キリスト教会から十字架を取り去ろう!

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1預言者
そもそも、イエス様は十字架にかかる為に来られたお方では
ありません。天国を建設する為に来られたお方です。従来の
パウロ神学は間違いです。十字架は神様とイエス様の恨みの
対象です。愛する神様がどうして、一人子イエスを人類を救済
する為に生贄にするでしょうか?それは蛮人の発想です。
それを信ずるクリスチャンも非情なる蛮人です。イエス様は
生きて、天国を完成したかったのです。しかし、イエスを
理解できなかったユダヤの民によって十字架にかかったのです。
イエスの復活は神様の本来のご計画にはありませんでした。
人類は今こそ悔い改めて再臨主を迎えるべきです。
2名無しさん@1周年:02/07/27 02:50
2
3名無しさん@1周年:02/07/27 03:00
なんだ統一のキティか
4このスレは:02/07/27 03:04
神をも恐れぬ統一協会の提供でお送りします。
5仔猫:02/07/27 03:04
 受難のメシアってのは死海文書にあるよね。
6預言者:02/07/27 03:11
>>3
あなた様何もご存知ない。
統一でなくても、こころあるクリスチャンは
皆そう考えています。

一度祈ってみてください!
イエス様自らが答えてくださいます。
「十字架は間違いだった」と。
「パウロの曲解だった」と。
私は真面目に言っています。
7預言者:02/07/27 03:15
再臨主は全てを蕩減復帰するために、韓国に再臨しました。
8名無しさん@1周年:02/07/27 03:27
アーメンAge!!
9名無しさん@1周年:02/07/27 03:57
>>6
賛成!
アーメン!
10名無しさん@1周年:02/07/27 05:44
カトリックの聖職者は妻帯を許されるべきだ。
アメリカではカトリックの聖職者の罪が白日の元に
さらされているんではないか。南米のカトリック聖職者の
80%は同性愛を経験していると言う。
それは不自然な独身を強要しているからだ。
イエスは一度もそのような指導はしていない。
11名無しさん@1周年:02/07/27 06:02
エイメン!!です。
早く、妻を娶りたいです。
12名無しさん@1周年:02/07/27 06:45
ペテロが逆十字に架かって死んだのをご存じか?
イエスと同じでは恐れ多いといって。
13名無しさん@1周年:02/07/27 07:00
>>12
単なるパフォーマンスでしょ。
14名無しさん@1周年:02/07/27 08:06
>>12
ペテロを始め12弟子はみなイエス様を捨てたの
ご存知か?イエス様の右側の強盗だけがイエス様を
支えたのもご存知か?弟子は皆チキンアウトしたのご存知か?
1512:02/07/27 08:08
>>14わかった僕の負けだ。もう争うのやめよ。
悪い言葉だったよ。傷つけていたら 謝るよ。
上で言ったことは俺個人の意見として聞いといて。
でも、競争だよ、世の中競争。と俺は思うけどね。
あなたの意見を否定しません。正しい意見だと思います。それでは。

16名無しさん@1周年:02/07/27 08:15
>>15
???
17名無しさん@1周年:02/07/27 08:15
そういえば、文鮮明がアメリカに作った統一神学校の屋根の十字架は
神の怒りにふれて落雷で粉々に破壊されたんだよね。
18名無しさん@1周年:02/07/27 08:33
>>17さん全然分かってないですね。
ここはね、エホ証の不満や愚痴を言う為のスレなんですよ。
そんなことも分からないのですか。
だから、訳の分からないトンチンカンなことを平気で言えるのですね。
自分で自分が嫌になりませんか。生きていて恥ずかしくないですか。ええええ!!
1918:02/07/27 08:36
誤爆スマソ
20名無しさん@1周年:02/07/27 08:43
>>17
でこかのHPで写真見たよ!
21本物の18:02/07/27 08:46
>>19よ、偽者を語るな。そんな事をしても人生ろくな事はないぞ。
22釈迦の弟子:02/07/27 09:30
僕は仏教徒ですが、素朴な疑問として、イエスの十字架の
意義が良くわかりません。聖書も読みましたが、難しく
イエスの価値がわかりません。どなたか教えてください。
23名無しさん@1周年:02/07/27 09:32
キリスト教会はなぜ十字架がすきなのですか?
24名無しさん@1周年:02/07/27 09:33
みなさん他人を裁きまくりれすね
25名無しさん@1周年:02/07/27 09:35
愛の象徴だからです。
26釈迦の弟子:02/07/27 10:00
>>25
どうして十字架が愛の象徴なのですか?
神様が愛の方ならどうして愛する我が子を
十字架に送ったのですか?もっと他に人類を
救う方法はあったはずです。私には理解できません。
やはり動物を平気で生贄にする遊牧民族と稲作民族
の違いでしょうか?イエスの十字架は残酷過ぎます。
私はそこに神の愛のかけらも見えません。
27名無しさん@1周年:02/07/27 10:07
>>25
侮蔑と憎しみの象徴のように見えるのですがいかがでしょうか

つまり、イエスは人々から尊敬の視線を受けながら拝まれながら死んだのですか?
そうではなく、からかわれながらいぢめられながら死んだのではありませんか?
28名無しさん@1周年:02/07/27 10:12
>>27
アーメンです。
愛の象徴に見ません。十字架は…
29名無しさん@1周年:02/07/27 10:15
宗教戦争の根元を見た気がします。
30名無しさん@1周年:02/07/27 10:36
>動物を平気で生贄にする遊牧民族
平気だったら生贄になりません。
31名無しさん@1周年:02/07/27 10:41
>>30
意味不明…
32名無しさん@1周年:02/07/27 10:42
>>31
 絶句
33名無しさん@1周年:02/07/27 10:43
農作物や食用家畜は人間のイケニエになっていますが?
34名無しさん@1周年:02/07/27 10:50
食うための正しい手順シキタリだろ。
35名無しさん@1周年:02/07/27 10:58
私達の体は農作物や食用家畜で構成されています。
死を迎えれば、また地球の構成要素となる塵に帰ります。
36名無しさん@1周年:02/07/27 11:15
人類の罪を贖うためです。それほど神は人類を愛しておられるのです。
そして人の愛し方を神みずからが手本としてお示しめしになられた。
37名無しさん@1周年:02/07/27 11:23
>>34
主から受けたものは主にお返しするのが本筋であることは
いうまでもありません。しかし収穫物のすべてを主に捧げ
てしまうなら私たちは生きることができないので、そのこ
とをご存知の主は収穫物を自分のために消費することを許
してくださいました。私たちは主の許しによって生かされ
ているのです。感謝しなければいけません。
私たちが主の恩を忘れていないことを態度によって表すこ
とは不可欠です。収穫物の一部をいけにえとして優先的に
切り分けて主にささげるのはそのためです。食うための正
しい手順シキタリとしか考えられないのであればあなたは
主への感謝の念が不足していると思われます。

38名無しさん@1周年:02/07/27 12:05
>37
あんた、子供作らないでくれ。
自分の作った子供は自分を崇め感謝するのが当然とか言いそうだな。
39名無しさん@1周年:02/07/27 12:22
>>36
>人類の罪を贖うためです。それほど神は人類を愛しておられるのです。
>そして人の愛し方を神みずからが手本としてお示しめしになられた.

我が子を殺すのが愛の手本ですか?
我が子を生かしてこそ神の愛といえるのでは
ないでしょうか?
40名無しさん@1周年:02/07/27 12:28
> 自分の作った子供は自分を崇め感謝するのが当然とか言いそうだな。

あんたヴァカ?
自分の作った子供ってその考え方自体が無宗教者に特有なDQN思考じゃねえかよ。
41名無しさん@1周年:02/07/27 12:33
>我が子を生かしてこそ神の愛といえるのでは
>ないでしょうか?
三日後に復活したので問題ありません
42名無しさん@1周年:02/07/27 12:47
机上の空論だね
裁きまくり、行動に移せず偉そうに説教垂れるなや
43名無しさん@1周年:02/07/27 12:47
>>41
肉体は復活していないではないですか。
詭弁を弄さないで下さい。
イエスは結婚もしていないではないですか。
我が子を結婚させない親がいますか?
イエスはメシアだから独身で良いのですか?
創世記を読みましたか?
男が一人でいたら良くない…と書いてなかったですか?
神が愛なら、イエスをあのような形で十字架に
掛けるはずがないではないですか。
こんな理屈はクリスチャンでなくともわかります。
44名無しさん@1周年:02/07/27 12:49
結婚させたがる親 ウゼエ ! いってよし
45名無しさん@1周年:02/07/27 12:51
ほんの少しの怒りで十分ですよね、混乱って。
46名無しさん@1周年:02/07/27 12:57
>>44
ウゼイ、ウゼイで語彙なしおさなご。
47名無しさん@1周年:02/07/27 12:59
聖書の内容を実行できてるヤシはいるの?
揚げ足取り。。。目に見えない世界の話しほど陰険な落とし合いはないね〜
48名無しさん@1周年:02/07/27 13:00
全国の独身者への悪意ある暴言ということでは
49名無しさん@1周年:02/07/27 13:06
>>43
アダムって語意的には「人(もしくはオトコ)」と言う意味の名前だと
聞いたことがあります。「人がひとりのままでいるのはよくない」と言
う聖句はじつは誤訳で本当はそのとき神は「アダムがひとりのままで
いるのはよくない」といったに過ぎないのではないでしょうか?
特定の状況で語られた言葉を別個の事象に無理やり当てはめようとする
ならば聖書を曲解する過ちを犯しやすくなります。注意しましょう。
50名無しさん@1周年:02/07/27 22:12
アダムとイブ以来、人類のいとなみは男と女で営々と続いて
きているのです。神様がイエスをメシアとして送ったなら、
またイエスもメシアの家庭を築き、神様の子として、模範
家庭を築くのが、あたりまえでしょう。
イエスだけが特別ではありません。
51名無しさん@1周年:02/07/27 22:42
キリスト教ではイエスだけが特別なんですよ。
52名無しさん@1周年:02/07/27 23:06
キリスト教はイエスファンクラブと言っていいでしょう。
イエスの教えは、教会とは別といってもいいかもしれません。
53名無しさん@1周年:02/07/27 23:13
>>51
それはパウロが作り上げたイエス像で
真のイエスではありません。
「神様が愛する子を、人類を救う為に十字架
に掛ける」と言うのはパウロが勝手に作り上げた
神様でありイエスなのです。

神様の気持ちもイエスのこころもそこには全く
映し出されていないのです。
しかし、パウロの」作り上げたイエス像は
今でもキリスト教会の一般的な見解です。
悲しいことに…
54名無しさん@1周年:02/07/27 23:37
>>53
 本当のイエス像なんて今更ワカランしなぁ。
55名無しさん@1周年:02/07/28 00:51
>イエスは結婚もしていないではないですか

聖書にはイエスが結婚したとかしていないかは一切記述はない
しかしだ・・・
イエスはラビと言われている記述はある。つまりだ
ユダヤ教のラビは全て妻帯者が原則となっている。
聖書はイエスの妻については何も語っていないがそれは
イエスの福音と直接関係がないから触れていないだけである。
イエスには実は妻がいた可能性はかなりあるわけだ。
もしそうだとするならば、文鮮明は完全に間違っているわけだ・
56お前はもう消えろ!文鮮明:02/07/28 00:55
>そういえば、文鮮明がアメリカに作った統一神学校の屋根の十字架は
>神の怒りにふれて落雷で粉々に破壊されたんだよね。

なるほど、、、で↓これか

キリスト教会から十字架を取り去ろう!


解釈1 神がキリスト教会から十字架をとりはずせとのメッセージ
文ちゃんの解釈

解釈2 お前は詐欺師なんだからキリスト教を偽装するなとのメッセージ
でも正解はこっち
57名無しさん@1周年:02/07/28 01:22
統一は論外。
紛らわしいことするな。
間違えて書き込みしたじゃないか


統一=汚
58名無しさん@1周年:02/07/28 03:33
イエスが復活の後、疑う弟子達に語った言葉。
「わたしが以前あなたがたと一緒にいた時分に話して聞かせた
 言葉は、こうであった。即ち、モーセの律法と預言者と詩篇
 とに、わたしについて書いてあることは、必ず成就する。」
「こうしるしてある。キリストは苦しみを受けて、三日目に死
 人の中からよみがえる。そして、その名によって罪の許しを
 得させる悔い改めが、エルサレムより始まって、もろもろの
 国民に述べ伝えられる。あなたがたはこれらの証人である。
 見よわたしは父から約束されたものを、あなたがたに贈る。」
 ルカ・24・44〜49

こういった事を信じるのがキリスト教徒。>>1のような考えは異端
神学にいくらでもある考え。正直うんざり。統一ならなおさらうんざり。
59名無しさん@1周年:02/07/28 07:19
>>58
イエスの十字架を当たり前と思っているクリスチャンこそ
異端ではないですか?どうして、十字架が救いなのですか?
そんなことをする神をおれは信じないね。
イエスは生きて生涯を全うしてこそ、神のみ旨を成就したと思う。
60名無しさん@1周年:02/07/28 07:29
異端からみれば正統が異端なのは当たり前。アホクサ。
61名無しさん@1周年:02/07/28 07:32
教会から十字架を無くしたらどうなるか考えて見ろ
62名無しさん@1周年:02/07/28 07:48
確かにクリスチャンでも十字架の道行きの聖画、
気持ち悪いという人、いるんです。
私の受けるべき、恥を、苦しみを受けて下さっているという
一体化ができれば、ありがたいのだけれど、
苦しむ場面、見たくないからかな。

苦しみに意味が無いと思えばそうだよ。
でも、あるとすれば、ありがたい。
有り難いことを捜すのが信仰。

教会の屋根に上がっているのは、
受難の十字架ではなく、
復活の十字架といって、
復活の栄光を喜んでいるのであって、
復活の命こそ、天国の命なわけで。

文鮮明が、死んで、よみがえるかな?
復活の命を持たないものは、復活の命を与える事が出来ない。
天国に迎えることが出来ないわけだ。
文鮮明は天国をもたらすことが出来ない、単なる死んで滅びる人間、
今日あって、明日はいなくなる。
いなくなる日を楽しみにされる人も痛いわな。

鰯の頭も信心から、というのは
信仰を言い当てているとおもうけど、
詐欺師も師だけど、
ろくでもない結果になる信仰だとおもう。
統一教会壊れてる。人格が。
愛、喜び、平安、感謝、賛美が無い。

マザー・テレサの爪の垢でもまつったら?
豚の頭を拝む文鮮明の事だから、
すでに、手にいれてるかな?

63名無しさん@1周年:02/07/28 09:29
キリスト教信者って、マゾじゃん?
受身的なコトばっか言ってるし。
「救われる」とか。
世の中そんなに甘かねーよ。
聖痕が出た、とか言って、ただ自分で自分を傷つけただけデショ?
あんな宗教、消えちまえ
64名無しさん@1周年:02/07/28 10:07


暗証聖句(弟子訓練コース)

@キリストを大胆に語る すべての人は罪を犯した イザヤ53: 6
私たちはみな、羊のようにさまよい、おのおの、自分かってな道に向かって行った。
しかし、主は、私たちのすべての咎を彼に負わせた。

Aキリストを大胆に語る すべての人は罪を犯した ローマ: 3:23
すべての人は、罪を犯したので、神からの栄誉を受けることができず、

Bキリストを大胆に語る 罪の刑罰  ローマ: 6:23
罪から来る報酬は死です。しかし、神の下さる賜物は、私たちの主キリスト・
イエスにある永遠のいのちです。

Cキリストを大胆に語る 罪の刑罰  ヘブル: 9:27
そして、人間には、一度死ぬことと死後にさばきを受けることが定まっているように、

Dキリストを大胆に語る キリストの代償 ローマ: 5: 8
しかし私たちがまだ罪人であったとき、キリストが私たちのために死んでくださった
ことにより、神は私たちに対するご自身の愛を明らかにしておられます。

Eキリストを大胆に語る キリストの代償 Tペテロ: 3:18
キリストも一度罪のために死なれました。正しい方が悪い人々の身代わりとなったのです。
それは、肉においては死に渡され、霊においては生かされて、私たちを神のみもとに導くためでした。

Fキリストを大胆に語る 救いは行いによらない エペソ2:8-9
あなたがたは、恵みのゆえに、信仰によって救われたのです。
それは、自分自身から出たことではなく、神からの賜物です。行ないによるのではありません。
だれも誇ることのないためです

Gキリストを大胆に語る 救いは行いによらない テトス3:5
神は、私たちが行なった義のわざによってではなく、ご自分のあわれみのゆえに、聖霊による、
新生と更新との洗いをもって私たちを救ってくださいました。

Hキリストを大胆に語る キリストを受け入れる ヨハネ1:12
しかし、この方を受け入れた人々、すなわち、その名を信じた人々には、
神の子どもとされる特権をお与えになった。
65エプシーロン:02/07/28 10:17
↑何コレ?
キモッ
66名無しさん@1周年:02/07/28 10:23
十字架の図柄は、ケルトやローマでは愛を意味した。
その属性と彼の架かった十字架は、
パレスチナ以外に住むユダヤ人信者や異教出身者に重なったのだろう。
真の愛はイエスの説く隣人愛だとなったのだろう。
67名無しさん@1周年:02/07/28 10:27
>>61 考えてみましたか? あなたの結論は? 
68名無しさん@1周年:02/07/28 12:27
 キリストは、十字架を通して、愛の姿勢を我々に教えてくださったのだ。
だから、十字架はキリスト者の道であり姿の理想でもある。
 
 キリストは天の御父の御旨を行うために、神でありながら神に従順に、
それも十字架の死に至るまで、愛する御父の御旨を第一として人生を送られた。
天の父は、我々を愛するがゆえに、御一人子を世に送られた。愛は永遠である。

 神への愛ゆえに、神への信頼ゆえに、命をも惜しまないことが、究極の愛
なのである。また、愛のためならば、一番大切なわが子を死に引き渡すことも
辞さないことが、愛の決断なのである。そして、愛は、神がご自身の命を我々
の罪と引き換えに絶たれることを厭わない決断にある。神は、そうして愛に
生きた人々に復活と平安を約束される。それは、イエスが復活したように、
イエス・キリストを主と公言するすべての人に与えられる愛と聖霊の賜物で
あろう。            乱文失礼。
69釈迦の弟子:02/07/29 23:18
愛する我が子を十字架に送る神が信じられない。
そんな神は中東の神だ!
人類普遍の神ではないと思う。
70しゃかご:02/07/30 08:36
南無阿弥陀仏〜
アーメン
71名無しさん@1周年 :02/07/30 09:30
十字架に関して真面目に祈ったクリスチャンは
いますか?
72名無しさん@1周年:02/07/30 22:42
2000年間、誰もいないと思う。
みなパウロからイエス像を相続しているから
無理だろ。
73波木井坊竜尊@日蓮宗葵講 ◆tfDpfKU. :02/07/30 22:46
じゃキリスト教もやっぱり偶像崇拝だったのか。(藁)
74名無しさん@1周年:02/07/30 23:06
 キリスト教は、他者を神に対する愛と同じように“愛する限りにおいて”、
偽りから解放される。愛さない者は神を知らないのだ。
75波木井坊竜尊@日蓮宗葵講 ◆tfDpfKU. :02/07/30 23:11
いいよしらなくなって。福を与えてくれる毘沙門さんのほうがイイもん。

ヤダよ最後の審判でまた復活なんて。ゾンビじゃねえつ〜〜の。m(_ _)ノ彡☆バンバン、
76名無しさん@1周年:02/07/30 23:14
>愛する我が子を十字架に送る神が信じられない。

 愛する我が子と言っているその方は「神」なんだよ。
アブラハムがイサクを神に捧げる場面が創世記にはあるが、神によらずして
「命」のよりどころはどこにもない という神故に死を甘受する信仰が愛に
通じるものだ。信仰とはとても厳しいものなんだよ。
 続編付き聖書をあなたが持っていたら、マカバイ記下巻7章に出てくる話
を読んでみな。信仰とは、こういうもんなんだ。
77名無しさん@1周年:02/07/30 23:19
>福を与えてくれる毘沙門さんのほうがイイもん。

 福ってどんなの?

78波木井坊竜尊@日蓮宗葵講 ◆tfDpfKU. :02/07/30 23:22
>>77
福の神様だよ。(藁)福徳って知らない?日本だと大黒天信仰とか。
まあ一緒なんだが。
79名無しさん@1周年:02/07/30 23:26
 よく七福神っていう神様達を正月とかにテレビとかで見たりするけど、
「福」の定義とか、感覚は、俺はよくわかんないんだ。よかったら福の
種類とか意味合いとか、感覚的なものでいいから説明してみてよ。>78
80波木井坊竜尊@日蓮宗葵講 ◆tfDpfKU. :02/07/30 23:27
旧約聖書もすげえよな。

40年間もユダヤの民を流浪させてイスラエルの地をみさねえとか。

旧約・新約って信仰するとみーんな貧乏になっちゃうんじゃない?
81波木井坊竜尊@日蓮宗葵講 ◆tfDpfKU. :02/07/30 23:29
>>79
ああ七福神だと毘沙門天の変化したものってことになっている。
ま、YAHOOで引きなよ。

おまえは”物質的な富に興味があるのか”って突っ込みがはいるのが予想
されるのでナ。(激藁)
8279:02/07/30 23:52
>>81
 そう?じゃ、機会があったらYAHOOとかで検索してみるわ。レスありがと。>81
83名無しさん@1周年:02/07/31 00:31
69 :釈迦の弟子へ
あんた弟子じゃあなさそうだな。
仏教は次生、後生も説いているよな。今生の使命を全うし
次生を生きることを知っていれば
>愛する我が子を十字架に送る神が信じられない
なんて言わないだろうが・・・お前は統一た゜ろ
84名無しさん@1周年:02/08/01 02:06
>>83
あんた、本当の馬鹿だね!
だから、統一にキリスト教はやられちゃんだ。
なんでもかんでも統一につなげる馬鹿。
GAも統一、自民党も統一、しまいには
共産党も統一と言い出すんじゃないのか。
85名無しさん@1周年:02/08/01 02:25
>>1

お前みたいなヤツは、悪魔にとって、
最大の喜びだろうな。
これ以上の悪魔の協力者は居まい。
 
   
 
86名無しさん@1周年:02/08/01 03:50
>>84
確かになんでもかんでも統一じゃないな。
ただ君はお馬鹿な統一だな。
87名無しさん@1周年:02/08/01 04:24
今日の朝近所の教会の十字架を叩き壊してきますた
88名無しさん@1周年:02/08/01 04:27
ま、偶像崇拝だから形式的には合ってるが本質が間違ってるので大差なし
89名無しさん@1周年:02/08/01 07:56
>>87
ご苦労さん!!
90名無しさん@1周年:02/08/01 08:02
器物損壊だね
91名無しさん@1周年:02/08/01 08:06
礼拝所不敬罪も加わるね
92名無しさん@1周年:02/08/01 08:38
>>75
毘沙門天って宗教なの?
どの宗派になるんだろう?
93名無しさん@1周年:02/08/01 16:30
十字架はただの木だ。これも一種の偶像崇拝だろ。
ぶっこわして何が悪い。だから今日の朝、早朝けりとばしてきたんだ。
わかったか、ボケ。
94名無しさん@1周年:02/08/01 16:33
十字架は「ここは教会ですよー」の目印だと
思うんだけど。場所や予算にゆとりなければ十字架おいてない
教会も多いし。正直モノとしてはどうでもいいんだが、
>>93のやったことは感心しませんよ。こら。
95名無しさん@1周年:02/08/01 16:37
誰も教会のてっぺんについてる十字架を破壊しとらん。
ってかあんな高いところにある十字架は物をなげるくらいしか
できん。入り口のところにある中くらいの十字架だ。
俺はブルースリーを超えた。
96名無しさん@1周年:02/08/01 16:42
>>95

ブルースリー越えてるんだったら屋根の上くらい上がれるだろ。
97ヨハン君 ◆uB/wIgFk :02/08/01 16:43
うちの教会って会堂の中には十字架ないよ♪
破壊されなくてよかった〜〜〜〜☆
98名無しさん@1周年:02/08/01 16:43
>>95

お前はブルースリーどころか尾崎豊すら超えていないということだ!
わかったか!
99名無しさん@1周年:02/08/01 16:46
まぼろしとリアルな気持ち感じていた〜
教会の十字架を壊してまわった〜 おーおうおーおう

>>95君はヤンキーですか?ヤンキーの罪もイエス様が
十字架の死で贖ってくださったのですよ。
10092:02/08/01 17:14
おまいら元気一杯っぽい
漏れの質問にも答えてけろ
101名無しさん@1周年:02/08/01 17:36
馬鹿野郎、尾崎はただの狂人だ。コンサートで高いところから
飛び降りて骨折なんてアホのすることだ。
でも助走つけての蹴りって結構威力あるよな。あんなに簡単に折れる
とはおもわんかった。まあ、それも俺がブルースリーを
超えてるならあたりまえのことだがな。

ちなみに俺はヤンキーじゃねー。東京6大のアホ学生だ。
そういえば親分はイエス様とかふざけたやくざ野郎が
いたな。腐れ野郎め。

安心しろ、俺は人への暴力は反対だ。物への暴力は
許す。
102名無しさん@1周年:02/08/01 17:39

困った司会者(1)

「献金の説明」のつもり

まだ(←注目)献金の意味のわからない方は、(献金の)籠を次の方に
回していただいても結構です。

(解説)「まだ」という言葉に「クリスチャンにならなくてはいけない」
という、司会者の一方的な「方向付け」を、新来者に押しつけている。
また、「意味のわからない」というのは、「私はわかっている」という
傲慢な考え方に基づいている。
そこには、神への本当の感謝はない。独りよがりなだけである。
俺が新来者だったら、失礼極まりないから即帰る。



103ヨハン君 ◆uB/wIgFk :02/08/01 17:57
104名無しさん@1周年:02/08/01 18:07
鞍馬寺は仏教の密教系だろう。>>103
>>92は佛教系のスレで聞いた方がいいね。
105名無しさん@1周年:02/08/01 18:09
>>101

ずばり、君は法政大学だ!

さあ、ニュー速板へ来たまえ。祭りをはじめよう。
106名無しさん@1周年:02/08/01 18:27
>>101 の祭りが始まりました。移動してください。

【器物】法政大生をどつこう【破損】
http://ex.2ch.net/test/read.cgi/entrance/1028188923/l50
107名無しさん@1周年:02/08/01 22:43
>>101 助走つけて骨折したんですか?
108名無しさん@1周年:02/08/02 04:38
うるせー、俺がわるいんじゃねー、十字架が悪いんだ。
今日さっき見に行ったら十字架が撤去されてた。
いつかまた同じ場所に十字架でもつくるのかな?
まあ、そんときは監視されてそうなんで同じ場所ではやらないと
思うが。
109名無しさん@1周年:02/08/02 10:41
>>108

血の気多いな。十字架が嫌いな君の所属はモルモン?統一?エホバ?どれよ。

統一:お返しに文鮮明どついたるから待っとれ。

エホバ:怪我したら出血多量で死ぬからやめときなさい。

モルモン:正直どうてもよい。
110名無しさん@1周年:02/08/02 11:17
>1
十字架がない教会を探すのが難しいぐらい、教会には、十字架あるね。
111名無しさん@1周年:02/08/02 18:21
正直俺みたいに十字架ぶっこわす人間は宗教もってないと
思うが。あえていうならオナニー教?
112名無しさん@1周年:02/08/02 22:36
>>109
相変わらず洗脳パペットが吼とる。
113名無しさん@1周年:02/08/03 00:03
>>110
それがイエスの恨みになっとる。
クリスチャンは有り難がっとるが、十字架に
かかった本人は痛かったで。

イエスにはイエスの計画も夢もあったやろう。
しかし、無知なユダヤ人がイエスをメシアと
知らずに殺した。それを有り難たがっとるクリスチャン。
こりゃ、本心がわかってもらえないイエスが可哀相や。
114名無しさん@1周年:02/08/03 00:21
>>113
恨み、恨みって韓国生まれの統一らしい考えだよな。
115名無しさん@1周年:02/08/03 00:25
1はエホバの証人?

