キリスト教徒よ!逐語霊感説が一番!

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 キリスト教徒よ!
 逐語霊感説を支持する理論をここで研究したい。
 そこで、逐語霊感説について、いろいろと語ろう。
 このスレッドの趣旨は<<逐語霊感説を支持するための理論を確立すること>>です。
 よって、この条件を受け入れた人のみが、このスレッドに書き込んでください。
 さらに、管理人である私に不快な発言が予想されますが、このスレッドの管理上、
私に対する質問や意見は禁止します。

 不適当と思える投稿をしたものは、当スレッドの管理人である私が、このスレッドからの<<退場>>を命じます。
 
 また、<<退場>>を命じても、まだこのスレッドに投稿するものは、その時点で
「負け犬」の烙印を押させていただきます。私もできるだけそれは避けたいと思うの
ですが、このスレッドの運営上必要なものと判断します。
 
 投稿された方は、すべて上記に同意したものとみなされます。
 
2 ◆Dpy6mDYE :02/05/12 00:55
> さらに、管理人である私に不快な発言が予想されますが、このスレッドの管理上、
> 私に対する質問や意見は禁止します。

DQNけてーい。
3名無しさん@1周年:02/05/12 00:56
話しの広げようがないネタだなー。
>DQNけてーい。

 日本語での意味がわかりません。
 もう一度、あわてずに書き込みください。
5あずみ ◆V.9uSetc :02/05/12 01:01
 遂語霊感説って、何のこと?  >1
6名無しさん@1周年:02/05/12 01:03
またハンターが獲物を見つけたようです
7名無しさん@1周年:02/05/12 01:04
>>1
キリスト教の間にわざわざ意見の対立呼ぶのがそんなに楽しいか。
どれだけ不利益になるか知ってるのか。

対立のショーケースを自分で作ってるのがわからんのか。
8名無しさん@1周年:02/05/12 01:05
T氏が落書きしたものが逐語霊感されるんだって言いたいんだろ?
「聖書の無謬説はじつに福音のメッセージを保護するための砦である」(私の知り合いの牧師)
10名無しさん@1周年:02/05/12 01:06
>>9
それも「逐語霊感」された言葉なのか?
>>5

 私に対する質問は禁止します
12名無しさん@1周年:02/05/12 01:07
そういう危地外牧師は犬の餌にでもしてしまいなさい。
13名無しさん@1周年:02/05/12 01:07
T氏カルトスレッド
14名無しさん@1周年:02/05/12 01:08
基地外がいたほうが見てる分にはおもしれーじゃねーか
15名無しさん@1周年:02/05/12 01:08
T氏が落書きが、又糞スレ立てたよ・・・・



















16名無しさん@1周年:02/05/12 01:08
逐語って、ほんとうは畜語の間違い
17名無しさん@1周年:02/05/12 01:08
どうせ「落書き」だもんな。
「逐語霊感」の訳が無い。
18名無しさん@1周年:02/05/12 01:08
>>9
分かるんだよ、いいたいことは。
奇跡や創造を理解できない人に迎合するあまり自分勝手な聖書解釈が
氾濫していると思う。

でも場所考えてやれよ。
19名無しさん@1周年:02/05/12 01:10
たしかに危地外のひとり芝居は傍から眺めていると楽しい。
しかし関わると、怖いものがある。
20あずみ ◆V.9uSetc :02/05/12 01:10
 遂語霊感説というのが具体的にはどういう説なのかをきちんと定義
しないと、お話にならないのでは?
21名無しさん@1周年:02/05/12 01:11
というかだな、今月入って何個目だよ。>スレ立て
前に立てたの使いきってから立てろよな。
>>20

 あなたは<<退場>>です。
 
23名無しさん@1周年:02/05/12 02:03
>>22

 あなたは<<退場>>です。
 
24名無しさん@1周年:02/05/12 02:04
皆さん、こんな夜遅くまで起きていると<<体調不良>>です。
25あずみ ◆V.9uSetc :02/05/12 02:06
 言葉の定義を求めると、どうして退場ですか?

 あなたの「遂語霊感説」という言葉の理解と、私の理解とが
同一であるという保障はどこにあるのですか?
26あずみ ◆V.9uSetc :02/05/12 02:08
 だから、はじめに言葉の定義をおこなうのは当然ですよ。

 違いますか?
27あずみ ◆V.9uSetc :02/05/12 02:12
 あなたは自分のことを管理者だと思いこんでいるようだけど、
ここの管理者は「ひろゆき」しであって、あなたではありません。

 このスレッドが自分の思いどおりになると思ったら、大間違い
です。スレッドができてしまったら、それはみんなのもので、作った
あなたは実は用済み。
28名無しさん@1周年:02/05/12 02:18
あずみたん
ハァハァ
 神はいかに聖書の中にご自身を啓示されたのか、
また聖書はどういう意味において霊感を受けた書物
なのか?
  
>>27

 あなたを負け犬1号と認定します
31名無しさん@1周年:02/05/12 02:35
そういえば今まで、T氏の落書きと会話した人っていないんじゃないか?
>>31
 
 私のことより逐語霊感説について、語れ語れ語れ
33名無しさん@1周年:02/05/12 02:47
そりゃそうだろう。
会話なりたたない相手と会話を試みてもしょうがないからね。
>>27
いいぞ、もっといえ。
34あずみ ◆V.9uSetc :02/05/12 16:05
 何が負け犬だ、ふざけるな。

 ちゃんと言葉の定義からはじめるのがルールじゃないのかな。

 あなたの言う「遂語霊感説」とは一体何なのかを書けばいいだけ。

 とても簡単なこと...

 書けないんだったら、負け犬はあんたの方だよ。
35名無しさん@1周年:02/05/12 16:09
T氏の落書きって、サンキュージーザス=山本誠一?
内容といい、煽り方のバカっぷりもそっくり。
36名無しさん@1周年:02/05/12 16:36
>>34

落書きにマジレスしても無駄だよ。都合が悪くなると逃げるか
「タイジョー」とかわめくだけだから。落書きは負け犬以前に、
人と話すことすらできないバカ。
>>37

負け犬1号よ、甘えるな。
 まず、逐語霊感説について語りたいなら、君自身がその定義を書き込みなさい。
 逐語霊感説といっても、どのような考え方があるか、君自身が語りなさい。
 私に意見するなど、ルール違反も甚だしい。
 甘ったれずに、自分自身でその逐語霊感についての定義を調べなさい。
 もし、君がまともにここで語りたいなら、やることをやりなさい。
 だから、負け犬から抜けられないのだよ。
38名無しさん:02/05/12 20:20
聖書には、歴史的事実と反する記述や誤謬が多く含まれている。
これらは、すべて神の霊感による反史的記述や誤謬なのである。

39加護チャンです☆ ◆7CBCg2Oo :02/05/12 20:21
ふーん・・・★
何ともいい感じで理不尽かつ底の浅いスレだなぁ★

おっと、通りすがりのあいぼんでした☆
40名無しさん@1周年:02/05/12 20:22
T氏の落書きって、週に何回オナニーしますか?





>>38

で?だから何?
最初に「このスレッドの趣旨は<<逐語霊感説を支持するための理論を確立すること>>
と書いたはずですが?!
あなたの投稿に何かこの趣旨にプラスになることがあるのですか?
その続きがないと何とも言えないな。
>>39
>>40

       逝ってよし!
43加護チャンです☆ ◆7CBCg2Oo :02/05/12 20:27
>>42
わーい☆
あいぼんが負け犬2号だー☆

・・・って、逐語霊感説は、クリスチャンの中での理屈としては捏造可能だとは思うけど、一般化された理屈としては形成不能だよ☆
まあ、頑張ってね(はぁと×2
 メーチェンは、聖書の原典を考え、それをもって神が人に書かせたもので
全く誤りなきものであると主張している。
彼にいわせれば、今日のどの版の聖書も無謬であると主張しているのではない
ということになる。
逐語霊感だからといって、極端にまで文字にとらわれているものと決め付け
るのはよくない。聖書が比喩をつかうことも知っているし、もし文字どおり
うけとることが不自然であるときは、その文字の意味するところを理解して
よみとる。
 目をくりぬけといって、目をくりぬくやつはいないだろう。
 
46名無しさん@1周年:02/05/12 20:42
>44
他人の言葉を鵜呑みするバカ?
47名無しさん@1周年:02/05/12 20:44
>目をくりぬけといって、目をくりぬくやつはいないだろう。
都合が悪くなると、自由解釈かい?
なにが逐語だ(藁
>>47

 その程度の意見しか言えないのなら、逝ってよし!
49名無しさん@1周年:02/05/12 20:47
>48
その言葉お前にそのまま返してやるよ(藁
ほんと、てめえ自体が落書きだな。
50加護チャンです☆ ◆7CBCg2Oo :02/05/12 20:48
ねえ、あいぼんは負け犬2号に認定されたの??
>>50

 まだまだ、ダメだな。
 あずみは負け犬1号だけどね。
 負け犬になるためには、もう根っから負け犬根性がないと、なかなかなれない。
 生まれついての負け犬の素質がないと難しい。
 
>>49

このスレッドの趣旨は<<逐語霊感説を支持するための理論を確立すること>>です。
 よって、この条件を受け入れた人のみが、このスレッドに書き込んでください。
53加護チャンです☆ ◆7CBCg2Oo :02/05/12 20:54
>>52
それは無理でしゅ☆
・・・という意見はナシなの??
>>53

 逐語霊感説を支持する理論を確立するための、スレッドなので逐語霊感
を補強することにつながる意見なら、大歓迎。
逐語霊感について語れ、語れ、語れ
Tコリント14:37 自分は預言する者であるとか、霊の人であると思っている者が
いれば、わたしがここに書いてきたことは主の命令であると認めなさい。

Tテサロニケ2:13 このようなわけで、わたしたちは絶えず神に感謝しています。なぜなら、
わたしたちから神の言葉を聞いたとき、あなたがたは、それを人の言葉としてで
はなく、神の言葉として受け入れたからです。事実、それは神の言葉であり、また、
信じているあなたがたの中に現に働いているものです。

ガラテヤ1:11 兄弟たちよ。あなたがたに、はっきり言っておく。わたしが宣べ伝え
た福音は人間によるものではない。
1:12 わたしは、それを人間から受けたのでも教えられたのでもなく、ただイエス・
キリストの啓示によったのである。

 とりあえず、逐語霊感が根拠とする聖書箇所を気づくかぎりあげてみた。
 逐語とはいかずとも、聖書霊感の教理を否定することは、キリストとその使徒たちとの
意見を否定することであろう。
 聖書が「霊的な書」であることは、いいとして「逐語」というのはどうか。
逐語霊感説について、語れ語れ語れ
58名無しさん@1周年:02/05/12 21:17
トラトラジオンジオンチトフルモ トオチャソウトチャソウホンミアン
ジオンプラトアミアミ ミトラホンホントラツ トオライタチプララソト
チタチトアミホン

59名無しさん@1周年:02/05/12 21:19
最初から「落書き」だと宣言しているんだから、
まともに相手にしなくていいんだよ。
60名無しさん@1周年:02/05/12 21:22
カール・バルトは異端だと思う。

 
61名無しさん@1周年:02/05/12 21:28
カール・バルトって聖書を批判的に読んでいるやつでしょ
それって信仰を失わせるよな
62名無しさん@1周年:02/05/12 21:28
>>61

      激しく同意
63名無しさん@1周年:02/05/12 21:29
まあ、知性の弱い奴にはバルトは難しいんだろーな。
まあ、カルトだから多くは期待しないけどな。
64名無しさん@1周年:02/05/12 21:32
聖書が霊感されたものだということは、守るべきものだと思う
カール・バルトって、その意味ではやっていることマイナス?!
65名無しさん@1周年:02/05/12 21:34
>>63
禿同。
こいつらは筋道立てた理論がわからない厨房なんだよ(藁
聖書を一字一句盲信してりゃーいいんじゃないのか?
知性の欠片もないんだからな。
俺たちに迷惑をかけないよーに、隅っこのほうでぼちぼちやっとけよ。
おまえらは教会の癌なんだから、増殖はしないようにな。うぜーんだから。

66名無しさん@1周年:02/05/12 21:37
>>65
いいこと言った。
67名無しさん@1周年:02/05/12 21:43
カルトは死ねよ。
>>65

>聖書を一字一句盲信してりゃーいいんじゃないのか?

 そのようなまぬけた意見が、このスレッドのレベルを落としている。
 逝って止し!
69名無しさん@1周年:02/05/12 21:45
トラトラジオンジオンチトフルモ トオチャソウトチャソウホンミアン
ジオンプラトアミアミ ミトラホンホントラツ トオライタチプララソト
チタチトアミホン
70名無しさん@1周年:02/05/12 21:46
>>68
カルトは逝って「良し」!!

Tさんは にほんごが ふじゆうなのですか?
71名無しさん@1周年:02/05/12 21:46
「落書き」だからダメなんだよ。
72名無しさん@1周年:02/05/12 21:46
本当は「Y氏の落書き&お絵描き帳」ではなかろうか。
73名無しさん@1周年:02/05/12 21:49
トラトラジオンジオンチトフルモ トオチャソウトチャソウホンミアン
ジオンプラトアミアミ ミトラホンホントラツ トオライタチプララソト
チタチトアミホン
>>68

>カルトは死ねよ。

 逐語霊感説をとなえていると、カルトであると思ってしまうその乏しい知識を
まず正してから、このスレッドにきなさい。
 あまりにも、なさけない蚊のような脳味噌に、笑いもでません。
75名無しさん@1周年:02/05/12 21:52
カール・バルト崇拝者って多いよね
イエス・キリストがカール・バルトかっての
76名無しさん@1周年:02/05/12 21:52
笑うまえにワールドメイトを
殺せ
77名無しさん@1周年:02/05/12 21:53
右手が悪いことをしたら、右手を切り落としてしまいなさい。
両手つきで地獄に落ちるより、片手で命にあずかるほうがいい(片手上がり)。

淫らな目で女を見るものはすでにその女を姦淫しているのだ。
右目が姦淫するなら右目をえぐりだしてしまいなさい。

右手のすることを左手に知らせてはいけない。
かりに右手でオナニーしているときも、左手はきれいにしておきましょう。

山に向かって、立ちあがって海に飛び込めと命じ、必ずそうなると信じて
まったく疑わないならば、必ずそのとおりになります。
そうならないのはあなたの信仰が薄いからです。
78名無しさん@1周年:02/05/12 21:53
負け犬になった人っている?
あずみというHNの人が、第1号です
80名無しさん@1周年:02/05/12 21:55
トラトラジオンジオンチトフルモ トオチャソウトチャソウホンミアン
ジオンプラトアミアミ ミトラホンホントラツ トオライタチプララソト
チタチトアミホン
>>77

逐語霊感だからといって、極端にまで文字にとらわれているものと決め付け
るのはよくない。聖書が比喩をつかうことも知っているし、もし文字どおり
うけとることが不自然であるときは、その文字の意味するところを理解して
よみとる。
 目をくりぬけといって、目をくりぬくやつはいないだろう。
82名無しさん@1周年:02/05/12 21:56
>>78

負け犬にすらなれなかったアホならいるよ。
T氏の落書きとかいう。
83名無しさん@1周年:02/05/12 21:57
>56
>とりあえず、逐語霊感が根拠とする聖書箇所を気づくかぎりあげてみた。
それは聖書が「霊的な書」であることの根拠かもしれないが、
問題は「逐語」の根拠だ。「逐語」でなければならない根拠を語れ。騙れ。
84名無しさん@1周年:02/05/12 21:57
トラトラジオンジオンチトフルモ トオチャソウトチャソウホンミアン
ジオンプラトアミアミ ミトラホンホントラツ トオライタチプララソト
チタチトアミホン


85名無しさん@1周年:02/05/12 21:58
やっぱり淫らな目はくりぬくべきだと思う。

割礼のないものは不浄だ。
皮をちゃんと切り取るべき。
いまのキリスト教徒は聖書を勝手に解釈して
包茎のままでもいいとしているが、大変な間違いである。
私が来たのは律法を完成させるためであることを忘れるな!
86名無しさん@1周年:02/05/12 21:59
聖書を根拠に聖書を語るか・・・。
うーん、説得力ゼロ過ぎて笑えるな。
論理学としては0点以下、退学レベルだな。
87名無しさん@1周年:02/05/12 22:02
>>86
キリスト教徒(プロテスタント系)を相手にキリスト教信仰について
議論すると、こちらがキリスト教徒じゃないことを知ってるくせに、
聖書のここにこう書いてあるじゃないかみたいな議論になってしまうyo。
>>77

イザヤ55:12
 あなたたちは喜び祝いながら出で立ち平和のうちに導かれて行く。
 山と丘はあなたたちを迎え歓声をあげて喜び歌い野の木々も、手をたたく。
 
 とあるとき、山と丘が本当に歓声をあげて喜び歌い、野の木々が手をたたくと思っているの?
 逐語霊感だと、それを文字通りにうけらなければならないと考えるところが、もう低レベル。
 散文であり詩であるかぎりは、散文として詩として読まれるべきでしょうに。
 
89名無しさん@1周年:02/05/12 22:03

山に向かって、立ちあがって海に飛び込めと命じ、必ずそうなると信じて
まったく疑わないならば、必ずそのとおりになります。
そうならないのはあなたの信仰が薄いからです。
90名無しさん@1周年:02/05/12 22:04
>>83
エホ証以下の論理運用だな・・・(藁
91名無しさん@1周年:02/05/12 22:04
トラトラジオンジオンチトフルモ トオチャソウトチャソウホンミアン
ジオンプラトアミアミ ミトラホンホントラツ トオライタチプララソト
チタチトアミホン


92あずみ ◆V.9uSetc :02/05/12 22:05
 聖書の記述は聖書記者による信仰告白だから、その記事すべてが
神の言葉である必要はないし、誤りや古代的歴史観、世界観、倫理観、
神話なども含まれると理解するのが妥当です。
93名無しさん@1周年:02/05/12 22:05
>>88
信仰の薄い者の典型だなお前。

イエスがなさった数々のしるしについても信じてないだろ。
お前はキリスト教徒でもなんでもない、ただのハイカラ近代主義者だ。
氏ね
94あずみ ◆V.9uSetc :02/05/12 22:08
 日時計が止まったり、ロバがしゃべったり、カラスがエリアに
養われたり(おっと、逆だった)したと信じることがキリスト教
信仰ではないはずですが...
95名無しさん@1周年:02/05/12 22:10
いや、それが落書きの信仰なんだよ
96あずみ ◆V.9uSetc :02/05/12 22:10
 私の方がもっと信仰薄いよ。  >93
97あずみ ◆V.9uSetc :02/05/12 22:10
 中途半端はダメだよ。  >1
98大和龍門:02/05/12 22:11
どーーいーーつもぉ こぉーいぃぃーーつも(以下略)
>>86

論理学?!
ここは論理学の部屋ではないのだよ。
さらに、論理学としてどこがマズイのかな?
ついでにいえば、理屈が通っている程度で、十分に論理的であるとするべきであろうに。

逐語霊感説の話をしましょうね。



100名無しさん@1周年:02/05/12 22:11
最低限、イエスがなさった奇跡について心から信じていなければ
キリスト教を信仰しているとは言えない。
101名無しさん@1周年:02/05/12 22:12
>>99
厨房決定(藁
頭悪いな、ホントに。
まじにビックリ。
102あずみ ◆V.9uSetc :02/05/12 22:12
 ロバがしゃべったっていうのは、イエスとは関係ないよ。  >100
103マリア:02/05/12 22:12
あら、また出てきたのね。
104100:02/05/12 22:13
私が偶然にも100をゲットできたのも、私のレスが主のみ心
にかなっている証拠だと思う。
105名無しさん@1周年:02/05/12 22:13
>100
お前何様?
106あずみ ◆V.9uSetc :02/05/12 22:14
 あなたはイエスが奇跡をおこなったから、イエスをキリストと
信じるわけ?

 あんた、信仰が薄いよ。  >100
107大和龍門:02/05/12 22:14
ど(以下略)
108名無しさん@1周年:02/05/12 22:15
>100
脳天気で、羨ましい限り。
109100:02/05/12 22:16
>>106
「最低限」とかいてるだろうが。
奇跡を行なったから信じるなんてどこに書いたよ。
必要条件と十分条件の違いもわかんないのか。
聖書読む前に日本語勉強しろ。
110名無しさん@1周年:02/05/12 22:18
「最低限」もへったくれもない。
カルトなボケは死ね。
111100:02/05/12 22:18
包茎男にキリスト教徒を僭称する資格なし。
112あずみ ◆V.9uSetc :02/05/12 22:19
 イエスの奇跡を信じることは、キリスト者であるための必要条件
ということ?

 ご冗談でしょ。  >109
113名無しさん@1周年:02/05/12 22:19
つーかあずみは罵るのが目的なんだから
>>102

 あなたは、負け犬なので返事をしたくないのですが、思ったよりも良い意見を出すので、
まあ、負け犬認定を解除しましょう。

> 日時計が止まったり、ロバがしゃべったり、カラスがエリアに
養われたり(おっと、逆だった)したと信じることがキリスト教
信仰ではないはずですが

 これは、その通りです。
 それを信じることが信仰というのではない。
 であるから、それは当然、自由主義神学にも根本主義神学についても言える。
 それらを信じるか否かが信仰云々の問題ではない。
 それを前提として、ここでは逐語霊感説について語る必要があります。

 
115名無しさん@1周年:02/05/12 22:20
100には、もう一度キリスト教とは何か、よく考えることを勧める。
それまでは逝っててよろし。
116100:02/05/12 22:21
イエスがなさったしるしさえ信じない者に、復活を信じられる
わけがない。
そのような信仰の薄い者に、父と子と聖霊の一体性など理解できようか。

父を罵る者も子を罵る者も救われるが、聖霊を罵る者は絶対に救われない
とまでいっておられる。
イエスがなさったしるしは聖霊の働きなのだ。
117あずみ ◆V.9uSetc :02/05/12 22:21
 キリスト者というのは、私たちすべてが神様の恵みの中にすでに
生かされていることを「知っている者」のことです。  >109
118あずみ ◆V.9uSetc :02/05/12 22:23
 何が「負け犬認定取り消し」だ。

 ボケナスは早く死ね。 >114
119名無しさん@1周年:02/05/12 22:23
100みたいな独善家には虫唾が走るわ。
120マリア:02/05/12 22:23
奇跡と言が一体でなくてはならないから、
奇跡を信じるというのは、言が伴っていなければね・・・。
その言の解釈は、逐語的に受け取るのか、
それが指し示すある事象について、
色んな視点から考察するのかでしょうね。

両方が二つで一つなのであって、どちらか一つではないわね。
121グティ:02/05/12 22:25
>>61&62

で、バルト読んだことあるの?
122100:02/05/12 22:25
>>117

「知っている」ということの意味があなたにはわかっていない。
「知っている」とは、そんなカンタンなものではないよ。
主の働きを体験していることが、本当の信仰(=知)の条件だ。
123あずみ ◆V.9uSetc :02/05/12 22:25
 先行する神の恩寵に対する応答としての悔い改めって、わかる?
124名無しさん@1周年:02/05/12 22:26
>>123
分かる分かる。
125グティ:02/05/12 22:27
>>116

聖書には「み名をみだりにとなえてはならん」ともあるぜよ。
126100:02/05/12 22:28
知るか。
そういうふうに頭でばっか考えてるから負け犬なんだよ!
信仰で読め。
それが出来ない奴は、所詮は裁きの日に真っ直ぐ立てないDQNになるんだよ。
127名無しさん@1周年:02/05/12 22:28
信仰=知解って盲信している時点で、100はドキュソ決定。
>>92
 あずみへ

> 聖書の記述は聖書記者による信仰告白だから、その記事すべてが
神の言葉である必要はないし、誤りや古代的歴史観、世界観、倫理観、
神話なども含まれると理解するのが妥当です。

 この話は気に入った。
 やはり、あずみはカールバルトか?
 もし、聖書の記述を聖書記者の信仰告白と受け取るなら、それは預言の役割を十分に
果たしていないものとなるな。
 この部分はイエスの言葉、この部分はイエスの言葉じゃないと考えながら、聖書を読む
ことになるという批判については、君はどう答えていく?

 ちなみに、聖書解釈の時点で「古代的歴史観、世界観、倫理観、神話なども」も考慮して、
解釈していくのは、根本主義者であろうと同じであろう。
129100:02/05/12 22:29
イエスがなぜたとえをもちいて語られたか、君のような
自己陶酔の頭でっかちには分らないだろう。
そのために、そうされたのだから。
130あずみ ◆V.9uSetc :02/05/12 22:30
 これが理解できれば、「エス様信じたら天国いけます。信じなかった
ら滅びます。地獄行き」などという下手な牧師の脅し文句はナンセンス
だということもおのずと理解できますよね。  >124
131100:02/05/12 22:30
>>125

「逆らわない者は味方」ともおっしゃってますね。
132100:02/05/12 22:31
おまえらみんな死ねよ。
信仰なきものは人間にあらず。
聖書を信じよ。
さもなくば滅びよ。
>120

 占いを正当化する者は、去れ!去れ!去れ!だれ?
134100:02/05/12 22:32
100が二人います。
135名無しさん@1周年:02/05/12 22:32
100は、とうとう本性をあらわした。やっぱりカルト。
136100:02/05/12 22:33
100は3人います。
137あずみ ◆V.9uSetc :02/05/12 22:33
 あんた、その文章読んでバルト系に思えたわけ? >128

 もっと勉強しましょうね。

 
138聖書こそ真理:02/05/12 22:34
カルト的な書き込みをしている100は、偽者です。
よって、コテハンを変更します。
139名無しさん@1周年:02/05/12 22:34
ブルトマン。
>>126

 んん、パンチのある投稿をありがとう
141100:02/05/12 22:35
>>138は偽者
142名無しさん@1周年:02/05/12 22:35
100はカルトだったか・・・。
143100:02/05/12 22:37
偽預言者に注意しなさい。
144あずみ ◆V.9uSetc :02/05/12 22:37
 ついでに言うと、共観福音書間の異同や付加について意識しながら
読むのは当然で、そんな知的作業すらせずにすらすら福音書読んでる
やつは、バカ。  >128
>>137

 私はバルトなど知らない。
 ブルとマンも。
 まずもって、眼中にない。
 ただ、彼らの主張が理にかなっていて、さらに信仰の糧となるのであれば、
いろいろ読んでもかな。
 
146100:02/05/12 22:37
目を覚ましていなさい。
ねてはいけない。寝るな。
147100:02/05/12 22:39
 >ブルとマンも。
 >まずもって、眼中にない。

ブルマとマン○には目がないだろ。
148名無しさん@1周年:02/05/12 22:39
いい加減100は目を覚ませよ。
寝てばっかりいないで。
149あずみ ◆V.9uSetc :02/05/12 22:39
 読んでも理解できないから、ムダということかな?  >145
>>144
> ついでに言うと、共観福音書間の異同や付加について意識しながら
読むのは当然

 そんな表現ではなく、聖書を聖書記者がいわんとしている通りに読むことを
意識せずに読むのは当然といった方がいい。
 それは、当たりまえの話。
 
151100:02/05/12 22:40
イエス様の奇蹟を信じないなら、それは信仰がないということだ。
これもわからない奴らは、どうかしてる。
おまえらにクリスチャンと言ってもらいたくない。
http://life.2ch.net/test/read.cgi/psy/1021132160/l50
ここに書き込んでる人間が、真のクリスチャン。
おまえらみたいな信仰の弱さで聖書を語るな。

152名無しさん@1周年:02/05/12 22:42
ワラタヨ>151
153100:02/05/12 22:42
三宝と善逝と三つの柱に(三つの柱とは
ラマ、デヴァ、ダキニである)、
管、風、心滴の自性菩提心と
本性、自性、慈悲の曼荼羅に
覚醒の精髄を得るその日まで
深く帰依します。
154あずみ ◆V.9uSetc :02/05/12 22:43
 聖書記者の言わんとしているとおりなら、マルコ福音書なんかは
弟子批判に満ちてるよ。  >150
155名無しさん@1周年:02/05/12 22:43
100が自分が馬鹿にされてると自覚して、撹乱をはじめた。
哀れだのう・・。
156名無しさん@1周年:02/05/12 22:43
世の中にはバルトやブルトマン読んでない人も居ると思うけど
その人達はバカなんですか?
157950:02/05/12 22:44
                         _へ
                    へ_,,,ー ̄  |
          へ       (   _,,, i~7 |
         ( レ⌒)     | | 」 レ'  |
      |\_/  /へ_    | _ _  ー, )
      \_./| |/   \   | | 」 |/ /
        /  /| |~ヽ ヽ く_,,,ーー~~\
       / /| |ノ ノ | |_  | ) | /_,,,ー,
       | |  |   /  / /\`〜 ~~  ,,,,ー’
       \\ノ  く  / /  ~~ ',| √| ノ_,,,ー〜i
        \_∧」 / / (〜' ̄  ~~_,,,ーー〜'
            _/ /   `ーフ ) ̄    ) )_
           ∠-''~     ∠/     //( ノ
                         く\_ー-' '~~~7
             へ    く~7_へ  く_,, ┌二、~
        /7 ∠、 \  _> _/   <ニ, ~ ∠,,へ
        | /   !  | (__//~) _,,,,-'  _,〜、)
        | |    i  |   く ̄ /  \_/~~_  _
        ! レノ  |  !    フ∠へ .  /フ ( (_,,,,\\
        \_ノ  ノ /    (_,,ノ  ∠っ レー' ┌` )/
            / /    へ_/\くニニ┐ 「 ̄| レフ
           ノ /    |   /| | __ | レっ | く
          ノ/      | |~~ | ノ \_,、 「 //\\_/|
         ノ/        | |_ノ )   J |∠ノ  \ ノ
                  (__,,ー~~   \ノ      `V
158名無しさん@1周年:02/05/12 22:45
様式史的方法も伝承史的方法も編集史的方法も区別がつかないらしい。
言っても無駄だと思うが>154
159100:02/05/12 22:45
私は実は預言者です。
160あずみ ◆V.9uSetc :02/05/12 22:45
 キリスト者なら、そのくらいは読んで当然と思うよ。  >156
>>149

 要は、使徒たちに託された福音宣教(ケーリュグマ)を読みとるためには、
聖書に頼る必要性が大きい。
 ところが、その聖書のあの部分は信じられない、この部分は信じられると
やっていることが、信仰の糧になるとは思えない。
 また、一方で反対に、聖書の言葉が一字一句無誤謬であると主張すること
も、それ自体が信仰の糧になるというわけではないだろう。
 しかし、逐語霊感によって、利益は図りしれないものがある。私はそちら
の方に重きを置きたいと思っている。
 たしかに、反対に自由主義神学がでてくることでの得られる利益もあるだろう。
162名無しさん@1周年:02/05/12 22:47
そのうち、私はメシアですとか言出したりして。
163100:02/05/12 22:49
>>160
君のような自称キリスト者を、主は「立ち返って赦されることのない者」
といったのだ。
164名無しさん@1周年:02/05/12 22:50
カルト100は、東大寺で警備員につかまっとけ!!
165あずみ ◆V.9uSetc :02/05/12 22:50
 人を裁くな。裁かれないためであるってね...  >163
>>154

>聖書記者の言わんとしているとおりなら、マルコ福音書なんかは
弟子批判に満ちてるよ。  

 面白いことを言う奴だ。
 具体的にどこ?
 マルコの福音書が弟子批判をしているのは、それはそれでいいが、そこで
他の福音書との本質的な意味での矛盾があるかどうかが問題であろう。
167名無しさん@1周年:02/05/12 22:53
なんで東大寺なの?
なんか最近ニュースあった?
168100:02/05/12 22:53
あずみ程度のやつに何を言われてもこたえないな。
169100:02/05/12 22:53
「キリスト者」と自称したいだけのものはそれでもいいだろう。
しかし、主である父の御心にかなうものになりたいなら、幼子のような者に
ならなければならない。
170100:02/05/12 22:55
理屈こねて得意になってる時点で、地獄行き決定ってことだな。
171名無しさん@1周年:02/05/12 22:55
田川の「原始キリスト教の一断面」呼んでみなよ>166
自分の目で確認したら?
172落書き隔離スレッド   2病棟 :02/05/12 22:55
173100:02/05/12 22:55
>>167
http://life.2ch.net/test/read.cgi/psy/1021132160/l50

真のクリスチャンの立場。
実際に行動するかどうかはともかく、理想としては大仏は破壊すべき。
あずみは偶像崇拝者だから、どういうかわからんけどな。
174あずみ ◆V.9uSetc :02/05/12 22:56
 矛盾というより、書かれた視座が違うということ。マルコの弟子集団
に対する批判を緩和し、おのおのの集団の視点と独自の資料を使い再編集
されたのが、ルカとマタイ。
175名無しさん@1周年:02/05/12 22:57
あれって、偽100の冗談だっと思ってたけど、本気なんだ>173
怖〜
でたでた田川

 あれはダメ
 なんか間違いだらけだから
 なんだっけなあ、ひどい間違いの連続だったな
 普通の牧師なら、その書物に一つでも間違いがあったら、致命的でしょ。
 なにこの牧師は、間違いたこといってんの!なんてことになるが、
田川は平気だモンな。間違えるの。
 どこだったか、わすれたけど、間違いを平気で書いているので、あれ
読む気がしない。
177100:02/05/12 22:58
マルコ福音書はなによりも、イエスの行なわれたしるしを
述べ伝えることを主目的としている。
ここに、真のキリスト教の姿がある。
178あずみ ◆V.9uSetc :02/05/12 22:59
 どこ間違えてるの、田川が?  >176
179100:02/05/12 22:59
>>175
あのね、実際にするかどうか、ではなくて、理念としてはそうあるべきということだよ。
クリスチャンとしては当然。
この世では理解されなくても、神は見ていてくださっている。
大仏は日本宣教を妨げている原因のひとつ。
とっとと叩き潰すべき。
180100:02/05/12 23:00
田川は自称キリスト教徒ですが、イエスの神性を信じていません。
トンでもないイカ様やろうです。
181100:02/05/12 23:01
イエスの行われたしるしは、いずれ日本中で認められるだろう。
その時、あずみたちは最も後ろの者になる。
182あずみ ◆V.9uSetc :02/05/12 23:01
 そうかな。

 マルコは何よりもガリラヤの地で民衆と共に生きたイエスを
生き生きと描いているように思いますが。  >177 
183名無しさん@1周年:02/05/12 23:02
>なんだっけなあ、ひどい間違いの連続だったな
何読んでそう言っているのかわからないけれど、
田川の「一断面」読んでから、発言したほうがいいんじゃないの?
少なくともこの本は、ストラスブール大学神学部の教授資格授与審査に際して
提出された論文の邦訳だからね。
184100:02/05/12 23:02
>181
その通り!
先にいる(つもりの)多くの者が後になる。
185100:02/05/12 23:02
奇蹟をもっとしっかりと信じなければ、マルコを読んだことにはならない。
186あずみ ◆V.9uSetc :02/05/12 23:03
 誰が読麦か、そうでないかは神様におまかせすればいいこと。

 うざいバカにごちゃごちゃ言われる筋合いはありません。 >181
187100:02/05/12 23:03
ところで、100は何人いるんだ?
188100:02/05/12 23:04
マルコは何よりもイエスの行なわれた奇跡を伝えること
を切実な問題と考えていた。
ほかのことはどうでもよいかのようである。
山上の説教についてさえ述べていない。
教えの内容よりも、事実としてイエスの行われたことがなによりも
説得力があると考えたからだ。
189名無しさん@1周年:02/05/12 23:05
落書きも複数いたりして。
190あずみ ◆V.9uSetc :02/05/12 23:05
 人間だから、間違いがあってもおかしくないし、気がついたら
訂正すればいいだけ。

 だから、どこに間違いがあったのか、ぜひ教えてほしい。

 すぐに調べます。「原始キリスト教史の一断面」も手元にあるし...
>>174
>矛盾というより、書かれた視座が違うということ。

 これは、私もそれはそれでいいと思っている。
 マルコの福音書はおもにローマ兵のために書かれた福音書であるという説がある。
 マタイの福音書はユダヤ人クリスチャン。
 ルカの福音書はギリシャ人のため。
 ヨハネの福音書はイエスを信じた後のクリスチャンのため。
と聞いている

>おのおのの集団の視点と独自の資料を使い再編集
されたのが、ルカとマタイ。

 ここの部分の違いは大きいな。
 結局これは、読む側の問題というこになる
 
 
192名無しさん@1周年:02/05/12 23:06
カルト100よ、大仏破壊に賛成してるかのように書かれているけど、本当は違うよな?
193名無しさん@1周年:02/05/12 23:06
T氏のほうは手元に資料あるのか?
194100:02/05/12 23:07
>>186
人を馬鹿呼ばわりしている時点で地獄行きけてい。
195100:02/05/12 23:07
大仏も伊勢神宮も破壊すべし。
原則的な心がけとしては。
火事でも起きて焼失するように祈りましょう。
196名無しさん@1周年:02/05/12 23:08
田川の論証に対する批判なら結構出されているけど、
間違いが「一断面」にあるという話しは聞いたことがないね。
197グティ:02/05/12 23:08
>>188

あんたそれ本気で言ってる?
そんな風に読まれてるって知ったら、丸子ちゃん泣いているよきっと
198100:02/05/12 23:08
私は違います。
皇帝のものは皇帝へ、釈迦の者は釈迦へ、
お寺のものはお寺へ。
199名無しさん@1周年:02/05/12 23:09
>>195
やっぱりカルトだ・・。
火、つけるなよ・・・。
タイーホされるぞ・・・。
200名無しさん@1周年:02/05/12 23:10
たぶん読んでないと思う>193
それに「一断面」は単なる解説書でなくて、
特にマルコの受難物語に関する論文だからね。
ブルトマンも読んだことがない人が読んだら、
誤読してしまうと思う。
201名無しさん@1周年:02/05/12 23:10
200げと。
202100:02/05/12 23:10
伊勢神宮には偶像はないだろう。
なぜなら、もともとユダヤ教の神殿だから。
203名無しさん@1周年:02/05/12 23:11
>>202
トンデモ本しか読む知能のない厨房は死ね。
204あずみ ◆V.9uSetc :02/05/12 23:12
 きちんと田川への批判しなきゃ...

