【考古】卑弥呼宮殿の一角か 特異な張り出し柵や建物跡出土 奈良・纒向遺跡
1 :
白夜φ ★:
2 :
名無しのひみつ:2009/03/22(日) 22:48:32 ID:7cR0ARI2
卑弥呼はやっぱり奈良か
3 :
名無しのひみつ:2009/03/22(日) 22:53:10 ID:jw5evtwz
いや違う
卑弥呼宮殿じゃない
4 :
名無しのひみつ:2009/03/22(日) 22:56:42 ID:ZqzltW3Q
5 :
名無しのひみつ:2009/03/22(日) 22:58:22 ID:cCuorgD1
やっぱ奈良かぁ
6 :
名無しのひみつ:2009/03/22(日) 23:01:15 ID:bPFG59/Z
とりあえず卑弥呼って呼び方、早く止めようよ
7 :
名無しのひみつ:2009/03/22(日) 23:08:48 ID:ZonoNnHi
奈良の大仏=卑弥呼でおk
つか、卑弥呼って呼んだらダメなのか?俺の時代は学校で卑弥呼だったんだが・・
8 :
名無しのひみつ:2009/03/22(日) 23:10:59 ID:BIT2Kjxk
いつの間に邪馬台国が奈良に?
うそつけ
9 :
名無しのひみつ:2009/03/22(日) 23:12:46 ID:2D7+JTGg
10 :
名無しのひみつ:2009/03/22(日) 23:13:34 ID:J8WuqQKd
11 :
名無しのひみつ:2009/03/22(日) 23:13:53 ID:BTkLKy/r
)、._人_人__,.イ.、._人_人_人
<´ 卑弥呼じゃ、卑弥呼の宮殿じゃ! >
// // ///:: < _,ノ`' 、ヽ、_ ノ ;;;ヽ ,へ、 /^i
///// /:::: (y ○)`ヽ) ( ´(y ○) ;;| | \)`ヽ-―ー--< 〈\ |
// //,|::: ( ( / ヽ) )+ ;| 7 , -- 、, --- 、 ヽ
/ // |::: + 〉 〉|~ ̄ ̄~.|( ( ;;;| / / \、i, ,ノ ヽ ヽ
/// :|:: ( (||||! i: |||! !| |) ) ;;;| | (-=・=- -=・=- ) もちつけ
////|:::: + U | |||| !! !!||| :U ;;; ;;;| / < / ▼ ヽ > 卑弥呼なんて
////|::::: | |!!||l ll|| !! !!| | ;;;;;;|く彡彡 (_/\__) ミミミ ヽ いない
// / ヽ::::: | ! || | ||!!| ;;;;;;/⌒⌒⌒\ (___ノ ミミ彳ヘ
// // ゝ:::::::: : | `ー----−' |__// / / /⊂) ヽ-- ___/ \
12 :
名無しのひみつ:2009/03/22(日) 23:14:21 ID:iY5ktr4d
奈良はもう古墳とか国宝とかいろいろあるからいいだろうニダ
13 :
名無しのひみつ:2009/03/22(日) 23:16:38 ID:mnbN2bpO
>>7 今の学校教育では卑弥呼、聖徳太子、織田信長はいなかったことになってる
14 :
名無しのひみつ:2009/03/22(日) 23:19:07 ID:ULevkfcj
15 :
名無しのひみつ:2009/03/22(日) 23:21:03 ID:oW7xh5gw
多くの国名が北九州各地に比定されながら、
それらの盟主が奈良に位置するというのが胡散臭い・・・
国家経営がインフラ的に厳しくない?
16 :
名無しのひみつ:2009/03/22(日) 23:22:19 ID:7DGXLbng
これだけ巨大な施設なら本当に狗奴国みたいなライバルがいたのか?という問題もで出てくる
17 :
名無しのひみつ:2009/03/22(日) 23:24:00 ID:J8WuqQKd
>>13 ちょっと待った!
卑弥呼はともかく、聖徳太子(厩戸皇子)と織田信長まで無かったことになってるのか?
18 :
名無しのひみつ:2009/03/22(日) 23:29:19 ID:fu+438mG
ヒ〜ミ〜カ〜さ〜ま〜
19 :
名無しのひみつ:2009/03/22(日) 23:29:21 ID:kFEO558A
「卑弥呼」って「日巫女」の珍走族風表記だよねぇ。
ちなみに、「邪馬台国」は「大和国」の珍走族風表記。
20 :
名無しのひみつ:2009/03/22(日) 23:30:36 ID:9EucWz7q
卑弥呼という名称は中国からの視察団が蔑称の意味を込めて付けたんだろ?
21 :
名無しのひみつ:2009/03/22(日) 23:34:34 ID:PFhqNaou
聖徳太子知ってる?
22 :
名無しのひみつ:2009/03/22(日) 23:35:04 ID:2D7+JTGg
>>17 聖徳太子はもうずっと以前から実在疑う説はあるぞ
実際今はそっちが主流
23 :
名無しのひみつ:2009/03/22(日) 23:35:41 ID:PFhqNaou
>>20 そんなこといったら邪馬台国のやなんて邪悪の文字だし、まあ中国は昔から
中国っていうことだ
24 :
名無しのひみつ:2009/03/22(日) 23:40:07 ID:Oiz3dkCP
>>23 日本の神話の名前見ても単なる当て字で、卑弥呼や邪馬台国にそんな意味付けはないと思うんだけど。
南蛮や東夷等は別だけど。
25 :
名無しのひみつ:2009/03/22(日) 23:41:59 ID:J8WuqQKd
>>22 聖徳太子の記述は100年ぐらい後からつけられた。
推古天皇は厩戸皇子に実権を握られていた訳では無かった。
このぐらいなら知ってるが、実在してなかったことになってるの?
ところで信長は?
こっちも実在してなかったことになってるの?
26 :
名無しのひみつ:2009/03/22(日) 23:43:40 ID:oI9Fde8f
最近だと聖徳太子は蘇我馬子だったって説があるぞ。
27 :
名無しのひみつ:2009/03/22(日) 23:44:43 ID:mnbN2bpO
>>24 日本が日本のものに対して表す時の字の使い方と、大陸の王朝が日本などの
辺境とみなしてる国のことを表すときの字の使い方と同じ土台で語るのはお
かしくない?
基本的に良いとされる文字を避ける傾向にあるのは確かだと思うよ
28 :
名無しのひみつ:2009/03/22(日) 23:44:51 ID:2baBrtHK
邪馬台は大和の耳コピ表記と考えるのが自然な気がするんだが。
29 :
名無しのひみつ:2009/03/22(日) 23:44:56 ID:oI9Fde8f
>>20 あの国は周辺の国には侮蔑した漢字つけてたからな。
朝鮮人は怒りそうだが、
高句麗の王を”下句麗公”と呼んでいたくらいだしw
”高”だと偉そうだから”下”
”王”だと身分が高すぎるから”公”てな具合にw
30 :
名無しのひみつ:2009/03/22(日) 23:45:14 ID:oW7xh5gw
>>25 信長関連は、長篠で鉄砲3000挺投入したという戦前の解釈がアヤシイので、
1000挺という別解釈も併記してる・・・という話は聞いたことあるな
31 :
名無しのひみつ:2009/03/22(日) 23:45:37 ID:VOktFJlt
自国の歴史に外国の当て字を使うのは変、邪馬台>やまと、に直さないと、
邪馬台と書くのは魏志倭人伝に触れるときだけでよい。
32 :
名無しのひみつ:2009/03/22(日) 23:46:49 ID:Lbzpv1/V
いったい何が出土したら、本物の卑弥呼の宮殿って証明されるの?
本人の運転免許証?住基カード?菊の紋の入ったパスポート?
33 :
名無しのひみつ:2009/03/22(日) 23:49:32 ID:oW7xh5gw
>>31 ???
邪馬台=やまと、と学問的に断定するには、また別の史料が要るのよ。
ほかの史料がないから、異民族の表記をそのまま反映させるほかない。
これは西洋でもおなじこと。
34 :
名無しのひみつ:2009/03/22(日) 23:50:50 ID:mnbN2bpO
>>31 相手の意図はどうあれ、邪馬台という表記そのものは中立なものとして
あつかうべきで、「ヤマト」とかはカッコつきで用いるべき表現だと思うな
”日本王”とかという表現と似たような誤を犯すことになると思う
35 :
名無しのひみつ:2009/03/22(日) 23:54:13 ID:J8WuqQKd
>>26 いや、それは最近でもないんだが。
って言うより蘇我馬子本人じゃなくて、蘇我馬子の子供だったって説じゃない?
36 :
名無しのひみつ:2009/03/22(日) 23:54:49 ID:Oiz3dkCP
>>27 今の訓読みや概念がその当時にあったのかという意味で疑問なんだよ
それと信長の話をもうちょっと詳しく
>>29 実際そういう関係だったから問題なくね
37 :
名無しのひみつ:2009/03/22(日) 23:55:00 ID:2D7+JTGg
>>25 ああ、ややこしくてすまん、伝承に残るような形での聖徳太子はいなかった、ってだけな
信長に関してはよくわからんが釣りじゃないの?
流石にあれだけの事績残した巨人がいなかった、とは思えないし
38 :
名無しのひみつ:2009/03/22(日) 23:56:18 ID:mHczvmBi
長篠の話だったら、武田の騎馬隊もたいがいだしなぁ
この近辺、もっと大規模に掘ればいいのに…
金がないか
39 :
名無しのひみつ:2009/03/22(日) 23:57:03 ID:NHXRAh4i
邪馬台国は(ヤマタイ)国ではなく(ヤマト)国。
台の字が写本の繰り返しで間違って伝わったというのが最近の有力説。
だから卑弥呼は日巫女と書くのが正解。
天皇の后や妹、従姉妹の中でシャーマン的要素を持つ者がなったのが日巫女。
その当時日本に来た中国人使節は倭人が王家の巫女をヒミコと呼んで崇めるので
そのまんま記録しただけ。
ヒミコは個人の名前ではなく職業とか立場を示す名称。
現在卑弥呼として知られる人物は考霊天皇の娘で
倭迹迹日百襲媛命(ヤマトトトヒモモソヒメノミコト)がそれに当たるという説が
有力というかほぼ決まり。
邪馬台国九州説とかは今では学者でも信じる人がほとんどいなくなっている。
邪馬台国(ヤマト国)は名前通り今も昔も奈良県で間違いなし。
40 :
名無しのひみつ:2009/03/22(日) 23:57:18 ID:cLEan6MJ
>>10 卑弥呼 → ヒメオウ(ピミウォ)
邪馬台国 → ヤマト国
41 :
名無しのひみつ:2009/03/22(日) 23:59:24 ID:J8WuqQKd
>>37 厩戸皇子については確かにそのような説が有力ですね。
信長は?もしかして俺って釣られた?
42 :
名無しのひみつ:2009/03/23(月) 00:00:16 ID:2D7+JTGg
>>39 それ関連の本かサイト教えてもらえないか?
43 :
名無しのひみつ:2009/03/23(月) 00:03:02 ID:cOk6WbED
>>41 さっきからググってるけど出ないし出鱈目じゃないかな
と言うか、スケートのノブナリ君とかメディアに出てる以上、
流石にそんな説でたら耳に入らないとは思いにくいですしね
44 :
名無しのひみつ:2009/03/23(月) 00:03:36 ID:ZiuWfkWZ
>>41 釣るというか・・・普通にネタだろ・・・
楠正成はいなかった、とか坂本竜馬はいなかった とかのほうが良かった?
45 :
名無しのひみつ:2009/03/23(月) 00:05:22 ID:HudRqhHw
>>39 九州とか奈良と言うより、遷都説が最有力と聞いた。
46 :
名無しのひみつ:2009/03/23(月) 00:05:35 ID:0fcw/vIE
>>39 有力有力って・・・学問的にどちらかの勢力が突出してるなんてことは現状無いよ。
中国の正史だけで同時代の傍証が一切得られないのに、そこまで細かに断言してるヤシって、
トンデモなアマチュア歴史マニアとしか思えない
47 :
名無しのひみつ:2009/03/23(月) 00:07:05 ID:+SWR39b+
>>34 見〜つけた
信長がいなかったことについて詳しく!
