ハンナ・アレント

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1ピーター・ファンデンホーヘンバント
ハンナ・アレントについてのスレッドよ。
私ここのところ『人間の条件』を読んでるんだけど、なんだか進まないわ。
なんかいい参考書ないかしら。
2うんこ:2001/08/08(水) 00:56
マニアックだ。
3考える名無しさん:2001/08/08(水) 01:17
そうでもない。名著だよ。
ハイデガーの弟子でかつ彼女だよね。
4考える名無しさん:2001/08/08(水) 01:35
エルジビェータ・エティンガー『アーレントとハイデガー』(みすず書房)
などはどうでしょうか?
ハイデガーがナチに加担したとき、ハンナはかばったんだよね。
う〜ん、愛ってすばらすぃーね。
5考える名無しさん:2001/08/08(水) 04:11
若いときの写真とオバサンになってからの写真で落差がかなりあるね。
しかし、この人の本はハイデガーを消化してるんだろうか?どう? >>1
6考える名無しさん:2001/08/08(水) 04:21
小泉「コリコリコリコリ」
真紀子「ひぃぃぃぃ」
小泉「構造改革だ!コリコリコリ」
真紀子「イッイグぅぅぅ」
小泉「聖域なんてないぞ!」
真紀子「死んじゃうぅぅ」
小泉「聖域は性逝き!」
7アンナ ハーレント:2001/08/08(水) 07:04
古代ギリシャをパラダイムにしたから判りにくい。
ハリウッドを基本例にしたら、もっと判りやすくなったはず。

――ハリウッドやショービジネスには三種類の関係者がいる。
ステージに姿を見せる「出演者」
スタッフロールに名前の出る、美術や効果担当の「職人」
スタッフロールにも名前の出ない下っ端の「労働者」
そして社会という舞台にも、この三種類の区別がある――

という具合に古代ギリシャをハリウッドに読み替えると、
現代の日本人にとっては直感的に理解しやすくなるよ。
8考える名無しさん:2001/08/08(水) 07:18
ハンナ・アレントは意外と通俗的だね。
思想家としては二流だろう。
9アンナ ハーレント:2001/08/08(水) 07:35
日本語訳で「活動」と訳されているドイツ語は Aktで、
Aktor(俳優)という語につながる連想がある。
「活動」という訳にそういう連想がないのが、
判りにくくしている一因だと思う。
10ピーター・ファンデンホーヘンバント:2001/08/08(水) 11:54
>>7

いい解説だわ。私も「活動」「仕事」「労働」っていうのがしっくりきてなかったの。
なんだかすっきりしました。

>>9

語学の素養があると助けになるものなのね。皆さん立派だわ。

>>5

ごめんなさい。私自身がこの本を消化できてないのでなんとも言えません。
けど読んでる分にはおもしろいの。
11考える名無しさん:2001/08/08(水) 17:34
本来は政治思想板で扱うべき人だろうけど、今の政治思想板は荒れ放題で
ここで扱うしかないのかしら。
哲学という観点からは荒っぽい議論が多いのだろうけれど、
対象が政治という限られた事象だし、
専門哲学者の中では人間の政治活動の持つ固有の意味を追求した人は
ほかにあまり思いつかないので、その点では希少価値があると思うわ。
>>8さんは通俗的というけれど、政治、公共性、権力についての議論は
通俗的な議論とは大きく異なり、それなりに面白いのでは。
ただ、政治と社会、観照・活動・仕事・労働といった区別を絶対化しすぎる
点が通俗的な感じの原因であるとともに、その世界を狭いものにしている
という欠点はあると思うわ。
彼女の政治は、極論すれば、衣食足りて礼節を知る世界で、おしゃべりや
見栄っ張りの天国みたいなところがある。本来の政治は、衣食が足りないところ
でどうするかという面があるはずなのに。
ともあれ、こういうスレは哲学板では異色よね。健やかな成長を
みまもっていきたいわ。

123:2001/08/09(木) 00:03
全体主義反対age
13あのお:2001/08/09(木) 00:09
>>5
>しかし、この人の本はハイデガーを消化してるんだろうか?

