1 :
考える名無しさん:
無限など、この世に存在しない
2get
人間が言えないから存在しないのか?
人間が認識・表現できない=存在しない?
4 :
考える名無しさん:2007/06/18(月) 19:24:45 O
結局突き詰めていけばこの宇宙内にあるものは限られている。よって無限はない。有限
5 :
考える名無しさん:2007/06/18(月) 19:32:20 O
数は無限
6 :
考える名無しさん:2007/06/18(月) 19:36:45 O
想像上はね
「人間」に捉われてるんですね
8 :
考える名無しさん:2007/06/18(月) 19:47:26 0
君たちの未来は無限の可能性を持っているんだ
=おまえらの将来なんぞ俺の知った事か
10 :
考える名無しさん:2007/06/19(火) 03:12:19 0
人間の命が限りある
よって、本人が無限であると確信している何かが
本当に無限かどうか最後まで見届ける術はない
故に無限が存在するという証明は出来ない
11 :
考える名無しさん:2007/06/19(火) 03:40:46 O
無限は時間だとわたしは思う。
12 :
考える名無しさん:2007/06/19(火) 10:23:28 O
時間が無限なのではなく、
無限と云う概念は、根源的には、時間に由来している。
つまり、過去や未来が無限に続くと云う意味ではなく、
人間が、過去や現在や未来に於いて、感じている時間とは、無限の別命なのだ。
13 :
考える名無しさん:2007/06/19(火) 10:33:17 0
1cmの線分の上にも無限の点があるだろ?
ひとつひとつ数えることができなくても、それはわかるだろ?
14 :
考える名無しさん:2007/06/19(火) 11:19:23 O
但し、1cmの線分も無限の点も実在ではなく、概念。
>1
おまえ数学できないだろ。
16 :
考える名無しさん:2007/06/19(火) 15:12:50 0
0と無限に満たされてる
射影直線では、「(−無限)=(+無限)」だな
18 :
考える名無しさん:2007/06/20(水) 22:36:52 0
>>14 1cmという規定の中において
無限に点が存在するならば
1cm=無限ということになる
1cmの中に無限に点を入れたら
1cmを超える
故に1cmは無限ではない
>>11 時間は無限ではない
人が絶滅すれば時間という概念はなくなる
時間というものは誰かが計測しているものだから
誰も計測をしなくなれば、無限ではなくなる
19 :
考える名無しさん:2007/06/21(木) 01:43:22 O
>>18=>>1?
では、1cmの線分の中の点の集合は、何個目位で1cmを超えるのだろう?
無限は時間と時間は無限では、
意味が違うのでは?
20 :
考える名無しさん:2007/06/21(木) 03:35:53 0
人間が認識する全てに器量があると俺は考える
故に器の中に無限の物を詰め込むことは不可能
故に1cmに無限を詰め込むことは不可能なのだ
21 :
考える名無しさん:2007/06/21(木) 09:05:33 0
>>19 語法が異なれば違った意味があると思い、
語法が類似していれば同じ意味があると思える。
表現されるべき対象が、語法の差異で見失われることは普通にありえる。
実無限と可能無限くらい分けようぜ
23 :
考える名無しさん:2007/06/21(木) 13:02:51 O
無限は実在しない。
有限もまた実在ではない。
観念、概念、実在を別けて考えるなら。
宇宙は無限
25 :
考える名無しさん:2007/06/24(日) 22:19:33 0
不食によってのみ人間が無限の存在だということを体感できる。
>1
のように考えて無限を排した数学体系を作ろうとした数学者もいたよ。
その結果どうなったか調べてみれば?
27 :
考える名無しさん:2007/06/26(火) 20:47:27 0
>>1 科学や数学や物理など理屈で考えるものは限りなく大きな設定である有限値
で判断する。
しかし仏教などで扱う思想的な無限は、絶対に計れないものを無限としている
のでこれは扱えないという定義であるからこそ完全なる無限である。
そのぐらい勉強してこい。
意味として扱えない、理解できない限りのないものが無限である。
はかりしえない無限とは、夢幻という言葉のほうがあっているかもしれない。
仏教では南無阿弥陀仏の 「阿弥陀」が無限という概念になる。
無限とは有限である
有限とは無限である
無限とは有限である
有限とは無限である まさに回帰である
このような限りない言語の枠での繰り返しをニヒリズムといい
ニーチェは退けた
言語を越えるものへ飛べ
29 :
考える名無しさん:2007/06/28(木) 02:08:06 0
>>28 その言葉に溺れている28君は飛べないうんこ
30 :
考える名無しさん:2007/06/28(木) 07:44:12 0
まあ、無限はモノではないからな。
31 :
考える名無しさん:2007/06/28(木) 15:42:16 0
>>28 ニーチェにはたどり着けない概念だったにすぎない。
>有限とは無限である まさに回帰である
この無限という回帰さえ概念として受け止められるかが
壁の外と内で物事を観察する格の違いである。
観測者で物事を理解するレベルでは到達できない概念は存在し
当事者になってこそ、始めて分かりえることもあるわけだ。
なぜなら、
観測者にはその経験が無い、つまり価値観の土台が存在しない価値観など
先天性で失明している人に「色とは何か?」を教えるようなものだ
だから無限と0と神は概念だって。
このスレタイ見るたび恥ずかしいぞww
無限ってあれだろ?