!13:名無しのひみつ :2009/03/22(日) 23:16:38 ID:mnbN2bpO [sage]
>>7 今の学校教育では卑弥呼、聖徳太子、織田信長はいなかったことになってる
48 :
名無しのひみつ:2009/03/23(月) 00:09:55 ID:ZiuWfkWZ
>>39 学者でそこまで断定的に言ってるやつはいねーよ
砂上の楼閣のように儚いものだ
孝霊(考でなく)のことは稲荷山古墳の鉄剣のことから言ってるんだろうけど、
かなり強引な解釈も加えられてると思うがね 大彦命のこととか
49 :
名無しのひみつ:2009/03/23(月) 00:11:04 ID:05QdPtwd
九州説が消えないのは学者のプライドと観光のネタになるから
大学によっては先生が九州説なら学生も九州説になるからね
断定出来る日なんか来ないだろうけど主流派は畿内説だよ
50 :
名無しのひみつ:2009/03/23(月) 00:11:25 ID:gICBaJrY
>>15 :名無しのひみつ:2009/03/22(日) 23:21:03 ID:oW7xh5gw
>多くの国名が北九州各地に比定されながら、
>それらの盟主が奈良に位置するというのが胡散臭い・・・
>国家経営がインフラ的に厳しくない?
邪馬台国が現在の天皇家の大和王朝なら
その出自は日本神話に出てくるように九州高千穂。
南洋(多分中国の呉あたり)から船でやってきて鹿児島に上陸した天皇の先祖は
まず宮崎県の高千穂あたりに勢力を張る。
そこで力を蓄えて、当時日本全土の覇者的存在だった出雲-大和王朝(大国主朝)の衰退を期に
神武天皇が東征を行って王朝交代を成し遂げる。
これが現在まで万世一系とされる大和朝廷。
だから奈良の地名が九州の地名とかぶるのはありえる事。
九州出身の王朝が新しい都市を作るたびに自分達の故郷の名前を付けたから。
51 :
名無しのひみつ:2009/03/23(月) 00:13:14 ID:HudRqhHw
ただ出雲で鉄器が見つかったので流れがガラッと変わりましたね。
52 :
名無しのひみつ:2009/03/23(月) 00:14:10 ID:b2Rp7V9J
53 :
名無しのひみつ:2009/03/23(月) 00:15:56 ID:ZiuWfkWZ
高千穂がどうこう行ってる人は実際にあそこに行ったことがあるのだろうか?
西都原とかならともかく、縄文・弥生のまとまった集落が発見されてる立地とも、
奈良・大阪あたりのヤマト国の主要な遺跡のある立地ともあまりにかけ離れてないか?
高千穂にクニがあったことを全否定するつもりはないけどさ
54 :
名無しのひみつ:2009/03/23(月) 00:17:02 ID:b2Rp7V9J
55 :
名無しのひみつ:2009/03/23(月) 00:24:42 ID:lEWooiiP
邪馬台国=じゃまたいこく
と読んでしまった。
56 :
名無しのひみつ:2009/03/23(月) 00:25:41 ID:gICBaJrY
>>53 出土した遺跡をベースに古代史を組み立てるのを絶対視する気持ちは分かるが
日本書紀や古事記に書かれてある事がどうやら真実臭いとなってきたので
高千穂もあってるんじゃないかって程度の説です。
卑弥呼に関しては伝承で箸墓古墳が卑弥呼の墓とされてるんだから
箸墓古墳本体を発掘してみれば簡単にケリが付くと思うけどね。
最近の科学的な年代特定法で卑弥呼の時期と箸墓古墳の建造時期が一致すると
されるようになったわけだからね。
ただ皇室が天皇陵墳墓の発掘に難色を示しているから
今回のように周囲の宮殿跡を発掘してるんだよね。
57 :
名無しのひみつ:2009/03/23(月) 00:30:35 ID:ZIkr+DDy
卑弥呼は「ひめみこ」(漢字知らん)語源説もあるよね
58 :
名無しのひみつ:2009/03/23(月) 00:31:37 ID:n8M/8wj2
59 :
名無しのひみつ:2009/03/23(月) 00:33:12 ID:gICBaJrY
余談ではあるが卑弥呼が倭迹迹日百襲媛命ならば
卑弥呼の弟は桃太郎と言うことになる。
倭迹迹日百襲媛命の弟は何人かいて吉備津彦命と稚武彦命にそれぞれ桃太郎伝説がある。
最もこの二人は同一人物という説もあるね。
どちらにしても桃太郎と卑弥呼は兄弟という凄まじい新事実が
最近の学説ではあるかもしれんとか真面目に検証されている。
>>59 桃はかなり以前から、日本では『聖なるもの』の象徴だよ。
もっとも桃尻の隠喩である可能性は否定しないWWWW
61 :
名無しのひみつ:2009/03/23(月) 00:38:24 ID:HudRqhHw
軍事の出雲、宗教の大和、資源の諏訪
圧倒的じゃないか、我が軍は、
62 :
名無しのひみつ:2009/03/23(月) 00:41:05 ID:ZiuWfkWZ
>>60 その思想時代が中国からの直輸入だけどね 日本独自解釈も加わってるけど
そもそも生物的にモモ自体が中国原産で自生はしてなかったとされてるし
63 :
名無しのひみつ:2009/03/23(月) 00:44:59 ID:ZIkr+DDy
桃源郷w
64 :
名無しのひみつ:2009/03/23(月) 00:59:30 ID:0+jhtWuJ
>>1 ゴッドハンドが発掘したんじゃあるまいな。
そういえば、ゴッドハンドっていったん離婚して再婚、藤村姓を捨て妻の姓を
乗ってるそうだが今は何て姓なんだ?
65 :
名無しのひみつ:2009/03/23(月) 01:00:38 ID:n6a8+DXf
こういうのはどうしても政治的なものが絡んでくるからな。
宮内庁も古墳の発掘を認めようよマジで。
箸墓古墳なんて、3世紀、つまり卑弥呼の時代の古墳としてはずば抜けてデカい古墳。
しかも、当時としては新しい前方後円墳だ。
卑弥呼でなくても、何らかの有力者が葬られているのは間違いない。
伝承では女が葬られているらしいから、とてつもなく権力を持った女なんだよ。
しかも弟の応神天皇だか誰だか忘れたが、その政務を補佐していたというのだからますます匂う。
もう政治的な思惑なんて捨てて、どんどん調べてくれよ。
邪馬台国の発掘が遅れているのは、宮内庁と九州説信者(これもほとんど政治的思惑)と土建業者なんだよな。
66 :
名無しのひみつ:2009/03/23(月) 01:04:11 ID:ZiuWfkWZ
過去の事例を見ると伝承ほど当てにならない(時代も埋葬者も)ものはないか
ら、そこはどうでもいいけど箸墓を発掘して欲しいのは射精するほど同意
67 :
名無しのひみつ:2009/03/23(月) 01:07:47 ID:oi6QLOsC
>>60 桃が日本に移植されたのって、相当後じゃね?
68 :
名無しのひみつ:2009/03/23(月) 01:14:21 ID:ZiuWfkWZ
一世紀のころの遺跡から桃の種か花粉が出てたからそのころにはあったようだ
つまり、倭人条のころにはさほど目新しいのもではなかったんじゃないかな
とくに弥生系の人々にとっては
69 :
名無しのひみつ:2009/03/23(月) 01:14:23 ID:FkaeCNWg
畿内説がやはり有力なんだろうか。
邪馬台=ヤマトなら、やはり奈良なんだろうけど。
なんにせよ、飛鳥以前の時代は分からんことだらけだ。
70 :
名無しのひみつ:2009/03/23(月) 01:17:41 ID:gICBaJrY
>>65 応神天皇じゃなくて多分言いたいのは崇神天皇だね。
皇室の系図見ると兄弟なのは孝元天皇になってるが。
71 :
名無しのひみつ:2009/03/23(月) 01:19:14 ID:ocFPbEs6
すじん天皇ってしかしすごいな、祟る神だぜ
72 :
名無しのひみつ:2009/03/23(月) 01:23:20 ID:gICBaJrY
>>69 分からん事だらけというか
左翼思想の考古学者がわざとわからんようにしてるという話もある。
戦前の皇室崇拝を全否定する為に強引に自説を主張して捻じ曲げてる事が結構あるよ。
左翼学者は卑弥呼まで天皇の先祖になると不都合なんだろうね。
外国の記録に残る最も古い人物まで天皇家の人間という事になるから。
それでは記録上日本はずっと天皇の治める国という事になってしまう。
73 :
名無しのひみつ:2009/03/23(月) 01:26:35 ID:cOk6WbED
74 :
名無しのひみつ:2009/03/23(月) 01:28:41 ID:ZiuWfkWZ
そんなこと言ったら皇室崇拝だって明治以降に作られた要素がどれほど強いか
明治以前の京都における”天皇さん”的扱いの方が、よほど日本的な祭祀者とし
ての本来のものであったかもしれんよ
神道とかも含めて相当ゆがめられてる
75 :
名無しのひみつ:2009/03/23(月) 01:30:15 ID:gICBaJrY
大国主とか天照とか腐るほど由来神社が残ってるのに
実在しない人物だった事になっている。
ちなみに「こんぴらさん」は大国主が讃岐に遠征した時に
陣所を構えた場所を祭ったのが開設の由来ね。
「金毘羅」は神仏習合由来の後から出来た名称で
本来は「琴平神社」が正しい。
76 :
名無しのひみつ:2009/03/23(月) 01:31:45 ID:+ntAv3w3
>>59 >>60 古いバージョンでは、桃太郎は桃を食って若返った老夫婦から生まれたことになってる
仙桃は中国の神仙思想が元な
77 :
名無しのひみつ:2009/03/23(月) 01:32:09 ID:cOk6WbED
いや、そっちじゃなくて左翼学者云々の話の出所
78 :
名無しのひみつ:2009/03/23(月) 01:33:35 ID:ZiuWfkWZ
地方の神社なんてもともといいかげんなものだぞ
大きなところはともかく腐るほどの由来神社って・・・
統廃合で看板が替わるコンビニチェーンみたいなものだぞ、ありゃ
そのときの流行りの神さんを臆面もなく受け入れる強さこそ日本人の持ち味
79 :
名無しのひみつ:2009/03/23(月) 01:34:07 ID:gICBaJrY
>>73 チラ裏の噂話程度の物です。
ソースはありませんし。全面的に信用しないで下さい。
でも愛国思想を補完した学者がGHQによって
帝国大学の教授職から排除されたのは本当の話。
よって残った学者は自然とアカがかった奴が多かった。
80 :
名無しのひみつ:2009/03/23(月) 01:40:14 ID:gICBaJrY
>>78 数ある分社はそうだし、生き残りの為に流行で祭神を変えたりするのも否定しないけど
神社が立てられた場所にはなんらかしらの歴史的な起因がある。
明治以降に立てられた物はそうでもないのも多いけど
それ以前から存在した神社はほぼ間違いなく歴史上の出来事が設立の動機になっている。
丁寧に神社の謂れを調べればちゃんと出てくるよ。
神仏習合でごっちゃにでっち上げられた仏との分離が面倒だけどね。
81 :
名無しのひみつ:2009/03/23(月) 01:46:17 ID:ZiuWfkWZ
>>80 たとえば三輪大社なんか普通に自然崇拝がもとなんじゃないの?
大田田根子の語る物語なんかはもともとあるのを利用しただけだろうし
もちろん、近くに大規模な集落(ヤマトにつながる?)があって、そこの連中がそういう
信仰をしたってことではあるが 縄文からとも言われるくらい古い
82 :
名無しのひみつ:2009/03/23(月) 01:50:55 ID:+pCnxMg3
皇室が天皇陵墳墓の発掘に難色を示してるって
何か困ることでもあるんですか?
83 :
名無しのひみつ:2009/03/23(月) 01:52:45 ID:gICBaJrY
自然崇拝って言うけど富士山とかは別として
日本で普通の山をやたら崇拝するのは多くの場合
そこに城(山城)を構えて勢力を張った豪族がいたから。
日本では昔から隣国に攻められ時は必ず山を利用して戦う。
だから山が崇拝されてしょぼい山でも神社がある事が多い。
84 :
名無しのひみつ:2009/03/23(月) 01:59:39 ID:gICBaJrY
>>82 公式のコメントとして出てるのは
「いくら歴史的遺物だからといっても先祖の墓を暴かれるのは忍びない。」
って昭和天皇か平成天皇がコメントした事があったと思う。
でも俺は実は全然それは理由ではなくて皇室は単純に祟りを恐れてるんだと思う。
戦後の教育で天皇は日本国の象徴でウンタラって教育されて
俺とか世代は天皇を国王や殿様程度の存在のように思ってるけど
天皇は実はそういう存在でなく昔から教皇様なんだよ。
神道という宗教の宗主でそれを本気で信じてるから天皇なんだ。
だから天皇の一番大事な仕事は各地を回って手を振る事ではなく
日本国と日本国民の安寧を毎日真剣にお祈りする事。
85 :
名無しのひみつ:2009/03/23(月) 02:00:23 ID:ZiuWfkWZ
>>83 無いとは言わないけど、あまり聞かない説だぞw
というか、まともとされる歴史の本で見た覚えがない・・・忘れてないとは
言い切れないが・・・かなりの異説ではないかな?
