47氏による長編です
どうぞ
糞スレ認定
入街審査以来忘れていた危機感が、再びぼくの胸へと舞い戻ってくる。
ユリルさんは、ぼくが人間だってことを勘付いていた……!
「なっ、何を言い出すんですかっ!」
ぼくは反射的にそう声を上げてしまう。いけない、これじゃあ動揺してしまっているのがバレバレだ。
と、ユリルさんは咄嗟に自分の口元に人差し指をあてがい、こう囁いた。
「しーっ、あんまり大きな声出すと、周りのお客さんにも聞こえてしまいますよ……
私はね、好奇心で言っているのですよ。そう警戒なさらないで下さい」
ユリルさんはそう言うと、いかにも『安心させるため』といった風な笑顔を浮かべる。
「好奇心……?」
その『好奇心』が危ないんじゃあないか。好奇心が好奇心に留まったままでいるものか、
ぼくが人間だってことを知ったら、いずれは小金欲しさに新聞社にでもなんでも言いつけるに決まっている。
……でも、相手はこのユリルさんだ。親切で低姿勢、大人の鏡のような方……
いいや、だから何だ。それが何だ。否定しなくていい理由にはならない、
ぼくが人間だってことは、たとえ誰が相手であろうと伏せてなきゃあいけないんだ。
「あは、あっははは。ユリルさんは冗談がお好きですか。ぼくが人間? あの人間様ですって?
確かに似てるとは言われますけどねー、まさか人間様そのものじゃないですよっ」
おどけた調子でそう否定すると、周りで聞いていたフライゴンとジュカインもそれに便乗してくれる。
「そうですよーユリルさん。コウイチくんが人間様なわけないじゃあないですか」
「人間様だったらいいなーってオレも常々思ってますよ、あはは」
二人して、ぼくが人間だという事実を守ってくれる。なんて頼もしいことか。
……しかし、ユリルさんは何故だかそう簡単には考えを曲げてくれない。
「……あのですね、みなさん。私が先程『好奇心で言っている』と言ったのは、
『誤魔化す必要はない』という意味なんですよ。お分かりですか?」
「え?」
ユリルさんはそう前置きをすると、何故ぼくのことを人間だと思ったのか……
それを、淡々とした口調で羅列し始めた。
ちょwwwww明日じゃないのかよwwwwwwwwwwww
乙です。
「あなたのその手、プラスチックですよね。
私は仕事柄か様々な種族の方と握手を交わしますが、
手がプラスチックなんて方とは今まで一度もお会いしたことがありません。
義手だとしても、それじゃあ不便すぎでしょ。
そんな不便な義手には誰も金を落としますまい。
そして、その帽子も髪の毛を隠すためのカムフラージュですよね。
こんなバカに暑い日に、そんな頭全体を覆えるような毛糸の帽子を被っている方なんてアナタだけ」
「……」
ユリルさんはそう一通り羅列し終えると、ふうと一度満足げなため息をついてみせた。
……なんなんだ、この方は。『好奇心で』とか言っておきながら、暴く気が満々じゃあないか……!?
なんだか、段々この方が分からなくなってきた。何がなんでも否定しなくては……
「いや、でも、世界は広いんですよ? 『お会いしたことがない』とか『アナタだけ』なんて言われても、ぼくとしてはサッパリ……」
「今といい、先程といい、ずいぶんと本気にうろたえているじゃあないですか、コウイチさん?
どうしてそこまでうろたえるんですか。あくまで私の『好奇心』なんですから……隠し通す必要はないんですよ」
「……!」
この方、もはやぼくが人間であるということを前提に語っている。
自分の考えが間違いであるということを一切疑っていない……
まぁ、確かに実際間違っていないわけだけれども。だからこそ、都合が悪いんだ。
「……」
「……」
……否定するためには何かを言わなければならないけど、
完全に頭の中を整理しきる前に口を開いてしまえば、
必死な様子が露わになってしまい、かえって怪しまれる。
何も言えない。
ぼくらの周りを、重い沈黙が支配してゆく。
ぼくらとユリルさんの間を取り巻く沈黙。
ぼくにとっては、とてつもなく重苦しい沈黙だ。
状況の悪化がリアルタイムで進行しているのが、身に染みて感じる。
何だかどうしようもなく苛立ってきた。この方といい、何でみんな無駄な詮索をしてくるんだ。
……店内には、音楽が絶え間なく流れている。
そして今流れているのは、ノリの激しいロック・ミュージック。
こういった小奇麗な内装のレストランでこんな音楽を流すなんて、
選曲担当の人は考え方がちょっとイカれてるんじゃあないのか? くそっ
「……言いませんよね」
「!!」
沈黙を割ってそう言い出したのは、フライゴンだった。
この空間に耐えかねたのか、フライゴンはそう口にしてしまったんだ。
そのフライゴンの言葉に、ぼくは心臓が飛び出しそうになる。
「……それはどういう意味で?」
ユリルさんはおもむろにポケットに手を入れると、半笑いを浮かべながらそう確認してくる。
彼のその言葉に、フライゴンは若干苛立った調子も含ませながらこう……答えてしまった。
「『コウイチくんが人間だってことを口外しないで下さりますよね?』……って意味ですよっ!」
うわちゃあーーーっ!! フライゴンのばかーーーっ!!
「……確かにコウイチさんは人間様なんですね?」
「ええ、そうですっ」
ダメ押しの如くそう確認してくるユリルさんに対し、またもフライゴンは首を縦に振ってしまう。
ばばばばばば、ばかっ、何バラしちゃってるんだ、フライゴン――
「フ、フライゴン! きみ何を言ってるんだよっ!」
焦りのままに慌ててぼくがそう言うと、フライゴンもまた焦りを露わにしながらこう反論してきた。
「……コウイチくん、もう完全にバレているんだからどうはぐらかそうと無駄です。
こうなったら、ユリルさんの好奇心が好奇心のままでいてくれることに賭けるしかないでしょう!?」
「で、でも……」
確かに、フライゴンの反論にも一理あるといえばある。
自分が人間であるということは完全に見通されているのだから、
ここは無理に隠し通して双方苛立つよりは、早いうちに開き直ってしまって
相手を強く口止めさせるというのも、まぁ賢明な判断とも言える。
そもそも、恩のある大人の言うことを信じないのはいけないことだ。
最近、というかこの世界に来てから、どうも疑り深くなってしまって仕方がない。
子供としては、あんまり大人を疑いすぎるのはよくないよ……
「ねぇユリルさん、言わないで下さるんですよね?」
今度はフライゴンが確認する番だ。ユリルさんならば、当然YESと答えてくれる……信じて祈るしかない。
ユリルさんは数秒後、ポケットから手を出すと同時に口を開いた。
……まったく想像外の言葉が返ってきた。
「私は善人です」
「え?」
突然そんなことを言い出したユリルさんに対し、ぼくらは一斉に疑問符を返す。
ユリルさんがそう言い出した意図を考える間もなく、ユリルさんは再び口を開き話を続けた。
「私はね、例えば落ちている空き缶を拾わなかったことはありませんし、
道端で困っている老人や子供に手を差し伸べなかったこともありません。
大規模な森林開発プロジェクトへ多額の寄付をしたこともあります。
一日一善とは言わず、一日x善を毎日キチンと意識しながら生きています。
要するに、私は自分のことをハッキリと『善人』だと意識しているんですよ。
頭の弱いヤツらは私のような者を、短絡的な思考で偽善者だと呼びますが、
『善人だと意識している』からこそ、『善い行いを欠かさず行える』のです。
己を善人だともハッキリ意識してない天然なやつに比べれば、
数百倍は善い行いが出来るという自信がありますよ。私はね」
「え……」
ユリルさんの長々とした『善人告白』に、ぼくらは呆気に取られ言葉を返すことが出来なかった。
言っていることは分かるけど、それを告白することにより何を伝えたいのか……
……遠まわしに『人間だということを口外しない』と言っているのか……?
そうだとすると辻褄が合うけれど。とりあえず、ぼくはそれを確認してみることにした。
「ねぇ、ユリルさん……? それ、『言わない』って意味ですか……?」
そうすると、ユリルさんはにこやかな笑顔と共にこう返した。
「そう解釈してくれると有難いですね」
「……」
……確かにこの方は、他の方に口外するつもりはないようだ。
でも、ハッキリとした答えが欲しい。
口外するつもりはないというのは分かっているけれど、
ハッキリキッパリと『言わない』と言って欲しい。『言わない』という単語を口にして欲しい。
そうでないと、まるで上手く丸め込まれたみたいで後味が悪いよ……
「ヤドンのしっぽステーキのマジックソースがけでお待ちのお客様ー」
「!」
気がつけば、ウェイターさんがぼくらの頼んだ料理を持ってこちらへやってきていた。
ユリルさんと話している間に、だいぶ時間が経っていたようだ。
「あ、ああ、ぼくと……この子のぶんです。お疲れ様です」
ぼくは『ヤドンのしっぽステーキのマジックソースがけ』の乗った皿二つを受け取って、
一つは自分の元に、もう一つをフライゴンの元へと置く。
「あ、ありがとうございます……」
フライゴンはお礼を言いながらも、フォークにも目下のステーキにも手をつけようとしない。
それはぼくも同じで、ほくほくと湯気を立てているステーキを見つめながら、何も出来ずにいる。
ウェイターさんが去っていき、再びぼくらの間を息が詰まるような沈黙が覆い出した。
……気まずい雰囲気……
そんな雰囲気が数十秒続いた後、フライゴンがふとフォークを手に取った。
そしてこの気まずい雰囲気をぶち破るように、明るく叫び始めた。
「……わ、わァー、美味しそうなステーキですねェー!
まだお料理を待ってるお二人さんには悪いけど、先にいただきますねー!!」
ほとんど無理してるの丸見えだけど、なんとか元気を振り絞り雰囲気を緩和させようとするフライゴン。
さすがフライゴンだ、よく空気が読めている……ぼくも見習わないと。
……まぁ、ぼくは今は他の誰かの手を借りないと何も持てない手だから、まだ食べないけどね……
……そんなことを思いながらフライゴンの食べっぷりを見つめていると、思わぬところから助け舟が入った。
「コウイチさん、その手じゃあ食べずらいでしょう? 付け替えてくださいよ、ほら」
ユリルさんはバッグから指の数が分からないタイプの手袋――いわゆるミトンを取り出すと、ぼくに差し出してきた。
「あっ……ありがとうございます」
何でこの方こんなものを常備しているんだろう? とか何とか思いつつもぼくはそれを受け取って、
ほぼ意味はないけど一応彼に見えないようにテーブルの下で、生の指にミトンを装着した。
ユリルさんイイッ!
「ひゃあーウマーーーーイ!! おーいしいーーー!!」
フォークとナイフを使ってステーキを綺麗に切っている中、フライゴンの歓喜の叫び声が聞こえてきた。
最初はちょっと無理して元気を出していたフライゴンも、
ステーキを食べていくにつれ、それに夢中になり素で元気を出し始めたんだ。
「赤とうがらしサラダでお待ちのお客様ー」
「ああ、オレです」
続けてジュカインの頼んだ料理もやってきた。
ジュカインは赤唐辛子サラダを自分の元に置くなり、スプーンを使ってそれをすぐに口に入れ始める。
「いやぁ、オレも何だかんだいって腹減ってたからな。ウーン、うまい」
ジュカインもすぐに料理に夢中になって、ぱくぱくと流れるように食べ始める。
程なくしてユリルさんの頼んだ料理もやってきて、テーブルを料理が埋め尽くすようになった。
「おやー、その料理もおいしそうですねユリルさん。それいつも頼んでるんでーすかー?」
「そうです、これは私の大好物でして……三日に一回は食べてますね」
「そうですかー。このステーキ食べ終わったらボクもそれ頼んじゃいましょうかねェー、なんちゃって。あはは」
和気藹々として話し始めるフライゴンとユリルさん。まるで先程のことがなかったかのようだ。
……よかった、だんだんと和やかな雰囲気が戻ってきたぞ。一時はどうなることかとも思ったけど……
ぼくもようやくステーキの切り分けが完了し、その中の一つをフォークで刺して口へと運んだ。
柔らかく適度な弾力のあるその肉身へと歯を食い込ませ食感を楽しむ。
ぞぶりと弾けるような食感、その下からどくどくと溢れてくる肉汁を舌に絡めて、喉へ送り込む。
……ぼくは別にグルメだとか料理評論家だとかってわけじゃあないから陳腐な表現を使っちゃうけど、
肉本来の旨みに加えて、黒胡椒で適度にスパイスの効いた味付けのハーモニーが素晴らしい。
存分にお肉自体の美味しさを堪能した後、今度は料理の売りとなっているマジックソースへお肉を浸してみる。
お肉に被ったソースを舌でちろちろと舐めてみる。……デミグラスソースに似た濃厚な味。
もういちどぺロリと舐めてみる。……わお不思議! 今度はケチャップっぽい味がする!
どういう仕組みなのかなあ、これ? よく分からないけど、超能力的なものが関わってるのかな。すごいや。
「おいフライゴン……勢いよく食べすぎだよ、肉こぼれてるぞ」
その小さな口にどんどん食べ物を詰め込んでいるフライゴンに、そう突っ込むジュカイン。
「はっへほははへっへはんはほーん。ひはははひひゃん」
「食いながら喋るな、肉こぼれてるってバカっ!」
ぽろぽろ口の端からお肉を零しながら喋るフライゴン。
そうやって零しながらも、もっと口に食べ物を詰め込めるように頑張ってお肉を飲み込み続ける。
それを繰り返しているうちに、ついに……
「んぐっ、んぐぐっ、ん、ん゙ーーーーーっ!! ん゙がぐぐぐーーーっ!!゙!」
レストラン中の視線が、一斉にこちらへと向けられる。
突如フライゴンは喉を押さえ口から肉をボロボロ零しながら、わけの分からない奇声を上げていた。
赤い膜の下にある目をぐぐいっとかっ開きながら、世紀末を迎えたかのように表情を歪めて……!
「うわーーーっ、フライゴン!!」
「フラ、フライゴン、何やってんだバカ、大丈夫かー!?」
きっと喉を詰まらせたんだ、フライゴンのやつ。口も喉もちいちゃいくせに無理して食べるから……
フライゴンへと進化してからこれで何度目だろう。ともかく、何とかしないと……
「いやーっ、焦って食べすぎちゃいましたよ。ボクばかだなぁ。あっははは」
……水をゴクゴクト飲ませることによって、フライゴンの喉詰まりはあっさりと解消された。
フライゴンは舌を出して照れ笑いしながら、零れたお肉で汚れているテーブルを拭いている。
「食い意地張ってるくせに大食いは苦手なのな、お前は。ってか、これで何回目だよ? いーかげん学習しろっつーの!」
食べ終わり口を拭きながら、ため息混じりにそう呟くジュカイン。その言葉に、ぼくは心の中で同意する。
「仕方ないじゃーん。子供の頃はなー、もっと口がデカかったからたくさん食べれたのに……なんで部分的に退化しちゃうんだか」
「クケケッ、お前の子供時代をオレは生で見たことはないけど、図鑑で見たことあるぜ。
ナックラーだっけ、あの口がでっかいアリジゴク。あれからその姿だもんなー、とんでもない進化だよ、カハハッ」
「……それコケにしてるのかよォ。だとしたらうるさいっ!」
不満そうに口を尖らせてむぅと唸るフライゴン。ぼくはそれをほほえんで見つめながら、ステーキの最後の一切れを口に入れた。
「4200円になります」
四人前の代金、4200円。
なんだか高いような気もするけど、あれだけの美味しさだったんだから妥当な値段かな。
代金を払おうと財布を取り出すと、ユリルさんが後ろから声をかけてきた。
「お金は私が全て払いますよ、コウイチさん。途中、あんなに雰囲気を悪くしてしまったお詫び、ということで……」
ユリルさんはそう言うと、自分の財布から手早く料金を取り出してレジに置いた。
それと共にこちらを向き、またあの朗らかな笑みを浮かべる。
「あ、ありがとうございます……」
……大人の鏡……信用できる大人……
ぼくは自分に言い聞かせるようにそう唱える。
不安を抑えるのには、信用しかない。そうだよ、この方は絶対に言わない……
この方は善人なのだから。ぼくらが困るようなことは、絶対にしないはずだ……
食事を終え再び都市観光を続けていると、ぼくらへ向かってユリルさんがこう言ってきた。
「あの、すいません。私的なことで申し訳ないのですが、今から図書館へと向かっていいですか?」
「図書館……ですかー?」
「ええ、そうです。まぁ図書館といっても、インターネット喫茶に漫画喫茶や書店と併合している所ですけれども」
今まではぼくらの行きたい場所へと行っていたユリルさんが、ここへきて珍しい提案だ。
どういうわけかは知らないけれど、でも図書館といえば丁度ぼくも行きたかった場所だ。
「ええ、図書館にはぼくも行きたかったですから……行きましょうか、ユリルさん」
「ありがとうございます! ここからは徒歩で10分やそこらあれば着くでしょう。さぁ、行きましょうか」
すぐに次の目的地は決まった。図書館。
ぼくらはユリルさんにつき、図書館へと向かっていった。
確かに、10分ほど歩いた先に、ユリルさんの言う図書館はあった。
『イマージネー総合図書館』……
百貨店程の大きさの四階建ての建物で、専用の大きい駐車場は車で埋め尽くされている。
駐輪場もいっぱいで、館内はだいぶ混み合っているだろうことが予想される。
この図書館がこんなに混み合っているのは、きっとこれのおかげなんだろう。
建物の脇についている看板に書かれる、2Fマンガ喫茶、3Fインターネット喫茶の文字。
単なる勉強好きや資料集めのために来るような方以外も来るから、こんなに混み合っているんだ。
名目上は図書館だっていうのに喫茶店がついてるっていうのは何か違和感あるけど……
ってかやっぱりマンガとかあるんだ、この世界も。想像がつかないなあ。
建物を見上げていると、ユリルさんが横から話しかけてくる。
「私は3階のインターネット喫茶に用があります。コウイチさんも図書館に用があるんですよね?
一応これを渡しておきます、受信機です。用件が終わりましたらかけますので、ではよろしく……」
ユリルさんはカバンから小型の携帯電話(たぶん受信専用)をぼくに渡すと、
ぼくらへ向けて笑顔で一礼して、そそくさと図書館の中へと入っていってしまった。
「行っちゃった。……そういえばコウイチお前、図書館に用あるんだよな。何か読みたいものでもあるのか?」
ユリルさんの後姿を目で追っかけていると、ひょっとジュカインがそう質問してくる。
答えようとすると、その前にフライゴンが代わりに答えてくれた。
「たぶん、この世界についてのことだよ。魔王軍のこととか竜騎士のこととかさ。そうですよね、コウイチくん?」
「うん、そうそう。たぶんこれから長い間この世界にお世話になるんだし、色々と知っとかないとね……
元の世界に帰る方法も見つかるかもしれない……少ない望みだけれどね。……ああ、あと」
ぼくは一旦言葉を止めて、建物の看板を見つめながら続けてこう言う。
「マンガも……読みたいんだよね〜。二人も知ってると思うけど、ぼく結構マンガ好きだから……
ポケモンの書いたマンガってどんなもんかなァ、ってさ。別に品定めするつもりじゃあないけどね」
言いながら期待で胸が躍ってしまうぼく。正直、マンガを読む方を優先したい……
……と、そんなぼくの心情を読み取ったのか、フライゴンはジュカインと目配せした後、こんな提案をしてきた。
「じゃあ、コウイチくん。代わりに、ボクたちが図書館でこの世界のことを調べます。
その間、コウイチくんはマンガ喫茶で思う存分マンガを読んで楽しんでてください!」
「えっ、いいの?」
思わぬその提案に驚きそう言うと、ジュカインもククッと笑いながらこう言ってくれた。
「ああ。いつもお前には苦労かけてるし、その恩返しの一つってことでサ……だよな、フライゴン?」
「そーそー、そういうこと。お前もよく分かってるねジュカイン!?」
二人の嬉しい提案。でも、ジュカインが口にした言葉にぼくは多少引っかかる。
『いつも苦労かけている』……
……逆だよ……苦労かけているのはぼくだ……きみたちに恩返ししたいのは、ぼくなんだよ……
……でもっ。せっかくの嬉しい提案だし。今回ばかりはそこんとこは気にせずにいてもいいよね。
「じゃ、じゃあーお言葉に甘えて……えへへ。頼むよ、二人とも」
「りょーかいっ! んじゃあ、入りましょうかー」
ぼくら三人もユリルさんに続き、総合図書館へと入っていく。
うーん、またワクワクしてきたぞ。やっぱり観光はこうじゃないとねっ。
――――――――――――――
善行には『重さ』がある。
当然だろう。
犯した罪の重さによって罰の重さも違うように、善行にも当然それぞれ重さがある。
たとえば落ちているゴミを拾うことは善行。森林プロジェクトへと多額の寄付をすることも善行。
しかし同じ善行といえども、この二つには明らかな重さの違いが存在する。
気まぐれ程度に気軽にでき、かつそこまで周囲に影響の出ない前者と、
善のためには懐と手間を惜しまない強い心が必要で、
かつ多くのモンスターや動植物が救われることになるであろう後者。
二つの善行の間に大きな隔たりがあるのは明白である。
しかしそれは極端な話。
各々の価値観によって軽重の変わるような、隔たりが曖昧なものもある。
そして、その二つの善行を同時に迫られ、その上どちらか一つは捨てねばならない状況に立ったとしたら?
その際には、私情にほだされたり頭の弱い奴らの戯言には耳を貸さず、
影響の広さ……救われる者の多さ……
冷静に頭を働かせそれらをキチンと考慮し、そして的確な取捨選択をせねばならない。
例えその選択が、一部の者にとっては非常な選択であったとしても、だ。
そしてそれが出来る者。つまり、『善の比重を計れる者』こそが、真の善人なのだ。
頭の弱いヤツらはそこを理解していないのが多くて、
的確に状況を把握し然るべき取捨選択をしたにも関わらず、
『偽善者』などと罵ってくるヤツの多いこと多いこと。
さて、この私も実際、たった今そういった状況に立たされている。
おそらく先程私が言った愚かな偽善者どもならば、確実に『軽い善行』の方を選んでしまうような状況にだ。
だが、この私は違う。私は善人、善行の比重を計ることに長けた真の善人……
私は絶対に間違った選択はしない。『人間様』には気の毒だが……ね。
イマージネー図書館3Fのインターネット喫茶。
幾つもの個室に分けてあるタイプのインターネット喫茶で、
個室にはそれぞれ一台ずつコンピューターが置いてある。
この喫茶は予約制ではなく、基本的に空いてる個室は自由に使っていいという制度だが、
その中に一つだけ例外がある。この私専用の個室があるのだ。
旧知の友であるここの管理者が、私専用の個室を確保してくれたのだ。(まぁ料金は払うがね)
専用の個室のコンピューターには、私の仕事に都合のいいアプリケーションがダウンロードされてあり、
書きかけのデータなども多数存在している。起動パスが設定してあるので、誰かに覗かれることはない。
最近ノートパソコンが壊れてしまったこともあり、この個室は何とも私に都合のいい場所だ。
さて、今日もここで一仕事をせねばならない。恐らく都市中の者が震撼することになる大ニュースのお膳立てだ。
『フリーカメラマン』をやって数年余、こんな大ニュースの発信者になれることに、私は心底震えている。
『人間様』が……あの『人間様』が、この都市にやってきているという『超絶大ニュース』!!
証拠は十分だ。
まず、左ポケットに入っているデジカメ。
人間様とその連れの二匹の顔が、私の『念写』により的確に撮影されている。
左ポケットに入っているボイスレコーダー。
人間様の連れが発した自供が、そのまま録音されている。
あとはこれらをパソコンに繋ぎ、そのデータをパソコン内に移す。そして、多くの新聞社やテレビ局にそのデータを送信するのだ。
考えているだけで、震えが収まらない。
今まで経験のない、『偉大なる善行』への第一歩を私は今まさに踏み出そうとしているのだ。
デジカメをコンピュータに繋ぐ作業をしながら、私は携帯電話を取り出し、
贔屓にしている新聞社の電話番号を押す。その指先も、震えて止まらない。
そう、これが一歩……偉大なる善行、都市の震撼への第一歩なのだ……!
『はい、念売新聞社です』
繋がった。私はあえて声の震えを抑えず、ゆっくりとこう伝えた。
「こんにちは、お世話になっておりますユリル・ゲラです。
……大ニュースですよ、聞いて驚かないで下さい。
このテレキシティに、『人間様』がやってきたのです!」
今まで真実だけを伝えて信頼と実績を築いてきた私の言は、
その非現実的な大ニュースをも、相手に事実として受け止めてもらえた。
そして私は、人間様の変装の内容等、余すことなく伝え、
最後に、人間様がこのイマージネー図書館にいるということを伝え、電話を切った。
同時にデジカメとボイスレコーダーのデータもパソコン内に移し終え、後は格社へ送信するのを残すのみとなる。
後悔はしていないが、過剰な期待が緊張となって私の体を震えさせている。
その震える指先でマウスとキーボードを操作し、まずは念売新聞社へと……送信。
そして、他多数の社へ……送信。私の手元から離れ送られていく『大ニュース』。
何故だか、まるで瓦礫が崩れていくかのような感覚が私の脳を浸す。
……思えば今朝、友人であるルンゲラからこのような電話がかかってきたときは、耳を疑ったものだ。
「人間かどうか調査して欲しいやつがいる」と。あまりに突飛な依頼が来たもので、私はしばらく唖然としていた。
実際に行ってその者を見てみれば、確かに人間様が変装している姿に見えなくもなかった。
変装……そう、正体がバレたくないから、人間様は変装をしていたのだ。
そして身分を偽って近寄り、どれほどにバレたくないのかを探らせてもらったが、
本気でバレたくないと……騒ぎになりたくないと思っているようだった。
彼のの気持ちは分かる。おとなしく観光したいという気持ちは分かる。
その気持ちを汲み、彼らのためにこの事実を黙っておくこと……それは確かに善行だ。
……だが、刺激に飢えたこの世、そして報道を死活問題としている私のような者達のために、
このことを広く世に知らしめる……それもまた善行であり、そして前者よりも遥かに『重い善行』なのだ。
前者は彼ら人間様のためにしかならぬ善行。そして、たったいま私が実行しているばかりの後者の善行は、
彼ら人間様のためにはならぬが、それ以外の多くの者達のためになる善行だ。
大きな視点で見れば、彼らが人間だという事実を世間に提供することこそが『選ばれるべき重い善行』であり、
彼らのことを考えその事実を胸のうちに秘めておくことは、残念だが『捨てねばならぬ軽い善行』なのだ……
まとめWIKIはできました?
……さてこの事実、私の唯一の身内にも知らせてあげるとしよう。
成人して何年も経っておきながら定職に就けず努力もしない最低の兄だ。
だが、そんな兄でも私の掛け替えのない兄であることに変わりはない。
情報や感動は共有せねばね……それもまた善行。兄弟愛という名の善行さ。
私は再び携帯電話を取り出し、兄へと電話をかける。
……携帯電話の奥から発信音が聞こえて、10秒……15秒……
随分出ないな、兄貴のヤツ。どうしたんだろう? ウンコでも垂らしてんのかな。
……待つこと30秒超。ようやく、携帯の奥から兄の声が聞こえてきた。
『……あー、もしもし。何の用だいゲラ? いま私はイマージネー図書館のマンガ喫茶で
マンガ読んでる途中だったんだ。急にかけてこられちゃ困るぞ』
「イマージネー図書館?」
なんと奇遇な。兄貴ってば、この図書館にいたのか……それなら話は早い。
「へへへっ、そこはイマージネー図書館の中なんだね?
……大ニュースだよ兄貴。そのイマージネー図書館に、『人間様』がいるぜ」
『 え っ ? 』
大ニュースを聞いた兄貴の反応は、予想していた反応とは違っていた。
てっきり私の発言を冗談と思って茶化してきたりすると思ったのに……
兄貴は、本気で驚いたような声を出した。まるで当たりの宝クジを道端で拾ったかのような、驚愕に混乱が混じった反応――
「な……何そんなに驚いてるのさ、兄貴。私の知るユリル・ゲル兄貴は、
ニュースとかでそんなに本気で驚くようなユンゲラーじゃあなかったはずだけど……何かあるのかい?」
『いや……別に……き、切るぞ』
「ええ? あ、うん……」
ゲル兄貴は、さっさと電話を切ってしまった。いつもなら大体世間話とかで電話が長引くのに……
……何か、あるのか? いいや、あの兄貴のことだ、どうせ何かのマンガに影響でもされたんだろう。
……さてと。『仕上げ』もしなければね……
つづく
後半神展開
あいかわらず自演臭いスレ
ユリラ裏切ったかw
乙ー
ユリル兄弟は思考が現実的すぎて困るぜ
魔王はミュウかミュウツー
三話目の最初に出てたユンゲラーもユリルだったってことをこの話見るまで忘れてた俺
伏線の敷き方テラウマス……でチュウ
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄∨ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
/) /)
/ ⌒ ヽ
| ●_ ● |/\
( 〇 ∀ 〇 | /
/ |く
| |_/ |/
>>31 むしろ最初のユンゲラーに弟がいたって事をこの話見るまでry
むしろ冒頭のユリルがこいつだと思ってた。
フルネーム見落としたかな。
>>35 オレも。コウイチって名前で気付いたのかと
ルンゲラ→ユリル弟→ユリル兄→そしてピジョットへ
ですか。情報リレーw
>>35 ゲルとゲラで名前似てるしな
雪で暇だったので、早く書きあがりました。
では投下します。
イマージネー図書館1F。
沈黙に満ち、静謐な雰囲気を纏った館内は、公共の施設というよりはまるで聖地。
オレみたいな奴らが、こんな聖地めいた場所に土足で踏み込んでもいいものか……
……そんな風に思わせてしまうような魔力が、この図書館という空間には存在する。
さて、コウイチに変わってこの図書館からオレ達が探すのは、
この世界のこと……竜騎士のこと……魔王軍のこと……つまり、この世界の歴史全般だ。
図書館の入り口付近に張られている案内を見て、あらかじめ歴史コーナーのある場所を調べておく。
「おい、大声出すなよなフライゴン」
足音を立てないよう抜き足差し足で歴史コーナーの本棚へと向かいながら、
オレは念のために、小声でフライゴンにそう釘を刺しておく。
「わ〜かってるよジュカイン。バカじゃあないんだからサ」
ちょっとむくれてるものの、キチンと声は押し殺してそう反論するフライゴン。
いらない心配だったなと胸を撫で下ろしつつ、オレ達は歴史コーナーの本棚の前に立った。
本棚には尋常ではないほどの数の本がギッチリと詰め込まれている。
案内で見た限りはこの歴史コーナーは他のコーナーに比べればそこまで広くないのだけれど、
それでも眩暈がしそうなくらいの本の量だ。まさに『本の壁』という形容がふさわしい。
そして見た限り、『この都市の歴史』に関するようなタイトルの本がほとんどで、
『この世界の歴史』に関する本なのであろうタイトルは、ざっと見通しただけでは目に入らない。
魔王軍関係の物も見た限りでは皆無だ。竜騎士に関する本はちらほらと目に入るのだけれど。
「こりゃあ目当てのものを探すのは骨が折れそうだな……」
思わずそうやって心根をぽろっと漏らしてしまうと、フライゴンがこう囁いてきた。
「まぁ、地道に全部に目を通していこうよジュカイン。がんばろっ」
そう励ましながら、フライゴンはオレへ微笑みを投げかけてくる。
なんだよ、これじゃまるでオレが先にへばっちまったみたいじゃんか……別にいいけどさ。
オレ達は二手に分かれて、歴史コーナーの本棚へと目を通し始めた。
横目でフライゴンを見ると、さっそく竜騎士関係の本を手にとって読んでいる。
それなら、オレはそれ以外の本か……探すのが面倒だが、まぁ頑張ろう。
本棚を埋め尽くすタイトルの羅列。文字の海。
それらに順番に目を通していくと、一つ興味深いタイトルの本を見つけた。
『二つの世界』というタイトル。
歴史コーナーにおいてある本なのだから創作物のタイトルってわけじゃあないだろうし、
もしかするとこの世界と元のオレたちの世界の関係を詳しく書いてあるのかも……?
何にせよ有益な情報がありそうだ。コウイチも喜んでくれるだろうな。
オレは迷わずその本を手に取り、早速それを開いた。
……うわぁ……文字ちっちぇなあ……
文字の小ささとその密度に辟易しそうになるが、なんとか頑張って読み進めていく。
無駄な前置きや余談だらけだが、やがて気になる一節へと辿り着いた。
{ 我々の住む世界の裏側、それも同一次元上ではない別次元に
もう一つの世界があるということは、ほぼ定説として扱われている。
ただ前述したように、別次元などという考え方は実在する概念ではなく
あくまで想像の産物。そういった考えを否定し一蹴する科学者も少なくはない。
しかし、およそ200年前と50年前に人間がこの世界に『忽然と現れ』、
そしてある時を境に、この世界から『忽然と消えた』という出来事は
どんなに否定しようとも覆すことの出来ない既成事実なのである。
よって、我々の住む世界の裏側には『人間の住む世界』があり、
その世界と我々のいる世界とは、ある場所を繋ぎ目として
繋がっているというのが、一般的な定説なのである。 }
……当たっている……!
