昨日は、聖なる日本のカトリック殉教者たち(キリシタン)にお祈りを頼みましたよ(笑
彼らにとっては、キリシタンは異教徒のはずなのに(幼児洗礼多し)、なぜかキリシタンには優しい原理主義キリスト的教団の信者もいるんだよね。
それは、建前は行為義認だけど、実際は行為義認だからなんだね。
信仰なしに、殉教できる人がいるのか。教えてくれ。
あれ?キリシタン殉教者26聖人の祝日はおとついだっけ
まいいや。
そろそろ寝るかな。
みんなおやすみなさい〜
753 :
名無しさん@3周年:05/02/07 00:28:57 ID:MQxykdYI
>>749 `*)━( *´д )━( *´)━( )━(゚ )━(Д゚ )━( ゚Д゚ )ハァ?
>>751 おっ、ちょっとは質問するのに礼儀というものがいるという常識を分かってくれたようだね。
そのとおりです。彼らは、強いカトリック信仰をもっていて、それだからこそ殉教できたんです。
でも、君たちはカトリック信仰を「邪悪なもの」と何度も今日もしつこく攻撃するよね。
そんなカトリック信仰を強くもっていたキリシタン殉教者たちが、カトリック信仰ゆえに死んだとしても、それは君たちにとってどうってことないでしょう?
しかも、たとえば26聖人には幼い子らもいたわけですが、彼らはみな幼児洗礼。
幼児洗礼を認めないあなたがキリスト教新興教団としたら、彼らは間違いなく異教徒なのです(洗礼を秘蹟としないなら別ですが)。
そんな彼らに優しいとは何事か。
それは、彼らの殉教という行為に注目しているからなのです。
それこそ行為義認。
755 :
くしこ:05/02/07 00:33:32 ID:+IifeW8M
>>751あの人たち、カトリック信者だからね。。。
プロテスタントの話し聞くと、多分顔しかめるだろうけどそれでもOK?
ただ殉教というのなら、別にキリスト教信者じゃなくても出来るということですね。
戦前の日本でも、ありましたし。
エホバの証人の殉教なんかもありますね。
757 :
名無しさん@3周年:05/02/07 00:34:34 ID:MQxykdYI
主よ、
どうか聖霊により愚かなわたし達に力をあたえ、
聖書にあるあなたの言葉への理解を与えてください。
(_ _) Amen
ヽ§ノ
∪∪
>>757 そういうことを話してくれれば、仲良くできるのに。
信仰で違うところがあっても、おそらく人格を尊重できるようになるだろう。
759 :
くしこ:05/02/07 00:42:10 ID:+IifeW8M
>>758原理主義者との対話は難しい。
とにかく無視か、はいはい、うちらはおたくさんらとは違いますんで。
と言っておく程度でいいと思う。
760 :
名無しさん@3周年:05/02/07 00:43:18 ID:MQxykdYI
_,..,_
,´/ハヽヽ
_∧/ヽ二二(^-、
(_・ |/´・ω・`)(=ヽ 神の名の下に。
|\Ю⊂ヽ=ヽ でわ、また。ぐんにゃっ。
(  ̄ ~∪ )^)ノ
||` || ( | ( |
'~ ~ '~ '~
彡 サッ
彡
_,..,_
,´/ハヽヽ
/ヽ二二^∧_
シャキーン! 三/=)(`・ω・/ ・____)
/=/ ⊃,0-'/
(´⌒;;(´⌒´⌒;; 三 (((^ノ U,,_ )ヘ
(´⌒(´⌒;; (´⌒;;〜 パカラッ パカラッ 三 7,ー' ヽヘ ~'
~' ~'
761 :
名無しさん@3周年:05/02/07 00:44:01 ID:0DgCB44x
>759
いや分かってますよ(笑
そういやブラウン神父の本でも、原理主義的新興教団のガチガチの信者と対話するのは不毛に終わることも多いとあったなぁ。
しかし、彼らはとかく声が大きく自己主張が強い場合が多いので、よくカトリシズムを知らない人が誤解するかもしれないからね。
たぶん、シスターマイルドレッドさんも、そういうのを危惧しているんじゃないかな。
それに、意外と話の分かる人もいるし。
共感できるところは共感したいしね。
個人的に、それがイエス様の望んでいることだと思っています。
イエス様は、サマリア人に会っても、信仰理解について攻撃的な態度には出られなかった。
ちょっといい人ぶってみた(w
でも、実践できるかは別として、本心。
>760
おぉ〜〜、はじめて見たよそのAA。スゴイ
また今度は、違うスレッドで会いたいねぇ
764 :
くしこ:05/02/07 01:03:43 ID:+IifeW8M
>>762グノーシスを得たようなそんな感じになってますからね。。。
お前等はグノーシスか?と散々言ってきたんですけど、
そしたら怒り狂って逃げ回ること。。。
