1 :
没個性化されたレス↓:
さあ、好きに語れ。
2 :
没個性化されたレス↓:02/07/08 01:17
布置アゲ
ユング厨のタワゴトや作文はもういい。
少しはまともなユンギアンはいないのかな。
会話で続けろよ。ボケ。
w
ほれ、どうした基地外。煽りはもう終わりか?
7 :
没個性化されたレス↓:02/07/08 01:45
8 :
没個性化されたレス↓:02/07/08 02:00
スゲエ! 新レスたってる!! あがってるし!
2/3以上煽りと罵り合いという荒れ放題のスレだったが、
要望があるんだ。。。
9 :
没個性化されたレス↓:02/07/08 02:01
前スレの老婆心というひと、実際に老婆ですか?
キミは「老婆心」という言葉を知らんのか?
11 :
没個性化されたレス↓:02/07/08 02:04
>10 キミの辞書にはジョークという語がないのか? おもしろくないって? わるかったな。
12 :
没個性化されたレス↓:02/07/08 02:15
認知系「心の哲学」スレもたてようよ。隔離のために(藁
>12
愛はケミカルスレがすでに隔離スレとして機能しています
ユングはもう古い。
そしてユングはナチスと関わりがあった。
何をおいてもユングはデムパである。
心理学ではないし、芸術でもない。それは趣味である。
これが前スレの要旨ですね。
15 :
没個性化されたレス↓ :02/07/08 08:12
16 :
没個性化されたレス↓:02/07/08 08:16
前スレでも、ユングを読み理解した上で、なぜそれが間違えているのかを論証したものはいない。
17 :
没個性化されたレス↓:02/07/08 08:45
>>16 DQN発見。
深層心理学は論証するものではない。
18 :
没個性化されたレス↓:02/07/08 09:03
そう。ユングは論じたり批評したり証明するものではなく、
感じるもの、そしておごそかに語られるものなのです。
朝の7時に書くなよ。
A_A / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
・∀・)< テメーで立てといて語れ、じゃねーよ。
つ ) \ アホ、クソ、虫!
| | | \____________
__)_)
21 :
没個性化されたレス↓:02/07/08 11:30
猫はだまれ
22 :
没個性化されたレス↓:02/07/08 13:24
>>18 感じたりおごそかに語られるものは、心理学ではありません。
A_A / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
・∀・)< オタクのくせに一説ぶってんじゃねーよ。
つ ) \ アホ、クソ、虫!
| | | \____________
__)_)
ほかのものに還元する必要がない
A_A
(・∀・)<僕、幼稚園に戻りちゅー
老婆心よ、943さんとの議論はどう見ても論旨のスリ変えをやってるぞ。それも議論に勝つテクニックか? ん?
オマエが何よりも言いたいのはオレってこんなにスゲェてことだろ(苦藁
「私はバッハを愛好し,暗譜でも平均律を半分以上弾ける」だって?
老婆心から言っておくが、楽器を「弾ける」というのがどういうことかどういうことかわかってんのかよ。
おなじセリフを芸大の院生の前で言ってみそ。
朝から無意味に伸びてるな。
老婆心の自慢話もウザイが、普通に読めば、980=943が返答になってないのは分かるわけで。
それがわからない26はやはり電波ユング厨かい?
途中から980=943が老婆心の自慢話にひるんで乱れてるのはよくわかるよ。自信がないだろね。
>26ユングを読んでわからないやつはユングについての解説を読んでもわからない。
ユング派の言っていることを聞いてもわからない。ユングって結局浮くしかないんだな。
31 :
没個性化されたレス↓:02/07/08 21:39
ユングを理解するためには林道義先生の解説を読まなければ駄目。
それ以外の解説をいくら読んでも正しいユング理解は無理。
32 :
没個性化されたレス↓ :02/07/08 21:55
>>31 よくも悪くも、それは本当にあるな。
ユングの邦訳を読み進めていくときに、参考として本当に役に立つのは林道義のものだけ。
33 :
没個性化されたレス↓:02/07/11 17:10
この板では可愛氏・あきやま氏・囃子氏のうち、囃子氏支持派が多いようだな。
34 :
没個性化されたレス↓:02/07/11 21:25
◆スレッド健全化のために提案◆
ききかじり程度の知識のユング厨・ユング叩き厨対策のためにブック・ガイドを作成しましょう。
入門書・概説書およびユング自身の著作で入門者向けのものなど。
まず河合隼雄『ユング心理学入門』(培風館)から。
日本の第一人者によるユング入門の基本。
35 :
没個性化されたレス↓:02/07/11 21:29
age
36 :
没個性化されたレス↓:02/07/11 21:31
agetoku
37 :
没個性化されたレス↓:02/07/11 21:35
38 :
没個性化されたレス↓:02/07/11 21:50
A.ストー『ユング』
39 :
没個性化されたレス↓:02/07/11 21:53
あきやまは糞だよ。
40 :
没個性化されたレス↓:02/07/11 22:43
ユング「人間と象徴」
>38>40 出版社名および推薦理由コメントをつけよう!
◆このスレッドは掃き溜めですから健全化する必要はありません◆
>>26 その芸大の院生や学生と一緒に同じピアニストからレッスンを受けていたが何か?
ただし私が受けていたのは数年間で数回だったが。
なんせ高額だし。
「数年間で数回」「なんせ高額だし」
かわいいくらいにマヌケ…
>44
おまえ,こういう世界のこと何も知らないだろう.
>老婆心
前スレに行けないので確認できないのだが,
『平均律』を半分以上暗譜で弾けるなどとつまらんことでユング厨をビビらせ,
いい気になっていたそうだな.
どうせなら『フーガの技法』の未完の終曲を完成させるぐらいのことをしてみろと言いたい.
吾輩は学生時代にすでに完成させた.
が,今になるってみるとかなり不満足であるので,
再度挑戦し直してみようかと思っている今日この頃ではあるが.
46 :
没個性化されたレス↓:02/07/12 01:26
なぜか柔道を連想しますた
横スレだが、科学オタにも芸術に理解が深いことがいるヤシがいるのは言うまでもない。
それに理解しがたいことに荒唐無稽なファンタジー・ノベルのファンも多い。
そう言えばオ○ムにも理系は大勢いたな…・
48 :
没個性化されたレス↓:02/07/12 01:39
45「こういう世界のこと」知らないす。教えてほしいす。老婆心と45の議論みたいす。
>>47 >荒唐無稽なファンタジー・ノベルのファン
(゜ω゜)ノ うぃ ついでにSFファン.
理系にもファンタジー好きは結構多いぞ.
自分の中では全く矛盾してないのだが,言われてみると確かに変だな?
>>45 ほう、それは興味深い。
譜面をぜひ拝見したいものだ。
時間さえあるなら私もやってみたい試みではある。
しかし私はワグネリアンであるので、
普段は、例えば『トリスタン』の総譜を見ながらピアノで弾いてみるというようなことをやっている。
これはなかなか面白い遊びである。
この夏休みにはドビッシーに入れ込んでみようかとは思っているが。
さらに、おかるとふぁんも意外におおい。
52 :
没個性化されたレス↓:02/07/12 01:53
>49 どう折り合ってるのか説明ねがいます…
>老婆心
スコアを見ながらというのは吾輩も以前やらされたことがあるが,
なるほど,そういう趣味だったか.
最近の吾輩は『道化師の朝の歌』に取り組んでいる.
リパッティと同じテンポで,さらに軽快に弾くことを目標としているが,
テンポについては何とかイケそうな感じだ.
次は『夜のガスパール』を考えている.
>>52 純粋にエンタメのフィクションとして見ている=騙されるつもりで接しているから平気であって,
多分現実に妖精を見たとかヌカス電波がいたら,小一時間説教.
/*だが小人さんはいるんだぞ(w でなければ今日のオレの仕事が終わらない.*/
俺の周りで,「それは非科学的です」なんつーステレオタイプな理系発言するヤツはいないしなあ.
「それは非論理的です」は結構言うけど.
55 :
没個性化されたレス↓:02/07/12 02:15
「騙されるつもり」なぜそんなことに時間をつかうのかわからん…。わるいけど。
プロレスファンみたいなものかな。
>>53 『道化師』は私も意地になって練習したことがある。
「軽快」というよりは、どうしても「戦闘的」になってしまうのだが。(笑)
『ガスパール」だが、体育会系ならば両端よりも真ん中の「絞首台」が意外と難物なのではなかろうか。
退屈して眠くなり、どこを弾いているのか分からなくなる。(藁)
ラベルはわざとそのように作ったらしいが、ラベルならありそうな話だ。
ところで、ラベルに『ラ・ヴァルス』のピアノ独奏版というのがあるのを御存知か。
連弾用ではない。独奏用である。
これもなかなかの体育会系だが、貴殿ならば何とかイケるであろう。
ところで、体育会系と言えばゴドフスキー編のショパンエチュードはどうか。
楽譜を見たかぎりでは物好きの余技のようだが。
>47他
いわゆる sense of wonder ではなかろうか.
吾輩も幼少時から『ナルニア』シリーズの愛好家であり,長じてはハードSF好きだが,
音楽の趣味の方でも,共通した何かがあるような気がする.
>老婆心
どちらも楽譜を持ってない.
どうやらかなり年季が入っているようだな.
もう少し修行して出直してくらぁ.
sense of wonder か…。
科学オタにはファンタジー・ファンもSFファンもいる。さらにオカルトファンもいる。
すべてを兼ねている場合もあるが、ファンタジーとSF好きでオカ嫌いというパターンが多いようだな。
ファンタジー好きがオカ嫌いなんて
人助けをしたくて心理やってるという志
と同じくらい信じられない。
60 :
没個性化されたレス↓:02/07/12 08:03
体育会系ピアニズムや老婆心は気取りすぎ。
こいつらが演奏するシーンは見たくない。顔をそむけたくなる。
小沢征爾のほうがよっぽど謙虚じゃねーか。
自作自演じゃないの?
で、その音楽ネタとユングネタと、どこがどう絡んでるのか、
誰か教えてくれ。話が見えなくてはつまらんのでね。
63 :
没個性化されたレス↓:02/07/12 10:11
河合御大もフルートが得意です
>体育会系ピアニズムや老婆心
スポ根・剣戟みたいで面白い。「いつでも挑戦受けてたつ!」「むむ、こやつ出来るな」
「ぬかったわ」 つづき見たい。
>御大は御兄弟共々アンサンブルされるのでは。
スキナーはピアノの名手で、
モーツアルトのピアノソナタを1年かけて全曲弾くという趣味を持っていたらしい。
66 :
没個性化されたレス↓:02/07/12 18:42
音楽ネタ歓迎あげ。
中年になってピアノを始めたド素人系ピアニズム愛好家のおでん屋だが、
俺は「主よ、人の望みの喜びよ」を自分で弾けるように編曲し直そうと思い、
ヘス版の音符を減らしたりして真っ白な楽譜に書き込んでいるうちに、
なぜかだんだん音が増えてきて、結局弾けない曲になってしまった。
手がもう1本は必要だ。
ヘス版だと手が4本は必要じゃねえかと思ふ。
聞くところによると、ケンプ版は手が5,6本必要らしい。
>>67 私はヘス版なら楽勝だ。
貴殿も地道に練習あるのみ。
自作ならなおのこと、健闘を祈る。
実はケンプ版というのは知らないのだが、
私には腕が5〜6本あるようなので、そっちも大丈夫だろう。
体育会系氏は8本ぐらいありそうな勢いだが。
ちなみに、プロになるためには腕が最低10本以上必要だと言われている。
69 :
没個性化されたレス↓:02/07/13 00:31
コンクールで優勝したって演奏家として成功するとは限らんのだろ。
2チャンで音楽自慢してどうすんだよ
彼らはアマチュアなんだが・・・
>>69 私はピアノを趣味としているだけだが何か?
人に聞かせる気もないし、自分で弾いて楽しんでいるわけだが、それが何か?
おでん屋氏は釣りもやるそうだが、多趣味で何よりである。
氏は自ら釣った魚の自慢をする権利がある。
他の釣り好きも対抗し、法螺話がエスカレートして盛り上がるだろうし、
釣りに興味のない周囲の人間は微苦笑しながら、
「勝手にやってろ」と見守ってやるのが礼儀であろう。
それともユング厨は自分の趣味の自慢も出来ないほどの無趣味の朴念仁なのだろうか?
つまらぬ人生じゃのう。
72 :
没個性化されたレス↓:02/07/13 01:31
( ̄ー ̄)@微苦笑
( ̄ゝ ̄)@勝手にやってろ
ヽ(´ー`)ノ 愛と平和の微笑み
ヽ(´ー`)ノ いつもこの顔
御大の趣味自慢には辟易しています。
無趣味の朴念仁であってほしいです。
75 :
没個性化されたレス↓:02/07/13 01:39
ていうか、趣味って自慢しなきゃいけないの?
音楽談議は興味あるが、音楽自慢は見たくないんだな。
中途半端に音楽だの知ってる人には、鼻持ちならない傲慢な性格を示す人が多いと思っているんで。
繊細な音楽を理解してるはずの人が、どうして目の前の他者の心情に対し鈍感なのかと。
フルートでも吹くかい?みんなで
講演会でフルート吹いたり、CD売ったりするのは
立派な趣味自慢です。はい。
誠に遺憾なことに、K御大とは趣味の点で気が合いそうで困る。
>繊細な音楽を理解してるはずの人
という書き方をみると、優れた音楽家の人間性に素朴な幻想を抱いているようだが、
本当に音楽を知っている一流のプロにも、鼻持ちならない傲慢なヤツはかなり多い。
色々な楽屋ネタは数多く流布している。
80 :
没個性化されたレス↓:02/07/13 01:59
俺はその講演に金を払ってでも行きたいし、CDも購入希望だが何か?
どこで買えるだろ?
>79うむ。きいたことあるな。そういうネタ満載のスレとかサイトとかない?
楽屋裏の薄汚さは音楽界は群を抜いている。
83 :
没個性化されたレス↓:02/07/13 02:09
なーるほど。音楽家にはゴーマン家が多いのか。
確かにCDジャケットの写真見ると、顔で分かるよ。
じゃあ、わかった。音楽だけ聞かせてくれ。何も語るな。
ほんらいは王侯貴族のぺっとだろ。おんがくか。
>76 オフ会でコンチェルトでもやるか?
関係者に知り合いがいると面白い。
海外の巨匠クラスなら、書物などでも裏話はかなり広まっているだろう。
だいたい一流どころは尊大だよ。特に指揮者。
トスカニーニがいい例だ。
クレンペラーの非道ぶりとかはさすがにけっこうショックだし。
あのベームなんかも相当に偏屈でイヤなやつだったらしいし。
ピアニストだって、ホロビッツに言わせれば、
「ユダヤ人とホモと下手くその3種類しかいない」。
別のヤツが言うには、誰がホロビッツに人間性なんて期待するか。
そりゃそうだ。
しかし、音楽だけじゃないから面白い。>83
>ホモ
老婆心、体育会系、危険な目にあったことありますか?
ジョルジュ・サンドの話に従うと、
ショパンはしようのないDQNだったらしいしな
これはいい話だと思うが、
昔トスカニーニがパリ管に客演したときのリハーサルで。
独裁者と異名をとるコワモテのマエストロを前にして、
腕に自慢の個人主義者で名高いパリ管の面々がどう出るか。
特にフルートのトップはトスカニーニの指示を一切聞かず、自己流で押し通した。
切れたトスカニーニが、タクトを叩いて「オレはトスカニーニだぞ!!」と怒鳴ると、
フルートのトップが立ち上がって、「オレはモイーズだ!!」とやり返した。
たしかモイーズだと思ったが、いい話だと思わない?
でも、本番ではどうしたんだろう?
パリ管の古き良き時代ってやつか。
本番でもモイーズは自己流を通したに1票。
91 :
没個性化されたレス↓:02/07/13 02:40
別にいい話だと思わないゾ。
音楽家の自我肥大では?
偉大な音楽の光に当てられて、自我肥大になるのかも
おまえらは案外ユング厨と趣味を共有しているに1票。
91ユング厨意外には意味のわかりにくいレス。オレはわかるが(藁
94 :
没個性化されたレス↓:02/07/13 02:43
>>92 お前は案外ユングスレに時間をさいているに一票。
ここの科学オタ音楽通の言葉づかいに精神的DQN味がにじみでているに1票。
96 :
没個性化されたレス↓:02/07/13 02:55
97 :
没個性化されたレス↓:02/07/13 02:59
てめーらの演奏する音楽はアマチュアで、聞くに値しないことはよく分かった。
今度はバッハのどこが好きで、どうしてバッハはいいのか、語ってみな。
音楽は人格を向上させないに1…
いやそれは悲しいな。
悲しいことはない。
人格はともかく、面白い個性的なヤツを作ってくれる場合がある、
と考えよう。
100 :
没個性化されたレス↓:02/07/13 03:04
トスカニーニは身近なものにとっては忌み嫌う存在かもしれぬが、CDを聞く者に感動を与えてる
>100
トスカニーニがパリ管を振った演奏で、モイーズが参加している録音って何があるかな?
そこまではわからないかな。
102 :
没個性化されたレス↓:02/07/13 10:47
@@@@@@決定@@@@@@
ユング批判者はユングを学ぶ者を「ユング厨」と呼んでいる。
今後、ユング批判者を「実験厨」と呼ぶことにしました。
@@@@@@以上@@@@@@
>>102 ユング厨というのは、ユングを賛美する厨、
不毛なユング叩きを続ける厨の両方を指すのさーヽ(´ー`)ノ
104 :
没個性化されたレス↓:02/07/13 15:12
>>102 ユング厨を叩いているのが実験心理屋ばかりと思ってるなら勘違いも甚だしい。
臨床屋にも精神医学屋にもユング批判者は多いし,
知ったかぶりの半可通ユング愛好家をこころよく思わないユンギアンがいることも忘れるな。
105 :
没個性化されたレス↓:02/07/13 16:42
>>104 実験厨を叩いているのがユング厨ばかりと思ってるなら勘違いも甚だしい。
臨床屋にも精神医学屋にも単細胞で素朴な実験心理学批判者は多いし,
知ったかぶりの半可通科学的心理学信奉者をこころよく思わない心理学者がいることも忘れるな。
なんだかシャレになってないような...
同意。面白くもないし新鮮味もない。
ぷぷぷ
ゆんぎゃんの定義あってますか?ちゃんと?
ユング愛好者をゆんぎゃんと勘違いしてる人
ユング愛好者にもけっこういますよね
109 :
没個性化されたレス↓:02/07/13 18:41
支持者・愛好者も含め〜アンとか呼ぶのは結構普通なんだけどね…・。
>104えらそうなことヌカスならユング叩き厨との議論に参加しろ。
111 :
没個性化されたレス↓:02/07/13 18:47
ここらで本題に戻って…
◆スレッド健全化のために提案◆
ききかじり程度の知識のユング厨・ユング叩き厨対策のためにブック・ガイドを作成しましょう。
入門書・概説書およびユング自身の著作で入門者向けのものなど。
まず河合隼雄『ユング心理学入門』(培風館)から。
日本の第一人者によるユング入門の基本。
A.ストー『ユング』
ユング「人間と象徴
出版社名および推薦理由コメントをつけよう!
112 :
コギャルがいっぱい:02/07/13 18:48
113 :
没個性化されたレス↓:02/07/13 23:35
このスレは実験厨が多いだろ
114 :
没個性化されたレス↓:02/07/13 23:45
ホントの実験厨は「心の哲学」なんてものに興味を示さないだろ。
115 :
没個性化されたレス↓:02/07/13 23:53
ユング厨という名に、「生半可通」で、「合理性に欠けた思考回路を持つ」という意味が含蓄されているのと同様、実験厨という名には、「狭量」「近代科学の奴隷」という意味が込められている。
116 :
没個性化されたレス↓:02/07/14 00:17
>>111 だからさぁ、そのやり方がそもそも間違いなんだって。
このスレは(特にver.1)全てにおいて生半可な知識を
振りかざすユング厨を酒飲みながら煽って遊ぶとこなの。
117 :
没個性化されたレス↓:02/07/14 00:36
>>116 軽薄・野蛮・自堕落・卑屈・・・とは、こういうことを言う。
A.ストー著 河合隼雄訳
「ユング」岩波現代文庫
C.G.ユング著 河合隼雄監訳
「人間と象徴(上・下)」河出書房新社
ストーは幾分ユングを客観的に評価している。
「人間と象徴」は晩年のユングと、その高弟とされる人々が初学者に向けた著書。
上記2点のいずれにせよ、河合隼雄著「ユング心理学入門」等、河合氏の著作を読んだ上で手に取るべき書物と思う。
>>117 ついでに、その中にアメリカの学部生向けのPsychologyのテキストが
一冊入ってれば、あんたがただのユング厨じゃなくて、幅広い世界を知っている
人間だと思えたんだけどね。残念!
119 :
没個性化されたレス↓:02/07/14 01:39
>>118 ついでに、得意の「定義」ができてれば、あんたがただの実験厨じゃなくて、狭い世界しかしらない真性実験厨だと断定できたんだけどね。残念!
「幅広い世界」って何?心理学の幅か?俗にいう井の中の蛙か、君は。
人文学、社会科学、自然科学、全てを含む、「知の世界」
その世界に飛び込もうとする人間が、「ユング」だけを読んで、
ユングを語ろうとするのは、何とも視野が狭いよな。
121 :
没個性化されたレス↓:02/07/14 02:02
あなたの最初の書きかただと、アメリカの学部生向け心理学テキストが入っていればいいんでしょ?
最初から
>人文学、社会科学、自然科学、全てを含む、「知の世界」
に言及しておけばよかったじゃん。
「井の中の蛙」と指摘されて慌てて「知の世界」を持ち出しちゃったのね。ハイハイ。
122 :
没個性化されたレス↓:02/07/14 02:43
◆スレッド健全化のために提案2◆
煽り無視進行つーことで。
>ストーは幾分ユングを客観的に評価している。
そだね。ユング嫌いにも読みやすいと思う。
このスレだけ見てるヤシには分からないだろうが
一般的にはユング支持者は礼儀正しく、もの静で、常識的です。
ユングを学ぶにも一般教養として学ぶか専門的に研究するかでまったく違います。
専門研究のためには宗教学、神話学、哲学、文学、精神分析まで膨大な資料を要するのでおすすめできません。
126 :
没個性化されたレス↓:02/07/14 05:42
>>125 >一般的にはユング支持者は礼儀正しく、もの静で、常識的です。
(絶句).....あたな、このスレのver. 1を見てましたか?
反ユングも煽りに煽ってたけど、それに対するユング厨の反応は、どこの板に
出してもおかしくないほど、異様に筋の通らない、視野の狭い、ヒステリーじみた
反応ばかりだったのをご存じないのですか?
もはやあれは、「心理板が誇る電波スレ top 10」でしたが。
無言で
>>126に一票。パート1を見てた人間からみて、125の欺瞞は許せない。
dat落ちして125が嘘付いてるのが分からないかもしれないが、
3?6月にかけてのユンギアンの暴れん坊ぶりはすごかったよ。
>>125「このスレだけ見てるヤシには分からないだろうはユング支持が一般的に者は」
このスレのユング支持者は、決してユング支持者の標準ではないということ。
>126 どこの板に出してもおかしくないほど、異様に筋の通らない、視野の狭い、ヒステリーじみた
反応
↑「筋の通らないヒステリーじみた反応」の例。
130 :
没個性化されたレス↓:02/07/14 06:49
ユング厨と一口に言っても、いろんな種類がありますから。
臨床家として実践しているヤシ
ユング教の狂信的な「信者」・「布教者」
単に教養として学ぼうとしているヤシ
さらにファンタジーとして愛読しているヤシ
それぞれ立場が違うので、ごちゃまぜにしないように。
あんた「厨」の意味分かってないだろ(w
132 :
没個性化されたレス↓:02/07/14 15:57
>>117 >ストーは幾分ユングを客観的に評価している。
それはどうだろ?
かなり主観的で、一方的にユングを賞賛しているだけのように思えたが
客観的なユングの評価なら
エレんベルがー「無意識の発見」で十分じゃないか?
133 :
没個性化されたレス↓:02/07/14 16:15
>>132 エレンベルガー「無意識の発見」
は王道過ぎ。
深層心理学を学ぶ上では絶対だけど、
ユングの概念を細かく丁寧に解説している訳でない。
歴史はいけいとかフロイトとかの関連は述べられてるが。
ストーに関していえば
確かにあれはストーにとってのユング心理学であって
客観的に解説したものではないよな
134 :
没個性化されたレス↓:02/07/14 16:28
心理学の専門でもなんでもなく一クライエントとして質問があります。
分析派VSロジャーズ派VS折衷派みたく学派によって治療方法が違うと
治療の流れもクライエント側の感じ方も違ってくるとおもうんですが
いろいろな治療法を試すというのは却って良くないんでしょうか?
ユング心理学は主観の学であって
客観的な解説など無意味。
136 :
没個性化されたレス↓:02/07/14 17:01
>>134 質問する場所が悪かったみたいだね。
質問スレに行ってみては?
御大の趣味自慢は微笑ましいが、
このスレのユング厨は無趣味の朴念仁で、
つまらない人生を送っている哀れな方々だということでよろしいですか?
>>134 やっぱり、質問する場所が悪いと思うな。
パート1でもはっきりと明らかにされたんだけれど、
ユング派の治療者は、患者を治そうと考えていない。
そんな連中からまともな答えは出てこないと思うよ。
ともあれ、世の中には、まともな治療者もいるんだから、
質問スレとか行ってみたら?
>>135がユンギアンの発言だったら笑えるんだけど、どうなのよ。
140 :
没個性化されたレス↓:02/07/14 17:43
137 :没個性化されたレス↓ :02/07/14 17:15
御大の趣味自慢は微笑ましいが、
このスレのユング厨は無趣味の朴念仁で、
つまらない人生を送っている哀れな方々だということでよろしいですか?
趣味をひけらかす必要を感じないだけ。
では御大の趣味自慢については?
パート1に「ユング派の治療者」はひとりも居なかったと
記憶しているが・・
なんかエディプス期に固着したのがいるね。。
K先生の趣味自慢、ひけらかしは、とても立派であって、尊敬に値する。
↑ぐらいのことを言って居直るなら、面白いので許してやるぞ。(w
>>142 いや、叩かれているユング厨に臨床家がいた。
正義ぶったやつが「おまえみたいなやつが治療現場にいることが許せない!」とか言って叩いていた。
>143 演奏をありがたーく聴いたいる信奉者はたくさんいるのだ。
K御大にはカリスマ性があるのだ。
146 :
没個性化されたレス↓:02/07/14 19:48
>>132 >>133 ストーの「ユング」 ストーは客観的というか、十分に中立的だとおもうよ。
なんでもマンセーでもなく、分量的にもすぐ読めて入門者にはイイ。おすすめ。
エレンベルガー「無意識の発見」
深層心理学やるなら周辺知識のために読んだほうがイイ。
K御大の「ユング心理学入門」ははずせない。
>142 臨床家ユング厨がいて、そいつは正義ぶったやつに
「おまえみたいなヤツが治療の現場にいるのが許せない」と叩かれていた。
148 :
没個性化されたレス↓:02/07/14 21:04
パラダイム論ぶってた人なら精神科医だった筈(ユング派じゃないだろ)。
149 :
没個性化されたレス↓:02/07/14 21:10
えっ? お医者さんだったんだ…
150 :
没個性化されたレス↓:02/07/14 21:28
エレンベルガーは必読だね。深層心理学の徹底的批判者であるアイゼンク
御大も推薦している。
ところで趣旨とはずれるかもしれんが、ヒルマンやらギーゲリッヒらの元
型派ってどうよ。「もてない男」の作者、小谷野氏が、ユングがアカデミ
ズムの世界で相手にされないのは、フロイトにおけるラカンに相当する人
物がユング派にはいないからだ、とのたまっていた。ヒルマンやギーゲリ
ッヒはユングとアカデミズムの掛け橋となりうるのだろうか? 事情通よ、
たのむ。
151 :
没個性化されたレス↓:02/07/14 21:35
>150
ハァ?
フロイトだって国際的に見れば心理学的アカデミズムの世界では
まともに相手にされているとは言えないがね。何が言いたいのか
意味不明だ。
152 :
没個性化されたレス↓:02/07/14 21:39
「心理学的」アカデミズムってなんだ? っていうのはまあいいや。
冠つきのアカデミズムではないと理解してちょうだい。
153 :
没個性化されたレス↓:02/07/14 22:12
>>150ヒルマンやらギーゲリッヒらの元型派
「ユング派が今考えていること」(共著)っだっけ??
その点について御本でご本人たちの主張が読めるはず。
(なお、日本代表としてK御大がご参加)
ブックガイドとしては・・
林閣下の根強い支持者も過去レスに登場していることだし
林道義『ユング思想の真髄』(朝日新聞社)もあげとく。
ただしタイトルからしてこの板の住民向けではないような・…
155 :
没個性化されたレス↓:02/07/14 22:21
湯浅泰雄ってどうよ?
「ユング心理学と現代の危機」は入り口としてはいいと思った。
>>147-149 やっぱり、パート1に、本当の治療者やユンギアンがいたんじゃん...
結局、「ユングという名前が一般的に知られているから」という
理由だけで、理論というものがどんなモノか、治療がどんなことか、
深く考えず、でかい顔をしている人たちの集まりなのね。
157 :
没個性化されたレス↓:02/07/15 01:06
>>147 いやあ、実際、あの自称(ユング派)臨床家は本当にひどかったぞ。
患者のことを全然考えてないんだもん。治療という行為を「患者の苦痛を
取り除く場」ではなく、「自分が有能であることを他人に示す場」として
認識してたんだぞ。
「治癒率があることを統計的に示す必要があるだろ」と非難されると「治癒なんて患者の気持ち次第だ」と逃げる。
薬を使うことが有効である病気についても「薬なんか使って治療したら、
患者が“自分で克服したという感覚を持てないからだめ”」なんぞと言い放ち、
患者が「薬」へアクセスするのを阻もうとする。
特に、この最後の考えはむちゃくちゃ。
患者が「薬を使うのに抵抗感を感じる」ならば、それを取り除くのが
治療者の責務のはず。それなのに、治療できるはずの患者を、治療から
遠ざけようとする欺瞞的態度。
あそこで発言していたユング派臨床家は、人間としての風上にも置けない
トンデモない奴だったぞ。本当に。
医者か臨床家かどっちなんだ? ちなみにユング自身は医者だったらしい。
さてブックガイドだが
K御大、H閣下と来たわけだが、
そこでA女史の支持者の意見も聞きたいのであるが。
神秘学系は強いんじゃないの?
160 :
没個性化されたレス↓:02/07/15 03:15
よーするに、このスレでアツく語ったユング支持者は、
揃いも揃って厨ばかりということ。
逆宣伝になったことは間違いない。藁
>>161 ユング支持者
(定義1)治療者としては、患者の幸福をほとんど考慮しない、
治療者としての片隅にもおけない、抹殺されるべき存在。
(定義2)理論家としては中途半端で、自らは何も生み出すことなく、
過去の人間の生産物をこねくり回すだけの存在。
ユング叩き厨が熱く語っています。
164 :
没個性化されたレス↓:02/07/15 04:25
ユングスレらしくなってきた
ゴキブリ君(w 大活躍
>過去の人間の生産物をこねくり回すだけの存在。
こねくり回すことすらしていなかったと思うが。
>>165 そこはそれ。嘘も方便。ちょっとは花を持たせてやらないと。
167 :
没個性化されたレス↓:02/07/15 05:20
義憤を気取ってるけど、私憤にすぎないとわかったに一票。あわれ〜
168 :
没個性化されたレス↓:02/07/15 05:47
あの方は、「洞察志向型心理療法」。
洞察志向型心理療法(=精神分析の知見にも価値を認める精神科医)
精神医学化した精神分析療法(=現実の精神分析家)
パラダイムとしての精神分析(=実際には存在しないし、理想の精神分析ですらない)
というロジックで語っていたように思う。
くどいようだけど、ユンギアンじゃないと思う。
洞察志向型not=心理療法not=臨床心理? 精神医学化した精神分析療法not=医師?
洞察志向型心理療法not=臨床心理? (ノットイコール記号でない)
>>155 湯浅泰雄ってどうよ?「ユング心理学と現代の危機」
心理学系の本じゃないね。内容についてコメントお願いします。。。
>>168 パート1にいた親ユング派の人間の中には、誰一人として、そんなまともそうで、
秩序だった発言をしていた人は居ませんでしたが。過剰評価しすぎでは?
173 :
没個性化されたレス↓:02/07/15 12:18
実験厨の趣味の王道は「切手収集」でしょう。
174 :
没個性化されたレス↓:02/07/15 12:21
そうだ。切手収集の何が悪い。切手の狭いスペースに凝縮された美が分からんのか。
175 :
没個性化されたレス↓:02/07/15 12:22
実験万歳・似非科学万歳・切手収集万歳♪
「楽器演奏、音楽鑑賞、読書、頭の良い人たちとの会話」が趣味ですが、何か?
今日はバッハ、昨日はブリテン、その前は、グレツキをBGMにして
仕事してましたが。
あ、ついでに、音楽だったら、アルビノーニも最高ね。
あと、食事を作るのも趣味だなぁ。俺、それで奥さんつかまえた。
心理学は全くの素人なんだけど、彼女のような「素人でありながら、
おもしろいモノはおもしろいといえる人間」を相手に、研究の話をして、
「それは専門家以外の目から見てもおもしろい」と言ってもらえる
研究テーマを探すっていうの、趣味だね。
178 :
没個性化されたレス↓:02/07/15 12:30
それはさておき、何故に「切手収集」で煽る?
179 :
没個性化されたレス↓:02/07/15 13:25
実験厨による煽りに不条理なのが多いと思うのでね。
無意味な煽りで対抗してるのさ。
180 :
没個性化されたレス↓:02/07/15 13:29
それと、あなたの趣味として挙げておくべきなのが一つ抜けてるぞ。
それは「自己顕示癖」というね。
181 :
没個性化されたレス↓:02/07/15 13:45
お前らもっとお母さんみたいにユングを語って下さい。
182 :
没個性化されたレス↓:02/07/15 14:18
ごめんね。ぼくちゃん。ユングおじちゃんはね、セルフをだいじに考えたんでちゅよ。いいこちゃんでちゅね。
じっけんちゅうっていうのはね、こわーい、こわーいちとたちでちゅからっ。
183 :
没個性化されたレス↓:02/07/15 18:13
あ?ぁ、わざわざ自分たちの手で、スレを荒らしてるよ。
こういうのをなんて言うか知ってる?
「手段の目的化」
だからもう罵り合いはやめろって!
◆スレ健全化のための提案2・煽り無視進行◆つーことで。
ちなみに提案1はブックガイド作成つーことで。
さらに提案3はマターリとサゲ気味進行つーことで。
185 :
没個性化されたレス↓:02/07/16 00:46
「手段の目的化」−趣味とはそもそもそういうもの。
私達はユング心理学を学び、実践し、誰かを援助しているのではなく、
ユング趣味に浸り、自己満足し、誰に対しても何も援助していないのですから、
余計なことは言わないことです。
186 :
没個性化されたレス↓:02/07/16 01:10
185は読み違いでは?
184の真摯な発言に1票。
このスレはそのためにあるのですから、
おまえら好きなだけガンガン煽りあってください
>>187 音楽談義で煙に巻くのもよろしいですね?
>>188 フルートも吹きたいだけ吹いて結構です。
>186 185はいちおう煽りのつもりらしいよ・・・
ぶっくがいどばんがいへん
初心者は決して触れてはならないユング本:『黄金の華の秘密』『心理学と錬金術』『宗教論集』
192 :
大牟田雄太:02/07/16 04:27
>>189 ホラも吹いてみたいのですがよろしいですか?
193 :
没個性化されたレス↓:02/07/16 08:48
>>187 >このスレはそのためにあるのですから、
>おまえら好きなだけガンガン煽りあってください
あい。了解。
194 :
没個性化されたレス↓:02/07/16 09:30
>>180 >それと、あなたの趣味として挙げておくべきなのが一つ抜けてるぞ。
それは「自己顕示癖」というね。
へえ。「クラシックが好きです。奥さんがいます。奥さんと研究の話をしてます」
っていうことを話すのって、自己顕示なんだ。つまり、180さんは、これら3つ
のことが人から羨まれるようなことだと思ってるんだね。
ふぅん。
>>187 音楽談義...フルートっていったら、パユはどうよ。
>>194 おまえの趣味など誰も知りたくない。
おまえの生活など誰も知りたくない。
老婆心と体育会の会話はスレちがいもといいところだが、面白いし勉強にもなるからまだ許せる。
しかしおまえのレスは面白くもなければ勉強にもならない。他人にはまったく無価値なレスなんだよ。
それを得々と書くから煽られてんだろ? わざわざくだらんこと書きこむな!つーこと。
そんなこともわからんのか?
>つまり、180さんは、これら3つ のことが人から羨まれるようなことだと思ってるんだね
おまえこそそれが自慢に値すると思ったから書きこんだんだろ(WWW
「奥さんつかまえた」って古くさい言いまわしは何? おまえいつの時代の人間なんだ?
20世紀前半からタイムスリップしてきたんじゃねーか? 今は21世紀だぞー!
198 :
没個性化されたレス↓:02/07/16 10:14
199 :
没個性化されたレス↓:02/07/16 10:15
音楽通を気どりたければクラシック(アーリー含む)だけでなく、現代音楽、JAZZ、一部のテクノなどなど
もフォローしろ。
200 :
没個性化されたレス↓:02/07/16 11:54
ユング通を気どりたければ古典派(アーリー含む)だけでなく、元型心理学派、対象関係論、一部の実験心理学などなど
もフォローしろ。
201 :
没個性化されたレス↓:02/07/16 13:05
よた話で200かよ。
202 :
没個性化されたレス↓:02/07/16 13:57
200を、よた話と言うキミは間違いなくオカルトユング厨。
204 :
没個性化されたレス↓:02/07/16 18:17
けどさぁ、そんなにユングの話がしたけりゃ、煽りを無視して
書き込みすりゃぁ良いじゃん。
200まできてんのに、たかだか、ブックガイドの話や
「こんな本はどうだ!」って、本を出し合うだけ。
結局、肝心の中身に関する話も、議論も、できないってことなのね。
能力の問題か?研究者or知識人としての。
205 :
没個性化されたレス↓:02/07/16 18:29
この板ってさあ、普段抱くような素朴な疑問とかを発言すると、すぐに攻撃をくらうんだよね。
「青二才はひっこんでろ」的な攻撃。
「そんな事くらいアレを読め」とかも多い。
こういう攻撃が創造性を奪うのは、すごく日本的だと思うし、この板に限ることではないが。
良いスレってのはある意味、創造的なんだと思う。
本物のユング派の専門家は、2チャンなんかでなく、山王研主催のセミナーなんかで、批判者とも積極的に議論してる(ようだ)。
それは、議論というより、異なる学派間の対話でしょうね。相互に批判しつつも、学ぶ姿勢があるからできること。
山王教育研究所の関係者もここに来ているが,何か?