時代をごちゃごちゃにしてない?
戦国大名の城跡とかに今は神社が出来てたりもするけど、そういう神社の話
ではなく古社の話をしてたよね?
古代豪族の祭祀とつなげるにしてもかなりずれてると思うけど・・・
86 :
名無しのひみつ:2009/03/23(月) 02:03:13 ID:ZiuWfkWZ
あと、いわゆる普通の山というのがわからんが、見た目のいい円錐形の
山が(特定の方向からにせよ)たいていは信仰の対象だよ
神南備山の場合はほとんどがそうじゃない?
87 :
名無しのひみつ:2009/03/23(月) 02:03:56 ID:gICBaJrY
>>85 いや本当だって、山に限らず有名な神社の発祥は
ほとんど朝廷の遠征軍が陣所を構えた事が由来になっている。
88 :
名無しのひみつ:2009/03/23(月) 02:08:26 ID:ZiuWfkWZ
>>84 そういうのに近いところが真相だと思うな
それプラス、官僚思考とか文化庁とかとの意地の張り合いとかw
半島由来だと知られたら困るとかのはうがった見方すぎるだろ
縄文人だけで日本が建国されたとか思ってる人はいないだろ、知識があれば
そもそも皇室関係に比定されてないだけで、実は皇室関係っぽいようなとこ
ろでは発掘されてるところもあるしなー
比定なんてかなりいいかげんで、ウチの近所にも本来の親王墓らしいほうは
とっくに無くなってて、彼のだと比定されてるものの実はニセっぽいほうが
残ってたりする
89 :
名無しのひみつ:2009/03/23(月) 02:09:27 ID:ZiuWfkWZ
>>87 全体論じゃなく、たとえばどこでしょうか?
90 :
名無しのひみつ:2009/03/23(月) 02:10:50 ID:gICBaJrY
>>85 だから古神社のほとんどが誰それを討ち取ったとか
鬼を討ち取ったとか、首を切り落としたとか陣を張ったとか
そういうのに由来してるんだって。
試しに近所で一番古い神社に行って調べてみるといい。
うちは四国だから相当古い時期からある神社がたくさんある。
もちろん平安時代以前だよ。
91 :
名無しのひみつ:2009/03/23(月) 02:19:20 ID:ZiuWfkWZ
>>90 神社の縁起を全面的に歴史的真実だとする立場なの? 伏見稲荷とかも?
全くのウソとまでは言わないけど、物語っていうのは英雄譚や有名人の名を
借りて変遷を繰り返すものだよ
ちなみに近所で一番古い神社はウチですw
アニミズムのころからあるかどうかはわからないけど一応式内社だな
ただ、神主は断絶した時代があるしオレは後を継がずに生物学者になりたいわけだが
92 :
名無しのひみつ:2009/03/23(月) 02:31:02 ID:OFIn9vad
>>35 スマン、スマン。その通りだ。馬子でなくて入鹿の間違いだ。
出所は関祐二氏の本にのってる話だな。
93 :
名無しのひみつ:2009/03/23(月) 02:33:49 ID:zbfUk+87
魏志倭人伝は、日本人の偏った見方じゃわからない。中国の文献なんだから中国人のほうが冷静に分析できるのかも。
「三国志」のなかの東夷伝、さらに倭人の条だからね。東夷とは旧満州、朝鮮半島、日本のことで日本だけ特別に書
かれているわけではない。移動の仕方は日本人の考える常識を超えてて、異常に遅いのです。
中国の学者の分析では邪馬台国は北九州か、よくて九州中部までしか行けてないとのこと。
日本の文献に載ってないのは、日本の歴史に影響を与えないような、ちっぽけな国だったからだという。
94 :
名無しのひみつ:2009/03/23(月) 02:38:22 ID:HL61bAB6
>>91 おう!それは凄い。
確かに政治的な理由である時期一斉に建てられた神社も多いけど
ここで言う古神社はそうゆうのではなくて例えば吉備津神社とか
宇佐神社とか住吉大社とかがそうだよ。
ちょっと上に書いたけどこんぴらさんもそう。
あと山の中腹にある神主がいないような神社というか社にそういうのが多いかな。
謂れを調べてみると大概そういう誰それが何かした場所になってる。
そんな人も滅多に行かないような場所にわざわざ嘘を残さないでしょ。
俺もそういう縁起を全面的に信じるというわけじゃないけど
色々見ていくと鼻から嘘と決め付けるには色々とちゃんと残りすぎている。
四国はそういうのが多いんだよ。
目に付く古墳や遺跡だけでも卑弥呼より前の時代の物がたくさんある。
95 :
名無しのひみつ:2009/03/23(月) 02:42:38 ID:HL61bAB6
>>94 ごめん。卑弥呼はちょっと言い過ぎた。
目に付く物に多いのは神功王朝期から平安期の物だな。
一部卑弥呼の時代級のがある程度だ。
ただこんぴらさんは卑弥呼より前だね。
96 :
名無しのひみつ:2009/03/23(月) 02:48:02 ID:cOk6WbED
嘘って言うか他所から由来貰ってきて改変するなんてことは割とある話だと思うんだけど
97 :
名無しのひみつ:2009/03/23(月) 02:52:44 ID:HL61bAB6
>>96 それはそうだけど全部がそうじゃないでしょ。
だいたい山の中にポツンとあるような神主いない社にそんな嘘必要あるの?
98 :
名無しのひみつ:2009/03/23(月) 02:54:32 ID:V24Qmxzl
現実的に考えて、あれだけ古墳の出てる奈良以外考えられないだろ
99 :
名無しのひみつ:2009/03/23(月) 02:57:32 ID:jfSTP64K
>>32 いやいやw
まず、周辺国家をどこに比すの?
あからさまに九州各地でしょ?現在は。
魏志倭人伝をよんで南方、九州がイメージできませんか?
大阪の方が海に近こうて交通の便がええでぇ
102 :
名無しのひみつ:2009/03/23(月) 02:58:27 ID:V24Qmxzl
九州だったとしたら、かなりちっぽけな存在だろ
あのさw
春秋戦国時代って、
15億の今の支那からしたら相当ちっさいけどw
ウソという言い方は好きじゃないな
為政者とかが強引に作った場合もあるだろうけど、もっと自然に物語が
生まれるってことはあると思う
現象に理由づけをしたくなるのは今も昔も人の性
神主がいるいないっていう形態に拘ってるけど、古墳時代とかの話しをする
ならそれは適当ではないんじゃないかな?
宇佐のはもともとはイワクラ信仰、吉備のはカンナビ信仰にそれぞれ土着の
士族の祖霊崇拝が結び付いたのがもとだと思うけどな
格付けのためにいろんな話を持ち出した由緒もそれぞれ現地で聞いたけど、
ここだけの話、両方の神社に人もシンプルなアニミズムがもとだろうって言
ってたよ
金毘羅はかなり謎で難しいね 古さはともかくゴチャゴチャとしてるw
奈良って、
中心ってイメージじゃないんだな〜
ここにいる頭の良い方々に知識では対応できないけど、
感覚的に、奈良って中心じゃないんだよな〜。
諸事情で一瞬は中心になっても中心では無いって感じ。
支那の中原のように。
みんな忙しいから、タクラマカン周辺って中心にはならないんだよね。
どっちか寄り。
サマルカンドとか長安とか。
せいぜいそのあたり。
長安洛陽は中心ではないよ。
ttp://upload.wikimedia.org/wikipedia/ja/7/79/Tenka_Han.png 感覚的に良い地図だと思うんだけど、
金印は朝貢国、
推古天皇はツツガナキヤの良い例。
朝貢できるのは九州までなんだよ。
奈良が本部で九州は出張所だよ
108 :
名無しのひみつ:2009/03/23(月) 03:22:56 ID:qJHHeGZt
>>32 「親魏倭王」って掘られた金のハンコが見つかれば認められる。
>>105 そういう立場だと、邪馬台国はむしろ熊襲とかの側で後にヤマト王朝が
勢力を伸ばしてくると吸収されたって考えるの?
オレは今回の発掘とかはヤマト王朝につながる可能性は高いものの、邪馬台国
との関係をうんぬんできるほどのものじゃないっていう慎重論なんだけどね
自分の中ですっきりつながる説得力のある根拠はないし
卑弥呼の邪馬台国と奈良の先進的な勢力とは今のところ別だな
言葉が似てるとかが重要な要素とはまるで思えないし
古代の単語のボキャブラリーなんてそんなに多様かどうか・・・
江戸時代でも亀山藩なんか二つもあったし
東遷自体を否定する根拠はないし事実なら面白いとは思うけど、似た地名が
たくさんあるからなんてのはこじつけとしか思えないな
銅鏡って聞いたけど
>>108 同感w
でも、
対馬国
一支国
末盧国
伊都国
黒歯国
も見つかってないから、
仮に、どんぐりだったとしたら、
ナ国以外がもらってないとしたら、
シンギワオウってのも無いってことになりそう。
妙なとこで大雑把な日本人気質を考えると(ex在日の許容etc.)
ないかもなーって感じw
パチンコ屋が提供やってるような下衆な歴史ビックリTV番組みて
真に受けて語っちゃう奴って居るのね
これは捏造報道も減らないわけだわw
>>109 もっと大きいかな。
ヤマ台コクとクマソは、
今の日本とインドくらいかな。
吸収という言葉が適切かどうかは別にして(九州だけに)
ヤマ台がヤマトに密接な関係があるんじゃないかでしょうか。
出身地的に、九州も奈良もユダヤも関係ない立場から見ると、
魏志倭人伝を読めば読むほど、奄美って感じするから、
九州に比すのが妥当って感じです。
>>111 志賀島のが運が良かっただけでどこかの遺跡にあったとしても盗掘者が
とっくの昔に盗んで売って、かつての金印だったものは装飾品か金塊と
かになってるんじゃないかと思ってるw
スペインなどに強奪されて失われた南米の文化遺産のように
>>104 シンプルなアニミズムを否定しないし
うちは荒神社(三法荒神じゃないよ)が実家の敷地内にあるから
これはきっとアニミズムなんだろうなって思うけど
神社の軍所起源を完全に否定されると「え〜?」って思っちゃう。
宇佐神社系の香椎宮とかどう考えても軍所由来でしょ。
戦国時代に山城が増えてそれでそういう神社が増えたって言う人いたけど
その頃に突然そういう習慣が生まれたはずはないんだよね。
むしろ昔から城は山にあってって考えた方が自然だと思うけどね。
最近の話だが源平時代の那須の与一で有名な屋島合戦の屋島山の頂上から
城跡が出土した。
ここには昔から天皇が作った城があったという伝承があったんだけど
そんな形跡や文物が全くなかったから嘘だと決め付けられていた。
ところが去年になって掘ってみたら城跡が出てきたんだ。
調べてみたら天智天皇時代の物だと分かった。
白村江の戦いで負けた天智天皇が唐の襲来に備える為に
全国に築いた山城をうちの一つだったんだよね。
シュリーマンが伝承を信じてトロイア遺跡を発見したように
日本の伝承や謂れも鼻から否定してはいけない。
>>113 フィーリングだけで話されてもその、…困る
>>115 完璧に否定するわけじゃないよ
ただ、個人的に大半は物語として模倣して作られたものだと思うだけ
>>105 まさに、その円が日本海と接する場所に出雲大社があるな。
>>97 四国の山の中腹の神主いない小さな神社では、祭するときだけ神主を呼ぶ。
そういうところでは神主が帰ったあとで、地元民が別の祝詞を上げるんだよ。
その祝詞(?)や、村人が歌う祭事の歌、あいづちは誰も意味を知らない。
どこの国の言葉でもないんだな、これが。
山の山頂に大きな石組みがあったり、修行場の跡が残ってるのに文献は無い。
もう少し本格的に研究されていい場所なんだけどね。
本州では想像も付かない村社会だから、よそ者に多くを語らないんだな、四国は。
なのでいっこうに体系的な研究がなされないし、試みても失敗に終わる。
>>111 そうねw
でもさ、
日本人って頭よすぎるから逆に見えなくなってるけど、
魏志倭人伝読んで、奈良をイメージするかってことなんだよね。
みんな言わないけど(恥ずかしながら最近しったけど)、
当時の奈良って、奈良盆地に大きな湖あったんだよね。
ttp://www.asahi-net.or.jp/~vm3s-kwkm/edo/index.html なんのネタもない当時、
人相見が流行った当時、
白髪三千丈の支那が、
このど真ん中の湖を書かないわけが無いと思うンだど?