私のような異教徒に言われてですよ。
何かそんなのを見てると、こっちが情けなくなってきましてね。。。
ズボシだったのか。。。て。
765 :
通りすがり:05/02/07 05:28:47 ID:FsXEU8DE
●14世紀東方の聖ニコラオス・カバシラスの「受胎告知に関する説教」より
「受肉はただ父と父の力と父の霊の業であるだけではありませんでした。それ
は乙女の意志と信の業によって実現したのです。無原罪であるもの(マリア)
の同意と信の協力がなければ、この受肉の計画は実現されなかったでしょう。
それはあたかも3つのペルソナ自身が働きかけなければ、何もなされないのと
同様であったのです。神は彼女を教え、その合意をえてからはじめて彼女を母
としました。すなわち彼女自身が与えようと願った肉(人間性)を借り受けた
のです。神(キリスト)が自発的に受肉したように、彼は自分の母が自由に合
意して自分を生むように願ったのです。」
人類はいわばこの乙女を代表者として、言が受肉し人間のうちに住まいに来る
ことに同意したのである。なぜなら教父が原則として認めているように「たと
え人間が神の意志だけによって創造されたとしても、人間の救いは人間の側の
合意・協力がなければ不可能」だからである。このようにアダムの自由な悲劇
は「見よ、主のはしためを」という乙女の自由な合意によって解決されたので
ある。(「キリスト教東方の神秘思想 180〜181ページ)
766 :
名無しさん@3周年:05/02/07 06:04:43 ID:0So7JTgy
>>765 あなたはスキレベークスの『救いの協力者聖母マリア』を読んでくれたようですね。
以前に「したらば」?の共同贖罪スレで推奨したことがあったが、そこに居た方かな?
767 :
通りすがり:05/02/07 06:38:18 ID:FsXEU8DE
>>766 はい、ずっと以前に読みました。とてもいい本でしたね。
今手元にないのが残念です。今度、四谷に行ったらまた手に入れようか
と思っています。
通りすがりさんの意図がどうであれ、
このように
>>746 さんざん中傷のために人を
無関係の創価学会と読んできたサタンの子に用いられている。
「同じクリスチャンとは思えず、」
もちろん、マリア崇拝をする人たちは
福音的なクリスチャンと「同じクリスチャン」ではない。
770 :
名無しさん@3周年:05/02/07 06:47:55 ID:0So7JTgy
>>768 あんたもいい加減に大人になんなさいよ。
771 :
通りすがり:05/02/07 06:48:24 ID:FsXEU8DE
>>768 主にあって和解できないのでしょうか?
人間はサタンの子ではないですよ。基本的に神の子です。
或る福さんがマリア崇敬のことで中傷されたというのは事実ですか?
それとも全く事実無根のことなのですか?
772 :
通りすがり:05/02/07 06:52:48 ID:FsXEU8DE
>>769 もちろん、あなたの信仰と完全には一致しないでしょうが、
同じ三位一体の神を信じ、
「主イエス・キリストは救い主である」と告白しているという点に
おいてはクリスチャンなのではないでしょうか?
それとも神様はあなたの信仰と同じ教理を認める人しか、天国にお迎え
しない方なのでしょうか?
>>771 2chには福音派の俺さんというハンドルの人が最初にきてきた。
俺さんはカトリックへの伝道する使命感を持っていて、
マリア崇拝が罪であることを教えていたのだが、
彼らアルミは非常にひどくその人を中傷していた。
私はそれで俺さんに同情していろいろ反論した。
そしたら、彼らは卑怯にも私を創価学会としつこく呼んで中傷してきたのだ。
そのように偽証する者らはサタンにとらわれている。
774 :
名無しさん@3周年:05/02/07 06:58:15 ID:0So7JTgy
>>772 私は何度も自分がイエス・キリストを
自分の罪の身代わりとして死なれ、よみがえられた
救い主、主と信じて救われ、
JEA加盟の福音派の教会で受洗した、
福音派のキリスト者であることを明らかにしている。
それにも関わらず、しつこく私を「創価学会」と呼ぶ偽称の罪を犯してきた連中が、
クリスチャンとしての御霊の実を結んでなどいないことは明らかである。
キリスト者を中傷し、偽証して創価学会と呼ばせるのはサタンの実である。
776 :
名無しさん@3周年:05/02/07 07:00:37 ID:0So7JTgy
>>773 俺さんがスレ立て荒らししたことや、神の母を侮辱した責任は問わないのか?
