大坂の陣で豊臣家が幕府軍に勝利する方法

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1人間七七四年
大坂の陣で豊臣軍が幕府軍を撃破・潰走させたのち、豊臣家が天下を平定するまでのシナリオを
考えて下さい。
2人間七七四年:2008/01/29(火) 16:39:03 ID:ILxOY5q5
砲撃に耐え抜けばひょっとしたら餓えて撤退するかもね(´・ω・`)
3人間七七四年:2008/01/29(火) 16:44:00 ID:sbHw7snU
野戦で緒戦に勝てば、なびいてくれる家無いかな?

取り敢えず元大名クラスの浪人に多少の金と浪人兵を与えて、元領土あたりで騒乱を数地域で起こすとか無理かな。
4人間七七四年:2008/01/29(火) 21:24:36 ID:ypTDBBdw
まず家康暗殺から
5人間七七四年:2008/01/29(火) 21:34:15 ID:EHXTQjNJ
俺が戦国の世に生まれていれば><
6人間七七四年:2008/01/29(火) 22:05:38 ID:fcQnOnfr
真田幸村が家康殺害しないと
7人間七七四年:2008/01/29(火) 22:27:10 ID:QRnhv9al
もっと早い段階で対処しないと。
大坂の陣までくるとほぼ詰み。
8人間七七四年:2008/01/29(火) 22:35:19 ID:GAXGoarw
国秀安吉
  君川家楽
9奇矯屋onぷらっと ◆JUU/.JUU/. :2008/01/29(火) 22:40:16 ID:veUeS50r
越前忠直を煽って秀忠にぶつけるとか。
10仙台藩百姓:2008/01/29(火) 23:22:37 ID:de8L5lIf
勝てる方法がないから滅んだのだお┐ (´ω`) ┌
秀頼がガンダムに乗って現れない限り無理
11奇矯屋onぷらっと ◆JUU/.JUU/. :2008/01/29(火) 23:23:37 ID:veUeS50r
IFスレいきなり潰すなよ。
12人間七七四年:2008/01/30(水) 00:24:26 ID:k36vshmd
Ifスレを立てる奴が悪い。
13人間七七四年:2008/01/30(水) 01:59:41 ID:tKl8tsb6
大坂城が変形してロボットになれば勝てた
14人間七七四年:2008/01/30(水) 03:15:54 ID:wRaMqCN2
真田昌幸の寿命がもう少し長ければ
多少は違う戦いが出来たかもしれん。
と思う真田厨。
15人間七七四年:2008/01/30(水) 09:48:57 ID:zHIOo5QT
その通りかもな!真田は必要。もっとも逸話の真田十勇士が存在してれば分からないぞ。お家の為とは言え、長男信之(だったかな?)を撹乱に使えば勝機はあったかも!
16仙台藩百姓:2008/01/30(水) 10:06:32 ID:tQR695m2
昌幸云々は講談と真田家のでっちあげ臭え┐ (´ω`) ┌
実際それほどの実績ないし浪人して力ないのは昌幸も信繁も同じだお
元々小大名だし
せめて前田クラスの現役大名でもなきゃ影響力ないお┐ (´ω`) ┌
17奇矯屋onぷらっと@出先:2008/01/30(水) 10:22:40 ID:KU1DAv13
伊達マニアが真田のでっち上げに厳しいのが意外だな。
同族に取り込んで空気入れまくったのは誰だったか。
18人間七七四年:2008/01/30(水) 10:23:51 ID:v7s8qTI2
まあ信繁が家康の首狙ったように豊臣存続は家康討ち取らないと無理じゃないか?
19人間七七四年:2008/01/30(水) 10:30:29 ID:Kf+Fg0UD
幸村が10人いれば勝てた
20人間七七四年:2008/01/30(水) 11:09:04 ID:lMxEUhJF
大大名クラスの味方があれば時間稼ぎで家康の寿命がきたかも
島津の怠戦だけでは弱い
21人間七七四年:2008/01/30(水) 12:53:36 ID:1hD6S7sN
>>16
まあ、へたれのドンゴリの先祖連中は、毛利&真田隊にボロボロにされて、
翌日は家康本陣突入を静観だけどな。
22仙台藩百姓:2008/01/30(水) 13:15:04 ID:tQR695m2
結局食いはぐれた連中が集まっただけだお┐ (´ω`) ┌
諸大名は自分の家を保証してくれれば別に豊臣でも徳川でもいいお
関ヶ原で御家の存亡を賭けて生き残った大名達が一息付いた所なのに
わざわざ再び存亡を賭けて流れに逆らうような事するわけないお
西軍の大将つとめた毛利や上杉でさえ徳川の走狗と化して躍起になって大坂攻めてるのに
他の連中が何を好きこのんで豊臣に加担するんだお┐ (´ω`) ┌
行く所なくなった浪人共が食わせて貰う為に大坂城に入っただけで
活躍して万が一豊臣が残れば禄にありつけるという淡い希望だけで成り立った組織であり
初めから勝算なんぞあるわけないお
23人間七七四年:2008/01/30(水) 13:36:24 ID:IawpzfBD
地方で反乱を誘発しなかったのがな
これが中国なら次々追従者が出ると思うんだが

まあゴジラが大坂港から上陸して来ない限り無理だ
24人間七七四年:2008/01/30(水) 13:57:43 ID:SD4f9KeZ
宇喜多秀家が泳いで参ったら……何も変わらんかw
25人間七七四年:2008/01/30(水) 17:39:57 ID:uORdT828
ひたすら籠城していれば善かったンじゃねー?
実際に関西地域では、大阪方の買い占めで米不足を招き江戸方は食糧難だった様だしね。
26人間七七四年:2008/01/30(水) 19:27:23 ID:IawpzfBD
カルバリン砲は実質的な破壊力は低いんだっけ?
ビビりの淀をどうにかせんとな
いっそ治房辺りを擁立して又兵衛幸村主導のクーデターを起こして
秀頼から切り離すぐらいやれば
27人間七七四年:2008/01/30(水) 19:43:59 ID:mrxDRNfW
>>26
それを家康が聞きつけて「悪の牢人どもから、右府母子をお助けせん!」
となるに決まってる。寄せ手の諸将もなお一層奮い立つだろう。
秀頼、淀殿、治長をスポイルした大阪城って、一体何の軍隊なんだよ。
28人間七七四年:2008/01/30(水) 20:33:44 ID:mc0kMN5m
>>25
ご安心を
95万石弱の兵糧を運ぶよう11月28日に命じてます。
29人間七七四年:2008/01/30(水) 23:27:09 ID:IawpzfBD
>>27
いや、あくまで秀頼をトップにした武断派主導の体制を作れってことよ

淀やその取り巻きは軟禁
30人間七七四年:2008/01/30(水) 23:47:23 ID:bJYq1rb/
淀殿を使って和平交渉を行い、家康と講和中にソーラレイ発射
31人間七七四年:2008/01/30(水) 23:48:39 ID:uORdT828
>>28
92万石だと、大人92万人が一年食える量だぜ。
どんなそろばん勘定かしらんが、眉唾もんではないか?
32人間七七四年:2008/01/30(水) 23:54:41 ID:xsmFKYgQ
取り敢えずさ。
関ケ原直後から何らかの工作続けないと無理じゃない?

まずは天皇家に勅旨をだして貰うとかで。
実効支配力よりも名目で動かないと、豊臣政権はもう無理でしょ。
一代で足利末期状態だよ。
33人間七七四年:2008/01/31(木) 00:37:56 ID:W/krIawc
問題はそれを誰が出来るかだぜ。
大坂方にそれだけの政治家はいない
34人間七七四年:2008/01/31(木) 00:38:51 ID:L28B/Rpg
家康の首さえ取れたら、相当全国の大名もかなり動揺するんじゃないの?
あとは知らんが、一時撤退に追い込めれば、やりようによっては展開は開けるかも。
35人間七七四年:2008/01/31(木) 01:15:22 ID:fFYGL67L
大陸に助けを、と思っても朝鮮には恨まれてるし中国は内憂外患だし
36人間七七四年:2008/01/31(木) 01:39:08 ID:6UjCWfmC
>>34
可能性と過程がないorz
37人間七七四年:2008/01/31(木) 01:52:05 ID:W/krIawc
>>35
新教国は幕府と組んでるしな…
外国に頼るのも無駄だぜ。
38人間七七四年:2008/01/31(木) 05:34:40 ID:8nb/p0aQ
篭城からひっくり返すのは、歴史的にみてもほとんど例がないし
攻囲軍が退いたとこで元の状態に戻るだけ。しかもその後、衰弱するのは篭城方。

徳川方が間抜けならともかく、戦国を生き抜いた宿将揃い。
秀頼と家康が大将って時点でケリが付いてるだろ。大阪にあと10万と兵糧があっても負ける。
39人間七七四年:2008/01/31(木) 06:37:52 ID:X9WiXG+i
>>31
ごめん、14万石の間違い
40人間七七四年:2008/01/31(木) 06:59:08 ID:17UA1jt/
>>35
大陸だろうが西欧だろうが、戦力的な助けになんてならんしな。
幕末ならともかく、当時の幕府の鉄砲装備・戦術は世界随一だろ。
万単位の兵に銃を持たせて来日出来る国なんてないしさ。
41人間七七四年:2008/01/31(木) 07:16:02 ID:brTJPtGD
元気のあるうちに進出、野戦を展開するのはどうか。
必ず篭城一本で行かなければならない、てことはないだろう。
42人間七七四年:2008/01/31(木) 12:58:32 ID:zd0SRVgJ
>>41
良くて道明寺の結果が拡大するだけだと思う。
43人間七七四年:2008/01/31(木) 13:45:27 ID:fFYGL67L
>>40
それはちょっと国粋入ってないかw

スペインは内乱が拡大した方が漁夫の利を得られて良いだろうけど
具体的に何が出来るかと言えば、大坂に武器弾薬を横流しするぐらいか
フィリピンから連れて来られる軍はどのぐらいだろう
九州沿岸で示威行動繰り返して動揺を与えることは出来そうか
44人間七七四年:2008/01/31(木) 18:37:17 ID:zIstnP0e
決戦ってゲームで、2部隊オトリにして、残った全軍で家康本陣を襲撃したら
勝ったよ
45人間七七四年:2008/01/31(木) 18:44:44 ID:b+gVrze7
>>43
当時はただの帆船だぞ?大砲つっても射程は2〜300mで狙いもくそもない。
一隻に100人も乗れないし、当時の日本は銃が欧州全域に匹敵する30万丁って
言われるくらいの陸軍国だし。もちろん刀は向こうのサーベルなんか相手にならん。
陸戦ならスペイン全軍相手でも勝てるわw
46人間七七四年:2008/01/31(木) 22:01:06 ID:X9WiXG+i
>>45
大平原でテルシオと戦ったら流石に負けるよ
本題に戻ると、浪人を日本中にばら撒いて、社会不安を煽るのが良いかもしれない
ベトコン戦法ぐらいでなきゃ勝てんぞ、組織作りが大変だが
47人間七七四年:2008/01/31(木) 23:38:35 ID:OMw1fuRV
>>44
あれ戦いだすと吸い寄せられるからな。
本陣がら空きになったりするよな。
48人間七七四年:2008/01/31(木) 23:40:11 ID:OMw1fuRV
>>26
空想戦記にそう言うネタあるぜ
タイトル忘れたけど。
49人間七七四年:2008/01/31(木) 23:42:24 ID:zIstnP0e
>>47
小早川秀秋がアホ過ぎて使えないよねw
50人間七七四年:2008/02/03(日) 10:56:06 ID:wjKm73VZ
幕府軍が大坂城を包囲する前に
51人間七七四年:2008/02/03(日) 11:46:05 ID:UNo//ENW
テルシオなら野戦築城と雑賀撃ちで勝てるのでは?
52人間七七四年:2008/02/03(日) 11:51:03 ID:2a0Rqu/7
>>51
平原では負ける
53人間七七四年:2008/02/05(火) 15:50:13 ID:jr1qFaVU
豊臣方にも十分勝機はあったのにね
54人間七七四年:2008/02/05(火) 19:33:42 ID:m7OVTzQn
野戦しかねーよな
討って出れば、100回に3回くらいは勝つし、戦で負けても家康討ち取る可能性もある。
家康が死んで大阪城に篭れば情勢も変わる。
55_:2008/02/05(火) 21:11:52 ID:Fi365QxL
幸村の策略

@一気に伏見城を陥れる。
A宇治・瀬田を抑えて西国との往来を遮断する。
B遠国の出兵で疲れているところに夜襲をかける
C秀頼に天王寺まで出陣し味方を鼓舞
56人間七七四年:2008/02/05(火) 22:01:09 ID:MdgfPyN3
伏見城って、関が原の前も寡兵で持ちこたえたけど
一気に抜けるもんか?
57人間七七四年:2008/02/05(火) 22:37:42 ID:PdxHiOS8
無理だろ。
58人間七七四年:2008/02/05(火) 22:38:07 ID:pjrBnggY
というより寄せ集めのあの状態で、まともな作戦行動が取れるわけない
夏の陣の道明寺であの有様だし
59人間七七四年:2008/02/05(火) 22:52:12 ID:MdgfPyN3
要は、第二の桶狭間やっちゃえば良い訳だ
徳川方に内通者が居て、本陣の位置が知れてて
哨戒ラインにかからず旗本を蹴散らして、逃げる準備は万端の家康をとる。
でなきゃ、赤壁みたいに火計か?
60_:2008/02/05(火) 23:14:17 ID:xDlsDAtb
>>56
たしかに伏見城は堅城だが、宇治・瀬田を抑えるにはここを落とす必要
があった。大坂方には、即座に動かせる兵力は7万いたから、十分一気に落とせる。
宇治・瀬田を抑えれば、東軍の渡河は難しくなろう。前線は膠着し、
大坂方に寝返る諸将も出てきたはず。

後藤基次、毛利勝永を始めとする浪人衆は、幸村の策には大賛成だった。

しかし、淀君により採用されなかった。いわば勝つ方法は、淀君を叩き
斬ることだったかもしれない。
61_:2008/02/05(火) 23:22:22 ID:xDlsDAtb
淀君を叩ききればOKだった。あいつのせいで、堀が埋められたし。
62人間七七四年:2008/02/05(火) 23:23:06 ID:r4lEMN+q
>淀君を叩き斬る
まさに金でつられて集まった負け組みたる浪人衆にお似合いだな
63人間七七四年:2008/02/05(火) 23:35:41 ID:WtWjXhV4
>>60
>大坂方に寝返る諸将も出てきたはず
それはない。城一個しか持ってない、枯れゆく花瓶の花みたいな政権に味方する奴は出ない。
わずかな譜代衆と基本的にバラバラな浪人衆、減るばかりの軍資のみを味方と考えるべき。
64人間七七四年:2008/02/06(水) 00:03:11 ID:PSXYKye7
まあ、もし大阪で勝てるなら、関が原で勝ってるわな
子飼いの諸将に広大な策源地、両方失った時点から巻き返せってもな
65人間七七四年:2008/02/06(水) 00:12:25 ID:nSI9whPX
冬なら和睦せずに鉄壁の大坂城にひたすら篭城。
秀頼を前線に投入。外様を調略。
夏なら降伏して家康が死ぬのを待って、蜂起。
66人間七七四年:2008/02/06(水) 00:14:46 ID:srqlgvhY
豊臣政権下での織田家みたいに
徳川に臣従すれば丸く収まった
67人間七七四年:2008/02/06(水) 01:34:36 ID:3B0ryFaD
ぶっちゃけ、秀頼を投入したとて寝返る武将なんていないと思うぜ。
秀忠将軍就任前ならともかく。
68人間七七四年:2008/02/06(水) 02:19:33 ID:nSI9whPX
別に寝返りがなくても、士気は高まる。
戦が長期化すれば遠征してきてる将兵は疲弊する。
大坂城の堅牢さは半端じゃないかと
69人間七七四年:2008/02/06(水) 06:43:31 ID:xh3YlhiE
大坂城は鉄壁ではない。12月9日からの本格的な攻城で1週間程でボロボロ。
淀川は膝下まで水位が下がり、船場の堀は埋め立て始められ、南方は大砲でボロボロ
藤堂の坑道は講和締結時には門の下まで掘って、後は火薬積んで吹っ飛ばすだけだったとか

豊臣方はこの頃になると火薬が欠乏していたというし、もう尻ドンでしょうな
70人間七七四年:2008/02/06(水) 07:35:16 ID:x0qJVjJb
坑道作戦てフィクションじゃなかったのか。
まあ確かにあれだけ人がいれば穴も掘れるわな。
71人間七七四年:2008/02/06(水) 07:40:42 ID:cJR4IGrZ
ガトリング砲で徳川を潰すWWW




72人間七七四年:2008/02/06(水) 07:51:41 ID:guCFn8sv
大阪の軟弱な地盤を坑道作戦って、ちょっと信じられん。
73人間七七四年:2008/02/06(水) 12:38:45 ID:pNXl610y
九戸政実と天草四郎が同時に蜂起したら面白かったのに
つくづく政実のKYが悔やまれる
74人間七七四年:2008/02/06(水) 13:32:21 ID:YfvP5VQx
>>71
アクション映画の見過ぎww
75人間七七四年:2008/02/06(水) 18:58:16 ID:xh3YlhiE
>>70
>>72
駿府記、駿府政治録、大坂冬陣記、当代記等史料はたくさんある。
南方の藤堂、井伊、松平忠直、前田の陣から掘ってるので、大地続きだから
地盤は良好
距離も藤堂の前線から堀際まで七間というから30mも掘れば良い。
講和までに門の下までというからには10日で掘ったことになる。
一日3m、甲斐や佐渡の鉱夫なら十分可能。
76豊國大明神:2008/02/06(水) 22:47:02 ID:mlDD4wzr
太閤殿下こそ皇國の英雄にして最高神。
家康は糞もらしの国賊。
77_:2008/02/06(水) 23:02:05 ID:t1ONJA/F
外国の力を頼ることはできたであろうか?例えば、世界最強と言われた
スペイン艦隊と同盟を結び、家康を滅ぼす。

でも、最低条件は、幸村の献策を取り入れ、宇治瀬田を抑えて東軍の渡河を阻止する
ことだろう。そすればあと2年は、大坂の役は続いていたと思う。その間にスペイン
無敵艦隊を迎え入れ、幕府を倒すのはどうか?
78人間七七四年:2008/02/06(水) 23:51:24 ID:SHeiUEol
徳川キラーの昌幸が生きていれば勝てたんじゃないか?幸村の戦略も昌幸譲りだっていうし…
そうすれば両軍に所詮息子と侮られたりしないで早期に信任を得る事ができたかも。
籠城する方も大変だけど、遠方から来た兵20万人分の兵糧を用意するのも大変なんだぞ。
79人間七七四年:2008/02/07(木) 00:44:52 ID:ubapWR6h
>>77
アホか。あんなの外洋艦隊じゃねーし、沿岸警備隊に毛が生えた程度
日本に来るまでに大半が沈む。一隻に乗せれるのが100人程度で、
何百隻要るんだよ、しかも当時の大砲って射程200mとかだぞ。
80人間七七四年:2008/02/07(木) 00:53:51 ID:ZiZmbt2V
>>77
射程200m程度だと、本丸まで届くのか?
81人間七七四年:2008/02/07(木) 01:03:07 ID:ubapWR6h
それ以前に、アルマダの海戦が1588年だったな。
スペインにそんな余裕無いし、仮に日本にちょっかい出しても
鉄砲装備の陸兵30万と、欧州に類を見ない巨城がひしめいてるのに
返り討ちにあうだけだろ。勝ちたいなら、欧州列強全軍連れて来いw
82人間七七四年:2008/02/07(木) 01:03:21 ID:6Qqey/m2
>>77
よしんばスペインの力を借りれたとしよう。
そしてうまく徳川をやっつけられたとしよう。

でだ。
スペインはそのまま手を引くと思ってるのか?
良くて傀儡政権、悪ければ植民地。
83人間七七四年:2008/02/07(木) 01:35:53 ID:zubGj5qP
政宗の話でも法王に日本の半分やるとか言ってんだっけ
外国に手を借りるなんて売国奴ばっかだなw
84人間七七四年:2008/02/07(木) 07:00:34 ID:2R8fhDni
自衛隊をタイムスリップで呼び寄せるWWW



85人間七七四年:2008/02/07(木) 10:06:45 ID:Dwf4gcXq
家康が死ぬまで、戦いをダラダラと長引かせる。
それしかない。

実際、それが怖くて、家康は無理に戦さをはじめたんだし、
堀うめさせたのもそうでしょう。

だから、最初の冬の陣における籠城策はそれなりに成功。
で、ここで和議した時点で、負け決定というかんじ。

実際、夏の陣の豊臣方の武将はもう自分がどうやって死ぬのか、それしか考えてなかったとおもう。
86人間七七四年:2008/02/07(木) 14:23:07 ID:+nVrAx6n
産業革命後ならともかく、あの当時の西洋諸国が日本に手を出せる訳ないだろ。
キリスト教を弾圧・追放してもだんまり決め込むしか無かったってのに。
農業生産力・人口・軍制・軍備、どれも欧州のどの国よりも上だぞ。
87人間七七四年:2008/02/07(木) 14:24:17 ID:bPOUCUvC
 大坂城を捨てて、金銀を手に海外逃亡、台湾を占領する。
 徳川幕府には、「海外でひっそり暮らしてもう日本には戻りませんから追わないで下さい」と言う。
 島津氏とは、黄金とかをプレゼントして、こっそりと援助交際を続ける。
 暇な浪人たちを密出国させて傭兵として、スペインやポルトガル、オランダへ派遣する。
 豊臣家は台湾王兼傭兵団の元締めみたいな立場で。
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 みんなが忘れた頃に日本に来襲して、徳川幕府を倒す。
88人間七七四年:2008/02/07(木) 17:33:40 ID:zubGj5qP
島津は沖縄を植民地にしたり極悪非道なことしてても徳川のバックアップあったり
幕府と懇意なんじゃない?
あと長政一族の誰かが東南アジアで日本人街作ってるよな
89人間七七四年:2008/02/07(木) 17:42:00 ID:BKG8u7h/
長政ってどの長政?
90人間七七四年:2008/02/07(木) 17:49:35 ID:+nVrAx6n
山田長政
91人間七七四年:2008/02/07(木) 18:51:30 ID:HeuVYAjY
台湾を不法占領するくらいなら、いっそ正式に明帝国亡命てのはどうか?
秀吉がもらった「日本国王」はまだ生きてるだろうし。
あれだけ激戦した相手に降る、相手が降る、からこそ双方に旨味があるのさ。
92人間七七四年:2008/02/07(木) 19:28:50 ID:VvQZMkeR
250年後に薩長軍が幕府軍に勝てたのだから
豊臣軍が勝てても全然おかしくない
ようはボンクラしかいなかったって事だ
93人間七七四年:2008/02/07(木) 19:42:04 ID:zubGj5qP
倒幕は250年でたまりにたまった組織の膿が一番の原因であって
豊臣と薩長比べても不公平だな
永遠に続く政権なんてないんだから、どんだけ江戸幕府が長期政権だったか
むしろ倒すのに250年もかかるのかよって
94人間七七四年:2008/02/07(木) 20:41:19 ID:tDm3Q8qD
もうあれだ、尋常の方法では勝てないんで、武力討伐を経た専制確立なんて
時代遅れなんじゃよって檄文を書いて納得してもらうしかないんじゃね?

もっとも欧州でもモンテスキュー登場100年前の状況だけど。
95_:2008/02/07(木) 21:25:15 ID:qMMtLMvU
あのさ、錦の御旗って通用するのかな?伏見城と二条城を落とし、
朝廷から、錦の御旗を掲げて、幕府と対決するのは?

鳥羽・伏見の戦いのようにはいかんか?
96人間七七四年:2008/02/07(木) 22:07:00 ID:/FbsbBua
時代が違う
朱子学(尊王論)が台頭しないと
97人間七七四年:2008/02/07(木) 23:13:54 ID:I3M3PVZa
南朝みたいに吉野の山奥に隠れて100年ぐらいがんばる。
98人間七七四年:2008/02/07(木) 23:23:21 ID:3emb5cci
南朝は全国にシンパが居たけど、
豊臣は居ないから、殲滅されるだけの気もするんだぜ。
99人間七七四年:2008/02/08(金) 04:53:11 ID:IzX2o7CD
大陸に渡って李自成になろう
100_:2008/02/08(金) 12:49:21 ID:/mM7p7ud
ここまでは、確定だと思う。B〜Eは幸村の策と同じ。@Aは俺の希望だが、
夏の陣の失態を考えれば、合っている。

@マザコンの秀頼を鍛える。
A淀君を叩き斬る。
B伏見城、二条城を落とし、宇治・瀬田に大要塞を築き、西国への往来を遮断する。
C秀頼に天王寺まで出馬させ、味方を鼓舞する。
D遠国の出兵で疲労のところを夜襲をかけて、大戦果を上げる。(野戦では迎え撃たない)
E大戦果を見せつけた上で、西国の大名に激を飛ばし、味方に入れる。
F前線が硬直化すれば、その間に浪人衆の調練を行い、正規兵へとレベルアップさせる。

問題はGだが、外国との貿易を盛んにし、新兵器(戦艦、重火器)
を買いあさって、幕府と対決するかな?これはあくまで希望だが。
101人間七七四年:2008/02/08(金) 14:29:51 ID:cgbu3lMq
オーストラリアを目指せ
102人間七七四年:2008/02/08(金) 15:34:27 ID:+Dnfkbsd
>>100
淀殿を斬る意味あんの?
近江閥と岐阜閥の争いの根源だろうけど、淀殿を斬っても
徳川方についた武将が寝返るわけじゃないだろ。
大筒にびびって停戦したってのも史実か怪しいもんだし。
それよりも高台院(おね)と仲直りして、大阪城に入ってもらう方がいいだろ。

外国つっても、当時の外国からの輸入品なんて硝石くらいだろ。
黒船と違って、当時の戦艦なんて何の意味もねえぞ。和船でも数があれば勝てる。
103人間七七四年:2008/02/08(金) 16:24:08 ID:D81hmF96
>>100
○に数字は機種依存文字だったはず、使わない方がよろしいかと。

それはそれとして、
7については、する必要もないと思うぜ。
浪人衆は基本的に関ヶ原の敗残兵で、
戦場経験のある武士しか居ない、いわばベテラン。
対して幕府側は戦場経験のある者もいるけど、
家康を嘆かせる程の戦場知らずな若武者も多い。
兵の質だけを焦点に当てるのならば、
むしろ新兵が戦になれる前に決着を付けた方が大坂方にとっては有利かと。
104人間七七四年:2008/02/08(金) 18:31:37 ID:IzX2o7CD
>>102
とりあえず斬っといて損はない
105人間七七四年:2008/02/08(金) 18:59:18 ID:m5qoYXMQ
>>100

1.淀殿を押さえつけて秀頼を教育するような人物がいない。
2.城中の者ほぼ全員が淀殿誅殺を納得するだけの理由がなければ、城内は大混乱に
3.大要塞を築くだけの時間的余裕があるか疑問。逆に大坂と京の
 間の交通路を遮断され、孤立する可能性も。
4.3に準ずる。
5.徳川方も夜襲への備えは当然しており、冒険的作戦である。
 相当大きな被害を与えない限り、戦力が劣る以上はやがてジリ貧に陥るだろう。
6.5に準ずる。

という感じかなあ・・・。
106人間七七四年:2008/02/08(金) 19:05:15 ID:cgtY6K6g
>>100
二条城と伏見城を陥すというが、例の軍議やってる辺りで既に井伊や藤堂が詰めている。
伏見には元々、大番も詰めてるから関が原以上は長引くね
>>103
個人としてはともかく、部隊としての纏まりがダメダメ。夏の陣の道明寺であの有様なのだから
募集に応じたこの時点ではまともな作戦行動は取れん。
107人間七七四年:2008/02/08(金) 19:59:31 ID:IzX2o7CD
淀が死んでも大混乱は無いだろ
女官どもがヒステリー起こす様ならまとめて軟禁しときゃいい
108人間七七四年:2008/02/08(金) 21:21:56 ID:ntmaGyvZ
>>107
大ありだっつうの。
主君の母を殺すってどういう了見だよ。
秀頼の決心さえあれば、いくらでも解決はつく。
109_:2008/02/08(金) 21:39:20 ID:LDlD9He7
おまえらなあ、幸村の策にケチをつけるのか?
ようは幸村の指示に従えってことだよ。なら理解はできるだろ?
110人間七七四年:2008/02/08(金) 21:44:23 ID:cgtY6K6g
>>109
勿論、つけるよ。武将なら後藤又兵衛の方が上だし、実績もある。
真田は言われてるほどの知将じゃないし、何より実績は少ない。
実績ないやつに人は付かん。
111人間七七四年:2008/02/08(金) 22:15:19 ID:9ihh6B0b
真田は美化されすぎてるからな。
112_:2008/02/08(金) 22:19:21 ID:LDlD9He7
>>110
じゃあ、おめえの策はなんなんのよ?
113人間七七四年:2008/02/08(金) 22:23:22 ID:50S1lxU4
親父の方の真田だったら、意見も通るだろうが
当時の信繁が軍議に出れたのも、六文銭の威光あってこそだろ。
イケイケの若造の意見が通る方がおかしい。
114人間七七四年:2008/02/08(金) 22:39:17 ID:cgtY6K6g
>>112

>>46
正規戦での勝利は不可能と心得よ
115人間七七四年:2008/02/08(金) 22:39:31 ID:9ihh6B0b
40過ぎで、歯は抜け落ち、白髪交じりで腰も曲がっていたそうだよ。
でも、実戦経験は最大限に多く見積もって、秀吉の北条征伐、第二次上田城、大坂冬・夏の陣くらいか。
実際に指揮を執ってるのを確認されてるのは大坂だけ。

これじゃ主導権とれんわな。
116人間七七四年:2008/02/08(金) 22:40:58 ID:IzX2o7CD
>>108
砲撃によって死んだように見せかければいい
或いは軟禁で済ませるか……
そもそも大坂の状態が異常なので淀を排除することに武将達は抵抗ないだろ
117_:2008/02/08(金) 22:52:49 ID:LDlD9He7
>>114

ぎゃはははは。
何がベトコンや? おめえ、そんな策だしたら、白髪交じりに
なる前に、頭を叩き斬られてたぞ。
118人間七七四年:2008/02/08(金) 23:06:54 ID:BgtTIoKn
>>117
だけど、ヴェトナムはアメリカを追い出したじゃないか。
119人間七七四年:2008/02/08(金) 23:56:59 ID:4IQMU6h7
信繁の享年49

史実通りの展開で真田隊が家康本陣に迫った時に大阪城内に残っていた予備部隊を投入すれば家康を仕留められたかも?

大混乱の中で伊達隊寝返り
120人間七七四年:2008/02/09(土) 00:11:30 ID:tEIlvhQ/
>>116
浪人達は抵抗ないよ、そりゃ。
彼らは戦いたくて集まってる連中で、豊臣家なんてどうでもいいんだから。

で、誰が淀殿を殺すかにもよるんだが、全体の合意がない状態で
浪人衆の誰かが淀殿を斬ったとしたら……。
浪人集は納得しても秀頼とその家臣団は納得しないよ。
豊臣直臣団と浪人集との間に抗争が勃発して終了。

121人間七七四年:2008/02/09(土) 00:17:24 ID:MtVdyjly
結局何をやるにしても直臣団と浪人衆の対立がネックになると思う。
122人間七七四年:2008/02/09(土) 00:45:51 ID:EhzPWgzB
本田忠勝が裏切ったら勝てる
123人間七七四年:2008/02/09(土) 00:59:42 ID:MtVdyjly
いねーよwwwww
124人間七七四年:2008/02/09(土) 01:13:59 ID:YN7W9mfh
徳川家康が寝返ったら勝てる
125人間七七四年:2008/02/09(土) 02:30:34 ID:NsAEzX2K
いやむしろ淀が寝返ったら勝てる
126人間七七四年:2008/02/09(土) 07:34:16 ID:AuGxXsad
>>119
無理、家康ならあれ以上の苦境を逃げ延びた経験てんこ盛り
127_:2008/02/09(土) 09:44:16 ID:pBAPMVZ+
真田丸の地形を調査したやつがいた。そすれば、地形、柵の構造ともに、
長篠の戦時に、織田軍の陣取っていた構造にそっくりだったそうだ。

つまり幸村は、長篠の戦の織田軍の勝利方法をここで生かしたのだ。

戦国武将の力量を測る上で、大切なことは最後まで生き残っているかが
大きな要素だ。北条、徳川、羽柴の3強に囲まれながら、滅ぼされなかった
ところは、大きく評価されなかればなるまい。
128人間七七四年:2008/02/09(土) 11:57:43 ID:5Etodk+f
スレタイ嫁
129_:2008/02/09(土) 12:08:05 ID:u+WIOhuK
いや、幸村をそしる書き込みがあったから。。

豊臣側の勝利に、幸村の存在は絶対の条件。
130人間七七四年:2008/02/09(土) 12:22:41 ID:LmS8RyIU
長篠の合戦のとき信繁はまだ8歳。しかも真田は当然武田軍。
たとえ単なる偶然でないとしても,せいぜい昌幸の入れ知恵と考えるのがやっとだろ。
131人間七七四年:2008/02/09(土) 12:24:19 ID:iM2OU5vf
北条、徳川、羽柴に囲まれてた頃に御家を保ったのは昌幸だし、
その時信繁は人質として上杉・羽柴辺りに居て何も関知して無いだろ。

豊臣方の数少ない大駒の一つなのは認めるがな。
132人間七七四年:2008/02/09(土) 12:33:01 ID:imG6NzoD
単に生き延びるだけなら、大坂方に浪人衆がこなけりゃいいんだよ。
なまじ幸村とか又兵衛とか来るから、いっちょやったろかい!という気になる。
誰もこなけりゃあきらめがついて、寺に入って坊主にでもなれたのに。

具体的には徳川が「寺を修理しろ!」と言い出した時に、言われてもいない徳川方の寺まで修理&建設しまくって金庫をスッカラカンにして浪人を雇えなくしてしまう。
「鐘が気に入らん!」と言われたら、これ幸いと、責任とると言って秀頼が出家する。
これぐらいやらなきゃ勝つどころ生き延びることもできない。
どうしても勝負したいなら、この状態で家康の死を待って、イチかバチか蜂起だな。
133人間七七四年:2008/02/09(土) 13:21:44 ID:5Etodk+f
家康が死んでも、次の有力大名が自然と次席に着いて結局浪人は浪人のまま一生終えるんじゃない。
真田幸村はつおいけど、政治家のスキルない。
134人間七七四年:2008/02/09(土) 13:42:18 ID:rTGLQKVZ

秀頼の影武者Aが千騎ばかり率いて正面から討ってでる。→ 但し、敵と間合いを取って敵とは戦わない。

秀頼の影武者Bが千騎ばかり率いて左翼に軽く突っかかる。

秀頼本人が千騎ばかり率いて敵の右翼に猛然と責め掛かる。
135人間七七四年:2008/02/09(土) 14:03:14 ID:Yr5oS6NL
大坂城を包囲されているのに、
右翼も左翼も合ったもんじゃない気がするんだが。
136人間七七四年:2008/02/09(土) 17:34:46 ID:CZE4IECj
淀君が家康の正室になり子を産めばok
137_:2008/02/09(土) 19:16:07 ID:NmpmfeGv
ここで、積極的に勝利する方法を書き込んでいるやつって関西人が多いのかな?
なら、関西人の関東人への対抗意識の由来は、大坂の役からだという証明にもなるね。
138人間七七四年:2008/02/09(土) 19:40:12 ID:BgwaIL8G
籠城して、家康の死を待つのが一番の得策と考える。
139人間七七四年:2008/02/09(土) 19:46:16 ID:k06co9Qw
大坂の陣の頃にはもうつんでる
徳川を気に入らない外様もほぼ投了
確率的には

関が原で勝つ>三成抹殺して20年ほど家康の寿命を待つ>>>>>>>>>>1615くらいとれる全ての策
140人間七七四年:2008/02/09(土) 20:31:20 ID:xzQzW8Un
とりあえず金沢や仙台・秋田など外様大名の城下町に放火して足並みをみだすのが上策
141人間七七四年:2008/02/09(土) 21:22:02 ID:aU09MWOU
似たようなスレでも散々既出だが、
キリシタン勢と連携して、大坂の陣が始まるのと同時に九州あたりで島原の乱クラスの反乱を起こさせるしかないだろうな。
家康も豊臣どころではなくなるし、西国大名も動揺するだろうし、豊臣が付け込む隙が出来る。

まぁ家康もそれを恐れて大坂の陣の前に高山右近と内藤如安を国外追放したんだろうけど。
142人間七七四年:2008/02/09(土) 21:28:18 ID:imG6NzoD
>>137
対抗意識の由来はその通りだが、大阪のギャグの中には「真顔でホラを吹く」というのもあるので、書き込みが大阪人ならどんなに必死に見えてもギャグの可能性大と思ってくれ。
143人間七七四年:2008/02/09(土) 21:33:02 ID:imG6NzoD
いっそベトナムあたりに落ちのびて、そこからキリシタン軍を率いて…というか西洋人の手先になって帰って来るというのはどうだ?
144人間七七四年:2008/02/09(土) 22:14:01 ID:N/wcwxud
>>143
それにはキリスト教信者になる必要があるな。
あとキリスト教勢力を頼むのであれば、落ちる先はマニラの方が良いかと。
145_:2008/02/09(土) 22:20:01 ID:E22XMOKS
>>137

そやな。関東に牛耳られた日本は、ろくなもんじゃない。
豊臣方が勝っていれば、もっとよくなってたわ。そやから、豊臣が勝つ方法を
積極的に書き込んでな。頼むで。
146人間七七四年:2008/02/09(土) 22:32:00 ID:lGoZtsvn
大阪人の必死さに哀れみを覚える…
147人間七七四年:2008/02/09(土) 23:23:05 ID:ArVPaO0P
豊臣家が宮本武蔵を雇う
武蔵を秀頼の使いとして駿府に派遣する
目通りを許された武蔵が家康を一刀両断
148人間七七四年:2008/02/10(日) 00:08:24 ID:bWKQE36Q
>>147
せめて将軍殺しにいけよ
むねのりと勝負だw
武蔵は大坂の陣では徳川の水野陣営にいた可能性があるらしいが
149人間七七四年:2008/02/10(日) 00:52:22 ID:sm1PmZpW
>>148
武蔵は大坂方で負け逃げしてたんじゃなかったか?
150人間七七四年:2008/02/10(日) 01:08:22 ID:bWKQE36Q
宮本武蔵 水野勝成で検索すればわかる
それなりに信憑性がある
151人間七七四年:2008/02/10(日) 01:53:14 ID:hq5R5giz
やはり家康がくたばるのを待つのが一番現実的じゃないか?
152人間七七四年:2008/02/10(日) 06:36:25 ID:sm1PmZpW
>>150
調べてみた。
へ〜、武蔵は大坂方だとばかり思い込んでたけど、徳川方だったんだなぁ。
まぁ、そうじゃないと残党狩りにあって殺られてたかもなぁ。
勉強になりました<m(__)m>
153_:2008/02/10(日) 10:47:32 ID:ODYLjhRb
幕府に勝利する絶対的な勝利方法 (今度は確実)

1.住民を避難させ、淀川の堰を切って籠城する。
2.天然痘の兵士を家康へ投降させる。
3.徳川軍が死滅するまで外出を避ける。使者も切り捨てる。
これだけでOK。

尚、感染しないよう、反撃は極力鉄砲、弓矢、長槍で戦う。
天然痘は、感染してから発症の期間が7日と短い。
豊臣側の兵糧が尽きるのと、徳川が死滅するのとでは、圧倒的徳川の
死滅が先だ。徳川が死滅してから、住民を呼び戻せばいい。

イギリス軍もインディアン掃討に天然痘をつかった。豊臣方が使っても
なんら不思議ではない。
154人間七七四年:2008/02/10(日) 11:23:36 ID:sm1PmZpW
>>153
菌を手に入れる方法ある?
あるならマジで勝てるかも…?

やり返されそうなきもするが。
155人間七七四年:2008/02/10(日) 11:43:18 ID:5pFqs1pp
古くはモンゴルが欧州攻める時に、ペストになった人間を投石機を使って敵の城に投げ込む、ってのが実際にあったらしいな。
156人間七七四年:2008/02/10(日) 12:01:02 ID:sm1PmZpW
日本みたいに狭い土地に人口が密集しているような国でやったら、もの凄いことになりそうだな。
157人間七七四年:2008/02/10(日) 12:20:11 ID:gOBGN0XJ
>>153
ほうそうやらい病、梅毒についての知識はあるのだから、外見にボツボツできてる人間を警戒しない、
なんてことは無いと思うが。まして大阪陣では、投降者を特に残虐に扱っている。
怪しげな人間など即座に殺して、総堀に放り込むのがオチかと思うが。

それにそれやると、街も耕地も滅茶苦茶になる。
豊臣氏が領主として居座れるかどうか…
淀川も決壊させてるんだろ?
158人間七七四年:2008/02/10(日) 12:40:06 ID:C+wA0ZYZ
そういえば秀頼は天然痘にかかって死に掛けてたよな。
再びかかることないから妙案かも。
159_:2008/02/10(日) 13:34:13 ID:O+sd2px8
>>157
天然痘の患者ならゴロゴロいたわ。政宗や秀頼も患者だったわけやし。
残虐に扱うっていうても、息を吹きかかればそれで終わりやで。
ほんなら、娼婦を大量に雇って向かわしたら即殺しはせんやろ?
天然痘は、動物を媒体とせえへんから、ペストよりは安全やで。
徳川が死滅すれば、死体を燃やしてからなら住めるようになるわ。

>豊臣氏が領主として居座れるかどうか…

太閤殿下の祟りやといえば、住民は『そやなー』てなるわ。
豊臣がやったという証拠は何もないわけやし。
160人間七七四年:2008/02/10(日) 14:32:33 ID:sm1PmZpW
>>159のうさんくさい関西弁はともかく、倫理的な問題を除けば徳川に勝てる唯一の方法かも…?


