2 :
名無しより愛をこめて:2008/04/23(水) 00:21:23 ID:Bc2UgCXR0
うっさいハゲ
4 :
前スレ473:2008/04/23(水) 00:33:10 ID:HsANnsWIO
スレ立て乙っス
5 :
前スレ477:2008/04/23(水) 02:00:36 ID:qMIFzMoF0
こっちでもスレ立て乙を言っときます。
・・・何かデジャヴュを感じる。
あらら・・・「本文:」と「本文2:」って入っちゃってる・・・
でも
>>1乙
>>1乙
折角新スレが立ったのにSSの投下が何も無いのは寂しいので、
少し早いですが次の話を投下させていただきます。
1980年。あの京都での決戦から半年以上が経った。
秋田県。代々猛士総本部長を務める和泉家と並び、古い歴史を持つ家系がある。
その名は天美。
その日、一人の男性が遠路遥々秋田の天美家を訪ねていた。先代開発局長の叔父さま(本名不明)だ。京都決戦で重傷を負い、今も意識不明のままでいるアカツキの見舞い――と言うか経過観察のためである。
叔父さまがこの屋敷を訪れるのは二度目だ。……意識不明のアカツキに付き添ってきて以来である。
玄関で叔父さまを執事が出迎えた。和風建築に似つかわしくない、黒い背広姿の壮年男性だ。
「ええっと……君の名前は何じゃったかな?どうでもいい事は覚えない主義なんでのぅ」
「私は……」
「ああ、待った。当てさせてくれ。……セバスチャンかアルフレッドだったかな?」
「違います」
「ではウォルターだったかのぅ。ノーマンだった気もするが」
明らかに日本人の執事に向かって、叔父さまが本気とも冗談とも取れない発言を繰り返す。それに対して執事は、嫌な顔一つせずに、だがにこりともせずに淡々と訂正を続けた。
「じゃあ時田か。それともヒデか?」
「黒岩で御座います」
流石に鬱陶しく感じたのか自らそう名乗ると、黒岩は叔父さまの荷物を受け取り、奥の座敷へと案内していった。
「それで……あれからクランケの容態は?」
聞くだけ無駄だという事は叔父さまにも分かっていた。何かあったらすぐ総本部経由で連絡を寄越すように言っておいたからだ。しかし、あれから半年経っても秋田からの連絡は何一つ無かった。
逆に言えばそれは、アカツキの命に何ら別状は無かったという事になる。それだけが唯一の救いだと言えよう。
「暁ぼっちゃまは意識不明のままです。あの日以来、ずっと私がぼっちゃまの介護をしております」
「あきら……?」
どうやらそれがアカツキの本名らしい。
アカツキが眠っている奥座敷に近付くにつれ、何やら音楽が聞こえてきた。障子を開けて座敷に入ると、眠り続けるアカツキの枕元に古めかしいレコードプレイヤーが置かれてあった。流れているのはベートーベンの交響曲第9番第2楽章だ。
「何かね?」
叔父さまの問いに対し、黒岩が説明を始める。
「知っていますか。第二次大戦中、米軍が野戦病院において音楽を流してみたところ、兵士の治癒が早まったという話を」
「ああ、音楽療法か」
音楽療法の歴史は古く、鬱病を竪琴で治したという記述が旧約聖書にも記載されている。
宗教の発生と共に音楽は儀式や祭礼の場で演奏され、また呪術を用いる際にも音楽が効果的に使われた。猛士の鬼やDMCの狼が使う力ある音=音撃も、この系譜を汲んでいる。
「ぼっちゃまがお好きな曲を中心に、二十四時間体制で流しております」
「聴覚に訴えかける方法は間違ってはおらんな」
その後、叔父さまの手によって軽く検査が行われた。身体の傷はもうとっくに癒えている。しかし彼が目を覚ます事は無い。
「しかし寂しい部屋じゃのう。見舞い品の一つも無いとは……。誰も来ないのかね?」
何とはなしに叔父さまが黒岩に尋ねてみた。それに対し黒岩は。
「おりません。……ぼっちゃまは人付き合いも悪く、支部の皆様からは煙たがられておりましたから。それは、お家の中でも同じ事です」
「家族親族ですら見舞いには来ないと?そりゃ徹底して嫌われとるのぅ。わはははは」
普通の人ならば不味い事を聞いてしまったと反省の一つでもするものなのだろうが、残念ながら叔父さまにはそういった感情は存在しない。
「ですが博士はお越し下さったではありませんか。それだけで私もぼっちゃまも幸せで御座います」
アカツキに意識があったら何と言うだろうか。きっと不快そうな顔をするだろう。
暫くは他愛も無い世間話を行っていた二人だったが、いつしか自然とアカツキの話題になっていった。
「……他に何か面白い話は無いのかね?」
「そうですね……」
眠り続けるアカツキの方をちらりと見やると。
「では、こんな話はどうでしょう?実を言うと、ぼっちゃまからは口外無用ときつく言いつけられているのですが……」
そう前置きすると、黒岩は昔語りを始めた。
1974年、如月下旬。
その日、アカツキは岩手にある物見山へとやって来ていた。ここは三つの市町村に跨っており、うち一つは民俗学者・柳田國男の著書で有名な遠野市である。
さて、秋田方面担当の彼がわざわざ他の鬼の担当区域にまでやって来たのには理由がある。東北支部の技術部が製作した新型装備を実戦の中でテストするためだ。
「ぼっちゃまは支部内では嫌われ者でしたので、自然と新型装備のテスターに選ばれる事が多かったのです。何か不都合が起きても天美の鬼なら別に構わないだろうと……」
そう黒岩は苦笑しながら言った。
アカツキに支給された新型装備は二つ。飛行ユニットの「空裂」と遠距離砲撃用装備の「砲陣」だ。
「ふん……」
季節は冬、既に日は落ちている。ランプの明かりの下で説明書に目を通しながら、アカツキが鼻を鳴らした。そして、愛車「陸震」の荷台に積んである「空烈」と「砲陣」を一瞥する。
「『空裂』か……」
おそらくわざとこのような名前を付けたのだろう。アカツキは以前、字こそ違うが「空烈」という天美の鬼が代々使ってきた音撃管を壊している。その時は支部長にいつも以上に怒鳴られたものだ。
「そして『砲陣』……」
どちらも「陸震」の荷台に積めるぐらいの大きさだ。果たしてこんなものが役に立つのであろうか。
「……来たか」
アカツキが変身鬼笛を吹き鳴らし、額へと翳した。変身を終えると同時に、式神によって追い出されてきた童子と姫がその姿を現す。
「わざわざ秋田から来てやったんだ。楽しませてくれよ」
言うや否や暁鬼が音撃管・水晶を発砲する。圧縮空気弾の着弾とほぼ同時に、両者が怪童子、妖姫へと変貌を遂げた。直撃を受けて吹っ飛ばされる両名。
「これで終わりか?」
起き上がろうとする怪童子と妖姫に向かって、容赦無く発砲を続ける暁鬼であった。
同時刻、岩手方面担当の鬼の一人であるタテワキは、久々の休暇を持て余し、ぶらりと夜の奥州市を訪れていた。
タテワキ(帯刀鬼)。弦使いであり、呪術にも長けた彼は、岩手に伝統芸能として伝わる「鬼剣舞(おにけんばい)」の使い手でもある。鬼剣舞とは、修験道や陰陽道に見られる悪鬼を調伏する歩行法、舞いの事だ。
(天美の鼻摘まみ者め……)
上からの命令とは言え、あのアカツキが自分の担当区域に来ているかと思うと、理不尽な憎悪がどうしても胸中に渦巻いてしまう。尤も、それはタテワキに限った事ではない。仲間内では、奴が殉職でもしてくれないかと思っている者も少なくないのだ。
何か奴の弱みを握りたい、タテワキはそう常々思っていた。だからこそ、わざわざアカツキの出撃先である奥州市まで出てきてしまったのかもしれない。
アカツキの手段を選ばぬ戦い方は、幾度となく支部内で問題になっている。もし今日の戦いで誰か巻き込まれて犠牲者でも出ようものなら――タテワキは心からそう思った。
(そういえば今日は……)
ふと、今日が千年以上続くとある祭りの当日である事をタテワキは思い出した。腕時計を見ると、開始までまだ充分に時間がある。
実際問題、ここに居ても何か起こるわけではない。ならば折角だし行ってみるか――そう考えたタテワキはタクシーを停めるべく道路の方へ向かって歩いていった。
雪の積もる斜面を、怪童子が転がり落ちていく。その後を追い、「水晶」を発砲しながら斜面を滑り降りていく暁鬼。
木にぶつかり動きを止めた怪童子の傍に近寄ると、至近距離から容赦なく圧縮空気弾を浴びせた。怪童子の身体が爆発四散し、雪煙を巻き上げる。姫は既に倒した。残るは……。
(魔化魍か……)
飛行型の魔化魍だと聞いている。「陸震」を停めてある場所まで戻り、「空裂」と「砲陣」をいつでも使えるように準備しておく。
ふと、傍らに置いてあった時計に目をやった。時刻は翌日の午前零時になろうかとしている。
(夜間でのテストか……。今更ながら大丈夫だろうな?)
と、異様な気配が周囲に満ちた。次いで、巨体が遥か頭上を横切っていく感覚に襲われる。見上げてみるとそこには……。
「出たな」
その魔化魍の名はタイマツマル(松明丸)。全身が灼熱色に明々と輝きながら空を飛ぶ、大鷲の姿をした魔化魍だ。一説ではテングの仲間とも言われており、普段は深山幽谷の杉の木に潜んでいるとされている。
手にした「水晶」を見ながら、暁鬼が一言「駄目だな」と呟いた。距離があり過ぎる。それを見越した上での今回のテストだったようだ。
「砲陣」は二門の大筒型武器だ。暁鬼はそれを両肩に装備すると、遥か上空で旋回をし続ける魔化魍に向けて照準を合わせた。
轟音と共に圧縮冷気弾が発射された。その反動で暁鬼の体が大きく仰け反る。どうやら攻撃は命中したらしく、タイマツマルの悲鳴が山中に木霊した。
「音はもう少し静かな方が良いな。あとは反動か……」
しっかりモニターをしている辺りが何とも言えない。
上空のタイマツマルの動きがぎこちなくなった。高度も下がってきている。暁鬼は「砲陣」を下ろすと、今度は「空裂」を背負った。そして。
スイッチと同時に、彼の体が宙へと浮き上がった。「空裂」は1961年に米国が開発したロケットベルトを参考に作られた、飛行用ユニットだ。みるみるうちに加速し、タイマツマルへと近付いていく。
「姿勢制御が少し難しいな……」
「水晶」を構えながら暁鬼が呟く。
とうとうタイマツマルの真正面にまでやって来た。見ると、尾羽が凍りついている。先程の圧縮冷気弾を受けた箇所だ。
大声で鳴き、威嚇してくるタイマツマル。それに怯む事なく、至近距離から暁鬼が圧縮空気弾を撃ち込んでいく。
ある程度弱ってきたのを確認すると、次いで鬼石をその全身に目掛けて撃ち込んでいく。だが、音撃鳴とマウスピースを嵌め、いざ音撃というところで「空裂」の様子がおかしくなった。
「パワーが低下している?」
どうやら燃料切れが近いようだ。確かに説明書には作動時間についての注意書きがあったが、ここまで早いとは予想外だった。
「ちっ。これでは戦闘用と言うより娯楽用だな」
徐々に暁鬼の高度が下がっていく中、タイマツマルが向きを変えた。どうやら逃げるつもりのようだ。慌てて音撃射を放とうとするも、距離が開きすぎてしまった。これでは効果は見込めない。
悠々と飛び去っていくタイマツマルを、暁鬼は指を咥えて見送る事しか出来ないのか?否、彼にはまだ方法があった。燃費の悪い「空裂」の航続距離を伸ばす方法が……。
山を越え、飛んでいくタイマツマル。どこかの山林に下りて傷を癒すつもりのようだ。だがその後方から、眩い光が追いかけてきていた。それに反応し、タイマツマルが振り向く。
そこには、「陸震」に跨った暁鬼の姿があった。見ると「陸震」のエンジンと「空裂」が繋がれているではないか。更に「砲陣」までもが車体に取り付けられている。
「これが『超光』形態か。……ふん」
煌々と輝くヘッドライトに照らし出されたタイマツマル目掛けて、「砲陣」の圧縮冷気弾と「陸震」に搭載された火器が一斉に放たれる。身を翻し、辛うじて攻撃を躱すタイマツマル。だが本命は別にあった。
「鬼法術・閃光分身」
その掛け声とともに生み出された暁鬼の分身が、高速で突っ込んでいく。分身は無防備な状態のタイマツマルに直撃、片翼が吹き飛び悲鳴が上がった。
墜落していくタイマツマルに向けて、音撃射・雲散霧消が奏でられた。一際高く清めの音が鳴らされ、タイマツマルの体が空中で塵と化す。その塵は、北風に吹かれて文字通り雲散霧消するのであった。
「ふぅ……」
だがその時。
「パワーダウン!?」
どうやらもう限界らしい。ゆっくりと「陸震」が地上に向かって降下していく。ハンドルを切って上手く着地する暁鬼。だが。
「さて、どうするか……?」
「陸震」はここに放置して後日回収に来ても構わないだろう。だが問題は自分だ。
(どうやら随分と人里近くまで流されたようだな……)
当然ながら鬼の姿のまま帰るわけにはいかない。かと言って着替えは山に置いてきてしまった。さてどうするか……。
(待てよ、確か今日は……)
改めて周囲を見回してみる。どうやら場所は例の会場に近いようだ。時間も……丁度良い頃合だろう。
闇に身を隠しながら、暁鬼はあの場所へと向かっていった。
タテワキは沢山の群集に混じって、祭りを見物していた。
場所は岩手県奥州市水沢、黒石寺。行われているのは、日本三大裸祭りの一つとして数えられている黒石寺蘇民祭だ。
岩手県では一月から三月にかけて、各地で様々な蘇民祭が執り行われる。中でもここ黒石寺の蘇民祭が最も有名なのは、日本で唯一、本当に全裸で行われる祭りだからだ(2007年以降、全面禁止になったが)。
組まれた足場の上で火の粉を浴び、高らかに声を上げる全裸の男達。それに向かって観光客やマスコミが一斉にカメラのフラッシュを焚く。それらに倣って写真を撮るでもなく、ただぼうっと祭りの進行を眺めるタテワキ。
祭りは午後十時から開始され、翌日の午前五時に目玉である蘇民袋争奪戦が行われる。現在午前一時。あと一時間もすれば、祭りは新たな段階へと移行する。
と、タテワキの目に一瞬何かが映った。慌ててそれを再び視界に捕らえようとするタテワキ。
「あ……」
思わず声が漏れた。彼の視線の先には、全裸の男達に紛れながらこそこそと身を隠そうとしている同じく全裸の……。
「アカツキ……?」
鍛え上げられたアカツキの聴力が、タテワキの呟きを聞き取った。反射的に声のする方にアカツキが顔を向ける。
目と目が合った。
「お前……何をやっているんだ?」
呆れ顔のタテワキが尋ねた。一方アカツキは予期せぬ知り合いの出現に、明らかに狼狽している。
「これはだな……その……」
喋れば喋る程墓穴を掘るという事はアカツキにも分かっている筈なのに、つい言葉が出てしまう。
タテワキの顔が奇妙に歪んだ。そして。
「ぶわっはっはっは!」
凍てつく夜、盛大な篝火に照らされながら、対照的な姿の鬼は片や腹筋が壊れる程に笑い続け、片や湯気を上げながら走り回る全裸の男達の中でただただ呆然と立ち尽くすのであった。
「あの日、屋敷へお戻りになられたぼっちゃまのお顔は今でも忘れられません」
苦笑しながら黒岩がそう告げた。
「それでその『空裂』と『砲陣』はどうなったのかね?」
どうやら叔父さまは、科学者としてそちらの方に興味が湧いたようだ。
「気になりますか」
「そりゃそうじゃろ。常に好奇心を持つ事は科学者としての基本じゃからな」
「あれはぼっちゃまの趣味に合わなかったらしく、そのまま支部にお返ししました。結局ぼっちゃま以外に使う人もおらず、破棄されたと聞いております」
何じゃ面白く無い――本気でつまらなさそうに叔父さまが呟く。
ふと室内の時計に目をやると、随分と話し込んでいたらしく、いつの間にか屋敷を訪れてから数時間が経過していた。
「そろそろお暇するとしようかのぉ」
「お泊りになられてはどうですか?」
「何じゃと!?それならそうと早く言わんか!もう宿を取ってきてしまったぞ!惜しい事をした……」
そう言って立ち上がった叔父さまだったが、ふとアカツキの枕元、レコードプレイヤーの隅に写真立てが飾られてあるのに気が付いた。普通なら気にも留めないのだろうが、そこに飾られてあった写真は……。
「それは?」
「ああ、これですか。ぼっちゃまの私物の中にあったものです」
写真には、アカツキを含めた関西支部の鬼八名と彼等のサポーター、総本部勤務の医師、司書、そして開発局長がそれぞれ笑顔で写っていた。
「ぼっちゃまが誰かと一緒に写った写真を持っているというだけでも珍しいのに、ぼっちゃまのこの表情……。私、初めて見ました」
関西で素敵な仲間と出会えたのですね――そう言うと黒岩は写真立てを手に取り、微笑みながら眺めた。
「少し見せてもらっても構わんかね」
どうぞ、と言いながら黒岩が写真立てを手渡した。
叔父さまは、その中に写る姪――南雲あかねの姿を見て、一瞬だけ、ほんの一瞬だけだが笑みを零した。人らしい感情を持たないのではないかとも揶揄された、科学の鬼が見せた実に暖かで優しい笑みだった。
それから約二十年後、奇しくも彼と同じ名を持つ少女の代で天美の鬼の戦いの歴史は途絶えた。 了
以前から薄々気付いていた人もおられるでしょうが、アカツキの元ネタは「超光戦士シャンゼリオン」です。
そしてアカツキの部屋でかかっていた曲は、劇中で黒岩がウンチクを言う時にかかっていたあの曲です。
次回はモチヅキが主役の話です。
乙です!
叔父さまー!久しぶりにきたーw大好きだw
ちょっとほろりとしてしまいました…。アカツキ…(;ω;`
前回(前スレ483-489)の日記の解読結果
2008年4月26日(土)
きょぅゎくぅちゃんとぃっしょに合体マヵモーさんぉやっつけました。
くぅちゃんとァタシで1匹ずつやっつけたから、ァタシゎこれで25匹ですv
『あなたの背中を護りたい』 五之巻「鎧う剣」
宮城県、牡鹿半島。南東の海へと突き出た島の東側、太平洋に面した海岸で人知れず戦う紅(くれない)の鬼がいた。
複雑に入り組んだ入り江に立つその鬼は、右腕に剣、左腕に盾のような武器を装備し、西洋の騎士のような立ち姿で海原に顔を向けていた。
その顔には、目鼻や口にあたるものは無く、金色の何も無い顔に黒い隈取が走っていた。
──銀色の弦の巻きついた襷をかけた赤い体に黒い前腕を持ち、額に一角の銀の鬼面を戴き、黒い隈取が両の側頭部に角のように伸びたその鬼の名を、『仄鬼(ホノメキ)』と言った。
突如海岸が波だち、まず巨大な鋏が、続いて深緑色の甲殻に覆われた体が海中から浮上した。猛士東北支部に通報が入った通り、バケガニがそこに姿を現した。
仄鬼は、右腕を覆う装甲から伸びた剣を振るい、バケガニの肢を切り刻んでいった。
バケガニが平衡を失って海岸の岩の上に斜めに倒れ込むと、仄鬼はその上に乗って背を向けた姿勢となり、盾で護られた左腕を振り上げた。盾に埋め込まれた鬼石が、肘鉄を食らわすような動きによって甲殻を貫き突き刺さる。
──両手に纏うこの装着型音撃弦の名を、『柳弦(りゅうげん)』と言った。そして、弦に取り付ける音撃震は『奏弧(そうこ)』と言った。
仄鬼は腰のバックルから外した『奏弧』を左腕に纏った盾『柳弦・阿』に取り付けると、『奏弧』に右腕に装着した剣『柳弦・吽』をあてがった。
『音撃斬・歪刀武烈!』
響き渡ったのは、女の声だった。仄鬼は、右腕の剣の内側に仕込まれた弓で音撃震を弾き始めた。
弾き鳴らされる清めの音がバケガニの体に浸透し、その体細胞を破壊した。
藻屑となって海へと還っていくバケガニを見下ろす仄鬼の頭部が光を発し、それが去った後には、毛先を巻いた長い黒髪に縁取られた、少女のような顔があった。
「この顔で28? 嘘だろ?」
猛士東北支部の出張所である、穂村総合病院4Fの一室で、鬼の履歴書ファイルの一頁を見ながら有志は言った。
ホノメキという鬼の履歴にある顔写真は、10代にも見える幼いものだった。
有志が東北支部に来てから約ひと月経ったが、まだ顔を合わせていない猛士メンバーもかなりいる。ホノメキもその一人だった。
「ホノメキちゃんは童顔だからね」
室内の端末に向かいながら史子が言った。
有志は、備考欄の注意書きを見て史子に訊いた。
「この、音撃弦の『阿』、『吽』て何だ? 二刀流か?」
「それ、シールドとサーベルに分かれた新型装備なの。シールドが『阿』で、サーベルが『吽』」
「へぇ……」
関東支部の若手の技術担当が設計した新型の音撃弦で、まだ全国でも使っている鬼はごく僅からしい。
「盾と剣の音撃弦ねぇ。あんまり想像つかねぇけどな。実戦で通用してんのか?」
史子は椅子を回転させて有志に向き直って言った。
「ホノメキちゃん、今ではすっかり使いこなしているみたいよ。新型の武器と言っても、試作段階の武器を関東で実戦に投入して、それなりの実績は積んでいるらしいし」
関東の特殊部署で実績を積んだ後、その特殊部署の人間が東北支部にやってきて、ホノメキに装備の使用方法をレクチャーしていったという。これにより特殊部署には特別手当が出たらしい。
有志は、本名の欄にある「穂村ほのか」という名前を見て言った。
「『穂村』? 『穂村』っていうと……」
「うん。ここの院長の娘さんよ」
仙台の駅に降り立ち、街に出て通りを歩き進む、30代の強面(こわもて)の男がいた。オールバックにサングラス、口髭を生やし、ノーネクタイのスーツ姿。道行く人々は、心なしか皆、彼を避けているようだった。
「ちょっと見ねえ間に変わったなぁ、仙台も」
彼の行く手に、道行く女性を引き止め、何やらスカウトらしき事を行っている若い男がいた。大人しそうな女性が、男の誘いを断りかねて困っているところに、サングラスの男が割って入って言った。
「おーいおいおい、ちょっとちょっとちょっと。な〜にしてんのよ〜」
横から声をかけられ、凄んで向き直った男が、一瞬固まった後に回れ右をして去っていった。女性にお礼を言われたサングラスの男は、サムズアップした手を上げて見せたあと、何事もなかったようにその場を歩き過ぎていった。
穂村総合病院の院長は猛士の医療部に属しており、彼の経営する病院全体が猛士への協力態勢をとっている。そして、長男は外科部長として医療に従事し、長女は猛士東北支部に属する弦の鬼、ホノメキとして人助けの道をとっていた。
「家柄は由緒正しく、お金持ち。学歴優秀で、鬼としての能力も高い。しかも性格が良くて母親思い」
出張所である白い部屋を歩き回りながら、史子は有志に説明を続けた。
「おまけにあのベビーフェイスにナイスバディ。私とイイ勝負のイイ女よ」
最後のひと言はいらねぇだろ、と有志が小声で呟くと、「何か言った?」と史子は鋭く訊き返した。なんでもねぇよ、と有志はごまかした。
「ァタシゎホノメキさんキラーィ(o`Д´o)」
部屋の隅で、プリプリしながらアイキは言った。
「何言ってやがる」
有志はアイキに言った。
「尊敬こそすれ、嫌いだナンだ言う資格があんのか? おめぇには。音叉に変なデコレーションはするわ、出動先から帰る前にいちいち化粧に時間をかけるわ」
「だーってナンかオトコに媚びてるカンジだしぃー(o`Д´o)/!!」
「何を機嫌悪くしてるかねぇ、このギャル鬼は」
史子が近づいてきて、有志にそっと耳うちした。
「ホノメキちゃん、シュウキくんとは兄妹弟子で、昔つき合ってたっていう噂があって、それで妬いてるのよ」
得心して有志は掌を打った。ジロリと睨んできたアイキに、なんでもねぇよ、と有志はこれもごまかした。
仙台の街を歩く、スーツ姿にサングラスの男と、車道を疾る蒼いクロスロードがすれ違った。その一瞬で、男は運転席に座る、青いキャップのつばを後ろに向けて被る男の顔をその目で捕えていた。
振り向いてサングラスを外すと、男は言った。
「ユージじゃねぇか……お疲れなこった」
歩き進んだ男は、すれ違った車が出てきた場所、穂村総合病院に足を踏み入れていった。
アイキや有志たちと同じく、病院に似つかわしくないこの男が、同様に4F奥の立ち入り禁止の部屋の前までたどり着き、ドアノブに手をかけた。
施錠されていることに気付き、今度はスタッフ用の通路を通ってドアの横の札をひとつひとつ確かめていき、『芦川史子』とある部屋を見つけて中を覗き込んだ。
「オス」
デスクにつく、白衣の後ろ姿に声をかけると、振り向いた史子は強面の男を見て驚いたような声を上げた。
「ハチ〜! いつこっちに戻ってきたの? 久し振りね〜!」
「その呼び方はやめろよ、馬鹿ヤロこのヤロ」
言葉とは裏腹に、どことなく頭の上がらない様子でその男は言った。
牡鹿半島に向けて疾る4WDの後部座席で、アイキは仏頂面で座っていた。
「行きたくな〜ぃ」
「ふざけんな、仕事だろ」
運転をする有志がアイキの言葉を聞き咎めて言った。
「バケガニの異常頻発、これも三年くらいまえに関東であった事例と同じだな。こないだの『ナナシ』の件でも思ったが、関東支部のデータの蓄積量には舌を巻くぜ。
もともと古文書の類いの所蔵量は多かった所だが、ここ数年でそれを片っ端からデータベースに蓄積していった奴がいるみてぇだ。おかげで、こうして他の支部の俺たちにもそのへんのデータが参照できるようになっているんだから、感謝しねぇとな」
無言になっているアイキに向けて、有志は訊いた。
「バケガニの異常頻発の結果、予想できる事態は何だ? 言ってみろ」
「……ァミキリの発生」
しぶしぶとアイキは言った。
「統計的に、アミキリが発生するまで、バケガニの異常発生が続く。それに備えてずっと滞在を続けているホノメキは、物資が尽きかけている。引き返している間に被害を出すわけにもいかねぇし、誰かが応援に行かなきゃならんだろ」
「ァタシじゃなくてもぃーじゃなぃですかぁ(○>з<)σ」
「今シフト期間中で一番現場に近いのが俺たちだったんだよ。文句言うな」
蒼い4WDは、牡鹿を目指して仙台東部道路を北上していった。
ホノメキはサポーターを伴わず一人で行動するタイプの鬼で、移動手段には大排気量のバイクを使用していた。
海岸近くの人里離れた場所で、彼女のイメージカラーの赤で塗装したゴールドウィング、『朱凰(すおう)』を発見すると、有志はその近くに『蒼龍』を停めた。
東北支部からの連絡によると、ホノメキはこのポイントをベースとし、今の時間はバケガニ退治に出ているとのことだった。
ホノメキが設営したテントの側に、自分たちのキャンプを張り始めているところに、顔だけ変身を解除したホノメキが、両手に盾と剣を装備した、赤い鬼の体のまま歩いてきた。
「ああ、アイキちゃん、こんにちは。それと、アイキちゃんの新しいサポーターの湯河原さんですね」
有志の背後でアイキは不満そうにちぃーっすと言っているようだったが、ホノメキの方には何の屈託もなかった。ほわんとした穏やかな笑顔に、思わずポーっとなって有志は挨拶を返した。
「あんたが、ホノメキだな。俺のことは『ユージ』でいいから。みんなそう呼んでる」
「はい、ユージさん。よろしくお願いします」
そう言って、ホノメキはキャビンアテンダントのようにしなやかに右手を上げたポーズをとった。
アイキに耳元で小さく「ポーっとなっちゃって、みっともなぃですょぉ(o`Д´o)」と言われ、有志はハッとして居住いを正した。
ほどなくホノメキは変身を解除し、着替えを済ませてテントから出てきた。
「もういい加減、着替えも食糧もなくなりそうだったから、助かりましたぁ」
出張所においてあった、TAKESHIのロゴの入ったTシャツを着てきたホノメキの胸元は、服のサイズが足りずにはちきれんばかりになっていた。
「ちょっと胸がキツいんですけど、他にないならしょうがないですね」
目のやり場に困って有志は簡易ベンチに座り、首をうなだれた。
(アイキたちとは別の意味で困ったもんだ、このダイナマイトボディは)
「アミキリ? ああ、昔仕留めたことがあるぜ。ユージの奴、アミキリ退治に出てんのか」
病院の廊下のドリンクコーナーそばの窓際で紙カップのコーヒーを片手に、強面の男は言った。
「俺も鬼としてのコードネームがあんだからな。30男に『ハチ』はねえだろこのヤロ」
「小学生の頃からそう呼んでるんだから、いまさら変えろって言われてもムリ」
窓際のベンチで、同様に紙カップを片手に史子は言った。
「仕方ねぇな。けどよ、他の猛士のメンバーにまで『ハチ』とか紹介すんじゃねぇぞ。俺の今の名前は『ヤマブキ』だ」
⊃⊃″<。
まとめサイトの人(斉藤真斗芽さん)の服装は
城茂(仮面ライダーストロンガー変身前)似
トリビアはネタ元も書いてくれるとありがたい。
Wikipediaの弾鬼の項目に、粉骨砕身の型が載っててウケた!
わざとか、はたまたうっかりか。
前回(すぐ上にあります)のあらすじ
ロリエロ隊長の赤い鬼が音撃弦を両腕に装着しました。
『あなたの背中を護りたい』 六之巻「捕える旋律」
愛鬼はバケガニの背に飛び乗ると、まず大型音撃棒で力一杯の打撃を叩き込んだ。
打撃に弱った隙をつき、背に音撃鼓を貼り付けて展開させ、平時とは違う張りのある声で叫ぶ。
『音撃打・風雲究刻の型ァ!』
暴れ回るバケガニの動きにバランスを崩すまいとしながら、重い打撃と共に清めの音を流し込み続ける。
愛鬼がバケガニに止めを刺すのと時を同じくして、すぐ近くの海岸で、仄鬼はバケガニを育てた童子と姫を仕留めていた。
連日のバケガニの出現を魔化魍生態系の変異と考えるか、人為的な策略の結果と見るかは、猛士東北支部内でも意見のわかれるところだった。しかし、いずれにしても『通常』の状況ではなかった。
そしてその翌日、三年前の関東の事例の通り、アミキリの発生を指し示す事実として、飛行能力を有する怪童子と妖姫が、海岸の岩場に立つ愛鬼の上空に姿を現した。
妖姫が空中から先の尖った節足状の前肢を伸ばしてくると、愛鬼は風を纏った手刀でその攻撃を避けたが、同時に怪童子も鋭い先端の腕を伸ばしてきていた。
それに気づき愛鬼はそちらを振り向いたが、回避するにはもう遅すぎた。
『ハァッ!』
怪童子の鋭い腕先が愛鬼の胸を貫くかと見えた瞬間、気迫の声と共に赤い炎の塊が空を疾り、長く伸びた節足を途中で焼き切った。
炎の弾丸の主は、その場に現れた、装着型音撃弦を身につけた赤い鬼・仄鬼だった。
『大丈夫!? アイキちゃん!』
嫌っていた相手に窮地を救われ、愛鬼は不本意そうに、感謝をしているのかいないのか微妙な返事をした。
『……感謝しマスン』
『行くよ、アイキちゃん』
『……行きマスン』
愛鬼が不承不承、どちらつかずの返事をしている間に、仄鬼は空中の妖姫に向けて、先端に鬼石を嵌め込んだ右腕の剣『柳弦・吽』の切っ先を向けた。
『焦炎弾!』
鬼石の先から炎を飛ばす鬼刀術に肩を撃ち抜かれ、妖姫は海岸の岩の上に落下した。
仄鬼の鮮やかな腕前にハッとして、愛鬼は負けじと片腕を失った怪童子に向かっていき、両手で握った大型音撃棒『時東』で怪人の胴を撃ち抜いた。強烈な打撃にその足が浮き、甚大なダメージを受けて空中で怪童子は爆発した。
『よし、次!』
仄鬼がまだ妖姫と戦っているのを横目に、愛鬼は海に向けて走った。
いびつな形の入り江で跳躍して岩の上を走り続けていると、海の中から、朱色の甲殻を持つ翅の生えたバケガニの変異体、アミキリが浮上してきた。
風を纏った手刀で次々と、巨大な鋏のついた両の腕を切り落としていき、愛鬼はその背に飛び乗った。
その時、アミキリの翅が開き、愛鬼はバランスを失ってその背から落ちそうになった。危うく態勢を立て直すと、腰のバックルから音撃鼓『有実』を取り外した。アミキリの背にそれを張り付ける寸前、大きくアミキリが飛翔し、愛鬼は海に投げ出された。
牡鹿半島から遠く離れた、仙台市内の、穂村総合病院。
猛士東北支部出張所となっている一室には、史子と、ガラの悪いオールバックの男・ヤマブキがいた。
部屋の端末で猛士データバンクにアクセスし、現在アイキたちが退治に向かっている、アミキリについてのデータをモニタに表示していた。
「いま現地に行ってる鬼は、太鼓と弦なんだろ?」
ヤマブキ自身は音撃管『雉間』、音撃鳴『上壱楼』を使う管の鬼である。
かつてアミキリを倒した経歴のあるヤマブキは、自らの経験からその攻略法を言った。
「だったら陸にいるうちに早期決戦で倒すこったな。奴が出現するのは、大抵が海岸だ。海に逃げられちまったら、管がなけりゃ、どうにもならねぇ。清めの音を送り込む手段がねぇからな。管があったとしても、硬い外皮を避けて、うまく鬼石を打ち込む腕が必要だ」
両の鋏を失ったアミキリが、翅を広げて悠然と海上を逃げ去っていく。
アミキリの妖姫を倒し終えて海岸に走ってきた仄鬼が、波打ち付ける岩の上で足を止め、空の彼方へ向かうアミキリを見た。
愛鬼が海面まで浮上してきた時、仄鬼は、遥か海上のアミキリを見据え、盾『柳弦・阿』を装着した左腕を前方に伸ばし、それに右腕を添えていた。
柳弦は手首付近を中心にして左右に展開し、横に張られた弦と引き金を持つ、ボウガン型の形態になった。仄鬼は背から取り出した、鬼石のやじりを持つ矢をそれに数本つがえると、30メートルほど離れたアミキリに狙いを定め、引き金を引いた。
数本がアミキリの腹甲と腹甲の間に見事に突き刺さったが、尾部に近いためかダメージは浅く、アミキリは飛翔し続けた。
『ホノメキさん!』
叫ぶ愛鬼に「大丈夫」と答えながら、仄鬼は展開していた『柳弦・阿』を閉じて盾の形態に戻した。そして、再び腕を護る盾となった音撃弦に、音撃震『奏弧』を取り付けると共に、その位置を前腕からニの腕にスライドさせて、今度はバイオリンのように顎につがえた。
『音撃響・無頼鋼導!!』
──音撃響。それは、猛士創成期の伝説の鬼の一人・西鬼の流れを汲む者に伝わる必殺の音撃だった。近距離であれば鬼石の増幅なしで直接音を音撃とし、鬼石を打ち込んでいれば遠距離でも効果を成す。
右腕の『柳弦・吽』で、赤い光を帯びた弦の張られた音撃震を弾き、遠くに向かって旋律を紡ぎ出していく仄鬼。
既に数百メートル離れた海上にいたアミキリが、羽撃きを止めた。アミキリは無理矢理に翅を動かし、尚も必死に遠くへ逃がれようとした。
しかし、再び翅の動きは止まり、アミキリは永遠にそれ以上動くことはなかった。
海上で爆発し、欠片が海に沈んでいく様子を遠くに見ながら、愛鬼は仄鬼の強さに嫉妬を覚えていた。
仄鬼は、美しく、強い。自分にないものを沢山持っている。自分が彼女に勝てるものなど、おそらく何もない。そして、こんな自分にも、優しい。
海岸まで泳ぎついた愛鬼に、岩の上から仄鬼が手を伸ばした。
『捕まって、アイキちゃん』
『ホノメキさん……』
仄鬼の手を掴んで、愛鬼は訊いた。
『シュウキさんとぉ付き合いしてたって、ホントですか?』
『本当よ。昔の話だけど』
何のためらいもなく仄鬼は答えた。すかさず愛鬼は掴んだ手を強く引いた。
『きゃあっ!?』
悲鳴と共に海に落ちる仄鬼。
近くまで来ていた有志が、その様子を見て声をかけた。
「おい、ナニ遊んでやがる! 早えトコ帰るぞ!」
有志に手を引かれて仄鬼が海から上がり、続いて愛鬼が上がり、水浸しになった二人の鬼は、岩場に足を投げ出して一息ついた。
『……アイキちゃん』
有志には聞こえぬように、仄鬼は小さな声で愛鬼に言った。
『あの人は、私には何も言ってくれなかったよ。アメリカに行く前に』
『ぇ?』
『アイキちゃんには、強くなったらアメリカに来いって、言ったんでしょ?』
『は、はぃ』
愛鬼も仄鬼に合わせて小声で答えた。
『私、正直言うと、あの人のことが、しばらく引っ掛かってたんだけど……あの人がアメリカに行ったあと、アイキちゃんとそういう約束をしてたってことを聞いて、ふっきれたの。ありがとう、アイキちゃん。アイキちゃんは、頑張ってね』
あの日のシュウキの言葉は、本当に特別な物だった。
仄鬼は、そのことを気づかせてくれ、また応援の言葉まで掛けてくれた。
──愛鬼の中から、仄鬼に対してそれまで一方的に持っていたわだかまりが、消えていった。
『ホノメキさん』
『何?』
『実ゎ、前からぉ願ぃしたかったコトがぁるんですケド』
愛鬼の手が仄鬼の頭に伸びた。
『そのネコミミ、触らせてくださぃ!』
愛鬼が、仄鬼の側頭部から上に伸びた黒い隈取に手を伸ばして触っている様子を見て、有志は出動時のアイキの様子を思い返しながら首をひねった。
「『キラーィ』とか言ってたくせに、けっこう仲イイな」
着替えに入ったテントの中で、ホノメキは言った。
「来週、母の日だよ。アイキちゃん何する?」
「ァタシゎ家族、京都だし……。毎年、特に何もしてなぃです」
ホノメキの実家は穂村総合病院にほど近い場所にあり、ホノメキ自身も同じ仙台市内で一人暮らしをしている。
「私は、毎年カーネーションを直接渡してるんだ。月並みだけどね。私が鬼をやることを許してくれたお母さんに、感謝の意を込めて」
ホノメキは、帰る時のために残しておいた、最後の自前の服を着込んだ。アイキも着替えを終えて、メイクを始めた。
「……ゥチは、ァタシが鬼をゃってるってコト知らなぃんです」
メイクを続けながら、アイキはぽつりぽつりと話していった。
「何となく、仕事の内容には感づぃてるみたぃなんですケド」
「アイキちゃん」
ふわりとした笑顔で、ホノメキは言った。
「私が鬼をやるって話した時に、お母さんに一つ言われたことがあるんだ。『毎月必ず顔を見せること』って。京都だと、毎月っていうのは難しいと思うけど、たまには顔を出してみたら? 元気な顔を見せることが、何よりもの親孝行なんだって」
テントから出てきたホノメキの、胸元の大きく開いた服を見て有志は簡易イスの上でギョッとした。本人はあまり意識していないようだが、深い谷間が誠に目の毒で、有志は首を左右に振ってから、海を眺めるふりをして顔をそむけた。
「アイキちゃん、お化粧にしばらく時間がかかりそうですから、その間に少しお話しません?」
「お、おう」
「来週、母の日なんですけど、ユージさんは何かします? あの、どうして海の方ばっかり見てるんですか?」
帰りの車の中で、アイキは今日もケータイからウェブサイト上に日記を書き込んでいた。
zoo8年s月4日(日)
、キ@ぅゎノヾヶヵ″二、ナωぉ|イ夲ゃっ⊃レナまιナニ。残丶)フ4イ夲ッッッv
、キょぅゎ朮丿乂≠、ナω@ネ]彡彡、ナゎ丶)まιナニ。≠″廾″ヵヮュスv
自宅に直帰したホノメキと別れ、有志たちは穂村総合病院に帰り着いた。
驚いたことに、今日に限ってアイキは、有志が院内にディスクアニマルのケースを運び込むのを手伝うと言い出して、ケースの半分を受け持った。
「エライご機嫌だな。何か良いことでもあったのか?」
外来受付時間が終了し、人気がなくなった病院の廊下を歩きながら有志は訊いた。
「ナィショですぅ」
アイキは幸せそうな顔で、歌うように言った。
4F奥の東北支部出張所に入った二人を、史子が待っていた。そして、もう一人。
「ャマブキさん!ヽ(*゜∀゜)ノ」
「ハチ!」
強面の口髭の男を見て、アイキと有志は同時に言った。
「アイキちゃん、知り合いだったの?」
史子に言われて、アイキは言った。
「はぃ、関東支部にぃた時に何度かぉ会ぃしたコトがぁります」
ヤマブキは、特定の支部に属さず遊撃的なポジションを務める鬼で、二年前に発生した『オロチ』現象の際には、都心で市街地に現れた魔化魍を人知れず退治していたという。それからも関東での滞在が続き、その時期にアイキとも顔を合わせていた。
有志はヤマブキを指さしながらアイキに言った。
「俺とアヤとコイツ、三人ともこの近くの学校の同級生だったんだよ。その頃からの呼び名で、矢島八十八(やそはち)だから、略して『ハチ』」
「コードネームで呼べっつってんだろ、馬鹿ヤロこのヤロ」
「ガキの頃からそう呼んでんだぜ? いまさら変えられるかよ」
「アヤと同じこと言うな!」
凄い勢いで有志を指差してヤマブキは喚いた。
⊃⊃″<。
>31-38
投下乙です
今回の日記解答案(ギャル語苦手なので、書き下しでカンベンしてください)
2008年5月4日
昨日はバケガニさんを一体やっつけました。残り74体っっv
今日はホノメキさんのネコミミさわりました。キザカワユスv
>『……感謝しマスン』
>『……行きマスン』
感謝します なのか 感謝しません なのか
行きます なのか 行きません なのかw 微妙さに笑いながら感心した
健気なアイキが好きだw しかし、作者さんの以前のレスから、自分の脳内では
アイキ=ギャル曾根=大食い、のイメージが・・・・やっぱ食うのか?アイキ・・
キザ・・・?
42 :
39:2008/05/10(土) 16:51:31 ID:IFBkGE590
まちがえた。
「ギザカワユス」だったワ
凱鬼メインストーリーは
約50話の第1部 終了後
更に続編の構想があった
狼男
狼人間、人狼とも。女性の場合は狼女と呼称する。
英語ではワーウルフ、ドイツ語ではヴェアヴォルフ、フランス語ではルー・ガルー、ギリシア語ではライカンスロープと呼称する。
その起源は吸血鬼同様東欧とされるが、北欧神話のベルセルクが伝説の成立に影響しているとも言われている。
生まれながらにして狼への変身能力を持つ者と、魔術や呪いの力で後天的に変身能力を得た者の二種類に大別される。
狼の毛皮を被る、膏薬を全身に塗る、呪文を唱える等の方法で変身する。満月を見て変身するというのは、小説や映画において作られた設定である。
なお中世の魔女狩りにおいては、女性は魔女、男性は狼男として捕らえられ処刑されている。
198×年、猛士総本部。研究室で一組の男女が談笑していた。男性の方は総本部勤務の医師、モチヅキ。女性の方は開発局長の南雲あかねだ。
「へぇ、旅行に行くんだ」
あかねが羨ましそうに言う。好奇心旺盛な彼女は、本来は旅行好きな人間である。
「で、何処へ行くの?」
それに対し、モチヅキは笑いながら。
「実は……海外に行くんです」
「海外!?それはまた豪勢ねぇ……。よく長期休暇が取れたわね」
「ええ。あの頃に比べたら魔化魍の出現頻度も減ってきていますしね」
そう。70年代末に京都で繰り広げられた決戦以降、イレギュラーや稀種の出現は低下してきている。
「で、場所は?」
「仏蘭西(フランス)です」
羨ましいわぁ〜と、あかねの口から本音が漏れる。
「退職したら絶対行ってやるんだから……。ところでまさか一人旅?」
「いえ、三人で行きます」
「三人……あ、ひょっとして」
あかねの脳裏に、若かりし頃のモチヅキと一緒に笑う二人の男女の姿が映った。
「ハツユキくんとケシキくんね。そっかぁ、またあの頃みたいに三人で旅行に行くのかぁ……」
言われてみればこの三人、プライベートでもよく遊びに出掛けていた。昭和三十年代の事である。
「……そう言えばバキくんも今は海外に居るのよねぇ。万が一向こうで会えたら宜しく伝えておいてね」
あかねが机の上に置かれた写真立てを見ながら、そう告げた。そこにはバキ達は勿論、あかねやモチヅキも写っていた。百物語の後に撮られたものである。
「了解です。勿論、御土産も買ってきますから楽しみにしていて下さい」
そう言うとモチヅキは笑顔のままでサムズアップをしてみせた。
別に仏蘭西行きを決めた事に深い理由は無い。三人で久々に集まって、さて何処へ行こうかと話し合っていた際、ふいに恵が「仏蘭西っていいよね」と呟いたのがきっかけだ。
さて、シャルル・ド・ゴール空港から仏蘭西は巴里の地に降り立った三人は、ホテルでのチェックインを早々に済ますと、早速ガイドブックと辞書を手に市内観光へと繰り出していった。
一行が訪れたのは巴里市内北西部に位置するシャンゼリゼ通りだ。マロニエの並木道が3キロにも亘って続く、世界で最も美しいとされる大通りだ。有名な凱旋門もシャルル・ド・ゴール広場に面して立てられている。
「おお、ここがあの有名なシャンゼリオン通りか!」
「シャンゼリゼよ!越路吹雪の歌にもあるでしょ?オーシャンゼリゼ♪」
漫才のような掛け合いをする半蔵と恵の姿に、元基の顔から自然と笑みが零れる。三人とももう四十の峠を越えてしまったが、一度集まると心は二十数年前に戻ってしまう。
「おっ、あそこのオープンカフェで何か飲もうぜ」
「あたしはカフェ・オ・レがいいな」
「二人とも落ち着けよ。もういい歳なんだからさ」
そう言う元基の顔は笑ったままだ。
即行で座席を確保した半蔵が、たどたどしい仏蘭西語で近くのウェイターに呼び掛ける。
「えっと、アン カフェ・オ・レ シルブプレ?……なんだ、聞こえてないのか?」
「俺もカフェ・オ・レ。あとパン・オ・ショコラも貰おう」
「あたしはエクレールもね。半蔵は何も飲まないの?」
「黙っていろ。……おい、聞こえないのか!?シルブプレ!?」
漸く一人のウェイターがやって来て注文を取り始めた。終始愛想笑いの一つも見せないまま、ウェイターは奥へと引っ込んでいってしまった。
「何だ、あの態度……」
「仏蘭西人は余所者には冷たい気質らしい。と言うか誇り高いんだろうな。海外旅行の際も絶対に仏蘭西語以外は喋らないという噂を耳にした事がある」
そういうのは先に言えよ――そう言いながら半蔵はそっぽを向いてしまった。学生時代と全く変わっていない。いくら時代が流れても変わらないものがあるという事を改めて実感し、再び元基が笑みを零す。
「何笑っているの?」
「うん?何でもないよ。……それよりこの後の予定だけど、行きたい所はあるかい?」
予定も立てず行き当たりばったりの旅、これもあの頃から何一つ変わっていない。
「俺はルーヴルに行ってみたいな」
「あら珍しい。半蔵がそういうのに興味あるだなんて」
「どうせ裸婦画が目当てだろう」
「失敬な!モナ・リザを見たかったんだよ。何年か前に日本に来た時は見に行けなかったからさ」
弁解する半蔵に向かって元基が「今日は休みらしいぞ」とガイドブックを見ながら冷静に告げた。
「あたしはオペラ座に行ってみたいな」
「クリスティーヌみたいな悲劇のヒロインになりたいってか?四十路のくせに」
「何ですってぇ!?」
周囲の仏蘭西人が怪訝そうな視線を向ける。それに気付き、元基に制止されるまでもなく口論を止める二人。丁度のタイミングで注文していたものが届いた。ウェイターは相変わらず無愛想なままだった。
「……俺はモンマルトルの丘に行ってみたいな。ここからも近いし」
カフェ・オ・レを飲みながら元基が二人に告げる。
「それって芸術家の集う場所よね?悪くないかも。似顔絵なんかも描いてもらえたりして……」
「確か近くに歓楽街もあるんだよな。有名なムーラン・ルージュのレヴューを見てみたかったんだ!」
どうやら次の目的地はモンマルトルの丘で決まりのようだ。
「そうと決まれば、さっさと食べてさっさと行こうぜ!」
そう言うと半蔵は物凄い勢いで自分の分のクロワッサンを食べ終えた。
モンマルトルの丘はセーヌ川右岸に位置する、巴里有数の観光地である。先程の恵の話通り、ここには昔から多くの芸術家が集ってきていた。ゴッホ、ルノワール、ピカソ等がそうだ。また、2001年には映画「アメリ」の舞台として登場し、更に観光客を増やしている。
さて、この丘の周辺には多くの大道芸人が集まり、思い思いのパフォーマンスを繰り広げて観光客の目を楽しませている。
「モンマルトルかぁ。そういやシャア・アズナブルの曲にあったな」
「それを言うならシャルル・アズナブール!……わざと間違えているでしょ?」
あ、分かった?と悪びれる事なく半蔵が言った。
一方、元基は周囲に出来た小さな人だかりを一つ一つ観察していた。大道芸が行われているのだ。ジャグリング、マリオネットを使った人形劇、パントマイム……皆個性豊かな芸を披露し喝采を浴びている。
と、一際多く人が集まる場所が目に留まった。人々の歓声の代わりに聞こえてくるのは――音楽。
「おい」
元基に声を掛けられ、二人も人だかりの方に注意を向けた。三人で音のする方へと向かい歩いていく。
人混みを掻き分け、前の方へと進み出た三人の目に映ったのは、黒く塗られたチェロを奏でる一人の白人男性の姿だった。長髪を後ろで束ね、正装姿で一心に演奏を続けている。演奏には一家言ある三人の目から見ても、素晴らしいものだった。
「ありゃこっちの鬼だな」
半蔵が呟いた。それを受けて元基が。
「こちらでは狼だそうだ。カジガババアと酷似した外見らしい」
「詳しいじゃねえか」
「あれがこっちの音撃弦?チェロなんて大きな楽器まで音撃武器化しているだなんて……」
「外人には大艦巨砲主義者が多そうだからな」
彼等が鬼=狼であると断定した理由は、言うまでもなくチェロである。猛士で言うところの鬼石に当たる物=パワーストーンがしっかりと組み込まれていたのだ。更に、よく見れば刃を収納するギミックが付けられている事が分かる。
彼が弾いているのはバッハ作曲「無伴奏チェロ組曲」。チェロ独奏曲の最高峰として評価の高い曲だ。第6番まであり、今丁度第3番が終わったところである。
元基達は、第4番の開始とほぼ同時にその場を後にした。
半蔵の目当てであるキャバレーでのレヴュー開始まで随分と時間があるため、一行は巴里郊外へと足を運んでいた。郊外にもヴェルサイユ宮殿やノートルダム大聖堂と言った、日帰りで見に行ける観光地が沢山あるのだ。
時間の許す限り各地を巡っているうちに、いつしか日も傾いてきていた。三人が今居るのはプロヴァン市。巴里から列車で約五十分の場所であり、中世の面影がそのまま残った町である。
「少し長居し過ぎたかな。一回目の公演には間に合わないかもしれねえなぁ……」
腕時計を見ながら半蔵が呟く。
「まだあと二回残っているんでしょ?だったらのんびり楽しみましょうよ」
「それもそうだな。……ん?」
ふいに半蔵が周囲の様子を窺い始めた。彼は現役時代、千里眼と言う珍しい能力を持った鬼として活躍していた。そのためか変身前でも悪い予感を察知する能力に長けている。その彼が反応したという事は……。
「こちらの魔化魍――モンスターか」
「おそらくな。……どうする?」
聞くまでもない事だった。三人は邪気のする場所へと向かって駆け出していった。
町外れの小さな森、そこが邪気の源だった。辿り着いた三人の前に、巨大な怪物が姿を現す。
「魔化魍!」
反射的に半蔵がそう叫んだ。
彼等の眼前に現れたのは、ワニガメに似た甲羅を背負い六本の足と蛇のような尾を生やした、巨大な獅子の頭を持つ化け物であった。ぎょろりとした両目は爛々と輝き、二本の鋭い牙が覗いた口からは涎が垂れ流されている。
このモンスターの名前はタラスク。西暦48年にこの怪物が現れたという記録が残っており、ローヌ川の対岸にあるボーケールという小さな町では、今でもこの怪物を材に取った祭りが行われている。
「ねえ……来たのはいいけど、あたし達に何が出来るの?」
「出来るさ。少なくとも俺は」
そう言うと元基は変身音叉を取り出し、手の甲に当てて鳴らした。
「お前、持ってきていたのか!?」
「ああ。昔関西支部の鬼が、海外旅行中に現地のモンスターと遭遇した事があってね。かく言う俺も、那智勝浦で酷い目に遭ってさ。以来プライベートでも持ち歩くようにしているんだ」
喋っているうちに、彼の体は淡い光に包まれ、鬼へとその身を変えた。二十数年前と変わらぬ望月鬼の姿がそこにはあった。
「ホント真面目だよな、お前。引退して随分経つのに未だその肉体を維持し続けているだなんて……」
「半蔵と同意見だわ。妬いちゃうくらい」
そんな感想を漏らす二人に対しポーズを取ると、望月鬼は音撃棒・残月を手にタラスクへと向かっていった。
(鈍重そうな相手だな。背中に張り付いて音撃を決めるのがベストか)
と、タラスクの両目から電撃が放たれたではないか。予想外の攻撃に回避行動を取る暇も無く、望月鬼は直撃を受けてしまう。「マルセル偽書」という本によると、タラスクは目から火の粉を飛ばすとされているのだ。
(目を潰すのが先か)
そう考えた望月鬼は、鬼棒術・渡り柄杓を放ちタラスクの視力を奪った。両目を閉じ、呻き声を上げるタラスクの背へと跳躍する。棘の生えた甲羅の上で音撃鼓・満月を貼り付ける場所を探す望月鬼。そして。
棘と棘の間に「満月」を貼り付ける。そして大きく展開した「満月」に向けて「残月」を振り下ろし、音撃を決めていく。
タラスクが苦し紛れに口から大量の瘴気を吐き出した。慌てて半蔵と恵が避難する。
「おい元基!さっさと始末しろよ!」
「無理を言うな!」
数分後、漸くタラスクの体が爆発四散した。土煙の中から、「残月」で肩をぽんぽんと叩きながら望月鬼が歩み寄ってくる。
「時間が掛かったな」
「無理も無いさ。現役時代は遠くなりにけり、だぜ」
「それじゃあいつものアレ、やりましょうよ!」
恵の提案に従い、三人揃って「いぇ〜い!」とハイタッチを決めた。この時ばかりは、三人とも気分が現役時代に戻っていた。
と、そこへ。
「タラスクを倒しに来てみれば……まさかこのような場で遭う事になるとは」
声が聞こえた。三人が視線を向けるとそこには、狼の姿をした怪人が立っていた。その背には、大きなケースを背負っている。
「あれって……」
「さっきの白人か!」
狼は、言葉の通じない彼等にも分かるぐらいの殺気を放ちながら近付いてくる。右手にはチェロを弾くための弓を握っており、それを一歩進む毎に地面に打ち付けている。おそらくこれも武器なのだろう。
「おい元基、話し掛けてみろ。この中じゃお前が一番頭良いんだから」
「独逸語なら多少話せるが……とりあえずやってみよう」
それなりに流暢な独逸語で望月鬼が話し掛ける。狼は一瞬歩みを止めたが、すぐに同じく独逸語で返してきた。
「話す舌は持たん!覚悟しろオーガ!」
「オーガ……?」
どうやら相手は望月鬼を誰かと間違えているらしい。否、鬼の姿を見て勘違いしたとなると、誰と間違えているのかは明白だ。オーガとは、嘗て猛士内において「地上最強の生物」の異名を取った先代刃鬼その人であろう。
「違う、僕達は……」
しかし望月鬼の言葉に耳を傾ける事なく、狼は手にした弓を振るい攻撃を仕掛けてきた。弓を鞭のように振るい、時には刺突剣のように突き出して襲い掛かってくる。それに対し防戦一方の望月鬼に向かい、半蔵が野次を飛ばした。
「逃げるな、戦え!」
「相手の手の内が充分に分かってからじゃないと危険だ!」
振り下ろされた弓を「残月」で受け止め、がら空きになった腹部に蹴りを叩き込む。狼は空中で宙返りすると、着地して唸り声を上げた。
「凄い。あんな大きな荷物を背負ってあれだけ身軽に動けるだなんて……」
恵が感嘆の声を上げる。
と、狼が手にした弓を地面に数回打ち付けて、リズムを取り出した。そして大きく前方へと振り抜く。
「ストリンジェンド」
弓が、まるで多節棍のように伸び、波打ちながら望月鬼へと向かって飛んできた。何とか回避するも、完全には避けきれず掠ってしまう。
「元基!」
弓が掠っていった部分から血が噴き出した。気合いを入れ、傷口を閉める望月鬼。狼は弓を戻すと、再び構えを取った。
「アダージョ」
横薙ぎに振られた弓から衝撃波が放たれた。衝撃波と言うものの威力は全く無く、ただ柔らかな風が吹いただけだったが、それでも土煙を巻き上げるには充分だった。
「元基!上だ!」
土煙で視界を奪われた望月鬼に向かって、半蔵が叫ぶ。それを耳にするや否や、望月鬼は装備帯の「満月」に手を掛けていた。
上空から、チェロ型音撃弦・シャノワールを手にした狼が、望月鬼目掛けて落下してきた。エンドピンの両脇からは刃が飛び出している。
「音撃を使う気か!?」
「音撃云々は別にして、あんなの喰らったらただじゃ済まないわ!」
だが望月鬼は、「シャノワール」の刃が直撃する瞬間、「満月」を盾代わりに頭上へと翳し、これを受け止めた。「満月」が大きく展開する。それによって発生した力場が、「シャノワール」を完全に空中に固定した。両の手に「残月」を持つ望月鬼。
「あいつ、やる気だ……」
一方、狼も弓を「シャノワール」の弦へと当てた。そして。
「音撃打・月下夜想!」
「アン ノクターン ス ラ ルーン!」
両者の音撃が同時に炸裂した。波動が周囲に広がり、木々を激しく揺らしていく。
激しく鳴り響く太鼓とチェロの重低音の中、再び望月鬼が独逸語で話し掛けた。
「誤解だ!僕は君が言うオーガじゃない!」
音撃同士がぶつかり合い、衝撃波が周囲に飛び散った。半蔵と恵の悲鳴も、大音響に掻き消されてしまう。森の木々が激しく揺れながら木の葉を撒き散らし、鳥達が一斉に飛び立った。
その後、森は再び静けさを取り戻した。
「先程までの非礼はお詫びする」
ミガルーと名乗った男は、あくまでも高圧的な態度を崩さぬまま、三人に向けてそう告げた。
「どうやら誤解は解けたようだな……」
安堵の溜め息とともに元基が呟いた。
「俺はこの男の態度が気に食わねえ。偉そうに……」
「元基が言っていたでしょう?仏蘭西の人はプライドが高いって」
「それでも気に喰わねえ」
そう言って半蔵がそっぽを向く。
「君達には色々と聞きたい事がある。モトキ、ケイ、それにアンゾーと言ったな」
「おいお前、今俺の名前を間違えただろ!ハンゾーだ、ハンゾー!言葉が通じないと思って舐めるんじゃねえぞ!」
「落ち着けよ……」
激昂する半蔵を元基が宥める。仏蘭西では「はひふへほ」は発音されないのだ。独逸語で会話しているとは言え、つい癖が出てしまったのだろう。
「それよりこちらも聞きたい事があります。君が言うオーガとはおそらく僕達の知る人物です。僕達もそちらが知っている限りの情報を知りたい」
「それは……」
「ミガルー!」
そこへ、一人の女性が駆け寄ってきた。よっぽど急いでいたのだろう、息を切らしている。
「エリカ、どうした?」
エリカと呼ばれた女性は、元基達の方を一瞥すると、ミガルーの耳元に口を寄せて何事か話し始めた。
「……急用が出来た。悪いが君達にも一緒に来てもらう。このまま立ち去られても困るからな」
「何だと!?」
半蔵がこちらに来て一番の大声を出した。
「冗談じゃねえぞ。ムーランのレヴューが……」
「我慢しなさいよ。いい歳してみっともない!」
それでも半蔵は何か言いたそうに口を尖らせている。楽しみにしていたレヴューが見られなくなった事もそうだが、明らかに信用されていないところにも不満があるようだ。きっと「もう二度と海外旅行には行かない!」と思っている事だろう。
ミガルーの有無を言わせぬ勢いに押されて、元基達三人は彼等と行動を共にする事になった。
単身先行したミガルーの後を追い、元基達はエリカの運転するジープに乗って目的地へと向かっていた。車中、運転するエリカに向かって半蔵が嬉しそうに話し掛ける。
「いやぁ、それにしても君が日本語話せて本当に良かったぜ」
ほんの少しだけですけどね、と照れ笑いしながらエリカが答える。
エリカの趣味は日本製のマンガを集める事。その過程で日本語を覚えたらしい。仏蘭西ではマンガは「バンド・デシネ」と呼ばれ、成人の趣味でありアートとして認識されているのだ。また、その影響で日本製アニメにも興味があると言う。
「ねえ、さっきからあたし達全員気にしていた事なんだけど……どうしてそんな格好しているの?」
恵の問いに半蔵も頷く。最初出会った時からずっと気になっていたのだが、エリカは修道女の姿をしているのだ。
「潜入捜査とか?」
「いえ違います。私、本当に修道女をやっているんです」
ロザリオを手にエリカが答える。どうやらそれが彼女の表の顔らしい。ただDMC自体、ヴァチカンの下部組織なので構成員には聖職者が多くいるのも事実だ。
「この姿だと警戒されず色々な所へ行って色々なお話が聞けるんです」
そう言うとエリカはくすっと笑ってみせた。
「ところで君、そろそろ何が起きているのか教えてもらえないかな」
元基の問いに、途端にエリカが口篭る。
「部外者である僕達に下手に任務内容を話せないというのは分かる。けれど僕達にも最低限知る権利はあると思うんだ」
そんなに強い口調ではないものの、元基の言葉には有無を言わせぬものがあった。意を決したかのようにエリカが口を開く。
「……欧州各地には様々なドラゴン伝説が残っています。ドラゴンは、我々DMCが戦うモンスター達の中でも最も強大で恐ろしい相手です」
その分、出現傾向は極めて低く、年に一度出るか出ないかといった感じだと言う。日本の猛士で言うところの稀種魔化魍と同じようなものなのだろう。だが。
「最近、欧州各地でドラゴン種のモンスターが出現しているのです。先程のタラスクもドラゴン種です。普通、こんな事は有り得ないんです」
エリカの説明に、三人の表情が険しくなった。彼等は似たような事例を知っている。1970年代の日本でも、各地で稀種やイレギュラーが発生していた。そしてその裏には必ず、一組の男女の影がちらついていたのだ。
「今向かっている先にも?」
静かにエリカが頷いた。
「現場にはトガルーという狼が行っているのですが、同行しているサポーターから緊急連絡が入りまして、それで……」
現場に一番近い場所に居たミガルーが、ヘルプとして向かう事になったのだと言う。
一行を乗せたジープは、法定速度を軽くオーバーしながら現場へと向かっていった。
一匹の狼が全身傷だらけになりながら、目の前の敵を見据えている。杖代わりに体を支えているエレキギター型の武器は、弦が全て切れており、刃も砕けている。最早楽器としても武器としても機能していない。
場所はオート・ノルマンディ地域圏の沿岸部。とっくに日は沈み、海岸線からは遠くの港町の灯を望む事が出来る。狼は、対峙する強敵を相手にほぼ一昼夜死闘を繰り広げていた。
狼――トガルーが吐血し、膝をついた。満身創痍の状態である。ここから一発逆転するのは不可能だろう。一人ならば。
その時、暗闇を裂くかのようにエンジン音が、ハイビームが、そして。
爆音を上げながら一台のバイクが、岩場の上を駆け抜け、蹲るトガルーの前に飛び出してきた。派手な音を立てながら急停車したバイクから降りてきた男が、フルフェイスのヘルメットを取る。潮風に長髪をたなびかせるその男は――ミガルー。
「手酷くやられたな」
「……あれが相手でもそんな事を言えるか?」
トガルーが今まで単身戦ってきた相手。それは、蛇のような鱗と頭を持った、巨大なミミズの化け物だった。
「ワームか……」
ワームとは、主に英吉利に伝わる「原始のドラゴン」である。
新たな敵の出現に、ワームが地面に頭を押し付け、地中へと潜行していった。降りしきる土砂の中、ミガルーが狼へと変わり、「シャノワール」を手にした。
ワームは地中へと潜ったまま、一向に姿を現さなかった。弓を手に、微動だにせず出現の時を待つミガルー。
と、ミガルーが動いた。刹那、先程まで彼が立っていた場所の真下から、大口を開けたワームが飛び出してきた。振り向きざま技を放とうとするミガルーだったが、ワームは信じられない速度で再度地中へと潜ってしまった。
再び地の底の相手に向かって神経を張り巡らせるミガルー。
その後、何度か同じ事が繰り返された。そして数回目……。
「ヴィヴァーチェ」
今回、先に攻撃を仕掛けたのはミガルーだった。伸びた弓が激しくうなりながら大地を叩いていく。すると、悲鳴を上げながらワームが飛び出してきたではないか。ミガルーは、地中に音を反響させ、ワームを燻り出したのだ。
すぐさま「シャノワール」の刃を展開し、ワームに向かってミガルーが駆けていく。とどめを刺す気だ。
だがワームは口から毒霧を吹き出してきた。足を止め、防御体制を取るミガルー。
「ラルゲット」
手にした弓を風車のように回転させ、風を巻き起こす事で壁を作って毒霧を防御する。しかしワームは、いきなり毒霧を高熱火炎に変えて吹き付けてきたではないか!炎を押し戻すだけの力は無く、壁を破られ直撃を受けてしまう。
「ミガルー!」
トガルーが叫びながら、彼の元へ駆けていこうとする。しかし。
「来るな!」
炎に焼かれながらも、必死で踏ん張りながらミガルーが答える。今のトガルーでは戦力にならないと踏んでの事だった。
絶体絶命のその時、蒼く輝く光線が、ミガルーとワームの間に振り下ろされた。この一撃で火炎が消し飛んだ。
トガルーが光線の発射された先を確認すると、そこには一本の「残月」を両手に構える望月鬼の姿があった。鬼棒術・月光剣。望月鬼の最終奥義である。
「大丈夫ですか、トガルー!?」
トガルーの傍にエリカが駆け寄ってくる。手には日本刀を持っていた。サポーターは護身用に武器の携行を義務付けられているのだが、わざわざこれを選ぶあたり、彼女の日本への拘りは相当なものだと言えよう。
「ああ……。ところであれは?」
望月鬼を指差し、そう尋ねるトガルーに対し。
「まあ話せば長くなるので……。ミガルー!」
エリカが彼の名を呼ぶよりも早く、この機を逃すまいと全身を炎に包まれたままのミガルーが、ワームの頭上へと跳躍した。そして頭部に「シャノワール」を突き立て、音撃の体勢へと入る。
「アン ノクターン ス ラ ルーン!」
夜想曲の名の通り、およそ戦いの場に奏でられる音楽とは思えない程優雅な音色が、邪龍の全身を駆け巡った。耳障りな龍の悲鳴は、派手な爆発音と共に途絶え、後はノクターンの調べのみが夜の海岸に木霊した。空には、綺麗な満月が浮かんでいた。
翌日、元基達三人は巴里のオペラ座で舞台を観賞していた。昨日のお礼にとミガルーが席を確保してくれたのだ。しかも貴賓席を。
「夢みたい……」
ここに来てから何度目かの呟きを恵が漏らした。元々オペラ座に行きたがっていた彼女にとってみれば、まさに夢のような時間である。それに対し。
「……ふん」
結局ムーラン・ルージュのレヴューを見損ねた半蔵は、実に不機嫌そうだった。
「こっちにはもう少し滞在するんだから、その時に行けばいいだろ?」
オペラグラスで舞台を眺めながら、元基が告げる。もう四十路だと言うのになんと子どもっぽいのだろう――そう思いながらも、今に始まった事ではないなと思い直し、つい声に出して笑ってしまう。
「何がおかしいんだよ」
「ふふ……。お前達といると本当に楽しいなと思ってさ」
「恥ずかしい台詞言ってんじゃねえよ」
「四十過ぎれば、大抵の事は恥ずかしくなくなるものさ」
会話を続ける男性陣に向かって、恵が告げる。
「静かにしなさいよ。これだから男どもは……」
「悪い悪い……」
その後、仏蘭西旅行を心から満喫した三人は、沢山の土産と共に日本へと帰っていった。今回、DMCの者と接触した事実は他言無用であると念を押されて。
欧羅巴のとある場所。とある洋館の一室で、五人の男女が何かよからぬ会話を行っていた。彼等の会話の端々から「ドラゴン」や「DMC」といった単語が聞き取れる。
話しているのは燕尾服の男とドレスの女。日本で暗躍していたあの男女と同じ顔をした連中だ。そして残り三人は……。
「時間はまだある。ノートルダムの予言の日までは……。それまでに鍵と雛鳥は手に入れてみせよう」
黒髪に、透き通るような白い肌の美女がそう告げた。
「指輪もな」
禿頭に鷲鼻、充血した大きな目を持つ中年男性が下卑た笑いを浮かべながらそう付け加えた。
「しっかり働いてもらうわよ。そうでなければ、あなた達をわざわざ再生した甲斐が無いと言うもの……」
ドレスの女が冷たい目で三人を見回した。と、残る青白い顔をした短髪の青年がこう告げた。
「分かっているさ。……けどこれだけは覚えておくがいい。我々を飼い馴らせるとは思わない事だ」
そう言うと青年は、手にしたギターを軽く鳴らした。
「……そっちの二人には真名があるのだろう?いつまで偽名を使っているつもりなんだい?」
燕尾服の男に言われ、青年が自嘲的な笑みを零す。
「嫌なんだよ。真名を取り戻すという事は、正体を現すという事になる。私はあの醜い姿が嫌いでね……」
彼女がどう思っているかは知らないけれどね――と、青年は隣の美女に視線をやった。
「では我々はこれで……」
そう告げると、三人の吸血鬼は音も無く闇の中へと消えていった。
その後、欧羅巴は激動という名の渦中に飛び込んでいく事となる。ハンガリーやルーマニア、チェコスロバキアといった東欧諸国では革命が相次ぎ、ベルリンの壁も崩壊した。誰もが予想だにしなかったソビエト連邦崩壊まで起こった。
その裏では、DMCやRPGといった組織と、徒党を組んだモンスター達との戦いが繰り広げられていた。戦火は、地続きの中国大陸にまで広がろうとしていた。
日本同様、欧羅巴での戦いに一応の決着が付くのは、1999年の事であった……。 了
>>59は最後まで入れようかどうか迷った箇所です。が、折角書いたので入れてみました。
本格的なヨーロッパ編は前々からやりたかったもので…。
一応プロットは出来ているのですが、評判悪そうならば
>>59ごと無かった事に…。
次回はセイキ、ドキが主役の話です。
>44-59
投下乙です。
伏線を見ると先が読みたくなるのが読み手の心理です。
よろしければ欧州編の投下もお願いします。
>>60 正直、響鬼から離れ過ぎた物になってしまわないか心配。
でも投下があったら読む。
前回
>>31-38の日記の解読結果
2008年5月4日(日)
きのぅゎバケガニさんぉ1体やっつけました。残り74体ッッッv
きょぅゎホノメキさんのネコミミさゎりました。ギザカヮュスv
『あなたの背中を護りたい』 七之巻「疑う銃口」
有志の携帯電話にアイキからのメールが入った。
画面を見る有志の顔は無表情になり、次いで首をひねり、最後には首をうなだれた。
勤務中に呼び出され、史子が病棟内の携帯電話使用可能エリアにやってくると、有志は力なく上げた手でアイキからのメールを表示したままの携帯電話を見せた。
史子が見た画面の中のメール本文には、次のような文字が羅列されていた。
⊇ れ カゝ ら < ぅちゃ ω ー⊂ 一 糸者 レニ 東京 レニ 彳テ っτ 、キ ます。
日月 日 @ 夜 レニ レよ イ山 台 レニ リ帚 丶) ま → す。
ァィ≠
「だめだ、俺には解読不能だ。なんだこの暗号は」
史子が手渡されたケータイを見て読み上げた。
「えーと……『これからくぅちゃんと一緒に東京に行ってきます。明日の夜には仙台に帰りまーす。アイキ』だって」
有志は壁にもたれてぼやいた。
「日本語を書きやがれってんだ、あのギャル鬼」
「クルメキちゃん、しばらくお師匠さんのところに修行に行くって言ってたから、アイキちゃんは東京まで一緒に行くってことでしょうね。一人ですぐ戻ってくるみたいだけど」
クルメキの師匠は10歳ほど年上の男性で、現在神奈川に在住している。現役時代のコードネームは『マバユキ』と言った。クルメキと漢字は同じで、読み方だけが異なる。
クルメキはこの師匠に師弟関係以上の感情を抱いていた。
「アイキが、クルメキは『師匠LOVE』だとか言ってたな。ホントに修行してくんのか?」
「愛のチカラをナメちゃダメよ」
ニヤリとしながら史子は言った。
「クルメキちゃんて、そのお師匠さんにほめてもらいたくて強くなったコだから。今回もきっと、何かを得て帰ってくると思うよ」
「『愛のチカラ』ねぇ」
アイキは、強くなって愛する男の待つアメリカに旅立つために、鍛えていると聞いている。それもまた『愛のチカラ』とやらなのかもしれないが、有志は、クルメキが何を得て帰ってこようとも、アイキだけは認めてなるものか、と頑なに思った。
有志は、出張所に足を向けた史子に、自分は後から行くと言って、携帯電話使用可能エリアに残った。そして、アイキからのメールへの返信として以下の文を打った。
関東支部でヒビキかみどりに会ったら、ヨロシク言っといてくれ。
アイキが古巣の関東支部に立ち寄るかどうかはわからないが、寄った時のことを考えて、一応、その内容を送信してから病院4F奥の部屋に向かった。
「で、今日ハチの奴は?」
有志は出張所に入ると、白い丸テーブルについていた史子に訊いた。白い室内には、この近辺のメンバが預けた装備の入ったロッカーや、積み上げたディスクアニマル収納ボックスなどが並んでいる。今は、有志と史子以外に人は居ないようだ。
「東北支部に行ったり、他の出張所に行ったり、色々飛び回ってるみたいよ」
「結局アイツは何しに来てんだ?」
ハチ、すなわちヤマブキは東北支部のシフトに組み込まれることはなく、有志から見れば、毎日プラプラしているようにしか見えなかった。
「たまたま仕事が暇になって、里帰りしてるだけじゃないの?」
「それにしちゃ、『東北支部に行ったり、他の出張所に行ったり』が多くねぇか?」
「そういえばそうね」
「アイツまさか……」
有志は、真面目な顔になって言った。
「『ハチ』と呼ばれないように、わざと仕事関係の場所だけ行ってる、とか」
「なワケないでしょ」
即座に突っ込みを入れてから、今度は、史子が本当に真面目なトーンになって言った。
「ユージ。あんたも、せっかく地元に帰ってきたっていうのに、仕事関係の場所にしか行ってないんじゃない?……行ったの? 鈴美(すずみ)先生の所には」
しばらく無言になった後、有志は短く言った。
「いや」
心配気な目で、史子は有志の何かを押し殺したような表情を窺い見た。
そこに、噂されていた当の本人、ヤマブキが入ってきた。
「いらっしゃい、『ハぁーチ』」
殊更に、強調するように言ってから、史子は立ち上がった。
「休憩オシマイ。仕事に戻るわ」
「オウ」
「馬鹿ヤロこのヤロ」
有志とヤマブキにそう言われながら、史子は出張所を出て行った。入れ替わりで丸テーブルについて、有志はヤマブキに訊いた。
「おい、ハチ。おまえ一体、東北支部に何の用があってやってきた?」
「ユージとアヤが俺を『ヤマブキ』と呼ぶように説得するためにだな……」
「ふざけんな」
有志は、幼馴染みに鋭い目を向けて言った。
「昔の知り合いに手を回して色々聞き込んだが、おまえはだァーれの所にも行っていねェ。お前が仙台に帰ってきていることすら、知っている奴はほとんどいなかった。つまりお前は何か『仕事』があって仙台に来たんだ」
「昔の知り合いのところに顔を出してないってんなら、お前も同じだろ。お前いまだに、鈴美先生のところには──」
「俺は『仕事』をしている」
必要以上に鋭く、有志はヤマブキの言葉を遮った。
しばしの無言の後、ヤマブキは机に着く有志に言った。
「なあユージ、『夜卿』って知ってるか?」
「『意志を持ったクグツ』だな」
クグツは本来、彼らの上位の存在である洋館の男女の操り人形であり、彼ら自身の意志はない。しかし、稀に上位からの操作を必要とせず、自分の意志で行動するクグツが現れることがあるという。それは『夜卿』と呼ばれている。
「先月26日、東北支部所属の黒乃来未──コードネーム・眩鬼の報告によると、気仙沼に『口をきく黒クグツ』が現れている」
確かに、先月アイキとクルメキの音撃の重奏でナナシを倒した時、その場に黒づくめの男の姿があった。有志自身はその男が喋るところを見たわけではないが、姿は目撃している。
ヤマブキは、部屋の戸口に立って細く扉を開け、しばらく外の様子を窺った後にそれを閉めた。
「クグツのベースは、人間の場合もあるしそうでない場合もある。人間をベースにした場合、人間社会に入り込み安い反面、その人間自身の自我が邪魔をして、思い通りに操作できなくなる可能性がある」
机に着く有志の前に戻り、ヤマブキは話を続けた。
「だが、自我を持ったクグツが、やつら同様に悪意を持ち、人間に害を為す存在となった場合、それはやつらと同じく、猛士で倒すべき存在となる。それが『夜卿』だ」
「その件でお前が東北に来たのか?」
有志が訊くと、ヤマブキは無言で何度か小さくうなずいた。
「だったら何故そうだと言わず、そんなコソコソと──」
「やつらが人間をベースにクグツを造る場合、その対象として、猛士に身近な者を選ぶことが多い」
今度はヤマブキが、低い声で有志の言葉を遮った。
「昨年には、関東支部のトドロキの親類が被害に遭ったという報告があった。そうやって、猛士の周辺の人間をクグツに仕立て上げようとして、俺たちの内部事情を探ろうとする魂胆がありやがる、やつらには」
「それじゃお前は、『夜卿』探しの内偵ってワケか」
「ああ」
ヤマブキは懐に手を入れた。
「特に怪しいのが、鬼以外の猛士のメンバーだ。鬼に近付くのも奴らにはリスクが高いからな。
そして、『夜卿』出現の報告があがる直前に、他の支部から東北支部にやってきた鬼でない人間が、最も怪しい、ということになる。クグツに仕立てたことによる変化を周りに気取られないようにするには、そういう、移籍してきたばかりの人間がもってこいだからな。
ここまで話したらもう判るだろう」
懐から出した金色の拳銃を、ヤマブキは有志の額に突きつけた。
「つまり、最も怪しいのはお前だ、ユージ」
新潟県と山形県の県境を成す、朝日山地。有数の豪雪地帯であるこの山には、初夏となった今でもまだ雪が残っている。
ブナの原生林が広がる山の中腹に、黒クグツが一人、金の杖を手に立っていた。その前に跪く、国籍不明の衣装を着たひと組の男女、童子と姫がいた。
二人の口元に、クグツの黒い手袋に包まれた手が差し出される。その上に乗っていた、無数の刺が生えた黒い塊を、童子が口に含んで、飲み下した。続いて姫も、同様にそれを食した。
クグツの黒いつば付きの帽子の下にある小暗い二つの輝きが、その二体の様子を見守っていた。
史子がその日の診療を終え、整形外科の診察室から同じフロア奥の東北支部出張所に戻ってきた時、そこには、部屋の隅の机について端末に向かう、有志一人がいた。
「あら? ハチは?」
「あれから何時間経ったと思ってんだよ。とっくに帰ったぜ」
モニタから目を離さぬまま、有志は答えた。
「何時間もアンタはココで何してんのよ」
「現場に連れてく鬼もいねぇしな。情報収集だよ」
その時、出張所に備え付けの固定電話が鳴り、史子が出てみると、アイキだった。史子に言われ、少し嫌な顔をしながら有志は電話を取った。
「湯河原だ」
『チョリーッス、ァィキでーす!( ≧▽≦)ノ』
受話器の向こうから、高周波の声が聞こえてきて有志は顔をしかめた。
『ぃま関東支部にぃるんですけどぉ。ヒビキさんにュージさんのコトゅったら、ぉ話ししたぃってゅぅから、今から電話代ゎりますね。ぉ知り合ぃだったんデスか?』
「ああ、俺とアヤ、ハチが吉野の本部で研修を受けた時、年齢別の講習があって、同じ研修室にヒビキとみどりが居てな」
その頃関西支部に所属していた鬼のヒビキ、技術部の滝澤みどりを筆頭に、同じ年齢の人間は『黄金世代』と呼ばれ、優秀な人材が多いことで知られている。
「まぁ、とにかく代わってくれ」
しばらく電話で話した後、有志は史子に言った。
「みどりが、お前と話したいってよ」
「しょうがないわね」
史子は仕方なさそうに受話器を取り、何やら不機嫌そうに話を続けていた。史子は昔からみどりに妙な対抗心を持っており、日頃から「みどりより先にいい男を捕まえ、みどりより先に結婚する」ことを公言している。
「え? ハチ? 今日昼間は出張所に来てたんだけどね。待ってて、ユージに代わるわ」
有志が電話を代わると、再び電話の向こうはヒビキに代わっており、ヤマブキについて尋ねられた。
「何か用があるとかで、ちょっと前に出てったぜ。詳しくは聞いてねぇや」
ヒビキが電話をアイキに渡そうとしているのを受話器越しに聞いて、有志は慌てて断った。
「ああ、いいって。どうせそのうちすぐに顔を合わせるんだからよ。うん、じゃあな」
この日を境に、ヤマブキは猛士東北支部および、その関連機関に姿を見せなくなった。
⊃⊃″<。
というわけで、予定の半ば過ぎまで投下を終了しました。全13話を予定していますので、よろしければもうしばらくお付き合いください。
>63-70
投下乙です。
後半戦、がんばって投下を続けてください。
応援しています。
職人の中に プロの○○がいる
天は人に 二物を与える
>>72 そんな、最終回だなんて・・・長い間、乙でした。あなたの投下で過去スレ見返したり、
楽しかったよ。
そして最終回は伏字かw
つーかこのトリビアって結局何がしたかったん?
