1 :
名無しさん@1周年:
信じてないものは地獄に落ちるって恐すぎる
うちのじいさんが絶対こういう事を信じないので
じいさんが地獄に落ちると思うと眠れません
どうしたらいいですか?
2 :
名無しさん@1周年:01/10/09 13:40
「信じないものは地獄におちる」などという類の低レベルな脅迫
しか出来ない邪教は無視すればよいだけ。
3 :
名無しさん@1周年:01/10/09 13:50
>>2 恐くて無視できません
キリスト教っていろんな種類があると聞いたんですが
そのなかに信じてなくても地獄に落ちないみたいな感じ
のところがあるんでしょうか?
4 :
名無しさん@1周年:01/10/09 13:57
実は聖書には死後の世界についてはほとんど書かれていません。
今をいかに生きるか、というのがキリスト教の本質です。
5 :
名無しさん@1周年:01/10/09 14:03
>>4 yahooで「キリスト教 地獄」と検索すると
聖書の中に地獄はどんなところなどが書かれているところが
のせられていました。
これはどういうことなんでしょうか?
6 :
名無しさん@1周年:01/10/09 14:06
そ、ジゴクやアクマやバツばかり出てくるキリスト教派はモグリと考えた方がいいよ。
要は貴方が人を愛し愛されるそこに天国はあるのだから。
そういう派を探せばあるよ。
>>3 残念ながらキリスト教のほとんど全ての宗派は地獄の存在を認めています。
>>6 地獄を認めないキリスト教派こそモグリでしょう。
9 :
名無しさん@1周年:01/10/09 14:10
ほんとにどうすればいいんでしょうか?
うちの家はほとんどキリスト教の事を信じないので
全員地獄に落ちてしまうのでしょうか
頭いたくなってきました
10 :
名無しさん@1周年:01/10/09 14:10
>>5 人を恨み憎み許しあわないとこがジゴクだよ。
古代人の表現を理解するを補うものを近代の教会は捨てたんだよ。だからへなちょこヂゴクがたくさんある(藁
>>9 どうしようもありません。キリスト教の教えが正しければ、
あなたの家族は全員地獄に落ちるでしょうね。残念ながら。
恐い?
キショイ?
13 :
名無しさん@1周年:01/10/09 14:37
>>7,
>>8 ちゃんと神父さん、牧師さんに聞いた?
変な本の知識信じちゃだめよ
>>13 あなたも耳障りのよい言葉ばかり信じてはいけませんよ。
15 :
名無しさん@1周年:01/10/09 14:47
>>13 探したら本当にあるんでしょうか
yahooで検索してもでてきませんでした
信じてない人は地獄に落ちるってめちゃくちゃだと思うんですが
極悪人と信じてない人が同じ扱いっておかしい
>>15 キリスト教における罪とは神を信じないこと、あるいは神に背く
ことなんですよ。だから、神を信じない人間=極悪人、という等
式が成り立つのです。
17 :
牧師ですけど。:01/10/09 15:12
通りすがりのプロテスタントの牧師です。
聖書には、イエス・キリストを信じたら、必ず天国に入れると書いてあります。
しかし、イエス・キリストを信じなかったら天国に入れない、とは書いてありません。
つまり、キリストを信じていない人が死後天国に行くのか、地獄に行くのかは、神が判断する領域です。
簡単ですけれど、お答えになったでしょうか。
18 :
名無しさん@1周年:01/10/09 15:17
新約聖書は、「神を知らされていない者および疑いながらも信じたいと思っていた
者」を地獄におちるなどとは言っていません。死後すべての人間が平等に各々生前
になしたことにしたがって裁かれる、とあります。つまりクリスチャンでも心の奥
が暗い者が多いという逆説でもあり、とりわけ「誰それは地獄だとか天国だ、などと
言ってはならない」とあります。そういう者こそが高慢の罪に支配されているのです。
愛とは何でしょう? そこからですよ。
19 :
名無しさん@1周年:01/10/09 15:19
神を信じてない人と人を一杯殺した事のある人は同じ扱いなんですか
よくわかりません
>>17 今はちょっと時間がないので無理ですが
聞きたい事があるのでまたここをみてください
おねがいします
20 :
名無しさん@1周年:01/10/09 15:27
人の死を道具にすることになる。天国を云々した時点で。
そのために金が動くこともあろう。権力が動くこともあろう。
>>19 人殺しは悔い改めなどによりまだ救われる可能性がありますが、
神を拒絶した人間が救われることはありません。
22 :
名無しさん@1周年:01/10/09 15:35
> キリストを信じていない人が死後天国に行くのか、地獄に行くのかは、神が判断する領域です。
確かキリスト教は、
教会の外に救いはない
と言ってたはずですが、がいつの間に、どういう根拠で
教会の外にも救いがあるかも
に変わったのですか?
世間から批判を浴びて、都合が悪いので教義を変更したと言うことでしょうか?
23 :
名無しさん@1周年:01/10/09 15:47
教会の外に救いはない
どこの教会が言ってた?
24 :
22ではないが:01/10/09 15:50
>23
確か、カトリックが言ってたと思うよ。
それよりも、17の書き込みに対する22さんの解釈は、
ちょっと違うと思います。
つまり、「神が判断する領域」が、ダイレクトに「教会の外にも救いがある」
にはならない、と思いますが、いかがでしょうか?
ありがとう。そうか・・少々鬱だ・・
>>17 御子(=イエス・キリスト)を信じる人は永遠の命を得ているが、
御子に従わない者は、命にあずかることがないばかりか、神の怒
りがその上にとどまる。(ヨハネ福音書3.36)
>>17(18も?)
>新約聖書は、「神を知らされていない者および疑いながらも信じたいと思っていた
>者」を地獄におちるなどとは言っていません。死後すべての人間が平等に各々生前
>になしたことにしたがって裁かれる、とあります。
プロテスタント、特にルター派では、この裁きの対象となる「行為」とは、
善行や悪行(たとえば、19さんの言う殺人を含む)ではなく、「キリスト
による救いを信じる」という「行為」のことだと教えていると思います。
もし、それが正しいとすれば、大量殺戮をした人が「キリストの救い」を信
じれば、その人は罪を許されて天国へ行くが、たくさんの人の命を救った人
が「キリストの救い」を拒否した場合には、その人は天国に入れないという
理屈になります(いくら人間が善行を積んでも、それを上回る罪=原罪で打
ち消される)。
結果的に、22さんの言うように「教会の外に救いはない」という結論になる
のではありませんか?もし、17と18が独立の投稿だったら御免謝ください。
28 :
名無しさん@1周年:01/10/09 16:04
人々の不安を煽るキリスト教は所詮ちゃちな新興宗教と同じ
三流どころの宗教だよ
>1
フクナガとかアサハラあたりから「あなたは地獄に落ちる」なんて言われても
ばかばかしいって思うでしょ
なんとなく伝統・歴史があるからキリスト教から同じようなこといわれると
「へぇ、そうですか」って具合になる
キリスト教も法の華もオウムもおんなじ
心配することないですよ
>26
タイムリーな投稿、ありがとうね。
この御子を「信じる」というのは、「御子により罪があがなわれる」こと
を信じるという意味か、「御子がなせと指示したことを実行し、なすなと
禁じたことをなさない」という意味か、どっちなのでしょう。
30 :
名無しさん@1周年:01/10/09 16:07
せめて「天国も地獄もありません」、という勇気が聖職者にあればね。
オフレコでも、さ。
31 :
名無しさん@1周年:01/10/09 16:09
ええとですね。
天国云々というのは、人が死んですぐにそうなる、ということではないと思います。
最後の審判の時に、神がそれぞれにふさわしく報われる、ということでしょうね。
だからまず、「死後、天国に・・・」ということは、おかしい。
(省略しますが、ウエストミンスター大教理問答等を参照)
それから、最後の審判の際に、神がどのようにして人々を裁かれるのか、
あるいは、その時に救われる道があるのか、等については、
聖書の中に全て記されている、ということだと思います。
そして、聖書は「教会の聖典として与えられたもの」と理解するなら、
「教会の外に救いはない」ということになるのではないか、と。
いかがでしょうか?(一体誰に聞いてんだろ?)
