417 :
,:
オーケハンプトンに着いてすぐ、夫と私は日没の最後を見ようと外に出た。それは、全世界が息を
呑んでいるような夕暮れだった。私たちと沈み行く大要の間には黒々と荒野が横たわり、
その上では西空が氷河のようにミドリと金に輝いている。
ふいに何の前触れもなく、信じがたいほどの美しさに押し流され、私は次元の境界を越え
た。もはや私が<自然>を見ているのではなく、<自然>の女神が私を見つめていた。そ
して彼女は私たちの存在をうとじていた。私は、無数の無害な生き物が私たちの侵略に腹
を立てて身を潜めているとでもいった奇妙な感覚に自尊心をくじかれ、さらに、地平線で
風にそよいでいる小さな木までもが、嫌悪をこめて私たちから身をそらしていることに衝
撃を受けた。
「どうしましょう」。私は夫にささやいた。「私たち、ひどく嫌われているわ。こんな風に
おしかけてはいけなかったのよ」
夫は笑わなかった。夫もまた、侵略者になったように感じていたのだ。私は言った。検挙
にそっとたたずんでん、私たちは友としてきたのだ、荒野を静かに歩かせてください、と
心で訪ねてみたらどうかしら。私もまた、素朴な人々が樫とトリネコとイバラの古い魔法で自然
のものと結ばれていた遠い昔のことを考えていた。
この謝罪につづいて起こった驚異的なできごとを、自己暗示などといったこじつけで説明
する必要はないだろう。ありがたいことに、私はこれを研究者としてではなく、個人的な
体験として綴っているのだから。
418 :
,:2008/07/20(日) 21:06:58
ハマシギがわを描いて飛ぶように、目に見えるものも見えないものもすべての生き物が一体と
なって周囲を飛び回り、私たちをしげしげと観察した。私たちを危険でも残酷でもないと
判断したのだろう、安堵の吐息が感じられた。私たちの謝罪は受け入れられたのだ。これ
で前進しても―−「入り込んでも」大丈夫だあの風に吹かれている小さな木までもが、い
ままで好意を示すようにこちらになびいている。しかし、私はそれを不思議と思わなかっ
た。
これはまだ、意外な後日談がある。二日後の朝、私は窓のそばで一人荒野に面して手紙を
書きながら、目に見えないその住人たちを考えていた。そのとき、私もまた侵略者に出会
った。だがそれは楽しい侵略だった。不可視の小さな存在の一団が、元気の有り余った子
供のように漂ってきて「やあ!」と呼びかけ、いっしょに遊ぼうと誘ったのだ。その瞬間、
私は彼らの訪問に何に疑念も抱かなかった。
しかし、まもなく分析的な精神が働き始め、瞬時にして彼らは私にとって存在しないもの
となった。私は今も、自分が話を交わしたのが「実在するものだったのかどうか、確信で
きずにいる、、、、。
http://changi.2ch.net/test/read.cgi/uwasa/1178845673/565 の臭いが、、、。
とある外交官の夫人の話なんですが、優生学方面やら、交霊会方面やら色々と通じていたそうで、、。
詳細はそのうち、、、。
419 :
,:2008/07/22(火) 18:16:22
ここで、ロザリンド・ヘイウッドのサイキック能力の発達を詳しく調べてみよう。そうすれば、彼女が
われわれとほとんど変わらない当たり前の人間であり、ひいては、われわれの中にも同じ
能力が潜んでいるのに違いないことが、理解できるだろう。
彼女は後期ヴィクトリア時代のきわめて典型的な家庭に生まれ、自分が「サイキック」であるなどと
は疑ったことのないままに成人した。それまでは、そうした体験すべてを想像力のせいと
みなしていたのだ。
13歳でインドから帰国してまもなく、私はいくつかの場所に下等な存在がいることを、し
ばしば漠然としながら意識するようになった。中には陰気でさびしげなものもあった。
<もし目に見えさえすれば、それほど神経に障ることもなかっただろう。>
そのひとつは、祖母の家で私の寝室に割り当てられた部屋にいた。南向きでダートムーア(高原
地帯)を見下ろすその寝室には、青いリボンとピンクのバラの花網模様の壁紙がはってある。
昼間は明るいその部屋が、夜になると一変する。不可思議な目に見えない<誰か>があら
われるのだ。
私にはその<誰か>がわからない、、、。<誰か>のことを大人たちに告げていれば、母と
祖母も昔、ベッドの足元に立つ老女の幽姿を見たことを、聞かされたことだろう、、、、。
ようやく芽生えてきたサイキックとしての自覚は、しかし17歳のときに、駅の売店で買ったエル
ンスト・ヘッケルの著書「宇宙の謎」によって、中断された。ヘッケルは唯物論的哲学者で、近代科学