アレントのハイデガー解釈が自分の解釈と違っていても、
そこで「アレントの理解は浅いよ」と言える日本人はいない(^^;
14考える名無しさん:2001/08/09(木) 00:35
やっぱ女性の哲学(思想?)研究者にとって
アーレントは魅力的なのかなあ?
他に彼女に匹敵するフェミ系以外の有名女性っているかな?
15考える名無しさん:2001/08/09(木) 00:40
『現代思想』の1997.7月号でも見てみたら?
16考える名無しさん:2001/08/09(木) 00:45
>>15
誰かのっての?
17考える名無しさん:2001/08/09(木) 00:57
ハンナ特集
18考える名無しさん:2001/08/09(木) 00:58
>>14
ワシはジュリア派じゃな
19考える名無しさん:2001/08/09(木) 00:59
パリ10あたりにいるんだっけか?
20考える名無しさん:2001/08/09(木) 02:13
>>14 クリステヴァ、スピヴァック、コプチェク?
21ユダヤ人:2001/08/09(木) 04:37
アレントはとんでもなく誤読をする女だ。by I・バーリン
22ピーター・ファンデンホーヘンバント:2001/08/09(木) 16:40
>>11
あなたみたいに博識な方の協力があれば、いいスレになると思うわ。
ところで「観照」がどうもしっくりこないの。
ギリシア哲学習った時も「観照」=ベストみたいな話があったけれども。

>>14
ところで、私は女性の思想家だからアレントを読んでるわけじゃないわよ。
一般的なことをおっしゃったのかもしれないけど。
23キティ:2001/08/09(木) 17:35
『イェルサレムのアイヒマン』読んだことあるな。
もちろんユダヤ側の本だけど、ユダヤ側に都合の悪いことも
少し混ぜてあって、その辺如才ないって感じ。
『全体主義』とかはいい本なのかな?
いま『わが闘争』読んでるけど、すごく面白い。聖書に次いで売れた
本だけのことはある。
24考える名無しさん:2001/08/09(木) 18:13
>>23
「アイヒマン」の中でユダヤ側に都合の悪いこと」というのは、
ユダヤ人組織が収容所への移送に協力したことについての記述とか、
あるいは裁判自体に対する批判ですね。
如才ないといえば如才ないのかもしれないけど、それがユダヤ人の
猛反発を食らって大スキャンダルになったことも忘れてはいけませんね。
「複数の民族の共存は人間の存在条件そのものである」という
信念、及びホロコーストを単なるドイツ人の罪に帰するのではなく
「人間世界で一度起こったことは何度でも起こりうる」という
視点から、人類全体にとっての負の遺産として受け止めていく
という姿勢が印象に残っています。(昔読んだので記憶違いもあるかも)
「全体主義…」は、「…アイヒマン」よりも面白い
ことは請合います。ただし、話題も雑多だし、読みづらい
とは思いますが…
25考える名無しさん:2001/08/10(金) 11:06
>>9
アンナ ハーレント様へ
原文は英語なのにわざわざドイツ語であげていらっしゃるのは
なぜでしょう。(アーレントの英語はドイツ文のできの悪い英訳
みたいなものという揶揄はきいたことありますが。)
ちなみに、「人間の条件」(アンナ様なら「活動的な生活」とでも
いうのかな)のなかで、お芝居のモデルは結構重要ですよね。
もろもろの芸術(「仕事」の典型)のなかで、お芝居だけが、言葉と行為による
公共空間(みんなが見ている空間)への出現という「活動」とのつながり
を持っている云々。たしか仕事の章と活動の章の境目くらいに出てきていた
と記憶しています。(すんません。大昔に読んだだけなので)
26考える名無しさん:2001/08/10(金) 12:00
数年前晶文社から出た「ハンナ・アーレント伝」は
訳が最悪だった。読んで後悔した。

1はネカマ?

>14さん。
シモーヌ・ヴェイユは?
2711:2001/08/10(金) 12:31
>>22
残念ながら、あたしそんなに博識じゃないのよ。
それはそうと、「観照」がしっくりこないというのはどういう意味かしら。
教えてほしいわ。たしかにアリストテレスは「観照」を「もっとも神に
相応しい」とホメてるわね。「すべての行為の最終目的は、その本性において
変化しないものを眺めることであり、それは、(それに伴う快楽も)途切れる
ことがない」とかいった議論かしら。(ウロ憶えスマソ)
アーレントにとっては、「活動」の領域は人間の複数性及び人間行為の偶然性、
不安定性といったことが特徴なんで、そもそも複数性を前提としていない
「観照」は、「活動」とは相容れないといった議論だったわね。
ただし、「複数性を前提としない」といっても、「観照」あるいは思考は、
自分自身に向かって問いかけ、終わりない対話を交わしていくことであって、
自身の複数性(two in oneまるでガムの宣伝みたいね)が前提になっている、
これは、活動世界からの引きこもり(!)なんだけど、精神の自立性をキープ
するうえで大切な要素として、「…アイヒマン」から「精神の生活」にいたるまで
重要なテーマになっているみたいね。
28考える名無しさん:2001/08/10(金) 18:07
>>11が「政治思想板の板違い」なんて書いとるが、
たしかに、日本ではアーレントを研究しとるのは専ら
政治学系の人ばかりではないかね。
この板の住人にとっては疎遠なのもやむを得ぬのう。
わしが学生じゃった頃からそうであった。
>>21のバーリンのコメントが具体的に何を指している
かは判らぬが、政治そのもの、あるいは哲学と政治の関係など、
この板の住人にとっても、議論の余地が大きいんじゃないかのう。
哲学のプロがアーレントをどう評価するか知りたいものじゃ。
>>8で結論は出ているなどと言わんでくれ。
29考える名無しさん:2001/08/10(金) 18:33
>>28
よく言った

