anchorage.2ch.net/test/read.cgi/sfx/1239415457/

 次スレ立てたよ〜

434名無しより愛をこめて:2009/04/11(土) 19:17:01 ID:rDbsa86X0
>>433さん乙です
435名無しより愛をこめて:2009/04/12(日) 01:04:41 ID:bbglKguW0
残りは埋めレスって事でいいのかな
んじゃ感想って事で

鬼祓いなんだけど他のSSのキャラクターの使い方というか生かし方がすごくよくて好きですね
伏線の回収みたいにキレイにまとまっていくのにスゲーとか思っちゃう
436名無しより愛をこめて:2009/04/12(日) 21:41:41 ID:bchvLYwv0
揺れる鬼で女の子の生理用品とかトイレとかについて触れられていたところは
なくても成り立つのではないかと
ていうかそのへんはあんまり触れないで
と思いました
437鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/04/16(木) 00:13:50 ID:1U0eHQJ20
次スレにSSを投下したところ、早速レスがついていました。
読んでもらえているという実感が湧きますので、ありがたいことです。
こちらのスレで感想を書いて頂いたかたも、ありがとうございました。
もっとも、レスがあってもなくても最終回まで書き続けるつもりではいます。

2chを見ることはするけど、書き込みをすることはない、
というかたもいると思います。自分も以前はそうでしたので。

ですから、レスがない時でも、読んでいるかたはいるかもしれないと思い、
なるべくいいものを書こうと思っています。後で見ると「何この誤字脱字」とか
「何この変な言い回し」とか「何だこの展開」とか反省することしきりですが。
推敲が足りないようです。

スレの最後が余ったら、チラシの裏としてキャラの元ネタなどを書こうと思って
いましたが、「前回のあらすじ」と称してほとんど投下中に書いていますので、
残りを埋める量のチラ裏というかネタ解説はそんなに残っていないと思います。

いつか番外編を書こうと思っていましたので、スレ落ち前に書き上がったら、
スレの残りを使って投下しようと思います。間に合わなかったら次スレあたりで。
438鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/04/19(日) 23:24:45 ID:GEkozHW+0
『鬼祓い』 スレ埋め用チラシの裏


メインの三人にはそれぞれ元ネタとなるキャラ・実在の人物がいます。

・岸啓真
 イメージキャラはタレント・ミュージシャンのDAIGO。(髪型・ファッション等)
 名前はチェスのナイト=騎士+将棋の「桂馬」から。

・木倉恭也
 イメージキャラはドラマ「ハチワンダイバー」の主役を演じた、俳優の溝端淳平。
 名前は「槍」を分解した「木」と「倉」+将棋の「香車」から。

・ソヨメキ
 イメージキャラはドラマ「ハチワンダイバー」のヒロインを演じた、女優の仲里依紗。
 本名の「副島そよ」はドラマ中のヒロインの役名「中静そよ」から。


いまは三人の過去についてのお話(近日中投下予定)を書いています。
439鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/04/22(水) 19:47:24 ID:rvd6pKho0
スレ埋め用SS


『鬼祓い』 零之巻「巡りゆく季節」


 ショルダーキーボード型の音撃武器・音撃盤には様々なバリエーションがあった。
 音階順に並んだ数十個の鍵、すなわち音撃鍵を組み合わせる点は共通しているが、音撃武器の形態には次のような型があった。

