1 :
考える名無しさん:
1924年生まれ。
1950年代ー詩人として出発。『固有時との対話』(1952)『転位のための十篇』(1953)。花田清輝と
の論争。〈マルクス主義→日本ファシズムへの転向→マルクス主義への転向〉の可能の謎を思想。
1960年代ー安保闘争でブントに加担。〈大衆の原像〉〈個体幻想‐対幻想‐共同幻想〉のターム。
1970年代ー大学紛争、三島事件への発言。『最後の親鸞』(1976)で世界思想としての親鸞を提起
。フーコーとの対論(1978)。意志論の意味を提起。
1980年代ー埴谷雄高と論争。大衆の物質的豊かさをどう見るか。高度資本主義論。
1990年代ーボードリャールと対論。高度資本主義への視点。オウム事件への発言で物議を醸す。
《この境地でなければこれだけの「造悪」はできないはずだという評価になると思ってるわけです。
麻原のやった「造悪」と、この人のもってるヨーガの到達した境地と、パラレルだといいますか同じ
だと思います。》(『宗教の最後のすがた』1996)オウム事件を機に離れる愛読者(竹田青嗣など)
も現れる。『近代日本の批評』などで柄谷行人、浅田彰など、新しい世代に批判をされることが多く
なる。《用語が我流で、しかもそれが論理的につながっていない。最悪の意味で「詩的」に理解され
ていたとしか思えない。》(浅田彰)
2000年代ー『ひきこもれ』(2006)で一人になることの重要性を提起。講演CD『50度の講演』。
現在、2011.9月ー視力、体力が衰えるも思想活動は続いている。
つい先日、池袋の古書店で状態の良い『吉本隆明全著作集(続)情況・情況への発言』があったの
で買ってきた。『情況』の冒頭は当時の東大紛争と入試中止に於ける東大教授たちの立ち回りの特
徴、変わり身の早さ、当初は学生との団交に応じていたのが議論が収束しないとみるやいきなり
機動隊導入し、学生に一向に話を通じさせられない身の程を知らないまま、なにがなんでも入試
だけはやろうとする奇妙な情熱に呆れ続けた、とある。吉本の切っ先は鋭く、当時の大学紛争論と
してはかなり良いものだったろうことが想像された。いまだに理に叶った論として読める。時代
変わっても何故か読めてしまうのが吉本情況論の凄さだろう。
オウム事件や麻原のことにしても、予め、‘あれは市民道徳に敵対するもので、いかにああいう
カルトを蔓延らせないかか、が一大問題’のような纏め方が多い中でほとんど吉本だけが根底的
解決ということを課題にし、語っていた。それは今の方がよりクリアに見えることだ。あの事件の
孕む問題をあそこまで〈存在の深さによって人間は変容する〉という言い方で出したのは吉本だけ
である。これも驚異的な読みだと言わなければならない。
>>4 意地で便乗しなかっただけ、としか思えない。
まあそれもなきにしもあらず、だけど、でも『宗教の最後のすがた』(春秋社)みてると、それだけ
じゃなあく、やはり麻原の「造悪」の謎というのを、精神の「深さ」の問題として、受け止めているの
が分かった。あの本も、あまりまともに読まれなかったと思う。今読むと、オウム事件の根底的解
決としているだけあって、他のオウム事件本とは全く異なる。今読む方がそのことに気付かされ
るんじゃと思う。
>>6 絶版になってるし、近くの図書館にも置いてない。
amazonレビューには「弟子が感心してるだけ」とあるけど、読んでみたい。
8 :
考える名無しさん:2011/09/26(月) 14:40:28.70 0
吉本シンパは
インテリ崩れになっちまった貧乏な下層労働者が大半
おれもそのひとり
彼の思想内容自体には今から思えばさしたるほどのものはないが
その生き方や存在に助けられる
吉本の大学教授叩きに大衆化して非エリート化した学生である全共闘が追随した。
以後、大学で知的な教養主義的基盤が崩れ、現代に至る大学生の軽チャー化が進行した。
ってのが、もはや通説になりつつあるのだが、どうなんだろうね。
10 :
考える名無しさん:2011/09/26(月) 17:26:02.49 0
しらけ世代の大人たちが、映画や漫画やアニメに耽溺しつつも、
後ろめたさを感じながら生きてきたからかどうかはしらないけど、
今となっては漫画離れやアニメ離れすら起こっているみたいだからねえ。
11 :
考える名無しさん:2011/09/26(月) 18:23:31.49 0
そしてインテリ崩れたちと悩める社会人たちによる
哲学の再流行w
>>9 全共闘に対する影響力なんてなかったと思うけど。
むしろ、べ兵連のデモにすら参加しない非行動派の教祖にすぎなかった。
大学のレジャーランド化は生活水準の向上による結果であって、思想とは無関係。
KGBから金貰ってたベ平連w
「思想の自立的根拠」とか「共同幻想論」とかバイブルみたいに読まれてなかったっけ?
大学解体とか言って大学教授を吊るしあげたりしてた連中が全共闘。
思想が影響なかったとも思えないがねえ。
15 :
考える名無しさん:2011/09/26(月) 21:47:27.92 0
たぶんこういうことじゃななかったのか?
ちゃんと読解して影響を受けたレベル→非行動の教祖に(ごく少数)
本棚に飾ってあったレベル→全共闘的なムード的行動派の教祖に(きわめて多数)
読んでも理解できず批判対象としたレベル→内ゲバに明け暮れる過激派に(絶滅種的に稀れ)
>>14 全共闘のスローガン・アジビラ・メンバーの手記に吉本用語なんか出てこない。
セクトでは、叛旗派の機関紙に吉本の名前がたまに出たけど、しょせん弱小セクトだし。
まあ、後から考えれば影響力を多めに感じるのかもね。
それと、どうしてもマスメディアとか文壇とかで目立つと皆読んでるような気になってしまう。
浅田彰「構造と力」が10万部で(累計ではもっと行くだろうが)、
そのうち何人読み通したのか知らないが、
それでもなんとなく浅田の時代があったように感じてしまうから。
それと一緒で。
>>17 そんな感じ。
「共同幻想論」はタイトルが魅力的で、売れたと思う。
しかし、当時の学生が求めていたのは、政治学的な国家論だったのに、
「遠野物語」や「古事記」が出てきて、唖然としたはず。
「擬制の終焉」や「自立の思想的拠点」もタイトルがよかった。
Wikipediaには、
『共同幻想論』が全共闘世代に熱狂して読まれ、強い影響を与えた思想書と書いてある。
羽仁五郎『都市の論理』のほうが影響ははるかに大きかったと思うけど。
‘過激派の時代に教祖だった’という話は一部じゃないかな。吉本は過激派の居る場所で当時
度々講演をやってて、その講演内容が冊子や本にもなってるが、ただ講演記録では本当の
ところは書かれてない。というのは当時の学生運動家から罵倒中傷され、壇上から降りて
きた吉本と掴み合いになることもおそらく珍しくなかった。猫々堂の『吉本隆明資料集47
』に「講演後の討論」というのが約30頁掲載されてる。そこでの学生からの罵倒中傷はひど
いものだ。参考に少し書いておく。
《学生E 現実的にね、社共的な階級闘争というものがあるわけでしょう?
吉本 そうかなあ、ぼくはないと思いますね。
学生E 大衆が一定の契機を掴んで立ち上がったとしてもね、ただ単に反体制的な行動し
か出来ないんですよ。
吉本 何、何、反体制な、なに?
学生E あんたはな、大衆の反体制的な後退的な意識に依拠しているんですよ。
吉本 何言ってるんだい、ぼくは少しも依拠なんかしてないよ。
学生E あんたはね、大衆はいつか立ち上がるだろうと…
吉本 いや、そんなことは言ってない。何言ってんだよきみは、よし、やろうか。(客席大
笑、吉本氏、椅子からやおら立ち上がり、背広を脱ぎ捨て、腕をまくる)
学生E 現実的に社会党の運動がある。そこでね、我々はそれを実践的に突破
していかなければならない。あんたは実践的なものを見失っちゃって…
吉本 何言ってるんです、あなた。
学生E 何を、どのように大衆を一定に統一するということね、そういうことを一切かなぐ
り捨てた時点において…
吉本 何言ってんだ、何がかなぐり捨ててだい、いつかなぐり捨てたんだい。よし、やろう
じゃないか
(続き)
学生H 人間はですね、考えただけではどうしようもないんですよ!(客席笑)
吉本 何を言ってるんですか、いいですか、観念の創造といいますがね、人間は現実的な
構造をもって生きてるんですよ。
(中略)
学生H 本学の竹内芳郎先生が、要するに知識人の役割ということでですね、知識人はもの
ごとを考えることが労働であって、ものを考えていればいいんだとー
吉本 ぼくはそんなことはちっともいったことはない。
学生H ところがね、いまの吉本先生の論理を聞いていますと、全く似てる!
吉本 いや似てない!(客席大笑)
学生H 吉本先生は観念の世界に閉じこもっちゃってるじゃないか。
吉本 冗談じゃないですよ、待ってください、あなた。冗談じゃないですよ、あなたはどう
しておれが観念の世界に閉じこもるなどと言えるんですか。
(中略)
学生H 要するにマスターベーションにすぎないじゃないか。
吉本 何を言ってるんだよ。何言ってやがんだ。
学生H 何だよ!(こののち、場内騒然となり、吉本氏と数名の学生の間に喧嘩腰の激しい
口論があったが、多くの発言は聞き取りがたい)
吉本 読んでるか、おれの書いたものを。
学生J そんなものいちいち読んでいられますか。
吉本 怠け者だよ、きみは。要するに。
司会者 みんな席に戻ってください。》
これが珍しい事態だったなら‘教祖’も分かるが。
全共闘世代の批評家たちにいわゆる吉本派が多いじゃない?
また、全共闘世代じゃないが、柄谷行人も含めて後に批判に回ったようなのも含めて、影響力があった。
その後、80年代に糸井重里みたいな全共闘世代の表現者を擁護したから、なんとなく強い影響力を感じちゃうんだね。
23 :
考える名無しさん:2011/09/27(火) 00:56:27.76 0
いかんともしがたいですな^^
25 :
考える名無しさん:2011/09/27(火) 01:12:02.18 0
最近のうちの会社のスローガン、
「共闘」なんだわ・・^^
なんだかなあ
by二十代の若手
26 :
考える名無しさん:2011/09/27(火) 01:27:04.76 0
吉本さん自身
いわゆる文筆によって名を売り稼ぐ知識人であって
一般サラリーマン・労働者(東大以下、大卒のほとんどがそうなる運命)
ではないことに矛盾がある
それはそれで構わないに決まってるが、
当時の学生の苛立ちと焦燥の矛先は、大学教員だけでなく吉本さんにもむかった
吉本さんを完全に誤解(あるいは自分たちとまったく同じ場にいてほしいという勝手な願望)
そもそもが彼は社共系の活動家ではない マルクスの方法論に影響を受けているだけだ 基本的にただの文芸批評家だ
「擬制の終焉」などは「全ての偽物を打ち倒せ!」みたいな純粋好みの学生に向けたスローガンとして受け取られた、と鶴見俊輔が言ってるらしいね。
全共闘は基本的に大学と大学教授を叩いたので、在野の吉本氏は逆に影響力を持ち得た。
全共闘は丸山真男を叩いたけど、吉本の「丸山真男論」などは影響力を持ったんじゃないですかね。
28 :
考える名無しさん:2011/09/27(火) 02:22:04.37 0
いやだから、60年安保のころの著述が全共闘期になって大ブレークしたわけだが、
当の全共闘学生に対しては吉本は至って冷淡な時評を書いてたわけで。
ただ、ベ平連よりは全共闘学生のほうが好きだとか、ともかく丸山以下、東大教授はなってないとか、
そういう論理というより情緒の部分が複雑に絡んでややこしいわけだ。
それと、全共闘世代の評論家などに影響を与えたというけど、その場合はまさに泥沼化した学生運動から
不毛なマルクス主義・主義から足を洗うにあたっての思想的正当化を与えてくれたということだろう。
猫々堂の吉本隆明資料集って吉本にちゃんとお金払うようになったの?
全ての偽物は学生の方だったというオチですね^^
あの頃全共闘の学生が教授に「アンタは専門馬鹿だ」と詰め寄ったら教授は「オマエはただの馬鹿だ」と応えたなんて話もある。
32 :
考える名無しさん:2011/09/27(火) 13:47:20.23 0
その精神的にどうしようもない当時のバカな学生どもが
社会の中枢にいるんだもんな
政治も財界も組合も学校もな
育ちが悪いんだよ 敗戦前後に生まれ価値の大転換がおこって大人に不審・理のないバカな反抗・ド貧乏が大人になって
高度成長期にさらされて急に大衆大量消費に入ってコロッとやられて社畜・エコノミックアニマルとなり
現代の若者には自己責任?論を唱えて説教して貶めておいて、ちゃっかり自己利益だけはきっちり確保
確固とした理念も軸も何もなかったんだろ?結局。人生の意味もわかっちゃいねえ
戦前世代のおっさんたちの方がまだまし。
老害はさっさと引退して消えてほしい。
吉本さんの名を語るな お前ら団塊は。
33 :
考える名無しさん:2011/09/27(火) 16:58:06.92 0
>>27 60年安保闘争で逮捕された事実がマスコミに過大評価されただけ。
べ兵連すら罵っていた吉本に全共闘の学生が共感するはずがない。
吉本の主張を歓迎したのは心情左派・転向者・戦線離脱者だろう。
ベ平連なんてKGBの手先だろ。実際にカネももらっていたわけだし。
>>35 当時は誰も指摘してなかった。
今の知識で判断しては誤解の元。
60年安保の全学連も、右翼の田中清玄から資金援助を受けていた。
政治の世界では、敵の敵は味方。利用できるものは何でも利用する。
>34は違うんだよなあ。
まず、晩年になるまでは吉本がマスコミに評価されるなんてことはなかった。
それから当時は心情三派というのがあって、何にもわかってない学生たちの血気盛んさに眉をひそめつつも心情的にシンパシーを抱く「大人」は多かったらしい。
そういう心情部分の問題としてみないと全共闘や過激派セクトと吉本の深〜い関係はわからない。
よくも悪くも、市民派チックなベ平連から丸山真男までが、生理的に受け付けられなかったという、当時の日本的な原風景が感じ取れるかどうかだが。
21世紀の今では風景は一変しているんだろうけど。
33の人、よく知ってるなあ。『吉本隆明資料集47』の記録によれば、1967年11月11日。場所は3
3の言うとおり国学院大学412番教室とある。
演題 人間にとって思想とは何かー『言語にとって美とはなにか』および『共同幻想論』にふれてー
主催 国学院大学文芸部
録音 若木祭実行委員会記録係
収録 『第85回若木祭・吉本隆明講演および討論の記録』
どうも大学祭の講演会だったようだね。33の人は何故国学院大学って知ってたんだろう。この
ときにことはあの頃の学生の間では有名だった?因みにこのときの講演内容は『吉本隆明全著作集
14』(勁草書房)に収録されている。ただこれも今は古書店にしかないんだろうね。どうもこれまた
時の流れを感じさせる話だけど。
40 :
33:2011/09/28(水) 00:56:30.55 0
竹内芳郎というどこかで聞いた事のある人を調べたら
國學院で教えていたらしいことがわかったので、
33のようにかきました。
67年にはまだ生まれておりません。
>>38 しかし、小林秀雄の次の時代の文学のカリスマは誰かといわれれば好き嫌いは別として吉本を上げる人が多いだろう。
>>38 晩年?
1980年代に入って「共同幻想論」・「言語美」・「心的現象論序説」が文庫化された頃から、
「思想界の巨人」と言われるようになったと記憶してるけど。
あの頃の角川書店といえばまだ捕まって放逐される前の角川春樹の時代でアウトロー感覚で粋がっていたよ。
いわゆるマスコミといったのは大新聞とか、かつて朝日・岩波文化人と称された文化人グループのことだ。
吉本が早くから平凡パンチのインタビューは受けても、年取って朝日のインタビューなんか受けるようになったことが
それ以前からの読者には衝撃だったのだ。
産経が取り込もうとしたことがあったよね。
反社共、親原発、反朝日岩波ってことで一致できると考えたんだろう。
でも、オウムを擁護したり、とても一般マスコミが扱えるような社会の一般常識に収まる人物じゃなかったw
>>38 >>20-21を読めば、当時の活動家にとって、吉本もまた知識人の一人にすぎなかったことがわかる。
吉本の著作は全共闘世代の学生に読まれただけであって、全共闘の学生に読まれたわけではない。
>>42 吉本が国語の教科書に初めて載ったのはその頃かな。
47 :
考える名無しさん:2011/09/28(水) 22:58:09.48 0
公務員試験にも出たぜ
びっくりした
マルクスがどうたらとか・・
おいおいらしくねえじゃねえか役所はってね
>>45 それはちょっとずれる。やはり当時においては一番カリスマ性があったはず。
とくに全共闘=ノンセクト系の学生に受けていた。(それとちゃんと読まれたかどうかが別。)
ノンポリや引きこもりが吉本の読者層になるのは、ずっと後の時代だ。
それに対して、党派=セクトの活動家、すなわち社共系や革マル派の学生が吉本など読まないか反吉本だった。ブント系は親吉本だ。とくに叛旗派。
ただ、革マルの場合は吉本が気になってしようがないという感じで批判対象となる。それが國學院大學でのような反応となって現れたのだろう。
なぜかといえば、安保後の「擬制の終焉」の頃、吉本が最も先鋭な革マル批判とブント援護射撃をしていたからだ。
今の時代からは想像もできないだろうが、
ノンポリ=一般学生
ノンセクト=全共闘系学生=非党派系活動家層
セクト=ブント、中核派、解放派(三派系)
セクト・革マル派
セクト=社会党、共産党、親ソ系市民派(旧左翼系)
という分布があって、それが吉本評価にそのまま反映されていた。
ノンポリ一般学生が吉本なんかに触れるはずもない。
吉本に肯定的に触れたのが全共闘系とブント系の学生で、それ以外のセクト系は反発しながら意識する。
旧左翼系の学生はそもそも吉本なんかに関心がなかった。
たしかに私は小田実の愛読者だったころ、吉本は許せなかった。水をさしてばかりいる、それで
自分は何もしない…。吉本の思索の豊穣さは政治的人間には無なんだ。だからたしかに毛嫌いして
いた。79年頃、吉本と鮎川信夫の対談が『現代詩手帖』によく載っていた。内容は進歩派の批判が多
く、それは私にとって難しく理解できないし、むしろ〈理解すべきではない〉という代物だった。あ
のような言説は敬遠していた。80年代半ば、吉本の詩集『日時計篇』などを読んで、それには感動的
に読めて、それから抵抗なく読めるようになった。吉本の深度に、初めて降りて行けるようになっ
た。80年頃は新左翼はまだ健在で、その人たちは吉本は読んでないようだった。黒田寛一やマルク
スだった。
原発のような究極的な技術を使った道具によって
進歩主義を終わらせることができると考えたのかねえ。
単純な技術信仰。理系の悪い面が露骨に出ている。育った時代的なものもあるかも知れない。
吉本の80年頃の印象は私には良くなかった。サルトルがちょうど80年4月に死んだ。『朝日ジャ
ーナル』に生前最後の対談が3週にわたり掲載され、難しかったがそのラストは多分当時の誰もが
胸を打たれざるをえないものだった。《左翼は停滞し、硬直し、保守派に攻められてばかりいる。こ
れがもうすぐこの世から居なくなろうとしている老人の静かな絶望さ。しかし、はっきり言ってお
くが、私は希望の中で死んでいくだろう。だが希望、これを作り出さねばね…》このような言葉でそ
れは締められてた。これには胸を打たれた。ところがその年の暮れ、吉本と鮎川の対談で鮎川はこ
う言っていた。「サルトルは全部間違っていた。」これに吉本もほぼ同意してこう言った。「そう思い
ます。サルトルは間違ってばかりいて最後に覚めた。て感じです。」吉本の発言はマルクス主義へ
のサルトルの構えを実は言っていたわけだが、とにかく私にはここでの二人の発言は正直許せな
かった。
吉本はサルトルをどうこうじゃなくてフーコーやアルチュセールを弄ってくれれば良かったのに。
サルトルの間違いは70年には既にはっきりしていた。
晩年はほとんど忘れ去られた思想家だった。
サルトル思想は生前からさほど全体像としては知られていない。最もポピュラーなのは初期の『
存在と無』の〈自由=責任=意識〉の哲学だろうが、それ以後、特に後期哲学は読まれていない。最後
の作家論『家の馬鹿息子』は〈乗り越えがたい幼少期〉が主題となる。これは吉本が80年代後半以降
展開し出した太宰治や三島由紀夫などの作家論における乳胎児期の問題と関わる。それをサルト
ルは70年に発表していた。吉本はサルトルの死後に追悼文を書いてるが、思想家サルトルへはず
っと目が離せない存在だったとしている。力量は否定できないことを知っていたと思う。ロシア
マルクス主義の同伴者だったことへは認めてなかったけどね。
フーコーへはあまりないと思うが、デリダへの批判があるので抜粋してみる。
《たとえばハイデッガーがナチスに協力したとかしないとかという問題がありますね。たしかに講
演なんか読んでみると、そういうことを言ってます。だからそうじゃないということはできないと
思っていますが、だけどナチスに協力したかしないかとか問題にしている人たちは、ひとりでに
スターリン主義に協力しているんですよ。デリダのものもそうです。全部自分が無意識のスターリ
ニズムを持っていることに対しては無自覚なところから、ハイデッガーのナチス協力の問題を
論じたりしてるんです。ぼくらはこれじゃとてもだめだと思っています。デリダはハイデッガー
のナチス協力の問題をたいへん緻密によく論じてるんですが、よくよく読んでみると、この人は
自分の中に持っている無意識のスターリニズムを少しも取り出した上で論じていない。こういう
論じ方では〈いま〉につながるとはとても思えない。》(『吉本隆明資料集89』145頁)
〈無意識のスターリニズム〉というのは度々吉本が用いる批判だが、「ハイデガー=ナチス」批判に
潜む問題としてここまで抉った思想家もいないだろう。〈無意識のスターリニズム〉というのは知
における善意や道徳心などがそれ自体閉じた党派を志向してしまう無意識的な抑圧だが、デリダ
にそれがあると言った人は吉本だけだろう。
1920〜1930年時点でナチズムかスターリニズムしか選びようがなかった(ように思われた)ことは誰しも指摘してるじゃないの。
しかもデリダは別にハイデガーを批判してない。むしろ擁護してる。
吉本のデリダ批判で何が問われているかを熟考すべきだろう。デリダが柔軟な人だということは
吉本だって知ってるに違いない。でもそのデリダに対して〈無意識のスターリニズム〉という場合
、そこで問われているのはおそらく善悪の問題で、デリダなり、他の思想家が、ナチスの殺戮、暴力
なりを絶対悪として措定し、ナチス批判を思想の絶対的使命とする、そのこと自体を問うている。
この問題はハイデガーによる有論の根底にもあり、モノの操縦士としての役割を担い、自身もモノ化さ
れていく人間にとって、その窮乏からの逸脱が可能になるのに、モノの世界の断念・拒絶が必需
とされている。その表現の中に、暴力や破壊としての悪の問題が含まれている。翻って現代思想家
たちは、難しい言い回しを好む割りに善悪の批判は為されない。《こういう論じ方で〈いま〉につな
がるとはとても思えない》というのは、消費資本主義に入った段階で、新しい善悪が要請されてい
る、とした脈絡と同じだと思う。ナチス批判する現代思想家がそこで絶対善‐絶対悪の観念を使用
するそのこと自体を問うているのは、その善悪の絶対値に開かれるべき観念が残っているんじゃ
ないか、と言いたがっているわけだ。
デリダはユダヤ人であり、傍観者じゃなく当事者とも言えるからね。
傍観者にすぎない吉本とは距離がありすぎる。
日本はファシズムも別に徹底していたわけじゃない。
絶滅収容所なんて無くて、マルキストも転向すればすぐに執行猶予がついていたわけだし。
スターリン主義にしてもそうだ。貧弱な共産党があっただけで、今考えると日本では大した問題ではない。
傍観者として論じるのか当事者として論じるのかで大きく違うと思う。
端的に言って、吉本氏は外国のことを知らなすぎる。
当事者性は思想の免罪符にはならない。そのことはデリダだって知っていたはずだ。そこ
を考慮すべきなら本人がテキストで断るべき。断らない以上、考慮する必要はない。不要な前提は
第三者がつけない方が良い。
あと、59の言うことを読んでいると、西欧と日本の歴史の違いからして、西欧のことは日本では
語るべきでない、みたいなことになる。しかしこれは一見潔癖な言論封殺になる。ならば他人のこ
とを語るべきでない、ということになる。他人のことは当人にしか分からないのだから。体の良い
抑圧になる。デリダ読解にユダヤ人問題を絡めるべき、というのは一つの立場としてはあるが、一
つの立場に過ぎない。因みに私はハイデガーもよむが、デリダのハイデガー読解は難解なわりに
ハイデガー思想への神秘化が過剰で、ハイデガー思想を一部インテリや信奉者の遊戯にしたとみ
なしている。つまりハイデガー思想にある、表層と深層(歴史)の二極の広がり、深みを、歴史を痕
跡と規定することで消してしまった。それはデリダのハイデガー論の最もダメな特徴だと思う。
のわりには、吉本氏は「日本のことを毛唐の本を読んでわかるか」みたいなことを平気で書く人だけどね。
むしろそういう言説の先頭に立ってきたのが吉本氏といえる。
3流のマルクス主義イデオローグとか、デリダはスターリニストとか、お上品でないレッテルで切り捨てていく。
もちろん、吉本ファン以外、世界中で誰もそんなの聞いてなくて、滑稽でしか無いわけだが、それは抑圧じゃないのかな?
デリダに関しては吉本に言われるまでもなく私が批判してる。ただ、あまり知られてないだけさ
(笑)ハイデガー読解において、デリダは有名人だからね。吉本が言うまでもなく上レスに書いた
ように宜しくない。それから、私が覚えている範囲でいうと、確かサルトルが来日し、加藤周一ら
と対談した折に喋ったことについて、おべっかないし適当とかと言っていたことがある。そんな
に数はないと思うが。60-80年代はまだまだ日本は西欧には知られておらず、言及も本気ではす
る価値のない国だ。そこで適当なことを言うのも致し方ない。そういう時代だった。
デリダに戻れば、何だかよく分からないけど凄いこと言ってるに違いない、みたいな亜流はどこ
にでもいる。実は少々丁寧に読み直せば実体は分かる。デリダは晦渋さが凄い分、とりわけ祭壇に
置かれ易い思想家なんだよ。先入観を持たず読むべきで、すると色々分かってくる。デリダにかぎ
らず、西欧の現代思想家は難解なわりに知の党派性それ自体には解体の矛先を向けようとしない。
吉本の疑問はそこにある。知に携わりながらその反対の極へも考察を加え、知の党派性を壊すこと
に力を注いだ。吉本の問題意識は日本人が知的にかつてより上昇した今の方が切実だよ。
党派性というと政治的党派性のイメージがどうしても付いちゃうんだが、
党派性というよりも、哲学は西欧的思考のシステムに過ぎないという気がするな。
ソシュールにしてもデリダのソシュール批判にしても前提として西欧のアルファベットの言語があり、
そもそも日本語とは直接対応しない。
暗黙のうちにイデア論とかを前提にしていて、日本人が読む時に議論に普遍性があるのかどうかも怪しい。
「研究」としては読むことは可能だけど。
どんなジャンルでも思考のシステムがあって、例えば法学なら法学の用語と思考様式に入らないと法学の議論にならない。
哲学もそれと変わらない気がしますがね。
現代思想家の本は皆、難しい。本気で読めば得るものはあるに違いない。どれも絢爛たる文章だ
しね。ただ、知というのがその反対の非‐知へも開かれているべきだ、ないし領域として繰り込む
べきだ、というのが吉本の課題で、そこが現代思想家の中でも特異さがある。吉本の場合、そこが
徹底していて、〈知よりも非‐知の方が価値があるとしなければどうしようもない〉という。だから
非‐知が啓蒙の対象になることに否定的だ。その辺になるとほとんど通じない人が多く、柄谷がは
なれていった原因の一つがそこだよね。特に90年代以降に若い論客に吉本が否定されていったの
もそこ。それがマルクス主義の復権になり、或は正義とは何か、正しい選択とは何か、という問題
に若い世代が入っていくことにもなる。これに吉本自身は〈マルクス主義が「夢よもう一度」をや
ってるけどそれはないと思います〉と言ってる。私もたまにTVでサンデルとかがやってるのを見る
ときがあるけど、率直に言って、そこに居る人間を見てて、〈価値ある選択〉を考えるなかでどんど
ん〈無駄な思考〉を切り捨てることを強いられるわけで、そのことが悲惨に見えるね。〈言論の実効
性〉に絡め取られていく姿がね。宮台真司から桜井和寿に至るまで、〈正義論の復権〉があるわけだ
けど、ああいう表現者の紆余曲折として出される言論が、またもや政治の底無しの中に大勢を巻
き込んでいくわけで、昔と何が変わったんだろうと自問せざるを得なくなる。ただ、吉本理論が
〈非‐行動〉や〈非‐抵抗〉や〈追従〉の物象化として流通していった、それは吉本自身の本意でないは
ずで、本意でないことが通俗的な流通をしたことへの反動も入っている気はします。党派に閉じ
ていかない、価値や実効性にがんじがらめにならない、ウルトラ民主主義がいかに可能か、は未だ
に吉本にとっても課題だと思うけどね。
しょうもないセクトに巻き込まれずに生き延びよとかいう感じの議論なのかねえ。
わからんでもない。やたら危機が煽られたり対立が煽られたりする状況には乗らず、
そして、野心を持って強者になろうともせずに生き長らえるという風な。
正義論云々は本屋と教育テレビ以外は大して盛り上がっていないような気もする。
67 :
考える名無しさん:2011/10/04(火) 02:57:05.70 0
いま現在でいえば民主党も自民党もどうしようもない、という感覚は説明不要なまでの自明のことであろう。
60年代においては、社会党も共産党も革マル派も中核派・解放派もみんなどうしようもない、というところはまずは大前提にしてもらわんとな、
というだけの話だったのであって、そんなに哲学的な話じゃないよ。
ブント・叛旗派に半身で肩入れしたのが話をややこしくしているのだろうが、当時の吉本としても何かに希望は持っていたかったのだろう。
そして誰もいなくなった現在において、既成党派を全否定してきただけで吉本は結局何も生み出せなかったではないかといえばその通りだが、
日本社会において既成党派か全部だめだったのは吉本のせいでもなんでもない。ただ吉本はそうした真実を口にし続けてきただけのことだ。
吉本もまた、この日本社会において何かを立ち上げることはできなかった、それだけのことだ……。
68 :
考える名無しさん:2011/10/04(火) 03:05:32.50 0
(続き)もっとも、いかにも全か無か的な全否定の論理を呼号していた分、負け方とか受け身のような思考が欠落していて、平成期の日本社会の総崩れになんら寄与するところがないことに失望を覚えたのは覆いがたい事実だ。
69 :
考える名無しさん:2011/10/04(火) 11:56:18.19 0
吉本隆明って抽象的な勝ち負けに拘る人だったの?
上の方のエピソードでは、具体的な身体で決着をつける喧嘩は嫌いじゃなさそうだがw
この人の(特に政治的)主張の大半は狂ってるんだけど、文芸批評家として80年代まで時代に耐えたのは凄いといえば凄い。
50年代から80年代の終わりまで、万葉集、源氏物語からポストモダン文学まで論じられたのは誰にでもできそうでできるものではない。
68の負け方とは、平成期日本大衆の「敗北の構造」のことをいっているわけだが……
吉本隆明の言説に救われてきた人間からすると、ただ今は感謝だね。同時代に居てくれて感謝し
ている。あの思想は未だに死んでないし、読めるものだしね。忘れられていくんだろうけど、関係
ないね。かつて愛読者で去った竹田などの人の言説と、吉本の言説と、どっちが深みを持って時代
に堪えているか、明らかであるし。未だに正当な評価が乏しいのが残念だが。それにしても、若い
世代は、吉本とかはもう読まないのかな。大学生とかは批評家では誰を読んでるんだろう。例の宇
野常寛か、東浩紀か、批評家自体、もう読まれてないのか、元々理解されにくいものではあるけど、
知的アクセサリー以外の目的で思想書とか本気で読む人間は居なくなったのだとしたら淋しい
ねえ。
本も読むだろうけど、
国際貢献や社会貢献あるいはボランティア活動に携わる実践的なデキル子が目立つように思うが。
思想が社会を動かす時代じゃないね。これは世界的にそうだね。
フランスでももう大思想家なんていないもの。
若い奴は経済学とか法学とか実践的な個別のジャンルに行くのではないだろうか。
吉本を読んでも資本主義のことは何も分からないし。
同じ在野ならば、関曠野とかが資本主義を意識したものを書いたりしているな。
20年前から思ってるんだけど、関って何して食べてるんだろう?
77 :
考える名無しさん:2011/10/07(金) 22:40:05.30 O
印税とか講演料とか蓄えがあるのでは。
極貧の噂を聞いたことあるけど。
印税とか講演料で食えるのはテレビでよく見る文化人かベストセラー持ちしかあり得ないのでは?
世界中でデモ起こってるけどやっぱりスターリニズムだからダメなの?
すべてプロ市民。だめだめだ。
こんなのは歴史の普遍的進歩とは無関係で
まったく無視してよい、虫けら同然。
やっぱりそうですよね。吉本思想の深遠さがよくわかりました。
82 :
考える名無しさん:2011/10/16(日) 09:36:09.52 0
と、ハードスターリニズムからソフトスターリニズムを批判する吉本思想でした。
自演乙
84 :
考える名無しさん:2011/10/16(日) 22:17:53.51 0
初心者なんですが隆爺はスターリニズムって言葉をどういう意味で使ってるんですか?
まあ普通に恐怖政治する人でしょ。社会で言えばパワハラつかう人とか
共産主義的一党独裁の総裁で去勢する人のこと
86 :
考える名無しさん:2011/10/17(月) 00:01:54.58 0
スターリンのあまりに非人間的な恐怖政治の特殊性については、たとえばハンナ・アレントとかが詳細に議論していたりする。
当然、日本でも貧しいながら戦後の知識界でそういう議論はある程度共有されていたはずで、
そういう背景のもとで、吉本は例によってなんの注釈もなしに感覚的に濫用していたと思える。
定義なしにソフトスターリニズムとかいいだせば、そのレッテル貼りが一人歩きすることにもなりえようが、
意外にそういうことには無頓着だったんだな。
87 :
考える名無しさん:2011/10/17(月) 00:11:38.15 0
(補足)ただ、その場面限りでの時論的な文脈では、罵倒されている対象の性質が読者にも明確なわけで、
ベ平連などに潜む隠れソ連派の、今風に言うところのプロ市民派のことだな、とかは自明だったと思う。
考えてみると、吉本が忌み嫌った「進歩派」「市民派」というのはいまでいう「プロ市民派」の若い頃のことだな。
88 :
考える名無しさん:2011/10/17(月) 00:31:33.14 0
>>85 なんでデリダがそんなスターリニストなのって話になるな
89 :
考える名無しさん:2011/10/17(月) 09:16:10.97 0
>>56 吉本は善意や道徳心無しでやってるの?
吉本信者は変な吉本用語使う閉鎖的な党派じみた感じになるのは気のせい?
「ソフトスターリニズム」もそうだが、
吉本爺さんが好んで使う「党派性」という観念もまた謎が多い。
91 :
考える名無しさん:2011/10/17(月) 12:52:33.57 0
>>56 しかし、吉本さんが進歩的知識人とやらをスターリニズムの加担者だと攻撃するときにも、
無意識のスターリニズムに自覚的だとは思えないけどね。
原発問題についてもけっきょく党派性を引き寄せてしまっている。
つまり原発擁護論者の恰好のイデオロギーとして吉本思想が利用されちゃっている。
そこをちゃんと跳ね除けるだけの思想性を吉本さんがその批評の文脈で発揮していると思えない。
吉本さんも所詮はその批判対象である進歩的知識人の鏡像なんだよ。
92 :
考える名無しさん:2011/10/17(月) 13:24:57.46 0
つまり吉本は自分よりも新しく出てきたものを何でも批判するために、自分で造り出した紋切り型の批判
(要するに左翼的なレッテル貼り)をいろんなものに当てはめているだけだと思う。
“無意識のスターリニズム”にしたって、これはもともとベ平連とか、自分より後から出てきた
ある種の左翼(60年代後半に登場してきた新左翼の一派)に対して使っていたレッテルだろう。
それをなんの造作もなくデリダに対して使ってしまう。
「党派性」について厳しく批判する自分自身が、今やありもしない「党派性」の亡霊に取り憑かれている、
というボケ老人の想像もつかない恐るべき頭の中w
でも、なぜかサブカルチャーには寛容なんだ。
自分が年齢を重ねた今考えると、吉本のサブカルへの寛容さはなかなか凄いといえば凄かった。
普通あの年令になってサブカルなんて理解しようとすら思わない人が大半だからさ。
最初から継続して村上春樹を擁護してきたのは吉本派くらいしかいなかったし、案外、文学の選別眼はあったと思う。
それで80年代まで通用できたんだから大したものといえば大したもの。
94 :
考える名無しさん:2011/10/17(月) 15:01:42.28 0
ベ平連はもちろん鶴見俊輔のような非マルクス派を前面に押し出しつつも、資金・事務局を代々木から追い出されたばかりのソ連派が握っていた。
だから「進歩派」「市民派」を装う隠れ旧左翼=ソフト・スターリニズムだという批判が成り立っていた。
この構図はその十数年後の1980年代まで、あるいは90年代いっぱいまでは存続していたといってよい。やっている人間が同じだったんだから。
ようするに、ソ連、各国共産党を「ハード・スターリニスト」、そこから枝分かれした諸分派=隠れソ連派を「ソフト・スターリニスト」としていたが、
これは当時としてはその通りだった。
デリダもよくよく読むと、無意識のうちにナチス=国民社会主義は絶対悪だが、ソ連共産主義はそうでもいなという考え方を払拭できていないのではないか
というのが、当時の時代情況の中での批判点だったということになろう。このあたり、ネグリとなるともっと鮮明だといえるが。
95 :
考える名無しさん:2011/10/17(月) 15:02:42.48 0
(94の続き)
吉本にとっては、ナチズムや日本の軍国主義なんてのはソ連スターリン主義の焼き直しにすぎないので、本当に恐ろしい人間破壊の思想はスターリニズムだと
いう透徹した認識がある。その一点でのみ、吉本は反スタ一筋の革マル派・黒田寛一を評価さえしているぐらいだ。
時代が大きく変わってしまって、上記の構図が理解さえされなくなっているのに、昔ながらの言葉遣いを持ち出せばピンぼけも甚だしいといわれるのは
致し方あるまい。だが、それは後期高齢者となった吉本自身の問題ではなく、前期高齢者で早くも脳死している団塊信者の問題だろう。
96 :
考える名無しさん:2011/10/17(月) 15:04:26.72 0
(失礼、94-95の前に付けるべき箇所を落としてしまった。)
政治がらみのことは時代が変わるとわからなくなってしまうので混乱はやむをえないが、
ある時代を支配した次のような枠組に規定されて吉本の言説が成り立っていたことは踏まえておくべきだろう。
旧左翼=ソ連(スターリン→フルシチョフ)、中国(毛沢東)、イタリア(構造改革派)、日本共産党、日本社会党(社会主義協会派)
これらはスターリンの一国社会主義論の系譜とされた。
新左翼=第四インター(トロツキー)、革マル派(黒田寛一)、ブント(青木昌彦)
これらは反スターリン主義の永続革命論・世界革命論の系譜とされた。
97 :
考える名無しさん:2011/10/17(月) 18:28:33.89 0
>>94 デリダは50年代からずっとフランス共産党とは距離をとってた人なんだけどね。
それでエコールノルマルでは随分居心地悪い思いしてたみたいよ。
98 :
考える名無しさん:2011/10/17(月) 18:33:28.59 0
>>65 知より非-知って知識人より馬鹿な大衆って意味?
吉本信者の脳内妄想の怖さを見てしまった。
まあ、occupy どこそこの運動は、ベ平連に比べればプロ市民臭さは薄いと思う。
101 :
考える名無しさん:2011/10/17(月) 18:49:08.95 O
吉本さんって原書じゃなくて翻訳したやつを使うらしいけど外国語出来ないの?
勤め人時代、ドイツ語の翻訳はやってたんじゃなかったっけ?
ただ、あくまで理系の語学だよね。専門教育は受けてないし。
103 :
考える名無しさん:2011/10/17(月) 19:36:29.68 0
つか、吉本さん自身のスターリニズムに対する批判的認識が
党派性を逃れているのか怪しいのですよ。
ハイデガーのナチズム擁護に批判的認識を向ける人たちの党派性
を問題にする吉本さん自身も、自らのスターリニズム批判の党派性
にどこまで気づいているのか。
原発推進がもっている「無意識のスターリニズム」「ソフトスターリニズム」
の可能性についてはほとんど無反省であった、吉本思想の限界を示している。
スターリニズムが民主主義や資本主義や自由主義や市場主義を自称する
諸国のなかにも蔓延ってきた点を、党派性の色眼鏡で見えなくしてしまった。
その意味でもまったく同じ間違いを吉本思想は表出してきてしまった。
デリダってハイデガー擁護じゃなかったっけ?
それにエコール・ノルマルで共産党とズブズブだったのはアルチュセールくらいのもんだろ。
>>96 その分類でいくと旧左翼、ハードスターリニストのほうは、原発マンセーじゃないか?
そして、スターリンにしろヒトラーにしろ原発推進に反対するとは思えない。
ロシアのGDPを米国なみにするためならいかなる手段も厭わない総動員体制。
106 :
考える名無しさん:2011/10/17(月) 20:17:02.70 0
もしも日本にスターリン政権ないしはナチス政権が誕生したなら、吉本さんが批判する
進歩的知識人なんかよりも、吉本さん自身が、吉本思想自体が、絶好の御用学になっている
のではないかと思いますけどね。
エコなんて言い始めた連中をスターリンやヒトラーは粛正の対象にするんじゃないだろうか。
とにかくレッテル貼りは滑稽なんだよな。
90年代に入っても論敵に対してスターリン主義とかw
そんなレッテルでなるほどと思う人は今時、妙なセクトの人間以外いないだろう。
存在しない敵と対決してるから勝利し続けてるなんて揶揄されてたけど…w
108 :
考える名無しさん:2011/10/17(月) 20:38:28.68 0
いずれにしても、吉本情況論のほうは党派性でベトベトズボズボです。
だから、賢明な読者?は、吉本情況論と吉本本質論とをできるだけ仕分けして、
吉本思想の普遍性を取り出そうとしています。
情況論を書くことじたいが吉本の自己矛盾。自分自身の知っていうか党派性の薄め方がヘタだと思う。
110 :
考える名無しさん:2011/10/17(月) 21:29:01.31 0
進歩的知識人を批判するのはいいとして大衆が例えば反原発デモやったりするのはどう考えてんだろう?