207 :
没個性化されたレス↓:02/07/16 18:32
>>205 1のスレの立て方に問題があると思われ。
208 :
没個性化されたレス↓:02/07/16 18:33
>>205 しかたないっしょ。ここにいる人たちって、ヒステリックな厨ばかりだから。
「煽り無視」、「まったり語ろう」とか言っても、語るモノ、もってないみたい。
209 :
没個性化されたレス↓:02/07/16 18:43
そんじゃまあお題募集ということで。
でわ、
「趣味のピアノ談義」を続けてくれ。
もう秋田よ
ユングを叩く奴は感情機能劣等な奴が多いのでは?
で、オカルト厨は直観が劣等で感覚が優勢
どうよ?
>>212 だからそういうユング派しか分からん用語を振り回しても、
他の人はちんぷんかんぷんだから不毛だっての。
それ図を書いて説明しなきゃわからんことだろ結局。
214 :
没個性化されたレス↓:02/07/16 19:10
>>206 「関係者」てのが悲しい
205はパネリストや講師のことを言ってんの
>213
なるほど、もしかして
このスレに来てるユング嫌いな人たちと
対象についての理解の共有度が低いんだなきっと....
でもさー212で書いたことって
しったか素人レベルだよ?ちらっとユング心理学関係よめば
わかる用語と思われ......。
私はしったか素人厨だが
>>213は学部生さんかそれ以上の方と
お見受けするが?
>>215 そうだよな。このスレで理解の共有度は高いはずはないよな。(笑)
あのな、オタクによくあるパターンだけどな、小難しいことブツブツ説明してんだけど、
我々一般人には全然理解不能。挙げ句の果てに「ちらっとXX読めば分かるんだけどなぁ」
ってお前最初から説明するつもりなんてねえだろ、ってヤツいるだろ。
でも人によっては一般人に対してもちゃんと分かりやすく説明出来る人もいる。
一般人がどこまで理解しているのか予め知っていて、相手の様子を見ながら話を進められる人だ。
ユングの心理類型に話を戻すが、心理学徒なら内向と外向の区別くらいは一般教養として
学んでる。ただし直観、論理、感情、感覚を加えた類型については多くの概説書では触れていないし
学部生や院生でも知らないのが多い。他に学ぶべき事は山ほどあるしな。
もちろん興味のある人は知ってるだろう。でも、興味のある人にしかしらないことについて
議論するには、それなりの前説明が不可欠だろってことさ。ユングは一般に認知されていない。
だからその共通理解のためのブックガイドなんだよ。
ユングの基礎概念辞典をスレッド上に作れってのは無理な話だよ。
ブックガイドなんかしてもらっても読む気ないんだが。
読む気にさせてみ。
できるものなら。
216は、逆切れするユング叩き厨とは好対照なきわめて良心的な批判レス。
220 :
没個性化されたレス↓:02/07/16 22:12
C.A.マイヤー著の概説書読んだ人いる?
216はいい人だと思った
実はユング愛好家のなかでも
>あのな、オタクによくあるパターンだけどな、小難しいことブツブツ説明してんだけど、
>我々一般人には全然理解不能。挙げ句の果てに「ちらっとXX読めば分かるんだけどなぁ」
>ってお前最初から説明するつもりなんてねえだろ、ってヤツいるだろ。
なひとは嫌われてるんでわないでしょうか?
222 :
没個性化されたレス↓:02/07/16 23:31
それは、この板の中での話でしょう。
ユング愛好者でこの板に来てる人数は僅かではないか。
223 :
没個性化されたレス↓:02/07/17 04:22
へぇ。ここのユング厨は「俺、こんな本読んだ」、「この本どう?」といった
「本の紹介」しかやることないんだ。
このスレをその程度の情報交換にしか使わないなら、わざわざ、単独のスレを立てること
ないでしょ。何も「語る」ものを持ってないようだし。
>>223 このスレはあなた方全員のためにあります。
>>224 つまり、ひたすら煽りだけで、1000までいくスレだということですね...
それだったら、パート1と一緒やがな!
パート1ねえ。
絵に描いたような半可通学生ユング厨ばかりで、
何を言っても無駄だったよねえ。
有意義な情報だってあったのに、それを信用せずにバカにする始末。
ちょっと検索などして調べれば済むことなのに。
聞く耳持たないんだから、お手上げじゃないか。
228 :
没個性化されたレス↓:02/07/17 06:13
>226 ユングに興味のないひとにとって「有意義」な情報。
>223 ガイドは半分は「半可通ユング厨」よりも「ユングについて何も知らない(批判資格のない)ユング叩き厨」のためなんだけど?
煽り・叩きでなく、まともな批判できたやつ一人でもいるのか?
230 :
没個性化されたレス↓:02/07/17 07:08
>>229 叩くも何も、ユングなんて、歴史的な価値以外に、なにか知ってて
(現代心理学の研究をする上で)有意義なことなんてあるの?
「何もないから心理板にいるのもウザイ」というのが叩き厨の
考えなんだから、ユング厨の方に「いや、これこれこういう意義がある」と
主張すべきなんよ。
例えばさ、「現代素粒子物理学」を知らない人間が、「そんなの意味ないじゃん。
国家予算の無駄」って主張したとき、物理学者は、「素人にも分かるように
素粒子物理を研究する意義を説明」しなきゃならんのよ。
君たちが言ってるのは「おまえら、素粒子物理のことを何も知らずウザイ。
叩きたきゃ、俺達くらいに勉強してから叩け!」って言うのと同じこと。
この場合、ユング厨側に、「ユングを語る意義をわかりやすく説明する」
責任があるのは、当然だろう?
>>230 いいや、違うぞ。
彼らは、「いや、これこれこういう意義がある」と、ちゃんと主張したつもりなんだよ。
>>227 228のような反応ばかりだったんだよ。
「ユングに興味のある人」にとっても有意義なのにね。耳をふさいで聞く耳持たない。
みんな呆れていた。
「半可通ユング厨」は文字通り半可通が甚だしくて、しかも自信満々に滅茶苦茶なことを言うわけさ。
その滅茶苦茶の大半は、単なる論理の滅茶苦茶なんだから、
「ユング知らず」を含めて多数から突っ込まれていたわけ。
229が言っていることは全く逆で、「大抵のユング叩き厨」は、まあマトモな批判をしていたといってよい。
少なくとも「半可通ユング厨」よりはよほどマトモ。
旧スレが読めるようになったら、300番前後から以降を読めば分かる。
探検隊氏やロボ氏などが大ウケしている。
ところが「半可通ユング厨」の一人は、その300番以降をぜひ読んでくれって力説する始末。
笑い話にもならない。
とにかく、228=229のような輩にはいくら言っても無駄だということは御覧の通り。
そして、こう書けばまた228=229みたいなのが同じような幼稚な煽りを繰り返す。
こいつの場合はあまりにもひどいので、患者系だと思うね。
つまり、
>>226氏の言うとおり。
しかも「半可通ユング厨」は複数いたらしいというのが恐ろしい。
大人のユンギアンなんて来るわけがないというお祭りだったのさ。
確かに、231によるパート1の解釈は、その通りだと思うよ。
ただ、ここで問題にしたいのは「今、このスレに来ている親ユング派の態度」。
とりあえず、彼らがパート1の厨とは違う人間達だとしよう。
それでもなお、(このスレの)彼らは「ユングにどんな価値があるか」語ろうとしない。
「そんなのユングを読め。読まない奴に分かる訳ない」と言う。
彼らが、本当にわずかな文章/一言でもかまわないから「ユングには
これこれこういう価値がある」と語っているならば/その努力をしていたならば、
彼らは、パート1の厨とは違うだろう。
やっぱり「ウザイ!煽りたきゃ本読め!」って言うセリフは「平易な言葉で
ユングの価値を語ってもそれだけでは納得しない人間」に対して言うべきだと思うな。
とりあえず、このスレにおけるここまでの「ユング厨」は、その意味において、
パート1と同じ過ちを犯してると感じる。
ユング厨には
>>230を読んで欲しい。
234 :
没個性化されたレス↓:02/07/17 09:23
つまりこのスレを
ユングについて学んでる者の質疑応答や議論の場というより
ユングにまったく価値を認めない人たちへのユング布教のスレにしろっていうのか?
235 :
没個性化されたレス↓:02/07/17 09:29
というか、君たち、「ユングについて学んでる者の質疑応答や議論」なんて、
これまで「全く」してないじゃん。それなのに心理板でパート2まで作ってる。
本来ならオカルト板あたりが適当なのに。
だったら、「ユングに何の価値があんのよ?」って聞いてる心理板住人に
何か説明しても良いじゃん。
と、いうか、そもそも、どれだけ難解で偉大な思想だろうが、とりあえず
初心者向けに「こんな意味があります」って説明するくらい、出来るモンよ。
なんかこのままじゃ、「語れるほど何も考えてない」と思われても仕方ないヨン。
236 :
没個性化されたレス↓:02/07/17 09:39
↑ 別にそう思われても結構ですが、何か?
>>230 たとえば量子力学研究の意味を予算獲得用に説明する公的な場はちゃんとありますが、それは2chではありません。
また、しかるべき人に対し、それに合わせた説明すればいいのであって、不特定多数の素人がわかるように説明する必要もありません。
ということで、たとえが根本的に間違っていますが、何か?
237 :
没個性化されたレス↓:02/07/17 09:54
>>236 へぇ。そうなんだ。
じゃあ、がんばって「ユングについて学んでる者の質疑応答や議論」してよ。けど、全然、やってないじゃん。
238 :
没個性化されたレス↓:02/07/17 09:59
↑ なんであんたに強制されなきゃいけないんだ? 何やろうとやるまいと勝手だろ?
相当頭悪いね。
239 :
没個性化されたレス↓:02/07/17 10:02
part1でユング厨と言われている者にもおおきくわけて
1「臨床家として実践している者」、2「ユング教の狂信的な信者」、3「単に教養として学ぼうとしている者」などに分類され、それぞれ立場も主張も違う(とくに3と2とは対立する)。
また、同じ分類の者同士とて、知識量にも考え方にも違いがある。
立場も主張も知識量も違う複数の者の発言を無理に合成すれば矛盾した内容になるのは当たり前だ。
ユング叩き厨が「ユング厨には論理的整合性が欠ける」と指摘する際、しばしばこのような誤った操作に基づいていたとおもわれる。
確かにコテハンがあまり使用されていないことは誤解を招いた大きな原因で、この点は非が認められる。
しかし、数人が必要に応じて「私は**ではない」と言っても一部ユング叩き厨がまったく信じようとせず「無理に合成」しつづけていたことは否めない。
一部ユング叩き厨は、対話ではなくただひたすら叩くことだけが目的ではないのか?
>230 じゃあ聞くが、スキナースレで「オペラントってなんですか?」というような質問が許されるか?
実際、炭素とやらの「ユングはなんかフロイトと交流あったらしいよ」などという
発言にさえ、ちゃんとレスつけてやってるのにな…。
242 :
没個性化されたレス↓:02/07/17 10:23
「オレ達はユングの価値など認めない。この板にスレを立てるからにはオレ達に価値を説明してみろ」
ほとんどこう言ってるのといっしょ。つまり「オレ達の許可が必要だ」と。何様のつもりやら・・
>233 やっぱり「ウザイ!煽りたきゃ本読め!」って言うセリフは「平易な言葉で
ユングの価値を語ってもそれだけでは納得しない人間」に対して言うべきだと思うな。
つまりなんだ、オマエは「教えてクン」の変種だってことだ(W
244 :
没個性化されたレス↓:02/07/17 11:22
前スレからの参加者ですが…
>>242には同意。
思想のアクチュアリティというのは、それこそフロイトに対してのラカンのように、
創造的な読み方をする人物が続いて出てこないと寂れてしまうところがある。
ユングには、今のところそうした後継者がいないという気がする。
(ヒルマンやギーゲリッヒは、思想に偏りがすぎるので役不足に感じる。
ミンデルやグッゲンビュール-クレイグは結構いいと思うけれども…)
創造的な読みというのは、それこそ一流の思想家の能力を必要とするものであって、
そうそう簡単には出てくるものではない。
それをこのような場所で早急に求めたり、出てこないからといってすぐに価値を否定するとしたら、
それは思想の評価のやり方として、乱暴であるし適切でもないと思う。
せっかくのpart2、もっと丁寧に話をしていったらどうか?
245 :
没個性化されたレス↓ :02/07/17 11:23
続きます。個人的な考え方を少し。
まず、誰にとっても実用的で必要不可欠か、という意味で言うならば、
ユングにそんな価値なんかないことは明らかだと思う。
ただ、「人生の意味」みたいなものに悩む人にとって、
ユングがそれなりのアクチュアリティを持っているのも確かではないだろうか。
たとえば、ユングの元型理論にいろいろと理論的破綻があるにしても、
ユングが元型的というタームでくくることで取り扱おうとした、
強烈なイメージに圧倒されてしまう体験というのは実際にあるのであって、
そうした体験に関わる人にとっては、ユングはそれこそ生き方に関わるアクチュアリティを持ちうる。
ユングの評価に際しては、そうした部分を勘案しないといけないだろう。
あと、宗教心理学や神学、幻想文学研究など、
重要なツールとしてユングに注目している分野があることも事実。
ちなみに私の立場は、自分では
>>239 の3のつもり。
上山安敏『フロイトとユング』が明らかにしたように、ユングを追っていくと
19世紀末から20世紀にかけての思想状況についての独特の見取り図ができる。
これは様々な思想を相対化して考える際に、結構有効だと私は思っているのだが。
ユングは理論をそのまま鵜呑みにするより、理論の破綻した部分を追っていく方が、
かえってユングが何をしようとしたのかよくわかって面白いと感じる。
↑ 素晴らしい意見サンクス。
ちょっと時間がないので明日レスします。
こういうのをネタに議論しようぜ。
(答えるのに考えたり調べたりしなければならないので、ちょっと時間はかかるけどね)
247 :
没個性化されたレス↓:02/07/17 13:43
ユングは読み始めたばかりで、概念を説明しうるほどの理解を持ち合わせていないのは我ながら残念なこと。
自分の場合、ユングに興味を持ち、学ぶ価値があると思っているのは、一つには、245の意見にあった通りで、内的な経験を反芻するとき、ユングの記述に共感を感じたということ。
加えて、「元型のイメージに圧倒される」とまではいかなくとも、周囲の現実を理解するに当たり、「アニマ・アニムス、影、コンプレックス、共時性」等々の概念は有効だと実感している。
「それはお前が勝手に解釈してるだけ」と言われたらそれまでだが。
さらに付け加えるなら、自分が他の分野で得た知識とのつながりから、ユングの妥当性を信じる面もある。
他の分野とは(私の場合)、文学論や宗教論。
245の意見は、広く、より一般的な知識につなげて書いている。私の考えは極めて個人的な思考の範囲を抜けないのだが、245の意見に重なる部分があると思う。
という点で245さんに賛成。
ユングを創造的に読んだという点では河合隼雄を挙げられると思うが。河合の分析は「ユングの概念は日本人には、そのまま適用しがたい」として、新しい視点を導入していると思うが、どうでしょうか。
「アニマ・アニムス」を中心に取り上げたアメリカ人のユング派分析家の著書を読んだことがあるが、違和感が抜けなかったので、河合の言うことはもっともかと思う。
>>245,
>>247 気持ちはわかるが、それじゃあダメなんだよ。
>「それはお前が勝手に解釈してるだけ」と言われたらそれまでだが。
そのとおり。「それまで」なんだよ。
それが証拠に、結局>245や247のような感想文みたいなことしか書けないだろう?
君たちにとってユングは詩みたいなもんで、俺達はこの詩が好きなんだと叫んでるだけ。
パート1のユング厨に至っては、「この詩を認めないは糞」としか言えないやからだ。
まあ、詩なんだから勝手だがね。ただ、間違った知識を得々と披露したりするので哀れを誘うが。
同好の士と好きな詩について語るのは勝手だが、板違い、勘違いだろ、ってことだ。
>>246がどこまで「こういうのをネタに議論」できるか。仲間内のオナニーになるのがオチだろう。
ここは心理学板なので、かならず叩かれるし、それがただの煽りだと思ったら大間違いだ。
もっとも、それがわからずにただの煽りだとしか思えない厨ばかりなんだよな。
なぜかね?
君らの方向性ではやはり板違いであるから、文学板あたりへ行くべきなんだよ。
とにかく、文学板で同じ議論をしてごらん。
こことは対応が違うはずだ。
話の通じる人たちは多いだろう。
250 :
没個性化されたレス↓:02/07/17 15:49
確かにユングは文学に近接する一面がある。
しかし、実験心理学に寄与するところもあると思うんだが。
ユングを読んでみて、ヒントを得ることってないですか。
私の専門は心理学ではないけど、論理的に現象を認識することには限界を感じるし、ユングなど読むと意識的な思考に偏ることからバランスを回復するのに役立つと思う。
それと、直接にユングの概念を研究に用いるようなことはしないが、その研究の持つ意味とか、位置付けを自分で考える際に有効。
細分化された学問の枠内だけで、学問を考えるなら、こういう発想は生まれないかも。
まあ、私にとってユングは確かに愛好する詩のようなものだが、
そうではない切実さをもってユングに関わる人もいるという事実を私は言ったのだし、
そういう切実さをうまく拾っているからこそ、現に臨床の一理論として通じているのではないか。
この事実は、私の感想がどうであるかに関係なく、臨床心理上の問題であって、
十分にこの心理学板で考えるに値すると思う。
ちなみに、すでに哲学板のユングスレではたっぷり話をしてきました。
確かにあちらのほうが、ユング思想全般の話題には適しているような気はした。
252 :
没個性化されたレス↓:02/07/17 17:30
>>250 >確かにユングは文学に近接する一面がある。
しかし、実験心理学に寄与するところもあると思うんだが。
ユングを読んでみて、ヒントを得ることってないですか。
まさに重大なポイント!!!!
そうだろ?わざわざ心理板で「ユング」を語るなら、当然、
この側面について「語るべき」だろ?
だったら、当然、もっとあんたらの考えを聞かせて欲しいわけ。
>ちなみに、すでに哲学板のユングスレではたっぷり話をしてきました。
確かにあちらのほうが、ユング思想全般の話題には適しているような気はした。
そう思う。なぜ、ここまで煽られながら、あちらへ行かない?
>>252 哲学板で通用するほどの素養を持つ人間がほとんどいないから。
>>252 哲学板で通用するほどの素養を持つ人間がほとんどいないから。
たかがスレ立てるにも、闘い取れといわんばかりの粘着荒らしウザイぞ。
そういう神経症的、エディプス期的バイアスを押し付けるなって。
君はパパと闘ってろ。ママが待ってるぞ。
>>252 >なぜ、ここまで煽られながら、あちらへ行かない?
ユングが現に臨床の一理論として適用されているからだよ。
この事実がある限り、哲学や文学といかに隣接しようとも、ここで語っても構わないと思う。
むしろ、この事実があるのに、別のところへと排除しようとすることのほうが不自然。
257 :
没個性化されたレス↓:02/07/17 18:26
>ユングが現に臨床の一理論として適用されているからだよ。
反ユング(俺もだけど)の人は,これに文句があるってのが根本.
心理学板と言語学板が一緒だったころから,「ほんとに有効なのか?」
って疑問が出てるんだけど,結局納得できるデータは提示されず.
そのうち,ユング派から「データとして示せるものじゃない」って
発言がでて,みんな疲れて棲み分けるようになった.
ってことで,煽ってる人よ,
納得の行く答えは得られんぞ.
私も哲学板のユングスレにカキコしていた者です。
はっきり言ってあのスレは哲学板でも隔離スレでしたよ。
見ていた限り、どうも同じような人しか書いてなかったですしね。
元々、哲学思想としてのユング思想の評価は哲学界では極めて低い。
論理的整合性に欠けてますからね。
ユングと同じようにナチスに傾倒していながら戦後に評価を得た
ハイデッガーとは好対照です。
ユングに臨床側面と思想側面があるなら、心理板では臨床側面について
語られるのは賛成です。しかし思想側面についてはオカルト板で語られる
のが妥当だと思います。
どうも。
みなさん食傷なされている文献紹介に関してのことで、恐縮です。
220で紹介されているC.A.マイヤーの著書は、
簡明に要点を押さえてありますので素人にも大変分かりやすかったです。
252さんのおっしゃること、良く分かります。
同一の分野において、ある理論体系は必然的に他の理論体系に対し
排他性を持つのは当然のことで、その対立をいつまでも
議論という形で披露し続けるのは不毛なことでしょう。
避けようもなくここに立場の異なる方がいらっしゃるのですから、
ここをユング派のサロン的な場所にするのは不可能だと思います。
無論1さんはユング派の内部での煮詰まったところを議論したい
と意図したかもしれませんし、私もそれを想像してここへ来たわけですが。
しかし“哲学板へ行け”というのは言い過ぎと感じます。
この掲示板の暗黙の了解がどうあれ、
私のような素人がお邪魔をしていることを鑑みたとしても、
一学問領域内の議論そのものをカテゴリーから追い出すというのは、
乱暴ではありませんか。
その上で応用できるところだけ応用しようというのは、少し酷いと思います。
停止してしまう学問は無いのですから、もう少し寛容になれぬものかと
思いつつ眺めさせていただきました。
>>257 「データとして示せるものじゃない」で終わりにするのなら、確かにおかしい。
ユング派臨床が本当に有効かどうかについては、
今後きちんとデータをとっていく必要はあると思う。
心理臨床の有効性については、どの技法も
やらないよりは効果があるようだ、という調査結果が出ていたと記憶している。
私はよく知らないが、ユング派臨床もこのとき比較されたのだろうか?
あと、臨床技法は、治療結果に対してさほど寄与が大きくないという話もあったはず。
技法よりも、クライエントの資質や、偶然起きたことなどの治療外要因、
治療における人間関係のほうがはるかに寄与分が大きいとか。
ユングは特定の技法よりも、これらの寄与分が大きい事柄の重要性を早くから強調していたという点で、
かなり本質的なところを捉えていたと私は感じるのだけれども。
こういう部分は話にならないのかな?
>>258 その考え方自体が一面的であるとして、哲学板で問い直されていたんじゃなかったか?
だいいち、ユングにも関わりのある西洋精神史上でのオカルティズムは、
俗流のオカルトとは全く異なる、真正の思想の系譜のはずだ。哲学板で扱うのが妥当。
>>260 結論から言いますが、それだったら哲学板へ行って下さいな。(笑)
248 「間違った知識を得々と披露」
「何がどう」間違っているかはその都度「正解を示す」なり「論証・説明」してもらいたい。
勉強するために来てるんだから。ユング厨・叩き厨双方に有益だろう。
考え方の異なる者の視点からの意見・批判も受け入れる方が
単なるユングオタサークルよりは「健全」だとおもう。
263 :
没個性化されたレス↓:02/07/17 19:36
ユングは科学でなく思想だ、と認めたところで、
「広義の心理学」には思想的なものも含まれるんじゃないの?
264 :
没個性化されたレス↓:02/07/17 19:42
>262
「ユング間違えてるもん。言ってることおかしもん」
「ほう。どうしてかな」
「おかしいもん。ウザイもん…」
「で、どこがどうして間違ってると思うのかな」
「間違えてるもん」
いくら知識を振り回して偉そうにしてもその実態はアフォな消防なみ。
科学思想、臨床思想、臨床知などなど呼称は色々あるからね。
>264
「ユング好きなんだもん。言ってること正しいんだもん」
「ほう。どうしてかな」
「本読んだんだもん。正しいもん…」
「で、どこがどうして正しいと思うのかな」
「なるほどと思ったんだもん」
スレ読んでた俺にはそう聞こえたんだが・・・・
こういう煽りは幼稚園でも出来るし、お互いやめようや。
神話、伝説、宗教思想、哲学、文学などを心の構造を探る資料とする、
という方法論そのものは否定できないんじゃない?
問題はそういったものを資料にするかぎり、資料をフォローするだけでも膨大な手間を要するから批判にしろ支持にしろ有効にできるひとが少ないということ。
現在の心理学の主流からは外れ一種の思想や批評のようにおもわれるのもしかたがないということ。
もしユングが心を知る資料として提示した宗教現象について検討しはじめたら
途端に宗教板いけ、と煽られるのは目に見えている。
しかし、それでも方法論そのものは否定できない。
神話、伝説、宗教思想、哲学、文学などを心の構造を探る資料とする、
という方法論そのものは否定できないんじゃない?
問題はそういったものを資料にするかぎり、資料をフォローするだけでも膨大な手間を要するから
批判にしろ支持にしろ有効にできるひとが少ないということ。
現在の心理学の主流からは外れ一種の思想や批評のようにおもわれるのもしかたがないということ。
もしユングが心を知る資料として提示した宗教現象について検討しはじめたら
途端に宗教板いけ、と煽られるのは目に見えている。
しかし、それでも方法論そのものは否定できないとおもうが、どうでしょうか。
>「何がどう」間違っているかはその都度「正解を示す」なり「論証・説明」してもらいたい。
>勉強するために来てるんだから。ユング厨・叩き厨双方に有益だろう。
その通りなんだが、あんたのようなごく普通の考え方が出来ないのが半可通ユング厨。
パート1ではちゃんと指摘したんだよ。
そうしたら信じがたいことだが、指摘した内容を間違っていると言い出し、しかもバカにするわけだ。
だって本人達が無知で知らないことなんだぜ? 間違ってるなんて判断できんだろうに。
要するに
>>266の言うとおりで、幼稚この上ない。
聞く耳持たないのだから、からかって遊ぶしかないではないか。(藁)
>神話、伝説、宗教思想、哲学、文学などを心の構造を探る資料とする、
>という方法論そのものは否定できないんじゃない?
そういうのは方法論とは言わない。
それらを資料にして考えるだけなら誰にだってできる。
資料として“どのように扱うか”を考えるのが方法論。
その“どのように扱うか”の点で、ユングは思想や詩なのだと見なされる。
心理学ではない。
思想も詩も芸術も、心理学徒にとって有益になる場合が多いが、必須とは言えない。
早い話が、思想家や詩人や文芸評論家は心理を扱うことが多いが、
心理学の研究を行っているのではない。
心理学徒には参考になることも多かろう、ということでしかない。そして、それでよいのだよ。
>>268 それは現代心理学の方法論として否定されているんですよ。
「内観」による心理学は前世紀で終わっているのです。
心理学史を勉強してみて下さい。
幼稚なユング厨としては
>>264が典型的なパターン。
たぶんいつも同じヤツなんだろうが。
聞く耳持たない、学ぼうとしない、無知の知とはほど遠い、etc.
読解力がないので、ちゃんとした指摘を指摘と読みとれない。
話にならんのよ。
だれかユング支持派からも言ってやってくれないかね。
ヤツのおかげでユング叩き厨の注意がそっちにばかり集中してしまう。
>>271 内観報告の分析(プロトコル分析)は
認知心理学のひとつの研究法になっているが,何か?
そもそも誰も内観の話なんてしてないだろ。
274 :
没個性化されたレス↓:02/07/18 01:01
>>273 プロトコル分析は、被験者の内観報告としての発話データがあるだろ。
俺も少しはユングを囓ったのだが、271が言おうとしているのは、ユングの方法論というのはヴント以前の心理学の手法であって、被験者から採取した客観的データが無い方法論
だということを指摘していると思われ。
ユングの方法というのは、客観的データを示せない素朴内観法なんだよ。
しかも論理的思考よりも啓示に近い霊的直観のほうを優先させた記述が多いので、論理的整合性に欠けている。
だから心理学からはオカルトと言われるし、哲学からも相手にされてない。
275 :
没個性化されたレス↓:02/07/18 01:03
スティング好きが高じてユングが好きになり、心理学者になった人って
やっぱいます?
276 :
没個性化されたレス↓:02/07/18 01:18
stingはsoulを詞に盛り込んでるね。そういう関連?
それともstingが直接jung読者だってこと?
277 :
没個性化されたレス↓:02/07/18 01:44
>>276 あれ、以外としられていないんですねえ。
スティングはpoliceっていう物騒な名前のバンドにいたことがあります。
そのときのアルバムの名前はなんと"Sychronisity"!!!
もう、ユングの共時性そのものです。
そのアルバムのジャケットにはそのユングの著書を読むスティングの姿が写真に
載っています。
歌詞の内容もそれを相当に意識しています。
曲名にSynchronisityIとIIがあります。
278 :
没個性化されたレス↓:02/07/18 01:48
全員同時に脱獄した死刑囚どもが
全員同時にヘタレ化するのもシンクロニシティでつか?
>>279 なぜ柳は最初から毒手を使いませんか?
てか,蛾蛇虫や影慶でつか?
281 :
没個性化されたレス↓:02/07/18 02:33
>>277-278 stingとjungとの関連は分かった。
それは、この板では述べないほうが身のためだということも、よ〜く解る。
俺はユングとStingとの関連は知らなかったが・・・
なぜstingに魅かれたか,はっきり分かったyo.
282 :
没個性化されたレス↓:02/07/18 02:54
>>281 stingとjungとの関連は分かった。
それは、この板では述べないほうが身のためだということも、よ〜く解る。
なんで?なんで?なんで?
jungとジュンク堂の関係はどうよ
284 :
没個性化されたレス↓:02/07/18 03:12
ちなみにポリスのシンクロニシティの
前のアルバムはゴースト イン ザ マシン、
これはアーサーケストラーからの引用です。
何しろ一曲目の曲名は"We are spirits in the material world"
です。
285 :
没個性化されたレス↓:02/07/18 03:24
>>282 この板は学問板、というつまらない理由で、「学問的でない発言」は痛い目に合うという暗黙の掟がある。
それを知った上で発言したければ、どうぞ。
個人的には頑張って欲しいと思うがね。
286 :
没個性化されたレス↓:02/07/18 03:27
うーむ。なんとなくわかりましたが・・・・・
「学問的な発言」って、いったいどんな発言なんでしょうか。
たとえばロックバンドのドアーズなんてちゃんとUCLAあたりの
学究対象だったりしますよ。
ポリスだって、優れた音楽であって、詩であり、学究対象になり得るし
だとしたら、心理学が音楽などの大衆芸術に与えた影響なんかも
充分に「学問的」になるような気がするのですが。
ジャクソン・ポロックという画家はユングの影響を受けたと称しているらしいが、
正直、俺の目には落書きにしか見えない。
286が、正常な一般人の考えです。
289 :
没個性化されたレス↓:02/07/18 04:27
やれやれ、日本の学問にかかわっている人はなんとまあ、視野狭窄なんざんしょう。
日本のアカデミックな世界って本当に柔軟性0ですな。、
日本の大学って世界ランクだと灯台がやっと100位にかかるか、かからないかなのは
それが原因のひとつでしょう。
290 :
没個性化されたレス↓:02/07/18 07:34
>289 旧スレにも「オレ休廷」といってる者がいた。灯台か。
立花隆がホットな話題としているあの灯台(w
まあ立花隆こそトンでもさんという説もあるが。
292 :
没個性化されたレス↓:02/07/18 07:44
>>270 >>271 宗教心理学という分野が存在しており、ユングはその先人に数えられています。
確かにきわめてマイナーな分野ではあるのですが…
また、一方ではユング派臨床は現役の「臨床心理学」です。
いずれにせよこれらは心理板の扱い範囲内のはずです。
大枠で心理学と呼ばれるものには、こんなものも含まれるらしい、
くらいに認識してほしものです。
>270 「ユングは思想や詩なのだと見なされる。心理学ではない」
これはあなた個人他ユング叩き厨の「意見」や「感想」ではあっても
一般的真実ではないとおもう。
大学図書館に逝って「ユングとやら著作が心理学の分類に入ってるが間違ってます。
これらは詩の本だから文学の分類に入れなおしてください」とでも言えば、
司書さんはキティが来たとおもって労りのこもったレスをくださるでしょう。
294 :
没個性化されたレス↓:02/07/18 10:08
>>293 あなた、本当に手に負えないほどのユング厨なのね。
司書さんや一般人なんて、中身をろくに知らずに、「昔決められた慣習」に従って
ユングを「心理」に区分してるだけじゃん。実質的な中身をみて判断できないの?
elaboration liklihood modelとか思い出すよ。
「議論の内容が理解できない人は、権威とかどうでも良い情報に頼る」
ピッタリ当てはまるね。
内観が科学的方法論に乗らないというのはわかるにしても、
それで内観の重要性、ことに臨床心理における内観の重要性がなくなるわけではない。
ユングが文学に接近しているにしても、それは最初から文学をやろうとしたのではなくて、
患者の内観をいかに捉えて方向づけるかが臨床の上で重要だという立場から、
それを扱うのに必要な素材を探求していった末のことだと思う。
このあたりの試みも、心理学の範疇に入れてもいいように考えるが。
それと、ユングのすべてを「ユング」という一パックで取り扱うことはナンセンス。
フロイトにしても、ある部分は今日ほとんど顧慮されず、
ある部分はより精緻に発展され、ある部分は別の研究の源流となっていたりする。
古典的な理論というのは、そういうふうに細かく区分けして取り扱うのが妥当で、
一括りで肯定したり否定したりするのは、単に粗雑なやり方にすぎない。
少なくとも、「ユング」を一パックまるごと心理学板から排除しようとするのは、
冷静さのないイデオロギッシュな見解だと思う。(あるいは、最初から煽り目的とか)
クラーク『ユングを求めて 歴史的・哲学的探求』によれば、
「ユングについては、徹底的にやっつけて葬り去ろうとするもの、
ほめちぎって祭り上げようとするものの両極端に分かれる」そうだが、
いいかげん双方ともやめてほしいというのが私の感じるところ。
ユング支持派にも反ユング派にもいろんな人がいるんだが,わたしゃ別にユングの
著作を全否定してるわけじゃない.心理学,精神分析学,文学etcにいろんな影響
を良かれ悪しかれ与えてるだろ.それは歴史的事実(と俺は思う).
問題なのは,ユング支持派の多くに相対的,批判的にユングの著作を読んでいこうと
いう視点が見られないこと.ユングのしたことを検証しようとしないこと.
だから,ユング教とか文学とか言われてる.
反ユング派の人でユング全否定してる人も,似たようなもんだと思うが.
>>allユング厨(まともなの含む)
とりあえず、臨床的価値がないのはよく分かったら、どんな哲学的・文学的
価値があるのか、語ってよ。「ある、ある」だけじゃなくてさ。
>>297 改めて聞いておきたいのだけれども、
「ユングに臨床的価値がない」と断言できる根拠は何?
ユングに影響を受けた臨床が広く行われているけれども、
それが全く成果を上げていないということ?たとえば、箱庭療法は全くダメ?
技法の違いは治癒率にほとんど関係ないという研究結果が出ているのに、
敢えてユングのみが臨床的に価値がないという話はどこから出てくるのか?
何をもってユング派と見なすか自体、議論があって定かでないし、
ユング的技法のみで臨床をしている臨床家なんて、そんなにはいないはず。
ユングを断片的に取り入れている臨床家も多いだろう。
比較自体がたいへん難しい現状がある中で、
あっさり結論を出すのはただの暴論。もっと丁寧に話をするべき。
私が個人的に知っている臨床家にユンギアンはいないが、
ユングを読んで影響を受けている人は多い。
そういう人は、何でもいいから臨床に役立つものはないかと
必死に探し回った末にユングにたどり着いて、自分なりに取り入れている。
とにかく治さなきゃならないという切実さが現場にはあるのであって、
ここでどのように臨床的価値が言語化されようと、
これはいけると思う臨床家はユングを読み続けるだろうし、
使えないと思った人はあっさり捨てる、ただそれだけだと思う。
良くも悪くも、ユングに臨床的意義を感じて読む人は数多くいて、
批判も多いが、経験的に使えそうだということで実践にも取り込まれている。
ただ、実証的なレベルでの臨床的有効性に関しては、
現状ではまだ明確な研究がなされていないので何ともいえない。
これくらいの把握が妥当な線ではないのだろうか。
ちなみに、文学についてだが…
文学なんて、価値を感じない人にとってはゴミでしかないジャンル。
同時に、否応なくそれに関わって生きていくしかない人がいるジャンルでもある。
文学の価値をこれぽっちも感じない人に対して、文学の価値を語る言葉というのは存在しないし、
あったとしても、ただの戯言としてしか受けとらないだろう。
たとえば、ヘミングウェイの文学的価値なんて、いくら語られたところで
面白いと思わない人には全く通じないはず。
よくてせいぜい「他の文学者に影響があったんですね」と認めるくらいだろう。
(認めたところで、「その影響はくだらないものだ」と付け加えるかもしれない)
「文学の価値を言ってみろ」というのは、いかにも前者の側の発想で、
要するに、最初から文学の排除が目的である以外の何物でもない。
文学というのは、口で言える価値があるかどうかではなく、
価値があろうとなかろうと、それに関わって生きていくしかない人がいるもの。
そういう与件としての現状から始まっていくもののはず。
良くも悪くも、ユングの存在意義というのもこの構造の上にあると私は捉えている。
私は別に、価値の言語化を否定するわけではないが、
「価値を言え」という発言が帯びる政治性とか排除性は、
真正に議論するつもりなら、きちんと認識しておいたほうがいい。
さらに続き。話が長いのはご容赦。
ユングの思想的価値について、
>>295でも挙げた
クラーク『ユングを求めて 歴史的・哲学的探求』から引用しておきます。
〜〜〜〜
私の考えでは、現代思想に対するユングの最大の貢献は、精神 mind の実在性を認めた
ことにあり、心 psyche という観念を回復させて、それを肉体的世界と同等で相補的な世
界と見なしたことにある。ユングは、デカルト以来西洋思想につきまとってきた精神対肉
体という二元論に陥ることなく、伝統的な精神の概念を現代的な方法と用語を用いて再構
築して、それを、事物の自然の秩序──ユングの言葉によると、「宇宙の構造と調和した」
もの──の中に位置を占める何ものかとして捉えた。それと同時にユングは、精神をもっ
ぱら肉体の過程に還元しようとする現代の傾向を退け、心は肉体にしっかり根ざしたもの
だとしながら、一方ではまた、人間の心のモデルを作り上げ、心はより高い目的実現と精
神的充実に必要な場を備えているとした。
(若山浩訳、富士書店、p.10-11)
私の考えを付け加えると、西洋中世思想における小宇宙としての人間像の復活、
という側面がユングにはあると感じる。
近代以降の哲学の発想からすると、これはある種の後退であって、
だからこそ哲学の本流になかなか受け入れられないところがあるのだと思う。
302 :
没個性化されたレス↓:02/07/18 16:21
文章長すぎっ!!!
短文にまとめられないの?
297は299〜301を引き出すための自作自演か、さもなければユング厨の与党質問臭いな。
自作自演に思えるのは何故か分かるか?
それは、299〜301が、297の雑な問いに対して、見事に整合した回答をしているからだ。
これだけ整合性のある議論はなかなか成立しがたいから、自作を疑う人が出るのだろう。(単純なる荒らしかもしれんが)
少しさかのぼって見ると、297のような問いを発する人は継続的に出没してるのが分かるし、299〜301は 最近登場した「まともなユング愛好者」でしょう。
297だけど別人よ。
>>299-301 サンキュ。とりあえず、質問に煽りや意味不明のイデオロギーを主張
するのではなく、この手の反応を取る人がでてきた以上、このスレはパート1
の轍を踏まずに済むかも。
>>臨床価値
とは言え、論理的に考えて「治療家が参考にしている」だけじゃなく、
「参考にした治療家の治癒率が統計的に有意に高い」のでなきゃ「臨床について」
語るのはムリだと思うよ。ユングをここで語るとしたらそれ以外の部分でしょ。
>>文学
語ってよ。主観的に価値付けが決まる領域の話をしてるときに、
語るだけ語らせておいて「科学的な価値がない!」なんて、土俵を
ひっくり返すようなまねはしないよ。
「文学だろうが神話だろうが、聞いてて“ほう”と思える部分があれば、
意味不明の独り言に陥らなければ、“何か”あなたの言葉を伝えようと
しているならば」--パート1の人たちは、そういうことをしてなかったら
非難されてただけ。
「文学を語る」ことそのものに問題がある訳ではない。
>>歴史的価値
真面目な展開求む。これって本当なのかな?あなた、前でも、こんな
話を書いてなかった?