勝手に色んな作者さんの名前使って滑りまくりだったぞ
前回
>>63-70のあらすじ
青いキャップのオサーンはヒビキさんと同い年でした。
『あなたの背中を護りたい』 八之巻「伝える鼓動」
「ャマブキさん最近見なぃデスね」
山形自動車道を西へ向かう『蒼龍』の後部座席でアイキが言った。
「アイツは元々仕事で東北に来てたわけじゃねぇからな。猛士の支部に顔を出す義務はねえよ」
運転を続けながら、興味なさそうに有志は答えた。
「今頃は、地元のダチとでも会って、ヨロシクやってんじゃねぇか」
「こなぃだ関東支部に行った時、ヒビキさんが『ャマブキがぅまぃェビマョの店を知ってる』って言ってたんデス。マョラーのァタシとしてゎ、是非とも行ってみたぃんですぅ、そのお店。ャマブキさんにぉ会ぃして、ぉ店の場所を教ぇてもらぃたぃんデスけど」
アイキはMyマヨネーズを持ち歩くほどのマヨラーらしい。
今週また出動シフトに入った二人は、山形と新潟の境となる、朝日山地を目指していた。
北陸支部の鬼が新潟側から追っていた魔化魍が、支部の境界を越えて山形側に入ったため、有志たちは北陸支部からの応援要請を受けて、現地に向かっていた。現在の猛士の担当区分では、山形は東北支部、新潟は北陸支部の管轄となっている。
道行く途中でアイキは標識にあった『寒河江』という地名を見て言った。
「関東支部の太鼓の鬼で、ダンキさんって人がぃるんデスけど、この辺りのご出身だそぅですょ」
「お前はどこだっけか」
「京都デス。ュージさんゎ仙台なんですょね」
「ああ、仙台の北の方にある、杜王区ってところだ。俺が住んでいた頃はまだ『杜王町』だったけどな」
初夏となってもまだ雪の残る山の中を『蒼龍』で登って行く。平地より幾分気温が低い、標高の高い山の中を走っていくと、山の中に一人、青年が立ってこちらに手を振っていた。
「ユージさん!」
アイキと同年代の、黒髪にきりりとした眉の青年が、笑顔でアイキたちを出迎えた。
「お久しぶりです」
有志たちが車から降りると、青年は親指と二本の指を立てた手で、カードを投げるようなポーズで挨拶をした。
「おう、お疲れ! 北陸支部の皆は元気か?」
数ヶ月前まで自分がいた支部の仲間を思い出して、有志は言った。青年にとっては先輩にあたる、弦使いで滑舌の悪い藍色の鬼、管使いで自分に自信のない赤い鬼、オールラウンドで無口な黒い鬼など、個性的な面々の顔ぶれが、もう懐かしいものとなっていた。
「はい。皆さん相変わらずですよ」
有志はアイキに青年を紹介した。
「コイツは、俺が北陸支部にいた時に組んでいた太鼓の鬼で、ムラサキだ。歳はお前と同じだが、経験は長いぞ。高校生の時から鬼の仕事をし始めて、もう5、6年か」
「ムラサキです。よろしく」
「チョリーッス。ァィキでっす( ≧▽≦)ノ」
笑顔で横向きにVサインを決めるアイキを、横から白い目で見ている有志の様子に気づき、ムラサキは笑いをこらえた。
数時間後、ディスクアニマルから得た魔化魍カガチの出現ポイントを目指して、アイキとムラサキは山道を急ぎ歩いていた。二人とも、まったく息の切れる様子はない。
「君がユージさんの新しいパートナーかぁ〜」
ムラサキは楽しそうに言った。
「なんだか水と油ってカンジだけど。君、ユージさんと組む前はどうしてたの?」
「ァサミンてゅう相方さんがぃたんデスけど、英語の勉強するってゅってァメリカぃきました」
「それで、代わりにユージさんがサポートにつくことになったんだね。ユージさん真面目だから、色々と言われてるでしょ」
「はぃ、なんかしょっちゅぅ怒られてます(ノД`)」
「僕も最初の頃は、怒られてばっかりだったなぁ。ユージさん、猛士に入る切っ掛けが切っ掛けだったから、もの凄くこの仕事に打ち込んでて、もう仕事一筋ってカンジなんだよね」
「キッカヶ?(゜Д゜)?」
アイキが訊き返すと、ムラサキは少し考えてから言った。
「ユージさん、絶対自分じゃ言わないと思うから、話しとくよ。僕は、ヤマブキさんって人から聞いたんだけど」
「ェビマョさん……じゃなぃ、ャマブキさんから?」
ムラサキが以前ヤマブキから聞いた話によると、有志やヤマブキがまだ高校生だった時、彼らは修学旅行先で魔化魍の襲撃に遭ったという。その際に、当時有志の担任であり、憧れの女性でもあった、杉本鈴美という教師が、有志を庇って亡くなっていた。
「ユージさん、いまだに、その鈴美先生のお墓参りに行ってないんだって。『いまだに』っていうのはユージさんがまだ北陸支部にいた時の話だけど、今も、たぶん」
一番護りたかったその人を、護ることができなかった。逆に、自分が護られ、その人は命を落としてしまった。そのことを未だに引きずっており、その証として、いつまでも墓前に立つことができない。
湯河原有志を駆り立て、突き動かしているのは、過去への後悔と償いの念だった。
「これからもいろいろ言われるかもしれないけどさ、ユージさんと組めたことは、間違いなく君のプラスになるから。何せ、優秀な人材揃いの『黄金世代』の人なんだから」
突如、二人の鬼に緊張が走った。
めりめりめり、と樹々の向こうから何かがなぎ倒される音が聞こえてきたかと思うと、次の瞬間、その中から怒濤の勢いで巨大な長い何かが飛び出てきた。
アイキとムラサキが別々の方向に跳んだその間を茶色い奔流が流れ去り、風圧で周囲の草が飛び散った。鎌首をもたげて振り返り、金色の瞳で二人の鬼を確認したのは、巨大なヘビの魔化魍だった。胴の太さは1メートル、全長は15メートルはある。
ムラサキはアイキに向かって駆け出しながら変身音叉を取り出した。ムラサキが掲げた音叉『音晶』を見ると、頷いたアイキは真っ赤にデコレーションされた『音藍』を取り出した。二人は互いの音叉を打ち付けて鳴らすと、それぞれの額にかざした。
ムラサキは紫水晶のような氷に身を包み、アイキは藍色の竜巻に取り囲まれた。
竜巻を割いて出てきた愛鬼が、早速飛び上がりカガチの背中に着地しようとしたが、目にも止まらぬ速度で躱され、愛鬼は草むらに着地した。
一方、紫色の氷の中からは、煌く破片を散らしながら、銀色の体に紫の隈取と前腕を持った二本角の鬼──『紫鬼』が現れた。
紫鬼はカガチを見据えたままアイキに言った。
『見ただろう。カガチはあのデカい体で恐ろしく動きが速い。おまけに胴がびっしり鱗で覆われていて、普通の管の鬼じゃ対応できない。かといって弦の鬼じゃ速さについていけない。僕らのような太鼓の鬼でも、やつの速さに追いつくのは至難の技だ』
カガチは先の割れた舌をチロチロと出し入れしつつ、こちらの様子を窺っている。
『二人で時間差で仕掛けるんだ。先にカガチを捕まえた方が、音撃を決めるんだ』
『了解デス』
突っ込んできたカガチを躱し、背を見せたカガチを振り返ると、愛鬼は再び跳躍して茶色い鱗で覆われた背を捕えようとした。
またも逃げられたが、カガチが逃げた先で急停止した時、音撃鼓『蓮華(れんげ)』を手にした紫鬼がうまくタイミングを合わせてその背に飛び乗った。
紫鬼は鼓をカガチの背にあてがって展開させると、もう一方の手に二本まとめて持っていた音撃棒『蔵武(くらぶ)』を両手に持ち直して構えた。
『音撃打・錐凍猛晶!』
紫鬼がカガチの背の上で音撃鼓を出して幾許もしないうちに、茶色い鱗と鱗の間から、黒い霧が噴き出てきた。霧に包まれた紫鬼の音撃が止まり、首から上が発光すると、強制的に顔の変身が解除された。
ムラサキはカガチの背から飛び降りた。愛鬼が側に来ると、ムラサキは言った。
「あの霧を浴びているうちに、意識が飛びそうになった」
意識をつなぎ止めながらその場から離脱するのがやっとで、音撃鼓を回収する余裕もなかったらしい。『蓮華』は元の大きさに戻りカガチの巨体の向こうにすべり落ちてしまった。
「普通のカガチに、そんな力があるなんて聞いたことがない。突然変異か、『やつら』の改造が入っているか……いずれにしても、あの霧には近付かないほうがいい」
眼前に変身音叉を構え、再び銀面に紫の隈取の鬼の顔になると、紫鬼は両の手に『蔵武』を持ったまま両腕を前に突き出し、動きを止めた。
横でその様子を見ていた愛鬼に、紫鬼は言った。
『東北支部には、西鬼の流れを汲む音撃響を使える鬼がいるそうだけど、僕も同じような技が使えるんだ』
紫鬼の前方の空中に、肩幅ほどの直径がある、朧げな紫色の円い光が現れると、それは凝って、三つ巴の紋が入った半透明の鼓と化した。
『音撃拍・乱動絶零!!』
──猛士創成期の伝説の鬼の一人・煌鬼の流れを汲む者に伝わるその音撃は、ホノメキの音撃響と同じく、鬼石による増幅を必要としない強力な音撃だった。
空中に浮かぶ半透明の音撃鼓を一定の間隔で打ち付けるその音撃は、鼓を直接張り付けて打撃を与えることなく、清めの音をカガチに送り込んでいた。
あれほど素早い動きを見せていたカガチの動きが鈍くなり、そこから逃げようとしたが叶わず、やがて爆発して土となって草原の上に降りそそいだ。
そこに、おそらくカガチの育ての親と思われる、怪童子と妖姫が現れて二人の鬼に飛びかかった。
『水晶杖!』
『風裂断!』
紫鬼が差し向けた音撃棒の先から伸びた氷柱が、鋭い先端で怪童子の胸を貫いた。
愛鬼が叩き込んだ竜巻を纏った手刀が、妖姫の首を切り落とした。
致命傷を負って二体の怪人もまた、カガチ同様に爆死した。
疲労した様子の紫鬼が、うかない様子で周囲を見回した。
『どぅしたんデスかぁ?』
愛鬼に尋ねられると、紫鬼は言った。
『僕は、山形側に来る前に、カガチの童子と姫は倒しているんだ。またあいつらが現れたってことは……』
先ほど倒したばかりのカガチと同じ大きさ、同じ色の巨大なヘビが横合いから飛び出てきて、茶色い激流が一瞬にして愛鬼の前を過ぎ去った。そこに立っていた紫鬼の姿は消えていた。
愛鬼がカガチの流れ着いた方向を見ると、胴に食い付かれた紫鬼の頭と四肢が、カガチの口の両端から外に出ていた。
『二匹目!?』
このカガチも、背から天に向けて、黒い霧を漂わせていた。
『取り合えず、逃げるんだ……君も“霧”にやられるぞ』
痛みに耐えながら、紫鬼は気丈に言った。
『ユージさんのところに帰って、指示を仰ぐんだ。ユージさんならきっと……何とか……』
『出来なぃょ! こんな状態で置ぃてくなんて!』
『君の音撃打じゃ……カガチには、通用……』
愛鬼は、片手に大型音撃棒『時東』を持ち、先刻の紫鬼と同様に念の力で鼓を出現させた。この『念鼓』は、ある程度修行の進んだ太鼓の鬼であれば、誰でも作り出すことができる。戦闘時に音撃鼓を失った時の代用とするために身につけておくべき技である。
しかし、鬼石の増幅に頼らず清めの音を送り込むには、ホノメキやムラサキのように、伝説の鬼たちの技を修得している必要があった。
愛鬼は両手で持った『時東』で、空中に留まった半透明の藍色の鼓を打ち続けたが、紫鬼を銜えたカガチには何の影響も成していなかった。通常の音撃打では、張り付けた鼓を鬼石付きの音撃棒で叩き付けない限り、充分な清めの音を送り込むことはできない。
『ダメだ……鬼石の増幅が無いと……』
呟いて、紫鬼はハッとして、自分の手に持ったままの『蔵武』の先についた鬼石を見た。
『前言……撤回。そのまま、音撃を続けて……』
紫鬼が片方の『蔵武』をカガチの口の中に突き入れると、喉に突然異物を入れられたカガチはのたうち始めた。異物を何とか片付けようと、カガチは『蔵武』一本を飲み下した。
その直後、カガチは今度は別の理由で体をのたうたせた。清めの音が体内に入れられた鬼石に増幅され、カガチの体に、徐々に浸透していく。
しかし、その頃にはアイキの動きも精彩を欠いてきていた。『念鼓』を作り出すにはそれなりの精神力を必要とするため、それを長時間実体化させておくことは、著しい疲労を課すことになる。
『頑張れ……!』
紫鬼は、自らも意識が遠くなっていく中、愛鬼に向けて叫んだ。
『全力を出し切るんだ! ここで僕らが倒れても、ユージさんがきっと連れ帰ってくれる。僕は今まで何度も、そうやってユージさんに救われたんだ。あの人も、ヒビキさんと同じ──“黄金世代”は伊達じゃない!!』
ムラサキは最後の力を振り絞って、残ったもう一本の『蔵武』もカガチの喉の奥に突き入れた。更に増幅された清めの音がカガチの体内に浸透し、ついに二体目のカガチも砕け散った。
有志が駆けつけた時には、銀色の体にカガチの噛み跡を残して倒れる、顔の変身を強制解除されたムラサキと、うつ伏せに倒れたアイキの姿があった。
有志は、濃紺の鬼の体の首から上が、見慣れたアイキの金髪の後ろ姿になっているのを見て、疲労のためにアイキも顔の変身が解除されているのを知った。
「おい、大丈夫か!」
仰向けに抱えてアイキに声を掛けた時、初めて有志はギャルメイクの無い彼女の顔を見た。それは疲れて眠る子供のように、庇護の気持ちをかき立てさせる、あどけない顔だった。
一瞬と胸を突かれながらも、首を左右に振った有志は、アイキを横抱きにして長い距離をキャンプまで連れ帰った。休む間もなく、ムラサキも同様に連れ帰ってテントの中に横たえ、安静にさせた。
しばらくして意識を取り戻したアイキが、起き上がり、自らの肩からさらりと胸の前にこぼれた金髪に気づき、慌てて自分の顔を両手で触った。顔の変身が解除されていることに気づくと、アイキは耳まで真っ赤になった。
「おう、気がついたか」
と言って振り向いた有志の頬に、
「バヵぁッッッ! 見なぃでぇーッッッ!!」
という金切り声と共に、手加減なしのアイキの拳が炸裂した。アイキは着替えとメイクセットの入ったナップザックを引っつかむと、テントから出て『蒼龍』の中に飛び込んだ。
この騒ぎに気づいたムラサキが目を覚まし、起き上がると共に、カガチに食い付かれた傷を押さえて呻いた。鬼特有の治癒力を使い、傷を負った箇所に力を入れ、気合いの声と共に傷跡を塞ぐ。
「あ、やっぱりユージさん、僕たちを連れ帰ってくれたんですね」
有志の腫れ上がった頬に気づき、ムラサキは言った。
「すみません、そんなケガまでさせちゃって」
「このツラは今アイキに殴られてこうなったんだ!」
有志は大急ぎで喚いて否定した。
⊃⊃″<。
投下ありがとうございます!面白かった。
アイキシリーズ、大好きだ
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1979年。京都・帷子ノ辻での決戦から遡る事数ヶ月前。
その日、関西支部のセイキとドキは、サポーターのまつと一緒に温泉へとやって来ていた。
場所は兵庫県豊岡市城崎町。このしなびた温泉街を訪れたのには理由がある。ある事情で暴走してしまった同僚の音撃打をまともに喰らってしまったドキの湯治のためだ。
さて、ここで読者諸兄の中には「総本部にも温泉はあるのに、何故わざわざ城崎へ?」と思っている人もいる事だろう。
要は休暇も兼ねているのである。休みにわざわざ組織の施設を利用する事もあるまい。
さて、のんびり山陰本線に揺られながら城崎へと訪れた三人はと言うと。
「なんか……いかにも温泉街へ来たって感じですよね」
駅から出て開口一番、まつが感慨深げにそう呟いた。
城崎温泉は平安時代より続く歴史ある温泉街だ。かの文豪志賀直哉を初め、泉鏡花、司馬遼太郎といった多くの作家が愛した場所でもある。そして志賀が著作「城の崎にて」を著したように、文学作品の舞台としても有名だ。
「初めてか?」
ドキがまつに尋ねた。それに対し「はい」と嬉しそうに答えるまつ。
「お前がはしゃいでどうするんだよ。俺達はあくまで付き添いなんだぜ?」
そう言いながらセイキがまつの頭に手をやり、髪をくしゃくしゃと掻き乱した。
「ちょっと止めて下さいよ!」
慌てて髪をかばおうとするまつの姿を見て、ますますセイキの攻撃が激しくなっていく。
静かな休暇は期待出来ないな――そう改めて実感したドキは、戯れ続ける二人をただじっと眺めるのであった。
城崎は川を中心に左右に土産物屋や温泉、宿が立ち並んでいる。川端の柳や石橋が、実に風情を感じさせる。川からは流れ込んだ排水――即ち温泉のお陰で湯気がもうもうと立ち上っていた。
途中、温泉帰りであろう、浴衣姿に洗い髪の人々と擦れ違う度に、早く温泉に入りたいという欲求がふつふつと沸き上がってくる。
「まずは宿へ行って荷物を置くのが先決だな」
今にも近くの温泉に飛び込んでいかんばかりのセイキとまつに向かって、ドキが釘を刺す。
予約してあった宿に到着し、チェックインを済ませて荷物を部屋に置いた三人は、改めて温泉に入るべく外へと飛び出していった。
「……はしゃぐな」
呆れてドキが告げるも、二人の耳には届いていないようだ。これではどちらが付き添いなのか分からない。
と、その時。
「温泉だぁっ!……くそっ、箱根みたいに混浴があればなお良かったのに!」
浴衣姿の男性は、どうやらセイキ達と同じ観光客のようだ。だが。
(変身鬼弦……?)
馬鹿みたいな声を出して騒いでいる男性の手首に巻かれた物、それは明らかに猛士の鬼が使う道具であった。つまり同業者という事になる。
「どうしたドキ?……ん?」
セイキも気付いたようだ。そして当の鬼弦を巻いた男も、こちらの視線に気付いたらしく。
「うん?あんたら誰?」
「ありゃ?お前どっかで見た事あるぞ。……あ!」
何かに気付きセイキが声を上げた。
「そうだお前、この間の大宴会で……」
そこへ、同じく浴衣姿の女性が一人、歩み寄ってきた。凛とした立ち居振る舞いの、少し近寄りがたい雰囲気がする女性である。
「ちょっとユキツバキ、何やってるの?」
「あ、バラマキ……」
「そうだ思い出した。ユキツバキ、確かそんな名前だった!」
あの日、大宴会の席で北海道支部のササヤキを口説きにかかり、関東支部のザンキに問答無用で殴り飛ばされた男、それがこのユキツバキである。
「あんたねぇ、また何か人様に迷惑掛けたんじゃ……」
「な!?」
「違う違う。俺達は……」
何やら殺伐とした雰囲気になりそうだったので、慌ててセイキが事情を説明する。
互いに自己紹介を行う二組。中国支部の女性はバラマキ(薔薇魔鬼)と名乗った。なんでも、この二人は同期で、師匠同士も仲が良いためよく一緒に行動しているのだと言う。あの日までは。
「大山での戦いで俺もこいつも手酷くやられちゃってさ。俺は戦線に復帰出来るまでに回復したんだけど、こいつは……」
後遺症が残ってしまったらしく、最低でもあと半年は戦えないと言う。そう、彼等二人もここへ湯治にやって来ていたのだ。
それを聞いて、申し訳ない気持ちに襲われるセイキ達。彼等三人は、件の大山での戦いの当事者なのだ。そして彼等が中国支部の鬼から恨みを買っているという事は、コウキから聞いて知っていた。
「あ、気にしないで。私もユキツバキもあなたがたに感謝こそすれ、恨んでなんていないから」
「そうそう。うちの若手が『疾風鋼の鬼』を逆恨みしたらしいけど、俺達はそんな事無いからさ」
「そう言ってもらえると助かる……」
しかしここで疑問が一つ。
「でもどうしてわざわざ城崎へ?中国支部の人なら、皆生温泉とか近くに沢山あるのに……」
まつが口にした疑問に対し、ユキツバキが答えた。
「ああ、そういうのは任務明けによく行くからさ、たまの休暇だし少し遠くの温泉へ行ってみようかと思ってな」
そうなるとやっぱ城崎しかないだろ?とユキツバキ。
どうやら考える事は皆同じのようだ。
「ねえ、折角だから一緒に温泉巡りしましょうよ」
バラマキの提案を断る理由も無いため、三人は一緒に行動する事を承諾した。
ここ城崎には「外湯」と呼ばれる七つの温泉がある。それぞれが趣向を凝らした造りになっており、入浴客を飽きさせない。
また、各温泉は一ヶ所に集中しておらず分散しているため、温泉を満喫がてら各地の観光も同時に行える。一つの温泉にゆっくり浸かった後、ぶらりと町中を散策し、湯冷めしてきた頃に次の温泉に入る。なんとも贅沢な一時だ。
脱衣所で服を脱ぐ時、セイキが手にした貴重品の中から何かがはらりと舞い落ちた。どうやら写真のようだ。
「何だそりゃ?」
目賢く見つけたユキツバキが尋ねる。
「ああ、これか……」
なんでも、関西支部の仲間と百物語をやった時に写したものだと言う。
「肌身離さず持っているのか?」
「まあな。これを持っていると無事仲間の元へ帰れそうな気がしてな……」
「ああ……」
関西支部が今年のうちに例の男女と決着をつけるつもりでいる事は、既に各支部の人間の知るところであった。
「お前も持っているんだろ、このお守り」
セイキに言われ、ドキが全く同じ写真を取り出して掲げてみせた。
「絆なんだな。何か良いよな、そういうの」
ユキツバキにそう言われ、セイキが照れ臭そうに笑ってみせた。
温泉から上がり、近くの店で買ったソフトクリームを舐めながら湯の里通りを散策する五人。セイキ達三人も浴衣と下駄姿に着替えている。からからと下駄の鳴る音が心地良い。
「次はこの温泉に行ってみましょうよ。御所の湯っていう所」
そう言ってまつが観光案内所で貰った地図を指差す。城崎温泉にある七つの外湯はそれぞれ御利益があるとされており、御所の湯は火伏防災、そして――良縁成就に良いとされ、女性にも人気だ。
「すぐ近くにロープウェイもあるのね。乗ってみましょうよ」
どうやらまつとバラマキは、一緒に温泉に入っただけでいとも簡単に打ち解けたようだ。まるで数年来の友人同士のように会話が弾んでいる。バラマキも一見棘のある女性のように見えて、実は人懐っこい性格のようだ。おそらく見た目で損をするタイプだろう。
「そうか、あんたらがあの光と闇のコンビだったのか。噂には聞いているぜ。関西支部の凄腕二人組ってな」
「へぇ。お世辞だとしても悪い気はしないな」
一方、男性陣の方も随分と話に花が咲いていた。やはりコウキやイッキといった共通の話題があるからだろう。
「へぇ、画霊ねぇ……」
「あの時の俺は凄かったぜ。八面六臂の大活躍とはまさにこの事だな」
「あんまり嘘は吐かない方が良いわよ。あなた殆ど良いところが無かったそうじゃない。ハナミズキさんから聞いたわよ」
「ぐぬぬ……」
笑いが起こる。
「でもよ、俺が海を凍らせたのは事実だぜ。結構力を調整するの大変なんだぞ」
「氷属性か。まあユキツバキって言うぐらいだからそうだとは思ったけどな」
「へへ、師匠譲りのこの属性には感謝しているんだ。いい女を口説く時、雪を降らしたり氷の彫像を作ってみせたり……」
「ホント、そういう事に関しては呆れるくらい真面目に取り組むんだから」
どうやらかなり氷を自由に操れるようである。中国支部でも実力者に数えられると言うのは、あながち大言ではないのかもしれない。
その時、彼等の背後から女性の悲鳴が聞こえた。慌てて振り返ると同時に、セイキ達の脇を原付に乗った不審な男が駆け抜けていく。
「泥棒!」
どうやら観光客を狙った引ったくりらしい。
「野郎!俺が捕まえてやる!」
折角の観光気分を台無しにされたセイキが、腕捲りして意気込む。
「あら、ユキツバキは?」
「え?」
見ると、さっきまでここに居た筈のユキツバキの姿が、いつの間にか見えなくなっていた。
「あいつ、また抜け駆けする気ね」
やれやれといった感じで、バラマキが溜め息混じりに呟いた。どうやらよくある事らしい。
しかし。
「一人でどうするつもりなのかしら?」
まつが当然の疑問を口に出した。
引ったくり犯は、背後から聞こえてくる怪しげな音の主を確認し、戦慄を覚えた。
「うわわーっ!」
逞しく鍛えあげられた身体と立派な角を持った異形の怪人が、なんと地面を凍らせながらその上を飛ぶように走って追ってきているではないか!
引ったくり犯は、本能的な部分で恐怖を感じ取っていた。まるで、何も知らない筈の乳飲み児が鬼面を見て――鬼という存在も概念も知らない筈なのに――泣きだすかのように。
「おいこら、待てぇ!」
異形が喋った。引ったくり犯がアクセルを目一杯踏み込む。
流石に距離が開いてきた。だがそれでも異形による追跡は終わらない。
「くそっ、しつこい!」
しかし次の瞬間。
前方不注意とスピードの出し過ぎによって原付はガードレールに衝突、哀れ引ったくり犯は反動で投げ出されてしまったのであった。
全身を強かに打ちつけて満身創痍となった犯人の首根っこを掴み、異形――雪椿鬼が引き起こす。
「ほらしっかりしろ。お前、鬼ごっこの相手が俺でラッキーだったな」
温泉地に暴力団はつきものだったりする。だが、ここ城崎に暴力団は全く居ない。町民と警察が一致団結して追い出したのだ。これは全国的にも珍しい事例だ。しかしそれはつい最近(昭和四十年代)の事である。
雪椿鬼は、もしその当時にこんな馬鹿な事をしようものなら、と暗に言っているのだ。
と、そこへ。
「雪椿鬼!」
バラマキ達だ。犯人の首根っこを掴み、意気揚々と手を振る雪椿鬼のすぐ傍までバラマキが駆け寄る。
「ほら、見ての通りちゃんと捕まえたぜ。あとは警察に……」
言い終わる前に、バラマキの平手が雪椿鬼の頬を叩いていた。
多少のハプニングはあったものの、温泉旅行を満喫したセイキ達三人は、行きと同じ列車に乗り、帰路へと就いていた。
「はあ……。それにしてもバラマキさん、綺麗だったなぁ」
車窓から流れ行く景色を眺めながら、まつが呟いた。薔薇の名を持つ通り、バラマキは同性から見ても惚れ惚れするぐらいの人物だったのだ。
「そんな風に自分を卑下するから、石川に冴えないとか言われて馬鹿にされるんだ」
駅弁を頬張りながらセイキが告げた。山陰の名物は何と言っても蟹だ。彼が食べている弁当にも、蟹がふんだんに散りばめられている。
「……ところでドキよ。先日の大捕物なんだが」
弁当を食べる手を止めて、セイキが向かいに座るドキに尋ねた。
「ああ、あれですか。まさか鬼の姿で追いかけていくなんて……予想外でしたよね。軽い人に見えて、正義感は強かったって事ですかね」
「手綱とる奴がいないとすぐ暴走するってだけだろ」
「なんとなくセイキさんに似てますよね。自覚してます?」
まつに「うるせえよ」と言いながら、改めてドキに向かいセイキが尋ねる。
「地面を凍らせて滑っていくって戦法、何処かで聞いた記憶があるんだよな。……何だったっけ?」
呆れてものも言えないドキであった。
中国支部。その表の顔である出雲蕎麦屋の店内。
休暇を終えたユキツバキとバラマキが顔を出しにやって来た。
「すみません、まだ準備中で……ああ、ユキツバキくんか」
「金」の佐野学が二人を迎え入れる。と、客席に一人の男性が腰掛けて新聞を読んでいるのが目に入った。
「お客さん……じゃないですよね」
先程佐野が口にしたように、今はまだ準備中の筈だ。一般人でないのなら関係者という事になる。
すると、突然ユキツバキが大声を上げた。
「あ、師匠!」
「え?あ……あー!」
ユキツバキに指摘され、バラマキも声を上げる。
「気付くのがおせぇよ」
そう言うと師匠と呼ばれた人物は、新聞紙から顔を上げて二人の方を見やった。
年の頃は四十ぐらいか。だが、意地悪そうな笑みを浮かべたその顔は、実年齢よりも多少若く見える。
「師匠、来るなら来るって事前に連絡下さいよぉ。俺、師匠の分の御土産買ってきてないですよ」
「私は買ったわよ。ほら」
そう言ってバラマキが、自分の師匠への土産が入った袋を掲げてみせた。
「さっすが恵の弟子だな。それに比べてうちの気の利かない馬鹿弟子は……」
「あっ、それは俺が食べようと思って買った温泉饅頭!」
勝手に自分の荷物を物色して饅頭を食べ始める師匠を、慌てて止めようとするユキツバキだったが。
「ああ美味かった。佐野さん、お茶下さい」
「ああ……。大人気ないですよ、師匠」
へっ、と笑いながら鼻を擦ると、嘗てハツユキと名乗った男――半蔵は、差し出されたお茶を美味そうに飲み干すのだった。 了
最後までこの話のサブタイをどうするか悩んでました。
しかしこれの歌詞って
「僕らは消えうせて」とか「来世でまた会おう」ってのがあるんだよな…。
セイキとドキ、やっぱり…。
次回はイブキが主役の話です。
ゲスト鬼に合わせて、同じラルクの「snow drop」でもよかったかもしれませんね。
歌詞に「ユキノハナ」とか「凍りつく」とかありますので。
…それから「目覚めの呪文」とか「鮮やかな明日が動き出した」とか明るい歌詞も…
|| ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
|| 同期
|| / \
|| 師匠 初雪鬼==芥子鬼==望月鬼
|| | |
|| ↓ ↓ 。 ∧_∧
|| 弟子 雪椿鬼 薔薇魔鬼 \ (゚Д゚,,)
||______________ ⊂⊂ |
∧ ∧ ∧ ∧ ∧ ∧ | ̄ ̄ ̄ ̄|
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〜(_( ∧ ∧ __( ∧ ∧__( ∧ ∧ ̄ ̄ ̄
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〜(_( ,,)〜(_( ,,)〜(_( ,,)
〜(___ノ 〜(___ノ 〜(___ノ
前回
>>75-82のあらすじ
数ヶ月前まで紫色の鬼は青いキャップのオサーンとコンビを組んでいました。
『あなたの背中を護りたい』 九之巻「潜む標的」
前回の臨時出動の後、アイキは師匠の元での再特訓を志願して、先代アイキ・アンジェラ赤坂のいる京都に旅立った。期間は一か月あり、その間、有志は別の鬼のサポートや、猛士東北支部での資料整理などをして過ごすことになった。
「思いっきり殴りやがった、あのギャル鬼」
穂村総合病院を訪れた有志は、今日は本当に患者として史子の診察室に来ていた。
史子が有志の腫れがひいてきた頬を確認しながら言った。
「アイキちゃんにとってノーメイクの顔を見られるってことは、裸を見られるのと同じくらい恥ずかしいことらしいから」
「そんなの知るか。それに、化粧ない方が普段のケバい顔よりマシだったぞ」
「そこは本人の気持ちの問題だから。今後はそういうことがないように、もっと鍛えたくて京都に行ってるんでしょう? アイキちゃんがあのお師匠さんの元にわざわざ行くなんて、よっぽどのコトよ」
もう、力尽きて変身解除、ということになりたくない一心で、アイキは顔を合わせるのも恐ろしい先代アイキの元に修行にでかけたらしい。
「ヒロの結婚式の二次会、行く?」
診療が終わってから、史子が指の間に挟んだ招待状を有志に見せて言った。
「行かねえ」
即座に答えた有志に、不満そうな顔で史子は言った。
「あんた、結局ずっと地元に帰ってないんでしょう? 車で行けばすぐなのに」
有志たちが育った仙台市杜王町──現在は『杜王区』となっている──は、市の北部に位置する観光都市である。来月の結婚式の後、区内のカフェを貸し切りにして、有志たちの同級生の結婚式の二次会が行われる予定である。
杜王区の西に霊園があり、そこに、教え子である有志を魔化魍から庇って亡くなった高校教師・杉本鈴美が眠っている。有志は、頑なにその墓前に行くことを拒んでいた。その側を通ることもしたくないらしく、杜王区に一歩も足を踏み入れていない。
「お前はせいぜい着飾って行きな。そこで結婚相手でも探せよ」
そう言って有志は診察室から逃げるように去って行った。
そして、一か月後。
「皆さん、チョリーッス!( ≧▽≦)ノ」
久々に東北支部の仙台出張所を訪れたアイキは、相も変わらずお気楽そうなギャルのままだった。そのとき出張所には、本日の出動のためにアイキを待つ有志と、アイキを出迎えるために出張所に顔を出していた史子がいた。
「あの厳しい師匠の元で鍛え直せば、ちょっとは真面目になると思ったんだが」
残念そうに有志は史子に言った。
「ホント、全然変わってない……?」
史子も同感だった。
「ァヤ先生、コレょろしくぉ願ぃします」
京都土産の銘菓をひと箱、史子に預けて、アイキは有志と共に出動していった。
有志の運転する『蒼龍』が、仙台市の北部へ向かう。
「ュージさん、今日ゎどこですか?」
「……杜王区だ」
「里に下りてくるタィプのマカモーさんですね」
後部座席で呟いたアイキが、先月有志に聞いた話を思い出して言った。
「杜王区って、ュージさんジモティーぢゃなぃですか」
有志は、今回の出動ははっきり言って乗り気ではなかった。しかし、仕事と割り切って出動することにした。個人的な理由で出動を拒否することなどできない。
「既にひとり現地入りして探索のディスクアニマルを出しているが、さっき連絡した時点では、まだ何も引っ掛かっていないそうだ」
杜王町の南、丘陵地の田園地帯に『蒼龍』が入って行くと、プラズマイエローの単車の脇に立つ、一人の爽やかな印象の青年が待っていた。
歳はアイキより幾つか上くらい、クルメキと同期の菅の鬼で、その名をコンジキと言った。上品な顔立ちの彼は、大物政治家Kの息子であるという噂がまことしやかに流れている。
コンジキは、ベルトからアイキや有志と同様に何枚かのディスクアニマルを提げ、背には細長い、テニスのラケットケースのような袋を背負っていた。
「いいか」
有志は二人の鬼に言った。
「今回は、東北支部でも何の魔化魍なのか予想がついていない。そこで、そろそろ夏の分裂型魔化魍の出現も考慮に入れて、太鼓使いのアイキが応援として指名された。何が来ても対処できるよう、覚悟していけよ。──今日は、よろしくな」
有志が声をかけると、コンジキは礼儀正しく言った。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
コンジキの折り目正しさに有志は好感を持った。コンジキの爪の垢を煎じてアイキに飲ませてやりたいもんだ、と小さく呟いた。
「探索の結果はどうだ?」
「それが、すべてハズレでした」
「そうか……」
支部で予測も立たず、ディスクアニマルによる探索の結果も思わしくない。いつになく、不確定要素の多い出動だった。
「あと、この辺りの協力者が来るはずなんだが」
有志が辺りを見回した時、丘を登ってくる、地元の猛士協力者の姿が目に入った。だが、どうも様子がおかしい。片方の足を引きずるように歩いている。
丘を登りきった、その初老の男性の左足が、足首よりやや上の辺りで奇妙に曲がっていた。そこから先がぐにゃぐにゃと不安定な様子でぶら下がり、何か液体状のものがズボンの裾や靴の先から滴っている。
「どうしました?」
駆け寄った有志がその男性の肩を支え、ゆっくりと地面の上に座らせた。
「魔化魍に、やられました。足に何か、針のようなものを打ち込まれたと思い、慌てて逃げたんですが、走っている最中にこのとおり……」
有志がズボンの裾をそっと上げると、男性の足は蝋のように溶けていた。
「魔化魍の姿は見ましたか?」
「いや、それがまったく……」
コンジキが初老の男性の脇に膝をつき、溶け崩れた足に掌をかざした。掌から金色の光が広がって照射されると、溶けていた箇所が元通りに回復した。
──全国の鬼の中でも限られた者だけが持つ、治癒能力だった。鬼は、自分の傷を自らの治癒力により治す能力を持っているが、それを他人にも適用できる鬼が僅かばかり存在している。その一人が、東北支部の鬼・コンジキだった。
「あ、ありがとうございます」
有志は、その男性から、被害にあった場所を細かく聞いて手帳に書き留めると、言った。
「なるべく遠くに避難してください」
歩けるようになった足で、男性は丘陵地帯から離れていった。
「ぃつもながらスゴぃですぅ、コンジキさん」
コンジキの特殊能力を目の当たりにして喜ぶアイキに、有志は言った。
「はしゃいでるなよ、アイキ。どんな敵かわからねぇんだ。油断するな」
協力者からの情報によると、この近辺の家畜や飼い犬が次々と消えるという現象が発生しているという。だが、魔化魍の姿は誰一人として見ていない。
近くの民家から悲鳴が聞こえ、アイキたちはその家の前に駆けつけた。ドアを開け、家の中に飛び込もうとするアイキを有志が手で制した。
「待て」
鬼面無しの腕の鬼弦を弾くと、有志の腰からディスクアニマル『銀朱大猿』が起動し、ドアから廊下を抜けて居間に入っていった。すかさずそれに飛びかかる黒い影が二体。
有志が指を鳴らすと、銀朱大猿はすぐさまディスク形態に戻り、有志の手元に返ってきた。
敵がすぐ近くに居ることを確認し、アイキは音叉『音藍』を、コンジキは鬼笛『音菱(おんりょう)』を鳴らして額にかざした。自らを包む藍色の竜巻と金色の光から抜け出て鬼の姿となった二人は、素早く家に突入し、居間に続く廊下を走り抜けた。
──金色の顔と体に白い隈取と前腕、そして銀色の襷をまとい、後方に反った一本角を持つ鬼の名を『金色鬼』と言った。
愛鬼と金色鬼は、部屋の中に見えた黒い影、怪童子と妖姫に攻撃を仕掛けた。
怪童子が口から吹き付けた針を身を屈めて躱し、愛鬼は風を纏った手刀を真横に薙いだ。風裂断が、黒い体毛に覆われた怪童子の脇腹を抉り、白い体液が噴き出る。
妖姫と相対した金色鬼は、拳の連打を相手の黒く硬い胸や胴、顔に容赦なく叩き込んでいった。ガラス窓を破り、妖姫は屋外に吹き飛ばされた。
手負いの怪童子は、妖姫が突き破った窓の穴から飛び出してその場から逃走した。
「コンジキ、受け取れ!」
後から屋内に入ってきた有志が、金色鬼が変身前に持っていた細長いケースから、スナイパーライフル型の音撃管『慧樟(えくす)』を取り出して放った。
金色の狙撃銃を受け取ると、金色鬼はそれを構えて窓の外の二体に向けて照準を合わせ、連続して正確に体の中心を撃ち抜いた。直後、怪童子と妖姫が時間差で爆発してその場に崩れてゆく。
『ユージさん、ナイスフォローです』
金色鬼が振り向いて言った。有志はそれに手を挙げて答えてから、二人の鬼に言った。
「あの童子と姫の姿から推測するに、今回の魔化魍はヤマアラシの系統みてえだが……どこにも姿が見えねぇのが解せねえ」
『まだ幼体なんでしょうか?』
「もしくは『やつら』が改造した、あまり大きく育たない魔化魍なのか。いずれにしても、普通のヤマアラシはヒトを溶かす毒針を打つなんて能力は持っていない。何が出るかわからねぇから、繰り返すが、油断するなよ。特にアイキ」
『はぃ?』
「さっきみたいに、無用心に突っ込もうとするな。細心の注意を払え」
『はぃぃ〜』
復帰後初戦で早くもお叱りを受け、多少へこみながら愛鬼がうなだれた時、三人がいた部屋の隣室から、物音がした。
先ほど聞こえた悲鳴の主と思われたが、一応のこと、有志は用心深く部屋の戸口から少しづつ顔を覗かせた。そこには腕に毒針を打ち込まれてうずくまる、中年の女性がいた。
有志は、二人に外で待つように言ってから、部屋に入って女性に声を掛けた。
「大丈夫ですか? 地域のパトロールの者です」
などと言って安心させてから、うつ伏せに寝かせて、応急処置をすると言って後ろ手に腕を出させた。猛士の協力者ならいざ知らず、一般市民に鬼の姿や力を見せることは、なるべく避けなければならない。
「コンジキ」
金色鬼の姿を見せぬような姿勢にさせてから、有志は治癒能力を適用するように金色鬼に目配せした。治癒が済むと、実際は不要だが有志は素早く女性の腕にハンカチを巻き付け、この場から避難させることにした。
ディスクアニマルで鳴き声や姿を拾うことができないくらい小さな魔化魍であることが予想され、金色鬼は自らの足を使った探索に入った。そして有志と愛鬼は、逃げ遅れた住民の避難誘導にあたった。
女性を脇から支えるようにして、有志は『蒼龍』まで急いだ。後方は、数歩離れて無言で警護する愛鬼に任せ、有志は左右と前方に注意を払いながら道を進んだ。
コンジキの黄色い単車の隣に停めた、蒼いクロスロードのところまで辿りつくと、急いで女性を後部座席に押し込め、外から見えぬように、座席に横になるように指示した。その本当の目的は、外にいる愛鬼の姿を見せぬようにするためである。
「安全圏まで送り届けたら、すぐ戻る。お前は戻ってコンジキの探索を手伝え。──いいか、今回の魔化魍はいつもと違う。細心の注意を払って行動するんだぞ」
車の窓ごしに再三の注意をしてから、有志は『蒼龍』を発進させた。
一人になった愛鬼は、言われた通り注意しながら、いま来た道を戻っていった。
『ちゅぅぃ、ちゅぅぃ……』
小さく呟きながら愛鬼が、街の人間が避難して深閑とした丘陵地帯を歩いていたとき、民家の陰から、彼女の前に出てきた者がいた。
それは、制服を着て拳銃を構えた、この街の警官だった。
⊃⊃″<。
おー、久しぶりにきたらお二方も!投下乙です。
・・・コンジキのモデル、分かったかもww
コンジキかコジキと読み間違えてた
107 :
名無しより愛をこめて:2008/06/01(日) 01:00:25 ID:TTMsBWt90
オハヨー!!
∧∧ ∩
(`・ω・)/
⊂ ノ
(つノ
(ノ
___/(___
/ (___/
前回(すぐ近くにあります)のあらすじ
政治家を父に持つ黄金色の鬼は癒し系でした。
『あなたの背中を護りたい』 十之巻「響く鐘声」
仙台市杜王区南部の、丘陵地帯。
逃げ遅れた住民の避難も済み、誰もいないと思われていたその街の、まばらに散らばる民家の一つの陰から──制服警官が一人、両手で拳銃を構えつつ歩き出てきた。
鬼の姿に変身したままである愛鬼は、警官と鉢合せしてその場に固まった。
一向に姿を現さぬ魔化魍に対し、細心の注意を払って行動するように、と有志に言われてはいたが、この展開は予想していなかった。
一般人に姿を見られてしまった時の対応としては、『すべてを忘れて普通の生活に戻るか、すべてを知り猛士の協力者となるか』の選択をさせる、というマニュアル的な教えがある。しかしそれは主に、魔化魍から救った人々との接し方である。
この場合の『鬼』は一般人から見れば不審な存在であり、いま街を襲っている事態の元凶とも捉えられかねない。
銀色の目鼻の無い顔に走る水色の隈取。額に戴く鬼面、そして三本の角。それは人に害を為す怪異と認識されるには充分な異相だった。
対する警官は、帽子の下に白髪を覗かせた、おそらくこの職務に長年従事してきたであろう、初老の男だった。男は、愛鬼の姿形をはっきりと見据えて言った。
「お、『鬼』……!」
狙撃銃型音撃管『慧樟』に装備したスコープで遠方を見回していた金色鬼は、照準の円の中に信じられない光景を目にした。
『な、なんてことだ……!』
愛鬼と、警官が──談笑しながら歩いている!?
「知ってる知ってる、前に住んでいた土地でも一度見かけたことがあるんだ」
『ホントですかぁ〜?』
愛鬼は、この近辺は危険なため、避難してもらうよう警官に頼んだ。それに応じた警官と共に、愛鬼は再び金色鬼のバイクが停車してある地点に向かっていた。そこに行けば、やがてまた有志が『蒼龍』で引き返してくるはずだ。
「その姿に変身して、バケモノから市民の安全を守っているんだろう? 俺たちがこうして制服を着込んで、巡回してるのと同じようなもんだ」
『ァタシの場合、“市民の安全”とか、そんなタィソーなコトぉやってるつもりはナィんですけどね。体力くらぃしかトリエがなくて、何のォシゴトしょぅかなぁ〜って思ってる時に、ひと月の3/4が出勤ナシって聞いて“コレだ”とか思って始めて……。
後付けで、ぁる人に認められたくて、その人にふさゎしぃヒトになりたくて、って理由で今ゎ頑張ってますけど』
愛鬼の言葉を聞いて、警官は笑って答えた。
「後付けか。後付けかな、俺のも。警官になって……結婚して……娘が産まれたて……思ったんだ。こいつにカッコイイとこ見せたいから、頑張ろうってな」
『娘さんがぃるんですかぁ』
愛鬼は、以前ホノメキに聞いた話を思い出して言った。
『前に、センパィに“元気な顔を見せることが、何よりもの親孝行”だって聞いたんですけど、そんなモノですか? こなぃだ久々に里帰りしたんですけど、ゥチの親の場合、“なんだ来たの?”ってカンジでぇ〜』
「我が家の場合は、一緒に住んで、毎日顔を合わせてたからなぁ。しかし──あともう少ししたら、俺も、そういうことを思うようになるのかもしれないな。娘が今度、結婚して家を出ていくんだ」
少し寂しそうな笑みを見せながら、白髪の警官は言った。
『ぉめでとぅですぅ〜!』
「まぁ、めでたいことだよな。よく、披露宴で娘が親に向けて手紙を読むだろ? あれやられたら、きっと泣くなぁ、俺」
しばらく、苦笑いで頭をかいていた警官が、突然足を止めた。
『ォマヮリさん?』
警官が愛鬼を振り向き、構えた拳銃が火を噴いた。
音撃管のスコープ越しにその光景を見ていた金色鬼に、緊張が走った。銃声が人の姿の無い丘陵の街に響き渡る。
警官が狙ったのは、愛鬼の真横の路側の草むらに潜んでいた、兎大の黒い塊だった。その者は赤く燃え上がる目と、鋭い牙状の門歯を持ち、明らかに人に対して攻撃の意志を持っていた。
それを見て取った警官は、すぐさま射撃した。黒い塊は地面の上を素早く動き、先ほどまでその者がいた場所に弾丸が食い込む。
草むらを出て路上に姿を現したのは、兎ほどの大きさの鼠型の魔化魍、キュウソだった。鼠にしては大きく、キュウソの成体にしては随分と小さい。
ひそとも鳴かないキュウソが、二人に向けて門歯の間から毒針を放った。鳴き声もなく、毒針による攻撃を行う、これはあきらかに改造が入った魔化魍だった。
「危ない!」
咄嗟に警官が愛鬼を横に押しやり、制服の胸に黒い毒針が次々と突き立った。
『ォマヮリさん!』
後方に倒れかける警官を愛鬼がささえ、続く毒針の第二波を、警官を抱え持ったまま跳躍して愛鬼は上に躱した。
空中でこれ以上攻撃を避けようがない愛鬼に向けて、キュウソが顔を上げて更に毒針を打ち込もうとした。
その時、キュウソの肩に、横合いから鬼石の弾丸が突き刺さった。長距離射撃を正確に決めた、金色鬼のスナイパーライフル型音撃管『慧樟』による狙撃だった。
続いて第二撃がキュウソの横面を捕え、鼻先と門歯の一部を粉砕した。これにも悲鳴を上げることなく、キュウソは再び草むらに取って返して一目散に逃げ出した。
着地した愛鬼は、警官をその場にそっと横たえながら、必死に黒い小さな塊が逃げる先を目で追った。
銃のスコープでその様子を見た金色鬼が、更に射撃を続ける。が、キュウソは丘陵地帯の坂を下り、完全に金色鬼の視界から消えてしまった。
『逃がすか』
魔化魍の小さな体を見て、金色鬼は毒針が持つ溶解作用の意味を理解した。あの小さな体で餌を補食するために、必要な能力だったのだと。
装備帯から取り外した音撃鳴『麝盤(じゃばん)』を音撃管の先に取り付け、金色鬼はアイーダトランペット形態になった『慧樟』を構えた。
『音撃射・聖鋭神倶!』
金色鬼が吹き鳴らす音撃が、鬼石を撃ち込まれたキュウソの逃走の足を止めかけたが、キュウソは残る力を振り絞り、逃走を続けた。
『大丈夫ですか? ォマヮリさん!』
「……何をしている。奴を、追え」
苦しい息の下で、警官は愛鬼に言った。
「認め、られ……たい、人が、いるんだ、ろう……」
愛鬼の胸の裡を、長身の、面長の優しい目の男の姿が掠めた。
『待っててネ、ォマヮリさん』
丘陵地帯の坂の上に立ち、目の前に広がる起伏にとんだ地形を愛鬼は見渡した。数100メートル遠くに、黒い点のように小さく、丘を登り、その奥の森林地帯に向かうキュウソの姿が見えた。
金色鬼の音撃射が遠くから聞こえているが、距離があり過ぎるためか、キュウソの動きを止めるまでには至っていない。
『絶対に逃がさない!!』
びいんと張られた声が、遥か遠くのキュウソに向けて放たれた。
愛鬼は、それ以上距離を詰めることはせず、その場で装備帯から音撃鼓『有実』を外し、空中に掲げて鼓を持つ手に意識を集中した。藍色の光に包まれたまま、鼓がその場で展開する。
手を離してもなお空中に留まる鼓に向けて、愛鬼は大型音撃棒『時東』を振りかぶった。
『音撃殴・滅沙抹鐘!!』
──愛鬼は、猛士創成期の伝説の鬼の一人・歌舞鬼の流れを汲んでいる。初代の歌舞鬼は二代目に技を伝授することなく亡くなったため、二代目の音撃は他の者に教えられたものである。
その、二代目歌舞鬼に技を伝えた者の中の一人に、やはり伝説の鬼の一人・凍鬼がいた。凍鬼から伝わったといわれる、太鼓による遠距離音撃──音撃殴。師匠の元に戻っての再修行で、愛鬼はこの技を伝授された。
その音撃は太鼓というよりは、銅鑼を叩く様に似ていた。
愛鬼が両手に握った一本の大型音撃棒が、藍色の光に包まれて空中に固定された音撃鼓を打ち付けると、無人の丘陵地帯に、鐘の音のように長く尾を引く打撃の音が響く。
既に、先ほどまで遠くに見えていたキュウソの姿は、森の奥に消えていた。
その森の中で、何かが小さく爆発し、樹々の中で粉塵と爆風が舞った。
ほどなくして、愛鬼の元に金色鬼がやってきた。
『やったな、アイキちゃん!』
『コンジキさん、来てくださぃ!』
愛鬼は、金色鬼を倒れた警官の元まで連れて行った。白髪の警官は、目を閉じて横になったまま動けずにいた。
『毒針でこのへんぉやられたんですぅ』
濡れて変色している制服の前を開くと、中では胸の中央付近が溶解していた。
『ひどいことしやがる』
金色鬼が手を翳すと、治癒の力を持つ金色の光が警官の胸に照射され、胸は見る間に元通りの状態に回復していった。
『やっぱりスゴぃですぅ、コンジキさん』
アイキが警官の体が完全に回復したのを見て、歓声を上げた。
『ォマヮリさん、ォマヮリさん!』
愛鬼が何度も声をかけたが、警官は一向に目を覚まさない。
金色鬼が肩を落とし、顔の変身を解除した。
『コンジキさん? ォマヮリさんが目を覚ましますから、カォの変身解除したらダメですょぉ』
「間に合なかった」
ぽつりとコンジキは言った。
『ナニ言ってるんですか、完全に治ったじゃなぃですか。協力者のォジサンも、逃げ遅れたォバサンも治してもらって避難したじゃなぃですかぁ。ォマヮリさんだって』
「アイキちゃん」
コンジキは、静かに言った。
「ごめんよ。僕の力で、傷は治せるけど……失った命までは取り戻せない」
その言葉に愛鬼が絶句する。
『ャダ』
やがて、愛鬼は小さく言った。
『そんなのャダ!』
続いて大きな声で喚くと、愛鬼は警官の体を揺すって、必死に呼びかけた。
『娘さんに、カッコィィところ、見せたぃんでしょ? 今度、娘さん結婚するんでしょ? 披露宴で、娘さんがぉ手紙読むの聞ぃて、泣くんでしょぅ!?』
コンジキは、やり切れない思いでその様子をただ見ていた。
『死んじゃダメ、ダメ、ダメぇ! ダメだょぅ!』
逃げ遅れた街の人を避難させて戻ってきた有志は、コンジキから事情を聞くと、東北支部に連絡を入れて事後処理を依頼した。
手近の民家を拝借して着替えを済ませてきたコンジキに、有志は言った。
「済まないが、事後処理の担当が来るまで、ここにいてくれねぇか」
有志は、コンジキが戻ってくるまで、倒れた警官の側でずっと待っていた。
「側にいて、何ができるわけでもねぇが、一人にしておくのはどうもな」
「わかりました。ユージさんは、アイキちゃんのこと、頼みます」
「おう」
その場を離れ、丘陵地帯の入り口に停車した『蒼龍』のところまで戻ると、アイキが着替えのために閉めていたカーテンはすべて開き、後部座席にはうなだれた金髪の頭が見えた。髪に隠れて表情は窺えない。
ドアを開け、有志は運転席に乗り込み、車を発進させた。
「今日は随分と支度が早かったな」
つとめて明るく、有志は言った。
「いつもの化粧はどうしたんだよ」
後部座席で俯くアイキから返事はない。
杜王区を出て、市の中心部に向けて車が走る頃、後ろの席から嗚咽が聞こえた。
「だって、だって……ぃまメィクしても、ぜんぶ落ちちゃぅもん……!」
泣き崩れるアイキをバックミラー越しに見ながら、有志はかける言葉を失った。
数日後、同級生が新郎となる結婚式の二次会に出席した史子は、披露宴に出席した知人から、花嫁の父親が式の直前に急逝したことを聞かされた。地元で警官をやっていた父親が、殉職したという話だった。
二次会のために貸し切りとなったオープンカフェで、緑色のノースリーブのドレスを着た史子は、滅多に見ないスーツ姿の有志に気付いて、はたと足を止めた。
「ユージ、来ないって言ってなかったっけ?」
さすがに今日は、有志もトレードマークの青いキャップを被っていなかった。また史子も、いつもの白衣姿ではなかった。
互いの普段と違う姿がおかしくて、笑顔になりながら、グラスを片手に史子は有志を小突いた。
「ユージよりハチの方が来そうだと思ってたんだけどな〜、まさかあんただけ来るとはね。どういう風の吹き回しよ」
「見届けに来たんだ」
静かに言うと、有志はただ黙って、新しい道を歩き出した二人の姿を見守っていた。
⊃⊃″<。
>>108-115 投下乙です。
「杜王町」に「杉本鈴美」ときて何も起こらないはずがないとは思っていましたが、
「仗助の祖父」に「ラット」が来ましたか。
四部が一番好きな者としては、次はどんなネタを挟んでくるのか楽しみで楽しみで。
…クモを味見する漫画家の登場は期待しちゃ駄目ですかねw
117 :
名無しより愛をこめて:2008/06/05(木) 06:59:34 ID:IuZ6tIEZO
杖助の父だろ!