どうだろ?
個人的にはヤマタイコクはパレスチナだと思ってるけどw
まー、奈良はないよね。
>>117 申し訳ない。
山陰は勉強不足。
ただ、
畿内より東と、四国と、九州東部と、南西諸島を疑問視してきただけなので、
山陰は否定しない。
というかできない。
>>117 くだらない在日に金を使うより、
そういうところに金を使って欲しいよね。
ID:jfSTP64Kは妄想ばかりで悦に入りすぎ
深夜にやたら饒舌だな
>>121 よってるからねw
ねないと、今日は6時起きだw
ジョニ黒もうすぐ2本あくよw
酔って寝たら起きれなくないかw
>>118 あ〜でもね。
倭人伝って本当に走り書き程度の内容しかないからね。
この使節は多分全然やる気がなかったんだよ。
蛮人の住む変な土地に何で俺が・・・って感じだと思う。
>>115 違う、違う 否定してないって
神社として、あるいは神社形式に取り込まれるより古いの信仰の場の由来が
アニミズムとしてものものほうが「多いのでは」って言ってるだけ
純粋に過去の軍事的な利用とかがもとになってるところもあるだろうし、同じ
場所が何度もいろんな形で利用されて(アニミズム崇拝、戦場など)、それぞ
れの物語がまじりあって伝わるなんてことだって、狭い日本じゃ珍しくない
そもそも、信仰の対象になるようなランドマーク的なところは別の目的にも
利用しやすいわけで、両社は相反するものじゃないよ
奈良とかだと当時もはっきりと古墳だと認識されてる場所の上に普通に陣地を
築いたりもしてたしね、南北朝のころとか戦国時代とか
ちょっと違うけど古墳時代だって前期の古墳を破壊した後に別の古墳を作って
たりもする 墓荒らしだって増築後すぐに入ってる痕跡があったり
時代によって古墳に対する敬意の払い方なんてマチマチで、何も戦後に破壊され
まくったのは目新しいことじゃないとも思えたりするw 残念なのに変わりないが
>>125 思うんだけどさ、
今と情報量が違うからさ、
そうは言い切れないと思うんだよね。
今となっては走り書きかも知れないけど、
当時は身骨を削って書いたと思うんだよ。
なぜなら、腐っても正史だから。
公務員もサラリーマンもやったことあるからわかるけど、
ちょっとでも脂身が残ってたら、
そんじょそこらのサラリーマンより濃いよw暇なだけにw
そうそう、今感覚のお役所仕事でサラリと流すは無いと思うんだけどw
>>83 古事記の登場キャラが昔の豪族と支配を一方向に整理された物だとする説ならわかる。
強者が歴史を編纂するという意味で。
西洋の建築的な考え方で、建築とは土地の特性をより顕著にするものだという考え方もある。
高い所、荘厳な場所、幽玄な場は霊的な特性があり神社はそれを顕著にさせたものだという考え方だ。
ギリシャのメテオラはあの場所にあるから神聖なんだ。霊峰信仰も同様。
山頂の神社も同様の起因が主であると理解していたが、
強者が山で過ごすという前提がいまいちしっくりこない。
その場合の信仰は八幡?
129 :
名無しのひみつ:2009/03/23(月) 06:11:16 ID:iYqPzkoy
>>118 大きな湖は縄文までで、弥生〜飛鳥には小さかったんでは
順番からすれば農耕→都市形成なので、まず湖が小さくなって農地が出来て、
それから人が集まって都が出来た、と考えるのが自然という気がする
あと神社と縄文の遺跡って重なること多いよね
暮らしやすい一等地を祀ってみた、ということもあったのかな
130 :
名無しのひみつ:2009/03/23(月) 06:23:36 ID:ZLEMhmG6
中国の文献なんだから、日本読みのヤマタイとは読まないだろ
中国読みではヤマドと濁る読みになるらしい。でも畿内以外にも
ヤマトと呼ぶ地名はいくつもあったんだろ
131 :
名無しのひみつ:2009/03/23(月) 07:11:01 ID:wkoPVxxy
そもそも3世紀に奈良から朝鮮半島南部の支配というのが突飛すぎる
っていうか朝鮮半島南部の支配は後漢代からやっていたことだしな
文献の記述が一件と三角縁神獣鏡の出土以外に資料無しって状況認識はok?
133 :
名無しのひみつ:2009/03/23(月) 08:24:33 ID:qJHHeGZt
134 :
名無しのひみつ:2009/03/23(月) 08:26:10 ID:Hx/51Svq
>>50 >神武天皇が東征を行って王朝交代を成し遂げる。
>だから奈良の地名が九州の地名とかぶるのはありえる事。
九州から地名が移ったという説は間違い。
九州では「原」を「ハル」と発音するが、
畿内では「原」を「ハル」と発音する地名は無い。
九州民族が移動したなら、奈良でも「原」を「ハル」と発音するはず。
高天原も「ハラ」であって「ハル」とは言わない。
135 :
名無しのひみつ:2009/03/23(月) 08:57:23 ID:EqVFMkJQ
三輪政権は三輪政権
136 :
名無しのひみつ:2009/03/23(月) 09:59:08 ID:SqaS1IlM
>>17 卑弥呼と聖徳太子は日本神話の伝説上の人物。
織田信長はフィギュアの織田信成選手が自分は織田信長の子孫だと名乗り出たことから最近になってから実在の人物だったということが判った。
それまでのゆとり教育の教科書では織田信長も卑弥呼や聖徳太子と同じ想像上の生き物に分類していた。
>>128 強者が平素山で過ごすわけではなく。
普段は麓に住んでいて非常時に山に篭って戦うのが古来からの戦の常識。
普段から山頂に住んでいたらそれは山賊とか鬼と言われる。
恨まれて麓に住めないほど悪事を働いているから。
戦国時代の武田や上杉も室町時代の楠木正成も山頂に陣を張ったでしょ。
非常時に自分達の氏族を守ってくれる山だからこそ
平素から大切にまつる。
>>134 その理屈だと奈良から九州に地名が移ったという説も否定されるが・・・。
そうすると同時発生か漢語由来って事なのか?
139 :
名無しのひみつ:2009/03/23(月) 10:28:34 ID:CqWW0ZIn
>>130 そういや北部九州にも大和って地名があるな
141 :
名無しのひみつ:2009/03/23(月) 10:51:59 ID:qee1/8xa
有明海沿岸には結構ごろごろとヤマト地名がある。
古いのはやっぱり山門かな。
あのあたりに点在する小さな神社には
しれっと宮号をもつ神社がある。
142 :
名無しのひみつ:2009/03/23(月) 11:07:24 ID:RvBpqgjR
いまの慶州近辺であぶれた文明人が流れてきた
北九州に決まっとるがなwwwwwwwww
北九州邪馬台国説ははっきり言って風前の灯火だよ。
いまだに九州説を信望してる奴は
最近の発掘調査や科学的年代特定法の成果を知らないだけ。
稲作の朝鮮半島伝来が否定されたのとか2、30年前に小中学校で
習った歴史と今の最先端の古代史はかなり違っている。
144 :
名無しのひみつ:2009/03/23(月) 11:38:50 ID:nPqyfu65
卑弥呼→日の巫女→アマテラス?
日巫女は天照大神
146 :
名無しのひみつ:2009/03/23(月) 11:46:25 ID:qee1/8xa
科学的年代特定法ってC14?
C14年代測定法だと、畿内の遺跡は全滅するよ。
ほかになにか測定法はあるかな?
年輪年代法は一人の人間がやっているだけでソースとしては???だしなあ。
>>134 ハルと「しか」発音しないわけじゃないのでアウト。
148 :
名無しのひみつ:2009/03/23(月) 12:21:40 ID:9oHmr0aO
歴史に疎い俺は鯨統一郎の「邪馬台国はどこですか?」を読んでも全部事実に思える。
この本では邪馬台国は東北。
>>133 歩いて1日の範囲だろw
118の「飛鳥時代の奈良湖」は黄河よりよほど狭いので、
湖として記録に残ることはなかろう。
150 :
名無しのひみつ:2009/03/23(月) 12:45:40 ID:qiME6Ru+
>>149 支那人はな白髪三千丈と言って何でも大袈裟に言うのだよ
南京大虐殺だって3000人も死んだかどうかも怪しいのに30万人になってるだろ。
151 :
卑弥呼:2009/03/23(月) 13:03:55 ID:yXvPhiJV
こんにちは。
152 :
曹叡:2009/03/23(月) 13:24:53 ID:YVuo12kw
観光資源にしたい連中が「邪馬台国は俺んとこ」、「いや、俺んとこに決まってるだろjk」、
「いやいや、お二人さん何言ってんの?俺んとこに邪馬台国があったの?お解り?」って
やってるみたいでなんだか哀しい。
>下句麗公
カクリコン…でいいのかな
155 :
名無しのひみつ:2009/03/23(月) 14:05:04 ID:OFIn9vad
156 :
名無しのひみつ:2009/03/23(月) 15:17:04 ID:K6sxoV87
九州から奈良に引っ越してきたんじゃなかったっけ?
九州からわざわざ出てくるってことはそれなりの学校だな
卑弥呼って奈良女とか?
ひみこに古代シナ人があてた漢字を当てるのをやめようぜ。
多分 日見子 じゃねえの。
>>158 せっかくだからシナの文字やそれに由来する文字を使っての表記もやめようぜ!
新しい文字を作って歴史に名を残すべき
160 :
名無しのひみつ:2009/03/23(月) 15:35:16 ID:K6sxoV87
古代では「子」は男につけるもの。
161 :
白蛇:2009/03/23(月) 15:54:55 ID:H4EX/8Wr
なんで学会あげて調査依頼を宮内庁に提出しないんだ?
過去に既に調査していて、天皇のあり方や国益に関わる物証を隠していたりするのか?
ハシズカ古墳は是非とも公開調査をしていただきたい。 その暁には、私も参加したい。
>>158 上代特殊仮名遣が正しいとすると/pi/か/pï/か対応する方でないとならない
163 :
白蛇:2009/03/23(月) 16:00:47 ID:H4EX/8Wr
私は何を隠そう、、、、、
無職です。
164 :
名無しのひみつ:2009/03/23(月) 16:09:26 ID:A+UxpqE2
臺と壹の問題も片づいてないのに邪馬台=ヤマトとか超うける
166 :
名無しのひみつ:2009/03/23(月) 17:36:01 ID:wCNMz8sB
論文の正当性より学閥だからね
>>136 嘘つけww
16世紀のイエズス会通信とかルイス・フロイスなんかの
修道士が書いてヨーロッパに紹介された文書にもちゃんと
織田信長の記述は残ってるぞ。
どうせなら昭和天皇が実在することが最近判明した
くらいの嘘つけw
168 :
名無しのひみつ:2009/03/23(月) 17:54:06 ID:3LVulSnL
おめーら、とりあえず卑弥呼様に様と猫耳つけろ。話はそれからだ。
測量器で測るわけじゃないから、
日本レベルで、奈良盆地のど真ん中に湖があったら大きく思えるでしょ。
琵琶湖が近海なんだから。
おらが村の大湖を自慢しないわけが無い。
ちょうさいだっけ?
日本列島に上陸して留まり、基本的には伝聞だって説があるけど、
だとしたら、教えるほうも絶対いうでしょ。
大きな湖のほとりにあるから、攻めてきてもうちらはしぶといよって意味も含めて。
そして、
本当に奈良盆地にあったら、
カンコクカンもものならずってくらい、
急峻な山脈に囲まれた地で、支那の長安に勝るとも劣らないっていうでしょ。
基本、井の中の蛙で関中なんてしらないわけだし、
攻めても無駄だよって感じでアピールするでしょ。
魏から調査に来ていて、
奈良盆地周辺の山々も記さない、
奈良の湖も記さない、
で、葬式の様子とか報告するって、
打ち首もんだよw
飛び石の島々からヤマ台まで、代わり映えの風景の連続で、
「ヤマ台は、ここから何里です。」
と、ちょうさいが言われて、特異な地形が無いと断言出来る状況にあったとしか思えない。
ゆえに、ヤマ台は、九州、もしくはイスラエルだろう。
170 :
名無しのひみつ:2009/03/23(月) 18:29:34 ID:LHh1YyZC
もう少しわかりやすい日本語に直してもらえないか?
