キリスト教が恐い

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131ふらんちぇすこ:01/10/12 16:57
うーん。ざっと読んだが、
カトリックに対するイメージが偏ってるなぁ。
まぁ、2CHのカトスレなんかを読む限り、仕方ないか。藁)
132名無しさん@1周年:01/10/12 17:03
宗教はみんな恐い!
133常識人:01/10/12 17:28
>130

>神の様に隣人を愛することが出来たらその人は(神)でしょうね。

しかし、それを目指せとイエスは言っているよ。
「天の父が慈悲深いように、あなたも慈悲深くあれ」だったかな。出典出さなくて
スマソ。あと、有名な「右の頬を打たれたら、左の頬を突き出せ」もそういう風に
読めるね。

>私は「その人の存在価値を認める」事だと思う。

もっと、積極的な「愛」のかかわり方があると思うよ。「自分がしてもらいたい
ことを他人になせ」じゃない?「存在価値を認めない」とは、相手を抹殺すること
だから、その反対は「生存することを認める」というだけで、やはり「無関心」で
しょう。
134常識人:01/10/12 19:50
一応、手元にあった解説書から、提案した3項目の内1)と2)の見解を書いて
おくよ。少し古いけど、あまり変わらないと思うからね。

1)真正なパウロ書簡:ローマ、Iコリント、IIコリント、ガラテア、ピリピ、コロサイ(?)、Iテサロニケ、ピレモン
パウロの名で別人により書かれた書簡:エペソ、IIテサロニケ、Iテモテ、IIテモテ、テトス

2)まず、Q(AD45年ごろ)とマルコ(65年ごろ)が独立に成立し、80-85年ごろに独立に
マタイとルカが成立した。
マタイ=Q+マルコ+M(マタイ固有資料)
ルカ=Q+マルコ+L(ルカ固有資料)

出典:平石善司、武藤一雄編『キリスト教を学ぶ人のために』世界思想社(1985)
該当する箇所の著者は、梅花女子大学教授の加山宏路氏。
135名無しさん@1周年:01/10/12 20:42
ちなみにヨハネは全然違うわよ。
天地創造とともにイエスが神とともにいたことになっていて、マリアから
生まれるなんてどこにも書いてない。
マタイはどうやらユダヤ人に向けて書かれていて、ルカはヘレニズム全体へ
向けて書かれているわ。
マルコはいちばんシンプルだからおそらく最初の福音書なのよ。
調和福音書、誰か読んだことある?
136常識人:01/10/12 20:57
>135

さきほどの本によると、ヨハネの特徴は以下の通りです。

1)1世紀前半のユダヤ教哲学者フィロンの「ロゴス概念」に似たプロローグ
2)イエスは地上を歩む神の分身としてすでに超自然的存在として描かれる
3)特有の「私は....である」発言を通じて、最初から一貫して自らの神性を啓示
4)「現在終末論」(終末を未来ではなく、イエスの到来においてすでに現実化し
ていると把握する。未来的終末論を説いている部分は、ブルトマンによれば後世の加筆)
5)贖罪論の欠如(これをIヨハネで補っている)

>マタイはどうやらユダヤ人に向けて書かれていて、ルカはヘレニズム全体へ
>向けて書かれているわ。マルコはいちばんシンプルだからおそらく最初の福音書なのよ。

同感です。

>調和福音書、誰か読んだことある?