そう思ってるだけだろ?
34 :
考える名無しさん:2007/06/30(土) 04:18:12 0
>>32 計れない、計ることができない単位。
それを計れる単位と混同していないか?
概念の単位とはまた違うもの。
数学や物理では計れる無限を扱っている、そのことすら知らないのでしょうか?
※計れる無限というのは極限に大きな数値を仮に設定すること。
計算上の誤差が無視できる値をいいます。
そもそも計る作業には誤差があり近似でしか値を扱うことは不可能なんです。
仮説の域でも観測できない対象は物理では扱うことはできません。
観測できないものを扱えば、空想や妄想と同じになるからです。わかりますか?
数学でも数式で表せないものは証明や数字操作の対象になりません。
数学では無限にも大きな無限と小さな無限のように大小関係もあります。
整数の偶数集合と整数全体の数では大小があるようなものです。
計れない無限は、数学でも物理でも科学でもないのです。
それは概念といいますが。計れる無限と計れない無限とは明らかに違います。
いいですか?単に概念といっても単純には説明できないんですよ。
俺が思うにたしかに回帰はしてるんだがだんだんずれていくんだ
無限とは有限である
有限とは無限である
無限とは有限である
1行目で定義している無限と三行目の無限はまったく違くなってしまう
同様に私は幸福である それは不幸であるといった同じような回帰についても
だんだんずれてくるのがわかる 言語学者に新しい回帰しない言語を
作ってもらったらどうだろう
例えば
1+2−5+3=1
この最初の1とイコールで結ばれた1は同じといえるのだろうか
37 :
考える名無しさん:2007/07/01(日) 00:28:24 0
扱えないものでも扱えるように変換したら良い。
∞を例えば0に変換したら有限なものとして処理できる。
ところで話が逸れるが、
人が認識できる実世界が本物の現実で、
変換後の世界はあくまで計算を都合良く行うための便宜上の世界という扱いだが、
それは人の知覚の性質による錯覚で、本当は虚実が逆なんじゃないかと思うことがある。
39 :
考える名無しさん:2007/07/01(日) 10:03:59 O
あげ
40 :
考える名無しさん:2007/07/01(日) 23:46:22 0
>>38 >∞を例えば0に変換したら有限なものとして処理できる。
それは数学上の記号だから、有限系の計りえる数値じゃないのか?
無限と∞記号とは違うものだし、0と無も違うものでしょう。
∞記号=無限を示す値であり、0数値は無ではなく、数値が0で無では
ないと思われる。数値なら量などで示し次元が違えばX=0であっても
YやZが0以外になりえる。これは無という意味とは別物じゃないだろうか?