映画だと味方にも蔓延して無茶苦茶になるというオチがつきそうだけどさ。
161人間七七四年:2008/02/10(日) 20:40:18 ID:RUSQC42d
ドラキュラ公ことヴラド・ツェペシュもペスト患者を敵地に入れて
ペストを蔓延させるって作戦をやってたな。
162_:2008/02/10(日) 22:10:45 ID:+wznNUAe
大坂城が日本で最も難攻不落の要塞で、何年もの兵糧米を備蓄ができる
籠城に適した城だかろこそ、そういうことができる。そういう意味では、
大坂城の存在は大きいな。
163人間七七四年:2008/02/10(日) 23:18:37 ID:z3eqgenm
大勢の病人達が大坂城に殺到しそう
164人間七七四年:2008/02/11(月) 00:55:12 ID:FMv3At60
オーサカジョー・オブ・ザ・デッドだなw
165人間七七四年:2008/02/11(月) 01:12:55 ID:eiSdFWzV
なんかもう神仏にひたすら祈るが一番確実ぽいな
166人間七七四年:2008/02/11(月) 01:29:09 ID:5Sgi1myC
大阪の標準地下水位は1500〜2000mmだから坑道作戦は不可
唯一大阪城本丸から真田丸にかけては上町台地にあるから空堀
ここからなら坑道作戦は可能だがルートを読まれ易い為に無理だろう
167人間七七四年:2008/02/11(月) 01:33:43 ID:Ao4rOS9c
淀君暗殺。
168人間七七四年:2008/02/11(月) 01:40:46 ID:t35khnJg
自衛隊が来るのを待つ
169人間七七四年:2008/02/11(月) 02:23:06 ID:/2kzQXPI
とりあえずあの指揮系統でよく戦になったな、としか言い様がない
浪人武将の中に政略のプロが居ないのはキツい
戦略・戦術のプロも武闘派なやつも居るのに・・・
冬の陣を見ればわかるが、局地的な戦闘ではいい勝負をしてる
やぶれかぶれの夏の陣ですら、十分健闘してると言えるだろう
後は淀殿が一目置き、家臣団と浪人衆のパイプとなり
家康と渡り合える政略のプロが居れば、そいつを総大将に据えて
東軍と五分でやりあうのは不可能とは思えない

ただし戦国末期のこの時期、家康と政治で渡り合えるやつと言えば
如水か政宗ぐらいしかいないな・・・
あ、クロカンは死んでるか
170人間七七四年:2008/02/11(月) 03:35:18 ID:FMv3At60
たとえ秀吉が生き返ったとしても、大坂の陣まで事態が進んでいたら打つ手無しだよ。
171人間七七四年:2008/02/11(月) 09:16:23 ID:X6MeTY4M
>>169
頼朝における大江広元みたいな、政治的智謀の才腕がいればねえ。
もっともそういう人間ほど大阪城は敬遠しそうだけど。
172人間七七四年:2008/02/11(月) 09:23:40 ID:zo3A3j2f
>>162
大砲に対しては時代遅れ、当時の江戸城・名古屋城に劣る
>>166
>無理だろう
勝手に決めるな、現に門の下まで掘っとるわい
173_:2008/02/11(月) 10:16:34 ID:M1RfRguU
それでも、最も難攻不落に違いない。総合力でな。石山本願寺の居城を
なめんなよ。それに城攻め名人の秀吉様が、坑道になんの対策もしてないと
思うか?よしんば、坑道がつくれても、大勢は入れないから、
出てきた人間を1人ずつ射殺していけばいい。死人が増えるだけのこと。
だから、家康は力攻めを断念したのだよ。
174人間七七四年:2008/02/11(月) 10:25:45 ID:LlFZqWrP
>>173
下に火薬積めて点火し、土塁・石垣を吹き飛ばす作戦。
旅順要塞でも同じことをしている。
175人間七七四年:2008/02/11(月) 10:37:16 ID:XqDQutAR
土塁石垣を吹き飛ばせたのならとっととそうすればよかったのに。
176人間七七四年:2008/02/11(月) 10:39:24 ID:LlFZqWrP
>>175
そこまで掘ったのが、和議締結した日
177_:2008/02/11(月) 12:31:29 ID:xc/RXbA3
炭疽菌ってつかえないかな?人からの感染ないから安全だと思うよ。
まさか、手紙に殺人ウィルスがあるとは思えまい。
178人間七七四年:2008/02/11(月) 15:42:23 ID:ONC4Eyhe
結論
秀頼がガンダムとゴジラを操るor病原菌を撒き散らせば徳川に勝てた
よかったよかった


はい糞スレ終了
179人間七七四年:2008/02/11(月) 16:36:04 ID:OTS3nTKH
燃え上がれ〜
燃え上がれ〜
燃え上がれ〜ナンデム〜

キムよ〜走れ〜

まだ火病に燃える〜 闘志がウリナラ〜

隣の国を 討てよ 討てよ 討てよ〜

祖国の〜怒りを〜ぶつけろ〜ナンデ〜ム〜

昨日〜 全焼〜 ナンデム〜 ナンデムッ!
180人間七七四年:2008/02/11(月) 16:58:51 ID:UYLQ4FNw
>>173
総構えの規模で言うなら、開幕前の江戸城の方が大坂城よりも大きい
開幕後の大坂の陣時ではさらにその差は広がる。
181_:2008/02/11(月) 18:44:57 ID:E8r9q7h9
魔人ブウ雇う。
182人間七七四年:2008/02/11(月) 20:26:04 ID:FMv3At60
単走金なんて当時の人知らんのじゃないか?

バイ菌作戦やってるとこ想像すると、大坂方なんだかショッカーなんだかわからんなw
183人間七七四年:2008/02/11(月) 20:55:15 ID:wQbHlx72
で、結局。
2年間籠城して家康が死んだとして、
秀忠に勝てる?
184人間七七四年:2008/02/11(月) 21:00:10 ID:xcgzJ7/r
見込みは薄いな。
関ヶ原の頃の秀忠ならともかく、この時期の秀忠の政治能力はかなり恐ろしい。
いくら徳川家の圧倒的な力が背景になってるとは言えああもガリガリ外様を削ってる実績を見るに
えげつない分断工作にかけられて戦争にさえ持っていかせて貰えなくなる可能性も・・・。
それに対抗しうる外交官が全く思い当たらないのも致命的。
185人間七七四年:2008/02/11(月) 21:15:47 ID:UYLQ4FNw
>>183
それ以前に食料・火薬が二年も持たない
186_:2008/02/11(月) 21:29:15 ID:sXpwYIlN
>>180 おめえ往生際悪いな。薩長に無血開城がえらそうにいうな。
まだ、名古屋、熊本だといっているやつの方が説得力あるわ。
187人間七七四年:2008/02/11(月) 21:31:57 ID:UYLQ4FNw
>>186
あの時、城方には十万もいなかったからね
188人間七七四年:2008/02/11(月) 21:33:30 ID:UYLQ4FNw
>>186
後、徳川家の方が1億倍、豊臣家よりも空気読めたからなんだけど
>江戸城無血開城
189人間七七四年:2008/02/11(月) 21:46:29 ID:TqqLWl/h
イギリスの圧力のお陰だろ
何が空気だよw
190人間七七四年:2008/02/11(月) 22:03:41 ID:UYLQ4FNw
>>189
それもあるけど、それだけじゃない。
万物総てが、一つの要素で決まることはない。
いくらイギリスが圧力かけても、肝心の徳川家が首を縦に振らなきゃ、
江戸は戦地になってる。
ま、総構をカバーできる人員がいなかったから、大坂の陣みたいにはならないけど
191人間七七四年:2008/02/11(月) 22:25:40 ID:BSianra8
>>166

坑道作戦は旧帝陸軍も全く評価してないからな。
穴掘るのと爆破するのとは別物だよ。
少なくとも旅順とは無関係だな。
192人間七七四年:2008/02/11(月) 22:43:15 ID:NZpUbHt6
まあまあ、どうやって徳川を倒すかを語るところで、スレ違いの書き込みはご遠慮下さい。

もともと勝ち目のない戦ですから、思い切った作戦でいいでしょう。
例えば、徳川20万に対し、平地へ誘い出し、背水の陣を引くというのはどうでしょう?背水の陣は、
楚の項羽が、秦のきょろく城を攻めるときに用いた最も過激な戦法です。
50万の兵を相手に、川を背に自軍はわずか7万。項羽は、食料は3日分だけを残し、船を焼き捨て
秦の大軍勢へ突撃しました。3日以内で相手を倒さなければ・・全員死という必死さを
兵士に刻みつけ、見事7万の軍勢で大勝しました。夏の陣で家康が死に掛けたの
ですから、到着早々にこの手を使ったら、家康の首は取れてたかも?
193人間七七四年:2008/02/11(月) 22:47:45 ID:eiSdFWzV
背水を 泳いで逃げる 寄せ集め
194人間七七四年:2008/02/11(月) 22:53:31 ID:UYLQ4FNw
195人間七七四年:2008/02/11(月) 22:57:22 ID:BSianra8
>>192
どこがスレ違いなのか説明してもらおうか?

ついでにいうとどこで背水の陣をひくのか?
そんな場所あるか?
つうかageている時点で・・・
196人間七七四年:2008/02/11(月) 23:00:34 ID:BSianra8
>>194

出所wikiってだけで突込みどころ満載なのだけど・・・

旧帝陸が大坂役の坑道作戦を評価していないって意味だよ
わかる?
197人間七七四年:2008/02/11(月) 23:23:07 ID:/2kzQXPI
基本は野戦決戦じゃないかな
東軍参加武将のうち、実戦経験が豊富なのは
藤堂・伊達・細川・黒田・井伊ぐらいだろ。
あとは2世3世ばかり。ある意味烏合の衆。

東軍は家康が確実に天下を取る、というから東軍についているだけ。
外様大大名は東軍不利と思えば確実に日和る。
まず伊達は寝返る公算が高い。正確には寝返るというより独立か。
伊達が独立すれば上杉も続くだろう。奥羽連合誕生。
骨抜きの藤堂・黒田は寝返らないだろうが、江戸詰めの福島はどうかな?
島津家や毛利一党なんてハナからやる気ないだろ。状況が落ち着くまで傍観だろうな。

とにかく東軍の士気が上がらないうちに家康・秀忠の本陣を叩き、首を取れないまでも壊走させる。
野戦決戦となったら東軍の先陣は井伊・藤堂だろう。
総指揮官・中軍に長曾我部盛親(大阪方で元大名は彼だけなので代表という意味で)、
先陣に後藤又兵衛・木村重成、後詰に真田信繁、遊軍に明石全登。
徳川本体なんて頭数だけで戦闘力は劣る。実戦経験少ないんだもの。
井伊・藤堂さえ粉砕すれば、外様部隊は確実に動揺して、迷いが生まれる。
勝機はそこにしかない。

問題は、
仮に勝ったところで、戦国時代に逆戻りするだけってことだ。
政治力がなさすぎる大坂方に天下をとる力はない・・・
198人間七七四年:2008/02/11(月) 23:42:44 ID:BSianra8
>>197
夏の陣ほど決定的な戦力差のない冬の陣の時点で野戦に持ち込み
徳川方が整わないうちに河内で藤堂・井伊を圧倒的戦力差で粉砕する
これがうまくいけば多少は戦局は変わるかもな
しかし、これほどの大作戦を軍議を経らずに行えるかどうかという点に疑問が残る
なにしろ、大坂城内は内通者で溢れていたそうだから
徳川に知られればその時点でアウトだろう
199人間七七四年:2008/02/11(月) 23:46:33 ID:0HT35kJD
井伊も直政じゃない
200人間七七四年:2008/02/12(火) 00:16:39 ID:ccRghUuX
>>198
軍議に関しては同意
実際、出撃策はとらなかったわけだしね

内通者に関してはどうかな?
大坂方に野戦決戦を挑まれたら家康としては応ぜざるを得ない。
だって野戦の最強司令官として有名なわけで。
むしろ城攻めは下手糞という評価なわけで。
それが挑まれた短期決戦を避けるような作戦を立てたら、東軍の士気は嫌でも下がる。
仕方なく家康に従っている大名たちには迷いが生じるだろうな。

>>199
赤備(笑)を評価したのと、夏の陣でも先陣だったので。
たぶんその時の譜代・旗本の中では最強部隊だったんじゃないかな?
201人間七七四年:2008/02/12(火) 00:37:00 ID:+Iqegrk1
>>200
道明寺の戦いの冬の陣版を想定してのことだが
夏の陣だと徳川は野戦を前提に軍を進めていたから先陣は孤立していなかった。
つまり、敗色濃厚。
ところが冬の陣時点では、本隊の到着が遅れて
藤堂・井伊は孤立に近い状況だった。
だから、そこを全力で攻めるなら、勝機はあると考えた。
家康が豊臣方が全力で攻めてくると知れば
対処の方法はいくらでもあった。
202人間七七四年:2008/02/12(火) 00:40:19 ID:67s1R5ud
>>200
徳川は小田原以降まともに戦ってない中
3人衆のなかで井伊隊だけは関が原でまた特攻してたからな
本多は秀忠付きの息子がほとんど率いて忠勝は関が原ではたった500
榊原も別働隊だから、徳川ではまともなほうかもね
203人間七七四年:2008/02/12(火) 00:47:37 ID:Y7VPUdIN
ある意味において戦国最強の水野勝成先生を忘れてますよ
204人間七七四年:2008/02/12(火) 00:50:01 ID:lO1VnFR1
黒田勘兵衛の寝技が必要だったな。
毛利をどう扱ったかが見てみたい。
205人間七七四年:2008/02/12(火) 01:00:03 ID:67s1R5ud
>>203
大筒に勝成つめて本丸にぶち込めばすぐ終わっただろうな
206人間七七四年:2008/02/12(火) 01:16:25 ID:MfXJ84u+
>江戸城無血開城
水戸学のおかげだろ。
207水野スレから関係しそうな所だけ転載:2008/02/12(火) 01:17:20 ID:Y7VPUdIN
・大坂夏の陣
 大和の戦い ○ 水野勝成VS大野治房 治房軍は、奈良に勝成着陣の風聞に、四里退去。その後、追撃で数人討つ。
 道明寺の戦い ○ 水野勝成VS大野治長。大和口総大将は勝成だが、諸大名、特に伊達政宗はまったくいうことを聞かず、背後から鉄砲まで撃たれた。水野家臣河村新八郎が薄田兼相を討つ。勝成が自ら槍を持って後藤又兵衛、薄田兼相を討ったという伝説あり。
 天王寺・岡山の合戦 ○ 徳川家康VS豊臣秀頼。真田信繁の寄騎・大谷吉胤を討ち取る。明石全登を撃破。勝成家人の汀三右衛門が全登を打ち取ったという説あり。大坂城桜門に一番旗。
 家臣に下賜した名馬檜木が、伊達軍にあると知った勝成は、帰路、淀の橋に家中のものを置き、政宗の軍が通るのを待ち受けさせ、檜木を引いて通りかかった馬取り、付き添いの徒士まで斬り殺して、この馬を奪い返した。伊達からの抗議はなかったという。
208人間七七四年:2008/02/12(火) 01:31:21 ID:+Iqegrk1
鉄砲装備率が3割を超えた関ヶ原以降では野戦はランチェスターの第二法則の影響をモロに受ける。
夏の陣の豊臣方の善戦は評価するが、それは徳川方の補正もある。
豊臣を騙して内堀を埋めたから勝ったなどとはいえない。
だから、「真田の抜け穴」程度のしょぼい穴を大坂城を爆破できるような大穴に吹聴したり、
真田信繁によって切腹しようとした家康の逸話が作られたりする。
大坂、夏の陣は多少は徳川苦戦補正がかかっていたと思う。
それでも、毛利、後藤、真田の善戦はある程度事実とは思うけど。

問題は、冬の陣時点で何らかの大胆んな戦略をとれる方策がなかったかということだ。

209人間七七四年:2008/02/12(火) 01:33:48 ID:4yJYVd7a
冬の陣で(間違って)埋められた外堀をもう一回修復すればよかったんじゃね?
突貫工事で。
210人間七七四年:2008/02/12(火) 01:50:07 ID:+Iqegrk1
>>209
二の丸・三の丸が健在ならそれもありかも
でも、史実では二の丸・三の丸の掘も埋められているから
空掘りの外掘りだけ修復してもどうしようもないんだよな
211人間七七四年:2008/02/12(火) 01:56:01 ID:4yJYVd7a
あ間違えた、騙して埋めた内堀をだ。
212人間七七四年:2008/02/12(火) 02:12:18 ID:ccRghUuX
>>201
ってことはだ、やっぱり冬の陣から野戦で勝負をかけるべきだった、ってことでいいのか
213人間七七四年:2008/02/12(火) 02:16:13 ID:+Iqegrk1
>>211
内堀の修復は無理だとおもう
秀忠が泣き言いうくらいの難作業だったし

幅100メートル以上、地下水が湧き出て自然の水掘りになってたのだから

それが復活しても立て篭もれるのは1万〜2万くらい。
簡単には落ちないにしても逆転の可能性は少ない。

むしろ活路は徳川方の弱点にあると思う。
あくまでも冬の陣時点だが
決定的な弱点があった

何だと思う?


214人間七七四年:2008/02/12(火) 02:17:57 ID:+Iqegrk1
>>212

それも選択肢だと思う
でも、

そうでなくても方法はあるかも
215人間七七四年:2008/02/12(火) 02:19:31 ID:ccRghUuX
>>208
連スマソ。
ランチェスタググった。
これ、戦国時代の軍制、武士という職業、大名家という概念が関係ない以上
単純に適用するのは強引すぎないか?

ただし夏の陣でも勝ち目があると言いたい訳じゃない。
どうせ野戦するなら冬の陣なら5分とは言わなくても4分6分ぐらいでイケたはずだ。
差の1分は、命を惜しむ勝ち組と名を残したい負け組の士気でひっくりかえるんじゃないか
216人間七七四年:2008/02/12(火) 02:24:19 ID:QqE/EjBn
真田信繁はそれまでノーマークだったのに
いざ戦場に立ったら大活躍を見せてみんな驚いた、というのが、
誇張した伝説が残った要因のような気がする。

戦力としての計算は非常に難しい。
出せば何らかの手柄を立てるだろう、くらいのことしか言いようがない。
217人間七七四年:2008/02/12(火) 02:28:59 ID:ccRghUuX
信繁個人がどうこうというよりは、
昌幸→信繁と伝えられた真田軍法が
戦国最強と謳われた(実際どーだかw)武田軍法の流れにあるということと、
少ない兵力で大兵力をいなす戦術と用兵、
それに拠点防衛のノウハウが豊富にあったことは十分に評価できるんじゃないか

木村重成よりはよっぽど計算できるw
218人間七七四年:2008/02/12(火) 02:37:31 ID:cT/VYUBK
おんもにだすと道に迷うから野戦には使えないけどね
219人間七七四年:2008/02/12(火) 02:38:54 ID:+Iqegrk1
>>215
野戦で同じ条件であれば数が多いほうが確実勝てるという意味でランチェスターの法則
普通にどの状況でも適用できるだろう
できないというなら根拠をご開示願おう

>どうせ野戦するなら冬の陣なら5分とは言わなくても4分6分ぐらいでイケたはずだ。 
戦力同数ならそうだが、徳川の兵力は2倍以上だから相手の意表をつかねば勝機なし

要は普通の野戦では1%かそれ以下の勝率しか望めないということだ

しかし、徳川の弱点をつけば、かなり、勝ち目はあがる

220人間七七四年:2008/02/12(火) 02:46:52 ID:iKp/CMQp
>>216
真実かどうかはさておいて
狸は真田が大阪へ入城したと聞き「それは真田の親か子か?」と掴んだ障子が音を立てるほどに震えておりましたが真田の「子」の方だと聞いて落ち着きました。
てな話もあるしな。
出典は多分講談だったと思うけれど、よーするにその当時も取るに足らん相手だと思われていたって見方も出来る。
もっとも、全澄や盛親とは違って殆ど実戦に参加してないから評価のしようがなかったのかもしれんが。

実際大阪方の中では使える部類だったんでしょ、一部隊どころか出丸を預けられているワケだし。

そういえば、浪人衆以外に実戦経験豊富なヤツって誰か居たっけか。北川とか速水あたり?
221人間七七四年:2008/02/12(火) 02:57:52 ID:ccRghUuX
>>219
・野戦で というのはともかく
・同条件 というのはどうだろう
大坂方の浪人軍団は、一発かますぜ的な士気の高さがあり、
徳川方は平和ボケしている上、手柄をあげても十分な恩賞にありつけるとは限らない
戦国時代の再来を期待する集団と平和の到来を満喫している集団では練度も違うだろう。
つまり、士気と練度においてなにがしかの差があったわけだ。
その差をどう捉えるか、というのがひとつのポイントじゃなかろうか
また、外様に手柄を立てさせたくない家康としては、
主力は一門衆と譜代にせざるを得ない。
榊原は康勝、井伊は直孝、本多は忠朝、酒井は家次。
大坂方の実践指揮官は後藤、真田、ちょうそかべ(変換めんどい)、明石だろ?
ちょっと役者が違うだろ。
兵の練度、士気、指揮官の能力とくれば、これは同条件とは言いがたい
この時代の軍制が、大名家それぞれによって編成されていたことを考えれば、これはデカいんじゃないだろか

兵力の多寡の問題は小牧長久手で家康自身が証明している。

あとさ、弱点ってなんだい、もったいぶらないでくださいな
222人間七七四年:2008/02/12(火) 03:00:57 ID:ccRghUuX
自分の書き込み読むと司馬史観に毒されすぎワロタ
あとあげちまってすまそ
223人間七七四年:2008/02/12(火) 03:09:40 ID:67s1R5ud
別に幸村は役者が違うってほどの経験無いだろ
霧に迷って又兵衛を孤立させ殺しちゃったようなもんだし
死ぬ気ならある程度の損害出せるのはよくあることだしな
又兵衛は歴戦だが、いわゆる判官贔屓補正もだいぶ入ってる
色んなところを転々として、黒田長政のところにいた時
同じく水野勝成もそこへ転がり込むんだが並び評されるほどの評価
でも水野なんてマイナー
224人間七七四年:2008/02/12(火) 03:18:22 ID:+Iqegrk1
>>221
株式投資を本業としているので恣意的な判断は排除している
貴君の意見にバイアスをかけるつもりはない
そのうえであくまでの中立的に判断すれば、家康方の士気に不具合がある以上に
豊臣方にも不具合があるという判断をしている。
それに異議をはさもうがどうおもおうが、そこまでは関与しない。
あくまでも、局面局面において数的優位を得たものが勝つ確率が高いというだけ。
それに異議はあるだろう。でも、客観的にみた場合、そう考える人間の方が多いのは事実。
まあ定性的判断が必ずしも間違っていないのはみとめるよ。

>あとさ、弱点ってなんだい、もったいぶらないでくださいな 
普通に考えればわかること。。。徳川は薪不足で槍の柄までも燃やしたってな(勘のいい奴なら多分、このヒントで100%わかるはず)
225人間七七四年:2008/02/12(火) 03:42:37 ID:4yJYVd7a

徳川側の弱点ってなんだろう、わからない。

政治戦略的には、家康が死ぬまで責めさせる大義名分を与えないほど
平身低頭すればよかったんだろうが。
まー大阪城を出て奈良かどっか下って、母子は出家したふりするとか。
226人間七七四年:2008/02/12(火) 03:45:36 ID:4yJYVd7a

どんな形であろうが秀忠の代になって、太閤の遺児がまだ存命となれば
それだけで気運ができてしまうよね。そうすりゃよかったのにね。
227人間七七四年:2008/02/12(火) 03:47:15 ID:+Iqegrk1
>>221
意見の違いはあるにせよ気持ちのいい議論ができてありがとさん
もうねるけど、こころ残りだから徳川の弱点をいう

それは「補給」

もし、九鬼水軍が徳川に反旗を翻して向井(徳川)水軍の軍船を沈めたらどうなるかと・・・
・・・実際、徳川水軍はぼろぼろだったけど
九鬼水軍に唯一対抗できる(といっても半分以下の兵力)池田水軍を亡ぼせば
大坂に米を運ぶことは絶対に無理。
陸路だと必要最低限の米を運ぶことは当時の状況だとありえないし・・・はてさて。
228人間七七四年:2008/02/12(火) 04:46:57 ID:cT/VYUBK
東は琵琶湖淀川ラインがあるじゃん、つーかそっちがメインじゃね?
西は播磨のどっかに陸揚げして運べばいいし、九鬼さんがいくら強くても
そこまで制海権とれんべ
229人間七七四年:2008/02/12(火) 06:03:19 ID:+Iqegrk1
お前、脳みそ腐っているだろう
何故、大坂の役の時の補給港が堺のみの理由を考えたことある?
お薬のんで出直して来いW

230_:2008/02/12(火) 07:07:20 ID:Xn7Gk5Is
関東人の必死さにワロタ。
生物兵器より勝るものないわ。やはり>>153の方法が一番や。
231人間七七四年:2008/02/12(火) 07:13:51 ID:+Iqegrk1
>>230
天然痘の弱点は免疫のあるものに対しては効果なしなんだけど
お前はそのことに対してまともな答えを用意しているのか
まあ、あるわけないな 
232人間七七四年:2008/02/12(火) 07:35:59 ID:t13HugPG
>>227
嘉隆自刃の上に助かった九鬼家が、今さら大冒険するとは思えない。
毛利水軍系の方がまだ見込みありか?
補給の問題だが、京都を背後に控えている以上、ド田舎に全てを持参で展開している
のとは訳が違うと思う。商人通してなのでカネはかかりそうだが。
233人間七七四年:2008/02/12(火) 08:10:38 ID:+Iqegrk1
>>232
九鬼が豊臣の味方するはずないという大前提で大坂の役が起こったから当然
逆にいうと、九鬼が豊臣に寝返れば、大坂の役そのものが成り立たなくなる

>補給の問題だが、
大坂攻めの大名は徳川の命令で堺経由で陸揚げされた米を買っていたことくらい知っているだろう



234人間七七四年:2008/02/12(火) 10:09:29 ID:G0dNy8n4
>>196
あれは史料がわるい。本丸まで掘りぬくなんて、無茶いってたり、和議後に藤堂の坑道を見て大したことないといった山口休庵は大坂方(そんな奴に本物見せる訳が無い)。
大日本史料の藤堂家の史料は和議の日に総高フ門下まで掘り、後は吹き飛ばすだけとか。
まあ、旅順とは関係ないけど
235人間七七四年:2008/02/12(火) 11:04:28 ID:+Iqegrk1
>>234
それは逆

徳川にとってしょぼい狸穴をいかにもすごい穴にみせればメリットはあるが
しょぼくみせても何のメリットもない。これ当たり前。
しょぼくみせて、何のメリットがあるんだい?
真田補正も同様。

自分の手柄のようにみせようと藤堂が大法螺ふくのは当たり前。
さすがの旧帝陸軍もこの嘘くらいは見破っただけ。
わかる?
236人間七七四年:2008/02/12(火) 11:37:37 ID:F68wZ61k
夏の陣を見据えていたから手の内を明かさなかったとか?
237人間七七四年:2008/02/12(火) 11:42:44 ID:+Iqegrk1
>236
どうして夏の陣を見据えていたから手の内を明かさなかったのかい?
きちんと説明しろよ ぼんくら君w
238人間七七四年:2008/02/12(火) 12:25:39 ID:G0dNy8n4
山口休庵は高さと幅は説明してるが、長さは説明していない。
それに、何時和議が無効になるか解ったものではない。つまり、休庵ははめられたのかも。
後、坑道の史料は複数、異なる文脈で書かれてる。捏造の可能性は低い。
239人間七七四年:2008/02/12(火) 13:00:17 ID:ccRghUuX
>>237
おはよー。ずっとおきてたのかw

なるほど補給か。一理あるな。
海路を押さえている史実でも補給が滞っていたなら、それは明確な弱点だろうな。
しかも目前には冬将軍。20万の大軍が陣中で越冬かw

補給路を攻めることで優位にたつとするならば、それは持久戦への布石だろう。
すると、豊臣方にも補給の問題は出てくるな。特に篭城戦ならば。
米よりも弾薬だな。
集中的に火力を運用すれば城内に侵入することすら困難なのは歴史が証明してるが、
あのペースで火薬が持つのかね?
・・・ああなるほど、九鬼を押さえれば海上輸送が利くって事か。

あとは九鬼が寝返る理由付けか。
240_:2008/02/12(火) 13:23:05 ID:Z79nmurq
>>231天然痘の免疫があるやってごく限られてるわい。
生き残ったやつには、総攻撃で殲滅すればええ。数百やろ?せえぜえ。
はいはい、あんたの負け。

241人間七七四年:2008/02/12(火) 13:33:37 ID:5WDSX2BG
どんな合戦、戦争にも「補給を断てば勝てる!」と主張する人がいるけど、それが本当なら戦争で負ける国は無くなるんじゃないかな?
242人間七七四年:2008/02/12(火) 14:13:17 ID:iKp/CMQp
>>241
いかに補給を断つのが難しいかって事。
補給路なんていくつもあって全部把握する事がまず難しい。
仮に全てわかったとしてもそれを押さえるために尋常じゃない兵力が必要。
おまけにある程度の国力をもった国(戦国期なら城)なら完全に補給路を断たれてもしばらく平気で戦い続けるし、
備蓄なんかの関係もあるから効果が出るまでに時間が掛かるわけ。
大抵はそこまでやる以前に決着が付く。

鳥取城の餓え殺しみたいに周到な準備があって初めて出来ることであって、大阪方に出来るとは思えない。
輜重隊を襲って物資補給が関の山じゃないだろか。
243人間七七四年:2008/02/12(火) 15:03:06 ID:5WDSX2BG
>>242
良かった。ちゃんとものが分かってる人がいてくれて。
補給の途絶なんて、たいがいは天災に近いアクシデントか、完全に包囲されるかで、一番多いのは味方が予想外に勝ち進んだ結果、補給が追いつかなくなるってことですよねぇ。
「少数の兵で敵の補給路を断って〜」てのは銀河英雄伝説の悪影響なんかな?
それでなんとかなるなら、ポーランドの騎兵隊がナチスの戦車隊を抑えこめちゃうなww
244人間七七四年:2008/02/12(火) 15:31:37 ID:r/t/vwNB
豊臣家が幕府軍に勝利するってことは江戸幕府を滅亡させるってことでok?
245人間七七四年:2008/02/12(火) 15:40:40 ID:AQ6PrCFD
ここで聞くのもなんなんだけど、「和約に反して内堀を埋める」ってのを
どうして止められなかったのかね?子供のころから不思議だった。

浪人はあらかた暇を出したとはいえ、人足を脅すぐらいの武力は
あっただろうに。
246人間七七四年:2008/02/12(火) 16:06:33 ID:5WDSX2BG
>>245
出典が思い出せなくてスマンのだが……信じがたいが大坂方の首脳部は内堀を含めた全ての堀を埋めることを「条件に入れて」和議を結んだという話しがあるのだ。

城方の抵抗が無いとこみると、案外それが事実なのかも?
247人間七七四年:2008/02/12(火) 18:47:51 ID:PXxNWQeB
>>246
出典は林羅山の「大坂冬陣記」、崇伝の「本光国師日記」には本丸以外は破壊するとある。
二の丸、三の丸が大坂方の受け持ちというのは「大坂御陣覚書」
外郭だけというのは「翁物語」
堀を三尋の内、二尋埋めるとあるは「日本西教史」
「当代記」には本丸、二の丸はそのままで三の丸、総構を破却とある。

どうも、細かく積めずに和議を結んだ節が見られる。
248人間七七四年:2008/02/12(火) 18:57:33 ID:5WDSX2BG
>>247
ありがとう!
あなたみたいなお人がいるから、歴史板はすばらしい。
頭の中のモヤモヤが晴れました。


大坂方は今で言う「護憲派」みたいに戦力を放棄したら徳川は攻めてこないと、ちょっとぐらいは期待してたのかな。
249人間七七四年:2008/02/12(火) 19:35:46 ID:PXxNWQeB
別に大した事ではない。この記事は総て「大日本史料」からのだし、「大日本史料」は
http://www.hi.u-tokyo.ac.jp/index-j.html
の「データベース検索」を通じて無料で閲覧できる。

インターネット社会万歳!!
250人間七七四年:2008/02/12(火) 21:33:20 ID:Lzv3pDsh
どこかの城を攻め落とし、多量の火薬を兵糧につめ、城と兵糧を放棄、家康が来たら
忍びに火をつけさせて大爆発させるのはどうでしょうか?そして徳川軍が
混乱している最中に、ドラや太鼓を鳴らし、四方から突撃すればいいのではないでしょうか?
この手は、孔明が曹軍の侵攻を受けたとき、新野城へ誘い込んで行いました。
251人間七七四年:2008/02/12(火) 21:47:55 ID:5WDSX2BG
いっそそれを大坂城でやってみればどうだろ?
252人間七七四年:2008/02/12(火) 22:21:40 ID:ZvktQKpK
補給がどうとか先代がどうとかこの時の大阪側の発想ってまんま秀吉に囲まれた時の氏政と同じに見える。

因果応報というか・・なんか切ない。
253人間七七四年:2008/02/12(火) 23:29:09 ID:5WDSX2BG
負ける側は古今東西みんなそんなもんです。
そういうのはお嫌い?
254人間七七四年:2008/02/12(火) 23:34:33 ID:cT/VYUBK
>>250
家康が入城する可能性の高い城じゃないと成立しないし
家康自ら奪回に来るとは思えんし家康が来るまで兵を伏せて置けるかどうか、

かなり条件は厳しい
255人間七七四年:2008/02/13(水) 01:00:05 ID:vOEVOvgh
というか、総大将の家康が元敵の城へ真っ先に入城するという想定がありえん。
まず配下の者が制圧(安全確認)にかかるだろ。
256人間七七四年:2008/02/13(水) 02:11:33 ID:ctjERmHD
家康暗殺ってのは試みなかったのかね?
杉谷善住坊以来、織豊徳に暗殺ってあんまりやられてないよね。
佐竹義重とかは用心していたんだし、ありえない事はないはずなのに。
257人間七七四年:2008/02/13(水) 02:54:12 ID:B/4MAzrr
それを最大限考えるのが、あなたの役目ですよ。例えば、家康でも
喉から手が出るほどほしい茶器をおいておびき出すのも手でしょう。
千姫を縛り付けておけばとんできますよ。
まさか兵糧に火薬が入ってるなんて思いませんし。
258人間七七四年:2008/02/13(水) 08:23:54 ID:Sb4uQUYa
>>256
試みてるだろうが失敗する以前の問題でノーチャンスだったんじゃね

>>257
茶器奪取・・・古田織部
千姫救出・・・坂崎出羽
家康自らでばらんでも適材がいまんがな
259人間七七四年:2008/02/13(水) 11:42:52 ID:mmjsQ43E
>>257
きみの地方では家康はスズメと同じ扱いなのか?
260人間七七四年:2008/02/13(水) 15:31:26 ID:mmjsQ43E
三方ヶ原の戦いに日活ロマンポルノ撮影隊送り込んでさ、家康の恥ずかしい姿を撮って、大坂の陣で
「家康一人で来ないとこの脱糞動画をネットでイスパニアやエゲレス、オランダにまで配信する!」
て脅せば、さすがに本人が来るんじゃないかな?

