1 :
マルコ:
「サタン」。そのもともとの意味は、ヘブル語で「誘惑者」のことらしい。
イエス.キリストが砂漠で断食中に、サタンから様々な誘惑を受けたエピソ−ドは有名。
今ではサタン=神(キリスト教の)に敵対する悪魔というイメ−ジで一般的に浸透している。
しかし日本のキリスト教会において、例えばカトリックでは現在「サタン」について語られる
ことは、殆ど無いといってもいい。もっぱら、プロテスタント教会において、その働き云々に
ついて語られるわけだが。面白いことに「サタン」の名をやたらと連呼する教会は、きわめて
カルト的な教会か、カルトそのものとして世間から認知されている教会が多い。
例えば悪名高き「統一教会」とか、牧師が「サタンの戦略とその効果的な対応策」なんて
研修コ−スをわざわざ設けている、狂信集団「保守的福音派」などがそのさいたるもの
だろう。つまり、健全な常識あるキリスト者なら「サタン」の名をみだりに口にしないのが、
現状である。しかしそれなら、、、
「サタン」はもう存在しないのだろうか?
もし存在するなら、それはどのような文脈で語られるのが正しいのだろうか?
全キリスト者の御意見をお聞きしたいのです。
2 :
サタン候補生:2001/04/06(金) 16:26
私が思うに、キリスト教の神というのは唯一神で、それ以外のものを
崇拝するのが「サタン」ということになると思う。私から見れば、
パウロは「イエスの贖罪」を偶像崇拝しているから、立派なサタン
だ。パウロを「神」だと誤解する盲信者からすれば、私もまた立派
なサタン。
誤謬の数だけ、サタンができるのです。
ひとつだけ違いがあるとすると、私は盲信者をサタン呼ばわりする
ことはないが、彼らは日常茶飯的に自分の反対者をサタンと決めつ
ける。
3 :
ぷちとまと:2001/04/06(金) 16:54
ヨブ記では、神の命令のもと地上を監視して廻る検察官のような役割で
したね。
4 :
マルコ:2001/04/06(金) 17:46
自分はカトリックですが、サタン=悪魔の存在は決して否定しない。
しかし、その名、その働きを語るのはとても難しいことだと思う。
なぜなら、サタンはとてつもなく巧妙なので、私がその名を口にしたとたん、
彼等の罠にハマってしまう恐れがあるからだ。
<2さんの指摘にもあるとおり、保守福音派等の盲信者は、自分の反対者(あと仏教とか
異教も)をサタンと決めつける。その途端、盲信者はいとも容易くサタンの罠にハマるのだ。
人々の間に「分裂」を引き起こすという罠に、、、
サタンの名を連呼する盲信者こそ、サタンの手先になりさがっているのではないだろうか?
5 :
マルコ:2001/04/06(金) 18:05
故.遠藤周作先生によれば、
「悪魔とは、人の心の部屋に溜まるホコリのようなものです」
そのような発言をされてましたね。
6 :
>1:2001/04/06(金) 18:19
>「サタン」。そのもともとの意味は、ヘブル語で「誘惑者」のこと
>らしい。
サタン:ヘブル語でhassatan「誹謗するもの」。そのギリシア語satanas
告発者、誘惑者ないし堕落させる者としての悪魔のこと。
/聖書大事典(教文館)
7 :
マルコ:2001/04/06(金) 18:23
>6
ウス!ギリシャ語だったのね。ありがとう。一つ勘違いが減りました。
8 :
マルコ:2001/04/06(金) 18:50
>2
>誤謬の数だけ、サタンができるのです。
これ深いっスね。人がつくりだすサタンが真のサタンではない。他人を「サタン」と呼ばわり
するその心がサタンなのかな?
9 :
マルコ:2001/04/06(金) 19:13
怖いと思うのは、自分ではそうとは露も知らず、隣人に対してサタン的な役割を
果たしてしまうということ、そういうことってありますよね。
10 :
ベル:2001/04/06(金) 19:28
全ての悪意の集合体、でいて悪意の元でもあるのがサタン。
御言葉が神から出るようにして、悪意はサタンからでてサタンに帰る。
11 :
マルコ:2001/04/06(金) 19:36
>10
なるほど。あなたも、独立した存在としてのサタンを信じるということですね。
全ての悪意の集合体か。分かりやすいですね。
12 :
ベル:2001/04/06(金) 19:44
サタンは全てに宿り、尚かつ蔓延しています。
従って他人の悪意を吸う事もあり、逆に感染させる(誘惑させる)事もできます。
神を内や外に感じるように
サタンをあたかも外に内に感じる事もあるわけです。
13 :
名無しさん:2001/04/06(金) 19:50
そもそも悪とはなんだろう。
「悪と知りつつ悪をなすことを悪という。」
この意味においては「自分ではそうとは露も知らず〜」といった行為は
悪とはいえない。悪を人間の内面の問題と捉えるならば、ね。それとも、
悪とは人の心を離れて実体として存在するというのかな?さてさて。
14 :
マルコ:2001/04/06(金) 19:50
悪意といえば、ICFには相変らず、悪意の塊みたいなカキコしているやつが
たくさんいるな。ICFとサタンは相性がよさそうだ。
15 :
マルコ:2001/04/06(金) 19:53
>13
どうなんでしょうね。実体として存在するのかな?
