81 :
ザイン:
79
自然テーゼが権威にもとづいているとは僕は思いません
存在が目的と反する(実際論的パラドクスを起こすもの)は
やはり理を重んじる思考からは不自然、明証的に偽と感じるものです
が、このテーゼも正当化できない
こいつ権威に訴える(基づく)論証すら知らないのかよw
何が勉強して来いだアホ
>>74説得力ないよ。
人を殺してはいけない」の人は「他人」に限らないし、
殺す場合殺される人は確実にいるのに、殺さなければならないか殺してはならないかの
どっちかしか考えない理由はない。それだと殺人の一部にしか焦点があたってないだろ。
それに「「殺せ」という価値観は消失を求める」って言ってるが、それは
「殺す事実は消失に繋がる」という平叙文で説明がつく。命令として理解する必要がない。
だからその消失という事実をどう評価するかという観点から理由を書くことになる。
その理由は「自然」のような非人格的な概念を持ち出さなくても説明がつく。
「「殺せ」という価値観はが消失を求める」と認めるんだから一人の人間を殺すことも
一つの消失だと当然理解できる。だから任意の一人の人間が殺されることをどう評価
するか考えてみればいい。結局
>>75や
>>65-68のような話になる。
「殺す事実は消失そのものである」でいいんじゃない、繋がるじゃなくて。
「殺す」(殺害)が必ず「既遂」になるわけじゃないから「繋がる」でいいと思う。