エロ小説なら、女教師も人妻もだいたいこの手にかかるから、元・征夷大将軍ぐらいイチコロだよ。
261人間七七四年:2008/02/13(水) 19:58:20 ID:AhvcBxiR
>>259
ワラタ
262人間七七四年:2008/02/13(水) 20:32:28 ID:gWmfjjA/
家康に天ぷらを送る
263人間七七四年:2008/02/13(水) 21:25:59 ID:mmjsQ43E
>>262
その手があったか!
264人間七七四年:2008/02/13(水) 23:46:54 ID:HDWZYu+S
呂布が下ヒの城で曹軍十数万に包囲されましたが、呂布の軍師、陳宮が掎角の計を用いるよう進言しました。
城外、城内の味方で呼応し、包囲軍を挟撃する策をいいます。(鹿の角を挟撃により捕獲することから来ました)
 まず、大坂方の兵力10万を5万ずつに分けます、城外の5万と城内の5万です。旗やかかしを用いて、
大坂に10万の兵力が籠城しているように見せます。応戦も矢をあっちこちに放ち、大群が応戦しているように見せます。
夜陰に乗じて、和歌山や奈良にに潜伏していた城外の兵力が、2万五千は紀州街道、他の2万五千は奈良街道を
伝って、家康の本陣茶臼山と秀忠の岡山を背後から急襲します。そうすれば、真田丸に殺到していた
徳川の主力は、城外組みに兵を向けてくることでしょう。そのときに城内の兵が、うってでて背後を襲い
突破したその勢いで岡山、茶臼山を表から攻めます。そうすることで、城外組みと城内組みの挟撃作戦が行われ、
家康と秀忠の退路を塞ぐことになり、2人合わせて討ち取ることができると思います。
265人間七七四年:2008/02/13(水) 23:51:43 ID:0X/snWl5
2.5万の兵とかモロばれだろ
斥候とかバラまいてない訳がない
266人間七七四年:2008/02/14(木) 02:26:19 ID:i9r7zXh3
>>264
大阪城はスパイだらけなんで、大規模な軍事行動は秘匿できないと思って……次の三國志ネタを頼む。
私も好きだぞ、三國志w
267人間七七四年:2008/02/14(木) 02:54:04 ID:8eHJuonm
というか、考えれば考えるほど大坂方の勝利ってありえないぜ…

関ヶ原ならいけるとおもうけど。
268人間七七四年:2008/02/14(木) 03:10:16 ID:J/pfFI5l
勝利と言えるレベルだと、現状維持で生き残りが最低ラインになるかな
269人間七七四年:2008/02/14(木) 06:00:22 ID:cPh6QYCD
秀頼がお母さん背負って敵陣突破して、同盟相手に送り届ければアホ親処理できて一石二鳥だぬ
 で…だれが同盟結んでくれるかな〜?
270人間七七四年:2008/02/14(木) 07:50:46 ID:QM5U6wLg
>>265
織田軍5万が、七尾城救出に向かったとき、謙信は、織田側の斥候を
全て始末しました。そして、まだ七尾城攻略中だと思っていた柴田勝家が
手取川を渡った瞬間、なんと目前に謙信の3万の軍勢が待ち構えていました。
また、長篠の戦いで、織田側は、守備構築を把握されないよう武田側の
斥候をすべて弓で射殺しました。織田軍の守備構築をしらない武田側は、
そのまま突撃を行い結果はご覧の通りです。情報操作は可能といえば可能です。
>>266 どうもです。包囲軍殲滅に三国志は参考になりますね。
271人間七七四年:2008/02/14(木) 08:15:20 ID:HG6lwr7r
手取川の頃の上杉も、長篠の頃の織田も、
内通者がボロボロ出てくるほど勢いの落ちた家じゃないんだが。

情報統制をするには情報が漏れないことがまず第一条件であって、
統制を行う側の統制が取れていることが必要になる。
織田有楽みたいな上層部が内通してる状況で可能とはとても思えん。
272人間七七四年:2008/02/14(木) 10:26:09 ID:i9r7zXh3
>>270
冬だと大坂方は織田有楽斎を斬れない。

夏だと空になった大坂城をおとされたら終わり。戦闘=戦争ではありません。

真田にしても後藤にしても、野外における万単位の軍勢を指揮した経験が無く、夏の戦場における奮戦をもって軍団の野戦行動にも長けていると思うのは早計。
軍事においてもっとも難しいのは、戦闘の指揮よりも戦場に軍団をもって行くこと。

オマケ。
日本の戦争で包囲戦が少ないのは、平野が狭く、山や河川がいりくんでいるので、包囲する前に不利な側が脱出してしまうから。
中国はだだっ広い平野が続くので、大軍の機動が容易なのです。


というわけで、もういっちょ三國志ネタいこうぜ!
273人間七七四年:2008/02/14(木) 11:44:21 ID:J/pfFI5l
>>270
細かい内情がわからなかっただけで敵が居ることはわかってるんだよね
264の戦術を成功させるには、居ないことにしないとあかんのですが
274人間七七四年:2008/02/14(木) 12:25:00 ID:16u9/V35
秀頼と千姫が

真田丸で矢倉を組んで公開SEX

家康が激怒して本陣からのこのこ出てきた

ところを鉄砲100丁で一斉放射。

家康死亡で徳川軍瓦解。

どうだ!すげえ策師だろ?俺天才軍師!
275人間七七四年:2008/02/14(木) 12:28:48 ID:i9r7zXh3
ついでに激怒して出てきた淀の方も撃て。



秀忠はどうする?
276人間七七四年:2008/02/14(木) 13:04:52 ID:3n+FGgM+
3P
277_:2008/02/14(木) 13:57:55 ID:TbS+O6Io
徳川20万というても、関東人が多いでっしゃろ?
関東人は、家康に似て腹黒いし、見かけ倒しも多いわ。
なんかつくってるっていう感じやな。つくってるぶん中身は脆いわ。

単純に城外で戦ったら勝てんのちゃうん?10万対20万やろ?
1人で2人倒せばええやん。
淀はんが野戦に反対したから、せえへんかったけど
方法なんて単純やと思うで。
278人間七七四年:2008/02/14(木) 14:18:09 ID:i9r7zXh3
大坂の兵隊はもっと弱い。
「またも負けたか8連隊」と万葉集にもうたわれておってだな…
279人間七七四年:2008/02/14(木) 14:23:54 ID:e4EU+IDx
まあ、それでもドンゴリ伊達よりはマシだけどな。
280人間七七四年:2008/02/14(木) 17:31:47 ID:0epHQASu
伊達は見掛け倒しの代名詞だからな

伊達男=ちゃらちゃらした中身のない男
伊達めがね=度の入ってないめがね(タレントだとレンズ自体入れてないことも)
ニューガンダムは伊達じゃない!=ニューガンダムは見掛け倒しじゃない!
281人間七七四年:2008/02/14(木) 19:15:04 ID:MmuKiCjr
まずは家康を討ち取ることが絶対条件だね
それができなければ可能性0
282人間七七四年:2008/02/14(木) 20:30:35 ID:EnvdoEqQ
出来ることなら秀忠も討ち取りたい。
283人間七七四年:2008/02/14(木) 20:55:15 ID:J+Of9PKA
出来ることなら結城秀康を味方にしたい。
284人間七七四年:2008/02/14(木) 21:00:18 ID:yp3du3ED
家康は鷹狩りばっかやってたわけだから、スナイパーでも差し向ければ
いくらでもヒットできたろうにね。
北朝鮮のように関東に入国が難しいわけじゃないし。
285人間七七四年:2008/02/14(木) 21:02:20 ID:0epHQASu
家康はちょっと危ないなと思ったらすぐ引くし
高齢の癖に馬に乗れるから正面から突っ込んでも無理だろうな
秀忠は踏みとどまって奮戦するような奴だからなんとかなるかも

大御所は寿命を待って、将軍を潰せば相当有利っぽい
286人間七七四年:2008/02/14(木) 21:04:41 ID:0epHQASu
>>284
まぐれで当てるならともかく
鷹狩って弓や鉄砲で命中率の高い位置までは近づけないと思う
287人間七七四年:2008/02/14(木) 21:08:16 ID:blyOQs5L
よく言われることだけど、恩顧の大名がばたばた死ぬ前の7年ぐらい早くか
家康が死ぬ2年ぐらい遅くにやるべき。

恩顧の大名が死んで家康が生きているなんて最悪のタイミング。
288人間七七四年:2008/02/14(木) 21:11:39 ID:EnvdoEqQ
家康の年齢が良く言われるけど、秀頼の年齢について言及しないのはアンフェアだぜ。
もっともそこに言及しちゃうと、詰みだけどな。
289人間七七四年:2008/02/14(木) 21:13:32 ID:yp3du3ED
>>296
いや、呑気にしょっちゅう外でフラフラしてるわけだから、誰かが狙撃しようと
思えばいくらでもできたってことです。
ただ、そんなやり方で消えてもらっても美しくはないし汚名を着るから
戦国の人は思い及びもしなかっただろうけど。
幕末では要人テロは当たり前になるけどね。
290人間七七四年:2008/02/14(木) 21:45:38 ID:F/T5dtf9
祖父も親父も暗殺されてる家康が警戒してないわけないわな
291人間七七四年:2008/02/14(木) 22:44:51 ID:PAtiu8cG
家康が秀頼を殺そうと考えたのは、1611年の二条城で初対面をした時だったと聞きます。
威風堂々とした秀頼の姿に、家康は将来の危険性を感じ、これが大坂の陣の引き金となりました。
もし、ここで秀頼がアホのボンボンを演じていたら、大坂の役はおきなかったかもしれません。
これは、漢楚の時代の鴻門の会と同じです。もし、劉邦がアホを演じていなく、
威風堂々とした姿を項羽へ見せたら、間違いなく項羽の剣は劉邦の頭を割っていたでしょう。
劉邦がアホを演じることで、范増の忠告あるも、こんなやつをころしたら笑いものぞと
殺しませんでした。大坂の役よりも圧倒的不利な状況下でも天下を取った劉邦と
秀頼の差を感じるところでもあります。
292人間七七四年:2008/02/14(木) 22:56:19 ID:J/pfFI5l
劉邦は自分に権利のある関中の支配をも放棄してるしな、
大坂を退去するとして秀頼にとって雌伏する蜀巴となる地はどこになるだろう
293人間七七四年:2008/02/14(木) 22:59:09 ID:DIBKWWAx
>>292
九州だろ。入り口の漢中が長門・周防になるかな。
ここを毛利が押さえてて、その先に外様の雄藩島津。
幕末の勢力図だよな。つっても九州は豊臣には厳しいかな。
294人間七七四年:2008/02/14(木) 23:59:26 ID:VKn/RyhW
>>292
項羽と戦うことを決めてからは関中を放棄していない
関中に蕭何丞相が居続けた
295_:2008/02/15(金) 00:40:23 ID:J3Vo3gWC
松前藩に大坂で住んでもらって、蝦夷へいけばええ。蝦夷共和国樹立や。
幕府のご法度は西の大名に厳しいさかい。東なら軍備進められる。
296人間七七四年:2008/02/15(金) 00:41:32 ID:q89sU59a
それはさすがに家康も文句のつけようが無いなw
297人間七七四年:2008/02/15(金) 00:51:35 ID:WUTtBtyS
国替えの候補地は最初大和あたり、
夏の陣の前には房総じゃなかったっけか
298_:2008/02/15(金) 01:24:35 ID:J3Vo3gWC
そやけども大丈夫や。蝦夷へ行って榎本武揚、土方歳三率いる
幕臣を迎え入れるよう、国作りに励みますわというたら家康に感謝
されるやろ。蝦夷には大いなる資源があるさかい、強大な国に
なってたと思うで。
299人間七七四年:2008/02/15(金) 08:53:36 ID:c5DakDmS
>>298
300人間七七四年:2008/02/15(金) 12:19:26 ID:UqXvXlBn
漢軍3万、楚軍40万以上、逆立ちしても勝てないわな。しかし、陣営を見ると。。。

劉邦陣営 = 韓信、ショウカ、張良、ハンカイ、夏候嬰、曹参、陳平、周勃、王凌

大阪方陣営 = 真田、後藤、明石、大野、毛利、木村、長宗我部、速水

むむむ。。。中国人シンパを抜きにしても、大阪方の小粒感が歪めない。。。。
逆にこいつらがいたら、家康の方広寺問題は、家康が論破されていただろうな。
項羽のハンゾウは、劉邦を殺す理由を度々作ってたが、こいつらがことごとく
覆してたもん。戦争には大義名分が必要、だから大義名分を作らせないように
論破していった劉邦陣営の存在は大きかったと思う。
301人間七七四年:2008/02/15(金) 21:59:31 ID:3iQ0Vsf2
>>300
何よりも大阪方には全権を任された有能な大将軍が居ないじゃん
大阪方に如水か昌幸がいれば
302人間七七四年:2008/02/15(金) 22:08:14 ID:yUbiVadA
若い頃の秀吉と蜂須賀正勝が大坂城に入っても勝てないかな?
この絶望的な状況で徳川とどんな戦いするのか見たい
303_:2008/02/15(金) 22:42:07 ID:8KqNaEKJ

日本人は平地戦ではなく、山岳戦に強い。理由は>>272の通り平地が狭いからだ。
真田昌幸の兵、吉川元春の兵は山岳戦最強部隊として有名だった。逆に信長の尾張の兵は、
平地戦最弱部隊として有名だった。つい最近の調査で、長篠の戦いは、鉄砲と柵ではなく、
武田兵を山岳戦で、一隊ずつ誘き寄せてから倒していったことが証明された。徳川も上田城の
ように山岳地帯に一隊ずつ誘き寄せてから倒したほうがいい。
304人間七七四年:2008/02/16(土) 06:54:55 ID:8TPP3qkE
秀吉なら絶望的な状況になりかけているときに
手をこまねいて見ている事はないと思われ。
305人間七七四年:2008/02/16(土) 11:23:00 ID:NhRlYrSZ
>>302
家康の草履をふところで暖めるに決まってんじゃん。
306人間七七四年:2008/02/16(土) 11:29:42 ID:fYmOw4aa
>>302
親族全員質に送ってでも講和
307中間発表:2008/02/16(土) 11:32:57 ID:yAT5P/R7
BEST1 天然痘を使う。           >>153さん 有難う。うまくいけば、1人も死なずに倒せますね。 
BEST2 戦力が整わないうちに野戦で迎え撃つ。>>197さん 有難う。主流の考えですね。 
BEST3 蝦夷へ国替             >>295さん 有難う。蝦夷なら家康は手出しできませんね。漢中のようです。

ワースト3 家康が死ぬまで待つ。もしくは暗殺。 (家康が死んで収まるのなら、260年も幕藩体制は続かんちゅーの。それに淀君の考えと同じでしたからばつ)
ワースト2 補給を断つ。 (手負いの猪でしたから、自滅もんでしょう。)
ワースト1 スペイン無敵艦隊と同盟。(いうに及ばず。)

論外4 ガトリング砲で徳川倒す。
論外3 自衛隊が来るのを待つ。
論外2 秀頼がガンダム乗る。
論外1 魔人ブウ雇う。

まだまだ書き込み期待しております。  
308人間七七四年:2008/02/16(土) 13:05:24 ID:NhRlYrSZ
「家康が死ぬのを待つ」ていうのは、この問題に対する枕詞みたいなもんだから、そこを指摘してもなぁ(笑)

待てるんなら260年待ちたいぐらいだし。
309人間七七四年:2008/02/16(土) 13:13:26 ID:uwwzIa8e
旧大陸で天然痘が武器になるって馬鹿じゃないの
310人間七七四年:2008/02/16(土) 13:17:36 ID:NhRlYrSZ
>>301さんが「如水か昌幸がいたら」と書いてたけど、そのクラスの大将がいたら、打つ手は二つ。
外国に落ちのびるか、逆に外国の軍勢を引き込むか。

落ちるのは豊臣首脳部がウンといわないだろうからダメだろうし、そうなると明の軍勢を引き込むことになるが…
最悪だと日本は中国の一部になってるか、よくても東南アジアとそっくりの歴史的運命を辿るんじゃないか?

俺は、徳川が関ヶ原後14年もかけて豊臣を滅ぼしたのは、明を介入させない為に体制を整えていたと推察してるんだが。

如水や昌幸を売国奴にしたくないんで、死んでてくれて良かったよ。
311人間七七四年:2008/02/16(土) 13:36:07 ID:8uKlZeQ2
>>310
当時の外国に、日本に喧嘩売るバカも売れる戦力もねえよ。
明は末期で海外になんて手を出せないし。それから30年後には滅亡だぞ。
欧州列強連合艦隊でも呼ぶかw。それでも上陸戦になると無理だろな。
312人間七七四年:2008/02/16(土) 13:45:45 ID:F2qf1LpC
欧州列強連合艦隊で、主力艦300隻に海兵。計3万ってとこか。
輸送は無理だろう、喜望峰を回る前に全員飢え死ぬな。
それで日本に辿り着くのが幸運にも250隻・2万人くらいで、
馬も鎧も無い軽装の銃兵が2万で食糧は現地調達、九州大名相手にも勝てないな。
313人間七七四年 :2008/02/16(土) 13:55:32 ID:63s2QDg8
>>310 ワースト1入り。喜べw
314人間七七四年:2008/02/16(土) 15:18:52 ID:NhRlYrSZ
明が30年後に滅びたのは事実だけど、当時の人はそんなこと知らないんだから要請はしかねないと思うよ。
もし徳川に不満を持つ大名が現在で思われてるより多かったとしたら、その状況を利用しないかな?
一致協力して撃退となるか?

なんせ野外決戦なんかしたって、万に一つの勝ち目も無いんだし。
誰が欧州なんか呼べと言ったw
315人間七七四年:2008/02/16(土) 16:07:20 ID:1FAmzVOf
秀頼が征西将軍宮みたいに九州に拠り、頑強に抗戦する態勢を整えることが
できれば、派兵は無理にしても何らかの支援は期待できたかも。
とにかく大阪にいては何もできん。
316人間七七四年 :2008/02/16(土) 17:07:03 ID:IdXxRseK
>>314
312さんは、当時の軍事上の航海技術では無駄ということを言っているんじゃないかな。
中国でアヘン戦争が起きていたら状況は変わったかもしれん。
何せ英軍が、中国まできてるなら航海技術も大分発達しているだろう。
外国の利用は、あと200年はまたないと。。

私見としては、外国の軍事利用はありえないと思う。あくまで貿易ぐらい。
西南戦争時は、西郷も新政府軍も、1830年のアヘン戦争の例を挙げ、英軍が内乱の隙に
国土を侵略することを心配していた。その為、両者とも兵糧攻めや長期戦が行われず、
早期決着という暗黙の合意がなされた。(その為両者に大きな犠牲者がでた。)
つまり、アヘン戦争が起きたとしても、豊臣は外国に滅ぼされるなら家康に倒されて
本望と考える可能性が大ということになる。
317人間七七四年:2008/02/16(土) 18:34:02 ID:SPun1AKp
本当に戦術面だけで、大坂方が勝つ戦術を過去の戦例から考えてみる。

中国戦史で最大の城をめぐる戦いで、かつ大逆転劇といえば、まちがいなく、後漢初期の昆陽の戦い。

戦いまでの経過は次の通り。

南陽で叛乱軍(彼等は漢を名のった)が起こり、首都の宛を攻撃。この鎮圧のために、新の王莽は、四十二万の軍勢を送る。
叛乱軍は南陽のほぼ九割を鎮圧し、さらに隣の潁川まで進出したが、肝心な南陽の首都・宛だけは堅く守って落ちず、
叛乱軍主力は、宛に釘づけのまま。
その状況で、新軍四十二万が南陽と潁川の国境まで到着。叛乱軍の一部が、逃げ遅れて昆陽城に立て籠もる。
劉秀は、この時点まで劉秀は全くの無名であり、将軍でもない。
彼は潁川にあり、敵の大軍にびびって、他の将軍とともに昆陽まで逃げる。が、ここから先は逃げようもないので、
必死に知恵をしぼり、生き残る策を考えた。
味方の武将のなかには逃げ出すものが多数あり、決して一枚岩ではなかったが、ともかく行動することで、事態を打破するしかないと思ったのだ。

昆陽の城そのものは、南陽と潁川と区切る山岳地帯の入り口にあった。本来なら、無視すべき小城だが、新軍を率いる王邑は、
小城とはいえ、背後を抑えられるのを嫌って、四十二万という未曾有の大軍で昆陽城を攻撃。
いっぽう、城方の兵力は七千。絶望的な兵力差である。

このとき、劉秀がたてた作戦は以下の通り。

まず劉秀、城の守備を王常という将軍に頼み、自分はわずかな兵力(十三騎だったという)で夜間にこっそり、城を脱出。
それから、潁川の都市をまわって、莫大な恩賞を約束して、決死の士を募った。
もっとも、どう考えても勝ち目のない戦いだったため、集まったのはわずか一千人ほどだったという
(それでも、世の中に絶望し、いちかばちかに賭ける男がそれぐらいいた)
この一千を率いて、山づたいに、昆陽城を囲む敵の一隊に奇襲をしかけた。
敵部隊が大軍であり、機動力が鈍いことを上手く利用し、敏捷に動き回って、大きな打撃を与えた。
劉秀は、
「大勝利」
と喧伝して、山へ逃げる。
318人間七七四年:2008/02/16(土) 18:34:47 ID:SPun1AKp
もっとも、四十二万まの軍からすれば、たかだか四千、五千の小部隊を失っただけである。
新軍の大将である王邑も報告はきいたが、
「劉秀?しらんな」
と大して意を払わなかった。
彼は、自軍が大軍でありすぎるため、そのような小勢にたいして、いちいち注意を払うと、
布陣が乱れて、よけいな混乱がおきると考えた。
むしろ、
「ちょこちょこと敵の遊兵がでても、陣を勝手に動かすな」
と王邑は各部隊に通達した。

いっぽう、一仕事おえて、山にかくれた劉秀。
彼のもとには、昼間の劉秀の戦いぶりをみて、感動した男たちが、
「本当にやりやがった」と、さらに合流。
兵力は二千から三千ほどになる。
当日は雨。
夜になって雷まじりの真夏の暴風となる。昆陽一帯は三本の川が交差するように流れており、水はけが悪い。
案の定、夜になって、川が氾濫しはじめる。
ただし、新軍の大将の王邑は地形をよんでおり、昆陽城の北西にある小高い丘の上に布陣したため、水の心配はない。
丘は西を昆水という大きな川、ほか二つは崖地であり、東がわが昆陽城にむかっている。
本陣兵力についての確かな記述はないが、全軍の規模からしても、二万ほどかと推定。

その夜、劉秀は二千ないし三千の兵を率いて、ひそかに山地を移動、暴風雨に苦闘しつつ、城の西、すなわち敵本陣の西へとまわりこむ。
そして、死を覚悟で、増水した昆水に馬を乗り入れ、一気に王邑のもとへと突撃した。
またもや奇襲であった。

夜間に山道を抜け、増水した川を渡るなどという想定外の攻撃に、王邑は大混乱に陥る。
しかも、劉秀はもう一つの策が用意していた。
ひそかに敵陣にしのびこませた多数の間者によって、
「南陽の首都が落ちた!叛乱軍の主力が雨中、こちらに向かっている」
といわせたのだ。
これで、城の南、南陽方向を背にして布陣した新軍に大きな混乱がおきた。
このなかで、さらに衝撃的な事実、「本陣が襲われている」という報が他の部隊にも伝わったものだから、
新軍各部隊の動揺ははかりしれない。
命令違反をしてでも、本陣を救おうとするもの、あくまでも持ち場を維持しようとするもの、味方同士の部隊と激突がおこりはじめた。
、↓
さらに、この状況をみて、王常ひきいる昆陽城兵七千が、ここぞとばかりに外へ打って出た。
これがすばらしくナイスタイミング。
指揮系統が混乱しているうえ、しかも暴風雨と増水した川によって、新軍はまともな応戦ができない。
そのうち、劉秀がついに、本陣を壊滅させる。敵大将の王邑は逃げ、副将は劉秀らによって討ち取られるという報告が伝わる。
総大将の敗走をしって、愕然とする新軍四十二万。
一斉に逃走が始まる。
退路をめぐって同士討ちまではじまり、ついに軍は壊滅。
戦いは、叛乱軍の勝利に終わった。


・・・ってだれか、これを大坂城にあてはめて、
 地名もあらため、東西の各武将の名前いれて、シミレーションしてくれんかなー。
 川水が多い、山岳地がある、という点は似ているとおもうけどな。
319人間七七四年:2008/02/16(土) 18:36:32 ID:lfr56C8V
仮に奇跡的に家康と秀忠討ち取ったとしても、まだ徳川にアドバンテージがあるよな。
やっぱ土下座して小大名として明治維新を待つのが良かったのかも。
320人間七七四年:2008/02/16(土) 18:44:47 ID:o8Of/5bN
カリスマ家康を戦場で討ち取ったら凄い衝撃がありそうだけど
豊臣関係なしに反旗翻すのも出てくるかも?
321人間七七四年:2008/02/16(土) 18:56:41 ID:gAU1Ilbe
>>317
密かに大坂城を出て仲間を集めるって無理じゃないか?
城を出た時点で監視網にひっかかるだろ。
街道も封鎖されてるだろうし。
322人間七七四年:2008/02/16(土) 19:09:54 ID:lfr56C8V
>>320
損得勘定のできる奴ならそれは無いだろ。江戸に人質いるだろうし。
仮に夏の陣凌いだとしてもその先のプランが無い。
323人間七七四年:2008/02/16(土) 19:37:42 ID:RalXqiV9
>>319
意外とわかんないよ?
桶狭間の合戦直後はまだ今川にアドバンテージがあったがあの有様だし

特にこの頃には家康とともに幕府を作り上げた連中は大抵死んでるから、
残った小物だけで体勢を立て直すのは難しいと思う
秀忠も死んだと仮定すると、担ぎ上げるのは子供の家光しかいないしな

そうこうしてるうちに今川に武田が食いついたように、伊達あたりに蚕食されるのがオチ


>>322
損得勘定のできる奴は人質ごときで機会を逃さない
324人間七七四年:2008/02/16(土) 19:57:15 ID:fYmOw4aa
親分の仇討ったもんが遺産配分の主導権を握る、

空気読めない豊臣担ぐより江戸幕府執権狙う方が易いかな
325人間七七四年:2008/02/16(土) 19:59:26 ID:QtMumkc5
>>323
>家康・秀忠が死んで…

そのときのための水戸家や尾張家だからして。越前もいるし。
まあ家光だろうけど。
家臣団も本多正純、土井利勝、酒井忠世あたりの優秀な人物が
生き残れば特別揺らぐことはないかと。
かえって打倒豊臣氏で一枚岩になるかもよ。
326人間七七四年:2008/02/16(土) 20:04:29 ID:lfr56C8V
>>323
仮に伊達あたりが台頭したとしても豊臣に味方するとは思えない。
最も政宗程度にその力があるとも思えない。あるとしたら前田か。

地方大名の今川と幕府開いた後の徳川を比べるのはちょっと無理がある。
でも譜代の内紛で本能寺後の織田家状態になることは考えられるな。

まあ家康と秀忠が双方討ち取られるって前提がかなり無理があるんだがww
327人間七七四年:2008/02/16(土) 21:42:38 ID:AG5nuUuB
>>318
全部読んだが、これは桶狭間の参考にはなっても大阪の役の参考となるかどうか。
あえて語るなら、真田信繁の突撃が冬の陣の最初に行われて、信繁もそこで死なずに
徳川方がこれを恐れて退いて長期攻囲、これを聞いた遠国の外様が幾つか叛旗。

伊達や島津が国に取って返して兵を挙げれば、少なくとも十数年は戦国乱世が続くだろう。
328人間七七四年:2008/02/16(土) 22:36:45 ID:yQPe2FfG
>>318 人間の心理を巧みに利用した作戦ですね。『いつでも倒せるからあせることはない』
という心理につけこませたところが大勝の原因だと思いますよ。この心理を利用した人は
韓信ですね。井ケイの戦いで、趙にわざと負け、河岸に陣を張った、すると趙軍は、
『これならいつでも倒せる』と思い、城で遊びながら漢軍を攻撃、背水で漢軍の
頑強な抵抗にも『いつでも倒せる』と思い続け、ある日城へもどったら、漢の旗が
翻っていた。どうでしょう、和歌山の海岸で陣を張るのは?そして別働隊が船を使い
三重を経由して尾張の城を落とすのは?
329人間七七四年:2008/02/17(日) 09:22:53 ID:UngrNSiQ
冬の陣の「騙され講和」を、史実とは逆に最初から大坂方が利用するのはどうだろう。
浪人衆を名目だけ解雇しといて、徳川が内堀を埋めだしたらいきなり兵をあげて秀忠を急襲。
討ち取ったら、そのまま家康のいる京に攻めこんでこれを討つ。
かなり運が良くないと成功しないだろうけど、うまくいけば軍事を主導できる人材がいなくなるから、豊臣の寿命が延びないかな?

330人間七七四年:2008/02/17(日) 09:38:12 ID:UngrNSiQ
>>318
この話しのポイントは「相手が油断した」ことではなく、「人が次々と集まってくれた」ところにある。
豊臣政権は無謀な外征とそれを支える高額納税義務で、民衆から支持を失っていたと見るので、肝心の兵が集まらないのではないか?
史実で大坂城に集まった兵力が、豊臣家の期待できる限界値であって、この他にアテにできる潜在戦力はないと推測する。


面白いけどね。
331人間七七四年:2008/02/17(日) 09:43:26 ID:CeD+QhTB
もともと和睦に応じたのは淀君の方だ。嫌戦気分からな。
幸村が家康暗殺を持ちかけたが、蒸し返すなと激しく怒られたという。
淀君がそんなこと許可するとは、考えられん。
332人間七七四年:2008/02/17(日) 09:46:50 ID:UngrNSiQ
>>331
そこは無理からでも「した」と考えてくれ。
豊臣首脳部が史実通りだとしたら、軍事行動での全ての仮定がなりたたない。
333人間七七四年:2008/02/17(日) 14:49:34 ID:nQuDQIpx
>>329
ものすごい勢いでみんなが知ってる秘密の作戦になってしまいそうだな

334人間七七四年:2008/02/17(日) 14:53:59 ID:uF2zq1gd
西南戦争での薩摩と
大阪の陣での豊臣では
どちらの方が勝つ見込みが有ったんだろう?
335人間七七四年:2008/02/17(日) 15:10:30 ID:dtEBn+UV
>>334
西南戦争に一票

西南戦争前は不平士族の反乱が頻発してたから、戦況次第では他の場所での蜂起があったかも。
大阪の陣は奇跡的に勝ててもそこから先の展開が無い。

どちらも奇跡的な勝利が必要なんだが
336人間七七四年:2008/02/17(日) 15:29:39 ID:UngrNSiQ
薩摩に2票目。

局地戦の勝利が波及する可能性に掛けられる。
337人間七七四年:2008/02/17(日) 15:35:07 ID:UngrNSiQ
>>333
ほんとは俺も、有楽がいる限りどんな軍事行動も秘密ダダ漏れだとは思うけどさ。
338人間七七四年:2008/02/17(日) 16:18:56 ID:dtEBn+UV
天守閣に秀頼のみ残して全員退避、門も全開

秀頼は天守閣で琴を奏でる

家康、何かの罠と思い込む

徳川方全員退却
339人間七七四年:2008/02/17(日) 16:26:30 ID:NXA0Wo6V
一方、水野勝成はチャンスとばかりに突進した
340人間七七四年:2008/02/17(日) 16:38:34 ID:UngrNSiQ
びっくりして家康が死ぬかも!
いい策だ!
341人間七七四年:2008/02/17(日) 16:47:53 ID:UngrNSiQ
…秀頼がもう10年早く生まれて、もの凄い神童で、朝鮮出兵のときに「パパやめてよ〜」と言い、戦争やんぴ。

諸大名(T^T)ヒデヨリエライ!

となって問題解決。

ゴメン。大坂の陣じゃないや。
342人間七七四年:2008/02/17(日) 16:53:06 ID:APnAe3qk
天守閣に秀頼のみ残して全員退避、門も全開
どこに全員退避するんだ。
あんな大人数で。
343人間七七四年:2008/02/17(日) 16:54:54 ID:dtEBn+UV
>>342
それなんて空城の計って突っ込まれたかっただけなんだ。
344人間七七四年:2008/02/17(日) 17:01:29 ID:nQuDQIpx
>>342
堀のなかに竹筒咥えて沈んでりゃええんでない
345人間七七四年:2008/02/17(日) 17:07:57 ID:UngrNSiQ
豊臣家主催でスポーツの大会を開く。鷹狩りなんかも入れよう。

太閤の遺産を使いまくって内外&海外にまでアピール。超人気イベントにしてしまう。

これを毎年やる。

そこですかさず
「合戦のあった年はイベント中止する」
と宣言したら、毎年「女子鷹狩り」の優勝者が誰なのか気になってしかたない家康は合戦を永久に放棄する。
346人間七七四年:2008/02/17(日) 17:30:05 ID:U+6TZKBF
遺産が尽きた頃には
秀忠でも簡単にぶっとばせるくらいしょぼい家になってそうだな
秀忠の改易ラッシュは凄い
347人間七七四年:2008/02/17(日) 17:35:12 ID:nQuDQIpx
チャンピオン大判のレプリカとか関連グッズで儲ければええんでない
348人間七七四年:2008/02/17(日) 17:38:43 ID:UngrNSiQ
その頃には秀忠もファンになってもらう。
名誉審判長でもいい。
運営は協賛金でまかなおう。

とにかく「潰したらもったいない」と思わせる方向で努力。
349人間七七四年:2008/02/17(日) 17:40:26 ID:UngrNSiQ
>>347
みたいな人が家老だったら、秀頼も命ぐらい助かったかもなぁ〜
350人間七七四年:2008/02/17(日) 19:38:38 ID:uF2zq1gd
豊臣秀頼公、十万の大軍を率いて雪の大阪を堂々進発

浪人衆を集め二十万に膨れ上がった豊臣軍は要衝名古屋城を取り囲む

「家康の小倅ごとき、この竹竿一本で十分です」との淀殿の発言で軍儀は名古屋城を落としてからの関東攻略に決定、速やかに江戸を突くべしとの幸村の案は却下される

徳川本隊が桶狭間に到着、豊臣方は街道を封鎖して一進一退の攻防を繰り広げる

一方、豊臣本隊は名古屋城を力攻めするが城方の抵抗凄まじく次第に消耗

徳川別動隊が大阪を急襲、本拠地を喪った豊臣方は名古屋城から撤退し、伊勢・紀伊半島を彷徨う

「死ぬなら大阪で!」と意見が纏まり包囲を突破し大阪を目指す

徳川方の油断を突いて茶臼山を占領、此所を死に場所に豊臣武士は壮絶に散る
351人間七七四年:2008/02/17(日) 19:46:26 ID:UngrNSiQ
>>350
なんかヨーロッパで放映されてる日本の歴史ドラマみたいで面白い!

このパターンで続けて書いてほしい。
352人間七七四年:2008/02/17(日) 19:57:52 ID:bPhEfRVa
>浪人衆を集め二十万に膨れ上がった豊臣軍は要衝名古屋城を取り囲む
ここに異議あり!真田幸村や後藤基次は畿内を確保してから、
宇治・瀬田で東軍を迎え撃つ、2段構えを主張していたが??
353徳川を倒すなど簡単な事だ:2008/02/17(日) 21:18:34 ID:4dfX80yi
1、徳川連合軍の大坂侵攻の情報を事前に察知する。
2、お上に徳川家追討の綸旨と院宣を発してもらい、お上や上皇等の動座・来坂を仰ぐ。
3、こうなれば徳川軍はたちまち賊軍だ。お上に弓引く賊軍を倒すべく羽柴軍が官軍となる。
4、1333年に北条家を族滅させた恐るべき前例を思い起こして諸大名は恐れをなし、こぞって官軍側に寝返る。
5、裸の王様と化した徳川一味はすぐさま撤退を開始する。
6、撤退する徳川軍に羽柴軍、いや官軍が追撃を仕掛けて殲滅する。
7、羽柴右大臣は賊軍殲滅の武功によってお上より正一位関白太政大臣に任じられ、羽柴政権が完復活する。
354人間七七四年:2008/02/17(日) 21:31:27 ID:UngrNSiQ
>>353の男らしさにほれてしまいそうだ。
355人間七七四年:2008/02/17(日) 21:43:30 ID:U+6TZKBF
もうずっと天皇をほとんど放置で好き勝手やってるような時代だからな
幕末は幕府が推奨した朱子学と長い平和のせいで
ないがしろにするなんてとんでもねーって気運が高まるんだし
356人間七七四年:2008/02/17(日) 21:54:48 ID:i0WoY96i
>>353
お上に豊臣家の意向を取り次いでくれる公卿っている?
その公卿、徳川派の前関白九条忠栄や現関白鷹司信尚より発言力ある?
京都所司代もなんとかしないといけないし、京都所司代をなんとか
するためには伏見城と二条城を片付けないといけないし。
357人間七七四年:2008/02/17(日) 22:01:14 ID:NluM8fwO
『徳川実記』によれば、
「黒田筑前守長政、加藤左馬助嘉明、谷出羽守衛友、福島(正則)とともに、
東武(江戸)に留めるベシと本田正純より奉書を呈す。この輩ならびに平野遠江守長泰、
は皆太閤恩顧の者故・・」

とある。
で、実際に冬の陣には、みんな江戸に抑留されている。
黒田、加藤は夏の陣には参加しているけど、大軍を動員することを許されてない。
(加藤嘉明の場合は自分でなく、子のみの従軍が許され、わずか600人)

ようするにブラックリストで、家康も気にしていたわけだ。

もともと怪しまれている連中を、
「こいつら怪しいですよー」
って外からけしかけて、本人をニッチモサッチもいかなくさせる。
で、ついには、
「どうせ疑われるなら、いっそ、やってやりましょう」
っって行動せせるのは、よくある話というか、
戦国ではありふれた謀略の基本だよね。
秀吉はあんまりやらなかったけど、
毛利元就が大坂の指揮とっていたら、まず100%、やっていただろうなあ。
いや、信玄でもいいし、宇喜多直家でも、大友宗鱗でも、長宗我部元親でもいい。
とにかく、一代で国を大きくした大名ならば、みんなやっている基本中の基本。
それをやるやつがいなしで、わーわー数だけ集めた大坂城の頭が、まずカスだった。


358人間七七四年:2008/02/17(日) 22:02:24 ID:UngrNSiQ
大坂で「猫類憐れみの令」を出して、世界中の猫を大坂城に集める。
どうだ家康。猫がかわいくて攻められまい!
359人間七七四年:2008/02/17(日) 22:22:24 ID:CT6Eqg9P
家や巣ってネコ好きだったんすか?
360人間七七四年:2008/02/17(日) 22:23:44 ID:NXA0Wo6V
鷹狩の餌食にされるだけだな
361人間七七四年:2008/02/17(日) 22:38:05 ID:3z04iRuA
家康が死ななくても、淀殿が突如頓死するみたいなハプニングがおこれば事態は随分好転したろうな
362人間七七四年:2008/02/17(日) 22:46:20 ID:3yJKopT3
秀頼の指導力が未知数だから、正直なんともいえんな
363人間七七四年:2008/02/17(日) 22:50:53 ID:YNZylOHJ
あずみが清正らを暗殺しなければ・・・
もし清正や正則の2人が5千づつでも手勢を率いて大阪城に入れれば、
寄せ集めの群に核が出来るわけで、討って出ても戦えるし、あんな簡単に包囲なんて出来ない

大阪城の周辺、それぞれ堀や川に分断された4方に約2倍の攻囲軍。
つまり一辺あたりの兵力では大阪方の方が優位。寄せ集めと分かってたから
こんなにあっさり囲んだ訳で、もし豊臣が統率されてればこんな風にいかないだろ。
364人間七七四年:2008/02/17(日) 23:02:17 ID:UngrNSiQ
申し訳ないが…清正が生きていて、福島が国元にいたとしても、どちらも
「ゴメン。マジゴメン。どれぐらいゴメンかっていうとマジゴメン」
て繰り返すだけだと思うよ。

ローニンでさえ「豊臣恩故」の将はそんなにたくさん入城していないんだしさ。




ネラーには通用するんだが、まさか猫を殺せるような男がいようとは…さすが家康。天下取るわけだ。
365人間七七四年:2008/02/17(日) 23:03:47 ID:4A8/zOBf
ifだけど伊達政宗(63万石)、最上家親(52万石)、蒲生忠郷(60万石)、前田利常(120万石)、
黒田長政(52万石)、島津家久(73万石)といった当時の有力外様大名がすべて豊臣方に寝返り、
豊臣・外様大名連合VS徳川親藩・譜代大名といった構図になった場合、どっちが勝つと思う?
366人間七七四年:2008/02/17(日) 23:05:00 ID:DEHQmUh5
そもそも清正が生きていれば大阪の陣自体が起きてない可能性がある
福島は空気
367人間七七四年:2008/02/17(日) 23:11:24 ID:UngrNSiQ
豊臣。
368人間七七四年:2008/02/17(日) 23:12:50 ID:YNZylOHJ
>>365
まあ各地の外様が連携を取れれば別だけど、
それでなきゃ家康なら関東に近いとこから順番に潰してしまうだろなあ。
反徳川藩の周辺にも親徳川藩が点在してるんだし。
369人間七七四年:2008/02/17(日) 23:17:59 ID:UngrNSiQ
基本的に利害がバラバラな「豊臣大名」達が一致協力するってことは、徳川になにか決定的な問題があるのだと思う。
だからそのシュチなら豊臣が勝つよ。
370人間七七四年:2008/02/17(日) 23:50:17 ID:3yJKopT3
シュチww
いやいやすまん、ドツボにはまったwww


まあ足並みがどれだけ揃えられるかとか、
秀頼を主君にすることを是とするか(政宗辺りはここぞとばかりに欲だしそう)とか、
それでも難問が山積みじゃね?
371人間七七四年:2008/02/17(日) 23:56:39 ID:U+6TZKBF
秀忠をぶっ殺せば
政宗は忠輝かついで出てくるよ、秀康もいるし大混乱
家康もすぐ死ぬし
372人間七七四年:2008/02/18(月) 00:22:08 ID:0sEIKlrC
>>371
大坂の陣の時は秀康はもうおっ死んでなかったか?
373徳川を倒すなど簡単な事だ:2008/02/18(月) 00:25:46 ID:FkzTWeUB
>>356
>京都所司代もなんとかしないといけない

承久の乱の勃発時、後鳥羽院軍は手始めに六波羅探題を血祭りにあげた。
同様に、お上と羽柴軍が合力して最初に京都所司代から血祭りに上げる。
羽柴軍が全力で攻め立てれば京都所司代などすぐに制圧できる。
1333年に足利・佐々木連合軍が六波羅を制圧したのと同じことだ。
374人間七七四年:2008/02/18(月) 00:39:49 ID:R9RO15AD
>>365
それぞれの理由がはっきりしないとifの立てようも無いだろな。
島津・黒田が今更豊臣に義理示す理由もわからんし、
蒲生忠郷なんて家康には足向けて寝れないほど恩義があっても、秀吉に義理など無いし。
政宗は得にならん方へ味方はしないだろう、最上家なんかは豊臣家に恨みしか無いだろうし。

強いて言えば前田家はまだなんらかのifの余地はあるかもしれない。
だがこの時期ともなれば関係も深すぎるし利常は豊臣時代の前田家とは関係薄いからなぁ・・・
やっぱりきつい。
375人間七七四年:2008/02/18(月) 00:40:50 ID:TtPgODFR
天皇陛下を捕まえて「錦の御旗」を得る。
これでどうだろう。
376徳川を倒すなど簡単な事だ:2008/02/18(月) 00:42:16 ID:FkzTWeUB
>>371
秀忠がなぜ秀康一家を誅殺しなかったのか理解に苦しむ。
異母兄を差し置いて宗家を継いだ人物はその兄を抹殺することが多い。
北条時宗が異母兄・時輔を粛清した前例は非常に有名である。
秀忠にとって秀康など存在価値が皆無であるばかりか
自らの地位と生命を脅かす極めて危険な存在だ。
俺が秀忠だったら間違いなく時宗と同様の措置を採るだろう。
兄殺しというそしりを受けてもそれは仕方無い。
377人間七七四年:2008/02/18(月) 00:44:29 ID:R9RO15AD
まぁ単純に仲良かったからなそこの兄弟はw
378人間七七四年:2008/02/18(月) 00:53:03 ID:ATxGLWAt
>>376
神君家康によって家光までの路線が確定しちゃってるからな。
存在価値も無いけど殺す理由も無い
379人間七七四年:2008/02/18(月) 00:57:31 ID:0eNo2J9Q
>>370
>>371
徳川が滅ぶまでは協力し、以後はバラバラで第2次スーパー戦国時代。
「秀頼の野望」として光栄に儲けのネタをプレゼントしてくれると思う。
380人間七七四年:2008/02/18(月) 00:58:14 ID:FkzTWeUB
>>378
理由は「謀反の疑いあり」とでもすればよい。
あるいは謀反を起こすように仕向けるなりそそのかす。
中大兄皇子が有馬皇子を討った際には蘇我赤兄を使って謀反をそそのかしたし、
足利義満が大内義弘を殲滅した際には彼が謀反を起こすように挑発した。
先人たちの謀略手法を学べば政敵を葬ることはたやすいといえる。
381人間七七四年:2008/02/18(月) 01:01:18 ID:0eNo2J9Q
やらなかったってことは、秀忠の器量がそんだけデカイってことじゃね。
382人間七七四年:2008/02/18(月) 01:02:39 ID:FkzTWeUB
逆の視点で考えると、秀康も家康と秀忠を倒すべきだったな。
2人をまとめてあの世へ送る手法は何かあったはずだ。
同様に、羽柴秀次も叔父・筑前が命を狙っていることを事前に察知できただろう。
危険な気配を感じたらすぐさま手を打って逆に筑前と拾を謀殺すればよかったのだ。
383人間七七四年:2008/02/18(月) 01:03:31 ID:ATxGLWAt
>>379
それだけの戦力じゃ徳川家は滅ばないと思うぜ
前田、上杉、黒田、島津あたりも蜂起しないとww

>>380
それは殺す大義名分。
別に秀康を滅ぼしたくも無かったんだろ。
384人間七七四年:2008/02/18(月) 01:03:57 ID:bynvFjlB
まあ秀忠の将軍就任の時、特に家中に問題が起こらなかったのは大きいよな
結城秀康は、その器量・武勇共に庶子と言えど秀忠を大きく凌ぐって話しだしさ。
けど朝鮮でうつされた梅毒のせいで数年後にあっさり死ぬけど。
385人間七七四年:2008/02/18(月) 01:04:04 ID:FkzTWeUB
>>381
時輔を粛清した時宗は度量が小さかった・・・?
386人間七七四年:2008/02/18(月) 01:05:40 ID:FkzTWeUB
>>383
時宗のように自らの手を汚すのが嫌だったのかな?
387人間七七四年:2008/02/18(月) 01:07:17 ID:0eNo2J9Q
秀忠は双子で産まれて、片方はすぐに殺されるはずだったのを、秀康がかばったんだよ。
ところが生かしておく予定の子が病気で早く死んで、死ぬはずだった秀忠が正式に家康の子供として認められたのだよ。
だから秀忠は兄が大好きなのだ。
388人間七七四年:2008/02/18(月) 01:09:39 ID:ATxGLWAt
>>386
しっかり権力委譲が行われている以上わざわざ殺す理由も無い。
理由も無く兄弟殺すってただの基地外じゃん
389人間七七四年:2008/02/18(月) 01:12:40 ID:0eNo2J9Q
>>385
時宗の時は必要だったが、秀忠の時は必要なかった。
必要の無いことはしない秀忠エライ!
という意味で。
390人間七七四年:2008/02/18(月) 02:44:28 ID:zvbbAEyR
魔界転生で項羽と関羽と張飛を甦らせれば勝てた
391人間七七四年:2008/02/18(月) 02:47:45 ID:ATxGLWAt
>>390
韓信と張良、蕭何も追加でwww
392人間七七四年:2008/02/18(月) 02:51:33 ID:sYATsKWU
>>390
超雲も呼んでいざという時は秀頼と国松を脇に突っ込んで落ち延びさせよう
393人間七七四年:2008/02/18(月) 03:18:23 ID:kpRLk9mo
>>359
猫好きらしかったのは政宗だよな。
側室に猫御前とか名付けてるしな。
394人間七七四年:2008/02/18(月) 03:39:45 ID:sCmLRuAB
徳川の主力で猫に恩のある人がいる
井伊の赤備えを引き継ぎ
参陣してないのに伝聞だけで幸村を日の本一のつわものとぶっこいた
薩摩旧記にも日の本一の大手柄と書かれた
井伊直孝、ひこにゃんで有名な人

ちなみにこっちは実際に論功賞で徳川トップだったし
「惜しかった」じゃなく結果を残してる
395人間七七四年:2008/02/18(月) 03:47:15 ID:ltsXzfuw
篭城して何がしたかったんだ。豊臣方は。
滅びる時間延ばしているだけジャン。
その内事態が好転するとでも思っていたのかね。
396人間七七四年:2008/02/18(月) 07:06:00 ID:G/7jNB6o
>>390
お前ら何をいうてんねん。そんな非現実的なこといってうさばらしか?
非現実なこというんやったら、ナッパ呼べや!徳川20万くらい、ナッパ
1人で十分やろ。ナッパの「クンッ」で一瞬で終わりや。

俺やったら、ローマ帝国みたいに、戦闘犬を使うがな。
ニホンオオカミいっぱいいたから、戦闘用として10万匹捕獲し、
剣のベルトを付けさせて、徳川軍へ突撃や。

それにチェリオットっていうて戦闘馬車を用意し、車軸には長剣
つけて突撃や。馬車には鉄砲隊が3人ずつ乗る。破壊力抜群やぞ。
間違いなく徳川20万蹂躙できるで。
397人間七七四年:2008/02/18(月) 07:12:33 ID:G/7jNB6o
>>392 お前もつっこんだるわ。 
>超雲も呼んでいざという時は秀頼と国松を脇に突っ込んで落ち延びさせよう
趙雲や!間違えんな。それに
秀頼はん、20才の大人やで?脇に突っ込んだら、頭隠して尻隠さずやで?
398人間七七四年:2008/02/18(月) 07:49:23 ID:hfNDePdK
あ、一つ方法があるな。
中国から騎兵用の馬買えば良い、大型で騎乗突撃出来るやつ。
1600年くらいに買い付けて、3000頭くらいまで増やせば、ザマやカンネーの要領で殲滅出来る。
銃と槍衾は怖いけど、本格的な騎兵がありゃ火縄銃なんて蹴散らせる。
399人間七七四年:2008/02/18(月) 07:59:34 ID:0eNo2J9Q
>>395
出来そうなこと&やれそうなことの中で、何もしないで引きこもりするのが一番マシだったし、なによりも秀頼はあと少しでクシャルダオラを倒せそうだったんで、正直徳川の相手なんかしていられなかったそうだ。
400人間七七四年:2008/02/18(月) 08:16:11 ID:qhFeKlh3
逆に、「あさま山荘」を攻略した警視庁部隊の力で大阪城を落とすのは可能だろうか?
装備・鉄球、放水、催涙弾ほか
401人間七七四年:2008/02/18(月) 08:32:27 ID:ATxGLWAt
>>400
人数が違いすぎるだろ

警官が10万人いたら楽勝
402人間七七四年:2008/02/18(月) 09:59:30 ID:0eNo2J9Q
>>400
城方も坂口、坂東、吉野、加藤次男、加藤三男の5人だけでは守りきれんと思う。
403人間七七四年:2008/02/18(月) 11:52:42 ID:0eNo2J9Q
>>398
「せっかく育てた馬が、育成地ごと徳川に奪われて、ますますピンチになった。どうしてくれるんだ!」


ペンネーム「映画クレヨンしんちゃんの井尻又兵衛は俺がモデル」さんからの投書でした。
404人間七七四年:2008/02/18(月) 13:26:16 ID:Go6SFkF5
ありきたりになるけど、やはり宇治・勢田のラインで相手を支えるのがベストでない?
あれだけの戦力差にも関わらず夏の陣で大阪方が善戦したのは関東勢の兵士の弱さが大きいと思うし。
まずは出戦し「関東勢は案外弱い」となれば士気も上がる。
両川を挟んでの対陣が長引けば、その間に色々工作のしようもあるのでは。

そこで負けたとしても、それから大阪に篭城したって遅くは無いでしょ。
篭城したならしたで和睦などに応じず、ひたすら引きこもって相手の疲れを待つ。
折を見て夜討ち朝駆けなんでもありのゲリラ戦法、輜重の鹵獲をすれば簡単には落ちんでしょ。
少なくともあの時点での豊臣滅亡はないのでは?