ごめん、
あたまわるいから、これいじょうはむりだ。
173 :
白蛇:2009/03/23(月) 19:09:16 ID:H4EX/8Wr
>>161
ハシハカ古墳なのな。 これ豆知識 というか常識。
出直せ オレ。
まあ塚と墓はかなり似た意味の言葉だ。
取り違えたということは日本語をちゃんと理解している証拠。
自信を持って精進しなさい。
175 :
白蛇:2009/03/23(月) 19:17:14 ID:H4EX/8Wr
としちゃん 感激。
>>174 日本語をちゃんと理解しているならせめてズカでなくヅカじゃないのかと・・・
世の中に、南紀に いらないもの 売国奴 二階俊博経済産業相 害毒
ことごとく はずす 東大地震研究利権 3000億
NHKの津波の映像 東海、東南海・南海地震のような海溝型の大地震
スーパー林道 農林利権の1兆円
同和利権 15年で 15兆円
高速道路 8キロの新宮 勝浦ー二階俊博 バイバス 1240億円
熊野ー新宮 活断層の巣 地すべりだ !!
178 :
名無しのひみつ:2009/03/23(月) 19:38:26 ID:UC4v2t04
>>158 石川県に「日御子」という地名がある。
現在の読み方は「ひのみこ」だが。
邪馬台国が畿内で
邪馬台国→大和
とする場合なら、何で天孫降臨が香久山とか畝傍山とか三輪山とか周辺の昔から神聖視されてた山でなく
日向の高千穂なのか?
それに繋がる神武東征はどうするのか?
て個人的な疑問なんだが、教えてエロい人!
>>176 確かに。スルーしてた俺も恥ずかしいな。
ともかく、この遺跡は飛鳥時代以前の状況を知る上でかなり貴重な遺跡となると思われるので、きっちり掘ってもらいたいものだ。
文字資料が出てくれば狂喜乱舞だろうな。
181 :
名無しのひみつ:2009/03/23(月) 20:21:33 ID:DKkSzsCd
天孫降臨が箔をつける嘘話としても
日向にする必要は何一つないもんなあ。
当時はあえて日向にした方が正当性をもつような
何かがあったんだろうけど。
>>181 >日向にした方が正当性をもつような何か
これ言うとアレルギーみたいに拒絶反応を起こす人が出そうだけど
記紀編纂の時点で天皇家は西国(日向国かどうかは知らない)出身て知られてたんじゃないかな〜
以下は俺の脳内電波
卑弥呼→ヒムカもしくは肥の国の巫女
壱与→伊予の国の巫女
台与→豊の国の巫女
壱与・台与いずれにしても日向の近隣…
電波でスレ汚しだったなw
183 :
名無しのひみつ:2009/03/23(月) 21:00:15 ID:dpizev1X
奈良の湖って何?
猿沢池のこと?
結論:午前3時から張り付いて延々妄想込みの自説を垂れ流す
ID:jfSTP64Kのような廃人にならないように、良い子は気をつけよう
姫巫女は大和に居たに決まってるだろう。
なんだかしらないけど、
人を廃人呼ばわりするのが沸いてるようだけど、
チョウセンジンみたいなやつだなw
己の低生活環境と低スペックを基準に世の中をみないほうがいいと思うよ。
188 :
名無しのひみつ:2009/03/23(月) 21:57:18 ID:OaDFEyIw
だろうな。熊襲の地に文明などあろうはずがない
189 :
名無しのひみつ:2009/03/23(月) 22:02:51 ID:sxqfld4d
>当時はあえて日向にした方が正当性をもつような
>何かがあったんだろうけど。
単純に考えて、天皇家が日向出身だからでしょ?
宮崎には、西都原古墳群があるから、
そのあたりではないかと思っている。
しかし、何で畿内説を主張する人間は、ここまで独善に過ぎる事が出来るのか。
確かに畿内に大きな勢力があった事は間違いないだろうが、それが「魏志倭人
伝に記載された邪馬台国」であると断定するだけの材料はないとしか言いようが
ないのが実情だと思うのだがな。
>>143 その最近の発掘調査や科学的年代特定法を使っても、結果を自分たちの都合の
良いように持って行く習性に凝り固まった学者が吠えているだけだから、少なくとも
俺は「畿内説が決定的」たと言う話は、胡散臭い物としか見ない。
別に九州でも畿内でも良いけど、どっちにしても、学者ってのは自分の説に都合の
悪い事はスルーし、都合のいい事しか言わないからな。
192 :
名無しのひみつ:2009/03/23(月) 22:55:31 ID:h3ZP07yh
>>191 ある程度はしょうがないよ。
今わかってる事実から仮説立てて証明していく作業なんだし、手掛かりが少ないほど思い込みに引きずられる。
それと、こういうのは答えが出るまでが花だから。
下手すりゃ飽きられて忘れられる。
奈良の研究所を作った京大の教授が
古墳の年代を100年ほど間違えた
反皇国史観の京大の教授
194 :
名無しのひみつ:2009/03/23(月) 23:23:20 ID:A+UxpqE2
親魏倭王の金印が出たら考えてやらないこともない
昔は「天皇が中国の皇帝の格下になる親魏倭王になるなどありえない、九州の田舎政権が勝手にやったこと」
と皇国史観ベースで九州説が出たこともあったのにな。
196 :
名無しのひみつ:2009/03/23(月) 23:29:40 ID:7ZaazVWV
それも注意せんと捏造の危険があるな
197 :
196:2009/03/23(月) 23:31:36 ID:7ZaazVWV
198 :
名無しのひみつ:2009/03/24(火) 00:12:05 ID:LpQYEDtP
天皇の祖先をを祭る神社なんて、皆無じゃないの。
どこに信仰があるの。
テンノーの祖先を祭神にしてる神社なんて、
明治以降にとってつけたように
新設された神社ばかりじゃないの。
おかしすぎる。
テンノーというのは
やはり日本の祖神じゃないと思うわ。
やはり江上波夫は偉かったな。
「騎馬民族」であったかどうかはどうでもいい。
「侵略王朝」であった点が最重要なのだ。
200 :
名無しのひみつ:2009/03/24(火) 06:06:23 ID:ZLpFqL3G
201 :
名無しのひみつ:2009/03/24(火) 06:16:58 ID:iomEeN5w
>>200 ちょwwありゃ釣りだろwww
一般常識の範疇だぞwwww
宮中でも皇祖高宗をお祭りしてんだけどねー
平安時代にはもう今のシステム出来上がってたそうだよ
あと、全国津々浦々の神明社の創祠年代を上げてから言えとw
203 :
名無しのひみつ:2009/03/24(火) 08:52:29 ID:ebkCDfuH
主神じゃないとしても
祭っている神様にたいてい神武天皇が入っていることは多い。
経典に記紀を入れているところも多い
204 :
名無しのひみつ:2009/03/24(火) 11:16:21 ID:P6/eZV0V
>>179 神武東征は紀元前ということになってる。
紀元前に神武東征があって、大和が建国され、邪馬台国と呼ばれたというだけ。
あと、北九州から地名が移ったという説にたてば、
奈良にある神聖な山(香久山とか畝傍山とか三輪山)のオリジナルが北九州にもあるはずだが、
そういうかんじんな地名が存在しないので間違いだと言える。
九州にも三輪神社があって、九州がオリジナルだという人もいるが、
それこそ噴飯もの。
三輪神社のカミこそ畿内のカミで、神武に征服されたカミだろう。
205 :
名無しのひみつ:2009/03/24(火) 12:42:46 ID:9A4u2RuB
卑弥呼宮殿?
九州にしか邪馬台国は存在しないよw
>>204 >奈良にある神聖な山(香久山とか畝傍山とか三輪山)のオリジナルが北九州にもあるはずだが、
そういうかんじんな地名が存在しないので間違いだと言える。
少なくともここはロジックに破綻があるね。
>>198 釣り?
マジだったら恥ずかしすぐるwwww
208 :
名無しのひみつ:2009/03/24(火) 14:03:42 ID:WF7g5aJv
非常に亀レスだけど
>>111 対馬
壱岐
松浦
糸島(だっけ)
黒歯はどこだか忘れたけど
対応した地名はあるし、当時の日本の「クニ」なんて小さなもんだよw
209 :
名無しのひみつ:2009/03/24(火) 14:47:47 ID:nrzNoHQb
卑弥呼の奈良出張所なんだろ。
九州が首都で、邪馬台国領奈良ってとこじゃねーの。
210 :
名無しのひみつ:2009/03/24(火) 15:26:05 ID:WF7g5aJv
>>83 集落の人間が死んだら捨てに行ってた山=山その物が祖霊信仰の御神体(なので大きさと形の良さが重視された)
じゃね〜のかと。
祭り等の為に人が集まれるスペースがある&神の加護も得たい。
で陣を敷くこともあった。と
国造は文字通り、クニの王族=クニの宮の子
そしてクニよりも小さな単位の集落(例えば邑)ごとにも祖霊を祀っていて、信者は文字通り氏子なんだろ。
だからこそ、そこらの小さな山にも神社があったりするだけで、
神社を作る場所の選定に軍事的な意味合いが強ければ、単に山であるだけでなく、
守るべき交通の要衝であるか、地形として適しているかが重視されるはず。
鎮魂的な意味でかつての戦場に神社が出来たりもするけどね。
>>71 崇める(あがめる)って読みを知らないの?
212 :
名無しのひみつ:2009/03/24(火) 15:49:25 ID:WF7g5aJv
>>53 高千穂の山々は海面が高かった時代には良い入江であった。
という説もあります。
吉備国の吉備津神社もその昔は付近まで海であったと言われています。
海面が今より3〜5メートル高かった程度だぞ 最大でも
海抜の低い大阪湾などは今と全然様子が異なる
高千穂なんて今と変わらん
ましてや、弥生から古墳時代にかけては今と変わらない様子になってくる
214 :
名無しのひみつ:2009/03/24(火) 16:11:41 ID:jtCWtvPZ
>>100 当時の灌漑技術では、海辺の広大な湿地は、手に負えない
古墳時代は、農業生産力=人口=国力の時代だから。
215 :
名無しのひみつ:2009/03/24(火) 17:52:34 ID:q5qe4Bqy
卑弥呼は特異な張り型つかってたのか・・・(・`д´・)
216 :
名無しのひみつ:2009/03/24(火) 18:20:03 ID:MOiqYQTA
>>206 >少なくともここはロジックに破綻があるね。
どんな破綻があるの?
だいたい、北九州と奈良の地名の一致といっても、
大宰府のできたころに多くの人が畿内から九州に行っている。
地名の一致は、「奈良から九州」と考えることが妥当。
畿内から九州に人が移動したのは事実なんだからな。
地名の一致を「九州から奈良」と考えるなら、
九州から奈良に人が移動した証拠を出してきたまえ。
神武東征のときだって、神武は甘木には行っていないんだからな。
>>216 三山に相当するものが移転以前から存在しなければならないというのは単なる決め付けだから。
別に北九州説を支持してるわけじゃないけどね。
218 :
名無しのひみつ:2009/03/24(火) 19:46:50 ID:MOiqYQTA
>>217 大和三山が、九州に無く、大和のオリジナルだとすれば、
九州から移転してきた人は九州のカミではなく、大和のカミを信奉したことになる。
または、九州から移転してきた人は大和のカミになんの影響力も持たなかったことになる。
いずれにしても、九州から畿内へ人が移動した事実は見られない。
土器の移動についても、九州から畿内への土器の移動はほとんどみられないことから、
九州から畿内への人の流入は無かったことがわかる。
こんな高尚な話をしても、理解できないだろうが。
>こんな高尚な話をしても、理解できないだろうが。
そんな他人を見下すような事書くと、せっかくの本文が台無しだよ。
政務や軍務を取り仕切る政庁と、皇が住まう宮殿が一緒の場所にあるのが
常識ではあるまい。
221 :
名無しのひみつ:2009/03/24(火) 21:12:59 ID:8zsB8PmB
九州から機内へ人が移動した(遷都した)というのは、
神話の聞きかじりと自分勝手な思い込みでしかない。
それを、あたかも真相かのように語る人がいるのは詐欺に等しい。
まず、神話の神武東征は、邪馬台国の時代より何世代も前のこと。
しかも、神武は日向出身で、(地名が一致しているという)甘木には行っていない。
この文献上の事実をよく頭に入れて欲しい。
仮に、日向から畿内に人の移動があったとしても
(日向と畿内の人的交流関係は否定しない)
甘木周辺の地名と奈良の地名の一致は、まったく無関係なのだ。
>>218 ついでに、
なぜ、あの巨大な奈良湖が魏志倭人伝に記載されていないか。
周囲を山々に囲まれた大和の地形が、魏志倭人伝の特記されていないかも、
解説してやってください。
>>216 横レスすまんが
地名の一致を人の移動によると
断定する意味が解らないんだが?