777 :
通りすがり:05/02/07 07:03:30 ID:FsXEU8DE
>>773 なるほど。
しかし、カトリックの人に、「マリア崇敬は、マリア崇拝であって、
それは罪でしかない」というのは、彼らの非常に大事なものに泥を
塗る行為ですからね。たぶん、憤激を買うと思いますよ。
そして、彼らの立場からすればそんなことをする人を同じ主を信じる
ものと認められないので、創価学会と言ってきたんでしょうね。
1 いったいマリア崇敬がどうしてマリア崇拝だと思われるのですか?
2 1だとして、それをカトリックの人に言う根拠は何ですか?
778 :
通りすがり:05/02/07 07:07:05 ID:FsXEU8DE
>>774 ありがとうございます。場合によればそのHPの通販を使わせていただき
ます。
私の説明不足で誤解された方は、
こちらの本をお読みください。
>>779
>>772 聖霊によってイエスを救い主、主と信じ、告白した者はキリスト者です。
ICM出版は非エキュメニカル、非リベラル、非ペンテコステ、非カリスマの
福音的、聖書的な福音派の出版社です。良書を多数出しています。
783 :
通りすがり:05/02/07 07:24:54 ID:FsXEU8DE
>>775 あなたが主イエス・キリストを信じて洗礼を受けられたことは尊い事です。
しかし、何でもサタンのせいにするのはよくありません。それはサタンの
せいと言うよりも誤解に基づくものではないでしょうか?
あなたの良心は完全に潔白なのですか?
あちらこちらで、マリアをちょっと書けない汚い言葉で誹謗するすれを見
ました。それに或る福さんが関係しているかわかりませんが、もし関係し
ているとしたら罪だと思いますよ。
なぜなら、主の母をそこまで罵るということは主を罵るということと同じ
だからです。
ある極端なカリスマ派の人は、マリア崇敬に悪霊が働いていると言ってい
ますが、私はそれこそサタンの欺きだと思います。
なぜなら、第一に主の母を崇敬することそのものは間違っていないからで
す。
第二に悪霊を感じたとしてもそれをマリア崇敬と結びつける必然的な根拠
がないからです。彼らの霊的な見分け以外にはないでしょう。
メジュゴリエについてはカトリックの中にも論争がありますが、
ミスターペンテコステと呼ばれたデビッドプレシュスというペ
ンテコスの指導者がメジュゴリエに聖霊が働いていることを感
じたという報告があります。
かのジョン・ウィンバーもカトリックに対して友好的でした。
そのことによって彼は同じプロテスタントからだいぶ批判され
ましたが、その態度は終生変わることはなかったのです。
785 :
通りすがり:05/02/07 07:27:45 ID:FsXEU8DE
>>781 だとしたら、カトリックの方はもちろんキリスト者です。
>>783 ドイツ・ルーテル教会、マリア福音姉妹会の書いた、
『救い主の母の道』という本を読みましたが、
これならば、マリア崇拝ではなくマリアを敬っているのだと私も思います。
信仰の婦人としてマリヤに敬意を払うことは正しいことでしょう。
しかし、偶像をつくり、死人にとりなしを願い、
人間を天の女王、無原罪、共同贖罪者、被昇天と呼ぶことは、
明らかに聖書からずれております。
787 :
通りすがり:05/02/07 07:30:29 ID:FsXEU8DE
>>779 それで、あなたはそれらの本を読んで、
どうして崇敬が崇拝だと判断したのですか?