の発見を驚くべき明快さで説いた「宇宙の謎」は、出版と同時に20世紀初頭の大ベスト
セラーとなった。
彼は肉体の進化、精神の進化、宇宙の進化を現代生物学や天文学の見地から研究し、次の
ことを証明した、と主張した。すなわち、人格的な神は存在しない、自由意志は幻影であ
る、「死後の生」はもっともおろかな迷信に過ぎない−−。
ヘイウッドは震撼とした。
420 :
,:2008/07/22(火) 18:18:36
かわいそうなお母様!いかなる爆弾をもってしても、あなたが細心の注意を払って組み立
ててきた娘の人生の枠組みを、これほど見事に打ち砕くことはできなかっただろう。ここ
に真実がある。神はいない。美は、宇宙が何の目的もなく永延に回り続ける無意味な機械
に過ぎないことを隠すための罠であり、錯覚に過ぎない。その夜、私は寝室の窓から星を
見つめながら、さびた歯車のきしむ音を聞いたように思った。<真なる何か>が見つけら
れる望みはついえさった――そして賢明なるわが両親は、愚者の天国に住んでいるのだ。
その後しばらくして、第一次世界大戦が始まった。ロザリンド・ヘイウッドは看護婦になり、まも
なくはじめての超感覚的知覚を体験した。意識のない女性の枕元でカラマーゾフの兄弟」を読ん
でいるとき、イワンが悪魔と討論するくだりで病人が体を起こし、ベッドの足元を指さして
悪魔と話し始めたのだ。これは偶然の一致かもしれないが、テレパシー(精神感応・思考伝達
などと訳され、感覚器官の媒介なしに思考や心理状態を他人に伝える能力)の一例とも考
えられる。
http://life9.2ch.net/test/read.cgi/utu/1176831538/l50 精神の病いと奇怪な現象との関係 [メンタルヘルス]
数週間後、ヘイウッドは重態の男性の看病をしていた。男はうわごとを口走り、彼女の存在に
すら気づいていないようだった。ふいに心の中に<命令存在>があらわれ、「彼が静かにな
るように念じよ」と告げた。以前の「テレパシー」体験を思い出して、彼女はそれにしたがっ
た。男はすぐさま安らかな眠りについた。やがて看護婦次長が仕切りを動かしたので、男
は目を覚ましたが、もう一度「念じると、また眠りに入った。しかし病棟婦長が3度目に
起こした後は、もういくら念じても無駄だった。
421 :
,:2008/07/22(火) 18:28:27
ふいに寝返りとうわごとがやんだ。彼は明らかに穏やかで理知的な視線を私に向け、静
かな声で言った。「もう精神集中してもだめですよ、看護婦さん。私はもう眠りませんから」。
それから理知的な顔が消えて、苦しげなうわごとが再開した。これが死の訪れならば、私
が想像していたよりずっと恐ろしいものだ。しかしふいに彼は顔を輝かせ、歓喜の視線を
私には見えない誰かに向けて叫んだ。「アニーだ!それにジョン!、、、ああ、光だ!、、、、光
だ!、、、、」(ヘイウッドによるこの記録は、まさしく典型的な臨終体験である。1960年、ニュ
ーヨーク超心理学協会のカーリス・オシス博士は、1万人の看護婦に臨終ヴィジョンに関するアンケートを送り、
非常に多くの病人が死の間際に、すでに個人となった親戚の姿を見ていることを発見した。
SPRの創設者サー・ウィリアム・バレットも、著書「臨終ヴィジョン」のための資料収集をしてい
るときに、同じ事を発見している。)
これらの大半は潜在意識という言葉で説明される。しかし彼女の著書には、それだけでは
説明できない事例もいくつかあげられているのだ。
夏の休暇で、1ヶ月の旅行に出かけようというとき、<命令存在>が、水道管が爆発する
から元栓を締めていったほうがいいと忠告した。夫はそれを聞いて、真夏に水道管が爆発
するはずのないことを技術的に説明してくれた。だが、彼女は夫の反論を無視して、万一
のときのために、スペアキーを大工にあずけることにした。。大工もまた、7月に水道管が爆発
することはないと教えてくれた。だが実際に水道管は爆発し、大工はスペアキーを役立てて修
繕を行ったのである。
配管工事なんてまったく理解のほかだという彼女の主張を考えると、<命令存在>を潜在
意識的直感で解釈するのは、かなりの無理があるのではないだろうか。
422 :
,:2008/07/22(火) 18:32:02
ほかにも自伝「無限の巣箱」にあげられたいくつかの事例は、彼女が「予知能力」を行使
している可能性を示している。この能力は明らかに、存在するはずのないものだ。テレパシー、
透視能力、霊媒能力(物質界と例会をつなぐ媒介として、さまざまな心霊現象を起こす能