ただ一つ違うとことといえば、『人間の住む世界』というよりは
『人間とポケモンが共存する世界』といったほうが正しいということだが、
とにもかくにも、この世界の住民達は感づいているんだ。オレ達の来た世界のこと……
さらに読み進めていくと、もっと興味深いことを書いてる地点へと行き着く。
さきほど書いてあった、『繋ぎ目』のこと……もしかしたら、
オレ達の世界へと帰ることが出来るキッカケになるかもしれない文章だ。
{ さて、200年前に多数の人間がこの世界へと現れた際、
彼らはみな我々が総称して『磁場』と呼んでいる場所に現れているのだ。
『磁場』とは、この世界のあらゆる場所に存在する
『精霊の住まう地』として崇められている聖地のことである。
いま磁場として判明している地は、このテレキシティから西の方角へ行った場所にある
『生命の森』と『サイシ湖』。そして東にある『フサイ湖』のみであり、
いずれも、200年前に人間が忽然と現れた場所だと確認されている。
この『磁場』こそが、前述した『我々の世界と人間の世界の繋ぎ目』だと言われている。 }
読みながら、俺は込み上げてくる思いを抑えきれず叫んでしまいそうになる。
これだ、これだっ。オレ達の求めていた情報……まさにこれじゃあないかっ!?
オレが送られてきた場所は生命の森だし、コウイチ達が送られてきた場所はこのサイシ湖だったって話だ。
つまり、この『フサイ湖』って場所にオレ達の仲間の誰かが居る可能性が高く、
そしてこの『磁場』という場所には、元の世界へと戻ることのできる『何か』がある可能性が高い……!
「おい、フライゴン。見てみろよ、この本っ」
隣でまだ竜騎士の本を読みふけっているフライゴンに声をかける。
「何だよォ〜。今いい所なのに……」
「いい所どころの問題じゃねーぞ。ほらほら、見てみろって」
不機嫌そうに振り返るフライゴンに、オレは手元の本を押し付ける。
「わっぷ、もう、見りゃあいいんでしょ、見りゃあさ」
仕方なさそうに手元の本を床に置き、オレの押し付けた本を読み始めるフライゴン。
この不機嫌そうな顔がすぐに驚きに染まる様子が思い浮かぶね。ふふっ、オレ大発見っ。
……その次の瞬間。
「オイ、そこの二匹!!」
「!?」
「あっ」
急に図書館の静寂を割って大声が聞こえてきて、オレは驚いて声を上げそうになる。
フライゴンもその大声に驚き、渡したばっかの本を床に落としてしまっている。
「な、なんだあ……!?」
大声が聞こえてきたのは、ほぼオレの体の真正面。そして、オレの顔の位置よりもっと下……
オレは大声の主を確認するために、視線を目下へと移した。
……そこにいたのは、オレの背丈の半分にも満たないほどの子供だった。
法螺貝のように伸びた頭と、赤くて丸いピエロっ鼻が特徴的なその子供は、
まるで『目当ての菓子を目の前で横取りされてご立腹』ってな視線でオレ達のことを見つめている。
「なんだい坊や、どうしたんだい……」
そう声をかけ手を差し伸べようとすると、子供はそのオレの手を振り払った。
「!?」
そしてこちらをギッと睨み付けると、また大声でこう叫んできたのだ。
「言っておくけど、ここのコーナーの本は全部オイラのもんだ。
勝手に手を出してるんじゃあないぞ、間抜けヤローどもっ!」
「まっ……!?」
意味の分からない難癖と共に暴言まで添えられて、思わずオレは頭に来る。
こいつ何歳だ? 分からねーが、子供のくせに大人相手に生意気な口聞きやがってコイツっ……!
「あのな坊や、図書館はみんなの場所、つまり図書館の本はみんなのものなんだぜ。
わけのわからねーこと言ってねーで、ママんとこに帰って絵本でも読んでもらってな……」
……怒鳴り散らして説教してやりたいが、ここは図書館だ。
仕方なく怒りを抑えて宥めるようにそう言うと、子供はおもむろに足を振り上げ……
「るせーっ、ぐだぐだ言ってんなバッキャロー!!」
「いでーっ!?」
脛の辺りに電流が流れたかのような激痛が走り、オレは飛び上がってしまう。
高級そうな革靴を履いたマネネの足が、オレの脛に食い込んだんだ。
コイツ、蹴りやがった! このガキ、オレのことを蹴りやがった!
「ひひっ、うひひひ〜〜っ」
そしてそのガキは、オレの痛がる様子を見ながら歯を剥き出しにして笑い始めた。
小バカにするかのような笑み。痛がるオレを見て、コイツ笑ってやがるっ
こ、こ、こ、このクソガキャあ〜〜〜〜っ!!
「てめーオラッ、笑ってるんじゃあねえぞこのトマトっ鼻ヤロー!! ぶち殴ってやろうかァーーっ!?」
怒りは頂点を迎えてしまい、つい抑えていた怒号が口から飛び出してしまった。
「ちょっ、ジュカイン。大声はダメって……」
「はっ!」
フライゴンの言葉で、ふとオレは我に返る。
気がつき辺りを見回してみると、図書館中のポケモンが非難の視線でオレを見つめている。
そしてその中の一匹がオレの元へやってきて、感情のこもってない冷たい声でこう言ってきた。
「図書館ではお静かに」
それだけ言うとそのポケモンはさっさと去っていってしまう。
同時に、図書館中のポケモンの視線が一斉に元の位置へと戻る。
……耳鳴りしそうなほどの静寂の中、オレはまた別の意味で叫びたくなった。
うわ〜〜っ、恥ずかしい〜〜〜っ!!
「そうだゾ」
「!?」
オレが恥ずかしさに顔を真っ赤にしていると、ダメ押しの如く目下のガキがこうぬかしてきやがった。
「図書館ではお静かに、だっ!」
「……!!」
オレは、再び怒りの叫び声を上げたい衝動に駆られた。
ぶちぶちっ、と脳みその血管が何本かはち切れてそうな感覚がする。
このガキ、自分のことは棚に上げておいて『静かにしろ』だとォ〜〜〜〜!?
……そもそも、どういうことだここの奴らは!? 最初に大声をあげたのはこのクソガキなのに、
なんでオレだけ注意されるんだ!? ガキはガキだから無罪放免ってか、甘すぎるだろっ!
……あれ? 何だかこの感覚、つい最近味わったような気が……
……横目でフライゴンを見やると、他人のフリって具合に再び竜騎士の本を読み始めている。
クソッ、抜け駆けかよォ、フライゴンのバカヤローっ!
……まぁいい、とにかくこのガキに説教くれてやるっ。小声で説教すりゃいいんだろ。
膝を折りガキと目線を合わせ、じっと睨み付けながらオレは説教を始めた。
「……あのな坊や。言葉尻ばっかマネてねーで、行動もマネようぜ。
みんな静かにしてるんだから、お前も静かにしやがれっ。
何が『図書館はお静かに』だ。まずはお前が静かにするのが先だろうがボケッ!」
言いながらも腹が立ってきてどんどん声が荒いでしまうが、何とか気持ちを押さえ込んだまま最後まで言い切れた。
そして目の前のクソガキは、そのオレの説教に対してこんな珍返答をしてきた。
「るさいなー。誰がマネるか、バカな大人たちの行動なんてよ。
オイラはオイラの生き方をしてるんだ! 誰にも縛られねー!」
「……はい?」
何だか無茶苦茶な答えが返ってきたぞ。
コイツあれか、いわゆる中二病か?
実際に中学二年生のコウイチとは比べ物にならんほど中二病だな、このガキャ。
言い返そうとすると、クソガキは何だか胸を張りながらこんなことを言ってくる。
「あのなァ、大体さっきから思ってるんだけどさ、お前オイラが誰だか分かってんの?」
「はァ〜〜?」
何なんだ、今度はどんな珍言を吐き出すつもりだこのガキは。
あえて黙って聞いていると、ガキは一層胸を張り、自信満々の口調でこう言ってきた。
「オイラはなァ、あのスーパーマジシャン・バリヤードのたった一人の……」
「お坊ちゃま!!」
突如、マネネの口上を割って叫び声が響き渡った。
図書館という場所ではあってはならない叫び声。オレたちは、その主の方向へ一斉に振り返る。
ガキとオレに続きその叫び声を上げたのは……女?
「お坊ちゃま! またこんな所でイタズラをして……!」
細っこい体にスーツを着込んだその緑髪の女モンスターは、
焦ったようにガキの方へ駆け寄ってきて、その腕を掴んだ。
……なんだなんだ、お坊ちゃまだと? じゃあこの女は、このガキのお手伝いさん……
「ちょっ、待てよキルリアー。オイラはな、こいつにオイラが誰だか分からせてやってんだよ」
「何を言ってるんですか、帰りますよマネネお坊ちゃま! すいません、うちのお坊ちゃまが……」
「!? あ、ああ、はい……」
キルリアという名のお手伝いさんは、オレたちに頭を下げながらガキの腕を掴んでズルズルと引きずっていく。
……それにしてもいま、このお手伝いさん、このガキのことを……
「おーいー、はーなーせーよー。たーたーくーぞー」
「はいはい、お家へ帰ってお昼ごはん食べましょうね! 今日のご飯はエビのノワキソースがけですよ!
すいませんみなさん、ごめんなさいみなさん、もォーしわけありませんみなさん、本当にね、もう……」
愚痴るマネネを言葉で組み伏せ力ずくで引っ張りながら、
館内のポケモン達一匹一匹に頭を下げていくお手伝いさん。
まったく、お坊ちゃまはワガママなダメガキでも、お手伝いさんはしっかりしているんだな……
……それにしても。
……さっき、あのお手伝いさん……このガキのこと、『マネネ』って呼んだよな……
「マネネ……」
フライゴンもその名に引っかかっていたみたいで、そう一言呟く。
マネネ……つい最近聞いたことがある名前。
確かその名前は、ひったくられた財布が戻ってきた後、ユリルさんの口から出てきた名だ。
あのときユリルさんが言った言葉を、オレは思い出していく。
“犯人は子供で、名はマネネ……天才マジシャンのご子息……”
……そしてようやくあのガキの正体へと思考が行き着いたのは、
もうガキもお手伝いさんも館内から出て行き、辺りに静寂が戻ってきた頃だった。
「あいつッ!! あのガキッ!! あのひったくり犯だッ、ひったくり犯だったんだッ!!」
行き着いたガキの正体にオレは衝撃を受け、
思わず空気を無視してそんな大声を上げてしまった。
「……あっ!」
咄嗟にやばいっ! と思ったのも束の間、また一匹のポケモンがこちらに近寄ってきて……
「 図 書 館 で は お 静 か に 」
今度は、心なしか殺気が混じった口調で注意された。
「は、はい……」
力なくそう返事すると、そのポケモンは 「チイィィッ!!」 と思いっきり舌打ちしながら去っていった。
そしてそれに続き、図書館中から 「チッ!」 「チッ!」 と舌打ちが聞こえてくる。
オレへ向けての、舌打ちのオーケストラバージョン……
……猛省……
「……ジュカインのおマヌケ……」
「……すまん……」
つづく
投下終了です。
あと、
>>46の三行目の『マネネ』を『ガキ』に脳内変換しておいてください……
>>43の二十一行目も、同じ脳内変換お願いします……
致命的なミスが目立つなあ……すいません。
乙
投下早っw
GJ!
52 :
消防:2008/02/04(月) 18:06:14 ID:???
テンプレのウィキ見て、初めから少し
読みました。
とても面白いです!
続き頑張ってください!
予想外の好ペースにびっくりGJ!
雪で暇ってことはカントー在住ですかうらやましい
乙&GJ!
マネネのキャラがいーですのぉ。カントーは東北ほど雪には強くないので気をつけましょー。
投下が早いのは嬉しいけど、体調管理もしっかりー。
スーツ着たキルリアを想像したら何故か吹いたw
56 :
名無しさん、君に決めた!:2008/02/08(金) 14:35:36 ID:IP+30JmD
期待age
ここはイマージネー図書館2Fのマンガ喫茶。
図書館なのに、マンガ喫茶だ。
喫茶だって言うくらいだから、もちろんお茶や食べ物だって置いてある。
入り口付近でお時間のコース(15分毎、3時間、5時間、オールナイト)も指定されたし、
もちろん帰るときには、居た時間の分のお金だって払わなきゃいけない。
ちなみにぼくが選んだのは15分毎コースで、15分経つごとに110円料金が増える。
不思議だよね、図書館とマンガ喫茶が併合しているなんて。
これもやっぱり超能力的な何かが……って、そりゃあないか。
館内(というより店内)にくつろげるスペースは三つあり、一つは個室、
もう一つは店内の中心においてある大テーブルを取り囲む幾つもの椅子、そして最後はそこらに設置してあるソファだ。
見る限り個室は全て使用中で、テーブルもソファもポケモン達でいっぱい。
こりゃあ立ち読みってことになりそうだな……喫茶店なのに。まあ、いいか。
入り口前のカウンターから一番近くにある本棚には、
館員お勧めの推薦図書(と言ってもマンガだけど)が幾つか置いてあり、
そこにはマンガと共に、手書きと思われる紹介文も添えてある。
それにしても、スゴイや。並べられているマンガの表紙の絵だけを見ても、
ぼくらの世界のマンガのものと見劣りしないくらいの画力だ。
どれどれ、推薦する気満々みたいだし、まずはここから読みたいマンガを探すとするかな。
ぼくはそれぞれのマンガの題名と紹介文へと目を走らせた。
【創世のユンゲリオン】
{『一分と二秒前から愛してる』と『あいつと合体してぇ!』の二つのフレーズが有名な、
即惚れ一目恋マンガの金字塔! 薄っぺらい愛情の美しさを世に知らしめた傑作!}
……うーん、恋愛マンガは興味ないなぁ。何だかやたら内容が薄そうだし、
ぼくはもっと重厚なマンガが読んでみたいかなァ……よし、次。
【少年ゴンベ】
{自堕落で卑屈なだけのニート予備軍の肥満児小学生ゴンベと、
そこまで可愛くもないジュゴンの子供のジュゴマちゃんが織り成すぐうたら無気力ストーリー!}
重厚というか、何だか設定が重いというか、ネガティブだよ! こんなの推薦図書にしていいの!?
まったく、ポケモンの描くマンガ、というか感性って何だか変わってるなあ。よし、次。
【ブルーズブートキャンパーズ】
{世間に一風を巻き起こしたあのブルーズプートキャンプが、衝撃の漫画化!?
これを読んだだけで大人も子供もおねーさんもみんな筋肉を鍛えたくなっちゃうかもかも!?(ブルーさんが完全監修!)}
うーん……マンガ読みながら筋肉鍛えてもなぁ……別に筋肉鍛えたくないし。
というか、なんでこういうマンガを推薦図書にするんだろう。絵柄もなんか怖いっ! んもう、次っ。
【サナギラスさん】
{天然系少女サナギラスさんと毒舌系不思議少女ムウマちゃんが織り成す、ほのぼの4コマストーリー!(ポロリもあるよ!)}
ポロリはいらないよォーっ!! ポロリは完全蛇足だよォーーっ!! ポロリがなかったら絶対見てるよォーーーっ!!
くそう、何でこんな余計なもんを付け足すかな。ちょっと売れたらすぐオーケストラバージョンを出す最近の音楽業界みたいだ。
というか、ポロリありのマンガをこんな公共の図書館で堂々と推薦図書にしないでよっ、もォーっ。
投下キター(゚∀゚)!!
ユ ン ゲ リ オ ン w
なんだかこう、惹かれるマンガが無いなァ……
もっとストレートで、ワクワクするような少年マンガってのがないもんかな〜。
なんだか色物ばっかり推薦図書にしている気がするなァ、この図書館。
少年マンガ……少年マンガ……ワクワクするような……
小さくそう呟きながら、推薦図書の本棚を下へ下へと目で追っていく。
そして望むマンガが見つからないまま、どんどん本棚の最下段へと近づいていく。
狭められていく余裕。もう諦めて、妥協しちゃおっかおな……
そんな選択肢が芽生えかけた頃だった。
ほぼ本棚の最下段の方に、ようやくぼくの望んでいたような説明のマンガが見つかる。
【フルアヘッド! ココダック】
{恐怖のジンクスを持つ孤独な超能力少年と、凶悪な海賊の運命の出会い!
二つの孤独が重なった時、そこには一つの笑顔が生まれる――アニメも絶賛放映中の大人気冒険マンガ!}
あっ、あっ、そうそう、こういうのっ! こういうのっ!
何だかスカした感じの説明文もいい感じだねっ、よしっ、これを読もう。
さっそくその本を手に取り、じっくりと表紙と裏表紙を見つめる。
作者の名前も覚えるまで頭の中で復唱して、出版社と定価にまで余すことなく目を通す。
……諦めかけてた時に見つかったから、宝物を手にしたような気分だ。
ぼく、無意識にもったいぶっちゃってる。読むならさっさと読もう、時間は限られているし……
少年ココダックは定期的に原因不明の頭痛に襲われる。
そしてそれとほぼ同時に、必ず身内の者が不幸な死を遂げる。
まるで呪われているかのようなそのジンクスは街中に広まり、少年ココダックは疎まれ孤立していく。
やがて彼の心はひねくれていき、ひとり孤独に様々なイタズラを日常的に繰り返すようになってしまう。
呪われたジンクスのある彼を街中みんなが恐れているせいか、その悪行を咎めるものは誰一人としていない。
そして少年ココダックは、陸へと上がってきていた海賊・双鋏のシザリガーツに対しても悪質なイタズラをしてしまう。
少年ココダックはまだ世間知らずで、恐怖の海賊シザリガーツのことを知らなかったのだ。
海賊シザリガーツもまた、ココダックの持つ恐怖のジンクスのことを知らず、
イタズラの仕置きとして、ココダックを自らの船に乗せて雑用として働かせる……
うーん、今の所なかなか話も良く出来てるね。絵も上手いし、ぼくらの世界のものと見劣りがしない。
どんどんとマンガの世界に夢中になってきて、品定めしようという考えはどこへやら、
すぐに目的はマンガを楽しむことだけになっていき、ページをめくる手が止まらなくなる。
…………
面白い、面白いのだけれど……
40分経った今、次第に目の前のマンガに集中できなくなってきた。
マンガのせいじゃあなければ、別に体調が悪くなってきたって訳でもない。
……なんなんだ、あのユンゲラー……さっきから、ぼくのことをジロジロと……!
少し離れた場所から、一体のユンゲラーがぼくへ視線を送っているのが周辺視野で見える。
そのユンゲラーは、まるでマネキンみたいに棒立ちのまま、ぼくのことをずっと見続けているんだ。
表情までは確認できないから、どんな気持ちでぼくのことを見続けているのかは分からないけれど……
まさか、ぼくのことを人間だと疑っているのか? また?
ともかく、とんでもなくうっとおしい。こんなに 「目障りですっ!」 って言いたくなったのは久しぶりだよ。
……っていうか、またユンゲラー!? なんかユンゲラーばっかりだなぁ、この都市って。
嫌いになっちゃいそうだよユンゲラーのこと……ここまでユンゲラー族ばっかにちょっかい出されてるとさァ……
「……あっ」
気がつけばページがこれ以上めくれなくなっていて、裏表紙がぼくの方へ顔を向けている。
集中できないまんま最後まで読み終わってしまった。
後半のほう、内容がほとんどうろ覚えだ。ココダックがシザリガーツに拾われて雑用にされて……
確かそうだよね? とりあえず二巻いっちゃお、二巻。
しゃがみこみ元の場所へ一巻をしまい込み、二巻を探す。
そして探し始めてから数秒もしないうちに、ぼくは異変に気づいた。
……一巻、三巻、四巻……
二巻だけ無い! あろうことか、二巻だけ抜けてしまっている!
何度もその列を見直してみるけど、ぴったり二巻だけ抜けて、他は全部揃っている。
なんてイタズラめいた偶然だろう。たまにこういうことあるけど、何か陰謀的な力が働いているんじゃあないか?
……二巻を抜かして三巻を読むなんて、我慢ならないしなぁ……
そんな不自由な几帳面な性のせいか、ぼくは途方に暮れてしまう。
困ってしまって、しゃがみこんだまんまぼくは何となく辺りを見回してみる。
『イタズラめいた偶然』……いつも大体一回に一つって具合で、重複することはないのだけれど、
今回ばかりはそんなイタズラめいた偶然が重複していたことに、ぼくはその瞬間気づく。
さっきからぼくのことをジロジロと見つめているユンゲラー……
そのユンゲラーの手に、フルアヘッド!ココダックの二巻がしっかり握り締められているんだ。
ぼく視力はいいから、はっきり分かる……間違いない。困ったことに、間違いない。
うわ〜〜! どォ〜〜しよっかなァ〜〜
じきじきに 「すみませんけど、読まないなら譲ってくれますか?」 って話しかけるしかないかなあ。
そいで、ついでに 「さっきからこっちの方じろじろ見てません?」 とも聞いてみようかな……
ぼくは子供で彼は見るからに大人。そこまで緊張する必要も無いけど……緊張するなあ。
時間もあまり無いことだし、ぼくは意を決して立ち上がる。
そしてユンゲラーの方へ顔を向けると、彼は一瞬たじろいだ様子を見せる。
ぼくは一度息を呑んで、小走りで彼の元へと駆け寄った。
「……あの、すみませんけどその本……読まないなら、譲ってくれますか?」
ユンゲラーの顔を見上げながら、ぼくはそう言葉を投げかける。
「え? あ、ああ。すまないね、ほら……」
ユンゲラーはぼくの言葉を受けると、焦ったように笑いながらすぐに本を差し出してくれた。
ぼくは 「ありがとうございます」 と一礼を添えてその本を受け取りながら、
何だかその彼の顔に概視感を覚えて、よりまじまじと彼の顔を見つめてしまう。
なんだか見たことある顔……というか、似ているんだ。誰かに似ている……
……そうだ、ユリルさんだ。このユンゲラー、顔つきがユリルさんにそっくりなんだ。鼻とか、目元とか……
……あれ、異種族の顔なんてみんな同じ顔に見えるから当然かな? そっくりに見えるのも。
う〜ん、でもルンゲラさんやユルグさんに似ている、とは思わないしなぁ……
……いいや、ユリルさんに似てるからってそんなの何の問題でもないよ。
その比較の先に何があるっていうんだ。そんなことを気にしているよりも、この機会に気になることを聞いておかなきゃ……
「あの、s」
「ねぇ、きみ? ちょっといいかな」
質問をしようとした矢先に、急にユンゲラーに言葉で割り込まれた。
「えっ、な……なんですか?」
逆に声をかけられたことに驚いて、ぼくは少々戸惑い気味な返事を返してしまう。
……しかも、なかなか次の言葉が来ない。
頭の中で言葉を選んでいるのか、ユンゲラーは口を半分開いたまま押し黙っている。
「あ……あの?」
なんだか不安になってきてそう声をかけてみると、ユンゲラーはようやく次の言葉を口に出した。
「……マンガ、好きなのかい?」
「え?」
急に何を言い出すんだ?
そう言いたくなったのは、一体この都市に来て何度目だろう。
このユンゲラー、ぼくに対話を試みてるのか……?
拍子抜けした気分や安堵した気分、不安な気分など、
様々な気分がぼくの心の中で軽く小競り合っているのが分かる。
まぁ……言いたいことがそれだけだっていうのなら、良いに越したことはないけど。
「はい、マンガ好きです。マンガというか、ドラマとか小説とか物語がぼく好きで……
あっ、このフルアヘッド!ココダックってマンガ、ぼく初めて読んだんですけど面白いですね」
ユンゲラーがぼくにどういう返答を期待しているのか分からないから、とりあえずそうやって長々と答えてみる。
そうすると、ユンゲラーは少し笑顔を浮かべながらこう返してきた。
「そ、そうかい? 私も好きなんだよ、このマンガ。好きなんだけど、周りにこれを読んでいる友達がいなくて……
あのね、ああっ、本当にこのマンガは面白いから、最後まで読んでみるといいよ。きっと退屈しないよっ」
趣味のことを語れるのが嬉しいのか、ユンゲラーの声はどんどんと弾んでいっている。
……その嬉しそうな喋り方、何でこのユンゲラーがズっとぼくを見ていたか分かった。
この方、このマンガを読んでいるぼくと話してみたかったんだな?
それならそうと早く言ってくれればいいのにー。てれやさんなのかな。
「へー、それは楽しみですねっ! ありがとうございますっ」
てれやさんなユンゲラーさんに向けて、ぼくは笑顔を見せてお礼をする。
「あ、ははっ、こんなことで一々、お礼なんか……ははっ」
ユンゲラーさんはぼくの笑顔を受けると、後頭部に手をやって照れ笑いを浮かべた。
意外にカワイイ方だ。子供にお礼を言われて照れ笑いなんて……
……ん?
ユンゲラーさんの照れ笑いの中に、なにか違った感情……異物が存在することを、ぼくは直感的に察知した。
それが何かは分からない。何かは分からないけど……
とにかく『何か』……ただ照れているだけじゃあない、何か複雑な感情を抱いているように見えるんだ。
「……?」
ユンゲラーさんは照れ笑いを静めると、どこか悲しげな目つきでぼくをじぃっと見つめだした。
その間、ユンゲラーさんは無言だ。無言のまま、ぼくを見つめ続けている。
……な、なに、なに? なんなの……?
「どーしたんですかっ?」
我慢できず、ぼくは首をかしげながらそう聞いてみる。
そうするとユンゲラーさんはハッと目を見開いて、焦ったようにしながらこう返した。
「い、いや、別に……す、すまないね、変な話につき合わせて……じゃ、じゃあね」
そこまで言うとユンゲラーさんはすぐにぼくからぷいと目を逸らして、
まるで何かに耐え切れなくなったかのように、小走りでその場を立ち去っていってしまった。
「……? なんだったんだろ……」
単なるてれやさんなマンガ好きかと思えば、何だか不思議な方だった。
ぼくのことを見て、なにか辛いことでも思い出したのかな?
まぁ、詮索しても意味はないか。とりあえず、いま手元にあるマンガの二巻を読むことに集中しよう……
視線を手元に移してマンガを開こうとする……と、入り口の方から聞き覚えのある声が聞こえてきた。
(お時間のほうはどうなされますか?)
(いえ、マンガ読みたいんじゃあなくてボクたち他に用がありまして……ちょっとだけ入らせてもらっていいですか?)
(おやおや珍妙なことを聞いたな、マンガ喫茶でマンガ読む以外に何の用があるってんですかァ〜〜〜?
15分でたった110円なんだから、たとえマンガ以外の用でも料金は払ってもらいますよ、お客さん)
(ちょっと店員さん、そこを頼みますよォー。本当にちょっと人探しするだけなんですから)
(あのねー、ここはマンガ喫茶ですぜ? マンガ喫茶に入るってこたマンガを読むってことで、
人探しするにしても待ち合わせするにしてもトイレ借りてクソ捻るにしてもマンガ読んどかないとねェー。
だから料金も払わにゃならんのですよお客さん、お理解いただけます? ン?)
(クソー、ケチんぼ! ちょっとくらいいいじゃあないですか!)
(言ってることが幾らなんでも理不尽だぞ!)
入り口の方で、店員さんと聞き覚えのある二つの声が言い争っているのが聞こえる。
……見ないでも分かる、フライゴンとジュカインだ。
支援
ぼくは受け取ったばかりのマンガの二巻を本棚に戻して、急いで入り口の方へと駆けつける。
そこでは案の定、受付前でフライゴンとジュカインが店員さん相手に口論を繰り広げていた。
「あ、あのう、すみません。この子たちが探してる方って、ぼくのことです」
ぼくは咄嗟に、口論を続けるフライゴンたちと店員さんの間に割り込んだ。
「あっ、コウイチくん!」
「店員さん、はい料金です、440円……」
明るい声を上げるフライゴンを尻目にぼくは店員さんに時間の分の料金を渡す。
「あなた保護者ですか? いや、保護されてる方か。どうでもいいけど、連れの躾ぐらいして下さいよ」
「し、躾って! 最初に理不尽なこと言ったのはあんたのほうで……」
「ごめんなさい店員さん。じゃあ……ほら出るよ、フライゴン、ジュカイン!」
店員さんの言葉を聞いて怒り出すジュカインを尻目に、店員さんへ向けてぺこりと謝ってから、
フライゴンとジュカインを引っ張って、ぼくはそそくさとマンガ喫茶を出ていった。
「もー、フライゴンとジュカイン。なにいきなり店員さんとケンカしてるの?」
図書館の一階と二階を繋ぐ階段の前で、ぼくは二人にそう問い詰める。
そうすると、二人はよく聞いてくれましたとばかりにずいと前に出て主張を始めた。
「あのなー、俺たちはただ人探ししたいだけって言ってるのに、あの店員料金は払えって言うんだよ!
理不尽だよなー? 接客態度もなってねぇしさ、ちゃんと教育受けてんのかな?」
「だよねー。まったく困っちゃうよ、ほんっと理不尽っ」
「うん、分かった、分かったよっ……それで、どうしたの?」
このままじゃ店員さんの悪口をぐちぐちと続けかねないので、急いで話題を切り替える。
「ああ、本……その前に、ちょっとこれ見てくれよ」
ジュカインは持っていたぼくのポシェットをまさぐりユリルさんに渡された受話器を取り出すと、
それをぼくに突き出して見せてきた。モニターには着信履歴が映し出されている。
「ん? ええと……14:22にユリルさんから電話がかかって……あれ?」
着信履歴の一番上にはユリル・ゲラの文字。そしてその着信日時は、
モニター上部に映っている現在日時とほぼ同じ。
ということは、ついさっきこの受話器にユリルさんからの連絡が入ったということだ。
「ユリルさんから電話かかってきたの?」
「ああ。いますぐ外に出てくれだってさ。野暮用ってのが終わったんじゃねーの?」
突き出した受話器を引っ込めながら、ジュカインはそう言う。
「ふうん……そうなんだ」
なんだか引っかかる。
『用件が終わりましたので外で待っています』なら分かるけれど、
まだ本を読んでいるはずのぼくらの都合を考えずに、『今すぐ外に出てください』という
自分の都合に合わせた言葉を言うのは、ユリルさんにしては変だ。
ユリルさんはいつも、あくまで観光者であるぼくらのことを優先していたのに……
なんだか知らないけれど、不安だ。
「あっ、そういえばコウイチ……」
考え込んでいると、ふとジュカインが声をかけてきた。
「うん? どうしたの?」
返事をするとジュカインはぼくの耳元に口を近づけて、囁くようにこう言ってきた。
「……図書館ですごくいい本を見つけたんだ。オレたちの欲しかった情報がたんまり詰まった本をさ」
「えっ、ほ、ほんとっ?」
そう確認すると、ジュカインはニィッと楽しげな笑みを浮かべて、こう続ける。
「ほんとだよ。借りようと思ったけど住所とか書かなきゃいけなかったら借りれなかったけど……あとで内容教えてやるよ」
「へぇー、ありがとっ! 期待してるよ!」
ジュカインの告げる朗報に感動して、ぼくはごく自然に弾んだ声をあげてしまった。
欲しかった情報がたんまり詰まっている、かぁ……
もしかしたら元の世界の方法に帰る方法も書いてあったとか? うわぁ、期待しちゃうなぁ。
「あっあっ、コウイチくん! ボクもですね、すごくいい本を見つけたんですよー!」
ぼくがわくわくしていると、対抗するようにフライゴンがそう言ってきた。だけど……
「お前がズっと見てたのは単なる竜騎士の武勇伝だろ。必要ないじゃん」
「う、うぐぅっ」
すぐにジュカインに遮られて、フライゴンは苦い表情を浮かべる。
「い、いやあ、探してくれただけでもぼく嬉しいよ? 勝ち負けとか競ってるわけじゃあないんだしさ、二人ともお疲れさまっ」
苦い表情を浮かべているフライゴンに向けてフォローするようにそう言うと、
フライゴンはすぐにパッと明るい表情を取り戻して、弾んだ声をあげた。
「ですよねーっ、さすがコウイチくん! 勝ち負けとかないですもんねっ、ねっ!」
「まっ、実質オレの勝ちのようなもんだがな……クケケッ」
「うるさーい! もう、とにかく外に出ましょっ、コウイチくん。ユリルさんが待ってますしっ!」
「あははっ、そうだね、じゃあ行こうか」
勝ち誇るジュカインに、ぶすっとむくれるフライゴン。ほほえましい光景に笑顔が漏れる。
それのおかげでか、ついさっき芽生えかけていた不安はもうほとんど心の中から消えかけていた。
……だけど、その消えかけていた不安……実に数十秒後に、結果として帰ってきた。
「人間様が出てきたぞっ!!!」「人間様ー!! 人間様だぁ!!」「人間様!! こっち向いてください!!」
「!!?」
目が痺れそうなくらいのフラッシュの嵐。耳を塞ぎたくなるくらいのお祭り騒ぎ。
図書館を出てきたぼくの前には、無数のポケモンの群れ。それも、ほぼ全員がぼくの方へ視線を注ぎ、カメラを向けている。
そして、ぼくがここまで散々隠していた『事実』を……彼らは一斉に口にしている。
「こ……これはっ!? 一体……」
「な……なにが……起こって……」
頭がパニックになってしまって状況を把握しきれない。
だけど、これだけは分かる。直感的に、これだけは理解する。
ユリルさんが情報を漏らした――
――――――――――――――
『やあ、ゲル兄貴。すぐに切ったと思ったらすぐに掛け直してきたね。何の用だい?』
携帯電話の奥から聞こえてくるゲラの声は、まるで
楽しみにしているTVアニメ放映3分前、といったような期待に満ちたハリのある声をしている。
何だかその明るい声質に、私は無性に苛立ってくる。
「お前の言った人間様というのは……変装をしているか? 帽子を被っていたりとか、ミトンつけてたりとか……」
たぶん電話の奥のゲラとは比べ物にならないくらい低いトーンで、私はそう言う。返事はすぐに返ってきた。
『ああ、そうだよ。いま兄貴が言ったピッタリそのままの変装をしているよ……
あれ、ってことはゲル兄貴。もしかして会ったのかい、人間様に!?』
「……」
私は無言で電話を切った。
私の胸に重くのしかかる、二つの選択。
ついさっきまではまだおぼろげだったものが、今ではハッキリ実体となって私を苦しめている。
記憶に深く刻まれている差し出された札束。
これまた記憶に深く刻まれている、人間様の無垢なる笑顔。明るい声。
犯罪集団だという魔王軍。この世に進歩をもたらした人間様。
明るい未来。変化のない未来。
私の手にはまだ携帯電話が握られている。そしてもう片方の手には、番号の羅列されたあの紙切れが握られている。
そのどちらもが震えている。そう、震えているんだ、私は……おそらく、欲望と良心の狭間で。
私は別に己のことを善人だとも何とも思わない。善人になりたいとも思っていない。
だけども、『何が悪か』というのは直感的に分かる。何も知らない者を利用することが最も汚いことなのだということも分かる。
いま欲望に従えば、『私は最も汚い最低下衆ヤローになる』ということも分かる。
私は……どうすれば……
つづく
乙です!
