1 :
名前はいらない:
2 :
名前はいらない:2007/05/13(日) 03:28:14 ID:XnVWC/7+
素敵なスレの予感。
しかしリンク先、dat落ちばかりではないか。
3 :
名前はいらない:2007/05/13(日) 03:57:31 ID:sShTAbq4
4 :
曾村益廊 ◆/5SxO/M3XU :2007/05/13(日) 11:47:34 ID:WADD+0Cq
この板ほど、プロポーズの言葉に意味がない板もないだろう。
なぜなら、詩人の言葉はいつ何時もプロポーズだからである。
5 :
呼ばれた気がした:2007/05/14(月) 00:25:55 ID:6pdHrDYJ
プロポーズとは求愛行動の事である
詩人の言葉がプロポーズであるとすれば
詩人は皆 愛に飢えた獣なのだろう
自分に対する愛を失う事は 退屈と呼ばれている
退屈に支配された獣は 平然と命を無駄にできる
人生の退屈を紛らわす為に 愛の対象を求めているのかもしれない
6 :
曾村益廊 ◆/5SxO/M3XU :2007/05/14(月) 02:10:58 ID:tIoH8q0R
プロポーズとは、求愛行動のことだけではなく、自身が対峙する世界そのものに対しての、真摯なるコミュニケートである。
詩とは、まず、たしからしさの世界を捨て、そこに在る現実そのものを、そのままに書き出すことである。
7 :
ゼッケン ◆ZkkenDgUE6 :2007/05/14(月) 04:17:32 ID:68FDjohg
あなたが欲しいのはわたしですか
それともわたしの愛ですか
あなたはわたしにあなたの愛をくれるというのですか
わたしの愛はあなたの愛とつりあいますか
あなたは愛を交換できると思っている
わたしの愛はたとえそれがあなたのことを想っているのだとしても
わたしの愛はけしてわたしから切り離すことはできませんよ
あなたがわたしではなくわたしの愛を求めているのなら
わたしがたとえあなたを愛しているのだとしても
わたしはあなたにそれだけを与えることができるというような嘘はもうつきたくない
あなたがわたしではなくわたしの愛を愛しているだけなら
ばかにしないでくださいよ
体温は通じ合っても心が通じ合うなどとはいまさら信じていませんし、期待もしない
それはわたしの愛とは関係のないことですから
わたしがあなたを愛することはあなたとはなんの関係もないことですから
わたしがあなたの手を握ったとき、あなたがわたしの手を握り返すのは
わたしがあなたを愛していることとはなんの関係もないことですよ
8 :
名前はいらない:2007/05/14(月) 12:56:48 ID:ihunEcjA
9 :
しん ◆SHIN46tkbs :2007/05/14(月) 18:24:10 ID:4ARHcxRz
プロポーズとはファイティングポーズの事です
ゴングが鳴ります
ランウド序盤からの激しい打ち合いです
そこにウソがあるのならそれは恋愛です
僕はあなたをかじります
それでも打ち合いをやめなければ虎の交尾で成功を意味します
しかしあなたは私を張る
結局何が言いたいのかって言うと
プロポーズはファイティングポーズだってことです
僕と戦ってください
10 :
名前はいらない:2007/05/14(月) 18:27:39 ID:pGM1UhnE
↑お前しね
アフォの大島がまたまた吉野に営業をかけてしまいました
嫌がらせか…
11 :
名前はいらない:2007/05/14(月) 18:30:09 ID:pGM1UhnE
おおしまくん お金全部頂戴
利子無くして頂戴
それが済んだら死んで頂戴
12 :
名前はいらない:2007/05/14(月) 19:45:46 ID:pGM1UhnE
担保は勿論君の命だよ
「哲学者のラブレター」
人は何処から来て 何処へ行くのか?
愛は その疑問に対する答え
人は愛から生まれ 愛の在る場所を求めて彷徨う
学びは愛を見出す為に 営みは愛を育む為に
争いは愛を守る為に 平和は愛を思う為に
全ての幸せと不幸が 愛によって生み出される
愛を失う事が 命の終わり
例え肉体が滅びても 存在は失われない
そこに愛があるなら その場所に存在できる
永久を望む意思は 愛への飢え
生きようと抗う事さえ 愛への葛藤
私の生きる場所は 愛が存在する場所だ
貴方の中にこそ 私は生きるのだ
※ 追記:愛を語る詩人を信用してはいけない
彼らが語る愛は大抵 欺瞞か自己陶酔でしかない
そして、プロポースと言えば愛の告白としか考えられない私は
ボキャブラリーの乏しい凡人に過ぎないのである
15 :
宮坂純 ◆Q.YLOO/tn6 :2007/05/14(月) 21:37:51 ID:Ur7V3hBp
「失敗例」
男「俺は詩を探していた。そして見つけた。君だ!」
女「じゃーさ、あんたもう詩ぃ書かないわけえ?
つまんなーい、ばいばい」
男「や、そういうイミじゃなくて、
女「だって見つかったんならもう書く必要ないじゃん。
てか、“そういうイミじゃなくて”とかイヤ〜詩的じゃなーい間抜けーえ」
男「そのよな意味じゃなかりけり。ありをりはべりいまそかり」
女「……ばいばーい」
男「あ……」
16 :
にょん:2007/05/14(月) 22:00:57 ID:NOCtYq9X
伝えたい言葉 言葉の中に濁したら
きっと君には届かない
だから言うよ 僕は君が好きなんだ
17 :
名前はいらない:2007/05/15(火) 03:52:27 ID:3bn6xzx/
彼に黄色のスケスケベビードールを着せ
化粧をほどこし髪を後ろになでつけ
甘い匂いの香水(ピンクシュガー)をふりかけた
彼の脳内シナリオに沿って
監督+女優+メイク+スタイリストの私は
彼の広い背中に服を着たままはりつき
シャカシャカとブラウスの摩擦する音を聞きながら
彼の背中から手をのばして
ペニスの先端を右の掌でなで回しながら
「左手の時計をはずしなさい」と言った
彼は頷き時計をはずしてくれた
私の脳内シナリオなら
このタイミングで指輪を私の薬指にさしこみ
パンパカパーンのプロポーズなんだけど
彼は続きに期待して鼻息荒げるばかり
なかなかうまくいかない監督業です
18 :
名前はいらない:2007/05/17(木) 02:44:11 ID:HlKZSn2h
>>5 愛に飢えてはいるだろうが、獣って何だ
生物学上の動物ってことか、男は皆野獣ってことか
はたまた、語呂が良かったのか
自己愛と他者に対する愛がなかったとき、人は自殺すると聞いたことがある
人は自分を認識できないとき、寂しくて死ぬのだろうなんて思ってしまう
>>7 >わたしがあなたを愛することはあなたとはなんの関係もないこと
これを2回も繰り返すあたりが良い。
愛情を「注ぐ」とは言われるが、私は切り離せるなんて思わない。
愛があるとき、人と人との間には細い細い糸があるのだと、
その糸の本数を日々の思い出や愛情によって増やし、繋げるのだと考える。
恋人同士が発展して核家族、それよりもじいちゃんばあちゃん、etcがいる家族の
絆は、その分だけより太くなり切り離し難くなるだろうと考える。
19 :
北 ◆FUCKcjokcg :2007/05/17(木) 03:59:45 ID:yywurZjK
定職もない
貯金もない
車もない
とうぜん持ち家もない
だけど
ウェディングドレスだけ買いました
彼女もいないのに
20 :
北 ◆FUCKcjokcg :2007/05/17(木) 04:32:14 ID:yywurZjK
「運命」
スーパーに行って、おみかんを買ってきて
家で食べていると、中から婚約指輪が出てきました。
彼氏もいないわたしは、どうしたら良いの迷ってしまいました。
とりあえずそれは和歌山産のみかんだったので、和歌山まで行きました。
でもみかん農家なんて沢山ありすぎて、何の手がかりもつかめませんでした。
仕方がないので、海辺でひとり黄昏ていると、ざざーん と波の音が聞こえてきました。
-空白- このあいだに あなたの記憶を辿ってみてください
どこまで行けましたか?