黙って耐えてろって感じなの?w
「なにもしないこと」に政治的価値観を置いているそうだから、右でも左でも啓蒙を目的としたデモや政治運動をしている連中はダメなんだろうね。
60年安保だけはなぜか例外らしいけどw
112 :
考える名無しさん:2011/10/17(月) 22:44:35.52 0
>>111 80年代ならともかく今はそれどうなんでしょ?w
113 :
考える名無しさん:2011/10/17(月) 23:25:44.23 0
2010年代の今だからこそ、貧困層やワープアが声を上げることに意味があるような気がする
そうじゃないと、誰もかれもが“支配層ワナビー”だと思われてしまって、おかしなことになる。
それ以外のあり方(オルターナティブ)が存在することを声高に訴える必要がある。
結局、ソ連崩壊と天安門事件、55年体制崩壊でこの人の役割は終わったんだよ。
80年代までは意味があったし、吉本氏にも役割はあった。
それまではスターリン主義摘発にも何がしかの意味はあった。
今はそういうイデオロギーと生まれた時から無縁な世代が中心になりつつあるから、
新たなオルタナティブを提示するべき時。
吉本氏は戦後、ほとんどの重要な論争に関わって意味がある人だったし、本当に重要な人だったが、
90近い寝たきり爺さんに期待すべきことはもう何も無いし、そんな時代じゃない。
115 :
考える名無しさん:2011/10/18(火) 00:01:38.32 0
吉本さんは80年代消費社会の一億総中流の大衆を肯定したけど
今の大ざっぱに言うと正社員層と非正規社員層に二極分解した大衆のどちらにつくんでしょう?
116 :
考える名無しさん:2011/10/18(火) 00:02:50.96 0
国民は黙って地震に処した。
この人は右肩上がりの日本資本主義を肯定的に論じたけど、重要なのは右肩下がりのこれからの日本だよね。
旧左翼復活なのかそれともオルタナティブなのか。
共産党の支持率も伸びてないし、全共闘世代は年金受給者で逃げ切り体勢でしょう。
若者に期待したいね。もちろん自分も自分なりに頑張るが。
80年代の吉本情況論の最新版を演じているのが経済板のリフレ派ですよ。
だから55年体制はまだ終わっちゃいない。リフレで復活するんです、55年体制が。
日銀がわざと潰しただけなのです。
119 :
考える名無しさん:2011/10/18(火) 15:00:26.37 0
>>111 個人的に国家や資本がやりたい放題でも黙ってるのをポリシーにしてる人がいるのは良いとして
何かいろいろやる人に抑圧的に振る舞うのはよろしいんでしょうかね?
まあ、市井の人だからいいんじゃね。何の権力もないし。
東大総長とかなら話は別だけど。
吉本爺さんも立派なプロ市民だから大丈夫。
122 :
考える名無しさん:2011/10/18(火) 21:57:43.78 0
だから、吉本が批判してきたのはあくまでも共産党、ソ連派、革マル等々の息のかかった「プロ市民」だと何度言えば……。
それらから「自立」した大衆運動こそ、吉本のかなわぬ夢であったのだ。
なぜ60年安保を特権化するのかといえば、それを主導したブントが「共産主義者同盟」とは名ばかりの学生大衆運動=全学連の指導部を実体とするものだったからに他ならない。
そもそも原子力、科学技術の問題とスターリン主義の問題はまったく別の次元の問題だよ。
全く別の問題なのに「原発に反対する奴はスターリン主義」とか意味不明の罵倒をしてきたのがこの爺さんだろ。
124 :
考える名無しさん:2011/10/18(火) 22:17:03.35 0
そんなこと言ってたのか? いつどこで?
スターリン主義の本家・ソ連はチェルノブイリ原発やってたわけだし、日本共産党も原発推進派だったわけだが??
125 :
考える名無しさん:2011/10/18(火) 22:21:31.74 O
確かにそうだ。
ソ連・中国などの「スターリン主義」国家が原発を熱心に推進して来た歴史の事実を無視している。
そして共産党もつい最近まで、基本原発推進だったことをね。
共産党による政府の原発政策批判は原発推進のためにこそ安全確保が前提との立場からだろう。
「原発は科学的に安全であり、それに反対するのは科学的でなく党派的な心情から来るスターリン主義」だと言ってただろ。
要するにこの爺さんからすれば党派の言葉はすべてスターリン主義になるらしい。
\ │ /
/ ̄\
─( ゚ ∀ ゚ )─
\_/
/ │ \
♪ ∧,_∧ _,,-''"
( ´・∀・) )) ♪-''"; ;, リュウちゃん、おはよう!
(( ( つ ヽ_,,-''"'; ', :' ;; ;,' 適度な運動で気分爽快!
♪ 〉_,,''とノ'", ;,; ' ; ;; ': ,'
_,,-','", ;: ' ; :, ': ,: :'
_,,-','", ;: ' ; :, ': ,: :'
128 :
考える名無しさん:2011/10/18(火) 23:04:52.33 0
126のようにデマを垂れ流すのがスターリニスト
ソ連並の原発事故はあと半世紀は起こらないとか、
反原発は農本ファシズムだとかエコロスターリニズムとかレッテル貼りばかりやってたのをこの爺さんは忘れたのかね。
130 :
考える名無しさん:2011/10/18(火) 23:26:16.93 0
>農本ファシズムだとかエコロスターリニズムとか
どっちなんだ? 吉本用語的には大違いのはずだが?
まあ、言ってたか言ってないかはどっちでもいいんだが、出典を明記してくれればそれで終わる話だよ。
それなしでは信憑性がないというだけ。
出典は宝島社1994年初版の『情況へ』。
今はどっかの出版社の新書に入ってるかも。
初出は80年代後半の反原発ブームの頃の「試行」だな。
何ページかと言われてもどのページにも同じような罵詈雑言が書かれているからなあw
132 :
考える名無しさん:2011/10/19(水) 02:20:44.49 0
だから一箇所でもいいから、恣意的な切り貼りではなく、忠実な引用で示すのが例証というものだろ。
それもせずでは思わせぶりなデマとみなされても仕方な<いぜよ。
そう言われてもねえ。
出典示してるんだから充分だろ。
長々とした引用は疲れるし、そもそも著作権上、問題がある。
それに一部引用しても何十ページに及ぶ全体の論旨は何れにしても伝わらないのが常だし。
134 :
考える名無しさん:2011/10/19(水) 03:22:13.56 0
ヲタの間でも吉本の「スターリニズム」の概念は曖昧模糊としてるんだな
谷沢永一にもスターリニストのレッテルを貼っていた記憶がある。
136 :
考える名無しさん:2011/10/19(水) 19:01:13.66 0
自分のスターリニズム性を隠すために
他人にそのレッテルをやたら貼っていただけにしか思えん。
何度もいうが、スターリンやヒトラーが生きていたら、
エコか吉本かといえば、明らかに吉本を支持しただろう。
それを疑う余地はないように思う。
137 :
考える名無しさん:2011/10/19(水) 20:19:41.16 0
コミュニストが「ブルジョア的」ってレッテル張りするのと変わらない感じ?
政治的党派の運動を極端に嫌っていたんだよね。その理由が今日ではよく分からない。
面白い議論も展開してるが、とにかく哲学に関しては本の読み方が偏り過ぎてるんだよね。
ただ、文芸批評家として文学を見る目はあったと思う。
高橋源一郎とか村上春樹とか出てきた時から絶賛してるし、
その意味じゃ、仲間褒めが多い業界の中じゃ公平で客観的だった。
文学に政治を持ち込むな、っていうメッセージはあったのだろうね。
それを社会的運動にも適用するからおかしなことになった。
>>136 それはどうかな。
ヒトラーはとても潔癖な「エコロジスト」で、
猥雑なユダヤ人だとかジプシーだとか障害者だとかを排除してクリーンな共和国を目指した人だよ。
140 :
考える名無しさん:2011/10/19(水) 21:16:55.75 0
>>139 それは極端な民族主義と産業主義が結びついたものであって、
エコロジーとはなんの関係もないだろう。
左翼的な平和主義とも対極にあったのが、スターリニズムやナチズムだった。
吉本さんは最近の著作でロシア革命を右翼革命だったと主張しているから
おそらくスターリニズムもナチズムもファシズムも右翼革命だったことを
内心認めているのではないだろうか。
それに、これらの国家が富国強兵とセットになった経済成長主義よりも
それに懐疑的なエコロジーの推進者だったとすればそれは大きな矛盾であって、
吉本さんの説によれば、これらは相互にトレードオフの理念として作用するはずだ。
しかしそんなことがあったとは思われない。
スターリニズムにおいてもナチズムにおいてもファシズムにおいても
産業の強化と富国強兵は至上命令だったのであり、それへの総動員体制に
疑問をもつエコロジー的な発想はありえなかった。
どう考えてもエコな社会をスターリンやヒトラーらが受け入れたとは思えない。
142 :
考える名無しさん:2011/10/19(水) 21:32:16.10 0
それは現代の中国共産党体制にも言えることだろう。
143 :
考える名無しさん:2011/10/19(水) 22:25:23.68 0
こんなに歴史、政治、経済の基本的素養のない連中が吉本がどうたらこうたらw
吉本なんて社会科学の知識もないし、哲学の訓練も受けてないし、源氏物語も翻訳でしか読んでないだろ。
だから、国家論やらせても全く意味不明の文章しか書けない。
今は本人が講演などで論旨を説明しているからなんとなく言いたいことがわからんでもない程度だが、
没後はほぼ読解不能になるだろう。
145 :
考える名無しさん:2011/10/20(木) 12:52:46.42 0
でもな、政治学の基本的素養のある丸山某だってこの素人の発想は侮れないわとか、
精神医学の基本的素養のある森山某とか島某とか他多数が影響を受けたりとか、
文学以外でも広範な分野で驚異的な素人芸で一世を風靡したよな。
まあ、専門性の強い経済学と哲学の分野ではちょっとあれかもしれんが、
玄人筋からはこの素人、本質を貫通して思いも寄らぬこというわい、
と評価された時代があったといえるんだけど、それを普通のしろうとが
読むとそもそも何を言っているのかがわからないんだろうな。そもそも、
いまは各学問分野の基本的素養の方向性もだいぶ変わっちゃってるしなあ。
146 :
考える名無しさん:2011/10/20(木) 15:10:35.62 0
浅田(経済学)や柄谷(英文学)も専門外なことばっかりやってるけど吉本みたいに素人呼ばわりとかされないよね。
やっぱり吉本って特殊なんかな?
浅田彰も柄谷行人も死んだらすぐに忘れ去られると思うよ。
蓮實重彦なんかは死ぬ前から忘れ去られている。
柄谷の最近の行動にその焦りが見られる。
吉本隆明は国文畑では現実に影響力はあったし。
先頃の福島震災復興支援を眺めてると、これは偶然に自然災害で現れた低開発地域、或いはもっと
言えば、戦後の焼け跡みたいなものですね。焼け跡が戻ってきたと考えるといいかもしれない。つ
まりライフラインから住みかから、家族から、地域から、崩壊しつくして現れた世界。その状況自体
は当事者からすれば過酷なんだけど、一方で、この地域に戦後の焼け跡が戻ってきた、ということ
が、他の日本人にたいし、震災復興支援という、いわば分かりやすい善や正義を供給し、そのこと
で現在の崩壊現象からの逃げ場所といおうか、進行する無縁社会化にたいする希望みたいにーと
いうのは震災地域では助け合わなければやっていけないからー捉えられていってる、そんな気が
しますね。あそこに支援する人間として現れる面々を見てると、どれも一様に、ほっとしてるとい
う(笑)気がするわけです。何がほっとさせるかといえば、やっぱりあそこが現在からの隠れ場所
になってるからじゃないか。あそこでは全部がおそらく鮮明なんでしょう。ちょうど焼け跡のよ
うに。だけどそれは逃避ー進行する崩壊現象からのーでもある。つまり戦後の焼け跡の時代に
戻れるわけで、いわゆる窮乏をもとにした善悪があの地域だけは通用するわけで、そこがかつて
の日本を懐かしむ人間にとって、懐かしいのだろうと思えます。日本人があそこに懐く思いには、
その、〈懐かしい〉というのがあるんじゃないか。そこがむしろ癒しであるんじゃないか。左翼があ
そこを砦にしたがっているみたいな気がして。それをみてて、そこの思考の経路というか、力学的
なものが透けて見える感じもあります。あそこなら窮乏を基にした問題の立て方が今でもできる
。でも、それはあそこが特殊なので、特殊であり、いつかは消費資本主義の中に吸い込まれる、とい
うことを忘れてはならんと思います。だからあそこは一時的な〈焼け跡〉にすぎない。そこに夢を
託しては間違えるということです。
いまネットで話題になっているサイレントテロは吉本氏が先取りしていた発想だお
「地下生活者の手記」読んでないね
サイテロは負けた感じだな
今の政府の動きを見てると
再び政権交代をいちおう成功させた意義は大きいんじゃない?
154 :
考える名無しさん:2011/10/25(火) 02:03:24.25 0
>>146 大学の教員だからじゃないの。専門外が云々も含めて。
この国の人文系の玄人ってのは大学の先生っていうことで、専門というのは大学で研究している領域で
職場でその分野の講義を受け持っていて、たいていはそれぞれの自分の研究分野の学会に所属している。
大学の教員に「ご専門は?」て聞く場合の専門で、そういうのに属していない人間は専門外ってことに、
つまり素人になる。
月給もらってただそれだけを日々研究しているわけで、そのテリトリーに、学会にも属していない人間
から口出しされたら不快だし、認めないし、まともに相手にしないのが玄人の世界だから。
そういう意味では玄人(大学教員)ではない吉本にもともと専門なんてないし、何をやっても素人の仕事
ってことになってるんじゃないかな。
ただ、玄人を自称する人文系(特に文学、精神医学の分野)の大学の実績ある教員が、吉本に何らかの
影響を受けたのは事実で、そういう意味ではなかなかの素人だということになるわな。
かてて加えて、自分の思想形成期に吉本に私淑していたことを述懐している在野の作家や批評家(大学
の教員になったのも多い)もけっこういるから、何のかのと毀誉褒貶はあるけど戦後思潮の中ではたい
した存在だったということなんだろうね。
こういう素人はもう出ないことは確か。そういう時代でもないし。
155 :
考える名無しさん:2011/10/25(火) 18:12:48.10 0
>吉本なんて社会科学の知識もないし、哲学の訓練も受けてないし、源氏物語も翻訳でしか読んでないだろ。
う〜ん、この人
>>144は何を言っているんだろう。
社会科学の知識は
>>144よりはきちんとあるし。でないと哲学者と対談やんないよ。
「訓練も受けてない」って、いわゆる哲学科を出てないってことか(笑)。
「源氏物語論」には出典や原典が明記してあるし、引用箇所の文は吉本の個人訳も
使われている。だいたい翻訳だけ読んで論考書くわけないだろ。
「国家論やらせても…」ってどんだけ上から目線なんだか(笑)。
賛否含めて多方面から、多くの学者が吉本の国家論を読んでちゃんと言及している。
意味不明なのは単に
>>144の貧弱な読解能力のせいですけど。
ひとりの思想家だから賛辞も批判もあって当然だが、少なくともガセネタ垂れ流し
てる
>>144が馬鹿で、吉本の方がはるかに価値があるってことはふつうに世間一般の
常識だわな。
最近、内田樹がネット言説の劣化と知的格差の拡大の関連について言及していたが、
>>144はまるまるサンプルみたいな輩だな。やれやれ。
吉本の議論なんて用語が我流で読解不能だから、全くアカデミズムでは相手にされてないだろ。
フーコーも「この人は本当にヘーゲル読んだのか?意味不明の文章だ」って言ってたらしいし。
多くの学者って誰だ?お前の周りの3流学者か?
そういや、櫻井哲夫とか岩井克人とか山口昌男とか浅田柄谷蓮實とかは「否定的」には言及してたかな。
158 :
考える名無しさん:2011/10/25(火) 22:15:07.64 0
吉本隆明はまちがいなく100年後にも「研究」され続けますよ。
たとえば本居宣長がいまだに「研究対象」になっているように。
そういう意味での「学術的価値」がある人。
たいへん珍しい。
サルトルが作家論の中で幼年期に、個体と世界との関係の原型を探ろうとし、後年のインタビュ
ーで、〈あらゆる人間は幼年期に自己疎外に見舞われる〉としている。大人によって規定される自己
を、様々な偏見を受け入れていき、受動性しかなくなる、と。吉本の作家論もサルトルと同一では
ないにしても、幼年期ー太宰や三島ーに焦点を当てるその読解は共通している。個体にとっての
幼年期、乳児期のもつ意味を、具体例をあげて検証した功績は否定できない。サルトルの場合は
論考は膨大だし、個体の生きる世界はどう生成していくか、を考える、場合の重要な文献だと思う
。吉本愛読者の中にその辺に目を留めてる人も著名人では居ない。作家論の根底性ならばサルト
ルと双璧ともいえる徹底的な立論だけどもね。吉本の場合、政治や社会、思想への発言ばかりとり
あげられ、それは肯定的にせよ否定的にせよそうです。宮台真司とかが「酒鬼薔薇の内面など分かる
わけがない」と言ったりしてるけども、少なくとも、サルトルにせよ吉本にせよ、既製の精神分析や
精神医学に依存ばかりしない作家論(存在論)を練り上げているという面では功績は大きいと思
う。幼年論という面で、寄与したところは大きい。幼年期の世界、そこでの疎外の経験というのは
普遍的な問題である。そこに焦点を当てた意味はもっと評価されていい。
それからかつて吉本愛読者だった竹田青嗣などがまあ典型だけども、吉本の中に、今の健全な
常識を超えてしまう面がある、かつてのオウム事件の時の、〈麻原のヨーガの修練で獲られた深さ
と、造悪が可能になる精神の深さは同じ〉という言い方。これは無差別殺人に繋がる思想というの
が可能だと察知している言葉ですね。で、アカデミズムも内実は国家社会を出ていかないし、研究
費も欲しいし(笑)、無難なところに行きやすい。吉本の思想はそこを超えていくわけで、人間の尊厳を
理性的であることには置かないハイデガーとそこは共通している。その辺でその読み手の人間観
問われてしまう。竹田青嗣がどういう思想か、そこで割れるわけで、市民社会の役に立つ思想、が
竹田にとって優れた思想であり知性なんでしょう。ふざけてる、としか思えないけどね(笑)だけ
ど竹田みたいな人は当時もっと居たはずで。吉本が国家社会の枠に収まる、と捉えていた人はもう
そこで読まなくなったはず。アカデミズムとか、吉本思想の収まるものじゃない。それはもう
知としての規模が違うから。そうとしか言えないでしょう。だからアカデミズムが認めない、とか
、吉本に対しては逆にアカデミズムの知のもつ制約や限界をばらしてるようなもんだよね。
4〜5行で書くか、せめて段落分けしてはもらえまいか。
それが無理なら脳内に停めておいてほしい。
たぶん母親との関係で決定的につまずいた人なんでしょう。
内的な言葉として投稿しているだけなんですよ。
アカデミズムで専門的研究する学者は吉本など読まない、というところで思い出すのが、かつて
吉本がアカデミズムに向けて投げた皮肉で。いわゆる翻訳研究者が、海外の思想家の言論、その
新しい思想に右往左往していく様子を皮肉ったことがある。つまり一々出てくる新しい思潮にか
ぶれていくその姿が滑稽で、それがいかにも思想的に後進で西欧に倣うしかない日本に特有な現
象だと。実際80年代のD-G、デリダ、その前はサルトル、ハイデガーと絶えず向こうを真似して
いくしかない日本的な現象があった。もうひとつ典型的なのが、いつも距離をとり、網羅的にしか
読まない。どちらにしろ本当の意味での対決、または摂取にはならない。本当の意味での対決にも
摂取にもならないのがアカデミズムの特徴じゃないか。それをやりえた稀有な日本人が吉本だっ
たと思います。何故吉本にそれが可能だったかといえば、一つは不器用で、自分史から生成する
観念しか信じれなかった。それが言語論や幻想論に繋がったことがある。言い換えればそれが思
想的自立ということだったんでしょう。
そんなの科学技術だって一緒じゃないの?
科学技術は汎用性があるから絶対的といってもいいくらい擁護するのが吉本氏なんだな。
例えば二酸化炭素は苔が吸収するから大丈夫とかトンデモないこと言い出したり。
165 :
考える名無しさん:2011/10/26(水) 22:05:11.40 0
二酸化炭素の吸収、固定の研究は実際に行われている。トンデモでもなんでもない。お前のいってることのほうがトンデモ。
研究が行われていることは知ってるよ。吉本氏も新聞でそれを知ったらしいし。
だけど、それでどうして「大丈夫」と断言できるの?その根拠は?
だから、少年マガジンの色ページとか言われるんだよw
初版発行日2011/10/25 2310円中央公論
文学と非文学の倫理
吉本隆明/江藤淳 著
吉本隆明と江藤淳。戦後日本を代表する二大批評家が1960年代半ばから80年代後半にかけて行った全対談を年代順に初集成。文学から思想、政治から時代状況まで論じきる、戦後批評の神髄。
159.160.163で吉本を擁護した者だけども。江藤淳と吉本の全対談が出てますけど、私が吉本
にさほど共感できない数少ない点の一つが、江藤淳への高評価ですね。江藤のことはさほど知らな
いのだけど、おそらく80年代半ばと思うが、江藤と竹田青嗣、加藤典洋がやった座談会がある。加
藤典洋の海鳥社から出てる著作集にも収録されてるので今でも読めるものだけど。そこで先輩批
評家として小言と説教に終始し、加藤と竹田の質問にまともに回答する気もなく、熟考することも
なく、自己の批評を根底から捉え返す気もなく、当時既に、停滞しかない。意固地にまともな対話
を拒否する老獪もしくは防御意識しかみえない。結局政治的にも社会的にも思想的にも、80年代
以降の時代に全否定的になり、閉じ籠った、その開き直りしか見えない座談会だった。竹田も加藤
も特に好きではないが、さすがにこの時の二人にはこのような先輩批評家の相手をさせられるこ
との同情を禁じ得なかった。この時の座談会を振り返ると、晩年の三島由紀夫かそれ以上のアナクロ
に落ち込んでいた手に負えない感じがある。時代に否定的にしかならなくなった老人はこうなる、
という見本。ここに至るまでの途中を他の論者は論じるのだろうし、実際晩年は開き直りしかな
い。
国民総中流とかいうのはトンデモじゃなかったんですか?
170 :
考える名無しさん:2011/10/27(木) 12:16:10.81 0
>>169 喪前のトンデモの濫用がトンデモ
>>166 だから、少年マガジンの色ページとか言われるんだよw
何その悪口w 誰がいったの? どういうニュアンス? 少年マガジンというところが1970年代を匂わせるが一体いつ頃の悪口?
171 :
考える名無しさん:2011/10/27(木) 12:31:50.88 O
江藤はさ、遺作のせごどんについての本のなかで旗幟鮮明にしてるっしょ。
いわく
オウム? おれ意味わかんねえ。ああこの国は壊れてるんだなあ。
いわく
文学は滅亡なんだなあ。それだけ。三島も蓮田もせごどんも、そしておれも。
吉本が鴎外に見立てるのもさもありなん的には評価できる人でしょうに。
吉本と同じようにマジなスタンスだったしね。
>>170 現実に真逆の現象が起こってるとしか判断しようがないのにトンデモと言わずなんと表現するの?
少年マガジンの色ページと一緒で、吉本理論によると99%が中流になって、
地球温暖化も藻が二酸化炭素吸ってくれるから解決するらしいよw
「撃論 」vol.3
特別インタビュー:吉本隆明が解剖する「<脱原発>という思想」
171の人が教えてくれたので改めて江藤淳の最期の立場がどうだったか、分かってきました。そ
の江藤の視点というのも、説明してくれた通りなんでしょう。この国は壊れてしまった、文学も批
評も滅びてしまった、もう俺に言う言葉は何もない…。まあ、そういうことになったんだろう。1つ
めの、もう日本は壊れてしまった、という点については、私もほぼ同感ではある。無縁社会、実の
親が家を出ていき行方不明なのに放置する家族、実の子供に食事を与えない母親、餓死する子供
…。確かに壊れてしまったと言うべき社会が来ており、江藤淳の自殺はそういう状況と照合すれば
、日本社会が変わり果てて、かつての日本を愛していた人間にとって、生きてても意味のないこと
になっている。そのことを告げているかもしれない。私とか、壊れてしまったことを横目で見ながら
、まだでも江藤のようには死ねないし、まだでもそこには喜びはあるよと思ってるところもある。
かつて吉本が江藤との対談で言った言葉を借りれば、国家が無くなっても人間は残る。これは80
年代の二人の対談で吉本が言ったことです。対する江藤は国家が無くなれば国家のない民族が
生まれる、とした。そこで吉本さんは楽天的、と言った。そこに二人の岐路があった。国は壊れて
いってるが、そこで、もう何もない、とは私には思えない。江藤は、もう何もないと思ったんで
しょう。
ただの老人性うつ病。過剰な意味づけを厳しく拒否するところから文学は始まると思うね。
文学はもう滅びてしまった、という点。確か先に挙げた江藤、竹田、加藤の座談会で、江藤が竹田
と加藤に、文芸批評の歴史を絶やさないよう頑張ってほしい、と言う場面があった。読んでて、す
ごい違和感があった。柄谷行人が自分のテキストを、自分ではこれも批評だと思っている、批評
とは、吟味することで、カントのいう批判はそういう意味だ、自分がやっていることはこれだって
批評なんだ、そう言っているのは有名です。それから吉本にしても、いかにして、作品を論じながら
自己を語る、そういう小林秀雄の批評を越えていくのが自分の道だと思った、と語っている。小林
秀雄自体、文芸批評から出発しながらゴッホを論じ、Mozartを論ずる。小林秀雄自体が文芸批評
の幅を小林なりに拡げていった。小林秀雄自体が、書き言葉の作品への批評から、より拡張して、
批評の場所を拡げた。小林自体が文芸作品に批評を限定しなかったし、現代思想と物理学をかけて
長大に論じたのも小林である。決して批評というのを物象化して、もう形の決まったものとして
やっていたわけではない。そこで江藤の言葉を顧みると、恐ろしい錆び付きだと思う。批評はもう
伝統芸能みたいに形の決まったもののように言われている。どうしようもないモウロクぶりだと
思います。何故こうなったか、がむしろ問題で、批評はそこで、中学校や高校での読書感想文みた
いにしかならないんじゃないか。つまり定型であり伝統ですね(笑)ついでに偽善的です。竹田に
《君の批評は文学的でないね。もっと味わわなければいけない》と江藤は言っていた。その「文学的」
とは、江藤を鵜呑みにすれば、余計なことを考えずひたすら文章を味わうことなわけでしょう。
思考の、また読むことの自由を縛る、この発言は納得いかないですね。これは滅びて正解な考えだ
と思いました。
>>173 エコロジーの主流はむしろ地球温暖化危機論であって、
この主流派、今時の左翼的進歩的知識人はむしろ原発推進なんだよな。
けっきょくその意味では吉本情況論も進歩的知識人のバリエーションの一つにすぎない。
定価:1890円 (税込) 四六判 320ページ
発行年月:2011年10月
文明の敵・民主主義
危機の政治哲学
西部 邁
「多数性」を金科玉条とし、国家破壊の「改革」を手放しで礼賛してきた日本に危機が迫る、「大衆の支配」に屈した我らの未来に希望はあるのか?
>>178 今回の原発事故で世間も左翼言論も反原発で一致したから話がややこしくなったな。
吉本は別に地球温暖化の見地から原発推進していたわけじゃない。
むしろ、古い理系特有と言うか、技術信仰から「科学技術は前進はするけれども後退はしない、原発否定する奴は反動」みたいな言い草だった。
181 :
考える名無しさん:2011/10/28(金) 14:05:38.25 O
小林秀雄的なものは根強い。
花を美しいと思うその心がすべて。美しさがどうとかは外道ってーのは。
小林秀雄全否定だったはずの江藤もここでひよった。
三馬鹿もポーズだけで結局「いいものはいい」を一歩も出てない。
三部作のある吉本はだから異常。
182 :
考える名無しさん:2011/10/28(金) 16:25:17.80 0
>>180 「進歩的」知識人を批判するくせに、進歩を普遍化しているんだよなあ。
もっと厳密にいうと、科学信仰でも、技術信仰ですらもなく、単なる経済成長信仰だと思う。
自然科学者の多くはこれらを混同していない。つまりエコロジストが多い。
まあ、バブル崩壊までは波はあっても経済は成長し続けたわけで、経済成長信仰の人は多かったと思う。
吉本って経済に関して言えば偉大な思想家でも何でもなく「普通の日本人」だったんだよ。
俺も子供の頃はデパートが潰れる時代が来るなんてまさか思いもしなかったし。
給料は毎年上がるもの、休みは時代と共に増えるもの、
生活水準は世代と共に上がるもの、大学出たらホワイトカラーの職が必ずあるっていう思い込みはすべての日本人にあった。
184 :
考える名無しさん:2011/10/28(金) 19:05:37.06 0
世界経済全体でみると、依然としてめざましい経済成長が続いているんだよ。
もちろん、リーマン・ショック以降、混乱のさなかにはあるが。
日本列島の内部でだけ閉塞してしかものをみれないことがいかにも、なんだよなあ。
吉本も、世界資本主義の全般的発展の方向性のなかに、個別日本資本主義の中味すかすかでいずれ自滅していく諸要因を埋没させて見ることができなかった。
そこは文学屋の限界だが、政治家も官僚も左翼党派も日本では誰も先見の明はなかったんだからな。そのなかでましだったという話だよ。
185 :
考える名無しさん:2011/10/28(金) 19:07:12.64 0
それから、永久機関や常温超伝導のようなのをトンデモといい、研究途上であったり、学会でも依然として見解の分かれているレベルのものはいかに劣勢であってもトンデモとまではいわない。
たとえば数年前までのインフレ・ターゲット論。今現在ならトンデモ認定してよい。
186 :
考える名無しさん:2011/10/28(金) 19:47:29.75 O
あんたはトがかった吉本につき合ってないねえ。
てかそれ以外もお粗末っぽいけどさ(笑)
こういうネットでは原発賛成反対の議論が盛んなんだけど。思うに今の20-50代のサラリーマ
ンやOLやらの9割方はこの問題はどっちでもいいと考えてると私には思えるんだな。その理由は
単純で、どっちにしろ生活や仕事に膨大な電力が必要なのは分かりきってるし、原発を超える発電
技術が見つからない限り、どう騒いでも結局安全性考慮しながら頼らざるをえないことが察しが
つく、からじゃないか。そんなに難しい理屈じゃない。彼らがそう考えてるだろうことは想像がつ
く。メディアは情報を売るのが商売だからさんざん原発賛成か反対か、焚き付ける。政治屋も自分
たちの票集めのために焚き付ける。でも多分ほとんどにとってこれは騒いでも不毛。暮らしや仕事
のことを考えれば遅からず答えは出る話だ。吉本も原発問題について少しは発言もするんだろう
が、彼がこの問題は緊急で熟考すべきと思うなら、とんだ錯覚だと思う。少しは発言もするだろう
が、そう力は入れてないと想像する。この問題ではどっちでもいいと考えてるだろうほとんどの
大衆の方が正しい。私には吉本はこの手の原発問題には本気では取り組まないと思える。理由は
吉本の立場も、世の大衆と同じと思うから。私から見て、原発問題とかより、今の社会の壊れ方ー
無縁社会、精神病の蔓延などーにどう対処するか、そのことの方が緊急に思える。原発問題はほっと
けばいい。以前も「私が何か言ったからとて大勢に変化があるとは思えないが」と前置きしてたし
ね。その通りなんで。吉本に言われるまでもなくこの問題では大衆が最も解ってるでしょう。
188 :
考える名無しさん:2011/10/29(土) 00:19:40.48 0
>>186はひたすら無内容なレッテル貼りに終始だな。まあ2ch適合だ。
189 :
考える名無しさん:2011/10/29(土) 13:47:51.91 0
経済成長が本当に「自然過程」ならば、放っておけばいいんじゃないか?
しかし吉本は彼にとってそれに反すると見做した対象を「反動」として
言論界から消し去ることに精を出した。
この行動からして「自然過程」論はすでに矛盾したいたように見えるが。
彼の頭の中じゃ経済成長と科学の進歩は既定路線だから、それに反する言説は「反動」ということになるんだろう。
80年代まではそれでも一応通用した。現実と大きく乖離しなかったからね。
191 :
考える名無しさん:2011/10/29(土) 16:48:09.74 0
科学とか技術の水準でも、
例えば安全性も含めた原発の利便性について大きな論争があるし、
経済成長にとって原発が利益になるのかも疑問が呈されてきた。
しかし吉本情況論はこうした論争をあっさりと否定して、
原発の安全性と利便性を主張する側のそれを自明な前提にしてきた。
原発の実用化に批判的な学者のほうが胡散臭いという裁定をあっさり下した。
チェルノブイリ級の原発事故など今後50年間は絶対に起こりようもない
と断言までしたが、その根拠が科学的にはもちろん思想的にも明確でなかった。
だからもっと厳密にいえば、
吉本思想のなかでの科学や技術や経済成長なるものはただイデオロギーとして、
つまり党派性の問題としてそもそも設定されていたにすぎなかったのであって、
その水準で吉本思想が思想的に独自に請け負わなきゃならない問題だった。
そうなんだけど(笑)予測は予測だから。予測は予測に過ぎないことは前提条件なので。
そこで大騒ぎしてもね(笑)今のような、膨大な電力が必要な、文明それ自体を問うべきで
ね。問うべき、と言っても、どうすることも出来ない。どうすることも出来ない、というそ
の時点でやっているのが80年代以降のこの問題なわけさ。原発論争の本質にはそれがあ
るわけで、そもそも今原発を完全停止など、夢物語なわけだ。出来っこないわけで、それ
が可能かのように吹聴する政治家や思想家は何を根拠に完全停止は可能だと言うのか、
何もはっきりしないまま、原発完全停止を訴えるのはそれは我々に、原始時代に戻れと
言いたいのか。それこそ不可能だしね。原発論争の根底としての我々の到達している現在
の文明を見定めるべきで。そうすれば現在の原発論争の正体はかなり見えてくる筈だろ
う。誰が何の目的で騒いでいるのか、そこを見定めるべきだろう。それがどこまで実効的
な議論か見定めるべきだろう。
即時停止とか言ってる奴は一人もいないだろうが。
数十年かけて徐々に減らして行って、最終的には代換えエネルギーに置き換えようというだけの話。
しかも、賠償含めた原発のコストの高さは既に証明されちゃってるわけだしさ。
別に夢物語でもなんでもない。
それを夢物語とかいって世論をミスリードする勢力は原発を維持することによって原爆をつくろうと考えている勢力が含まれている。
原始時代に戻るとか愚にもつかない非科学的な虚妄をたれ流している。
数十年かけて代替エネルギーに変換する、というのは結局いまだに原発を使用せざるを
えないこと、そうしながら新しいエネルギーの開発を待って変換させる、ということで、
これは結局政府の見解と同じだね。別に同じでもいいけども。何故そうなるかというと、
もちろん原発という技術の未熟さや欠陥が見つかったからだよね。で、見つかった以上、
改良と、改良も覚束ないとしたら、それはまた新しいエネルギー源の開発に向かうしかな
い。それは技術の絶えず身に纏う歴史の原動力と同じで、反原発もヘチマもない話ですね
。そんなことまで吉本が否定していたわけでもない。むしろそれこそ吉本が語っていた
技術観だし、それ自体別につべこべ言う必要もない。当然な話過ぎて。そういった更新性
こそ吉本が技術について語ってたことの根底ですよ。使いながら改良し、改良どころじゃ
なければ、新しい技術を待つ。または古い技術と折衷する。それこそ吉本の技術論ですよ。
たいして違わないんじゃないの(笑)つまり技術というものの可塑性ということを彼は
根底に置くわけで、絶えず更新し、より良いものを産み出そうとする。失敗してはやり直す
、そういうことが根底なわけなんで。ちっとも技術というものを物神化はしてないですよ
。少しくらいの犠牲はやむを得ない!という、大衆に犠牲を強いるようなこととは全然違
うでしょう。そこが勘違いされてると思うけどな。
195 :
考える名無しさん:2011/10/29(土) 22:59:36.60 0
なにをいまさら。
原発という技術の未熟さや欠陥はもう何十年も前から反原発派がさんざん主張してきたこと。
それに耳をかさなかったのが吉本思想をはじめ、原発推進派一辺倒の党派性だったわけ。
そこをまず反省しないと。
そのころから原発の安全性に疑問をもった人々の声にしっかり耳を傾けて入れば、
こんな事故が起きることもなかったし、代替エネルギーの進歩にも充分な投資がなされ、
いまごろにはかなりの割合を代替エネルギーで占めていたことだろう。
老朽化した福島第一原発なんてものは廃炉になっていたはずだ。
つまり、そうした科学技術の進歩を阻んできたのが吉本思想であって、
吉本思想こそ科学技術進歩に対する最大の「反動」だったんだよ。
しかしいまだにその自覚すらないとは・・・・まったく飽きれるばかりだね。
でも、世界中で原発は枯渇する化石燃料の代わりとして、二酸化炭素を出さないクリーンなエネルギーとして期待されて開発されてき、
今なお開発されつつあるわけだし、その開発推進の責任を例えば単なる在野の物書き一人に押し付けるのはいかがなものか。
吉本がそのイデオロギー装置の一つであったことは間違いないとしても、究極的にはそれを推進した政府の責任だし、
最終的にはその政府を民主的に選んだ国民の責任に帰するだろう。
散々電力の恩恵に浴しておきながらいまさら人のせいにすんな、ってことだ。
もうどんな雑誌なのかも分からないくらいヨイヨイだろ。
この雑誌としては有名左翼の吉本の原発賛美のコメントが欲しいんだろうしね。
ボケて極右に手を貸した? そうかなあ。
こういうのが党派性でしょ
文学者の戦争責任を追及した青年の末路が極右雑誌で原発推進インタビュー発表なのか。哀れだな。
戦争責任の追及も共産党に対するルサンチマンでやっただけだしね。
203 :
考える名無しさん:2011/10/30(日) 16:56:12.79 0
ある意味、戦前戦中の日本思想界でも極右と極左とがリンクした面があり、
ファシズムとスターリニズムとのカップリングを象徴する現象が見られた。
それに批判的であった吉本さんもけっきょくは原発問題を通じて批判対象と
同じところに舞い戻ってしまった。
204 :
考える名無しさん:2011/10/30(日) 17:17:23.23 O
>>199 同意。
俺も吉本が極右に手を貸したとは思えんけどね。
右翼にとっちゃ原発擁護は両刃の剣だろう。
左翼も同様と言えるが、むしろ左翼の多様性を現すものだろう。
実は左翼には反原発とは別な流れがあるからね。
原発の問題は純客観的に技術の問題であって、左右必ずしも対立する問題ではないと思うがな。
右翼でも左翼でも「危ないから止めたほうがいい」という考えはありうるし、有用だから利用すべきという意見もありうる。
原発には反対だが原爆は持つべきという意見だってありうる。
日本は被爆国で原爆アレルギーがあるから、原爆=原発みたいなアナロジーで左翼に結びつきやすいだけで、特殊な環境にあると思う。
その点の党派性をかつて吉本氏は批判していたわけで、事故が起こった以上、吉本が批判されるのはしょうがないが、
そもそも党派とは別問題だという意味は今でさえいささかも変わっていない。
あと原発または反原発または代替エネルギーという議論と混同しないで別個に論ずるべきと思う
のが、現在の電力供給というものが、大手電力企業に独占されており、電力供給に伴う発電形態の
問題に、その電力供給の独占が大きな影響力を持っている。この度の原発見直しに伴う議論、その
公聴会での下請けを使ったやらせアンケート結果も、その電力事業における独占というのが影を
落としてる。これは原発の是非とはまた別個に自由化に持っていくべき課題として浮かび上がった
問題としてある。電力事業の独占というのが、こういう例えば発電形態の選択という問題が起きた
時に、事業独占というのが業界でのパワーとして、権力として作用する。また電力供給というのが
今回のような、地元住民へ健康被害を及ぼすような事態になったとき、危機管理のまずさが指摘
され、尚それでも相変わらずその1社に電力供給してもらわなくてはならない。そこで住民に電
力供給企業を選択する余地がないというのは、これはやはり問題が大きい。今回の騒ぎで原発の
是非というのが論議されてるわけだけど、それと別個に、電力事業参入自由化というのが、課題と
して浮上してると思います。でないと、今の状態、独占体がしきってる状態なわけで、秘密主義、
権力集中というのが解体できないまま来ている。そこに電力事業のこれからの課題があると思う
わけです。
>>204 >>199は
>>198に向けて書いたものです。
ボケたから極右に利用されたか、
知らなかったから極右に利用されたか、
極右のムックと知りつつ期待に応えたか知りませんが、
いずれにしてもくだらない。
利用されたとしたら
>>91の言うとおりですね。
電力事業参入自由化でカリフォルニアが失敗しなかったっけ?
いきなり全世帯の半分が停電、みたいなw
209 :
考える名無しさん:2011/10/30(日) 22:42:58.17 0
地域独占か自由化かとか、単純な二分法の議論じゃだめだな。
発電を自由化して家庭や一般企業の小規模発電の売買電が自由にできるようにして、それをスマートグリッドで柔軟に調節するという技術システムと、
送電網は地域独占としてしっかり管理運営していくというシステムとを分離して議論するのが出発点だろう。
その上で、細かい制度論、技術論、利権関係のせめぎ合いの話が積み重ねられなくてはならないわけだが。
電力事業という分野で、市場原理がいまだに機能していない。そのことが、供給者と使用者との
対話の不在、その障害になってる気がするので。。今回の事故はそのことの壁、独占の弊害を浮上
させてる気がするんですね。閉鎖的性格、秘密主義、権力集中、その辺の結果が象徴的に現れたと
いう感じがする。で、この課題と、原発の問題が今、混在してて、実は分けて考えるべきではないか
。今の電力事業の役所体質とか、官僚体質あれが原発問題に影響してる。そこが解消されてないこ
とが影を落としてないか、ということ。市場原理の入っていかない場所であることです。
211 :
考える名無しさん:2011/10/31(月) 12:52:23.07 0
210は209の云ってることが全くわかってないんだな。
そういう素人談義、文学談義のレベルでは自由化論の肩を持つようなところは確かに吉本さんにもあったけど。
アメリカの電力自由化で頻発した大停電の経験も踏まえて、発電は自由化して多様な供給者から調達できるようにしつつ、
送電網は半官半民の地域独占でしっかりと維持する、そうしたことを可能にする新技術としてスマート・グリッドが提起されている、
という事。
発電って莫大な社会投資になると思うのだが、自由化すると2重投資になって社会的損失にならないか?