 両手の甲に鬼石付きの音撃盤を纏い、展開して魔化魍に張りつけた音撃鍵を演奏することで清めの音を送り込む、「打」系統の音撃。

 銃身つきの音撃盤の側面に音撃鍵を張りつけ、魔化魍に打ち込んだ鬼石で音撃を増幅する、「射」系統の音撃。

 音撃盤の先端につけた鬼石の刃を突き刺して、その側面に張りつけた音撃鍵を弾いて魔化魍を清める、「斬」系統の音撃。

 これらの音撃は総称して「音撃弾」と呼ばれていた。

 2006年春、猛士四国支部に伝わる音撃盤と音撃鍵は、新たな持ち主を待ちながら、四国支部の片隅でひっそりと眠っていた。
440鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/04/22(水) 19:51:01 ID:rvd6pKho0
「いやぁ、ローゼンメイデンって面白いなあ……」
 四国支部の中堅どころの鬼・サザメキは、支部に漫画を持ち込んで一人呟きながらそれを読みふけっていた。そこに通りかかった五十前後の男が言った。
「ローゼンメイデン? アイアン・メイデンなら知ってるけどな」
「あ、支部長。これですよ、これ」
 サザメキはそう言いながら漫画を見せた。
「この衣装は……MALICE MIZERか? ほら、Mana様がこんな衣装で……」
「違いますって。かの麻生大臣も読んでいると言う……」
 この二年と半年後、麻生太郎は内閣総理大臣に就任することとなる。
「まあ小泉の純ちゃんもXが好きだって公言してたしな」
「バンドから離れて下さいよ。アニメ化もしているんですからね」
「XもRusty Nailのプロモがアニメだったな。懐かしいな、あれはYOSHIKIがビームを……」
「だからバンドから離れて下さいって。……丁度今手元にDVDがあるんで見てみますか?」
 サザメキはDVDをプレイヤーにセットして再生を始めた。ALI PROJECTの主題歌が流れる。
「やっぱMALICE MIZER系だな。ほら、Gacktが居た頃の楽曲でさ……」
「まあ確かに似てますよ。でも……」
「歌ってやるよ『月下の夜想曲』。何かに導〜かれ〜森の中を……」
 部下に「いい加減にしろや、オッサン!」と言われている支部長の姿に、やはり通りかかった彼の妻はどうしたものかと視線を注いでいたが、やがてどうしようもないと思い直し、去っていた。
441鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/04/22(水) 19:54:37 ID:rvd6pKho0
 強引にひとしきり歌い終わった後、支部長はサザメキに言った。
「サザメキ。今度、『と』を一人お前に預ける」
「またですか」
 この春、サザメキは四国支部の『と』であった財前残九郎を、太鼓の鬼・ザワメキとして独り立ちさせたばかりだった。
「歳は17、女の子だ。既に、地元の北海道で2年ほど鍛え続けているが、ちょっと性格に難ありでな」
「というと?」
「感情ゼロなんだそうだ。誰にも心を開かないらしい。環境が変われば気持ちにも変化が現れるかもしれないと思ってな、四国支部で引き取ることにした」
「その子の希望の音撃武器とかは、あるんですかね。『太鼓』『管』『弦』、どれでもいけますよ」
「特に希望はないらしい」
「じゃ、会ってから決めます」
 その後、北海道支部からやってきた『と』の副島そよは、長い黒髪を持つ、異常なまでに表情のない少女だった。
442鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/04/22(水) 19:57:45 ID:rvd6pKho0
 季節は流れ、同年秋。
 吉野総本部の支部長会議の席で、総本部長は皆を見回して言った。
「これより会議を始めたいのですが……何故四国支部だけ代理人なのですか?」
 総本部で技術部の『銀』となるべく修行中だった木倉恭也は、お茶くみの用事を言いつかり、その日、会議の席で一人お茶を淹れ、各人の机上に置いて回っていた。
 恭也が以前見た会議の席では四国支部長は年配の男性だったが、なぜかその日は同年代の女性が来ていた。
「申し訳ありません、申し訳ありません」
 その女性――四国支部長のロック好き、バンド好きを知りつくしている彼の妻は、ひたすら皆に謝り続けた。
「四国支部長はあの人の友人なので、あまり厳しい事は言えませんが……とりあえず理由を話していただけますか?」
 開発局長・小暮耕之助の存在を気にしながら遠慮がちに総本部長は訊いた。
「……へ行ってしまいました」
 小さな声で女性が答えた。
「え?」
「……ロックフェスへ行ってしまいました。『DIOやANTHRAXが来るんだよヒャッホゥ!』とか叫びながら……二日前から……」
「……えっと、四国支部長は会議と私事とどちらが大事なのでしょうか……」
「フェスに決まっています……。申し訳ありません、申し訳ありません!」
 即答してその女性が平謝りに謝っている中、恭也はトレーを手に会議室を出ていった。その背後で総本部長と女性の声が続く。
「……え〜、では定刻を少し過ぎましたのでこれより会議を始めたいと思います」
「本当に申し訳ありません! 主人には後で厳しく言っておきますから……」
443鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/04/22(水) 20:00:53 ID:rvd6pKho0
 本当はもう一人、同期で車両部の『銀』候補生である岸啓真も同じ用事を言いつかっていたはずだったが、彼の姿もそこにはなかった。
 恭也が車両部に内線を掛けて確認したところ、『MEGADETHやSLAYERが来るんだよヒャッホゥ!』という言葉を最後に、二日前から顔を出していないとのことだった。

