1 :
科学少年 :
勝手にここから前半だけ引用しました。ごめん。
http://www.post1.com/home/hiyori13/cut/cut200007.html なんか言うことある?>ポストモダニスト(とそのシンパ)
(『CUT』2000 年 08 月)
山形浩生 いや、ぼくは本当にすごいと思ったのだった。高校時代に伊丹十三編集の「モノンクル」という雑誌でロラン・バルトなんかに触れて、そこ
から構造主義言語学とかもちょっとかじったのだった。ふーん、ことばは構造的に決まっているのか。意味とことばを写像で記述したら、言語のエッセンスが抽出でき
るんじゃないかな、とかぼんやり思った。政党をベクトル化してその和で政治動向を予測できるんじゃないかとか、高校生のぼくはそんなことばっか考えていたのだ。
学校で習う社会や国語は、羅列ばっかでつまんなくて、もっと本質がえぐり出せんのかと思ってたんだもの。だから、ポストモダン思想家の話をきいて、ホントにすご
いと思った。ジュリア・クリステヴァが詩的言語を厳密に数学的に定式化した? おお、やっぱできるんだ! ジャック・ラカンは無意識の言語的な構造を、トポロジ
ー的に定義づけてみせたのか! ハイパー資本主義はクラインの壺で表現できるのか! 世の中、なんと頭のいい人がいることよ。それにひきかえこの我が身。いや、
当時のぼくは、そういうことが可能なはずだと思っていたんだもの。でも訳書を読んでまるっきりわけがわかんなくて、でもそれは翻訳のせいだと思っていた。原文が
こんなにわやくちゃなわけはないから、いつか読んでみよう、と思ったのだった。あるいは、ぼくがまだ数学とかの勉強が足りないので、この式がここで果たしている
役割がわかんないのだ、と思っていた。いつか勉強して出直してこよう。
で、だんだん正気にかえってきたのが、浅田彰のクラインの壷の比喩が、実はぜんぜんまちがっていることに気がついた頃かな。さらに蓮実重彦が、吉成真由美(流
行かぶれの軽薄女で、当時はフラクタルのマンデルブロに取り入ってて、いまはなんと利根川進夫人)の文をほめていて、だめじゃーん、と思ったのもあったっけ。こ
いつらわかっとらんのではないか、とぼくの中の科学少年がわいわい言い始めたのだ。
そしてそれに輪をかけたのが、ウィリアム・バロウズの翻訳とかを始めた頃。行きがかり上、いろんなバロウズ関連のポストモダンちっく評論も山ほど読まされた。
ゼツボー。ひとりよがりのこじつけと一知半解のデタラメの山。肝心のバロウズの文さえ読んでないのが一目でわかるやつばっかりなんだもの。さらにその後、ティモ
シー・リアリーの翻訳をしたとき、頼まれて武邑光祐(一知半解流行盲信オカルト屋さん。なんと東大の先生になっちまいやがんの。情けなや、わが母校よ)の解説を
英訳したとき、わかった。こいつら、意味のあるものが書けないんだ。これって単語の出現頻度だけの文なんだ。ぼくはそれで、現代思想系の本を読むのをやめた。で
も、あの最初にきいた、あの本家本元の、ラカンとかドゥルーズ=ガタリとかクリステヴァってのは、なんかあるんだろう、いずれそれを読もうとだけ思っていた。
そしてそれから、長い時間がたった。
ソーカルという学者が、インチキ論文をポストモダン雑誌に投稿してそれが受理されてしまい、大騒ぎになったという話をきいて、ぼくはかっさいした。そうだよ
な。ああいう文ってコツさえつかめば書けちゃうもんな。そしてそのソーカルがブリクモンとともに、そのインチキ論文をきっかけに出した本が Fashionable