それは初耳です。もう少し詳しい情報をキボンヌ。
137名無しさん@1周年:01/10/12 21:09
>>136
ええと確か日本にはないはずよ。
要は4つの福音書をすべてあわせたものみたい。
トマスの福音書とか、聖典としてみとめられていないものも
影響されているのかしらね?
誕生物語では占星術の学者も羊飼いもみんな集合するみたい。
マタイ、マルコ、ルカを共観福音書といい、ヨハネのことを
第四福音書というのよね。
Q資料の日本語訳ってあるのかしら?
138新井こうじ:01/10/13 21:12
地獄はあります
ここに書いてる皆さんが行くところです
アハハハハハハ
139七大天使:01/10/13 21:18
>>138
素晴らしい事ではないか。地獄に自らおもむき、地獄を天国と
化せば良い。
140名無しさん@1周年:01/10/13 21:23
>>135
>天地創造とともにイエスが神とともにいたことになっていて
なっていない。いたのは御子。
御子が「人となった」のが、イエス。
それ以前は、御子であって、イエスではない。
>>137
調和福音書?福音書対観表(調和表)の事かな?
それだったら、あなたが思っているようなものではないよ。
もちろん日本語のものもある。
Q資料の日本語訳?
Q資料自体が、推測の域をでていない。
だから、そもそも決定された本文が存在しない。

書き込むのだったら、もう少しちゃんと勉強されたし。
町の本屋さんで2000円くらいで売ってるような、通俗本ではなしに。
141天国代表:01/10/13 23:42
常識人さん

私の持っている資料はまたちょっと違うことが書いてありました。
が、詳細はこの次に。
色々忙しいので火曜か水曜に書き込みます。

それと私は(常識人さん)とハンドルで読んでいるので私もにもそうしてください。
それが(常識)では?

>>140

本の値段と情報の信憑性にどんな関係が?
聖書を神聖視するだけでは前進できないよ。
142>140さん:01/10/13 23:47
>>140さん
>御子が「人となった」のが、イエス。
>それ以前は、御子であって、イエスではない。

 横から部外者が口を挟んで悪いけど、この部分は断定しないほうが良いよ。
イエスは、その子をイエスと名付けなさいと指定されて付けられた名前なんだよ。
マタイ福音書1:21やルカ福音書1:31を読むと書いてある。
参照:マタイ1:21「マリアは男の子を産む。その子をイエスと名付けなさい。
          この子は自分の民を罪から救うからである。」
人間に生まれるがゆえに「御子」に特定の名前が授けられたのか、最初から
持っていた名前を人間に生まれた時に付けるように指示されたのかは、
はっきりと断定することは出来ないと思うけど、どうかな?
143名無しさん@1周年:01/10/13 23:56
調和福音書って、シリアのタティアヌスが作ったディアテッサロンのことじゃないの?
144名無しさん@1周年:01/10/14 00:52
>>140
福音書対観表のことじゃないと思うけど。
調和福音書ってきいたことあるよ。
145あずみ:01/10/14 01:41
 「Q資料」の日本語訳はありますよ。

 「Q資料・トマス福音書(本文と解説)」
          J.S.クロッペンベルグ他著、日本基督教団出版局 4,944円
146名無しさん@1周年:01/10/14 01:46
ニセモノよ。
Q資料は「こんな語録があったのだろう」と推測されてるだけのもの。
日キも面白い本出してるわね。
Q資料とトマスの福音が一緒になってるの??
147あずみ:01/10/14 01:51
 一緒になってるんじゃなくて、2部構成。

