☆もとぴさんと一緒に聖書を解釈しよう☆Part2
>158 :名無しさん@3周年 :03/02/09 10:38
>>Tコリント15:50
>>・・・ここの「神の国」は、黙示録21章に記された「新天新地」のことであると思います
【 新約聖書(フランシスコ会聖書研究所訳注) 】
一コリント【15】(21)パウロはここで、
「どのようにして死んだ人間は復活するのか」という最初の問いを取り上げ(注(18)参照)、
われわれの現在生きていて死ぬはずの「体」も、
また死者の腐敗した「体」も根本的に変えられるのでなければ、
ともに神の国を受け継ぐことはできない−−復活の状態に入ることができないと答えている。
「肉の体」は「霊の体」に変えられ、死者は不滅不朽の「体」に復活させられねばならない。
一コリント【15】(18)パウロは35節で、
(一)死者が復活するとき、いったい何が実際に起こるのか、
(二)復活した者の「体」とはどういうものかという二つの問いかけをする。
そして、問いの順序とは逆に、第一の問いに対しては50〜58節で、
第二の問いに対しては36節〜49節で答えている。
☆もとぴさんと一緒に聖書を解釈しよう☆Part2
>158 :名無しさん@3周年 :03/02/09 10:38
>神が初めに望まれたのは、罪や悪のない地球で人々が生きることです(イザヤ48:18)
【 実用聖書注解(いのちのことば社) 】
イザヤ48章−49章 48章 やがてバビロンによる試練の時代,捕囚の・・・
そして,〈わたしに聞け.ヤコブよ〉と始まる12−16節は,
神ご自身がバビロンを崩壊させるために〈主に愛される者〉(14)と言われるクロスを起こし,
ご自分の計画を果す,と預言している.15節の〈彼〉もクロスを指している.
バビロンを用いてご自身の民イスラエルを罰せられる神は,
そのバビロンを罰し滅ぼすためにクロスを用いられる.この神はまことに歴史の主である.
そのことを告げるよう,〈今,神である主は私(イザヤ)を,その御霊とともに遣わされた〉
(16節後半).
神はバビロンをさばいて滅ぼされるが,ご自分の民イスラエルに対しては,
平和の回復と共に祝福と繁栄を約束される(17−19).
>>黙示録19:7-8の「(キリストの)花嫁」と、21:2の「新しいエルサレム」は、
【 新約聖書(フランシスコ会聖書研究所訳注) 】
黙示録【19】(7)旧約聖書においては、
婚姻の比喩はヤーウェとイスラエルの民を結ぶ契約を表すもので(ホセア2:16〜19
〔14〜17〕、イザヤ50:1、54:6、エレミヤ2:2、3:1〜4など参照)、
神は夫と考えられていた。したがって偶像礼拝は、姦淫とみなされた。
新約聖書でも同じく、婚姻の比喩をもって、キリストと教会の間の交わりを表わし、
キリストは教会の夫となる。ヨハネ3:29、二コリント11:2、エフェソ5:22〜32参照。
黙示録【21】(2)
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ttp://life.2ch.net/test/read.cgi/psy/1041074650/221
☆もとぴさんと一緒に聖書を解釈しよう☆Part2
>158 :名無しさん@3周年 :03/02/09 10:38
>マタイ24章ではノアの時代とこれから成就する滅び結び付けています
>31節を黙示録の箇所と結びつけるなら、それは千年期の前です
>ルカ17章はロトの日に言及しています
【 新約聖書(フランシスコ会聖書研究所訳注) 】
マタイ【24】(10)イエズスはすでに16:28において同じようなことを語られた。
これは、当時のある人々の生存中に、すなわち約四十年後に、エルサレムが滅亡することを指す。
マタイ【24】(11)創6:5〜8参照。
マタイ【24】(12)創7:6〜24参照。
ルカ【17】(4)「神の国は、実にあなたたちの間にある」について、
教父たちの多くは「あなたたちの心の中にある」と解釈しているが、
神の国はイエズスと弟子たちの働きによって、すでに「あなたたちの間に」
現実に存在すると解釈するほうがいちばん適している(11:20参照)。
ルカ【17】(5)創6:5〜8参照。
ルカ【17】(6)創7:6〜24参照。
ルカ【17】(7)創18:20〜19:25参照。
ルカ【17】(8)マタイ24:17〜18、マルコ13:15〜16参照。
ルカ【17】(9)創19:26参照。
☆もとぴさんと一緒に聖書を解釈しよう☆Part2
>158 :名無しさん@3周年 :03/02/09 10:38
>ペテロ第二は、教会内の偽教師たちに対処するための保証です
【 新約聖書(フランシスコ会聖書研究所訳注) 】
ニペトロ【2】(2)イスラエルにおける偽教師の前例は、列上22章、
エレミヤ28章に見られる。「自分たちを買い求めたあるじ」は、尊いおん血をもって
われわれをあがなってくださったキリストのことである(一ペトロ1:18〜19参照)。
ニペトロ【2】(3)ユダ6節参照。「地獄」(ギリシア語では「タルタロス」)は、