――――――――――――――
『やあ、ゲル兄貴。すぐに切ったと思ったらすぐに掛け直してきたね。何の用だい?』
携帯電話の奥から聞こえてくるゲラの声は、まるで
楽しみにしているTVアニメ放映3分前、といったような期待に満ちたハリのある声をしている。
何だかその明るい声質に、私は無性に苛立ってくる。
「お前の言った人間様というのは……変装をしているか? 帽子を被っていたりとか、ミトンつけてたりとか……」
たぶん電話の奥のゲラとは比べ物にならないくらい低いトーンで、私はそう言う。返事はすぐに返ってきた。
『ああ、そうだよ。いま兄貴が言ったピッタリそのままの変装をしているよ……
あれ、ってことはゲル兄貴。もしかして会ったのかい、人間様に!?』
「……」
私は無言で電話を切った。
私の胸に重くのしかかる、二つの選択。
ついさっきまではまだおぼろげだったものが、今ではハッキリ実体となって私を苦しめている。
記憶に深く刻まれている差し出された札束。
これまた記憶に深く刻まれている、人間様の無垢なる笑顔。明るい声。
犯罪集団だという魔王軍。この世に進歩をもたらした人間様。
明るい未来。変化のない未来。
私の手にはまだ携帯電話が握られている。そしてもう片方の手には、番号の羅列されたあの紙切れが握られている。
そのどちらもが震えている。そう、震えているんだ、私は……おそらく、欲望と良心の狭間で。
私は別に己のことを善人だとも何とも思わない。善人になりたいとも思っていない。
だけども、『何が悪か』というのは直感的に分かる。何も知らない者を利用することが最も汚いことなのだということも分かる。
いま欲望に従えば、『私は最も汚い最低下衆ヤローになる』ということも分かる。
そしていま良心に従えば、『明るい未来を手にすることは出来なくなる』ということも……
私は……どうすれば……
つづく
投下終了です。
カントー人だから雪で寒いけれど、風邪引かないよう気をつけます。
嗚呼〜ゲル萌えるぅぅー
偽善者っぽいゲラとは大違いだな。
乙!
毎度毎度キャラがしっかりしてて好きだ
GJ!
こっからどう展開してくか予測がつかんな…
ゲルさんいい人すぎ
でもさ、これゲルがピジョットに報告しとかないと話が盛り上がらないから、
結局ゲルは欲望に負けるよね。多分。
前スレに偽者を発見した件
とりあえず、ソイツ死ねばいいと思うよ
丁度埋まるように書いてたんですが、
他に埋める人が出てきたので別人だと書く余裕が無くなっちゃったんです…
誤解されたようなら申し訳ありません。。。
投下までの暇潰しにはなるしいいよw
打点紙ココで何してるwww
二次創作の出現か
全く48氏はすごいな
なるほどフライゴンファンか
ちょっとびっくりした
やっと追いついた
やっぱりフライゴンとジュカインのコンビ好きだわw
容赦のない大人の立場のユンゲラーとかもじもじしたユンゲラーとかキャラ濃くてそこも好き
コウイチ君も悩みまくり
ドラポケで書かないか?
次々回辺りにはそろそろピジョット様が御光臨なされるかな?
もし竜騎士たちがまんまカイリュースレの様な性格だったら
1話目の最初の石紹介みたいなので、竜騎士達の性格は決まってるようなもんだからなあ
でも無垢な性格のディアルガとか美しいパルキアとか想像つかねww
キャラネタ板のカイリューだったら頼りなさそうだな
今日はなしか
今週は色々忙しかったので、今日は投下無理そうです……
明日か明後日あたりになりそうです。ごめんなさい。
ところで二次創作についてですけどもー、
こちら側からすれば、どういった内容であろうと見ていて面白いです。
大歓迎とは言えませんけど、怒ることは絶対にないので心配しないでね。
それでは投下しますね。
ユリルさんが情報を漏らした――
ぼくが人間であるということ、ここにいるということ、恐らく変装の内容まで……全てを、漏らしたんだ。
『今すぐ外に出てください』と言ったのも、多分ぼくをこのマスコミ達の目に晒させるため……
この図書館に来てインターネット喫茶に寄ったのも、ぼくが人間であるという情報を他に漏らすためなのかもしれない。
一つの事実が、ユリルさんの今まで取った全ての行動を怪しいものとさせている。
……元々、お金の取らない観光案内なんていうこと自体怪しさ満々だったじゃあないか……!
それと共に、どんどんと急速に理解していく。今この状況がどれだけ絶望的か。
報道されてしまったらもうお終いだ。都市中にぼくが人間であるということが広まる。
この事態を目撃した通行人からも口コミとして広まるし、そもそもこれがもし生中継されていたとしたらもう終わっている。
『人間でない』と言い訳したところで通じるはずがない。ユリルさんが全てを暴露してしまったのだから。
仮にもし本当にぼくが人間じゃなかったとしても、彼らにとってはぼくが人間であるという
『仮事実』がある時点で、もはや大騒ぎ出来る最大の口実なのだから、何を言っても無駄だ。
そう、一番恐れていることが起きてしまったんだ。
要するに……もう都市観光は不可能……
「人間様!!」「人間様!? どうしてこの都市に!?」「どこからやってきたのですか、ねぇ!?」
マスコミの群れは横から前からやかましくがなりたてながら、一斉にぼくの口元へマイクを突き出してくる。
夏場の日差しだけでも相当来るのに、無数のポケモンの群れに囲まれ
その上滅茶苦茶に叫び声を投げかけられるので、めまいがして意識が朦朧としてくる。
何だかある意味達観した気分にすらなってしまって、反論する気が起きない。
だけども、フライゴンとジュカインはまだ諦めていないらしく……
ktkr
「離れてください、離れてください! この子は人間様なんかじゃありません、離れてくださいよォ!!」
「カメラ回すなバカ、人間なんかじゃないって言ってるだろ、ふざけるなっ!!」
フライゴンとジュカインは、必死にマスコミたちのがなり声の荒波に対抗している。
しかし、その抵抗も空しい。それは独り言を言っているだけかのように全員に軽くあしらわている。
「くそォ……一体、どういうことだよォ!!」
ジュカインは、苛立ったように思い切り地面を踏みしめた。
しかし、一体なんなんだ、この扱いは……?
この世界では人間は『神』だと言われているはず。
なのに、無数の記者に囲まれて、こちらが騒いでも全く無視されて……って、
これじゃあまるで珍獣か何かと同じ扱いじゃあないか!?
……珍獣……そうだ。この都市の方たちにとっては、ぼくは珍獣なのかもしれない。
様々な種類のポケモンが闊歩し、他の者を『珍しい』と思う感情が鈍ったこの都市では、
ぼくは唯一『珍しい生き物』なんだ。だから騒がれる……そういうことなのかも。
そうやって考え込んでいると、一匹のブーピッグ記者が群集を掻き分けて
こちらへやってきて、鼻息を荒くしながら何か色々と早口で捲くし立ててくる。
「あー、人間様! 私『マイハウスくる!?』という番組の者ですがネ、
よければですけどもネ、私の番組に出演してくださいませんkブピッ!?」
「抜け駆けしてんじゃあねぇぞオラ豚ァ!!」「這い蹲って地面の匂い嗅いでろオラ豚ァ!!」「テメーに真珠は無用の長物だぜ豚ァ!!」
ブーピッグ記者は横から複数の他の記者に蹴倒されて、地鳴りを立てて床に倒れた。
「プ、プギ〜〜ッ、ぼ、暴力反対……ガクッ」
「テメーはそこで寝てろ豚ァ! ……で、人間様、わたくし○○社のうんぬん」
「おい、俺が先だぜ! ねぇ人間様人間様、私はあれやこれや」「ぺらぺら」
各々が我先にという勢いに押し合いながら、叫び合うようにしてぼくへと話しかけてくる。
「かくかくしかじか」「がやがや」「ざわざわ」「めらめら」「どよどよ」
事態がどんどん混沌としてきた。記者達が何を言っているのかも全然分からない、
……狂騒の中、フライゴンのある一声が聞こえた。
「コウイチくん、ジュカイン、乗ってっ!!」
「!!」
辺りの騒ぎにほぼかき消されかけていたが、確かにフライゴンの発したその言葉が聞こえた。
フライゴンの方へ目配せすると、彼は翼を広げ少し上半身を屈めながらこちらを見ている。
それを見て、ぼくはフライゴンが何をしようとしているのかを瞬時に理解する。
ぼくは一瞬ジュカインとアイコンタクトをした後、咄嗟に二人同時にフライゴンの背後へと回った。
「……? あのー、何をしているんですか人間様たち?」
「ねぇ、まさか逃げようとしてないですよね?」
記者たちが何か言ってくるけどそれに一切聞く耳を持たず、
ぼくはフライゴンの首を掴んでその背中に乗りこんだ。
「ジュカイン、二人は一緒に乗せらんないからボクの尻尾を掴んどいてね」
背中に乗ることの出来ないジュカインに向かって、フライゴンが囁くようにこう言う。
「オッケー、オッケー。さぁ、早くっ!」
フライゴンはジュカインが尻尾を掴んだのを確認すると、まずゆっくりと翼をはためかせ始めた。
それを見た記者たちは流石にうろたえて、フライゴンの体に掴みかかりながら一層大声で叫んでくる。
「ちょ、ちょ、ちょっ待ってくださいよ、行かないでくださいよっ!!」
「別に悪い話してるわけじゃないんですよっ!」
「ブヒーっ、頼みますからウチの番gぶぎょっ!!」「まだいたのかテメー豚ァ!! とにかく待ってくださいよ人間様ーっ!!」
「ええいもう、離してくださいっ!」
フライゴンは掴みかかってくる記者達の手を振り払いながら、翼をより力強くはためかせる。
どんどんと体が浮き上がっていき、記者達の姿も徐々に小さくなっていく。
「……!!」「……!!」「……!!」
あれだけやかましかった記者たちのがなり声もその内届かなくなり、ぼくたちはようやく解放された。
……いや、正確にはまだ解放されていない。
もはや記者たちの顔すら判別できないくらいに高い高度まで飛び上がったけれど、
記者たちやそれ以外の住民すらもそれら全員の視線が、
空を飛んでいるぼくらへと注がれていることは分かる。
そして、視線だけではない。カメラも一斉にこちらへ向けられている。
撮影されている……もしかしたら、リアルタイムでこの様子が放映されている可能性も……
「……フライゴン、とにかく逃げよう!
ひとまずは、この都市内で誰の目にも届かなさそうな場所まで……」
「了解です、コウイチくんっ」
フライゴンは体を前に傾けて、飛行を始めた。あてのない飛行……
下を見れば、おもちゃのように凝縮された建物群や、ラジコンサイズよりもっと小さく見える乗り物たち。
そんな中、アリの行列のように行進していたポケモン達が、みな歩を止めてこちらを見上げているのが分かる。
「……なんだか、すっごい視線を感じるぜ。こりゃもう観光はおしまいかな……?」
フライゴンのしっぽにぶら下がっているジュカインが、ふと深いため息混じりにそう呟いた。
……そうだ、確かにもう観光は終わりなのかもしれない。
いっそのことテレビ出演でも何でもして都市を満喫するなんていう手もあるけれど、
そんなことをして、どこかに潜んでいる魔王軍にでも狙われたらたまったもんじゃあない……
あ〜あ、もっとたくさんしたいことあったのになあ。マンガの続きが気になって仕方がないや。
数十分後、ぼくらは大きな川に沿った閑静な道へと降り立っていた。
道は一応コンクリートで舗装されているけれど、人通りも車通りも一切ない。
川沿いの反対側に並んでいる木立と木立の間には、
どんな方が住んでいるのか大きな庭を備えた豪邸が建っているけれど、
ポケモンのいる気配はなく、単なる景色の一部としてそこに存在している。
……先程までの狂騒が嘘のようで、ぼくの耳には落ち着いた波のさざめきや葉擦れの音が響くのみ。
あまりに落ち着いた空間なので、目を瞑れば優雅なピアノの音が聞こえてきそうなくらいだ。
防波堤から身を乗り出して煌く川面を見つめると、未だ高く昇っている太陽の反射熱で顔が温かい。
顔を上げて、川の奥側にたくさん聳え立っている建物を見つめると、
なんだかやるせない気分になって、ぼくは自然とふうと溜め息をついてしまった。
「……ユリルさんが、ちくったのかな」
近くの岩に腰を下ろしているフライゴンが、ちむちむと指を弄くりながらそう呟く。
「たぶんそうだぜ……ってか、それ以外に考えられねー。裏切ったんだ、ユリルさんは」
ジュカインは防波堤に寄りかかり腕を組みながら、イラだったような調子でそう答える。
「そうかァー……一体どうしてなんでしょうね、コウイチくん? 最初から、そのためにボクらに近づいたのでしょうか……」
「……わからない」
口ではそう言ったものの、ユリルさんがなぜ情報を漏らしたのかその理由は大体見当がつく。
タレコミ料を貰うため……要するに欲望に従ったということだ。
それが最初からなのか途中からなのか、そういった所までは完全には分からないけれど……
……とにかくぼくにとって幸いだったのは、ユリルさんを完全には信用していなかったことだ。
一応建前では信用しなきゃとは思っていたものの、あのレストランでの一件から、
ぼくは無意識の内にこうなることを予見していたんだ。騙された今だからこそ分かる。
騙されることへの免疫が出来てきちゃったのかもしれない……あまりよくない傾向だけれど。
「……ん?」
今まで目を伏せていたはずのジュカインが、いつのまにやらある一点をじっと見据えていることに気がつく。
その鋭い目つきは、前方にある豪邸の元へと向けられている……
「ねぇ、ジュカイン。どうしたの、どうしてあのお家を見てるの?」
まるで恨み人でも見ているかのようなその目つきが気になって、ぼくはそう聞いてみた。
すると、ジュカインは低く唸りながらこう答えた。
「……あの豪邸を見てたらさ、ちょっと思い出したんだ……アイツのことをよ〜〜」
「アイツ?」
「ああ……チクショー、こんなんなったのも全部あのゴミガキのせいだ、クソーッ」
豪邸を見て、ガキを思い出す……その符号に、ぼくはある人物を思い浮かべる。
ジュカインの半生を一変させた、ある少年のこと……
「どういうこと、ジュカイン? ……アイツって、まさかあのウラニワお坊ちゃま……」
思い浮かんだ人物の名前を出してみると、予想とは違った意外な答えが返ってきた。
「あっ、違う違うそっちじゃなくて、あっちの方だよ。マネネお坊ちゃまの方さっ」
「えっ、マネネ?」
予想していなかった方向の返答に、少しぼくは戸惑い気味な声を上げてしまう。
マネネというと、つい最近聞いた覚えがある名前だ。そう、確かあのひったくり犯。
「マネネって、確かユリルさんが言ってたひったくり犯の……?」
「そォそォ。あっ、そういえば言ってなかったな、実はあの図書館でそのマネネに会ってさ」
「マ、マネネに会ったって?」
ちょっとした急なニュースだ。いつの間に会っていたなんて……
「ああ、会ったんだよ。イタズラでひったくりするってのも頷けるくらいのクソガキでさ、
図書館で大声上げるわ生意気な口利くわ足蹴ってくるわ、ほんっっとうにぶち殴りたくなるくらいでさ……
あっ、ちょっとコウイチ。よかったらポケモン図鑑貸してくれるかな」
「えっ、ああいいよ。ほら」
マネネのことを調べるつもりなのかそう要求するジュカインに、ぼくはポケモン図鑑を渡す。
ジュカインはしばらく図鑑を操作していたと思うと、マネネの項を見つけたのか
一声叫ぶと、続いてその説明文を声に出して読み始めた。
「『あいての うごきを モノマネする しゅうせい。 まねを された あいては めが はなせなくなる という』……
……か。オレの会ったマネネは動きの物真似なんてしなかったぜ、自分勝手なクソ可愛くねーガキだったぞっ!
真似ないマネネなんて、ただの『ネ』じゃねーか! クソッ、ざけんな『ネ』! あのウンコ頭ヤローがよー」
「……大変だったんだね」
「ああ、大変だったぜ。……ちくしょう、あいつ次会ったら根性叩きなおして更正させてやるっ」
ジュカインは本気でイライラしている。まぁ、無理もないよね。
……でも、さすがにちょっと大人げないよなあ、これは。
「……大人気ないですねぇ、ジュカインのやつぅ」
「! あははっ、そうだね」
思ったのと同じことをフライゴンが耳打ちしてきて、ぼくは思わず笑ってしまった。
……そしてそれを聞き取ったのか、ジュカインがちょっとむくれた顔でこちらを見てくる。
「……なに笑ってるんだよォー」
黄色い目をぎゅうっと細めて睨み付けてくる。
「別にー。ボクら何も言ってないよォーだ」
「嘘をつけーっ! 何を言ったんだフライゴン、そんなにオレの『ネ』が面白かったのかァー!? ちくしょーっ」
「だから何でもないってばァー。うひゃひゃ」
「あっ、今明らかに笑ったなテメーっ!」
イタズラめいた笑いを浮かべるフライゴンに、掴みかかるジュカイン。
そのうち、二人はまたいつものようにじゃれ合うような掛け合いを始めた。
よかった。何とか……また雰囲気が緩和された。
ぼくが人間だという情報は、おそらくはもう都市中に伝わっていると考えていいはず。
満足な観光はもう出来ないかもしれない。
でも雰囲気が悪くならなければ、とりあえずはそれでいい。
このまま以後のことを考えよう。衆目に晒され大騒ぎされてまで観光を続けるか、都市を出るか――
プルルルルル!!
「!?」
突如、ジュカインの持つポシェットの中から電子音が響き渡った。
うわああごめんあんさい、急用が出来てしまいました……
途中ですが中断します。続きは明日に必ず投稿します、ごめんなさい
wktk
寸止めかいなw
楽しみにしてるぜ
前スレ終了記念sage
「こ、これは……!?」
ポシェットの中から響き渡る電子音。
それが何であるかは瞬時に理解する。携帯だ。携帯電話の音だ。
そう理解すれば、また少し遅れて次の理解もやってくる。
携帯電話なんてぼくは普段持ってないから、この音はユリルさんから渡された受話器の音。
何でその受話器から音がする? 決まっている、電話がかかってきたんだ。
誰から? 他の誰かからかかってくる可能性のあるような受話器をユリルさんがぼくらに渡すはずがないから、つまり……
ユリルさんからだ。意図は分からないけれど、ユリルさんが電話をかけてきたのだ。
「コ、コウイチ……! 多分これ……!」
ジュカインは焦ったようにそう言いながら、急いでポシェットから受話器を取り出す。
「か、貸してっ、ジュカイン!」
すかさずぼくはそう言って、戸惑うジュカインから受話器を受け取り、
通話ボタンを押してからまっすぐ耳に押し付けた。
『もしもし、調子はどうですか? 連れの方に乗って逃げたそうですね……』
電話の奥から響いてきたのは無論ユリルさんの声だ。
一時は信用しきっていた方の声。ぼくらを裏切った方の声。
まるであてつけのようなその一言。気がつけば、ぼくは大声を上げていた。
「ユ、ユリルさん!! 情報を漏らしたのはあなたですよね、一体なぜ……!?」
「裏切ったんだな、ユリルさん! 私は善人ですだとか言っていたくせに……なぜこんなことを!?」
「そうですよ、ねぇ、なんでなんですかっ!」
フライゴンとジュカインも電話の近くへ顔を寄せ、一斉に困惑の程を吐き出す。
それからわずか数秒後、ユリルさんは予想外の返答を返してきた。
『……私が善人ではない、と……思っていらっしゃるようですね。それは『誤解』というものです。
私は別に悪行を犯したつもりなんてない。私は立派な善行を果たしたと思っています』
「なんだって……?」
その信じられない言葉に、ぼくの胸にどんどんと憤りの感情が沸きあがってくるのを感じ取る。
何を言っているんだこの方は。『善行』だって……?
立派な悪行じゃあないか。ぼくらのことを騙して、何も考えず情報を漏らすなんて……!
憤りの感情が喉を通りかかろうとしたその時、再びユリルさんの言葉が聞こえてきた。
『人間様ならば簡潔に述べてもお分かりになるでしょうから、簡潔に述べます。
考えてもみてください……あなたのことを黙秘するかそれとも世間に晒すか、
はたして喜ぶ者が多いのはどちらですか? 選ばれるべき善行はどちらでしょう?』
「え……?」
その言葉を聞いた瞬間、喉を通りがかろうとした感情が再び胸の中に戻っていく。
何を言い出すかと思えば……『選ばれるべき善行はどちらか』……だって……?
ぼくらを騙して世間に情報を晒すのが善行だっていうのか。それは悪行じゃあないのか……
……いや、ちょっと待てよ。
……『喜ぶ者が多いのはどちらか』……って……
そういえば、裏切られたショックばかりが先行していてそういう考え方はしていなかった。
その視点からすれば……どちらが正しいかというと……
『残念ながら私は涙を飲むしかなかったのですよ。あなたたちのことを考えてなかったわけじゃあないのですが、
報道屋や、刺激に飢えている住民達……彼らのためにも、こうするしかなかったのです。私は善人ですから……』
「……」
脳内で結論が出かけた頃、その結論を電話の奥でそうユリルさんが代弁した。
……そうなのかもしれない。
ぼくらは損をしているけど、それよりも遥かに多くの者達がこの事実によって潤うことになる。
そう、大騒ぎされてぼくらはうっとうしいだけだけど、大騒ぎしている側は幸運に打ち震えているんだ。
ユリルさんを恨むのはともかく、悪人扱いするのはお門違いなのかも……
『誰もかれも、きまって己に都合の悪い行動をする者をみな悪人扱い……
あるいは下らない美徳や私情にばかりほだされる。客観的に事実を見ようとはしない……
私はそういう甘ったれた自己中な考え方を『お坊ちゃま思考』と呼んでいるのですけどもね。
何事も自分中心、という考え方の象徴的な存在ですからね、お坊ちゃまというのは……』
「!」
不意にお坊ちゃま=自己中心的、と決め付けたような言い方がやってきて、ぼくは少しカチンと来る。
咄嗟に反論しようとするけどそんな暇もなく、ユリルさんはまた長々と喋り始めた。
『……一つ、お教えしましょう。人間様は叡知の象徴と呼ばれているのです。
この世に進歩をもたらした者……知恵と知性をもたらした者……知っていますか?
まぁ、今では誰もその呼び名を使おうとしないでしょうがね。時と進歩が住民を調子付かせ……
結果、今では人間は軽視されている。まるで芸能人や珍しい生き物か何かのような認識ですよ』
「……」
確かに、先程の体験したあの扱いは、珍獣や何かと同等の扱いだった。
……でも、それがどうしたっていうんだ。
『ですがね、私は知っている。この都市は超能力の都市と呼ばれていますが……
超能力とは人間様に追いつくための能力。足りない部分を補う能力でしかないということをね。
我々エスパーは身体能力が著しく低い。そして指も器用に動かない。人間様と比べて我々は劣った存在……
その差を埋めるべく超能力があるのです。機械製作や料理など手先を使う仕事は超能力無しでは不可能。
そう、我々にとって人間様は遥かに優れた存在です。今や当然ながら誰しもその事を忘れていますがね……」
「……へぇ」
『そして、そんな優れた存在である人間様ならば……私の言うことも理解してくださる。そう信じています』
「……」
……正直話の内容よりも、その節々にさりげなく混ぜ込まれている自慢めいたものに頭が行ってしまう。
……決して本人はそんなつもりはないのだろうけれど……まるで言い訳だ。
如何に自分が特別かということをアピールし、『欲に溺れて裏切ったたわけではない』と必死に言い訳しているようだ……
『ああ、あともう一つ教えておきます。今の状況では、
今後あなたがどう変装をしようと一目で人間だとバレてしまうでしょう』
「えっ……!?」
不意にやって来た衝撃の発言にぼくは耳を疑い、大きな声を上げてしまった。
『先ほど、『超能力は人間様に追いつくための能力』とも言いましたが……
無論その中にも例外がいくつかありましてね。今からお教えするのもその例外の一つなのですが……』
そこで話は一旦途切れ、電話の奥ですぅっと深く息継ぎする音が聞こえてきた後に話が続けられた。
『この都市には、超能力を己の怠惰のためだけにしか使わない落ちこぼれが多いのです。
こういうヤツには何を言っても無駄でしてね。ヤツらは世のために働くだの己を磨くだの
そういった選択肢を無意識下のプロセスで排除してしまうような欠陥が、出来上がってしまっています。
そう、そのような深層心理の欠陥は、深層心理に訴えねば治るはずがない……
しかしタチの悪いことに、そういう輩は大抵が心の奥深くへと繋がる扉を深く閉ざしてしまっている。
これまでの生涯で無駄に築かれていった自己意識が、他者に干渉されることを拒んでいるということです。
さて、これはもう予てより最大の社会問題となっていますが、数年前にこれを改善する劇的な策が講じられましてね。
……その策というのが我々の最大の特権を駆使した策であり、貴方達にとっては都合の悪いものなのです』
ユリルさんの言葉は長々としてる上に小難しい単語に溢れていて、話を追っかけるのにも一苦労だけれど、
今後のことに関わる話なのだから、ぼくは耳を集中させひたすら頭を働かせる。
『……深層心理に訴えるには、心を揺さぶる波動……つまり超能力、S波が必要不可欠。
そのS波に加工をし、定められた一部の報道番組にのみ、その電波に混ぜて流すのです』
「S波を……?」
『そう。テレビ画面から電波と共に発せられるS波は、視聴者の心を震わせる……
よって、無意識下に番組の内容が視聴者の心の奥深くに強く刻み込まれる……
そして、人間様出現のニュースは既に都市中に放送されている……もうお分かりですよね、この意味が』
「……」
薄々とだけど、理解しかけてくる。それだけに、ぼくは返事をすることが出来なかった。
『そう、モニターに映されたあなたの姿が、いまやそれを見た者全員の
心の奥深くまでに刻み込まれているのですよ。まるで何十年も共に過ごした兄弟のようにね。
ですから例えどんな変装をしようとも、ほんの僅かな共通点からあなたが人間様だと気づかれてしまう。
顔のパーツや服装、肌の色などはもちろん、身長や体系、手足の長さ、腰つきに至るまでね』
ぼくが頭の中で理解しかけてきていたことが、すぐにそのまま言葉として帰ってきた。
それもあまりにも詳細にだ……もうほとんどあてつけじゃあないか。
電話の奥からユリルさんの心の中の笑い声が聞こえてきそうなくらいだ。
『……衆目に晒されるのが嫌ならば、すぐに都市から出てしまった方が良いですよ……
……ふふ、本来ならばこの忠告は『捨てねばならぬ善行』なのですが……
どうやら良心の呵責がそれを許さないらしい。私もまだ若輩者だということですね』
ユリルさんは、続けて半笑い交じりでそんなことを言い出してくる。
……本人は悪気は無いというのは分かるけれど、いい加減うっとうしくなってきた。
「……もういいですか、ユリルさん。別にぼくアナタを恨んでなんかいないんで……
こうなったのも全部『自分の責任』だと……思ってますし。ねぇ、電話切っていいですか」
言葉にトゲが混じってしまうのもおかまいなく……むしろ言葉のトゲをぶつけたいとも思いながら、ぼくはそう言い切った。
そうすると、そのトゲに反応したのかユリルさんはこう言ってくる。
『……いや、あのですね、お怒りにならないでくださいよ、私は別に……』
「分かっていますよ。分かった上で言っているんです」
『……』
ぼくが冷たい口調でそう言うと、さすがに応えたのかユリルさんの声がしばらく聞こえなくなる。
そして数秒後、ようやくユリルさんの声が聞こえてきた。先程よりも少し低いトーンだ。
『……分かりました、では切ります……ああ、その受話器ですがアナタにあげますよ。何かに使ってください。
……では、もう二度と会うことはないと思いますけど……さようなら、人間様。……さようなら』
さようならの言葉から数秒後、通信は途絶えた。
耳の奥に『ツーツー』と空しく反復する発信音。ぼくは何だかどうしようもなく苛立っていた。
「コウイチくん……ユリルさんは、裏切ったんじゃなかったんですね……
ユリルさんは、あくまで自分の善を貫き通した……そういうことだったんですね……」
静寂の中、フライゴンはどこかやるせないようにしながらそう呟いた。
「屁理屈のように聞こえるが……言ってることは正しいのかもな。恨むのはお門違い……ってか」
続いてジュカインも、仕方なさそうに溜め息をつきながらそう言い出した。
ああ、彼らはユリルさんの話を完全に真に受けてしまっているみたいだ。
……あの『詭弁』を。
「……確かにそうだね。……でも」
「……? でも……?」
フライゴンはぼくのその言葉に反応して、上目遣いでぼくを見つめだす。
ぼくもフライゴンの目を見つめながら、考えていたことをため息混じりに話し始めた。
「ユリルさん自身は善を貫き通したつもりなのかもしれない……
だけどね、ぼくらを騙したことには変わりないじゃん。騙したんだから裏切ったのと同じさ。
ユリルさんは自覚してないみたいだけど……あれで善人だなんて笑わせるね。
ぼくらの情報を漏らすのは確かに善と言っても差し支えは無いかもしれない……
……けども、肝心のやり方がお話にならない。下の下……ダメダメさ」
「……コ、コウイチくん……」
「コ、コウイチ……」
なぜだかフライゴンやジュカインの目つきがどんどん不安めいたものへと変わっていくけど、
ぼくはそれを気にせず話を続ける。というか、止まらない……自然と口から言葉が出てしまう。
「はっはっは……でもわざわざ理論立てて言い訳するのは立派なことだと思うよ。
そうだよ……いいんだ。言い訳は別にいいんだ。しないとか出来ないとかよりは、100倍いい……
自分を正当化するのは別に悪いことじゃあない……とってもいいことさ、うんっ、うんっ、いいことだよ。
でもね、胸クソ悪いよ……イライラするんだ。だって騙されたんだもの……当然さ……くっくっく」
言いながら自然と受話器を握り締める力が増していく。
気がつけば、もう片方の手が頭へ伸びていく。ミトンの中で爪を立てて、ゆっくりと……
「……はいはい、シリアスな流れはここまで〜っ! ボクいいこと思いついちゃいましたよっ!」
「!!」
突然フライゴンが明るい声を上げだして、ぼくは我に返り、
頭へと伸びていこうとしていた手を慌てて引っ込めた。
いきなり何のつもりだか分からないけれど……助かった。
ぼく、本当にまた頭を掻き毟って止まらなくなるところだった。
「ど、どうしたの、フライゴン? 何を思いついたの?」
ぼくは気を取り直して笑顔を作り、フライゴンにそう尋ねる。
フライゴンはほっと一息安心したように溜め息をついた後、こう答えた。
「当初の目的を思い出してみましょう! 観光もそうだけど、
はぐれたボク達の仲間を探すというのが一番の目的! そうでしょう?」
「うん? そ、そうだけど……」
今までほとんど忘れかけていたその目的。
そうだ、観光はおろか仲間を探すことすらも満足に行えなくなったんだよね……
また一つ残念な事実を見つけてしまい、暗い気分に陥ってしまう。
でもそんなぼくの気分とは対象的に、フライゴンは弾んだ調子でこう続ける。
「でも、もし誰かがこの都市にいたとしても、こんな広い都市では見つけるのは難しい……
色々なポケモンがそこら辺をうじゃうじゃ歩いているし、大体外にいるとも限らない。
もしかしたらもう住所作っているかもしれないし、どこかで仕事をしてるのかも……でもっ」
フライゴンはニッと笑みを浮かべると、短い人差し指を立て手をこちらに突き出して、こう言い放った。
「もしこの都市に、ボクらの仲間が誰かいたとしたら……住んでいたとしたら……
今回のこの騒ぎで、少なくともボクらの存在はその『誰か』に伝わることになるっ!