 「間違いだらけ」って言いっぱなしじゃ、話になりませんよ。
>>190

 うるおぼえだが、「その人の罪を許すと言うのと足萎えに起きて歩けというのでは、
どちらが簡単か!」というイエスの問いかけに対して、田川は「人の罪を許すと
言う」方が簡単であるとして、書いていたように覚えている。
206100:02/05/12 23:13
>203
トンデモ本?
常識でしょ。
207あずみ ◆V.9uSetc :02/05/12 23:14
 何に書いてあるの?

 「イエスという男」かな?

 とにかく、うろ覚えじゃ困ります。  >205
208100:02/05/12 23:15
>>205

そのとおりじゃん。
田川が正しい。
209マリア:02/05/12 23:16
>>206天照大神って、邪魔になったから追い出された神だけど?
それに祟られないために、天皇家の祖神にしたというのが、
そちら筋の伝承なんだけど・・・。
>>204

 それは言えている。
 あずみのおかげで、田川に興味がもてた。
 できたら、田川の本を読んで、新しい視点をもって見たいと思う。
 では、また合おう。
 このスレッドは逐語霊感説について学ぶものであるが、まあイイ。
 
211100:02/05/12 23:18
田川は復活を信じていませんよ。
212あずみ ◆V.9uSetc :02/05/12 23:20
 それはいいことですが、田川を鵜呑みにしないように気を
つけましょう。何事にも批判的であることが大切です。>210
213あずみ ◆V.9uSetc :02/05/12 23:21
 復活を信じることが、そんなに重要ですか?
214あずみ ◆V.9uSetc :02/05/12 23:22
 復活を信じるとは、どういう意味?  >211
215100:02/05/12 23:22
必要条件でしょう。
216あずみ ◆V.9uSetc :02/05/12 23:24
 復活は歴史的な事実であったと、信じるということ?
217100:02/05/12 23:25
イエスの復活の事実です。
3日みバン地中におられてから、
死者の中から復活されました。
218名無しさん@1周年:02/05/12 23:26
あずみは、ドイツで物議をかもしたリューデマンの「イエスの復活」は読んだ?
219100:02/05/12 23:28
>>216
そのとおりです。
歴史的な事実でもありますが、それ以上に真実です。
復活以後、この世が変わったということです。
イエス様の復活ということは常にわれわれと共にあります。
220あずみ ◆V.9uSetc :02/05/12 23:30
 そうかなあ。

 私は復活の記事は、イエスの死後もイエスの残した鮮烈なイメージ
が人々の心に焼き付いて離れなかったことの古代的な表現だと思います
が...
221あずみ ◆V.9uSetc :02/05/12 23:31
 知らないよ。 >218
222名無しさん@1周年:02/05/12 23:31
しかし、S36生、乙女座のB型バツ1男は激しく粘着で本当にキモイYO!
それでも再婚出来たんだね、おめでとうさん。
バツ2にならんようにね!!
>>221

>私は復活の記事は、イエスの死後もイエスの残した鮮烈なイメージ
が人々の心に焼き付いて離れなかったことの古代的な表現だと思います
が...


 なんだよ、あずみはもしクリスチャンだったら異端じゃないか!

 クリスチャンでないなら、別に仕方がないのだが。
 
 
224名無しさん@1周年:02/05/12 23:33
地下水さんですか
225名無しさん@1周年:02/05/12 23:36
懐かしいなあ、地下水。
今どうしてるのかな。
226あずみ ◆V.9uSetc :02/05/12 23:38
 異端?

 ご冗談でしょ。私は日本キリスト教団だけど。
227名無しさん@1周年:02/05/12 23:40
俺もその辺が謎だね。考え方が良い悪いじゃなく
「自分はキリスト者だ」と自信を持って断言してるっていうのが解らない。
イエスが好きで、尊敬してるとか、すごく影響を受けただけだっていうなら解るんだけど。

228名無しさん@1周年:02/05/12 23:41
>226
じゃあ異端じゃん!
229あずみ ◆V.9uSetc :02/05/12 23:42
 それに「異端」って何?

 むずかしいんだよ、このテーマは。

 ある時代には正統とされたものが、ある時代には異端となる
んだから...
230古手川ブー子:02/05/12 23:48
>>222

 H牧師さん、T氏はT屋君かい?!私にはそう思えないんだが。
 T橋君ではないな。

 それよりも、リ○牧師は元気か?合ってる?!
 
 H牧師よ、ベレヤは異端だよ。
 あれこそこのトピックのテーマにもあるけど、悪しき逐語霊感説だな。
 ちゃんとした学びをした方がいい。
 同じく祈り合った仲間として、忠告しておく。 
 
231古手川ブー子:02/05/12 23:57
M君はSエさんのところでやっているらしいな
○活の方の教会は、だいぶ落ち着いてきている
Hさんの声は相変わらず甲高い
232名無しさん@1周年:02/05/13 00:06
T屋君、君の偽善的悪行は元Y教会のメンバーには暴露したからね、
F冶師もT師もあきれていたよ!
233古手川ブー子:02/05/13 01:49
>>232

 おお、T牧師はともかく、F牧師まで巻き込んだか?!
 あんたは暇な牧師だこと
234古手川ブー子:02/05/13 01:52
H牧師へ

 あんたこれ以上、プライベートな事を書き込むと、
 あの事その事バラしますよ。
235古手川ブー子:02/05/13 01:54
ちなみに、私はT屋ではないよ
236古手川ブー子:02/05/13 02:35
>>208

100さん、「あなたの罪は赦された」というよりも、「起きて床をたたんで歩け」
と言う方がやさしかったんですよ。
 ユダヤ人の思想の中では、罪と病気は有機的につながっていました。
 つまり、肉体的回復は霊的回復の象徴だったんです。
 イエスは病を癒したことは、霊的には罪が赦されたこととつながっているんです。
 病を癒す権威がある→罪を赦す権威がある
 つまり、前者は後者のための象徴的な行為なんです。
 ですから、罪を赦すことの方が難しいかったということです。
 まず、罪と病には密接な関係があると捉えていた時代背景がわからず、現代の我々
の感覚で読んでしまうと簡単に間違えてしまうところです。
 田川は時代背景を知らず、そこを間違ったんですな。
 まあ、根本主義者ならそこら辺の研究をしっかりして、時代背景をちゃんと把握し
て解釈しようとしているから、そんな間違いはないと思うけどね。
237古手川ブー子:02/05/13 02:35
もう寝る
238古手川ブー子:02/05/13 02:55
最後 H牧師へ

 一週間前に車で金沢八景にいったんだけど、そのとき君のところにちょっと
君のところに寄ればよかった。
239名無しさん@1周年:02/05/13 03:09
逐語霊感説って、もうドキュソ教会しか採用してないのかと思ってた。
240名無しさん@1周年:02/05/13 17:57
>>239
禿堂。つうか>>1がドキュト教会に所属してるということなんじゃないのか。
たんに。さ。
>>217
「第三日に」なのであって三日三晩じゃないだろう。
福音書の記述によると、(金曜の)第九時(=午後三時)に死んだあと
日没前に葬り(日没から安息日=土曜なので急いだ)
安息日が終わって次の日(つまり日曜)の朝に墓にいってみると、
空だった。
というのだから、むしろ二泊三日だな。>黄泉行き
ちなみにヨハネ伝福音書によると日曜の夕方には弟子たちに現れているので
ファンダメンタリストならなおさら「三日三晩」という表現はおかしい。
241名無しさん@1周年:02/05/13 18:30
おまえらまだこんなことやってたの?
馬鹿の一つ覚えみたいに おながいおながいおながいってお前ら、
いいかげん飽きないか?
ほんとお前らばーかだね。キモいんだよさっさと氏ね(笑い
242あぼーん:あぼーん
あぼーん
243あぼーん:あぼーん
あぼーん
244あぼーん:あぼーん
あぼーん
245あぼーん:あぼーん
あぼーん
246あぼーん:あぼーん
あぼーん
247あぼーん:あぼーん
あぼーん
248あぼーん:あぼーん
あぼーん
249あぼーん:あぼーん
あぼーん
250あぼーん:あぼーん
あぼーん
251あぼーん:あぼーん
あぼーん
252あぼーん:あぼーん
あぼーん
253あぼーん:あぼーん
あぼーん
254名無しさん@1周年:02/05/13 19:10
新スレでは聖絶は語らないの?
>>254

 聖絶ネタはもう古い
 
256あずみ ◆V.9uSetc :02/05/14 00:04
 このスレ、終わったみたい...
257名無しさん@1周年:02/05/14 00:06
つーか、T氏の落書きの存在価値自体もう終わったみたい...
>>257

>つーか、T氏の落書きの存在価値自体もう終わったみたい...

 私も飽きてきた
259あずみ ◆V.9uSetc :02/05/14 00:12
 T氏の落書きはきっといまごろ、田川の本読みふけっているのでは?

 再度登場するときは、田川の信者と化しているかも...
260あずみ ◆V.9uSetc :02/05/14 00:13
 そういう私も、さっきまで「原始キリスト教史の一断面」読み直し
てたけど。

 クレツキ聴きながらこういう本読むのが一番の娯楽です。
261dendo. ◆Dpy6mDYE :02/05/14 00:20
グレツキ?
262あずみ ◆V.9uSetc :02/05/14 00:28
 「クレツキ」って発音するのが正しいって、聞いたことあるけど...

 イギリス風に発音すれば、「グレツキ」だけど。
263dendo. ◆Dpy6mDYE :02/05/14 00:41
いま索引かけたら「パウル・クレツキ」さんとゆーひともいるんだね
(世界が狭い)。あずみさんが聴いてるの、こちらの方?

田川先生といえば「日本の名随筆」の後書き、あいかわらずの田川節で
素敵でした(はぁと)。友達からネタ聞いてたけど、そんでも爆笑した。
まさに至芸。哲学・宗教系物書きであれだけ受けを取りにいける人は他に
そういないと思われ。

と挑発してみるテスト(いや、いいんだけどね。みんなが受け取りにいかなくたって)
264名無しさん@1周年:02/05/14 00:43
あずみって気づいてないのかな??マジで(プ
265あずみファン:02/05/14 00:43
これも逐語霊感か?
啓示だって言い張ってるけどな。
なんか言ってやってくれ。
http://6012.teacup.com/kogi/bbs
266あずみ ◆V.9uSetc :02/05/14 00:51
 えっ、と思って調べてみたけど、「グレツキ」が正しいのかな?

 誰かポーランド語知らない?
267あぼーん:あぼーん
あぼーん
268あずみ ◆V.9uSetc :02/05/14 00:59
 gdzie(どこへ?)の発音をインターネットで聞いてみたところ、
「グッジェ」と言っているみたいなので、「グレツキ」の方が正しい
ようですね。

 そのうち、大阪外大のポーランド語学科出身の人知ってるので、
聞いてみます。
269あぼーん:あぼーん
あぼーん
270あぼーん:あぼーん
あぼーん
271あぼーん:あぼーん
あぼーん
272転載:02/05/14 03:15


:名無しさん@1周年 :02/05/13 00:49


その手紙が書かれた時点での「聖書全体」とは何ですか?
273ペルシャ☆ ◆elOncjKw :02/05/14 03:25
いったい何ですの? このスレ?
あなたは、敬虔なクリスチャンを装って、聖書を冒涜しているのですか?
274名無しさん@1周年:02/05/14 09:36
おや?このスレくさいよ?
 逐語霊感説について、語れ語れ語れ

 逐語霊感説の理論を強化すべく立てられたスレッドである

 擁護せよ!強化せよ!
276神学生:02/05/14 11:10
あなたは、聖書の原典における逐語霊感について
神学的に、どういう意味かご存知なのですか?
277あぼーん:あぼーん
あぼーん
 投稿者ルールの確認

 ここは、逐語霊感説を支持するためのスレッドです。
 一番最初にお断りしているように、このスレッドの管理者である私に対する
質問や意見はご遠慮ください。

>>276
>神学的に、どういう意味かご存知なのですか?
 
 自分でその意味を見つけ、ここに書き込みなさい。
 いちいち甘ったれないように。

>>277

>その手紙が書かれた時点での「聖書全体」とは何ですか?

 自分で答えを見つけ、ここに書き込みなさい。
 いちいち甘ったれないように。
279名無しさん@1周年:02/05/14 21:04
‡ 666sage666sage六六六sage
280名無しさん@1周年:02/05/14 21:12
>その手紙が書かれた時点での「聖書全体」とは何ですか?

旧約だけです。新約は当時の想定外。
281山本誠一 ◆1P./8snQ :02/05/15 00:00
 これが噂のトピックか!
 
282名無しさん@1周年:02/05/15 00:02
>>281 逝け
283山本誠一 ◆1P./8snQ :02/05/15 00:04
>>281

 私はアセロラドリンクを飲んでいるから、健康そのものです。
 だから、長生きします。
 
284折原 誠 ◆3CKPkBXI :02/05/15 03:06
>>1
ここのスレッドの目的は何ですか? 聖書を冒涜することですか?
285名無しさん@1周年:02/05/15 03:27
山本、しらじらしいな。
自分が立てたくせに。
286あぼーん:あぼーん
あぼーん
287あずみ ◆V.9uSetc :02/05/15 11:10
 「旧約」というより、セプタギュンタでは?  >280

 もう少し範囲を狭めると、その中でもとりわけモーセ五書...
288名無しさん@1周年:02/05/15 16:52
            ∩
    -= ∧_∧ | | / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
  -=≡ ( ´Д`)/<みんな! 逃げて! 逃げて〜!!
    -=( つ┯/  \__________
   -=≡/  / //
  -=≡(__)/ )   <悪魔のうんこスレ>
   -= (◎) ̄))



289名無しさん@1周年:02/05/15 18:57
とすると、「トーラー=律法には一字一句誤りがありません」テナワケだ。
290289:02/05/15 18:58
ああ、あるいは旧約と旧約続編には一字一句誤りが。。。。
291dendo. ◆Dpy6mDYE :02/05/15 19:10
>>290
ワラタヨ。

それはそうと、>>1は自分が考えるところの「逐語霊感説」について
定義を紹介する必要があるんじゃねーのか?
ちぃヨハ%糞袋だって、もうちょっと自説について自分から語ってたぞ。
292あずみ ◆V.9uSetc :02/05/15 19:28
 1には、そんな能力も知識もないようです。  >291
293名無しさん@1周年:02/05/15 19:35
>>291 あんたまで一緒になって言うなよ。火に油をそそぐだけだろう?
   
294名無しさん@1周年:02/05/15 19:39
>>292

1>>は、オマエにだけは言われたくなかったろうな。
295289:02/05/15 21:42
畜誤隷姦崙邪の女性は礼拝にベールかぶってずーっと座ってるんだろうか?
それじゃあカトリックの修道院とカワンネーって。
そもそも主の祈り以外は長いので禁止という規定もあったような。俺らは異邦人だからいいのか。
平和の接吻も守ってるんだろうなぁ。
2961が:02/05/15 21:47
研究というからには批判・批評・別の角度から見るのが大事なのでは?
297名無しさん@1周年:02/05/15 21:54
列王記上7:23と、われわれの考える円周率はどっちが正しいので消化?
セツメイキボーソ
298名無しさん@1周年:02/05/15 22:11
>>1
ヲタも一般人もDQNもおまえより6兆倍生きる価値あるよ
おまえはさっさとアフガンに行って仲間の援護射撃の流れ弾喰らって
氏んでください

もう一度言います

氏んでください
299あぼーん:あぼーん
あぼーん
300あぼーん:あぼーん
あぼーん
301あぼーん:あぼーん
あぼーん
302名無しさん@1周年:02/05/15 22:15
>1
痛すぎます。もう見てらんない。

俺より人生経験が長い人に、こんな薄っぺらくて恥ずかしい文を書かせるほど
追い詰めていたとは気付きませんでした。
謝罪します。本当にすいません。
303名無しさん@1周年:02/05/15 23:51
謝罪します。本当にすいません。
304名無しさん@1周年:02/05/15 23:53
1は退場したのか?
ここは逐語霊感説について語る場所です。 
 語れないなら、去れ去れ去れ

 
語れ語れ
かたれ
308名無しさん@1周年:02/05/16 00:34
>>306

ごれごれ       って、どういう意味ですか?
>>308

 アホ?
310名無しさん@1周年:02/05/16 00:36
結局釣れたのはあずみ(=DQN)だけでしょ
もう諦めなさいって>T氏
311名無しさん@1周年:02/05/16 00:37
マジ?>>308  ごれ。
312あずみ ◆V.9uSetc :02/05/16 00:42
 別に釣られた覚えはないけど...

 1をからかって、遊んでるだけ。  >310
313名無しさん@1周年:02/05/16 00:44
あずみは「逐語」という言葉に対し逐語的に反応するからね。
ちょっと、エサをまいてはいるんだけど、食いつきが悪いかな
あずみ◆V.9uSetcは、サッパみたいなものかな、異端信仰しかもっていないからいらない
とにかく、逐語霊感説についてまともに語れない奴は、去れ去れ去れ

                語れ語れ語れ
                             去れ去れ去れ
315名無しさん@1周年:02/05/16 00:48
あーあ。またあずみのスイッチが入ってもしらないよ
316名無しさん@1周年:02/05/16 00:48
>逐語霊感説についてまともに語れない奴は、去れ去れ去れ
じゃあ、落書きが去れ、ってことだな。
317あずみ ◆V.9uSetc :02/05/16 00:52
 だから、遂語霊感説についてのあなたの理解を書いてほしいって、
ずっと前から言ってるんだけど....   >1
>>316

>このスレッドの趣旨は<<逐語霊感説を支持するための理論を確立すること>>です。
 よって、この条件を受け入れた人のみが、このスレッドに書き込んでください。
 さらに、管理人である私に不快な発言が予想されますが、このスレッドの管理上、
私に対する質問や意見は禁止します。

 残念ながら、私に対する意見や要望は禁止します
 もし、逐語霊感説について、知りたいならロムをするか、自分で調べなさい。
 あまったれるな。
 自分で調べたらそれをこの場で公表しなさい。
 
 甘えるな。
319名無しさん@1周年:02/05/16 00:55
筑後冷感女
320あずみ ◆V.9uSetc :02/05/16 00:56
 知りたいんじゃなくて、あなたはどう理解しているかを知りたいんだけど...

 自分はこう理解しているって、ひとこと書いたら?
321名無しさん@1周年:02/05/16 00:58
そんな事より、あずみの性感帯はどこかについてマタ―リと語り合おうよ
322名無しさん@1周年:02/05/16 00:58
あずみうざい
323あずみ ◆V.9uSetc :02/05/16 00:58
 言葉の定義をはっきりさせないと、議論はできないでしょ?

 違いますか。  >1
>>320

もう、子供じゃないんだから、何度も言わせないようにね

>このスレッドの趣旨は<<逐語霊感説を支持するための理論を確立すること>>です。
 よって、この条件を受け入れた人のみが、このスレッドに書き込んでください。
 さらに、管理人である私に不快な発言が予想されますが、このスレッドの管理上、
私に対する質問や意見は禁止します。

 さあ、逐語霊感説について、語れ、語れ、語れ

             語れないものは、去れ去れ去れ

           語れ語れ語れ
定義をハッキリさせたいなら、自分で定義を書きなさい
いつまでも、甘えるな
自分でやるべき事をやりなさい
326名無しさん@1周年:02/05/16 01:03
92 :tinn :02/05/15 01:47
あずみ ◆V.9uSetc について、こんな意見があります
転載です。

 <<この人の教会では受洗や他教派の教会からの転籍に際して「日本基督教団信仰告白(1954年)」
を受け入れることを要求されないのでしょうか。
日本基督教団でなくても、復活や三位一体を否定しちゃったら、使徒信条やニカイア信条などの基本信条に
基づく信仰告白を制定・採用している教会ではペケでしょう。
そもそも教会とは信仰告白を共にする「告白共同体」であります。従って「個人的な信仰理解」が教会の
信仰告白から逸脱するものであれば、それは間違った信仰理解として排除されます。その逸脱の度合いが
著しく、本人に悔悛がみられなければ、戒規処分もやむを得ないでしょう。
そして所属教会で戒規中の者は、他の教会の礼拝に出席しても陪餐資格は認められません。つまり所属教
会のみならず、どこの教会からも相手にされなくなると言う事です。

もちろん、最終的にその人が救われるかどうかは神様がお決めになっていることです。 >>


93 :名無しさん@1周年 :02/05/15 19:22
それだけじゃない。
あずみは、パウロの書簡も否定してたし、イザヤ書も否定してたし、
贖罪否定、復活も否定してるみたいね。
で自称「キリスト者」なのね。で教会員らしいけど。

こんな人困りますよ。どんな考え持とうが自由だけれど、
神を嘲笑いながら死んで行く人間も世の中に居る事をお忘れなく
327名無しさん@1周年:02/05/16 01:04
            ∩
    -= ∧_∧ | | / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
  -=≡ ( ´Д`)/<みんな! 逃げて! 逃げて〜!!
    -=( つ┯/  \__________
   -=≡/  / //
  -=≡(__)/ )   <悪魔のうんこスレ>
   -= (◎) ̄))





328名無しさん@1周年:02/05/16 01:05
‡ 666sage666sage六六六sage
329名無しさん@1周年:02/05/16 01:05
そんなもんコピぺするなアズミが暴れ出すだろ
  
  異端が紛れ込んでいる
   ↓これが事実だとしたら、ひどい。

93 :名無しさん@1周年 :02/05/15 19:22
それだけじゃない。
あずみは、パウロの書簡も否定してたし、イザヤ書も否定してたし、
贖罪否定、復活も否定してるみたいね。
で自称「キリスト者」なのね。で教会員らしいけど。

こんな人困りますよ。どんな考え持とうが自由だけれど、
神を嘲笑いながら死んで行く人間も世の中に居る事をお忘れなく

 <<この人の教会では受洗や他教派の教会からの転籍に際して「日本基督教団信仰告白(1954年)」
を受け入れることを要求されないのでしょうか。
日本基督教団でなくても、復活や三位一体を否定しちゃったら、使徒信条やニカイア信条などの基本信条に
基づく信仰告白を制定・採用している教会ではペケでしょう。
そもそも教会とは信仰告白を共にする「告白共同体」であります。従って「個人的な信仰理解」が教会の
信仰告白から逸脱するものであれば、それは間違った信仰理解として排除されます。その逸脱の度合いが
著しく、本人に悔悛がみられなければ、戒規処分もやむを得ないでしょう。
そして所属教会で戒規中の者は、他の教会の礼拝に出席しても陪餐資格は認められません。つまり所属教
会のみならず、どこの教会からも相手にされなくなると言う事です。 >>

        ↑ 良いことを言っている
        よくよんで、参考にしよう
332名無しさん@1周年:02/05/16 01:07
あずみはダメだな。
333名無しさん@1周年:02/05/16 01:09
T氏の落書き=tinn=山本
ジサクジエン(藁
あずみは終了です
どうもおかしな事をいう人だと思っていましたが、異端だとはね。
日本基督教団の名を隠れ蓑に使っているところが、悪質だな。
335名無しさん@1周年:02/05/16 01:13
えーっと。よろしいですか。あずみは確かに頭が良い。良く色んな事知ってるし
受け答え見てても上手いし。でもどう考えても異端なんだ。
多分聖書の編纂、今の形になぜなったのかとかその辺からして理論武装してそうですけど。
どう考えても一般的なキリスト者から外れるんだよ
336名無しさん@1周年:02/05/16 01:14
あずみが頭良い?(プ
337あずみ ◆V.9uSetc :02/05/16 01:14
 所属教会が私をキリスト者として受け入れているんだから、
あんたらからうざいこと言われるいわれはないの。

 わかった? ボケナス。

 それに、日本キリスト教団の信仰告白は多様な理解ができます。

 ごりごりにも理解できるし、きわめて緩やかに理解できるようにも
作ってあることをお忘れなく。
338名無しさん@1周年:02/05/16 01:15
あほか
>>333

>T氏の落書き=tinn=山本

T氏の落書き=tinnというのは考えられるかもしれないが、別人。
山本誠一=サンキュウーというのは、間違いないだろうと思う。

元アッセンブリーズK教会所属、現在ベレヤのH口牧師は
「T氏の落書き=TやTや」だと考えているようだ。
しかし、私は違うと思う。
 
340タラちゃん:02/05/16 01:20
ナンチャってクリスチャン同志の喧嘩ですか?
面白いでしゅねー。

僕は、クリスチャンじゃないけど、よっぽど
性格は穏やかでちゅー
341名無しさん@1周年:02/05/16 01:23
せっかくあずみと遊ぼうと思ったのに。くだらんコピぺしやがって
342あずみ ◆V.9uSetc :02/05/16 01:23
 だから、まちがってもクリスチャンなんかにはならないようにね。

 わかった、ボク?  >340
>>337

>それに、日本キリスト教団の信仰告白は多様な理解ができます

 キリストの復活を使徒たちの心象にすり替えることができるのが、
日本基督教団の信仰告白なのでしょうか?
 これはすごい!日本基督教団の信仰告白とは、そんなにダメダメなの?
 あずみ ◆V.9uSetc よ、日本基督教団に何か恨みがあるのか?
 日本基督教団の信仰告白をそこまで地に落とさんとするには、相当な
私怨があるに違いない。

 私は復活の記事は、イエスの死後もイエスの残した鮮烈なイメージ
が人々の心に焼き付いて離れなかったことの古代的な表現だと思います
が...
344名無しさん@1周年:02/05/16 01:25
>>337
基本中の基本というか礎だろ、聖書・主の「みことば」「福音」は。
聖書を否定し、パウロを否定し、祈りを否定し、イエスを捻じ曲げる
クリスチャンなんているかボケ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
ルール無視してサッカー選手できるか?? 実戦に対応できるオフサイド覚えられるか?? 
おまえみたいなのを異端っていうんだよ!!
神を恐れぬペストばら撒き厨房!!
いいかげんにしろ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

あら、間違い

343の【 私は復活の記事は、イエスの死後もイエスの残した鮮烈なイメージ
が人々の心に焼き付いて離れなかったことの古代的な表現だと思います
が... 】はあずみ ◆V.9uSetc の発言です。

    まさに、異端って感じ
>基本中の基本というか礎だろ、聖書・主の「みことば」「福音」は。
聖書を否定し、パウロを否定し、祈りを否定し、イエスを捻じ曲げる
クリスチャンなんているかボケ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

    すばらしい意見です
    その通り!
あずみ ◆V.9uSetc よ、完全に終わったな
348名無しさん@1周年:02/05/16 01:30
>あずみ
絶えず舌を制御できず、害毒を撒き散らし、無知蒙昧・見当外れの寝言
を繰り返す自称クリスチャン。
公安にマークされ、2ちゃんねるの住民にさえ軽蔑され、どのスレでも
嫌われて、いいかげん恥ずかしくねーのかよ?
349名無しさん@1周年:02/05/16 01:31
あずみはダメ。
350あずみ ◆V.9uSetc :02/05/16 01:34
 復活信じないと、クリスチャンじゃないわけ?

 どうして?
351名無しさん@1周年:02/05/16 01:35
あずみは終わってることにすら気づいてないのかな?
おめでてーな。でも、主はおまえを最後まで愛してる。
悔い改めて祈るべきだね。正直、おまえマジヤヴァいよ。
352名無しさん@1周年:02/05/16 01:37
あずみは無責任なこと書き込むなよ。信仰以前の問題だ。おまえは汚し事を喧伝してるだけだ。
353あずみ ◆V.9uSetc :02/05/16 01:38
 だから、どうして?
354名無しさん@1周年:02/05/16 01:40
>>353 イエスご自身が言われている厳然たる福音だ。
355あずみ ◆V.9uSetc :02/05/16 01:41
 何て言ってるの、イエスが?

 どの福音書のどこ?
356名無しさん@1周年:02/05/16 01:44
あずみなんか相手にするな。やっぱ「あずみスレ」がちょうどいいよ。
「パレスチナのためなら戦えます」なんて口ばっかで逃げ出したクセに。
で、今度は何? 
こんなとこで質問したって、本読んだって、本質は発見できねーよ(w
357名無しさん@1周年:02/05/16 01:45
嫌われものウザイ
358名無しさん@1周年:02/05/16 01:45
>>355
おまえ、一度くらい聖書きちんと読んでから、質問するなり関係資料漁るなりしろよ。
359名無しさん@1周年:02/05/16 01:47
あずみ攻撃もキリが無い

360あずみ ◆V.9uSetc :02/05/16 01:47
 セクハラ発言ばっかりになったからだけど、何か文句ある? >356
361名無しさん@1周年:02/05/16 01:48
>>355
   ∧_∧  / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
  ( ´∀`)< おまえは本当にクリスチャンなの!?
  (    )  \_____
  | | |
  (__)_)   





362名無しさん@1周年:02/05/16 01:49
主を信じて「はじめて」クリスチャンです。
363名無しさん@1周年:02/05/16 01:50
>>360
そんなことねーよ。読んでみろよ。おまえは公安のことで嫌になったんだろ?
364あずみ ◆V.9uSetc :02/05/16 01:51
 だから、イエスのどの言葉なのかを示しなさいよ。 >364

 でないと、こちらも検討できないんだけど。
365名無しさん@1周年:02/05/16 01:52
俺もうねるよ。あずみも早い内に寝ろよ。
366名無しさん@1周年:02/05/16 01:53
あずみって顔見えないけど、スゲー不細工そうじゃん。
性格も悪いし。
神も救えない。
367名無しさん@1周年:02/05/16 01:53
>>364 何言ってるの? 大丈夫?
私はよみがえりですいのちです、とかいろいろあんじゃん
368名無しさん@1周年:02/05/16 01:53
あずみがいると、蝿がぶんぶん
うんこじゃあるまいし
369あずみ ◆V.9uSetc :02/05/16 01:53
 じゃ、まず「信じる」とはどういうことかから、説明してほしい。>362
370名無しさん@1周年:02/05/16 01:54
あずみは聖書も殆ど読んでない(w
371名無しさん@1周年:02/05/16 01:57
おまえここでそんなこと訊いてどうすんの?
何のために教会行ってんの?
いろんな
不思議を経験したいなら、まず罪を悔いて、
そんな者のためにあがなわれた十字架に感謝し祈れ。
372あずみ ◆V.9uSetc :02/05/16 01:59
 あんた、不思議な体験するためにキリスト教やってるわけ? >371

 それ、ヘン...
373あずみ ◆V.9uSetc :02/05/16 02:01
 レベルの低い連中相手にするのも疲れた。

 寝よ...
374名無しさん@1周年:02/05/16 02:03
あずみはどうして福音派の巣窟にのこのこ踏み込むんだろ。
話しが噛み合わないのは、最初からわかっているのに.....
375名無しさん@1周年:02/05/16 02:04
そんなこと言ってねーよ。それはむしろ結果的・二義的なものだったりする。
それと上の十字架ってのはイエスだよ。それよりおまえ、「信じたい」のか
「信じられない」のかどっちなんだよ?
はっきり言っておくが、教会に何十年行こうが、洗礼受けようが、主イエスを
信じなければクリスチャン・キリスト者ではないぞ。
376名無しさん@1周年:02/05/16 02:05
だったら おまえは何のために
ここで
そんな質問すんだよ?
377名無しさん@1周年:02/05/16 02:06
>>373
レベル低い?(プ
378名無しさん@1周年:02/05/16 02:08
>>373
   ∧_∧  / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
  ( ´∀`)< おまえだろ!!!!
  (    )  \_____
  | | |
  (__)_)   







379名無しさん@1周年:02/05/16 02:11
ひどい女だな・・・
ここで、あずみ◆V.9uSetcの最後を見ることになるとは・・・
あずみ◆V.9uSetcによれば、日本基督教団の信仰告白は、復活の教理をも骨抜きに
できるほどに多様性があるらしい。
私は日本基督教団をあまりよく知らないのだけれど、日本基督教団の信仰告白がそんなに
ダメなのものなのか、それともあずみ◆V.9uSetcが自分に都合のいいように作り替えて
しまったかのどちらかですね。
もし、あずみ◆V.9uSetcがテキトウなウソでごまかそうとしているのなら、相当悪質で
日本基督教団の信仰告白を地に落とそうとしているとしか考えられない発言です。
381名無しさん@1周年:02/05/16 04:31
このスレッド、まだあったんだ。

呆れた。
382名無しさん@1周年:02/05/16 06:02
あらされてながれてしまったようなので



295 :289 :02/05/15 21:42
畜誤隷姦崙邪の女性は礼拝にベールかぶってずーっと座ってるんだろうか?
それじゃあカトリックの修道院とカワンネーって。
そもそも主の祈り以外は長いので禁止という規定もあったような。俺らは異邦人だからいいのか。
平和の接吻も守ってるんだろうなぁ。

296 :1が :02/05/15 21:47
研究というからには批判・批評・別の角度から見るのが大事なのでは?

297 :名無しさん@1周年 :02/05/15 21:54
列王記上7:23と、われわれの考える円周率はどっちが正しいので消化?
セツメイキボーソ
383名無しさん@1周年:02/05/16 08:43
80 :名無しさん@1周年 :02/05/14 21:12
>その手紙が書かれた時点での「聖書全体」とは何ですか?

旧約だけです。新約は当時の想定外。

287 :あずみ ◆V.9uSetc :02/05/15 11:10
 「旧約」というより、セプタギュンタでは?  >280

 もう少し範囲を狭めると、その中でもとりわけモーセ五書...

289 :名無しさん@1周年 :02/05/15 18:57
とすると、「トーラー=律法には一字一句誤りがありません」テナワケだ。

290 :289 :02/05/15 18:58
ああ、あるいは旧約と旧約続編には一字一句誤りが。。。。

291 :dendo. ◆Dpy6mDYE :02/05/15 19:10
>>290
ワラタヨ。

それはそうと、>>1は自分が考えるところの「逐語霊感説」について
定義を紹介する必要があるんじゃねーのか?
ちぃヨハ%糞袋だって、もうちょっと自説について自分から語ってたぞ。
384あぼーん:あぼーん
あぼーん
385名無しさん@1周年:02/05/16 09:36

34 :あずみ ◆V.9uSetc :02/05/12 16:05
 何が負け犬だ、ふざけるな。

 ちゃんと言葉の定義からはじめるのがルールじゃないのかな。

 あなたの言う「遂語霊感説」とは一体何なのかを書けばいいだけ。

 とても簡単なこと...

 書けないんだったら、負け犬はあんたの方だよ。
386名無しさん@1周年:02/05/16 09:38


83 :名無しさん@1周年 :02/05/12 21:57
>56
>とりあえず、逐語霊感が根拠とする聖書箇所を気づくかぎりあげてみた。
それは聖書が「霊的な書」であることの根拠かもしれないが、
問題は「逐語」の根拠だ。「逐語」でなければならない根拠を語れ。騙れ。
387名無しさん@1周年:02/05/16 09:38
85 :名無しさん@1周年 :02/05/12 21:58
やっぱり淫らな目はくりぬくべきだと思う。

割礼のないものは不浄だ。
皮をちゃんと切り取るべき。
いまのキリスト教徒は聖書を勝手に解釈して
包茎のままでもいいとしているが、大変な間違いである。
私が来たのは律法を完成させるためであることを忘れるな!