 偽物かどうかは、自分で買って読んでから判断して下さい。

 私としては、Qは推測の域を脱していると思いますが。
148名無しさん@1周年:01/10/14 02:00
推測の域は脱してても原文は現存していないわよ。それは明らか。
149名無しさん@1周年:01/10/14 02:11
クロッペンベルグの解説はあまり一般的なものではない。
日本語で読めるものとしてはツェラーのQ資料注解のほうが穏当な解説。
150名無しさん@1周年:01/10/14 02:14
あくまで語録を誰かが解約してるものなんでしょ。
151うーん:01/10/14 02:30
ブッシュさんを見てもお分かりいただけると思うが、
信じないものは、滅ぶじゃあなくて、滅ぼす!!です。
152地獄:01/10/14 06:12
小生はキリスト教会に行ってしまいました。
人間は生まれついて楽園にいるんですね。(はっぱ一枚だけど)
そして聖人と罪人の戦いが始まる。
なんせ裸でアダムやイブのように楽園にいるものだから、映画サトラレのように
自分の考えが他人に伝わってしまうのです。この点についてカトリックの神父に聞いたところ
そして何でも霊能力がある人間と無い人間がいて霊能力は神からいただいたものだから良いことに使うそうです。
そして救うべき者にはあらかじめ知識を授けておくとイエスは言っています。僕にはそれがなかった。
洗礼を受けるにあたってまず霊の存在を信じなければなりません。
洗礼を受けると自分の考えていることがテレビや他のメディアでやられているといったようなことが
起こります。カトリック、プロテスタントではテレビでやっている事は全然関係ないといいますが、
僕の経験だと関係あります。牧師にはヤソが多いので注意が必要です。
ある日母親がテレビを観ながら神の子にしてくださる。やる?やらない?と言いました。
なんだかよく分からなかったのですか。やるって言ってしまったんですね。
救いの条件は、キリストへの祈りそれから順をおって、ロザリオ(これはイエスは私についてこようとする者はおのおの
罪の十字架を背負いと書いており・・道具を使うんですね)
私の知っている範囲はブドウジュースとパンです。これはキリストの血とパンです。
これらの条件を満たさないと地獄行きです。(不眠、幻聴、幻覚、体感幻覚、自殺知る人も多いでしょう、周囲の人間は敵ばかり)
神はあらゆる手段を用いて呪います。神の名はヤハゥェですこれは蛇霊です。エホバではありません。
私は16年間ヘタレでいじめに遭いました。仕事もろくに就けず、現在精神分裂病
まぁ地獄へ通じる道は善意で舗装されているということでしょうか・・・
それと自分の意志で行動しているようでも実は操られているとキリスト信者に教えて貰いました。
聖書では人間一人一人に対して神がおおよその計画を立てているそうです。
まぁユダヤ・キリスト教は、人間を見せしめにして、おもちゃにして人を殺す。
邪教ですね。みなさんがうらやましいです。
153名無しさん@1周年:01/10/14 08:03
>そして救うべき者にはあらかじめ知識を授けておくとイエスは言っています

 こんな言葉が聖書や教義にありますか?ないですよ。

>洗礼を受けるにあたってまず霊の存在を信じなければなりません

 洗礼というのはまず第一に、正しい生き方を神に求めるという姿勢を示す
ものです。だから、霊の存在をまだ完全に信じられないというのは素直で
正しいと思いますよ。神があるということを信じて生きなければならないぎりぎり
のところで、神は答えるでしょう。

>神の名はヤハゥェですこれは蛇霊です

 天地を造られた神、そのことだけで始めの理解は十分です。
神の名が何かとか、どんな形をしておられるかなどというのは
神を信じる前にいろいろと決め付けても仕方がないのです。

>それと自分の意志で行動しているようでも実は操られている

 操られるという言葉を使う人は、神を信じていないかもしれない。
神は我々を操る方ではなく、恵みを与えてくださり、望みをかなえて
下さる方です。パウロでさえも困難艱難をものともせずに生き抜き、
自分自身の有様を次のように表現してますよ。   つづく。
154Uコリント人への手紙:01/10/14 08:04
6:3 わたしたちはこの奉仕の務めが非難されないように、どんな事にも人に罪の機会を与えず、
6:4 あらゆる場合に神に仕える者としてその実を示しています。大いなる忍耐をもって、苦難、欠乏、行き詰まり、
6:5 鞭打ち、監禁、暴動、労苦、不眠、飢餓においても、
6:6 純真、知識、寛容、親切、聖霊、偽りのない愛、
6:7 真理の言葉、神の力によってそうしています。左右の手に義の武器を持ち、
6:8 栄誉を受けるときも、辱めを受けるときも、悪評を浴びるときも、好評を博するときにもそうしているのです。わたしたちは人を欺いているようでいて、誠実であり、
6:9 人に知られていないようでいて、よく知られ、死にかかっているようで、このように生きており、罰せられているようで、殺されてはおらず、
6:10 悲しんでいるようで、常に喜び、物乞いのようで、多くの人を富ませ、無一物のようで、すべてのものを所有しています。
155常識人:01/10/15 08:43
>141(天国人さん)