私は家に帰って、またおみかんを食べています。
21 :
北 ◆FUCKcjokcg :2007/05/17(木) 04:44:43 ID:yywurZjK
「愛」
猫がうんこをしています
「いやん、そんな目でみないで!」
と、お互いに思ったような気がします
22 :
北 ◆FUCKcjokcg :2007/05/17(木) 05:11:02 ID:yywurZjK
「101回目のプロポーズ」
死後を体験できるツアーに参加してきました
「貴方は死にました!」とコンダクターに宣告された後
それぞれ別々のカプセルに入れられ、横になって1時間
真っ暗闇の中で自分の想像した死後の世界が
頭上のモニターにはっきりと映像化されるというものでした
終わったあと、ほとんどの人たちが肩をおとしている中で
武田鉄也だけがみょうに元気でした
「僕は死にません!!」
23 :
名前はいらない:2007/05/17(木) 07:40:02 ID:RG70Hj9b
「きれい棚」
おもく濡れて
藤の花は
むらさきいろの
夢をみる
雨の日は。
24 :
名前はいらない:2007/05/17(木) 08:05:16 ID:qsF4YfuF
君は本当に生産的でないことに固執するね…
25 :
名前はいらない:2007/05/17(木) 09:46:44 ID:qsF4YfuF
駆逐艦隊員に共通する性質。
26 :
名前はいらない:2007/05/17(木) 09:53:53 ID:qsF4YfuF
は何でしょう
27 :
名前はいらない:2007/05/17(木) 09:55:05 ID:qsF4YfuF
は何でしょう
28 :
名前はいらない:2007/08/22(水) 17:38:26 ID:ALXH5r20
トイレで紙がなくなっても
僕が持っていってあげる
てst
31 :
名前はいらない:2009/04/09(木) 21:54:56 ID:nOYvwvcb
,. ― 、
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_rニL _ / ヽ WWj
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| | ', |_| ヽノ人ヽン ハ ー ―' l |__
H l \\/|、_,|ヽ く__l ! |__| )
| |ー┴―'|ヽヽ-、 | |丁| | l | | ̄ ̄ ̄ ̄ \
V | / ̄ lノ`| | |―┴ーリ \
> | l lノ、__ _|__,|_U| |_\_________\_
> | | |ヽく_|_-_|_〉rュ | | !rュ ``丶、――――‐\
> /|, !l. | | | | l | | | __|__|__ ̄__|__l
> |_| l l |―| | |ー┴―| | |‐、、――イ' | | ! |
> | | | | |―| | |ー――| | | い―‐┴―┴‐┴―‐┴― 、
ヽ|_|_|_|_|-'|-'|____| | | ノ ノ___________ノ
{____l |_}__ノ | | |__|_|ニイ ヽニニノ
 ̄  ̄ ̄ └‐┴┘
ぼくがまもる
t
33 :
名前なし:2010/01/18(月) 08:25:04 ID:QO3+LrPA
城壁のテラス、それより高く別のテラスがあり、下の方にある他の城壁が見下ろせる。
アンドロマケ、カサンドラ
34 :
名前なし:2010/01/18(月) 08:26:40 ID:QO3+LrPA
アンドロマケ トロイア戦争は起こらないわ、カサンドラ!
カサンドラ じゃ、賭けをしましょうか、アンドロマケ。
アンドロマケ もっともだわ、あのギリシアの使者の言うことは。使者を迎え入れて、ヘレネにのしをつけて返すべきだわ。
カサンドラ きっと失礼な迎え方をするわ。ヘレネを返したりするものですか。トロイア戦争は起こるのよ。
アンドロマケ そうよ、ヘクトルがいなければね! でも、あの人は帰ってくる、カサンドラ、帰ってくるのよ!
あなただってラッパの音が聞こえるでしょう……今、凱旋して市へ入ってくるところよ。
あの人が黙っているものですか。三ヶ月前に出征する時、誓ったの、これが最後の戦争だって。
カサンドラ 最後だったのよ。でも次が待っているわ。
アンドロマケ あなた、いやにならない、そんなに恐ろしいことばかり見たり予言したりして?
カサンドラ 私は何も見てやしない、アンドロマケ。予言なんかしてるんじゃないの。
ただ、人間も自然もどんなに馬鹿なものか、考えているだけよ。
アンドロマケ なぜ戦争が起こるのかしら? パリスはもうヘレネに夢中になっているわけでもないし、ヘレネもパリスに未練はないというのに!
カサンドラ あの人たちのせいだと思っているの?
アンドロマケ じゃ、誰のせい?
カサンドラ パリスはもうヘレネに夢中になっているわけでもないし、ヘレネもパリスに未練はない! 運命が否定文に興味を持つなんて、あなた見たことある?
アンドロマケ 知らないわ、運命がどんなものなのか。
カサンドラ 教えてあげましょう。運命って、ただ時間の速くなったものなのよ。それなんだわ、恐ろしいのは。
アンドロマケ 抽象的なことは、私には分からない。
カサンドラ いいわ。じゃ、たとえ話をしてあげましょう。虎のことを考えてごらんなさい。
分かるでしょう、これなら? 少女たちでも分かるたとえ話よ。眠っている虎。
アンドロマケ 眠らせておけばいいじゃないの。
カサンドラ それに越したことはないわ。でも虎の眠りを覚ますのは肯定文よ。しばらく前から、トロイアの町中いっぱいよ。
35 :
名前なし:2010/01/18(月) 08:27:42 ID:QO3+LrPA
アンドロマケ 何でいっぱいなの?
カサンドラ 肯定文で。世界も、世界の将来も、広く言えば人間の、狭く言えばトロイアの男女の双肩にかかっているっていう……
アンドロマケ 分からないわ。
カサンドラ ヘクトルは今トロイアに帰ってくるところでしょう?
アンドロマケ ええ、ヘクトルは今妻の下へ帰って来る。
カサンドラ そのヘクトルの奥さんにはもうすぐ子供が出来るんでしょう?
アンドロマケ ええ、私、もうすぐ子供が出来る。
カサンドラ それ、みんな肯定文じゃない?
アンドロマケ 脅かさないでしょ、カサンドラ。
若い侍女 (洗濯物を持って通りかかる)いいお天気でございますね、奥様!
カサンドラ あら! そう? そう思う?
若い侍女 (退場しながら)今、トロイアは春の盛りでございますわ。
カサンドラ 下女まで肯定文を使っている!
アンドロマケ ええ、その通りよ、カサンドラ! こんな日に、あなたはどうして戦争の話なんか出来るの? 幸福が世界中に降り注いでいるのに!
カサンドラ 雪のようにね。
アンドロマケ 美が降り注いでいるのよ。あのお日様をごらんなさい。トロイアの郊外に、海の底のように真珠色に輝いているわ。
漁師の家からも、木立からも、貝殻の囁きが聞こえてくる。人間が謙虚になって……不老不死になって……
カサンドラ そうね、門の前まで車にのせられて押されてきた中風病みも、自分は不老不死だと思っているわ。
36 :
名前なし:2010/01/18(月) 08:28:42 ID:QO3+LrPA
アンドロマケ 善良になって……平和に暮らす方法を見つけられるとすれば、それは今日よ!