力)、サイコキネシス(いわゆる念力、念動力。手を触れず精神力によって物体を動かす)など、
そのほかのいわゆるサイキック能力については、大なり小なり科学的な解釈が成り立つ。しかし、
未来を前もって知る能力には、いかなる説明も不可能だ。
非論理的で非常識。要するに、未来はまだおこっていないのだから、知りようがないのだ。
しかしながらヘイウッドの著書には、あらゆる合理的説明をはねつける未来予知の事例がいく
つかのっている。
たとえばあるとき、彼女の夫が、発明品の市場をさがしている発明家とであった。夫はそ
の方面の仕事をしていたので、市場開発を約束した。彼女はすばらしい考えだとその話に
賛同したが、男の名前を聞いた瞬間、「不安と反発の波」に襲われた。「だめよ。その男と
かかわってはいけないわ」。夫はいまさら手を引くことはできないといい、取引は続行され
た。やがて男は詐欺を働いて逮捕され、保釈中に自殺した。
彼女自身はこれを次のように説明している。夫は潜在意識で男が詐欺師であることに気づ
いていた。そしてそれを、彼女がテレパシーで探知したのだ。「無限の巣箱」には、夫のサイキック
能力を証明する事例も数多く紹介されているが、そうすると今度は、夫が彼女の懇願を無
視して詐欺師との共同事業に踏み込んでいったことが、いささか奇妙に思えてくる。
夫のサイキック能力を示す事例としては、次のようなものがあげられる。
大型リムジンがぶつかってきたため、私たちの小型スポーツカーは歩道に乗り上げ、街灯
とぶつかってしまった。「大丈夫だ」。夫が穏やかな声で言った。「昨夜この自己の夢を見た
よ。どこが悪いのか分かっている。タイヤをとりかえればいいんだ」。夫は車を降りて調べた。
「思ったとおりだ」。そして夫はタイヤを交換した。
423 :
,:2008/07/22(火) 18:34:22
常識で考えれば、偶然の一致だろう。しかし彼女の息子もまた、偶然の一致では説明ので
きない能力を示しているのだ。夏休み、イングランドにいた息子がアメリカの両親の元にやってき
て、彼女に言った「ママたちの住んでいる村のことならもう知っているよ。夢で見たから
ね」。「それなら、海まで案内して御覧なさい」。息子は先に立って浜辺までおり、何百もの
ビーチパラソルの中から両親のものを選び出した。そして、「どうしてこれだとわかったの?」
と問われ、「模様を夢で見たんだよ」と答えた。
ロザリンド・ヘイウッドは、この事例がテレパシーでも解釈できることを認めている。しかし、次のエ
ピソードはどうだろう。
ある日、、、、息子がロンドンの地図を見ながら、あるとおりを指していた。息子は説明した。
これから僕が出かけると、よその人がそのとおりはどこにあるのかって僕に尋ねるんだ。
そのことは「わかって」るんだけれど、僕はその場所を知らないからね。
一時間とたたないうちに、彼の予知したとおりのことが起こった。
偶然の一致だとか、まったく見知らぬ人と複雑なテレパシー交信を交わしたのだという説明は、
あまりにも強引過ぎる。となると残る解釈はただ一つ。奇妙に思えるかもしれないが、息
子が「予知した」出来事はすでに起こっていて、彼はその「未来の記憶」を受信したのだ。
この理屈を用いれば、ロザリンド。ヘイウッドが詐欺師の名前を聞いてふいに予感に襲われたこと
も、次のように説明できる。すなわち、その男はすでに詐欺を働いていて、彼女はどうや
ってかそれを「知った」のである。
424 :
,:2008/07/22(火) 18:52:10
何が異常かお解りですかね?
>>417-418 ヒトラー同様に、非常に美の感性の共有に長けていますが、
懐疑論者とエスパーの二枚舌の段構えの人であることが、読み取れる事になるんです。
>>419 サイキックの目覚めかけ時に、懐疑主義の哲学に精通、、、。
本人の短所を聞こえ良く通じるように表現した処世術。
あくまで、本人の見解は下される事無く読み手に見解を強いるような表現
漠然とした恐怖心や不安の共有や訴え、、、、。
425 :
,:2008/07/22(火) 18:58:20
ぶっちゃけ、ラッセルに似ていると言うか、、、、。
>>420 そして賢明なるわが両親は、愚者の天国に住んでいるのだ。>>
この薄情で自己矛盾した自己の開示は救いようの無いものだ。
ベッドの足元を指さして悪魔と話し始めたのだ。これは偶然の一致かもしれないが、テレパシーの一例とも考
えられる。
そういう問題以前に、その手の支配力がまずい事について本人は問題にしないのか?
