【神様】どうやって暇つぶししたの?【創造主】

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1名無しさん@3周年
地球が出来て46億年
生命が誕生して6億年ぐらいで・・・
どう考えても暇すぎ

2名無しさん@3周年:04/08/15 20:10 ID:TpI/yGwE
人間の視点で見るからそう感じるのだよ。
3名無しさん@3周年:04/08/15 23:04 ID:+s8+u2ou
仮に人類が滅んで人類以外の哺乳類が人類並に進化するのを平気で待てるであろう
辛抱強さを兼ね備えるなら(3千万年ぐらい?)
やっぱ物質世界は無常なのだって気がするね
ノストラダムスみたいな予言話のたぐいは自意識過剰すぎ
ほとんどの場合ただの現象だよね
4名無しさん@3周年:04/08/15 23:16 ID:+s8+u2ou
奇跡なんてめったに起こんないよ
創造主はそんなに細かいことは気にしないよ
仮にそんなことが起こったなら
天使や霊とかもし居るなら細かいかもしれない
まあ
ほとんどの場合ただの現象だね
5名無しさん@3周年:04/08/15 23:29 ID:+s8+u2ou
この先地球温暖化で様々な天変地異が起こるのを前提として
そこで祈りによって創造主の同情と奇跡が起こりうるなら過去恐竜を
代表とする大量絶滅などなかっただろうよ

すべてはなるようにしかならない
やっぱり自意識過剰杉
6名無しさん@3周年:04/08/16 01:04 ID:IIyjSQ1s
あらゆる生物活動の神秘的な生そのものが奇跡だろうが
7名無しさん@3周年:04/08/16 08:31 ID:vnA2pn3K
食料を捕るのに一生懸命で、暇などありませんでした。
8XYZ(正教徒):04/08/16 11:05 ID:GC9/hwhF
>>7
 神が捕食するんかい
9名無しさん@3周年:04/08/16 11:21 ID:PeIhZdBP
日本の神は食うし飲むぞ
10XYZ(正教徒):04/08/16 11:25 ID:GC9/hwhF
 >>9
 詳しくは知らないですが豊受大神とかは神の食事を準備する神様ですね
 (っていうか伊勢神宮の主要な神の名前が一発変換できないとは)
11名無しさん@3周年:04/08/16 11:35 ID:VlxYXPoI
神は人間のティンティンの皮と出血が好物なので、飽きることはありません。
12名無しさん@3周年:04/08/16 17:27 ID:yfrVur2g
創造と破壊は神様の職業の裏と表。神様は暇じゃないよ。
13XYZ(正教徒):04/08/16 18:07 ID:GC9/hwhF
>>12
 確かに、暇じゃないかも(笑)

 宇宙のメンテ、太陽のメンテ、地球のメンテ、海のメンテ、陸のメンテ、ETC...
14くしこ:04/08/16 18:10 ID:TtSGzja7
>>10ええ、そうです。
15名無しさん@3周年:04/08/16 21:50 ID:kwrs5OUB
アクロポリスのパルテノン神殿とかはるか遠く昔に思えるが
創造主から観たら本当に最近の話だ
16名無しさん@3周年:04/08/17 22:06 ID:W9QrEIEG
ヒマつぶし…独りなんだからやっぱシャドーボクシングじゃね?

夕となり、朝となった。第一日である。

    グシャァ!!
17名無しさん@3周年:04/08/19 22:06 ID:3Zl2zCi2
最初の原始生命誕生 が 39億年前だからそれから30億年以上も
バクテリア相手にしててもやはり暇すぎでは?
18名無しさん@3周年:04/08/24 22:33 ID:Ya0f7zlN
やっぱりさぁ
大切なのは平安じゃない?
たとえば流れる雲とか見てると暇だけど刻一刻変化してるし・・
19名無しさん@3周年:04/08/26 18:45 ID:nTzWD41H
>>11
>>1の段階では、まだ人間できてないのとちゃうか?
それは、人間が出来てからの話っしょ。
20名無しさん@3周年:04/08/26 18:50 ID:JLvNtGip
そもそも「神」は時間の拘束からは自由だろう。
21名無しさん@3周年:04/08/26 18:58 ID:d8892S1l
神とて喜怒哀楽はあるから、退屈ぐらいするっしょ
気も短いし・・・w(聖書の神さんのことね、別の創造主は知らん)
22名無しさん@3周年:04/08/28 23:25 ID:2reMoRPp
わたし、このスレめっちゃ好きだから、あげておこう。
2377:04/08/29 11:24 ID:LFmFMzjB
アテネオリンピックって暇つぶしの一つかな。私は日本を応援してます。虹より。
24名無しさん@3周年:04/09/03 22:03 ID:sJ20bTis
もっと

ゆっくり

のんびりと

25名無しさん@3周年:04/09/18 11:16:14 ID:FyGyZI28
このスレ好きなんやけど下がる一方だから、ageがてら、少々余談でも・・・。

わたしが中学生の時、高校入試の作文の過去問で、
「日曜日」というのがあったんやけど、それの模範解答に、
「神様は六日で世界を作って、七日目に休んだのが、日曜日の始まりだが、
人間が神様と同じペースで働かされてはかなわない。」
と言った意味のことが書いてあったのですわ。