ごらんなさい、あの前衛の騎兵が馬の上から身を屈めて、城壁の銃眼にいる猫を撫でている……
今日からは人間と動物が仲良く暮らすようになるかもしれないわ。
カサンドラ あなた、お喋りがすぎるわよ。運命が動き出すわ、アンドロマケ。
アンドロマケ 夫のない娘たちの中で動いているんだわ。私はあなたの言うことなんて信じない。
カサンドラ いけないわ、それは。ああ! ヘクトルは栄光に包まれて、愛しい妻のもとに帰って来る! 目を開く……
ああ! 椅子に腰掛けている中風病みが、自分は不老不死だと思っている! のびをする……
ああ! 今日、世界に平和が確立されるかもしれない! 舌なめずりをする……
そして、アンドロマケに男の子が生まれる! 騎兵が今身を屈めて銃眼にいる猫を撫でている! そして歩き出す……
アンドロマケ やめてよ!
カサンドラ 音も立てずに宮殿の階段を上ってくる。鼻面で扉を押し開ける……そら、来た……そら、来た……
ヘクトルの声 アンドロマケ!
アンドロマケ 嘘! ヘクトルじゃないの!
カサンドラ 誰がそうじゃないと言ったの?
37 :
名前なし:2010/01/18(月) 08:35:06 ID:QO3+LrPA
アンドロマケ、カサンドラ、ヘクトル
38 :
名前なし:2010/01/18(月) 10:21:43 ID:pLxOOaYh
アンドロマケ ヘクトル!
ヘクトル アンドロマケ! (二人は抱擁し合う)ただいま、カサンドラ! パリスを呼んで来てくれ。出来るだけ早く。
(カサンドラ、ぐずぐずしている)何か私に言うことがあるのかい?
アンドロマケ 聞かないで! 何かとても恐ろしいことよ!
ヘクトル 言ってごらん!
カサンドラ 兄さんの奥さんに子供が出来るのよ。
39 :
名前なし:2010/01/18(月) 10:22:31 ID:pLxOOaYh
アンドロマケ、ヘクトル
ヘクトルはアンドロマケを腕に抱きしめ、石のベンチまで連れて来て、自分もそのそばに腰を下ろす。短い沈黙。
40 :
名前なし:2010/01/18(月) 10:23:21 ID:pLxOOaYh
ヘクトル 男の子かい? 女の子かい?
アンドロマケ そんなことを言って、どちらが欲しかったの?
ヘクトル 男の子を千人……女の子を千人……
アンドロマケ なぜ? あなた、千人も女を抱いているつもりだったの? がっかりなさるわ……男の子たった一人だけ。
ヘクトル 多分そうだろうと思ったよ……戦争の後には、女より男が沢山生まれるものさ。
アンドロマケ じゃ、戦争の後は?
ヘクトル 戦争の話はやめよう。今度の戦争の話も……やっと終わったんだ。戦争はお前のお父さんと兄さんを取り上げた。しかし夫だけは返してくれた。
アンドロマケ ご親切なこと。今に取り返しに来るわ。
ヘクトル 心配することはないよ。二度とそんな機会は与えないから。
これからすぐ広場へ行って、厳かに戦争の門を閉めるんだ。今度は決して開くことはないだろう。
アンドロマケ 閉めてごらんなさい、きっとまた開くわ。
ヘクトル いつ開くか、知っていそうな口ぶりだな!
アンドロマケ 小麦が黄金色の穂を垂れる日、ぶどうが枝もたわわに実る日、どこでも夫婦が幸福に暮らしている日に。
ヘクトル そして、多分、平和がその絶頂にある日にだろう?
アンドロマケ ええ。それから、私の子供が逞しく立派に育った日に。
(ヘクトル、彼女に接吻する)
41 :
名前なし:2010/01/18(月) 10:24:55 ID:pLxOOaYh
ヘクトル お前の子供は意気地なしかもしれない。それなら心配はないじゃないか。
アンドロマケ 意気地なしにはならないわ。でも私、右手の人差し指を切ってやるの。
ヘクトル 母親がみんな子供の右の人差し指を切ったら、世界中の兵隊は人差し指なしで戦争をするようになるさ……
右足を切ったら、兵隊は一本足ばかりになる……目を潰したら、兵隊は盲ばかりになる。
それでも兵隊はなくなりはしない。白兵戦になると、手探りで相手の腿の付け根や鎧の隙間や、咽喉を探り合う……
アンドロマケ いっそ、殺してしまうわ。
ヘクトル 母親らしい戦争の解決法だな。
アンドロマケ 笑わないで。生まれないうちに殺すことだってできるわ。
ヘクトル 一目見たいとは思わないのかい? 一目だけでも? 後で考えるさ……お前の子供だよ。
アンドロマケ あなたの子供にしか私は興味がないの。あなたの子供だから、あなただからこそ、私は恐いのよ。
どんなにあなたに似ているか、あなたには想像もつかないわ。まだ生まれもしないうちから、あなたそっくりなの。
優しくて、物静かで。あなたが戦争がお好きなら、この子も好きになるわ……戦争、お好き?
ヘクトル なぜそんなことを聞くんだい?
アンドロマケ 白状なさい、好きな時もあるって。
ヘクトル 希望や、幸福や、愛している人たちから自分を引き離すものを、好きになれるとしたら……
アンドロマケ 本音が出たわね……好きなのね。
ヘクトル 戦いの最中に、神々の使者として戦っている気になって、いい気になっていられるとしたら……
アンドロマケ まあ? あなた、戦争をしている最中に、神様になったような気がするの?
42 :
名前なし:2010/01/18(月) 10:26:34 ID:pLxOOaYh
ヘクトル 大抵、人間以下になったような気がするよ……だけど、時々、朝起きると、身が軽くなって、引き締まって、別人になったような気がすることがある。
体も、武器も、いつもと重さが違うし、別のもので出来ている。不死身になったんだ。
優しい気持ちが体に染み込んで、全身を浸してしまう。戦争をしているときの優しい気持ちというのは、無慈悲だから優しくなるんだ。
神々の優しさもこんなものなんだろう。敵に向かって、ゆっくり、ほとんど放心したように、しかし優しい気持ちで進んでいく。
黄金虫を踏み潰さないように避けて通る。蚊がとまると、叩き潰さないで追い払う。人間がこれほど生命を尊重したことは一度もない……
アンドロマケ それから、敵がやって来るの?
ヘクトル それから敵がやってくる、泡を吹きながら、物凄い形相で。見ていると可哀想になる。
泡を吹き、白目をむいても、戦争がなければ、人間味のある平凡な役人で、平凡な夫であり、
婿であり、平凡な従兄弟であり、酒やオリーブの好きな平凡な男であるそいつが、
何も出来ないくせに一生懸命になっているのがこちらに分かるんだ。するとその男に愛情が湧いてくる。
頬のいぼや目の中のほしまで好きになる。その男が好きになるんだ……
ところが相手はあくまで戦いを挑んでくる……それで殺してしまう。
アンドロマケ それから、神様のように、その哀れな死体を見下ろす。でも神様じゃないんだから、生き返らせることは出来ないわ。
ヘクトル 見下ろしたりするものか。他の奴が待っている。他の奴が、泡を吹きながら、憎らしげにこちらを憎んでいる。
家族や、オリーブや、平和をいっぱい背負い込んでいる他の奴が。
アンドロマケ それで、その連中も殺してしまうの?
ヘクトル 殺すんだ。戦争だからね。
アンドロマケ みんな殺してしまうの?