例えて言うなら電車の線路が平行に2本敷いてあるよなもんで。
競争してどっちかが残ればいいという民間の論理をそのまま持ち込むのは乱暴だろう。
そのためにこれらは法的には特許として扱われているわけで。
安易に自由化することにはアメリカに見られるように弊害が見られるのではないか?
アメリカ北東部の停電について、調査報道記者として有名なグレッグ・パラストが、一昨年のカリフォルニア
電力不足やエンロン事件と関連する、エネルギー産業が政府にけしかけたゆがん
だ電力自由化の結果だとする記事を書いている。
http://tanakanews.com/blog/0401261318.htm …
そもそも原発を進んだ技術と考えている時点でダメだ。
原発はお湯をわかして発電しているだけだし、しかも熱量の2/3を捨てている。
自律分散的な自然エネルギーを評価できないのはマルクス主義の欠陥であろう。
ただ吉本の『状況』での発言は理解出来る部分もある。
ポジショントークで自分を差異化したかったのだろう。
そして今やその差異化によって時代遅れの言説となったのだ。
214 :
犬丸 ◆MRCYWQz4rc :2011/10/31(月) 17:17:53.78 0
つーか、資本主義社会において、自由出来る部分と出来ない部分があると。
で、自由化出来ない部分は国が管理すべきだと。
で、送電線の部分は自由化出来ないから国が管理すべきでは?
送電線の部分を自由化したらみんなが電線を引っ張って国中電線だらけになっちゃうと。
で、許認可制にする、許認可制にすると、天下り等の利権構造が産まれる。
それを阻止するためには、最初から、自由化出来ない送電線部分は役所に管理させればいいのでは?
215 :
犬丸 ◆MRCYWQz4rc :2011/10/31(月) 18:23:39.68 0
>>201 > 文学者の戦争責任を追及した青年の末路が極右雑誌で原発推進インタビュー発表なのか。哀れだな。
人間長生きするもんじゃない、ってか?w
216 :
犬丸 ◆MRCYWQz4rc :2011/10/31(月) 18:27:54.07 0
>>180 > むしろ、古い理系特有と言うか、技術信仰から「科学技術は前進はするけれども後退はしない、原発否定する奴は反動」みたいな言い草だった。
この気持ちわかる。
つまり、危険でもチャレンジするのが男の子。
危険な新しいことを妄想するのが男の子。
そういう、夢、妄想を潰すのは不健全。
って発想だと思う。
217 :
犬丸 ◆MRCYWQz4rc :2011/10/31(月) 18:51:09.13 0
たとえば、危険だからと言って、宇宙飛行士を禁止すべきでない、カーレースを禁止すべきでない、ってな発想だと思う。
でも、
・原発は、1つ事故れば、広範囲な地域をとんでもない不幸に落とし入れる
って事実を無視してるんじゃないですかね?
60年代末から70年代初めには科学の限界が議論されたわけじゃない?
水俣病とか石油枯渇の現実性とか新植民地主義とか。原爆実験も米ソがガンガンやってたし。
そういうのを織り込んでない、古い進歩主義一本槍の理系の発想なんだよな。
マルクス主義の単線的歴史の進歩の発想も自分の感性に合っていたんだと思う。
この人、厳密な意味でマルクス・レーニン主義者じゃないもの。
現在の電力事業を消費者にたいし、また下請け業者にたいし、すなわち業界として、閉鎖的にし
、かつ独善的にしている元凶が大手の事業独占形態にあることは明らかで。まず電力供給が地域
を担当する1社だという事態は消費者にたいし秘密主義にする。例えば情報操作が常態化する。
何をやっても電力供給するのはウチだけ、となれば、強気になるのは当然。多少不信感を持たれた
ところで、また危険察知・危機管理能力のなさがバレたとしても、それで他社に鞍替えされるこ
となどない。また、独占状態は、組織の物神化を生んでしまう。つまり組織を守ることが最優先に
なる。やらせメール問題の根底には、独占企業の自己保身が最優先になり、それを妨げるものは
排除されていく、自浄能力の崩壊を表している。原発問題の背景にこの現実があり、原発に限らず
、膨大なエネルギーを生み供給する、また地域の安全をも担う責任をもつ、現在の電力事業形態と
して、不釣り合いな形態である。それが明らかになったということだと思います。確かに壁がある
わけだけども、これからの電力事業というものを考えるとき、根幹が変わらない限り、同様の事態
は起きてくる。どうもそんな感じが拭えない。此の手の問題になると、市場原理の導入に反対する
動きも出てくる。だけど答えは明らかだと思うし、これは方向性としてはこっちの方向に向かって
いくだろうという、楽観も私にはあるわけだけど。
220 :
考える名無しさん:2011/10/31(月) 23:15:05.18 0
吉本がインタビューに答えた「極右雑誌」って何という雑誌なの?
221 :
考える名無しさん:2011/10/31(月) 23:26:12.49 O
『撃論ムック』じゃねえの。
222 :
考える名無しさん:2011/10/31(月) 23:33:45.77 O
>>221追記
以前、何度か立読みしたことはある。
日本の現実に存るアナーキーな大衆感情のある部分を表す雑誌だよ。
扇情的だけれど、雑誌なんか多かれ少なかれみんなそうだからな。
223 :
考える名無しさん:2011/10/31(月) 23:53:25.92 0
けっこう自民寄りで民主党批判が目立つ雑誌だけど、
こういうのが「極右雑誌」っていうのかな?
中公の江藤淳特集本立ち読みしたけど、意外にボケてないじゃんw。
この雑誌も本人分かって請け負ってるんじゃね。
だけどこりゃ2chにはドンピシャの餌だなw。
224 :
犬丸 ◆MRCYWQz4rc :2011/11/01(火) 01:17:18.00 0
利用されちゃってるでしょ。
左の論客も原発に賛成してるぞ、っていう絶好のアピールになってる。
226 :
犬丸 ◆MRCYWQz4rc :2011/11/01(火) 05:37:11.68 0
227 :
考える名無しさん:2011/11/01(火) 21:09:49.73 O
>>225 吉本は自分の信念を語っただけだろう。
吉本自身が原発擁護なんだから、利用されたという言い方は出来ないのではないか。
別にいいんじゃないの。
他の左派にも原発擁護はいるわけなんで、左派だから原発に反対でなければならないという法則もないはずで。
228 :
犬丸 ◆MRCYWQz4rc :2011/11/01(火) 23:39:19.23 0
「原発をやめる、という選択は考えられない。原子力の問題は、原理的には人間の皮膚や硬いものを透過する放射線を産業利用するまでに科学が発達を遂げてしまった、という点にある。
燃料としては桁違いに安いが、そのかわり、使い方を間違えると大変な危険を伴う。しかし、発達してしまった科学を後戻りさせるという選択はあり得ない。それは、人類をやめろ、というのと同じです。
だから危険な場所まで科学を発達させたことを人類の知恵が生み出した原罪と考えて、科学者と現場スタッフの知恵を集め、お金をかけて完璧な防禦装置をつくる以外に方法はない。今回のように危険性を知らせない、とか安全面で不注意があるというのは論外です」
229 :
犬丸 ◆MRCYWQz4rc :2011/11/01(火) 23:40:11.05 0
だそうですよw
230 :
考える名無しさん:2011/11/01(火) 23:55:50.41 0
文脈から大筋でいいんじゃね、てか後は見解の相異でしょ。
だそうですw
231 :
犬丸 ◆MRCYWQz4rc :2011/11/02(水) 00:10:14.03 0
つーか、性格的にはどうなんですか?
一度言ったことは、間違ってたと自覚しても、絶対訂正しない、意地でも訂正しない、って人いるじゃないですか。
吉本隆明さんはそういう人じゃないの?
232 :
考える名無しさん:2011/11/02(水) 00:18:50.59 0
人の性格なんて身内でも分かんないんじゃない。
233 :
犬丸 ◆MRCYWQz4rc :2011/11/02(水) 00:29:33.41 0
>>232 カルトな吉本ファンなら、わかるのでは?
20代の文と70代の文をくらべて、言ってること逆じゃん、みたいなw
自分の中で体系的に整合性が取れてればOKってタイプじゃね?知識人にはありがちな。
別に企業・大学と関係も利害もないし。あえて言えば既成左翼の中で目立つためのポジショントークくらい。
235 :
犬丸 ◆MRCYWQz4rc :2011/11/02(水) 00:42:19.70 0
>>228 で感じるのは、原発は試行錯誤が出来ない技術、って認識が欠落してることだと思う。
彼の発想は、失敗してもくじけず前へ進め、だろうと思うけど、
1度失敗しただけで広範囲な地域に決定的な被害を及ぼす、って認識が欠落してるんだと思う。
いや、その前に失敗しない、事故は起きないという信仰が先行してるんだよ。
どうしてなのかは分からない。
まあ、実際に原発ってのは何重にも安全装置が完備されているわけで、容易には大事故が起こらないと思われていたわけだが。
戦後の日本の科学技術の目覚しい発展を目の当たりにしてきた古い理系特有の技術信仰のような気がする。
237 :
考える名無しさん:2011/11/02(水) 01:10:22.71 0
ここ時々覗いて思うんだが、しばらくするとループみたいにいつも、同じコメが同じ文字面で繰り返されてるんで
音源が同じスレなんだろうけど、どうもつまらないね。
238 :
犬丸 ◆MRCYWQz4rc :2011/11/02(水) 01:13:47.67 0
239 :
考える名無しさん:2011/11/02(水) 01:37:20.96 0
同じ音源に戻るループがリフレインしてるってことだよ、
意味わかる?だからつまんない。
240 :
考える名無しさん:2011/11/02(水) 09:56:46.38 0
反復が中学生レベルの浅い認識力と幼稚な断定だからよけいだな。
まっそれが2chなんで。
241 :
考える名無しさん:2011/11/02(水) 10:07:14.84 0
>>227 > 他の左派にも原発擁護はいるわけなんで、左派だから原発に反対でなければならないという法則もないはずで。
てか、左翼の主流がかつては原発擁護だった。
産業機械が労働者を解放するというマルクス主義の命題に忠実だったし、
ハードスターリニズムそのものからしてその命題を強引に国家主義的に推し進めたものだった。
旧左翼までならそれでよかったが、スターリン主義が主流になって以降の左翼は
わざわざそこまで逆戻りすることはない。
吉本はソフトスターリニストまでも断罪するほど徹底してスターリン主義を
批判していたにもかかわらず、みずからハードスターリン主義を守りつづける。
この矛盾を吉本思想はどう考えるのか。
ハードスターリン主義を肯定するためにソフトスターリニストを批判したというのでは
批判された側も納得いかないのではないか。
訂正:スターリン主義批判が主流になって以降の左翼はわざわざ・・・
243 :
考える名無しさん:2011/11/02(水) 10:26:37.64 0
>>228 やっぱり、どう読んでも、いくつかの水準の倫理的混同がある。
共同幻想論を書いた人の思想だとは思えない。
244 :
考える名無しさん:2011/11/02(水) 15:56:04.44 0
でも80年代から同じ事を言い続けてるよ。
245 :
犬丸 ◆MRCYWQz4rc :2011/11/02(水) 17:01:08.55 0
反戦運動、反核運動に反対していた立場から、原発マンセーになった、ってことはないの?
>224 :犬丸 ◆MRCYWQz4rc :2011/11/01(火) 01:17:18.00 0
>
http://www.oakla.com/gekironweb/003.html >> 030--特別インタビュー
>> 吉本隆明が解剖する「<脱原発>という思想」
>で、どんなことしゃべってるの?w
買って読めばいいんじゃないでしょうか。本当に知りたいのなら。
調べる気のない人間の質問に答えるほど2ちゃんねらーは優しくありませんよ。
247 :
考える名無しさん:2011/11/02(水) 20:38:08.14 O
>>241 俺はハード・スターリン主義者であるつもりはないが(笑)。
しかし社会の生産力が一定以上ないと社会主義は実現しないというのも真実では。
生産力の低いままで平等を求めても封建社会に近いものとはならないか。
脱原発を目指すにせよ、当面は安全性を確保しつつ原発に頼らざるを得ないのではないか。
あたかも脱原発の課題が最優先かのような考え方には違和感を覚える。
248 :
考える名無しさん:2011/11/02(水) 20:39:52.98 O
249 :
考える名無しさん:2011/11/02(水) 21:12:15.42 0
>>247 > 俺はハード・スターリン主義者であるつもりはないが(笑)。
じゃあ、吉本流に言えば、あなたはスターリニストとしての自覚を欠いた
「ソフトスターリニスト」だぜってことになる罠(笑)。そう言われて納得する?
> しかし社会の生産力が一定以上ないと社会主義は実現しないというのも真実では。
> 生産力の低いままで平等を求めても封建社会に近いものとはならないか。
マルクスがたしかにそんな意味のことを言っているね。
ロシアのプレハーノフもほぼ一貫してそう主張した。
レーニン、トロツキー、スターリンも、手段に関する考え方はそれぞれ大きく異なるものの、
その基本にあるその考え(唯物史観?)をおそらく変わらず持っていた。
とはいえ、だからといって手段がどこまで正当化できるのか、これは大きな問題だ。
吉本さんの発想は、唯物史観が自然過程だとするマルクス解釈にかぎりなく近い。
そうなると、スターリニズムも自然過程だと言ってしまっていったい何が悪いのか!
そうなりかねない危険性をはらんでいた。
> あたかも脱原発の課題が最優先かのような考え方には違和感を覚える。
あたかも原発の実施が経済的に最優先であるかのような前提に違和感を覚えるけどね。
科学や技術よりも経済が優先されているのだから科学技術の進歩とは水準が違う問題。
とりあえず、それらが問題となるそれぞれの水準を混同してはならないと思う。
250 :
犬丸 ◆MRCYWQz4rc :2011/11/02(水) 22:15:36.73 0
つーか、大ざっぱな理論を構築する人は、原発の是非みたいな些末なことだと、正しい判断を誤るのよ。
251 :
考える名無しさん:2011/11/02(水) 23:29:49.31 O
社会の生産力の発展は科学技術の進歩を背景にしているとは言え初期資本主義の搾取による資本蓄積なしにはなかっただろう。
資本主義への批判が出て来たのは、そういう資本主義的手段ではダメだという認識から。
だから社会的生産力の発展のためならどんな手段でも許容されるとは社会主義者なら考えなかったはずだが。
スターリニズムが批判されるのは正にその点においてではないのか?
生産力の発展が自然過程というのは科学技術の進歩に信頼し、それを活用すれば搾取や強制などによらなくとも生産力は向上するはずだとの(やや楽天的な)信念によるものだろう。
ということで俺がスターリニストというのは当たらない。
252 :
考える名無しさん:2011/11/03(木) 00:03:32.08 O
>>251は
>>249へのレス
続き。
初期の原発は潜水艦搭載という軍事利用のため。
その開発には大小多くの事故発生をともなったはずだが隠蔽されたに違いない。
その後経済利用されても同じで、原発推進と安全性向上は多くの犠牲の上に果たされたものだ。
これは生産力の発展が資本主義的搾取による犠牲の上に果たされたのと似ている。
脱原発せよとの意見は解るけど、原発に経済が一部依存しているのも事実。
ならば急に廃止するとは行かないし、廃止(解体)するにせよ原発に関する技術は必要不可欠なもので原発の研究自体が必要なくなる日は多分来ないだろう。
253 :
考える名無しさん:2011/11/03(木) 00:03:39.54 0
何? この、基礎的用語を辞書やウィキで確認したことすらない連中の書き込みだらけのスレは?
>>251 はて、何をおっしゃりたいのか、回りくどい言い方をされているので、
読解しがたいなあ。
> スターリニズムが批判されるのは正にその点においてではないのか?
その点においてとは?
初期資本主義は資本蓄積をあまり果たせなかったのではないかなあ?
フォーディズムの時代までは。
255 :
考える名無しさん:2011/11/03(木) 02:14:32.06 0
まあここでは、普通にマルクスの共産党宣言とか経済学・哲学草稿とかドイツ・イデオロギーとか、
レーニンの国家と革命ぐらいは目を通していたりとかした上で、吉本がどうとか資本主義がどうとか原発がどうとか
いっている書き込みはじつに皆無だよね。
好き勝手に聞きかじった言葉を転がして堂々巡りしてるだけだな。現代用語の基礎知識とかないの?
若者よ、アタマを鍛えておけ〜
マルクスがもし現代に生きていれば原発のことをボロクソに批判しただろう。
マルクスの著作を読めば、彼が機械マンセーでもなかったことがよくわかる。
>自然科学的な「本質」からいえば、科学が「核」エネルギイを解放したと
>いうことは、即時的に「核」エネルギイの統御(可能性)を獲得したのと
>同義である。また物質の起源である宇宙の構造の解明に一歩を進めたこと
>を意味している。これが「核」エネルギイに対する本質的な認識である。
これを読めば自明
吉本の核の話はマルクスというよりヘーゲル。
258 :
考える名無しさん:2011/11/03(木) 11:16:21.05 O
>>254 >その点においてとは?
>>251の「どんな手段でも許容される」とスターリニズムが考えた点において。
生産力の発展=工業化のためなら人民を犠牲は許容されると考えたが、初期資本主義が資本蓄積のために労働者を犠牲にしたのと同じだ。
>初期の資本主義は資本蓄積をあまり果たせなかった
20世紀の資本主義の規模と19世紀のそれを較べても意味ないと思うけど。
科学技術とは別に生産力が物質化されるためには、たとえば工場や機械や労働者雇用に資金が投ぜられなければならず、それには社会全体として見れば一定の資本蓄積がされていなければならないはず。
259 :
考える名無しさん:2011/11/03(木) 11:34:39.90 0
>>257 その場合、マルクスとヘーゲルを分かつものは何であると考えてのこと?
そこが明瞭じゃないとぜんぜん自明じゃない。
しかもそこで「同義」と言っていることからしてすでにいくつかの水準の違いを
混同しているとしか思えないがね。
例えば、分かり易く言うなら、我々はある物質の毒性について科学的に全く
無知であったとしてすら、その物質を毒とは思わずに撒いて人を殺すことができる。
つまり、科学とそれを使うことは別個の問題。
反原発の科学者にいわせれば、それは使えないもの、従って制御できないリスクの
ありすぎるものをまだ科学的に無知な段階で使った反科学的愚行の当然の結果だとなる。
これを科学の責任であるかのように混同する吉本論法はあまりにも粗雑すぎる。
共同幻想と対幻想と個人幻想の水準を倫理的に仕分けした思想家とは思えない粗雑さ。
>>258 だとすれば、その立場からして、スターリニズムをことさらに批判する意義は
失われるのではないか、ということ。
つまり、ソフトスターリニズム批判はやはりダブスタだということになる。
吉本が反原発派=スターリニストと批判した、という思い込みがこの不毛な無限ループの根幹にある。
しかし、いまだその典拠は一度たりとも明示されたことはないのだ。
それを除けば、吉本の科学技術信仰が昭和30年代以前的だ、という話と、
現実の「この国における」原発政策をめぐる話がスルーされていて粗雑すぎると言うことに尽きる。
しかもその点は、加齢ということで尽きている。
まったく話として面白みがない。
鉄腕アトムの時代感覚なんだよw
鉄腕アトムは原子力で動く科学技術黄金時代の象徴だろう。
263 :
考える名無しさん:2011/11/03(木) 13:39:58.77 0
核を誤用も含めて科学技術の進歩がもたらす不可避性として肯定するしかないならば、
核以外についても吉本思想はそのように徹底して主張しなければ不自然だ。
でなければ核だけについてイデオロギー的に、つまり党派的に擁護しているにすぎないことになる。
果たしてその点で吉本思想は一貫していただろうか。
ウーマンリブが「産む女の性」を克服したいとその実現を科学技術に望む向きを彼が
肯定的に語ってきた印象がまったくない。
原発についても必然悪だというニュアンスをちらつかせているが、以前は必然善として語っていた。
必然悪として背負わなければいけない人類の負の遺産でもあるなどというニュアンスは微塵もなかった。
264 :
考える名無しさん:2011/11/03(木) 13:44:51.60 0
たしかに、彼は、バイオテクノロジーがいずれは「産む性としての女性性」を女の体から
解放するだろうという予期を何度も語ってきている。
しかしそれは常にネガティブなニュアンスだった。ウーマンリブへの批判を込めていた。
ウーマンリブのそのような欲求を批判する連中は「反動」以外のなにものでもないだ
などと主張してきてはいないはずだ。
ここが吉本思想において原発擁護が党派的である証拠であると思う。
科学技術の進歩とその欲望の自己実現が人類史の必然性だ云々などというのは後付けにすぎない。
265 :
考える名無しさん:2011/11/03(木) 14:01:58.81 0
原発労働が労働者を本当に解放したか。
ちなみにマルクスならその粗悪労働環境を徹底して批判したはず。
資本主義とその発展が共産社会実現の歴史的必要条件だと認めつつも、
マルクスは資本主義の野蛮さを容赦なく批判しつづけた。
大規模な工場労働や産業機械の発展が人間的には許しがたいものであったことに
目をつむったようなことはほとんどない。
資本蓄積は、マルクスが立てた一つの命題として、
労働時間からの解放を自動的にはもたらさないだろう。
この命題にむしろ忠実なのは皮肉にもエコロジストのほうだ。
マルクスなら反原発ヒステリーを冷笑しつつ、日本の、そして各国の原発行政の実態を暴露するやり方を取るであろうな。
267 :
考える名無しさん:2011/11/03(木) 18:04:23.53 0
科学者集団が行政や吉本思想と結託してこの事態を招いた。
まさしく原発推進ヒステリーこそがこれまでの日本にもっとも蔓延ってきたのだよ。
反原発ヒステリーなんて現象は少なくとも日本には見られなかった。
そんな大衆ヒステリーが起こっていたなら、原発行政の実態がもっと早くに暴露されていたはずだ。
268 :
考える名無しさん:2011/11/03(木) 18:09:59.59 0
つまり、日本では民意においても科学者集団においても行政においても
原発推進勢力がずっと優勢なのであって、ほんの僅かばかりの抵抗勢力であった
原発批判の声さえ言論界からすれも排斥しようとしてきた原発推進ファシズム状態だった。
だからこそ原発行政は安泰だったし、原発御用学会が科学者集団のなかで君臨してきた。
少数の批判の声さえ社会から抹殺しようとする、まさしくスターリン体制が
科学者集団においても原発行政においても社会的に成り立ってきたといえる。
コンコルド効果ってやつですよ。
それでもコンコルドを飛ばそうというのが吉本思想。
一度コンコルドの運用を白紙にして新たに次世代の極超音速旅客機の研究開発をしようというのが脱原発派。
原発のそれとウーマンリブに対するそれとの態度の違い様が
ダブスタにしか見えないのだが、誰かすっきり説明できる奴いる?
一億層中流の楽観的予言もかなりあやしくなって久しいし、
それでも90年代の不況中はまだバブルの時代の家計力でなんとか
それは崩れないと見ていたんだろうが、それも危うくなってきた。
原発大事故がこの先50年は断じて起こらないという予言も外れ、
吉本情況論の未来予想図がかなり崩れてきた。
自然過程というのはいいが、マルクスの場合はかなり野蛮な発展を
想定した批判的書き方をしているところがあったのでまだマシ。
死にかかった爺さんにウーマンリブを期待するなよ。
全共闘世代が何をやって何をやらなかったかを検討しろよ。
「勝利だよ勝利だよ」と敗走しながら原発肯定してきたわけだろ。
世論が全部反対なら維持できていたわけない。
274 :
考える名無しさん:2011/11/03(木) 21:50:55.82 0
ビートたけし もっと阿呆になれ吉本 すっとした
275 :
考える名無しさん:2011/11/04(金) 12:55:29.23 0
>>273 「全共闘世代」なんてものが実在したと未だに思っているの?
大衆論からすればそんな「世代」は存在しなかったんだよ。
名前は何でもいいよ。その大衆とやらが原発を容認していたわけだろうが。
誰も強制的に原発を押し付けてきたわけじゃない。
原発推進は吉田岸正力などCIA工作員です。
278 :
考える名無しさん:2011/11/04(金) 16:03:12.41 0
279 :
考える名無しさん:2011/11/04(金) 16:15:14.36 0
>>276 小出氏あたりもどうやらその点を大いに認めているようで。
というのは、反原発派があれだけ警告しつづけてきたにもかかわらず、
大人たちの多くはそれを無視して原発を受け入れてきた政治的に責任が
民主主義国であるかぎりあることは認めざるをえないだろうからだ。
しかしながら、少なくとも子どもたちだけにはその政治選択的責任は
なかったはずだから、子どもたちに被曝のリスクを負わせてはならない
責任が大人たちにはあるとお考えになっているようだ。
この考えにはまったく同感で、政治哲学的に考えても同意せざるをえない。
もちろん被曝のリスクをもっとも被りやすいと医学的に考えられているのが
子どもたちであるということもあるので尚更のことだが、
それプラス、政治選択責任という点からみても、
原発について子どもたちは選択権限を与えられていない立場にあったのだから、
道義的に考えても彼らが最優先に保護されねばならないことになるだろう。
どうもまだ胡散臭げで(笑)ここでこうやって↑吉本の揚げ足とりに精出してること自体
、どうみても党派的怨恨にしか見えないんだなあ。本当に今の一般大衆のことを考えてい
る人が、吉本ごとき、といっちやあ何だけども、吉本みたいなマイナー教祖の揚げ足に精
出してるわけねえ、て思えるし。本当に今の日本人の運命を考えてる人間が、科学技術の
本質論を基底に論じた一介の思想家を戦犯にしても騒いでも無意味で、実際の政策担当
者をどう動かすか、の方が重要だと考えるであろう。というのは想像に難くない。実際の
政策担当者、そして有権者だよね。をどう動かすか、だから。私怨ばかり匂って(笑)ねえ。
実際には、最近『定本 情況への発言』が出たので調べ易いが、《絶対に事故がこれからな
いとは言えない》と何度も言ってるから、そこはちゃんと、安全性に絶対はない、と言って
るからね。科学技術が自分を越えていくところに人間の力をみる、欠陥を見つけては改良
するもんだ、という。そこは最近のインタビューでも言ってるし、そこが吉本の柱なんだ
ね。人間が動物とは違うのが、技術を進化させていくところにある、欠陥は越えられてい
く、という、技術の可塑性の信仰は、そこは強いから、論議にはなるだろうけどね。
あと、柄谷とかが2000年頃から〈未来の他者のため〉とか〈統制的理念〉とか言ってるが、
それに何で俺が巻き込まれねばならんのか(笑)柄谷のファンなら納得もするだろうし、
実際、あの論理に納得してるのは彼の愛読者だけだろうが(笑)
282 :
考える名無しさん:2011/11/04(金) 20:51:44.37 0
>>279のような見解自体は、その種の「未来への責任」などという超合理的見解とは
なんの関係もないだろう。
自ら選択した自由も覚えもなかった個人にその結果の政治責任を負わせるのが
正義でないことはは、近代的なデモクラシーやリベラリズムが前提としてきた
思想・理念の延長上にごくごくふつう見出される平々凡々な倫理的見解であるし、
てか、わざわざ近代思想をもちださなくても、我々が直感的にもってきた庶民的な
道徳感覚のメインストリームにだって完全に沿った考え方だろうて。
283 :
考える名無しさん::2011/11/04(金) 20:55:04.32 0
勇ましい事言ってるけど
吉本さんは棺桶に片足突っ込んでるから
事故由来で発病する可能性が少ないから何とでも言えるんだよw
子供や孫が今何処に居るかちゃんと証明してから発言してもらわんと
この件に関して発する「言葉」は空虚なだけだろ
(娘のばななの性格からいって隠れて子供と西か海外に逃げてそうだし)
撃論ムックのインタビューでは高い煙突のようなものを造って
上空に放射性物質を排出するというアイディアを披露していた。
285 :
考える名無しさん:2011/11/04(金) 21:33:12.87 0
吉本信者が読んでいる科学史の基本書って半世紀ぐらい前のやつだろ。
原発擁護の語り口が、平和憲法擁護の語り口と同じだな。
人類の完成させるべき目標に水をかける勢力を成敗しているわけだ。
「メルトダウンしたから原発やめましょう」と「隣国が軍拡してる
から改憲して軍隊持ちましょう」が同じ水準のヘタレに見えている。
288 :
考える名無しさん:2011/11/05(土) 01:34:37.51 0
平和憲法擁護は比較的最近の主張じゃないか?
つまり、改憲議論が本格化してからの主張だ。
むしろそれ以前の吉本情況論の立場はまったく逆で、
もう戦争など二度と日本は起こさないし、軍国化することもないし、
将来ふたたび日本がその方向に傾くなんて危機意識はプロ市民が
デっちあげた妄想にすぎない・・・そんな感じだったぞ。
そういう情況論もある意味では外れて、改憲論が憲法9条をなくす議論と
セットになって世論も同調していよいよ台頭しはじめたもんだから、
吉本もあわてて平和憲法擁護を言い出した。そんな流れだろう。
ここでもまたプロ市民が70年代80年代に言っていたことのほうが
真実味があったんじゃないだろうか。
吉本は80年代は大前研一などを引用して原発の安全性を説いていたよな。
中央公論
吉本隆明と江藤淳 ─最後の「批評家」
内田樹/高橋源一郎
292 :
考える名無しさん:2011/11/17(木) 23:21:38.82 0
>>8 > 吉本シンパは
> インテリ崩れになっちまった貧乏な下層労働者が大半
> おれもそのひとり
> 彼の思想内容自体には今から思えばさしたるほどのものはないが
> その生き方や存在に助けられる
これほど吉本vsファンと元ファンの位置関係を的確にしめした見解はない
勉強になりました
全共闘でも、東大とか京大卒の奴らは弁護士とか大学教授になってる。
総理や官房長官になる奴まで最近は出だした。
でも、中堅私大卒の奴らは大部分が非正規雇用者に流れたらしい。
たぶん彼らの心の支えにはなってるのかも知れない。
.,..-'''''"゙゙゙゙゙゙゙゙゙''''- 、
. . -''´;;;;;;;; `'''-、 コクッゴクッ
.,,ー.;.;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;:. ...-'''''''''l、゙`.,
,,i´";;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;:: : : : : : .:.._,,..v.‘ゝ..、
l;;;;;;;;;;;;;υ;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;:: : :υ . `i
.l;;;;;....;;;;;;;;;;;;;;;;;υ;;;..;;;;;;;::: : : .:!::::'゙;: !.^)
il.;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;..;__;;;;;:;:;;;;.;;...:: : : : : : : : : //""'''''''---,,,,,,______ ;;;;--
.|;;';;;;;υ;;;;;;;;;/lニ'-、:::::::::;:;;;;;;::::: : : : : : /;/ υ ・ υ"""":::::::: 前原君、もっとくれ給え。もっともっともっとだ。
.l.;;;;;;;;;;;;;;;;.l丶::゛,!:ili.._:::;:;;;;;;;;;;:.::::::: : : : : : : ::!υ\:::::::::::υ......... 〜 〜
゙lli;;;;;;;;;;;;;;;;ゝミ;;-:: `″;.'! ;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;...´: : : ゙υ ) ̄"""---,,;;;;;::::::::::
.゙!i_;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;~'T'ー-;;;..;;;.;;;;;;;;;;..;;;;;..............; ;;;;
[ 、 〕 〔 .′ .」_ .ll′
.| | 」 ._} .hノ .:| ,.. .,.トト 〕
.} .^′ ゙《,_ .、,ノ ...厂、 .il
} _ .、 .゙゙'〜 .y,_ _,r;|¨ <、、‐ . ノ
.{, 〔 」 ´ ‐ 「ilリiアアァァァ;lllllli(リ゙} ┌ 冫.. .ア
\ ∨゙ . _ .- . ' .`゙厂¨厂゙厂'. .゙ 、' .゙. ヽ‐,r|
|: ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄:|
|:_______________________:|
l: 、.: ヽ ゙i"
! i ; n .:c.: ', _..ハ
| ハ/ { _,..-ァノ 、r‐、>ー ヽ
| ト./ ` ̄__,.:=彡 :.ヾ、ニ二 /
295 :
考える名無しさん:2011/11/18(金) 00:03:22.95 0
>>293 お答え感謝いたします
8様が核心をついてると思ったのは
研究者知識人の中の吉本ファンについてです
研究者知識人の中の吉本ファンは、実力あるけど東大京大内部でハブられてる&偏差値ランク的に旧帝大以下の国公立私大系の出身者
が多い
バリバリの超エリート街道を歩いた人で吉本さんに好意的な人というのは、いることはいるけども
少ないのではないかと思います
丸山真男とか吉本など軽く無視ですよね
在野のチンピラなど相手にしないということです
波平が「パルメザーン」とか名のっているのを見ると、チンカスを連想する
他のコテだったらそういう連想はしないのだが波平の下衆で下品な性格を見ると
どうしてもチンカスを連想してしまう
気色悪い
>>295 丸山真男を東大全共闘は攻撃したけども、あの頃は既に大学進学率が20%を軽く超えて大学生は「エリート」ではなくなっていた。
丸山真男が戦後鮮烈に論壇デビューした頃とは状況が違っていたわけです。
東大法学部は今は違うが当時は学士をそのまま助手採用していたし、一高、東大、助手上がりの丸山が吉本にまともに対応はしなかったけれども、
丸山の大衆に対する態度を鼻持ちならないと感じていた東大生も大学が大衆化した当時は大勢いたものと思われます。
当時は親が中卒でも子が大卒の人が大勢いましたから。
大学解体のスローガンに見られるように、自らの上昇(出世)志向と階級コンプレックスに折り合いをつけるのが全共闘の大きなテーマの一つだった。
そのような出自の人には下町知識人の吉本さんは共感を呼び、支持されていたのではないでしょうか?
>>293 政権に入ってからの菅なんて反動主義そのものなのに、あれを指示し続ける連中の神経がしれんわ。
299 :
考える名無しさん:2011/11/19(土) 10:23:04.64 0
どこまで達すればエリートでなく、どこからが大衆化なのだろうか。
東大紛争は1968年から1969年。
ttp://www2.ttcn.ne.jp/honkawa/3927.html によれば、
短大本科を含めた大学進学率はこのころにやっと2割を越えた程度。
それ以前に1割台で横ばいしていたのがやっと2割台に達しただけ。
その後、5・6年は上昇したものの、
4割台を目の前にして早々1975年をピークに横ばいか、
むしろ若干の下降傾向すら示すようになる。
1990年代初頭から再び上昇するが、この1990年代初頭というのは
19〜22歳人口が上昇から下降に転じる境目に当たっているため、
その変化が主要因だと考えられる。
300 :
考える名無しさん:2011/11/19(土) 11:10:36.28 I
その頃ちょうど大卒割合が中卒を上回ってるのが象徴的。
大卒は二割を超えるとエリートとは言えなくなると社会学者は皆言ってるね。
いまはおまけにネットに時代だしね〜。
大学なんかそれこそ仕分け対象になりかねない。
有名講師の講義なんか、むしろ完全無料化してネット配信したほうが国民のためだ。
有効な知識は完全無料化すべき。
302 :
考える名無しさん:2011/11/19(土) 11:29:49.32 0
>>300 2割を越えたといっても、1970年以降はともかく、
東大紛争が勃発した時点で2割を大幅に上回っていたわけじゃない。
社会学者が2割といっているのは、おそらくパレートの法則にいう
「2:8」からの類推でしょう。
「世界の富の8割がたは、たった2割の富裕層が牛耳っている」とも言われる。
その意味ではその時点ではまだ2割の富裕層=大学進学者が成り立つかもしれん。
>>297 > 当時は親が中卒でも子が大卒の人が大勢いましたから。
しかしそれが階級格差間の流動性を意味していたとは思えない。
そのころの研究では学歴が階級格差を是正したというのが神話であったことが
計量経済学、計量社会学などの資料によってある程度明らかになっていたはず。
これは米国、フランス、日本でもほぼ同じ結果だったと思う。
つまり、学歴は階級を反映しただけであって、流動性をほとんどもたらさなかった。
304 :
考える名無しさん:2011/11/19(土) 11:34:58.16 I
60年安保の頃はどの大学を出ようが大企業の幹部候補だったが、
70年頃から大卒がスーパーの店員とか不動産屋の営業とかに採用され始め、
エリートとは言えなくなってきた。
その階級的不安は学生運動に影響したと言われている。
現に旧帝大だけじゃなく所謂中堅校で運動は盛り上がった。
旧エリートの薫りが濃厚な丸山は絶好の攻撃対象になった。
305 :
考える名無しさん:2011/11/19(土) 11:45:44.72 I
手元に本がないから申し訳ないが、
竹内洋の調査統計によると全共闘世代の学生の親の半数以上は大卒ではない。
ビートたけしみたいに小卒中卒者の師弟も多く含まれている。
もっと古い世代の石原慎太郎のブルジョワの親も旧制中学卒だった。
306 :
考える名無しさん:2011/11/19(土) 11:47:16.82 0
>>304 しかし東大紛争は60年代末。60年代にその現象が顕著に見られ始めないと
そうした不安の反映だったと東大紛争を位置づけるのはちょっと苦しくないか。
307 :
考える名無しさん:2011/11/19(土) 11:51:40.51 0
>>305 大学進学率そのものが低かったんだからそれが2倍になれば、
親が大学進学者じゃない大学進学者の子が半分に達すること自体は当たり前の話。
しかし、それが階級格差間の流動性とイコールだったという証拠はあるんだろうか。
学歴競争が階級格差間の流動性をほとんどもたらさなかったというのは
洋の東西を問わず、社会学者の間ではかなり認められた定説になっているはず。
70年代を境に学歴インフレ率が徐々に上昇しはじめるというのは確かだと思う。
しかし全体からすれば、70年代のはじめはそれほどでもない。
しかも東大紛争はそれ以前に終結していた。つまり原因と結果が逆かもしれない。
309 :
考える名無しさん:2011/11/19(土) 11:56:32.82 I
階級自体が平準化してるでしょう。
要するに高度経済成長なんだから中産階級が拡大して二十歳過ぎまで子供を遊ばせておける経済力が日本に出てきた。
学歴重視は血縁重視を解体するはずだったが、
今の実業界、経済界を見ればわかるが完全に血縁社会になっている。
311 :
考える名無しさん:2011/11/19(土) 12:11:03.55 I
要するに大学を出てもインテリになるのではなく、ただのサラリーマンになることがハッキリし出したのがあの時代。
そうなると旧世代の教養主義は意味を持たず、旧エリートの丸山でなく下町知識人の吉本を全共闘は支持したというのが竹内の説。
>>309 しかしエリートの没落という事態それ自体はなかったと思う。
それから当然だけど、中流意識と中産階級は分けたほうがいい。
吉本さんがあくまで幻想領域だけをとりだして問題にするというなら、
前者に後者を還元して語ってはいけないはず。
なぜ、中流意識だけが肥大してしまったかはそれ自体だけで
問題にしなければいけない。計量社会学もそのモデルを立てていたと思う。
313 :
考える名無しさん:2011/11/19(土) 12:24:29.55 I
東大というトップ校だけで語ると判断を誤る。
パリ五月革命でも増設されたナンテール校が紛争の発火点だった。
日本でも日大全共闘をきちんと考えてみるべきだと思う。
六十年安保と異なり、第二次ブントも赤軍派も私学や二期校の人が非常に多い。
東大の安田講堂の攻防も最後まで、つまり逮捕されるまで立て籠もっていた東大生は殆どいないと言われている。
中にいたのはほとんど全て他大学からの「外人部隊」だった。
学生運動史にすら蔓延る東大中心史観も見直されるべきだと思う。
実際の運動の担い手は中大や法大などの中堅校が多かったし、地方大や無名大にも広範囲に広がっている。
フランスでも学生数の急激な増加が五月革命の原因だとほぼ確定的に総括されている。
315 :
考える名無しさん:2011/11/19(土) 17:49:54.21 0
そこまで拡張するなら尚更のこと、1965年あたりか、それ以前まで遡ることになり、
そうなるとますます大学進学率は2割を越えなくなる。
浅間山荘事件の最終局面に至っても1972年であり、
その後も1975年頃までは大学進学率が上昇するのであって、それだけでは説明がつかない。
現代の大学進学率は5割を超えているはずだが、学生運動が活発化する気配はない。
学歴インフレはその時代よりもよっぽど進んでいるはずで学生の不安は高まっているはずなのに。
全共闘運動を担った世代は第一次ベビーブームに至る人口増大世代であって、
学生の絶対数それ自体が急増するのは当然。
そんなの簡単じゃん。当時の高卒が5割で、今の大卒が5割。
当時の高卒=今の大卒。
当時はエリートがエリートじゃなくなる端境だから動揺が起きたのであって、
今のように大学入学が当たり前の通過儀礼になってみれば学生運動は起こらない。
それに当時は「本物の貧困」がまだ残っていた。
連続射殺魔の永山則夫の事件は確か1969年だったはず。
学生自身は貧困でなくてもすぐ身近に貧困は横たわっていたし、苦学生も大勢いた。
今はなんだかんだ言っても学生に「本物の貧困」の危機はない。
しかし、「今そこにある危機」と呼べるまでの状況になれば今後はわからないかも知れない。
318 :
考える名無しさん:2011/11/19(土) 21:39:45.35 0
>>316 大学進学者が1割から2割になったということは、
大学進学者の少なくとも半数は親の学歴が高卒以下だった子たちでしょう。
彼らがエリート意識を既にもっていてそれが脅かされる不安にさいなまれていた??
学生運動の動機としては尚更、辻褄が合わないんじゃないかなあ。
「簡単じゃん」と思うのは結構だけれども、
精神分析家のような解釈学としての意味くらいしかないように思える。
その種の分かりやすい解釈を安易に当てはめることには、
ひとつの大きな物語を患者に与える治療的意義以上のものを見出せない。
319 :
考える名無しさん:2011/11/19(土) 22:00:36.51 0
60年安保の頃と違って、大企業の幹部候補では無くなりつつあったのは事実。
その頃は「学卒」と言われて官庁でいうキャリアみたいな扱いだった。
しかし、70年ころには大卒といえどただのホワイトカラーワーカーになりつつあった。
下位の大学出身者はスーパー店員などグレーカラーワーカーにならざるを得ない状況が初めて訪れた。
そこで、従来どうりのエリート教育的学問の意味が問われた面があったのではないか。
卒業してもエリートではないのに教える内容は旧態依然のエリート的内容であり、需要と供給にギャップが出てきた。
「大学解体」などのスローガンはその意味でアンヴィヴァレントなもののように思われる。
>>319 でも、なんだかんだ言って5割もの学生が大学に進学してるんだよ。
本当に貧困なら5割も行けないでしょう。
それ以外の高卒の人も専門学校に進学するから、何らかの高等教育を受ける人は7割を軽く超えるはずだよ。
私立なら卒業までに数百万掛かるよ。東京に下宿したら1000万以上掛かる。
7割の人がそれを払えているんだよ。60年代とはやはり違うのではないか?