ボクらだけじゃあなく、その『誰か』もボクらを探してくれる。出会う確立が格段に増えるっ!」
「あっ……!」
フライゴンの言い放ったその考えに、ぼくは雷に打たれたかのような衝撃を受けた。
今まで全く頭に無かった考え方。あくまでポジティブな思考。
きっと思考が後ろ向きになってしまっていたぼくじゃあ、至らなかった思考だ。
ジュカインはどうか分からないけど、少なくともぼくでは絶対に考え付かなかった……
「……そ、そうだよねっ。そうだよね、フライゴン……
そういう考え方もあるよね……! すごいよ……!」
何だか救われたような気分になり、ぼくは思わずフライゴンの手をぎゅっと握っていた。
「その考え方は無かったなァ。確かにそうだな、理に適ってるよフライゴン」
ジュカインも感心したようにしながら、フライゴンへと賞賛を送る。
「そ、そんなァー……そこまですごくもないですよォー……えへへへ
あっ、そ、それに大事なのはここから。これからどうするかですからっ。えへうへへへ」
同時に褒められて嬉しいのか、尋常じゃないほどにニヤケるフライゴン。かわいいヤツめっ。
……でも、そうだ。大事なのはこれからどうするか……だ。
「じゃあ、これから先どうする? もいっかい記者達の前に姿さらすか?」
まずジュカインがそう提案する。ぼくは少し考えた後、それを否定した。
「それはちょっと危険かな。もしどこかに潜んでるかもしれない魔王軍に気づかれたら大変だ。
ぼくら以外の記者達や住民達にも被害が被るかもしれない……ちょっとした賭けになっちゃうよ」
「うーん、そうだよな。面倒くさいが、魔王軍がこの都市にいる可能性もあるんだ。
ただでさえ一度襲われたことのある都市なんだし……じゃあ、とりあえず様子見か」
「……そうだね」
そう、まずは様子見だ。
ぼくの存在を知った『仲間』は、何らかのアプローチを見せてくるかもしれない。
ひとまず、しばらくの間それを待とう……ぼくらが動くのはそれからだ。
「……! 車だ、隠れろ!」
「えっ、うわっ」
不意に、ジュカインが小声でそう叫び、ぼくとフライゴンの手を引っ張ると、
川沿いの反対側の木立へと駆け寄り、その裏へと隠れた。
それからしばらくすると、本当に車の音がどんどんと聞こえてくる。
「……うわ、すごいねジュカイン、ぼく全然聞こえなかったけど」
「いやあ、音が聞こえたわけじゃねーけどさ、だいたい振動とかで分かるんだよ」
「ふぅん。さっすがぁ」
ジュカインの察知能力に感心しながら、ぼくは木立の隙間から目だけを出して様子を確認する。
数秒後目の前の道路に、見るからに高級な黒いクルマがやってきた。
クルマはぼくらの隠れている場所を通り過ぎていき……スピードを落とし、停止してしまった。……あの豪邸の前で。
「……? まさか、あの豪邸に住んでいるポケモンの車か……?」
ジュカインがふとそう呟く。
そしてそれと同時に車のドアが開き、女性らしき声と子供の声が聞こえてきた。
「はい、着きましたよマネネお坊ちゃま。足元にお気をつけて……」
「そんなの言われなくても分かってるっつんだよー。オイラを嘗めてんのかよキルリアー」
マネネお坊ちゃまだって……!?
耳に入ってきたその名前は、確かにあのひったくり犯の名前だった。
車の奥側を覗くと、確かにポケモン図鑑に載っていたのと同じマネネがそこにいる。
「……クケケケケケケッ……奇遇じゃあねえか……まさか、こんな所で再びお目にかかれるなんてなァ……クケケッ」
「ふ、ふえっ?」
急にドロドロと憎悪めいた声が隣から聞こえてきて、ぼくは思わず背筋を奮わせる。
ジュカインだ。ジュカインは目を鈍く光らせながら、木の隙間からマネネをじっと見据えている。
や……やばい……ジュカインのやつ、何かしでかしちゃうっぽい……!?
つづく
昨日投稿できなくてすみません……
三話はそろそろ折り返し地点です。
それでは……
とにかく(・∀・)GJ!
乙ー
ゲラの長話には相変わらず付いていけんぜ…
乙カレー
定期age
コウイチは何かリスカ癖とかありそうだな
神経質な人ってみんなああだろ。
125 :
名無しさん、君に決めた!:2008/02/19(火) 17:42:14 ID:o2/gVoxr
うらWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWW
チンカス小説はどんどん晒してやんよWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWW
チンカス小説(笑)
自分で書けないくせに何を言っているのだか
お前らの厨房チンカスはどんどん叩いてやんよWWWWWWWW
あぼーんで快適
ゲラのいう落ち零れとはこういう奴のことを指すのだな。
過疎(´・ω・`)
まだかなまだかな(´・ω・`)
フライゴンは何でこんなに空気読める子なんだろう
遅くなってごめんなさい。投下しますねー。
「クッククク……ほんとォに奇遇だぜ……」
「ジュ……ジュカイン……!?」
木と木の隙間から、目を鋭く光らせマネネ達を睨み付けているジュカイン。
ある種の憎しみすらも混じっているようなその眼光は、
放っておけばジュカインがどのような行動を取るかをそのまま伝えているようだ。
「ちょっ、ジュカイン! 下手なこと考えちゃあダメだからねっ」
ジュカインが行動に出てしまわないよう、慌ててそう釘を刺しておく。
「そうだよ、あの子供が憎たらしいのは分かるけどさあ、幾らなんでも大人気なさ過ぎるって」
続いてフライゴンも、ジュカインへとそう忠告する。
「…………!」
ぼくとフライゴン二人の忠告に、ジュカインは強く歯を食いしばり拳を握り締める。
内なる感情を押さえ込むように……それも、相当に強い感情……
……相当に強い感情……!
ふと、ぼくは思い出す。ジュカインの幼少時のトラウマ……
少し前にぼくが口に出したばっかりの例のウラニワお坊ちゃまと、
あのマネネお坊ちゃまを……ジュカインは重ね合わせているのか……?
「!」
ジュカインはこちらへ視線を向け、ぼくの肩をグッと掴む。
どこか決意めいたものを帯びた目つき。
そしてその目つきとは裏腹に、抑えた口調でジュカインはこう言った。
「ごめん……オレ、放っておけないんだ。ああいうヤツのことを見ると……!」
「……!」
やっぱり、そうだ。
ジュカイン自身はハッキリと意識しているかは分からないけれど……
間違いなく、自分を虐待し苦しめたあのウラニワお坊ちゃまと、
あのマネネお坊ちゃまを重ねている……重ねて見ている……
間接的に、あのウラニワお坊ちゃまへと復讐を果たすつもりなのだろうか?
あのマネネ坊やを……引き裂いて……
いや、それはありえない。ジュカインはそんな愚かなことをするヤツじゃあない。
……そうだ、先程ジュカイン自身が言っていた。
更正させる……根性を叩きなおす……と。
……更正……
「大丈夫、きっとお前らには迷惑をかけないよ……だから、今回だけは許してくれ。
こんな機会は二度とはない……とは言えないが、少なくともその機会が今……目の前にあるんだ」
「ジュカイン……」
ジュカインはすまなそうにそう告げると、手と視線をぼくから外す。
そして、ゆっくりと木立の隙間へと体を滑り込ませはじめた。
「ジュ、ジュカイン、待てよ!」
「いや……いいよ」
ジュカインを止めようとするフライゴンを、ぼくは手で制止する。
「えっ……な、なんでですか?」
「元々こんな追われてるみたいな状況になったのも、ぼくのせい……
やりたいことをやらしてあげようよ。彼が……ずっと待ち望んでいたことかもしれないし」
「んー……? そ、そうですかねぇ……」
……そう、やりたいことはやらせてあげよう。
ポケモンのしたいことを最後まで見守るのも、トレーナーの仕事……
……それにあのマネネ坊やは、個人的にもかなりムカつくしね。
オレの半生を闇へと変えた、一人のお坊ちゃま。
戯れと称した暴力や過剰な悪戯をヤツから受けるたびに、
オレはヤツを憎んだ。切り裂き、噛み砕きたいと願った。
しかし、その願いは未だ叶っていない。
そして、その願いは未だ抱き続けている。
ただし、コウイチ達と一緒に温かい日々を過ごしていて
持て余していたその願いは、今では若干薄れつつある。
切り裂きたいとか何とか、そういう血なまぐさいことじゃあなくて……
単純に、更正させてやりたい。
あのウラニワお坊ちゃまに限らず、だ。
あれと同じく、自分の楽しみのために他者に痛みを与えるお坊ちゃま、
あるいは、そんな存在となる可能性を持ったお坊ちゃま……
それらを更正させることで、間接的にオレの復讐は完了するのだ。
……無論だが、ポケモンであるオレが人間を更正させるってのは無理な話だ。
つまりオレの抱く復讐心は、決して晴らすことが出来ず……いつまでも胸に抱き続けるしかない。
復讐が不可能なことにはもうだいぶ前から自覚していたので、
幸せな生活の傍ら、オレの心の奥底には常に一つのしこりがあった。
いつもは気にならない程度のものなのだが、眠れない夜などふとした時に……
このしこりがとてつもなく邪魔くさく思えて、どうしようもなくやるせない気分に陥るのだ。
……だがっ。
「おいっ、そこのガキッ!!」
オレは、力強く叫んだ。
今はもう目の前にある、自分より遥か小さい背に向かって。
「あ〜〜? 誰かオイラのこと呼んだかよォ……うげっ」
マネネは不機嫌そうにこちらを振り向き、そしてオレの姿を確認すると若干驚いた様子を見せる。
そしてマネネの隣にいたお手伝いの女性の方は、オレを見た瞬間驚愕の声を上げた。
「あっ! あなたは、あの図書館のときの……あと……」
口元に手を当てて、目を見開くお手伝いさん。(確かキルリアとか言ったっけか?)
オレはそのキルリアには目も暮れず、マネネの近くへと歩み寄った。
「な、なんだよォ……こんなとこで待ち伏せしやがってさ、仕返しでもするつもりかァ?」
たじろぎながらも、あくまで強気の姿勢は崩さないマネネ。
……気にいらねぇなァ、この態度……もう少し、脅しをかけてやろうか。
「今からおよそ四時間前……お前は何をしていた?」
「はァ?」
オレのその問いに、マネネは顔を歪め思いっきり首をかしげる。
「合っているはずさ。オレの体内時計はそれなりに正確なもんでな。
大体四時間前くらいに、オレの身の回りで何が起きてたかってのは分かる……
そ・し・て、マネネくん。その時ぼうやが『何をしていたのか』……ってのもな」
「……?」
マネネは、しばらく口を半開きにさせたアホ面で何かを考え込んでいたが、
ようやく思い出したのか、ハッと目を見開き、オレを見つめだした。
「……クケケッ」
自分の立場の危うさを認識したらしいマネネに向かって、
オレはポシェットからある物を取り出し、目の前に突きつける。
「う、うあ……そ、それ……」
さすがに冷や汗を流し始めるマネネへ向けて、オレは極上の笑みと共に怒号を投げつけた。
「カハハハーッ!! 『お前がひったくった財布』さっ、オレはれっきとしたテメーの被害者なんだよ、カハハッ!!」
「う、うう……」
冷や汗をたらたら流しながら、ちらちらと隣のキルリアへと視線を移しているマネネ。
ははーん、コイツもしかして、ひったくりの悪戯のことを身内に知られてねェんだな?
オレは視線をキルリアさんの方へ向け、財布を見せ付けながらこう言った。
「カハハッ、ねぇお手伝いさんッ! オレはこの子に一度財布を盗まれたんですよッ!
図書館ではワケ分からねー難癖つけられるわ、スネ思いっきり蹴られるわでさ。
教育とかちゃんとしてるんスかねェ〜〜。お金持ちのご子息がこんな犯罪坊やなんてねェ」
キルリアさんは顔を真っ青にしながら、凄い勢いで頭を下げ始めた。
「す、すいませんッ!! うちのマネネお坊ちゃまが、こんな……」
キルリアさんは頭を下げたままマネネへ視線を移すと、押し殺した声で説教を始める。
「マ、マネネお坊ちゃまっ!! まだあの悪戯やめてなかったんですかっ!」
「う、うるさいっ、オイラの勝手だろっ! ……ちくしょうっ」
マネネはキッとオレを強く睨み付け始めると、吐き捨てるようにこんなことを言い出した。
「オ、オイお前。オイラはちゃんと財布は交番に届けたんだぜっ!
その証拠に、今お前の手元に財布あるじゃんか。何か悪いことあんのかよっ」
「カハッ」
あまりのふてぶてしさに、思わず笑いが漏れる。
口端を吊り上げて邪悪な笑みを浮かべて、オレは強くこう言ってやった。
「バカかテメーはよォ〜〜!? クケケケッ、盗んだって行動自体が大問題なんだよマヌケめッ!
悪戯なんてもんじゃあねぇ、立派な迷惑行為さッ! 理解できますかねェェ〜〜〜お坊ちゃまァ〜〜ん?」
「う、うぐぐっ……」
ぎりぎりと歯軋りをはじめ、俯いてしまうマネネ。
「す、すいませんっすいませんっ! 本当にすいませんっ!」
繰り返し、必死に頭を下げ続けるキルリア。
サァ……そろそろ頃合いかな?
「こういうのって、やっぱ躾がいけないんスよねェ〜〜〜。
良いこと悪いことの区別がついてないっつーか、
何やっても許されるって思ってるっつーか……
子供って、育て方一つで性格決まりますからねェ〜〜〜」
わざと嫌みったらしい口調でそう言ってやると、
キルリアさんは涙目でオレを見つめながら、訴えるようにこう言う。
「すいません……ぜんぶ私の責任です! これからきっと私が……」
「ムリムリムリっ! あなたみたいな優しそうなお方じゃあ、
結局甘やかしちゃうから、今と変わりませんって。断言できますよ」
カハハッと馬鹿にするような笑いを添えてそう言うと、
キルリアさんの顔つきは一層思いつめた風になっていく。
「そ、そんな……じゃ、じゃあどうすればっ!」
きたっ!
オレはキルリアさんとマネネの顔を交互に見据えながら、高らかにこう言った
「オレが、このマネネ坊やを更正させてやりますよっ! それも荒療治でねっ!」
「えっ!?」
「ええっ!?」
当然のように驚愕し顔を固まらせる二人に対して、すかずオレはこう言う。
「簡単な例え話ですよ、キルリアさん。この子は、例えるならば曲がった釘。
曲がった釘は、金槌か何かで横から叩き直してやんなきゃあ元には戻りませんよねェ。
そして坊やの周りには金槌が無い。あるのは、あなたのような優しい綿棒くらいのもの」
「いっ!? お、おい、なんだよォ!」
言葉と同時にマネネの頭を掴み、オレは自分を指差しながらこう告げる。
「度々この坊やに煮え湯を飲まされたオレなら、金槌にでも何でもなれる!」
「別に教育費や何やらを取ろうとは思ってませんよ。ねっ、いいですよね?」
「う、ううっ……」
うろたえて、考え込むように低く唸るキルリアさん。
その傍ら、マネネはオレの手の中で喚きながらじたばた暴れている。
「お、おい、離せよォ!! こんなことしてタダで済むと思ってんのかよォー!」
「うるっせェ〜〜〜なァ〜〜〜。本来ならタダで済まないのはテメーの方なんだが、
慰謝料やら何やらをオレが請求しないだけ、逆にオレに感謝すべきだろーがよ」
「ぬぐぐぐゥ〜〜〜、理屈コネやがって〜〜〜」
オレはマネネへと得意げな視線を落としてから、再びキルリアさんの方へと視線を戻す。
「……?」
キルリアさんはしばらく目を瞑っていたかと思うと、ゆっくりとこちらへ歩み寄ってきた。
そして目の前まで到達すると、射抜くような視線でオレのことをじっと見つめ始める。
「……な……ど、どうしたんですか」
まさか、怒らせてしまったかな……? オレがうろたえ始めると、
キルリアさんはおもむろに、顔の中心を覆う髪(のようなもの)を掻き揚げると、こう言ってきた。
「おでこ、貸してください」
「へっ?」
急な意図不明の質問に、オレは素っ頓狂な声を上げてしまう。
熱でも測りたいのだろうか。意味はよく分からないがとりあえず頷いておくと、
キルリアさんはオレへと顔を近づけて、その額をオレの額へと密着させた。
「…………??」
キルリアさんは本当に熱でも測っているかのように、目を瞑り集中している。
視線を泳がせてマネネを見やると、何やら追い詰められたような表情でこちらを見ている。
なんだ……どういうことだ……?
「……分かりました」
しばらくしてキルリアさんは、ようやくオレから額を離す。
そしてまたオレのことをじぃっと見つめだしたかと思うと、ふと微笑んでこう言い放った。
「マネネお坊ちゃまを……頼みます」
「えっ」
「えっ」
一瞬耳を疑い、マネネと同じく呆けた声を上げてしまう。
……おでこを当てて何がしたかったのか分からないけど、いまマネネを頼むって……
胸の奥から笑いが込み上げてくる。オレはそれを我慢せずに、勝ち誇った高笑いをあげた。
「カハハハハーッ!! 聞こえたかい、マネネッ!!
お前の家政婦さんは、更正をご所望のようだぜッ!!」
「うぐぐぐぐっ、何言ってるんだよォーーキルリアーーッ!!」
冷や汗を流し、キルリアさん目掛けて泣きつくようにそう叫ぶマネネ。
しかしキルリアさんは……あっ、すっごい目を逸らしてる。すっっごい目を逸らしてる。
「カハハッ、残念だが犯罪坊やには味方は付かないんだぜッ!
サァ、とりあえずキミのお家に行こうか。じっくりと叩き直してやるぜっ」
「うわァーーーっ!! だだだ、だーれーかー助けてーーっ!!」
短い手足をじたばたとさせて喚くマネネを引きずって、俺は敷地の中へと立ち入る。
このまますぐに連れて行きたいところだが……オレは一度歩を止め、キルリアさんの方を見やる。
「……あの……本当に、いい……んですよね」
キルリアさんはニコリと柔和なほほえみを浮かべると、こう答えた。
「はい……あなたが悪い方ではないことは分かりましたから」
「……?」
どういう意味かは分からない。だが、何にせよ好都合であることには変わりない。
オレは視線を落として、未だ暴れ続けているマネネを見つめる。
生意気なお坊ちゃま……まともな心を持たないお坊ちゃま……
いくら時が経とうとも、その影は姿を変えないままオレの胸に存在し続けている。
だがそれも……これまでだ。
サァ、待ちに待った『復讐』の始まりだっ!
支援!
「ひえ〜〜、本当に連れていっちゃったよ〜〜」
木陰から一部始終を見ている中、フライゴンは不安そうにそう呟いた。
ジュカインはあのお手伝いさん達をまんまと口車に乗せて、マネネを連れていってしまった。
確かに不安だけれど、あの生意気お坊ちゃまを言葉で追い詰めるのは爽快だったかな……
…………
ちょっと待って。ぼくらはこれから一体どうすればいいんだ?
更正……って言ったって、どれだけかかるか分からない。
まさか数分とか数十分とかってわけにはいかないだろうし……
ジュカインはあのマネネ坊やの屋敷へと許可を得て入っていったけど、
ということは、ぼくたちもそれに続けばいいってことだろうか?
じゃあどうやって? 『ジュカインの連れです』なんて言っておじゃまさせてもらえばいいかな。
でもそれって、かなり図々しくないかなぁ。どうしよう。
「ねぇねぇ、コウイチくん」
「ん?」
考え込んでいると、フライゴンがつんつんとぼくの肩をつつき呼びかけてくる。
そして木の隙間からあのお手伝いさんの方を指差しながら、こう言ってきた。
「あのお手伝いさん……ええと、キルリアさんでしたっけ。
なんでお家の中に戻らないで、まだここにいるんでしょうかね」
「あっ、そういえばそうだね」
ジュカインとマネネが行ってしまってから、キルリアさんはまだ一歩も動いていない。
ぼくらの位置からだと遠目で横顔だけが見えるけど、何やら目を瞑っているようだ。
立ったまま眠っちゃったのかな……? はは、バカな。
そんなバカバカしいことを考えると……不意に、キルリアさんの口が開いた。
「そこに……誰かいますね?」
「!?」
キルリアさんの口が開いたと思えば、いきなりドキッとするような言葉が聞こえてきた。
まるで、ぼくらの存在を察知しているかのような言葉……
「ね、ねぇ……いま……」
「は、はい……」
思わずフライゴンにもそう確認してしまう。まるで唐突で、しかも想定外の事態だ。
まさかバレたのか? ぼくらがここに隠れていることがキルリアさんに……
……でも、ぼくらの隠れている位置とキルリアさんのいる位置ではそれなりに距離があるし……
キルリアさんは相変わらず動いてないし目も瞑ったまんま。ぼ、ぼくらに言ったんじゃないよね?
「ね、ねぇ。あれ、ぼくたちに言ったんじゃあないよね?」
「さ、さぁ〜……?」
たまらずフライゴンにもそう確認してしまう。
軽く不安になってきた。困ったな、こういう不安って最近よく当たるんだよなァ……
「!」
キルリアさんの目が開かれた。そして、同時に歩を進め始める。向かう先は……
「コ、コウイチくんっ! こっちに、こっちに来てる……っ!」
声を押し殺したままフライゴンが軽く叫び始めた。
そうだ、キルリアさんは並木に沿ってこちらへ歩み寄ってきている。
「ね、ねぇ、どうしますか?」
「ど、どうしますかって言われても……ぼ、ぼく……」
ぼくの置かれている立場上、通常ならば逃げるべきなんだろうけれど、
ジュカインがマネネのお家へ入っていった以上、逃げない方がいいのかも……
ややこしい事態に頭が悩まされる。そしてそうやって悩んでいるうちに、ついに……
ガサッ!
「!」
すぐ目の前で葉擦れの音が響く。
掻き分けられた葉っぱの間から、キルリアさんの顔が覗いていた。
やっぱり気づかれていたんだ! ……そして、見つかってしまった!
目の前にあるキルリアさんの顔。どう反応しようかとぼくが迷っていると……
「やっぱりここにいたんですねっ!」
「えっ」
真っ先にキルリアさんが話しかけてきた。
それも、ぼくの姿に驚いているような様子は無い。
戸惑っていると、続けてぼくらを懐柔するような言葉もかけてきた。
「あっ、警戒なさる必要はありませんよ。
こっちへ出てきてください……少しお話しましょうよ」
「は、はぁ……」
キルリアさんはほほえみを浮かべながら、少し身を引いてぼくらの立つスペースを空ける。
お話しましょうだって? 何を話すつもりなのだろうか。
ジュカインのことについてなのはほぼ間違いないのだろうけど。
……ともかく、見つかってしまったのだから変に抵抗する必要もないか……
ぼくは一度フライゴンと顔を見合わせて、同時に木立の外側へと身を滑り出させる。
キルリアさんは姿を露わにしたぼくら二人を見交わすと、控えめな風にこう聞いてきた。
「あなたたちは……あの方のお連れ様ですよね」
あの方……とは、無論ジュカインのことを指しているのだろう。
「ええ、そうですけど……あ、あのう、何でぼくらがここに隠れているの分かったんですか?」
答えるついでに、好奇心でぼくはそう質問してみる。
キルリアさんは一瞬迷うように顔をしかめたが、すぐにこう答えた。
「あ、いや、気配がしたものでして。私、気配を読むのが得意なんですよ。
それと……あなたがた二人とあのお方が一緒にいるのを……テレビで見たもので」
「!!」
ぼくは驚き、思わずフライゴンの方へと視線を送ってしまう。
テレビで見た……ということは、このキルリアさんはぼくが人間だということを既に知っている……!
おそらく車内テレビか何かで見たのだろう。
ぼくら三人が記者に囲まれてうろたえているあの光景を……
それにしても、キルリアさんは何でこうもバカ正直に、
その事を伝えてしまうようなことを言ってしまうかな。
……もしや、間接的にこう言っているのだろうか。
『私はあなたが人間様だと知っている……』
『けど、別にそのことを気にしてはいない……』
まぁ、何にせよ変に騒がれないのはありがたいことだね。
一々相手の腹深くまで読み取ろうとする必要は無い……
そうだ、そんなことよりも。ジュカインのトレーナーとして、
このキルリアさんにしなきゃならないことが一つある。
「キルリアさん、ごめんなさいっ」
ぼくはキルリアさんへ向けて、その言葉と同時に頭を下げた。
「えっ、な、どうしたんですか?」
キルリアさんのうろたえたような声が聞こえる。
ぼくは頭を上げて、キルリアさんの目を見据えながら言った。
「いえ……ジュカインっていうんですけど、ぼくの連れがあなたがたに
少々迷惑なことをしてしまって……決して悪気はないと思うんですけど」
ジュカイン自身は悪気は無いと思うけれど、ずいぶんと過激なことを言っていた。
このキルリアさんも、ジュカインの言葉に少し傷ついているかもしれない。
どんな反応が来るか心配でいると、なんとキルリアさんは
すぐに柔和なほほえみを浮かべて、こう答えた。
「謝る必要はありません……迷惑などころか、ありがたいんです」
「えっ」
少し意外な言葉。
いや、大人の対応としては当然の対応なのだけれど。
「べ、別に気遣う必要は……」
「いえ、気遣っちゃあいません。本当に……ありがたいんです」
「えっ……」
「あ、ありがたい〜……?」
嘘を言っていないようなその目つきに、ぼくもフライゴンも少し困惑する。
キルリアさんはそっと目を瞑ると、懺悔するような口調で語り始めた。
「お坊ちゃまが迷惑をかけて生きていることは承知しています。
そして、このままでは将来ろくでもない大人になるであろうことも……
ですが、私達は雇われの身……お坊ちゃまに強く言うことは出来ませんでした」
キルリアさんはそこまで言うと目を開き、ふふっと柔らかい笑みを浮かべる。
「ですから、ああいう方が来るのを私達は待ち望んでいたんです。
私達のように己の身分というしがらみに縛られることなく……
お坊ちゃまに強く意見してくれるような方を……待ち望んでいたんです」
「そういうことだったんですか……」
とにかく、ジュカインのしたことは結果的にこの方達のためになったみたいだ。よかった……
……ただ、キルリアさんの話の内容には一つ疑問点がある。
「あ……あのう、じゃあ親御さんはどうしたんですか? あの天才マジシャンだとかいう……」
「あっ、確かにそうですよね。あのマネネくんに親は何も言わないんですか?」
「…………」
ぼくらがそう質問した途端、キルリアさんはしばらく黙りこくってしまった。
……やっばい、聞いちゃならないことを聞いちゃったかな……
そう思い始めた矢先に、キルリアさんは俯きながらこう言った。
「ご主人様はいません」
「ご主人様は数年前お坊ちゃまと一緒に旅行に行ったきり帰ってきません。
一人警察に連れられて帰ってきたお坊ちゃまは言っていました。
『お父さんが魔王軍に連れ去られた』と。母親もそれより前に事故死しています」
意外な所に出てきた魔王軍の名前。
あのお坊ちゃまの家族は、あの魔王軍の被害者だったのだ。
「そう……そういえば、お坊ちゃまがひねくれてしまったのはそれからかもしれません。
今まで人の真似ばっかりする純粋で可愛い子だったのに……ひね、ひねくれて……」
「……?」
なんだかキルリアさんの様子がおかしい。
顔がぷるぷると震え、こめかみに微かに青筋が浮き出ている。
不思議に思っていると、キルリアさんは顔を上げ、震えた声でこう言ってきた。
「ちょっといですか、ここ……ここ見てくださいよォォ〜〜〜」
キルリアさんは顔を前に出し、白いほっぺたを見せ付けてくる。
そしてそのある一点を指差しながら、震えた声でこう言ってきた。
「ここに……ニキビ……ありますよねェ」
確かに言われてみれば、ニキビらしき赤い斑点が三つ四つある。
「あ……ありますけどォ、それがなにか……」
「やっぱりやっぱりやっぱりやっぱりありますよねェェェェェ!!?」
「いっ!?」
キルリアさんは目を剥き出しにしながら、急に震えた叫び声を上げ始めた。
そしてその白い手をニキビのある場所に添えると、ごしごしと擦り始める。
「私って、お肌のハリとか、気分とか、身近にいる方の感情に左右されるんですよォォォ
あの日以来、お坊ちゃまはひねくれっぱなしで……だから私も、お肌が、気分が、
夜も眠れないし、食欲も出ない、朝だって、あの『クソガキ』のせいで、私はねェェェェェェ」
まるで我を忘れたかのように狂的な声を上げ続けるキルリアさん。こ……壊れたっ!?
「お、落ち着いてくださいよォ、血出てますよっ!」
「はっ!!」
ぼくの声にキルリアさんは我に返ったように目を見開くと、頬を擦っていた手を離した。
「あ、あははっ、す、すいませ〜ん……つ、つい……」
誤魔化すように笑みを浮かべるキルリアさん。この方も結構変わり者っぽいなぁ……
「では、お二方も我々の屋敷に来てはどうですか?」
「えっ」
キルリアさんの出した思わぬ提案に、ぼくとフライゴンは思わず顔を見合わせる。
「「い、いいんですか!?」」
二人同時にそう言うと、キルリアさんはほほえみを浮かべたままこう答えた。
「もちろんですよ! お坊ちゃまが色々と迷惑をかけたお詫びです。
その……お二方は追われてるでしょう? 記者の方々に……」
「え? あ、はい……」
あえて口には出していないけれど、やはりキルリアさんはぼくの正体を既に知っているようだ。
「ですから、かくまってあげます。それにお疲れのようですし、お世話の方も……ね」
「へー、ありがとーございます! よかったですねっ、コウイチくん!」
「……う、うん……」
フライゴンははしゃいでいるけど、ぼくは何故だかどんどん分からなくなってきた。
なにせ直前にユリルさんに騙されたばっかだし。もしかしたら、また何かしら騙される可能性も……
「おでこ、貸してください」
「えっ?」
急に、キルリアさんはそんなことを言い出した。
確かジュカインに対しても言っていた、意図不明の言動。
「あ、あの、どういう……」
「いいですから、ほら」
「あっ」
キルリアさんはぼくの帽子をずり上げておでこを出すと、そこへ自分のおでこを密着させた。
「なっ……」
まるで意味が分からない行動に、ぼくは一瞬戸惑う。
……しかし、その行動の真意を直後にぼくは理解した。
……密着したおでこから、熱と共に流れ込んでくる。
脳から脳へ……キルリアさんの『思念』が、ぼくの中へと流れ込んでくる。
やましい気持ちはない……騙す気はない……という、白い思念。
「……どうです? お分かりいただけましたか?」
すっと身を引きながら、笑みと共にそう言うキルリアさん。
「は、はい。分かりました……!」
キルリアさんは騙す気はないということ、そしてあの行動の意味も理解した。
さっきジュカインにやった時は、今とは逆にジュカインの思念を読み取っていたんだ。
「んー? なんですかー、どういうことですかー」
のけ者にされたみたいで不遜なのかちょっとむくれた風にフライゴンが聞いてくる。
「キルリアさんは騙すつもりは無いってことさ。なんていうかほらテレパシーっていうの?」
「ふーーん。よく分からないなァー」
なんだかフライゴンはちょっとむくれた風にしている。どうしたんだろう。
「我々のご主人様……バリヤードさんは、お優しい方でした。
マジックの腕が超一流ながらその腕に溺れることも驕ることもなく……
誰に対しても同じく低い姿勢で接する、大人の鏡のような方でした」
キルリアさんは天を仰ぎ、思い出すようにして語り始める。
「バリヤードさんは誰に対しても手を差し伸べるお方でした。
他者の痛みや苦しみを、自分のことのように嘆くほど心が広くて……
そんなバリヤードさんならば、きっとあなたがたのことも放っておかなかったでしょう。
私を始めとするお手伝いは、みなバリヤードさんの人望に惹かれた者たち……
苦労されたであろうあなたがたに全力で尽くします……それでは屋敷へ案内しましょう」
キルリアさんは語り終えると一度ぼくらへほほえみを投げかけ、屋敷の敷地内へと歩を進め始めた。
「……じゃあ行こうか、フライゴン」
「はいっ」
ぼくらはキルリアさんに続き、マネネお坊ちゃまの屋敷へと入っていった。
とにかくこれで……しばらくは安心だろう。
都市観光第二部の始まりといったところか。よかった。
乙
――――――――――――――
気が付けば私は、まだ迷いを抱えたままこの場所へやってきていた。
都心部とは遥か離れた閑散とした住宅街の、ある地点、
木々に囲まれ、まるで秘境のごとく存在する公園。
いつ来ても、いつ見ても……
どこにでもあるような質素なブランコと滑り台が淋しく佇んでいるだけだ。
この公園は、昔からずっとこうだ。一切変わっていない。
私もゲラも、まだケーシィと呼ばれる種族だった時。
ここは私たち兄弟二人の隠れ家で、
両親が家にいない間、いつもここに来ては二人だけで遊んでいたな……
……ちょうど二つ分ぶら下がっているブランコ。そうそう、このブランコだ。
昔から塗装が剥げかけていたが、今でもまだ剥げかけのまんまだ。
……昔からそのまま……変わっていない……
思えばあの頃はよかった。
比較的裕福な家に育った私達は、ねだるだけで好きなものを買ってもらえた。
泥だらけになって遊んで帰ってくれば、豪華な手料理が待っていた。
そうだ。何もしなくても……甘えているだけで、何も不自由はしなかった。
それが今では。それが、今ではっ。
……大人になるとはこういうことなのだ。子供を抜け出すとはこういうことなのだ。
お坊ちゃまはいつでもお坊ちゃまではいられない……死なない限り、いつかはツケがやってくる。
そう、分かっているんだ……だけど、だけど、だけどっ
…………認めたくないっ
そういえばここに来る際、電気街のショーウィンドウの中のテレビで見た。
あの時図書館で見た人間様が、報道され……そして空を飛んで逃げ出すのを。
人間様は一体いまどうしているだろう。
もしかして、もう都市を抜け出してしまっただろうか……?
息が乱れる。手が震える。
何だろう、この気持ちは。焦っている……?
いや、絶望しているのか……?
頭の中で、急速な勢いでカウントダウンが進んでいるのを感じる。
しかし、数字は隠されている。いつ0になるかも分からない……
私は、未だ握り締めたままの携帯を目の前に持ってきた。
携帯のモニタには、もうある数字列が刻み込まれている。
あとは通話ボタンを押すだけ。押すだけなのだ。
だが、ボタンへ指を埋め込もうとすればあの人間様の無垢な笑顔が頭へやってくる。
そんなこと気にかけていては幸せは掴めないのに。
掴めないと分かっているのに……!
