日顕宗を激しく糾弾するスレ2

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952名無しさん@3周年:03/09/03 15:32
>>950
法華講員だとしたらその様な言いまわしはやめていただこう。
学会厨がアレだけ注意されたんだから、こちらも気づくべし。
「他人の振り見て我が身を正せ」
仏法以前の問題だよ!
953波木井坊竜尊@日蓮宗葵講 ◆IByKs72gR2 :03/09/03 15:47
>>950
ひでえ言い草だよな。これだから正宗は(以下略)
954名無しさん@3周年:03/09/03 15:56
案外、学会厨の語りかも。
ハキリの騙りもしていたし。
前科があると疑っちゃうよな。
ちがってたらゴメンよ。
955名無しさん@3周年:03/09/03 16:27
創価学会はキモイ
956名無しさん@3周年:03/09/03 17:55
>>949
本尊といえば、、、
池田大作が自ら本尊を書写するのではないか?といった噂を創価板で読んだことがある。
創価ならやりかねんなぁ。

だが、一応慈悲をもって言います。
学会員さん、もしも名誉会長さんがそんなことやるようだったら止めるように
注意した方がいいよ。
957名無しさん@3周年:03/09/03 18:54
唯受一人血脈の中身が法体、法体とは三大秘法の南無妙法蓮華経だと
いうところまで話が進んだとき、いきなり六大秘法だどうのと言い出した策士に捧げる今宵の破折ショー!
策士は既に正宗の誤読を知っており、何度か学会員にやられた人間。
ちなみにYOU氏は策士などではなく、純粋な法華講だと個人的に断定しました。
今までの雑な言葉、マジで謝ります。m(__)m
 
さて、唯受一人血脈の正体が文底独一本門…の御本尊様だと晒された時、法華講側は納得しませんでした。
 
曾谷殿御返事の『又是には総別の二義あり。総別の二義少しも相そむけば成仏思いもよらず』

総…信心の血脈
別…法主のみの血脈
という解釈から、信心の血脈だけでは成仏はできないと捉えるからです。
故に成仏には法主の存在が不可欠であるとしています。
回転の早い方はこの時点で間違っていることに気付くと思います。
成仏の方法は既に御書に説かれているからです。
敬虔な正宗信徒は上の御文が引っ掛かり、御書にも説かれない何かを法主に見てしまうのです。
結果、数々の道理をものともせず法主神秘、絶対主義へと行き着くのです。
958名無しさん@3周年:03/09/03 18:55
さて、学会員の皆様が既に申し上げました通り、大通智勝仏と大海の水の譬えで正宗の解釈はもっと明確に瓦解します。
通解して説明します。
「例えば大通智勝仏の第十六王子であった歴劫修行中の釈尊に法華経の下種を受けた釈尊在世の声聞は、
阿弥陀仏や薬師如来に逢っても成仏することはできない。また譬えば、大海の水を家のなかに汲んでくれば、
家の者たちはその水で縁を濡らして潤うことができる。
けれどもその汲んでくる大海の一滴をさしおいてよその水を汲もうとすることは愚かである。
大海の水を受けた根源の師を忘れて、心をよそへうつすの輪廻生死のわざわいである。
大聖人は総別を間違うと成仏はできないと述べられた後、「釈尊在世の衆生は、
昔々に大通智勝仏の第16王子であった釈迦に縁して下種を受けたので、釈迦の仏法でなくては成仏しない。
阿弥陀や薬師ではダメなのだ」と言っている。阿弥陀や薬師はこの裟婆世界に縁のない、他方の国土の仏たちだからである。
また大海の水をあげられて自分に縁した海の水を汲むべきであって、よその水ではダメだとも言われている。
959名無しさん@3周年:03/09/03 18:58
そしてこの二つの譬えは総別の二義に係ります。つまり二義あるうちのどちらか一方を間違えてとると成仏思いもよらず、になります。
ここでまた正宗の解釈ではおかしなことになります。正宗は『又是には』の『是』を直前の『日蓮又日本国にして此の法門を弘む』に係ると誤読して、
この法門(末法の法華経)に二義があるとしますが、これでは大聖人の仏法に成仏ができない取ってはならないものが存在することになります。
大聖人がとってはならないものをわざわざ説くのでしょうか?
では『又是には』の『是』とは何と解釈すればよいのか。
 