けど、哲学者ならぬ心理学者の目からみて「精神の実在性」のとこだけ
取り出せば「本当に他の人はいないの?」と思うし、心身二元論への抵抗
というとこを取り出せば「本当にそれがユングのメインな主張なの?」と思う。
だが、後者は重要。なぜならば、近年の心の哲学の興隆=心身問題を扱い
心の存在基盤を問う学問の急速な発展に伴い、心身二元論への挑戦は、
ホットなトピックとなっているから。
あんたたちが「ユングの考えていたことをもてあそぶだけじゃなく、
実証的、論理的にそれを発展させようとする」かつ「ユングの言ってた
内容」次第では、オカルト板に行かずとも、充分、話を発展させられる
可能性はあると思うけど。
ともあれ、1,300もレスが消費された後で、やっと、まともな人が来た
(らしい)ことを、ひとまずは祝おうか。
>>304 願わくば244がまともな愛好家からまともな臨床家になって欲しいものですな。
307 :
没個性化されたレス↓:02/07/18 20:41
>>244文学なんて、価値を感じない人にとってはゴミでしかないジャンル。
同時に、否応なくそれに関わって生きていくしかない人がいるジャンルでもある
これについてはユング抜きに言わねばならないことがあります。
アメリカはともかく伝統ある西欧の国々では文学や哲学の素養は
エリート、文化人、教養人と言われるような人々のあいだでは必須なのです。
古典といわれるような作品、巨匠といわれるような著者の著作について
知らないことがバレたら大恥です。
政治家でも科学者でもちゃんとおさえるところはおさえているもので、
演説などの際にも古典からの引用を入れたりするのが普通。
日本は本来伝統的な文化国家であったのに昨今のしゅう落ぶりはなはだしいものがあります。
その象徴とさえ言えるのがM前首相。サミットでも全世界に恥を晒してしまいました。
日本がDQN国家と馬鹿にされないためにも少し考え直してください。
>>307 しゅう落って何だよ?
凋落(ちょうらく)じぇねえのか?
おまえもDQN国家の立派な国民だ。
>>301 おいおい、その引用部分は普通に読めばかなり変だぞ。
>現代思想に対するユングの最大の貢献は、精神 mind の実在性を認めたことにあり、
>心 psyche という観念を回復させて、それを肉体的世界と同等で相補的な世界と
>見なしたことにある。
相補的に捉えようが対立的に捉えようが、「精神の実在性」を認めるというのなら、
こういうのを心身二元論と言うのではないのか。
一方、
>ユングは、デカルト以来西洋思想につきまとってきた精神対肉体という二元論に
>陥ることなく、・・・
上では二元論を唱えたと言い、こっちでは二元論に陥ってないと言う。
どっちだ?
どうやら、「相補的な二元論」と「対立的な二元論」とがあるということかな?
二元論に挑戦したのではなく、「対立的な二元論」ではない「相補的な二元論」を唱えたということか。
だとしたら、そんなどっちにしてもありふれた二元論がなぜスゴイことなんだ?
さらに引用部分の後半などは、よくありがちな礼賛文(つまり情報量ほとんどゼロの)でしかないようだが。
全体としても重要な情報はほとんどない内容だし、そもそもユングのみに特有の事かよ、と。
これでは、ユングもクラークも、読んでみようという気にはとてもなれないぞ。
つまり、こういう“不適切な部分”を抜き出して、「どう? すっごくいいでしょう?」といわれているようなもので、
これでは引用者のセンスが疑われるし、ユングかクラークかのどちらか(または両方)もマヌケにみえてしまう。
ということに気づくべきではなかろうか。
>>307 誰かのように「トリスタン」や「指輪」や「パルシファル」のスコアからライトモチーフをピアノで探るぐらいのことは当然できて、
北欧神話やキリスト教や優性思想やニーチェやドイツ浪漫主義について少々蘊蓄が出来、
ユンギアンにとっては話題の宝庫と言えるワーグナーの世界について長々と語れるようになったら、
まあ人様を無教養呼ばわりするのも勝手だが、
「ジュウヨウなんです」「すっごいんです」などと繰り返しているだけだから、
内容の伴わないただのお子様だと言われるのだ。
そういうのはもうパート1だけよい。
すこしはマトモかなとかすかな期待の持てそうなのが来ているのだから、お子様はもうここには出てくるな。
>>307 誰かのように「トリスタン」や「指輪」や「パルシファル」のスコアからライトモチーフをピアノで探るぐらいのことは当然できて、
北欧神話やキリスト教や優性思想やニーチェやドイツ浪漫主義について少々蘊蓄が出来、
ユンギアンにとっては話題の宝庫と言えるワーグナーの世界について長々と語れるようになったら、
まあ人様を無教養呼ばわりするのも勝手だが、
「ジュウヨウなんです」「すっごいんです」などと繰り返しているだけだから、
内容の伴わないただのお子様だと言われるのだ。
そういうのはもうパート1だけよい。
すこしはマトモかなとかすかな期待の持てそうなのが来ているのだから、お子様はもうここには出てくるな。
男は黙ってフルトヴェングラー。
饒舌で悪かったな。>ロボ
泣きながらラフマニノフを聞いた者にしか本当の哀しみは分からない。
>>309 同感する。
言い換えればユングは、精神の実在性などといった無根拠な理屈をふりかざし、
心身二元論を超克するキワモノ理論である共時性理論を提唱した、ということ
に過ぎないのだ。
>>310 またもや内容の無い単なる煽りですな。もういいからお前出てくるな。
>>314 私は309=310だが、「同感する」と言いながら「もう出てくるな」とは、
喧嘩を売ってるのか?
316 :
没個性化されたレス↓:02/07/19 00:52
317 :
没個性化されたレス↓:02/07/19 01:37
相変わらずユングの価値を証明できなければこの板から消えろといいたげですが…
>>292のように「宗教心理学」「ユング派臨床」「原型心理学」などはマイナーな分野ではあるにしろ「心理板の扱い範囲内のはずです。大枠で心理学と呼ばれるものには、こんなものも含まれるらしい、
くらいに認識してほしものです」というのは間違ってますか???
間違っていると言う人も少なからずいるというだけの話。
「しーんじらんない。ばっかじゃねーの」と言う前に、基礎系がなぜそう言うのかを考えろ。
基礎系の人にとっては、自分の依って立つ方法論やメタ理論に関わることなので、
そう簡単に、「はい、いいですよ」と言い切れない人は多いということは理解してやれ。
頭が固いからそうなるのだというよりは、学問に対して誠実だからそうなる。
基礎系の性向みたいなもんだ。
そこが理解できないと、心理学=臨床心理学と思い込んでいる素人厨房と変わりはない。
臨床系なら、「学問に対して誠実」であることは第一条件ではない。クライアント第一、現場第一だろう?
「宗教心理学」の立場は? 存在さえ認知されていないような・・・
>>318基礎系の性向
とはいってもだからといって排除にかかるのは違うと思うんだな。
学問に対して誠実といっても、
自分の分野と相容れない分野の存在すら認めることが出来ないというのは
なんか「頭の固さ」を通り越してると思うんだな。
ところが、臨床系でもないただの半可通文学少年が、
なにやら熱くなっておバカな大言壮語をフカしているわけだ。
ガキのクセして偉そうに何やら言ってるんだが、
よく聞いてみると(よく聞かなくてもわかるんだが)、まるで無内容。
教え諭そうとすると、なぜか急に発病する。
その発病ぶりが第三者には面白いので、大喜びで相手をするヤツも後を絶たない。
もういいかげんにしてくれと。
中にはまともに議論できるやつはいないのかと。
幼稚な煽りで議論を避けずに、大人として語ることのヤツはおらんのかと。
しかし、大人はわずかながらいるらしいんだが、やはりこの板のユング派の議論はほとんど無内容なのだ。いまのところは。
>320
だから、神話や思想や詩として存在してろ。
まあこれが結論ということだな。
ユングスレは心理板では立てるなと。
>>320 そんな言い草はもういい。
ユングもフロイトもラカンも、基礎系にとっては、「自分とは相容れない分野」“ですらない”のだということがまだ分からないのか?
「相容れない分野」なら、批判の対象としてみているわけだ。逆説的にその存在を認めているとも言える。
認められなくて何か文句があるなら、ちゃんと「語る」ことだ。
語るべき内容を考えるべきだろう。
そうし始めている人が2,3人出てきたのだから、語れない者は沈黙すべし。
ユングスレは心理板では立てるな改め
深層心理学・精神分析スレは心理板では立てるなと。
では「精神分析板」の設置(心理板からの完全隔離)を検討するのが双方に有益ではないか?
さかんに文学やその他を引き合いに出しはするが、
固有名詞の羅列と「すごいんだぞー」ばかりで、結局はそれもまた無内容。
この板にはそっちの方面も詳しい教養人もいるようなので、
具体的な話をしてみればよさそうなのに。
老婆心氏はワグネリアンを自称していた。これはむしろ餌を投げているのだ。
私も310で同じ餌を投げている。
なぜ食いつかない。
食いつけないのは、語るべき内容がやはりないのだろう。
とにかく、ユングが好きなら、もう何もここでは語るな。何もレスするな。
パート1での幼稚な反応、稚拙なレスのおかげで、ユングとユング支持者のイメージは極めて悪い。
しかし、このパート2では、もう少しまともな人が複数いるようだ。
彼らが大人として頑張り続ければ、さらにもっとまともなユンギアンが来てくれるかもしれない。
ユンギアンの中にはかなりの教養の持ち主がいると予想されるので、そういう人の話を聞いてみたいのだ。
327 :
没個性化されたレス↓:02/07/19 15:33
しかし、現実的にはユング心理学を必要としている患者もいるわけだし、
これだけでも、ユング心理学の存在価値があるとおもう。
ユング派でやってみて「オカルトっぽくて合わない」思う患者がいれば、
自然に別の先生もとめて離れていくのでそれはそれでいいと思う。
患者としてはいろんなタイプの心理学があったほうがいい場合もある。
同じことが占いや宗教やインチキセミナーにも言える。
占いや宗教やインチキセミナーは心理学的研究の対象にはなるが、
占いや宗教やインチキセミナーがイコール心理学なわけではない。
なぜユングに傾倒する人がいるのか,
ユングの何に引かれるのか,
ってのは,面白い話題になるかもしれんな.
331 :
没個性化されたレス↓:02/07/19 18:31
>しかし、現実的にはユング心理学を必要としている患者もいるわけだし、
というよりは、その「治療者=特定の人間を」だろ。
332 :
没個性化されたレス↓:02/07/19 19:51
いぬは人につく
ねこは家につく
私はねこの方かも
フロイトがヒステリーで理論をつくって
そのあと躁鬱で検証した人間もいれば
分裂で検証した人間もいるという話
334 :
没個性化されたレス↓:02/07/19 20:04
私は非定型だったんだけど、急性の極期のときあたりの体験の
意味がなんて考えはじめたとき、ユング心理学の分析家を必要と
したわけ。今から考えるとずいぶん危なっかしい面接だったけど
非定型の異次元のような体験に一応のわたしなりの理解が得られた
わけで、まあ、かりそめの理解にすぎないのだけど、
それでもずいぶんと落ち着いたというわけ。
えー、患者らしいひとのレスがついてますが、
それはそれとして「ユングは学問ではない」という批判について。
ユングは多くの問題提起を残した。ろくに検証も解決もせずに
ともかく多くの問題提起をし、多くの仮説をだした。つまりアイデアだけは豊富だったのだ。
解決せずに逝ってしまったので、学としての完成度は低いのは否めない。
その完成は弟子たちの課題となったのだが、ユング自身に匹敵する素質をもち
解決力のある弟子というのが残念ながら今のところ出てないのだ。
原因は、西欧における「ナチス関与という負のイメージ」と
このスレでも何度も確認されているように「心理学」の概念が
多分戦後(50年代以降?)あまりに変化したことではないかな。
ユンギアンの中にはかなりの教養の持ち主がいると予想されるので、
そういう人の話を聞いてみたいのだ
とにかく、ユングが好きなら、もう何もここでは語るな。何もレスするな <326
自分の欲望を他人に押し付ける、尊大きわまる「そんな言い草はもういい」(324)。
ユングは多くの問題提起を残した。ろくに検証も解決もせずに
ともかく多くの問題提起をし、多くの仮説をだした。
つまりアイデアだけは豊富だったのだ。 (335)
ユングに限らず、フロイト・ラカンも、
プロフェッショナリズム―スペシャリストに対するところの、
アマチュアリズム―ゼネラリストの系譜に属している、
とはよく言われるところ。解釈学だし、当然と言えば当然。
非人間的なものを人間化するための学問なのだから。
>非人間的なものを人間化する
オマエ、意味分かってるのか?
>>336=337
餌を食わずにハリに食いつくバカがどこにいる。
カワハギだって餌だけ食ってハリは避けるんだぞ。
>>338 意味わからないのか?オマエ
俺はわかってるがね。。
341 :
没個性化されたレス↓:02/07/19 23:54
>>339 “操作的”な他者とのかかわりがお好みらしいな。
「コントロールしてやろう」なんて、いつも考えてるのかい?
キショク悪い。俺は引くねぇ〜。
342 :
没個性化されたレス↓:02/07/20 00:04
>カワハギだって餌だけ食ってハリは避けるんだぞ。
良く知ってるねえ。そうなんですよ。
339を読んで341のようなレスを書けるとは、素晴らしい深読みですな。
しかも、“操作的”という語を引用符でくくるあたり、
なにか特別な意味で使っているようですが。
おや、同好の士かい?
逆にワカサギなんかは餌無しのカラバリでハリに食いついてくる。
この場合はハリを餌だと勘違いしているだけなんだろうが。
339の場合は,わざわざ餌を避けてハリだけ食いつているわけで,
珍魚といえよう。
カワハギはどんな料理法でも美味な魚だが、やはり冬場の肝和えは絶品だ。
カワハギはすぐに沖締めしたものを手に入れたい。
そうしないと身に血が入りピンク色になる。
あれをカワハギの身の色だと思っている人がいるが、
本当は白く半透明な美しい身なのである。
御近所に釣り師がいたら、日頃から仲良くしておくべきである。
私もそのおかげでグルメができるというものだ。
たとえ釣り師がユング厨であっても、仲良くしておくべきであることは言うまでもない。
肝はサッと湯通ししてから醤油かポン酢醤油と合わせておくとよい。
身は非常に固いので、三枚に下ろしてから一昼夜以上冷蔵庫で寝かせておこう。
締めたばかりの魚が一番旨いわけではないのだ。
翌日でもよいが、翌々日でも良い。
固すぎる身も適度にしっとりとしてきて、旨味も甘味も芳醇になり、味が何倍もよくなる。
薄切りが基本だが、身は多少柔らかくなっているので、ふぐ刺しのようにする必要はない。
さて、洒落た中皿に数人前を盛って、食卓の中央に置こう。
皆ニコニコしているに違いない。
2切れ3切れほど箸に取り、身の美しさを愛でつつ、
いよいよ濃厚な肝ダレと和えて、口の中へ入れてみようか・・・・
至福の一時となることは保証する。
ただし、冬まで待たねばならんのだが。
↑我ながら、なかなかの名文に仕上がったと思うがどうか。
ユング厨とも喧嘩をせずに仲良くしておけば、やがて幸せが訪れる日も来るだろう、
という希望に満ちた美しいメッセージが隠れている点などは、特に泣かせるではないか。
「ユング厨」の部分だけ差し替えたコピペにしか見えないという罠
あ、人がせっかく時間かけて推敲したのに。
ひどいではないか。
しかし、言われてみればそう見えないこともないな。
(鬱)
349 :
没個性化されたレス↓:02/07/20 02:23
アーノルド・ミンデル(アメリカのユング派分析家)の著書より引用です。(『プロセス指向心理学』)
「物理学において現在起こっている革命は、心理学や神話学との間の境界線を消し去ってしまうように思われる。
物理学者も、因果論的思考の専横的な性質を吟味してきており、世界に対する私達の最も常識的な概念の有効性に疑問を投げかけている。
最も基本的な粒子と自然の原理を三千年以上にもわたり探求してきたあげく、今や科学者たちは原子という考え方が幻想ではないかと考えている。
最先端の思想家たちは、物理学の理論は、人間のパーソナリティの反映であると理解している。
・・・・・・
量子論のような物理学的な概念、・・そして集合的無意識や共時性といった心理学的概念を結びつける共通の筋道があることを推測することは可能である。
この筋道は、物理学と心理学という二つの科学が出会う場を想起させる。
しかし、共通の場へのアプローチは困難なものである。
・・・・・
にもかかわらず、この二つの科学を架橋させる試みは行われている。」
私なりに咀嚼するなら、ユングが呈示する世界観・世界認識が、量子論の示すそれに近接してるのでは、ということ。
ただし、誰かの発言にもあったように、ユングは、文学的な形式によってアイデアを呈示したまでであって、学問としての体系・体裁を取っていない。
そして、私が疑問なのは、実験心理学に取り組む方々は、物理学(量子論)による世界認識を、自らの学問に、どのように取り込んでいるのだろうか、ということ。
私は心理学は専門外の素人で、間違ってたら申し訳ないのだが、実験心理学にユングがヒントを示しうるなら、ミンデルが述べているような方向なのではないか、と思う。
余計なことだが付け加えると、「ユング厨なら語ってみろ」として提出された題材には偏りがあると思う。
私がユングを読み進めていく上で、関連して「読みたい」と思う分野は、例えば老荘思想や、仏教その他の宗教学などであったりする。
それに、日本文学を読む上でも、ユングの概念が理解を深めてくれることもある。
何より、日常の生活に生きていると、それを非日常的に捉えなおして理解する視点を提供してくれている。
つまり、先に示されたワーグナーその他の「教養」以外にも、ユングを学ぶことが意味を持ってくる分野と精神的な豊かさの鉱脈はありうるということ。
>>345 一瞬名のある料理評論家か誰かの書いた文章(のコピペ)
かと思ったほどよく書けてはいるが、ユングスレに書く必然性が無さすぎだろ
>>349 あちゃ。
とうとうやっちゃったよ、この人。
よくある典型的なトンデモではないか。
物理板へ行って意見を訊いてらっしゃいな。
>350
ふむ、それはそうなんだが。
ま、誉めてくれたのでツッコムのは遠慮しよう。(^^)
それよりも>349はツッコミどころ満載だが、トンデモ?
>>349 余計なことだが、
前スレでワグネリアンを自称するユング厨がいたのだよ。
老婆心たちはそいつをおびき寄せようとしたわけだな。
キミの場合は、「残念ながらワーグナーのことはよくわかりません」と言えば済むんだが。
で、>349は量子論の世界観をどのように理解しておるのかのう?
当然説明できるのじゃろうのう?
>>349 >最先端の思想家たちは、物理学の理論は、
>人間のパーソナリティの反映であると理解している。
この部分だが、ミンデルさんは、そして349君は、
どういう「最先端の」思想家のどういう思想を想定しているのかな?
社会構築主義かな?
それともクワインの「自然化された認識論」かな?
それとも・・・?
ところでミンデルはアインシュタインの相対性理論について何か書いてないか?
357 :
没個性化されたレス↓:02/07/20 04:27
>349私がユングを読み進めていく上で、関連して「読みたい」と思う分野は、
例えば老荘思想や、仏教その他の宗教学などであったりする
日本でユングが受け入れられ広まったのは、
東洋思想に通じるユングの考え方に親しみやすい土壌があったから。
仏教などと関連づけて論じるのは日本でのユング研究の得意とするところだ。
(ナチ・アレルギーが深刻でないというのも好条件だった。)
また、アメリカでもユングの受容は戦後の東洋ブームとリンクしている。
349さんのアプローチはこのような傾向の典型。
358 :
没個性化されたレス↓:02/07/20 04:32
351「典型的なトンデモ」と呼ぶからにはキッチリ論破してあげてくださいねー。
よくある意見だけにどういう欠陥があるか知っておきたいです。
魚レス、イイ!
最先端の物理学者で老荘思想に目覚める人が多い、ってな話はききますね。
ホント?
361 :
没個性化されたレス↓:02/07/20 04:49
湯川秀樹?
>>349 物理学とユング「心理学」を勝手に結びつけるのは結構。
それが客観的データと厳密な方法論ぬきであっても結構。
主観的体験と恣意的解釈で構成された感想文を論文とするのも結構。
問題は、それで実際何が出来るのかということ。
それでロケットでも飛ばせてくれたら俺は信じてあげるよ。
ただしキミの頭の中でいくらロケットを打ち上げられても俺には分からないけどね。
いやはや、真面目な方だけにトンデモ呼ばわりは気の毒ではあるが・・・
それにしても引用が下手だな。
引用部分まで「すごいんだぞー」の羅列かい。
言葉に酔っているだけで、情報量がほとんどないではないか。
まあ、量子力学と心の関係云々には色々とトンデモがいるということは知っておるんだろうな?
知らんのなら、疑似科学やトンデモで検索してみ。
不適切な引用の危険性は
>>309ですでに指摘されただろうに。
あの意味不明の「二元論」云々にけりを付けてほしいものだが、どうする気だ?
不備をマトモに指摘してもらってるのに無視か。
それと、
>ユングが呈示する世界観・世界認識が、量子論の示すそれに近接してるのでは
とだけ書いておいて、どのように近接しているのかまるで述べてないのだから、
論破も何もないではないか。
ちなみに、
>にもかかわらず、この二つの科学を架橋させる試みは行われている
そう、単に物理学と心理学ということなら、たしかに行われていると言えなくもない。
地道な基礎研究からトンデモの妄想に至るまで。
それよりも、
>>345-346にどう答えるのか興味がある。
引用部分の他の事例についても解説してくれい。
できるものならやってみろだが、大風呂敷を拡げた以上はできないと相当にカッコワルイ。
ついでに、
>実験心理学にユングがヒントを示しうるなら
不思議でならないんだが、
逆に、「ユング派に実験心理学がヒントを示しうるなら」となぜ考えない?
ユング以降ほとんど発展してないらしいのがユング派なんだろう?
こっちはヴント以来100年余、けっこう発展しているので、
ヒントになるのはいくらでもあるはずなんだが。
だまされたと思って学んでみてはどうか。
>>305 丁寧で真摯なレス、ありがとうございます。とても嬉しいです。
(ただ、私、実は最近現れたわけではなくて、
前スレでも盛んに書き込んでました。。。)
できる限りで返事を書いてみます。
レス長くなるので(申し訳ない、文章下手だと思ってご容赦を)、
テーマごとに順に分けて書いていきます。
臨床の話題に絡んで、少しだけ追加。
私はユングは好きだが、実はユング派の臨床はあまり好きではない。
バリバリのユンギアンの書いた臨床の文献のほとんどは、なんて言うのか、
「ついてけないな」と感じるものばかり。
というか、ストーではないけど、ユング自身にも時には「ついてけない」と感じる。
私が面白いと思うのは、普段はユングとは全く別の臨床スタイルを持っている人が、
「何かもう一つほしい」ということでユングを断片的に参照しているようなもの。
これは全く私個人の印象だけれども、こういう人のほうが
ユングから有効な(と思える)部分だけひっぱってくるという点で
本流のユンギアンよりも、自然にうまくユングを受容しているように感じる。
こういう折衷型の臨床家たちを見ていった方が
これからのユングの臨床的意義を考える上では意味があるような気がする。
バリバリのユンギアンというのは、ユングの受容としては
むしろ極端な形態に属するとしておいたほうが適切かもしれない。
ユングの文学的価値ということになると、人ごとに受け取り方が相当に異なるので、
そこに共通する何かを取り出して一般論化するのは難しいと思う。
ただ、多くの文学者にインスピレーションを与える素材となっていることと、
文学をはじめ人文科学研究全般で方法論として採用されていることは、まず確かだろう。
具体的にどんな文学者にどんなインスピレーションを与えたかについては、
前スレでのトーマス・マンから始まって数多く様々なので、ここでは割愛。
文学研究の方法論としては、童話の分析とか、幻想文学の読解に影響が大きい。
特に、象徴論と元型論がよく援用されているようだ。
たとえば、イギリス文学者で幻想文学研究の大家、故・由良君美が大のユングびいきで、
ユングの元型論は幻想文学の読解にとってたいへん有効なツールだと言っていた。
とはいえ、いたずらな適用は、単にユングのタームを事象にあてはめて
事足れりとするだけのものにしかならないので、ここは注意が必要。
このほか、宗教研究では、宗教の直接体験そのものを取り扱う方法論として、
批判にさらされながらも、いまだ大きな意味を持っている。
また神学者が、ユングの宗教論をたいへんよく参照している。
ひとつ面白いので雑ネタを挙げておくと、ジョージ・ルーカスが「スター・ウォーズ」の制作にあたり、
神話学者のキャンベルから「光と闇の戦い」のモチーフをもらったと言っていること。
キャンベルは、ユング理論に強く影響を受けていて、「光と闇」のモチーフ解釈もユングに近い。
つまり、「スター・ウォーズ」の源流のひとつがユングになるわけ。
ユングが扱っていたテーマは、確かに、思想史上で他に扱っている人がいないようなものではない。
むしろユングは理論的には、既存の思想の雑多なパッチワークという面がある。
しかし、そんな中にユングならではの独特の部分というのも確かにあると私は思う。
たとえば、これは哲学板でも出した話だが、象徴研究ならカッシーラーのほうが
ユングよりもずっと深く幅広く、論理的かつ精緻であるのは間違いない。
ユングのほうがカッシーラーより優れている面があるとしたら、
象徴の直接体験のリアリティがたいへんうまく描写されていることだろう。
まさにその部分こそが、カッシーラーではなくユングのほうが
臨床現場や文学領域で幅広く援用されている理由になるだろうし、
また、良くも悪くもサブカルチャーと関わりの深い部分でもある。
ユングの理論上の整合性がよく問題にされるが、
そうした批判の仕方ばかりでは、このあたりのユングの肝心な部分、
実際に大きく受容されている本質部分が議論から落ちてしまう。
私個人の感じ方で言うと、ユングは理論そのものよりも、
そこに見られるアイディアとか視点とかのほうが、ずっと面白いし意味深い。
先に挙げた、断片的にユングを受容している臨床家たちというのも、
まさにこのアイディアや視点こそを受け入れているように見える。
私や、そうした臨床家たちのような人にとって、ユングの理論が不整合だという批判は、
「不整合なことぐらいわかってる。得られるところをもらっているだけだよ」ということで、
あまり実効性がないというか、どこか的はずれに感じられるだろう。
クラークも指摘していたが、ユングは決して優れた思想家というわけではない。
しかし、語る価値がないほどつまらない思想家というわけでもないと思うし、
見解の賛否は別にしても、様々に重要な問題と正面から取り組んでいた。
きちんと追っていけば、それなりに面白いし得るものがある。
ほどほどに、過不足なく位置づければいいんじゃないかなあ。
ユング信者も強硬な否定論者も、要するに、過大な期待や評価をしていると思う。
ユングの二元論について。
ユングの場合、いったん一者が分裂して対立的な二者になって、
それが対立的なまま再統合されることで、初めて意味のある全体性が得られる、と考える。
その意味では、決して相容れない二者による二元論でもないし、
何でも一緒にしてしまう一元論者でもないという立場にあると言える。
「相補的な二元論」というのは、おそらくそうした部分を指しているのだと思う。
林道義の指摘によれば、このあたりのユングの枠組みはヘーゲルの『精神現象学』にたいへん近い。
これは私の考えだが、ここでのユングの独自性は、理論の骨格そのものよりも、
その弁証法的過程にシンボリズムや想像力が不可欠な役割を果たすと考えたことと、
この過程実現のためにシンボルや想像力を使う具体的な方法を、臨床の中で練り上げたことにあると思う。
こうした部分は、哲学的議論の範疇からちょっと外れるところがあるので、
哲学的観点からだけユングをはかると、今ひとつその独自性が見えてこないだろう。
「ユングの理論なんて、似たようなものがどこにでもあるではないか」という批判は、
ユングの場合、図式的な理論には載らないテイストの部分こそが
大きな意味を持って読まれている、という点を見落としているように感じられる。
元型心理学派のヒルマンが、理論ではなく語り方こそが本質だ、と主張したり、
河合俊雄が、ユングを考える際にいわゆるユング心理学を対象にしては駄目だ、
と発言するのも、その趣旨はこのあたりではないかと思う。
断片的な受容をしている臨床家のほうが、うまくユングの本質的なところを
受け入れているように見える、というのも、おそらくはここだろう。
このテイストの部分というのを、私は何とか言語化したいと思っているんだけれども。。。
精神の実在性と、身体論に関して。
精神や心の実在性については、科学的に実証できるかどうかは私にはわからないが、
少なくとも、私たちの直接体験にとっては、私自身の精神や心は自明に存在している。
ユングは臨床を考える上において、その自明さから出発するという選択肢を選んだ、とは言えるだろう。
そして、その自明さに訴えかけるところが根強く支持されることになっているのでは。
私の考えだが、この選択肢というのは、
精神や心の実在性に根拠はあるのか、という問題を括弧に入れて定立できる問題であって、
科学的な実証のあるなしで肯定も否定もできない、いわば人間学的な選択になっている。
その意味では、(今のところは)実証的心理学とクロスできない領域だろう。
全く異質な問題領域が、同じ「心理学」というラベルのなかで併存することは、
双方ともにイライラさせられることかもしれないが、個人的には、
性急な結論を出さずにそこを持ちこたえていきたいと考える。
ユングの身体論の特徴については、イマジネーションが精神と肉体とをつなぐ上で
大きな役割を持っていることを強調した点にあると思う。
ここだけなら、たとえばメルロ=ポンティだってやっているという話になるが、
ユングの場合、このイマジネーションによる統合の過程を丁寧に描写し、
臨床適用を見据えた実践的方法として研究したことが他と違うだろう。
たとえば、最晩年の著作『結合の神秘』において、ユングは
錬金術師ドルネウスが実際に行った、イマジネーションの中での
霊・魂・肉体の統合過程をたいへん詳しく論じている。
とりあえず以上。長いのはホント失礼。。。
■夢の銀河鉄道に乗ってみませんか■
サイドビジネスって自分にもできるかどうか?
だまされはしないか?
とか、色々、不安ですよネ。
(私も最初は不安でした、でも、
無料メーリングリストで不安解消できました
こういうのってイイデスよ
向いてないって思えば
ビジネス参加しなければいいんだから)
ビジネスを始める前に
無料メーリングリストで実際にやっている人の生の声を確認できます。
メーリングリスト参加は無料です。退会も勿論、無料、自由です。
ビジネスを始める場合は、HPの宣伝をする仕事になります。
健康食品ビジネスではありません。完全に在宅で、マイペースで出来ます。
知人友人を勧誘したりする必要はありません。
気軽にのぞいてみて下さいネ。
http://estyle.ne.jp/mogmog/
内容が濃ければ長いのは別にいいんだが(昔はそういう長文レスを書くひともいたものだが)、
結局中身の薄い(ほとんどない)「スゴインダゾー」の羅列になっていることにそろそろ気づいてくれないかい?
むしろ皆さんの指摘や質問に答えるべきかと。
とにかく、引用部分を君は理解しているのかと小一時間・・・
>私たちの直接体験にとっては、私自身の精神や心は自明に存在している。
デカルトの時代に逆戻りか。
もはや自明ではないのだな、これが。
自明だという人間がいたら、現代哲学においてはドキュンだということになっているのだが。
たとえば、ウィトゲンシュタインって知ってるか?
キミさ,せっかくの読書家なんだから,
いったんユングから離れてもっと色々な世界を知った方がいいよ.
若いんだから井の中の蛙状態でもいいんだが,少し気の毒でもある.
>>373 >「スゴインダゾー」の羅列になっている
???
私は、「ほどほどに、過不足なく位置づければいいんじゃないか」と言ってるんだけど。。。
スゴイという話なら、もっと他にスゴイ思想家なんていくらでもいる。
>むしろ皆さんの指摘や質問に答えるべきかと。
私なりには一通り答えたつもりだが。
どのあたりの回答を期待しているのかな?
>>374 なにも哲学的に妥当な回答を出すのが目的なのではなくて、
普通の人なら、普通に「心」というものを体験しているだろう、ということ。
臨床の対象になるのは哲学者ばかりではないのだから、
哲学的厳密さよりも、その普通の人の生き方にアクセスできるような方法を
ユングは選択したということだと思う。
ここは、哲学史の観点からのみでは評価しにくいところではないだろうか。
ちなみに、大学時代に『論理哲学論考』を読んで以来、ウィトゲンシュタインは好き。
>>367 ひとつ質問があります。
ユング派のスーパーヴィジョンを受けていない人が
ユングを採り入れた臨床が出来るのですか?
それは本当に折衷型の心理臨床でしょうか?
>>377 バリバリのユンギアンからすれば、断片的なユングの受容なんか誤解であって、
本当のユング派臨床とは認めないだろう。折衷にすらなっていないと言うかもしれない。
ただ重要なのは、そうしたことではなくて、
たとえば、ブリーフセラピーをやっていて何か今ひとつ足りないと思っていた臨床家が、
ユングの転移論を読んで「ああ、これだ!」と思い、
自分なりにそこを意識して関わっていったら臨床がうまくいくようになってきた、
というような受容の仕方が実際にあるということ。
この臨床家にしてみれば、使えるヒントがあるから参考にしたというだけで、
この取り入れ方が正統派のユング派臨床にかなっているかどうかなんて、関係ないわけ。
ユングの評価とか受容を考えるのなら、バリバリのユンギアンばかりでなく、
そちらを論じていった方がいいのではないかと思う、ということ。
379 :
没個性化されたレス↓:02/07/20 12:36
>378
激しく同意
でもね、勝手にカウンセラでゆんぐ派の夢分析とかいうのが
いるので.....。そういう人のこといってるのだろうか377は?
私はぷしこにかかってますが、
その先生はゆんぐ派の技法を参考にしながら箱庭とか治療に
使ってるそうです。そういう風に参考にしながらやってるかたは
結構いると思われ
>>379 >でもね、勝手にカウンセラでゆんぐ派の夢分析とかいうのが
>いるので.....。そういう人のこといってるのだろうか377は?
ああそうか、そういう問題のことを言っていたのか。。。
私のほうは、別の技法での専門的訓練を受けた臨床家が、
ちょっとしたヒントがほしくてユングを参考にする、
いわばユング派を主張しないユング受容みたいなものを想定してたから。。。
381 :
没個性化されたレス↓:02/07/20 13:00
379ですが
>>380 私のほうは、別の技法での専門的訓練を受けた臨床家が、
ちょっとしたヒントがほしくてユングを参考にする、
いわばユング派を主張しないユング受容みたいなものを想定してたから。。。
こういう方は結構いないのでしょうか?
私のかかってる先生は患者さんにあわせて箱庭とか能動的想像法にちかいことを
される場合もあるそうです。ユング派とかいうより親ユングってかんじでしょうか
ちなみに、面談は40分くらいしてくださってますね
初診だとそんなに長くはないですが(w
383 :
没個性化されたレス↓:02/07/20 16:42
>>379 でもね、勝手にカウンセラでゆんぐ派の夢分析とかいうのが
いるので.....。そういう人のこといってるのだろうか377は?
はいそういうことです。
夢分析にはかなりの訓練が必要だと聞いています。
もし夢分析を受けるのなら
ちょっと本を読んで勉強した、というだけの人に分析されるよりも
きちんと訓練を積んだ技術ある人に分析されたいです。
ていうか正直、生兵法や中途半端な人に受けたくないです。
私の周りにいるユングを読む臨床家は、
ものの見方とかアイディアのレベルでユングを参考にしていて、
夢分析や能動的想像といった、ユング派独自の技法をそのまま使うことはほとんどないようだ。
私が思うに、ユング派の独自性というのは、技法ではなくて、
人間関係の考え方とか、病というものに対する視点とか、人間観とか、
むしろそういうところにあるように感じるのだが。
だからこそ、別の技法を持っている臨床家でも、参考にできるわけ。
>>384 もう一度繰り返しますが、生兵法や中途半端な人に受けたくないです。
そして中途半端な人の長々の言い訳も聞たくないです。
383さん個人の意向に何を言うつもりはないけど、
バリバリのユング派以外、ユングを参照する臨床家はすべて中途半端であると一般化するなら、
極端にすぎるし、現実的でもないと思う。ユング派の不必要な孤立にもつながるだろうし。
387 :
没個性化されたレス↓:02/07/20 19:14
>>386 あなたの言うバリバリのユング派って日本に何人いますか?
>244さん、
真面目な方のようなので、真面目にレスします。
私はユングに興味がないわけでもないのですが、その私が非常に気になるのは
>>349です。
>>349でミンデルを引用された以上は、引用部分がどういうことなのかを御理解しているはずですよね。
ところが
>>349では、“何のために”“あえて”その部分を引用したのかが読者にはよく分かりません。
そこでまず、とにもかくにも、
(1)「物理学において現在起こっている革命」とは具体的にどういうことを指しているのか?
(2)それが「心理学や神話学との間の境界線を消し去ってしまうように思われる」のはなぜか?
(3)「物理学者も、因果論的思考の専横的な性質を吟味」とは具体的にどういうことか?
(4)それが「世界に対する私達の最も常識的な概念の有効性に疑問を投げかけている」とどうつながるのか?
(5)「最も基本的な粒子と自然の原理を三千年以上にもわたり探求してきたあげく、今や科学者たちは原子という考え方が幻想ではないかと考えている」とは具体的にどういうことか?
(6)「最先端の思想家たち」とは例えば誰か?
(7)彼らが「物理学の理論は、人間のパーソナリティの反映であると理解している」とはどういうことか?
察しの付くものもありますが、ミンデルの(または244さんの)お答えは?
そして、上記(1)〜(7)の答えを踏まえた上でないと、次の(8)へ進めません。
(8)ミンデルは上記すべてを踏まえた上で、「量子論のような物理学的な概念、・・そして集合的無意識や共時性といった心理学的概念を結びつける共通の筋道があることを推測することは可能である」という結論を下しているはずですよね?
だったら、この結論に至る事情は?
以上のような内容を書いてくれて初めて、244さんがミンデルの“あの部分”を“あえて”引用した理由が分かるのだし、なおかつ、
(9)244さんが、「ユングが呈示する世界観・世界認識が、量子論の示すそれに近接してるのでは」と思われる根拠は?
ということも、上記(1)〜(8)がハッキリすれば読む人にも理解できそうですよね?
>>349のままではよく分からないし、(1)〜(9)の答えが欠落している以上は、「すごいんだぞー」のためだけに(1)〜(7)を引用していると思われるのは当然ではないでしょうか。
「誰それがああ言っている、こう言っている」と繰り返しても、内容が伴わない限りは、皆さんの言う「すごいんだぞー」の羅列になってしまいます。
一歩踏み出しましょう。
(1)〜(9)のお答えをお待ちしています。
(ここにこだわるのは、他の人たちが言うように、量子論と心の問題をおかしな形で結びつけるトンデモ疑似科学が多いからです。)
390 :
没個性化されたレス↓:02/07/20 19:23
自分たちでも何言ってるのか分からない議論するんなら、それに基づいて
何か新しいもの「治療法、実験」見せてよ。
言葉をこねくり回してるだけならば、ポストモダンと一緒よ。
>>383 もしかして、被害にあいましたか?