…………
……!
不意に、塗装の剥げかけたブランコが目に入る。
それが、私の中の何かを吹っ切れさせた。
今 か ら で も ま だ 遅 く は な い っ
私は衝動のままに、通話ボタンへとその指を埋め込んでいた。
つづく
乙ついでに保守あげ
やっぱやっちゃったかゲル…
ゲルの心理描写に泣きかけちゃった……ゲル…
………なんていい話なんだー…
ジュカインがトラウマを克服する展開か……
あとシンクロキルリア、マネネ父親の過去、ユリルさんの行動といろいろ進んだみたい
それにしてもコウイチ君一行が屋敷に温かく受け入れられる感じ、どこか懐かしい
新大陸で魔物にやられながらも城に迎え入れられた、RPGの懐かしさと重なる
三話タイトルのお坊ちゃまってのが色々な所にかかってるのな。最終的にどう収まるのか楽しみ。
あとジュカインは詐欺師とかに向いてると思う。
それでは投下しますね。
wktk
―――――――――
花の生い茂る庭園へと張り出されたテラス。
中央にたった一つ置かれている席にはある一匹のポケモンが座っており、
そのポケモンは目を瞑り自然を感じながら、手の中の紅茶の香りを楽しんでいる。
そのポケモンの毛並はこれ以上にないというほどに美しく整っており、
高く昇った日から陽光を一身に浴びて、金色の輝きを放ち続けている。
特徴的なのはその雄々しいタテガミで、これもまた見るものを圧倒するような美しさを誇っている。
まるで絵画の中の世界のように華美なその風景。
果敢にも、その神聖な場へと立ち入る影があった。
「ピジョット様! 物資調達終了いたしました!」
「……」
ピジョットと呼ばれたそのポケモンは、静謐な空間を見事にぶち壊した大声の元へと視線を向ける。
己とはおよそ比べ物にならないほど雑な毛並みをしたその視線の先のポケモンに対して、
ピジョットは声こそ荒げないものの、不機嫌そうな口調でこう言い放った。
「……そういう報告はエアームドにでもしていろ。ワタシが今何をしているのか目に入らんのか、オニドリル」
「あっ! いやァ、そのォ……す、すいませんっ!」
行いの無礼さに今さら気づいたのか、焦って頭を下げるオニドリル。
「……クチバシッ! その長いクチバシで頭を下げるな……土に刺さる」
「あっ、す、す、すいませぇん……うへへ、度々ねぇ、もう……」
立て続けに怒られて照れ笑いを浮かべるオニドリル。
そんなオニドリルに対して、ピジョットは呆れた風なため息をついた。
「……報告は終了したはずだろう? なぜまだここにいるのかね……ワタシの邪魔をしたくてたまらないのか?」
未だ去ろうともせず無言のまま突っ立っているオニドリルに対して、溜らずそう言い放つピジョット。
オニドリルはその発言を受けて、意を決したように心中の疑問を告げた。
「ピジョット様……人間を探しに行かれないのですか?」
「は?」
突如投げかけられた質問に、ピジョットは疑問符を浮かべる。
オニドリルはその反応に焦ったように、早口でこう伝えた。
「あ、いやっ、あのですね。ほら、ムクホークさんもヨルノズク様も、
昨晩からずっと人間を探しに行かれて帰ってきていないじゃあないっすか〜。
それなのにピジョット様は何でこんなにノンビリしてるのかなァって……」
言い終えてから、苦し紛れのように 「えへへ」 と半笑いを添えるオニドリル。
ピジョットはその質問を受けると、一度浅いため息をついた。
「……布石は打っているのだがな」
小さくそう呟きながら、ピジョットはテーブルの上に置かれている物へと視線を移す。
携帯電話を始めとする……幾つもの連絡機器。
オニドリルはそれに気がつくと何かを思い出したようにハッと唸り、二度目の問いかけを始めた。
「そ、そう、そう、そう! その『布石』ってーのがわたくし不思議なんでありますよっ!」
「は?」
オニドリルのその言葉に、ピジョットは少し興味深そうにして首を突き出す。
「いや、何が不思議かって……そんなことする必要があるのかなって思いまして」
「ほう? どういうことかね」
ピジョットは少し半笑いを浮かべながら、オニドリルの目を見据える。
オニドリルはその視線から若干目線を逸らしながら、もっと早口になってこう告げた。
「ウワサじゃあピジョット様……サイシ湖の付近の都市や村に、単身で行ったそうじゃないですか。
それに、入るのに審査とかが必要な街は、わざわざ審査まで受けて……
その電話やら何やらも現地で調達したものでしょう!? 奪ったのか買ったのかは知りませんけど……」
「……」
「はっきり言ってそれ果てしなく無駄なことだと思うんスよほんとにほんとォに。
偵察なら、はぁ、私達部下に任せればいいのに、はぁ、はぁ、一体なんで……!?」
言葉の後ろになるにつれて早口になっていき、最後には軽く息切れしながらも、オニドリルは最後までそう言い切る。
しばらくの沈黙を挟んでから、ピジョットは不敵な笑みと共にこう返した。
「……フフ。キミにはまだ分からんだろうな、高みを支配する者の嗜み……」
「へっ?」
「地を這う虫ケラどもと……『表面上は対等に話し合う』という、この愉悦!」
「表面上は……ん……?」
返ってきた答えに、オニドリルは呆気に取られて黙りこくってしまう。
ピジョットはまた不敵な笑みを浮かべながら、不意にこう言い放った。
「フフ。キミはまさか、『対抗心』や『敬う心』などが己を強くするものだと思っていないかね?」
「えっ……い、いや、普通そうじゃないっスか?」
急に質問を投げかけられて戸惑いながらも、オニドリルはそう答える。
その答えにピジョットは鼻で笑って返すと、こう続けた。
「違うな。そんなモノは己を強くしない……己を強くするのは……」
「……つ、強くするのは?」
「『見下す心』だ」
「えっ」
固まるオニドリルを尻目に、ピジョットは話を続ける。
「『あんなヤツが自分と同等のはずがない』……『あんなヤツに比べれば自分は何倍も上等』……
そのような、相手を腹で見下す心……『己の方が優位にいる』、あるいは『優位にいるに決まっている』という、
己を持ち上げる心……それこそが、己を強くし明日を生きる活力を生む何よりの原動力なのだ」
「へ、へぇ……?」
「そもそも先程言った対抗心というものも、その本質は『見下す心』だ。『己を持ち上げる心』だ。
分かるだろう? 対抗するということはつまり、『勝つ自身がある』ということなのだから……」
ピジョットはそこまで言い終えると、手元の紅茶をくいっと喉に流し込んだ。
「は、はぁ……」
戸惑いながら聞いていたオニドリルも、ピジョットの言うことを多少は理解しかけてくる。
確かに、勝つ自身が無ければ対抗しようとはしない……
いずれ勝てるという自身がなければ、乗り越えるための努力をしようとはしない……
少なくとも、どういう形であれこちらが優位に立てる見込みが無ければ対抗はしない……
ピジョットの発言に説得力を感じ、オニドリルは思わず心中で感心していた。
ktkr
ピジョットは手元の紅茶を飲み干し一息つくと、オニドリルを見据えたまま強めの語調でこう言い放った。
「オニドリルよ。キミもこの魔王軍で成り上がりたいのならば、周りの者をひたすら見下すがいい。
特に我々『飛鳥』という種族は、生まれながらにして遥か大空を支配する権利を得ている。
地を這い蹲る者どもをすべからく見下せるという、素晴らしい権利を手にしているのだッ!
我々は常日頃様々な生物を見下し生きている……そう、他者を見下してこそ飛鳥ッ!
周囲を見渡し、己以下のものを積極的に見つけていくのだ……そして見下せッ!
どんどん見下すべしッ!! ぴしぴし見下すべしッ!! あまねく見下すべしッ!!
優越感は自信を生むッ!! そして自信は行動の原動力ッ!! 見下す心こそが己を強くするのだッ!!」
「イ、イエッサーッ!?」
ピジョットの演説の迫力に押され、オニドリルは思わず敬礼のポーズと共に強く返事をしていた。
「……はっはっは……演説を披露する相手がキミ一人ではいまいちしっくり来ないが……まぁいい」
そう言いながらも少し満足げな笑いを浮かべながら、
ピジョットはマグカップへと再び紅茶を淹れ始める。
「あっ、わたしが淹れますよピジョット様」
ピジョットに感心してしまったオニドリルは、自らそう志願してポットを受け取った。
オニドリルはポットを傾けて紅茶を淹れながら、ふと芽生えた好奇心でこう聞いてみた。
「ねぇ、ピジョット様……ピジョット様は、私のことも見下していらっしゃるのですか?」
「当然だろう。正直ヒヨコや何かと同然だと思っているが」
「んがっ! で、ですよね……」
予想以上に見下されてることを知ってしまい、オニドリルは落胆し顔を俯かせてしまう。
「……クチバシィィッ!! クチバシが紅茶の中に浸ってるぞキサマッ、よく見ろドアホッ!!」
「は、はわわっ!? あ、あっあっあっ!」
「……もういい、それお前が飲め。汚れた茶など断じて飲まん」
「ご、ごめんなしゃあ〜い……」
オニドリルは猛省して半泣きになりながら、紅茶をすすり始めた。
ピジョットはそんなオニドリルを見つめながら、仕方なさそうにこうフォローする。
「……安心しろ。別にキミだけを見下しているわけではない……
能無しのエアームドも、老いぼれのヨルノズクも、アホのムクホークも……
この飛鳥部隊では、ワタシはあの方を除く全員をヒヨコ同然だと思っている」
「あ……あの方……?」
同じ幹部どころか格上の筈のエアームドまでヒヨコ呼ばわりすることに衝撃を覚えながらも、
その中にその対象でない者がたった一人だけ混じっていることに、オニドリルは違和感を覚える。
他に誰かいたか……? ピジョット様に評価されるほどの者……まさか……?
「そう。ネイティオ様のことだ」
「ネイティオ……様……」
飛鳥部隊の部隊長ネイティオ。
作戦の指揮などはエアームド副隊長以下に任せっきりで、
常に部屋に篭り姿を現すことは滅多に無く、その素性は謎に包まれている。
そしてこのオニドリルもその姿を目にした事のない者の一人で、
そのネイティオの部隊長としての実力はおろか、存在の有無すらも日頃から疑っていた。
そんなオニドリルにとって、力も思想も己より遥か上であるピジョットが
ネイティオ様だけは認めているという事実が腑に落ちず、思わずこう問いかけていた。
「ねぇ、ピジョット様? ネイティオ様みたいなののどこがそんなに……」
「滅多なことをぬかすなキサマァッ!!」
「ひっ!?」
突如荒ぐピジョットの声。
今まで耳にしたことの無いピジョットの怒声とその迫力に、オニドリルは手元のカップを床に落としてしまった。
木製の床に激突し砕け散るマグカップ。ピジョットはそれもお構い無しに、怒号を吐き続ける。
「ネイティオ様のことをよく知りもしないキサマが……キサマのようなゴミごときがッ!!
あの方のことを『みたいなの』だとッ!? 身の程を知れッ恥を知れッこのゴミがッ!」
「え、ええっ……!?」
オニドリルは困惑していた。ピジョットは、あのネイティオのことを尊敬……しているのか……?
「ネイティオ様は偉大だッ!! ヒヨコ揃いのこの飛鳥部隊の中で、
唯一あの方は、毫光が差すほどの神々しさを纏っておられるッ!!
ワタシの毛並みは、金剛石の輝きをも遥かに凌ぐ輝きをしているが、
あの方の御体を覆う神聖な光には、到底かなう気がせん……!!」
「そ、そこまで……」
つい先程、あれだけ他者のことを見下すことの大切さを語っておきながら、
今は狂的なまでにネイティオのことを持ち上げているピジョット。
そのどこか矛盾した光景に、オニドリルは益々困惑を深くしていく。
「いいか。住む世界が違うのだ。我々とネイティオ様ではな……ッ!
我々が大空を舞う傍ら、ネイティオ様は宇宙……いや、
もはや何者も知らぬ未知の世界を、一人舞っておられる。
我々が今のみを見つめ、這うように必死に生きている傍ら、
ネイティオ様は既に遥か未来を見据え、今を達観しておられる……」
目を瞑り、翼を胸に当て……まるで何かの宗教の信者のように、
ピジョットはネイティオを持ち上げ続ける。それも大袈裟にしか聞こえぬ例えで。
「あ、あのう……」
オニドリルは、ピジョットの醸し出すどこか薄気味悪い雰囲気に耐え切れず
どうにか話題を転換しようと声をかけるが、ピジョットは構わず話を続ける。
「いいかオニドリル。ワタシとキサマでは宝石と丸まったティッシュほどの差があるだろうが、
ネイティオ様とワタシの間にも、おそらくそれほどの差があるだろう……
能力でも……頭脳でも……思想でも……もはやほぼ全てにおいてな……!」
「……」
もう何を言っても無駄だと、オニドリルは悟った。
まるで洗脳されているかのようだ。ピジョットは、あのネイティオを狂信している……
まるで歌劇のワンシーンかのように、ピジョットは翼を胸にやり天を仰いだまま、
ネイティオを崇拝する言葉の数々を吐き出し続ける。
「ワタシの抱く思想……それらはほとんどが、ネイティオ様から授かったモノだ……
ワタシの精神を形作る構成物質は……ほとんどがネイティオ様そのものと言ってよい。
そう、ネイティオ様はワタシのすべて……ワタシはネイティオ様の代弁者……
この美しく輝く毛並の一枚一枚、すべてネイティオ様に捧げてもよいと思っている……」
「……」
オニドリルは一つの疑問へ行き着く。思想のほとんどがネイティオのものって言うのなら、
さっきピジョットが披露した論説は、すべてネイティオからの受け売り……?
この狂的なまでのヨイショっぷりを見るに……たぶんそうなのかも。
「そうだ……ネイティオ様は何より尊い……何より偉大……
正直、ネイティオ様は魔王の器にあるだろう。魔王が何者かは知らぬがな。
王になるのに必要なのは、力だけではない。思想……何より思想なのだ!
ケダモノの世界だったこの世は、人間の到来により知性の世界へと進化した。
そしてこれ以上の進化が停滞していた今の世は、ネイティオ様のようなお方が治めるべきなのだッ!」
相変わらず、歌うような調子で崇拝を続けているピジョット。
幾らなんでも過剰に持ち上げすぎだ……そうオニドリルが思い始めた瞬間、
突如ピジョットの視線がオニドリルの方へと移った。
「オニドリルよッ! そういえば先程、キサマはネイティオ様の悪口を言ったよなッ!?」
「ひっ!?」
悪口までは言ってませんよォー! と言いかける間もなく、ピジョットは話を続ける。
「いいか、仏の顔は何度までだッ!? そう何度もあるもんじゃあないぞ。
キサマの脳みそや耳が飾りじゃあないことを祈って親切に忠告してやるが、
これ以上ネイティオ様を卑下するようなことがあらば、キサマを……ん?」
瞬間、ピジョットの口上が止まる。
そのキッカケとなったのは、テーブルの上で電子音を鳴らし始める一つの携帯電話だった。
トゥートゥースゲえwwww
「……フッ、フフフッ」
ピジョットは歓喜の混じったような含み笑いを浮かべると、身を翻して携帯電話を手に取った。
そしてそれと同時に、我慢しきれないかのように歓喜の声を上げ始めた。
「さて……さて・さて・さて・さてッ!! ようやく来たぞッ、
ネイティオ様の懐へとゆける無二のチャンス……ッ!」
ピジョットは途切れることなく含み笑いを発し続けながら、携帯電話を耳に当てて、通話を始めた。
「無二のチャンスって……人間発見の報告、ってところだろうか……」
電話の奥の誰かと通話を始めるピジョットを見ながら、オニドリルは呟く。
オニドリルにとって、人間の姿は記憶に新しい。
もしかしたら今日中にでも、再び人間の姿を拝むことが出来るのだろうか。
ピジョットは通話を終え、携帯電話をテーブルに置いた。
そのまましばらく下を向いて笑い続けていたと思うと、突如オニドリルの方へと視線を向ける。
「えっ、な、何ですか……」
ピジョットは困惑するオニドリルへ、おそらく彼が願ってもないであろう言葉を投げかけた。
「キミも来るかね?」
「えっ……い、いいんですかっ!?」
「小隊を組んでワタシと共に来るがいい。キサマはネイティオ様を卑下した罪があるのだ、
それにこのマグ・カップを粉々に割った罪もな……その分、働きで報いてもらおう」
マグカップの破片を拾い上げながら、ピジョットは笑み混じりにそう言い放つ。
「あ、ありがとうございますッ!」
願ってもない言葉に感謝の意を露わにするオニドリル。
ピジョットはそれを見て満足げに笑いながら、思い出したようにこう付け足した。
「そうそう、行き先を告げてなかったな……我々の行く場所は」
「テレキシティだっ」
つづく
乙です!
投下終了です。
支援というか合間に書き込みしてくださる方、
度々ありがとうございます。
毎度乙です。
まとめ停滞してて申し訳ない…
オニドリルかわいいなw
>まとめの人
wiki形式なんだろ?
だったら他のスレ住民の協力も仰いでみてはどうか
ピジョットかっこえええ!!なんて思ってたらただのトゥートゥー狂信者だった件(´・ω・`)
ピジョットだけ、何でカタカナでワタシとかキサマとか言うの?
使い捨てキャラだとずっと思っていたオニドリルが
萌え要素まで持ってきて再登場したから感動した
新ジャンル:優雅電波
とっつきにくさは最高レベルだな。
いつもこの文章量で週一回投下を守ってるのはなかなか凄いと思う。
今更かも知れんがwikiの人毎度乙
183 :
名無しさん、君に決めた!:2008/03/09(日) 09:54:17 ID:0hyURBhd
保守
作者死んだか?
きっと忙しいんだろう
それはそうとネイティオ様に叱られたい
最近忙しくってどーも筆が進みません……
とりあえず、完全に完成してる部分だけでも
キリのよいところまで投下しますね。
マネネの屋敷は、中世の神殿を基調としたような奇を衒った外観もそうだが、
その内装においても、圧倒されそうなほどの絢爛な空気を漂わせていた。
例えばコウイチの住む邸宅は、見た目こそ大きかったものの
内装はそこまで豪華な装飾はあしらわれていなかったが、
このマネネの屋敷は自らの豊かさを証明するかのように、複雑な装飾を至る所に施している。
床を見れば真っ赤な絨毯が一面に敷かれ、天井を見上げれば無駄に煌びやかなシャンデリア。
壁には絵画などの芸術品が所狭しと貼り並べられているし、どこを見ても立派な物しかない。
このメインホールだけでも、まさに『豪華絢爛』を絵に描いたような内装なわけで、
大規模なダンスパーティーの一つでも軽々と開けそうなくらいだ。
「おいー、離せよォーー!! そろそろ離せってんだよォーー!!」
そして、今オレの手元で喚いているこのマネネは、
毎日この屋敷で朝を迎え、日常を過ごしているのだ。
それにしてはコイツは、立ち居振るまいも言動も下品な悪ガキそのものだ。
「……ずいぶんと豪華な家じゃあねえか、マネネお坊ちゃま?
それにしては、そこに住んでいるガキは下品そのものなんだなあ」
思ったことを、そのまま口に出してそう言ってみる。
「るせーーなァーーー、そんなことよりも早く離せってんだ、このヤロー!」
しかしマネネは下品という言葉にもそれほど反応せず、相変わらず暴れ続けている。
奇異なことに、こいつは果てしなく自分勝手ながらも自尊心の方はそこまで無いようだ。
下品と言われて対して動じもしないなんて、マジシャンだとかいうこいつの親はどういう育て方してんだ?
「ったく……さっさとお前の親の顔が見てみたいぜ。オイお前、親はどこにいるんだ?」
「!」
オレがそう聞いてみると、マネネは急に黙りこくってしまった。
そしてふと俯き、数秒の沈黙のあと搾り出すようにしてこう答えた。
「……いねーよ」
「……!」
……なるほど、なるほど。
この態度といい、事情は大分垣間見えてきた。
まだ推測の域は出ていないが……もしこの推測が正しかったとすれば、
こいつがこんなひねくれている理由は、『そういうこと』になるだろう。
「……ほう。いねーってことは仕事でも行ってる途中ってことか?」
「……」
オレのその言葉に、マネネは無論黙りこくったままだ。
反応を待たないまま、俺は次の言葉を投げつける。
「なるほど、なァるほどね……テメーがそんな悪ガキになった理由ってのが見えてきたぜ?
よーするに、親の躾が行き届いてないってことさ。つまり……『親のせい』」
「なんだと……?」
マネネはふと顔を上げると、今まで見せたことのない鋭い目つきでオレを睨みつけ始めた。
その睨む目線にオレは見下したような目線で返し、話を続ける。
「だってそォだろ? 普通、親がまともに躾してりゃあお前みてえなガキは出来ねェよ……
大体、ロクに躾もできねーご身分なら子供作んなよって話だがな。カハハハッ」
「……テメェ……!!」
「まぁ、でも……例え躾がなかったとしても、普通はお前みたいな悪ガキはそうそう出来ないよな?
クケケッ、そもそも遺伝子が悪かったってことかな? 子供が子供なら親も……ってとこだろーな?」
「……テメェッ!! それ以上口を開くんじゃあねえッ!!」
ついに声を荒げるマネネ。しかしオレはそれに聞く耳を持たず、こう言ってやった。
「まっ……こんな豪邸建ててご満悦してる時点で、お前の親の頭の悪さが伺えるがねェッ!? カハハハーッ!!」
「……テメェ……テメェ、テメェッ!!」
「!?」
マネネが怒号を上げた瞬間、突如鋭い頭痛が走った。
それと共に、視界の端で立派な観葉植物を生やした植木鉢が、微かに揺れ動いたのだ。
「オイラの……オイラのパパを悪く言うんじゃねえッ!!」
「!」
マネネの瞳が一瞬光ったと思うと、視界の端の植木鉢が
まるで糸で吊り上げたかのようにひとりでに浮き上がる。
咄嗟に植木鉢の方へと振り向くと、植木鉢は突如激しく回転を始め、
そのままオレの方へと目掛けて飛び掛ってきたのだ。
「ハハハハーッ!! パパを悪く言った罰だ、脳ミソぶちまけちまえェーーーッ!!」
「……!!」
植木鉢は、マネネの叫び声に共鳴するかのように徐々に加速していく。
なるほど……キルリアさんらが、この坊やに強く言えないのも頷ける。
機嫌を損ねちまって、こうして固い物を頭目掛けて飛ばされたら困るもんな……!
こいつは、こういう調子でこれまで大人たちの説教を無理やりに跳ね除けてきたのだろう。
つくづく救えないガキめ……こんな駄々が、オレに通じると思うなっ!
眼前に迫る植木鉢。その中心目掛けて、オレは手を突き出した。
乾いた音が強く鳴り響くと共に、手の平に軽く振動が走る。
「なっ……!」
そして同時に、マネネは驚愕したように目を見開いた。
当然だろう。植木鉢をオレの脳天にぶつけて嘲笑するつもりが、
軽々と、いとも容易く受け止められてしまったのだから。
一旦マネネから手を離し、両手で植木鉢を掴み植物の状態を見やる。
「……あ〜〜あ。カワイソーに」
手元の観葉植物は、見るからに今にも泣き出しそうだ。
のんびりと過ごしていた所を、突然激しく回転させられたのだもんな。
……それに、もしオレの脳天に植木鉢が直撃していたとしたら、
この植物ちゃんは、根城を失い無残に地べたに転がっていたのかもしれないのだ。
……いやはや。
「植物は大事にしましょう……こんな基本的なことも学ばなかったのか?
だとしたらやっぱり、お前の親はダメ親だな……クケケケッ」
植木鉢を元の場所に戻してあげながら、俺はマネネへと嘲笑を投げかける。
「く……くそう、まだ言うかこの野郎……!」
目つき自体は変わらず鋭いままだが、口調は先程よりも格段に弱弱しくなっている。
オレはそのマネネの鋭い視線を真っ向から受け止めながら、こう言い放つ。
「ククッ。今までオレたちに犯罪レベルの悪戯をあんだけしといてサ、
『親のことは悪く言うな』なんて、なんとも都合いい話だよなァ……?」
「な……なんだとっ」
多少目つきの鋭さを緩めはじめるマネネへ、オレは畳み掛けるように言葉を続ける。
「容姿、能力、性格……子供は親のあらゆる箇所を引き継いで生まれる。
例外なく、子供は初めは親の分身さ。そう、それはどの世界でも常識。
子供がクソなら、親もクソだと思われる……当然の話じゃあないかい?」
「うっ……そ、それは……」
マネネはうろたえ、反論に詰まる。
どうやら、こんなガキでもこの程度の常識くらいは把握しているらしい。
「捻くれもんのガキは、親を擁護する権利なんて無いのさ。
分かるか? 捻くれるってのは、それほど『責任が重い』ことなんだ」
マネネは言葉を失い、悔しそうに歯を食いしばり始める。
「自分はおろか身内の者まで散々に罵倒されて当然……
お前、捻くれる際にそこんとこを十分覚悟してんのか? ええ、おい」
そう言って追い詰めながら、その赤っ鼻を指で軽く詰ってやると、
マネネは悔しさを押し殺すように低く唸り声を上げ始めた。
しかし、悔しさを我慢しきれないのかその唸り声は次第に大きくなっていく。
「……うう……うッ!!」
そして一際大きく唸ったと思うと、オレの手を跳ね除け、
こちらを強く睨み付けながら、強くこう言い放ったのだ。
「オイラには、パパもママもいないッ! ママは事故で死んだッ!
パパはオイラの目の前で魔王軍に連れ去られたァッ!!」
ktkr
支援
マネネの言い放った衝撃的な告白。
ヤツは幼いながらも、既に両親とも不幸な事故で失っていたのだ。
家柄がいいとはいえ、その歳を考えれば飛び切りに不幸な境遇だ。
……しかし、マネネがそういう境遇でいるということは既にオレは想定済みでいた。
……そして、それを告白された時の反応も、オレは既に脳内に構築済みでいる。
脳内に構築されているその言葉を、オレはそのままマネネへと言い放った。
「 そ れ で ? 」
「えっ……」
オレが冷たく言い放ったその言葉に、マネネは表情を固まらせる。
おそらくその辛い過去にオレが衝撃を受け、同情するとでも思い込んでいたのだろう。
考えが甘い。甘すぎる。オレはマネネを貫くように見据えながらこう言う。
「親がいないから何だって言うんだ……? 親はいないんだから、
ひねくれたのは親の責任じゃないとでも言いたいのか?」
「あ、いや……!」
「そ・れ・と・も……」
オレの発言にうろたえ始めるマネネへ、すかさず続けてこう言い放った。
「『オイラは不幸な過去を背負ってるのだから、ちっとは大目に見ろよ』と……言いたいとか?」
「うっ……!」
オレがそう言い放つと、マネネの表情が明らかに難色に染まる。
図星を突かれたかのような表情。いや、まさにそれそのものなのであろう。
「……クックック」
露わになったマネネの根底。その甘ったれた精神に、オレは思わず笑みを漏らしてしまう。
再びオレはマネネの鼻を指でつつき、ぐりぐりと詰ってやりながらこう言った。
「バーーーカがッ!! つくづく甘ったれのチビクソ坊やだぜッ!!」
「おまえ、辛い過去を経験してりゃぁ思いっきりひねくれてもいいと思ってんのか?
違うねっ、その逆だっ! 辛い過去を背負ってるからこそ、強く生きなきゃならないんだっ!」
そう叫ぶ俺の語調は、特に意識してもいないのに強いものとなる。
なぜだろう。このマネネ坊やが、まるで全くの他人のように思えない。
自分の身内のような……いいや、まるで自分自身の……ような。
辛い過去を経験しているのはこのオレも同じだからだろうか。
そしてコイツ程でないにしろ、オレも一時期捻くれというか、
周囲の者に素直になれない時期があったから……だろうか。
「ぐぐっ……屁理屈をォ……!」
マネネは歯を食いしばりながら、苦し紛れの如くその一言を捻り出す。
オレの言葉を認めたくないのだろう。そう簡単に腹を見せたくないのだろう。
……不幸な過去とは、すなわち特別な境遇であることを意味する。
それならば自尊心がそれなりに育ってしまい、他者を受け付けなくなるのは当然のこと。
一時期のオレがそうだったのだ。この坊やの心理状況は手に取るように分かる。
オレはそれを感じると、より一層この坊やを更正させたくてたまらなくなった。
「……お前が親に誇りを持ってるってんなら、それこそ良い子になるべきだとは思うが……
……カハハッ、まァいいさ。続きは奥で話そうか。ゆーっくりと、そしてじっくりと……な」
オレはマネネの鼻から指を離し、その手をぎゅっと握り締める。
「んなっ! 気安くオイラの手を掴むな、バカッ! は、離せったらァ!」
当然腕を振って抵抗を始めるマネネを無視し、強引に引っ張っていく。
オレ自身でも分かる。
今マネネを引っ張っているこの力、それは怒りや復讐心以上の何かだ。
オレは今コイツに、強烈に感情移入してしまっているんだ。
……ハッキリ言ってほとんどオレのエゴだが、これがただのエゴに終わらないよう、
必ずやコイツを更正させてやる。オレのために、そしてコイツのために……
今回はここまでで。
次は多分早いうちに投下できると思います。
支援ありがとうございましたっ、では。
ジュカインに全俺が惚れた
ジュカインに叱って欲しい俺は捻くれ者でしょうか?
やっぱジュカインはセリフ回し全般が格好いいのな。笑い方とかモロ悪人なのに
それにしてもこのジュカインは、ルビサファ版のやる気なさそうなジュカインじゃなく
ダイパ版のやる気ありそうなジュカインの方のイメージだ。
ジュカイン
こうそくいどう
リーフブレード
たたきつける
にどげり
おいうち
やどりぎのたね
そういえば技が六つあるけど小説だし別にいいのかな
フライゴンとかはどうだっけか
アニメでも4つ以上あるやついるらしいし、アリだと思うよ。
さてジュカイン育ててくるか
じゃあ俺はオニドリル♂とピジョット♀を育て屋さんに預けてくるわ。
ちょっとナックラー捕まえてくる
トゥートゥーの生息地調べなきゃ
―――――――――――――――
「はあーっ、さっぱりしたぁーっ!」
身も心もさっぱりとして、晴れやかな気分がそのまま口を付いて出てきた。
まだドライヤーの熱で温かい髪の毛を指で梳きながら、ぼくは思わず笑顔を漏らす。
なんて爽快な気分だろう。ふふっ、軽く生まれ変わったかのような気分だなあ。
……ぼくはいま、丁度マネネ邸のお風呂から上がったところだ。
ぼくはマネネ邸へおじゃましてからすぐに、キルリアさんに入浴を勧められた。
スーツについた土汚れや、顔に幾つも残っている血の跡が気になったのだろう。
二日ぶりな上に、体中が披露している状態で入ったお風呂の気持ちよさは格別で、
暑さと帽子のせいでだいぶ蒸れてしまっていた髪の毛も綺麗さっぱりに洗えたのだから
これはもう生まれ変わったような気分にもなって当然といったところだろうか。
それに、この家では指も髪の毛も隠す必要はないしね……正体バレてるんだし。
ただ、そんな晴々爽やか気分の中にも、ちょっとした問題点が一つ。
スーツが……ぶっかぶかなんだよなァ……
汚れたぼくのスーツはキルリアさんがクリーニングしてくれるというので、
今は邸宅内にある予備のスーツを着せられているわけだけれど……
大人サイズなもんだから、いくらなんでもぶかぶかすぎるんだよね。
まっ、そこまで愚痴いうほどの問題でもないけどサ。
ズボンの裾を引きずりながら、ぼくはある部屋の元へとやってくる。
ここはお手伝いさんが寝泊りする部屋の中の一つのわけだけれど、
今は使っている人が居らず、いわゆる空き部屋となっているために、
今限りはぼく達の部屋として使うことを許可されているのだ。
フライゴンは今はたぶん、寝転がりながらテレビでも見ていることだろう。
「もしもし、ぼくだけど……入るよ」
忘れずにノックをしてから、ゆっくりと部屋の中へと入る。
ドアを開けると、賑やかな音声とフライゴンの声とが同時に耳へと入ってきた。
入ってきたぼくの姿を確認したフライゴンは、しっぽを振りながら元気な声を上げる。
「あっ、コウイチくんお帰りなさーい。おふろどうでしたぁー?」
そう言うフライゴンは、その緑色の体をごろーんとソファに寝転がせ、
手にはテレビのリモコンがしっかりと握られている。
彼の体の前方にある巨大なワイドテレビは、既に映像と音声を送っている状態だし、
どうやら案の定、楽な体勢でテレビ観賞に勤しんでいたみたいだ。
「うん、とっても気持ちよかったよー。生き返った気分さ。
で、テレビの方はどう? 結構楽しんでるみたいだけど」
ソファへと歩み寄りフライゴンの隣に座りながら、ぼくはそう質問する。
「面白いですよっ! 人間世界のパクリって言っちゃあ言い方悪いですけどォー、
逆に言えば人間世界のテレビ番組と遜色ないぐらいに出来がよくって面白くって!