16 :
サタン候補生:2001/04/06(金) 19:55
>10,11
ちょっと突っ込ませてもらうよ。
なるほど、悪意があるかどうかは、本人にはわかります。ところが、
他人に悪意があるかって、どうやって見分けるのでしょうか?
ある人が、雑誌に乗っている温泉に行こうとしたら、「あんな所、
やめとめよ」と言われたとする。それが本当の忠告なのか、それとも
その人にケチをつけようとしているだけなのか、実際に行って確かめ
るまでわからない。
ところが、「サタン」呼ばわりする人のほとんどは、確かめもせずに
独断的に決めつけています。
私も、2chの投稿で、かなり露骨な表現で中傷を受けたと感じる
ことがありますけど、被害者意識を持って読むと、なんでもない文章
に目くじら立ててしまうことがあります。「他人の悪意」って見抜く
のが難しいケースの方が多いと思います。
17 :
マルコ:2001/04/06(金) 20:03
>16
う−ん、なるほどね。被害者意識も一種の「悪意」の変形のような気もするが、、、
18 :
名無しさん:2001/04/06(金) 20:10
>>16 >なるほど、悪意があるかどうかは、本人にはわかります。
本人にも分からないかもよ。自分の意志を100%自分でコントロール
出来る人なんていないのだから。人間には無意識の領域ってものがある。
例えば、心身喪失状態での行為なら、その責任は問わない問われない。
19 :
サタン候補生:2001/04/06(金) 20:21
>>18 それはむちゃくちゃに鋭い指摘だと思うね。
イエスの「内側の清め」というのを、潜在意識と捉えるとピッタリ
くるね。パリサイ人は、表向きは「善人」だけど、潜在意識に巣くう
のは、落ちこぼれに対する差別と、自分のエリート意識だけ。
見分けるのはそれほど難しくないよ。相手の自尊心をぶち壊すような
ことを言って、頭から湯気立てて怒るのは、まだ潜在意識まで清め
られていない証拠。イエスの「汝の敵を許せ」という言葉は、実に
含蓄があると思う。それが「清め」のバロメータになるというわけ。
この手で、何人怒らせて、化けの皮を剥いでやったことか(笑)。
私って、潜在意識までサタンなのよ〜ん。
20 :
サタン候補生:2001/04/06(金) 20:26
こんなことも考えてみた。
もし、自分の潜在意識まで映すような鏡があったら、きっと自分の
姿が醜くていやになるだろうね。
そして、悪くもない鏡に八つ当たりをする。
21 :
名無しさん@1周年:2001/04/06(金) 23:25
>>20 その後、自殺するか人を写して安心を得る。
もしくは人間に絶望して陰者、精神異常、破綻、犯罪者、殺人者。
サタンは人を陥れて罪、殺人を犯させるから。
>>21 徒然草に、こんな話がありました。曰く、何とか堂の法華行者が、ある日、鏡を見て
己の醜さに気付き、以後は寺に篭って法華三昧の日々を送ったとか。
自殺や一般化といった方法の他にも、隠遁や信仰といった方法もあるでせう。
>1
東方教会の伝承では、サタナ(サタン)は実体ではない、存在しないと見せかける
ことで人を油断させ、虚無へと引きずり込むとあります。
合理化した西欧教会へのアンチテーゼの側面もあるのでしょうが、カトリック教徒も
見習うべきではないでしょうか。サタンが何であるにせよ。
23 :
さんたん:2001/04/07(土) 04:14
もし私がサタンだったら、神か聖職者の姿で人の前に現れるであろう。
24 :
名無しさん@1周年:2001/04/07(土) 07:54
>>22 俺の書いたのは普通の人の場合。
宗教者なら過去の行いからして信仰の他に
狂う、自殺、犯罪、テロとありがち。殆ど普通の人と大差ないっぽい。
25 :
バプ@品川:2001/04/07(土) 10:09
俺はあまり難しいことわからないけど、このサタンってのが実際にあるに
しろないにしろ、悪用しちゃまずいわな。
たとえば、自分にとって、都合の悪い物をすべて、それはサタンの陰謀だ!