>>117 仗助の父…ジョセフじじい
仗助の祖父…東方良平(町のおまわり=アンジェロに襲われ死亡)
119 :
名無しより愛をこめて:2008/06/05(木) 22:08:57 ID:QqQpIFsO0
鬼、参上
『あなたの背中を護りたい』 チラシの裏 3枚目
【技・装備の名前について】
・コンジキの音撃管『慧樟』音撃鳴『麝盤』
イメージキャラ・小泉孝太郎のお父様の好きなアーティスト・X JAPANから。
・コンジキの音撃射『聖鋭神倶』
X JAPANのシングル「Say Anything」から。
・コンジキの変身鬼笛『音菱』
基本的に、変身道具の名前は鬼のイメージカラーに近い宝石を元にしています。
コンジキの場合はカナリーイエローダイヤモンド→ダイヤ=菱形から。
「ジョジョの奇妙な冒険」作中の「治す」能力を持つスタンド
「クレイジー・ダイヤモンド」にも引っ掛けています。
【エピソードの元ネタ】
・九之巻「潜む標的」十之巻「響く鐘声」の毒針エピ、お巡りさんエピ
「ジョジョの奇妙な冒険」第四部から。
十之巻で結婚する有志の同級生「ヒロ」の名前は、漫画家・荒木飛呂彦から。
ラスト3話、大したネタは挟めませんが、杜王区があと1シーン出てくる予定です。
1980年代に入ってからのイブキは、常に悶々とした日々を送っていた。誰かの前ではいつものように笑顔を絶やさぬ好青年でいる。だが、一人になるとその仮面は剥がれ落ち、苦悩で顔を歪める事となる。
全ては、1979年の京都決戦で利き腕を痛めた事が原因だった。どんなに最先端の治療を施しても完治したとは言い難く、結果イブキは腕に爆弾を抱えながら生活していく羽目になった。必然的に、シフトへ組み込まれる回数も少なくなっていった。
彼は内心焦っていた。
同僚のイッキと同じ理由だ。次々と去っていく仲間達の穴をどうにかして埋めなければならない。しかも自分は宗家の鬼、いずれ猛士という組織の長となる立場の者だ。責任の重さが違う。
しかし現状は、戦うための力を持っていながら戦えないというジレンマの日々。誰も守れない、自分は無力だ――そんな風に自分自身を責める日々が続いた。
時の猛士総本部長・和泉一流が、場合によっては息子に家督を譲る事もやぶさかではないと考えるようになったのは、必然だったと言えよう。しかし今の彼に総本部長の地位を与える事は危険なようにも思えた。
(俺が譲ればいいってもんじゃないよなぁ……)
周囲の承認を得てイブキ――一文字を次期総本部長にしたところで、本人が自暴自棄状態では意味が無い。
組織という体裁を成し、沢山の人員を抱えている以上、猛士もまた一枚岩ではない。今までは非常時という事で結束も固かったのだが、動乱期も過ぎ、またきな臭い感じになってきていた。だからこそ一流は危険だと考えているのである。
だが、彼が鬼を続けるという選択肢を選んだとしても、危険である事に代わりはなかった。
ある日、一流はイブキを呼び出してこう告げた。
「旅行……ですか?」
「そうだ。昔っから旅行っていうのは日常から非日常へ移行するための行為だ。今のお前に必要なのは日常を忘れて思いっきり楽しんでくる事だ。俺はそう考えている」
黙り込むイブキに向かって、一流は更にこう告げた。
「これはな、本部長命令なんかじゃあない。父親として、お前の事を思って言っているんだ。旅行に関してはこちらで全部手配しておくから……。な?生まれ変わってくるつもりで行ってこい」
一流の説得を受けたイブキは、単身旅立っていった。目的地は、九州。
空港でツマビキと名乗る九州支部の鬼の出迎えを受けたイブキは、その足で九州支部へと挨拶に向かった。父から預かってきた土産を渡すためである。
海道始と名乗った九州支部長は、笑顔でイブキを出迎えてくれた。
「九州支部へようこそ」
一流の計らいで、九州滞在中のイブキの面倒を全て見てくれる事になっているのだ。
「宜しくお願いします。これは父から預かってきたものです」
「ああ、総本部長から……」
海道に手渡したのは、彼が好きだと言う京都の老舗和菓子屋の詰め合わせだ。所用で関西に来る時はいつも買って帰っているらしい。
改めて店内を見渡してみるイブキ。店内の至る所に花が飾られてあった。ガラスケースの中にも、色とりどりの花が入れられている。九州支部の表の顔は花を扱っているのだとツマビキが教えてくれた。
「それで、これからどちらへ?」
一頻り会話を終えた後、海道がイブキに尋ねた。
「色々考えたのですが……高千穂へ行こうかと思っています」
「高千穂……宮崎県ですね」
宮崎県西臼杵郡高千穂町。記紀神話における天孫降臨の地とされる場所だ。ここには神話で天照大神が篭った「天岩戸」がある。
学者の見解の中には、この天岩戸伝説は死と再生を意味しているのだと言うものがある。それを知っていたイブキは、あえてこの地を訪れる事にしたのだ。
彼にも、このままではいけないという事が分かっていた。ただ、どうすれば良いのか分からないのだが。
――きっかけが欲しかったのだ。何でもいい、きっかけが……。
「改めて紹介しましょう。君がこちらに滞在している間、世話をしてくれるツマビキくん」
ツマビキが笑顔で会釈をした。イブキもまた頭を下げる。
「そしてもう一人……。ツマビキくん、彼は?」
「え、まだこちらへ来ていないのですか?」
それを聞いて海道が深い溜め息を吐いた。と、そこへ絶妙のタイミングで話題の人物がやって来た。
「やあやあお待たせ!おお支部長、そっちが宗家の御曹司だな?」
大声で喋りながら店内へと入ってきた大男の姿に、イブキは見覚えがあった。大宴会の席でも兎に角目立つ、各支部の問題児達の一人――ヤミツキだ。
「ヤミツキだ。宜しく」
そう言って差し出してきた手を握り返すイブキ。だが次の瞬間。
「え?」
イブキの体が一回転して床に倒された。ヤミツキが片手だけでイブキの体を引っ繰り返したのだ。
「ヤミツキさん、なんて事を!」
ツマビキがヤミツキに詰め寄る。長身のツマビキでも見上げねばならないくらい、ヤミツキはでかい。海道はイブキを介抱している。
だがヤミツキは涼しい顔をしたままイブキの顔を覗き込むと「情けない面だな」と告げた。次いで海道に声を掛ける。
「何かね?」
「メンバー交代だ。ツマビキには外れてもらう」
「ええっ!?」
ツマビキが驚きの声を上げる。
「では誰を連れて行くつもりかね?非番なのはコンジキくんとセンキくん、それに……」
「ブキをお借りします」
結局、ヤミツキの提案に従い、ツマビキの代わりに同じく非番だったブキが呼ばれる事となった。
ブキという名の鬼は、どこか不思議な感じがする鬼だった。線が細く色白で、およそ戦いに向いているようには見えない。そのくせ担当は太鼓だと言う。
「私も兄弟子も、呪術的な戦い方を得意とする鬼でして……」
レイキという名の彼の兄弟子は、今は北陸支部に居るのだと言う。
「呪術……ですか?」
「こいつはな、舞を舞って戦うんだ」
「舞?」
ヤミツキによると、ブキは魔を鎮める舞を舞えるのだと言う。そう言えば以前、東北支部にも「鬼剣舞」という技術を持った鬼が居るという話を、イブキはアカツキから聞いていたのを思い出した。
「ところで、その格好は?」
イブキにはもう一つ気になる点があった。ブキの格好だ。和服姿なのである。
「着慣れていると言いますか、この方が動き易いので……」
にこりと笑いながらブキが告げる。それを聞いて、やはり中国支部にも常に和服姿の女性の鬼が居た事を思い出す。確か名前は……。
「何年か前に兄弟子を介して中国支部のレンキと言う女性と知り合いましてね。実家が呉服屋さんだそうで、色々と良い着物を安く分けてもらっています」
まるでイブキの心中を見透かしたかのように、ブキがレンキの名前を出した。驚きを隠せないイブキ。前述の通り不思議な雰囲気を纏っているだけに、心を読まれたのではないかと本気で疑ってしまう。
(サトリでもあるまいし……そんな……)
そう自分に言い聞かせるイブキに向かって、「そろそろ出発しようか」とヤミツキが言った。
「あの……ヤミツキさんって運転出来るんですか?」
不安そうにツマビキが尋ねる。彼は、ヤミツキが馬以外に乗っている姿を見た事が無い。
「出来るさ。嗜み程度だけどな。……じゃあ厩舎の方は任せたぞ」
そう言うとヤミツキは、ツマビキが用意した車の方へ向かっていった。ツマビキもまた、厩舎の方にいるヤミツキの愛馬・黒風の様子を見に行くべく身支度を始めた。
「厩舎って、もしや……」
「あの人の愛馬です。兎に角気性が激しくって、ヤミツキさん以外には一向に懐かないんですよ。ああ、嫌だなぁ……」
「あの、何か御土産買ってきますね……」
うな垂れるツマビキに向かってそう言うと、イブキ、そしてブキもまた車へと乗り込んでいった。
基本的に陽気な性格のヤミツキのお蔭で、車中は実に賑やかだった。話し上手で話題も豊富、そのためイブキも実に楽しく耳を傾けていた。
そんな中、話題はイブキとヤミツキ共通の知人であるコウキの話へと移っていった。
「何年前になるかなぁ、開発局長と一緒にあの男が九州に来たのは……」
一度目は純粋に観光で(結局ヤミツキ達と一緒に魔化魍と戦ったのだが)、二度目は種子島宇宙センターへ向かうために訪れている。
「特に二度目の時は凄かった!俺もあの場に居たけれど、もうちょっとで店が壊されるところだったからな!」
「その話ならコウキさんから聞きました。以前百物語をやりまして……」
「ほう」
「その時に撮った写真もあるんですよ。良かったら見ますか?」
そう言うとイブキは荷物の中から小さなアルバムを取り出し、開いてみせた。そこには、イブキやコウキ達八人の鬼と彼等のサポーター、そして開発局長、医師、司書が写っていた。京都での決戦の少し前から、この時のメンバーは御守り代わりにこの写真を持つようになっていた。
「ははは、『疾風鋼の鬼』はやけに不機嫌そうな顔だな、気難しい御仁だけに君も大変だろう」
「ええ、まあ……。ブキさんも見ますか?」
「いえ、私は結構……」
「そいつはな、目が殆ど見えないんだよ。両目ともな」
「え……?」
驚いてブキの顔をまじまじと見つめる。確かに、彼は初対面の時からずっと目を細めており、こちらが見えているのかいないのかよく分からなかった。イブキもずっと気になっていたのだ。
「気にしないで下さい。私の不注意が原因ですから……」
「しかし、両目とは……」
「体が覚えているとでも言うのかな、長年の勘である程度の事は分かるんだそうだ。こいつ、若く見えるが俺と年齢はそう変わらないんだぜ」
ヤミツキと同い年だと言う事は、ブキもまたベテランの部類に入る。
本来、両目の視力を失った者は即座に登録を抹消されてもおかしくない。しかし本人の希望で鬼として戦い続けているのだと言う。
それを聞いてイブキの心は沈んだ。それと同時に、何故そこまでして戦うのか聞いてみたい衝動に駆られた。
信号が青に変わり、ヤミツキが運転する車は再び目的地を目指し進んでいった。
神話における天岩戸とされる場所は、全国各地に存在する。その中でも、ここ高千穂にある天岩戸大神宮の奥にあるそれは、岩戸そのものが御神体であり聖域とされており、許可無く見学する事は出来ない。
神社の鳥居を潜り、巨杉の間を抜けて遥拝所に出た時、視界一面を白い霧が覆った。五里霧中状態のイブキに向かってブキが声を掛ける。
「こちらです。私の声のする方へ進んで下さい」
ブキの声に導かれ、イブキが進むとそこには。
「あ……」
遥拝所は断崖に建てられている。そして肝心の岩戸は、深い谷を挟んだ対岸の山に刻まれた大きな亀裂、その中ほどにあった。
イブキは、言葉を失った。深緑の中に黒々とした裂け目が横たわっている。それは、大きな女陰を連想させた。母胎回帰――死と再生をイブキははっきりと意識した。鳥肌が立った。
イブキの横で、ヤミツキも真剣な面持ちで天岩戸を眺めている。彼等から三歩下がった位置で、ブキも天岩戸の方に見えない目を向けていた。
「岩戸と言うくせに開けっ放しだろ?戸は手力男(タヂカラオ)――来る途中像が建っていただろ、あれが天照を引っ張り出した時に投げ捨てたんだそうだ。戸は遥か信州まで飛んでいって、それで付いた地名が戸隠なんだと」
ヤミツキが説明するも、イブキはずっと天岩戸を見つめたままだ。
「……来て良かったか?」
「……はい」
一行は時の過ぎるのも忘れて、大自然が生み出した神秘を見つめ続けていた。
「素晴らしいものを見せていただき、有難う御座いました」
拝殿へと戻る道すがら、イブキが二人に向かって礼を述べた。霧もまるで見計らったかのように晴れていた。
しかし。
「……まだだな」
「えっ?」
またヤミツキがイブキに顔を近付ける。目と目が合った。
「まだ迷いは断ち切れていないと見える」
ヤミツキのその言葉に黙り込むイブキ。
「気にするな。まだ時間はある。俺達と一緒にいるうちに解決するさ!」
そう言うとヤミツキは笑いながらイブキの背中をばしばし叩いた。
「俺、支部長に定時連絡入れてくるわ。ちょっと待っていてくれ」
後の事をブキに任せ、ヤミツキは電話を求めて走り去っていった。
二人きりになった。
気を使って色々と話し掛けてくるブキに向かって、イブキは今まで思っていた疑問について尋ねてみた。
「何故戦うか……ですか?」
ブキはほんの少しだけ困った表情を見せたが、すぐに口を開いた。
「私は……」
と、そこへヤミツキが戻ってきた。だが何か様子が変だ。
「仕事だ。この近くに出たらしい。今日中に仕留めるぞ」
高千穂峡は、高く伸びた木々が天を遮り、昼なお暗い。その谷底を流れる川を、小舟に乗ってヤミツキ、ブキ、イブキの三人が目的地に向かって進んでいく。
「金」の予測と「歩」の集めた情報だけでは、出現した魔化魍が何であるのかまでは分からない。ただ、飛行型ではないらしいのでそこは一安心と言ったところか。
と、ブキが何かを感じたのか立ち上がった。オールを漕ぐヤミツキの手が止まる。
「どうしました?」
「しっ!静かに……」
イブキにそう告げたブキは、何かを聞き取ろうと耳を澄ました。それに倣ってイブキも耳を澄ましてみる。すると、鍛え上げられた鬼の聴力が何かを捉えた。
ブキが、手にした変身音叉を鳴らし、額へと掲げた。彼の周囲を水流が渦巻き、細身の鬼へと姿を変える。名を、舞鬼。
舞鬼が荷物の中から舞扇を取り出した。そしてヤミツキとイブキに向かいポーズを取ると。
「行ってきます」
そう言うと跳躍し、岩肌を蹴ってあっという間に谷の上へと登っていってしまった。
「……行ってこい」
「え?」
「あいつの戦いを見てこい」
笑みを浮かべながら、ヤミツキが言った。
イブキは、変身鬼笛を取り出すと、一際高く吹き鳴らした。
威吹鬼が現場に着いた時、既に舞鬼は魔化魍と交戦中だった。
(相手はヤマビコか……)
そんなに育ってはいない個体だ。しかしその分、動きは大きな個体と比べると素早い。
(彼は……何をやっている?)
対する舞鬼は、舞扇を広げ、なんとその場で舞を舞っていたのだ。確かにヤミツキは、舞を舞って戦うと説明してくれた。だが、実際に目の当たりにすると異様な光景に見える。
「危ないっ!」
一瞬動きを止めた舞鬼の真上から、ヤマビコが掌を叩きつけてきた。だが再び動き出した舞鬼は、まるで流れるかのような動きでこれを躱した。ヤマビコは何度か舞鬼を叩き潰そうと掌を振り下ろしたが、悉く紙一重で躱されてしまった。
次にヤマビコは、まるで蚊でも叩くかのように舞鬼の左右から掌を打ちつけてきた。しかしそれすらも容易く回避してしまう。
「凄い……」
と、戦いを見守る威吹鬼に妖姫が襲い掛かってきた。当然ながら管を所持していない威吹鬼は、徒手空拳で迎撃を行う。
身軽に宙を舞う妖姫を手刀で叩き伏せると、起き上がってきたところに風を纏った跳び回し蹴り――鬼闘術・旋風刃を叩き込んだ。蹴りは側頭部に直撃、妖姫の身体を吹っ飛ばし、爆発四散させた。
だが、一瞬の隙を衝いて怪童子が威吹鬼の背後から羽交い絞めを仕掛けてきた。これを力任せになんとか振り解く威吹鬼。しかし。
「うっ!」
利き腕に激痛が走った。腕を押さえて蹲る威吹鬼を怪童子が襲う。
「ちょっと待ったぁ!」
その時、威勢の良い声が響いた。見ると、音撃弦を肩に担いだ一人の鬼が、威吹鬼達の方へと向かってきていた。
「闇月鬼さん……」
「鬼か……」
「イエース!鬼だ!大自然の使者、正義の味方、そして貴様達歪んだ自然から生まれた魔化魍の……破壊屋だ!」
言うや否や、闇月鬼が肩に担いだ音撃弦・風邪を怪童子に向かって投げつけた。その刃は寸分違わず怪童子の心臓部に突き刺さった。爆発。
「無事か?」
「はい」
その頃、舞鬼もとどめの体勢に入ろうとしていた。跳躍してヤマビコの顎に膝蹴りを叩き込み、卒倒させる。そして音撃鼓をヤマビコの顔面に押し付けた。両手に音撃棒を握り、舞鬼が高々と叫ぶ。
「行雲流水の型!」
流れるような撥捌きで、清めの音を奏でていく。顔面に音撃鼓を押し当てられているため、ヤマビコは自慢の声を封じられてしまったようだ。激しく痙攣した後、ヤマビコの肉体は枯葉と化し、周囲に飛び散った。
「威吹鬼さん、無事でしたか……?」
戦いを終えた舞鬼が駆け寄ってきた。そして。
「……先程の質問の答えですが、私はただ自分の出来る事をやろうとしているだけです。少なくとも今の私には戦う以外の道はありませんから……」
そう告げる舞鬼の言葉は、実に力強かった。
「自分の出来る事……」
「なあ、宗家のお坊ちゃん……」
闇月鬼が威吹鬼に話し掛ける。
「人間、明日がどうなるかなんて、それこそ風にでも聞いてくれとしか言えねえ。でもな、やれる事があるなら話は別だ。そうは思わないかい?」
「やれる事……。僕に……」
威吹鬼は闇月鬼と舞鬼の顔を交互に見やると、次いで自分の利き腕を眺めた。
「お世話になりました」
空港で自分を見送るヤミツキとツマビキに向かって、イブキが頭を下げた。
「次期総本部長にそんな風にされると、こちらとしても、その……」
頭を掻きながら、気まずそうにツマビキが言う。
次いでヤミツキが口を開いた。
「こっちへ来て良かったか?」
「はい!……ブキさんにも宜しく伝えておいて下さい」
「しかと承った」
満足そうに笑みを浮かべながら、ヤミツキが告げた。ブキはシフトの都合で見送りには来ていない。
「ヤミツキさん……」
「ん?……おおっと、そうだった。これ、うちの支部長からの餞別な。香草だそうだ」
そう言ってヤミツキが包みをイブキに渡す。それを笑顔で受け取るイブキ。
「何かあったらまた来い。歓迎するぞ」
「有難う御座います。でも、もう大丈夫です」
自分と真剣に向き合ってみます――そうイブキははっきりとヤミツキに告げたのだった。
和泉一文字が、嘗て立花勢地郎に話した「ミチビキ」の名を名乗るようになる、ほんの少し前の話である。 了
>「イエース!鬼だ!大自然の使者、正義の味方、そして貴様達歪んだ自然から生まれた魔化魍の……破壊屋だ!」
闇月鬼のこのセリフは、石ノ森章太郎の萬画版「仮面ライダー」での一文字隼人のセリフを元にしています。
萬画版での仮面ライダーは「大自然の使者」という点を強調しています。そして響鬼第一話冒頭での「石ノ森章太郎先生の意思を継いで…」というメッセージ。
平成シリーズで一番萬画版に近いのは響鬼ではないか、そう僕は思います。
そういうわけで、このセリフはいずれ誰かに言わせようと思っていました。
次回はバキが主役の話です。
そういえば九州にも金ぴか鬼のコンジキが居たよなあ
段田さんがタツキさんのとこで修行してた頃だったか
イブキさん、ミチビキさんになっても頑張れ!
前回
>>108-115のあらすじ
藍色のギャル鬼が新技初披露の後にテンション↓ダウンしました。
『あなたの背中を護りたい』 十一之巻「突刺す悪意」
仙台の球場で地元球団のホームゲームが開催され、夜のスタジアムは応援の声で沸き返っていた。大勢の観客の中で、有志はビールを片手に物思いにふけっていた。
ビジター側のリードを許したまま、点が入らずに攻守の交代が続いていく。
「試合見てる? ちゃんと応援しないと負けちゃうわよー」
隣に座る史子にそう声をかけられても、有志は心ここにあらずだった。
「どうしたもんか」
前回の出動終わりのアイキの様子が気になって、有志はその後何度か彼女の自宅を訪れていたが、家の中からは何の反応もなかった。今日も、気晴らしにとアイキを野球観戦に誘ってみたが、彼女が姿を現さないまま、試合は始まってしまった。
「あいつ、もしかしてメールを見てないんじゃ……いや、見てるけど、来ねぇのか」
歓声の中で、有志は隣席の史子に言った。
「──現場に近い仕事をやっていれば、誰でも一度は通る壁だ」
現場で出会い、わずかながら言葉を交わした人間が、目の前で魔化魍の犠牲となった。命のやり取りを行う現場では、今後も同様のことが起こる可能性は否定できない。その度に前回のようなことがあるようでは、この仕事は続けられないだろう。
「ムラサキん時はぶん殴ってでも立ち直らせたが、あいつは女だ。女の子だ」
量が減らぬまま温くなった紙コップを片手に、困りきった様子で有志は言った。
「教えてくれアヤ。俺に、何かあいつにしてやれることはねぇのか?」
前回の犠牲は、言ってしまえば警戒を怠ったアイキのミスだった。鬼が盾となれば、おそらく命までは取られなかったはずだ。
「あなたに、嘘の慰めの言葉とか言えないと思うし、本人のためにもならないと思うし。……時が解決してくれるのを待つしかないかな」
どんなに怒られて凹んでも、翌日にはけろりとしているのが今までのアイキだった。しかし、今回は違っていた。
「三日経って行ってみても、居留守で無反応だぜ」
「来週はもう次のシフトだっけ。それまでに立ち直ってくれればいいんだけど」
新技の修得期間を確保するためにシフトの調整が入り、通常は中三週間で次の出動となるところが、今回は中一週間しかない。
史子が応援用のジェット風船を膨らませて有志に手渡した直後、相手方の満塁ホームランが決まり、周囲の歓声は落胆の声に変わった。有志の手からジェット風船がすり抜け、力なく夜空に舞っていった。
その後、史子が支部のメンバーに声をかけ、クルメキやホノメキらもアイキの家まで行ってみたが、誰が声をかけても反応がないまま、その一週間は過ぎていった。
フルフェイスにライダースーツの人物が、オレンジにカラーリングした単車に跨がり、そろそろ夏めいてきた仙台市内を疾り抜けていた。
市街地の一角でVF750マグナを停め、アスファルトに降り立ったその者が様子を窺った建物は、ここ数日の間に有志が何度も訪れていたアパートだった。
3F建てのアパートの2Fの一室の前に、黒い影が差した。
ライダースーツの人物は、それを見ると走り出して2Fへの階段を駆け上がった。登り切った先には、黒衣を纏い、つば付きの黒い帽子を目深にかぶった金の杖を持つ者、黒クグツが立っていた。
「『合体魔化魍』『瘴気のカガチ』『毒針のキュウソ』、色々と怪しい実験を繰り返してるようだが、今度は何だ? お前がなぜここに──相内藍里の部屋の前にいる」
フルフェイスの人物は、ライダースーツの懐から金色の拳銃を出して黒クグツに向けて構えた。黒クグツはマントを翻してそこから逃げ出した。
「待てよ、馬鹿ヤロこのヤロ」
郊外に向けて走った黒クグツは、途中で廃ビルに飛び込んだ。それを見逃さず、ライダースーツの人物もあとを追ってビルに入っていった。
2F分の吹き抜け構造となった天井の高いその空間は、随分と使われていないらしく、埃で汚れ、壁はところどころ塗装が剥げていた。
黒クグツを追ってきた者は両手でヘルメットを取った。その下から現れたのは、ここひと月以上ずっと姿をくらましていた、『夜卿』探索の密偵・ヤマブキの強面だった。
ホールの奥で背を向けていた黒い姿が振り向き、黒手袋に包まれた掌をヤマブキに向けた。そこから放たれた見えない力がヤマブキに向けられると、ヤマブキは危険を察知して大きく横に跳躍した。
「おおっとっとっと、危ねぇ危ねぇ」
この一か月、猛士東北支部メンバーの周辺を密かに見張りつづけたが、特に怪しい者はいなかった。
だが今日、たまたま通りかかった仙台の街中で邪気を感じたヤマブキは、その発生源を探り出し、意外なことに、東北支部所属の相内藍里──コードネーム・愛鬼のアパートの前でその姿を発見することになった。
一か月前、東北支部の出張所で、有志に『夜卿』を見つけるため内偵中であることを告げた日、ヤマブキはその場で言った。
「クルメキの報告によれば、音撃中に黒クグツの妨害を受けたアイキを、お前がディスクアニマルで援護したらしいな。このことはアイキの証言も取れている。『夜卿』が東北支部の内部にいるとしたら、お前以外の『誰か』ってことになるな」
有志は、仏頂面で額に突き付けられたヤマブキの銃口を見やりながら言った。
「だったら紛らわしいマネすんじゃねーよ」
「練習だよ。もし、知り合いに銃口を突き付ける必要が出たら、それが本当にできるかどうか、確認するためのな」
「よくできました」
苦い顔で有志は言い、金色の銃身を指で押しやった。
銃をスーツの上着の下の装備帯に戻すと、ヤマブキは言った。
「俺がいま調べるべきなのは、あの日あの時間にアリバイがなかった、クルメキのサポーターの美苑(みその)。医療部の、穂村総合病院院長・穂村方路(ほうじ)、その妻で経理部長・帆波(ほなみ)、長男の外科部長・焔(ほのお)。それにアヤ」
「アヤも入んのかよ」
「まだいるぞ。東北支部付きの技術担当、プロファイリング担当各1名。可能性は低いが、『鬼』のホノメキ、コンジキ、カチドキも今回は調査対象に入れた」
「カチドキは吉野の本部に長期出張中だろ」
「出張が始まったのはクルメキの報告の後だ」
「徹底してんな。『鬼』も対象かよ」
「支部や本部の機密にアクセスできそうなメンバーは全員だ。取り合えず、これまで挙げてきた中で、表面上怪しい奴は誰もいなかった。これからは、身を隠してこっそり監視を続けることにするぜ。しばらく消えるけど、心配すんなよ」
そう言い残し、ヤマブキは有志たちの前から姿を消した。
「結論、お前は俺が目を付けていた猛士メンバーの誰でもねぇ。関東の時みてぇに、猛士メンバーに身近な一般人、そんなところか? いずれにしても、人間がベースなのは間違いねぇ」
廃ビルのホールで対峙する黒いマントの男に、ヤマブキは言った。
『……本当に、そう思うか……?』
クグツが、低く陰惨な嗤いを含んだ声で言った。
「負け惜しみか? このヤロ」
不敵に笑ったヤマブキが、懐から鬼笛『音帝』を取り出すと、角を展開して吹き鳴らし、額にかざした。そこに鬼面が輝きながら浮かび上がる。
ヤマブキの体は雷に包まれ、眩い光と火花が辺りに飛び散った。鬼笛を額にかざしていた手を降ろして振り払うと、稲光の中から一角の鬼が姿を現した。
──山吹色の体に銀の襷、オレンジ色の前腕を持ち、銀面にオレンジ色の隈取、前方に湾曲した単角を持つこの鬼の名を『山吹鬼』と言った。
山吹鬼の手にした拳銃型の音撃管『雉間(きじま)』から、圧縮空気弾が黒クグツに向けて連続して放たれた。だが、黒い姿は着弾前にそこからかき消えた。
『……どこを狙ってる……』
いまだ『雉間』を手にした右腕を前方に伸ばしたままの山吹鬼の背後から、ククククク、と含み嗤いが聞こえた。しかし背後を取ったはずの黒クグツに、正面から圧縮空気弾が連続して撃ち込まれ、嗤いが止まる。
背を向けたままの山吹鬼の右の脇の下から、左手で構えたもう一つの拳銃の銃口が覗いていた。『雉間』は『阿』と『吽』から成る二挺拳銃だった。
振り向いた山吹鬼は一気に黒クグツの眼前に迫り、両手の小型音撃管を武器にして近接戦闘を始めた。黄金の杖で応戦する黒クグツを、山吹鬼は二挺拳銃による打撃で追い詰めていった。
山吹鬼の猛攻に黒クグツは杖を弾かれた。その喉元に『雉間』の銃口が突き付けられる。
「観念してそのツラ見せやがれ」
もう一方の音撃管で山吹鬼は黒クグツの帽子を跳ね上げ、口元を覆う布を剥ぎ取った。
船形連峰の主峰・船形山。仙台の北西に位置するこの山の中腹に、先々月に本吉に出現したものより更に大きい、直径20メートルに達する巨大な繭が現れていた。
繭の外周から伸びた夥しい繊維が周囲に根を張り、何者にも動かされぬように山中に居座ったそのドーム状の物体の中で、不気味な鼓動が鳴り続けていた。
その日、船形山周辺では魔化魍の目撃情報が相次いでいた。だが、いずれも魔化魍は山を降りて人里を目指すことなく、逆に山奥に向かっていた。
船形山の北方、漆沢で目撃情報のあったウブメを追っていたクルメキは、追跡の結果船形山の南西の中腹まで来ていた。
CB1300スーパーフォアをベースとした黒いサイドカー『甲武羅(コブラ)』を操るのは、クルメキのサポーターであり実の妹でもある、黒乃美苑だった。側車にはクルメキが搭乗していた。
繭から100メートルほど距離を置いた地点にサイドカーを停車させ、クルメキは美苑に言った。
「支部に連絡入れといて。わたしはちょっと行ってくるわ」
アサルトライフル型音撃管『瞳宝』を背負い、クルメキは『繭』に向けて歩き出した。
「お姉ちゃん、あれ『合体魔化魍』でしょ? お姉ちゃん一人の音撃じゃ倒せないって」
「まだ『合体』が済んでいない今なら、なんとかなるかもしれない」
クルメキは振り返らぬまま言った。
「あぃちんが出動できない今、残った私たちだけでカタがつくように努力はしないとね」
口元に微笑を残し、クルメキは装備帯から鬼笛『音蝶』を手に取ると、角を展開させた。
一方、仙台市内の廃ビル内。
山吹鬼が帽子を跳ね上げた跡には、『何も』無かった。
『馬鹿な』
山吹鬼の今までの経験上、『喋るクグツ』にベースとなる人間がいない、ということはあり得なかった。
『実体がないだと……? そんなはずはない』
首から上のない黒マントの体に向けて、山吹鬼は至近距離で両手の小型音撃管から圧縮空気弾を次々と撃ち込んだ。手応えなく黒い布が空気弾に貫かれて宙を舞い、その場に崩れ落ちた。
(……クククククク……)
どこからか低い嘲笑が響いた。
(……我らが皆実体を持つと思うのは間違いだ……)
無人の廃ビルのホールの中で、山吹鬼は金色の拳銃を構えた両手を胸の前で交差させ、油断なく身構えた。
(……我らはお前ら人間の『悪意』。お前らがこの世にいる限り絶えることがない、『悪意』の集合体だ……)
『なんだと……?』
(……我ら『悪意』は自らの意志に目覚め、楽しい『実験』を重ねることができた。必死に我らの正体を探っていたようだが、とんだ無駄足だったな……)
『馬鹿ヤロこのヤロ、ベースが何もなくて、この世に存在できるはずがあるか』
先ほど黒クグツの手から弾き飛ばされて床に転がっていた金の杖が、山吹鬼の背後で音もなく浮き上がり、空中で回転して鋭い先端が一角の鬼の後頭部に向いた。
(……さらばだ!……)
背後から飛んできた黄金の杖が山吹鬼の頭部を貫いた。
その時、船形山の中腹では、眠っていた巨大な繭が目を覚ましていた。
既にクルメキが鬼の姿に変身し、ショルダーキャノン形態で装着した音撃管で繭に向けて銃撃の連射をしていたが、繭の中で魔化魍たちの『合体』は既に完了しており、黒い瘴気を噴き出しながら、灰色の巨大な影が繭を突き破って立ち上がった。
ヤマビコの特徴である、二足歩行の巨躯。ウブメの特徴である背から生えた翼と、鋭い牙。カガチの特徴である、全身を覆う鱗と、禍々しい金色の瞳。
それらを併せ持つ、三体が合体した魔化魍が、繭を内側から突き破ってその全身を露わにした。三体分の質量を持ったその魔化魍は、全長が20メートル程まで達していた。
合体魔化魍が全身から放つ黒い霧がその場に広がり、それに包まれた眩鬼の動きが鈍った。ふっと意識が遠のき、足元が覚束なくなる。
それは、朝日山地でアイキとムラサキが遭遇したカガチが持っていた、鬼の力を奪う黒い霧と同質のものだった。
「お姉ちゃん!」
遠くで黒い鬼がその場に崩れるのを見て、美苑は蒼白になって叫んだ。急いでサイドカー『甲武羅』を回し、美苑は眩鬼の救出に疾った。
眩鬼は意識を失って合体魔化魍の前に倒れた。その体がまばゆい光に包まれた後、全身の変身が解除された姿で彼女はその場に横たわっていた。
市内の廃ビル内のホールの床に、鮮血が散った。
山吹鬼は首の動きだけで辛くも杖を躱し、鋭い先端は側頭部を擦るだけに終っていた。
二挺の音撃管の連射が轟き、周囲についた幾つものメーターもろとも、黄金の杖は粉々に破壊され、気味の悪い悲鳴がホールに広がった。
『それがてめぇの本体か。“付喪神”ってヤツか? ベースが人間じゃない“夜卿”とは驚きだ』
(……我らも、『人間』だ。人間、の、『悪意』の部、分が、我らだ……)
小さくなってゆく声で、『夜卿』であったものの言葉が続いた。
『しゃらくせぇ。とにかくてめぇはもう終わりだ』
小型音撃管の銃口を床の上にちらばった金の欠片に向けながら、山吹鬼は言った。
(……終わり、な、のは……お前ら、も、だ。我らの実験の集大成が、『今』、出来上がった……)
『何言ってやがる、“集大成”だと?』
(……長距離、音撃が……でき、る、太鼓の鬼……奴は、もう、戦えまい……。お前ら、は……もう、終わり、だ……)
『何だと? それはどういう意味だ』
答える声は既になかった。黒クグツの放つ悪意の邪気に満ちた気配は、すでにその場から消え去っていた。
⊃⊃″<
前回の投下から一夜明けて、東北で大きな地震災害が発生したことを知り、驚きました。
被災地に一刻も早く平和が戻る事を祈ります。
前回(すぐそばにあります)のあらすじ
ヒゲのオサーンがオレンジ色の鬼になってガンカタやりました。
『あなたの背中を護りたい』 十ニ之巻「阻む霧」
カガチを追って、単身、赤いゴールドウィング『朱凰』を疾らせていたホノメキは、クルメキたちと真逆になる南方から船形山の中腹にたどり着き、遠目にもわかる合体魔化魍の巨体を見てバイクを停車させた。
「うわ、おっきい」
呟いたホノメキは、ゴールドウィングを路肩に移すと、ヘルメットを脱ぎ、左手首に装着していた鬼弦『音星』の弦を爪弾いて額にかざした。
静かに赤く燃え上がる炎に、ホノメキの全身が包まれてゆく。
『ハァッ!』
気合いの声と共に腕で炎を振り払い、火の粉の舞い散るなかから、真紅の鬼『仄鬼』が姿を現した。
猛士東北支部に相次いで入った魔化魍の目撃情報は、三件あった。
最初に入ったのは、船形山の北方10数kmの渋沢で目撃された、ウブメの情報だった。東北支部は、菅の鬼・クルメキに対応指示を出した。
次いで、南方約10kmの関川峠付近でカガチの目撃情報が入り、これには弦の鬼・ホノメキが対応に当たった。
最後に、西方役15kmの甑岳(こしきだけ)でも魔化魍出現の痕跡が見つかり、本日からシフトに入る予定だった太鼓の鬼・アイキの不調のため、管の鬼・コンジキが代理で対応に入った。追跡の結果、種別はヤマビコであることが判明した。
そして現在、この三体の魔化魍が船形山に集結し、合体魔化魍になったという連絡がクルメキのサポーター・美苑からもたらされた。これまでの全国各地での戦闘データから、この魔化魍を清めるためには、太鼓・管・弦の重奏が必要であるという見解が出ている。
この一連の連絡は、湯河原有志のところにも入った。
「また『ナナシ』か。しかも今度は三重合体ときた」
合体魔化魍には様々な組み合わせがあり、特定の名前は無い。便宜上『ナナシ』と呼ぶのが通例となっている。
有志は今、穂村総合病院4F奥にある、東北支部の出張所に来ていた。今日からアイキの出動シフトに入ったため、有志はアイキが立ち直っていることを期待して、今朝、仙台市内のアイキのアパートを訪れていた。
しかし、数日前に訪れた時と変わらず、アイキは塞ぎ込んだまま出てこなかった。
再び史子のもとに相談に行ったところで、支部から船形山の件について連絡が入った。
「アイキちゃん、まだ立ち直っていないの?」
心配顔で史子は有志に訊いた。
「本日も反応なし。いつまで落ち込んでやがる、あいつ」
左腕にシールド型音撃弦『柳弦・阿』、右腕にサーベル型音撃弦『柳弦・吽』を装着し、仄鬼はナナシに近付こうと駆け出した。
そこに、プラズマイエローのCBX750ボルドール『騎輪(キリン)』に乗ったコンジキが駆けつけた。
『コンジキくん!』
コンジキが単車を停めてパイロットのような敬礼ポースを取ると、仄鬼はサーベル型音撃弦をつけた右手を挙げ、キャビンアテンダント風のポーズを返した。
「甑岳からヤマビコを追ってここまで来たんですけど、合体してますね、他のと」
コンジキはスナイパーライフル型音撃管『慧樟』のスコープでナナシの様子を見て言った。
『私は関川峠からカガチを追ってたの。支部に確認したら、あとウブメも混じってるみたい。私たちとあと一人、太鼓の鬼の重奏が必要よ。きっと、アイキちゃんが……』
言いかけて、仄鬼は言葉を止めた。
『ちょっと応援が来るまで時間が掛かるかもしれないけど、被害を最小限に留めなきゃ』
その時、スコープを覗き込んでいたコンジキが言った。
「魔化魍の近くに、誰かいる」
スコープを通して見えたのは、クルメキのサポーターの美苑だった。美苑に揺り起こされ、なんとか立ち上がった、全身の変身が解除されたクルメキの姿を見て、思わず声を上げるコンジキ。
「あっ……!?」
『どうしたの? コンジキくん。私にも見せてよ』
スコープを覗き込もうと顔を寄せてくる仄鬼。
「いや、その、クルメキと美苑が……あ、待ってくださいホノメキさん」
彼女たちに襲いかからんとする、異形の怪人が二体、コンジキの目に映った。コンジキは照準を合わせ、ヤマビコの怪童子と妖姫の心臓に向けて圧縮空気弾の長距離射撃を決めた。
腕と頭部が獣毛で覆われた二つの黒い影を前にして、肩に人ひとりを抱えた美苑が肝を冷やした時、次々と胸の中心を射抜かれ、二体の怪人は爆発した。
「うわっ、なんか知らないけど助かった。お姉ちゃん、逃げるよ!」
「恩に着るわ」
その様子をスコープで確認するコンジキ。クルメキの上半身は装着型音撃管、下半身は音撃管から吊った装備帯やディスクに隠され、肝心なところは見えない。
「……なんとか、逃げられたみたいです」
スコープから目を離さぬままコンジキが言うと、顔の変身を解除したホノメキが、よかったぁ〜、と嬉しそうに言い、路肩に停めていた『朱凰』のところまで戻って携帯電話を取り出し、通話を始めた。
「あ、美苑ちゃん?──うん、今の援護、コンジキくん。コンジキくんが助けてくれたんだよ。──うん、スコープでずっと見てたよ」
コンジキはホノメキの話を遮って電話を代わりたそうな様子を見せたが、間に合わなかった。
現地からのクルメキの報告により、今回の合体魔化魍から発される黒い霧が、鬼にとって有害なものであることがわかった。
現場に同行したサポーターの美苑や、変身解除後のクルメキには影響がなかったことから、害があるのは変身後の鬼だけであるという推測がなされた。
鬼だけに的を絞った、人為的に作られた『瘴気』ではないか、というのが支部の見解だった。もしもの場合に備えて、東北支部からコンジキに、変身せずにホノメキをサポートするように指示が出た。
穂村総合病院内の東北支部出張所でその報を聞いた史子は、部屋の電話でどこかに連絡を取っていた有志が通話を終えるのを待ってから、言った。
「三重合体の魔化魍は、『太鼓』『管』『弦』の三種の音撃の重奏じゃないと効かないんでしょう? 鬼が近寄れない魔化魍だったら、太鼓と弦の音撃はどうやって決めれば」
「方法はある」
これまでの長い現場サポートの経験から、有志の体には様々なケースでの対処方法が身に付いている。
「一つは、太鼓の鬼が『強化形態』になって魔化魍に近付く方法だ。黒い霧が『瘴気』の一種なら、『強化形態』でいる間は影響を受けずに動けるはずだ。但し、弦の技も極めた太鼓の鬼が、もう一人必要になるがな」
すぐに、史子の頭の中には、関東支部のヒビキと、東北支部のカチドキの名が浮かんだ。
「駄目だ。ヒビキくんは関東だし、カチドキくんは吉野に出張中だし」
「方法はもう一つある。遠距離音撃が可能な太鼓と弦の鬼がいればいい。ホノメキなら弦の遠距離音撃が可能だ。それから、あと、太鼓は」
有志は沈黙して視線を落とした
「行こう」
史子は有志の手を引いて言った。
「アイキちゃんのところに」
アイキのアパートに向かう『蒼龍』の中で、有志は後部座席の史子に言った。
「一応さっき、北陸支部のムラサキには連絡を入れておいた。あいつの『音撃拍』なら、太鼓での遠距離音撃が可能だ。……今いる場所から船形山まで、なんだかんだで四時間かかるそうだけどな」
それは、魔化魍が山を降りて人里を破壊するには、充分な時間だった。
押し黙った有志に、史子は明るく言った。
「大丈夫よ。女のコには、どんなにヘコんでも立ち直れる、最強の『特効薬』があるんだから」
「お前が『女のコ』って」
「いいから急げ!」
史子の鋭い声にどやされて、有志は大急ぎで市内にあるアイキのアパートに到着した。
「アイキ、アイキ!」
朝方訪れた同じアパートに、昼過ぎになってもう一度有志は来た。そして、朝同様声をかけながらドアを叩いたが、結果は同じだった。
史子が有志に代わりドアの前に行くと、郵便受けにコトリと何かを落とした。続いて郵便受けを開けた隙間から言った。
「アイキちゃん、国際電話は高くつくんだから、手短かにね〜」
数分後、アイキの家のドアが細く開いた。
「アイキ……?」
中を窺った有志の前に、ニュッとアイキの細い腕が出てきて、有志の頭から青い帽子をむしり取った。それを目深にかぶり、リュックを背負ったアイキが出てきた。
「ぃきましょぅ、ュージさん!」
山林に響く雄叫びを上げながら、ついに、ナナシは街へ向けて足を踏出した。
コンジキは、スナイパーライフル型音撃管で狙いを定め、ナナシに向けて鬼石を撃ち込んだ。着弾の様子をスコープで確認していたコンジキは、鬼石がナナシの体表の鱗に阻まれて着弾に失敗したのを見て言った。
「駄目です、カガチのウロコが鬼石を跳ね返しています!」
『大丈夫』
再び鬼に変身した仄鬼が、左腕の盾型音撃弦『柳弦・阿』に音撃震『奏弧』を取り付け、変形してバイオリン形状になった弦を顎につがえた。
『音撃響・無頼鋼導!!』
右腕の剣型音撃弦『柳弦・吽』の内側に仕込んだ弓で、仄鬼は赤い光を帯びた音撃震を弾き始めた。
距離にして100メートル弱。鬼石なしで音撃響の効果を出すには、ぎりぎりの距離だった。
コンジキはスコープで遠くの様子を確認したが、ナナシの足は止まっていなかった。
一方眩鬼も再び変身し、先月、師匠の元での再修行で身に付けた、鬼石の着弾不要の音撃である新技をナナシに向けて放とうとしていた。
左肩で固定された音撃管『瞳宝』の先端に音撃鳴『瞋器』を取り付けてスーザフォン形状にすると、それをナナシに向けて眩鬼は構えた。やがて『瞋器』の周囲に、黒い半透明の光で形作られた大型のベルが出現した。
『音撃奏・糾啼破寧!!』
──音撃奏。それは、猛士創成期の伝説の鬼の一人・羽撃鬼の流れを汲む者に伝わる必殺の音撃だった。近距離であれば鬼石の増幅なしで直接音を音撃とし、鬼石を打ち込んでいれば遠距離でも効果を成す。
飛行型の魔化魍が、通常の音撃が届かぬほどの高度まで飛翔したとしても逃さぬための技である。
仄鬼の音撃響と同様、鬼石なしで清めの音を流し込むにはぎりぎりの距離だったが、それは確実に効果を成していた。二人の音撃が重なったためか、ナナシの足取りは目に見えて鈍くなった。
船形山に向けて疾り続ける『蒼龍』の中で、運転をしながら有志は助手席の史子にひそひそと訊いた。
「一体なにをしたんだよ。最強の『特効薬』とか言ってたな」
「──ケータイでアメリカにいるシュウキくんに連絡をつけて、アイキちゃんを励ましてもらったの」
「すげぇ効き目だな。何回も無駄足踏んでた俺が馬鹿みてぇじゃねぇか」
有志がバックミラーで後部座席を見やると、メイク中のアイキが目に入った。
「このあとすぐ変身すんだろ? なんでいま化粧してんだよ!」
「見なぃでくださぃょぉ!」
有志の後頭部に、さきほどアイキに取られた青い帽子が飛んできた。
「うわっ、危ねぇだろ馬鹿野郎!」
東北支部に連絡を取った史子は、コンジキや美苑から支部に集った情報を聞いて、有志たちに言った。
「今、クルメキちゃんとホノメキちゃんが音撃の重奏で足止めしてるって。これに、アイキちゃんの音撃を重ねれば、清められるはずよ」
「急ぐぜ」
北側から音撃を始めた眩鬼、南側から音撃を放つ仄鬼の間を取り、ナナシの東側に出た有志たちは、遠目にその巨躯が見えるポイントを選んで『蒼龍』を停めた。
車を降りると同時に藍色の風に包まれたアイキは、三本角の濃紺の鬼に姿を変えてそこから走り出た。
空中に音撃鼓『有実』をかざし、藍色の光に包まれた鼓を展開させると、宙に留まった鼓に向けて大型音撃棒『時東』を構え、愛鬼は叫んだ。
『音撃殴・滅沙抹鐘!!』
周囲の山林を震わせて、巨大な鐘の音が響き渡った。
⊃⊃″<。
投下乙です。いつも楽しみにしてます
恋する女の子っつーのはつえぇんだなw
アイキまじ可愛いよアイキ。
あと毎回なにげに、前回のあらすじが秀逸たと思う。天然風味な一行で的確に前回の説明w
降り頻る雨の中…
佇む鬼…
轟く鬼の慟哭と…
鎮魂の音撃弦が響く…
橘日奈佳役 神戸みゆきさんのご冥福をお祈りいたします…
悲しいことになってしまったけれど
「響鬼」という物語
みんなの紡ぐ続編の中では
トドと日菜佳ちゃんは幸福であって欲しいよ。
シリキ・ウトゥンドゥ。
その意味は、“災いを信じよ”。
「釘? 釘が、どうしたのです?」
猛士四国支部、猛士の間。オンギョウキが上座に座る城之崎恭二に怪訝な表情を向けている。
「ああ、さっき吉野から全支部に通達があってな。なんでも吉野に保管されていた“釘”とやらがなくなったらしい。それで“釘”に気をつけろ、ってよ」
城之崎自身その意味がよく分かっていないらしく、退屈そうにぎしぎしと座椅子を軋らせている。
「釘、ですか。なにか重要な遺物だったりするのですか?」
「さあてなぁ。吉野の方でももともとよく分からなんだらしい。ま、吉野と関東が詳細について調べてるってから、おっつけ分かるだろ」
数秒間考えてみたが、オンギョウキの記憶には釘がそれほど危険な遺物として伝えられている伝承などはない。とりあえず“釘”のことを忘れないようにして猛士の間を辞した。
「暇だったら他のやつらにも釘のこと伝えといてくれな」
面倒くさい仕事を押し付けられたが。
城之崎がオンギョウキに“釘”の件を伝えた翌日。けたたましく鳴るベルに呼ばれ、城之崎が受話器を取った。
「はい四国支部」
『城之崎君かね。吉野の京極だ。先日の“釘”の詳細がいくらか分かったよ』
「へぇ。どんなものなんです?」
受話器から聞こえたのは聞いているだけであの知り合いが全員死んだような陰気な顔が浮かんでくる声だったが、城之崎は気にも留めない。
『そう気楽にしていいものではないぞ。いいかね、心して聞きなさい。
あれは日本のものではない。そして強力きわまる呪いを宿している。現在わかっているのはこんなところだ』
奇妙なものである。海外の呪いのアイテムがなぜ日本にあるのか。勝手に移動するというのは憑喪神などの伝承でよく見るが、海を越えるなど聞いた事がない。
『そしてもし見つけた場合の注意事項を伝えよう。絶対に粗末に扱わないこと。自分の意思で手放さないこと。
このあとは“釘”の本体の制約から敷衍したものだが、火気・密封厳禁、敬意を払うこと。以上だ』
「やたらと細かい決まりごとですけど、それってなんなんですか?」
音楽雑誌の山を脇にどけ、メモ帳を引っ張り出してペンを探す。さすがに自分の記憶力だけを頼りにするには荷が勝ちすぎると悟ったらしい。
『ペンとメモは見つかったかね?
本体はシリキ・ウトゥンドゥという偶像だ。どこぞの部族がそれを崇めていたが、100年ほど前にアメリカの大富豪がそれを略奪してニューヨークに移された。“釘”はそれに無数に突き刺されているものの一本だ』
「その釘がなんでまた吉野に?」
先ほど伝えられた制約と“しりきうとぅんどぅのくぎ”を走り書きして何気なく問いを発するが、由来ではなく対処法を聞くべきだったと少し後悔した。
『不明だ。おそらく“勝手に動いて”日本に来たんだろう。しかし気をつけろ、その大富豪はシリキ・ウトゥンドゥに葉巻の火を押し付けた直後に消えた』
「消えた? 死んだとか、失踪とかじゃなく?」
『文字通り消えたのだよ、城之崎君。当時の新聞数紙にも大きく掲載されているのだがね、偶像をホテルの最上階にある自室に飾ろうとエレベーターに乗った直後、それが落下。中には彼が抱えていた偶像しかなかった』
一拍置いて、らしい、と言葉を結ぶ。確かに不気味な話だが、その手の伝承は探せばいくらでもある、いわば都市伝説の類ではないか。
「ありきたりな都市伝説みたいじゃないですか。しかもアメリカでしょう?」
『いいや、信憑性はかなり高いよ。その怪談話が実際に起きたことは敵対関係にあった新聞がこぞってこれについて書いていることで確かだ。ホテルそのものが現存するかはまだ不明だがね』
都市伝説と言ってから思い出したが、日本の都市伝説の代表格である口裂け女でさえ魔化魍として実在するのだった。この商売、先入観は当てにならない。
「ホテル? そのシリキなんとかってのはホテルにあったんですか?」
『そう、ホテル・ハイタワー。表には出せない金を湯水のように使って、当時最先端かつ最高級のホテルとして建築されたホテルだよ。事件の後しばらくして解体するだの保存するだのいざこざがあったようだ』
そりゃあまた豪勢だ、と口に出そうとしたが、それに被せるように京極が続けた。
『とにかくだ、それの対処法はわかっていない。もし見つけたら先ほどの制約を守って吉野に送ってくれたまえ。音撃は……効くならば清めてくれて構わない。
ではこれで失礼する。他の支部にも伝えないといけないのでね』
ぷつり、と切れる電話。城之崎は乱筆のメモを眺めるも、日本中に数多ある中からたった一本の釘を警戒しろとのことに「釘ねぇ……」と呟くだけだった。
「“釘”だよおい」
城之崎が京極と電話をしている丁度そのとき、オンギョウキはアパートのポストに放り込まれている“釘”を見つけた。
それは黒錆が剥げかけて半分ほど赤く錆びており、しかも現在使われているような丸釘ではなく長い四角錐の端を曲げた、角釘であった。魔化魍から感じるのとはやや違うが、紛れもなく強い邪気も感じる。
古びたタグがつけられており、差出人の名前らしき文字列が書かれているがかすれていてほとんど読めない。Ha…n Hig…we…V――?
どうするか悩んだが、何らかの遺物らしきものを自室に置くのは憚られたので、ハンカチに包んだそれを持って支部に向かうことにした。あそこならばいざなぎ流の太夫を呼んで何らかの処置が施せるかもしれない。
支部まではバイクで二十分ほどの距離である。停めたばかりの制式バイク黒駆(くろがけ)に跨り、エンジンをかけた。
物部村のさわさわという夜の音に、バイクの静かなエンジン音が木霊した。
「こんばんはー、オンギョウキです」
支部の玄関で名乗るが、深夜と言っていい時間である、当然返事はない。慣れたことでそのまま母屋に上がりこむと、猛士の間に向かう。
からり、と襖を開けたそこは、絢爛豪華なエレベーターだった。
「え?」
つい習慣で足を踏み入れてしまってから気付いたが、もう遅かった。背後でがちゃがちゃと煩く音を立てて格子状のドアが閉まり、エレベータが動き出す。
支部は棟の上でも地上から8メートルそこそこしかないというのに、強い上昇感とともにドアの上の針は4階、5階とあり得ない数字を指し示していく。
そして針が13階を指した次の瞬間、エレベーターは目も眩む緑色の光に包まれて落下した。
「うおおおおっ!?!?」
「…………ん? はっ!?」
硬く冷たいものに体が触れている違和感。その冷たさが急速に意識を闇から引き上げた。
まず目に飛び込んだのは規則正しい石畳。顔を上げると、見たこともない街並みが広がっていた。煉瓦で仕上げた大きなビルや倉庫、華やかな看板、そして微かに香る潮風。
後ろを振り返ると、オンギョウキは巨大な建物のアプローチに倒れていたことが分かった。その建物は複数の棟から成っており、とりわけ真ん中の建物のハンマーのようなフォルムが不気味だった。
「そこのあなた! そんなところで何をしているんです!」
突然声をかけられて驚き、それが流暢な英語であると理解するまで数秒かかった。声のする方を見ると、シンプルなスーツに山高帽の青年がこちらに駆けてくる。
「ここは危険です、早く出てください!」
彼はオンギョウキの腕を取るなりすごい力で引っぱり、その建物の敷地から半ば引きずるようにして連れ出した。
わけもわからず青年についていく。青年はアプローチを抜け、前の公園を横切ってからようやく足を止め、オンギョウキを振り返った。
「なぜあんな場所に、こんな夜遅くにいたんです。柵だってあるというのに」
オンギョウキは長らく使っていない英語をなんとかひねり出した。
「あ、いや入ったのではなく、気付いたらあそこに居たというか……」
「そんなわけがないでしょう。第一、ホテル・ハイタワーを見学したいなら昼間のホテルツアーに申し込めば……私はホテルツアーには反対ですが」
無意識に握っていた例の釘をいじっていると、青年は目敏くそれを見つけた。
「何を……それは!」
青年はオンギョウキの手を取ってその中の釘をまじまじと見つめる。いきなり男に手を握られていい気はしないが、青年のなにやら真剣な様子に黙っていることにする。
「私はニューヨーク・グローブ通信の記者、マンフレッド・ストラングといいます」
ようやく手を離して青年が名乗った。
「えーと、私はオンギョウキ」
「ミスター・オンギョウキ。少しご足労を願います」
有無を言わせぬ調子に、オンギョウキは従うほかなかった。
通りを歩いていると、見るものすべてに英語が書かれていた。というよりも英語だけである。日本語など一文字もない。さらに時折見かける住所表示を見て、オンギョウキは驚いた。
―――まさか、アメリカ!?
ニューヨーク市マンハッタン島パークプレイス。言うまでもない、アメリカ合衆国の大都市である。まさか、と思ったが、明らかに四国ではない場所、英語を話す青年、住所表示と重なれば信じざるを得ない。
「……私は合衆国政府のとある『組織』に属しています」
歩き始めてしばらくしたとき、背中越しにストラングが話し始めた。
「詳細は差し控えさせてもらいますが、貴方がた日本のタケシ――でしたか?――と似た活動もしているのです」
「待て、なぜ猛士のことを知っている?」
警戒心から語気を強めて尋ねるが、ストラングは気にも留めない。
「情報というのはどんなに隠そうとしても必ず漏れます。我々はタケシに敵対する意思は毛頭ありませんのでご安心を。
それよりも聞いてください。我々は活動の一環としてシリキ・ウトゥンドゥと呼ばれる呪いの偶像の対策をしているのですが……」
堂々と諜報活動を認めたストラングに閉口しながらも、言い淀む彼に先を促すために口を挟む。しかし呪いの偶像とは、まるで都市伝説である。
「そんなもの破壊するなり、祓うなりすればいいではないですか」
「不可能です。破壊しようとすれば直ちにそれと知ってしまいますし、腕利きのエクソシストさえ逆に殺してしまいました。正直なところ、手のつけようがありません」
「ふむ。しかしそれをなぜ私に話すのです?」
「貴方が持っているその釘―――それは、シリキ・ウトゥンドゥの一部です」
そう言ったときに目的地に到着したようだった。
ストラングに案内されたのは、ホテルからしばらく歩いたところにある劇場だった。上を見上げると『BROADWAY MUSIC THEATRE』とあり、エントランス脇には上映中のナンバーだろう、『BIG BAND BEAT』という文字とともにジャズバンドのポスターが貼られていた。
なんとなく気が引けたが、堂々と通用口をくぐるストラングの後に続いて劇場に入る。次々にドアを抜け、建物の裏側に突き抜けてしまうのではないかと心配し始めた頃、ようやくストラングは簡素なドアの前で足を止めた。
「ここが司令官室です。少々お待ちを」
ドアの横に設けられた古風な電話機――ラッパ型のマイクをつかうもの――に向かって何事かを話し、どうぞ、とドアを開けた。
「ようこそ、我が『組織』へ。私はニューヨーク支部長、ファルデウスです。コードネームで失礼」
ファルデウスと名乗った男はこれまた古風なスーツを身に纏った初老の紳士だった。室内だというのに手袋を外さず、シャツの襟はきっちりと上まで留めている。
「私は日本の猛士四国支部所属、オンギョウキです。こちらもコードネームですのでお気遣いなく」
デスク越しに差し出された手を握ると、ファルデウスは年齢に似合わぬ力で握り返してきた。戦士の手だ、と直感した。おそらく襟を肌蹴ないのも手袋も傷を隠すためだろう。
「彼の自己紹介はまだだろうね? 彼は私の部下のストラング。諜報や情報処理のエキスパートだ」
ファルデウスが大仰に腕を広げて紹介すると、ストラングは軽く頭を下げて見せた。
しかしオンギョウキの目はファルデウスの腕の向こう、デスクに置かれた数紙の新聞に吸い寄せられた。大きくホテル・ハイタワーの写真が載っている。何か変だ。
「? 今日の――いや数分前に昨日になりましたな――新聞がどうかなさいましたか?」
「今日の?」
不審に思ってそれを手に取ると、違和感の正体に気付いた。
1912年10月7日。
ファルデウスは74年も前の新聞を今日の新聞と言ったのだ。
「真逆。今は1986年でしょう?」
できるだけ軽く言うが、ファルデウスとストラングに怪訝な表情をされる。
「いや、それこそご冗談を。今年は間違いなく1912年ですよ」
急に足の力が抜け、オンギョウキは倒れこむようにソファに腰を下ろした。
「……はは、瞬間移動があるなら時間移動もあるか。なんてことだ……」
「どうしたのです?」
「私は1961年の生まれです。どうやら私はタイムスリップしたらしい」
「なんと! しかし、そんなものはできるはずが……」
「私はついさっきまで日本にいました。目の前にエレベーターが現れて、それに乗ったらここにいたというわけです。瞬間移動ができるなら時間移動だってできるて不思議じゃあない」
腕時計を見ると、四国支部に入ってから三時間ほどしか経っていない。
「ミス・サエコと同じ――未来からの訪問者。彼女も釘を持っていた」
ストラングの口から独白に近い呟きが漏れた。
「ミス・サエコ? あの報告書にあった彼女かね?」
「はい。彼女もミスター・オンギョウキと同じシリキ・ウトゥンドゥの釘を持って、未来から来たと」
ストラングの言葉によると、数ヶ月前に小早川冴子という未来から来た女性に出会ったのだという。彼女がこの時代に来たのは釘が原因であるようだった。
「この釘が原因としか思えません。ならばこれをあるべき場所に戻せばなにか変わるかも」
オンギョウキが釘を握り締めて言う。
「あるべき場所、と言うと、シリキ・ウトゥンドゥに!?」
「ええ」
「危険です!」
「しかしやらなければ私は帰ることができない。大丈夫、鍛えていますから」
オンギョウキは人差し指と中指をそろえて右目の前に掲げる、お決まりのポーズをとる。
「……いいでしょう、ただし、私も一緒に行きます」
「いや、それこそ危険です、やめた方がいい」
日常的に魔化魍と戦っている鬼と違い、ストラングはあくまでただの人である。ともすれば死の危険さえあった。
「私は戦闘こそできませんが、何度もホテルに入って細部まで知悉しています。案内がいた方が安全です」
何度か考え直せと言ったがストラングは聞かず、遂に折れたオンギョウキは彼の同行を受け入れることとなった。
ホテル・ハイタワーに向かう道すがら、二人はホテルについて話していた。
あのホテルはハリソン・ハイタワー三世という大富豪が建てたこと、ハイタワー三世は掠奪したシリキ・ウトゥンドゥとともにエレベーターに乗り、直後に文字通り消えてしまったこと、
それからホテルが閉鎖され、今年からニューヨーク市保存協会によるホテルツアーが開始されたこと。
「我々はシリキ・ウトゥンドゥが極めて危険な呪いの偶像だと知っています。しかし保存協会の会長ベアトリスは忠告を聞き入れず、多くの参加者を危険に晒すホテルツアーを今も続けているのです」
「しかし、ホテルツアーが続いているということは別段参加者に危険が降りかかったということはないのではありませんか」
だからといって安全とは言いがたいが、おそらくその“実績”がホテルツアー続行の根拠の一つとなっているのだろうと思う。
「ええ……ですがそれは、一人の男の犠牲の上に成り立った仮初めの安全に過ぎません」
「といいますと?」
「アーチボルト・スメルディング。ハイタワー三世の執事だった男です。彼が今でもホテルに籠り、たった一人でひたすら偶像を恐れ続けることで鎮めているのです」
「それは……」
なんと孤独で報われないことか。常に恐怖を感じているなど、常人ならばとっくに発狂しているだろう。
「彼の意思とはいえ、目と鼻の先で生きながら地獄を味わわせてしまっている。だからこそ、ホテルツアーは中止させなくてはなりません」
二人はホテル・ハイタワーに到着した。
ホテルのロビーは荒れ果てていた。ツアーをしているだけあって清掃だけはされているが、観葉植物もパンフレットもすべてが1899年12月31日のままにされている。正面奥にはハイタワー三世が消えたというエレベーターの扉がこじ開けられたまま放置されていた。
「こちらです」
懐中電灯を持ったストラングが慣れた様子で受付の横を通り抜ける。そこからウェイティングルームを通り、大きな扉の前で立ち止まった。
「ここがハイタワー三世の書斎。通称パークプレイスの竜。シリキ・ウトゥンドゥはここに展示されている――はず、です」
ドアに添えられたストラングの手は震えていた。
「偶像は勝手に動き回ります。私もこの目で見ました」
白くなるほどきつく握った手を動かし、ゆっくりとドアを開く。闇属性だけあって夜目の利くオンギョウキが覗き込むが、それらしき偶像は見当たらない。原色で初老の男を描いたステンドグラスが空ろな視線を投げている。
「ああ、なんということだ」
次いで覗いたストラングがつぶやく。
「偶像はありません。このホテルのどこかをさまよっているのです」
最も可能性が高いのは最上階のハイタワー三世の私室である。そこに至る前に、下階から虱潰しに探していくことにした。
オンギョウキが前を行き、ストラングが後ろから案内する。オンギョウキとしては明かりがなくとも充分に見えるので懐中電灯はむしろ邪魔だったが、そうするとストラングの目が封じられてしまうので点けたままにした。
本館5階。
階段を上っていくと、廊下の奥で微かに緑の光が瞬いた。
「ミスター、あそこです!」
残る階段を一気に上りきり、廊下に飛び込んでいく。その突き当たりに、緑色の目を輝かせた偶像がいた。
それはまさに嫌悪感を掻き立てる姿をしていた。大きさは精々60センチそこそこだが、それよりもかなり長い曲がりくねった刃の矛を右手に持ち、見るからに鋭い両刃の短剣を左手に握っていた。
頭蓋骨を思わせる形状の大きな頭部には残酷な笑みの表情が描かれていて、頭のあらゆる場所に釘が突き立てられていた。
オンギョウキはじりじりと摺り足で近づいていく。その手には釘。なんとか釘をあの頭に突き立てる、そうすれば帰れるかもしれない。
しかし1メートルも行かないうちに偶像が浮かび、洞窟の奥から響くような笑い声を上げて襲い掛かってきた。
予想外に重い一撃を辛くも捌く。小さな偶像の打撃力は怪童子を上回るものだった。
「くそっ!」
装備帯から変身鬼笛・音慧を外し吹き鳴らす。ストラングの前に立ち、闇の気で迫るシリキ・ウトゥンドゥを跳ね飛ばして変身した。
「その姿は――!?」
「これが鬼です! とにかく逃げましょう!」
変身したはいいが、音撃管がない。肉弾戦を挑もうにもストラングが巻き添えを食う可能性が高い。
即座に撤退を判断した隠形鬼はストラングを肩に担ぎ、鬼法術・影隠忍を発動する。緑色に光る目はあるが、それが光学受像器としては成立していない偶像は隠形鬼とストラングを見失い、闇雲に動き回る。
隠形鬼は手近な窓を突き破って空に身を投げた。耳元でストラングのくぐもった悲鳴が聞こえたが、この程度は鬼にとって自分が全力で跳躍するよりも低い。
ストラングが怪我をしないよう注意しながらも難なく石畳に着地を決めると、そのまま全速で劇場に駆け込んだ。
「あー、おっかなかった」
劇場のロビーに座り込んだ隠形鬼は顔の変身を解除する。体力の消耗というよりも精神的な驚愕によってその顔色は青白くなっている。
「オンギョウキさん、傷が!」
偶像が持つ矛に刺されたのだろう、隠形鬼の闇色の背には大きな刺傷がついていた。慌ててスタッフに治療の指示を出すストラングを、オンギョウキは軽く制した。
「ああ、このくらい平気ですよ。っふ――」
深く息を吸い、気合を入れる。血が止まり、急速に肉が盛り上がって、わずか三秒ほどで痕もなくなった。
「ほら、大丈夫でしょう?」
「これは――我が目を疑いますね」
まじまじと傷のあったところを見つめるストラングにお決まりのポーズを取って微笑む。
「鍛えてますから。それよりも」
「どうしました?」
「着替えを貸してください……」
変身を解除すると素っ裸なんです。
与えられたスーツをできるだけ1985年っぽく着崩したオンギョウキは、再び司令官室のソファに座っていた。
「ミスター・オンギョウキ、釘はどうなさいました?」
「一応、シリキ・ウトゥンドゥに返してきました」
逃げながら棒手裏剣の要領で投げたのだが、それが丁度よく偶像の頭に突き刺さったためいくらか時間を稼げたのだ。まあそれで逆に怒り狂っていない、という保証はどこにもないが。
「そうですか。だとすると、元の時代に戻る鍵はシリキ本体ということになりますか」
「それも可能性の段階ですが。……仮にあれが魔化魍だとして、音撃武器がなくては戦うこともできない」
随分と違うが、器物が変じたツクモガミという魔化魍もいる。偶像に染み付いた邪気を祓えばただの木像に戻るかもしれない。だがそれも音撃武器あってこそである。最悪でも鬼石はほしい。
「ふむ。マカモーはニッポンのモンスターのこととして、サウンドアタックとは何です?」
「力ある音により邪を祓うことです。しかしそれには専用の武器が要る」
「…………もしかすると、使えるものがあるかもしれません。ストラング」
ファルデウスがストラングに目配せすると、それだけで心得たストラングは無言で退室した。
「で、サウンドアタックウェポンとはどういうものなのです?」
「生命の源たる心音を練り上げて清めの音とし、魔に放ち清める、これが音撃の原理です。そして清めの音を増幅するのが音撃武器。簡単に言えば音を拡大する部分と清めの効果を増幅する鬼石によって構成されます」
「ふむ、なるほど。ではあれが使えるでしょうな」
「あれとは?」
「ストラングが持ってきます」
ファルデウスは自信ありげに頷く。間もなくストラングが戻ってきた。
「お持ちしました」
ストラングの手に握られていたのは一発ごとにボルトアクションによる排莢が必要な古風なライフルだった。五発の実包とともにテーブルに置かれた。
注目すべきは実包である。薬莢の長いライフル弾だが、その弾丸はそれぞれ赤、紫、緑、黄、青の透き通った石だったのだ。
「DMCから断片的にもたらされた情報から試作した、サウンドアタックウェポンです。ただパワーストーンの精錬技法はいまだ手探りでして」
それゆえに数が少なく、しかも精錬の度合いにばらつきがあるのだという。
ファルデウスがライフルを手に取ってグリップを操作するとそれが折れ曲がり、中から吹き口が現れた。まさに音撃管そのものである。
「どうです、使えますか?」
「ええ、もちろんです。ただ、一つ改良すべき点がありますね」
「と言いますと?」
「これです」
オンギョウキは装備帯のバックルから指の先ほどの部品を外し、テーブルに置いた。音慧を吹くとそれは直径12センチメートルほどに大きくなった。
「音撃鳴・愛。これをこのライフルに取り付けることで清めの音の増幅効果は飛躍的に増大します」
「では早速ライフルを改造させましょう。ストラング、マッケイに至急やらせてくれ」
ストラングは頷くとライフルと音撃鳴を持ち、再び退出していった。
「さて、お疲れでしょう。どこか宿は取っておいでですかな?」
「いいえ、お金もありませんし」
日本円ならば二万円ほど持っているのだが、この未来の紙幣がドルに両替できるとは思えない。文無し同然である。
「ならばゲストとしてここにお泊まりください。食事はすぐそばのニューヨーク・デリで無料で召し上がれます」
断る理由もないので、オンギョウキはその申し出を快く受けた。
翌朝、夜明けとともに目を覚ましたオンギョウキが劇場の前を散歩していると例のデリカテッセンが早くも店を開いているのに気付いた。朝が早い劇場関係者や俳優らもよく利用するためだろう。
「劇場で世話になってる者ですが」
とカウンターの可愛らしい女性店員に告げると、ファルデウスの言った通りに無料でサンドイッチがいくつも振舞われた。
冷たいターキーとピクルス、トマトのサンドイッチにマスタードをかけて食べる。日本のものよりも大きめだったが、そこは鬼の胃袋と美味い食い物、三つのサンドイッチは瞬く間に皿の上から消えて失せた。
腹が膨れたので劇場に戻ると、コンサートホールから軽快なジャズサウンドが漏れているのに気付いた。
管の鬼として、また一人のラッパ吹きとして、伸び伸びとした金管楽器の演奏を生で聴いてみたい。おそらくリハーサルの途中なのだろうから、邪魔になってはいけないと思い影隠忍を使ってから静かにドアを開けた。
リズミカルなドラム、綺麗に揃いながらも画一的ではない音色、『楽しんで演奏してるぜ』という表情。そして何よりも網タイツでラインダンスを踊る10人ほどの美女たち!