まして神武東征は紀元前だとか…
それは「今年は皇紀2669年でそれは事実!とりあえず受け入れろやボケ」というノリで考えないとダメですか?
それ以前にも倭人の記録はあるにせよ
『神武東征(神話)→邪馬台国(外国の史書にある)という時系列にするのが大前提を固定』
というのは私自身が科学板も彷徨く歴史妄想厨の1人しても〜
容認しかねます。
自分の主義主張はあるにせよ、結論ありきで考えるなら
「巣に帰れ」
と言わざるをえません。
三山信仰が移転以降に始まった可能性を否定する論拠を聞きたいけど、
めんどくさそうな奴だから聞かないことにしよう。
225 :
名無しのひみつ:2009/03/24(火) 21:54:38 ID:8zsB8PmB
>>223 文献主体で考えるなら、文献に書かれてる記述の、
どこを真実として評価するかは、人間の裁量で決まる。
>『神武東征(神話)→邪馬台国(外国の史書にある)という時系列にするのが大前提を固定』
君は、邪馬台国→神武東征という時系列を考えてるわけか?
それこそ、邪馬台国東遷説の結論ありきではないのかね?
詐欺師の片棒をかつぐのはやめたまえ。
>>224 >三山信仰が移転以降に始まった可能性を否定する論拠を聞きたいけど、
>めんどくさそうな奴だから聞かないことにしよう。
三山信仰が移転以降に始まった可能性があるのなら、まずそれを示すべし。
>>225 やっぱりめんどくさいw
三山信仰が土着在来のものとする論を展開するから論拠を聞いてるのだが。
可能性とは普く存在するものであって、否定するときに拠を求められるもの。
おわかり?
227 :
名無しのひみつ:2009/03/24(火) 22:22:18 ID:Q+SIcSJU
>>225 自説を声高に言いたいなら、あらゆる反証可能性をクリアしてからにしてもらいたい
高尚な君にはわかるよね?
>>227 >反証可能性をクリアしてから
要点はズバリそこですな。
>>218 何で畿内説の主張者は、こう言う風に他者をバカにした態度を取るのかねえ。
現在の考古学的見地からは、「畿内に大きな勢力があった」とまでは断定出来ても、
「魏志倭人伝に記載されている邪馬台国が畿内にあった」とは言い切れないだろ。
231 :
名無しのひみつ:2009/03/25(水) 06:33:11 ID:UNTMzmMv
九州に着いてから水行十日陸行一月なら九州のはずないな。
北海道じゃないかな。
>>229 >桜井市は寄付を募集しているらしい。
>集まった寄付は、半分が関東で、九州からの寄付はまだないそうだ。
だから何?
そんなよその地方の寄付の話なんて知らなくて当たり前だろ?
233 :
名無しのひみつ:2009/03/25(水) 12:31:15 ID:HVDJCVE8
234 :
名無しのひみつ:2009/03/25(水) 14:02:41 ID:gJUsJMIG
>>227-228 つまり、九州説の都合のいいところは、そうやって逃げられることなんだよ。
「幽霊はいない」「UFOに乗った宇宙人は来ていない」って科学的に説明しても、
反証可能性をすべてクリアすることは不可能だから、
「幽霊はいる」「UFOで宇宙人が来てる」って結論にしようとする。
しかし、それは大きな間違いだ。
>>234 それは違うだろ。
「畿内の可能性が高い」までなら、誰も文句は言わない。
「九州はあり得ない」と断言するからそう言われるだけだ。
少なくとも魏志倭人伝の記述を見る限りでは、倭国の風
俗は畿内よりも九州に近い。
だから、考古学的に畿内有力だと言うのなら、そのあたり
の矛盾を無理なく説明しなければならない。
しかし畿内説の支持者は、「考古学的に見たら九州は絶
対にない」と言い張るだけで、その矛盾を説明しようとしな
い。
実際には、考古学的に見ても、「当時の畿内に大きな勢力
があった」とまでしか断定できないでしょ。それを邪馬台国
と断定するのなら、三国志全体を調べてみて、
「三国志の、夷蛮の国に対する記述はデタラメが多い。例
えば、**国の記述は、都の状況については他の史料と
整合しているが、その国の周辺部に関する記述は、その国
の近い所にある別の国の物を持って来て改変しているだけ
だ。つまり、魏志倭人伝の内容もそのままでは信用できな
い。倭国が九州に思える記述は、琉球あたりの事を適当に
改変して書いたのだろう」
とぐらいは言って欲しいね。
236 :
名無しのひみつ:2009/03/25(水) 14:47:43 ID:gJUsJMIG
>>235 では、それと同じことを九州説の人に言えるかい?
九州に邪馬台国があった。
そこまでの可能性は認めてもいい。
では、その邪馬台国は4世紀以後どうなったの?
弱小だったはずの畿内大和王権に征服されたのかい?
もし、九州説がそれを認めるなら、九州説は成立するよ。
でも、九州の邪馬台国が畿内の大和王権に征服されたなんて考えてる人は、ほとんどいないんじゃない?
君はどうなの?
「九州の邪馬台国は滅んでいない」、と言い張るなら、それは東遷説につながるけど、
東遷説を証明することは、畿内説を証明する以上に困難だとわかるよね?
文献にも考古学的にも、「4世紀の東遷」を示す証拠は一切無いわけだから。
>>236 そう言う事なら、私見だが、俺は九州王朝は滅亡したと思っているよ。
出雲と同じように、大和朝廷に滅ぼされたのだろうね。
その際、出雲や九州にあった伝承を取り込んだ物が古事記の原型だと思っている。
238 :
名無しのひみつ:2009/03/25(水) 15:01:00 ID:gJUsJMIG
>>237 九州王朝(邪馬台国)が滅んだ、というなら、そこまでの主張は認めて良いよ。
九州に畿内とは別のクニが存在したことは確かだろう。
でも、その後、畿内の大和王権によって九州は滅ぼされたわけだ。
ここまでは、いいね?
では、どうして滅んだ時代が4世紀以後であって、2世紀以前ではない、と考えているのかな?
「邪馬台国は九州」という固定観念に縛られてないかい?
239 :
名無しのひみつ:2009/03/25(水) 15:10:46 ID:WGxQZ0aa
せんとくんが奈良県民のために
そっと隠しておいたんだよ
240 :
名無しのひみつ:2009/03/25(水) 15:14:39 ID:gJUsJMIG
よく、神武東征を、邪馬台国東遷に結びつける人がいるけど、
記紀にある神武東征は紀元前の話として描かれている。
神武東征が史実なのか、時代がいつかも確定できないまま、
邪馬台国以後の話として、邪馬台国東遷の根拠にしている。これは大きな間違いだ。
神武東征は、史実として、年代を修正すれば1世紀頃の話と考えられる。
これは倭国大乱の時代とも重なるし、瀬戸内海の高地性集落ができた時代とも重なる。
1世紀に、九州から畿内に東征があった、というならその可能性は高いだろう。
ならば、九州〜畿内の連合国(邪馬台国)は2世紀頃に形成され、
卑弥呼は畿内にいた、と考えることは妥当。
むしろ、文献からも考古学からも、もっとも可能性が高い。
九州説の人は、どうして九州を3世紀まで独立したクニとして考えたいのか?
どうして、3世紀まで独立してた九州のクニが、4世紀に滅んだと考えるしかない説を採りたがるのか?
そこが不思議だ。
「1世紀に、九州の神武が東征して、畿内に邪馬台国を作った」で、何か困ることがあるのか?
241 :
名無しのひみつ:2009/03/25(水) 15:18:29 ID:JXaWFBYF
畿内にあったにしても皇族の資料に邪馬台国が残らなかった理由がわかんね
>>238 邪馬台国は畿内だとの固定観念に縛られた人に言われたくはないが、
畿内に大きな鉄器を製造する工房が出来たのは、九州や出雲より遅い。
戦争には鉄は絶対に必要だ。畿内の勢力が九州や出雲を滅ぼすほど
にまで育つのは、2世紀以前には無理だ、と考えるのは不自然ではない
と思うが。
因みに、近畿地方で最大の鉄器工房と言われている垣内遺跡も、奈良
ではなく淡路島にあり、近畿地方で見つかった鉄器とは違う物が出てい
るんだぜ。もし淡路島が2世紀頃に大和朝廷の勢力下にあったのなら、
同じような鉄器が奈良から出てもおかしくないだろう。その点から考える
に、畿内の勢力が大きくなるのはもっと後だと思うが。
243 :
名無しのひみつ:2009/03/25(水) 15:24:34 ID:gJUsJMIG
>>242 鉄器が戦力に重要と考えるなら、
どうして4世紀の畿内が九州を滅ぼせるほど戦力を持ちえたのか説明しないとだめ。
4世紀でも、九州のほうが鉄器は多いだろ。
それなら、むしろ、鉄器の戦力で東遷した、と主張するほうが潔いと思うが、
君が東遷説を採らない理由はなんなの?
奈良湖って存在したのは180万年前だろ
まだホモサピエンスの影も形も無い頃じゃねえか
>>243 残念ながら、「どう見ても九州の風俗を書いたとしか思えない魏志倭人伝
の中の倭国の中心部を無理矢理畿内に持って行くための強引な論理」
程度の根拠もなく、結果から逆を見て推理しているに過ぎないので、俺が
東遷説をとらない理由は説明できない。
俺が主張しているのはただ一点。
「魏志倭人伝の中の倭国に関する記述はどう見ても畿内ではなく九州。
だから、当時の畿内に大きな勢力があった事は当然としても、それが
魏志倭人伝の中の倭国であると断定するのは、今の所、無理がある」
と言うだけ。この点を合理的に説明出来るのなら、畿内であろうと九州
であろうとどうでもいい。
247 :
名無しのひみつ:2009/03/25(水) 19:13:30 ID:af94UyuP
>>245 >「魏志倭人伝の中の倭国に関する記述はどう見ても畿内ではなく九州。
君のこの一文も思い込みにしかすぎないのが残念だねえ。
248 :
名無しのひみつ:2009/03/25(水) 19:20:26 ID:USusfeO3
>>234 屁理屈こねたいわけじゃないんだけどw
反証に耐えうる証拠、1次ソースを示さずに妄想ともつかない考えを断定口調で垂れ流すのは無意味だって言ってるの。
九州説を全否定するなら、それを裏付けるものを持ってるんでしょ?
249 :
名無しのひみつ:2009/03/25(水) 19:23:44 ID:af94UyuP
九州説は成立するよ。
4世紀以後に、畿内の大和王権に、九州の邪馬台国が征服されたことを認めるなら。
しかし、それを前提に九州説を唱える人がいないのはどういうことなの?
>>246 244の言う奈良湖は古瀬田川が流れ込む古奈良湖であって、
そこのサイトの奈良湖はそれとは別というスタンスだな。
いずれにしても、薄青の領域までは
飛鳥時代には濃い青で示される領域まで縮小していたわけで、
すでに特筆するほどの広さでもない。
ともあれ、魏志倭人伝の記述だけでは、
九州に比定するのも近畿に比定するのも困難であるし、
同時に纒向遺跡には飛鳥政権の母体となる十分な規模のクニがあった、
というのもほぼ確定とは言えるかと。
>>250 レスありがとう。
上にも拙文で書いたんだけど、
魏志倭人伝で風景の描写が少ないと思うんだよね。
ってことは、
対馬からやまたい国までの風景に変わりが無いってことなんじゃないかと思うんだよね。
対馬からやまたい国まで、こんな感じ〜で上司に説明が出来るレベルっていうか。
距離や風習まで事細かに、馬の有無とかまで述べるような報告者が、
大和は、周囲を山で囲まれている、あたかも長安のように、とか、
切り立つ山の割れ目からしか入ることが出来ないって、書かないのは不自然だと思うんだよね〜。
(しつこくて申し訳ないkけど、攻めること考えると、目の前にある程度の湖があるってことは、きっちり報告すると思うんだよね。)
(延々、瀬戸内海を通って(其の記述すらないw、瀬戸内も結構特異な地形なのに)攻め込むのに、敵の堅さにふれないのは不自然だと思うんだよね。)
島々があって、海岸伝いに移動しやすくて、
その海外は、対馬からやまたいまで、似たような感じ。だからこそ、ふれる必要が無かったと思うんだよね。
なんでふれないんだろ?