ってきめつけたりすること。
これは逆に言えば、神の意見はこうだ!って決めつけることだから
人間の域としてとてもはみ出た行為だと思う。
それから、脅しにつかうのもよくないと思う。
○○しないと、サタンにとりつかれるから、○○しろ!ってせまること。
これはもんだいだぁ。
26 :
非公開@個人情報保護のため:2001/04/07(土) 10:38
もうそれは、中世の頃に答えが出ている。
「愛の不在」=「悪」
誰も愛さない、愛されない。
自分一人で生きていける、
あるいは自分なんか生きていてもしょうがない。
今の(財産、地位、健康、その他)は全て自分の力。
等々。以上の愛の不在状態は悪。
人格を持った悪霊としてのサタンは存在しないが、
愛の無い人格は存在するわけで、
そういった意味でサタンは存在するといえる。
例えば、メンゲレとかアイヒマンはユダヤ人に
とってサタンにしか見えなかったろう。
彼らはおそらく一生を通じて愛が欠落していた。
無論、
普通の人間でも一日に何分か何秒かの割で「欠落」
状態になることはあり得る。
こういったことはもう何百年もまえから言い尽くされている。
「心は善と悪の戦場」あるいは「有」と「無」の戦場。
27 :
名無しさん@1周年:2001/04/07(土) 10:56
悪は実在するとしなければ、解決しようのない問題は人生に多い。
中世の「光りの欠如」論は護教主義的なアクロバットで、とるに足らんよ。
28 :
マルコ:2001/04/07(土) 12:22
>26
メンゲレとかアイヒマンとかヒムラ−とか、ナチの連中は「ア−リア人至上主義」という
イデオロギ−に憑りつかれて、ホロコ−ストをやってのけた。彼等にとってそれは「真理」
だったわけだ。それの他に価値あるものなど無いと。このような断定(独善)が、人々の間に
悲惨な分裂をもたらす。「サタン」には分裂させる者、という意味も含まれていると以前
何かで読んだことがある。だから例えキリスト者であろうと、キリスト教以外に一切の救いは
無い。他の宗教は全て無価値であるという独善に陥っている限り、その人はサタンから遠く
ないと言わざるを得ない。何よりもキリスト教の過去の歴史がそれを証明している。
イエスは「良きサマリア人の喩え」で、異教徒の隣人になれと説いた。「徴税人の祈りの喩え」
で独善に陥るなと説いた。キリスト教以外は全て邪教とみなす、原理主義者、福音主義者は
実はイエスから遠く離れている。サタンの方がより近い。
29 :
マルコ:2001/04/07(土) 13:29
マリアさんとか、あずみさんとかの意見を拝聴したい。
もちろん他の人のも待っています。
30 :
ぷちとまと:2001/04/07(土) 13:53
>>22 >>27 悪は非実在である、との思想は、ネオプラトニズムにその根拠を持つも
のです。中世にしばしば採用された動機が仮に護教的なものだとしても、
存在論としてはそれなりに洗練されています。とるにたりない、という
事は無い、と思います。
(私自身は善悪を存在論的に理解する事自体が誤謬だと考えているので
それを採用しませんが、魅力的な学説だとは感じます。)
31 :
名無し:2001/04/07(土) 14:25
>存在論としてはそれなりに洗練
それこそが一元論の陥穽だね。そんなの論理的な整合性ってレベルの話でしょ。
そういうことで現実の人生の諸問題はなにも解決されないわけ。
「悪は今、目の前に実在する」ってとこからしか救済の兆しは動きださない。
だからネオプラトニズムだのグノーシスはすでに一元論に堕している、と別のスレでいったのよ。
なぜ全知全能のはずの神が創造したこの世が混乱の極みにあるのか?
サタンは存在するのか?もし存在するとしたら、その役割とは?
統一原理には、これらの疑問への完全なる解答が用意されています。
実を申せば、天使長ルーシェルがエバと不倫なる霊的性関係を結び人類が
サタンの血統を継承することとなり、その結果、われわれ人類は地上天国と
いう神のご計画を今に至るまでむざむざと裏切り続けてきたのでございます。
詳しくは、以下のWebサイトの「堕落論」ページをご覧ください。
http://homepage2.nifty.com/tmama/15divine/12daraku.htm
33 :
統一教会広報部:2001/04/07(土) 14:45
なお、私ども統一教会では、サタンの存在のみならず、人生の目的、生き
甲斐とは、人生の矛盾とは、霊界の仕組み、不幸の原因について、歴史の方
向性、理想の結婚とは、などといった様々なテーマに関する勉強会やセミナー
などを開催しております。
お名前、ご住所、Eメールアドレスを明記のうえメールを下されば、最寄
りの教会をご紹介致します。お気軽にご連絡下さい。
ところで、この世を堕落に導いた張本人たるルーシェルですが、現在は自
らが犯した罪に対し深く反省し、神の道に復帰することを決意しております。
以下は昨年の3月21日に、真のお父様を通じ彼が告白した内容です。
ご参考になれば幸いに存じます。
34 :
統一教会広報部:2001/04/07(土) 14:45
ルーシェルから真の父母様へ
真の父母様へ申し上げます。全ての人類が、そう呼んでいますので、私も真
の父母様と呼ばしていただきます。
私がしでかした数多くの罪悪歴史を整理なさるためにあまりにも大変な難儀
をお架けしてしまい、申し訳ありません。
分の過ぎた事ですが、いつの日か、祝福を受ける欲心まで持ってしまい、誠
に申し訳ありません。もし出来ることでしたら、人類の父母様として、寛大