ムッツリスケベの本領発揮である。影隠忍を発動しているから滅多なことでは気付かれないのだが、それでも精一杯格好をつけて後ろ側の壁に凭れかかり、
音楽に耳を傾けつつ沈思黙考しているような表情を作って、薄目で美女たちを細大漏らさず脳裏に刻み付けるように注視する。
“ふむ、あの人はふくらはぎの形がベリッシモいい。彼女は表情が飛び抜けて綺麗だな。おっと、あちらはウエストのくびれがたまらない……”
「なにをしておいでですかな?」
「うわっひゃあ!」
突然かけられた声に驚いて横を見ると、なんとファルデウスが立っているではないか。慌てて確認するが、影隠忍は解けていない。その証拠に素っ頓狂な叫びを上げたにもかかわらずリハーサルは滞りなく進んでいる。
「……もしかして、俺に気付いてます?」
「ええ、もちろん。何をしていたのか、教えていただけますか?」
にこり、と、にやり、の中間の表情をしたファルデウスが重ねて問う。オンギョウキは異様な迫力にたじろいで咄嗟に声を出すことができなかった。しかも一人称が地の“俺”に戻っている。
「い、いや、その、俺はトランペット使いの鬼でして、つい素晴らしいジャズに惹かれて入ってしまった次第で……」
「ほう、ほう。それにしては耳よりも目に力が入っていたようですが……まあいいでしょう。昨夜のライフルの改造が終わりましたので、確認していただこうと思ったのですが。最後までリハーサルを“ご覧に”なってからにしますか?」
「いいえ、いいえ! すぐにでも!」
司令官室の来客用テーブルには、初見とは銃口の形状がやや変わったライフルが置かれていた。
「サウンドアタック・ライフル『ネームレス』。試作品ゆえ制式名はありません。貴方のオンゲキメイ・ラヴの技術をフィードバックし、単体性能も15%ほど向上しているはずです」
はず、というのも、組織にサウンドアタックの使い手がいないからでして、とファルデウス。
オンギョウキは差し出された音撃鳴・愛をベルトに戻して、ライフルをしげしげと眺める。ややあって、言いにくそうに切り出した。
「申し訳ありません、使い方をご教示願います」
「使い方? サウンドアタックは貴方の専門では?」
「音撃ではなく、銃としての使い方です。ライフルは専門外でして」
なるほど、と頷いたファルデウスがひょいとネームレスを取り上げ、軽く立射、肩撃ちの姿勢を取った。
「ライフルは握るのではなく抱くイメージ。筋肉ではなく骨で支えます。筋肉は信用できませんから」
別段気負ったところは見られないというのに、一分の隙もない見事な射撃姿勢だった。薬室に弾丸が満ちているならば、いかな敵が突然現れようとも即座に撃ち倒すであろうことは容易に知れた。
差し出されたライフルを見様見真似で構えてみる。肩や頬に違和感を感じ、なかなかうまくいかない。だがファルデウスに矯正されるとすぐに肉体の延長であるかのような――つまり音撃管・業罪を構えたときに感じるような――感覚を得た。
「宜しい。そのライフルは作戦終了までお貸ししましょう」
銃身を持ち上げ、そうとは知らずに捧げ銃の体勢を取って答える。
「音撃管・無銘、謹んでお借りします」
うむ、とファルデウスが頷く。
「さて、ネームレス貸与の見返りというわけではないが、貴方には一時的に『組織』の一員となってもらいたい。いや、他意はない。単に利便性の問題です」
「賛成です。命令系統がはっきりしていい」
「ではなんと呼べばいいかね。タケシのそれに準じるとしよう」
「私は実戦要員である『角』と呼ばれる役職に就いています。変身後のコードネームは隠形鬼と」
「うむ、ではミスター・オンギョウキ。安い言葉ではあるが、司令官である私が保証しよう。戦士たる私は確約しよう」
ファルデウスの目。力強い戦士の目がオンギョウキの目を射抜く。オンギョウキが揺るがぬ意志を目で返す。
「君は、正義だ」
オンギョウキはその言葉を、目礼を以って受諾した。
深夜のホテル・ハイタワー。巨大なハンマーを思わせるシルエットが月を砕かんとばかりに聳え立っている。
死と隣り合わせの危険を理解しないニューヨーク保存協会によるホテルツアーは終了。スタッフも数時間前に全員の帰宅を確認。
ホテルの前のウォーターフロント・パークに銃器とナイフで武装した黒尽くめの男たち。彼らこそが『組織』の戦闘員である。
彼らの前に立つファルデウスが士気を鼓舞するスピーチを行っている。
「我々は今日まで、血と鉛と鉄によってデーモンどもを退けてきた。しかし、今夜はそれが一変するだろう。遥か彼方より来たオーガが、魂と音で最悪のデーモン、シリキ・ウトゥンドゥを駆逐する!
紹介しよう、今回のみの特別ゲスト、ミスター・オンギョウキだ。役職は『角』、遊撃および突撃要員として戦術班とともに本作戦に従事する」
さすがアメリカ人、演説がうまい。そう思いながら一歩前に出たオンギョウキは、他の戦闘員と同じ黒い戦闘服を着ている。
「猛士四国支部所属、オンギョウキ。訳あって作戦に参加します。どうぞよろしく」
クールなイメージを崩さないように心がけるが、むしろつっけんどんになったことを自覚する。しかし実際のところ、“遊撃および突撃要員”と紹介されたので『フォイエル・スプライト』とか『ケルベルス』とか、そんな単語が頭の中を錯綜中。
もとの時代から20年ばかり時間を超えた妄想を膨らましているオンギョウキをよそに、戦闘員たちは微動だにせず。有色人種が劣等として差別されて然るべき時代であるにもかかわらずである。
闇を見通す鬼の視力で戦闘員たちを見ると、その理由が頷けた。白人、アジア人、黒人、ヒスパニック、ユダヤ、少数のネイティブ・アメリカン。およそアメリカにいるほとんどの人種がそこに並んでいた。
―――なるほど、人種よりも実力か。この組織、侮れない。
だが、これほど心強い男たちはめったにいない。なにしろ音撃によらず、人の力のみで魔を退けてきた歴戦の勇者たちである。
邪気を清めなければ魔はすぐに再生する。それでもひたすらに倒し続けてきたのだろう。その実力は驚嘆に値する。
慣れぬ土地、初めての敵、荒削りな武器。不安がないと言えば閻魔に舌を引き抜かれようが、その不安を覆いつくして余りある戦意がオンギョウキの胸中に渦巻いている。
ファルデウスに向き直り、胸に無銘を抱いて言う。
「私と私のライフル、ともに問題ありません。いつでもご命令を」
満足そうに頷いたファルデウス――戦士たちを見据え、静かに、しかし怒号する。
「無名戦団―――全頭出撃!」
戦闘員たちは散開し、半数がホテルの周囲に等間隔で並ぶ。オンギョウキが音もなくロビーに這入る。
四人一組のチームが四つ続き、2チームがオンギョウキに続きパークプレイスの竜ことハイタワー三世の書斎へ、1チームがアトランティック・ボールルームへ、残る1チームがエントランスを確保。
オンギョウキ――敢えて影隠忍は使わず、自身を餌に怒り狂う偶像を要撃する構えを取る。
ウェイティングルームを抜け、パークプレイスの竜へ。二度目にしてようやく足を踏み入れたそこは聖堂を思わせる造りでありながら、主人の傲慢さを芬々と漂わせる悪趣味な部屋だった。
「ぎゃっ!」
突然の悲鳴――予想外の場所から。隊列の真ん中を進んでいた男が顔を深々と切り裂かれて倒れこむ。激痛と恐怖で震える男。一人がポーチから取り出したガーゼで傷口を覆い、手早く止血を施す。
オンギョウキは微かな気配を感じ、足刀で虚空を切り裂いた。
「カカカカカカカカ……」
緑の光が瞬き、邪悪な笑いを顔に貼り付けた偶像がそこに浮かんでいた。
「撃て、撃てっ!」
リーダーのブレネンデリーベが命じるも、銃口が偶像に正対する前にシリキ・ウトゥンドゥは身を翻し、タペストリーの裏へと潜り込んでいった。
「なに!?」
タペストリーを引き剥がすと、そこには粗雑な造りの通路が延びていた。迷わず身を投げるオンギョウキ。
「行くぞ野郎ども! ウルフは戻って手当てを受けろ!」
隊長の合図とともに通路に飛び込む戦士たち。
一人残された手負いのウルフは撤退の前に止血をしようと、痛みと心細さに呻きながら応急処置を始めた。
ジリリリリリリリ!ジリリリリリリリ!
驚愕で顔を上げるウルフ。デスクの上の電話機がけたたましくベルを鳴らしている。予想だにできない事態に息を飲む。この建物には電気こそ通っているが、電話は途切れたままになっているのだ。
ストラングもこれと同じように電話を受けたという。ならば内容も同じか? そう思ったウルフはなんとか腰を上げ、恐る恐る受話器を持ち上げた。
『愚かなことを。シリキ・ウトゥンドゥの呪いは強力だ。わしのようになりたくなければ今すぐ立ち去るのだ』
「――な、に? もしや、ハリソン・ハイタワー三世……なのか?」
そのようなことはあるはずがない。しかしこの声は、目の前の蓄音機に録音されているハイタワー三世の肉声とよく似ている。それこそ同じ声のように。
『立ち去れ。立ち去るのだ――』
何も聞こえなくなった受話器を置いてゆっくりと顔を上げる。その目に信じがたいものが飛び込んできた。
原色で自信に満ちたハイタワー三世を表したステンドグラスが、青と灰色と白で恐怖に身を強張らせるハイタワー三世のそれに変貌していたのである。
ウルフはいきなり氷水に放り込まれたかのような言い知れぬ恐怖に襲われ、止まらぬ出血と霞む視界を自らの正当性を明かす言い訳とし、這い蹲ってエントランスに引き返していった。
偶像の姿はすぐに見えなくなったが、時折緑の光が誘うように瞬き、オンギョウキらをホテルの奥へ引き込んでいく。訓練を積んだ戦士といえど鬼の足にはついていけず、今やオンギョウキは単独で偶像を追っているに等しい。
―――仲間と離されたが、仕方ない、なんとか粘って応援を待つか。
ここで偶像を見失っては元も子もない。次は永遠に姿を見せないかも知れず、そうなったらオンギョウキは元の時代に帰る糸口すら失ってしまうのだ。いや、それよりも隠れられては清めることができない。
広い空間に躍り出たオンギョウキの目の前に、巨大な石像が迫ってきた。ハイタワー三世がメソアメリカから略奪してきた骸骨神トラゾルテオトルである。
「うおおおおっ!?」
慌てて右に跳んで避けるが、左肩に鋭い痛みが走る。手早く触診をして筋も痛めていない単なる脱臼だとわかるや即座にはめ直し、偶像の行方を捜す。
石像の裏に隠し梯子があり、その上からおどろおどろしい声が伝わってきた。迷わず梯子に足を乗せる。
用心のため銃口を上に向けトリガーガードに指を乗せておくが、この状態で襲われたら身動きが取れない。最悪、真っ逆さまに墜落してしまうだろう。影隠忍を使うという選択肢をねじ伏せ、一段一段しっかりと掴んで上ってゆく。
だが不安は杞憂に終わり、オンギョウキは最後の段を踏んで床の上に足を乗せた。
「なんだ、ここは?」
そこは雑多なものが押し込まれた倉庫のような部屋だった。だがよく見れば使い込まれた食器やくたびれたベッドなどがあるので、何者かの居室であると知れた。
「もたもたしている暇はないか」
踵を返し、ドアを開けて通路へ出る。この部屋はやはり隠し部屋の類らしく、コンクリート打ち放しの壁に裸電球というみすぼらしい廊下だった。
配線が朽ちているのか発電装置――あるとすればだが――が不安定なのか、時折光が瞬いて視界が閉ざされる。すると、いずこかから緑の光が閃いて、怖気の走る笑い声が聞こえた。
ち、と舌打ちをすると再び走り出す。
緑の光と声に誘われるままに疾走していくと、やがて豪華なドアに行き当たった。おそらく偶像はここで待ち受けているのだろう、そう直感が告げている。
ゆっくりとノブを回し、一気に蹴り開ける。そこは広く豪奢なハイタワー三世の私室だった。琥珀色のランプの明かりをステンドグラスが妖しく反射している。
偶像はその奥、私用エレベーターの横のテーブルの上にいた。その目が、ぎらりと緑色に光る。ゆっくりと浮かび上がり、その手に持った矛をオンギョウキに向けて突き出し、にやりと笑う。
オンギョウキは装備帯から変身鬼笛・音慧を手に取り、鋭く吹き鳴らした。
闇が噴き出し、オンギョウキの身を鬼へと変えてゆく。闇色の身体に瑠璃紺の隈取、銅色の二本角―――隠形鬼。
シリキ・ウトゥンドゥの矛をゆらりと動いて躱す。身を翻す一瞬だけ影隠忍を発動して自分を見失わせることで確実に躱すとともに、攻撃した者に“ここに相手はいなかったのでは?”と思わせる応用技である。
偶像の背後に回りこんだ隠形鬼はシリキの頭を思い切り殴り飛ばした。細かな木片を散らしながら吹き飛んでいく偶像。しかし壁に激突する直前に体勢を整えると矛を構え直し、今度は回転しながら隠形鬼に襲い掛かった。
木製とは思えない頑丈さに打撃はあまり有効ではないと判断した隠形鬼は偶像の強力だが単純な攻撃を躱すと距離を取り、ネームレスを構えた。
弾数は5。
充分とはいえない。一発たりとも外すわけにはいかない。
ダーン!
一発。
鬼石を砕かないよう弱装弾としてあるため、威力に乏しい。素早く排莢し、薬室に次弾を装填。
ダーン!
二発。
三度迫る矛を左手の鬼爪で弾き、二本を砕かれながらも偶像を遠ざけた。左肩に鋭い痛みが走る。脱臼したばかりの肩に負荷がかかり、肉弾戦の役に立たなくなった。
ダーン!
三発。
偶像が緑の目をぎらりと光らせ、憎悪に歪んだ顔を向ける。
ダーン!
四発。
その顔を格好の的とし、眉間に撃ち込んだ。
ダーン!
五発。
胴体の真ん中に撃ち込むと、すかさず銃把を折り曲げて吹き口を取り出し、銃口に音撃鳴・愛を取り付ける。
「音撃射・帝図魔魁譚!」
清めの音が低く響く。シリキ・ウトゥンドゥに撃ち込まれた鬼石が共鳴し、色とりどりの光を放って偶像を彩る。
バキン!
バキン!
しかし、敢えて考えないようにしていた最悪の予想が現実のものとなってしまった。低純度の、しかも脆い鬼石が清めの音に耐え切れず、砕け始めたのだ。
―――まずい! 清め終わるまで耐えろ!
しかし光は徐々に弱くなり、三つ目、四つ目が砕け散った。清めの音によって身動きを封じられていた偶像もゆっくりと動き出し、矛を構える。
―――畜生ッ!
切なる願いを込めて吹き鳴らすが、最後の光もやがて弱々しく瞬く。これまでか、という諦めが隠形鬼の胸中に広がっていく。
「撃ち方始めェッ!」
ダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンッ!!!
戦場に飛び込んでくる七人の猛者たち。その手には火を噴く七挺の銃、数え切れない弾丸が雨霰と偶像に降り注いだ。
しかし鉛弾では効果がない。
「撃ち方やめ! 弾を“隠し弾”に交換!」
戦士たちが荒々しくボルトを動かして弾を残らず排出し、腰のポーチから取り出したただ一発だけを装填する。鬼石の弾丸である。
やにわに希望を取り戻した隠形鬼は一層の力を込めて吹き鳴らす。より晴れやかな清めの音が鳴り響いた。
「マクガイバー、撃てッ!」
ダーン!
最後の鬼石が砕けるまさにその時、次なる鬼石が撃ち込まれる。
「アナベル、撃てッ!」
マクガイバーの鬼石が砕ける直前に、再び鬼石が撃ち込まれる。間断なく清めの音を浴びせられ、シリキ・ウトゥンドゥは身動きが取れない。シャンクス、オニール、ミッチェル、コワルスキーと撃ち続け、最後にブレネンデリーベが撃つ。
偶像の目が放つ緑色の光が力を失っていくのを表すように弱まっていく。しかし最後の鬼石が砕けるのも間近である。
―――せめてあと一発……
隠形鬼は戦士たちを見るが、彼らも鬼石の残りはないらしく大身のナイフを構えて白兵戦に備えている。
―――ままよ!
乾坤一擲。一か八かの賭けに出る。肺腑に残る空気を一気に吹き出して清めの音を増し、鬼石が砕ける前にけりをつける。
肺を圧縮するために背を丸め、思い切り吹いた。しかし――
ビシッ
鬼石が砕け、戒めから逃れたシリキ・ウトゥンドゥが目にも止まらぬ勢いで隠形鬼に肉薄する。隠形鬼は息を吐き尽くし、咄嗟に動くことができない。戦士たちがナイフを振るうまさにその時、最後の一人が現れた。
ばーん、という音とともに煌くものが室内に降り注ぐ。それがハイタワー三世の私室を飾るステンドグラスの成れの果てだと逸早く気付いたコワルスキーがそちらを振り返ると、顔の右半分を包帯で覆った戦士がロープに掴まって飛び込んでくるところだった。
ロープを握ったまま偶像にターザンキックをお見舞いする。たまらず吹き飛ぶシリキ・ウトゥンドゥ。
戦士はホテルの中を歩き回る時間をまるごとショートカット。ホテルのてっぺんにアンカーを打ち込み、戦闘が行われている最上階に文字通り一直線に進んできた。
地上14階。転落すれば死は免れない。しかも負傷により片目。しかし飛び込んできた男に恐怖の色は見えない。この程度の恐怖は乗り越えて当たり前、戦って勝って生きて帰るのが当然というふてぶてしさが全身に漂っていた。
「ウルフ!」
ウルフと呼ばれた戦士はにやりと笑うと見事に着地し、背に負ったライフルを構えた。
「そいつに鉛弾は――」
「わかってる」
ウルフをフォローするようにナイフを投擲するミッチェル――胴体に命中。起き上がろうとした偶像がまたしても転倒する。
「やれ、オーガ!」
ようやく息を整えた隠形鬼に振り返りもせずタイミングを指示。引き金を引く。
ダーン!
最後の一発。再開される音撃。輝く鬼石。にやりと笑う戦士たち――勝利を確信。
陰陽座『帝図魔魁譚』
作曲者:招鬼・瞬火
近代的 怪 象徴的 他意
現存する雑魚の群に 畏る者は皆無
影法師に礼 其は原寸大
因果律の形骸化は 滅びを招かん
精神的 戒 月夜の犬吠
遠い記憶呼び覚ませど 胸の内は大霧
欺瞞は誇り 誇りは詛い
先天的魔人なれば 憂世は楽し
明けても暮れても 寸暇を惜しみて
祝いと呪いの 苧環紡げば
彼の魁岸は星の蔭に 巡り続けるだろう
この開成も月の影を 照らし続けるだろう
先進的 問い 退廃的 解
懇願する烏合の衆 取るに足らぬ拝舞
魔障を調伏 されど返り討ちで逝去
能書きだの薀蓄だの 蛆でも喰わない
眠れど醒めれど 頭を離れぬ
正負を織り交ぜ 苧環紡げば
彼の魁岸は星の蔭に 巡り続けるだろう
この開成も月の影を 照らし続けるだろう
断末魔の悲鳴とともに偶像の胴で小さな爆発。一瞬の後、緑の光を失ったシリキ・ウトゥンドゥはごとん、と床に落ちた。
ネームレスを下ろし、荒い息を吐く隠形鬼。鬼の顔が小さな光を放ち、汗にまみれた人の顔が現れた。
シリキ・ウトゥンドゥを清めれば元の時代に帰れると半ば願っていたが、どうやら事はそれほど単純ではないらしく、何の兆候も現れない。半信半疑だったとはいえ、一縷の望みが絶たれたことに落胆する。
そんな気持ちはお構いなしに、戦士たちが駆け寄ってくる。
「凄え、マジでラッパ吹いて倒しやがった!」
「どっちを撃つか迷っちまったぜ!」
「うお、何だこの筋肉!?」
まとわりついて口々に若干失礼な言葉を連発する戦士たちを押しのけ、座り込んで笑っているウルフに歩み寄る。
「助かった。ありがとう」
オンギョウキが差し出した手を握り、ウルフは容赦なく体重をかけて身を起こす。
「気にするな。礼はSSコロンビア号のテディ・ルーズヴェルト・ラウンジで奢ってくれればいいぜ」
オンギョウキは考えとこう、と笑う。なにしろ現在SSコロンビア号は遠洋航海中で、ニューヨークに戻るのは一ヵ月後だという。
「よく戻った、ウルフ」
オンギョウキの背後に立つ男が満足そうにウルフに声をかけた。
「ブレネンデリーベ隊長。正直、自分も医務室のベッドでシーツに包まってようと思ってましたが、ファルデウス司令官が魔法の言葉で叩き起こしてくれました」
「魔法の言葉?」
「Stand up, and fight(立ち上がって戦え)――負け犬を立ち直らせる言葉だそうです」
それまでは傷が痛い偶像が怖いって、子供みたいだって笑われましたよ、とウルフ。
「立ち上がって戦え、か。お前のやり方だとさしずめFly high, and fight(飛び立って戦え)だな。いい言葉だ、俺も覚えておこう」
オンギョウキが振り返ると、戦士たちが偶像を抱えてブレネンデリーベのほうを見ていた。
「よし、野郎ども。もうこんな場所に用はない、さっさと帰って戦勝パーティだ!」
「「「おお――――――っ!」」」
ライフルを突き上げ、意気揚々と引き上げる戦士たち。オンギョウキもその後に続いた。
戦士たちはロビーを通り抜け、仲間たちが待つ庭園へ向かう。
“――――――――――――”
オンギョウキは何か声が聞こえた気がして立ち止まる。辺りを見回しても戦士たちは既に外に出ているし、他に誰もいない。空耳か、と思って歩を進めると、また聞こえた。
“――――――――――――”
なにかいる、そう確信したオンギョウキは、ロビーを隅から隅まで丹念に見回し、最初に見たときと違う点をピックアップしていく。
ソファの位置が違う――戦士たちが突入する際に移動させた。
アトランティス・ボールルームへ続くドアが開いている――戦士たちが閉めていかなかっただけ。
タワー・オブ・テラー・メモラビリアに灯りが点っている――ただの常夜灯。
―――壊れたエレベーターに何かある。
弾が切れたライフルを背に回し、右の鬼爪を伸ばしてにじり寄る。こじ開けられたままになっているドアの中を覗き込むと、誰かが倒れていた。
あわてて細い隙間から身体をねじ込み、抱き起こす――白髪に白い髭の恰幅のいい老人。身体は温かかったが、既に事切れていた。
“ありがとう。13年ぶりに戻れた。これで安心して眠れる。ありがとう、異国の青年よ。わしが礼を言うなど、これが初めてだぞ――”
それは、老人の声なき声だった。
「あの釘はあなたが……?」
老人の魂は旅立ち、オンギョウキの問いに答えるのはただ静寂のみ。鬼の腕の中で冷たくなってゆく老人の顔は、穏やかに微笑んでいた。
ブロードウェイ・ミュージック・シアターに帰還するなりどんちゃん騒ぎをする戦士たちを横目に泥のように眠り込んでしまったオンギョウキが目を覚ましたのは昼過ぎのことだった。
「ん、ぬぁーぁぁ……」
伸びをすると全身がバキバキと鳴る。とりあえず何か食べようと、いそいそとニューヨーク・デリに足を向けた。
カウンターで笑顔を振りまく小柄で可愛らしい女性店員ににっこりと(物欲しげに)笑いかけると、それだけでおおよそのことを察した店員はトレーにサンドイッチを三つとアイスコーヒーを載せて差し出してきた。
しかしオンギョウキは首を横に振る。
「もっと?」
やや笑顔を引きつらせた店員がサンドイッチを二つ追加する。しかしオンギョウキは首を横に振る。
「まだ?」
かなり笑顔を引きつらせた店員がケーキを三つ追加し、コーヒーをジョッキで追加する。
「ありがとう」
山盛りになったトレーを抱えて席に着く。オンギョウキだってムッツリスケベな男の子、あんな正直好みな女の子に馬鹿みたいに食うと思われたくはない。だが如何せん変身と戦闘のあとでは猛烈に腹が減る。
背に腹は代えられない、というよりも腹のためなら何だってする心境だった。
もふもふとサンドイッチにかじりついていると、いつの間にやら店に来ていた見慣れた顔が対面に座った。
「よう。随分食うんだな」
「へんふぃんふるふぉはらふぁへふんふぁ(変身すると腹が減るんだ)」
「そうかい」
顔の右半分を包帯で覆ったままのウルフは難解な言語を解読することを即座に諦め、オンギョウキの皿からサンドイッチを一つ掠め取った。かぶりつこうと大口を開け、昨日負った傷に響いたのだろう数秒間そのまま固まり、やがて意を決してパンに歯を立てた。
「うまい」
余裕たっぷりの声音とは裏腹に、包帯越しに顔がピクピク痙攣しているのが分かる。
「食ったら司令官室に来いってよ。んじゃな」
ウルフはそう言い残すと、あまりの痛みに食べることを諦めたサンドイッチを皿に戻して席を立つ。
「あーそうそう、あの店員に色目使うんじゃねーぞ。マリソルはミッチェルの妹だ」
やつはえらく妹に過保護でな、と言いながら右手でナイフを投げる真似をするウルフ。オンギョウキは昨夜の作戦でミッチェルが見せた投げナイフの腕を思い出し、マリソルを見て、すぐに目をそらした。
マリソルは微笑んだまま、わけがわからずに首を傾げるばかりだった。
司令官室に足を踏み入れると、にこりとにやりの中間ではなく、正真正銘にっこりと笑うファルデウスがいた。
「ありがとう、ミスター・オンギョウキ!」
と、避ける間もなくハグされた。ファルデウスは年齢によらず力が強い。というか筋骨隆々である。みしり、と骨が軋む音が聞こえた。
「あの忌むべきシリキ・ウトゥンドゥは完全に撃破された。君たち流に言うならば清められた、と言うべきだろうな」
デスクに置かれた偶像を示して言う。隣で控えていたストラングが補足する。
「その白い粉は偶像に封入されていたシャーマン、シリキの遺骨です。これが魔力の源だったようですが、完全に粉砕されていて、もう何をしても呪いは起こりませんでした」
「ああ、わしらが一晩かけてあらゆる禁忌を破ってみた。罵倒したり、匣に密封したり、マッチで炙ったりな。それでも何も起きなかった。もうシリキ・ウトゥンドゥはただの悪趣味な木像にすぎん」
見れば、偶像には清め終わった時にはなかった焦げ跡や傷跡がいくつもついている。
「なるほど、邪気が宿っていたのは偶像そのものではなくその骨だったのか。道理で音撃が効きにくいわけだ」
「時にミスター。この偶像をホテル・ハイタワーに戻してはくれんかね?」
「は?」
「そろそろホテルツアーが始まる時間で、ホテルには人が多い。わしらには気付かれずに偶像を返してくるなんてことはできないのでな」
「シリキ・ウトゥンドゥは有名なので、これが突然なくなったとなれば大騒ぎになってしまいます」
成る程、と頷き、ふとオンギョウキは顔を上げる。
「そうだ、ハイタワー三世といえば」
「遺体ですか?」
「ええ。まさかあれが……」
「そのまさかです。ハリソン・ハイタワー三世その人ですよ」
はあ、と気の抜けた声を出すしか法がない。まるで浦島太郎である。
「私も俄かには信じられませんでしたが、1899年12月31日、つまり消えたときのままの姿でした」
ストラングはシリキ・ウトゥンドゥの魔力でしょう、と結ぶ。オンギョウキは師の一人であるドキを思い出す。自分が教えを受けるかなり前にドキとパートナーのセイキは返魂の術を使って行方不明になっていたのだ、と一人立ちしてから知った。
「そのうち忠実なスメルディングもホテルから出てくるだろう。なにしろもう恐れ続ける必要は無いのだからな」
おそらくあの戦闘の最中、どこかに隠れて震えていたのだろう。
「たった一人であれだけのものを封じ込めていた、まさに勇者ですね」
「ああ。わしも会ってみたいよ」
ちらりと時計を見て、ストラングが言う。
「ミスター・オンギョウキ、そろそろホテルツアーが始まってしまいます」
「おっと、そうでした。では行ってきます」
オンギョウキは偶像をパークプレイスの竜に返すついでに、昨夜の追跡劇の際に見つけた隠し部屋まで行き、下手な英語でしたためたメモを残してきた。
『もうシリキ・ウトゥンドゥに力はありません。ハリソン・ハイタワー三世氏は遺体で発見されました。本日深夜に密葬の予定。出席を希望するならブロードウェイ・ミュージック・シアターに来られたし。
追伸。貴方の勇気に敬意を表します』
最後に一度部屋を見渡す。スメルディングの手描きであろう少女時代のベアトリス・ローズ・エンディコットの肖像画。立派なハイタワー三世の肖像画。略奪旅行の際のハイタワー三世の記念写真。
おそらく主人に似て偏屈な人物なのだろう。しかし彼の勇気と自己犠牲の精神には畏敬の念を禁じえない。
最後に一礼して退室した。
その日は劇場で夕方の公演を鑑賞し、いつものようにニューヨーク・デリで食事をして、深夜に執り行われたハリソン・ハイタワー三世の密葬に出席した。無論生前に面識があったわけではないが、最期の言葉を受けた者として末席に参列した。
密葬ゆえ故人の親類縁者などは居らず、彼を英雄視しているベアトリス・ローズ・エンディコットも敵視していたコーネリアス・エンディコット三世もいない。
あの作戦に従事した無名戦団の面々と牧師がいるだけの、大富豪であった故人にはあまりにも似つかわしくない質素なものだった。
オンギョウキは礼拝堂の隅の暗がりに人影を見た。それを察してファルデウスに耳打ちすると、やがて一人、また一人と適当な口実をつけて退出していく。最後には牧師までもが席を外し、礼拝堂にはハイタワー三世の棺とその人影だけになった。
礼拝堂の厚い扉越しに、オンギョウキの耳には彼の声が届いていた。涙声でハイタワー三世に語りかけ、冒険旅行のことを懐かしそうに話している。
オンギョウキは無意識に右手を心臓の上に置いた。ファルデウスを始め無名戦団の面々は帽子を取って扉の向こうに目礼し、牧師は十字を切って祈る。
主人と従者の12年越しの会話は終わりを知らなかった。
翌朝、オンギョウキは劇場の指揮官室に赴いた。
「今までお世話になりました。私はこれでお暇しようと思います」
ファルデウスはふむ、と唸り、訊ねた。
「これからどうするのだね?」
「劇場のボーイでも、ニューヨーク・グローブ通信の記者でも、いっそSSコロンビア号のクルーでも、好きな仕事を周旋することができますが」
心配そうにストラングが切り出すが、オンギョウキは軽く首を横に振った。
「お気持ちだけ頂戴します。時代は違えど、やはり日本に帰ろうと思います。なのでまずは日本政府の窓口へ」
そうですか、と残念そうにつぶやく。
「ストラングさん、書いてください。それがメッセージになります。私が未来へ帰れても、帰れなくても」
次いでファルデウスに向き直り、訊ねた。
「ところでファルデウスさん、影隠忍――リハーサルを聴いていたときの技です――を使っていた私をどうして知覚できたのですか?」
「ああ。それは、私が魔法使いだからですよ」
やはり、にこり、と、にやり、の中間の意地の悪い笑みを浮かべるファルデウス。うまくはぐらかされた感のあるオンギョウキは、しかしこれ以上は聞き出せないだろうと観念した。
「オンギョウキ君、これを持って行きなさい」
デスクの抽斗から出した封筒をす、とオンギョウキに差し出す。
「なんですか?」
何気なく受け取って気付いたが、それは紙幣が入った封筒だった。厚さで5ミリはある。
「な!? こんな、なぜ? 受け取れません!」
慌てて返そうとするが、ファルデウスは両手を挙げて“それはもうお前のものだからわしは知らないよ”と言うように笑っている。
「組織の給金と、旅費と思ってくれ」
「しかし、たった数日でこれほどの給金をもらうわけには……」
助けを請うようにスメルディングのほうを見るが、にっこりと微笑んだ彼の答えはオンギョウキが望んだものではなかった。
「そうですか? 私は13年も我々を悩ませたシリキ・ウトゥンドゥを倒した貴方には13年分の給金をボーナス付きで払うべきだと思うのですが……」
ねえ?とファルデウスを見るストラングに、大真面目にそうさなぁ、と腕組みをして考え始めるファルデウス。これには敵わない、と見たオンギョウキはしぶしぶながら封筒を受け取るしかなかった。
「では、私はこれで失礼します。戦術班のみんなにもよろしく伝えてください」
深く頭を下げ、司令官室を、ブロードウェイ・ミュージック・シアターを辞した。
劇場をあとにしたオンギョウキは、ホテル・ハイタワーを臨む公園のベンチに座っていた。
「しかし、俺これからどうしよう……」
かなりの金額を持たされているので当座の金に窮することはないだろうが、如何せん時代と勝手が違う。内ポケ
ットの封筒を押さえて、どうしようかと頭を捻ってみてもとりあえず日本に行く以外のアイディアは浮かんでこな
い。
「もとの時代に帰ればいいだろ?」
「長生きして? あと73年は長すぎる」
「今からすぐに帰ればいい」
「それができれば苦労はないさ」
と、ようやく誰と話していたのかという疑問に行き当たる。
「不安で幻聴まで……!」
「幻聴じゃねえっての!」
後頭部をひっぱたかれて振り向くと、銀色の狼男が立っていた。
「うわぁ、夏の魔化魍!?」
「じゃねえよ。俺はもとDMCのマルフ。今はタイムパトロールみたいなことをやってる」
「タイムパトロール?」
「ああ、どうしたことか時間移動する技を会得しちまったからな」
辺りを見回すと、自分とマルフ以外のあらゆるものが静止していた。気付くとすごい数のナイフが飛んできそう
な雰囲気である。
「じゃあ帰れるのか!? あ、しかし戻れたとしてもそれは俺がもといた時間じゃないのか?」
オンギョウキが言っているのはこういう意味だ。ある時点から過去に戻り、時間の流れを改変すると、もとの時
間軸はそのままに改変時点から別の時間軸に分岐する。だから帰るとしても新たに発生した時間軸になる、という
ことである。
というのも、もとの時間軸が消滅してしまえば改変の要因になるオンギョウキ自信も消滅してしまうわけで、い
わば時間の流れを変える足場として必要不可欠なものなのだ。
改変された時間軸はバタフライ効果がなんとやらでどんな世界になっているのか想像もつかない。
「いやいや、それを解決するのがタイムパトロールだ。ちゃんともとの時代に戻してやるさ」
「そうなのか! ありがとう!」
「その代わりといっちゃあなんだが、ザルバトーレ・ザネッティって奴に会ったら思いっきりぶん殴っといてくれ。顔面工事する勢いで」
「ザルバ?」
「マルフから四字熟語の恨みって言えば分かるはずだ。もし会ったらでいいよ」
「わかった。帰してくれるならそのザルバトーレって奴をベコベコにする」
「ベネ(良し)。それじゃちょっと目を瞑っててくれ」
言われたとおりに目を瞑る。
「もういいぞ、到着だ」
「お、早いな」
恐る恐る目を開くと、そこは見慣れた猛士四国支部の門前だった。過去に飛ばされたときと同じ深夜である。
「助かった、ありがとう……」
周囲を見回しても既にマルフの姿はない。そうなると途端に今までのことがすべて夢だったのではと疑いたくなるが、古めかしい服と懐の札束が現実であったと告げている。
「……こんばんわー」
門前に突っ立っているのもあれなので、とりあえず支部に入ることにした。何となれば支部で寝ればいい。
いきなり過去に飛ばされたことが記憶に新しいので、なんとなく警戒して摺り足気味に廊下を歩く。猛士の間の襖からは光が漏れていた。
意を決してゆっくりと襖を引く。エレベーターが合っても飛び退けるよう、右足は後ろに引いている。
「よう、オンギョウキじゃねーか。こんな夜遅くにどうした?」
胡坐をかいた城之崎が、スコアブックを開きながらギターを爪弾いていた。
「はぁ〜……」
のそのそと猛士の間に入り、崩れるように座り込んだ。
「おいおい、どうしたんだよ?」
城之崎が心配しているようなことを言うが、目がスコアブックに張り付いたままなので無視する。
「あーそうだ、前に言った釘な、あれ……」
「解決しました」
「もし見つけたら丁寧に扱……」
「もう解決しました」
「あ?」
「だからもう解決したんです」
「……ふーん。で、どうやって解決したんだ?」
「釘は気色悪い偶像のパーツでした。ちゃんと1912年のニューヨークに戻して清めてきました」
「……そうか。黄色い救急車、いるか?」
黄色い救急車とはお脳が悪い人用の救急車である。という都市伝説である。
「いりません俺の頭は正常ですこの仕事してると不思議なこともあるじゃないですか馬鹿にしないでくださいギター馬鹿」
「さりげなく罵倒しやがって。そんじゃ報告書を」
「書けると思いますか? 荒唐無稽なヒロイックファンタジー小説ができますよ」
「ヒロイックってお前……。ま、そうさな。確認だが、釘はもう悪さしないってことでいいんだな」
城之崎自身、キリサキと名乗っていた現役時代には俄かに信じがたい経験を幾度も経験している。
「ええ、その通りです」
ごろりと横になり、目を閉じる。
「ところでこれ、出撃扱いでいいんですよね」
出撃扱いならば今後三週間は休暇となる。というか実際に出撃しているのだから休暇がほしい。ないと辛い。
「馬鹿。報告書も出さないで出撃扱いになるかよ」
「それじゃ書きますよ、荒唐無稽ヒロイックファンタジー」
「吉野の京極さんたちだけに提出しとく。それで出撃扱いにしてやるよ」
よかった、とつぶやくと眠りに落ちていった。
後日、報告書を読んだ京極が釘の件に関連があるかもしれないと集めた古いアメリカの新聞を送ってきた。紙名は『ニューヨーク・グローブ通信』。マンフレッド・ストンラングが記者をしていた新聞である。
懐かしみながら読み進める。ハリソン・ハイタワー三世の記事が多い。これは通信社の経営者がハイタワー三世と敵対していたエンディコット三世だからである。
1989年以前はハイタワー三世が世界各地で行った掠奪の非を糾弾する記事。1989年12月31日にハイタワー三世が失踪してからはそれに加えて失踪の謎、及び呪いの偶像シリキ・ウトゥンドゥについて。
何とこの記事は事件から10年以上も続き、1912年9月20日号には偶像の元の持ち主であった部族のキブワナ・キジャンジという男のインタヴューまで掲載されている。
そして1912年10月以降は急速にこれに割く紙幅を減じ、わずか二ヵ月で偶像やホテル・ハイタワーに関する記事が新聞に載ることはなくなった。
最後の記事はこう結んであった。
『異国のオーガ、ミスター・オンギョウキに心よりの感謝を捧げる』
涙が滲んだ。
設定
無名戦団
合衆国政府傘下の『組織』の対モンスター部署。
古来北米大陸では先住民の変身能力を会得したシャーマンなどがモンスターと戦っていたが、大量移民により先住民が減少。
移民の中にも僅かながら狼やRPGの戦士らがいたが、度重なる戦乱で音撃などの対モンスター技術が退行。
20世紀初頭には物理的に破壊することで一時的にモンスターを食い止めていた。
ファルデウス
無名戦団ニューヨーク支局司令官兼ブロードウェイ・ミュージック・シアター館長。
某ライトノベル作家と某月のゲーム会社とのコラボ四月馬鹿企画で発表されたあれの影響。
あのファルデウスではなく、同じコードネームを使っていた別人。一応時計塔に所属する魔術師。
戦士たち
本名はそれぞれアンガス・マクガイバー、ロルフ・ヒナタ・アナベル、マイケル・シャンクス、
ジャック・オニール、キャメロン・ミッチェル、チャールズ・コワルスキー、ライアン・ウルフ、ホルスト・ミカゲ・ブレネンデリーベ。
オニールとブレネンデリーベがそれぞれの小隊長で、今回はブレネンデリーベがまとめて指揮を執った。
ちなみに銀に相当するマッケイの本名はロドニー・マッケイ。
元ネタはアメリカのドラマとスプライトシュピーゲル。
はい、ということでやっと終わりました長いだけのやつ。何度か連投規制喰らいました。長すぎるので飛ばすの推奨。
長編より短編、短編より掌編が難しいというのが実感できました。毎回読みやすい長さにまとめる職人さんたちは本当にすごいです。
途中、メモ帳の不具合により不要な改行が入ってしまったことをお詫びします。
メソアメリカのシャーマンがジャガーに変身する壁画って、あれ音撃戦士みたいですよね。日本では鬼、中国では龍、ヨーロッパでは狼なんだからアメリカではジャガー、とか。
うわ、原住民の音撃戦士ってワイルドなイメージですっげえかっこいいかも!
195 :
鬼島:2008/06/22(日) 01:41:11 ID:9JIQ3ajw0
神戸みゆきさん、安らかに
貴女の姿は幾多の人々の心に焼きついています
1986年から1912年のアメリカにタイムスリップした小野忍人が、
そのまま日本に戻って後に先代隠形鬼となる・・・というオチを妄想した。
先週に続き、週末の朝にまた悲報を知ることになってしまいました。
立花日菜佳役・神戸みゆきさんのご冥福を心よりお祈り申し上げます。
前回
>>142-149のあらすじ
実験の集大成が杜の都を目指して動き出しました。
『あなたの背中を護りたい』 最終之巻「動き出す心」
愛鬼、眩鬼、仄鬼の三鬼が合体魔化魍に向けて遠距離音撃を開始してから数分経ったが、魔化魍『ナナシ』は巨体をその場で止めたまま、低い咆哮を発し続けていた。その鳴き声が、一向に途絶えない。
「効いていない……?」
東方約100メートル地点、愛鬼が音撃殴を続けるそばで、遠くに見えるナナシの巨躯を見て有志は呟いた。
南方100メートル弱の地点、仄鬼が音撃響を続けるそばで、音撃管のスコープでナナシの足元を見ていたコンジキが言った。
「動いている! ちょっとずつだけど、また動き出してます、あいつ!」
鱗に覆われたナナシの足が、ゆっくりではあるが、一歩一歩南東へ、山の麓に向けて踏み出されていた。
北方100メートル弱の地点で音撃奏を続けていた眩鬼の動きが止まり、首から上の変身が強制解除された。
いつの間にか、周囲がナナシの体から発され続けている黒い霧に覆われていたことに気付き、サポーターの美苑がサイドカー『甲武羅』に乗り込んで叫ぶ。
「お姉ちゃん、乗って!」
ナナシの体から発される黒い霧が徐々にその範囲を広げ、愛鬼たちの音撃は知らず知らずのうちに弱められていた。美苑から有志、コンジキに連絡が入り、南と東から音撃を行っていた二組もそれぞれの車両に乗り込み、魔化魍から更に数100メートルほど遠ざかった。
これまで、鬼石なしでの音撃がぎりぎり通用する距離にいた三組だったが、こうなってはもう魔化魍に対して清めの音を送り込む方法がなかった。
(どうする……どうすれば……)
有志が『蒼龍』から降りて、遥か遠くに見えるナナシを見ていると、そこに、パールファイアーオレンジのVF750マグナ『雷隠(ライオン)』に乗って、フルフェイスにスーツ姿の男が現れた。『蒼龍』のそばの路肩に乗り付けると、男はヘルメットを脱いだ。
久し振りにその男の強面を見て、アイキと史子は声を上げた。
『ャマブキさん!』
「ハチ!」
「あのデカいのが、やつらのこれまでの『実験』の『集大成』だそうだ」
忌々しげにヤマブキは言った。
「近距離音撃はできねぇ、鬼石なしで遠距離音撃ができる距離にも近づけさせねぇ。こうなったら、いかに遠距離音撃ができる鬼がそろっていても、鬼石を撃ち込まないことにはどうにもならねぇ」
単車から降りると、ヤマブキはスーツの下の装備帯から金色の拳銃を取り出して言った。
「ナナシの口をなんとかして開けさせて、そこから鬼石を撃ち込めねえかどうか試してみるぜ。俺がひとっ走り行ってくるから、ちょっと待ってろ」
「待て、ハチ!」
有志が引き止めた。
「『瘴気』にやられて行動不能になるだけだ」
「『瘴気』と言っても、あれはおそらく、『やつら』が自分たちに害がないように調整をかけた、鬼にしか影響しないものだ。要は変身しなきゃいいんだよ」
後はもう何も言わせず、ヤマブキは身軽にガードレールを乗り越えて坂をくだり、道無き道をナナシに向かって真っ直ぐに進んでいった。
坂を降り切ってナナシに近付いていく途中、カガチの育ての親と思われる怪童子と妖姫がヤマブキの左右から近付いてきた。
両手に素早く小型音撃管を構えたヤマブキは、左右に向けた銃口から圧縮空気弾を撃ち出した。白い血飛沫を上げ、怪人たちがその場に崩れる。地面に伏した二体に向けてヤマブキが更に銃弾を連続して撃ち込むと、二点で同時に怪人たちの体が爆ぜた。
「二つあるんなら、一挺俺によこせよ」
背後で声がして振り向くと、有志が追いついてきていた。
「馬鹿ヤロこのヤロ」
ニヤリとして、ヤマブキは小型音撃管の一方と、予備の鬼石を有志に手渡して言った。
「ヘタすりゃ死んじまうぞ」
「俺ァこの仕事に命懸けてんだよ。あんなデカいのを、人里に降ろしてたまるか」
史子からの連絡を受け、コンジキは音撃管についたスコープでナナシの周辺の様子を窺った。
麓に向けて、重い音を響かせながら歩を進めるナナシの前に、青いキャップのつばを後ろにまわしてかぶった男と、オールバックに口髭の、スーツ姿の男がいるのが見えた。
コンジキは、スコープ越しに有志に飛びかかろうとしている怪童子を確認し、音撃管を構え直した。この距離になると、圧縮空気弾は着弾前に拡散して無力になるため、コンジキは撃ち込む物を空気弾から鬼石に切り替えた。
「童子風情に貴重な鬼石を使ってやるんだ。有り難く頂戴しな」
ウブメの怪童子に照準を合わせたコンジキは、数100メートルの長距離射撃を命中させた。
目の前で実弾に倒れた怪童子に向けて、有志は小型音撃管を構えた。
「コンジキだな? ありがてえ」
有志の音撃管からの連射を受けると、怪童子は爆発して土くれとなった。
ヤマブキに襲いかかった妖姫は、正確に胸の真ん中を撃ち抜かれて一撃で抵抗力を失った。有志はそちらにも空気弾を連射して、その息の根を止めた。
「これで持ち駒は終わりのようだな」
ヤマブキは、地面を踏みならして近付いてくるナナシの巨体を見上げて言った。
隣に立つ有志もナナシを仰ぎ見て、不敵に笑った。
「『集大成』だかなんだか知らねえが、羽があっても使わねえたァ、総身に知恵が廻りかねてるぜ。指示を出す奴がいなけりゃ、てめぇなんざ歩くことしか知らねえタダのデカブツってことか」
金色の拳銃を構え、有志は灰色の鱗に覆われた巨躯を睨み据えて言った。
「これ以上、東北を傷付けさせやしねぇ」
進路に立ち塞がる二人の男に気付き、ナナシがその豪腕を伸ばす。有志とヤマブキは、それぞれ手近な森の中に逃げ込んだ。樹々に阻まれながらも有志に向けて腕を伸ばすナナシ。その巨体に押されて、めりめりと音を立てて樹が倒れていく。
「ユージィィーッ!!」
ヤマブキが叫ぶ。それに重なり、樹々の倒れる音と、立て続けの銃声、そしてナナシの咆哮が響いた。
史子の携帯電話に有志からの着信があった。が、出てみても、ガリガリとした雑音しか聞こえなかった。
「ユージ? 大丈夫!? ユージ!!」
雑音の合間から、途切れ途切れに有志の声が聞こえた。
『……聞こ……るか……アヤ』
「聞こえるよ、ユージ」
『アイキ……音撃を始め……よう……伝えろ……!』
史子に言われ、愛鬼は再び空中で展開させた藍色の光に包まれる音撃鼓を、大型音撃棒で横薙ぎに一撃した。
轟く鐘声が、遠く離れた眩鬼、仄鬼の所にも伝わった。それを合図に、眩鬼は左肩の銃砲の先に構えた音撃鳴の周囲に、黒い光に包まれたスーザフォンのベルを出現させた。
仄鬼は顎につがえた弦に取り付けた音撃震から、赤い光を立ち昇らせた。
それぞれが、遠くで咆哮を上げ続けるナナシを見据え、巨大な合体魔化魍に向けて超長距離の音撃を開始した。
『音撃響・無頼鋼導!!』
『音撃奏・糾啼破寧!!』
『音撃殴・滅沙抹鐘!!』
ナナシは苦悶の鳴き声を上げたが、後方を山、残りの三方を鬼たちから受ける音撃の旋律に囲まれ、逃げ場がなかった。清めの音に苦しみ続けた末に、ナナシは上方に逃げ場を求め、空を見上げて本能的に背中の翼を動かし始めた。
「逃がすなーッ!」
すぐ近くでそれを見ていたヤマブキが叫び、圧縮空気弾を連射した。遠くから、コンジキが照準を定めて鬼石での狙撃を続けた。
力の限りに音撃を続ける、愛鬼、眩鬼、仄鬼。携帯電話の向こうの様子が心配でたまらず、必死で呼びかける、史子。
上空でナナシの羽撃きと咆哮が止まり、巨体が轟音を立てて爆発した。
ナナシの最後を見届けた後、遠距離音撃の連続使用による疲労のため、愛鬼は強制的に顔の変身が解除されると共に、その場に倒れた。
眩鬼は全身の変身が解除され、倒れる途中で駆け寄ってきた美苑に支えられた。
ただ一人、仄鬼だけが自ら顔の変身を解除し、一息ついてその場に立ち尽くしていた。
次にアイキが目を覚ました時、そこは白い病院の一室だった。ベッドの傍らには、白衣姿の史子がいた。
「ここゎ……?」
「穂村総合病院よ。あれから一週間経ってるわ。長距離音撃の連続使用による消耗が原因ね」
ホノメキは完全回復まで一晩を要したらしい。クルメキは、三日三晩眠り続けたという。
「ぁの日のァタシの荷物、ぁりますか?」
史子は部屋の隅にあったアイキのリュックを、ベッドのそばまで持ってきた。
「他の皆さんゎ? 無事なんデスか?」
半身を起こし、リュックの中のメイクセットを探しながらアイキが訊くと、史子はうかない顔で返事をした。
「うん、それなんだけど……」
病室がノックされ、返事を待たずに横滑りの扉が開いた。
「アイキが目を覚ましたってのは本当か?」
息せき切って病室に飛び込んできた有志を見て、アイキは枕を投げつけながら叫んだ。
「見なぃでくださぃーッッ!(o`Д´o)=3」
枕が顔面にクリーンヒットして、有志はその場に崩れ落ちた。
──結局あの日あの場所で最も被害を受けたのは、有志の携帯電話だった。
アイキがメイクを終えた後、病室に入ることを許された有志は、意外なことを言った。
「アイキ。お前、今すぐアメリカに行け」
「ぃきなりナニ言ってるんですか?(゜Д゜)? ュージさん」
史子が、横からためらいがちに言った。
「実はあの後、私からシュウキくんにお礼の電話を入れようとしたんだけど……」
シュウキは、現在所属している海外の組織での任務中に重傷を負い、入院中であるという。一命は取り留めたが、今後任務に復帰できるかどうかはわからない状態らしい。
「でも、でも、でもぉ、ァタシまだ、マカモーさん100体倒してなぃですぅ」
「100体は行ってないだろうが、『音撃殴』を修得し、あの合体魔化魍を倒し……充分お前は強くなった。シュウキのところに行く資格は、あると思うぜ」
「ォニの仕事とかぁるし、親にナニも言ってなぃし……」
俯いて言葉を濁すアイキの前に乗り出して、有志はまくしたてた。
「こんな時に、ガタガタ言ってんじゃねぇ! お前は結局、本当にシュウキを前にした時に、てめぇの気持ちが受け入れられるかどうかを知るのが怖くて、理由をつけて海を渡らねぇだけだ。
本当に大事なモンが『そこ』にあるなら、家族も仕事も何もかもブッちぎって、どんなことをしてても『そこ』に行くべきだ。結局その場所に行けるかどうかは、てめぇの気持ち次第なんだよ!」
泣きそうな顔を上げたアイキの目が、有志の真剣な眼差しとぶつかった。
「アイキちゃん。今、留学中のアサミちゃんに言って、シュウキくんについててもらっているから」
史子が言う「アサミ」とは、以前アイキがムラサキに話したことがある、かつてのサポーターであり、アイキは彼女を「ァサミン」と呼んでいた。
現在アサミは英語の勉強のためアメリカに留学中だったが、今回の件を話したところ、すぐにシュウキの任地まで飛んで様子を確認してくれた。
「向こうの空港で、そのアサミっていうのが待ってるから、お前はとにかく体一つで向こうに行けばいいんだよ。空港までは、俺が連れていってやる」
ベッドの上で半身を起こした姿勢で、アイキは驚いて有志を見たまま固まっていた。
「シュウキの所に行きたくないのか? お前は」
有志に問われると、アイキの目からぽろぽろと涙がこぼれ落ちた。両手に顔をうずめて、アイキは声と肩を震わせながら言った。
「行き……たぃですぅ。シュゥキくんに、逢ぃたぃです……」
その日の夕方、アイキを空港まで送り届けてきた有志は、再び『蒼龍』で仙台市内に戻ってくると、そのまま車を仙台市北部の杜王区に向けた。そして、ずっと避け続けていた、区の西の外れにある霊園で停車した。
有志は花を買い、墓石の間を歩き抜け、目的の墓標を目指した。
近くまで来たところで、有志は墓石の前に立つ、史子とヤマブキの姿に気付いた。
足音に振り返ったヤマブキが、声をかけた。
「遅ぇぞユージ!」
自分が猛士に入る切っ掛けとなった、修学旅行先で魔化魍に遭遇した事件。その際に有志を護って命を落とした当時の担任・杉本鈴美。あの日から15年近く経った今、有志は初めてその墓前に立つことができた。
「ようやく来れたね、ユージ」
史子が、そっと有志の背中を押して言った。
「『結局その場所に行けるかどうかは、てめぇの気持ち次第なんだよ』だっけ? アイキちゃんにエラそーにお説教してたけど、自分自身のことだよね、それって」
史子に促され、有志は墓石の前に跪き、花を手向けた。
──たとえ大切な存在を喪っても、遺された人々はそれを乗り越え、明日に向かっていかなければならない。それが今日を生きる者のやるべきことだと、有志はここに誓いを新たにした。
墓前で手を合わせる有志の傍らで空を見上げ、史子は同じ女としてアイキを羨ましく思った。
(本当に大事なものが『そこ』にあるなら──)
今頃アイキは機上の人となり、シュウキのことを想ってはやる気持ちを抑えながら、海の向こうへ向かっていることだろう。
(家族も……仕事も……何もかも振り切って──)
シュウキの病室に駆け込み、再会の涙を溢れさせる彼女の様子が目に浮かぶ。
(ただ……大好きな彼の元に──)
一週間後、有志の携帯電話に、アイキからのメールが入った。穂村総合病院に来た有志は、院内の携帯電話使用可能エリアに史子を呼び出して、内容の解読を頼んだ。
今、ァィ ≠ レよ ゙/ ュ ゥ < ω ー⊂ ァ 乂 └| ヵ τ″ ラ ┐″ ラ ┐″τ″ぇ〜っす!
ュ ─ ゙/″ 、ナ ω 、ぃ з ぃ з ー⊂ ぁ 丶) カゞ ー⊂ ぅご 、ナ″ぃま ι ナニ 。
一 糸者 レニ ぉ イ士 亊 ι ナニ З カゝ月 @ ⊇ ー⊂ 、ァ 勺 ゙/ 一生忘れませ ω !
ァィ ≠
史子は携帯電話の画面を覗き込んで、内容を読み上げた。
「えーと、なになに? 『今、ァィキはシュゥくんとァメリカでラブラブでぇ〜っす! ュージさん、ぃろぃろとぁりがとぅござぃました。一緒にぉ仕事した3か月のこと、ァタシ一生忘れません! ァィキ』だって」
「言い方まであいつの真似すんなよ、気持ちワリィな」
「忠実に再現したのよ」
有志は、院内であることを考慮して携帯の電源を切り、懐にしまってから言った。
「なんだかあれ以来、こう、何かぽっかり穴が開いちまったっていうか、鳩尾のあたりが何だか苦しいっつーか……。何とも言えねぇ気分だよ」
胸の辺りに手をやって、有志は言った。
「なんだろうな、この感じは」
しばらくそばで有志の顔を見上げていた史子は、ニヤリと笑い、有志に背を向けて歩き出しながら言った。
「……何か悪いモノでも食べたんじゃないのー?」
「おい、真面目に人の話聞いてんのか?」
病院を訪れたヤマブキは、病棟に向かう途中で、大きく張られたガラス窓の向こうに姿を現した二つの人影に気づいて、その様子に強面の顔をほころばせた。
窓際に出てきた史子が、夏の日差しがまぶしくなってきた空を、澄ました笑顔で見上げていた。その隣にやってきた有志が、胸を押さえながら、史子に向かって何やら喚いていた。
ぁ ナょ ナニ @ 背 中 を 護 丶) ナニ レヽ
ぉゎ丶)。
というわけで、3か月の保守活動が終了しました。
職人としての「こんなの考えましたけど、どうですか?」という気持ち、
プラス「繋いでおきますので、この間に未完のSSの続編作成を」
という気持ちで投下を続けていました。
読んで頂いたみなさん、ありがとうございました。
ギャル文字を解読するかたが出てくるとは思いませんでした。
小ネタをいろいろと拾ってくれたかたにも感謝しています。
スレ埋めの時期になったら、またチラシの裏でも持って参上いたします。
乙でした。その投稿ペースは尊敬に値します
あなたの〜作者様、連載乙でした。
ギャル文字解読、楽しかったです。
また機会がありましたら投下よろしくお願いします。
連載終了おめでとうございます。
テンポの良い地の文、洒落てて時にちょっととぼけた会話、豪快な戦闘シーンと、すべてがツボにはまっていつも楽しみにしていました。
・・・ええ、いつもアイキ可愛い可愛いと言っていた者のうちの一人ですw
よろしかったらまた是非投下お願いします!
>>153-192 乙〆
以前遊園地板のウトゥたんスレに居た身としては
聞いたことのある単語がたくさん出てきて嬉しくなってしまった〜
1980年代前半、長月某日。沖縄は那覇空港に一人の男が降り立った。大柄ではないものの、必要以上に鍛え上げられた肉体が衣服の上からでも分かる、そんな青年である。
「暑ッ……!」
開口一番、沖縄の暑さに青年が音を上げる。暦の上では秋とは言え、沖縄はまだまだ暑い。
この、一見ただの旅行者に見える青年、実は彼には大きな秘密があった。
名はバキ。元猛士関西支部所属の「角」=鬼だ。
彼が遥々沖縄までやってきた理由、それは、日本を経つ前にどうしてもやっておかなければならない事があったからである。
空港前でタクシーを拾うと、バキは運転手に行き先を告げた。目指す場所は猛士沖縄支部。彼の目的、それは嘗て一度だけ手合わせした事がある相手――ムカツキと決着を付ける事であった。
窓から沖縄の青い空と紺碧の海を眺める。移動の際、こうやって流れていく風景をのんびりと眺めるのはいつ以来だろう、そんな事をバキは考えていた。
「……一日千秋」
「はい?」
バキの独り言を、運転手が耳聡く聞きつけて尋ね返してきた。
「いや、何でもないよ」
ずっと待っていたのだ、この日を。小学生が翌日の遠足が楽しみで眠れなくなる、強いて言うならばそんな感じだった。
沖縄支部に肝心のムカツキの姿は無かった。支部長の金城から彼の居場所を聞き、改めてそこへと向かう。親切にも金城は車、そして運転手兼案内役としてサポーターの青年を一人貸してくれた。
「今日は沖縄では特別な日なんです」
そう金城はバキに話してくれた。
なんでも、沖縄では旧暦の八月十日は「妖怪の日」と呼ばれており、事実この日は沖縄各地で魔化魍が現れるのだと言う。
「本土の方にもあるでしょう?庚申の日とか大晦日とか、山に入ってはいけない日や漁に出てはいけない日が。それと同じですよ」
もう慣れているのだろう、そう言うと金城は大きな声で笑うのであった。
(そういや沖縄には沖縄特有の魔化魍が出るんだっけ……)
北海道と沖縄にはそこでしか発生しない固有種がおり、人事異動でこの二つの支部に出向する事となった者は、今までのノウハウが通用せず苦労するという話を耳にした事がある。
(固有種だったら面白いな……)
ムカツキの下へ向かう車中、後部座席に寝転びながらバキはそんな事を考えていた。場合によっては自分も戦う気満々である。彼の中に流れる、父親譲りの闘争の血が滾るのだ。
現場は、ガジュマルの森の中だった。サポーターの青年を車に残し、単身森へと足を踏み入れるバキ。本土には無い木々を珍しそうに眺めながら歩いていく。と、一本の大きなガジュマルの上から、全身真っ赤な姿をした怪童子が襲い掛かってきた。今まで見た事のない種類である。
「ラッキー」
そう呟くとバキは、掴みかかってくる怪童子の腕をいとも簡単に払いのけ、顔面を思いっきり殴り飛ばした。大きく吹っ飛んだ怪童子が、ガジュマルの巨木に激突する。
即座に間合いを詰めたバキが、ガジュマルを背にする怪童子の顔面に連続で回し蹴りを叩き込んだ。怪童子が戦意を喪失したと判断したバキは、とどめの一撃を放つべく構えを取った。だが。
「ッッ!?」
突然、ガジュマルの巨木が枝を伸ばしてバキの身体を掴んできたではないか!見ると、幹から大きな顔のようなものが浮かび上がっている。
(植物型の魔化魍ッッ!)
1973年に全国各地で同時に出現した魔化魍、ナンジャモンジャ。それと同じタイプの魔化魍だ。植物型は生命力が高く、厄介な相手が多い。しかもこいつは本土には出てこない、つまりバキにとって全く未知の魔化魍なのだ。
両腕を拘束され、変身音叉を取り出す事も出来ないバキに向かって、怪童子が近付いてくる。
と、その時。バキを拘束する枝に向かって「何か」が飛んできた。その「何か」の直撃を受け、枝が千切れ飛ぶ。堪らず残った枝を全て引っ込める魔化魍。
この好機をバキが逃す筈はなかった。呆気にとられる怪童子に体当たりをお見舞いし弾き飛ばすと、変身音叉を取り出して打ち鳴らし額へと掲げた。
体勢を立て直しバキへと跳び掛かってくる怪童子だったが、変身の際に起こった爆発に巻き込まれ、今度は頭からガジュマル――魔化魍にぶつかってしまう。
変身を終えた刃鬼が改めて飛んできた「何か」を確認すると、それは満身創痍となった妖姫であった。次いで、ヌンチャク型という特徴的な音撃棒を手にした鬼の姿が視界に映る。
「向月鬼さん!」
それこそ、刃鬼の目当ての人物、向月鬼であった。
向月鬼は刃鬼の姿を一瞥すると、ふらふらと立ち上がった妖姫に急接近し、強烈な一撃を鳩尾に叩き込んだ。その場で妖姫の身体が大爆発を起こす。一方刃鬼も、三度向かってきた怪童子を一撃の下に屠っていた。残すは魔化魍のみ!