了解。私はいろいろなスレで同時多発的?に書くことが多いので、いちいち相手の
スレ名覚えてられないんです。それに、HNなんてID番号と同じでしょう?私には
あまり思い入れはないなあ。「もし、常識のみを道しるべにする人が宗教を語った
ら、こういう意見が出るんでは」という立場はそれなりに意識しているけどね。

もともと、2chで意義を持つのは、個々のカキコに含まれる、自分にとって未知の
思想や情報だけで、HNが持つ(恐らくは作り物の)人格の分析ではないはずだからね。
156常識人:01/10/15 14:09
>137,140,144さん

RESが前後しましたが、皆様、「調和福音書」の情報をどうもありがとうございました。

>146

「仮説」と「贋物」とは別ものだと思うけどなあ。「史的イエス」の再構築がほとんど
不可能だという現状から判断すると、福音書に書かれたイエスも「贋物」ということ
になるんだけど(^^;。

厳密に言えば、科学だって「仮説」にすぎないんよ。今のところ、矛盾が生じずに万物
の現象が説明できるというだけで、それが「真理」であるかどうかは別問題。せいぜい、
「いくつか取り得る真理候補のひとつ」という言い方しかできない。Qも、伝統的なキリ
スト教のイエス像も、「仮説」のひとつにすぎないという意味で同レベルです。Qを一方的
に拒否するのは目くそ鼻くそですな。
157名無しさん@1周年:01/10/15 22:44
Q資料は現存されてないからみんな目くじらたててんだって。
158常識人:01/10/16 13:03
>157

じゃあ、お伺いするが、あなたは電子を見たことがあるか?原理的に電子を「見る」
ことは不可能なんですよ。しかし、科学者は電子の存在を確信している。それは、
電子があると仮定すると多くの物理現象が矛盾なく説明できるからです。Qも同じ
ですよ。

むしろ現代聖書学は、形を持つ福音書の位置付けに疑問を持っている。以下、引用。

福音書におけるイエス像は単なる史的叙述ではなく、神話の文体において神の子
キリストに対する信仰の視点からイエスを提示することを意図している...史的検証
によってわれわれが福音書伝承の背後に確認しうるのは、あくまで一人の人間として
の「ナザレのイエス」である。イエスがメシア(キリスト)を自称せず、むしろその
ように呼ばれることを拒否さえしたのが事実とすれば、それではなぜ、そのイエスが
「キリスト」、「神の子」、そしてついには「神」そのものと信じられるに至ったの
か。...教会を成り立たせている「イエス=キリスト」告白は、イエスの生(および死)
が人々に与えた影響の証であり、歴史を超えて福音書および新約聖書が人々に語り
かけるメッセージでもある。(加山宏路氏)

つまりは、キリスト教とは、イエスの教えと言うよりも、人々がイエスの行きざま
(と死にざま)から読み取ったメッセージにすぎない。それは事実ではなく仮説
であり、希望的観測を一歩も出ない。
159名無しさん@1周年:01/10/16 14:33
電子はそこにあっても見えないが、
Q資料は有れば見えるやろ、
一緒にするのはおかしいど。
160名無しさん@1周年:01/10/16 16:42
っていうか、クリスチャンが恐い!
161名無しさん@1周年:01/10/16 16:47
だから、Q資料が存在したであろうことは現代の聖書学者はほぼ一致してるし
このスレでも否定してないでしょ。

でもQのテキスト自体はいまある資料から復元した仮説の域を出ない。
それをさもQテキストが現存するかのようにいうから目くじら立てられてんの。
トマス福音書みたいに当時の写本が出てくれば別だけど。
162常識人:01/10/16 16:57
>161

誰がどのスレで、Qが現存するかのように言ったんだって?
163名無しさん@1周年:01/10/22 21:40
>>ALL
本題に戻ろう
164天国代表:01/10/23 22:50
げげげ!