32 :
名無しさん@1周年:01/10/09 16:15
キリスト教を信じようと信じまいと
あるていど悪いこと良いことは区別できる
悪いと思うことをしないなら地獄行きにはならないだろうと思う
キリスト教を信じるというのはキリストの教えに従うということであり
教会に毎週祈りに行きながら日々の生活で教えを無視した生活をしている
のであれば信じているとはいえない
こんなこと言う私は仏教徒
検索エンジンで調べて見ると、
「教会の外に救いはない」ってアウグスティヌスやキプリアヌスとかの説のようです。
つまりカトリックのローカルな主張で、キリスト教全体の主張ではなかったのですね。スマソ。
アウグスティヌス
「人間はただ神の恩寵によってのみ救われ、それは、教会とその秘蹟によってのみもたらされ、
教会の外に救いはない」
34 :
名無しさん@1周年:01/10/09 16:31
>だからまず、「死後、天国に・・・」ということは、おかしい。
でも実際に肉親とか近しい人が亡くなった時、そういうのって結構救いになるよ。
まあ人それぞれだけどさ。おれの場合はそうだった。
最後の審判みたいに気が遠くなるくらい先の出来事としてではなく、
今ここで帰天し救われたと考えられるほうがほっとするな。
35 :
名無しさん@1周年:01/10/09 16:32
みなさん、勘違いされているようですね。
キリスト教で言う『天国』とは
『イェスを救い主と信じ、悔い改め、神と共に生きる状態』を指します。
キリスト教では、我々はみな罪人であり、
ただイェスキリストを救い主として受け入れる時、
『イェスが自分の罪を代わりに背負って下さる』ことで自分の罪が消えるのです。
(悪い言い方をすれば、自分の悪行の尻拭いを、神様の分身になすりつけるわけですね(笑))
ですから、イェスを主と信じ、告白し、洗礼を受けたその瞬間から、
その人は天国に在るわけです。
生前も死後も関係ありません。
『死後の天国』がないのですから、当然『死後の地獄』もありません。
ただ、イェス様の方から手をさしのべて、
『あなたの罪の十字架を降ろしなさい、私が代わりに生贄として背負ってあげよう、代わりに苦しみを受けてあげよう』
と申し出てくださっているのに、
「イェスぅ?神ぃ?そんなマユツバなもん誰が信じるか!」
とイェスの存在自体を拒絶し、否定する人は、さすがのイェス様も救ってあげられません。
だってその人にとってはイェスなんて存在しないんだから、存在しない者に救ってもらう事はできませんもんね。
これが俗に言う『地獄』に当たります。
つまり、主イェスを信じない事で、イェスの申し出を断り、
自分の罪を自分で背負って生きていかなくてはならない状態、
信仰の無い人生という事です。
また、中にはまれに
「いいや!罪も罰も苦しみも涙も全部ひっくるめて俺の物だ!神にだって渡さん!」
という非情に心の強い人がいますが、
こういう強い人は自分で自分のケツくらい拭けますから、
最初からイェス様に尻拭いを頼む必要が無いんですね。
聖書にある通り、イェス様は『罪人、弱き者、しいたげられた者、悲しみに押し潰されそうな者』たちを救うためにこそ来られた方ですから。
>35
あなたはリベラルな立場の方のようですね。
一部、承服できない点もありますが、
大筋において同意します。
とにかく、「死後、天国に行く」というのは、別スレでも書きましたが、
仏教的彼岸思想とでも言いましょうか、極楽浄土の考え方を
そのままキリスト教に反映したものだと思います。
やはり、聖書はきちんと読まないとね。
>35-36
もし、それが正しいとすると、「すでに地獄におちている人々」が、
「自分達はこれで満足さ、自分達にとったらこれこそが天国」と言って
はばからない人にはキリスト教の救いは無用ということになります。
「死後の天国」も「死後の地獄」もないのなら、隣人などお構いなく、
自己利益を追求してはばからぬ人は、良心の痛みさえなければ、それで
結構ということになりますが、本当にそれでよいのですか?
キリスト教とは、単なる自分の罪を認めることにサディスチックな喜び
を感じる集団で、「懺悔同好会」みたいなものにすぎないのでしょうか?
イエスが何度も説いたような「霊的死」など関係ない?
38 :
名無しさん@1周年:01/10/09 17:49
>>37 そうですね、神の救いなんかいらない、という強い人には救いは必要無いでしょう。
弱き者、自らの罪の重みに耐えられない者を救うのがイェスキリストですから。
もっとも、誰にも頼らず全てを背負って一人で生きていけるほど強い人が、
そうそう何人もいるとは思えませんが。
それから、確かに罪の赦しと救いで完結していれば懺悔同好会かもしれませんが、
イェスを信じる、罪の贖いと救いを信じるという事は、同時にイェスの言葉も信じるという事になります。
ですから、イェス様によって救われた者は、同時にイェス様の望まれた生き方を選ぶ事になります。
すなわち『汝の隣人を愛せよ』などのイェスの説かれた奉仕の生き方です。
これが現在の社会の根本になった『契約』の概念ですね。
それから、その「霊的な死」とやらは残念ながら私にはわかりません。
そういう言葉はイェスはおっしゃらなかったと思いますが。
キリスト者が受ける『永遠の生』という意味での話でしたら、
>>35の通りイェスを主と信じ洗礼を受けた瞬間に、
その者はすでに永遠の神の国に入っている、という意味です。
『永遠』は時間を超えた概念ですから、「生前」とか「死後」とか、そういう概念を超越しています。
>37
31の私の書き込みが、答えです。
あるいは、
ウエストミンスター大教理問答
二 信仰篇 一〇 死と終末 問84〜問90
です。
39に追加。
ウエストミンスター信仰告白
第32章 人間の死後の状態について、また死人の復活について
第33章 最後の審判について
以上を参照。
>38
たとえば、こういう聖句もそのように解釈できますか?
もし片方の手か足があなたをつまずかせるなら、それを切って捨てて
しまいなさい。両手両足がそろったまま永遠の火に投げ込まれるよりは、
片手片足になっても命にあずかる方がよい(マタイ18:8新共同訳)
自分の罪の自覚のために手足を切り落とす、という行為はなかなか実行
困難だと思いますが。その人のこの世での「自己満足」を超えた行為の
ように思えてなりません。
>イェス様によって救われた者は、同時にイェス様の望まれた生き方を選ぶ事になります。
>すなわち『汝の隣人を愛せよ』などのイェスの説かれた奉仕の生き方です。
私も賛成ですが、違いは「死後の生命を得るためには、キリスト教徒に限らず
全員が奉仕の生き方をしなくてはならない」、と解釈する点です。利他行為の
重要性は仏教、イスラム教、ヒンズー教などでも説かれているからです。奉仕
の生き方は、宗教や民族を超えた「絶対的基準」ではないか、と思うのです。
43 :
名無しさん@1周年:01/10/09 18:18
>>41 同意
ルカ 5:31 でイエスが語った「医者を必要とするのは、健康な人では
なく病人である。 」という例えは、“> 神の救いなんかいらない、
という強い人
>>38”がイエスに頼らずとも終末を乗り切れるという意
味ではないと思います。
「自分には悪いところが無い」と言い張る人はいかなイエスでも矯正
してあげられない、と皮肉交じりに説明しているのだと。
だから、今までどんな悩みにも自力で対処できた、という強い人もや
はりキリストの側に近づいてきて欲しいものです。
>>41 そうだよね。天国っていう概念は抽象的だけど地獄は
具体的だよね。世の終わりっていうふうに。
>42以下
個人の死と終末とを、きちんと区別すべし。
個人の死は、聖書が語る終末ではない。
46 :
名無しさん@1周年:01/10/09 18:31
終末論を文字通り額面通り受け取ってるのは
正統派キリスト教の教派の中では
カトリックと福音派の一部の原理主義だけだよ。
プロテスタント主流派は
教派によって多少の違いはあっても
だいたい大筋で
>>35のような
終末論は象徴に過ぎないとする解釈をしている。
あと、正統派以外の異端の新興宗教は
だいたい終末論を声高に言い立てるね。
統一教会や、ものみの塔・エホバの証人や、モルモン教などなど。
彼らは「世の終わりがせまっています!うちの宗教に入りなさい!」って脅してくるね。
どうですか、いろいろ書きこみがありますが、解決しましたか?
結局のところ、17の牧師さんが言っていることに尽きると思います。
ともかく、イエス・キリストを信じるなら救いは確実になるわけだから、
おじいちゃんが明確な信仰に至ることが一番望ましいと思いますけど。
期待をもって、祈って行きましょう。
48 :
名無しさん@1周年:01/10/09 18:36
>42
>奉仕の生き方は、宗教や民族を超えた「絶対的基準」ではないか、と思うのです。
奉仕の生き方を、全ての宗教や民族に絶対的な価値として認めさせようとでもいうのか!
おお、キリスト教のグローバル化はここに極まれり。
必ずしも奉仕の生き方が善とは言えない。
何が善か悪か、それは個人が全責任を持って決めること。
非利己に必要以上の価値を与えているキリスト教的ルサンチマンは去れ。
49 :
名無しさん@1周年:01/10/09 18:44
50 :
名無しさん@1周年:01/10/09 18:47
>49
同意。
常識人さんは、クリスチャンではありませんよ。
別スレのレスで、明らかになってます。
51 :
名無しさん@1周年:01/10/09 18:54
>46
>プロテスタント主流派は
教派によって多少の違いはあっても
だいたい大筋で
>>35のような
終末論は象徴に過ぎないとする解釈をしている
主流派ってどこよ?
原理主義も意味分かって使っテンノ?
52 :
名無しさん@1周年:01/10/09 18:58
>>51 原理主義者さんいらっしゃい。(藁
どうぞ盛大に原理主義の正しさや素晴らしさを演説していってください。(藁
53 :
名無しさん@1周年:01/10/09 19:03
>>51 メインライン(プロテスタント主流派)がどの教派を指すかもわからないの?