322 :
考える名無しさん:2011/11/19(土) 22:50:53.55 0
>>320 下位の大学出身者というのは、これは推測だが、親が中卒か高卒か、
もともと階級的にも高くない層の若者たちじゃなかっただろうか。
親も大卒だったエリート層はやはりエリート層になったんだよ。
中卒でも正社員として就職できた時代だからね。
それに、学生運動に携わった世代にあなたが言うほどの上昇志向や
エリート意識があったかどうかも定かではない。
>>321 そういう話なら、60年代に大学に進学した連中も立派な富裕層ではないだろうか。
1960年代において、子を大学にやるための家計の相対的負担は今よりずっと大きかったはず。
当時からすれば上位2割の富裕層に入る水準だからね。上位5割とは格が違う。
あなたも認めているとおり、現代の大卒それ自体は少し前の高卒ほどの価値しかない。
大卒初任給も今の10分の1以下。学歴も支出額も単純比較はできない。
>>320の趣旨からすれば、絶対的経済水準が問題なのではなく
相対的経済水準が問題になっているのは明白。
つまりある水準からの低下が学生たちの不安の原因になったとしている。
その意味では一億総中流意識からの没落の危機に直面しはじめた分岐点という意味では
>>320の主張は現代にも大衆のレベルに拡張してそのまま当てはめることができる。
>>322 >一億総中流意識からの没落の危機に直面しはじめた分岐点
そりゃそうでしょ。
今、日本に起きてるのは80年代にアメリカで起きたことの後追いではないか?
要するに親の世代より所得水準が下がるという日本人が経験したことがない事態が起きつつある。
ただ、まだ親の世代の財産が残っているということでしょう。
>親も大卒だったエリート層はやはりエリート層
あの時代に親が大卒というのは非常に限られていたでしょう。
戦前の「学士様」のころに大学を出た一握りの人(最大で同世代の僅か4%です)だったはず。
ただ、ビートたけしの兄貴みたいに親が小卒でも子は博士号を取って後に大学教授になった人もいた。
つまり、経済が拡大していたので、貧しくとも努力次第で上昇する契機はあった。
ただ、「自己否定」などというスローガンはエリート意識なしでは成り立たないでしょう。
だって、エリートである自己を否定するんでしょうから。
しかし、エリートで無くなりつつあるのに「自己否定」というスローガンを掲げていたというのは今から思えば滑稽な話です。
324 :
考える名無しさん:2011/11/19(土) 23:43:23.28 0
自己否定という概念は、彼らなりの言行一致の倫理に応えた一つの回答であったのでは?
大学に進学しておきながらなんで大学を否定するのか、という俗にある批判に導かれたものだった。
精神科医であるレインが精神医学を否定する諸説を積極的に唱えていくような、
現代なら脱構築とでも言ったかもしれない、当時流の名称だったのではなかっただろうか。
「自己否定」なんていうのは東大全共闘だけの専売特許
中大でも日大でもそんなの関係ねーから
むしろバリケードの中の自主管理、自己解放に酔い痴れていた
326 :
考える名無しさん:2011/11/20(日) 00:03:55.77 0
東大生だからこそ、そこが問われた。少なくとも彼らはそう感じたのでは?
エリートでありながらもエリートを否定する整合性をどうつけるかが問題になるのは必須。
大学解体とか言いながらジャーナリストとか作家とか独立独歩の弁護士ならともかくシャアシャアと大学教員になってる奴もいるし、受験産業で食ってる奴はさらに大勢いる。
官庁や大企業に潜り込んでる奴もいる。
どういう神経してるのかちょっと訊いてみたいけどね。
恥知らずだからなんとも思ってないのかもね。
赤軍派とかの奴らはやったことはトンデモないけど、行くところまで行って、最終的に思想的責任は取ってるからね。
一市民として社会的には許せないけど、個人的には彼らが負った死刑や自殺も含めて納得できる。
団塊の世代で「シャアシャアと」大学教員、官庁や大企業に潜り込んだ連中に全共闘派は少ないよ。
本当に先鋭な全共闘分子は本当に「ドロップアウト」しちゃったから。
でも絶対数でいうとせいぜい数百名ぐらいだろうから、団塊世代全体の中では社会的に埋没して見えないだろうね。
東大クラスの本当に良心的、先鋭的な分子がマスコミ、大学、大企業、官庁にいかなかったことが、今日の惨状をもたらしているともいえるかもしれないが、
まあそこはなんともいえない。
いずれにせよ、団塊世代>>>>全共闘派>>>セクト諸派>>赤軍派を混同しないことだ。
329 :
考える名無しさん:2011/11/20(日) 01:28:52.54 0
あと、菅直人とかは全共闘派じゃない団塊世代だからな。
駒場に(元)中核派の教員いなかったっけ?
>>330 それは知らないけど、中核派は「自己否定」の論理の東大全共闘とは違うであろうし、
ましてや元ということなら中核だろうが革マルだろうが過去を精算したうえで、社会復帰して潜り込んだのはいるんだろうね。
その数がどれくらいかとかは客観的にはわからないけどね。
そういうのもわかると社会学的分析とやらも説得性を増すかもしれない。
332 :
考える名無しさん:2011/11/20(日) 11:38:57.10 0
>>327 言行一致の倫理を真と置くならば、そういう認識が当然出てくるわけだけど、
一方では、プラグマティズムの観点から、在野からいったい何ができるのか
という批判もあった。
その後の思想の風潮からすると、
>>328がいうドロップアウト組と大学に残った側と、
どっちに軍配があがったかといえば、後者のほうじゃないだろうか。
その時代から出てきた脱構築・解体構築といった考え方も、いわゆる運動面での
「脱」とはかなり対照的な考え方で、「脱構築」ではなく「解体構築」という訳語を
好む向きもあるわけだけど、哲学の内部から反哲学的であることはいかにして可能か
という論証可能性をめぐる議論であったとも言えなくはない。
とはいえ、青木昌彦氏をはじめ、ある意味であっさりと「転向」してしまった人たち
もいるわけだ。で、思想界ではどちらに軍配をあげたか。
もっとはっきりと右へ転向した者もいるが、こういう連中は転向前から転向後の考えを
もっていたと思われる連中なので、「転向」があったかはかなり疑わしいのだが。
ていうか、全共闘は都会に出てきた田舎者の盆踊りでしょ。
バブルの頃に扇子もって踊ってた奴らと一緒でしょ。
祭りが終わったら日常に戻るのは当たり前だよね。
祭り終了後もずっと踊り続けたのが赤軍派とかそういう連中だ。
荒木師匠は今でも扇子持って踊ってるらしいよ
それに、赤軍派の関連で引き起こされた連合赤軍事件と、革マル・中核・解放の殺し合いとが、
全共闘系の大衆的な広がりをもっていた運動を日本社会から絶滅させたということもある。
これが決定的に大きかった。
なんかみんな真剣に当時のことを語ってるなw
すげー、団塊臭がするw
おっさんじゃなくって、爺さんが集まってるのかw
でもなんか日本人て島国で空間的視野が狭いだけじゃなくて、時間的な視野も極小だよね
現在・過去・未来で考えられないというか、ひどく今だけ思考
だから団塊世代は団塊世代で自分の世代体験からしか考えようともしないし
若い奴は若い奴でちょっと過去の経緯に遡って、なんで今みたいになったのかなんて
考えようともしないんだな
339 :
考える名無しさん:2011/11/25(金) 11:50:21.06 0
3万を超える数の人々のなかにはかなりの数、そのまま自殺していなければ
ホームレスか餓死者になっていただろう人口が含まれていると考えられる。
中世はもとより、貧困が当たり前だった時代には、乞食をしてでも
生きる人々が大勢いた。開発途上国では乞う行為はそれほど恥ずかしい
ことではない。
中世の聖職者は貧しい人々に乞いなさいと説いた。貧しい者に施さぬ人間
のほうが卑しいとされた。賃金労働がまだ卑しい職業とされていた時代だ。
そうした中世的文化が完全に消え去った現代社会においては考えられない世界だ。
だから中世とは違い、現代の多くの人々は乞食になるくらいだったら
自殺したほうがマシだと考える。
そして、乞食になる寸前に命を自ら絶ってしまうのだ。餓死する前にね。
だから餓死やホームレスの大半が暗数として自殺統計のなかに隠れてしまう。
自殺者の動機のトップが経済的理由だとすると、それらの人たちがそのまま自殺せずに
生きていればホームレスになって、挙句の果てには餓死したと想定できる。
そうすると、日本ではすでに何万人もの餓死者が出ている推計ができるかもしれない。
日本には生活保護っていう制度があるのを知ってる?
自殺の問題は単純に抗鬱剤を飲めば解消する話です。
自殺全体のなかでうつ病に関連するのは一部にすぎないというデータもあったはず。
全体としてみると、経済的理由がもっとも大きいことは事実だろう。
経済的理由で人間は自殺しないよ。
自殺の矛盾性は、まだ生きる余力があるのに、自分で主体的に先制的に死ぬことなんだから。
経済的な理由で餓死することはあっても、自殺することはないよ。
あくまで、生きていく理由や目的や意義を喪失するから、先制的に死ぬんだよ。
自殺は最終局面では結局は精神疾患だろ。
>>342どこにそんなデータがあった?
むしろ、精神疾患なのに医者に掛からない(恥と感じる)カルチャーが自殺を助長しているという報告があったはず。
抗鬱剤で大半が解決する話(自己経験からもそう感じる)。
ホームレスの6割が精神疾患だという調査報告もあるよね。
経済的理由はその全ての遠因でしょう。
だって、自己破産も容易だし、最終的には生活保護もあるんだから。
そこに行き着く前に精神的に追い詰められるんでしょう。
北九州で生活保護を打ち切られた人みたいに「おにぎり食いたい」といって自殺した人はいない。(この人は餓死だが)
そこに行く前に自ら死んでる人は純粋に経済的理由とはいえない。おにぎりは食えてるのに自殺しているわけだから。
346 :
考える名無しさん:2011/11/25(金) 23:33:38.36 0
>>343 その理屈は矛盾していないか。
つまり、その理屈でいけば、「精神疾患でも人間は自殺しないよ」とだって言えるわけだよ。
精神疾患であろうともその人は生きているわけで、生きる余力はある。
なのに自分で主体的に先制的に死ぬのが自殺なんだから、
精神疾患それ自体は自殺の理由にならない。こういう理屈が同様の理由で成り立つ。
経済的な切迫は、たとえガンに体を蝕まれても医者に行って治療できなくなるとか、
最終的には、住む場所や食べ物がほとんど手に入れられなくなるとか、
唯物論的に、実際に生存の危機に直結していく事態をもたらす。
つまり、たとえ自殺しなかったとしてもその理由が解決されないかぎり死に至るのは
時間の問題にすぎない。病気に例えれば末期ガンに等しく、そのままなら確実に死に至る。
鬱病は「死にたくなる」んだよ。それくらい常識でしょ。
経済的切迫での自殺は生活保護を受ければあり得ない。
だって、医療費も全部タダなんだから。
もし保護を受けられずに困って自殺に至った人がいたとしたらそれは違う「社会問題」でしょう。
348 :
考える名無しさん:2011/11/25(金) 23:51:58.62 0
>>344 > むしろ、精神疾患なのに医者に掛からない(恥と感じる)カルチャーが自殺を助長しているという報告があったはず。
そのソースは? それを反証するような報告はあったはずだが。
それに、うつ病患者で自殺する場合は、うつ病自体が軽症化した前後段階に起こりやすい
という臨床的事実がある。つまり、うつ病そのものの病状が悪化した結果、自殺するのではない。
このことはうつ病そのものが自殺そのものの直接動機として説明できるのか
大きな疑問を呈す臨床事実だろう。
>>342の理屈からすれば、そういう解釈だって可能になる。
ホームレスの6割に精神疾患があったというのも経済的困窮の結果かもしれないじゃないか。
経済的困窮からホームレスがうつ病になって治療も受けられない状態で自殺したとすると、
経済的困窮による死ではなく、うつ病による死になるというのだろうか。
いや、だから、生活保護があるでしょう。
食う、という以外の理由での自殺はまさに食うことと無関係の自殺でしょう。
死ぬほどまでに保護を受けられないのなら弁護士会か共産党支部にでも飛び込むことをオススメする。
現実問題、統計上、成人の餓死の報告はほとんど無いでしょう。
ということは、餓死寸前まで追い詰められて自殺しているのではないことを証明している。
借金に追い詰められて将来を悲観してとか、職を失って自殺する人が多いのはよく承知しているが、
本当に、最終段階まで追い詰められているわけではないでしょう。
本当にそうなら餓死の統計がもっと上がってこないとおかしい。
351 :
考える名無しさん:2011/11/26(土) 00:03:56.44 0
352 :
考える名無しさん:2011/11/26(土) 00:12:37.26 0
>>350 > 現実問題、統計上、成人の餓死の報告はほとんど無いでしょう。
だから、餓死に至る前に餓死を予期して自殺している事例が暗数として
隠れていないかという話なのだから、報告がほとんどないのは当たり前。
つまり、餓死寸前まで追い詰められるまでに、それを予期して自殺して
しまっているんじゃないかということ。だから自殺者として統計に現れるが、
彼らがもし自殺せずにいれば餓死していたのも時間の問題だったかもしれない。
そこまで至る前にそれを予期して自殺してしまう人が先進諸国に多ければ、
実際には最終的に餓死に至ったケースでも自殺として計上される餓死は見えなくなる。
なぜ、生活保護があるのにホームレスの人たちがいるんだろうねえ。
>>351 いや、だから、そのケースは「社会問題」でしょと言ってるでしょ。
経済的問題が自殺と無関係などとは一貫して言ってない。
むしろそれは根本原因だが、それから鬱病に罹患して最終的には鬱病が多いでしょう、と言っている。
>餓死寸前まで追い詰められるまでに、それを予期して自殺
これを立証する何らかの統計なり研究報告なりあるんですか?
自殺者(の多く)が栄養失調だったとかそういう統計がない限り餓死寸前などとは断言できないはず。
357 :
考える名無しさん:2011/11/26(土) 00:35:40.17 0
>>354 「立証した」とはどこにも書いていないはず。
その可能性を無視できないから、そうした研究の文脈においては
餓死者の社会的暗数の可能性として考慮しておく必要があるだろうということ。
だってそうだろ。
「このままだと餓死するのは時間の問題だから自殺するしかない」と
言っている人は多い。ネット上でもしばしばそういう書き込みを目にする。
たしかに、豊かさをある程度享受した世代が突如生きる糧をなくして極貧状態に
陥る先が目に見えた場合、ホームレスや餓死に至る前に自殺を選択してしまう人が
多いだろうと想像するのはそれほど実際の感覚から離れていないだろう。
ホームレスでも肉付きがいいのに餓死するわけないだろ。
餓死したホームレスですらまずめったにニュースでお目にかかれない。
そういう「恐れ」、「ホームレスになるのでは?」とか「食えなくなるのでは?」という「恐れ」が精神を追い詰め、
鬱病に罹患して死に至ると判断する方が普通の発想だろう。
餓死者の社会的暗数とか統計上の根拠もないし、論理が飛躍しすぎている。
359 :
考える名無しさん:2011/11/26(土) 00:49:32.55 0
だから、いっそ第三世界のようになって、餓死や極貧があたりまえの日本に戻れば、
もっと気兼ねなくホームレスをして生き延びる人たちが大勢出てくるだろうし、
そのぶん自殺者は逆に減るかもしれない。
自殺のなかに隠れていたホームレス・餓死者人口が顕在するようになるだろうしね。
餓死するのは時間の問題の人間がネットに繋いで愚痴を書き込み、携帯だって持ってる。
その時点で、餓死寸前じゃないでしょう。
要するにプチブル的生活が崩壊するのに耐えられなくて自殺するわけでしょ。
「生きさせろ」とか言ってる連中も北九州の餓死者みたいに空腹に耐えかねて「おにぎり食いたい」と言ってるわけじゃないでしょ。
もっと気軽に精神科を受診して抗鬱剤を処方してもらったほうがよっぽど自殺防止になると思いますよ。
これは、個人的体験に基づく感想です。抗鬱剤は非常によく効きます。
363 :
考える名無しさん:2011/11/26(土) 01:03:47.56 0
364 :
考える名無しさん:2011/11/26(土) 01:09:17.07 0
>>362 生物学的精神医学が主流の現在では抗うつ剤を処方しない精神科はほぼ皆無に近いと思うが、
本当に抗うつ剤が効くんなら、自殺者はこれほど出ていないだろう。
ある調査では、自殺者の7割が精神科で治療中だったというデータもあるそうだが、
これは抗うつ剤が効かなかったか、一時的にしか効かなかったか、薬ではやはりその経済的
原因まで取り除かなかったからじゃないだろうか。
うつ病の原因が経済的理由なら抗うつ剤だけでは解決しないのは当たり前だ。精神医療の限界だ。
思うんだけどさあ、こういう人達は秋葉原の殺傷犯もそうだけど、ほとんど家族関係をこじらせたか、孤独な人なんだよね。
だから、単純明快に経済的困窮→自殺、餓死とか論じるのは旧左翼がやりがちだけど、もっとよくよく分析する必要があると思うよ。
論理の飛躍が大きすぎる。分析を精緻化する必要がある。
>平仮名で書いた紙の切れ端が入った封筒が男性の部屋に残されていた。
>宛先に書かれていたのは母方の叔父(66)。駅に近いマンションで暮らしている。
>「逃げたと思ってた。餓死とは意外やった。できるか? 40前の男が食えないまま閉じこもって死ぬなんて」
>叔父の言葉は辛辣(しんらつ)だった。
>「誰も悪くない。本人の責任」
>男性の家族が借金問題を起こすたびに親族が尻ぬぐいをしてきたという。
>男性の収入は少なく、同居する母親の月8万円の年金と叔父らの資金援助が頼りだった。「完全なパラサイト」と断じた。
>>364 俺が言いたいのは、あんたがいう精神医療の限界で思考停止することじゃないわけ。
役所と連携をとって生活保護受給をスムーズに出来るようにもうちょっと制度を改良するとか、
そういう具体的かつ有効な提言を考えるべきであって、根拠無く「餓死の一歩手前」とか喋って回ることに何の意味があるの?ってことだ。
40そこそこで餓死した人は要は「ひきこもり」の問題であって、つまりは緩慢な自殺でしょう。
経済的には追い詰められてたかも知れないけど将来に悲観したのだろう。
仕事をすること、仕事をさがすこと、仕事を覚えることに疲れ果てたのでしょう。
結局は、彼の問題も精神科医の領域の問題で、個人の実存の問題でもあり、正義の味方の赤の他人がどうにかすることは困難だったでしょう。
業というか運命みたいなものがあって、ある瞬間にそれに飲み込まれたのではないでしょうか?
368 :
考える名無しさん:2011/11/28(月) 23:43:50.13 0
>>365 精緻化精緻化とかいって「いやらしいミーニングテスト」をするから
生活保護を受けづらい状況をつくってその結果、餓死のような最悪の事態が
ちょくちょく起きてきたわけであって、
それでいて、
>>366の「生活保護受給をスムーズに出来るように」とのうのうと
言ってのけるんだから、まったく矛盾しているも甚だしい罠。
369 :
考える名無しさん:2011/11/28(月) 23:49:21.43 0
>>367 ひきこもりってあんた、記事にそんなことは書かれていないし、
君のその理屈だと路上でのたれ死にしないかぎり、全部ひきこもりになるわな。
借金にも頼って取り立てられてまともに外出もできず、親族にもこれ以上頼れない
というぎりぎりのところで、自宅で力つきた事例をしてもまだ本人の自己責任能力の
問題にしようというわけだからね。これじゃ、誰も生活保護は受けられないわ。
一番近くで見てきて面倒を見てきた叔父が「自己責任」だと言っているわけだが。
アンタなんかよりよっぽど信頼性がある証言だろう。
あの家族には借金のことで迷惑をかけられてきたし、
これ以上頼ってもらっちゃ困る、正直これ以上迷惑だった、という本音を
身近な親族がもらしているだけだろ。
それを察知してか餓死した本人も親族に頼る選択肢すらもはや絶たれた
と感じていたのだろう。
それは業だよ。運命。だって迷惑なものは迷惑なんだもん。
障害者とか70すぎた高齢者なら気の毒だが30代なら自分でどうにかすべきだったとしか言いようがない。
自宅がすぐ近くで、床屋を営んでいたのにその修業をせずに跡を継がなかったのも変な話だし。
援助した叔父も楽して稼いだカネではないからね。
泥まみれ汗まみれで働けば働けたはず。
>叔父は高卒で地元のセメント会社に就職。「粉まみれになってがんばった」と言う。
>「金を稼げるならなんちゅうことはなかった」。いまなら3Kと言われる職場だ。
>先輩後輩、社内の人間関係でつながっていた。簡単に辞めていく人間はいなかった。
>そうして定年まで勤めあげた。
病気ってわけでもないし、その記事は読めば読むほど「自己責任」としか思えない。
正社員じゃなくても、日雇いでも何でもやれたはずの年齢。
床屋の修行せずに飲食関係にいた、と言うところが引っかかる。
おそらく実家との関係が良くなかったということだろう。
秋葉原の殺傷犯にも同じような環境があった。
いずれにせよ、単純な「貧困秘話」ではない複雑な事情がありそうだ。
複雑な事情を分析せずに左翼の宣伝に使われて気の毒だ。
374 :
考える名無しさん:2011/11/29(火) 01:05:40.05 0
生活保護があるから餓死する奴なんていないはずだって書いていたのは誰だ?
いずれにしても自己責任とされて餓死していく人がいるのは間違いない。
生活保護制度というのも現実にはほとんど機能していないようだ。
なんだかんだと条件をつけてネオリベラリストのようにそこまで粗探しを
しはじめたら貧困者の欠点を一つや二つを見つけられるだろう。
そりゃ利用率はかぎりなく下がるだろうなあ。
それでスムーズに生活保護を利用できるようにすれば解決とかその気もない
ことを言うのだから。たぶん役所の連中も似たようなものだろう。
それで日本はいまだに豊かだと言い張っている。
生活保護をそこまでケチらなきゃならないくらい切羽詰まっているとは言えないのか。
375 :
考える名無しさん:2011/11/29(火) 01:11:55.29 0
>>372 経済成長率の高い時代やバブルの時代は3Kでもどんどん賃金が上がっただろう。
しかし現在の3Kは貧困と隣り合わせだ。
ブラック企業と雇用契約しなきゃならない状況下でそりゃ精神も病むだろう。
そうした精神疾患リスクも含めて貧困が原因になっているのだから自殺の原因は
精神疾患だから貧困とは無関係だと言い張るのにもいい加減無理が来ている。
医者じゃないから断言はできないが、この人は半分は鬱病で半分は緩慢な自殺でしょうね。
生きる気力がなくなっていって、働く意欲もなくなっていき、自ら助けを求めることもなかった。
餓死するって大変なことだらね。成人なら食物を断っても一ヶ月やそこら死なないからね。
シャアシャアと保護もらってパチンコに行く人もいれば、この人みたいに人知れず死ぬ人もいる。
世の中には色々なことがあるってことだね。
もちろん生活保護だって財源は無限じゃないから優先順位はあるでしょう。
30代なら後回しにされてもやむを得ない部分もある。
あらゆる面で運が悪かったんでしょうね。世の中には運というものも付きまとうからね。
377 :
考える名無しさん:2011/11/29(火) 01:39:51.81 0
長期の失業を経験して、仕事にありついてもブラック企業で低賃金重労働じゃ、
そりゃあ、神経を病んでしまう労働者もいるだろう。そういう場合も含めて
貧困問題というんだよ。そしてその挙句に心身衰えて衰弱し、餓死してしまう。
この人たちは一ヶ月以上もろくな飯を食っていなかったんじゃないか。
それどころか半年も食べたり食べられなかったりしたことを繰り替えして
苦しみに苦しみ抜いてついに力つきたのかもしれん。
餓死するほど大変なことが起こったんだよ。精神疾患のなかでいちばん
重い症状を呈して、うつ病より自殺率の高い統合失調症でも安定した経済環境の
下では自宅にひきこもっていたとしても通常は餓死するほどにはならない。
378 :
考える名無しさん:2011/11/29(火) 01:44:17.69 0
生活保護をそこまで引き締めなきゃならない経済的困窮状態がすでに現実のものになっている証拠だ。
しかし生活保護の引き締めは最近はじまったことじゃなく、何十年も前からさんざん言われ続けてきたことだから、
生活保護制度自体が当の昔から機能不全にすでに陥っていたと見るべきかもしれないが。
つまり、大半の貧困層にとっては、ほとんどあってないような制度だったわけだ。
生活保護があるからホームレスや餓死者が出ないはずだというのは、
この制度がいったいどういうものかまったく分かっていない連中の寝言でしかない。
>>378 生活保護と言ったって金が湧いて出るわけじゃないから自ずから限界がある。
万能薬ではない。財源は誰かが払った税金であって無限じゃない。
優先順位もあるし、70歳と39歳じゃ貴方だって70歳を優先するでしょう。
ちょっと知恵がある人だったら地域の公明党とか共産党の市議を頼って行けばいいんだよ。
そうするとスムーズに保護申請が通って餓死せずに済んだ。
首の上に頭がついてるズルイ奴ならそうする。
要するにそういうレベルで語るべきことであって、それ以上の問題とは思えない。
381 :
考える名無しさん:2011/11/29(火) 10:58:07.35 0
>>379 生活保護があるじゃないかと生活保護万能論をかざし、
だから日本で餓死者なんか出るはずがないとさんざん主張していたのはどっちだよwww
382 :
考える名無しさん:2011/11/29(火) 12:02:48.06 I
金が湧いて出るわけじゃないから限度があるのは当然の前提だろうが。
どうしても保護が欲しけりゃ行政訴訟を起こせばいい。
黙って口を開けてりゃ誰かが食物を口に運んでくれるわけねーだろ。
幼稚園児じゃあるまいし、それも含めての自己責任だよ。
383 :
考える名無しさん:2011/11/29(火) 13:13:04.88 0
もともと君が何を言いたかったのか忘れたいのかい?
自助が古今東西、すべての社会の原則中の原則だ。
だが、気の毒にも働けない体が弱い人や障害者などはいるから国家は彼らを援助しなければならない。
働けるのに働かないやつを援助する必要はない。働かざるもの食うべからず。
納税者の血税を怠け者に渡すべきでないのは当然のことだ。なぜなら彼等は泥棒と同じだからだ。
385 :
考える名無しさん:2011/12/14(水) 01:19:09.75 0
age
『週刊読書人』12/9号に最新ロングインタビューが掲載された。「持続する思考、生きた言葉ー
『試行』創刊50年、『完本 情況への発言』(洋泉社)刊行を機に」と題して、『試行』創刊の頃の思い出
、60年安保でブントに加担したことで、敗北後、論檀から締め出された3人が思想発言の場所を
確保することを目的として創刊した、そのいきさつが語られている。インタビュアーからの「今の
情況への発言はありますか」という質問にはここ5年くらいは小刻みな抵抗をしながらも、一様
に追い詰められていき、きつくなってくだろう、それにどう耐えるか、という答えをしている。
近影も掲載されているが、とても元気そうな笑顔が見える。
週刊読書人ってモロ池田大作用の広報紙だろ
きもちわるいな
もうろくじじい
>週刊読書人ってモロ池田大作用の広報紙だろ きもちわるいな
おいおい(笑)『週刊読書人』に池田大作の記事が載ってるとか、87年から、全部とはいわないが
わりに読んでるけども、見たことないぞ(笑)あれは話題の新刊の1頁書評、その著者の2頁にわ
たるロングインタビューとかが巻頭に載せてあり、編集部が頑張ってるのが分かる良いものだよ
。1部定価260円でカネなくても買えるし、巻頭特集は読み応えがあるよ。少し紹介してみる。
別に『週刊読書人』の回し者じゃないよ。
1988/7/18 〈闘争する批評〉のために 『闘争のエチカ』刊行記念シンポジウムの記録
出席者 蓮実重彦、柄谷行人、スガ秀美、高橋源一郎、丹生谷貴志
1994/6/10 追悼 廣松渉 追悼エッセイ 今村仁司、山本啓、合庭惇 葬儀での弔辞 佐々木力、
吉田宏哲、木村敏 廣松渉著作リスト
1994/11/11 横断的歴史と新たな主体 『千のプラトー』の刊行を機に 対談 多木浩二×松浦
寿夫
1995/12/1 特集 ジル・ドウルーズを悼む 追悼エッセイ 中沢新一、財津理、篠原資明
2000/4/14 柄谷行人独占ネットインタビュー(聞き手=王寺賢太) 資本と国家超えて 「倫理21
」「可能なるコミュニズム」について
2001/4/27 小林英雄を批評する 第5次「小林英雄全集」(新潮社)の刊行を機に 鼎談=山城むつ
み、鎌田哲哉、大杉重男
2004/2/20 柄谷行人氏ロングインタビュー 理論への意志 「定本 柄谷行人集」(全5巻・岩波
書店)の刊行を機に
2007/6/15 吉本隆明氏ロングインタビュー(聞き手=山本哲士、高橋順一) 〈心的なもの〉の
根源へ 『心的現象論』の刊行を機に
2011/9/2 宇野常寛・中森明夫対談 危機の時代の批評 『リトル・ピープルの時代』(幻冬舎)
刊行を機に
ほんの一部だけど後で単行本収録されるくらいインタビューや対談はよく書かれてる。こういう
のを見逃さないようにしないとね。
どうも誤字が多いねえ。「小林英雄」じゃない「小林秀雄」だよね(笑)まあ勘弁してください。
うわ・・・週刊読書人と池田大作の関係すらしらない情弱がいるのかよ・・・
第三文明ほどじゃないけどモロに創価学会系の情報紙だろ・・・
清志郎を評価してるとか言っといて自分は原発擁護だあ?
笑わせんな!
娘さんがRCファンだったから、つまり単なる親バカでしょう。
漫画とかニューミュージックの評価も娘経由だろうし、サブカルは全部娘経由だろうね。
遠藤ミチロウが60歳ということを最近知って愕然としたけど。
しかし、吉本と同年齢の三島由紀夫も赤塚不二夫とか子供の影響で読んでたらしいね。
>うわ・・・週刊読書人と池田大作の関係すらしらない情弱がいるのかよ・・・第三文明ほどじ
ゃないけどモロに創価学会系の情報紙だろ・・・
いや、あれは創価や池田の広報色はないよ。どういう関係があるかは知らないが、あれ自体は思想
や文芸の新刊情報紙として良い仕事を続けている。あれの巻頭記事はいつも読み応えがある。それ
で十分なんで。あれの回りの政治学とかは興味ないな。何度も言うが編集者はよくやってるよ。
『小説tripper』というのが朝日新聞社から、昔出てて今はないかと思ったら今もあるそうで、
よく続くな、と思う。この雑誌は2000年に「進化する〈吉本隆明〉」という特集を組んでおり、『吉本
隆明のDNA』に収録されている宮台真司のインタビューとかはここに初出されたものだ。そこに
若い批評家2名、石川忠司、池田雄一とかいう人間が若い批評家代表という意味でだろうが抜擢
されてかなり長く15頁にわたって吉本を語っている。若い批評家ということ、この時点で37歳と
31歳、で興味深く思い古書店で買って読んだが、とにかくやたら上から目線で難癖つけて批判す
るという、かつて60-70年代によく出された「現代思想家批判」の現代版というしかない。これで
本当に斬れたと思っているとしたら大したものだと言いたくなる。実際には全く刃が掠めていな
いのではないかということだが。当の若手批評家は自信満々で勝ち名乗りをあげている。ただ、
分かっているのはこの2名に斬られた吉本に匹敵する何かがあるとはどうしても思えない、その
2名があげる高らかな吉本思想の死亡宣告、という、皮肉である。いや死んではないんじゃないの
?という疑問が最後まで付いて回る。
池田大作の現状
10月19日発売の週刊文春にスクープ記事が載っています。以下に内容をまとめます
信濃町の「南元センター」5F
ttp://www.web-clover.net/cgi-bin/disp.cgi?itky10693 この建物は、一般の会員も入れるとの事だが、5Fは池田専用のフロアに
なっていて、24時間体勢で世話をされている。病室の壁はマシンガンでも
撃ち抜かれないほど強靭で、窓は防弾ガラス
2箇所の脳梗塞、糖尿病、車椅子。今年1月までは、何とか会話もできたが、
それ以降認知症の症状が進み、3月以降はさらに悪化。奇声を上げたり、
物を投げたりするようになった。食事も取れず、点滴で賄っている。
人の認識や意思の疎通は困難。会員向けにメッセージが送れる様な
状態ではないのに、いろいろな激励がなされることに、看護士も憤っている
398 :
考える名無しさん:2011/12/22(木) 19:22:52.47 0
『完本 情況への発言』が大型書店でけっこうpushされてるみたいですね。原発問題についての
発言はあれに最も掲載されてるのでタイミング的には良いと思います。吉本さんの立場というの
は、原発問題というのはより優れた動力が発明されるまでの過度的問題だ、ということだというこ
ともよく分かるのではないかと思います。科学技術の自己更新性が、結局吉本さんの技術論の核
なんだよね。
399 :
考える名無しさん:2011/12/23(金) 09:38:06.93 0
>>398 だったら「過渡性」を原発論争のときにもっとも強調すればよかったんだよ。
しかしそれがなかったし、それまでにチェルノブイリ級の原発事故など起こる
はずもないとまで断言した論調。まったく原発推進派と同じだった。
推進派だって過渡的技術だと主張していただろうから、その意味では推進派と同じ。
過渡性を本当の意味で強調するならば、代替技術への投資戦略がもっと語られても
よかったはず。
放射性廃棄物も高い煙突で吐き出せば大丈夫なんだってさ。
けっきょく、この人の発想は、科学技術進歩主義でもなくて、
根っこには目先の経済成長第一主義があったんだよ。
その意味ではカチンカチンのマルクス主義的史的唯物論と一緒。
経済は下部構造で、下部構造は人の意志を超えた普遍法則の所産。
機械の進歩が未来の共産社会実現の最低条件だからその進歩は
唯物史観の神聖な至上命令。これに逆らう動きはすべて反動。粛正すべし。
唯物史観は間違いではないと思うけど、ここまで硬直した発想になると
スターリニズムへまっしぐらという感じになるので、なんだかなあと思う。
ボケてるとは思うが粛清すべしとは言ってないけどな。
>>400 宇宙まで伸ばせばおkだな。軌道エレベーターマダー?
405 :
考える名無しさん:2011/12/23(金) 23:20:58.80 0
いやしかし、日テレの原発再現ドラマ見たけど、今って共同幻想論の国家が成立する前夜の状況そのものじゃないか、正に今が、逆立して着地しようとしているのか古代に。
しっかし、世界が一つになって、ということは世界が一つの村になってしまったというわけだ。
中世領主がアメリカ様で、ほとんどそうなってるんだけど、完成系にするための手続きがtppだろ。
完成した時が崩壊の時なんだけど・・・・
タイムラグがあるから庶民は地獄を見るけど(見てるけどね)。
406 :
考える名無しさん:2011/12/28(水) 22:24:09.55 0
週刊新潮の今週号にインタビュー載ってますね
878号は2012年1月13日発売です。
●特集
辺見庸ロングインタビュー
408 :
考える名無しさん:2011/12/30(金) 08:46:22.16 0
すが秀実
行きがけの駄賃で言っておきますが、今、もし吉本さんがフツーに聡明であれば、「福島在住」和合亮一のツイッター詩な
んて、多分、一蹴されたと思うんですけどね。あんな詩は、吉本が『「反核」異論』で批判した峠三吉や栗原貞子の詩より
ダメだと言うべきで、それを、「詩壇」はもとより、若い作家・文芸評論家がこぞって仲間褒めで翼賛して、バブルを謳歌
してるんだから、文学は、もう末期症状です。和合批判は一種のタブーと化しているんだから。
409 :
考える名無しさん:2011/12/30(金) 10:16:36.72 0
原発推進は「人類の進歩」の一つの過程とのたまった吉本氏
、どこか古いマルキシズムの「発展説」にとらわれてるからこその、反省のない
進歩思想…なのではないか?と勘ぐりたくなる。
科学の進歩に諸手を挙げてバンザイするなんざ、1970年の万博時代から、彼の頭の中は停止してるんだろうな
水俣も、複合汚染も、原発事故も、ろくにしらないでスルーするエセ学者
ますます老いたり
410 :
考える名無しさん:2011/12/30(金) 16:12:38.41 0
149 :考える名無しさん:2011/12/28(水) 19:27:11.79 0
丁度スレの話題に合っているので。
以下、小泉義之による『リアルの倫理』書評より
ジュパンチッチが指摘するように、近年のカント解釈はまったくダメである。
ロールズやハーバーマスやアレントの解釈(柄谷行人『トランスクリティーク』はこの段階にある)は、すべてダメである。カントの凄まじさを見逃しているからだ。
カントは、日常的な「功利主義の倫理」を断ち切って、「欲望の倫理」を導入したのである(浅田彰『構造と力』はこの段階にある)。
しかし、カントを越えて進まなければならない。ラカンは、欲望の倫理を突き破って、「欲動の倫理」を導入したからだ(スガ秀実『「帝国」の文学』はこの段階にある)。
しかし、ラカンも越えて進まなければならない。ry
411 :
考える名無しさん:2011/12/31(土) 07:26:53.82 0
反核異論て面白いですか
412 :
考える名無しさん:2011/12/31(土) 19:30:28.67 O
>>411 さあ、読んだことないからわからないけど。
核戦争なんか起こる筈がないとでも言ってるのかな?
413 :
考える名無しさん:2011/12/31(土) 19:44:13.86 0
哲学板というから来てみたが、
そこらの凡骨の考えと何ひとつ違わない。
よいお年を。
ニヒリズムの中のニヒリズムの虚無の空白の思想哲学思考じゃん!?♪。
415 :
考える名無しさん:2012/01/01(日) 08:10:48.80 0
>チェルノブイリ級の原発事故など起こるはずもないとまで断言した論調。まったく原発推進派
と同じだった。
確率的にあと半世紀はチェルノブイリ級の事故はない、とは言ってるが、同時に絶対の安全など
ない、とも言っている。
今回の原発事故が起こって、初めて原発というものの耐久性が限界がどのくらいか、問題になっ
たところがある。今回の地震は大きかったが、それにしてもそれでこうなるとは、はなから原発の
建設に反対だった人間を除いていなかったろう。はなから反対だった人間は何でも原発停止の
理由にするから「最初からこうなると思っていた」とかは言うだろうけども。
今回、停止だ、いやその必要ない、と論議されてるが。この問題はそれこそ耐久性や廃棄物処理の
問題がクリアされたときまでの問題で、原発が先端技術として認識されてる限り、技術の改善を
必須課題とした上で、この先もう建設されない、使用されない、ことを保証する話にはならない。
技術的に未熟である、改善の必要があることが今回、明確になった。だが改善の必要が明確になっ
たことは、逆に言えば原発の今日の問題は純粋に技術的な更新の問題に等しいことを証している
。純粋に技術的な更新の問題だ、ということ。原発停止論の問題はそれでしょう。それ以上でも以下
でもない。
415の問題にプラスして危険性についての想定もでしょうね。それも甘かったんだろう
。プラス、核施設解体技術も甘かった。そういう甘かった諸々の点がある。それにしても、
それらはやはり総称し、技術課題だと言ってしまえるところがある。どこまでクリアでき
るのか、という。そこの甘さが今回出てるので。それがこういう騒ぎの本質でしょう。し
かし、その甘さは前述したように、技術上の問題として処理されるべきものでしょう。
417 :
考える名無しさん:2012/01/01(日) 09:31:07.25 O
まだ完全に解明されたわけではないが、福嶌1号機の事故は建屋内への発電機設置や非常用復水器の正常な操作で防げた可能性がある。
つまり、事故原因は電力会社の怠慢やミスという要素が大きい。
もちろんその背景には作られた安全神話があったわけだが。
ということはハード・ソフト両面の技術改良によって安全性を向上させる余地はありそうだ。
418 :
考える名無しさん:2012/01/01(日) 12:14:51.15 0
>>415 > 確率的にあと半世紀はチェルノブイリ級の事故はない、とは言ってるが、同時に絶対の安全など
> ない、とも言っている。
その相反する発言は、吉本さん自身が自身の発言の矛盾にまったく気付かず混乱しているか、
矛盾でなければ、大規模な事故による実害を地域住民にもたらす程でない小事故の可能性は認めるが、
そのかぎりで「絶対の安全などない」と主張していたと解す以外に発言の矛盾を整理できないだろう。
> 今回の原発事故が起こって、初めて原発というものの耐久性が限界がどのくらいか、問題になっ
> たところがある。今回の地震は大きかったが、それにしてもそれでこうなるとは、はなから原発の
> 建設に反対だった人間を除いていなかったろう。はなから反対だった人間は何でも原発停止の
> 理由にするから「最初からこうなると思っていた」とかは言うだろうけども。
それを言うなら、「はなから原発推進ありき」で「技術的安全性に疑義なし」と主張していた
原発推進派だって同様のはず。反対する側に対してのみそれを言う『党派的偏向』が吉本さんや
彼の主張をただ鵜呑みにしてきた読者の側にあったということをその物言いが示している。
419 :
考える名無しさん:2012/01/01(日) 12:21:02.91 0
>>415 > 技術的に未熟である、改善の必要があることが今回、明確になった。だが改善の必要が明確になっ
> たことは、逆に言えば原発の今日の問題は純粋に技術的な更新の問題に等しいことを証している
> 。純粋に技術的な更新の問題だ、ということ。原発停止論の問題はそれでしょう。それ以上でも以下
> でもない。
原発の推進派とそれに反対する側との論争は、当初から原発の安全性が「技術上」疑わしいかどうか
を中核点にしてそれをめぐって行われていたことは誰もが知っている事実のはず。
反原発派が原発の実用化に反対した論拠はまずなによりも第一義に「原発の技術的な未熟さ」を問題に
していたからであって、欧米で安全性が確保されていたとしても、地震列島である日本にその技術を
実用化したときの安全性はかなり疑わしく、安全性に関する大幅な犠牲を払う覚悟を要する」という
見解を反原発派は当初から一貫して主張しブレなかった。
それ(安全性をめぐる技術論)を根っこに彼らは反対したのであって、まさにその主張どおりになった。
この事実を事実としてまず素直に認めることから始めるべきだろう。
したがって、技術論争にかぎってみても、専門家を見る吉本さんの目は節穴だらけだった。
原発を擁護した専門家たちを十分に信頼が置けると評価し、反原発派の専門家たちを技術論において
全くのど素人で、感情的に恐怖を煽っているにすぎない、とボロクソにけなし切り捨てていたのだから。
吉本さんのいう「確率的に」とはいったいなんだったのか。
半世紀のスパンでみれば、
巨大地震が起こる可能性は確率的にかなりの高さで予想されていたはずだ。
宮城沖では30年以内に90パーセント以上で起きるとする説が定着していた。
歴史は東北の太平洋沿岸で大規模な津波の被害があったことを伝えていた。
しかも地震は複雑系であって、これを上回るリスクがあることも科学的に否定できない、
とする見解すらあった。つまり、その危険を予期することは科学的にも不合理でなかった。
東海地震についても三連動地震が予測されている。半世紀以内にはかなりの確率の高さで。
天気予報では降水確率が60パーセントを越えると雨が降るのはほぼ間違いないことから考えても。
421 :
考える名無しさん:2012/01/01(日) 23:27:58.61 0
>>415 純粋に科学技術の更新の問題だ、つまり科学技術の進歩の必然性に依拠する以外の手段で
科学技術をコントロールしようとしてはならない、ということが吉本思想の核心ならば、
バイオテクノロジーについてはどうなんだ?という質問にも答えてもらわなくては困る。
論理の整合性がとれないことは明らかだ。
iPS細胞でもって精子と精子、または卵子と卵子からも子孫をつくることが可能になりつつある。
フェミニズムが期待していると吉本さんが煽っていたように、いずれは生物学的な性の
科学技術による克服が、原発が商品化されたように商品化されるようになるだろう。
しかし吉本さんはこれについては徹底した擁護の立場をとってきたように見えない。
対幻想の危機だという見方をして、むしろ否定的な見解をとってきたのではなかったか。
例えば、同性愛についてもフーコーの友情解釈で済ませると片付けようとしてきた。
iPS細胞の技術が進歩すれば、同性間でも子孫がつくれるようになるだろう。
おそらく宗教界から大きな反対運動が起きてくるかもしれない。
そのとき吉本さんがそれらの反対運動に対して、断固とした批判の立場をとるのかどうか。
反動だとそれらの反対運動を完全に退けるのかどうか。問題は単に技術論争だけだと言い切るかどうか。
原発論争のときのように。
>>415がどう考えるかどうかまだ答えていない。
そこがいちばん吉本思想の疑わしい点だ。
あと、原発についての吉本さんの視点でもう一つ押さえておくべきと思うのが。科学技術の今日
的段階の二面性というべきものがある。莫大な動力、効率、効果を保証するが、同時にそれは、人間
にとって、それが最終的に何を発生させていくか、分からない不可視と危険を備えている。しかし
そのような不可視を備えた科学技術を、先端技術を、人間社会は自らの巨大化を、また経済力を、
生活水準を、維持し、また発展させるために、使わざるを得ない。今日の先端技術の孕む二面性と
いうものをそのようにおそらく捉えている。農薬の問題を扱った70年代の詩でそのような文明観
を既に描いている。巨大化した人口、生活、経済…先端技術が何故使われていくか、というと、それ
らの巨大化に対応できる技術がそれだから、ということになる。しかしそこに実は多大な危険が
付いて回り、付いて回るにも拘わらず、人間社会はこれを必要としてしまう。70年代に農薬を
取り上げた詩に、この問題を描いている。原発問題もその延長にみていると思う。
423 :
考える名無しさん:2012/01/03(火) 01:28:00.57 0
紅白で長渕剛が出て、被災地で「ひとつになって頑張ろう」と歌ってるのを見た。だけど実はそう
いうメッセージに、私は一向に共感できなかった。私が今暮らしてるのは千葉県で、放射能の影響
とか、あると言われてる場所なんだけど、それでも長渕のメッセージに…、感動はないんです。ただ
その時、長渕の表現のモチーフがこれなんだな、と。それが強く残った。長渕に限らず、被災地の
状況を、住民を、表現者がモチーフにする例が2011年から圧倒的に目についた。だけどそれは、
(ちなみに今またNHKでやってる)、被災した町の瓦礫や貧しさとか、そこに表現の理由を見つけ
る、というのが、じゃあもしも震災がなかったら、この人のモチーフは何だろうと問いたくなった
。これは歴史的に、世界中の貧しい国々に視線を向けて、富んだ国々の退廃を批判するとか、歴史
的なものですね。それを批判してきたのが吉本さんで、自力思想だった。同じ国民だ、ていうけど、
だけど私は簡単には同化はできないね。本当のこというとね。。私がもしもプロの作家だったら、
被災者や原発を題材にはしないね。じゃあお前の題材は何だと言われるなら、言うまでもない。
私自身の暮らしてる、目の前の光景や、そこで浮かぶ心情を題材にすると思う。少なくとも今の
被災地を取り上げて、「お前も頑張れ。俺も頑張る」とかは言わない。随分余裕綽々じゃないか、て
思うね。わざわざ遠い地方まで出かけて、訪問して、「お前らと俺はひとつ」。余裕だね、て思います
ね。表現云々以前にそれで食える、というのがね。そういう豪邸に住むようになって、夢のない町
に暮らす。一体何を歌ったらいいか分からなくなった。それで被災地にきて、貧乏や苦労を知って
、また歌う気になりました…。それって、その歌う理由がなくなった自分。こそが今の真実じゃない
。そこから逃げてるわけだよ。今の震災アーティストは。そう思うよ。あれがリアルな表現な訳が
ない。モチーフの喪失した自分から逃げてると思うね。何故モチーフが失せたか。そこが本当の
真実でしょう。
>それを批判してきたのが吉本さんで、自力思想だった。
間違いで、言うまでもなく自力思想ではなく自立思想です。
425 :
考える名無しさん:2012/01/03(火) 08:42:00.38 O
>>423 それは分かるんだけどね、社会の必要に応えると言うことも大事なことじゃなかろうかと。
たとえ自分の真のモチーフではなくても、社会がそれを必要としているのならそれを表現することは有りではないの?