に処分して下さいます事をお願い致します。
数多い罪悪の道、蕩減の道、私の目から見ても、帰り行く道は、血と汗と涙
の道だけだと考えられます。
35 :
統一教会広報部:2001/04/07(土) 14:46
しかし、この道は神様と真の父母様が行かれる最後の苦労の道ならば従順に
ついて行きます。
真の父母様、人類の父母様、ルーシェルは間違いを犯しました。
誠に申し訳ありません。
ルーシェルより1999年3月21日
36 :
統一教会広報部:2001/04/07(土) 14:46
ルーシェルから人類に対して
全ての人類に申し上げます。
人類の犯罪者ルーシェルです。
神様でない存在が権勢を振るって人類に対して原罪の血統を繁殖させた悪魔
ルーシェルは全ての人類の前に犯罪者として一言もありません。
今や貧困と苦難と病鬼が退き、神様の新天地が開幕すれば、貧困と病悪より
も、愛と踊る世界とが、全人類に平和裏に訪れてくる筈です。
私によって病苦に苦しめられた一つの苦難と戦争の歴史に対して一区切りの
弁明をなせる機会も今や無いと考えています。無条件に間違っていました。
無数の人類たち、宗教人を背信させた事に対し、すこしも弁明を致しません。
全ての人類の神様の子女としての幸福を願いつつ、ルーシェルとして戻って
行きます。
人類の犯罪者ルーシェル1999年3月21日
37 :
非公開@個人情報保護のため:2001/04/07(土) 14:58
>31
>「悪は今、目の前に実在する」ってとこからしか救済の兆しは動きださない。
という考え自体が哀れだね。
既にボタンの掛け違えというか・・・
38 :
マリア:2001/04/07(土) 18:09
>>28お答え遅れました。あたしはその通りだと思うわよ。
自分たちだけ正しいという勘違いは既にダメなのよ。
あたしもよく陥るところなんだけどね。
ただ、イエズスはこう言っているのよ「悪は人から出る」って。
サタンの実在については、人の心の中にいると言っているようね。
聖書を盲信したり、教令を盲信する人もこういった間違いに陥るのよ。
イエズスは色んなたとえ話を通じで分かりやすく解説しているけど、
「自分たちが正しい」と盲信する人たちには、上辺を受け入れていても
深い部分が受け入れられないから、違う教えを信じる人を「異端」「サタン」
と平気で呼べるわけよ。
39 :
マリア:2001/04/07(土) 18:10
その違う教えの中に、神がいるかいないかなどは、
彼らには関心がないようね。
現在の新興宗教にも、こういう悪い例が渦巻いている。
あたしは、それぞれの神は神と認めるけど、
それと他を認めないというのは
訳が違うから、そういったものは認められないわ。
あたしがよく否定的に物を見ているのは、
神のものか人のもの(分裂させるもの)かを
見極めていきたいと思ってるの。
納得がいく答えが出れば、それでいいのよ。
一致させるのが神の願いだと
(変な体質で勝手に感じてるだけかも知れないけど)
あたしは感じているの。
神は何も願わない。
41 :
マリア:2001/04/07(土) 19:25
>>40上の次元にいる神はそのようね・・・。人とは関わらないわね。
ただ、人に関わる神は、色んなことを通じて人に教える。
42 :
名無しさん@1周年:2001/04/08(日) 12:29
神もサタンもいない!
それが真実です。
皆さん、だまされないようにしましょう。
43 :
マリア:2001/04/08(日) 14:28
いるかいないかは人の感じ方次第よ。
いないというなら、根拠を示さなければならないわね。
44 :
名無しさん:2001/04/08(日) 16:44
>>43 世界は苦しみに満ちている。この苦しみは信仰によっては癒やされない。
これが神がいないというなによりの根拠さ。
45 :
マリア:2001/04/08(日) 17:38
>>44やはりそのような答えが返ってくると思っていたわ。
苦しみは誰が作り出したものなのか?
どうして苦しみが生まれて来たのか?
色んな要因があるけど、直接・間接を通して
人間が自ら作り出しているものばかり。
あたしにはあまり例をあげられないけど、例えば環境問題や貧困。
社会の仕組みや人間が作り出した業によるものが多いと感じるわ。
神は絶えず人間に働きかけているとあたしは感じるけど、
それを自分の利益のために無視しているのはいつも人ね。
自然の流れに逆らう事で権益を守ろうとし、
また自然の流れに打ち勝てずに滅びていく。
しわ寄せはいつも力のない人に及んでいくのよね。
古代から現在まで、そんなところはあまり変わりないわね・・・。
ただその内に、自然の流れに沿ったシステムに動いていく事に
なっていくでしょう。
信仰などとは関係はない世界だけど、証明されて行くでしょうね。
神はその道のりの中にいるっていうのが、あたしの神肯定論。
46 :
サタン候補生:2001/04/09(月) 20:46
>45
うん。神はそれ自体で完結しているからね。神の眼から見たら「はずれ」も
「不要品」も一切ないんだ。人間の排泄物は、植物の栄養素になるし、植物
の排泄物である酸素は、動物にとって不可欠だ。
全体の調和という意味で見ると、何ひとつ「隔離」すべきものはない。人体
の臓器にそれぞれの役割があるのと同じで、ひとつひとつが必要なもの。その
調和を保つには、それぞれの細胞が自分の持分と役割を認識し、お互いの領分
を守ること。
ところが、癌細胞という奴は、ただ自分が増えることだけに関心があって、ど
