コジェーブ

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>>47
>フクヤマにはフランクフルト学派的視点がないよね。
>自由(リベラリズム)からの逃走として独裁者を求めて
>しまうという群衆心理の分析がね。

これはまだ語り合う余地のある、本質的な議論になると思う。

「人間は自由をおそれ、服従を求める」

これはドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』の大審問官のところに出てくる《跪拝の統一性》とか、
ヒトラーの『わが闘争』などにも指摘され、リベラル民主主義にたいするつよいアンチ・テーゼになった。

でも、ぼくは、フクヤマの『歴史の終わり』はこの視点の欠落じゃなくて、
むしろ克服だと読みとったんだ。
人間はやっぱり、服従より自由を求める。
そうでなければ、これだけ自由主義的民主主義が惑星レベルで拡大した理由を説明できないよ。
だからこそすごいと思ったんだが、みんなはどう思う?