ほぼ同時に、両者の音撃鼓が魔化魍に貼り付けられた。大きく展開した音撃鼓に向けて音撃棒が叩き込まれる。
「国士無双の型ァッッ!」
「音撃打・怒髪天衝ッッ!」
清めの音が駆け巡る度に、魔化魍の枝は大きく揺れ、大量の葉っぱが舞い散った。そして、爆発。巨木の姿をした魔化魍は大地へと還っていった。
「向月鬼さん……」
「さっきの魔化魍はセーマ(精魔)と言う。童子、姫とも人間を見つけ次第すぐ殺害する凶暴な種だ」
向月鬼の説明によると、凶暴なセーマは本来離島にのみ発生するのだそうだ。沖縄本島に現れるセーマは基本的に大人しい性質のものばかりであり、こちらはキジムナーと呼んで区別しているらしい。
「と言う事は今のはイレギュラー?」
「そんなものだ。今日は妖怪の日と言ってな……」
「ああ待って!その話はここの支部長に聞いてきたからさ……」
そう言いながらバキが顔の変身を解除する。しかし向月鬼は一向に顔の変身を解こうとはしない。
と、突然向月鬼が構えを取った。更に闘気まで放ち始める。
「君がここに来た理由ぐらい分かる。私と十年前の決着を付けに来たのだろう?」
関西でこの二人が最初で最後の私闘を行ったのが約十年前。魔化魍の出現により戦いは流れてしまったが、その時の二人の力量は五分と五分だった。
「全 力 で や ろ う」
その一言に、一瞬バキはきょとんとした表情を見せたが、すぐに満面の笑みを浮かべた。そして再び顔を鬼へと変える。
「スタイルは?バーリ・トゥード(何でもあり)?」
その場で軽く飛び跳ねながら刃鬼が尋ねる。それに対し向月鬼はただ一言。
「愚問!」
両者の放つ闘気がぶつかり、大気が激しく震えた。
あまりにも帰りが遅いバキ達を心配し、ガジュマルの森の中へと入っていったサポーターの青年は、凄まじい光景を目にしたと後に語った。
「本気でやり合っていたんですよ、しかも鬼の姿で」
サポーターの青年が彼等の下を訪れた時、既に二人は激しい打ち合いを行っていた。
「僕もサポーターとして色んな人と行動を共にし、その戦いを見てきましたけどねぇ。あんな激しい戦いを見たのは初めてでしたよ。こう……飛んできた拳や蹴りを防御するでしょう?音が違うんですよね」
両者の肉体がぶつかり合う度に轟音が響き渡り、その都度大気が震えたのだと言う。両者とも相手の正中線や顎、急所を狙って本気で打ち合っていたのだ。完全に殺し合いの空気だったと青年。
「空振りする度に『ぶぉん』って音がするんですよ。ジェットエンジンでも噴かしたかのような、ね。で、少し離れた位置にあるガジュマルの葉が大量に散ったり、場合によっては枝ごと吹き飛んでしまう」
僕も鼓膜をやられそうになりましたよ、と青年は耳に手をやりながら答えた。
二人の鬼は、鬼法術や鬼棒術、鬼闘術をも駆使して戦っていたと言う。
「爆熱掌ッ!」
刃鬼が鬼闘術・爆熱掌を使った。高熱を帯びた刃鬼の右手が、向月鬼の顔面を狙う。
「それに対し向月鬼さんは、地面に音叉を突き刺して、間髪いれずにこう叫ぶ訳です。『鬼法術・綿津見!』って……」
刹那、大地から物凄い勢いで水の柱が噴き出し、刃鬼の攻撃を防いだ――かに見えた。
「『じゅわ〜』って音がしたんですよ」
刃鬼の手は、水圧に屈する事なく、水の柱を貫いたのだ。しかし大量の水蒸気によって二人の姿は見えなくなってしまったと青年は語る。
「水蒸気が晴れた時には、二人ともある程度距離を取りながら牽制し合っていましたね」
一進一退の攻防が続いていた。だが、その均衡は思ったよりも早く崩れ去った。
「急に盛り上がったんですよ。そう、筋肉がッ!」
その時の事を思い出し興奮してきたのだろう、話をする青年の口調にも熱が篭っていった。
どうやら刃鬼が全パワーを解放したらしい。それによって彼の全身の筋肉が爆発的に膨れあがる。特に、背中の異常なまでに発達したヒッティングマッスル、それはまるで……。
「鬼の顔のようでした。ええ、こう鬼が『にたあ』って笑っているかの様な……」
刃鬼渾身の一撃が叩き込まれた。防御のために前に出された音撃棒・海人弐式は粉々に粉砕され、それでも拳は一向に威力を削がれる事無く、見事に向月鬼の水月に炸裂した。
「目にも留まらぬ――比喩でも何でもなく、本当に目にも留まらぬ速さで打ち込まれたんですよ!『パパパーン』って空気が破裂するような音がしたかと思ったら、向月鬼さんの巨体がいきなり後方に向かって吹っ飛んでいったんですからッ!」
向月鬼の身体はガジュマルの木々を次々と薙ぎ倒しながら、数十メートル吹き飛んで漸く地面に落ちた。
「あの二人がいつから戦っていたかは分かりません。分かりませんが、どんなに凄い戦いでも終わる時はあっけないもんですね。何せ瞬きをする一瞬で決着が付いちゃったんですから……」
暫く呆然としていた青年は、我を取り戻すと慌てて向月鬼が飛んでいった方へと走っていった。ムカツキは全身の変身が解除された状態で、口から泡を吹いて失神していた。
「君はまるで獣のようだった」
病院のベッドの上で、全身包帯だらけのムカツキが、枕元の椅子に腰掛けるバキに向けて言った。バキも痣だらけの顔に大きな絆創膏を貼っており、痛々しい姿をしている。
「所詮私は人の延長に過ぎない。しかし君は完全に獣になっていた。あの一瞬……」
同等の実力を持っていて、片方が人、もう片方が獣なら人が敵う筈がない。そうムカツキは告げた。
「……怒ってる?」
最初から全力でやり合おうと約束したのに、バキは最後の最後まで本気を隠していた。誇り高いムカツキの事、その誇りが傷つけられたとして怒っていても不思議ではない。……その筈なのだが、何故かムカツキは清々しい表情をしていた。
「君が私に気を使っていたとは思えん。あれを最後まで取っておいたのにも何か理由があるのだろう?」
「……全パワー解放は俺の身体にも大きな負担が掛かるんだ。夏の強化形態みたいなもんさ。だからここぞと言う時にしか使えないんだ」
「成る程……。私もまだまだだったと言う訳だ」
全力でぶつかり、その結果負けた。ムカツキに悔いは無いようだった。
「……少し外の空気が吸いたくなった」
「動いていいのかい?」
「構わん」
病院は、海の見える小高い丘の上に建っていた。外に出たムカツキが大きく深呼吸をする。それに倣ってバキも深呼吸を行った。潮風に喉をやられ、咳き込んでしまう。
「ははは……。大丈夫か?」
「……まあね」
暫く二人は無言で海を眺め続けた。水平線上をカモメか何かが飛んでいくのが見えた。
「……行くのか?」
ふいにムカツキが尋ねた。それに対しバキはただ一言「ああ……」とだけ返す。
「寂しくなるな」
「あなたからそんな感傷的な台詞が聞けるとは思わなかった」
バキのその一言に、明らかに狼狽しながらムカツキが答える。
「ふ、ふんッ!何を言っているのだ君は!」
傍目からも顔が赤くなっているのが分かるが、流石にそこは突っ込まないでおく。
「オホン……ところで彼女は残していくのか?」
「ああ、梢江の事か。そういやまだ話してなかったっけ……。とっくの昔に別れたんだ、俺達。駆け出しのボクサーと一緒になって何処か行っちゃった」
愛想つかされたんだ、俺――そう笑いながらバキが言う。
「……全てが終わったら、必ず戻って来い。次に会う時は絶対に負けん」
「……」
バキは何も答えなかった。ただ静かに海を眺め続けている。潮騒が心地良く耳に響いた。
と、バキが上着の内ポケットから一枚の封筒を取り出した。そして中から一枚の写真を取り出す。
「これさ、何年か前に百物語をやった時に撮ったものなんだ……」
そう言ってムカツキに写真を見せた。そこにはバキを含めた関西支部所属の鬼の姿が何人か確認出来た。
「ムカツキさんに預けておくわ」
その言葉に、ムカツキが一瞬驚きの表情を見せた。だがすぐに落ち着きを取り戻すと。
「それは君にとって大事なものではないのか?」
「だからさ。だから、一番信頼出来るムカツキさんに預かってもらいたいんだ」
それを受け取りに帰ってくるためにもさ――不敵な笑みを浮かべつつムカツキの目を見ながら、バキが告げた。
差し出された写真を、無言のままムカツキは受け取った。
「……再会の日、楽しみに待つとしよう」
「その時俺はムカツキさんより一歩も二歩も先を行っているけどね」
「ふっ……」
二人して大声で笑いあった。人目を憚る事なく、気が済むまで笑いあった。
その翌日、バキは大陸へと旅立っていった。平成に入り、元開発局長の南雲あかねと密かに連絡を取り合っていたDMC伊太利亜支部のニヤから彼らしき人物を目撃したとの情報が寄せられるまで、彼の消息は不明のままであった。 了
やっぱりバキネタをやる以上インタビューネタは入れないと!
で、本来ならば次回はコウキが主役の話なんですけれど、
ちょっとレンキが主役の話をやらせていただきます。
GWに出雲大社へ行ってきたのですが、それを元に一本書いちゃったもので。
響鬼本スレにも書き込みましたが、
この場を借りて改めて神戸みゆきさんの訃報にお悔やみ申し上げます。
『甘味処たちばな・看板娘』
_
/⌒ノl) /rー、リ)
( (゚ヮ゚)) (゚ヮ゚ リ
(∫V j ) (Σロ乃)
タチバナデマッテル〜 コレカラモズット…
221 :
名無しより愛をこめて:2008/07/06(日) 22:28:54 ID:b9fy1R7J0
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2008年、卯月。島根県出雲市にある出雲大社。ここで、実に五十九年振りとなる本殿の一般公開が行われた。
四時間待ちは当たり前という中、参拝者の列に一人の婦人が並んでいた。年の頃は五十代半ばと言ったところか。和服を着こなし、日傘を差した上品な女性である。
嘗て、レンキという名前で猛士中国支部に所属していた人物だ。
「母さん、大丈夫かい?」
すぐ後ろに並ぶ青年が、レンキに声を掛けた。彼女の血の繋がらない息子だ。
若かりし頃。日々恋に生きた彼女は、三十路を過ぎてから色々あって一人の赤ん坊を養子に引き取った。その後、女手一つでずっと育ててきている。勿論、彼女の性格上誰かと籍を入れたりはしていない。
「お母ちゃんを誰やと思うとるん?」
レンキは笑みを浮かべながら息子に告げた。彼女の肉体年齢は、明らかに同世代のそれとは異なっていた。激動の70年代を戦い抜いてきたのは伊達ではない。鍛え方が違うのだ。
記帳を行い、履き物を入れるためのビニール袋と小さな冊子、拝観証を貰った参拝者は、係の指示に従い三列に別れて八足門へと向かう。
「……そういや母さん、昔ここで巫女さんをしていたんだよね?その時のコネで並ばずに入れなかったの?」
隣に並んだ息子がレンキにそっと尋ねた。それに対し彼女は。
「巫女さん言うても、アルバイトみたいなもんさかいにねぇ」
彼女が現役時代の表の顔が、ここ出雲大社での巫女だったのである。
八足門を潜り、楼門で靴を脱いで本殿へと続く大階段を昇る。約三百年間全く手付かずとは思えない程しっかりした造りだ。その歴史を感じるかのように、一歩一歩しっかりと踏みしめながら昇っていく。
出雲大社の本殿は国宝に指定されている。その門は堅く閉ざされ、本来なら立ち入る事は許されない。そんな場所が一般公開される理由、それは本殿の修繕が五年の歳月をかけてこれから行われるからである。
「今神様は別のとこに移ったから、それでこうやって見られるようにならはったんよ」
「そういやここの祭神って何だったっけ?」
「大国主神(おおくにぬしのかみ)や。要は大黒はんの事やね」
大黒天は、ヒンドゥー教の破壊神シヴァが仏教に取り込まれた姿だ。シヴァは破壊神だが、再生を司る神でもある。そのため、豊穣を司る大黒天へと姿を変えた。また、シヴァの別名はマハーカーラ(大いなる暗黒天)。そこから「大黒天」という名前が付いている。
「大黒って七福神の打出の小槌を持ったあれでしょ?それがどうして……」
「仏教が日本に伝わった際、日本の神様とも習合してしもたんよ。大国は『ダイコク』とも読めるやろ?さかいに大国主=大黒にならはったらしいわ」
「適当だなぁ」と半ば呆れたように息子が呟く。
拝観は、まず縁をぐるりと一周し、その後内殿を窺える蔀の前で座って氏子から説明を受けるという手順になっている。
「懐かしいわぁ。ここに入るのは二十二年振りやろか……」
レンキがそう呟いた。小声だったためか、息子も聞こえなかったようだ。五十九年間一度も開かれなかった場所に、何故レンキは入った事があると言うのか?話は、二十二年前に遡る……。
1986年――バブル景気の前夜に当たるこの年は、様々なニュースが社会を彩った。
一月にスペースシャトル・チャレンジャー号の爆発事故。この事故で日系人宇宙飛行士のエリソン鬼塚が死亡している。
国内では大寒波が西日本を襲い、鹿児島で20センチを超す大雪が記録されている。低気圧による大雪の被害は三月まで続き、関東地方でも記録的な大雪が起きている。俗に言う「六一豪雪」である。
二月、フィリピンでアキノ革命が起こり、マルコス政権が倒れる。日本のロボットアニメ「超電磁マシーン ボルテスX」が原因ではないかと真しやかに囁かれた。また、79年振りにハレー彗星が地球に接近している。
八月、台風10号が日本列島で猛威を振るう。
十一月、伊豆大島の三原山が209年振りに大噴火を起こし、全島民が避難する。
三年後には昭和が終わり、ベルリンの壁が崩壊し、天安門事件が起こる。それから更に二年後にはソ連が崩壊する。そんな激動の時代が訪れるなど露知らず、誰もが人生を謳歌していた。それは猛士の面々とて例外ではない。
「ドラクエ何処まで進みました?」
同年水無月。中国支部の表の顔である出雲蕎麦屋の店内で、机を挟んでファミコン話に興じている者が二人。鬼のイトシキ(愛色鬼)と「飛車」の八雲礼二だ。
イトシキは、名前から薄々分かった方もおられるだろうが、あのレンキの弟子である。つい最近免許皆伝したばかりの新人だ。
ちなみに師匠のレンキはどうしたのかと言うと、兄弟子であるコイキに倣って放浪の旅の真っ最中だったりする。ここの支部長がああいう性格だったからこそ許されていると言えよう。
「とっくに竜王を倒したよ。今はマリオ2をやってる」
「早いですねぇ……。発売からまだ一月も経っていないのに……」
お蔭で連日寝不足だったけどね、と笑いながら八雲が言った。
「君は?」
「……パスワードのメモを紛失しました。絶望した!」
頭を抱えて蹲るイトシキに何と声を掛けてよいものか分からず、途方に暮れる八雲。と、そこへ。
「君達ねぇ、そろそろお客さんも増えてくる頃合だから、店内でお喋りするのは止めてもらえないかなぁ」
厨房の奥から「金」の佐野学が出てきて、二人に注意した。
「お金払って何か注文してくれるなら話は別だけどねぇ」
「あ、すみません……」
と、店内へ一組の男女が入ってきた。鬼のユキツバキとバラマキだ。
「いらっしゃい……なんだ君達か。そろそろ勝手口から入ってくるよう学習してもらえないかな」
「すいません佐野さん」とユキツバキが言うも、明らかに反省している素振りは見えない。
「映画ですか?」
バラマキが手にした映画のプログラムを見て、イトシキが尋ねる。
「ロッキー4行ってきたんだ」
イトシキの「どうでしたか?」という質問に対し、「俺としてはコマンドーの方が好きだったな」とユキツバキ。二月に見に行って以来、余程気に入ったのか彼は事あるごとにコマンドーを引き合いに出すようになった。
「私は二ヶ月後に公開するラピュタが気になったな。ナウシカと同じ監督さんなんでしょ?」
「ナウシカ?漫画だろ、それ。絶対大した事ないって」
そう言ってバラマキを馬鹿にするユキツバキであったが、同じ監督の作品が十六年後に海外で様々な賞を獲得するなどこの時は夢にも思わなかったであろう。
と、店内の電話がけたたましく鳴り響いた。業務用とは別に引いてある、猛士メンバー専用の電話だ。
「佐野くん、電話に出てくれませんか!おーい佐野!」
支部長の東真一郎がベルの音に負けないくらいの大声で叫ぶ。それを聞いて慌てて受話器を取る佐野。電話は「飛車」の中岡からだった。
「おお元さん。どうしました?……えっ?ホオズキくんがやられた!?」
店内に緊張が走った。
その少し前、広島県の山中で鬼灯鬼は魔化魍と戦っていた。1970年代後半から活躍している鬼灯鬼は、既に支部でもベテランの一人として数えられている人物だ。性格に難有りだが、その戦闘力は折り紙付きである。
しかし、今彼が戦っている相手は少し厄介だった。
鬼灯鬼が口を大きく開き、斜め上空に向けて火炎弾を連発する。火炎弾は弓形に飛んで敵の真上から降り注いだ。鬼法術・怪火(あやかしび)。だが、炎の雨を全身に浴びても魔化魍は戦意を失う事はなかった。
今度は「怪火」を前方、敵の顔面に向けて真っ直ぐに吐き出す。直撃。しかし結果は同じだった。全く怯む様子も見せず、ただ前へと突っ込んでくる。
効果無しと判断した鬼灯鬼は、駄目元で音撃打を行うべく音撃鼓を手にした。相手の体力が減った様子はない。つまり、取り付いても振り払われる危険が極めて高いという事だ。
(やるしかねえよな……)
ぎりぎりまで魔化魍の接近を許してから、大きく跳躍する。空中で体を捻ると、その背へと着地、間髪入れず音撃鼓を貼り付ける。そして音撃棒を両手に……。
サポーターとして同行していた中岡元が、あまりにも帰りが遅いので心配して様子を見に来た時、ホオズキは全身の変身が解除された状態で倒れていた。
中国支部。出雲蕎麦屋の表には「骨休め」と書かれた札が掛けられてある。中では、ホオズキを病院に搬送し終えた中岡を加えた面々で、今後についての話し合いが行われていた。
「しかし、魔化魍が倒れたホオズキさんを無視するだなんて……」
誰もが思っていた疑問をバラマキが口にした。
「腹が一杯だったとか?」
茶化すかのようにユキツバキが言うも、バラマキと佐野に睨まれて黙ってしまった。
「大事なのは、ホオズキくんの命に別状は無いという事実です。……それで、元さんは魔化魍を目撃したのですか?」
佐野に尋ねられた中岡は、首を横に振りながら。
「残念じゃが、わしゃ何も見とらん。じゃが、わしがもちっと早ぉ現場に到着しとりゃあ、ホオズキさんもここまで深手を負う事もなかったろうに……。ギギギ、くやしいのう、くやしいのう」
歯噛みしながら中岡が言う。ベテランサポーターとして、みすみす鬼を負傷させてしまったのが本気で悔しいようだ。
それでも、佐野のしつこいまでの質問に対して、中岡は現場で見て覚えている限りの事を話して聞かせた。まず、現場には大きな爪痕が大量に残されていたという事。次に、魔化魍のものと思われる体毛が現場に散乱していたという事。
「爪に体毛……。予測だとツチグモかヌリカベのどちらかだったんですよね?」
八雲が佐野に尋ねる。この二体の魔化魍は、どちらも爪や体毛を持っていない。つまり、佐野の予測はハズレもハズレ、大ハズレだったと言う事になる。責任を感じ、肩を落とす佐野。
「あと、病院へ搬送中にホオズキさんがしきりに……」
全身打撲で重症を負ったホオズキは、車中ずっとうわ言を繰り返していたのだと言う。
「赤い舌がどうしたとか、そげな事を言うとったのぅ」
「赤い舌……ねぇ」
ホオズキは嘘吐きで有名な鬼である。果たして、彼のその発言に信憑性はあるのだろうか?
「アカシタです」
と、今まで目を瞑ったままずっと黙っていた東が口を開いた。誰もが老齢だし居眠りをしているのだろうと思っていたのだが、どうやらちゃんと起きていたらしい。
「アカシタって……何です?」
イトシキが隣に座るユキツバキに尋ねるも、首を横に振るばかり。そのユキツバキもバラマキに尋ねるが、彼女も知らないと言う。
と、そこへ一人の男が一冊の和綴じ本を手に入室してきた。中国支部所属の「銀」、太田豊太郎だ。
「あった、ありましたよ支部長!これでしょう?」
「どうしたのかね、太田くん」
「あっ、佐野さん。いや、支部長に言われてさっきまでずっと地下倉庫を漁っていたんですがね……」
そう言うと豊太郎は彼等に本を見せた。どうやら稀種魔化魍について詳しく書かれた書物らしい。
「ナイスタイミングです!」
豊太郎を褒めると、東は彼から本を奪い取って、老眼鏡を掛けながらページを乱雑に捲っていった。東の指が、とある頁で止まる。
そこには、「赤舌」と書かれた魔化魍の絵が描かれてあった。巨大な爪に毛むくじゃらの体、禍々しく開けられた口からは、別の生き物のようにうねった舌が覗いている。
「こんな魔化魍がいたんだ……」
頁を覗き込みながらバラマキが呟いた。佐野が本文を現代語に訳しながら読み上げる。
「嘗て青森県は津軽地方で目撃されたそうです。出現は稀で、出てくる場合は日照りの強い、しかも赤口の日が殆どだと書かれていますね」
部屋にあった壁掛けカレンダーを八雲が確認する。ホオズキが山へと入った日付の真下には、赤口と赤い字で書かれてあった。赤口とは、陰陽道における凶日の事であり、赤舌日の異名を持つ。
「アカシタの弱点について何か書かれていないのですか?」
バラマキに問われ、本文にざっと目を通す佐野の表情が突然変わった。
「羅刹神と書かれています……」
「羅刹神って……?」
「読んで字の如く、神ですよ……」
そう。嘗て関西支部の面々が戦ったアクル、スクナオニ、アラハバキ、キュウビ。これら記紀神話に名を連ねる面々よりは劣るものの、アカシタもまた神として畏怖される魔化魍なのである。
「神ですって!?そんなものに勝てる訳ないじゃないですか!絶望した!」
そう大声で叫ぶイトシキだったが、実際に七年前、京都でキュウビの神通力を目の当たりにした事のあるユキツバキがここに居る面々の中で一番狼狽しているのは誰の目にも明らかだった。
「ホオズキがやられる訳だ……」
ユキツバキは、搾り出すようにそう呟くのが精一杯だった。
「それでも退治しなければなりません。アカシタは水を腐らせる力を持っています」
東が淡々と告げる。
「それが本当だとしたら、麓の村々は水源を失って壊滅的打撃を受けてしまう……!」
改めて今が危機的状況である事を認識し、バラマキの声に思わず力が入る。
「……一つ方法があります」
東のその言葉に全員の視線が向けられた。
「実は……出雲大社の本殿には昔から一組の音撃鼓と音撃棒が奉納されているのです。吉野が管理している伝説の音撃武器と同じです」
「そんなものがあったのですか!?」
突然の東の発言に、佐野が素っ頓狂な声を上げる。東の腹心である彼すらも知らなかった事実だ。
「でもそれがほんまなら、神の名を冠した魔化魍じゃろうと倒せる!」
「火焔太鼓を吉野から借り出すには、面倒な手続きがいるしな!」
中岡とユキツバキが嬉しそうに声を上げた。それに対し東は「ですが……」と続けた。
「あれは代々のカラスキが管理を担当していました。しかし今のカラスキは中部におります。それに伴い、管理は別の者の手に委ねられたのです」
「誰です、それは?」
レンキです、と東は答えた。
「師匠が!?」
「どうりであいつ、非番の時は出雲大社で巫女をしていたわけだ……」
「ですが支部長、彼女は今……」
そう。八雲の言う通り、レンキは今放浪の旅の真っ最中だ。現在彼女が何処に居るのか、支部の誰も分からなかった。
「レンキさんじゃないと出せないのですか?」
「出せないと言うより、使えないのです。音撃武器そのものに結界が張られてあって、並の鬼では強すぎる正の波動を抑えきれず変身が解除されてしまうのです」
それを聞いてバラマキの顔が曇った。
「ああ、何でいつも彼女が不在の時に限って……」と悔しそうに呟く佐野。九年前に起きた大山での一件の事を言っているのだ。つまり、あの時もレンキが居れば被害は最小限で済んだかもしれないのである。
しかし、いつまでもこうしている訳にはいかない。ユキツバキが立ち上がった。
「駄目元で俺が行ってきますよ。伝説の武器なんか使わなくったって、魔化魍の一匹や二匹、御茶の子さいさいですって!」
いつものユキツバキの大口が、心なしかやけに力強く感じられた。
「私も行きます。ユキツバキ一人には任せておけないわ」
「じゃあ私は……ハナミズキさんから知恵を借りてきましょう」
そう言ってバラマキとイトシキも立ち上がる。ハナミズキは、年齢的な問題で既に引退していたが、戦術アドバイザーとして今も中国支部をサポートしている。
と、そこへ二人目の訪問者が現れた。ツワブキだ。彼も脚の怪我が原因で、ハナミズキ同様既に一線から身を引いていた。先輩であるユキツバキ達が未だ現役で戦っている事に対して負い目を感じているらしく、引退した今でも支部にはよく訪れている。
「あれ、どうしたんです?皆さん揃って。暖簾も片付けてあったし……」
空気を読まず、土産を片手に入ってくるツワブキ。どうやら勝手口から合鍵を使って上がってきたらしい。髪や衣服が少し濡れているところを見ると、外は雨が降り出したようだ。梅雨時だし、仕方あるまい。
「あ、そうだ皆さん。大ニュースですよ。何だと思います?」
勿体ぶるツワブキに、早く言えよとユキツバキが怒鳴る。
「そんなに怒鳴らなくても良いじゃないですか……。実はですね、レンキ姐さんが戻ってきているらしいんですよ。『歩』の人が偶々見掛けたって……。あの、皆さんどうしたんです?そんな鳩が豆鉄砲喰ったような顔して……」
暫しの沈黙の後、「さっさとその『歩』を連れてこい!」という声が支部内に響き渡った。
その頃、広島県尾道市。小雨が降りしきる中、番傘を差した和服姿の女性が、紫陽花の咲く坂道をゆっくりとした足取りで登っていた。中国支部の問題児、レンキその人であった。
その後、発見されたレンキは、再会の挨拶もそこそこに出雲大社へと向かう事になった。彼女を乗せた車中には、運転する八雲以外にも、佐野、イトシキが乗っている。
「相変わらずお綺麗ですね……」
久し振りに再会した師匠に向かって、イトシキが本心を告げた。三十を過ぎて、美しさに更に磨きがかかったようだ。
「ふふふ、おおきに」
急ぎなので車に乗ったまま大鳥居を抜け、石畳の上を突っ切り、境内で派手な音を立てながら急ブレーキをかける。勿論本来ならやってはいけない行為である。
既に本殿へと続く八足門は開かれていた。門を潜るレンキ。その後に続こうとする佐野をレンキが止めた。
「佐野はん。こっから先は遠慮しておくれやす」
「あ、やっぱり駄目ですか。ははは……」
良い機会だから中を見学しようとわざわざ同行してきたのだが、当てが外れたようである。
1949年に一般公開されて以来、本殿へと通じる門はずっと堅く閉ざされたままだった。しかし三十七年目にして、非公式ながらもその門が開かれたのである。本来ならば天皇陛下ですらみだりに立ち入る事が許されない聖域に!
大社造の本殿は八本の柱に囲まれ、その中心には心御柱(しんのみはしら)と呼ばれる大きな柱が立っている。レンキが入ってきた南側に向かって御扉が開かれており、心御柱から右側は板仕切によって隠されている。この仕切りの向こうに御神体が鎮座しているのだ。
一礼し、内殿へと足を踏み入れるレンキ。正面には扉が付いた五つの小さな箱が並んでいる。御客座五神と呼ばれる五柱の天津神が祀られている場所だ。
次にレンキは、鏡天井を仰ぎ見た。色鮮やかな八雲之図が大きく描かれてある。心御柱を挟んで下段に五つ、上段に二つの雲が描かれていた。
八雲と言いながら七つしか描かれていないのには理由がある。呪術的な理由だ。あえて一つ足りない=未完にする事で、朽ちていくのを防いでいるのだ。同様の呪術は、日光東照宮の逆柱にも見受けられる。中世においてはポピュラーな呪術なのだ。
この八雲之図は江戸時代からずっと手付かずのままである。それでいてこの発色の良さ。まるで昨日今日描いたばかりのように見える。たとえオカルトに否定的な者でも呪術だと言うのを信じざるを得ない、そんな説得力があった。
この八雲之図は、赤、青、黄色や緑とカラフルな配色がなされている。おそらく色霊の類なのだろうが、本当のところはよく分かっていない。同じく、一つだけ向きが逆の雲が描かれている等、この絵には多くの謎が秘められている。
足音を全く立てずに、レンキは音撃武器が奉納されている板仕切の向こう側、御神座へと歩いていった。御神座の扉の前で再び一礼したレンキが、舞を舞い始める。穢れを祓い、荒ぶる神を鎮める為の神楽舞だ。
さて、レンキが門を潜っていってからずっと待ちぼうけの佐野達はと言うと……。
「レンキさんまだかなぁ……」
腕時計を覗き込みながら八雲が呟く。こうしている間にも、アカシタの足止めに向かったユキツバキ達が危険に晒されているかもしれないのだ。
「師匠〜」
イトシキもやはり焦っているようだ。ただ一人、佐野だけがどっしりと構えて彼女の帰りを待っていた。と。
「あ!来ました!」
イトシキが指を差しながら叫ぶ。桐の箱を大事そうに抱えたレンキが、笑顔を見せながら八足門を潜ってきていた。
山中でアカシタの足止めを行っているのは、支部の中でも大ベテランの域に達した雪椿鬼と薔薇魔鬼の二人だった。万が一何かあった際、すぐ二人を連れて撤退出来るよう、戦闘区域のすぐ近くで中岡が待機している。
アカシタが咆哮とともに、鋭い爪の生えた大きな腕を振り下ろした。それを最低限の動作で回避する雪椿鬼。薔薇魔鬼は先程から音撃管による援護射撃を的確に行い、雪椿鬼が回避行動を取るのを補佐している。
「こいよアカシタ!爪なんか捨ててかかって来い!」
雪椿鬼が挑発を仕掛けるも、そんな行為が有効な訳がなかった。と言うか無茶を言うな。
「ど、どうなるんじゃ……」
心配そうに戦闘を見守る中岡。アカシタには薔薇魔鬼の鬼法術・妖花香気が効かなかった。また、雪椿鬼の氷を使った技も力任せに破られてしまっている。加えて、体毛が邪魔をして鬼石も刃も通じないときている。
雪椿鬼が、鬼法術・氷之世界を放った。無数の氷柱がアカシタの周囲から生えて檻を形成する。しかしアカシタは一声吼えると、いとも容易く氷を砕いてしまった。足止めにもならない。
と、アカシタの体から黒煙が噴き出した。そしてその巨体が徐々に浮き上がっていく。
「あいつ、飛べるのか!?」
低空飛行しながらアカシタが突っ込んできた。間一髪で回避する雪椿鬼。空中で向きを変えるアカシタに向かって薔薇魔鬼が発砲するも、効果が無かった。
(目を潰す事さえ出来れば……!)
しかし垂れ下がった体毛が邪魔で、圧縮空気弾も鬼石もアカシタの両の目を潰す事は出来なかった。
向きを変えたアカシタが、今度は薔薇魔鬼の方に向かって突撃してくる。木々を薙ぎ倒しながら突っ込んでくるアカシタを素早く躱すも、折れた枝が物凄い勢いで飛んできて薔薇魔鬼の右肩に深々と突き刺さった。軽い悲鳴を上げて薔薇魔鬼が蹲る。
「大丈夫か!?」
「そっち、来るわよ!」
その言葉通り、再びアカシタが雪椿鬼目掛けて突っ込んできた。駄目元でカウンターを叩き込んでやろうと雪椿鬼が音撃弦を構え直す。
その時、火炎弾が雨霰の如く飛んできてアカシタの全身を焼いた。然程ダメージを受けている様子は見られないが、注意を惹く事は出来たようだ。アカシタ、そして雪椿鬼達の視線の先には、音撃棒・空蝉(うつせみ)を構えた愛色鬼の姿があった。
「はいっ!」
その背後から、威勢の良い掛け声と共に恋鬼が宙返りをしながら飛び出してくる。その手に、愛用の音撃棒・鯔背とは異なる一組の音撃棒を携えて。
「恋鬼!」
「おまっとうさん!これが名器『鬼神楽』や!」
そう言うと恋鬼はアカシタの伸ばした舌による攻撃を跳躍で躱し、その背に飛び乗った。そして装備帯から「鬼神楽」を外し、アカシタに押し付ける。宗教的な意味合いが強いのか、「鬼神楽」は過剰なまでに装飾が施されていた。
「鬼神楽」に付属する無名の音撃棒を高々と掲げた恋鬼が、大きく展開した「鬼神楽」に向けて振り下ろした。基本的にいつもの「鯔背」と「神楽舞」を使った音撃打と叩き方は変わらないが、大きな違いが一つ。
動きだ。演舞的とでも言うか、激しく全身を動かし、時にはポーズを決めながら音撃打を敢行している。しかも清めの音を受けて暴れ悶えるアカシタの上で絶妙のバランスを保ちながら、だ。
「私も加勢します!」
そう言うと愛色鬼は自身の音撃鼓・秋風を手に取り、アカシタに向けて駆け出そうとした。それを雪椿鬼が制する。
「止めておけ。あいつの独奏に割り込む余地はねえ」
「ですが……」
「信じろ。お前の師匠を。この支部最強の太鼓使いを」
五分近くに亘り音撃が奏でられた後、最後の一撃を叩き込んだ恋鬼が大見得を切る。刹那、アカシタの体が弾け飛び、周囲に大量の水がぶち撒けられた。全身ずぶ濡れになった中岡が、大慌てで手荷物の中からタオルを探し始める。
立ち込める靄の中から、顔の変身を解除したレンキが、いつものおっとりした笑みを浮かべながら歩み寄ってきた。
その日の晩、中国支部店内ではレンキの帰りとアカシタ退治を祝してささやかな宴が開かれた。
「私もね、見てみたかったんですよ、出雲大社の本殿を……」
酒を飲みながらぼやき続ける佐野を、レンキが宥めている。「鬼神楽」は戦いの後、レンキの手によって再び本殿に奉納された。そして関係者全員に、今回の件に関しては一切他言無用だとの御達しが届けられている。
「あと何十年か経てば、また拝観出来るようになるかもしれませんよ?」
そうツワブキが慰めるも、佐野は不満そうにコップ酒を飲み干した。一方ユキツバキはと言うと。
「支部長、いつになったら引退してくれるんですか?四国支部じゃ俺と同世代の鬼が支部長に就任したそうじゃないですか。俺にも支部長やらせて下さいよぉ〜」
酒が入っているとは言え、本人を前にして失礼な発言を連発するユキツバキ。それに対し東は真顔で。
「あんた、それは無理な相談ですよ。何故なら私は百歳まで生きるからです。当然それまで引退はしません」
「畜生!第三次大戦引き起こしてやる!」
「わはは、くやしいのうwwwくやしいのうwww」
茶々を入れる中岡をユキツバキが睨み付けた。その様子を呆れ顔でバラマキが眺めている。妖花香気で自らに部分麻酔をかけて応急処置を施したバラマキは、戦いの後ちゃんとした治療を受け、この宴席にも参加している。
「そういえばその新支部長なのですが、以前電話で話をした時、最初は普通に喋っていたのが途中から急にラウドネスがどうしたとか、ボウイがどうしたとか妙な事ばかり言い出したのです」
新種の魔化魍か何かですか?と不思議そうな顔をする東であった。
八雲はイトシキと酒を飲みながら、相変わらずゲーム談義を筆頭に、他愛も無い話に花を咲かせていた。
「絶望した!阿部寛がいい男すぎて絶望した!」
先月創刊されたばかりの雑誌「メンズノンノ」の表紙を飾っている阿部寛(当時二十二歳)を見ながら、イトシキが叫んだ。レンキが買ってきた物である。
「君さぁ、その口癖は絶対直した方が良いよ」
「そうそう。僕もいつかは注意しようと思っていたんだ」
八雲に次いで豊太郎もイトシキの口癖を注意し始める。「でしょう?」と相槌を打つ八雲。
「そうですか?鬼には個性的な人が多いから、キャラ作りは重要だと師匠が……」
「あの人は……」と呟きながら八雲が額に手をやった。
「でもやっぱり止めるべきだよ。はしたないと思う。確かに君は鬼だけど、それ以前に――」
女の子なんだからね――と諭すように八雲が告げた。明らかに困り顔を見せながら、イトシキがおかっぱ頭を掻いた。
「まあ正直な話、殺伐とした職場に花が欲しいって訳だよ。可憐な花が……。うっ……」
ハンカチを取り出し、豊太郎が目頭を押さえる。どうやらまたエリスの事を思い出してしまったらしい。酒を飲んでいて且つ女性の話になると、決まって独逸での甘い日々が思い出されて鬱になってしまうのだ。困ったものである。
結局、この夜の宴会は明け方まで続けられ、翌日も店は臨時休業になったのであった。
拝観を終えた帰り道、息子が拝殿の前にある大注連縄に向かって五円玉を投げていた。
「何してはるん?」
「あ、前にテレビで見たから試してみようと思って。この注連縄に賽銭が上手く嵌ればいいんだよね?」
息子の言う通り、注連縄には沢山の硬貨が埋もれていた。だがレンキは真剣な面持ちで息子の行為を諌める。
「それは俗信や。出雲はんは容認してへんよ。外国のどっかの泉とはちゃうんさかいに」
「え、そうなんだ……。俺てっきり……」
レンキに注意され、息子が五円玉を財布に戻した。
その後二人は、境内で執り行われていた出雲神楽を最後まで見物し、大鳥居を後にした時には午後五時を過ぎていた。
「ちょいとお腹空かへん?」
「え?……言われてみれば」
タイミング良く息子の腹の虫が大きく鳴いた。その様子を見て、レンキが「ふふふ」と笑う。
「ほなこの近くで食べていこか。むちゃ美味しいお蕎麦屋さんがあるんよ」
その言葉に息子の顔が綻ぶ。
二人して歩く事十数分。出雲蕎麦屋の看板が見えた。彼等は、久し振りに訪れる彼女を見て、どんな反応をするだろうか。きっとあの頃と変わらない反応で出迎えてくれる筈だ。
暖簾を潜り、店内へと入る。聞き慣れた声が耳に飛び込んできた。
「いらっしゃい!」 了
舞台が1986年なのは、やはりキバを意識しての事です。
……時事ネタは歌謡曲ぐらいしかやらないんだろうなぁ、あの番組。当時のニュース映像とか流せないのか?
ちなみに上記の三原山の噴火はこんな感じです。キバで触れるとは思えないけど。
ttp://karapaia.livedoor.biz/archives/51190378.html 出雲大社の特別拝観は、7月19〜21日、8月1〜17日までやっているそうです。
内殿の写真撮影は禁止だそうですが、スケッチはOKらしいので、絵心のある人は画材を持って行ってみてはいかがでしょうかw
さて、いよいよ次回はコウキが主役の話――本編の最終回です。
これに関してはとっくの昔に書きあがっているので、頃合を見て投下いたします。
投下乙です
愛鬼が終わり、高鬼が終わるとこのスレもさみしくなっていくなぁ
中断中のSS復帰しないかなぁ
投下乙です。
今回も色々な物が潜んでいるなぁ、と。読んでない漫画についての知識が増えました。
結局レンキの息子についてだけ元ネタが判らず(特にないのかもしれませんが)
241 :
鬼島兼用語集:2008/07/08(火) 19:09:30 ID:oO+CeKIN0
>「でもやっぱり止めるべきだよ。はしたないと思う。確かに君は鬼だけど、それ以前に――」
>女の子なんだからね――
これ、俯瞰風景でしょうか? なんて、ストロベリー。
なんか城之崎さんの支部長就任の時期を俺が確定させてしまったならすみません。
しかし荒鬼作者さんの作品はキャラが立ってて羨ましいくらい上手いです。
最終回の後も、それに至るまでのお話を期待させていただきます。
俺のほうも下手なりに一本書きあがりましたので、近いうちに投下しようと思います。
ところで前回のでわかりにくい世界を使いましたので、ホテルツアーをご用意しました。
ttp://www.tot1899.com/index.html(音声注意)
それとストラングが口にしたサエコはPodcastに登場します。
本家では配信終了していますが、こちらで全話聴けます。
ttp://www.thelinguist.com/en/ja/library/collection/27115/ ちなみにニューヨーク・デリもテディ・ルーズヴェルト・ラウンジも某テーマパークに実在します。
ウォーターフロント・パークでは子供たちがおおはしゃぎです。
最終回間近ですが、前スレの最後らへんによると、欧州編もあるとかないとか。
何編でもいいので、ここで投下がある限り鋼鬼作者さんに着いていこうと思います。
244 :
鬼島兼用語集:2008/07/09(水) 00:55:10 ID:Lwy2wkqu0
すみません、「こうき」でいろいろ登録してあったので誤変換してしまいました
荒鬼じゃ鋭鬼さんじゃないか!
いつだったか、全国のコウキさんが集まる「仮面ライダー高鬼と七人のコウキ」みたいなのを勝手に妄想してたことがあるw
あの頃は中四国さんもまだ健在だったしなあ
実際、昔のトラブルにいつまでも粘着してるほうがキモイけどな
>>247 誰も粘着も愚弄もしていないから落ち着きなさい
8人コウキもいいが、コウキばかり集まってもやりにくいばかりだな。
終いにどのコウキさんかわからなくなる。
呼ぶときに「コウキA」とか「コウキ1号」とか言わないと見分けつかない。
仮面ライダーなんだから、やっぱ「1号」がベストか
そこはそれ、関東のコウキとか関西のコウキとか
>終いにどのコウキさんかわからなくなる
おそ松くんを思い出してしまった・・・・
ライダースピリッツみたいに本名で呼んじゃえば一気に解決だが、猛士のルールじゃそうもいかんしなぁ
支部名が頭に入るとイライラした本家(関西の高鬼)が「ええい、面倒くさい!」とか叫びそうだw
幸いにもサイトで連載は続いてるんだから読みたいやつはそっちに見に行けばいい
スレから居なくなって寂しいのは事実だし、戻ってきてほしい、とも思うがアンチがうるさいしな
ていうか今も昔も中四国アンチは民度低すぎw名前出しただけで釣りだの禁句だの・・・嫌な話題はスルーすりゃいいのに
ま、あれだけ嘘と自演を繰り返していれば、そうなるのも当然だわな。
嘘か自演かはどうでもいいとして、トラブルへの対応がよくなかったからな
ま、あそこまで滅茶苦茶言われて平静に相手できる人間もそんなにいないだろうが……
結局、可哀想だが自業自得かね。VIPなんかと付き合うから変なことになるんだ
まあ、その話題は無理に語らないでそっとしておいてあげようよ。
そのほうがお互いのためだ。
お互いの神経逆撫でしてまで出さなきゃいけない話題でもないし。
そういえば、「グロリアス」の中でラウドネスの事に触れられていたのを見て、不意に懐かしくなった。
メンバーは変わっているだろうが、今も健在なのかな。
アースシェイカーとか子供ばんども同じ頃だったような・・・。
>戻ってきてほしい
たとえこっちが望んでも、本人のほうがもう戻りたがらないだろ。
最終的に彼の居場所を奪ったのはVIPPERじゃなくて、仲間の筈だったこのスレの住人なんだぜ。
100人ROMがいればアンチなんてせいぜい一人くらいの割合だとは思うけど、それでも自分のアンチがいるとわかってる場所で誰も連載したがらんだろ。
レンキの息子のモデルは、実は作者さんご本人だったりしてね。
実際には家族か友達との旅行で・・・五円玉投げたとこだけリアルとか。
>>240 >>250前半
レンキの義理の息子に元ネタ、モデルの類は無いです。
時間経過を表現するためと、レンキが出雲大社について解説するための前フリ用です。
>>241 えっと、まずイトシキの元ネタは「さよなら絶望先生」の主人公・糸色 望(いとしき のぞむ)です。
イトシキという名前と「絶望した」という口癖から、元ネタを知っている人は間違いなく男性だと思うだろう、
それがラストで実は女性キャラだと知ったらやられたと思うだろうなぁ…なんて思って仕掛けたネタです。
それ以上でもそれ以下でもありません。
>>242 >欧州編
>>62での指摘通りになりやしないか不安になってきたので、今のところ保留とさせていただきます。
>>244 「コウキ」の話題になったので、「高鬼」の名前の由来を。
・本編見た時の印象が「高いとこ目線のおっさん」「気位ばかり高そうなおっさん」「高慢ちきなおっさん」だったから
・プロデューサーの高寺氏から一字いただいて
・以前SSでもほんの少し触れたが、鬼ごっこの一種である「高鬼(たかおに)」から
>>257 オリジナルメンバーで再結成してますよ、ラウドネス。
>>259後半
当たりですw
前述の通り、レンキの話は今年のGWに出雲大社の特別拝観へ行った後、急遽書きました。
友人と一緒に行ったのですが、拝観の帰りに大注連縄に向かって五円玉投げてて、
友人が上手くいったので次は俺かなと財布を出したら、注意されてしまいました。
テレビで見たというのも本当です。つくづくテレビって信用できないなぁと思いましたよ。
出雲神楽も見たし、帰りに蕎麦を食べていったのも実話です。十数分歩いたというのは脚色ですが。
「高鬼」の名前の由来に20へぇ
小暮さん、疾風鋼の鬼と呼ばれていたから高鬼ではなく鋼鬼じゃないかと思ってた。
作者さんなりの考えが聞けて俺も20へぇ
|| ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
|| X代目歌舞鬼
|| 師匠 ↓ ↓
|| ↓ 恋鬼 (X+1)代目歌舞鬼
|| 弟子 ↓ 。 Λ_Λ
|| 愛色鬼 \ (゚ー゚*)
||______________⊂⊂ |
∧ ∧ ∧ ∧ ∧ ∧ | ̄ ̄ ̄ ̄|
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〜(___ノ 〜(___ノ 〜(___ノ
2006年、弥生。高知。
吉野総本部開発局長・小暮耕之助は、三十年振りに出会った嘗ての盟友・城之崎恭二と飲みながら昔話に華を咲かせていた。
「あれから色々あった。お前もだろ?」
「……まあな」
三十年前、それはまさに混沌の時代だった。ベトナム戦争、日本赤軍、公害……。高度経済成長の代償として様々な闇が社会を覆った。
世情の不安を反映するかのように、大自然の中より生まれる邪悪な存在、すなわち魔化魍も多く湧いた。稀種、イレギュラー、突然変異……。
80年代、バブル景気に突入してからはそういったものの出現回数は減少した。60年代のいざなぎ景気の頃も、統計的に魔化魍の出現は少なかったようだ。
小暮達が戦っていたのは丁度それらの中間に当たる時期であり、言わば「時代の転換期」、「時代の歪み」の真っ只中だったのだ。
その当時魔化魍と戦った「猛士」の鬼は、現在の鬼達よりも遥かに強く逞しい者が多かった。
そんな彼等も今は……。
「辞めた者、残った者、命を落とした者。皆色々だ」
そう言いながら小暮は、一枚の古びた集合写真を取り出して眺め始めた。
「何だ、それ?」
「昔の写真さ」
二十八年前、仲間達と百物語をやった時のものである。そこには若かりし小暮以外にも、嘗て供に戦った七人の鬼と彼等のサポーター、そして当時の開発局長と医師、司書が写っていた。
「そっちはどうだ?」
「同じさ。親父も……小松前支部長も逝ってから長い」
「……聞いているよ」
明日良かったら一緒に墓参りに行かないか――そう城之崎は尋ねた。小暮が無言で頷く。
「……そろそろ行くか。お勘定!」
腕時計を見て、城之崎が店主にそう告げた。小暮はコップに残った最後の一口を一気に飲み干した。
高知の街は確かに変わった。実際に街を歩きながら、小暮はその事を実感した。
市内の商店街は老舗の店舗が次々と潰れていた。繁華街から離れた場所にシネコンが完成し、映画館も次々と閉館になったそうだ。
「市民にとって『あって当たり前』だったものが今じゃこの有り様だ。ホント、嫌になるぜ……」
城之崎が苦々しく呟いた。
――時は目に見える形で流れている。
「……三十年前、私は粉骨砕身して戦ったよ。色々な所に行った。個人の力など高が知れているが、しかし……」
今があるのはあの頃の私達が戦った結果だと信じたい、そう小暮は強く言い切った。
城之崎が欠伸を一つしてから言った。
「俺だって、否、あの頃各地で戦っていた連中は誰だってそう思っているさ」
暫く無言のまま二人は街を歩いていった。居酒屋で互いに殆どの事を話してしまって話題が無かったというのもある。
当ても無くぶらぶらと歩き続けた。小一時間程歩いて城之崎が告げた。
「そろそろ帰ろうぜ。タクシーを拾うの手伝ってくれよ」
二人は大通りへと向かって行った。幸い、拾うまでもなくタクシーが数台路肩に停車していた。
「早い時間に飲み始めて正解だったな」
嬉しそうに城之崎は一台のタクシーに向かって歩いていった。
城之崎夫妻は今、亡き小松の屋敷に住んでいるという。
今から香美市まで行くというのを聞いて嫌そうな顔をする運転手を何とか納得させ、二人は乗り込んだ。
タクシーは高知市内を抜け、国道55号線を進んでいった。と、城之崎が急に運転手に何か耳打ちをした。
再び嫌そうな顔をした運転手は、言われた通り道を変えた。
「何処へ行くのだ?」
「気が変わった。これから陣中見舞いに行く」
「何!?」
タクシーは夜の街を走っていった。
高知県香美市香北町。猛士四国支部に程近い場所にその滝はあった。
「轟の滝」と呼ばれる、日本の滝百選にも選ばれたこの滝には、玉織姫伝説と呼ばれる話が伝わっている。
この地へと逃げ延びた平家の落人の一門に、玉織姫という機織の巧みな美しい女性がいた。その彼女がこの滝の近くで行方不明になったのだ。
心配した父親は、この滝壷に大蛇が住んでいる事を思い出し、小太刀を咥えて滝壷の中へと飛び込んだ。
父親の予想通り、姫はその滝壷内に広がる世界で大蛇と共に暮らしていた。彼女は帰る事を拒み、父親に自分が織った絹を形見として渡したという。
「里に戻った父親は、向こうで三日過ごした筈が三年も経っていて驚いたそうだ」
その説明に、小暮は三十三年前に隠れ里へと迷い込んだ事を思い出した。
「以来里は、蛇が嫁をくれた礼をしたのかどうかは知らねえが、兎に角繁栄したそうだ。伝説ならこれでいいんだ。でも現実は違う」
「大蛇の魔化魍……と言う事はヌレオンナだな。よく出るのか?」
「出る。昔っから定期的にな」
山道を携帯電話の明かりで照らしながら二人は進んでいく。
「担当は確か太鼓だったな」
「基本はな。今は弦使いが出ている。確かこの辺りにベースがある筈だ」
草木を掻き分けながら進む城之崎の後を追っていく小暮。暫く進むと、城之崎の言う通り仮設キャンプがあった。だが鬼の姿は無い。
「魔化魍を見つけやがったか?」
「しかし何故ここにベースが設置されていると分かった?」
城之崎はさも当たり前のように答えた。
「俺達が現役の頃から、この山に魔化魍が出た時はここにベースを置くって決まってるんだ」
言いながら城之崎がテントを漁る。
「お、あったあった」
城之崎の手には、キャンプに使う小型のガスバーナーが握られていた。それを使って火を点ける。
「相変わらずサポーターは居ないのかね」
「人材不足は何処も同じだろ?」
燃え盛る火の前に座って、二人は出撃中の鬼が戻ってくるまでの間、再びぽつぽつと昔話を始めた。
遠くで爆発音が聞こえた。引退してかなりの時が経つとは言え、二人とも未だ常人離れした聴力を持っている。
「……終わったかな」
「音撃は聞こえなかった。童子か姫だろう」
城之崎に向かって、小暮がそう答えた。
「じゃあもう少し待つか……」
昔話も語り尽くし、二人はとうとう勝手に色々と話し始めた。
小暮は各地を気侭に行き来しては目に留まった人物を使って新しい道具のテストをしていた時の事を。城之崎は今までに行ったロックフェスの事を。どちらも互いの話はあまり聞いていなかった。
「……歌えよ。アカペラでもいいから」
「……お前の好きそうな歌など何も歌えんぞ」
小暮は立ち上がると歌い始めた。曲はとりあえず誰もが知っているであろう童謡や民謡の類を選んでみた。
「……良い声してやがるな、相変わらず」
一通り歌い終わった小暮に向かって拍手と共に城之崎が告げる。
「誰に向かってものを言っている?ついこの間も声の限りに歌ってきたところだ」
二人は、互いに顔を見合わせてにやりと笑うのだった。
と、その時。音が聞こえた。こちらへと向かってくる音が。
「……おい、聞こえないとは言わせねえぞ」
「ああ、私にも聞こえる。これは……」
何か大きなものが地面を這うかのようなこの音は……。
「……走るぞ」
「言われるまでもない」
二人が駆け出すと同時に、巨大な蛇の魔化魍――ヌレオンナが木々を薙ぎ倒して背後から現れた。
「何で魔化魍がわざわざここに!」
「お前の歌だ!ほら、言うだろ。夜中に口笛を吹くと蛇が出るって!」
「歌えと言ったのは貴様だろうがっ!」
口喧嘩を続けながら走り続ける二人。元鬼とは言え、夜の山道を全力疾走してただで済む筈が無い。
「くそっ!やはり年には勝てんか!」
「ちくしょう、こうなったら……」
城之崎が懐から変身鬼弦を取り出した。ディスクアニマル起動用に、引退してもなお携帯し続けているのだ。
「変身する気か!?」
「この際しょうがねえだろ!」
城之崎が鬼弦を腕に巻き、鳴らそうとしたその時。
走り続ける二人の目の前に一人の人物が飛び出してきた。そのシルエットはどう見ても鬼である。
弦を手にした鬼は跳躍し、ヌレオンナの頭に取り付くと、そのまま頭頂部に音撃弦の刃を突き刺した。
そして。
「音撃斬っ!天威無法ぉぉぉ!」
響き渡る清めの音。悶え苦しむヌレオンナ。小暮と城之崎は、少し離れた場所で固唾を呑みながら成り行きを見守っていた。
演奏が終わると同時にヌレオンナの体は爆発四散し、塵芥となって周囲に降り注いだ。
魔化魍を倒し終えた鬼が二人の傍へ近寄って来る。その手に握られた弦は……。
「あれは……『宵闇』か」
それは間違い無く三十年前に小暮が城之崎に貸したままだった音撃弦・宵闇と音撃震・斜陽だった。
「おいキリサキ。あれは……」
小暮が横に居る城之崎に話し掛ける。と、二人の前に立った鬼が驚きの声を上げた。
「親父!何でこんな所に!?」
「コウキ……否、小暮。もう俺はキリサキじゃねえ。こいつが今のキリサキだ」
俺達の息子だ――そう言って城之崎は照れ臭そうに笑った。
「俺はこいつに名と楽器と心を託した。お前はどうだ?ん?」
三十一年前、まだ小暮がコウキを名乗っていた頃、彼は言霊を操る武器を生み出した。
それが様々な紆余曲折を経てちゃんとした形になるまで、実に三十年も掛かった。
装甲声刃。
小暮はその武器に心を託した。託された響鬼と名乗る鬼は見事に彼の心を継承してくれた――筈だ。
小暮は静かに笑った。そして胸を張ってこう告げた。
「当然だとも!私も素晴らしい若者に心を託してきたぞ!」
時は流れた。
三十年前の戦いの日々は、時代の露に消えた。だが三十年前に戦った者達の想いは、意思は、確実に次代を担う者達へと受け継がれていく。今までも、これからも、ずっと……。 完
これで、高鬼を主役に据えた本編は終わりです。ええ、あくまでも「本編」は。
少しこれからについて書いておきます。
ニシキから始まる今までの短編には、必ず関西支部以外の支部のキャラが最低一人は出てきました。
そんな中、北陸支部と中部支部のみ出番が無かった事が気になっている方もおられるのではないでしょうか?
この二つに関しては、キャラが濃い奴が多すぎて脇をやらせ難かったというのが理由です。だったら別に短編を書けばいい、と。
また、立花勢地郎や京極を主役に据えた短編も本来は途中に挟む予定でした。
ただこれらに関しては最終回をやった後でも問題はないだろうと判断したので、先に最終回をやらせてもらいました。
そうです、上記の四本はいずれ投下させていただきます。
京極は既に書きあがっているので、証として早ければ明日にでも投下させていただきます。
>欧州編
あの後よくよく考えてみれば、
萬画版「仮面ライダーBlack」も世界中が舞台だったし、ああいう感じでやれば大丈夫かなと思ってみたり…。
ただ、これよりも優先したいものが…。
>時代モノ
4スレほど前に「劇場版よろしく戦国時代モノでも書いてみようかなぁ」と書き込んだのを皆さんは覚えておいででしょうか?
悔いは残したくないので、やってみようかと思っています。
ただ、戦国以外の時代にも魅力を感じていて、どれをやろうか迷っている始末。
・役小角、前鬼、後鬼が吉野を舞台に活躍した飛鳥時代末期
・京の都を魑魅魍魎が跳梁跋扈し、陰陽師・安倍晴明が活躍した平安時代
・「太平記」に妖怪出現の記録が残る南北朝時代
・言わずと知れた戦国時代
・徳川政権がぶっ壊れ、時代が動いた幕末
・「帝都物語」でも取り上げられている関東大震災のあった大正時代
・和泉一流、叔父さま、鬼小島平八、先代バキらが現役だった戦中・戦後
・モチヅキ、ハツユキ、ケシキが現役だった昭和三十年代
どれか一つに絞るか、いくつかやってみるか…。
まあ、何とか形にしたいと思っています。
本編最終回、GJでした。各鬼主役の短編の、集合写真のエピソードが良かったです。
70年代を埋め尽くすように、多彩な物語をたった2年半でこんなにも…てのが正直な感想。
魔物・妖怪に関する知識の量が超ハンパないっスね。DAIGO風に言うと。
>ニシキから始まる今までの短編には、必ず関西支部以外の支部のキャラが最低一人は出てきました。
>そんな中、北陸支部と中部支部のみ出番が無かった事が気になっている方もおられるのではないでしょうか?
ぶっちゃけ、気付かなかったっス、マジスンマセン。
それよかバイク盗まれて関東に足止めされてたニシキたちがどうしてたのか、マジ疑問っス。
>>欧州編
>ただ、これよりも優先したいものが…。
まあそこは、順番に、順番に…でいいと思うっスけどね。
>>時代モノ
>4スレほど前に「劇場版よろしく戦国時代モノでも書いてみようかなぁ」と書き込んだのを皆さんは覚えておいででしょうか?
ぶっちゃけ、覚えてなかったっス、マジスンマセン。
デパートで引き出し多いタンス見て、超ハンパないって思って店出ようとしたら、
タンスの裏にまだ引き出しがワンサカあったって感じっス。超スペイシーな感じなんスけど。
以上、即興のDAIGOの物マネでした。
バキのその後が気になる。
しつこい中四国叩き、今度は響鬼本スレに現れるも住人から返り討ちに遭うw
726 名前:名無しより愛をこめて[sage] 投稿日:2008/07/21(月) 00:10:25 ID:WjXG4PJOO
ID:sORWumB30は、荒らしと見なしていいよな。
自分の嫌いなサイトの話が出ると必ず攻撃し、結果としてスレが荒れる。本人は正しいことをやってるつもり。
……ウザさで言えば「ら」の奴と何も変わらん。
728 名前:名無しより愛をこめて[sage] 投稿日:2008/07/21(月) 00:25:40 ID:RNSKnxmn0
ID:Z6kBwKh1O=ID:sORWumB30は結局、「何が目的なのか」という問い掛けにも、
「誰が得するのか」という問い質しにも一切答えなかったな。
コイツは多分、個人攻撃が正義の行為だと本気で思ってて、そしてそれを為す自分に酔ってるんだろうな。
このスレ以外にコイツが現れた際も、却ってコイツの方が叩かれてたりするんだが、それでも止める様子がない。
コイツの中では「痛い奴(とコイツが見なした人間)叩き」=「正義の行動」だから、やめる理由がない。
「ら」と同様、可哀想な人格破綻者だと思ってスルーするしかないな。
よく空気を読んで、NGワードを出さないようにお気をつけください。
何がNGワードだよ。いい加減にしろ
お前みたいなのがいるからいつまで経ってもアンチが勢力を保ち続けるんだ
昭和六十年八月。
「あー、フウキくんじゃない!」
「おう、カナタじゃねーか」
フウキが珍しく一人で外食をして街をぶらついていると、背後から元気な声がかけられた。声の主は石沢カナタという少女である。
地味めな中学校の制服に背中まである漆黒の髪、白い肌という、おとなしくしていれば深窓の令嬢のような容姿だが、実のところかなり活発なタイプだ。
ちなみにこのカナタというのは『彼方』ではなく『火鉈』と書く。親のネーミングセンスを心の底から疑いたい。
「珍しいね、一人なんて」
たたたた、と元気よく駆けてきてフウキの背を叩く。花のように可憐な外見に似合わず、足は速いし力も強い。思わず軽くむせた。
「俺だって四六時中誰かとつるんでるわけじゃないさ。それに、たった今からカナタとつるんでるだろ?」
「やだ、なに言ってるのよフウキくんったら!」
顔を真っ赤にしてフウキの背をばんばん叩く。風呂に入るときに見事な紅葉が見れるだろうな、と思いながらも痛みをかみ殺して引きつった笑みを浮かべた。
やがて歩き出すフウキに並び、カナタもてくてくと足を動かす。
「ところでフウキくんって、お仕事はなにをしてる人なの?」
「人助けさ」
格好をつけてシュッ、と平手から薬指と小指をたたむポーズを取って言う。
「もー、いつもそればっかり。もっと具体的に! 遊び人にしか見えないよ?」
「遊び人ってお前、いつの時代だよ」
「江戸時代かな? 遊び人じゃないならヒモ?」
「子供がそんな言葉を使うもんじゃあない!」
「子供じゃないもん。それにフウキくんっていつも女の人と一緒だし」
「あ、あー……」
それは、まあその通りである。かなり度を越しているとは思うのだが、どうしたものかやめることができない。喪失感にも似た衝動がフウキを駆り立てるのだ。
「ねね、それはそうとフウキくんって字はどう書くの?」
「風の鬼」
「へー、変わってるね。でも本名は藤咲史弥さんなんだよね?」
「おま、誰もその名前で呼んでないのになんで知ってる?」
「表札だよ」
「あ、そうか」
確かに表札にまでコードネームを書くわけにはいかない。さすがに本名を書いているのだが……
「って俺の部屋に来たことないだろ!」
「学校帰りによく行ってるよ。フウキくんはいつも留守だから入ったことはないけどね」
住所も教えていないはずなのだが。…………なにかいかがわしい噂が立っていないことを祈る。
「やめろ。男の部屋に通うなんてまだ早い」
「えー!」
「自分で言うのもなんだけど。俺はあんまり女癖がよくないってことになってるんだから、カナタにも良くない」
「……行くもん」
こうなったカナタは滅多なことでは折れてくれない。なにか交換条件で釣るしかないだろう。
「それじゃあ、かわりに一つだけ言うことを聞いてやる。だから俺の部屋に通うのはやめてくれ」
「ほんと!? やったぁ、なんでもいいんだよね!?」
「とんでもないのは除外。常識の範囲内でならな」
「じゃあ、フウキくんのバイクに乗りたい!」
もっと突拍子もない要求が来るのではと身構えていたが、あまりにも常識的なことだったので肩透かしを食らったような気がした。
「一陣にか? じゃあツーリングだな。今度の日曜でいいか?」
「うん、だいじょーぶ! 忘れちゃだめだからねー!」
カナタはぶんぶんと手を振りながら文字通り飛び跳ねるように走り去っていった。まさに元気の塊だと思う。
フウキとカナタは9歳離れている。しかし、その歳の差を補って余りあるほどカナタは魅力的だと思う。オンギョウキならば歳の割にそれなりに成長している部位ばかり見るだろうが、フウキが惹かれているのは肉体的な面ではなく精神的な面、つまりは元気だ。
有り余るエネルギーを抑圧することなく常に発散し、周囲までその元気に巻き込んでしまう。数え切れないほどの女性と関係を結んだフウキにとって初めてのタイプだった。
そしてようやく見つけた理想の女性だった。
だがそれだけに、自分には近付いてほしくないと思う。鬼であるフウキには常に危険が付きまとう。なまじカナタと親しくなればその危険に巻き込み、取り返しのつかないことになってしまうだろうことは目に見えていた。
だから、ツーリングをしたら田宮支部長に頼んで別の担当地域にしてもらおう。そう決心した。
日曜日。
フウキの部屋に現れたカナタは、白いフリルつきの半袖ブラウスに同じくフリルつきの黒いミニのプリーツスカート、足元はショートブーツという出で立ちだった。たしかによく似合っているし可愛くはある。だが……
「ツーリングに行くのにスカートって、なめてんのか?」
「だーいじょうぶだよ、スパッツ穿いてるもん」
見る?とスカートの裾をつまんでみせるカナタに手を振って止める。わざわざたくし上げずともミニスカートの裾からスパッツの裾が見えている。
肌を露出してバイクに乗ると日焼けがひどいし生足では寒いだろうという意味で言ったのだが、この調子では聞きそうもない。身をもって体験してもらおうと思い、黙ってガレージのシャッターを開けた。
「わー! すごいすごい、フウキくんのバイクかっこいー!」
初めて間近で見る一陣の威容に歓声を上げるカナタ。顔が映るほど磨かれた紅のボディにぺたぺたと触りまくっている。
そんなカナタを目の端で見ながら、フウキは後部に取り付けられた装備のバッグの位置を調整する。タンデムとはいかないまでも、なんとかカナタが座れるスペースを作るためだ。
「よし。後ろに乗れ」
「えー!? 運転させてくれるんじゃないの!?」
「中学生が運転したら即捕まります。それでもいいか?」
「大丈夫、撒くから!」
「そういう問題じゃない……とにかくお前は後ろ!」
さあ乗った乗った、と言いながらエンジンをかける。カナタがフウキの身体にしっかりと掴まったことを確認して、ゆっくりとスロットルを開けた。
走り出してしばらくした頃。
「ふふ〜ん♪」
カナタがフウキの耳元でなにやら自信ありげな声を出した。
「どうかしたか?」
「やわらかいでしょ?」
「なにが?」
「あたしの胸♪」
一陣に跨ったときからカナタの胸が背に触れている――というよりも無理矢理に押し付けているのは感じていた。可愛らしい背伸びだな、と微笑ましく思っていたが、すこし意地悪をしたくなった。
「なんというか……もう少し努力が要るかな」
「なぁんですってぇ!?」
「ぐぉっ!」
カナタはフウキの腹に回していた両手を思い切り締め上げる。猛烈な力で肺が圧縮されて呼吸ができなくなり、ハンドル操作もおぼつかなくなる。
「(か……カナタ、放せ、死ぬ…!)」
左手で必死にカナタの腕を緩めようとするが、その細腕は見かけとは裏腹に箍のようにがっちりとフウキの腹に食い込んでびくともしない。
「や・わ・ら・か・い・で・しょ!?」
思い切り首を縦に振る。正直なところ意識が薄れかけてもう言葉すら聞き取れないような状況だったが、何が何でも死にたくはなかった。
「もー、素直にそう言えばいいのに!」
唐突に腹の戒めが解け、肺に空気が満ちる。既に大分速度が落ちていた一陣を路肩に停め、腹いっぱい空気を吸った。カナタに説教をする余裕さえない。
「だいじょーぶ?」
「だ……だいじょばない…」
この状況は鬼島にいた頃にイヌガミ憑きの女を後ろに乗せたときよりもやばい。そう確信した。
再び一陣を駆り、山を切り開いた道路を景色を楽しみながら走っていると、カナタがなにかを見つけた。
「わ、見て見てフウキくん、なんか飛んでる!」
カナタが指差す方を見ると、何かがフウキを目指して飛んでくる。目を凝らしてみればそれは式神であった。
悪い予感が胸中を駆け巡る。休暇中の鬼に緊急連絡用の式を打つほどの事態―――自ずから用件は絞られる。
「すごい、折り紙だ!」
一陣を停め、掲げた手に菫鳶が止まる。ひとりでに折り目が開いていき、その中から一緒に折り込まれていた紙片が現れた。
『緊急。そのあたりに魔化魍が出現。直近の鬼はお前だけだ。至急向かわれたし。田宮源次郎』
それを一瞥すると菫鳶は再び鳥の姿に戻っており、一陣の前を招くように旋回していた。
―――カナタをどうする?