それともわかってるけど自分の教派(福音派原理主義)以外は認めないって事?
54 :
名無しさん@1周年:01/10/09 19:06
>>51 福音派原理主義者って
ヨハネ黙示録を一言一句正確に暗記してるって本当?(藁
>48
え〜?マザーテレサほど「強い人」を私は知らないけど。自己を犠牲にして、一生
を他人のために仕える、こういう崇高な生き方のことをニーチェはルサンチマンなど
と呼びはしなかったぞ。ちゃんとツアラトストラ読んだか?いや、逆だ。彼女のよう
な崇高な生き方ができない自分の卑しさを否定するために、ルサンチマンに陥って
いるのはチミの方だよ。
終末論は象徴に過ぎない?
では終末論はなんの象徴なわけですか?
57 :
名無しさん@1周年:01/10/09 19:18
申し訳ないが、教えてくれ
ルサマンチンって日本語で言うとどうゆう意味だったっけ。
露悪趣味? 偽悪?
>56
イエスは終末論を説いたし、少なくともイエスと行動にした弟子達は
終末論を信じていた。終末論が象徴にすぎない、とすることは、イエス
の教えの原型から離脱するということに等しいと思うよ。仮に方便だと
しても、イエスは終末論の形で教えを説いたのだから、これを無視する
べきではない。
そのとき、畑に二人の男がいれば、一人は連れていかれ、もう一人は
残される。二人の女が臼をひいていれば、一人は連れて行かれ、もう一人
は残される。だから、目を覚ましていなさい。いつの日、自分の主が帰って
来られるのか、あなたがたには分からないからである。(マタイ24:40-42)
>57
ルサンチマンとは、「怨恨感情」のこと。特に、弱者が強者に対する
憎しみから、「強いこと」こそが悪いことだ、という価値の逆転をして、
自分が優位に立とうとする感情のこと。たとえば、成績の悪い生徒が、
成績の善い生徒のことを「あいつは点取り虫で、人間的には自分より
劣る」と自分勝手な判断を下したならば、それはルサンチマンの一種と
解釈できる。
60 :
名無しさん@1周年:01/10/09 19:35
>>58 だからそれは戒めでしょ。
教えを忘れて自堕落な生活をしないようにっていう。
子供だって絶対に親が入って来ないと分かったら部屋ちらかしっぱなしだよね。
いつ社長が抜き打ちで見に来るかわからないとなれば社員もマジメに仕事するでしょ。
>>59 ありがとうございました。
ようやく話の展開が理解でき始めました。
>60
そう。するとね、イエスにとっては、終末論を持ち出してまで、悔い改め
を強行する必要があったということになる。精神的貴族というか、単なる
「懺悔同好会」じゃなかったということだよ。悔い改めねば、死後救われな
い、という種類の緊迫感をマタイ24:40-42に感じるんだよ。これはもう、
脅しスレスレの表現だからね。
63 :
名無しさん@1周年:01/10/09 19:52
一度も肉体的に死んだことのない人々の(自己含む)いうことはかるーく
とどめておいたほうがいいと思うなぁ。。きりがない論争だしね、いろんな
教派が集まる場所では。まあその日その日をなるべく正しく生きていけば
いいんじゃないの?だから天国行き、だから地獄行きってのはわかんないけどさ。
神さまの決めることだから、そりゃ。
>63
賛成。天国は、入ろうと「工作」して入れるものじゃないと思う。
入る人は入るし、入れない人は入れない。「その日その日をなるべく
正しく」というのは、単純なようでものすごく重いよね。芸術作品を
作り上げる感覚かな。天国へ行けますように、とビクビク粘土を捏ねて
たんじゃ、碌な作品にならないだろうしね。終末論にこだわるのでなく、
終末論を自分流に消化して、「一期一会」の覚悟に変えるというのか、
そういう「ふっきり方」が必要な気がするね。
終末論を消してしまうと、そういう「現在の持つ重み」が半減するような
気がする。「今じゃなきゃだめだ」という気持ちが起こらない。
65 :
名無しさん@1周年:01/10/09 20:22
カメレスで申し訳ないのだが、新約のどこかに「家族の中に一人でも主を信ずる者
がいれば、その家族は全員救われる」みたいなことがあったような記憶があるんだが。
いや、記憶違いだったらまったくもって申し訳ない。
救われるってぇのと、天国とはまた違うことなんじゃろうか。
・・・ノンクリスチャンに対して薄笑いを浮かべながら「地獄に落ちろ」と言ってた
牧師の娘を思い出したぞい・・・。
66 :
名無しさん@1周年:01/10/09 20:27
>>65 私も牧師の息子が同じ事を自分の息子に言っているのを見ちゃった。
あるカルトの教会のだけどね。。。それ以来ちょっとキリスト教は。。。
67 :
名無しさん@1周年:01/10/09 20:49
>>65-66 「悪魔!」とか「サタン!」とか平気で言う人達は怖いね。
終末思想にこり固まって自分を見失っているんだろうけど。
68 :
名無しさん@1周年:01/10/09 21:04
65じゃが、66よ。どこにでもそんなコマッタチャンはいるんじゃのう。
ワシが見たのはA県の福音派だったが。
ワシも昔は両手を上にヒラヒラさせながら「ハ〜レル〜ヤ〜」なんてやって
いたんじゃ。
今思うとなんであんなことが楽しかったんじゃろうか・・・・。
69 :
名無しさん@1周年:01/10/09 21:25
まぁ、一応正統派であるにもかかわらず、言動がキチガイじみてるキリスト教徒を見たら、
99%以上の確率で「プロテスタント福音派」か「カトリック」だね。
たいていは正統派じゃない統一教会とかものみの塔である場合が多いけどね。
70 :
名無しさん@1周年:01/10/09 21:32
>69
カトリックの言動のどこがキチガイじみてるの?
71 :
名無しさん@1周年:01/10/09 21:33
>>69 その書き方はあらぬ誤解を招くぞ。
「プロテスタント福音派」も「カトリック」も大半はまともだぞ。
その2教派の中におかしな人も混じってるってだけだぞ。
72 :
名無しさん@1周年:01/10/09 21:38
>>71 でもキリスト教の教派は300以上もあるのに
福音派とカトのふたつだけに集中してキチガイじみた人が多いって事は、
言い換えれば福音派とカト自体にそもそもおかしな点が内在してるのでは?
>>70 この板のキリスト教関係のスレみてればわかるよ。
いつもキチガイじみた言動で荒らしてるのはそのふたつだよ。
73 :
名無しさん@1周年:01/10/09 21:41
>>72 確かにあいつらの言い争いを見てると
とてもこれがクリスチャンの言動とは思えないような
見るに耐えない罵詈雑言のぶつけ合いだもんな。
74 :
名無しさん@1周年:01/10/09 21:41
>>70-71 69 は 喧嘩を売っていると受け止められても仕方が無いね。
クリスチャンらしくない態度である事は確かだ。
75 :
名無しさん@1周年:01/10/09 21:44
>>72 > この板のキリスト教関係のスレみてればわかるよ。
> いつもキチガイじみた言動で荒らしてるのはそのふたつだよ。
この2ちゃんねるでだけの事かもしれないよ?
現実にはみんな良い人たちかも。
76 :
名無しさん@1周年:01/10/09 21:47
>>74 俺はクリスチャンじゃないよ。
>>75 逆だろ。
日常生活では隠してる本音が
この2chでは出てるんじゃないか。
77 :
名無しさん@1周年:01/10/09 21:51
>>76 同感。
カトと福音派の汚いののしり合い見てると、
異端だカルトだと言われてるエホ証とかの方がよっぽどマトモに見える。
78 :
名無しさん@1周年:01/10/09 21:54
>>76 会社だって学校だって、良い人もいればおかしな人もいるでしょ。
たまたまこの2ch宗教板に来てるのがカトリックと福音派が多かったから
その2教派のおかしな人だけが目立っちゃったんじゃないかなあ?
>>76 ごめん
てっきりプロテスタントの人が福音派とカトリックの悪口を言っている
と思ってた。
80 :
名無しさん@1周年:01/10/09 21:56
>>77 俺も思った。
最初はキリスト教に興味というか憧れがあったんだけどさ、
ここの板での惨状を見て、
なんだ正統派キリスト教って言ったってカルトと変わらないじゃんって。
幻滅しちゃったよ。
81 :
名無しさん@1周年:01/10/09 22:03
>>78 「2ちゃんねるだから」とか、
「たまたまちょっと人数が多かった」くらいで
あそこまで激烈な闘争に発展するか?