勝手に自称カウンセラでユング派の真似事してる人
いるからね......。気をつけてください
ゆんぎゃんというのはユング研究所から分析家の資格を
もってる人しか名乗れません。
さんのーとかに問い合わせてください
自称カウンセラで夢分析なんて大それたこと
まともな臨床家ならぜったいしません!!!
>>387 ユング派分析家資格所持者ということでは、
うろ覚えだけれども、ちょうど20人くらいだったと思う。
(ちょっと前の記憶なので、今はもっと増えているかもしれない)
この人たちが直接指導している人たちまで含めるのなら、もっと多くなるだろうけど。
>>388 ええと、349は私が書いたものではないですよ。。。
私もミンデルは少なからず好きで、注目できると思っているけど、
ミンデルの文章が下手くそで、アナロジーや飛躍が多く、よくわからないということは、
プロセス・ワーカーになるべく修行をしている知人たちが口をそろえて言うこと。
ミンデルの原書を読む読書会に参加したことがあるけど、
ネィティヴでさえおそらく意味がつかめないのでは、という表現があったりする。
どちらかといえば、理論家よりも実践家というタイプになるとか。
実際にミンデルに師事している人や、ミンデルのセミナーに参加した人に聞いたところによれば、
クライエントのほんの微妙な兆候を拾いあげて増幅する技量にはものすごいものがあるそうだ。
>>391 ユング派分析家資格者なら、当然資格がなければならないが、
ユンギアンという言葉に関しては、もうちょっと広い使い方もあったと思う。
たとえば、ユンギアンという概念を最初に体系的に論じた
サミュエルズ『ユングとポスト・ユンギアン』では、
分析家資格者だけでなく、親ユングの哲学者とかもユンギアンに含めて考えているし、
はては、対象関係論や自己心理学まで「自覚せざるユンギアン」に含めている。
>>392 そうなのかな。もしそうなら、私も同意するところです。
395 :
244(349ではない):02/07/20 23:37
改めてスレを読み直してみてようやく気がついたのだけれども、
みんな要するに、私と349を同一人物だと受け取っていたのか。。。
(我ながら、気づくのが遅いな。。)
はっきり断言しておくけれども、
私こと244は、349ではありません。349への質問は、349へお願いします。
私個人は、ユングと物理学とを現時点で無理に絡めて考える必要はないと思っているし、
そもそも、この両者の絡みにあまり関心がない。
前スレでも書いたが、ユングの共時性理論は不備が多くて、
とてもそのまま通じるようなものではないと私は思っている。
パウリとユングとの思想的影響関係には興味があるし、
共時性を、人間の体験世界において、偶然がどんな意味を持つかという方向で考えるのなら、
まだいろいろと考える余地があると思うけれども、
物理世界にまでそれを延長して考えてよいかどうかは、大いに疑問。
ミンデルについても、物理学のアナロジーなんか使わなければいいのに、と思って読んでいる。
244氏へ
私は、折衷ユング(=中途半端)か、純粋ユング(バリバリのユング派)
を二つに分けて、中途半端な折衷ユングのほうの心理分析を受けたくない、
と言っているのではありませんよ。純粋ユングが資格取得者だなんて思ってい
ません誤解しないで下さいね。
山王教育研究所で行われているセラピーなどについて調べたり、セラピスト
をしているお友だちから聞いたことが本当ならば、日本に折衷ユングでは
ない人なんていないはず。最低限に、「自分流」との折衷は必ずあるです。
そしてそれが日本のユング派をダメにしている、日本のユング派はユングに
帰るべきだ、と林道義先生が指摘するのもうなずけること。
私の意味する中途半端と言っているのは、392さんの指摘の通りです。
中途半端、未熟な技術しか無いセラピストなんて御免です。
お友達に町中のクリニックで夢分析と言うより夢占いをされて脱力して
帰ってきたお友達がいます。ずいぶん昔ですが。そんな人はいらないんです。
もともと他流派で実力のあるセラピストが居て、その人がユングを部分的に
採り入れているのでしたら素晴らしいことでしょうしかし、ろくな訓練も
スーパーバイズもケースカンファレンスも人脈も学問的素養も無い人が
ユング”テイスト”を”部分的”に採り入れても、受診者が困ります。
そしてそう言う人は実際居たのです。
そして244さんですが、あなたはユングの臨床技法に興味がないという。
ユングの技法を突き詰めて体験せずにどうしてユング心理学が語れるのですか?
ユング分析心理学は理論と臨床が車の両輪だといいますよ。
私はその意味ではあなたは中途半端の片輪(かたりん)だ私は思いますよ。
部分的に理解していることが重要だなんてキベンもいいとこです。
あたなは自分の中途半端さ、実力の無さをキベンと文章量で誤魔化してはいませんか?
全然関係ないけど、
フロイトを失神させた時点でユングの勝ち。
>>398 あんた、アホか。
396が
>>ろくな訓練も スーパーバイズもケースカンファレンスも
>>人脈も学問的素養も無い人が ユング”テイスト”を”
>>部分的”に採り入れても、受診者が困ります。
といってるので、聞いてみたまで。
そういえば「ロボットの心」は読んだ。
一通りの要点がまとめた上で、原理的には人工知能は可能だという立場を
哲学的に論じてるわけなんだが、クオリア論争にオッカムの剃刀を
持ち込んだりするのはどんなもんかなーとか思ったり思わなかったり
誤 爆 し ま す た
パート1でもそうだったように、なぜ君らは同一人物だと勘違いされるのか。
もちろん非常に似ているからだ。
ユング好きなのだからその点で似るのは仕方ないにしても(旧スレでも3人はいたのでは?)
それだけで長文レスの書き手の弁別をこう何度も失敗するという例はあまりない。
要は、レス自体が様々な点で似ているのだ。
文体もそうだが、それ以上に際だっているのは、
内容に踏み込まない感想文的な表面的記述、
スゴインダゾーと言わんばかりの人名や事項の羅列、
明らかに半可通以下であることが分かるのになぜか自信満々な態度、
他者の穏当な指摘をも受け入れようとせずに無視したり話をすり替えてしまう偏狭さ、
の4つであろう。
他人の指摘や批判や質問に対するえり好み。または見当違いの返答。
後者は悪意というよりは、他の特定のバイアスがかかっているとしか思えない独特の読解力ゆえなのかもしれない。
等々。
どこの発言のことを言っているのだなどと聞くのも馬鹿馬鹿しい。
旧スレの300番前後の「半可通」発言以降を読めばよい。
程度の違いはあるので、ほんの多少の違和感を感じることもある。
少しはマトモかと思われていた244氏は、
>>349のようなトンデモ発言をした困った君ではないとのことだが、
かすかな期待を裏切られた軽い失望感は生じたが、せいぜい、「あちゃ、ついにやっちゃったよ、この人」と思う程度で、さほど大きな違和感はない。
似すぎていて少々怖くないか?
心のモデル形成は時代の物理学の法則の影響を受けているという話で実験心理学じゃ始めから内面なんて考えないんだからエネルギー流動的な心のモデルも存在しないってことでいいですか
実験心理学の元祖はヴントの内観法ですが何か?
>>403 多分よくないです。
それよりも、もう少しまともで読みやすい日本語を書くように心がけて下さい。
さもないと、また魚レスしますよ。
良い文章のお手本として、あなたの文章作法の参考ぐらいにはなるかもしれません。
406 :
没個性化されたレス↓:02/07/21 03:06
「349」さんに対する反論者のステハンが「>349」…
こういうのやめましょう。
賛成あるいは反論のレスつける際、あとでロムる際やに混乱が起こるので。
>>402 「心理学?フロイトとかユングとかそういうのですか?」というような人の
総人口に占める割合は高いぞ。よく知ってると思うけど。
ここでユング叩き厨が半可通ユング厨とよぶ人たちは3人や4人どころではないだろう。
半可通ユング厨、というか半可通精神分析厨というような人たちは世間には無限数いて、
次々とこのスレにも入り込んでくる。
ま、がんばって対処してくれ。
402は、それがオマエおよびユング叩き厨らの単なる脳内現実とはいえないということを論証しろ。
オレとしては現代心理学とユングとの双方に通じている者が
ユング理論を一つ一つつぶす(論破する)ところを見てみたいのだが。
反証不可能性という罠
411 :
没個性化されたレス↓:02/07/21 03:33
244さんと349のさんの区別はすぐつくぞ。
244さんは近代西欧思想史の中でユングをとらえる人
349さんは東洋思想とユングの相関性に関心をもつ人
ユング好きの中では明らかに別のジャンルだ。
ミンデルの引用文については、無理があることは承知だったし、引用したことに対し、どういう反論が出るのかも予測できたことだった。
量子物理学については、反論者(というか叩き屋)が意地悪く察していた通り、私が説明できる事ではない。
ただ確実に言えることは量子論で説明される世界像は、それ以前の科学(ニュートン的と言うのか)から引き起こされる世界像と異なるものであるということ。
で、疑問として述べていたのは、量子論によって示される世界観を実験心理学はどう取り込んでいるか、ということだった。
反論者に意地悪な反質問があったのと同様、私の「疑問」の呈示にも意地悪な意図があって、答えられないだろうことは分かっていた。
素人ではあるが、常識的に考えてみると、人間の認知は視・聴・臭・触・味・覚によるとして、そこには光・音・粒子・熱・などが関与するでしょう。だとしたらミクロな視点で分析するときに物理学が関係してもおかしくないんじゃないかと思うが。
飛躍するかもしれないが、夏になって気温が上がり、道行く人々の気持ちも解放されていくのを見ると、自然と心のつながりに思いを致すわけだ。自然は宇宙へとつらなる。
宇宙に関する理論は、量子論抜きではありえない。その中に存在する人間にも関係あるだろう。
どうせトンデモ疑似科学論と書かれるので、この辺にしておく。
ここで再度、引用したい。小林秀雄「信ずることと知ること」より。(九州での講演に基づく文章です)
「この間テレビで、ユリ・ゲラーという人が念力の実験というのをやりまして、大騒ぎになったことがありましたね。
私の友達の今日出海君のお父さんというのが、もうとうに亡くなったが、心霊学の研究家であった。
インドの有名な神秘家、クルシナムルテという人の会の会員でした。
だから私はああいうことは学生の頃からよく知っていました。
念力というような超自然現象を頭から否定する考えは、私にはありませんでした。
今度のユリ・ゲラーの実験にしても、これを扱う新聞や雑誌を見ていますと、不思議を不思議と受けとる素直な心が、何と少ないかに驚く。
テレビで不思議を見せられると、これに対し嘲笑的態度をとるか、スポーツでも見て面白がるのと同じ態度をとるか、どちらかでしょう。
念力というようなものに対してどういう態度をとるのがいいかという問題を考える人は、恐らく極めて少いのではないかと思う。
今日の知識人達にとって、己れの頭脳によって理解出来ない声は、みんな調子が外れているのです。
その点で、彼等は根底的な反省を欠いている、と言っていいでしょう。」
上記の引用文を小林秀雄の著書を読んだ上で私なりに咀嚼すると、近代科学的な論理を精緻化するような知的な認識によっては、たどり着くことのできない領域が実在するという考えが背後にある。
念力の不思議はユングの概念に置き換えてもいいだろう。
付け加えると、私は量子論を含まない実験心理学が無価値などと言うのではない。現在の実験心理学が持つ精緻な合理性とか、学問の意義を疑っているのではない。
やっぱりこのスレは必要だなぁとつくづく思うよ。
こんな連中に他所に出てこられてはたまらない。
「こんな連中」はトランスパーソナルスレでもひそかにマターリと活躍してますが?
なんであっちはあれほど平和が維持されてるんだろ。
>>396 ろくに臨床の訓練を受けていない者なら、別にユング派のテイストのみならず、
どんな派のテイストだって取り入れてもらっては困るわけで、
ユングがどうだとか、何をどう受け入れるかとかいう以前の問題だと思うけど。。。
それから、私は、ユング派臨床を体験しなければユングがわからない、
という考え方は危険だと思う。
ユングの言っていることにもし普遍的な洞察があるのなら、
ユング派臨床以外の文脈でも、臨床を外れた文脈でも、
「ああ、これがユングの言っていたことなんだ」という理解の体験が出てくるはず。
そういう体験がある者が、断片的にでもユングを受け入れていくことになる。
こういう受け入れ方を正当なものとして認めなければ、
特殊なユング派技法を体験する以外は決してわからないのがユング、
ということになってしまう。
リチャード・ノルが指摘したように、この考え方が一種のグルイズムになって、
「ユング・カルト」の雰囲気を作ってきたのも事実なのだから。
古典的な体系というのは、様々に断片化されたり再構成されたりして
受け継がれていくほうが自然。
ユングと、確立されたユング派臨床をひとパックで絶対視すれば、
そうした受け継ぎはすべからく間違いにされるというだけ。
常にユングの問題意識に戻ることには全く同意だけれども、
ユング派臨床という特定の手続きに絶対的な優位をおくのはおかしいと感じる。
>>402 もし本当にそれだけみんな似てくるのなら、
ユング好きはみんな同じやつばかり、で括るよりも、
そういう形になってしまう構造的な事情がここにあると考えた方が自然だと思う。
他の人は知らないが、私の感じたことについてのみ言うならば、
問題意識そのものがすれ違っているので、いくらまじめに答えても
表面的であったり、答えていないように映っているのでは、と感じる。
また、問題意識の違いそのものを話にしようとすると、
設問に答えるというよりも、その設問自体を問うようにするしかなく、
その分どうしても冗長になるというのがある。
人名とか文献名を出すのも、ソースを明確にしたいという考えからで、
少なくとも、こちらには「スゴイだろ」というような気持ちは一切ないし、
言葉にできるところを何とか書いているだけで、自信満々なんてこともない。
とにかく、もし本当に話を成立させていこうというのなら、
こういう形での回答がないと納得いかないとか、これが自分の問題意識なのだとか、
そうした設問設定はこちらの意図にそぐわないとか、
煽りをしないように丁寧に話を埋めていくしかないと思う。
ちょっと忙しくなるので間をあけてしまうことになるけど、
うまく話が成立するといい。
ユングに断念などという言葉はない
対象との合一、それのみ
>>397 人脈の無い派閥がこの世にあるんですかと逆に聞きたいですが。
>>416 私が疑問に思った他ならぬ244の中途半端さ、半可通さ。
その問いに答えるにはあなた自身が中途半端でないことを述べてくださいいうこと。
マジ読解力ないね。
ていうか、あなたの長文は自分の問題から目をそらすために使われてる。
つまり自分を騙すために使われてる。自分を騙している人は他人も騙す。
だから他の人も騙されて問いをはぐらかされたように感じてる。
ユング心理学を自分や他人を騙すために使うなんてもってのほかだよ。
私は少なくユング心理学の技法を体験してきましたけれど
これからは検討薦めてもっと様々な体験をしたい。
大学院入試の準備もしていますよ。
あなたは本を読んでネットで話してるだけですね。(にっこり)
>274 俺も少しはユングを囓ったのだが、271が言おうとしているのは、ユングの方法論というのはヴント以前の心理学の手法であって、被験者から採取した客観的データが無い方法論
「齧った」のが「少し」すぎるようだな。集合的無意識概念は、ユングが医師として患者に語らせた夢/幻覚と神話との類似から設定されたのだよ。叩き厨は何かと言うと「半可通」というが、オマエらのユングについての知識は「半可通未満」だっつーことがバレバレ。
老婆心氏と魚レス氏意外の叩き厨は,ユング知識半可通未満,一般教養工房未満.
>>420 『無意識の人間学-ユング心理学の視点から』林道義 序章を読んで下さいね(にっこり)
患者の語りは客観的データになり得ない主観的データ。
ユング心理学で実験心理のように患者を被験者とは捉えませんよ。
能動的想像法とは内観の一種だし、ユング自身も分裂病様の幻覚を体験しいまてた。
私も半可通ですが、あなたもそんな下らないことに見当はずれにかみついてる
から、半可通だとおもいますよ?(にっこり)
>>412 >ただ確実に言えることは量子論で説明される世界像は、
>それ以前の科学(ニュートン的と言うのか)から引き起こされる世界像と異なるものであるということ。
だーかーらー、その「量子論で説明される世界像」って何だっつーの!
てめえが「確実に言えること」だと言う以上、ちゃんと分かってるんだろうな?
ついでに聞いておくが、
「それ以前の科学(ニュートン的と言うのか)から引き起こされる世界像」って何だ?
ああ? 分かってるのか?
半可通以下というのは、こういうことをさも分かったように言うバカのことを言う。
あ、それからオカルト話はやめてくれな。さすがにそこまでされるとユング厨が哀れになる。
「これだからユング厨は・・・」とひとまとめにくくられては244も不本意だろう。(藁)
>素人ではあるが、常識的に考えてみると、人間の認知は視・聴・臭・触・味・覚によるとして、
>そこには光・音・粒子・熱・などが関与するでしょう。だとしたらミクロな視点で分析するときに
>物理学が関係してもおかしくないんじゃないかと思うが。
とっくの昔から関係しているが、それが何か?
素人が偉そうな口をきくと笑い者になる可能性が高い。ちっとは考えろ。
425 :
没個性化されたレス↓:02/07/21 16:34
マンダラ
>>423 量子論について私が言及したのは無責任というか、説明する言葉を持たぬので、423で言われることも尤もかと思う。
「何だっつーの、てめえが、ああ?、バカ」これらは423の文章に含まれていた野蛮な言葉だが、日常生活でこのような野蛮さが発露されることは珍しい。
2チャンネルならではの無責任な私の発言に、やはり、それならではの野蛮な発言が登場するのも、自然なことだ。
書いてるうちに分かってきたことだが、私が言いたいことの核は、小林秀雄の指摘に重なっている。
哲学の入門書を読むと、よくあることだが、哲学とは自らの考えが拠って立つ基盤を疑ってみる作業ともいえる。
このスレでユングを叩いてる人達は「哲学」学に通じる事を重んじるが、自ら「哲学する」ことには無関心らしいがどうか。
小林秀雄から引用した文章について、オカルトと括ってる場合じゃないだろ。
オカルトが気になるなら、こうしておこう。
>不思議を不思議と受けとる素直な心が、何と少ないかに驚く。
>テレビで不思議を見せられると、これに対し嘲笑的態度をとるか、スポーツでも見て面白がるのと同じ態度をとるか、どちらかでしょう。
>念力というようなものに対してどういう態度をとるのがいいかという問題を考える人は、恐らく極めて少いのではないかと思う。
>今日の知識人達にとって、己れの頭脳によって理解出来ない声は、みんな調子が外れているのです。その点で、彼等は根底的な反省を欠いている、と言っていいでしょう。
ユリ・ゲラーに言及してるところは、小林秀雄のユーモアであって、それをオカルトなどと嘲笑してるのは余裕なさすぎ。
仕方ないからユリ・ゲラーは削除しておいた。
この引用で言いたいことが分かるか?
充分に分かるから、そんなことよりも量子論的世界観やニュートン的世界観について語ってくれ。
語れないなら、
>ユングが呈示する世界観・世界認識が、量子論の示すそれに近接してるのでは
という偉そうな発言は、実はまるで無内容で無意味だったということに気がついたか?
言い訳よりも、自分の一連のレスは半可通以下だったということに気がつきました、と思い切って言ってごらん。
「無知の知」は恥でも何でもないのだぞ。
>このスレでユングを叩いてる人達は「哲学」学に通じる事を重んじるが、自ら「哲学する」ことには無関心らしいがどうか。
自ら「哲学する」ことに無関心なわけではない,ということが悲しいかな井の中の蛙の厨房には分からないわけか.
少なくとも君よりは,「哲学」学や自ら「哲学する」ことについてはずっとマシな連中はけっこういる,
ということは間違いないところだろう.
半可通をわざわざひけらかして恥をかく井の中の蛙厨房と,
無知を認めることに何の抵抗感もない普通の人々がいる.
>244
>>301に対する
>>309のツッコミを受けて、
>>370-371を書いたのだな?
>>301のクラークからの引用文では、
>現代思想に対するユングの最大の貢献は、精神 mind の実在性を認めた
>ことにあり
というように、素朴な二元論(対立的であれ相補的であれ)を認めたことがスゴイことらしい。
これを受けて
>>309が批判的指摘を行い、それを受けたのが
>>370-379だよな?
君は、
>少なくとも、私たちの直接体験にとっては、私自身の精神や心は自明に存在している。
>ユングは臨床を考える上において、その自明さから出発するという選択肢を選んだ、
と書いている。
そのデカルト的自明さは間違っているのでそんな前提から出発してはいけません、というのが過去半世紀以上の分析哲学その他の定説だし私もそれを支持するが、
君の言い分だと臨床の当事者にとってはそんな高踏的な議論は無関係なのでどうでもいいということなのだろう。
しかしクラークの言い分では、そういうことではなさそうに見えるぞ。
それはともかく、
さて、君が引用したクラークの記述と君の記述を素直に照らし合わせると、
「精神の実在性を認める」などというごく一般の人々が普通に持つ平凡な認識(二元論)を認めたことが、臨床を考える上におけるユングの最大の功績だ、ということになってしまいそうだが。
そんな大上段に構えて認めてもらわなくてもそんなことはとっくに承知している、と人々は考えるだろうし、臨床現場の人々もそれなりに考えるだろうに。
だとすると、何のためのクラークの引用なのか?
>>349による意味不明のミンデルの引用と大差ないと考えるがどうか(君の方がまだずっとマシではあるが)。
ミンデルもクラークも、引用部分を読んだ限りでは相当なトンデモ(特にミンデルは)に見えるし、どちらも、もったいぶった無内容の権威主義的な「大風呂敷を敷いた」記述が特徴だ。
クラークやミンデルを引用してくれたおかげでハッキリと気づいたことがある。
君らの文章の特徴と同じだということだ。
不思議を不思議と思う気持ちをもっているからこそ学問なんぞという割に合わないことを平気でやっているわけだが何か?
なお、349氏は、素直に、
「ゴメンナサイ。私が半可通でした」
謝るとよいと思われる。
>>431 そんな素直なヤツならこんなに長々と言い訳などしないだろう.
ここは一つ,244氏が意見してやるとよいと思う.
433 :
没個性化されたレス↓:02/07/21 19:00
パート2だけざっと見たけど、244と349を一緒にするのは無理がある。
ふたりの違いは一読してわかる。
244の態度は誠実だし、長文も自分の意見をできるだけわかりやすく相手
に伝えようとする意志が感じられるもので、コケオドシやハッタリ、スゴ
インダゾー的態度とは異なる。
スリリングな議論が展開することを、傍観者としては期待している。
なお、親ユング側だけでなく、ユング批判者側もコテハン(ステハンでも
よい)を名乗ってくれると、流れがわかりやすくなってありがたい。
>244の態度は誠実だし、長文も自分の意見をできるだけわかりやすく相手
>に伝えようとする意志が感じられるもので
これは認める。おそらく全員一致だろう。
だからこそかすかな期待が寄せられている。
>コケオドシやハッタリ、スゴインダゾー的態度とは異なる。
残念だが、244にもこの傾向がある。
引用されたクラークやミンデルの引用部分にも共通しており、
244,349の両名が期せずしてこのような不適切な引用をおこなったということは、
引用部分にみられる広告的記述に両名が惹かれている(または重視している)という点が垣間見え、
興味深いところである。
ユング好きな人でミンデルも読んだり好きな人いっぱいいますが何か?>434
一部のユング好きな人にはミンデル嫌う人もいますがね。
ユング叩き、批判派にこのスレだけでいいからコテハンにして欲しいに
激しく同意
>435
「何か?」とは何か?
「何か?」の使い方がおかしいんだが。
「ユング好きな人でミンデルも読んだり好きな人いっぱいいますが何か?」と言われても、
こっちこそ「だから何?」なんだが。
言ってること分かるか?
どうやら
>>434の後半の意味するところが読みとれていないようだな。
キミらは引用の仕方が下手(素直な読解力にも乏しいが)なので
ミンデルやクラークが、トンデモか(又は少なくとも)、情報量が僅少で無内容に近い「広告的記述」を偏愛する阿呆な俗物に見えてしまうが、
それは引用した者の責任である可能性が高いだろう。
だからこそ引用は安易に行うべきではなく、原著者の立場をよく理解した上で「適切に」引用せねばならん。
さもないと原著者に失礼というものだ。
無論、ミンデル、クラーク両人が実際に阿呆か俗物(又はその両方)である可能性も捨てきれない。
というようなことを読者に感じさせてしまうのは、いささかマズイだろう? という「老婆心」だ。
244氏なら反省的に同意してくれると思う(かすかな希望をこめて)が、いかがか。
>436
244氏でも383氏でもありません。
私はユング愛好者ですがここに自論をレスするだけのレベルではありませんが
たまに批判派と親ユング、ユング信者などのレスがかみ合わず
ここの学徒のみなさんがユングよりのレスはすべて同一人物と決め付けるのに
あきれてしまって、コテハン使えといいたいだけですね
ま、レベル低いのでレスはいりません。強化モードでレス頂いたなら、さ、す、が!と
釣られたのはどちらでしょうね?
438 :
没個性化されたレス↓:02/07/22 00:04
引用文については、言わんとする内容が、意識水準を変えた次元に渡る内容なので、未分化な表現にならざるを得ないのではないか。
この場合、意識水準が異なるというのは、ミンデルの引用文そのものと、その引用によって表現したい内容が無意識的というか、深い次元の視点だということ。
比喩的に述べるならば、昼間の太陽のもとで見える対象の明確な輪郭と、月光に照らされたおぼろげな輪郭との違いのようなもの。
「夜の風景画は何もはっきり描いてないから無意味」と非難してもしょうがないでしょう。
真昼の太陽に照らされた風景を描く風景画が、世界の実相を表現するのと同様、夜の風景画が世界の一面を描き得るのだ。
自分の思考が拠って立つ「次元」を抜けて考えることは難しい。デカルトを持ち出して哲学してる人にしても難しいらしい。
引用文や私のレスそのものへの批判は、一面で見ると妥当だと認める。しかし、呈示したことを全体として「無意味」に帰することには、なお説得力が欠けているし、無理なことでしょう。
忘れてた。
438=349 ってことで。
ああ、惜しいなあ・・・・
オレは438をてっきりよく考え抜いた秀逸なネタだと思いながら楽しんで読み進んだのに。
439を見てガックリきた。
君にも言い分はあるだろうし、その中には正当なものもあるだろう。
しかし、349の半可通ぶりがあまりにもひどすぎたのだ。
レスするたびにますます泥沼にはまっていくというのが現状だが、もう手遅れだというわけでもない。
「スマン、未熟だった」と謝ってしまって、さっさと退散してこの件をすべて忘れ、
新たに出直すのが賢い選択である。
今後349のようなことを書き込むときはもう少し慎重になるだろうし。
ただ、叩き厨の側からすれば、今のままの方が面白いのだろうが。
440は口が悪いけれどもレスを読む限り、私が述べた事が幾分か伝わったようで。
>>441を読んだら急に349に好意を持ってしまったので、あえてコテハンで書くが、
オレだけでなく、学生厨房以外の大抵の皆さんにも「幾分かは伝わっている」のだよ。
その程度の読解力のある人は多いので、その点は安心して良い。
ただ、半可通には用心した方がいい。
この板は知名度が高く、院生レベルだけでなく、それ以上の専門家の諸先生方も覗いており、
暇つぶしにこのスレに書き込むこともあろう。
あまり不用意に知ったかぶりをするとボロが出る可能性は極めて高い。
(というか、確実にボロは出てしまう。叩かれなければ本人が気がつかないだけで、読者一同は笑っている)。
おまけに、先生方にも厨房の素質はあるし、しばしば本当に厨房(または厨房以下)であったりする(ホントか?)。
MMPIに、信仰を持っているかどうかを判断する因子はない。
ついでに言うと、「宗教活動禁止」というのは活動の禁止であって、
特定の信仰を理由に採用を断られることは(建前上は)ない。
ただし、適性試験の結果が実際どう出ているかまでは、知らん。
誤爆しますた
>>443 この誤爆は、このスレではなかなか良く出来たネタとして面白がられる可能性が高い。
深読みされますた
>442
学問分野の細分化、専門化が進んだ状態では(すでに折り返し点かも知れないが)、同じ専攻でさえ自分の専門を一歩でもでれば、他専攻の者から見ればとてつもなくアフォなことを言ってしまうリスクは誰にでもある。
ここでやたら態度のでかい人は察するに院生や専門家なんだろう。自分たちの見解に著しく反する、あるいは理解の外にあるレスをすべて学生半可通のレスとみるようだが、自分にも盲点、誤りがないか、充分自己検証してもらいたいものだな。
「オレ、専門家。よってオレが正しい」的な態度目立ちすぎ。「おまけに、先生方にも厨房の素質はあるし、しばしば本当に厨房(または厨房以下)であったりする(ホントか?)」
メチャ「ホント」だとおもうよ。ちなみに探検隊自身も「オレ、偉い。先生だし」厨の疑惑。
探検隊がジサクジエン野郎だということもとっくにバレてるしな(W
残念ながら、オレは一般人の厨房である。しかも学部卒である。
専門家は専門馬鹿であるので、大抵の専門家は、自分の専門外のことは恐ろしくて語れないはずだ。
たまに語ってしまう厨房以下がいて、やはり笑い者になっている。
ワケあって、この辺のアカデミズムの実情や裏話についてはまんざら知らないわけでもないのだ。
旧スレ以来のユング厨たちは、概して、皆、
>>447のような考えを持っているのではなかろうか。
>自分にも盲点、誤りがないか、充分自己検証してもらいたいものだな
というのは、むしろ叩き厨の側の方が強く思っていることだろう。
ここでユング厨を叩いているレスにはくだらないものも多いが、最近の大方のレス内容については、オレも概して同意見である。
ユング理論を全く知らなくても(実は知らないわけではないんだが)、十分に突っ込めてしまうのだから、問題はユング理論にあるというよりも、ユング厨の書き込み内容にある。
これが以前から(旧スレだけでなく大昔の諸スレから)現在に至るまでの変わらぬ事情。
>「オレ、専門家。よってオレが正しい」的な態度目立ちすぎ
しかし、
「オレ、素人。だけどオレが正しい」的な態度が目立つのはいかがなものか?
ついでなので、コテハンと名無しを使い分けているオレから少々。
>>437他
>ユングよりのレスはすべて同一人物と決め付ける
旧スレ以来、叩き厨や野次馬から見れば非常によく似たユング厨ばかりが目立ったため、叩き厨の側は、
「だれそれがダレソレでも大した違いはない、人違いなど些末でどうでもよいことだ、同一視してしまった方が面倒くさくないし、だいいち面白い」
という感覚でいることは間違いない。
だから、コテハンはむしろユング支持派の側に求められているのではないか。
それぞれが意見表明をしているのなら、読者に対する配慮として、コテハンが好ましい。
ただ、これは本人の自由ではあるが。
244氏はコテハンでもいいかもしれない。
レス内容には大いに不満があるが、誠実で真摯な人柄は好感が持てるので、レス内容がもう少し充実すれば、叩き厨からも今以上の敬意は払われるだろうし、両陣営の煽り厨も多少は大人しくなるだろう。
ただし、このユングスレだけの捨てハンにした方がよいと思う。
384氏は別の捨てハンで別人として登場した方がよろしい。現状でコテハン宣言してくれた方が面白いのだが。
コテハンであることは相当な重荷と責任を背負うことになるので、その覚悟が必要だ。
(他板には重荷も責任も感じないバカも多いようだが、この板にも出現し始めている)。
一方、叩く側は相手の不備を突けばよく、何らかの立場の意見を述べているわけでもないので、
必ずしもコテハンである必要はないだろう。
ただ、特定の論敵となった場合はコテハンの方が好ましい。
なお、両陣営の厨房諸君に指摘しておきたいが、今回の244氏の大人の対応は見習った方がよい。
氏のように、淡々と「別人ですよ」とだけ言って、あとは「さりげなく」別人であることを示せばいいのだ。
人違いされても相手にしないという、もっと大人の方法だってある。
人違いされたら、いっそのことそれを肯定してしまうというワザだってあるのだ。
昔、ある作家は、バーで別の男(女を騙した男)に間違われ、面倒なので「そうだそうだオレのことだ、許してくれ」と言って、店の女の子達に高級酒を奢りまくったそうだ。
「別の男」(女を騙した男)の株を上げてやったことに注目。株を下げるのは野暮である。
>>453を訂正。
×384氏→○349氏
陳謝。
やはりレス番号のステハンは避けた方がいいか。
よって「349」への反論を「>349」というようなステハンで行うのはやめろよな。ややこしいから。
七誌と捨て反使い分けるのもずるいねぇ。
ここでユング愛好者や信者や244氏など、
ユングよりの人たちはみんな捨て反つかってるだろう?
叩きや厨なら捨て反しなくていいってか?
うーーん、専門家、素人以前の問題だと思うのだが?
244氏とか349氏に突っ込むなら
このスレだけでも捨て反にしろよ。
>>456 >ユングよりの人たちはみんな捨て反つかってるだろう?
それは事実に反している.
>叩きや厨なら捨て反しなくていいってか?
本人の自由だろう.
名無しで煽るのは,お互い様だ.
>244氏とか349氏に突っ込むなら
>このスレだけでも捨て反にしろよ。
応酬が生じたらステハンの方が好ましいが,そうなることはままある.
さすが探検隊らしく,
>>450-452は妥当なコメントだと思ったが.
探検隊がこのスレを取り仕切るかのごとき発言が印象に残ったので考えてみた。
まず違和感を覚えたのは、主旨であるユング心理学に関する内容が見当たらないこと。
氏の発言のメインテーマは、このスレで発言するにはどうしなければならないか、という流儀のようなもの。
多くの人は氏の発言に、何だか従わなくてはならないかのような圧力を感じただろう。
ここで思い至るのが、河合隼雄の言う「日本的な場の論理」である。
それは、伝統的な日本社会における支配的な原理のことを指している。
個人の創造性や個性の確立・自立よりも、その集団としての安定性が暗黙のうちに尊重・優先される原理である。
集団の安定を脅かすものとは何か。それは「個」の確立である。
これは大袈裟にすぎる言い方かもしれぬ。2チャンの中で「個の確立」どうこう言うほどのこともない。
もっと簡単にしておこう。「出る杭は打たれる」のだ。
(続き)
「出る杭」とは何も、他の構成員よりも優れている者ばかりでなく、異なる視点・パースペクティブ、独自性を現した者(私だ)も含むと言える。
言うまでもなく、このスレの安定を揺らしたのは244氏と私(349)だ。
まず私の発言について述べるならば、結局のところ言いたかったのは、近代科学的な合理性・因果律に「のみ」基づく学問への疑問である。(私は実験心理学の有効性を尊重すると述べてある)
そのため、小林秀雄の文章を繰り返し引用した。
このスレとの関連で述べると、ユング批判の基盤そのものを疑ったとも言える。
この視点は、小林秀雄や河合隼雄に依拠するものだが、私自身が身をもって経験していることでもある。
それが何であるか敢えて述べると、近代科学的な因果論は、現実の日常生活や職業上経験する事象を統合的に(部分的にではないということ)理解するためのヒントを与えてくれぬということだ。
統合とは何か。少なくとも身体・精神・宗教性・他者・その他、私を取り巻くすべてのモノを指して述べている。
要するに、ユング心理学は私にとって学問のみならず広い領域に渡ってヒントを与えてくれているということ。
「厨房は祭られる」のも2chの流儀
(続き)
私がこのスレで述べたことは「このスレにおいては」独自性があると言える。
それが、「半可通である」という理由だけで叩かれているだけ。
「幾分か」は受けとめたらしい探検隊は、私の述べたことが「分かっている」とのことだが、自分で分かってるらしいだけで、何ら建設的な議論へと展開させていない。
この場に限ったことではなく、「半可通」を理由に叩いている間に消えていくアイデアはどれだけあることか。
もちろん、半可通を肯定するばかりではいられない。半可通の弱点は、一つには、アイデアに「理論」としての枠組みを持たせることができぬことだ。
比喩的に述べるならば、真実という重いボールを適確に投げる腕力に不足しているということ。
そして、私に対するよりも顕著な例が244氏へのレスだ。
244氏は、今思いつくだけでも「折衷的なユングの受容」「ユングを発展的に読む必要性」等々の建設的な論を呈示した。
しかし、批判者のレスはこうだ。「大人らしさに敬意を払うがスゴインダゾーの羅列でやはり他のユング厨と同じ」程度。
「ユングはDQN。したがってワレワレは自己批判の必要無し」がこのスレの安定である。
244氏の意見を正面から取り上げ、発展させる技量のある人間など一人もいない。オベンキョーの得意なワンパクボウヤばかり。
小学生が教室で個性的な子を寄ってたかって攻撃するのと同質である。
探検隊よ。私はあんたの飲み屋の女の子への美学など興味ない。あんたに出来ることは教養深いユンギアンを待つことか。建設的意見を述べてミナー。
他の人も同じ。ある意味で、厨房どころか消防と同じことをしてる。
>>462を訂正。
×「臨床強化士」→○「臨床強化士左派」
俺は244のストッパーになった383の存在と言っていることが気になる。
どーでもいいことでもないんだが、
探検隊さんは、
>飲み屋の女の子への美学
なんか語ってないよ。
ちと読解力がないのか、それともすり替え(何のための?)なのか。
何の話かと探してしまったじゃないか。
イキな作家の話でしょう。
ここのユング派が他人と間違われてひどく感情的にムキになっているのと対照的だというイキな指摘。
466 :
没個性化されたレス↓:02/07/24 02:29
349が向こうのスレを読んだら、
ますます怒るか、それとも恥じ入るか、または感心するか。
怒るに1票。
349が向こうのスレを読み、
過去ログ倉庫スレや言語能力スレをチェックしてみたところ、
「建設的意見を述べてミナー」と喧嘩を売った相手のレベルを今になって知り、
アセリまくっているに1票。
>>467 奴にそこまでの理解力があるか。
349が向こうのスレを読み、
過去ログ倉庫スレや言語能力スレをチェックしてみたところ、
「建設的意見を述べてミナー」と喧嘩を売った相手のレベルを理解できないので、
じゅうぶんに余裕かましているに1票。
469 :
没個性化されたレス↓:02/07/24 06:26
>464
244はしばらく来れないそうなので、それまでは祭りになりそうな予感
ヴァカな素人なので意味わかんない
そもそも臨床強化士活動とは素人とか厨を
レベルアップさせるものなのか素人や厨に間違った常識を
覚えこませて影で笑うものなのかもわからない
自分としては後者(てめーら素人が相手になってもらえるなんておもうなよっ!)って
感じでレスしてるんだろうかと、臨床強化活動を見ていたが
本当はどうなのかわからないくらいレベル低いからわからん
それとも、心理学という学問があまりにも一般にちゃんと理解されてないから
ひそかに啓蒙活動していたんですか?
もともと臨床強化活動は,楽しみながら板の平和を目指す活動なのだ.
>素人や厨に間違った常識を覚えこませて影で笑うものなのか
というのとは全く違う.