>人が認識できる実世界が本物の現実で、
ネイティブアメリカンインディアンだと、それは常識的な考え方だよな。
日本だと科学という教祖がいない宗教的なものを誰もが信じるように
教育されている。
海外だと、科学じゃない、本物系の宗教(キリスト、イスラムなど)を
科学より優先で宗教のほうが事実であるように教えている。
特に科学でいう無限は、科学の概念では存在しないはずでしょう。
それは有限でなれば、値として計算し仮説の方程式では扱えない。
科学が論理で成り立っているから、この計れない意味を示す無限概念を
有限の値=無限の近似値として考えるのであろう。
>
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/philo/1169848498/l50 >「測定」をまじめに哲学するスレ
こちらでは測定とは、全てを近似(つまり意味に変換する行為)のように
答えがでていたはずだ。2点、観測者と観測物は必ず特定される意味上の
存在でなければ測定はなりえないと。
科学とは極めて近似に世界を意味として理解する力があるが、みえない本質
を完全に理解できるものではないでしょう。
科学万能主義のような考え方が大勢の人の無意識下で存在しているからこそ
この辺の考えが理解できないという話もありますね。
41 :
考える名無しさん:2007/07/04(水) 20:12:35 0
無限という観念を対象に投射するわけだから何でも無限でありうる。
しかし、現実の対象が何らかの意味で無限であることを検証することは全然別のことである。
44 :
ふかわりょう(仮):2007/07/05(木) 21:35:43 0
無限と有限(完全に持論でしかないです)
1、無限とは存在として限りが無い事、
つまり存在というものの全体で一つであるという事⇒神(絶対次元における絶対者)。
有限とは存在として限りが有る事、
つまり全体における部分という一部に過ぎない事⇒相対次元における相対者(個体存在)
2、無限とは、時間的次元における絶対である、つまり永遠の魂を有する神を表す。
また絶対次元(絶対無<無的絶対者>/絶対有<有的絶対者>)においては時間という性質は存在しない、
そして時間という性質は、本来、存在するものの状態に過ぎず、
時間という性質に実体はない。
有限とは、時間的な限りである。故に全ての相対存在者は有限的存在であり、
時間的に有限存在である事により、その時点で無限の可能性というものは完全に否定される。
またそれ以前に、存在するものは、相対次元に有るという事によって、
あらゆる全ての論理法則によって支配、制限されている。
3、無限とは数学的ひいては論理的な点においてのみ成立するものであり、
あくまでも無限はイデアやモナドの次元にしか成立し得ない。
そしてそれは一神教的神なるもの(絶対者)の小宇宙を指している。
有限とは 相対次元における大宇宙であり、可能性論や確率論においては、
大宇宙は有限である。また大宇宙は空間次元においても無限ではなく有限である。
ただし、相対存在者に過ぎない人は、数学的な限界により、宇宙の全体を、
認識し得ないので、このような者にとっては、認識上において、
宇宙を無限としか規定できない。少なくとも、人が宇宙の全てを、その組織的構造を、
理解しようとするならば、時間的有限による制約によって、人生という有限性の上での、
無限なる論証を為さねば成らない事になり、その意味では仮に無限と言う事ができよう。
またこれは相対存在者においても然りである。
45 :
ふかわりょう(仮):2007/07/05(木) 21:41:17 0
1、普通の意味 有限⇒限りがある 無限⇒限りが無い
2、第二の意味 有限⇒個体間で分断、分離している 無限⇒全てで一つであるもの
3、第三の意味 有限⇒相対性 無限⇒絶対性
4、第四の意味 有限⇒部分的 無限⇒全体/全体性/完全/完全性
5、第五の意味 有限⇒相異/混沌(カオス) 無限⇒一貫性/統合性/統一性
6、第六の意味 有限⇒多様性 無限⇒唯一性
7、第七の意味 有限⇒二元性、多元性 無限⇒一元性
(2重レス申し訳ないです^^;)
46 :
考える名無しさん:2007/07/05(木) 21:48:44 0
age
☆ ☆
☆ ID:RN/b0vuM = ID:QgoBfwuo = ID:+IAUowX1 = 知恵遅れ を笑おう ☆
>104 :実習生さん:2007/09/15(土) 11:53:03 ID:RN/b0vuM
>すべて教師の責任か?
>109 :実習生さん:2007/09/16(日) 09:27:02 ID:QgoBfwuo
>まともに分が読めないのはお前だよ!俺の分をよく読め!
>
http://school7.2ch.net/test/read.cgi/edu/1185901115/ ---------------------------------------------------------------------
こいつ、誰も「すべて教師の責任」などとは言っていないのに、
勝手な被害妄想で騒いでいるぞ。
自分から僕は駄目教師ですと露呈しているようなものだな。
しかも、文というならわかるが、「分」とはどういう主張だ?
教師でなくとも、
日本語に不自由している知恵遅れであることに変わりはないようだな(爆笑)
そしてとうとう現役教師であることを明かし、平日の昼間から連投である。
こんな無能教師がいる学校の生徒たちは可哀想だ。哀れすぎる。
48 :
考える名無しさん:2007/09/25(火) 00:20:27 O
わかりやすく言えば、宇宙も何もかも全ては始まりも終わりもない世界だって事は間違いない
0に何を×しても÷しても0のように
全ては永遠である
人間が言わない無限は?
たとえば神が言う無限。
じゃあまずは神の存在証明から。
sage
52 :
考える名無しさん:2007/11/26(月) 13:43:00 0
>>49 人間の言わない無限とは扱えないという意味の無限。
それは人間が扱うこともあるが、一般的には無意味なので使わないだけにすぎない。
世の中にある無限とは2つあり、一般的には片方の1つのみが無限とされる。
(1)物質世界の無限とは計れる無限で、認知できる無限である。
(2)仏教などで言う計れない無限、それは認知ができない分からないものという意味。
故に意味として扱う無限とは有限になりえる、それは意味として比較するから
であり、本質的な限りが無いという概念では意味としても扱うことができない。
それは計りしえないという意味に終着するからにすぎない。
また無限が無限であればオカルトを認めてしまうことにもなる。
精神世界の異次元を包括できない概念では計れない無限は存在しえない。
>>52 だから1の言うとおり無限とは有限であるという話で問題ないのでは?