86 :名無しさん@1周年 :02/05/12 21:59
聖書を根拠に聖書を語るか・・・。
うーん、説得力ゼロ過ぎて笑えるな。
論理学としては0点以下、退学レベルだな。

87 :名無しさん@1周年 :02/05/12 22:02
>>86
キリスト教徒(プロテスタント系)を相手にキリスト教信仰について
議論すると、こちらがキリスト教徒じゃないことを知ってるくせに、
聖書のここにこう書いてあるじゃないかみたいな議論になってしまうyo。
388名無しさん@1周年:02/05/16 09:42

276 :神学生 :02/05/14 11:10
あなたは、聖書の原典における逐語霊感について
神学的に、どういう意味かご存知なのですか?
389名無しさん@1周年:02/05/16 15:55
げらげら
390名無しさん@1周年:02/05/16 16:45
・逐語霊感説が便利と思える点
聖書は神の霊感によって人間が理解できる言葉と情況が想定されている。
ともかく聖書の言葉を引用すれば信仰的権威は保証される。
聖書は信仰の恣意的な理解の限界を改めるように語っている。

・不便な点(理解を改めて欲しい点)
聖書に載っていない異文化的情況を説明するのに難儀する。
実際には逐語的に理解する生活情況の設定は霊的な力が必要であるため
聖書の言葉そのものでは補えない(理屈に合わない)世界の存在を
認めるべきである。つまり聖書の存在そのものが救いを宣言している
のではなく、生きた神の恩寵と働きにより救いの秘儀が明らかにされる。
聖書の引用のみでなく、祈りと良い行いの実践も含めて、逐語的に霊感を
与えられる生活であるかの、個々人の吟味が必要であると思う。
このため逐語霊感は法則ではなく、生きた神の救いの意志である。
391名無しさん@1周年:02/05/16 18:27
ま〜聖書を編纂したのはカトリックと正教分裂前の教会ですからね〜

マ、一応カトリックさんとオーソドックスに行けばその編集した教会の一端に加われるということでよろしいですか?
392名無しさん:02/05/16 19:25
プロテスタントなら編集を実質的にしたのは天上の教会だから、われわれもその一端
(いや中心?)だと答えるだろうね

教会=キリストの肢体だから
393名無しさん@1周年:02/05/16 19:28
天上を持ち出せばなんでもアリだね。

霊感商法も詐欺も天上におけるものは立証不可能。
勝手にやってなさいっ、てこった。
394名無しさん@1周年:02/05/16 19:39
逐語霊感商法 
395あぼーん:あぼーん
あぼーん
396名無しさん@1周年:02/05/16 20:14
>391
> マ、一応カトリックさんとオーソドックスに行けば
>その編集した教会の一端に加われるということでよろしいですか?

カトリックやオーソドックスの典礼に行けば判るけど
形式ばった作法が多くてほとんど理解ができないぞよ。
聖書よりも伝統的儀礼を重んじる姿勢は変わらず。
まぁカトリックは第二バチカン以降、柔らかくはなったが
それでも型から入る傾向と、情緒に流されて理解する傾向が
極端に分離していることが多い。
信仰が聖書によって押し固められてないんだな。たぶん。
さあ、逐語霊感説を支持する理論を書き込みましょう!
 
 逐語霊感説について支持する理論を書き込めない奴は、去れ去れ去れ
                逐語霊感説について、語れ語れ語れ
逐語霊感説を支持する理論をここで研究したい。
 そこで、逐語霊感説について、いろいろと語ろう。
 このスレッドの趣旨は<<逐語霊感説を支持するための理論を確立すること>>です。
 よって、この条件を受け入れた人のみが、このスレッドに書き込んでください。
 さらに、管理人である私に不快な発言が予想されますが、このスレッドの管理上、
私に対する質問や意見は禁止します。
よーし、きた
400
401名無しさん@1周年:02/05/16 21:13
       
388 :名無しさん@1周年 :02/05/16 09:42

276 :神学生 :02/05/14 11:10
あなたは、聖書の原典における逐語霊感について
神学的に、どういう意味かご存知なのですか?
402名無しさん@1周年:02/05/16 21:14
80 :名無しさん@1周年 :02/05/14 21:12
>その手紙が書かれた時点での「聖書全体」とは何ですか?

旧約だけです。新約は当時の想定外。

287 :あずみ ◆V.9uSetc :02/05/15 11:10
 「旧約」というより、セプタギュンタでは?  >280

 もう少し範囲を狭めると、その中でもとりわけモーセ五書...

289 :名無しさん@1周年 :02/05/15 18:57
とすると、「トーラー=律法には一字一句誤りがありません」テナワケだ。

290 :289 :02/05/15 18:58
ああ、あるいは旧約と旧約続編には一字一句誤りが。。。。

291 :dendo. ◆Dpy6mDYE :02/05/15 19:10
>>290
ワラタヨ。

それはそうと、>>1は自分が考えるところの「逐語霊感説」について
定義を紹介する必要があるんじゃねーのか?
ちぃヨハ%糞袋だって、もうちょっと自説について自分から語ってたぞ。
403名無しさん@1周年:02/05/16 21:29
1が定義づけなきゃあ、こちらで勝手に定義づけて
好き勝手なこと書いちゃおうかなあ。
404名無しさん@1周年:02/05/16 21:37
‡ 666sage666sage六六六sage
405名無しさん@1周年:02/05/16 21:37
>>1
「お母さんにもいつもそうなの?」
406あぼーん:あぼーん
あぼーん
407名無しさん@1周年:02/05/16 22:00
逃げなさい!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
408名無しさん@1周年:02/05/16 23:01
どうしたの病気?
逐語霊感説について、語れ語れ語れ

              語れないなら、去れ去れ去れ

 語れ語れ語れ
逐語霊感説を支持する理論をここで研究したい。
 そこで、逐語霊感説について、いろいろと語ろう。
 このスレッドの趣旨は<<逐語霊感説を支持するための理論を確立すること>>です。
 よって、この条件を受け入れた人のみが、このスレッドに書き込んでください。
 さらに、管理人である私に不快な発言が予想されますが、このスレッドの管理上、
私に対する質問や意見は禁止します。
411名無しさん@1周年:02/05/17 00:30
†ξ‡
逐語霊感説について、語れ語れ語れのれ
 不適当と思える投稿をしたものは、当スレッドの管理人である私が、このスレッドからの<<退場>>を命じます。
 
 また、<<退場>>を命じても、まだこのスレッドに投稿するものは、その時点で
「負け犬」の烙印を押させていただきます。私もできるだけそれは避けたいと思うの
ですが、このスレッドの運営上必要なものと判断します。
 
 投稿された方は、すべて上記に同意したものとみなされます。
414名無しさん@1周年:02/05/17 01:41
T氏はまだ居たのか?
本物のT氏か?
415名無しさん@1周年:02/05/17 01:59
どうせ、あのY氏だろ?
416名無しさん@1周年:02/05/17 02:02
>>406
その不気味な絵はやめてくれ。飯が食えなくなる。
417名無しさん@1周年:02/05/17 02:20
逐語霊感説ってなに?
418名無しさん@1周年:02/05/17 02:22
>>417
そんなもの、知らなくていいよ。
419名無しさん@1周年:02/05/17 02:25
知りたい知りたい
教えて!
420あずみ ◆V.9uSetc :02/05/17 02:28
 「聖書の一字一句が神の霊感によって書かれたものだから、聖書は
そのすべてが誤りのない神の言葉」とする、きわめてファンダメンタル
な考え方。聖書の外周的本文に満足して、その実存的意味を読みとろう
としない、きわめて幼児的発想と言わなければならないでしょう。
421あずみ ◆V.9uSetc :02/05/17 02:32
 聖書は聖書記者による信仰告白なのですから、そのなかには間違いもあるし、
古代的な世界観や歴史観、偏狭な倫理観などもたくさん含まれていることを認
めた上で、神は誤りの多い人の言葉を通して、なおかつ私たちに何を語りかけ
ておられるのかを、きちんと読みとることが大切だと私は思います。
422名無しさん@1周年:02/05/17 02:32
でも、あずみ ◆V.9uSetc さんって、異端なんでしょ
異端の人が批判するんだから、逐語霊感説ってどうなのかなあ?
423あずみ ◆V.9uSetc :02/05/17 02:33
 こういう考え方の方が、現代のキリスト教では主流なんだけど...
424保守派:02/05/17 02:40
>聖書は聖書記者による信仰告白

 どうして、そう言えるの?

>古代的な世界観や歴史観、偏狭な倫理観などもたくさん含まれていることを認
めた上で、

 逐語霊感説を採っている人も、「古代的な世界観や歴史観、偏狭な倫理観」などを
研究して、いかに聖書記者が言いたかったことが何であるかを読みとろうとしている
はずだけど。

>神は誤りの多い人の言葉を通して

 神は誤りの多い人の言葉を通しても、神の守りと導きをもって一字一句導いたとも
考えられます。その意味では、「原典において」とメーチェンは留保しています。
 よって、救いについて一字一句霊感されたといって、間違いではないともいえます。
425保守派:02/05/17 02:41
ええっ、本当?!

あずみ◆V.9uSetc って、異端なの?
426名無しさん@1周年:02/05/17 02:43
>>425

433 :T氏の落書き ◆RSrQg8hk :02/05/17 00:19
日本基督教団のあずみ ◆V.9uSetc は、イエスの復活も弟子達の心象にすり替え、どうやら三位一体すらも否定していると聞く。
私が思うに、日本基督教団とはそれほどに異端のか、それともあずみ ◆V.9uSetcが異端なのか。

 以下は、tinnという人が日本基督教団の人からもらった「あずみ◆V.9uSetc」についての回答です

 <<この人の教会では受洗や他教派の教会からの転籍に際して「日本基督教団信仰告白(1954年)」
を受け入れることを要求されないのでしょうか。
日本基督教団でなくても、復活や三位一体を否定しちゃったら、使徒信条やニカイア信条などの基本信条に
基づく信仰告白を制定・採用している教会ではペケでしょう。
そもそも教会とは信仰告白を共にする「告白共同体」であります。従って「個人的な信仰理解」が教会の
信仰告白から逸脱するものであれば、それは間違った信仰理解として排除されます。その逸脱の度合いが
著しく、本人に悔悛がみられなければ、戒規処分もやむを得ないでしょう。
そして所属教会で戒規中の者は、他の教会の礼拝に出席しても陪餐資格は認められません。つまり所属教
会のみならず、どこの教会からも相手にされなくなると言う事です。>>

 ということは、日本基督教団では、そのようは異端を認めていないはずです。



427あずみ ◆V.9uSetc :02/05/17 02:44
 「原典」って言うけど、厳密な意味で「原典」なんて存在するのかな...

 その「原典」っていうのは、いつの時点を意味するんですか?

 メーチェンなんてファンダメンタリストの御用学者引っ張り出してきても、
ムダだよ。
428名無しさん@1周年:02/05/17 02:45

434 :T氏の落書き ◆RSrQg8hk :02/05/17 00:19
しかし、それに対するあずみ◆V.9uSetcの返事は「それに、日本キリスト教団の信仰告白は多様な理解ができます」と
日本基督教団の信仰告白がイエスの復活を弟子達の心象にすり替えることができるレベルのものであると主張します。
 あずみ◆V.9uSetcによれば、日本基督教団の信仰告白は、復活の教理をも骨抜きにできるほどに多様性があるらしい。
 私は日本基督教団をあまりよく知らないのだけれど、日本基督教団の信仰告白がそんなにダメなのものなのか、それと
もあずみ◆V.9uSetcが自分に都合のいいように作り替えてしまったかのどちらかですね。
もし、あずみ◆V.9uSetcがテキトウなウソでごまかそうとしているのなら、相当悪質で
日本基督教団の信仰告白を地に落とそうとしているとしか考えられない発言です。

あずみは、パウロの書簡も否定してたし、イザヤ書も否定してたし、贖罪否定、復活も否定してるみたいね。

 以上を考えるに、tinnという人が日本基督教団の人からもらった「あずみ◆V.9uSetc」について
の回答は、正しいものと判断します。あずみ◆V.9uSetcは自分が異端でないことを証明するために、
自分が日本基督教団の教会員であることを主張します。良いように、日本基督教団は
あずみ◆V.9uSetcの隠れ蓑に使われている状況といえるでしょう。
 また、ここまで異端ぶりを発揮し、日本基督教団の信仰告白を地に貶める発言を繰り返すところ
をみると、あずみ◆V.9uSetcは日本基督教団に異端の種を振りまくか、もしくは日本基督教団が
異端であると虚偽の情報を流しているとしか、考えられません。なぜに、あずみ◆V.9uSetcは
日本基督教団の信仰告白をそこまで、引き下げようとしているのか?
 異端の働きに気をつけましょう。
429保守派:02/05/17 02:52
 メーチェンを初め同じ立場をつる保守主義者は、聖書の原典というべきものを
考え、それこそ神が人に命じて書き取らせたものであって、全く誤り無きもので
あると主張しています。
 したがって、何も今日われわれのもっているどの版の聖書も無謬だなどとは
言っていない。
 無謬であった聖書の原典が紛失してしまったのは、こうも考えられる。
 神は人々がこれまでにも宗教的な遺物を礼拝したことからして、聖書を礼拝
するにちがいないことを知っておられたからではないかと。
 聖書を写した人々は、確かに誤りをおかしただろうし、聖書の中の同一の
出来事にしても、さまざまな資料のあることがそのことを裏付けている。しかし、
そうだとしても、救いを妨げるような誤りとは、当然区別されていいだろう。
430あずみ ◆V.9uSetc :02/05/17 02:53
 創世記にしても、クムランからは正典とされているものとは異なる系統の
異本が発見されているし、詩編にしても151篇以降の詩文が見つかってい
ます。

 こういうのは、もちろん霊感されてはいないと言うことでしょうね...
431保守派:02/05/17 02:55
>古代的な世界観や歴史観、偏狭な倫理観などもたくさん含まれていることを認
めた上で

 この部分については、根本主義者も自由主義者もそんなに異なっているとは
思われない。
 しかし、高層批評の問題になると、話はまた別です。聖書の下層批評は、根本
主義者も積極的に参与できる問題であり、事実、自由主義者よりももしろ積極的
な関心を払い、聖書の原典により近いものを見出すために努力を惜しまないでいる
432あずみ ◆V.9uSetc :02/05/17 02:56
 資料というのは、モーセ五書で言えばJ、E、P、Dの各資料、共観福音書
で言えば、Qとかルカ特殊資料などのことですか?
433あずみ ◆V.9uSetc :02/05/17 03:01
 モーセ五書の「原典」とは、捕囚帰還後に各資料を基に構成され、編纂
された直後の「モーセ五書」ということですか?

 それとも、モーセ五書の中にちりばめられた各資料を再構成して、各資料
の原型を復元したものということですか?
434保守派:02/05/17 03:01
 聖書研究はあっていい。原典により近いものが出てくることは、根本主義者にとっても
喜ばしいことでしょう。
 高層批評は、聖書が単なる古典の一つであり、したがってそれを理解するのに特殊な方法
を必要としないという考え方を何らかの形でもっている。つまり、超自然的な啓示として聖書
を取り上げることを拒否するかぎり、聖書を正しく理解することは全く不可能です。
 下手な理性に対する信頼は、実は啓示を不必要にしてしまうものです。
435保守派:02/05/17 03:03
原典というのだから、一番最初に書かれたものでしょうね。
436あずみ ◆V.9uSetc :02/05/17 03:04
 聖書全体が書かれた歴史全体(一千年以上)にわたって神の啓示があった、
神の霊感によって記されたと考えることは、かなり無理があると思いますけど...
437あずみ ◆V.9uSetc :02/05/17 03:06
 一番最初に書かれたのが「原典」だとすれば、その原典はモーセ五書のなかの
J資料ということですか?
438あずみ ◆V.9uSetc :02/05/17 03:08
 別に聖書は冒頭の創世記の第1章1節から書かれはじめたわけではない
ことは、認められますよね。
439保守派:02/05/17 03:09
 イエスが奇跡をなしたとか、死よりよみがえったとの主張に対して、
疑問を提起するにたる歴史的な証拠を見つけることができたのでしょうか?
 それができていくせに、自由主義批評家にとっては、その世界観の中に
奇跡の位置づけをすることができないそうですね。ここで、彼らはむしろ
思考を停止し、想像力をたくましくすることを押さえ込み、奇跡と言い切る
前に、何が実際に起こったかを無理にでも物理的に理解できるようなすぐれた
理論を見出すことにつとめる傾向がある。
 かなしいかな、その理論が恣意的であるために、新正統主義においては、
まるで聖書解釈においての一致が見られなくなってきた状況だと聞く。
440あずみ ◆V.9uSetc :02/05/17 03:11
 はあ?

 そんなこと、関係ないと思いますけど....

 資料についての話をしましょうよ。
441あずみ ◆V.9uSetc :02/05/17 03:13
 創世記が4つの資料から再構成されたことくらいは、認められますよね...
442あずみ ◆V.9uSetc :02/05/17 03:18
 創世記はお好みでないようでしたら、共観福音書でもかまいません。
443あずみ ◆V.9uSetc :02/05/17 03:18
 3時過ぎてる...

 もう寝よ。
444マリア:02/05/17 03:25
聖書には、残念ながら自己を否定してしまいかねない矛盾を、
聖書自身が抱えているというものがある。
しかし、その矛盾も嘘ではなく本当のものである。
色んな人たちによって、その扉が開かれようとしている。

まぁ、失望する人は失望すればいいし、
そうではなく、良く知ることによって、
神はどうしてそれを良しとされたのかも考察して欲しい。
445名無しさん@1周年:02/05/17 03:37
あずみはコテンパンにやられてますな
相手が原典において無謬と言って、その原典自体がないというんだから、何をいってもかわされるわな
446名無しさん@1周年:02/05/17 05:49
コテンパンにやられてるのはむしろ原理主義者のほうだと思うけど。

ヨハネによる福音書のさいごの章、マルコによる福音書の長い末尾短い末尾についてはどこまでが「逐語」霊感なのでしょう?

創世記1章と2章創造の順番が違いますけどどっちが「逐語」霊感?

それと297で激しくガイシュツですが列王記上7章の記述は?

上記に有効な答が出せない以上は逐語霊感説は破綻してる、というのが基本的にはメインラインの立場。
まーメインラインは大人だから(別名ぬるいともいう)気の毒がって叩かないけどね
447名無しさん@1周年:02/05/17 08:09
>メインラインは大人だから(別名ぬるいともいう)気の毒がって叩かないけどね
五書資料説についてもここ数十年批判的検証が徹底的に行われいて、
かつての通説は大胆に覆されつつあるけど、
資料説批判は本当は原理主義者のほうが昔から展開していたね。
しかし批判のしかたが余りにピントがぼているというか、ずれていたためか、
全然無視されてきたし、今でも相手にされていない。これからも相手にすることは
ないと思う。原理主義者はこれからも執拗に批判を続けていくと思うけど。

448おはよう:02/05/17 08:15
聖書を当時の信仰告白として捉えるのは言い換えると
聖書はもともと口伝によって伝え聞かされてきた
話術によって構成されているという側面があるということでは。
聖書の伝承史研究なんてありますけど日本じゃ流行らないですね。
(フィンランドのウプサラ学派とかアメリカとか)
それは聖書が辞典や法律書のように変えてはならない掟としては
書かれていない側面もあるということではないかと思います。

一方で聖書は神への信仰による応答という側面とは反対に
預言という啓示の書物として読まれる側面もあります。
逐語霊感説の表われたのは啓蒙時代と重なっていますから
聖書の全てを人々に有益な神の啓示として受け取り、
それによって預言的な信仰に生きるよう目指している
ような気がいたします。

しかし啓示は聖書の一面であって、
実際は逐語霊感という理解の方法にも伝統と口承的な側面があるし
それ自体が新たな神話を形成しているといえるかと思います。
聖書に描かれている全ての要素、適当に要約すると
信仰告白(礼拝)、良い行い(律法)、神の啓示(預言)が
よい循環を得ないところでは破綻が生じると考えるべきです。
449あずみ ◆V.9uSetc :02/05/17 09:29
 この個所ですね。 >446

 「縁から縁まで十キュピトであって、周囲は円形をなし、高さ五キュピト
で、その周囲は綱をもって測ると三十キュピトであった」(列王記上7:23)
なかなか良いスレッドになってきました。

さあ、それでは上記を踏まえて、逐語霊感説を支持する理論を書き込んで下さい。
このスレッドの趣旨は<<逐語霊感説を支持するための理論を確立すること>>です。

逐語霊感説を擁護するために、どのような理論展開を行うべきかを考えましょう。
451名無しさん@1周年:02/05/17 09:54
まず、一般啓示と特殊啓示について、議論すべきだと思うが。
452名無しさん@1周年:02/05/17 13:13
逐語霊感説は三位一体説と同じように
神の働きを言い表すもので
人間が所有できるものではない。
人は恩恵を受けているに過ぎないはずである。
ところが逐語霊感説を主張する人々は
自分の理解や態度を自慢している人が多いのでは。
そこが逐語霊感説が世俗化して無価値になる原因です。
逐語霊感説を掲げる人々が悔い改めない限り
本来の意味は味を失って説ごと投げ捨てられる。
453名無しさん@1周年:02/05/17 13:18
>>452
それを言ったら、全ての話し合いが終了してしまう。
もともと、神についての事柄も、人間が所有することはできないわけだし。
454kore mikaiketsu desu :02/05/17 13:42
80 :名無しさん@1周年 :02/05/14 21:12
>その手紙が書かれた時点での「聖書全体」とは何ですか?

旧約だけです。新約は当時の想定外。

287 :あずみ ◆V.9uSetc :02/05/15 11:10
 「旧約」というより、セプタギュンタでは?  >280

 もう少し範囲を狭めると、その中でもとりわけモーセ五書...

289 :名無しさん@1周年 :02/05/15 18:57
とすると、「トーラー=律法には一字一句誤りがありません」テナワケだ。

290 :289 :02/05/15 18:58
ああ、あるいは旧約と旧約続編には一字一句誤りが。。。。

291 :dendo. ◆Dpy6mDYE :02/05/15 19:10
>>290
ワラタヨ。

それはそうと、>>1は自分が考えるところの「逐語霊感説」について
定義を紹介する必要があるんじゃねーのか?
ちぃヨハ%糞袋だって、もうちょっと自説について自分から語ってたぞ。
455名無しさん@1周年:02/05/17 14:15
まともな提議があるとそのあと荒されて流されて終っている模様
456名無しさん@1周年:02/05/17 16:39
カインとは“人類最初の殺人者”のことである。多くのキリスト教の宗派で考えられていることは、カインは長男であるということだ。しかしカインが長男であるとは本当は何処にも記されていない。我々が勝手に「妻エバを知った」と「カインを産み」を
同時進行でつないでいるだけ。更に言えば女子を産んだ記述は一切無い。だからアダムとエバは女子を産まなかったという理屈は成り立たない。なぜなら「聖書」は意図をもって大まかにしか記されたから、しかも女子については原則的に記さないのが常だ
から。事実、カインは追放先で別の人間(女性)と出会っている。つまり少なくともエバが“男子を得た”と叫ぶ言葉の裏の意味に、既に女子を産んでいたという理屈も有り得る。だが誰が長女で長男なのかの記載は無い。で、カインは殺人を犯してアダム
とエバの元を追放される。その追放先であるノド(さすらい)の地で出会った妻をめとって息子であるエノクを得る。そしてカインは息子の為に「エノクの町」を建てる。このエノクの町と、聖者エノクが住む「エノクの町」とは全く別。アダムの系図が記
されているので分るが、アダムとエバの子セトから出て来たエノクが建てた町のことである。後にこの町は「ノアの大洪水」の直前、町ごと天に取り上げられる。これが後に天空の城である「ラピュータ」の原形。そしてエノクの町はやがて地上に戻ってく
るという。さてカインについてだが、問題は主につまづく者の典型がカインを通して記されているということ。カインは弟のアベルを殺した。その理由は、主である神が収穫の十分の一を捧げるよう二人に求めたところ、アベルは羊の初子を持って来たが、
カインは土からの実のりを持ってきた。これが後の殺人の要因となる。聖書にはこうある。“アベルは羊の群の中から肥えた初子を持って来た“と。しかし、カインの記述には“土の良い実り”とは記されていない。つまりカインは十分の一の戒めに形式的
に従っているだけで、厳選した良質のものを主である神に捧げる気持が無かったことが、こういう形で示唆されているのである。その結果、主はカインよりもアベルを良しとされたわけ。つまり主は両者の心の中をご覧になったのである。
457名無しさん@1周年:02/05/17 16:48
しかし、カインは自分のことを棚に上げ、怒りの全てをアベルへと向ける。猛烈な嫉妬心。つまり、殺人の元はカインの自己中心的な心根にあったことを示しているのである。
殺人の殆どの原因は今も全く変わっていない。その後、カインは主から罰として誰が見ても分る“しるし”を付けられることになる。それは物心両面に至るしるしのことで、
一つは「肌の色が黒くなった」こと。もう一つは撃たれることができないよう「死なない体」が与えられたことだ。これによってカインは死ぬことができなくなり、
「ノアの大洪水」の中でも生き延びることになる。こうしてカインは今も地上の何処かを徘徊している。また、カインの血を引き継いだ子孫(女性)が箱舟に乗り、ノアの
三人の息子の一人であるハムと結婚した為、肌の色の黒い人々がアフリカの地を引き継いで「エジプト文明」を起こす。しかし同時に子孫はカインに与えられた呪いも受け継ぎ、
“土を耕しても、土はもはやお前のために作物を産み出すことはない”・・・状態に現在は陥っている。更にノアによって与えられたハムの子孫への呪いである“カナンは呪わ
れよ、奴隷の奴隷となり、兄たちに仕えよ”・・・が黒人奴隷という形で歴史的事実となった。だが、同時に“カインを殺す者は、だれであれ七倍の復讐を受ける”という約束
も成就している。カインは不死の体である以上、これはカインの子孫に与えられた約束と言える。事実、アメリカは黒人奴隷を得たことで、結果的に国を二分する大戦争(南北
戦争)へと突入し、無数の白人の血が同士討ちで流される呪いを受ける。このように世界は「聖書」の予言通りに進んでいる。陰謀論的なユダヤ人の思惑通りに世界が進んで
いくのではない。聖書の予言が成就して行くという方が正しい。
458名無しさん@1周年:02/05/17 17:15
>>453
いや、逐語霊感説を主張する人々の自己吟味が
堕落しているから、誤解を招いているのだと思う。
聖書が全ての局面で啓示的であると主張することが
理論上優位であるかないかの問題は
牧会の実状と合わせて考えるべきでは?
459名無しさん@1周年:02/05/17 18:02
啓示を受けたのは人、伝承者も人、記録者も人であり、各文書が書かれた時代も書き継いできた聖書記者も違う。また記者が個人的な体験(啓示)を直接受けた
場合も「伝聞のみを記事にまとめよ」と示された場合もあろう。旧約聖書の場合、啓示は千年近くも口承されたものもあり、その自然的社会的背景、パロールを
構成する音声言語、発信者・受信者の個性によって多様化した部分も否めない。が、人間の常識を超越した統一性と「命」が貫かれていることもまた否めない。
ミシュナー・タルムード・クムラン文書・新約聖書への関連性は凄まじいものがある。トーラーにおいてもJ文書、E文書、P文書、など逆に聖書の本質を証明する
形となっている。クムランでのイザヤ書の発見など驚異ですらある。聖書は霊感によって書かれたと聖書自身が語るように、クムランの儀典の発見によって更に
霊性を裏付ける結果となった。翻訳において生じた食い違いを論う者や、誤った無謬説の者もいるが、「本質的無謬」という聖書の位置付け、は不変であろう。
460名無しさん@1周年:02/05/17 18:03
なぜなら主は示されている。
「真理は、理で追いつけるようなものではない」
「最初の人類もイエスの弟子もすべて不完全。義人はひとりもいない」「人間はしょせん陶器師によってつくられし陶器」「しかし、かかる人間を圧倒して隷属
人形にはしない。自由意思」「十字架における一方的な全人類的恵みとたとえ話」「真理は、意(恵み・信心・愛)によって得ることができる」
聖書は人間の失敗・重複・主の厳しさを削除されないが、愛は、このような形を通して語られなければあり得ないことが論証されている。単なる人間側の偉人・
英雄・人道憚では不可能な原型を、歴史・将来ともに提示している。人間は恵みを受けている。この真理は、神との個人的なダイアローグ(対話)なしで、あら
ゆる被造物も教えてはくれない、唯一聖霊によって主と交わり(祈り)聖書を読み、主の十字架を感謝し、罪を悔い改め、へりくだる後に授けられる「賜物」で
あり、ここから聖書における真義=神の油による敷衍が個人的になされるのである。キング、マザーテレサ、ドストエフスキー、アインシュタインなどは、この
レベルを生きた証し。彼らは、あらゆる生き物、空、大地、風、自然などにおける主のメッセージを知っていた。「信じる」ということは、大いなる恵み、であり、
やがて朽ちぬ宝となり得るものである。
461名無しさん@1周年:02/05/17 18:18
>>457
中東問題の意味も含まれているんだね。創世記に預言されている当該問題の暗喩は
いっぱいあるね。
462dendo. ◆Dpy6mDYE :02/05/17 18:21
ねえ、このいかにも「と」(それはそれでおもしろいが)なコピペの
出典はどこ?

誰かソースキボン。
463453:02/05/17 18:22
>>458
それはつまり、状況倫理を肯定する、と言う意味か?

聖書は特殊啓示について完璧であるというのが、福音主義神学の立場であると思う。
この考え方は、カルヴィニズムから来ているが、
アルミニウス主義の神学においても、否定はされないと思うがどうか。
464名無しさん@1周年:02/05/17 18:45
>>460
>この真理は、神との個人的なダイアローグ(対話)なしで、
>あらゆる被造物も教えてはくれない…
    ↓
>彼らは、あらゆる生き物、空、大地、風、自然などにおける
>主のメッセージを知っていた。

以上のふたつの主張は矛盾してるよね?
それと啓示の多様性を論じているということは
聖書の逐語霊感という立場は反対と受けとっていいのかな?
それとも自然の啓示は聖書と矛盾しないという程度のことかな?

>単なる人間側の偉人・英雄・人道憚では不可能な原型を、
>歴史・将来ともに提示している。
    ↓
>キング、マザーテレサ、ドストエフスキー、アインシュタインなどは、
>このレベルを生きた証し。

これも矛盾している。なにが無謬でなにが真理を表わすのか…
この人の個人的なダイアローグ(異言)を解説できる人はいるかしら?
465dendo. ◆Dpy6mDYE :02/05/17 18:47
とりあえずパス。
(つかこれ系のデンパはおなかいっぱい)
466名無しさん@1周年:02/05/17 18:51
聖書の興味深い点の一つは、
「ある部分では恐ろしく大雑把、しかし、ある部分では恐ろしく細かい」
というところだろう。
467名無しさん@1周年:02/05/17 19:05
なんか「あずみ」とかいうヤツむかつく〜
468名無しさん@1周年:02/05/17 19:06
| ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄|
  次ボケて   
|_________|
    ∧∧ ||
    ( ゚д゚)||
    / づΦ
469あずみ ◆V.9uSetc :02/05/17 19:08
 なんか467書き込んだヤツむかつく〜
470名無しさん@1周年:02/05/17 19:10
げ〜〜
ああ おいちい
471458:02/05/17 19:18
>>463
聖書は特殊啓示において完璧ではあるが、
全てにおいて特殊啓示のみを記しているのではないのでは?
聖書のなかには状況倫理として、箴言などの知恵文学があるし
全てが預言的なニュアンスで語られているわけではない。

聖書に「生活の座」があるというのは旧約学の主張としてある。
預言もイスラエルの宗教生活(神殿礼拝)のなかで語られ
実体のある理解(主の慈しみと栄光)に結び付いていた。

逐語霊感説は、そうした「生活の座」と深く結びついた
律法と預言の適用(語られる状況)を混同して
全てを啓示として抽象化するか、状況を無理に策定するかの
両極端な方法を取っているように思える。

牧会の実状に合わせるとは、
御言葉の語られる場を的確に設定することであり、
そのことによって宗教生活を形作るよう促すことだと思う。
これは御言葉によって形作られる神の民の姿であり
自分の行動を聖書の啓示として無理矢理関連づけることでは
決してない。

逐語霊感説を強調する場合、
こうした世俗化した傾向がまま見受けられ、
私はそれを悔い改めて欲しいと思う。
悔い改めは理論上の行動ではなく
牧会の実践によって始めて明らかにされるものだと思う。
472名無しさん@1周年:02/05/17 19:18
猫虐殺事件のネタ元と疑われてる漫画のスレ。
PTAが批判カキコしにきてたりしてちょっとした祭状態。
しかしこのスレの住人はふざけている。
「(今回の事件が)漫画の良い宣伝になった(w」
などと非常識な発言をして喜んでいる。是非参加して意見を。
http://comic.2ch.net/test/read.cgi/comic/1021553689/
473名無しさん@1周年:02/05/17 19:18
>>469 あんた、「佐々木かおり」なの?
474名無しさん@1周年:02/05/17 20:22
age
475名無しさん@1周年:02/05/17 20:50
あげ
476463:02/05/17 22:10
>>471
確かに、聖書は特殊啓示だけを記しているわけではない。
だが、特殊啓示を指し示していると思う。
逐語霊感説の問題は、あなたがおっしゃるように、特殊啓示と状況倫理やその他のものとを、
全て混同してしまっていることにあると思う。
そして、生活の座(Sitz im Leben)を全く無視した釈義を行い、混乱を来していると思う。

聖書各署の成立過程における、極端な形での逐語霊感説(バーバルインスピレーション)は
退けたい。だが、教義の源泉としての聖書と言うことを考えるなら、
全ての言葉に神の霊が等しく働いて、特殊啓示を告げ、あるいは特殊啓示を指し示し、
それを支持するために用いられている。そう言う意味では、神の言葉として読まれるべきだと思うが。

それから、牧会の実情に会わせるべきと言う意味は、よく理解できた。感謝。
477名無しさん@1周年:02/05/17 22:12
>>467

バカは放置せよ
478名無しさん@1周年:02/05/17 23:21
>>477
おまえだろ?(プ
479471:02/05/18 00:13
>>476
聖書はキリストを指し示すものだということは重要な視点であり
パウロが十字架について述べるような福音説教の基本的姿勢だと思う。
しかしパウロ自身は各地の教会の情況を熟知して、例えば
コリントの教会では女性による説教をほぼ禁止し
フィリピの教会では女性指導者同士の論争を認めている。
これは特殊啓示に到る過程を見定める方法には、神の側の都合はともかく
それを受ける人間の有り様もよく吟味されていると考えるべきだと思う。

その意味で、全ての言葉が神の栄光を直接的に啓示しているのではなく
むしろキリストが十字架につかれたように、神の側が仕えてくれる
全く逆の姿勢も散見されるのが聖書の示す神の愛であると思う。
そしてその姿勢は聞き分けの良いことを自慢するよりも
神の側が一方的に手を差し伸べられたことへの悔い改めと感謝であるべきだ。
逐語霊感説を主張する際に見失われがちなのは、
聖書がこうした人間への妥協(偏愛)から編み出された書物でもある
という側面ではないかと思う。

神はあるいは人間を全て滅ぼし、新しく創造することも可能だっただろう。
しかし子を産み、増え、命を終える人間に最大限の気を配っている。
その人間がキリストの愛と栄光のうちに生きようと思わせる用件は
聖書を逐語的に信仰の増強剤のごとく駆使することではなく、
むしろ父・子・聖霊の交わりと働きに積極的に参加することが重要である。
それが聖書の示す生ける神の姿であり、礼拝する姿勢でもあると思う。

逐語霊感説にはこうしたかなりのお膳立てが必要であり、
それだけでは人間の理解の檻に埋没しやすい説でもあると思う。
そしてその結果は人間か神かの両極端の責任問題へと転嫁されやすく
聖書が神と人との交わりを想定した書物であるという側面を
必ずしも適当に言い表してはいないように思える。
480名無しさん@1周年:02/05/18 01:07
>>446に禿同。
「かわされ」て「コテンパンにやられる」てのは謎だよ>>447
447はファンダメンタリストなの?