法華経神力品の末法の法華経の付嘱となります。
これが普通に読んだ解釈。
しかしこの部分は誤読しやすい部分ではあるそうですが。
960名無しさん@3周年:03/09/03 19:24
>>879
法華講さん
その大聖人の御書「曽谷殿御返事」の説明
>「本従の師とは、最初に仏法に結縁したときの師(別付嘱の方)です。大通智勝仏の譬え
>(迹門であるが、『曽谷殿御返事』に引用)でも、釈尊在世の声聞は、釈尊を本従の師と
>することによって成仏得道できるのであり、決して釈尊の師であった大通智勝仏を本従の
>師とするべきではないのです。これは、釈尊在世の声聞にとって、最初に結縁した師が、
>釈尊であるという意味で引用されています。」

これは【総別付属を間違った場合の例】

大聖人御書「例せば、大通智勝仏の第十六番目の王子である釈迦如来に下種された在世の声聞は、全く阿弥陀如来や薬師如来にあっても成仏しないのである。」

法華講「釈尊在世の声聞は、釈尊を本従の師とすることによって成仏得道できるのであり、決して釈尊の師であった大通智勝仏を本従の師とするべきではないのです。」

仏法には「時」があるからな 時に応じた法でなければ成仏はできない

そこが
曽谷殿御返事の御書>>444-448
「すでに上行菩薩が釈迦如来から妙法の智慧の水を受けて、末代悪世のいまだ善根のない衆生に流れ通わすのである。これが智慧の義である。
 釈尊から上行菩薩(日蓮大聖人)へ譲り与えられたのである。しかるに、日蓮はまた日本国においてこの法門を弘めている。(←ご自身が上行菩薩である証明)
 またこれには総別の二義がある。総別の二義を少しでも間違えるならば成仏は思いもよらない。生死に輪廻するもととなるのである。
 例せば、大通智勝仏の第十六番目の王子である釈迦如来に下種された在世の声聞は、全く阿弥陀如来や薬師如来にあっても成仏しないのである」

の、「総別付属を間違った例」の法華講の解釈なわけだが

それでどうやって「総別付属」の意味が法華講は
「総付属」=信心の血脈
「別付属」=法体の血脈   になるのだ?
961名無しさん@3周年:03/09/03 19:26
(>>960のつづき)

そこを説明しないと学会に「破折しました」と言われてもしかたがないぞ

学会の「総別付属」解釈は
「総付属」=釈迦仏法(正法時代の文上の法華経 釈尊が「法華経嘱累品第二十二」において無量の菩薩に向かってへの付属)
「別付属」=日蓮仏法(末法時代の文低の法華経付属 上行菩薩と地涌の菩薩への付属)

大聖人御書「例せば、大通智勝仏の第十六番目の王子である釈迦如来に下種された在世の声聞は、全く阿弥陀如来や薬師如来にあっても成仏しないのである。」

この御書を日蓮大聖人が書かれた「時」から後はまさに「末法」
つまりは【釈尊から上行菩薩(日蓮大聖人)へ付属された「末法の文低の法華経」でないと末法の衆生は成仏ができない】

という「総別付属」の「例」ならば納得できる文面だ

正宗(法華講)はこれを【「別付属」=法体の血脈 でないと成仏できない】とするのは何故なのだ?

法華講の意味だと 辻褄があってないとされてもしかたない
962名無しさん@3周年:03/09/03 19:28
>>959
割りこんですまなかった;続けてくれたまえ
963名無しさん@3周年:03/09/03 20:08
>>961
あの、前から気になってたのですが釈迦は大通智勝仏の王子の子どもじゃありませんよ。
浄飯王(スッドーダナ)の子どものはずですけどどういうことなんでしょうか。
割り込んですみません。
964名無しさん@3周年:03/09/03 20:58
>>963
化城喩品第七を無視して解釈してるからだね。
965ななし:03/09/03 21:01
日蓮正宗が一番正しくて、学会や日蓮宗は違うのですか?
966名無しさん@3周年:03/09/03 21:17
>>965
学会がただしいと思ってる人もいるだろうし、正宗が正しいと思ってる人も
いるだろうし、日蓮宗が正しいと思ってる人もいるだろう。
967名無しさん@3周年:03/09/03 21:30
>>962
いえいえそちらこそm(__)m
僕のよりわかりやすそうで^_^;
968名無しさん@3周年:03/09/03 21:31
どなたか継ぎスレきぼんぬです。
969名無しさん@3周年:03/09/03 21:44
>>964
学会員さんがその経文を無視しているからなんですか?
それとも学会では釈迦は大通智勝仏の子どもであると教わってるんでしょうか?
970名無しさん@3周年:03/09/03 23:27
他宗派がまざってない?
法華講とも学会とも違うような?
釈尊の「化城喩品第十七」読んでも