426 :
考える名無しさん:2012/01/03(火) 10:09:40.60 0
私もそう思います。
吉本さんはそこのことろを常に混同してきたと思う。
鶴見俊輔が批判した通り。
427 :
考える名無しさん:2012/01/03(火) 12:08:42.77 0
>社会の必要に応えると言うことも大事なことじゃなかろうかと。たとえ自分の真のモチーフで
はなくても、社会がそれを必要としているのならそれを表現することは有りではないの?
いや、長渕とかの場合、自己表現としてああいう作品を公のものとしてるわけで。単なる義援金
や物質補給とかでなくね。それが社会の要求、はいいけど、あれは私から言わせると、表現の意味
をぼやかしていく行為だと思う。彼らが自分の生活からかけ離れた場所に題材を求めざるをえな
い。そこに彼らの真実がある、というのがあの震災支援から受ける印象ですね。私が疑問を感じる
のは震災アーティストの題材を取り上げる目線が、生ぬるいんじゃないか。自分が現に生きて生活
しているこの町や人間の姿を何故歌わないか。何も言うことはない、というのが本音なのか、それ
は腐ってるということなのか、それとも何が起こってるのかもう分からなくなった、ということ
なのか。そこが生ぬるいと思う。
Mr.Childrenでもそうで、彼らがそこで生きて仕事している都市の風景からどんどん
遠ざかって。それが不思議で。つまりMr.Childrenの作品とか、聴いてて何時の時代の人間の
ことか。とても今の人間のリアルな心情が反映されてるとは見えない。これも長渕と一緒で、身の
回りにもはや退廃しか見えない。歌うことはない。というのが本当の本音じゃないですか、と思え
る。だけど長渕にせよMr.Childrenにせよ、自分のリアルから遠ざかって歌うことしか出来ない
。そこがやっぱり作品としてマイナスと思いますね。現に生きてる場所が今、どうなってるのか、
という目線が一切なく、目を剃らしたい心情ばかりある。そこで何も歌うことはない。としたら、
彼らの表現はもう終わりかけてる、と本当は言わなきゃならないんじゃないか。表現者として、
止まってしまったことを意味してると思えますね。
428 :
考える名無しさん:2012/01/03(火) 12:55:21.99 0
原発うんぬんは関係ない
科学・技術そして文明へのコミットメントは不可避で、
逆行できない、
原発が文明の利器なら、それを超えるのもさらなる文明の利器によるしかない
ただあぶないからやめる、環境エネルギーに変える、というのはお粗末な
今回の原発事故よりも今日の交通事故による被害のほうが大きい じゃあ車やめるか?
それだけのこと
429 :
考える名無しさん:2012/01/03(火) 12:59:09.91 0
>>421 バイオテクノロジーもおんなじことだよ。
メリットとリスクに関しては。
同性間で子供が作れるのはいいことだ。
ホモセクシャルの夫婦が子供を持つことができ、それを社会がこころよく承認するならそれは文明の進歩だ。
もちろんその国・州の国会による「法」次第ではあるが。
430 :
考える名無しさん:2012/01/03(火) 14:11:03.97 0
吉本は、これこそ優れた文学だ作品だなんていう勘違いを大真面目にする「文芸批評」や「文学理論」もどきに対して出なければ
いちいち目くじら立てないだろ。作品の価値が低くたって、不可避的に表出されるものはされるんだからな。
431 :
考える名無しさん:2012/01/03(火) 15:08:31.31 O
>>自分のリアルから遠ざかって
自分にとってリアルなものが他の人にとってもそうだとは必ずしも言えないものね。
長渕の初期の私小説風の詞の中には大して有名でないが、しかし似たような経験をした者には強烈な共感を呼ぶものがある。
震災という経験を直接にしていない表現者が何か作品をものにしようと思えば、もう想像力で創るしかないじゃないかと思う。
それはリアルさに欠けた甘いものかも知れない。
長渕の『ひとつ』という詞は愛する者を喪った心情の表現を試みたものと思うが、そういう大衆の気持ち(らしきもの?)を表すのも表現者のひとつの仕事として有りうると思うが。
432 :
考える名無しさん:2012/01/03(火) 23:16:54.61 0
要するに吉本はちょっとプロレタリア文学を憎み過ぎたわけだ。
あの種のものにもそれなりの価値があって、
そういう種類の価値は作者自身の生活から離れていようと何であろうと、
そういう私的なこととは関係がないんだ。
個人的誠実さの追求を社会的価値に優先してしまえば、
結局は矮小なものしか残らない。
吉本の言説は実際にそういう効果をもたらしたわけだ。
433 :
考える名無しさん:2012/01/04(水) 09:01:06.93 O
小林多喜二の新潮社版『蟹工船』のB面『党生活者』は多喜二のリアルな経験に基づいていると思われるが非常に面白い。
ここには当時の左翼運動の実相や問題点が凝縮されており非常に様々なことを読み取ることが出来る。
対して『蟹工船』の方は経験に基づかないだけに、「作られた」ものという印象が強くリアルさと迫力には欠けている。
しかし、一般への影響があったのは『蟹工船』の方だろう。
434 :
考える名無しさん:2012/01/04(水) 15:36:06.33 0
アーティストも人間だから、弱者や不幸の存在に救いの言葉を表現するというのも致し方ない
かもしれない。それはまあ分かります。
ただ、昨今の被災者支援アーティストの行状をみてると、やっぱり安易だな、と思うのは、彼らが
彼らの日常目にしてるであろう、日本社会の困窮ー無縁社会、自殺、蒸発、動機なき殺傷、etc.ー
の浸透力に蓋をし、最も扱い易い題材、扱い易い善で作品にする、その手法は、やっぱり安易だよ、と
しか言えない。何故なら、被災者を別にしていえば、日本人がおそらく今、直面してる困難は、死
であると同時に何か新しい社会の始まりかもしれない。その難しさで。それは、被災者支援とかで
逆行させられるものとは思えない。逆行させたがってるのがあそこに行ってると思います。
被災地救済は社会の死への抵抗足りうる、という人もいるかもしれない。ならないと思う。それ
はかつての第三世界革命を先進国革命のきっかけにしようとした新左翼の発想と同じですよ。後
進世界はいずれ追い付いて先進国並みになる。被災地も同じようにいつか復興し、我々の社会の
現実を同様に帯びていく。それが復興の意味でもある。
今の我々の社会の死を、長渕もMr.Childrenも歌ってることは歌ってる。動機なき殺傷をどう
みるか。長渕は「他人の不幸を知らんぷりして撮影する現代人」(知らんぷり)Mr.Childrenは「
僕にできるのは、加害者になった子供をただ抱き締めることだけだ」(タガタメ)と。両方とも私
は不満で。社会に知らんぷりせず主体的な目線を持とう、愛と優しさでしか僕は立ち向かえない
、というのが彼らのメッセージだけど。両方とも、現代のああいう行為が、理性・空気を読むこと
の暗黙の要請の、息苦しさの空隙を意味してるであろうことに無自覚でしょう。つまり、社会の死
を表すと同時にどこか、別の何かの萌芽かもしれない。そこで無自覚に、彼らはいつもの作法に寄
っ掛かり、作品化した。それは彼らの作法が現代を掴めなくなってることの証です。その後、その
限界の延長で色んな福祉に乗り出した。そう見えますけどね。
435 :
考える名無しさん:2012/01/04(水) 19:25:53.86 O
↑
吉本の文体にそっくりなんだけど。
長渕は、原発事故があって大変だ、ということで故郷鹿児島へ避難した。
けれど、自衛隊の活動なんかを見て、俺何やってんのかな。って自責の念にかられて東北へ行ったんだよね。
それを正直に告白している所は良かったけどな。
音楽にするなら、その悶々とした自分の感情を言葉にするといいと思うんだけどなあ。
むしろ、そういう人の方が多いと思うし。
話は違うが自分は、冷たいことを言うけど実際に被害にあった詩人なんかが書く詩。
ツイッターで評判とか言って、読んでみると単なる絶叫で全く共感できないんだよな。
長渕氏等の芸能人の活動に関して、真剣に応対してしまったら、
それは彼らを買いかぶり過ぎということになるのではないか?
つまり、例えば震災前から脱原発的な活動をしている坂本氏や、
営利目的ではなく、確か金利1%の貸付をする組織の中心にいるらしい
桜井氏等と比べたら、長渕氏等のやっていることは、
短期的な芸能活動でしかないと思われるから。
しかし、かかる芸能活動を嘘っぽいというのも間違いだろう。
震災の前の段階で体制に批判的なスタンスをとれなかった
鈍感な芸能人が、震災後の大手メディアの報道に接し、
被災地の惨状を、例えば自身の恋愛問題等より切実だと
感じてしまうのは、非高貴資質の必然であるとも言えるからだ。
むしろ、被災地に安易に感傷的にならない方が、低級な芸能人にとっては、
自分の気持ちに正直ではない態度だ。
長渕ファンは、上記のようなことを承知した上で、しかし長渕氏だけは
凡百の芸能人とはちょっと違う、と言いたいのだろうが。
ちょっと違うなどと理屈っぽい時点で、もう長渕ファンじゃないだろw
あれは直接的に響くかどうかだ。
439 :
考える名無しさん:2012/01/05(木) 11:12:44.26 0
440 :
考える名無しさん:2012/01/05(木) 20:30:18.80 0
441 :
考える名無しさん:2012/01/05(木) 21:06:05.24 0
吉本はこれは東電から金もらってるね。
きちがいだわ。
宇野もきちがい。
やっぱり、よく考えたら原子力は必要不可欠だと思う。
今後の人類のことを長い目で見れば、核融合のコントロールは
できなきゃしょうがないでしょう。
僕は、脱原発より脱既得権益を掲げたいです。
被曝して働くひとの事も忘れないでね
彼らなしには稼動しない原始的な原子力発電
原発推進の話について、ばななが父は介護が必要なほどまともに話ができないのでそっとしておいてくださいって言ってたな
実はみんな知ってた
石原ももうろくしているが吉本程じゃないな
父のことですが、もうあまりちゃんと話ができないので、まとめる人の意訳があるかと。
私が話したときは基本的に賛成派ではなく廃炉と管理に人類の英知を使うべきだ的な内容ではないかと察します。
インタビューとなるととにかく長時間話してしまうので、まとめる方がどうしてもセンセーショナル
な方向に持っていくな、と感じます。しかし父は基本的にだれよりも市民の幸せと平和を願う人です
父は日本の中から世界を見ると言って一度も海外に行かなかったしぜいたくなものも食べず着るものもみんな西日暮里で買い(笑)、
免許も取らず、ずっと同じ床屋さんや薬屋さんや酒屋さんを小さく応援して、ひたすら仕事をしてきました。
アグレッシブな発言や論争は多々あっても、常に平和な人物です。ば
itoi_shigesato 糸井 重里
今日から、連載がスタート。『「 」に会いに行く。』 そして、420分の講演音源を組み込んだ書籍『吉本隆明が語る「 」』は、
1月16日から「ほぼ日ストア」で先行販売します。 かんたんなクイズ形式での宣伝という、ふるくさい広告のようなことをしてみました。
いくらぼけようが強い意志で反原発を批判したのは事実なんじゃないかなぁとおれは思うんだけど。
それを老害だの思考停止だのくだらない理由で批判するのはなんか許せない。
ほんとに反原発を信条とするなら本気でぶつかっていけばいいじゃないか。
弁護している側も、ボケているから大目に見て式の理屈をもちだしてきているが、
それも失礼な話だな。
もともとボケたような繰り事をしつこく言うのがこの人の真骨頂なのに^^
今となってボケたとは、あまりに失礼。
454 :
考える名無しさん:2012/01/12(木) 01:02:47.13 0
>>448 > 私が話したときは基本的に賛成派ではなく廃炉と管理に人類の英知を使うべきだ的な内容ではないかと察します。
なーんだ、「ではないかと察します」かあ。
つまり、あなたがそう思いたいというだけの話なのですね?
報道機関が発言の一部だけを操作的にとりだして全体の趣旨を歪めて
しまうことは多々あるので、
>>440もまさにその実例だとしたらよいのだが。
ただ、ここまで恍惚になると推進派の雑誌に利用されているとしか思えないよ。
仮に聡明だった頃の吉本が原発推進派だったとしてもだ。
名前だけは一応ビッグネームだから、雑誌としては利用しがいがある。
左の大御所だって賛成してるぞ!みたいな。
おれは、吉本さんの発言を全面的に支持したいんだよ。
みんな吉本さんを馬鹿にしすぎてる気がしてしょうがない。
ほんとに、そんなに吉本さんは愚かかね?
吉本さんを知らないような一般人は同世代の知的に上昇した子どもの
意見に倣うと思う。でもそれは浅いと思う。
おれもつい最近までそうだったから。
自分の浅さを吉本さんに投影して批判してるようにしか思えないんだよ。
オウムのときだってそうだったんだろう。
どうして、賢そうな知識人がみんな口を揃えて脱原発を言い出しているのか、
今になってみると疑問でしょうがない。
左の大御所って、左翼系の知識人はみんなこの人の事見放してるよ
458 :
age:2012/01/12(木) 06:30:50.57 P
あの世代は徴兵を逃れるために理系に進んだから理系幻想がある
原発はお湯を沸かすだけの昔の技術にすぎない
熱効率も悪い
脱石油の方が課題だ
吉本に関して言えば、漱石、小林、たけしといった江戸っ子の系譜
として重要だが、あまりに世界を知らない
459 :
age:2012/01/12(木) 06:34:28.24 P
追記:
江戸っ子の系譜を自覚していないから、マルクス主義の
一元的な悪い部分を引きずることになる
正反対に市場経済を賛美しても一元的になる
460 :
考える名無しさん:2012/01/12(木) 12:05:39.84 0
非知に到達したのか
>>457 左翼系の知識人は全部世間から見放されている。
「人文系の学問でやる主張なんかもともとボケ老人レベルの話でしかない」って言いたいわけか。
吉本ばななは。
ついに引退ですか。おめでとうございます。大嫌いでした。
一度発見されたエネルギー源は動力、効率、といった諸々で、これを越えるものが発見されない
限り、知識として保管され、一時諸々の理由で禁止されたとしても、改良型で使われていくであろ
う。それは更なる更新がない限り、それが先端的エネルギー源という理由で使用されていくだろ
う。先端技術という意味合いをそこに見ていると思う。また、更なる先端技術が発明されない限り
、使おうとする人間や国家が現れることは予想できる。吉本の科学技術論の骨子はそこにある。そ
れが先端技術の意味で、知識として到達したこと、莫大な動力という面で革命的な刷新になった。
その知識自体は一度到達した以上は更新されながらも残る。骨子はそこで、それ以上のところでは、
以前からと同様、地域住民への移転や生活保証の問題、科学者の訴えとして原発反対派で納得い
く見識を見せている人間はいない。よって推進派でもないが反対する理由は自分にはない。仮に
自分の家の傍に原発が立つなら、反対運動はしない。ということだね。
俺は吉本派なんで。反対派のヒステリックな調子がうんざりさせられる。昔ながらの左翼のトー
ンそのままだしね。逃げ道を与えない思想は嫌いだし。私はどっちでもいいけど自由にほっとい
てくれる方に日本人は行くでしょうね。「全人類の運命が掛かっている!」勘弁してくれと言いた
い。
465 :
考える名無しさん:2012/01/12(木) 17:35:40.86 0
>>429 ならば、バイオテクノロジーが女を母胎的宿命論から解放するという点について
なぜに吉本さんはほぼ一貫して否定的な語り方をしてきたのか、だ。
そこに科学技術に対する吉本さんの評価のダブスタ的な矛盾がある。
これに吉本信者はまったく答えていない。
スルーするだけで、原発のみを現状維持の手段として擁護する。
この現状主義はさらに憲法第九条擁護をする吉本さん流の理由づけとも矛盾している。
吉本さん流の反原発否定からすれば必然的に憲法第九条を擁護する奴はとんでもない
という発想にならなければおかしい。
改憲派は憲法九条が現状維持にそぐわないと改憲論を主張しているからだ。
この改憲論は原発必要不可欠論と論理的に見事に一致している。
この点でも吉本情況論はダブルスタンダードに陥っている。つまり党派的偏向の塊なのだ。
466 :
考える名無しさん:2012/01/12(木) 17:42:56.62 0
吉本情況論の中心的なスタンスとして喧伝されていた「大衆の原像」なるものを
吉本さんは完全に放棄した。
というより、そもそも「大衆の原像」なる概念が党派的偏向の産物にすぎなかった。
自らを大衆の側に置き、他を大衆から乖離した知識人の側に置くのは、
詭弁でしかなかったのだ。
都合のいいときにだけ自らを大衆の原像にそっていると主張する党派的道具にすぎなかった。
ここまで来ると、吉本情況論自体が自らの批判したソフトスターリニズムと区別が
つかなくなってくる。ソフトスターリニズムなる概念もまた党派的な偏向の産物だったからだ。
>この現状主義はさらに憲法第九条擁護をする吉本さん流の理由づけとも矛盾している。
>吉本さん流の反原発否定からすれば必然的に憲法第九条を擁護する奴はとんでもないという発
想にならなければおかしい。改憲派は憲法九条が現状維持にそぐわないと改憲論を主張している
からだ。この改憲論は原発必要不可欠論と論理的に見事に一致している。
まず、現状主義者‐現状に沿うが沿わないかが基準‐では基本的にはないですよ。原発については
科学技術というものの知識性は、一度見い出された知識はそれが実効性を証明され、つまり莫大
なエネルギーとかね、それを実証されており、現実化されている以上、それは使用する際の難関を
越えるべき壁として設定し、いつかその難関を越えるよう試みる、謂わば研究価値として先に
投資され、その難関を越える時、投資は固定資本として回転し、実現した科学技術=不可価値とし
て、更に新たな経済効果を産む中心となる。それが現代科学技術の運命で、その絶えず更新される
不可価値というのは歴史を形成し、この歴史は誰かがそれをやる、というように不思議となって
いく。その謂わば歴史を言っているのよ。原発もそうやって捉えていると思う。吉本が反対するの
はその歴史を操作しうる、逆回転できる、かのように言う連中で、それは無理です、てことだよ。
憲法9条も謂わば歴史の問題として見ている。ただ、吉本自身もどこかで言ってると
思うが9条護持を言えば皆一緒だと思われるのは不愉快、とかね。絶対平和というのは歴史の全
体の、それ自体が歴史的課題とする問で、何故なら、ありとあらゆる戦争‐正義の戦争、革命的
戦争も含めて‐ありとあらゆる戦争を否定する思想はいまだに言われた試しがない。だからこれ
を9条が唱えたことには大変な意義と重味がある、また、訴える価値はある。という考えだと思う
。
>自らを大衆の側に置き、他を大衆から乖離した知識人の側に置くのは、詭弁でしかなかったのだ
。都合のいいときにだけ自らを大衆の原像にそっていると主張する党派的道具にすぎなかった。
大衆の原像というのは沿っているか否かでなく、繰り込むべき課題、と言ってますよ。吉本は自分
が知識人であることに自覚的ではある。同時にその課題を繰り込むべきものとして絶えず考える
べき課題としている。それも自覚的。よってそこから遊離したり反対に抑圧的になってる人には
否定的です。これも人間の歴史っていうのが課す問題と捉えている。知識というのが人間にとって
抑圧ではないか、抑圧であり、また欺いてきた。そういう歴史的経緯と軌を一つとするものだろう
。
>ここまで来ると、吉本情況論自体が自らの批判したソフトスターリニズムと区別がつかなくな
ってくる。ソフトスターリニズムなる概念もまた党派的な偏向の産物だったからだ。
いやあ、倫理が抑圧的な言動とか、原発反対派とかね(笑)すぐ分かりますよ。柄谷とかが中心に
いる集会とか。というとお決まりの吉本擁護で嫌だけど。実際吉本思想は‘おおらかであることを
過激に擁護する思想’だからね。そこが良いところで、左翼から目の敵にされるところでもあるだ
ろうけど。
469 :
考える名無しさん:2012/01/13(金) 17:36:54.87 0
うんこ
470 :
考える名無しさん:2012/01/13(金) 23:10:44.78 0
しかし、「繰り込む」とはどういうことなのだろう?
471 :
洋楽:2012/01/13(金) 23:47:02.63 0
栗.com の 間違いかもね ・・・・ うそっ(笑)
トランスフォーム つーか 側面として被い込む
って 意味だと思うけど ・・・・
〔繰り込む〕(マ五)▽アルバイトで得た金を生活費に繰り込む
【2】「繰り込む」は、一部として取り入れる意。また、「大勢で会場へ繰り込んだ」のように、そろって入る動作を表わす。
473 :
洋楽:2012/01/14(土) 00:52:59.29 0
・・・・・ 大衆ってさ 塊なの
風説に 覆われてる 塊 ・・・・・
荒らすなや不思議ちゃん
475 :
考える名無しさん:2012/01/14(土) 03:52:19.82 0
上げると荒れるよねあげあげ
さあみんなで考えようじゃないか、全共闘世代というゴミどもは自らにどんな反省を促すべきだったのかを。
477 :
考える名無しさん:2012/01/15(日) 02:25:59.49 0
脱原発異論て本読んだら市田良彦が反核異論に妙に共感してるね。
全共闘世代とかそんなもの存在しないだろ。虚構の世代だろ。
大学進学率も短大あわせて2割しかいなかったし、4年制は同世代の1.5割しかいない。
その中でも全共闘運動に参加したのはごく僅かに過ぎ無い。
勉強できても貧しいばかりに集団就職で一生懸命働いていただけの人たちにどんな反省を促すんだい?
479 :
考える名無しさん:2012/01/15(日) 05:16:32.04 0
binbin1956 小谷敏 han_orgがリツイート
嘘つきは新聞のはじまり @ 学歴社会を批判して、自社は大卒のみ採用。
格差社会を批判して自社は下請けからピンはね。 派遣労働を批判し、
派遣を使い捨てる。 隠蔽体質を批判して自社の不祥事はもみ消す。 談
合社会を批判して記者クラブで馴れ合う。 普通の人間なら、こんな奴
を誰が信用するよ
1月6日
まあ病気の人を叩いても気分が悪いからこのスレは静観しようかな。
ちょっと言い過ぎた様な気もする。
福島県人なもんでね。兄が宮城で津波で溺れて死にかけたから。
>>480 福島県人(在住ではない?)の一人として原発に対して今どういう思いを抱いているのか、伺ってもいいですか?
いきなりの質問で無礼だと思いますが。
いわきにあった行きつけの海鮮料理屋が津波で流されて、あの辺りは進入禁止区域になってしまったよ。
原発から20キロ圏内では野放しになった犬が野犬になっている。人間の遺体が見つからないのは野犬が食べたからだそうだ。
相馬焼きの展示場にももう行けない。福島は温泉旅館が多いけど、一時期避難民の受け入れをして出してからはもうどこも閑古鳥。
全ての原因の原発はやめて火力に切り替えるべきだね。火力だけで国内の電力は全てまかなえるし、資源も豊富だよ。
483 :
481:2012/01/16(月) 20:56:46.25 0
>>482 真摯に答えてくれてありがとう。
あまりにも酷過ぎてどう返答すればわからない。申し訳ない。
火力発電を最新のコンバインドサイクル発電に変えるだけで原子力に頼らず今の電力を維持できるそうだけど、自分は口だけで何も実行できません。
484 :
考える名無しさん:2012/01/16(月) 22:37:52.74 0
東日本大震災の死者と行方不明者は19,338人。
凄い数だけど、自殺で3万人程が毎年死んでいることと比較すれば、
相対化できちゃう数値かもしれない。
大雑把に見積もって自殺の死者はここ10年で30万人だから
それと比べれば大地震なんて大したリスクじゃないという話になるwww
これに交通事故死を含めるともっと大したことなくなる。
阪神淡路大震災はもっと少ない。
広島・長崎の原爆による死者・行方不明者と比較しても大したことない。
単純に数値的にいったら大したことない話として片付けてしまえるわけですよ。
福島原発の放射能は原爆の100倍以上でチェルノブイリ以上の大事故で、放射能は全世界に広まってるけど大した事ないの?
でも実際放射能がどれほどの被害を及ぼしているのか、
一回疑ったほうがいいような気もする。
まあ冷たいですよね。感情的に考えると。
ニュースとか見てないんだろうなあ
恐るべき無関心
原発問題は実質的に狭い日本の国土が損なわれたことが最大の問題だろう。
東北といえば米どころだが、とても食う気にはならないし、食えないだろう。
当方九州に付き、安心しているが、関東圏までは東北(東関東含む)の食物が出まわるだろうし、
ちょっと気持ち悪くて生きた心地がしなさそうだ。
原発どころか、東日本大震災の被害すら他の日常的リスクと比較して相対化してみれば
べつに大した被害ではないのです。
阪神淡路大震災ごときで第二の戦後が来たとか言うのは大げさすぎますよね。
死のリスク計量による相対化ね
どの死もたいしたことじゃないと捨てちゃう
まるで神様みたいだね
くだらない
結局人口のことしか喋る気はないらしい似非神様
492 :
考える名無しさん:2012/01/17(火) 11:39:52.06 0
でも、放射線による被曝被害の議論ではそれと同様の計量的相対化が公然とまかりとおっているし、
吉本氏もその論法を使っているんじゃなかったか。
吉本“人類が積み上げてきた科学の成果を一度の事故で放棄していいのか”
オフコース「あれが成果だと言うならそんなものいらない、一度事故が起きたらそこへは二度とは戻れない」(眠れぬ夜)
単純にもっといい技術が開発されれば国民をそっちを選ぶと思うよ。
人類の歴史はそれを繰り返してきたんだし。
技術を評価する際の基準がどこにあるかだよ。
それは価値観の問題なのに、吉本さんはそれを認めていないっぽい。
例えば、豊かさというのは量の拡大を指標とすべきだ、
という価値観ばかりに目が行っている。しかもその価値観は選択不可能で絶対的だとする。
科学にイデオロギー(価値観)を持ち込むなって一貫して主張しているだろ。
イデオロギーと無関係に科学は存在するし、進んでいくっていうことだろ。
その主張には疑問があるが、単純な左翼ならそういう考えに至るかなあ、と言う感じ。
どんな読み方したんだか
498 :
考える名無しさん:2012/01/18(水) 19:04:28.94 0
まず、科学と技術を混同するなということ。科学=技術ではない。
技術というのは、個人や社会の側に価値判断による目的があって
その目的のために科学を使うという価値判断の産物としてあるもの。
技術の段階でイデオロギーが入ってくる。これがまず第一点。
ただしマルクスに言わせると、科学も広義の技術の一種だということになる。
吉本さんも繰り返し言っていることのはずだが、科学する段階で対象を技術化している。
マルクスに言わせるとそうなるのかもしれないけど、
この話は通俗的には理解されにくいと思うので、とりあえず脇において考える。
500 :
考える名無しさん:2012/01/18(水) 19:34:19.86 0
501 :
考える名無しさん:2012/01/18(水) 19:57:29.08 0
マルクスまで遡って科学という言葉を使う場合は学問と同義だろ
ドイツ語ができない子がいるな
505 :
考える名無しさん:2012/01/18(水) 22:18:20.41 0
要するに、技術はもちろん、科学を含めて知ることそのものが、
自然を人間の非有機的身体と化することだというわけです。
マルクスにとってはそれは科学というより労働だよね? 科学も労働に含まれるだろうけど。
507 :
考える名無しさん:2012/02/05(日) 13:19:47.44 0
それにしても、柴崎明はキチガイだろ?
てことは裏を返せば時代がついてこれないだけの天才ということだな。
親の子作りの思惑はすべてビジネスで成り立っている。
親が子に愛情をかけるのもすべて将来への投資である。
投資の見込みがないと見るや否や、親にとって子は障害=ゴミ以外の何者でもなくなる。
親の本音は労働者を容赦なくリストラせよと経営者に迫る投資家に一番近い。
親子関係のすべての悲劇は、資本家と労働者の再生産との間の悲劇に由来する。
家族の本質は共同幻想を対幻想によって偽装していることにある。
偽装はあくまで偽装でしかない。家族の悲劇はここに由来する。
何を言おうが、吉本が思想、言論に残した功績は何もないのだ。幽霊のように存在したまぼろしの知識人である。ただひたすら怠けた思想をつらつらと独り言ちていただけである。
511 :
考える名無しさん:2012/02/28(火) 19:43:10.02 0
国内の火力発電シフトに加えて、インドや南米の産業新興国の化石燃料需要がこのまま増加すれば、更に価格は上昇する。
製造業や物流で石油依存の割合を増やしていけば、グローバル化の中でこれ以上のコスト上昇は必ずボディーブローのよ
うに国内経済に効いてくるのは間違いないだろう。
512 :
考える名無しさん:2012/02/28(火) 20:00:46.48 0
CO2のことはどうでもいいのだが(たぶんどうでもよくなる)現状でもそうだが生き残るためには背に腹は替えられないし、
全体の0.5%以下の需給力しかない自然エネルギーは現実的に間に合わない。
513 :
考える名無しさん:2012/02/28(火) 20:32:55.69 0
環境と国力の劣化に加えて電気料金の上昇とくれば、現状よりさらに賃金、雇用の状態は悪化するのは避けられそうもない。
反原発の盛り上がり(すでに下火か)も、よく持ってここ数年だろう。とどのつまり安全な原発稼働を受け入れざるをえない。
出来るだけ安全に配慮した原発稼働が国民世論の大勢となる。もし半年後に国民投票でもすればそれは明らかになるだろう。
514 :
考える名無しさん:2012/02/28(火) 20:36:45.54 0
つまりミドルスパンでよりセイフティな原発の開発が、この国に生きている人間の生活維持にとって、もっとも重要な課題
ということだ。もちろん数年前までと同じレベルで反原発の主張は存在するということだが。
6 名前:ゴーレム朱雀 ◆SZAK/BYyYurB : 2012/02/25(土) 20:29:17.08
朱雀からの提言
・「子作り」とはどういう事か。
よ く 考 え て く だ さ い。
生まれた子供はどういう目に遭いますか?
また、どんな目に遭う可能性がありますか?
想定出来る事だけでも不幸苦痛の雨あられですね。
また、親の想定外の幸福も有り得ますが、
想定外の不幸も起こり得る事をお忘れなく。
・「自分の子に限って…」とか「ウチは大丈夫」とか…。
本当にそうでしょうか。よ く 考 え て く だ さ い。
・全ての苦痛は生まれる事によって生じます。
悲惨な状況を色々とイメージしてください。
生まれなければ、それらを 全 て 回 避 出 来 ま す。
・子供が悲惨な目に遭った時。原因は誰にあるのでしょうか。
どんな場合でもハッキリ言える事は、
親が産まなければ子供もそんな目には遭わなかったという事。
親 は 直 接 の 原 因 だ ろ う が。
この問題から逃げないでください。
・子供が欲しい方へ。
何故子供が欲しいのか、よく考えてください。
考えればわかりますが、全 て 自 分 の 都 合 で す。
516 :
考える名無しさん:2012/03/03(土) 22:53:42.05 0
バカだな、おまいは、本当に馬鹿だ。
子どもに限らず、全ては自分の都合だ。
むしろそこを倫理的に否定するような思想はすべてニセモノで
その契機をきちんと繰り込んでいるかどうかが分岐点なんだよ。
ニンゲンは自分の都合から及んだ行為から、自分の都合を越える
ものに向き合わざるをえない時だけ、自分を対象化できる存在だ。
そんなことも分からないからいつまでもおまいはガキなんだよ。
517 :
考える名無しさん:2012/03/03(土) 23:28:25.77 0
反面、自分の都合のいい時に、都合のいい環境に生まれるガキなんていない。
つまり全てのガキは自分の親を選べない、という意味で子どもはイノセントな
存在だ。
ガキが自分を対象化できるのは、そういう不可避な人生を受け止めて、自らの
人生を主体的に選びなおす行為の繰り返しが、ヒトを成熟に至らしめる。
そんなことも分からないからいつまでもおまいはガキなんだよ。
バイオテクノロジーが進歩すれば、当然、親は自分がつくる子の遺伝情報にまで
責任をとることを求められるようになる。倫理的にはともかく市場が求めるんだよ。
519 :
考える名無しさん:2012/03/03(土) 23:30:52.04 0
科学技術ならぬ科学市場がね。
520 :
考える名無しさん:2012/03/04(日) 00:34:41.68 0
ガキ帝国だんw
521 :
考える名無しさん:2012/03/04(日) 00:43:30.57 O
吉本隆明botから吉本知って本屋行ったけどなんも置いてねーなー。真贋くらい。
あーー糞だわーー。デカい書店ある都会はいいなー糞だわー。
522 :
考える名無しさん:2012/03/04(日) 00:54:53.04 0
<レコチャ広場>中国人が南京大虐殺をどう歪曲しているのか、とくと見てみよう―中国
配信日時:2012年3月3日 13時18分
2012年3月2日、中国のジャーナリスト、王錦思(ワン・ジンスー)氏は
「中国人が南京大虐殺をどのように歪曲しているのか、とくと見てみよ
う」と題した記事を中国のブログサイトに掲載した。以下はその内容。
河村たかし名古屋市長が堂々と「南京事件はなかったのではないか」と
発言し、中国各界から怒りと抗議が噴出している。だが、実は中国人自
らが南京大虐殺を歪曲していることは、ずっと見過ごされてきた。まず
はこうしたやり方を直さなければ、われわれが日本人を責め立てること
はできない。
http://www.recordchina.co.jp/group.php?groupid=59266
523 :
考える名無しさん:2012/03/04(日) 13:41:28.62 0
botのフォロワー数の多さを思うともう少し本屋で置いてくれよって思った。
吉本に限らず思うけど結局、哲学・思想系って都会だけの学問なのかね。
サブカルみたいなもんで、地方じゃ売れないから売らない、的な感じ。あーヤダヤダ。
525 :
考える名無しさん:2012/03/04(日) 19:28:14.60 0
書店も商売だから、人文関係が他のジャンルに比べて売れんのは事実。
吉本の本だって若い時からそんなには売れてない。
離島や僻村(ならスマン)でないのなら、たまに電車でも使って行けば。
最近の聞き書きの文庫本は割りといいね。「詩の力」とか。
527 :
考える名無しさん:2012/03/05(月) 00:17:31.64 0
大きな書店のない町に居ても今ならネットで買えるので、昔よりも良い時代と思うけども。ネッ
ト使うのが簡単でしょう。ちなみに論争文としては『全著作集4 文学論』(勁草書房)に花田清
輝との50年代の論争文、60年安保闘争前後の政治論文なら『全著作集13 政治思想』(勁草書房)
、または単行本『異端と正系』(現代思潮社)、論敵花田の吉本との論争文なら『花田清輝全集8 近
代の超克』(講談社)、埴谷雄高との論争文だと単行本『重層的な非決定へ』(大和書房)、埴谷雄高
の吉本との論争文は単行本『ラインの白い霧とアクロポリス』(福武書店)または『埴谷雄高全集
10 1978-86』(講談社)、柄谷・蓮実・浅田らへの批判は『完本 情況への発言』(洋泉社)、柄
谷・蓮実・浅田らによる吉本批判は『近代日本の批評U 昭和篇 下』(講談社文芸文庫)に多数。
でも吉本隆明はあの語り口が聴けた方が、言いたいことが伝わるんじゃ、とも思う。なのでとり
あえず『50度の講演』をイトイ新聞から買えばいいんじゃないですかね。
デジモンと哲学は相性が良いよ!?♪。
529 :
考える名無しさん:2012/03/05(月) 01:35:33.87 0
「五十度の講演」はあまりお勧めしない。
吉本はあまり話上手ではない。だから要領を得ないし繰り返しも多い。まあそれが吉本の話し方の特徴なんだが。
講演集なら手を加えて繰り返しも省いて分かりやすくなっているけど、生の話だけだと非常に聞き取りにくい。
「五十度の講演」は話だけで活字のテキストは付いてないんで、講演の雰囲気を味わいたい人にはいいんだけど、
だから活字のテキストの方がいいと思うよ。
530 :
考える名無しさん:2012/03/06(火) 23:31:59.97 0
いやあ、吉本って、60年代から、活字で受けるイメージと実際と違うと言われていたんだよ。活字
では冷たい印象だけど実際には言葉に体温が通ってる、とかね。あの人柄に惚れた、と言ってる
文学者、編集者は結構いる。それは音声の方が伝わってくる。『50度の講演』は選択も良いしね。
ヘーゲル、ヴェイユ、親鸞、小林秀雄など吉本の思想的背景が語られてるし。悪くないと思うよ。
531 :
考える名無しさん:2012/03/07(水) 11:59:06.21 0
なるほど、言葉の温もり、人柄、そりゃ大切だ、いいね。
たけど大切なのは思想内容だと思う。賛意、批判も含めてそれが基本だから。
俺は地方在住だから、吉本との接点はずっと活字を通してのものだった。
初めて吉本の音声を聞いたのは、中上健次の主催した「吉本隆明25時」の
カセットテープが初めて。「五十度の講演」は懐に余裕のできた現在だから
購入できたんで、若い頃ならとうてい手が出なかっただろう。
吉本の誠実で幅の広い人柄は、活字でも十分伝わるよ、ちゃんと読めば。
「情況への発言」とかの論争の佃弁?にだけ囚われていると誤解しがちだが、
吉本の深い大衆愛(表面的な啓蒙や同情ではない)は、文章から伝わる本質
の中に読み取れる。当然だけど。
「五十度の講演」がよくないと言ってるつもりはないけど、あれはあまりにも
高価(俺の感覚では)。糸井の言うようにフリーアーカイブされるのを待って
から聞いても遅くないと思うよ。
若い人はアマゾンなんかで入手できる吉本の活字から入ればいいと思う。お金
に余裕があれば吉本以外のいろんな本も読むことは大切だし、読書以外の体験
もたくさんした方がいい、と思うけど、たぶん。
532 :
考える名無しさん:2012/03/07(水) 12:37:28.49 0
ライブのたどたどしい口調や繰り返しの多さも、それなりに味わいがあるけど
内容をしっかり受け止めたいのなら「講演集」だと思う。古書本でたいていの
ものは手に入る。
ただ、イトイでもいいし他の出版社でもいいが「五十度の講演」のテキスト本
をできるだけ安価で流通できるように企画、実現してほしいと思う。
ちなみに「心的現象論 本論」は事情があってもあまりにも高いと思うし、
いっこうに廉価版を出さない。それだけで山本哲士はうさんくさいと思うし、
猫々堂の方がマシかと思ってしまうねw。
534 :
考える名無しさん:2012/03/07(水) 22:41:40.12 0
>かりにここまで行っても
かりに行った時点で考えればいいと思うがw
<有効>かどうかというのは、よく分からない設問だけど
人間が存在する限り「心的現象論」の扱うフィールドが有意味であることには
変わりはないだろうね。「心的現象論」を認めるか否かは別にして。
まあ、ロボットに人間の脳と身体(機能ではない)が完全に備われば、それは
もはや人間なわけでw
535 :
考える名無しさん:2012/03/08(木) 02:58:15.36 0
関東に住んでて知識人を生で見れたというのは幸運だったかもしれない。『いま吉本隆明25時』
も品川の寺田倉庫まで見に行って、吉本には当時読んでいた『〈信〉の構造』(春秋社)に、彼はあの
時、ずっと客席に他の観客に混じって座っていたので誰でも話ができたんだけど、お願いして
表紙裏にサインしてもらったり、時間に余裕があったのかこちらの名前まで書いてくれて良い
記念になったけど。その時壇上の中上健次やまださほど知られていなかったDeluze研究者の
宇野邦一から指名されて急遽吉本とのサシの対談が壇上で始まったのには興奮した。ただリア
ルタイムでは全く理解できなかったんだけど(笑)あの時は会場に糸井重里がいたり、俺の席の
前にその後早世した菅谷規矩夫が「ここ空いてますか?」と感じの良い笑顔で聴いてきたり。あと
中上と吉本の難しい対談の最中、大声で笑ってる長髪の男が前に座ってて、それが目立っていた
んで記憶にあるんだけど、どうもスガ秀実だったようで、スガは『朝日ジャーナル』の取材もかね
て来ていたようだ。あと小阪修平と山崎哲の対談のとき客席から小阪に荒っぽい口調で質問して
いた男性がいたんだけど、それは後の猫々堂主人の松岡祥男だった。あの時は今思うと後に表
舞台に名前が出てくる人間が講演者や観客として来ていたと思う。そういうのを間近に見れた
のは幸運だったと思う。
>>534 > まあ、ロボットに人間の脳と身体(機能ではない)が完全に備われば、それは
> もはや人間なわけでw
人間が機械の体を手に入れると人間ではなくなる? 疎外の最終形態という点では
やはり人間じゃないか?