>>479
御高説一見ごもっともですが、
たとえば「創世記の原典」 についての>>435-438の中づりにされた問いに
答えなければ、逐語霊感説を支持される方が何をいっても説得力ないのですが。
「原典」「聖書」が何を指しているのかわからない状況で
verbal inspiration といわれても、観客としては困惑するばかりです。
481471:02/05/18 01:08
(追記)
単純に聖書がキリストを証するというのを指し示すのであれば
パウロの言うようにただ愚直に繰り返し語り続けるしかない。
しかし福音を語る以前から、そのような結びつきが自らの内で
あたかも完成しているようなフリをするのは誤解を生むだけだと思う。
逐語霊感説に無謬に依存することのリスクは、
三位一体の神との結びつきと交わりに確かに生きているという吟味が
逐語霊感説という完成した理論の後ろ盾で希薄に陥りやすい点にも
注意を促したい。

実際、聖書の一字一句が全て神の栄光を表わし、
その益となることを知り尽くすようにする、それだけの吟味に徹している人が
逐語霊感説を強調する人のうちにどれだけ居るのだろうか。
むしろ自己の怠慢に敗退することのほうが多いはずである。
それでも信仰は失われず、むしろ大いに慰めを受ける場合さえある。
人が逐語霊感的に理解するより先に、神はキリストによって交わりを
用意されていると考えるべきである。
これは洗礼や聖餐の秘儀の内にも留められている。
それは書かれているだけでは成就せず、それを受けて初めて実効性を持つ。
同じように福音は今ある世界で語られて初めて、
神の慈しみと交わりの有効性が理解されていく。
それは逐語的というよりは、地上が広い霊感に支えられ創造された名残を
想起させるに十分な希望に満ちた言葉でもある。
その情況を吟味し、悔い改め、捧げるという営みを絶やすことなく
聖書の言葉に聞き入る姿勢を崩さないで欲しいと思う。
改めて言えば、福音はこの世のただなかにあるとも言える。
482479:02/05/18 01:45
>>480
私は逐語霊感説を積極的に支持してはいません。
それと聖典編纂の作業は
法律学に優れた知識を持っていたローマ帝国時代の所産であり、
それ以前は聖典を確定する手だてよりも
積極的に弁明する手段のほうが有効だったように思います。
つまり聖典という無謬化の作業よりも
実際のコミュニケーションに力点が置かれていたというべきです。
パウロの手紙にしても、ある事柄を簡略に定義付けするより
手を変え品を代え弁明する方法が好まれているように思います。
福音書はそれよりさらに物語る傾向が強いと思います。
そうした傾向は今の福音説教の伝統に生き続けているものです。
福音が書かれているという事実と同じかそれ以上に、
福音を語ることを重視したのだと思います。
素晴らしく有意義なスレッドとなってきました

ここは、逐語霊感説を擁護する理論を確立するためのスレッドです。

逐語霊感説をどのように擁護するかを共に考えましょう。
484名無しさん@1周年:02/05/18 05:40
>>479
同意できる。が、我が国の一般の方に説明するには、やはり神の力がいるな。日本人は神に
愛されている、と多くの偉大な使徒は異口同音に言うのだが。
485名無しさん@1周年:02/05/18 06:29
有意義になってきたとするならば逐語霊感説をどのように擁護するかではない立場の人がマジレスしてるからだと思うんだけどいかが?
486名無しさん@1周年:02/05/18 08:03
聖書の教えを信徒のうちに実体化するために行われてきた教会的伝統は
逐語霊感説以外にもあります。

ひとつは教会暦や聖書日課によって、
聖書と生活習慣とに関連を持たせる方法です。
三大祭に限定するものもあれば、
年間の聖書箇所が決まっているものもあります。
聖書教会暦は通常3年周期で全ての聖書箇所が
網羅されるように工夫されています。
これには個人と教会の歩みの連続性が意識される点で
教会での交わりの実体を聖書によって具体的に促している
ように思います。逆に自由度が少ない弱点もあります。
正教会やカトリックはもちろんのこと
ルター派や聖公会でも教会暦は用いられています。

もうひとつは連続講解説教というスタイルで
教会暦に依らず、ともかく聖書を最初から最後まで
貫徹して読み通し説教していく方法です。
カルヴァンら改革派教会のとったスタイルですが
中世の教会暦がとかく祭好きで、聖書に関係のないものが
多々あったところから、それを一端破棄することと
逆に福音理解を聖書から得たいという要求のもとに
取られた方法であったと思います。
この方法で聖書を読みこなすには5年〜10年サイクルで
行っていることが多いようです。
カルヴァンの時代は日曜以外にも毎日、今の祈祷会に似た方法で
礼拝説教をする機会がありましたから
1年半で聖書66巻を網羅するというのが普通だったみたいです。

逐語霊感説は>>463でも指摘されているとおり
カルヴァン派の講解説教の実践が教理的に釈義され
アルミニウス主義の神学にも引き継がれたものですが
教会暦にせよ、連続講解説教にせよ
牧会的な実践があって本来の姿が表われてくるというべきです。
そうした実体のないところで逐語霊感説が語られるとき
台所以外で包丁を持っているのと同じくらい危険な感じを受けます。

健全なことに教会暦も講解説教もそれを無謬の教理であるという
主張はなされていない。つまり牧会の実践的課題を解決する
一方法にすぎないことを予め弁えているということです。
487479:02/05/18 08:28
>>484
多分、神の力とは、雨のように降ったり止んだりするものではなく
福音によって神と隣人との間に新しい関係が生まれることを
言っているように思うのですが。
ヤコブの手紙が手厳しく指摘するように、愛もまた実践によって
初めて理解されうるものであると思います。
それと聖書は良い行いについて、あきれるほど箇条書きで済ませている
という事実にも注目するべき点があります。
これについてはとやかく言わずに行動して
福音の実を味わえという感じではないでしょうか?

中世の修道院のことわざに「祈り働け」というのがあります。
祈りつつ働き、働きつつ祈るという循環が修道の基本である
ということかと思います。
こうした福音の身体性については、旧約の神殿礼拝が廃れて以来
実用性が疑問視されてきたのですが、人間の理解の範疇に身体性を
含めおいてもいいのかな、と思うときがあります。
488476:02/05/18 10:01
>>479
聖書の成立過程において、さまざまな時代的制約が働いたということは、その通りだと思う。
また、聖書の言葉を適用する上での時代的背景や状況を鑑みなければならないのも、その通りだと思う。
だが、教理が普遍的なものである以上、教理の源泉としての聖書は、
それが書かれた状況や時代背景を超えて、全ての時代、全ての民族や国民に対して、
普遍的な真理を語りかけてくる。
その言葉を的確に釈義するためには、聖書に記されている全ての言葉について、
ある一定の距離を保ちつつ(つまり、教理に拘束されすぎず、読み込みを避けるために、
高等批評を受け入れながら)、しかし、全ての言葉には神の霊感が働いて、
キリスト教の教理を示していると考えなくてはならないと思うが。
489479:02/05/18 11:18
>>488
聖書が言葉どおり継承され実践されているかの問題は
かなり深刻な問題を含んでいると思います。
例えば、ヨシュア王の時代に律法の原典が見つかり神殿の改革が起こった。
それはテキスト自体が失われていたということもさることながら
それまで信じられてきた教理などの面にも変更が迫られたものと思われます。
しかしながらイスラエルは伝統と習慣の限界のなかで、
再発見された原典の価値を見出すことができ、
より深い理解に達したとも思われるのです。

つまり「普遍的な真理」と呼ばれるものは
逐語霊感のみによって示されているのではなく、
むしろ生ける神そのものを指し示すように思うわけです。
その導きを聖書は的確に示していると理解しています。

また教理の提示は最近では牧会的書簡を伴って行われるのが通例です。
アパルトヘイトに対抗して草案されたベルハール宣言にも
牧会的書簡が添付されています。それは宣言を聞く人々のうちに
論争や敵対を生むことよりも、むしろ和解を生み出すことを願って
聞く人の情況から説き起こす作業を補っています。
そうした交わりの背景のないところでは神学も教理も生きてきません。
それは友好的なときもあれば、迫害というかたちで露になることもあります。

逐語霊感的に聖句を受け取ることは、
ともすれば「受け取る」ことに執心しすぎて、
神と隣人との交わりのなかで有機的に機能する信仰を
個人的な所有に置き換えるリスクを背負っているように思います。
そしてそのリスクを牧会的配慮で充分にカバーできていないと感じています。
つまりそれは主の御業に奉仕する際に、自分の立場と相手の立場を弁えて
皆で協力しつつ個々のタラントに専念して行うという
教会的な交わりを阻んでいるとも考えられます。

牧会で実践できない事柄を悔い改めることをせずに
教理だけ先行して建てるのは無理があるし、
逐語霊感説そのものが預言的な要素を持ち始めている実体を
危惧するものです。
>>485

いまだに当スレッドの趣旨を理解せずに勘違いして、だた逐語霊感説を反対する
レスだけをしている人がいます。その勘違いによって、このスレッドが有意義にな
ったと考えるなら、大間違いです。
 このスレッドの趣旨にそって、良識あるレスをしてくれている479氏のおかげ
です。
491479:02/05/18 11:55
>>488 (追記)
ボヘッファー著「共にある生活」に
逐語霊感的な聖書釈義のリスクが紹介されています。
聖書日課はモラヴィア兄弟団によって広められ、
家庭礼拝において一日に一句を観想し受け取るような勧めを行います。
今でいえば個人のデボーションと同じ方法と考えていいでしょう。
そしてその一句の重みを観想することは、得難い体験をも引き出します。

反対にそのことによって、聖書を通して読むという作業に非常に難儀して
いる姿を省みています。実際には聖書を読み通すということは
その意味を様々な生活の局面で省察し理解するのではなく、
聖書の語る世界に自分が命を宿し、その只中で生きているということを
感じ取ることなのだということを示唆されています。

極端には
「神が、今日、私に対してどうなさろうとしているかを探求するよりも、
神が、イスラエルに対し、御子イエスに対して何をなし給うたかを
知ることの方が、われわれにとっては、実際、さらに重要なことである。」
とさえ言います。

逐語霊感説が牧会の実践のうえで覚悟しなければならないリスクがある
または全く誤解されて用いられているという考えはありませんか?
492名無しさん@1周年:02/05/18 12:58
   うんこで〜す
493488:02/05/18 13:39
>479氏
>逐語霊感説が牧会の実践のうえで覚悟しなければならないリスクがある
>または全く誤解されて用いられているという考えはありませんか?
おっしゃるとおりだと思います。
要するに、逐語霊感説が、感覚的なところでしかとらえられていないことが、大きな問題だと思います。
聖書学(聖書神学ではなく)の学問的成果を取り入れるなら、保守的な逐語霊感説は、当然排斥されるべきでしょう。
そのような立場は、学問的な批判に耐えることはできません。
神学的な洞察のためには、厳密な釈義が必要となりますが、釈義をする際に、聖書学の成果を無視することはできませんし。
しかしながら、聖書が記された時代には存在しなかった問題について、神学的考察を進めるとするなら
(そして、このような作業は必要不可欠です)、
聖書全体を霊感されたメッセージとしないことには、考察は不可能だと思います。
なぜなら、自分の都合がいいような箇所だけを、しかも自分の立場に引き寄せて釈義し、
そこから、自分に都合のよい組織神学を構築してしまう誘惑が、絶えずあるからです。
この誘惑に陥っているのが、逐語霊感説支持者であると同時に、いわゆるリベラルな立場の人たちだと思います。
494479:02/05/18 14:26
>>493
聖書に直接的には記されていない諸問題について
信仰的にも倫理的にも応答が求められるのはその通りだと思います。
実際には完璧さを強要するものではなく、名誉ある撤退という手段も含めて
諸問題に面と面を合わせる、というように割り引いて考えるのがいいように
思うのですが…広義の聖書主義と逐語霊感説とは触れ合う部分がありながら
その求めるところがあまりにも違う印象を個人的には感じます。
多分、本来の聖書主義をどのように実体のあるものにしていくかの
課題について教会でしっかり議論され祈られるべきだと思います。

かえって聖書がかつて対峙した混沌とした世界に
御言葉と共にふたたび船出する勇気をもっていきたく思うのです。
ヤハウェは混沌(カオス)に対し、創造と復活の命をもって勝利される。
このことに信頼して世の中の事態を福音的な要請として理解し
祈りつつ仕えていく者でありたいものです。

蛇足ながら福音的な要請は、改革派の伝統では
「信仰告白的事態(Status Confessionis)」という用語が
用いられていますので参考までに。(英語で記事を検索できます)
最近ではグローバリゼーション経済活動に対し、この語が発せられています。
495493:02/05/18 15:43
>>494
改革派の方でしたか。
私はメソジストですが、改革派神学には非常に学ぶところが多いと感じています。
岡田稔先生が書かれた「改革派神学概論」に、多くを学びました。
私の印象では、改革派の方々は、聖書についてかなり保守的であると思います。
聖書の成立過程については、必ずしも逐語霊感説を採るとは限らないと思いますが、
改革派神学自体が、聖書は全て神の言葉であると言うことを前提にした上で、
成り立っているように思えてなりません。
私の学びが浅薄なだけかも知れませんが。
496447:02/05/18 17:13
>480

ファンダメンタリストではないよ。

五書資料説の批判的検証については、次ぎの本や論文を読めばわかるよ。
・レントルフ「モーセ五書の伝承史的問題」(教文館)
・ワイブレイ「モーセ五書入門」(教文館)
・木幡藤子「最近の五書研究を整理してみると」(聖書学論集28巻)(リトン社)

レントルフはドイツ、ワイブレイはイギリスを代表する旧約聖書学者。

まあ木幡先生が師事されたウェルナー・シュミットなどは未だに
五書資料説支持だけど。
497名無しさん@1周年:02/05/18 17:34
>482(479)

>それと聖典編纂の作業は
>法律学に優れた知識を持っていたローマ帝国時代の所産であり、
>それ以前は聖典を確定する手だてよりも
>積極的に弁明する手段のほうが有効だったように思います。
>つまり聖典という無謬化の作業よりも
>実際のコミュニケーションに力点が置かれていたというべきです。
聖典の編纂といっても、モーセ五書の編纂と正典化はペルシャ時代だね。
ペルシャは被征服民の統治を有効に行う手段として、被征服民が所持する
民族固有の法律の編纂と公布を奨励していたわけだから、
エズラ以後に公布されたユダ州の州法であった「律法の書」はユダヤ人を
管理するための法であって、コミュニケーションには力点はなかったと思うけど。

スレの流れとは関係ないかな。
498あぼーん:あぼーん
あぼーん
499あぼーん:あぼーん
あぼーん
500名無しさん@1周年:02/05/18 17:42
>1ワラタ。
501名無しさん@1周年:02/05/18 17:53
>>1 こんな週末の過ごし方してて、










悲しくはないかい?
502名無しさん@1周年:02/05/18 18:29
このスレには、聖霊によるバプテスマを受けている偉大な無名戦士がいるな。
深い使徒がいるよ。日本人離れしている。
「2ちゃんねる」を拒否するのは簡単だが、世界最大のサーバーだから、
これを利用することにしたのだろう。弱者・病人への愛を、キリストは
安息日においても実践されたのだから。
ところで、「使徒の働き」とは何? 
神が全体を構成する一つの器官になり、もはや自身に変わって神が働かれる
こと、喜びのための協力者、唯一の「救い」を宣べ伝え、愛による奉仕活動
に従事する主に仕えし者、ということなのかな?
503482:02/05/18 18:58
>>497
ペルシャ征服時代の五書編纂まで遡ると
確かにコミュニケーションという切り口では充分ではありませんね。

新約の聖典確定に貢献したオリゲネスなどは
「新しい契約、即ち文字にではなく、霊に奉仕する者として
十分な力が与えられたパウロは、エルサレムからエリコまでずっと巡り、
福音を宣べ伝えていましたが、彼が教え導いたすべての教会に手紙を
書いたのではありません。」という理解があったようです。

また福音については
「『福音』とは、出来事の報告を内容とし、その報告を受けた時、
聞き手を喜ばせる談話(ロゴス)です」と言い、
「諸々の善を伝えるということに福音を宣べ伝えることがあると解釈された
のですから、使徒たちは、イエスを福音として宣べ伝えているのです」
とも言っています。
(「原典 古代キリスト教思想史−初期キリスト教思想家」 小高毅編)

つまり書かれた物は声を出して読まれるべきものと理解されていました。
当然、そこには聞く人も共にいると観て間違いはないでしょう。
私は聖書の理解は、霊的な黙想によるよりも語られるべき場へと
再び導き出す必要を感じています。
504名無しさん@1周年:02/05/18 19:43
実際、オリゲネスは誤謬も多かったが・・・・
505名無しさん@1周年:02/05/18 19:45
>>503
>つまり書かれた物は声を出して読まれるべきものと理解されていました。

いまでもカトリックとオーソドクスの典礼はそうですね。
福音書と書簡(オーソドックスでは使徒行伝を含む)を一年掛けて
輪読する。
506名無しさん@1周年:02/05/18 19:55
ムズカシーヨ!!ヽ(`Д´)ノ ウワァァン!!
507名無しさん@1周年:02/05/18 19:58
†ξ‡
508あぼーん:あぼーん
あぼーん
509494@マジスレ御免:02/05/18 21:01
>>495
私自身あまり教理史に詳しいわけではないのですが
カルヴァンの時代には古代教会における
論争の過程が文献的にではなく伝統的に理解されていた節を感じます。
例えば
アレキサンドリア派の旧約をキリストの予型とみる比喩的な福音理解と
アンティオキア派の歴史的啓示によって契約を結ぶ救済論との対比論争が
改革派神学では福音主義と契約神学というかたちで混在しているのです。

それはフェアな聖書理解のなかで生じた結論であると思うのですが
実際にはカルヴァンの時代には契約神学が後世ほど重視されなかったし
現在において契約神学を歴史的運命として主張する人は少ないのです。
そういう意味で聖書が全て神の霊によって書かれたという理解の実体は
時代的背景のなかでの強調点に差異があると思うのが適当に思います。

これはあまり教会で好まれている主張ではありませんが、
教理問答(カテキズム)を聖書の援用のみで説明し満足するのは、
教会の歴史的な歩みを反省し改革する手だてに封印を施してしまう
という学者もいるくらいですから、教理に無謬性を与えるのは
改革派教会の伝統にはあまりそぐわないと思われる節があります。

単純に教会は神の言葉が示す歴史的かつ預言的世界の実存を生きている
という事実のみが先行しているというのが正しいようで
それが教会の終末的(予定的)な秩序をも許容すると思っています。
モルトマンのような神学者は、救済論と歴史展開をパラレルに考察する点で
そうした事実関係の矛盾をそのままにすることを普通に考えているように
見受けられます。いずれにしても色んな人種が居ると思ってください。
510名無しさん@1周年:02/05/18 21:19
な〜ンか 文体同じの人が複数の番号使ってない?
さあ、逐語霊感説について、いろいろと語りましょう。
 逐語霊感説を肯定するとき、聖書に書かれている言葉はすべて「神の言葉」となります。
 多くの人々が問題とする点は、人間が神の言葉を用いるという実用面にあるようです。
 それを逐語霊感説を肯定した場合のリスクととらえ、それに対する危機感が逐語霊感説
への嫌悪につながっている感があります。
 それに対する有効な論駁は、おそらく逐語霊感説を擁護する側にも腐るほどあるでしょう。
 というのも、聖書は目的ではなく手段であることに着目し、あらゆる聖書解釈の目標は、
それを聞く人々のうちに生じる霊的な結果であるとしたときに、聖書を神の言葉として素直に
受け入れることを容易とする利点があります。それに関しては、リベラルを否定するものでは
ないが、逐語霊感説においては顕著に見える利点であると考えられます。

 さて、それを踏まえて、逐語霊感説を支持するための理論を書き込みましょう。
 私見では、493のレスに対する正当な論駁は不可能であると考えます。
 信仰を持つ者は、少なくとも聖書を霊感されたものと受け取っており、その
霊感の濃度についての問題となるとき、それは信仰者の信仰の問題へと転化して
しまうものだからです。
 
 とにかく、ここまでは、すばらしく有意義な議論が展開されています。
 さあ、逐語霊感説を擁護する理論を確立して行きましょう!!
512名無しさん@1周年:02/05/19 07:48
| ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄|
| 電波を 感知しました。 危険なので、避難して下さい。 |
|_______________________| ̄//∨     ☆
              / /        \_     _/ _/  / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
              /            \  / /  < 電波発信中・・・・
      _         ビビビ           ξ      \_____
     /||__|∧    /               Λ⊥Λ
  。.|.(O´∀`) /                (゜∀゜ ) アーヒャヒャヒャ
  |≡( ))  ))つ                  ( >>510
  `ー| | |                    | | |
    (__)_)                   (_(__)
                          /      ̄ ̄ ̄ ̄\
513名無しさん@1周年:02/05/19 07:49
誤爆した。>>511だった。510のひと、正直スマソ
514名無しさん@1周年:02/05/19 08:20
随分と古い(3世紀頃の)理解の方法だが
オリゲネスによれば聖書解釈の方法を
箴言22:20-21により3つに分けて
字義的・信仰的・秘義的(比喩的)解釈として理解した。
それは体・魂・霊のレベルでの理解であると説明し
体では歴史的事実を字義的に理解し
魂では物事を喩えて信仰的に理解し
霊では復活の命や天の御国を秘義的に理解する。

しかしこれらのレベルは
聖書全文に等しく適用されるのではなく
単純に字義的に説明できないので
魂や霊によって理解しなければならないことが
聖書にはある、ということなのです。

つまり聖書は様々なレベルで記されていて
全てが字義的でもなければ、全てが霊的なのでもない
しかし全体として調和が保たれているという物です。
ヨハネ福音書冒頭のキリストが受肉したという秘義は
このような聖書の在り方を改めて認識させると思う。

オリゲネスの示した聖書理解はいわば方法論であり、
聖書の全てを汲み取るのであれば、
どの方法をも的確に重視し用いるべきであると思う。

逐語霊感説はこの方法論を混同しつつ教条化してしまい、
現在にある諸問題を全て秘義的に理解を深めつつあり
カルト宗教の温床にさえなる危険性をはらんでいると思う。
そうした問題も含めて、逐語霊感説を定説としてではなく
「逐語霊感的」聖書読解方法という教派の牧会指針として
収めておくのが無難であると思う。
515名無しさん@1周年:02/05/19 19:56
かずあるきょうかいのせいでんのなかでなにゆえせいしょのみをじゅうようしするのか
>>514
オリゲネスは本当に
<<字義的・信仰的・秘義的(比喩的)解釈として理解した。
それは体・魂・霊のレベルでの理解であると説明し
体では歴史的事実を字義的に理解し
魂では物事を喩えて信仰的に理解し
霊では復活の命や天の御国を秘義的に理解する。>>
と理解したのであって、

<<聖書全文に等しく適用されるのではなく
単純に字義的に説明できないので
魂や霊によって理解しなければならないことが
聖書にはある>>
 ということではありません。


517名無しさん@1周年:02/05/19 20:48
そりゃあんさん
聖書がイスラエルや教会を建てる規範になりはったからどす。
主の神殿よりごっつい豪華絢爛な異教の神殿やら
福音書簡よりぎょうさん書かれたグノーシス文書がおますのが
聖書の66巻のみが宝の書巻として残されましてんな。

律法と預言とメシアの三本立てを建国の柱とするイスラエルから始まり
創造主とキリストと聖霊の三位一体の御業が織りなす教会は
どの国のお方でも聖書を道しるべとして歩んではんねんで。

聖人列伝は土地の教会の役者(えきしゃ)はんが記念されれば
それでええんちゃいますやろか。
>>514
>逐語霊感説はこの方法論を混同しつつ教条化してしまい、
現在にある諸問題を全て秘義的に理解を深めつつあり
カルト宗教の温床にさえなる危険性をはらんでいると思う。

 そのようなリスクに対しては十分に注意をすべきであるという勧告に
とどまり逐語霊感説を論駁する手段としては、あまり意味のないものです。
 以前、あずみがやろうとしたように、聖書の矛盾を並べ立てる方が有効な
手段であると思います。
 
>そうした問題も含めて、逐語霊感説を定説としてではなく
「逐語霊感的」聖書読解方法という教派の牧会指針として
収めておくのが無難であると思う。

 中国の地下教会では、聖書は手に入れたくても手に入らないものです。
 多くの迫害の中、この価値ある聖書は「神の言葉」として、一字一句が
真剣なものとして信徒の心を捉え、彼らの信仰を守っています。
 聖書が信仰ための書であるという視点は、逐語霊感説のもっとも守りたい
ものであるように思えます。
 迫害の中にあって、聖書の高層批評とは、まことに平和の中の戯言にも感じます。
 さて、今、中国の地下教会について触れましたが、それを考えると、
「牧会指針として」の逐語霊感説という理解は、正しいものであるとも考えられます。
 
 さあ、逐語霊感説を擁護する理論を書き込みましょう!
 ここのスレッドの趣旨をお忘れですか?!
 感情にながされていませんか?
 もう一度いいます。ここは逐語霊感説を擁護するための理論を確立するための
スレッドです。気をつけ下さい。
519514:02/05/19 21:48
>>516
直接聖書のことを話せば良かったかもしれないのですが
引用元は次の通りです。

…したがって、人間が身体と魂と霊によって構成されていると
言われている(注:プラトン哲学による)ように、人間の救いのために
神の賜物として与えられた聖書も同様に構成されているのである。…

…しかしながら、聖書のある箇所においては「からだ」と言った意味、
即ち適切な歴史的な意味が存在しない場合があるのを知っておかねば
ならない。その点に関して以下証明するつもりである。そのような箇所
には、先に聖書の「魂」および「霊」と呼んだ意味のみが求められる
べきである。…
(オリゲネス「諸原理」四・2・4ー5抜粋)

オリゲネスはもちろん霊による理解を最高のものとしていましたが
肉の人には十字架の事実のみから説き起こす(Iコリント3:1)ことも
忘れない人でした。その点で霊的な注釈の多いヨハネ福音書については
「感覚の福音」から「霊の福音」への移し替えを目指すよう勧めつつも
「すべての像が取り払われた真理を見出すには大変な苦労を覚悟せねば
なりません」と付け加えています。

ここからは私の意見ですが
逐語霊感説が望む聖書理解は、こうした覚悟を前提としたものであり
現実の牧会には肉の人もいれば霊の人も居るという配慮を欠いている
むしろ霊の知恵を自慢さえする(Iコリント3:18)ことも多々ある
ことを危惧しています。私にもそうした面が多分にあって恥ずかしい
限りです。しかし「失われた者を尋ね求め、追われた者を連れ戻し、
傷ついた者を包み、弱った者を強くする(エゼキエル34:16)」という
牧会の指針に従うならば、あえて肉の人に語るようにも理解するべきで
あると思うのです。キリストが人となり従順であられた(フィリピ2:7)
ように、むしろ大胆に神の言葉に仕えるべきではないかと思うのです。
520514:02/05/19 22:36
>>518
中国の家の教会が地下活動化し迫害を受けたのは天安門事件(1989)以来で
それまでは自由に聖書も読んでいたし、その情況は「中国の家の教会」
(レイモンド・フン編 新教出版社)に生き生きと記されている。
現状では正規に登録された教会でなければカルト宗教として弾圧されているが
その信仰は決してファンダメンタルな信仰の闘いに限定されてはいなかった。
むしろ主の平和のために努力を惜しまない様子さえあったのです。

共産圏という限定のなかで必死に生きているキリスト者の一面しか観ないで
彼らの積み上げた平和に価値が無かったような言い草は失礼ではないだろうか?

また投獄された人々は信仰のゆえに迫害されているのであって
逐語霊歌説を大切にしたいから投獄されているのではない。
聖書に描かれた神の言葉によって生きているのであって
聖書の一字一句を理解するために生きているのでもない。
全ては天に備えられていることを信じて迫害に耐えているのだ。
これは大変な勘違いだ。
>>515

その意見は、まったくもって検証に値する
 しかし、この場では時間をかけることができないかもしれない。
  よき提言であることは確かです。
 その件につき、ご発言になるのは、賛成です。
522名無しさん@1周年:02/05/19 22:52
>>520

>聖書に描かれた神の言葉によって生きているのであって
聖書の一字一句を理解するために生きているのでもない。

 言っている事が伝わらなかったようですね。
 逐語霊感説云々ではなく、迫害下のような状況のものでは、
が神の言葉として一字一句真剣に読まれている場がある。
 そして、それは全く信仰の問題として読まれるのであって、
高層批評の入る隙間がない。そもそも、聖書はそのような手段
として捉えるときに、信仰の書であり、論理では捉えられない
ものとなる。それを盲目的信仰と、私たちは言わない。

>全ては天に備えられていることを信じて迫害に耐えているのだ。
これは大変な勘違いだ。

 この部分は、あなた自身の論理的な間違いです。
 私も「全ては天に備えられていることを信じて迫害に耐えているのだ。」に同意するものです。
 
524名無しさん@1周年:02/05/19 23:14
>迫害の中にあって、聖書の高層批評とは、まことに平和の中の戯言にも感じます。
解放の神学者などは、迫害下にあって、必死に聖書の高層批評をやっていましたがね。

軍事政権下の韓国の神学生も、迫害の中で、聖書の高層批評を必死でやっていましたね。

ボンヘッファーもナチス政権下、やはり聖書の高層批評に力を注いでいましたね。

高層批評によって、搾取され差別される民衆の側に立つイエス像が同じ境遇にあることで
ひしひしと実感されたのでしょう。
>>159
あなたは先に514で
<<しかしこれらのレベルは 聖書全文に等しく適用されるのではなく単純に字義的に説明できないので
魂や霊によって理解しなければならないことが聖書にはある、ということなのです>>
と言っています。
 しかし、オリゲネス自身はソロモンの格言の書から『あなたは、思慮深さと学識をもって、
これらのことを三回、あなたのために書き記しなさい。それは、あなたに問いただす人備置に真理の言葉
をもって答えるためである』という部分を引用して、あなたが書いたように、人間が体ー魂ー霊から成り
体としての文字通りの意味、魂としての意味、霊としての意味があると考えています。

>そのような箇所には、先に聖書の「魂」および「霊」と呼んだ意味のみが求められる
べきである。…

 そうオリゲネスが言った理由は、聖書に霊的な意味があることを理解させるために、
神が故意に挿入させたものだと、オリゲネス自身が考えたためです。ですから、オリ
ゲネス自身は「聖書全文に等しく」3段階の理解を「適用」しました。
 ただ、これが逐語霊感説のリスク(正当な論駁ではない)を訴えるのに、オリゲネス
の間違った理解を持ち出してくるところが、私には理解できない。
 よって、あなたは<<退場>>です。
526名無しさん@1周年:02/05/19 23:32
おまえは2ちゃんから退場。
>>524

>ボンヘッファーもナチス政権下、やはり聖書の高層批評に力を注いでいましたね。

 なるほど、面白いたとえです。
 しかし、高層批評していたのが、多くのクリスチャンだったでしょうか。
 本当に迫害下で、クリスチャンは高層批評に精を出すものなのでしょうか。
 私は違うと思います。
 特殊をもって一般化することは、事実を曲げることにつながります。
 気をつけましょう。
 聖書をあれこれと解体することよりも、聖書を読むことによって、信仰が強められた人の方が
どんなに多かったでしょうか。それは容易に想像できます。
 では、想像できるで済むか!と反論しますか?
 あなた自身はどうですか?
 聖書を解体することが、信仰を強めますか?聖書から神の言葉を受け取ることが、信仰を強めますか?
 まあ、あなたは特殊かもしれませんがね。
最近のクリスチャンは議論に弱い
論理性をもっと大切にして欲しい
しかし、論理が日常生活および信仰までも支えると思うのは、大間違いです。
気をつけましょう!
さあ、逐語霊感説について、語れ、語れ、語れ

 語れないものは、去れ、去れ、去れ

                  語れ語れ語れ
530名無しさん@1周年:02/05/19 23:47
おそるべし
落書き野郎

正直言って、ディベートにつよいことは認める
531名無しさん@1周年:02/05/19 23:48
    どうせ T氏の落書き=山本誠一 だろ?
532名無しさん@1周年:02/05/19 23:49
>>1

 アホは逝って良し!
533名無しさん@1周年:02/05/19 23:51
>>531

山本誠一なら逐語霊感を信じていないはず
けど、粘着質なところは似てる
534名無しさん@1周年:02/05/19 23:53
山本誠一=サンキュージーザスは、福音派でしょ。
だから逐語霊感じゃないの。
たしかに粘着と、まじめなのかふざけているのかはっきりしないところなど
そっくり。
535名無しさん@1周年:02/05/19 23:53
 cjmlで山本誠一はGW中に、オリゲネス研究をすると言っていた
 オリゲネスについて知っているということは、T氏の落書き=山本誠一に間違いなし!
536名無しさん@1周年:02/05/19 23:56
オリゲネスだったら、
dendo.さんとかもいるんじゃないかな?
537名無しさん@1周年:02/05/19 23:59
 T氏の落書き=dendo.が正解!
538名無しさん@1周年:02/05/20 00:02
dendoはあんな危地外じゃないと思うけど。
539名無しさん@1周年:02/05/20 00:03
うん、dendo.は違う。
540tinn:02/05/20 00:06
いや、dendo.がT氏だと思う
541名無しさん@1周年:02/05/20 00:07
そうかなあ??
542tinn:02/05/20 00:07
で、dendo.ってだれ?
岸田編集長がいないから、誰かわからない。
だれか、また2チャンネルのクリスチャンリストをつくってくれないかなあ。
543名無しさん@1周年:02/05/20 00:08
>>542
あんた、岸田編集長だろ。

544tinn:02/05/20 00:08
山本誠一はペンテコステ派だよ
545名無しさん@1周年:02/05/20 00:09
>>535
激しく同意。
546名無しさん@1周年:02/05/20 00:10
>>543
落書きって、頭隠して尻隠さず、だね。おまえ、猿か(藁
547tinn:02/05/20 00:10
君たち!
人の噂をするのは、良くない。
やめなさい!
逐語霊感説について語れ語れ語れとかいわれちゃうよ
退場!とか言われたら、負け犬でしょ。
大変だよ、こりゃ。
548名無しさん@1周年:02/05/20 00:11
>>546
だからまだ安心できるんだよ。
549tinn:02/05/20 00:13
>>545

 違うよ。
 何言っているの
 dendo.がT氏ということで、終了
 
550名無しさん@1周年:02/05/20 00:14
>>548
安心って、なんで?
551名無しさん@1周年:02/05/20 00:15
>>546

ほらね、549みたいなHNを使ってくれてるから
この人はまだかわいいんだよ。
552名無しさん@1周年:02/05/20 00:15
>>550
すぐ見分けがつくから。
553tinn:02/05/20 00:16
>>548

 安心?
 「私が与える平安はこの世のものとは違います」って聖書にあるけど、
高層批評する人達は、これはイエスの言った言葉じゃないって否定するのかな?
554名無しさん@1周年:02/05/20 00:16
>>553
あなたの発言とHNも高等批評してあげます。
555tinn:02/05/20 00:17
>>551
 まてまて、私がT氏だと言いたいのか?
 証拠はあるか?
 証拠をだせ!
 証拠がなくて言いがかりはやめろ!
 証拠は?
556514:02/05/20 00:19
>>520
まぁ聖書を読みましょう。
サマリアでヤコブの井戸の傍らでイエスは休んでおられた。
そこへひとりの女が水を汲みにやってきたので
イエスは「わたしのために水を汲んでくれないか」と頼んだ。

この記事自体は霊的でも何でもない事実です。
イエスはあえて肉の事柄から物事を切り出していったのです。

その後、イエスは「わたしが与える水はその人の内で泉となり
永遠の命に至る水が湧き出る」という喩えをもってご自身を証します。

女が信仰的な理解に達した頃には、「まことの礼拝をする者たちが、
霊と真理をもって父を礼拝する時がくる。」という霊的な理解を与えます。

さて、一字一句を真剣に読む場合、霊的な糧はどこに求めるのか?
イエスが井戸の傍らで休んで居られたことに
サマリア伝道への揺るぎない意志を読みとるべきか?
イエスは「永遠の命に至る水である」という御言葉を
自分の信仰の合言葉として生きるように決意するか?
それともキリストにあって霊と真理とをもって礼拝するように導かれるか?

迫害されている者が迫害される理由は当然のごとく
「霊と真理」の所在がキリストのみにあるという信念からであって
ちまたの有り触れた社交場に立って福音を宣べていただけではないと思う。
なぜなら福音を宣べることをやめさせられる以上の苦難を味わっているからだ。
557tinn:02/05/20 00:19
 555ゲット!

>>554

 批評する暇があったら、dendo.を批評しよう。
 私も手伝って上げるから。
558514(続き):02/05/20 00:20
>>520
一方でこの聖書の箇所においては
「井戸の水」という有り触れた生活用品のなかからでも
福音が導き出されるなら、私たちは聖書に描かれている以外の事柄からも
祈りをもって福音が呼び起こされることを期待するべきだと思う。
それはもともと霊的なものでも何でもない。日常の物である。
つまり「井戸の水」が聖なる徴として霊的な事物を表象するのではなく
主イエスによって福音が肉となって人々のうちに行き渡るという事実に
目を向けるべきである。決してどのように理解したから事態が好転した
というものでもなく、イエス自身がそのように語り、信仰と真理へと
導きたもうことこそが大事なのだと思う。

あなたの言うとおり、聖書を真剣に読むことが信仰なのではない。
とすれば、逐語霊感説以外の聖書の読み方=高等批判という単純な理解は、
他の人が聖書を福音として理解する広いアプローチを故意に狭めてしまう
と思いませんか? それが一番なんてことは戯言にすぎない。
559tinn:02/05/20 00:29
>あなたの言うとおり、聖書を真剣に読むことが信仰なのではない。
とすれば、逐語霊感説以外の聖書の読み方=高等批判という単純な理解は、
他の人が聖書を福音として理解する広いアプローチを故意に狭めてしまう
と思いませんか? それが一番なんてことは戯言にすぎない。

 私もこの意見に賛成です
 激しく同意!
560514:02/05/20 00:33
おお、書いてる間に退場くらっちまった。
じゃ、ひとりで祭を楽しんでください。
#っていうことでいいのかな?
#逐語霊感説を報ずる人から聖書の言葉を引用されないまま
#退場をくらってしまった不条理はどうにもならんな。
561tinn:02/05/20 00:39
高等批評する人は高等批評すればいいんだよ
いろいろと別の角度から気づくこともあると思う
でも、聖書の権威を保ってきた功績は、根本主義者たちにあると思うよ
現在、福音派はその人数を増してきている。
リベラルは減少傾向を示しているじゃない。
福音派の支持率はアップしている。
支持率アップの秘訣は?
そう、聖書を信仰者の書として捉えるところにある!!!
だって、心が空虚になった現代のサラリーマン諸君は、聖書を読んで心を打たれるらしいよ。
それが大切なんじゃない。
 逐語霊感がどうのこうのというよりも、聖書を読んで神の愛に打たれる人がいる限り、
聖書は解体は神の言葉として生き続けるだろうな。
 結局、根本主義者たちは、そんな聖書を守りたいんだと思うよ。
 第一に、聖書の権威防衛のために、根本主義者の選んだ砦が逐語霊感説であったと
私は理解するけどな。
562tinn:02/05/20 00:43
>逐語霊感がどうのこうのというよりも、聖書を読んで神の愛に打たれる人がいる限り、
聖書は解体は神の言葉として生き続けるだろうな。

あれ、「聖書は解体は」になってる

 本当は「聖書は解体されるままにならず、神の言葉として生き続けるだろうな」
って書いたんだけど、どうも文章がスムーズじゃないから、「聖書は神の言葉と
して生き続けるだろうな」にしたんだけど、なぜか「解体は」が残ってしまった。
563514@負け犬:02/05/20 01:07
で、結局、逐語霊感説の行き過ぎた実体について修正意見はないのかなぁ。
ずっと前のスレ>>471とか>>493とかでリスクの実体が確認されている間に
T氏の落書き ◆RSrQg8hk は全然議論に参加してなかったのに
それでも逐語霊感説は一番だ!って前提で話せってんですものねぇ。
本気で教会の事を考えて痛みを憶えているほうがバカなんすかねぇ。
564514@負け犬:02/05/20 02:03
このスレって逐語霊感説という檻のなかで暮らすイタイゲな子羊に
「ほら、ここが一番だよ」っていうのが目的なのかしら?
それって一方で羊が檻から出たらすぐにでも狼に食べられると
脅してるようなものだと思うなぁ。。
聖書の羊飼いは羊を檻に入れるだけでなく緑の牧場に導き、
羊が居なくなれば探し出すというものだと思うが…
はい、「T氏の落書き」は自分の意見はしないですよね?