総…信心の血脈
別…法主のみの血脈

にはならないのだけど?
釈尊法華経まで法華講さん意味曲げたとか?
971YOU ◆K84WRIqUrw :03/09/03 23:27
>>957
謝っていただく必要はありませんよ。策士とはなにを意味するのかずっと疑問でしたの
でなにやら疑惑(?)が晴れたようで嬉しいのは嬉しいですが(笑)。

まず第一に言っておかなければならないことは、この御文の冒頭から読みすすめ
なければならないと言うことです。以前にも申しましたがこの御文は冒頭より結要付属に
ついてのみ仰せになれているということです。
あなたが言うように「是」とは神力結要のことで間違いありませんよ。初めからそう言っています。
それに総別の二義があると仰せなのです。
それであるのに学会のではこうなっていますよね。

「総付属」=釈迦仏法(嘱累)
「別付属」=日蓮仏法(神力)

嘱類については一切仰せではありませんね。どうしてここが出てくるのでしょうか?

そしてもうひとつ大切なことですが、現在学会では釈迦と上行菩薩(大聖人様)とでは
どちらが弟子となっているのでしょうか?
私たちはこのように考えています。

<久遠元初>=久遠元初自受用報身如未(無始の古仏・大聖人様)→
<中間>=五百塵点劫の仏(本果妙の釈尊)・三千塵点劫の仏(大通智勝仏)→
<今日>=釈尊→上行菩薩(=日蓮大聖人の末法出現)

釈迦はなにをもって五百塵点劫において菩薩道を行じていたのかおわかりですか?
「南無妙法蓮華経」ですよ。久遠元初自受用報身如未(大聖人様)の法を行じていたのです。
久遠元初自受用報身如未より受けた付属を上記の順に相承されていき、神力品における
結要付属となっているのです。

もう一度冒頭よりお読みください。そうすれば2つの譬えが「師」について「結縁」について仰せ
であることがお分かりになると思います。なにかを捨てろなどとは仰せではありません。
972970:03/09/03 23:29
おっと間違い ×「化城喩品第十七」 ○「「化城喩品第七」読んでもw
973YOU ◆K84WRIqUrw :03/09/03 23:32
>>971
文字訂正させていただきます。

>ついてのみ仰せになれているということです。
ついてのみ仰せになられているということです。

>嘱類については
嘱累については


974名無しさん@3周年:03/09/03 23:34
>>971
法主って「仏」なの?
975YOU ◆K84WRIqUrw :03/09/03 23:38
>>974
仏様ではありませんよ。ですが御内証におかれては仏様となりますね。
ですが御本仏などでは決してありません。
御本仏は自受用報身如未(大聖人様)だけです。
976YOU ◆K84WRIqUrw :03/09/03 23:41
また明日にでものぞかしていただきます。
ご質問があればお答えさせていただきますのでよろしくお願いします。
977名無しさん@3周年:03/09/03 23:46
>>976
どうもありがとうございました

>御内証におかれては仏様となりますね。
それはどの人間にも仏界が御内証されてますから そうですね
ご法主のみ御内証されているのではなく
978名無しさん@3周年:03/09/04 00:34
>>977
ギャグで書いてるのか?マジで書いてるのか?