 その頃、岸啓真はロックフェスの会場にいた。沸き立つオーディエンスで満たされた会場の中で、啓真は他の観客同様ステージ上のアーティストたちに熱い声援を送っていた。
 背後で派手なくしゃみが聞こえ、続いて男の声が言った。
「誰か俺の噂でもしてるのか? おっ! 次はあっちのステージか!」
 うるさいオヤジがいるな、と啓真が思っていると、自分が見ていたステージとは別の方向から、ひときわ高い歓声が上がった。振り向こうとした啓真は強い力で突き飛ばされた。
「どけどけ餓鬼共! 年季が違うんだよ!」
 その声は、先ほど啓真の後ろでくしゃみをしていた男――四国支部長のものだった。
444鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/04/22(水) 20:05:13 ID:rvd6pKho0
 そしてまた季節は巡り、2007年春。
 副島そよが猛士四国支部に転属となり、サザメキのもとで修行を始めてから一年。序の六段まで修行が進み、そろそろ鬼の姿に変われると言われはじめていた頃だった。本部で『銀』として活動していた岸啓真と木倉恭也の二人は、四国支部に配属となった。
 高知にある猛士四国支部に支部のほとんどのメンバーが集り、二人は皆に紹介された。調子よく挨拶の言葉を並べる啓真の横で、恭也は言葉少なに挨拶を終えた。
 笑顔で彼らを出迎えた四国支部の面々の中で、一人無言で佇む黒髪の少女に恭也は気づいた。NPO法人「TAKESHI」のロゴが入ったスポーツウェアの上下を着込み、まったくお洒落には興味のない様子だった。
 新人の『銀』二人の紹介が終わり、皆が三々五々部屋を出て行く中、サザメキが少女を二人の前に連れてきて言った。
「俺はサザメキだ、よろしくな。――で、こいつが俺の弟子の副島そよ、お前らと同じ年で、猛士に入った時期も一緒。同期ってやつだな、仲良くしてくれ」
 そよは、師匠に言われて無言で二人に頭をさげた。啓真はそよを一目見て気に入った様子で、調子よく話しかけた。
「ヨロシクな、そよ!」
「気安く呼び捨てにするな」
 啓真と恭也が聞いたそよの第一声は、それだった。
「申し訳ありません、師匠。支局に戻って修行を続けます」
 サザメキにそう告げると、そよはすぐに背を向けて歩き出した。
「ちょっと待てって、そよ!」
 啓真は笑顔でその後を追っていった。
「無愛想な奴でごめんな」
 サザメキが恭也に言った。
「根は悪い奴じゃないんだが、ちょっと……いやかなり、感情を現すのが苦手でな」
「はぁ……」
 曖昧に頷いた恭也は、二人の後を追って部屋を出ていった。
445鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/04/22(水) 20:10:09 ID:rvd6pKho0
 支部の通路でそよにまとわりついて色々と話しかけている啓真に追いつき、恭也は肩をつかんで言った。
「よせ。迷惑だろ」
「なァんだよ。お師匠さんが直々に『仲良くしてくれ』って言ってるんだぜ。邪魔すんなよ」
「都合のいい受け取り方をするな」
 そよは何も言わず二人の様子を見ていた。
「おまえな」
 剣呑な表情で振り返り啓真は言った。
「同じ『銀』だと思って調子に乗ってんな? 俺はそこらの『銀』より腕は立つぜ。言われりゃ『飛車』だってやるつもりだ」
「お前、少し猛士の仕事を軽く考えていないか?」
 低く押さえた声で恭也は言った。
「本部にいた頃からいい加減な奴だと思ってたんだ。お前みたいな奴には『銀』も『飛車』も務まらない。大きな口を叩くな」
「言ったなテメェ」
 怒りにまかせた啓真の拳がとんだ。恭也は一歩も動かずに頬を打たせた。
 殴られてねじれた首をゆっくりと戻し、恭也は言った。
「おまけにすぐに頭に血がのぼる。その根拠のない自信はどこから来るんだ?」
 有無を言わさず二撃目を繰り出した啓真の鳩尾に、恭也の強烈な拳が喰い込んだ。そのまま拳が振り抜かれ、啓真は廊下の壁に背を打ちつけて倒れた。
「多少腕に自信があるのかもしれないが、この世にはお前より喧嘩の強い奴は五万といるってことを、よく覚えておけ。しばらくそこで寝てろ」
 壁際に崩れた啓真を見下ろして恭也は言った。しばらく立ち上がれまいと判断し、そよに向き直って恭也は言った。
「大丈夫か?」
「問題ない」
 ひと言だけ残し、そよはその場を離れた。最後まで、笑顔一つも見せなかった。
446鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/04/22(水) 20:14:53 ID:rvd6pKho0
「おい……」
 立ち尽くしている恭也の背に、声がかけられた。
「ここまで痛ぇ目に合わせてくれたのは、お前が初めてだ」
 凶悪な面構えで啓真は言い、よろけながら立ち上がった。啓真の体の頑丈さは恭也の予想を越えていた。
「無理して立ち上がるな、ゾンビかお前は」
 これ以上支部内で面倒を起こしたくないと思い、恭也はそこから逃げることにした。
「まてコラぁ!」
 その後三回ほど恭也は啓真を殴り倒したが、その度に啓真は立ち上がってきてしつこく恭也を追いかけ回した。