>>421 さらにヘイウッドのその無意識の脅迫の働きかけと無意識的駆け引きの隠蔽、
科学の不可知的見解をも利用した、バッティー的処世術。支配力で押し付けた、誘導の力
の話とも受け取れなくは無い。
だが、彼女は夫の反論を無視して、万一
のときのために、スペアキーを大工にあずけることにした >>
彼女が爆発の力を秘めていた可能性も否定できない。
>>422しかし、 未来を前もって知る能力には、いかなる説明も不可能だ。>>
そんな事を言ったら物理学の実験はどうなるんだ?
やがて男は詐欺を働いて逮捕され、保釈中に自殺した。 >>
催眠を掛けて、魔術的支配力で誘導して、殺すということも気客観的に考えて不可能でないことに、ご注意いただきたい
詐欺を働かせ破滅に至らせる力を秘めていたか、そのような成り行きとなるような関係が潜行していた
のなら何が潜行していたのかを言うべきであったはず。シュタイナーが最も嫌がった意味での、SPRは
最大の唯物論者であると言った根拠はそこにあります。
欲にまみれた唯心論は多いが、フロイトにまして無関心で都合の良い唯物論とはこの事。
命令存在といってもどこの馬の骨かもわからないし、、、。
ローマのペテンとインディオの人身御供は、唯物論を通してオカルトの領域に進出していた。
つまり、超能力と優生学やウィリアム・バッティ的操作の処世術と人身御供の影響力と
ローマ的ロマンチズムの犯罪と病気を利用したペテンの知恵による神秘の演出で纏め上げたものである。
>>422-423 テレパシー、、、、。つまり、煎じ詰めると隠蔽の言い換え。病気と犯罪を利用した運命的営み、、、。
http://etc7.2ch.net/test/read.cgi/denpa/1174920756/248 ロザリンド・ヘイウッドは二つの人格の分裂の体験をしたことがある。
ある暑い夜、私は彫刻を施した大きなベッドに横たわり、安らかな寝息を立てている夫の横
で眠れないまま、おちつきなく転々としていた。やがて、恐ろしい静寂に耐えられなくな
って、私は考えた。「もう我慢できない。彼を起こして抱いてもらおう」。
この利己的な考えを実行する前に、非常に奇妙なことがおこった。私が二つに分裂したの
だ。ひとりの<私>はピンクのネグリジェを着て、自己中心的な考えにふけりながら枕をたたい
ている。もうひとりの<私>は長い真っ白なフードつきローブを着て、穏やかに身動きせず、
無感動にベッドの足元にたたずんでいる。
<白い私>は<ピンクの私>と同じくらいの存在感をともなっており、私は同時に両方の場
所にいる自分を意識していた。いまでもはっきりと覚えている。<白い私>は目の前のベッ
ドの彫刻を見つめながら、すねたように枕をたたく<ピンクの私>がなんと愚かなのだろう
と考えていた。「恥ずかしいことだ」と<白い私>は冷ややかな軽蔑をこめて<ピンクの私>
に言った。「わががまもいい加減にしなさい。彼がくたくたに疲れていることはわかってい
るでしょう」。
<ピンクの私>は「性欲」のみで作られた完全に自己中心的な小動物で、かわいそうな夫が
疲れていようがいまいが、まったく意に介していなかった。「私はしたいようにするのよ」。
彼女は猛烈な勢いで言い返した。「あんたにだって止められやしないわ、この、白い、おり
こうぶったやかまし屋!」。彼女は<白い私>が自分よりも強く、自分が静止できることを
知っているがゆえに、いっそう腹を立てていた。
429 :
,:2008/07/27(日) 10:27:14
移動したいという感覚のないまま、まもなく<白い私>はふたたび<ピンクの私>と一緒に
ひとつの肉体に閉じ込められた。それ以来、二人の私は水と油のように同居している。私
はごく最近、めったに記憶に残らないが、自分がその気になれば<白い私>になって、<
ピンクの私>を性欲や衝動を、(ここが肝心なのだが)自分では感じることなく、観察できる
ことを知った。
ここの体験を事実ではなく象徴として受け止めるあろう読者のために、ヘイウッドは続けて、
出産後に「分裂」した女性の事例を紹介している。