んどんと他の細胞を征服していく。もし、彼らに思考があったとすれば、私の
インタビューに答えると思うよ。「我々こそが、真の細胞である。我々が増え
て、他の細胞を制服するのは神の思し召しである。神が我々に力を与えたので、
我々に逆らう者はサタンである」と。
新興宗教で、よく「サタン」を出してくる教団を観察すると、ちょうどこの
癌細胞のような働きをしているのがわかると思うよ。自分が他人を侵略してい
く時には、犠牲が必要だし、それを正当化する理由も必要になる。それが、
「サタン」の正体だと思う。「サタン」とは、神の「何ひとつ不要はものはな
い」という意図に反して、自分の利益のみを追求し、利害と一致しない者をす
べて「サタン」として排除する。
47 :
サタン中島:2001/04/09(月) 21:26
48 :
バプ@品川:2001/04/10(火) 00:44
「他人は救ったのに自分を救えない。
十字架から降りてみろ。そうしたら信じてやろう!」
この言葉のもつ意味はおおきい。。
49 :
メサイア:2001/04/10(火) 01:28
>48
イエスが十字架に掛るあの姿は、信仰の究極はこういう姿です、と
無言で示されているような気がしてならない。
信仰する事の目的があのような自己犠牲であるのであれば、私はそのような
神様など信じたくない。
50 :
ベル:2001/04/10(火) 01:43
癌細胞の働きを使って
抗生物質を問題のある細胞に運ぶことも可能になりつつある。
癌細胞の解明とともに細胞を不死にすることもできた。
ま、これは細胞を癌化させることに成功しただけだが。
正常な細胞を癌化できたことが大きな発見。
エイズウィルスも同じ、ウィルスが非常に小さいことから
薬の運び屋として使う研究が進んでいる。
51 :
:2001/04/10(火) 01:57
>>49 あれは自己完結、自己を全うした姿。
最後まで自己(自己の信仰)に忠実であった証。
52 :
マルコ:2001/04/12(木) 16:10
>マリアさんへ。リクエストに答えていただいて感謝です。
そうですね。神の業は「一致」であり、それに反して「分裂」こそが、
サタン(人の心の中の)の業だと、私も思います。ゆえに「エキュメニカル
運動」は、神の業であると信じます。
>46
サタン候補生さんへ
>神の目から見れば、不必要もハズレも一切無い。
その通りだと思います。あなたはHNと違って、サタンから遠い人なのでは((笑)
>48
バブ品川さんへ。
あなたの御意見には、いつも勉強させられるところが多いですね。共感して
います。さて、御指摘の言葉のもつ意味とは、なんでしょうか?
教えて下さい。
53 :
emma:2001/04/12(木) 17:26
苦しみはそのこと自体が苦しいんじゃない。
人が苦しいと感じて苦しみとなる。
と、思いましたのは私だけ?
最近世間一般、常識から意識が乖離し始めてると自己認識してて。
54 :
ゴータマシッタカルタ:2001/04/12(木) 17:53
>>53 同意。物理的な現実世界の上に、言葉、自我などで構築された
多層的な仮想現実の存在を感じる。
55 :
名無し:2001/04/13(金) 01:37
キリスト教に救いがあると考えるのは間違い。
キリストと愛に救いがあるんです。
「私が愛するキリストはこれこれこう仰いました。
私も今、この言葉をあなたに贈ります。」
そういう姿勢と愛の表現は、キリストと愛を実践する
言葉に近いと思う。
56 :
名無しさん@1:2001/04/13(金) 01:48
>>53 人間から見れば当然ですな。
ただの視点の違いですな。より根本から見るとどう思われますか?
57 :
名無しさん:2001/04/13(金) 07:30
自動車メーカーでサターンというのがあるが.....?
あれはどうなの?
59 :
サタン候補生:2001/04/13(金) 12:36
>>52 サタンに遠いと思えば近く、近いと思えば遠い、というのもまた真実だ
と思います。
>55
同感。
人間が全知全能でない限り、こういう態度しかありえないでしょう。
自分が正しいと判断するから、キリストの言葉を信じる。この喜びをあなた
にも分かち合いたいから、あなたにキリストの言葉を贈る。それを、神の
代理者のような偉そうな顔して、「キリスト教であなたも救われよ」など
と見当はずれなことを言い出すから、カルト扱いされる。
60 :
マルコ:2001/04/13(金) 14:36
>59
そっすよね。「あなたが救われるようお祈りいたします」なんて、高みに立って
他人を見下す態度以外のなにものでもない。
「何様なんだアンタは」なんて思われるのがオチですよ。
ただ、その辺のバランス感覚が、福音派を始めとするカルトの連中には
どうしても分からないらしい。
61 :
夕マゴ一夕ノレ夕シツ力:2001/04/13(金) 21:55
>>59-60
「あなたは救われた」ならどうですか?
他人を見たときに苦しみのマッチポンプを
やっているように見えることはないですか?
一言でその迷妄を解くことができる力量を
持った人も存在するのではないかと思うのですが。
62 :
emma:2001/04/13(金) 22:31
>56=1? 根本ね。面白いこといいますね。
私の場合は、頭の中に何人もいて議論してる
ってことがあるので、一つにまとめられません。
例えば物理的立場、宗教的立場、生物的立場
地球的立場などで意見が食い違ってきます。
それでもなお私の意見を?