御歴代が受け継いでるのは大聖人御内証の法体である。
我々の仏界とは一線を画すことがわからんのかね?
とにかくこんなこと言うってことは、今もって法体の血脈と信心の血脈を混同してる証拠だわな。ってか法体の血脈を否定したいんだろ。
もうアホかと。馬鹿かと。
おまえの論だと大聖人から日興上人に別付属(血脈の次第 日蓮 日興)した意味がないだろうに。
ってか内証から見る一体三宝の論と、おまえの言い分を合わせると
「どの人間」も三宝ということになる(藁
となると「どの人間」も大聖人御内証の法体を受け継いでいるんだから、御本尊を書写できる立場であるということかな?(爆藁

あーあ、アホくさ。
979名無しさん@3周年:03/09/04 00:43
>>978
法華講さんの本音がまたでたっw

そしてその法主のみの血脈との証拠の御書「生死一大事血脈抄」と「曽谷殿御返事」
が その証拠の意味になってないのは何故ですか?

「曽谷殿御返事」の「総別付属」の意味が
総…信心の血脈
別…法主のみの血脈
になっているのは何故ですか?

日蓮大聖人御書「生死一大事血脈抄」では地位ではなく3点を守る者のみに血脈が流れるとされてるのは何故ですか?
980名無しさん@3周年:03/09/04 00:54
>>978
>御歴代が受け継いでるのは大聖人御内証の法体である。

大御本尊様を受け継ぐだけで「特別な仏界を内証される」とされる御書があるなら教えてください
いやに簡単な「一線を画す仏界ご内証」ですね
自分でも大御本尊様を受け継ぐだけで その「特別」になれるという教義ですか?法華講さまの御書は?
981名無しさん@3周年:03/09/04 01:16
>>979
だ・か・ら、YOUさんが言ってるように曾谷殿御返事には冒頭から
結要付属についてしか仰せになっていない。
それに>>959さんが書いているように「又是には」の「是」は神力品に
出てくる上行菩薩への付属だろ?
その付属には総別があるということだ。その付属というのは血脈と同じ。
その総は信心の血脈で、別は唯受一人の血脈となる。
智慧の水とあらわしておられるのは血脈のことだろ?
何度言ってる事か。またループか?
それから生死一大事血脈抄については>>848-851を読めれ。
982波木井坊竜尊@日蓮宗葵講 ◆IByKs72gR2 :03/09/04 01:21
どうも内証とか別付属とか言い出してくるんだよな。(藁)

見ていてどーしょもないって思っちゃうのかおれだけか?
983名無しさん@3周年:03/09/04 01:32
黄色い財布を転売するほうがどーしょーもないと思うが(わーら)
984名無しさん@3周年:03/09/04 01:49
>>980
過去ログ読めれ。

>>982
いや学会員さんたちもそう思っているみたいです。
もうすでに一閻浮堤総与の本尊と言い出している時点で
学会の首脳部(?)は日蓮宗の教義を研究し、日蓮宗の
教義の真似を始めていると思っているのですがどうでしょう
か?日蓮宗の方のご意見もお聞きしたく思います。
985名無しさん@3周年:03/09/04 02:06
>>981

それは考えなおしたほうが…
もうあれ(曽谷殿御返事)では「別付属」が法主のみの血脈とはいえない御書説明状態ですよ
「生死一大事血脈抄」ね
また全訳載せてもらうしかないのかな?

>「法主の血脈」などどこにも書かれていないというのは余りにもたんりゃく的だと言うことです。他にも御文はあり

他の何の「御書」でそのような内容に?
歴代法主が「生死一大事血脈抄」を法主の血脈に利用していたらその法主も謗法になるよ
986名無しさん@3周年:03/09/04 02:12
>>980
これを読むと、法体の血脈=本門戒壇の大御本尊を相承することだけ、と思ってるようだが。
今の学会員は口伝(金口嫡々相承 )のことを教えられていないようだな。
この話を解説すると長いからな。面倒だな。誰か解説して。

二つほど文証を挙げとくわ。

産湯相承事
「此の相承は日蓮嫡々一人の口決、唯授一人の秘伝なり、神妙神妙と言給ひて
留め畢んぬ」

弁惑観心抄
「此の法体相承を受くるに付き尚唯授一人金口嫡々相承なるものあり」
「此の金口の血脈こそ宗祖の法魂を写し本尊の極意を伝ふるものなり之を真の
唯授一人と云ふ」
987名無しさん@3周年:03/09/04 02:15
>>985
また無限ループするような発言してる・・・
わざとか?
988985:03/09/04 02:16
×歴代法主が「生死一大事血脈抄」を法主の血脈に利用していたらその法主も謗法になるよ