やたら十字架を偶像崇拝と叫び狂ってるみたいだけど
116名無しさん@1周年:02/08/03 01:02
>>115
まともなクリスチャンですゥ〜
117名無しさん@1周年:02/08/03 02:02
>>116
どっからどうみても統一だろ。
118名無しさん@1周年:02/08/03 02:07
旧約で預言されとるだろ、ユダヤがメシアを受け入れなかったこと。

「イエスは神殿を3日で建て直すと言われた。それはご自身のことを
言われたのである」統一はこういう箇所をどう理解しとるねん。
119名無しさん@1周年:02/08/03 23:28
>>117
あんたもわかちゃいないね。
まともなクリスチャンは統一しかないっていうこと。
120名無しさん@1周年:02/08/04 00:15
age
121名無しさん@1周年:02/08/04 01:48
>>118
もう少し勉強してください。
イエスに関しては全く矛盾した預言がなされているのです。
例えば、コリント1ニ章8節はイエスの十字架が神の計画では
ないことを明確に言っているのです。
勿論、ヨハネ三章14節のようにイエスの十字架が必然のように
書かれている個所もある。

しかし、これはユダヤ民族がイエスを信じるかどうかは、神が
決めることではなく、彼等が決めることなので、イエスがユダヤ
民族に受け入れられた場合の預言と、そうでない場合のあい矛盾する
預言が聖書に書かれているのです。
122名無しさん@1周年:02/08/04 02:07

十字架なくして、復活なし
十字架と復活は表裏一体
十字架がなければ、死に打ち勝つ復活の命が現されることもなかった
123名無しさん@1周年:02/08/04 02:10
十字架の言葉は、滅びに至る人々には愚かであっても、
救いを受ける私たちには、神の力です。
コリント人への第一の手紙1章18節
124名無しさん@1周年:02/08/04 02:31
>>121
君は前後を無視して聖書を都合のいいように
解釈しすぎだよ。
しかもパウロ批判をしておきながら、もろパウロ
の手紙から引用している。
125名無しさん@1周年:02/08/04 03:34
>>124
これで、パウロが混乱していたことが分かるでしょう。
パウロの信仰は矛盾だらけなのです。
それを分からなければイエスの十字架の真の意義が
分かりません。イエスを十字架に掛けることが当然と
するのは、中東の風土から来ているのです。
全く普遍性も説得力もありません。
126名無しさん@1周年:02/08/04 03:40
>122
イエスの十字架の妥当性を信じるクリスチャンは、
クリスチャンでいる限り、イエスを十字架に掛けて
いることを知るべきだ。イエスの十字架上の悲しみ
も孤独も知らないクリスチャンは、愚かであり、
クリスチャンでいる価値がない。祈り求めよ。
イエスの悲しみと、孤独を。
127名無しさん@1周年:02/08/04 03:41
全然わかんねーよ。
128名無しさん@1周年:02/08/04 03:41
あ誤爆だすまんね
129名無しさん@1周年:02/08/04 03:53
十字架無しなら、救いもなし。
130名無しさん@1周年:02/08/04 05:05
>>126
分からないでしょう。
十字架が当然だと言う非情な人には…
>>129
あなたのような人がイエスを十字架に掛けた張本人です。
神の子を十字架に掛けてそんなにうれしいのですか?
131名無しさん@1周年:02/08/04 05:13
>>130 参考に。
★マルコ伝12:29 イエスは答えられた。
「一番たいせつなのはこれです。
『イスラエルよ。聞け。われらの神である主は、唯一の主である。
12:30 心を尽くし、思いを尽くし、知性を尽くし、力を尽くして、
あなたの神である主を愛せよ。』
★マタイ伝9:13 『わたしはあわれみは好むが、いけにえは好まない。』
とはどういう意味か、行って学んで来なさい。
わたしは正しい人を招くためではなく、罪人を招くために来たのです。
★へブル書7:27 ほかの大祭司たちとは違い、キリストには、
まず自分の罪のために、その次に、
民の罪のために毎日いけにえをささげる必要はありません。
というのは、キリストは自分自身をささげ、
ただ一度でこのことを成し遂げられたからです。
★ガラテヤ書3:13 キリストは、私たちのためにのろわれたものとなって、
私たちを律法ののろいから贖い出してくださいました。なぜなら、
「木にかけられる者はすべてのろわれたものである」と書いてあるからです。
3:14 このことは、アブラハムへの祝福が、
キリスト・イエスによって異邦人に及ぶためであり、
その結果、私たちが信仰によって約束の御霊を受けるためなのです。
★コリントα書13:4 愛は寛容であり、愛は親切です。
また人をねたみません。愛は自慢せず、高慢になりません。
13:8 愛は決して絶えることがありません。・・・。
13:13 こういうわけで、いつまでも残るものは信仰と希望と愛です。
その中で一番すぐれているのは愛です。
★レビ記19:18 復讐してはならない。
あなたの国の人々を恨んではならない。
あなたの隣人をあなた自身のように愛しなさい。わたしは主である。
★マタイ伝7:12 [ 黄金律 ]それで、何事でも、
自分にしてもらいたいことは、ほかの人にもそのようにしなさい。
これが律法であり預言者なのです。
132名無しさん@1周年:02/08/04 05:14
コリントT 1:21 事実、この世が自分の智恵によって神を知ることがないのは、
神の智恵によるのです。
★註 神の智恵:語彙はピスティスの変化形πιστευοντασピスティオンタスで、
グノーシス(知識)のいうピスティス・ソフィア。
1:20 που σοψοσ? 知者(ソフォス≒ソフィスト)は、どこにいるのですか?
★註 ソフィスト:ポリス時代のギリシアの政治を動かした詭弁家や技芸に秀でた人。
1:31 ινα καθωσ γεγραπται 
ο καυχωμενοσ εν κυριω καυχασθω.
まさしく、「誇る者は主にあって誇れ。」と書かれているとおりになるためです。
★註 ενエン:〜において(与格の前置詞) κυριωキュリオ:主(名詞)
133名無しさん@1周年:02/08/04 05:21
>>131 の大意。
キリスト教は、戒めに関しては、とってもシンプルな宗教です。
キリストを信じて救われなさい。神様と人間を愛しなさい。
自分を愛するように神様や{同じ国の}他人を同じように愛するわけです。
自分が浮気されると嫌だから、神様も奥さん(旦那さん)も{所属する国も}唯、一つな訳です。
でも一つだからといっても、
生きている縁で多数の付き合いや「幼長」の尊敬は他人にも必要なわけです。
また、奥さんは、姑さんからは娘でもあり、子供からは母でもあり、産み育ての力です。
神は父でもあり子でもあり聖霊なのです。

ユダヤ教{や新興宗教}の様に神や人と取引や行いを天秤に掛けた生き方だと、
{選ばれた人間なのに}律法を守らないと呪われ、悪魔は生まれつき人殺しであり、
{呪いや恨みを文化として}不幸を喜んで生きている宗教といわれる。
いらぬルール{おかしな約束}を守らせるのに人の寿命を縮め、命まで取る。
人の将来や孫子(まご・こ)まで賭け事に使う。という事です。
だから人気がない宗教なのです。{愛によって}人を生かして使う事が大切。
134名無しさん@1周年:02/08/04 05:38
マタイ:16:26 人は、たとい全世界を手に入れても、
まことのいのちを損じたら、何の得がありましょう。
そのいのちを買い戻すのには、人はいったい何を差し出せばよいでしょう。
ルカ: 9:25 人は、たとい全世界を手に入れても、
自分自身を失い、損じたら、何の得がありましょう。

ガラテヤ: 6:14 しかし私には、私たちの主イエス・キリストの十字架以外に
誇りとするものが決してあってはなりません。
この十字架によって、世界は私に対して十字架につけられ、
私も世界に対して十字架につけられたのです。

マタイ:10:39 自分のいのちを自分のものとした者はそれを失い、
わたしのために自分のいのちを失った者は、それを自分のものとします。
マタイ:16:25 いのちを救おうと思う者はそれを失い、
わたしのためにいのちを失う者は、それを見いだすのです。
マルコ: 8:35 いのちを救おうと思う者はそれを失い、
わたしと福音とのためにいのちを失う者はそれを救うのです。
ルカ: 9:24 自分のいのちを救おうと思う者は、それを失い、
わたしのために自分のいのちを失う者は、それを救うのです。
ルカ:17:33 自分のいのちを救おうと努める者はそれを失い、
それを失う者はいのちを保ちます。
ヨハネ伝:12:25 自分のいのちを愛する者はそれを失い、
この世でそのいのちを憎む者はそれを保って永遠のいのちに至るのです。
135名無しさん@1周年:02/08/04 05:40
>>130 への説明。
>>131-314を理由として、>>123 が成り立つ。
136名無しさん@1周年:02/08/04 06:30
>>134 十字架の生け贄をもって、ユダヤ教の旧約の契約を更新(新約)する根拠。

ヘブライ-10: 4 雄牛とやぎの血は、罪を除くことができません。
10: 5 ですから、キリストは、この世界に来て、こう言われるのです。
「あなたは、いけにえやささげ物を望まないで、わたしのために、からだを造ってくださいました。
10: 6 あなたは全焼のいけにえと罪のためのいけにえとで満足されませんでした。
10: 7 そこでわたしは言いました。
『さあ、わたしは来ました。聖書のある巻に、わたしについてしるされているとおり、
神よ、あなたのみこころを行なうために。』」
10: 8 すなわち、初めには、「あなたは、いけにえとささげ物、
全焼のいけにえと罪のためのいけにえ(すなわち、律法に従ってささげられる、
いろいろの物)を望まず、またそれらで満足されませんでした。」と言い、
10: 9 また、「さあ、わたしはあなたのみこころを行なうために来ました。」
と言われたのです。後者が立てられるために、前者が廃止されるのです。
10:10 このみこころに従って、イエス・キリストのからだが、
ただ一度だけささげられたことにより、私たちは聖なるものとされているのです。
10:11 また、すべて祭司は毎日立って礼拝の務めをなし、同じいけにえをくり返しささげますが、
それらは決して罪を除き去ることができません。
10:12 しかし、キリストは、罪のために一つの永遠のいけにえをささげて後、神の右の座に着き、
10:13 それからは、その敵がご自分の足台となるのを待っておられるのです。
10:14 キリストは聖なるものとされる人々を、一つのささげ物によって、永遠に全うされたのです。
137名無しさん@1周年:02/08/04 06:32
>>136 つづき。
・・・・・・。
10:24 また、互いに勧め合って、愛と善行を促すように注意し合おうではありませんか。
10:25 ある人々のように、いっしょに集まることをやめたりしないで、
かえって励まし合い、かの日が近づいているのを見て、ますますそうしようではありませんか。
10:26 もし私たちが、真理の知識を受けて後、ことさらに罪を犯し続けるならば、
罪のためのいけにえは、もはや残されていません。
10:27 ただ、さばきと、逆らう人たちを焼き尽くす激しい火とを、
恐れながら待つよりほかはないのです。
10:28 だれでもモーセの律法を無視する者は、
二、三の証人のことばに基づいて、あわれみを受けることなく死刑に処せられます。
138名無しさん@1周年:02/08/04 06:33
>>134 ガラテヤ: 6:14 しかし私には、
私たちの主イエス・キリストの十字架以外に
誇りとするものが決してあってはなりません。

ユダヤ教の土曜の安息日より、復活のあった日曜の主の日が大切。
キリスト教が、ユダヤ教の安息日の神聖を冒せるのは、
主イエス・キリストが安息日の主であり、
十字架からの復活の力によると予想される。

マタイ-12: 5 また、安息日に宮にいる祭司たちは
安息日の神聖を冒しても罪にならないということを、
律法で読んだことはないのですか。
12: 6 あなたがたに言いますが、ここに宮より大きな者がいるのです。
12: 7 『わたしはあわれみは好むが、いけにえは好まない。』ということが
どういう意味かを知っていたら、
あなたがたは、罪のない者たちを罪に定めはしなかったでしょう。
12: 8 人の子は安息日の主です。」
12: 9 イエスはそこを去って、会堂にはいられた。
139名無しさん@1周年:02/08/04 06:37
>>26 :釈迦の弟子 :02/07/27 10:00
>>136-138 のレス読んでからお読み下さい。

>どうして十字架が愛の象徴なのですか?
夏目漱石(なつめ・そうせき)の弟子の太宰治(だざい・おさむ)が、
ギリシアの昔話を元に創作した「走れメロス」のようなものです。
友のために自分を身代わり(担保)にして約束を果たす。彼らは死にませんでした。
十字架の意味は、人間のために旧約を新約に契約更新する担保であった。

>神様が愛の方ならどうして愛する我が子を十字架に送ったのですか?
人間は、エデンの園での神との約束を守らず、善悪を知る木の実を食べ、
善悪を知る律法によって罪の自覚や罪の基準を知るのみで、
神の約束なる御手から離れて(的はずれに罪を負って)有限の存在になりました。
有限なので、無限の神への罪滅ぼしの責任を果たせません。
神に誓ったところで、超能力で髪を白くも黒くも出来ない無能な存在です。
この世を造った無限の神が、
有限の人間の形をとるという受肉:じゅにく(籍身:せきしん)を行い、
信じる者が罪を赦して貰って天国(エデンの園とか庭)に戻れるよう、
十字架によって、全人類への贖罪としたわけです。

>やはり動物を平気で生贄にする遊牧民族と稲作民族の違いでしょうか?
やはり「人間」を平気で生贄にする「稲作」民族と「遊牧」民族の違いでしょうか?
洪水の際に稲のために河川敷の土手に、
干ばつの際に水を湛(たた)えるために池の縁に、
生きた人間を人柱(ひとばしら)にする民族です。
生け贄だろうが人柱だろうが土地神様(土地に縛り付けられた霊)だろうが、
どこでも知らない弱い騙されやすい人を犠牲にして、
こすい村や民族は生きている。
140名無しさん@1周年:02/08/04 08:41
>>1 :預言者 :02/07/27 02:49
>そもそも、イエス様は十字架にかかる為に来られたお方ではありません。
とうぜんに、イエス様は十字架にかかる為に来られたお方で「した」。
★受難の予告(三日目に復活する予告)
第一予告:マルコ8:31〜33(マタイ16:21〜23、ルカ9:22)
第二予告:マルコ9:30〜32(マタイ17:22〜23、ルカ9:43b〜45)
第三予告:マルコ10:32〜34(マタイ20:17〜19、ルカ18:31〜34)
†十字架がなければ、ぶどう酒とパンを飲み食いする儀式は成り立たない。
★聖体の制定(聖餐式・ミサ・聖体礼儀の由来)
マルコ14:22〜25(マタイ26:26〜29、ルカ22:15〜20、
Tコリント1:23〜25)

>天国を建設する為に来られたお方です。
★ヨハネ伝18:36 わたしの国は、この世に属していない。
★マルコ12:17 「皇帝のものは皇帝に、神のものは神に返しなさい」
★ヨハネ伝3:5〜8 肉から生まれた者は肉であり、『霊』から生まれた者は霊である。
★Tコリント15:44 自然の命の「体」があるなら、霊的な「体」もあります。
141名無しさん@1周年:02/08/04 08:42
>>1 :預言者 :02/07/27 02:49
>従来のパウロ神学は間違いです。
>十字架は神様とイエス様の恨みの対象です。
あなたの神様とは、どんな神を想像しているのか。
誰が何に恨むのか?恨み文化なのか?ユダヤは律法を間違う奴を呪う文化だ。
パウロ神学は、愛の文化だ。キリスト教はイエスを愛さない者を呪う文化だ。
呪う対象が違う。
★コロサイ1:15 おん子は目に見えない神の生き写し、
すべての造られたものに先だって生まれたかた。
★コロサイ1:18 おん子は教会という体の頭。
おん子は初めであり、死者の中から先立って生まれた方。
こうして彼はすべてにおいて先立つかたとなられた。
★Tコリント12:3 神の霊によって語る者は、
だれでも「イエズスはのろわれよ」とは言わないし、
また、聖霊によらなければ、だれも「イエズスは主である」と言うことはできません。
★Tコリント14:1 愛を求めなさい。
★Tコリント16:22 主を愛さない者がいるなら、その者にのろいあれ。
マラナ・タ〔主よ、来てください〕。
142名無しさん@1周年:02/08/04 08:44
>>1 :預言者 :02/07/27 02:49
>愛する神様がどうして、一人子イエスを人類を救済する為に生贄にするでしょうか?
>それは蛮人の発想です。
>それを信ずるクリスチャンも非情なる蛮人です。
★ヨハネ伝3:16 神は独り子をお与えになるほど、この世を愛された。
独り子を信じる者が一人も滅びることなく、永遠の命を得るためである。
★ガラテヤ3:13 キリストは、私たちのためにのろわれたものとなって、
私たちを律法ののろいから贖い出してくださいました。なぜなら、
「木にかけられる者はすべてのろわれたものである」と書いてあるからです。
★申命記21:22〜23 ・・・死刑・・・木につる・・された者は、
神にのろわれた者だからである。
★申命記27:26 「このみおしえのことばを守ろうとせず、
これを実行しない者はのろわれる。」民はみな、アーメンと言いなさい。
★ガラテヤ3:14 このことは、アブラハムへの祝福が、
キリスト・イエスによって異邦人に及ぶためであり、
その結果、私たちが信仰によって約束の御霊を受けるためなのです。
★Tコリント15:55 「死よ、おまえの勝利はどこにあるのか。」
★Tコリント15:56 死のとげは罪であり、罪の力は律法です。

>イエス様は生きて、天国を完成したかったのです。
>しかし、イエスを理解できなかったユダヤの民によって十字架にかかったのです。
天国(園・庭:ペルシア語のパラディソ=パラダイス)と、
御国(王国・支配地:ギリシア語のバシレイア=キングドム)は別です。
イエス様が説きも答えもしないのに、
生きて天国とかダビデの子と決めつけたのは、滅亡の愚民・愚衆です。
★マルコ11:1〜11 イエズスのエルサレム入り
(マタイ21:1〜17、ルカ19:28〜40、ヨハネ12:12〜19)
★マルコ12:35〜37 メシアはダビデの子か
(マタイ22:41〜46、ルカ20:41〜44)
★マルコ13:1〜8 エルサレム滅亡の預言
(マタイ24:1〜8、ルカ21:5〜11)
143名無しさん@1周年:02/08/04 09:07
>>1 :預言者 :02/07/27 02:49
>イエスの復活は神様の本来のご計画にはありませんでした。
>人類は今こそ悔い改めて再臨主を迎えるべきです。
★マルコ13:21 そのとき、あなたたちに、『見なさい、メシアはここにいる』、
『見なさい、あそこにいる』と言う者があっても、それを信じてはならない。
★マルコ13:22 偽メシアたち、または、偽預言者たちが現われ、
しるしや不思議なことを行って、できれば、選ばれた人たちを迷わそうとするであろう。
144名無しさん@1周年:02/08/04 09:08
>>1 :預言者 :02/07/27 02:49
★エレミヤ書-31:29 その日には、彼らはもう、
『父が酸いぶどうを食べたので、子どもの歯が浮く。』とは言わない。
31:30 人はそれぞれ自分の咎のために死ぬ。だれでも、酸いぶどうを食べる者は歯が浮くのだ。
31:31 見よ。その日が来る。――主の御告げ。――
その日、わたしは、イスラエルの家とユダの家とに、新しい契約を結ぶ。
31:32 その契約は、わたしが彼らの先祖の手を握って、エジプトの国から連れ出した日に、
彼らと結んだ契約のようではない。
わたしは彼らの主であったのに、彼らはわたしの契約を破ってしまった。――主の御告げ。――
31:33 彼らの時代の後に、わたしがイスラエルの家と結ぶ契約はこうだ。――主の御告げ。――
わたしはわたしの律法を彼らの中に置き、彼らの心にこれを書きしるす。
わたしは彼らの神となり、彼らはわたしの民となる。
31:34 そのようにして、人々はもはや、『主を知れ。』と言って、おのおの互いに教えない。
それは、彼らがみな、身分の低い者から高い者まで、わたしを知るからだ。――主の御告げ。――
わたしは彼らの咎を赦し、彼らの罪を二度と思い出さないからだ。」
★エゼキエル書-16:59 まことに、神である主はこう仰せられる。
わたしはあなたがしたとおりの事をあなたに返す。あなたは誓いをさげすんで、契約を破った。
16:60 だが、わたしは、あなたの若かった時にあなたと結んだわたしの契約を覚え、
あなたととこしえの契約を立てる。
16:61 わたしが、あなたの姉と妹とを選び取り、あなたとの契約には含まれていないが、
わたしが彼女たちをあなたの娘としてあなたに与えるとき、
あなたは自分の行ないを思い出し、恥じることになろう。
16:62 わたしがあなたとの契約を新たにするとき、あなたは、わたしが主であることを知ろう。
16:63 それは、わたしが、あなたの行なったすべての事について、あなたを赦すとき、
あなたがこれを思い出して、恥を見、
自分の恥のためにもう口出ししないためである。――神である主の御告げ。――」
★ヘブル書12:24 さらに、新しい契約の仲介者イエス、
それに、アベルの血よりもすぐれたことを語る注ぎかけの血に近づいています。
145名無しさん@1周年:02/08/04 09:09
>>1 :預言者 :02/07/27 02:49
★申命記12:30 よく気をつけ、彼らがあなたの前から根絶やしにされて後に、
彼らにならって、わなにかけられないようにしなさい。
彼らの神々を求めて、「これらの異邦の民は、どのように神々に仕えたのだろう。
私もそうしてみよう。」と言わないようにしなさい。
12:31 あなたの神、主に対して、このようにしてはならない。
彼らは、主が憎むあらゆる忌みきらうべきことを、その神々に行ない、
自分たちの息子、娘を自分たちの神々のために、火で焼くことさえしたのである。
12:32 あなたがたは、私があなたがたに命じるすべてのことを、守り行なわなければならない。
これにつけ加えてはならない。減らしてはならない。
13: 1 あなたがたのうちに預言者または夢見る者が現われ、あなたに何かのしるしや不思議を示し、
13: 2 あなたに告げたそのしるしと不思議が実現して、
「さあ、あなたが知らなかったほかの神々に従い、これに仕えよう。」と言っても、
13: 3 その預言者、夢見る者のことばに従ってはならない。
あなたがたの神、主は、あなたがたが心を尽くし、精神を尽くして、
ほんとうに、あなたがたの神、主を愛するかどうかを知るために、
あなたがたを試みておられるからである。
13: 4 あなたがたの神、主に従って歩み、主を恐れなければならない。
主の命令を守り、御声に聞き従い、主に仕え、主にすがらなければならない
★申命記6:4 聞きなさい。イスラエル。主は私たちの神。主はただひとりである。
★申命記6:5 心を尽くし、精神を尽くし、力を尽くして、あなたの神、主を愛しなさい。
★申命記6:6 私がきょう、あなたに命じるこれらのことばを、あなたの心に刻みなさい。

【 新約聖書 改訂版 フランシスコ会聖書研究所訳注 中央出版社 】
【 旧約聖書 新改訳 引照・注付 日本聖書刊行会 】
146名無しさん@1周年:02/08/05 08:23
>>140-145 長文連続投稿 めっちゃウザイです。
147名無しさん@1周年:02/08/05 22:05
パウロはイエスの十字架が理解できなかったので、
十字架を正当化する為に、『「イエスの十字架」が神の
計画だった』ことを無理やりこじつけたことを知るべきです。
イエスに祈ってみれば、十字架が神の計画ではなかった
ことが分かります。概ね、いまのクリスチャンは祈らない
ので、イエスの真意が分からないのです。

神はイエスが生きて神のご計画をまっとうされることを願って
おられたのです。即ち、イエスが結婚し、家庭を創り、
その「イエスの家庭」を中心に神の血統を永久に残したかったのです。
しかし、それがならなかったから、イエスは再び来ると言われたのです。
イエスの十字架で神の計画が完結しているのなら、イエスは再び
来る必要はありません。
148Missin'You:02/08/05 22:07
きもちわりぃコトを長々と書くな。
キリストおたくめ
149名無しさん@1周年:02/08/05 22:10
>>146
青年!
「ウザイ」という、おかしな日本語でレスするのは、
自らの単細胞を晒すだけです。もう少し、冷静に理知的に
レスされてはいかがかな。
150名無しさん@1周年:02/08/05 22:14
>>147
麦のたとえは読みましたか?それらを理解しているならば、
あなたのような誤った解釈は生まれないはずなのです。

偽預言者の惑わしに気をつけなされ。
151╋ ◆JESUS.eI :02/08/05 23:04
十字架はキリスト教会の目印です。
152Missin'You:02/08/05 23:05
>>151
それがどうした。
今更そんなことを主張して何になる
153名無しさん@1周年:02/08/05 23:12
 初歩のルールも分からんどあほう >>152
154名無しさん@1周年:02/08/06 00:50
>>152
単なる目印で、十字架には意義が
ないのですか?
155名無しさん@1周年:02/08/06 00:55
>154
152でないが、言わしてもらうと、
言葉だけでは伝えられないものも
あるだろう。そこに意義があると
思う。

156名無しさん@1周年:02/08/06 06:03
>>147 :名無しさん@1周年 :02/08/05 22:05
>パウロはイエスの十字架が理解できなかったので、十字架を正当化する為に、
>『「イエスの十字架」が神の計画だった』ことを無理やりこじつけたことを知るべきです。

マルコ・マタイ・ヨハネ・へブル書の著者は、パウロでありませんが、見解は同じです。
「死刑になった」ので「神の計画」でないという発想は、キリスト教徒ではないでしょう。
イエス自身が自分が地上の革命で王や大祭司になるために、
叛乱にしくじって死刑になったわけではない。
マタイ:16:26・・・たとえ全世界を手に入れても・・・の聖句がそれを示している。
そして、マタイ:10:39ヨハネ伝:12:25のように・・・自分のいのちを愛する者はそれを失い、
のように、強盗のような自分のために死ぬのではなく、
メシア(ユダヤ王)として他人のために死んだわけなので、
レビ記19:18・・・あなたの国の人々を恨んではならない。・・・
で、十字架上で同国人のユダヤ人を呪わず、
へブル書7:27やヘブル10:4のように、
この世の大祭司のように毎日いけにえの雄牛とやぎの血を捧げても、
罪を除くことができません。ので、自らを捧げて、まさしく、
ヨハネ伝:12:25・・・この世でそのいのちを憎む者はそれを保って永遠のいのちに至る・・・
マタイ伝9:13 『わたしはあわれみは好むが、いけにえは好まない。』ようにしたのです。

初代総長のイグナチオ・デ・ロヨラは、
・・・たとえ全世界を手に入れても・・・の聖句をもって、
フランシスコ・ザビエルを口説き落としてイエズス会に入会さました。
彼ら2人は、スペイン北部のナバラ王国の貴族であり、
自分持ちの城を持ち騎士であり、フランス王国とも戦った武勇があるのに、
身分を捨て修道士になったのですから、
まさしく・・・たとえ全世界を手に入れても・・・であったわけです。
参照箇所は皆パウロ書簡以外ですし、死刑は、神の計画でないは、
少なくとも信仰心を持つ2000年来のキリスト教徒の発想ではありません。
157名無しさん@1周年:02/08/06 06:07
>>147 :名無しさん@1周年 :02/08/05 22:05
>神はイエスが生きて神のご計画をまっとうされることを願っておられたのです。
★ヨハネ伝18:36 わたしの国は、この世に属していない。
★マルコ12:17 「皇帝のものは皇帝に、神のものは神に返しなさい」
★ヨハネ伝3:5〜8 肉から生まれた者は肉であり、『霊』から生まれた者は霊である。
★聖体の制定(聖餐式・ミサ・聖体礼儀の由来)
マルコ14:22〜25(マタイ26:26〜29、ルカ22:15〜20、
Tコリント1:23〜25)からいって、生きて全うは、あり得ない。

>>147 :名無しさん@1周年 :02/08/05 22:05
>即ち、イエスが結婚し、家庭を創り、
>その「イエスの家庭」を中心に神の血統を永久に残したかったのです。
>しかし、それがならなかったから、イエスは再び来ると言われたのです。
中世アルビ派異端の発想だね。マグダラのマリアとイエスの聖家族という発想。
グノーシス文書では洗礼者ヨハネの首切りのサロメと同じベットに寝たと騒ぎだった。
あまり性愛的発想で、人を助ける意味での愛のキリスト教徒の本来の考え方ではない。
意味の違う「愛」だな。

>イエスの十字架で神の計画が完結しているのなら、イエスは再び来る必要はありません。
死を滅ぼし、裁くために来る。全人類は、まだ息がある。死が訪れるまで完成はない。
158名無しさん@1周年:02/08/06 06:08
>>147 :名無しさん@1周年 :02/08/05 22:05
アテナイの毒杯をあおいで、
悪法もまた法、都市国家の市民として法に従い、
ソクラテスの「真理のために死刑になる。」

走れメロスのように、
「友のため愛する者のために、身代わりになる。」
というギリシア人にもある、法や愛を、
キリスト教を理解する上で、君は理解していない。
159名無しさん@1周年:02/08/06 06:45
>>157
弟子の一人のサロメ
160名無しさん@1周年:02/08/06 06:50
>>147
贖罪、救済、それぞれの意味、知ってる?
161名無しさん@1周年:02/08/06 08:12
十字架って、単なる目印かと思ってたけど、要は
信仰告白なんだよね。教会の。このスレ見てそう思った。

自分自身がイエスを十字架にかけ、イエスの復活に預かったことを常に告白してる
んだね。
162名無しさん@1周年:02/08/06 08:13
「わたしはよみがえりです、いのちです。」
1631さんへ:02/08/06 08:16
1が1で言ってること自体は現代の聖書学であたりまえのことで
取りあたって別に新しくもない主張で、「だからなに?なんで今
さらそんなことを言ってるの?」程度のものだ。

1641さんへ (2):02/08/06 08:17
結婚云々は、親の希望で子どもは結婚すると いうのも変な
ことだし、結婚を絶対化しているのもおかしい。 しかも血統
云々、そんな考えが世界のあちこちで差別を生む。


165146:02/08/06 08:17
>>157 少し改善されてます。関心関心。
今回のように聖句紹介のあとご自身の感想を付け加えてくれる投稿は好きです。
1661さんへ (3):02/08/06 08:17
さらにだれかも言っていたが、「イエスが結婚してなかった」
なんてこと聖書のどこにも書いていない。それゆえ、聖書から
イエスは結婚していなかったという結論は導き出せない。

1671さんへ (4):02/08/06 08:18
結婚がもし1が主張するほど祝福であるならばイエスが結婚して
いようと性行為していようと全く問題ない。むしろすばらしい。
それを問題あると見る、またはイエスは当然結婚していなかった
と結論付ける人のほうが結婚や性行為にやましい思いをもってみて
いる人とは言えないだろうか。

以上でございまーす

168名無しさん@1周年:02/08/06 09:09
自分が罪にあってすでに死んだものであるという、信仰告白。
考えてみれば当たり前だけど、なるほどです。<十字架
169╋ ◆JESUS.eI :02/08/06 10:32
>>154
「単なる」なんて付け加えると意味が違ってきてしまいます。
170名無しさん@1周年:02/08/06 10:52
イエスは進んで捕らえられました。そうでなければ、誰もイエスを逮捕
することなどできませんでした。
統一協会はちゃんと聖書読んでるかえ?

-----

偽りの弟子ユダは、二種類の人々、政治的な者たちと宗教的な者たちと共にやっ
て来ました。兵卒たちは政治的な者たちであり、祭司長やパリサイ人からの代理
人は宗教的な者たちでした。宗教的世界は政治的世界と共に働いて、命の主を殺
そうとしました。しかしながら、彼らが主を見つけ出したのではありませんでし
た。主が彼らに来られたのでした。主が祈っておられた時に、兵卒たちが主の所
に来て主を捕らえたのではありません。違います。イエスが行って彼らに会われ
たのです。

彼らは、「わたしである」というこの言葉に驚きました。それは「エホバ」とい
う名の意味です。これは、彼らが来て逮捕したその方が、神なるエホバであった
ことを示します。「エホバ」という名は、「わたしはある」を意味します。主イ
エスは、大いなる「わたしはある」です。第8章24節で主はユダヤ人に、「あな
たがたは、『わたしはある』を信じないなら、自分の罪の内に死ぬ」と告げられ
ました。言い換えれば、もし彼らが、イエスがエホバ、神であることを信じない
なら、自分の罪の内に死ぬ、ということです。ユダヤ人はこれを聞きました。そ
して再びそれを聞いた時、彼らは恐れのあまり地に倒れたのです。

もし主が進んで死のうとされなかったなら、だれも主を捕らえることはできなか
ったでしょう。主がただ一言、語るだけで、主を逮捕しようとする者は死んでし
まったでしょう。もし主が進んで捕らえようとしなかったなら、彼らはどうして
主を逮捕することができたでしょう? これは、主が命の主であること、主は進
んで死に、ご自身を命として解き放そうとしておられたことを証明します。
171Missin'You:02/08/06 10:53
>>170
きもちわりぃ
172名無しさん@1周年:02/08/06 10:59
>>171

聖典をよむというのはこうゆう風です。
厨房め。
173Missin'You:02/08/06 11:01
>>172
工房だ。
174名無しさん@1周年:02/08/06 11:04
>>173

夏休みか。部活はどうした。
175Missin'You:02/08/06 11:05
>>174
休みだ。帰宅部ではない。
176名無しさん@1周年:02/08/06 11:06
聖書研究部です
177名無しさん@1周年:02/08/06 11:07
>>175

貴重な休みに2ちゃんねる。それで本当にいいと思っているのか?
178Missin'You:02/08/06 11:09
>>177
塾に行くまで暇なだけだ。
正直、自分でもあまり良いとは思っていないのだが…
179名無しさん@1周年:02/08/06 11:15
ここまでのまとめ

>>26,39,43,50,59,126,147 などは、奇異に感じられる意見ですが、
異教統一教会の統一原理では真理とされています。

統一教会信者は次のように教えられ、マジで信じています。
○イエスは摂理を成し遂げる前に捕えられ、殺された。
○イエスの父親はザカリアである。
○イエスは霊的に(霊人体が)復活しただけである。
○文鮮明師はイエスから摂理引継を要請されて再臨主になった。
○信者は文鮮明師から祝福を受けて神の血統を天につなぐのだ。
○霊界の共通語は韓国語。韓国語を喋れない者は霊界でおしになる。
○イエスは文鮮明氏によって祝福を受け結婚した。
○イエスは霊界で釈迦やムハンマドといっしょに統一原理を学んでいる。

文鮮明は「(キリスト教に)イエス様の恨である十字架を外させろ」と信者に
指令を出したり、つい先日はアメリカの主な新聞各紙に「文鮮明師は再臨主
である」という広告を載せたりして、このところなんだか焦っています。
180三ツ矢:02/08/06 11:27
話の途中経過はよく分からないけど、
旧約聖書にはメシヤは受難し殺されるってあるじゃん。
特にイザヤ書なんかに。
イェス様はその成就なんじゃないの?
だから全人類のいけにえとなって十字架で死なれたのでは?