ヘクトル 今度はみんな殺してしまった。わざとそうしたんだ。あいつらは本当に戦争の好きな民族だからね。
アジアに戦争が広がって、後を絶たないのは、あいつらのせいだからな。一人だけ取り逃がした。
43 :
名前なし:2010/01/18(月) 12:36:13 ID:pLxOOaYh
アンドロマケ 千年もたつと、人間はみんなその人の子孫になってしまうわ。それに、そんなことをしたって無駄よ。
私の子供は戦争が好きになるわ、あなたが好きなんですもの。
ヘクトル どちらかといえば、嫌いな方だと思うな……今はもう好きじゃなくなったんだから。
アンドロマケ 今まで好きだったものが、どうしてもう好きでなくなったりするの? 話してちょうだい。聞きたいわ。
ヘクトル たとえば、友達が嘘吐きだってことに気付いた時なんか、そうじゃないか。
そうなると、そいつの言うことは何もかも嘘に聞こえる。たとえ本当のことを言っていても……
こんなことを言うのは変かもしれないが、戦争は私に約束してくれたんだ、
みんなが善良になり、寛大になり、下劣なものを軽蔑するようになると。
私は、自分の情熱も、生き甲斐も、お前も、戦争のおかげで手に入れることが出来たんだと思っていた……
今度の戦争まで、私が愛さなかった敵は一人もいなかった……
アンドロマケ さっき仰ったわね、愛しているものしか、うまく殺せないって。
ヘクトル お前には分からないだろう、戦争は崇高なものだと、こちらが信じ込むほど、戦争の音階はうまく調律されていたんだ。
夜、馬を駈ける蹄の音、重装歩兵連隊がテントのそばを通る時、一緒に聞こえてくる盾の音や衣擦れの音、
散会して待ち伏せしている中隊の上を飛んで行く鷹の鳴き声、
そういうものがこれまでは実に正確に、素晴らしく正確に音程が合っていた。
アンドロマケ それが今度は音程が外れていたの?
44 :
名前なし:2010/01/18(月) 12:44:26 ID:pLxOOaYh
ヘクトル どうしたわけだろう? 年齢のせいだろうか? ある朝、私と同じ年頃の敵を組み伏せて、
とどめを刺そうとした時感じたのは、家具屋がテーブルの足を削っている時急に感じるような、ただの仕事の疲れだろうか?
以前は、私が殺す相手は、自分と正反対の人間だったような気がしたものだ。
今度は鏡の上に膝をついているようだった。そいつを殺すことは自殺のようなものだった。
こんな時、家具屋だったら鉋や漆を投げ出すのか、それとも仕事を続けるのか、どうするか知らないけれど……
私は仕事を続けた。しかし、この瞬間から、正確な音程を持ったものは何一つなくなってしまった。
私の盾に当たった投槍が、急に調子外れな音を立てる。戦死者の倒れる音も、何時間か後で宮殿が崩れ落ちた音も、やっぱりそうだった。
それに、こちらに分かったということが、戦争の方にも分かったのだ。
それでも戦争は平気なものだった……戦死者の叫び声も調子外れだった……こんな風だったんだ。
アンドロマケ 他の人にはみんな正確な音程に聞こえたんでしょう。
ヘクトル 誰でも同じなんだ。私がつれて帰って来た兵隊はみんな戦争を憎んでいる。
アンドロマケ 耳の悪い兵隊ね。
ヘクトル いや、そうじゃない。お前には想像もつかないだろうが、一時間前にトロイアが見え出すと、誰の耳にも調子外れに聞こえなくなった。
それを聞くと、どの部隊も苦しくなって立ち止まってしまった。思い切って門から入れなかったほどだ。
私たちは三々五々城壁の周りに散らばっていた……無防備の祖国を平和に取り囲むのは、
本当の軍隊にとってやり甲斐のある唯一の任務だよ。
アンドロマケ それが真っ赤な嘘だということがどうして分からなかったの? 戦争はトロイアの中にいるのよ、ヘクトル!
城門であなた方を迎えたのは戦争なの。私がこんなに絶望してあなたに縋りつくのも戦争のせいよ、愛情からじゃないわ。
ヘクトル 何を言うんだ?
45 :
名前なし:2010/01/18(月) 12:45:39 ID:pLxOOaYh
アンドロマケ じゃ、パリスがヘレネをさらって来たことを知らないの?
ヘクトル 今聞いたところだ……それで?
アンドロマケ ギリシア人がヘレネを返せと要求していることは? ギリシアの使者が今日到着することは? もし返さなかったら、戦争になるってことは?
ヘクトル 返さないなんてことがあるものか! 私が自分で返してやるよ。
アンドロマケ パリスが承知するものですか。
ヘクトル パリスはすぐ私の言うことを聞くよ。カサンドラが連れて来てくれるだろう。
アンドロマケ あの人はあなたの言うことなんか聞くものですか。パリスの栄光とか言うものが、
そんなことをさせないわ。それに、パリスに言わせると、愛しているんですって。
ヘクトル いずれ分かるさ。大急ぎでプリアモスの所へ行って、今すぐお話したいと言ってきておくれ。
心配することはないよ。戦争をしてきたトロイア人や、戦争の出来るトロイア人は、みんな戦争なんかしたくないんだから。
アンドロマケ 他の連中だっているじゃありませんか。
カサンドラ パリスが来たわ。
(アンドロマケ退場)
46 :
名前なし:2010/01/18(月) 12:46:26 ID:pLxOOaYh
カサンドラ、ヘクトル、パリス
47 :
名前なし:2010/01/18(月) 12:48:49 ID:pLxOOaYh
ヘクトル おめでとう、パリス。我々の留守の間を無駄には過ごさなかったというわけだな。
パリス ありがとう。まあね。
ヘクトル それで? ヘレネの一件は?
パリス ヘレネはとても可愛い女だよ。そうだろう、カサンドラ?
カサンドラ かなり可愛いわね。
パリス どうして「可愛い」なんて言うんだい、今日は? 昨日はとても美しいと言っていたじゃないか。
カサンドラ とても美しいけれど、可愛いって点では、まあまあと言ったところよ。
パリス 小さな可愛らしいかもしかみたいじゃないか?
カサンドラ いいえ。
パリス かもしかみたいだって言ったのは姉さんだぜ!
カサンドラ 私の間違いだったの。あれから本物のかもしかを見たのよ。
ヘクトル かもしか、かもしかってうるさいな! そんなに人間離れしているというのかい?
パリス そりゃもう。ここらの女とはタイプが違うよ。
カサンドラ ここらの女のタイプってどんなの?
パリス 姉さんみたいなのさ。全然気取ったところがないんだ。
カサンドラ あなたのギリシア女は恋をする時でも気取っているの?
48 :
名前なし:2010/01/18(月) 16:07:45 ID:pLxOOaYh
パリス トロイアの女が喋っているのを聞いてみろ! 僕が何を言っているか、分かるだろう。
僕はアジアの女には、もううんざりだ。あいつらに抱き付かれたらとりもちみたいだし、
接吻されると押し潰されそう、ものを言う時は、こちらを飲み込まんばかり。
着物を脱ぐにつれて、どの着物よりごてごて飾り立てた裸体という着物が出てくる。
自分の姿を僕たちの上に写さんばかりのお化粧ぶり、そしてまた実際に写してしまうんだからな。
要するに、あいつらは恐ろしく近い所にいる……ところが、ヘレネは遠い所にいるんだ、僕の腕に抱かれていても。
ヘクトル そいつは面白い! しかし、遠い所にいる女、そんな女をパリスに愛させるために、戦争をする値打ちがあると思うか?