範型をどこに求めるかというのはかなり重大な問題でもある。
なぜギリシアであり、アメリカなのか
なぜフランスではダメなのか
なぜ、つねにそれらが問題になるのか
などなど

また、仮にギリシアであるとして、
その範型の利用は妥当か
ヴィダル‐ナケやロローの見解を聞きたいが
そのあたり、詳しい人はいないかな

それと、
『精神の生活』あたりをネタに、思考の可能性と引きこもりの関係について
議論してみてはどうかな? せっかく2chでもあることだし。
30キティ:2001/08/10(金) 18:46
つぶやき系のアップが増えているので
注意してください.
31考える名無しさん:2001/08/10(金) 19:03
>>29

既に浅羽通明が論じてるよ(藁
323:2001/08/10(金) 20:59
引きこもりの人はもっと<活動>しようね。
33考える名無しさん:2001/08/10(金) 21:38
活動ってなんやねん。
行為や行動や意図なんかも日常の滑らかな連続性から
切断されて抽象化による哲学的考察の対象になるというのに。
34考える名無しさん:2001/08/10(金) 21:39
そもそも活動なんて自己利益追求以外の何者でもないじゃん。
35考える名無しさん:2001/08/10(金) 21:46
<活動>と<>とじしているので、そこに3は解説をくわえねばならぬし、
>>33-34は、そこに自分や、一般的な解釈をもちこんでいきなり批判しても
効果はあがらないと思われ。

端的に<>する意味はなんやねん? え? 思わせぶりな1行レスだけ
つけて、悦に言ってんじゃねえ! という内容を、丁寧に言うのが
よかろうと思われ。
36考える名無しさん:2001/08/10(金) 21:50
>>35
私は32じゃないが、「活動」のことは、今までの議論の流れからわかるはず。
3735:2001/08/10(金) 21:57
それは失礼。
38考える名無しさん:2001/08/10(金) 22:05
「活動」なんてくそ。
39考える名無しさん:2001/08/10(金) 22:07
>>38
実に意味深ですな。
40交通整理:2001/08/10(金) 23:06
混乱を避けるために >>7の言い方を採用しては?
41考える名無しさん:2001/08/11(土) 00:48
>>40
つうか、『人間の条件』の、その区別についてなら、
『人間の条件』自体を読めば明快に書いてあると思うんだけどなあ。
あの程度の議論がわからないとすると、致命的かも……。
少しはマゾヒストになって、哲学の本(新書とかでも可)を
乱読して、議論の展開というものに慣れてみてはどうか。
42ピーター・ファンデンホーヘンバント:2001/08/14(火) 23:29
久々に来たわ。
そうね、卓越した「活動」によってその名を歴史に残すことの方が、
「労働」よりも本質的に立派だなんていわれたら、ちょっと受け入れられないわね。
けど、そういう風に通俗的に考えてみても、結構面白い発想かもしれないわ。
政治家が外交とか経済の調停者ではなく、自己利益の追求を至上の行動原理とする
「活動者」だとしたら……
なんだか間違った方向に来ているような気がするわ。実はまだ半分くらいしか読んでないのよ!
43カリスマ美容師:2001/08/15(水) 02:04
『人間の条件』を哲学書として読むならば、
活動(世界という舞台に出演すること)こそが人間の本質なんだ、
というアジテーションが中心的主題ということになるのかな?
とすればアレントは、駅前でギター弾いてる歌手志望兄ちゃんだの、
セクシーショットをインターネットで公開しているネットアイドルだの、
その他もろもろの馬鹿やろどもを擁護するイデオローグなわけだな。
↑の「馬鹿やろども」は好意的表現のつもりなんだが、
無論、もっと文字通りに罵倒と読んでもいいし、
その場合の罵倒は、間接的にはアレントにも向かうことになるわけだ。