何にせよとりあえず大阪の役を乗り切る事が先決で、その後の事は後のこと。
更に大御所が死去なんて事態が重なれば、何がどうなってもおかしくない。

405人間七七四年:2008/02/18(月) 13:29:21 ID:sYATsKWU
>>398
つ【象】
406人間七七四年:2008/02/18(月) 13:52:51 ID:ATxGLWAt
とりあえず家康に鯛の天麩羅を差し入れ→家康死亡
混乱に乗じて決死の精鋭部隊が秀忠殺害
淀の色仕掛け→政宗陥落
水野は勝手に同僚斬って出奔
407人間七七四年:2008/02/18(月) 15:54:19 ID:fgCDQBOj
>>404
大坂方が善戦したのは兵の質の差と言うのには同意だけど、
単純に将兵ともに歴戦の猛者が多い大坂方と、世代交代が進み実戦経験のない新兵の徳川方という差。
逆に言えば、大坂方は一端損耗したら同程度の戦力補充はもう見込めなく、
また戦役が長引けば新兵は新兵のままでいるわけではなく、緒戦のように圧倒できなくなる可能性が高いかと。

大坂方があの時点で最大限の力だったのに対して、徳川方は延びしろはある。
アドバンテージである経験の差を活かすのならば、速戦即決こそが大切だと思うぜ。
408人間七七四年:2008/02/18(月) 17:35:57 ID:lKfV0mzM
>>407

政権を豊臣に取り戻すのが唯一の勝利である、と仮定するのであれば完全に同意。
初戦から一気に家康の首を狙うのがベストだと私も思います。

ただ、私は大阪冬の陣の時点での戦力では野外出戦と言っても宇治・勢田での
東西の遮断が限界かな、と思うので。(後詰や補給、退却路等考慮してです)
基本的には大阪の役を豊臣家が乗り切り、滅亡さえしなければ勝ちと言う発想。

基本的には要害を守って戦力の損耗を避け、兵数の多寡に影響されにくい奇襲や局地戦闘に徹する間には
関東方に厭戦気分が広がり、その後の作戦も立てやすくなるかな、と言うのが主旨です。
 
409人間七七四年:2008/02/18(月) 17:38:02 ID:sCmLRuAB
>>397
ワロタ、趙雲は他の将軍と違って体格に言及されてるし
典韋や許チョみたいなSP風でもあるから
ごっつい人だったんだろうけど、秀頼も190cm百数十kgとも言われる巨漢だからなw

>>407
徳川の将は水野勝成が関が原の時、大垣城攻めで1万率いてたし
今回も政宗などを指揮下に置いたりと、そこそこのがいるけどね
我がままになるほど大阪では上位の又兵衛は黒田の下で同僚だった時、勝成と似たような評価だった
徳川以外でも政宗や黒田長政とか高虎とかもいるし
410人間七七四年:2008/02/18(月) 17:47:21 ID:vNorM1AV
>>406
君は鯛の天ぷらで人が死ぬと本気で思ってるのか?
家康が鯛の天ぷらに中って死んだというのは、
1)家康の体力・精神力がそろそろ落ちてきていた
2)隠れた病気があった(癌?)
こういう体調のときにたまたま鯛の天ぷらに中って(鯛の鮮度が落ちていた?
油を胃腸が受け付けなかった?)体調を崩して、そのまま回復することができず
死んでしまったというのが真相だろう。
家康が健康なときに鯛の天ぷらを食わせて何の意味が?
411人間七七四年:2008/02/18(月) 17:52:19 ID:VkX5QaP7
家康ってたしか自分で研究して、薬を調合して健康の為に飲んでいたんでしょ?
水銀とかも不老長寿の秘薬と信じて、家臣に秘密で舐めていたとか聞いたことがあるような・・
412人間七七四年:2008/02/18(月) 18:19:11 ID:fgCDQBOj
>>409
もちろん徳川方にも歴戦の武士は少なからずいるけど、なまじ体制側な分、世代交代も順調に進んでる。
初陣は多かったようだし、世代交代した井伊の赤備えは家康も嘆いている。
逆に大坂方は基本的に浪人衆の集まり、つまり関ヶ原の敗残兵が大半だからほぼ100%ベテラン兵。

個人個人ではともかく、全体としてみれば大坂方の方が戦慣れしていると言ってる。
413人間七七四年:2008/02/18(月) 18:54:35 ID:OhOINbxM
戦慣れしてても統制が取れなきゃ意味ないわけよ
414人間七七四年:2008/02/18(月) 18:58:29 ID:sYATsKWU
んだが大坂方は各部隊の連携行動に問題がありすぎ
415真田幸村:2008/02/18(月) 19:12:40 ID:0eNo2J9Q
また誰かが、瀬田に行くと俺が迷子になると言い出す気がする…
416人間七七四年:2008/02/18(月) 19:16:25 ID:0eNo2J9Q
大坂方にだけ携帯電話配れば勝てたかもな。
417人間七七四年:2008/02/18(月) 19:20:07 ID:uZFCT4SZ
徳川への降伏を促す迷惑メール作戦で士気がガタ落ちだな
418人間七七四年:2008/02/18(月) 19:23:42 ID:0eNo2J9Q
GPS機能だけでも幸村には大助かりだぜww
419人間七七四年:2008/02/18(月) 19:36:46 ID:0eNo2J9Q
瀬田で頑張って謀略戦に持ち込むとしても、相手が家康なのが厳しいな。大坂方で家康に対抗できそうな策士がいない。
420人間七七四年:2008/02/18(月) 19:41:00 ID:W5zMFkZt
豊臣秀吉が大阪城を足利の誰かにゆずり室町幕府を復権させる
後に難癖をつけて大阪城をせめて勝利し。これを大阪の陣と呼べば
命題は達成できると思うが意味がなさそうだ
421人間七七四年:2008/02/18(月) 19:47:53 ID:0eNo2J9Q
>>420
これで負けたら最高に面白い。
422人間七七四年:2008/02/18(月) 19:51:12 ID:SKwt8+f4
足利の誰かが義輝以上の剣豪でまさかの100000人斬り
423人間七七四年:2008/02/18(月) 19:53:52 ID:0eNo2J9Q
足利無双ww
もう天下もとっちゃえw
424人間七七四年:2008/02/18(月) 22:20:02 ID:PYXnaobV
豊臣秀頼に必要なのは強さじゃなく
あえて家康を呼び寄せて自分の居城でケリつけようとしたRPGの魔王にも通じる男気

そして、たとえ負けても

ひでより「ほっほっほっほ、よくぞ この私を倒しました
    だが光ある限り闇もまたあるのです
    いずれ再び何者かが闇から現われる時が来るでしょう
    しかし、その時あなたは年老いて生きてはいまい
    ほっほっほっほっ、……ぐふっ!!」

と言える覚悟



単なるMという可能性もあるが
425人間七七四年:2008/02/19(火) 00:07:54 ID:DReRUup5
>>388
「謀反の疑いあり」という理由をこじつけりゃ簡単じゃん
理由なんか何とでもとってつけられるぜ
源氏本家・北条家・足利宗家は兄弟だってガンガン粛清しているぞ
源氏本家の場合、頼朝は範頼と義経を良心をかなぐり捨てて容赦なく殲滅した
足利家の場合、尊氏は直義を討ち、義詮と直冬は血みどろの戦いを繰り広げた
徳川・松平家がただ単に甘ちゃんだったってことさ
内府の上司である羽柴筑前は、甥一家を一人残らず殲滅して
羽柴家の土台をよりいっそう強固にした実績を持つ
426人間七七四年:2008/02/19(火) 00:12:35 ID:DReRUup5
ついでにいうと、8代吉宗も相当の腰抜けだった
将軍位を狙う尾張大納言宗春を征伐しなかったのだからな
永享の乱の再現を狙うのが当然の常道であったのに
吉宗対宗春の全面戦争・享保の乱が起こっていれば
永享の乱並みに面白い戦となっていただろうな
427人間七七四年:2008/02/19(火) 01:06:41 ID:5ZnpL5Mg
>>425
釣れませんなぁw
428人間七七四年:2008/02/19(火) 13:07:55 ID:UNGitNRp
鳥羽・伏見の薩長5千と大阪の役の時の徳川20万、鳥羽・伏見で激突したら
どっちが強い?薩長5千が勝てるんだったら、大阪方にも勝つ手はあろう。
429人間七七四年:2008/02/19(火) 13:11:02 ID:5ZnpL5Mg
徳川20万です。
430人間七七四年:2008/02/19(火) 15:44:51 ID:KAXHzs9U
鳥羽・伏見のときは薩長軍5000人と旧幕軍15000人で3倍程度の差だったし、
武装にも差があったし、なにより途中から官軍と賊軍になって戦意が違いすぎた
からなぁ。
431人間七七四年:2008/02/19(火) 20:07:43 ID:dVKs4XoI
>>428
牽引の榴弾砲10門と、元込めのライフル銃が3000丁あれば徳川軍は蹴散らせるだろな
432人間七七四年:2008/02/19(火) 21:10:46 ID:5ZnpL5Mg
>>431
それで20万を相手にしろって言われるぐらいなら、グフでガンダムとタイマン張るほうがまだマシだ。
433人間七七四年:2008/02/19(火) 21:40:04 ID:dVKs4XoI
>>432
相手出来るだろ。ガンダムで旧ザク20機と戦うようなもんだ
ライフルを刻んだ銃なら射程も威力も10倍、発射速度も10倍だ。
これに野砲があれば、20万でも勝てるよ。
434人間七七四年:2008/02/19(火) 21:45:06 ID:5WMkzZTg
やはりまず官軍になることが肝心か。
435人間七七四年:2008/02/19(火) 21:52:09 ID:5ZnpL5Mg
>>433
ここが戦国時代で
アンタが侍大将、俺が足軽なら、
毎晩2ちゃんに悪口書いてるとこだwww
436人間七七四年:2008/02/19(火) 22:05:49 ID:GO1HHF2y
家康が負けたって言ってくれたら3万石くらいの小身大名で我慢しますって
誓書出して大阪城出て淀君人質に出せば老獪な家康の事、間違いなく受ける
さすれば大阪方の勝ちでござる、完璧ではないか、ん?
437人間七七四年:2008/02/19(火) 22:13:20 ID:KggvdTXm
徳川が譲歩案だしまくってても
いつまでも主家顔して蹴りまくった末にそれか・・・
438人間七七四年:2008/02/19(火) 22:38:07 ID:2tNLFqoI
持明院統には後鳥羽院や後醍醐天皇のような
度胸と野心あふれるお上が皆無だったのが致命的だった
お上が徳川ごとき明確な反逆分子に媚びへつらうなど反吐が出る
後醍醐天皇とその子孫たちは動座を繰り返しながら幕府軍と徹底抗戦した
吉野朝のような徹底抗戦精神が当時の朝廷にあれば・・・
439人間七七四年:2008/02/19(火) 22:47:09 ID:DjcvQ9ga
オーストリアやドイツのように領地の大半を失った毛利と長尾は
徳川追討の綸旨が発せられれば、すぐさま挙兵していたはずだ
毛利には安芸を、長尾には越後を、といった具合に
両家の発祥領地の失地回復を確約すれば良いだろう
(厳密な発祥地は両家とも相模であるが)
大名家を朝廷側に引き込むことなどカンタンだな
440人間七七四年:2008/02/19(火) 22:53:51 ID:lpZg77VH
>>46>>118
陳興道を例えに出すならただの馬鹿くらいにしか思わなかったが、ベトナム戦争を例えに出すとかどんだけ低学歴なんだ
ナショナリズム、共産主義、ジャングル、民衆の協力、世界的に見て過保護なアメリカ兵
豊臣に何があるんだ?

大阪城が落ちたら終了って時点でゲリラ戦って選択肢すらねーんだよ
秀頼が城にいたら史実通りに城を落とされてただの落ち武者になるが、秀頼を山に拉致るのか?
山に篭ったら米と武器と軍資金はどこに隠すんだ?
米やら武器やら金やら荷台に乗せてガラガラ引いて逃げ回るのか?
そんで山に何人くらい隠れられるんだ?
落ち武者狩りされないのか?
古今東西、協力者なしのゲリラなんか成功したことないが、協力者はどこにいるんだ?
大坂の陣で戦略・戦術的にゲリラ戦なんか展開する意味あるのか?
441人間七七四年:2008/02/19(火) 23:18:38 ID:FIg3WAxp
>>440
協力者となりうるのはお上だ。
当時のお上は逆賊徳川に対して怒り心頭だった。
表面上は徳川に絶対服従していたが、本心では叩き潰したかったに決まってる。
羽柴方が極秘裏にお上に挙兵を促すのだ。
徳川殲滅という共通の目的を持っているのだから、協力は充分に可能といえる。
442人間七七四年:2008/02/19(火) 23:22:09 ID:5ZnpL5Mg
226事件の青年将校がまだ生きてたのか…
443人間七七四年:2008/02/19(火) 23:29:27 ID:5ZnpL5Mg
>>440に返されたレスが>>441では、不憫を通り越して笑えてしまう。
>>440かわいそう。
444人間七七四年:2008/02/19(火) 23:34:29 ID:zTvQqfCD
お上の出した綸旨の裏には家康って書いてあったとさ
445人間七七四年:2008/02/20(水) 00:24:30 ID:UazPXc4C
しょせん持明院統の「帝」は武家に対峙できない腰抜けばかりだ
武家に担がれる傀儡の家系ゆえの宿命なのか
446人間七七四年:2008/02/20(水) 01:16:41 ID:mQFNJbPz
>>441
ゲリラがなんなのかすらわかってない低学歴どころかロマンチック小学生かよ

名無し農民1人>>>>>>>>>>>>>>>>帝
ぐらいにカリスマも武力も金すらもないお神輿なんかゲリラ活動において糞の役にも立たないどころか邪魔にしかならん
協力者=民衆、第三国の援助

何万人いようが食い詰め浪人如きじゃゲリラなんか出来ねーんだよ
MAXで頑張っても史実通りに反乱→鎮圧アボン
447人間七七四年:2008/02/20(水) 03:42:40 ID:Jqjsif+6
>>446
お上を甘く見すぎだ。
院宣・綸旨・令旨で平家や北条家が族滅させられた前例をお忘れか?
徳川慶喜も綸旨に恐れをなしてスンナリ無条件降伏した。
綸旨や院宣は如何なる勢力をも打ち倒せる伝家の宝刀だ。
お上に楯突く事は即ち唯一絶対神に対する反逆なのだから。
神の力は無敵なのだ。
448人間七七四年:2008/02/20(水) 03:46:04 ID:Jqjsif+6
神は神聖力をもって臣下を導く。
神聖力はお上のみが持てる一種の超能力だ。
うちの祖父母は私に「天皇様は永久に不老不死であらせられる」と繰り返し叩き込んでくれた。
449人間七七四年:2008/02/20(水) 05:11:32 ID:9cdZaGbZ
>>447
平氏にしろ前北条にしろ形成が傾くのを待ってから有利な方に綸旨与えとるがな。
旭将軍義仲や判官義経の時なんてすぐに撤回しとるし。
まあそれ故の伝家の宝刀なんだろうが。

とはいえ朝廷を味方に付けられたなら幾分状況が変わるのも事実。
まあ、短期的な南北朝が再来するだけだろうがなー。
450人間七七四年:2008/02/20(水) 06:22:52 ID:vvh+H/g/
悪化することはあっても良くなることは期待できないな。
天皇てのは勝ちそうな側に味方するんじゃなく、勝った側にその正当性を認めるという行為を繰り返して、今日まで生き延びてきたんだから。

マッカーサーと並んで記念写真とることですら、天皇という存在を理解してれば何の不思議も無い行為なんだがなぁ。

451人間七七四年:2008/02/20(水) 07:06:30 ID:BG3nYwcf
朝廷って空気読む能力はほんとに優れてる。
そうじゃないと、450の言うように今まで続いてないって。
朝廷は不利な方には味方しない。

それに大坂方からの要請を主上に取り次ぎをする関白たちは、
徳川のバックアップによってその役に就任しているという。
452人間七七四年:2008/02/20(水) 07:38:57 ID:vvh+H/g/
>>451
うんだうんだ。
公家にしてみりゃ豊臣に付くより、徳川に味方した方が楽して得するんだもん。
万が一豊臣が勝ったって天下はスンナリ治まらないだろうし、そうなったら「豊臣を勝たせる行動をした」ってことは直接的な力の証明になり、他の勢力から危険視され、滅ぼされる原因になる。
そんな危険を犯すような天皇はもう天皇じゃないよ。
日本史において天皇と皇帝は区別して考えないといかんですよねぇ。
453人間七七四年:2008/02/20(水) 20:05:59 ID:XyWT63Rs
ドイツ軍みたいに

東部戦線(関東攻略)と西部戦線(瀬戸内海制圧)の二正面作戦を行った末、
幕府方の反撃でじりじりと大阪城に追い込まれる展開が理想
454人間七七四年:2008/02/20(水) 21:35:09 ID:vvh+H/g/
あとほんの60万人ほどの兵力と、充分な補給と、完璧な諜報能力があったら、大坂方が勝ってたのになぁ〜。
実に惜しい。
455人間七七四年:2008/02/20(水) 21:38:26 ID:yBeRrTkz
城方の大将に徳川家康を担いではどうだろうか?
456人間七七四年:2008/02/20(水) 21:45:08 ID:vvh+H/g/
>>455
一度それで交渉してみようか?
ポカ〜ンとする家康を見てみたいし。
457人間七七四年:2008/02/20(水) 21:56:54 ID:f+Yzw0/i
西部戦線
備中電撃戦- 岡山城包囲 - 紀州撤退戦 -
バトル・オブ・ブリテン(四国の戦)- 木津川口上陸作戦 -
堺(マーケット・ガーデン)攻略作戦 - 天王寺(バルジ)攻勢- 茶臼山 -

東部戦線
京都侵攻 ハヌマーン(猿の王=秀吉)作戦 - 近江戦争 -
キエフ(岐阜) 1 - オデッサ(伊勢) - 名古屋城 -
駿府城攻防戦 - 草薙野戦- 箱根攻防 - 冬の嵐作戦 -
小牧大騎馬戦 - 木曾川渡河 - 岐阜陥落 - 京都奪還作戦 - 山崎の戦 - 淀川決戦-
春の目覚め作戦 - 大阪城陥落
458人間七七四年:2008/02/20(水) 22:20:53 ID:omgn6XvR
とりあえず全軍紀伊に突撃して浅野を滅ぼして船奪って四国にいって空の城全部落として四国を地盤にする
これしかない
459人間七七四年:2008/02/20(水) 22:24:48 ID:3M275YbH
船なんかいらんだろ、泳げよ
460人間七七四年:2008/02/20(水) 22:26:17 ID:cihWQrGB
>>458
・・・セルフ島流し・・・。
461人間七七四年:2008/02/20(水) 22:44:48 ID:vvh+H/g/
案外いいかもな。
だいたい大坂城がいかんのだ。
役に立たないクセに、捨てるには惜しいから政略、戦略、戦術の全てを誤った。
462最強さん:2008/02/20(水) 23:15:39 ID:UdL+P6di
・・・セフレ島流し・・・。
463人間七七四年:2008/02/20(水) 23:41:46 ID:AMlWNyuR
一つあるぞ
家康と一騎打ち
464人間七七四年:2008/02/20(水) 23:57:29 ID:3M275YbH
じじいなめんなよ
465人間七七四年:2008/02/21(木) 00:04:14 ID:02XOthcP
一騎打ちなんて、両者が同意しない限り無理じゃね?
特に家康なら、難癖つけてその辺は回避するだろうしw
466人間七七四年:2008/02/21(木) 00:08:00 ID:JjtPkEUU
ちょうど欧州では魔女狩りが行われていた。家康が魔女だから退治といったら、
欧州列強を全軍つれてこれるかもしれない。ロシア・中東・中国も軍隊の通行を
認める可能性もある。
467人間七七四年:2008/02/21(木) 00:14:25 ID:DVz5rMuG
魔女狩りは民衆主導で、軍隊運用する名目にならないし、当時の欧州に徳川軍の相手になる規模の軍隊がいない。輸送する手段もない。
468人間七七四年:2008/02/21(木) 00:18:53 ID:Ir7v/zSG

大阪城の周りに10万個ぐらい落とし穴を掘っておいて
東軍がバッサー バッサー落っこちるとこを生き埋め
469人間七七四年:2008/02/21(木) 00:32:02 ID:nnUmuTB8
○西軍奮戦
真田丸戦以来、大坂城周辺では東軍の局地的敗戦が相次いでいた。

中でも特に東軍を苦しめていたのが、城壁の各所に設置された『菊門口』という尻穴そっくりの小さな穴で、
攻め手がこれに欲情しイチモツをはめると、中の兵士に刀で切り落とされてしまうという恐ろしい罠で、
外様の兵にこそ無力であったが…男色嗜好の徳川直臣や譜代家臣の兵に対しては絶大な効果を誇り、
何千人もの兵士が次々と餌食になっていた。

ちなみに、この菊門口は、いずれ家康との天下分け目の合戦あるを覚悟した太閤秀吉が生前、
男色家揃いの東軍を迎え撃つため知恵と工夫を凝らした作り上げた物で、豊臣の世が末永く続くことを願い、
その子秀頼に贈った太閤最後の遺産でもあった。
http://ip.tosp.co.jp/BK/TosBK100.asp?I=9712345sss&BookId=1&PageId=139595&PN1=21&PN2=0&PN3=0&TP=26&SPA=210&SSL=
470人間七七四年:2008/02/21(木) 01:14:20 ID:HEAs0x7y
張良や諸葛孔明ならどうやって豊臣家を勝利に導けるか
471人間七七四年:2008/02/21(木) 01:38:13 ID:IkIKCDU3
張良

冬の陣の講和がなった瞬間、
当然のように裏切って、東にひきあげる家康の背後を襲うW
家康軍大打撃で、尾張まで奪われる。
そんでもって、張良は淀君か秀頼の足ふんで
伊達、島津、上杉、前田を「王」にとりたてる。
んでもって、豊臣政権復活ののちには、こいつらをささいな罪で殺して、
首は塩漬け。
ただ、張良が指揮とった場合は、秀頼自身が必ず出馬することが前提。
たとえ秀頼は弓で射られようが、鉄砲で傷うけようが、
前線でカリスマのある豪快な姿をみせつけなきゃダメ。

孔明

冬の陣勃発前に、自給自足可能で、地政学的に安全な場所として、
九州に秀頼を脱出させる。
(大坂の陣っていう前提がくずれるが)
清正が生きている間ならなお可だけど、そこまで遡ると、もうスレ違いか。
ともかく、安定した地盤の地方政権を志向し、
そこから家康との決戦に挑むのではないかと。
侵攻ルートも九州からだと、二方面作戦が予定できる(中国OR四国)
孔明の北伐が成功できなかったのは、
荊州が呉の裏切りで失われ、魏に荊州方面での動きを封じられていたから。
あたりまえだけど、出口が決まっている敵をたたくのは容易だよね。
孔明の北伐の場合、第一回で孟達を司馬懿に殺された時点で、
もう何回やっても失敗は決まっていた。
472人間七七四年:2008/02/21(木) 03:13:33 ID:3RwLCf0R
>張良
埋め立て工事のため多くの軍勢が残ってるわけで、
そいつら無視して出張はできない、
つーか準備段階で大坂城内戦からスタートすよ

>孔明
脱出せんでも、国替え条件出せれてるんだからそれに
乗っかりゃよろしかろうに

473人間七七四年:2008/02/21(木) 03:59:52 ID:+LBwvYHm
孔明なら時機を待つ為に国替えに耐えるよう説得できるかもね
大阪城首脳陣に劉邦、劉備と同等の資質があれば
474人間七七四年:2008/02/21(木) 06:54:38 ID:PaIgynNy
>孔明
関ヶ原後頑として動かなかった島津が国を易々と譲ってくれるとも
家康がそれを見逃すとも思えんが…

移住するとすれば北海道100万石(推定)じゃね?
475人間七七四年:2008/02/21(木) 07:02:48 ID:tdRjI9Go
九州でも北海道でも「家康が許可する」という前提の話しなら、のこのこ城を出てきたとこで捕らえられて関東へ送致。後に切腹だろうな。
大坂方にだけ有利になる条件を、あのタヌキが履行するわきゃない。
476人間七七四年:2008/02/21(木) 12:10:36 ID:6qfOvJaS
てか、大阪城を押さえている時点で孔明な欲しかった関中をすでに手に入れているような物だから
あとは四国(長宗我部)中国(福島)さえ確保すれば丁度、秦や北周のように重要地点と補給基地を確保した理想的な割拠ができる
477人間七七四年:2008/02/21(木) 12:28:25 ID:HEAs0x7y
>>476
孔明には巴蜀漢中という地盤があった。だから関中は最前線。
劉邦が篭城した広武山も最前線で、背後には関中、趙、韓があった。
大坂城は最前線ではない。
478人間七七四年:2008/02/21(木) 14:22:23 ID:tdRjI9Go
>>476
中国、九州の勢力と地下同盟を結ぶ必要があるな。

それに四国を抑える初動段階で、徳川が能動的に動けなくなるような策なり理由なりが無いといかんと思う。
479人間七七四年:2008/02/21(木) 21:45:01 ID:RHmR7nT2
>>465
友情が芽生えそうだが(汗
480人間七七四年:2008/02/21(木) 21:58:49 ID:tdRjI9Go
>>465
難癖付けて回避と言うが、普通に断られるんじゃないか?
481人間七七四年:2008/02/21(木) 23:12:23 ID:O2JLZoiD
>諸葛孔明ならどうやって豊臣家を勝利に導けるか

俺が孔明なら、中国南蛮から藤甲の鎧を10万個輸入するな。刀も槍も矢も弾も
通さない藤甲の鎧を前に、徳川20万は成す術なく壊滅。
482人間七七四年:2008/02/21(木) 23:24:17 ID:Vyt5Emyn
>>481
すごいオーパーツww
483人間七七四年:2008/02/22(金) 01:09:38 ID:bW/aryAb
あれは火に弱かったじゃないかwww
484人間七七四年:2008/02/22(金) 01:22:03 ID:dlMw05/V
せめて連弩とかいっとけよwwww
485人間七七四年:2008/02/22(金) 01:27:49 ID:bW/aryAb
それに歴史上のコウメイはあんまし戦争上手やないし。
486人間七七四年:2008/02/22(金) 01:34:28 ID:zZ8+obp2
孔明が居れば木牛流馬で大坂からの引越しもラクラク
487人間七七四年:2008/02/22(金) 01:46:12 ID:bW/aryAb
>>486
あまり役に立たなかったんじゃなかったっけ?
488人間七七四年:2008/02/22(金) 02:00:14 ID:0QM8FJRY
>>480
つーかジジイでもボンボンの秀頼では家康に勝てそうに無いw
なんか無茶苦茶バカ力だったという逸話あるし、絞め殺されそう。
489人間七七四年:2008/02/22(金) 02:08:42 ID:+cTCIXcI
秀頼は190cm百数十kgのモンスター説もw
家康は剣術の皆伝2つくらい持ってるが
百姓が取る皆伝と大名が取る皆伝じゃレベルが違うし
年で動きも鈍るだろうからな
まあ指南役がヒクくらいぼこぼこになるまで一所懸命武道には励んだらしいが
490人間七七四年:2008/02/22(金) 02:26:59 ID:9bVZxUnr
かなり年食っても川で泳ぐようなじいさんだから、かなり体力はあったと思う。
491人間七七四年:2008/02/22(金) 06:58:31 ID:bW/aryAb
三国志の時代って、大坂の陣から数えて1400年ぐらい昔だよ。そんな古代兵器使うなんて…
単純に年数だけあてはめたら、自衛隊に中大江皇子が向かっていくようなもんじゃないか。
492人間七七四年:2008/02/22(金) 07:06:11 ID:zZ8+obp2
新しい材料で作れば大丈夫だろw
493人間七七四年:2008/02/22(金) 10:06:09 ID:bW/aryAb
藤甲を新しい材料でってw
わかってて言ってるだろww
494人間七七四年:2008/02/22(金) 10:31:07 ID:PKbbWi9Y
家康が急死しても状況はあまり変わらないか。
495人間七七四年:2008/02/22(金) 11:13:47 ID:bW/aryAb
ちょっとぐらいは混乱する。
事前に察知できれば四国奪取計画とかも成功の目が出てくる……かな?
496人間七七四年:2008/02/22(金) 12:11:50 ID:N0+9unh6
>>491
実際に三国時代に使われた武器は不明。前後の時代(秦〜晋)の推測でしかない。

中国の歴史は、王朝が終わると、今までその王朝が築き上げてきた文明や人材を
破壊し、殺戮していくしきたりがあった。つまり、優れた武器をつくる技術が
できても、王朝が終わるとその技術も破壊する。それを考えれば、時代が進むに
つれてよい武器が出るという理論は、日本では成り立っても中国では成り立たない
ことになる。
497人間七七四年:2008/02/22(金) 12:49:06 ID:yBPGCfhI
>>496

またてきとーなことを。

失われた武器があっとしても、それは実用的でないから使われなくなっただけだよ。
戦車から騎兵になったのに、戦車での武器はいらないしね。
武器にかぎらず、攻城兵器、火薬、みんな進歩しているよ。
鎧もそうだ。

って釣りだった?

498人間七七四年:2008/02/22(金) 13:47:48 ID:JsbjnK5O
>>491
自衛隊に徳川家康が向かってっても同じ結果にしかならないが
その比較になんの意味があるの?
499人間七七四年:2008/02/22(金) 15:38:04 ID:/m9+6zeG
>>498
戦国自衛隊的に考えて局地的には勝利を収めるんじゃないか?
で、弾薬、燃料が尽きてあぼん。

熊本城みたいに300年後も実用的だった兵器があるけど比較にはならんな。
500人間七七四年:2008/02/22(金) 19:06:47 ID:ZoD7AOU+
兵器っちゃ兵器だけど、施設と機動兵器を同列に語れる物じゃないだろ。
501人間七七四年:2008/02/22(金) 19:14:44 ID:+cTCIXcI
徳川の国崩しって戦車に効かないかな
その前に思ったとこに飛ばないか
502人間七七四年:2008/02/22(金) 19:34:51 ID:zZ8+obp2
放物線弾道なら弱点の上からガツンといけるからちびっと期待できるかもしれない
503人間七七四年:2008/02/22(金) 19:56:38 ID:bW/aryAb
三国志時代の武器をいじるより、夏の陣当時の武器を改良するほうがまだマシだろ?
いくらなんでも1400年も前の兵器より劣るなんてことは無いよ。


それに徳川20万人というけど、あっちはまだまだ動員がかけられるけど、こっちはこれっきりの戦力だ。
これを兵器の差で埋めるのは無理でないか?
大坂方だけが持ってて、徳川が持ってない理由も必要だろうし。
504人間七七四年:2008/02/22(金) 20:13:23 ID:W1+7HAM1
>>503
つうより大砲ひとつとっても、徳川の方が上ですし
後発国なだけあって蘭英は家康に惜しみなく、最新技術を提供している。
505人間七七四年:2008/02/22(金) 20:24:29 ID:a/WquIeC
火縄マシンガン作るしかないな
506人間七七四年:2008/02/22(金) 20:35:15 ID:fs0a619y
ジョン・ブローニングがタイムスリップしてくるわけだな
507人間七七四年:2008/02/22(金) 21:01:31 ID:pUrCd1tw
>>492

あのー藤甲のよろいは、藤甲の弦でしか作れないのですが。。。
これは大自然の産物ですよ。大自然の力はどの時代でも共通で、
技術進歩など無縁だと思いますが。。。新しい材料って何ですか?
508人間七七四年:2008/02/23(土) 02:25:52 ID:tqY2dWWe
どうせ孔明よびよせるぐらいなら、
もっと身近なところで、現実的とはいわないが、
せめて真田昌幸が生きていた時代に、
家康が自分サイドの理由によるごり押し(家康が病にかかって、先長くないと焦るとか)
で開戦したらどうだったでしょう?

ちなみに昌幸と清正は同じ年に死んでいます。
しかも一ヶ月以内に。
なんかあやしくなイカ?
徳川の忍びって優秀だなー。
509人間七七四年:2008/02/23(土) 03:12:02 ID:PFw+3+fz
清正はともかく昌幸なんて兵力もないし
家康が延命してやったようなもんだし
嫌ならとっくに正々堂々殺してるわ
あと清正など朝鮮行った武将は
相当女とやりまくったらしく、梅毒多いからなぁ
510人間七七四年:2008/02/23(土) 03:17:47 ID:2Nvh6p9h
生きてたところで戦局には影響が無いくらい戦力差があるからな。
派手に散れなかった分不幸かもね。
511人間七七四年:2008/02/23(土) 03:28:38 ID:w58eiGoZ
徳川の伊賀者とか柳生忍者とか、どこまで本当なのかは知らんが・・・
大坂に同情的な武将がバタバタと死んでったのは本当なんだよな。

仮に暗殺だとすれば、そういう力でも徳川の方が遥かに上ってことで勝ち目ないなw
512人間七七四年:2008/02/23(土) 04:15:12 ID:pBEt4IcC

前田利家といい、本当に都合いい時期に都合よく死んでるよな。
でも家康が用意周到な謀略を尽くすタイプだったかというと、そのようにも
見えない。
自分自身で自分を何度か死地に追い込んでるるし、危ない賭けを相当やっている。
関ヶ原だって、対豊臣戦略だって、どっちに転ぶか微妙な薄氷を渡るものだった。
後世の目は結果論でしか見ないわけだけど。

幕府を開いた頃には自分がポックリいっておかしくない年齢だよ?
どうしても徳川の天下をと望むなら、もっと事を急いたとも思われるのにダラダラ
15年も宥和してて、どうも真意を掴みかねるところがある。

家康は当初、豊臣=公家 徳川=武家のような二元統治をぼんやりと描いていたと
思う。
513人間七七四年:2008/02/23(土) 04:28:31 ID:pBEt4IcC

俺は家康=単に「寿命に恵まれ、とても運が良かった人」説をとっている。
514人間七七四年:2008/02/23(土) 04:38:42 ID:pBEt4IcC

もし秀吉が家康の年まで長生きしてたら、あるいは家康が秀吉の年で死んでたら
生年の差は5歳なんで結局政権交代は起こらなかった。
ただひたすら寿命の差。
515人間七七四年:2008/02/23(土) 04:45:55 ID:PFw+3+fz
まあ運が無いと天下は取れんからな
濃尾を制してパワーゲームするにも
農民なのにチャンスがあるのも
それぞれ色んな方面で運がいい
家康は長寿には、小さい頃からの運動やら漢方やらで努力の面もあるけどな
516人間七七四年:2008/02/23(土) 05:19:57 ID:IvB5GVFL
結城秀康
加藤清正
浅野幸長
豊臣に同情的な大名と言ったらこの三人だが
全員上手い具合に亡くなってる
517人間七七四年:2008/02/23(土) 05:28:27 ID:t4130DtQ
>>509
朝鮮行った武将が女抱きまくる気持ちは分かるけどねぇ。
ストレスとか半端じゃなかっただろうから、はけ口がなければやってられなかったと思うよ。
518人間七七四年:2008/02/23(土) 06:04:40 ID:leCsimk5
>>516
秀吉が起こした朝鮮役の最大のしっぺ返しがこれかも
519人間七七四年:2008/02/23(土) 06:58:36 ID:AaCrzxIX
豊臣派大名が家康に都合よくパタパタ死んでるけど、見方を変えれば、それで一番利益を得ているのは家康ではなくて、彼ら死んだ大名の家中なんじゃないか?
親豊臣と幕府に目をつけられている殿様を担いでいたんじゃ、いつ取り潰しをくらうかわからんのだし。
加藤家なんかは、それでもダメだったんだろうな。
520人間七七四年:2008/02/23(土) 07:23:54 ID:y9puiINl
大坂城天守閣に大筒を並べる。これ最強。
521人間七七四年:2008/02/23(土) 07:43:00 ID:uYbJJICV
>>499
その例えなら自衛隊vs三国史でも大和朝廷でも無人島でもそれと同じ結果になるが、その例えになんの意味があるの?
本物の馬鹿なの?