聖書には「主の母」としかない。
1「神の母」とは教父の解釈であり、聖書を重視するプロテが
認めないのは普通だと思うが…
2崇敬と崇拝は外部から見るといっしょだね。
3だからといって「偶像崇拝」「罪」と非難するのはやりすぎ
聖霊に満たされたエリサベツによってマリヤは
「あなたは女の中の祝福された方。あなたの胎の実も祝福されています。」
「主の母」と呼ばれています。
そしてそれに応答したマリヤは美しい讃美の祈りを捧げています。
ルカ
「1:41 エリサベツがマリヤのあいさつを聞いたとき、子が胎内でおどり、エリサベツは聖霊に満たされた。
1:42 そして大声をあげて言った。「あなたは女の中の祝福された方。あなたの胎の実も祝福されています。
1:43 私の主の母が私のところに来られるとは、何ということでしょう。
1:44 ほんとうに、あなたのあいさつの声が私の耳にはいったとき、私の胎内で子どもが喜んでおどりました。
1:45 主によって語られたことは必ず実現すると信じきった人は、何と幸いなことでしょう。」
1:46 マリヤは言った。「わがたましいは主をあがめ、
1:47 わが霊は、わが救い主なる神を喜びたたえます。
1:48 主はこの卑しいはしために目を留めてくださったからです。
ほんとうに、これから後、どの時代の人々も、私をしあわせ者と思うでしょう。」
790 :
通りすがり:05/02/07 07:43:40 ID:FsXEU8DE
>>784 ざっと見てきましたが、イシス崇拝と結びつけるのはひどい侮辱と映る
と思いますね。あとは、「聖書に書いていない」ということを即、「聖
書に反している」というのは論理の飛躍だと思いますが。相手を理解し
ようという意志が全く感じられない。相手の憤激を買っても致し方ない
と思います。
791 :
名無しさん@3周年:05/02/07 07:44:51 ID:0So7JTgy
>>788 「神の母」を認めない方は、二ケアからカルケドンで確定した正統信仰を認めないということです。
>>787 私の親もカトリック教会に行っていて、連れて行かれたことがあるが、
親はマリア像の前にひざまずいていたし、
ロザリオも持っていて天使祝詞を唱えていた。
マリアに「今も臨終の時も祈りたまえ」と祈れ、などとは聖書のどこにもない。
これに
>>789 勝手に付け足されたものだ。
親のしていたことがカトリックのマリア崇拝であると福音派の教会に行くようになって、
はっきりわかった。
キリスト者はイエス・キリスト者の御名によって祈る。
聖書はマリア像、聖人像のような偶像を禁じている。
聖霊によって目を開かれた宗教改革者らはそれらの偶像を教会から取り除いた。
念のため訂正
>>792 キリスト者はイエス・キリストの御名によって祈る。
>>783 >>790 ジョン・ウィンバーと同じくフラー神学校教授、第三の波派の
ピーター・ワグナー師は、マリア崇拝の背後にある
天の女王という悪霊に対する霊の戦いの本を書いている。
それによるとマリア崇拝は異教の女神崇拝を取り込んできたものである。
795 :
通りすがり:05/02/07 07:56:10 ID:FsXEU8DE
>>786>>789 そう、あなたにも「主の母」としてマリアを敬う気持ちはある。
ただ、カトリックの人たちとあなたを分けているのは、全地公会議の決定を
認めてマリアを「神の母」と認めているかどうかのところから来ているので
しょう。
あなたの立場は聖書にその用語がなければ認めないということですか?
でもそれでしたら、三位一体も言葉も否定しますか?
少なくとも、「神の母」という言葉がどういう経緯で出てきているかは調べて
みればわかるはずです。この議論は歴史のなかで決着がついていて、もし、
「神の母」ということを認めなければネストリウス主義になってしまう。
大体、主の母の「主」というのもキュリオスでしょう。これは実質上、「神」
という意味です。ですからエリサベツは「神(格)の母」と言ったのです。
>>795 三位一体の語はティルトゥリアヌスの造語ですが、
この教理は聖書に啓示されたことです。
創世記から神の名前は複数形になっています。
またアウグスティヌスがいうように愛は対象を必要とします。
ウィリアム・ウッド師は異端のエホバの証人に対し、
聖書から三位一体を明らかにしています。
797 :
名無しさん@3周年:05/02/07 08:02:00 ID:0So7JTgy
>>796 あなたにはその愛や思い遣りが欠けてるんだ。
>>791 一方的にカトの主張をされてもね。
宗教改革でプロテは、行き過ぎたマリア信仰を批判して、
神と人との仲介者はキリストのみと再確認したのだが。
マリア像なんてプロテの教会にはかくしてないのです。
カトは21回の公会議を認めているのだが、
ブロテは、エフェソスを含む最初の4回ないし5回の公会議を重要性を
認めているが、すべての教派が「神の母」を肯定しているわけでは
あるまい。
799 :
通りすがり:05/02/07 08:02:21 ID:FsXEU8DE
>>792 像の前に跪いていても、別に像に向かって祈っているわけではないでしょう。
ロザリオの祈りは聖ドミニコが始めたもので、
マリアへのとりなしです。マリアは死者ではありません。主の御前に生きて
いるのですから。
イエス・キリストの御名で直接祈れれば結構なことだと思います。
だがしかし、そうだからと言ってロザリオの祈りがだめだとは思いません。
800 :
名無しさん@3周年:05/02/07 08:04:13 ID:0So7JTgy
>>798 少なくともカルケドンまでは認めなければ、キリスト教もどきではあっても、
キリスト教ではなかろう。
>>799 天国の本田弘慈先生にとりなしを祈りますか?