……あららっ、ちょうど番組終わっちゃいましたけど。とにかくスゴイですよー」
モニタの中では、ぼくらの世界でのバラエティ番組となんら変わりない光景が映し出されている。
賑やかなセットに観客、たくさんの出演者、ノリのいい歌と共に流れていく
高速のスタッフロール(いつも思うんだけれど、これ絶対もじ読ませる気ないと思う)。
ただ一つ違う所といえば姿がポケモンだってことくらいで、本当に非現実的な光景だ。
「うーん、なんか面白い番組やってないですかねー」
フライゴンはチャンネルを変え始め、ある所でふとその手を止める。
テレビに映し出されていたのは、二次元のアニメーションだ。
「うわー、やっぱりこの世界にもアニメとかあるんですねー」
「あは、そうみたいだね……うん?」
画面の中で動き回るアニメーションに、どこか見覚えというか既視感が芽生え、
それと同時に、その既視感が何であるかを決定付ける音声が流れてきた。
ktkrってゆう
『前回のあらすじッ! シザリガーツ一味に触れ、
ココダックの凍りついた心は徐々に融解されていくッ!
表面的には他者を拒絶しながらも、ココダックの心は、
確かに他者の温もりを求めていたのだッ!
そして化獣の襲撃から己を守ったシザリガーツに対し、
ココダックはついにありがとうのひとk……』
「う、うわーっ! ネタバレ、ネタバレッ!!
フライゴン、チャ、チャンネル変えてーっ!」
「えっ!? あっ、は、はいっ!」
テレビに映し出されていたアニメは、図書館で見たあのフルアヘッド・ココダックのアニメだった。
そしてあらすじのナレーションは、ぼくの読んだ一巻以降の内容を思いっ切りネタバレしている。
くっそーっ、楽しみを奪われたっ! アニメめっ!
……と思ったけど、もうあの漫画を見る機会なんてなさそうだし別にいいかな?
再びチャンネルをくるくると変え始めるフライゴンへ向かって、
チャンネルを戻すように言おうか言うまいか迷っていると……
「あっ!」
フライゴンは突如驚いたような一声を上げ、チャンネルを変える手を止めた。
その時画面に映し出されていたものに、ぼくもフライゴンと同じく声を上げてしまった。
「あっ……!」
そこに映されていたのは、ぼくらだった。
図書館で記者たちに囲まれうろたえていた様子が、そのまま映し出されている。
「やっぱり……放映されてますよォ……」
「う、うん……」
「な、なんだか恥ずかしいですよー、これ。
コウイチくん、あんまりテレビ画面見ないで下さいね、恥ずかしいなァ〜〜」
フライゴンは、画面の中の自分の姿を見て恥ずかしさで赤面しているけど、
確かに、何だかテレビで改めて見ると、実際にあった出来事とは思えない……
VTRは、ぼくらがフライゴンに乗って逃げる所で終了した。
カメラはスタジオに戻され、モニターの中心に映し出されたアナウンサーのユンゲラーは、
手元の原稿をちょくちょくと確認しながら、まるでぼくらへとそのまま告げるようにこう言った。
『逃げ去った人間様の行方は、現在総力を挙げて捜索中です』
「……」
「……」
アナウンサーの告げる言葉に、ぼくらは黙りこくってしまう。
電話越しにユリルさんに言われたのと比べ、テレビ越しにハッキリ言われるのはとても現実的だ。
生まれてくる焦り。ここにいても、いつかは見つかってしまうのかも……!?
コン、コン
「!」
二人して黙りこくってる中、不意にドアからノック音が響いた。
「あ、はい、どうぞー」
フライゴンがドアへ向けてそう言うと、ゆっくりとドアが開く。
ドアの奥からは、お菓子や飲み物を載せたお盆を持った一匹のポケモンがいた。
きっとお手伝いさんの中の一人だろう。それにしても見たことの無いポケモンだ。
「は〜い、コウイチさん、フライゴンさん! 茶菓子でもどうだブ〜?」
頭に真珠を乗せた黒いそのポケモンは、いかにも不安定そうなバネ型の足をしている。
「あっ、お心遣いありがとうございます、お手伝いさん」
彼が跳ねて移動するたびにお盆の上のコップがカタカタと音を立てるので、
ぼくは慌てて立ち上がって、すぐにそれを受け取った。
受け取ったお盆をフライゴンの目の前に置くと、フライゴンはお盆の上のお菓子に目を輝かせる。
「わあ、美味しそうなお菓子ですねーっ! おいしそうだし高級そう、食べていいんですか?」
フライゴンの言葉に、お手伝いさんはそのまん丸い目を細めて笑顔を見せる。
「もっちろんでブーっ! ばくばくもりもり食べてくださいでブー。
たべものだけじゃあなく、この部屋にあるものは自由に使っていいでブー
テレビゲームにパソコン、そこの引き出しにはナンテンドーDSもあるでブー」
ぴょんぴょんと跳ねて移動し、それぞれの機器を指差すお手伝いさん。
そういえば、言われて初めてこの部屋にパソコンがあることに気が付いた。
デスクトップ型の大きめのパソコンで、電源ランプは消えている。
パソコンかぁ……色々と情報収集できるかも……
……!!
突如ぼくの頭に、ある衝撃的な閃きが走った。
いま心の中に渦巻いているこのモヤを、急激に薄めさせる……
あるいは、完全に晴らすことが出来るかもしれない閃き。方法。
ぼくは間髪入れずに、お手伝いさんへと向かってこう言った。
「パソコンっ、つ、使っていいですかっ!?」
急く気持ちがそのまま言葉にも表れて、若干どもってしまう。
「え、ええ……もちろん」
「ありがとうございますっ」
お手伝いさんの返事と同時に、ぼくはパソコンの電源ボタンを押していた。
当然だけれど立ち上がるまでには時間がかかる。
ローディング画面の表示されている画面をせかすようにじぃっと見つめながら、
ぼくは重大なことに気づく。
そうだ、この閃きの通りに事が進んでくれるとは限らない……
「あの、お手伝いさん……あ、お名前なんでしたっけ」
「あっ、わたくしバネブーと申しまブー。よろしくです……」
「よろしくお願いします……ところで、一つ質問していいですか?」
「ん? なんでブー?」
ぼくは一度咳払いしてから、バネブーさんへと質問を投げかけた。
「入街者リストっていうやつ……つまり、この街にいる住民のことを、
パソコンで調べたり出来ますか? 種族名や、名前とか……」
「ブ?」
バネブーさんは質問を受けると、考え込むように真珠に手を当てて首を捻り始めた。
パソコンからは爽やかな音が流れ、やがてデスクトップの壁紙が表示される。
ぼくの閃きとは、はぐれた仲間の誰かがこの都市にいるかどうかを
一瞬で確かめる……ことが出来るかもしれない方法のことだ。
入街者リストというものがあるのはあの入街審査の時に何度か聞いたし、
もしかしたら一般人だってそれを見ることが出来るのかもしれない。
それを見れば、はぐれた仲間の誰かが都市にいるかどうかを確認できる。
デスクトップ上にずらずらとアイコンが表示され始めたころ、
ようやくバネブーさんは考え終え、自信なさそうにではあるがこう答えた。
「たぶんですけど、詳細な情報は無理でも種族名や入街した日時くらいなら確かめれると思うブー」
その答えが返ってきた瞬間、ぼくは思わずぎゅっと手元で小さくガッツポーズを取った。
「ありがとうございます、バネブーさん! 『入街者リスト』みたいな感じで検索したら出てきますかね?」
「はあ、たぶん……うろ覚えだから、無理だったらごめんなさいブー」
不確かだろうが確かめれる可能性があるというだけで十分だ。
ぼくは、焦る気持ちそのままにマウスを動かし始めた。
ウィンドウの開くまでの時間や次の画面に進むまでの時間など
ちょっとした待ち時間に急かされながら、
ようやく入街者リストの掲示されているサイトへとたどり着く。
どうやら種族名検索、名前検索、入街日時検索の三つが出来るらしい。
「あっ、ほらほら、ちゃんと出来そうだブー」
嬉しそうに画面を指差して喜ぶバネブーさんを尻目に、
ぼくは確認の為に、まず『フライゴン』と余白に入力して種族名検索を実行してみる。
しばしの待ち時間後、画面の中にこう表示される。
フライゴン―フライゴン 8/9 10:26
フライゴンが入街した記録も、既にバッチリキッパリ載っている。
よーするに……ぼくの仲間がこの都市にいたとしたら、これ一発で丸分かりだっ。
「……うふふっ」
何だか楽しみになって笑みを漏らしてしまいながら、
ぼくは嬉々としてキーボードを叩き、余白へぼくのポケモンの名前を入力していく。
まずは……『ラグラージ』。
体がおっきくて力の強い頼りになるポケモンだ……彼の波乗りにはいつも助けられたっけ。
文字を入力し終わり、種族名検索のボタンをクリックする。さァ、どうかな!?
該当者なし
画面上に淋しく表示される『該当者なし』の文字。
……いや。いや、いや、いや。まぁ、そう簡単に見つかるとは思ってないさ。
それに、まだ四人の中の……ミキヒサ達も入れれば十一人の中の一つに過ぎないのだから。
さぁ、落ち着いて次行こうか、次。
次に入力する名前は、『ユキメノコ』。
女の子のポケモンだけど、クールで強くてカッコいいんだよね。
こう、踊るような動作で吹雪を作り出したりしてさ……相手が弱かろうが強かろうが、
表情一つ変えず叩きのめしていく感じが、必殺仕事人っぽくてかっこいいんだよなぁ〜〜
入力し終える。さて、どうかなっ!?
該当者なし
……次行こう。次は『バシャーモ』だっ。
最初は可愛いヒヨコさんだったのに、進化したら一転、
武闘派で冷静で頼りになる子に成長してさ……
拳に炎をまとってのスカイアッパーがかっこいいの何のって!
……入力し終えたぞ。さて、どうかなっ
該当者なし
……何だか先行き不安になってきた。
とにかく、次は『レディアン』だ。
あの子はそそっかしくて賑やかで、見てるだけで楽しい子だったな。
気まぐれでヒーローアニメを見せたら、それから毎日ヒーローのポーズを真似し始めてさ……
さて、そんなレディアンくんはこの都市にいるのかなっ?
該当者なし
「ううっ……!」
とりあえず、自分のポケモンがこの都市にいる目は完全に消えてしまったので、
ぼくは思わず不機嫌な唸り声を上げて、画面を睨みつけてしまう。
くそう。
世界は広いのだから、当然といえば当然……
なのかもしれないけど、苛立たずには入られない。
宝くじに外れたのとはワケが違うんだぞ。
そうやって低く唸っていると、横から様子を見ていたバネブーさんが。
「じゃあ、私はこれで。さよならだブー」
「あ、ああ、はい……」
バネブーさんはフライゴンにも挨拶をして、ぴょんぴょんと部屋を出て行く。
そしてそれと同時に、今度はフライゴンがこちらの様子を見にやって来た。
「もしもしコウイチくん、そういえば何してるんですか? さっきから」
モニターとぼくの顔を交互に覗き込みながらそう質問するフライゴン。
「ああ、これね……」
ぼくは入力作業を再開しながら、その質問に答える。
「この都市にはぐれたぼくらのポケモンがいるか調べてるんだけどさ……
どうやらぼくのポケモンは、この都市には一人もいないみたい……
今はミキヒサたちのを調べる途中だけど。あらら、また該当者なし一つ出ましたよー」
ミキヒサ→名前検索でやってみたものの、もちろん該当者なし。
次はミキヒサのポケモンたちか……
半ば諦めなかけがらも、ぼくは入力作業を続ける。
パチリス→該当者なし
エンペルト→該当者なし
バクフーン→該当者なし
キレイハナ→該当者なし
ボスゴドラ→該当者なし
サーナイト→がい……
ありゃ?
見慣れた『該当者なし』の文字が出るかと思えばそうではなく、
違った文字列……サーナイトがこの都市に居るということを示す文字列がずらりと出てきた。
一瞬ドキっとしてしまうけど、考えてみれば当然のことだ。
サーナイトはエスパータイプ。
ここはエスパータイプの都市なのだから、他にいてもおかしくはない。
しかし、紛らわしいな。どうやって調べようか?
考えながら、ぼくは画面を下へとスクロールさせ、サーナイトの羅列を追っていく。
すると、ぼくはすぐにあることに気が付く。どれも、入街日時が記載されていないのだ。
そうだ、このサーナイト達はエスパータイプなのだから、
この都市で生まれ、そしてこの都市で進化したのだ。
それなら入街した日時なんて書かれているはずがない、あるのは入街しているという事実のみ。
……ということは、入街日時の書いてあるサーナイトがいれば、
そのサーナイトはミキヒサのサーナイトだということになるけれど……
上から下まで画面を一気にスクロールさせてみる。
しかしどのサーナイトも例外なく、入街日時は記載されていない。
注視しなくとも、大雑把に見ただけで分かる。見落としはありえない。
つまり……『該当者なし』、ということだ。
事実は明らかになった。この都市には、ぼくの知り合いは誰一人としていない。
「コウイチくん……どうですか? いましたか?」
「いや……どうやらこの都市には誰もいないようだよ、残念だけど」
ため息混じりにそう答えると、フライゴンは残念そうに眉を顰める。
「そーですかー……じゃあ、ジュカインの用件が済んだら、すぐに街を出ましょうか」
「うん……そうだね」
確かにここにいる意味はほとんど無くなった。
あとはジュカインの用件が済むまで、この日常的な空間を存分に楽しむとするかな。
「とりあえず、お手洗い行ってくるよ」
「はい、いってらっしゃーい」
とりあえず溜まった尿意を発散するために、ぼくは部屋を出て行く。
お手洗いの場所分からないけれど……まぁ、自分で探していくのもまた一興か。
都市にはボクらの知り合いは誰もいない、かァ……
確かに残念といえば残念だけれど、幸いボクらには
まだ次の手がかりがあるので、そこまでの落胆はない。
あの図書館でジュカインが見つけた本から、色々と明らかになったんだ。
この世界には、ボクらの世界との繋ぎ目である『磁場』という境界があるということ、
そしてその区域には、ボクらの仲間がいる可能性が非常に高いということを。
……そういえば、このことをコウイチくんは知らなかったっけか。
コウイチくん結構ガッカリしてたみたいだし、
おトイレから帰ってきたらこのことを教えてあげよーっと。
ふふふ……びっくりして喜ぶ姿が目に浮かぶね……ぐふふ……
バタン!
「!?」
暢気にテレビを見ながらお菓子をほおばっていると、
急に力強くドアを開ける音が聞こえ、ボクは咄嗟にその方向へ振り向く。
「あっ」
「えっ」
ドアを開けた人物はジュカインだった。ボクもジュカインも、共に驚きの声を上げる。
ジュカインはしばらく表情を固まらせてたが、一度咳払いするとこう聞いてきた。
「来てたのか、フライゴン……ところで、この部屋にマネネが来なかったか?」
その口調には焦りと苛立ちが混ざっている。
ボクはとりあえず首を横にぶんぶんと振っておいた。
「そうか……いやさ、ちょっと目を離した隙にあのガキンチョ、オレの前から逃げやがったんだ。
……もしここに来たらとっ捕まえておいてくれるかな、フライゴン。んじゃ」
ジュカインはずらずらと返事も待たず一人で喋ってたと思うと、さっさと部屋を出て行ってしまった。
……んむぅ、まったくジュカインも大変そうだねぇ。まぁ、ボクは知ったこっちゃないけど。
――――――――――――――――
でっかい屋敷には馴れてはいるけれど……
さすがに知らないおうちだから、迷うなあ……
お手洗いを探して、ぼくは屋敷の中をひたすら歩き回っている。
マネネ坊やとお手伝いさんの数人しか住んでいないはずなのに、
この屋敷は随分と部屋が多い。まるでホテルみたいだ。
そろそろ尿意がひどくなってきて、無意識に内股を擦り合わせながら
歩き続けていると、ようやくそれらしきドアを二つ見つけた。
いや、それらしきというよりは、確実にそれそのものだろう。
何せドアの中心には、あの見慣れた青いシルクハットマークが描かれているわけだし。
「うわーっ、やっと見つけたァーっ!」
ぼくは嬉々としてドアを開け、勢いよく中に飛び込んだ。
「あっ!」
お手洗いのドアを開けた途端に意外なものが目に入って、ぼくは咄嗟に一声上げてしまった。
丁度ぼくの視線の直線状、ぼくの背丈くらいはある大きな窓の前に
ある人物がちんまりと佇み、窓の外へと顔を向けている。
その特徴的な後ろ姿、ちびっちゃい背格好といい、一目でそれが誰であるかが分かる。
その人物はぼくの声にびくりと肩を震わせると、がばりとぼくの方へ振り向いた。
赤くて丸い鼻が特徴的なその子は、間違いなくあのマネネ坊やだった。
「え……あ……?」
まったく初対面の人物が目の前にいるものだから、マネネはうろたえ言葉に迷っている。
そしてぼくもこの子と面と向かうのは初めてなものだから、言葉を失い固まってしまった。
つづく
今回の話と前回の話は、
本当は一まとめにして投稿するつもりでしたが、
投下間隔の都合上、別々に……
とりあえず投下終了です。
乙です
乙!
邂逅ですなー、乙
次回の展開予想
マネネくんの我が儘な態度にコウイチ君ぶちぎれ
マネネくんをぶん殴るコウイチ君
勢いあまってマネネくんを殺してしまうコウイチ君
HAPPY END…
カエルのために鐘は鳴るとのつながりがあったとは
さーて、バネブー捜さなくては。
三話はなんかストーリー物というよりは日常物みたいな感じで
盛り上がり所がいまいち少ないな。
ピジョット様が参入なされたら嫌でも盛り上がるだろうけど。
ん?バネブーと言えば
だれかの しせんを かんじr
展開が楽しみだな
でも、この世界ではポケモンに個人名はないんか?
かなり不便そうにみえるが
ユンゲラー達には個人名あるけど、キルリアとかマネネとかブタには個人名ないよね
それともただ呼んでないだけなのだろうか
>>226 うん。なんかるろうに剣心のアニメ版の時みたいな感じ。
任天堂も、こんなシナリオがしっかりある大人向け?ポケモンを
作って欲しいぜ
232 :
名無しさん、君に決めた!:2008/03/27(木) 19:24:07 ID:y3iUrmBb
定期保守
(´・ω・`)
47氏はどうしたんだ
遅くなってごめんなさい。
出来てるとこで区切りのいい所まで投下しますね。
キター(AAry
―――――――――――――――
『ツー……ツー……』と、耳の奥へ延々と響く発信音。
その携帯電話を持つ私の手は、未だに震えている。
私の手を震えさせているその感情は一体何なのだろう。
……ピジョットの羽へと積まれていた目も眩むような大金。
あれが、近い内に目の前へ……そして手元へとやってくるのだという期待か?
それとも、そんな美味い話が果たして滞りなく済むだろうかという不安か?
……それとも、後悔か?
己の欲望のため……いや、未来のために。
私は、まだ無垢な子供を犠牲にしてしまったのだ。
そう、犠牲に……犠牲……
犠牲……ッ!
犯罪集団であるという魔王軍。魔王軍が大金の代わりに要求した人間様の情報。
思考材料は少ないけども、それでも幾つか最低限の想像はし得る。
そしてそのどれもに、人間様の暗い未来が待っている。
見たこともないあの子の苦しみの表情が、容易に頭に浮かぶのだ。
見たこともない魔王軍の凶行が、容易に頭に浮かぶのだ。
……だが、もうあの人間の子に会うことは絶対にないだろうし、
これからあの子がどんな悲惨な目に会おうと、私が恨まれることは決してないだろう。
なのに……なぜっ!
なぜ私は、『感じている』んだ!?
あの子の憎しみをっ! 恨みをっ!
なぜ、『既に』この身に感じているんだ!?
「あっ!!」
「!?」
静寂を頑なに守っていたこの空間へ、不意に馴染みのある声が響いた。
罪悪感や人間様の怨恨を感じていた所へ突如響いたので、
奇声を上げてしまいそうなくらいに驚きながらも、私はその方向へ振り返る。
……そこに立っていた者の姿に、再び私は驚いた。
姿を見るのは何ヶ月ぶりだろうか。
ゲラだ。弟のゲラが、同じく驚いたような顔をしてそこに立っていたのだ。
……まぁ、確かに考えてみれば、ゲラ以外の誰かがこの場所に来るはずがないのだ。
こんな木々に囲まれた公園なんて、私たち以外の誰も存在を知らないだろう。
なにせ平日の夕方だというのに、子供の一人もいないのだ。
……平日の夕方? なんでこんな時間に、ゲラが……?
「ゲ、ゲラ……な、なんでここに?」
「それは俺も聞きたいよ、兄貴……奇遇だね」
「あ、ああ……」
ゲラはへらっと私へ笑みを投げかけると、
それ以上の問いかけはせずに、真っ先にブランコへと腰を下ろした。
そのまま軽くブランコを揺らし始めるゲラの表情は、どこか物憂げだ。
先程に電話で聞いたゲラの声はうきうきと弾んでいて楽しげだったが、
今はそれとは正反対。間違ってもあんな明るい声は出しそうにない様子だ。
その表情の訳を聞こうとするよりも先に、ゲラはそれをため息混じりに語り始めた。
「……兄貴は知らないだろうけど……俺、しょっちゅうここに寄ってるんだ。
苦しい時とか、迷った時とか……考え事したい時とかに、ふらっとね。
……今はちょいと複雑な気分でさ。……色々と、悩んでいるんだ」
「……悩み?」
ゲラが悩みなどと、ずいぶんと珍しい。
私と違い、ゲラはあまり悩みを表に出さなかった。
常に自信に溢れ、迷うことなく行動していたこのゲラが……
私は、ただ頷くことすらも忘れてしまうほどに戸惑ってしまう。
そしてそんな私の反応を待つよりも先に、ゲラは話を再開した。
「……人間様が逃げたってことは、兄貴も知っているだろ。
いま、記者連中はこぞってその人間様の行方を捜している。
人間様の行方はまだ誰も知らない……だけど、俺だけは知っちゃってさ」
「えっ」
突如出てきた人間様の名前に不意をつかれ、私は声を上げてしまう。
人間様の居場所……? まだ都市を出ていないのだろうか。
ゲラはふと携帯電話を取り出すと、話を続けながら何やら操作を始めた。
「……あの人間様の取り巻きの二匹。フライゴンさんとジュカインさん……
ふと思い立って、入街者リストで彼らの名前で調べてみたら、
なんと彼ら二人どっちとも、危険者リストへと登録されてるんだ」
「き、危険者リスト……?」
人間様の取り巻きの二人というと、テレビで見たあの緑色のモンスターのことだろうか。
その二人が『危険者』であるということと、人間様の居場所がどう関係あるというのか。
「知ってるかい兄貴。審査で危険者認定された者は、ナノサイズの探知機を飲み込まされる。
いつかこの都市で騒動を起こした時のために、その者の居場所を管理するってわけだ。
探知機は胃液に溶かされない材質で出来ていて、胃に到達すると胃壁に張り付く。
街を出る際に飲まされる専用の薬品でなければ、取り除くことは決して出来ない……」
「む……」
まったく初耳の情報だ。探知機の存在どころかその材質すらも知っているこの弟は、
私の知らないところで、一体どれだけの知識や人脈を育ててきたのだろうか。
……まさか、人間様の居場所を知っている理由というのは……
「まさかゲラ、その探知機の情報を見たのか? それで、人間様の行方を……」
すかさず私がそう聞くと、ゲラは笑みを漏らすと同時にウィンクをする。
「そっ、そゆこと。……あ、当然一般市民じゃあ出来ないことだぜ? 個人情報だし。
顔が広い俺だからこそ、探知情報を管理するコンピューターにアクセス出来るのさ」
そこまでは少し自慢げに言っていたゲラだが、
次の言葉からは、明らかに声のトーンが下がり始める。
「……正直見なきゃ良かったよ。こんな迷うんならさ……」
最後には、浮かぬ顔をしたままぐっと俯いてしまう。
私のあまり見たことのない表情だ。
いつも自信や……自尊心に溢れていたこの弟が、こんな表情を。
「……それで、どうしたのだ? 迷いとは、一体なんだ……」
俯きながらブランコを揺らし続けるゲラに対して、私はそう問いかける。
ゲラは一度ため息をつき、俯いたまま話し始めた。
「人間様の居場所をマスコミに知らせるのは善行だ。
広い視点で見た場合の、選ばれるべき善行だ。
そう、どちらが選ばれるべき善行で……どちらがそうでないか……
そんなのは理解しているんだ。理解しているはずなのに……」
ゲラは胸を押さえると、ぎゅっと歯を食いしばり始める。
ゲラは歯を食いしばった状態のまま、唇だけを動かし震えた口調で話を続ける。
「……今回ばかりは、素直にそれに従えないんだ。
……恐れだか、罪悪感だか何だか知らないが……
俺の中のくだらない何かが邪魔して来るんだ……
一体どれに従えばいいのか、俺は分からない……」
「……!」
彼の理論はよく分からないが……彼の悩みの中心は、人間様にあった。
そしてその悩みの原因となっている感情は、罪悪感。
そう、私と同じ……
偶然の重複。
ゲラも、私と同じく人間様のことで深く悩んでいる。
改めて、この目下のユンゲラーと私が兄弟であることを認識する。
……ただし、何から何まで同じというわけではない。
ゲラは、まだ選択する余地がある。
しかし私にそれはない。残されたのは結果のみ。
後味の悪い罪悪感と後悔のみ……
未だ俯き、寂しそうにブランコを揺らすゲラが、目の前にいる。
しかし私は、何故だかそんな彼を励ましてやる気がおきない。
かける言葉が見つからないのではなく、言葉をかけてやる気がおかない。
兄として励ますべき場面なのに……一体なぜ?
過ちを犯してしまった自分に、励ます資格など無いと胸の内で理解しているからだろうか。
それとも、自分と比べてまだ遥かに余裕のあるゲラを、私は羨み嫉妬しているのだろうか。
……どちらにせよ、歯がゆい。歯がゆく、悔しい。
こんな思いをするならば……
自分に負い目が出来てしまうのならば……
あんなことは……しなければよかった……!
あんなことは……!
強く握り締めている携帯電話から、軋むような音が響く。
それと同時のことだった。
「……!?」
私は、異変を感じた。
あの時と同じ。あの時と全く同じ感覚だ。
幾つもの小さい影が、私の足下へ現れる。
空気がうねり、草葉がざわめく。
同じく私は胸騒ぎを起こし、咄嗟に空を見上げた。
日の光を部分的に覆い隠す、無数の影。
その中には、私の眼奥に未だ焼きついている影もあった。
巨大な鳥の影。悠々とタテガミをなびかせ――
「ゲラ!! ここから去れっ!!」
私は気が付けば、ゲラに向かってそう叫んでいた。
「えっ、な、なん……んあっ?」
私の言葉に反応して顔を上げたゲラは、
頭上の無数の影に気が付いたようで、呆けた声を上げる。
「な、なんだいありゃあ……渡り鳥にしちゃあ随分サイズがでかいが」
最初は驚き、目をまん丸に見開いていたゲラだが、
次第にその目つきは輝いていき、好奇心に満ちていく。
「なんだかよく分からないけど……ともかくこれはっ!
大発見っ、大スクープに違いないっ! フフフ」
ゲラは興奮したように鼻息を荒げながら、カメラを取り出し始める。
こいつ、もうすっかり私の言ったことを忘れていやあがる。
「ゲラ!! ここを去れといったのが分からないのか、危ないぞっ!」
「あーん? 何でそんな必死なのさ兄貴。別にいいじゃあないか……
こういう悩む必要のないスクープは、しばし悩みを忘れさせてくれるんだ」
ゲラは私の呼びかけに応じようとはせず、カメラを空に向けはじめる。
言いようのない焦り。ゲラを怒鳴りつけたくなるような気持ちに襲われる。
「あっ……!」
ふと、ゲラは空を見上げながら驚いたような声を上げた。
何事かと空を見上げれば、無数の影は急速にその大きさを増していっている。
強烈な既視感に、私は身震いを覚える。
……そう、何もかもがあの時と同じ。
おそらく数秒後に、この場に強烈な風が吹き荒れるはず……
……この例えようのない気分は何だ? 絶望なのか、それとも期待なのか……
木の枝葉が突如騒ぎ始め、ブランコが一人でに揺れ始めた。
ゲラもたまらず唸り、よろめく。そう、あの時と同じく風が吹き荒れ始めた。
砂場の砂が風に巻き上げられ、私の体中を叩き始める。
私はブランコの脇の鉄柱を掴み、砂が入らぬように強く目を瞑る。
……数秒すると、風は一瞬で収まり、静寂が訪れた。
……私は瞼の裏に、ある光景を想像する。
私は胸を高鳴らせながら、ゆっくりと目を開き、顔を上げた。
……そこにあった光景は、私の想像と全く変わらないものだった。
目の前に立っている、数十の小鳥ポケモン。
その中心には、嘴の長い一際大きい鳥ポケモンがおり……
そしてその隣に、ヤツの姿があった。
高く昇った日に、全身を照り栄えさせ……
神々しい光をその身に纏った、『ピジョット』の姿が。
「あ……あ……」
ゲラは強風で倒れたのか、それとも目の前の巨大な鳥の群れに腰を抜かしたのか、
地べたに座り込み、ピジョットらを見ながら怯えたような声を上げている。
ピジョットはそのゲラを一度ちらりと見た後、私に視線を移しこう言った。
「フフ。ごきげんよう、ユリル・ゲルくん」
投下終了です。
今回ちょっと短いですけど、
明日か明後日には続き投下できると思いますので……
>>228 一応、この都市ではどのポケモンにも個人名がついていますけど、
親しい間柄ではない他種族相手には、種族名で呼ぶようになっているのです。
……実際は、個人名で呼ばせると分かりにくくなるからですけどね。
フライゴンやジュカインにニックネームが無いのもそういう都合のためです。
ユンゲラーは二体以上出てしまうから仕方がないということで……
乙!どっちのパートも次回が楽しみだな
「え……?」
ピジョットのその一言を聞いたゲラは、戸惑いの視線をこちらへ投げかける。
その視線に、私は確かに焦りを覚えた。
……いくら普段は疎遠な弟はいえ、私の汚い部分を見せたくはない。
金の為に、人間様を売ったなどと……知られたくない。
そんなことを知られたら、余計に惨めな気持ちになってしまうじゃないか……
……このピジョットが余計なことをぬかし始める前に、さっさとお金をもらいここを立ち去ろう。
そうだ。もう私にはそれ以外に道は残されていない。
迷っていては余計に惨めになるだけだ、こうなったら開き直ってしまえ……!
芽生え始めた三つ目の感情にも突き動かされ、私はすぐさまピジョットへとこう言った。
「ピジョット……さん。約束のものは? 持ってきたんですよね?」
手を差し出しながらそう言うと、ピジョットは嘴の端を歪めて笑みを浮かべ、こう言ってきた。
「まぁ、まぁ……そう急ぐな。確認ぐらいさせてくれないか。
ゲルくん…… 『人間は確かにこの都市にいるんだな』 ?」
「……!!」
ピジョットが発する容赦ないその言葉に、私は息を詰まらせる。
脇目でゲラを見やれば、その視線の困惑の色はより強まっている。
「は、はい……います、いますよ。ですから、約束のものを早く……!」
そう急かす私を焦らすように、ピジョットはゆっくりとこう言う。
「……どうした、一体何に焦っているんだ? 焦らずともワタシは逃げないよ」
「……!!」
だ か ら そういう問題じゃない!! お前が逃げてしまうことを恐れているんじゃあなくて、
この私が早くここを逃げたいんだっ!! ちくしょう、態度から判断しろよ、それくらい……!!
ともすれば喉から捻り出てしまいそうな怒号を私はぐっと抑え――
――それでも少し声が荒いでしまいながら、私は次の言葉を投げかけた。
「私は、時間が無いのです! ですから早く、早く、『約束のもの』……」
「 そ ん な も の は な い 」
「えっ」
ピジョットのその言葉に私は耳を疑うが、
それに反し、その言葉の意味することを私は瞬時に理解する。
理解し、そして……時間が、凍りついた。
そんなものは無い……だって? そんなものは……無い……
「……どうした、聞こえなかったか? 『キミにやるものは無い』と言ったのだ。
約束など反故だ、反故。『人間の存在をワタシに教えた』くらいで、
あんな『大金』をやれるか……ワタシは『魔王軍』だぞ? フフフ」
「あ……」
凍りついたワタシへと襲い掛かる、ピジョットの言葉。
まるでワタシの隣にいるゲラへと言い聞かせるように……
まるで私の心情を完全に見透かしているかのように……
一片の容赦のない、吐露。
「え……あ、兄貴……!?」
そして、信じられないといった風なそのゲラの一言。
その二つの言葉が、凍りついた私の体を急激に溶解させていく。
「そ、それ以上……言わないでください……」
気が付けば、私は力なくそう搾り出していた。
ただし、ピジョットがその言葉に応じるわけもなく。
「常識的に考えてみたまえよ。確かに、ワタシたち魔王軍は人間を必要としているよ……
だがしかし、人間の存在を電話一つで教えてもらった程度で、誰が大金など出すものか」
嘲るようなピジョットの言葉。そのピジョットの表情は、嘲笑に満ちている。
「まさか、本当にあれだけの金がもらえると信じていたのか? 信じて期待していたのか? フフフ」
「う……ううぅっ……!!」
「ちょっと、そこのキミ」
ピジョットは私からゲラへと視線を移し、そう呼びかける。
「!」
焦りが芽生える。ゲラへ何を言うつもりだ――
「キミはこのユリル・ゲルの兄弟か何かかね? このゲルくんが何をしたか、
どんなに愚かしいことをしたか、せっかくだから懇切丁寧に教えてやろうか」
「なっ」
ピジョットは、信じられないことを言い始めた。ゲラに全てを言うだと?
――何で……何でそんな……っ!!
制止する間もなく、ピジョットは興奮したような声でゲラへ向かってこう言い始めた。
「このユリル・ゲルは大金欲しさに、何も知らぬ人間をワタシに売ったのだ!