「臨床強化士」は,厨房と厨房叩き双方の攻撃反応を抑えることを目的に活動.スレのレベルが上がるかどうかは二次的問題.
「臨床強化士左派」はたぶん過激派で,攻撃反応を抑えることよりもスレのレベルを上げることを優先している模様.
>471
ありがとう
自分は高卒で心理学=臨床と思い込んでいた口だ
ほとんどROMだけど、来てから2年くらいになるかな
たまに親切にいろいろ教えてくれる人がいてうれしいよ。
473 :
没個性化されたレス↓:02/07/25 23:45
>>472 素直な人だ.
心理学=臨床という思い込みが間違いだったと気づいただけでも来た甲斐があったと思うよ.
このスレのユング厨のようにはならないでおくれ.
474 :
没個性化されたレス↓:02/07/26 14:00
ユング厨さらしあげ
475 :
ユング三段活用:02/07/26 23:04
ユング ユンガー ユンゲスト
476 :
没個性化されたレス↓:02/07/28 07:40
Jung is a junk
間をあけていましたが、戻ってきました。
いない間に「誠実で真摯」という言葉などもいただきましたが、
専門家でもない私が何とかきちんと通してやっていきたいと思えば、
ストレートにやっていく以外ないというのが本当のところ。
参加も断続的になるし、充分なことが書けるかどうかはわかりませんが、
できるところを順にやっていきます。
>>419 専門家でもないそれこそ半可通の私は、話題となっている内容ですでに手一杯。
ここの参加者(私自身を含む)の人のあり方を論ずる文脈には関わりません。ご了承を。。。
以下、付け足し。
私は、「ああ、これだったのか!」という体験がなければ
ユングはわからないかもしれない、とは考えているけれども、
「ユング派臨床を体験しなければユングは理解できない」とは、全く思わない。
フロイトが現在では精神分析家の専有物以上の広がりを持って理解されているように、
ユングもすでにユング派臨床家だけのものではない。
ユング派臨床を通した理解を、ひとつの選択肢ではなく必須のものであるとするなら、
それは現状では、一種の原理主義にしかならないと思う。
ユング派の専門的訓練は、臨床家としての能力を養成するための
合理的なシステム以上の意味を帯びてきた。ここは明確に認識しておく必要があると思う。
ユング思想は、思想史的に見れば、明らかに西洋秘教思想の系譜に属するもので、
ノルの研究が明らかにした通り、ユング派分析が秘儀伝授に相当する役割を果たしてきた。
秘儀による霊的伝授を受けていない者は、専門家としてだけでなく人格において未熟である、
という考え方が、ユング派という教団(と敢えて言う)を支えてきた歴史があることを忘れてはいけない。
ユングをあくまで秘儀として維持し、正統な伝授以外に対しては排他的になっていくのか、
あるいは、これは私の立場だけれども、秘儀しての部分がもつ価値を尊重しつつ、
ひとつの思想として相対化して捉えていく視点も確保しようと考えるのか。
ユングに対してどういう立場を選択していくのかが問われると思う。
>>429 ユングは臨床現場においては、素朴な「心」の直接体験を重要視する立場をとったが、
この立場は、プラクティカルな臨床上の選択であって、
ユングによって様々に哲学的な考察が加えられたりしているとしても、
基本的には哲学的論議とは無関係の文脈でなされたものだ、というのが私の
>>376の意図。
別に、哲学的議論を「高踏的」として排除するものではないと私は思う。
>>479 要するに、おまえのいってることは
ユング、逝ってヨシ、、ということだな。
>>478 どっかでその文章みたことあるぞ。
自分の意見を言え!
>>秘儀しての部分がもつ価値を尊重しつつ、
ひとつの思想として相対化して捉えていく視点も確保しようと考えるのか。
ユングに対してどういう立場を選択していくのかが問われると思う。
それぞれのプラス面とマイナス面を言いなさい。次にあなた自身の考えを
述べなさい。
>>フロイトが現在では精神分析家の専有物以上の広がりを持って理解されているように、
精神分析の専有物ってなんだ?
これは他人の個人言語である。自分の言葉でいってないから具体的にかかれていない。
日本の受身教育ってこんなものか。
明らかにレベルの違いを感じさせられるよ。
>>430 「精神の実在性を認める」というのが、はたして本当に
「ごく一般の人々が普通に持つ平凡な認識」かどうかが問題になる。
「精神の実在性」というのは、素朴な「心」体験の自明性のことではなく、
物質世界の背後にある存在についてのある種の直覚体験を前提とする、
西洋思想上のひとつの発想を指していると私は受け取っている。
たとえば、プラトンのイデア思想の系譜というのがあって、
この物質世界の背後に真なる世界、精神が実在的に存在する真の世界があり、
それは通常の感覚ではなくて、知的ないし美的な直感、
あるいは想像力でしか捉えられないのだ、という考える思想的流れがある。
中世くらいまでは、こうした考え方はヨーロッパ思想の主流にあったが、
近代以降は、感覚による検証を重要とする合理的な考え方に主流が移ってしまい、
イデア思想の系譜は、ロマン主義などに受け継がれつつも傍流となってしまった。
ユング思想は、このプラトニズムの現代的な形での復活という位置づけができる。
こうした意味での「精神の実在性」は、私たちが通常「精神と身体」として
対にしているときの「精神」とは、持っている意味合いや取り扱いの方法論などが全く違う。
ユングは当時の、精神現象を物質に還元する考え方に対し、
精神と物質とは全く異質なものであって、還元することはできないと考えた。
その上で、このふたつが一元的世界観のもと両立可能だとも考えていた。
プラトンの場合、物質世界を越えたイデアの世界のほうに明らかに価値をおいていたが、
ユングにおいては、精神世界と物質世界とは、価値的に上下のない対立者同士。
後期になると、ユングは、この両対立者を統合する上位の原理として元型を位置づけた。
続きます。
クラークの記述の引用中にある
「相補的な二元論」「事物の自然の秩序」「宇宙の構造と調和」という言葉には、
ユング思想が西洋秘教思想を受け継いでいることが示されていると私は受け取っている。
フェーヴル『エゾテリスム思想』では、西洋エゾテリスム(秘教)思想の特徴として、
コレスポンダンスの思想(たとえば人間という小宇宙と大宇宙との照応と秩序)、
自然を生きたものとして認識し体験すること、想像力と媒体(たとえば象徴)の使用、
変成の体験、の四つが基本的要素としてあげられ、
本質的ではないオプションの要素として、和協の実践、伝授の二点があげられている。
これらはまるまる全てユングに当てはまる要素で、実際フェーヴルも
20世紀のエゾテリスム思想としてユングの名前を挙げている。
要約すると、デカルト以来の近代合理思想によって傍流にされていた西洋秘教思想の伝統を、
ドイツ観念論やロマン主義を経由して受け継ぎ、現代人の心の問題に即した形で
新しく提示したのがユングだ、ということになると思う。
ユングは現代科学のパラダイムから見るとトンデモ以外の何ものでもないが、
西洋思想史の観点から見れば、ただ単に合理的思想の系譜の中にいないだけのことで、
もうひとつの別の正統な思想的系譜の中においては、注目すべき位置にある。
どれか特定のパラダイムを基準にするのか、様々なパラダイムを相対化する観点に立つのか、
どういう立場をとるかで、ユングの評価も変わってくるところがあるように思う。
クラークの引用箇所より
>一方ではまた、人間の心のモデルを作り上げ、心はより高い目的実現と精
>神的充実に必要な場を備えているとした。
「広告的」「無内容」として受け取られた引用の後半部分だが、
この部分は、ユングの自己実現論を指していると理解すべきだと思う。
たとえば種子は、発育条件が十分にそろい、成長に障害となるものがなければ、樹木に育つ。
種子は可能態として樹木をその内に持っており、樹木はその可能性の展開による実現態である。
アリストテレスの自然学は、この可能態−実現態の観点で自然過程を記述するものだが、
この目的論的発想が、機械論的人間観に対抗すべく、ユングの自己実現論に持ち込まれている。
人間の心は、もし自然に展開していくならば、原初の自他未分離の状態から、
意識の誕生による様々な対立状況の発生を経て、
より高度な平衡状態たる「自己」の全体性の実現に向かう自己調整能力を持っている。
つまり「自己」の全体性を、可能態として備えているのが心である、ということになる。
この自然過程が阻害されたのが心の病の状態で、この阻害状態を自然な展開に戻したり、
さらにいっそうの展開を促したりするのが臨床の仕事である、というのがユングの認識。
またクラークは、この箇所で、
ユングが心を「容器としての場」と表現したことを念頭に置いていたかもしれない。
対立する二者が共存し結びつく場所が「心」であって、それは錬金術においての、
対立物が結合して金が作り出される容器としてのレトルトに比することができる。
改めて書いていて、確かにこのクラークの記述は、引用には不適切だったと感じた。
ユングを読んでいれば「ああ、あのことを言っている」と読める記述でも、
そうした前提がないところでは、全く別様に受け取られてあたりまえだったと思う。
なんの背景もなく「より高い目的実現と精神的充実」とかいきなり言われれば、
何かのセミナーの勧誘広告のようだと思うのがごく自然かもしれない。
487 :
没個性化されたレス↓:02/07/28 12:55
244は教科書丸写しか?
君は結局何をいいたいんだね。
488 :
没個性化されたレス↓:02/07/28 13:03
>>改めて書いていて、確かにこのクラークの記述は、引用には不適切だったと感じた。
ユングを読んでいれば「ああ、あのことを言っている」と読める記述でも、
そうした前提がないところでは、全く別様に受け取られてあたりまえだったと思う。
なんの背景もなく「より高い目的実現と精神的充実」とかいきなり言われれば、
何かのセミナーの勧誘広告のようだと思うのがごく自然かもしれない。
”君”自身の文章はたったのこれだけ。
しかも君の感想文でしかない。
489 :
没個性化されたレス↓:02/07/28 13:26
今日は涼しいな。
まあ、244の言っていることはあれだな、
例えばクラシックの音楽理論をクラシックの演奏者じゃなしに、
邦楽とか民族音楽の演奏者が参照したって構わないだろう、
って言っているようなもんだな。
しかも演奏者本人じゃなくて、オーディエンスないし評論家の
立場としてぶつぶつ言ってるだけって感じなんで、なんか笑えるよ。
もちろん、畑違いのパフォーマー(演奏者・臨床家)が他の畑の
理論をさんしょうにしたって一向にかまわないけど、その評価は
あくまで彼らのパフォーマンス(演奏・臨床)を介してなされるわけ。
その結果を見て、オーディエンス、クライエント、評論家が判断
するというのならまだ納得出来るけど、
その結果も示さずにして、ただ他の畑の理論を別畑のパフォーマー
が利用したっていいだろ、って第三者が言っても、全然説得力無いよ。
ひとつの畑のパフォーマーには、彼らの理にかなった彼らなりの理論
が受け継がれていると俺は思ってる。
どうでも良いけど〜、それでちゃんと治癒率が改善されるの〜?
そうじゃなきゃ、ごちゃごちゃ言っても意味ないよぅ。
内容がないよう...
他の治療法と比べて統計的に有意な治療成績を上げなければ、ユング派の
心理療法の価値はない、といった趣旨のレスが以前にもありました。
結論から言いますと、その意味ではユング派の心理療法に価値はありませ
ん。他の流派より明らかに優る精神療法が存在するということを、十分に
納得させうる根拠は現在までのところないからです。多くの効果研究が示
しているのは、心理療法には効果があることと、各療法間に優劣は存在し
ないということです。
ですから、ユング派のセラピーは、セラピー一般と同程度に価値が無い、
もしくは価値があるとうことが、現在の効果研究から言えることです。
>>481 ノルの文献に依ったところ以外は、私の意見なんだけど。。。
もしこれと同じ見解が他のところで書かれていたら、是非ともソースを教えてください。
同じ見解の人がいるということで、まじめな話、関心があります。
>>482 >それぞれのプラス面とマイナス面を言いなさい。次にあなた自身の考えを
>述べなさい。
すみません、ちょっとよくわかっていないのですが、
「それぞれ」というのは、何と何のことなんでしょう?
>>487 その教科書的な内容がもう少しここで共有されていれば、
議論の方向も多少なり違うだろうと私は思うのだけれども。
ユングを、単なる非科学、科学のなり損ないとして捉えるのか、
自然科学的方法とは異なる独立の主張の系譜にあると捉えるのかでは、全く違う。
>>489 涼しいのは過ごしやすくていいですね。
>例えばクラシックの音楽理論をクラシックの演奏者じゃなしに、
>邦楽とか民族音楽の演奏者が参照したって構わないだろう、
>って言っているようなもんだな。
私は、「すでに参照されている」という事実を指摘したつもり。
すでにそうなっている以上、わざわざ「構わないだろう」と説得するつもりはないです。
単純な事実だからこそ、説得力に関係なく第三者が指摘できることであるわけだし。
>理論をさんしょうにしたって一向にかまわないけど、その評価は
>あくまで彼らのパフォーマンス(演奏・臨床)を介してなされるわけ。
私は、臨床分野以外でのユングの受容についても話題にしているが、
そうした他分野での受容は、必ずしもユング派臨床の結果の検討によるものではないと思う。
あと、私の知っている限りでは、ユングを断片的に取り入れている臨床家たちには、
ユングの記述の中に自分の臨床のヒントになる部分を見つけ、
それが実際に何らかの助けになったのでユングを読むようになった、という人も少なくない。
つまり必ずしも、ユング派臨床を介してユングを評価し受容しているわけではない。
>ひとつの畑のパフォーマーには、彼らの理にかなった彼らなりの理論
>が受け継がれていると俺は思ってる。
これにはもちろん同意。
ただ、繰り返しになるが、ユング派臨床のみがユングの理解において唯一絶対で必須、
という主張をあえて行うとなれば、話はまた全く違ってくると思う。
こんなの見つけたんだが、どうよ。
……以上の「社会生活ニーズ」のとらえ方は、ユングのコンストレーション
(星座)と類似する考え方である。ここでは、図に示す「社会生活遂行上
での困った状態」は、身体的機能・精神心理的状況と社会環境的状況間が
「原因と結果」の関係で生じているわけではなく、全体的(Holistic)な結び
つきのもとで社会生活ニーズが生じているといえる。ユングは、人生において
出会う出来事を、それぞれの意味のあることとしてつなぎあわせて、その人の
物語をつくり、心のなかを整理することで治療に役立てている。社会福祉
援助においても、心理的問題ではなく生活問題ではあるが、類似の解決
方法をとっているといえる。
『社会福祉概論』 全国社会福祉協議会
>>495 そんなところで取り上げられているというのは、面白いです。
紹介ありがとうございます。
内容に関しては、何となくこじつけっぽい感じはするけど、
ただ、こういった、具体的なユング派臨床の内容ではなく、
ユングの持っている視点みたいなものを重要なものとして受け取る立場は、
私の言うところの「ユングの断片的な受容」の特徴をよく表していると思う。
システムズ・アプローチの視点と、ユングの「布置(星座)」というものの見方には、
たいへん共通点があるという指摘は、ユンギアンの著作で指摘されていたし、
知り合いでシステムズ・アプローチの方法を大幅に取り入れている臨床家も言っていた。
ここは本当のところ、どうなんだろうか?
497 :
没個性化されたレス↓:02/07/28 23:01
>496
システムズ・アプローチに言及したユンギアンの著書って何ですか?
興味があるので、書名を挙げてくれませんか。
>>497 アン・ケースメント編『ユングの13人の弟子が今考えていること』(ミネルヴァ書房)の中にある、
レノ・パパドポロス「新しい状況でのユング派の観点」という論文。
パパドポロスによると、ユングは家族療法を行わなかったが、
その観点はシステムズ・アプローチに強い親近性があるとしている。
499 :
没個性化されたレス↓:02/07/29 19:54
今だ!500ゲットオォォォォ!!フリャァァァァ!!
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄∨ ̄ ̄ ̄
∧∧,..,、、.,、,、、..,_ /i (´´
;'゚Д゚、、:、.:、:, :,.: ::`゙:.:゙:`''':,'.´ -‐i (´⌒(´
⊂'、;: ...:⊂ ,:. :.、.:',.: .:: _;.;;..; つ  ̄  ̄≡≡≡(´⌒;;;≡≡≡
`" ''`゙ ´´ (´⌒(´⌒;;
ズザーーーーーッ
244もついに相手にされなくなったか。
そだね。(笑)
話の相手がいなければ、私も静かにsageつつ去ります。
最後にひとつだけ。
もしユングを本気で語ろうというのであれば、
少なくとも「非科学的」というような括りだけで語るのだけはやめるべき。
「非科学」というだけなら、単なる疑似科学や空疎な妄想から始まって、
文学や芸術など、科学に乗らないような人間に対する洞察まで、全て含んでしまう。
少なくとも、ユングの思想にはそれなりの洞察があるわけで、
そういう部分がなければ、とっくに臨床からも人文科学研究からも消え去っている。
「ユングは非科学的だ」という言い方が、
ユングの方法が自然科学的方法論と異なることの指摘として語られるのなら全く構わないが、
様々な洞察の価値まで無視して全否定する意図でなされることも多い以上、
この言い方とは違うところで話をしていかないと、そもそもユングの話をする意味がない。
こう言うと、「ならばその洞察を言ってみろ」というような話を直接に出す人がいるが、
何をユングから受け取るのかは人によって違うわけで、普遍的な何かを導き出せるわけではない。
(というか、そういう誰にでも通じる普遍性をすぐ求めること自体が、自然科学の枠組み)
ここに来ているユング擁護派が、自分なりのユングの価値しか語れないとしても、
それをそのままユング擁護派の責任にするのではなく、そもそも思想のアクチュアリティというのは
そういうものなのだ、というふうにも見ておかないといけないと思う。
その上で、敢えてユングの客観的な価値をできる限り語っていこうとするなら、
どういう人物や体系に、どういうインスピレーションを与えたかをひとつひとつ丁寧に見ていくか、
様々なインスピレーションの源となっている、という形で評価していくしかないと思う。
(ひとつひとつ丁寧に見ていく作業を、「教科書的」とか「事項の羅列」としか捉えないとしたら、
それは自然科学とは異なる思想の価値のはかり方を捉え損なっていると思う。
ユングの拡充法も、結局は、
様々なイメージをどんどんつきあわせていく作業に没頭する中でしか見えないものがある、
ということが前提になっているし。)
244さん、残念だけど、役者が不足しているみたいですね。
244さんの書き込みを理解する気がもともとないみたい。そもそも理解する能力が
ないのかも。480-483、487、488など、ひどいもんだ。とくに480、どう読んだら
そんなふうに解釈できるのかが理解できない。
むー.なんつーか,ユングってのはガンダムかニュータイプ思想みたいなものだと理解しますた.
505 :
没個性化されたレス↓:02/08/04 00:48
ユングを理解している人なら、ユング派の臨床と理論は不可分ということは自明の理。
臨床的体験に立脚した体系的理解を軽視して、臨床と理論が可分であるかのように
言い述べた244の敗北ということだろう。
自分の考えが説得力を持たなくても良いのだと開き直ったこともマイナスポイントだな。
なにより、質問者の疑問の要点を推察することが出来なかったこと、それは心理学的素養が
欠如していることなんだが、それが致命的だったな。残念だ。
>>504 ユングがどんなもんかはともかく、
このスレでユングを勉強するのはやめた方が吉
>>507 うぃ.まあ,多分そうだろうとは思うけど.
いや,
>>502を読んでると,なんかオレの周りのガンダムな人と/*含オレ*/似通った論法だなあと感じたのだ.
>>508 それは、客観的な基準に基づいた価値評価が難しいものへの
他者のネガティヴな評価に対して反論を試みる際には、
こういった論法が用いられやすいということだと思われ
ユングに価値があるもないも、所詮主観の相違に過ぎないからねぇ。
「俺の中のガンダムはVの第一話で終了している」というのと同じで。
そのまま消えていくと思ったら、いつの間にか書き込みがあるし、
上がっていたりもするので、またちょっとだけ現れてみます。
>>504 >ユングを理解している人なら、ユング派の臨床と理論は不可分ということは自明の理。
> 臨床的体験に立脚した体系的理解を軽視して、臨床と理論が可分であるかのように
>言い述べた244の敗北ということだろう。
ここには全面的に反論。
ユング派の臨床を軽視したのではなく、
ユング派臨床以外でのユング理解の軽視はおかしいと言っただけ。
現実に、臨床以外でのユング理論の応用、あるいはユング派以外の臨床でのユングの援用は
すでに一般化しているし、現実にそれなりの成果を上げている、そこまで見ていかないと、
ユング思想がどんな広がりを持っているのか客観的に把握できないと思う、ということ。
こういう言い方をしただけで、「ユング派臨床を軽視している」と受け取られるという、
まさにそこがおかしい。
たとえば、フロイトを理解するには精神分析を受けなければならない、
なんてことを言う者はまずいないはず。
むしろ積極的に、19世紀から20世紀の思想全般の中で位置づけを考える必要がある。
(これには、ユング派が精神分析と異なって創始者の思想からあまり分離できていないことと、
フロイトとは異なりユングを思想として位置づけしようという人が少ないという事情もある)
>自分の考えが説得力を持たなくても良いのだと開き直ったこともマイナスポイントだな。
これも全く違う。
開き直るなら、理解できない相手を馬鹿にすれば事足りるわけで、わざわざ長々書かない。
>なにより、質問者の疑問の要点を推察することが出来なかったこと、それは心理学的素養が
>欠如していることなんだが、それが致命的だったな。残念だ。
もし本当に、議論がどこですれ違っているのかわかっているのなら、
その「質問者の疑問の要点」というものをできる限り言葉にしてほしい。
こちらもできる限りは言葉にするから。
>>504 ガンダムは半端にしか見ていないのでよくわからないけど、
ユングはニュータイプ思想だというのは、ある意味当たっているかもしれない。
ニーチェの超人思想が個性化理論の先取りであると、ユング自身言っていたし。
そういう立場が明確な思想というのは、良くも悪くも、利点も欠点もある。
(ところで関係ないけど、
ニュータイプ思想というのは、作った本人が後に否定しているというのは本当?)
>>509 >ユングに価値があるもないも、所詮主観の相違に過ぎないからねぇ。
本当に、全くその通り。
「ユングに価値がある」も、「ユングはDQN」も、
どちらも基本的には主観的な告白にすぎない。
ただ、現在ユングがどんなふうに受け取られ広がっているか、とか、
ユングがどんな思想的系譜のもと、どういう要請で現れてきたのか、とか、
ユングを支持する者はどんな体験を元にユングを支持しているのか、といったようなことは
ある程度、客観化して論じることが可能だと思う。
私はできる限り、そういう部分に的を絞っていくつもり。
「価値がある」「価値がない」という話から、いったん離れたいという気持ちがある。
>504はけっこー当たってるとおもうよ!
ある種のハードSFの「人類の進化」ってなテーマにはユング思想の流れは幾分入ってる。
ここのユング叩き科学厨にも意外とSF/ファンタジョーファンは多いみたいだけど、
SF/ファンタジョー作家の大物でユング信奉者ってよくいるんじゃないの?
おっと先を越された…
>「価値がある」「価値がない」という話から、いったん離れたい
この板でもユング関連スレは、林閣下スレ、民出るスレも含めかなり多いぞ。
話題性充分とは言えるな。
515 :
没個性化されたレス↓:02/08/04 06:22
506は言いすぎだな。なんつっても「個性化」>「臨床治療」じゃないか?
>>512 『闇の左手』『ゲド戦記』のル=グウィンが、まさにその典型ですね。
「SFにおける神話と元型」なんて講演もやっているくらい。
前にも挙げたけど、「スター・ウォーズ」もユングの流れだし。
>SF/ファンタジョー作家の大物でユング信奉者ってよくいるんじゃないの?
いかがですか?XYZさん。
「スター・ウォーズ」にしろ「リング」にしろ
神話素活用しまくり!! トルーキンは知らないが、ルーカスは戦略的に取り入れている模様だし、
ユングの言うような神話的なものは現役で多大な効果をあげているという…
ファンタジー寄りSFってのは結局、構造的に神話そのもののドラマに
ハイテク的道具立てをもりこんだものといえるのでは?
>>515 そうですね。
個性化という概念は、単にユングの臨床経験のみならず、
ロマン主義の影響や、宗教研究、錬金術研究、東洋思想研究などを通して、
人間にとって普遍的な何ものかとして導き出されたもの。
ユング派臨床だけがそれを理解する道、なんて考え方は、ユング自身が否定すると思う。
(もっとも、個性化概念には西洋特有のあり方として面もあって、
ここについては、西洋思想の文脈を見ていかないとわからない部分があると思う)
ユングの中には、A・必ずしも臨床という範疇に収まらない思想の部分、
B・臨床の文脈でなければわからない部分、
C・ユング派臨床が独自に受け継いでいる部分、があると思う。
人文科学研究ではA、他流派の臨床家ではAかBが主に参照されている。
これらを全部なんでもかんでも一パックにした上で、
「ユング理解には臨床が重要」というような、粗雑な議論の仕方をしていることが本当の問題。
ユング受容の現状を考える際には、もっと細かく分けて考えないと、というのが私の立場。
たとえば、Aに関してはユング派臨床の文脈だけでは見えない部分もあるだろう、
というような指摘は、ごくごく常識的で当たり前の話だと私は思うが。
個性化概念は医者としてのユングが臨床治療の実践の中で生まれたのだろうが、
臨床治療は個性化の手段、と言えるかどうかもあやしい。
一般的に治療が社会適応を目標とするなら、個性化はそれを超越したものだから。
522 :
没個性化されたレス↓:02/08/04 18:56
何はともあれ244氏はご苦労様でした。
ユングを幅広い視点で捉えて学んでいらっしゃるというのでしょうか。
244氏の姿勢を垣間見ることができただけでも良かったと思う。
私の個人的な感想としては、ユングが記述する世界像を理解しようとすることに手一杯で、244氏のように思想史の中にユングを位置付けるような議論にはたどりつけない状況です。
ユングの著作には、それ以前の思想家の影響を「直接に」受けている箇所はあるのでしょうか?
分析心理学はね、臨床からのフィードバックによって日々変化しているのよ。(にっこり)
「ユング」に拘り続ける限り、その変化を受け入れることは難しいでしょう。
私が理解したいのは化石のようなユング思想ではなく
日々生々流転している分析心理学(ユング心理学)なのです(にっこり)
524 :
没個性化されたレス↓:02/08/04 21:36
日々生々流転しなければ分析心理学とは言えないよな。
どこに行っても始まりの底なしで、だからといってコミットしないわけにはいかない。
>>522 お言葉ありがとうございます。
思想史的にユングを捉えるのは、少なくとも私にとっては、
ユング自身を追体験する上でのひとつの手法みたいなつもり。
たとえばユングが、
「完全現実態、実現への衝動は、人を彼自身へと押し進めていく」
とセミナーで述べていても、アリストテレスの完全現実態概念を知らなければ
ここでユングが何をイメージし何を言わんとしたか、正確なところがわからないと思う。
逆に言うと、完全現実態概念をほんのちょっとでも知っていれば、
ユングの考えていた自己実現のイメージがずっと明確になって、たとえば
「自分がなりたいものになる」というような一般的な自己実現概念とは全く異なることがわかる。
>ユングの著作には、それ以前の思想家の影響を「直接に」受けている箇所はあるのでしょうか?
「直接に」というのが具体的にどういうことかよくわからないですが、
ユングがほぼ留保なしに、自分の思想の中核に受け入れているという意味では、
思想家ではないけど精神医学者ジャネの「分離」の概念がそれになると思う。
ユングのコンプレックス理論の発想は「分離」の発想とほぼ同じ。
>>523 思想というのも、こちらのあり方の変化や、その時々の時代の要請で
日々読み方が変わっていくもの。
ユング思想を化石としてしか読めないということはあっても、
ユング思想を読んでいくこと自体が化石であるということはないです。
それから、必要以上に分析心理学という範疇にこだわることも、
分析心理学以外でのユングの拡がりを受け入れることを難しくさせる。
そもそも、どこまでが分析心理学でユング派臨床であるかということ自体、
ユンギアンの中で意見の一致がなされていないという事実がある。
派によってユングの理解も臨床スタイルも違い、互いに排除する場面もあるわけで、
「ユング派臨床」というもの自体、基本的にたいへん曖昧な概念。
ちなみに、ミンデルをユング派として認めるか否かが、ひとつの分かれ目になるだろう。
『ユングとポスト・ユンギアン』のサミュエルズなどは、ミンデルを全く無視しているが、
シャーマン元型をユング派の核と見るグッゲンビュール-クレイグなら、
むしろミンデルをユング派の主流に位置づけるかもしれない。
私は、積極的にユング派に位置づけたいほうの立場だけれども。
>>517 山田正紀の「エイダ」では,もろユングの名前が出てきてたけど.
集合無意識とか,そこらへんも影響なのかなあ.そういや,ゼノサーガもユングっぽいと言えばぽいねえ.
でも,これらが俗化したりニューエイジ化した似非ユング思想である可能性もあるし,
オレにはなんとも.それこそ,専門家の解釈待ちじゃなかろうかと.
>>527 「俗化したりニューエイジ化した似非ユング思想」
これはこれで入り口としては有効だとおもうよ!
>>523 あのー、出来ましたら現在の分析心理学ともともとのユング理論との
相違点、とくに対立点など教えていただけないですか?
530 :
没個性化されたレス↓:02/08/06 03:16
>>529 まず、「元型」についての考え方が違います。
「元型(archetype)」の存在を否定して「元型的(archetypal)」という言辞だけがある
と考える人もいます。
それから、元型のひとつ、アニマが、女性にもあると言う人もいます。
これはユング自身は言っていないことです。(にっこり)
フロイトのようにカウチを使う分析心理学者もいるそうです。
これはユングが批判し、否定した方法論です。(にっこり)
現代分析心理学のの多様性はユングの「読み方」「解釈」の違いだけには収まらないのです。
ユングが言っていないこと、ユングガ否定したことをを方法論にしているのですからね。
そうなると、なにが正しいのか? という問題になるでしょうね。
ひとつは、ユングの言っていたことと照らし合わせて正しさを判断する。
そしてもう一つは、心理臨床現場に照らし合わせて正しさ判断する。
244さんは前者でしょうね。わたしは後者ですよ。(にっこり)
531 :
没個性化されたレス↓:02/08/06 03:43
その(にっこり)はやめなさい。
臨床叩き厨を刺激しますから。
簡潔に書けねえ時点で馬鹿だし、(にっこり)とか言って
アピールする点も馬鹿だな。
533 :
没個性化されたレス↓:02/08/06 03:52
女性にもアニマがあり、男性にもアニムスがあると。
なんたらユング(C.G.ユングとは別)とかいうひとが
そう言う事を書いてますね。
それから、だいたい原型を実体的なものと見ていない、
というと集合無意識のとらえかたから違って来そうだが…
原型的=原型みたいなもの、つまり必ずしも存在してるとはいえないもの?
簡潔に書けねえ時点で馬鹿だろ。
簡潔に書けないか、
そうすると244は最悪最低の馬鹿だな。ぎゃはは。
>>531 わたくしが、どのように、感情表現をしようと、わたくしの自由でしてよ。(にっこり)
>>530 >現代分析心理学のの多様性はユングの「読み方」「解釈」の違いだけには収まらないのです。
>ユングが言っていないこと、ユングガ否定したことをを方法論にしているのですからね。
「読み方」「解釈」という言葉を、訓詁学的な意味に限定して捉えすぎている。
様々な別の考え方と合流しつつ、現実と照らし合わせて、
ある部分は否定し、ある部分は再構成していくのが
意味のある「読み方」「解釈」というものだし、「断片的な受容」というのもそういうこと。
>ひとつは、ユングの言っていたことと照らし合わせて正しさを判断する。
>そしてもう一つは、心理臨床現場に照らし合わせて正しさ判断する。
>244さんは前者でしょうね。わたしは後者ですよ。(にっこり)
何を根拠にそう受け取れるのかがよくわからない。
そんな判断の仕方、私はこのスレのどこでもやっていないと思うが。
一世紀から半世紀も前の古典的なユングの理論が、なんの不備もなく正しいわけがない。
西洋思想史を持ち出すのも、ユングを相対化して捉えたいからだし。
ユングはこう考えた、ユングは思想史上でこう位置づけできる、というような事実判断と、
ユングの理論自体の妥当性の判断とは、明確に分けて考えてほしい。
ユングのアニマという概念は、いくつかの側面を持っていて、
文脈によっては多少なり異なった意味内容で用いられている。
まず、1)ユングは生物学的な性差が心理に反映すると考えていた。
女性に対する男性心理の原理としてのアニマ元型は、当然男性だけにある。
また、2)その人の無意識コンプレックスは、自分が同一化しているジェンダーと
反対の性質を帯びる特徴がある。
この用法の場合、男性の無意識には女性的性質を帯びたアニマが布置することになり、
女性には男性的なアニムスが布置する。この場合も、基本的にアニマは男性にだけ存在する。
ただ、3)元型を人間の認識ないし想像力の枠ということで捉えるならば、
元型としてのアニマは、もっと抽象的な原理として、両性ともに保持している。
たとえば、「女性的なるもの」という概念やイメージは、実際に女性も使っている。
また、アニマという用語が、具体的な男性・女性から離れて、
より抽象的な「女性性の原理」、「エロスの原理」として使われる場合もある。
元型としてのアニマ・アニムスは、シジギー(両性具有)元型の一面という位置づけもされるが、
シジギー元型は結合のシンボルのひとつとして、両性がともに保有している。
これらの意味合いでのアニマの用法なら、たとえば、
「女性がアニマを生きる」という言い方が出てくる余地が充分にある。
続きます。それゆえ、
>>530 >それから、元型のひとつ、アニマが、女性にもあると言う人もいます。
>これはユング自身は言っていないことです。(にっこり)
というのは、ユングに関する事実判断としては、必ずしも正しくない。
ユングが「女性にアニマは存在しない」と言うときの「アニマ」と、
「女性にもアニマは存在する」という時の「アニマ」とでは、
「アニマ」の意味するところが異なるので、こうした比較はできない。
ここは、別にユングが全く言っていなかったことをユング派が言っているのではなく、
ユング派がユングのアニマ概念を解体し、一部を捨て、一部を再構成して
今現在のニーズに沿うべく新たに捉え直した、と理解すべきところ。
こういうやり方こそ、ユングの現代的な読み方とか解釈というもの。
最近のユンギアンの傾向としては、1を性決定論として退け、
2あるいは3に注目して、アニマ・アニムス概念を批判的に捉え直すことが盛ん。
この例ひとつとってもわかるが、断片的なユング受容を最も盛んに行なっているのは、
実はユング派自身であることを忘れてはいけない。
ユングを断片化して考えていかなければ、最近のユング派の動向は決して理解できない。
540 :
没個性化されたレス↓:02/08/06 16:49
現代分析心理学
代表者をあげてくらさい。
541 :
没個性化されたレス↓:02/08/06 17:33
>539
確かに元のアニマ/アニムス概念では様々な性倒錯などを説明することができないですね。
アニマ/アニムスはもともとペルソナと相補的にとらえられていたけど
(なぜ自我の裏面でないのかもちょっと疑問。ちなみにジェンダーは自我の一部と見てもいいのでは?)
場合によっては(3)アニマとアニムスとが相補的なものということになりますね。
542 :
没個性化されたレス↓:02/08/06 17:36
いずれにせよユング理論の継承・発展において元型をどうとらえるかは大問題ですな。
>>540 ユング派もかなり細分化しているので、誰が「代表者」かというと、結構難しい。
とりあえず、サミュエルズの『ユングとポスト・ユンギアン』(村本詔司訳、創元社)と、
>>498で挙げた『ユングの13人の弟子が今考えていること』(ミネルヴァ書房)とに
名前が挙がっている人は、ユング派の代表的人物と見て間違いないのでは。
>>541 >アニマ/アニムスはもともとペルソナと相補的にとらえられていたけど
>(なぜ自我の裏面でないのかもちょっと疑問。ちなみにジェンダーは自我の一部と見てもいいのでは?)
ペルソナというのは、通常は自我と同一化している機能コンプレックスだから、
それでゼーレ(無意識コンプレックス)としてのアニマ・アニムスと相補的、
という話になったんだと思う。
ジェンダー・アイデンティティは、おっしゃるとおり、
自我が同一化している要素と理解して間違いないでしょう。
>場合によっては(3)アニマとアニムスとが相補的なものということになりますね。
アニマ・アニムスをゼーレとしてではなく、元型として捉えるならば、
そういう理解も充分にあるということですね。
ギーゲリッヒとかになると、もう積極的に、アニムスをロゴスと秩序の原理、
アニマをエロスと生命の原理として、広く位置づける議論をしている。
こうなると、「アニマは男性の、アニムスは女性の」というような理解は、
もうそのままでは通じなくなってくると思う。
>>542 同意。
「ギーゲリッヒとか」の解釈はユング自身よりも神秘思想の原型に近づいているみたいですね。
むしろこちらのアニマ/アニムス観の方が理解しやすいかも。
>「ペルソナというのは、通常は自我と同一化している機能コンプレックス」
自我も原型も「広義の」コンプレックスで、各々別個のもの、と思っていましたが・・・
コンプレックスは互いに結合しあうなど、それほど独立性がないということですかね。
545 :
没個性化されたレス↓:02/08/06 23:36
酔っ払いの乱文失礼。
アニマ・アニムスについてユングはどう考えたか、それを字句通り受け取めようとするなら「ユングを学んでいる」とは言えないだろう。
「個性化」=individualization
in-dividual...すなわち、「分割不可能」である。
ユングをコピーした考えを受け継ぐならその者はユングと一体化していて、さらなる分割が可能な存在。
個性化がユング心理学の中核ではなかろうか。
ホントに酒臭いぞ…
547 :
没個性化されたレス↓:02/08/07 23:44
ほへっ!?
ギーゲリッヒの解釈は神秘思想に近づいているってどういうことですか?
548 :
没個性化されたレス↓:02/08/14 02:11
ナイフは何故割れたのか、どうして本棚が『どぉおぉぉぉん』なんて言ったのか。
だれか教えて下さい。
それがsynchronicity...なんて、やってられんなぁ
シンクロニシティってのは、
「シンクロニシティだからそういうことが起きた」ではなく
「そういうことが起きたということをシンクロニシティと考えてみる」
つーことだろ
因果論じゃないのよ
私には良く理解出来ません。
が!!
何だかユングはすごい人みたいだと!
本買ってきたので勉強して出直して
きます。。。好きなだけじゃだめなのね。
ユングって一体何人と浮気したの?
サビーナ・シュピールラインとトニー・ウォルフはその噂があったそうだけど。
ユング派の人達は肯定的に見てるけど、奥さんのエンマ、はっきりいってかわいそうだよね。
まあ、パイオニアだから、少しは大目にみるとしても。
昼飯のスパゲティナポリタンを眺めながら、積年の疑問を考えていた。それは「なぜナポリタンは赤いのだろうか」という問いである。
簡単に見えて、奥の深い問題だ。
「赤いから赤いのだ」などとトートロジーを並べて悦に入る浅薄な人間もいるが、それは思考停止に他ならず、知性の敗北以外なにものでもない。
「赤方偏移」という現象がある。宇宙空間において、地球から高速に遠ざかる天体ほどドップラー効果により、
そのスペクトル線が赤色の方に遷移するという現象である。つまり、本来のナポリタンが何色であろうとも、ナポリタンが我々から
高速で遠ざかっているとすれば、毒々しく赤く見えるはずなのだ。
目の前のナポリタンは高速で動いているか否か?