>>800 なるほど では君にとってはプロテの多くの教派は
「キリスト教もどき」なわけだ。
世間はそう思っていなく、あなたの感覚を原理主義的と思うだろう
803 :
通りすがり:05/02/07 08:08:32 ID:FsXEU8DE
>>794 ワーグナー師はよく存じ上げておりますが、
彼の言うことはすべて仮説に基づいています。何にしても必然的な
根拠がない。
彼の提唱した「霊の戦い」に踊らされて、どれだけの若者が死んだり
病気になったり知っていますか?
今、彼が提唱しているDominion Theologyを知っていらっしゃいますか?
はっきり言って異端だと思います。
804 :
名無しさん@3周年:05/02/07 08:09:37 ID:0So7JTgy
>>802 カルケドンまでを認めないプロテスタントを具体的に挙げて言ってくれ。
805 :
名無しさん@3周年:05/02/07 08:11:07 ID:p2b7MMMd
>>801 天国にいればね。死んだら、即クリスチャンでなくなるとか、教会員でも兄弟でもない全く無縁の人になるなんて、あなた方が勝手に考えだした迷信。
>>804 プロテのどこの教派がマリアを「神の母」と信仰しているだね?
807 :
通りすがり:05/02/07 08:15:42 ID:FsXEU8DE
>>801 いや祈りませんよ。
ただこういう話がある。
羽鳥明先生を育ててくれた宣教師が亡くなったその時間に、羽鳥先生
は寝ておられたのだが、急にどーんという音がして、何かを受け取った。
あとで分かったのだが、その時間に宣教師がなくなられたということで
あった。
もしその宣教師の方でさえ、そういうことがありうるならば、
「神の母」であるマリアには普通の亡くなった方と違うところがあって
もおかしくない。
808 :
名無しさん@3周年:05/02/07 08:17:05 ID:0So7JTgy
809 :
名無しさん@3周年:05/02/07 08:17:08 ID:p2b7MMMd
810 :
通りすがり:05/02/07 08:23:27 ID:FsXEU8DE
>>806 このスレにあるように、
主イエス・キリストの「神人2性1人格」を認めているならば、
マリアを「神の母」と認めていることになる。
なぜなら、この「神人2性1人格」ということはその「1人格」
が神格であるということを含んでいるからだ。
そうなると、マリアがお生みになったのは神格ということになり、
「神の母」という名称が妥当する。
いや、マリアがお生みになったのは「主」だとか「キリスト」だ
とか言っても、それはお名前のことであって、
位格つまりペルソナには神格か人格しかない。
神の母であって、神のではないんだよ。
そして漏れの母親ですらない。
神では凪いだ。
あ・・あ〜
神ではないなんだ。
814 :
通りすがり:05/02/07 12:40:37 ID:tT+y6WQm
●聖書はマリアが「神の母」であると言っている
「私の主の母が私のところに来られるとは、何ということでしょう。」
(ルカ1:43)
「主の母」の「主」キュリオスとは「神」を指していると指摘したが、実は
アメリカで最も多く読まれている福音派のWayne Grudemの組織神学は、この
箇所について次のように言っている。
Because Jesus was not even born, Elizabeth could not be using the word
"Lord" to mean something like human "master". She must rather be using
it in the strong Old Testament sense, giving an amazing sense to the
sentense: "Why is this granted me, that the mother of the Lord God him-
self should come to me?" Though this is a very strong statement, it is
difficult to understand the word "Lord" in this context in any weaker
sense. (Systematic Theology Wayne Grudem p.554)
815 :
通りすがり:05/02/07 12:41:59 ID:tT+y6WQm
(続き)
大意を述べると、
イエスはまだ生まれていなかったのだから、「主」を人間の主人というような
意味で使っているとはとれない。むしろ、旧訳聖書におけるような意味で使っ
ているととらなければならない。すると驚くべき意味になる、「神ご自身であ
られる主の母が私のところに来られるとはどういうことでしょう?」この文脈
で「主」をこれより弱い意味で理解するのは難しい。
つまり、「主の母」とは内容上「神の母」ということであって、聖書も「神の
母」を述べていることになる。
これをアメリカで最も福音派的な神学者が述べている。
ただし、公平のため付け加えると、彼はマリアの無原罪は認めていない。受胎
の時に、何らかのかたちでマリアの原罪が主イエスに伝わるのが妨げられたと
言う。
しかし、それはともかくとして、アメリカの福音派であっても解釈上は「神の
母」を認めていることになる。
816 :
名無しさん@3周年:05/02/07 12:47:07 ID:T1w3YS6P
つまり・・・ こぅいうことね...