で、>>561
>聖書の権威を保ってきた功績は、根本主義者たちにあると思うよ

というのは反対で、福音が教会を建てたんです。
だから人間本位に信仰を捉えることが逐語霊感なのかって疑われるんだ。

>逐語霊感がどうのこうのというよりも、聖書を読んで神の愛に打たれる人がいる限り、
>聖書は解体されるままにならず、神の言葉として生き続けるだろうな。

というのには同意します。
ただ「人がいる限り」ではなく、神の愛が福音によって人の心を打つかぎり…
本当に福音派なのか、ただの理解不足なのか…
主語と述語が全部反対…自分が主でキリストが僕…

やっぱり「T氏の落書き」はこうした実体になんの疑念も抱かないのだろうか?
。。。。考え過ぎたので寝ま〜す。。。。
565514@負け犬:02/05/20 02:18
あ、tinnさんの信仰が間違っているというより
主を持ち上げて(拝して)物を言うという訓練に慣れていない
または牧会でそういう注意を促していないというのが正しいと思われ。
気が付いたら直すクセを付ければいいんです。ではでは。
566tinn:02/05/20 02:42
>>565

>主を持ち上げて(拝して)物を言うという訓練に慣れていない

514@さん、君は勘違いをしています。
 現在、聖書について語っています。
 聖書について語っているから、聖書というものを浮き立たせる表現したのは当たり前です。
 君は神を浮き立たせて、同じ事を表現しなおしたにすぎません。
 ここでは、言葉あそびではなく、もう少し目的論的に解釈するべきでしょう。
 文章理解に関しては、寛容の原則というものがなければ、君のように同じ事
をいっているのに、表現の違いでもめ事を起こすようになってしまいます。
そんなことをするから、「主を拝することになれていない」などという
どうでもいいイヤミをいうようになってしまうのです。

 ちなみに、私自身は逐語霊感説ってのは、二次的な価値しかないと思っています。
 神の御業は海の砂の数ほどにあります。それは聖書にとどまらずにです。
 ここで一握の砂を握りしめて、それを一生懸命に見つめて神の御業を確かめる
のもいいでしょう。
 しかし、神の前に裸になって、砂浜で転がりまわる方が、砂の温度、肌触り、
優しさを感じることができるでしょう。
 T氏を擁護するわけではないですが、聖書は目的でなく手段であると彼は言っ
ています。
 逐語霊感説で一つ気をつけることは、聖書が目的になってしまう危険性です。
聖書が神の言葉であることで完結してしまうことです。
 君はこのスレッドでさんざんそう言った注意を勧告していませんでしたか?
君ではないか?!
 聖書を読むにあたっては、必ず目標があります。それは神との交わりと言って
もいいし、霊的な成長といってもいい。
 そういったものが無くして、逐語霊感もなにもないのです。
 まず、逐語霊感説を否定したいばかりに、無駄なレスをしてしまうことの
ないようにしてね。

 
567tinn:02/05/20 02:50
>それでも逐語霊感説は一番だ!って前提で話せってんですものねぇ

 T氏は逐語霊感説を支持する理論を確立することをこのスレッドの趣旨としてます。
 君は、勘違いしているようですね。
 こんなディベートゲームをしたことがないですか?
 あるものをイエスの立場から論じた後、つぎにノーの立場から論ずるんです。
 自分が本当はイエスであろうが、ノーであろうが思っていようが関係ない。
 その立場で理論を展開しなければならないんです。
 このスレッドでT氏がもとめているのは、逐語霊感説をイエスの立場から論ぜよと
いうことです。
 ところが君がやっているのは、N0の立場からの立論です。
 勘違いも甚だしいのです。
 ですから、T氏に軽くあしらわれるのです。
 
568tinn:02/05/20 02:51
>で、結局、逐語霊感説の行き過ぎた実体について修正意見はないのかなぁ

 たとえば、こんな意見はこのスレッドの趣旨には関係無いでしょうに。
 このスレッドの趣旨をちゃんと読みなさい!
 
569tinn:02/05/20 02:53
>本気で教会の事を考えて痛みを憶えているほうがバカなんすかねぇ

 いいえ、それをいうなら、ちゃんとスレッドの趣旨を理解していない方が○○なんです。
570tinn:02/05/20 02:54
>このスレって逐語霊感説という檻のなかで暮らすイタイゲな子羊に
「ほら、ここが一番だよ」っていうのが目的なのかしら?

 勘違いの域を通り越して、もうそれは妄想です。
 そのようなことでは、逐語霊感説に対して君が危機感を持っていた以上に、
私は君の妄想による勘違いに危機感を持ちます。
571tinn:02/05/20 02:58
>はい、「T氏の落書き」は自分の意見はしないですよね?

 スレッドの1を読みなさい。
 T氏は最初にちゃんと断り書きをしています。
「さらに、管理人である私に不快な発言が予想されますが、このスレッドの管理上、
私に対する質問や意見は禁止します。」
 
 たとえば、「私をQチャンと呼ばないで!」って言っている人に向かって、
「ねえ、Qチャン、なんで『Qチャン』って呼んではいけないの?Qチャン!」
って言っているようなものです。
 今直ぐにやめましょう。
572tinn:02/05/20 03:00
>。。。。考え過ぎたので寝ま〜す。。。。

 どこが考えているのでしょうか?
 勘違いをし過ぎただけですよ。
 もっと、考えて下さいね。
 では、私からT氏には謝っておいてあげます。
 これからは、気をつけて下さいね。
573tinn:02/05/20 03:02
T氏の落書きさんへ

 このスレッドの趣旨も分からずに、関係ないことを書き込んで、何を考えて
いないにも関わらず、考えすぎたと言い放って寝てしまった人がいますが、
どうか彼の勘違いを許してあげてください。
 彼は自分から「負け犬」と自称していますが、どうかもう一度チャンスをあげて
ください。お願いします。
574514@ワン公:02/05/20 03:31
>573
ふーん。教会での信仰生活を前提として話していたら
別にそういうわけじゃなかったんだ。
バカを通り越してアホでしたね。
リアルでせっせか平凡に奉仕せよとの天命を受けたり。

で、>>566
スレに応じて聖書と神の位置に方便を敷こうとするのがディベートねぇ…
わたしのオツムを遙かに越えてござんす。失礼しました。
575名無しさん@1周年:02/05/20 04:43
少なくとも、570はよく分からないぞ。
 いろいろと意見がでてきているようですが、スレッドの趣旨に沿った書き込みをしてください。

このスレッドの趣旨は<<逐語霊感説を支持するための理論を確立すること>>です。
 よって、この条件を受け入れた人のみが、このスレッドに書き込んでください。
 

514は<<退場>>宣告されているにも関わらず、このスレッドに書き込みを
しているということは、ちょっとはやる気があるのでしょうか?

 それでは、514に対する<<退場>>を取り消します
 やる気が大切です
 反骨精神です
 豚骨スープです
 語れ語れ語れ

           語れないなら去れ去れ去れ

                               語れ語れ語れ
579514@檻の外:02/05/20 14:21
お許しがでたので質問を。
逐語霊感説を適用するとき
オリゲネスのような三段論法を
用いる古典的な聖書釈義と
1つの聖句から得た霊感を素に
証を展開する方法がありますが
実際には両者の得られるところは
大分異なるように思います。
逐語霊感説の求めるところは
どのような適用を望んでいるのでしょうか?
580514@ワン公:02/05/20 20:25
福音説教が聞く人の霊的な賜物を導き出すために行われるのに対し
証は聖句への応答を多分に含んでいるので基本的に讃美に属する。
こうした適用の方法が目指すところは、
神の言葉から讃美へと礼拝的な出来事に結びついていながら、
説教はもっぱら他者への奉仕を目的とし、
讃美は神への奉仕を意味する。

Iコリント14:1-4での預言と異言との対比によるならば
礼拝における証の座は讃美であるとすれば神に向かっており
霊的な賜物があることを他者に認知させ、
他者も霊的な存在に気付かせるなら、それは説教的でもある。
しかし実際にどちらかであるかは霊的な人でなければ
見分けることができないように思えるのです。

さて、実際の説教においては肉なる人に対しても信仰と霊の賜物を
引き出すための方策を採ります。
しかし証はまず霊的なインスピレーションを経験したことを語るため、
同じ聖書に始まっていながら適用の方法が異なるように思えます。
適用は単なる表象ではなく、その目的をも意味しますが
逐語霊感説の立場では聖書の理解を公にする方法として
このような多様な理解に基づいて行っていると考えてよろしいでしょうか?
581名無しさん@1周年:02/05/20 21:52
このスレッドの趣旨は<<逐語霊感説を支持するための理論を確立すること>>です。
 よって、この条件を受け入れた人のみが、このスレッドに書き込んでください。
 さらに、管理人である私に不快な発言が予想されますが、このスレッドの管理上、
私に対する質問や意見は禁止します。

    さあ、逐語霊感説について、語れ、語れ、語れ

 語れないものは去れ、去れ、去れ

                        語れ語れ語れ
583名無しさん@1周年:02/05/21 00:29
このスレッドの管理デキテネー
584名無しさん@1周年:02/05/21 00:33
ってか「管理」しなくても議論が流れるように展開していくのが
フローティングシステム掲示板の長所と思はれ。

>>1 がいないほうが、よっぽど建設的な議論になるんじゃないの?
585名無しさん@1周年:02/05/21 00:37
>>>1 がいないほうが、よっぽど建設的な議論になるんじゃないの?
禿同。
あいつが出てくると、カキコする気も萎える。
586名無しさん@1周年:02/05/21 00:38
胴衣
>あいつが出てくると、カキコする気も萎える。

 やる気がないものは、逝って良し!
 ここはあなたのような人を必要としない。
 
 逐語霊感説について、語れ語れ語れのれ
        
              語れないなら、去れ去れ去れ

 語れ語れ語れ
   
        ボヨ〜ン
588名無しさん@1周年:02/05/21 01:04
堂異すますた
589名無しさん@1周年:02/05/21 01:06
このスレッドの管理デキテネー
このスレッドの管理デキテネー
このスレッドの管理デキテネー
このスレッドの管理デキテネー









このスレッドの管理デキテネー
ああ、逐語霊感説について

          語れ語れ語れ

     語れないなら、去れ去れ去れ
                          語れ語れ語れ

   
591名無しさん@1周年:02/05/21 01:30
っていうか、一時期の父スレ、よかったな〜

ブルネルス最近マジレスしないから、ちとつまんないっす。
592ブルネルス:02/05/21 01:40
呼んだ?
593名無しさん@1周年:02/05/21 01:42
いや、読んでないけど、新訳(ママ)聖書を読みたいスレで
呼ばれてたましたよ。>>592
594ブルネルス:02/05/21 01:51
うん、行くと、文法書について聞かれるので、行かない > dendo.どの
ごめん
595名無しさん@1周年:02/05/21 01:59
あんたってほんとにどうしようもないわね!!

そういうことしてると、真の名呼びますよっ。
>>595

誰に対して、何を言っているのか分かりません
 
聖絶について、語れ語れ語れ

      語れないなら、去れ去れ去れ

                      語れ語れ語れ
間違えた

逐語霊感説について、語れ語れ語れ
        語れないなら、去れ去れ去れ

                         語れ語れ語れ

      バキューン
599名無しさん@1周年:02/05/21 02:26
ちんちんもみもみ
600名無しさん@1周年:02/05/21 02:27
ちんちんもみもみ

逐語霊感説について、語れ語れ語れ
        語れないなら、去れ去れ去れ

                         語れ語れ語れ

602dendo. ◆Dpy6mDYE :02/05/21 03:45
粘着さんに追いかけられるのが嫌で名無しで潜ってるのに
ブルネったらひどい……。>>594
でもまあ、>>1 が率先してコピペ荒らししてるんだから、遠慮することも
ないのか。このコピペ荒らしさえなければ、「良スレの予感」って
書いてあげてもいいんだけど。

ま、というわけで、あたしも去ります。

>>538-539 さん thanx. どこでお会いしたのかわからないけど、
またいつかね。あ、>>536 さんも。
オリゲネスの雅歌講話の話など、そのうちまたーりしたいものですね。
そいじゃ。
603名無しさん@1周年:02/05/21 04:00
(で、ここは、ブルネルスにも糞スレ認定された……と)
604名無しさん@1周年:02/05/21 04:13
だって
>>596

だもん……。あの人も書くはりあいがないと思はれ。
605514@ワン公:02/05/21 06:59
こんな喩えはどうでしょう。
福音説教をひとつの定食に喩えてみます。
定食には、ご飯、おかず、味噌汁が付いてきます。

ご飯だけでは食べにくいのでおかずを付けます。
ごはんとおかずだけ食べていると
次第に口のなかがモゴモゴしてくるので
味噌汁を流し込んで呑み込みやすくします。
そうしたことを繰り返して定食は食べ尽くされます。

ご飯、おかず、味噌汁をそれぞれ、
霊的なもの、信仰的なもの、肉的なものとしてみましょう。
私たちはとかく食事をメシとかご飯というように
説教を霊的なものに直接結びがちなように思います。
しかし信仰的な視線によって今居る位置から目的を望み
肉的なもので足掛かりを得ることも大切なように思います。
それは実際にキリストの姿にも重なっているのです。
キリストは神でありながら人となり死に至るまで従順であられた。
この出来事を全面的に良き知らせとして告げるために
福音説教は正しく全てを備えるべきである。
606514@ワン公:02/05/21 07:01
>>580でも言ったように
逐語霊感説は多様な方法で聖書理解の適用がなされてるが
そこに是非とも聖書朗読という単純な行為も適切に加えていただきたい。
それは決して定食のメニューを読み上げる程度のものではなく
まさに聖書を理解する以上の恵みがあるからです。
ひとつの理由は私たちが全てを理解する以前から
アブラハムやモーセに行ったように神は私たちに語り掛ける。
また私たちはその物語のなかで聖書の人物がそうであるように
あたかも私たちが神のもとで苦楽を共にし生きていると感じ
聖書の描く世界に導かれて事物を体験することに慣れるのです。
そこには霊的であるか、信仰的であるかの吟味を加えることなく
まず聖書をただ読み、聞くということも大切にしてもらいたい。
実に聖書は単純にそのように書かれているからです。
607名無しさん@1周年:02/05/21 07:50
このスレッドの管理デキテネー
このスレッドの管理デキテネー
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このスレッドの管理デキテネー
608514@ワン公:02/05/21 09:10
結局、逐語霊感説を積極的に支持する人が発言しないことにはダメでしょ。
教説として200年間封印してきたことの懐述抜きには成り立たないものね。
私はそこに反省的な示唆を与えるだけ。
逐語霊感説の論争相手は聖書文献学や自由主義神学のみではなく、
正統主義(これもよく判らん)から家出したことによって
忘れられた伝統があるという事実にも注目して欲しい。
逐語霊感説について、語れ語れ語れ
        語れないなら、去れ去れ去れ

                         語れ語れ語れ
610マリア:02/05/21 11:57
逐語霊感説は、伝承に沿ってないなら
人間の勝手な主観説の一部として終了。
611名無しさん@1周年:02/05/21 14:18
このスレッドの管理デキ
612名無しさん@1周年:02/05/21 14:26
テネー
キリスト教徒よ!
 逐語霊感説を支持する理論をここで研究したい。
 そこで、逐語霊感説について、いろいろと語ろう。
 このスレッドの趣旨は<<逐語霊感説を支持するための理論を確立すること>>です。
 よって、この条件を受け入れた人のみが、このスレッドに書き込んでください。
 さらに、管理人である私に不快な発言が予想されますが、このスレッドの管理上、
私に対する質問や意見は禁止します。
614名無しさん@1周年:02/05/21 21:40
このスレッドの管理デキテネー
615名無しさん@1周年:02/05/21 22:23
このスレッドの管理
616名無しさん@1周年:02/05/21 22:23
デキテネー
617あずみ ◆V.9uSetc :02/05/21 22:26
 遂語霊感説を支持する理論を研究?

 結論が先にあるんじゃ、研究とは言えないよ。

 違うかな?
618名無しさん@1周年:02/05/21 22:28
横浜めぐみ教会のサイトを興味本位で覗いたら、
「T氏の落書き」なる人物が掲示板を荒らしまくっていました。
信者の会話も途中でトマッテタヨ・・・。やめなよもう・・・。
>>618

 それが私である証拠はありますか?
 匿名のHNを使用しているのです。
 トリップがあって、同一人物であることの可能性が極めて強い場合などは、
そのような言いがかりもまだ根拠があると認められても仕方がないかもし
れない。しかし、同一人物であるか特定ができないのであれば、あなたは
なぜそのようなものの言い方ができるのしょうか?
 では、「名無しさん@」が言っていることは、あなたが言っているのでしょうか?
 同じHNですよ。
 
 
さあ、逐語霊感説を支持する理論を書きましょう。
 
>>617

 あなたは異端であり、日本基督教団を地に貶めるものです。
 日本基督教団の信仰告白が、あなたが言っているようにイエスの復活を
使徒達の心象だったというレベルにまで引き下げられるもとは思えない。
 そもそも使徒信条を受け入れていないあずみ ◆V.9uSetc に、日本基督
教団を名乗る資格はない。
 
622618:02/05/21 23:25
>>619
いや、その言動が、そりゃもうアンタそのものダタヨ。
623あずみ ◆V.9uSetc :02/05/21 23:29
 使徒信條を受け入れていない?

 毎週、礼拝で告白してるよ、使徒信條。


 ところで、あなた教団の教会員とも思えないんだけど、他教派の人間から
異端呼ばわりはごめんです。

 文句あるなら、教団の信仰告白よく読んでくださいな。
624名無しさん@1周年:02/05/21 23:35
落書き小僧は、ここの板で荒らしまくった前科があるからなあ。
ほかの掲示板も荒らしたって話し、俺は信じるね。
結局偉そうなこと言っても、信用できないんだよね。こういうタイプ。

625名無しさん@1周年:02/05/22 01:31
>>619

>では、「名無しさん@」が言っていることは、あなたが言っているのでしょうか?
> 同じHNですよ。

君は小学生かね?
さあ、逐語霊感説について語れ語れ語れ

                   語れないなら、去れ去れ去れ

語れ語れ語れ
キリスト教徒よ!
 逐語霊感説を支持する理論をここで研究したい。
 そこで、逐語霊感説について、いろいろと語ろう。
 このスレッドの趣旨は<<逐語霊感説を支持するための理論を確立すること>>です
628名無しさん@1周年:02/05/22 02:08
どう見てもあんたがテンプレ貼ってひとりでくいつぶすのが目的のスレに
しか見えんのだが。

キリスト教徒よ!
 逐語霊感説を支持する理論をここで研究したい。
 そこで、逐語霊感説について、いろいろと語ろう。
 このスレッドの趣旨は<<逐語霊感説を支持するための理論を確立すること>>です
630名無しさん@1周年:02/05/22 02:13
過去ログで、あんたが実はdendo.だっていう説が出てたけど、
そこどうなの?>>629
 自由主義者は危険である。なぜなら、あずみ ◆V.9uSetcは、ついにイエスの復活までも
弟子達の心象レベルに貶めているからである。
 
 
514@ワン公へ

 さんざん当スレッドの趣旨を勘違いして書き込んでくれましたね。
 残念ながら、あなたのレスはムダでした。
 どうして、あんなムダなレスを長々と書き続けたかをもう一度考えましょう。
 それは<<誘惑>>です。
 あなたは、どうしても書き込みたかったんです。
 それが当スレッドと全く趣旨を異にする内容であったとしても、あなたは書きたかった。
 <<誘惑>>に負けたあなたは、書き込み続けた。
 そしてとうとう負け犬になったのです。
 私が何度か許してあげたにも関わらず、あなたは同じ間違いを繰り返した。
 <<誘惑>>にあなたは負けたのです。
 あなた自身の<<誘惑>>に。
  
        さようなら
>>630
>過去ログで、あんたが実はdendo.だっていう説が出てたけど

  そうかもしれない
 字義的聖書解釈と字句拘泥主義とを混同している人が多い

 聖書解釈における基本は字義的解釈である
635dendo. ◆Dpy6mDYE :02/05/22 02:38
嘘吐き!>>633
636名無しさん@1周年:02/05/22 02:43
>>635

 オマエガナー
637名無しさん@1周年:02/05/22 02:45
T氏の落書き ◆RSrQg8hk =dendo. ◆Dpy6mDYE に間違いなし

粘着質なところが似ている

 私落書きはこの2チャンネルから退去する
 
 理由1、ここには相手にできるほどレベルの高いものがいない
   2、勘違いレスが多い
   

  
639名無しさん@1周年:02/05/22 06:29
>628
ワラタ

>638
何度かそういうことかいて、しばらくすると又でてきてるね。
もうこなくていいよ。
640名無しさん@1周年:02/05/22 08:14
>638
逐語霊感説をヨイショする人に相手にされなかった…(終わり)
641山本誠一 ◆1P./8snQ :02/05/22 11:16
 管理者がいなくなったぞ!
 自由に話せるじゃないか!!
 すばらしい!!!
642名無しさん@1周年:02/05/22 11:18
>>639
召喚文になっちゃったみたいだね。(しょぼーん)
643山本誠一 ◆1P./8snQ :02/05/22 11:47
T氏の落書きは、いないのか!
一歩遅かったか・・・
644名無しさん@1周年:02/05/22 11:56
自作自演ってそんな楽しい?
645山本誠一 ◆1P./8snQ :02/05/22 11:57
>>644

 何の話?
646名無しさん@1周年:02/05/22 12:34
胴衣>644
オナニストは独り遊びが好きなんだね。勝手に遣ってろ。
647名無しさん@1周年:02/05/22 15:43
このスレッドの管理デキテネー
このスレッドの管理デキテネー
648あぼーん:あぼーん
あぼーん
649名無しさん@1周年:02/05/22 19:52
このスレッドの管理デキテネー
650名無しさん@1周年:02/05/22 21:10
落書き隔離スレッド   2病棟

http://life.2ch.net/test/read.cgi/psy/1017221823/l50

がDAT落ちしました。
651あぼーん:あぼーん
あぼーん
652ブルネルス:02/05/23 01:00
そもそも、「世界は自分が生まれる3分前にできた」と根っから信じている人に対し
て、世界はもっと以前からあるということを証明することはできない、という考え
もある。すべての事象は、この信念を動かさずに、つじつまが合うように説明でき
るからだ。

こういうことを前にしては、逐語霊感説をまず真なるものとして信じ込み、これに
あわせてすべての事象、すべての不都合な点を、つじつまが合うように説明するこ
とができるのも、理解できるだろう。だが、だからといって、つじつまが合うよう
に説明できるということは、それが真であることを意味しない。逐語霊感説を拒否
する立場からも、すべてのつじつまが合うような説明が可能だからだ。

要は、何を頭から信じ込んで、生きているかの違いということか。
653山本誠一 ◆1P./8snQ :02/05/23 01:31
 >>652
 私が思うに、逐語霊感説については、多くの誤解がある。
 その誤解は保守主義の中にもあるし、自由主義者の中にもある。。
 
 まず、誤解を避けることを私たちが望むなら、私たち自身が逐語霊感説について、多く学ぶ必要がある。
 T氏の落書きが言っているように、字義的釈義は字句拘泥主義を意味するものではない。「字義的解釈」
は文章を読むにあたっての解釈における基本中の基本である。
 そもそもリベラルが不当な攻撃を逐語霊感説に向けるとき、逐語霊感説がもつ「字義的解釈」の
「字義的」という言葉を正しく理解しようとしているだろうか。

「字義的に解釈するとは、言葉や文章を、その<常態的・通例的・慣用的・本来的指示>において解釈
することにほかならない。」(聖書解釈学概論:バーナード・ラム著)

 ブルネルス氏のレスは、その展開の方法から判断するに多くの偏見を含んでいるように感じる。
 それは、まず、第一に<「世界は自分が生まれる3分前にできた」と根っから信じている人>など
というクダラナイ人間像を、まるで逐語霊感説を唱える人々にダブらせるかのような論法をもって
あとに続く文章を展開していることにある。


 
654マリア:02/05/23 02:46
逐語霊感説の致命的な欠点は、その書かれている事が
何を意味しているかを知ろうとはしない傾向にあること。
その通りに解釈しようと務めることね。
そういうわけじゃないのだけどね・・・伝承の世界はね。
655山本誠一 ◆1P./8snQ :02/05/23 09:01
>>654
>逐語霊感説の致命的な欠点は、その書かれている事が
何を意味しているかを知ろうとはしない傾向にあること 

 信じられないほどに、逆を言っている。
 さすが、占いをやる異端だけのことはある。
 異端はどこまでも事実を曲げるな。
 
656山本誠一 ◆1P./8snQ :02/05/23 09:03
654のマリアへ

 どこぞのキリスト教会で聖書の指導をしっかり受け、正しい道を歩むことだ
。それがマリアに取っての救いである。
657山本誠一 ◆1P./8snQ :02/05/23 09:16
 神の存在証明が不可能であるように、逐語霊感の問題も究極的に不可能である。
 リベラルにあっては、科学的視点がその根底にある。自由主義神学者たちは、
科学を信仰の中に持ち込むことによって多くを失った。そして今日、何を失って
しまったかを問われる時が来ている。
 さて、彼らが信頼し取り入れた科学とは、「私の神」以上に、果たして私たち
を裏切らない信頼できるものであろうか。彼らが科学の上に安堵するとき、その
足下の危機に誰かが声をあげなかっただろうか。事実その声はいやおうなくしに
その根本の諸前提に吟味を促した。そして、これがやがて近代的な世界観に転回
をひきおこした。自由主義神学者は近代の産物であるが、時代は近代を後にして
現代その中に生きる者で、近代思想が超克されていることを知る自由主義神学者
は極わずかであろう。
658山本誠一 ◆1P./8snQ :02/05/23 09:31
 この近代的世界観の危機は、さまざまな形であらわれたが、それがもっとも
明確にあらわれたのは、他ならぬ自然科学のさらにそのもっとも基礎的な分野
であった。一般に「数学の危機」とか「物理学の危機」と呼ばれるものである。
従来私たちが知覚空間においての直感的な真理だと考えてきたユークリッド
幾何学の公理が、単なる仮説ないし要請にすぎず、別の要請に基づいても同じ
ように矛盾を含まない別の幾何学の体系を構成しうることがあきらかになった。
それに及んで近代思想は大きく変換されるべきであった。いまだに、その残骸
のような自由主義神学者が信仰領域まで汚染する現状があることは、科学の魔術
に私たちが時代の感性うまでに、惑わされていることを象徴している。
659山本誠一 ◆1P./8snQ :02/05/23 09:44
 20世紀初めアインシュタインは非ユークリッド幾何学の曲面空間の方が重力
現象の説明に有効であることが示した。その時よりユークリッド幾何学の特権が
否定されることになったことは、現代に至って、すでに一般的な理解になってい
る。幾何学は決して空間直観に基づくという意味での真なる認識の体験ではなく、
一群の仮説的な原理からの整合的な推論の体系にすぎない。現代にあっては、
その原理群の選択はまったく任意であって、ある原理群が他の原理群よりも真で
あるとか、確実であることはないと考えられるようになってきた。
660山本誠一 ◆1P./8snQ :02/05/23 09:48
>>658
訂正前
科学の魔術に私たちが時代の感性うまでに、惑わされていることを象徴している。


訂正後
科学の魔術に私たちの時代の感性までもが惑わされていることを象徴している。
661山本誠一 ◆1P./8snQ :02/05/23 10:01
 私たちは自由主義神学によって失われ、惑わされてきた信仰領域を回復する
必要がある。その失われた部分、そして回復すべき部分とは、何であろうか。
 そもそも信仰とは実存的でありさらに突き詰めて、私は独我論的であるとすら
考えている。神と私との一対一の関係において、聖書の一つ一つの言葉が私たち
の内に生きて働く事を感じるとき、どうしてそれについて疑いを抱き、内で働く
生きた言葉を殺さねばならないのか。
 実に聖書とは、語用論において理解されるべきであろう。その場合、視点を
さだめる諸原理の設定をする必要がある。そのとき、自然科学を「真なる認識の
体系」であるなどという異宗教的な惑わしを捨て、御心を知ることを第一条件
として諸原理の選択と定立を行うべきである。
662山本誠一 ◆1P./8snQ :02/05/23 10:05
 長々と聞き込んだが、ベタ打ちをした都合上、文がおかしいところがある。
 文章理解においては、<寛容の原則>をもって、温かくいわんとするところ
をくみ取って欲しい。
663山本誠一 ◆1P./8snQ :02/05/23 10:09

 いま書き込んだものを下書きとして、文章をまとめるので、改めて更正したものを
いつか別HNで書き込みます。その時は、そのHNは山本誠一の別HNだと思って
ください。
664山本誠一 ◆1P./8snQ :02/05/23 10:21
>>661

>実に聖書とは、語用論において理解されるべきであろう。その場合、視点を
さだめる諸原理の設定をする必要がある。

 この局面において、逐語霊感説は実によくその有用性を発揮する。
 その意味では、逐語霊感説は目的に対しての手段である。
 つまり、科学からの要らぬ誘惑からの身を守る強力な武具であり
 また、それはリベラルから「私の」信仰の聖域を防衛する砦であり
 無神論に対しての不敗の戦略である。
665山本誠一 ◆1P./8snQ :02/05/23 10:22
さあ、666は誰が踏む?!
666マリア:02/05/23 10:31
>>656あたしは異端じゃなくて、異教。
正確に神道を理解すべきね。

キリスト教会自身が、もうそれが理解出来ないのなら、
その教会は伝承から離れているわけで、
そのような教会には用はない。
救い=あの人たちの理論には、あたし達には関係はないもの。

何を意味しているかは、全て伝承にある。
きちんと伝承においての意味を汲み取ればよろしい。
しかし、しばしばその伝承の意味は歴史的背景が大きく関わる。

全てが神の命令であったか否かは、そうであってそうではない。
また、一神教のスタイルを採用したのも、そうであってそうではない。
全てがこれによって動かされていることを、
そこからは理解出来ないからね・・・。

伝承には、それを「しかし、そうである」と
一つにまとめる力があるけれど、
逐語霊感説では、片方の極でしか語られないし、信じられない。
そういう意味で致命的な欠陥があるのよ。
そんな説にしがみついて他を裁いている内には、
絶対にあなた方が求める救いなどは、もうそこにはない。
667514@ワン公:02/05/23 10:32
はい。<誘惑>のワン公ですう。
668マリア:02/05/23 10:32
あたしがしっかりふんだわよ。これでいいんでしょ?
669514@ワン公:02/05/23 10:33
あ。。。。踏み損ねた。。。
670マリア:02/05/23 10:43
彼はあたしに踏んでくれることを期待していたのだから、御免なさいね。
671山本誠一 ◆1P./8snQ :02/05/23 11:42
マリアへ

 やっぱり、君が踏んだか!!

 
 
672啓蒙者某:02/05/23 11:45
>キリスト教会自身が、もうそれが理解出来ないのなら、

そんなへんなとこ……だけだ(ぼそ)
673ver3.05 ◆ver3llyM :02/05/23 11:45
俺もどっかで二回ほど踏んだよ<666
本当に踏んだりしてな〜、プチン、って(笑)。
674514@ワン公:02/05/23 12:01
自然科学は事物を物理的現象で把握し制御する方法論だが、
人間がそれを扱う限り制御は善とも悪ともなる。
それは自然はNatureでもありWildでもあるということと同じである。
その点を逐語霊感説と対比して自然科学が虚偽に包まれている
という主張はおかしいと思うな。>>658>>659

それと逐語霊感説が「聖書を科学的に検証する」ことを防ぐのを
歴史的な使命としているなら、それは歴史的なことであって
19世紀当初のユニテリアンのような人々と論争するならともかく
現在の聖書文献学などは方法論として「既に」独立したものとなってる。
つまり教説として確立し防ごうとした概括的な使命は
ほとんど終えているように思える。

一方で科学的な聖書釈義は聖書を純然たる宗教書としての座よりも
歴史的、文化的な側面における座を主張するための方法論であり、
そこには例えば神の慈しみとかイエスの贖罪といった超自然的な事柄を
そもそも扱わないというルールで行なっているのであり、
そのことを宗教的な釈義を行なうのは広い意味での福音主義である。
逐語霊感説に限定された方法論ではない。

むしろ聖書文献学が問題視しているのは聖書の文化的影響力であり、
例えばモーセが編纂したそのことがトーラーの権威となったり、
ペテロが書いたそのことが手紙の使徒的権威の表象となるような
内容そのものとは凡そかけ離れた権威主義との確執である。

同じように逐語霊感説を主張する人々がよく言うような
「真のキリスト教会」という主張の背景に備えるアナテマ(呪い)の
文化的影響力は実際、主の慈しみや贖罪を救済の主旋律に置いている
広い福音主義の理解から面脱しつつあり、
教派以外の者は滅びに至るというカルト的な恐喝を繰り返すことで
組織防衛を図っているように見える。
もちろんそうでない人々も多いのだが、身内の問題はきっちり片をつけてほしい。
歴史的な事実のなかにはそういうことも含まれている。
675マリア:02/05/23 12:31
>>671ご期待通りにね。
あなた方にとって、異教は滅びの対象だからね。
その異教自身がどこから来たのか?どこのものなのか?
そういうことには興味はない。
それは、あなた方にとっては悪から来るものなのだからね。

>>672そういうところは既にキリスト教会ではないのだけど、
ここではそういうところがキリスト教会なのだから、それは仕方がないわよ。
聖書を信仰する人には、伝承を信じることはできないのだから。
676名無しさん@1周年:02/05/23 13:18
このスレッドの管理デキテネー
677名無しさん@1周年:02/05/23 18:18
>自由主義神学者たちは、科学を信仰の中に持ち込む
逐語霊感説を否定するブルトマンは、聖書の解釈については一貫して自由主義神学の立場を堅持したが、
信仰の面では途中から弁証法神学に転向したよ。聖書の解釈と信仰のあり方(神学)は別次元さ
高層批評の立場に立てば、当然超自然的次元を否定する、なんてことにはならない。
そんなことは聖書に限らず、コーランや仏典などの古典文献の解釈学の現在の常識でしょ。

文献学も考古学も仮説に基づく推論によって成り立っているから、「科学の魔術」なの?
だからってなんで逐語霊感説なのかサパーリわからん。解釈学についてガダマーでも勉強したら?
啓示宗教じゃなくて、「独我論」的信仰って表現、ピッタシ。
678ブルネルス:02/05/23 19:59
>>653 は、その論述の方法からするに、基本的な偏見に基づく誤解から発して
いるように思われる。

まず、第一に<「世界は自分が生まれる3分前にできた」と根っから信じている
人>というのは、「クダラナイ人間像」などというものでもなんでもなく、ウィト
ゲンシュタインが、私たちの持っている知識の構造について論じる時に使った
例なのであって、要するに、私たちの知識というものの構造なり根拠なりを追って
いくと、根本的にそれをたたき込まれて、信じてしまっているもの、したがって
それ自身は証明されるものではなく、かえって他のもろもろの知識がそれを前提
にして成り立つようなもの、があるということなのだ。
そのことを分かりやすく示すために、こういう例を出したのであって、
逐語霊感説を信じる人への評価とは全く独立の話しである。科学的世界観?な
るものを信じる人についても同様の構造が当て嵌まるからである。

人によっては、こういう考え方を歓迎して、「そうだ、逐語霊感説は、このよ
うにして保証されるのだ」と喜んじゃうこともあるんだけどな。

#どうも被害妄想的解釈をされたようだ。



を、まるで逐語霊感説を唱える人々にダブらせるかのような論法をもって
あとに続く文章を展開していることにある。
679ブルネルス:02/05/23 20:01
↑上の発言の最後の2行は、消し忘れです。
糞スレを探してsubback.htmlを総ナメにするブルネルス。

681これまだ未解決ですね。:02/05/23 20:51
80 :名無しさん@1周年 :02/05/14 21:12
>その手紙が書かれた時点での「聖書全体」とは何ですか?