しかも、娯楽に極端に乏しい時代なのに。
はるばるヤマタイ国までいったら、
海の道路ともいえる、凪た海が延々と続き、その海は島々が多く、緊急時の非難に事欠かない。
ヤマタイ国の近くには、広大な湿地帯がある。(このレベルの湿地帯は九州には無かったと思われる)
ヤマタイ国は周囲を山々に囲まれ、さらに都は前面を湖とし、守るに易く攻めるに堅い地形だ。
くらいは、普通に書くとおもうんだけどな〜。
別に、日本で文明地域は筑紫平野だけだったなんていうつもりはないし、
やまたい国以上の進んだ地域が、日本列島北端とか、列島各地にあったとも思うけど、
魏志倭人伝のやまたい国は、筑紫平野のようなふつ〜の地形の場所にあったんじゃないかと思う。
やまたい国畿内論は、
チョーセン系の人が、日本の影響を薄いと主張するために、叫んでいるようにしか思えないw
やまたい国系のスレに書き込んだのは初めてだったけど、
電波・粘着扱いされて直感的に確信したw
あー、畿内説はチョーセンジンがからんでるんだなーってw
・都合の悪いことはスルー
・応えられないことは電波・キチガイ扱い
これって、愚劣チョーセンジンの典型的特長だしw
長文失礼
>>251 記者の性質について、「至と到」説とか言語統計学的な言葉遣いの問題は議論になりえるが、
「〜を書かないのは不自然」式の考えはほぼ意味がない。同じ筆者の別の文献を参考にできるならともかく。
まして、正史は各種の種本の引用抜粋の集成なんだから、
〜のような筆者が〜したはずがないなどの議論はほぼ無意味と言っていい。
そこにいるのはむしろ編者なのだから。
まあ、それ式の想像だけでどうとでもなることは反証不可能なので学術的には意図的に考慮から外すのよ。
個人的には「邪馬台国が」九州か畿内かはどちらを主張するわけでもない。専門の研究者ではなく傍観者のつもり。
ただ、「〜を書かないはずがない」式の議論は反証可能性が薄く考慮に入れる必要はないし、
考古学的事実からいえば、吉野ヶ里に矢じりの刺さった人骨があったり、高地性集落が出来ていたり、
纒向には飛鳥政権の母体となったであろう、当時の日本としては最大級のクニがあったということだけは分かる。
そのクニが邪馬台国の後継政権かどうかはまた別のお話。
>>247 なるほど、畿内説では、奈良に住んでいる者が、顔に入墨を入れて、
海に潜って魚や貝を捕るわけですなwwww
>>253 そうそうw
そういうところを、畿内説の人って無視するかスルーするんだよねw
まさにチョーセンジン
こういうふうに書きこむと、
電波粘着キチガイ扱いされるからカチンとくるよw
255 :
名無しのひみつ:2009/03/25(水) 20:33:17 ID:af94UyuP
>>253 それが思い込みだっての。
九州の人がイレズミをしてて、畿内の人がイレズミをしてなかったとしよう。
でも、使者は珍しがって「倭人はイレズミをしてる」と書くだろう。
そういうこともあるということを考えるべきだ。
君は考えないんだね?すごい自信だな。
>>252 だったら、
「東を南と勘違いしていたのだろう」とか、
「魏の使者は女王国に行っていなかったのだろう」とか、
言うような議論も無意味ですな。想像でどうにでもなるんだから。
ただ、纒向には、残念ながら環濠はないみたいだけどね。
>>253 魚をとるのは倭水人であり、邪馬台国の人間に魚をとる記述はないよ。奴国あたりにはあるけど。
入れ墨は海沿いで盛んだが海に出なくてもやる文化はあるよ。
アルプスから掘り出されたミイラにも入ってたし。
258 :
名無しのひみつ:2009/03/25(水) 20:37:22 ID:af94UyuP
>>256 そうそう。
想像でどうにでも解釈できることを、あれこれ解釈ごっこしても時間の無駄。
>ただ、纒向には、残念ながら環濠はないみたいだけどね。
そうだよ。
外敵がいない=近隣の部族はすべて味方=連合国が形成されていたわけだからな。
>>255 それも思い込みだろ。
「奴国の倭人は入墨を入れて海に潜っているが、女王国の倭人は白い顔で米を作っている」
と書くかも知れないよな。
今はっきりしている事は、纒向には環濠はなく、箸墓からは倭人国にはいないはずの馬に使う
馬具が出て来たと言う事だけだ。
>>256 うむ。だから私のスタンスは
> ともあれ、魏志倭人伝の記述だけでは、
> 九州に比定するのも近畿に比定するのも困難であるし、
という立場ですよ。
証拠なしで九州やら畿内やら議論するのは車輪を空回しするようなものだから、
偏見を入れずに考古学的に弥生末から古墳時代までの調査をすればいい。
>>257 それを言うなら、そもそも邪馬台国自体の風俗に関する記述がない、と言う事になる。
262 :
名無しのひみつ:2009/03/25(水) 20:48:26 ID:af94UyuP
>>259 箸墓が卑弥呼の墓とか、
思い込みしてるようだけど、どうして?
箸墓より前に、大和には古い古墳がいっぱいあるんだけど。
>>261 その通りで、奴國より前を除けば、倭全体の記述のなかに、女王国がらみの政治状況が書いてあるだけ。
種本が紀行文であるという保証さえない(関係者の伝聞を寄せ集めたものかもしれない)状態なんで、
倭国全体より細かい空間的解像度を得ようとするならば、基本的には種本が出てくるのを待つしかない、といったところ。
>>254 俺もそう思う。「チョーセン云々」は別として、何で畿内説の信奉者は、あれほど高圧的で
ありながら、自分に都合の悪い事はスルーするのか、理解に苦しむ。
ただ、一つ言える事がある。例えば、古田武彦氏の説では、女王国は博多湾岸だ。この
ように、昔からある市街地を女王国に比定したら、大規模な遺跡なんか出て来る訳がな
いんだよ。何故なら、昔からそこにはずっと人が住み続けている訳だから、遺跡にならん。
その意味で、「出て来る大規模な遺跡」と言うのは、「捨てられた都の跡」なんだな。それ
は忘れてはならんと思うよ。
>>262 それを思いこんでいるのは、畿内説の主張者だろ。
ドラえもんの年表だと2008年に邪馬台国の位置がわかるそうだ。
もう2009年だが、そろそろじゃね。
267 :
名無しのひみつ:2009/03/25(水) 22:32:09 ID:0Dk3dSe+
有森裕子、高橋尚子育て上げた名指導者!ぬるぬる金哲彦コーチ!
松村邦洋、急性心筋梗塞による心室細動 一時心肺停止状態となる…東京マラソン
>>133 >「南へ水行10日」
船が南に向かって出航していったのを見て、そう書いたんだろう。
船が途中で(高知沖から和歌山方面へ)進路変更していたと考えれば
問題はない。
つまり、筆者は北九州に留まり、邪馬台国までは行けなかった。
270 :
名無しのひみつ:2009/03/25(水) 23:40:54 ID:YpkG4NLk
>>264 まるで、九州説には都合の悪いことはひとつもないみたいだな。
九州説と一口に言うが、中身は、甘木、吉野ヶ里、宇佐、日向とバラバラじゃないか。
一箇所に決められない時点で、九州説そのもののいい加減さを証明してるよ。
271 :
名無しのひみつ:2009/03/26(木) 00:10:17 ID:xOAsrDTe
>>270 30余国共立なら、むしろ自然に見える。
もっと後世ならまだしろ、その当時一極集中の
巨大都市があっても食わせられるだけの生産力と輸送力を
確保できるのか、非常に疑問だ。
朝貢もかなり情けなさそうだし
畿内説を唱える人ってチョウセンジンに似てる。
http://takeshima.2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1237989694/ ↑たとえばこんなこと言ったり。
言ったモン勝ち状態。
オザワイチロウが、「理屈と膏薬と公約は、どうにでもつけられる。」という趣旨の発言をしたらしいが、
まさにチョーセンロジック。
筑紫平野、博多近辺以外の九州説は、
畿内説を語る輩と基本的に同質だろう。
日本人なら通じる阿吽の呼吸というか暗黙の了解を無視し、
言葉尻を捉え、今では証明が難しい事をあげつらったり、
論点を摩り替えたり・・・。
チョウセンジンは、何でもかんでも、日本をめちゃくちゃしようとする。
畿内説を唱えだしたキチガイも、
戦前の朝日新聞や東大、現在の左巻き連中売国奴と同質で、
日本をめちゃくちゃにすることが楽しいキチガイだと思う。
現に畿内説を語る奴らで、
奈良湖、奈良盆地、瀬戸内海に関して、クールに解説してくれる奴が一人もいない。
なんとか古墳とか、刺青の話ばっかりする。
くだらないことはなはだしい。
いろんな板でROMってて、世の中賢い人がいっぱいいるなーと関心していいたが、
がっかり。
273 :
名無しのひみつ:2009/03/26(木) 00:16:43 ID:912a/l7s
>>271 小国分立となると>264にとっては痛いと思うんだよね。
有史以来都市機能を持ち続けているのって博多と太宰府くらいしかないし、
そうなると数千、数万の戸数があった国の遺跡は出てこないとならない。
九州説の致命的な弱点は遺跡や物証がないところだからね。
国内、海外の事例を見ても、近代都市の建設中に基礎工事をしていたら
昔の都市の以降が出てきたなんて例には事欠かないので、
既に遺跡は後の都市建設で破壊されているから見つかるはずがありませんってのはちょっと強弁が過ぎる。
日本人なら通じる阿吽の呼吸というか暗黙の了解を無視し、なんて科学板で言うことじゃないよ。
物証を積み上げ、根拠のないことは言わない。どの比定地も現状肯定するに値しない。
それが学問的立場ってものでしょ。
275 :
名無しのひみつ:2009/03/26(木) 02:13:46 ID:xOAsrDTe
九州に中都市クラスの物証はあちこちにあるでしょ
それこそ平城京クラスは出てこないと言うだけ
大宰府政庁跡とその南側はかなり巨大だが、時代が違うのではずしておく
平塚川、須玖岡本、金の隈、吉野ヶ里も入れておこう。
福岡空港の東側はずっと遺跡が続いていると言っていい。
見つかるわけありませんじゃない、ごく普通に見つかって、珍しくもないだけだ。
あのあたりは甕棺のかけらが普通の瓦礫に混ざって出てくるくらいに普通だ。
そこに卑弥呼が居るというつもりは毛頭ないが、
遺跡がないと言われるのは遺憾だ。
畿内は、そんなになにか出土すると珍しいのかな?
福岡の考古学担当者も、もう、盗掘されていない、丸ごとの甕棺くらいじゃないと
動かないくらいだ。
>>270 なんで一ヶ所に決める必要がある?
初めに「九州説」があって、候補地がバラバラになったのではなく、九州には多くの候補地が
あって、それをまとめて「九州説」と言っているに過ぎない。
それを言うなら、畿内説の候補地は一ヶ所に決まっているのか? あちこちの遺跡を掘り返す
度に、位置がちょっとずつ変化しているけどね。
>>274 >>そうなると数千、数万の戸数があった国の遺跡は出てこないとならない。
で、奈良の遺跡で、「数万戸」を要する大都市の遺跡があるのか? 邪馬台国は「七万戸」なんだが。
纏向の規模でも「七万戸」は無理だと思うがな。
>>国内、海外の事例を見ても、近代都市の建設中に基礎工事をしていたら
>>昔の都市の以降が出てきたなんて例には事欠かないので、
>>既に遺跡は後の都市建設で破壊されているから見つかるはずがありませんってのはちょっと強弁が過ぎる。
京都なんかどうだ? 平安京のあった場所で基礎工事をすれば、絶対に何か出て来るのか?