でも、つまらない読み方をして『人間の条件』を歴史書として評価すると、
この本は揚げ足をとる余地がたくさんあるな。
例えば「古代:活動」「近代:労働」という組み合わせは説得力があるが、
「中世:仕事」というのは全然ピンと来ない。
三区分の図式をすっきり提示するために余り物どうしをこじつけただけ、
という印象がしてしょうがないな。
44アレント引用の解釈:2001/08/15(水) 03:14
ゴー宣に出てくるそうですけど、下の引用はどういう意味ですか?
コヴァ板で聞いてもムダだろうから、こっちで質問します。
小林よしのりも、ちゃんとわかってて引用したんだろうか。

  「現れ(アピアランス)」が我々の感覚のリアリティを形成する。
  伝えたい何ものかがあるのならそれを非私人化(デプリヴァタイズ)し
  語ることで公的舞台にのせなければならない
45考える名無しさん:2001/08/15(水) 12:38
>>42
「活動によって名を残すことが労働より立派」といわれるのはたしかに
現代の感覚ではないわね。
ただし、アーレントが強調しているのは、人間は、他の人間の間に存在
し、他の人間の目の前に現れ、物語の登場人物になることによってはじめて
自分自身を確認することが出来るということではないかしら。
見方を変えれば、見栄っ張りということなのだろうけれど、こうした現れに
対する欲望は、人間誰でも持っていると思うし、それをこういう形で肯定する
というのは新鮮だと思ったわ。
それより私が不満なのは、アーレントは、例えば労働については、生命の再生産
の過程としか捉えていないけれど、実際は、その現場でも、仕事仲間もあり、その中で
それぞれの人が自分を現す(あるいは現れてしまう)ということがあるのでは
ないかしら、ということ。アーレントの眼目(うまくいえないけど)からすると、
彼女が公共空間をギリシャのポリスといったものに限定するのは狭すぎるのじゃないか
と思うわ。(もちろん労働や仕事はそれ自身の論理を持っており、私があげた例は
付帯的なものに過ぎないといった反論はありうるわね。)

>>43
あなたがあげている馬鹿やろどもにしても、人に自分の存在をアピール
し、それに対する人の反応、無視でも罵倒でもいいけど、それを感じ取る
のならば、いいじゃないの。それも一つの世界とのつながり方だと思うわ。
問題なのは、そうした馬鹿やろどもが、そういう奇怪な振舞いをしながら
周囲の反応を無視して自分だけの世界にのめりこむこと、
あるいは、自らの虚栄心の満足(「仕事」のカテゴリになるのかしら)
のために、他人の反応を手段としてしまう(崇拝者を周りに集める、とか)
ことではないかしら。
>>44
コヴァ氏がどういう脈絡で引用しているのか知らないけれど、
公共世界が現れ(本質に対する意味での現象)の世界であり、その維持が
我々の感覚(特に視覚と聴覚)に依存しているという点は、アーレントに
おいては重要な論点ではないかしら。
公共世界は、プラトンのイデアやカントの物自体のような感覚から超越した
永遠普遍の世界でなく、他のあり方でもありえたような(論理必然性からは
説明できない)出来事の集積だから、それを捉えるのは感覚であり、それを
みんなに伝え、不死化immortalizeするのは、アリストテレスがいう模倣、
あるいは物語という手段しかない。
もちろん、感覚は相対的なものだから欺かれることもあるし、それを狙った
欺瞞も公共世界にはつき物だけれど、また、同じ事象でも、公共世界での場所
によって違った現れ方をすることがあるけれども、それでも、同じ一つの世界
を共有しているという信念(ヒュームみたいね。彼女は「共通感覚」なんて言
ってるわ)ががかつては存在し、公共世界を支えてきた。
近代における感覚世界への不信と、公共世界の没落は揆を一にしている。
そんな議論だったと思うわ。
「伝えたい何ものか」云々はあまり記憶がないけど、今まで言った公的世界
の性格からみれば、あたりまえのことではないかしら。
46考える名無しさん:2001/08/15(水) 17:22
>>45
これを読むかぎりだとアレントはハイデガーぽくないね。
ヘーゲルが主と奴の弁証法の基においた人は他者の承認を
求めて闘争するという承認の論理に近いのでは。
4745:2001/08/15(水) 18:00
>>46
こんな素人のレスだけでアーレントとハイデッガーとの関係を判断
しないで、ご自分でアーレントを読んだうえで言ってほしいわね。
上では書けなかったけれど、アーレントの発想はハイデッガーの
影響が強烈にあると思うわ。うまくいえないけれど、例えば、
公的世界の出来事が物語において保存されるというのは、ハイデッガー
の「言葉は存在の家」というのを思わせるし、「そうした言葉は、常に
新しく語りなおされなければ、決り文句に堕してしまう。」を見ると、
なんとなくハイデッガーの「世間話」に関する議論を思い出すわ。
ともあれ、ハイデッガーとの関係について、誰か詳しい人教えて
くれないかしら。
4844:2001/08/16(木) 01:52
>>45
解説、ありがとうございました。
あの引用はネットのゴー宣紹介で見つけただけで、
ゴー宣で読んだわけではありません。
アレントも読んだことありません。