あいつらもともとそういう下地があるんだよ。
82 :
名無しさん@1周年:01/10/09 22:06
どっちも自分が絶対に正しいって譲らないもんね・・・
83 :
名無しさん@1周年:01/10/09 22:10
>>82 ていうかさ、
お互いが必死で自己弁護と攻撃を繰り返してる過程でさ、
俺ら一般人がまったく知らなかった
聞いたら引きまくるような内情がボーロボロ暴露されてさ、
うっわぁ、こんなのオウム以上のカルト的行為じゃんってのが
次々に出てきちゃってさ。
書いてる本人たちに取っては常識的な事なんだろうけどさ、
一般人が聞いたら引くって。
終末論信じてる・・・カトリックと福音派
信じてない・・・その他の人々
と考えてよろしいのでしょうか。
85 :
名無しさん@1周年:01/10/09 22:48
>>84 あのカトリックでさえ、これだけの惨状を露呈してるんだ、
その他の教派だってどうだか分かったもんじゃないよ。
俺はもうキリスト教全体を信用できないね。
86 :
名無しさん@1周年:01/10/09 22:53
>>85 「地獄に落ちるぞっ!」なんて罵り文句を言う人はめったにいません。
ほんの一部だけだと思います。
一部だけを見てキリスト教全体に失望しないでください。
お願いします。
87 :
名無しさん@1周年:01/10/09 22:57
>>84 教義的にはそういう事になってるけど、
福音派の中にも、カトリックの中にも、
リベラルな考えの人はいると思うし、
福音派だから、カトリックだから、
みんながみんな終末思想を信じてるわけじゃないと思う。
88 :
名無しさん@1周年:01/10/09 23:00
キリスト教って、日本の敗戦(に伴う人心崩壊)に付け込んで勢力を伸ばそうとしたわけでしょう。
卑怯すぎるね。逝ってよし。
証拠の乏しいこと(+明らかな嘘)まで持ち出して「反省しろ、反省しろ」って言うし。猛烈な反靖国運動とかするし。
89 :
名無しさん@1周年:01/10/09 23:09
終末思想、末世・末法思想っていうのは
聖書だけじゃなくて、仏教や、神話ではけっこうポピュラーな物だと思うよ。
ほら、56億7000万年後の弥勒菩薩の再臨とかさ、
エッダの北欧神話での神族と巨人族の最終戦争「ラグナロク(神々の黄昏)」とかさ。
神話は神話として受け継いだ上で、
じゃあその神話をどう解釈するかの違いに過ぎないんじゃないかな。
そのまま現実の事として受け入れる向きもあれば、
象徴だと解釈する向きもあれば、
教義を徹底させるための脅しだったとする向きもあっていいんじゃないかな。
キリスト教の常識が非常識に見えて引いたって話もあるけど、
他の宗教の視点から見たら、仏教だって相当非常識に映ると思うよ。
だって悟りを開いたのは仏陀ひとりなのに、
のちの世の人たちがあーでもないこーでもないって言い合って分裂して、
南無阿弥陀仏と唱えれば極楽逝けますだの、
いいえ南無妙法蓮華経と唱えなければダメですだの、
酒も女も絶ち、山に篭って厳しい修行で身体を鍛えなければダメだの、
果ては断食して自殺してミイラになって即身成仏だとか、
様々な宗派を立てて、それぞれ知らない人が聞いたら卒倒するような事言ってるよ。
自分の感覚で理解できないものはみんなカルト扱い、異常扱いでは、
じゃああなたの常識は絶対なのかって突っ込まれますよ。
90 :
名無しさん@1周年:01/10/09 23:13
>>88 あのー・・・
キリスト教は戦前からあるんですが・・・
91 :
名無しさん@1周年:01/10/09 23:15
信じない者は滅ぶと、キリスト自身が言ってるが
キリスト教を知らずに死んだ人は、滅ぶとは、言っていない。
92 :
名無しさん@1周年:01/10/09 23:18
>>88 キリスト教が日本でもっとも隆盛したのは戦国時代だよ。
それに靖国反対の教派もそれぞれ宗教的に理にかなった理由でやってるし、
反対じゃない教派もたくさんあるよ。
何も知らないで反対するなって言うなら、
そちらも反対する側の理由を何も知らないで批判するなって言われちゃうよ。
93 :
名無しさん@1周年:01/10/09 23:40
自発的に神に応えようとする人はキリスト教にまだ入っていなくても救われると自分は考えています。
つまり、生きている隣人に対する愛や慈しみはキリスト教であろうがなかろうが、神とともにあるに等しい
行為だと思います。傷ついている人に手を差し伸べることやキリストを信じているということで一杯の水
でも飲ませる人は、必ず報いを受けるはずです。
信じていない者は地獄に落ちるという言い方で宣教する団体もあるでしょうが、互いに尊敬しあい、
愛し合う関係がクリスチャンでも一番基本ですから、人間として、暖かい人を信頼する姿勢からキリスト教
に触れるのが良い入信の有りかたのように思います。言葉に自分がしたことのないビ゜ュアな感覚やセンス、
心遣いなどを大事にしながら、その琴線に触れる聖書の言葉に触れさせてくれる人を探してください。
脅しや宣教マシーンに操られるのは避けるべきです。
94 :
名無しさん@1周年:01/10/10 00:32
靖国に反対なのはなにもキリスト教派だけじゃない。
神道系でも反対の団体は多いし、仏教や新興宗教でも反対が多いよ。
宗教は麻薬ではないが、麻薬にもなり得るものだと思う。
キリスト教とて例外ではない。実際、意図的に「脳内麻薬」を分泌させまくって、
信徒をトランス状態にさせている牧師がいる。
気ぃつけやぁ〜。
96 :
名無しさん@1周年:01/10/10 11:25
>>77 >>80 まあ、皆さんいろんなこと言ってるようだけどね。
私は三代目のクリスチャンだけど、2チャンのレスを見ながら、時には腹抱えて笑ったりしてるよ。
私の関係する教会、交わりのあるクリスチャンとは、あまりにもかけ離れた会話がなされてるし。
だいたい、まともなクリスチャンが、2チャンでいろいろやると思うかい?
洗礼を受けて25年になるけど、あちこちのスレに書き込まれているようなおかしな経験は、
私には一度もないし。そういう変なクリスチャンに会った事もないし。
教会も、そうだなあ…14くらいの教会に出入りしたけど、おかしな教会なんて、なかった。
といっても、教会では誰もが聖人面しているわけではないよ。ごく普通だね。
若い人たちは、活発にいろいろと議論をするだろうけど(私も以前はそうだった)、
でも、ある程度落ち着いてくると、しっかりとした生き方をしている人が大多数だよ。目立たないけどね。
しっかりと生きてるクリスチャンは、「クリスチャンでございます」という印象は、与えないのかもしれないな。
97 :
名無しさん@1周年:01/10/10 12:25
自分が生きている時代での価値観でしか語っていないくせに
普遍性を持ち出す事の出来るその精神が理解できない。
終末論を現実のものとして理解していた頃の信者と比べて
現在のクリスチャンがより神を理解しているとでも言いたいのか?
まともでないクリスチャンって一体何よ?クリスチャンである事を
感じさせないクリスチャンって一体何者なんだ?
98 :
名無しさん@1周年:01/10/10 13:31
キリスト教に興味を持った事を後悔しています
ほんとに地獄はないのでしょうか
ネットで調べるとヨハネの黙示録というところに
地獄がどんなところか書いてあるみたいですが
無いなら何故こんな事かいてあるのでしょうか?
aa
100 :
名無しさん@1周年:01/10/10 18:57
>96
。。。人の振り見て我が振りなおせ。。。
25年で14回ほど教会出入りしてたの? 変わったってこと?
そんなにあちこちの教会に出入りしてるんだ、みんな。 へぇ〜〜。
ここで叩かれてる「まともでないクリスチャン」ってあなたのことかもね。
「感じさせないクリスチャン」ではなく、近寄ってこないとか。。。敬遠してるとか。。。
あなたのまわりのクリスチャン。
あっ、ムキにならないでね。 ここは2CHなんだから。
>98
ヨハネ黙示録は、原始キリスト教会がローマ帝国から激しい迫害を受けた時代に、
教団の結束を固め、世界の終末がすぐそこに迫っているから、もう少しだ、がんば
ろう、の精神で書かれた書物、というのが定説になっていますので、あまり気に
なさらない方がよいでしょう。ロレンスの黙示録論などお読みになってはいかが
でしょうか?ロレンス以外にも、ヨハネ黙示録とイエスの説いた隣人愛の思想とは
真っ向から対立すると感じる識者は多いと思います。むしろ、違和感を感じない方
がおかしいのでは?
102 :
名無しさん@1周年:01/10/10 20:57
>1
婆さんの心配はしないのか。
爺さんの爺さんは、地獄に行ってんじゃないかな。
ひとりだけ、天国行くと寂しいぞ。
心配が足りなさすぎ。
103 :
名無しさん@1周年:01/10/10 21:19
そう、キリスト教は恐い!
今ごろ気ぃついたんかいっ!?
104 :
名無しさん@1周年:01/10/10 21:32
地獄のイメージって、谷底とか業火とかでしょ。その意味はどこからきているかを知ってる?