Nonsense だ。いろんなポストモダン哲学者どもが、いかにこけおどしでまちがった科学概念や用語をテンコ盛りにして使っているかを、こと細かに指摘した本だっ
た。さっそく取り寄せて読んだ。
あああああああああ。
そうか。そうだったか。ぼくはずっとずっと、ありもしないまぼろしを追いかけてていたのだなぁ。多少のまちがいはあっても、まさか一から十まで全部でたらめと
は思ってもいなかったのに。そうか、ぼくがわかんなかったもの、わかりたかったものは、実はもそもぜんぜんわかってなかったんだぁ。あれは武邑光祐のと同じ、意
味ありげだけど無意味なことばの固まりにすぎなかったんだぁ。
2 :
考える名無しさん :2000/09/14(木) 10:45
・・・・・という夢から覚めた私は、パジャマぐっしょりに汗をかいていたことに気がついた。
1が長いです。1はテーマだけ書いて2にペーストすればよかったのですが、、、
4 :
吾輩は名無しである :2000/09/14(木) 11:46
同感です。っていうか、同じようなことやってましたが、
浅田彰は反省していますよ。
クラインの壷モデルにこだわってるのは東浩紀で、
それは「嫌味」なのか?と思ってたりしますけどね。
ソーカルについては、ポストモダンに埋もれた人じゃない人が、
科学サンディカリズム的に受け取ってしまっているのが、
ちょっと気持ち悪いですが。
5 :
1 :2000/09/14(木) 22:48
>>3 すいません。慣れないもので...。アドバイスありがとうございました。
次回から気をつけます。
>>4 そうなんですか。> 浅田彰は反省していますよ
ちょっと見直しました。
6 :
考える名無しさん :2000/09/14(木) 23:34
ってのはね>浅田が反省した理由
バルトはテクストのアナキスト、
ドゥルーズはテクストのファシスト(ニーチェもね)
そして、
デリダはテクストの民主主義者、
だからといって、デリダ的なデコントリュクシオンで
誰もが足取りもかろやかに、スキゾフレニクな『逃走』
が出来るとは限らない。
浅田の読者の多くは簡単に出来ると考えてしまったから、
今から10年ぐらい前、ちょうど平成になってから湾岸危機
までのころはポストモダン批判を自ら率先してやっていた。
7 :
ええと :2000/09/15(金) 05:05
都市工学出の山形浩生が「ポストモダニズム」という語を
ひどく限定的な意味で使ってるのは不思議な感じがするな。
現実社会への影響という尺度で考えると、
建築と周辺分野のポストモダニズムの方がずっと重要だろう。
ヴェンチューリ『ハリウッド』とか
Pブレイク『近代建築の失敗』とか。
そもそも思想も用語もアメリカで始まったもんなんだし。
なのに馬鹿フランス人をポストモダニストの代表と見なすのは妙だ。
8 :
考える名無しさん :2000/09/15(金) 05:18
馬鹿フランス人ってだあれ?どこが馬鹿なのか解説してください。
9 :
>8 :2000/09/15(金) 05:21
10 :
考える名無しさん :2000/09/15(金) 05:24
あははは・・・。ばいばい。
11 :
考える名無しさん :2000/09/15(金) 05:28
>ハイパー資本主義はクラインの壺で表現できるのか!
>浅田彰のクラインの壷の比喩が、実はぜんぜんまちがっていることに気がついた
クラインの壷でいつハイパー資本主義を表現したんだ?
クラインの壷の比喩のどこが間違っている?
貨幣が商品であると同時に貨幣となるメカニズムとしては間違ってないだろ?
と突っ込みたくなりました。この点についても浅田はどこかで反省してるのですか?