旧約だけです。新約は当時の想定外。

287 :あずみ ◆V.9uSetc :02/05/15 11:10
 「旧約」というより、セプタギュンタでは?  >280

 もう少し範囲を狭めると、その中でもとりわけモーセ五書...

289 :名無しさん@1周年 :02/05/15 18:57
とすると、「トーラー=律法には一字一句誤りがありません」テナワケだ。

290 :289 :02/05/15 18:58
ああ、あるいは旧約と旧約続編には一字一句誤りが。。。。

291 :dendo. ◆Dpy6mDYE :02/05/15 19:10
>>290
ワラタヨ。

それはそうと、>>1は自分が考えるところの「逐語霊感説」について
定義を紹介する必要があるんじゃねーのか?
ちぃヨハ%糞袋だって、もうちょっと自説について自分から語ってたぞ。
682山本誠一 ◆1P./8snQ :02/05/23 23:09
>自然科学が虚偽に包まれている
という主張はおかしいと思うな

 だれがそんなことをいったの?
 もっと噛み砕いてかいてあげるからね。
683山本誠一 ◆1P./8snQ :02/05/23 23:09
  私たちの心の働き、それはいったいいかなる形であろうか。
私たちは世界地図を見る。そして、なるほどこれが世界だと思う。だからといっ
て現代に済む私たちは、地球が平面上のものであるとは決して考えない。それは私
たちがすでに地球という惑星を宇宙から眺める視点を持っているからである。しか
し、かつてこの世界を球体とは考えずに、テーブルの上に存在するまっ平らなもの
として捉えていた時代があった。X軸とY軸から繰り広げられる座標平面の世界。
それでも、それは矛盾なく十分に物事を言い表す機能を果たしていた。
いつしかここに、Z軸が原点を貫くことになる。すると、いままでの平面がムク
ムクと盛り上がり、空間図形を形づくる。なるほど、地球は球であった。そう考え
ると、いままでの座標平面よりも多くの事象を言い表すことができる。かつての座
標平面が、まるで不自由であったかのようにすら思える。アインシュタインはさら
に、「時間」という螺旋状の第4の軸も差し込んだらしい。
684あぼーん:あぼーん
あぼーん
685山本誠一 ◆1P./8snQ :02/05/23 23:30
 ここに長方形があるとしよう。ユークリッド幾何学では、正方形はあくまでも
正方形であり、4つの辺の長さが等しく且つ4つの角は等しい。しかし今、少し
ななめから見てみよう。正方形にもみえるが、台形やただの四角形にもみえる。
 これらの図形は、視点が動いていくために見え方が違っただけである。視点が
移動すると、図形は別な形に変化する。実際に位相変換を考えると、「四角形」
と「円」の区別もなくなる。都合よく伸び縮みするゴム膜の上に、図形を書いて
みるがよい。伸び縮みさせながら、他の図形に重ねることすらできる。
 2次元(X軸とY軸の平面)からの視点は、正方形を正方形としてあらわす。
その2本の軸を原理としたときは、それでよい。しかし、3本の軸(X軸とY軸
Z軸の立体)を原理としたときはどうか。
 科学的認識の価値が問題にされたのが20世紀初頭の知的状況であった。
 科学の理論体系もその概念も主観的な性質のものであり、それらは真でも
なければ偽でもない。経験を整理するのに便利な道具にすぎない。科学は
世界の一つの局面しかわれわれに見せていない。
686dendo. ◆Dpy6mDYE :02/05/23 23:31
で、それどう聖書解釈と関係あんのよ(呆)

あんた600レスついやして、まだあたしの質問に答えてないんだけど
いつ答えてくれるの?
687dendo. ◆Dpy6mDYE :02/05/23 23:33
それと。

あたしと同一かどうか誰かに問われて、はぐらかそうとしたわね。

どういうつもりだか、あたしには訊く権利があると思うんだけど、
そこんとこ、どうよ。
688山本誠一 ◆1P./8snQ :02/05/23 23:42
 私たちの心の座標はどうだろうか。イエスを信じる。そのとき、私たちは
神という座標軸をもって、新たに世界を見ることができる。聖書を読むとき、
信仰者の心の働きはいったいいかなる形をつくりあげるのであろうか。そこ
に答えはない。ただ言えるのは、信仰の問題における座標は科学の現す一つ
の局面だけではない。
 科学の基礎が揺らいだとき、リベラルが保守派と戦うにあたっての最大の
砦は失われたのである。
689dendo. ◆Dpy6mDYE :02/05/23 23:44
いや、使徒継承じゃなくて、しかも聖伝受けいれてない時点で、
あんたらあたしにいわせればどっちもどっちなんだけど


それはそうと、>>686-687の話は、どうなのよ。
690マリア:02/05/23 23:46
科学は、色んな仮説を見せてくれるけどね・・・。
で、風俗から出た伝承も同じように否定しても良いと?
691山本誠一 ◆1P./8snQ :02/05/23 23:53
>そのことを宗教的な釈義を行なうのは広い意味での福音主義である。
逐語霊感説に限定された方法論ではない。

 そう、ゆえに逐語霊感説を否定できないのである。

>むしろ聖書文献学が問題視しているのは聖書の文化的影響力であり、
例えばモーセが編纂したそのことがトーラーの権威となったり、
ペテロが書いたそのことが手紙の使徒的権威の表象となるような
内容そのものとは凡そかけ離れた権威主義との確執である。

 逐語霊感説の危険性を説くことは、逐語霊感説を否定することにはならない。
 聖書が神の言葉であれば、人間が神の言葉を扱うことは真に危険である。しかし、
その危険性のゆえに、聖書の言葉を神の言葉でないということにはならない。
 逐語霊感説は信仰の領域における手段としての役割をになっている。ゆえに
これを否定することは、不当な言いがかりなのである。

ブルネルス氏がいったように
>私たちの知識というものの構造なり根拠なりを追っていくと、根本的にそれをた
たき込まれて、信じてしまっているもの、したがってそれ自身は証明されるもので
はなく、かえって他のもろもろの知識がそれを前提にして成り立つようなもの、が
あるということなのだ。

 ヴィトゲインシュタインにいわせれば、「逐語霊感」も沈黙すべきものなのだ。
692マリア:02/05/24 00:01
福音主義だから伝承の否定を行っても良い。
なおかつ、他を否定することが正しいと教えるのなら、
それはイエズスの福音と相容れないわけだけど?
693山本誠一 ◆1P./8snQ :02/05/24 00:02
>>674
514@ワン公=T氏の落書き?へ

>同じように逐語霊感説を主張する人々がよく言うような
「真のキリスト教会」という主張の背景に備えるアナテマ(呪い)の
文化的影響力は実際、主の慈しみや贖罪を救済の主旋律に置いている
広い福音主義の理解から面脱しつつあり、
教派以外の者は滅びに至るというカルト的な恐喝を繰り返すことで
組織防衛を図っているように見える。
もちろんそうでない人々も多いのだが、身内の問題はきっちり片をつけてほしい。

 君がずっと主張しているのは、逐語霊感説の危険性のみです。なにも逐語霊感説
を否定するに至っていない。危険性のみあおり立てて、否定できる論拠がまるでない。
 自分自身で都合のよい悪しき逐語霊感説をお膳立てして、それに対してイチャモン
をつけても、なにも生産性はない。 君の文章はただの落書きレベルの域から脱して
いない。
 それよりも、まず逐語霊感説の正当な論拠をまず学ぶ必要がある。逐語霊感説がなぜ
いまだ多くのものに支持されているのかを考える必要がある。そのとき初めて、君は
逐語霊感説についてまともなことが言えるようになるだろう。
694名無しさん@1周年:02/05/24 00:05
T氏の落書きは、むしろあんたの別コテハンでしょ。
695山本誠一 ◆1P./8snQ :02/05/24 00:07
>>694

 違うと思うよ
 証拠はあるの?
 証拠は!
 変な言いがかりはやめて下さい。
696dendo. ◆Dpy6mDYE :02/05/24 00:10
>>691の最後の文わけわかなんだけど。
ヴィットゲンシュタインがどこでそんな御託ならべたのよ。

それと

「あんたの考える逐語霊感説って何?」

つーと明解かつ単純な問いに、どうして答えられないのかしらね?
それなしに正しいもくそもないんですけど。つづく

697dendo. ◆Dpy6mDYE :02/05/24 00:11
それと。
じゃ、これはどうよ。これもいいがかりなの?嘘吐きさん(藁
あたしと同一かどうか誰かに問われて、はぐらかそうとしたわね。

どういうつもりだか、あたしには訊く権利があると思うんだけど、
そこんとこ、どうよ。
698山本誠一 ◆1P./8snQ :02/05/24 00:21
>ヴィットゲンシュタインがどこでそんな御託ならべたのよ。

 ヴィトゲンシュタインならそう言うでしょう。
 だから、「ヴィトゲンシュタインにいわせると」といったんだよ。

>「あんたの考える逐語霊感説って何?」
つーと明解かつ単純な問いに、どうして答えられないのかしらね?

 T氏の落書き氏にいわせると「自分で調べろ!甘ったれるな!!」ってところでしょう。
 ただ、一つ言えることは、君の言っている逐語霊感説は、偏見と誤解にもとづいている。
 
>どういうつもりだか、あたしには訊く権利があると思うんだけど、
そこんとこ、どうよ。

 でかいんだよ、態度が。調子扱くなっての。聞くんだから、ちゃんと頭を下げなさい。
 何度も懇願して、額をこすりつけるなら、考えてやっても良い。
 
 何か?!私が質問したら全て君は答えるのか?

 私の基本方針は、相手がムカツク場合は答えない。
         気が向かないと答えない。

 これはずっと以前から、私が断り書きをしていることだから、変な言いがかりを
つけないようにね。
 
         
 
699dendo. ◆Dpy6mDYE :02/05/24 00:23
返事がないのね。

じゃ、あんたはあたしの名前を騙ってこの糞スレの責任と
馬鹿みたいなテンプレ貼りと
自分で立てたスレタイの説明もできない愚鈍さを
あたしになすりつけようとした糞袋ってことで。

自作自演しててもあんたのなんかすぐ分るのよ。ageるわね。
700ver3.05 ◆ver3llyM :02/05/24 00:23
>でかいんだよ、態度が。調子扱くなっての。聞くんだから、ちゃんと頭を下げなさい。
>何度も懇願して、額をこすりつけるなら、考えてやっても良い。

そーゆーのを「でかい態度」っていうんだよ。
もうちょっと常識をもて。
701山本誠一 ◆1P./8snQ :02/05/24 00:24
 それより、dendo. ◆Dpy6mDYE 君

 君かD氏の落書きというのは!
 もしそうなら、荒らしはやめようね。

 君は散々くだらない勘違いレスを私につけてきたんだから、
それをワビるくらいはあってもいいと思うけど。
702マリア:02/05/24 00:25
>>698あら、イエズスなんかよりも偉い人のようね。
703名無しさん@1周年:02/05/24 00:26
T氏の落書きから山本誠一に改名しても、糞袋の中身は同じみたいだな。
糞はどう化けようが糞、ってことか。
704dendo. ◆Dpy6mDYE :02/05/24 00:27
あたしは「逐語霊感説って『何』」てきいてるの。述語づけなんて
行なってません。話かってにつくんないでくれる?

ちゃんと引用箇所示しなさいよ。でなきゃ認めないわよ。
いったいどこにそんなこと書いてあるのよ。
論理哲学論考?青い本茶色い本?

……じゃ、アウグスティヌスの時間論が引いてあるヴィットゲンシュタインの本の名前、
すぐでてくるわよね。ヴィトゲンシュタインならこういう、なんていえる
くらいに、よーく御存知のようだから。

さあ、こたえなさいよ、糞袋。
705名無しさん@1周年:02/05/24 00:28
くだらない勘違いレス、ってお前のカキコのこと。自戒しろ。
706マリア:02/05/24 00:28
>>700イエズスよりも偉い人のようよ。
だから、いいんじゃない。
707ver3.05 ◆ver3llyM :02/05/24 00:30
>>706
そういうのは多いな(苦笑)。この板でもあちこちで見かける。
708dendo. ◆Dpy6mDYE :02/05/24 00:31
あたしはあたしが認める人にしか頭を下げません。
あたしの名を騙るあんたが、どのつらさげてあたしに頭を下げろといえるのかしら?

でもあたしは寛大だから、あんたにそんなこと要求しないわよ♪
でも
どうしてそういうことをする気になったのか、
あたしとスレッド読者に対して説明する義務が
あんたにはあると思うんだけど、

どうなのよ、そこんとこ。
709山本誠一 ◆1P./8snQ :02/05/24 00:31
>>699

 ふふふ
 君みたいのがヤフーにもいるんだよ。
 自分がどうにも答えられなくなると、質問しまくる奴が。
 その手は古い。
よって、私はめんどくさいので、このような宣言を一応しています。
2チャンネルでもどこかで宣言しているが、どこに書き込んだかわすれたので、
ヤフーのを貼り付けます。ごらんあれ。
 やっていることが、チビと変わらないんだよ。ちなみに、チビは逐語霊感説を
支持しています。

http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=GN&board=1835217&tid=a5aa5sa5afa5ma4hc0bbbdqa4r3xa4sa4dea47a4ga4a6a1a3&sid=1835217&action=m&mid=5332&mid= 
710dendo. ◆Dpy6mDYE :02/05/24 00:33
あたしはいまだかつて

逐語霊感説なるものに述語を与えたことはありません。

勝手に人の言説捏造しないでくれる?糞袋。
711dendo. ◆Dpy6mDYE :02/05/24 00:41
で、うまくごまかしたようだけど、

ヴィットゲンシュタインがそういってる、

てのをちゃんと彼のテキストに則して説明してもらえる?
そもそも、ヴィットゲンシュタインならこれこれ、といえる人が
どうして「三分前」を知らないでいられるのか、すごーく不思議よね(藁
712マリア:02/05/24 00:43
>>707情けないけどね、キリスト教徒には結構いるのよね。
713山本誠一 ◆1P./8snQ :02/05/24 00:44
おお、ヴィトゲインシュタインを知っているのか!
私はかじる程度だ。
かなり前だけど、『論理哲学論考』(法政大学出版)を読んだよ。
それから『ウィトゲンシュタインの講義T〜ケンブリッジ1930ー1932』を
3分の1だけ読んでそのまま放ってある。
これもかなり前だな、5年くらいたってる。
懐かしいではないか。

>……じゃ、アウグスティヌスの時間論が引いてあるヴィットゲンシュタインの本の名前、
すぐでてくるわよね

 これは知らない。
 残念ながら、私自身ウィトゲンシュタインは上記にあることのうるおぼえくらいの記憶しかない。
 

714dendo. ◆Dpy6mDYE :02/05/24 00:46
はい、じゃその程度の知識でどうして

「ヴィットゲンシュタインならこういう」

といえるわけ?具体的な箇所をテキストからあげるなら別として。
どうなのよ。え?
715名無しさん@1周年:02/05/24 00:49
やっぱり山本はthankyoujesusか。
しかし、こいつカツラと双子の兄弟みたいだ。
716山本誠一 ◆1P./8snQ :02/05/24 00:50
 何か質問ばかりしてくるな。
 そんなに私から教えを聞きたいか?
 ウィトゲインシュタインは、ヤフーで散々利用させてもらった。
 私なりの理解でまとめているので、間違いもたくさんあるだろうが、
めんどくさいので使った奴をそのまま貼り付けます。
 私のウィトゲインシュタインの理解のレベルです。
717dendo. ◆Dpy6mDYE :02/05/24 00:53
で、そのレヴェルで

「ヴィトゲンシュタインならこういう」

って断言できるんだ。へー。たのしい〜
で、あたしの名を騙ろうとしたのは、なんでなのよ。
718山本誠一 ◆1P./8snQ :02/05/24 00:54
まず、テンポラルがゲーデルが神に矛盾があるとかいってきたときに、使ったレス。

「無限」は論理の形式を示すに過ぎない。名辞が対象を代理するように代理されるもの
ではないのです。∀x¬F(x:非存在)は<F(a)ΛF(b)ΛF(c)Λ…以下省略>
という論理積とはことなり、∃xF(x:非存在)は<F(a)V F(b)V F(c)V…以下省略>
という論理和と同じではありません。違いはこの「…以下省略」にあります。
「全て」といった量化を含む命題の場合と同様に、この「…以下省略」は無限です。したがって、
やはり何かの代理物ではないのです。それは世界の形式を示すにすぎず、代理物については何も語っていない。
「神は認識を超える概念だと、認識している」というところには、でっち上げの嫌疑を捻り切る捏造があります。
「全能」といった「認識を超える概念」をあたかも無限集合を唱えている人を思い出す。無限集合、それはその限り
ない進行が終わったかのように、限りなく続くものたちを統合する集合であろう。限りない進行をどうしてとめてし
まうのか。君の話を聞いていると、こんな途轍もない集合が存在していると考えているかのように思える。無限は
実在します。しかし、無限集合は無意味な捏造です。それは理念的で、現実的でも顕在的でもない。君はその集合が
存在すると要請しているだけなのです。神は実在する。しかし、残念ながら「認識を超える概念」は要請にすぎない。
この要請を飲み込んでしまえは、君の望むママゴトが始まるわけだ。「完全の中に矛盾。矛盾があるが完全・・・云々」
ってか、くだらん。
719山本誠一 ◆1P./8snQ :02/05/24 00:57
 これは多くがウィトゲインシュタインのパクリだと思う。
 哲学カテゴリーのノンクリスチャンが全知全能についてイチャモンをつけてきた
ときにしたレス

 「全て」とは何か。そもそも、世界を言葉で言い表すとき、世界の構成要素と
言語の構成要素とは対応している。言葉を語ることの本質は、世界において成立
している事実を写像することにあります。言語において映し出された世界はその
表現においてのみ世界として姿を現すことができるでしょう。この写像関係の外に
ある「全て」「完全」の問題は写像形式の問題であり、その形式を再び写像する
ことはできません。それは言語の内に示されるだけ。空間をその中の世界がどう
やって取り込むことがどうしてできるでしょうか。
720山本誠一 ◆1P./8snQ :02/05/24 00:59
これは、その続き

「全て」といった量化を含む命題と同様に、「善」「悪」といった名辞を
なにかあるものの対象として特定できるものではありません。それは事実
の叙述に還元することはできないのです。たとえば、「よい宇宙」という
言葉は、たとえ宇宙に関するすべての事実を知っていたとしても、それが
「よい宇宙」かどうか分からない。この超越的な価値の次元に「全能」
「完全」「神」「無限」の次元もあります。つまり、命題を検証する方法が
ないのです。そして、検証が感覚的経験でなされる以上、いかなる感覚的経験
によっても真偽が決定できないような命題は、有意味な命題といえるでしょうか。
「全能」とは真偽を決定できない命題なのです。さて、「全能」とは言語において
命題を構成する無限の可能性です。「全能」という名辞は外延に言及します。
しかし、無限な外延つまり「それよりも大なるものが可能でない対象」に言及する
ことは不可能です。「全能」とは論理の形式の規則の属性であって、外延の属性で
はないからです。論理の形式は世界を語るときの形式であり、その形式自体を論理
それ自身の中で語ることはできない。形式は論理の中で自らを表示するのであって、
論理で語られるものではない。そもそも命題の意味が定まらないものであるのに、
命題が真であるように理論をもって「証拠だてる」ことをする必要はない。私たち
は命題が真であることを理論をもって「証拠だてる」のではなく、信仰において神
を証するのです。
721dendo. ◆Dpy6mDYE :02/05/24 01:00
引用箇所を明示せずにどこかから引きうつしてくるのって
著作権法違反よね。でも、著作権者ないから、とりあえずおいといて。

あたしの名を騙ろうとしたのは、どうしてなのかしら?
答えろよゴラ。
722山本誠一 ◆1P./8snQ :02/05/24 01:03
 これは、哲学で神を理解できないと信じないとか言っていたノンクリスチャンにレスしたもの
 よくパクったなあ。でも、結構自分なりの理解で書き換えてしまっているから、
 間違えて理解しているかもしれないので、あまり信用しないように。 

「白」「黒」を認識する空間は「静」「騒」を認識する空間とは違います。
「黒」みて「これは騒がしい黒」とは言いません。「静」「騒」の空間内に
「白」「黒」は無いのです。しかし、「黒」がより明るくなって「白」に
近づくことはできます。「白」「黒」は「明」「暗」の空間において語れる
のです。
 それぞれの領域に特有の構造をもった可能性の空間があり、それが私たち
の経験に先立ち規制するのであって、この空間の存在を前提としない「裸の
知」はありえないんです。事実の把握はその空間の中でのみ為されるもので
あって、「白」「黒」を「静」「騒」の空間で語ることは、空間の取り違え
であって、意味がありません。
 私たちは信仰という空間において、神を語ります。哲学で神を語るものでは
ない。イエスをなぜ哲学せねばならないのか。私たちは信仰の空間において、
イエスと出会い、語り、交わるのです。

 
723dendo. ◆Dpy6mDYE :02/05/24 01:06
はい、こぴぺおつかれさま。

で、
633 :T氏の落書き ◆RSrQg8hk :02/05/22 02:32
>>630
>過去ログで、あんたが実はdendo.だっていう説が出てたけど

  そうかもしれない

これはどうなの?
724ブルネルス:02/05/24 01:06
で、>>678 のような理解からすると、
逐語霊感説と
いわゆるリベラルな聖書受容とは、
依ってたつ根本的信念が異なっており、相容れず、かつどちらの立場を基礎にして
も、一応辻褄のあった説明ができるので、
証明とか論理によって、自分の方が正しく、相手は間違っているということを説得
できないのである。ということになる。文化が違うんだな、要するに。

いや、以上の説明の仕方を少し改定する必要があろう。
逐語霊感説は、原典において聖書のことばの一言一句まで、誤謬がないと主張し
  #どのような意味で「誤謬がない」のか無謬なのか無誤なのか、について内ゲバ
  #があるけれど、そして、誰かさんお気に入りのバーナード・ラムは、私のうろ
  #覚えでは、よりリベラルに近いほうで、右からは不徹底ないし不信仰と非難さ
  #れてたのではなかったかと思うのだが、
この一点は動かさずに、他の部分を調整して、話全体の辻褄を合わせようとする。

これに対して、歴史的・文献的批判を認める側は、上のような「ここだけは動かさな
い」という一点がないため、全体を全体としていちばん辻褄を合わせやすいやりかた
で調整しようとする。どこを調整したら一番自然で、手数のかからない改訂ができる
かと考える、はずだ。だから、ある場合に、テキストに書いてあることは歴史的事実
を正しく記述してない、と見るという調整をすることもある。

とはいえ、私から見れば、後者といえども、大半は信仰深い人たちでねえ、伝統的キ
リスト教の基本的線はくずさない範囲で、批判的方法を適用するし、解釈もある限界
はなかなか越えないのですよ。そういう意味で、より左からみれば、リベラルって
いったって、伝統的キリスト教の呪縛の下にいて、福音派と大差ないわけね。
725山本誠一 ◆1P./8snQ :02/05/24 01:07
>>721
 まて、引用はしていないはず。もしかしたら、引用しているかもしれない。
でも、確か自分なりの理解で書き換えている。だって、ウィトゲインシュタインは
神について私が書いているようなことを言っていないでしょ。
 ほぼ加工してしまっているから、著作権には触れないはずだけど・・・
 もしかして、そのまま使ったところがあるかもしれないけどね。

 言葉はシンボリックな記号です。今私は神について語りたい。でも、私が「神」といったことで、私が表現したいと欲するものは
表現しきれていない。ここで「神」という単語は、過剰なまでの意味を負わされることになります。「神」といった象徴概念で私の
表現したいところの欲動がどれだけ吸収できるであろうか。まさに「神」という単語は超越的な頂点の位置につき、私の欲動をそこ
から吊り支えています。
 しかし、その時そこには、絶対に《陰の部分》が現われていることに気づくでしょうか。「神」という言葉で吸収しきれなかった
欲動が抱え込む《陰》としての「神」。この《陰》なるものは、元をただせば、欲動のスケープゴートとして身に負わされた過剰な
力に由来する「神」です。《陰》となってしまったスケープゴートとしての「神」。
私が伝えたい神を示すための「神」という言葉、それはあまりにも過剰な要請を負っているということになります。スケープゴート
としての部分はまったく《陰》なるもので虚として存在することになってしまいます。
726514@ワン公:02/05/24 01:10
>>684 何を言い出すかと思いきや
別にそんな変な構造主義の講義を聞きにきたんじゃないんだけど。。。
日本が未だに宇宙ロケットの打ち上げに失敗してニュートン力学を制覇できず
核燃料をバケツで配合して近隣に大迷惑を掛ける情況でも
傾向として科学大国だなんて言ってるのと同じ理屈です。
どんな理論でもようは使う側の事情で失敗も成功も起こすんです。

大体、科学に相対主義を持ち出しといて
逐語霊感説がその適用に相対的で多様な価値観を持ってることぐらい
あまたに広がる教派の数をみても一目瞭然でしょう。200年の歩みのなかで
もう目的のカナンの地に着いて各自の村々で現地文化と習合してるんです。
それは>>684とて同じこと。逐語霊感説では到底受け入れてない構造主義を
持ち込んで、自分の教説の文化的側面を構造モデルとしていじらないのは
ハタから見て非常に可笑しい。

教説に牧会というメンテナンスを加えないで
理論上の優位性を論じようとする態度は、
福音説教によって地道に培ってきた教会の聖書主義を
かえって空しくするものじゃないのかな。
パウロが愚かな十字架の福音に立った意味をほとんど汲み取っていない。
727山本誠一 ◆1P./8snQ :02/05/24 01:12
>>723

 私はT氏の落書きではないので、それはT氏に聞いて下さい。
 dendo. ◆Dpy6mDYE=T氏の落書き?じゃないんですか??
 どう考えても、dendo. ◆Dpy6mDYE のレスが落書きレベルにしか
思えなかったので・・・
 でも、読んでみたら、T氏の落書きの方がまだ正論を言っているな。
 がんばれ、dendo. ◆Dpy6mDYE
728dendo. ◆Dpy6mDYE :02/05/24 01:13
>>724
ありがと。でも、ブルネがどう理解してるか聞いてるんじゃないの。
>>1が」どう理解してるか、きいてるの。

>>724 をそのままコピペして貼る以外の御返答を期待してるわよ(藁
あたしの名前を騙ろうとしたんだから、そのくらいの芸をみせて
くれてもいいんじゃない?
729514@ワン公:02/05/24 01:17
うっ死欄間に随分スレが進んでる。。。
730dendo. ◆Dpy6mDYE :02/05/24 01:18
>>私はT氏の落書きではないので、それはT氏に聞いて下さい。

そうね(藁
小便娘の書きこみに対して、
私は小便娘ではないので、小便娘に聞いて下さい
って私がいうくらいには正論だわね。

で、どういうつもりなのかしら、この ど く さ れ 野 郎

731山本誠一 ◆1P./8snQ :02/05/24 01:18
>>727
>逐語霊感説では到底受け入れてない構造主義を
持ち込んで、自分の教説の文化的側面を構造モデルとしていじらないのは
ハタから見て非常に可笑しい

 あれ?!別に私は逐語霊感説を絶対だなんて思っていないし、それのみが
正しいとは思っていませんよ。
 この場は、どうやら逐語霊感説について語る場なので、逐語霊感説につい
て語っているんです。
 勘違いも甚だしいですね。

 ところで「自分の教説の文化的側面」って何を名辞しているの?
 言ってごらん
 
 
732山本誠一 ◆1P./8snQ :02/05/24 01:20
dendo. ◆Dpy6mDYE さん

>で、どういうつもりなのかしら、この ど く さ れ 野 郎

 中傷はやめて下さい。
 どうして、そんな口汚く人を罵るのですか?
733dendo. ◆Dpy6mDYE :02/05/24 01:27
で、ちょとおちついて 724を読んでみる。
>>724
あら。呪縛とはご挨拶ね(w
ってまあ、呪縛っちゃ呪縛だけど。。(マルコは長い結びつかってまーす)
テキストの著者の思想を研究するのと違って、
それに基づいて歴史的に成立した解釈の総体を受容するんだってことで
一線踏み越えちゃうって手もありよね☆

というわけで私からみると、騙り野郎のほうがよほど聖書に縛られて
るように見えるんだけどね。うちの神父さんなんか「そう、違うんで
すよ。どーしてでしょーねー♪」ってほがらかにおっしゃるし。

聖伝の支えがなかったら意味が開示されない、ってのは一見しばりに
見えるけど、その聖伝も実は統一されてなかったりして、むしろ聖伝を
前提にすることで解釈戦略の多様性が保証される場面もあったりする
から、楽しいよん。narrativity に注目するときは、とくに。
734山本誠一 ◆1P./8snQ :02/05/24 01:27
このスレッドに来ている皆さん!

 人を中傷するのは止めましょう!!
735山本誠一 ◆1P./8snQ :02/05/24 01:33
ところで、dendo. ◆Dpy6mDYE さん

>で、どういうつもりなのかしら、この ど く さ れ 野 郎

 中傷はやめて下さい。
 どうして、そんな口汚く人を罵るのですか?
736514@ワン公:02/05/24 01:34
>>518 T氏の落書き
そのようなリスクに対しては十分に注意をすべきであるという勧告に
とどまり逐語霊感説を論駁する手段としては、あまり意味のないものです。

>>693 山本誠一
君がずっと主張しているのは、逐語霊感説の危険性のみです。なにも逐語霊感説
を否定するに至っていない。危険性のみあおり立てて、否定できる論拠がまるでない。

同じ論調だと思うけどなぁ。。。誰も擁護しに来ないので、自分で出てきたんでしょ?
737dendo. ◆Dpy6mDYE :02/05/24 01:34
へえ。じゃあこれにはどういう形容をなさるのかしら?
ぜひ承りたいものですね。糞袋さん。

697 :dendo. ◆Dpy6mDYE :02/05/24 00:11
それと。
じゃ、これはどうよ。これもいいがかりなの?嘘吐きさん(藁
あたしと同一かどうか誰かに問われて、はぐらかそうとしたわね。

どういうつもりだか、あたしには訊く権利があると思うんだけど、
そこんとこ、どうよ。

698 :山本誠一 ◆1P./8snQ :02/05/24 00:21
>ヴィットゲンシュタインがどこでそんな御託ならべたのよ。

 ヴィトゲンシュタインならそう言うでしょう。
 だから、「ヴィトゲンシュタインにいわせると」といったんだよ。

>「あんたの考える逐語霊感説って何?」
つーと明解かつ単純な問いに、どうして答えられないのかしらね?

 T氏の落書き氏にいわせると「自分で調べろ!甘ったれるな!!」ってところでしょう。
 ただ、一つ言えることは、君の言っている逐語霊感説は、偏見と誤解にもとづいている。
 
>どういうつもりだか、あたしには訊く権利があると思うんだけど、
そこんとこ、どうよ。

 でかいんだよ、態度が。調子扱くなっての。聞くんだから、ちゃんと頭を下げなさい。
 何度も懇願して、額をこすりつけるなら、考えてやっても良い。
738dendo. ◆Dpy6mDYE :02/05/24 01:37
私の名を騙ろうとしたのはなぜ、っていうのの答えが

でかいんだよ、態度が。調子扱くなっての。聞くんだから、ちゃんと頭を下げなさい。
 何度も懇願して、額をこすりつけるなら、考えてやっても良い。
 、
ってのはたのしいわね。
山 本 氏 に お か れ ま し て は
何 様 の お つ も り で い ら っ し ゃ い ま す の?
739山本誠一 ◆1P./8snQ :02/05/24 01:44
dendo. ◆Dpy6mDYE さん

 697と698のつながりは無いんじゃないですか?
 勘違いされていませんか?

>私の名を騙ろうとしたのはなぜ、っていうのの答えが

 いえ、これに対する答えは、確か・・・
 べつに、私は「山本誠一」しか名前を使いませんよ。
 だって、これ私の実名ですから。
 私が「dendo. ◆Dpy6mDYE 」さんのHNを使ったんですか?
 どこで?
 それはきっと人違いです。
 
 
 T氏の落書きとdendo. ◆Dpy6mDYEさんのレスが、落書きというレベルで
一緒だと思ったからです。
740山本誠一 ◆1P./8snQ :02/05/24 01:50
>>736

 はい?
 それがT氏の落書き=山本誠一ってことになるの?
 ほんとう???
 そんな根拠で、私に書き込みをしていいと思っているの?
 そんなんでいいなら、テキトウに好き勝手な発言が許されるよね。
 君はそんなチンケな根拠で、私を誰か他の人と同一人物であると決め付けるの?
 確かに、私はT氏本人を知っているかもしれない。
 個人的に、怪しいと思っている人がいる。
 でも、彼は私ではないでしょう。
 百歩譲って、私だとして、さあ、それを証明できる?
 
741dendo. ◆Dpy6mDYE :02/05/24 01:50
ご自分の書きこみが落書きということをお認めになるくらいには
誠実なのか、
それとも苦しまぎれに自分の書きこみをくさしておいでになるのか
存じませんけど

山本誠一とtinnとT氏の落書きが同一人物じゃないと思われてると
思ってんの、宗教板であんたくらいだ。
742マリア:02/05/24 01:53
dendo.さん、これはユダヤ人が昔に良く使った手法よ。
あまりにも情けないから、あたし達の派は国から離れたけど。
743山本誠一 ◆1P./8snQ :02/05/24 01:53
まあ、何て言うかなあ

  ふふふ
744山本誠一 ◆1P./8snQ :02/05/24 01:54
>>741

 証拠を出して下さいな
 何の根拠もなく、言いがかりはやめください。
 不快です。
 迷惑です。
 人のいやがることは止めましょう!
 これ人として基本です。
745山本誠一 ◆1P./8snQ :02/05/24 01:57

dendo.さんへ

さあ、証明してください。
証明できないなら、そんな言いがかりをつけたことに対して
謝罪を要求します。
746マリア:02/05/24 01:58
>>744あなたは偉い人だものね・・・。
他に対して何を言ってもしても許されるわよね・・・。
747マリア:02/05/24 02:02
でも、人に言われるのは不快。
人としての基本とか言うなら、その人としての基本を
きちんと相手に示して御覧なさいな。
あたしに対して占いをするだとかいうのも、勝手な言い分よ。
748dendo. ◆Dpy6mDYE :02/05/24 02:03
人それをして白く塗れる墓とはいふなりけり。:)

>>745
お断りします。あなたに私は何をも負っていませんからね。
あなたが何かを私に要求する権利はないの。(藁
749山本誠一 ◆1P./8snQ :02/05/24 02:04
dendo.さんへ

dendo.さんは、正教会の方ですか!
正教会の方は、突然人を中傷していいのですか?
私はイケナイと思います。
ふつう正教会の方は、そんな事をしないと思います。

 とにかく、証拠を出して下さい
 何の根拠もなく、言いがかりはやめください。
 不快です。
 迷惑です。
 人のいやがることは止めましょう!
 これ人として基本です。
 本当に迷惑です。
 ちゃんと謝ることは大切なことだと思います。
 人を中傷して、そのままにする事は良くないです。
 正教会では、そんなことをして良いと教えているのでしょうか?
 そんな人を中傷しては、ダメだと思います。
 さあ、謝罪するべきときです。
750ver3.05 ◆ver3llyM :02/05/24 02:05
T氏の落書き ◆RSrQg8hkと文体がそっくりになってきたぞ(w
いいのか?
751名無しさん@1周年:02/05/24 02:07
皆さん、このスレで展開されている理論に反論できますか?
【妄想】宗教の誤りを科学的に糺す【迷妄】
http://science.2ch.net/test/read.cgi/sim/1019990698/
752マリア:02/05/24 02:09
文体だけでなく、中身がそっくり。
あたしに対して占いをするという
レッテルを貼っているのは、落書きさんだけ。
753山本誠一 ◆1P./8snQ :02/05/24 02:09
さあ、さあ、さあああ

dendo.さん、早く!

それとも人を中傷することは、正しいことだと思わないのでしょうか?
人を中傷しても、謝らないことは正しいことでしょうか?
素直に謝ることのできない人を、dendo.さんはどう思われますか?

 dendo.さん、意地を張ってはダメだよ
 間違ったら、間違ったで良いんだよ。
 ちゃんと、「ゴメンなさい」を言えればいいんだよ。
 怖くないよ。
 勇気があればいいんだよ。
 さあ、一言、言ってごらん。
 だって、人を中傷するのは、良くないことでしょ。
754名無しさん@1周年:02/05/24 02:11
山本誠一の教会では、ウソをついてもいいのですか?(w
755ver3.05 ◆ver3llyM :02/05/24 02:12
っていうか、モロばれなんだがな(w
頑張るねえ。

語れ語れ語れ語れ語れ語れ

    去れ去れ去れ去れ去れ去れ

↑ こういうのはいつ出るのかな?