それより、放射線そのものを防御する服がないってのがね、
これだけ科学が進歩したはずの時代に。
それが発明できてはじめて原発の実用化が科学的に合理性をもつはずだろ。
でなければキチガイの技術にしかならん。
つまり、事の本質は、科学が後戻りできないということではなく、
科学とは別個に、あるいは科学を無視して人類がそれを実用化したがるという
問題じゃないか。
この本質を語っていない思想は原発事故の本質になんら届き得ていない思想だと思う。
538 :
考える名無しさん:2012/03/08(木) 22:53:59.58 0
>>536 引用している文と、あんたの文との差異がよくわからんぞ。
>>534は「人間」という一語によって問題を誤魔化してしまっている。
機械の体をもった人間は「疎外された人間」ではあるが、以前のままの人間ではない。
「人間化された機械」は「疎外された人間」であって、われわれ既存の人間と同一ではない。
心的現象論がそこまで射程に入れているとは思えない。
技術の進歩とその即時実用化が不可避と考える吉本思想にしてはなんら普遍性を考慮していない思想になってしまっていると思う。
540 :
考える名無しさん:2012/03/09(金) 00:59:03.36 0
>>534が人間という語で誤魔化してはいるのなら
>>539も同じではないのか。
「機械の身体をもった(人間)」も「(人間)化された(機械)」も同じく「疎外された(人間)」という
範疇に入るとと言ってるようだけど、それぞれのフレーズの人間の定義は同じなのかな。
「心的現象論」の射程に何もかも入れる必要はさらさらないが、よく分からない。
最後の一行はもっと論旨が分からん。
吉本がダメ、と言いたいのなら、それはそれで分かりやすいが。
>>540 >>539は「人間」と一口に言ってもその内実が「疎外によってまったく変化してしまう」
と主張している。
だからそこまで射程に入れて人間を論じないと、例えば心的現象論も科学技術進歩の自然過程に
ともなって今後も「疎外していくであろう人間」の普遍性を踏まえた本質にとどかないだろう
って主張しているわけで。
それに対して
>>534は、「人間」という同じ表現を使っていれば人間は人間であって、
人間という語の内実がまったく変化していってしまうことは考慮しなくていい、みたいになっている。
科学技術の進歩が普遍的だと主張し、それを思想の軸に据えるならば、科学技術の進歩が
人間の本質を決定する、というところに、人間を論じる思想の軸を据えないと説得力がない。
科学技術の進歩が果たして心的現象論でどこまで説明でき、その結果、疎外された人間にまでも
適用できる思想なのかどうか。そこが吉本思想において根本的問題として今後問われていくだろう。
けっきょくは「疎外」をどう捉えるかで、反原発エコロジストと吉本思想との分かれ道がある。
例えば、対幻想論にしても、同じ個人の生殖系の幹細胞から卵子も精子も作れるとなったときに、
対幻想を性とか家族という現象と同値しようとしてきた吉本情況論は崩れ去る可能性がある。
545 :
考える名無しさん:2012/03/09(金) 01:30:56.20 0
そして、そうした技術の実用化というのを決して禁止してはならない、というのが
吉本思想の大原則になっているわけだから、その女の母胎的性からの解放だとして
その技術の実用化をフェミニストが求めたとしても、それを批判することはできない。
でないと、原発について語っている吉本思想のそれと整合性がとれなくなる。
546 :
考える名無しさん:2012/03/09(金) 13:48:20.14 0
論旨、筋道はだいたい分かった。ありがとう。
たぶん吉本は「科学技術の進歩が人間性を決定する」とは思っていないのだと思う。
それは科学技術の進歩による生活環境の変化は自然過程であって、人為的に破棄する
ことは倫理的退廃だとする主張と矛盾してはいないのだろう。
テクノロジーの進歩と、人間の本質を、無媒介に自然過程とするのは、吉本の思想の
軸ではないので、「そこ」で説得する論理ではないものに、説得力を求めても得られ
ないのは当たり前だと思うよ。
言っとくが、俺はあなたが間違っていて、吉本が正しいなんてことを述べてるつもり
はないので。俺はそんなにエラクないしw。 ただ根本的なところで噛み合っていない
ので、「そこ」の立ち位置でいくら吉本から論じても、矛盾が拡大するばかりなので
無駄ではないかな、とは思う。なによりあなたにとって不毛だから。
吉本はうっちゃっといて、あなたの研究、考察を深める道を進んだらいいと思うよ。
547 :
考える名無しさん:2012/03/09(金) 14:07:05.77 0
>例えば、対幻想論にしても、同じ個人の生殖系の幹細胞から卵子も精子も作れるとなったときに…
吉本情況論は崩れ去る可能性がある。
吉本の幻想論が、あなたの考察するフィールドと重なっているかどうかは疑問だけど、吉本の
情況論が崩れる可能性はいつでもあると思う。今だってそんなに確かなものじゃないw
吉本が幻想論を展開したのは彼なりの思想的な必然性があったわけで、情況との整合性や
対応ついては疑問もあって当然。吉本を肯定的に論じる学者達もそこは認識しているわけで、
要は批判的に継承していけばいいんでないかな。
548 :
考える名無しさん:2012/03/09(金) 14:07:10.93 0
>>546 > たぶん吉本は「科学技術の進歩が人間性を決定する」とは思っていないのだと思う。
彼がそう思っていなかったとして、それはそれでいいんだよ。
ただしそのためには、科学技術の進歩が決して変えることのない人間性の本質をだよ、
吉本思想が普遍的命題として見極めようとすることを前提条件にしている。
その本質だけはどんなに科学技術が進歩し、それが人間の欲望の市場にのって
実用化されても決して変化することがないだろう人間性なんてものがあったらね。
それをどこまで吉本思想が捉えているかが問題になるし、そのことを私はここで言っている。
科学技術の進歩とその無選択な実用化というものが、人間自身が意志で選び取る範疇にはない
超越的過程と見なし、それを破棄することが人間性の放棄だとするならば、
吉本思想はまさしく、科学技術の進歩とその無選択な実用化に人間の本質を定義している
ことになるけどね。だってそうとしか考えられないのではないか。
人間なしには科学技術の進歩もなかったのだし。
これとそれとの整合性を思想的にはかるには、吉本思想が、人間の本質を科学技術の進歩と
その無選択な実用化というところに据えていると解釈する以外にこの矛盾は解消されない。
549 :
考える名無しさん:2012/03/09(金) 14:14:54.49 0
原発を放棄することは「人間をやめて猿になることだ」と彼も言っているように、
私のこの理解は吉本思想の軸を基本的につかんでいると思う。
ただしそこまで言うならば、バイオテクノロジーについても言わなければならないし、
女がオリンピックのスポーツ選手になって、母胎になることを犠牲にしてまで
男のような鋼の肉体やら、逆に人形のような細身の肉体を求める欲望も否定してはダメだろう。
吉本氏が妄想するように、たとえフェミニストが母胎性から解放されたいと願って、
女の性の科学技術による完全な代替を欲望し、それを科学技術が市場におくる商品へと
求めることも否定してはならないはずだろう。同性愛が対幻想の危機だと主張するべきでもない。
もし対幻想の危機なんてことだったならば、対幻想論は彼がエコロジストを批判するように
人間の本質をまったくもって見誤っていたことになってしまうだろう。根本から崩れ去るわけだ。
私は吉本思想を私なりに高く買っているが、そこだけはどうしても自分の中で整合性をつけられない。
本質的な大問題として残ってしまう問題なんだなあ。
551 :
考える名無しさん:2012/03/09(金) 14:22:02.46 0
母胎的性からの開放として、テクノロジーの実用化をフェミニスト(女性)あるいは男性が
求めたとしても、吉本は肯定すると思う。ただしフェミニストの思想、論理をそのまま受け
入れるかどうかは疑問。たぶん批判的に論じるだろうね。吉本にとって思想的に全く別の
範疇だろうから。
この辺はここで論じると俺の手に余るので、これ以上やめとくw
>>551 どこに批判的に論じる理由がある?
そこはエコロジストの直感を同じ水準の根拠しかないんじゃないか?
553 :
考える名無しさん:2012/03/09(金) 15:07:07.17 0
>どこに批判的に論じる理由がある?
吉本のテキストに当たってみるしかないんじゃない。
それがつまらないと思うのなら捨てるしかない。
この辺は、ここで論じると俺の手に余るので、これ以上やめとくW
554 :
考える名無しさん:2012/03/09(金) 15:11:04.49 0
「無選択な実用化」というフレーズに、あなたの吉本に対する憤り、批判が現れている
んだと思う。
吉本は、核分裂の実用化という契機を人類が手放してはいけないといってるので(たぶん)、
そこを無媒介に接合すると、化学物質の毒性を用いた殺人も自然過程だからOKと言って
るのと同じことになるんだろうね。吉本の言説はそう受け取れるぞ、というあなたの主張
は分かる気もする。
週刊新潮も含めて、吉本の記事は、数時間のインタビューをわずかな囲み記事、数ページの
談話に編集してあるんで(吉本も滑舌悪いのによく喋るからねW)どれだけ編集者の意図で
吉本の喋りから、核心を正確に抽出できてるのかわかんないですね。
俺の本音を言うと、吉本は一定程度ボケてると思ってる。彼の年齢で、彼の身体的条件なら、
それで普通だろう。もちろん喋ってる内容が無効だとか、採るに値しないとは思っていない
けど。
以前に比べても滑舌悪すぎる。だから吉本思想を全く知らない人間が目の当たりにしたら、
タダのボケ老人だろうな。若いインタビュアーも苦労するだろうねW
あなたはあなたなりに吉本思想を高く買ってるということなんだから、そこのところで
継承すれば、それでいいんじゃないですか。それ以上はあなたを含めて、後続するもの
の研鑽じゃね。人は自分にとって不可避な道を行くしかないし。
555 :
考える名無しさん:2012/03/09(金) 15:21:37.21 0
>>552 そこはエコロジストの直感と同じ・・・、の間違い。助詞の誤りを訂正しとく。
要するに、エコロジストが新技術に対して直感的に抱く恐怖を根拠に
それを批判的に論じようとするのとほとんど差のない思想的地平で、
フェミニズムを批判していたにすぎないんじゃないかという強い疑いを
どうしても拭い去れない。
556 :
考える名無しさん:2012/03/09(金) 15:45:12.48 0
>エコロジストが新技術に対して直感的に抱く恐怖を根拠にそれを批判的に論じようとするのと
なるほどね、俺はエコロジストじゃないんで理解できないことが多い。
ベジタリアンも反捕鯨もエコロジストなのかな。エコロジストにもいろいろあるみたいだな。
あなたの「強い疑い」を拭い去るなんて、俺にできるはずもないし。
いいんでないの。
繰り返すけど、あなたの「高く買ってる」ところで継承すればいいんで
吉本を全部肯定したり、受け入れたりすることはないと思う。
どんな偉大な思想家だって、研究者が「強い疑い」を抱く論述はあるんで
それで全否定することもないんだよね。当然だけど。
>>555 > 要するに、エコロジストが新技術に対して直感的に抱く恐怖を根拠に
これはもちろん、当のエコロジストから反論を食らいそうなところなので、
実際のエコロジストに対して「私が」そう思っているわけではないのであしからず。
558 :
考える名無しさん:2012/03/09(金) 21:40:27.28 0
>>556 おっしゃるとおりで、まったく正論なので、その点については異論はなく、
ご老体の吉本氏自身に対していまさらどうということはないわけですが、
吉本思想はおっしゃるとおり、多くの読者と支持者を抱えていらっしゃり、
大手マスコミも取り上げるそれなりに商品価値をもった思想であるので、
そこだけはスルーするわけにはいかず、疑問を差し挟むところはきっちり
差し挟んでおく価値があるくらいの、それくらいの思想だということですね。
別に地球環境を改善して欲しいですの!?♪。
560 :
考える名無しさん:2012/03/14(水) 00:15:11.48 0
昔、文学者の反核運動批判のとき、〈現在から追い詰められた自己崩壊〉という表現をしていた
それがどうもいまだに、分かりやすい善悪ー復興支援運動から反原発運動含めーに人々が雪崩れ
込んでいく、背景にあるような気がしてならない。そこには柄谷の訴える「デモの意味」も含む。す
べからく、〈現在から追い詰められた心性〉が、災害、不況、などを起点として社会の紐帯を回復す
ることを狙っている。メディアに出てくるああいう光景や言説を見る度に、失われた共同体の復活
を賭けているようで、痛ましさを感じる。表現者でもそういう紐帯を主題にしてる人がいるが、
表現のモチーフが乏しくなってきたこと、を感じさせる、敢えて言えば衰弱をあからさまにして
いる。昨今のそういう作品や慈善やを見て衰弱ばかりが目につく。浮かれているのはメディアと
そういうアーティストの信者、あとは失われた共同体を夢見てる人間だけではないだろうか。こ
れらもやはり〈崩壊の形〉のバリエーションに見えてしまう。
>>554 > 週刊新潮も含めて、吉本の記事は、数時間のインタビューをわずかな囲み記事、数ページの
> 談話に編集してあるんで(吉本も滑舌悪いのによく喋るからねW)どれだけ編集者の意図で
> 吉本の喋りから、核心を正確に抽出できてるのかわかんないですね。
吉本さんくらいになれば、新潮だけに言論機会をもっているわけではないんで、
新潮の記事で自分が言いたい内容が十分に記されていないと思えば、他の機会に
いくらでも追加や訂正が可能でしょう。それは言い訳にはならない。
562 :
考える名無しさん:2012/03/16(金) 05:22:38.30 O
R.I.P
563 :
考える名無しさん:2012/03/16(金) 05:36:12.00 0
今、何気に観てたNHKのニュースで・・・
最近どないされてるかと思ってたら・・・
564 :
考える名無しさん:2012/03/16(金) 05:36:51.63 0
やっと死んだか…悲しいね
さようなら。ありがとうございました。
566 :
考える名無しさん:2012/03/16(金) 05:55:37.40 0
ほんと、ただありがとうございました、といわずにはおれませんね。
567 :
考える名無しさん:2012/03/16(金) 06:13:38.07 0
568 :
考える名無しさん:2012/03/16(金) 06:14:43.17 0
コメント
吉本隆明氏が死去 戦後思想に大きな影響
文学、思想、宗教を深く掘り下げ、戦後の思想に大きな影響を与え続
けた評論家で詩人の吉本隆明(よしもと・たかあき)氏が16日午前2
時13分、肺炎のため東京都文京区の日本医科大付属病院で死去した。
87歳。東京都出身。葬儀・告別式は近親者のみで行う。喪主は未定。
今年1月に肺炎で入院し、闘病していた。長女は漫画家ハルノ宵子さ
ん、次女は作家よしもとばななさん。
1947年東京工大卒。中小企業に勤めるが組合活動で失職。詩作を
重ね、「固有時との対話」「転位のための十篇」などで硬質の思想と文
体が注目された。
2012/03/16 05:25 【共同通信】
569 :
考える名無しさん:2012/03/16(金) 06:23:12.56 0
570 :
考える名無しさん:2012/03/16(金) 06:30:00.58 0
本人も亡くなったことだし、
いい加減、出版社が共同して作業で
ちゃんとした【吉本隆明】全集を作って欲しいところだ。
希望としてはちくま全集的な大きさの奴で良い。
571 :
考える名無しさん:2012/03/16(金) 07:11:18.32 0
----------
皇族・王族とかの末裔を、現在の民主社会で崇めるのも滑稽。
彼らの先祖は、マザーテレサみたいに徳で評価された訳でもなく、
ただ暴力で民や対抗勢力を征服して君臨しただけ。
まともな正当性など無いから、
「俺は神の血筋だ」「俺は神に認められたんだ」とか痛い正当化も目立つ。
日本書紀とかで神話の権威付けしたり。天皇の初代あたりは創作説が主流。
皇室とは江戸時代、、家康は1万石しか認めなかった小狗。
後にやっと3万石まで上げてもらったけど、、とても京都を支配下におくことも
出来なかったから、、官位証文の売りさばきで食ってた。
明治の元勲たちが、キリスト教をまねた国家神道という官製宗教運動、宗教イデオロギーによって急造したものが、
「皇国史観」と言われるもの。
いわく、日本は天皇家の祖先のカミによって造られ、
すべての日本民族は天皇家の分家であるから本家の当主である天皇を永久に崇敬し、
君臨させなくてはならない、と。そうすれば日本は、永久に繁栄し安泰であるが、天皇を追放すれば滅亡する、と。
575 :
考える名無しさん:2012/03/16(金) 09:59:13.79 0
「考える」ことの大切さを真に教わりました。
親鸞との出会いも吉本さんを通じてです。
本当にありがとうございました。
心よりご冥福をお祈りいたします。
576 :
考える名無しさん:2012/03/16(金) 11:08:25.53 0
やっと汚物が消えた
あとは信者とか言うゴミだけだ
577 :
考える名無しさん:2012/03/16(金) 11:16:01.92 0
誰?
578 :
考える名無しさん:2012/03/16(金) 11:28:46.48 0
メディアや流通している言説に頼ることなく
自力で考えることのきつさと大切さを学びました。
口で言うほど簡単なことじゃないけど。
平成に入ってちょっと有名になりすぎたかなあ…。
死ねば死にきり、というのが吉本さんのスタンスだったけど。
学恩に感謝。ご冥福をお祈りいたします。
まだ90前だったんですね
意外に若かった
580 :
考える名無しさん:2012/03/16(金) 13:07:56.59 0
581 :
考える名無しさん:2012/03/16(金) 13:12:56.46 0
ばななさん「危篤なことを言えずつらい一ヶ月」
読売新聞 3月16日(金)12時36分配信
吉本隆明さんの次女のよしもとばななさんは自身のツイッターで以下
のようにコメントした。
「みなさん、ありがとうございます。父は最後まですごくがんばりま
した。父が危篤なことを言えずつらい一ヶ月でした」「最後に話したと
き『三途の川の手前までいったけど、ばななさんがいいタイミングで上
からきてくれて、戻れました』と言ってくれました。もう一度、話した
かったです。『としよりは、同じ話ばかりで情けない』と言うので、そ
んなことはない、いるだけで嬉(うれ)しい、と言うと、『そう思えたら
いいんですけどね』と笑いました。最高のお父さんでした」
最終更新:3月16日(金)12時36分
582 :
塩なめくじ ◆P.1kwWtwlwvG :2012/03/16(金) 14:04:29.17
神 0
追悼
583 :
考える名無しさん:2012/03/16(金) 14:08:19.83 0
585 :
考える名無しさん:2012/03/16(金) 16:12:11.43 0
吉本が思想界の巨人だったのは、その思想が完璧で、突っ込む場所がなかったからではない。
何を言っているのか誰もわからず、ひょっとして、突っ込んだら、自分が馬鹿にされるのではないかという恐れから、
誰も批判せず、孤高になり、何となく偉大になっただけ。
「あの王様は裸だ」という者がいなかった。いったら馬鹿にされると恐れた。
彼が謂う幻想領域とは要するにイデオロギーであり詰まる所虚偽表示に過ぎない。
しかしながら、後発資本制社会である日本においてはヘーゲルの指摘する
市民社会すなわち法社会への歴史的段階を経ていない。
これがアフリカ―アジア―ヨーロッパという歴史段階説を好んで取り上げる要因である。
ゆえにマルクスがヘーゲル哲学を転倒させたような戦略を日本社会分析に対して直ちに適用する事は粗雑であり
この指摘は旧来の二段階革命理論か一段階革命理論か?といった問題設定に帰結する。
しかしながら、吉本はマルクスがドイツイデオロギー以降で展開した産業資本による文明化作用、すなわち、科学テクノロジーに着目する。
この視点に立つのなら前衛党官僚による体制選択(つまり革命)やその前段であるブルジョア化の是非やプロセス
を議論するのではなく、産業技術の進展とそこから派生する労働者の自立的な運動によって社会変革が可能だからだ。
そしてこのような労働者大衆に対して働きかける知識人(プロレタリアート)として自らを位置付けた。
かかる意味合いにおいて彼は純然たるマルクス―ヘーゲル主義者だったんですね。
以上の事から吉本が戦後思想に齎した成果は
@マルクス―ヘーゲルの理論を大衆解放の思想として位置づけたこと
A知識人(治者)と大衆(被治者)という分裂を自立の理論で克服しようとしたこと
B革命という体制選択論を統治機構の形態から産業労働の現場にずらしこんだこと
C上述の論証から運動のヘゲモニーを大衆の側に領したこと
といって良いでしょう。
まあ、大衆にそんな判断力が備わっているのかは疑わしい限りですが。
知識人吉本隆明が「大衆様が決定する」と主張するのなら、
事実命題(本当は当為が含まれていますが)としてそうなんでしょう。
ただ、吉本の意に反して当の大衆様は脱原発・環境保護といったアニミズム的思考に流れていますけどね。
昨今の原発事故は(管理や運用、そしてコスト問題はひとまずおいといて)自然の猛威に対して
科学技術は無力だった、ということなんですけどね。
結果として科学信仰の崩壊が微温的な自然崇拝にかわっちゃったんですね。
ここで産業技術を立脚点とした大衆運動に寄せた吉本の信念(としか言いようがないな)も
はかなくも潰え去ったわけです。
運命は残酷ですね。
別にそんな難しく考えなくても。
大衆の原像取り込みうんぬんは、日本共産党的なエリート前衛に対する批判でしょ。
エリートが、世界を動かせると考えるのはエリートの驕りですよと指摘しただけ。
エリートの自己幻想では大衆の共同幻想はコントロールできませんよって言うことでしょ。
吉本はエリートの指導性を放棄した時点で、オピニオンリーダーと言うよりも、一解釈者になったんでしょ。
思想家は解釈者で十分と考えたんだよ。
だから、もうこの時点で、大衆運動に何か影響を与えようとしたわけじゃない。
>日本共産党的なエリート前衛に対する批判でしょ。
いや、マルクス・レーニン主義全般ですよ。
レーニンは労働者大衆は前衛党の指導的知識人による組織化によって
初めて革命主体となり、革命は成就し得るとしています。
つまり、真偽値に基づいた大衆の自立(自由)とはエリートの指導に服する(従属する)ことだ、
といったプラトンやキケロ以来続く自由のパラドックスに由来する専制政治に対して猛攻撃を加えたのが吉本なんですね。
吉本がフーコーの解き明かした権力理論に接近するのはその為ですよ。
で、吉本がその際に重視したのは科学テクノロジーなんですね。
旧宮家復帰を支える右翼団体『日本青年社』が暴力団『住吉会』系であることは国会でも証明されている。
136-参-地方行政委員会暴力団員…-2号 平成08年06月06日
http://kokkai.ndl.go.jp/ ○有働正治君
【質問】警察の方にお尋ねします。日本青年社の最高顧問・西口茂男なる人物は、住吉会とはどういうかかわりがありますか。
○説明員(植松信一君)
【回答】日本青年社最高顧問・西口茂男と、住吉会会長の西口茂男については同一人物と見ております。
水野孝吉・救う会新潟=『日本青年社』総本部・時局対策局長=「NPO新潟海難救助隊・隊長」
小林楠男・小林会(『住吉会』系)会長=『日本青年社』会長
西口茂男・『住吉会』会長=『日本青年社』最高顧問
結論。巨大暴力団に食い込み、金を搾り上げて権威を与える「旧宮家」連中など日本の、いや人類の
恥であり、日本人の名に値しない。暴力団排除法にもとづいて社会から追放するべき。
詩人だからな
この人
思想の方は最後までアマチュアだったね
ゴッコ感が抜けなかった
593 :
考える名無しさん:2012/03/16(金) 23:32:45.99 0
吉本思想の幅と深さはヘーゲル=マルクス、自立、といった60年代までの問題では掴めないで
しょ。そこで単なる党派の無化とかで捉えていたシンパがオウム事件で一斉に離れた。勝手に
枠を作って嵌め込んでいた読者はそこで一斉に離れた。竹田青嗣みたいなね。
スガとか柄谷や浅田はとにかく前衛の優越のためには吉本思想が邪魔だった。ただそれだけの
問題しかないので。吉本を読んでもないし理解する気もない。
大衆が反原発とか言うけど、そんなことを運動してるのは一部でほとんどの大衆はどっちでもい
い。ただ安全性だけは確保しとてよ。電力も安いに越したことないから。。この辺でしょ。反〇〇
とか、電車で普段目にするサラリーマンのにいさん、おじさん、おばさんが訴えてるとは思わない
なあ。そこがメディアに屯する左翼の勘違いなんだよ。
そもそもマルクス・レーニン主義が日本の思想界で大きな勢力を占めていた時代があるということすら
今の若い人たちは知らんし、
そんな若い人たちに、吉本って何が偉いのか説明するのは不可能だな。
反原発運動の糸井重里は内心、ほっとしているんじゃないか。
そしてまた、自分は吉本さんに注目してきた、なんて一商売するんだろう。
ああ、いやだいやだ。
596 :
考える名無しさん:2012/03/17(土) 00:08:33.57 0
> 宮台真司
自体が限界にまで行くほど何もやってないよ。
598 :
考える名無しさん:2012/03/17(土) 00:15:52.70 0
大衆を甘く見すぎてると、大衆でしかない私は思ってたけど。
そりゃ吉本先生は大衆から露骨に直接的に嫌な目にあわされたりしないだろうけど
ろくなもんじゃないのよ、大衆は。うかつに肯定しちゃいかんのよね。
599 :
考える名無しさん:2012/03/17(土) 00:59:16.08 0
うかつなんてことはないよ。
大衆ってのはろくでもない存在、ってのはオルテガが先鞭を付けてた。
そりゃそうだ。吉本だって知ってる。誰でも知ってるw
吉本が思想の根拠にしてたのは「大衆の原像」。
もちろんそんなものが現存しないなんてことは吉本も承知してた。
自分の思想を検証するための理念だったということだ。
600 :
考える名無しさん:2012/03/17(土) 01:23:34.37 0
ひきもりの実態を知らないから
ひきこもれなんて平気で言える
人間本性に関しては仏教―特に浄土真宗理解に明らかなように極めて怜悧ですよ。
オウム事件における発言で離れて行く人間はしょせん、市民主義的な理解にとどまっていたというだけで。
確か吉本は資本制社会における一種の疎外がマルクス主義的革命運動などではなく、
仏教思想に接続された、このような人間を生みだした市民社会はもちろん、
それを理論的に取り込めなかった自分の非力さを痛感した上で、理論化に向けて努力する、としていた。
浅田のように「オタクの連合赤軍」と斬って捨てるご都合主義的知識人とは思想態度がぜんぜん違う。
知識人の務めとは現在おこりつつある状況に対してひたすら考え抜くことですよ。
このオッサンは自分の意思で出て行けるからそう言うんだよ
「大衆の実像」と「大衆の原像」の矛盾はついに解決されなかったってことか
なんか難しい言い回しをしてれば信者を作れた最後の世代
>>604 そんな事ないよ
人に分かり易く自分の言葉で説明する事は良く理解してなければならないし一番難しいと読んだ
そういう文章を目指してたと思う
活字も大きめのほうが良いとかとも言ってたよ
吉本隆明さん大好きだった
人間が人間関係の中に存在すること、
種としても群生動物であることを認めなかった。
だから残した言葉が「ひきこもれ」になる。
自立した主体がどうこうと語っても俗語に翻訳すれば
「ひきこもれ」なんだ。
そしてひきこもることは間違っている。
つまり吉本は間違っていた。
607 :
考える名無しさん:2012/03/17(土) 06:25:22.89 0
りゅーめーちゃん死んだか。合掌
>>606 ひこもりがいたから、放射能対策もいろいろ練れたんじゃね?
忙しかったら放射能、理解できなかったよ。
「大衆」とか「サブカルチャー」とか常に上から目線だよね。
そんな物言いに陶酔できた時代もあった。
609 :
考える名無しさん:2012/03/17(土) 08:38:17.03 0
大衆の性質については鶴見俊輔との67年の対談「どこに思想の根拠をおくか」で‘僕の捉えてる
大衆とはウルトラな存在で、為政者に反抗もすれば為政者の予期した以上に突っ走るものでもあ
る。海外に戦争に駆り出され、残虐行為もすれば、為政者が変われば反戦平和を訴えもする。どう
とでも成りうる存在で、鶴見さんたちのいう大衆はウルトラに成りうるその一部を捉えてるだけ
じゃないですか’と言ってる。これは大衆というものをよく捉えてると思った。
『ひきこもれ』は良いものだったけど、ただ不満があるとすれば、現代のひきこもりというのは社
会や国家に強い拒絶反応を持っており、その絶対的拒絶の質を思索しないと捉えたことにはなら
ないんじゃ、と今は思う。強いられるかのようにひきこもる。それはじゃあ何を拒絶してるのか、
てところで。で、もっと言えば、実際にひきこもってる訳ではない人間で潜在的なひきこもりを数
えれば日本人の相当数がそうなんで。潜在的なひきこもりなら相当数に上るだろう、この情況は、
実は社会というのが人間にとって、疎外以外ではなくなってくる。そういう段階を指すだろう。そ
れは新しい段階かもしれず、『ひきこもれ』でもそこまで論じられているわけではない。つまりこ
の疎外に対抗するには、価値法則を逃れる行為、解離性の行為しかない。解離性の犯罪が横行する
理由がそこにある。『ひきこもれ』はまだ楽観的だと思う。その楽観性が吉本だったのでもあり、好
きなんだけどね。
公共性とか公的領域、社会なるものと国家の関係の決定的な考察はいまだないからな
面白い分野ではある
個と社会の関係を生産と交換で経済的に論証するマルクスやアダムスミスにも限界がある
>ドイツイデオロギー以降で展開した産業資本による文明化作用
こんな話あったの?
高度資本主義で消費者の立場が優位になる見たいなのは知ってるけど
労働者からの接近の理論?
一流の批評家たちが高く評価しているある書物が、自分にとってはなんの意味もなさないからとて、
べつに恥ずかしく思うにはおよばない。ただし、まだよんでいないばあいには、そうした書物の悪口は、いわないほうがよろしい。
614 :
考える名無しさん:2012/03/17(土) 11:02:53.68 0
とりあえず昨日の夕刊、今日から続々出るんだろうな。
・産経新聞
浅田彰
鹿島茂(名実ともに戦後終わった)
山折哲雄(自前の言葉、稀有な思想家)
・朝日新聞
中沢新一(知識人の病照らす)
見田宗介(残した足跡、不滅)
・毎日新聞
梅原猛(世間にこびず)
笠原芳光(思想界最高の人)
内田樹(言葉に身体性)
橋爪大三郎(ねじれ突き崩す)
田中和生(倫理担保で功績)
松浦寿輝(詩と批評橋渡し)
・日本経済新聞
梅原猛(体張った激烈さ思想にみなぎる)
山折哲雄(外国の思想咀嚼常に自前の言葉)
・読売新聞
梅原猛(時代の幻想に冷や水)
島田雅彦(世論に媚びない批評精神)
加藤典洋(こういう人もう出てこぬ)
・京都新聞
山折哲雄(自前の言葉、稀有)
梅原猛(独創的な思想家)
橋爪大三郎(いつも導かれた)
地方新聞まで網羅は不可能。
まだ戦後が終わってないと思ってる人がいたとしたら、
そいつが終わってるだろ。
616 :
考える名無しさん:2012/03/17(土) 11:41:52.28 0
経済企画庁が「もはや戦後ではない」と宣言したのが1956年(昭和31年)だが
吉本さんの本格的な仕事はそのあたりが始まったのではないかな。
吉本さんの本質的な仕事は戦中、戦後、ポストモダンの枠を越えていたから
すべての世代からコメントが聞かれるってのは、たぶんそういうことかも。
社会が人間を疎外する人為的なものでしかないことは明らかな前提となった。
それでもひきこもらず敢えてコミットせよというのが宮台真司。
しかし、宮台や彼の影響下にある学者の弱点は敢えてコミットしている
人間の放つ独特なぎこちなさ。社会人を演じるひきこもりはキモいのだ。
吉本はそういうキモさと無縁だった。
>>612 埴谷との論争で産業資本進出による第三世界の植民地化を批判する埴谷に対して
産業化で東南アジアの貧しい子弟の生活が豊かになるから良いじゃないか、
また、日本における地方労働者の消費水準が上がるから良いじゃないか、と言っていますよ。
日本においては“消費”という媒介項が入ってきますが、
それ以外の部分では産業資本による各国労働者大衆の連結化といった、
ドイツイデオロギーの図式そのままです。
まあ、吉本は消費を過大評価していたわけですが、
マルクス主義を道徳的に理解していた埴谷とは雲泥の差があります。
埴谷(や日共)の説く革命論はしょせん啓蒙主義であり欲望に対しては抑圧的なんです。
埴谷自身は自覚していませんがこれは強制収容所の思想そのものです。
619 :
考える名無しさん:2012/03/17(土) 15:53:38.01 0
2ちゃんで吉本さんの話題が盛り上がらないのは2ちゃんのユーザーが団塊ジュニア以降の年代だから。
吉本さんの影響力は70年代に10代を過ごした新人類世代までで団塊ジュニア(東浩紀の世代)は柄谷蓮實浅田なんだな
欲望の抑圧は吉本の死後ますます避けて通れない問題になる
現代人の欲望は地球を掘りつくしても満たされないからだ
アルコール依存症者を酒から遠ざけることは
強制収容所的抑圧だが本当に間違った対処だろうか
そういうことが問われていくだろう
622 :
考える名無しさん:2012/03/17(土) 16:55:19.90 0
>>621 そこが面白いところで、
マルクス=ヘーゲル主義者である吉本は欲望に対しては何故かフロイト的な立場を採る。
この視点に立つのなら欲望とは存在の根幹に由来する、地下水脈のようなものである。
しかしながら、ヘーゲルや最近の言語学で指摘されるように
欲求と欲望は厳しく弁別される類のものであり、後者は極めて社会的なものである。
では、何故吉本がこのような「欲望」を存在の基底に据えた還元的手法を自己の思想にビルトインしたのかというと、
彼が社会(意識)や関係(諸集団)を超越した所に“個”を想定し、その反抗の動機にしようとしたから。
かかる意味合いにおいて吉本の思想はサルトルの実存主義やドゥルーズの欲望機械に近いものとなる。
しかし、このような個人主義は例えばイタリアの認知資本主義というマルクス主義者の議論では否定的に取り扱われる。
中期吉本が高く評価する仏教(特に浄土真宗)では確かに人間本性の考察において道徳意識の虚偽性や欲望の肯定をするものではあるが、
同時に人間の自由意思を退け、欲望それ自体の根拠も批判するものである。
しかし、“欲望”を存在の根拠とした吉本はここに目を伏せる。
また、欲望の発生メカニズムや意識の生成を詳細に考察した禅宗やそれ以前の奈良仏教ではなく
欲望肯定的(に受け取られる)な浄土真宗を採択するのはそのためである。
逆に言えばこのような反道徳的・反慣習的・個人主義的・付和雷同的・反権威主義的思想が受け入れられたのは
高度経済成長を追い風として出現した戦後大衆社会が背景にあるからだ。
その意味において吉本隆明は“戦後”大衆社会の代弁者なのである。
そしてその思想的命脈は、90年代のバブル崩壊に起因する消費社会の行き詰りや
オウム事件、そして原発事故に由来する科学信仰の崩壊によって、
大衆レベルではすでに尽きているのである。
>>623 全然、文章に具体性がないよw
だから理解できないし、反論も肯定もできない。
もっと抽象化と具体化を交互に繰り返して話せよ。
それが説明すると言うことだ。
良くも悪くも吉本に取り込まれる人って、あんたみたいな人なんだろうなw
626 :
考える名無しさん:2012/03/17(土) 17:46:26.88 O
昔は左右の対立が激しかったから、丁々発止、議論の応酬もあったし、どちらが正しいとかじゃなくてもそれが社会を進歩させる面があったってことでしょ。
石原にも大江などの論敵もいたし、今はそういう議論の下地すらない。石原が言うことは全くの事実じゃん。
628 :
名無しさん:2012/03/17(土) 20:08:21.81 0
日本限定の思想家はもうね・・・
留学経験車の俺からしたら
極東の島国で猿みたいな醜面したおっさんが
何を考えていようと、それが世界的に通用する
ユニバーサルな、普遍的な考え方でない時点で
どうでもよい。
島国でうだうだ考えていても仕方が無いと思うね。
>>612 実際、『経済学批判要綱』の中で、「資本の文明化作用」と表現されている。
東洋でも西洋でもいい、誰か海外で吉本を高く評価してる思想家っているの?
日本人、それも団塊とその少し下の世代限定の「巨人」でしょ?
>>628 そりゃつまんない意見だな
確かに島国でウダウダ〜はあるが、
あくまで「西洋哲学史の文脈において」だと思うね
西洋人の中には、西洋哲学に限界を感じて、
東洋思想やらインド哲学に近接してくるみたいな感性が
ほとんど一つの定型としてある。
たとえば、ユングとかケンウィルバーとか、現代物理にもそういうアプローチがあるよ。
その意味では日本人というのはいち早く西洋型近代社会化を達成しつつも、
漢字にもアクセスできる素養があり、
東西思想を折衷できる可能性を秘めているはず…と思いたいね。
吉本はダメだったかもしれないがね。
西洋人が限界を感じて東洋に近づいてくる
そんな東洋の俺ら素晴らしい
って単なる西洋コンプレックスの裏返しw
限界を感じた西洋人が東洋に接近して来ても、吉本には近づかない。というか通過する。
別に日本ローカルでも日本的に意味があったり、あるなら
それで良いじゃない
日本と言っても世代限定、それもなんちゃって知識層限定だし
聴くだけ時間の無駄
>>630 言語の壁が大きい。
たしか2冊ぐらいしか翻訳されてないと思う。
「共同幻想論」なんて、翻訳で理解できるはずがない。
>>638 村上春樹が何カ国語に翻訳されてると思ってるんだ?
>>638 Kitaro Nishida
D. T. Suzuki
政敵の大江健三郎が吉本の書評の本を欧米に紹介したいといってたらしいな。
日本にもこんな知性があるとか言って。
吉本とボードリヤールの対談の本もあったような。
対談なんて編集者のセッティングだけでしょ
それに対談したボードリヤールが吉本に感動して紹介しまくったという話も聞かない
643 :
考える名無しさん:2012/03/17(土) 21:31:52.07 0
東工大教授の橋爪大三郎の談話
吉本の思想は世界で通用するものだと確信したが、翻訳があまりにも少ないので
自分が出版社を手配するので、もっと翻訳書を出したらどうかと勧めたところ、
吉本が「自分の本はそんなもんじゃない」と言って断ったということだ。
644 :
考える名無しさん:2012/03/17(土) 21:32:05.50 0
日本のサルトル
海外の日本研究者が吉本を評価してるという話も聞かない
海外コンプレックスなやつが多いなあ
海外でも通用する普遍性がないという話を海外コンプにすり替えられてもな
自分で言ってる「海外」ってのが欧米に過ぎないとか
「普遍性」というものの内実についてとか
一度も考えたことない貧しい人なんだろうなあ
649 :
考える名無しさん:2012/03/17(土) 21:49:41.28 0
もし本当に海外で通用する普遍性がないとしたら、
それはそれでむしろ興味深いことではないか?
諸外国にはそういう国内思想家のような人はいないの?
沢山いますがな
652 :
考える名無しさん:2012/03/17(土) 21:52:31.87 0
いや、あまりいない。
ロシアには結構いるけど。
653 :
考える名無しさん:2012/03/17(土) 21:56:35.62 0
真面目な話、実は思想には普遍性なんて要らないんじゃないだろうか。
>>640 鈴木大拙はコロンビア大の客員教授にもなったし、海外で積極的に講義を行なった。
西田幾多郎の文は外国語に翻訳しやすい。
昔、吉本を一部翻訳したことがあるんだけど、詩的な表現が多く、苦労した。
やむなく受動態を多用してドイツ人に見せたが、理解不能と言われた。
日本限定、しかも団塊世代限定思想家だからなぁ
656 :
考える名無しさん:2012/03/17(土) 22:15:38.26 0
>>654 吉本は大学教員はヤなんだね。
世間の思想家ってのは職業でいうと、日本でも世界でもほとんど大学の教員だからね。
吉本みたいなのはほんとレア。
ま、吉本は自分のことを売文家と思っていたようだけど。
657 :
考える名無しさん:2012/03/17(土) 22:19:21.98 0
マルクスもサルトルも在野だよ
団塊の吉本ageが必死過ぎて笑えるスレだな
659 :
考える名無しさん:2012/03/17(土) 22:26:10.42 0
ミッキーマウスがそう言う。
日本国内では欧米のポップミュージックと関わる上で
ロッキングオンとどういう距離を取るかが重要な問題
になってしまう。欧米人にはどうでもいい存在である
渋谷陽一が避けられない試金石として君臨している。
吉本隆明はこれの思想版だと思ってください。
どうです。邪魔でしょう?