 数日後、香川にある猛士四国支部の支局の一つである、峠のドライブインに建つカフェ「フリューゲル」の裏手に、岸啓真の姿があった。
 この猛士関連施設に副島そよが下宿していると知った啓真は、非番の日にここを訪れた。
「そよ。そーよーっ!」
 啓真が大声で呼ぶと、建物の二階の窓際にそよが無表情な顔を出して言った。
「今日は非番だ。……私のプライベートに干渉するな」
「今日もスポーツウェアか? 休みの日くらいオシャレしろよ。一緒に洋服買いに行こうぜ。もっとこう、ひらひら〜っとしたやつが似合うと思うなぁ、お前には」
 そこに木倉恭也がやってきて言った。
「しつこい正確だな、お前は」
「あっ! こないだはよくも逃げやがったなテメェ」
 ここで啓真は、恭也が自分と同じ考えだと思い、警戒するように言った。
「……そういうお前はここに何しに来てんだよ」
「今後のために、猛士の支局を見て回ってるだけだ。文句あるか?」
447鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/04/22(水) 20:17:37 ID:rvd6pKho0
 言い争っている二人の上から、そよの低い声が降ってきた。
「支部長が悩み相談をしてくれるそうだ」
 そよの元にたった今、支部長直々のメールが届いたという。啓真と恭也のアドレスにも同報送信されており、内容は若い世代の三人と対面し、悩み相談を行うというものだった。
「へぇ〜、あの支部長が……。じゃあ行ってみるか」
 恭也が言い、三人は香川から高知の四国支部に向かった。