実在としての無限と概念としての無限
人間は不完全なので実在としての無限をはかり知ることは出来ない
故に概念としての無限は人間が当てはめた言葉でしかなく無限とは言えない
結論分からん
>>54 言葉で表す無限とは限りなく続く質感を表したもので、
決して質感すらない、捉えられないような意味ではないでしょう。
限りが無いことを捉えることは本質的に無意味で、人間の尺度では
計れないものを比較や計算の対象にするのは不可能でしょう。
それが何かも分からないんですから
結果として人は偶像的な無限の近似という仮想の無限を作り、
それは計れる(つまり捉えられる)という意味で比較、計算に用いる。
これは無限に近似する有限値であって無限として計算もできるし
比較も可能であるが、決して無限ではないということになる。
結局の所人間に分からないものは存在しないも同じという
立場を取るのなら1の言う事はまあ正しい
不完全な人間に実在としての無限を計る事は無理
しかし人間に認識出来なくても
実在としての存在は有りうるという立場も無論有る
最終的には認識論の違いにならざるをえないのでは
57 :
考える名無しさん:2007/11/27(火) 12:21:36 0
>>56 概念の存在を認めたとき、それは有となる。こんな基本的なことすら
「まあ正しい 」という認識なのだろうか。
仏教の元の無を無とは表現せずに空の意味で表現した理由を考えたことは
ないのか?空は有の反対の意味と考えているのだろうか。
「しかし人間に認識出来なくても 」これを意味に置き換えようとしていないか?
分からないものを分からないというオカルト的な情報ではなく、メタ的な
意味変換にして論理建てして扱おうと試みていないか。
認知ができないのではなく、表現や意味化できないものを否定したいという
潜在的な行動を取っていないか。
何度読んでも57の言いたい事がさっぱり分からない
そうかな、表現は適切とは思えないけど、理の筋は通っている。
どうかな、概念としての無限と実体としての無限を
同一に見立てて語ってるぽいが
61 :
考える名無しさん:2007/12/22(土) 15:26:31 0
。。と議論は無限に続くのであった。。
62 :
考える名無しさん:2007/12/22(土) 15:50:15 0
無限は悟るしかない
認識はできない
「無限の境地に達する」とか
その辺で我慢しないとね
「無は無限なり」とか
そういうことだから
つまり無限の大きさのものなど存在しないから
無限とは、無でもあるわけだね
その境地に達することができたら
涅槃に入る
63 :
考える名無しさん:2007/12/22(土) 15:52:32 0
無限が存在する場合としない場合で、何か違いがあるのか?
おいおい、お前ら哲学徒かよ。
「有限」とか「有」の概念だって怪しいものだぞ。
俺のように本当に哲学している者の少ないことよ(嘆)
65 :
考える名無しさん:2007/12/23(日) 17:53:40 0
そうか?
財布に金が有る場合と無い場合の違いは子供でも分かるぞ。
66 :
考える名無しさん:2007/12/25(火) 04:12:46 0
想像の範囲外は無限だろ。
言葉のアヤだな
本人の真意が正しく伝わらなければ読み手は惑わされる
本人と同じ概念をもって解読しなければいつまでもすれ違うだろう
68 :
考える名無しさん:2008/02/06(水) 00:33:26 0
哲学者に無限は難しすぎる
69 :
考える名無しさん:2008/02/06(水) 00:46:02 O
不可思議に思うことだろう無限を感じる前に。ただ時間というものがわかれば無限は解けるだろう
70 :
考える名無しさん:2008/02/06(水) 00:51:06 O
それから最後だ。人間の認識だっつ日々発展するし移り変わる。だからわかっていてもすぐに変化を理解しなければならない。意識が発展してなければはじめからなんてないよ。助けるだって限度がある。むかついてるようだから一応言うけど。最後だ受け取れ
71 :
考える名無しさん:2008/02/06(水) 01:11:37 0
無限は数学者に任せておけw
72 :
考える名無しさん:2008/02/06(水) 01:25:13 O
宇宙内の物質に無限はなーい。
有限というより幽玄だな
74 :
考える名無しさん:2008/02/08(金) 13:09:33 0
@
・・・・・・。
哲学者に無限は難しすぎる
77 :
考える名無しさん:2008/06/07(土) 17:56:43 0
78 :
考える名無しさん:2008/06/14(土) 03:43:46 O
無限もゼロも概念だから
概念ってのは便宜を良くするための取り決めだから無限は無限でしかない
おっぱい→いいじゃんどうせ減るもんじゃないし
→おっぱいの使用回数は無限
80 :
考える名無しさん:2008/06/14(土) 20:21:28 O
無限とは神の意志。
81 :
考える名無しさん:2008/06/16(月) 21:17:51 0
82 :
考える名無しさん:2008/06/16(月) 23:21:19 0
「無限などない」と言うところに無限は現われている。
>>15 この世と数学的世を同一視するのは、
結構キツイ。
84 :
考える名無しさん:2008/06/17(火) 00:52:05 0
>>82 有限的この現世に無限は、はてさて?、現れるのだろうか?。
85 :
考える名無しさん:2008/06/17(火) 01:09:43 0
「ない」と言われるものはある意味で存在している。
86 :
考える名無しさん:2008/06/17(火) 02:33:46 O
>>85 具現化されたものを「存在」とするなら無限を我々は見ることが出来ないかもしれない。
ただ、合わせ鏡の中の無限の連なりは、実際に存在するのは鏡の前の自分だけかもしれないが無限とは呼べないものかな?