渋谷の芸が吉本のパクリなんですけどね。
661 :
考える名無しさん:2012/03/17(土) 22:30:50.05 0
>>656 責任取りたくないんでしょうね。
売文だけでやってけたってのは、単純にすごいと思うけどさ。
>>660 おませで頭もよかったんだろうけど
途中で勉強やめた人にとって吉本隆明はちょうどよかったんだろうね。
>>661 >売文だけでやってけたってのは、単純にすごいと思うけどさ。
知的スノッブ層をターゲットにした編集者のマーケティング能力
「新左翼の教祖」って報道されてるけど、
この人と新左翼ってなんか関係あんの?
664 :
考える名無しさん:2012/03/17(土) 22:42:14.66 0
>>661 責任取りたくないってどういうこと?
俺の身内にも大学の教員いるけど、責任なんか取ってねえぞ。
責任ってわからんw
大学の教員にも吉本認めてるの多いんじゃね。
てか、コメントしてるのほとんど大学教員じゃんw
>>663 関係ない。
そのへんの正確な知識を持ってる人間がマスコミにはいないってこと。
666 :
考える名無しさん:2012/03/17(土) 22:49:14.29 0
トロツキストがネオコン化したのにちょっと似てないか?
吉本は丸山真男ら、高慢ちきな大学教員を攻撃して全共闘にウケたんだからたとえ能力があっても大学では教えられないだろ。
言行不一致になってせっかくのカリスマが崩れるじゃん。
668 :
考える名無しさん:2012/03/17(土) 22:59:08.60 0
もう吉本はいないんだが、だけど思想は死んでいない。死んだ気がしないのはそのせいだろう。
本棚には約70冊ほどはある、そこを覗けばまだ情況と対峙している言葉を見つける。今の大型書店
や古書店より俺の本棚の方が随分揃ってる。今思えば生前に言うべきことは全てとは言わないが
、かなり言えたんじゃ、と思う。言論人としては全うした。それが読者として感じる救いかな。吉本
は死んだが、自分の死後にまで及ぶ世界の困難に生きてくるであろう多くの言葉を遺してくれた
。今、弔う言葉が出ないのは、吉本の言葉を借りれば、まだ言葉は情況に両手を挙げていない。その
せいだと思う。
>>663 ブント系の一部はかなり色濃く影響受けてたけどね
あとの党派主義諸派には吉本は反革命てイメージだね
670 :
考える名無しさん:2012/03/17(土) 23:06:04.98 0
>>667 丸山批判の前から教員の口はあったみたいだよ。
東工大の同期に多いからなんだが。
定収がない時期だと迷うもんだけどな。
丸山からは「プレステージの高い大学教員になれない在野の評論家のルサンチマン」だと切って捨てられて吉本は激怒したんだよね。
69年の中央大学の講演で丸山らのことを「大学教員は偉いものだという思い上がりがある」
「自分は食い詰めたらしょうがなくやるのが大学教員だと思ってる」って言って拍手喝采になった。
672 :
考える名無しさん:2012/03/17(土) 23:23:14.10 0
あれは丸山の方が下品だった。
プレステージの高い大学教員って、自分で言うことばじゃないよなw
吉本は食い詰めてる時期から非常勤さえやってなかった。
673 :
考える名無しさん:2012/03/17(土) 23:25:30.72 0
なんか事件あるたびに成る程だったり頓珍漢だったりしてもきっちり発言する吉本さんいなくなるとやっぱり寂しいね
四畳半フォークシンガーならぬ、四畳半思想家
>>673 >頓珍漢だったりしてもきっちり発言する
結局、石原珍太郎みたいな存在だったんだな
676 :
考える名無しさん:2012/03/17(土) 23:28:08.50 0
吉本の大学教員ってイメージわかんわな。
東工大の特任教授も、三顧の礼で請われて、期間限定だったんじゃないかな。
ん?もしかして東工大の特任ってまだ辞めてなかったんだっけ。
677 :
考える名無しさん:2012/03/17(土) 23:28:34.70 0
共産同叛旗派というマイナーセクトの同伴文化人
東工大って橋爪(笑)とか東(笑)とかのいるところか
・橋爪大三郎
「私の高校生時代、ませた友人はみんな読んでいた。『共同幻想論』(43年)を読んだ衝撃は大きく、かつ持続的だった。特に『国家は幻想だ』という言い方だ。
当時のマルクス主義者、新左翼は国家を打倒しようとしていた。しかし国家が幻想なら、打倒という作戦は間違いになる。これは決定的転換だ。
ソ連を批判するにはマルクスまでさかのぼって批判し尽さなければならないが、その大変な仕事を独力で成し遂げた。思想のベルリンの壁を崩した、偉大な思想家だと思う」
「偉大な先輩として憧れ、尊敬し、私がいつも背中を見て仕事をしてきた人物。最大の業績は冷戦後を見すえて、
自由主義経済の下で知識人が社会主義を理想とする、日本のねじれた状況を突き崩したことだ。初めて会ったのは1986年。
私が「権力は悪いものではないのでは」と言うと、少しイヤな顔をされたが、いつも気さくで優しいおじさんといった感じだった。」
・芹沢俊介
「こんな人は今もちろんいないし、これからも出てこないだろうと思えるほど桁違いの思想家だった。日本の学問や思想はヨーロッパに範を取っているので、
足下にはなかなか目に向かない。そんな中、吉本さんは自力で自立した思想をつくってきた。その思想の独自性を認められる人がいなかった意味で孤独な思想家だったと思う。
彼の思想は難解といえば難解だが、それを解きほぐす作業がわれわれに課せられているのではないか」
・梅原猛
「現代日本において、独創的で稀有(けう)な思想家だった。世間の風潮にこびることなく、従来の常識に冷や水を浴びせ、自分の言葉で語った。
だから若者への影響力が強烈だった。「共同幻想論」には、当時みな夢中になった。幅広く活動したが、どんな話題でもどこかで一面を鋭くえぐっていた。
中沢新一さんと鼎談(ていだん)したときには私の「縄文論」を批判し、彼の主張には全面的に賛成はできない部分もある。
だが、彼の論は晩年まで変わらず光っていて、根本的に尊敬している。(ばななさんら)娘の話になると、いかつい顔が突然、うれしそうな表情になった。」
・内田樹
「1960年代後半、吉本さんの著作を読んでいる高校生はまだ少なく、読んでいると分かれば、友達になれた。初めて買って読んだのが「自立の思想的拠点」以来、
私にとって思想的アイドル。吉本さんの言葉には身体性があった。貧しさや飢餓といった生活者の実感に基づいた思想だ。最後の戦中派の思想家。
吉本さんが亡くなられたことで戦中派の時代は完膚なきまでに終わった。時代は軽くなっていくでしょう。」
・松浦寿輝
「小林秀雄が原生林から切り開いた近代的批評というジャンルを、ブルドーザーでならして太い道路につくり上げた人だと思う。
批評の方法から言えば、詩人としての詩的な直観と強力な論理とで対象をねじ伏せてしまう剛腕の持ち主だった。
攻撃的な論争もたくさんやったが、そういう中にも下町・佃島育ちの柔らかな少年の感性のような詩心がいつも感じられた。
それが私自身を含め、多くの人々を引きつけたのだと感じる。詩と批評の間を橋渡しした書き手として他に類を見ない存在だった。」
・浅田彰
「まぁ1950年代、60年代と言うと、ま、ソ連型の社会主義、共産主義が絶対だったと。で、その時に吉本さんは、自前で、大衆の生活の中で考える、ということを始めて
それをずっと貫いてこられた、っていう風に思います、と同時に、サブカルチャーを、まぁ、あのぉ、それまではいい加減なものと思ってたものを、
それ自体として価値のあるものとして評価した、その辺はとっても先駆的な、あの、位置にいると言っていいんじゃないでしょうかね。」
「ただ、思想の広がりとともに、本人自身もその思想の中に埋没してしまったように思う」
・石原慎太郎
「権威に対抗するオピニオンリーダーだったと思うし、ひとつの世代の象徴的な存在だった。残念です」
「彼が海水浴でおぼれたと聞いたときは、身体がへたってるなと思って、いたましい気がした」
「体制派にしろ、反体制派にしろ、なかなか彼を継ぐ論客は現れてこない。これは国力の衰退、社会全体の衰退の現象だと思う。
侃々諤々(かんかんがくがく)の議論がなくなった社会は成長しない。知的な刺激を与え合ってこそ成長がある」
・宮台真司
「大衆なるものがどういう存在なのかということを、社会的文脈の全体を参照しながら徹底して考察して、
その理念的大衆を炙り出した上で、それに即して自分自身それに寄り添って行動するということなんですね。
平たく言えば従来のエリート主義を拒絶し、一般大衆が自立できるための根拠になるような思想を提示しようという意欲がありました。」
「吉本さんには二つ欠点があったと思います。ポストモダン哲学または現代思想に対する知識と造詣とセンスがなかったことです。」
例えばフーコーやボートリヤールとの対話があるんですけど吉本さんのあまりの頓珍漢ぶりに絶句しました。
外国語ができず、論文を読まない、ということがあったのかもしれません。いずれにしてもダメでした。
あともう一つ、コムデギャルソンを着て登場し資本主義否定は阿呆だという立場にたった。
僕は間違っていないと思いましたけど、あまりにも軽薄。欲望の構造を変えなければ資本主義は続かない。
しかし彼はその知恵を出さなかった。だから僕らは彼から離れた。しかし、彼の「転向論」は全く正しかった。」
・東浩紀
「読んでいますが、とくに影響は感じたことはありません。初期歌謡論とか好き。」
「吉本髢セの影響は、自分でもびっくりするほど希薄なのです。似ているところがあるとはよく言われるので、
むしろこれから読み直すべきなのかもしれません。この年齢になって、はじめてわかるのかも。。」
682 :
考える名無しさん:2012/03/17(土) 23:33:11.28 0
浅田のコメントがテキトーな件
683 :
名無しさん:2012/03/17(土) 23:33:40.52 0
アンチ・エスタブリッシュメントだったなら認める。
ただ、頭蓋骨の形が悪くて絶壁のやつはこの島国限定のやつだと思う。
大学教員って雑務が多いわりに給料安いからねw
普通にフリーターしながら研究したほうが、はかどったかもよw
大学教員なんて名誉職みたいなもんだよ。
今後は少子化で大学そのものが減っていくし、教員の数も減っていくでしょ。
情報収集や意見交流は、ネットで無料かつ広範囲でできるんだから、大学の
存在意義はますます低下していくし。
大学行くよりも、ウィキでも読んでたほうがはるかに勉強になるでしょう。
原子力ムラならぬ、思想ムラ丸出しw
>>684 >大学行くよりも、ウィキでも読んでたほうがはるかに勉強になるでしょう。
>大学行くよりも、ウィキでも読んでたほうがはるかに勉強になるでしょう。
>大学行くよりも、ウィキでも読んでたほうがはるかに勉強になるでしょう。
ワロタ
お前どこの大学出たんだよ
笑わないから言ってみ?
>>677 叛旗から逃亡した三上治が吉本のエピゴーネンだっただけ、てことさ
>>682 確かに適当だが、
>「ただ、思想の広がりとともに、本人自身もその思想の中に埋没してしまったように思う」
と言い切ったところは、評価できる。
吉本も手を広げすぎて収集不可能になってたからな。
1人で網羅的に思考するには世界は広くなりすぎた。
いや、でもあの頃の東大法学部教授はプレステージがありましたよ。
吉本の世代の大学進学率は4%くらいでしょう。
もちろん、丸山は1940年代〜1950年代にかけての世界でも有数の知識人だったと思います。
丸山はそれを隠さない人だから、イヤミだったんだよw
>>686 いや、だったら逆に聞くが、ウィキの圧倒的な情報量に対抗できる大学ってどこ?
東大京大でもかなわない情報量がすでにネットに流れている。
wiki読んで知った気になってるわけではないよな?
最近は学生でもそんなのが多いんだけど。
お高くとまった人間の足を引っ張って人気者になるなんて
いかにも日本的でいやになる。丸山のほうが好感持てるわ
693 :
考える名無しさん:2012/03/17(土) 23:42:51.04 0
質と量の違いがあってだな
694 :
考える名無しさん:2012/03/17(土) 23:44:57.05 0
吉本隆明の本を読むよりウィキの吉本隆明を読むほうが吉本のことがわかるってことかい
695 :
考える名無しさん:2012/03/17(土) 23:45:22.55 0
さすがに「情報」と「学問」を同レベルで考えるやつはいないと思っていたが…。
いるのね。
足引っ張ると云うより、丸山の亜インテリとかああいうのに下町知識人の吉本は我慢ならなかったんでは?
今日から見てもめちゃくちゃいいかげんな分析だしね。
それに大衆化して非エリート化した学生たちが追随した。
>>691 くだらんね。
異論反論も同時に検索できると言う点で、ネットのほうがはるかに科学的だよ。
どんな有名な教授の発言だろうと、一方方向の情報を信じるのは危険だ。
吉本の書いた本は吉本に都合のいいことばかり書いてあるから
吉本の勉強にはなるまい
>>690 なんだよこの「集合知」信者はw
十数年の壮大な実験の末、ネットは「集合愚」に過ぎないことが判明したというのに
Wikipediaに書いてあることは全部真実なのかよw
因みにウィキじゃなくてウィキペディアな
それで、どこの大学出たの?
700 :
考える名無しさん:2012/03/17(土) 23:47:43.69 0
丸山センセが聞いたら激怒するぞw
>>697 >異論反論も同時に検索できると言う点で、ネットのほうがはるかに科学的だよ。
どこのページもウィキペディアの引用ばっかりなんだがwww
どこの大学出たらそんなこと真顔で言えるんだよwww
>>694 まあ、ウィキの記事によるが、吉本の著作を読むよりは、ウィキの共同幻想論の項目のほうが、
客観的に書いている分、参考になると思うけどね。
独自の造語を明確な定義なく使用しているとはっきり、客観的に指摘している。
最大限に評価したら、マルクスとフロイトの融合と言う偉業だが、最小限に評価したらただのフロイトかぶれ。
実に、客観的で中立的な指摘だ。
>>698の言う通り、吉本の本を読んだだけで、吉本を理解するほうが危険だろ。
あくまで吉本の一方方向の意見なんだし。
704 :
考える名無しさん:2012/03/18(日) 00:03:04.46 0
それでウィキでいいって話にはならないだろ。
マルクスもフロイトも吉本も、吉本以外の本も読んで
それで自分の頭で考えることなんじゃね。
でないと、まともな世間では「検索バカ」だろw
吉本隆明批判でもっともすぐれた本は
田川建三『思想の危険について 吉本隆明のたどった軌跡』
>>704 >マルクスもフロイトも吉本も、吉本以外の本も読んで
>それで自分の頭で考えることなんじゃね。
テキストとして本を読むことは大事だが、それなや必要なのは大学と言うよりも
図書館か本屋だろ。
大学行かなくても、ネットと図書館だけで、もはや東大も京大も勝てないぐらいの効率性で
知識と批判能力は身に付けられる。
おまけにサブカル関係じゃ、ネットは大学をはるかに凌駕している。
そういった点で、もう大学の必要性は低下していると言うことだよ。
文献学者・田川建三の『思想の危険について』を読めば
吉本の書いた文章が査読に耐えないものだとわかる
大学に属していたら吉本は潰れていたかもね
ダメだこりゃ
×知識と批判能力は身に付けられる
○知識と批判能力しか身につかない
>>703 まさか哲学板で、そんな意見が出るとは思わなかった。
哲学は要約できるものではない。
哲学史ですら胡散臭いのに。
アカデミズムにコンプ丸出しの知識人ワナビーだろ
もう放っておけよ
引っ込みがつかなくなっただけの奴を集団でいじってもしょうがなかろう
全共闘じゃあるまいし
俺には
>>686のほうが愚か者に見えるんだがな
みなさま動員されやすさにご用心
713 :
考える名無しさん:2012/03/18(日) 00:26:38.75 0
知り合いの大学教員のマジバナ。
レポート提出時に「こんなのネットになかったですよ」って真顔で不満ぶっちゃけられたらしい。
世間じゃコピペは通用しないのよw
吉本さんはもう、この世にはいなんだよ。。。。
お前らのネット軽視のほうがはるかに、権威主義だろw
なんで、異論反論が柔軟に採集できるツールをそんなに過小評価するんだ。
テキストはテキストで読めばいいじゃないか。
あくまで俺がいらんといっているのは大学であって、テキストじゃない。
大学行かなくてもいくらでも在野で高度な研究ができる素晴らしい時代だと言ってるんだ。
数学のポワンカレ予想の解決は最初にネットで発表されたんだぞ。
>>714のスターリン的な猜疑心は吉本読者なら受け付けない…
>>717 じじいはもう寝ろよw
何がスターリン的だよw
>>716 その高度な研究とやらはどこで発表されてるの?
ページによるけど、確かに、本書を読むよりも逆にわかりやすいウィキの記事もある。
フランシス・フクヤマの「歴史の終わり」の項目なんて、実際のテキスト読むよりもわかりやすい。
テキストは翻訳文だし、わかりにくい。
ウィキは編者がちゃんと日本人向けに明快な日本語で、補足説明加えて書いてるからな。
722 :
考える名無しさん:2012/03/18(日) 00:54:52.09 0
>>706 あんたの言うとおりだ。
>大学行かなくても、ネットと図書館だけで、もはや東大も京大も勝てないぐらいの効率性で
知識と批判能力は身に付けられる。
ただしそいつは、その気になれば東大も京大も楽々パスできるだけの能力がある人間だろうし、
その手の人間にしても、過去の論文閲覧の労も含めて、研究室にいるより数倍の研鑽と努力を
要する、ということだ。
並みの学者以上の潜在能力と、研鑽努力を遂行できる意志をもった人間に限って「東大も京大
もかなわない知識と批判能力」は「ネットと図書館で身に付けられる」たぶん。
そういうたぐいまれな人間も僅かだが世の中にいるのは事実。
で、あんたもその手の人間なのかw それならいいのよ。
語尾に大文字の「w」使ってる奴の文章を検索してみろ
まんまと踊らされたな
wなんて誰でもつけるだろ?
大丈夫か?www
フクヤマの「歴史の終わり」は原文が一番わかり易いんだよw
簡単な構文の英語だから。
しっかりしてくれよw
726 :
考える名無しさん:2012/03/18(日) 01:50:50.38 0
知り合いの大学教員のマジバナ。
レポート提出時に「こんなのネットになかったですよ」って真顔で不満ぶっちゃけられたらしい。
世間じゃコピペは通用しないのよw
東浩紀
「大学の授業面倒くさい。wiki見てくれよ。」
>628
このコメントは故人が物した『悲劇の解読』や『情況とはなにか』を想い起こさせる。この種の感慨が今後においても〈知識人〉の心境にああるときの〈日本人〉である者が その“知の往路”で抱く感慨のパターンでありつづけるのだろうか。
まあ、不要な人には不要でいいんじゃね。
自分自身を知るために読んでいるわけで、その人が世界で無名だろうが、
自分の好奇心には無関係だからな。
>>585 > 「あの王様は裸だ」という者がいなかった。いったら馬鹿にされると恐れた。
いなかったことはないよ。かなりいたよ。
むしろ彼の立場が左翼にも保守にも解釈できるものだったので、
どっちもそれなりに味方に着けたところが彼を強くした面はあったかもしれない。
アンデルセン童話の「裸の王様」的強さよりはイソップ寓話のコウモリ的な強さがあった。
しかしどちらかというと左翼を敵に論陣を張っていたので、左翼側に批判者が多かったのではないか?
彼もなぜか左翼を攻撃することが多かったし。
大学は研究機関では?
そもそも日本共産党=唯一前衛党、という神話が成立していた時代を
今の若い人たちは知らないから、
それを撃った吉本のすごさも理解できない、とこういうことでいいのか?
全然違う
輸入学問で生活してチマチマした細かい揚げ足取りをする専門家と、
吉本さんのように大胆に大枠の世界観を扱う在野の評論家と
両方がバランスよく存在できればいいんだけどね。
オウム真理教と原発真理教の二つは
巧な情報操作とマインド・コントロールでインテリを騙していたが、
吉本さんは、例外的にマインド・コントロールに引っかからずに
冷静に麻原や原発のことを考えておられた。稀有の存在と言える。
日本にここまで冷静に考えられる人は吉本さん以外存在しなかったのが残念である。
吉本さん以外、反原発派も原発容認派も感情論の馬鹿しかいない。
旧宮家復帰を支える右翼団体『日本青年社』が暴力団『住吉会』系であることは国会でも証明されている。
136-参-地方行政委員会暴力団員…-2号 平成08年06月06日
http://kokkai.ndl.go.jp/ ○有働正治君
【質問】警察の方にお尋ねします。日本青年社の最高顧問・西口茂男なる人物は、住吉会とはどういうかかわりがありますか。
○説明員(植松信一君)
【回答】日本青年社最高顧問・西口茂男と、住吉会会長の西口茂男については同一人物と見ております。
水野孝吉・救う会新潟=『日本青年社』総本部・時局対策局長=「NPO新潟海難救助隊・隊長」
小林楠男・小林会(『住吉会』系)会長=『日本青年社』会長
西口茂男・『住吉会』会長=『日本青年社』最高顧問
結論。巨大暴力団に食い込み、金を搾り上げて権威を与える「旧宮家」連中など日本の、いや人類の
恥であり、日本人の名に値しない。暴力団排除法にもとづいて社会から追放するべき。
738 :
考える名無しさん:2012/03/18(日) 12:56:33.35 0
>>727 養老孟司も同じこと言ってた授業「面倒くさい」って
池田清彦は「バカ相手にやってられない」ってもろにぼやいてたかな。
二人とも退官してから本音が出たと思うけどw
大学教員にとって教養の授業ほど面倒くさいことないんだよ。
バカ相手もめしの種なんだけど
本音は自分の専門の研究と蝶の採集なんかやっていたいんだと思うw
誰にしてもwikiで学者になった奴はいないわな。
>>733 まあ、成功しようがしまいが、日本共産党やロシア・マルクス主義者と戦ってくれる論客を若者が
求めていたのは確かだろうね。
吉本は真正面から、政治や経済と言う側面ではなく、哲学や思想と言う側面から、ロシア・マルクス主義
と戦ってくれた。その姿勢を若者は評価したんだろう。
吉本はレーニン批判としては面白いし一定の評価はできると思う。
ただ独自の思想を残したと言えるほど、堅固な思想をつくれたかと言えば疑問だね。
まあ、一般相手に著作出したら、見当違いなバカを相手にしなければいけないリスクもあるわな。
こっちもご苦労なこった。
741 :
考える名無しさん:2012/03/18(日) 13:33:03.79 0
著者はそこまで相手にしなくてよい。
買ってくれたら印税入るだけ。
そこが授業の面倒くささと違うのよw
742 :
考える名無しさん:2012/03/18(日) 13:40:31.09 0
>>740 著作を読んでくれればまだしもだが
対談やインタビューだけ読んでわかられたり、
その中での物言いを借用されたり、
そういうのもあったろうね。
彼の作品とは別に、吉本隆明の受容のされ方についての
批評は必要なんじゃないかな。
菱形カッコでなにか言った気になる人が激増したのは吉本の責任だな。
744 :
考える名無しさん:2012/03/18(日) 14:11:57.90 0
自分で何もできないんで他人の解釈だけで商売してる奴は放っとけばいいじゃね。
バカは世の中にあふれてるんで。
印税で食うって相当すごいことだよ。それも思想で。詩で。
授業やってるほうが楽でしょう。毎月同じ額が振り込まれる。
フリーやってる人なら誰でもそう思うはず。
746 :
もなーるこまき:2012/03/18(日) 15:42:11.66 0
フリーで食ってくにはセンセーショナルな不安や怒りを煽る書き方や
誹謗中傷合戦で受け狙いするのも必要になる。
それをやってると自分の信用に傷がつくが、食うためだから仕方ない。
学校の講師ならそのような汚れ仕事はしなくてよいから楽。
748 :
考える名無しさん:2012/03/18(日) 16:11:12.32 0
粛々とインテリやってればよかったんだろうけど
大衆受けを意識しなきゃいけなくなった(筆一本の渡世)
もしくはポップスター的にふるまう誘惑に抗しきれなかった
そのせいで誤解されやすくなったってのはありそうだな
>>746 基本的に正しい。宮台のほうが原発について勉強してる。
原発のコストが安いという原子力ムラの主張を鵜呑みにしてる吉本は
あまりにも無知。
吉本がもし原発の制御に関して数百年のスパンで考えていたとしても、
当然コスト高になるわけだし。
>>733 中核派や革マル派は? それだけでなく知識人層にだって
日本共産党の外野なんていくらでもいたじゃん。
>>750 中核派や革マル派だって??
革共同は前衛党建設主義のゴリゴリって事が全然わかってないのだな
新左翼諸派も含めて日本の左翼に吉本が言っていたことを理解していたのなんてほとんどいないよ
内部被爆による免疫力低下の影響なのか、私の周囲でも、
病気をわずらってた人が今年になってどんどん亡くなっている。
ちょっとした死去ラッシュ状態。
>>751 >>733には、「日本共産党=唯一前衛党、という神話」と書いてあるぞ。
ややこしいなあ。
それだったら、革命における前衛党そのものの必要性を否定したのが
吉本思想だと言えばいいのに。しかしそんな知識人も日本や世界に山ほどいたがね。
日本共産党=日本共産党こそが唯一の前衛党
革共同=スターリン主義者日共に変わる真の前衛党建設を目指す
他の新左翼諸派=度合いは違うが前衛党建設に関しては概ね革共同とよく似てる
宮台がどう言おうが吉本の本はこれからも読みつがれるだろう
そして宮台の本は?w
叛旗派って今何やってんだろうな。
吉本思想を掲げていた党派だったらしいが。
758 :
考える名無しさん:2012/03/18(日) 18:02:35.57 0
宮台は初期のソシオロゴスに掲載した論文がルーマン関係で読まれるのと、
それくらいか
759 :
考える名無しさん:2012/03/18(日) 18:24:11.19 0
木嶋被告の裁判が話題になってるが、これはオウム事件の継承として扱われるべき、という気が
する。というのは以下の可能性を感じるからだ。
1.現今の社会ー価値の浸食ー
2.根本に、己自身また他者への拒絶の心性
3.1-2から贈与される解離による殺傷
宮台がフーコーやボードリャールと吉本の対論を読んでどうのと言っていたらしいが、自前の
思索をもって気後れせず対峙できるのは吉本だけだった。後の知識人は皆、西欧から来た一線の
思想家と対等にやり合うだけの気概も研鑽もなかったと思う。崇めることは出来てもね。いまだ
にそうだろう。
吉本は原子力技術が飛躍的に進歩すると甘い予想をしていたのだろう。
原子力の研究はどんどんやるべきだけど、
持続可能な社会に貢献するような段階に原発技術はまだ達していない。
ありえないはずの超長期平成不況、ありえないはずの原発事故、
そして吉本氏の死去。戦後の終焉だね。
将来への展望が甘すぎるから、つぎつぎに起こってくる現実を前にして
それを病理としてしか表現できない乏しさ、凡庸さ、そこに限界があった。
マスコミ批判をしつつも、ワイドショーの域をけっきょく出られなかった。
残念。
バブル景気のときは、21世紀には深刻な人手不足の時代が来ると、
NHKが特集を組んでさえいたのに
長期的に見ると人手不足は来るだろ。少子化なんだから。
今は介護とか特定分野しか目立たないけど。
団塊ジュニア世代も20年したら引退の時期が近づいてくる。
765 :
もなーるこまき:2012/03/18(日) 19:30:32.21 0
このスレを見ると吉本氏は原発推進派ではなかったみたいなのだ
彼の原発の容認は反対派の党派性への嫌悪とは別に
圧倒的な物質文明に敗北した原体験と国家を前提としない大衆の
生命力を肯定するところから来ているのでは?
そして原発の否定が科学技術の否定にまでつながり
個として生きられない農本コミュニズムへ逆行することまで透視していた
こんなふうに想像するのだ
もしそうなら詩人らしいイマジネーションとして納得できるのだ
というか、今でも人材難による人手不足ですよ。
企業が人材教育に手間暇をかけられなくなったので
職業教育の貧困さが露呈してきたわけです。
仕事はいくらでもある。
でも、どこも労働環境が悪く賃金が安い。
そのような仕事は、外国人しか耐えられない。
賃金と労働環境がよい仕事に就けるほど高い能力は無い。
したがって、仕事が無いように見えてしまう。
吉本には興味無いけど信者の書き込みが面白いからこのスレ読んでる
769 :
考える名無しさん:2012/03/18(日) 20:49:47.35 0
これだけ分かり難い批評家も珍しい
770 :
考える名無しさん:2012/03/18(日) 20:57:43.24 0
吉本に非常に似た資質持ってるのは東浩紀だと思うw
性格似てるんじゃない?w
政治的に論陣張れないと吉本にはなれない。
吉本は論証的ではないけれど造語センスが巧みだったので。
773 :
考える名無しさん:2012/03/18(日) 21:56:20.76 0
>>770 死んだ吉本さんの肩持つ分けじゃないが
それはあまりにも失礼w
吉本さんて文章がかっこいいんだよな。
論理的でなければならない箇所でも常にシュールであることを忘れないw
来週のETV特集は吉本さんの追悼番組か。
埴谷雄高や加藤周一の追悼番組も録画した。
再放送のやつか。これ録画して見たわ。
加藤周一は大知識人で国際的にも通用した人だったのに死んでも全然盛り上がらなかったよな。
吉本隆明は各紙一面で、NHKでも随分時間を取ってた。
もう死んでこんなに扱われる文化人っておそらくいないんじゃないか?
作家なら残るは石原慎太郎くらいだろう。
でもまあ、よく考えたら基本的に文芸批評だからなあ。
吉本は詩人だったので謳いあげるように書きあげただけなので。
学問的に評価できないという批判も野暮だったのかも知れない。
要するに90年代に小林よしのりが漫画でやったようなことを、
60年代の吉本は詩的言語でやっていただけなんだろう。
団塊さんたちは文学が好きで団塊Jrは漫画が好きだったというだけの話で。
779 :
考える名無しさん:2012/03/19(月) 00:32:50.31 0
>作家なら残るは石原慎太郎くらいだろう。
石原慎太郎って、作家はずっと余技だろう。
モノ書きだけで喰ってたわけじゃない。
国会議員や知事やってなくて、作家一本だったらどうだったかな?
でも作家印税で20億稼いだって言ってたよ。作家一本でないにもかかわらず。
小林よしのり読んでるのは団塊ジュニアじゃなくて氷河期世代じゃないか?
17〜18歳の時、宝島にゴー宣の前身の「おこっちゃまくん」が連載されてたのは読んでいたが。
40にもなって今の小林は読んでないだろう。
>>781 薬害エイズやオウム事件といったゴー宣全盛期である90年代中頃〜後半の話ですよ。
その頃は社会人でしょ。進学した人は横文字しか読まないような生活だろうし。
まあ、社会人でも読んだ人はいたかもね。オレはとっくに見限っていたが…
784 :
考える名無しさん:2012/03/19(月) 01:59:31.54 0
ゴー宣って誰が読んでたのか全く想像つかないんだよな。今でも。
ずいぶん売れてる(売れてた)らしいけど。
785 :
考える名無しさん:2012/03/19(月) 04:10:01.72 0
典範改正問題で小林と信者を批判する為に手に入れた
786 :
考える名無しさん:2012/03/19(月) 04:21:36.31 0
>>784 色んな層が読んでたでしょ。
頭でっかちの高校生から中高年のリーマンまで。
ほとんど男だろうけど。俺も高校時代読んでたし。
>>764 人手不足というのは「有効需要」の規模と関係してという意味だ。
少子化が人手不足を生むとする理屈は少子化になっても需要の規模が
縮小しないという前提だな。
吉本氏の思想文体で目立っていたのは「・・・であるように思われる」という表現。
軽く書かれた情況論や対談集には少なかったが、重厚な文章上では多用されていた。
彼の思想は随時「・・・であるように思われる」体ですすめられていった。
789 :
考える名無しさん:2012/03/19(月) 12:16:43.02 0
であるように思われる、が多い、というのはそうかもねって俺も思って
たまたま「心的現象論序説」を80ページくらいまで読んでるんだが「であるように思われる」は
ひとつも出てこないんでちょっと残念だった。
もしかして「共同幻想論」あたりで頻発してんのかなと思って見たが、序以外にはほとんど出て
こないなあ。序はインダビューだからね。
言語美にも以外にないし。文学領域の「初期歌謡論」ならって思ったんだが…
吉本のことだからもっと頻発してんのかと思ったよ。
インタヴューではむしろ「と思います」「と思うんです」
「と考えます」「とみます」のほうが頻度としては多くない?
「と思える」「ように思われる」「のようにみえる」とのほうが
相対的に少ないはず。
791 :
考える名無しさん:2012/03/19(月) 18:42:17.36 0
吉本隆明論評で眺める「世に倦む日々」氏の観察
海水浴場で他界していればその後の放言を世に晒すことなく過ごせた
かもしれないのだが、首尾よく天寿をまっとうしたために大量のゾッキ
本を残し環境負荷への悪態を浴びざるをえないご老人の冥福を祈る。せ
いぜい論評する人たちの精神分析に転用するぐらいの価値しかなさそう
に思うが,,,
http://togetter.com/li/275053
792 :
考える名無しさん:2012/03/19(月) 21:37:29.08 0
持ち上げる奴もいれば、悪態あびせる奴もいる。
伊豆の事故の前から同じだよ。
吉本の場合、毀誉褒貶いろいろあっていいんじゃないの。
SPAを毎週買ってたので俺もゴー宣は第一回からずっと読んでた。
全くつまらないがずーっと読んでた。
吉本さんもよく我慢してあんなつまんない漫画を忍耐強く読み切ったなと思う。
794 :
考える名無しさん:2012/03/19(月) 22:00:52.73 0
新聞各社の吉本追悼文は、規制の多いであろうこの時世で精一杯のところだったと思う。吉本の
言説はメディアの、或いはメディアに屯する左翼のタブーとする領域に及ぶものだった。90年代
の麻原評価、80年代の文学者の反核運動批判、70年代の差別語規制批判、50-60年代の国家独占
資本主義とソ連共産主義の階級搾取…メディアの扱いづらいものが多かったはず。そこで取り上げ
ること自体、規制とのにらめっこになっただろうと思う。新聞各社はあれが精一杯だろう。批判し
てる人もいるが、メディアの規制を考えるとどのみち細かに掘り下げることは出来なかったと
思う。大雑把な紹介しか出来ない。突っ込むとヤバい言説が多々あるわけだから。そういう時代に
いまやなってる。この2ch.だって規制だらけだろう。オウム事件の分析をやると決まってアクセス
規制が始まる。このレスだって代行スレから書いてる。おかしな話だ。
上の追悼文批判見たが、批判書いてる人間もさほど読んで理解してるようには見えなかったが。精々
柄谷や浅田やスガやらの吉本批判を読んで分かった気になる。そういう人間が多いように見えた
。吉本追悼文を書かないからって良いではないか。それより吉本を読め。それから語ろう。サルト
ルが死んだ時にフランスの誰かが言っていた。とにかく読め。それから語ろう、とね。まともに読
みもせず理解もせず語れるのがおかしいだろう。
今読んでるよ。
柄谷さんの真似して難しいこと書こうとしても
矛盾だらけの荒唐無稽な文章になって失敗する人多いよね。
798 :
考える名無しさん:2012/03/19(月) 22:28:06.51 0
毎日新聞は、吉本隆明を「戦後最大の思想家」と書いている。それは知
らなかったな。普通は、それは丸山真男の代名詞だろう。丸山真男に影
響を受けた外国の研究者は無数にいる。欧米もアジアも。吉本隆明に影
響された外国人というのは聞いたことがない。そもそも、著作は海外で
翻訳出版されているのか。返信する RTする ふぁぼる yoniumuhibi 2012/03/16 15:19:11
799 :
考える名無しさん:2012/03/19(月) 22:29:34.20 0
なぜマスコミの記者が、吉本隆明を「戦後最大の思想家」と簡単に呼ん
で崇めるのか。それは、彼らの「思想」の範疇が、橋爪大三郎や加藤典
洋や宮台真司でしかなく、浅田彰や中沢新一や小熊英二でしかないから
ですよ。その範疇のスコープから見れば、吉本隆明は圧倒的に巨大なカ
リスマでしょう。返信する RTする ふぁぼる yoniumuhibi 2012/03/16 16:51:05
ちなみに、Amazonの洋書で吉本隆明を検索、
http://t.co/491yU9A3 本
人の著書は1件もなし。吉本隆明について書かれた2件が出るだけ。検索
結果26件。一方、丸山真男は検索結果178件、
http://t.co/SDLNsFL5 代
表作の古典3冊がきちんと登場。返信する RTする ふぁぼる yoniumuhibi 2012/03/16 17:34:40
800 :
考える名無しさん:2012/03/19(月) 22:35:13.77 0
吉本隆明を「戦後最大の思想家」って
「豪腕」小沢とか、「イケメン」古賀とか、
そういうのだろw
中国経済は成長しないという予言は完膚なきまでにはずれた
老後に残した最大のはずれだが誰も気にしない
802 :
考える名無しさん:2012/03/19(月) 23:13:36.97 0
吉本隆明は昭和の東浩紀かな
803 :
考える名無しさん:2012/03/19(月) 23:42:32.45 0
東浩紀とかの系列と、吉本はそもそも違うだろw
作品の構造や立ち位置にばかり着目する語りは両者に共通する
目で見てないし、耳で聞いてない空疎な芸術論
他人の作品で政治をするクソ野郎ども
小林秀雄がゴッホの複製を使ったゴッホ論を書いて以降、蔓延したクソ
なんでも鑑定団にご自慢のお宝を持ってきたオッチャンのトークのようなもの
ロッキングオン系の芸術語りは吉本の亜流
渋谷陽一が受け継ぎ、後世に残してしまった
でかい負の遺産としかいいようがない
806 :
考える名無しさん:2012/03/20(火) 00:34:37.80 0
なんかコピペ多くね
807 :
考える名無しさん:2012/03/20(火) 00:47:37.47 0
東工大教授の橋爪大三郎の談話
吉本の思想は世界で通用するものだと確信したが、翻訳があまりにも少ないので
自分が出版社を手配するので、もっと翻訳書を出したらどうかと勧めたところ、
吉本が「自分の本はそんなもんじゃない」と言って断ったということだ。
808 :
考える名無しさん:2012/03/20(火) 01:00:44.10 0
渋谷陽一
吉本隆明がいなければロッキング・オンも、ロッキング・オン・ジャパンも、ロック・イン・ジャパンもなかったと考えると、この巨大な思想家の存在がどんなものか感じてもらえるのではないだろか。
ロッキンオン系の自分語り評論スタイルは、渋谷陽一や岩谷宏が悪いのであって、
吉本のせいにするな。
どうして渋谷みたいなどうでもいいやつのことに言及するの?
若いポップミュージックファンが多いのか。
811 :
考える名無しさん:2012/03/20(火) 01:22:04.19 0
吉本隆明は思想界の渋谷陽一
渋谷みたいな馬鹿と一緒にはできないね。
渋谷がガキ相手のロック談義以外の何をやった?
洋楽市場縮小で最近ロッキンオンも平積みが薄くなってきたし、カネに困ってるんじゃねーの?
虎の威を借る狐
吉本さんがスターリンとかRCとかに関心があったからよっぽど嬉しかったんだろう。
自分らの領域が認められたとでも思ったんじゃねーの?
誰が戦後最大かを必死になって議論してる奴って幼稚園児かよw
渋谷陽一氏がクラッシュや爆風スランプを高評価して、
トーキングヘッズを叩いていたのは理解できなかった。
まあ、普通に考えて、学者なら丸山真男は超1流だったけど、一般には影響はそれほどなかった。
というか、60年代に学生に吊るし上げられて、東大を早期退職したからね。
吉本さんは思想界の「美空ひばり」みたいなもんですよ。
最後の方は頓珍漢なこと言っても吉本だからしょうがないみたいな雰囲気さえ漂っていた。
渋谷陽一の最近の顔写真見たら、ものすごく気持ち悪い顔になってた。
スターリンの人が還暦なのに驚いた。で、福島で復興ライブやってるのにもっと驚いた。そんな音楽じゃないだろうw
近年の吉本像を作り上げたのは無力な評論家ではなく
ビジネスの才がある糸井や渋谷なんだよね
その状況を吉本は楽しんでたんじゃないのか
820 :
考える名無しさん:2012/03/20(火) 01:51:25.87 0
821 :
考える名無しさん:2012/03/20(火) 01:56:28.90 0
吉本エピゴーネンの大半は反原発で吉本さんの原発擁護発言には困っちゃったんじゃないかな?w
822 :
考える名無しさん:2012/03/20(火) 02:48:38.18 0
ベトナム反戦運動に否定的
全共闘運動に否定的
文学者の反核署名に反対
麻原影晃の「生死を超える」を評価
反原発に対する異論
てか、あと数え上げればきりがないくらいのパッシングの猛爆で
普通の人間ならとっくに闇に葬られてるよなw
吉本にとっては思想的に一貫してるんで
世間と一緒になって、俺も反原発なのよ、ではかえって困惑するんじゃね。
追悼コメントでも、そのへん批判してんのほとんどないもんな。
823 :
考える名無しさん:2012/03/20(火) 02:53:29.90 0
スターリンの人って福島の二本松出身で、原発が爆発するし
吉本さんは亡くなるしでショックだろうね。
本を出し過ぎ。吉本の著作を全部読むのは無理。読みにくい文体だから読了するのにおそろしく時間がかかる。
825 :
考える名無しさん:2012/03/20(火) 03:44:17.31 0
内ゲバで何人も殺されてる時にも、呼ばれたら行って批判的な話もするし
部落差別事件の糾弾全盛の時も、部落解放同盟に真っ向から反対するしで
吉本ってこれまでよく無事で生きてこられたよな。
誰れか吉本を刺そうって奴もいたと思うけどね。
軍隊的な暴力が残っていた時代だから、みんな乱暴だったよな。
今はいじめ問題と呼ばれているが、当時は集団リンチと言って
顔が腫れあがるまでボコボコに殴られたもんだよ。
827 :
考える名無しさん:2012/03/20(火) 08:53:56.17 0
吉本隆明全集は岩波から出るのかな?
828 :
考える名無しさん:2012/03/20(火) 10:38:54.71 0
吉本はいわゆる岩波文化人を嫌っていたからな。
吉本の本、岩波から一冊も出してないだろ、たぶん。
全集は春秋社か青土社、あるいは深夜叢書社とか、おそらく
その手のもっと小さい出版社から出るんじゃね。
>>680-681 ヨーロッパの事情に疎い宮台こそ、研究者の割には現代思想に疎い感じもするが。
まあ、こいつは社会哲学そのものに疎いんだけど。
もしかしてブーメラン自嘲のつもりで言ってるん?