主の母・・・⇒ 神の母・・・⇒ 聖母マリア
主=神= 聖母マリアさま OKヽ(´▽`) ノ
817 :
通りすがり:05/02/07 13:06:01 ID:tT+y6WQm
●ウェスレーが神の母マリアについてどう考えていたか
手元に、ウェスレーの「新約聖書註解」があったので調べてみた。
@マタイ1:25
「そして、子どもが生まれるまで彼女を知ることがなく、その子ど
もの名をイエスとつけた。」
「この句から後には彼女を知ったとは推論できない。」
(「新約聖書註解上 13ページ)
Aヨハネ7:3
「そこで、イエスの兄弟たちはイエスに向かって言った。」
「ユダヤ人の語り方に従って、このように兄弟と呼ばれた。実は、彼ら
は従兄弟、彼の母の姉妹たちの息子たちであった。」
(「新約聖書註解上 342ページ)
ウェスレーは確かにマリアの終生童貞を認めていたと言える。
818 :
通りすがり:05/02/07 13:09:26 ID:tT+y6WQm
>>816 マリアは神の母であっても神ではありません。
神格を産まれたのであって、神性を産まれたのではありません。
そこのところを混同しないように。
今まで書いたところを良くお読み下さい。
819 :
名無しさん@3周年:05/02/07 13:10:41 ID:T1w3YS6P
聖母マリアさまが 終生童貞であったかは・・・
ウェスレーもしらへん.. 神のみぞしるでつね。ヽ(´▽`) ノ
宗教改革者の誰もがテオトコス(神の母)を認めている。
認めないのは、19世紀以降の新興教派だけだよ。
認めないのはいいが、なぜカトリックを攻撃するのか不明。
この新興教派(ここでは「福音派」などと呼ばれる)は、カトリックとは何の関係もないのに。これらの教派の多くは、既存の「プロテスタント諸教会」から分離分裂して出来たものだから。
テオトコスを認める他の多くの教派(東方諸教会や伝統的プロテスタント諸教会)ではなく、カトリック教会を攻撃しているということは、彼らがカトリック教会へのアンチテーゼとしての意義しかない(岩下壮一)ことの論拠の一つとなるだろう。
しかも、おもしろいことに、彼らはイシス神崇拝がマリア崇敬の元ネタだと、他の学問分野の成果を都合よく援用する。
それなら、このように援用することも可能である。すなわち、
・クリスマス、イースターなどは異教の祭りが元ネタである
・聖書にある神の多くの記述が、メソポタミアの神が元ネタである。
・創世記にある記述は現代の進化学を援用すれば誤りである。
・・…その他いくらでも例はあげられる。
彼らは、なぜ↑のような主張をしないのだろうか?(笑)
都合の悪いことにはほっかむりし、外部への攻撃性(攻撃しないと自らの存在意義がなくなってしまう)を高めるために、恣意的な援用をするのである。
聖マリアが神と思い込みたいのも、毎日曜日ごとに「サタンに支配された邪悪な礼拝」(彼ら自身の言葉)にあずかり、攻撃性を増しているからのように思われる。
823 :
名無しさん@3周年:05/02/07 14:45:11 ID:QCUTySRe
824 :
名無しさん@3周年:05/02/07 14:47:02 ID:sIKlgXz4
カトリックを異端と断言するのは行き過ぎですね。
825 :
名無しさん@3周年:05/02/07 14:51:35 ID:QCUTySRe
>>824 彼はけんかを仕掛けているとしか思えないんですよ。
クリスチャン同士の仲間割れを誘っているとしか。
だから「そうか」という愛称が付いたんですよ。
学会はキリスト教を憎んでいます。いつも内部分裂を考えていますから
彼は層化の工作員と思われてしまうのも当然ですよ。
>>824 異端というか、どう考えても断言している方が異端でしょ?
まあ、モルモンやエホバの証人たちも、我々を異端として自分たちは正当とするから仕方ないか(笑)
彼らは、私たちが彼らの教義を攻撃しないことをいいことに、自分たちを正当だと思い込んでいるのだろうか?