カサンドラ 遠い所にいる女ですって……パリスの好きなのは、遠い所にいるような感じの女だけど、体はすぐそばになくちゃね。
パリス そばにいて、遠くにいるような感じのするヘレネのためなら、どんな犠牲でも払う価値があるね。
ヘクトル どんな風にしてさらって来たんだ? 合意の上でか、それとも無理矢理?
パリス 何を言うんだ、ヘクトル! 兄さんだって僕に負けないくらい、女を知っているだろう。
無理矢理でなければ承知するものか。ところがそうなると女は夢中になるものでね。
ヘクトル 馬に乗せてさらって来たのか? 窓の下に馬糞を一山残してきたのか、さらって来た証拠に?
パリス 訊問かい、それは?
ヘクトル 訊問だ。はっきり返事をしたらどうだ。向こうの家やギリシアの土地を侮辱しなかっただろうな?
パリス ギリシアの水を少々。ヘレネは海水浴をしていたんでね……
カサンドラ 泡から生まれたんですって! 冷たさも泡から生まれるのよ、ヴィーナス(アフロディーテ)と同じように。
49 :
名前なし:2010/01/18(月) 16:08:51 ID:pLxOOaYh
ヘクトル いつものくせで、お前は宮殿の柱につまらない落書きなんかしてきたんじゃないだろうな?
お前が一声怒鳴ったことを、今時分、山彦が、ご亭主のメネラオスに繰り返し聞かせているんじゃないだろうな?
パリス いいや。メネラオスは裸で砂浜にいたよ、足の指を挟んだ蟹を取るのに夢中だった。
着物を風にさらわれたような顔をして、僕の船が遠ざかるのを見ていたよ。
ヘクトル 物凄く怒っていただろう?
パリス 蟹に挟まれた王様が嬉しそうな顔をしていたためしはないよ。
ヘクトル 他に誰も見ていなかったのか?
パリス 僕の船の水夫だけだ。
ヘクトル よし!
パリス 何が「よし」なんだ? どうするつもりだ?
ヘクトル 取り返しのつかないようなことは何一つしていないから、「よし」と言ったんだ。
要するに、ヘレネは裸だった。だから、着物一枚、持ち物一つ汚されたわけじゃない。
汚されたのは体だけだ。そんなものは問題にならない。ギリシア人のことだから、
王妃が海へ行って、何ヶ月か水に沈んでいた後で、涼しい顔で静々と上がってきたら、
あいつらはそれを自分たちの都合のいいように、神の仕業にしてしまうよ。
カサンドラ 顔だけは保証するわ。
パリス 僕がヘレネをメネラオスに返すとでも思っているのかい!
ヘクトル お前にそれまでしてもらおうとは思わない……メネラオスにも……その仕事はギリシアの使者が引き受けてくれる……
田植えでもするように、海の指定の場所へ植えてくれるだろう。今夜、使者に引き渡してもらいたい。
パリス ヘレネと一晩すごせると言うのに、それを諦める奴がいると思うなんて、
自分がどんな酷い間違いを犯しているか、兄さんにはよく分からないんだ。
カサンドラ まだ半日ヘレネと過ごせるじゃないの。その方がギリシア的だわ。
ヘクトル もういい。分かっている。女と別れるのは、何もこれが初めてじゃああるまいし。
50 :
名前なし:2010/01/18(月) 16:10:03 ID:pLxOOaYh
パリス そりゃそうだ、ヘクトル、これまで、僕はいつも喜んで別れてきた、たとえ最愛の女とだってね。
女と別れる楽しさを味わうことを知っているという点では、僕は誰にも負けないつもりだ。
最後の抱擁をすませてから町へ出て、初めて一人だけで散歩する時だの、
女が鼻が真っ赤になるくらい泣いて出て行った後で、針仕事をしている女がいかにも呑気そうに、
みずみずしい顔をしているのを始めて見た時だの、そういう時の楽しさのためなら、僕は喜んで他のものを犠牲にするね……
「一人の女いまさねば、全て戻り来ぬ」……女はみんな僕のために新しく生まれてくる、みんな僕のものだ、
しかも、自由で、沽券にかかわることもなし、良心の呵責も感じない……
そうだよ、兄さんの言う通りだ。恋愛には本当に夢中になれる時がある。それは別れる時だ……
だから、僕はヘレネとは絶対に別れない、あれと一緒にいると、他の女全部と別れたような気がする。
僕は千倍も自由になり、千倍も高い気持ちになれるんだ。
ヘクトル あの女がお前を愛していないからさ。お前の言うことはみんなその証拠じゃないか。
パリス 何とでも言うがいいさ。しかし、僕はどんな情熱よりも、僕を愛していないヘレネのあの態度が好きなんだ。
ヘクトル それはお気の毒だな。とにかく返してもらおう。
パリス 兄さんは国王じゃないんだよ。
ヘクトル 俺はお前の兄貴だ。未来の国王だぞ。
パリス じゃ、将来指図するがいい。今のところは、僕は親父に服従する。
ヘクトル それで結構だ。プリアモスの判断に任せていいんだな?
パリス いいとも。
ヘクトル 誓うな? 誓ったぞ?
カサンドラ 気をつけなきゃ駄目よ、ヘクトル! プリアモスはヘレネに夢中なのよ。ヘレネを渡すくらいなら、自分の娘を渡しかねないわ。
ヘクトル 何だって?
パリス 未来のことはともかく、姉さんが現在のことを言い出したらそれは本当だぜ。
51 :
名前なし:2010/01/18(月) 16:11:25 ID:pLxOOaYh
カサンドラ 兄弟も、叔父さんたちも、大叔父さんたちも、みんなよ!
トロイアの老人たちは、みんなヘレネの取り巻きなのよ。見てごらんなさい。あの人の散歩の時間だわ……
城壁の銃眼に白髪頭が鈴なりになっている……コウノトリが城壁の上で鳴いているみたい。
ヘクトル 面白い眺めだな。髭は真っ白で顔は真っ赤だ。
カサンドラ ええ、血がのぼっているのよ。凱旋部隊が入って来るスカマンドロス門に行っていなければならないのに、
あの連中はヘレネが出かけるスカイアイ門に集まっている。
ヘクトル みんな急に下を向いた、ネズミが通るのを見つけたコウノトリみたいに。
カサンドラ ヘレネが来たわ……
パリス そうかい?
カサンドラ 二つ目のテラスにいるわ。サンダルを直している。立ったまま、足を高く組んで。
ヘクトル 信じられない! トロイア中の老人が上から見下ろしている。
カサンドラ いいえ。要領のいい連中は下で見ているわ。
外の叫び声 美の女神万歳!
ヘクトル 何と言っているんだ?
パリス 「美の女神万歳」って言ってるんだ。
カサンドラ 賛成だわ。爺さん方、さっさと死んでしまえばいいのに。
外の叫び声 ヴィーナス様万歳!
ヘクトル 今度は?
カサンドラ 「ヴィーナス様万歳」だって……怒鳴っているつもりだけど、歯がないものだから、ただ力一杯もぐもぐやっているだけよ。
ヘクトル ヴィーナスと何の関係があるんだ?
カサンドラ ヘレネをくれたのはヴィーナスだと思っているのよ……パリスが一目見て林檎をヴィーナスに捧げたお礼に。
ヘクトル お前もとんだことをしてくれたもんだな。
パリス 兄貴面するなよ!
52 :
名前なし:2010/01/19(火) 08:54:23 ID:UkA+Q/tV
カサンドラ、ヘクトル、パリス、二人の老人
53 :
名前なし:2010/01/19(火) 08:55:21 ID:UkA+Q/tV
第一の老人 下の方がよく見える……
第二の老人 よく見たじゃないか!