すっかりスレ死んでいるな。
もう誰も見てないか?
165名無しさん@1周年:01/10/25 02:01
久しぶりに見た。
166名無しさん@1周年:01/10/25 11:35
たしかにキリスト教は恐い。最近つくづくそう感じるようになった。
167名無しさん@1周年:01/10/25 11:41
みんな気まぐれなだけさ。
168ヨセフ:01/10/25 12:54
キリストなんてヴァカ氏ね
169名無しさん@1周年:01/10/25 13:00
2000年前に死んだよ。
170makori:01/10/25 13:24
「たとえ天地滅ぶとも、我が言葉は滅ぶ事無し。」

イエス=キリスト
171名無しさん@1周年:01/10/25 13:38
いや、言葉に力はない。
単に口ばかり達者なペテン師だった男だ。
172名無しさん@1周年:01/10/25 13:40
>>1
地獄に堕ちるなんて嘘なので安心しなさい。
地獄なんてありません。単なる作られたホラーです。
以上。
173マリア:01/10/25 13:55
本当に。まぁ、ユダヤ系列だもの。仕方ないわよ。
174キリスト教はやっぱり怖い:01/11/02 18:28
古いレスですが、読んでいて気になりました。

>125
>129
>「仏教や儒教に神の観念がない」というのはある程度まで正しいでしょうが、
>「空」や「天」が一神教の説く「無限」である神とはまったく
>別のものであるなどと誰が断言できましょう。
>大乗仏教とヒンズーのヴェーダンタ哲学の親近性を思い出してください。

「天」はいざ知らず、「空」は神ではありえないです。
「親近性」があるからなんだというのでしょうか。何を仄めかしたいのですか。
もしかして、この程度に自分に都合のよい認識と推論とに基づいて、
いつもキリスト教を論じているのでしょうか?

あなたの発言は間違いというよりも、
あるキリスト教的な見方を押しつけようとするものであって
知的あつかましさとでもいう態度が見受けられ不愉快です。

キリスト教にない真理、キリスト教で解釈できない真理を
他の宗教が持っているということを認めて頂きたいと思います。
175名無しさん@1周年:01/11/12 18:57
地獄は善人ばかりといいますね。
176マリア:01/11/12 19:36
>>174人の心で理解できないものは、理解しないのが決まり。
知らないものは、みんな敵。みんなサタンのもの。
向こうの神がそう決めたらしいと、
決めてもいないことを人は信じているだけ。
いつしか、人の言葉、人の文字で解釈してしまったからね・・・。
177名無しさん@1周年:01/11/15 19:48
>>157
>Q資料は現存されてないからみんな目くじらたててんだって。
そんなこと言い出したら、四福音書だって書簡だってある意味現存していないでし
ょ。
あちこち違う写本から再構成された、仮説的な原本なのだから。
Qも、(そのような資料が存在したという伝承が無い点で現行新約諸書に劣る点を
除けば)現行の福音書から再構成されるのだから、両者の関係は復元の蓋然性の高
低という相対的なものでしかないのでは?
(もちろん、Qらしきものがなかった、という立場の可能性も一応認めるが、マタイ
・ルカ間の一部の一致の良さをみると、Qの存在はかなり蓋然性が高い、と私は思う)
178 :01/11/25 07:33
 
179名無しさん@1周年:01/11/25 07:53
自分が最初に行った教会では1のように教え込まれている狂信的教会信者が
未信者の家族や親戚の臨終に押しかけて改宗を迫り、後日「父は救われて天の御国へ〜」
と自己満足している信者も良く見たなあ、そう言えば。表向きは世間体の事で仏式の葬式ですが
信仰を持って召されウンタラ〜というパターンが多かったような。
仏教徒のままで死んじゃったら地獄に落ちるんだとさ〜
後にいろんな教会の情報を得てアホらしくなった。
1はいろんな教会を訪ねてみると良い。
  
180名無しさん@1周年
馬鹿馬鹿しい。地獄におちるはずなどない。
そもそもキリスト教国では、ろくに十戒も守ってないじゃないか。