当時、中学生のわたしは、それをよんで、
「それは、その通りだぁ〜!確かに、人間が神様と同じペースで働かされちゃ、かなわんなぁ。」
と、めっちゃ納得して、その模範解答読んで、ゲラゲラ笑いまくりましたわ。

それにしても、当時も、今になってもそう思うんやけど、
そんな、模範解答とはいえ、
中学生がこんなん書けるはずがないでぇ〜。無理言わんといてぇ〜な。
と、思いますわ。笑。

ほんでもってそれと共に、
こんな模範解答思いつくなんて、この模範解答の作者は、
ひょっとしてクリスチャンやったんかなぁ?って、
大きくなってから思いましたわ。

26名無しさん@3周年:04/09/18 11:44:19 ID:eLh+ymYx
神様の時間感覚は、その場その場で調節できるんだよ。
暇な時は瞬き一回千年くらい、さて活動するぞって時には人間と同じ感覚。
27名無しさん@3周年:04/09/19 12:35:35 ID:yOJB+2Av
地球だけ考えてもこの時間の長さなのに
もし地球の創造主=宇宙の創造主だったら
いかに地球が特別な星か 手間かけすぎ
28名無しさん@3周年:04/09/24 21:45:39 ID:grRK98OI
過去にどこかの天体に生命体がいて創造主からみたらそちらのほうが
出来が良かったらなにか哀しい
29名無しさん@3周年:04/09/24 21:51:04 ID:5RZV+TUa
>>28
その出来がよい星で生まれたエリートが
いわゆる天使たちなのですよ。
30名無しさん@3周年:04/10/05 19:16:51 ID:8VsIjUpu
未練や想いとか風の強い日みたいなものなのかもしれない・・
長い歳月の間そういった風は砕けては消え
あるいは勢いを失って消えて
まあ永遠とも思える長い歳月とはそんなものと想像してみる
31名無しさん@3周年:04/10/07 13:49:55 ID:JmB1vv9V
冬眠したんだろう
32名無しさん@3周年:04/10/14 12:44:36 ID:1yWti9M7
マインスイーパやてたんじゃないかなー
33名無しさん@3周年:04/10/14 14:42:45 ID:kXdMJiZg
しこしこやってたんじゃないかな。
34名無しさん@3周年:04/10/18 23:01:36 ID:ZamichCw
創造主は人間一人一人なんかの為に奇跡なんか起さないよね?
大体創造主から見たら動物と人間の違いなんかそんなにないと思うよ
願っても一人の人間の相手をするのはおせっかいな天使か災いをもたらす悪霊だけ
そのどっちつかずのあの世があるのかないのか?とか生ぬるい状況をくり返しながら
これからも輪廻と進化はきっと続く・・・・しかし進化するほど面倒で
うっとおしくなっていくなあ・・・
35たかR:04/10/21 07:27:15 ID:Fiq2YjaG
36名無しさん@3周年
進化は重力と同じように、科学で検証できる確立された事実です。もちろん、全て
の科学の理論と同じように、その全てが解明されてはいません。これも重力とおな
じ状況です。創造論は宗教の教義であって、進化と対比して論じるべきものではあ
りません。創造論は本来、天国や地獄や復活などと同じようにあくまで宗教の「形
而上」概念として扱われるべきものですが、ダーウィンを先頭とした科学の進歩に
脅威を感じた宗教指導者たちが(ものみの塔協会はその典型ですが)、自分たちの
心の整理ができずに科学に攻撃をかけたのが、現代に至る創造論者の進化論への攻
撃になっているのです。ダーウィンを初め、進化の研究者は何も意図的に宗教を攻
撃はしてきませんでした。科学の事実がそのまま物語る事柄が、宗教指導者の感情
を苛立たせ、進化の研究者に対する熾烈な攻撃に走らせたと言えるでしょう。もち
ろん、その攻撃が感情的になればそれに対する反論も出てくるわけで、そこに創造
論への批判もまた盛んになってきました。 創造論は宗教の教義であり、すなわち
神話です。神話も神への信仰も、これは全て「形而上」の問題であり、生物学や物
理学などの「形而下」の問題とは本来かけ離れているべきものです。しかし、もの
みの塔宗教の指導者を初めとするいわゆる「創造論者」は、「神話」を「神話」と
して受け入れることが何か悪いことのように感じています。なぜか聖書の内容が科
学と一致していることを証明したくて躍起になっているのです。その裏には聖書の
メッセージを形而上のものとしてそのまま信じられず、神話を神話として受け入れ
られず、科学の裏づけがあって初めて信じられるという、「形而下」の「信仰」(
つまり神への信仰は数学の証明と同じ次元にしかありえない)しか持ち合わせてい
ないことが根底にあるのだと思います。