63 :
emma:2001/04/14(土) 11:59
あ、1はマルコちゃんや。勘違いごめん
64 :
マルコ:2001/04/18(水) 16:19
あげさせていただきます。
65 :
サタン候補生 :2001/04/18(水) 16:54
>61
仏教的に見れば、苦しみを作り出しておいて、苦しんでいるんだから
マッチポンプということになるかもしれませんね。
しかし、本当に今の仏教界にそれだけの力量持つ人がおりますか?
マッチを大量生産して、高く売りつけようという坊主ばっかじゃない?
66 :
名無しさん@1周年:2001/04/18(水) 18:51
>>45 ちょっとおかしいよ。
一人の人間は、生誕の時点で既に自らの周囲にある環境の殆どを所与のものとして
受け入れざるを得ない。お前が不幸なのは、お前達人間が神の言う事を聞かなかっ
たからだと言われても、その人にはどうしようもないでしょ?生まれた時から周囲
に地雷の埋まった環境、生まれたときから食べ物が無く成長する間も無く死ぬ環境
、どうしろっての?
人類の罪は、生まれたての赤子の罪でもありますか?また、一度でも神が、神から
のそれであるとはっきり分かる人類への啓示を行ったのですか?人類に責任を転嫁
出来るほど、神は自分の責務を果たしたのですか?
奇跡のようなドラマチックな不幸の克服がある一方で、同様のケースで不幸のまま
人生に終焉を迎えた人もいたはずです。中には、最後の瞬間まで神に祈った人もい
たことでしょう。
あなたが神を肯定する根拠は、他者を納得させるにあまりに破綻したものにしか見え
ません。
67 :
夕マゴ一夕ノレ夕シツ力:2001/04/18(水) 23:30
>仏教的に見れば、苦しみを作り出しておいて、苦しんでいるんだから
>マッチポンプということになるかもしれませんね。
キリスト教的に言えば、最後の審判はいつか来るのではなくて、
今この瞬間に常にあり続けて、裁いているのは実は自分自身だということです。
(こんなのキリスト教じゃないってことになるのかな?)
本当は神は何でも許してくれるのに。神が最初から許してくれて
いることに気付けば神の国に入れる。これじゃダメですか?
68 :
名無しさん@1周年:2001/04/19(木) 00:05
>>67 人は必ず死にますが、その死の時にこそ最後の審判はあるという
考え方は存在するのですか?個々人に訪れるものであって、最後
審判とは人類全体に訪れるただ一度のイベントではないという感
じです。
69 :
およよ:2001/04/19(木) 02:50
>>25 よくいるよ。こんなこといってるやつ。
特に、
再洗礼運動(御霊の満たし運動とか、預言とか)にのめり込んでるやつ。
で、そのことをつついたら、
「サタンが言わしている。迫害だ。やっぱ正義は迫害されるもんね。
こうなったら、神様は相手を裁いて下さるし。うふ。」
やばすぎ。
70 :
サタン候補生:2001/04/19(木) 12:33
>67
>キリスト教的に言えば、最後の審判はいつか来るのではなくて、
>今この瞬間に常にあり続けて、裁いているのは実は自分自身だということです。
これには賛同します。イエスも「御国はあなたがたの中にある」と断言していま
すからね。
>本当は神は何でも許してくれるのに。神が最初から許してくれて
>いることに気付けば神の国に入れる。これじゃダメですか?
わたしはダメだと思います。やって悪いことがあるから、イエスや釈迦が出て
道を説いたのですから。仏教の基本は、「善いことをせよ、悪いことをするな」
です。人の目から見た「善悪」と神の目から見た「善悪」に違いがあるだけで、
「善悪」そのものは厳然としてある。
禅で、「すべてが空なんだから、善悪などない」と勝手気侭に振舞う修行者が
時々出るらしいのですが、全部「禅魔」ないしは「野狐禅」として否定される
のだそうです。
71 :
夕マゴ一夕ノレ夕シツ力:2001/04/19(木) 12:50
>やって悪いことがあるから、イエスや釈迦が出て道を説いたのですから。
>仏教の基本は、「善いことをせよ、悪いことをするな」 です。
ここに違いがあるようですね。私はなにをやってもいいとしても、自分が
本当に許せる行為というのは、一定の範囲内に止まると思うのです。むしろ、
一旦社会に組み込まれた後で、罪悪感をまったく感じず、トラウマなどに対する
反動でもない純粋な悪というものが存在することを疑わしく思っています。
>禅で、「すべてが空なんだから、善悪などない」と勝手気侭に振舞う修行者が
>時々出るらしいのですが、
こういう人は勝手な解釈をしておきながら、その責任を教えに押し付けますよね。
このような人が自分自身の行為を本当に許せるとは思いません。
72 :
サタン候補生:2001/04/19(木) 13:29
>71
>一旦社会に組み込まれた後で、罪悪感をまったく感じず、トラウマ
>などに対する反動でもない純粋な悪というものが存在することを
>疑わしく思っています。
このスレのテーマともからんでくるのですが、何の罪悪感を感じずに
純粋な悪を感じる存在こそが「サタン」ではないかと思うのです。
社会に出たての頃は、自分の会社の利益のためには、長年支えてくれた
下請けの社長に無理を押し付けることに「罪悪感」を感じたものです
が、だんだんと慣れてくると、「会社のためだ」と自分で納得して、
罪悪感が薄れてしまうものだと思います。罪悪感がかけらでも残って
いれば、多分ですが、自分自身の裁きによって、罪が表ざたになり、
法で裁かれる。もう少しで時効になるという殺人者が、時効直前に捕ま
り、「捕まってホッとした。お陰で初めて安眠できた」と述解していた
ことがありましたが、このケースでしょう。
これに反し、自分の快楽のために何十人も殺人を犯す例が、実際に
ありますよね。あれは罪悪感どころではない、快楽のために「悪」を
好んで犯すのですから、純然たる悪と呼べるのではないでしょうか?
