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>>282 >もっと言えば、儀式の意味付けに来世以外を認めない原理主義的姿勢を指摘しているのです。
>来世以外の意味付けは無価値ですか?貴方“方”はそういう権利者・絶対者ですか?
弔いや葬儀に対する価値を認めるのであれば、確かにそれに越したことはないでしょうね。
しかし、それすらも無意味と説く唯物論者たちは大勢いますから、
それで一応、確認させてもらいました。
ただ正直いって、
唯物主義者が祭壇前で焼香して合掌をしている最中の姿を見たとき、
この私は、その人が本当に何に対して何を祈っているのかな?と、理解に苦しんでしまいます・・・。
たとえば真宗の僧侶が回忌法要で祈りを捧げていても、それは奉っている阿弥陀さまに対するものであって、
亡くなられた故人へのものではない、という言い方などはよくされるところですが・・・。
では、ご隠居にも伺ってみることにしよう!