余談だが、聖絶については語る価値もないな(笑)。
756dendo. ◆Dpy6mDYE :02/05/24 02:12
それ、全部のしつけてあなたにさしあげますわ☆

他のコテハンとの同一性を主張したり
出典を明示しないコピペをはりまくったり
糞スレたててコピペ貼って自分で荒らしたり
ろくに読んだこともない思想家について「〜ならこういう」などと
むりやり自説に引きつけてみたり(たところが何いってるかわからない、
ってのはすてきね)

……その厚顔無恥な言動、すべてに対してね。
これは事実だから中傷ではなくってよ☆
757マリア:02/05/24 02:13
信仰のためならばOKなのでしょうね・・・。
ユダヤ人が良くやってたもの。
そういう伝承を継承してもらってもね・・・。
こっちとしては全然嬉しくないわ。
758山本誠一 ◆1P./8snQ :02/05/24 02:16
>>752

 ちなみに、私はこのスレッドに参加するときに、T氏の落書き以下ここに
参加している皆さんの書き込みを、さっと目を通しただけですが、全て読ませて頂きました。

 T氏の落書き氏の書き込みは正しいことも書いている。
 だって、ここのスレッドの趣旨が、逐語霊感説を支持する理論の確立にあるでしょ。
 まあ、趣旨に沿って発言していたのは、私が見る限りブルネルス?さんくらいだよ。
 だって、逐語霊感説を批判するのが趣旨じゃないでしょ。
 まあ、T氏がここにいない今、私がスレッドの趣旨を言っても仕方ないけど、
ただこれだけはいえるな。
 
 みんな、T氏にうまく煽られているって感じ
 日本人は感情操作に弱いんだよな
759ver3.05 ◆ver3llyM :02/05/24 02:18
いや、T氏の落書き ◆RSrQg8hkは笑える(笑)。
精神に問題があるのは間違いないと思うね。
病院行きをお勧めしたいな、彼には。
760dendo. ◆Dpy6mDYE :02/05/24 02:19
「ブルネルスが逐語霊感説を支持」ってどこのこと?(藁
761マリア:02/05/24 02:19
操ったつもりになっているのよね。良くある話。
762マリア:02/05/24 02:21
>>759無駄よ。
763名無しさん@1周年:02/05/24 02:21
ま、デマゴーグの手口はこんなもの。
しょせんファンダメンタリストってことだね。
764名無しさん@1周年:02/05/24 02:22
段落わけの仕方等も同じ…(藁
765ver3.05 ◆ver3llyM :02/05/24 02:22
>>762
知ってるよ(爆)。
しかし、やはり言いたくなるじゃないか。
名無しでも、それだけは聖絶スレでなんどか書きこんだ覚えがある(w
766山本誠一 ◆1P./8snQ :02/05/24 02:25
>>756
 
>他のコテハンとの同一性を主張したり
 
 もう、言いがかりは止めて下さい。
 
>出典を明示しないコピペをはりまくったり

 なんども同じことを言わせないように。
 貼り付けたものは、自分なりの解釈で書いたものだから、ウィトゲインシュタインの
文章そのものではない。かなり私なりの理解で書かれているから、本当にウィトゲイン
シュタインのいわんとしていることかどうか。だから、自分の理解が正しいか教えて
欲しいくらいなんだよ。
 自分で確かめてよ。だって、私よりウィトゲインシュタインについて詳しいんでしょ。
 で、まだ貼り付けてない文章があるんだけど、貼り付けていいかなあ?

 
 
 
767514@ワン公:02/05/24 02:28
>>731 ところで「自分の教説の文化的側面」って何を名辞しているの?

18世紀アメリカの有力な説教者であるジョナサン・エドワーズは
会衆派教会で洗礼に必要とされていた「明確な回心体験」を引き出すために
神の恩寵と同じくらいのリアリティをもって人間の罪による裁きを描写した
説教を行い多くの回心者を得ることに成功した。
(ここで伝統的な福音主義と異なる特徴が表われる)

その後この伝道方法に依ったリバイバル運動はキャンプミーティングのような
超教派的な広がりを見せたが、善と悪との対比を強調する説教手段は
温存される。一方でオランダで論争の火蓋を切ったアルミニウスの教説は
信仰覚醒運動の影響の著しかったアメリカでより多く歓迎を受けることになる。
(この時点で教義の修正的扱いが表われる)

一方で聖書の道徳的価値観を重視し、三位一体を否定するユニテリアンは
アメリカ独立後にその実用的解釈が受け入れられ、その影響力は19世紀初頭に
ボストン第一教会の会堂および資産がユニテリアンのものであるという裁判結果
が出るにおよび教会の存続を否定される深刻な問題として扱われることになる。
この辺りが逐語霊感説の絶対不可欠になる時代背景である。
(リベラリズムとの対立点が明確化する)

逐語霊感説は教説の発生するまで歴史的背景として100年程の準備段階を経て
何度か主張を変えながら次第に明確になった事柄である。

その後のことは自分でも構造モデルを考えて考察してね。
768マリア:02/05/24 02:33
ファンダメンタリストは、どうしてこのように
自ら落ちぶれていってしまうのかしら?
769dendo. ◆Dpy6mDYE :02/05/24 02:33
ああそういえば、山本氏、514@ワン公 =T氏の落書き説を
唱えていらっしゃたわね。

よくよく人のふんどしで相撲を取るのがおすきなようで。
770山本誠一 ◆1P./8snQ :02/05/24 02:34
 神の絶対性に価値相対主義をもち込むことはマズイが、逆に信仰の問題で価値相対主義
を攻撃することは不当であるとして私がモビッキーにレスしたもの。

  「クリスチャンの世界観は絶対」とありますが、それを言う前に基本的
認識として、語り得るものと、世界の外にあるがゆえに語り得ないものを区別
する必要があります。
 その区別があるゆえに、思考においては価値相対主義の立場をとり、信仰に
おいてはファンダメンタリストとなれるのです。カトリックなどが嫌っている
相対主義は、信仰の問題であるところに座する絶対の神に対して相対主義を持
ち込むところの相対主義です。それを取り除くのは信仰における戦いです。し
かし、哲学は信仰の問題ではありません。それを踏まえたうえで、さらに価値
相対主義を否定するならばモビッキーは救いようがないかもしれませんね。
 私の尊敬する哲学者が言いました。「世界の意義は、世界の外にあらねば
ならない」と。世界を超越しているのであるから、神をどうして語ることがで
きるでしょうか。しかし、神は世界の外にあるとはいえ、神は世界の限界を変
えることによって、いわば総体として世界の実質を変えています。まことに、
人生の問題は神によって限界が変わり、それによって世界が変わることにおいて
解決されます。しかし、眼が視野に属さぬように、神は世界に属さないんです。
「神」は世界の中の事柄ではないんです。語り得ぬものがあります。信仰は語り
得ぬものを語るところの領域です。語るものの領域が違うんです。ですから、信仰の
問題をもって、価値相対主義を否定することはできないんです。
771名無しさん@1周年:02/05/24 02:35

aware...


772514@ワン公:02/05/24 02:36
あれ? tinn氏も同一? まいったなぁ。
773ver3.05 ◆ver3llyM :02/05/24 02:38
俺から見るとひたすら滑稽だ。
774山本誠一 ◆1P./8snQ :02/05/24 02:41
 なんかなあ、君たちは私を論破したいようだが

 T氏が君たちを「弱い」といっていたけど、なんか意地になって
私に食ってかかっているような気がする。
 
 514@ワン公 マリア dendo. ◆Dpy6mDYE

 3人して、私一人に勝てないとは、情けない・・・
 まあ、相手じゃないな

 それに関しては、T氏と同じ気持ち(でも、私はT氏じゃないよ)
        
            では、私は去ります。

          勝ち逃げして、ゴメンね。 
 
           バイバイブー
 
775ver3.05 ◆ver3llyM :02/05/24 02:43
すんげー笑える(笑)。
はたからどう見えるか考えた事あるんだろうか、この人?
776dendo. ◆Dpy6mDYE :02/05/24 02:44
>>772
まぢ、気がついてなかったの?
777dendo. ◆Dpy6mDYE :02/05/24 02:45
次に出てくるの、tinn か T氏の落書きかどっちか、賭けない?
778dendo. ◆Dpy6mDYE :02/05/24 02:45
わーい。777げと☆
779名無しさん@1周年:02/05/24 02:46
    


山本誠一、遁走か??







780dendo. ◆Dpy6mDYE :02/05/24 02:47
↑これが山本氏の書きこみであることに一票♪
781名無しさん@1周年:02/05/24 02:49
>774
相手を呆れさせた方が「勝ち」。この板ってそんな奴が多すぎる。
>767
たしか20世紀の初め、一次大戦の頃、ファンダメンタリズムの語源と
なった宣伝パンフthe fundamentalsが出たんだよね。
歴史的文書の割りにはあまり見かけないが、
邦訳とかあるんだろうか。ご存知だったら教えてキボンヌ
782dendo. ◆Dpy6mDYE :02/05/24 02:49
ファンダメンタリストって実世界であったことないんだけど、
みんなこんな感じなんですか?>さきほど言及されてた方
783dendo. ◆Dpy6mDYE :02/05/24 02:50
>>781
最近だと他に?ちぃヨハ?
784マリア:02/05/24 02:51
>>774ん?何を言ってるんだか。論破以前の問題だけど?
785名無しさん@1周年:02/05/24 02:55
>>781
ルーク、ぐーぐるを使え。
……アリアドネからリンクたぐるってのもありでわ?
786514@ワン公:02/05/24 02:57
>>776
T氏の過去の行動を知らなかったもので。恥ずかしながら。
恥じ入ってしまった自分が恥ずかしい。
皆結構マジメに書き込んでるのにね。
でも結局カレしか擁護しないんじゃ。。。勝手にスレ進めていいのかしら?
787マリア:02/05/24 02:58
>>782あたしの知る限り、自分達が一番って態度ね。
神に救われた(選ばれた?)って事を強調しやすい。
788名無しさん@1周年:02/05/24 03:02
>>786
というかワン公さんや、前のほうの(やや挑発が入ってるが)あずみさんの
指摘や、あるいはブルネルスの書きこみや……を残して、
山本氏のテンプレ(語れ語れ語れ、ってやつね)をレス削除してもらうと、
それなりに読みごたえのあるスレッドになると思うのよね。

……スレッドストップ申請、されてるみたいだけど。
789名無しさん@1周年:02/05/24 03:04
選ばれてるからなにをやってもいい、ってことになるのかな。
790514@ワン公:02/05/24 03:12
>>788
結果的に逐語霊感説を多角的に扱ったスレね。賛成。
791マリア:02/05/24 03:12
>>789あたしの知っている人は、
「カトリック(オーソドックス含む)には救いはない。
聖書の解釈が逐語霊感説ではないし、勝手な言い伝えを信じてる」
と言っていたわよ。
792ぶひゃひゃひゃ:02/05/24 03:16
いや、失礼。
勝手(藁

萎えるのを通りこして楽しいわね。
聖書に入らなかった文書とかLXXだけあるような書物は
無視するんでしょうね(藁

まあそうか、新共同訳の電子版「旧約続編」ありのとないのと
2versionsつくるんですってね。そういう人たちむけなのかしら。
793名無しさん@1周年:02/05/24 03:17
>782
まあ一般信徒は素朴なぶんフツーの人である場合が多いし
牧師でも常識人としてのバランス感覚が身についている人は
まあ大丈夫なんだけど、変に「言論」や「思想」に興味を持って
「ちょっくら人にアドバイスしたろかい」とか、
「自分たちの正しさを認めさせたい」みたいな意識を持ちだすと、
トンデモの世界に入ってしまうね。山本タンはその典型。
794dendo. ◆Dpy6mDYE :02/05/24 03:17
だいたい、聖書だけ逐語霊感で聖伝が勝手ないいつたえ、なら
聖書に何いれるかで色々揉めないと思うのね、と素朴につぶやいてみる
テスト。
795名無しさん@1周年:02/05/24 03:21
つか、聖書自体が聖伝のひとつをまとめたものではないのか、とつぶやいてみるテスト
796dendo. ◆Dpy6mDYE :02/05/24 03:22
>>793
なるほど。なんかわかる気するな。。thanx.
……つーか、一貫した論理性感じさせないんだよ、山本氏。
そもそも「逐語霊感説ってなんですか?」という質問に答えられない
ってのが、謎でしょ?
# いやこたえはわかってますがね。ようするに理論として把握して
# ないから、人に説明できない。たぶん。

具体的な教派名だすと、どの辺なの。日本だと。
797名無しさん@1周年:02/05/24 03:23
聖伝のひとつ、じゃなくて聖伝のいくつか
798dendo. ◆Dpy6mDYE :02/05/24 03:24
>>795
だよねー。聖伝の部分集合なわけで。こちらからしたら。
……プロの人にはそうでないことはしってるけど。
799名無しさん@1周年:02/05/24 03:26
でもさー、聖書って、けっこう苦労して今の形になったわけじゃん。

聖書が今の形になる5世紀までは、キリスト教(キリスト教徒)は存在しなかったというのかなぁ。彼らは。

800dendo. ◆Dpy6mDYE :02/05/24 03:30
>>796にフォローがない(涙)

しかし、「正しさを認めさせる」がこれなんだとすると、
なんか前途多難そうだね。
801dendo. ◆Dpy6mDYE :02/05/24 03:31
>>799
なんか教派によっては聖書ばプロがつくったと思ってる人がいるらしい、
というのはさっきまでいたマリア氏から聞いた話。
802名無しさん@1周年:02/05/24 03:38
>聖書ばプロがつくったと思ってる人がいるらしい

そこまですごいドキュソはいないでしょ
803dendo. ◆Dpy6mDYE :02/05/24 03:45
いや、……どこのスレだったかな。雑談してて、その話が。
で、オーソの子と「ちょとまて」とつっこみを入れたそうな。
804dendo. ◆Dpy6mDYE :02/05/24 03:55
探しものはみつからなかったんだけど

ぅぉ。父スレにもカキコしてたことあるんかい;>山本誠一
そいえば唐突になんかそんなもん出てきたな。
ひょっとしてそれでオリゲネス読むつもりになった?ってのは
先後関係あわんか。。

父スレ5-214より
214 :ご挨拶 :02/05/20 00:55
心残りなのは、「T氏の落書き」氏が「聖絶」についてスウェーデンボルグは
どう考えているかと聞かれた時、とっさに何のことか分からなかったことで
す。T氏の疑問はもっともなことです。

そいえばそのころ「聖絶」スレッドぐるぐるまわってたなあ(どら目)
あたし最初何のことだかわかんなかったんだけど、一部教派ではそういう
語があるんだってね。
805名無しさん@1周年:02/05/24 07:16

逐語霊感説ってなんですか おしえてくんですんまそん
806ブルネルス:02/05/24 12:35
別に聞かれたから答えるわけじゃないんだけど、賛成論・反対論双方に押えて
おいて欲しいこと:

「逐語霊感」というのは、あまりいい訳ではないと思う。verbal inspiration
でしょ。これは、まず、第2テモテ3:16だっけ、「神の霊感を受けて書かれた」
というところに基づく用語だと思うけど、神の働きかけがあって書かれたとい
うことですよね。
その場合、例えば、まず神が書き手に啓示をした、と。次に、それに基づい
て書き手は書いた、と。――こういうのだと、書き手は啓示という形で霊感を
受けたけど、書いた内容までそれが及んでいるとは限らない、ということに
なりますね。つまり、書く段階で、いわば不純な要素が入り込む可能性がある。

これに対して、書いた内容というレベルで、神の特別な働きかけがあって、書
かれた、というのが、verbal inspiration という主張でしょう。
ただし、これは、書き手を自動筆記機械のように見る立場とは自己を区別した
がるわけで、自動筆記となると、神は書き手を単に道具として使って書いた、
という感じになるわけね。
それに対して、verbal insp.は、書き手が主体的に考え、書いたと認める。
かつ、場合によっては、書き手はその時に「自分は神の言葉を今書いてるぞ」
とは意識しないで、自分が置かれた状況の中で、自分の信仰に基づいて、その
信じるところを書き、反対者と論じているに過ぎない、という場合もあると
認めている(と思う)。そういった書き手の著わす活動に、神が臨在して、
神の意志に適った結果となるように働きかけた―これすなわちinspir.ね。

807名無しさん@1周年:02/05/24 12:55
うめうめ
808ブルネルス:02/05/24 12:56
>>806 の続き
で、全能の神=創造者の存在を信じる立場からすれば、世界のすべての出来事は
ある意味で神の働きの結果であり(「ある意味で」と言ったのは、悪をどう理解
するかという古典的な問題が関係してくるから)、その意味では、聖書と呼ばれ
る文書群だって、あるいは他の宗教の教典だって、神の働きの結果であり、神が
その存在を意志し、あるいは許したものなのですよ。

だが、「霊感による」と言っている場合は、以上のような一般的意味での神の
働き以上のことをここに込めて言っているのでなければならないわけですな。
つまり、書かれた内容のレベルで「神の霊感による」というのは、具体的には
書かれた内容に、どのような特徴を結果しているか、についての主張が伴う
必要がでてきますね。

こういう文脈での主張が、「誤りがない」という主張となるわけですね。ただ
し、「誤りがない」といっても、何をもって真だとし誤りだとするか、という
真偽の基準がなければ、どうとでもなるので、たとえば、
「信仰と生活に関して、誤りのない指針を提示している」という範囲にするか、
そればかりでなく、
「歴史的描写をしている時には、その描写に、また自然についての記述をして
いる時には、その内容にも」誤りがない、というその上で、信仰と生活に関し
て誤りのない指針を提示している、という範囲にするか、
といったバリエーションがありえます。

ただし、「神が人に歴史の中で、真理を啓示した―次に書き手がその啓示され
たことを、自分なりに著わした」というような理解でも、前者程度の真理性の
主張はできるので、
どうせ逐語霊感を主張するなら後者でないと、「らしく」ないのです。
しかし、後者をがんがん主張することの必要性というか、なんかやりすぎ、と
思ったのか、前者に近い主張が逐語霊感説内にもでてきて、無謬か、無誤かで
分裂したりしたんですね。

以上、自分では逐語霊感を根っから否定する者がつけた説明ですが、信じる皆
さん、間違いがあったらご指摘ください。
809dendo. ◆Dpy6mDYE :02/05/24 13:14
いや、逐語霊感説(verbal inspiration)について擁護しろっていわれて
辞書的定義をしらないからおしえてね(とはかかんかったが)といってる
段階なので、賛成も反対もしようがないというか。

マジレスおつかれさまでし>>806-808
# スレストよりdat落ちのほうが先か?
810ブルネルス:02/05/24 14:52
>>809 合いの手ごくろうさん。
さて、そうすると、歴史的間違いとか、自然認識の間違いといったことが話題に
なって、反対側は間違いを指摘しようとやっきになります。支持側は頑張って
守ろうというわけです。

しかし、ここでやっきになったり、頑張ったりという構図は、傍からみている
と、微笑ましい、というか、なんかなー、というものでしてね。

というのも、真か偽かというのは、聖書に書いてあることはどういうことなの
か、という解釈ぬきでは決まらないのです。例えば「神は三日三晩、太陽を中
空に留めた」というような記述があって、それを解釈する際に「ほら、こう書
いてあるんだから、太陽が地球の回りを回っているんだ」というように読むか、
「いや、これは私たちの目から見ると、太陽が中空に留まっているように見え
るように、神が自然の進行に介入したという意味だ」と解するかは、解釈者の
裁量によります。ですから天動説が主張されていた時代には前者が幅を効かせ、
どうやら地動説が優勢だとなると、後者によって、聖書に誤りがあるのではな
く、解釈の仕方に誤りがあっただけだ、と言うことができるわけで。

以上のやり方で、間違いと指摘されるものは、ほとんど解釈の欠陥に帰するこ
とができるでしょう。

また、現行聖書が基づいているのはいわゆる原典ではなく、写本群ですから、
ちょっとした固有名の歴史的知見とのずれなどは、写本を重ねる間にできた
「可能性がある」といって、原典にまで帰さない可能性を導入して、決着を
つけない、という論法も可能です。

(まだまだ続くが、ちょっとお休み)。
811514@ワン公:02/05/24 14:54
>>808 解説ありがとうございます。
無謬か無誤かの後者の立場は改革派神学にも歴然とあるのだけど
改革派には神が歴史的に契約を遂行してきたという立場があるので、
半ば伝承的なニュアンスを残しているように思われます。
それは20世紀に入ってバルメン宣言(反ナチス)や
ベルハール宣言(反アパルトヘイト)のように歴史的事態への対応も
福音のより明らかな理解として蓄積していく態度に表れています。

多分、聖書が信仰的に誤りがないという指針は
逐語霊感説が教説として出された時点より伝統的な聖書理解を示すもので
私は広い福音主義であるそちらに復帰してもらいたいと思うのです。
実際には異端論駁の手段として乱発される傾向の強い教説だと思っています。
逐語霊感説=真のキリスト者で、それ以外は偽者と平気で言う言葉を聞くと
誰が聞いても独善的な信仰であると感じることでしょう。
もちろん多くの人はそうした主張が無益であると気付いているようですが。

ちなみにルターは鼻っからアデアフォラ(どうでもよい部分)を認めて
過去のスコラ主義的探求心の抑制を図ったように思われます。
単純に福音主義なのですね。自分で聖書を訳してたし。。。関係ないかな?
812ブルネルス:02/05/24 15:08
(もうちょっとだけ)
で、これまでは大体のところ、
(a)一見するところ聖書の内容にまずそうなところがある、と思っている時には、
これなら間違っていることにはならないような解釈を見つける(=弱気の対応)、
(b)現在の歴史学ないし自然科学の知見と、聖書に書いてあることはぶつかりそ
うだが、学問的知見のほうに改訂の可能性があるかもしれないと思われる場合は、
「やがて学問の進展によって、現在の見かけ上の食い違いは解消されると期待
できる」といったかたちで、誤りを認めずに、経過観察に持ち込む(=やや強
気、ただし、経過観察の結果、(a)になりそうだったら、解釈のところで、誤り
を回避する態勢も整えておく)、
といったものでした。
そういう意味では、
(c)現在の学問上の有力な説に真っ向から反対して、聖書の記述(についての自
分たちの解釈)の方が正しい、と主張する(=非常に強気)、
というのは、なかなか勇気がいるものですね。進化論に対立する創造説がこれ
の典型です。(b)くらいの対応にしとけばいいものを、と思ってしまう。
そういう背景で、自然科学の場面で頑張ろうとなると(創造科学)、そもそも
その基本的やり方が科学ではなく、一定の主張が結論となるという志向が強い
ので、傍からは擬似科学としか見えなくなります。
813名無しさん@1周年:02/05/24 15:10
  
さいこ〜。マイジーザス!
814名無しさん@1周年:02/05/24 15:34
(コピペ)ダーウィニズムは誤謬。後に人類になるヒト科動物は、600万年前に猿から分かれた(1954年までは3000万年前と仮定)。
初期の人類であるアファレシスの脳容量は500cc。ハビリス、アウストラロピテクスは700cc。150万年前にホモ・エレク
トゥスの脳容量がいきなり900ccに増える。ホモ・エレクトゥスは130万年生き、何故か絶滅する。しかし絶滅しつつある中で
突然ホモ・サピエンスに大進化した者がいた(200万年前)。驚くべきことに脳容量は1400ccへ著しく増加。人類はホモ・
エレクトゥスの子孫であるとされているが(すぐれた遺伝子の突然変異体と小集団を考慮にいれても)、この激変はあらゆる
進化の法則を否定する。また、ホモ・サピエンスとネアンデルタール人は、約10万年前に共存していたが、何故ネアンデル
タール人は絶滅したのか? 弱肉強食・適者生存のダーウィニズムであるが、体毛が薄く、足も遅く、抵抗能力の弱い現代型
人類は生き残っている。放射性炭素年代測定法、ルミネッセンス測定法、電子スピン共鳴測定法、等々に頼っても限界があり、
現代人の出現の時期は判然としない。ロジャー・レビン博士は言う。「ホモ・サピエンス・サピエンスという亜種名を持つ完全な
現代人種の起源は、古人類学の最大の謎だ」。ところで、ホモ・サピエンスの出現は、確立的には、殆ど不可能である。石器の
改良もなされぬまま何百万年も過ぎた後、ホモ・サピエンスは約20万年前に突如として現れ、しかも脳容量は50%も増加し、
話す能力を備え、体格も現代人になっていたのだ。なんらかの理由で、彼らは16万年の間、石器を用いて原始的な生活を続け、
そして4万年前、北へ向かい、1万3000年前までに地球全体に広がった。で、1000年が経ち、農業を始め、6000年後、高度な
天文学的知識を持つ偉大な文明を起こし、その6000年後、ロケットで宇宙へ飛び立った…。このようなシナリオは、実際、
考えられないものだ。漸次的な時間のかかるプロセスという進化論に真っ向から対立する。ダーウィニズムの常識に則って
考えれば、ホモ・サピエンスが、石器使用から他の資材を使用するまでには更に100万年はかかるであろうし、数学・工学・
天文学・芸術などを習得するには、恐らく1億年はかかるはずである。実は、聖書には恐るべき秘密が隠されてあるが、
それを知るためには「霊による祈り」が必要である。
815ブルネルス:02/05/24 19:19
>>814 まあ、まあ。落ち着いて落ち着いて(ってコピペに対して言っても仕方
ないけど)。

なにやらお経のようなものをコピペしましたなあ。生物学的レベルの漸次的変
化の話しと、それとは別のレベルの進歩発展の話とを混同して論じるなどは、
いかにもいかにもというところがあって、この手の話がどういうものかを示す
モデルになりますね。

最後に「聖書には恐るべき秘密が隠されて」となると、擬似科学的論法がノス
トラダムス的主張と結びつくようなところまで示していて、トンデモ系ののり
を露呈してしまってます。私は、真面目な創造科学は、これよりはもう少し程
度がいいと思うんですがね。本スレの真面目な逐語霊感信奉者諸氏には不幸な
ことに、程度の低い論が皆さんを「贔屓の引き倒し」にしそうです。
816ブルネルス:02/05/24 19:53
創世記から反進化論的結論を出す、という動きは、近代自然科学の落とし子と
みることができます。

そもそも昔から、ユダヤ教、キリスト教の理論家たちは、創世記冒頭にいろい
ろなことを読みこんできました。いうならば当時の流行の思想によって、解釈
したわけで。それの典型が、プラトン主義、それも『ティマイオス』を下敷き
にした解釈でした。イデア−現実世界という二段階の創造をここに見たフィロン
以来、初期のキリスト教理論家は、そういう読み方をしたのです。そういう読み
方をすることによって、ロゴス・キリストによる世界創造とか、神の似像である
人間ということをどう理解するか、といった、伝統的キリスト教の柱となる思想
もできたのです。

そういった理論家たちは、創世記冒頭を「字義通り」に理解するといった解釈
とは無縁でした。いや、「字義通り」ということで、どういうことを考えてい
たかは、現在の逐語霊感論者とは随分違っていたのです。
逐語霊感論者は、自分たちが科学時代の落とし子であること、決して単純に伝
統的キリスト教の聖書理解を守っているなどというものではないこと、を自覚
すべきでしょう。
真理ということについての、近代科学的理解を基礎にしなければ、聖書は歴史
的観点においても間違ってないなどという言説は成り立ちません。言い換えれ
ば、なにを持って真理とするかについての昔の信徒たちの考えと、現在の逐語
霊感論者とは違うということです。

#本発言は、やや性急に結論を出しており、眉唾ものという面がありそうに思
う。突っ込まれたら訂正する可能性あり。突っ込みたい向きには「飛んで灯に
入る」状況かも。
817名無しさん@1周年:02/05/24 20:38
>>816
「なにを持って」→「何を以って」だろ?(プ
君は知的レベルで本質とか神髄を捉えられると信じているのか?(プ
小進化と大進化の区別は最新科学では当然だし、814のコピペに君は
何もコメントできていないぞ。
818名無しさん@1周年:02/05/24 22:34
>真理ということについての、近代科学的理解を基礎にしなければ、聖書は歴史
>的観点においても間違ってないなどという言説は成り立ちません。

近代科学も揺れているが、重要なことは、聖書にあるように「信仰」つまり「聖霊による助け」
なしに聖書の本質は掴めない、ということを忘れてはならない。ヘブル語原典のバイブルには
「一字一句漏れずに暗号が隠されている」という論文を発表したヘブライ大学の教授がいるが、
それさえも実際、真実は一般に証明され得ない。また創造および終末の啓示・預言等の真義に
ついても。これらはいずれ時が満ちる頃に判然とする事柄である。100年も生きられぬ個人が
結論できる類の話ではない。100年後、我々はどこかで告げられているかもしれない。聖書に
は、「真理は、地上の知識では永遠に到達できない。それらを愚かなものにするために、幼子の
ような謙った者たちを選ぶ」というような寸鉄がある。逐語霊感説も、悪魔に利用されてばかり
では本末転倒であろう。
 2チャンでまともなことを言えるのは、コテハンでは
山本誠一
ブルネルス
ふらんてぇすこ

くらいだな
820名無しさん@1周年:02/05/25 01:24
あほか
821名無しさん@1周年:02/05/25 01:57
山本誠一はまずそのリストの削除対象だな(w
822514@ワン公:02/05/25 02:48
>>817
20世紀後半の宇宙科学のトピックを拾っただけでも、
ビックバンによる急速な天体形成を宇宙誕生のドラマに見立てたり、
ブラックホールの超絶な重力場が完全な闇の実在への想像を掻き立てたりと
現在においてさえある種の神話を形成するような場面が多くあります。

最近のミトコンドリア細胞のDNA調査から人類の移動の跡を追うイヴ説も
「イヴはアフリカ人だった」という単純な言葉の独り歩きになるなど
科学者が本来示したいテーマ、例えばヨーロッパ人はペルシャ湾岸から
移動した群れである、という結論にはほとんど注目しない傾向があります。

科学とのスタンスを宗教的にどのように取るかという問題は
とても意味深長なところがあるように思うのです。

>>818
>逐語霊感説も、悪魔に利用されてばかりでは本末転倒であろう。

霊によってのみ知られる事柄が聖書にはあるということに留めておけば
それはそれでいいのに…聖書は異端審問のガイドブックではないのでは?
823514@ワン公:02/05/25 02:50
ごめん。。。>817じゃなくて>816へのレスです。
824名無しさん@1周年:02/05/25 04:59
なんかかきこみながいよ
825名無しさん@1周年:02/05/25 05:14
誰も読んでないんじゃない?
826名無しさん@1周年:02/05/25 08:52
>>819

山本誠一よ、自画自賛はいかんよ…
以下の命題を中前提とする(s. >>806-812)。
「ブルネルスは逐語霊感説を否定する。」
>>808
>以上、自分では逐語霊感を根っから否定する者がつけた説明ですが、信じる皆
> さん、間違いがあったらご指摘ください。

結論
「逐語霊感を否定する発言は『まともなこと』である。」□
828名無しさん@1周年:02/05/25 14:58
やはりダーウィンの大進化論は誤謬か? 読売新聞5月25日付記事より 

アフリカで暮らすチンパンジーが木の実を割るのに石を使った場合にできる破片が、
人類最古とされる250万年前の石器群によく似ていることを、米ジョージ・ワシント
ン大と独マックス・プランク研究所の研究者が明らかにした。
研究チームは「大昔の類人猿の木の実割り跡を、当時の人類の遺跡と見誤っていないか、
これまでの発掘例を再検討する必要がある」としている。(24日付の米科学誌サイエンス)
同研究所のC・ボエシュ教授らは、類人猿の生活跡が地中に埋もれた時の様子を調べるため、
数年前までチンパンジーが生活していたコートジボワールの森林を、考古学調査の場合と
同じ方法で発掘した。その結果、チンパンジーが木の実を石で割った時にはがれた破片や
生活跡などが、遺跡のような状態で見つかった。破片はナイフのような形になっており、
250万年前の人類が使用したとされるアフリカ東部の「オルドワン石器」によく似ている
という。京都大学霊長類研究所の松沢哲郎教授も「発掘したものの形だけで判断すると、
チンパンジーの作業跡と人類の石器を混同する恐れがある」としている。
829514@ワン公:02/05/25 16:33
どうも進化論スレに変貌しつつあるのですが、一般にキリスト教文明=欧米史観という
文化優越論に転じてしまう傾向もあるためにコメントをします。

20世紀前半までの進化論の方向性は、文明の由緒を競う傾向にありました。
遺伝子研究によるアフリカ起源説が有力になる前は、ネアンデルタール人の地位は
ヨーロッパ起源説を裏付ける意味で非常に高かったと言えます。
どうも数万年前はヒト科の亜種が花盛りだったようで、
亜種同士が絶滅を引き越す敵対関係だったのか、混血によって現在の情況になったかは
様々な意見に分かれるところです。
聖書にはネフィリムという巨人の種族が描かれていますが
遺伝的な突然変異なのか人類の亜種なのかはよく判りませんね。(化石&骨がない?)
洋の東西を問わず猿は人間を罵倒する言葉として古くから定着しているので
文化的には敵対関係の記憶が残っているということでしょうか。
むしろ聖書にそうした事が書かれていないことは注目するべき点かもしれません。

進化論にはダーウィンの自然淘汰説と共に多様化というプロセスもあると言われます。
主に昆虫学者が提案するのですが、森林のように生物資源の豊富なところでは
一種に依存して生存競争をするよりは、多様化して種を拡散するほうが有効だとのことです。
人類にそうした楽園の時期があったのか…これもよく判りません。

(以下コピペ)
ネアンデルタール人とはほぼ10万年前から3万年前までのあいだ、
ヨーロッパと西アジア一帯に住んでいた人々で、
現生人類とは異なる特徴を持っていました。子孫を残さず絶滅して、
10万年前ほど前に現われた現生人類に置き換わったという説(置換説)と、
何らかの形で遺伝子を残したという説(連続説)があります。
830名無しさん@1周年:02/05/25 22:45
げらげら
831マリア:02/05/25 22:58
>>792そうよ。そこの教会ではそういうものの考え方らしい。
それも伝承の一つだってところが、その人たちには理解出来ないみたい。

科学的にメスを入れられて、違う人の手にかかれていたとか、
複数の人によって書かれていたとか、
別の多神教の伝承から発生したとか、
そんなことがあったとしても、だから間違えなの?って感じよ。
母の一族からすればね。
832マリア:02/05/25 22:59
それからもう一つ。
例え、それが200年以上後になって書かれていたとしても。
833tinn ◆pu7bkPpo :02/05/26 00:10
 マリアへ

 言っていることが分からない。
834マリア:02/05/26 00:19
>>833伝承の法則というものを知れば、結構面白いわよ。
835声明風文体:02/05/26 00:36
特定の聖伝に限って神の意思が直截的に働くのではなく、
聖伝群を伝承してきた教会の働き全体のうちに、
いいかえれば聖伝と使徒の後継者である司教団とローマの使徒座との一致のうちにある教導権のなかに
神の意思が働くのである。
836名無しさん@1周年:02/05/26 00:38
やっぱりポストモダニストっていう受容はまちがいだよね
837名無しさん@1周年:02/05/26 00:45
美学やってたひといない?
838名無しさん@1周年:02/05/26 06:58
>>835

 マリアは異端。
 聖伝を間違って引用している。
 
839マリア:02/05/26 08:10
>>838あたしじゃないけど?
840名無しさん@1周年:02/05/26 15:49
1のひと
意外に機転が利きますね
841514@ワン公:02/05/26 18:24
>>834 マリアさんへ
個人的な興味で聞くのもなんですが。。。ちょっと質問を。

最初に仮定として
聖伝を用いた共同体の伝承的な形成過程というのが、
聖書の、または古代社会のもっている特徴であるとし、
ヨーロッパ社会がユダヤ・ヘレニズム文化の直系として
地域の文化史観を進歩主義的に捉えたとします。
(あくまでも私の理解です)

しかしながら
本来、聖伝は伝承の形態としてのバリエーションを持っている。
実際には使徒行伝の続編として聖人列伝が書かれ
典礼の違いにおいてエチオピアやヤコブ派のような非主流派も居る
後世では教会史として形成される教派の違いも表われる。
こうした伝承による地域格差ともいえるような共同体の違いを
時間軸上の因果関係(いわゆる系統樹)で見つめるのではなく
地域間の影響(交わりと反目)の実態として理解する方法は
現在のところ存在するのでしょうか?