神様は愛のお方ですが同時に正義のお方です。
だから罪は罪でやっぱり罰せずには置けない
それが十字架では?
181名無しさん@1周年:02/08/06 11:27
摂理を成し遂げる前に 死ぬのかな 文鮮明
それともオンナノコとたくさんエッチしたからもう満足かな?
182福音派クリスチャン:02/08/06 14:40
>愛する神様がどうして、一人子イエスを人類を救済する為に生贄にするでしょうか?
>それは蛮人の発想です。
>それを信ずるクリスチャンも非情なる蛮人です。
旧約においては神と和解するには動物の生贄が必要でした。
それはイエスの十字架による贖いの予型です。
旧約の過越しの祭り存じですか?
イエスが十字架につけられた日は過越しの祭りでした。
ですからイエスの十字架なくしては救いはありません。
動物の生贄による神との和解は現在は不可能です。なぜなら神殿の中でしか出
来ません。だからイエスの十字架が必要でした。
183名無しさん@1周年:02/08/06 20:15
>183
そうね、日本正教のリトゥルギア(奉神礼:正教風礼拝)では、
「ヤキマツリ」と「三時課」にも唱えて出てくる。
184名無しさん@1周年:02/08/06 20:33
「この世の支配者たちのうちで、この知恵を知っ
ていた者は、ひとりもいなかった。もし知って
いたなら、栄光の主を十字架につけなかったであろう」
コリント1ニ章8節
185名無しさん@1周年:02/08/06 21:48
age
186名無しさん@1周年:02/08/06 22:00
>>184
2: 3 あなたがたといっしょにいたときの私は、弱く、恐れおののいていました。
2: 4 そして、私のことばと私の宣教とは、
説得力のある知恵のことばによって行なわれたものではなく、御霊と御力の現われでした。
2: 5 それは、あなたがたの持つ信仰が、人間の知恵にささえられず、
神の力にささえられるためでした。
2: 6 しかし私たちは、成人の間で、知恵を語ります。
この知恵は、この世の知恵でもなく、この世の過ぎ去って行く支配者たちの知恵でもありません。
2: 7 私たちの語るのは、隠された奥義としての神の知恵であって、
それは、神が、私たちの栄光のために、世界の始まる前から、あらかじめ定められたものです。

2: 8 この知恵を、この世の支配者たちは、だれひとりとして悟りませんでした。
もし悟っていたら、栄光の主を十字架につけはしなかったでしょう。

2: 9 まさしく、聖書に書いてあるとおりです。
「目が見たことのないもの、耳が聞いたことのないもの、
そして、人の心に思い浮かんだことのないもの。
神を愛する者のために、神の備えてくださったものは、みなそうである。」
2:10 神はこれを、御霊によって私たちに啓示されたのです。
御霊はすべてのことを探り、神の深みにまで及ばれるからです。
2:11 いったい、人の心のことは、その人のうちにある霊のほかに、だれが知っているでしょう。
同じように、神のみこころのことは、神の御霊のほかにはだれも知りません。
2:12 ところで、私たちは、この世の霊を受けたのではなく、神の御霊を受けました。
それは、恵みによって神から私たちに賜わったものを、私たちが知るためです。
2:13 この賜物について話すには、人の知恵に教えられたことばを用いず、
御霊に教えられたことばを用います。その御霊のことばをもって御霊のことを解くのです。
--------------------------------------------------------------------------------
187名無しさん@1周年:02/08/06 22:26
★ルカ伝-11:48 そのようにして、あなたがたは、自分の先祖のしたことの証人となり、それを認めています。
なぜなら、あなたがたの先祖が預言者たちを殺し、あなたがたがその墓を建てているからです。
11:49 だから、【 神の知恵 】もこう言いました。『わたしは預言者たちや使徒たちを彼らに遣わすが、
彼らは、そのうちのある者を殺し、ある者を迫害する。
11:50 それは、アベルの血から、祭壇と神の家との間で殺されたザカリヤの血に至るまでの、
世の初めから流されたすべての【 預言者の血の責任 】を、この時代が問われるためである。
そうだ。わたしは言う。この時代はその責任を問われる。』
★ロマ書:11:33 ああ、【 神の知恵 】と知識との富は、何と底知れず深いことでしょう。
そのさばきは、何と知り尽くしがたく、その道は、何と測り知りがたいことでしょう。
11:34 なぜなら、だれが主のみこころを知ったのですか。
また、だれが【 主のご計画 】にあずかったのですか。
11:35 また、だれが、まず主に与えて報いを受けるのですか。
11:36 というのは、すべてのことが、神から発し、神によって成り、神に至るからです。
どうか、この神に、栄光がとこしえにありますように。アーメン。
188名無しさん@1周年:02/08/06 22:28
★Tコリント- 1:17 キリストが私をお遣わしになったのは、バプテスマを授けさせるためではなく、
福音を宣べ伝えさせるためです。
それも、キリストの【 十字架がむなしくならないため 】に、
【 ことばの知恵 】によってはならないのです。
1:18 【 十字架のことば 】は、滅びに至る人々には愚かであっても、
救いを受ける私たちには、神の力です。
1:19 それは、こう書いてあるからです。
「わたしは知恵ある者の知恵を滅ぼし、賢い者の賢さをむなしくする。」
1:20 知者はどこにいるのですか。学者はどこにいるのですか。この世の議論家はどこにいるのですか。
神は、この世の知恵を愚かなものにされたではありませんか。
1:21 事実、この世が自分の知恵によって神を知ることがないのは、【 神の知恵 】によるのです。
それゆえ、神はみこころによって、【 宣教のことば 】の愚かさを通して、
信じる者を救おうと定められたのです。
1:22 ユダヤ人はしるしを要求し、ギリシヤ人は知恵を追求します。
1:23 しかし、私たちは【 十字架につけられたキリスト 】を宣べ伝えるのです。
ユダヤ人にとってはつまずき、異邦人にとっては愚かでしょうが、
1:24 しかし、ユダヤ人であってもギリシヤ人であっても、
召された者にとっては、キリストは神の力、【 神の知恵 】なのです。
1:25 なぜなら、神の愚かさは人よりも賢く、神の弱さは人よりも強いからです。
189名無しさん@1周年:02/08/06 22:30
★★★ 結論 ★★★
>>184
●命題●
2: 8 【 この知恵 】を、この世の支配者たちは、だれひとりとして悟りませんでした。
もし悟っていたら、栄光の主を十字架につけはしなかったでしょう。
●答え●
この世の支配者が【 この知恵 】【 神の知恵 】を知らず、
【 預言者の血の責任 】を負い、この世の【 ことばの知恵 】で十字架にかけた。
【 主のご計画 】は【 十字架のことば 】という形で【 神の知恵 】を語った。
【 十字架がむなしくならないため 】に【 十字架につけられたキリスト 】を、
【 神の知恵 】で【 十字架のことば 】という【 宣教のことば 】の愚かさを通して、
信じる者を救おうと定められたのです。
190名無しさん@1周年:02/08/06 22:45
罪は、「知性」を通して人の中に入り込みました。
罪からの救いの、十字架の福音が人の知性に対して愚かであるように用意されてい
るのは、このためです。
191名無しさん@1周年:02/08/06 22:48
もし、イエスの十字架の路程が、神が本来予定
された路程であったならば、彼は当然行くべき
道を歩んでいることになり「わが父よ、もしで
きることでしたらどうか、この杯をわたしから
過ぎ去らせてください」(マタイ二六.39)
と、三回も祈祷されたでしょうか?
192名無しさん@1周年:02/08/06 22:49
>>189
???
193名無しさん@1周年:02/08/06 23:05
>>192
この世の支配者は、神の知恵がないので十字架につけた。
神はこの世の支配者に知恵がないとお見通しで、
十字架のことばによって信じる者を救う、神の計画を立てた。

イエズスが十字架という杯を遠ざけるのは人性による苦しみであった、
神性は贖罪と救いのために甘んじて十字架を受けた。
エリエリレマサバクタニの言葉も人性だと思う。

十字架上のロンギヌスの槍による水と血は証を立てる神性であり、
救いの象徴としての洗礼の水と契約の聖餐のブドウ酒である。
肉であるパンは教会の聖徒を表わしている。と思っている。
ブドウ酒とパンを食べるに相応しい懺悔告白をする。
十字架にかかる前に香油を塗る象徴が、
クリスチャン(油注がれし者たち)になる堅信の十字の塗油。
(教会の見解でなく私見。)
194名無しさん@1周年:02/08/06 23:08
>>191

結局神が用意された道筋だから、その通りに
なったんだしょ。
195名無しさん@1周年:02/08/06 23:20
>>194
だったら、イエスは「わが父よ、もしで
きることでしたらどうか、この杯をわたしから
過ぎ去らせてください」(マタイ二六.39)
と祈らないでしょう。
196名無しさん@1周年:02/08/06 23:27
>>193
>イエズスが十字架という杯を遠ざけるのは人性による苦しみであった、
>神性は贖罪と救いのために甘んじて十字架を受けた。
>エリエリレマサバクタニの言葉も人性だと思う。

都合の言い解釈ですね。
ある時はイエスは神の子であり、神ご自身だと言いながら、
杯やエリエリレマサバクタニの場面はイエスの人性を持ち出すのですか。
イエスが十字架が彼の宿命と知っていたなら、喜んで十字架に
かかったはずです。今からでも遅くありません、イエスにそこのところ
祈って聞いてみてください。もし、あなたが真のクリスチャンなら…
こんな話し誰も納得しませんよ。


197名無しさん@1周年:02/08/06 23:33
>>195
なんでいつも前後を無視して引用するの。
わが父よ、もしできることでしたらどうか、
この杯をわたしから過ぎ去らせてください」
(マタイ二六.39)
この次に「しかし、わたしの思いではなく、
みこころのままになさってください。」
こうあるでしょ。で、このイエスの苦悩と
神のみこころは、イザヤ五十三:10に、
「しかも彼を砕くことは主のみ旨であり、主は
 彼を悩まされた。」というのが成就するため。
198名無しさん@1周年:02/08/07 00:03
>>197
「しかし、わたしの思いではなく、
みこころのままになさってください。」

みこころなら、イエスの
「わが父よ、もしできることでしたらどうか、
この杯をわたしから過ぎ去らせてください」
(マタイ二六.39)
は余計な言葉ではないですか。

イエスが本当に十字架がみこころであると言うことを、
十字架の直前まで知らなかったのですか?
みこころなら最初から知っていたはずです。
さぞ十字架が待ち遠しかったことでしょう。

199名無しさん@1周年:02/08/07 00:05
神の人性と神性なのですね。
200名無しさん@1周年:02/08/07 00:12
>>196
イエスは真の人であり、神です。
祈りにおいてはイエスは真の人です。
それは祈りの本質です。

別に都合のいい解釈でもなんでもないんだーよ。
201名無しさん@1周年:02/08/07 00:14
造られず生まれ、神と一体なのです<イエス・キリスト
202名無しさん@1周年:02/08/07 01:24
>>198
何もわかってないね。
そのずっと以前にイエスはマタイ17:22などのように
殺されて三日目によみがえるってすでに言ってるでしょう。
ただ肉体がある以上は、苦しみや苦痛は避けられない事
でしょう。聖書ではよく産みの苦しみというけれど、苦し
みがあるからこそ新しい喜びもあるんだよ。
その避けられない苦しみに対する苦悩を、「わが父よ、もし
できることでしたらどうか、この杯をわたしから過ぎ去らせてください」
と言いあらわしてるんでしょう。
203モズレム:02/08/07 02:04
>>202
何故、固陋で石頭の一部のクリスチャンは、イエスの
十字架を必然と取るのか不思議だ。全知全能の神が
我が子を殺すことによってしか、人類を救うことが
出来ないというのが、分からない?

他にいくらでも方法があっただろう?
蘇るったって、肉体の蘇りではないだろう。
この辺が、クリスチャンのいい加減なところだ。
204名無しさん@1周年:02/08/07 02:12
前に時代劇がなんかで見たな。
侍の「処刑具を崇拝するとは、奇妙な宗教だ。」のセリフが印象的だった。
205名無しさん@1周年:02/08/07 02:40
>>203
はぁ〜結局統一はいつもこうだよな。
文鮮明がメシアと言う方がよっぽど
理解に苦しむのに。

206モズレム:02/08/07 03:33
>>205
なんでも統一で納得する単細胞。
モズレムはイエスの十字架の救済を信じない。
また、クリスチャンでも十字架に疑問を持っている
人達が多くいることを認識すべきだ。
>>204
その直感は当たっているよ!!
207名無しさん@1周年:02/08/07 04:29
>>201 はずれ
被造物の「はじめ」である方<イエス・キリスト
208名無しさん@1周年:02/08/07 06:25
生きたイエスを知らないパウロは、
イエスの十字架を正当化する為に、
あらゆるこじ付けをしたことを
知るべき。
209名無しさん@1周年:02/08/07 06:55
うがった見方なのであるが、
復活の遺体(肉体)が墓にない事件は、
事前に、総督ポンティオ・ピラトの妻(プロクラ)と、
議会の長老のアリマタヤのヨセフやニコデモの作戦では、
なかったのではないかと。

@総督の兵士で墓の門番をするメンバーを前もって抱き込んで、
A墓に安置したのを自分たちの仲間以外の他人にあらかじめ見せておき、
B仲間以外が居なくなった安息日の土曜あたりに遺体を持ち出して隠し、
C日曜の朝で朝焼けのキツい時になったら白い衣の者を登場させて、
D何かデカイ音を立てさせて門番を死んだ振りタヌキ寝入りさせて倒れる演技で、
Eマグダラのマリヤやサロメ達を騙して復活したと信じ込ませて、
Fペテロ達に言わさせた事件ではないのかと。

人は見た事実を、事の経緯もわからず、
勘違いでも人に「確信を持って言い触らす」行動を取る事がある。
マグダラのマリアは「ウソ吐かない評判の女」なので、
それでは「遺体のない事件」は復活に違いない。と、
確信を持ってイエスの仲間達が言い触らして、
復活騒ぎがユダヤ中に発展していったのではないかと。

または、総督の妻のプロクラと女弟子マグダラのマリアの、
マッチポンプの女達のウソ話が、こじれて復活騒ぎかもしれない。
210名無しさん@1周年:02/08/07 07:09
別の話。逆に被害は本当だったがミンナはウソと言って取り合わない例。

@丸の内のOLに流行ったブラジルでアタシは見た「ウシ女騒ぎ」の真偽と同じかもな。
ブラジルに旅行に行ったときに、ふとした弾みで風俗街だかに行かされたが、
手足や舌を切られて裸で見せ物にされていたアジア系の女と思われる人物が、
以前失踪したと噂の知り合いのOLの顔そっくりの犠牲者を明らかに見たのだが、
誰も助けようとしない。助けられないから、ウソ話だろうといって逃げる、とかな。
Aマレーシアで新婚旅行中、花嫁が失踪。皆ウソ話といって取り合ってくれなかった。が、
数年後マレーシア関係者から、ヤクザだか風俗の話の垂れ込みが花婿の家族側にあって、
拉致された新妻がアキレス腱切られて逃げ出せずマレーシアで売春させられていたのを発見、
裏金だか裏取引で日本に連れ帰れた。っていうのもあった。
外務省も警察も失踪者の住民票とか戸籍とか文書上の処理もせず、
海外の外国警察との捜索の協力など助けず放置していたというぞ。
B韓国やアメリカやオーストラリアで日本語堪能なので日本男と間違えた日本女が、
日本語堪能の相手は実は朝鮮男で騙され強姦で、地元の警察に訴えたが、ウヤムヤとか。

とにかく日本女は海外では騙しが利き警戒心無し反撃無しで笑い者だとか、不愉快な話が多い。
211名無しさん@1周年:02/08/07 07:13
別件。事件があった。のだけわかるが、因果関係がウソ話か本当かわからない例もある。

日本国内でも日本男が中国人のヤクザか蛇頭と思われる一人に、
中国語で言い掛かりをつけられ、
ひとり相手なはずなのに、いつの間にかパッと十数人がどこからともなく集まってきて、
殴る蹴るなど遭い身ぐるみ剥がれ、あまりの怖さに周囲の圧倒的多数の日本人は誰も助けず、
警邏の警察(数人)が発見するが、
蜘蛛の子散らしたように逃げ、すぐには捕まえられない。とか。

入国管理の役人と地元自治体の住人と警察官が、
土地の管理と相互通報と対処法を考えず治安維持の努力がない。と言うことだな。

とにかく中国や朝鮮は危ない。すり替え・ウソ・拉致・証拠隠滅・何でもありだから。
朝鮮人の場合は「作戦」があるので、尻尾掴むと芋ずる式にバレルらしいが、
中国人はデタラメで、横のつながりが有るようで無く、事件のソノ時の気分で、
味方して暴行に加わったり、盗みだけ参加とか、通りかかっただけ、
見張りだけ、いや野次馬でした。とか、
状況次第で味方で知り合いだったり敵で他人で関係ないと言ったりで、
証言をコロコロ変えるので、捜査が上手く行かない。らしい。
さすが、便衣隊や八路軍の国の人達で、苛立って中国人ならミンナ犯人。とか、
虐殺まねく性格だと思った。
212名無しさん@1周年:02/08/07 07:26
イエスの遺体はエルサレムの郊外に偽名を使った墓の中で
いまも密かに眠っているそうだ。
イエスがある霊通した人に教えたそうだ。
これが見つかれば、史上最大の発見になることは
間違いない。
213名無しさん@1周年:02/08/07 09:32
>>207
はずれって言われても・・・ニケア信教なんですけど…
214Missin'You:02/08/07 09:38
>>212
聖骸布(漢字あってたかな?)とやらはどうなんだ?

〜 小さい者にも、大きい者にも、富んでいる者にも、貧しい人にも
  自由人にも、奴隷にも、すべての人々にその右の手かその額かに、
  刻印を受けさせた。

  また、その刻印、すなわち、あの獣の名、またはその名の数字を
  持っている者以外は、だれも、買うことも、売ることもできない
  ようにした。

  ここに知恵がある。思慮のある者はその獣の数字をかぞえなさい。
  その数字は人間をさしているからである。その数字は666である。 〜

       http://www2.ocn.ne.jp/~chikyuu/sub2.htm


216Missin'You:02/08/07 09:41
>>215
また書いてるよ…
217名無しさん@1周年:02/08/07 10:28
十字架に磔ってのは共和政ローマの時代からあったからなぁ。
でも殉教の象徴なんでしょ?
218名無しさん@1周年:02/08/07 11:06
>>217

キリストを殉教とはいわないと思うが、
信徒にとっては、古い自分がすでに死んだことの象徴。
つまり、キリストの復活とともに自分が新たにされたことの象徴。

なるほど、十字架というのは、信仰告白なんだよな。
219名無しさん@1周年:02/08/07 11:06
>>216

塾はこれから?大学受験か?
220名無しさん@1周年:02/08/07 11:08
キリストは死に、キリストはよみがえり、キリストは再び来られます。
そして、私達も新たな生を受ける。
ハレルヤ!
221Missin'You:02/08/07 11:15
>>219
大学受験はまだまだ先。1年だから。

>>220
愚民がまた1人、洗脳されてるな。
222名無しさん@1周年:02/08/07 11:21
そうですよ。神にあって私達はみんな愚民です。
だからこそ、この新たな生を受けてこんなにも喜びに溢れてるんです。

主よ、愛がすべてのひとたちに降り注ぎますように。
イエス・キリストの御名によってお願いいたします。アーメン
223Missin'You:02/08/07 11:28
>>222
自分で自分のコトを愚民だとか言うところが
マゾだ。
224名無しさん@1周年:02/08/07 11:32
韓国人のオリンピックでの不正発覚!


 世界テコンドー連盟の副会長だった人物が「韓国選手に有利になるように、
レフェリーや審判員の割り当てを操作した」と告白したんだとさ。

 ワールドカップの審判の人選も問題になって
準決勝・決勝の審判が変わったのは記憶に新しいな。

そういえば、FIFAの副会長って誰やったかな・・・

----------------------------------------------------------------
http://www.asahi.com/sports/update/0807/007.html

シドニー五輪テコンドーで不正の可能性 米紙報道


 米紙USAトゥデーは6日、シドニー五輪で初めて公式競技となったテコンドーで
不正が行われた可能性があると報じた。

 同紙によると、シドニー五輪当時、世界テコンドー連盟の副会長だった人物が、
韓国で発売された政治・経済雑誌に「韓国選手に有利になるように、
レフェリーや審判員の割り当てを操作した」と告白。この記事を入手した米オリンピック委員会が、
その調査の必要性を感じ、国際オリンピック委員会(IOC)の
ロゲ会長へも注意を促すファクシミリを流した、という。

 シドニー五輪のテコンドーで韓国は金メダル3、銀メダル1を獲得した。
225名無しさん@1周年:02/08/07 11:40
マゾじゃないだろ。
自分で自分を本当に愚民だと気付く事は、つらい事だし苦しい事だろ。
でもそれを神が赦してくださると信じればこそ、感謝と賛美が溢れてくる。
罪の自覚って苦しみがあるから、その喜びが大きいんだろうよ。
226名無しさん@1周年:02/08/07 11:41
アオイな、工房。
227Missin'You:02/08/07 11:46
>>225
そうかも知れんが、やっぱりマゾっぽい。
聖歌の歌詞、すっげマゾっぽいことばっか書いてあるし。
きもちわりぃから捨ててやったよ。
その罪の意識っつーのは、原罪のコトか?
228名無しさん@1周年:02/08/07 11:54
もちろん原罪は根底にある。でも人間ってのは弱いから、
実際の「罪」とは違う現実問題としての罪に対して、つらくなっちゃうところが
あるんだな。他スレにもあるけど「オナニーしちゃった」とか
「浮気しちゃった」とか「ウソをついた…」とか色々ね。でも本当に
神の恵み、赦しは求めるものじゃなくて与えられるもんなんだよ。
それに気付いたとき、自分が赦されたいと思ったそのときにはもう、
神はすべてのことを赦してくださって、恵みが与えられていることに
気付くんだよ。その喜びは、拒否している人には決してワカランと思うけど。
229名無しさん@1周年:02/08/07 11:58

十字架のことばは、滅びに至る人々には愚かであっても
    救いを受ける私たちには、神の力です。 第一コリント1:18
230名無しさん@1周年:02/08/07 12:02
>>227
キリ教嫌いならこんな板くるなよ。
231名無しさん@1周年:02/08/07 12:03


なになに
「キリスト教会から十字架を取り去ろう!」
だって?

日本キリスト教団とか、ペンテコステ諸派は既に取り去ったも同然ですな。
     ちょうど、かつての羊肉専門店が、狗肉ばかり売るようになったので、
    「羊頭の看板」が不要になったような
そんなモンだから。
232名無しさん@1周年:02/08/07 12:05

さしずめ
「新キリスト教」ぐらいの看板に書き換えたらいいね。

233Missin'You:02/08/07 12:06
>>228
原罪…難しいな。三浦綾子の本で読んだが…
オレには解らない、クリスチャンだけの喜びとやがあるようだな。

>>229
そーいうキショい引用文を書くな、真の愚民め。
234名無しさん@1周年:02/08/07 12:09

まあ、新興宗教ですな。
やっぱ、新興宗教では、評判よろしくないので
いわゆる「正統性」のお墨付き(権威付け)が欲しいあまり、
我慢して「十字架」立ててるんですよね。
「十字架」変質してしまってる……

ちゃうか??
235Missin'You:02/08/07 12:11
>>230
キリスト教徒専用の板ではないはずだ。
236名無しさん@1周年:02/08/07 12:14
あのね、原罪とかがワカランくてもいっこうに良いんだよ。
キリスト教徒にとって一番大切なのは、すべてを「受け入れる」こと。
キショイとか言われる言葉も頭から拒否するんじゃなく、しっかりと
受け止めて、それを逆に自分が神に立ち返って祈るチャンスとするんだよ。
自分も神に祈るようになるまでは「キショイ」とか「神なんかいると
思ってんの?」なんて言ってたから、そういう気持ちもよくわかるし。
だからね、逆にそうやってとことん拒否しようとする人こそ、喜びを知りやすいんだよ。
まぁ、望んでなさそうだけど。
237名無しさん@1周年:02/08/07 12:23
age
238名無しさん@1周年:02/08/07 12:28
原罪を認めない、伝統的正統派キリスト教会もあるよん。
確かに、日本のキリスト教徒は、なぜかキショイな。それは認める。
イエス様、私たちが、なぜかキモイのでうまくあなたの福音を伝えることが
できません。私を変えてください。お願いいたします。
アーメン。
239名無しさん@1周年:02/08/07 12:29
>>238
祈ろう。

アーメン。
240Missin'You:02/08/07 12:30
>>236
実のところ、カトリック系の学校に通っている。
宗教の授業もある。
教会も、たまに連れていかされる。
いろんな文化を知るコトができて面白いので退屈はしていない。
ただ、苦しみを感謝するというコトが、よくわからない。
何のため?誰のため?
説教されて、感謝しようと努力したコトもあったが
気持ちは一向に楽にはならなかった。
不条理なコトを理解するなんて、そう感嘆にはできない。
241Missin'You:02/08/07 12:31
↑あ、漢字間違い
242名無しさん@1周年:02/08/07 12:33
カトリックのミサに突然いくだけじゃ、福音宣教あんまり
理解できないだろ。三浦綾子は何を読んだの?
243Missin'You:02/08/07 12:36
>>242
氷点。作品としては良かった。
244名無しさん@1周年:02/08/07 12:37

コイツ壊れてる

>>238 :名無しさん@1周年 :02/08/07 12:28
>>>原罪を認めない、伝統的正統派キリスト教会もあるよん。
245名無しさん@1周年:02/08/07 12:46
>>240
ち、違う違う!苦しみから解放される事に感謝するんだよ。
あなたはなかなか良い感性を持っていると思う。すごく、真面目なんだね。
でも感謝しようと努めることも理解しようとする必要もない。あなたは真面目さゆえに、
宗教を頭で捉えようとしてしまってると思うんだけど、大切なのは感じる事だよ。
神は人間の頭では(つまり意思では)捉えることはできないけれど、
常に傍におられる。それはあなたが今まで持っていた既成概念をすべて
取り払う事によってしか、感じられない事だと思うんだ。
無理して神を信じようとしたり理解しようとしたりしても、それは無理だと思うし、
別に信徒になる必要もないと思うよ。でもあなたが少しでもそれを望んでいる、
あるいはその喜びとやらに興味がある、と思うのなら、やっぱりすべて自己の思いを
捨て去って、祈ってみることではないかと。あなたがどんなに頑なで、どんなに神を
否定していても、神は既にあなたを知り、愛しています。
って、「キショイ」って思っちゃうよなぁ、これじゃあ。自分がそうだっただけに
あなたの気持ちはめちゃくちゃ分かるんだ。すこしだけ心をやわらかくしてみたら、
何か感じられるかもしれないね。
246Missin'You:02/08/07 12:59
>>245
…ありがとう…
少し、落ち着いて考えてみる。



















祈る。
もう、家族がいなくなるのは嫌だ。
247名無しさん@1周年:02/08/07 13:00
>>244 認めないって表現は不適当でした。ごめん。
   いいたかったのは、原罪原罪といいたてる西方教会ばかりでないってこと。
   
   
248名無しさん@1周年:02/08/07 13:12
うん、祈ろう。みんなも祈ろう。>>246のため、また彼の家族のため。

天におられる私たちの父よ、御名が聖とされますように
御国がきますように。
御心が天に行われるとおり、地にも行われますように。
わたしたちの日ごとの糧を今日もお与えください。
わたしたちの罪をおゆるしください。わたしたちも人をゆるします。
わたしたちを誘惑におちいらせず、悪からお救いください。

国と力と栄光は、永遠にあなたのものです。アーメン


















>>246、がんばろう。状況は違っても、実は自分も今年に入って弟を亡くした。
あなたのこころは既に開かれていると信じます。主の愛が、いつかあなたにも感じられますように。
アーメン。
249Missin'You:02/08/07 13:17
>>248
アーメン




















いろいろ、ありがとう…
ゆっくり考えて、努力します。
荒れてたコトも、反省せねば…
250名無しさん@1周年:02/08/07 13:23
>>248
アーメン。
251名無しさん@1周年:02/08/07 13:25
ラーメン
252名無しさん@1周年:02/08/07 13:33
249まだいるかな?248なんだけど。このあいだね、すごく
良い話をきいたんだ。イエスが捕らえられる前、弟子達の足を
洗った話なんだけども。イエスは、ユダが自分を裏切ると知っておられながら、
彼の足も丁寧に洗われた。実は自分はこのことがよくわからなかったんだな。
恥ずかしながら、イエスは当てつけに洗われたのかな?なんて、思っちゃってね。
そしたらある人が教えてくれた。イエスがそのとき、どんなことを思われていたか。
ユダの足を洗いながら、「ユダ、お前が私を裏切ろうとしていることは知っている。
そしてお前が今どんな気持ちでいるかも知っているよ。そんなに辛いんだね、
そんなにも、悲しいんだね」って・・・・。そしてそんな風に、私たちの気持ちも
主は知っておられるし、そしてその悲しみを愛しておられるんだよ。
あなたが苦しんだ事を神は一番知っておられるし、あなたが荒れたことについて
反省しよう、恥ずかしい事をした、と思っているのなら、神は真っ先に
その部分にひざまずき、それを洗ってくださるよ。
もしあなたがこのことを信じることができるのなら、あなたはもう
苦しみから解放された喜びを味わう事にないるんじゃないだろうか。
253名無しさん@1周年:02/08/07 13:35
>>249

私は高校生のとき、福音に触れた。三浦綾子の「道ありき」とか、「氷点」とか、
身近にいた素晴らしいクリスチャンとおして。でも、自分とは
遠い話かと思ってた。

去年お母さんが突然死んで、それからはじめて、真剣にイエス様を自分の
中に受け入れたよ。ハンパじゃない親不孝ものでさー。親が死ななきゃ
わからん馬鹿だったわけさ。

じぶんが、心の底からくだかれるとき、はじめて「そこにいた」
ことを知ることができる、唯一の方でした。

アーメン。
254名無しさん@1周年:02/08/07 13:51
再び、祈りましょう。
>>249のため、>>253のため。
またすべて神を愛する者、愛さない者のために祈りましょう。

全能の神よ、すべての心は主に現れ、すべての心は主に知られ、
どのような秘密もみ前に隠れることはありません。
どうか聖霊によって私たちの心を清め、まことに主を愛して
み名の栄光を現すことができますように、
主イエス・キリストによってお願いいたします。アーメン。

255Missin'You:02/08/07 13:53
>>252
ありがとう。何だか少し、変われるような気がしてきた…

>>253
オレは親が死んだ時、
「何で死んだんだよ…何で死ななきゃなんないんだよ!」
って思って、
「神なんていないじゃん!ウソ聖書め!」
と、短絡的思考に陥っていた。
そう思ってなかったら、荒れなかったかもしれない。

どうやら、間違った解釈をしていたようだ。
>>252さんに感謝。

そして、反省。
256名無しさん@1周年:02/08/07 13:56
アーメン!…なんか、泣いちゃったよ…
257252:02/08/07 14:53
もう、ひとつだけ>>Mssin'Youに教えてあげたいことがある。
それも>>252の話を教えてくれた人から聞いたんだけど、洗礼について。
実は、自分もまだ洗礼を受けてないんだよ。「洗礼」というものが
いったいどういうものなのか、よくわからなかったからね。もちろん
「私はクリスチャンです」って宣言するものだっていうのはわかるけれど、
実際にどういうことなのか実感が持てなくて。そしたらその人が言った。
「洗礼を受けるっていうことはね、『自分が悲しいとき、絶望の淵にいるとき、
苦しいとき、辛くて辛くて仕方がないとき、そんなときにも、
私と共に、喜びの歌を歌ってくれますか?』っていう神の問いかけに、
『はい』って答えることなんだよ」って。それを聞いたとき、
本当に初めて「洗礼を受けたい」って思ったよ。それは裏を返せば、
自分が辛くて辛くて神に背を向けてしまいそうなときにも、神は自分と
一緒に喜びの歌を歌おうよって言ってくださっているってことだからね。
感謝って言うのは、自分がたとえどんな人間でも、どんな時にも、
常に神が自分を愛してくださるんだって気づいたときに生まれる気持ちだと思う。
Missin'Youさんに洗礼の話なんて早いかもしれないけども、この話も
とても素晴らしいと思ったから。
主に感謝。
258名無しさん@1周年:02/08/07 15:29
>>257
主に感謝します。
259Missin'You:02/08/07 15:43
>>257
洗礼…洗礼式は見たコトあるけど、
ただ頭に水をかけるだけじゃなくて
そういう意味もあったんだ…
指南、どうもありがとう…