こちらから攻撃しようと思ったら、いくらでも出来るのに。
あえてやらない(というか大部分の信者は他教派に興味がないが)ということを分かっていないようだ。
>クリスチャン同士の仲間割れを誘っているとしか。
このことが、聖書にも書かれている大罪ということにも気付いていない。
本当に、キリスト教徒じゃないかもね。
こういう人に限って、キリシタンやマザーテレサなんかを説教で利用したりする。
しかし、ここでも書かれているように、キリシタンやマザーテレサはカトリック信者なのだから彼らの基準で言えば、死んだら永遠に地獄の業火で焼かれているはず。
それなのに一人前のキリスト者とすることは、彼らの殉教や慈善活動などといった行為のみに着目しているから。
それは行為義認ということです。
主よあわれみ給え。
彼らは、私たちが彼らの彼らの教会堂に行って、彼らの教義は伝統的なキリスト教の教義(それはカトリックの物に限られない)からいかにずれているかということを書いた紙を配ったり、ネットで彼らの中傷をすることを望んでいるのでしょうか。
聖書には、このような行為をなんと評価しているか。
聖書の肝心なところを読まないのが彼らなのである。
822
>彼らの彼らの教会堂に行って、彼らの教義は伝統的なキリスト教の教義(それはカトリックのものに限られない)からいかにずれているかということを書いた紙を配ったり、ネットで彼らの中傷をすること
念のため書いておきますと、これは、彼ら新興原理主義キリスト教徒(※)が私たちに対してやっている行為であります。
※ここでは彼らのことを「福音派」と呼称されていますが、私自身は、いわゆる福音派の一部の狂信的な者だけがこのような行為に及んでいるのだと考えています。
>>802 伝統的なプロテスタントの多くがカルケドンまで認めているでしょ。
ルター派、聖公会などは少なくとも認めているはずです。
認めていないものを「キリスト教ではない」といっても、何の語弊もないし、それはカトリック教会以外(東方教会等)でも共通理解であろう。
また、世間一般でも、そのことが通用しないとは思われない(このことは重要ではないが)。
つまり、彼らはそもそも「異端」ですらなく、「キリスト教ではない」と論ずることも出来るのです。
しかし、こちらからはそのような挙に出ない。
それは、なるべくイエス様に従いたいと思っているからです。
イエス様は、サマリア人に出会っても、その信仰理解を攻撃しようとされなかった。
もちろん、攻撃されれば火の粉を振り払うために防御(とやむを得ない反撃を)しますが、攻撃されねばこちらからは友好的な態度でやっていきたいと思っている。
832 :
名無しさん@3周年:05/02/07 15:29:42 ID:qPs78POj
>>831 冗談ぬきに学会員だったりして。世の中にはありえないことが結構あるからな。
>>832 いや、学会員ではなく、プロテスタント系原理主義的新興教団(「福音派」と称するようです)でしょう。
こういう主張で攻撃に出る人は、ネットでけっこういますから。
それに、私が前にいた小教区では、ビラをもってミサの妨害に来た人もいましたしね。
その主張は、彼と同じです。
(ちなみに、刑法上の「業務」は、営利活動に限られないので、このような行動は業務妨害罪の構成要件に該当します)
でも、言うことがワンパターンなので、対処方法や論破の手順がだんだん分かってきました(笑)
しかも、同じ過ちに陥っている場合が多いので、洗脳されているとまでは言いませんが、どこかでそのように教育されているかタネ本があるか、そういうことでしょうね。
835 :
名無しさん@3周年:05/02/07 15:37:55 ID:qPs78POj
>>833 そうですか。しかし、同じプロテスタントでなぜこうも対照的な人が出るんだかね。
通りすがり氏とそうか氏だが。
836 :
名無しさん@3周年:05/02/07 15:39:51 ID:qPs78POj
>>834 しかし、私が今まで付き合ったプロテスタントにはいない人格だと思う。
あんな人に会ったことはない。といっても心の中まではわからないわけですが。
>>835 それは、プロテスタンティズムは固有の教義を有するさまざまな教派・教団に分かれているからです。
教派ごとに、信仰している内容が異なります。
通りすがりさんの所属されている教派は、おそらく伝統的なところなのだと思います。
>>836 よい友人に恵まれていますね。
でも、彼ら、意外といますよ。特にネット社会では。
確かに、実社会ではあまり見ませんが。
もっとも、ここでは「福音派」と一緒くたにされてますが、福音派でも攻撃的でない人もいますので、あまり偏見をもたないでやってください。
838 :
名無しさん@3周年:05/02/07 16:07:53 ID:qPs78POj
>838
ネット上にはよく見かけるということが分かるでしょ?(^^;)
その分、実社会では見ない。
私の小教区に来て攻撃的なビラを配っていた人も、仕事とかしてない感じだったし。
840 :
名無しさん@3周年:05/02/07 16:24:32 ID:aXKI0ok/
なんか彼、政治系や科学系の板にも出張しているようですね。
ああ、キリスト教が誤解される...(笑)
842 :
名無しさん@3周年:05/02/07 16:25:37 ID:aXKI0ok/
そうかでしょそうか
843 :
名無しさん@3周年:05/02/07 16:26:25 ID:aXKI0ok/
福音派が誤解されるだけだからいいじゃない
>>843 でも、世間の人は、カトリック教会とプロテスタント諸教会の違いどころか、これらとモルモン教会や結婚式場との区別もついていなかったりします(^^;)
絶対誤解されてると思う...