それはナポリタンの反対側に回ってみることでわかる。運動の逆方向から観察することで、スペクトルは青方遷移し、青く見えるはずなのだ。
逆に回ってみたところ、ナポリタンは赤かった。
よってこのナポリタンは高速移動をしていないと言える。
ここ詳しい人が多そうだから聞きたいんだけど、
ユングが「実験心理学は意味がない」とかぬかしてた
ことについて、どう思うよ?ユング嫌いじゃないけど、
ちょっと傲慢かなと言ってみる。
555 :
没個性化されたレス↓:02/08/15 08:11
「意味がない」と言われたとして、自ら引っ掛かる何かを感じるから気にするんでないか?
自らの学問の価値に自信があるなら、ユングの言葉一つ取り上げるまでもないだろう。
大体、文脈を離れた短い言葉は、引用者の勝手な解釈にさらされることが多いのは2チャンネルを見て分かんねーか?
漏れは詳しくないから推測しかできないが「実験心理学に意味がない」というのは、「個々の人に相対する臨床の場においては」とか、そういう意味であるかもしれない。
短い言葉一つ取り上げて「傲慢だ」うんぬんと判断するのは、実験心理学を学ぶ者?にあるまじき非合理ではないか。
意味の有無なんて求める人が
他人や自分の心理、はたまたユング
の心理学を何故に追求しようとしているのか。
「ナポリタン、赤い・・何故???」
そんなユング超かっこいい。
浮気しちゃってんのに「男は二つのタイプの
女性を求める事がわかった。」と・・・。
浮気正当化大作戦か??可愛い。
557 :
没個性化されたレス↓:02/08/15 19:14
ユングは浮気をめぐって血みどろになるような経験をしたそうだ。
556のような「かっこいい」とか「かわいい」とか言う次元ではない問題だろ。
エマに刺されたの?
シュピルラインに惚れてしまったがため。
アニマの細分化現象?
エマ!ガン切れ!!
ナイフ四分割!みたいな!
559 :
没個性化されたレス↓:02/08/15 22:17
週間誌と同レベルで考えるなよ。ばかめ
ユングの研究したことは面白い。
が、ユングがエロスケベ親父であることも事実。
みんなユングを美化しすぎ。
561 :
没個性化されたレス↓:02/08/15 22:48
今だったらユングなんて倫理綱領にひかっかって,失職してただろうな.
女性患者に手出し放題
562 :
没個性化されたレス↓:02/08/15 22:51
>ユングが「実験心理学は意味がない」とかぬかしてた
そもそも実験心理学をユングは何も知らないんじゃない?
彼にとって「心理学」とは「分析」周辺の世界だけだろ.
その辺にいる厨房並
>>562 どの本だか忘れたけど、実験心理学について書いていた。意味がないと書いていたか
どうかは忘れたけど、否定的な意見をちゃんと述べてた。
実験心理学を知らない訳ない。
一体いつの時代の実験心理学だ?
いつの本で、何を指して批判してるんだか分からんことには
何ともいえないが、時代から言うと行動主義とかゲシュタルトとか?
566 :
没個性化されたレス↓:02/08/16 07:04
>>556-558 >意味の有無なんて求める人が
他人や自分の心理、はたまたユング
の心理学を何故に追求しようとしているのか。
「ナポリタン、赤い・・何故???」
そんなユング超かっこいい。
どなたか存じませんが、全く、ユングとは関係ないし、
ユングはそんな「格好良さそう」なこと、考察の対象にも
してないでしょ。
そういった問題こそ、「意識とは何か?」という問いであって、
パート1でユング厨の「世界の狭さ」を見せつけるきっかけと
なった「心の哲学」の分野で扱われていることでしょう。
本当に、そんなことをあなたがいいたのかどうか知らないけど。
567 :
没個性化されたレス↓:02/08/16 09:29
>556
内容はともかく文章が気取り過ぎだべ
568 :
没個性化されたレス↓:02/08/16 09:38
ばーか、実験心理に「意味」なんてないよ。
おれ実験心理。
>>554 >ユングが「実験心理学は意味がない」とかぬかしてた
それは、おそらく
「人の心を知るのに、実験心理学から得るものはあまりない」
という発言のことでは?
実験心理学そのものに意味がない、なんて言い方はしていないはず。
(そもそもユングだって、初期は実験的研究をしていたのだから)
この発言は、行動主義が大きな勢力となってきた時代に、
弟子の分析家に対する内々の発言として言われたものだと記憶している。
555ではないけど、文脈とセットにして受け取らないといけない。
571 :
没個性化されたレス↓:02/08/16 10:23
>568
そうそう!
「意味」を放置するのが実験系。
「意味」を追求するのが深層心理学。
>>544 >>「ペルソナというのは、通常は自我と同一化している機能コンプレックス」
>自我も原型も「広義の」コンプレックスで、各々別個のもの、と思っていましたが・・・
元型を「広義のコンプレックス」と説明する文献もあるらしいけれども、
ユングの言う元型は、狭義・広義に関わらず、
コンプレックスとは全く異質のものとするほうが妥当だと思う。
特定のコンプレックスは、特定の元型に背後から支えられている。
たとえば母親コンプレックスは、母元型の方向づけのもと、個人的素材が様々に結びついて形成される。
あと、林道義がHPで取り上げていたし、別スレにもあったが、
ペルソナは元型か否か、という問題がある。
私は、ペルソナは元型ではないという理解のほうが、オリジナルのユングの発想に近いと思う。
少なくともユング自身は、ペルソナを元型だとは一回も言わなかった。
ペルソナが詳述されているユングの『自我と無意識』を読んでみても、
ペルソナは外界に対するその人間の社会的な構えの機能、という意味に限定されて使われている。
ペルソナをひとつの元型と理解するとしたら、それはユングのペルソナ概念とは多少なり離れた、
ユンギアンによる新しい捉え方として別個に考えたほうが正確かもしれない。
>コンプレックスは互いに結合しあうなど、それほど独立性がないということですかね。
ユングによれば、無意識コンプレックスの自律性や独立性は、意識化によって失われるか減じる。
つまりコンプレックスの独立性は、意識の態度、意識との関係によって変化するところがある。
また、コンプレックスの種類によっても独立性は違う。
ユングによれば、通常、心的要素はたいてい幾つかが寄り集まって塊になっているが、
そのうち、表象コンプレックスと呼ばれるものは、さほど独立性を持たない心的要素の塊。
ただ、機能コンプレックスと呼ばれているものになると、
強い感情価によって心的要素が結びついており、独立して自律的に働く傾向がある。
通常「コンプレックス」と呼ばれているものは、たいていこの機能コンプレックスを指している。
ユングは長身でハンサム、自信家で社会的地位も高かった。
ともかくモテル条件はそろっていたのだよ。
女性の方から寄って来たことだろう。
574 :
没個性化されたレス↓:02/08/16 10:31
>572
うーむ。特に後期のユングではコンプレックスは元型、自我を含む包括的概念になっていたのでは?
575 :
没個性化されたレス↓:02/08/16 10:36
harukaというひと、哲板でMハイド読んでたひとじゃないか。
>>574 自我に関しては、初期から「コンプレックスのひとつ」という扱いだけれども、
コンプレックスが元型を含む包括的概念である、という理解は、
前後期通してもなかったと思うが。。。どうでしょう?
>>570 ユングの浮気は特別でもなんでもなく、世の中に溢れている浮気とほとんど
変わらないと思うんだけどなぁ。
それに浮気されて悲しくない奥さんなんているの?
病気だから仕方なく認めてやったぐらいの感じだと思うけど。
奥さん、本音は言わなかったと思うよ。
>>574 一説によると、エンマは、ユングが自分の娘に近親相姦的な愛情を抱いていたので、
その関心を他に振り向けてくれる相手として、トニーとの仲を認めていたという。
この件については、エンマはトニーに感謝していたなんて話もある。
また、シュピールラインとの仲に関連して、ユング理論の基本的な発想が、
実はシュピールラインの考えに依ったものである可能性が指摘されている。
普通の浮気といえばそうだが、やはりちょっと違ったテイストがあるのも確か。
エンマの気持ちは、結局は推測するしかないところになると思う。
>>568 >そうそう!
>「意味」を放置するのが実験系。
>「意味」を追求するのが深層心理学。
うそつけ。意味を追求するのは「解釈主義」系であり、
深層心理なんかとは「ほぼ無関係」だろうが。
>>578 そんな説があるんだ。ユングの娘、きれいだもんね。
しかしそれが本当なら、ますます困った人だなぁ(w
自分は、やっぱり普通の浮気だと思うんだけど、その気持ちが起こった
自分の心をじっとみつめて、あのような難解な理論を組み立てたのは
スゴイと思うし、普通の人じゃできなかっただろうな、なんて思っています。
Mハイド??は読んでません・・。PC買ったの最近なもので。
エマがフロイトに宛てた手紙です。
「私はカールと対抗し、自分自身の保持の葛藤に苦しんでいます。
私には一人も友人がおりません。私と関連のある人達は皆、唯カール
に逢いたいだけ。女性は皆カールに恋しています。・・とは言え私も
人恋しいのです。なのに皆やカールまでもが、私が彼や子供達に専念する
のをやめるべきだ!と言います。・・私はどうすればいいのでしょう。
とても難しい事です。私に勝ち目は無いのですから。この事を強調するために
私は他の誰かと一緒にいる時は特別に馬鹿な事を喋らざるを得ないのです。」
エマは浮気に嫉妬・・ではなく、人としてユングを妬んでいた臭い。
583 :
没個性化されたレス↓:02/08/16 18:30
>582
引用は結構
harukaとやらの「嫉妬でなく妬んでいた」等の判断は無用のカス
引用だけ頑張れ
おまえの判断は読む価値なし
ユング曰く
「人の心を知ろうとするものは、実験心理学からは殆ど、否!何も!と言っていい程
学ぶものは無いであろー。」だってさ・・。ここまで追求しといて。
相対性理論のおじさんも「人間が自然を知りえるわけがない・・一部なのだから」
って。すごい事研究した人はまず自分自身でその結果を無意味的扱いするのはなぜ??
私は実験心理学。意味アリアリだと思う。何も知らないから。
読まなくていいよーだ。いじわるマン。
引用だけ頑張る!
あれ・・。
587 :
554です:02/08/17 00:23
>>568.571
いやいや、「意味」をはきちがえてまっす
実験心理学がそれぞれの事象に対して意味付けしない、というのは正しいんだが
オレが言ったのは(というかユングが言ったのは)「実験心理学は役に立たない!」
といった、実験心理学そのものの「意義」を侮蔑したことに対して
>>584の人、引用してくださってどうもです
ああ!!
>>587の方の引用って事だったのね。
ちゃんと読まずにすいませんでした・・。
part1から読みかえしてみたいのですが、あるのかな?
はずかしーx2。おやすみなさい
589 :
没個性化されたレス↓:02/08/17 06:17
>>588 >part1から読みかえしてみたいのですが、あるのかな?
そんなものよりも、まず、まともな心理学の教科書、まともな
現代思想の教科書、まともな文章の書き方の教科書、まともな
ユングの本を全部読んでから、書き込みしてください。
本人はまったく意図してないと思いますが、限りなくあらしに
近い状態が生じています。今、このスレで。
590 :
没個性化されたレス↓:02/08/17 06:29
>>565 563です。どの本か分かりました。否定的とまではいえないかな。
「現在と未来」松代洋一編訳 平凡社 P228
”科学的な方向をとる心理学は、どうしても抽象化の道を歩まざるをえないので、
その具体的な対象から次第に遠ざかっていって、しまいにはすっかり視野から
なくしかねないところまでいってしまう。実験心理学の所見が実際上にも一般的
にもきわめて啓発するところが少なく、おもしろくないのはそのためである。”
あとは読んで下さい。1956年の春に書かれたもののようです。
592 :
没個性化されたレス↓:02/08/17 20:53
あ、あらし!!
やる気出してまた本買ってきた。
・徳間書店の「ユングは知っていた」(コンノケンイチ)
・第三文明社「自我と無意識」(松代洋一&渡辺学訳)
これどうでしょうか。相手にしてもらえる位まで勉強してきまーす。。
595 :
没個性化されたレス↓:02/08/17 23:02
harukaは心理の学生ですか、メンヘラーですか?
>>594 大丈夫だよ。ここのスレにユングの本全部読んだ人なんていないから。
597 :
没個性化されたレス↓:02/08/17 23:21
コンノケンイチと「自我と無意識」とを一緒くたに読む心理の学生やメンヘラーって、イヤ。
598 :
没個性化されたレス↓:02/08/18 00:18
>haruka
河合隼雄「ユング心理学入門」培風館
から読むべし
コンノケンイチって心理学にまで手を広げてたのか……ひどく守備範囲の広いトンデモさんだなあ
harukaさん
とりあえず「書き込む」ボタンを押す前に文章の推敲を
忘れずにね。今回はまだ良いけど。
601 :
没個性化されたレス↓:02/08/18 02:54
ざっとみてきました。
私は基礎系勉強している学部生だけど、
なんでここ(多分心理系の人?)の人があんなにも
ユングを否定したがるのかわかりません。
しかもなんか喧嘩腰だったりやたら口が悪かったり。
同じ基礎系を学ぶ人なのかと思うと、気が重くなります。
だいたい、理論が間違っていると思うならば、
きちんと勉強してどうまちがっているのか
理論展開するべきだと思うのですが。
とんでもさんなんて適当に無視すれば言い話で、やたらそういうのを叩いて
スレを消費するのはもったいないと思います。せっかくのユングスレなのに。
ついでに、
>>244さん、勉強になりました。ありがとうございます。
個人的にはユングを理論的でないって批判する人って理解できません。
>>601 悪いこと言わないからパート1見れ。
文学や哲学の一環としてユングをやってるのは害はないが、
ユング派を名乗る臨床屋さんが、患者のことを何も考えない、
治療を自分のオナニーにしか使わないトンデモさんであることが
良く分かるから。
臨床的価値以外については、多分、あなたが知っている「心理学」
が、限りなく文学に近いものであると思われ。
603 :
没個性化されたレス↓:02/08/18 06:02
工学部でメンヘルになったがカウンセラが話聞いてない。こちらが話し下手なのも確かだが。馬鹿のふりしてんのか。
604 :
没個性化されたレス↓:02/08/18 10:07
ユング思想も、フロイトや、それ以前の思想に対する『一つの読み方』
であることを、我々は理解しなければならない。
ユングの、彼自身の独特の『読み方』が、正しいとは限らない。
フロイトの神話理論の『誤読』の結果がユングの神話理論・元型論と
言うことだって出来るのだ。
605 :
没個性化されたレス↓:02/08/18 12:44
604は大きなことを言うが・・・
その思考回路が信用に値するとは思えません
606 :
没個性化されたレス↓:02/08/18 14:23
607 :
没個性化されたレス↓:02/08/18 14:29
603ではないです。
608 :
没個性化されたレス↓:02/08/18 17:32
ヒルマンの「魂の心理学」を読んでいます。絢爛豪華で、自我=英雄の
パースペクティブにとらわれない自在さに魅せられ、ヒルマン本人もブ
リリアントな人だと思うのですが、元型派の臨床となるとイメージが浮
かびません。どなたか、説明してくださるか、もしくは推薦図書をあげ
てもらえはしまいか。
>>608 ヒルマンもギーゲリッヒも呼んだことはありませんが、河合俊雄の「概念の心理療法」
は読んだことがあります。確か元型派の臨床について書いてあったような。
参考になるかどうかわかりませんが、一応書き込んでおきます。
611 :
没個性化されたレス↓:02/08/18 21:33
ヒルマンやギーゲリッヒほどの人物を「呼んだ・呼んでない」とのたまう610は相当の大物でいらっしゃるのでしょう。
613 :
没個性化されたレス↓:02/08/19 01:02
>>591 引用ありがとうございます。
臨床では目の前の人間の具体的な個別的事項を問題にするのであって、
人間一般に通じる抽象的な心理学の理論ではこれを扱うことができない、というのが
ここでユングの言わんとするところになるのでしょう。
これが妥当な見方かどうかにはまた議論があると思うけど。
ちなみにユンギアンは、ゲシュタルト心理学に対しては好意的な見方をすることが多く、
ゲシュタルト概念を元型概念に類似していると言うユンギアンもいるらしい。
この理解が妥当かどうかは、このユンギアンの説を詳しく知らないので何とも言えないが、
「要素に還元できない全体」という発想が、ユンギアンの好むところであろうことは推測できる。
これに対し、ユンギアンが積極的に心を実在的なものとして見なす立場にある以上、
行動主義のパラダイムに抵抗感を覚えるのはごく自然なこと。
>>602 少なくとも私には、ユング派臨床を行う者全員が
「治療を自分のオナニーにしか使わないトンデモさん」であるとは思えない。
パート1に出てきた人物だけを見て一般化するのはどうだろうか。
>>604 ユングの理解がひとつの読み方である、という点には異論はないけれども、
何をもって「誤読」とするのか、また誤読は常に問題のあることなのか、
誤読というのは創造に結びつく重要な行為であるとする見方もあるがそれはどうか、
といった論点もあると思う。
(もっとも、ユングがカント哲学の基本的な部分を誤解して受け取っていることは
研究者も指摘するところではある)
なお、フロイトに対して神話研究の重要性を強調し、研究をするよう促したのはユング。
ユングは最初から自分なりの神話理解を持っていたのであって、フロイトから受け継いだのではない。
>>608 ヒルマンは結局は、「臨床なんて自己満足、現実に出よ」として
臨床という行為自体を捨ててしまった。
ヒルマンには反臨床心理学という色彩が強く、その意味では
“臨床スタイル”が確立されているわけではないという印象がある。
20年前に「元型派」なる言葉を創ったサミュエルズも、現在では、
「元型派は他派に取り込まれるか消滅した」と言っているが、
何かを固定的に確立することを徹底して嫌い、不断の流動こそが人間にとって本質的だとする
ヒルマンの立場は、結局はそういう形に行き着くしかなかった、と私は思う。
ユング派のなかでのヒルマンの位置づけに関しては、
『ユングの13人の弟子が今考えていること』に収録されている
ディヴィッド・ティシィ「ジェームズ・ヒルマンに見られるねじれと裏返し」が、
簡潔ながら、最も公平かつ客観的な評価になっていると思う。
ヒルマンが好きなら、これは必読文献。
ヒルマンはレトリックがうまいし、立場が極端なので、読んでいて面白いけれども、
その偏り方ゆえに気をつけた方がいいと私は思う。
618 :
没個性化されたレス↓:02/08/19 02:06
>>616 なお、フロイトに対して神話研究の重要性を強調し、研究をするよう促したのはユング。
ププ オロカモノ。
>>618 以前引用したクラーク『ユングを求めて』より、再度の引用。(p.28-29)
…そもそも神話の領域では明らかにユングの方が先行していた。(中略)ユングが宗教
や神話の歴史への関心を初めて明らかにしたのは1909年のことであり、フロイトへの
手紙で「神話は私の心を捉えて放しません」と言明した上で、友人でもあり仲間でもあ
るフロイトに対して、「その方面に光を当てる」よう勧めている。フロイトは初め冷淡
な反応を示し、もしもユングがそのことにこだわり続けるなら「神秘主義」という非難
を免れないだろうと、今となっては予言的ともいえる警告を与えたが、すぐに態度を改
め、ユングが「神話研究にとりかかっている」ことに「喜び」の意を表す手紙をしたた
めている。フロイトが精神分析学の研究と神話との関連をすでに認識していたことは間
違いない。しかし、数々の手紙から判断すると、昔の神話と現代人の心との結びつきを
より強く認識していたのはユングの方であり、フロイトを刺激してその方面により深い
関心を抱かせ、両者の競争心をあおったのもユングであった。
ふんじゃあ、フロイトが自分のあれを
「オイディプス・コンプレックス」と名付けたのはその後なわけ?
>>620 「エディプス・コンプレックス」という言葉が初めて登場するのは、1910年の論文。
これは、ユングが書簡でフロイトに神話研究を促した次の年になる。
ただ、フロイトはすでに1897年の段階で、フリース宛の書簡のなかで、
母を愛し父を憎む感情が自分の内にあることを告白し、これをエディプス神話と結びつけてはいる。
フロイトは早くから神話に注目してはいたが、
神話研究への関心の度合いについてはユングの方が先行していて、いろいろ刺激を受けたということだろう。
特に、神話を精神分析学的に解釈するだけではなく、
神話そのものを治療に用いようとしたのはユングのオリジナルになると思う。
ここで重要なことは、別にどちらが時期的に先かという問題ではなくて、
ユングの神話に関する思想は、必ずしもフロイトの神話理解を受け継いだものではない、という点。
エレンベルガーなどが書いているように、「ユングはフロイトの後継者」という見方は一面的。
ユングはフロイトに出会う前から、すでに自前の研究で地位を確立していたわけで、
両者はむしろ共同研究者としてみた方が正確だと思う。
ニーチェは凄い男だ。感動した!
ここのユング厨は、
ユングを攻撃されないと書き込まない。
どうやら自分から話題を作ることが出来ないようだ。
ユング支持派も自ら話題を持ち出して書き込んでいる。
スレ読めばすぐに判るはず。
って、
やっぱりあなたも自分から話題作れてないという罠。
すでに作って書き込んだことがあるの。
そっちも自分で話題作ったら?
まさに、
>>623 の言っていることが証明されたみたいだな。(爆)
だからスレ読めば
>>623が当てはまらないことは明白。
批判と関係なく、ユング支持派も自ら話題を持ち出しているんだから。
煽ってユング擁護派を引きずり出したいの?
定期sage
保全sage
>>628 ウダウダ書いている間に、ネタ振ってみろ。
>>631 まったくだ。
ユング厨の書き込みと言ったら、マスターベーション的ユング用語羅列、
そして煽りへの脊髄反応だけじゃないか。
一般的心理学徒に分かるようなネタふりなんて、まず期待出来ないだろう。
それがスレを読み返してみた俺の感想だ。
633 :
没個性化されたレス↓:02/10/14 17:00
隔離あげ
634 :
没個性化されたレス↓:02/10/14 17:04
誰か感情論あるいは科学非科学論争でないユング批判を一つ頼む。
>>634 Ver. 1におけるユング批判は、実は、ちっとも感情的ではない。
ユング厨の鼻息が荒いために、そうは見えないが(W
636 :
没個性化されたレス↓:02/10/14 21:44
Ver.1 のユング批判の要点を誰かまとめてください。
>>636 それは絶対にもったいない(W
悪いこと言わないから全部読んで皆。無茶苦茶笑えることを保証する。
638 :
没個性化されたレス↓:02/10/23 14:18
ま、確かに「理解できる人」と「理解できない人」に分れ
前者にしか価値がわからない、とい意味ではユングはまさにART。
ま、実際、今ユング派といえば臨床で、臨床は科学というよりARTなんだから
それでいいのでは?
639 :
没個性化されたレス↓:02/10/23 14:20
しかしミンデルスレやトラパスレがあんなにマターリやっているのに
なんでユングはこんなに荒れるんだろう・・・。
640 :
没個性化されたレス↓:02/10/23 15:02
>臨床は科学というよりARTなんだから
そうやって開き直っていては学問として成長し得ないし,
クライエントのためにもならないというのが,
医療関係者やこころある臨床家の懸念だろ。
641 :
bloom:02/10/23 15:06
642 :
没個性化されたレス↓:02/10/23 15:35
なんだかんだ言ってもユングはトラパとは違って
日本の心理臨床の中でそれなりの影響力を持っている。
それゆえ
>臨床は科学というよりARTなんだから
というような弁解では済まされない責任があるのだよ。
臨床に関わらないのならここまで叩かれることもあるまい。
644 :
没個性化されたレス↓:02/10/23 15:50
ひとくちにユング批判と言っても,その中には
1.ユング自身が責を負うべき理論的・学術的問題
2a.ユング派臨床家が責を負うべき理論的・学術的問題
2b.ユング派臨床家が責を負うべき臨床上の問題
があって,本来別個に論じられるべき。
ユング叩き厨にはそこらへんの区別もついていないようだが。
なお,ユング自身が責を負うべき臨床上の問題もあるだろうが,
臨床家としてのユングがこの世にいない以上,
これについて論じても詮無いことかと。
>>644 加えて河合隼雄とその取り巻きが実権を握る
臨床心理士業界の影響力の増大により,
就業の機会を狭められてしまった研究者や臨床家の私怨も含まれているかと。
647 :
没個性化されたレス↓:02/10/23 16:11
>>644 >2b.ユング派臨床家が責を負うべき臨床上の問題
これって、要するにユング派の臨床で治るのか否かってことでしょ?
>>647 その問いに対する、Ver.1での答え
1.臨床におけるユングとは治療を越えた一種の学術。治癒率なんて関係ない
2.治癒という考えがオカシイ。病気を病気と思わなくさせるのがユングだ。
ということだった。実際、臨床屋からも、ユング派と称する連中が、
患者を何年も抱え込み、患者が自分の言う通りに動くような関係を
構築することを自慢するばかりで、患者のことなど何も考えていない
という指摘がなされた。
それ以降、Ver.1では、ユング思想の学問的価値だけを、擁護派は
主張するようになった、という経緯がある。
>>644 バカだなぁ...
一旦、自分が「ユング派です。ユングの〜という部分を受け入れています」
と言った時点で、そいつは、「自分の頭で考えた結果」、ユングの一部を
受け入れた。
だから、当然、そいつ自身にも「なぜそれが良いと思うのか」を説明する
責任があるに決まってるじゃないか。それが、責任ある良識的な知識人って
ヤツだろ?
自分が「良し」としない点を非難されたら、「俺はそれを信じてないぞ」と
言えば良い。ようは、「誰が最初に言ったか」でなく、「俺はそれを信じる」
かどうかだよ。
2bはともかく、最初の2つが区別できるかよ。大体、自分が良く分からない
論文でも、いったん共著者に名前を連ねたら、論文内の誤りに対する責務もまた、
著者全員に帰属される。
それが「学問」の社会ってヤツだよ。
>>648 私は、ユングの臨床的価値に関してまだ議論の余地はある、という立場。
心理療法はしないよりはする方がいい、どんな療法も治癒率に大差ない、
という調査研究結果が出ていたはずで、これに従うならば
ユング派技法のみを多技法に比べて、特別に「臨床的価値がない」と断言することはできない。
むしろ現在では、様々な心理療法を通して共通の治癒要因に目を向けようという研究がある。
この共通の治癒要因とは、寄与の割合の大きい順から、
治療外要因(患者の資質、偶然の出来事)、治療関係、技法および期待・プラシーボ効果になるが、
ユングの場合、特定技法の手順よりも、寄与の割合の大きい治療外要因・
治療関係を重視していたという点で、
この新しい動向に寄与する視点を持っているのではないだろうか。
つまり私は、ユングをユング派分析療法の枠で読むのではなく、
共通の治癒要因にいち早く注目していた療法家として読み直すと、
まだまだ得るところがあるのではないかという提案を、たとえば
>>260でしている。
実際に、ユング派以外の臨床家によるユング受容は、
共通の治癒要因に対するユングの洞察こそを受け入れている場合が多いのでは?
続きます。
私の知っている限りで言うと、非ユング派臨床家によるユング受容は、
ユングの人間観、治療関係論、臨床上のちょっとしたヒントなどを
断片的に受け入れている場合が多く、
元型理論や共時性論などをそのまま受け入れている人はあまりいない印象を受ける。
(これらを受け入れるの非ユング派は、臨床家より人文系の研究者に多いのでは?)
元型論や共時性論への批判は、臨床現場でのユング受容の実体と必ずしも重ならないかもしれない。
治癒率というのは重要であって、今後も調査研究がなされる必要はあると思うが、
現時点の治癒率のデータがないというだけで臨床的価値を断じていいものかどうか。
また、仮にユング派技法の治癒率のデータがあったとしても、
ユングの受容が断片的なものになっている状況下で、独立のユング派技法の治癒率だけを根拠に
ユングの臨床的価値を論ずることがはたして適切かどうか。
すでに古典となっている理論の評価、たとえば、フロイトやロジャースの臨床的価値が、
精神分析学派やロジャリアンの評価だけで定まらないのと同じように、
ユングもまたユング派の評価だけでは定まらないのでは、というのが私の見方。
>>648 さらに追加。
>1.臨床におけるユングとは治療を越えた一種の学術。治癒率なんて関係ない
>2.治癒という考えがオカシイ。病気を病気と思わなくさせるのがユングだ。
2については、「病」を問題のある事柄として捉えこれを消去する、というふうには必ずしも考えないという点で、
確かにユング派の一般的な見方になると思う。
(というかユング派以外でも、ブリーフセラピーなどにはこれに近い見方をするものもあったと思うが)
しかし、1については、
少なくともユング派全体のコンセンサスではない、というふうに私は思う。
自前の技法や治療方針が、目的としている事柄に対してどれだけ有効だったを量ることは
たいへん重要なことであるはずだし、良心的なユング派なら必ず考えているはず。
いわゆる「治癒」を目的としていなくとも、ユング派なりの「目的」はあるはずで、
目標達成度という意味での「治癒率」は、2とは別個に考えられるべき。
1については、part.1 での特定個人の見解であり、
ユング派全体の考え方ではない、というふうに位置づけすることを提案します。
私はこの板のユング擁護派だが、1には大いに疑問を持つ。
653 :
没個性化されたレス↓:02/10/23 18:49
あなたがまともなのは良く分かる。
では、これについて意見を聞かせて。
>ということだった。実際、臨床屋からも、ユング派と称する連中が、
患者を何年も抱え込み、患者が自分の言う通りに動くような関係を
構築することを自慢するばかりで、患者のことなど何も考えていない
という指摘がなされた。
長文ついでに書くと、 私は
>>634に同意します。
part.1 では、ユング支持者やユンギアンのあり方に対する批判は多かったが、
ユングそのものに対する本当に本質的な批判といえるようなものは、
それほど多くなかったと思う。
本質的なユング批判というのは、科学非科学論争や実験心理学的要請から
離れたところでないと出てこないような気がするのだが。
たとえばブーバーのユング批判について、ユンギアンはこれを誤解であるとして退ける傾向があるが、
私個人は、ユングの問題点をきっちり突いている本質的な批判だと思う。
part.1 の537、538のまとめに私は同意するので、これを共通認識として、
ユング批判とユンギアン批判を分けて整理しつつ、再度議論をやってみてもいいのでは。
>>653 私が知っている限りの、ユングを受け入れている臨床家には
あまりそういう印象がないので、率直なところ「そういう人もいるんだ」と思う。
それに、こういう人たちがいるのが本当にユング派だけなのか、という疑問もある。
ただ、ユングの理論自体に自足しがちな傾向がある、あるいは
自足しがちな傾向を持つ人がユングによく惹かれる、ということは、
ユンギアンの側がきちんと認めて考慮すべきことだと思う。
ブーバーのユング批判も、いわば、こうした傾向に対する批判であるわけだし。
以前書いたとおり、私はユング好きだけれども、
実は本流のユング派にはあまりシンパシーを感じていない。
非ユング派臨床の訓練を受けながらも、+αとしてユングを取り入れているような
臨床家の人たちと話をする機会が多いもので。
おや、まともな話になっている
657 :
没個性化されたレス↓:02/10/24 02:03
どこがだ。
面白半分にあげてみたり。
659 :
没個性化されたレス↓:02/11/03 22:42
厨房集めにあげてみたり。
ユングは宗教、ラカンは文字だからこんな結論当然なのに…
遊びの上の遊び
無意味な冗舌がムカムカする
ジャンルを横断するときはなんにせよ疑問の目を向けるが
また分子内粒子物理学がどうとか
またか!
またかよ!!
ラカンは「もじ」・・・・・・・・・・・・
662 :
没個性化されたレス↓ :02/11/08 13:10
ところで、ラカンといえばグループの内部分裂というのを独りでに連想したのだけれど、
ユング派は派閥間の闘争はどうなっているのでしょうか?分裂が絶えないのでしょうか?
どこも似たりよったりなんですか?
聞いた話では、一人一人が独自のユング解釈を持っているので、
内部での意見対立はザラだが、派閥が形成されるどころの状態ではないらしい。
665 :
没個性化されたレス↓:02/11/19 15:09
マリオ・ヤコービ著の分析的人間関係って、プロの臨床家の人たちは
どう評価してるんでしょう?
プロでない私には面白く読めましたが。
>>662 意見対立は数多くあるものの、精神分析学派ほどのものではないと聞いている。
ヒルマンが出てきた頃の分裂と対立が最も深かった、という程度ではないだろうか。
チューリッヒのユング研究所に留学していた人に聞いた話。
ユングの高弟フォン・フランツが、晩年、
ユング研究所から分裂して独自に研究所を建てたが、
両方の研究所をかけもちしている人が、先生にも学生にもかなりいたとのこと。
一般的なユンギアンの実際はそんな感じ、ということらしい。
>>665 プロじゃない者からのコメントで恐縮だけれども、
私もたいへんいい本だと思う。ユンギアンの著作としてだけではなく、
治癒の共通要因としての分析関係に焦点を当てている本として読めると思う。
ちなみに、林道義がマリオ・ヤコービをたいへん高く評価している。
ヤコービは、林がユング研究所に留学していたときの教育分析家で、
林道義責任編集の「ユング研究」創刊号にもヤコービが祝辞を寄せている。
日本ではイギリスの発達派が盛んに紹介されているが、
林によれば、ヤコービら大陸の発達派こそ豊かな内容を持っている、とのこと。
なお、私の知っている臨床家たちの間では、同じ創元社のシリーズにある
グッゲンビュール-クレイグ『心理療法の光と影』の評価がたいへん高い。
(たまたまかもしれないが、ヤコービの話はあまり聞かなかった)
669 :
没個性化されたレス↓:02/11/21 14:43
「ユングの13人の弟子が今考えていること」の序文によれば、
元型派はほとんど他の派、つまり古典派と発達派に解消されてしまったが、
今は古典派の極右的な原理主義と、発達派よりもっと精神分析にすりよった
精神分析派という4つの傾向があるとのことですが、そんなとこですか?
でも、日本では元型派が強いという話も聞いたことがあるような。
ま、ユングは、ユング派なんか作るなと言ったそうだから、どうでもいいけど。
670 :
没個性化されたレス↓:02/11/21 14:51
ウチが本家ユング派です。
671 :
没個性化されたレス↓:02/11/22 09:31
本家ユング派と没個性化されたレスという組み合わせが皮肉で面白いね。
672 :
没個性化されたレス↓:02/11/26 19:59
individuation 個の円成とでも訳したらどうかな?
>>672 おそらく、林道義あたりは反対するのでは。
林の理解によれば、個性化とは必ずしも「まるい」人格になることではなく、
場合によっては、他人と厳しく争うような局面を必要とするもの。
672さんは、おそらく、ユングの言う十全性が
円のシンボリズムで表現されることを念頭に置いているのでは。
その意味ではたしかに的確なのだけれども、
日本語においては、人柄が「まるい」というときのニュアンスと
混同されて受け取られる危険性が大きいかもしれない。
674 :
没個性化されたレス↓:02/11/27 11:23
新年になったので、こっそり久々に書いてみる。
他スレなどを読んでいて、ユングに対する批判の最大の根拠は
いわゆる言語論的転回にあるらしいと感じたので、この点について少し。
ユングの思想が言語論的転回の恩恵に浴していない、ということは
様々に引用したクラークの著書でも指摘されていること。
ただ私は、それがユングにとって本質的な欠陥になるとは思っていない。
ユングの観点からすれば、言語論的転回というのは
徹底的な唯名論的立場になる。
(思想内容が唯名論的、というのではなく、
心的傾向として唯名論的-外向的ということ)
ユングは『タイプ論』では、実念論と唯名論との対立を論じ、
両者の統合を構想しているが、やはり、自身は実念論的傾向を持っている。
続きます。
実のところ、ユングに限らず、西洋のシンボリズム-神秘主義的立場は
全体的に実念論に深く関係していると言っていい。
逆の言い方をすれば、実念論のリアリティが実感としてわからなければ、その人は神秘主義的なものにはコミットできないということ。
(実験心理学的観点からではなく、むしろ神学者からの批判のほうが
ユングにとって致命的かつ本質的な批判となっているのは、
実念論のリアリティの側に立って、ユングを内部から解体しているから。)
ユングなら、言語論的転回の理屈に「納得できてしまう」ということ自体が
すでにある種の心理的偏りであり、
現代というのはそちらへと大きく偏った時代なのだ、と言うだろう。
ユングの立場と言語論的展開の立場とは、根本の根本、
気質というか、人間のあり方としか言いようがない部分で対立しており、
一方から他方を論じるのはたいへん難しい、ということは認識する必要があると思う。
それから、ユングの論じている精神とか物質とかを、
心身問題における「心」と「身体」と同じように考えてしまったら間違い。
ユングの場合、むしろキリスト教的伝統における
精神・魂・肉体の神学的問題に深くコミットしていたのであって、
心の実在性ということも、そのニュアンスを持って受け取らなければならない。
(でなければ、心身問題を考える上でユングが
錬金術などを持ち出してくる理由がわからないだろう)
この点は
>>484、
>>485あたりでも問題にしたつもりだったが、
どうも本当にはなかなか通じない部分のように思う。
ここも最終的には、「実念論のリアリティが実感としてわかるかどうか」
に関わっている。
(^^)
679 :
没個性化されたレス↓:03/01/07 20:43
なるほど。
言語論的転回って何ですか?
すいません。厨房なもので。
リアリティが実感としてわかる
などという日本語を使ってる人は言語論的転回の説明なんて出来ないです。
683 :
没個性化されたレス↓:03/01/14 04:31
ユングは「人は深い意識レベルではみんなが繋がっている」といっているそうですが、何という本のどの辺に書いてあるかご存知の方教えてください。
684 :
bargel:03/01/14 05:08
ユングの考え方って、シュタイナーのパクリじゃないかと
思うんだけど、専門家の方はどうお考えなのですか?