最後にオレも
主に感謝します。
260ROM:02/08/07 16:58
257さんに行ってる教会ききたくなってしまったんだけど、ダメ?
ヒントキボンヌ。C?L?S?O?
最低な私。
261名無しさん@1周年:02/08/07 19:19
217 :名無しさん@1周年 :02/08/07 10:28
>十字架に磔ってのは共和政ローマの時代からあったからなぁ。
十字架刑は、
共和制ローマがカルタゴのハンニバル達相手に戦った「 ポエニ戦争 」以降に、
重罪人の死刑に使うようになったと言う。
262257:02/08/07 21:18
>>260
今日もバイトでしんどかった…。
全然最低じゃないですよ。むしろそうやって聞かれるとすごくうれしい。
私の行ってる教会は、聖公会です。
カトリックでもプロテスタントでもないけど、ブリッジチャーチ。
お互いの、橋渡し的な位置にいる教派です。お互いの教派を大切にしつつ、
是非一度お近くの聖公会の教会へも、遊びに行ってみて。
聖餐式をすごく大切にした、素晴らしい礼拝を行っていますよ。

すべての人に、主の平和がゆき届きますように。
主イエス・キリストによってお願いいたします。アーメン。
263名無しさん@1周年:02/08/07 21:41
>>262
アーメン。愛がすべての人たちに降り注ぎますように。
264名無しさん@1周年:02/08/07 22:53
ハレルヤ 主と共に行きましょう
265名無しさん@1周年:02/08/08 00:21
ちょっと通りすがりに読んでみたが・・・
ここで最新50くらいのレスを読んでると、Missin'Youの心がいかに変化しているか
よくわかる。つまりこれこそが、神の恵みによって新たな生を受けたという
恵みの証なのじゃないだろうか?彼はまだ気付いていないかもしれないし、
いつ気付くかもわからないけれど、既に彼は主にあって生まれ変わってるように思う。
ここに彼が来た事がもう、主の導きなんだと感じた。

主の大いなる恵みに、その証に、あらためて感謝します。
266名無しさん@1周年:02/08/08 22:44
「我が神、我が神、どうして私をお
見捨てになったのですか?」(マタイ27.46)
これだけでもイエスの十字架が神の予定になかった
ことがわかるでしょう。十字架はイエスの無念な
情念の象徴なのです。十字架を取り去ることに賛成です。
267波木井坊竜尊@日蓮宗葵講 ◆tfDpfKU. :02/08/08 22:47
そかそか。キリスト教にも已身本尊論があったんか。

でナニをアンタは何を対象に祈るん??>>266
268名無しさん@1周年 :02/08/08 22:51
>>268
神に祈る。
269波木井坊竜尊@日蓮宗葵講 ◆tfDpfKU. :02/08/08 22:52
>>268
その神はどこにおわします??
270名無しさん@1周年:02/08/08 23:05
キリスト教徒の考えでは  イエス = 神  なんでしょ。
>>269イエスが十字架の上で苦しんでいた時、神はどこにいたか?だって?
そりゃ、イエスと同じだよ。神も十字架の上で苦しんでいたに決まってるじゃ
ないか。
271名無しさん@1周年:02/08/08 23:07
>>269
生臭坊主なら祈ってみなさい。
272名無しさん@1周年:02/08/08 23:09
>>270
あんたアホとちゃうか?
イエスが神だったら、
「我が神、我が神、どうして私をお
見捨てになったのですか?」て祈るか。
ボケ。
273名無しさん@1周年:02/08/08 23:15
あげ
274名無しさん@1周年:02/08/09 01:15
>>272
アーメン!!
275波木井坊竜尊@日蓮宗葵講 ◆tfDpfKU. :02/08/09 01:27
・・・・・・・・・・・・・・・・。(大笑)

オレの聞いているのは、キリスト教にも已身本尊論があるのなら、
祈りは心の中にいる神なんだろ?多分。

仏教では(特に日蓮系では)本覚思想があって一念三千、十界論というのが
ある。已の身のなかにある仏界にいる仏が祈りの対象になる。

キリスト教において、偶像崇拝を止めたら、祈りの対象は何になるか、って
オレは聞いているんだよ。

古神道のような”神域”ではないよな??(笑)
276名無しさん@1周年:02/08/09 01:36
>266
そのことは結構有名。ルカ24:44でイエスは詩篇に書かれたメシア預言は
必ず成就すると言っいる。以下にその幾つかをあげてみる。

1「わたしの信頼した親しい友、わたしのパンを食べた
 親しい友さえも、わたしにそむいてくびすをあげた。」
 詩篇41:9
イエスはパンを分け与えた時、ユダの裏切りをしめした。
 マタイ:20〜26 ヨハネ13:18

2「まことに、犬はわたしを囲んで、わたしの手と足を刺し貫いた。」
 詩篇:22:26
 これは十字架のイエスを表す。ちなみに詩篇が書かれた時代は十字架刑ではなく
 石討ちのの刑が主流。

3「かれらは互いにわたしの衣服を分け、わたしの着物をくじ引きにする。」
 詩篇22:18
「かれらはイエスを十字架につけてから、くじを引いて、その着物を分け、」
 マタイ27:35

4「わが神、わが神、何ゆえわたしを捨てられるのですか。」詩篇22:1
 十字架上でイエスが叫んだ言葉。マタイ27:46
277名無しさん@1周年:02/08/09 01:38
続き
5、「わたしの力は陶器の破片のように乾きわたしの舌はあごに
 つく。あなたはわたしを死のちりに伏させられる」詩篇22:15
「わたしのかわいた時に酢をのませました。」詩篇69:21
 
「そののち、イエスは今や万事が終わった事をしって、「わたしは乾く」
 と言われた。それは聖書が全うされるためであった。そこに、酢いぶどう酒
 が〜イエスの口もとに差し出した。するとイエスはそのぶどう酒を受けて、
 「すべてが終わった」と言われ、首をたれて息を引き取られた。」
ヨハネ:19:28〜30

6「主は彼の骨をことごとく守られる。その一つだに折られることはない。」
 詩篇34:20
 「しかし、イエスのところに来た時、イエスがもう死んでおられたのをみて
  その足を折る事をしなかった。」ヨハネ19:33〜36
その他、十字架上のイエスを人々は頭を振りながらのののしりの言葉を
あびせる。マタイ:27:39〜40と詩篇22:7〜8
ヨハネ:19:37と詩篇22:17など。

278名無しさん@1周年:02/08/09 22:47
>>275
日蓮宗系統の法華経の筆文字を飾る掛け軸のようなタグイの偶像ではないよ。

(人を)文字は殺し(キリストの聖)霊は生かす。と新約聖書にあって、
バビロンやユダヤの人間を縛った規則を書いた板とか、
中国発明の位牌のような人名が刻まれた札が礼拝対象ではない。

キリスト教は「聖霊のうち」に「霊的な祈りや詩篇などの讃美」を元に、
イノチやヒカリの象徴である日の出る東を聖堂の正面に向かって、
天の創造主やキリストに祈るのさ。その中心の祈りが「主の祈り」と「信条」。
自分の心に神やキリストの存在は居ない。自分の心は神ではない。
神の霊が「外から人間の心に入ってきて」真のイノチが満ちるのだ。

「自分の心の中に仏」という人間崇拝とか自分崇拝という種類の偶像崇拝でもなく、
文字を書いた「掛け軸や木像や銅像」などの想像上の造形を拝む偶像崇拝でもない。
279名無しさん@1周年:02/08/09 23:00
>>275
第一、本来のお釈迦様の仏教は、滅尽定の瞑想と第二禅による入滅による輪廻の解脱。
解脱の状態を涅槃に入ると言う。
滅尽定は梵我一如(ブラフマンとアートマンの合一)を悟る事。

マカ止観の数息観や不浄観や仏の想念など、煩悩の壊滅が目的であるが、
お釈迦様の本来的の解脱の瞑想ではない。

だから、理性とか感性とか自分の心を拝む思想など、
古代インド発生の本来の仏教ではない。
中世インドの俗人の信者の妄想が産んだ迷信の産物だろう。

弥勒信仰(白蓮教)や阿弥陀信仰(浄土教)や、
経典や塔婆や多宝塔の安置堂を建てて願いを祈願し拝むのは、
座禅より発生した釈迦の仏教と言うより、
神仏を騙る多神教のヒンドゥー教の信仰の一種だ。
280名無しさん@1周年:02/08/09 23:06
>279 つづき。

× 中世インドの俗人の信者の妄想が産んだ迷信の産物だろう。

○ 中世インドの「ユガまたはヨガ行者」の「瞑想」が産んだ「論書が唯識論」だろう。
ユガ師論とかユガの経典や三昧(ざんまい)経典がある。三昧は瞑想のこと。

唯識は、心を拝むのでななく、心を種類分けして、
心にある「煩悩の種を消す方法」など論じた。
281名無しさん@1周年:02/08/09 23:21
で、十字架のこと、どうなったの?
282名無しさん@1周年:02/08/10 01:39
age
283LA在住:02/08/10 05:48
こないだ、うちの近くの教会も雷にやられたそうだ。
284名無しさん@1周年:02/08/10 08:43
>>281

建物の外装や内装から、十字架をハズしたらキリスト教会ではない。
その教会の教会員(信者)が、
主はイエス・キリストです。と告白したら「異端」だ。
イエス・キリスト以外を主と告白したら「異教」だ。
285名無しさん@1周年:02/08/10 08:47
>>284

>主はイエス・キリストです。と告白したら「異端」だ。

????
なんか凄い常識外れた奥義がありそうですが(笑)
聞かせてください。
286名無しさん@1周年:02/08/10 10:55
>>285
文章は、よく読むように。
>・・・十字架をハズした・・・信者)が・・・主はイエス・
>キリストです。と告白したら「異端」だ。
と言っている。
キリスト教を理解しないで、常識はずれと言うは十字架はずれ。

キリスト教の教会の始まりは、
イエスの十字架刑(西暦33年4月5日金曜の午前から15:00頃)の、
後の復活(4月7日の日曜の朝)や昇天から、
12弟子やイエスの母マリヤなどが一堂に集まって、
聖霊降臨を受けた時から始まったから。

十字架がないと弟子達が集まって聖霊降臨も起こらず、
よってキリスト教会は起こらなかったから。
287名無しさん@1周年:02/08/10 11:44
>>286

なるほど、お話の意味がよくわかりました。。。
288コルベ名無したん:02/08/10 12:10
スウェデンボリ派について調べてるんだけど、十字架を物理的に飾りも、
信仰上の称賛もしないらしいね。新エルサレム教会で検索して行ってみ
たら?>1
スウェデンボリ神学は幾分に興味深いが、十字架の供犠も聖母マリアの
功績も認めないつうのでは、漏れの主義に反する。
もしガイシュツだったらスマソ。薬が効いてきたので落ちます。
289マンハッタン在住:02/08/11 06:16
先日もNY郊外の大きな教会に雷が落ちて、
大きな教会が半焼した。神の意思か?
290名無しさん@1周年:02/08/11 07:24
>>289

長崎に原爆が落ちたのにキリスト教の神は本物か?
と同レベルの話だな。

神の意志は計り知れないよ。私たちはキリストを通してただ神を
知るだけ。
291名無しさん@1周年:02/08/11 19:11
>>290
>神の意志は計り知れないよ。私たちはキリストを通してただ神を
知るだけ。

それはクリスチャンの傲慢だ。
木の葉の上の露に宇宙を見たタゴールは偉いね。


292名無しさん@1周年:02/08/11 19:18
>>291無信者の傲慢にしか聞こえない、取りざたされたタゴールがかわいそう。
293名無しさん@1周年:02/08/11 19:21
>>291

キリストを通して知る神の恵みは絶大だ。
そよ風にも、アリ1匹にも神の創造のみわざを感じるようになるよ。

この世は神の愛で生かされている。
294名無しさん@1周年:02/08/11 21:36
>>293
クリスチャンの傲慢が9.11テロを招いたことを
知るべき。ユダヤ人の傲慢がパレスチナ問題を招いたことを
知るべき。もっと謙虚になれユダヤ.キリスト教徒達。
295名無しさん@1周年:02/08/11 21:36
あげ。
296名無しさん@1周年:02/08/11 21:48
アーメン!
297名無しさん@1周年:02/08/11 21:49
>>294

>クリスチャンの傲慢が9.11テロを招いたことを

へ?なんで?
298名無しさん@1周年:02/08/12 21:12
>>297
常識だからお勉強してね。
299名無しさん@1周年:02/08/12 21:20
>294
イスラムの傲慢がデージーカッターのモルモットを招いたことを
知るべき。
ウサマビンラディンの黒こげ死体かどうかわからないほどだったという。
デージーカッターは、アメリカの核爆弾並の破壊力を持つ爆弾の事。
ベトナム戦争で使った原爆並みのナパーム弾の親分みたいな爆弾。
一瞬にして爆発半径を炎熱地獄にし酸欠にし熱と酸素不足で即死させるという。
300名無しさん@1周年:02/08/12 21:25
>299
民主社会党は、核爆弾は反対だが、
核爆弾と同じ威力の新型爆弾の使用には、反対でないんだそうだ。
少なくとも今回のアフガニスタンの戦争で反対声明を上げなかった。
テレビでも遣っていたはず。
日本人が犠牲で無かったからか?日本の社会主義者ってエゴいかも?
301名無しさん@1周年:02/08/12 21:51
十字架から何でこうなるの?
302名無しさん@1周年:02/08/12 23:25
戦後女性の十字架。。。

「女たちはシオンで犯され、おとめたちはユダの町々で汚された」(哀歌5:11 )
http://life.2ch.net/test/read.cgi/psy/1026310212/459-470
303名無しさん@1周年:02/08/12 23:33
>1
統一原理みたいなことを言ってるね。
304名無しさん@1周年:02/08/13 00:18
色々な理解が出きるよね、言葉って。
***********************
266 :名無しさん@1周年 :02/08/08 22:44
「我が神、我が神、どうして私をお
見捨てになったのですか?」(マタイ27.46)
これだけでもイエスの十字架が神の予定になかった
ことがわかるでしょう。十字架はイエスの無念な
情念の象徴なのです。十字架を取り去ることに賛成です。
****************************
私が思うに、この言葉を出せるのは、神の子以外いないだろうと。
私が見捨てられても、それは、当然の事で。

だから、この言葉のゆえに、
☆「イエス様は、この自分の代わりに確かに神様に、このとき、見捨てられた」
☆「神の子としての恵みは、代わりに自分に与えられた」と
いう恵みを見いだせたら、あなたは、天国を目指していると思う。
恵みを覆い隠し、すりつぶし、あざ笑うのは、もったいないことです。
305牧師の娘:02/08/13 01:17
アダムとイヴは神の似姿として創られ、やがて
子供を創り、神の家庭を創る予定だったが、神に
不従順だったので堕落したわけでしょ。

そして、その堕落して罪の中に呻吟している人間を
救いに来たのがイエスでしょ。彼は所謂、第二のアダム
(Byパウロ)でしょ。なら、イエスも神の子なら、第二
のアダムなら第二のイブが必要でしょ。
そうなるとイエスの十字架は不自然でしょ。
イエスはイブと結婚して幸せな神の家庭を創るのが
神の理想ではなかったのでしょうか?
306名無しさん@1周年:02/08/13 02:17
>>305

激しく意味不明なんですが、統一原理ってそういう奴なの?
307名無しさん@1周年:02/08/13 02:19
>>305

つーか、よくみると最後の2行の所で、激しく間違ってるんだな。
それは文鮮の理想だろ。
308名無しさん@1周年:02/08/13 02:52
そういえば、聖書にでてくる基督の花嫁は教会のこと。
第二のイブは教会ということだね。
神の家族も教会のこと。

統一教会、江保証以外の教会ね。
309名無しさん@1周年:02/08/13 02:53
>>306
バカにゃわかんねーだろう。
何をいってもウザイだからな。
310名無しさん@1周年:02/08/13 02:55
>>307
>>308
聖書が分かっていないね。
311名無しさん@1周年:02/08/13 03:03
>>305
>イエスはイブと結婚して幸せな神の家庭を創るのが
>神の理想ではなかったのでしょうか?

そうです。その通りです。しかしイエスは女にもてず、寂しかったので
もてない男ばかりの集団を作りました。それらが弟子と呼ばれる人たちです。
結局イエスは理想を成し遂げられずに死にました。
イエスには神の守りがなかったからなのです。
312名無しさん@1周年:02/08/13 03:08
>>311
イエスを受け入れるべきユダヤの民が
イエスを信じなかったかたではないでしょうか?
313名無しさん@1周年:02/08/13 03:32
>>312
ユダヤの民がイエスを信じなかった方であるのは間違いないが
全体として意味不明です。
314名無しさん@1周年:02/08/13 03:53
>>313
「使徒 10:39: わたしたちは、イエスがユダヤ人の住む地方、
特にエルサレムでなさったことすべての証人です。
人々はイエスを木にかけて殺してしまいましたが、」

ここに明かです。イエスを信じていたら、十字架にかけて
殺さなかったでしょう。



315名無しさん@1周年:02/08/13 04:41
触らぬスレに祟りなし
316名無しさん@1周年:02/08/13 05:22
>>311 イエスの弟子の集団の中には女もいました。
317名無しさん@1周年:02/08/13 05:48
>>316
しかし、イエスが娶(めと)った形跡はない。
318名無しさん@1周年:02/08/14 16:41
>>316
イエスの「よめ」(関西風)は当時、神様が決めていた。
しかし、十字架で水泡にきした。
319マンハッタン在住:02/08/14 21:57
>>318
誰だ、それ?
320名無しさん@1周年:02/08/14 22:17
イエスが何故来たのかについてはイエス自身が言った事として
新約聖書に書かれているのだが、1はそれとは違うと言いたいのか?
321マタイ10:34:02/08/14 22:28
地上に平和をもたらすために、わたしが来たと思うな。
平和ではなく、つるぎを投げ込むためにきたのである。
322マタイ5:17:02/08/14 22:32
わたしが律法や預言者を廃するためにきた、と思ってはならない。
廃するためではなく、成就するためにきたのである。
323名無しさん@1周年:02/08/14 22:54
>>320
<マタイ 23:37 「エルサレム、エルサレム、預言者たちを殺し、
自分に遣わされた人々を石で打ち殺す者よ、めん鳥が雛を
羽の下に集めるように、わたしはお前の子らを何度集め
ようとしたことか。だが、お前たちは応じようとしなかった>

イエスが十字架に掛かる為に来たのではないことを
彼自身の口から言っている個所です。
324名無しさん@1周年:02/08/14 23:02
アーメンです!
325名無しさん@1周年:02/08/14 23:23
age
326名無しさん@1周年:02/08/15 07:45
<マタイ 26:39 少し進んで行って、うつ伏せになり、
祈って言われた。「父よ、できることなら、
この杯をわたしから過ぎ去らせてください。しかし、
わたしの願いどおりではなく、御心のままに。>

イエスもどれだけ無念だったことでしょう。
無知なユダヤ人に十字架に掛けられることが…

327名無しさん@1周年:02/08/15 20:53
318 :名無しさん@1周年 :02/08/14 16:41
>>316
イエスの「よめ」(関西風)は当時、神様が決めていた。
しかし、十字架で水泡にきした。

319 :マンハッタン在住 :02/08/14 21:57
>>318
誰だ、それ?

答え。
外典の福音書では、伴侶といわれたマグダレーナ(マグダラのマリア)の事。
328名無しさん@1周年:02/08/15 20:55
>>327

計画が水泡に帰すほど無力な神なのか(笑)。
329名無しさん@1周年:02/08/15 21:59
>327
いや、ヨハネの黙示録に、花嫁と霊が来て下さい。というそうで、
ロザリオの祈りの栄えの玄義の第五あたりなどの挿絵が「花嫁に冠を授けるの図」だ。
ほとんど絵柄が結婚式状態。
絵柄がイエス様と同じ年くらいの「母マリア様」なの。変だぜ。

なんでも霊界では男女とも「若かりし頃の姿で生きている」そうなので、
年の差なんて無いのかもね。アフォくさ。
330名無しさん@1周年:02/08/15 22:03
>>328

イエスの十字架が失敗だった、という統一は、
ようするにそういうこと言ってるんだよね。神の計画が水泡に帰した、
という。何しろ文鮮明が神ですので・・・。
331名無しさん@1周年:02/08/15 23:03
>>330
文鮮明師は神ではなく人間です。

マタイ 24:37人の子が来るのは、ノアの時と同じだからである。
マタイ 24:38洪水になる前は、ノアが箱舟に入るその日まで、
人々は食べたり飲んだり、めとったり嫁いだりしていた。
マタイ 24:39そして、洪水が襲って来て一人残らずさらうまで、
何も気がつかなかった。人の子が来る場合も、
このようである。

ノアの箱舟の話しは、神の最初の計画を水泡に帰した話しです。
>>328はこれも知らない?…
神は無力ですか?
何故、ノアの箱舟があったかご存知ですか?
あなたのような無知な人が地上に満ちたからです。
何故、イエスが十字架に掛かったかご存知ですか?
あなたや、>>330のような無知な人がユダヤの地に満ちていたから
です。
332名無しさん@1周年:02/08/15 23:12
>>330
文鮮明が無力だということになるじゃないか。
333名無しさん@1周年:02/08/16 00:03
>>332
???
334名無しさん@1周年:02/08/16 00:16
>>327
 イエスの言葉
「あなたがたは聖書も神の力も知らないから、思い
 違いをしている。復活の時には、彼らはめとったり、
 とついだりする事はない。彼らは天にいる御使いの
 ようなものである。」マタイ22;29〜30
 マタイ22;23から読むとよく分かるが、絶対
 結婚しなければならないなんてのは、大嘘。 
335名無しさん@1周年:02/08/16 04:05
>>334
君の方が大嘘ついているよ。
以下を良く読んで判断してください。
イエスが結婚しなくて良いと思うのは、
大変な間違いですし、曲解です。

創世 2:18〜2:24 主なる神は言われた。
「人が独りでいるのは良くない。彼に合う助ける者を造ろう。」
主なる神は、野のあらゆる獣、空のあらゆる鳥を土で形づくり、
人のところへ持って来て、人がそれぞれをどう呼ぶか見ておられた。
人が呼ぶと、それはすべて、生き物の名となった。
人はあらゆる家畜、空の鳥、野のあらゆる獣に名を付けたが、
自分に合う助ける者は見つけることができなかった。
主なる神はそこで、人を深い眠りに落とされた。
人が眠り込むと、あばら骨の一部を抜き取り、
その跡を肉でふさがれた。 そして、人から抜き取った
あばら骨で女を造り上げられた。主なる神が彼女を人
のところへ連れて来られると、 人は言った。
「ついに、これこそ/わたしの骨の骨/わたしの肉の肉。
これをこそ、女(イシャー)と呼ぼう/まさに、男(イシュ)
から取られたものだから。」 こういうわけで、男は父母を離
れて女と結ばれ、二人は一体となる。

イエスは最後のアダム(byパウロ)なのですから、最後のイブを
見つけて結ばれ、二人は一体とならなければいけないのは道理です。

336名無しさん@1周年:02/08/16 05:12
アーメンあげ
337名無しさん@1周年:02/08/16 05:31
つまり、猿は時が流れても猿である。
人間に進化することはない。
338名無しさん@1周年:02/08/16 05:36
人類以外の生物は、地球の地から発生したものらしいな。
人は極めて特殊な生物だ。
339名無しさん@1周年:02/08/16 06:35
???
340名無しさん@1周年:02/08/16 07:45
>>337
アーメン
341名無しさん@1周年:02/08/16 22:05
マルコ 15:34 三時にイエスは大声で叫ばれた。
「エロイ、エロイ、レマ、サバクタニ。」これは、
「わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てにな
ったのですか」という意味である。

イエスの無念がここに良く現れている。
十字架は決して神の予定ではなかった。
342名無しさん@1周年:02/08/16 23:23
アーメン!!
ハレルヤ!!
343名無しさん@1周年:02/08/16 23:27
アゲ
344名無しさん@1周年:02/08/17 00:05
この間、近くのカトリック教会の十字架に雷が落ちたよ!
345名無しさん@1周年:02/08/17 00:11
>>341

 その言葉は苦しみの中での、祈り。これは、詩篇22編にもある聖書の言葉
であり、父なる神への最後まで信頼と願いを言い表したもの。
 詩篇をよく読んでみな、特に22編は最後まで読んでみたほうがいい。約束
された幸い、神への信頼が背後にある言葉なんだぞ。エロイ、エロイ、ラマ、
サバクタニ(アラム語)という言葉は。
346名無しさん@1周年:02/08/17 00:36
>>345
勝手な解釈をしてイエスを十字架にかけないでね。
お願いだから…
347名無しさん@1周年:02/08/17 01:15
ホント!
348名無しさん@1周年:02/08/17 01:19
age
349名無しさん@1周年:02/08/17 01:21
うひょーい。どこの教会?>>344
350名無しさん@1周年:02/08/17 01:25
>>346 >>347
 正しい、解釈をするなら、どういう解釈になるの?率直にお聞きします。
納得すれば、345の発言を撤回します。よろしく。
351名無しさん@1周年:02/08/17 01:32
>>345はおかしなこと言ってないと思うけど?
352345:02/08/17 01:46
>>351
 レスどうも。
 自分は、この部分でイエスがダビデの詩にご自身をなぞらえて、聖書の言葉
の成就を示唆していたのだと思っているわけです。キリストが旧約の預言や
詩篇と一致している・・・それを知ることで、「エロイ、エロイ、ラマ、
サバクタニ」が聖書を知る者にとっては輝きと栄光として感じられるのであると
思います。そうですよね? 間違いは具体的に説明して下さい。謙虚に受け止めますから。
353名無しさん@1周年:02/08/17 01:47
>>345
遠藤周作も詩篇の一部分だって言ってたよ。
354名無しさん@1周年:02/08/17 01:54
「成し遂げられた」と言った
とも書いてありますな。イエスの磔刑シーン。
355345:02/08/17 02:08
>>353
 そうですか?彼もカトリックでしたし、公に聖書の知識について間違いを
言うことはないはずですね、少し安心しました。情報、ありがとう。
 で、今、フランシスコ会訳の新約聖書のマタイ27章46節の解説部分に
次のように書かれているのを発見しました。多分、自分の考えもこの聖書の
解説などが頭の隅にあって、345のようなことが思い出され投稿したのだと
思います。

参考:該当解説個所 フランシスコ会訳注 新約聖書 P111より
  詩22 2。キリストはここで、最後の救いと勝利に対する感謝で終わっている
その詩22の全体を、心の中で祈られたと解すべきであろう。マルコ(15 34)とマタイ
は、詩22のヘブライ語の形よりも、むしろアラム語の形をあげている。しかし、
マタイにおける冒頭語「エリ」だけはヘブライ語の本来の形である。この語は、
メシアの先駆者として期待されていた預言者エリヤの名に似ているので、見物人は
おそらく両者を混同したのであろう。
356名無しさん@1周年:02/08/17 02:43
>>350
「わが神、わが神、なぜわたしをお
見捨てになったのですか」
イエス様がおっしゃった通りです。

357名無しさん@1周年:02/08/17 03:03
>>356
そう思うしかないよね。統一の原理講論には勝ち誇った
ようにそう書いてあるからね。でもまさか詩篇なんて。
著者ももうちょっと、キリスト教を勉強すべきだったね
358名無しさん@1周年:02/08/17 03:12
>>323
それじゃ言っていることにはならないだろう。

>>326
無念そうなのはイエスの人間らしい部分がそこで出てきたからでは?
別に無念でも構わんけどね。でも結局は「わたしの願いどおりでは
なく、御心のままに。」と言って御心のままに処刑になったんだよ。
それは預言者がそれ以前に言った通りになったということで、預言者が
言ったんだから元々は神がそういう風になるように最初から仕組んで
あったという風に考えるのが普通のクリスチャンでは? でなければ
預言者の意味がないでしょう。

それにその後復活したことになってるんだから良いじゃないか。
処刑ぐらいされたって。その程度のことはあの聖書の世界では
屁でもねえんだよ。最終的にイエスは死んだことになってないん
だから。
359名無しさん@1周年:02/08/17 04:00
>>358
これじゃだめだ。
イエスが十字架に掛かるはずだ!
>御心のままに処刑になったんだよ。
ユダヤの民がイエス様をメシアとして受け入れなかったから、
十字架に掛かったんじゃないか。そんな理屈がわからないのかね。
イエス様が十字架に掛かる為に来たなんて非情な理屈は
苦し紛れにパウロが作り上げた理屈だ。そう言わなければ
当時、教勢が伸びなかったからだ。

『私は父の名によってきたのに、あなたがたは私を
受け入れない…』(ヨハネ5:43)
とイエスは嘆いているのです。ユダヤの民がイエスを
受け入れることが神の御心だったのです。しかし、彼等は
その神の御こころに背いたのです。

360名無しさん@1周年:02/08/17 04:34
>> 359
『私は父の名によってきたのに、あなたがたは私を
受け入れない。もし、ほかの人が彼自身の名によっ
 てくるならば、その人を受け入れるだろう。』
(ヨハネ5:43) すごい預言だ。
 このほかの人とは、文鮮明?
361名無しさん@1周年:02/08/17 04:46
>>360
違うでしょ。
共産主義のことでしょう。
362名無しさん@1周年:02/08/17 08:29
>>354
イエスが語った順番から考えればそれが最終結論決定版!
363名無しさん@1周年:02/08/17 12:36
364名無しさん@1周年:02/08/17 22:28
マルコ 14:34〜36 彼らに言われた。「わたしは死ぬばかり
に悲しい。ここを離れず、目を覚ましていなさい。」
少し進んで行って地面にひれ伏し、できることなら、
この苦しみの時が自分から過ぎ去るようにと祈り、 こう言われた。
「アッバ、父よ、あなたは何でもおできになります。
この杯をわたしから取りのけてください。しかし、
わたしが願うことではなく、御心に適うことが行われますように。」

イエスはユダヤの民がイエスを受け入れず、十字架にかかる道
しかないことを悟り、以上のように祈ったのです。出来ることなら、
十字架の道を行かず、生き伸びて活路を見出したかったのです。
365名無しさん@1周年:02/08/18 00:38
アゲ
366名無しさん@1周年:02/08/18 01:11
アーメンあげ
367名無しさん@1周年:02/08/20 03:50
10:39〜40 わたしたちは、イエスがユダヤ人の住む地方、
特にエルサレムでなさったことすべての証人です。
人々はイエスを木にかけて殺してしまいましたが、
神はこのイエスを三日目に復活させ、人々の前に
現してくださいました。

あくまでも、イエス様は生きて人類を救うべきでしたが、
「人々はイエスを木にかけて殺してしまいました…」のです。
しかし、神は次善策として、イエス様の霊だけを復活させたのです。
しかし、これはあくまでも神の初期の目的ではありませんでした。

368名無しさん@1周年:02/08/20 04:23
AGE
369名無しさん@1周年:02/08/20 06:00
あなたの言う再臨主って、あのデブで、脱税者で、レイプ魔で、
飛行機には乗れても
雲に乗った事のない文鮮明のことでしょう。

かんべんしてよ。
370名無しさん@1周年:02/08/20 08:57
>>369
再臨主が雲に乗ってくると信じている大ばか者が
釣れた!!
371名無しさん@1周年:02/08/20 09:50
>>370
釣っても食べられないから、キャッチ&リリース?
372名無しさん@1周年:02/08/20 12:34
殺して、鳥の餌にしたほうが彼等の為だよ。
373名無しさん@1周年:02/08/20 21:11
餌にもならないよ。
374名無しさん@1周年:02/08/20 22:41
アゲ
375おそいそら:02/08/20 23:00
>>367
その考え方は、父なる神がミステイクを繰り返す、
つまり神は全知全能ではないという結論が導き出されてしまう。
それを嫌ったから、パウロはロマ書9章〜11章で、
イエスをキリストと認めないユダヤ人は、救われないのか。
アブラハムと神の契約は反故にされたのか。
と、悩んでいるんじゃないか。
376名無しさん@1周年:02/08/20 23:21
 そんなこといっても、神は昔から失敗ばかりしているではないですか。
377名無しさん@1周年:02/08/20 23:28
 失敗も妬みを怒りも全て独り芝居。
378おそいそら:02/08/20 23:35
>>376
それに関しては自分も同意するけどね。
ただ、そう考えられない人々がいることも確か。
神は間違えない。だからこれには何か深い意図が隠されてるんだぁってね。
379名無しさん@1周年:02/08/20 23:46
>>375
>その考え方は、父なる神がミステイクを繰り返す、
>つまり神は全知全能ではないという結論が導き出されてしまう。