ワタシが魔王軍……あの魔王軍であるということを伝えたにも関わらずね」
「そ、そんな……」
ゲラの視線が、非難的な視線が、私を炙る。
ピジョットはそれにも構わず――むしろそれを楽しんでいるかのように、話を続ける。
「数十万ほどの金を見せ紳士的な態度をとれば、すぐさま協力的になってくれたよ。
血も涙もなく、慈悲も温情もない……そして何より、頭の出来が最高にお目出度いっ!」
ピジョットの言葉は、ねちねちと私の急所を的確に衝いていく。
そしてゲラは、眉尻を下げ口を半開きにしながら、その話を黙って聞いている。
一体ゲラは今、私に対してどれだけ失望しているのか……
ちくしょうピジョットめっ、黙れっ、黙れっ――!
「どう考えても、等価交換の体を為していないのにねェ! 考え方が甘ったれそのものだ!
自分に都合のよい現実だけは、一片の疑いも抱かずホイホイと受け入れる! ハハッ!!」
いかに心の中で叫ぼうが、ピジョットの口は止まらない。
私の精神を、プライドを、どん底へと導いていく陰険な言葉。
……それは、罪悪感が何だの絶望が何だのと心内で後悔しておきながらも、
何だかんだで己に甘えきっていたという事を、はっきりと私に自覚させる言葉であり……
そしてそれを自覚していくと共に競り上がってきた感情は、どうしようもない怒り。
ピジョットへの怒り……!!
「わ……私はっ!」
「ん?」
私の声に、ピジョットはこちらを振り向く。
「私はっ……人間様の存在をあなたに報告したことには変わりないじゃないか。
お金はもらえなくとも……ここまで卑下される筋合いは無いはずだァっ!!」
まだ嘲笑を浮かべたままのピジョットへ、私はそう訴えた。
そうだ。大金はともかく、立場的には私は有り難がられる側のはずなんだっ!
理不尽だっ。今この状況は、有り得ないほどに理不尽だっ!!
「……フフッ」
「!?」
なんとピジョットは、私のその訴えに再び笑みを漏らしたのだ。
「このワタシが、そんな礼節を弁えたモンスターに見えるか?」
「な、なにぃ……!?」
横暴でかつ理不尽な返答。それは、とても私の納得のいくものではない。
咄嗟に反論しようとすると、ピジョットは続けてこう言ってきた。
「そもそもキミに頼まなくとも、実際は部下に任せればよかったこと。
ワタシは、キミに対して有り難いとも何とも思っていないよ」
「え……!?」
私は、また耳を疑った。
こいつ、昨晩はいかにも『部下は使えない』といった風なことを言っていたはず。
……嘘だったのか……!? 私を騙したのか……!
そして同時に一つ、大きな疑問が浮かび上がる。
……それなら一体、なぜ私を使ったのだ……!?
「じゃ、じゃあ何で、私を使ったんだ! 部下を使わずに私を使ったんだっ!!
なぜ私を巻き込んだっ!! その理由は何だァっ!? 全く分からないっ!!」
浮かび上がった疑問を、すぐさま私はピジョットへと投げつけた。
……一層深まるピジョットの笑み。その次の瞬間返ってきた答えは、こうだった。
「キミを見下すためだ」
「な……なんだとォ……!?」
まったく理不尽極まる返答だった。こんな答えで誰が納得行くだろうか。
私を玩具か何かだと思っているのか、こいつは……!?
私の心中の怒りは、一層激しくなっていく。
そして、あたかもそれを煽るかのように、ピジョットはこう続ける。
「落胆、後悔、憤怒、羞恥……負の感情が複雑に絡み合ったキミのその表情が、ワタシを強くする。
ワタシが『高み』にいるのだという実感を与えさせてくれる……生きる上では、これが実に重要でね」
「なに……!?」
「他者を見下すことはワタシ達の最大の活力ッ!! そして遥か空に生きてきたワタシ達の習性さッ!!
キミのそういうバカ丸出しな表情が、ワタシ達にとっては最高の『糧』なんだよっ!! ハハハハーッ!!」
「ぐ……ぐぐぐ……っ!!!」
狂ったように大声で笑い始めるピジョット。私を全力で見下すピジョット。
怒りに、悔しさに、羞恥心に、頭がぐちゃぐちゃに掻き回されていく。
……このピジョットがあの時私の元へとやってきてから今までの、
私の悩みは……迷いは……期待は……行動は……
全てが全て、この者に愉悦を与えるためだけのものに過ぎなかったのだ。
……つまり、明るい未来を取るか、変化の無い未来を取るか、だの……
……欲望と良心の狭間だの……幸せがなんだの、絶望がなんだの……
あれ、ぜんぶ完全な一人相撲で……思い込みに基づいた、完全な、一人、相撲でっ
これじゃあ、本当に、本当に、本当に、私は単なるバカだったんじゃあないかアァっ!!
「フフッ……ハハハッ! どうしたどうした、そんな俯き気味では、よく顔が見えんぞ!
もう少し顔を上げたらどうだ、キミたち虫けらは空を見上げるのが仕事だろう? なぁ
そら、顔を見せたまえよ!! もォ〜〜〜っとよォ〜〜〜くゥ〜〜〜見せたまえよォ〜〜〜ン!!」
俯き歯を食いしばっている私の耳へと入ってくる、ピジョットの声。
その嬉しげな調子が、最高に耳障りだ。癇に障るどころの騒ぎではない。
いっそのこと舌を引っこ抜いて喉を潰してやりたい。そうだ、殺してやりたい、殺すっ、殺すっ、殺……!!
「ピジョット貴様ァッ!! 黙ってれば調子に乗りやがってッ、ぶち殺してやるッ!!」
湧き上がる怒りによって、恐怖や建前などというものは消し飛んだ。
ピジョットが魔王軍であるというにも関わらず、ゲラの前だというのにも関わらず、
私はかつてないほどに声を荒げさせ、ピジョットへと暴言を投げつけていた。
「……おやおや、どうかしたのか? いきなり」
ピジョットは驚いたような様子も見せずに、虚仮にするような言葉を投げつける。
そのスカした顔と喉、ぐちゃぐちゃに潰してやる――ッ
怒りを、恨みを、感情を、強い視線と共にピジョットへと向ける。
……念力は精神の力。私の怒りを全て念力に変え、こいつに味あわせてやる……!!
「……むっ? な、こ、これは……」
「な、なんだァ……!?」「あ、頭が……!」
数秒後、ピジョットとその部下達はすぐに異変を起こし始めた。
私の怒りが念力となり、奴らの脳みそに鈍痛を与えているのだ。
「そのまま頭痛で死ね、外道ども……ッ!!」
両の手をピジョットへらと向け、私はより力を込める。
もっと。もっとだ。もっと怒りを……奴らを、殺せ!!
「……やれやれ。まるで駄々っ子だな」
「!?」
ピジョットはまるで私の念力をものともしていないように
冷静にそう呟くと、ゆっくりとこちらへ歩み寄り始めた。
「だが、まぁ……そんな無様な姿も、ワタシの愉悦の一部であるのには変わりないがね」
ピジョットは一度溜め息をつくと、ゆっくりとその優雅な翼を大きく広げ始める。
「き……きさま、なにをするつもりだーッ!!」
怒りの中へと割り込んでくる不安と焦り。私は、より視線に念力を込める。
なぜだっ、あの部下どもは確かに頭痛で苦しんでいるのに、なぜこいつは……!
ピジョットは、一度だけ力強く翼を扇いだ。
次の瞬間、猛烈な勢いの空気の壁が私を撥ね飛ばした。
「がァっ!!」
空気の壁に押しやられ、私は遥か後方のジャングルジムへと叩きつけられた。
硬い鉄柱が背中と後頭部に強烈な衝撃を与え、私は地面へと崩れ落ちる。
痛みで、体に力が入らない。当たり所が悪かったか、意識が朦朧として眩暈がする。
ぼやけた視界の中、ピジョットがこちらへと歩み寄ってくるのが見える。
もう、念力を浴びせてやる余力は無い……結局、私はこいつを一つも苦しめられなかった。
「……ゲルくん。一つだけ、キミに教訓を与えてやろうか」
ピジョットは再び笑みを浮かべると、こう言い放った。
「世の中、理不尽なくらいで丁度いいものだ」
「坊やっ子は誰だって、痛みや理不尽さを知って成長するものさ……
キミにとって、この出来事はよい薬になったはずだ。よい教訓になったはずだ」
あまりに勝手な発言。だが、もはや何も言い返す気力が起きない。
「ワタシのせめてもの慈悲だ……キミはこのまましばらく眠っていたまえ。
そして今後はこの教訓を活かし、理想の未来を目指し頑張ってくれ……フフフ」
背中を向けるピジョット。それと同時に、私の視界は徐々に暗転していく。
……薄れ、消え行く視界。
それまで怒りの対象だったピジョットが見えなくなっていくと共に、
私の怒りは、次第に私自身へと向けられていく。
……私は、子供の頃からちぃっとも変わっていない……
いつかは幸せが転がり込んでくるのだと、知らぬ所で根拠も無く信じ込んでしまっていた。
だからピジョットがやってきた時に私は、心の奥底で『その時が来た』のだと判断し、
根本的に疑うことはしようとはせずに、アッサリと信じ込んだ……甘んじてしまった。
そうだ。今回の事態は、そんな私の常識知らずの甘えが導いた結果なのだ……
……ようやく、ツケが来たということなのだ。『お坊ちゃま』で居続けていたツケが……
……はは……もう、後悔しても……遅いやァ……
――強烈な自己嫌悪と共に、私の意識は闇へと落ちていった。
ゲル兄貴は、今まで私があまり見たことのない怒りを露わにした姿を晒したが、
魔王軍のあの鳥(確かピジョットとか言ってたな)の一煽ぎによって、一瞬にして鉄柱へと叩きつけられた。
そして兄貴は今、鉄柱へ背を預けたまま項垂れている。気絶してしまったのだろう。
……ゲル兄貴……
――当然の報いだっ
魔王軍が犯罪集団であるということは、いかに頭の悪いあの兄貴でも知らないはずは無い。
その上であのゲル兄貴は、何も知らぬ人間様を魔王軍へと売ったのだ。
ただ、金に目が眩んだという理由のみで。
……至極当然の報いだっ。至極当然の結果だっ。
仕事もせず苦労もせずニート一筋の兄貴が、そう楽して金を手に出来るはずが無い……
最終的に痛い目を見るのは当然だ。
気絶してしまった兄貴を見ても、私は可哀相などとは一片も思わない。
あるのは、『ついに落ちる所まで落ちたな』という達観とした感情のみ。
私は、絶対にあのゲル兄貴のようにはならないぞ。
そう、あいつのような悪人には……!!
「ところで、キミ」
「!」
不意に耳に入ってきたあのピジョットの声に、私は心臓を跳ねさせる。
そしてそのピジョットの視線は、明らかに私へと向けられていた。
「わ……私のことを呼んだんですか」
「そうだ」
返事と共にこちらへ歩み寄ってくるピジョット。
……しまった。逃げ遅れたか……?
一テンポ遅れて、己も危機に晒されているのだということを自覚する。
そして私の目の前に立ったピジョットは、私へとこう問いかけた。
「人間の居場所を知っているかね?」
「実は、今から人間を迎えに行く所でね。あのゲルくんの報告によって
人間がこの都市にいることまでは分かっているのだが……
肝心の詳細な居場所までは分かっていないのだ。教えてくれないか?」
「…………」
……まるで、先ほど心中で唱えた誓いを試されているかのようだ。
私は、私だけは、人間様の詳細な居場所を知っている。
だが無論、こんなヤツにそれを教えるわけには行かない。
魔王軍は犯罪集団だ。言うまでもなく悪者だ。
こんなヤツに人間の居場所を教えては、私の善人してのプライドはバラバラに崩れ去る。
私の生き方においては断固として許されざる、バリバリの悪行。
誰が教えるかよ。あーん……?
「ひ……ひ……っ」
わざと、そしてなおかつ自然に息を乱れさせ、顎を震わせる。
あたかも心底恐怖しているかのように。心底怯えているように。
そして私は、ピジョットへと懇願するようにこう訴えた。
「し……知っていたら教えますよォーー! で、でも私は、そんなこと知らないし……
あ、あのっ、その、本当なんですよぅ! だ、だから命はっ、命だけはァっ!」
手をつき、涙で目を滲ませ、繰り返し「見逃してください」と懇願する私。
私はさも『生きるためなら何でもする』といった風な男を、ピジョットの前で演じてみせる。
私の今演じている人物像なら……知っている情報を教えないということは絶対に有り得ない。
人間様をわざわざ庇う必要などありゃしないのだから、それは全く意味のない事である。
……このピジョットは私の本当の性格なんてこれっぽっちも知らないのだから、そのことを疑う余地は無いはずだ。
……完璧だ。完璧な演技……完璧な虚構……完璧な欺瞞……
尿意があらば、わざとオシッコ漏らしてやってもいいな。
……必要ないな。今の時点でも、こんな鳥頭に私の演技が見切れるものか……!
「キミは、何をしているんだ?」
「えっ」
ピジョットが口にしたその不自然な言葉に、私は呆気に取られた。
……今、こいつ何と……
その言葉の意図を探ろうとすると、ピジョットは続けてこう言い放った。
「ワタシは、『命乞いしろ』とは一言も言っていないぞ。
……ワタシは、『人間の居場所を教えろ』と言っているのだ」
……なにぃ……!?
信じられない言葉に、私は驚愕する。
こいつ、私の言ったことをちゃんと聞いていなかったのか?
それとも、私の言うことをちゃんと理解していないのか、この鳥頭はっ
それとも――
三つ目の推測は、ピジョット自身の口から語られた。
「ワタシのように高みにいる者は、虫けらの習性は全て分かりきっているものだ。
キミのそれは『演技』だな。なぜ隠すかは分からんが、キミは人間の居場所を知っている」
何――っ!!
なんと、私の演技が見破られていたのだ。
いや、これはただの推測かもしれない。私をカマにかけようとしているだけなのかも……
「え、演技なんてっ!! 何を言ってるんですか、私は人間様の居場所なんて……」
「何をうろたえているんだ? 別にキミ自身が損するわけでもないはずなのに、なぜそう頑なに隠し通す?」
「ぐっ……!」
こ……こいつっ!
もはや私が嘘をついているということを前提に語っているっ!
己の考えに、己の推測に、一切の疑いを持っていないっ!
そう信じ込む根拠は一体どこにあるんだ、一体何なんだコイツは……!
くそう。なぜ、なぜ私がこんな目に……!
「……言わぬというのなら」
ピジョットはふと、勢いよく息を吸い込み始めた。
張り出したピジョットの胸の筋肉が、更に膨張していく。
「……!?」
その意図の分からぬ動作に、私は焦りを覚える。何をするつもりだっ
……次の瞬間。
「うがっ!!」
一瞬のち肩へと激痛が走り、私は呻き声を上げた。
気がつけば、焼けつくような痛みが肩口に張り付いている。
そこに心臓があるかのように、肩に熱い脈動が走っている。
「な、なんだァ……!?」
肩に目をやると、まるで銃弾にでも撃たれたかののような穴が一つ開いている。
貫通はしていないみたいだが、傷口の中に異物感も感じない。
こ、こいつ……何をしたんだ……!?
胸を満たし始める不安と恐怖。
そしてそれを助長させるかのように、ピジョットはこう言い放った。
「言わぬというのなら、もう一度キミの体を貫いてやろう。次はどこがいい?
また肩ではつまらないだろう……次は腕か? 手か? 腿か? 脇腹か?
まぁ、いずれにせよキミが口を割らぬなら、順番など関係はなくなるがな。フフ、フッフフフ」
「ひっ……」
今度は、決して演技などではなく……
純粋な感情のままに、私は小さく悲鳴を漏らした。
自然に乱れる息。自然と震える顎。自然と滲み出てくる涙。
肩口に確かに存在する痛み。激痛。そこだけ熱湯にでも浸っているかのような熱さ。
捻じ曲がっていく背景。ぼやけていく視界。消えてゆく現実感。
ktkr
「今ならまだ遅くないよ。キミの体に面倒くさい傷が増えていく前に、さっさと居場所を漏らすんだ。
サァ、早く。早く、早く、早く。今ならまだ遅くはない、いィ〜〜〜まァ〜〜〜なァ〜〜〜らァ〜〜〜」
追い詰めるようなピジョットの言葉。
ピジョット。ヤツは魔王軍、モンスターぐらい躊躇い無く殺す犯罪集団
人間様の居場所。誰が、誰が、誰が、誰が誰が誰が教えるか、そんなこと
私は私は善人だぞォ! このプライドに傷がつくぐらいなら体に傷がつくぐらいどうってことは
「聞き分けの悪い子だな」
そう呟くピジョットは、また大きく息を吸い込み始める。
「まぁ、例え最悪殺してしまったとしても……ワタシには構わん話だがね。フッフ フ フ」
耳を疑う。信じられない言葉。あってはならない現実。
最悪殺してしまったとしても? 何を言ってるんだこいつは、死ぬ? 殺す? そんな、横暴な
「や、やめろォォ!!! やめてください、やめてェェ!!!」
「やめて欲しいのなら人間の居場所を言うことだな。言わなかったら続ける、ただそれだけのこと」
「な……な……な……」
言えるかボケ、言えるわけねえだろカス、言ったら私は悪人になっちまうんだぞぉぉォ!!
あの愚か者のゲル兄貴と同類になっちまう、私の善人像が消え去る、崩れ去る、朽ち果てる
私は善人なんだ……言えるか、言えるわけがない、言いたくない、言わない、
私は善人だ!私は善人だ!私は善人だ!私は善人だ!私は善人だ!私は善人だ!
私は善人だ!私は善人だ!私は善人だ!私は善人だ!私は善人だ!私は善人だ!
積み重ねてきたんだこれまで、私が善人である所以、それを積み重ねて来たんだ
だから言わない 言わない 言わない絶対言わない、言わない言わない言わ……
言わなかったら? 言わなかったら、私は……死ぬ? 死んだら全部ムダになる、
これまでの全てがムダになる、しかも痛い、最高に痛い、とても痛い、
言ったら崩れるっ!! 言わなかったら痛いっ!!
崩れる、痛い、崩れる、痛い、痛い、崩れる、痛い、痛い、崩れる痛い痛い痛い痛い痛いいいィいィいィィいィ
「に、人間様はッ!! コサイン川沿いの屋敷ッ、マジシャンバリヤードの屋敷にッ!!
今はそのご子息マネネの住む屋敷に、居ますッ! 居るはずですうううッ!!!」
「あ……」
叫び終えた瞬間、人間様の居場所を完全に吐露し終わった瞬間、私は我に返った。
「……フフ、情報提供感謝するよ」
ピジョットはそれだけ言うと、さっと身を翻す。
そして何やら、部下であろう周りの小鳥達に指示をしていたと思うと、
一斉に大きく翼を広げ、再び空へと飛び立っていった。
再び影となってゆく鳥達。魔王軍。
止めようも無く、影の群れはぐんぐん私の視界から遠ざかっていく。
あの影達は、私の漏らした情報を元に人間様の元へと向かうのだろう。
人間様はおそらく魔王軍に捕まり、そして人間様の取り巻きであるあの二人も、
屋敷に居るであろうマネネ坊やも、そのお手伝いも、全員が犠牲になるのかもしれない。
全ては、私の一言のせいで。
そう、私は魔王軍に情報提供をしてしまったのだ。『加担』してしまったのだ。
自己弁護のしようが見つからない。
私は恐怖に負けた。痛みに負けた。負けて、あっさり従ってしまった。
結局私は、弱かった。目先の苦痛に負けてしまうような、弱い善人だった。
……いや、元々私は善人でもなんでも無かったのかもしれない。
ただ善人ぶっていただけ……
自分が善人なのだと意識し思い込んで、全ての行動を無理やり善行へとこじつけて、
……責任を取ろうとしていなかっただけ……甘えていただけなのかもしれない。
……考えてみれば、こんな事態を招いたのも全て私のせいだと言える。
私が人間様の存在を広く知らしめなければ……ゲル兄貴に教えなければ……
そもそもこんな事態にはならなかったのだ。なるはずがなかったのだ。
……全て……私のせい……
崩れ去ったプライドの中から現れる、膨大な自己嫌悪。
私はもはや、そのまま動くことが出来なかった。
つづく
今回の分の投下は終わりですー。
>>253の頭に空白の行入れ忘れたので
視点変わったの分かりにくくなってしまいました、ごめんなさい。
これでゲルゲラの出番終わりだったら悲惨すぎる…
「味あわせる」じゃなくて「味わわせる」じゃなかったっけ
誤字だろ。
乙!
266 :
名無しさん、君に決めた!:2008/03/31(月) 00:56:35 ID:aubAhFvM
面白いけど、一部のキャラの考え方とかがちと大人向けっぽすぎるのが魅力であり欠点でもあると思う
ところでみなさんに一つ質問なのですが、
今まで通り、一週間おきほどの間隔で毎回区切りのいい所までドバッと投下していくか、
それとも二〜三日おきほどの間隔で、区切り悪くとも少ないレス数で細かく投下していくか、
みなさんはどちらがいいと思いますか?
いつも乙です。
私的には、キリが悪いから二〜三日ペースのほうがいいです
しっかり書き上がってから投下してほしい派かな
どっちw
272 :
269:2008/04/03(木) 23:46:11 ID:???
あ、まちえてた。
二〜三日じゃなくて一週間のほうで。
すみません…
個人的にはキリの良いとこまで書けてから投下してもらえると嬉しい
書く側としてはキリが悪くてもちょこちょこ投下するほうがモチベーションを維持しやすいのかもしれないが
みなさんお答え頂いてありがとうございます。
では、これからも今まで通り一週間おきくらいに投下しますね。
次の投下は明日か明後日辺りになると思います。
>>273 ですね。文量少なくても投下の回数が多いほうがレスたくさん貰えそうですから、
僕は投下後のみなさんの反応がモチベーションの源なので
ちょこちょこ投下したほうがたぶんモチベ維持しやすいですと思います。
でもやっぱキリ悪く切れるのは自分でも気持ち悪いし、
みなさんもそうみたいなので、これからも今まで通りいきますねー。
本当にすいません、今日は無理そうです……
明日には必ず、早ければ午前中にも投下します。
遅くなりましたが、投下しますね。
今回からちょっと一回の投下ごとにサブタイトル的なものを付けてみます。
屋敷のお手洗いにて。
ぼくはもうすっかりお手洗いでの用は済ませたし、
早くフライゴンの元へと帰りたいのだけれど……
「そいでよォーー、オイラは日々超能力の特訓してるわけサっ!
いつかパパの仇の魔王軍をぶっ潰すためによっ!」
「へ、へェ〜〜〜……」
目を瞑って身ぶり手ぶりを大きく交えながら、
興奮気味に……というか自慢げに語り続けるマネネ坊や。
その言葉の一つ一つにぼくは一々相槌を打っているわけだけれど、
なんだかもう……この子に付き合うのは疲れてきたよ。
お手洗いでマネネ坊やと偶然出会ってから、
何やかんやで、ぼくはマネネ坊やと親しくなってしまっていた。
……いや、何ていうかあっちから一方的に話しかけてきてるだけで、
親しくなりたくてなったわけじゃないんだけどね。
前にも言ったけど、ぼく、こういう子って嫌いだし……
だけども、嫌いだからって突っぱねるわけにはいかない。こまったこまった。
「なァ〜〜聞いてるかよォ、コウイチぃ」
「へっ? あぁ、うんうん」
マネネ坊やはむくれたように口を尖らせながら、ぼくの頬をぺちぺち叩く。
「せっかくオイラの友達にしてやったんだからさァ〜〜、
そんな適当な態度ばっか取るなよォ〜〜……あっ、そォそォ!」
マネネ坊やは何かを思い出したように手の平をポンと叩くと、
ぼくへとこんな提案を投げかけてきた。
「おまえ確か、あのジュカインってヤツの取り巻きだったんだっけな!
おまえからさァ、アイツに直々に言ってやってくんないかな?
『もうマネネには関わるな』ってサ…… なっ、いいだろォー?」
「え、ええ……?」
さっそく自分勝手なお願いがやって来て、ぼくは戸惑ってしまう。
そのジュカインに色々絡まれるのだって、他ならぬ自分の責任のクセにぃ……
でも断ると、どーせぷんぷんと怒りだすんだろうなぁ。こまったこまった。
「ねぇ、そういえばマネネくんに聞きたいことがあったんだけどさぁ……」
「ん? なんだよ」
マネネの提案を受け入れるわけにも断るわけにもいかないし、
とりあえずぼくは、一旦話を逸らしてみることにした。
「その、さ。マネネくんって、色んな人に対してイタズラとかして回ってるそうじゃない?
ジュカインもその被害者だし……なんでそうやってイタズラとかするのかなーって思ってさ」
どーせ『やりたいからやってんだよ』的な返答が来るのを分かっていながらも、ぼくはそう尋ねてみた。
「……」
すると、ふとマネネ坊やの表情が曇り始める。
そして一度ため息をついたと思うと、気だるげにこう答えた。
「大人はイタズラされてとーぜん……ナメられてとーぜんなんだよ」
「えっ」
少々回り道な返答にぼくは意表を突かれ、声を上げてしまう。
ちょっとした訳がありそうだ。少しばかり好奇心が芽生えてきて、ぼくは続けてこう質問する。
「ナメられて当然ってどういうこと? マネネくんはなんでそう思うの?」
その質問に、マネネ坊やは億劫そうにしながらこう答える。
「旅行先で、オイラのパパが魔王軍に連れ去られたってのはさっき言っただろ」
「ん、うん……」
マネネ坊やはうろうろと辺りをうろつき始めると、思い出すように当時のことを語り始めた。
「旅行中に、街中でいきなりたくさんの魔王軍に襲われてさ。
パパは頑張って魔王軍と戦ってオイラを守ってくれてたんだけど……」
そこでマネネは一旦話を止めると、一際声量を大きくしてこう言った。
「他の大人たちは、だれもっ! だァれも役に立っちゃくれなかったっ……!」
「……!!」
もしかして、大人達が誰も助けてくれなかったということか……!?
マネネ坊やの口ぶりから、表情から、当時の気持ちが窺い知れる。
自分と父親が襲われていた所を、大人達はこぞって見て見ぬふりをしていたということなら、
この子の年齢からしても、大人を信じられなくなるのは分からないでもないかも……!
マネネ坊やが『マネないマネネ』になってしまったのは、そういう理由だったのか……!
「マ、マネネくん……大人達は誰も、キミたちのことを助けてくれなかったんだね、
だからキミは、大人達のことを信じることが出来なくなって、それで……!」
「いや、そういうわけじゃねェんだけどさ」
「んなっ!」
予想が見事に外れて、ぼくは思わずズっこけそうになる。
……そういうわけじゃないって、じゃあどういうことォ……?
聞かずとも、マネネ坊やは一人でそれを語り始めた。
「まー、助けてくれたっちゃあ助けてくれたぜ……警察とかも来たしサ。
だァけどよっ、みんな弱えェ弱えェ! 魔王軍には全然歯が立たねェでやられちまうんだもんっ!」
「えっ……」
「パパが連れ去られたのは、ぜんぶ大人達が弱っちぃせいだっ! 大人は弱っちくて使えねぇっ!
だから大人なんて、イタズラされて当然、オイラにナメられて当然ってことだよっ!」
「なっ、そ、そんな……」
あまりに予想以上な自分勝手で独りよがりな言葉に、ぼくは驚愕する。
歯が立たなかったとは言っても、助けようとしてくれたことには変わりないんじゃないか……
それを弱っちぃ一言で片付けるなんて、この子なにか勘違いしてるんじゃあないか?
「なっ、コウイチ! おまえも、オイラの気持ち分かるだろっ?」
「え゙っ!」
急に同意を求められてしまった。
しまった、どう答えよう。……また適当にでも相槌打っておこうか、
でもそうすると、この子ますます増長しちゃいそうだしなー……こまったこまった。
「あ、あのさー……マネネくん……」
「ん?」
同意するわけにも、露骨に反対するわけにも行かない。
ここは優しく、穏やかに……でもって、さりげなーく反対するとしよう。
「そのー、マネネくんって、大人のこと弱っちぃ弱っちぃとか言うけどさー、
だからって、イタズラしていい理由にはならないと思うんだけどなー。
それにさー、ほら、世の中は腕力だけじゃないし……頭とかもさー、ね?」
マネネ坊やを変に刺激してしまわないように目を逸らして、控えめーな口調でそう言ってみる。
「…………」
ぼくの言葉への反論は、すぐには返ってこなかった。
マネネ坊やはそうやってしばらく黙りこくっていたと思うと……
「……おまえ……なんだよ、おまえもオイラに説教を始めるつもりなのか!?」
「えっ」
マネネ坊やはなんと、声を荒立てぼくを睨み付け始めた。
たったあれだけの言葉で、怒っちゃった……!?
ぼくは慌てて、咄嗟にフォローするようにこう言う。
「あ、いや、いや。誤解しないで、ぼく、別に説教するつもりは無いんだよ!
たださ、大人をナメれるほどマネネくんは凄いのかなー、なんて……」
「なんだよー、やっぱ説教するつもりなんじゃないのかよ、おまえーっ!!」
「いっ」
マネネ坊やの激昂は止まらず、ぼくを睨みながら怒鳴り続ける。
「これまで誰もオイラに説教なんかしてこなかったってのに、今日ばっかなんなんだよォ!!
説教、説教、説教、説教、ほんとウンザリするぜ! オイラを誰だと思っていやあがるんだ!?」
まるで自分は説教されなくて当然みたいな言い草。ぼくは思わず反論してしまう。
「いやさ、でもマネネくんが説教されるようなことをするから説教されるんじゃ……」
「うるさーいっ!! 黙れ黙れっ、オイラに口出しするヤツはこうだぞっ!」
「いでっ、いでででーっ!」
ぼくが言い終わらぬ内に、マネネ坊やはぼくの頬をぎゅうっとつねり始めた。痛い痛いっ!
なんだよこの子、まったく人の話を聞き入れようとしないじゃないか! こまったこまった……
「マネネお坊ちゃま!!」
「えっ」
「!?」
突如、お手洗い中に聞き覚えのある声が響き渡った。
この声は……女性の声。この屋敷内で女性といったら、つまり……
「キルリア!? お、おまえ、なんでここに……!」
マネネ坊やは驚き、入り口近くにいるキルリアさんを見つめる。
キルリアさんは、ここが男子用だということもお構いなしに
マネネ坊やへ向かって、ずかずかと歩み寄り始めた。
「……お坊ちゃま。ジュカインさんがあなたを探しております、さぁ、早く行ってください」
キルリアさんは感情を感じさせない冷たい口調でそう言いながら、
マネネ坊やの腕を引っ張り、強引にお手洗いの外へと連れ出そうとする。
「ちょ、まっ、『なんでここに』って言ったのは、ここは男子トイレだぞって意味!
こーこーはー男のトイレなのっ! 勝手に入ってくんなよォー!」
「そんなの関係ありません。御託をぬかしてないで、さぁ、早く。早く」
細長い腕をぶんぶんと振って抵抗するマネネ坊やをものともせず、
キルリアさんはマネネ坊やを引っ張り続ける。な、なんだか怖いぞ。
「おい、コウイチ! 助けろバカ、おまえオイラの友達だろーっ!」
マネネ坊やは、今度はぼくに助けを求め始めた。
助けろって、言われてもなァ……こまったこまった。
……そして数秒困った挙句、ぼくの出した結論は……!
「……〜♪」
「おいぃぃーーっ!! 無視すんなコウイチおまえーっ!! この薄情ものーーっ!!」
「……〜♪」
そんなこと言われても、ぼく面倒ごとに首突っ込みたくないもん……
って口に出して言いたいけど、あえて口には出さず。これが大人のマナー。
「コウイチてめーっ、もうおまえとは絶交だかんなーっ!! もうぜってー話しかけてやんねーからなーっ!!」
「……〜♪」
もともと交友結んだつもりなんかないし……ってか、まだ会ってから数分しか経ってないじゃない……
って口に出して言いたいけど、またあえて口には出さず。これが大人のマナー……だよね?
「ちくしょう、キルリアっ! おまえ、誰に雇われてるのか分かってるのか!?
オイラが誰だか分かってるのか!? おまえの主人は、あのジュカインじゃねーだろー!!」
ぼくが無視し続けていると、マネネ坊やはキルリアさんに対してそんな事を言い始めた。
その言葉に、一瞬キルリアさんの動きが止まる……が。
「……私はバリヤードさんに雇われた身です。あなたは、バリヤードさんのたった一人のご子息です」
ぽつりと一言そう言うと、またすぐにマネネ坊やを引っ張り始めた。
しかしマネネ坊やはその言葉に納得がいかなかったのか、力強くこう反論した。
「そ、そうだろー、オイラはっ! このオイラはっ! おまえのご主人様のたった一人の息子だろォ!
なら離せよォ! オイラのゆう事を聞けよォ! おまえは家政婦だろ! パパのっ! オイラのっ!」
「……!」
「!?」
その言葉を受けたキルリアさんの表情が、明らかに変化した。
……俯いて……目つきを険しくさせて……歯を食いしばって……
これは、迷っている表情?
痛いところを突かれて、どうしようかキルリアさんは迷っているのだろうか……
……いや、違う。これはっ。この表情は……!?