特に、シュタイナーの神智学以前の認識哲学で、
「自由の哲学」なんかでは、アーキタイプとか出てくるし・・。
685 :
没個性化されたレス↓:03/01/14 06:09
>>684 アーキタイプのルーツはそもそもカントのアプリオリであり、
それはユング派といえども多分みんな知っている事実なわけだが
>>680 な。言ったとおりだろ。244に言語論的展開の説明は無理だったようだ。
説明出来ない、ということは理解していない、ということ。
引用だけならサルでも出来る。
>>682こと244
俺の言いたかったことは以下の2点だ。
第一に、およそどんな哲学でも「実感として分る」ことに重きを置いていない。
体験は言葉にならなければ哲学的問題として扱うことは出来ない。
これは言語論的転回なんかの高度な問題ではない。
実念論の系譜や、カントやヘーゲルの体系でも同じ事なんだよ。
言葉としてとらえ、厳密に思考する。
ユングが内向的と呼んだ実念論的哲学は、実在を実感として捉えるような
神秘的なものだけではないのだよ。
ローティが言語論的転回と呼んだ20世紀哲学における一連の流れは、
その言葉の取り扱い方をもっと徹底的に厳密にする試みだったわけだ。
第二に、リアリティという言葉について
リアリティと言う言葉は哲学でも使われるが、もちろん日常用語であるし、
日本語では外来語として一般的に使われている。
そういう言葉をいかに使うかは、言葉の使い手の頭脳とセンスによる。
ideaという言葉は、外来語としてアイディアと言われている。
だからといって、「アイディア」と言っておいてから、実はそれ、哲学用語です
なんて言ったって、ハァ? だろ。
予め誤解の無いように、イデアとかイデーとか、さらに厳密に「プラトンの」
「ヘーゲルの」を付けるとか、あるいは既に訳されている理念なんかの用語
を使うのが妥当というものだろう。
更に言えば、ユングのサイキック・リアリティ psychic reality は、
超能力の実在性を説くのでも、心の実在性を説くものでもない。
それは心的現実と訳され、患者の感じたことを一つの現実として捉える
ことを指しているのだよ。
ユングは伝統的哲学用語に立脚していないようだね。
心的現実って最初に言ったのはフロイトだってばよ。
もっともあれはInner realityだが。
フロイディアンたちの言うinner reality もユンギアンたちの言う psychic realyty
もほとんど意味は同じだから、まあ、ロボの言う通りかもな。
ただし俺は誰が最初に言ったかなんてことに言及してはいないぜ。
いずれにしても、ここでの reality っていうのは、概念の実在性が個物に先立って
あるのかないのかというような哲学的な問題じゃない、ということは確かだな。
692 :
没個性化されたレス↓:03/01/15 23:51
他スレなどを読んでいて、ユングに対する最大の哲学的根拠はいわゆる
カントのコペルニクス的転回にあるらしいと感じたので、この点について少し。
ユングの思想がカント思想の恩恵にどっぷり浸っている、ということはユングの
著書でユングが著述していること。私は、それがユングにとって本質的な欠陥で
あると思っている。
ユングの観点からすれば、コペルニクス的転回というのは徹底的な実念論的立場に
なる。(これは心的傾向として実念論的-内向的ということであってカントの体系は
実年論と唯名論の統合を標榜していたことで有名)
ユングは『タイプ論』では、実念論と唯名論との対立を論じ、両者の統合を構想し
ているが、これはまったくカントのパクリである。
しかしユングはそれを神秘主義的に曲解しているし、哲学的統合の具体的方策も
示していない。もし示していれば哲学思想史上輝く存在になっていたはず。
693 :
没個性化されたレス↓:03/01/15 23:53
実のところ、ユングに限らず、西洋のアトミズム-経験論的立場は唯名論の系譜
であると言っていい。
逆の言い方をすれば、実念論のリアリティを懐疑することができなければ、
その人は経験論的・唯名論的な論考をすることは出来ないということ。
(神学者からの批判でなく、哲学の立場から大きなユング批判が起きなかった
のは、ユング思想が哲学として評価に値しないほど粗雑で意味不明なもので
あったから。およそどんな哲学者でも本気になれば、不完全なカントのパクリ、
神秘主義思想であるユングなど外部から簡単に解体させることが出来るだろう。)
カントなら、神秘主義思想の理屈に「納得できてしまう」ということ自体が
すでに悟性を無視したある種の無知蒙昧、批判精神の欠如であり、ユングというのは
そちらへと大きく偏った時代錯誤のオカルト人間なのだ、と言うだろう。
根本の根本気質というか、人間のあり方としか言いようがない部分で対立して
おり、一方から他方を論じるのはたいへん難しい、だからどうしたら良いのか
分りませんなどと言うことはサルにでも出来る。カントにおける実念論と唯名論
の系譜の統合、ぎりぎりの状態での統合ということを理解していなかったのが
ユングなのである。
694 :
没個性化されたレス↓:03/01/15 23:54
それから、ユングの論じている精神とか物質とかを、哲学上の
心身問題における「心」と「身体」と異なるものと考えてしまったら間違い。
実念論も唯名論も、共に中世キリスト教神学から生まれた哲学的立場。
キリスト教的伝統はギリシャ哲学を受け継ぐエイドス・ヒューレーの問題に
コミットしていたのであって、心の実在性ということも、そのニュアンスを
持って受け取らなければならない。
(でなければ、共時性における心身問題を考える上でユングがデカルト哲学を
持ち出してくる理由がわからないだろう)
>>683 たとえば、以下のような部分のこと?
同じようなことをユングはあちこちで書いていたと思う。
*****
無意識の心の探究によって到達できる最も深い層は、人がもはやひとりひとり独立
した個人ではなくなる層であって、そこでは人間の心の領域が拡大され、人類の心
の領域に併合されます。これは意識的なものではなく、人類の無意識の心であり、
そこではわれわれは全て同一なのです。
小川捷之訳 『分析心理学』 みすず書房 p.70
>>684 うろ覚えで出所を忘れたが、アーキタイプという言葉自体は、
ユングが持ち出す以前から様々に使用されていたらしい。
(すでにギリシア時代にこれに相当する言葉があったとか)
ユングとシュタイナーが各自に使っていたとしても、別におかしくはない。
両者はどちらも西洋神秘主義の流れに属し、
同じドイツ語圏で思想的環境が重なり、時代も共有していたわけだから、
テーマや内容が似てくることはむしろ自然なことだと思う。
生前は互いに批判的だったらしいが、その後の研究者たちは
むしろ両者の共通性に注目している。
(シュタイナーがもう少し長生きして、
ユングの後期著作を読んでいたら面白かったのに、と思う)
ちなみに、ゲルハルト・ヴェーア『ユングとシュタイナー』(人智学出版社)は、
両者の関連に関心のある者なら、一読する価値ありです。
>>687 アーキタイプの類似概念については、ユングが自らいろいろ挙げていた。
カントのカテゴリー概念はもちろんのこと、プラトンのイデア、
アリストテレスのエイドス、レヴィ=ブリュールの集団表象、
ユベールとモースの「想像力のカテゴリー」、バスティアンの原観念、などなど。
要するに、「私の元型概念は、特殊な私の創作物ではなくて、
すでに広く提唱されている様々な概念と見方を同じくするものなんだ」
と、ユング自身が強調している。
アーキタイプ概念に最も直接的に影響を与えているのは、おそらく、
歴史家ブルクハルトの「原像 Urbild」概念ではないだろうか。
ユングはアーキタイプという言葉を使うようになる前の一時期、
この「原像」という用語をそのまま使っていたぐらいだから。
>>688 >ユングが内向的と呼んだ実念論的哲学は、実在を実感として捉えるような
>神秘的なものだけではないのだよ。
それは当然承知している。
私は、西洋神秘主義は実念論と深く関わり合っている、とは書いたが、
実念論=西洋神秘主義とは書いていないはず。
要するに、西洋神秘主義は多くの場合、実念論的センスを前提とするが、
その逆は必ずしも成り立たないというだけの話。
それに、神秘主義的立場を取るかどうかに関係なく、
実念論的哲学が、唯名論的見解よりも観念の実在性のほうを
より実感的に理解できるセンスに支えられているのは確かだと思うし、
そうしたセンスこそを、ユングは「内向的」のタームで論じていた。
ユングにしてもシュタイナーにしても、
「言葉としてとらえ、厳密に思考する」という営為を重要視する一方、
それだけでは霊(精神)や魂の領域に踏み出すことができない、
と考える点で一致している。
だからこそ、イメージだの、シンボリズムだの、瞑想だの、想像力だのといった、
体験的な事柄を持ち出す必要が出てくる。
そして、そういう立場を強く支えているのは、やはり
実在的なものに対する直覚体験であって、ここをおさえないと結局はユングもよくわからない。
>>689 頭脳とセンスの悪さについてはご堪忍を。
洗練された物言いができるような人間ではありませんので…
ところで、ユングの言うpsychic reality (心的現実)というのは、
必ずしも「患者の感じたことを一つの現実として捉えること」に留まらない。
その理解だけでは、客観的事実に対して「主観的現実」を立て、
“本人にとっては”それは確かに現実だ(しかし客観的な妥当性はない)、
とする見方と変わらなくなってしまう。
ユングの心的現実論の特徴は、そうした心的現実が、あるレベルでなら
個人の主観、単なる“ Inner ”reality にとどまらない
客観的な実在性を持っている、という観点を含んでいるところにある。
(ユングが集合的無意識を、時に「客観的心」と呼ぶのもそういう部分から)
psychic reality が伝統的な実在論と無関係だ、なんてことはない。
たとえ表に見えなくとも、背景のほうで実在論的センスが心的現実論を支えている。
>>692 >ユングは『タイプ論』では、実念論と唯名論との対立を論じ、両者の統合を構想し
>ているが、これはまったくカントのパクリである。
>しかしユングはそれを神秘主義的に曲解しているし、哲学的統合の具体的方策も
>示していない。もし示していれば哲学思想史上輝く存在になっていたはず。
>>693 >根本の根本気質というか、人間のあり方としか言いようがない部分で対立して
>おり、一方から他方を論じるのはたいへん難しい、だからどうしたら良いのか
>分りませんなどと言うことはサルにでも出来る。カントにおける実念論と唯名論
>の系譜の統合、ぎりぎりの状態での統合ということを理解していなかったのが
>ユングなのである。
ユングは実念論と唯名論の統合に腐心していたが、
それは厳密な思考という方法論の範疇では不可能で、
ユングが「ファンタジー」と呼んだ構想力の中でのみ可能だ、と考えていた。
カントが「純粋理性批判」の最初の稿で想像力を持ち出しながら、
あとでそれを捨て去ったことはよく議論されているが、
ユングはその想像力に最後まで徹底的にこだわった。
またユングは、想像力を実際に働かせるための実践的体系を作り上げたが、
これは明らかに、カントがやらなかった仕事だろう。
続きます。
ユングはあくまで、特定の哲学を支える気質とかセンスのほうを問題にしたのであって、
哲学的議論の範疇で結論を出そうとしたわけではない。
哲学的な厳密さよりも、最終的には臨床で役に立つだろう知見が得たかったわけだから。
人間が生きる中で、何らかの形で対立的な状況、引き裂かれた状況になる局面がある。
そうした対立の中には、原理的にはほとんど解決不可能な問題もあるかもしれない。
しかし個人の生き方の中で、その対立に一通りの折り合いをつけたり、
対立がたいして大きな問題と感じられないような解決、新しい生き方に至ることはできる。
そうした個的な統合のありかたを、それぞれに見つけだせるような
実践的体系のほうをユングは模索していた。
一般論としての哲学的結論を探していたわけではない。
哲学者は、「哲学」としてユングを批判したがるが、
そのやり方自身すでに的はずれで、批判として成立していないと私は思う。
「どうしたら良いのか分りません」などと言えなかったのは、
まさに臨床家としてのユングのほう。
その切実さにそぐわないような哲学的批判をしても、意味がないだろう。
なお、ユングに批判精神が欠如しているとは私には思えない。
厳密な思考を最優先にするかどうかは、選択の問題であって
批判精神の有無とは関係ない。
>>694 >それから、ユングの論じている精神とか物質とかを、哲学上の
>心身問題における「心」と「身体」と異なるものと考えてしまったら間違い。
私が「ユングとは違う」ということで想定しているのは、
別に哲学史上の全ての心身問題ではなく、いわゆる20世紀の「心の哲学」のこと。
あれは mind の哲学ではあっても、soul の哲学ではないでしょう。
>>698 244の主張、
>>675から良く読んでみてだいたい分ったよ。
要は、いくら言葉(言語)で精緻に議論してもユングは理解出来ない。
体験がなければ理解できない。キミらは体験がないから俺様みたいにユングを
理解することが出来ないんだよ、という愚痴だな。言語論的転回、ユングの
心理学的類型、カント哲学も愚痴の添え物のようだ。論理が破綻しているよ。
あのな、そういう愚痴は哲学的議論や心理学的議論の俎上に乗らないし、
第一それ、新興宗教が信者を誘うときに使うリクツだよ。
”ねえねえ、やってみなさいよ、体験すればきっと良さが分るわ”
世間から隔絶されたホームグラウンドに誘い込んで勝負しようというわけだ。
確かにユングに傾倒してる奴らは、シンクロニシティとか、夢とか幻聴とか
そういう不思議体験を語る奴らばかりだけど、一般の人にそれを要求すること
は出来ないよ。一般的でないわけだから、それは一般論、普遍的論理には
なり得ないし、こういう公開掲示板で意見の異なる人と議論する意味もないだろ。
お前らはボクのことが分らない。だからお前らが偏ってるし間違ってるって論理
はさ、反抗期の子どもとか、引きこもりオタクが使う論理ですよ。
>>703 鬱病の治療法というのは、基本的に鬱病の人にしか意味を持たない、
だから鬱病の治療法は一般性を持った議論にのらない、という論法はおかしい。
ユング的、と呼べるような問題に関わって生きている人もいるわけで、
そうした領域では、ユングは確かにある種の一般的な問題をえぐり出しているし、
場合によっては、そこから人間学的な一般論を導くこともできるだろう。
>>300でもこのあたりのことは書いたが、
もともと、個的であることがどう一般的問題と結びつくのか、というのが
ユングの個性化論のテーマだし、さらに言えば、あらゆる文学の問題でもある。
それから、私がここで書き込むときの基本的なスタンスは、
>>511にある通り。
私は別に、ユングが体験的にわかるか、とか、
ユングと言語論的転回、どちらの立場が正しいか、というような話をしているのではない。
(ユングがわかったところで、別に何が偉いというわけでもなし。
知りたい人は、誰に何を言われようとも知りたいと思う、というだけのことだから)
「ユングの思想を支えているのは、実在論的な感覚で、
その部分をおさえていないと主張の真意がわかりづらい」という見方は、
ユングについての一見解として、客観的な議論に乗せることができる話のはず。
是非について、根拠を提示しつつ冷静に議論すればいいだけのことで、
何らかの体験がないと議論できないという事柄でもない。
705 :
没個性化されたレス↓:03/01/16 17:14
244さん、以下2箇所は矛盾しているとしか思えません
>>698 > だからこそ、イメージだの、シンボリズムだの、瞑想だの、想像力だのといった、
> 体験的な事柄を持ち出す必要が出てくる。
> そして、そういう立場を強く支えているのは、やはり
> 実在的なものに対する直覚体験であって、ここをおさえないと結局はユングもよくわからない。
>>704 > それから、私がここで書き込むときの基本的なスタンスは、
>>511にある通り。
> 私は別に、ユングが体験的にわかるか、とか、
> ユングと言語論的転回、どちらの立場が正しいか、というような話をしているのではない。
あなたは
>>698で体験的にわかるかどうかの話をしてますよね。(にっこり)
まだやってやがったのか。いちいちageんな。
244は文学板か宗教板へ逝けばいい。
>>703 気づくのが遅い。
パート1以来、ユング厨の特徴は明らか。
一つのレスの中に、
「ユングは」「ユングが」「ユングの」「ユングを」と何回も教祖の名が出てくる。
>>705 私は矛盾しているとは思わないけど??
698は、「ユングは哲学的解決よりもある種の体験的理解を重視した」とか、
「ユングの見方は実在論的なセンスと関係があって、そこをおさえておかないと
何を言っているのかよくわからなくなる」という事柄を指摘しているだけの話。
この事柄の是非は、特定の体験のあるなしに関係なく
誰でも客観的に議論できるし検討できるでしょう。
少なくとも、703で言われているような、
「あなたたちには体験がないからわからない」とか、
「体験すればきっと良さが分るわ」とかいう話はしていない。
(逆に、この手の勧誘をするユング支持派にはうんざりしているくらいだから)
人称格変化だけでなく、比較級、最上級だってある。
もはや「ユング」という言葉は、
固有名詞ではなく、呪文なのである。
ユング、ユング、ユング、ユング、ユング、ユング、ユング、ユング、ユング、
>>706 >一つのレスの中に、
>「ユングは」「ユングが」「ユングの」「ユングを」と何回も教祖の名が出てくる。
ユングについて話をしているのだから、
名前が頻繁に出るのは当たり前だと思うけど??
それに、ユングについて話をする者、ユングを評価する者=ユング信者、
というわけではないと思うが。
710 :
これだから...:03/01/16 17:59
バカを相手にするなよ。相手の未発達な心理機能を見抜けない時点でユングを語る資格なし。
>>707 キミの言う実在論的なセンスなるものは、実在的なものに対する直覚体験であり
リアリティを実感出来ることなんだろ。ちょっと言葉の使い方無茶苦茶だけれど。
そしてそれがないとユングを理解出来ないっていうことなんだよな?
だからユングを理解出来なければ、ユングを批判することも出来ないって
ことが言いたいんじゃないのかい?
そしたら体験のあるなしにかかわらず客観的に議論なんか出来ないだろ。
矛盾もいいところだ。
>>711 体験的に理解することができなくとも、特定の思想を注意深く読んだ上で、
「ああ、この人はどうもこういう感覚をもってものを考えているようだ」と推定したり、
思想史の系譜の中に適切に位置づけて評価したり、
他の系譜の思想と比較検討したりすることはできるだろう。
今回、私はこれを意図している。
そうした中で特定の思想を、自分の生き方に関わるものとしてより深く学びたいとなったら、
それをより体験的なレベルにまでつき詰めていく必要があるかもしれない。
この両者を一緒にしているから矛盾に見えるだけだと思うが。
体験的理解が必須、なんてことを言い始めたら、思想史を論じられる人なんていなくなる。
全ての思想を体験的に理解できる人なんて、そうそういないだろうから。
>712
だから、そんなのは思想板でする話だよ。
714 :
シュティルネル:03/01/16 19:47
「人間の魂は二つの根本問題を抱えている。(中略)
問題の一つは、われわれが人間の本性を考察する場合、
いくら体験や学問を深めていっても、それだけでは十分に
解明できない事柄にどうしても行き着いてしまうが、
そういう事柄のすべてにも有効な考察方式が一体存在するのか、
ということである。
懐疑論や批判主義はこの問題を解決不可能な領域に追いやっている。」
(『自由の哲学』R.シュタイナー、まえがきより)
こういうこと考えた上で、アトランティスとか言い始める
シュタイナーちゃんが好きです。
>>712へ
まず
>>711で挙げた疑問点にきちんと答えて欲しいのだが。
レスの前後を考えるとキミが結局何を言いたいのか良く分からない。
俺はユングの言いたいことしかよくわからんのだから。
そうだな
同じコテハン偽って名乗る奴が出てきたら
そろそろこのコテハンも終わりかな
>>714 最後二行、なんか笑ってしまったけど同感です。
ユングにも同じようなところがあるんだよなあ。
>>718 あ、そうなんですか。
私のほうも、
>>717が私ではないです。
しばらく静かにしていたほうがいいか。。。
244の立場というのは、イニシエーション儀礼や、イメージ療法など
(に限らないけれど)で治癒要因として重視されている「here and now」
を敷延したもののようだ。別に悪くないんじゃないか?と普通に思う。
>>693 確かにカントから反神秘主義というベクトルは存在するが、
同時にルドルフ・オットーのような神秘家もカント理論を応用している。
693氏は「実践理性批判」のカントが極めて宗教家的な態度をとっていることも考慮すべき。
実念論の批判者がデカルトやカントをよりどころにしているのは確かだが、
しかしデカルトもカントも実念論的思考を完全に否定しているのではない。
人間の理性の理解力に一定の限度を設けているだけであって、
神秘的なものは「理性ではわかりえない」とはいっても「存在しない」とは言っていない。
692-694は実念論否定者の偏ったデカルト−カント理解である。
(例えばライプニッツはデカルト派の「末流」がこのような偏りに陥りがちだと、批判しているし、
その批判はいまなお有効で、カントの末流にも同様の批判が該当する。)
724 :
シュティルネル:03/01/17 23:45
文脈から離れてすみませんですが、
ゲーテの認識論?・・そんなものがあるかどうかも??ですが、
の影響はどうなんでしょうか?
「原植物」とか怪しいこと言っているわけでしょう?
そういうところに根をもつ元型論だとしたら、
なんか日本人の発想では届かないようなもののような気がしますが?
>>722 確かにカントの曲解による神秘主義へのベクトルは存在するかもしれないが、
現代の科学哲学もカント理論と深く結びついている。
722氏は「批判三部作」のカントがその名の通り極めて批判的・懐疑的・啓蒙主義的な
態度をとっていることを考慮すべき。
仮に神秘主義がデカルトやカントをよりどころにしているとしても、
しかしデカルトもカントも唯名論的思考なしには語り得ないのである。
カントは、神秘主義的独断的形而上学が二律背反に陥ること、それが真の意味で学問ではないことを指摘し、
学問としての形而上学となるためには、徹底的な懐疑と批判を行うべきであると言ったことを忘れてはならない。
722はユング主義者の偏ったデカルト−カント理解である。
(ユングの言説は二律背反の固まりである。例えばSelbst概念は二律背反そのものと言えるが、
ユング主義者たちはそれら論理的矛盾を論理的に説明出来ない限り、カントの言う真の学問
にはなり得ないのである。)
。)
学問の話をする時はもっと地味にね・・
727 :
没個性化されたレス↓:03/01/19 12:36
そうですね学問板ですものね(にっこり)
>>724 その昔読んだ高村光太郎(だったと思う)の文章に、
「捕まえてきたセミを見ながら、セミの姿を木に彫る。
そのセミを逃がして別のセミを捕まえ、それを見ながらまた彫り続ける。
これを繰り返していくと、その木彫りは本物のセミになっていく」
というのがあったが、
これはたいへんゲーテの「原現象」的なセンスだと思うし、
様々なイメージを実際に突き合わせていくなかで、元型的なるものを直覚する
ユングの方法論にも似ている。
ゲーテ〜ロマン主義〜ユングと続く流れをおさえないと分からない
西洋思想独特の部分というのは確かにあるが、
それ自体が日本人には分からないセンスである、ということはないと思う。
文学者や芸術家、宗教家の立場からすれば、ユングの言っていることなど
神秘どころか、ごくごく当たり前の感性の話にすぎないだろう。
>>725 ユングは「二律背反によって表現されることの多い特定の心理状態」を重要な問題として考察したが、
それを語るときに、二律背反ばかりで矛盾した理屈を言っていた、というわけではない。
二律背反が意味を持って現れる局面について、
ユングはそれなりに限定的かつ整合的に位置づけており、
なんでもかんでも矛盾した理屈を言ったということはない。
(そもそも、厳密な体系を第一に追求する哲学者と同じだけの厳密さを、
臨床的知見を模索したユングに求めるのは、明らかにバランスを逸した要請。
ユングは最初から「学問としての形而上学」なんて目指していないわけで、
スパゲティに「ラーメンになってない」と文句をつけるようなもの)
「二律背反によって表現されることの多い、ある種の心理的状態がある」、
「それはどうも、問題解決に関係しているようだ」というのは、
ユングが臨床経験、あるいは錬金術文献などの研究を通して見だした
一つの事柄の指摘であり、
それが本当に事実かどうか、あるいはそういう見方が有効かどうかを議論すべきもの。
「1192年に鎌倉幕府が成立した」という事実そのものに対して
論理的に矛盾しているかどうかを問う、なんてナンセンス。
ひとつ提言。
>>703のような批判は、ステレオタイプ化したユング支持者像に対してのものであって、
建設的に議論する気があるのなら、こうした論じ方はしない方がいい。
ユングを読みユングに関心を持つ者は、実際にはもっと多様で、
それこそステレオタイプそのもののような人から、冷静に対象化して評価する人までいる。
ユング支持者=ユング信者、というわけではないことも前述した。
そういう幅を考慮しないと現実的な話にならない。
たとえば
>>703には、「ユングに傾倒してる奴らは…不思議体験を語る奴らばかり」とあるが、
私にはそんな語るほどの不思議体験はないし、わざわざ話題にする気もしない。
むしろ私は、ユングが日常的な機微を上手くつかまえているところや、
20世紀エゾテリスム思想としての位置づけに関心があるので、
不思議体験を何か特権的なことのように持ち出す者とは話が合わない。
また、共時性理論の問題意識は分かるとしても、理論そのものには懐疑的。
熊狩りにやってきて有頂天の244。小さなヒグマを仕留めたところ、誰か
が肩を叩いた。振り向くとそこには大きなツキノワグマがいた。
「かみ殺されるのと、俺とヤるのとどっちがいい?」とツキノワグマ。244は屈服した。
尻は2週間にわたってひりひりしたが、244はすぐ立ち直り復讐を誓った。
再び熊狩りに赴き、例のツキノワグマと出くわしたあたりに出向くと首尾よく発見、見事に仕留めた。
とそのとき、また肩を叩く者が。振り向くとそこには巨大な灰色グマがいた。
「大失敗をやらかしたな、244。かみ殺されるのと、俺に手荒くヤられる
のとどっちがいい?」。今度も従った方がよさそうだ、と244は判断した。
244は生き長らえたものの、全快するまで数カ月かかった。怒り心頭に発
した244はみたび森へ舞い戻り、必死の追跡の末、ついに灰色グマを仕留めた。
復讐の喜びに酔いしれていた244の肩をまた誰かが叩く。振り向くと、小
山のような北極グマがいた。
「いい加減認めなよ、244。お前、本当は狩がしたいんじゃないんだろ?」
733 :
没個性化されたレス↓:03/01/23 00:28
age(にっこり)
734 :
没個性化されたレス↓:03/01/23 01:01
熊は母権制動物の典型。母の隠喩。
故に732を分析すると…
ユングの「共通無意識」と立花隆の「臨死体験」という本に書いてある
「思考反響」という言葉は共通するものがあるのでしょうか。
思考反響というのは、「自分の考えている内容が、物理的音声となって、
頭の中で響き渡るように聞こえてくるという現象」ということです。
この現象それ自体は病気ではなく、健常人でも体験することがある。と書いてあります。
737 :
没個性化されたレス↓:03/01/27 20:24
馬鹿句点発見(笑)
∧_∧
( ´∀`)< ぬるぽ
ココニモイタカ
( ・∀・) | | ガッ
と ) | |
Y /ノ 人
/ ) < >__Λ∩
_/し' //. V`Д´)/
(_フ彡 / ←
>>738
【考想化声】thought hearing;(独)Gedankenlautwerden
《思考化声、考想反響、思考反響;(独)Gedankenecho》
「自分の思考内容が声となって聞こえてくる」、「考えていることが声となって
繰り返される」、「本を読むと、本の内容が声となって聞こえてくる」という病的
体験。精神分裂病でしばしばみられる症状。K. Schneider(1887-1967、精神、独)
は、精神分裂病の一級症状の一つにあげている。また、精神分裂病でみられる幻聴
の前段階という見方もある。
244はもう駄目ポ
てすてす
宮沢賢治
インターネットは集合無意識
2chねるはその一部
みなさんのような研究者ではない素人の素朴な質問で恐縮です。
ここに書き込まれるユングに詳しい方のなかには、ご自分の夢を
分析して、アニマに意識を無意識に導く機能があることを実感したり、
あるいは老賢者のアドバイスを受けたりされている人はいないの
でしょうか?
ユング心理学では夢分析が基本ですが、夢のことに関して、
ここでほとんど議論されていないことが不思議なのですが。
それとも、無意識そのものも客観的に存在が調べられない
という理由で学問の対象ではないのですか?
>>745 ユングは夢について、
「還元的方法(フロイトの分析法のこと)を行う上では適しているが、
構成的方法(ユング的な方法)を行う上では、一般的に不向き」
というようなことを述べ、
実践的方法として、空想を書き留めたり絵にしたりすることを挙げている。
要するに、一般的なイメージからすると意外かもしれないが、
ユングは必ずしも夢を適切な素材として見ていなかった。
夢は、意識側の主体的な関わりの度合いが少ないので、
意識と無意識とが同等な立場にあるような統合を目指す上では
扱う素材として不完全である、という捉え方をしている。
ユング心理学で夢を扱うことが多いのは確かだが、
ユンギアンでも夢分析をさほど重要視しない方法をとる者もいたりする。
「ユング心理学では夢分析が基本」かどうかは結構微妙だと私は思う。
ちなみに、私も一時は、夢の記録などをとっていた。
それこそ「これがアニマか」と納得するようなことがあったり、
夢の連続の中で、特定の主題が変化していく様子を見たりした。
自分の生き方を変えるきっかけになった夢もあったし。
>>746 レスありがとうございます。
>ユングは必ずしも夢を適切な素材として見ていなかった。
という部分に関しては、かなりの原著(翻訳で)を読んでいるなかで、
私には読み取れなかったニュアンスです。
むしろ、適切で的を射た解釈であるかぎり夢分析の力は大きい、
と何度も書いているように思います。
ただ、ユングは意識の限界や狭小さをさんざん指摘する一方で、
無意識を統合する主体としての意識の大切さを非常に強調していますから、
もしかすると、後者の観点からのご意見かと思いました。
もちろんユングは半世紀も前の人ですから、最近の臨床では、
見るかどうかもわからない夢をあてにするよりも、箱庭だとか絵を
描かせる方が実際的なのだろうと思っています。
私自身もここ何年間か自分の夢の記録を取っていますが、私の場合は
意識の変化に対して夢が意外に敏感に反応する実感があります。
また、数は少ないのですが神話的なイメージの夢が登場して
驚くことがあります。
>>747 >ユングは必ずしも夢を適切な素材として見ていなかった。
という部分に相当する文献の一例として、
『創造する無意識』(松代洋一訳、平凡社)所収の論文
「超越機能」p.131-132 あたりを参照。
素材としての夢の特徴と限界について述べられていますが、
別に、夢分析の有効性が否定されているわけではないです。
745さんのおっしゃるとおり、
「無意識を統合する主体としての意識の大切さ」と関連しています。
聞いた話では、臨床において実際に夢分析を行う場合、
場合によっては100、200もの夢を通して見ていかなければならないとか。
短期に結果を出すことが求められている現状では、やりづらいのかもしれないです。
>「超越機能」p.131-132
本が手元にあるのだから、当該箇所を引用してしまったほうが早いですね。
……
エネルギー緊張は睡眠時にはきわめて低いのが普通だから、そこで夢も、意識内容と
比べて、劣った仕方でしか無意識内容を表現することができない。したがって建設的な
観点からはきわめて理解しがたく、逆に分析的な観点からだと比較的容易に理解できる
ことになる。つまり夢は、超越機能のためには一般に不向きであり、応用が難しいので
ある。夢の要求する解釈は、多くの場合主体にとって荷が重すぎるからである。
そこでわれわれは夢以外に原材料を求めなければならない。(p.132)
>>749 わざわざ引用していただきありがとうございます。とても納得しました。
超越機能、つまり自我の変容のためには、夢のインパクトは小さくて
(=抽象的で実感がない)、単に夢を見たり解釈しただけでは心的課題の
解決にはならないということかもしれない、と思いました。
課題の把握(分析)という意味での、夢分析の実用性は実感しているのですが、
それならどうやって課題を解決するかという段階では、おっしゃるとおり
比喩にあふれた夢のメッセージは応用がむずかしいです。
そのときは理解できない自分の夢を、3年も経って知識が増えた目で
解釈して愕然とすることがあります。「主体にとって荷が重すぎる」
という意味も実感できました。
ありがとうございました。
751 :
没個性化されたレス↓:03/03/08 12:21
「ユングも今ならトンデモ本に属するような説をいくつも残している。
彼は世界中の民族の神話が偶然とは思えない程よく似ている事から、
人類には共通の無意識が存在するとの説を唱えていたが、
すべての人種は同じ祖先を持ち、絶えず交流してきたのであって
神話が似てくるのも当然なんです。それには無意識とか関係ない。
例えばギリシャ神話なんかは騎馬民族の手によって世界中に伝わっていて、
ギリシャ神話を元にして神話を作った国も多い。」
http://www.geocities.co.jp/Bookend-Christie/8694/99.htm ユング全否定しときましたヨ(ペコリ)
>>751 これは元型説の否定であって、ユング全否定ではないと思うけど。。。
それに、共通する心理的・身体的基盤がなければ伝播だって起きないわけで、
むしろ神話の伝播を、元型説を支持する事柄として見ることもできる。
伝播説と元型説とは相互補完的で、決して対立的ではない。
(^^)
>>754 ユングはオカルトではありません。
心理学です。
辞典で調べましょう。
756 :
没個性化されたレス↓:03/03/21 23:06
ユングてドッペンゲンガー見た!とかゆってた?
757 :
没個性化されたレス↓:03/03/21 23:22
>755
市ね
ユング=オカルトにきまってるだろ
758 :
没個性化されたレス↓:03/03/21 23:47
ユング可哀想
ユングの時代には良い抗精神薬なかったんだね
759 :
没個性化されたレス↓:03/03/21 23:51
向精神薬 と抗精神薬の違いがわからない
ドキュソな漏れに誰かマジレスを...
向精神薬(抗精神病薬・抗不安薬・抗うつ薬…)
761 :
没個性化されたレス↓:03/03/22 10:13
ユングはオカルトではありません。
オカルト心理学です。
河合隼雄をヲチしましょう。
「個人」の探求 日本文化のなかで
目次
日本文化と個人
武士道に見る個人の存在形態
日本列島における装いの歴史―考古学から見る装いと個人
貴賤群集と日本人のアイデンティティ・序論―日本における個人と集団のありよう
個人の視点からの家族史―幕末維新期における関東農民のライフコース
個人の創造性と国家主義
日本近現代における個人主義―生命観と関連させて
日本人のコジンシュギ
中国の賢妻良母観および日本の良妻賢母観との比較
「個性」と「創造力」の日米比較―作文教育に見る自由と規範のパラドックス
「個」に宿す影―『影の現象学』補註
詳細
21世紀、日本人はいかに"個の確立"を図るのか?西欧個人主義の真似ではなく、日本文化のなかに「個」を探す試み。国際日本文化研究センターで行われた意欲的考察の集大成。
どこかが飛びつきそうな内容だな
臨床とことば 心理学と哲学のあわいに探る臨床の知 / 河合隼雄/著 鷲田清一/著
ポストモダンなおっさんと共に
ユングの時代はともかく、これだけ脳の機能が解明されつつある時代に
ユングなんて真面目に扱ってる奴はただの馬鹿
あぼーん
右脳左脳
767 :
没個性化されたレス↓:03/04/03 03:47
河合隼雄の教え=ユング心理学ではけっしてありません。ご注意を
768 :
没個性化されたレス↓:03/04/03 09:51
769 :
没個性化されたレス↓:03/04/03 16:29
世界は既に死んで冷たく、 神を信じることは容易でない。 ユングは自分を学者だと思わなければ良かったのに。
770 :
没個性化されたレス↓:03/04/04 09:15
ユングは学者ではないです。オカルティストです。
>>764 現代の脳科学研究者と、現代のユング研究者とでは、
探求しようとしていることにほとんど接点はない。並列して論じる方がおかしい。
>>770 学者とオカルティストとは、必ずしも対立する概念ではない。
むしろ歴史的には、両立していた時代のほうがずっと長かった。
ユングは、その両立に比較的寛容だった時代の最後の人物なんだろう。
>>771 馬鹿なことを、、たとえば系譜としての錬金術師→科学者、と言うのは寛大すぎないか?
ユングの一番ダメなことは無意識をファンタジーに置き換えてること。
無意識=カオスとはいえないが、少なくてもメローなロマンテッィクではない。
すくなくてもアーキタイプなんて絶対にない。完全にオカルトだ。
ラカンを見てみろ、かれこそ正当なフロイト主義者だ。
ユングはフロイト主義じゃないし、むしろユング教の創始者だ。
ラカンもフロイトもユングも脳科学の進歩の前にはゴミ同然
>>772 微妙な理解のズレが多くてなんともレスしづらい。
19世紀のロマン主義科学というのが、オカルトと科学とが両立できた
最後の時期に当たるだろう。ユングもその流れに属する。
ユングの言うファンタジーは、メローなロマンティックのことではない。
むしろ、人間の体験世界を構想する心的能力のことを指している。
アーキタイプの実在についても、「あるともないとも証明できない」というのが本当のところ。
「ない」と断言するのは、それこそただの信念の表明にすぎない。
ユングはフロイトに出会う前から自分自身の研究で名を成しており、
フロイトとは共同研究者だったと見なす方が適切だという見解もある。
ユングが合理主義者としてのフロイト主義でないのは
いちいち言うまでもなく当たり前のこと。
775 :
没個性化されたレス↓:03/04/04 11:49
現在の脳科学を過信しないように。私は生物学的精神科医だが。
過信してはいないが、このペースで進化を続ければ
既存の心理学の理論は大幅な書き換えを余儀なくされると思う。
777 :
没個性化されたレス↓:03/04/04 13:51
>>776 既存の心理学の理論?
フロイトやらユングやらを心理学の理論だと思ってるなら大間違いだよ。
778 :
没個性化されたレス↓:03/04/04 13:53
むしろ既存の心理学の知見に整合するように
脳科学の理論は構築されているわけだが。
779 :
没個性化されたレス↓:03/04/04 13:59
学習心理学の諸法則や
ゲシュタルト知覚の諸法則に整合しなければ
科学的な脳の理論として認められません。
別にユングの理論に整合する必要はないけど。
ユングも飽きたんで
生物学的精神医学と
学習心理学の諸法則や
ゲシュタルト知覚の諸法則
で統一理論を以下に書いてくれたまえ
(^^)
∧_∧
( ^^ )< ぬるぽ(^^)
いい具合に下がっているので、何となくまたドサッと書き込み。
せっかくなら、このままsageで最後までやっていきたい気もする。
ユングは自分の心理学について、
「何らかの一般的な心理学的知見を導き出すのではなく、個人の人生を跡づけるもの」
と語っていた。
要するに、悩んでいる人が自分の人生に意味を見出して生きていけるようにするための方法論、
「自分自身の神話を見つけだす」作業のための技術体系がユング心理学の本質になる。
(技法面だけで言うなら、ナラティヴ・セラピーとも通じるものがある)
ユング心理学を考える際には、理論面のことばかりではなく
そうしたテクニカルな要請が先にあることを忘れてはならない。
ユング心理学は、普通の心理学理論とは最初から目的が違う。
さらに言うと、神秘主義者としてのユングを評価する際にも、
単なる神秘哲学体系としてではなく、行法体系の評価も必須になる。
例えば、能動的想像というテクニックが、いわゆる瞑想法全体の中で
どんな位置づけにあるかを評価しなければならないだろう。
ユング派の心理療法が話題になる際に、よく出る疑問が「それで治るのか」だが、
この問いかけ自体が、「病気-治療」という
医療モデルに属していることを考えなくてはならないだろう。
現代医療は、病気を治すキュアに関してはかなり発達しているが、
慢性的な病気とどうつきあって生活していったらいいかとか、
治すことのできない病気に対するホスピスなどの、ケアの部分は相対的に立ち後れていると言われる。
私個人は、ユング心理学はキュアよりもケアに向いていると思う。
もともとユングは、よい薬のなかった時代に統合失調症の治療にかかわっていて、
治すというよりも、病気を悪化させない・病気を生きていくことの方に重点を置くアプローチをしていた。
河野博臣のように、死生学的なところにユングを応用する試みのほうが、
むしろユング心理学の適用の仕方として正統かもしれない。
「死ぬ瞬間」で有名なキュブラー・ロスが、ユングをやたら引いてくることにも頷けるものがある。
以前ここに書いた、ユングが直覚していたであろう実在論的な体験に関して、
具体的な内容がいまひとつ話にならなかった印象があるので、ここで文献をひとつ引用しておく。
井筒俊彦『意識と本質』、岩波文庫、p.201より。
*****
シャマニズム、およびそれと同型の精神的伝統においては、イマージュ体験は一種の
実在体験である。シャマンは、散発的にあのイマージュ、このイマージュを、現実世界
の一部分に見るのではない。現実世界そのものが、全体、一個の渾然たるイマージュ的
世界として顕現するのだ。それがシャマニズム的な意味でのイマージュ体験である。意
識も世界も、すべてがそっくりイマージュ空間に転成してしまう。このイマージュ空間
を妄想あるいは幻想の所産とするのが常識的理性の自然の行き方。だが、もしそれに経
験的事物のもつ実在性以上の実在性を認めるならば、そこに、当然、超現実主義的性格
を帯びた独特の存在論が生まれてくる。
*****
(続き)
引用中にある「それと同型の精神的伝統」のなかにユングの思想は含まれるし、
ユングの言う「心的現実」概念も、単なる主観的空想ではなくて
現実世界そのものが一つの実在的なイマージュ的世界である、という観点を含んでいる。
こうしたシャーマン的な実在体験のあるなしは別として、とにかく知識としてでも構わないから、
ユングがこうした文脈に属することをおさえておかなければ議論にならない、というのが私の見方。
ここを知識としてでも持ってさえいれば、例えば、
「ユングの言う心的現実は、実在論的伝統と関係がない」
というような誤解も、最初から生じようがなかっただろう。
私はそういう、議論をする上での最低限の知識の話をしていたのであって、
体験がなければ議論できない、などという文脈理解は、全くの曲解にすぎない。
言語論的転回以降の哲学の立場からは、この手の実在体験のセンスはあまり感じられない。
というか、こうした体験様式が自然に受け入れられる人と、
その手の感覚があまりない人とでは、体質が根本的に違うという印象がある。
河合隼雄の本って、ユングを学ぶ際に教科書として信用できるものですか?