第一の老人 だが、ここの方がわしらの声がよく聞こえるからな。そら! 一、二、三!
二人同時に ヘレネ万歳!
第二の老人 わしらの年齢になると、見たり、万歳を言ったりするたびに、あの物凄い階段を登ったり降りたりするのは一仕事だな。
第一の老人 一日おきにやったらどうだろう? 最初の日は万歳を言って、次の日はよく見ることにしたら?
第二の老人 馬鹿を言え。ヘレネをろくに見もしないで一日を過ごすなんて! 今日見た時のことを考えてみろ! 一、二、三!
二人一緒に ヘレネ万歳!
第一の老人 さあ、今度は下へ行こう!
(彼らは走って退場)
カサンドラ ごらんの通りよ、ヘクトル。あの老いぼれの肺がよくもつと思うわ。
ヘクトル 親父はまさかあんなじゃないだろうな。
パリス おい、ヘクトル、親父の前で話をする前に、ちょっとヘレネに会ってみないか。
ヘクトル 俺はヘレネになんか興味はない……ああ! 父さん! ただいま!
(ヘカベ、アンドロマケ、詩人デモコス、幾何学者を従えてプリアモスが登場する。ヘカベはポリュクセネの手を引いている)
54 :
名前なし:2010/01/19(火) 08:56:48 ID:UkA+Q/tV
ヘカベ、アンドロマケ、カサンドラ、プリアモス、ヘクトル、パリス、デモコス、幾何学者、ポリュクセネ
55 :
名前なし:2010/01/19(火) 08:57:47 ID:UkA+Q/tV
プリアモス 何を言っていたんだ?
ヘクトル 父さん、大急ぎで戦争の門を閉めて、閂をさして、錠をかけなければと言っていたんです。
二枚の扉の間から蚊一匹通れないようにしなくては。
プリアモス そんなに長い台詞ではなかったようだが。
デモコス ヘレネなんかに興味はないと言っておられました。
プリアモス 下を見てみろ……
(ヘクトルは言われた通りにする)
見えるかね?
ヘカベ ええ、見えますとも。あの女が目に入らない人が、一度も見なかった人があるものですか。町中練り歩くんですからね。
デモコス 美の練り歩きですな。
プリアモス 見えるかね?
ヘクトル ええ……それで?
デモコス プリアモスは、何が見えるか、聞いていらっしゃるのです!
ヘクトル 若い女がサンダルを直しているのが見えます。
カサンドラ あの人、サンダルを直すのに時間がかかるわね。
パリス 裸のままさらって来たので、クローゼットを持って来なかったんだ。あれは姉さんのサンダルだよ。少し大きすぎるんだ。
カサンドラ 小さな女には、何だって大きすぎるものよ。
ヘクトル 可愛らしいお尻が見える。
ヘカベ 誰が見ても見えるものは同じですよ。
プリアモス 可哀想な奴だ!
ヘクトル 何ですって?
デモコス プリアモスは「可哀想な奴だ」と仰っているんです!
プリアモス そうだ、わしはトロイアの若い者がそんなだとは知らなかった。
56 :
名前なし:2010/01/19(火) 08:59:15 ID:UkA+Q/tV
ヘクトル どうだと仰るんですか?
プリアモス 美を解さないというのだ。
デモコス 従って愛を解さない。リアリズムというやつさ! 我々詩人はそういうのをリアリズムと呼んでいるのです。
ヘクトル トロイアのご老人方は、美や愛を解していらっしゃるというわけですか?
ヘカベ 当たり前ですよ。愛や美を解さなければならないのは、愛している人たちや美しい人たちではないのだから。
ヘクトル 父さん、美というものはどこでも見られますよ。ヘレネのことを当てこすっているわけではありませんが、美は町中どこででも見られますからね。
プリアモス ヘクトル、ひねくれたことを言うものではない。お前だって女を見て、その女がただの女であるだけでなく、
ある観念や感情がその女の身内を流れ、その女の形を借りて姿を現しているように感じたことは何度もあるだろう。
デモコス そこでルビーが血の象徴になるのです。
ヘクトル 血を見たものにとってはそうじゃない。俺は血を浴びてきたんだ。
デモコス 象徴と言っているのですよ! いくら軍人だからって、あなたも象徴という言葉くらい聞いたことがあるでしょう!
遠くから見ただけでも、知恵や調和や優雅を象徴しているように見える女に会ったことがあるでしょう?
ヘクトル 見たことはある。
デモコス そういう時はどうしました?
ヘクトル 近寄ってみたらお終いだった……あの女は何を象徴しているのだ?
デモコス もう一度言いますが、美を象徴しているのです。
ヘカベ では、早くギリシア人に返しておしまい、あの女がいつまでも美の象徴でいてほしいなら。あの女は金髪だよ。
デモコス この女どもとは話も出来ない!
ヘカベ では、女の話などしなければいい! あなた方は礼儀も弁えず、愛国心もないのね。
どこの国の人間だって、鼻が低かろうと、唇が分厚かろうと、美の象徴は自分の国の女を祭り上げるものですよ。
あなた方だけよ、よその国の女を祭り上げるのは。
ヘクトル 父さん、私も私の戦友も、疲れ切って帰って来ました。この大陸に永遠の平和を確立したのです。
私たちは今後幸福に暮らしていける、妻が何の心配もなく私たちを愛し、子供を産むことができる、と思っていました。
57 :
名前なし:2010/01/19(火) 18:13:17 ID:Y2Qez6eG
デモコス 立派な心掛けだが、戦争で子供が生まれなくなったためしはありませんよ。
ヘクトル ヘレネ一人のために町がこんなに変わってしまったのはなぜですか?
ギリシア人と戦争をしてでも手に入れる値打ちのあるものをあの女が持って来てくれたというのですか?
幾何学者 その答えなら誰だって出来ますよ! 私が言いましょうか?
ヘカベ そら、幾何学者のお喋りが始まった!
幾何学者 そうですよ、私は幾何学者ですよ! 幾何学者は女のことに口を出す必要はない、などと思わないでもらいたいですな!
女の器量を測るのだって幾何学者ですよ。あなた方の腿の皮が厚すぎたり、首にこぶがあったり、
そんなことで我々幾何学者がどれだけ頭を悩ましているか、言わないでおきますがね……
とにかく、これまで幾何学者たちはトロイア付近の風景には不満を持っていました。
平野から丘への線はしまりがないし、丘から山への線は針金のようでした。
ところが、ヘレネがここへ来て以来、景色は意味を持って来たし、引き締まってきたのであります。
真の幾何学者が痛感しておりますことは、空間や体積を測る尺度は、もうヘレネ以外にはないということであります。
宇宙を細切れにするために人間が発明した道具は、全てお払い箱です。もうメートルもグラムもマイルもありません。
ヘレネの歩幅、ヘレネの肘の長さ、ヘレネの目に見える距離、ヘレネの声の聞こえる距離しかないのです。
ヘレネが歩く時の空気の流れが風の単位です。ヘレネは我々の気圧計、風速計であります!
我々幾何学者が申し上げたいのは、以上のことであります。
ヘカベ 泣いてるわ、馬鹿ね!