特に「殺すのが楽しい」という場合は.....。
73 :
夕マゴ一夕ノレ夕シツ力:2001/04/19(木) 13:54
>このスレのテーマともからんでくるのですが、何の罪悪感を感じずに
>純粋な悪を感じる存在こそが「サタン」ではないかと思うのです。
ほー。それは面白いですね。私も昔、純粋悪について考えてみましたが、
私自身が善人指向なので(結果的に悪いことはいくらでもやってますが、
あまり露骨に悪意を持つことはできない)、あまり突き詰めて考えられ
ませんでした。
>これに反し、自分の快楽のために何十人も殺人を犯す例が、実際に
>ありますよね。あれは罪悪感どころではない、快楽のために「悪」を
>好んで犯すのですから、純然たる悪と呼べるのではないでしょうか?
今まで快楽殺人者について考えるときは、後天的な要素によって(育ちが悪い)
イカれてしまうことしか考えていませんでしたが、本能的(私は人間の性欲
レベルのことは本能と考えていません。この場合は食欲レベルです。)に殺人を
快楽と感じる人もいるかもしれませんね。だとするとその本能を植え付けた
主体はサタンと呼べるかも?
>>73 追加。
>本能を植え付けた主体は
主体とは限らないですね。そのプログラム自体もサタンと呼べますね。
75 :
サタン候補生:2001/04/19(木) 16:06
>73-74
殺人ないし、「殺すこと」への欲望と、われわれの先祖が身に付けた
狩猟本能とを区別するのは難しいでしょうね。プログラムそのもの
(たとえば、狩猟本能)がサタンではなく、プログラムの暴走、コント
ロールからの逸脱がサタン、という気がします。
アウグスチヌスだったか、アリストテレスが言っているのですが、悪
とは善に寄生するものだ、逆に善は悪なしでも困らない、独立したもの
だ、という考え方があって、生体維持のプログラムは必要不可欠だから
悪とは言えません。せいぜい、その濫用が悪、と言うしかないです。
私自身。子供の頃に残虐な性格があったことを覚えています。仲間同士
の喧嘩で傷つき、家の庭に落ちてきたスズメを、夜中にいじめて殺しま
してね。後で考えたら恐ろしいことをしたもんだ、と思いますけど、
一種の快感がありましたね(^^;)。
大人になった今、ボーガンで野鳥を刺し殺したいとは思いませんけどね、
狩猟が趣味の人なんかはこれに近い欲望を持っているような気がして
います。狩猟と人間狩りの間って、それほど離れていないような気が
する。なんて言う名か忘れましたが、戦時中に日本軍は、捕虜を使って
人体実験したことがあるんですね。遠藤周作の小説読みましてね。人は
サタンになりきれる、と確信しましたよ。
76 :
【^∇^】:2001/04/19(木) 16:35
悪魔崇拝こそが唯一の救いの道ニダ!
∧_∧ ∧_∧ ∧_∧ ∧_∧ ∧_∧
( ´∀`) ( ・ー・) (,, #゚ー゚ ) ( ゚ ∀゚ ) ( ^∀^)
( つ┳∪━━∪━∪━━∪━∪━━∪━┳⊂ つ
| | | .┃ 76厨房はおまえだ!死ね! ┃ | | |
(__)_) ┻━━━━━━━━━━━━━━━┻ (__)_)
78 :
名無しさん:2001/04/20(金) 06:09
人間の心の中に要素がなければ悪は為せない
外からの、悪魔からの働きかけで犯罪を語ると
ある意味「人(ていうか悪魔)のせい」になる
要は自分の心の中の悪魔的衝動・傾向を知ること
悪魔はきっとそこにはたらきかけるのだから
79 :
emma:2001/05/16(水) 18:16
>逆に善は悪なしでも困らない
う〜〜、理解に苦しむが、絶対に困ると思うぞ
80 :
鬼っ子:2001/05/16(水) 20:10
あまり、ネガティブなものを悪魔のせいにしないでね。
昔から冤罪かけられて可哀想だから。
81 :
emma:2001/05/16(水) 22:15
でないと、善の存在意義すらなくなってしまうぞ。
82 :
名無しさん@1周年:2001/05/28(月) 07:21
悪魔なんていません(きっぱり)。
皆さん、そのような概念で自分のところに囲い込もうとする宗教家達に騙されないようにしましょう。
キリスト教も仏教も新宗教も皆同じです。
83 :
ミイラ取りがミイラに:2001/05/29(火) 20:51
ローマ・カトリック教会のエマニュエル・ミリンゴ大司教(71)が二十七日、ニ
ューヨークで行われた世界基督教統一神霊協会(統一教会)の合同結婚式に参加、韓
国人女性(43)と結婚した。カトリック教会は教会法で聖職者に独身を守るよう求
めており、ローマ法王が直接任命した高位の聖職者がこれを破ったことにバチカン
(ローマ法王庁)は衝撃を受けている。
同大司教は出身地であるアフリカのザンビアの大司教だったが、悪魔払いなどの実