魔化魍との戦いの場に伴うのは危険すぎる。だからといってこの場に置いていっても、魔化魍の詳しい位置がわからない以上襲われるかもしれない。たとえ童子や姫だけでもカナタにとっては致命的だ。
ならばいっそ戦いの場で自分が守った方が安全ではないか?
どうする。
「カナタ。俺はこれから仕事だ」
背中越しに、なかば突き放すように言った。そして返ってきたのは、予想したとおりの、しかし重い一言だった。
「あたしも行く」
「お前が考えているよりずっと危険なんだ。それでもか?」
カナタに向き直り、その目を見て諭すように言葉を紡ぐが、カナタの応えは変わらない。
「うん。フウキくんがいれば大丈夫」
カナタは頭のいい娘だ。おそらく、薄々はフウキがどんな仕事をしているのか察しているのだろう。真剣そのものの表情でそれと知れた。
「――そうか。しっかり掴まれ。飛ばすぞ」
「ん」
カナタを守る。そして俺の戦いを見せよう。鬼や魔化魍の存在を一般人に知られるのはご法度だが、そんな規則など知ったことか。カナタに隠し事をするなんて真っ平御免だ。
スロットルを吹かし、スキール音も高らかに走りだす一陣は文字通り、一陣の風となった。
時速100kmを遥かに超えた世界では式神もそれについていくことはできず、ハンドルに止まって方向を指示している。
あたりはやがて鬱蒼と茂る森になり、菫鳶は舗装道路から逸れて農道へと一陣を導いていく。砂利を跳ね飛ばして進む一陣の前から、聞き慣れた声がかけられた。
「鬼だ」
「鬼だね」
「子連れの鬼だ」
「うまそうな娘だね」
童子と姫である。
「潰してあの子に食べさせよう」
「やわらかくしてあの子に食べさせよう」
一陣を停車させ、地に降り立つ。フウキの手には既に変身音叉・音耀が握られていた。
「ここを動くなよ」
背中越しにカナタに告げて、音耀を一陣のハンドルに打ち付け、次いで額に翳す。これから起こることを見たカナタがどう思うか、知る術がほしいと心底願った。だがそんな弱気を押しつぶし、どう思われようとカナタを守るという決意がその身を鬼へと変えてゆく。
白っぽい風の気が渦巻き、それが晴れたときに立っているのは一匹の鬼。白い体に薄紅の隈取、左右非対称の五本角。
―――風鬼。
「俺が守る」
カナタに背を向けたまま言い残し、地を蹴る。背に目があるわけではないので表情はわからないが、カナタが一歩も動いていないのはわかった。
姫が妖姫に、童子が怪童子に変化する。その腕は太く、幾重もの装甲を纏っていた。ワニュウドウの育ての親である。
「はあぁっ!」
両手から鬼爪を伸ばし、妖姫に猛烈なラッシュを繰り出す。たまらず、妖姫は白い血が土に落ちる間もなく絶命した。
「―――娘、もらうよ」
妖姫の死の代償に風鬼を抜いた怪童子がぐるぐると前転しながらカナタに迫り、その歪な腕を振り下ろさんとする。
「させるかよっ!」
大きく息を吸い、風の気として吹き出す。鬼法術・禍ツ風。
鋭い切れ味さえ持った狂風が怪童子を吹き飛ばす。しかしその目と鼻の先にいるカナタにとっては髪を揺らす程度のそよ風に過ぎなかった。
目を見開いて戦いを見つめるカナタの前を風鬼が駆け抜ける。鬼棒術・風神剣を抜き胴の要領で振りぬき、体勢を崩したままの怪童子を上下に両断した。
残心を終えて振り返った風鬼の前に本命の魔化魍が現れた。巨大なダンゴムシのような姿――成長しきったワニュウドウである。
気丈にもずっと立っていたカナタが、きしゃあっ、という耳障りな鳴き声をまともに浴びてぺたりとへたり込む。幸いワニュウドウは食餌の前に邪魔な鬼を片付けるつもりらしく、カナタではなく風鬼に正対した。
おもむろにワニュウドウがその身を丸める。普段は鈍重だが、ひとたび丸まれば転がって驚異的なスピードを発揮し、その質量と速度による圧倒的な破壊力を誇るようになる。
しかし巨体ゆえスピードを出すまでに時間がかかる。その間に勝負を決するのがセオリーなのだ。
ごりごりごり、と石臼を回すような音を立ててワニュウドウが転がり始める。鬼棒術・神螺風(からし)を続け様に放つが、下弦から生じた渦巻く衝撃波は頑丈な甲殻に阻まれて悉く霧消してしまった。
ワニュウドウの側面の入道の顔を思わせる模様が風鬼をあざ笑うかのようにゆっくりと回る。
「くそ、弦を持って来ればよかった」
弦は習い始めたばかりだが、それでも太鼓よりは効果があるだろう。しかし皆伝には程遠いうえ移動手段がバイクということもあり、実戦で用いたことはまだない。
「無いものねだりしてても始まらねえか。よーし」
右の下弦に風の気を纏わせる。風神結界である。そして左の下弦で傍らの巨岩を砕き、同時に風神鉄槌を解放した。
暴風に巻き込まれた飛礫は弾丸となり魔化魍を襲う。一際大きな岩が当たった部分にひびが入ったのを、風鬼は見逃さなかった。
風神剣に再び風神結界を纏わせ、わずかな亀裂に突き入れる。徐々に早くなる回転にどうにか追いつきながら風神結界がすべて隠れるまでねじ込むと、ワニュウドウの体内で思い切り風神鉄槌を開放した。
魔化魍の体内で荒れ狂う暴風はその肉と言わず筋と言わずずたずたに引き裂き、血煙を伴って甲殻のひびから吹き抜けた。
たまらず身体を伸ばしてのた打ち回るワニュウドウ。凄まじい悲鳴とともに不気味に蠢動する肉が露わになる。白い鬼はそこに音撃鼓・朧をねじ込み、叫んだ。
「音撃打・赫訳想燃の型ぁッ!」
どんどん、どどどん、どん、どどん。
どんどんどんどん、どどどどどん。
轟然と響く雄雄しき清めの響き。守りたい、その純粋な心が音撃に更なる力を与えている。
魔物に馬乗りになって太鼓を打ち鳴らす白き鬼は、少女の目にはどう映っているのだろうか。その心にはどう響いているのだろうか。
一心不乱に打ち鳴らす。この世の果てまで響き渡れと。心の底まで染み通れと。
わずか二十秒足らず――轟音とともに魔化魍は地に還り、歪な力は新たな生命への輪廻に返った。
陰陽座『接吻』
作曲:瞬火
如何して 私に生まれた
如何して 貴方に生まれ 其処に居るの
焼け付く 貴方への想い 燃ゆ程 赤く濁る
其れは 固く 痼る 私の罪
どうか せめて 結ばれないのなら地獄まで
愛も 傷も 頬を伝う泪に変わる頃
溢れる吐息が 魔になる
斯うして 私が生まれた
斯うして 貴方も生まれ 此処に居る
凍て付く 貴方への想い 温めど 冥く澱む
其れは 固く 閉ざす 貴方の罰
何も 言わず 結ばれないのなら地獄まで
愛も 傷も 頬を伝う泪に変わる頃
溢れる吐息が 魔を喚ぶ
尽きせぬ 貴方への想い 忘らぬ 終の辞
其れは 歪み 歪む 私の性
どうか せめて 結ばれないのなら地獄まで
愛も 傷も 頬を伝う泪に変わるから
何も 要らぬ 酬われないのなら地獄まで
肉も 色も 許されない契りを嗤うだけ
魔の吐息で 嗚呼 接吻で
濛々と舞う土埃の中から現れた風鬼に、しかしいつもの凱旋の威勢はない。顔の変身も解かずにゆっくりと、一歩一歩に時間をかけてカナタに歩み寄る。しかしその足は、カナタの二間も手前で止まった。
立ち上がったカナタは風鬼をまっすぐに見つめている。
「これが鬼……風鬼だ」
「……うん」
呟くような風鬼の言葉に、やはり呟くように返すカナタ。目を見つめようと顔を見るが、目も鼻も口もない鬼の顔のどこを見ればいいのか分からずに視線は彷徨う。
風鬼の心に虞が生まれた。
「……怖い、か?」
「ううん。ちょっと――じゃなくて、だいぶびっくりしただけ。見た目が変わってもやっぱりフウキくんはフウキくんだもん」
カナタが迷いのない足取りで風鬼に歩み寄り、その手を取る。大切な宝物のように、そっと胸に抱いた。
「あたしを守ってくれたフウキくん、すっごいかっこよかった」
はにかむカナタの目には涙。先ほどまでは恐怖の涙、しかしその対象は風鬼ではなかった。いま滲んでいる涙は別の意味を持っている。
「ぜーんぶ、あたしの大好きなフウキくんだよ!」
顔の変身を解いたフウキの目からは、涙が滂沱と溢れていた。
「――ありがとう……それと、隠してて悪かった」
涙声になるのをこらえ、カナタを抱きしめる。硬い手で傷つけないよう、そっと優しく。
カナタはフウキを力強く抱きしめる。全身でフウキを包み込むように。そして少し身体を離すと思い切り背伸びをして、フウキの唇に自分の唇を重ねた。
ただ触れ合うだけの、何の変哲もない接吻。そしてこの世で最高に特別なキスだった。
名残惜しそうに唇を離す。カナタのはじけるような笑顔に浮かぶ小さな涙は、恐怖ではなく、悲しみでもなく、紛れもない歓喜の涙。
「なんかすっごい恥ずかしいけど―――」
やっぱり言うね、と一呼吸措いて、はにかみながら一言ずつしっかりと口にした。
「大好き、フウキくん」
フウキ自身自覚していなかった、誰と肌を合わせても埋まることのなかった隙間が埋まるのを感じた。
それは、無二の守りたい人。帰るべき場所。
「俺も、カナタが大好きだ」
設定
石沢カナタ
14歳。このあとは学業の傍らフウキに付いてサポーターとして働き、二年後、16歳の誕生日にフウキと結婚。突然苗字が変わったことで大騒ぎになる学校を尻目にそりゃあもう甘々な生活を営む。猛士の活動のためにも大学まで出た。
カナタがサポーターになってからは一陣ではなく新たに申請した自動車『幻影弐式』で行動するようになる。なお一陣は返却せず、そのままプライベートで使用している。
悪魔憑きじゃないよ。
鬼棒術・風神剣
風神結界との違いは隠していないことだけ。ていうか風神結界は隠す技の方。
鬼棒術・神螺風
からし、と読む。音撃棒を振り、その風を増幅して衝撃波として対象にぶつける技。
ワニュウドウ
丸まったとき側面に男の顔のような模様ができる。カタワグルマというのはワニュウドウと同種で、単に模様が女性の顔のように見えるだけの違い。
人間を轢いて柔らかくして捕食する。溶解液を吐く事もできるが、オオアリのように強力でもなければ遠くに飛ばせるわけでもない。
288 :
鬼島:2008/07/22(火) 19:35:46 ID:l/u0uhxj0
鋼屋ジン氏の『男のライターが書くヒロインは女装した俺か目からハイライトが消えるまでレ○プしたい女』との言葉から、これまでほとんど前者しか書いていなかったことに気付いて意識して後者を書いてみました。
これって性癖バラしだよなぁ……スパッツとか黒髪とか含め。
*・゜゚・*:.。.イヤァン.。.:*・゜(n‘д‘)η゚・*:.。.
野良作業を終えた一人の老人が、トラクターに乗って家路を急いでいた。
最近、どうも村に不穏な空気が流れているのを、老人は長年の経験から察していたのだ。
ぽつりぽつりと雨が降り出してきた。完全に日が沈み真っ暗な中、トラクターのエンジン音だけが辺りに響き渡る。
――否応も無く不安になる夜だ。
と、春雨に煙る田舎道を誰かがこちらに向かって歩いてくるのが見えた。よく見ると一人ではない。七人だ、七人居る!
化け物――その生気が感じられない歩き方を見て、老人の脳裏にそんな言葉が過ぎった。慌ててトラクターを方向転換させ、元来た道を引き返そうとする。だがしかし。
「うわああ!?」
すぐ背後に、異様な気配を感じて大声を出してしまった。馬鹿な、あの七人とはまだ距離があった筈。それなのに……。
振り向いてはいけないと、本能的な部分が告げる。しかし老人は、怖いもの見たさに本能の警告を無視し、振り返ってしまった。
悲鳴が山間に響き渡った。後には、無人のトラクターが残されていた。
1987年、弥生。高知県香美郡物部村。四国支部。
この日、支部長に就任してまだ日も浅い城之崎恭二は、朝から酷く不機嫌だった。
吉野から客が来るのだ。しかも偏屈な事で有名な人物が。
城之崎は現役時代、個人的な理由から吉野で行われている大会議に一度として参加していない。そのため件の人物とは直接合った事は無かった。何度か電話口で会話した事はあるのだが、その時の印象は決まって。
――陰気臭いおっさんだぜ。
この一言に尽きた。まあ最近は慣れてきたせいか何も思わなくなったのだが。
しかし来る理由も何も告げず、一方的に電話を切ってしまったというのは、実にたちが悪い。城之崎が分かっているのは、今日この日に来るという事、ただそれだけ。お蔭で迎えをやる事も出来ない。
(何を考えてやがる……)
気を落ち着かせようと大好きなバンドのレコードを聴き始めるも、ロックのためテンションが上がり逆効果だった。バラードナンバーに換えようと積み上げてあるジャケットの山に手を伸ばす。と、そこへ一人の女性が入ってきた。
「恭二さん、どうしたの?」
赤ん坊を抱えた女性――嘗て四国支部最強の太鼓使いとして名を馳せた「瀬戸内の戦女神」ことコンペキその人は、部屋に入ってくるなりそう告げた。彼女は妊娠・出産を機に引退し、今では亭主――城之崎のサポートに当たっている。
「どうしたもこうしたもねえよ」
「吉野からのお客さんの事ね?」
図星である。気を悪くした城之崎はレコードを止めると、そのまま部屋から出て行ってしまった。
支部の前では、村の子ども達を相手にウズマキとリョウキが仮面ライダーごっこをして遊んでいた。高知県ではこの頃、「仮面ライダーBLACK」の本放送に先駆けて初代仮面ライダーの再放送が行われていたのだ。
二号ライダーの変身ポーズを取った子どもが、物凄い勢いでウズマキの腹にライダーキックを叩き込んだ。怪人役のウズマキが、わざとらしく悲鳴を上げながら地面の上を転げ回る。
「楽しそうじゃねえか」
「あっ、先輩!」
城之崎を見て立ち上がるウズマキ。そんな彼の頭に、城之崎の拳骨が落とされた。
「な、何するんですか先輩!?」
「馬鹿野郎。支部長と呼びやがれ。下のもんに示しがつかないだろうが」
「やけに支部長風を吹かせますね」
いつものようにリョウキが突っ掛かってきた。
「いつまで経っても革ジャンに鋲付きのベルト、ピアス以下過剰なまでのアクセサリーに染めた髪……。あなたみたいな人物を支部長と認める事こそ、下への示しがつかないのでは?」
「……もう一度言ってみろ」
ドスの効いた声でそう言うと、城之崎が一歩前に出た。さっきまで騒いでいた子ども達が、城之崎の気迫を感じ取りウズマキの背後へと避難する。
「俺を馬鹿にするのは構わねえ。だがな、俺が支部長に就任した事を馬鹿にするのは、親父をも馬鹿にする事になるんだ。そいつは許せねえ……!」
親父とは先代支部長である小松辰彦の事だ。幼い頃に家族を失った恭二にとって、小松は親代わりであり、言葉では言い表せないくらい大事な人なのだ。それを馬鹿にされる事だけは、絶対に許せなかった。
射るような視線を受けて、身動きが取れなくなったリョウキの傍に近寄ると、城之崎は問答無用で拳を振り上げた。と、そこへ。
「そこまで。拳を下ろしたまえ」
よく通る声が響き渡った。その場に居た者の視線が、一斉に声の主の方へと向けられる。
そこには黒衣を纏った、死神のような風貌の男が立っていた。
猛士総本部付きの司書である京極がわざわざ四国にまで足を運んだ理由、それは――。
「いざなぎ流の大祭が見たかっただぁ!?」
あまりにも突拍子も無い理由に、城之崎が驚きの声を上げる。
「そう。以前うちの者がこちらで大祭を見学したという話を聞いてね。いつかは訪れたいと思っていたのだよ」
「ああ、あいつか……」
あいつ――コウキが四国支部に出向してきてから十一年も経つ。しかし。
「何故今頃になって?」
当たり前の疑問をコンペキが口にした。
「僕もこう見えて色々と忙しい身でしてね。漸く時間が取れたという訳です」
秘祭の意味を知ってんのか?と城之崎が悪態を吐く。それに対し京極は澄まし顔で。
「色々と便宜を図ってあげたじゃあないか。去年の一件とか……」
「分かった、分かりましたよ!大祭は明日の晩からです。それまでゆっくりしていって下さいね!」
吐き捨てるようにそう言う城之崎であったが、当の京極は平然と出された茶を飲み干すのであった。
と、そこへ誰かが飛び込んできた。四国支部の「銀」である多々良勝彦だ。
「キリサキくん……じゃなかった支部長!……あ、ありゃ、お客さん?」
ずれ落ちそうな眼鏡を直しながら、京極に向かって多々良が頭を下げる。
「どうした、先生?」
「あ、そうだ!大変です、オンギョウキくんが数日前から追っていた魔化魍!あれ、凄くやばい奴だったんですよぉ!」
そう言いながらぼさぼさ頭を掻き毟る多々良。フケが周囲に飛び散り、コンペキが如実に嫌な顔をする。
「先生、あんたの悪い癖だぜ。落ち着きなって。……で?」
多々良は城之崎の目の前に置かれていた湯飲みを手にすると、「いただきます」と言って一気に飲み干した。
「あ、それ俺の!」
「ふぅ、ごちそうさまでした……。じゃあ本題に戻りますよ。その魔化魍は稀種だったんです」
「種類は?」
城之崎に尋ねられ、多々良は一回咳払いをすると、その魔化魍の名を告げた。
「……ミサキです。あの、出会ったら確実に殺されるという『行き逢い神』ですよ!」
ミサキとは、地方によっては「七人ミサキ」や「七人同行」、「七人童子」とも呼ばれる、主に四国、特に高知県に多く出没する魔化魍だ。その名の通り七人組で行動する。これが厄介なのだ。
ミサキのうち一人を退治したとしよう。そうすると退治した者が代わりに取り込まれてしまうのだ。こうしてミサキはずっと七人のままで彷徨い続ける。
この魔化魍にも、カジガババア同様由来は存在する。かの戦国大名・長曾我部元親の家督相続問題で讒言され、切腹を命じられた家臣・吉良親実と彼に殉じた家来七人の怨霊が魔に化けたものだとする説だ。
また、多々良の言うように、これと出会った者は確実にその命を奪われる。それ故、猛士関係者の間で付いたコードネームが「死神」。
「くそっ……!」
支部長に就任してまだそんなに日も経っていないというのに、そんな厄介な相手の対処をしなければならなくなった城之崎は。傍目からでも分かるぐらい苛立っていた。
「オンギョウキくんには一時撤退するよう連絡しておきました。もうそろそろで戻ってくる事でしょう」
多々良がそう言うも、オンギョウキが戻ってきたところでどうにかなるものでもないだろう。と、今まで黙って聞いていた京極が静かに語り始めた。
「十四年前、全国各地に同時出現した植物型魔化魍を覚えているかね?」
「それって……」
その時の当事者であるコンペキが口を開いた。十四年前、四国に現れたナンジャモンジャの木を祓ったのは、誰あろう彼女なのだ。あの時は全く同じタイミングで、全国六ヶ所に現れたナンジャモンジャの木に音撃を叩き込んでいる。
「七人同時に倒せと?そりゃ無理ですよ。だってミサキってのは、倒した者が新しいミサキになるんでしょう?」
倒した鬼がミサキになっちまう、と城之崎。しかし京極は思いがけない言葉を続けた。
「話は最後まで聞きたまえ。ミサキはね、昔から退治する事が出来ず、呪術を用いて封印する事で何とか対処してきた魔化魍だ。だが、最近になって漸く根元から断つ方法が判明した」
それは本当ですか!?と多々良が身を乗り出して尋ねる。
「昭和五年に吉野でもミサキ絡みの事件が起きてね。それ以来ずっと研究が続けられてきていたんだ。そして三年前、ついにある事実が判明した」
ミサキには本体がいる――そう京極は力強く断言した。
「本体ぃ?」
「そうだよ城之崎くん。七人ミサキは端末だ。昔、関西支部でも同じように本体と端末に分かれた魔化魍が現れた事があってね。あれも十一年前だったかなぁ……」
顎に手をやりながら京極が答える。
「……兎に角、端末を全部潰せば何処かにいる本体が必ず出てくる。こいつを通常音撃で清めればお終いだ」
「しかし、端末は倒せないのでしょう?」
コンペキがそう言うと京極は。
「だから端末に関しては呪術で挑むのさ。幸い僕は邪を祓う陀羅尼の札を携帯している」
「ダラニ?」
「僕の打つ式神の媒体にしている札だ。こいつを君達の持つ音叉や笛、弦で飛ばしてミサキの額に貼り付けるだけで良い」
そう言うと京極は、着物の袖の下から梵字が書かれた複数の札を取り出した。
「これだけでも不安だと言うのなら、陰陽道の術を加えれば良い。ここは日本にたった二つ残る陰陽道の息づく地の一つなのだからね」
もう一つとは、安部晴明の流れを組む土御門家によって起こされた流派であり、こちらは福井県に現存する。元々宮廷の要職だった陰陽道は、明治になると前時代的なものとして放逐され、この二つ以外は消滅してしまったのだ。
「……しかしさっきも言った通り、札はほぼ同時に七人に貼らないといけない。正直な話、何が起こるか分からないからね」
「博打か。俺は嫌いじゃないぜ、そういうの」
見ると、いつの間にか一人の壮年男性が入ってきていた。コンペキが引退した今、四国支部ナンバーワンの座についたサカズキだ。一升瓶に入った酒を、実に美味そうにラッパ飲みしている。
「何だよ、サカズキさんか。老頭児に用は無いぜ」
「ご挨拶だな、キリサキ。わざわざ大祭の手伝いに来てやったと言うのに」
そう言うとサカズキは城之崎の隣にどっかりと腰を下ろした。呪術主体で戦うサカズキは、四十路をとっくに越えた今でも現役だ。……未だ四国支部は人材に難があるため、キリサキ、コンペキに次いで彼まで引退する事は出来なかったという理由もあるが。
「七人同時に、か……。今手が空いているのは表に居るウズマキ、リョウキ、ここに居るサカズキさん、それにオンギョウキか……。三人足りねえ」
仕方ねえと呟くと、城之崎は革ジャンのポケットから現役時代に使っていた変身鬼弦を取り出した。
「出るつもりか?」
「あんたよりは若いしな」
不敵な笑みを浮かべながら、城之崎がサカズキに向かって告げた。
「なら私も」
そう言うと赤ん坊を抱きかかえたままコンペキが立ち上がる。それでも一人足りない。すると、京極が静かに立ち上がった。
「僕も出よう。一応、それなりに修羅場は潜っているのでね」
「あんたが?」
城之崎が京極の全身を品定めするかのように眺めた。この時京極は――太っていたのだ。デスクワークが多く続き、運動不足の結果こうなったのである。鼻で嗤う城之崎。しかし京極は自分も出るの一点張りである。
結局、城之崎はこの七人でミサキ討伐へと向かう事に決めたのであった。
高知県安芸郡馬路村。この村の川沿いにミサキは現れたのだ。
「今日中にケリつけるぞ」
城之崎が檄を飛ばす。明日はいざなぎ流大祭の日だ。四国支部も手伝いをしなければならないため、時間を掛けるわけにはいかない。時刻は逢魔が刻。魑魅魍魎が活発に活動する時間帯だ。少なくとも日が沈みきるまでには終わらせたい。
「あの子、大丈夫かしら……」
既に隠居生活を送っている小松に預けてきた我が子の事を思い、コンペキが不安気な声を漏らす。
「だったらさっさと倒して帰ろうな」
「恭二さんは自分の子どもが心配じゃないの!?」
「誰もそんな事言ってねえぞ!それにその発言、親父が信用出来ないってのか!?」
「私だってそんな事言ってないわ!」
夫婦喧嘩を始めた二人に呆れる一行。と、サカズキが何かを感じ取ったようだ。見ると、夕闇の中を何かがこちらへゆっくりと近付いてきていた。その数は、七。
「出たぞ」
全員が各々の得物を構える。
それは、七人の人間だった。否、嘗て人間だったもの、とでも言おうか。七人は明らかに死体だった。それがまるで、ゾンビ映画のように生者へと向かってきているのだ。彼等の全身には、びっしりと黴のようなものが生えている。
「鈍重そうな奴等だな」
そう言うや否やリョウキが手にした音撃管を発砲した。先頭を歩いていた七人ミサキに圧縮空気弾が命中する。
「おい、勝手な事をするんじゃねえ!」
しかし城之崎を無視し、リョウキは発砲を続けた。
と、何発目かの圧縮空気弾を受けて仰向けに倒れ込んだ七人ミサキの一人が、突如起き上がると猛スピードでリョウキの傍に駆け寄ってきた。
まさか走ってくるとは思わず、呆然と立ち尽くしたままのリョウキの首を締め上げたミサキは、銃撃を受けた傷口から黴のようなものを彼の顔に向けて大量に噴き出した。
黴を噴出し終えたミサキは、そのまま萎んで地面に倒れ込んでしまった。慌ててリョウキの傍に駆け寄ろうとするウズマキを、京極が止める。
「止せ。もう手遅れだ」
その言葉通り、起き上がったリョウキは完全に黴のようなものに寄生されていた。その両目は白く濁り、焦点が合っているのか定かではないまま、城之崎達を見つめている。
「手遅れって、リョウキさんはもう駄目なんですか!?」
オンギョウキの問いに対し、首を横に振る京極。
「彼は今さっき端末にされたばかりだ。本体を速やかに倒す事が出来れば、助ける事は出来る」
「信じるぜ京極さん。行くぞ!」
城之崎が音頭を取り、京極を除く全員が音叉を、鬼笛を、鬼弦を鳴らした。
変身を終えた面々に京極が式神――陀羅尼の札を渡す。霧咲鬼にはリョウキの分も含めて二枚が渡された。
まず盃鬼が鬼弦を鳴らし、札を式神に変えて飛ばした。先程リョウキに撃たれたミサキのすぐ後ろを歩いていた個体に向かって、鳥の姿をした式神が飛んでいく。だがしかし。
さっきまでとはうってかわって、敏捷な動きでミサキは式神を払い落とした。突然の事に、動揺を隠せず渦巻鬼が尋ねる。
「ど、どういう事ですか、あれは!?」
「うぅむ……。ひょっとしたら鬼であるリョウキくんが寄生された事が原因かもしれない」
「……念のため変身しておいて正解だったぜ。接近して直接貼るぞ!」
弾かれるように霧咲鬼が飛び出した。次いで紺碧鬼が、そして渦巻鬼達が続く。
掴み掛かってくるミサキの手を掻い潜り、その額に札を貼り付ける霧咲鬼。次いで彼は、ミサキと化したリョウキに向き直った。
「……馬鹿野郎。そんなに俺が嫌いか?」
掴み掛かってくるリョウキの目の前で、霧咲鬼は鬼法術・霧隠を使用した。濃霧で視界を塞がれたリョウキの眼前に、札を手にした霧咲鬼の腕が突き出される。
霧が晴れた時、霧咲鬼の目の前には、額に札を貼られ倒れたリョウキの姿があった。
どさりと音がして、盃鬼の前に札を貼られたミサキが倒れ込んだ。倒れたミサキに向かって、盃鬼が口に含んだ酒を勢いよく吹きかける。
片方では別のミサキがやはり札を貼られて地面へと倒れ込む。その傍らに、鬼闘術・影隠鬼を解除した隠形鬼が姿を現した。
鬼闘術・舞踏髪で絡め取ったミサキに紺碧鬼が札を貼り付けた。渦巻鬼もだ。残るは一人。
「京極さん!」
夕日に染め上げられ漆黒の影と化した京極は、札を手にしたままミサキと対峙していた。片手には、いつの間に取り出したのか音撃鈴を握っている。
誰もが固唾を呑んで見守る中、鈴が鳴らされた。鈴は二度、三度と鳴らされ、その音に嫌悪感を示したミサキが京極目掛けて掴み掛かってくる。
一瞬、京極の目がきらりと輝いたかに見えた。
京極が動く。次の瞬間、すれ違いざま陀羅尼の札がミサキの顔面に貼り付けられた。腕を前に突き出したまま、京極が良い声ではっきりと告げた。
「御行奉為(おんぎょうしたてまつる)!」
その言葉が終わるや否や、ミサキが地面に倒れ伏した。りん――と鈴が鳴らされる。
「か、格好良い……」
「本当にただの司書なのかよ!?」
隠形鬼と霧咲鬼がそれぞれ率直な感想を述べる。あの体型でどうしてこんなに格好良く見えるのだろう?黒い衣装のせいか?と言うか今の動きは何だ?そんな感想が頭の中に渦巻いた。
荒野の七人みさき(挿入歌)
作詞 天狗×京極夏彦 作曲 天狗 歌 妖怪プロジェクト×全日本妖怪推進委員会(京極夏彦)
荒れ野をさすらう旅人よ 気を研ぎ澄ませ
七人みさきが待ち伏せる 闇の帳に
獣の径を歩むなら 命をかけて
七人みさきが呼んでいる 血潮に濡れて
人生は妖しとすれ違う逢魔が刻
波間をただよう旅人よ よく眼を凝らせ
七人みさきが隠れ棲む 波間の陰に
魂一つ落としたら 一つが昇る
七人みさきは忍び寄る 怨みを胸に
獲物を求めて
人生は妖しと綴り合う百物語
道標をなくした旅人よ 足を止めるな
七人みさきはそこにいる 心のひずみに
険しい道を進むなら 覚悟を決めて
七人みさきと共に行け 峠の彼方へ
奴らを連れて 旅路の果てまで
「御行奉為」
「さあ、そろそろ本体が痺れを切らして出てくる頃だ」
腕時計を見ながら京極が告げる。
「本当かよ……」
「司書の先生の言う通りだ。見ろ!」
そう言って盃鬼が指差す方角から、何かが飛んでくるのが見えた。今まさに山の端に沈もうとしている夕日の中を飛んでくるそのシルエットは、巨大な鳥に見えた。
「ミサキの本体ってのは飛行型魔化魍なのか!?」
驚く霧咲鬼に対し、京極が説明を行う。
「ミサキとはそもそも記紀神話の八咫烏のように、人を導く神の眷属を指す言葉だ。また、ミサキ風という言葉もある。飛行型魔化魍が本体でも何らおかしくはない」
「と言う事は自分の出番ですか!?」
「二人きりで大丈夫かな……?」
リョウキがダウンしている今、残る管使いである渦巻鬼と隠形鬼だけで仕留めなければならないのは、明白であった。
「大丈夫、私もやるわ!」
リョウキが落とした音撃管を拾い上げ、紺碧鬼が告げる。但し、音撃鳴はリョウキが装備したままのため、音撃射は使えないが。
「来るぞ!」
何の種類かよく分からないが、兎に角巨大な鳥類の姿をしたミサキが、地面すれすれに飛行して襲い掛かってきた。暴風が巻き起こる。
再び大空へと舞い上がったミサキは、両の翼を羽ばたかせて突風を巻き起こした。吹き飛ばされそうになるリョウキの体を、隠形鬼が受け止める。渦巻鬼と紺碧鬼が上空のミサキに向けて発砲を続けるも、突風のせいで圧縮空気弾が届かない。
「京極さん、何とかならないんですか!?」
「それなら心配は無用だ」
と、急に突風が止んだ。見ると、ミサキの両の目に陀羅尼の札が張り付いているではないか!
「いつの間に……!?」
やったのは間違いなく京極だ。予め式神状態で札を待機させていたのだろう。霧咲鬼達への攻撃に気を取られている隙に、ミサキの視界を塞いだのだ。
みるみるうちに高度が下がってきたミサキに向かい、三者がありったけの鬼石を撃ちこむ。そして。
「音撃射・風光鳴媚!」
「音撃射・癲狂院狂人廓!」
二人の音撃射が炸裂、ミサキの巨体は地面に激突する直前に大きく弾け飛んだ。
「ふぅ……」
顔の変身を解除したウズマキが地面に座り込む。オンギョウキも顔の変身を解除し、汗を拭った。そして神妙な面持ちで一言。
「ミサキ……恐ろしい相手だった……」
「馬鹿野郎!何一人で勝手に〆てやがる!」
オンギョウキの頭を霧咲鬼が叩いた。「ぱかーん」と良い音が響く。霧咲鬼とオンギョウキを除く、その場に居た全員が笑い声を上げた。
京極の見立て通り、その後リョウキは意識を回復した。ただ、念の為精密検査を受ける事となり、大祭には参加出来なくなってしまった。
大祭は例年通り恙無く執り行われた。これを見学する京極が、まるで子どもの様に顔を綻ばせている様子を見たキリサキ達は、時に「死神」とも揶揄される司書の意外な一面を見て大いに驚いたのであった。
さて、祭りが終わり一段落着いた後、京極の歓迎会という名目で宴会が行われた。ここで事件は起こった。
「四国支部恒例、一気飲み大会〜!」
音頭を取るキリサキ。それを不安気に眺める京極。案の定、彼の悪い予感は当たった。
「止めたまえ!僕は下戸なんだ!」
サカズキに羽交い絞めにされた京極の前に、なみなみと酒を注いだ大杯を手にしたキリサキが迫る。
「京極さんよぉ、郷に入っては郷に従えだぜ?」
悪餓鬼の目をしながらキリサキが告げる。
「止めろ!止め……あwせdrftgyふじこ!」
声にならない声を上げる京極の口に中に、無理矢理酒が注ぎ込まれた。本来ならばこれを諌める立場である筈のコンペキは、赤ん坊を寝かしつけるために早めに退席しており、ここには居ない。小松も既に退席している。
(ゆっくりしていった結果が……これだ……よ)
京極の意識はここで途切れた。
結局、京極は急性アルコール中毒で倒れ、そのまま吉野へと帰っていったのであった。 了
立花勢地郎、北陸支部、中部支部のラストもきっちりとやらせていただきます。
南雲あかねに関しては、二年前に投下した先代ザンキ死去の話(時の徒花)が
実質的に彼女にとっての最終話でもあるため、書きません。ご了承下さい。
一晩で二編も読んでしまった・・・。
次の投下を待つです。
鬼島作者様、高鬼作者様、投下乙です。
2話とも面白かった。
次回投下お待ちしています。
コンペキさんが抱えていた赤ん坊の19年後が、本編最終回に出てた鬼なのね。たぶん。
今後も鬼島卒業生たちのその後を描いたSSが投下されると思っていいんだろか。
であれば、残りのメンバーがどの支部に配属になるのか楽しみ。
長女の香須美が中学に上がる頃、立花勢地郎は関東支部長として東京は葛飾区柴又へと移った。とうとう前関東支部長が心労で倒れたのだ。
甘味処たちばな。ここが彼の新しい戦いの場となる。しかし、思いっきり不安もあった。それは……。
「チャオ。勢ちゃん居る?」
来た。あの男だ。先代関東支部長が体を壊した一番の原因。以前にも何度か理不尽に殴られた事のある、あの伊太利亜人だ。
――ザルバトーレ・ザネッティ。鬼の名は、ザンキ。
「……何です?」
いかにもうんざりしたと言わんばかりに勢地郎が尋ねる。
「ザンキさん、あなた確かこれから出撃だったんじゃないですか?」
そう。予定だとザンキはこれから芦ノ湖へ調査に向かう筈だ。
「OH〜、その事なんだけどサポーターが誰もいないんだ」
「はい?」
慌てて手持ちのスケジュール帳を確認する。ザンキの言う通り、本来なら待機している筈のサポーターが全て出払っていた。
「あ〜、どうやら連絡の段階で何かミスがあったようですね……」
それ以外考えられなかった。
「しっかりしてくれよな、勢ちゃん」
「今回は私がサポーターを務めますので、どうかそれで……」
ザンキは「えっ、いいの?悪いなぁ」とか言っているが、最初からそのつもりだったのは見え見えだ。そうでなければ、任務を優先し単身箱根へと向かう筈である
「準備をしてくるので少し待っていて下さい」
そう告げると勢地郎は奥へと引っ込んでいった。
「ロマンスカーに乗りたい!」
ザンキの我が侭が始まった。
始めのうちザンキは、勢地郎が運転する車の助手席で大人しく箱根・湯河原方面の観光案内に目を通していたのだが、新宿の近くに来て突然こんな事を言い始めたのだ。
「あなた、ここに来て何年目ですか!?乗った事ぐらいあるでしょう!?」
「無い!」
こうなるとザンキはテコでも動かないだろう。しかしはいそうですかと彼の言い分を認める訳にもいかなかった。支部長として舐められる訳にはいかない。
「駄目です!大体車はどうするつもりです?」
「……勢ちゃんの娘、もう中学生なんだよなぁ」
その一言に大きく動揺した勢地郎が、ハンドルを切り損ねる。たちまち、道路中がクラクションの渦に呑み込まれた。
「娘に手を出す事は私が許さん!!」
「ちゃんと前見て運転しなよ。俺はただ勢ちゃんの娘の話をしただけだぜ」
女性に対するザンキの悪い噂は関西に居た頃から聞いている。
(私を脅迫している!)
娘のため仕方なく勢地郎はザンキの我が侭を呑むのであった。
新宿駅で小田急ロマンスカーの乗車券を二人分購入する。勿論ザンキは金を一銭たりと払わなかった。財布の中にはリラしかないのだと言う。そんな訳はないとザンキの財布の中を確認してみると、本当に伊太利亜のリラ紙幣しか入っていなかった。
(絶対に嘘だ!)
しかしこれ以上深く追求はせず、仕方なくザンキの分の乗車券を彼に渡した。
こんな時、小暮が居たらどうしただろうと思う勢地郎であった。
「あと蔵王丸に土産を買っていくから、お小遣いくれ」
どこまでも図々しいザンキであった。
ロマンスカーの座席に深く腰掛け、勢地郎は溜め息を吐いた。
ザンキは、果たしてこれから向かう地の危険性を理解しているのだろうか。
芦ノ湖にはとある伝説が伝わっている。そして、伝説には裏があるという事を猛士のメンバーは皆知っている。
芦ノ湖に伝わる伝説、それは九頭竜伝説。「白羽の矢が立つ」の語源ともなった、忌まわしき物語である。芦ノ湖に棲み、生け贄を求めて荒れ狂う九つの頭を持った竜は、徳の高い上人によって湖底に封印され、千年以上が経った。……実話である。
だからこそ関東支部の人間はある一定の周期毎に芦ノ湖へと赴き、異常が無いかを確認する。異常があった場合はおそらく――。
あの京都での決戦以上の戦いになる。
戦国時代に現れたとされる魔化魍オロチ。単純にあれの九体分と見て間違いないであろう魔化魍クズリュウ。これ以上は何も想像する事が出来なかった。
車内販売がやって来る。それを呼び止めると、勢地郎は弁当を購入した。折角ロマンスカーに乗ったのだから、ここでしか食べられない弁当を食べようと思ったのだ。
「ほう……」
銀座の有名店が作った、旬の素材をふんだんに使った幕の内弁当の実物は、写真で見る以上に美味そうだった。事前に予約をしていれば、もっと高級な物も購入出来たようだ。次は家族サービスで来てみようかと思う勢地郎。
流れ行く車窓の風景を眺めながら、弁当に舌鼓を打つ。
(うん……美味い)
魚介と野菜のバランスが実に良い。煮物の後に魚、その後ご飯と、知らず知らず箸が進む。付け合わせの熱い緑茶を飲み、一息吐く。
(これは正解だったな……)
つい任務を忘れ、一人旅気分に浸る勢地郎。
(思えば、猛士の存在を知ったのは大学時代、一人旅の最中だったなぁ……)
しかし、思い出に浸る勢地郎を、喧騒が現実へと引き戻した。ザンキだ。展望席へ喜び勇んで出掛けていたザンキが戻ってきたのだ。
「あっ!何一人で弁当なんか食べてるんだよ」
そう言うとザンキは勝手に勢地郎の弁当の中から海老を摘まみ出し、殻も剥かずに食べてしまった。車内の空気を一瞬で変えてしまった。本当に騒がしい人である。
「展望席はどうしたんです?」
「あれは前もってチケットを買っとかないと駄目だった!くそ〜悔しい!」
そう言いながら今度は緑茶を一口で飲み干してしまう。しかし、予想外に熱かったため、勢地郎の顔目掛けて噴き出してしまう。
「熱っちい!」
騒ぎは、近くの乗客が車掌を呼ぶまで続いた。
箱根湯本に到着し、そこから芦ノ湖までは登山鉄道を乗り継いで行く事になる。
天下の険と謳われた箱根の山を、ケーブルカーは乗客を乗せて進んでいく。結局、金も時間も車で行く以上に掛かってしまった。
ザンキは「帰りに温泉入っていこうぜ!」と、もう帰りの事で頭が一杯になっている。勢地郎は呆れてものも言えなかった。手が空いていれば他の者に任せられたのに、災難である。
さて、いざ芦ノ湖についてみたのは良いが何をするのかさっぱり分からない。前支部長の書き残したメモを見る勢地郎。よっぽど神経質な人だったのだろう、何をすれば良いのかが細かくびっしりと書き連ねてあった。
(こういう性格の人にザンキさんの手綱は取れないだろうなぁ……)
つい同情してしまう。しかし自分が今その立場に居る事に気付き、慌てて首を振る。
(いかんいかん!これでは、イブキ――一文字くんにも申し訳が立たない)
「見ろ!富士山だ!」
テンション高くザンキが指を差す。ザンキの言う通り、芦ノ湖からは富士山の立派な姿を眺める事が出来た。
「ザンキさん、仕事しましょうよ……」
「ははは、伊太利亜人が真面目に仕事をするわけないじゃないか!」
堂々とそう答えるザンキ。自覚がある分悪質だ。
結局、芦ノ湖の調査は殆ど勢地郎一人で行われたのであった。
あれから一年も経たずにザンキは逝ってしまった。しかも、どうやらあの時点で彼の両目は光を殆ど失っていたらしい。前開発局長の南雲あかねに指摘されるまで、勢地郎は全く気付かなかった。
それから幾星霜――時は2006年、睦月。
関東支部の精鋭達がオロチを清めに向かった後、勢地郎は一人神棚に向かって手を合わせていた。そして。
「少し出てきます」
「えっ……?ちょっと、お父さん!?」
突然店を飛び出していく勢地郎を、娘の香須美が呼び止めるも、彼が振り向く事はなかった。
「立花さん」
タイミング良く「たちばな」の前に一台の乗用車が停まった。その中から一人の青年が出てくる。彼の名は津村努。嘗て「鬼」を目指していた青年だ。
「ごめんね、努くん。君を巻き込んでしまって……」
助手席に乗り込んだ勢地郎が努に向かって頭を下げる。
「よして下さいよ。俺、嬉しいんです。どんな形でも、ヒビキさん達の役に立っているんだと思うと……」
屈託の無い笑顔で努が告げる。
彼等が目指す場所、それは――芦ノ湖。
「良かったんですか、娘さん達には何も告げないで……」
車中、努が尋ねた。
「あの子達にはそれぞれ帰りを待つべき人がいるからね。本当の事を言って、付いてこられるわけにはいかない……」
「親心……ですか」
努は、嘗て石割から聞いた事を勢地郎に話して聞かせた。
「子どもの事を考えない親は、何処にも居ない……か。そうか、石割くんがそんな事を……」
それ以後、車中での会話は途絶えた。勢地郎が小さなバッグの中から、何枚かの札を取り出した。以前、吉野での会議に出席した際、久し振りに会った司書から預かってきたものだ。邪を祓う陀羅尼の札だそうだ。
勢地郎は、オロチ現象の影響で芦ノ湖に眠るクズリュウが蘇ったかどうかを確認に行くつもりなのだ。そしてクズリュウが蘇っていた場合は……。
「魔化魍が本調子を取り戻すまでの時間は、封印されていた期間に比例する。正直な話、小暮くんが三十匹もの大型魔化魍を倒す事が出来たのは、それによるところが大きい。況してや、千年以上も封印されていたクズリュウならば……」
そう言うと仏頂面をした枯れススキの様な老司書は、勢地郎に札を渡したのだった。
万が一の場合、やらなければならない――オロチを清めに向かった彼等同様、命を張らなければならない。それが関東支部長としての責任であり、混沌の70年代を生き抜いた者としての意地だった。
(もしクズリュウが蘇り動き出したら、最悪な場合清めの地で戦っている彼等が挟撃されてしまう……!)
それだけは何としてでも避けなければならない。
車は、猛スピードで芦ノ湖へと向かっていった。
箱根駒ケ岳のパーキングエリアに車を停めると、勢地郎は双眼鏡を手に湖の確認を始めた。今のところ何ら異変は無いように見えた。が。
泡だ。湖底から泡が吹き出している。嫌な胸騒ぎがした。
勢地郎は努に目配せすると、車に乗り込み、一路芦ノ湖へと向かっていった。
湖の、ちょうど遊覧船乗り場の近くまで来た時、湖底から巨大な竜の首が現れた。
(やはり……!)
悪い予感が当たった。だが、九本ある筈の首は一本しか出ていない。どうやらあの司書の言う通り、未だ本調子を取り戻せていないようだ。
岸に停車させると、勢地郎はすぐさま車を降り、滝澤みどりの研究室から持ち出してきていた音叉を鳴らすと、陀羅尼の札を飛ばした。鳥の姿をした式神に変わった札が、全速力でクズリュウの首に向かって飛んでいく。
札が貼り付いた。それを双眼鏡で確認した勢地郎は、更に複数枚の札を式神に変えると、クズリュウに向けて飛ばした。水に濡れたクズリュウの首に、陀羅尼の札がぴったりとくっつく。それと同時に、クズリュウが苦しげに呻き声を上げた。
いける――そう確信した勢地郎は、残る全ての札を式神へと変えてクズリュウに放った。
だが、クズリュウは口から痺気を吐き出すと、飛んできた全ての式神を腐らせてしまった。腐敗した札がぼとぼとと湖に落ちていく。
「そんな……」
「立花さん……」
心配そうに努が勢地郎の顔を見る。だが、対抗する手段を全て失った勢地郎に、何も術は残っていなかった。
クズリュウが高く吼えた。残る八本の首が現れるのも時間の問題だろう。だがその時。
突然眩い光が湖面に走ったかと思うと、クズリュウの首を中心に巨大な五芒星が現れたのだ。
口をあんぐりと開けながら呆気に取られる努。一方、勢地郎はこれと同じものを過去に何処かで見たように感じていた。急いで記憶の糸を解きほぐしていく。
五芒星。陰陽道における魔除けの印であり、ドーマンセーマン、晴明桔梗とも呼ばれる。そうだ、これは――。
「結界を張った。これでクズリュウはもう動く事は出来ない」
勢地郎達の背後から声が聞こえた。振り向くと、そこには精悍な顔付きの中年男性が立っていた。
「あなたは、もしや……」
嘗て、中部支部にこの人ありと謳われた、猛士最強の陰陽師――カラスキ。
「どうして……」
勢地郎の問いに、カラスキが静かに答える。
「総本部の司書殿に頼まれてな。オロチの邪気に当てられて、十中八九芦ノ湖のクズリュウが蘇るだろうから、君のサポートに行ってほしいと」
「京極さんが……」
クズリュウの首を睨んだまま、カラスキが変身音叉を取り出した。まさか変身するのか!?
「良い機会だ。封印ではなく、天然自然に還す。あれ程の大物、向こう千年は復活するまい」
「あなた一人で!?」
「誰が一人と言った?」
と、何名かの男性が勢地郎達の傍に近付いてきた。皆カラスキとそう変わらない年齢だ。
「あ、あなた達は……」
「若いのは皆オロチの方に行っているから、年寄りばかりだが……」
カラスキのその発言に、勢地郎が怪訝そうな表情を見せる。
「開発局長の独断で、ここ関東に全国から精鋭が集結しているのだ」
「小暮さんが……」
「二十七年前、俺達がやったのと同じ事をやってみせたってわけさ」
今頃は祭の真っ最中だろうな――そう言ってヤミツキが笑った。
「流石に状況が状況だし、これぐらいしか集まらなかったみたいだけどな」
これはユキツバキの言。その隣でふてぶてしい態度を取っているのはリョウキだ。
「お久し振りです。ここは我々に任せて下さい」
そう言うとイッキが勢地郎の肩に手をやった。三十年前と変わらぬ力強さだった。
嘗ての鬼達が、一斉にそれぞれの変身道具を鳴らした。その姿を見て、勢地郎は勝利を確信した。事実、本調子でないまま結界により動きを封じられたクズリュウは、いとも容易く祓い清められたのであった。 了
よくまあここまで俺たちきたもんだなと
少し笑いながらおまえ 煙草ふかしてる
何もないところから たよりなく始まって
数えきれない喜怒哀楽をともにすれば
時の流れは妙におかしなもので 血よりも濃いものを作ることがあるね
荒野を走れ どこまでも 冗談を飛ばしながらも
歌えるだけ歌おう 見るもの全部
なかなかないよ どの瞬間も
人間なんて誰だって とてもふつうで 出会いはどれだって特別だろう
だれかがまってる どこかでまっている
死ぬならひとりだ 生きるなら
荒野を走れ 傷ついても 心臓破りの丘を越えよう
飛べるだけ飛ぼう 地面蹴りつけて
心開ける人よ行こう
この歌詞がぴったりかなぁと思ったのと、本編初登場回「駆ける勢地郎」に掛けてこんな副題になりました。
箱根・湯河原に旅行に行った時から暖めていたこのネタ、最初に考えたのと比べて随分プロットは変わってしまったけれど、どうにか形にできてまずは一安心。
投下乙です。これが、
>>304で言っていた「立花勢地郎」の完結編なんですね?
読み出して、90年代の勢地郎&先代ザンキ出動話エピソードか、と思いきや、
時代は飛び、2006年のオロチの裏で行われた、勢地郎と意外な人物たちとの共闘シーンが…
GJな一本だと思います。
「鬼」の付くスレを検索したら、もうこのスレと響鬼本スレしか残ってなかったことにちょっと驚き。
こないだまではもう何スレかあったけど、落ちたちゃったみたいで。
高鬼作者様、投下乙です。
後半呼んでて、ちょっとうるるときてしまいました。
前半がお笑いネタだっただけに鬼の皆さんの登場にぐっときてしまって・・・。
とにもかくにもGJでした。
___________________
||
||
|| 師匠 燈鬼
|| ――― ――――――――――――――――――――――
|| 弟子 天雪鬼 水鬼 隠形鬼 風鬼 金鬼
|| 。
Λ Λ /
(,,゚Д゚)⊃
〜/U /
U U  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
「皇城の守護鬼」が載ってたデンパンブックスがHDD障害とかで運用停止中
・・・のまま2か月近く経過。まあ、スレにすべて収められてると思うんで
影響ないっちゃぁないんだけど、他に話題もないんで保守も兼ねて報告。
「任務了解。出撃します」
凛としたテノールが響き、司令官室から一人の男が退出する。無名戦団の若きジャガー、トガーである。
細い通路を抜け、正面エントランスへと歩を進める。もちろん裏口はあるが、正面の方が交通の便が良いためである。
「トガー」
若者が振り返ると、そこには黒いローブを着た中年も終わりに差し掛かった男が立っていた。トガーのマスター、ウォーカー・オブ・スカイ(空を歩む者)である。
無論、本名ではない。ジャガーを引退すると、ネイティブアメリカン風の敬称が贈られるのである。彼は第一線から退いて久しいが、現在はジャガーを育成する第一人者としてその腕を揮っている。
「任務かね」
「はい。ビッグフットと聞いています」
ビッグフット。日本で言えばオオニュウドウに近いモンスターで、ウェンディゴやイタクァなどとも呼ばれる。
「武器はドラムかストリングスを?」
「ドラムを使おうと思っています」
「お前の腕ならば問題ないだろう。だが、己の技量を過信するなよ」
「お言葉、肝に銘じておきます」
「ああ。心の平穏とともにあれ」
「あなたも、マスター」
ウォーカー・オブ・スカイに深く一礼してブロードウェイ・ミュージックシアターを後にした。
トガーの本名はトリスタン・トレゾールという。フランス系アメリカ人である。無名戦団に加わったきっかけはモンスターに襲われたところを助けられたという、わりとありがちなパターンだった。
無名戦団には複数の戦士がある。
一番多いのがメソアメリカを中心としたネイティブアメリカンの系統であるジャガーの戦士。次いで移民として流入してきたウルフ、RPGの戦士、エクソシスト、聖闘士、龍、鬼。最も少ないのがジャガーと同系統ながら飛行能力を持った鷲の戦士と続く。
このような世界各地の対モンスター戦士が揃っているのは、アメリカという国が移民によって成り立っているためである。
しかし基本的に秘密組織である各国の対モンスター組織との交流はほとんどなく、言ってしまえば雑多な寄せ集めに過ぎない。そのうえ変身して戦う戦士たちとあくまで人間であることにこだわるRPGあがり、ZEUSあがりの戦士は仲が悪く、連携が取れないのが実情である。
ともあれ、無名戦団に志願したトリスタンは本人の希望と適性によりジャガーの戦士に割り振られ、ウォーカー・オブ・スカイのもとでひたすらトレーニングを積んだ。その甲斐あって3年で一人前と判断され、単独任務を任されるに至った。
これが半年前のことである。今ではトガーと呼ばれることにも慣れ、見込みのある若者としてファルデウスらの信頼も勝ち取ってきている。
「ビッグフット……二度目か」
一度目は何を隠そう一人立ちした最初の任務だった。初任務ということで張り切っていたのだが、それが空回りして大足に踏み潰されそうになり、あわやというところを随行していたウォーカー・オブ・スカイに救われたのだ。
雪辱戦である。そして今回は助けてくれるウォーカー・オブ・スカイもいない。
「オーケイ。ビシッと決めてやるか!」
鼻を弾いて一人ポーズを取るトガーの、ベルトに下げられた数多くのチャームが澄んだ音色をたてた。
モンスター発生予測の場所はベアーマウンテン州立自然公園。劇場があるマンハッタン島から北に車で一時間ほどの場所にある小高い山の裾野である。
大都会から目と鼻の先にありながらも雄大な自然を残すここはニューヨーカーの憩いの場として人気が高い。
母体となる自然が多く、餌となる人もまた多い。モンスターにとっては格好の発生地である。事実、トガーもこれまでに任務で数回訪れている。
「さて、どこに出やがったかな」
乗ってきたハマーのそばに日よけのタープをかけ、タフノートと携帯電話を接続する。予め飛ばしておいた無人偵察機からの情報をダウンロードし、出現場所を絞り込んでいく。
プレデターほど大仰なものではないが、小型かつかなり高性能なこれは他国の組織のような捜索担当の人員を大幅に削減し、組織と戦闘の効率化に寄与している。伝聞によればこの小型UAVは極秘のエリア52で10年も実戦使用されているお墨付きらしい。
上空からは映像を始め各種センサー情報も送信されてくる。とりわけ有効なのは赤外線映像とサーモグラフィーだ。これで人間や動物よりも遥かに巨大な熱源を発見できればそれはモンスターと考えてまず間違いない。
そしてその僥倖がトガーのもとに舞い込んだ。
現在地から北西に3マイルほど。そこにターゲット――ビッグフットがいる。
タープをそのままにタフノートをハマーのシートに乗せる。運転席に座ると同時にアクセルを踏み込んで、落ち葉を派手に蹴散らしてターゲットを追いかけた。
タフノートのディスプレイを覗いて残り1マイルまで近付いたのを確認するとハマーを止める。あまり近付きすぎるとモンスターに気付かれ、車ごと襲われてしまうためだ。なにしろ生身よりも車に乗っている状態の方が素早い移動ができない。
ハマーを降りるとぐるりと周囲を見渡す。
「おっと、余計なのもいたんだっけ」
吐き捨てるトガーの視線の先には、樹の陰からゆらりと現れる二つの人陰があった。襤褸を纏った男女である。
「人じゃないね」
「人じゃないな」
男が女の声で、女が男の声で言う。彼らはモンスターの育ての親であるキッドとプリンセス。
モンスターに比べればさほど脅威ではないが、これにかかずらっている間に本命が逃げる、あるいは街に降りてしまうことがあるため、できるだけ迅速に倒す必要がある。
トガーはベルトに吊るされたハンドベルのようなものを執って額に翳し、振る。鍛え上げられた肉体に備わった変身能力を誘発する特殊音波を発するメタモルフォーゼ・ベルである。
ベルの澄んだ音色に呼応して、トガーの額には金色の半透明なレリーフが浮かび上がった。
「猫みたいだな」
「汚らしい猫だったか」
オーラが体から吹きあがり、衣服が塵となって消える。トリスタンの鍛え上げられた裸体からは短い黄色の毛が生え、オーラのレリーフが広がった顔は獰猛な猫科の動物を思わせる風貌に変化した。
「猫じゃない、俺はジャギュアだ」
黄金の靄を振り払い、現れたそれはジャガーの戦士。テスカトリポカの力を持つとされる祓魔の獣だった。
キッドとプリンセスもまた、戦闘形態であるイビルキッドとダークプリンセスに変化している。外見はオランウータンを凶暴にしたようなもので、それなりに整っていた変身前の顔立ちは見る影もない。
トガーがユーティリティ・ベルトからチャームが変化した小ぶりなナイフを外して振ると、金色に輝いて全長1メートルほどの剣になった。
その剣はマカナという。精錬したパワーストーンを霊木ではさんだ物で、ジャガーのメインウェポンである。
トガーは右手にマカナを構えたままゆっくりと姿勢を落とし、左手の鉤爪を地面にめり込ませた。
ボッ、という音とともにトガーが消える。
次の瞬間、ビッグフットのイビルキッドの首が宙を舞った。
信じられない、とでも言いたそうな表情を浮かべたそれは、咄嗟に受け止めたダークプリンセスの腕の中で吹き飛んで消えた。
全力を出せば100メートルを0.5秒で走破する驚異のスピードと、速度によって強められた破壊力こそがジャガーの強さの核である。
頬を吊り上げて鋭い牙を剥き出し、戦の喜びを満面に浮かべるトガー。
恐怖に支配されたダークプリンセスが身を翻すが、ジャガーの脚力の前では赤ん坊のよちよち歩きも同然である。ダークプリンセスの恐怖の悲鳴は、マカナの一刀で断ち切られた。
「さて……本命は」
辺りを見回す。鼻をひくつかせ、モンスター独特の臭い――そう形容される邪悪な気配を感じ取る。
「そっちか」
猛スピードで流れる景色。鋭敏な視覚を頼りにモンスターの姿を探す。スタートから数秒で大樹をへし折って歩くビッグフットを捉えた。
「ィイ――ッ、ハアーッ!」
疾風の如きスピードのまま、マカナを構えて突撃する。ビッグフットはそれを知覚する間もなく、巨大な左足をマカナで断ち割られた。
「グゥヲォ―――ッ!」
耳障りな気勢を上げてよろめくビッグフットだが、鈍重そうな外見に似合わず見事に体勢を立て直して転倒を防いだ。
骨に深く食い込んだマカナは抜くことはできず、トガーはあっさりとそれを手放した。なにしろ武器は唸るほどあるのだ。
ユーティリティ・ベルトにじゃらじゃらと吊り下げられた武器の中から、今度は槍を手に取った。ホルカンカと呼ばれるそれもまた、パワーストーンの刃と霊木の柄を具えている。
手足の鉤爪を生かして跳ねるように木に登ったトガーはそのまま空高く舞い上がる。そして重力の助けを借り、左足をかばって機動力の落ちたビッグフットの真上からホルカンカを突き立てた。
ビッグフットが身じろぎしたせいで脳天を刺し貫くという目論見は外れたものの、ホルカンカは2メートル以上ある柄の半ばまでその体内に食い込んでいる。
重傷を二つも負ったため、死なないまでも身動きが取れなくなったビッグフットに、トガーはマカナとホルカンカを雨霰と投擲していく。
次々と武器が突き刺さることに気を良くしたトガーはそのままビッグフットに近付く。ショートレンジのサウンドアタックであるドラムを使うためだ。
最後のマカナを投げ、バックルに手をかけたときである。
『いいかトリスタン。戦いのときにこそ冷静になれ。決して興奮してはならない。興奮は驕りを呼び、驕りは敗北を、死を招く』
マスター・ウォーカー・オブ・スカイの言葉が脳裏に閃いた。
狭まった視界が急に開け、意識する前に大きく飛び退いていた。トガーの鼻先数インチのところにビッグフットの巨体が倒れこむ。
モンスターは牙を剥いて悪臭を放つ唾液を撒き散らすが、総身にパワーストーンを射ち込まれ、もはや身体を持ち上げることもできない。ビッグフットにとってまさに乾坤一擲の、死なば諸共という攻撃だったのだろう。
攻めることに気を取られ、敵の反撃の可能性をすっかり失念していたことを自覚して冷静さを取り戻したトガーは、改めてユーティリティ・ベルトのバックルを外して展開した。
倒れたビッグフットとトガーの間に、まるでドラムセットのようなサウンドアタック・ドラムス・デュランダルが現れた。二本のサウンドアタック・スティック・アデンを構え、リズミカルに打ち鳴らす。
「SOUND ATTACK! THE FATAL BELIEVER!!!」
Dir en grey「THE FATAL BELIEVER」
作詞:京 作曲:Die en grey
見えているかい?噴き出した漆黒の大地
沸いて出た偽証、偽善、最高だろ?
I've been tainted - You are stunning and I just want you
焼け付いて離れない
そうさ此処に深く深く重く
Kill myself
If you can't tell, then you're a hypocrite too, so die!!
Kill them all with the crazy hammer
And destroy their thought
Get hysterical
進化は退化に溺れて
悲しい程情熱が今狂いそう
Please grant me my small wish
骨の髄まで愛してくれ
I've been tainted - You are stunning and I just want you
Now, laugh
焼け付いて離れない
そうさ此処に深く深く重く
Kill myself
忘れはしないから
Kill them all with the crazy hammer
And destroy their thought
Get hysterical
サウンドアタック・ドラムスから放たれた波動はビッグフットの体内のパワーストーンに受け止められ、強められ、モンスターの体から邪悪なオーラを消し去っていく。
サウンドアタックの効き具合を確かめながら、その時に応じて強弱、緩急を変化させて効率よく波動を生み出していくトガー。その顔には先ほどの驕りはなかった。
「ヴォォ――――ッ!!!」
悲鳴と爆音。衝撃。
邪悪なるモンスターは祓われ、地に還った。
沸き立つ土煙から出たトガーは顔の変身を解き、マンハッタン島の方角に軽く礼をする。
「マスター、またあなたに助けられました」
―――心の平穏とともにあれ。
その言葉が決まり文句ではないことに改めて気付いたトガーであった。
翌日、任務報告を終えたトガーに精悍な女性が声をかけた。
「こんにちはトガー」
「ああ、こんにちは、ジェイデッド・オブ・マラ(翡翠色の瞳のマラ)」
名前からわかるとおり彼女もまた引退した戦士であり、マスター・ウォーカー・オブ・スカイの妻である。
「任務はどうだった?」
「ついカッとなって殺られそうになりました。今では反省しています」
「あはは、なにそれ、アプレンティスの時からぜんぜん変わってないじゃない!」
「変わりましたよ。少なくとも今回はマスターの手を借りてはいません」
むっとして言い返すが、ジェイデッド・オブ・マラの笑いは止まらない。
「はは、まあ、それもそうね。そうやって失敗から学び、少しずつ成長していくのは大切だわ」
もう一人前の戦士だものね、と肩を叩くジェイデッド・オブ・マラ。トガーは6フィート3インチの長身だが、彼女も女性としてはかなり背が高いのでその仕草が不自然にならない。
「じゃあね、トガー。これからオフなんでしょ、たまにはビッグバンドビートでも観ていったら?」
「そうします。心の平穏とともにあれ、ジェイデッド・オブ・マラ」
「ええ、あなたもね」
颯爽と去っていくジェイデッド・オブ・マラを見送り、タイムテーブルを見ると次の公演にはまだ時間がある。暇を潰そうとエントランスを出た。
左前方にはホテル・ハイタワーが聳え立っている。無名戦団が現在のようになる契機となった事件が起きた建物であり、現在では何度か補修されてパークプレイスのシンボルともなっている。
かつて世を震撼させた呪いの偶像は力を失ってただの偶像となり、今では保存のためにニスを塗りたくられてガラスケースに封じられているらしい。
ホテルから視線を外し、目的のニューヨーク・デリに向かう。
「おーい、オンギョウキスペシャルを頼む」
カウンターの店員の横から厨房へ直接注文を告げると、威勢のいいシェフの応えが返ってきた。
「トリスタンの頼みとあっちゃあ断れねえな。待ってな、すぐに用意してやる!」
オンギョウキスペシャルとはサンドウィッチ5つにケーキ3つ、加えてジョッキのコーヒーというとんでもないメニューである。無名戦団の戦士たちにすこぶる好評な隠しメニューで、1912年からあるらしい。
ウェイターが持ってきたトレイを眺め、このメニューを最初に頼んだ奴はよくもこんな大量に食ったもんだ、と思う。
空きっ腹にサンドウィッチをぶち込んでいると、影の薄そうな黒服の東洋人が隅のテーブルに座っているのが目に付いた。それだけならばままあることだが、驚くべきことに三十台も半ばと見えるその男は、トガーと同じオンギョウキスペシャルを食べているのだ。
これを平らげられるのは戦団の戦士か、あるいはフードファイターくらいなものだろう。しかしその男はタケル・コバヤシでもないのに淡々と食らいつき、着実にトレイを空にしている。
トガーはその異様な光景に興味を引かれ、残りがケーキ1つとコーヒーだけになったトレイを持ってその男の正面へと移動した。
「よう、よく食うな、あんた」
男は持っていたサンドウィッチを口に押し込んで、コーヒーを流し込んでからやや不自然な英語で答えた。
「ああ。でも昔のようにはいかないね。しかしこれが正式なメニューになっているとは思わなかった」
「旅行かい? 昔もここに来たことが?」
「そうだな、22年前か……いや、96年前になるかな。もっとも、そのときは旅行ではなかったが」
「は? おいおい、とてもそんな爺さんには見えないぜ」
「私はこれでも47歳だ。だが、まあそんなことはいいさ。ところで君、私の友人を知ってたら教えてくれないかね?」
トガーが、ああ、と頷くと男は三人の名を口にした。
「マンフレッド・ストラングとファルデウス、それにライアン・ウルフ」
ストラングとウルフという普通の名前はともかく、ファルデウスというコードネームに一瞬耳を疑う。
「あんた……!」
「得難い友人――戦友だな。みなもう生きてはいないだろうが、それでももう一度ここに来たかったんだよ」
男は臨戦態勢を整えるトガーを気にも留めず、無造作に懐から大きなホイッスルを取り出した。その動作は何気ないものでありながら、ホイッスルがその手に現れるまでトガーが気付かないほど洗練されたものだった。
そのホイッスルに目を落とすと――同僚のオーガが使う、メタモルフォーゼ・ホイッスルによく似ていた。
「私は小野忍人、ただの観光客だよ。どうやら彼らのことを知ってるようだね?」
設定
トガー
少し短気で熱しやすい。イメージとしては登場したてのガナー・リソーディあたり。
ジャガーをジャギュアと発音するのは攻撃機のネーミングから(フランス読みだとジャグワールだけど)。音撃武器の名前はジャギュアのミサイルと機関砲から。
無名戦団では武器が個々に開発されるのではなく、標準的なものをそれぞれカスタマイズする。ある程度好きにカスタムできる米軍の制式ライフルをイメージしてもらえばそんな感じ。
ウォーカー・オブ・スカイ
ジェ○イ・マスター……かも?
ジェイデッド・オブ・マラ
気が強い。ジ○ダイ……か?