というのは、現在の情報過多な時代のなかでは伝承の正統な方法
すなわち人間の生活から発する文化的な熟成がなる前に
要約された思想のパラダイムシフトを容易に赦してしまう事態が
多々見受けられるのです。(歴史の肢体を無視してる)
それはエッセンスとしての治療薬が生活習慣病に弱いのと
同じような事態を生んでいるように思うのですが。。。

そうしたときに「伝承」というキーワードで観た情況把握の一端を
適当に述べていただけると嬉しいのですが。
掲示板では、それ自体がパラダイムという入れ子状態にある
というのはこの際抜きにして…
842oodenndooo:02/05/26 22:57

 http://life.2ch.net/test/read.cgi/psy/1022420880/

山本誠一の広場ができた
843名無しさん@1周年:02/05/27 10:14
>>1……畜生、おれはまだ>>1のスレにいる。いつも>>1のスレの中で目覚めることを考えている。
最初の糞スレ削除から故郷に戻ったときはもっと酷かった。目が醒めるとそこはdj……。
離婚に「イエス」と言うまで、妻ともほとんど口を利かなかった。
>>1のスレにいるときは故郷に戻りたいと思い、故郷にいるときはただ>>1のスレに戻ることばかりを考
えていた。ここに来てもう一週間だ。削除依頼を待ちながら……おれはふやけつつある。>>1のスレにい
ると一分ごとにおれは軟弱になり、板を荒らすDQNどもは強くなる。
まわりを見渡すたびに、糞スレが少しずつ迫ってくるようだ……
844名無しさん@1周年:02/05/27 10:58
投稿者: chebicro (47歳/男性/広島市西区) 2002/ 5/27 10:40
メッセージ: 6731 / 6736

この自由主義神学とよばれる神学者たちは聖書を誤りのない神の言葉と信じていないのである。
「聖書を神の言葉として信じていないのに神学者がつとまるのですか?!」と驚くのは正常なのだが、
実際そういう神学者が多くいるから困るのである。彼らは自分の意見を聖書の言葉よりも優先している。
ところが、人間の意志などその時々の状況で変わるものだから、聖書を神の言葉と信じなければ、神学者の意見は
どんなに良心的であろうと務めても、社会の状況によってコロコロ変わる。

「ニユー・エイジの罠」水草修治著CLC出版
845名無しさん@1周年:02/05/27 11:47
チビクロとCLCでは、自由主義神学批判というよりは
自由主義神学を批判する側はドキュソばかりっていう
印象を与えかねない。マズイね。
846514@ワン公:02/05/27 11:55
>>841 続き

なぜ伝承的な世界観なのか、というと、聖書の主張は一途ではなく
むしろ多面的な切り口があるように思うからです。
エステル書に対しヨナ書が書かれ
間違ったパウロ主義に対してヤコブの手紙が書かれたように
信仰が人間主体となる事態に対する反証を聖書自身は持っている。
つまり聖書は一種の対話的構造をバランスをもって採り入れている。
それが今日の状況のなかで様々な主張の採り入れと対話の促進を
するに当って、ひとつの指針を持っているように思うのです。
聖徒の交わりが聖書を構成しているとでも言いましょうか。

古代教会の持っていた対話の知恵が、現在のグローバル社会を解く
キーワードになればと思うような気が致します。
あくまでも希望的観測ですが。
847名無しさん@1周年:02/05/27 12:52
>こうした伝承による地域格差ともいえるような共同体の違いを
>時間軸上の因果関係(いわゆる系統樹)で見つめるのではなく
>地域間の影響(交わりと反目)の実態として理解する方法は
>現在のところ存在するのでしょうか?
特別な研究方法ではないけれど、
ヴァルター・バウアー「最初期キリスト教における正統と異端」なんかそれに近いのでは?
邦訳されているヘルムート・ケスター「新しい新約聖書概説・下」もそうだね。
848514@ワン公:02/05/27 14:08
>>847
まだ読んでないので参考にさせていただきます。(早速週末は立ち読み?)
旧約〜詩篇関連(ウプサラ学派系列)のものは斜め読みしたのですけれど
新約のほうの研究はあまり目を通していないもので。。。

初期教父文書のなかでは、聖餐のパンを病欠者の見舞いがてらに運ぶ
というような具体的な事例があったりして興味深いところもチラホラと。
そうした地域毎の適用の事例が豊富なものであればいいですね。

個人的な感想ではたまたまエチオピアやシリアの聖歌を聴く機会があって
ビザンツ・ローマの系列からネグレクトされたユダヤ・アラブ的世界の
豊かな広がりを感じ、今のイスラム文化への偏見に思いを馳せています。
もちろん学問的なものではなく、極めて直感的なものですけれど
改めてそうした広い緊張関係が言葉にされていれば理解の助けになります。
849847:02/05/27 17:49
>>848
旧約研究におけるウプサラ学派のような研究を期待したら、がっかりするかも。
祭儀ではなく歴史のコンテクストにおいて伝承や文書を位置づけている。
ただパレスチナ、シリア、エジプト、ギリシャ、小アジア、ローマなど、
各地域における初期キリスト教の発展を辿っているから、参考になるかも。
それに参考文献案内もよくできているし。
新約概説ってなっているけれど、新約以外に初期教父文書や新約外典なども扱っている。
850514@ワン公:02/05/27 19:58
>>849
新約の場合、旧約と違って時代背景が限定されているのと
一見して教会が無政府的な広がりの宗教共同体という特異な位置が強調される
ように思えるが、むしろ郷土的な特質と共同体の社会的位置をスケッチしたほうが
現在の情況との比較ができて便利なように思っています。

祭儀的なものは礼拝史の分野でユングマンの「古代キリスト教典礼史」が
ローマ教会の視点で説明していて便利ですが
歴史的な因果関係を現在に結びつけることに見事に成功している反面
現在の多文化的情況を見つめ直すには他の視点が必要に思っています。
ケスター博士のものはその点で良書のようですね。期待してます。

個人的な憶測では
ロゴスのもつリアリティの地域差や、各地で典礼として定着する伝承過程、
文書群の地域的交流などまで判ると本当に万全ですね。
(とは言ってもひとつのサンプル程度と距離を保って観るつもりですが…)
851名無しさん@1周年:02/05/27 22:43
(゚Д゚)ハァ?(以下省略)
852名無しさん@1周年:02/05/28 07:23
(゚Д゚)ハァ?(゚Д゚)ハァ?(゚Д゚)ハァ?(゚Д゚)ハァ?
853マリア:02/05/28 20:14
>>841
>典礼の違いにおいてエチオピアやヤコブ派のような非主流派も居る
これについては、最初はみんなバラバラで、共通と言えば、
イエズスをメシアと奉じるというところだったらしいの。
ユダヤ出身者は、シナゴークへ通っていたもの。
異教からの改宗者が多くなってきたり、
ユダヤとの分離から、典礼は発展した所があるらしいの。
母の先祖達は、シナゴークでの礼拝を長らく続けていたの。
自分達のシナゴークを持っていたから・・・。

後に、正統のものはラテン式とビザンチン式に大きく分割されていくの。
そして、それも東西分裂の原因の一つとなったのよ。
単性論のものやネストリウスのものは、
それぞれ独自のものを保持しているのよ。
ラテン式の中にでも、存続を許されているものもある。

>後世では教会史として形成される教派の違いも表われる。
ええ。どうしても視点が異なってくるからね・・・。
でも、その異なった視点が事実と相違がないのなら、
それも正しい事を互いに認める検討をすべきでしょうね。
歴史的なものと、霊的なものは別だもの。

>こうした伝承による地域格差ともいえるような共同体の違いを
>時間軸上の因果関係(いわゆる系統樹)で見つめるのではなく
>地域間の影響(交わりと反目)の実態として理解する方法は
>現在のところ存在するのでしょうか?
現在生き残っているものは、
色んな文化を吸収して合体したところもあるのね。
あたしもあまり詳しくは無いのだけど、修道制度なんかはエジプト発ね。
それに対するギリシア哲学を利用した、神の証明もあるものね。
あと、ユダヤの伝承の世界がそれを中和させることもあるのよね。
まぁ、ここはあたしの憶測で、伝承とは関係ないけれどね。
854514@ワン公:02/05/28 23:59
>>853 マリアさん、丁寧に返答くださりありがとうございました。

伝承は歴史的なものと地域的なものとが重なっているようですね。
ビザンツ・ラテン系統の教会はグローバルに広がっていく反面、
単性論やネストリウス派は地域毎に収束していく感じですね。
以前、教会にアッシリア人(イラン国籍)のキリスト者が礼拝に来ましたが
やはり単性論の信者さんだったようです。おとなしく礼儀正しい青年でした。
アラブ系の伝統的なクリスチャンというとあまりピンと来ないのですが
民族での宗教教育の実践など、自由主義社会では思いも付かない根深い伝統が
あり、非常に考えさせられる面がありました。

伝承といえば、系図を思い出すのですが、キリスト教会の歴史観って
使徒継承のような系図的伝承の流れを汲んでいるようなのですよね。
もとはアブラハムの子はイサク、イサクの子はヤコブ、というような
子から孫への継承を、そのまま真似てきたのだろうと思われるのですが、
系図は歴史的でもあり地域的でもある、思想と生活の融合した形態だと
思うのです。それがいつのまにか、伝承は全体像の要約として語られ
儀礼によってイメージの奮起を促すようなものへと代わっていく。

そのため伝承の座が生きた思想と生活の場へと常に巡回する関係を、
地域社会と歴史形成のうちに再び取り戻したいようにも思うのです。
それが教理史の正統な手順を追う歴史的な継承過程なのか
反目や交わりという宣教の緊張関係から生まれるものなのかは
個々の事例を現在の情況のなかに見出していって初めて判るように思います。
そのためにエキュメニカルな活動をユニバーサルな統一見解の踏襲ではなく
対話的な緊張関係のなかに見出すのが妥当であるように思うのです。

大分、憶測じみたことをざっと書くとこんな感じでしょうか。
855dendo. ◆Dpy6mDYE :02/05/29 00:20
>>854
おお、アッシリアですかー。まだあったことないな。
私はオーストラリア国籍のコプトの友人がおりまして、彼女の出身地には
当然一定数の信徒さんがいて、コプトの教会があるそうです。アッシリア
教会もたしか、いまの総主教座は合衆国じゃなかったでしたっけ?

多民族への積極的な布教はしていないとはいえ、人の移動による伝播は
行われているわけですよね。現代らしい現象だと思います。
856マリア:02/05/29 00:21
イランで単性論とは、珍しいわね。
アッシリア人は、ネストリウスかカルデア典礼が多いのよ。

異端の系譜が地域ごとに収束してしまいがちなのは、
どうしても、反主流であるといった弱点があるからなのよ。
国の保護は無いわけだから、分断されて独自の発展を強いられるから。

>そのためにエキュメニカルな活動を
>ユニバーサルな統一見解の踏襲ではなく
>対話的な緊張関係のなかに見出すのが妥当であるように思うのです。
そうしなければ、これからの時代は無理でしょうね。
しかし、それを各キリスト教会が受け入れることは、
非常に困難でもあるでしょうね・・・。
857マリア:02/05/29 00:54
>>855ええ。でも、ネストリウス派も分裂しているのよ。
長期の一族支配の後遺症ってやつでね・・・。
徐々に、和解の機運が高まってきているようだけれどね・・・。
858514@ワン公:02/05/29 07:36
>>856
ネストリウス派かもしれませんね。無知のいたり恐縮でございます。

世界教会という規模で見ると自分だけが正しく伝道しているんだというのは
井の中の蛙で、互いの持ち場を認めるというのが普通だと思うのです。
ややこしいのは日本のように教派形成が国際宣教のなかで行われているため
歴史的事情を省いて教理でセクト化してしまう情況ではないかと思います。
地域伝道のための交流みたいなものも考えさせられますなぁ。トホホ。

>>855
その人も親戚の多くはアメリカに行っていると言ってました。
日本に来たのは親戚の中で自分が初めてだとか。
目上の人に挨拶するのにとても敬意を払うのですね。
(それで教会内でとても大人しかったのかなと思うフシあり…)
人のグローバルな伝搬で、移住先でエスニック・グループをつくるのは
ほんとうに現代的なことですね。とは言っても、キリスト教自体が
そういう伝統をシナゴーグから受け継いでいるようにも思うのですが…。

伝承とセクトの形成、移住とパラダイムの変化、etc…
単純に今も生きている教会の実像には、対話の前提が変化する可能性も
加味しなければならないのですね。とてもダイナミックです。
859マリア:02/05/29 08:32
>>858カトリック教会と正教会には、
絶対にそれを受け入れる事はありえないでしょうね。
それを受け入れた時「普遍」と「正統」を自ら捨てることになるから。
また、聖書を神のようにしてしまっている教会も、そうでしょう。

カトリック内のエスニックグープである東方典礼諸教会では、
ラテン典礼のような、総大主教区の枠外では布教が禁じられているのよね。
他の視点から見れば差別的なことも、同じ教会内にも存在するのよね。
最近、メルキト教会を中心にローマからの自立を行いつつあるし、
その行き過ぎを教皇やバチカンが、良く不快感を表明しているわ。

彼らは、独自の教会法に基づく運営を復活しつつあるからね・・・。
でも、それにローマが介入すると、エキュメニカルな対話が
他教派、特に正教会とは行えなくなってしまう。
ローマもジレンマに陥っているところよ。
東方典礼が進出している地域では、ラテン典礼の信者が
東方典礼へ移籍する事も増えつつあるからね・・・。

各教派の自己点検と他との比較は、
聖公会やプロテスタントの方が比較的簡単でしょうね。
互いの歴史の検証と伝承について、色んな視野からの意見を
交換すべきでしょうね。
でも、これをやると相対主義的になるという批判が、
各教派内で起こるのは確実で、それが更なる分裂を助長したりもする・・・。
難しいわよね・・・。
860514@ワン公:02/05/29 09:59
>>859
カトリックの場合はヨーロッパ以外の地域で、
地方の主教座がかなりのバリエーションをもって活動する傾向として
典礼のインカルチュレーション(文化的受肉)が叫ばれているので
その成果が少しづつ浸透していくように期待しています。
それが東方典礼教会のような事態に追い付いたときに
改めて総大主教のシノドの運営が変わるのかもしれません。
ただ歴史的には40年弱の時間しか経っていないので早急な結論は出ませんが。
別な視点で女性司教の提案はアメリカやオーストリアなどで出ましたが
聖職者のヒエラルキーは堅持したいようですね。

正教会のほうはギリシアのエキュメニカル主教座(?)が東南アジアなどで
地域の文化事情に合わせた表象を目指しているような感じがします。
別に典礼の中身が変わるようには思えないのですが…
そういうことでは教派間の対話というよりは、文化的な対話のほうが
重要視されているようにも思えますね。
いずれにせよ、各国の主教座がまとまりを見せたときに明確になるのだと思います。
正教会のことですから数百年後のことなのでしょうね。やはり期待してます。

もっとも私の考える対話は教派の統一ではなく共生のイメージなので
地域で描かれるキリスト教のランドスケープを単独の教派で描くのではなく
互いの宣教の圧力を維持しつつ共食いを避けるという程度のものです。
少なくとも宣教に信徒の増員のみ促す市場原理を持ち込むのは反対ですが、
地域での宣教の座として教会が立つことには賛成なのです。

その宣教の座がどこにあるのか…という問題は残りますね。
その座を巡って、古代教会は書簡によって対話しつつ聖書を編纂した
ようにも思うのですが。中立的にメシアを讃える座の設定というべきでしょうか。
そのなかにパンの配給という問題が含まれていたことは驚くべきことです。

ちなみに改革派はシノドの営みとは別に、天の教会からの派遣というイメージを
持っています。これも現実の教会観を言い表す一面であると思っています。
861マリア:02/05/29 10:24
>もっとも私の考える対話は教派の統一ではなく共生のイメージなので
>地域で描かれるキリスト教のランドスケープを単独の教派で描くのではなく
>互いの宣教の圧力を維持しつつ共食いを避けるという程度のものです。
ええ。1000年以上かかるとしても、いずれそうなることを望むわね。
でも、大きな変化がその内来てしまうかも知れない。
862dendo. ◆Dpy6mDYE :02/05/30 15:44
>>858
>伝承とセクトの形成、移住とパラダイムの変化、etc…
> 単純に今も生きている教会の実像には、対話の前提が変化する可能性も
> 加味しなければならないのですね。とてもダイナミックです。

移住にともなって通婚による共生という現象も見られますね。

コプトの友人は父上がエジプトから移民したコプティアン・母上が日本人の
正教徒(でも母上の御実家は浄土真宗)、故郷にある正教会の写真(たしかに
美しい聖堂だった。街の誇りだといってました)と、母上御実家の立派な
仏間の写真を誇らしげに見せてくれました。

土曜日の徹夜祷に参祷をかかすことのない敬虔な信者で、教派こそ違え、
私も信のありようについて、いろいろと彼女から教えてもらいました。
聖人崇敬の意味について教えてくれたのも彼女でした。私から見れば
異端の教説を奉じる人であり、かつ同時に、キリスト者としての模範
として敬愛する友人です。

正教会では単性論教会所属の彼女は聖体拝領できないので、それを残念が
っていましたが、一方で「残念だけど、神父さんがそういうんだから仕方ない」
と割りきってもおり、一方正教会に身をおく私たちも(と私は受洗前なのですが)
「ごめんなさいね、でもうちからみると、コプト、異端だから、そんで駄目なのよ」
「そっかあ。それで領聖させてもらえなかったのね」
と、あちらはあちら、こちらはこちら、郷里上越えられない一線があることを認識
したうえで、けれど個人としては共にキリストを主とするものとして一致できる、
という確信を共有する、そういう付き合い方をしています。

あえていえば、正統信仰という概念は、各教派間で
「互いが互いにとって異端である」という厳しい自覚があってはじめて、
現代のキリスト教共同体において意味を持ちえ、また対話の前提となる
べき概念なのではないでしょうか。

このとき、ここの信徒にとってのエキュメニズムとは、
大上段から教義のすりあわせをするだけでなく、
各信徒が多様な信のあり方を認め、
かつ「キリストに倣い、主なる神キリストを信じる」者として
個々人が他の教派の信徒をも共にキリストにある者として受け認めることで
はじめて具体的な意味を持つのではないかと思います。
863dendo. ◆Dpy6mDYE :02/05/30 15:46
最終段落一行目: ここの→個々の

はずかしながら訂正。
864514@ワン公:02/05/30 17:24
>>862 おいしいお話ありがとうございました。

文化人類学では、これまで博物学で扱ってきたフォークロアの根底にある
「生粋の」立場が揺らいでいるようなことを言っていました。

それは国家という枠組で文化交流を規制し、国民性を規定してきた時代から
庶民自身が交流の担い手となって自身で文化を育成していく状況が生まれて
いるそうです。私たちはある意味で「生粋の」生き様をサンプルとして
話しのネタにしやすいのですけれど、そうではない雑多な状況を自身の
アイデンティティとして担っていく、価値観の相対化した世界へ
パラダイムの移管を目指しているようなことを言っています。

かと言って
・共同体の存続もひとつの価値観であり、
・他人の模範となる生き様というのも存在する
というようなことも、個人的には考えうる事柄なので
むしろアイデンティティの交流を自主的に成し得る状況が、
際だった統治者の手によってコントロールする意義がなくなった
という程度のことと思っています。

いい意味での交流もあるのですが、ハラスメントという交流もあるので
全ての交流を個人が判断するのには限界もあります。
改めて教会のコミュニティーの形成に思いを馳せるのです。

私にとってのキーワードは「礼拝」と「共同体(交わり)」なのですが
広く社会倫理や文化的状況に適応できれば…と夢想しています。
例えば、聖餐の交わりを世界の和解に適応しようとした
1983年にバンクーバーで開かれたWCC(世界教会協議会)総会のレジュメ
「世界の命キリスト」(新教出版社)などは、隣り合う敵対や差別の世界と
どのように向き合うかの具体的なドラマが数多く報告されており
ひとつの参考にしています。
865dendo. ◆Dpy6mDYE :02/06/02 17:04
>私にとってのキーワードは「礼拝」と「共同体(交わり)」なのですが
> 広く社会倫理や文化的状況に適応できれば…と夢想しています。

なかーま。
いや冗談でなく。個人として信仰者としての立場を明確にしようと思った
根本の動機はそれです(それまでは長い間聖書を読むだけでいいや、と思って
いた)。

近現代におけるキリスト教理解は、いやキリスト教だけではなく他宗教にも
その傾向を持つものがありますが、礼拝のもつ performative で objective
な側面をやや軽視している(形式的であるとか、熱狂であるとか)ように思い
ます。思いますが、むしろそれは世界体験としての宗教を痩せさせているだけ
なのではないかと。知解の重要性を私は否定しませんが、倫理的な実践や
美的な実践/世界把握とは、それはまた別のものでしょう。これらの価値領域
の自律性の発見が、同時にこれらの価値領域の孤立化と先鋭化に繋がっている
のが近代の隘路であり欠陥なのだとしたら、むしろこれから求められていく
態度は、各領域の自律性を損わず、したがってそれぞれの固有な価値を認めつつ
共存を図る態度であると私は考えています(価値の確認はかならずしも共時的
であるものにとどまらない)。

その共存(共時的には必然的に共生でもあることが要求される)の条件として
「理念としての共同体」が考えられるのではないでしょうか。対話が要請される
状況、というのはむしろ問題状況があることを認める態度で、しかし対話は
何のためになされるのかと問えば、それは異なる二者のあいだの問題が解決
されるという期待に基づいている。
「教会」は、ある教義に基づく現実の個々の信仰共同体であるにとどまらず、
内外に現存する分裂を認めたうえでの理念的な共同体である側面を持っている
のではないかと思います。さらに、個々の共同体がそうであるのと同様、
個々の共同体からなる人間一般(という共同体)の共生もまた、現在のわれわれ
にとっては理念である(でしかない)という自覚によって、はじめて現実化し
うる目標として有効なのではないでしょうか。

ちと練れてませんが、まあいつものことだから、いいか。
866名無しさん@1周年:02/06/02 19:48
詰めが甘いdeodo.
867514@ワン公:02/06/02 21:07
>>865 dendoさんどうも。

ユニバースという理念も不思議なもので、
例えば古代社会は祭儀一辺倒の世界だったのですね。
パウロとアルテミス神殿での暴動の経緯は、
祭儀中心の世界の分裂や反目を伝えるものだと思います。
その祭儀を教えや神の言葉という人間が共有できる概念に転じた
初期キリスト教のグループは本当に見事だったと思います。
それ以前にシナゴーグ礼拝や、さらに前から預言者グループが
非祭儀的な礼拝理念の準備をしていたように思いますが、
シナゴーグにせよ、預言者にせよ、祭儀の主体となる国家やメシア王の
不安定な時代に、神の言葉の力を深く掘り下げたというのも興味深いです。
そして詩篇51の最後の句のような神殿祭儀に心から戻って行けた。
そういう器の保持という側面を伝統は持っているようにも思います。

多分、パウロの国際伝道のグループと福音書を描いたパレスチナのグループとは
いわばロゴスと祭儀、霊と肉体というテーマの中心を生きたイエスの姿を巡って
緊張関係をつくっていたようにも思うのです。
神秘的に理解すると、それは丁度、創世記の最初の箇所を彷彿とさせるのです。
カオスとロゴスとの分裂と共生のドラマを形造っているように思います。
それがキリストと世界(御国)の関係を解くキーワードのように思うのです。

うる憶えなのですが、ボンヘッファーやバルトといったドイツ告白教会の人々は
御国の到来について、キリストの居るところが御国であった
という理念をもっていました。それは地上においても黄泉においても天においても
キリストは御国の主であられるという普遍的な信仰の告白へと導かれています。
ナチス・ドイツが国教会を支配した時代に出された「バルメン宣言」には
…われわれがイエス・キリストのものでなく、他の主のものであるような、
われわれの生の領域があるとか、われわれがイエス・キリストによる義認と聖化を
必要としないような領域があるとかいう誤った教えを、われわれは斥ける。…
というような文言があります。
キリスト者の生きる世界が闇の力に閉ざされたときにも、
キリストはわれわれの主となり御国を準備したもうことの理解は
私たちが反目を恐れずに交わる勇気を与えてくれるものと思います。
868dendo. ◆Dpy6mDYE :02/06/02 21:46
>>867ワン公さんどうも。まともに応答があるということがこんなに
嬉しいものだというのを、なんだか久々に感じました。

>神秘的に理解すると、それは丁度、創世記の最初の箇所を彷彿とさせるのです。
> カオスとロゴスとの分裂と共生のドラマを形造っているように思います。

初期シェリングの自然哲学は(それはフィヒテの自我論を基礎に、彼のスピノザおよび
『ティマイオス』受容を強く反映しているのですが)、無機物の形而上学的展開を
重力(重さ)−光として表現します。後年、他の箇所でカオスからの神々の生成(直接
には、この表現はギリシア神話についてなされるのですが)が語られることを
考えると、このとき神的なロゴス=光と闇の対立が彼の念頭にあったとすることは、
それほど不当なことではないように思います。

もちろん彼自身は、同時代のキリスト教(ここで彼が念頭におくのは、カトリックと
[おそらく一部の]プロテスタントに限られます)について、距離を置いた態度を
保っており、彼の哲学を護教論的に読むのはむしろ不当な態度であることを
私は強く主張しておきますが、ティリッヒを通じてシェリングが現代神学に
及ぼしている影響を考えれば、ここでシェリングに言及することはそう外して
はいないだろう、とも思っています。
869dendo. ◆Dpy6mDYE :02/06/02 21:46
そのシェリングは、キリスト教の前提として、古代異教社会の祭儀による
神把握の疲弊とともに、御指摘のユダヤ的(彼の語彙によれば「東洋的」)
な観念的神把握が、古代異教社会、というよりはギリシア世界にとって
けっして疎遠な概念ではなく、むしろギリシア世界の中で育まれてもいた
非祭儀的・主観的な神概念と合致したことを指摘しています。「ロゴス」
はむしろギリシア的な概念であり、逆にいうと、ユダヤ世界にとってむしろ
外来のものであったこの概念との接合が、我々が現在キリスト教と呼ぶ
神把握の体系に現在われわれが知る豊かさを贈ったのではないかと思います。
御指摘の緊張関係は、秘儀的礼拝集団と円環的時間表象を前提とする祭儀から、
キリスト教が保持する・民族にかかわりのない、かつ一回的な時間のなかで
なりたつ救済史としての歴史、いわば開かれた礼拝が成立する過程でたしかに
生じえたであろうとわたくしも考えます。キリスト教のおそらくは最も古い
であろう典礼様式が、パウロにではなく、「主の兄弟ヤコブ」に帰せられている
ことも思いおこされます。

聖伝を読んでいて思うのですが、救済史とはすでに救済されている人類の
歴史であるのと等しい重みで、世界の有限性に晒されている信徒の苦悩の
歴史でもありますね。「反目を恐れずに交わる勇気」は後者を現実のもの
として引きうけつつ、前者を理念として保持することを可能にし、かつ
そのような態度を自らの自由な意志の決断として引きうけるときにのみ
生起し保持される態度ではないかと思います(決定論の人からは文句つくかな)。

そのような勇気が、ヨハネ伝福音書の筆者がいう paraklhtos なのでは
ないか、とこれはちとスレ違い(某所で読書会:)やってます。よろしければ
どぞ)。
870dendo. ◆Dpy6mDYE :02/06/02 21:57
やや遅レス。
>>860
>別に典礼の中身が変わるようには思えないのですが…

正教会は逆に、典礼の形式を保持することに、意義を見出しているよう
に思います。実際、参祷される外国人のかた、あるいは外国で参祷した
経験をお持ちのかたはみなさん「言葉が違ってもやり方が同じなので、
いま何をやってるんだな、ということではまごつかなくて済んだ」と
いうことをおっしゃいます。もちろん典礼暦によって細かな異同はある
ので、言語がわかるに越したことはないのですが。

逆に現地語化にはキリール&メフォディの頃から東方は熱心ですね :)
これもある種のインカルチュレイションかな。多言語化まんせー。
871514@ワン公:02/06/03 00:37
>>868 >>869
シェリングは初めて訊きました。18世紀末の思想家にはW.ブレークなど
科学的自然と精神的人間の関係を真剣に考えた人が多くユニークなのですが
現在の科学的経済の在り方はそうした人々の歴史の上に立っているのですね。
私はそうした人々の思索を孫伝いで影響され思索しているという感じです。
しかして科学と精神のバランスは一目で現在の市場経済が目に見えるだけに、
現実がその思索の域を大きく越えてしまったと言わざるを得ません。
現実には利用と対処に追われているという感じでしょうか。

しかし歴史は一回性のものでありながら、連続した関連のなかで蠢いている。
>キリスト教が保持する・民族にかかわりのない、
>かつ一回的な時間のなかでなりたつ救済史としての歴史
ということは、非常に共感できます。
歴史は科学的な再現性の利かない現象を反省として受け止めると同時に、
教会は救済史を普遍的な時間の記憶として祝い預言的な希望に至るのです。
(ユダヤの過ぎ越しの祭、仮庵の祭などがその典型的な例)
聖霊の受け止め方には様々な方法がありますが、今ある時間の現実にあって
交わりと感謝のうちに見出すエウカリスティアのなかにも
記念と預言の相互する徴として見出すことのできる瞬間があると思います。
それはあらゆる礼拝的な行為について言えることだと思うのですが…。

それを定式化し、人々の伝承できる形にするまでも、やはり歴史が関わる。
驚くべきことに、人を罪に定め救いの道に質す神は、キリストと共に
われわれの神となりたもうことに固い決意を示しているということです。
教会の歴史は罪のために捧げるべきものをキリスト以外に持ち得なかった人々の
奉献の徴として語り継がれ、また時代のなかで想起させられるものでもあります。
それは聖霊の創造の業であり、神の交わりの約束でもあるのだと思うのです。
872dendo. ◆Dpy6mDYE :02/06/03 00:54
ああっ、やっぱりマイナーなのね(;_;)
いちおうドイツ観念論を代表する哲学者のひとり な筈なのですが。。

なお18C末までいかなくても、17Cにもかなり広範な自然哲学ムーブメント
がありますです。ニュートン力学や化学・生物学等々の諸科学によって
得られた自然に、再び形而上学的な像を与えようとする試みですね。
例の進化論のC.ダーウィンの祖父さん、エラズマス・ダーウィンも
その一人(だからあそこんちの博物学への関心ってのは塁代のものなんだな)。

一回しかない時間も、疲弊し、自動化することで簡単に悪しき日常へと
頽落してしまう。主日ごとの礼拝の祭儀性は、それを更新する力を持っている。
堕罪と救済とは畢竟自然と人間との関係を回復することで、そのことによって
また自然を生の舞台とする人間相互の関係性を築く土台を得ることができる。
だから、初期の教会が毎日聖体に領ることを勧めたのはゆえのないことではないし
(西方は原則としてはいまでもそうですね)、また東方教会が斎など身体を
信仰生活に馴治させる手段をいまなお重視するのも、有限な身体を備えた
存在者としての人間が神に向かうということの意味、霊と肉とからなる今の
人間のありようを自覚的に踏まえて上で信仰へ向かおうとするためでしょう。

キリスト教に限らず、人類社会には自分個人にとって聖性を感じとれない
「聖性の表現」も多くありますが、それが自らの信のありようと相入れない
という自覚とともに、ある種の人々にとってそれはまさに神的なものの示現
であるうるということを冷静に見る思考が、エキュメニカルな視点の基礎と
して要請されているのだろうと思います。
873514@ワン公:02/06/03 08:11
>>872
単純にドイツ観念論を知らないで過ごしてきただけなので、
K.バルトやW.ベンヤミンのようなカウンター・カルチャーを通して
おおよそ匂いを感じ取っているという程度のことなんです。
今、改めて読むと興味深いのかもしれませんね。
(ポストモダンやポップカルチャーがお茶を濁しているようにも思いますが)

>キリスト教に限らず、人類社会には自分個人にとって聖性を感じとれない
>「聖性の表現」も多くありますが、それが自らの信のありようと相入れない
>という自覚とともに、ある種の人々にとってそれはまさに神的なものの示現
>であるうるということを冷静に見る思考が、エキュメニカルな視点の基礎と
>して要請されているのだろうと思います。

いわゆる礼拝の奉仕には他人のためにこうしたことが当てはまると思います。
手を合わせて目をつぶって祈るという仕草も、そういう習慣によって
祈る意外の行為を抑制するためにあるのでしょう。もちろん祈る内容とは別です。
礼拝での主の祈りは、おおよそ礼拝で起こり得る事柄のエッセンスでもあるので
目をつぶって唱えるよりは、共同体の姿を追認しつつ見て聴くということが
必要なことと個人的には思っています。
スコットランド長老教会では、礼拝の最後に皆で手をつないで祈ると聞きました。
具体的な相手を見出し絆を得ながら祈る有効な訓練であると思います。
改革派の伝統はそういう意味では非常に貧しいもので、16世紀に考えられたよりも
さらに簡略化した礼拝様式をもっていると言えます。礼拝する礼儀や作法について
色々と考える時期に来ていると反省的に見つめています。

最近の正教会が受け入れられる背景に、観念的な思考がかならずしも
エキュメニカルなものではない、文化的な手続きのなかで弁証することを
続けてきたからではないかと思うのです。
日本のキリスト教会の後の何百年のために準備するべきことは、
非常に多いと痛感せざるを得ません。
874名無しさん@1周年:02/06/04 08:02
          ./ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
  ∧_∧   /  このスレの皆(みな)さんには、スレの趣旨(しゅし)が
 ( ´∀`) <    難(むずか)しすぎたようですね。漢字(かんじ)にふりがな
 (    )   \  をつけて教(おし)えてあげるよ♪
 | | |.     \_________________________
 (__)_)

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書(か)き込(こ)む時(とき)は、スレの内容(ないよう)をよく把握(はあく)しましょう。
  
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  ∧_∧   /  みなさん、わかりましたか?
 ( ´∀`) <    こんどカキコをする時(とき)は、きちんと内容(ないよう)を
 (    )   \  理解(りかい) してからにしようね♪
 | | |.     \_________________________
 (__)_)

…………………………………・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
注:
このスレご覧のお子様のお母様各位へ
ネット上では、子供だからといって頭の悪い書き込みをすることはまかりとおりません。
お子様がまだ小さい場合、必ず同伴でインターネットを楽しんで下さい。
875ワン公@氏にスレ復活:02/06/06 13:38
W.ベンヤミンはマルクス主義者の歴史家でしたが
階級闘争的歴史観を絶対的な進歩主義とは解せずに、
アンチテーゼとして時代の群像を描写する方法を取っていました。
ユダヤ人でもあったベンヤミンは晩年の歴史哲学テーゼ(草稿)において
歴史の群像に主権者の淘汰的要素を廃して夜空と星座の総体として把握し、
歴史把握で感じる「今」という時間の現出を、歴史を開放するメシア的瞬間の
きらめきとして受け止めるようなことを言っています。
(このような現象把握にプラトン主義的な輪廻の用語も充てています)

階級闘争の歴史をさらに批判的に見つめて、歴史の星屑をまったく掃除せずに
丁寧にスケッチする姿勢は、パリのパサージュ論において際立っていましたが、
そうした群像の記述というのが、聖書においてなされれば面白いものだと
色々と考えます。教会史や教理史は本来そのようなキリストと教会との交わりを
描写する豊かな広がりをもっているように思うのです。
876名無しさん@1周年:02/06/07 22:00
age
877名無しさん@1周年:02/06/09 23:20
>1はこれを暗記しろ


3.141592653589793238462643383279502884197169399375
10582097494459230781640628620899862803482534211706
79821480865132823066470938446095505822317253594081
28481117450284102701938521105559644622948954930381
96442881097566593344612847564823378678316527120190
91456485669234603486104543266482133936072602491412
73724587006606315588174881520920962829254091715364
36789259036001133053054882046652138414695194151160
94330572703657595919530921861173819326117931051185
48074462379962749567351885752724891227938183011949
12983367336244065664308602139494639522473719070217
98609437027705392171762931767523846748184676694051
32000568127145263560827785771342757789609173637178
72146844090122495343014654958537105079227968925892
35420199561121290219608640344181598136297747713099
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59502445945534690830264252230825334468503526193118
878名無しさん@1周年:02/06/14 18:30
「ふむ…」
1の書き込みを見た私は醒めた呟きを漏らす。
一体これは何を意味しているのか?
私の興味の対象はそこに移っていた。
煽りなのか?それにしても芸がなさすぎる。
この程度の煽りなど赤子でも出来るだろう。
しかしながらこの掲示板に赤子など介入する余地はない。
では何なのか?この書き込みは一体何を訴えたいのか?
私の脳裏にある推論が広がって来ていた。
そしてその推論はある時間を経て急速に、
そして確実に私の脳を覆いつつあった。
「狂・・人か…」
狂う。
それは常人ならば誰もが忌み嫌う呪われし状況であろう。
だがこの書き込みはどうか?
余りにも現実離れした妄想から生まれる危険な言葉の数々。
しかも何を伝えたいのか?何を求めているのかが
全く解らない稚拙な文脈。
「ふふ…」
私はつい笑みを漏らしてしまう。
まさかこんなところで本物の狂人に出会えるとは。
私の求めていた書き込みとは、私の欲していた刺激とは
まさにこのようなモノだったのかも知れない。
「乾杯」
そして私はワイングラスをモニターに傾ける。
この書き込みをした狂人のその報われない人生に、
そしてその絶望的な未来にもう一度。

「乾杯」
879名無しさん@1周年:02/06/20 21:31
サラシ保全
880名無しさん@1周年:02/06/25 13:06
sarasi age
881名無しさん@1周年:02/06/30 14:15
age
882名無しさん@1周年:02/07/05 09:17
難しかった。でも、もっと知りたい。
883名無しさん@1周年:02/07/07 01:15
あげれ
884名無しさん@1周年:02/07/11 22:05
hosyu
885名無しさん@1周年:02/07/13 08:56
カラアゲ警報発令
886ろんぎぬす:02/07/13 16:36
887名無しさん@1周年:02/07/18 15:52
浮上y
888名無しさん@1周年:02/07/27 01:26
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889名無しさん@1周年:02/07/30 18:36
一番はどこかという問は、未信者に評判悪いそうだ
890名無しさん@1周年
難しい