践が法王庁の批判を受けて職を辞したという異例の経歴を持つ。しかし大司教の位階
そのものは保持している。
悪魔払いが悪魔の片棒を担ぐ事になったようで…
84 :
>83:2001/05/29(火) 21:19
それにしても、説教の中で「サタン」の存在を余りにも強調する教会は
なんとなくカルトっぽい気がする。
そう言う牧師は又、フリーメーソンやら何やら謀略史観にはまっている
場合が多いようだ。
85 :
名無しさん@1周年:2001/06/19(火) 10:45
あげ
87 :
名無しさん@1周年:2001/07/03(火) 01:26
>>75 人はサタンになりきれると言う事を遠藤周作から読み取ったのって。
私は、ちょっと違って、人にサタンが潜んでいると読み取ったよ。
なりきりでなく、本物だと思った。サタンに支配されている人間が
いるんだと思ったの。
88 :
名無しさん@1周年:2001/07/03(火) 01:29
ヨブ記のサタンは、本物のサタンだよねー。
ヨブ記読むとさ、キリスト教はヤパーリ理解できないと思うよ。
あんなツライ思いしてまで、信仰するなんて、今の日本のクリスチャンにできーるの
かい?
89 :
R:2001/07/03(火) 02:01
悪魔→人間の魂の中にある獣的記憶またそこからくる行動
90 :
ルシファー:2001/07/07(土) 20:36
わしは、ルシファ〜ちゅうもんやけど、そもそも
なんで、人間が神の言う事聞かなならんねん?
勝手に創りよってからに、言う事聞けっちゅうのは
それこそ勝手な話しや!ほっといてくれ、ちゅうねん!
勝手に創りよってんから、わしらが何しようとわしらの勝手や!
人間様はな、頭ええからやろうと思たら何でも
出来るねん。神なんかの世話にならんかっても
自分らで何でも決めれるねん。
人間様の頭の良さをなめたらあかんで〜。
その内、神なんかが創ったもんより、もっともっと
すぐれたもんを、創って見せたるわ!
それにな、しょうも無い、義務たら責任たら罪たら罰たら
人間の自由を束縛するもんなんかがあるから、人間は
幸せにはなれんのじゃ。
ホンマに幸せになりたかったら、そんな自由を束縛するもんは
全部無くしたらええねん。
自由が一番。自由こそ幸せへの道や。
結婚なんかせんでええ。束縛されるだけや。
宗教なんちゅう人間の自分の考えを無くさせるもんはもちろん要らん。
国も要らん。戦争の元や。
家族も要らん。束縛される結婚なんてせんかったら、家族も要らんわな?
男と女の区別も要らん。そんなもんがあるから、女が自由になれんのや。
わしは、人間を神の束縛から開放する為に、今まであの手この手を
使うて、戦うて来たわ。わしこそ、真の人間の味方や。
見てみ。上に言うたことは、殆ど全部実現してきとるやろ?
全部わしのお陰やで?感謝し〜や!?
ここまで来るのに偉い長い事かかったけど、
やっと、ここまで来れたわ。
これかも、もっともっと、人間を自由にしたるから
期待しといてや!
わしは人間の味方やからな・・・ひひひひ
91 :
名無しさん@1周年:2001/07/07(土) 23:14
>>88 戦時中の灯台社とか大本教あたりでしょうかね。
壮絶だよ。
93 :
名無しさん@1周年:2001/07/10(火) 11:37
>>92 ホーリネス、セブンスデー・アドベンチストもそうかな。
94 :
牧師:2001/07/10(火) 15:56
(サタン)本来の意味は中傷するもの、つまり、1悪くやったことをまるでその5〜10倍の
悪さをやったかのごとくまわり話すようなものはサタン(悪魔)どもだと思ったほうがいい。
95 :
名無しさん@1周年:2001/07/10(火) 16:18
サタンというのは、大天使ルシファーのことだろう。
統一教会は教会を信じない人をサタンと呼ぶが、サタンは大天使ルシファー
を指す固有名詞なのだから、人間に対して使われる呼び名じゃない。
また統一教会はサタンとエバがSEXをしたことにより、人間は堕落したと
言うが、一応大天使なんだから逆に救われてしまう。
少なくとも文教祖とSEXするよりは救われるだろう。
96 :
名無しさん@1周年:2001/07/15(日) 11:03
空疎な議論だ…
サタンなんぞいる訳がないだろ。
もちろん、神もね。
97 :
名無しさん :
カトリックの中の神学ヲタとサタン、サタンと連呼するやつ
うざい!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
エリート意識とコンプレックスのかたまり。
そのくせカトリックの主流派だと信じて疑わない。
これじゃカルトだぜ。
もっと教会本来の癒す力について考えてくれよな。