ギリシア神話の中で、よみの国の下にある苦痛の場所を指すからである。
しかし、二ペトロが書かれたころ、同時代の外典に見られるように、悪天使が、
七つの層から成る天の上層部から暗い下層部に落とされて苦しめられた
という考えがあったようである(一ペトロ3:19参照)。それで、著者は、
ギリシア神話の伝統的用語「タルタロス」を使ってはいるが、その本来の意味よりは、
ここでは単に、象徴的意味における苦しみの場所のことを考えていたものと思われる。
ニペトロ【2】(9)前節の「ボソル」は、民22:5の「ベオル」のことである。
民22:22〜30は、バラムがモアブ王バラクから金をもらってイスラエルを
のろうために出かけたとき、彼の乗ったろばが、途中、進むのをやめ、
彼に打たれたとき口をきいたことを、物語っている。著者はここで、
偽教師がバラムと同じく、ろばほどの知恵も持ち合わせていないことをほのめかしている。
ニペトロ【2】(11)本節の終わりの表現は、
人の中から追い出された悪霊が七つの悪霊を連れてもどってくることを述べる
マタイ12:45の表現と同じ。なお、ルカ1:26参照。
20〜21節は、偽教師に惑わされた改宗者(18節)を指しているとも言えるし、
また、偽教師を指しているとも言える。しかし、22節のたとえのきびしさから見て、
著者は、偽教師のことを念頭に置いているようである。
【 信徒必携(日本基督教団出版局) 】
第一章 教会生活 八 教会の組織 3 役員会
(2)戒規 ・・・教会の秩序をみだす者に対して行われる。
信徒の戒規には、戒告、陪餐停止と除名の三つがある。
陪餐停止の処分・・・選挙されることはできない。
除名は、教籍を除くことであるが、・・・地上の教会の秩序・・・を保ち・・・
・・・さばきの日に救われるため・・・(コリントT五・五)
p73
※ 陪餐停止: 聖餐式でパンとワインに預かれず[信徒として]罪が赦されないこと。
第二章 日常生活 ニ 家庭人として 1 キリスト者の家庭
(2)家庭礼拝 ・・・順序を一例を左にかかげる。
一 讃美歌
一 聖書 日課輪読または司会者朗読(時としては短い感話)
一 祈祷
一 主の祈り
一 頌栄
・・・教師にたずねて聖書通読暦等に従った解説書を用いるとよい。
p98
【 正教要理(日本ハリストス正教会教団) 】
第一部 信仰箇条 信経について
・・・教会の教えを正しく受け、それに対する心からの承認と忠誠を誓うものです。・・・
p20
第一部 信仰箇条 第四課 機密 六、痛悔機密
・・・痛悔は心からその犯したあやまちを悔やむことですが、・・・悔改めであり、
・・・神の赦しと導きをいただくこと・・・です。
p93
第二部 信者の生活 四、祈り 天主経
祈りは神と信者との対話です。・・・
・・・祈りには教会で行う公的な祈り(公祈祷)と私的な祈り(私祈祷)があります。
・・・(ルカ18・1)・・・代表的な祈りとして「天に在(いま)す」で
はじまる天主経があります。・・・
p124
第二部 信者の生活 四、祈り 謙遜の祈り(真福九端)
この祈りは、マトフェイ福音書の五章にあるハリストスが山上でなされた教訓で、・・・
p133
第二部 信者の生活 五 徳 信者の心得
(一)主日(日曜日)の聖体礼儀及びその他の諸祭日には出来る限り参祷する
・・・聖体礼儀にあずかれない場合、それに代わる祈りをささげ、・・・望まれます。
p154−155
【 カトリック要理(サンパウロ) 】
第一部 神と、キリストによる人間の救い 第三課 人間
13 良心とはどういうものですか。
良心とは、人間の行いの善悪を判断し、善を命じ、悪を禁じ、善をほめ、
悪を戒める神よりの心の声です。
・・・人間は心の中に神から刻まれた法を持っており、・・・神とともにあり・・・ます。
(『現代世界憲章』16参照)
p25−26
14 人は神に対してどのような態度をとらなければなりませんか。
人は神を礼拝し、愛し、ご恩に感謝し、そのおきてを守らなければなりません。
特に、祈りをもって、人は神に対する礼拝と感謝を表わし、・・・願います。
祈りの中で、もっともすぐれた祈りは、
イエズス・キリストのお教えになった「主の祈り」です。(マタイ6・9−13)
p26−27
第一部 神と、キリストによる人間の救い 第十三課 罪と罪のゆるし
56 罪とはどういうものですか。
罪とは悪いことと知りながら自由意志をもって神にそむくことです。
(第三課、質問13(良心)参照)
p109
第一部 神と、キリストによる人間の救い 第十五課 終末的完成 使徒信条
われは、天地の創造主、全能の父なる神を信じ、・・・終わりなき命を信じ奉る。アーメン。
・・・信仰宣言の様式・・・。
p121
第二部 キリスト信者の道徳 第三十課 完徳
・・・イエズス・キリストは山上の説教で、真の幸福を告げ、
新約の道徳をおさとしになりました。・・・(マタイ5・3−10)
p164
第三部 秘跡と祈り 第三十五課 ゆるしの秘跡
・・・洗礼以後に犯した罪を、教会の司祭を通してゆるし、・・・和解させる秘跡です。
(第十三課、質問56−59参照)
p190