ファルデウス
あの当時のファルデウスではなく、元ネタのファルデウスに世代交代。先代ファルデウスは引退したけど元気に生きてます。現ファルデウスはかなり時計塔寄り。
エリア52
ダグウェイ実験場ではなく、コロラド州シャイヤン山の地下、核ミサイルサイロを転用して作られた秘密基地にして前線基地。具体的には世界一長寿のSFドラマを参照。
タワー・オブ・テラーの事件で登場した無名戦団ものでした。アメリカの妖怪とか知らねーよ! 安直にオオニュウドウみたいなのですみません。
マスターについてはニュー・ジェダイ・オーダーシリーズを読み始めたもので。どんどん新共和国が削り取られていく……
336 :
鬼島兼用語集:2008/08/18(月) 21:10:34 ID:ShmmrE4+0
マスター・スカイウォーカーとかやりすぎたかな
アメリカの妖怪はもうわからないから続きません
丿 ,;⌒⌒i.
ノノノノ⌒ヽ ( ;;;;;) ______
(゚∈゚ ) ミ) ,,:;;;) | WARNING |
/⌒\/( ) ヽ| |/ |;,ノ | エリア52 |
( ミ ∨∨ | / .,i |______|
ノ / | | ,,i; ,, . ,;⌒�
( \/ヽ ,,,丶, | |,,,;. ;i, �ヽ
\ ) ) .. ,, ォヽ (,, �丿.,,,
/// ,, ,, .. ォヽ �,,, ..,
`ヾ ヽミ ,, .、 ヽ .. ヽ丶,.ヽ �、,,
『エリア52』
本スレ オhル
サーバー変hル
1983年、冬。中部支部管轄内。
「うわあああ!」
悲鳴を上げながら一人の鬼が地面に倒れ込んだ。鬼の名は隆鬼。中部最強の鬼と共に場数を踏んできた歴戦の勇士。
だが――。
(強い……!)
目の前に立つ男を見上げながら、隆鬼は思った。この相手にはあらゆる技が効かない。全て軽くあしらわれてしまった。今まで積み重ねてきたもの全てを、否定されてしまった。
しかし隆鬼は諦めなかった。前述の中部最強の鬼――カラスキに教わった事を思い出す。
(死中に活路を見出せ!)
気力を振り絞り、音撃弦・伏竜を構え直す。しかし。
激しい衝撃が隆鬼を襲った。「伏竜」は吹き飛び、仰向けに倒れる隆鬼。
男が静かに歩み寄ってきた。そして感情を押し殺した声で告げる。
「あなたの名前、いただきます」
リュウキ敗北の報は、瞬く間に中部支部所属の者の間へと広まっていった。誰もが我が耳を疑った。それ程までにこの頃のリュウキは強く、自信溢れる男になっていたのだ。それなのに……。
長野県九郎ヶ岳山中にある山寺。ここで鍛錬中だったカラスキの下に、中部支部所属の「飛車」である富竹がリュウキの件を知らせにやって来た。
体の芯から凍り付いてしまうかのように冷えきった本堂、そこで座禅を組んでいたカラスキは、富竹が報告を終えても一向に口を開かなかった。堪らず富竹が声を上げる。
「リュウキさんがやられても、何とも思わないんですか!?」
「そんな訳はないだろう」
静かに、だが威圧感のある口調でカラスキが告げた。
「……腑に落ちない点が一つ。変身能力を奪われたとはどういう事だ?」
一度鬼になった者は、専門の手術を受けない限りその変身能力を失う事は無い。それだけがカラスキには気掛かりだった。
「さあ、良く分かりません。ただリュウキさん曰く『名前を奪われた』と……」
「名前……」
そう呟くとカラスキはおもむろに立ち上がった。
「戻るぞ。部下の不始末は上が取らねばならん」
それだけ述べるとカラスキは、寒そうに両腕を擦る富竹の脇を通り抜け、さっさと本堂の外、白銀の世界へと出て行ってしまった。
車中、カラスキは運転する富竹からより詳しい話を聞いていた。
「中国人?」
怪訝そうにカラスキが聞き返す。
「ええ。そうリュウキさんが……」
「ふむ……」
陰陽道の根幹を成す五行説は、古代中国で生まれたものだ。そのためカラスキは、基礎知識として中国の呪術や思想について色々と学んでいる。記憶を辿り、名前を奪うという未知の敵についての情報を引き出そうとするカラスキ。
カラスキが黙り込んでから十分以上が経過した。そろそろ頃合かと富竹が声を掛ける。
「何か分かりましたか?」
「……君は漢字について何か知っているかね?」
予想だにしなかった質問を振られて面食らう富竹であったが、すぐに気を取り直すと。
「やだなぁ、馬鹿にしないで下さいよ。日本人なら漢字ぐらい誰だって知っていますよ。漢字を書いたり読んだり出来ない子どもでも、漢字というものの存在は知っているでしょう」
違う違う――そう言うとカラスキは富竹に対し講義を始めた。
「漢字は表意文字という形態に分類される。つまり、それそのものがある特定の事象を表しているのだ。アルファベットでは出来ない芸当だな」
「はあ……」
カラスキが何を言いたいのか分からず、ただ間の抜けた相槌を返す事しか富竹には出来ない。
「中でも、象形文字というのは、絵をそのまま崩して文字にしたものだ。木や川、山なんかがそうだな」
そこまで喋ると、カラスキは富竹の顔を見た。運転中の富竹は、話をちゃんと聞いているのかいないのか分からない。
「……言霊を知っているな?北陸のレイキさんが使っているあれだ。関西のコウキさんも使った事があると聞く」
「あ、それは知っています。『疾風鋼の鬼の十三匹殺し』でしょう?有名ですよ」
この場にコウキが居たなら、間違いなく警策が唸りを上げたであろう。おそらくカラスキも間違いには気付いている筈なのだが、あえて訂正せずに話を続ける。
「他にも色霊というものがある。これは四国支部が元々自分達の式王子に使っていたものだが、吉野の方でも数年前から新型の式神にも採用されて、各地に広まりつつある。これも知っているな?」
これを知らなきゃもぐりですよ、と富竹が言う。
「あとは画霊――昔うちの支部にも出たから耳にした事はあるだろう。それに音にも霊的な力がある。中国支部がスダマを一掃するのに、大規模な演奏会をやったらしい。もう五年前になるか……」
段々カラスキの言いたい事が分かりかけてきた。つまり。
「文字にもそれらと同じように不思議な力がある……と?」
「そうだ。さっき話した漢字本来の意味を抽出・具現化して操る能力……確か『漢神(あやがみ)』と言ったか」
かなり珍しい能力らしく、大陸の方でも使える術者は稀だと言う。
「漢神の力を応用すれば、名前を奪うという行為も容易いものだろう」
「よく分からないのですが、どうしてリュウキさんは名前を奪われる事で変身不能になってしまったのです?」
忌み名だ、とカラスキが答えた。
忌み名(諱とも書く)とは、古代の社会において相手の本名を呼び合う事を忌み嫌ったところから生まれた呪術的な風習である。
古来より人々は、名前を他者に知られるという事は、自分自身を支配される事だと考えてきた。だから本名=忌み名とは別に通り名=字(あざな)を名乗るようになった。例えば諸葛亮の忌み名は孔明であり、字は亮である。
「例えるなら鬼としての名は字だ。字を奪われた場合、それに付随する一切のものが同時に奪われたという事になる。だからリュウキは変身不能になったのだろう。それ以外に考えられん」
「ちょっと待って下さいよ!それじゃあ忌み名……つまり本名の方を奪われてしまったとしたら!?」
「……自分そのものを奪われる訳だからな。正直どうなるかは想像もつかん。それこそカリブのゾンビーみたいに自我を失い、術者の操り人形と化してしまうやもしれん」
相手がリュウキの本名を奪い損ねたのか、それともあえて奪わなかったのかまでは分からない。だが、カラスキの予想通りだとすれば、実に厄介な相手だという事になる。
「問題なのは、何故そんな奴がこの国に居るのかという事だ」
そう。カラスキは先刻よりずっとそれを気にしていた。
「厳密に言えば、何 故 中 部 に 居 る の か。それが今度の事件の鍵のように思えてならない……」
そう言うとカラスキは、顎に手をやって考え込んでしまった。車中が沈黙に包まれる。
「……そう言えばリュウキさんが名前を奪われた場所、話しましたっけ?」
沈黙を破るべく、富竹が口を開いた。
「あそこですよ。何年前だったかなぁ、ほら、村一つが孤立してしまった事件の……」
「あの村か!?」
1970年代後半、水無月某日。岐阜県と富山県の県境に程近い場所にある集落で、一つの事件が起こった。僅か数日で村の住人の実に三分の一が不可解な死を遂げたのだ。
しかも村役場に保管されていた死亡届が何者かによって持ち出されてしまい、行政にこの件で助けを求めるための資料を作成、提出する事も出来なくなっていた。
独自の情報網でこの事件を知った猛士中部支部は調査を開始し、その結果裏であの洋館の男女が暗躍している事が判明した。
村は、丸ごとあの連中の実験場にされていたのである。交通の便も悪く、外部との接触が殆ど行われない寒村ゆえに目を付けられてしまったのだ。
偶然とは思えなかった。あの事件と今回の事件は、我々の知らない何かの糸で繋がっている――カラスキはそう考えた。しかし、その糸とは何だ?
(あの事件、もう一度洗いなおす必要があるな……)
鉛色の空の下、彼等の乗る車は中部支部へ向かって、視界の悪い道をひたすら走り続けていた。
支部に戻ってからのカラスキは、ずっと書庫に篭って当時の記録を調べ続けていた。富竹も一緒に手伝っている。
「これだけしかないんですね……」
机の上に置かれた数枚の書類とスクラップブック、ファイルを見て富竹が呟いた。彼は丁度この頃に猛士の一員となっており、そして実際にサポーターとして現地へ行っているのだ。
「あんなに大きな事件も、たったこれだけの書類で片付けられちゃうんですね……」
当事者としては、何とも複雑な気分なのだろう。
「あ、あの時僕が書いた報告書だ」
富竹が一枚の書類を手に取り、感慨深げに眺める。「先輩に教わりながら何度も書き直したっけなぁ……」と呟く富竹。
「この写真、僕が撮ったやつだ」
クリップで書類に留められてあった写真を手に、富竹が嬉しそうに言う。
「君は元々カメラマンだったな」
「ええ。ここに入る前はフリーの環境カメラマンをやっていました」
カラスキもまた、事件の資料としてファイルされていた写真を眺めていた。全て富竹が撮映したものだ。このまま個展を開けそうな位の出来栄えのものばかりである。
と、ある一枚の写真を手にしたカラスキの表情が変わった。「どうしました?」と富竹が写真を覗き込む。
「ああ、これですか。村の人達に頼まれて撮ったものです。人物は苦手だからと一度は断ったんですがねぇ……」
写真には四人の村人が笑顔で写っていた。小学生ぐらいの少女と、その姉と思しき高校生ぐらいの少女、同じく高校生ぐらいの少年、そして二十代半ばぐらいの美女……。
「綺麗な女性でしょう?あの事件に巻き込まれて亡くなってしまいましたが。この子達も、みんな……」
富竹が少し悲しそうな表情になってそう告げた。この写真は、今では書類に記された数字の一つになってしまった人々の、生きた証だった。
だがカラスキは、写真のある一点をじっと凝視し続けていた。気になった富竹が尋ねるよりも早く、カラスキが口を開く。
「彼女は呪術師か、あるいはそれに近い筋の人間だな」
「えっ!?何故そんな事が……?」
驚く富竹に、写真を指で示しながらカラスキが説明する。
「ここをよく見たまえ。そう、彼女が首にかけているペンダントだ」
カラスキが指摘するペンダント、それは正八角形をしており、中央には鏡が埋め込まれていた。確かに、随分と珍しい一品である。
「これは八卦鏡と言ってだな、風水師が使う道具だ」
「風水……?」
「大地に眠る気の流れを読み、吉凶を占う。陰陽道とも深い関係のある思想だ。古来より中国ではこれを用いて都を築いてきたし、日本でも平安京や江戸の町が風水思想によって造られている」
「そう言えば……」
何かを思い出したらしく、富竹が声を上げた。
「彼女はこの村の人間じゃあありません。仕事でやって来たのだと話していました。事実、村議会の人達とよく会っていたようです」
「大方、風水によって村の改革でも行おうとしていたんじゃあないのか?」
偶然とは思えん、そうカラスキは呟くのだった。
魔化魍が現れたとの報告が中部支部に寄せられた。場所はリュウキがやられた現場からそう遠くない。
「罠だな」
カラスキがそう断言する。
リュウキ出撃時とは違い、今は裏に漢神使いが居る事が分かっている。暴れているのは、漢神使いに操られた魔化魍と見て間違いないだろう。
「……だからと言って放置しておくわけにもいかないだろうがな」
事実、支部長はカゲキを現場へと派遣した。行かなくて良いのかと富竹がカラスキに問う。
「行くに決まっているだろう。だが下手を踏めば返り討ちだ。呪術には呪術で挑む必要がある。石橋を叩き過ぎて困る事はない」
あくまで冷静にそう告げると、カラスキは再び作業に戻った。先程からずっと、カラスキは札に何やら文字を書いている。その傍らには藁で作られた人形が幾つか置かれていた。
ある程度札が出来上がると、漸くカラスキが重い腰を上げた。
「なるべく急ぐぞ。部下を二人とも失う訳にはいかん」
「いつでも出発できます!」
富竹が愛用の帽子を被りながら、元気よく答えた。
魔化魍を清め終えた影鬼は、疲弊した体のままで漢神使いと対峙していた。彼女の足元には、魔化魍との戦いで壊れた愛用の輪や飛苦無といった暗器が無残にも散らばっている。
(この男が……)
人間、生まれて初めて相対するものに対しては萎縮してしまうものだ。鬼と言えど例外ではない。十年近くに亘り魔化魍と戦い続けてきた彼女だが、漢神使いの纏うオーラに半ば気圧されかけていた。
(どうしたものか……)
よもや生身の人間を相手に音撃を使うわけにもいくまい。
先に動いたのは漢神使いだった。右手の人差し指を突き出し、宙に文字を書く。書き終わると同時に文字は発光し、徐々にその形を変化させていった。
漢神使いが宙に書いた「斧」という文字は、大きな両刃戦斧へと姿を変えて彼の手に収まった。
(似たような技を使う……!)
影鬼の脳裏に、1979年の京都での決戦で倒れた(とされる)あの男女の姿が浮かんだ。連中も文字を操る能力を持っていた事を、今になって思い出す。
戦斧を構えた漢神使いが、影鬼に斬りかかってきた。対する影鬼は、音撃棒・常夜を交差させてこれを受け止めようとする。
真上から振り下ろされた戦斧の刃が、「常夜」の柄に大きな皹を刻み付けた。間髪入れず第二撃が叩き込まれ、派手な音を立てながら「常夜」が砕け飛んでいく。
手にした「常夜」の残骸を捨てると、影鬼は盾代わりに装備帯から音撃鼓・夜風を外して構えた。横薙ぎに振るわれた戦斧の刃を、「夜風」で受け流す。
その時、戦う影鬼の足元に映った影が分散し、彼女と漢神使いの周囲を取り囲むように展開した。そこから真っ黒い姿をした影鬼の影法師が立ち上がってくる。鬼法術・影分身だ。
漢神使いを取り押さえるべく、分身が一斉に飛び掛かる。それに対し漢神使いは、全く抵抗する素振りを見せない。
(勝負を捨てたか?否……)
漢神使いは、嗤っていた。
と、彼の足元から陶器で出来た体を持つ、武者人形が複数体現れたではないか!人形は影鬼の分身を逆に捻じ伏せると、手にした矛を思いっきりその体に突き刺した。分身が黒い靄と化して消えていく。
「これは『瀬戸大将』。私の忠実な護衛だ」
薄笑いを浮かべながら、漢神使いが武者人形について流暢な日本語で説明する。
瀬戸大将とは瀬戸物が化けた一種の付喪神であり、三国志で有名な武将・関羽を表しているとされる。関羽は死後、関聖帝君として祭られ、中国では勝利を約束する神として崇拝されている。
「何の策も弄さず、真正面から挑んでくると思ったのか?」
「馬鹿な……!」
驚きを隠せない影鬼。それもその筈、彼女は瀬戸大将の気配を全く感じていなかったのだ。そんな影鬼の心中をまるで見透かしたかのように、漢神使いが説明を続ける。
「この瀬戸大将は私がただの陶器に名前を与えて動かしている、言わば操り人形。そんな物に気配など存在する筈がないだろう」
漢神使いが手を翳した。それを合図に、瀬戸大将が影鬼へと跳び掛かっていく。体術を駆使して二体までは破壊する事が出来たが、残る瀬戸大将の群れにとうとう取り押さえられてしまった。
「くっ……!」
身動きの取れない影鬼の元へと、静かに歩み寄る漢神使い。
「あなたの名前、いただきます」
影鬼の胸の前に、漢神使いの右掌が翳された。掌が発光し、その光に吸い寄せられるように影鬼の体から何かが飛び出してくる。
文字だ。草書体で書かれた「影鬼」という文字が、彼女の体から抜け出してきたのだ。
漢神使いが、懐から一冊の帳面を取り出して白紙の頁を開いた。文字はその中へと吸い込まれ、それと同時に頁には「影鬼」という文字が浮かび上がってきた。それを満足そうに眺めると、帳面を閉じる漢神使い。
変身が強制解除され、全裸になったカゲキ――否、鬼の名を奪われ、ただの人間となった蒲原かなえの体を、瀬戸大将が投げ捨てる。
だが、かなえは気力のみで立ち上がった。そして漢神使いを、左右異なる色をした眼で睨み付ける。これには彼も驚いたようで、「ほう」と感嘆の声が漏れた。
「見上げた精神力だ。しかし、立っているのもやっとという感じだな。大人しく眠っていたまえ」
再び漢神使いが手を翳した。
刹那、一台の車が突っ込んできた。瀬戸大将を纏めて撥ね飛ばし、かなえの前に急停車する。撥ねられた瀬戸大将は全て砕けて動かなくなってしまった。
「カゲキさん!」
運転席のドアを開けて、中から角材を手に武装した富竹が降りてきた。彼女の姿を見て一瞬動きが止まるが、すぐに後部座席からシーツを取り出すとかなえに渡し、車に乗るよう促す。
「邪魔をするか!」
叫ぶ漢神使いの前に飛び出すと、おもむろに手にしたカメラのシャッターを切る富竹。ストロボが焚かれ、漢神使いの目を眩ませる。
漢神使いが目を開けた時、既に富竹達の乗った車は走り去っており、代わりに音撃棒・星烈を手にした唐鋤鬼が仁王立ちしていた。
対峙したまま両者は一歩も動かなかった。自分と同じ匂いを感じ取ったのか、漢神使いもなかなか仕掛けようとしてこない。そんな中、唐鋤鬼が口を開いた。
「我が名は唐鋤鬼。貴様にやられたリュウキ、そして先程世話になったカゲキの礼をしにやって来た」
それを聞き、漢神使いの表情が険しくなる。
「言ってくれる……。私の名はシア・ムウ。悪いがそういう冗談は好きじゃない。あなたの名前もいただく!」
そう告げるや否や、手にした戦斧を唐鋤鬼目掛けて思いっきり投げつけた。それを最低限の動作で回避する唐鋤鬼。その隙にムウは空中に再び文字を書いていた。書き終えた文字が光り、形を成していく。
次の瞬間、文字は弩弓へと姿を変えた。それに矢を番えるムウ。どう見ても人の力で射る事は不可能なぐらいの大きさの弩弓を、ムウはいとも容易く引き絞り、唐鋤鬼目掛けて放った。それを「星烈」で叩き落す唐鋤鬼。
次いで第二射、第三射と続けざまに矢を射ってくる。それらを唐鋤鬼は全て叩き落した。だがしかし。
「ぐっ!」
一本の矢が、唐鋤鬼の右肩に深々と突き刺さった。彼の右手から「星烈」が落ちる。
体勢を崩した唐鋤鬼の心臓目掛けて、ムウが何本目かの矢を放った。しかし。
「!」
唐鋤鬼の両肩から大きな翼が生え、それと同時に彼の体が宙へと舞い上がる。
「空を飛ぶのか!?」
空中で唐鋤鬼は、左手に握った「星烈」から鬼棒術・天狗を放った。光の雨が降り注ぎムウを襲う。咄嗟に身を翻すとムウは、近くの雑木林の中へと逃げ込んでいった。
上空からムウを追う唐鋤鬼。しかし一つの疑問が頭から離れない。
(急に背を向けて逃げ出すとは……何かの策か?)
この辺りはまだ雪が積もっている。専用の装備も無く雪中を逃げ続けるのは困難だろう。事実、上空からという事もあり、ムウの姿を容易く発見する事が出来た。だが。
突然、カラスキの顔の変身が彼自身の意思とは裏腹に解除された。それに伴い、両翼がみるみるうちに縮んでいく。空中での体勢を維持出来なくなり、急遽地上へと舞い降りるカラスキ。
(まさか……)
未だ右肩に刺さったままの矢を見やる。これ以外に原因は考えられない。出血を恐れて引き抜かずに放置していたが、意を決して手を掛ける。
鮮血が雪の上に飛び散った。
その頃、富竹が運転する車の荷台に積まれた藁人形の一つが、激しく震えだした。それに気付き、心中でカラスキの無事を祈る富竹。
(身代わり人形が無ければこの程度で済んでいたかどうか……む?)
数メートル離れた先に、ムウが立っていた。先程の唐鋤鬼による攻撃、直撃は避けられたようだが、多少のダメージはあったらしく息を切らしている。
さくりと音を立てながら、積雪の上をカラスキが一歩踏み出した。ムウは動こうともせず、ただカラスキを直視している。
「復讐か?」
カラスキの問いに、一瞬ムウの表情が変わる。
ムウは何も答えなかった。それを肯定と受け取ったカラスキは、一歩一歩彼の傍へ近寄りながら、尚も話を続ける。
「名前を奪う事がお前の復讐か?我々全員の名を奪って、それで満足なのか?」
「……黙れ」
「亡くなった女性が、そんな事で満足すると思っているのか?」
その一言に、ムウの目の色ががらりと変わった。
「黙れ!貴様に何が分かる!?」
我を忘れる程に激昂し、ムウが歩み寄ってくる。その拳は固く握り締められ、小刻みに震えていた。
僅か数センチという距離まで近付き、睨み合う両者。先に動いたのはムウだった。
「名前をいただく!」
影鬼に行ったのと同じ事をカラスキに仕掛ける。だがしかし、彼の体から出てくるのは全く関係の無い文字列ばかりだ。出発前、カラスキが札に書いていた文字である。
「貴様!」
「切り札は封じられたな。どうする?」
激昂するムウ。その握った拳を、カラスキの頬に思いっきり叩き込む。
カラスキは、一切抵抗しなかった。何度も、何度も、左右の拳が容赦なくカラスキの顔に叩き込まれていく。
「貴様達が玲子を殺したんだ!」
ムウは泣いていた。涙と洟水でぐちょぐちょになった顔を真っ赤にしながら、何度も何度もカラスキを殴り続けた。
雪の上にムウがへなへなと座り込む。殴り疲れたのだ。顔中血塗れになったカラスキは、口中に溜まった血を「ぺっ」と吐き出すと、ムウに向かって静かに告げた。
「気が済んだか?」
その一言に、再びムウの涙腺は崩壊した。嗚咽が、風に乗って木々の間をすり抜けていった。
漢神使いが引き起こした事件は、尻すぼみと呼んでも差し支えがない形で終わりを迎えた。
帳面の、奪った名前が記された頁を破り取ると、ムウはそれを口に咥え、何やら呪文の詠唱を始めた。
「ぱん」と手が鳴らされ、それと同時にムウが静かに息を吐く。その息と共に奪われた名前が宙に舞い上がり、そのままかなえの体の中へと入っていった。
「実感が湧かないな……」
「安心しろ。名前と力はちゃんと元通りになった」
かなえ――カゲキに次いでリュウキにも同じ事を行い、名前を返す。
「……行くのか?」
「ああ。私がこの国に残る理由はもう無い」
これ程の事件を引き起こしておきながら、ムウは一切お咎め無し、何の代価を払うでもなく祖国へ帰る事となった。カラスキが、彼の家系がいかに猛士において強い発言力を持っているか、よく分かるというもの。
「カラスキ、あなたは私が故郷で出会ったどんな龍や虎よりも強く、気高い男だった。敬意を表する」
そう言うとムウは、カラスキに向かって一礼した。やはりと言うか、ムウは嘗て中国における猛士と同様の組織に身を置いていた時期があるらしい。
「嵐のような数日間でしたね……」
立ち去っていくムウの後ろ姿を眺めながら、リュウキがぼそりと呟いた。その横で富竹も頷いている。だが、彼等が余韻に浸る間はなかった。
「……私は引退する」
「はい!?」
腫れ上がった頬を擦りながら、カラスキが突然そんな事を言い出した。リュウキと富竹が同時に聞き返す。
「そ、それは彼相手に不覚を取ったからとか?」
「違うな」
リュウキの問いかけに即答するカラスキ。
「では何故……?」
その質問には答えず、カラスキは真冬の空を見上げた。太陽が薄雲に覆われて鈍い光を放っている。
中部支部の一つの歴史が幕を下ろした。新たな歴史は、新たな鬼達が紡いでいくだろう。
カラスキが再び鬼として戦うのは、それから二十三年後の事であった。 了
読み終わって「投げっぱなしジャーマンみたいだ」と思った方、それで正解です。
たまにはこういう、殆どを読者の想像に任せる話も書いてみたいと前々から思っていたので、良い機会だから書いてみました。
いかにも伏線っぽく出てきた、70年代に起きた事件。その件についてこれ以上言及するつもりは全くありません。
そういう事件が過去に中部支部の管轄内で起きたんだと理解していただければ充分です。
大規模な事件が起きていたのは、何も関西支部だけじゃないという事です。
名前を奪うというアイディアは、最近アニメ化された「夏目友人帳」を参考にしています。
但し、こちらは「取られた名前を妖怪達に返してやる」という真逆のコンセプトですが。
まったりとした作風なので、初期響鬼好きの人はハマるかもしれません。
漢神という概念は、アニメ「天保異聞 妖奇士」からそのまま持ってきました。
メインライターは「仮面ライダー剣」の会川昇。
会川が響鬼の脚本を書いたらこんな感じになるのかなぁと思いながら見ていました。
最後に最低限の補足説明を。
ムウと玲子(写真の女性)は、彼女が中国へ留学した時に出会い、恋人同士になりました。
玲子から日本語を教わったお礼に、ムウは風水を彼女に伝授しました。
その後も手紙のやり取りをしていたのですが、とある夏の日を境に音信不通となり、疑問に思ったムウは独自に調査を開始して……といった感じです。
読んだとです、中部支部ラスト。北陸支部ラストも待っとるとです。
VS魔化魍にはない、人と人との感情のぶつかり合いもよかとです。
響の字でスレタイ検索してここに流れ着いたんですが、いったい本スレはどうなったんでしょうか?
358 :
名無しより愛をこめて:2008/08/30(土) 11:55:36 ID:ipWPufCh0
要不要でで言えば不要に近い過疎スレだけど、在れば別スレに迷惑にならずそっちでガス抜きする気になるだろうから、スレ立てた方がいいだろうね。
|| (マバユキ)
|| 師匠 先代愛鬼 眩鬼 (鬼名不明)
|| ↓ ↓ ↓ ↓ ↓
|| 弟子=同期 愛鬼 眩鬼=金色鬼 仄鬼 柊鬼
|| ∧ ∧ (クルメキ)
|| (*゚ー゚)
||_ (o o______________________
| ̄ ̄ ̄ ̄ ̄|
| |
||三三三三三三三三三三三三三三三三三三三三三三三三三三三
本スレ、前スレがDAT落ちしたわりにはガンガン伸びてんのね。(´・ω・`)ウラヤマシス
ここのところ忙しくて、正直殆ど書けていません。
そういう訳で、現在書きあがった分の中から区切りの良い所までを投下します。
続きはなるべく早く書き上げるつもりですので、どうぞ宜しくお付き合いお願いします。
それではどうぞ。
1980年代前半、季節は冬。北陸地方、富山県。
「ようこそ、いらっしゃい」
その家の夫人が、にこにこしながら玄関口へと現れて、客人――頭巾を被った和装の男を出迎えた。
男は軽く頭を下げると、商売道具である小さな笈を背中から下ろし、上り框に腰掛けた。そして笈の中から何やら沢山の品物を取り出す。それは、様々な薬が入った箱だった。
男は薬売りなのだ。有名な富山の薬売りというやつである。十七世紀から続く、歴史ある商売だ。
夫人から渡された救急箱の中身を確認すると、男は幾つかの薬箱を開けて、その中に収められていた商品と詰め替え始めた。
「咳にはケロリット、頭痛はピタリン、腹痛には虎腹丸……」
薬の説明をしながらてきぱきと作業を続ける男を、夫人はどこかうっとりした表情で見つめている。
男は、美形だった。どこか憂いのあるその顔は、この夫人のように多くの女性を彼の意思とは裏腹に虜にしていた。彼の顧客は、ほぼ全てがそういった女性層であった。
薬の補充が終わり、代金が請求される。それが終わっても夫人は彼を帰そうとはせず、そのまま世間話へと突入していった。正直、夫人にとってはこの時間が一番大事なのだ。
夫人が一方的に話す四方山話を、最低限の相槌を打ちながら聞いてやる。しかし、夫人の話題が「ある事」に差し掛かった時、男の表情に微妙な変化が見られた。
「狐の化け物……ですか」
男が口を開いた。滅多に話に喰いついてこない男が関心を見せたという事実が、夫人を更に饒舌にさせる。
「そう!そうなのよ。ほら、この辺は田舎でしょう?だから野生動物が田畑を荒らしに来るなんてよくある事だけど、でも化け物だなんてねぇ……」
「少し……詳しく話していただけますか」
夫人の話に静かに耳を傾け、要点のみをメモすると、男は笈を手に立ち上がった。
「あら、もうお帰りですの?奥でお茶でも……」
「いえ、結構……」
男は、笈の中から粗品を取り出すと夫人に手渡した。
「あら、カレンダー」
それは天神様が描かれたカレンダーだった。ここ北陸では天神信仰が盛んであり、天神画を飾るという風習は、富山の薬売りが広めたと言われている。
「次はいつ頃来てくださるのかしら?」
「いずれまた近いうちに。それが私の商売ですから」
男は――ヤクセキは顧客に対し、そう静かに告げたのであった。
直江なぎさがヤクセキから連絡を受けたのは、丁度お昼の出前が届き、これから食べようとお茶を淹れ終えた直後であった。
「どうやらヤコのようです」と電話口のヤクセキは告げた。
「ヤコ……」
ヤコ(野狐)。読んで字の如く狐の魔化魍であり、伝承にある狐火の原因でもある。
「あれは太鼓が担当じゃなかったかしら。大丈夫?」
「心配無用です」
相変わらず抑揚の無い、感情の起伏が微塵も感じられない口調でヤクセキが断言する。
「サポーターは?」
「必要ありません。一人で向かいます」
「そう……」
そのまま通話は終わった。席に着き、まだ湯気の上がる料理とお茶を前に、なぎさは思った。
(ヤコか……)
そう。あの事件の発端もヤコの出現だった。あの、京都での戦いからほんの数ヶ月後の事。
あの事件で北陸支部が受けた被害は小さなものではなかった。最悪な場合、再び東海支部と併合されて、北陸支部が消滅する危険性も充分にあった。
あの一件で沢山の仲間が去っていった。なぎさの頭の中で、その当時の記憶が鮮明に蘇っていった。
「ヤコが現れました」
「はい?」
応接セットで紅茶を啜りながらのんびりと雑誌を捲っていた葛木弥子は、ドクハキのその一言に怪訝そうに顔を上げた。
「あの、私がどうかしましたか?」
「あなたではありません。狐の魔化魍です」
それを聞いた弥子の脳裏に、数ヶ月前の京都での戦いの記憶が蘇る。あの時京都に現れた魔化魍も狐の姿をしていた。尤も、弥子達が現場に駆けつけた時は、既に関西支部の雄による音撃が敢行されている最中だったのだが。
「本来なら太鼓の鬼が担当するのですが、残念ながらレイキさんもトゥキさんもセンメンキさんも手が空いていないので、私が行く事になったのです」
「はあ。……で、それって一体どういう魔化魍なんですか?」
「陰陽五行説における火の属性を持ったやつです。所謂『狐火』というやつですね」
「京都のやつとの違いは?」
「基本は同じ種です。長い年月を経て力を蓄え、尾が九本に裂けたものがキュウビと呼ばれるわけです。その中でも一番厄介なのがこの間の、俗に金毛玉面九尾の狐と呼ばれる個体という訳です」
それを聞いて弥子が不安そうに尋ねる。
「じゃあかなり強い魔化魍なんじゃないですか?」
「心配無用です。ヤコはこの種類の魔化魍の中でも最弱の部類に入ります。ただ問題は……」
「問題、ですか?」
「……何でもありません。さあ行きますよ。さっさと準備をしなさい」
ドクハキが言う問題。それは、ヤコは下級故に霊能力者の手で使役する事が可能だという点。以前、北陸支部の管轄内で起きたカルト集団による魔化魍使役の件もあり、ドクハキは少し敏感になっていたのだ。
何事も起きなければ良いが――そう思うドクハキであった。
ヤクセキの目の前に、大きな――とは言っても精々四、五メートル程度の狐の魔化魍が現れた。ヤコだ。低く唸り声を上げ、威嚇行動を取っている。
ヤクセキが、左手首に巻かれた変身鬼弦を鳴らした。涼やかな音色が周囲に響く。
刹那、ヤクセキの周囲が真っ白な光に包まれた。次いで、光の中から何者かがその姿を現し、静かに目を閉ざしたヤクセキの傍へと歩み寄ってくる。
鬼だ。黄金色の隈取に茶系統の体、風に靡く長い銀髪を持った鬼が真っ直ぐに歩み寄ってきていた。
鬼がヤクセキの真横に立ち並んだ。そして、入れ替わりにヤクセキの全身が光の中へと飲み込まれていく。
光は、ヤクセキを飲み込み終えると、そのまま消えてしまった。後に残ったのは一人の鬼――薬石鬼のみ。
ヤコが口から燐火の塊を連続で吐き出してきた。青白く燃える炎が薬石鬼を襲う。
だが、薬石鬼は身軽な動きで飛んでくる全ての燐火を回避してみせた。それと同時に間合いを詰めていく。宙を舞う薬石鬼は、ヤコの鼻先にふわりと着地した。
間髪入れずヤコが前足の爪で薬石鬼を攻撃してくる。だが薬石鬼はそれをも軽く躱すと、自身の音撃弦・真(まこと)を手に構えた。
鬼法術・毒舌で弱ったヤコの全身に、毒覇鬼が容赦無く鬼石を撃ち込んでいく。
「ふははは……。無様ですねヤコ。苦しいですか、ヤコ?」
「……そういうのは心の中で思うだけにしてもらえませんか」
明らかにわざと声に出している毒覇鬼に向かって、近くの岩陰に隠れている弥子がお願いした。
「仕方ありませんね。ではそろそろヤコを爆殺しましょう。いやぁ、実に愉しい」
太鼓の鬼は全員出払っていると毒覇鬼は言っていたが、本当は嘘なのではないかと弥子は思った。絶対時分に子どもじみた嫌がらせをしたかっただけなのではないかと思う。今のように。
ヤコが燐火を吐き出してきた。狙いは毒覇鬼ではなく弥子だ。
「ええっ、私!?」
だが、毒覇鬼の音撃管・雑言から放たれた圧縮冷凍弾が、弥子に直撃するぎりぎりのところで燐火を弾き飛ばした。
「ど、毒覇鬼さん!」
顔面蒼白のまま弥子が毒覇鬼の後ろを指差す。彼の背後からヤコが大口を開けて跳び掛かってきたのだ。
だが、毒覇鬼は弥子を抱き上げると、高く跳躍してヤコの牙を躱した。着地し、弥子を無造作に降ろすと「雑言」の銃口をヤコへと向ける。
銃声と同時にヤコの片目が潰れた。間髪入れずもう片方の目にも鬼石が撃ち込まれる。
悲鳴を上げて苦しみ悶えるヤコに向け、毒覇鬼が音撃モードに組み替えた「雑言」を構えた。
「解き……放つ!」
音撃震・理(ことわり)を装着した「真」の剣先から、光の白刃が迸った。それを星眼に構える薬石鬼。
次の瞬間、薬石鬼の体が弾かれるかのように前方へ向けて飛び出した。ヤコもまた、薬石鬼へと向かって飛び込んできた。刃と爪が激しくぶつかり、閃光が走る。
「シャアアアアア!」
ヤコの絶叫が周囲に木霊した。薬石鬼が袈裟懸けに振り上げた「真」が、ヤコの前足を斬り捨てたのだ。バランスを崩したヤコが、轟音と共に地面に倒れ込む。その体に薬石鬼が「真」を突き刺す。そして。
薬石鬼の華麗なるテクニックから生み出された音撃が、ヤコの全身を駆け巡っていった。爆発。薄れゆく土煙の中から、「真」を手にした薬石鬼の姿が浮かび上がる。
薬石鬼は深々と一礼すると、無言でその場を後にした。
ヤコを清め終えた帰り道、近くの公衆電話から弥子は支部へと報告を行っていた。ドクハキは戦いを終えた後、後部座席に横になって、そのまま泥のように眠り込んでいる。珍しいなと思う弥子。
電話口で「お疲れ様」となぎさが労いの言葉を掛ける。
「今日は早く戻ってきなさいよ。パーティをするんだから」
「え、何か特別な事でも?」
その言葉に、なぎさが呆れたように告げる。
「覚えてないのね……。まあいいか。兎に角、早く戻ってくる事。いいわね?」
そう告げるとなぎさは電話を切ってしまった。訳が分からないまま車へと戻る。ドクハキは未だ眠ったままだ。死んでいるのではないかと思う程、身動き一つしない。ただ、微かに寝息が聞こえるだけだ。
弥子はエンジンを掛けると、支部へと向かって車を走らせた。
ヤコを清め終えて支部へと戻ったヤクセキを、「飛車」の黒田一馬が迎えた。
「お疲れ様」
労いの言葉を掛ける黒田に向かって軽く会釈をすると、ヤクセキはなぎさの下へと向かった。どうやら支部長は不在らしく、いつもなら耳に飛び込んでくる大声も全く聞こえない。
なぎさは応接室の隣の部屋で、自分のデスクに座りながら資料に目を落としていた。今から数年前の物だ。
「ただいま戻りました」
ヤクセキに声を掛けられ、慌ててなぎさが顔を上げる。
「やけに古い資料ですね」
「ああ、これ……」
そう言うとなぎさは、何処か淋しげな目をしながら資料を手に取った。
「ヤコが出たって言うものだから、つい……」
「……あの事件に関係があるのですね」
ほんの一瞬、なぎさの顔に驚きの表情が浮かんだ。答えようとしないなぎさに向かって、ヤクセキが話を続ける。
「教えていただけませんか?数年前、何があったのかを……」
沢山の鬼がこの支部から居なくなり、嘗て極道だったと言う黒田がこの世界に入るきっかけとなった事件。ヤクセキは勿論、北陸支部の若い鬼達は皆、その詳細を知りたがっていた。隠し事をされるのは、支部の一員として見なされていないようで辛かったのだ。
なぎさは目を伏せると、静かにこう告げた。
「私の口から語るには、時期尚早だわ。おそらく支部長や黒田さんも同じでしょうね。そうね……」
暫し考え込んだ後、なぎさはある人物の名前を告げた。
「……この人なら教えてくれるかもしれない。根拠も何も無いけれどね」
それを聞くと、ヤクセキは踵を返してドアへと向かっていった。
「行くだけ行ってみます」
そんな彼の後ろ姿を眺めながら、なぎさは思った。もう彼等に包み隠さず話す時が来たのかもしれない、と。
その日の晩、支部では盛大なパーティが開かれた。今日は弥子の誕生日なのである。
「うわぁ、今日が誕生日だって事、すっかり忘れていました!有難う御座います!」
上座に座る弥子が、元気良くなぎさに向かって礼を述べる。
「おめでとう御座います。これでまた一つ年を重ねて老けたわけですね。ふふふ……」
悪意が見え見えの言葉を贈るドクハキ。車中で眠って、すっかり回復したようだ。
パーティには全員が参加している訳ではない。北陸支部は全員が表の仕事を持っているため、支部長を含め何人かが欠席している。
「でも、何で急に誕生パーティなんかを?」
ソゲキが尋ねた。確かに、いくら支部の人間の誕生日だからとは言え、いつもこのような催しを開いているわけではない。あまりにも唐突すぎる。
「実はね、物凄く珍しいお酒が手に入ったのよ。それで……」
「ああ……」
つまり、弥子の誕生日は酒を飲むための口実なのだ。しかしちゃんとケーキまで用意してくれているのだし、文句を言う筋合いは何処にもなかった。
「それじゃあ全員揃ったようだし、そろそろ始めましょうか」
こうして宴は開かれた。各々料理に舌鼓を打っている。そしてなぎさが言っていた珍しい酒も、全員に振舞われた。
「あ、美味しい!」
グルメな弥子をも唸らせるぐらいの美酒だった。なぎさも他のサポーター達も美味そうに飲んでいる。
と、その時、やはり酒を飲んでいたジュウキが手にしたお猪口を落とした。
「やだなぁジュウキさん、飲み過ぎたんですか?」
紅潮させた顔に満面の笑みを浮かべながら弥子が声を掛ける。しかしどうも様子がおかしい。
「変ね。彼、お酒には強い筈なのに……」
大柄なだけにジュウキは酒に強かった。今まで、彼が酔い潰れたところなど、支部の誰も見た事が無い。
「うっ……!」
軽く声を上げて、今度はソゲキがお猪口を落とした。テーブルの上に酒が零れる。
その場に居た誰もが様子がおかしいと感じたまさにその時……。
「ぐ!」
次々と酒を飲んでいた面々が倒れていった。最初におかしな様子を見せたジュウキは、痙攣を起こして倒れている。
(盛られた……!?)
次の瞬間、なぎさも、そして弥子も意識が飛び、テーブルに倒れ込んでしまった。その場に居た全ての者が倒れた……かに見えた。
周囲の気配を窺うようにしながら、一人の人物が立ち上がった。この人物だけは飲んだふりをしていたのである。そう、やはり原因は酒だったのだ。そしてその人物は静かに弥子の傍へと近付いていった。
暫くの間、眠り込む弥子を眺めていたが、おもむろに彼女を抱え上げようとする。
その時。
「どちらへ?」
突然声を掛けられ、慌てて振り向く。そこには、平然とした顔でドクハキが立っていた。
「私に毒は効きませんよ」
そう言うとドクハキは不敵に笑うのだった。
続く
なんちゃら支部鬼譚って、題名だけとはいえ他作品のパクリかよ
高鬼作者さん乙!
毎回思うんだけど、絡め方がうまいなぁ
今回は、薬売りさん・・・・ですか
まだ新しい鬼名が出るのかと。
スレある限り付き合い続けるんで、リアルに支障のないペースで書いてください。
377 :
鬼島兼用語集:2008/09/18(木) 23:42:04 ID:+3H+9NhC0
高鬼作者さんの続きが投下されるまでの繋ぎに拙作を投下させていただきます
昭和33年、晩夏。静岡県、某山中。隠形鬼が死んだ。
鬼が少ない時期であり、真の鬼の力を持つ者としての矜持もあったのだろう、強敵のガシャドクロを相手に一人で出撃し、敗れて死んだ。
一週間も戻らないオンギョウキの身を案じた歩が山中に分け入ると、野営は跡形も無く破壊され、オンギョウキの姿はどこにもなかった。
さらにしばらく行ったところに奇妙に赤みがかった骨が散らばっており、その骨を調べてみたところ、ガシャドクロではなくそれよりもさらに強いクルイガシャドクロのものと知れた。
隠形鬼は遺体が発見されない以上書類上は戦時行方不明として扱われたが、誰もが戦死したものと内心では認めざるを得なかった。
中核である隠形鬼を喪った中部支部の痛手は計り知れない。だが何よりも先ず野放しになったままのクルイガシャドクロを退治せねばならない。
しかし中部支部で隠形鬼に匹敵する実力を持った鬼はいないし、その他の者はほぼ全員が出撃待機中である。他支部でも強い鬼は中核を成すだけに軽々に動かすわけにはいかず、今日明日の救援は期待しようもない。
八方塞であった。
2008年10月。
猛士総本部。とある用事で訪ねてきた小野忍人の前に突然銀の狼が現れた。
「老けたなオンギョウキ」
「うわ!……ってマルフか。全然変わらないんだな、あんたは。20年ぶりくらいか、あの時は世話になった」
もう時間に縛られないからな、と寂しげに呟いたマルフは、さらに沈んだ表情――といっても狼の顔はほとんど変わらなかったが――になり、忍人の腕を掴んで言った。
「……まずいことになった。すまない、本当にすまないが、一緒に来てくれ」
忍人が口を開く前に世界が歪み、22年ぶりに時間を越える旅に連れ去られた。
とっさに瞑った眼を開くと、そこは吉野ではなく見たこともない森の中だった。月が出ている。その高さからして、日付が変わったかどうかという時間だろう。
「おいマルフ! これは一体――!?」
「歩きながら説明する。こっちだ」
マルフは有無を言わさず、丈の高い草を掻き分けて進んでいった。仕方なくその後についていく忍人に、マルフは背中越しに話し始めた。
「あんたの前のオンギョウキは、知ってるよな、当然?」
「……ああ。名前はたしか大西熾永(おおにし おきなが)。いわゆる旧い鬼でドキさんとカゲキさんを育てたあとしばらくして失踪してる」
「そうだ。その大西が、この1958年に死んだんだ」
「なに!? だが、彼は80年代までは猛士にいたはずだぞ!」
「ああ。歴史が変わるなんてことは本来ありえないから俺も色々と調べたんだ。その結果、歴史は変わっていないことがわかった」
忍人は首を傾げている。
「大西熾永は―――二人いる」
「入れ替わっていた、ということか?」
徳川家康が二人いた、という説は忍人も聞いたことがある。大阪の陣で死んだとか、今川氏滅亡の時点で入れ替わったとか、関が原で暗殺されたとか――だから入れ替わり説は容易に想像できる範疇だった。
「そうだ。その二人目の大西熾永が、小野忍人、あんたなんだ」
「なに!?」
「時間を超越した気になっていたが、その俺が介入することが歴史に織り込まれていたと知ったときは俺も驚いた」
しかし思い返してみれば、ザルバトーレ・ザネッティが時間を越える道具を使ったときには猛士総本部が壊滅し、マルフの介入でそれが無かったことになっている。
だから時間を超越した者も、時間ではないもっと大きなもの――喩えるなら根源の渦とでも表現すべきか――に操られているのだろう。
もしもマルフが介入しなくとも、おそらく川の流れに押し流されるように例の石臼ででも忍人はこの時代に送られていたはずだ。
そこでマルフは歩を止め、忍人に深々と頭を下げた。
「だから――頼む。大西熾永に、隠形鬼になってくれ!」
忍人はあまりの事態に言葉を失っている。
「いや……あの、」
「今すぐに決めろ、とは言わない。だがやってもらわないといけないことがある」
忍人が言葉に詰まっているのをいいことに、マルフはどんどん話を進めていく。理解が追いつかず、忍人の頭の中では加速度的に混乱が渦巻き始めていた。
「魔化魍の、クルイガシャドクロの退治だ」
「なんだと!?」
固まっていた忍人は素っ頓狂な叫びを上げて仰け反り、そのまま樹の幹に凭れ掛かった。
「クルイガシャドクロ……そんなものを相手になんてできるか……」
忍人が呆けてしまうのも無理はないだろう。ただのガシャドクロでさえ何人もの鬼が一度にかからねば戦い得ないほどの強大な魔化魍である。クルイガシャドクロとはガシャドクロが赤く染まった上位種で、大きな支部が総出でかかっても勝率は五分五分といったところである。
もっとも近代に入って現れたという事例は無い。しかしそれ故に導かれるのは、かつての呪術と力に優れる鬼が大勢でかかっても勝ち目が薄いという事実である。
「…………歴史では、隠形鬼はクルイガシャドクロを独りで清めている」
幹をずり落ちた忍人は俯き、ぼそりと呟いた。
「私は……俺はもう鬼じゃない。鬼だった頃でもそんなものに敵うわけがない」
「だが事実なんだ。隠形鬼がクルイガシャドクロを倒したからこそ彼の弟子がいて、あんたの時代がある。あんたは勝たなきゃならない」
がさり。
草叢がざわめいた。
「モンスター!」
現れたのはほぼ等身大の赤い骨の怪物だった。やや小柄なそれは骸骨というには刺々しく、白い骨や黄色い骨が多く混じっていた。
死んだ大西熾永が清めきれずに放置されたクルイガシャドクロの破片が再び邪気を取り戻し、周囲にあった小動物の骨を取り込んだものである。加えて骸骨じみた姿の怪童子も現れた。
マルフの手元がゆらめき、銅色の刃を持つ音撃弦が現出する。日本のものとは違い、最初から音撃震が組み込まれているものだ。
「サウンドアタックストリングス・クロノス。俺が戦うなんて久しぶりだ」
左手に弦を構えたマルフの後ろで忍人も身構えるが、如何せん武器がない彼に手出しはできない。
「おい! そいつは弦でやると分裂するぞ!」
「わかってる。だがものはやりようだ」
マルフは一足で間合いを詰め、怪童子の胸にクロノスを突き立てた。力は魔化魍に劣るとはいえ怪童子を一撃でしとめるとは、さすがにDMC歴戦の兵である。
吹き飛ぶ怪童子を無視し、クルイガシャドクロの骨人形に向き直る。さすがに破片をばら撒くのを恐れて安易に斬りかかることはしない。必然的に骨人形が先に仕掛けることになる。
鋭い杭状になった腕をマルフの腹めがけて突き出す骨人形。マルフはクロノスの腹でそれをいなし、大樹に叩きつけた。身を起こそうとする骨人形を足で押さえつけ、クロノスを構える。
「SOUND ATTACK! GHOST OF PERDITION!」
骨人形に刃を突き立てず、その代わりに自らの足を使って清めの波動を流し込む。なるほど、確かにこれならば効率はかなり落ちるものの分裂しやすい魔化魍を断ち割らずに弦で清めることができる。
しばらく続いた音撃が止んだとき、マルフの足元には小さな骨の欠片が落ちているだけだった。赤い骨はない。魔化魍である赤い骨のみが爆発し、それに取り込まれたただの骨が残ったためであった。
「―――ふう」
クロノスを再び時空の狭間に消し、息をつくマルフ。しかしその顔は狼のままだ。
「弦で分裂せずに清めるとは……流石だ」
「だが俺にできるのは精々これくらいだ。クルイガシャドクロを倒すのはあんたじゃないといけないし、俺はそれに手を出すことはできない」
「それは、何故」
「記録されているんだ、クルイガシャドクロを倒したのは隠形鬼ただ独りと。つまり目撃者がいる。俺が手を出すと歴史が変わってしまう」
隠形鬼は独力でクルイガシャドクロを清めた、らしい。だが当の自分にはそれほどの力はない。それどころか既に鬼を引退しているのだ。そのギャップを埋めることはどう考えたところでできなかった。
「さっきも言ったが、今決めなくてもいい。だが、やれるのはあんただけだ」
「やる、と簡単に言えたらいいんだがな……俺はそこまで自分を過大評価できない。だがやれるだけはやろう。やるにしてもおそらく大勢の手を借りることになる」
それを聞いたマルフは重苦しく頷いた。
「仕方がない。最優先事項はクルイガシャドクロを倒すことだ。最悪、恐ろしくリスキーだが歴史と記録の修正――いや、改竄は俺がやる」
歴史の改竄は、喩えるなら一匹のケラが大河の流れを変えるようなものである。怒涛に押し流されるだろうし、万が一流れを変えられてもそれがどこへ向かうのか、川床がどこをどう削るのか、土砂がどのように堆積するのか、まったく予想がつかない。
マルフが普段やっていることは精々、緩んだ土堤を補修したり用水路に溜まった泥を掻き出すくらいのことなのだ。
二人は再び森の奥に歩を進め始めた。
マルフの後を行く忍人は暗い闇が急に怖くなっていた。
「誰か来る」
突然そう言うと、マルフの姿はゆらめいて消えてしまった。
「おい、マルフ!」
“姿を消しただけだ。声もあんたにしか聞こえない”
そうこうしているうちにがさがさという物音が近付いて、やがて精悍な男が姿を現した。黒い短髪に濃い髭を生やした、たくましい大男である。腰には変身音叉が下がっていた。
「おお、ここにいたかオンギョウキ!」
男は忍人に駆け寄ると大きな手で忍人の両肩をばしんばしんと叩いて喜色を満面に浮かべた。
“その男はドヨメキだ。大西熾永の相棒らしい。それとあんたは大西にそっくりだ”
「ど、ドヨメキ。痛い、やめてくれ」
「んん? どうしたオンギョウキ、いつもなら『やめんか馬鹿が!』とか言ってぶん殴ってきそうなもんだが」
どうやら大西は忍人の最も苦手とするタイプの人間であったらしい。
「そ、そうか? いや……」
「まあお前でも大負けすりゃあ大人しくもなるか。それにしてもクルイガシャドクロたあ、逝き残っただけでもめっけもんだ!」
一人で納得してくれたので忍人は安心したが、おそらく皆が大西を戦死したと諦めた中でこうして山中を捜索していたドヨメキを騙すようで、心が痛んだ。
「大方負けたのが悔しくてずっと野郎を探し回ってたんだろ。おかげでお前、死んだことになってるぜ! 傑作だぁ!」
実際に大西が死んでいる、とは言えない。望むと望まざるとに関わらず忍人は大西の代役として振舞わねばならないし、この豪快な男を悲しませるのは気が引けた。
「ンなこったろうと思ってな、新しく野営も張ったしメシも持てるだけ持ってきた。雪辱戦といこうじゃねえか」
こっちだ、と腕を引くドヨメキに半ば引きずられるようにして忍人は野営に案内された。
野営には音撃装備と百枚近い式神があった。式神は忍人が使っていたものよりも簡素で、まだ色霊を応用したものではなかった。音撃武器は弦と管が一つずつ。
「ほれ、念のために管を持ってきてやったぞ。調整しときな」
菅を投げ渡され、危うく落とす寸前で受け取る。渡された音撃管は忍人が使っていた業罪のようなトランペット型ではなく、銀のユーフォニウム型の大きなものだった。このタイプは訓練時代に何度か使っただけだったが、まあ使って使えないこともないだろう。
「音撃鼓は大丈夫か?」
「いや、太鼓は……壊れた。音撃棒も」
実際は音撃鼓はおろか装備帯も着けていないのだが、似たようなものだろう。
「はぁ!? ……ま、仕方ねえか。支部にも余りはねえし、それでなんとかしろ」
ドヨメキはそう言うと音撃鼓を装備帯から取り外して調整を始めた。忍人の方は、渡された管――終焉という銘――の状態がことのほか良かったためすぐに調整が終わり、手持ち無沙汰になったため式神を飛ばし始めた。
「なあ、ドヨメキ」
「あんだぁ?」
「お前、一人で俺を探してくれてたんだよな」
「ああ。みーんなお前が死んだって思ってたからな」
「そうか。その……ありがとう、な」
本当に言いたいのは、騙してすまない、だった。しかし見も知らぬ大西ならばきっと礼を言うだろう、という思いもあった。
「はは、らしくねえなぁ。やられたのが随分堪えたと見える」
ドヨメキは視線をそらし、気恥ずかしそうに音撃鼓をいじっていた。
それから、忍人とドヨメキは二時間おきに見張りを交代しながら床に就いた。
翌日は朝から式を打ち、訓練をして過ごすことになった。使い慣れた業罪とは大きく異なる終焉が手に馴染むまでには何時間もかかり、忍人は久しぶりに汗みずくになって射撃訓練をした。
小さく軽い業罪は腕で操れるが、大きく重い終焉は両腕に抱えて身体ごと動かす。理屈ではわかっていたが、それを身体に覚えさせるまで苦労した。しかしブルパップに近い特異な形状に慣れてしまえば、威力と取り回しのよさを両立した見事な音撃管だということがよくわかる。
しかし、今でも鍛えてはいるものの現役時代の体をそのまま維持できているわけではない。そういった意味でも大変だった。
数十分おきに戻ってくる式神を見るが、なかなかクルイガシャドクロの兆候は見つからない。かなり遠くに行ったか、それともじっと動いていないかのどちらかである。
ドヨメキは音撃棒を振るときも腹筋をする間も、とにかくずっと喋り続けた。最初はいちいち頷いたり相槌を打ったりしていたオンギョウキだが、一時間もすると八割方聞き流すようになっている。
それでも親しみの籠もったドヨメキの話は凝り固まったオンギョウキの心をよく解きほぐしてくれた。
そうして訓練をし、式神を打って過ごした。その間ずっと口を動かし続けていたドヨメキの話は、甥が鬼になって嬉しいだの、いい加減に結婚したいだの、本当にとりとめのないことばかりだった。
日没前に簡素だが量だけは多い夕食を作り、日が沈んでから焚き火を囲んで食べた。饒舌なドヨメキにしては珍しく、食事中は一言も発しなかった。
食後の茶を啜っているときに、ドヨメキはようやく口を開いた。
「オンギョウキさあ」
「ん? 何だ」
一日経ち、粗暴であるらしい大西熾永の態度をわからないなりに真似ることに慣れてきた忍人の口調は幾らか荒くなっている。
「悪かったな、あいつの、大西のふりなんてさせてさ」
「な、何を言ってる!? 俺が幽霊だとでも言うつもりか?」
「いいよ。本当は知ってるんだ、大西のやつが死んだことは」
「俺を勝手に殺すな!」
混乱しかけている忍人を手を上げて制し、ドヨメキの独白は続く。
「俺が見つけたんだ、大西の首を。悔しそうな顔だった。そんで、何でかなぁ、勝手に埋めちまったんだ」
「…………」
「だから、この世であいつが死んだってことを知ってるのは俺だけなんだよ」
相槌を打つこともできなかった。
ドヨメキは親友の死を認めたくなかったのだろう。だから首を埋めて、戦死ではなく戦時行方不明扱いにしたのだ。
「それからあいつが死んだ山ン中をなーんも考えねえでふらふらしてたらよ、お前がいたんだ」
大西に瓜二つのお前が、と呟いた。
「本当は生きてたんだと思ったよ。一目で鬼だってのもわかったし。だけどやっぱり違った。俺はお前を通してあいつを見ようとしたが……」
忍人はいたたまれなくなってドヨメキの腹のあたりを意味もなく見つめている。
「なあ、お前、名前はなんていう? 俺は土肥童寛(どい どうかん)だ」
「……小野、忍人。若い頃は俺もオンギョウキだった」
「小野忍人か。忍人、ありがとう」
忍人がその顔を見上げると、ドヨメキは莞爾と笑っていた。
「お前のおかげで、俺の中からもあいつを逝かせてやれたよ」
笑顔の中に二筋、涙が伝っていた。
翌日の夕刻、昼に放った式神がクルイガシャドクロを見つけてきた。野営からさほど遠くない場所で回復のためにひたすらじっとしていたのだ。
「出るぞ忍人!」
ドヨメキがクルイガシャドクロを発見したことを走り書きしたメモを式神に持たせて支部と最寄の歩の家に飛ばす。
忍人は一日かけて手足のように馴染んだ終焉を担ぎ、音撃弦・覇業を背負ったドヨメキと並んで森に踏み込んだ。
「クルイガシャドクロ……二人じゃきついだろうなぁ」
「きついどころじゃあないな。旧い鬼の大西でも敵わなかったんだ」
大西と違い、ドヨメキは真の鬼の力を持っていない。20世紀にもなると大きな戦争もあり、旧い鬼はごく少数しか生き残っていなかったのだ。オンギョウキが知っているのは天鬼と地鬼、それに死んだ隠形鬼の三人しかいない。
「だが馬鹿の一念岩をも通すってな具合で、諦めなきゃあ何とかなるってもんよ。さっきの式が届けば応援も来るだろうしな」
見通しは決して明るくない。だがドヨメキに負けるつもりはなく、それは忍人も同じである。
現実に眼を向けても悪いことばかりではない。クルイガシャドクロが移動していないということは大西が与えた傷が深く、治癒しきっていないからだ。そこをうまく突けばあるいは勝ち目があるかもしれない。最悪でも応援が到着するまで足止めできればいい。
しばらく歩き日が沈んだ頃、木々の間に小さく赤い塊が見えた。うずくまったクルイガシャドクロである。二人は左右に分かれ、挟み撃ちにする作戦を採った。
位置についたところで二人はそれぞれの変身道具を執った。ドヨメキが音叉を鳴らし、忍人が――オンギョウキが鬼笛を吹く。ドヨメキが岩に包まれ、オンギョウキが闇を噴き上げ、そして二匹の鬼が現れた。
響動鬼。
隠形鬼。
「鬼闘術・影隠忍――」
隠形鬼が闇に溶け込む。まず隠形鬼が影隠忍で気配を消して奇襲し、その混乱に乗じて響動鬼が本命の攻撃をかける作戦である。
「――鬼法術・根堅州國」
クルイガシャドクロの下に、まるで穴のような真っ黒い影が現れた。闇属性を磨き上げることで習得できる重力異常を操る技である。さすがに巨大なクルイガシャドクロを引きずり込むほどの力はないが、足止めには使える。
クルイガシャドクロの巨体が僅かに揺らいだのを見て、音撃管・終焉を連射した。響動鬼も音撃弦・覇業でこれに加わる。
少しずつだが確実に削り取られる赤い骨片は小さなガシャドクロとなる前に展開したままの根堅州國に飲み込まれ、地中で小さな爆発を起こして消え去っていく。この骨片程度の邪気ならば後で土地に音撃をすれば問題ないだろう。
型に嵌めた、と思い始めたその時である。樹上から飛び出してきた妖姫が跳躍と斬撃を繰り返す響動鬼に強烈な飛び蹴りを見舞った。空中にいて受身の取れなかった響動鬼はたまらずクルイガシャドクロの巨体を転げ落ちていく。
このまま地面に落ちれば重力異常に引き込んでしまう。隠形鬼は咄嗟に根堅州國を解除した。
間一髪で重力異常から逃れた響動鬼は二三度転がってから体勢を立て直した。妖姫はクルイガシャドクロの肩から響動鬼を睨んで威嚇している。そしてクルイガシャドクロは――妖姫を引っ掴み、頭から貪り食った。
「な、なに!?」
妖姫を食い尽くしたクルイガシャドクロががしゃりと音を立てて立ち上がる。成長しきった魔化魍にとって育ての親は不要、だがまるでおやつのように簡単に食ってのける光景はそう割り切れたものではない。
鬼にあり、魔化魍にないこの感傷が二人の優位を崩した。大きく砕かれた部位は急速に修復され、鬼たちの攻撃は水泡に帰したのだ。クルイガシャドクロにとって育ての親は本当に栄養剤であったらしい。
もう一度根堅州國を使うわけにはいかない。広範囲の重力異常を発生させるのはかなり力を使うので、昨日まで引退していた隠形鬼がやったところでたいした効果はないか、あるいは変身が解除されるのが関の山だろう。
身を隠す利はもうないと判断し、影隠忍も解く。
「響動鬼、覇業を寄越せ!」
「応!」
響動鬼は音撃震・王道を装着した覇業を思い切り投げ渡し、装備帯から音撃棒を抜き放った。
「小さいのは俺が引き受ける。崩れても気にしないで叩け!」
「よっしゃあ!」
音撃棒に気を込め、クルイガシャドクロに振り下ろす。気が念鼓となって赤い骨に張り付き、清めの音色を響かせた。
強烈な衝撃で零れ落ちた骨の欠片は大きなものから順に隠形鬼が弦で清めていく。無論、マルフがやったように自分の肉体を使っての間接音撃である。
二人の目標は根堅州國が破られた時点で勝利することよりも持久戦……否、せめて消耗戦に持ち込むことになっている。鬼の体力が尽きるのが先か、魔化魍の骨が尽きるのが先か。
考えたくはないが、もし二人が死んでも少しでも消耗させておけばあとを引き継ぐ鬼の助けになるだろう。
生き残ることはもう考えていない。一心不乱に骨を砕いていくのみである。
しかしそんな決死の奮闘もクルイガシャドクロには通じなかった。清められる骨も剥落する骨も魔化魍の動きを阻害するほどではなく、クルイガシャドクロはその身に取り付いて音撃を続ける響動鬼を、まるで蚊でも潰すように叩き落した。
「ごぶ……ッ!」
響動鬼の吐いた血が赤い骨をどす黒く染め上げる。クルイガシャドクロは、地に落ちた響動鬼を今度は踏み潰さんと足を振り上げた。
「響動鬼っ!」
「来るな!!!」
助けに向かおうとする隠形鬼を、重傷とは思えない大音声で止める。響動鬼の顔が、にやりと笑った、気がした。
響動鬼は装備帯から音撃鼓を外し―――自分の腹に押し付けた。
そして奇跡的に折れていない右の音撃棒で、思い切り、それを叩いた。
“くそッ!”