「公共性を語るならアレントを読め」とか、宮崎哲弥あたりが
小林に言ったらしくて、突然どっかの回のラストで引用した
みたいです。

解説を読むと、わざわざ引用する意味はなさそうですね。
厨房を煙に巻く以外は。
インテリの真似をしないのが小林の唯一の取り柄だろうに。
49考える名無しさん:2001/08/16(木) 09:18
>>48
このポイント、重要だと思って結構力んで書いたつもりなのに、
うまく伝わらなかったみたいね。下手な解説でごめんなさい。
アーレントについてはご自分でお読みになることをお勧めするわ。
あなたが(コヴァ氏が?)あげている「公共性」についても、
あたしたちが思っているのと全然違った角度から照明を当てていて、
賛成するにせよ反対するにせよ、面白いことは請け合いよ。
50考える名無しさん:2001/08/18(土) 05:40
ところで、
今日の問題は
すでにその公共性と私的な領域とが不可逆的なかたちで
まざってしまっているところによるのだとすると、
このさき、どのような手段が我々にとって有効なのか?
新たにしきりなおせばそれですむのだろうか?
たぶん違う。では?
51考える名無しさん:2001/08/18(土) 06:11
>>50
公共性と私的な領域が不可逆的にまざってしまっている?
日本以外の先進国では夏期休暇が平均1ヶ月超えてるのに、そう言いますか?
単に週休2日を週休3日変えるだけで激変が起きるはずだが。
52考える名無しさん:2001/08/18(土) 06:16
死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね
53考える名無しさん:2001/08/18(土) 06:17
死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね 
54考える名無しさん:2001/08/18(土) 06:17
死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね   
55考える名無しさん:2001/08/18(土) 06:17
死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね    
56考える名無しさん:2001/08/18(土) 06:17
死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね        
57考える名無しさん:2001/08/18(土) 06:17
死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね
58考える名無しさん:2001/08/18(土) 06:17
死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね       
59考える名無しさん:2001/08/18(土) 06:17
死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね      
60考える名無しさん:2001/08/18(土) 06:17
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62考える名無しさん:2001/08/18(土) 07:17
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死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね
死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね
死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね
死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね
死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね
64考える名無しさん:2001/08/18(土) 07:34
梓ね梓ね梓ね梓ね梓ね梓ね梓ね梓ね梓ね梓ね梓ね梓ね梓ね梓ね梓ね梓ね
志ね志ね志ね志ね志ね志ね志ね志ね志ね志ね志ね志ね志ね志ね志ね志ね
詩ね詩ね詩ね詩ね詩ね詩ね詩ね詩ね詩ね詩ね詩ね詩ね詩ね詩ね詩ね詩ね
私ね私ね私ね私ね私ね私ね私ね私ね私ね私ね私ね私ね私ね私ね私ね私ね
詞ね詞ね詞ね詞ね詞ね詞ね詞ね詞ね詞ね詞ね詞ね詞ね詞ね詞ね詞ね詞ね
梓ね梓ね梓ね梓ね梓ね梓ね梓ね梓ね梓ね梓ね梓ね梓ね梓ね梓ね梓ね梓ね
志ね志ね志ね志ね志ね志ね志ね志ね志ね志ね志ね志ね志ね志ね志ね志ね
詩ね詩ね詩ね詩ね詩ね詩ね詩ね詩ね詩ね詩ね詩ね詩ね詩ね詩ね詩ね詩ね
私ね私ね私ね私ね私ね私ね私ね私ね私ね私ね私ね私ね私ね私ね私ね私ね
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梓ね梓ね梓ね梓ね梓ね梓ね梓ね梓ね梓ね梓ね梓ね梓ね梓ね梓ね梓ね梓ね
志ね志ね志ね志ね志ね志ね志ね志ね志ね志ね志ね志ね志ね志ね志ね志ね
詩ね詩ね詩ね詩ね詩ね詩ね詩ね詩ね詩ね詩ね詩ね詩ね詩ね詩ね詩ね詩ね
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梓ね梓ね梓ね梓ね梓ね梓ね梓ね梓ね梓ね梓ね梓ね梓ね梓ね梓ね梓ね梓ね
志ね志ね志ね志ね志ね志ね志ね志ね志ね志ね志ね志ね志ね志ね志ね志ね
詩ね詩ね詩ね詩ね詩ね詩ね詩ね詩ね詩ね詩ね詩ね詩ね詩ね詩ね詩ね詩ね
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詞ね詞ね詞ね詞ね詞ね詞ね詞ね詞ね詞ね詞ね詞ね詞ね詞ね詞ね詞ね詞ね
65考える名無しさん:2001/08/23(木) 12:30
「氏ね」荒らしが吹き荒れて、誰も来なくなっちゃったね。このスレ。
>>50さんと>>51さんのやりとりの続きを期待していたんだけどね。
古代ギリシャでは、閑暇(スコレー)は、哲学や公的活動に与る際の
前提条件だったみたいだけどね。(もちろんそれは、奴隷の労働によって
つくられるものだけど)
>>51さんが言いたいのは、休暇の増大によって、公的活動に参与
するチャンスがふえるということなのかな。
66ピーター・ファンデンホーヘンバント:2001/08/26(日) 02:15
>>51さんは違う次元の話をしてるんじゃないかしら。