>>501
キミも本物の馬鹿なの?本気で90式の装甲抜けると思ってんの?
チハ相手でも厳しいわ
522人間七七四年:2008/02/23(土) 10:19:18 ID:EzTASneT
>>512
戦争の日本史『関ヶ原合戦と大坂の陣』にそこら辺の過程は詳しく書いてあるよ。
523人間七七四年:2008/02/23(土) 10:52:13 ID:37+TCqor
まあチハのキャタピラ程度なら壊せるだろうね

てかチハヲタは板違うだろww
524人間七七四年:2008/02/23(土) 11:43:45 ID:AaCrzxIX
今どきは戦車壊すのに劣化ウラン弾使うぐらいだからなぁ〜、国崩しでは厳しかろう。
525人間七七四年:2008/02/23(土) 11:46:57 ID:AaCrzxIX
90式が何台あったら徳川幕府を倒せるかな?
一応、補給の類いはできるものとして。
526人間七七四年:2008/02/23(土) 12:09:01 ID:6LK9munz
四方に備えるだけでも4輌、後詰に2輌、指揮指揮車1輌
どう考えても七輌は必要
527人間七七四年:2008/02/23(土) 13:03:36 ID:uYbJJICV
>>524
90式に400年前の大砲なんて、軽トラに豆腐をぶつけるようなもんだからな

>>507
鰹節
528人間七七四年:2008/02/23(土) 14:00:03 ID:u2vgACjs
>>527
ワロタ
たしかに鰹節は硬いからなぁ。
猫が寄ってきそうで困るなw
孔明も火責めできなくて困るw
529人間七七四年:2008/02/23(土) 14:01:24 ID:AaCrzxIX
>>527のレスを読んで晩御飯は湯豆腐にすることに決めました。
530人間七七四年:2008/02/23(土) 21:14:22 ID:W1CnbMSR
>>503
> 大坂方だけが持ってて、徳川が持ってない理由も必要だろうし。

大坂方だけが持ってて、徳川方が持ってないもの・・・・・ヒステリックなおばさん。
・・・・・と思ったら、江戸にそいつの妹がいたw
531人間七七四年:2008/02/24(日) 01:29:03 ID:TX6rsVGL
>>517
男色なめるな
ただ、加藤清正・浅野幸長は元の身分が低いから女色だったのかも?

532人間七七四年:2008/02/25(月) 14:54:45 ID:QBxX9p5f
冬から完全籠城してたらどれぐらいもってただろう?

徳川側の状況が変わるまで、粘ることは可能だろうか?
533人間七七四年:2008/02/25(月) 15:04:43 ID:dqxMG/KV
本陣にモアブ投下
534人間七七四年:2008/02/25(月) 15:25:29 ID:y7ObxNu5
そもそも秀吉は籠城するために大阪城をつくったわけじゃないと思う。
小田原城せめて、どんな大城も、敵が城下まで出張ってきたら、
どうしようもないってことは、攻めた本人たがら、よくわかったでしょう。

真田昌幸は、大阪で籠城するにしても、
美濃あたりで、一回敵をくいとめておく、
一度勝つっていう戦略を練っていたらしいけど、これは、大事だったかもね。
北条がそれをやらずに、いきなり小田原に籠城して負けた。
あれほど決戦を重視した島津も秀吉の九州征伐では、
大会戦をさけて、それでなし崩しに敗れている
(もっとも島津は外交上手なのであえて、そう演出した可能性もある)

長宗我部の場合は、秀吉との戦いで、野戦による一大決戦を考えていたらしい。
土佐兵と土佐駒は山間部での狭隘な土地での戦さが得意で、
山や川を使った陽動とかは、元親の十八番だった。
吉野川ぞいに秀吉軍の主力を山中にさそいこんで、
偽の本隊をおかせた植田城での決戦を計画したけど、
「罠だ」
と黒田官兵衛に見破られて、元親は歯がみしている。
また家臣の谷忠兵衛に、
いちど決戦すれば、それに買ったとしても、負けたとしても、
秀吉とはどちらかの国が疲れ果てるまで戦い続けることになるといわれ、
上方と土佐ではとうてい国力が違う、と諌められ、
降服した。(南関治乱記)
元親は、秀吉と親しい三好をケチョンケチョンにしたり、
柴田勝家に味方して秀吉の武将を仙石を破ったり、
秀吉に属していた淡路をたびたび奪ったり
家康に味方して、大阪城を襲おうとしたり、
とにかく、秀吉からすると、殺してもあきたりないやつだったが、
結局、決戦をしなかったので、土佐一国はゆるされている。

いずれにしろ、籠城は最後の手段であって、
本気で勝つ気があるなら、最初に野戦における戦いをしなきゃならない。
535人間七七四年:2008/02/25(月) 16:14:49 ID:QBxX9p5f
後の籠城をにらんでの野戦を行うとして、どの程度の勝利が必要だろうか?

無論、家康を討ち取るほどの大勝利なら言うことなしだろうが、それを狙う場合、失敗すれば全軍壊滅で籠城もクソも無いということになりそうだ。

どの程度のリスクを許容し、それによるリターンを期待できるだろうか?


…実のとこ、私自身は大坂方が野戦に出てみても、捕捉されてやられちゃうんじゃないかと見ています。
536人間七七四年:2008/02/25(月) 16:22:17 ID:LbmbFnDq
>>534
そうやって、野戦に望んだら、野戦での敗戦->篭城でたったの1日で
あっさり落とされた秀信の岐阜城という例が…
大津城、丹後田辺城などのように徹底的に篭城すべき場合もある。
まあ、大坂の陣の場合には当てはまらないけど。
537人間七七四年:2008/02/25(月) 16:59:58 ID:f1Ig8HXL
>>534
おいおい、元親軍が淡路を「たびたび奪った」という史実はないと思うのだが・・・。
それに誤字が多すぎ!よく確認して書き込もうよw
538人間七七四年:2008/02/25(月) 17:25:20 ID:y7ObxNu5
ごめんなさい。
会社の三時の休み時間使って、あわてて書いたもので。見直さなかった。

元親軍ではなく、菅氏です。
親泰が後ろ盾になって、とったりとられたり、ゴタゴタやっているよ。


>>536

やっぱ 真田信繁のいったとおり、
瀬田あたりで、先鋒軍をいくらかでも撃破してから、
籠るっていうのが、ありそうなラインでは。







539人間七七四年:2008/02/25(月) 17:33:20 ID:HXhz0HAK
新規兵は攻勢に出ると略奪に走るやつが多すぎて統率取れなさそうなきがす、

540人間七七四年:2008/02/25(月) 18:36:46 ID:gB26fcS5
この状況で野戦なんて素人が考える事。
勝つには篭城しかない。
541人間七七四年:2008/02/25(月) 18:43:34 ID:xh6VBdMi
>>540
「勝つ」ことが不可能だから篭城戦だったんだろ?
542人間七七四年:2008/02/25(月) 18:52:09 ID:L6ZqkeJe
馬鹿すぎる
援軍も補給もない篭城戦なんて現代の引き篭りですらしないわ
543人間七七四年:2008/02/25(月) 19:18:15 ID:QBxX9p5f
野戦の目標が、徳川先鋒を挫くということなら、目安は徳川軍の有力大名1人の討ち取りかな。

幸村の主張した瀬田での迎撃はほんとに可能なんだろうか?
迷子事件を見ても、大坂方(あるいは幸村)の野戦行軍能力はあまりアテにならないような気がする。

成功したとしても、いずれは城に撤収しないといけないとなると、そこを捕捉される危険性は高い。
これをおしてまで、瀬田での迎撃に価値はあるんだろうか?
544人間七七四年:2008/02/25(月) 19:21:29 ID:xh6VBdMi
大阪の陣時点ではもう詰んでたと思うんだが、どこからならひっくり返せたのか。
やっぱ関ヶ原の論功時点でもう無理っぽいよな
545人間七七四年:2008/02/25(月) 19:27:20 ID:QBxX9p5f
>>544
それは言わない約束よ…(涙)
546人間七七四年:2008/02/25(月) 19:52:43 ID:L6ZqkeJe
利家あぼんまで遡らないと無理
547人間七七四年:2008/02/25(月) 20:20:51 ID:QBxX9p5f
いっそのこと信秀が竹千代を殺していれば…
548人間七七四年:2008/02/25(月) 20:52:21 ID:yrr1RKgZ
家康が実権を握っているうちに何とか秀忠を亡きものにすれば
徳川家で内紛が起きて自滅してくれるかも。
549人間七七四年:2008/02/25(月) 21:43:46 ID:8KrgQZlW
今まで豊臣の立場で物事を考えていたが、逆に考えよう。

もし、家康が豊臣を滅ぼさなかったら?またどの歴代将軍も豊臣を
滅ぼそうとしなかったら、どうなっていたかを?

もし、家康やその代の将軍が死んで豊臣の勢力が拡大するならば、
十分勝機はある。何も起こらないのであれば全くないということになる。
550人間七七四年:2008/02/25(月) 22:36:28 ID:L6ZqkeJe
どこら辺が逆なの?
551人間七七四年:2008/02/25(月) 22:57:08 ID:QBxX9p5f
豊臣が公家みたいになるとして…
最初のチャンスは5代将軍の選定かな?
たしか天皇の子供を迎えて将軍にしようと言い出した一派がいたよね。
そこに豊臣がスルリと…
552人間七七四年:2008/02/26(火) 00:00:38 ID:Yyp0ukKV
>>543
大坂城に篭城するにしても有能な武将に別働隊を与えて西国へ派遣して切り従えるべきだった
例えば漢の劉邦は篭城している時、韓信に兵を与えて趙や斉を攻略させている
553人間七七四年:2008/02/26(火) 00:13:42 ID:P9VZodvV
>>549
仮に滅ぼさないにしてもなんらかの対策は取るんじゃないか?

史実でも参勤交代で外様大名の経済力を削いだ訳だし、何らかの手段で弱体化を図るはず。
朝廷とくっつくのは厄介だから公家化は無いとして、東北、九州への転封はありそう。
554人間七七四年:2008/02/26(火) 00:23:46 ID:joICAohO
秀頼がアホ殿の振りしていれば無問題!
555人間七七四年:2008/02/26(火) 00:45:36 ID:o96ESEBE
>>552
豊臣家の韓信、張良、消火は誰?
信繁とか言わないよな
556人間七七四年:2008/02/26(火) 00:50:06 ID:HH2qmHeH
>>555
有樂齋を厄介払いしよう。
557人間七七四年:2008/02/26(火) 00:55:47 ID:cFkISAKn
消火は居ないが、着火マン大野治房が居る
558人間七七四年:2008/02/26(火) 01:01:35 ID:0AAm5xYa
>>557
うまいな
559人間七七四年:2008/02/26(火) 01:06:51 ID:0AAm5xYa
>>552
能力的に言えば黒田長政か藤堂高虎だろう。
問題はどっちも敵だということだ。
560人間七七四年:2008/02/26(火) 01:35:27 ID:o96ESEBE
豊臣家の韓信は八丈島で水練中、張良は九州で勝手なことしてるし、消火に至っては関ヶ原起こして首チョンパだし
561人間七七四年:2008/02/26(火) 12:08:48 ID:dqHV5UUb
>>543

瀬田での迎撃に価値がある、ないでは無いんじゃないのか。
迎撃するのであれば瀬田あたりが大兵を押し止めるのに適しているだけ。

あとは篭城と出戦を天秤にかけたメリットとデメリットの問題でしょ。
一般的に救援・補給のあてがない篭城は下策とされているし、どちらかと言えば
出戦のほうがいくらかでもメリットがあるってだけでは?
篭城なんて寄せ手の退却が最高の勝利みたいなもんだし。
562人間七七四年:2008/02/26(火) 15:27:32 ID:CgCnGFa2
大坂方が籠城した理由

@ 外に出て、勝つ自信がなかった
A 引き込もっていれば、だれかが同情して助けてくれるとおもった。
B なんとなく世の中がいやになっていた
C 城のなかに楽しいことがいっぱいあった。

どれかな?
563人間七七四年:2008/02/26(火) 15:49:10 ID:xsbHZe/+
>>562
@+Bじゃないか?

そもそも勝つことが目的じゃなくて、最後に一花咲かせようって輩が集まったんだし。
篭城+奇襲が一番戦果を上げられると思う。ジリ貧だけどね。
564人間七七四年:2008/02/26(火) 16:43:53 ID:0AAm5xYa
D秀頼がもう少しで12人の妹をコンプリートできた。
565人間七七四年:2008/02/27(水) 00:55:58 ID:ZFw58NXL
古っ
566人間七七四年:2008/02/27(水) 02:05:33 ID:grjpRHd6
>>562
3+4だな。
典型的な引きこもり。
567人間七七四年:2008/02/27(水) 09:48:37 ID:MxLuo7Rr
>>565
そりゃ江戸時代だからしかたない。
568人間七七四年:2008/02/27(水) 12:06:28 ID:4gblRrU9
豊臣12人将

1石田三成
2前田利家
3加藤清正
4福島正則
5後藤
6真田
7毛利
8宇喜多
9浅野
10大野
11明石
12淀

勝てないって
569人間七七四年:2008/02/27(水) 12:18:51 ID:8dzktKjk
徳川方の大名の誰かを裏切らせて
本陣に突入、一気に家康の首を獲る

これしかない
570人間七七四年:2008/02/27(水) 13:15:46 ID:MxLuo7Rr
>>569
願望だけでいいなら、秀忠を裏切らせて家康陣に突っ込ませるか、家康を裏切らせて秀忠陣に突っ込ませるかだな。
571人間七七四年:2008/02/27(水) 15:16:11 ID:c4Exwqkz
は?
572人間七七四年:2008/02/27(水) 15:48:53 ID:MxLuo7Rr
>>571
冗談だよ。
>>569が「誰かを裏切らせて」て書いてたから、その方法を書かなきゃ意味ないよ、てこと。
573人間七七四年:2008/02/27(水) 22:31:00 ID:qmvyXoNk
急に過疎ったな。
大坂の陣で豊臣家が幕府軍に勝利することは、
マザコンのニートが社会復帰し、そのうえ社会の勝者になるぐらい難しいと、
皆が覚った模様。

574人間七七四年:2008/02/27(水) 23:30:28 ID:7dM3AI5U

天皇を拉致し大阪城に住まわせる。絶対の人質
575人間七七四年:2008/02/27(水) 23:46:15 ID:7dM3AI5U

インドからトラを5000頭輸入。十分腹をすかせた上で城外に放つ。
576人間七七四年:2008/02/27(水) 23:48:00 ID:8dzktKjk
家康が南朝の生き残りとかいってどっかからもう一人天子様を担ぎ出してくるだけ
そして皇位継承戦争へ
577人間七七四年:2008/02/28(木) 02:29:41 ID:t+oHtQqr
家康よりも圧倒的に勢力の絶頂期だった董卓や秦の趙高でさえ、皇位継承でおびき寄せられて殺害されたもんな。
家康に皇位継承の話を持ちかけて、一人になったところを殺害する手もあるな。
皇位継承は絶対家康しか入れんし。
578人間七七四年:2008/02/28(木) 03:02:13 ID:ri648x1o
無駄だろ、江戸で幕府開いてるんだし、皇位継承の話を持ちかけたところで
手ごろな神輿を作るだけ。自ら出向く意味も無い。
579人間七七四年:2008/02/28(木) 04:17:28 ID:FBbH9kTu
テロろうと思えばいくらでもテロれたと思うけどね、家康。
580人間七七四年:2008/02/28(木) 04:33:55 ID:TSn2kUpT
莫大な遺産すべてをかけて家康、秀忠の首に懸賞金かけてみるとか
581人間七七四年:2008/02/28(木) 04:53:21 ID:2TsJ7iIK
それいいね!
百姓まで血眼になるかもw
582人間七七四年:2008/02/28(木) 05:47:22 ID:f2jxG3g2
三國志の何進を殺して撤退させようとした十常侍は結局何進を殺しても無駄だったし、幸村が家康打っても同じ結末だったな
583人間七七四年:2008/02/28(木) 06:03:12 ID:BJrMLh1M
降伏して血を残して幕末まで爪を研いで待つしかない
584人間七七四年:2008/02/28(木) 07:13:35 ID:MY3K3lAc
実権の無い天皇位なんて、他人がやってるから値打ちがあるんであって、奪ったところで家康には無用のものだよ。
三国志の献帝は、献帝という個人に力が無かったということで、皇帝という位が無価値ということじゃない。だからなりたいヤツが次々に出るわけだ。
日本の天皇家は、天皇位というポジションを実力ゼロにすることで生き残ったんだよ。
585人間七七四年:2008/02/28(木) 08:16:57 ID:Jtzt2Mg/
明治維新すればいいんじゃね?
586人間七七四年:2008/02/28(木) 10:26:54 ID:MY3K3lAc
260年も待つのはツラい。
587人間七七四年:2008/02/28(木) 11:16:50 ID:IVfJcsKd
だがそれがいい
588人間七七四年:2008/02/28(木) 11:24:19 ID:eWkt2ux4
冬の陣開始直後に家康が陣没したらどうなるだろうか?
589人間七七四年:2008/02/28(木) 12:09:17 ID:9FKfXf3L
なぜか豊臣方の暗殺が成功したことになって
家康の弔い合戦になる.
590人間七七四年:2008/02/28(木) 13:16:27 ID:MY3K3lAc
直前だったら「大坂春の陣」ぐらいに延期になるかも?
で以後ずれこんでいって「秋の陣」で豊臣滅亡。
指揮をとった秀忠には武断派のイメージが定着し、400年後のドラマでは、なかなか男前の役者が演じることになる。
591人間七七四年:2008/02/28(木) 13:21:33 ID:4N8Vprqs
曹操がエンシュウ争奪戦で呂布と戦った時、戦死したと見せかけて葬儀を行い、
呂布軍を誘い出して、伏兵を置いて殲滅した。方広寺問題で、責任を取るべく秀頼を切腹させたようにみせ、
葬儀を行うから、家康に来させて、伏兵を置けばいい。秀頼の葬儀だから、徳川の
大将格は皆参加義務があろう。家康やその他の大将を討ち取ってから、残存兵力を掃討すればいい。
家康らを討ち取ったら、江戸に謹慎中の加藤嘉明、福島正則が反旗を翻して江戸城を占領し人質を
開放するだろう。さすれば上杉、佐竹、伊達、毛利、島津が豊臣に下ろう。
592人間七七四年:2008/02/28(木) 14:39:14 ID:MY3K3lAc
>>591
これは無理。
まず豊臣家の当主が、あれで自ら切腹というのが信じてもらえない。
たとえ信じたとしても、その死を軽く扱う方が政治効果が高いので、家康も秀忠も葬儀に参加しないし、最悪、全国の大名で当主が誰も参加しない葬儀になって、豊臣家が笑い物にされる。

次に「勝手に切腹した罪」で豊臣家は減封。5万石ぐらいで関東か信州に転封される。

怒って立ち上がれば、後は史実どおり。
立ち上がらなければ、運しだいで生き残れるかも?
593人間七七四年:2008/02/28(木) 15:00:53 ID:AHSYkk7H
冬の陣開始直後の陣没。

病死(老死)と暗殺の場合→隠す→戦い続行→秀忠がかわりに総指揮をとる。

隠さない(というバレル)

一旦講和する。
(まあ、これが常識的でしょ)

一年待って再度、開戦

戦死の場合→隠す→それでも本陣が壊滅するほどのダメージをうけたため、撤退。

隠さない。

一度退却

豊臣方にイニシアチブ→何もしない→一年後にふたたび秀忠中心の徳川軍と開戦

退却と同時に畿内の徳川方の勢力を攻撃する。

攻撃の成功と攻撃に要した時間によって状況が変化。

すくなくとも、大阪冬の陣開幕以前よりは豊臣方の国力が増す

594人間七七四年:2008/02/28(木) 15:26:35 ID:rFAl7Pdi
>>593
世良田くんが頑張るわけですよ
595人間七七四年:2008/02/28(木) 21:54:05 ID:VTV4D1LR
あれ? 関ヶ原から世良田くんが家康やってたんじゃなかったっけ?
596人間七七四年:2008/02/28(木) 22:23:23 ID:MOleLfME
もし、徳川の相手が豊臣ではなく島津や伊達だったら
戦争のベトナム化に耐え切れず、幕府軍は撤退に追い込まれてただろうね
597人間七七四年:2008/02/28(木) 22:39:13 ID:ahGUQ8A9
ベトナム戦争が泥沼化したのは北の武器等物資が国外から供給されてた
ため爆撃による弱体効果が低かったってのがある。

伊達島津が外部から受けられる援助を考えればベトナムパターンは無いだろう
他の要因で泥沼化ならありえるだろうけどね。
598人間七七四年:2008/02/28(木) 22:59:06 ID:t+r9nRYc
徳川は豊臣を何度も小さくしようとしたのに
いつまでも天下人気分の豊臣がそれを突っぱねたからああなってんでしょ
島津や伊達のように土下座外交で有名なとこは、すぐ頭を下げると思う
599人間七七四年:2008/02/29(金) 00:21:27 ID:RlrBU7yF
夏の陣の配置図を見ると家康の目の前に政宗が布陣してるんだよね
やろうと思えばやれたんじゃないか
政宗にはがっかりした
600人間七七四年:2008/02/29(金) 00:25:37 ID:xa8CnaBO
陳挂とヤギがいれば!
601人間七七四年:2008/02/29(金) 00:26:35 ID:RlrBU7yF
なぜ誰も淀殿を暗殺しなかったのか
豊臣家全体のことを考えればこいつが一番の癌だったのは間違いない
602人間七七四年:2008/02/29(金) 02:54:51 ID:NszStJJR

淀殿が家臣をまんこで買収してたからだろ
603人間七七四年:2008/02/29(金) 03:22:15 ID:h2IQy1Z8
架空戦記 大坂夏の陣「夢の又夢@」

 真田信繁らの奮戦にも関わらず、冬の陣の和議により、大坂城は総堀を埋められた。
 しかし、家康の要求はこれで終わりではなかった。
「大坂を捨て、伊勢か大和に国替えするか。あるいは浪人をすべて放逐するか」
 そのいずれかをしなければ、兵をだして、再び攻める、そう家康は脅した。
 この脅迫に対して、大坂城内は大きく動揺した。
 もっとも、二分させることが家康の狙いだったのだ。
 浪人を放逐することも、国替えを受け入れることも、いうなれば、戦いをあきらめることであった。
これまで豊臣家からからうじて、家をたもてたのは、ひとえに肥沃な大坂の地と、大勢の兵士を豊臣家が抱えていたからである。
「いいだろう」
 そういったものがある。
 その声は追い詰められて出た、かほそいものではない。
 若者らしい、天をもおそれぬ、狼のような目で、拳を握り、彼は言った。
 色白く、鼻梁高く、六尺をこえる偉丈夫である。
 織田信長と浅井長政の血をもち、何より太閤の子という宿命を負った若者。
 豊臣秀頼。
「オヤジは馬上、天下をとった。ならば、天下を失うのも馬上でなければ、な」
604人間七七四年:2008/02/29(金) 03:24:02 ID:h2IQy1Z8
A

 秀頼は、真田信繁をはじめ諸将の意見を聞いた。
 忍びの話では、家康は四月四日、駿河を出て、名古屋にむかったらしい。
 表向きは徳川義直の婚儀を整えるためというが、その足で、一気に京都にまで出張ってくると可能性もある。
「大野、返事はなんとした」
「はっ」
 大野治長は秀頼の豹変にいまだ馴れずにいた。
「思いとどまるように、と」
「それでいい」
 秀頼は口元をゆがめ、不敵に笑った。
「狸め、オレが泣いてオロオロしていると油断しているだろうな」
 秀頼が軍を指揮するのはこれが初めてであった。
 しかし、だからこそ、その命令には怯えや迷いがなかった。
「真田と毛利は茨城城を攻めて、片桐のしわ首をオレの前にもってこい。爺め、色々悩んでおったようだ。
いっそ、戦さ場で散らしてやるのが、爺へのオレのたむけだ。後藤と木村は京へ迎え。二条城と、伏見城をおさえた後、
膳所城を目標にしてさらに進軍せよ」
「ハッ」
 真田信繁、毛利勝永、木村重成はそれぞれ頷いた。後藤も嬉しそうに無言ながら頷いた。
 兵は各5000ほど。総勢20000である。
「明石には6000をあずける。高槻城を攻撃、これを占領したのち、淀城を狙って播磨国境をおさえてほしい。
 長宗我部は堺と岸和田だ。阿波・淡路からの兵をふせぐにはこの二つを必ず抑えねばな」
「お任せあれ」
 明石が言い、長宗我部も頷いた。
605人間七七四年:2008/02/29(金) 03:24:48 ID:h2IQy1Z8
 B
 雷が過ぎるような素早さだった。
 四月四日に大坂を出た六部隊はそれぞれに軍を動かし、四月十九日には、茨城、二条、伏見が落城、
高槻、堺も占領された。
 この予想外の動きに、おどろいたのは家康である。
「太閤の遺児め、目が覚めたか」
 家康の計算は狂った。
 息子の婚儀にかこつけて京都伏見の地に入り、兵を編成してから、大坂に攻め入るつもりだったが、先に京都を押さえられてしまった。
 あらたに戦線を組み直す必要があった。
 彦根の井伊直孝にはすでに連絡をとってある。井伊家の兵力でまず近江路を押さえさせる。
「わしの目で、敵の出方をみてやるわい」
 家康は落ち着いていた。
 現在、伊勢の藤堂高虎と尾張の徳川義直、それに家康自身の兵力をあわせて30000の兵力が尾張にある。
 まずはこれで近江に入り、大坂方と対峙する。おそらくは膳所城を攻める敵に対しての後詰め合戦になるだろう。
 ただし、積極的には戦うつもりはなかった。
 現在、秀忠が上杉、伊達らの関東諸軍を率いて、東海道を移動中であった。その兵数は50000ほどあり、
 これにさらに加賀前田などの北陸の兵20000が加われば、近江における東軍兵力は一気に100000となる。
 戦いはそれからでよい。
 うまくいけば関ヶ原の再現となるだろう。
 真田の小倅や後藤又兵衛が戦いを避ければ、追撃して一気に京伏見を奪還すればよい。そのまま大坂城を囲むことも可能だ。
 いや、むしろそのほうがよいかもしれない。
606人間七七四年:2008/02/29(金) 13:35:07 ID:7/75T9L0
やはりいろんな意見がでるんやけども、細菌兵器が一番やな。架空戦記 大坂夏の陣「夢の又夢」
のように綺麗なストーリーにはならんのかも知れんけど。

13世紀から、すでに欧州でペスト患者を投げ込むなどの前例もあるわけやし。
どうやろ?天然痘といわず、ペスト患者を徳川へおくりつけやったら。
最近問題のエイズもアメリカから来た細菌兵器やっていう話やで。
ペストが危険すぎるんやったら、朝鮮から数万人、梅毒に汚染された娼婦招いて徳川へやったらええ。
607人間七七四年:2008/02/29(金) 16:11:37 ID:RlrBU7yF
そして日本に強制連行されたと騒ぎだす
608人間七七四年:2008/02/29(金) 16:52:15 ID:p13IYNYK
夢の又夢おもろいので続けてホスィ。
609人間七七四年:2008/02/29(金) 17:11:10 ID:fkYMrc6D
C

膳所城は関ヶ原の翌年、家康が築かせた城である。
縄張りは築城の名手、藤堂高虎によるものであり、琵琶湖中に石垣を築き、
本丸西隅に4重4階の天守を抱く難攻不落の水城である。
この城の役目はただひとつ、
「瀬田」
の地の防衛だった。
壬申の乱のころより、「瀬田の唐橋を征するものは天下を征する」と言われ、瀬田の地は、
東からの軍勢を押しとどめるのに適し、京都の虎口のような役目をしていた。
大阪の陣当時の城主は戸田氏であるが、家康は彼では役不足とみた。
それで、まず井伊直孝に彦根から10000の兵を率いてを大津に出陣させ、敵の足並みを乱れさせた。

 真田信繁は嘆息した。
 真田と毛利隊は、瀬田川を挟んで井伊隊と睨みあいをしていた。
 この二隊は膳所城を攻撃する予定であったが、彦根から井伊隊が南下したと聞き、急きょ、これを大津で迎え撃つことにした。
 両者の兵力は互角。
 ただし、井伊隊にとって大津から草津一円は地元であって土地勘がある。
 しかも井伊直孝は若いが、なかなか兵を操るのがうまかった。
 一気呵成に攻撃するとみせて、その実、瀬田川を利用して、草津に防衛陣地を築いて、真田隊を誘う構えをみせた。
 もっとも、たやすく敵の誘いにのる真田信繁らではない。
 慎重に敵の出方をみた。
 しかし、それが過ぎたらしい。
 両者にらみあったまま、五日あまりがたったときである。
 突如、
「藤堂の兵が膳所城にはいった」
 という報告をうけた。
 信繁は愕然とした。
 家康の狙いははじめから、ここにあったのだ。
 井伊隊をもって、足をとめさせたところを、対岸から船をもって藤堂隊を膳所城に入れさせる。
 藤堂高虎は戦さ巧者で知られるが、なにより膳所城の設計者である。これ以上の援軍はなかった。
「さすがは内府」
 信繁は苦笑し、毛利勝永とともに、退却を決意した。
 藤堂の兵が入った膳所城は容易におとせまい。
 そのうちに家康の本隊および、東海道を東進する関東諸軍がくる。
610人間七七四年:2008/02/29(金) 17:46:53 ID:fkYMrc6D
D

 このとき、大阪方は伏見城に後藤および木村隊、大津に真田と毛利らが陣を張っていた。
 戦況が変わったと知るや、信繁は機敏に行動した。
 一夜にして、伏見まで退いたのである。井伊隊があわてて追撃したが、間に合わなかった。
「真田の子倅め。良い動きをしよる」
 しかし、小うるさい羽虫をひとつずつ潰すか、まとめて殺すかの違いである。
 家康は敵の出方を考えた。
 真田らが後退したことはよい。
 問題は大坂方がどこで逆襲に出るか、である。
 家康は信長の戦いを通して、京都での戦さの厄介さを知っている。
 市街地では、攻めるほうも守るほうも混乱しやすい。大軍であるほどそうだった。
 そして、それは真田らも気づいてるはずだ。
「佐渡」
 と家康は老臣の本多正信をよんだ。正信は老齢であり、病にかかっていたが、
それでも、もっとも頼りになる側近として家康は夏の陣に際しても同行を頼み、正信も自ら志願した。
「いっそ茨木城まで退くはずだと思うが」
 後藤、真田らが兵略に通じているならば、伏見城や二条城にはこだわらない。
 勝つためには、手にしたものを捨てることも必要である。
「さようですな」
 佐渡も同意した。
 だとすれば、本格的な決戦は、大阪の野となる。
 「秀忠を待つ。そしてそののち、伏見と宇治の二方面より大坂を攻める」

 真田隊が撤退した翌々日、近江に入った家康は井伊の兵と合流。
 草津にて秀忠を待つこととした。
 そのときである。
「敵襲」
 を告げる使い番が、家康の本陣にあらわれた。
「大坂方です」
「なに」
 未明であった。家康は寺に泊まっていた。必死に眠気をさまし、闇の先に思いを馳せた。
 進行してきたのは木村隊であった。大津から一気に、瀬田川を渡り、草津方面へ進撃してきたのだ。
「木村隊だけのはずがない。他は」
 このとき、正確には家康のもとに連絡が入らなかったが、大坂方は木村隊を先鋒として、後藤、真田隊が後続して瀬田へ向かっていた。
 一方、膳所城には毛利勝永隊が攻撃をしかけている。
「おのれ、真田の子倅」
 後退したのは見せかけであったのだ。
 大坂方の目的はあくまでも、この瀬田の地の奪取にあるらしい。
 たしかに大阪城に忍ばせている間諜からの報告でも、秀頼は瀬田をどうしても奪えと真田らに命じたと聞いていた。
「面白い」
 家康は腹を決めた。
 いまだ秀忠の部隊は到着しない。
 草津にあるのは井伊隊の10000と徳川義直の20000。そして家康直属の兵15000である。
 総勢45000。
 大坂方の兵力に数では倍している。
 もともと野戦は家康の得意中の得意であり、そもそもこの状況をつくりだすために、冬の陣では堀を埋めさせたのだ。
「このわしと小童どもとの差を教えてやろう」

 
 しかし、なにごとも、予想通りにいかぬのが、戦さの常。
 かくして後世に伝えられる大激戦、「瀬田川の戦い」の火蓋がきって落とされた。

611人間七七四年:2008/02/29(金) 17:55:57 ID:p5Yk1WHU
続編ワッフルワッフル
612人間七七四年:2008/02/29(金) 18:20:11 ID:mrcA9+UN
北条とどっちが可能性ある?
613人間七七四年:2008/02/29(金) 18:35:01 ID:sg1HSQDv
>>612
そりゃ北条
614人間七七四年:2008/02/29(金) 18:58:12 ID:DMbzytVF
細菌で勝つぐらいなら、もうおとなしく負けたほうがいいんじゃないだろうか(笑)
最悪、16世紀で日本人が消滅したりしてな(笑)
615人間七七四年:2008/02/29(金) 19:14:12 ID:p13IYNYK
>>610
ワッフルワッフル
どっちが勝つのかドキドキ。


616人間七七四年:2008/02/29(金) 23:25:26 ID:h2IQy1Z8
架空戦記 大坂夏の陣「夢の又夢E」
 
 木村重成は二十四歳。
 伏見城でのことである。
 戦さで万一死ぬことがあれば、恥をさらすまい、と出陣前に冑や身に香を焚いていると、これを信繁に見られ、
「良い心がけだが、やめられよ」
 といわれた。
 信繁は冬の陣における獅子奮迅の活躍から、鬼神のような豪傑とおもわれがちだが、実際は小柄で、温和な中年男であった。髪には白いものが目立ち、額に三寸ほどの傷があるが、これは紀州九度山にいたころ、山で転んでつけたという代物であった。
 ひとによってはそうした信繁の外貌をみて、名と実の差に驚き、そして信繁を侮るものも多いというが、重成はむしろその飾らない人柄を敬愛していた。
 信繁はいう。笑っていた。
 このたびの瀬田方面における作戦の立案および総指揮は真田信繁がとることになっている。そう、秀頼が命じたのだ。
「君は秀頼公がもっとも信頼する士のひとりだ。君の命が終わるときは秀頼公に万一あっての時だけだ。秀頼公より先にいくなど、あってはならない」
 重成は恥じた。
 自らの死に様ばかりを考えていて、肝心なこと、本質的なことを見落としていたことが恥ずかしかったのである。
 その重成が突撃した。
 伏見から馬を飛ばし、途中、休息をとった後、大津に到着した木村は、内藤長秋、山口弘定を左右とし、重成自身は中央の隊を率いて、瀬田の石山寺付近より、瀬田の唐橋を使わずに渡河した。時に、慶長二十年の四月二十五日。払暁。

 草津に野営しているのは井伊直孝であるが、もとより戦闘を目的としての布陣でないため、すぐさま迎撃の態勢がとれなかった。
 井伊隊の10000のうち、実際は井伊家の兵は5000余りであり、残りは伊勢亀山の松平忠明が3000の兵をもち、これに長浜四万石の内藤信正の兵が1000、大垣の石川忠房の兵が1000らが加っている。
 このうち、真っ先に木村隊と遭遇したのは、内藤、石川の小隊であり、重成はこれらを揉み潰すように散らした。
(オレの敵は井伊と松平下総だ)
 木村隊は川を背にする形で、完全対岸に渡りきっていた。そのため容易に退却できない態勢であるが、重成はそれを恐れなかった。もとより死中に活路をみつけるのが、この戦いなのだ。
 井伊隊と松平隊の反応は素早かった。混乱から早くも立ち直り、陣をたてなおして、左右へと別れた。重成はこの状況を山口、内藤の両隊で支えさせる一方、
「いくぞ」
 と、自身は中央の部隊を率いて、井伊隊の左翼に突撃した。
 井伊家の将は川手良利である。
 剛勇の将であり、重成の突撃をみると、欣喜してこれを迎え撃ったが、一瞬にして、彼の首は宙に舞った。それほど木村隊の士気は高く、兵威に凄まじいものがあった。
617人間七七四年:2008/02/29(金) 23:33:10 ID:GdZaXTzz
意外にも悪くないな
618人間七七四年:2008/02/29(金) 23:42:09 ID:yTizAqjN
>剛勇の将であり、重成の突撃をみると、欣喜してこれを迎え撃ったが、一瞬にして、彼の首は宙に舞った。
どんだけご都合だw
619人間七七四年:2008/03/01(土) 04:13:12 ID:VS6Uy/Jn
淀が他界すれば、秀頼も動き易くなる。
7本槍の誰かが、豊臣家内にいたら、家康の言い掛かりは無かったな。
620人間七七四年:2008/03/01(土) 07:50:38 ID:ueAGXxiA
言い掛かりをつけて相手を挑発し、合戦に持っていくのが家康の得意技なわけだが
清正、正則がいたら間違いなく挑発の対称にされてる
621人間七七四年:2008/03/01(土) 08:43:02 ID:IKIiJQA6
福島正則って、長い後半生は後悔しっぱなしだったんだろうな。
622人間七七四年:2008/03/01(土) 12:48:56 ID:KrTF335v
ザマを見ろだね
623人間七七四年:2008/03/01(土) 13:45:21 ID:oDHqphWB
>>619
片桐且元はかなり頑張った方だと思うけど。
624人間七七四年:2008/03/01(土) 14:19:36 ID:iYxErGNI
架空戦記 大坂夏の陣「夢の又夢F」

 井伊直孝は先の瀬田川での前哨戦では真田、毛利隊を相手に責務を全うし、父に劣らぬ軍才を見せた。
 今も、木村隊の猛撃に味方が崩れ立つのをみると、退くな、退けば、斬るぞ、と激昂し
 諸小隊を叱りつけ、励ました。
 これで総朱の井伊の旗に精気がもどり、一時、一町あまり押された隊列が、再び息を吹き返した。
 隣にならぶ松平忠明隊もこの井伊家の動きをみて、勢いをました。
 このときの松平隊の攻撃は凄まじく鉄砲の一斉射撃のあとに突撃で、木村隊を左翼を圧倒し、ついには木村隊を将、内藤長秋を討ち取った。
 しかし、木村は怯まなかった。
 内藤隊の壊滅を知ると、むしろ、
「今ぞ」
 と味方を叱咤した。
 ここが戦さを分けると重成は思った。
 事実、木村隊の左翼崩壊をみて、井伊隊は勢いづき、一気に攻勢に出た。
 重成の旗本たちは兜のひさしをさげ、槍をかまえてこれを待ちかまえた。
 瀬田川は浅いが、さりとて容易に退けるわけではない。文字通り背水の陣である。
 激戦となった。
 木村隊は井伊、松平隊に討たれ、追われ、瀬田川ギリギリまで追いつめられたが、さりとて崩れなかった。
 木村隊の隊士はほとんどが豊臣家の旗本であり、その点、他の部隊と違っていた。
 高い士気と、乱れぬ統率力をもち、それが初戦で井伊隊に損害を与え、いまも凄まじいまでの粘りとなっていた。
 井伊と松平隊には焦りがあったに違いない。
 この均衡を破ったのは数百の銃撃音であった。
 それは松平忠明隊におこった。
 銃撃と同時に、真っ赤な津波のように、松平隊に襲いかかったのだ。
 すでに夏の陽は東天のぼっていた。
 瀬田の西岸は川に面したところは芦原だが、やがて地が堅くなり、林となっている。
 その林を続々と抜けでてくる兵がある。
 夏の陽に翻るのは、赤地に六文銭の旗。
 真田信繁であった。
 しかも旗はももう一種類。純白無地の旗である。後藤又兵衛だった。
 二隊が赤と黒の嵐風のように先を競い、松平の隊に襲いかかった。
 この二隊の存在は、混乱の中でも東軍がわに察知されていたが、ただ渡河点が予想できなかった。
 家康は尾張兵の一部を割いて、瀬田の唐橋の守りにあてたが、真田、後藤隊はその裏の裏をかき、木村の辿った路から渡った。
 松平忠明隊はこの二隊の攻撃をもろに受けた。そして陣を乱して壊走した。

 
625人間七七四年:2008/03/01(土) 14:23:50 ID:iYxErGNI
 架空戦記 大坂夏の陣「夢の又夢G」

この状況をみて井伊家の老臣らは、
「これまででござる」
 と直孝に退却を進言した。
 真田隊と後藤隊は大坂でも随一の戦闘力をもつ。木村隊との戦いで疲弊している自軍にこれを支えきれるはずがなかった。
 後方一里にすでに家康の本隊がきている。そこまでさがるべきだ、と進言したのだ。
 事実、井伊隊も真田、後藤隊の登場により、陣を崩され、井伊隊の侍大将の山口重信が戦死、直孝の本隊も乱れはじめた。
 しかし、直孝はこの状況に首をふった。
 彼は若かった。若さが、彼に退却を拒ませた。退くは恥である。いっそ死ぬのが武士の華だ。もとより彼は井伊の次男であり、彦根には兄がある。後事は憂えることはない。
「私と死ね。井伊の名を汚すな」
 と直孝は言うや、むしろ木村隊に猛然と突き掛かった。
 直孝自身、槍を抱え、士卒二百人をもって、木村隊のただ中へ駆け寄り、
「長門守はいずこか」
 と怒鳴った。
 木村重成はそれをきき、
「ここぞ」
 と応じるや、旗下の兵士たちに迎撃を命じた。数百、千余の猛犬のように、木村隊の兵士たちは井伊隊にぶつかった。
 