「よしお前ら、話せ」
 四国支部の一室で、サザメキや支部のメンバーが見守る中、支部長は三人を前にして促した。他の二人に順番を譲られたそよが、横目でちらりと啓真を見ながら言った。
「戦いとプライベートの両立について……」
 次に恭也が訊いた。
「音撃弦の扱い方なんですけど……」
 最後に啓真が尋ねた。
「恋愛相談とかって……ありですかね?」
「ふむふむ、よし分かった」
 支部長は各人の悩みをメモしながら言った。彼らはそれぞれの悩みに対する答えを待っていたが、支部長はただメモの内容を確認し終えると、皆に背を向けて戸口に向かった。
「あの、それで回答の方は……?」
 恭也に訊かれると、支部長は振り返って言った。
「ん? この悩みはな、ローリング・ストーン誌の布袋寅泰の相談コーナーに責任持ってメールしておくから。答えてもらえたらいいよな、HOTEIに」
 それを聞いて、そよを除いた全員が叫んだ。
「お前が答えるんじゃないのかい!」
448鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/04/22(水) 20:20:56 ID:rvd6pKho0
 支部長が有無を言わさず立ち去った後、サザメキがそよに声をかけた。
「非番の日に仕事の話で悪いんだが……お前の音撃武器について話がある。ちょっといいか?」
 この時まだ、彼女が『太鼓』『管』『弦』、どの音撃武器を使うかは決まっていなかった。
「問題ありません」
 そよが支部の机につくと、サザメキはその正面に座った。他の支部メンバーが部屋を出て行く中、啓真と恭也だけはその場に残って話を聞いていた。
「俺が見たところ、お前が一番上手いのは『管』だな。『弦』もいける。『太鼓』は……まあ夏の魔化魍退治の時に扱える程度にはなったな」
 そよは無言で頷いた。
「これからお前には『管』の鬼として専用の変身鬼笛を渡すつもりだが、音撃武器についてはもう少し先になる。お前専用の音撃武器にするために、既存のものを改造する必要がある」
「それ、俺も参加させてください」
 恭也が言った。
「じゃあ俺、そよのサポーターやる」
 啓真が手を挙げた。恭也がその手を力づくで下げさせた。
「随分と気が早いな。そよが独り立ちするのはまだ先の話だぞ」
 サザメキは笑って言ったが、こう付け加えた。
「まぁ、考えておくよ」

 サザメキは、そよの「歌」を活かすため、音撃盤を「射」系統に改造するよう依頼を出した。音撃管の射撃機能を備え、なおかつ演奏と同時に歌唱を可能とする、ショルダーキーボード型の音撃武器が彼女に与えられた。
 これを用いて彼女が音撃盤の鬼・ソヨメキとなるのは、こののち更に秋が二回ほど巡ってからの話となる。


零之巻「巡りゆく季節」了


449鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/04/22(水) 20:27:32 ID:rvd6pKho0
ああ、またやってしまいました。

>>445で「五万といる」と書きましたが、正しい漢字は「巨万」だそうです。
「巨万」もあまり使われていないようなので、ひらがなで「ごまん」と書くべきでした。
450高鬼SS作者 ◆Yg6qwCRGE. :2009/04/22(水) 21:18:53 ID:qFTaPGOL0
投下乙です。

>>439-448を読んで一番驚いたのは間違いなく俺だろうな…。
出先からケータイで覗いてて、思わず「うおっ」って口走ってしまったぐらいだし。
451名無しより愛をこめて:2009/04/23(木) 12:34:33 ID:An/C0Q0W0
>>439-448
投下乙です。
「夢のコラボきたんだよヒャッホウ!」
452鬼島兼用語集:2009/04/26(日) 14:03:26 ID:SU9zOtX/O
今このスレ読み終わりました

>高鬼さん
森の妖精コルピクラーニだ!
ヨンネ・ヤルヴェラにヒッタヴァイネンなんて嬉しすぎる!
酒場で格闘ドンジャラホイもさらっとネタにしているなんてさすがです
彼らの活躍が楽しみでしょうがない
このヒッタヴァイネンはヴァイオリンでもヨウヒッコでも腰弾きだって信じてる!

>鬼祓いさん
すげえ、こんなにしっくりくるコラボは初めてです
高鬼SSと鬼祓いがまるでトマトとモッツァレラチーズのようにマッチしてる
453名無しより愛をこめて:2009/04/26(日) 19:52:50 ID:jrIy8bsQ0

       // ミ
     /  /
     /   /  パカ
    / .∩∧∧
    /  | (・∀・)  < あと10KB
   // |   ヽ/
   " ̄ ̄ ̄"∪


     ___ヽヽ
   /     /
    ̄ ̄ ̄ ̄ バタン

454鬼祓い作者 ◆GX3Ot1s2is :2009/04/30(木) 01:09:22 ID:kzbs2SPL0
零之巻、投下して良かったようで何よりです。また訂正ですが、
>>446の「しつこい正確〜」は、正しくは「しつこい性格〜」でした。すみません。