初代キリスト教の宣教の背景には、異端の宗教がそれはそれはたくさんあったそうだ。
モレクとタンムズの礼拝が行われる谷をヒノムの谷と呼び「ゲヘンナ」と呼ばれる地獄の代名詞
になっている。そこでは恐るべき幼児犠牲の儀式が行われていたらしい。罪と恐怖の代名詞
だった。そこで、次のようなことがこの谷について行われた。2列王記23章10節参照。
23:10 王はベン・ヒノムの谷にあるトフェトを汚し、だれもモレクのために自分の息子、
娘に火の中を通らせることのないようにした。
その後ここは町の廃棄物、動物および罪人の死体の焼却場に当てられた。
こうしたところから自然にゲヘ(ン)ナは地獄の同意語として使用されるに至るんだ。
また「火の池」(黙19:20)とも同意語に扱われるね。
豆知識でした。
105 :
名無しさん@1周年:01/10/11 02:10
昔のキリスト教は異教徒は救われないだったんでしょ。
それが、今は変わった。これはとってもいいことだ。
だけど、昔からキリスト教は異教徒でも救われるのですといってました、とかいわれると
よく平気いえるなあと、ここで信頼できなくなるんだよね。
はっきり教義を変更しましたと言ってくれればいいのにね。
教義変更はキリスト教の権威失墜につながるわけだから
認められないのはわかるけど、事実がそうなんだからスッキリ認めましょう。
それで権威が暴落するわけでもないし、むしろ評価があがるんじゃないかな。
あと、もうひとつ不信をかき立てるのは、
今でもまだイエス以外に救いは無いとか言う人が結構いること。
異邦人でも救われるという根拠が明白なら、そう言う人たちは発生しないはず。
正直、聖書を読むと異邦人はすくわれないって読めるとこがある。
だから、この解釈を採用しましたとかじゃなく、
原理主義者でも納得せざるを得ないような明白な根拠とかがあればなと思う。
でないと、またいつ何時、良く分からない理由で
異邦人は救われないに戻るか分かったもんじゃないからね。
>105
そうだね。もともと、イエスが伝道して歩いたのはユダヤ人だけが対象で、異邦人
を想定していなかった。よきサマリヤ人の喩えから判断すると、おそらくイエス自身
は異邦人でもよき行いをする人は救われると考えていたんじゃないか?
パウロのイエス解釈も、ユダヤ教徒から見た「一解釈」にすぎないし、イエスによる
救いを異邦人にまで広げたのもパウロの独断だった。それに反対する分派は居たし、
パウロは何度か失脚しそうになった。もともと、キリスト教がユダヤ教の範囲を超えて
一人歩きしてよかったのか、という問題は依然として残っていると思う。注意深い読者
なら、ユダヤ教からの改宗者向けに書かれたマタイと、異邦人向けに書かれたルカでは、
かなり基調が異なることに気づくだろう。ロマ書とヤコブ書の温度差についても同じ。
キリスト教徒が「異教徒」と言うとき、それは自らがユダヤ教徒に成り代わって「選民」
になった事実を忘れているんだね。黙示録の終末思想は、ユダヤ教にあったものを
キリスト教風にアレンジしたもの。戒律主義に堕落したユダヤ教徒を追い出して、
自分達が「神から選ばれた者」の椅子に座を占めるという「すりかえ」を除けば、
全部ユダヤ教からのパクリだからね。レベルは違うが、アシュケナージ・ユダヤ人
(改宗したユダヤ人)が大きな顔をして、「これは神が約束された土地だ」とエル
サレムに居座る構図と非常によく似ている。
「異教徒」(ないしは異邦人)という概念は、イエスの隣人愛の思想と相容れない。
107 :
名無しさん@1周年:01/10/11 12:53
列王(上)8章41〜43 で
異国の人が祈るとき、神がその人たちの願いを聞きいれてくれるように、
と嘆願したソロモン王の祈りは、異邦人でも救われるという根拠として
宣伝に使用できるのではないでしょうか。
常識人さん
キリスト教の知識が豊富だね。学者並だと思うよ。
どうしてそこまで勉強するのかな?
>>105 (救い)に対しての認識に差があると思うね。
昔のキリスト教って何でしょう?
中世のカトリックとかか?
天国と地獄の二分割思想を初代キリスト教会はもっていなかった。
大迫害の時代に作られたのだろうね。
神の国(天国)って、死んでから行くところではないよ。
>108
そんな大したもんじゃないよ。一般常識程度だぜ。HNにはそういう意味も込められて
いるんだがな。
なぜキリスト教を勉強するか?それはそこにキリスト教があるからだ(笑)
110 :
読後感想文:01/10/11 19:00
常識人さんの書き込みを読んでの感想を書きますね。
確かに、他の方が言われるように、ある程度勉強しておられることは認めます。
けれども、ずいぶんと偏った勉強だという気もします。
例えば、田川建三はよく読むが、他のものはあまり読まない、という人がいるけど、
そういう人は、田川教の考え方に偏ってしまいますが、
それと同じで、いろいろ批判はあるかもしれないけど、伝統的なキリスト教の本も
それなりに読んだ方が良いように思います。
カトリックも、正教会も、カルバンもルターもウエスレーも、それからバルトも。
その方が、幅が広くなっていいと思いますよ。
111 :
nanasi:01/10/11 19:12
横レス失礼
>>1 そういう考え方もあるんだ、ぐらいに考えればいいんじゃないですかね
むしろキリスト教から地獄という発想を無くす事が、おかしい事のように
思います。地獄に落ちる、という考え方があって、それを頑なに信じる
人達がいてもいいんじゃないでしょうか。むしろその事を極度に恐れて
こんな掲示板にスレ立てるあなたの深層心理が知りたいですね。
むしろわざとキリスト教を批判させるためにスレ立てているように私は感じましたが
どうですか?
色んな考え方があったっていいじゃないですか。
そんなに地獄が嫌ならば、キリスト教なんてやらなきゃいいし、自分一人で
愛だけのイエス像や神様を心の中で想像して、信仰していればいいじゃないかと
思いますよ。大切なのは、そういう考え方をキリスト教徒の方々に押し付け
無い事です。彼等には彼等の考え方、信じ方があるのですから。
112 :
nanasi:01/10/11 19:15
「信じなくても御救い下さるイエス様、神様」をね。
自分一人で信じていれば良いと思いますよ。
誰も文句は言いません。自由ですからね。
いっその事、そういうキリスト教を自分でお造りになられたらどうですか?
1さん!
信者がくるかもしれませんよ。
>110
どちらが「偏っている」か、今度じっくりと議論しませんか?
特定の宗派にどっぷりと浸かっている人が、いかなる魔法を使って、客観的な判断
を下せるものか、謹んで拝聴させていただきますよ。
114 :
名無しさん@1周年:01/10/11 20:35
神さまを信ずる信じない・・というよりは
神さまの愛に生きた人に天国(神の国)がってことであって・・
そりゃ、よくわからないものを信じろっていわれたって
信じないのはあたりまえよね。
聖書を正しく理解して、神様のはたらきを感じればいいのよ。
常識人さん
俺と議論しようよ!俺クリスチャンだよ。
ただ仕事忙しくてすぐにはレスできないかも。
でも必ず返事するよ。
議論するには(何々について)との議題が必要だね。
何がいい?
116 :
名無しさん@1周年:01/10/11 22:40
>>94 >靖国に反対なのはなにもキリスト教派だけじゃない。
>神道系でも反対の団体は多いし、仏教や新興宗教でも反対が多いよ。
神道・仏教で靖国反対派は割合的には極小数だね。その反面、キリスト教は間違いなく半分以上(おそらくはほとんど)が靖国に反対している。
これは、靖国反対と反日サヨク運動が重なり合っていることを考えると、当然だと思えるけどね。
「仏教や神道は国内勢力であり、一部がサヨクに騙され靖国反対している。」
「キリスト教は外国勢力であり、日本人攻撃に躊躇しない。反日(≒キリスト教国家に対する愛国)のためにサヨクと連合。」
117 :
名無しさん@1周年:01/10/12 03:20
中世かローマ時代なのか正確には分かりませんが、
キリスト教が救いを独占していたのは歴史的な事実です。
「教会の外に救いは無い」とはキプリアヌスかアウグスティヌスの言葉でしょう。
どちらにしても言わんとするところは明白です。
「異教徒でも救われる」が歴史的に見てキリスト教の主張だとすると
困ったことに、ユダヤ教との大きな争点のひとつが消えてしまいます。
ユダヤ教がキリスト教の救いの独占にずっと反対してきたことは、
ユダヤ教関連の文献を見れば大抵書いてあると思います。
ユダヤ人の言うことが信用できませんか?理解せずに難癖つけてるだけだって?
まさかあなたは反ユダヤ主義者じゃないでしょうね?ちがうって、じゃあ信用してあげましょうよ。
彼らは迫害したキリスト教徒でさえも、その行為に応じて救われると主張したくらいまじめなのですから。
ね、立派でしょ。これをルサンチマンそのものだ!ですか?