830 :
考える名無しさん:2012/03/20(火) 11:17:40.08 0
江藤淳ですら死後全集は出てないからどうなんでしょう?
小林秀雄並みの需要があるかどうかでしょうねえ。
初期ノートより
「結局はそこへゆくに決まっている。だから僕はそこへゆかうとする必要はないはずだ。
ここをいつも掘り下げたり切開したりすることの外に、僕に何のすることがあるといふのか」
「僕は健全なる精神を畏敬する。だが信じられない」
「人々は傷つきやすいやうに忘れやすい」
「人間は何かを為さねばならないが、何かを為すために生きるものではない」
832 :
考える名無しさん:2012/03/20(火) 12:28:47.34 0
吉本さん血液型はA型なんだな
833 :
考える名無しさん:2012/03/20(火) 13:32:40.11 O
私は古参の読者ではありませんし宗教関係を何冊か読んだ程度です。
その中でも春秋社の「宗教の最後のすがた」が印象に残ってます。
麻原を阿弥陀仏は赦すかという問いに、
親鸞のいう阿弥陀仏ならゆるす。遠いところから見れば人間の作る
悪などたいしたことは無い。未来の倫理はそこまでいかなければならない。
という言葉が印象的でした。
また若い頃仏教の勉強のため大蔵経を大金を出して買ったと別の本で見て
これも印象に残ってます。
ご冥福をお祈りします。
>>822 > ベトナム反戦運動に否定的
> 全共闘運動に否定的
> 文学者の反核署名に反対
> 麻原影晃の「生死を超える」を評価
> 反原発に対する異論
吉本さんの場合は、一つには、いわゆる「市民社会派」への批判意識があったんじゃないか。
保守の側からの単純な批判ではないところに吉本情況論を汲み取る意義があるが、
これが単純に保守の言論として利用されてしまったところはけっきょく通俗的だったな。
吉本の麻原評価は1000年レベルでみたら麻原だって悪じゃない可能性もある、
善悪の基準だって長いスパンでみたらわからないんだみたいな議論だから、
「健全な市民社会」では受け入れられようもないよね。
一時期、産経が小沢一郎を評価する吉本さんを取り込めると思ったらしくて接近していたが、そんなのが取り込めるほど普通の思考の人じゃなかった。
ま、小沢の日本改造計画は官僚のゴーストライターが書いた奴だって話らしいけどな。
それをとったら角栄とかわらんだろうな。
837 :
考える名無しさん:2012/03/20(火) 15:10:14.60 0
>>834 この国で通俗的っていうなら左翼の方がはるかに通俗的。
吉本は保守だって言われても気にしないんじゃない。
保守でもいいじゃね。
838 :
考える名無しさん:2012/03/20(火) 15:25:17.57 0
保守も左翼も関係ないが
七〇年代に部落解放同盟に、個人で真っ向から批判したのは吉本ぐらいしゃないかな。
あの頃、解同の糾弾は熾烈をきわめてたから、右も左もみんなびびってた。
俺の周囲にも、吉本殺ったるって、マジで殺気立ってた奴もいたからなあ。
角栄の「日本列島改造論」も官僚と新聞記者の合作だけどね。
840 :
考える名無しさん:2012/03/20(火) 17:11:27.76 O
>>830 エガ…江藤はなぁ。
しかし全集ならアマゾンで落とすようにしたら?
841 :
考える名無しさん:2012/03/20(火) 17:15:12.53 O
スマホでクラウドサービスとか。月600円(税込み)に設定。
842 :
考える名無しさん:2012/03/20(火) 17:50:07.75 0
>>837 左翼と保守のどっちが通俗的かという話ではなく、
この対立自体が通俗的なんだから、このいずれかに取り込まれてしまうのが
吉本思想だったならば、吉本思想もけっきょくは通俗的だよ、って話。
844 :
考える名無しさん:2012/03/20(火) 18:14:19.13 0
>>835 それはマルクスとマルクス主義を分けろ、とか、
マルクス主義とロシア型マルクス主義やスターリニズムを分けろ、とか、
あるいは、スターリニズムとスターリンがやったことを分けろ、とか、
そういうスタンスに思想的に近いね。
麻原の理論と無差別テロの善悪判断とを思想的にしっかり仕分けなきゃならないと。
822や835をその後の状況を知っている人が見れば分かるように
一見何かを主張しているようでいて、実は内実は何もないメタ主張
そういうのこそ真の批評家(思想家)でかっこいいという勘違い構図を流行らせた張本人であり
90年代以降に再び顕著になる悪い病気を最初に流行らせた最悪の批評家
846 :
考える名無しさん:2012/03/20(火) 18:34:01.05 0
冷戦崩壊直後のバブルの熱気未だ冷めやらぬ時期に
ヴェーユなんか取り上げたのは世代の功はあるだろな。
>>837 左翼が流行っている80年代前半くらいまでは左翼批判をやったが、
昨今は左翼が完全に後退しちゃったから吉本情況論のインパクトがなくなった。
本人もそれに気がついたのか、憲法9条擁護とかをあえて主張するスタンスを
とったりなんかして、ある意味では、すっかり少数派になった反核反戦文学者
に近づいた(?)面もある。
反戦反核は今でも文壇の主流でしょ?
柄谷行人も浅田彰も大江健三郎も村上春樹ですらみんな言ってる主流の議論では?
吉本の場合、その結論ではなくて理由が彼らのとはだいぶ違った。
メタに立つことこそ社会的には何の役にも立たない思想家の役割だと思うけどね。
麻原の行為は刑法第何条に該当しますなんてのは思想家が議論しても意味がない。
村の外れに住んでいるキチガイが言うことがひょっとしたら正しいかも知れないという、それが思想家の役割でしょう。
社会的に何の役にも立たない思想家に、
役割なんてものはないよ。
どういう意味で、どのように正しいと言える可能性があるのか
まで言わないと、何の意味もない
単にメタぶるだけなら誰でもできる
だからブログやツイッターの普及でそういうメタ批評家には
もはや基本的に需要がなくなった
>天皇は、正当な科学的根拠に基づいた特権扱いの根拠が一切
示されず、彼らが特別な存在である科学的理由は絶対に説明
されないまま、何の反論も許さず、認めず、ただ強権によって
無理矢理、国民に押しつけられている存在であり、北朝鮮の
金王朝の絶対賛美に実に酷似している現実に気づくべきである。
>権力による弾圧を恐れ、多くの人は「触らぬ神に祟りなし」と、
要領よく従っているのが実情
まあ天皇制というのは日本人に与えられた罰なんだと思う。
ドイツが分断されたのと同じ。
日本人を抑圧する存在でしかないからね。天皇自身も苦しめられてる。
アメリカも相当悪賢いというか、
天皇を処罰することより残すことのが日本人にダメージを
与えられる、と気づいたから残したわけで。
メタを回避するなら実務家しか残らない。
そういうわけで橋下徹みたいのが人気があるわけだ。
思想家に役割がないなら大半の学者はどんな役割があるのか?
854 :
考える名無しさん:2012/03/20(火) 20:47:22.73 0
吉本が死んで新聞メディアはどこも一斉に大きく報じたけど、
お互いコピペしたのかよって、恥ずいくらいに似たり寄ったり。
学者や知識人の追悼文も、名前見たらだいたいの内容が分かるんで
良くも悪しくも、なるほどねって感じだった。
そんな中で冷泉彰彦という人の吉本追悼文は、違ったジャンルからの
もので、すごく新鮮だったな。
あっ、こんなとこにもいるんだって、意外な感慨だった。
855 :
考える名無しさん:2012/03/20(火) 20:52:48.40 0
反戦反核なら北チョンに文句言えば笑
856 :
考える名無しさん:2012/03/20(火) 21:00:23.90 0
大半の学者は研究してるのは社会に開かれたビッグネームの哲学者なのに御本人はアカデミズムに閉じこもってるのが不満ですね。
857 :
考える名無しさん:2012/03/20(火) 21:02:46.00 0
文学板に行けよ
なんで哲学板でやってんだよ
858 :
考える名無しさん:2012/03/20(火) 21:04:39.44 0
すまん857誤爆
859 :
考える名無しさん:2012/03/20(火) 22:05:21.89 0
吉本さんの理論的著作がやまら素人扱いされるのはなんで?理系大学出身だから?
実際素人臭いもの
861 :
考える名無しさん:2012/03/20(火) 22:08:48.20 O
最後は原発擁護してたんで石原が持ち上げてる。
ああ、やれやれ…
862 :
考える名無しさん:2012/03/20(火) 22:32:32.33 0
石原慎太郎も三島由紀夫も江藤淳も昔から吉本を評価してたよ。
知らないのか。
てか、なんで石原が評価しちゃいけないんだw いいじゃん。
>>859 多分野に渡って著作する人間は学者に嫌われる。
>>861 「敵ながら天晴れ」という度量の広さを演じただけ。
864 :
考える名無しさん:2012/03/20(火) 22:38:58.21 O
オウムの黒幕も石原だったけどな…
石原はマッチョを効果的に演じるためにフェアな一面を見せる瞬間があるんだよな。
866 :
考える名無しさん:2012/03/20(火) 22:41:07.61 O
ジジィが反原発言うのも嘘臭いけどなw
専門としない人間であっても、きちんとした手続きで面白い事を書いていれば
案外専門家からも受け入れられるよ
吉本の場合は、中途半端な理解で、いきなり対象の批判(だから的外れ)を始めるからバカにされる
868 :
考える名無しさん:2012/03/20(火) 23:37:10.80 O
小林みたいにさっさと墓穴に放り込むのが良いかも知らん…
>専門としない人間であっても、きちんとした手続きで面白い事を書いていれば
そこまで言うなら例を挙げろよw
870 :
考える名無しさん:2012/03/20(火) 23:48:22.82 0
小林秀雄も柄谷行人も蓮實重彦も浅田彰も仏文、英文、経済学の出身で哲学は素人のはずなのに
871 :
考える名無しさん:2012/03/20(火) 23:48:50.86 0
872 :
考える名無しさん:2012/03/20(火) 23:53:00.75 0
>>848 > 反戦反核は今でも文壇の主流でしょ?
> 柄谷行人も浅田彰も大江健三郎も村上春樹ですらみんな言ってる主流の議論では?
「ですら」って、それくらいでしょう? 有名どころでは。
それを「みんな」と言っちゃうのはどうなの?
少なくとも護憲派の文壇誌ってどれくらい日本で残っている?
> 吉本の場合、その結論ではなくて理由が彼らのとはだいぶ違った。
どういうところが?
>>855 > 反戦反核なら北チョンに文句言えば笑
米国のほうがたくさんもっているのに北朝鮮ばかりを責めるのは
どうみても公平じゃないでしょう。
>>869 たとえば宮崎市定の『論語の新研究』
それだと本人の専門と近すぎるというのなら桑原武夫の『論語』
西洋哲学にしろというのなら、柄谷行人のカントに関する論考は
意外なことにカント業界で受け入れられて、日本カント協会の創立記念集会で招待されるまでに至った
吉本は原発賛成派でしょ
次女は「あれはボケてるから無視してくれ」と言っていたが
これまでの彼の理論とは一貫しているんだから
ボケてメディアにねつ造されたって次女の言い分はおかしいでしょ
とはいえ、原発賛成にしても
論拠が以前からの素朴すぎる技術万歳論によるものなんだから救いようがない
技術万歳ですらなくて、それは人類によるコントロールを超越した自然過程だよという発想でしょ?
つまり、早い話が神だということ。原発は神だし、人類の内部にある神なんだから、
人類はこの内部の神に決して逆らえない、というよりはむしろ、逆らってはならないという
道徳論をもちだしてきてしまっている。逆らえないではない。逆らってはならないという裁断をやっている。
>>872 文壇の主流というか声が大きい人はだいたい今も左翼だよ。
日本ペンクラブとか見てみろ。
逆に改憲派の文壇誌なんて聞いたこともない。
878 :
考える名無しさん:2012/03/21(水) 01:28:27.25 0
>>875 次女は及び腰だったな。娘心なんだろうがバナナの発言は余計なことだ。
その点ボケても吉本の方が最後までシャキッとしていた。
世の賛否に関係なく原発についての自分の理念をおぼつかないながら一貫してた。
吉本らしさを最後まで全うできたと思う。
吉本を評価する向きには整合性がある。
吉本を批判する向きにも分かりやすいってことだ。
ボケ老人を見てきた経験だが、
一貫性があるように見えるときもあるし、
以前とは別人になる時もあるのがボケの始まりだ。
さびしいことだが、ボケが進むと今まで見知っていた人物とは
別人になる時間が増えていく。
880 :
考える名無しさん:2012/03/21(水) 03:02:57.61 0
表に出てきてるインタビューではボケはなくて一貫してる
もちろんネット時代になったぶん
情報収集力が落ちてしまって21世紀には
見るべきもんはないが
それまでの視点はやっぱすごかったなあ
881 :
考える名無しさん:2012/03/21(水) 03:37:16.37 0
吉本はただのボケ爺さんだろwww
ただの詐欺師カルトの麻原を持ち上げたんだもんなぁ・・・www
>>875 んなこと言ったら、反対派だって素朴な不安論だぞ
883 :
考える名無しさん:2012/03/21(水) 03:56:51.66 0
「原発賛成・推進」ほどのものではないでしょう。安全性確保、付近居住者のケア、代替
エネルギーへの交換など、言うべきことは言っている。安全性確保できなまで停止す
る事態でも想定していただろう。「推進派」というのは違うしよく読んでないと思うね。そ
れほどのものではない。『情況への発言』での論調とか見てるとここで流布されてるより
柔軟だよ。吉本の揚げ足とるのが流行になってるからね。実際の言説読むと吉本の論は
狭量でもなければ偶然の要素は排除していないことが分かる。何が起こるかは分からな
い、というね。そこは幅があるしね。ただ知の自己刷新という性格は人為を超える、とい
っても行きつ戻りつだけど。行きつ戻りつしながら自己刷新はしていくもので、それは
止められない。それは個人の意志を超えるだろう。そこだけは譲らなかったと思うけどね
。今ある「吉本=原発推進派」説は左翼のまあ捏造だよね。あとは知ったかぶりする学生、
昔からそういう連中がいるので 。またか。て感じだけど。
「正直言って原発をどうするか、ちゃんとした議論ができるにはまだ時間がかかるでしょう。
原発を改良するとか防御策を完璧にするというのは技術の問題ですが、人間の恐怖心がそれを阻んでいるからです。
反対に、経済的な利益から原発を推進したいという考えにも私は与しない。原発の存否を決めるのは、
「恐怖心」や「利益」より、技術論と文明論にかかっていると考えるからです」
「僕はこういう立場ですから、保守的な人からも、進歩的な人からも、両方から同じように攻撃されて、
言ってみれば“立つ瀬がない”という状況でした。批判はしょっちゅうです。それも、ちゃんと名を名乗ったり、
政党や党派を明らかにしての批判ならまだ反発のしようもあるけど、覆面を被ったままでやっつけにくる。
特に今みたいな状況の中では誤解のないように言うのは中々難しいんです。
しかし、それでも考えを変えなかったのは、いつも「元個人[げんこじん]」に立ち返って考えていたからです。
元個人とは私なりの言い方なんですが、個人の生き方の本質、本性という意味。社会的にどうとか政治的な
立場など一切関係ない。生まれ育ちの全部から得た自分の総合的な考え方を、自分にとって本当だとする以外にない。
そう思ったとき反原発は間違いだと気がついた。
「世間で通用している考えがやっぱり正しいんじゃないか」
という動揺を防ぐには、元個人に立ち返って考えてみることです。そして、そこに行きつくまでは、
僕は、力の限り、能力の限り、自分の考えはこうだということを書くし、述べるだろうと思うんです。」
年をとると息を長くして論理の筋をじっくり丁寧に説明するのが面倒になる。
石原みたいに乱暴なことを断定的に言いきってその場を逃げたくなる。
吉本さんも体力が落ちてきてから、そういう傾向が強くなったが、
老人はみなそうなるのでしょうがない中で、
比較的に粘り強く説明をする努力をされていた老人だと思う。
原発に関する彼の考え方には賛成できないけれど。
吉本的両論併記って
彼がデビューしてきたころは、「右」と「左」がそれぞれ「絶対的正しさ」を主張してたから意味があったけど
80年代以降の一億総相対主義時代には、ただの現状肯定にしかならなかった
887 :
考える名無しさん:2012/03/21(水) 11:27:58.17 0
>>882 現状を冷静に考えて「素朴な不安論」ってのは・・・
・・・遺族の意向をおもんぱかってボケのせいに
しといてやるべきか?
>>876 お前が言うと、オカルトみたいに聞こえるな。
ボケのせいにすべき。
批判だけしてりゃいいからラクなもんだ。
892 :
考える名無しさん:2012/03/21(水) 12:58:58.39 0
談志といい吉本といい
過大評価されすぎの老害がどんどん死んでいくよな
そろそろたけし逝かないかな
久米三四郎さんの『科学としての反原発』とかはご存知なかったのかな。
一億総中流時代に現状肯定することは妙な極左や極右と比べて極めて正しい選択だった。
>>887 確かにひどい状況だけど、素朴は素朴でしょ。
なにか深遠な意図があって、反対しているわけじゃないし。
『ハイ・イメージ論』って都市空間偏重論でないの?
バブル景気向きの議論ではある。
>>877 いずれにしても、反核反戦文学者たちが日本社会の少数派にすっかりなってしまった事実はあるのではないか?
そもそも君は
>>847の「すっかり少数派になった反核反戦文学者」を「文学者の間で少数派になった」
という意味に解しているようだが、日本ペンクラブのような存在が世間のなかですっかり少数派に
なったご時世を指しているんだよ。
そういうご時世のなかで「日本ペンクラブ=社会の多数派」の政治スタンスという発想はもはや
時代遅れになったと
>>847は言っているわけだ。そのなかで吉本の発言は凡庸になったのさ。
てか、70年代や60年代ですら、自民党が政権をとって、保守主義が主流だったのだから
左翼が多数派になったことなど一度もなかったわけで、少数派どころか死滅しかけているのだが。
>>895 世界的な原発ブームだ。このまま進んだら、どうなることかと
素朴に気が遠くなるね。
899 :
考える名無しさん:2012/03/21(水) 14:27:17.89 0
>>889 実際、オカルトなんだよ。自然過程とは吉本思想のなかでけっきょく何を指しているのか?
絶対神を指していたのか? でなければ自然過程という概念を反論の理由に使えないはず。
左翼が死滅しつつあり、ベルリンの壁が崩壊して、資本主義万歳、
科学技術の商業主義化万歳、といったバブルの時代の風潮を吉本は
ある意味では全面肯定していたが、インターネット(通信技術の発展)
の結果もたらされた社会性については否定的な価値判断だったから矛盾だよな。
>>897 >少なくとも護憲派の文壇誌ってどれくらい日本で残っている?
いや、貴方は文壇誌の話をしていたのでしょう?
文壇誌で明確に右派を表明しているところは今にいたっても皆無です。
電通御用達か・・・
>>900 311の前と後で、量的に変わったところはあっても
質的に変わったところは、これといって無いだろ
吉本の『試行』とか「情況への発言」とかは今の世代ならネットで展開してただろう。
大マスコミが衰退して、ネットが普及し、大知識人はいなくなったけど、ブログやツイッター上でのプチオピニオンリーダーは逆に増えている。
906 :
考える名無しさん:2012/03/21(水) 14:46:24.66 0
>>897 状況は確かにそうだね。
ペンクラブそのものは現在なんの存在価値もないし、現在作家が何か宣言した
ところで、若者には何の影響も与えない。
ただ大江健三郎なんかは今もていよく使い回しされているわけで、文壇全体の
ぬるい左傾向はずっと続いていて、なかなか死滅することはない。
吉本はペンクラブに所属していたことは一度もないし、眼中にすらなかった
だろう。反核反戦の文学者に原発の理念の擁護はできないし、そんな度胸の
ある奴はいないと思うw。
良くも悪しくもその辺の理念の違いは際立ってると思うよ。
>>902 >>847を読み直したらいい。
>>848がそもそも読み間違えただけ。
それに、
>>872でも、「みんな」というところに反論しているのであって、
護憲派の文壇誌がどれくらい日本に残っているかと問うているにすぎない。
改憲を表明している文壇誌は皆無だというけど、
じゃあ、その反対に護憲派を明確に表明している文壇誌ってあるのか?
書店に行けば、『諸君』『正論』『will』『VOICE』『SAPIO』『文藝春秋』『中央公論』
といったような右翼系ないし保守系の雑誌が店頭に並んでいるのが目につくが、
左翼系の雑誌はほぼ皆無と言っていい。通販やそれ系の経路でしか手に入らない。
>>906 9条の会を見ても分かるが、吉本氏同様に余命いくばくもない高齢者ばかりだろ。
つまり、60年代以前に思想確立して転向しなかった人たちがまだ生き残っているだけなんだよ。
>>905 大マスコミの衰退はいまのところ日本にはないと思うよ。
冷戦崩壊までは竹内洋が指摘しているように「左翼にあらずんばインテリにあらず」だった。
インテリと一般大衆とでは乖離があった。
と言っても憲法改正できないほどには、つまり3分の1以上は国会も左翼が握っていたのも確かだ。
共産党の立場だろうが社会党の立場だろうが吉本みたいに非共産党の立場であろうがインテリの論争はとにかく左翼の中での路線対立であって、
右翼というか保守的な立場のインテリは非常に珍しかった。
朝生が始まった時、田原総一朗が右翼知識人を探すのに随分苦労して、ようやく西部邁を見つけて連れてきたらしい。
>>909 どこでも広告や売上が落ちて苦労していますが?
最後の方の「世界」とか現在の「中央公論」とかどこかのカリスマブロガーよりも読まれてないのは明白だろ?
池田信夫のブログごときよりも読まれてないだろう。
913 :
考える名無しさん:2012/03/21(水) 14:56:46.55 0
>>907の現状認識はそうだと思う。
確かに左翼系の雑誌は皆無だし、文芸誌の影響も地に落ちてるって感じだよな。
ただ、ぬるい左ってのは、3.11みたいな負の減少には必ず寄生して、この国の
世間に生あたたかく充満していることはある。
そういう意味で根強いんだなw
新聞も「ネットがあるから要りません」でみんな解約してるからね。
前の晩にネットで見たことが朝の新聞で半日遅れで載ってるだけだからしょうがない。
昔なら学生でも土方でも新聞くらい絶対にみんなとっていた。
雑誌も軒並み経営不振だ。
915 :
考える名無しさん:2012/03/21(水) 15:39:29.08 0
世界、情況、社会評論、週刊読書人。図書新聞、現代思想、
917 :
考える名無しさん:2012/03/21(水) 15:40:50.72 0
メディアってのはふつうの日常的なものは何の値打ちもないんで
事件、事故ってのがメシの種。
9.11とか3.11なんか危機感でひっばれるんでめちゃうまだと思う。
大手メディア、新聞なんか部数を確保する必要があるんで、恐怖
と怒りの継続は紙面作りに必要。
多数派(今なら反原発)におもねることが経営の安定につながる
ことは事実だな。だからどうしてもぬるい左路線になるね。
>>916 「安全神話」って推進派の話だろ。
素朴不安論の反対派にとっては、安全神話なんて無かったし。
反対派にとって、事故前と事故後で、質的に変わったところはほとんど無い。
むしろ、事故によるひどい被害を想像していたとしたら
「想像していたよりもひどくない」可能性すらある。
ほら見たことか、だからな。
>>917は、事故前後問わず一貫した反対派についてだが
事故によって反対派になった者においても、「安全神話」が変質したとはいえ
反対する理由が「素朴」であることに、変わりはないと思うが。
そういう一般大衆の意識とは遊離した狭い世界で
勝った負けたとちまちました争いを繰り返していたのが日本の言論界・思想界であって、
吉本もその一人ということでよろしいか。
素朴なら、むしろ一般大衆に近いんじゃないの?
924 :
考える名無しさん:2012/03/21(水) 16:45:07.64 0
原発については3.11以後に反対派になった人がほとんど。
3.11以前に原発について反対の意思を鮮明にしていた個人もメディアも、皆無に近い。
原発については、たとえ明らかな賛成でなくても、容認か、あるいは無関心といった
ところだったろう。
それくらい、3.11以前から原発に異議を申し立てる行為を継続していたのは、本当に
ごくごくわずかな人だけだ。
しかし、3.11以降、あたかもずっと自明であったかのごとく、警鐘を鳴らしていたか
のごとく、世間は(特にメディアに登場する世間は)反原発に塗りつぶされているん
じゃないかな。
良い、悪いは別にして、これが事実。
925 :
考える名無しさん:2012/03/21(水) 17:22:35.94 0
吉本のジッたんが原発肯定なのは日本の核武装のためなんじゃないかな・・・。
あんな危ないものよりも自然エコエネルギーのほうが誰でも良いに決まってるけど、
いざ鎌倉の核武装に備えるためには原発は必要だからね。
種子島の宇宙ロケット開発もそのためのものだろ。
926 :
考える名無しさん:2012/03/21(水) 17:24:59.14 0
反核運動が国際社会の既得権益に利されることは
問題だが。
927 :
考える名無しさん:2012/03/21(水) 17:29:43.22 0
福島の教訓は、原子炉を直接破壊出来なくとも、
制御系を不能にしすれば致命的な結果になると
いう点だ。
928 :
考える名無しさん:2012/03/21(水) 17:32:20.53 0
朝鮮半島なんて昔みたいに戦争やったら
お終いになるだろ。
そのわりには地デジ化にはかなり成功したようだが。
それにネット上のニュースもいまだに大手メディアのソースをもってきたものが主流だしね。
大手マスメディアの商業的へゲモニーはネット上でもまだまだ当分つづきそうだよ。
>>913 9.11ばかりじゃないね。バブル崩壊以降は、吉本情況論が諸手を挙げて称賛した日本の将来には
暗雲が立て込めっぱなしの状況が続いていて、バブルがそのまま明るい未来を約束してくれなかった。
格差社会化ばかりか若者の貧困が問題になりつつあるし、その意味では、80年代の吉本情況論への
反証がつきつけられてくる現実が連続してきたんだよ。あの極めつけに原発事故が来た。
吉本さんはそのショックで心身を害し、容態を悪化させてしまわれたのかもしれない???
930 :
考える名無しさん:2012/03/21(水) 20:35:29.76 O
大手マスコミ=コマーシャリズムだろ。
大衆の一員として、しかし目立つためのコツは分かってた。
931 :
考える名無しさん:2012/03/21(水) 20:40:59.26 O
ジジィも理系出身なら科学について語れば良かったろうに。
昭和二十三年 二十四歳
動員先より復学したが混乱・虚無でよるべき思想がなかった。
記憶にのこる最も鮮明な教師と講義は、遠山啓「量子論の数学的
基礎」。
講談社「われらの文学」年譜
だとさ。
932 :
考える名無しさん:2012/03/21(水) 21:41:19.47 0
>>929 おれは913だが、9.11なんかには言及してないぞw
>9.11ばかりじゃないね
以下はおれのどこの意味文脈から続いてるんだ?
誤爆か。
933 :
考える名無しさん:2012/03/21(水) 22:04:38.43 0
中途半端に科学にかぶれると副作用でニューエイジの
発作が出るんだろう。オウムと一緒。
文明全体を語れるような大振りの思索者には、この面倒な
問題は避けるのが難しいからなぁ。
>>932 失礼。3.11の書き間違い。
メディアが反原発色になっているかについては疑問だなあ。
福島原発の大事故という現実を前にして、さすがに原発推進や必要論をこれまでと
まったく同様の態度をおおっぴらにはしにくくなってはいるだろうけど、
原発事故の重大性を隠そうとした大手メディアのこれまでどおりの異常ぶりは
一部のフリーのジャーナリストによって批判されているはず。
この期に及んでも大手メディアは原発擁護の本音を行動面では隠さなかったこと
の証じゃないだろうか。
大手メディアは、原発検証番組をつくりながらも、かといって反原発や脱原発を
表明しているふうでもない。反原発や脱原発を唱えているのはネット上の一部の
配信番組くらいだよ。
テレビ東京の政治番組では、原発の全面稼働停止を政府がしようとしているとして、
日本の一大事だと、憂慮すべきことだといった言論一色だった。
名はいわんが、あの人の番組だ。
935 :
考える名無しさん:2012/03/21(水) 23:00:55.44 0
吉本隆明が原発推進派だとなんかまずいの?
936 :
考える名無しさん:2012/03/21(水) 23:05:02.25 0
>>934 再度言うが、おれは913だよ。以下913の全文。
>>907の現状認識はそうだと思う。
確かに左翼系の雑誌は皆無だし、文芸誌の影響も地に落ちてるって感じだよな。
ただ、ぬるい左ってのは、3.11みたいな負の現象には必ず寄生して、この国の
世間に生あたたかく充満していることはある。
そういう意味で根強いんだなw
ということ。
反核クソ喰らえ、原発賛成とかって言っている人たちは
北朝鮮の核開発にもやっぱり賛成なのかねえ。
>>924 > それくらい、3.11以前から原発に異議を申し立てる行為を継続していたのは、本当に
> ごくごくわずかな人だけだ。
まさにそれがすっかり少数派になった硬派な左翼系の人たちなんだよ。
> 原発については3.11以後に反対派になった人がほとんど。
それがまさしく保守系の人たち。いまだに反対派にならない保守系も多いけどね。
939 :
考える名無しさん:2012/03/21(水) 23:27:09.09 0
>>935 まずくはないが、世の原発反対派にとっては腹立たしいんではないの。
それだけのことだろ。
ただ原発反対派は、吉本の原発に対する発言は、吉本を評価する人間にとっては困ることだと
誤解してるらしいんだな、どうやらw
940 :
考える名無しさん:2012/03/21(水) 23:30:54.06 0
>>936 左翼系の知識人は3.11以前から一貫して反対だったはずで、
反原発が時流から取り残されてすっかり人気を失っても一貫して
硬派に批判的なスタンスを堅持してきたのが左翼知識人でしょう。
3.11という悲劇が起こってからその時流にとびついて寄生したのは
保守系の人たち。
>>939 > ただ原発反対派は、吉本の原発に対する発言は、吉本を評価する人間にとっては困ることだと
> 誤解してるらしいんだな、どうやらw
原発賛成が困るというよりはその理由付けが困るんじゃないかw
科学技術の無条件の商業利用は自然過程だという思想スタンスからすると、
原発だけを認めるというわけにはいかない。そこに吉本思想の矛盾が出てきてしまうわけで。
支持者たちはそこの整合性をなんとかつけなきゃトンデモ扱いされても文句を言えないだろうなw
首都集中の電力をまかなうために地方に原発を
押しつける3.11以前の日本は擁護したくねえな・・・
事故が起きたくらいで反対に回るような、元賛成派も困りものだな。
本当に「安全神話」を信じていたとしたら、想像力が貧困過ぎる。
「神話」が大好きな時代だからな・・・
946 :
考える名無しさん:2012/03/22(木) 00:13:18.15 0
>>942 困るんじゃないか、というのがそもそも思い込みなんだよ。たとえば吉本
を評価する人間にとって
>科学技術の無条件の商業利用は自然過程
なんて吉本の著書のどこを捜してもないわけで、いや吉本はそうなんだ、
という人間とは本質的なところで噛み合ってないんだよ。
もともと同じ土俵で論議してないんだから、どっちにもダメージを与え
られないのよ。
それはこのスレでも見飽きるくらい見てる。再現ビデオの再生なのかよ、
ってくらいだろw
だから困るだろって言われても、つまんないだろね。
947 :
考える名無しさん:2012/03/22(木) 00:34:00.70 0
市田良彦「戦後は、吉本隆明も含めて「原子力を『解放』する」という言い方をよくしていたようです。吉本は一九八二年の『「反核」異論』で何
度もその言い方をするわけですが、当時二0代半ばだった僕の感覚からすると、まずそこに違和感があった。そういう感覚や言葉遣いが自然と出て
くるような時代ではなくなっていて、自然科学でいえばむしろ、すべては平衡状態に向かっているというエントロピー論が参照項。」
948 :
考える名無しさん:2012/03/22(木) 00:38:00.77 0
>>941 状況認識としてはほぼそんなところだと思う。
でもって、ガチガチの硬派の左翼知識人ってのは938も言ってるようにごく少数派なんだ。
ただ俺に言わせれば、今の民主党も公明党も(自民党の一部も)、保守本流からすれば
ゆるい左なんだな。個々の出自や、党の経歴見てもわかるよ。
左翼だと普通、史的唯物論なんだから吉本みたいに原発賛成に行くのが理の当然に思うが。
日本では原発=原子力=原子爆弾のイメージが強く、「広島長崎を忘れたか」みたいなヒステリックな議論になりがちで、原発問題にバイアスがかかりすぎているように思われる。
史的唯物論を単なる技術万歳と理解するのはただのバカ
吉本は別に技術バンザイとか言ってないけどな。
952 :
考える名無しさん:2012/03/22(木) 00:58:09.48 0
このウンザリするような冷静さ何とかならんか。
953 :
考える名無しさん:2012/03/22(木) 01:22:43.72 0
954 :
考える名無しさん:2012/03/22(木) 02:07:44.67 0
理系の側から言わせてもらうと、吉本さんの科学技術観は問題多すぎ。
まず、科学的には原子核反応と化学反応はエネルギーレベルが桁違いってこと、わかってるんだろうか?
技術的にコントロールできるような代物だと思ってるんだろうか?炉心の問題だけじゃなくて廃棄物処理にしても。そういう技術的評価が甘すぎるんじゃないかな。
955 :
考える名無しさん:2012/03/22(木) 02:11:22.95 0
次に、技術の問題としてはコストパーフォーマンスと安全性の問題は不可欠。
この評価もめちゃ甘に見える。
さらに技術的センスの問題として、原子核反応の強力なエネルギー密度をただの湯沸しに使うこと、しかもきわめて熱効率の悪いやりかたで使うってことに抵抗を感じないのか、という疑問。
今のところ原子核連鎖反応の最も効率的な使い方は核兵器だと思うけどね。
956 :
考える名無しさん:2012/03/22(木) 02:13:41.98 0
あと、科学的認識はたしかに後戻りはできない。
しかし、技術的認識は後戻り可能。設計に欠陥あるいは無理があれば再設計するのがあたりまえ。そのあたりまえのことをやらなかった結果が今回の事故につながってると思う。そこが例えば国産新幹線技術との大きな違いなんだよね。
どうも吉本さんは科学と技術の区別がついてないんじゃないかな。
957 :
考える名無しさん:2012/03/22(木) 02:15:52.95 0
吉本さんは工学部出身だから科学・技術にある程度の造詣はあるんだろうけど、技術の方法論についてはあまり考えていないな、って見える。
1950年代に「政治と文学」論争と並んで武谷三男とか共産党系とかの間で「技術論」論争が盛り上がってたって聞いたことがあるんだけど、吉本さんはどういう立ち位置だったんだろう?
958 :
考える名無しさん:2012/03/22(木) 02:20:30.72 0
まぁ、吉本さんは科学者、技術者としては学校出たての新米同然あるいはそれ以下なわけで
そういう人に原発の問題を聞くマスコミもどうかしてると思うけどね。
マスコミの中の人がアホなのか悪意があるのか。
吉本は大前研一とか読んで原発を擁護してたね。
80年代には吉本さんは既にとても有名な思想家として知られていたから、
マスコミが聞きたいことを聞きに来るような構図はあったのではないだろうか?
>>954 つか、理系の側から言うと
エネルギーレベルが桁違いだから、危険を承知の上で手放すわけにはいかないのであって
961 :
考える名無しさん:2012/03/22(木) 03:34:14.75 0
>>954 吉本は甘いといえば甘いんだと思う。それは前提。
エネルギーレベルが桁違いってことは素人でも分かるのだから、吉本も認識していたでしょう、たぶんw
技術的にエネルギーのコントロールは可能と思っていた。廃棄物処理にしても現実的に考えれば、甘いといえば甘い。
現在の発電ついては、火力にしろ、原子力にしろお湯を沸かして出来る蒸気でタービン回して発電する方法しかない
という以上に効率のいい技術的なレベルでしかない、という現実があると思う。
ちなみにタービン回して発電するのは水力発電も風力発電も同じで、仕組みからいえば小学生でも理解できるレベル。
システムが違うのは太陽光発電くらいで、後はお湯を沸かして発電してる、原始的といえば原始的な方法でやってる
のが、現在の発電レベルなんだよな。
設計に欠陥あるいは無理があれば再設計するのがあたりまえというのぱ、吉本も認識していたと思う。それは技術的
な後戻りというより、むしろ吉本は技術的進歩ととらえていたんじゃないかな。まあ、どうでもいいけどね。
吉本は研究技術者として企業に就職した後も、出向研究生として東工大に戻って科学論文もいくつか書いていたから、
学校出たての新米ではないけど、当時と今のレベルを比べたら、技術理論の差は歴然としてるんで、その辺の落差は
確かにあると思う。
だから吉本は甘いと言えば甘い。先端を行く現役の科学者から見れば、確かに素人同然とも言える。
でも何で吉本をはるかに凌駕してる科学者が何百人もいるだろうに、3.11以前に声を大にして甘い!と叫ぶ科学者が
ほとんどいなくて、3.11以後にゾロゾロ出てくるのか。その辺、何だかなと思ってしまうね。
962 :
考える名無しさん:2012/03/22(木) 09:10:04.49 0
>>960 >つか、理系の側から言うと
>エネルギーレベルが桁違いだから、
株式収益も
963 :
考える名無しさん:2012/03/22(木) 09:52:14.59 0
社会的コストは全く別問題か。
70年代はオイルショックでエネルギー供給への危機感が大きくあり、
産業的にも科学技術的にも、新エネルギーの開発は緊急の課題だった。
原発を選択したことで、30年は日本の社会は発展してきたわけだ。
原発開発が戦後経済発展にとっても科学発展においても自然過程であったのは
否定できない事実だと思う。
大衆や社会から疎外された自分の立場(そんな立場は実在しないので、要するに
自己疎外した状態)で結果論だけを云々する奴はフェミニズムとかポスト
コロニアズムの連中が大好きな論法だよね。
965 :
考える名無しさん:2012/03/22(木) 11:43:29.99 0
>>957 武谷三男の「技術論」が出たのは1946年で、吉本は敗戦の混乱の中で聖書や仏典を読みながら
ひとり思索を深めていた時期で、論争そのものの端緒には無関係な場所にいた。
50年代には「マチウ書試論」から岡井隆との定型詩論争、四季派の本質と思想的、文学的方面
に論述を展開していったから、その後の「技術論」論争にも直接かかわっていないと思うよ。
武谷の「技術論」は副題に「迫害と戦いし知識人にささぐ」とあるように、戦時下の軍国主義
体制下での人間主体を抜きにした労働手段体系説に対するアンチテーゼとして出て来た背景が
あるんで、吉本との関わりで言うなら、むしろ花田清輝との論争で「生産力理論」をめぐって
の知識人の主体のあり方に対する批判の中に、わずかに接点が見られるかもしれない。
どっちにしても技術論論争そのものに吉本が関与したという経緯はないんじゃないかな。
>>946 > >科学技術の無条件の商業利用は自然過程
>
> なんて吉本の著書のどこを捜してもないわけで、
じゃあ、どういう科学技術は止められないということと
原発擁護がどう結びつくんだろうねえ。
そうとでも受け取らないと原発を作って使うことと
科学技術云々の理屈とは結びつかないでしょう。
吉本主義者はそこにもちゃんと整合性をつけないとね。
967 :
考える名無しさん:2012/03/22(木) 12:16:15.36 0
>>964 原発を発明するのも、それで自滅するのも、巨視的には
野生動物としての人間を主役にした自然現象だなw
968 :
考える名無しさん:2012/03/22(木) 12:46:00.61 0
>>966 噛み合わない議論を再現するのは退屈だからやめろよ。
人類が核分裂によるエネルギーの利用と、CT等の放射線医療技術の発見を無かったことにする(放棄)することは
倫理的な退廃で、原発エネルギーの科学的理念も同じことだ、と吉本は言ってる。 もちろん、これは原発を手放すな、
と受け取ることもできる。
当然、それは間違いだ、という立場もある。あんたがそういう立場ならそれでいい。
ただこれ以上、立場のすれ違うどうしが、本質的に立場の違う場所で議論しても不毛
なんだよ。さらに、吉本がどこにも書いてもないことを持ち出して、矛盾してるのか
どうかを議論するのはもっと不毛だ、ということだ。
これ以上、不毛を繰り返したいのなら、ここの前スレや過去ログで、再現、再生して
反芻してればいいんだよ。
だから、もちろんあんたもおれも、このコメ以下のレスは不要だ。
>>964 産業的にはともかく、科学技術的には緊急の課題ではないよ。
産業の要請という意味での科学技術が持ち出されているのなら
それは科学技術そのものの本質ではなく産業の本質にもとづくもの。
吉本情況論はこの本質論の区別を怠ってしまって科学と技術を
産業倫理で裁断してしまっただけ。
>>968 それは科学的発展とその商業化とをまったく混同している議論で
吉本主義者が論理的な整合性をつけるべき課題はその二つがどうして
必然的に、したがって自然過程として結びつくかということ。
自然過程と言ってしまうとまるで、それ自体を問うべき思想的課題が
ないかのように見なされてしまうし、吉本さん自身もそのように見なした
ところが大いにある。そこがどうなのかねえ。
自然と人工との差を自明としない吉本思想からすれば、自然過程という
言葉がなんらそれを必然の問題として原発正当化の根拠にできないのは
自明のことのように思えるがね。
失礼。科学的発見とその商業化とを混同しているの書き間違え。
972 :
考える名無しさん:2012/03/22(木) 13:06:23.90 0
科学の進歩を市場が独占するようになると、
逆に発展は阻害されるな。
原発擁護発言は皮肉を込めた反語言説だということはないのか?
90年代以降の傾向かもしれないが、吉本さんが80年代とは異なる発言を
するようになってきたところがある。
超西欧的まで行く以外に日本の道はないと80年代に言っていたはずが、
しかし最近では、自分は西欧化とか産業文明のとりとめのない進歩発展を
肯定しているわけじゃないというふうなたぐいの発言もちらほらするように
なってきていた。
なので、原発についても、かつてとは違った発言をするのかなとは思ったが・・・
>>972 市場の論理なら市場の論理と言えばいいのだけれど、それを自然過程とまで
言っちゃっているので、話がさらに複雑になってくる。
彼は日本のフリードマンになろうとしたのか。
妊娠が病気になる時代も近いよ。
家族も迷惑してたらしいw
哲学板で、「家族が迷惑」ってwww
鬼女板かよwww
実際にパパばななの娘が、そうツイートしてたからな・・・
やっと静かになった。
死体いじりみたいなスレ立てんなょ
思想家の人生は死によって始まるんだよ。「死んだ」なんて縁起でもない。
まるで思想的に死んだかのようで。
984 :
考える名無しさん:2012/03/22(木) 23:23:40.25 0
一辺死んで復活するかどうかって言い方はあるがね。
イエスの復活が現実のものとなるかどうかは
ひとえに弟子にかかっている