ただ単に、「言葉は有限である」という事柄を示しているに過ぎないだろうな。
もしくは「言葉で無限や無を表現することは不可能である」。
無限を「有限のもので表現すること」になんの躊躇があるんだ?
「無限を無限で表現すること」もしくは「無を無で表現すること」に意味があるか?
人間が概念を感知するために言葉は有意義であるし、
それを否定したいなら、なにも語るな。言葉を使うな。表現するな。
88 :
考える名無しさん:2008/06/17(火) 04:33:44 O
無は言葉になろうが無だろう?0の概念と同じく概念にケチつけてどうすんのよ?
それをイメージすることも有とか言ってそんなもん哲学になんの?
少なくとも俺は興味無いよ。
89 :
考える名無しさん:2008/06/17(火) 04:33:58 0
>>83 量子力学(得に行列の方)の組み立てを見るとあっけにとられる。
宇宙は数学で出来ていると確信してしまう。
90 :
ラプラスの悪魔 ◆daemontaDA :2008/06/28(土) 12:18:13 0
>>86 >合わせ鏡の中の無限の連なりは、実際に存在するのは鏡の前の
>自分だけかもしれないが無限とは呼べないものかな?
光の速度で鏡が増えていくだけだから、無限の時間がないと
合わせ鏡の中の鏡は無限にならないと思われる。
>>89 おいおい。逆だろ。
宇宙の本質は、無限であり矛盾である。
現象世界では、有限であり流動しているが、矛盾はない。
グーグル検索:c点による時空論
参考にしてください。
一人ひとりの人間も現象にすぎない。
92 :
86:2008/06/28(土) 12:38:25 O
93 :
考える名無しさん:2008/06/28(土) 12:55:32 0
>>89 それ、正確には、物理学の言うところの「宇宙」は、でしょ。
ことば使いは厳密にね!
94 :
考える名無しさん:2008/06/30(月) 15:16:26 0
ビックバン宇宙て50回目のビックバンだと今月のニュートンの解説があたよ
95 :
考える名無しさん:2008/06/30(月) 16:40:45 O
何でそんなことが分かるんだろか?
興味深い
96 :
考える名無しさん:2008/07/01(火) 23:37:20 0
>>95 コンビニで雑誌ニュートンを読んできたが意味不明だ
97 :
考える名無しさん:2008/07/02(水) 04:41:55 0
>>93 物理学の言うところの宇宙で必要十分ですが、何か?
98 :
考える名無しさん:2008/07/02(水) 04:47:01 0
無限 って雰囲気だから
99 :
考える名無しさん:2008/07/02(水) 10:20:20 0
100 :
考える名無しさん:2008/07/02(水) 18:47:20 0
>>97 物理学の価値観が変わったらどうするんだ?
ニュートン以前と同じだというのか?
101 :
考える名無しさん:2008/07/02(水) 19:36:58 0
物理学の価値観なんて存在しないので無問題。
どう考えたって無限は存在する。
認知するからこそ無と有の区別が生まれる。識別できることが有という存在であり
識別できないことが無。認知できなければ存在しないということである。
限りを認知できなければ、それは無ということになる。何故なら認知できる世界は
限りあるからである。
意味を扱う学問では、この認知できる識で世界を考える。よって世界は有限となる。
主観に依存し客観性を無視できる無意味すら扱えるオカルトの世界では、科学など
学問で理解しえる識ではなく、空の世界を感じることができる。
それは常時流転し形が存在しえないもの。形がないものに形という意味を与える
そんなバカなことは客観論ではありえない。気や魂などの形の存在しないものは
その文字以外で説明することはできない、説明すれば嘘になるからである。
全てが正解で全てが間違いなら、一意の意味として特定、定義すれば嘘になるのは
説明する以前の問題である。
無限とは自然そのもので捉えることができないものを無限、人が捉える意味として
存在するものが有限である。
104 :
考える名無しさん:2008/07/04(金) 21:08:28 0
物理学がニュートン以前てどこの馬鹿?