58 :
名前なし:2010/01/19(火) 18:14:47 ID:Y2Qez6eG
プリアモス ヘクトル、あの群集を見るがいい、そうすれば、ヘレネが何であるか、お前にも分かるだろう。
あの女は一種の贖罪なんだ。町の城門に白髪頭を並べて待っている老人たちの中には、
盗みを働いた者や、女を売った者や、一生を棒に振った者もいるが、あいつらも心の奥底では、人知れず美を求めていた。
ヘレネはそういうことを証明しているのだ。今ヘレネが身近にいるように、
美しいものが身近にあったら、友達のものを盗んだり、娘を売り飛ばしたり、
遺産を飲み潰したりはしなかったに違いない。ヘレネは彼らの赦免であり、報いであり、未来なのだ。
ヘクトル 老人たちの未来など、どうだっていいじゃありませんか。
デモコス ヘクトル、私は詩人だから、詩人として考えます。私の言葉が時々美に触れなかったら、
どうなると思います! 至福という言葉がなかったとしたら!
ヘクトル そんなもの、なしですますだろうね。俺はもうなしですましている。至福なんて言葉は、無理矢理言わされない限り口にしない。
デモコス そう、あなたは快楽という言葉もなしですますのでしょうな?
ヘクトル 快楽という言葉のために戦争をしなければならないというなら、なしですますね。
デモコス あなたが勇気という一番美しい言葉を見つけたのは、戦争のおかげですよ。
ヘクトル 高くついたよ。
ヘカベ 卑怯という言葉だって、戦争の時に見つかったに違いないわ。
プリアモス ヘクトル、どうしてわしらの言うことを分かろうとしないのだ?
ヘクトル あなた方の仰ることは、よく分かりますよ。言葉をすりかえて、美のために戦うんだと言いながら、
実は一人の女のために我々を戦争へ駆り立てようとしているんです。
プリアモス では、お前はどんな女のためにでも、戦争はしない、と言うのか?
ヘクトル 絶対にいたしません!
ヘカベ 全く、この子の言う通りですよ。
カサンドラ 女が一人しかいなかったら、戦争をするかもしれないわ。あいにく掃いて捨てるほどいるんですもの。
59 :
名前なし:2010/01/19(火) 18:16:42 ID:Y2Qez6eG
デモコス アンドロマケを取り返すためでも戦争はしない、と言うんですか?
ヘクトル アンドロマケと俺は、どんな牢獄でも抜け出して一緒になる秘密の手筈を打ち合わせてあるのだ。
デモコス 一緒になれる希望が全くない場合には?
アンドロマケ そんな場合でもです。
ヘカベ 見事にあの人たちの化けの皮をはがしてくれたね、ヘクトル。女一人のために戦争をするなんて、不能者の愛し方ですよ。
デモコス 女性を過大評価することになりますか?
ヘカベ そうですよ! 決まっているじゃありませんか!
デモコス 賛成いたしかねますな。私のおふくろも女性ですから、どんなつまらない女性でも私は尊敬するつもりですよ。
ヘカベ 分かっていますよ。そういう女性をもう何度も尊敬なさったんだから……
(騒ぎを聞いて集まっていた侍女たちがどっと笑う)
プリアモス ヘカベ! お前たち! 女が寄ってたかって反対するとはどういうことだ?
お前たちのうちの一人のために、祖国の運命を賭けるべきか否かを相談しているのに、腹を立てているのか?
アンドロマケ 女が腹を立てるのはただ一つ、それは不正です。
デモコス 実に嘆かわしいことです、女の方が女の何たるかを心得ていないとは。
若い侍女 (再び通りかかって)おやおや!
ヘカベ そんなこと、女はよく心得ていますよ。女というものがどんなものか、私が教えてあげましょうか。
デモコス 女に喋らせてはなりませんよ、プリアモス。何を言い出すか、知れたものじゃありません。
プリアモス お前たちのうちの誰か一人のことを考えるだけで、わしには女の何たるかが分かるのだ。
デモコス 第一に、女は我々のエネルギーの源である。それはあなたのよくご存知でしょう、ヘクトル。
背嚢に女の写真を入れていない兵隊はものの役に立ちません。
カサンドラ 自惚れの源でしょう。
ヘカベ 悪の源ですよ。
60 :
名前なし:2010/01/19(火) 18:18:20 ID:Y2Qez6eG
アンドロマケ 女は、憐れな、気紛れと恐怖の塊です。重いものが大嫌いで、ありふれた、たやすいものが大好きなの。
ヘクトル よく言ってくれた、アンドロマケ!
ヘカベ そんなこと、何でもありませんよ、五十年も女でいるくせに、私はまだ自分というものが分かったためしがないのだから。
デモコス 第二に、女が欲すると否とにかかわらず、女は勇気に対する唯一の褒美である……
下っ端の兵隊にでも聞いてごらんなさい。男を一人殺せば、女を一人手に入れる権利ができるのです。
アンドロマケ 女は卑怯者や放蕩者が好きなのよ。ヘクトルが卑怯で放蕩者でも、私はやはりヘクトルを愛しますわ。おそらくこれまで以上に。
プリアモス いい加減にしておきなさい、アンドロマケ。自分の証明したいことの反対を証明することになるかもしれんぞ。
ポリュクセネ 女は食いしん坊よ。嘘吐きよ。
デモコス 貞節や純潔が人間生活の中でどんな役割を演じているか、そういうことは言わないのですか、え?
侍女 おやおや!
デモコス 何をやっているんだ、お前は?
侍女 「おやおや」と言ったんです。自分の思ったことを言っただけですわ。
ポリュクセネ 女は自分のおもちゃを壊すものよ。熱いお湯の中へおもちゃの頭をつけたりして。
ヘカベ 私たち女は、年をとるにつれて、男がどんなものか、はっきり分かってくるんですよ。
偽善者で、法螺吹きで、すけべだってことがね。男は年をとるにつれて、女が素晴らしく立派に見えてくる。
こっそり抱いた女中まで、あなた方の思い出の中では、素晴らしい美人になってしまうのね。
プリアモス 浮気をしたことがあるのか、お前は?
ヘカベ あなたとだけよ、だけど百回も。
デモコス アンドロマケは浮気をしましたか?
ヘカベ アンドロマケはそっとしておいておやり。あの子は女の話とは何も関係がないのだから。
アンドロマケ ヘクトルが夫でなかったら、私は、あの人と浮気するわ。
もしヘクトルがびっこでがに股の漁師だったら、漁師小屋まで追いかけて行くわ。
牡蠣の殻や海草の中に横になって、あの人の不義の子を産むわ。
ポリュクセネ 女は夜、目を瞑って眠ったふりをするものよ。
61 :
名前なし:2010/01/19(火) 18:21:19 ID:Y2Qez6eG
ヘカベ (ポリュクセネに)お前までそんなことを言うのか! 恐ろしい子だ! もう一度言ってごらん、承知しないから!
侍女 男ほど始末の悪いものはないけれど、この男ときたら!
デモコス 女が浮気をする、こいつはどうも仕方がない! 女が自分の品位と価値を蔑ろにする、これもまた仕方がない。
女がいつまでも理想的な姿を保ち、しゃんとして、心に皺を寄せないようにすることが出来ないんだから、我々がそれをかわりにするんだ……
侍女 まあ! 靴の木型じゃあるまいし!
パリス 一つだけ女が言い忘れていることがある、女はやきもちを焼かないということさ。
プリアモス お前たち女が我々に反対している、そのことだけで、我々の正しいことが証明されるわけだ。
今、お前たちが平和のために戦っているのは、非常に広い心を持っているからだ。
しかし、平和はお前たちの夫を無気力な、怠け者の弱虫にしてしまう、ところが戦争は彼らを男にするのだ!