その瞬間、キルリアさんは囁くような声量でこう呟いた。
「……ふざけたことをぬかしてるんじゃあねェぞ……クソガキ……」
「!!」
胸の奥に響くような、ドスの利いた声。
その胸の内にある不満やら怒りやらが全て詰まったかのような、負に彩られた声色。
「えっ……? いま何て言ったんだよ、キルリア……」
そしてマネネ坊やは、キルリアさんの発したその呟きに戸惑いを隠せないようで。
マネネ坊やはキルリアさんのこの一面を見たことないのだろうか。
……そして、次の瞬間。
「っざけたことをぬかすなっって言ってンだよ、このクソガキャアーーーーッ!!!」
「ひっ!?」
ヒステリックなその叫び声に気圧され、マネネ坊やは小さく悲鳴をあげる。
一転して怯えた表情になってしまったマネネ坊やに向かって、キルリアさんは容赦なく罵声を浴びせ始めた。
「アンタのその勝手な性格で、どれだけのモンスターが迷惑被ってると思うんだよあーん!?
バリヤードさんの息子だからって、大威張りして好き勝手しやがって、いままで抑えてたが
アンタは真のクズだッ!! 虎の威を借る狐ならぬ虎の威を借るクズだ、アンタはっ!!」
まるでダムが決壊したかのような勢いの罵声の嵐。
普段の態度とのギャップが激しすぎて、マネネ坊やはドン引きしてしまっている。
「クズッ! クズッ! アンタのせいで、どれだけ私達が苦労してっか知ってんのかよォーー!
家もこんな金ぴかにさせやがって、バリヤードさんは身分不相応の素朴さが売りだったってのに。
それに、私の真っ白もち肌にも、こんなニキビが……ひゃあ、また一つ増えてる! テメー!!」
キルリアさんは一人でキレ始めて、マネネ坊やの胸倉を掴み始めた。
その目は血走っていて、鬼気迫るようだ。殺気すらも宿ってる気がするよ。
「キルリア〜〜、お前そんなキャラじゃなかっただろ、何があったんだよォ〜〜〜」
声が震えまくりのその言葉に、キルリアさんは噛み付くような勢いでまた怒声を上げ始めた。
「何があったんだじゃぬえェーーわッ!! このトマトっ鼻ヤローめバカ野郎この野郎
アンタのせいだマヌケッ!! ちっとはそのウンコ頭働かせて考えろやボケッ!!」
「オ、オイラのせい?」
「そォーーだアンタのせいだアンタのせいッ!! 断じて断固としてアンタのせいだッ!!
アンタのそのスッ暗い捻くれオーラ+アナタが日常的に行う凶行に迷惑して
頭を悩ませている私以外のお手伝いさん四人が発生させるマイナスオーラ×4が合わさり、
占めて×5の−オーラが私に作用ッ!! マイナスオーラ5倍のネガティブパワーッ!!
私は今マイナスオーラがシンクロ率500%なのよォーーッ!! そらニキビも出来るべなーーッ!!
マイナスオーラ出すぐらいならマイナスイオン出せや、あーーーんッ!!?」
「うわああっ! な、何言ってるかぜんっぜん分かんねェーよォーッ!!」
……ぼくも全然分からない。
「とにかくっ! ジュカインさんが来てくださったおかげで、私は分かったのっ!
バリヤードさんの為を思うのなら、捻くれたアンタに容赦をしてはいけない。
世のため人のためを常に思う、モンスターの鏡であるバリヤードさんなら、
今のアンタを甘えさせたりなどは断じてしない……とね。分かったのよ」
キルリアさんは一転して、先程までの勢い任せの罵詈雑言ではなく、
己自身にも言い聞かせるかのような静かな口調でそう言い放った。
マネネ坊やは、口調だけはまだ強がった風を崩さずに、こう反論する。
「……あ、あのジュカインのマネをして、オイラに説教ってか……
つくづく汚ねーな! そんな汚いヤツの言うことなんて、誰が聞くかよ……!」
「なんだとォ?」
相変わらずの坊やの生意気な口調に、キルリアさんのこめかみに青筋が走る。
「アンタねッ! 人の言うことを聞かないアンタの方が何百倍も汚いわよ!!
たまには他人の迷惑とか顧みてみたらどう!? この世はアンタだけのもんじゃないのよっ!」
「うるせーっ!! おまえのゆうことなんか聞かない、オイラは誰のゆうことも聞かない……」
「誰の言うことも聞かないって、アンタ誰の世話になってると思ってんのよォォォ!!
私達がいなかったらアンタ騒ぐことしか出来ないくせにィッ! このちっちゃいデクのぼうめがァァッ!!」
「なにおー!」
一歩も引くことのない両者の言い合いが、延々と続いていく。
……と、永遠のように続くかと思われた罵り合いは、坊やのある一言により一旦中断される。
「おいキルリアっ、忘れてるんじゃないだろーなー! オイラは確かに子供だけどよー、
超能力の腕ならおまえなんかとは比べ物にならないんだぜ……試してみるか?」
「うっ……」
痛い所を突かれたのか、キルリアさんは狼狽したような表情と共に言葉を詰まらせる。
……なんだなんだ? マネネ坊やみたいな子供が、大人のキルリアさんに力で勝っているというのか?
「ふんっ! 説教を続けるってんなら、オイラだって容赦はしないからなっ! いらないんだよ説教なんて」
ぷいとそっぽを向いて、クヒヒと意地の悪そうな笑い声を上げる坊や。
マネネ坊やの我儘が、またまんまと押し通されてしまう。キルリアさんもそれを危惧したのか、口を開こうと――
「コウイチくんっ!! いますかっ!?」
キルリアさんが口を開こうとしたその瞬間、
叫び声と共に、お手洗いの入り口が音を立てて開かれた。
ぼくら三人の視線が、一斉に入り口前へと集中する。
そこにいたのはフライゴンだった。息を切らし、その表情は何処か危機感を孕んでいる。
フライゴンの乱入でキルリアさんとマネネ坊やの間の緊張感は途切れたものの、
そのフライゴンの表情のせいで、また違った緊張感が場を浸す。
「ハァ……ハァ……よ、よかった、ここに、ここにいたんですね、コウイチくん。
た、大変なんですよぉっ! その、さっきあの、そのテレビ見てたらですね、あの、その」
相当焦っているのか、所々で言葉を詰まらせているフライゴン。
フライゴンは一度言葉を中断させフーッと小さく深呼吸すると、大きな声でこう言い放った。
「昨日会った奴らと同じ鳥達……そう、たぶん『魔王軍』がっ!!
『魔王軍』の連中が、この都市にやってきちゃったみたいなんですっ!!」
「えっ!?」
その報告に、ぼくは驚かずにはいられなかった。あまりに不意打ちの魔王軍到来のニュース。
「そ、それはホントなの、フライゴン!?」
「はい! ニュースでいま生中継中だったんですよ、謎の巨大鳥軍団襲来!って……
中には、昨日湖で会ったオニドリルもいましたから……間違いなくあれは魔王軍ですっ!
今は、どうやらちょうどイマージネー図書館の付近を飛んでいるらしいですけど……」
「そ、そんな……」
魔王軍……きっとどこかからぼくらの存在を嗅ぎつけて、この都市へやってきたんだ。
困ったなぁ……ぼくの元へ、この屋敷へやっくるという保証は無いけれど、
とても不安だ。もし来てしまったら、キルリアさんやバネブーさん、マネネ坊やも巻き込んでしまう……
……マネネ坊や?
ぼくはあることを思い出し、咄嗟にマネネ坊やの方へと振り返った。
「……!!」
マネネ坊やの目には、ドロリと濁った光が浮かんでいる。
そしてその口元は、微かな笑みを形作っているのだ。
「マ……マネネ……坊ちゃま……!?」
キルリアさんもその異変に気がついたようで、焦ったように坊やの名を呼ぶ。
マネネ坊やはそれに返事はせず、代わりに一言こう呟いた。
「……へ、へへっ……ついに、やってきたぞ……パパの仇を取る、チャンス……っ!」
「!」「!」
マネネ坊やのその声は耳を凝らさねば聞こえないほどの声量だったが、
ぼくには確かに聞こえた。たぶん、キルリアさんの耳にも入っただろう。
そしてその発言から間もなく、マネネ坊やは……
「マ、マネネお坊ちゃまっ!!」
マネネ坊やは、突如走り出した。
ぼくもキルリアさんも坊やを引きとめようと手を伸ばすが、ギリギリ届かず逃してしまう。
「え? ふぇ?」
状況を理解できないフライゴンの横をすり抜けて、マネネ坊やは部屋の外へと出て行ってしまった。
マネネ坊や……きっと魔王軍の元へと向かうつもりなんだ。
「キ、キルリアさん、マネネ坊やを引き止めないとっ……」
「……はい。地下に非常用の『テレポーター』があるはず、そこにお坊ちゃまを近づけてはいけない!
まったく……面倒ごとばかりするんだから、あのバカお坊ちゃまはァ……!!」
怒りと焦り、若干心配な様子も混じった声を上げながら、キルリアさんも駆け出し始めた。
「ぼ、ぼくも追いかけますっ!」
続いてぼくも駆け出す。いかにいけ好かないマネネ坊やとはいえ、黙ってるわけには行かないっ。
「あ、あのうー、コウイチくん? マネネ坊やはどうしたんですか?
ボク、まったくもって状況が把握できないんですけどー……」
フライゴンの横を通り過ぎようとすると、フライゴンが早口でそう質問してくる。ああ、もう。
「あのね、マネネ坊やは魔王軍にパパの仇を取ろうとしてるんだ!
あんなちっちゃい子が一人で行ったら返り討ちにされるに決まってる!
だから、追いかけて引き止めなきゃ! じゃあ、ぼく行くねっ!」
こちらも早口でそう捲くし立ててから、すぐにキルリアさんの後を追い走り出した。
走り出してから間もなく、背後からフライゴンの声が聞こえてきて……
「そーですか、いってらっしゃ〜いコウイチく〜ん……ってボクも行くっ、行きますよーっ!」
そして後ろからばたばたと付いてきた。そそっかしいなぁ、まったく。
長いってか、タイトル付きか
お手洗いを出て左右を見渡すと、マネネ坊やの後姿を発見する。
坊やは、既に10mは先の廊下の突き当りへ達そうとしてた。
キルリアさんの背を追うようにして走り出すと、
マネネ坊やの姿が突き当たりの奥へと消えていった。
その瞬間、ぼくはキルリアさんが先程口に出していた言葉が急に気になって、
思い出したように前方のキルリアさんへとこう質問を投げかけた。
「キルリアさん、テレポーターっていうのは一体何なんですか? 大体は想像つきますけど……」
その質問の答えは少し間が空いてから返ってきた。
「テレポーターというのは転送装置のことです。パスを入力しロックを解いて行き先を入力すれば、
瞬時にその場所へと瞬間移動することが可能です……要するに超能力代行アイテムといった所でしょうか」
「なるほど……」
つまりマネネ坊やは、そのテレポーターで図書館付近へ瞬間移動するつもりなんだ……
転送装置くらいなら、ぼくらの世界でも大きい会社なんかでたまに見かけるし、そこまで珍しいものではないけど。
「じゃあマネネ坊やが図書館付近にテレポートしてしまう前に、早く捕まえないといけませんね!
……最悪の場合はぼくらも図書館付近にテレポートして、坊やを連れ戻すしかありませんね」
なるべくぼくは魔王軍の前に姿を晒したくないんだけどね……
なんてことを思いつつそう言うと、キルリアさんはこう返答した。
「……この屋敷にあるテレポーターは携帯物なんです。それにとても高価な代物ですから
一つしか置いてありません。ですからマネネ坊やが転送されてしまったからでは遅い……
なんとしてでも、転送される前に捕まえなければなりません。ここから図書館までは遠いですし……」
「えっ、そ、そうなんですか……」
キルリアさんのその言葉に、一層危機感が煽られる。
つまりマネネ坊やを早く捕まえられなければ、マネネ坊やは確実に魔王軍にひどい目に会わされる……
魔王軍がこの都市に来てしまったのも、ぼくの存在のせいである可能性が高いのだから、
マネネ坊やがひどい目に会ってしまったら、それは半分ぼくの責任ということにもなる。
絶対に捕まえなきゃ……マネネ坊やをひどい目に会わせるわけにはいかない!
考えてるうちにぼくらは、くねくね枝分かれしている廊下を抜けメインホールへと着いていた。
ぼくの記憶では、確か地下へ通じる階段はメインホールにあったはず……
記憶を頼りにメインホールを見渡せば、それらしき階段はすぐに目に入った。
壁際に所狭しと並んでいる美術品の間に、下へと通じる階段がある。
そしてマネネ坊やは、既にその階段のすぐ近くまで差し迫っていた。
……あと、もう一つ。
「あっ!! バネブーさんっ!!」
なんと、地下への階段目指して走っているマネネ坊やのすぐ近くに、
お盆を持ってぴょんぴょんと跳ねて移動しているバネブーさんがいたのだ。
とその時、バネブーさんの視線が丁度ぼくら三人に合う。
三人並んで走っている光景に面食らったのか、バネブーさんは困惑し目をまん丸にさせた。
そんなバネブーさん目掛けて、キルリアさんは大声でこう指示する。
「バネブーさんッ!! そこのマネネお坊ちゃまを早く捕まえてくださぁいっ!!」
しかしその言葉にバネブーさんはますます困惑してしまったようで、おろおろとうろたえている。
「早くお坊ちゃまを捕まえないと、取り返しのつかないことになるんだよォーーっ!!
だから早くマネネを捕まえろこのb捕まえてくださいバネブーさーーんッ!!」
バネブーさんの態度に一層焦りを深めたキルリアさんは、より大声でそう叫んだ。
その焦りのにじみ出た叫び声に押されたのか、バネブーさんは「分かったブー!」と返事をした後
マネネ坊やへ向かってぴょんぴょんと走り(?)だし、捕まえようと手を伸ばした。
その手が、マネネ坊やの背中を掠める。
「あっ、いいぞっ! もう少し!」
焦り、一刻も早く地下行きの階段へと逃げ込もうと速度を早めるマネネ坊や。
しかしバネブーさんもそれに劣らないスピードで……
いや、若干それに勝るスピードで、マネネ坊やとのほんの少しの距離をどんどん縮めていく。
マネネ坊やが地下行きの階段へ後二、三歩のところまで差し迫った時、
バネブーさんとマネネ坊やの距離は、ついに手を伸ばせば確実に届くほどまでに縮んでいた。
「いいぞバネブーさん、そこだーっ! 手を伸ばせーっ!」
ぼくらが三人同時にそう叫ぶと、バネブーさんは「ブーッ!」という掛け声(?)と共に手を伸ばした。
その短い手が、ついにマネネ坊やの腕をつか……
「ぶぴ゙ゃッ!!」
……バネブーさんの潰れたような声が、ホール中に響き渡る。
「うわちゃー……」
バネブーさんはあと一息の所で、バランスを崩してすっこけてしまった。
その隙に、マネネ坊やは地下行きの階段をさっさと降りていってしまう。
「……役に立たねぇ、あのブタ……」
前方でキルリアさんがボソリとそう呟いたのが聞こえた……ような気がする。気のせいだよね?
「……とにかくマネネ坊やは地下へ行ってしまった! 早くしないとキルリアさんっ」
「……ですね。死んだバネブーさんのためにも、何としてでも捕まえないと……!」
「いや、まだ死んでなですよ!? どう見ても」
「ごめんなさい、バネブー(故)さん。あなたの犠牲は無駄にしません!」
「だからまだ死んでませんって!」
バネブーさんの元を横切ろうとすると、慌ててバネブーさんが助けを求めてくる。
「あっ、みなさんちょっと待ってェーーッ!!私のこと起こしてブー!!
バネがっ、バネが痛くて立てないんだブーっ……って無視かよォーオイッ!」
……けど、キルリアさんはそれを全く無視して、さっさと地下行きの階段を下っていってしまった。
「バ、バネブーさんっ! 今は一刻を争ってる時なので、また後でねっ! ごめんなさーいっ!」
なんだかバネブーさんがいたたまれないけど助けてる暇はないので、
一応そうフォローしてから、ぼくらもキルリアさんに従い地下行きの階段を降りていく。
「ちょーっと待ぁーーってブーっ! ひどいーっ、何が何だか分からないんですけどーっ!! ブヒーッ!」
背後からバネブーさんのそんな悲痛な声が聞こえてくる……けど、ぼくは耳を塞いで階段を降りることに集中した。
―――――――――――――
「ったく……どこにもいねェなぁ……」
勝手に逃げていったマネネを探して、オレは屋敷の地下にまで来てしまっていた。
地下といっても陰気くさいイメージはなく、照明も通っていて絨毯も敷かれている。
ただ部屋は一つだけでそこは倉庫となっており、広い部屋に様々な道具が所狭しと置かれている。
……その倉庫に今オレはいるわけで、どこかにマネネが隠れていないか探索している途中なのだ。
「こんな所に……いるわけないか」
タンスの中やタルの中、ツボの中と隅々まで探してみるが、
見つかるものは小さなメダルくらいのもので、肝心のマネネは一向に見つからない。
「ったく……広いんだよなぁ、この屋敷。とっとと見つけないとコウイチ達にまで迷惑かかっちまう……」
もう大体は探し終えた。考えてみればこんな道具だらけの場所にマネネが隠れてるとは思えない。
きっと、どこか別の場所にいるんだろう。オレは倉庫を出ようと、ドアノブに手をかける。
……ってか、さっきから何だか外が騒がしいなァ。
ドタバタと……まるで上のメインホールで運動会か何かでもやってるかのような。
数人の足音だ……階段を下っている……絨毯を踏みしめ……
あれ? その足音が、徐々にこちらへ近づいてきているような。この部屋へ……!!
バタァン!!
「!!」
突如目の前の扉が勢いよく開かれ、その奥からあのマネネが飛び出してきたのだ。
マネネは一度オレを見たと思うとすぐに目を逸らし、横切っていく。
「ちょ……マネネ、お前っ!!」
状況はよく分からないが、とにかくオレはマネネを引きとめようとそう叫ぶ。
マネネはもう一度オレに視線を合わすと、吐き捨てるようにこう言い放った。
「今はお前なんかに構っているヒマは――ないっ」
「な、なにぃっ……!?」
マネネはすぐにぷいと身を翻すと、壁にかけられてある球体を手にとり何かいじり始めた。
「お、おい……どうしたんだ……?」
……生意気な口を叩かれたという怒りよりも動揺が勝り、オレのその声は少々遠慮がちになってしまう。
次の瞬間、複数の声がオレの耳に入ってきた。
「あっ、ジュカインッ!! マネネ坊やを止めてっ!!」
「ジュカインさんッ!! マネネお坊ちゃまからその球体を取り上げてくださいッ!!」
「!?」
聞き馴染みのある声が、ほぼ同時に聞こえた。
そしてその声は、両方とも相当な焦りの色に染まっている。
扉の方へ振り返ると、その表情にも焦りを色濃く込めたコウイチ、キルリアさん、フライゴンの姿があった。
「ど、どうしたんだ、おまえら……? こんなところに三人揃って……」
「いいから早くっ! マネネからその球体をっ!」
「……!」
一体あの球体がどういうもので、マネネは何をしようとしているのかは分からないが、
とにかく相当に急を要する事態であることは、本能的に把握する。
オレはコウイチ達へ向けて無言で一度頷いた後、再び振り返り目の前のマネネの球体目掛けて手を伸ばす。
マネネは、まだ球体の表面にあるキーを必死に押しまくっている。
その手ごと掬い取ってしまうような勢いで、オレは手を振り下ろした。
「!!」
振り下ろしたオレの手は、何を掴むでもなく虚しく空を切っただけだった。
そのまま振り下ろせば確実に球体を取り上げれていたはずのオレの手が、何にも接触しなかったのだ。
道理的には有り得ない……有り得ないが、マネネの姿はオレの目の前から『完全に消えていた』。
影一つ残っていない。……本当に、消えてしまった。
今まで見ていたマネネが幻覚だったのではないかと疑ってしまうほどだ。
……同時に、辺りの空気が明らかに変化する。
コウイチやキルリアさんは既に沈黙してしまっていて、その表情は暗く重い。
特にキルリアさんの表情は、深刻なまでに絶望的な色に染まっていた。
…………
「……コウイチ。キルリアさん。一体何がどうなったか……詳しく聞かせてくれないか」
二人のその表情に、オレはそう聞かずにはいられなかった。
「――なるほど」
二人の説明で、ようやく状況は完全に把握できた。
要するに、マネネは父親の仇を取るために魔王軍の元へと行ったのだ。
……オレは、魔王軍の力を身をもって知っている。
あのマネネがいくら天才マジシャンの血を引いているとはいえ、無謀。
僅かな抵抗も許されずに倒され、父親のように行方不明になってしまうことだろう。
「どうしましょう……イマージネー図書館へは、車で飛ばしても確実に15分以上はかかる。
マネネお坊ちゃまは、何だかんだでバリヤードさんのご子息であることには変わりない……
死なせるわけには行かない……のに……もう絶対ムリ……ムリだァ……!」
キルリアさんは泣きそうな表情で、歯を食いしばったまま俯いてしまう。
コウイチとフライゴンも、それに釣られてぐっと俯く。
……ここから図書館まで『車で15分以上』……か。
……それならっ
「……車で15分以上。オレならおそらく10分以内に辿り着けるな」
「!!」
三人は顔を上げ、俺を見つめ始める。
「道なりに行かずに……例えばビルの屋上同士を伝っていったりすれば5分程度で着くかもな。
オレは戦いにも自信がある。魔王軍にも負けない。マネネが助かる見込みは、まだ――十分にあるっ」
「じゃ……じゃあ……!」
希望を取り戻したかのような表情と声でそう言うキルリアさんに対し、オレはこう宣言した。
「このオレに任せてくれ。オレがマネネを助けるっ!!」
「ジュ……ジュカインさん……!」
マネネを死なせるわけにはいかない。断じて死なせるわけにはいかない。
アイツはこんな所で死んではいけない。更正した姿をオレに見せるまで、アイツは死んではいけないんだ。
そのためには、何としてでもヤツを助けなければ……!
「あ、ありがとうございます……ジュカインさん……!
ちょっと……いいですか。道に迷ってしまわないように……」
キルリアさんは涙ぐんだような声を上げながら、そっとオレに近寄る。
そして屋敷の入り口前でやったように、その額をオレの額へと密着させた。
……この屋敷から図書館への道筋が、オレの頭の中へと流れるように入り込んでくる……
しばらく経ってキルリアさんが額を離してからも、頭の中に流れ込んだものはそのままだった。
ここからどう行けば図書館に辿り着くか、最短ルートはどこか、手に取るように分かる……
「……ありがとうございます、キルリアさん」
「礼には及びません。マネネお坊ちゃまを頼みます……!」
「……はいっ!」
オレは駆け出し、三人の横を過ぎ去ろうとする。するとフライゴンが。
「ボ、ボクも行くよっ! 飛んでいけば、走るよりもすぐ着くかもしれないしさっ」
ふとそう提案してきたが、オレはすかさずそれに反対する。
「ダメだ、フライゴンはここに残っていろ。万が一この屋敷に魔王軍が来てしまった場合、
お前がコウイチを守るんだ。……それに、お前が飛んでくよりオレが走った方が早いしなっ。カハハッ」
「むっ! ……うん、分かったよ」
フライゴンはちょっとむくれたような表情を見せたが、すぐに納得してくれた。
「……ジュカインっ」
「ん?」
次に声をかけてきたのはコウイチだった。
コウイチの表情はオレを急かすかのように焦りの色に染まっているが、
それでもどうしても伝えたいことがあるようで、早口でオレへこう告げた。
「あのマネネ坊やは……その、自分以外のほとんどのものをナメている。
周りの大人、きみのことも……そして魔王軍のことだってナメているに違いない。
あの子をカッコよく助けて目を覚ましてあげて。……ぼくも、あの子の更正した姿が見たいんだ」
「……分かってるよ。そのために、わざわざワガママ言ってオレはここにいるわけだからな。
コウイチたちを今まで待たせちまった分、ちゃんと期待に答えるよ。じゃあ!」
もはや誰とも話をしている暇はない。一刻も早く行かなければ。
「気をつけてね、ジュカイン……」
そのコウイチの言葉を背に、オレは脚に力を込めて思い切り駆け出した。
―――――――――――
「ピジョット様ー。下が騒がしいですねー」
地上にいる米粒のような群衆を遥か空中から見下ろしながら、オニドリルはそう呟いた。
群集は何やら色々と騒ぎ立てながらこちらを見上げ、中にはカメラを向けている物もいる。
その事態にピジョットは些かの動揺もせず、むしろ愉快といった風に笑い声を上げる。
「フフフ、放っておけ。奴らは騒ぐのが仕事。好きなだけ騒がせておけばいい」
「はあ……」
「それに、騒ぎを聞きつけて人間が街の外へ出ようと動き出せばそれも好都合。
そのために都市の周辺にも何匹か部下を飛ばせているのだ……心配することはない」
「そうですか……んぁ?」
周辺をきょろきょろと見回しながら飛んでいたオニドリルは、風景に一つの違和感を見つける。
オニドリルの視線はちょうど真横。
ビルの壁面に張られている大きな看板が、ガタガタと揺れて音を立てているのだ。
(風……風に揺れているのかな……? うーん、でもあの揺れ方は……)
風に煽られて揺れているというよりは、まるで誰かの手で外されようとしているかのような人為的な揺れ方……
……その瞬間。
「ぎょ、ぎょえっ!?」
オニドリルは、思わず驚きの悲鳴を上げていた。
視線の先の看板がひとりでに外れ、まるで意志があるかのようにこちらへ突っ込んできたのだ。
「ぶへ!!」
飛んできた看板はオニドリルの長いクチバシにおもいっきり突き刺さり、そのまま顔面にモロに直撃してしまう。
その珍妙な出来事にピジョット達も気付き、一斉にオニドリルへと視線を送る。
「ど、どうしたんだオニドリル。何があったんだ、なぜ看板が……?」
「し、しひまひぇんよォ〜……クッ、クチバヒひゃひらひぇはいっ!! ふほふほほっ!!」
看板がクチバシの根元にまで突き刺さっているせいで、オニドリルは上手く喋れないようだ。
「一体何が……? 不思議だな」
困惑するピジョット達。……そしてその時。
『看板をぶつけたのはッ!! オイラだッ!!』
どこからか、微かにそのような声がピジョット達の耳に入った。
明らかに自分たちに投げかけられているであろうその言葉は、地上からのもの。
ピジョット達は一斉に地上を見下ろすと、その言葉の元を探る。
その時、地上からまたその声は聞こえてきた。
『オイラのパパはお前らに連れ去られたッ!! お前らはパパの仇だッ!!』
その言葉と同時に、遠目ながらも地上の空気が変わったのをピジョット達は感じ取る。
「……ピ、ピジョット様。私達が魔王軍だということが何故知られて……どうしてでしょう?」
うろたえたような部下のその言葉と同時に、ようやくピジョットはその声の主を発見する。
「……見ろ。この声の主、オニドリルに攻撃を仕掛けたのは……あの子供だ」
部下の問いに応えるよりも先にピジョットは顎でその声の主を指し示した。
ピジョットが指し示した先には、その小さい背丈を補うように自動車の屋根に立つ一人の子供がいる。
「あの……車の上に立ってる、赤い鼻の子供が……?」
「そうだ……見ていろ」
その赤い鼻の子供が口を開いた瞬間、またこちらへ声が聞こえてきた。
『オイラはマネネッ!! お前ら魔王軍がさらったマジシャン・バリヤードのたった一人の息子だッ!!
オラーッ、魔王軍ッ!! さっさと降りてこいよォッ!! オイラはここにいるぞォーーッ!!』
その声は確かに視線の先のあの子供の口から発せられたということを、全員は認識した。
「ほらな……父の仇だそうだ。ワタシはそんなものは全く知らんが……
どうあれマナーの悪い子供にはおしおきが必要かもしれんね? オニドリル」
「……ぷはぁっ! ですね、この看板を私にぶつけた代償をちゃーんと払ってもらわにゃー……!」
なんとかクチバシから看板を引き抜いたオニドリルは、
未だなにか啖呵を吐き続けているマネネのことを、怒りの篭った目で見下ろす。
「……フフッ。ユリルくん兄弟といい……まったく愉快な都市だね、ここは」
視力の良いピジョットの目には、赤い鼻の子供の怒りに満ちた表情がハッキリと見える。
その表情に、ピジョットは心中の愉悦をより高めていた。
つづく
ごめんなさい、今回は文字数制限がキツくて、
文字削ってる内にずいぶん時間がかかってしまいました……
とりあえずこれで投下終了です。
次回は 『誰か助けて!』
乙乙!
オニドリルの萌えキャラっぷりにワロタ
キルリアをこういうキャラにしたのが凄いwwシンクロ率500%ってことで筋も通ってるし
やっぱキャラがみんなちゃんと立ってるのがいいね
ただ一レスに文字詰め過ぎなんでもっと小分けにした方がいいと思う
盛り上がって来たな。
そうか…これまだ1週間も経ってないんだ!
なんというボリューム
三話はあんま本筋に関係なさそうな話だし、四話から読む
保守
気長に待つぜ…
保守
306 :
名無しさん、君に決めた!:2008/04/28(月) 19:41:30 ID:zTyL+nGV
首を長くして待ってるのは俺だけじゃないよな?
作者死んだんじゃね?
まあでも今は誰でも忙しい季節だし当然っちゃ当然か
普通に考えて、3〜4個程度の短い感想のためだけにあんな長々と小説を書き続けられる奴はいない
だったら止めましたなりなんなり言って欲しい
初代さんのスレと同じ終わり方とかやめてくれ
フライゴンきゅんとコウイチきゅんとマネネきゅんに悶々してた私はどうなるのです48氏よ
忙しい時期なんだろうて、静かに待て
静かに待っててスレが過疎っぽくなるよりは、なんか適当に話でもして盛り上がってた方が作者も嬉しいんじゃなかろうか?
やる気なくなってたとしてもやる気を持ち直してくれるかもしらん
まあ作者が死んでなかったらの話だが…W
キルリアのニキビは何色なのか
白か赤…といいたいとこだが、あえて緑で。
キルリアのニキビを潰してあげたらどんな反応するかな。
保守です
この小説のオニドリル大好きだ。
あとどのくらい活躍してくれるんだろうか
土下座穴掘りの回の勢いは凄かったな
土下座穴掘りナツカシスw
俺もあんな文章書けるようになりたいなぁ・・・
文章自体は悪文だが
保守
今回の章では仲間と再会しないのかな?
キルリアはサーナイトが記憶を失って退化した…と予想
仲間とは再会しなくとも竜騎士は出るはず
326 :
名無しさん、君に決めた!:2008/05/31(土) 14:16:29 ID:+cATXctN
あげ
ジュカインの例から考えると
大分前のこの世界に飛ばされて伝説になりました、とか
そういうのもありなのだろうか
変な場所から飛ばされたミキヒサくんとかはずっと過去とかずっと未来に飛んでそうだな
コウイチくんとフライゴンだけ同じ場所に飛んだのは、手を握りあってたからだよな?手を取り合ってってセリフもあったし
読めば伏線とかぼろぼろ出てくるし、このまま
>>1が消えてハイおしまいというのはもったいないな
保守
次回予想でもしようぜ
マネネがどんな風に虐められるかとか
ピジョットvsジュカイン
苦戦するジュカイン、そこへ突如現る……
田尻智
サトシ「おまえ強そうだな!よし、ポケモン勝負しようぜ!」
コウイチ「え?いや、僕無意味なポケモン勝負とかなるべく控えたいんですけど……」
サトシ「なんだよ、つれねーな……お、いいポケモン持ってるじゃねーか。ちょっと触らせて」
コウイチ「わ、ちょっと、あの……(なにこの人、馴れ馴れしい!汚い手でフライゴンに触るな!)」
キモスレ晒しage
腐スレ上げ
キモすぎるwww
小説ストーリーテラーにある糞小説の方がまだマシ
ケータイ小説()笑大好きなゆとりに人気そうですね^^
糞だな
343 :
名無しさん、君に決めた!:2008/07/07(月) 18:19:02 ID:5yqG8LyP
読んでからもの言え
_____
/ \ キリッ
. / /\ /\
/ \
| ○ |
\ | /
ノ | \
/´ ヽ
| l \
ヽ -一''''''"~~``'ー--、 -一'''''''ー-、.
ヽ ____(⌒)(⌒)⌒) ) (⌒_(⌒)⌒)⌒))
_____
/ \
ミ ミ ミ / /\ /\\ ミ ミ ミ <おぎゃwwwぱしへろんだすwww
/⌒)⌒)⌒. \ /⌒)⌒)⌒)
| / / / ○ | (⌒)/ / / //
| :::::::::::(⌒) | / ゝ :::::::::::/
| ノ | \ / ) /
ヽ / ヽ / /
| | l||l 从人 l||l l||l 从人 l||l バンバン
ヽ -一''''''"~~``'ー--、 -一'''''''ー-、
ヽ ____(⌒)(⌒)⌒) ) (⌒_(⌒)⌒)⌒))
ハ,,ハ
((⊂ ヽ ( ゚ω゚ ) / ⊃))
| L | '⌒V /
ヽ,_,/ ヽ_./ お断りします
__,,/,, i
( _ |
\\_  ̄`'\ \
ヽ ) > )
(_/´ / /
( ヽ
ヽ_)
ゆとり荒らしには何言っても無駄だろうな
全角sagewww
住人の程度がわかるね^^
一、二話目はともかく、三話目は所々が小中学生じゃついてけない感じになってたのが痛い。
ピンポイントに言えばゲルゲラ兄弟の辺り。
あ、痛いってのはアイタタタな意味じゃなくて作品にとって痛いって意味ね
てか全体的に痛い
オナニー臭きつくて
>小中学生じゃついてけない感じ
高尚な文学()笑
ワロスwww
ゴミスレ上げ
誰がなんと言おうと俺は作者の復活を待ち続けるぜ
355 :
名無しさん、君に決めた!:2008/07/29(火) 21:21:25 ID:gOVIh0ZS
ほしゅあー
保守
うわ、きもちわる