105 :
ラプラスの悪魔 ◆daemontaDA :2008/07/04(金) 21:38:37 0
無限を括る矛盾的な概念∞。
数学とは恐ろしや。
>>102 存在すると言うよりは、存在そのも。
その境界を知らなければ、存在とはいえない。
無論無限とは、無境界の存在である。
106 :
考える名無しさん:2008/07/05(土) 06:39:31 0
境界付の無限だっていくらでもあるでしょうに。
>>106 それは言葉遊び、示す無限の意味が一人歩きしている。
108 :
考える名無しさん:2008/07/07(月) 00:00:58 O
有限の視神経で無限を見れる筈もない
>>108 見れなかったらないという事にはならない。
>>107 推論や言葉の上であるのにそれは無いという事はできない。
>>109 妄想もほどほどにしておけ、なんの説明にもなっていないことに気がつけ。
>>110 妄想と決めつけても反論にはなっていないことに気づいた方がいい。
112 :
108:2008/07/07(月) 01:21:01 O
>>109 なる。
理論として∞の概念を受け入れないなら観測出来るものが全てだからだ。
つまり、無限というよりも「存在」の定義に関わってくる問題で、「概念上の存在」を「存在」として認めるか否かということであろう。
>>112 理論的に存在する物が観測出来ないからないという事はできない。
>>112 >理論として∞の概念を受け入れないなら
結論が前提となっている。これはトートロジーと呼ばれる。
物は言いよう考えようの究極だろ、哲学って
117 :
考える名無しさん:2008/07/07(月) 10:17:17 O
1.5sしかない脳が無限を理解できるはずがない。
1兆円分の1円玉を数えた人間いますか?
それさえ出来ないのに無限なんて言うのは生意気ですね。
>>118 無限ではないが、脳細胞の数を1とすれば、人が言う無限の概念に近い
可能性を示すネットワークを作り出すのは事実だろう。
ニューロン細胞の数は大脳皮質で150億、人全体で1000億とも言われる。
これは細胞が細胞と繋ぐ枝について説明されていない。枝は訓練をしない脳ですら
1つの細胞の平均が1万の枝を作るほどで、枝と枝を掛け合わせた総数の抽象的
情報処理が可能となる、これを無限に近いといわずになんとする。
また1つの細胞が作る枝に上限は存在しない、枝分かれは空間さえ満たされなければ
無限に枝を分け相互に細胞どおしの絆を結ぶことが可能な仕組みである。
しかし全ての枝の機能を取り出すことは不可能に近い。
特別に合理化された枝(アナログ回路配線)で機能した意味となりえる情報処理
としても脳が実現する処理能力の1から2割程度が限界となる。
これは特別な訓練をして努力しつづけての能力の上限になるわけね。
「脳が理解するとは陳述可能な情報に変換できるか?」という意味であるならば、
陳述可能ではない情報は理解できないことになるから、無限を無限という言葉
しか理解できない脳が、陳述できない無限という意を理解できたか
できないかは外部から判断できないだろう。
>>118 「理解出来る」、や「実証的に確認できる」
と「理論的に予測できる」は違う。
「理論的に予測でき」たり「論理的帰結として存在」しているが
「理解」も「実証」もできないものは世の中に多く存在している。
121 :
考える名無しさん:2008/07/08(火) 10:39:55 O
ニューロン細胞とかいうなら原子や素粒子の数を言えばもっと凄いけどな
122 :
考える名無しさん:2008/07/08(火) 11:27:24 0
厳密に言ったら有限だけど
無限と言いたいこともある
123 :
考える名無しさん:2008/07/08(火) 14:35:20 0
観測とロジックとを第1とする科学ーー数学も含めてーーでは、無限
や矛盾は絶対に認められない。現象世界の研究は観測とロジックから
成り立っている。
人間も現象そのものであるが、現象の奥にある本質を空想し観測や
ロジックによらない思考により研究する哲学もあり、ここでは無限や矛盾
も思索され、無限を認めることも可能となる。
人間は有限である。だが、時空の本質は無限である。
124 :
考える名無しさん:2008/07/08(火) 14:58:16 0
宗教の世界には矛盾や無限は、常に存在するが
ここでは信ずることが第1で疑問は許されない。
人間は有限であり罪深き存在であるが、宇宙の絶対者は無限
の存在である。矛盾ですらある。
125 :
考える名無しさん:2008/07/08(火) 20:27:50 O
>>123 時空もビッグバンで始まりゆくゆくは宇宙の収縮、収束があるとすれば有限なのではないか?