キリスト教徒さんが自分を棚に挙げてそんなこといっちゃあいけませんですよ。
あくまでキリスト教が「異教徒でも救われる」と主張したとするのなら、
分からないのは、どういう論理で神を信じない異邦人が救われると主張できたかと言うことです。
行為重視のユダヤ教なら、多神教徒でも善行をすれば救われると言い切れますが、
キリスト教の信仰義認から無信仰者の救いは導けないです。
行為による救いをおおっぴらに認めると、イエス復活の重要性が低下しかねませんし
下手に善行を認めれば、結局ユダヤ教と変わらなくなってしまいます。
しかも相手はユダヤ教、旧約聖書に根拠を求めると何がなんだかわかんなくなります。
それでもキリスト教に説得力のある異邦人救済理論があるというのならぜひお聞かせください。
118 :
名無しさん@1周年:01/10/12 05:38
聖書を一度しっかり読むべし。キリスト処刑の折、隣にいた磔刑の罪人のみならず、
なぜステパノ殺害にさえ関わったキリスト教大迫害者パウロが劇的に救われたのか?
努力や願いか? まったくの恵みだといっている。すなわち異邦人の救いは御計画。
またキング牧師やマザー・テレサの子孫がすべてクリスチャンであったろうか?
一人欠けても彼らは存在できなかった。すると彼らによって救われた何百万人も存
在しえなくなる。が、神の経綸は人間の想像をはるかに超えている。神は明らかに
異邦人をも用い、愛されている。なぜなら神がすべての人間を創造され、一人でも
多くの人間を救わんとされているからである。ローマ書9章から12章まで読めば、
ユダヤ人の罪ゆえに異邦人が救われ、伝道が全世界に及び、やがてユダヤ人の中か
らも残されし者が救われる、と書かれている。しかも神を知らずに死んだ過去の者
をも公平に扱われるとある。
119 :
AIR ◆W7zOIUzw :01/10/12 05:40
______
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/ / ヽ、
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l .| l | / | ,/ | , | | .!ヘ 、 |
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l | //i.l.|ム--レ/_ |l _|L--、 | l/
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ヽ |/ ヽ|:::l|;:::::::::::::::::|.| |l___  ̄─、ト 、__
i.| ヾ. |:/:::::::::;~‖___  ̄''‐-.__ ~`''-ニヽ
ル-|:::::|/ __゛''‐- 、 '~‐ 、 .|、
|::;ノ'/ ~'''-、. `ヽ、 ~''‐-"ヾヽ、
_..--┴,/ \ \ \i
120 :
nanasi:01/10/12 07:40
>>118 じゃあ、別に洗礼を受けなくても、キリスト教に改宗もしくは入信
しなくても、いつかは「救われる」という事なんじゃないの!?
その「救われ」が神によってもたらされる日まで、神様はただひたすら愛なんだ
と信じて普通に生きていればいいんじゃないだろうか。そう思う。
1さん、よかったね。
121 :
nanasi:01/10/12 07:45
それに「愛の神」は別にキリスト教の専売特許でもないだろう。
どの宗教を選ぼうが、無宗教でいようが、神様は「愛」なんだ、
という事さえ「知っておけば」それでいいような気がする。
でも、神様は「愛」とともに「裁き」の神でもある、と信じて
いる人達を否定したり批判する事は私はしない。
それぞれの信仰のやり方が許されてしかるべき、と思うからだ。
122 :
名無しさん@1周年:01/10/12 07:46
どっかに書かれてありましたが、性に対しておおらかだった江戸時代の庶民はカトリックの大罪(姦淫)を日常的に犯してたようなので、死んでから全員が地獄行きになったのでしょうか?
私やあなたのご先祖様も、今地獄で喘いでいるのでしょうか?
地獄って、煉獄と違って天国にいけないのでしたっけ。。
↑のような結論は嫌なので、何とか救えませんか。
>121
宗教って、人間に普遍的なもののはずでしょう。だから、キリスト教に限らず「愛
の神」という概念は万国共通だと思う。たとえ「裁き」があるとしても、その裏に
は必ず「愛」が隠れているはずだと。人間は、神の全貌を知ることを許されてはい
ないけど、「愛」を通じて神を理解することはできる。しかも、目に見えぬ神に対する
愛ではなくて、隣人への愛を通じて。
しかし、「神は愛である」と知るだけでは不十分でしょう。自分もまた神と同じように
愛する人間にならなくては。それには、非常に長い時間がかかる。人が隣人を、ひとり
の例外もなく愛せるようになるには。「信じる」、「知る」には自己責任は伴わない。
世界中で貧困者が餓死することを「知る」ことは、それに手を差し伸べようと意志する
ことにつながらない。行動に駆り立てるのは、いつも「愛」です。人間は「愛」を通じて、
自由意志をいかに有効利用したかについて、神から四六時中、問われている。「汝は何者か」
との問いに、人間は「愛」と「行為」の内容で答えなければいけない。
「信じる」、「知る」は、証拠さえ見せれば即座に実現する。「愛する」ことに比
べて、なんと軽薄な概念だろう!トルストイ曰く、「信じる」は時間と共に推移する
(学習が進めば、信じる内容が変化するように)が、「愛する」は時間を超えて
永遠である、と。永遠の生命は、永遠の存在=「愛」でしか達成できない。
124 :
名無しさん@1周年:01/10/12 08:53
人は洗礼によらなければ救われない。
洗礼にも三種類ある。
洗礼 水による洗礼
血の洗礼 殉教
望みの洗礼 水による洗礼にひとしく、神の摂理に
よって恩恵の状態と霊魂の救いを得ることができる。
教会は次のように教えている。本人の落ち度によらずに
キリストの福音とその教会を知らないが、誠実な心をもって
神を探し求め、恩恵に動かされて良心の命令を通して
認められる神意を行動において実行している人々も、
永遠の救いを得ることができる。
125 :
名無しさん@1周年:01/10/12 09:38
>>124 神とはキリストの神ですか、各々の神ですか?
神とは多神教・偶像の神でも良いのですか?
また、仏教や儒教のように神という概念の無い人たちには
救われないのですか?
福音が伝えられても、
イエスがどうしても信じられない人、
イエス=神とは受け入れがたいという人に
落ち度は認められますか?
常識人さん、無視ですか?しかたないか。
>宗教って、人間に普遍的なもののはずでしょう。だから、キリスト教に限らず「愛
の神」という概念は万国共通だと思う。
(愛)との言葉は明治に入ってから日本語になったと記憶する。
つまり西洋的、キリスト教的概念だね。
>自分もまた神と同じように
愛する人間にならなくては。それには、非常に長い時間がかかる。人が隣人を、ひとり
の例外もなく愛せるようになるには。
できません人間には。(愛)との概念を偶像礼拝している気がするな。
人との繋がりが少ないのでは?
>>125 イエスを信じたくない人が(神の国)に入りたいの?
>126
あっ、スマソ。では、「偏り」のクロスチェックのために、新約聖書の成立過程
の内容チェックというのはどう?黒白はっきりするし、お互いに最新情報が確保
できる。課題としては、
1)パウロ書簡(十三通)のうち、どれを真正と見なすか
2)四つの福音書の成立過程
3)ヨハネ黙示録に見る「現代終末論」は後世の加筆か(ブルトマン)
などがいいのでは。お互いに、その根拠になる参考文献を記す、という約束で。
>126
ついでにその(愛)の定義を述べてください。そうでないと反論のしよう
もないよ。それと、人間にはできないという理由もあわせて、ね。
<>125様
カトリックの答えは簡単です。
カトリック・すれっど7の<>307に貼ってある
「カトリック教会のカテキズム」846以降をお読みください。
「仏教や儒教に神の観念がない」というのはある程度まで正しいでしょうが、「空」や「天」が一神教の説く「無限」である神とはまったく別のものであるなどと誰が断言できましょう。
大乗仏教とヒンズーのヴェーダンタ哲学の親近性を思い出してください。
あと、ニコラウス・クザーヌス「信仰の平和」(平凡社中世思想原典集成)もご参考までに。
常識人さん
1)パウロ書簡(十三通)のうち、どれを真正と見なすか
2)四つの福音書の成立過程
3)ヨハネ黙示録に見る「現代終末論」は後世の加筆か(ブルトマン)
良いですよ、この題目で。でもたぶん意見は一致すると思う。
要は現代聖書学を認めるかどうかでしょ?
私は聖書を偶像礼拝していないから。
あくまでも(人の書いたもの)と認識しています。
(愛)の定義ね。アガペー、エロスの話になるね。
神の様に隣人を愛することが出来たらその人は(神)でしょうね。
マザーテレサは「愛の反対は無関心」であると言ったね。
逆にいって無関心の反対は何だろう?
私は「その人の存在価値を認める」事だと思う。
でも人間同士は立場や環境、思想、好悪、でいがみ合う。
これは人間である以上避けられない。
こんな感じかな?
納得できなかったらまた書くよ。
131 :
ふらんちぇすこ:01/10/12 16:57
うーん。ざっと読んだが、
カトリックに対するイメージが偏ってるなぁ。
まぁ、2CHのカトスレなんかを読む限り、仕方ないか。藁)
132 :
名無しさん@1周年:01/10/12 17:03
宗教はみんな恐い!
