972 :
?:2011/01/21(金) 16:08:29 ID:NRB3Jauf
> スマナサーラ様の注釈書で、すごくいいんだけど、読まないと思う。
>>971さんは、
アルボムッレ・スマナサーラの書籍を読まなくても
「すごく良い」というのが、わかるのですか?
> ダライラマ様は、大乗の人だよね。
> スッタニパータは、あっちいけば、元本があると思うんだよね。
修行法は、ともかくとして、
教学としては、南伝も、北伝も、チベット伝も、推薦致します
973 :
神も仏も名無しさん:2011/01/21(金) 16:12:57 ID:mMA/O9H8
>>972 わかりました。候補にあげた書籍をとりあえず、
目を通してみます。
ただ、あれだけの分量だと、冥想の合間に読み、
理解できるか疑問です。それなら、クリスナム
ルティに目を通すだけが現実的かな、って思い
ます。
智慧の目を開く、はよく紹介されますから、立ち
読みで確認します。これも図書館で借りる程度で
もっていかないかもしれませんね。
974 :
?:2011/01/21(金) 16:29:40 ID:NRB3Jauf
>>973 様へ
ご理解、いただき、まことに、ありがとう、ございました
どうして釈迦は悟りを開いた後にも
次々と発想と考え方を変え続けたのですか?
経典や宗派が様々ですよね?
なぜ悟った後から、考え方が変わるのですか?
>>975 少々荒っぽい喩え方をすれば、
「雨が降っていれば傘を差す」
これを基本とした時、「傘を差すこと」そのことは一貫しているが、
「“どのような傘を差すか?”について細かな制約は無い」、ということ。
>>976補
いや、すこし粗すぎるな。
《傘を差すに際して、「どのような傘をどのように差すか?」》
の変遷が仏教の歴史だった、ということ。
(それは、釈尊存命中にしても同様の見方は可能かと思う。)
実を言うと大乗以外非仏教である。さかさま思考を棄てろ
いわゆる原始お仏教が「釈尊の真意」とはかけ離れてしまったが故、大乗が起こって起動を正しく修正した。だから大乗以外信じてはダメだ。大乗坊主でなく、大乗経典を信じる事
そうだ…華厳経が最も釈尊の真意に近い
981 :
南無大師遍照金剛:2011/01/24(月) 13:34:25 ID:LPsV9gwM
シャクソン仏陀の教えに近いとどうなの?
982 :
南無大師遍照金剛:2011/01/24(月) 13:37:08 ID:LPsV9gwM
>>975 言葉を使った説明はいくら言葉を使っても言葉足らずだったから
海というものを言葉で説明するとどのようにでもいくらでも説明のしかたがあるでしょう
だが、説明の方法がいくら多様でもそれを悪用する外道がいる。華厳経にシンクロしない人間は仏教徒ではないと断言できる
俺は、もう華厳経以外どうでもよい…ブッダさえ興味ない。目の前で苦しんでいる人々を救う教え以外どうでもよい
華厳経以外のすべての知識や記憶を今、この瞬間に消してしまえ!ブッダさえ記憶から消え去れ!
>>984 もし苦しんでいる人間が二乗の境界であったなら、二乗であることを捨てない限り華厳経では救えない。
ほう…正しい理解だ。しかし二乗の境涯を彼らは容易には捨てられない。よってその場合は法華経の一仏乗が重要となるが、彼らは(上座部)受け入れまい。死して大魚の口に入るだろう…残念だ
上座部…ペテン師の最後に見る夢はどんなものだろう?…偽善者の最後のいまわの際を見てみたいものだ…阿修羅の世界へ連行されるだろう…
俺には目に入れても痛くない程可愛い娘がいる。しかし彼女がもし上座部の魔手によって毒されるぐらいなら交通事故にでもあって死んでくれた方がマシだ。大乗を謗るような娘なら、自殺してもらって構わない。大乗経典は絶対ゆえに!菩提心は大乗の命ゆえに!
アブラハムは神のため、愛する我が子を犠牲にし、信仰の潔白を証明した。俺もそれと同じだ。
991 :
南無大師遍照金剛:
('∀')復活汁♪