12 :
>7 :2000/09/15(金) 05:30
山形浩生はSF者だからね。
<ファウンデーション>に登場する架空の科学「心理歴史学」や、
心理歴史学の天才ハリ セルダンみたいなものを期待したんだろう。
SFの話をすると、むしろサイバーパンク運動こそが、
アメリカのポストモダニズムの直系子孫だろうし、
「ポストモダニズム」という名前に相応しい世界観だったのに、
妙な反科学主義が「ポストモダニズム」を自称したせいで、
内容と名前の関係がぐちゃぐちゃになって議論が面倒になったな。
13 :
考える名無しさん :2000/09/15(金) 05:40
>妙な反科学主義が「ポストモダニズム」を自称
とりあえずリオタール批判してみて〜
ポスト構造主義とごっちゃにするのはなしよ
14 :
>13 :2000/09/15(金) 06:47
文化的多元化が普遍主義的理念の喪失だと思ってるあたり、
欧州ローカルな世界観だと感じた。
それは、むしろ技術文明から西欧の民族文化という色が薄れ、
技術文明がより普遍的になる過程のはずなんだが。
浅田彰など早く葬らないとちっとも頭が良くならないよ。
相変わらず『構造と力』が若者を惑わしているとは。
反省だけなら猿でもできる。著書を引き上げよ。
16 :
名無しさん@1周年 :2000/09/15(金) 10:57
ここ…?>11
「ぼくは自分自身の導入したクラインの壷のモデルを中心に据えることに
反対なので(笑)、いかに底がマジック・メモ化され、管がリゾーム化さ
れるとはいえ、結局は単一システムから出発してしまいますからね。」
批評空間U18
17 :
1 :2000/09/15(金) 11:00
>>14 鋭い指摘だね。ちょっと話は違うが、グローバリゼーションの流れ
と多元的文化の容認っていうのも、相反するようでいて、実は表裏
一体だという気がしてる。経済システムを共有できるという前提が
あるからこそ、覇権的でない文化の共存が可能になるような気がし
ます。
科学技術が特定の文化から切り離されて普遍化、共有化されて
行く一方、残された自由度の中で多元的な文化が育って行けば
よいと思う。(もちろん、科学技術文明というのも固定的なもの
ではなく、個別的文化と相互に作用しながら変化していくわけ
だが。)
変な喩えはださないほうがいいかもしれないけど、あえて言えば、
標準語が浸透したから方言が尊重できるようなものかな。
18 :
考える名無しさん :2000/09/15(金) 11:22
>>16 さんきゅ
ならさっさと新しいモデル導入せい、といいたい
19 :
吾輩は名無しである :2000/09/15(金) 11:37
>17 ごもっとも。
しかし、「ポストモダン」のうちでも建築用語でないそれが、
経済的グローバリゼーションを棚に上げて、文化多元主義のみ唱える、という、
それだけのパワーしかないということはないのではないか?
例えば、グローバル経済のやり方にしても、アメリカとフランスはよくぶつかる。
ユーロモデルとアメリカモデルというのが存在している気もする。
メディア系というかコンピュータ系企業のM&Aと、金融系のM&Aには、
いまのところ、まだ「相容れない主義の違い」みたいなものがある気がする。
まだまだ「ポストモダン」は、「モダン論」のひとつとして使いでがあると思う。
ところで、リオタールはパーだよ。
20 :
>7 :2000/09/15(金) 13:43
>ヴェンチューリ『ハリウッド』とか
Rヴェンチューリ『ラスヴェガス』のことか?
まあ、書き割り建築という点では、ラスヴェガスより
ハリウッドの方が本家だから、意味は通じるが(藁
21 :
考える名無しさん :2000/09/15(金) 17:36
ナショナリストどもめぇー!
22 :
>17 :2000/09/15(金) 19:00
>変な喩えはださないほうがいいかもしれないけど、あえて言えば、
>標準語が浸透したから方言が尊重できるようなものかな。
変な喩えと自分で言ってるのに突っ込むのも気が引けるけど、
それは確かに不適切な比喩だと思う(^^;
「日本語が普及したから朝鮮語が尊重できるようなものかな」
と大日本帝国のどこかで語られている情景を思い浮かべるといい。
「英語が普及したから他の諸言語が尊重できるようなものかな」
とアメリカのドキュンが口にしている情景とか。
普遍主義と文化帝国主義とは峻別する必要がある。
コンピュータの処理力が向上したおかげで
非アルファベット系言語も扱えるようになったことなんかが、
この文脈に相応しい事例だろうと思う。
将来的にもっと処理力が向上して、携帯電話で翻訳が可能になったら、
それこそが文化相対主義的普遍主義のもっと良い事例だろうね。
23 :
電波猫@ポストモダニストシンパ? :2000/09/15(金) 20:58
イーグルトンとサイードはポストモダニストで良いんだよね?