>130
>神の様に隣人を愛することが出来たらその人は(神)でしょうね。
しかし、それを目指せとイエスは言っているよ。
「天の父が慈悲深いように、あなたも慈悲深くあれ」だったかな。出典出さなくて
スマソ。あと、有名な「右の頬を打たれたら、左の頬を突き出せ」もそういう風に
読めるね。
>私は「その人の存在価値を認める」事だと思う。
もっと、積極的な「愛」のかかわり方があると思うよ。「自分がしてもらいたい
ことを他人になせ」じゃない?「存在価値を認めない」とは、相手を抹殺すること
だから、その反対は「生存することを認める」というだけで、やはり「無関心」で
しょう。
一応、手元にあった解説書から、提案した3項目の内1)と2)の見解を書いて
おくよ。少し古いけど、あまり変わらないと思うからね。
1)真正なパウロ書簡:ローマ、Iコリント、IIコリント、ガラテア、ピリピ、コロサイ(?)、Iテサロニケ、ピレモン
パウロの名で別人により書かれた書簡:エペソ、IIテサロニケ、Iテモテ、IIテモテ、テトス
2)まず、Q(AD45年ごろ)とマルコ(65年ごろ)が独立に成立し、80-85年ごろに独立に
マタイとルカが成立した。
マタイ=Q+マルコ+M(マタイ固有資料)
ルカ=Q+マルコ+L(ルカ固有資料)
出典:平石善司、武藤一雄編『キリスト教を学ぶ人のために』世界思想社(1985)
該当する箇所の著者は、梅花女子大学教授の加山宏路氏。
135 :
名無しさん@1周年:01/10/12 20:42
ちなみにヨハネは全然違うわよ。
天地創造とともにイエスが神とともにいたことになっていて、マリアから
生まれるなんてどこにも書いてない。
マタイはどうやらユダヤ人に向けて書かれていて、ルカはヘレニズム全体へ
向けて書かれているわ。
マルコはいちばんシンプルだからおそらく最初の福音書なのよ。
調和福音書、誰か読んだことある?
>135
さきほどの本によると、ヨハネの特徴は以下の通りです。
1)1世紀前半のユダヤ教哲学者フィロンの「ロゴス概念」に似たプロローグ
2)イエスは地上を歩む神の分身としてすでに超自然的存在として描かれる
3)特有の「私は....である」発言を通じて、最初から一貫して自らの神性を啓示
4)「現在終末論」(終末を未来ではなく、イエスの到来においてすでに現実化し
ていると把握する。未来的終末論を説いている部分は、ブルトマンによれば後世の加筆)
5)贖罪論の欠如(これをIヨハネで補っている)
>マタイはどうやらユダヤ人に向けて書かれていて、ルカはヘレニズム全体へ
>向けて書かれているわ。マルコはいちばんシンプルだからおそらく最初の福音書なのよ。
同感です。
>調和福音書、誰か読んだことある?
それは初耳です。もう少し詳しい情報をキボンヌ。
137 :
名無しさん@1周年:01/10/12 21:09
>>136 ええと確か日本にはないはずよ。
要は4つの福音書をすべてあわせたものみたい。
トマスの福音書とか、聖典としてみとめられていないものも
影響されているのかしらね?
誕生物語では占星術の学者も羊飼いもみんな集合するみたい。
マタイ、マルコ、ルカを共観福音書といい、ヨハネのことを
第四福音書というのよね。
Q資料の日本語訳ってあるのかしら?
138 :
新井こうじ:01/10/13 21:12
地獄はあります
ここに書いてる皆さんが行くところです
アハハハハハハ
>>138 素晴らしい事ではないか。地獄に自らおもむき、地獄を天国と
化せば良い。
>>135 >天地創造とともにイエスが神とともにいたことになっていて
なっていない。いたのは御子。
御子が「人となった」のが、イエス。
それ以前は、御子であって、イエスではない。
>>137 調和福音書?福音書対観表(調和表)の事かな?
それだったら、あなたが思っているようなものではないよ。
もちろん日本語のものもある。
Q資料の日本語訳?
Q資料自体が、推測の域をでていない。
だから、そもそも決定された本文が存在しない。
書き込むのだったら、もう少しちゃんと勉強されたし。
町の本屋さんで2000円くらいで売ってるような、通俗本ではなしに。
常識人さん
私の持っている資料はまたちょっと違うことが書いてありました。
が、詳細はこの次に。
色々忙しいので火曜か水曜に書き込みます。
それと私は(常識人さん)とハンドルで読んでいるので私もにもそうしてください。
それが(常識)では?
>>140 本の値段と情報の信憑性にどんな関係が?
聖書を神聖視するだけでは前進できないよ。
142 :
>140さん:01/10/13 23:47
>>140さん
>御子が「人となった」のが、イエス。
>それ以前は、御子であって、イエスではない。
横から部外者が口を挟んで悪いけど、この部分は断定しないほうが良いよ。
イエスは、その子をイエスと名付けなさいと指定されて付けられた名前なんだよ。
マタイ福音書1:21やルカ福音書1:31を読むと書いてある。
参照:マタイ1:21「マリアは男の子を産む。その子をイエスと名付けなさい。
この子は自分の民を罪から救うからである。」
人間に生まれるがゆえに「御子」に特定の名前が授けられたのか、最初から
持っていた名前を人間に生まれた時に付けるように指示されたのかは、
はっきりと断定することは出来ないと思うけど、どうかな?
143 :
名無しさん@1周年:01/10/13 23:56
調和福音書って、シリアのタティアヌスが作ったディアテッサロンのことじゃないの?
144 :
名無しさん@1周年:01/10/14 00:52
>>140 福音書対観表のことじゃないと思うけど。
調和福音書ってきいたことあるよ。
「Q資料」の日本語訳はありますよ。
「Q資料・トマス福音書(本文と解説)」
J.S.クロッペンベルグ他著、日本基督教団出版局 4,944円
146 :
名無しさん@1周年:01/10/14 01:46
ニセモノよ。
Q資料は「こんな語録があったのだろう」と推測されてるだけのもの。
日キも面白い本出してるわね。
Q資料とトマスの福音が一緒になってるの??
一緒になってるんじゃなくて、2部構成。
偽物かどうかは、自分で買って読んでから判断して下さい。
私としては、Qは推測の域を脱していると思いますが。
148 :
名無しさん@1周年:01/10/14 02:00
推測の域は脱してても原文は現存していないわよ。それは明らか。
149 :
名無しさん@1周年:01/10/14 02:11
クロッペンベルグの解説はあまり一般的なものではない。
日本語で読めるものとしてはツェラーのQ資料注解のほうが穏当な解説。
150 :
名無しさん@1周年:01/10/14 02:14
あくまで語録を誰かが解約してるものなんでしょ。
ブッシュさんを見てもお分かりいただけると思うが、
信じないものは、滅ぶじゃあなくて、滅ぼす!!です。
小生はキリスト教会に行ってしまいました。
人間は生まれついて楽園にいるんですね。(はっぱ一枚だけど)
そして聖人と罪人の戦いが始まる。
なんせ裸でアダムやイブのように楽園にいるものだから、映画サトラレのように
自分の考えが他人に伝わってしまうのです。この点についてカトリックの神父に聞いたところ
そして何でも霊能力がある人間と無い人間がいて霊能力は神からいただいたものだから良いことに使うそうです。
そして救うべき者にはあらかじめ知識を授けておくとイエスは言っています。僕にはそれがなかった。
洗礼を受けるにあたってまず霊の存在を信じなければなりません。
洗礼を受けると自分の考えていることがテレビや他のメディアでやられているといったようなことが
起こります。カトリック、プロテスタントではテレビでやっている事は全然関係ないといいますが、
僕の経験だと関係あります。牧師にはヤソが多いので注意が必要です。
ある日母親がテレビを観ながら神の子にしてくださる。やる?やらない?と言いました。
なんだかよく分からなかったのですか。やるって言ってしまったんですね。
救いの条件は、キリストへの祈りそれから順をおって、ロザリオ(これはイエスは私についてこようとする者はおのおの
罪の十字架を背負いと書いており・・道具を使うんですね)
私の知っている範囲はブドウジュースとパンです。これはキリストの血とパンです。
これらの条件を満たさないと地獄行きです。(不眠、幻聴、幻覚、体感幻覚、自殺知る人も多いでしょう、周囲の人間は敵ばかり)
神はあらゆる手段を用いて呪います。神の名はヤハゥェですこれは蛇霊です。エホバではありません。
私は16年間ヘタレでいじめに遭いました。仕事もろくに就けず、現在精神分裂病
まぁ地獄へ通じる道は善意で舗装されているということでしょうか・・・
それと自分の意志で行動しているようでも実は操られているとキリスト信者に教えて貰いました。
聖書では人間一人一人に対して神がおおよその計画を立てているそうです。
まぁユダヤ・キリスト教は、人間を見せしめにして、おもちゃにして人を殺す。
邪教ですね。みなさんがうらやましいです。
153 :
名無しさん@1周年:01/10/14 08:03
>そして救うべき者にはあらかじめ知識を授けておくとイエスは言っています
こんな言葉が聖書や教義にありますか?ないですよ。
>洗礼を受けるにあたってまず霊の存在を信じなければなりません
洗礼というのはまず第一に、正しい生き方を神に求めるという姿勢を示す