復活したわ
67考える名無しさん:01/08/30 03:38 ID:lT3K7Avg
公的領域と私的領域の混合としての「社会」っていうのがいまいちしっくり来ません。
例えば、特定の職場に入った途端、そこではある程度関心が制限されて、公的に閉じつつ私的でない空間になる。
とまあこんな理解でいいのかな。
職場だけがその人にとっての「世界」になって、結局同じ職場の人と結婚しちゃうとか。
68考える名無しさん:01/08/30 04:50 ID:olxYxfl2
僕が政治思想系であるせいなのか、ちょっとみんなと読み方が違うよう
な気がする。あれは純粋に全体主義批判の書物じゃないの?

全体主義が「個人(私的領域)より全体(公的領域)優先」だとすると、
その批判が「全体より個人優先」となりそうだけど、それじゃダメって
いいたかったんじゃない?

だから「活動」が人間の本来のあり方なんて言われても、という批判は
もっともだけど、力点としては個人vs全体、公私の二元論自体を問題視
したってところではないのかな?
69考える名無しさん:01/08/30 10:27 ID:1rfnBqYw
>>68

>個人(私的領域)より全体(公的領域)

公的領域=全体 というのは違うと思う。
公的領域はポリスみたいな活動の場でしょ。
全体っていうと個人の総計みたいなのをイメージするし、そういう拡大された家計はむしろ私的領域を指してるのでは。
70考える名無しさん:01/08/30 12:50 ID:9JFsEcI.
>>69さんの言う「拡大された家計」というのは、>>67さんがあげている
「社会」の性格を実に良く捉えた表現だと思うけどね。
71キティ:01/08/30 14:52 ID:.hWd8ANU

復活しなくていいよ。ここメンチつまんないもん。
7268:01/08/30 21:32 ID:yNlcHuBE
>>69
もう一回『人間の条件』をぺらぺらめくってみたら、
あなたの言う通りでした。

ところで、アーレントの言ってる公的領域というのは、
「公共性」と区別された「共同性」ってやつのこと?
73考える名無しさん:01/09/03 12:52 ID:ENb8lSWI
>>72
「共同性」という言葉の定義は忘れたけど、公的領域というのは、
公共性そのものだよ。そこでは、誰もが見ている中で、言葉と行為
によって、自らの何たるかを示そうとするといった話ではないかね。
公的領域は、そうした人たちが共同で設立するものなので(一人じゃ
できない。だって、行為者の他に見ている人が不可欠だから)そういう
文脈で「共同性」といっているのかな。
ただし、これは、普通共同体という場合のように、成員の同質性とか
馴れ合い主義とは正反対で、一種の競争団体とでもいったところだね。
74考える名無しさん:01/09/03 13:43 ID:9O15xeFM
悲しみさんは他人の批判ばかりで全然哲学やってない。
他人はどうでもいいから、お前さんの”哲学”で得た成果をきかせろや。
他人批判は、少なくともお前さんの定義における哲学ではないはずでしょ。