それは、天地創造は神様と人間の共同作業で完成するという
観点が欠落しているから、人間が失敗しても、神様が失敗したように
見えるのです。イエスの十字架は神様の失敗ではなく、あくまでも
人間の失敗です。

380名無しさん@1周年:02/08/21 02:01

そうそう。
381名無しさん@1周年:02/08/21 03:12
まあ何はともあれ、文鮮明自体が大失敗だよな。
382名無しさん@1周年:02/08/21 20:23
【 まことの命を与えるキリストはあの世の者 】
【 この世にあっては父なる神の他に神があってはならない 】

★申命記12:31 あなたの神、主に対して、このようにしてはならない。
彼らは、主が憎むあらゆる忌みきらうべきことを、その神々に行ない、
自分たちの息子、娘を自分たちの神々のために、火で焼くことさえしたのである。
12:32 あなたがたは、私があなたがたに命じるすべてのことを、守り行なわなければならない。
これにつけ加えてはならない。減らしてはならない。
13: 1 あなたがたのうちに預言者または夢見る者が現われ、あなたに何かのしるしや不思議を示し、
13: 2 あなたに告げたそのしるしと不思議が実現して、
「さあ、あなたが知らなかったほかの神々に従い、これに仕えよう。」と言っても、
13: 3 その預言者、夢見る者のことばに従ってはならない。
あなたがたの神、主は、あなたがたが心を尽くし、精神を尽くして、
ほんとうに、あなたがたの神、主を愛するかどうかを知るために、
あなたがたを試みておられるからである。

★申命記6:4 聞きなさい。イスラエル。主は私たちの神。主はただひとりである。
6:5 心を尽くし、精神を尽くし、力を尽くして、あなたの神、主を愛しなさい。
6:6 私がきょう、あなたに命じるこれらのことばを、あなたの心に刻みなさい。

★ヨハネ伝18:36 わたしの国は、この世に属していない。
★マルコ12:17 「皇帝のものは皇帝に、神のものは神に返しなさい」
★ヨハネ伝3:5〜8 肉から生まれた者は肉であり、『霊』から生まれた者は霊である。
★Tコリント15:44 自然の命の「体」があるなら、霊的な「体」もあります。
383名無しさん@1周年:02/08/21 20:24
【 律法の定めを果たす 】
ガラテヤ 3:12-4:1
@神のアブラハムへの約束
(祝福:法律的に有効なものと定められた契約)→BC2000−1700年頃から四百三十年後
Aモーセの律法
(相続が違犯を明らかにする為の律法(養育係)に由来し、
聖書はすべてのものを罪の支配下に閉じ込めた(違約の民を呪った)。)→BC1290以降
Bキリストの福音
(律法の呪いを果たし、イエス・キリストへの信仰する洗礼を受けた相続人、
つまり、約束に由来する「あなたの子孫とに」祝福が与えられた。)

キリストの時代からアブラハムの時代までは、チョット2000年前、
イスラエル共和国建国からキリスト出現やユダヤ滅亡までは、チョット2000年前。

ガラテヤ 3:12 律法は、信仰をよりどころとしていません。
「律法の定めを果たす者は、その定めによって生きる」のです。
3:13 キリストは、わたしたちのために呪いとなって、
わたしたちを律法の呪いから贖い出してくださいました。
「木にかけられた者は皆呪われている」と書いてあるからです。
3:14 それは、アブラハムに与えられた祝福が、キリスト・イエスにおいて異邦人に及ぶためであり、
また、わたしたちが、約束された““霊””を信仰によって受けるためでした。
・・・・・・
3:27 洗礼を受けてキリストに結ばれたあなたがたは皆、キリストを着ているからです。
3:28 そこではもはや、ユダヤ人もギリシア人もなく、奴隷も自由な身分の者もなく、
男も女もありません。あなたがたは皆、キリスト・イエスにおいて一つだからです。
3:29 あなたがたは、もしキリストのものだとするなら、
とりもなおさず、アブラハムの子孫であり、約束による相続人です。
4:1 つまり、こういうことです。相続人は、
未成年である間は、全財産の所有者であっても僕と何ら変わるところがなく、
4:2 父親が定めた期日までは後見人や管理人の監督の下にいます。
384名無しさん@1周年:02/08/21 20:25
【 愛と呪い 】
★ヨハネ伝3:16 神は独り子をお与えになるほど、この世を愛された。
独り子を信じる者が一人も滅びることなく、永遠の命を得るためである。
★ガラテヤ3:13 キリストは、私たちのためにのろわれたものとなって、
私たちを律法ののろいから贖い出してくださいました。なぜなら、
「木にかけられる者はすべてのろわれたものである」と書いてあるからです。
★申命記21:22〜23 ・・・死刑・・・木につる・・された者は、
神にのろわれた者だからである。
★申命記27:26 「このみおしえのことばを守ろうとせず、
これを実行しない者はのろわれる。」民はみな、アーメンと言いなさい。
★ガラテヤ3:14 このことは、アブラハムへの祝福が、
キリスト・イエスによって異邦人に及ぶためであり、
その結果、私たちが信仰によって約束の御霊を受けるためなのです。
★Tコリント15:55 「死よ、おまえの勝利はどこにあるのか。」
★Tコリント15:56 死のとげは罪であり、罪の力は律法です。

★コロサイ1:15 おん子は目に見えない神の生き写し、
すべての造られたものに先だって生まれたかた。
★コロサイ1:18 おん子は教会という体の頭。
おん子は初めであり、死者の中から先立って生まれた方。
こうして彼はすべてにおいて先立つかたとなられた。
★Tコリント12:3 神の霊によって語る者は、
だれでも「イエズスはのろわれよ」とは言わないし、
また、聖霊によらなければ、だれも「イエズスは主である」と言うことはできません。
★Tコリント14:1 愛を求めなさい。
★Tコリント16:22 主を愛さない者がいるなら、その者にのろいあれ。
マラナ・タ〔主よ、来てください〕。
385名無しさん@1周年:02/08/21 20:26
★マルコ伝12:29 イエスは答えられた。
「一番たいせつなのはこれです。
『イスラエルよ。聞け。われらの神である主は、唯一の主である。
12:30 心を尽くし、思いを尽くし、知性を尽くし、力を尽くして、
あなたの神である主を愛せよ。』
★マタイ伝9:13 『わたしはあわれみは好むが、いけにえは好まない。』
とはどういう意味か、行って学んで来なさい。
わたしは正しい人を招くためではなく、罪人を招くために来たのです。
★へブル書7:27 ほかの大祭司たちとは違い、キリストには、
まず自分の罪のために、その次に、
民の罪のために毎日いけにえをささげる必要はありません。
というのは、キリストは自分自身をささげ、
ただ一度でこのことを成し遂げられたからです。
★ガラテヤ書3:13 キリストは、私たちのためにのろわれたものとなって、
私たちを律法ののろいから贖い出してくださいました。なぜなら、
「木にかけられる者はすべてのろわれたものである」と書いてあるからです。
3:14 このことは、アブラハムへの祝福が、
キリスト・イエスによって異邦人に及ぶためであり、
その結果、私たちが信仰によって約束の御霊を受けるためなのです。
★コリントα書13:4 愛は寛容であり、愛は親切です。
また人をねたみません。愛は自慢せず、高慢になりません。
13:8 愛は決して絶えることがありません。・・・。
13:13 こういうわけで、いつまでも残るものは信仰と希望と愛です。
その中で一番すぐれているのは愛です。
★レビ記19:18 復讐してはならない。
あなたの国の人々を恨んではならない。
あなたの隣人をあなた自身のように愛しなさい。わたしは主である。
★マタイ伝7:12 [ 黄金律 ]それで、何事でも、
自分にしてもらいたいことは、ほかの人にもそのようにしなさい。
これが律法であり預言者なのです。
386名無しさん@1周年:02/08/21 20:27
【 神への愛 詩編と賛歌と霊的な歌 】
エペソ
5:15 愚かな者としてではなく、賢い者として、細かく気を配って歩みなさい。
5:16 時をよく用いなさい。今は悪い時代なのです。
5:17 だから、無分別な者とならず、主の御心が何であるかを悟りなさい。
5:18 酒に酔いしれてはなりません。それは身を持ち崩すもとです。
むしろ、霊に満たされ、
5:19 詩編と賛歌と霊的な歌によって語り合い、
主に向かって心からほめ歌いなさい。
5:20 そして、いつも、あらゆることについて、
わたしたちの主イエス・キリストの名により、父である神に感謝しなさい。
5:21 キリストに対する畏れをもって、互いに仕え合いなさい。

5:29 わが身を憎んだ者は一人もおらず、
かえって、キリストが教会になさったように、わが身を養い、いたわるものです。
5:30 わたしたちは、キリストの体の一部なのです。

コロサイ
3:16 キリストの言葉があなたがたの内に豊かに宿るようにしなさい。
知恵を尽くして互いに教え、諭し合い、
詩編と賛歌と霊的な歌により、感謝して心から神をほめたたえなさい。
3:17 そして、何を話すにせよ、行うにせよ、
すべてを主イエスの名によって行い、
イエスによって、父である神に感謝しなさい。

4:5 時をよく用い、外部の人に対して賢くふるまいなさい。
4:6 いつも、塩で味付けされた快い言葉で語りなさい。
そうすれば、一人一人にどう答えるべきかが分かるでしょう。

ヘブル
13:15 だから、イエスを通して賛美のいけにえ、
すなわち御名をたたえる唇の実を、絶えず神に献げましょう。
387名無しさん@1周年:02/08/21 20:28
【 聖書での善と罪の概念(共立女子聖書学院院長など歴任の著者による) 】

善 実践上の価値概念で悪の反対語。
聖書では神の伝達的属性(知識、知恵、善、愛、聖、義、真、主権)
の一つとしてとらえている。
イエスは絶対的な意味で神のみが善であると断言している(マタ19:17
「良い方」、マコ10:18「尊い方」、共に[G]アガソスが用いられている)。
「神が造られた物はみな良い物」である(Tテモ4:4)が、
その善は造られた神によるものだからである。

罪 1.旧約における罪。
(1)用語。おもな語は次の4種。
a。[H]ハーターは「失敗する」(士20:16)、
「失っている」(ヨブ5:24)、「つまずく」(箴19:2)など、
もともとは「的(目標)、または道をはずす」の意の一般的な語。
神との関係においては「罪」と訳され(創4:7、出10:17)、
神が人に定められた道を踏みはずすという意味を表す。
2.新約における罪。
(1)用語。a。[G]ハマルティアの動詞、
ハマルタノーはもともと「的をはずす」、
あるいは「迷う」「誤る」を意味する一般的な語であったが、
70人訳において[H]ハーターのギリシヤ語訳として用いられ、
専ら「罪を犯す」という聖書特有の意味を表す語となった。
・・・具体的な罪の行為や律法違反を意味する(・・・)。
また、行為だけでなく人間の持っている神に敵対する性質をも
意味して用いられる(・・・)。

罪人 善でも悪でもない中立的立場の人はいない。
すべての人間が罪人であり(ロマ3:23)、
例外はない(5:12−21、Tコリ15:22)、
・・・罪人であるがゆえに罪を犯すのであり、ことばや思いや、
行為において絶えず罪を犯し続けているのである(ヤコ4:17)
388名無しさん@1周年:02/08/21 20:29
>>387
で、罪を償うのには、
善なる神に生け贄を捧げるという、贖罪の方法が採られた。
階級や部族により、牡牛とか牡羊とか、生け贄の種類が違い、
小鳩の奉納や献金に換えるなど、償い方が違っていた。
ユダヤの大祭司は、エルサレム神殿で、日々生け贄を捧げ、
贖罪を神のみ前にした。

ユダヤ教では、ゴイム(外国人、ユダヤ以外の民族)は、
ユダヤ教に改宗しない限り、何をやっても罪人と定められていた。

が、キリスト教は、神の子イエス様を、
十字架によって人類の罪の生け贄として捧げて、
それと信じて救われる、贖罪がなされた。とする宗教である。

だから、キリスト教は生まれながらゴイム(外国人)であっても、
ユダヤ教にいったん改宗する必要もなく、イエス様の贖罪を信じて、
行いの伴う信仰を、日々していけば救われるという宗教である。
389名無しさん@1周年:02/08/21 20:30
マタイ 5:33 「また、あなたがたも聞いているとおり、昔の人は、
『偽りの誓いを立てるな。主に対して誓ったことは、必ず果たせ』と命じられている。
5:34 しかし、わたしは言っておく。一切誓いを立ててはならない。
天にかけて誓ってはならない。そこは神の玉座である。
5:35 地にかけて誓ってはならない。そこは神の足台である。
エルサレムにかけて誓ってはならない。そこは大王の都である。
5:36 また、あなたの頭にかけて誓ってはならない。
髪の毛一本すら、あなたは白くも黒くもできないからである。
5:37 あなたがたは、『然り、然り』『否、否』と言いなさい。
それ以上のことは、悪い者から出るのである。」

ローマ 3:20 なぜなら、律法を実行することによっては、だれ一人神の前で義とされないからです。
律法によっては、罪の自覚しか生じないのです。

ガラテヤ 3:11 律法によってはだれも神の御前で義とされないことは、明らかです。
なぜなら、「正しい者は信仰によって生きる」からです。
390おそいそら:02/08/21 22:33
そりゃパウロ教だろ。
ガラテヤ書みりゃわかるけど、もともとキリスト教はイスラエルでありながら
律法(おそらく神殿における罪に対する清めに関するもの)を守れない人々が
終末においてイスラエルからはずされないために、律法と預言者によらない
罪清めの方法を模索していた団体。
だから、異邦人にとっては罪を清められてもイスラエルに含まれるかどうかの問題が残った。
その証拠に律法すべて守れとはどの新約も述べてない。
ただパウロは、本来キリスト教のユーザーがもっていた、罪意識をもたないで、
イエスをキリストととする信仰をもってしまった。
そのため、もし罪と救済がイスラエルにのみかかわるものだとしたら、
彼にとって救済はまったく意味をなさなくなる(わざわざ彼がイエスを信仰するいわれはない)。
だから、異邦人がイスラエルにならなければならないという規定に強硬に反対した。
391名無しさん@1周年:02/08/22 01:28
とまれ、早くイエスの無念の象徴である
十字架を撤去しようよ!
ね…
392名無しさん@1周年:02/08/22 02:57
>>391
君らくだらない事しか言えないからもういいよ。
勝手に失敗ばかりの文鮮明を信じててね。
393名無しさん@1周年:02/08/22 03:08
394ばばあ43:02/08/22 04:29
>>392
失敗と言えば、人類史上最大の失敗は
アダムとイブの堕落だろ。で次にイエスの十字架。
神は意地があるから、ノアの箱舟とイエスの霊的復活で50%
の面目を保ったが、未だにイエスの再臨を見ない。
文師の失敗は神の失敗と比べたらなきに等しい。
しかし、文師の偉いところはそれを神の失敗と見ず、人間の
失敗と見ることろだ。ここが一般の宗教人と違うところだ。
395名無しさん@1周年:02/08/22 05:14
>>394
はいはい統一ではね。勝手にそう解釈しててね。
それにしても文鮮明の失敗ぶりと責任転嫁は凄まじい。
偽メシアだから仕方ないが、人間としても最悪だ。
396名無しさん@1周年:02/08/22 06:58
>>394
文師の人間性を云々する前に
チミの頭を云々したらどうYo…
397文ちゃんボロボロ:02/08/22 07:23
副島さん襲撃事件

 八四年六月二日に、世界日報の編集局長だった777双の副島さん
世田谷代田駅から帰宅途中だった午後八時四十分頃に「韓国の空手を使った」男から
左側頭部、左上腕部、左首筋、背中と次々にメッタ刺しに合いました。
「背中から左胸部に達した刺し傷は、深さ十五センチ心臓を2センチ外れていたが
肺が破れ血が溜まっていたため、一時は、重態に陥ったほどだった。
左上腕筋は、四十センチに渡って切り裂かれた。
三度の手術が、成功し、二日後に意識が戻った。」(警察発表を報じた記事より)
 この事件は、翌日の朝日新聞が、3段56行、毎日が、1段26行
読売新聞が、1段15行という扱いでした。
それで、当時の統一教会員は、もとより、その後に入教した教会員は、この事件のことを知らないのです。
 副島さんが、刺されてから一週間後の六月十日
文藝春秋七月号が発売され、刺された副島さんが書いた
「これが、統一教会の秘部だ」というレポート形式の論文が、大きく載っていたのです。
霊感商法のこと、天皇陛下との関係、統一教会が、韓国語で、世界統一を目指していることなど
 これまで、共産党の批判、報道しかなかった中で、副島論文は、重要な意味を持つ内容だった。
統一教会サイドが、副島さんの論文が、文藝春秋に載ると知ったのは
遅くとも事件が、起きる前の八四年五月二十六日、大手広告代理店の営業マンからであった。
そして、この掲載を阻止しようと、当時の国際勝共連合と統一教会の責任者が
様々な方面から圧力をかけたが、掲載を止めることが、できなかった。

398名無しさん@1周年:02/08/23 00:12
因果応報!?
399名無しさん@1周年:02/08/23 00:53
age
400名無しさん@1周年:02/08/23 01:12
400番get
401名無しさん@1周年:02/08/23 01:13
で、その後、十字架はどうなった?…
402名無しさん@1周年:02/08/23 07:04
>>401
米国では、十字架に雷が落ちる現象が多くなったそうだ。
403名無しさん@1周年:02/08/23 17:22
「文師の偉いところはそれを神の失敗と見ず、人間の
失敗と見ることろだ。ここが一般の宗教人と違うところだ。」
 人間に失敗させたのは、神の責任だ。神のくせになにをしてる!!
404名無しさん@1周年:02/08/24 00:00
>>403
人間に神が干渉できない自由が与えられているからだ。
405名無しさん@1周年:02/08/24 21:31
キリストを愛する人なら十字架を見るとムカツクはずだがみんなはどうよ
406名無しさん@1周年:02/08/24 21:37
>>405

十字架の意味を理解してないと、むかつくと思うよ。
407名無しさん@1周年:02/08/25 01:04
エロイ エロイ ラマ サバクタニ
408名無しさん@1周年:02/08/25 07:29
成し遂げられた
409名無しさん@1周年:02/08/26 15:08
十字架をありがたがる人へ

ゴルァ、イエス様を再び十字架にかける気か!

410名無しさん@1周年:02/08/26 15:15
>>405
俺はイエスに頭の下がる思いがする。
411名無しさん@1周年:02/08/27 00:09
私はパウロが大好きですが、「イエス様は十字架に掛かりたくなかった、
即ち、生きて天国を創りたかった」ことを隠蔽した罪は大きい。
412名無しさん@1周年:02/08/27 01:04
アーメン!
413名無しさん@1周年:02/08/27 01:21
>>411
それじゃどうやって永遠の命を信じるのだ?
414名無しさん@1周年:02/08/27 01:53
あの世に行ってみるしかないか?
バカは死ななきゃ治らないってか!
415名無しさん@1周年:02/08/27 02:05
>>414
君を治してあげたい。
416名無しさん@1周年:02/08/27 22:10
お願い!
417名無しさん@1周年:02/08/28 04:39
十字架の代わりに何を掲げますか?
418名無しさん@1周年:02/08/28 05:12
血のしたたるホスチア
419名無しさん@1周年:02/08/28 10:47
ヘモグロビンはよして下さいな。
420名無しさん@1周年:02/08/28 11:19
>>417
しかし、まことの礼拝をする者たちが、霊と真理をもって父を礼拝する時が来る。
なぜなら、父はこのように礼拝する者を求めておられるからだ。  神は霊である。
だから、神を礼拝する者は、霊と真理をもって礼拝しなければならない。
                                            ヨハネ4:23-24
こたえ・・・・・・霊と真理
421名無しさん@1周年:02/08/28 12:12
>>420
愛が抜けていますね。
422情報通:02/08/28 22:03
愛が一番大切だ!!
423名無しさん@1周年:02/08/29 23:35
「十字架に架かる以外に道がないと悟った」イエスは、
『私は悲しみのあまり死ぬほどである。ここに待っていて、
目をさましていなさい』(マルコ14・34)と言われた。
424名無しさん@1周年:02/08/29 23:57
よく考えてみると>>418の言っていることは>>417への返事として決して大きく
ハズシてはいないと思う。コリント第一11章23-26節を見ると一目瞭然だが
イエスが私たちのために死んでくださったことを記念する手だては十字架で
はなく「主の晩餐」だったんだから。
425名無しさん@1周年:02/08/30 00:38
死ぬしか手立てがなかった可哀相なイエス様…
426名無しさん@1周年:02/08/30 22:03
イエス様の為に一分か祈りましょう。
するとイエス様の十字架が間違いであったことが分かります。
427名無しさん@1周年:02/08/30 23:31
>>426
お前本当にクリスチャンか?
ここで信仰宣言してみろ。
428名無しさん@1周年:02/08/30 23:39
そもそも再臨主はもう来られています。
この4,50年間において最も発展した宗教、
そして共産主義の恐怖から世界を守った宗教。
その教祖です。
429名無しさん@1周年:02/08/30 23:40
あなたにお前呼ばわりされる覚えがありません。
信仰は神様とイエス様と私の関係です。
あなたに信仰告白(宣言は間違い)してもどうにもなりません。
430名無しさん@1周年:02/08/30 23:50
>>426
どんな点で間違いなのかな?
(たとえば、十字架ではなく「杭」でした、とか)
431名無しさん@1周年:02/08/31 00:16
>>429
信仰告白って人前ですることに意味があるんだけどね。
あれって神へ呼びかける文言なんか一つもないだろ。
432名無しさん@1周年:02/08/31 00:37
>>430
あなたのようなふざけた人の前で信仰告白をしても無駄と言うことです。
433名無しさん@1周年:02/08/31 01:05
>>426
御自分の発言に責任を持つおつもりがない様子ですね。
では、
> イエス様の十字架が間違いであったことが分かります。
この前言、撤回なさいますか?
434名無しさん@1周年:02/08/31 02:02
>>433
自分勝手なことを言わないで下さいね。
撤回するはずがないではないですか。
435石原莞爾:02/08/31 02:07
まあ、放置が一番です。
たぶんエホ証であろう。
436名無しさん@1周年:02/09/01 15:14
426は逃げたのか
437名無しさん@1周年:02/09/01 17:38
復活を信じないものには十字架は間違いであるし、
復活を信じるものには十字架は大いなる恵みであるし。

十字架のみわざを否定し、神の栄光を盗みとり、自分のものとしようとする。
それが偽預言者の正体だよ。
438名無しさん@1周年:02/09/01 18:17
キリストが十字架に架けられて人々の罪を背負った云々はまぁ
否定するつもりはない。
しかし聖書云々言ってるだけで自分の言葉をもたない人はどうかと。

私的にはキリストが最後に示された愛(=自己犠牲?)の姿を
忘れるなという意味でなら十字架飾ってもいいのでは?と思う。

しかしながらそれを信仰対象とするのには疑問を覚えずにはいられない。
幸いにして(本当に正しく伝えられたかどうかは別としても)聖書という
ものが伝えられている。
本来そういったものや日々の様から学ぶべきなのに上辺で物事を判断し、
神を、また自分たちを違う宗派の人達を中傷したりする(正誤を論ずる等の行為)のは
愚の骨頂でしょう。

私は >>259 あたりのやり取りに素直に感動した。
無神論者には響かないかもしれないが(私もそうだし)、キリストとユダとのやり取りの引用は
少なからず感銘を受ける人も多いはずだ(そう信じたい)
この心を忘れた人が宗教戦争を起こしたりしている事実をどう考える??
神の子を自称するのはいいが、その前に人間である事を忘れるなと言いたい。
かく言う私も人に偉そうにいえる人間ではないが・・・ 考える葦でありたいですね。
439名無しさん@1周年:02/09/01 18:31
>>438

>信仰対象

ではないよ。信仰告白のシンボルだから。
信仰対象は、キリスト。
440名無しさん@1周年:02/09/01 19:58
「どのように」キリストに従うか、信じるか、愛するか、
それがぎゅーっと詰まったシンボルなんだよね。十字架。

処刑道具を信仰対象にしたって、しょうがないでしょ、実際。

マルコ
「わたしの後に従いたい者は、自分を捨て、自分の十字架を背負って、
わたしに従いなさい。

自分の命を救いたいと思う者は、それを失うが、わたしのため、また福音のために
命を失う者は、それを救うのである。

人は、たとえ全世界を手に入れても、自分の命を失ったら、何の得があろうか。

自分の命を買い戻すのに、どんな代価を支払えようか。

神に背いたこの罪深い時代に、わたしとわたしの言葉を恥じる者は、人の子もまた、
父の栄光に輝いて聖なる天使たちと共に来るときに、その者を恥じる。」
441名無しさん@1周年:02/09/02 22:54
十字架の救済論はイエスが言ったことではない。
後に再臨に希望を持たす為にパウロが構築した理屈である。
442ツッコミ:02/09/02 23:28
>>1
 だめだよ、ちゃんと「偽」って付けとかなきゃ。
443名無しさん@1周年:02/09/03 02:29

>>442
そりゃ「じじい50」さんことだろう。
反統一教会の大物だ!
444438:02/09/03 02:30
>>439

>>信仰対象
>ではないよ。信仰告白のシンボルだから。
>信仰対象は、キリスト。

失礼しました。信仰告白ね。。

ただね、敢えて言わせてもらうと「キリスト=神」なの??
信仰対象ってことは。。
信仰対象は唯一無二の「神」であり、キリストは「伝導師」的な感じが・・・
私的には「キリスト=師匠」ってのがしっくりくる。尊敬するって感じか。

それで十字架だけど・・・上記の視点で考えると告白だろうが祈りだろうが
それは神に対して行う行為なんですよね?
で、あるか(もとい) で、あれば・・・十字架を置く意味はやはり438で書いた
ように自己犠牲の姿を(=愛?)を忘れるなという・・・
それなら納得できるという意見です。
445名無しさん@1周年:02/09/03 02:35
信仰告白のシンボル≒信仰の対象
完全に区別するのは心理的に難しい


やっぱり十字架は偶像だな。
既存の教会は偶像崇拝だ

446名無しさん@1周年:02/09/03 22:08
あげ!
447文サムエル:02/09/03 22:14
俺さまは韓鶴子が勝利とやらをした後に
文鮮明が崔元福に血分けして生まれた子だ〜〜〜〜
448名無しさん@1周年:02/09/03 22:23

それで…
449名無しさん@1周年:02/09/03 22:29
>>447
もっと面白いこと書け。
450名無しさん@1周年:02/09/06 20:21
偶像崇拝禁止!
451名無しさん@1周年:02/09/07 19:44
洗礼ヨハネの失敗→ユダヤ民族の失敗→イエスの十字架
452名無しさん@1周年:02/09/07 21:25
素朴な疑問ですが、神父さんとかって十字架の意味とか説明してくれるの?
聖書の引用は要りません(ウザイので)。判りやすく簡潔な説明キボンヌ。
453名無しさん@1周年:02/09/07 22:47
統一神学校の十字架に落雷した謎解きの答えがこの運動だね

本当は、この世から統一教会を取り去ろうという意味なのにねえ
454名無しさん@1周年:02/09/07 23:21

やってみたら、てめーで。
何もできないくせに。
455名無しさん@1周年:02/09/07 23:45
本当は、この世から統一教会を取り去ろうという意味なのにねえ

順調に事は推移しておる
456名無しさん@1周年:02/09/08 00:22

負け惜しみ?!…
457名無しさん@1周年:02/09/08 00:51
 二十五年以上に渡る統一教会の 経済活動を中心とした中で
このお金が、どのように使われ、一部のお金が、不正蓄財に使われたか
をお話します」

 さて、私は、1978年の日本統一教会の経済活動から統一教会が、嘘をついてもお
金を集める経済活動、献金活動、霊感商法体質に大きく変質していったと見ていま
す。現在までに、日本統一教会から海外へ送金された総額は、1兆円を超えるでしょう。
1978年前は、リトルエンジェルの維持費、アカデミーや科学者の会議、言論指導
者会議など、むしろ、社会的には、一定の貢献をした可能性が、ある活動に使われて
います。
458名無しさん@1周年:02/09/08 00:52
ただ、1966年に韓国の統一産業を創立して以来、一和、世一重工、韓国チタニウ
ム、一信石材、一成綜合建設、興栄水産、世一観光などの創設資金、維持費として、
日本からの献金や資金が、使われています。また、済州島の土地購入にもかなりのお
金が、使われていますし、韓国の38度線近くの南側の土地も密かに購入されてお
り、これら不動産は、文師の親戚や幹部たちの名前で、購入されています。
 こうした企業の従業員は、統一教会員でない人も多くいましたが、韓国としては、
大学も出ていない中では、高給をとれるということで、形だけ統一教会員になってい
る人も数多くいました。こうした給料泥棒的な韓国人の統一教会員を養うのに、98
年の経済危機で、大リストラするまで、毎月で、10億円から30億円(これには、
後述する韓国の世界日報は、含まれません)以上の日本からの資金が、必要だったの
です。
459名無しさん@1周年:02/09/08 00:54
いや、十字架好きだからむしろ十字架からキリスト教会を取り去って欲しいんだけど・・・。
460名無しさん@1周年:02/09/08 00:55
 こうした企業や統一財団の幹部になった古い統一教会の幹部は、韓国では、当然の
役得、日本的にいえば、不正蓄財した人が、朴さん、郭さん、金明大、ブラジル金こ
と金ヒョンデ、劉大行現総会長、若手では、公職を今年追放されたチェ・イルドなど
が、代表的な不正蓄財幹部でしょう。
 さて、77年頃から文師は、ソウルの国会の前のヨイド広場に神殿を建てると言っ
て一時、献金を集めていましたが、当時の韓国政府が、国会より高い建物を建てる許
可を出さなかったために、神殿建設計画を中止。
 そのお金は、78年から、映画「仁川上陸作戦」の映画製作に回されました。この
映画は、当時の世界日報社長で、後の統一教会の6代目(1996年6月から98年
3月)の石井光治元会長が、中心になって、作りました。この映画プロジェクトは、
大失敗で、総額130億円以上を使いながら、米国で、わずか数週間上映されました
が、興行成績が、まったくだめ、駄作で、教会内でも教養のない、石井氏を使ったた
めだと避難が噴出したくらいです。
 日本の世界日報は、75年に創刊されて以来、毎月1億円から4000万円ぐらい
が、赤字で、統一教会から援助されており、これも総額200億円近くが、使われた
ことになります。最近は、倒産寸前の状況だとのこと。
461円楽:02/09/09 00:13
>>459
ぎゃはははは…
459さんに座布団3つ!!
山田君!!
462名無しさん@1周年:02/09/09 00:23
本当は、この世から統一教会を取り去ろうという意味なのにねえ

順調に事は推移しておる
463名無しさん@1周年:02/09/09 00:25
・文鮮明先生ご自身が「六マリアの悲劇」についてコメントした、すなわち
「先生は六マリアどころじゃないよ、60マリアだよ」
464名無しさん@1周年:02/09/09 00:25
>>461 の意見に賛成です。
465名無しさん@1周年:02/09/09 00:38
>>463
嘘をつくな、463、そんな事実はない。
嘘をついたら地獄で舌を抜かれるぞ。
466名無しさん@1周年:02/09/09 00:51
>465