『鬼祓い』 スレ埋め用チラシの裏2枚目

文章で音楽を伝えるのは難しく、一応現存の曲を想定して作中で説明をしていますが、
具体的に曲名も歌手名も書いていませんでしたので、ここで補足させていただきます。

・七之巻
 大阪のストリートライブで歌っていた曲は、西野カナの「glowly days」を
 想定して書いていました。

・十四之巻
 宗形三十朗の前で歌っていた曲は、こちらも西野カナの「遠くても feat.WISE」。

とてもいい声の歌い手さんなので機会があれば聴いてみてください。
455名無しより愛をこめて:2009/04/30(木) 23:43:45 ID:x4qq9ikE0
欧州編の感想書きますね。

鬼はほとんど出ない話になるのかと思っていましたが、以外と出てくる鬼は多く、
それぞれが色々な背景を持って無理なく海外に来ていると思いました。
残念ながら用語集の人ほど元ネタを解っていませんが、それなりに欧州での鬼の活躍を楽しんでいます。
元ネタが解る人にはもっと楽しいんだろうなと思います。(実際に用語集の人がとても楽しそう)
456名無しより愛をこめて:2009/05/02(土) 01:13:53 ID:HMLUCM/a0
「荒吹く鬼」は、第一話で少しだけ出ていた師匠が、まさか主役とああいう関係で、
ああいうことになっていたとは思いませんでした。(あとまさか続編があるとは・・・)
今後、因縁の対決を予感させる展開になっていましたので、次回投下を期待して待ちます。
457名無しより愛をこめて:2009/05/03(日) 00:47:05 ID:Zf8alCfr0
鬼島感想。最初のエピソード投下から一年半くらい…ようやく生徒四人が変身する鬼の
元ネタがわかりました。「藤原千方の四鬼」というものがあるんですね。
スレを更にさかのぼると、二年くらい前に高鬼SSの「鎌鼬の夜」というエピソードの中で
伝承そのものについてちらっと語られていたのですが…記憶から消えていました。

ドヨメキさんの本名が強烈でした。
458名無しより愛をこめて:2009/05/06(水) 20:36:45 ID:J+ldjfNA0
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                  | :;;;::ヽ
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459名無しより愛をこめて:2009/05/06(水) 20:41:21 ID:J+ldjfNA0


       // ミ
     /  /   パカ
     /   /
  彡\  /ノノノノ/ミ
    \\( ゚∋゚)/
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      、∧,
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     ∪__∪ミ
   /     /
    ̄ ̄ ̄ ̄  バタン


460名無しより愛をこめて:2009/05/06(水) 20:42:21 ID:J+ldjfNA0


      、∧,
      ( _X_)  < …
     ∪__∪
   /     /
    ̄ ̄ ̄ ̄


                 、ヘ, ∩
                  ( _X_)丿
              ⊂二||| |||
                /ll(光l二⊃
             ⊂二ノ ̄
     ___
   /     /     =≡=
    ̄ ̄ ̄ ̄


461名無しより愛をこめて:2009/05/06(水) 20:44:17 ID:J+ldjfNA0


     ___
   /     /  < …
    ̄ ̄ ̄ ̄
                          、ヘ,
                         ( _X_)

     ___  ピョコ
   /___/ヽヽ
   / ( ゚∋゚)/
    ̄ ̄ ̄ ̄
                          、ヘ, !
                         ( _X_)
462名無しより愛をこめて:2009/05/06(水) 20:45:25 ID:J+ldjfNA0


     ___ヽヽ
   /     /
    ̄ ̄ ̄ ̄  バタン              クル
                          、ヘ, 彡
                         (_X_ )

     ___
   /     /
    ̄ ̄ ̄ ̄
                          、ヘ, <…
                         (_X_ )
463名無しより愛をこめて:2009/05/06(水) 20:46:43 ID:J+ldjfNA0


       // ミ
     /  /   パカ
     /   /
  彡\  /ノノノノ/ミ
    \\( ゚∋゚)/
   //| \///
   " ̄ ̄ ̄ ̄"            クル
                        (( 、ヘ,
                         ( _X_)
          バタン
     ___ヽヽ
   /     /       卍 ヒュン
    ̄ ̄ ̄ ̄          ミ
                     と\  、ヘ,
                      \\(_X_ )
464名無しより愛をこめて:2009/05/06(水) 20:48:15 ID:J+ldjfNA0