ものです。だから、霊の存在をまだ完全に信じられないというのは素直で
正しいと思いますよ。神があるということを信じて生きなければならないぎりぎり
のところで、神は答えるでしょう。
>神の名はヤハゥェですこれは蛇霊です
天地を造られた神、そのことだけで始めの理解は十分です。
神の名が何かとか、どんな形をしておられるかなどというのは
神を信じる前にいろいろと決め付けても仕方がないのです。
>それと自分の意志で行動しているようでも実は操られている
操られるという言葉を使う人は、神を信じていないかもしれない。
神は我々を操る方ではなく、恵みを与えてくださり、望みをかなえて
下さる方です。パウロでさえも困難艱難をものともせずに生き抜き、
自分自身の有様を次のように表現してますよ。 つづく。
154 :
Uコリント人への手紙:01/10/14 08:04
6:3 わたしたちはこの奉仕の務めが非難されないように、どんな事にも人に罪の機会を与えず、
6:4 あらゆる場合に神に仕える者としてその実を示しています。大いなる忍耐をもって、苦難、欠乏、行き詰まり、
6:5 鞭打ち、監禁、暴動、労苦、不眠、飢餓においても、
6:6 純真、知識、寛容、親切、聖霊、偽りのない愛、
6:7 真理の言葉、神の力によってそうしています。左右の手に義の武器を持ち、
6:8 栄誉を受けるときも、辱めを受けるときも、悪評を浴びるときも、好評を博するときにもそうしているのです。わたしたちは人を欺いているようでいて、誠実であり、
6:9 人に知られていないようでいて、よく知られ、死にかかっているようで、このように生きており、罰せられているようで、殺されてはおらず、
6:10 悲しんでいるようで、常に喜び、物乞いのようで、多くの人を富ませ、無一物のようで、すべてのものを所有しています。
>141(天国人さん)
了解。私はいろいろなスレで同時多発的?に書くことが多いので、いちいち相手の
スレ名覚えてられないんです。それに、HNなんてID番号と同じでしょう?私には
あまり思い入れはないなあ。「もし、常識のみを道しるべにする人が宗教を語った
ら、こういう意見が出るんでは」という立場はそれなりに意識しているけどね。
もともと、2chで意義を持つのは、個々のカキコに含まれる、自分にとって未知の
思想や情報だけで、HNが持つ(恐らくは作り物の)人格の分析ではないはずだからね。
>137,140,144さん
RESが前後しましたが、皆様、「調和福音書」の情報をどうもありがとうございました。
>146
「仮説」と「贋物」とは別ものだと思うけどなあ。「史的イエス」の再構築がほとんど
不可能だという現状から判断すると、福音書に書かれたイエスも「贋物」ということ
になるんだけど(^^;。
厳密に言えば、科学だって「仮説」にすぎないんよ。今のところ、矛盾が生じずに万物
の現象が説明できるというだけで、それが「真理」であるかどうかは別問題。せいぜい、
「いくつか取り得る真理候補のひとつ」という言い方しかできない。Qも、伝統的なキリ
スト教のイエス像も、「仮説」のひとつにすぎないという意味で同レベルです。Qを一方的
に拒否するのは目くそ鼻くそですな。
157 :
名無しさん@1周年:01/10/15 22:44
Q資料は現存されてないからみんな目くじらたててんだって。
>157
じゃあ、お伺いするが、あなたは電子を見たことがあるか?原理的に電子を「見る」
ことは不可能なんですよ。しかし、科学者は電子の存在を確信している。それは、
電子があると仮定すると多くの物理現象が矛盾なく説明できるからです。Qも同じ
ですよ。
むしろ現代聖書学は、形を持つ福音書の位置付けに疑問を持っている。以下、引用。
福音書におけるイエス像は単なる史的叙述ではなく、神話の文体において神の子
キリストに対する信仰の視点からイエスを提示することを意図している...史的検証
によってわれわれが福音書伝承の背後に確認しうるのは、あくまで一人の人間として
の「ナザレのイエス」である。イエスがメシア(キリスト)を自称せず、むしろその
ように呼ばれることを拒否さえしたのが事実とすれば、それではなぜ、そのイエスが
「キリスト」、「神の子」、そしてついには「神」そのものと信じられるに至ったの
か。...教会を成り立たせている「イエス=キリスト」告白は、イエスの生(および死)
が人々に与えた影響の証であり、歴史を超えて福音書および新約聖書が人々に語り
かけるメッセージでもある。(加山宏路氏)
つまりは、キリスト教とは、イエスの教えと言うよりも、人々がイエスの行きざま
(と死にざま)から読み取ったメッセージにすぎない。それは事実ではなく仮説
であり、希望的観測を一歩も出ない。
159 :
名無しさん@1周年:01/10/16 14:33
電子はそこにあっても見えないが、
Q資料は有れば見えるやろ、
一緒にするのはおかしいど。
160 :
名無しさん@1周年:01/10/16 16:42
っていうか、クリスチャンが恐い!
161 :
名無しさん@1周年:01/10/16 16:47
だから、Q資料が存在したであろうことは現代の聖書学者はほぼ一致してるし
このスレでも否定してないでしょ。
でもQのテキスト自体はいまある資料から復元した仮説の域を出ない。
それをさもQテキストが現存するかのようにいうから目くじら立てられてんの。
トマス福音書みたいに当時の写本が出てくれば別だけど。
>161
誰がどのスレで、Qが現存するかのように言ったんだって?
>>ALL
本題に戻ろう
げげげ!
すっかりスレ死んでいるな。
もう誰も見てないか?
久しぶりに見た。
166 :
名無しさん@1周年:01/10/25 11:35
たしかにキリスト教は恐い。最近つくづくそう感じるようになった。
みんな気まぐれなだけさ。
キリストなんてヴァカ氏ね
169 :
名無しさん@1周年:01/10/25 13:00
2000年前に死んだよ。
170 :
makori:01/10/25 13:24
「たとえ天地滅ぶとも、我が言葉は滅ぶ事無し。」
イエス=キリスト
171 :
名無しさん@1周年:01/10/25 13:38
いや、言葉に力はない。
単に口ばかり達者なペテン師だった男だ。
172 :
名無しさん@1周年:01/10/25 13:40
>>1 地獄に堕ちるなんて嘘なので安心しなさい。
地獄なんてありません。単なる作られたホラーです。
以上。
本当に。まぁ、ユダヤ系列だもの。仕方ないわよ。
174 :
キリスト教はやっぱり怖い:01/11/02 18:28
古いレスですが、読んでいて気になりました。
>125
>129
>「仏教や儒教に神の観念がない」というのはある程度まで正しいでしょうが、
>「空」や「天」が一神教の説く「無限」である神とはまったく
>別のものであるなどと誰が断言できましょう。
>大乗仏教とヒンズーのヴェーダンタ哲学の親近性を思い出してください。
「天」はいざ知らず、「空」は神ではありえないです。
「親近性」があるからなんだというのでしょうか。何を仄めかしたいのですか。
もしかして、この程度に自分に都合のよい認識と推論とに基づいて、
いつもキリスト教を論じているのでしょうか?
あなたの発言は間違いというよりも、
あるキリスト教的な見方を押しつけようとするものであって
知的あつかましさとでもいう態度が見受けられ不愉快です。
キリスト教にない真理、キリスト教で解釈できない真理を
他の宗教が持っているということを認めて頂きたいと思います。
175 :
名無しさん@1周年:01/11/12 18:57
地獄は善人ばかりといいますね。
>>174人の心で理解できないものは、理解しないのが決まり。
知らないものは、みんな敵。みんなサタンのもの。
向こうの神がそう決めたらしいと、
決めてもいないことを人は信じているだけ。
いつしか、人の言葉、人の文字で解釈してしまったからね・・・。
177 :
名無しさん@1周年:01/11/15 19:48
>>157 >Q資料は現存されてないからみんな目くじらたててんだって。
そんなこと言い出したら、四福音書だって書簡だってある意味現存していないでし
ょ。
あちこち違う写本から再構成された、仮説的な原本なのだから。
Qも、(そのような資料が存在したという伝承が無い点で現行新約諸書に劣る点を
除けば)現行の福音書から再構成されるのだから、両者の関係は復元の蓋然性の高
低という相対的なものでしかないのでは?
(もちろん、Qらしきものがなかった、という立場の可能性も一応認めるが、マタイ
・ルカ間の一部の一致の良さをみると、Qの存在はかなり蓋然性が高い、と私は思う)
179 :
名無しさん@1周年:01/11/25 07:53
自分が最初に行った教会では1のように教え込まれている狂信的教会信者が
未信者の家族や親戚の臨終に押しかけて改宗を迫り、後日「父は救われて天の御国へ〜」
と自己満足している信者も良く見たなあ、そう言えば。表向きは世間体の事で仏式の葬式ですが
信仰を持って召されウンタラ〜というパターンが多かったような。
仏教徒のままで死んじゃったら地獄に落ちるんだとさ〜
後にいろんな教会の情報を得てアホらしくなった。
1はいろんな教会を訪ねてみると良い。
180 :
名無しさん@1周年:
馬鹿馬鹿しい。地獄におちるはずなどない。
そもそもキリスト教国では、ろくに十戒も守ってないじゃないか。