お前、文鮮明と話した事ないだろ
467名無しさん@1周年:02/09/09 04:39
>>466
勿論、話したことがあるから言うのさ!
468名無しさん@1周年:02/09/09 23:48
おめでたい統一教会信者の集まるスレはここですか?
469名無しさん@1周年:02/09/10 06:02
>>468
反統一走狗もいるよ!!
バウワウ!!=)))=)))
470名無しさん@1周年:02/09/10 21:30
反統一パペットもいるよ!!
イヤ〜ン!!
471名無しさん@1周年:02/09/13 00:32
warawra
472名無しさん@1周年:02/09/16 21:21
最近アメリカでは十字架を外す教会が現われ始めた
そうだ。
473名無しさん@1周年:02/09/16 21:26
>>472 テロの影響でせうか 主よ。あなたの守りがありますように。。
474名無しさん@1周年:02/09/16 23:24
アーメン!
475名無しさん@1周年:02/09/16 23:40
 まあ、十字架の姿を愛とするキリスト者も怖気づくということですか?
476名無しさん@1周年:02/09/17 19:17
>>472
十字架がないのは、統一教会とエホ証と…あとどこだっけ
477名無しさん@1周年:02/09/17 22:37
創価学会(藁
478名無しさん@1周年:02/09/18 01:07
     / ̄ ̄ ̄ ̄\  
    /         \ フー
   /\    -‐   '''ー.|  先生の子種を堕落エバに
   |||||||   ‐ー  くー |  授ける摂理に勝利したとういんだね。
   (6-.´゚ ,r(、_>、 ゚'`.| 
  |   ト‐=‐ァ'_ |   神と交渉して人数減らしてもらった
   \ ` `二´ / |    んだね。
     \____/ \
 / u   u       u \
/       u   u    \ 
 u  ノ  u        )u |
   ノu   .:::o:::.   .::o::.ヽ  |
  /|             ヽ |
  /| u    u      u  ) |
  |(  \____ × _/) }
  | \_________丿|
 J|||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||し|
J           | |    |J
            | |     .|
            | /     |
 ________/|___|
 |        u  | u     |
479名無しさん@1周年:02/09/18 10:19
>>476-477
十字架のある仏教教会ってどこよ
480名無しさん@1周年:02/09/18 21:06
>>479
最近、韓国の太田の佛僧にイエスが現われて、寺の
隣に基督教会を建てるように命令しました。
その佛僧はイエスの言うとおり教会を建てました。
次に十字架を取り去るように命令しました。
その通り十字架を取り去りました。これは本当の
話です。
481名無しさん@1周年:02/09/19 21:56
???本当???
482名無しさん@1周年:02/09/19 23:59

>>480 そこは礼拝堂として使用されてるのん?? お坊さんがキリストの説教してんのけ(?。?)ゞ
    
483名無しさん@1周年:02/09/20 05:14
<<482
キリスト教の牧師を招いているそうです。
信者は仏教とクリスチャンだそうです。
484名無しさん@1周年:02/09/22 08:53
僧ですか!!
485名無しさん@1周年:02/09/24 05:05
>>484
はい、そうです。
486名無しさん@1周年:02/09/25 00:51
十字架を取り外すのはいいが、
その意義をよく知ってからにしてね。
487名無しさん@1周年:02/09/27 23:30
その通り!
488名無しさん@1周年:02/09/28 00:07
 卍って、ちょび髭小男が現れるまでは、欧州でも十字架の
図像バリエーションとして扱われていたんだが、それも
取り去ったのかな?
489名無しさん@1周年:02/09/28 11:18
考えてみると、惜しいことをしたよ

ヒトラーが自分の党と軍隊にハーケンクロイツだけでなく十字架を識別標として
採用していたなら。
今ごろ全ヨーロッパで十字架使用禁止令がだされていたかもしれないのに。
490名無しさん@1周年:02/09/28 11:29
長老派の教会である、横浜指路教会には、どこにも十字架がありません。
長老教会には、十字架を全くおいていないところも多いです。
その理由は、「神の御言葉に集中するため」と言うことだそうです。
491名無しさん@1周年:02/09/29 01:02
>>490
賛成!!
492名無しさん@1周年:02/10/02 01:35
エイメン!
493名無しさん@1周年:02/10/02 01:37
カルバニスト...
494名無しさん@1周年:02/10/02 11:39
ゴディズム
495名無しさん@1周年:02/10/02 22:03
Headwing
496名無しさん@1周年:02/10/06 01:42
十字架よさらば
497名無しさん@1周年:02/10/06 01:44
十字屋がどうかしたのか?
498名無しさん@1周年:02/10/06 01:44
カルバニスト反対!!
499名無しさん@1周年:02/10/06 10:38
絶対反対!
500ヨハン君 ◆DV4hb.MG/U :02/10/06 18:23
組合派の教会にも十字架ありませんよ〜☆

メソジスト教会にはあるのかな〜?
501名無しさん@1周年:02/10/06 19:33
>>500 日本キリスト教団のある組合教会にいく機会がありました。
十字架がない礼拝堂をみて少し驚いたというか、ゾットした経験あり(w。

日本キリスト教団のメソジスト教会については
知ってる限り、十字架は必ずありました。

ウェスレアン・ホーリネス教会連合はどうでしょう。
教派全体の方針はわかりませんがショーケースといえる
淀橋教会にはご存知のとおり十字架はありません。 by 聖霊派信仰の俺っち。
502名無しさん@1周年:02/10/06 20:24
>>501
ウェスレアン・ホーリネス淀橋教会にはご存知のとおり十字架はありません。×
ウェスレアン・ホーリネス淀橋教会にはよく知られているとおり、十字架はありません。○

十字架のない教会について気になります。
説教中の目線をどこに合わせているのでしょう。
牧師さんのカオ拝んでもショーガナイし。

説教台のうしろにある壁に埋め込みもしくは掛けられている
十字架をながめていると
いまは礼拝の時なんだ、しっかり拝聴しよう、との自覚が強くなると思うが。
503名無しさん@1周年:02/10/06 20:31
組合教会は、もとをたどればカルバンですから、十字架をおかない教会も多数あるでしょう。
メソジストは、もとをたどればアングリカンですから、十字架は必ずありますね。
ついでに、聖餐式は前に出て、ひざまずいて受けるのが、メソジストとしては正式というか、
伝統に則した方法です。
504名無しさん@1周年:02/10/06 21:37
>>502
やっぱり後ろの壁を見ているのは、十字架があっても無くても失礼では?
普通、話を聞く時は相手の顔を見るのが基本ですよね。
505名無しさん@1周年:02/10/07 22:29
Age
506名無しさん@1周年:02/10/10 23:01
辛いは十字架を立てると書く。
辛い時は十字架を背負っていると思い、
凌いでください。後で復活があるよ。
グリコのおまけ。
507ふぁんだ君 ◆D4dp.jHAHM :02/10/10 23:19
十字架ないと教会ってわかんですぅ・・・(・。・)
508名無しさん@1周年:02/10/11 01:46
タウンページかナビゲーターじゃいけない?
509名無しさん@1周年:02/10/16 14:46
礼拝堂の内部の正面の壁に十字架の形の切り込みがある教会がある。
十字架型の窓みたいな感じで壁の向うの風景が細く明るく見える。
510名無しさん@1周年:02/10/16 15:01
このスレッドは偽りの教えのスレッドです。
>>1はうそ偽りを書いています。
イエス様は十字架に架かるためにこの世に来ました。
神様は、人間を愛するがゆえに、
独り子イエスを十字架にかけられたのです。
福音から十字架をとったら、いのちはなくなります。
511名無しさん@1周年:02/10/16 15:17
友のために命をなげうつこと、これをしのぐ愛はありません。
み子の犠牲に感謝!.........................................( 然り
512マルキオン:02/10/16 15:22
あぁ、なんて可哀想なイエス・・・。
そんな十字架が必要な世界を創造したヤハウエは最悪のヤッちゃ。(叱り
513名無しさん@1周年:02/10/16 22:35
>>510
なんで愛する独り子を十字架に架けるのが愛なの?
それはパウロ神学の大きなミステークではないのか?
神は他に人類を救う方法はあったはずだ。
あなたは他人を救うために己が息子を十字架に
架けますか?
514名無しさん@1周年:02/10/19 03:28
そうね!!
515名無しさん@1周年:02/10/19 03:39
 もし、愛する者の霊が神に受け入れられて天国に召されるなら、
自分はそのために命を捨てても良いということだよ、きっと。
 イエスの死と復活は、そのまま神ご自身の愛ゆえの死と復活の
約束を体現しているんだよ。父である神は御子イエスを失う悲しみ
とご自身が死を選ぶ決断を下されているんだよ、十字架でね。
 イエスが十字架上の死を受け入れなければ、神の怒りがこの世
を滅ぼしていたかもしれない。イエスの愛がなければ、愛の真の
意味が神を信じる者に永遠にわからなかったかもしれない。
516515:02/10/19 03:44
 乱文ごめん!!
517名無しさん@1周年:02/10/19 03:52
コスプレ板最強のストーカーの写真を公開。高橋正樹30才。[email protected]
http://camelabo.virtualave.net/bbs/gra/bakahashi-up.jpg
http://camelabo.virtualave.net/bbs/gra/KKcoscamestalker.jpg
518名無しさん@1周年:02/10/19 05:51
>>515
神は十字架でなくてもその至高の愛を
現す方法があったはずです。例えば、
イエスが結婚して、立派な家庭を創れば
それ以上の愛の証しはないと思います。
何故、十字架というネガティブな方法を
取ったのか謎です。
519ろんぎぬす ◆/UlxLqTUjM :02/10/19 20:36
>518 
愛といっても色々あります。

新約聖書には @神への愛A人間への愛 の大切な2つの戒めがあります。
イエス様はA人間の愛ではなく@神の愛を顕す為に十字架にかかったのです。

イエス様は自分をイケニエにして人間の原罪を償い助けました。
コルベ神父の身代わり死の愛も、その顕れの一例です。
人間の愛の顕れとして結婚をしても、2人の人間としての「原罪」は消えません。
ご存知ないのかもしれませんが、
昔エルサレム神殿で「イケニエを捧げていた背景」を理解しなければいけないのです。

悪魔は自分の命を与えて「人を生かす事」をしません。
むしろ「富や願望達成」の為に、
人の寿命や人の命財産を「賭け事に使い奪って」生きています。
それにはキリスト教で説く「罪の概念」を理解しなくてはいけません。
520名無しさん@1周年:02/10/19 22:38
生贄を捧げるなんて原始の人間じゃないのです。
あなたはご自分の子供をイケニエにできますか?
そんな愛は犬にでもくれてやりなさい。
愛はそんなネガティブなものではありません。
イエスの十字架の理由は聖書を読めばはっきりしています。
ユダヤ人がイエスを信じなかったからです。
もし、イエスがユダヤ人に受け入れられていたら、
イエスは生きて地上天国を築き、再臨の必要も
なかったのです。聖書を熟読してください。
521名無しさん@1周年:02/10/20 07:22
>520 
>生贄を捧げるなんて原始の人間じゃないのです。
 旧約聖書も原始の人間です。否定するなら なぜ聖書を信じるの。
>あなたはご自分の子供をイケニエにできますか?
 旧約聖書にイケニエ記事はあります。
 子供を殺さなくとも 子供を犠牲にしている例は 現代社会にもあります。
>そんな愛は犬にでもくれてやりなさい。
 かまってくれるのはネコ・カラス・ハトしかいません。
>愛はそんなネガティブなものではありません。
 貴方 どうアクティブ?コルベ神父の身代り死亡もキリスト教の愛ですがね。
>イエスの十字架の理由は聖書を読めばはっきりしています。ユダヤ人がイエスを信じなかったからです。
 約聖書にユダヤ人はイエスを信じないと預言されている。
 カエサルのものはカエサルに(納税の勧め)神のものは神に返しなさい(献金の進め) 
 神は アブラハム・イサク・ヤコブの神で(葬式用でなく)生きている者の神 とも言った。
 ピラトとの会話で@この世の国のものかAユダヤ人の王なのかB真理とは何かと言った時 
 @この世のものでないAその通りであるBあかしの為に世に来た と答えた。
 http://life.2ch.net/test/read.cgi/psy/1034859751/21-28
>もし、イエスがユダヤ人に受け入れられていたら、イエスは生きて地上天国を築き、再臨の必要もなかったのです。
 ユダヤ滅亡が早まっただけ。旧約の預言も成就しない。
>聖書を熟読してください。
 http://life.2ch.net/test/read.cgi/psy/1034859751/154-156
522名無しさん@1周年:02/10/20 07:23
×  約聖書にユダヤ人はイエスを信じないと預言されている。
○ 「新」約聖書にユダヤ人はイエスを信じないと預言されている。
523名無しさん@1周年:02/10/28 04:25
日本でキリスト教の宣教が失敗した最大の理由
はそのイケニエの思想が風土に合わなかったからだ。
イケニエの思想は血を見ても平気な連中の思想であって、
農民である日本人には根付かない。
524名無しさん@1周年:02/10/28 04:38
>>523
君は農民なのか?
525名無しさん@1周年:02/10/28 09:53
>>524
たぶん違うと思う。
アニメの主人公以外の動物を見たことがない都会のお坊ちゃんでしょう。
農民なら家畜の屠殺くらい平気で見れなければ務まらんだろ。
526ろんぎぬす:02/10/28 21:10
>523−525

日本人とて戦国時代は血を見ているし、
士農分離までは農民といえど、一揆や落ち武者狩りをした。
祝詞(のりと)にあるように
山の民は狩で家畜飼いの解体で「血の穢れや動物の生き剥ぎ」もした。

平和な江戸時代でも飢饉の時は赤ん坊や死んだ者を食べて血を見ている。
町人や旅の衆は街道筋や獄門の処刑された生首を見ている。
また雨乞いや川や貯水の枯れの満たしに
マレ人の旅人や身寄りのない親子などを「人柱(ひとばしら)」というイケニエをした。

現在でもヨーロッパの物としてキリスト教を排撃する原因や
日本への根付かなさは
江戸初期の過酷な邪宗門弾圧と「既存の先祖」を敬う神道や仏教の風土に負けたせいでもある。

学校唱歌や病院や医学・科学や軍事などの「附属」で、
キリスト教にも先祖を敬うのに地域有力者による聖人の崇敬や
レクイエム(鎮魂歌)のような「キリスト教の法要」があるにもかかわらず、

明治維新後に入ったもので「日本の通過儀礼」に溶け込んだのは、
@結婚式のウエディング・ドレスと挙式に教会聖堂の使用
A年末行事のクリスマスとジングルベルの曲にケーキ食べ
B受験用の聖書の言葉(狭き門・愛・豚に真珠・洗礼・アーメン)
C学校の音楽で讃美歌モドキの替え歌(たんたんたぬき・第九・表彰式・主人は冷たい土の中)
D食パンとワインとオリーブ油の普及
Eアクセサリーに十字架
だけだったというキリスト教布教で「信仰してくれない」惨敗の結果であった。
527名無しさん@1周年:02/10/28 22:33
イエスを十字架に架けることで人類を救済する
と言うのが野蛮な思想だと言ってるのだよ。
だから日本人にはそんなまやかしの思想が
根付かなかったのではないかと…
528名無しさん@1周年:02/10/28 22:34
 へぇー、日本人てそんなに賢かったとは知らなんだ。
529名無しさん@1周年:02/10/28 22:53
賢いというか、真面目じゃない…
530名無しさん@1周年:02/10/28 22:54
そもそも、自分の罪が他人に肩代わりできるという考え方が、100%的に
合理的ではないと誰もが感じる、というのがキリスト教の最も理解されない
点だと思う。

自分の罪はどこまでいっても自分でしか償えない。

そう考えるのが、普通の合理的な考え方である。それはインド的なカルマの
思想でもある。自分の業は自分で返す。それが合理的な精神として納得可能
な論理でもある。

しかし、キリスト教は別に真理でも合理でもなく、あくまでも「方法論」だ
と理解することは可能なのである。それは「自分の罪がキリストに償って
もらえる」と「信ずる」宗教なのである。それがパウロの宗教「キリスト教」
であった。

人は「本当はどうであれ(うそだろうとマコトだろうとそれとは関係なく)」
そうだと信じてくれるなら「あなたはそれでゆるされた感覚を得る」という
ことなのである。それがキリスト教なのである。そうして「許されたのなら」
気が楽になって、これから「実際的に自分の罪を償うことができるでしょう」
から、「普通なら大変だったはずの苦しみも楽に越えられるようになりますよ」
というのが、この宗教の意味なのです。

そこまでが、教会ですぐに教えられるキリスト教ですが、そこから先が本当
の宗教の意味なのです。それは「聖霊とともに進む」ということなのです(以下略)
531ろんぎぬす ◆/UlxLqTUjM :02/10/29 06:01
 ↑
>530
出典は何処なんだろう?興味関心がある。
532名無しさん@1周年:02/11/02 03:56
1コリント 2:8 この世の支配者たちはだれ一人、
この知恵を理解しませんでした。もし理解していたら、
栄光の主を十字架につけはしなかったでしょう。

パウロはこう嘆いておられます。
イエスの十字架は神の計画でないことが分かる。

533名無しさん@1周年:02/11/02 04:32
自分の罪を自分で償えると確信している人のほうがよっぽど不遜なのだが........
534名無しさん@一周年:02/11/02 05:21
>532
どこをどう読めばそういう風に読めるのか?
不思議。

イエスの十字架が神の計画であったのに
それを人が受け入れないと嘆いているのに。
535名無しさん@1周年:02/11/02 05:32
>自分の罪を自分で償えると確信している人のほうがよっぽど不遜なのだが........

他人の罪を背負って死んだという阿呆もいたが、それからも世の中は混沌・・・
あやつは新しい葡萄酒ができる前に帰ってくると言ってなかったか?
ボジョレー・ヌーボー騒ぎは何回起きたのやら・・・・

536名無しさん@1周年:02/11/02 05:38
十字架はローマ人の処刑方法だな。
ユダヤ人によって殺されたのなら何で石打ちにされなかったのかな?
ピラトはイエス処刑に対して「手を洗った」のなら、ユダヤ人に
イエスを渡せばいいのに。
537名無しさん@1周年:02/11/02 06:48
>現在でもヨーロッパの物としてキリスト教を排撃する原因や
>日本への根付かなさは
>江戸初期の過酷な邪宗門弾圧と「既存の先祖」を敬う神道や仏教の風土に負けたせいでもある。

自分で「邪宗門」と認めていれば世話ないよ。
でもさ、信徒も棄教すれば助命されたんだろ?
秀吉の時代、長崎二十六聖人殉教関連だったか、12歳の信徒を何とか棄教させて
救おうと、長崎奉行が情のこもった説得を続けたが、改心させることに成功
できなかったという話もあるらしいが。
これがヨーロッパで異端、魔女と目をつけられた場合には・・・・・・・
538名無しさん@1周年:02/11/03 01:28
age
539名無しさん@1周年:02/11/03 01:31
>>536 どうしてだろうね。考えてごらん。
540名無しさん@1周年:02/11/03 02:01
>539
イエスがローマに対して武装蜂起を企てた為じゃないのか?
事実をそのまま書くとまずいから、聖書ではボカシてるんじゃない?
福音書でイエスを捕らえにきたローマ兵に、弟子の一人が剣で切りかかった
というのがあるが、あれは何を表しているんだろうね。
541名無しさん@1周年:02/11/03 02:08
生きていても死んでいても傍迷惑な男、その名はイエス。
542名無しさん@1周年:02/11/03 02:17
>>540
剣で切りかかることをしなかったデシが10人いたということを表しています。
543名無しさん@1周年:02/11/03 02:22
>542
つまりチキンということか。
筆頭弟子は師匠のことを三度知らないと言って逃げたし。
こんなんではガキの革命ゴッコ以下だ。
544名無しさん@1周年:02/11/05 23:43
十字架撤去が先だ。
十字架はパウロ神学の詭弁で成り立っている。
545名無しさん@1周年:02/11/05 23:48
546名無しさん@1周年:02/11/06 03:38
>>545
ウイルスばらまくな!
【 キリスト教成立のキーワード:私的考察 】
@罪(ハマルティアαμαρτια) 神との契約違反で天国の自由を失う 
地上生活と人類の「原罪」の発生 
A愛 地上生活での神の戒め 神と人への『愛(アガペーαγαπη)』 
B契約(ディアテーケスδιαθηκησ) 律法と預言書と詩篇から最期の晩餐による 
 肉(パン)による信者の繋がりの教会と血(ブドウ酒の杯)による「贖罪」の「契約」 
C十字架(スタウロスσταυροσ) 神との新しい契約としての人類の原罪の贖い 
 贖いで足りない所を補う 主への讃美と善行と施しをイケニエとして捧げる事 
 行いの有る『信仰(ピスティスπιστισ)』 
D復活(アナスタシンαναστασιν) 
 古いものを捨て「神のロゴスθεοσ λογοσ」によって新しく生きる甦りの命と 
 最後の審判でのキリスト(χριστοσ)の弁護による救い(ソーテールσωτηρ) 
 天国に戻る『希望(エルピスελπισ)』 
E教会(エクレシアεκκλησια) 契約により
 キリストを頭(かしら)として肢体になった信者は 
 天国(パラディソ)を相続する自由人の女から生まれた子となり 
 聖霊(ハギア・プネウマ)の賜物として 異言(グロッサ)や霊的な歌や癒しの奇跡を得る 
F公会議 同質・同一本体 三位一体 神人一人格 各信条 
 総主教制 神の母の呼称 聖書(テモテU3:16)の選抜などを決定 
【 サクラメント・ミステリオンの原型:私的考察 】
@悔い改めの水の洗礼(主イエスと洗礼者ヨハネ マルコ1:1−11) 
A聖霊と火の洗礼の象り堅信の塗油(主イエスと母マリヤと11弟子 使徒1:1−2:13) 
B口で告白して罪の赦しを得る痛悔(使徒パウロの説明 ローマ10:8−10)
C罪の赦しを得る契約の晩餐の象り聖餐(主イエスと12弟子 マルコ14:22−26) 
D二人は一つカラダになる婚配(使徒パウロの説明 コリントT6:12−7:16) 
E長老の按手による叙階(使徒パウロと従者テモテ テモテT4:14) 
F長老による癒しの塗油(主の兄弟ヤコブの説明 ヤコブ5:14)
○香油による臨終の塗油(主イエスと女弟子マグダラのマリア マルコ14:3−9) 
  【 創造主であり唯一の神との契約 ユダヤ教のシェマァの祈り 】
★マルコ伝12:29 イエスは答えられた。
「一番たいせつなのはこれです。『イスラエルよ。聞け。われらの神である主は、唯一の主である。
★マルコ伝12:30 心を尽くし、思いを尽くし、知性を尽くし、力を尽くして、あなたの神である主を愛せよ。』
★申命記6:4 聞きなさい。イスラエル。主は私たちの神。主はただひとりである。
★申命記6:5 心を尽くし、精神を尽くし、力を尽くして、あなたの神、主を愛しなさい。
★申命記6:6 私がきょう、あなたに命じるこれらのことばを、あなたの心に刻みなさい。
★申命記12:31 あなたの神、主に対して、このようにしてはならない。
彼らは、主が憎むあらゆる忌みきらうべきことを、その神々に行ない、
自分たちの息子、娘を自分たちの神々のために、火で焼くことさえしたのである。
★申命記12:32 あなたがたは、私があなたがたに命じるすべてのことを、守り行なわなければならない。
これにつけ加えてはならない。減らしてはならない。
★申命記13:1 あなたがたのうちに預言者または夢見る者が現われ、あなたに何かのしるしや不思議を示し、
★申命記13:2 あなたに告げたそのしるしと不思議が実現して、
「さあ、あなたが知らなかったほかの神々に従い、これに仕えよう。」と言っても、
★申命記13:3 その預言者、夢見る者のことばに従ってはならない。
あなたがたの神、主は、あなたがたが心を尽くし、精神を尽くして、
ほんとうに、あなたがたの神、主を愛するかどうかを知るために、あなたがたを試みておられるからである。
★申命記27:26 「このみおしえのことばを守ろうとせず、これを実行しない者はのろわれる。」
民はみな、アーメンと言いなさい。
★ヤコブ書1:15 そして、欲望ははらんで罪を生み、罪が熟して死を生みます。
★コリントα書15:56 死のとげは罪であり、罪の力は律法です。
★ローマ4:20 なぜなら、律法を行うことによっては、すべての人間は神の前に義とせられないからである。
律法によっては、罪の自覚が生じるのみである。
  【 原罪を贖う十字架 】
★マタイ伝9:13 『わたしはあわれみは好むが、いけにえは好まない。』とはどういう意味か、行って学んで来なさい。
わたしは正しい人を招くためではなく、罪人を招くために来たのです。
★ヤコブ2:13 憐れみを行わなかった者に対しては、仮借のない裁きが下される。憐れみは裁きに打ち勝つ。
★へブル書7:27 ほかの大祭司たちとは違い、キリストには、
まず自分の罪のために、その次に、民の罪のために毎日いけにえをささげる必要はありません。
というのは、キリストは自分自身をささげ、ただ一度でこのことを成し遂げられたからです。
★ガラテヤ書3:13 キリストは、私たちのためにのろわれたものとなって、
私たちを律法ののろいから贖い出してくださいました。
なぜなら、「木にかけられる者はすべてのろわれたものである」と書いてあるからです。
★申命記21:22〜23 ・・・死刑・・・木につる・・された者は、神にのろわれた者だからである。
★ローマ書7:6 しかし今や私達を繋いでいたものに対して死んだのであって、
私達は律法から解放され、その結果、古い文字によってではなく新しい霊によって仕えているのである。
★コリントβ書3:6 神は私たちに力を与えて新しい契約に仕える者とされたのである。
それは文字に仕える者ではなく霊に仕える者である。[律法の]文字は人を殺し[キリストの]霊は人を生かす。
★ガラテヤ書3:14 このことは、アブラハムへの祝福が、キリスト・イエスによって異邦人に及ぶためであり、
その結果、私たちが信仰によって約束の御霊を受けるためなのです。
★コリントα書15:44 自然の命の「体」があるなら、霊的な「体」もあります。
★ヨハネ伝3:5〜8 肉から生まれた者は肉であり、『霊』から生まれた者は霊である。
★ガラテヤ書6:8 自分の肉に蒔く者は、肉から滅びを刈り取り、霊に蒔く者は、霊から永遠の命を刈り取ります。
★マルコ伝12:17 「皇帝のものは皇帝に、神のものは神に返しなさい」
  【 復活の命に預かる教会の愛 】
★コロサイ書1:15 おん子は目に見えない神の生き写し、すべての造られたものに先だって生まれたかた。
★ヨハネ伝18:36 わたしの国は、この世に属していない。
★コロサイ書1:18 おん子は教会という体の頭。おん子は初めであり、死者の中から先立って生まれた方。
こうして彼はすべてにおいて先立つかたとなられた。
★コリントα書15:55 「死よ、おまえの勝利はどこにあるのか。」
★ヤコブ書4:5 それとも、聖書に次のように書かれているのは意味がないと思うのですか。
「神はわたしたちの内に住まわせた霊を、ねたむほどに深く愛しておられ、
★ヨハネ伝3:16 神は独り子をお与えになるほど、この世を愛された。
独り子を信じる者が一人も滅びることなく、永遠の命を得るためである。
★コリントα書14:1 愛を求めなさい。
★コリントα書13:4 愛は寛容であり、愛は親切です。また人をねたみません。愛は自慢せず、高慢になりません。
★コリントα書13:8 愛は決して絶えることがありません。・・・。
★コリントα書13:13 こういうわけで、いつまでも残るものは信仰と希望と愛です。その中で一番すぐれているのは愛です。
★ローマ書12:9 愛には偽りがあってはなりません。悪を憎み、善に親しみなさい。
★テモテβ書4:2 御言葉を宣べ伝えなさい。
折が良くても悪くても励みなさい。とがめ、戒め、励ましなさい。忍耐強く、十分に教えるのです。
★レビ記19:18 復讐してはならない。あなたの国の人々を恨んではならない。
あなたの隣人をあなた自身のように愛しなさい。わたしは主である。
★マルコ伝12:31 第二の掟は、これである。『隣人を自分のように愛しなさい。』この二つにまさる掟はほかにない。」
★マタイ伝7:12[ 黄金律 ]それで、何事でも、自分にしてもらいたいことは、ほかの人にもそのようにしなさい。
これが律法であり預言者なのです。
  【 油注がれた者の信仰 】
★マタイ10:16 「わたしはあなたがたを遣わす。それは、狼の群れに羊を送り込むようなものだ。
だから、蛇のように賢く、鳩のように素直になりなさい。
★テサロニケα書5:21 すべてを吟味して、良いものを大事にしなさい。
★テサロニケα書5:22 あらゆる悪いものから遠ざかりなさい。
★コロサイ書3:16 キリストのことばを、あなたがたのうちに豊かに住まわせ、知恵を尽くして互いに教え、互いに戒め、
詩と賛美と霊の歌とにより、感謝にあふれて心から神に向かって歌いなさい。
★ヘブル書13:15 そして善を行う事と施しをする事とを忘れてはいけない。神はこのようないけにえを喜ばれる。
★テサロニケβ書4:11 また、私たちが命じたように、落ち着いた生活をすることを志し、
自分の仕事に身を入れ、自分の手で働きなさい。
★テサロニケβ書4:12 外の人々に対してもりっぱにふるまうことができ、また乏しいことがないようにするためです。
★ヤコブ書3:26 霊魂の無い体が死んだものであると同様に、行いの無い信仰も死んだものなのである。