>1
「なんか言うことある?」っていうんならさ、
人の文章を引用するんじゃなくて自分で考えて書けよ。
80年代の人間は浅田を引用して同じように言っていたのではないかな。
サイードは違うっしょ。
テリー・イーグルトンはテリー伊藤っぽいところがあるけども、、
27 :
1 :2000/09/18(月) 00:03
>19
具体的な政治や経済のシステムに普遍的に採用すべき強力なモデル
があるとは思えないから、「ちょっと話は違うが」と言ったわけ。
普遍化と多元化が同居しえないものでないことを示しただけ。
22も真意は分かってるようだから、言わずもがなかも知らんが、
現状で翻訳機として使い物になるのは、標準言語しかないわけだ
かんね。単に、それだけの意味。
28 :
考えない名無しさん :2000/09/21(木) 06:29
>文化的多元化が普遍主義的理念の喪失だと思ってるあたり、
こんな19世紀みたいな奴がポストモダンとか言ってたのか。
鬱だ。氏のう。
29 :
考える名無しさん :2000/09/21(木) 12:50
1が引用している文章、支離滅裂なんですけど・・・
30 :
Witt :2000/09/21(木) 13:45
固有名詞ばかり
31 :
電波猫 :2000/09/21(木) 15:35
>サイードは違うっしょ。
>テリー・イーグルトンはテリー伊藤っぽいところがあるけども、、
ある事柄について何を強調し、何を軽視し、何と対比するか等、どう意味付けるか
と言う事を通じて物事の正当化等が生まれて、社会背景から言説が生まれる。とか言うもんだと思ってた。
32 :
>29 :2000/09/21(木) 18:01
三十代でオタク系教養が豊富だったら、分りにくい文章じゃないよ。
まあ、かなり読み手を限定した文章なのは確かで、
内輪向け文体特有の下品さがあるのは否定しないけど。
33 :
考える名無しさん :2000/09/21(木) 21:06
>32
そこに程度の低さとドキュソさが丸出しになっているんだけどね
恥ずかしい文章だ
34 :
考える名無しさん :2000/09/21(木) 21:15
山形浩生、結構おもしろい。
35 :
考える名無しさん :2000/09/21(木) 21:42
ソーカルを読んだ後で「実は俺もそう思ってたんだよ」ていう人、ちょっと恥ずかしいよね。クリステヴァやドゥルーズの中身にかかわらず。
卵のたてかたを知らず、コロンブスに嘲笑される人。
36 :
考える名無しさん :2000/09/21(木) 21:56
ああ、哀しき全体主義者達よ・・・。
37 :
>35 :2000/09/22(金) 12:05
うん、だから、ソーカルの発言を認めたがらない奴ってのは、
方意地はってるだけなんだろうね。気持ちはわかるよ。
でも、駄々こねるのは、はるかに恥ずかしいってことに気づか
ないかねぇ...。(藁
38 :
37 :2000/09/22(金) 12:06
方意地→片意地ね。
モニタが汚れててよくみえなかった。
39 :
35 :2000/09/22(金) 20:24
ちなみに、私はソーカルの本を好感をもって読んだくちで、自戒をこめていったわけです。
日頃、空虚なコトバを振り回して周りを混乱させる、勘違い君たちに悩まされていることもあり、ソーカルらの試みは、タイムリーな仕事だと思いました。
しかしそれでも、1の引用文を読むと、なんだか恥ずかしくならんか?
阿呆な自分を見ている気になるからかもしらんが、メディア露出度の高い人がこんなではね。
40 :
37 :2000/09/22(金) 22:04
>>39 そうなん?
でも、1の文章は、「俺もそう思ってた」っていうのとはちょっと
違うような...。
過去の自分を否定するんだから、結構辛いと思うよ。
まあ、それで贖罪にした気になってるとしたら、いい気なもんだって感じだけどね。
41 :
名無しさん@1周年 :2000/09/22(金) 23:34
今月の山形の批評は頂けない。
市井の一市民的言説にはうんざり。
時にそれが必要なときは、勿論あるのだろう。
が、仮にもニーチェやポストモダン(笑)の
洗礼を浴びたと自認する人が、人生について
凡庸な見解を開陳する様には辟易した。
まあ、コンサルだからね。「生々しい現実」
とか宣ってたし。期待が大きすぎるのかな
42 :
考える名無しさん :2000/09/26(火) 07:04
>41
あなたがドキュンなだけ
43 :
考える名無しさん :2000/09/27(水) 16:43
>>42 んにゃあ、ありゃやっぱだめっすよ。
批評になってないもん。
44 :
考える名無しさん :2000/09/27(水) 17:16
山形以下の連中には公共の場所で発言して欲しくないね。
45 :
考える名無しさん :2000/09/27(水) 17:47
>43@`44
だったら、ちゃんとした山形批判書きなよー。たのむよ。
広報部とかあるんだしさ。
期待しとるよ。
46 :
山形以下 :2000/09/27(水) 19:05
>45
おっしゃるとおり!