126 :
考える名無しさん:2008/07/08(火) 20:59:28 0
無限ってのは無いのと同じ
127 :
考える名無しさん:2008/07/09(水) 00:43:55 0
ゆとりのスレなのか?
ゆとりは円周率も3だからなあ。
円周率πの全ての桁を表示する事は人間にはできないが
πの桁が無限にあることは証明されている。
でもゆとりにとっては無限が存在しないらしいしな。
困ったもんだ。
128 :
考える名無しさん:2008/07/09(水) 01:00:38 0
「人間の云わない」無限とか有限とかて何よ?
所詮、人間にはわからねー!
130 :
考える名無しさん:2008/07/09(水) 01:16:17 O
>>128 人間が云う以外の無限とは人知を超えたもの。
それが何かって言えるはずもない。
限りがワカラネーから無限、別れヴァ有限。
>>129 こんな単純なことすらわかららねぇの?
132 :
考える名無しさん:2008/07/09(水) 04:29:42 0
有限にたいし、無限はある。
現象世界の研究は、自然科学ーーとくに数学と物理学の領域
ここでは、矛盾はなく無限はなく一切は流動している。
現象世界の本質は無限であり、むじゅんである。
科学では観測、実験、統計処理をし、ロジックで研究する。
しかし、現象世界の奥の本質には到達できない。
科学と哲学とのギャップは大きい。
この科学ではアプローチできない現象世界の本質を、空想する
ことにより観測ではない、実験ではない、ロジックによらない
思索で研究できる。しかし、これは概念の宇宙で観測による
宇宙とはギャプが00きすぎます。
有限の人間にも無限を思うことは可能です。
133 :
考える名無しさん:2008/07/09(水) 04:38:39 0
哲学は物事の本質を、観測やロジックに寄らない思索で追及
する学問でもある。これは概念の学問であり、科学とは
別の世界である。
ここでは無限も矛盾も伸び伸びと思考できます。
134 :
考える名無しさん:2008/07/09(水) 07:24:51 0
宇宙の歴史、宇宙も現象であるので、その存在は有限である。
現時点では、無限の宇宙は考えられない。
人のいう無限は有限であるーーーのでなく、人は有限であるが
無限を考えることができます。
人間には無限を考える力を授かっています。
135 :
考える名無しさん:2008/07/09(水) 12:45:30 O
人間は有限の立場なんだ
>宇宙の歴史、宇宙も現象であるので、その存在は有限である。
人が取られる宇宙の歴史、人の捉える宇宙の現象ということを考えた?
>現時点では、無限の宇宙は考えられない。
人が捉えられない無限は科学的に考えることができない、んなもの小学生でもいえる。
>人のいう無限は有限であるーーーのでなく、人は有限であるが
>無限を考えることができます。
それは妄想というやつ。
>ここでは無限も矛盾も伸び伸びと思考できます。
認知しているレベルで妄想なんだから(ry
>人間には無限を考える力を授かっています。
その力てなんだよ?妄想か?
>>135 人間ができることは少ないということ、人が知りえることも
非常に少ないということ。分かった?
139 :
考える名無しさん:2008/07/09(水) 14:56:36 0
科学と哲学との違いの有無ーーは
140 :
考える名無しさん:2008/07/09(水) 20:06:35 O
人類が永遠に進化を続けていくならそりゃ万物を知る可能性もあるだろうが、現時点で人間が知りえたことなんて宇宙のほんの僅かなことだ。
地球の寿命と同じくらい人類に未来が残されているかといえば恐らく1%も無いんだろ?