  【 創造主であり唯一の神への頌栄 】
★コリントα書12:3 神の霊によって語る者は、だれでも「イエズスはのろわれよ」とは言わないし、
また、聖霊によらなければ、だれも「イエズスは主である」と言うことはできません。
★コリントα書16:22 主を愛さない者がいるなら、その者にのろいあれ。マラナ・タ〔主よ、来てください〕。
★コリントβ書13:13 主イエス・キリストの恵み、神の愛、聖霊の交わりが、あなたがた一同と共にあるように。
★ユダ書25 わたしたちの救い主である唯一の神に、わたしたちの主イエス・キリストを通して、
栄光、威厳、力、権威が永遠の昔から、今も、永遠にいつまでもありますように、アーメン。
【 キリストの福音の理解 】には、
「ディダケー(十二使徒の教訓:遺訓)」「ヒッポリュトスの典礼」「エウセビオスの教会史」
とか古代教父の書き残し(使徒教父文書)や、
第1コンスタンチノープル公会議381年「ニカイア信条」「三位一体」
カルケドン公会議451年「二性一人格」エフェソスの公会議431年「神の母」
ニカイア公会議787年「聖像の尊敬」西方と東方が別の地方会議「聖書66巻」
を決定した、古代の主教(監督)達の会議(七つの公会議(全地公会)や地方会議)とか、
黄泉下りを「ニコデモ福音書(ピラト行伝)」「ペテロ福音書」聖母マリヤを「ヤコブ原福音書」
Tテサロニケ5:23のプニューマ(霊・息・風)プシュケー(魂・霊魂・心)ソーマ(体・肉身)
ヨハネ伝1:1−6のロゴス(言葉)ゾーエー(命)フォース(光)エイコーン(イコン:影像)
クリストス(塗油された者)ソフィア(知恵)オグドアス(八つのもの)ウーラノス(天空・大気)
デミウルゴス(製作者・創造主)ヘブドマス(七つのもの)などのグノーシス思想の用語を、
「トマス福音書」「フィリポ福音書」「使徒ユダ・トマスの行伝」「マリヤ福音書」
「プトレマイオスの教説」「ヨハネのアポクリュフォン」など外典や偽典などの注釈から理解や、
「罪(的はずれ):ハマルティオン」「王(都市国家アテネの祭司・裁判者):バシレウス」
「(ユダヤ王に即位の)油注がれし者:キリスト(ヘブル語メシア)」
「福音(戦勝報告で生き延びて安心する”よき知らせ”:エウアンゲリオン」
「司教(主教・監督):エピスコポス」「公同教会(カトリック教会):エクレーシア・カトリケー」
などの語源をギリシア語辞典からや、
歴史的流れで、ユダヤ戦争でエルサレム破壊後に初代キリスト教に合流した、
ヘレニズムのギリシア語を話すユダヤ教改宗者・エッセネ派・洗礼者ヨハネの集団・
クムラン教団の宗教規則「死海文書」の知識が必要だろう。
また、神の知恵・信仰を「ピスティス」として、「ソフィア」という普通の知恵と区別している。
【 初期教会小史 】
30 イエス十字架刑・復活・昇天・聖霊降臨
31 ステパノ殉教(エルサレムにて)
64 主の兄弟ヤコブ殉教(エルサレムにて)
61-65 パウロ殉教(ローマにて)
67-68 マルコによる福音書、ペテロの殉教後に書かれる
100年代に「司教職」「信条告白(クレド)」「経典(聖書)」を拠り所とする教会的基準が確立。
200年代は迫害や、異端との闘争が続く。
A)203年ごろ 三位一体を言い出したテルトゥリアヌスの生きた時代には、
黙示録の類は否定されており、ヘブライ書・バルナバの手紙・ヘルマスの牧者を、
新約聖書の正典として読む教会があった。
B)313年 ミラノ勅令 (コンスタンティヌス帝によりローマ帝国が)キリスト教を公認。
C)325年 ニケーア公会議で「カイサリア信条」の「父と子は同質である」同質論を決めた。
D)381年 三位一体を「ニケア・コンスタンティノープル信経」と共に決めた。
ローマ帝国東部の4総大司教座のうちコンスタンティノープルが第1の地位と決める。
E)397年 (西方教会)カルタゴ(地方)会議で27書を(新約聖書の)正典と確認。
F)431年 エフェソス宗教会議でマリアに「神の母」の称号を決めた。
F)451年 カルケドン宗教会議でキリスト論に於ける「神人二性一位格」を決めた。
G)692年 コンスタンチノープルのトゥルルス会議でヨハネ黙示録を新約聖書に入れた。
H)787年 ニカイア公会議「聖像の尊敬」を決定。
I)790年ごろ 南フランスで使徒信条のテキストが書かれた。
555ろんぎぬす ◆/UlxLqTUjM :02/11/08 20:43
キリスト教史T 山川出版社 第五章 キリスト教ローマ帝国
1 東方における教会と国家
325年 ニケーア公会議(同質論) 
カイサリアのエウセビオスが提出した「カイサリア信条」に、
「父と子は同質である」という言葉を挿入したものが、・・・採択されたので、
アタナシウス派の勝利、アリウス派・・・異端とされ・・・追放
327年 第2二ケーア公会議 アリウス派的な信条を決定・・・
335年 テュロス教会会議で、アタナシウスを破門、336年追放・・・
・・・アリウスは腸が裂けて頓死した・・・
355年 ローマ司教・・・に、アリウス派の・・・就任・・・
双方の間に乱闘が起こり3000人が殺傷された・・・拷問を用いてまで・・・再洗礼を強要・・・
381年 第1コンスタンチノープル公会議(三位一体論)「ニカイア・コンスタンチィノポリス信条」
父と子と聖霊なる三つの位格(ペルソナ)の中に示す一つの神と宣言された。
431年 エフェソスの公会議(神の母論?)・・・
ラオディケイアの司教アポリナリオス・・・アンティオキア学派の猛烈な反対、
マリアを「神の母」と呼ばず「キリストの母」・・・ネストリウスの主張・・・
これに対するアレクサンドリアの司教のキュリロスの再反論・・・「強盗会議」と呼ばれる醜態を呈した。
411年 カルタゴ教会会議(恩寵論?) ドナティズム紛争 
アウグスティヌスの事効主義「教会と聖職職階制には聖霊が宿っている。
司教の行う聖典礼の効果は、司教の人格によるのではなく、聖霊によるのである。」
451年 カルケドン公会議(両性論)「聖書の決定?」「カルケドン信条」
「両性は一つの人格、一つの本質の中に並存する」が「両性説」
「単性説」はコプト教会、シリアのヤコブ派教会、アルメニア教会。
2 西方の情勢
p208 ペテロの座 ローマ教会は「使徒相伝」は、
ローマ司教リベリウス(在位352〜366)の354年の「リベリウス表」が根拠であった。
ペテロはイエスの死後10年(AD40)でローマ司教に成っていたとする史料であった。
パウロのローマへの布教は、それからズット後であった。
【 マタイ・ルカ伝の「聖霊と火の洗礼」について 】
キーワードは「舌と油」と「古いものから新しいものへ」。

@日本基督教団の解釈では、火は古いもの(古い秩序)を焼き払うとし、
Aカトリック教会の解釈では、火は聖霊のカタドリとし、
解釈とは別に、水の洗礼の後に、聖霊のカタドリとして「堅信の秘蹟」で塗油を行っている。
B正教会は洗礼の際に、聖書でも塩は清めるとあるので、舌に塩を放り込み清める。
聖書では「聖霊は舌のような火」が人を清め、塩により舌を清める。
カトリックと同じように水の洗礼の後に「堅信の秘蹟」に相当する「フ膏の機密」で塗油を行う。

オリーブ油は癒しであり火を生ずるものであり、
クリストス(塗油による聖別者)にする役割の物だからである。
キリスト教徒の名の由来は、ここにある。
また新約聖書の@ヤコブ(AヤコボBイアコフ)書には「舌は火である」という記述があり、
ほかにエルサレム神殿の破壊(兵火にかけられて焼失する)を予見、
またはユダヤ反乱で神殿破壊による「古いものを焼き払う」という新教の解釈に相当する記事がある。

@使徒パウロ(A聖パウロB聖パウエル)はキリスト教徒になることは、
「古いものを捨て新しいものを着る」ことと表現している。
聖ルカによる使徒行伝(使徒言行録)では「聖霊降臨」により、
聖霊の賜物として異言という「外国語で祈る」記事が書かれている。
聖書が原語で読めたなら
 −−−聖書語学の証しと勧め 大久保史彦 聖書語学同好会

14 メシアとキリスト p44−45
メシアということばはふつう「救い主」と訳されていますが、
ヘブル語では「油注がれた者」という意味です。
旧約時代には、王や祭司として神に代わって民を治めるべく任命されるときに、
頭に油を注がれて、その特別の使命を受けた印としたことに由来しています。
ヘブライ語 マーシャハ(動詞)「油を注ぐ」
ヘブライ語 マーシーアハ(名詞)「油注がれた者」(メシア)
ギリシア語 クリーストス(名詞)「油注がれた者」(キリスト)
ギリシア語 クリーオー(動詞)「油を塗る」

私註※ カトリックのサクラメント(秘蹟)での@堅信やA病者の「塗油」の由来か?
正教のミステリオン(機密)では「膏」の字を当てている。@傅膏とA聖膏。

15 アブラハム p46
アブは「父」、ラハムは「多くの者」という意味です。
ほかに、サムエル記U3:3に出てくるアブシャロムは「父は平和」という意味、
サムエル記T14:50に出てくるアブネルは「わが父は光」という意味だそうです。

私註※ 新約に「アッバ、父よ」と呼ぶ霊が、我々の御霊であり。という、
「アブ=アバ」がアラム・ヘブライ語の「父」の語彙だと言う事。
シャロム(平和)は、イスラエル関係で、よく聞かれる言葉ですよね。
シャローム(こんにちは)は、平和がありますように。だし、
サレムの王は、平和の王であり、頭にエルが付いて、エルサレムと街の名になる。
【 イエスがメシアである判断箇所 】
よって「聖霊と火の洗礼」とは、舌によるもの・兵火により、
「古い言葉(ロゴス)や霊を払い、キリストの言葉(ロゴス)や霊を着る」事を意味する。

新約聖書 ルカによる福音書 3章4節以下。
これは、預言者イザヤの書に書いてあるとおりである。
「荒野で叫ぶ者の声がする。
『主の道を整え、・・・人は皆、神の救い(エヴァンゲリオン)を仰ぎ見る。』
そこで(洗礼者)ヨハネは、洗礼を授けてもらおうとして出て来た群衆に言った。
「蝮の子らよ、差し迫った神の怒りを免れると、だれが教えたのか。
悔い改めにふさわしい実を結べ。・・・
(洗礼者)ヨハネは、「だれからも金をゆすり取ったり、だまし取ったりするな。
自分の給料で満足せよ」と言った。

3章15節 (ユダヤの)民衆はメシアを待ち望んでいて、
(洗礼者)ヨハネについて、もしかしたら彼がメシアではないかと、皆心の中で考えていた。
そこで、ヨハネは皆に向かって言った。
「わたしは あなたたちに水で洗礼を授けるが、・・・優れた方(メシア)が来られる。
その方(メシア)は、聖霊(主の霊)と火(の焼き払い)で あなたたちに洗礼をお授けになる。
・・・火で焼き払われる。」・・・(洗礼者)ヨハネを牢に閉じ込めた。
(狂気のガリラヤ王)ヘロデは・・・悪事を加えた。
3章21節 イエスも洗礼を受けて祈っておられると、天が開け、
聖霊(主の霊)が鳩のように目に見える姿でイエスの上に降って来た。
すると、「あなたは わたしの愛する子(神の子)、わたしの心に適う者(メシア)」という声が、
天から聞こえた。
4章3節 そこで、悪魔(堕天使)はイエス(神の子)に言った。
「神の子(メシア)なら、・・・
4章8節 イエスはお答えになった
『あなたの神である主(アブラハムの神)を拝み 
ただ主(アブラハムの神)に仕えよ』と書いてある。」
4章17節 預言者イザヤの巻物が・・・書いて・・・
4章18節「主の霊(聖霊)が わたしの上におられる。
貧しい人に福音(エヴァンゲリオン)を告げ知らせるために、
主(アブラハムの神)が わたしに 油を注がれた(メシアした)からである。・・・

ルカ7章18節以下=マタイ11章1節以下。
・・・預言者以上の者(メシア)である。・・・
マタイ25章31節以下 章題「すべての民族を裁く」
人の子(メシア)は、・・・栄光の座に着く。
王(メシア)は右側にいる人たちに言う。
『さあ、・・・国を受け継ぎなさい(天国に入りなさい)。・・・
ルカ9章20節=マタイ16章16節
・・・ペトロが答えた「(アブラハムの)神からのメシアです。」
聖書が原語で読めたなら
 −−−聖書語学の証しと勧め 大久保史彦 聖書語学同好会

57 いつも喜んでいなさい p136
テサロニケ人への手紙第Tの5:17の
17 αδιαλειπτωσ προσευχεσθε.(註:語尾のσは別文字)
アディアレイプトース プロシューケッセ「絶えず」「祈れ」

45 的をはずれると「罪」 p107
神に背を向けた状態
「罪」というのはギリシア語でハマルティアーといいます。
これはもともと「失敗」という意味があり、
槍を的に向かって投げるとき的をはずすという意味からきているのだそうです。
新約聖書においては、
このハマルティアーは明白な罪の行為を指しているのではなく、
罪の行為が起こってくるもとの罪の状態を意味し、
神という「的」からはずれ、神との正常な関係からはずれた人間の状態、
神に背を向けた状態をいうのです。
αμαρτια(単数形)ハマルティアー

正教要理 p39 四、罪 
人間が神に与えられた中で最も大切なものは自由です。
他人の意志によらず、束縛を受けず・・・喜びを持つ、・・・
しかし、人間は自由をはき違え悪魔の誘惑に負け、
自分の生命を神のみ手にゆだねることを拒み、神の前に罪を犯しました。
・・・。悪は神から来るものではなく罪から生まれるものです。
無限に尊い神にそむいた罪ですから人間は自分の力で罪のつぐないを
することはできません。・・・人間が悪にうち勝つために
救い主ハリストスを遣わすことを・・・されました。

私註※ [新教]神に背を向けた状態・・・。[正教]神にそむいた罪・・・。
【 聖書での善と罪の概念(共立女子聖書学院院長など歴任の著者による) 】

善 実践上の価値概念で悪の反対語。
聖書では神の伝達的属性(知識、知恵、善、愛、聖、義、真、主権)
の一つとしてとらえている。
イエスは絶対的な意味で神のみが善であると断言している(マタ19:17
「良い方」、マコ10:18「尊い方」、共に[G]アガソスが用いられている)。
「神が造られた物はみな良い物」である(Tテモ4:4)が、
その善は造られた神によるものだからである。

罪 1.旧約における罪。
(1)用語。おもな語は次の4種。
a。[H]ハーターは「失敗する」(士20:16)、
「失っている」(ヨブ5:24)、「つまずく」(箴19:2)など、
もともとは「的(目標)、または道をはずす」の意の一般的な語。
神との関係においては「罪」と訳され(創4:7、出10:17)、
神が人に定められた道を踏みはずすという意味を表す。
2.新約における罪。
(1)用語。a。[G]ハマルティアの動詞、
ハマルタノーはもともと「的をはずす」、
あるいは「迷う」「誤る」を意味する一般的な語であったが、
70人訳において[H]ハーターのギリシヤ語訳として用いられ、
専ら「罪を犯す」という聖書特有の意味を表す語となった。
・・・具体的な罪の行為や律法違反を意味する(・・・)。
また、行為だけでなく人間の持っている神に敵対する性質をも
意味して用いられる(・・・)。

罪人 善でも悪でもない中立的立場の人はいない。
すべての人間が罪人であり(ロマ3:23)、
例外はない(5:12−21、Tコリ15:22)、
・・・罪人であるがゆえに罪を犯すのであり、ことばや思いや、
行為において絶えず罪を犯し続けているのである(ヤコ4:17)
【 ロシア的「罪」の理解 】
→ ドストエフスキー 罪と罰(下)江川卓訳 赤613−7岩波文庫 定価(本体760円+税)
宗教的「罪」は、грех:グリェーフ(グレーフ)と呼ぶ。
使い方として、
@しかたない損も(責任も)半々に(半分こに)грех пополам
Aグリェーフを使う、若気の過ち грехй молодости
失敗・間違いの語を使う、若気の過ち ощйбки молодости
B彼を虐めるのは可哀想 
грех его(彼を)обежить:アビジャ−チ(怒らせる:侮辱する)
とあり、このことから、法律ではなく生活上の罪、
ロシア的な宗教的「罪」の使い方は、
「神様を怒らせるような事をしでかした」「どっちの人間にもある過失」
「人生一度は誰もがする失敗」と理解できる。法律を破ったの意味ではない。
慣用句というか、決まった言い方に、
人間は皆、罪人です все Люди грещнь?
罪の赦しを神に祈る замолить грех
とあり、似た語幹に、
греция:ギリシア(国名・民族名)や、
@原罪A背信という意味に、грех−опадение の単語がある。
ギリシャな奴、とは、罪創りな奴って事か?これは言葉のあやです。
ロシア文学「罪と罰」で使われる「罪」は、
Пре−ступление:プレ−ストゥプレーニエ
越える−歩む(踏み越えてしまう)という法律上の罪を意味する。
p428 ロシア語を知らないと気がつきようもないが、
この長編の題名の一要素である「罪」の原語「プレストゥプレーニエ」
は「越える」を意味する「プレ」という接頭辞(せっとうじ)と、
「歩む」を意味する「ストゥパーチ」という動詞の合成語から派生した名詞で、
原義は「ふみ越えること」の意味なのである。
ロシア語で「罪」をあらわす言葉には、このほかに、
主として神の掟を破った罪を意味する「グレーフ」という名詞があるが、
「プレストゥプレーニエ」のほうは、人間の定めた掟を「ふみ越えた」罪、
つまり、犯罪なのである。
p429 ・・・ソーニャは自分のことを「罪の女」と呼んでいる。
この「罪の女」の原語は、神の掟を破った罪を意味する「グレーフ」
から派生した「グレーシニツァ」である。
ということは、神を信ずるソーニャが抱いていた罪意識を、
「ふみ越えた」という言葉によって、
ラスコーリニコフが強引に自分の罪意識に引き寄せ、
彼女を自分の「同類」にしようとしていることを意味するのだろう。

ちなみにキリスト教徒で「罪の女」と聞けば、
売春婦とか、マグダラのマリア(マグダレーナ)を思い浮かべるだろう。
帝政ロシア時代の売春婦は、黄色い免許証を持っていた。つまり公娼制だったのである。
キリスト教教理史入門 諸信条の成立 
アラン・リチャードソン著 シリル・H・パウルス訳 
日本聖公会出版部 1968年7月5日250円

p79 アポリナリオスは人間を
身体(ソーマ)、霊魂(プスケー)、霊(プネウマ)に分ける
聖パウロの周知の分割法を採用した(Tテサロニケ五・二三)。
彼の心理学〔霊魂論〕によると、
霊は(動物にない)人間の理性的、道徳的、霊的〔宗教的〕機能、
すなわち人間の持つ特に人間的な要素(人格)であり、
霊魂は肉体的生命、人間と動物とが共有している機能である。
そこからアポリナリオスは更に一歩進めて、
キリストの人格には人間の霊はない、なぜならキリストにおいて
霊の占めるべき場所にロゴスがはいっているからである。
・・・人間の霊または精神(mind)がない。
従ってキリストには完全に罪がない。
p80・・・人間を動物から区別するはずのものが
キリストの人格に全然存在しない・・・神性と人性が一つでない・・・
p84・・・キリストの人格における二つの本性(natureすなわち、
神性と人性)・・・
p89・・・四五一年のカルケドン総会議の信仰定式・・・
p89−90・・・主は神性において全く、人性においても全く、
まことの神にしてまことの人、理性的な霊魂と(アポリナリオスに反対)
身体を持ち、・・・二つの性において混じることなく、
変わることなく(エウテゥケスに反対)、分けられることもできず、
離すこともできぬおかたとして(ネストリオスに反対)・・・
合一によって両性の区別が取り除かれるのではなく・・・
一つの人格、一つの本質にともに入り、
二つの人格に分かたれ裂かれることなく(ネストリオスに反対)
・・・ロゴス、イエス・キリストである。
★テルトゥリアヌス(155年ごろ生まれ、190〜195年に改宗し、220年以降に没している)
  百卒長の息子でカルタゴ生まれ。
法律と修辞学を学び、生活語のラテン語のみならずギリシア語に精通していた。
司祭になったが、三位一体を言い出した初めの提唱者であり、
204年ごろからモンタノス派になり、213年に完全に正統教会から離れている。
  彼の慣用句に、
「キリスト教徒は生まれながらにしてキリスト教徒であるのではなく、キリスト教徒になったのである。」
「アテネとエルサレムとに何の関わりがあろうか」
「哲学者はギリシアの弟子だが、キリスト教徒は天国の弟子だ」(以上 護教論) 
  父・子・聖霊
実体[substantia]の統一性[unitas]は三一性[trnitas]へと 
秩序づけている経綸[オイコノミア]の秘義は守られている。・・・
・・・本質[status]についてではなく、相対的な位置[gradus]についてであり、
実体についてではなく、形相[forma]についてであり、
力[potestas]ではなく、〔それをになう〕具体的存在[species]についてであって、
この三つは一つの実体、一つの本質、一つの力に属している。
なぜなら、神は一つであるが、この神から、父と子と聖霊という名で、
このような相対的な位置、あるいは形相、あるいは具体的な存在が生じると考えられるからである。
(『プラクセアス反論』ニ・4〔土岐正策 訳〕)
★オリゲネス(176〜194年に生まれ、激しい拷問の後に釈放された250年以降に没する)
著作に『ルカ福音書講話』『殉教の勧め』など。
(『教会史』六・39・5参照)

キリスト教教理史入門 諸信条の成立 アラン・リチャードソン著 日本聖公会出版部 
p42 第2章 二世紀および三世紀 
クレメンスのすぐれた弟子オリゲネスは三世紀のはじめに・・・
彼(オリゲネス)は青年時代にアレキサンドリアにおいて
(異教の)プラトン主義哲学者アンモニオス・サッカスの講義に出席したことがある。
そういうわけで、古代最期の非キリスト教思想家で、
新プラトン主義の創始者プロティノスとも、
この教師(サッカス)のもとで、しばらく学友であったことになる。

イラスト 西洋哲学史 小阪修平著 JICC出版局 
p122−125 グノーシス主義と新プラトン主義 Hプロティノスと新プラトン主義 
【 キリスト教的グノーシス 】

グノーシスとはギリシア語で知識を意味することばだ。
だが、ギリシア哲学における知識が最初は神秘的なものから出発しながら、
だんだんとことばによって真理を伝えるという知識、
語られうるロゴスになっていったのにたいし、
グノーシス主義のめざしたものは神との合一をめざす神秘的な知識であった。
ヨーロッパの合理主義はその祖先である、
オリエントの霊と肉体の直接的な一致をめざす思想に、
つねにゆり動かされる運命をもっているのだ。

しかし、ここでも、ディオニュソス教が哲学のなかにとりこまれていったように、
グノーシス主義の影響をうけた、より合理的な哲学が成立する。
プロティノスを代表者とする新プラトン主義の哲学であった。
●プロティノス、エジプト生まれ(204〜269)新プラトン主義の哲学者。
プロティノスが使った主な概念は、
一者(ト・ヘン)、叡智(ヌース)、質料(ヒューレー)、自然(フユシス)という
ギリシア哲学伝来のものであった。

プロティノスはこの世界に根拠をあたえている神を「一者(ト・ヘン)」とよんだ。
このことばで私たちが思いだすのは、
パルメニデスの「あるもの(存在するもの)」である。
「あるもの」とは、部分をもたない「一つであるもの」であった。
つまり、「一者」とは完全無欠なものに哲学があたえた呼び名なのだ。
プロティノスはまたこの「一者」のことを「根元的な美」だと考えた。
ここでも、プロティノスの哲学はプラトンに近く、
新プラトン主義とはプラトンのうちの神秘的な要求を拡大した哲学であったともいえる。
万物は一者から生まれ、一者へ帰ろうとする。
だが、プラトンの善のイデアが私たちが到達することができないものだったように、
私たちも一者を理解することはできない。ただ近づきうるのみである。
新プラトン主義でも、強烈な現実否定の情熱と神秘主義が結婚している。
かれらの哲学の目的もまた、自己を脱して(エクスタシス)、
この一者と合一することであった。
人が思惟するのも、花が咲くのも、ただ一者に近づくためだとプロティノスは言った。

だが、このように彼方にある「一者」と、
この現実の世界はどのように関係しているのだろうか。
プロティノスは太陽や泉の比喩でこの両者の関係を説明した。
太陽はたえず万物に光をあたえるが、自分はいつも変わらぬ明るさで輝いている。
あるいは、泉はこんこんとわき出るが、涸れてしまうことがない。
プロティノスはこの関係を「流出」と名づけた。
これはたしかにうまい説明であり、
キリスト教の発想や近代の哲学の発想にまでヒントをあたえるものであった。
●流出
A 一者は絶えず私たちの存在に根拠をあたえている。
B しかし、いくら私たちの世界に根拠をあたえつづけても減ることがない。
もうひとつのプロティノスの思想の特徴は、
「一者」とこの世界をつなぐヌースという存在を考えたということであった。
ヌースは知性とか叡智とか訳され、
理性あるいは精神にあたえられた神秘的な名であった。
ヌースとは神の思惟によって産みだされたイデアの世界と考えるとわかりやすい。
私たちはまたヌースをロゴスであるとも聖霊であるとも考えることができる。
新プラトン主義が古代と中世をつなぐ架け橋となったのは、
ギリシア哲学の成果を宗教的なかたちでまとめあげ、
キリスト教に引きわたしたからであった。
そのなかでも、一者 − ヌース − 私たちの魂という世界の三分法は、
キリスト教の三位一体論の成立に大きな影響をあたえたとされている。

●ヨーロッパ哲学史において光は真理のメタファーである。
私たちが太陽を直接見ることはできないように、
私たちは直接一者を理解することができない。
太陽の光が散乱して地上を包む光となるように、
この世界はヌースによって包まれている。
そして私たちが光を見ることができる器官である眼をもっているように、
私たちの魂の純粋な部分はヌースと通じている。
★一者と私たちの世界をつなぐものはヌースである。
魂のうちで純粋な部分は、
この神のヌース(叡智)の世界とつながった、いわば下級のヌースなのである。
この経路を逆にたどって、私たちはエクスタシスし(自分を脱げだし)神と合一する。
【 グノーシスの薀蓄 】
デミウルゴス(製作者とも造物神とも訳す)は、
もともとは古代ギリシアの「公共職人」を示して使われる言葉。
それをプラトンが、公共職人(デミウルゴス)と言う単語を著書に用いた。
グノーシス思想では、造物神は最高神ではない。
→ 新キリスト教辞典 いのちのことば社

ナグ・ハマディ文書 救済神話 プトレマイオスの教説 第五章に登場する。
ヤルダバオート(「ヤハウェを貶める」の意味の造語)・
サクラス(馬鹿者)・サマエール(盲目の神)とも呼ぶ。

アイオーン(世界・流出)からプレーローマ(充満)があり。
美のプレーローマ、プレーローマの星こそが、救世主イエスと言う。
アイオーンは、ビュスト(深遠)・シゲー(沈黙)をアルケー(根源)とし、
そこからエンノイア(思考)が、ヌース(叡智)とアレーテイア(真理)を生み、
さらにロゴス(言葉)とゾーエ(生命:ヘブル語のエバ)を生んだ。
ロゴスとゾーエは、アントローポス(人間)とエクレーシア(教会)を生んだ。

またプレーローマ(充満)から、30のアイオーン(世界・流出)より、
アカモート(ヘブル語ホクモート由来の借用語:不妊のソフィア(知恵))が、
第八天を創造し、母となり。
その母から天使の一種のデミウルゴス(旧約の神)が、
第七天以下の七つの天を創造した。
デミウルゴスは自分が作った七つの天を、全ての世界と思い上がって、
サクラス(馬鹿)であった。

*ヨハネのアポクリュフォーン?から、
ヤルダバオート(デミウルゴス)は、妬む神であった、
自分が作った天使たち以外に世界があるのはおかしい、
他に神がいるから妬むのであり、ヤルダバオートは思い上がりであり、
妬む神の妬みは、自作では不自然である。
ヘルメス文書 荒井献+柴田有=訳 朝日出版社
ヘルメース・トリスメギストスからタトとの対話
CH]U−ヘルメース・トリスメギストスからタトへ−
普遍的叡知(ヌース)について p314 
13「父よ、他の生き物は言葉(ロゴス)を用いないのですか」。
「子よ、言葉(ロゴス)ではなく、音声を用いるのだ。
しかし、言葉(ロゴス)は音声とはまったく異なる。
言葉(ロゴス)はあらゆる人間にとって共通であるのに、
生き物はそれぞれの種族が自分だけの音声を持っている」。
「しかし父よ、人間の場合にもそれぞれの民族によって
言葉(ロゴス)が異なるのではないですか」。
「子よ、それは異なるが、人間は一つである。
このように言葉(ロゴス)も一つであって、
翻訳されればエジプトもペルシアもギリシアでも同一の言葉が見出される。
子よ、お前はロゴスの効果と偉大さについて無知であるようだ。
至福の神、『善きダイモーン』は、
『霊魂は身体のうちにあり、叡知(ヌース)は霊魂のうちにあり、
ロゴスは叡知(ヌース)のうちにあり、神はこれらの父である』と言った。

14 従って、ロゴスは神の像、神の叡知(ヌース)である。
身体は形(イデア)の像であり、形(イデア)は霊魂の像である。
CH]V−ヘルメース・トリスメギストスが山上で子タトに語った秘められた教え−
再生と沈黙の誓いについて p350
7 ・・・
「子よ、無知が第一の懲罰である。第二は悲嘆、第三は無節制、
第四は欲情、第五は不義、第六は貪欲、第七は虚偽、第八は嫉妬、
第九は計略、第十は怒気、第十一は軽率、第十二は悪意であって、
これらは数で十二になる。
子よ、これらの配下にさらに多くの者どもが居り、
内なる人間(アントローポス)を強いて、
身体という牢獄によって感覚的に苦しませている。
しかし以上の懲罰は、神によって憐れまれた人からは、
一挙にではないにせよ離れ去る。
再生の有様と教えとはこのように構成されている。

8 子よ、これ以後は口を閉じ、沈黙しなさい。
そうすれば、神から私たちに及ぶ憐れみは絶えることがないであろう。

子よ、これ以後は喜びなさい。
神の諸力によって清め尽くされ、ロゴスへと結集しなさい。

神の認識(グノーシス)が私たちに訪れた。
子よ、この訪れによって無知は追い払われたのだ。
喜びの認識(グノーシス)が私たちを訪れた。
子よ、この出現のゆえに悲嘆は、
それを包容する人々のもとへと逃れるであろう。
【 乳香 】 かんらん科の植物の樹脂。
幹を傷つけると乳白色の樹脂がにじみ出る。
その形が乳頭に似ているところから、乳香の名がつけられた。
代表的なものは次の3種である。
(1)聖乳香。紅海沿岸。ヨルダン地方に産する。
(2)返魂樹。アラビヤ、インド、西ヒマラヤに産する。
(3)紙乳香。紅海沿岸に産する。
古代エジプトにおいては神にささげる薫香として使われ、
王しか使うことを許されなかった聖なるものであった。
このエジプトの習慣が出エジプトと共にユダヤ人に伝わり、
神にささげる薫香として用いられた(出30:34.35)。
乳香がその当時いかに貴重なものであったかは、
ヨセフが売られたイシュマエル人の隊商は乳香と没薬を
エジプトに売りに行く途中であったこと(創37:25)、
ヨセフがエジプトで宰相の時、
食糧を買いにいくためにヤコブが持たせた名産品に
乳香が入っていたこと(創43:11)、
また雅歌の記述(雅4:6.14)を見ても分かる。
乳香の煙は神を拝する人々と神を結ぶもので、
神のもの、神に通じるものと考えられ、
古代から薫香として用いられてきた。
イエス・キリストが誕生した時、
東方の博士たちが乳香と没薬と黄金をささげた(マタ2:11)。
これは王となるべき方へのささげ物であった。
乳香の煙には強い殺菌力があり、
中世ヨーロッパでペストが大流行した時、
乳香を薫じて死を免れたと言われる。
現在でも高級香料として香水やオーデコロンに広く使われる。
→エッセンシャル聖書辞典いのちのことば社3200円+税。p444−445
【 聖書の構成変化の流れ 】
55年ごろからパウロ書簡、64年以降にマルコ伝、
110年ごろまでにヨハネ伝・ヨハネ書簡・ヨハネ黙示録。
@マルキオン(140年ごろ)の聖書、ルカ伝+8書簡。

Aイレナエウス(180年ごろ)の聖書、4福音書+使徒行伝+13パウロ書簡
(フィレモン・ヘブライ・Tペテロ・TUヨハネ除く、黙示録は外典)
Bテルトゥリアヌス(203年ごろ)の聖書、
4福音書+使徒行伝+13パウロ書簡+ユダ書+ヘブライ+バルナバ+ヘルマスの牧者
Cオリゲネス(200年代前半)の評価、27書は疑わしい。

●ヒエロニムス(300前後)がラテン語聖書の編纂の際に旧約をヘブライ語から翻訳。
Dエウセビオス(325年ごろ)ニカイア会議前から「教会史」書き始める。

E小アジアのラオディキア会議(363年)、ヨハネの黙示録を除く26巻を正典に。
Fアタナシオス(367)第39復活祭書簡、26書を増やしても減らしてもいけない。
Gヒッポ会議(393)カルタゴ会議(397)27書を正典と確認。

Hコンスタンチノープルのトゥルルス会議(692)
東方教会がヨハネの黙示録を、外典から正典に承認し27書を決定。
Iルター(1522)ヘブライ・ヤコブ・ユダ・黙示録を正典から外す。
>>547-574 キリスト教の基礎的な事で。
明らかにインドや中国の性愛や陰陽男女などの東洋思想と異なる。

十字架の否定は、ギリシア・ローマ相手のパウロ系統の否定。
パウロ(ギリシア・書簡)とペテロ(ローマ・書簡)を否定すると、
ルカ(福音書・使徒行伝)・ヨハネ(福音書・書簡・黙示録)まで否定する事になる。

新約聖書はマタイ・マルコ・ヤコブ・ユダのユダヤ教律法系の2福音書2書簡しかなくなる。
すると2福音書だけではイスラム教でも通じ、
キリスト教の固有の物(十字架や愛やロゴスや光や永遠の命)は、なくなる。
ところで 宗教のテーマといえば、

仏教は「@悟り」と「A解脱(げだつ)」で、
難しい専門用語だと「@梵我一如(ぼんがいちにょ)を悟る事」と 
「A輪廻(サンサーラ)の彼岸(ひがん)に達した寂静涅槃(じゃくじょうねはん)」でしょう。

キリスト教は「@愛」と「A天国」で、
教会の神父・牧師や神の言葉(ロゴス)で聖書(ビブリオまたはハギア・グラフェ)の言うところは、
@−1 天と地を創造した唯一の神を讃美する愛と 
@−2 同じ国の人や隣り人を善行や戒め励まし施しにより愛する事や 
Aイエス・キリストの聖餐と十字架による新しい契約を信じて洗礼を受け 
油塗られた者(クリスチャン)になる事でしょう。
教会の聖堂での礼拝は その昔エジプト王(ファラオ・パロ)しか焚かなかった乳香で敬愛を表し 
また乳香の煙で聖堂内を殺菌し 聖霊の象りの舌のような炎を灯し 
人の舌で神への讃美のイケニエを聖書の言葉(ロゴス)を使って行い 
この世の天国を 復活のあったとされる日曜に 毎週に再現しているという。

お寺の本堂で仏像に線香立てて声明(しょうみょう)や御詠歌(ごえいか)歌うのと、
(阿含シューでは声明も御詠歌もしてなかったはずですが)
物や行いが外見が同じようでも 意味(悟りと愛)も目的(輪廻解脱と天国行き)も違う。
キリスト教徒の集まりは 王国会館(キング−ドムの館)ではなく、 
新約聖書にもあるように「教会」エクレシアであって「バシレウスの館」の語彙ではないです。
旧約聖書のヘブル語は「主の集会(カハール)」であって「メシアの館」という語彙ではない。
現代ギリシア語でも「集会」はεκκλησιασ-μαエックレーシアス・マです。

クリスチャンとして、メシア(へブル語:油注がれし者)キリスト(ギリシア語:油注がれし者)
ソーテル?またはソーテーリアン?(ギリシア語:救世主・救い主)を「王」と意訳しますか?
ソノ支配を「王国」としますか? 主は「神の子」であって「この世のユダヤ王」ではない。

ユダヤの地は、マケドニア王国のアレキサンダー大王や、
ソノ部下で後継者のシリアのセレウコス・ニカノルや、エジプトのプトレマイオス王朝のわけで、
ソノ合間にマカバイの独立とヘロデ大王と来て、
ローマ帝国で皇帝(カエサル)を頂く統治で支配地になったとしたら、
その訳はどうなるでしょうか?