ああ「生死一大事血脈抄」は法華講いわく「信心の血脈」の御書か

では
○歴代法主が「間違った解釈で他の御書」を「法主の血脈」に利用していたらしていたらその法主も謗法になるよ

989名無しさん@3周年:03/09/04 02:22
だったら
「産湯相承事 『此の相承は日蓮嫡々一人の口決、唯授一人の秘伝なり、神妙神妙と言給ひて
留め畢んぬ』
の正しい意味訳したらそれで終わりだね
。。。また 切り文だしなあ
990名無しさん@3周年:03/09/04 02:25
何で法華講は御書全文訳して説明しないわけでしょう?
その切り文だけでも破折する箇所がわかる気がするけど
991名無しさん@3周年:03/09/04 02:33
>>988
あなた、>>402-406読みましたか?
>>989
あなたね、文証紹介するのに毎回全文翻訳して書けってかぁ?
それじゃあ例えば撰時抄とか百六箇抄を文証として使う必要があった場合、
あなたにそれが出来ますか?
そんなこと毎回やってたらキリがないわ。
御書持ってるんだったら、あなた自身で読みなされ。
992波木井坊竜尊@日蓮宗葵講 ◆IByKs72gR2 :03/09/04 02:34
>>984
いやまあ、その通り。

松戸氏が福神八号でも書いていたが、最近の学会は、優陀那日輝師の本尊論を
下敷きにしているそうだ。

だとしたら日蓮宗と本尊観は一緒になるよ。
993名無しさん@3周年:03/09/04 02:38
>>992
学会員が猛反発しそうな気配。

ところでこのスレ、もう限界だわな。
994名無しさん@3周年:03/09/04 02:45
995波木井坊竜尊@日蓮宗葵講 ◆IByKs72gR2 :03/09/04 02:45
まあ昔から学会員によく言っていたんだけどね。

”戒壇本尊がないと日蓮の信仰ができなくなるのか??”って問いね。真面目な
学会員さんはこの問いかけに、真摯に考えてくれたよ。

今の学会はまさに戒壇本尊拝めない状態なワケですよ。逆に考えれば、創価学会は
いつか戒壇本尊なくても教義のツジツマをあわせてくるだろうと、私は踏んでいた。
そして実際そうなりつつあるわけでしてね。

正宗は破門するときどう考えていたかは知らないけれど、たぶん正信会や顕正会のように
戒壇本尊は捨てない、と思い込んでいたんじゃないだろうか。

俺は捨てると当時から言っていた。というのは学会は教団維持を第一と考えるから、教団維持に
戒壇本尊という求心力が使えなくなれば、ドンドン捨てると推測したからですよ。
そういう面では、学会はドライ、割り切った判断をすると思ったわけです。
996波木井坊竜尊@日蓮宗葵講 ◆IByKs72gR2 :03/09/04 02:49
まあ”信仰”という面からすれば考えも及びつかないでしょうけど、本尊を
カレンダーと同じような印刷方法で会員に配ってきた団体ですよ。

そういう団体が、破門された以後までも戒壇本尊に固着するか否かってことですね。

こだわる必要性が無いわけです。拝めないんですから。

後5年すれば学会は”戒壇本尊は嘘デッチアゲの後世の偽作”ときっと言ってきますよ。
997名無しさん@3周年:03/09/04 02:50
>>992
「別付属」の意味不明さで学会
正宗に無実の罪で破門されるとるもんでなあ

会長除く信徒だけしばらく在籍させても意味ないってな
誰のおかげで法が広まったと思っているのか
会員は知っている
998名無しさん@3周年:03/09/04 02:55
>>995
学会が大ご本尊様捨てないというより
法主に学会が「私怨で捨てられた」わけだ
前の家のご本尊に「日顕」と記入されているのはいかんともしがたい
>>936
>後5年すれば学会は”戒壇本尊は嘘デッチアゲの後世の偽作”ときっと言ってきますよ

それまじで言うとどーなんだろうな 日興上人の意味までなくなりそうだな
999名無しさん@3周年:03/09/04 02:58
>>996
カレンダーねえ
カレンダー破いても罰はでんわな
ご本尊破くと罰がでるわな

一万円札は印刷されても一万円の価値があるわな
とりあえず寝ておきなさい このスレ終了
1000名無しさん@3周年:03/09/04 02:59


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