 井伊および、松平隊の壊滅が伝わったとき、家康はおもわず腰を浮かせ欠けた。
 しかも、井伊直孝は戦死したという。
 この二隊が敵と交戦している間、家康が率いている譜代諸隊や旗本衆および、尾張兵の一部の将から、
「援けにいきたい」
 という申し出があった。
 しかし、家康はこれを許さなかった。井伊も松平も若いが、なかなかの戦さ上手である。敵の兵数がいかに多いと言っても、容易くは敗れまい、と家康は考えたのだが、その予想が外れた。
 家康は歯がみした。
 人は、家康のことを温厚な徳人であるという。
 たしかにそうした面もあるが、しかし本来の彼は勇猛でかつ短気であった。
 そして、そうした気の荒さが、家康の野戦戦術の一つの特徴だった。
 素早いのだ。決断が。
 そして、勢いがある。
 家康は伝令を走らせた。
 本多忠政、水野勝成、古田重治、酒井忠次、仙石忠政、戸田氏信、牧野忠政および尾張の徳川義直らに、だ。
 すでに先鋒および進軍の順序はきめてある。
 このときはただ、
「真田、後藤の首をとれ。必ず、我が前に晒せ」
 とだけ命じ、
「わしに無様な姿をみせるなよ」
 と最後に付け加えた。
 諸隊は震えた。
 家康の近くに仕えたことがあるものほど、そうだった。
 総勢三万五千の軍が大津波のように音をたてて動きだした。

626人間七七四年:2008/03/01(土) 14:33:02 ID:tPSuProp
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       世 界 か ら 孤 立 し た 日 本 に 救 い 主 が ! !
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 !   \       _,,-┐    /          |      |r‐-、、     /   !
 ゙、   `ー--<´   /    /          |       |゙、  >−一'′   ,'
  y'         `ヽ/     /            |      |ヽ '´         イ
627人間七七四年:2008/03/01(土) 15:40:26 ID:iYxErGNI
 架空戦記 大坂夏の陣「夢の又夢9」

このとき、木村隊はすでに隊列のかたちを成さぬほどに消耗していた。
 このため、
「退くべきです。すでに勝ちは拾いました」
 と木村の家臣たちは進言した。
「家康の本隊がすぐそこにいるのに後退などできるか」
 と声を荒げた重成だったが、同時に信繁との約束が脳裏をよぎった。
 今回の自分の役目がなんであったのか。
 それは真田、後藤隊の橋渡しにあった。
 そして、いまは家康の首をとるときではないのだ。
「わかった」
 と、木村は軍を引いた。
 真田と後藤隊もここで家康本陣を壊滅させるような決戦をするつもりはなかった。無論、その好機があれば、それを拒まないが、家康の用兵力を信繁は侮っていなかった。
 真田信繁と後藤は、この戦さでできるだけ徳川家の先鋒隊の兵力を削ることを目標としていた。まだ大坂には秀頼の兵が五万あり、なにより秀頼自身、自らの手での決戦を望んでいた。
 ただ、そうはいっても、遠方に家康の大馬印がみえたとき、信繁は身のうちに溢れる興奮を抑えかねた。それは後藤又兵衛も同じらしく、井伊隊の壊走を追って、一気に北上し始めた。
「又兵衛殿、早いッ」
 信繁は又兵衛と轡をならべ瀬田の唐橋付近で敵を迎え撃つつもりであった。しかし家康幾下の兵たちのり足並みが思った以上に揃っており、しかも慎重なため、むしろ焦らされた又兵衛は釣り出されるかたちで、草津方向へ出すぎてしまった。
 しかし、信繁はそのことを咎めなかった。又兵衛の気持ちもわかる。井伊隊を壊滅させた木村隊の勢いを失いたくないのだ。信繁の兵士たちもまた、さらに戦いを求めて、焦れていた。
 そしてついに又兵衛と徳川隊が接触した。
 本多隊は足をとめ、銃の一斉射撃をした。一方、又兵衛は足軽隊を三段にわけて弓と鉄砲でこれに応戦させたあと、突撃を命じた。
 激戦となった。しかし、又兵衛隊のほうがいくらか押していた。ただ、本多隊につづく形で、水野、酒井諸隊らが後藤隊に襲いかかると、形成は一気に後藤の不利となった。
 真田はそれらの流れを静かに見た後、
「いくぞ」
 と旗下の五千に槍をいれさせた。
 信繁の部隊には騎兵が多い。とくに本隊三千はほとんど馬上であった。信繁は騎馬のもつ機動力を活かし、後藤隊一つに雲霞のごとく殺到する東軍諸隊へ横槍をいれ、そのまま敵陣深く入り込み、斬り、散らした。
 血しぶきがあがり、沙塵舞い、人馬の叫びが芦原から荒れ地へと満ちた。
 両軍凄まじい数の死傷者がでたが、最初に敗走したのは、徳川方であった。
 先鋒の本多忠政である。
 
628人間七七四年:2008/03/02(日) 06:56:05 ID:sWSeUCbn
いいね!
629人間七七四年:2008/03/02(日) 18:37:01 ID:ZKa1bTOe
 架空戦記 大坂夏の陣「夢の又夢 10」  

 本多忠政は、家康股肱の臣、平八郎忠勝の嫡子である。
 関ヶ原では大きな武功をたてて家康に賞され、父の死後、桑名本多家の総領をついだ。
先鋒の将には二つある。
 ひとつは敵の力をはかるに長けたもの。
 今ひとつは、敵の力をまったくはからぬもの。
 忠政の父、忠勝は後者だった。
 しかし、忠政は違うらしい。
 彼は将としての才も度胸ももちあわせていたが、やや計算高すぎた。相手をはかりすぎるきらいがあり、また己を捨てることを嫌った。
 本多隊の敗因は、捨て身の後藤隊に対し、己を捨てずにぶつかったことだ。忠政は後藤隊の強さに驚いた。大坂の部隊のほとんどが痩せ浪人たちの寄せ集めときいていた。
 後藤隊もその噂に違わず、具足そろわず、旗もバラバラであったが、しかし、強さは関ヶ原で戦った西軍のいずれにも劣らなかった。
 その驚きが、忠政に軍の手綱をひかせた。ひかせすぎた。
 大きな力同士が激突するとき、いずれかが力を弱めれば、一気に形成が逆転する。忠政もそれぐらいはわかっていた。しかし、わかっている以上に敵の圧力が強く、一度、退かせた自軍の足は、思った以上に止まらなかった。
後藤隊の後退は続く、水野、酒井らの諸隊にも混乱を呼んだ。
「本多の倅め、戦さ場で命の勘定をしたな」
 と水野は唾を吐きすてた。
 水野勝成は50歳。もともと徳川の臣だが、一時、家康のもとを去り、秀吉や秀吉恩顧の将のもとに仕えたこともある、古強者であった。刈谷三万石の小藩の主だが、このときは家康から兵を与えられ、本多隊とともに五千の兵を指揮して、両先鋒となっていた。
 水野隊はかまわずに後藤隊に噛みついた。このとき、本多隊はいまだ全軍崩壊したわけではなく、一部の兵がなお戦場にとどまって、後藤隊に抵抗していたが、水野はその本多兵ごと、
「撃て」
 と命じた。
 鉄砲大斉射である。
 凄まじい轟音がひびきわたり、硝煙が壁のように一瞬、後藤隊の前を多うや、後藤隊の将士は血を吹き散らせて、バタバタと倒れた。
 と、すぐに足軽隊が槍ぶすまをつくり、後藤隊へ一気に迫った。
 このときの水野隊のやりかたは、後日、徳川のあいだで大いに問題となったが、ともかく、水野隊の攻撃は成功し、後藤隊ではまるで枯れ葉が風にふかれるように、バラバラと兵士が打ち抜かれては、倒れ、陣列乱れて、大変な被害となった。
 しかし、又兵衛は怯まない。
 水野隊の旗をみるや、味方を叱咤し、突撃を命じた。
 又兵衛自ら、大馬にのって、槍をふるい、敵兵を数十も突き殺す。
「雑魚は失せろ。命を捨てる覚悟あるもののみ、前へでろ」
 と又兵衛怒鳴った。
 そして彼が叫ぶたびに、麾下の兵士たちは勇躍し、奮闘した。

630人間七七四年:2008/03/04(火) 16:31:52 ID:YovOOkQR
631人間七七四年:2008/03/04(火) 17:31:26 ID:F+NHExaO
おい続きまだ
632人間七七四年:2008/03/04(火) 18:44:58 ID:AUBkih+7
あせらず待とうほととぎす。
633人間七七四年:2008/03/04(火) 21:49:15 ID:9/XDkruZ
流れ的に続き・・書いていいのかな?

読み返してみると誤字だらけで。。恥ずかしいやら、スイマセンやら。
634人間七七四年:2008/03/04(火) 21:52:11 ID:ePvKrN/B
むしろ続き待ってるからレスが止まってるんだと思われ
635633:2008/03/04(火) 23:22:35 ID:9/XDkruZ
 架空戦記 大坂夏の陣「夢の又夢 11」  

「なにをしておるか」
 家康は、馬上、伸び上がっては、自らの鞍を幾度となく叩いた。
 後藤又兵衛の名は家康も知っていた。
 勇名あるといっても、もとは黒田家の陪臣に過ぎず、ただ一個の豪傑と思っていた。
 が、その一個の勇を破れない。
 なるほど、本多隊の敗走によって失われかけた流れを、水野勝成が、どうにか押しとどめた。水野は変わった男であり、扱いづらいが、しかし、口だけのことはある。戦さ上手だ。 
 だが、その水野の猛勇をしても、後藤隊に勢いを殺せぬ。
 その理由の一つに真田隊の動きもある。
 後藤隊が突出しているのを、真田隊が追いかけるかたちで。両者たくみに連携している。
 しかも、地形も悪い。
 瀬田川を西にみて、芦原と灌木、そしていたるところに沼沢があるため、行軍路はかぎられてくる。いかに大軍であっても、戦場が狭小であるため、一度に大きく開いて陣をはれない。数では勝る徳川方だが、結局は各個に後藤、真田隊にあたるような形をとらざるをえない。
 おそらくは知恵者の真田あたりが、この地形での戦闘を目論んだのだろう。小憎らしいほど良い読みだった。
「動くぞ」
 家康は伝騎を走らせた。
 家康には分かっていた。
 戦いの流れをわけているものは、地形や将の才だけではない。
 覚悟の違いがある。
 先の木村にしろ、後藤にしろ、そして真田にしろ、この一戦に賭ける強い意志を感じる。
 だが、味方はどうか。譜代の将たちですら、この戦さをただの功名を立てる場としか考えていない。
 家康はそのことに怒り、そして同時に、戦意をかきたてられた。
「いいだろう」
 と家康は低く、しかし、傍にいるものたちにも聞こえる声で呟いた。
 秀頼はじめ大坂の小僧どもに問うてやる。
 汝らには、覚悟があるのか、と。
 この家康を殺して、天下を自ら担ぐだけの気概と構えがあるのか。
 家康は軍扇をふるった。
 轟音をたてて、一気に二万もの軍勢が動き出した。
 路はかぎられている、が、路なき路にまで、兵をだした。水が別れ、走るように。
 たとえ足場が悪くともよい。こちらには数がある。洪水が地を浸し、全てを飲み込むように、静かに、しかし圧倒的な勢いをもって、敵を脅かすのだ。大切なのは、勢いである。自陣を決して崩させぬ、という覚悟だ。
636633:2008/03/05(水) 01:23:53 ID:NGaZR3p9
 12
 
 家康の命令を受けて、それまで順列を守っていた徳川諸隊が一気に野に溢れた。
 水しぶきをあげ、泥をはね、藪をぬけ、軍が進んだ。
 榊原康勝、小笠原秀政、仙石忠政、諏訪忠恒、保科正光、藤田信吉、丹羽長重 松平忠良、松平信吉、牧野忠成、松平成重らの諸隊である。
 それは賭けであった。
 足場の悪い地形に展開した部隊は、強固な陣形をつくれない。
 しかも、広がった分、陣はそれまでの厚さを失った。後藤隊のすぐまえに陣どる水野、酒井隊が崩れれば、家康本陣はすぐそこであった。
 だが、逆に考えれば、水野、酒井隊を崩してもなお、そこに家康直属の兵が五、六千ほどはいる、ということだ。
 しかも、この家康本陣に突撃しているあいだに、左右に展開した、一万数千の各部隊に側面、および後方を囲まれることになる。
 震えた。
 六文銭に前盾がわずかに、だ。
 前盾の主、真田信繁である。
 彼は、
「ここまでだ」
と素早く自軍の各隊および僚友の後藤隊に伝令をだした。
 陽はすでに沖天に上り、地に陽炎がたっている。天に駆けようとする龍のように乱雲が青空にたちのぼっているその下、黒雲のようにうずくまる軍勢が見えた。
 家康の金扇の馬印がそこにある。
 が、真田はそれをみて、好機に勇むようなことはなかった。
 むしろ、恐怖を感じた。
 老いてなお、衰えない、家康の覇気に、である。そして思い出した。
 かつて、似たような状況を、家康が演出したことを。
 秀吉と家康が激突した小牧・長久手の戦いである。
 初戦では豊臣秀次が徳川勢に敗れたが、その徳川勢の進撃を、豊臣方の堀秀政が止めた。
堀はそのまま余力をかって、徳川方を突き崩そうとしたが、そのとき、家康本隊が突如として前線にでてきたため、堀は虚を突かれ、追撃どころか、むしろ退却した。
 堀は「名人」といわれたほどの戦さ上手だが、その堀を驚愕させるほどの「間」を家康は作り、結局はそれが長久手での徳川方の勝利、そして豊臣家における家康の存在を決定づけた。
 だが、真田の判断を、後藤又兵衛は、汲まなかった。
「後退すべし」
 との信繁の伝令を、
「臆すな、真田」
 と怒鳴り、唾を吐いた。
「家康の首がそこに転がっておる。拾える。あと一押しじゃ」
 後藤又兵衛は、木村重成ほどには真田信繁という男を、高くは見ていない。侮っている、というわけではない。
 同じ男として、みているのだ。
 なるほど、真田は知恵者である。そのことは後藤もみとめる。
 しかし、知恵回りすぎるために、心に余計な波が立ちすぎることもある。
 かつての主君、黒田長政がそうだった。
 長政は六尺の偉丈夫であり、性格は剛毅で、勇将の素質があった。
 秀吉は長政のことを柴田勝家に似ている、と評して戦場での働きに期待したが、長政自身はその例えを嫌っていた。
 彼自身は、戦さ場での駆け引きしか知らぬ武士を蔑み、帷幄のなかで謀をめぐらすことを好んだ。猛将とよばれることを嫌い、策士と自称した。
 しかし、又兵衛にいわせれば、それこそ笑止であった。
 長政の策士ぶりなど、彼の父の如水と比べれば、赤子のようなものであり、真似ても追いつかぬ、と思っていた。
 又兵衛は如水に拾われて育てられ、長政とは兄弟のようにして育った。その気軽さゆえの老婆心が、又兵衛をして、長政にそのことを何度も言わせた。
 しかし、長政にはその又兵衛の態度、言葉が不快だったとみえ、ついには殺そうとさえした。
 だから又兵衛は黒田家を出た。
 長政に言ったように、又兵衛は又兵衛自身を知っている。
 ワシは戦さ働きだけの男じゃ、と。だがもそれは自負でもあった。戦場での働きならば、天下一だと。
 家康なにものぞ。
又兵衛は真田の制止を振り切り、突撃をした。
 眼前の敵陣を突き抜けて、家康の本陣に達し、あの金の馬印を倒せれば、この戦さは終わる。
 そして、この後藤又兵衛の名は、そのとき、長政より上になるだろう。
 又兵衛のなかでの長政への想いは愛憎半ばしている。
 しかし、死の最期まで、長政を意識せずには、いられぬだろう、とは又兵衛も自覚していた。
 そして、その最期が来た。
 
637633:2008/03/05(水) 01:25:13 ID:NGaZR3p9
疲れたので 寝ます。明日ふつーに仕事だし。調子にのりました。
638人間七七四年:2008/03/05(水) 02:10:46 ID:bShuCa07
>>637
乙でした。続きを楽しみにしております。
639人間七七四年:2008/03/05(水) 06:59:00 ID:ZCaFFp7Y
篭城って友軍が到着するのを待つ作戦でしょ?
誰を待っていたんだろう。清正が生きてれば悪くない作戦と思うが。

まぁ、どう考えても野戦の方が確率は高かっただろうな。
もっとも平野で3倍以上の大軍相手に戦えるはずもないから
1万程度のみを大坂城に残して複数のルートから侵攻する部隊が
集結する前に各個撃破というのが常道でしょうね。

もちろん幾つかは大坂城に取り付くかもしれないが。
640633:2008/03/05(水) 09:35:04 ID:VlBVGCvK
>>638

ありがとうです。
スレを独占しているようで気がひけますが。

ふざけた気持ちで始めたのが・・長引いて困ってます(+_+))
641人間七七四年:2008/03/05(水) 16:06:28 ID:5KG4JDvu
わずか数百の神保勢が一万余の伊達勢を踏み潰す展開キボン。
642人間七七四年:2008/03/05(水) 16:49:23 ID:A7dhEwTN
Wikipediaで大坂の陣のページを読んでいたら、
「豊臣方は淀川の堤を切って大坂一帯を水没させ、大坂城を浮城にしようとした」
という記述を見つけたんだけどこれって本当なの?

もし実現してたらモン・サン=ミシェルみたいに壮観な眺めになっていただろうに。
643人間七七四年:2008/03/05(水) 17:16:51 ID:aC0wvHES
キボンヌと言うことなら…

どういうわけかいつまでたっても若いままの淀の方が、これまた美人ぞろいのお女中衆を率いて「真っ裸」で家康本陣に突撃するシーンを入れとけば、Vシネマの原作として採用されるかもしれんぞ。
644人間七七四年:2008/03/05(水) 17:18:31 ID:32MapHTn
こうして糞スレと化していくわけか・・・
645633:2008/03/05(水) 17:29:31 ID:VlBVGCvK
淀君は・・・煮て食うか、焼いて食うか思案中。

神保が伊達の味方うちで壊滅した話は、
辛いんで、なんとか神保に一花さかせてやりたいが・・・
むりっぽいなあ。
伊達はこの先、キーになる予定だし。

・・ってそんなに書けるのかな、おれ。
646人間七七四年:2008/03/05(水) 20:10:47 ID:H03oFGMq
>>642
大日本史料参照してみ
647633:2008/03/06(木) 11:01:06 ID:dDVEBVW/
又兵衛は槍を軍扇かわりにして、突撃を叫んだ。
 水野勝成は戦さなれてしている
 このときの後藤隊の勢いを見て、
―死兵じゃ
 と陣をゆるめた。まともにぶつかるより、むしろ勢いをそらすべし、と考えたのだ。
 そのため、水野隊と交錯するように布陣した酒井隊が、もろに又兵衛隊の突撃を正面からうけるかたちになった。
 酒井隊を率いる酒井家次も、さきの井伊、松平同様に若い。
―止めろ、止めろ。大御所がみているぞ
 と叫び、若さにまかせた荒さで味方の崩れを防がせた。
 このとき、後藤隊は槍入れと同時に鉄砲隊を繰りこませる、という戦法をとった。
 野戦の多かった朝鮮で、西国大名を中心に広がった戦法である。
 乱戦のなかで火縄銃を射撃することは非常に困難であるが、前衛の槍衾が強固であれば、これが可能だった。
 この攻撃に、酒井家次は馬を討たれた。
 が、酒井はひるまない。
 落ちてなお、槍持ちをよび、父から譲り受けた「甕通」の名をもつ槍を手に、敵と直に渡り合った。
 この酒井隊の苦境をみて、一気に、
―いまじゃ
 と掛け声をあげたのが、家康である。
 家康軍の旗本衆がついに乱戦に参加した。
 又兵衛は驚いた。
 よもや、家康から仕掛けてくるとは思わなかったのである。
「さすがは天下人、戦さの名人とだけいわれることはある」
 と呟き、なるほど、真田が恐れた意味がわかった、と思った。
 戦さを決するのは、波であった。
 小さな波が重なって、大きな波となる。
 戦さのたくみなものは、波の起こしかた、その起こす時をよく知っている。
 そして、家康こそ、その名人であった。
 家康の本陣が進んで、出てきたことで、酒井、水野隊が息を吹き返すのを、又兵衛は感じた。
 こうなれば、敵中に包みこまれ、退路をうしなうのは確実である。
 水野隊、酒井隊を再度つきくずして、家康本陣にったするためには、味方の兵力で足りない。
(真田が怯まねば)
 と思ったが、しかし、真田信繁を恨む気持ちなどなかった。
 むしろ、平素は温和な、犬に吠えられても驚くような真田が、
 戦場でみせる冷徹さ、鋭さにいまさらながら感心した。
 それに過ちは自分にあった。
(この戦さは、もはや形が変わったのだ)
そのことがわかっていながら、徹しきれなかった。
 もともと、又兵衛は死ぬために、大坂に入った。
 それは真田、長宗我部、毛利、そのほか何千、何万という浪人のほとんどが同じだったはずだ。
 それがかわったのは、秀頼の変貌だった。
 秀頼の覚醒、
―家康を討つ。討って運命を変える
 というあの覚悟が、この戦さのかたちを変えた。
 そして真田はそれに応えた。
(わしはそれができなかったわけじゃ)
 槍を手にして、肩で息をする又兵衛はそう思った。
648633:2008/03/06(木) 11:01:31 ID:dDVEBVW/
又兵衛はすでに二度も乗り馬をかえていた。
 三度目の馬に乗り換えようとしているときである。
「殿」
 と近習が叫んだ。
「橋が、瀬田の唐橋が燃えております」
「なに」
 後藤は顔をあげた。
 一里ほど西北、夏空のしたにたしかに煙と炎が見えた。
「真田か」
 後藤は笑った。
 これで後藤隊は退路を完全に断たれた。もはやここで死ぬしかない。
 が、同時に徳川の軍も容易には大坂方を追撃できないだろう。
 膳所城を攻めている毛利、そして真田より先に戦場を脱した木村隊の退却が可能ならば、十分に戦さは次につながる。
 真田はあえて、味方を見捨てたとさげすまれるのを知って、その判断をした。見事だ、と又兵衛は思った。
 ならば、ここは僚友として、真田のために、秀頼のために一花おくってやるべきだろう。
「よいか」
 と後藤は怒鳴った。
「わが軍は味方のためのしんがりとなり、この地で徳川の隊を苦しめるだけ苦しめてやることにする」
 後藤隊の隊士たちは浪人の集団であり、もとより又兵衛にたいする忠誠心などない。
 ただ、己一個の生き方に対する誇りだけはあった。
 その誇りが、彼らを支え、数倍の敵に囲まれながら、全滅するまで戦いつづけるという壮絶さを選ばせた。
 その凄まじさは、後藤隊が少数であることを侮って、一気に決着をつけようとした水野隊を逆に敗走寸前にまで追い込むものであり、
 この最後の戦いで、水野隊では多数の死者をだし、水野隊右翼の奥田忠次が敗死したほどだった。
   
 こうして瀬田川の合戦は終わった。
 身に十数創を被ったのち、又兵衛の首はついに酒井家次隊にとられた。
 戦後、その首は家康のもとで実検されたが、死してなお微笑をたもっており、家康にその剛腹な死相を賞賛されたという。
 瀬田川の戦いそのものは、膳所城を死守したということで、戦さそのものは徳川方の勝ちとされた。
 しかし、徳川方の被った損害は大きく、井伊直孝が戦死したうえ、本多忠政、松平忠明の二隊は壊滅、
 水野、酒井の両隊も再編成が必用なほどの被害をだし、死傷者の数はじつに一万四千を数えた。
 これに対して、大坂方の死傷者は木村隊および後藤隊に集中して七千ほどであった。
 毛利隊と藤堂隊については、両軍、主戦場から離れていたためのごぜりあいしかなく、損害は軽微であった。
 毛利勝永の退却時も、藤堂隊はこれをあえて追わず、藤堂家士の渡辺勘兵衛はそのことで主君の高虎の慎重さを罵ったというが、
 高虎としては、さほど価値のない戦さ場で無用な損害をだしたくなかったに違いない。
 瀬田川の合戦は、結果としては痛み分けに近い形に終わったが、しかし、数で劣る大坂方が徳川方と互角と戦ったというだけで、
 東軍にとっては大きな衝撃であった。
 
 とりあえず、第一章 了(笑)
649人間七七四年:2008/03/06(木) 11:44:21 ID:KR84cVZU
お疲れさまでした。
m(__)m

次回はぜひ「馬に乗った千姫が、幸村死後の真田隊残存兵力を率いて、家康本陣に突撃する」という展開をお願いします。
650人間七七四年:2008/03/06(木) 12:41:31 ID:7gSMthe9
淀には殿の敬称をつけてやらんもんかなぁと。
651人間七七四年:2008/03/06(木) 14:20:58 ID:PC3KRD/i
煽るわけでもないが>>649のような仮想の限度を越えた馬鹿がわくから辛いよね
652人間七七四年:2008/03/06(木) 14:46:42 ID:orx8kZDD
>>649
自分で書いてみたら?
653人間七七四年:2008/03/06(木) 15:33:57 ID:/CKGHoRQ
じゃあ、いっそのこと、真田十勇士をだしてください。
654633:2008/03/06(木) 15:34:59 ID:dDVEBVW/
誤字脱字だらけ、しかも文章も下手っぴで、ツマランもの晒してスンマセンでした。
次回は未定ってことだけど、真田大活躍ってかんじで頭の中では妄想中です。

>>649
んでも、仮想の限度については、好みとかによるでしょうね。
きっとそういう展開のがいいという人もいるでしょうし、
オレのは、地味でツマンネって人もいたかと(^^ゞ

基本的には、このスレで書かれていた話をとりいれてみました。

秀頼以外は、なるべく史実のイメージで書いてみましたが・・・
あくまでも個人レベルでのイメージです。

小説中の真田なんかは好き嫌いあったかもしれません。
(といっても、今回はほとんど活躍してませんが)
真田は、もともとファンが多いですしね。
オレのイメージは「ボサっとしておやじ」です。
ゲームの「戦国なんたら」ファンとかの・・・苦情は受け付けません(-"-)

655人間七七四年:2008/03/06(木) 17:00:00 ID:6Cvpt0Tl
幸村タソは40過ぎの美少年だから
656人間七七四年:2008/03/06(木) 22:32:30 ID:HUD1tJDx
幸村は身長3メートルで関ヶ原で大活躍したらしいよ
657人間七七四年:2008/03/07(金) 22:45:54 ID:953jc5zr
>>650
「淀」なんて奇妙な呼び方を最初に使ったのは誰なんだろう?
この呼び方じゃ地名になってしまうもんな
瀬名姫のことは誰も「築山」なんて呼ばないのに・・・
658人間七七四年:2008/03/07(金) 23:04:54 ID:t6oatlQq
秀吉から淀城もらったから淀殿だろ
瀬名姫の名称あたりとはまるで違うよ
659人間七七四年:2008/03/07(金) 23:31:33 ID:fzddtZ9s
淀って言う呼び捨てのことじゃ?あと淀君とかも。
築山御前、築山殿は普通に使うし
660人間七七四年:2008/03/08(土) 00:43:34 ID:kHY4Yzbm
淀殿、あるいは淀の方が呼び名でしょ?
淀君は悪口じゃないかね?
661奇矯屋onぷらっと@出先:2008/03/08(土) 00:45:08 ID:WVYYSFQk
涎君
662人間七七四年:2008/03/08(土) 05:13:01 ID:QpdbT6Bs
>>660
> 淀君は悪口じゃないかね?

辻君(いわゆる街娼)と引っ掛けた呼称だから、悪口なんだろうな。
663人間七七四年:2008/03/09(日) 13:23:28 ID:KGqiP8nw
正直なとこ、淀の方って別に悪いことしてないよな。単なる子供かわいいお母ちゃんなだけじゃん。

悪く言われるのって、豊臣を見捨てた連中が言い訳に使ったからでしょ?
664人間七七四年:2008/03/09(日) 15:01:34 ID:8gXv7kz1
>>663
こいつがいたから和平が実現しなかったって側面もあると思う。
665人間七七四年:2008/03/09(日) 15:10:22 ID:KGqiP8nw
女性の発言力なんてそこまであったのかな?
結局、首脳部の行き当たりばったりな政略が原因で、淀の方は単に「もの凄く目立つ人」にすぎなかったんじゃないかしら?

その後の江戸時代の「女は口だすな」政策にとっても便利な存在だったんで、かなりの部分が「仕立て上げられたキャラクター」だと思うんだ。
666ととのえ老臣 ◆uIyBD4ByOA :2008/03/09(日) 16:04:29 ID:yG1BE8es
秀頼は城の奥に引っ込んでいたのに淀は自ら兵士として戦ったらしい
まさか秀頼や首脳陣が淀に戦えと指示するとは考えにくい

当時は女性が発言力を持つことも稀にあったようだ
667人間七七四年:2008/03/09(日) 16:32:49 ID:Mv/bFbSi
淀殿は普通の人間レベルの能力だったのが、水準以上の人間が歴史に
名を残す時代に秀頼の母だったので無能呼ばわりされる原因になっていると思う。
668人間七七四年:2008/03/09(日) 18:18:05 ID:QRQNbaOX
状勢と立場の重責がそこらの大名家レベルじゃないわけだしね。
海千山千の化け狸相手に「バカではない」というレベルじゃ無能なのと大して変わらんと言う事だろう。
669人間七七四年:2008/03/09(日) 19:16:58 ID:KGqiP8nw
普通だったらさっさと徳川の軍門に降るよなぁ?
淀の方なんて既に二回も負けて生き残る経験してんだから(関ヶ原入れたら3回だ)、真っ先に降伏しそうなもんなのにな。
670人間七七四年:2008/03/09(日) 19:38:23 ID:K8MPDOnq
>>669
関ヶ原は別に豊臣家としての負けではないだろ。
三成が勝手にやったことで。
671人間七七四年:2008/03/09(日) 19:54:05 ID:LHfYZemt
北政所の影響力を考えたら、
淀殿が影響力を保持していたのは不自然ではない
672人間七七四年:2008/03/09(日) 19:55:15 ID:Mv/bFbSi
>>668
だから「通常の能力」=「レベルが高い人間の中ではバカ」って事で。
今の日本人の殆どが淀殿の立場なら、周囲の人間からするとバカに
見えると思う。
673人間七七四年:2008/03/09(日) 22:07:09 ID:LHfYZemt
現代に例えるならさ

内政・外交なんかの担当者は、今で言えば官僚でしょ。
武官はヤクザ。
大名ってのは、そいつらを束ねてる大物政治家や大物ヤクザみたいなもんだ
言うなれば、石田三成は大蔵事務次官→滋賀県知事 みたいなもんか。
福島や加藤は、大親分の下の大幹部で、自分の組を持ってます、みたいな。
徳川、毛利なんかは豊臣組に恭順した地方ヤクザかな。
豊臣組の言うことには従うけど、基本的には独立組織。

10年以上クスブってたヤクザたちが集結して
どうやって一発逆転キメるか、って話をしてる時の前組長の妻=淀殿
674人間七七四年:2008/03/09(日) 23:14:34 ID:K7jGfpO3
秀頼の代になったら、冷や飯食うはめになりそうな武将って誰?
675人間七七四年:2008/03/10(月) 00:48:42 ID:RaIRkoEH
大阪の陣から逆転したと仮定するんなら、秀頼の側周りが超優遇で、夏の陣の浪人武将がその次となるけど、天下が安定したらなまじ手柄をたてた武将は冷遇されちゃうかも?
真田幸村が功績ゆえに冷遇されたら、ドラマのオチとしてはいいかな?

秀吉→秀頼へと権力がスムーズに移譲されてたとしたら、冷遇一番手は小早川秀秋を推す。
676人間七七四年:2008/03/10(月) 00:49:06 ID:sREAHNcK
>>674

1.秀頼がダメな子のままの場合
(徳川が豊臣を滅ぼさず、河内のいち大名家として臣従した場合)

特にナシ

2.秀頼がカリスマに進化を見せた場合
(大坂の陣が講和に終わり、豊臣が徳川家と対等に近い関係をキープすることになった場合)

優遇:木村を中心とする家内タカ派と「元」浪人軍団
冷遇:大野兄、七手組軍団などヘタレ派


って感じじゃないかな?どうだろ?
677人間七七四年:2008/03/10(月) 01:34:39 ID:NsmKJ7BT
>>665
江戸時代でもそうだけど、
武家の正室はまず第一に外交窓口としての役割をこなす。
また子をなすと立場が格段に上昇する。
その子が家督を継いで、さらに子を産めばもう有る意味最高権力者。
戦国時代ではこれに共同統治者としての側面も加わるので
発言力というか影響力は相当大きい。

ただし、淀殿は影響力を及ぼせる実家はなく正妻ですらないので
主導権を握るのは無理があった。
678人間七七四年:2008/03/10(月) 10:52:52 ID:L34iZqT9
>>677
その点を考えると、よりにもよって滅亡した家の子から後継者が生まれたというのが
歴史のおもしろさだね
秀頼の生年は変わらないとしても例えば松の丸殿(京極家)、三の丸殿(信長の娘で
蒲生家養女の身分)、加賀殿(前田利家の娘)あたりの子であれば実家勢力は
秀吉亡き後の豊臣家を盲目的に支える勢力になったのではないかなと
先祖代々の家来筋をもたない豊臣家としてみれば利や理ではなく主家筋であるという
ただその1点で従ってくれる家臣衆がいるのといないのでは展開がまるで違う気がします
679人間七七四年:2008/03/10(月) 11:43:30 ID:RaIRkoEH
>>678
そのへんに歴史の神様の悪意を感じるなぁ。

いっそ秀頼が女に生まれて、徳川から婿をもらえれば良かったかな?
680人間七七四年:2008/03/10(月) 12:44:49 ID:EUl5X4u+
一万人くらいの行列で秀頼一行が江戸に下洛
秀忠は大接待せざるを得まい
そこで秀忠の上座につく
681人間七七四年:2008/03/10(月) 12:58:07 ID:r1Y7Ec9g
>>679
その場合金吾が・・・
682人間七七四年:2008/03/10(月) 12:59:39 ID:EUl5X4u+
徳川秀頼になってもいいかな?
これは断われまい<秀忠
これからはミナ徳川じゃ
だけど徳川より豊臣の方がカックいくね?
これから徳川はミナ豊臣にしよって言っちゃったり何かして
うむグッドアイデア!猿の残党も納まる<家康
ワシは徳川のママで逝く、秀の一字のお前は豊臣秀忠でもいんでないか?
683人間七七四年:2008/03/10(月) 14:42:23 ID:sREAHNcK
>滅亡した家の子から
ある意味、秀吉が淀を側室にした時に、すでにフラグが立ってたってことかw

・長政(父) 戦争に負けて死ぬ
・勝家(義理父) 戦争に負けて死ぬ
・信秀(祖父) 働き盛りの時期に急死
・久政(祖父) 戦争に負けて死ぬ
・信長(叔父) 配下に裏切られ殺される
・信勝(叔父) 兄に殺される
・お市(母) 亭主二人が戦争に負けて死ぬ、自分も自害
684人間七七四年:2008/03/10(月) 14:58:56 ID:L34iZqT9
>>683
そういう意味じゃねーんだがな
685人間七七四年:2008/03/10(月) 16:37:22 ID:RaIRkoEH
>>680
>>682
むちゃくちゃだが、これやってほしかったww
これを家康が笑って許したら、家康も秀頼も今頃戦国一番人気だったかもwww
686人間七七四年:2008/03/17(月) 19:40:53 ID:QRpUeO0q
続きマダー
687人間七七四年:2008/03/17(月) 19:58:27 ID:2OkEUaPS
>>685
家康は生真面目すぎて冗談を受け入れる性格じゃなかったからな。
688人間七七四年:2008/03/17(月) 20:01:17 ID:pjKR+ymg
要は潰されないように平身低頭していればこうはならなかったのだろうな
領地はおもいっくそ削られたろうけど
689人間七七四年:2008/03/17(月) 21:36:01 ID:1Ds6AZrR
豊臣性を捨てて紀伊に移ればさすがに手が出せないだろうが、それで存続する意味があるだろうか?
690人間七七四年:2008/03/17(月) 22:29:24 ID:lwdGBr9p
>>689
大政奉還がちょっと早くなったかも
691人間七七四年:2008/03/18(火) 05:21:39 ID:AJe+E6Ca
>>689
それだと、豊臣政権時の織田家よりもはるかに格下だなぁ。
692人間七七四年:2008/03/18(火) 18:00:44 ID:jUXS5pQ6
京住まいの公家化すれば関白にもなれた可能性はある、
当然領地は返還するなりして減少させなきゃならんが
693人間七七四年:2008/03/18(火) 18:16:35 ID:PgnZIeHZ
羽柴家が残った場合の維新期を見てみたい気もするw 5〜10万石の外様大名家として。
694人間七七四年:2008/03/19(水) 14:41:54 ID:oXCdksDQ
安房5万石の大名として、260年間監視され続ける。
695人間七七四年:2008/03/19(水) 14:43:17 ID:oXCdksDQ
で、維新でなにかしたいがなんにもできないと予想。
696人間七七四年:2008/03/19(水) 14:50:31 ID:PxsPSRBQ
基盤が固くない分幕末雄藩には到底入れなさそうだ
697人間七七四年:2008/03/19(水) 15:01:05 ID:Bjgbx/ly
安房じゃなくて大和国の方だったら明治維新の際に神輿として担がれた
可能性もあったのではないか。
698人間七七四年:2008/03/19(水) 15:39:50 ID:G2ZeiOve
つまらん。
架空戦記の続きはやらないの?
699人間七七四年:2008/03/19(水) 17:40:01 ID:TcweJfl8
個人的には架空戦記の方を勘弁して欲しい。
700人間七七四年:2008/03/19(水) 17:40:33 ID:HSmjuhO2
戦国ですらないスレ
701人間七七四年:2008/03/19(水) 22:32:47 ID:oXCdksDQ
>>697
なんだかんだで、京の近くには置いてもらえないんじゃないかな?
安房か信州のどこかで袋小路の貧乏藩になってると推測する。
702人間七七四年:2008/03/20(木) 05:31:37 ID:ZzL5dWhR
チベットが中国に勝つぐらいありえない
703人間七七四年:2008/03/20(木) 05:46:30 ID:rvXjgQ5j
幕末まで残ったら、空気読めない挙兵して両方から叩かれる
704人間七七四年:2008/03/20(木) 13:43:45 ID:GS4yPj56
恭順したところで、
福島正則みたいにじわじわいじめ殺されるだけだったろうな。
戦って勝つしかない。
それをしなかった時点で秀頼は死ぬ運命だった。
どんな時代、場所をとわず、抗わぬものは食われるしかない。
何もせずに親の遺産だけで生きていくのは簡単なようで難しい。
ましてや、自分を殺そうと思っているものが、いる世界では不可能だ。
殺されるくらいなら、殺す。
潰されるぐらいなら、潰す。
そういう覚悟をもてない秀頼がすべての元凶。
また、時間的にもたせなかった家康の勝ち。
705夏好者:2008/03/20(木) 14:12:29 ID:RI29KlXz
冬の陣で幸村が淀殿と大野治長を真田忍使って暗殺すればいい。
これを徳川家康の仕業にする。起こった秀頼野戦に討って出る。
洛中を制圧し、瀬田川で敵の先鋒を破る。時期は冬なので
敵は川を渡った途端寒さで動きが取れづらい。そこを叩く。
その後は水口を制し、伊賀、大和を制す。東から来る
精強大軍天下無敵の坂東武者達は水口、大津で防げ。
そしたら幕府勢は東と西に分かれるから、西の大名と
幕府の離間を行い、西へ侵攻。先ず、池田を潰せ。
秀頼自身が出陣してるのだから公然とは豊臣恩顧の
大名共は歯向かえまい。あと、豊臣水軍を作り、天下無敵
にまで育て上げる。これは必要。西を制すのに水軍弱けりゃ
大阪に追い込まれるだけ。宇喜多秀家を取り返し、岡山城
を攻撃。制したら姫路を抜く。幕府は東国の軍勢しかあてに
できへんからめっちゃぎょーさんで大阪へ迫るのは無理。
近江を失っても伏見がある。そして池田を潰すということは
西日本を制すといっても過言じゃない。
つまり、西へ活路を開いてく方がいいっつうことや。
この勢いなら大阪にせまられる前に中国、四国は制せるとはず。
706人間七七四年:2008/03/20(木) 19:04:41 ID:GGms53rB
待て待て。講談ならともかく史実から判断する限り
大野修理こと大野治長は優秀な総指揮官だぞ。
大坂の陣が絶望的な局面でありながら
なんとか合戦の体裁を保てる程度に西軍の戦力を整えられたのも彼の手腕あってこそだろう。
真田幸村こと真田信繁が、よしんば暗殺に成功するような力量があって
なおかつ西軍崩壊を食い止められるような統率力があったとしても
(俺は修理が死んだら西軍は組織として崩壊すると思うが)
修理でなく幸村主導の西軍なんて、無謀な宇治・勢多進出案を採用してしまい
待ち構えていた東軍の餌食となって、夏の陣を迎えるまでもなく戦いは終結していたんじゃないか。
707人間七七四年:2008/03/20(木) 19:58:14 ID:VRG/mlJz
神君家康に歯向かう時点で無能だよ。
正純崇伝天海の謀の前じゃザコにすぎん
708人間七七四年:2008/03/20(木) 21:23:28 ID:GGms53rB
その神君家康公が大野修理の力量を認め
「若輩者と思いきや、城の主将としての武勇はいうに及ばず、秀頼に対する忠誠残る所無し」
と称えたばかりでなく、本多正純に「修理の才にあやかれ」と衣の一部を譲り渡させてるよ。

こんな出来事も、講談や小説じゃあ修理の油断を誘う為の策略とされているが
そもそも修理は片桐且元退去前に家康方から派遣された人間であり、譜代の将から信望がなかった。
そんな人間に、わざわざ神君自らが箔を付けてやるような必要はないだろう。
(しかも秀頼への忠義を褒めており、敵方の不和を誘う作為が見受けられない)
真田幸村が大坂方の鍵! などと主張する人は、その幸村の才を誇張するが為に
大坂方の総大将であった大野修理が、講談などで不当に貶められてしまった事も配慮してやって欲しい。