現代ギリシア語 政府κυβερνηση→支配者κυβερνητησ(政府の者)
 大統領制の国の時代。
古代ギリシア語 支配するβασιλευω→王(支配する者)βασιλευσ
 都市国家ポリスやマケドニア王国時代。

現代日本語 政府→政治家・公務員・首相・天皇 立憲君主国の時代。
古代日本語 統(す)べる→すめら尊(みこと) 大君(おほきみ)の時代。

どちらも「王国」に結びつかない。日本史の授業で倭国というが日本王国と聞いた事ない。
日本国王の足利義満ぐらいだろう。
キリスト教ですら共通の「聖書66巻」と「要理」があり 求道者や信者の読むべき一歩です。 
カトリック教会だと「カトリック要理」「公教要理」正教会だと「正教要理」
プロテスタントは日本キリスト教団なら「ウエストミンスター信仰基準」があります。 
「祈祷書」は カトリックに ドミニコ会の「ロザリオの祈り」 
フランシスコ会の「十字架の道行き」 イエズス会の「霊操」などがあります。
正教会は「徹夜祷・三時課・聖体礼儀」と「小祈祷集」です。
聖書は巷に @新共同約(カトリック・プロテスタント共通 + カトリックの旧約聖書・第二正典つき) 
A新改訳(プロテスタント・福音派推薦) B口語訳(プロテスタント) 
C文語訳(プロテスタント・日本初ヘボン博士の翻訳事業訳の大正時代改定版) 
Dフランシスコ会訳(カトリック) Eバルバロ神父訳(カトリック) F正教会訳(正教会) とあります。

BIBLIA SACRA 原典テキスト 新約聖書 
使徒行伝 
ΠΡΑΞΕΙΣ ΑΠΟΣΤΟΛΩΝ(働き 使徒の) 
プラクテイス アポストローン 

現代ギリシア語常用6000語 大学書林 
πραξη[女]行動,行為 αποστολοσ[男]使徒 αποστολευσ[男]発信人 
プラクテー________アポストロス________アポストレウス

言及する αναψερω 記録する αναγραψω 
アナフェロー____________アナグラフォ

∴(ゆえに) 使徒「言行録」の翻訳はギリシア語原典の題名を反映していない。
579名無しさん@1周年:02/11/10 04:01
ろんぎぬすさん、長文ご苦労さん!
で何がおっしゃりたいのですか?
あなたの労作が徒労に終らないことを祈ります。
アーメン!
580名無しさん@1周年:02/11/10 04:03
ろんぎぬすさん、あなたの言いたいこと
私なら一行で書けます。
「イエスの十字架は神のみこころではなかった」と。
根拠も簡単です。祈ってみてください、真摯に。
イエスは答えてくださいます、丁寧に。
581名無しさん@1周年:02/11/11 01:09
age
582名無しさん@1周年:02/11/11 18:55
聖書各書には元来題名はついていないよ。便宜上、付けられたものと思われ。
583名無しさん@1周年:02/11/11 19:09
十字架取り去るのは結構だが、それでモルモン教と間違われるのはイヤだ。
十字架 = 私たちはとりあえず、モルモン教・ものみの塔・統一教会ではありませんよ、
の自己主張のシンボルということで。
584名無しさん@1周年:02/11/11 19:16
>>583
でも、成城にある「復元イエス・キリスト教会」は本当はモルモン教の分派のくせに
プロテスタントを装うためにわざわざデッカイ十字架かかげていて、それなりに効果
をあげていて、みんな騙されて入信しているよ。十字架=キリスト教っていう固定観念
も、こうやって逆手に利用するカルトが出てくるから考えものだと思う。

↓「隠れモルモン・成城の復元イエス・キリスト教会」
http://life.2ch.net/test/read.cgi/psy/1031246443/-100
585月光おかめ:02/11/14 09:42
ろんぎぬすシャン〜
586名無しさん@1周年:02/11/16 01:25
age
587名無しさん@1周年:02/11/17 09:49
ろんぎぬすチャン
588名無しさん@1周年:02/11/17 10:58
おめでたい統一教会信者の集まるスレはやはりここでしたね

ばればれですね
589名無しさん@1周年:02/11/17 11:00
580などはその典型ですね
590名無しさん@1周年:02/11/17 11:03
全国の主要なターミナル駅頭や繁華街では、手相観やアンケート、救援募金等を口実に接近し、
 言葉巧みに心理誘導したあげく、ビデオ・センターや占いサロン、カルチャー・フォーラム等へ
 連れ込み、いわゆる霊感商法で私財を提供させるとともに、あなたを食口【しっく:信者】に
 仕立て上げようとします。なお、郵便受けや玄関のドア・ポストに運勢判断のハガキが入って
 いたらご注意ください。それは統一協会の為業【しわざ】である可能性が大きいのです。
591名無しさん@1周年:02/11/17 11:28
精神的に自立することは十字架を背負うこと。
592名無しさん@1周年:02/11/17 11:57
イエスの救いは、
統一教会では不完全と言っています。
しかし当の統一教会の救いは、
統一教会が認めないセックスをすると永遠の地獄に陥り
サタンよりも悪くなる。そのような人を救う術はない。
という
地上の価値観に立脚した陳腐なものに
とらわれてしまう性質のものです。
また統一教会には、
父と子と聖霊というものだけを
絶対視することをやめて、
教祖の絶対化
そしてそれに一つとなったと錯覚した教会員の自己絶対化
により救いがなくなってしまいます。

593名無しさん@1周年:02/11/17 13:03
>>592 はただセックスがしたいだけなのではないかと......
594横着:02/11/20 23:49
>>588
今ごろ、分かったの?
君の方がおめでたい!!
藁、藁、藁…
595名無しさん@1周年:02/11/28 06:55
十字架よさらば!!
596名無しさん@1周年:02/11/30 17:39
何だこりゃ!?
597名無しさん@1周年:02/12/02 13:00
全国の主要なターミナル駅頭や繁華街では、手相観やアンケート、救援募金等を口実に接近し、
 言葉巧みに心理誘導したあげく、ビデオ・センターや占いサロン、カルチャー・フォーラム等へ
 連れ込み、いわゆる霊感商法で私財を提供させるとともに、あなたを食口【しっく:信者】に
 仕立て上げようとします。なお、郵便受けや玄関のドア・ポストに運勢判断のハガキが入って
 いたらご注意ください。それは統一協会の為業【しわざ】である可能性が大きいのです。



598名無しさん@1周年:02/12/02 23:55
>>597
スレが違うぞ。
599名無しさん@1周年:02/12/03 03:43
>>598
これが本当の「スレ違い」…?

600名無しさん@1周年:02/12/03 03:45
600
601名無しさん@1周年:02/12/03 04:00
>>599
座布団3枚!
602名無しさん@1周年:02/12/03 22:51
円楽さん!!
603名無しさん@1周年:02/12/12 04:19
>>601
すまん、どこがどう面白かったのか
俺にはさっぱり分からん
604名無しさん@1周年:02/12/18 00:50
おやじギャグ
605名無しさん@1周年:02/12/24 18:22
このスレに、十字架のミニチュアを身につけてる人いますか?
理由を教えてください。
606名無しさん@1周年:02/12/24 18:24
>>605
かわいいから。
607名無しさん@1周年:03/01/02 02:51
608名無しさん@1周年:03/01/08 11:19
いつもイエス様が私のために十字架につけられたことを忘れないため
私の教会は最初は十字架だったんだけど、雨に電線やられて
1字架になってるよ
609名無しさん@1周年:03/01/08 11:57
>>608 それエホ証のシンボルだからまぎらわしい。修理したほうがいいかも。
金ないんか?
610?1/4?3?μ?3?n???P?u¨?N :03/01/08 12:09
モルモン教アルミ異の俺氏肖像画
ネカマで頑張るぞー
└──────────v──────
             ll==============ll
            / ̄ ̄ ̄ ̄\:::::::::::||
            (  人____)   ||
         _|./  ー◎-◎-) :::::||_____
        /.. (6     (_ _) )_||      /
      /   | .∴ ノ  3 ノ___〕    /‖  ____
     /     ゝ       ノ ヽ/    /  ‖/    /|_
   /      /     ̄ ̄    )__/   ‖|三三三|//|
    ̄‖ ̄ ̄ (_       _/  ‖       _|三三三|/
     ‖     (        )    ‖       |___|/
     ‖    /(         )~⌒) ‖   §〜〜   _ /__/
          (            /      ⊂二⊃ /| .///|
          \,___λ____,,,ノ       \__/ | ̄ ̄ ̄|/
611米国発:03/01/08 23:38
今年はアメリカで十字架をはずす教会が多くなるそうだ。
612名無しさん@1周年:03/01/09 03:50
最近のアメリカはもうだめだな。
613名無しさん@1周年:03/01/09 03:55
アメリカはイラクの罪なき民衆を大量殺戮するであろう。
そして、サダム・フセインは、また逃げ延びて、
捕まらずに終わるであろう。人殺しの好きな国だな。
幾ら殺しても殺したりない。
非キリスト教国の民衆は家畜同然なのだろう。
恐ろしいことだ。
614名無しさん@1周年:03/01/09 04:07
ブッシュは、また、ワシントンの超教派の聖堂で演説して、
キリスト教十字軍を激励してから出兵するだろうな。
人殺しのために。
キリスト教徒のやることはすげーや。
615名無しさん@1周年:03/01/09 04:14
ブッシュはカトリックだってな。
616山崎渉:03/01/19 20:02
(^^)
617名無しさん@3周年:03/01/22 03:26
コラ!
山崎
618名無しさん@3周年:03/01/29 05:22
>>614
自分たちでも殺しあう、人の命になんの価値も見出せない、
愛も平安もないイスラム教徒らしい台詞ですな(w
619名無しさん@3周年:03/02/07 03:16
十字架は救いのシンボルではありません。
イエス様の復活こそ救いのシンボルです。
従って、十字架はいりません。
620名無しさん@3周年:03/02/07 03:28
>>615
ブッシュはメゾチスト教会所属
歴代の大統領でカトリックだったのはケネディ大統領だけ。
621名無しさん@3周年:03/02/07 03:43
ブッシュの父ちゃんはアングリカンだよな。
アングリカンは米国の上流階級に多いね。大統領も多数輩出。
ブッシュジュニアは教会変えたのか。アングリカンからメソジストじゃ、かなり雰囲気違うと思うけどな。
622名無しさん@3周年:03/02/07 03:49
アングリカンは、十字架どころか聖像・聖画でバシバシ教会堂を飾っているが、1的にはどうなんだろ
6233:03/03/11 11:07
アングリカンといってもいろいろなんだが
624名無しさん@3周年:03/03/11 11:23
>>620
レーガンやクリントンはどうだろう。
彼らもケネディーと同じアイルランド移民の末裔だからね。
625625:03/03/11 16:12
聖書よりも死海文書のほうが正しいとおもうけれど
626名無しさん@3周年:03/03/11 22:20
十字架が要らない理由は簡単だ。
イエスの救いは十字架ではなく、
復活によってもたらされたからだ。
627名無しさん@3周年:03/03/11 22:39
>>626
死があるから復活でしょ。
廃棄物を使用するから再生でしょ。伐採した木から直接作った紙は再生紙と言わないでしょ。
マタイ 21:42 イエスは言われた。「聖書にこう書いてあるのを、まだ読んだことがないのか。
『家を建てる者の捨てた石、/これが隅の親石となった。これは、主がなさったことで、/わたしたちの目には不思議に見える。』
キリストの十字架は、復活と同じ重さがあります。
628名無しさん@3周年:03/03/11 22:51
復活というのは死に打ち勝ったという意味でしょ。
そしてその死が贖罪の意味があるからこそ、
復活もわれわれにとっての希望となりえるのだと思う。
もしイエスの死になんの意味もないなら、イエスの復活も
われわれにはなんの価値もないということになってしまうよ。
629うじ虫:03/03/11 23:27


456 :うじ虫 :03/03/11 22:50
人は未来を一瞬にして想像できる動物なのね。これが基本になるわけ
そして、人はお金儲けというのが真の豊かさだと未来を想像してしまいました。
これは仕方のない事なのです。進化の過程なのですから・・
人間と書いて欲と略する世の中において、一体どれだけ人が心を失い涙を流している
のでしょうか。唯物論も観念論もうじ虫です。ただ一つだけいえること、
それは・・・人は弱い者を助ける為に生きているのです。ただそれだけなのね。

630名無しさん@3周年:03/03/12 04:31
あのね。
「イエスが人類救済の為に、十字架に架かった」という話しを必然である
としているのは、後のクリスチャンが創った言い訳ですよ。イエスは生きて
その使命を全うすべきだったのです。しかし、死んじゃったから神が次善策と
して十字架の後、イエスを霊的に復活させたのではないか。神はあくまでも
イエスが生きてそのご計画をまっとうしてもらいたかったのではないか。
631名無しさん@3周年:03/03/12 12:08
>>630
>イエスは生きて
>その使命を全うすべきだったのです。しかし、死んじゃったから神が次善策と
>して十字架の後、イエスを霊的に復活させたのではないか。

そんなことを言うと、イエス様に「サタン、引き下がれ」って言われるよ。

マタイ 16:21-24 このときから、イエスは、御自分が必ずエルサレムに行って、長老、祭司長、律法学者たちから多くの苦しみを受けて殺され、三日目に復活することになっている、と弟子たちに打ち明け始められた。
すると、ペトロはイエスをわきへお連れして、いさめ始めた。「主よ、とんでもないことです。そんなことがあってはなりません。」
イエスは振り向いてペトロに言われた。「サタン、引き下がれ。あなたはわたしの邪魔をする者。神のことを思わず、人間のことを思っている。」
それから、弟子たちに言われた。「わたしについて来たい者は、自分を捨て、自分の十字架を背負って、わたしに従いなさい。
632名無しさん@3周年:03/03/12 13:21
>>628
>そしてその死が贖罪の意味があるからこそ、
>復活もわれわれにとっての希望となりえるのだと思う。

神の性質が、神の降誕(受肉)により地上に、そして死と黄泉降りによって地獄まで及び
全被造世界が神化された事が われわれの救済であって 贖罪が救済ではない という
諸教父の見解もあるよ

西方救済論のみがキリスト教の救済論というわけではない。
633名無しさん@3周年:03/03/12 13:56
>>632
>神の性質が、神の降誕(受肉)により地上に、そして死と黄泉降りによって地獄まで及び
>全被造世界が神化された事が われわれの救済であって 贖罪が救済ではない という
>諸教父の見解もあるよ
それってオリゲネスの見解に似てますね。
正統教理では陰府の霊魂の救済であって、地獄には及ばなかったはず。
オリゲネスは地獄の悪魔も救済されると言って公会議で断罪されました。
そしてオリゲネスは、人の霊魂は生まれる前から永遠に存在するとか言ってました。
これも断罪の対象となしました。
これは、全被造世界が神化されたという解釈にあい通じるような気がします。
そもそも、被造物が神化することはありません。神性は父と子と聖霊の唯一の本性のみです。 
634名無しさん@3周年:03/03/12 15:04
>>633
>そもそも、被造物が神化することはありません。神性は父と子と聖霊の唯一の本性
>のみです。
聖アタナシオから聖グレゴリオ・パラマまで 人間の神化について語っているよー
(可動態における神化ではあるが。) 
635名無しさん@3周年:03/03/12 15:07
>>633
そうだ、正統教理では地獄には及んでいないな
でも、そういえば、地獄はどうやって出現した事になっているのだろう・・・・

636名無しさん@3周年:03/03/12 15:28
>>634
確かに、アタナシオは、
「神が人に成ったのは人が神に成るためである(人間の神化,テオーシス)」
と言ったらしいですが、私たちの人性が破壊されるという意味ではないと考えるべきですね。
「第六回全地公会議の信経 」
彼の霊魂によって生かされた至聖にして汚れのない肉体は、神化されたが、破壊されず、その固有の様相と状態にとどまった。
637名無しさん@3周年:03/03/12 18:03
>私たちの人性が破壊されるという意味ではないと考えるべきですね。
勿論です。
グレゴリオ・パラマの主張でも、人はそのウーシアとエネルゲイアを保ったまま、
神のウーシアとエネルゲイアには変ずることなく、聖霊に於ける神のデュナミスに
預り満たされるにとどまる とされてます。
638名無しさん@3周年:03/03/12 20:20
639名無しさん@3周年 :03/03/12 22:16
>>638
新約のレクシコン引いてもあまり意味無いよ
アリストテレス典拠の用語の教父転用だから・・・・
640名無しさん@3周年:03/03/12 22:20
>>639
ギリシャ教父はコイネー・ギリシャ語ではなく、
単なる古典ギリシャ語を使用してたんですか?
641名無しさん@3周年:03/03/12 22:24
>>640
確かにギリシァ教父はしばしば擬古文的にアッティカ方言によるけど
それ以前の問題として、上記定式がアリストテレスの哲学のテクニカル・タ
ームである以上、一般的なギリシァ語の用法を参照しても差異はわかりにく
い。哲学事典を引いたほうがはやいよ。


642名無しさん@3周年:03/03/12 22:37
>>639
これどう?
http://www.perseus.tufts.edu/cgi-bin/resolveform

dunamis
power, might, strength

energeia
action, operation, energy

ousia
that which is one's own, one's substance, property
643名無しさん@3周年:03/03/12 22:48
ここ凄いね。こんなのまで載ってた。
hupostasis
that which settles at the bottom, sediment
644名無しさん@3周年:03/03/13 22:36
パウロは歴史上最高の伝道師だが、イエスの十字架を
必然としたことにおいて、罪がある。勿論、キリスト教の
勢力を伸ばす為の方便だったことはわかるが…
それではイエスが可哀想だ。
645名無しさん@3周年:03/03/13 23:08
>>644
君、浮いてるよ。
646名無しさん@3周年:03/03/15 00:25

有難うございます。
君が沈まないことを祈ります。
647名無しさん@3周年:03/03/16 02:27
このスレも沈んでるね
648山崎渉:03/03/21 21:18
(^^;)
649山崎渉:03/03/21 22:30
(^^;)
650名無しさん@3周年:03/03/22 00:31
>>647
このスレ浮かべ!↑↑↑
651名無しさん@3周年:03/03/22 01:27
UP,UP↑↑↑
652名無しさん@3周年:03/03/22 07:24
UP,UP↑↑↑
653&lro;:03/04/05 18:21
 
654名無しさん@3周年:03/04/15 22:30
アメリカでは、イースター(4月20日)に十字架を
撤去する教会がいくつもあるそうだ。
655名無しさん@3周年:03/04/18 17:32
>>1
あなたの発想はどこから来たの?
656名無しさん@3周年:03/04/18 20:18
>>655
イエスの啓示から来ている。
657名無しさん@3周年:03/04/19 02:00
>>656
俺さんの荒らしはどこから来たの?
658名無しさん@3周年:03/04/19 20:56
>パウロは歴史上最高の伝道師だが、
>イエスの十字架を必然としたことにおいて、罪がある。
でも、パウロは、生前のイエスは見たことがなくて、
地上で十字架に架けられたことしか知らなかったんだから、
それを拠り所とするより、しかたない。
伝道の器として選ばれた彼に罪があるとは思えない。
659名無しさん@3周年:03/04/19 21:05
>>658
そのとおりだと思います。
イエスが十字架に架かったのですから、その是非(神の計画だったのか否か)
より、イエスの十字架とうい現実を受け入れ、イエスの再臨を待ち望む
人に希望を与える為にも、イエスの復活を強調せざるを得なかった。
「復活こそ神のみこころだったと…」
しかし、パウロは「もしイエスが生きて神のみこころをまっとうしたら」
という発想をしなかった。これが2000年のキリスト教の行く道を
決定し、そのご誰もイエスの十字架が「神の予定であった」ことを疑わなかった。
これがキリスト教の最大の悲劇だ。
660名無しさん@3周年:03/04/19 21:07
まーたく、>>1は、女児のオナニーパンツとおしっこは注文するわ、
盗撮ホムペを宣伝するわ、パンチラサイトを集めるわ、
マリア崇拝はするわ、金縛りにあうわ、
悪霊牧師の戯言を信じるわ器物損壊するわ、
死ね馬鹿を連発するわスレッドを荒らすわ
BBSは荒らすわ福音派でもねえのに福音派を名乗るわ
マリアをイシスと勘違いするわ自分の問題を人のせいにするわ
多重人格で自作自演するわアトピーにはなるわ花粉症にはなるわ
ろくなことしてねーな。恥さらしもいいとこだ。w
661山崎渉:03/04/19 22:31
   ∧_∧
  (  ^^ )< ぬるぽ(^^)
662&lro;:03/05/04 00:09
 
663大薗弘章:03/05/15 00:34
Re: はじめまして 大薗 - 2002/11/17(Sun) 23:08 No.34

キリストに出会うまでの話を読みました。
神様の愛の御計画を感じました。ありがとうございます。
私も、3年間サラリーマンをしたあと、今は神学校に行きながら
牧師になる準備期間をすごしています。
祝福がありますように!
664名無しさん@3周年:03/05/15 22:52
ま、なんていうかさ>>1の名前が良くないと思うね。
偉っそうに何が「預言者」だ?

お前の偉そうな態度で(略
665名無しさん@3周年:03/05/17 11:19
 佐倉哲さんの「聖書の間違い」を読むと聖書の勉強になります。
イエス当時に起こったいろんな事件が、旧約聖書の予言の成就である
という聖書の記述が、あまり信憑性がないことなどについても書かれ
ています。

 聖書を厳密に読むと、神の予言やイエスの予言も外れていること
なども指摘されていて興味深いです。
 聖書が100%完全無謬なものではないという事を説明しています。
 聖書の文字の奴隷になってはいけないということでしょうね。

 (注意)ただし、聖書を基本的に尊重する人向けです。まだ読んだ事のない
人には、聖書にマイナスの先入観を与える事になるので薦められません。

 http://www.j-world.com/usr/sakura/bible/errors.html
666名無しさん@3周年:03/05/17 21:04
獣の数字
667山崎渉:03/05/28 09:16
     ∧_∧
ピュ.ー (  ^^ ) <これからも僕を応援して下さいね(^^)。
  =〔~∪ ̄ ̄〕
  = ◎――◎                      山崎渉
668名無しさん@3周年:03/06/05 21:55
てゆうか「聖書にマイナスの先入観」を最初から持っている読者を
喜ばすための本だろ
669名無しさん@3周年:03/06/07 09:03
†††キリスト教質問箱†††
キリスト教全般についての質問箱です。
質問は誰にでも出来ますが、信仰問題についての回答はクリスチャンに限らせていただきます。
クリスチャンとは以下の使徒信條に同意する者とします。

使徒信條  The Apostles' Creed
我は天地の造り主、全能の父なる神を信ず。
我はその独り子、我らの主、イエス・キリストを信ず。主は聖霊によりてやどり、処女マリヤより生まれ、
ポンテオ・ピラトのもとに苦しみを受け、十字架につけられ、死にて葬られ、陰府にくだり、
三日目に死人のうちよりよみがえり、天にのぼり、全能の父なる神の右に座したまえり、
かしこより来りて生ける者と死ねる者とを審きたまわん。
我は聖霊を信ず、聖なる公同の教会、聖徒の交わり、
罪の赦し、身体のよみがえり、永遠の生命を信ず。アーメン。

I believe in God, the Father almighty, creator of heaven and earth.
I believe in Jesus Christ, God's only Son, our Lord,
who was conceived by the Holy Spirit, born of the Virgin Mary,
suffered under Potius Pilate, was crucified, died, and was buried; he descended to the dead.
On the third day he rose again; he ascended into heaven,
he is seated at the right hand of the Father,
and he will come again to judge the living and the dead.
I believe in the Holy Spirit, the holy catholic church,
the communion of saints, the forgiveness of sins,
the resurrection of the body, and the life everlasting. AMEN.
 
前スレッド http://etc.2ch.net/test/read.cgi/psy/1051726822/l20
※なおエホバの証人(ものみの塔)、統一教会、モルモン教などはキリスト教ではありません。
普遍救済主義(万人救済主義)、三位一体否定、キリストの神性や処女降誕否定をキリスト教会は異端としてきました。
また、特定の国について「正義」とする見方をキリスト教的とは見なせませんので別スレッドでお願いします。
670名無しさん@3周年:03/06/07 22:03
○賛美歌121番 「まぶねの中に」 (In a lowly manger born)
 http://www.ylw.mmtr.or.jp/~johnkoji/hymn/121.html
讃美歌121 主イエス・キリスト 生涯 日本基督教団讃美歌委員会

この人を見よ、この人にぞ、 こよなき愛は、あらわれたる、
この人を見よ、この人こそ、 人となりたる 活ける神なれ。
マタイ8:20

○《信仰宣言》
 天地の創造主、全能の神である父を信じます。
 父のひとり子、おとめマリアから生まれ、苦しみを受けて葬られ、
 死者のうちから復活して、父の右におられる主イエズス・キリストを信じます。
 聖霊を信じ、聖なる普遍の教会、聖徒の交わり、
 罪のゆるし、体の復活、永遠のいのちを信じます。

F信仰告白
 http://www.remus.dti.ne.jp/~hiromi-y/sinzyou.html
○ローマン-カトリック-ラテン語-聖歌(曲 CREDO I)
 http://hymnal.fc2web.com/hymn/rh/rhp032.htm
F東方正教会の基本信条
 http://www.geocities.co.jp/HeartLand-Namiki/1125/symbol/index.html
671名無しさん@3周年:03/06/07 22:04
○賛美歌267番 (曲 宗教改革歌) 「神は我がやぐら」
(Ein' feste Burg ist unser Gott - A Mighty Fortress Is Our Lord)
 http://www.ylw.mmtr.or.jp/~johnkoji/hymn/267.html

《エキュメニカル用の「主の祈り」》
 天におられるわたしたちの父よ、み名が聖とされますように。
 み国が来ますように。
 みこころが天に行われるとおり 地にも行われますように。
 わたしたちの日ごとの糧を今日もお与えください。
 わたしたちの罪をおゆるしください。わたしたちも人をゆるします。
 わたしたちを誘惑におちいらせず、悪からお救いください。

 国と力と栄光は、限りなく あなたのもの。アーメン

E主の祈り
 http://www.ss.iij4u.or.jp/~ana/inori.htm
○「Christus Rex et Redemptor Mundi」→「JERUSALEM - PATER NOSTER -」→
 →【J JAPANESE】http://198.62.75.1/www1/pater/JPN-japan.html
 →【G KOINE Greek】http://198.62.75.1/www1/pater/JPN-gr-koine.html
 →【G Greek】http://198.62.75.1/www1/pater/JPN-greek.html
672名無しさん@3周年:03/06/07 22:05
C聖書協会ホームページ
 http://www.bible.or.jp/index.html
 愛読こよみ2003年6月
 http://www.bible.or.jp/info/inf2003_06.html

D賛美歌194番 (曲 ドイツ国歌) (Glorious Things of Thee Are Spoken)
 http://www.ylw.mmtr.or.jp/~johnkoji/hymn/194.html
D説教
 http://www.remus.dti.ne.jp/~hiromi-y/sekkyou.html
Dsermonf (教会員のメモに見る説教の内容)
 http://www.igmtokyo.com/sermon/sermonf.html
673名無しさん@3周年:03/06/07 22:06
B賛美歌 130 midi♪  喜べや 称えよや シオンの娘 主の民よ 
 http://plaza20.mbn.or.jp/~ginzanokaze/Jesus/a168.htm  
 賛美歌130番 (表彰式) 「よろこべや、たたえよや」
 http://www.ylw.mmtr.or.jp/~johnkoji/hymn/130.mid
讃美歌130 主イエス・キリスト 生涯 日本基督教団讃美歌委員会

よろこべや、たたえよや シオンの娘、主の民よ。
今しきますあまつきみ、 今しきます平和の主。
よろこべや、たたえよや、 シオンの娘、主の民よ。

さちあれや、主の民に、 ホサナ、ホサナ、ダビデの子。
今ぞきたる神の国、 今ぞ成れる主のちかい。
さちあれや、主の民に、 ホサナ、ホサナ、ダビデの子。

むかえよや、さかえの主、 ホサナ、ホサナ、ダビデの子。
平和の御座(みざ)、ゆるぎなく、 めぐみの御代(みよ)かぎりなし。
むかえよや、さかえの主。 ホサナ、ホサナ、ダビデの子。
マタイ21:9
 ★ヘンデル作曲オラトリオ[祈祷所](ユダ・マカバイウスのエルサレム入城)

B「聖句集−こんな時にはこの箇所を」(新共同訳聖書)
 http://www.jlh.org/pbp/seiku/title/title.html

B「新約ギリシヤ語」キリスト教のエッセンス−私が勇気づけられた言葉−
 http://member.nifty.ne.jp/~takafumi~a/memo.htm
674名無しさん@3周年
@ 新約聖書 マタイによる福音書
11:28 すべて、疲れた人、重荷を負っている人は、わたしのところに来なさい。
 わたしがあなたがたを休ませてあげます。
11:29 わたしは心優しく、へりくだっているから、
 あなたがたもわたしのくびきを負って、わたしから学びなさい。
 そうすればたましいに安らぎが来ます。
11:30 わたしのくびきは負いやすく、わたしの荷は軽いからです。」

○賛美歌 66 midi♪    聖なる 聖なる 聖なるかな
 http://plaza20.mbn.or.jp/~ginzanokaze/Jesus/a096.htm
 賛美歌66番 「聖なる、聖なる」 (Holy, Holy, Holy)
 http://www.ylw.mmtr.or.jp/~johnkoji/hymn/066.html

@ バプテスト教会の特徴 http://www.nishimaiko.org/ho/bp2.htm
 日本フリーメソジスト教団式文 http://www9.big.or.jp/~grace/shikibun.html
 日本福音ルーテル教会 礼拝式文 http://www.remus.dti.ne.jp/~hiromi-y/reihaisikibunn.html

A牧師の祈り http://www.remus.dti.ne.jp/~hiromi-y/bokusinoinoli.html
A祈り http://www.remus.dti.ne.jp/~hiromi-y/inoli.html