前から読んできてるんですが。
なんか心配になってきました。
魂に教科書はいらない
>>787 私見だけれども、『ユング心理学入門』や『コンプレックス』などは
ユング心理学の教科書として充分に信頼に足るものだと思う。
ただ、河合隼雄の本の場合、臨床心理学としてのユングが中心になっているので、
臨床的応用以外の側面、例えば、錬金術研究など中期以降のユング思想や、
思想史、文化史上におけるユングの位置づけなどについてはあまり触れられていない。
こうした側面を含めたユングの全体像について知ろうと思うなら、別の文献にあたる必要がある。
また、当然のことだけれども、ユンギアンにも様々な流派や実践があり、
必ずしも河合隼雄に近いスタンスを取っている者ばかりではない。
ユング派の全体像に関しては、これまた別の文献を参照する必要が出てくる。
>>788 魂に教科書は必要ないけど、ユング心理学には必要でしょ。
どんなものでも入口は必要じゃないかな。
ところで、講談社から出ている
マギー・ハイド『超図説 目からウロコのユング心理学入門』は、
タイトルだけみると引くものがあるが、内容は結構いい。
著者が占星術師ということもあって、臨床心理学としてのユング心理学入門にはならないが、
それ以外の、例えば宗教研究、錬金術研究、共時性といった部分の説明については
ユングの原本の内容に忠実な解説になっているし、充分なボリュームもある。
ユングの人間関係、ナチスとの関係についても触れていて、いろいろと親切。
> 244
そうですか、どうも〜。
「コンプレックス」は読み終えて、今、「ユング心理学入門」を読んでいます。
おもしろいですね。
独り言に入りますが、
ゲド戦記って子供向けの小説にでてきた、逃げ出した「黒い物体」との結合なんて、
そのまんまユングの、「影」といっしょだなー。と、思いました。
影と対決するのではなく、「受け入れる」という行為の意味が見えてきました。
>>791 作者ル=グウィンは、ユングの元型論にかなりの関心を持っているようだし、
むしろ『ゲド戦記』自体が、ユング心理学の影響下に創作された面があるかもしれないですね。
ユング心理学は、ひとつの物語として読まれることを要請されている、という気がする。
逆に言えば、様々な物語の中核的な部分を、元型や結合、個性化といった概念で抽出してきたとも言える。
だから、何らかの伝承や創作のなかの具体的なイメージを通すとわかりや
すい。
そうしたわかり方は、科学的とは言えないかもしれないが、
人間の実践知というのはそうした具体例を通して感得されるものでもある。
ちなみに、フェミニズム文学運動の一環として、
創作にユング心理学を積極的に応用する一派があるそうな。
正確な名称は失念したけれども、たしか元型批評派とか…?
ル=グウィンもその流れに属するかもしれない。
ユングが20世紀のカウンター・カルチャーにあたえた影響は大きいもので、
文化史上のテーマとして充分に検討に値するものだろう。
>792
ゲド戦記をご存知でしたか。ちょっとびっくりしました。
確かにユング心理学は物語ですよね。
1つの物語ぐらい軽く内包できそうな、「世界観」ともいいたい。
>>793 『ゲド戦記』、とくに第一部の「影との戦い」は、
ユング派の人々がよく言及する文学作品として結構有名どころなんですよ。
このほか、ユング心理学に関連してよく名前が出る創作は、
ゲーテの「ファウスト」、ヘッセの「ダミアン」、クービンの「対極」、
ユングがアニマを語るときによく持ち出すハガードの「洞窟の女王」、
ユングと個人的に親交があった作家ヴァン・デル・ポストの作品群、
ユング最晩年の著作『空飛ぶ円盤』のなかで詳細に分析されている
フレッド・ホイルのSF小説「暗黒星雲」など、いろいろあります。
あと、トーマス・マンの「ヨセフとその兄弟」が、
ユング心理学の強い影響下で書かれたことは有名。
たしかに、ユング心理学は「世界観」でしょうね。
実際に、錬金術師たちが抱いた「一なる世界」の現代版だったりするし。
>>783にも書いたとおり、ユング心理学は、
各人それぞれに様々な物語を作り出すための技術体系だったりする。
ユングの伝記自身が、すでにひとつの個性化物語として
読まれたりしている。(これには功罪があると思うが)
>794
そうなんですか!驚きました。
ゲド戦記がそんなところで有名だなんて。
よく覚えていないんですが、ゲド戦記の2巻か3巻で、
「暗闇の中を潜って行った光の魔法使いが、闇に潜り込みすぎて
戻ってこれなくなった。」っというようなエピソードが、
「治療者が患者の世界に潜り込みすぎ、危機に陥る」
という心理療法の状況に、まるっきり重なって思い出されました。
ゲド戦記は中学のときに読んで感動した(特に一巻)のを覚えていますが、
まさか、こんな風にこの作品に再会するとは思ってもいませんでした。
ゲーテ「ファウスト」は今日収入があり、買おうと決意したところだったので、
これもまたびっくりしました。
796 :
没個性化されたレス↓:03/05/21 23:30
あげる
隔離スレを上げるな
>>795 それはやはり共時性では……とかついつい言ってしまったりして。。。
とはいえ、ちょっとした符合がもつ不思議さの感覚というのは、
大事にしていいことのように思ったりもします。
「ファウスト」は、ユング関連では必読作品の筆頭という扱い。
特に第二部は、ユングによれば、シンボルの解釈なしには読み込めないとか。
まあ、解釈なしでも充分に楽しめる作品ではあるけど。
よい作品というのは、何度もいろいろな形で再会できる作品のことなんでしょう。
ゲド戦記のエピソードが、心理療法の状況にまるっきり重なってくる、という見方に関連して。
心理臨床の実践の中には、強い情動をもって治療者と患者を巻き込むような
神話的状況に類似した状態が現れる、それに対応するには、
神話的なるものがどんな意味を持ちどう展開するのかを把握しておく必要がある、
というのがユングの基本的な発想。
中国では、長らく歴史に詳しい者が役職に引き立てられたそうだけれども
これは、歴史の本質的な部分は繰り返しである以上、歴史に詳しい者が適切な対処法を知っている、
とされたから。私はこれは、実践知としてはけっこう有効かもしれないと思う。
人間に関する本質的な智慧は、歴史を通じてより蓄積され発展していくのではなく、
歴史のある時点ですでに完全に直覚されており、
そこに常に立ち返りつつ、新しい形でこれを反復することが大事だ、
という発想の伝統というものがある。例えば、仏陀の悟りとかがこれにあたる。
これは近代科学の、ひいては現代心理学のパラダイムとは異質な発想になるだろう。
8 0 0
おもしろいと感じるほかに、
河合隼雄の本を読んでいると、自分を振り返らせる力を感じます。
なんだか気がめいってしまって、
「知らない方がよかった」というような気もします。
>>801 批判も多いけれども、河合隼雄の本には確かにいろいろ気づかされる部分が多いと思う。
もっとも、ここ数年来の河合隼雄の著作や言動には全く魅力を感じないが。
個人的には、『コンプレックス』とか初期の頃がいちばんよかった。
あと、気がめいるようなときには、ユング関連書とかは読まないほうがいいかも。
私は、ネガティヴな気分のときにはユングを読まないようにしている。
ユングの場合、自己省察というのが、
自分について詳細に省みることとは異なる、というのが面白い。
自分について省察しても、それは自我の枠の中で自分についてあれこれ思っているだけで、
自我の構えを組み替えていくことにはつながらない。
自分に関する客観的な情報というのは、むしろ夢や幻想の中に自然に現れてくるので、
変化のためにはそれをつかまえて展開させよう、というのがユングの考え方。
通常言われているような「自己分析」なるものは、ユングの方法とは根本的に異質。
∧_∧
ピュ.ー ( ^^ ) <これからも僕を応援して下さいね(^^)。
=〔~∪ ̄ ̄〕
= ◎――◎ 山崎渉
ファウスト第2部を読み出して、「女性たち」という、「生み出し続ける」言葉を見つけたんですが、
これって思いっきり元型ですよね。
これは、ゲーテがユングに影響を受けたというよりか、ユングがそこに元型のヒントを得たということでしょうか?
あと、気がめいるようなときには、ユング関連書とかは読まないほうがいいかも。
私は、ネガティヴな気分のときにはユングを読まないようにしている。
甘いな.自分に甘すぎる.
こんな奴にユングを語る資格無し.
>>804 ユングの誕生はゲーテの死後だから、ゲーテがユングに影響を受けた、ということはありえない。
元型論の成立にゲーテからの直接の影響があった、ということもおそらくないと思うが、
ゲーテ〜ロマン主義〜ユング心理学という命脈があることは事実。
また、ユングがゲーテに強い親近感を持ち、ファウストが象徴する問題を
自分の問題として考えようとしていたことが、自伝や書簡から明らかになっている。
両者の関連に関心があるようなら、村本詔司『ユングとゲーテ』(人文書院)を参照してみては。
絶版になっているので、なかなか手に入りにくいとは思うが。
>>805 別にユングに限ったことではなく、ネガティヴな気分のときに
敢えて分析系の本を無理に読むメリットは全くないだろう。
体調の悪いときに寝るのではなく、わざわざ外に出て体を鍛えるべし、そうでなければ自分に甘い、
というような発想は、私には無益を通り越して有害なものに思える。
>>807 人間の暗部に光を当ててこそのユングである。
たとえ辛くても主体的に読み抜くという作業を遺棄した
貴殿のぬるま湯的ユング理解こそ害毒そのものである。
>>808 コンディションをきちんと見極めるほうがいい、ということは
辛くても主体的に立ち向かう姿勢と矛盾しない。
ユングだって、臨床で対面をさせるタイミングに関してはきちんと考えていたはず。
そもそも、臨床系の本を読んで自己省察するというやりかた自体、
>>802の後半で書いたように、本来的にユングの実践方法とは異なる。
ユングだったら、そのようなやり方は自我主体の一方的な反省作業であって、
成長をもたらすような意識と無意識の共同作業になっていない、として退けるだろう。
ユングにおいて「たとえ辛くても主体的に立ち向かう」べき事柄は、
自身の内に自律的に現れてきたイメージのほう。ここはユングの倫理観とも関係する。
また、無理な対面法がクライエントの状態の悪化を生みやすい、ということは
たしか臨床の効果に関する横断的な研究でも報告されていたはず。
ユング派分析家にしても、クライエントのコンディションを無視した
無理な対面法を行っている人がはたしてどれだけいるか。
ユングの流れをくむミンデルにしても、エッジを乗り越えるという考え方から、
エッジを大切にする、という方向にすでに転換したと聞いている。
人間の暗部に光を当てることや、主体的にかかわることの重要性は分かるが、
それが、「コンディションの悪いときでも無理に本を読み通すべき、
そうでなければ甘い」という理屈になぜ繋がるのかが全く分からない。
論理的に飛躍があるし、ユングやユンギアンの実践に照らし合わせても無意味な要請。
__∧_∧_
|( ^^ )| <寝るぽ(^^)
|\⌒⌒⌒\
\ |⌒⌒⌒~| 山崎渉
~ ̄ ̄ ̄ ̄
ユング心理学を読んだ者です。
僕はユングを何度か読みました。かなり参考になり
ました。
こういうことを言うとこのスレッドのみなさまに怒られ
そうですが、実は占星術では人間は主に風・火・
地・水の4つのアーキタイプに分別されています。
それがユング心理学の風=思考タイプ
火=直観タイプ 水=感情タイプ 地=感覚タイプ
の4つのタイプのことだと思うのですね。
こういった心理テストをしていくうちに、ユングの存在を
知ったのです。
また、ユングの心理学を学ぶことで、深く西洋占星術
とシンクロすることができました。
僕は個人的にユングの心理学と西洋占星術は
同じ結びつきを持っているものと信じています。
市ね。
ナウなユング
ほしゅ
816 :
没個性化されたレス↓:03/12/12 20:08
800age
818 :
没個性化されたレス↓:03/12/16 02:00
占星術じゃオカルトも心理学も同じ場所をみる
つまり仲間ってこと。
そんなに敵対しなくてもいいのにねえ
あはははは
819 :
没個性化されたレス↓:03/12/16 02:10
>812
モダン占星術家が占星術に後付けでユング理論をくっつけただけ。
占星術の歴史も勉強しよう
でも心理学よりモダン占星術のほうが
悩みを解決するのに役に立つことのほうが多いね。
820 :
没個性化されたレス↓:03/12/29 16:07
元型「ユング」
藻前らwwwwwwwwwwwwwwwマルクス主義分析がwwwwwwwwwwwwwwww絶対的地平wwwwwwwwwwwwwwですよ
salvage
823 :
没個性化されたレス↓:04/01/12 10:59
で、結局ユング心理学は、オカルト、占星術、姓名判断、エセ医学の範疇を
出ないと結論された訳ですね?
非常によく解りました。ありがとう。
フロイトの機械論的で若干、グロテスクな精神分析学への
アンチテーゼだったと思えば・・・
825 :
没個性化されたレス↓:04/01/12 12:47
精神分析自体が★占いと同じレベルですから、ユングもフロイトも
同じ穴の狢ですよ。その有効性を失っているからこそ、思想や哲学で
珍重される訳です。思想や哲学は有効性を問われませんから。
といって精神分析を生業にしてきた連中がいまさら潰しの利くはずもなく、
インチキと解っていながら、十年一日の如く、オカルトや占星術と同類の
精神分析を売り込むという図式がある。嘆かわしいことです。
シュッ!
>>825 あなたの言う「有効性」って何?
精神分析が★占いと同じレベルなら、
20世紀の思想のほとんどは★占いと同じレベルだな。
828 :
☆占い=精神分析:04/01/12 15:59
心理療法による症状の改善をもって有効性と解釈していますが。
インチキ本の売行は、理論の有効性とは関係ありませんからね。
河合や林の本がどれだけ売れようとも、インチキはインチキです。
>>828 なら、他の心理療法もすべて★占いと同じレベルだ。
技法による治癒率の違いはないことが明らかになっているからな。
そもそもインチキ本は、実際の精神分析療法とは違うものだ。
インチキ本をもってきて精神分析批判しても意味ないぞ。
830 :
没個性化されたレス↓:04/01/12 18:55
つーかよ、精神分析派の論文は、エントリーする被検者の偏りや統計処理の杜撰さが目立つんだよな。
だから他の精神療法と比較が難しい。★占いとまでは言わんが、やっぱり非科学的との印象は否めないな。
>>828も
>>829も論文を提示すれば、それが妥当かどうか検討できると思うぞ。漏れも足りない頭働かせて、
調べることにするか…
831 :
没個性化されたレス↓:04/01/12 18:56
ああ、書き忘れたけど、漏れはクライアントの為になるなら、どんな方法でもいいと思うよ。
832 :
☆占い=精神分析:04/01/12 19:27
>>831 なるほど
クライアントが納得するモデルを提示してあげることが、
クライアントの為ですものな
イスラム教徒には、コーラン
キリスト教徒には、聖書
学会員には、ダイサクちゃんの本
835 :
☆占い=精神分析:04/01/13 02:13
>>833 それなら、精神分析(精神力動療法)が得意な分野を挙げてみて下さい。
来談者中心療法ならその意義を認めるけれども、精神分析が他療法に比べて
得意な分野ってのがよく解らないんですよ。
>>835 だから、精神分析に限らず、どんな心理療法でも、
「これだ!」と言えるほど他より優位な治癒率があるものはないんだよ。
行動療法が優位だ、という話がよく出るけど、その後の調査では
実際には特段に言うほどの違いはない、ということになっている。
それはなぜかというと、治癒に結びつく主な要因になるのが、
技法ではなくて、クライエントの資質や治療者の共感のほうだから。
とにかく
>>833のスレをきちんと読んでみなよ。
技法間の優位なんて話はほぼ否定されていることがわかるから。
まあ、治癒率は別として、人格障害に関しては
力動的観点からの研究が大きく寄与しているとは言えるだろう。
どこが嘘?
なにがホント?
この部分が大嘘。
>だから、精神分析に限らず、どんな心理療法でも、
>「これだ!」と言えるほど他より優位な治癒率が
>あるものはないんだよ。
840 :
没個性化されたレス↓:04/01/13 19:03
>>840 だから、そういう個別の論文を持ってきてもしょうがないんだよ。
833のスレから転載。
283 :Lambert,M.J., :02/01/25 22:43
A何が効いているのか 7
学派固有の要因@
共通要因の方が治療の成否をよく説明するって結果は出てるんだけど、数あるセ
ラピーの中でどれが優れているのかって研究も行われてきた。ある問題に関して
はある技法がよく効くらしい(Fairburn,Kirk,O'Connor,& Cooper,1986)。例
えば、恐怖症に関しては、エクスポージャーなどの行動療法の技法が優れている
ことが示されている(Emmelkamp,1994;Marks,1978)。でも、もちろん限界はあ
る。エクスポージャーは広場恐怖や、単一の恐怖症、そして強迫なんかには有効
なんだけど、対象が広範にわたる恐怖症や対人恐怖、漠然とした不安の障害には
そうではない。パニックディスオーダーには認知行動療法が優れているんだと
(Barlow,Craske,Cerny,& Klosko,1989;Michelson et al.,1990)。
ある技法はある問題、症状に対してとりわけ有効であることを示す証拠があるよ
うに思われる。と、Lambertは述べるのだが、すぐさま次のように続ける。しか
ーし、学派による治療効果の違いはない、とする証拠の方が多いのだ、と。
Bergin & Lambert(1978)や、Bergin & Suinn(1975)、Beutler(1979)、
Goldstein & Stein(1976)、Kellner(1975)、Meltzoff & Kornreich(1970)ら
の比較的古い研究も、より最近のメタアナリシスを用いた研究も、「セラピー間
の効果には、違いはほとんど、もしくはまったくない」という同一の結果を示唆し
ている。
>>841はちゃんと
>>840を読んだのだろうか?メタ分析の論文なのだが。
Lambartみたいな古くて分析の甘い論文しか知らないやつ
はかわいそうだね。
ついでにもひとつ。
295 :Lambert,M.J., :02/01/26 01:54
A何が効いているのか 8
学派固有の要因A
続きだが、どんなやり方が優れているのかについては今のところ結論は出
ていない。研究の大勢は「どれも同じ」を示していると。たとえば、
Hollon & Beck(1986)は鬱病の治療として認知療法は成功と他のセラピー
に対する優位性を誇っていると述べるが、Elkinら(1989)は国立精神保
健研究所が行った鬱病の共同研究について報告し、対人関係的サイコセラ
ピーと、認知行動療法の効果量には違いはまったく認められないと述べて
いる。
やっぱり
>>841-843は
>>840を読んでないんだね。そこにちゃんと
「対人関係的療法と認知行動療法の効果には違いがない」と
書いてあるよ。問題は、力動的先進療法(精神分析)だろ。
ちなみに
>>840の論文で引用している、認知行動療法・対人関係的療法・
力動的療法の比較のデータソースは1993年のNIH(国立精神保健
研究所)らの公式報告書。この報告書を含め多くの気分障害の
文献・データを総合して、現時点での最高水準の結論を出した
のが
>>840の論文。
2ちゃんやっているヒマがあったら、ちっとは勉強したまえ。
>>843
>>840 なかなかバランス良く書かれた論文のようですので、「荒っぽくまとめる」のは
もったいないと思います。例えば60ページのサマリーなどは、力動的心理療法について
比較的きちんと書いてあるように思います。
そしてこの論文の結論は、「力動的心理療法が、うつ病の治療手段として有効か
どうかということは、未だ不明である」ということであるようです。
初めてこのスレを覗いてみたんだが,
>>840の論文は面白そうでつな。
一度読んでみることにします。
849 :
没個性化されたレス↓:04/05/08 10:14
800age
いつのまにかマトモなスレに成長してる!
851 :
没個性化されたレス↓:04/05/14 10:26
800age
852 :
没個性化されたレス↓:04/05/18 23:01
>809
>ユングの流れをくむミンデルにしても、エッジを乗り越えるという考え方から、
エッジを大切にする、という方向にすでに転換した
これについてもう少し詳しく知りたいのですが、なにか参考になるものを
ご存じのかたがいらしたら、お教えください。
853 :
没個性化されたレス↓:04/05/21 09:25
800age
854 :
1935年といえば:04/05/30 16:27
⊂⊃ ⊂⊃
∧_∧ / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
⊂⊃ ( ´∀` ) < タヴィストッククリニック上げ
⊂ つ \_____________
ノ ノ ノ
(_ノ _ノ ⊂⊃
彡
855 :
没個性化されたレス↓:04/06/04 11:19
800age
856 :
没個性化されたレス↓:04/06/07 00:46
800age
857 :
没個性化されたレス↓:04/06/11 23:25
ユングはオカルトです個性化は神様になること。錬金術はセックスマジック・
タントラのこと。ユングが研究してたのは、セックスを通して霊性を向上さ
せるテクニックのことです。
858 :
没個性化されたレス↓:04/06/12 00:51
そういう訓練はちょっと楽しそうですね
859 :
没個性化されたレス↓:04/06/17 22:03
800age
860 :
没個性化されたレス↓:04/06/17 23:02
>857
まあ、あながち的外れというまではぎりぎりいかないにせよ、やっぱり、頭の
悪い奴がいいそうなことだな、と。それが残念。いや、本人は皮肉で言ってる
つもりなんだろうけど、それを含めて頭悪っ!ということです
861 :
没個性化されたレス↓:04/06/18 01:27
>>860 「転移の心理学」などを読むと、まさに857の通りという見方もできる。
あなたの見解をぜひ聞きたい。
おそらくセックスの捉え方、広く言えば肉体を越えた男女の関係性の深さ
のことをあなたは言いたいのだろうと、想像しているのですが。
862 :
没個性化されたレス↓:04/06/22 22:19
800age
863 :
没個性化されたレス↓:04/06/24 22:18
800age
864 :
没個性化されたレス↓:04/06/26 00:42
セックスしたーい。でも、セックスって大切なのか?
なんか深い意味があるのか?ユングは、快楽にそれほど
重点を置かなかったんじゃないか?意外と。
865 :
没個性化されたレス↓:04/06/30 16:12
自我を手放し、自我をなくすことによって、
大いなる自己と一体化するのが、個人の救済であり、
すべての人間がそうすることで世界が救済される。
これがユングの根本だよ。
866 :
没個性化されたレス↓:04/06/30 16:48
>865
転移の心理学では、自我を手放す手段としてのセックスが説明され
ているような感じ。
それはわかる。一度はどっぷりと無意識の中に入らねばならないから。
しかしそれだけではなくて、無意識との戦いとも言っているだろ。
無意識を教育しろとさえ言っている。
867 :
没個性化されたレス↓:04/06/30 17:19
なんだ、そうなのか?
それではユングは自我中心主義なのだな。
それではだめだ。
個人の意志や思考や判断や行動、私的感情や個性や生きざまが、
実際は幻想であって無価値であると理解して、
はじめて大いなる自己の展望が開けるのだ。
868 :
没個性化されたレス↓:04/06/30 17:29
じゃあ、死んだらいい。
>>867のいうことは実現される。
自我の死が重要なんだよ。
そもそも本来、無意識とは意識が無なのだから、
どっぷり無意識に入ったときの体験は、
自我の体験ではない、つまり「私の体験」としては意識されないわけだ。
もしそれが自分のこととして意識され続けるとしたら、
単に手前勝手なファンタジーの中にいただけのことだと思う。
自我を手放した際の体験の自覚など、ありえない。
自覚のない状態、それが究極の境地たる無我の境地、涅槃の境地であろう。
871 :
没個性化されたレス↓:04/07/01 18:22
自我の死と再生というプロセスがが重要だというのなら、ユングスレでいいと思うが、
自我の死を望むのであれば、トランスパーソナルスレにでもいっとくれ。
>867
ユングは無意識を統合する主体としての自我の重要性を強調している。
しかし、その自我とはコンプレックスを統合しながら変容しつづける
自我であって、固定化したものではないよ。
>どっぷり無意識に入ったときの体験は、自我の体験ではない、
>つまり「私の体験」としては意識されないわけだ。
コンプレックスの統合によって自分の自我が崩壊する体験をするか、
少なくても教育分析ぐらいを受けてから言い切ってほしい。
もちろんその体験は完全な自我喪失ではないけれど、情動的に十分な
体験であれば、価値観が180度変わる実感があるし、死と再生の典型的な
夢を見るのだよ。そしてこの体験に続く数日〜数週間は自我の再構成の
ためにかなり精神状態が不安定になる。
>自我を手放した際の体験の自覚など、ありえない。
もちろん完全に自我を手放した期間の自覚などないのは、恋人が
セックス時にエクスタシーで失神したときのことを聞けばよくわかる。
2〜3分間の記憶がないからね。
しかし、この経験の翌朝に見る夢を聞くと面白いよ。誰か(自分の側面)が
死ぬ夢を見ることが多い。
873 :
没個性化されたレス↓:04/07/02 03:32
800age
874 :
没個性化されたレス↓:04/07/05 00:02
800age
875 :
没個性化されたレス↓:04/07/14 01:45
800age
877 :
没個性化されたレス↓:04/07/18 23:38
878 :
没個性化されたレス↓:04/07/19 03:07
800age
879 :
没個性化されたレス↓:04/07/19 12:27
>877
30万円は催眠術を10日かけて教えてくれるレッスン料じゃないか?
でも、個人セッションが約1時間1万円って、カウンセリング代はそんな
ものなのだろうか?まあ、年収800万のサラリーマンの時給は数千円
だから、経費を入れるとその程度は普通なのかもしれん。
しかし、カウンセリングって金持ちしか受けられないね。
880 :
没個性化されたレス↓:04/07/19 22:13
>30万円は催眠術を10日かけて教えてくれるレッスン料じゃないか?
馬鹿、そんなことは分かってる。催眠術をかけようがかけまいが
10日でプロのカウンセラーになれるような書き込みをして
30万〜40万の金を取る、教える相手は別に自分探しの素人でも
良いと言うのは絶対詐欺だ。
この男、年齢が四十歳で十五年もカウンセラーとは関係のない
サラリーマンをやっていたようだ。とすると自分自身の心理療法の
経験なんて、ほとんどないわけだ。それで人様にモノを教えて
金を取ろうなんて詐欺師以外の何者でもない。
881 :
没個性化されたレス↓:04/07/29 17:05
ユングのいう意識と無意識の相互性ってなんだろうね?
882 :
没個性化されたレス↓:04/08/01 10:29
800age
脱線してすみません
あと、既出のテーマだったらすみません
精神療法をめぐる裁判が進行中ですが、
この裁判についての掲示板、スレッド等ご存知でしたら
教えてください。
“精神科医を訴えるトップページ”で検索すると、
原告の方のHPに繋がるんですけど、その中の掲示板は
自分の分からない事を質問できるような雰囲気ではないので。。
元主治医に対して恋愛妄想を抱いた末、自殺された方の
ご遺族が、“恋人治療”なる精神療法が不適切だったとして
その元主治医を訴えているのですが、
本当に精神療法って危険なものなんですか?
あと元主治医は本当に、逆転移性の恋愛感情を抱いていたのでしょうか
(原告側が折にふれ、主張するように)
>>883 >この裁判についての掲示板、スレッド等ご存知でしたら教えてください。
少なくとも俺は知らないな。
>本当に精神療法って危険なものなんですか?
精神療法が危険、というのは極端だが、
治療構造を確立しないままの精神療法が悪影響を及ぼす事はままある。
>あと元主治医は本当に、逆転移性の恋愛感情を抱いていたのでしょうか
これについては今訴状を読んでる所だから何とも言えないが、
あくまで原告側が作った訴状だから、原告有利な内容になっているだろう。
結局は主治医のみぞ知る所。
885 :
没個性化されたレス↓:04/08/08 01:30
800
886 :
没個性化されたレス↓:04/08/08 04:45
800age
887 :
没個性化されたレス↓:04/08/11 01:15
800age
888 :
没個性化されたレス↓:04/08/20 02:30
800age
889 :
没個性化されたレス↓:04/08/25 01:10
800age
890 :
没個性化されたレス↓:04/08/25 07:34
891 :
没個性化されたレス↓:04/08/30 03:05
800age
893 :
没個性化されたレス↓:04/09/04 03:03
800age
894 :
没個性化されたレス↓:04/09/10 22:01:18
800age
895 :
没個性化されたレス↓:04/09/11 05:46:50
800age
896 :
没個性化されたレス↓:04/09/12 10:28:49
897 :
没個性化されたレス↓:04/09/13 08:33:04
800age
898 :
没個性化されたレス↓:04/09/17 00:43:55
800age
900さげ。
900 :
没個性化されたレス↓:04/09/17 01:06:46
900age
901 :
没個性化されたレス↓:04/09/17 05:17:42
アクティブイマジネーションをうまくやってる人、コツ教えてよ。
>>901 老松克博がたくさん本を書いてるじゃん。
903 :
没個性化されたレス↓:04/09/17 16:06:17
>902
ありがとう。読みました。実践している人の話を聞きたかった
のです。
自分は変性意識に入って、イメージ(人物)を浮かべるまでは
できるんです。
そのあと、そいつに質問をするのですが、今まで2回ぐらい、
ちょこちょこと話すだけで、黙ってしまう。
集中力が足りないのだろうか…
904 :
没個性化されたレス↓:04/09/18 23:26:57
905 :
ロボ ◆lSiROBOsc. :04/09/19 03:41:27
900age
906 :
没個性化されたレス↓:04/09/20 16:09:58
900age
907 :
没個性化されたレス↓:04/09/22 03:01:58
908 :
没個性化されたレス↓:04/09/23 00:24:13
/ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ \
/⌒ヽ / ''''''ヽ ..::::'''''' ::::ヽ ageで書けば角が立つ
| / | (●), :::、(●) ..::::;;|
| | | 、.. ..,,ノ(、_,:)ヽ、,,,;;;;r'':::::;;| sageでレスれば深みに堕ちる
| | | `-=ニ=- ' .::: :::::::;;|
| | l `ニニ´ ..::'' ...:::::::;;l 良スレ善スレは闇に消え 残るは厨の糞スレのみ
| / \ _::、__,;;',,;;;;;;;;;;;;;;;/
| | ////W\ヽヽヽヽ\ 保守仕奉る
| | ////WWWヽヽヽヽヽヽヽ
| | ////WWWWヽヽヽヽヽヽヽ
E⊂////WWWWWヽヽヽヽヽヽヽ
E////WWWWWWヽヽヽヽヽヽヽ
| | //WWWWWWWヽヽヽヽヽヽヽ
909 :
没個性化されたレス↓:04/09/23 00:45:43
ユングは抑圧した情動の開放ないしは解消方法について
何か書いているでしょうか?
それとも夢分析だけなのでしょうか?
910 :
没個性化されたレス↓:04/09/23 09:50:54
900age
911 :
没個性化されたレス↓:04/09/24 23:24:56
442 :探検隊 :02/07/22 02:21
>>441を読んだら急に349に好意を持ってしまったので、あえてコテハンで書くが、
オレだけでなく、学生厨房以外の大抵の皆さんにも「幾分かは伝わっている」のだよ。
その程度の読解力のある人は多いので、その点は安心して良い。
ただ、半可通には用心した方がいい。
この板は知名度が高く、院生レベルだけでなく、それ以上の専門家の諸先生方も覗いており、
暇つぶしにこのスレに書き込むこともあろう。
あまり不用意に知ったかぶりをするとボロが出る可能性は極めて高い。
(というか、確実にボロは出てしまう。叩かれなければ本人が気がつかないだけで、読者一同は笑っている)。
おまけに、先生方にも厨房の素質はあるし、しばしば本当に厨房(または厨房以下)であったりする(ホントか?)。
912 :
没個性化されたレス↓:04/09/24 23:40:13
809 :244 :03/06/13 11:48
>>808 コンディションをきちんと見極めるほうがいい、ということは
辛くても主体的に立ち向かう姿勢と矛盾しない。
ユングだって、臨床で対面をさせるタイミングに関してはきちんと考えていたはず。
そもそも、臨床系の本を読んで自己省察するというやりかた自体、
>>802の後半で書いたように、本来的にユングの実践方法とは異なる。
ユングだったら、そのようなやり方は自我主体の一方的な反省作業であって、
成長をもたらすような意識と無意識の共同作業になっていない、として退けるだろう。
ユングにおいて「たとえ辛くても主体的に立ち向かう」べき事柄は、
自身の内に自律的に現れてきたイメージのほう。ここはユングの倫理観とも関係する。
また、無理な対面法がクライエントの状態の悪化を生みやすい、ということは
たしか臨床の効果に関する横断的な研究でも報告されていたはず。
ユング派分析家にしても、クライエントのコンディションを無視した
無理な対面法を行っている人がはたしてどれだけいるか。
ユングの流れをくむミンデルにしても、エッジを乗り越えるという考え方から、
エッジを大切にする、という方向にすでに転換したと聞いている。
人間の暗部に光を当てることや、主体的にかかわることの重要性は分かるが、
それが、「コンディションの悪いときでも無理に本を読み通すべき、
そうでなければ甘い」という理屈になぜ繋がるのかが全く分からない。
論理的に飛躍があるし、ユングやユンギアンの実践に照らし合わせても無意味な要請。
913 :
評論家:04/09/24 23:48:45
244が中心のスレ。
一方的でやや難解。
912(809)が彼(244)の最後のレス。
彼もコンデションを悪化させたのだろうか。
心理学板にユングに関する専門家はいないようだ。
このスレもこれ以上続ける意味がない。
914 :
没個性化されたレス↓:04/09/25 00:19:16
皆さんでいじめを追放しませんか?
1 :少年法により名無し :04/04/11 18:07
みなさんはどう思いますか?いじめられる側はいくら努力しても
結局誰かが変わりにいじめられます。それはいじめる側が100
パ−セント悪いに決まっています。しかも、いじめが原因で人が
もう死んでいます。いじめる側にとって良くても、いじめられる
側にとっては毎日がうんざりです。自殺したくなります。
いじめられていない人も運動ができない子、口下手な子、勉強が
できない子、腕力の無い子等に生まれたらいじめられていたかも
しれません。いじめは他人事だとは思わないで下さい。運が悪い
から悪いだったら、あなたも運が悪く、いじめられていたとき、
それはとてつもなく傷つきます。いじめは無くすことは可能です。
お願いします。協力してください。
http://tmp4.2ch.net/test/read.cgi/youth/1081674476/l50
915 :
没個性化されたレス↓:04/09/25 11:56:23
でサザエさんとドラえもんはどっちが先に集合的無意識になるの?
916 :
没個性化されたレス↓:04/09/25 23:03:51
900
917 :
没個性化されたレス↓:04/09/26 09:05:19
918 :
割れ目がバッチリ!:04/09/26 09:23:39
↑
見るなら一番下の動画を見よ!
イッヒッヒッ ヒヒヒヒーー
○ ショウチャン ドシタノ?
ノ|)
_| ̄|○ <し
\サカダチデキネ /
`-----v--○
○ ノ|ヽ
_| ̄| <し
\○ < オッケー
__○ | ママ テツダウ
ノ) /| <し
\○
\_○ |
ノ /| <し
\/ \○ カマン !
|○ |
/| <し
|/ \○
|○ |
/| <し
( ○」
_/ ̄ 「/
ノ○ />
920 :
没個性化されたレス↓:04/09/26 14:35:20
心理分析と占星術は、ポパーがよく例に引く擬似科学的ないしは
形而上学的理論である。たとえば、フロイト流心理学では、神経症
を始めとする精神障害は幼児期の体験に原因があるとみる。
ところが、この説を論駁しうる証拠は提出できない。
さらに、患者の行為や過去の記憶は、それがどんな
ものであれ、診断を確証するもののように見える。
ポパーによれば、科学者と擬似科学者の違いは次のようなものであ
る。科学者は、自らの理論に対してもっとも過酷なテストを求め、テ
ストでその理論が否定されたとしてもそれを受け入れる人間だが、
擬似科学者は自らの考えに証拠を追い求め、その理論が脅かされると、
補助的、防衛的な理論を新たにもちだして、反論から身を守るのである。
そんなこと言ったら疑似科学者だらけになってしまうがな
アインシュタインやニュートンには
反証可能性がある。ゆえに科学である。
フロイトには
反証可能性がない。
923 :
没個性化されたレス↓:04/09/26 16:07:32
ポパーは「検証と反証の非対称性」に着目した。そうして科学的命題がクリア
しなければならない基準を(「検証」や「累進的確証」でなく)「反証可能性」
であるとした。つまり経験(実験)によって覆される可能性があるものだけが、
科学であると。たとえば占星術はしばしば正しい予想をすることがあるが、どの
ような反証もかわすことができるように作られているが故に(つまり間違えようが
ないが故に)、疑似科学であるのだ。逆の例を出せば、ニュートン力学は、太陽の
側を通った星の光が曲がったという観測でもって「反証」された。が、それ故に間
違ってはいるけれど、(ポパーの基準からすると)やはり「科学」であるのだ。
ダブル・ポストの理由は?撒き餌?
925 :
没個性化されたレス↓:04/09/26 21:43:27
900age
タヴィストック・クリニックでの講演を録画したビデオありませんか?
927 :
没個性化されたレス↓:04/09/28 21:10:24
900age
928 :
没個性化されたレス↓:04/09/29 22:38:22
ユング心理学会のホムペってどこ?
930 :
没個性化されたレス↓:04/10/02 00:00:41
900age
931 :
没個性化されたレス↓:04/10/02 21:21:03
932 :
没個性化されたレス↓:04/10/03 12:28:59
933 :
没個性化されたレス↓:04/10/03 18:19:53
age
934 :
没個性化されたレス↓:04/10/04 21:35:38
900age
935 :
没個性化されたレス↓:04/10/06 19:26:24
900age