闇を塗り替える閃光。
破城槌のような衝撃。
隠形鬼は自分が吹き飛ばされていることを自覚し、そんなことよりも響動鬼の行動に愕然としていた。あの技は――昇天舞。命と引き換えに使う、自爆技だった。
背に強い衝撃を受け、次いで全身を痛みが襲う。視界は白く閉ざされたままで、耳もほとんど用を成さない。
何とか立ち上がったときには幾らか目と耳が回復してきた。
その視界に入った色は、赤。
耳に入った音は、がしゃり。それとマルフの慟哭。
「くそォッ! 何が時間を操る狼だ! 目の前の男ひとり助けられなかった!」
鮮明に映るようになった眼には、半身を吹き飛ばされてもがくクルイガシャドクロ。それと目の前にうずくまる銀の狼と、執念深く音撃棒を握ったまま横たわる響動鬼がいた。
助かったのか、と響動鬼の横に回ると、彼がやけに小さくなっていることに気付いた。いや、小さくなったのではない。胸から下が無いのだ。
すうっ、と響動鬼の変身が解除された。右腕には梵字が刻まれている。
ドヨメキは、ひゅうひゅうと喉を鳴らした。隠形鬼の耳にはそれが言葉として伝わった。彼はこう云っているのだ。
『俺の血を飲め』
鬼の血を飲む。即ち、真の鬼の力を得るということである。
『俺の力をお前が使ってくれ』
隠形鬼はドヨメキの千切れた左腕に手を当て、流れる血を掬って、飲み干した。
ドヨメキはにやりと笑って、消滅した。
彼はオンギョウキが感じたほどの楽天家ではなかった。親友の死を知ったとき、迷わず返魂の術を使い、死んでも仇をとると誓ったのだ。
その復讐鬼が、笑って逝った。
意味は考えるまでもない。復讐ではなく、魂を継ぐことができたからだ。
「音撃棒、持っててくれ」
ドヨメキが最期まで握っていた音撃棒をマルフに託し、隠形鬼は立ち上がる。その心身には新たな力が――ドヨメキの力が満ちていた。
「―――隠形鬼……閻魔あぁぁっ!!!」
隠形鬼の身体から闇の鬼が吹き上がり、鬼の身体をさらに変革していく。
角が太く長く伸び、隈取が歪んで面相が凶悪になる。
胸に肋のような骨質の器官が浮かび上がる。
筋肉の谷間に金色の筋が走る。
肩と肘、膝に鋭利な刃が生える。
身体のあちこちからは闇が、漆黒の焔となって立ち上る。
最初の死者にして冥府の裁判官の名を冠する、闇の力を揮う鬼の究極の姿であった。
「おおおおおおおおっ!」
閻魔が駈ける。
骨を組み替えて身体を再構成したクルイガシャドクロに闇を纏った拳を打ち込んだ。黒焔が魔化魍に燃え移り、赤い骨を大焦熱の獄焔で灰燼と帰す。拳を乱打し、骨を溶着して分裂を封じる。
背から音撃管・終焉を下ろし、クルイガシャドクロに向けて引鉄を引く。鉄紺の鬼石は骨を砕かず、その隙間を縫って次々と体内へと納まっていく。
隠形鬼・閻魔の背の焔が大きくなり、翼を形作る。閻魔の力の使い方は既に知悉している。己の力であり、己の裡にいる響動鬼の力なのだから。
ばさり、と黒い火の粉を散らして隠形鬼が羽撃く。上空から地面に向けて五発の鬼石を撃ち、クルイガシャドクロを囲んだ。
クルイガシャドクロは熔けた骨を自ら砕き、上空に腕を伸ばして隠形鬼を叩き落そうとするが、黒い閻魔天は骸骨何するものぞとひらひらと躱しながら悠然と終焉を音撃形態に組み替えていく。
銃口にベルへと繋がる太い管を接続し、その先端に音撃鳴・無疆をはめ込む。
大きく息を吸って胸を膨らませた隠形鬼・閻魔がマウスピースに口をつけ、荒々しく吹き鳴らした。
「究極音撃射・毘沙門颱風!!!」
清めの音が衝撃波を伴ってクルイガシャドクロを襲う。隠形鬼に向けていた腕はひとたまりもなく崩れ、地に落ちる前に爆竹のように炸裂した。赤い骨の中から鉄紺の光が漏れ、血の色を青く浄く塗り替えんと徐々に光量を増す。
魔化魍の周囲には輝く鬼石が晴明桔梗印を結び、音撃射でありながら太鼓の修羅音撃・煉獄震裁のように土地そのものを清める力を発揮している。
一枚の式神が木々を抜けて飛び出してくる。それに見知らぬ男が続き、彼は驚愕の表情でクルイガシャドクロとその上を飛ぶ隠形鬼・閻魔を見上げた。
隠形鬼・閻魔は残る息を音撃管に注ぎ込む。肋状の器官が腹と胸を締め上げ、肺を圧縮して最後の一息まで体内から搾り出した。
ぼん、と赤い骨が爆ぜる。爆発は連鎖し、次々とクルイガシャドクロの総身を舐めていく。そして全身をくまなく鉄紺の光が覆ったとき、木々をなぎ倒すほどの爆発を残して血色の魔化魍は消え去っていた。
“やったぞ、ドヨメキ……”
隠形鬼の意識は唐突に途切れ、肉体は重力に引かれるままに墜落した。
陰陽座「がしゃ髑髏」
作詞・作曲:瞬火
屍と屍が寄り合いて
伽藍の眼は虚く洞 (髏)
夜の黙を裂く
風が がしゃりと鳴りゃあ
化壇掲げた腕 闇を震わす
轟くは 怒号
去らねば 喰らう迄
骨と骨が組み合いて
見上げる躯で隠る月 (髏)
夜の荒野を往く
脚が ぴたりと止まりゃあ
諸に 笑けた臑 藪を耕す
轟くは 怒号
然為れば 喰らう迄
もう 逃げられまい
瞬く間に 餌食まれる
眼を 閉じる刻が 今生の 別れ
此処に 朽ち果てる
去らねば 喰らう迄
屍と 混ぜる迄
眼を開けると、そこは知らない部屋だった。
幾らかくたびれた布団に包まれて横たわっている。身体を起こそうとするが、全身に筋肉痛を百倍にしたような痛みが走って諦めた。
「おお、オンギョウキさん目が覚めましたか!」
洗面器と手拭いを抱えた初老の男が襖を開け、オンギョウキを見るなり喜びの声をあげた。
「おーい、水ぅ持ってきてくれんか! オンギョウキさんが起きなさったぞ」
男が後ろを振り向いて――おそらく家の外にいるだろう相手に向けて――声をかけると部屋に入り、オンギョウキが寝ている布団の横に座した。
「すみません、ここは…?」
「ああ、あばら家ですいませんが、おらの家で。オンギョウキさん魔化魍を清めて倒れなさって、あれから四日も目を醒ましませなんだ」
どうやらこの男と、おそらく式神を追ってきたあの男がオンギョウキを介抱してくれたらしい。すみません、と普段の口調で言いそうになり、慌ててこの時代のオンギョウキのように言い直した。
「世話を、かけた」
「いぃえぇ、あの魔化魍を清めてくれなんだらおらもあの骨の仲間入りしてたとこですよぅ。ありがとうごぜぇました」
男は砕けた口調とは対照的に折り目正しい仕草で深々と頭を下げた。
と、襖が開いて湯呑み茶碗を持った青年が入ってきた。髪が短く顔はやや角張っており、まだ少年の面影を残している。
「ようやくお目覚めですか。オンギョウキさん、水」
若さゆえか、ぶっきらぼうな態度である。しかしどこか見覚えのあるような面差しをしていた。
「これトウキさん! その態度はなんですか、大先輩に向かって!」
受け取った湯呑みの水をゆっくりと喉に注ぎながら考える。まさか、このトウキとはあのトウキ、十獅子唐吾であろうか。
「すんません。オンギョウキさん、その、うちの馬鹿伯父は……」
伯父とは、恐らくドヨメキのことだろう。
「ああ。ドヨメキのやつは……死んだ」
オンギョウキの言葉を聞くとトウキはゆっくりと立ち上がり、襖を閉めもせずに部屋を出て、そのまま家も出て行った。
「畜生おおおおおおぉぉぉぉ――――――っ!!!」
トウキの慟哭は誰を責めるものでもなく、しかし目の前でドヨメキを死なせてしまったオンギョウキの心を深くえぐった。
「……オンギョウキさんが生きていただけでもよござんした。さ、まだ疲れていらっしゃる、お休みなされ。おらは、栄養のつくもんをたんと拵えておきますでな」
男はまた深く頭を下げてから部屋を出て行った。
「……なあ、マルフ。いるんだろう」
“ああ”
「俺、な。この時代に残ることにしたよ」
“―――いいのか”
時代を行ったり来たりは出来ないんだぞ、とマルフは念を押す。
「いい。あの若いの、あれは俺の先生になる男だ。だがまだ誰かが導いてやらないといけないだろう」
“だろうな。彼は未熟だ”
「この時代には俺が必要だ」
部屋の一角がゆらめき、銀の狼が姿を現した。その手には一本の音撃棒が携えられている。響動鬼が使っていた音撃棒・萬壽である。
「あんたのだ」
痛む腕を無理に布団の外に出して萬壽を受け取る。
「もう会う事もない。じゃあな」
マルフが消えたあと、萬壽を握る手の中に小さく折られた紙片があることに気付いた。開いてみると、そこには拙い文字で『ありがと ごめん』と書かれていた。
らしくないと笑って、再びその紙片を握り込む。
眼を瞑って眠りに落ちる前に、ぼそりと呟いた。
「俺が……隠形鬼だ」
398 :
鬼島兼用語集:2008/09/19(金) 01:04:40 ID:Fa/lJPEF0
設定
タイトル…村岡素一郎著『史疑徳川家康事蹟』より。桶狭間の後で徳川家康が影武者と入れ替わったという説を採る。これで世良田二郎三郎が家康の影武者とされる。
隠形鬼・閻魔…凄まじき戦士ことクウガ・アルティメットフォームに歌舞鬼の肋骨状の器官を足したイメージ。裁鬼・修羅のイメージから抜け出すのが大変でした。
以前タイムスリップものを書いたときの『やられたっ!』と思ったレスをそのまま使わせていただきました。ID:gTiu1Cn20さん、ありがとうございます。
高鬼作者さん、先代隠形鬼にあまりに勝手な改変をしてすみません。『京極噺「荒野の七人みさき」』でオンギョウキを使っていただき、ありがとうございました。
高鬼作者様、鬼島作者様、投下乙です。
次回も期待して待ちます。
「さて、理由を聞かせていただきましょうか――代田さん」
ドクハキにそう言われ、北陸支部「銀」の代田政影が弥子の傍から離れる。
しかし。
「!?」
音叉が鳴らされる音と同時に、無数の式神がドクハキに襲い掛かってきた。
「レイキさん……!」
見ると、さっきまで他の者同様に倒れていた筈のレイキが音叉を手に立っていた。どさくさに紛れて代田が逃げていく。次いでレイキも。
「待ちなさい!待て!」
式神を払い除けながらドクハキが叫ぶ。だが、待てと言われて待つわけもなく、二人はあっという間に外へと飛び出していった。
一人残されたドクハキが、改めて室内を見回す。他の鬼達は皆痙攣を起こし、普通の人間は皆眠っていた。とりあえず弥子を起こすべく彼女の傍に近寄る。
「そぉい!」
何となくケーキを弥子の顔面に叩き付けてみた。甘い匂いが鼻孔を擽ったせいか、弥子が目を覚ます。
「あ、ドクハキさ……って、ええ!?」
「ちっ、起きたか」
次の手段として、ドクハキは熱く煮えた鍋を手にしていた。
ヤクセキがなぎさに教わったのは、嘗て北陸支部に在籍していたメッキの住所だった。訪問者の顔を見るなり、無言で室内へと招き入れる。
「日本茶でいいかしら?」
「お構いなく」
室内を見回す。ここは高級マンションの最上階にある一室。室内は整理整頓が行き届き、清潔に保たれている。
ソファの向かいにお茶を手にしたメッキが座ったと同時に、ヤクセキが口を開いた。
「……教えていただけませんか?」
目を閉じ、静かに茶を啜るメッキ。
「なぎささんから電話があったわ。全く、相変わらず卑怯な人……」
熱いお茶を一気に飲み干すと、メッキは真剣な面持ちでヤクセキを見据えた。
「支部長やなぎささんの気持ちも分かるけど、大した事ない話よ。それでも良い?」
ヤクセキは無言のまま、じっとメッキの目を見つめている。
「……分かったわ。少し長くなるわよ」
そう言うとメッキは、あの日の出来事についてつぶさに語り始めた。
「これは……『神変鬼毒酒』か」
残った酒を口に含んだトゥキが、聞き慣れない単語を口にする。パーティに遅れてやってきたトゥキは、ドクハキや弥子と共に倒れた者達の介抱をしていた。
「何です、それ?」
弥子の問いにトゥキが答える。
「人間が飲むと神の如き強さを発揮し、鬼が飲むと毒になる酒だ。嘗て源頼光が酒呑童子を討つ際に使ったとされている」
シャーマンだけあって、流石にそっち方面の造詣は深いようだ。
「いくら毒属性だとは言え、よく耐えられたな」
トゥキがそう言うも、ドクハキはいつものように胡散臭い笑みを浮かべているだけだった。
「でもそれだと……」
「君達の酒には眠り薬が混入されていた」
そういう事だったのかと納得する弥子。しかし、ドクハキの言う事が本当だとすれば。
「どうして……代田さんは兎も角レイキさんが……」
出撃前に会った時はいつものレイキさんだったのに……と、弥子は未だ信じられない様子だった。
「出撃前のレイキさんに、何か変わった様子は?」
「何も」
これはドクハキの言。
結局、何故あの二人がこんな凶行に走ったのかは誰にも分からなかった。
そして翌日。
未だぼんやりする頭を擦りながら、なぎさが所長代行として机に座っている。応接室には他にもドクハキ、弥子、コイキ、メッキの四名が居た。
と、入り口のドアが開かれ、来客を告げるベルが鳴り響いた。全員の視線が一斉に向けられる。
「いらっしゃ――」
なぎさが声にならない悲鳴を上げた。開け放たれたドアの前には、全身血塗れで息も絶え絶えの男が一人立っていた。
「黒田さん!?」
コイキが慌てて彼の傍に駆け寄る。それは、以前五箇山での事件で行動を共にした、黒田一馬という極道だった。
「しっかりしろ!何があった!」
「……皆、やられた。オヤジも……舎弟も……皆……」
「やられた!?誰に!?」
「コイキ!」
メッキがありったけの医療器具を手にやって来た。コイキに手伝わせながら応急処置を施していく。その様子を、弥子はおろおろしながら眺めていた。
そこへ新たな来客が訪れた。やはり五箇山の事件の時に知り合った戸草という公安の人間だ。
「先輩!」
戸草は涙目になっていた。
「佐久間も松川も箕輪も高遠も……皆やられちまった!」
「落ち着け!一体何があった!」
メッキに怒鳴られ、戸草が落ち着きを取り戻す。そして彼の口から予想だにしなかった名前が飛び出した。
「オモヒデ教だ!あいつらが皆を……」
教祖を失い、自然解散したと思われていたカルト教団・オモヒデ教が、数年振りに水面下で活動を再開していた。公安は極秘にその動向を調査していたのだが……。
「返り討ち、か」
ここは北陸支部御用達の病院。黒田の病室で、メッキの話を聞きながらサッキが呟いた。知人が負傷したと聞いて、未だ痺れの残る体に鞭打ってやって来たのだ。
嘗てのメッキの同僚は、上手く逃げ延びる事が出来た戸草ら数名を除いて、皆やられてしまったらしい。
「そしてこの人も……」
サッキは、ベッドの上に横たわる黒田を一瞥した。彼が所属する闘栄組の人間は皆殺しだったらしい。事務所内は、戦場と見紛うぐらい凄惨な有り様だったようだ。
「あの時のお礼参りだろうな、絶対……」
枕元の椅子に腰掛けるコイキが苦々しげに呟いた。支部の人間の中では、彼が一番黒田との付き合いは長い。
「……ドクハキと弥子は?」
「支部でなぎささん達と一緒に緊急会議中。あなたも動ける体ならば顔を出したらどうかしら?」
突然のレイキと代田の裏切り。そしてまるで見計らったかのように行動を開始したオモヒデ教。もしやこの二つは何か関係があるのではなかろうかと誰もが思っていた。しかし、具体的な形が見えないのだ。
一番の理由は、何 故 代 田 は 弥 子 を 拉 致 し よ う と し た の か、そこにあった。この理由が分からない事には何もかもが机上の空論でしかなかった。
「……なあメッキさん、本当に裏切り者はあの二人だけなのかな?」
サッキのその一言にメッキ、そしてコイキが視線を彼へと向ける。
「特に怪しいのは今回欠席した鬼だ。チョウキ、それにセンメンキさんと香菜……」
「……もしこれが計画通りなら、大した奴等ね」
そう。今回の事件を画策した者の狙いは、支部の面々に互いに不信感を抱かせる事かもしれない。魔化魍とは違う、見えない敵を相手にする事の恐怖。さしものメッキも不安を隠す事は出来なかった。
この一大事にも関わらず連絡の取れない鬼小島に代わり、なぎさが会議の進行を行っていた。――まあ鬼小島の場合、居ようが居まいが、いつも座っていて最初と最後に挨拶をするだけなので、ある意味普段と変わらないのだが。
「遅くなりました」
そう言いながらセンメンキと弟子の柿崎香菜が入室してきた。
「急な呼び出しで御免なさい」
「いえ……」
そう答えるセンメンキの顔は曇っていた。それもそうだろう、盟友であるレイキが突然支部を裏切るような行為を取ったのだから。
「香菜ちゃん、こっちこっち」
弥子が彼女の隣の座席を示しながら、香菜を呼ぶ。
「お誕生日、大変だったみたいですね……」
「いやいや……。それより昨日は何処行ってたの?」
「センメンキさんと一緒に、名画座でオールナイトを見ていました」
師弟とは言え、いつかは別れが訪れる。だから、一人ででも生きていけるように、弟子には鬼としての戦い以外の事も時間が許す限り教える――センメンキの教育方針なのだ。正直、弥子にはそれが羨ましかった。
その後、サッキも病院から駆けつけ、会議に加わった。チョウキは昨日に続いて欠席だった。
肝心の会議は、結局は何の進展も無いままお開きとなった。席を立つ香菜に弥子が話し掛ける。
「香菜ちゃんはこれから暇?」
「いえ、センメンキさんと修行に……」
「構わないよ。行ってきなさい」
そうセンメンキが優しく香菜に告げた。
「それじゃあ……」
周囲を警戒する。珍しくドクハキは弥子を残して既に退室していた。いつもならこちらが嫌と言っても付いてくるのに……。
(まあいっか)
談笑しながら出て行く二人。それを見送るセンメンキの傍になぎさが近寄り、何事が告げた。
気晴らしと称して街で散々遊び呆け、帰路に着く弥子と香菜の前に一人の男が立ち塞がった。レイキだ。
「レイキさん……」
相変わらずの無表情故、その感情を推し量る事は出来ない。しかし、確実に分かっている事が一つ。
レイキが変身音叉を取り出した。近道のため裏通りを通ったのが裏目に出てしまった。助けを呼ぼうにも誰も来ないだろう。
じりじりとレイキが歩み寄ってくる。と、そこへ。
「待て」
凛とした声が彼女達の背後から響いた。振り返るとそこには、同じく音叉を手にしたセンメンキが立っていた。
「どうして……」
「なぎささんに頼まれて弥子、君をずっと尾行していた」
どうやらなぎさは、今の状況を予想していたらしい。そこで実力者であるセンメンキに密かに護衛を頼んでいたのだ。
レイキが音叉を鳴らして額に掲げた。戦いは避けられぬとばかりに、センメンキも手にした音叉を鳴らす。
「あ……」
変身した霊鬼の姿を見て、香菜が声を上げた。今まで服が邪魔で分からなかったのだが、彼の右上腕にある物が取り付けられてあった。
「御鬼輪……!」
それは、五箇山の事件でオモヒデ教々祖が魔化魍を使役するのに使っていた呪具だった。しかし御鬼輪はあの後北陸支部によって回収された筈である。
互いに音撃棒を手にした霊鬼と千面鬼が、接近して激しい打ち合いを始めた。お互いをライバルとして認め合い、切磋琢磨してきた二人だけあって実力は全くの互角。この膠着した状況を打破するべく、千面鬼が装備帯にぶら提げていた霊面に手を掛けた。
と、その時、何処からともなく蝶の大群が現れて千面鬼の周囲を飛び回り始めたではないか。
「これは……!」
「相手が得意とする得物は封じる。これ、戦いの鉄則」
聞き覚えのある声が頭上から降ってきた。夜空に、無数の蝶型式神が生み出した浮力を用いて浮かんでいる異形が一人。
「蝶鬼さん……!」
裏切り者はまだ居たのだ。弥子が絶望混じりに彼の名を口にする。
「悪く思うなよ、霊鬼さん」
二対一。勝敗は明らかだった。全てが終わった後の路地裏には、致命傷を負い倒れたセンメンキと、彼に縋り付く香菜の姿があった。
「センメンキさん、しっかりして下さい!」
「……酷い奴等だ。即死だったら楽だったものを。だが……」
お蔭で君と話す時間が持てた――そう消え入りそうな声で呟くと、センメンキは香菜に向かって笑みを見せ、弱々しくその手を彼女の顔に向けて伸ばした。
「香菜……一人ででも……生きていけるね……」
「嫌です!私はまだ……」
だがセンメンキの伸ばした手は、香菜の顔に触れる事なく、力を失い地面に落ちた。
「センメンキさん!目を開けて下さい!センメンキさぁん!」
愛弟子の叫びをいくら受けても、歴戦の勇士の目が再び開かれる事はなかった。
――センメンキ、死亡。
続く
やべっ、今気付いた!
>>407の「悪く思うなよ、霊鬼さん」って蝶鬼のセリフ、
「悪く思うなよ、千面鬼さん」にしないと意味が通じない!
お詫びして訂正します。
センメンキ、死にました。
支部長が某塾長のパロディだからって、あとからホイホイ復活したりはしませんのであしからず。
>408
ゑゑっ王大人のAA貼ろうと思ったのに!!
>408
投下乙です。
つまり、支部長退場フラグ成立ですか・・・。
かえすがえす残念です。
>>410 そういうことではなくて、センメンキの復活はないよ、ということだとオモ
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,.r'´,. -┐ ':..,゙ヽ
,r' ,::;:' ,ノ ヽ、 ゙:::.ヽ
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.l厄巳厄巳厄 i王i ,.巳厄巳厄巳l
l´ , "´  ̄ ̄ ̄ `'''′  ̄ ̄ ̄`.:`{
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/ {´i Y::::.. ` ̄ ̄´.: "i! ::. 、` ̄´ ゙:::.、} r、 l
センメンキの死から一夜明けた北陸支部内の空気は、筆舌に尽くし難い程沈んでいた。当然と言えば当然なのだが、いつもの騒がしい事務所の様子を知る者ならば強い違和感を覚えた事だろう。
鬼小島商事にはセンメンキ、そしてレイキ、チョウキを除く全ての鬼が集結している。だが、香菜の姿はこの場には無かった。
額に血管を浮かび上がらせたトツゲキが、静寂をぶち壊すかのように荒々しくドアを閉めて外へと飛び出していった。
「待ちなさい!」
呼び止めるべくなぎさが声を掛けた。鬼小島は未だ戻ってこない。
「止めても無駄だぜ。あいつはまだ若い。割り切れないんだ」
煙草に火を着けながらサッキが告げる。
「ですが、京都での戦いを終えた今、こんな形で死ぬだなんて犬死にですよ!」
「死に犬も猫もねえよ」
トツゲキの肩を持ち反論するソゲキを、サッキは容赦無い一言で黙らせた。
「どうせ行く当ては無いんだ。暫くすれば頭冷やして戻ってくるさ」
「同意見だわ」
そう言ってメッキが頷く。
「……どうして弥子ちゃんをさらっていったのでしょうね」
まるで独り言のようにぼそりと呟くソゲキ。そう、連中が何故弥子を狙ったのか、それが未だに分からないのだ。
と、今まで黙っていたジュウキがドクハキに向かって尋ねた。
「彼女の出身について聞いていないか?」
「出身ですか?」
「出身と言うか、ルーツだな。先祖が何処出身かとか……」
「それなら……」
そう答えたのはなぎさだ。昔、弥子がそういう話題を口にしていた事を思い出す。
「確か……亡くなられたお父様は元々関西の出身らしいわ。苗字もそれが由来だって、弥子ちゃん……」
やはりな……とジュウキ。どうやら彼は、弥子が拉致された理由の見当がついたらしい。
「憶測の域を出ないが……おそらく彼女のルーツは大和葛城山。記紀神話に登場する一言主を祀る行者の末裔が今も暮らしていると言う」
「行者の末裔?……まさか」
「修験道の開祖・役小角」
ざわめきが起きた。猛士の人間でその名を知らぬ者はいない。前鬼・後鬼という二人の鬼を従えたとされる、伝説の人物だ。
「しかし、字が違うのでは?」
ソゲキが尋ねるも、ジュウキはあっさりと否定した。
「確かに『葛城』の『ぎ』は『城』と書く。しかし『延喜式神名帳』には『葛木』と記載されているんだ」
「あなたの仮説が正しいと仮定して、じゃあ連中が弥子をさらった目的は……」
メッキのその問いに対し、今度はトゥキが口を開いた。
「そのオモヒデ教という集団について書かれた報告書を読んでみたのだが……」
そう言って周囲を見回す。
「五箇山の事件の目的は蠱毒の法を用いて本尊を作るためだった……それで間違いはないな?」
「ちょっと待ってくれよ、トゥキさん」
煙草を灰皿に押し付けながらサッキが口を挟んだ。
「じゃあ何か?あの連中、懲りずにまた人体実験まがいの事をやらかそうとしているとでも言うのか!?」
「弥子は行者の血を引いている。何に使うにしろ最高の素材だ」
「それに元々巫女と言うのは、神の依代として死ぬ事が前提の役職だった」
ジュウキとトゥキが、まるで打ち合わせでもしたかのように順番に告げてサッキを黙らせた。
「……弥子ちゃんがピンチなのは分かった。で、俺達はどうすればいい?奴等の潜伏先すら掴めていないんだぜ?」
苛ついた口調でコイキが尋ねる。彼も自分自身の無力さに腹を立てていた。トツゲキとの違いは、自分を律する事が出来るか否かぐらいである。
それに対し、トゥキは「簡単だ」と答えた。
「もし連中が何らかの儀式を行おうとしているのであれば、少なくともその儀式の地を割り出す事は出来る」
儀式と言うのは、基本的に日時や場所、更には用意する物や参加者の身なり等が事細かく決められているものだ。だからこそ「儀式」なのである。少しでも条件が異なれば、それは成立しない。
「そういうのに詳しい専門家が猛士には居るだろう?私から話をつける」
「ああ、あの人か……」
サッキの脳裏に、五箇山の一件で協力してくれた中部の鬼の姿が浮かび上がった。両肩から大きな翼を生やした、中部最強の太鼓使い……。
「またあの男に借りを作るのは癪だけどね」
是非もなしといった感じでメッキが呟く。
話が纏まりトゥキが中部支部へと電話を掛けている間、なぎさがドクハキに話し掛けた。
「らしくないわね。さっきから殆ど発言してないじゃない」
「そうですか?」
「パートナーが誘拐されて落ち込むようなタマじゃないしね。……具合でも悪いの?」
「私はいつも通りですよ」
「それなら良いんだけど……」
どこか納得のいかない顔をして、なぎさは傍を離れていった。
「……事情は分かった」
電話口のカラスキは、落ち着いた口調でそう答えた。
「儀式の地に関しては追って知らせる。ただ条件が一つ」
「聞こう」
「どのような結末であれ、包み隠さず全ての顛末を私に知らせてほしい」
「協力してもらう以上、それは当然の権利だ」
そう告げるトゥキに、カラスキは一言「感謝する」と述べた。
通話を終え、受話器を置く。あとはカラスキから連絡が来るのを待つだけだ。
その知らせは、予想以上に早くもたらされた。二日後、東天に明けの明星が輝く時、某山中で儀式が執り行われる可能性が極めて高い――と。
ばつが悪そうに事務所へ戻ってきていたトツゲキも含めた全員に、この事が伝えられた。
「タイムリミットは夜明けまで、か」
「早めに行って待ち伏せましょう!」
血気盛んにそう提案するトツゲキを、メッキが諌める。
「仮に私達が先行して、それに気付いた連中が儀式を中止したらどうする?」
「それは……」
「可能性は否定出来ないわよね?」
言い返そうとするトツゲキだったが、メッキの有無を言わさぬ気迫に押されて黙ってしまった。
「サッキが『夜明けまで』と言ったが、もう少し時間はあると思ってもらって構わない。あくまでも『儀式が始まる』のが明けの明星の輝く時であり、規模にもよるが終わるのはもう少し先になるだろう」
トゥキがそう説明する。
「さあ、これから作戦会議を始めるわよ。意見のある者は積極的に発言するように!」
現場周辺の地図を広げながらメッキが言う。全員が彼女の周りに集まりだした。
真夜中の山野を一糸乱れぬ動きで駆け抜けていく影二つ。影は呼吸を合わせ、月明かりだけを便りに足元の悪い山道を駆け続けていた。
殺鬼と突撃鬼。表の仕事でも組んで行動する事の多い二人だ。
木々の間を抜け、疾走する二人。今、オモヒデ教が儀式の準備を行っているこの山には、四ヶ所から北陸支部の鬼達が攻め上っている。敵の戦力は(おそらく)霊鬼と蝶鬼の二人のみ。つまり。
「二ヶ所で足止めを受けても、残った二組は儀式をぶっ潰しに行けるという事」
そう告げるメッキの声が脳内で再生された。それはつまり、他の組に何かあっても見捨てるという事だ。
進み続ける二人の前に、一つの影が立ち塞がった。霊鬼だ。
(二分の一に当たっちまったか)
内心舌打ちする殺鬼。よりによって戦闘経験豊富な支部の最古参が相手だ。ただでは済むまい。
「……やる前に一つ聞きたい事がある」
今にも飛び掛からんばかりの突撃鬼を制して、殺鬼が尋ねた。
「霊鬼さん、あんた長年の友人を殺しちまっても何とも思わないのかい?」
無言。言葉を続ける殺鬼。
「それとも、完全にそれに支配されちまっているのか?」
そう言って霊鬼の右上腕に嵌められた御鬼輪を指差す。
ショウケラのような低級な魔化魍は術者が腕に嵌めて命ずることで操れるが、鬼を操る場合は術者と鬼両方が嵌めて始めて効果を発揮する。そう、少なくとも御鬼輪はもう一つあったのだ。
周囲を警戒する殺鬼。落ち着きを取り戻した突撃鬼もそれに倣う。百戦錬磨の霊鬼の事だ、何か呪術的な罠を仕掛けている可能性が高い。この場に杯鬼がいればもう少し楽だったろうに――そう思う。
霊鬼が音撃棒・阿頼耶識を両手に構えた。対する殺鬼と突撃鬼も、それぞれの音撃弦、「降魔」と「紅蠍」を構え直す。
「でええい!」
「紅蠍」を大きく振り上げた突撃鬼が、霊鬼に向かって突っ込んでいく。それに対し霊鬼は、「阿頼耶識」を手に立ったまま迎え撃つ素振りも見せない。
「おい!」
殺鬼が叫ぶも、火の着いた突撃鬼は誰にも止められない。
「ちっ」
殺鬼もまた飛び出していく。ただ、微動だにしない霊鬼の態度だけが気掛かりだった。
山道を駆ける影二つ。一人は月光に照らされた異形の体に奇妙な文様を浮かび上がらせ、もう一人はライフル銃に似た武器を両手にしっかりと抱えている。杯鬼と狙撃鬼だ。
と、彼等の進行を妨害するかのように――否、明らかに悪意を持って妨害するために大量の蝶が現れ、両者の周囲を飛び交った。
「来たか……」
「蝶鬼さん!」
黒紫蝶の群れを掻き分けながら、式神を操る本体を探そうとする。だが蝶鬼の姿は何処にも見当たらない。
「おい!」
蝶鬼を探す狙撃鬼に、杯鬼が呼び掛ける。この蝶、何かがおかしい。
と、近くの茂みから一匹の黒紫蝶がふらふらと飛び出してきた。しかしそれは、ただの式神ではなかった。全身が燃えていたのだ。その蝶が、二人の周囲を飛び交う蝶のうちの一匹に触れる。引火。
「うおおっ!?」
激しい音を立てて、何十何百もの蝶の群れが一斉に燃え上がった。二人を取り囲んだまま。
飛ぶような動きで木々の間を抜けていく滅鬼。その後ろを少し遅れながら、バズーカ型音撃管を背負った重鬼が続く。黙々と山中行軍する二人。
そんな二人の目の前に、何本かの木が倒れてきた。周辺に魔化魍の気配は無い。だが、人間の気配はある。しかも滅鬼達のよく知る人物の……。
「隠れてないで出てきたらどう?」
そう言われ、木立の間から一人の影が歩み出てきた。代田だ。
「いい度胸ね。それとも、以前支部長にお仕置きされた事への意趣返しかしら?」
だが、どれだけ挑発されても代田は何も答えない。それどころか、薄笑いを浮かべている。
「代田さん、本当にどうして……」
重鬼に問われ、漸く代田が口を開いた。
「私はね、実験さえ出来れば何処でも良いのだよ。教祖様は猛士以上の好待遇で私を迎えてくださった!ここでなら人体実験も好きなだけ出来る!」
「教祖様?」
オモヒデ教々祖・江川狂天は霊鬼に心を壊されたまま精神病院に入院中の筈だ。あの一件で幹部達も軒並み逮捕されている。彼等が出てきたという話は聞かない。戸草もその点を不思議がっていた。
――新しい教祖を擁立し、纏め直したのか。
「お二人も教団に迎えたいのだが……来る訳ないな」
「あら、分かってるじゃない」
と、代田が片手を上げた。それを合図に木々の間から筋肉質の男達が大量に現れる。おそらく教団の信徒達であろう。だが、その筋肉の盛り上がり方は異常だ。
「私の人体実験の集大成だ。たっぷり可愛がられてくれたまえ」
「薬か……」
過剰なまでのドーピングを受け、人間兵器と成り果てた者達が、無言のまま滅鬼達ににじり寄ってきた。
山道を駆ける毒覇鬼と小粋鬼。小粋鬼にとっては久々の変身だ。今のところ妨害の類は一切無い。
走り続ける毒覇鬼に向かって小粋鬼が尋ねた。様子がおかしい――と。それを聞いて周囲に意識を巡らす毒覇鬼。しかし何もおかしな所は無い。
「気のせいじゃあないですか?」
「お前の事だよ」
真剣な口調で小粋鬼が続ける。
「数日前から変だ。俺の目は誤魔化せねえぞ。何があった」
毒覇鬼は答えようとしない。
「……まあ大体の予想はつく。ただ水臭いと思ってな」
「……」
「気付いていないとでも思ったか?」
俺を舐めるんじゃねえぞ、と小粋鬼は笑った。
「……最後の仕事になるな」
ぼそりと小粋鬼が呟く。やはり毒覇鬼は答えない。
月を見やる。まだまだ高い。時計を持ってきていない以上、時間を知る術は月の動きだけだ。
二人は儀式の地へ向けてただひたすら駆けていった。
続く
>>398 >先代隠形鬼にあまりに勝手な改変をしてすみません。
どうせ本来はお蔵入りする予定だった筈のキャラなので、好きなように使ってやって下さい。
今回の話は、今のところあと二回で終わらせる予定です。
堀北真鬼
423 :
名無しより愛をこめて:2008/10/04(土) 23:05:30 ID:/LmczCkM0
とりあえず、銃ライダーはクウガペガサスF、ゾルダ、ゼロノスが3強ってことで
ご無沙汰しておりました。
久々の投下です。
二人の半鬼は無言のまま風に溶け、呼吸を十回重ねるころには江川が消えたバリケード
の前に居た。入り口は外部からの進入を拒むように硬く閉ざされ、数時間前とは真逆の相を
呈していた。これより先は人にあらざる者達の世界だとでも言っているようだ。潮風のは
らむ妖気はいよいよ濃さを増し、真夏の太陽の下にもかかわらず薄暗ささえ感じさせる。
「行きます」
押し殺した声で史郎が言った。
人差し指と中指を立てて結んだ剣印を額にかざし、頭部に再びまばゆい光を纏うと、そ
こにはもう人間の姿はなくなっていた。
二人が二匹へ。
半鬼からまた再び鬼へ。
ふわり。
鬼の筋力が百キロを優に超える肉体を宙へと運び、忍びの体術が重力を感じさせない動
きを見せる。バリケードのパイプの骨組みと金網が立てる軋みだけが、一瞬前までそこに
何者かが居たという余韻であった。
史郎は今太陽を背負い、バリケードの天辺から更に十米の高みにいた。不安定な足場を
使ってなんという跳躍であろうか。
重い身体が、重力の縛鎖から解き放たれたほんの一瞬、
「射!」
史郎が鋭く発した。同時に地に向けた馬手より放たれる、音激鼓・波面(ナミモ)。
史郎の顔とほぼ同じ高さに藤色の音式が二機、滲み出すように姿を現し、
凝────ッ
大地を叩く清き雄叫び。
そこかしこより挙がる苦悶の咆哮。
雑多な放置物の間を、文字通り音の速さで満たしてゆく。同じくらいの速さで、史郎の
中で御所守としての思考も急速に展開してゆく。
着地まで一秒弱。
目標、十六。
目標が立て直すまで二秒と推測。
鼓の展開まで〇・五秒。
鼓の範囲内のショウケラ、五。
一撃で粉砕する──。
いつの間にか諸手に握った撥を振り上げ、体を弓形(ゆみなり)に反らし、そして着地
ざま、
ずしん!
落下の加速と反りのエネルギーをまとめて一気に叩きつけた。
音激打・大津波の型。
三米に展開した鼓は、一瞬、紺碧の輝きを放ち、その下で、魔化魍共は断末魔を上げる
間無く塵と還る。
残り十一。
残り一秒。
大技の反動が全身に鉛の鎖のごとく纏わりつき、圧し掛かる。膝を折りたくなったが、
気力で耐えた。
〇・五秒のロス。
残り〇・五秒。
音撃鼓を拾い、再び展開する時間は、無い。身体を大きく捻り、溜めをつくった。一か
八、倒せれば儲けもの。倒せなくても大きなダメージを与えることは出来るはず。手近の
一匹に狙いを定め、大きく踏み込んだ。己の身体を渦と見立てた一撃必滅の奥義──。
「乾坤一滴の型ぁっ!」
遠心力の乗った一撃が横凪に。
胴体に喰らい、吹き飛ばされたショウケラは、建材の山に突っ込みセメントの粉塵を巻
き上げた。史郎、渾身の一撃であったが、師の予想を裏切る結果には至らなかった。
動揺は、ない。
弓手の撥を腰に収め、念鼓を練る。
右の一匹。
行くぞ。
触った。念鼓を張った。返しの撥だ。
次。
後ろから。
回避。掌打。
しまった、増えた。
撥以外で攻撃しては駄目なのだ。
触れて、逸らす。
こうだ。
十。
糞。
速い。かわすだけで精一杯だ。
同時に来る。
式。
念鼓、返し。
あと九。
また同時。
式。
まずい。これでは電池が持たない。
鼓。
撥。
砕。
回避。
糞。触れなかった。
もう一度。
今度は返しが。
落ち着け。数は減ってる。
集中しろ。
七。
複数、間に合わない──。
コンクリートで満たされたゴムタイヤに、固く重い物体を連続で叩きつけたような音だっ
た。
多方向からの攻撃をまともに受け止め、頭だけを両の腕で抱きこんだ姿勢で背中を丸めて、
史郎は微動だにしない。
やったか?
やったか?
取り囲み、見上げ、歯の無い口で、口々に。
口腔の、不気味な血色ちろちろと。
鉄の異形は、動かず。
やったな。
ああ、やった。
今ぞ。喰うてしまえ。
うねり。
七体の異形、怒涛のごとく。
鉄の異形、波面に漂う花弁(はなびら)のごとく。
なんと?!
なんと?!
動けるぞ!
動いたぞ!?
叫んだときには既に、囲みの外へと漂い流れ。
掲げた馬手には音撃鼓。
人差し指にぶら下がる吽形の時化波。
上空を、得意げに旋回する音式一機。
音速の同時攻撃を不可避と判断した瞬間、鬼力を全身に巡らせ、身体を一時的に金剛石
のごとき硬さへと変化させることで、これを凌いだのであった。鬼闘術・身鎧功(しんがいこう)。
「これで、積みだ」
苦しげに搾り出した声を合図に、太鼓が大きく展開した。
というわけで拾壱終了です。
これっぱかりの文章をでっち上げるのに数ヶ月。遅筆もいいところですね。
おまけに連投規制に引っかかって「サル」とか言われる始末 笑
とりあえずあと二章ほどで完結させるつもりでありますので、気長にお付き合いくださいませ。
皇城輩
年内の完結を期待しています。
真夜中の北陸支部では、なぎさが一人、応接セットのソファに腰掛けて時計を眺めていた。
自分も戦いに赴こうか――静寂の中でなぎさはそんな事を考えていた。こう見えても彼女は――僅かな間ではあるが、嘗て弦の鬼として戦っていた。その時使っていた音撃弦と音撃震は、今は確か関西の鬼が使っている筈だ。
――やはり行こう。
じっと帰りを待つのは性に合わない。それに……先程から嫌な胸騒ぎがする。虫の知らせと言うやつだろうか。
嫌な胸騒ぎと言えば……。
ドクハキ達が出撃してから、香菜の自宅に何度か電話を掛けてみたのだが、彼女が電話口に現れる事は一度も無かった。
(無力ね……。一般人とは異なる力も、知識も、繋がりも……何一つ今の状況を覆すには至らない)
電気は点けたままにしていく事にした。万が一行き違いになった場合、明かりの灯っていない部屋が彼等を迎えるような事があってはならない。
重い足取りで、階下へと続く階段を下りていく。
「!?」
玄関の戸を開けたなぎさの前に、大きな影が立ちはだかった。
全身に重度の火傷を負った杯鬼と狙撃鬼は、背中合わせになりながら次の攻撃に備えていた。火傷は酷く、鬼の治癒力をもってしても皮膚の再生には時間が掛かった。
音撃管・弧光のスコープを覗きながら、狙撃鬼が蝶鬼の姿を忙しなく探している。見えない場所から一方的に狙われる恐怖――いつも魔化魍相手にしている事が、今は自分の身に降りかかってきている。
「……杯鬼さん、先に行って下さい」
杯鬼の方が皮膚の再生が早いのを見て、狙撃鬼が声を掛ける。それに対し杯鬼は、無言で頷くと足早にその場から離れ始めた。そんな杯鬼に向かって、茂みの向こうから再び黒紫蝶の群れが襲い掛かる。
銃声が響いた。狙撃鬼が、杯鬼へと向かう黒紫蝶の群れを撃ったのだ。一発の圧縮空気弾が、無数の蝶を纏めて吹き飛ばす。
杯鬼の姿が見えなくなるまで、狙撃鬼は「弧光」を撃ち続けた。蝶の群れもあらかた一掃する事が出来た。と、そこへ拍手の音が――。
「ブラボー!」
「蝶鬼さん……」
いつの間にか蝶鬼は近くの木の枝に腰掛けて、こちらを見下ろしていた。蝶鬼に照準を合わせる。だが、それとほぼ同時に蝶鬼が変身鬼弦を鳴らした。飛び出してくる黒紫蝶。しかしどこか様子が変だ。
「これは……」
ひらひらと飛ぶ黒紫蝶の一匹が狙撃鬼の肌に触れた。その瞬間、彼の全身から力が抜けていくのが感じられた。片膝を付く狙撃鬼。
「どうだ、この俺様と霊鬼さんとの合体技は?」
「合体……?」
よく見ると蝶の表面に何やら文字が見える。否、これは……。
「言霊……」
それは、霊鬼の力によって具現化した力ある言葉だった。何やら凡字の様に見える。
「そいつは真言だ。読みは『オーム』。元々は印度神話のヴィシュヌ、シヴァ、ブラフマーを指し、宇宙の真理を表す言葉らしい」
神の言葉を乗せた蝶々の群れは、風に乗って舞い、狙撃鬼を覆いつくした。その黒紫の幕に触れる度、狙撃鬼の精神がじくじくと削り取られていく。
「ああああああああああ!」
悲鳴が上がった。その様子を蝶鬼は複雑な表情で眺めている。
「狙撃鬼、俺はお前の事、嫌いじゃなかったぞ」
「あ……ああ……」
狙撃鬼は、最後の力を振り絞って「弧光」の銃口を蝶鬼の声がする方向へと向けた。視界は黒紫蝶の群れに塞がれていて何も見えない。今まで培ってきた経験だけが頼りだ。
「南無八幡大菩薩……御手もて引かせ給え」
祈りの言葉を呟き、引き金に掛けた指に力を込める。
銃声が轟いた。
左肩を鬼石で抉られた蝶鬼が、忌々しそうに舌打ちをした。完全に息の根を止めるべく、黒紫蝶の群れに指示を出そうとする。だが。
「ぐはっ!」
激しく吐血を繰り返す蝶鬼。彼は昔から病弱であり、長時間の変身による肉体への負担は、他の鬼のそれを遥かに上回る。……時間が来てしまったのだ。
これ以上の戦闘は不能と判断し、黒紫蝶と共に蝶鬼が引き上げていく。後には、全身の変身が解除されたソゲキが横たわっていた。
(僕には聴こえる……勝ち鬨代わりに奏でられる笛太鼓の音が。勝利は、僕等の……)
魔弾の射手は、その戦いの人生を静かに終えた。
――ソゲキ、死亡。
「おい突撃鬼……聞いてるか?」
殺鬼の呼びかけに突撃鬼が答える事は二度と無かった。彼の体は、近くの木の幹に寄り掛かったまま、動かなくなっていた。
殺鬼もまた、満身創痍である。
予想通り霊鬼は罠を幾重にも張り巡らしていた。いの一番に飛び掛かっていった突撃鬼は、結果的に殺鬼の盾代わりとなってしまったのだ。
「……ふふ、ははははは!」
突然気が触れたかのように笑い出した殺鬼を見て、霊鬼の動きが止まった。
霊鬼はやってしまったのだ。彼が手に掛けた同胞はこれで二人。一線を超えてしまった。
「あんたは俺が殺す!」
突撃鬼の傍に落ちてあった「紅蠍」を拾い上げ、二刀流の構えを取る殺鬼。弾かれたように飛び出し、両の音撃弦で斬りつける。対する霊鬼は後方に跳躍し、一定の間合いを取り続ける。
殺鬼が「降魔」を投げつけた。回避のために一瞬の隙が出来た霊鬼の傍に急接近する。そして。
「死ねぇぇ!」
霊鬼の腹部目掛けて「紅蠍」を思いっ切り突き出す。だが、紙一重の差で避けられてしまった。更に間髪入れず霊鬼が手にした「阿頼耶識」で殺鬼の手を打ち、「紅蠍」を叩き落す。
「まだまだあ!」
次に殺鬼は、鬼法術・冥王之像を使用した。彼の左手に闇の塊が現れる。だが、その大きさは尋常ではなかった。使用する事で激しく体力を消耗する大技、にも関わらずこれ程まで巨大な重力場を生み出すという事は……。
「相討ち狙いか」
漸く霊鬼が口を開いた。殺鬼は自分ごと重力の渦に霊鬼を沈めるつもりなのだ。重力に捕らえられ、霊鬼の動きが完全に封じられる。その漆黒の塊は、ますます巨大になっていった。
「あんた程の男を殺すんだ。代償が俺の命なら安いもんだぜ!」
その時、物凄い殺気が両者を襲った。
「何!?」
その殺気の主に気を取られたのが不味かった。霊鬼の一撃を受け、殺鬼の体が宙に浮いた。折角大きくした塊も、無情にも消滅してしまった。
隠す気が無いのか、それとも隠せないのか。闖入者は、殺気を放ちながら二人の前にゆっくりとその姿を現した。
鬼だ。しかも見たことの無い鬼だった。当然ながら北陸支部の鬼ではない――筈だ。
「……未熟」
相対する鬼の姿を値踏みするように眺めていた霊鬼が、そう呟いた。彼の言う通りその鬼は体つきも未熟で、明らかに免許皆伝を受けていない、修行中の鬼だった。そしてその華奢な体は……女。
と、その女鬼があるものを手にした。見覚えのあるそれは……。
「お前、香菜か!?」
その手にあるのは間違いなくセンメンキの霊面、しかも生前彼が使う事を躊躇していた曰く付きの面だった。
――鬼神面。
センメンキの霊面は、被った者に面のモチーフとなったものの能力を憑依させる事が出来る。例えば鳥なら空を翔け、魚なら水中を舞い、獣なら荒ぶる獣性をもって大地を疾駆する。その分制御が難しく、長い修行が必要となるのだ。
今、香菜変身体が手にしているのは、数ある霊面の中でも最も強力な、神を模した面だった。神を肉体に降ろす。ベテランの呪術者でも難しい芸当を、変身したばかりの香菜に出来る訳がない。
「香菜、止せ!」
だが殺鬼の言葉は彼女に届かなかった。香菜変身体が鬼神面を被る。それと同時に彼女の肉体に変化が現れた。その背中から太く逞しい二本の腕が生え、そのうちの一本が変身音叉を握った。センメンキの遺品だ。
音叉の先端から白刃が飛び出す。音叉剣だ。そして元々の両腕には、同じくセンメンキの遺品である音撃棒が握られていた。
雄叫びを上げながら、香菜変身体が霊鬼へ向かって突っ込んでいく。今の彼女を突き動かしているのは怒りだ。その矛先は、師の命を奪った仇敵に向けられている。
しかし香菜変身体の突撃は文字通りの猪突猛進。ワンパターンで軌道も読み易く、あっさりと避けられてしまう。冷静さを欠いた香菜変身体には、それが分からない。否、分かっていても止められないのか。
「もう止めろ!そんな事してセンメンキさんが喜ぶものかよ!」
センメンキの名を出されて、香菜変身体の足が止まった。だがそれもつかの間、殺鬼の方を向くと、怒りと悲しみに満ちた声で語りかけてくる。
「センメンキさんは関係ありません。これは私自身の問題です。この人を倒さないと、先へは進めない!」
センメンキさんとの約束が果たせない――そう言うと香菜変身体は、四本の腕を滅茶苦茶に振り回しながら再び霊鬼へと向かっていった。制御するのに精一杯で、折角の神の力を使いこなせていないのだ。
そんな香菜変身体を軽くいなすと、霊鬼は彼女の手から音叉剣を奪い取った。次の瞬間。
「止めろぉぉぉぉ!」
殺鬼が間に割って入ろうと飛び出すも、遅かった。振り下ろされた刃が、香菜変身体の霊面を割った。そして……。
「!」
音叉剣が、香菜変身体の胸に深々と突き刺さった。最期の力を振り絞り、香菜変身体が霊鬼の右腕に嵌められた御鬼輪に触れる。そして触れた手に渾身の力を込める香菜変身体。彼女は、御鬼輪を砕くつもりなのだ。
「もう止めろぉぉぉ!」
殺鬼の悲鳴にも似た叫びが山中に木霊した。
それから数分後、殺鬼は虫の息となった香菜変身体の上体を抱え、その手を握りながら声を掛けていた。
「おい、しっかりしろ!」
「あとは……頼みま……す」
「死ぬな!お前を死なせちまったら、あの世のセンメンキさんに顔向け出来なくなる!」
「あなたの事……嫌いでした。いつも……煙草臭くて……」
「馬鹿が……」
「遺言……まm……」
香菜変身体の全身から力が抜けたのを感じた。
「畜生……」
たった数時間の間に、目の前で二人も死なせてしまった。長年同じ釜の飯を食べてきた仲間を。無力。無念。そんな思いが駆け巡る。
「畜生ぉぉぉぉぉ!」
香菜の亡骸をそっと地面に寝かせると、気を失って倒れている霊鬼の方に目を向けた。その腕に嵌められていた御鬼輪は粉々に砕け散っている。それ程までに彼女の怒りと憎しみは深かったのだ。
「……後で必ず迎えに来るからな」
香菜の耳元にそう囁くと、殺鬼は立ち上がり、そのまま霊鬼の肩を担いで歩き出した。行かなければならない、こんな馬鹿げた茶番を仕掛けた張本人に会いに。この茶番をぶち壊すために。
――トツゲキ、死亡。
――柿崎香菜、死亡。
信者相手に力比べをしていた重鬼が、思いっ切り地面に押し倒された。当然手加減はしているだろうが、それでも支部一の巨漢であり怪力の持ち主である重鬼が組み伏せられる姿を、滅鬼は始めて目の当たりにした。
(こいつら……)
集大成と言うだけあって、代田のモルモット達は鬼にも負けないぐらいの怪力を振るい暴れまくっていた。滅鬼も先程から防戦一方である。
このような姿に成り果てたとは言え、元は一般人。滅鬼はなるべく彼等を傷付けぬよう戦っていたが、それももう限界だった。
頭を――即ち指揮を執る代田を倒そうにも、彼の周囲には数名の信者が壁を作っている。一対一でも苦戦しているのに、複数を同時に相手するのは無謀だ。
「重鬼!私達鬼の使命を言ってみろ!」
「は!?」
「早く言え!」
突然の問いかけに面食らいながらも、重鬼が答える。
「人知れず魔化魍を倒して、人命を守る事……」
「そうだ。だが私は今この場で……」
鬼を辞める――そう宣言するや否や、滅鬼の拳が目の前の信者の顔面に叩き込まれた。全力で放たれたパンチによって、信者の鼻が折れ、歯が砕け、眼球が飛び出す。
その様子を目にして絶句する代田に向け、返り血に染まった拳を掲げながら滅鬼が告げる。
「分かったかしら、鬼の本気と言うものが?」
一撃を受けた信者は、既に事切れていた。人を殺める事は無いだろうと踏んでいた代田にとって、滅鬼の行動は予想外だった。
「悪く思わないで。私はドクハキみたいに上手な加減というものが出来ないの」
次に滅鬼は、飛ぶような速さで重鬼を組み伏せる信者の傍に駆け寄り、側頭部に蹴りを叩き込んだ。頭蓋骨の砕ける嫌な音が響く。
「滅鬼さん……」
音撃管を手に立ち上がる重鬼の声は、僅かながら震えていた。
「お前は真似をしなくていい。泥を被るのは私一人で充分だ」
そう言うと滅鬼は、重鬼に向かって手を差し出した。それが何を意味するのか理解出来ず反応に困っていると……。
「音撃管を渡せ」
その言葉に、思わず重鬼が驚きの声を上げる。それもその筈、彼が使用しているバズーカ型音撃管はあくまで試作品。北陸支部はもとより、猛士の中でもこれを扱えるのは重鬼だけなのである。
渋る重鬼に対し、滅鬼が怒鳴る。
「重鬼ぃぃぃ!そいつをよこせぇぇぇ!」
どうなっても知りませんよ――そう胸中で呟きながら重鬼が音撃管を投げてよこす。それを構えた滅鬼は、照準を代田とその取り巻き達へと向けた。
「本気か!?」
さっきまでの余裕は何処へやら、代田が情けない声を上げる。
刹那、爆音が轟いた。
続く
>>432-439投下乙です。北陸支部血みどろのラストバトル。
おなじみのキャラの裏切り・死亡展開は、胸に迫るものがあります。
今まで高鬼関連で、ここまでキテる話は無かったように思いますし。
高鬼と直で絡みがあったキャラについてはクルものもまた格別です。
>>440スレ立て乙です。
/\___/ヽ
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/``ーニ=-'"一´\
_/((┃))_____i |_ キュッキュッ
.. / /ヽ,,⌒) ̄ ̄ ̄ ̄ (,,ノ \
/ /_________ヽ.. \
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/\___/ヽ
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\ `ニニ´ .:::::/ +
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.| ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄.| トン
_(,,) あと (,,)_
.. /. |.. 22KB | \
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スレ埋め用のチラシの裏を貼りにきました。
(まだ埋まる前にあと1コくらい投下できそうですが)
『あなたの背中を護りたい』 チラシの裏 4枚目
・ホノメキの音撃弦『柳弦(りゅうげん)』音撃震『奏弧(そうこ)』
イメージキャラ・ほしのあきと同時期の「笑っていいとも」レギュラー
柳原可奈子から。
・ホノメキの音撃斬『歪刀武烈』
T.M.Revolutionのシングル曲名「White Breath」から。
・ホノメキの音撃響『無頼鋼導』
Abingdon Boys Schoolのシングル曲名「Brave Chord」から。
・ホノメキの変身鬼弦『音星』
イメージカラーである赤い色の宝石・スタールビーから。
星状の反射光を見せる、稀少価値のある宝石です。
Wikipediaより「スター効果」
ttp://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B9%E3%82%BF%E3%83%BC%E5%8A%B9%E6%9E%9C 反射光が鬼の隈取みたいです。
次スレの方で投下が始まったので、もうこちらへの投下はナイんでしょうね。
ひっそりこっそり連投で埋めていきます。
『あなたの背中を護りたい』 チラシの裏 5枚目
・湯河原有志
湯河原温泉+ギャル曽根の名付け親・中村有志。
・芦川史子
芦川温泉+女医でタレントの西川史子。
・ヤマブキの音撃管『旗縞(きじま)』音撃鳴『上壱楼(じょういちろう)』
イメージキャラ・寺島進の主演作『逃亡者 木島丈一郎』から。本名は
矢島温泉+「や」のつく名前を思いつくままに。→八十八(やそはち)に。
・ヤマブキの変身鬼笛『音帝』
イメージカラーであるオレンジ色の宝石・インペリアルトパーズから。
ヤマブキは、本編五之巻でヒビキの手帳に書いてあった「山吹鬼」という
鬼の名前らしきメモから着想を得て作ったキャラクターです。
Wikipediaより「寺島進」
ttp://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AF%BA%E5%B3%B6%E9%80%B2 今日ここの記事を読んで、「電王」のモモタロスのキャラクターは
彼(の演じる役)を参考にして作られた、ということを初めて知りました。
スピンオフしやすいキャラなのかもしれません。
『あなたの背中を護りたい』 チラシの裏 6枚目
・ムラサキの音撃棒『蔵武(くらぶ)』音撃鼓『蓮華(れんげ)』
イメージキャラ・上城睦月(仮面ライダー剣の登場人物)の変身する
仮面ライダーレンゲルと、モチーフとなっているトランプのマークから。
・ムラサキの音撃打『錐凍猛晶』
相川七瀬のシングル曲名「Sweet Emotion」から。
・ムラサキの音撃拍『乱動絶零』
相川七瀬のシングル曲名「Round ZERO 〜 BLADE BRAVE」から。
・ムラサキの変身音叉『音晶』
イメージカラーである紫色の宝石・アメジストの和名、紫水晶から。
ムラサキは、以前このスレで連載されていた「仮面ライダー狂鬼」第九話で
ヒビキが話していた「新潟の紫鬼」から着想を得て作ったキャラクターです。
響鬼外伝「仮面ライダー狂鬼」第九話 父が見た風景
ttp://olap.s54.xrea.com/hero_ss/oni/2/ss_2-361.html
『あなたの背中を護りたい』 チラシの裏 7枚目
・クルメキの音撃奏『糾啼破寧』
イメージキャラ・倖田來未の両A面シングル「LOVE&HONEY」収録の「キューティーハニー」から。
・クルメキのサポーター・黒乃美苑
漫画家の黒乃奈々絵+倖田來未の妹・歌手のmisonoから。
・アイキの音撃殴『滅沙抹鐘』
イメージキャラ・ギャル曽根のユニット「ギャルル」のシングル「Boom Boom めっちゃマッチョ!」から。
・アイキの師匠・アンジェラ赤坂
シンガーソングライターのアンジェラ・アキから。
・猛士東北支部の元鬼・シュウキ
元フードファイター・ジャイアント白田(白田信幸)から。
・猛士東北支部の元サポーター・アサミ
「ギャルル」のメンバー・あべべ(安倍麻美)から。
・猛士支給車両
東洋の神獣から。
『蒼龍』→青龍、『朱凰』→朱雀、『騎輪』→麒麟、『甲武羅』→玄武、『雷隠』→獅子
幻想世界神話事典
ttp://www.jiten.info/ スレが埋まるには遠く及ばずネタ切れしました。チラシの裏これにて終了です。
スレ埋め用に、1本SSを書いてみました。
今年の4月から6月にかけてこのスレで投下していたSSの後日談です。
『あなたの背中を護りたい』 番外編「受入れる想い」
猛士東北支部の鬼、アイキが渡米してから四ヶ月以上が過ぎた。
同じく支部に所属していた鬼、シュウキがアメリカの地で重傷を負ったことを聞きつけ、アイキは現地に急行し、献身的な介護を続ける中でその恋を成就させた。
月に一度ほど、アイキから芦川史子の元に届くメールの内容を伝え聞き、湯河原有志は海の向こうの彼女の暮らしぶりや、その恋人シュウキの回復具合を知っていった。
「フードファイター?」
秋が訪れた仙台の街中で愛車『蒼龍』を停め、車内で史子から掛かってきた携帯電話を取った有志は、受話器の向こうにそう聞き返した。
基本的にシュウキの入院費用は、彼がアメリカで属していた、日本で言う猛士のような組織――人知れず人外の存在から人々を護る団体から出ている。しかし、その組織と関係の無いアイキの生活費は、彼女自身が賄わなければならなかった。
この四ヶ月、シュウキの身の回りの世話をしつつ、異国の地でなんとか生計を立てようと様々な仕事をしていく中、たまたま働いていたカフェで行われていたフードファイトに参加したアイキは、自分の胃袋が常の人間とは違うということに気づいたらしい。
『それがね、アイキちゃんだけじゃなくて、シュウキくんもそっちの才能に目覚めちゃったみたいで』
電話の向こうで、おかしそうに史子は言った。
『ケガも回復して退院して、今は二人して、アメリカ各地のフードファイト大会を荒らしまわってるらしいよ』
鬼の仕事よりシュウキを選んでアメリカに旅立ったアイキは、元より猛士への復職は頭になく、猛士支給の装備はすべて有志に預けていった。そして、渡米後に向こうでの生活が落ち着いた後、アイキから東北支部に正式な退職願いが出され、これが受理された。
彼女が望めば、有志は復職に協力するつもりだったが、そうなる可能性がないこともまた、彼には良くわかっていた。今の状態が、アイキにとって何よりもの幸せだからだ。
「フードファイトって……あんな細っちい女と、病み上がりの男がそんなことをやってて大丈夫なのか?」
元は鍛え上げた鬼だった二人だ。普通の人間より身体能力が高いのは当然だが、胃袋まで強いかどうかは有志にも何とも言えない。
「最初は『互いの背中を護れるように』っつってたのにな。今は『背中』じゃなくて『お腹』を護る必要があるんじゃねぇか?」
今年の初夏までアイキのサポーターを務めていた有志だったが、彼女の渡米後はサポートする鬼もいなくなり、ここ最近は遊撃的に様々な東北支部の鬼のサポートに入っていた。
全国的に鬼の数も減少傾向にあり、新たにサポートが必要な鬼の登録もなく、また他の支部からの移籍要請もなかった。
そうした暇になりつつある日々の中で、たまに海の向こうのアイキとシュウキの話を聞く度に、有志は胸の奥によくわからない虚しさが増していくのを感じていた。
『ユージ』
有志の鬱屈にもお構いなしに、電話の向こうで史子は軽い調子で言った。
『今日の飲み会、大丈夫?』
「ああ」
夕刻になって、有志は『蒼龍』を穂村総合病院の駐車場に停め、いつもの、つばを後ろに回した青いキャップを被り、パーカーを着込んだ出で立ちをして、院内の一階で史子を待った。
ほどなく白衣から秋用のコートに着替えた彼女がやってくると、二人は仙台の中心部へ向かった。
今日は、四ヶ月前に東北での任務を終えて別の支部に行っていた幼馴染みの鬼・ヤマブキが、久しぶりに仙台を訪れた日だった。
ヤマブキから連絡をもらった有志と史子は、その日の夜に、市内の「大人の隠れ家」的なショットバー「マンハッタン」で、ごく小規模な同窓会を開くことにしていた。
すっかり陽が落ちた頃、約束の店に着くと、二人はまばらに客がいるそのバーのカウンターについた。マスターは、必要最低限の言葉以外は発さない寡黙なタイプで、逆立てた髪に端正な顔立ちをした、30歳前後の男だった。
有志たちより幾分若いが、絵に描いたような立派な口髭が、遠目に見ると年齢を高く見誤らせる効果を持っていた。
ほどなくしてヤマブキが店にやってくると、入り口を振り返った二人は声を揃えて言った。
「ハチ!」
本人の希望に反して、有志も史子も旧知のあだ名で彼を呼んだ。
「ヤマブキだ。ヤ・マ・ブ・キ!」
久しぶりに、凄い勢いで二人を指さしヤマブキは喚いた。スーツの上にコートを羽織り、オールバックに口髭で強面の男が、落ち着いた雰囲気のバーに入ってきて突然叫んだため、客たちが一斉にそれを振り返る。
マスターの落ち着いた「いらっしゃいませ」という声に対して、平静さを取り戻したヤマブキは、自分を振り返っていた客たちにぺこぺこと頭を下げながらカウンターまで進み、最後にマスターに謝った。
10代の頃から20年近くの付き合いがあり、今では同じ『猛士』という組織に所属し、そして今年の春から夏にかけては共に闘い、東北で暗躍していた敵を退けた。
幼馴染みでもあり、同僚でもあり、戦友でもある。三人はより一層、気のおけない間柄になっていた。
「ユージがねー、あれ以来ずっと元気がないの」
しばらく互いの近況を語りあった後、史子は左隣の有志を指さして、右隣の席についていたヤマブキに言った。
「あれ以来って、夏からずっとか? もう秋だぜ」
「いまだに本人が解っていないみたいだからハッキリ言うけど」
ニヤニヤとしながら、史子は有志に言った。
「失恋の痛みよ、その症状は」
ヤマブキが小さく口笛を吹いた。
有志は、考えもしなかったことを聞かされてしばらく空いた口が塞がらなかったが、やがて言った。
「失恋?」
「うん」
「俺が?」
「うん」
「誰に?」
「アイキちゃんに」
一瞬の静寂の後、有志は立ち上がって叫んだ。
「な・に・い!?」
「お客様」
口髭のマスターの落ち着いた声で我に返った有志は、カウンター席で後ろを振り返り、自分に注目する他の客たちにぺこぺこと頭を下げ、再びマスターに向き直り謝った。
小声になって、凄い勢いで有志は史子に訊いた。
「何言ってんだ、アヤ。俺が、何で、あんな、ギャルで、軽くて、10以上も年下で、能天気で、道具に巫山戯けた飾り付けをして、いつも化粧だ何だで人を待たせて……ええと、それから……なんだ、その」
有志の慌てた様子を見て、けらけらと笑いながら史子は言った。
「あり得ない話じゃないでしょ? 三ヶ月、一緒に仕事してたんだから。少なくとも、次から次へとアイキちゃんの欠点が挙げられる時点で、あなたがあの子に無関心じゃなかったことは確かでしょ。
いい? 『好き』と『嫌い』は表裏一体で、相反するものじゃない。『好き』の反対は『無関心』よ」
何か言おうとする有志を制して、史子は更に続けた。
「あなたたちは三ヶ月、過度の緊張を要する現場で共に過ごしていた。恋愛感情がない男女でも、そうした状況下に置かれると、緊張のドキドキを恋愛のドキドキと勘違いして、知らず知らずに恋をしていると錯覚することがあるの。
そういう、疑似恋愛に陥りやすい環境にあなたは居たのよ」
カクテルを飲みつつ、史子は言った。
「アイキちゃんははっきりと『シュウキ君』っていう恋愛対象がいたからそんな錯覚もなかっただろうけど、あなたはどうかなー。鈴美先生のことを引きずっていた当時のあなたに、本気の恋ができていたとも思えないけど」
「そういえば」
ヤマブキが、思い当たった様子で言った。
「関東支部にゴウキってのがいるんだけど、あいつのカミさんはゴウキのサポーターをやってたんだよな。あ、まてよ? トウキさんのところもそうだ」
「ほうら、ご覧なさい」
得意になって史子は有志に言った。
「本当に、身近で仕事をしている姿を見て恋に落ちたのなら、それは本物の恋愛なのかもしれないけど、ユージが絶対にアイキちゃんに対してそういう感情がないっていうのなら、それは緊張と恋愛を錯覚して、疑似恋愛してたのよ。
で、そうと気づかずアイキちゃんがいなくなったら、今度は疑似失恋」
「疑似……失恋」
頭に疑似と付こうが何が付こうが、有志はそれだけは認めたくはなかった。
だが、そう聞いてからなぜか、ここ数か月の胸苦しさから、徐々に解放されていくような感じがしてきた。もやもやとしていたものが、はっきりと形を取ると共に、不可解な感情が消えて行くのを感じ始めていた。
「関東支部の二組は、どうだろうね。まあ、始まりが疑似でも本物でも、今が幸せならばどっちでもいいけどねー」
ここに来て、史子の声がところどころ裏返り始めてきた。呂律も少し怪しい。すっかり酔いが回ったな、とヤマブキは感じ始めた。
「あーあ、私も結婚したいなー」
頭を低くして、伸ばした両手の先でグラスを弄んでいる史子に、有志は即座に言った。
「お前は無理無理。もう賞味期限が切れてるだろ」
「何だとぅ」
始まったか、とヒキはじめたヤマブキの横で、二人の間に険悪なムードが漂い始めた。
「誰も食わねぇから」
「まだ切れてないし。何でそんなことが言えるのよ」
「未だに独身なのがその証拠だよ。お前こそ、何で切れてないとか言い切れるんだよ」
「じゃ、食べてみればいーじゃん!」
ぐいと首を起こして史子は有志を睨んた。
「誰がてめえなんか」
言いかける有志を制してヤマブキが言った。
「二人とも、明日も仕事だろ? 俺も移動があるしさ。そろそろお開きにしようぜ」
グラスの中身をぐいと飲み干し、史子はマスターに新しい杯を注文した。
「私はまだ飲むもん。一人でも飲むもん」
まだ何か言い返したそうな有志を立ち上がらせつつ、小声でヤマブキは言った。
「忘れてたぜ。アヤって酒グセ悪かったんだよな。逃げ……イヤ、帰るぞユージ」
勘定を済ませて出口に向かう二人の男の背に、カウンターから史子は大きな声で言った。
「食べてみればいーじゃん!!」
「お客様」
マスターが静かに声を掛けても、史子は他の客には意味不明な言葉を、既に二人が姿を消したドアの向こうに連呼していた。客の注視をものともせず叫んでいる史子に顔を近づけ、マスターはより一層声を潜めて続けた。
「いいですか。私の人生と経験と魂を込めて言わせてもらう。あなたはお知り合いのお気持ちには聡いが、ご自分のお気持ちには疎いと見える。『医者の不養生』といったところでしょうか」
医者である史子はマスターの指摘にどきりとして言葉を止めた。酔いがスッと醒めた。
「あなたは、ご自分のお気持ちに気づいていない。あなたは先に一緒に来ていた帽子の男性に、恋愛感情をお持ちだ。そしてそれは疑似ではなく、本物だ」
「何を……言ってるのよ……」
やっとのことで、史子は反論を始めた。
「なんでこの私が、あんな――頭が固くて、仕事人間で、年収が低くて、皮肉屋で、いつもひと言多いヤツを……」
「『好き』の反対は『無関心』。あなたのお言葉です」
史子は大人しくなってマスターを見た。客のプライベートには一切干渉しない、というスタンスをとっているかに見えたが、実際は、史子たちの会話を細大洩らさず聞いていたようだ。
「それだけ次から次へと彼の欠点を挙げられるあなたは、少なくとも彼に無関心ではない」
マスターは史子だけに聞こえるように囁いた。
「幸せをつかみたいなら、あなたはもっと素直になるべきだ」
ヤマブキが東北を去った後も、時おり有志は史子に誘い出され、ショットバー「マンハッタン」で髭のマスターが無表情に見守る中、共に仕事後のひと時を過ごすようになった。
「ハチが居ねぇのに俺らだけで集ってもなぁ」
「前にも、ハチ抜きで、二人で野球の試合観に行ったことあったじゃない」
「ありゃぁアイキも呼んだけど来なくて、たまたま……。今日は、あんまり飲み過ぎるなよ」
他愛のない話がほとんどだったが、二人ともごく自然に喋ったり飲んだりを繰り返していた。
季節は流れ、秋から冬へと、仙台の街の景色は変わっていった。
その年の冬、アメリカにいるアイキの元に、日本からの国際郵便が届いた。
中に入っていたのは、有志と史子から届いた、二人の結婚式の招待状だった。
ぁ ナょ ナニ @ ぉ 腹 を 護 丶) ナニ レヽ
番 夕ト 糸扁 ぉゎ丶)。
投下乙です。
マスター、若いのに渋いなぁ。
次回作、期待してます。
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_(,,) あと (,,)
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