ひとりの彼女はベッドに横たわったままで、もうひとりはその傍らに立っていた。二人の「自
我」がお互いに相手をどう思っていたかという質問に対し、彼女は次のように答えた。「外
にいる<私>はまったく無感動に、ベッドの中の<私>を軽蔑しきって見下ろしていまし
た」。
こうした体験にも、ヘッケルから吸収したヘイウッドの基本的不可知論(物の本質や究極の実在は
認識できないとし、経験を超越する問題を取り扱わない思想的立場)はゆるがなかった。
>>417-427 最終的にヘイウッドの不可知論を陥落させたのは、死者との接触と思われる二つの体験であった。
最初の事件は、1930年代、外交官である夫のフランクの赴任地、ワシントンDCで起こった。
夫婦はパーティなどで、しばしばジュリアという魅力的な女性と顔を合わせた。ある日突然、ジュ
リアがヘイウッドに、手相を見てほしいと頼んできた――ヘイウッドは手相占いに凝っていたのだ。
彼女は気がつくと、ジュリアの手をとっておごそかに告げていた。「あなたは求めるものをこ
の世で見出すことは決してできないでしょう」。ジュリアも同じく厳かな声で答えた。「ええ」。
数週間後、ジュリアはペルー旅行に出発することになり、ヘイウッドに自分の写真を渡した。<命令
存在>がこれは大切なものだと告げたので、ヘイウッドは写真を受け取った。ジュリアの乗ったペ
ルー行きの飛行機はアンデス山脈で墜落し、乗客は全員死亡した。
その後、ヘイウッドの頭の中にジュリアの名前がこびりつき、幾度も幾度も繰り返されるようにな
った。2日後、ジュリアの母親にお悔やみの手紙を書いてから長椅子に横になっていると、壁
に掛けてあったウィーン風板目木版画が不意に床に落ちた。壊れたのではなかった。紐も壁の
釘もちゃんとしていた。
「机の脇に立ったまま、なぜ落ちたのだろうと考えていると、ジュリアの母にあてた手紙が
目にとまった。その瞬間、ジュリアの声が、はっきりと聞こえた。「そんなばかげた手紙を
出したりしないでよ。まっすぐ母のところへ行って、くだらない嘆きかたをするのをい
ますぐやめるように、言ってちょうだい。私はとても幸福なの。そんなこと、我慢できないわ」」。
ヘイウッドは当然ながら躊躇した。イギリス外交官夫人ともあろうものが死者からのメッセージを伝えに行っ
たりしたら、変人と思われるに決まっている。「私がためらっていると、「ジュリア」はさらに執拗に
なっていった、、、、、」。そしてついに、
これほどおろかなことは無いと考えながらも、私は車に乗って出かけていった。何より困
ったことに、私は当時、死に直面したアメリカ南部人がどのようにふるまうのか、まったく知
らなかった。知らないままに、自分の母親なら同じ状況でどう振舞うかと考えて、ジュリアの
母親も普通の服を着て、顔をこわばらせて平成を装い、悲嘆を隠しているのだろうと想像
した。もしそうなら、つかつかと歩み寄って、そんなに嘆くのはやめなさいというのは無
意味だし、無作法になるだろう。
彼女の家に着くと、すべてのブラインドが下ろされ、玄関にカラスのように陰気な女たちが小
声でささやきあっていた。私は言った。「ハワード夫人にお目にかかりたいのですが」。
女たちはびっくりしたようだった。「とんでもない。床に付して嘆いていらっしゃいますよ」。
それできまった。「ぜひともお目にかかりたいのです」。私は言い張った。もめた末に、私
は彼女の部屋に案内された。
暗い部屋でひとり、まさしく悲嘆にくれた女性がボッドに横たわっている。私は彼女のそう
したようすに当惑を覚えながらも、ジュリアからのメッセージを伝えたが、狂人か、もしくはでし
ゃばりと罵られ、放り出されるのではないかと危惧せずに入られなかった。しかし、彼女
は顔を明るくして叫んだ「わかっていました。娘がこんなことを嫌うのは分かっていたん
です。私も嫌いですわ。おきて、こんなことはすぐにやめましょう!」。
彼女の返事は私にも奇妙な効果をもたらした。その瞬間、つきまとっていたジュリアの気配が
すっかり消えたのだ。満足して、すぐさま自分の仕事にとりかかったようだ。そしてそれ
以後、彼女の思いでは、ごく当たり前にときどき私を訪れるだけとなった。