それとも悲しみさんは自分の虚栄心が無くならない
(他人の批判ばかりしてしまう)ことを嘆いておられるのか?
75考える名無しさん:01/09/03 14:46 ID:9O15xeFM
>人間は究極的には自分のことしか考えない否か?
人間は徹頭徹尾、自分の好きな行動をとる。というより、もっと正確にいうと
善い悪い以前に自分のやりたいことしかやらないし「やれない」。
それが悪だ、とするならば人間の本性は悪。でもその悪はいわゆる普通の意味
での悪じゃない。見方によっては善だともいえるでしょ。
ともかく最終的には、いろんな人間がいる、としか言えない。
人間そのものに善も悪もあるわけない。
そしてこういう意見は道徳的な人間には悪い意見に見られ、道徳(善)なん
て数ある価値の中の一つと見る人には「あたりまえの退屈な意見」になる。

あとこの手の議論はほっとくといつの間にか「べき」論になるからご注意を。
76ピーター・ファンデンホーヘンバント:01/09/08 23:28
久しぶりに来たわ。

結局、「労働・仕事・活動」の三区分って、その活動力の担い手の意識の問題になるわよねぇ。
だってどんな労働だって、それが何らかの有用性がないと労働として成立しないわけだから、
純粋な「労働」なんて不可能だと思うのよ。
だから「労働」と「仕事」の区分は説明の上では腑に落ちるけど、
そう具体的にイメージできるものじゃないわよね。
まあ奴隷の主観的な証言なんてないんだからなんともいえないけど。
77考える名無しさん:01/09/10 16:36
agehe
78考える名無しさん:01/09/11 22:25
>>76
労働と仕事の区別って、意識の問題というより、その生産物が生命の
プロセスによって消費されてしまうものなのか、それとも時間の腐食
作用に抗して世界の一部となるかの違いじゃなかったかしら。
そこから、彼女は、近代以降における共通世界の喪失、生命、というか
内部感覚(苦痛とその欠如としての快楽)のみにリアリティを獲得する
ことにより、労働優位の社会となっていったと論じていたと記憶してるわ。
それはそうと、彼女の生命哲学というのは、近代現代を通じてかなり異色な
もので、これだけ生を低く位置付けるのは、現代人には異様に響くのでは
ないかしら。ニーチェやベルクソンやジンメルなんかに比べると、
生の捉え方が一面的な感じがするわね。
79あうし:01/09/13 17:09

シュピーゲルの新しいの36に、アーレントについての論評載ってるよ。
ドイツ語が読める人いたら、見てみたら。
80考える名無しさん:01/09/13 21:12
age
81考える名無しさん:01/09/14 19:36
>>79
僕はドイツ語読めないから、要旨でも紹介してもらえると
うれしいのだけどね。
82考える名無しさん:01/09/14 21:46
81
金払え、土下座しろ。
83:01/09/15 01:02
>>76
一部同意。
でも、溶けちゃう世界はいやだから、ニーチェ的な円環の世界はヤだな。
ボランティアなんかには魅力的ダロケド。
84:01/09/15 01:04
>>83
しまった!
>>78
だったのに。スマソ。
85考える名無しさん:01/09/15 01:26
>>83
あまり無理なさらないで下さいね。
86考える名無しさん:01/09/21 15:22
この人の権力論についてはどうよ。
近代現代の思想家の中で、これだけはっきり権力を肯定している
人はいないと思う。そういう発想がどこから来るのか、また、
それがどのような意義があるのか、意見キボーン!
87通りすがり:01/09/26 17:01
アーレント、レス伸びないのですね。