     ___  ピョコ
   /___/ヽヽ
   / (≫w≪)/   卍≡=−
    ̄ ̄ ̄ ̄
                     と\  、ヘ,
                      \\(_X_ )

      // ミ
    /  /  パカ
    /   /
   / .∩ヽ_ ノノ サクッ
   /  | (≫w≪)卍≡=−
  // |ミ| |ミ|ヽ/
  " ̄ ̄ ̄"∪
                     と\  、ヘ,
                      \\(_X_ )

                          完

465名無しより愛をこめて:2009/05/06(水) 23:37:59 ID:WtOm744J0


      // ミ
    /  /
    /   /  パカ
   / .∩、ヘ,
   /  | ( _X_)   <あと3KB
  // |||| |||ヽ/
  " ̄ ̄ ̄"∪


     ___ヽヽ
   /     /
    ̄ ̄ ̄ ̄ バタン
                        ノノノノ
                       ( ゚∋゚)
466名無しより愛をこめて:2009/05/06(水) 23:39:23 ID:WtOm744J0


     ___  ピョコ
   /___/ヽヽ
   / ( _X_)/
    ̄ ̄ ̄ ̄
                        ノノノノ
                       (゚∈゚ )

     ___
   /___/
   / ( _X_)/
    ̄ ̄ ̄ ̄
                       ノノノノ
                       ∈゚  )
467名無しより愛をこめて:2009/05/06(水) 23:40:31 ID:WtOm744J0


    (⌒ .//ノノ
     \ヽ/゚∋゚)
    / (uu」\ノ⌒\
   /  .∩、ヘ,  / /
   / / | ( _X_)
  //  |||| |||ヽ
  " ̄ ̄ ̄" ̄∪


                        ノノノノ  -___
   、ヘ,                  (゚∈゚ )  ─_____ ______ ̄
  (_X_ )    ≡=―         丿\ノ⌒\  ____ ___
 と|||⊂ ||)                彡/\ /ヽミ __ ___
   \光)ll|    ≡=―           ./∨\ノ\  =_
    (  < ⊃               .//.\/ヽミ ≡=-
    ∪    ≡=―          ミ丿 -__ ̄___________


468名無しより愛をこめて:2009/05/06(水) 23:42:04 ID:WtOm744J0


          | | | |

          、ヘ,
          (_X_ )
         /⊂二))
         つ(⌒)
http://anchorage.2ch.net/test/read.cgi/sfx/1239415457/51


469名無しより愛をこめて:2009/05/06(水) 23:46:42 ID:WtOm744J0


              ノノノノ  ノノノ
              ∈゚  ) 三 (  ゚∋


            ? ノノノノ
              ∈゚  )
             /⌒  )
             ミイ  /
              |  (


470名無しより愛をこめて:2009/05/06(水) 23:49:08 ID:WtOm744J0


      /ミ
   ノノノノノ⌒⌒)
   (゚∈゚ )⌒二二二彡 ≡≡≡≡====−−−−
      / /| |ノ\
     / /. ヽ/ヽミ
    ミ丿

    =≡≡≡==−


471名無しより愛をこめて:2009/05/07(木) 00:08:12 ID:WtOm744J0


     ___
   /     /
    ̄ ̄ ̄ ̄
                       ノノノノ
                       ∈゚  )
472名無しより愛をこめて:2009/05/07(木) 00:10:34 ID:ab5Wovz+0


     ___
   /___/
   / ( ゚∋゚)/
    ̄ ̄ ̄ ̄


     ___ヽヽ
   /     /
    ̄ ̄ ̄ ̄ バタン


473名無しより愛をこめて:2009/05/07(木) 00:15:14 ID:ab5Wovz+0


     ___  ピョコ
   /___/ヽヽ
   / (゚∈゚ )/
    ̄ ̄ ̄ ̄


     ___
   /___/
  ∈゚  ) 三 (  ゚∋
    ̄ ̄ ̄ ̄


     ___ヽヽ
   /     /
    ̄ ̄ ̄ ̄ バタン


474名無しより愛をこめて


   ____
   \     \
      ̄ ̄ ̄
               ノノノノ
              ∈゚  )  <…
             /⌒  )
             ミイ  /
              |  (