なお、戦術家としては真田幸村よりむしろ
天王寺で大名首も刈っている毛利勝永の方が優秀ではないかと思えるのだが
大坂方で真に「己の功名」よりも「豊家への忠義」を優先させて戦った将は
この毛利勝永と大野修理くらいではなかったか、と思う。
709人間七七四年:2008/03/20(木) 21:59:09 ID:LaZncK5W
大野は関ヶ原でも東軍について
宇喜多の鉄砲頭を自らの槍で討ち取った武功を家康に誉められてるな
その気になりゃあ、そのまま家康の下で安楽に暮らせたのに
本気で秀頼一途だったんだろな
己の切腹と千姫の身柄を条件として、最後まで秀頼が生き残る道を模索し
それが敵わぬと見るや、主を敵の手にかけさせぬよう工作して殉死
こんだけの忠臣は珍しい
だからこそ「あんなに必死なのって親子だからじゃね?」と噂されたんだろうがw

幸村や又兵衛は忠臣っていうより
最後の博打をうちにやってきたアウトローって感じ
710人間七七四年:2008/03/21(金) 00:14:03 ID:4+5yz7ha
塙団右衛門はまさにそうだな>最後の博打
711人間七七四年:2008/03/21(金) 01:47:30 ID:VLJ5nowf
どっちかというと、そういったアウトローのが魅力あるんだよね、どうしても。
失うもんがないから無謀とも言える積極的な出兵案を出せる。
それを却下した大野側にすれば、いくら浪人衆に手柄を立てさせても
秀頼が死んでしまったら、そこで豊家の命が尽きてしまう。
死んでも構わないって気負いで功名狙いの浪人集と、最後まで豊家安泰だけを目標に据えていた大野修理の
根底にある目的意識の違いが、作戦上のすれ違いを生じさせたんだろね。

あと大野修理に関しては、家康暗殺未遂の刺客に選ばれたなんて前歴もあるので
それが響いて家康側では栄達が望めないから大坂に留まったんだろう、なんていう見方もあるかも知れない。
だけど、家康はそこら辺は流石に器量の大きな男で、藤堂高虎や本多正信などを重用している事を鑑みても、それは考えにくい。
>>709にも書かれている関ヶ原での武功に対する褒美も、相当な物だったって話だし。
毛利勝永は、食い詰め浪人とは言いがたい程の領地を与えられた境遇にあり
しかも山内家の当主である忠義とは義兄弟(忠義が勝永を「兄」と呼んだという、ありていに言えば衆道の関係
という太いパイプがあり、いずれは家康と忠義の間で話をつけられ
それまで以上の広大な領地を宛がわれて、山内家の有力家臣となれた公算が高い。
そういった安定した立場を捨ててまで豊臣家を選んだ人間という意味では
この二人くらいしかいないのかも知れない。
712人間七七四年:2008/03/21(金) 06:50:32 ID:8SJodxP8
藤堂高虎「昨晩、夢に豊臣秀長公が出てきてな」
家臣「それはそれは。秀長様は何と?」

高虎「豊臣をよろしく頼んだぞとな。」

家臣「しかし殿は今徳川の身。」

高虎「全軍に伝えよ!適は葵の紋、徳川ぞ!今こそ秀長公に忠誠を見せる時ぞ!」

家臣「この時を、この時を待っておりましたそま!」


かくして藤堂高虎隊の謀反と真田隊の家康本陣急襲のタイミングが重なり、徳川軍は総崩れとなったのであった。


高虎「金吾と一緒にするでないぞ。」

豊臣方「ワッハッハ!」
713人間七七四年:2008/03/21(金) 06:52:09 ID:8SJodxP8
適×
敵◯

訂正します
714人間七七四年:2008/03/21(金) 07:33:48 ID:8SJodxP8
黒田長政「のう加藤殿」
加藤嘉明「どういたしました?」

黒田「秀吉様は今どんな気持ちだろうか」

加藤「複雑でしょうな。」

黒田「私も複雑よ。」

加藤「同じく。」

黒田「関ヶ原では相手が石田。しかし今の相手は豊臣じゃ。」

加藤「そうであったな。」

黒田「今から言う言葉次第では、加藤殿、この場で接者を切り捨ててもかまわぬ。」

加藤「何を物騒な?」

黒田「ワシの心は徳川にあらず!豊臣よ!」

加藤「!?」

黒田「さぁ、切り捨ててくれ!」

加藤「黒田殿!貴殿の心意気は末代までの誉!この加藤も心は豊臣よ!」
黒田「加藤殿・・・」

加藤「さぁ、なにをしているのです!行き先はあちらですぞ!」

黒田・加藤「全軍に申し渡す!敵は家康の御曹司、秀忠隊ぞ!」


秀忠「何?黒田加藤が寝返っただと!?藤堂隊は?」

馬廻り「藤堂隊は兵を反転しております・・・」

秀忠「なんと!ワシは孤立ではないか!兵を引け!引け!」


黒田「豊臣に黒田有りじゃ」

加藤「それは私が言うセリフじゃ」

豊臣方「わっはっは」
715人間七七四年:2008/03/22(土) 18:41:01 ID:J+XfiVfb
家康「難癖つけて潰す手間が省けたな」
716人間七七四年:2008/03/22(土) 19:41:38 ID:PNaVOv9l
秀吉「やれやれ…おちおち死んでもいられんか!」
ムックリ
家康「!?」
717人間七七四年:2008/03/23(日) 12:34:14 ID:fGY/9CrI
信長「やれやれ…おちおち死んでもいられんか!」
ムックリ
秀吉「!?」
718人間七七四年:2008/03/23(日) 13:00:27 ID:BK8jnZGu
義元「やれやれ・・・麿もおちおち死んでもおられぬ・・・」

信長「いや、お前は死んどけ。」
719人間七七四年:2008/03/24(月) 00:33:07 ID:/upw91o1
ボバ・フェットを雇う
720人間七七四年:2008/03/24(月) 02:35:35 ID:KUPjjepb
>>712>>714
横山の漫画に出てきそうな話だな
721人間七七四年:2008/03/25(火) 03:51:47 ID:IUakEep5
NHK新大型時代劇 『真田太平記』 1985年(昭和60年)〜1986年(昭和61年)

真田信之・・・渡瀬恒彦
真田幸村・・・草刈正雄
真田昌幸・・・丹波哲郎
山手殿(昌幸正室)・・・小山明子
お徳(昌幸側室)・・・坂口良子
久野・・・香野百合子
小松殿(信之正室)・・・紺野美沙子
於利世・・・中村久美
真田大助・・・小野隆→片岡孝太郎
真田信吉・・・早瀬亮
真田信政・・・森岡進
矢沢頼綱・・・加藤嘉
矢沢頼康・・・大谷友右衛門
壺谷又五郎(真田草の者頭領)・・・夏八木勲
樋口角兵衛(信之・幸村の従弟)・・・榎木孝明
お江(真田草の者忍び)・・・遥くらら
向井佐平次(幸村従者)・・・木之元亮
向井佐助(真田草の者忍び)・・・中村橋之助
もよ(佐助の母)・・・音無真喜子
おくに(真田草の者忍び)・・・范文雀
三輪・・・堀江しのぶ
姉山甚八(真田草の者忍び)・・・渋谷天笑(現・三世天外)
奥村弥五兵衛(真田草の者忍び)・・・真田健一郎
馬場彦四郎・・・角野卓造
鈴木右近・・・岡村青太郎(現・清元延寿太夫)
鈴木主水・・・金内吉男
田子庄左衛門・・・井川比佐志
粂・・・浅利香津代
722人間七七四年:2008/03/25(火) 03:52:54 ID:IUakEep5
杉本主馬・・・長谷川初範
板倉新之助・・・坂西良太
来島喜左衛門・・・浜村純
山中大和守俊房・・・佐藤慶(甲賀「徳川方」山中忍び頭領)
山中内匠長俊・・・戸浦六宏(甲賀「豊臣方」山中忍び頭領)
猫田与助(甲賀山中忍び)・・・石橋蓮司
慈海(甲賀山中忍び)・・・福田豊土
住吉慶春(甲賀山中忍び)・・・鈴木瑞穂
伴長信(甲賀山中忍び)・・・待田京介
杉坂重五郎(甲賀山中忍び)・・・丹波義隆
木島新六郎・・・津嘉山正種
横沢与七・・・花沢徳衛
伴野久右衛門・・・北村総一朗
孝助・・・樋浦勉
半兵衛・・・加藤和夫
豊臣秀吉・・・長門裕之
豊臣秀頼・・・円谷浩
豊臣秀次・・・堀内正美
石田三成・・・清水紘治
石田正澄・・・和田周
島左近・・・湯浅実
大谷吉継・・・村井国夫
大野修理・・・細川俊之
大野主馬・・・平泉成
大野道犬・・・長克巳
大蔵卿局・・・高田敏江
淀殿・・・岡田茉莉子
北政所・・・津島恵子
千姫・・・工藤夕貴
常高院・・・磯野洋子

723人間七七四年:2008/03/25(火) 03:53:35 ID:IUakEep5
後藤基次・・・近藤洋介
毛利勝永・・・宮内洋
片桐且元・・・山本耕一
長宗我部盛親・・・久富惟晴
木村重成・・・井上倫宏
堀内氏久・・・小篠一成
長束正家・・・森塚敏
増田長盛・・・奥野匡
前田玄以・・・小笠原良智
宇喜多秀家・・・石濱朗
小早川秀秋・・・田代隆秀
松平忠直・・・正城慎太郎
加藤清正・・・竜雷太
浅野長政・・・中井啓輔
浅野幸長・・・本田博太郎
上杉景勝・・・伊藤孝雄
直江兼続・・・下塚誠
徳川家康・・・中村梅之助
徳川秀忠・・・中村梅雀
阿茶局・・・三条美紀
本多忠勝・・・加藤武
本多忠政・・・森田順平
本多正信・・・田中明夫
本多正純・・・伊東達広
本多政重・・・須藤正裕
井伊直政・・・菅貫太郎
板倉勝重・・・増田順司
土井利勝・・・有川博
酒井忠世・・・瑳川哲朗
724人間七七四年:2008/03/25(火) 03:54:09 ID:IUakEep5
前田利家・・・御木本伸介
芳春院・・・幸田弘子
前田利長・・・中島久之
織田常真・・・草薙幸二郎
福島正則・・・勝部演之
加藤嘉明・・・大友龍三郎
黒田長政・・・金子研三
藤堂高虎・・・児玉謙次
生駒親正・・・松村彦次郎
中村一氏・・・湊俊一
堀尾吉晴・・・玉村駿太郎
毛利輝元・・・中山昭二
寺沢広高・・・内田大貴
島津義弘・・・早川雄三
北条氏政・・・福山像三
北条氏直・・・佐藤仁哉
於菊(昌幸の娘)・・・岡田有希子
滝川三九郎・・・三浦浩一
小野お通・・・竹下景子
柳生石舟斎・・・東千代之介
西笑承兌・・・渥美国泰
725人間七七四年:2008/03/25(火) 08:06:36 ID:IUakEep5
堀江しのぶと岡田有希子、真田太平記に出てたのか
豊臣秀頼役の円谷浩(宇宙刑事シャイダー)も亡くなったよね
若死にしたヒトが多いな・・・

> 三輪・・・堀江しのぶ
  1965年8月18日 - 1988年9月13日
  スキルス性胃がんのため23歳の若さで逝去
  礼儀正しい人柄と性格の良さにおいても評判が高かったこともあり、堀江の夭折は芸能界全体に
  多大な衝撃を与えた
  イエローキャブの「名前を平仮名」にした巨乳タレント(かとうれいこ、細川ふみえ、雛形あきこ、
  山田まりや等)は堀江の例にならったもので、堀江こそがイエローキャブの原点を示すものでもある

> 豊臣秀頼・・・円谷浩
  1964年3月8日 - 2001年7月24日
  祖父は円谷英二、父は円谷一。クリスチャン
  「宇宙刑事シャイダー」の主人公・沢村大、「ウルトラマンダイナ」のミヤタ参謀など、ヒーロー番組で活躍
  2000年に体調不良を理由に俳優を引退し、円谷プロダクション芸能部マネージャーを勤めていたが、
  翌2001年7月24日、肝不全のため37歳の若さで逝去

> 於菊(昌幸の娘)・・・岡田有希子
 1967年8月22日 - 1986年4月8日
  『スター誕生!』の第46回決戦大会チャンピオンとなり芸能界入り
  日本歌謡大賞及び日本レコード大賞最優秀新人賞を受賞
  1986年1月、カネボウのキャンペーン・ソング『くちびるNetwork』がベストワンとなったが、4月8日に
  自宅マンションで手首を切りガス自殺未遂
  治療の直後、ビルの屋上から飛び降り、全身を強く打って即死
  者の後追い自殺が相次ぎ、衆議院文教委員会で取り上げられる社会問題になった
726人間七七四年:2008/03/26(水) 01:47:36 ID:1kzE4wMV
梅之助・梅雀親子による家康・秀忠が最強だ。

梅雀の「大御所は手ぬるい!」と裏声気味に言う台詞が忘れられん。
727人間七七四年:2008/03/26(水) 02:13:59 ID:atrpyPl0
梅雀に信玄やらせたい
728人間七七四年:2008/03/26(水) 16:45:26 ID:6mNa/+Ap
家康を聖人にする為に秀忠を強硬派の悪人のように仕立てる。徳川のこういうところが大嫌い。
729人間七七四年:2008/03/26(水) 17:16:55 ID:nwL5Ue21
両加藤・福島・黒田・上杉・伊達・佐竹・片桐・毛利・島津が豊臣に寝返り、高田松平・越前松平が中立の立場なら必ず勝てる
730人間七七四年:2008/03/29(土) 19:56:58 ID:IQfoJMw6
俺が家康だったら、豊臣が絶対勝つね!
731人間七七四年:2008/03/29(土) 20:59:15 ID:Grsi7JP2
>>728
? 秀忠は影薄くない?
732人間七七四年:2008/03/30(日) 02:26:02 ID:zLlmmm8f
謎の軍師 御厨太郎を召喚すれば勝てることは言うまでも無い
733人間七七四年:2008/03/30(日) 07:18:17 ID:14rszJXn
>>732
負けたじゃんw
734人間七七四年:2008/04/07(月) 08:22:40 ID:KrYPtNWq
完全に厨説になった、諸外国(主にヨーロッパ)と組むだが
具体的な数字を見つけたのでひとつ。

1581年から1630年までの半世紀で欧亜間を往来した船舶数は407隻。
(内訳はポルトガル123隻、オランダ201隻、イギリス75隻、フランス4隻、デンマーク4隻。)

こりゃ軍を送るどころか、大砲一門買うのも厳しい
月よりは近いが、衛星軌道より遠いってとこだな
735秀頼:2008/04/07(月) 12:32:03 ID:OpbyKqhS
     *      *
  *  ウソです  +
     n ∧_∧ n
 + (ヨ(* ´∀`)E)
      Y     Y    *
736人間七七四年:2008/04/07(月) 12:41:40 ID:OpbyKqhS
>>734
月のが遠いわけだが
737人間七七四年:2008/04/07(月) 18:18:34 ID:ira78er8
真田信繁は戦術家としては素晴らしかったが戦略家としては不明。夏の陣の前に
家来の上田正信・定正親子を送り九州肥後にて募兵・しかしすぐ豊臣が滅亡した為そのまま
帰農した。(大阪の陣参戦武将の項目で見た)九州で乱を起こす・または募兵という
のは戦略家としての資質を見れるチャンスだったのにな。もっと早くしてたらよかった
のに。西国は島津は同情して懈怠・毛利も同情して家来の佐野を送りこんでるし
ここらでどうにかならなかったかなー
738人間七七四年:2008/04/07(月) 19:46:33 ID:ADz28h6C
>>734
家康は大砲買ってるな、沢山
739人間七七四年:2008/04/07(月) 20:29:20 ID:38zJn7UI
詳しくはわからんが、

ヨーロッパ←→西アジア ここは船A
西アジア←→東南アジア ここは船B
東南アジア→東アジア(日本含む) ここは船C

みたいな感じだったとかじゃないのかな?
これだとカウントされない船もたくさんありそ
いや、想像しただけですけど。
740人間七七四年:2008/04/07(月) 22:36:44 ID:YLUIoK0f
>>739
ちょっとうろ覚えで悪いが、インド総督府ゴア、ルソン、寧波あたりにそれぞれ停泊地が在ったと思う。
で、殆どの船は停泊地で荷下ろし→出港地へ帰還っていう定期航路だったと記憶している。
西回り航路でインドまで行く際はケープを経由したはずだから、
船は変わっても荷物自体は少なくとも本国→ケープ→ゴア→寧波など→日本という感じで来てたはず。
もっと軽いものなら、紅海経由で陸路地中海に戻る事も多かったと思う。

俺は>>734のデータを見たワケじゃ無いから、詳しい数字はしらん。その辺スマン。
741人間七七四年:2008/04/08(火) 00:48:31 ID:FJiATcrI
>>740
古今東西、物流は陸路の方がコストが掛かるわけだが
742人間七七四年:2008/04/08(火) 01:12:00 ID:rLBxzwvC
>>741
スパイスは陸路運んでも利益があったとかなんとか聞いたことがあるな。
アジアから帰るには1年以上かかったはずだからそれなりにリターンもあったんじゃね?

まあ何だ。戦乱の空気が漂ってきてから大砲発注しても数は揃えられなかっただろうな。
アジアの植民地で生産されてりゃ違ってくるかもしれんが。
743人間七七四年:2008/04/08(火) 02:43:32 ID:FJiATcrI
>>742
陸路は赤字になるとは言ってない
海路に比べるとコストパフォーマンスが悪い
ただそれだけだ

天候や治安、経済力(船を用意出来ません)、立地条件(港まで遥々陸路で運んでから海路なら陸路一本の方が安くて早い等)が悪くて
海路で運べず消去法で陸路で運ぶことはあっても、軽いから陸路を使おうなんて馬鹿な商人はいない
ってのが言いたいだけだ
軽いから陸路とかいう海上輸送を軽視した馬鹿発言に噛み付いただけ


帆船一隻分の積み荷を馬車で運ぶとしたら馬車が何台必要か、御者が何人必要か、馬の餌が何トン必要か
馬というナマモノから機械になった近代〜現代でさえ海路の方が効率がいいのに、
ナマモノ依存の古代〜近世の遠距離輸送で陸路・海路、2つの選択肢から敢えて陸路を選ぶ馬鹿がいるのか?
744人間七七四年:2008/04/08(火) 03:27:01 ID:rLBxzwvC
>>743
>もっと軽いものなら、紅海経由で〜
って部分のことか。これって上の大砲の事受けてじゃなかったのか。

だがまあ、何つーか。そもそもスレ違いじゃね?
それと現代でさえ、じゃなくて機械化された現代の方が海上輸送にゃ向いてんじゃね。

そういえば、何も本国から軍を派遣しなくても総督府には結構な数の駐留兵が居たんじゃなかったかな。
どちらにせよ厳しいか。
745人間七七四年:2008/04/08(火) 08:48:57 ID:a118x3vR
そこで大筒国産化のタイミングが問題になるわけですよ
746人間七七四年:2008/04/08(火) 15:58:28 ID:FJiATcrI
>>744
近代化の必須条件が鉄道建設なわけだが

馬車から鉄道輸送、トラック物流への転換より、帆船からタンカーの転換の方が科学の恩恵がある
って本気で思ってんの?

動力がナマモノから機関になって差は縮まってんだが

風力、ナマモノ…帆船、馬車
蒸気機関…蒸気船、鉄道(後に電化)
燃焼機関…タンカー、トラック物流網
海上輸送>陸上輸送の関係は変わらないが、差は縮まってるのなんて一目瞭然だろ
747人間七七四年:2008/04/08(火) 17:35:51 ID:ZZ8mNUdH
6発装填の南部銃をこの時代に開発するしか逆転はねえ
748人間七七四年:2008/04/08(火) 17:48:27 ID:6Egvu783
>>746
軽い物なら陸路のほうがコスト安いなんて誰も言ってなくね?
陸路でも運べる、実際に陸路を使用した例があるってだけで
何でそこまで食ってかかってんのかわからんし
陸と海どっちのほうがいいかなんてのはこのスレで議論する話じゃないだろ
749人間七七四年:2008/04/08(火) 20:59:01 ID:NIh0zXUH
>>746
元の発言だと
>もっと軽いものなら、紅海経由で陸路地中海に戻る事も多かったと思う。
だから、陸路を利用するのは紅海〜地中海の間だけだろ。
ずっと陸路とは書いていない。
喜望峰周りと、スエズ地峡を陸路越えの比較だわな。
750人間七七四年:2008/04/08(火) 21:14:41 ID:aTuOQgiA
とりあえず秀頼が淀さんを黙らせりゃ良かったのに・・・。
秀頼さん俺の中で親に逆らえないヘタレ確定だぜ。
751人間七七四年:2008/04/08(火) 22:03:19 ID:z60BiFx+
>>749
インド-ポルトガル間がスエズ開通で縮まった航海日数は20〜30日ほど、
全体の1/3くらい。

スエズ運河が163kmだから陸路もそんなもんだろうとする、
前近代の行軍速度の限界の30km/日とすると、6日で到達できる
ただし、運搬物に対して速度を維持できるだけの人数が必要
あと港と陸路の勢力次第で危険度やコストが変わるな

752人間七七四年:2008/04/08(火) 22:37:46 ID:a118x3vR
現実問題として、南蛮勢力の介入があったとしても
少なくとも現実的な危機ではなかった、つまり
大坂の陣に南蛮勢力が豊臣方として参戦しても
大勢を覆すほどの戦力にはなりそうにもない、ってことか
753人間七七四年:2008/04/09(水) 04:56:22 ID:7LLtiIeA
つうか南蛮が来ても少数の兵しかいない
754人間七七四年:2008/04/09(水) 06:12:50 ID:mEVMhbtf
兵力による支援も物資(武器)による支援も難しいってことでそ
755人間七七四年:2008/04/12(土) 05:06:54 ID:3uOL53ou
武器つっても、当時の火縄銃なら日本の方が高性能なくらい
しかも量産力は断然日本。火薬の硝石を当時は輸入に頼ってたくらい。
そりゃ幕末くらいの技術格差があるならともかく、南蛮なんてまったく役にたたんよ

おまいらがタイムスリップして、元込め・ライフル・先端を尖らした弾、
鉄の鋳造による軽砲、これらを数揃えたら勝てるかもなw
756人間七七四年:2008/04/13(日) 16:20:02 ID:zM9tFJmZ
結果論を前提に書くと、夏の陣の信繁突撃の際
かなり後方で七手組衆が戦闘に加わらず遊兵状態になっていた
情報連絡網がまったく機能してなかったらしいが、
信繁突撃の際に後詰で戦闘に加わっていれば
家康の首は討ち取れた可能性はある

ただ、その後大坂方が勝利するのかはワカラナイ
757人間七七四年:2008/04/13(日) 18:20:39 ID:YmJZo/gl
それ以前に霧に迷って又兵衛を孤立させた
幸村のが大チョンボ
758人間七七四年:2008/04/13(日) 18:35:11 ID:kKNIcfn6
家康が幸村に討たれたので幕府首脳が小笠原秀政を影武者として一年押し通した説がある 事実かわからないが討てたとしてもこうなりそうだな
759人間七七四年:2008/04/13(日) 19:27:16 ID:p8OelxpH
逃げ足では戦国最強の家康だからどうやっても逃げられる
760人間七七四年:2008/04/13(日) 20:34:02 ID:HqfZIoAe
茶店のババアを登用すりゃ解決
761_:2008/04/14(月) 13:28:29 ID:15Q1PiUf
あのな。アクセス規制かかってたから、しばらくここにはきてなかったけど、
もう随分昔に死んでるやつや架空の人物呼ぶんやったら、ドラゴンボールZの
孫悟空呼べ。徳川20万ごとき、ヤジロベーだけで十分だと思うけど。
現実的に
細菌兵器以外に倒せる方法はある。毛利家が小早川家、吉川家を乗っ取ったやり方だ、
千姫と秀頼の間に出来た子供を将軍にし、徳川家を乗っ取ればいい。
うまくいけば、できないことはない。理論はハチと同じ。偽女王蜂が女王蜂に化けて
本物の女王蜂を倒すやり方と同じさ。
762人間七七四年:2008/04/16(水) 03:07:05 ID:3r5qGxn0
日本語でお願いします
763人間七七四年:2008/04/16(水) 13:04:27 ID:PcZA3klp
大阪方に大将格が居ないのが、何よりの致命傷だと思うが
古来、合議制の軍が決戦を勝てた試しがない。
旗印としての秀頼以外に、主将格の武将が居ないと話にならん。
信繁がが幾ら頑張っても勝ち目は無いが、昌幸が生きてりゃ展開も変わろう。

他に有力な元大名格の浪人か、国を捨てて大阪城に入る大名でも居ればね
764人間七七四年:2008/04/16(水) 16:59:35 ID:3r5qGxn0
共和制ローマ
765人間七七四年:2008/04/16(水) 17:18:24 ID:HJR11fu/
>>764
軍は軍団長に率いられ、元老院は作戦に口出ししないよ
766人間七七四年:2008/04/16(水) 17:20:00 ID:bH0V7G/F
真田幸村や毛利勝永、後藤又兵衛なんかがもしも国持大名だったとしても、当たり前のように徳川方で大坂城を攻めてると思います。
767人間七七四年:2008/04/18(金) 01:05:24 ID:yxJO1yQy
黒田のご隠居が出奔して大阪城入りしていたら・・・(もう死んでたけど)
768人間七七四年:2008/04/18(金) 11:29:38 ID:/c/bhcs8
>>767
仮に如水が生きてあの時にいたら関ヶ原の時みたいな感じで大坂以外で暗躍しそうだけどなw
769人間七七四年:2008/04/18(金) 15:38:39 ID:NCUpLYej
道明寺だっけ?又兵衛が討ち死にしたのは
もし真田達が合流できたら、どうなってたんだろう?


770人間七七四年:2008/04/18(金) 18:29:43 ID:rL+NN+Cy
真田もついでに討ち死んだんじゃないかな

後藤は引くつもりは無かっただろうし真田は間に合っちゃったら
見捨てて逃げるという選択はし辛いだろうし
771人間七七四年:2008/04/18(金) 18:32:48 ID:sth9svnh
必殺仕事人のようなプロが、
冬の陣で淀殿を抹殺して、
その責任を徳川方へ押し付ける
ぐらいの芸当ができたら、
勝ち目出てくるかも。
772人間七七四年:2008/04/18(金) 19:11:27 ID:O5EUmn+G
関ヶ原で何もしないぐうたらは、死ぬしかない
773人間七七四年:2008/04/18(金) 19:33:52 ID:p87WjPum
>>771
そうだな
淀を抹殺して責任を押し付けるハードルより、家康と秀忠の抹殺のがハードル低いもんな

それくらいの圧倒的な力の差がなきゃ理不尽な責任転換なんか通らないもんな
774人間七七四年:2008/04/18(金) 21:41:17 ID:g7/e1zHL
775人間七七四年:2008/04/18(金) 23:30:49 ID:NCUpLYej
まあ、とりあえず大野氏ねだな。
776人間七七四年:2008/04/19(土) 21:44:35 ID:4GcNlxi+
豊臣秀頼自身の意思により
淀殿の監禁、大野兄弟の切腹
777人間七七四年:2008/04/20(日) 20:00:04 ID:i6UHEuY6
淀って信長の娘なの?
昨日テレビで見たけど…
778人間七七四年:2008/04/20(日) 20:11:34 ID:NKwSdDJw
>>777
浅井長政とお市の娘で信長の娘ではない
779人間七七四年:2008/04/21(月) 01:15:29 ID:ruExgQk6
>>777
テレビじゃなくて近親相姦ネタの同人誌の間違いだろ
780人間七七四年:2008/04/21(月) 02:11:48 ID:DpFRSZMT
堂々と放送してたぞ


お市が宮地真緒
淀が三原じゅんこww

信長は尾張では「うつけ」と呼ばれ美濃では「たわけ」と呼ばれた
同じ意味のようだが「たわけ」には近親相姦の意味がある

お市が浅井に輿入れしたのが22歳で当時にしては晩婚
淀が大阪の陣で自害したのは49歳と言うが、計算するとお市が浅井に輿入れする前に産まれた事になる
そして浅井家には第一子のはずの淀が産まれた事を記録する文書がない

信長が浅井家を訪問した時、信長と市は長政はもちろん誰も近寄らせないようにして一晩中二人だけで過ごしていた

お市自害のあと三姉妹を引き取った秀吉が妹二人はさっさと縁組させたが淀だけは手元から離そうとはしなかった

秀吉死後、豊臣と徳川が対立した時に豊臣方にだけ織田一族が集まっていた

豊臣と徳川の戦いは淀と江与の戦い、つまり織田と浅井の戦いだったのだ!

…って内容w
781人間七七四年:2008/04/21(月) 03:02:30 ID:ruExgQk6
大切な浅井との同盟に子連れで嫁ぐお
ってか
ゆとりが思い付いたような変化球だな

美濃攻めに手間取ったから輿入れが遅くなっただけだろ
782人間七七四年:2008/04/21(月) 21:45:05 ID:djCN+Dkj
>>769
その方面の徳川軍は3万余りだっけ
後藤から真田までの諸隊を併せても1万余りか
もっと大坂方の動きが早くて、長宗我部ら諸将もこちらに呼んで
奈良からくる各軍を随時攻め落とせば一勝は出来るんじゃね
783全板トナメ戦国板の投票日は5/3!:2008/05/02(金) 22:27:23 ID:NFfon+AX
【第3回2ちゃんねる全板人気トーナメント】
明日5/3日は戦国板の投票日だよー

選対スレ
http://hobby11.2ch.net/test/read.cgi/sengoku/1205796433/
投票方法
http://hobby11.2ch.net/test/read.cgi/sengoku/1205796433/477
784人間七七四年:2008/05/04(日) 20:48:22 ID:bYrc9viT
>>782
引き揚げるときに、敵の援軍に補足されて潰滅するかもよ?
785人間七七四年:2008/05/07(水) 19:30:33 ID:LXe9Xj+d
捕捉と補足じゃえらい違う
786人間七七四年:2008/05/28(水) 12:36:24 ID:TATVVBRJ
夏の陣じゃ詰みすぎだと思うから、冬の陣ろう城続行。
浪人大杉だと思うので、ろう城に適正な人数にする。
徳川の求心力低下を待つしか無い。
787人間七七四年@全板トナメ開催中:2008/06/01(日) 20:36:32 ID:AIiBRLPM
淀殿の真っ黒マンコで秀忠を篭絡するしかない
秀忠は姉妹ドンブリウマー
788人間七七四年:2008/08/11(月) 22:54:59 ID:sDZLiaUs
松平忠輝が秀頼に内応してたって記述が史料にあるらしいんだが
松平忠輝が寝返っていたら多少はマシになるだろうか
789人間七七四年:2008/08/11(月) 23:05:19 ID:Y7J1aQwN
少なくとも忠輝のバックの伊達が寝返らないと話にならない。
790人間七七四年:2008/08/12(火) 06:34:44 ID:0By7/lLV
家康が死んでもなお外様は徳川のために戦うのかな
791人間七七四年:2008/08/12(火) 06:54:10 ID:PPLX9RAZ
>>769
夏の陣は野戦なのに兵力を分散、小出ししすぎなんだよな。

大将(今川、竜造寺、扇谷上杉とか)、あるいは大御所と当主が同時に討ち死に(織田)して
家が瓦解したなんて戦国の頃ざらにあったから、
家康と秀忠が同時に討ち取れれば、幕府軍がいきなり崩壊はしなくとも
中核を失った幕府軍が徐々に求心力を失ってgdgdで大坂の陣終了はありえるかも。
で、豊臣家は一大名としてなんとなく存続。
ただそうしたら応仁の乱に逆戻りになりそうだけど。
792人間七七四年:2008/08/26(火) 06:11:33 ID:SMLM+c49
藤堂高虎「のう、忠興殿」
細川忠興「どうしました?」

藤堂「昨晩、秀長公が夢に出てこられて、豊臣を頼むと言われてな」
細川「これはこれは、藤大納言様が夢に」
藤堂「今のワシがあるのも秀長様が取り立ててくれたお陰よ」
細川「はて、どうなさいました?」
藤堂「すまぬ、ワシは豊臣の人間。秀長様の命令に背く訳にはいかぬ。」細川「・・・。細川家は本能寺以来豊臣に付いていました。私も太閤殿下より羽柴を賜っている豊臣の人間」
藤堂「細川殿!」
細川「どうやら心中は一緒の御様子、急ぎ早馬を!」
793人間七七四年:2008/08/26(火) 06:22:05 ID:SMLM+c49
片桐且元本陣(藤堂隊から見て右前方に位置)
「申し上げます!藤堂・細川隊、豊臣方に付くとの事」
片桐「むぅ、方広寺の一件以来心は豊臣だが、ここで手柄を立てれば・・・。藤堂殿に伝え!我が隊後進し、合流すると!」
794人間七七四年:2008/08/26(火) 06:33:04 ID:SMLM+c49
「申し上げます!井伊直孝隊、全滅にございます!」

徳川家康「はて?藤堂と細川と行動していたのでは?」
物見「藤堂・細川・片桐隊の謀反にございます!また、これにより、豊臣方の浅井長房・毛利勝永・木村宗明隊が無血進軍!本田康紀・前田利常隊と戦闘中!」

家康「なにを血迷ったか!前方には秀忠しかおらんではないか!秀忠に藤堂を攻撃させろ!」
物見「秀忠隊、本田康紀隊の援軍として毛利と戦闘中!」

家康「我が本陣の前誰もいないではないか!」 物見「藤堂・細川・片桐隊が迫っております!」家康「くっ、えーい引け!」
795人間七七四年:2008/08/26(火) 06:35:31 ID:SMLM+c49
これにより、徳川軍は全軍退却。家康はその求心力を失い、また秀忠では伊達らを抑える力は備わっていなかった。
再び乱世の幕が明けた・・・
796人間七七四年:2008/08/26(火) 12:35:04 ID:4HIb4207
高虎と忠興に限ってそれは無いだろう…
まだ政宗のほうが可能性ありそう。
797人間七七四年:2008/08/26(火) 15:59:04 ID:oa9y7h1Q
スレタイと変わるけどさ関が原おわったあと、そのまますぐに戦ったら勝てた?
毛利か宇喜田大将で軍師に如水・真田

でも淀がなぁ・・・
798人間七七四年:2008/08/26(火) 16:03:26 ID:/DgcBpc6
昌幸は軍師になりえんて。如水は如水でそのまま戦う状況じゃ願ったりだろうしw
799人間七七四年:2008/08/26(火) 16:48:45 ID:Yj/5m6oC
昌幸の案を受け入れ、秀頼が出馬し、木津、瀬田を陥れ、徳川軍の西進を阻む以外に無し。
800人間七七四年:2008/08/27(水) 22:38:26 ID:hd1hxZPy
伏見に井伊、木津に藤堂が進出してなかった?
801人間七七四年:2008/08/28(木) 02:23:45 ID:/OBrWx+N
夏の陣では藤堂と細川と井伊は大体おんなじ所にいたから、藤堂が裏切れば、
反転して直線方向に家康の陣があるから何とかなるんじゃね?
802人間七七四年:2008/08/28(木) 15:38:14 ID:tj2sTYqu
>>1
淀殿を自害させれば豊臣軍は徳川軍に勝てたかと…
803人間七七四年:2008/08/28(木) 16:32:39 ID:+OoWy1XG
>>801
つ 兵力差
804人間七七四年:2008/08/28(木) 17:54:37 ID:Jtw2+TXf
戦争に持ち込まれた時点で負け。淀君を人質に出す。国替え、秀頼が臣下の礼を取る。

何もしてない。駿河の隠居城作る時の家康の要請も淀君が無視した。
805人間七七四年:2008/08/28(木) 20:52:59 ID:mgbM7uSV
>>804
実際のところ、淀殿てそんなに権力あったの?
日野富子じゃないんだし、政治手腕もない一女人にそこまでの力があるかどうか…
織田の血と美貌だけが取り柄で、太閤の子を生んだ、それだけの人だろ。
806人間七七四年:2008/08/28(木) 21:13:53 ID:rB08Voqj
それがまかり通ってたんじゃね、大坂城では
807人間七七四年:2008/08/28(木) 21:41:53 ID:tj2sTYqu
>>805
権力者の母親がそれなりの権力をもってたのは江戸幕府をみれば分かるだろ。
808人間七七四年:2008/08/28(木) 22:27:18 ID:Jtw2+TXf
>>805
政治手腕は無くても後継者の母親だから権力はある
809人間七七四年:2008/08/29(金) 00:09:12 ID:5WkDgCY6
正直、大坂の陣の時の豊臣家なんぞにわざわざ都合のいいifを考えてやる連中の気がしれん
むしろ滅びるのが遅すぎたぐらいの愚かさだろ
810人間七七四年:2008/08/29(金) 08:39:13 ID:yWHqTkip
大阪の陣 って言うか秀吉が統一した時点でもう終わってる
811人間七七四年:2008/08/29(金) 13:01:45 ID:I5ZHzuZP
かなり上のほうでテルシオ厨がいるけど、テルシオは平原でも負ける。
・テルシオは長槍が主力で銃は支援火力にすぎない。
 一方日本側は、大坂の役のことは銃装備率が50%超えている
・銃の命中率も日本が優位。欧米では肩当付きがメイン→視線上目当てをつけにくい
 日本では肩当なしがメイン→銃身を肩より上に据えるので、視線上目当てをつけやすい
・テルシオは盾がなく無防備。いい的だ。日本側は防弾盾を設置している。銃撃戦で日本の圧勝。
・機動力の差など問題じゃない。両者とも人の足だし。大機動力があっても敵を打ち負かせないと無意味。
812人間七七四年:2008/08/29(金) 13:03:09 ID:JRDHq7NS
親戚の浅野家がすぐ隣の紀伊にいるのに、大阪城から出て領土交換するとか
出来なかったのかな?
関が原から14年の期間があって何の対策もしてない。
813人間七七四年:2008/08/29(金) 14:00:52 ID:L+2BGjXA
そもそも家康は何で征夷大将軍に任命されちゃったの?
任命が無ければ、関ヶ原の戦い後も家康は秀頼の家臣でしかなかったんじゃないの?
814人間七七四年:2008/08/29(金) 15:04:58 ID:6ebFCys/
>>813
秀頼の家臣だと?
徳川家康は立派な大大名ですが?
815人間七七四年:2008/08/29(金) 16:30:06 ID:JRDHq7NS
>>813
天皇が頂点で武士のトップが太閤や将軍に任命される。
816人間七七四年:2008/08/29(金) 16:39:52 ID:Ar0sBdSF
>>815
太閤に任命?何言ってんの?
817人間七七四年:2008/08/29(金) 18:14:26 ID:CasmGFzi
>>813
全部徳川家による朝廷への工作活動の賜物。
豊臣家から関白職を取り上げたのも徳川家康の所業
818人間七七四年:2008/08/29(金) 19:27:11 ID:Ch1B1tQc
征夷大将軍というのは、朝廷から任命されて、関白よりは下の階級。

だが、征夷大将軍は、軍隊の総指揮権だけでなく、
征服地域の「全権」を委託されている。

この権利はとても便利なもので、朝廷は名目だけのトップにすえて、
実効支配は武士が行えるという利点がある。
819人間七七四年:2008/08/29(金) 19:39:34 ID:bhFSpqX3
867  人間七七四年 [] 2008/08/27(水) 07:06:02 ID:XI13VxQX
家康が、源氏の家系だといいはじめたのは、征夷大将軍就任のときではなくて、
もっとはるか以前で、桶狭間の戦いが終わったころ。

「三河守」という位をもらおうとしたが、源氏や平氏の家柄出身でなくては
就くことができない決まりになっていた。
当時、松平姓だった家康は、家系図を「購入」して、もともとは松平でなくて
得川で、新田源氏の末裔なのだと、でっちあげた。
でもこれでOK!、と朝廷から三河守の称号を得た。


876  人間七七四年 [] 2008/08/29(金) 18:48:06 ID:Ch1B1tQc
>>873-875←ばかどもが!。

歴史雑誌の徳川家康特集号で、
その中に書いてあったことをパクっただけだよ。


878  人間七七四年 [sage] 2008/08/29(金) 19:31:07 ID:Ch1B1tQc
「もともとは松平でなくて 得川」は、
徳川の間違いだろバーカ。

とでも思っているのだろうか。
820人間七七四年:2008/08/29(金) 19:57:12 ID:Ch1B1tQc
まとめてくれてありがとうよ。
ID:bhFSpqX3のような変な香具師にからまれてしまった、はあ。
821人間七七四年:2008/08/29(金) 21:46:13 ID:ANqiJxZk
>>818
義仲や頼朝が他の官位ではなく、あえて将軍にこだわったのも正にそれだしね。
822人間七七四年:2008/08/29(金) 22:03:50 ID:JRDHq7NS
家康が官位や徳川という名前に変更する時に、公家などに便宜を図ってもらったけど
謝礼はその後無視した
823人間七七四年:2008/08/29(金) 22:07:30 ID:bhFSpqX3
義仲が征夷大将軍に任じられた確たる証拠はなかったような?