845 :
通りすがり:05/02/07 16:32:10 ID:tT+y6WQm
そうですね。福音派が全部そうだとは思わないでほしいです。
私は福音派の教会で洗礼を受けました。
私に洗礼を授けてくれた牧師はいつも他の教派に対する尊敬を大切にするように
教えてくれました。
カトリックも正教会もペンテコステ派も「主に対する信仰のかたちは違っても、
同じクリスチャンです」と言っていました。
同じ教会の姉妹がカトリックになり、アメリカに渡って修道院に入り、シスター
になるということを聞いた時も、「彼女は本当に神様を求めていたからね。彼女
が修道院に入って、主から与えられた道を全うできるように」と祈っておられま
した。
私はその牧師を見て、育ちましたから、福音派というのは自分の信じるところに
は確信があっても決して他のクリスチャンに尊敬を失わない折り目正しい人たち
という印象がありました。
ところが、ネットに出入りするようになって、そうではない自称福音派の方々を
目にするようになって驚きました。
ある方には、私のいた福音派の教会、そして牧師は古き良き福音派のタイプで、
今は主流派ではないと言われましたが、本当のところはわかりません。
しかし、私の心の中にある福音派とは家庭的な雰囲気の小さき教会、皆親切で、
たわいもない冗談で笑いあい、それでいながら、主ご自身をまっすぐに信じて
いく人たちなのです。
ですから、そういう人たちもいるということを心の隅でもかまいませんから、
覚えておいて頂けると幸いです。
おお通りすがりさん(^^)
しかし、本当に素晴らしい牧師先生ですね。
ここでの攻撃者の人たちと同じ教派とは思えません(笑)
いい話をありがとうございます。
>自分の信じるところには確信があっても決して他のクリスチャンに尊敬を失わない折り目正しい人たち
という印象がありました。
私も、普段からこのようなスタンスで行きたい(というかこれが普通のこと)と思っていますが、しばしばそれを忘れて、反撃して論破することを無意識に楽しんでしまったりしているときがあります。
原点に戻り、自戒したいと思います。
847 :
通りすがり:05/02/07 16:47:45 ID:tT+y6WQm
>>846 ありがとうございます。
私も論破することを楽しんでしまっていることがあります。
主に赦して頂いて歩んでいきたいと思います。
今また思ったのですが、福音派の人たちは、牧師の影響を多大に受けている人が多いと思う。
この板での攻撃者の人たちもそう。
彼らは、私たちの教皇をなぜか否定するが、カトリック教会においてPopeの影響力は、彼らの教会における牧師の影響力よりも小さい。
彼らの牧師は、小さな教皇といえるということに気付いていない。
ここでの攻撃者たとえば「◆IbYG6dQTTc」さんも、牧師の唱える教義に反する行動をとればそれは教会からの追放を意味するということを他のスレッドで述べていた。
我々は教皇を教会の指導者として尊敬するが、教皇が個人として過ちを犯しうることを十分承知しているしね。
>>847 言ったそばから848のようなことを書いてしまいました(^^;)
少し熱を冷ましたいと思います。ありがとうございました。では
主よあわれみ給え
>>845 私も福音派教会で洗礼を授かりました。バプテスト系で教義学的に
浅く、教会生活を送るうちにもっと神学的な解釈をしたいと思いました。
私のいた日本の根本主義教会もそうですがカトリックはもちろん他の
教派のいくつかを異端と明言していました。カトリックに至っては救いはない
とまで牧師は言ってました。これら福音派の牧師達に書けている面は
哲学を礎とした神学的洞察に欠けるところです。結果、私は裏切られることと
なりました。その後、心配したカトリックの友人の励ましでミサに参加するように
なり、カトリックの伝統に信仰の安定を見いだしています。
以前、洗礼を授かる前に日基の牧師先生と知り合い彼の洞察力の深さと
神学のおもしろみを知りました。日本にはまだ牧師を必要としている場所が
たくさんあると言っていました。そのとおりかと思います。その他にも教会に
傷つき失望された方も多いようです。ですが人の弱さを知らない哀れとに思わない
牧師が結構いることにため息が出ます。