デモコス 英雄にするんだ。
ヘカベ そんな言葉くらい知っていますよ。戦争中は男を英雄と言うのです。
そう言われたからって、別に勇敢になるとは限らないし、尻に帆を上げて、
逃げ出さないとも限らない。逃げたところで英雄には違いありませんからね。
62 :
名前なし:2010/01/19(火) 20:47:23 ID:Y2Qez6eG
アンドロマケ お父様、お願いです。私たち女に対してそれほど愛情を持っていらっしゃるなら、
世界中の女が私の口を借りて申し上げることを聞いてください。私たちの夫を今のままにしておいてください。
男が敏捷さや勇気をなくさないように、神様は、生きているものや、生きていないものや、沢山のトレーナーを作ってくださったのです。
嵐だけだって! 獣だけだって十分ではありませんか! 狼や、象や、豹がいる限り、人間を相手にするよりずっとましですわ。
私たちの周りを飛び回っている大きな鳥や、私たち女の目にはヒースと見分けもつかないような毛をしたウサギの方が、
鎧に身を固めた敵の心臓より、私たちの夫の目を鋭くするのに、ずっと役に立ちますわ。
鹿や鷲が殺されるのを見る度に、私はありがたいと思いました。ヘクトルのために死んでくれたことを知っていますから。
ヘクトルのために他の人間が死んでほしいなどと思いませんわ。
プリアモス わしだってそんなことは望んでおらん。しかし、お前たちがみんなこんなに美しく、
こんなに元気で、こうしていられるのは、なぜなのか知っているかね?
お前たちの夫や、父や、先祖の人たちが軍人だったからだよ。
彼らが武芸を怠っていたら---生命なんて普段はつまらない、馬鹿げたものだが、
その生命を人間が軽蔑するとたちまち有意義な輝かしいものになるということを知らなかったら、
お前たちの方が卑怯になって、戦争をしようと言い出すに違いない。
この世で不死になる方法はただ一つ、それは自分が死ななければならないということを忘れることだ。
63 :
名前なし:2010/01/19(火) 20:49:06 ID:Y2Qez6eG
アンドロマケ ええ、その通りですわ、お父様! 戦争で死ぬのは勇敢な人たちです。
戦争で死なないようにするには、よほど運がいいか、よほどうまく立ち回るかしなければなりませんわ。
少なくとも一度は、危険を前にして、頭を下げるか、膝をつくかしたはずです。
凱旋門をくぐって行進する兵隊たちは、死を前にして逃げ出した人たちです。
名誉も力も失った国が、どうして名誉や力を誇ることが出来ましょう?
プリアモス 少しでも卑怯なことをしようとすれば、国民はその途端に若さを失ってしまうのだ。
アンドロマケ どちらが卑怯なのでしょう? 他人に卑怯だと思われても平和を守るのと、自分に対して卑怯になって戦争を起こすのと?
デモコス 卑怯とは、祖国のために死にたい、他の人のために死にたくない、と思わないことだ。
ヘカベ この辺りで詩でも出てくるのかと思いましたよ。詩なんて掃いて捨てるほどありますからね。
アンドロマケ 誰だって祖国のために死んでいるんですわ。よく働いて、正しく賢明に生涯を送った人も、やはり祖国のために死んだのです。
お父様、戦死した人たちは地下で安らかに眠っているわけではありません。土になって永遠の眠りにつくのではありません。
土の肉になるのではありません。土の中に人間の骨が見つかると、その側でいつでも一振りの剣があるものですわ。
土の骨、何の役にも立たない骨、軍人ってそういうものよ。
ヘカベ それとも老人だけを軍人にするといい。国中若い者ばかりになる。若い者が死んでしまったら国が滅びてしまうんだから。
デモコス 若い者などという言葉を振り回すのもいい加減にしてもらいたいですな。三十年もすれば、年寄りになるじゃありませんか。
カサンドラ 違うわ。
ヘカベ 違いますよ! 人間は四十になると、老人と取り替えられてしまうのさ。元の人間は消えてなくなるのよ。
見た目がどこか似ているだけ。何一つ同じものはありはしない。
デモコス 栄光を望む私の気持ちは変わりませんでしたよ、ヘカベ。
ヘカベ そうだったわね。それからリューマチもね……
(侍女たち、再びどっと笑う)
64 :
名前なし:2010/01/19(火) 20:50:20 ID:Y2Qez6eG
ヘクトル パリス、あれを黙って聞いているのか、お前は!
何年も続く不和や殺戮から俺たちを救うために、色事一つ犠牲にする気は起こらないのか?
パリス どう言えばいいんだ? 僕の立場は国際的なんだよ。
ヘクトル パリス、お前、本当にヘレネを愛しているのか?
カサンドラ 二人は愛の象徴なんですって。もう愛し合う必要さえないんですってさ。
パリス 僕はヘレネが大好きだよ。
カサンドラ (城壁の所で)来たわ、ヘレネが。
ヘクトル 俺が説き伏せて、ヘレネが帰ると言ったら、お前は承知するだろうな?
パリス ああ、承知するよ。
ヘクトル 父さん、ヘレネがギリシアに帰るのを承知したら、あなたは腕ずくでお引き止めになりますか?
プリアモス 起こるはずのないことをどうして問題にするのだ?
ヘカベ なぜ起こるはずがないのです? もし女にあなたの仰る四分の一の値打ちでもあったら、ヘレネは自分で帰りますよ。
パリス 父さん、僕からもお願いします。みんながどんな態度かごらんになったし、どんなことを言っているかもお聞きになったでしょう。
ヘレネのことになると、国王の家族ともあろうものが、途端に平民どもそこのけの、姑や小姑の集まりになってしまうのです。
大勢の家族の中で僕の役ほどいやな役はありません。当てこすりを言われるのはもう沢山です。
ヘクトルの挑戦を受けることにします。
デモコス パリス、ヘレネはあなた一人のものではありません。市のものです。国のものです。
幾何学者 風景の一部です。
ヘカベ お黙り、幾何学者。
カサンドラ ヘレネが来たわ……
65 :
名前なし:2010/01/19(火) 20:51:48 ID:Y2Qez6eG
ヘクトル 父さん、お願いです。これだけは私に委せてください。そら……式の合図です。先に行っててください、後からすぐ行きますから。
プリアモス 本当に承知なのか、パリス?
パリス 僕の方からお願いします。
プリアモス よかろう。みんな、おいで。戦争の門を閉める準備をしに行こう。
カサンドラ 憐れな門。閉める時には、開ける時より余計に油が必要なのね。
(プリアモス以下退場。デモコスは残っている)
ヘクトル 何をぐずぐずしているんだ?
デモコス インスピレーションを待っているのです。
ヘクトル ヘレネが現れるたびに、インスピレーションが湧くのです。無我夢中になって、即興の詩がこんこんと溢れ出るのです。よし、これだ!
(朗誦する)
胸麗しく、頭気高き
麗しのヘレネよ、スパルタのヘレネよ、
ゆめ、汝がメネラオスの元に
再び帰らざらんことを!
ヘクトル 歯の浮くような拙い詩はいい加減にしないか。
デモコス 私の創作です。もっと素晴らしいのを聞かせてあげましょう、謹聴、謹聴。
人誇り、人おそるとも、
スカマンドロスのヘクトルの元に、恐るることなく来たれ!
汝は正しく、彼はもとれり……
彼は厳しく、汝は優しければ……
ヘクトル 出て行け!
デモコス 何だってそんなに私を睨むのです? どうやら戦争に劣らず詩がお嫌いのようですな。
ヘクトル 出て失せろ! 戦争も詩も一つ穴のむじなだ!
(詩人退場)
カサンドラ ヘレネよ!
66 :
名前なし:
ヘレネ、パリス、ヘクトル