征夷大将軍に初めから軍事指揮権・軍政・裁判権などが付随していたというよりは
征夷大将軍・右近衛大将・総追捕使などに認められた様々な職掌が、
頼朝たちによって一つに収斂していったと見るべきだと思うが…
824人間七七四年:2008/08/29(金) 22:18:14 ID:5l854sSQ
大雑把に言うと、元々東北の蝦夷に対してのみ持っていたはずの権限が
源頼朝らによって全国規模に拡大したって事かと

朝廷に敵対する者を討つ為の全権を委ねられた役職って捉え方でいいと思う
それがいつからか公家に影響力及ぼすようになっていったからおかしくなる
825818:2008/08/29(金) 22:57:10 ID:Ch1B1tQc
>>823-824
わかった。詳しい説明ありがとう。解説上手。
826人間七七四年:2008/08/30(土) 06:33:53 ID:v5llyoOT
藤堂と細川が裏切ればいいんだよ。秀忠がオドオドしてる間に本陣急襲でハイサヨナラ。
827人間七七四年:2008/08/30(土) 12:51:55 ID:3JtsemG5
福島正則の入城。

城内に当然大名はゼロ。関ヶ原以前の一定規模の大名は長宗我部盛親のみ。
豊臣家との距離からも、正則が指揮を執るのは、まず確実。
会議の紛糾はなくなり、淀君の専横も抑制。冬の陣での籠城策はなくなり、
秀頼自らの出馬も実現。金成瓢箪が戦場にはためく意義は大きい。
828人間七七四年:2008/08/30(土) 12:54:48 ID:/zveb9am
いや秀家公が八丈島から泳いでくればよかった。豊臣一門だし
829人間七七四年:2008/08/30(土) 14:40:58 ID:3JtsemG5
>>828
マジレスすると、秀家では人が良すぎて、淀君を抑えられないかと。
正則くらい粗暴な方が、この場合効果はあるのでは?
830人間七七四年:2008/08/30(土) 14:47:03 ID:mdBWg7Vw
>>827
アフォか。正則は江戸で監視されてて身動き取れない。
有力大名で家康に逆らうアホはいない。
831人間七七四年:2008/08/30(土) 14:52:12 ID:3JtsemG5
>>830
アフォか。そんな事知らないワケないだろ。
IFに決まってんだろ。
でなきゃこのスレ自体終了だ。
832人間七七四年:2008/08/30(土) 15:26:34 ID:/zveb9am
だが…
正則の専横→稚拙な作戦の強行→あぼーん
…という流れになりそう
833人間七七四年:2008/08/30(土) 16:08:29 ID:mdBWg7Vw
正則て、個人的武勇や軍の駆け引きに優れてるの?
漠然とした猛将のイメージしかない。
834人間七七四年:2008/08/30(土) 17:33:36 ID:RfJZ8UES
関ヶ原みたいに全軍突撃してアボンが必至
835人間七七四年:2008/08/30(土) 17:58:24 ID:3JtsemG5
>>833
このスレでも福島叩きが始まってしまうのかな…。
福島擁護の立場で言わせてもらうと、
 ・個人的武勇は賤ヶ岳まで。5千石取りにもなれば立派な将であり、個人的武勇を
  要求する必要はない。
 ・生涯負け戦がないのは、軍団としての戦闘能力に加え、大局観に基づく時勢を見る目
  を持っていると言える。
 ・尾張転封は、家康西上の防波堤としての役目を期待されたため。秀吉の目を以ってして
  その戦闘能力を期待されていた。
 ・岐阜城攻めの先鋒、関ヶ原本戦での最前衛を任された事実は、家康からの信頼も十分
  だったと言える。権力掌握可否を決定づける重要な戦いだけに。

よって、福島は戦闘指揮官としての能力は十分と推定可能。
836人間七七四年:2008/08/30(土) 18:28:49 ID:b+z8OPbn
なんだかんだいっても、福島正則、加藤清正、浅野幸長らの秀吉子飼いの臣は
優秀な指揮官でそ。

ただ、九州征伐まではこいつらの筆頭に仙石程度のヤシがいたりしたけどさ…
837人間七七四年:2008/08/30(土) 18:56:27 ID:/zveb9am
>>836
そのうち2人は狸に毒殺された疑惑があるし…
正則は江戸に閉じ込められてるし…
同じ江戸駐屯組でも確か平野長泰は大坂入りを表明した説もあるんだが…
838人間七七四年:2008/08/30(土) 21:37:14 ID:xS5uSgfL
マジレス

大阪城に・・・

1・自衛隊の一部隊
2・ドラゴンボールの孫悟空
3・陸奥圓明流の使い手

が、登場してしかも豊臣家に味方をしていれば勝てたかもしれない。
839人間七七四年:2008/08/30(土) 22:28:37 ID:mdBWg7Vw
840人間七七四年:2008/08/30(土) 23:11:12 ID:Dhw3i9qT
>>833>>839
漠然とした猛将のイメージとやらで反論したらええやん。
カッコ悪いやっちゃなぁ。逃げたん?
841人間七七四年:2008/08/31(日) 08:22:32 ID:6OlVDzFj
織田家みたく従属し続ければ
5万石程度の大名として生き残る事ぐらいは出来るだろ
842人間七七四年:2008/08/31(日) 16:02:46 ID:RLk8QLWe
豊臣の繁栄なんて10数年程度なのに、淀君は主筋がどうのと意地張るから
親戚の浅野なんかも愛想尽かす。
加藤、福島はかばってくれても、自国の家臣を養わなければいけないので大阪方にはつけない。
843人間七七四年:2008/09/01(月) 09:33:13 ID:BARmh76a
ところで大阪の陣って冬夏どっちのこといってるんだ?

大阪夏の陣だともうだめ
アレは戦う前からとっくに勝負ついてて
戦争とかじゃなくて儀式みたいなもんだから
孔明が千人居ても無理

かといって冬でも無理だな
当時の豊臣政権は幕末の江戸幕府よりボロボロ
無血開城みたいな高等な政治手腕も期待できない
戦争以前の問題だね
徳川政権の強固な支配体制は産業革命と外圧と勅命を持って始めて崩せたが
豊臣政権の場合はなんか勝手に終わってた

結局徳川からの懐柔案をことごとく拒み続けてた結果が大阪の陣であって
豊臣が素直に一大名として残るつもりなら本来やらなくていい戦争であり
元より戦争になった時点で勝ち目は無かった
844人間七七四年:2008/09/01(月) 09:42:06 ID:LMa0if8Y
家康を始め主要人物をことごとく討ち取れば講和くらいはできたかもね
将来的に絶対潰されそうだが・・
845人間七七四年:2008/09/01(月) 10:31:18 ID:+jkejNsY
>>835
・ようは実績なし。
・長いものには巻かれろ。悪いことじゃないが(それすら完遂できなかったのはマイナスだが)このスレ的には評価できることじゃない。
・身内だから。まあ役に立たなかったが。
・信用できないのは一番前に置いとくのは基本。

よって福島は戦闘指揮間としての能力は十分とは言えない。無能とは言わんが、切り札にするには実績なさ過ぎる。
846人間七七四年:2008/09/01(月) 14:10:11 ID:YGOUJ8+M
人生のほとんどを秀吉の家臣として過ごしてきたのに長いものには巻かれろって表現はおかしい
847人間七七四年:2008/09/01(月) 15:42:21 ID:+jkejNsY
失礼。
・人生のほとんどを秀吉の家臣として過ごしてきたから、大局を見る能力が必要になったことなんてない。
まあ家康についたのは先が見えてたからなんだろうが、このスレ的に意味なくない?
848人間七七四年:2008/09/01(月) 20:30:49 ID:iaDMxngm
福島は徳川に尽くしてるとか言っても、結局処分されたね
849人間七七四年:2008/09/01(月) 21:11:54 ID:S83yAnvK
罪人同様の豊臣に肩入れしてたからな。処分は妥当
850人間七七四年:2008/09/01(月) 21:35:20 ID:LSfgxp+t
>>849
とうとう馬脚現したな。
きみ日本人じゃないね。
851人間七七四年:2008/09/01(月) 21:38:20 ID:YGOUJ8+M
福島の処分は本多と土井の権力争いのとばっちりだろ
852人間七七四年:2008/09/01(月) 22:10:57 ID:SaSqYO8A
最終的に改易強行したのは徳川秀忠じゃないの?
なら「とばっちり」で済まない気が
853人間七七四年:2008/09/01(月) 22:55:01 ID:iaDMxngm
家康が長曾我部、秀忠が福島潰して権威を見せ付けた
854人間七七四年:2008/09/02(火) 00:27:14 ID:iDaRiq6Q
誰かひとり裏切って大阪方についてくれるとしたら
誰がいいかな
855人間七七四年:2008/09/02(火) 01:17:02 ID:tAEn6Ahn
前田じゃねえか?
856人間七七四年:2008/09/02(火) 01:50:01 ID:CTNq4oCg
隠居中の利長は大坂に入ろうとしてたらしいな
857マニアック:2008/09/02(火) 03:35:55 ID:JmhVyZ+v
伊達政宗と松平忠輝の裏切り
これで徳川方は3万の兵の損失
これが講和して寝静まった後に裏切れば戦況は変わったかも
858人間七七四年:2008/09/02(火) 06:31:55 ID:+ayOphe+
>>850
豊臣秀頼は天下人である徳川家康と徳川秀忠に逆らい浪人を集め戦闘を開始した。
逆賊豊臣は成敗されて当たり前でしょう。
859人間七七四年:2008/09/02(火) 11:26:15 ID:eXzoLc3M
>>858
言葉の意味の使い方、間違ってるのに
気がついてないの?
860人間七七四年:2008/09/02(火) 18:24:21 ID:2k7Qmbu6
福島が本多宛に手紙を送る
土井らが発見、無かった事に
福島が無断で改築したと秀忠にちくる
秀忠による福島の改易
本多の面目は丸つぶれ
後に本多も改易

浅野、池田と真っ先に懐柔された男なのに
信用されてないとか豊臣に近い人間だからってのはどうも

別に福島が大坂入城すればどうこうなるとは自分も思えないが

861人間七七四年:2008/09/02(火) 19:12:04 ID:7yiKaRHX
秀吉は後継者を殺してしまった
家康はちゃんと後継者に権力を渡した

秀吉と家康じゃ政治力が違いすぎたね
862人間七七四年:2008/09/02(火) 22:29:24 ID:wyvo68Jy
だから淀の方を人質にだしてりゃこんな事に!!!
863人間七七四年:2008/09/02(火) 23:29:17 ID:wyvo68Jy
DBの孫悟空がいれば必ず勝つよ
864人間七七四年:2008/09/03(水) 00:52:01 ID:Uw3HL+Q3
冬の陣での篭城延長は食料の問題から不可能ってきいたが実際どうなの?そのとおりなの?
865人間七七四年:2008/09/03(水) 15:29:11 ID:oojc27jD
家康側が弾薬不足になったから
866人間七七四年:2008/09/03(水) 15:58:18 ID:IjVidZZr
不足してたのは豊臣方
867人間七七四年:2008/09/03(水) 20:45:26 ID:KjHAEe/3
本願寺と組み浪人集を城から出して各地で一斉蜂起
後は家康の寿命待ちしかないでしょう
城に篭った時点で負け
868人間七七四年:2008/09/05(金) 21:21:47 ID:kZ5Mv3WY
高校生クイズに冬の陣のきっかけ〜の問題で方広寺がでてきたな
869人間七七四年:2008/09/07(日) 14:17:17 ID:MjMm3NJG
http://bushou.exblog.jp/6051266/
市は信長の妹か・・・
870人間七七四年:2008/09/07(日) 14:39:51 ID:0Llk+fAY
>>864
兵糧は少なくとも16万石はあったはずだから1年くらいの籠城なら何の問題もない。
弾薬も2の丸の掘を埋める際に捨てたという記述があるくらいだから
当面の戦闘には問題なかったと思う。
でも、籠城を続けるのは無理だったんだろうな。
成り行き上、城に篭った連中が逃げ出したくて仕方なかったのだろう。
実際、有楽斎などは和議が整ったらさっさと逃げ出しているしな。
岩屋城の兵ほどの心づもりがあれば、良かったのだが。
立花宗茂が京都で牢人していた時に豊臣が召抱えていれば
大坂冬の陣も史実とは違った展開になったかもしれないね。
871人間七七四年:2008/09/07(日) 19:08:19 ID:zwctLDhz
結局家康が死ぬしか勝ち目はないんだよな
真田みたいに突撃するか
家康の寿命がつきるまで篭城するしかないな
まあ大砲があるからそこまで持たないだろうけど
872人間七七四年:2008/09/07(日) 20:12:00 ID:lVs96Nkf
>>5
だからお前が生まれたとして一体どういう方法で勝利に導くんだって話をするスレだっての
お前はどんだけバカなんだよ
お前がそこにいただけで徳川がバタバタと倒れていくとでも思ってるのか
幼稚すぎて話しにならねえ
873人間七七四年:2008/09/07(日) 20:29:28 ID:AnkJjQ5D
>>872
では、まずお前がその方法とやらを書いてみよw
874人間七七四年:2008/09/07(日) 20:57:48 ID:DEvi5ExS
俺らみたいなド素人が戦国時代にいて通用するわけ無いだろ
相手は稀代の謀略集団徳川一派だぞ。
875人間七七四年:2008/09/07(日) 21:23:20 ID:7ydXKN+6
糞漏らす徳川プギャー
876人間七七四年:2008/09/07(日) 21:32:03 ID:LggQ6dbI
俺が豊臣家武将なら甲賀忍者を雇って家康を暗殺する
家康がいない大阪の陣当時の徳川家なら瓦解するだろう
877人間七七四年:2008/09/07(日) 22:34:43 ID:2syIt/EH
家康が死ぬまで這いつくばってでも恭順姿勢を見せるものの
大坂からは退去しないという、非常に難しい外交を強いられるよなぁ。

逆に結城・加藤・浅野が生きているうちに事を構えるというのも
アリだけど。もし、加藤や浅野が豊富方に付くようなら、福島だって
付くだろうし。
878人間七七四年:2008/09/07(日) 23:27:23 ID:AnkJjQ5D
難攻不落の大坂城が陥落した原因の一つとして、新型の大砲が登場したことにより、
京橋口からなら砲弾が天守にまで届くようになったことが大きいわな。
大きな川のない南方向には三の丸が大きく張り出しているが、北東方向は淀川や大和川
があったので秀吉も安心したのか物理的に不可能だったのか天守と城域の外とが近接
している。ここが大坂城の弱点になってしまった。
結果論にはなるが、寝屋川と大川を結ぶ今の城北運河の位置くらいに掘りを作って
真田丸みたく砦を築き、備えていれば良かったんじゃね。
879人間七七四年:2008/09/08(月) 00:13:14 ID:ESCZWcP4
>>877
でも、あくまでも天守なんて飾りなわけやん。西南戦争の熊本城とか
建物は全部焼けてもびくともしなかったように、重要なのは縄張りなわけで。
880人間七七四年:2008/09/08(月) 10:00:10 ID:Yb9Hzh47
本丸をダイレクトに砲撃されるのは、いわば戦略爆撃に等しい
881人間七七四年:2008/09/08(月) 10:10:27 ID:qn/KVC7e
政宗が裏切ったらあり得るんじゃね
混乱した所に雪村が突っ込んで大御所の首をあげる
将軍は慌てて前線で孤立したところを影勝に成敗さりる
882人間七七四年:2008/09/08(月) 18:22:23 ID:0QAk1toU
>>871
家康が死ねばて、既に2代目が将軍に就任して10年以上たってるのに

長楚我部盛親は、大阪入場ではなく旧臣の桑名がいる藤堂家に陣借りして手柄を立てるということが出来なかったのかな?
豊臣への恩が深いわけでもないし。


883人間七七四年:2008/09/08(月) 22:23:13 ID:zJv/ul9V
結局、篭城延長が可能ならそれがベスト

884人間七七四年:2008/09/09(火) 13:56:10 ID:bcCtVvW5
>>882
それはありえない。
刑場へ行く時でも「命とこの手が自由なら家康をこのままにしておかん」
と、どなり散らしたそうな。
家康憎しで雌伏した十数年だったから。
885人間七七四年:2008/09/11(木) 00:59:53 ID:skoiz/AM
生きてさえいれば機会は訪れるかもしれないって話か
886人間七七四年:2008/09/16(火) 08:20:59 ID:YEa57QpZ
結局のところ、冬でなんとかするしか無かったんだよな
夏の時点でもう詰みだから
887人間七七四年:2008/09/16(火) 15:05:07 ID:H62fg6vb
>>886
だから淀殿を自害させれと何度い…
888人間七七四年:2008/09/16(火) 15:51:07 ID:MeuofMXp
小説の影響からか、淀がいる限り豊臣が勝てる気がしないです
889人間七七四年:2008/09/16(火) 21:09:21 ID:pyIqHn+b
誰が淀を自害させれるんだよ
890人間七七四年:2008/09/16(火) 22:29:07 ID:qEg2llTy
狂乱した秀秋がザックリ…
という歴史群像新書があったな…
891人間七七四年:2008/09/17(水) 18:00:25 ID:cP3VoJzA
立花宗茂改易時に、家臣がついてこなかったら勝ってたな。
892人間七七四年:2008/09/17(水) 21:29:04 ID:49KDUOUP
よくわからんとですが立花宗茂が浪人だったままで大坂入城してたら幸村より活躍してた?
勝つかはべつとして
893人間七七四年:2008/09/17(水) 21:55:01 ID:cP3VoJzA
>>892
「真田の次男」という肩書きの信繁と
「鎮西一の豪勇」、そして朝鮮出兵で大活躍という実績がある宗茂。
実力、というとまた平行線な議論になりそうだが、発言力はそこらの浪人の比じゃない
つまり、冬の陣の時点で豊臣を一つにまとめられるかもしれない人物。
宗茂ほどの武将の意見に流石の淀君や治長も自重してくれる…だろうか?
894人間七七四年:2008/09/17(水) 22:01:28 ID:Ia4Tqtd5
淀殿って大坂の陣の際ダメダメだったとも言われているけど
何といっても所詮女だし、しかも元は大名家の姫君として教育されてるわけで
いきなり豊臣勢十万の大軍の総指揮官が務まるわけないよね
895人間七七四年:2008/09/17(水) 22:22:58 ID:3R1y9pT6
真田・毛利・長宗我部の三人が元大名としてほかの牢人衆とは
別格に扱われたらしいから、少なくともこの三人並の待遇は確実。
元の所領はともかく、他の三人と違って関ヶ原までに10年以上当主だったし、
リーダー格になってもおかしくはないんじゃないかな。
896人間七七四年:2008/09/17(水) 22:47:58 ID:HtU3f5pA
それをいうと、やはり八丈島から泳いで参ってもらうのが最強
897人間七七四年:2008/09/17(水) 22:52:10 ID:cP3VoJzA
秀家公か…
総大将にはなれそうだけど、実戦指揮はどうだろう…未知数過ぎる…
898人間七七四年:2008/09/18(木) 07:33:02 ID:TlDkH0vr
淀が切腹したら大阪の陣にもなってないと思うけどな

ただ腹切っただけじゃ何も変わらんだろうけど
関が原以前に一昔前の極悪レスラー並のブック書けてれば
世論も変わってくるだろう
まぁそんなことが出来る人材なんか居やしないんだけどな
899人間七七四年:2008/09/20(土) 06:27:13 ID:I7vq1rsv
定石としては各地で蜂起を煽って
体制を揺るがすことなんだけど、そんなことできる人物が当時の大坂方にいるわけないし
と、なるとやっぱり家康の寿命待ちしかないのかな?

ただ、家康が寿命で死んでも徳川体制自体をひっくり返すのは難しいと思うが・・・・・
すでに秀忠が将軍に就任してかなりたってて体制をそれなりに整ってる時期だから。
900人間七七四年:2008/09/21(日) 21:15:48 ID:KQXuLbC4
そういえば紀伊で反乱が起きたよな
確か大野兄が首謀者だったはず
901人間七七四年:2008/10/03(金) 09:05:21 ID:x2gq7T70
海に活路を見出すのはどうかな
淀・秀頼は邪魔だから四国か淡路に。
大阪城は真田・後藤に指揮をまかせる
淀・秀頼には長曾我部に付いてもらう

ということでまずは大阪城は落ちるという
風評を流して淀・秀頼を出すところからだな。
902人間七七四年:2008/10/08(水) 23:40:49 ID:HeNO11u5
秀忠は果たして親豊臣だったのか反豊臣だったのだろうか?
どっちの説もあるし、どっちもそれなりに説得力があって解らん

・親豊臣説
 人質時代に意外と秀吉に大切に扱われて親しみを持っている→だから家忠に改名しなかった
 お江与が姉と娘がいるから豊臣へはソフトな対処を秀忠に要求する

・反豊臣説
 二代将軍としてのデモンストレーションが必要だった
 お江与は姉に対しライバル心を持っていた
903人間七七四年:2008/10/12(日) 22:51:06 ID:QTkAGsAL
大老の宇喜多がいればさすがに淀や大野ら側近も口出しはできないだろうね。
904人間七七四年:2008/10/30(木) 00:05:53 ID:kAxcjCND
真田・長曾我部・毛利(勝)以外にも仙石・増田・大谷といった大名の息子も参戦してるのに、
話が出てこないのは何故?
905しげさん:2008/10/30(木) 00:42:04 ID:g6GooWUo
三成につなぎの関白約束されてたのにバカだ!秀次みたいに殺されるとでも思ったか?もらえるモノはまずもらっとくべし!
906人間七七四年:2008/11/01(土) 15:11:07 ID:6qqOkTcC
まず大坂の陣のような追い詰められた状態になった時点でOUT。
それでも篭城戦に追い込まれたなら援軍が無い限り勝ち目は無い。
その場合、万が一援軍を国外に求めていたなら…今頃日本は植民地上がりの
発展途上国だったかもしれない…。
907人間七七四年:2008/11/02(日) 06:54:30 ID:72DOaxYp
いくら大坂城が堅固でも、補給の無いまま篭城していれば食料や弾薬が完全に尽きてしまうからなぁ
908人間七七四年:2008/11/03(月) 01:57:13 ID:XMXdJMNf
落雷で外にいた幕府軍壊滅
909人間七七四年:2008/11/03(月) 11:33:14 ID:aN192+Rm
落雷があったらかなりの確率で先に大坂城の天守に落ちるだろw
910人間七七四年:2008/11/04(火) 03:35:47 ID:2t5QLpBw
>>903
 泳 い で 参 っ た
911人間七七四年:2008/11/04(火) 13:56:38 ID:f2YCo6E6
こぶし大の大きさの隕石が家康と秀忠に直撃し、江戸に10mくらいの大きさの隕石が落下。

これで勝つる!!!!
912人間七七四年:2008/11/04(火) 20:53:29 ID:I0X2CAkz
>>910
秀家 乙
913人間七七四年:2008/11/04(火) 20:58:52 ID:Mb2eGQWB
このスレずっと見てたが、今のところ、細菌兵器を使うってのが
一番の方法だな。天然痘やペストの患者を徳川20万へ送り込んで
篭城すりゃ、半年もしないうちに壊滅するだろうな。天然痘は感染力は
強いが、動物を媒体としないところが大きい、まさに細菌兵器には
もってこいだ。
914人間七七四年:2008/11/04(火) 21:18:15 ID:2t5QLpBw
ラグーンシティと化した大坂城を舞台にしたバイオハザード〜SENGOKU〜になるな

防疫能力皆無なのに細菌兵器とか自殺行為以外の何物でもない
915人間七七四年:2008/11/04(火) 21:22:27 ID:VHPGigMu
宇喜多秀家が泳いで参って大阪場内を統率
淀周辺を一喝!
大阪城退去
泳いで九州逃亡
島津の庇護をうける
豊臣恩顧の大名に手紙を秀頼直筆で送付
上手いこと加藤家を引き入れて熊本城で篭城戦

以上、清正厨の妄想
916人間七七四年:2008/11/05(水) 09:02:52 ID:dkPSFURX
>>913
それ、下手すると味方にも被害が及ぶんじゃないかい?
917人間七七四年:2008/11/05(水) 10:47:00 ID:POC5dteM
>>915
ヒント 加藤忠広
918人間七七四年:2008/11/05(水) 12:46:26 ID:1weAFAq7
淀君と家康の政略結婚はどう?
919人間七七四年:2008/11/05(水) 14:02:43 ID:6LOXsR0a
茶々の年齢考えると旭姫並みの罰ゲーム
920人間七七四年:2008/11/05(水) 17:24:36 ID:qTWaD6i8
錦の御旗をおっ立てりゃ余裕なんだがなぁ
関ヶ原ん時に秀頼が出馬すれば勝てたが、大坂ではもぅ無理だろうな。

921人間七七四年:2008/11/05(水) 18:47:51 ID:+A/bPw5J
茶々の妹が秀忠に輿入れしたんだから!

旭より茶々は若い
922人間七七四年:2008/11/05(水) 20:30:44 ID:6LOXsR0a
旭…1543年産まれ。1586年に家康に嫁ぐ→43才
茶々…1569年産まれ。冬の陣で1614年に家康に嫁ぐとする。→45才

どう考えても罰ゲーム
923人間七七四年:2008/11/05(水) 21:04:05 ID:2SRy9B1l
>>916 それいったらきりないで。現代だってもちろん細菌兵器は
味方にも被害がおよぶわい。要は使いようだ。うまくいけば
徳川滅ぼせる。細菌兵器の始まりは、13世紀にモンゴル軍が
ペストで死んだ死体を投石器を使って城へ投げていたことから始まった。
大坂の役は17世紀だから、現実味がない話ではないよ。
924人間七七四年:2008/11/05(水) 21:36:05 ID:DHblIJ1P
狐のきぐるみに身を包んだお市の方が、けんだま片手に降臨なされば、
幕府軍などひとたまりもあるまい。
925人間七七四年:2008/11/05(水) 22:01:49 ID:6SZDhCm4
どうあがいても豊臣方が勝つのは無理だと思うけどね。

「秀頼が決起すれば豊臣恩顧の大名が駆けつける」とか散々言われながら
誰もついて来ず、どうでもいい浪人しか集まらなかっただろ

秀吉の末期が基地外すぎた。
耄碌したのか認知症と言われても仕方がないだろ
スターリンとか毛沢東とかと同じじゃねえの あんな恐怖政治
あんなことして居ながら諸大名がついてくるとでも思ってたとしたら
虫が良すぎ。
926人間七七四年:2008/11/05(水) 23:07:31 ID:SF3wn8dS
>>923
隔離された狭い場所に菌をばら撒くなら効果大だろうが、
そうでなければあまり期待できないのでは?
失敗して城内で感染が広がろうものなら目も当てられんぜ。
927人間七七四年:2008/11/06(木) 00:55:57 ID:1JR7HI/1
疫病攻めされるのは決まって防御拠点
928人間七七四年:2008/11/06(木) 03:12:26 ID:OqtpDUTT
錦の御旗だけど…家康も名目は豊臣家の家老(でいい?一応)で上杉征伐に出てるし、武家の争いで天皇には関係ないから、関ヶ原で御旗は出ないのでは?
同じ理由で大阪の陣でも無理では?無理矢理要求しようとすれば、公家としての豊臣の立場もなくなるし。天皇を脅迫した…なんて現人神様に逆らった大罪人だよ。
929人間七七四年:2008/11/06(木) 03:56:44 ID:1JR7HI/1
薩長軍の錦の御旗は薩長の自作
上皇法皇の時代ならいざ知らず、この時代だとわざわざ天皇家に貰う必要なんか皆無

勝てば官軍
 負ければ賊よ (中略)
  命惜しむな國のため
930人間七七四年:2008/11/06(木) 05:27:03 ID:OqtpDUTT
なら、なおさら権威もないし、徳川を倒す力にもならないな。
実際、少し前の南北朝の頃は、天皇家が分かれていたとはいえ、錦の御旗はないがしろだし。天皇家の尊崇は、江戸時代に入って尊皇思想が学ばれてからだしね。


ということで「錦の御旗は意味なし」でいいですか?
931人間七七四年:2008/11/06(木) 05:30:16 ID:eeqeC1JL
秀頼がプラカード持って
テッテレー「大成功!」
と家康の陣営の前でやれば和解で終わったね。
932人間七七四年:2008/11/06(木) 05:35:39 ID:OqtpDUTT
南北朝より前は、尊皇がなかったと言ってるわけでありません。
ただ、南北朝の頃はまだまだで、我々のイメージのような菊の紋に恐れ入るようになるのは、実際は江戸時代に入ってからでそれ以前は楠正成ぐらいという意味です
多少足りないところは善意的に解釈してください。

連投スマソ
933人間七七四年:2008/11/06(木) 05:35:40 ID:eeqeC1JL
ちなみに戦国ってゲームでは、全部将を一点に集結させて攻撃してくる部隊を一つづつ潰して行ったら楽勝で勝てたぞ?
最後の方で伊達が裏切って家康涙目になってオモロかった。
934人間七七四年:2008/11/06(木) 11:04:22 ID:VYYie/bi
>>933
ゲームと現実とを一緒に考えるってなんて目出度いんだろうなw

先ず、大坂の陣の前にどのような戦略、計略を取るかだな。
要は事が起きる前に「派閥争い」をどのように有利に進めるか…。
天皇の権威を利用するのも確かに手だが、既に徳川家康が征夷大将軍に任じられている為、
その経緯上朝廷と徳川とはかなり接近した状態となっているに違わないから、
下手な事をすれば朝敵になるのは豊臣側。
現実問題、朝廷はあまり当てには出来なかっただろう。
すると味方をどこに求めるか、そして味方をどのように優勢にするかだが…。
難しいな…。
935人間七七四年:2008/11/06(木) 11:17:50 ID:Hzy4pTCS
福島正則は好きじゃないけど彼が言ったという逸話が全てだろ
10年遅いし10年早い
10年前なら1605年
加藤清正浅野幸長も健在だし、家康が将軍補任(つまり豊臣家の家老という立場から
離れて)から3年に過ぎず、いかにも生々しい野心むき出しにみえる
10年後なら1625年
家康没後だし、秀頼は30代で一番の働き盛り
936人間七七四年:2008/11/06(木) 18:48:37 ID:TSrbyNG7
錦の御旗について誤解してる人があまりにも多いな。
錦旗が立った方が勝つんじゃなくて、勝つ方に錦旗が立つんだよ。
937人間七七四年:2008/11/06(木) 21:39:20 ID:1JR7HI/1
承久の乱すら知らない馬鹿が何言ってんだか
錦の御旗なんかフルボッコで流罪だろ

天皇がいる場所に立つ旗(日と月の旗)+天皇があげた素材が錦なだけの只の旗(錦の御旗)
これの合体バージョンを薩長が勝手に自作して官軍キャンペーンをして出来たのが、現代の意味合い(=天皇並みに絶対的な存在)での錦の御旗
938人間七七四年:2008/11/07(金) 03:46:22 ID:QjkffWuA
治罰の綸旨は足利義教期〜16C初頭までは結構使われたけどね。
それ以降は天皇権威は、官位とかそっち方面の形式的なものに
変質していったからな。いまさら天子様の勅を得てもな
939人間七七四年:2008/11/07(金) 04:11:23 ID:IBp7rOIB
大坂の陣以前の噺になるんでちょっとスレ違いかもしれんが。
朝日姫を家康に嫁入りさせるのではなく、家康を朝日姫の婿養子ってことにして
豊臣家康と名乗らせて秀吉が自分の後継者に指名すりゃいいだろ。
そうすりゃ豊臣家は残る。中身は徳川家でも。
940人間七七四年:2008/11/07(金) 08:53:18 ID:NTChFB8x
>>935
福島の逸話は「3年」じゃなかったか?
加藤浅野が生きてるか家康が死んでるかだけ
941人間七七四年:2008/11/07(金) 12:35:46 ID:ZrEbYJ0b
>>939
大坂の陣以前の話でも、大坂の陣で豊臣家が幕府軍に
勝利する事に繋がる複線ならスレ違いじゃないけれど、
徳川家康が豊臣の後継者として養子に入ると
大坂の陣自体必要なくなるのでスレ違い。
942人間七七四年:2008/11/08(土) 23:29:27 ID:VrZOagX3
どっちにしても、この時期まできたら厳しいね。
やっぱり関ヶ原には勝ちたい
943人間七七四年:2008/11/09(日) 00:07:20 ID:zIDU4Yra
>>939
まぁ跡継ぎじゃないけど豊臣朝臣家康だったんですがね
944人間七七四年:2008/11/09(日) 02:36:40 ID:XlFGBvN4
大坂の陣で豊臣家が幕府軍に勝利する方法・・・?
戦国自衛隊が(ry

945人間七七四年:2008/11/09(日) 10:04:10 ID:XlFGBvN4
関ヶ原までは史実通りに進んだとして、その後の大坂の陣直前までの巻き返し工作でなんとかならないかなあ?
946人間七七四年:2008/11/09(日) 11:07:32 ID:QfmLpUlk
家康を暗殺するくらいしかないんじゃないの。
947人間七七四年:2008/11/09(日) 11:23:34 ID:9HxVXgbc
家康主導の論功勲賞の時点で詰み
948人間七七四年:2008/11/09(日) 13:54:42 ID:EpYVc4Kx
寝返りそうな奴や千姫を洗脳して自爆テロさせる
上手く家康・秀忠を道連れに出来りゃ一旦退かせる事は出来るかも
949人間七七四年:2008/11/09(日) 19:39:22 ID:1d5gej7O
>>947
全国にあった蔵入地が消滅しても、福島や加藤といった豊家家臣の領地(それらは秀頼のモノとして計算してた)が増えたから何も文句言わなかったのかな?
950人間七七四年:2008/11/09(日) 21:05:22 ID:eHz2zCPr
951人間七七四年:2008/11/09(日) 21:46:29 ID:BzrO09K1
>>949
蔵入地なんて加藤・福島に限らずみんな嫌がっていた制度なんだよ
それがなくなって自分の領地内のものは全てその大名のものと家康が保証してくれたんだから
文句どころか家康に感謝しなければいけないくらいだ
豊臣政権が復活したら蔵入地が復活する可能性もあるんだから
諸大名としては豊臣に協力なんてできるわけがない
952人間七七四年:2008/11/10(月) 00:27:05 ID:UutldqaL
大阪陣は東の圧勝におもわれてるけど 秀頼が千なりびょうたんをもち出陣したと情報がながれ徳川軍が一時総崩れになり真田幸村がわれこそは幸村なり!の掛け声で本陣に突っ込み 家康を切腹寸前に追い込み 家臣に止められたもしほんとに秀頼が出陣していたら?
953人間七七四年:2008/11/10(月) 03:13:48 ID:pW9HuYWQ
・句読点らしき半角スペース
・半角スペースの場所がランダム
・改行なし
・日本語の文法ではない
以上の事より、外国人若しくはゆとりと断定出来る。
954反徳:2008/11/10(月) 15:48:31 ID:SSainw7C
大野治長は天下の間抜け野郎。二度も真田の邪魔をした。邪魔をしなかったら天下はまちがいなく変わってた。
955人間七七四年:2008/11/10(月) 17:07:35 ID:D14bcbZX
>>949
ヒント:家康も政宗も豊家家臣
956人間七七四年:2008/11/10(月) 21:49:58 ID:TPRDGyAH
まあ、関ヶ原時点では秀頼が出陣して西軍への参戦を表明したら
西軍が勝つだろうね。この時点では秀頼が錦の御旗のようなものだ。
尊王が幕末のように当たり前のようになってたわけではないからね。
尊王は光圀あたりから強烈に意識されるようになったんだっけ。
957人間七七四年:2008/11/10(月) 22:46:05 ID:MqxsrY/V
大野治長の手腕はともかく、こいつの豊臣家に対する忠義心はガチ。
豊臣にとっては、数少ない真の譜代家臣だったわけだ。もっと評価されていいはずだ。
958人間七七四年:2008/11/10(月) 23:33:25 ID:3keI5HIe
>>956
淀殿がいるかぎり決して有り得ないけど、秀頼が東軍の総大将として出陣て手もありだなw
959人間七七四年:2008/11/11(火) 04:56:10 ID:i9eM1ZXn
三好政康が50才若返る
960人間七七四年:2008/11/11(火) 14:03:08 ID:NB1THvYH
大野治長って関ケ原は東軍だったよね?
そのまま東軍にいてくれて、弟治房が頭目だったら…
961人間七七四年:2008/11/11(火) 14:09:28 ID:BFz6/QH4
まずは淀殿をレイプ
962人間七七四年:2008/11/11(火) 18:39:10 ID:FP1WmTa0
一年間籠城したら家康寿命で
秀忠と交渉しまくる
963人間七七四年:2008/11/11(火) 18:42:26 ID:qJ0VUNxQ
取りあえずあらかじめ有り金全てはたいて
徳川が買ったより多量の高性能大砲と砲弾買いまくる
964人間七七四年:2008/11/11(火) 19:38:53 ID:SlWOY/p5
大砲買っても扱える人いないだろ
965人間七七四年:2008/11/11(火) 20:31:11 ID:LJQUfw+C
徳川の許可無く豊臣家と貿易する国は日本と断交になるわけだが。
966人間七七四年:2008/11/11(火) 20:37:34 ID:GkTEo/2O
平国
天美時色
大氏
967人間七七四年:2008/11/16(日) 03:06:28 ID:oWe3asEd
>>957
治長については近年では、あの程度の地位しかなかったのによくあれだけの合戦をやったって再評価もあるね。
散々に言われようなのも、スケープゴートにされた、と言えなくもない。あと某司馬氏の小説とか、司馬とか、司馬とか。
大坂の陣にしたって、浪人たちはあそこで一花咲かせればそれでいいけど、
豊臣家を思う側からすれば適当な所で和平の道を開いて家の存続を図るのが当然。
あんな戦術的に詰みに近い状態で大将の秀頼を玉砕突撃させろなんぞ、まともな豊臣家の忠臣ならできんだろ。
なのに弱腰だったの何だの、散々に言われて。うかばれないよね。
968人間七七四年:2008/11/24(月) 16:58:37 ID:oYnfnf0J
>>967
冬の陣に際して、真田や後藤が主張したといわれている
迎撃策も正直あまり上策だとは思えないんだよね。
ただでさえ少ない兵を分散させてしまう上に、
大坂と出撃部隊を分断されたらおしまい。しかも、
瀬田に布陣ってのは完全に死亡フラグときている。

969人間七七四年:2008/12/02(火) 19:26:58 ID:xEZ0nGun
あくまでもゲームだが。
戦国ってゲームで、大阪の陣を豊臣方でプレー。全軍を一地点に集結して迎撃したら楽勝で勝てたよ。
970人間七七四年:2008/12/04(木) 01:52:55 ID:UpXRfebZ
一度秀頼出陣!の噂と真田の影武者攻撃で東軍総崩れしかかったんだろ、一か八かで秀頼が千なりびょうたんなびかせて出陣してみたら…?
971人間七七四年:2008/12/05(金) 00:44:32 ID:nfzea+0q
長宗我部盛親の見解では
徳川方第一の戦功は八尾で大坂方を破った井伊直孝、
大坂方敗戦の因は八尾で敗れた長宗我部盛親

らしいぞ。
972人間七七四年:2008/12/19(金) 18:26:18 ID:ARglQXU/
>>317-318
今更突っ込むが、その最後の奇襲で討ち取られた副将は大司徒王尋で、
これが潰乱の大きな理由となってるからそれは加味せんと。
大坂の陣に例えれば秀忠討ち取られて家康遁走したようなものなんだから。
あと軍師のような立場でかなりの名将であった荘尤が劉秀と知己で、
劉秀が単なる県令の孫の豪族で無位無冠だった頃に
税の軽減の陳情に行った時に会っており、その荘尤が
「ああ、あの顔が美しいだけの男か」と侮った負けフラグもある。
秀頼出てきたら、ちょっと徳川方が侮る理由もないので不適切だと思われ。
973人間七七四年:2008/12/27(土) 11:43:40 ID:KS7mjvFc
10ヶ月も前の内容にレスつけてどうすんだ……
974人間七七四年:2008/12/30(火) 00:09:59 ID:mfTc0tz7
>>967
要するに片桐追放したのがまずかったと
975人間七七四年:2009/01/14(水) 10:18:54 ID:2efhgHrf
>>962
とほぼ同じだが、野戦で徳川軍叩いて、あとはひたすら築城、家康の死亡後秀忠と交渉、有利な条件引き出す。
徳川方だって何年も包囲続ければ経済的に大変だから、和平交渉に乗ってくると思う。
天下の孤軍ってったって、後北条氏と異なって、秀頼は徳川家の主君だからね、諸大名
も余り出費かさんだらいい顔しないだろうし。
976人間七七四年:2009/01/28(水) 20:51:25 ID:gGLZ87UE
age
977人間七七四年:2009/02/01(日) 17:22:16 ID:fJ+ir1q+
15年と言う月日がこんなに恩を忘れさせられるのか
978人間七七四年:2009/02/01(日) 19:08:38 ID:GSiA9FPs
15年はでかい。長篠の戦のときに秀吉が天下人になるなんて誰も思わないでしょ
979人間七七四年:2009/02/11(水) 11:22:41 ID:Bg8e3QMY
NHKで初めて大阪夏の陣の事を知って驚いた
民衆の犠牲が半端じゃなかったみたい
奴隷に売られたらしいけど日本にもそんな売り買いがあったんだ

何故民衆を守ってやらなかったんだよ
あれ以来徳川家が嫌いになった
980人間七七四年:2009/02/11(水) 11:26:29 ID:YZ9a97kB
>>979
事後、分捕った侍は斬首、庶民は解放するようにお達しが幕府より下されました
実際に諸藩でどの程度、行われたかは疑問ですが・・・
981人間七七四年:2009/02/11(水) 17:23:26 ID:Bg8e3QMY
>>980
ありがとう
斬首、解放を聞いて、ちょっとは・・・ほっとしたけど・・・
982人間七七四年
>>979
戦国時代ではその手の蛮行は珍しくないし、封建制の頃のヨーロッパだと当たり前の行為だったからね。
絶対王政になって国民国家の概念が出来てからかな、同民族への蛮行がなくなったのは。