ところで、どなたか "The Specialist" 観た方いますか?
いらっしゃったら、感想聞かせてください。
88考える名無しさん:01/09/28 20:16
>>87
映画は見ていないけど、アイヒマン裁判についての映画だそうですね。
「悪の陳腐さ」という言葉が有名だけど、たしかこれは、イスラエルの
裁判当局が、アイヒマンを「悪の帝王」のような人物に仕立て上げようと
していたことに対する批判だったと思います。
それよりも、こうした巨大な悪が、リチャード2世のような「悪の天才」
からでなく、平凡な人間が組織に埋没して、自分の行為の意味を反省しない、
いわば「無思考」から生じることを指摘していることが重要だと思います。
「スペシャリスト」という表題は、そうしたことと関係しているのでしょか。
89考える名無しさん:01/09/30 13:53
>>86
彼女の権力論は、公的世界の創設・維持と不可分に結びついている。
彼女の権力論は、暴力との対比で展開されており、両者の区別を前提にしないと
理解できなくなってしまう。
(権力の不在による公共空間の衰退が、暴力を生む、等)
『革命論』を見ていると、彼女の権力論がギリシャというより、ローマの体験に
多くを追っていることが判る。より大きな権力の正当化は、下位の権力の承認による
とか。
単なる権力批判でなく、下からの権力というか、それに積極的に参加する
ことを主張することは、権力と暴力との区別とあいまって、議論に厚みを与えている
と思うよ。
ついでに、ローマを評価するのはハイデッガーとの大きな違いだと思う。
90考える名無しさん:01/10/08 04:43
>>89
ギリシャ的な力、その礼賛をするハイデッガーのことをはっきり意識していたと
思うのだけれど。違うかな?
91考える名無しさん:01/10/09 16:03
>>90
>>89です。レスありがとうございます。
ハイデッガーを出したのは不用意でした。かれがギリシャの哲学概念の
ラテン訳について、その本来の意味を失わせると批判していたことを
思い出したのでつい書いてしまったまでです。
ところで、ギリシャ的な力に対するハイデッガーの礼賛というのは、
具体的にどういうことをさしているのでしょうか?
『形而上学入門』(邦訳平凡社ライブラリー)には、
「パルメニデスがいうように、存在とその会得は同一である。
存在の会得に際しては、ロゴスにより、諸現象を取り集め、
集約する力が働く。」といった記述があったように記憶していますが、
そうした、存在へと集約する力をさしているのでしょうか。
(ちなみにこの本、『存在と時間』に比べて難解ですね。お経みたいで。)
アーレントがこうした考え方についてどういう意見をもっていたのか
詳しくは知らないけど、素人の私の印象では、彼女の「公共空間を創設、
維持する権力」とか、「公共空間での活動は言葉によって保存され、
不死化される」といった発想との親近性が感じられます。
ただ、この時期のハイデッガーの思想は、例のナチスとの関わりの問題が
ヤバイ時期なので、そこが引っかかるのですが。
ちなみに、彼女の全体主義論は、全体主義が過去の僭主制や暴政・専制と
どのように違うかに重点が置かれていて、全体主義がいわば公的空間の、
あるいは人間の自発性そのものの消滅を目指すことを指摘しているもので、
単純な権力批判ではないと思います。
そこからは、ハイデッガーの権力崇拝(?)を単純に全体主義思想として
指弾する根拠は出てこないと思います。
92考える名無しさん:01/10/17 19:15
age
93考える名無しさん:01/11/08 12:42
go
94考える名無しさん:01/11/21 17:34
小野紀明氏の『現象学と政治』を読んでいますが、
アーレントを理解するには、ハイデッガーだけでなく、
ヤスパースとの関係が重要なんだそうですね。
彼女の「ことばによる交流」の概念は、ヤスパースの影響が
強いのだそうです。
小野氏は、ヤスパースの交流概念がいわば親密さを前提としていて、
アーレンとのそれとは微妙にことなっているとしていますが。
95ピーター・ファンデンホーヘンバント:01/11/30 01:17
『アーレントとハイデガー』って読んで面白いのかしら。
哲学者同士の恋の往復書簡なんていうような、ゴシップめいた興味しか惹かないようならいらないわ。
96オナシス:01/11/30 02:26
『精神の生活』版元品切れ・重版未定
 ↑
欲しいんですけど....。誰か下さいな。
97考える名無しさん:01/12/03 19:05
>>95
アーレントに対するハイデガーの影響関係には興味がある。
ハイデガー自体どうしようもないほど難解だけど、だれかわかりやすく
教えてくれないかな。
あと、このスレの最初の方で触れてたけど、ハイデガーのナチ関与に
ついて、アーレントがどう考えていたかも知りたいところ。
98考える名無しさん:01/12/23 17:13
>95
アレントとハイデッカーの「往復」書簡は現時点では公表されてないはず。
アレント宛てのハイデッガーからとされるものの信憑性については、
疑問がはさまれている模様。。
99考える名無しさん:01/12/25 11:58
>>96
『精神の生活』なら、英語の原書のほうが簡単に手に入ると思われます。
(ついこないだ新宿紀伊国屋にありました)
100考える名無しさん
昔、『人間の条件』を読んだときから気になっていたこと。
この人のいう「公共世界」というのは、哲学者が理論で捉える世界でなく、
人々の意見(ギリシャ語でいう「ドクサ(臆見)」)に左右される世界
だという。
永遠の真理の世界よりも臆見の世界を高く評価するというのは、西洋哲学に対する
価値転換の企ての意図があるのだろうけれど、それでは、公共世界が「偏見の
共同体」になってしまうことに対するおそれがあるのではないか。
それに対する歯止めについてどう考えていたんだろうか。