47 :
匿 :2000/10/02(月) 11:26
48 :
匿 :2000/10/02(月) 11:36
49 :
$B%J%k%X%=7/(B :2000/10/02(月) 14:18
thank you
>>48 $B$?$$$X$s$?$a$K$J$j$^$7$?!#@uED%9%l%C%I$K$7$D$3$/4X$o$C$F$k?M$N(B
$B0U8+$@`J9$-$?$$$J!#(B
$B!!!!$=$l$G!)(B
$B!!!!!V$=$l$G!W$O$J$$!#$=$l$@$1!#(B
$B$C$F$N$@`$$$$$M!#!JON!K(B
50 :
かなぶん :2000/10/06(金) 01:47
この上、なんて書いてあるの?
51 :
考える名無しさん :2000/10/07(土) 19:23
ごめんなさい、厨房な質問で申し訳ないんですけど、
それでも「構造と力」は読むべきなんですよね?
アズマ君の「郵便的」に10ページで挫折して、
もっと基礎から時系列にそって読もうとしているものです。
ちなみに理系なので、その辺の嘘に騙される心配はないと思います。
52 :
解読くん >50 :2000/10/07(土) 20:07
ナルヘソ君 投稿日: 2000/10/02(月) 14:18
thank you
>>48 たいへんためになりました。浅田スレッドにしつこく関わってる人の
意見が聞きたいな。
それで?
「それで」はない。それだけ。
ってのがいいね。(藁)
53 :
ナルヘソ君 :2000/10/07(土) 20:37
Danke Shoen
>>52 自分でも何書いたか忘れてたよ。(藁
54 :
かなぶん :2000/10/07(土) 23:43
東の「郵便的」って、白いほう? 読まなくていい。その後に出た雑文集の、青っぽいのが
あったじゃない。あれの最初に、あの「郵便的」が賞とったときの受賞演説があって、
それ見ればだいたいわかる。
とりあえず、理系だからって安心しないで、ソーカル+ブリクモン「知の欺瞞」(岩波書店)で
予防接種をしといたほうがいいよ。あと、基礎からなんて読まなくていいよ。でも「構造と力」
はそこそこよくできたまとめでしょう
55 :
51 :2000/10/07(土) 23:46
56 :
考える名無しさん :2000/10/08(日) 14:43
山形なんかも読んでいるとアホになるよ
57 :
名無しさん@1周年 :2000/10/08(日) 16:00
>>56 日本語としてかなり不鮮明な文章の見本。
アホという言葉を自分自身以外に適用する資格なし。
58 :
考える名無しさん :2000/10/12(木) 14:57
で、山形浩生って何やってるひとなの?
翻訳家?
59 :
考える名無しさん :2000/10/12(木) 15:57
>シンクタンク勤務の傍ら広範な執筆活動と各種翻訳を手がけ
『クルーグマン教授の経済入門』訳者紹介より
60 :
考える名無しさん :2000/10/12(木) 16:18
あれは重訳ですからね。
しまった。再訳。彼が始めて日本に紹介する価値があると判断した本ではないということをいいたかったので。
62 :
名無しさん@そうだ選挙にいこう :2000/10/12(木) 16:53
山形信者もかなりkittyが多いな
63 :
考える名無しさん :2000/10/12(木) 17:03
>>62 異様に軽い文体なので、へらへら読めて、
なんとなく解かったような気にさせられちゃう、って感はある。
64 :
58 :2000/10/12(木) 17:36
59さん、ありがと。
A
.