出て来ましたって言う例の方が圧倒的に少ないんだぜ。
福岡市の市街地全体が邪馬台国なら、大きな遺跡など出て来る訳がない。
279 :
278:2009/03/26(木) 06:17:00 ID:ofg4ZITR
>>出て来ましたって言う例の方が圧倒的に少ないんだぜ。
これは正確ではないので補足。
「『出て来ましたって言う報告がある』例の方が圧倒的に少ないんだぜ。」
ついでに書いておこう。
纏向の規模は、最大限に見ても、東西約2km・南北約1.5kmだ。面積にすれば3キロ平米。
東京の人口密度は、平成13(2001)年末現在で、13,191.74人/キロ平米。
よって、多く見ても、4万人/3キロ平米。
邪馬台国当時の「七万戸」がどれぐらいの人口なのかは正確には判らんが、よく言われて
いるのは約5人/戸だから、35万人となる。
纏向が邪馬台国だったとしたら、邪馬台国の人口密度は、東京の9倍だったと言う事だな。
こんな事はあり得ない。つまり、魏志倭人伝の戸数の記述は到底信用できない。
よって、戸数と一つの遺跡の大きさを根拠にして邪馬台国の位置を論ずるのはナンセンス
極まりない。
281 :
名無しのひみつ:2009/03/26(木) 06:36:23 ID:EF6aksry
別に遺跡が残ってる部分だけに人が住んでた訳じゃなかろうに。
282 :
名無しのひみつ:2009/03/26(木) 06:44:40 ID:tmfcc/Rr
>>1 おいおい、あのAV女優、いま1500歳くらいか?
ありえねー
>>281 そう、その通り。遺跡のある場所にだけ人が住んでいた訳じゃない。俺が言いたいのは
それだ(但し、魏志倭人伝の戸数表記は信用できない、と言う点は変わらない)。
そうなると、畿内説がその最大の根拠としている、「魏志倭人伝に記された大規模な都市
に匹敵する遺跡は畿内にしかない」と言う論法は、根拠を失うよな。
女王国は小さな集落であっても一向に構わない。寧ろ、聖徳太子の時代の大王豪族連
合政権なんてものはまさにそれだ。勢力は大きくないが、由緒正しい血統の一族を、有
力な豪族の連合体がそれを王として祭り上げる。こう言うパターンは日本人好みだろ。
こう言う政権なら、内部分裂で簡単に潰れるから、もし邪馬台国が九州にあったとしても、
後に大和政権に簡単に潰された理由も説明できる。邪馬台国を支えていた豪族が大和
に寝返ったと言う事は大いにあり得る(念のために書いておくが、これはあくまでも俺の
想像だ)。
284 :
名無しのひみつ:2009/03/26(木) 09:06:01 ID:9ZaEZsND
>>280 纏向遺跡は、邪馬台国の中心部でしょう?
纏向遺跡の版図だけが、邪馬台国のわけが無い。
>>283 しかしそれって「九州に遺跡がないのはかまわない。私の想像では〜」
と、想像でネガティブな指摘を回避しているだけで、
九州説にポジティブな物証がないという点では一切変わらんわけだよな?
別に畿内説に決定的証拠がある訳じゃないからそれを支持する訳じゃないが、
「無精なんかなくても俺の考え方なら指摘を回避できる」じゃ永遠にポジティブにならない。
掲示板に書き込む暇があったら九州に行って穴掘ってろ、って意見ですよ。
とりあえずだな、口汚く他人を罵倒する奴の説を除外すると結局どこが残るのか教えてちょんまげ。
とりあえず専ブラ使って、そういうのをあぼ〜んすればいいよ
288 :
名無しのひみつ:2009/03/26(木) 14:57:45 ID:ECoaykVH
奈良=ナラは、韓国語で国の意味だよ。
奈良が日本の中心ってことは、すなわち、日本は朝鮮が作った国ってこと。
国土も人口も生産力も軍事力も全てにおいて格下の、さらに倭国の植民地だった朝鮮がなんでそんなばかなあふぉなw
290 :
名無しのひみつ:2009/03/26(木) 16:01:35 ID:9ZaEZsND
>>288 :名無しさん@九周年:2009/03/26(木) 15:01:00 ID:5UHArGuD0
>奈良=ナラは、韓国語で国の意味だよ。
>奈良が日本の中心ってことは、すなわち、日本は韓国が作った国ってこと。
奈良市のナラは、崇神天皇の時代に
あのあたりの土地を均(なら)して作ったから、
あのあたりをナラ山といった。
そのことは、日本書紀に書いてある。
もし、韓国語の国を意味する「ナラ」が奈良市のナラと同じなら
日本の奈良市のほうが起源だ。
291 :
名無しのひみつ:2009/03/26(木) 16:35:51 ID:9ZaEZsND
>>280 おまえの論理だと、九州はなおさら
邪馬台国の可能性はゼロ。
292 :
名無しのひみつ:2009/03/26(木) 19:07:43 ID:4JKE2T8L
293 :
名無しのひみつ:2009/03/26(木) 20:15:12 ID:NyLlzCbn
>>288 大事なことを忘れてるぞ
ハングルは日本人が併合中に広めてやったのに…
卑弥呼様〜!8(T◇T)8
295 :
名無しのひみつ:2009/03/27(金) 00:14:42 ID:MmsZZ0Wh
<、`∀´>二ダーリ
297 :
名無しのひみつ:2009/03/27(金) 15:31:30 ID:nwJkD9Xd
昔はアマチュアレベルでは九州説一色だったんだよね。
でも90年代に年輪年代学が実用されてから、
邪馬台国時代にすでに箸墓などの古墳が造られていたことがほぼ確実となり、
235〜244年の紀年鏡が畿内を中心に出土することも証拠となり、
学界レベルでは「九州説は終わったw」にきまってるんだよ。
このスレでも九州説は相変わらず「こう読めば魏志に矛盾がない」といった主観的な謎解きに終始するばかりで、
何の説得力もない。
しょうがないから都合の悪い出土物を後世の偽作と決めつけたり
挙げ句の果ては光谷氏への個人中傷に走る始末だ。
もはや九州説論者は犯罪的と言ってもいい。
298 :
名無しのひみつ:2009/03/27(金) 17:06:41 ID:6/7Z75mI
日本史板の年輪年代法スレへどうぞ
このスレに於ける観測的事実。
誹謗なしに主張する能力を持つ人間は少数派。
>>132 三角縁神獣鏡は四世紀移行の大和政権の発展の根拠になっても、
三世紀の初期政権や邪馬台国の根拠にはならない状況。
倭人伝以外の一番有力な資料は前方後円墳。
三角縁神獣鏡にしても前方後円墳から出ているのが重視される理由。
>>246 奈良盆地の中心が縄文時代には大湿地(草香江; 奈良湖)だったのは事実。
だから奈良盆地の中心からは縄文遺跡は全く出てこない。
弥生時代中期になっても唐子・鍵辺りは湿地に面していたと考えられている。
舒明天皇の国見歌の国見歌に、天の香具山から海が見えるとあります。
これは古奈良湖だと考えられています。
大和には群山あれど
とりよろふ天の香具山
登り立ち国見をすれば
国原は煙立ち立つ
海原は鴎立ち立つ
うまし国ぞ蜻蛉島大和の国は
302 :
名無しのひみつ:2009/03/27(金) 22:48:07 ID:QEhi5MLo
>天の香具山から海が見えるとあります
それ九州王朝派が泣いて喜ぶネタw
「天の香具山も博多湾沿岸にあったー」ww
人工衛星とは なにか
ソ連のスプ−トンクス なにか
水爆5トンを12000キロ飛ばす能力
人工衛星とは 水爆5トンを12000キロ飛ばす能力
人工衛星とは 水爆5トンを12000キロ飛ばす能力
304 :
名無しのひみつ:2009/03/28(土) 16:45:02 ID:pV403vNA
>>300 三角縁神獣鏡が4世紀のものであるという証拠は?w
>>304 ???年号刻んであるんじゃなかったっけ???
ロケット ミサイルの本質は なにか
ドイツのV2ロケット が ルーツです
ニコノコ動画 タグ宇宙で 検索
”宇宙へ 冷戦と二人の天才” コピーして 見る
ソ連なんて はじめの 人工衛星 スプートニクス
打ち上げ能力が 5トン !!
フルシチョク首相が開発をOKしたのは
5トンの水爆をアメリカを打ち込むのが 主目的
ピィ ピィ ピィ ピィ
日本もやっと 今年 H2Bロケットで HTV(宇宙ステーション補給機) を打ち上げる 5トン
>>299 見たところ熱心な近畿説が一人で
犯罪だの朝鮮人だの喚いてるだけに見える
308 :
名無しのひみつ:2009/03/29(日) 19:28:32 ID:ksFBc7xn
悪の枢軸 反日反靖国 松下電器のMPDP
兵庫県の派遣助成金を独占したらしいぞ zzzzzz
小雪のCM 尼崎のプラズマ工場かよ
支那王毅大使 と 朝鮮法華創価学会
新華社が狙っているのは ローマ法王 ベネデクト16世
国賊、売国奴 日中友好協会の平山郁夫会長が狙っているのは ユネスコ利権
中国当局がチベット仏教の新指導者として育成中のパンチェン・ラマ11世(16)
支那王毅大使 高野山に行ってるから 真宗は アウトだろ
反靖国だから 西本願寺を アウトだろ
頭がバーン 朝鮮法華創価学会、朝鮮法華立正佼成会はカルト
支那コミンテルの犬 東映 高倉健
背中の、唐獅子牡丹が泣いている
支那に仏教徒はいるのか!!
「スーパーモーニング」で
道路予算の5%ぐらいは政治家に還流している
朝日新聞の情報テロと戦わなくて いいのか
右翼の構成員の7割が半島出身者だとまず報道しろ
朝日新聞 自体が言葉のテロリストです
竹島発言の朝日新聞 若宮啓文の自体が言葉のテロリストです
和歌山県迷物政治家まとめ
木村良樹→競売入札妨害で逮捕、犯罪者なのにちゃっかり退職金を受給
二階俊博→グリーンピア南紀を香港BOAOに紹介した疑惑、江沢民の日中国交正常化30周年記念碑の建立をしようとするが頓挫
310 :
名無しのひみつ:2009/03/30(月) 12:42:51 ID:Rh6kxE/D
311 :
名無しのひみつ:2009/03/30(月) 12:48:59 ID:sasSg5MG
卑弥呼の実在は確認されていない。
中国史書の外国記述はデタラメばかりで信用に値しない。
>>292 逆じゃない?
豊丸の引退と卑弥呼のデビューがだいたい同じ頃。
年齢も3-4歳違う。
313 :
名無しのひみつ:2009/03/30(月) 15:36:26 ID:tN7y2y5P
懐かしい名前が出てきた
お世話になりましたw
豊○はトヨじゃなくってユタカって読むんだよね
314 :
名無しのひみつ:2009/03/30(月) 16:43:54 ID:YY76IWoh
沙羅樹さんこそ僕の女王様ですよ。
関空─成田便10年ぶり復活、伊丹と集客バトルへ
泉佐野市、WTCの破綻、破綻
http://www.city.izumisano.osaka.jp/section/kankou/kankoukyoukai/ ヒートアイランドな大阪は周辺より 1度高い
ウォーターフロント開発しすぎてた 高潮のリスクがより高い
巨大台風 カテリーナ 910
20年前のバブル 国の国策にのった つけ 今 負わされ
ハブ空港て 何? ジェット化て 何?
小沢一郎の忠臣 二階経産相 南紀1周高速道路の利権 狂気の始まり
白浜 あたしい空港で 白浜空港のジェット化て 何?
白浜空港のジェット化は 自前の国産機断念
まるで 角栄のボーイング利権見たいだ
今日状況では 古い空港で十分だった
あたしい空港なんかいらない
ああぁ YS−11の新型国産開発してたら 国の政策ミスだな
>>311 東方見聞録にしろ、ガイジンの目から見た描写が正確でないのは致し方ない。
と言って、物証が出てる物を全否定するのもナンセンス。
ロケット ミサイルの本質は なにか
ドイツのV2ロケット が ルーツです
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ピィ ピィ ピィ ピィ
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318 :
名無しのひみつ:2009/03/31(火) 06:58:09 ID:BwUoOJqY
>>312 やはり倭人伝の記述を鵜呑みにするのは危険ですなw
319 :
名無しのひみつ:2009/04/02(木) 00:40:03 ID:ye3QvUAf
九州説を信じている人になぜ半島系が多いのか
>>318 「女王之所都」はおそらく唐代の挿入だしな。