141 :
ラプラスの悪魔 ◆daemontaDA :2008/07/09(水) 20:19:40 0
無限・・・・つまり、境界の無いものは世界と同一になるので、識別不能だよね?。
142 :
ラプラスの悪魔 ◆3zNBOPkseQ :2008/07/09(水) 23:42:52 0
無限とは「限りが無い」という概念である。
143 :
考える名無しさん:2008/07/10(木) 02:45:35 O
だいたいさ
人間自体が有限だからね
144 :
考える名無しさん:2008/07/10(木) 07:54:34 0
確かに人間自体は有限です。
落語で無いけど、次つぎと際限も無く考えるのも、この短い
人生楽しくはありませんか。
無限にかんがえましょうよ。無限に。
145 :
考える名無しさん:2008/07/10(木) 12:00:38 0
おまいらはガキだから「無限怪獣ムゲーン」は知らねえだろうなw
人が意味として事象を区別する、そして言葉で表す。
学問として客観的なモデル化をする。
これが有限という奴で無限の概念であれば言葉や意味に表さない。
それは神秘的なものを無限という感じ方で捉えるものであって
言葉にした時点で、形而上のものを形而下へ摩り替えている。
事として捉えられない何かをそのまま感じとして取り扱えば
無限は無限のままである、特定の意味へ固定化した時点で真が持つ本来の
計れない何かは失われる、まるでアナログレコードからデジタルのCDプレーヤ
に変わったときに失われた可聴できない音の範囲の音の話でもある。
意識では聞こえないから存在しないと昔の学者は説明する、しかし脳波を測定すると
意識では聞こえない音を何らかの方法で聞き取っている。
これが問題なのであり、その意味への切り上げで切り捨てられた無意味と思われる
情報に意味があったのである。
音といっても間接的に体感するようなものも存在する、耳の鼓膜だけで聞こえない
からといって感じ取れないと切りかげるのは実に科学的であり科学の愚かさでもある。
その辺に無限とは存在という意味を捉える為に切り捨てられた何か(捉えられない)
が存在していることを暗示している。
有限とは人が理解する理屈にすぎない。
という
147 :
奈落さん:2008/07/10(木) 19:49:11 0
奈落には、渡しそびれたラブレターとか、擦れてくたびれた靴とか、入れ歯とか、新品同様の型遅れの自動車模型とか、
誰かが向こうを覗きたいのか双眼鏡とか、底なしに汚れているかと思いきやこんなものが落ちてますね。それと、細かな
ゴミが溜まってホコリになったやつ。
ゆとりは円周率は3であると言い
最大の自然数が存在すると言う
ゆとり教育の傷は深い。
149 :
考える名無しさん:2008/07/10(木) 22:59:11 0
無限とは無限に見えるように作られたもの
数字が割り切れなくても無限に見えるだけ
150 :
考える名無しさん:2008/07/10(木) 23:23:42 0
いくらなんでも「最大の自然数が存在する」と言う奴はいない。
ゆとり以前でも円周率が22/7だと信じてる奴と書いたから、
いまは円周率=3だと信じている奴がいるのかもしれないが、
五十歩百歩だから、どうでもいいんじゃね
>>149 ゆとりの傷跡がここに。
最大の自然数を抱きしめて眠れ。
円周率を数値で表せばという話であれば、どこで切り上げるか切り下げるかという
話になり3でも間違いではない。どの程度の精度を出すかの前提条件を示さない
ほうがゆとりというべきだろうね。
まちがえ、ゆとりじゃなくてDQNだw
時間における有限と無限のテーゼアンチテーゼがあったはずなんだが忘れた
光速不変という考え事態が先に定義しているんだから、時間なんて
どのようにでもなるのは(ry
ありえない速度の距離が存在したら、時間もそれなりに変化する
物によっては虚数時間すら作り出される。
それは時間が不変ではなく、光速こそが不変だという価値観から生まれるから
155 :
考える名無しさん:2008/07/18(金) 00:50:12 0
光速不変が価値観?
釣れたw
8日間常時監視ご苦労様。
158 :
考える名無しさん:2008/07/18(金) 03:46:42 O
光速に近づけば時間の流れはゆっくりとなる
これって証明されてるんでしたっけ?
釣れたw
>>155 物の定義は全て価値観だろ、そもそも絶対だという基本が光速以外になかっただけ。
観測は全て何かを基準とする、これは価値観というものだ。
>>160 確かに、価値観は一種の定義かもしれないけれど、
だからといって全ての定義が価値観というのは論理的に無理があるような。
確かに、観測は何かを基準にするけれども、それにどんな価値があるかは別の問題じゃないの?
162 :
考える名無しさん:2008/07/19(土) 00:43:33 O
人間が何も知らないだけかもな
価値は人間が恣意的に決めるものだろ。
というか、人間が知らないとしたら、少なくとも、
その価値についての「価値観」を持つことはできないわな。
165 :
考える名無しさん:2008/07/19(土) 10:49:47 O
絶対的に思われてる観測そのものが絶対ではなかったら全てが崩れるさ。
例えば、時間の流れが一定ではないとか、目に見えないダークマターの影響を受け続けているとか、物質が異次元に飛ぶとかだよ。
観測が絶対だなんてまともな学者で考えてる奴はいないと思うけど。
みんな何でそんな事考えてんの?暇なの?
ゆとりがあるだけです
169 :
考える名無しさん:2008/07/19(土) 23:10:09 0
ゆとりのあほども
>>166 それは違うぞ、数多くの反証により観測が絶対だと言い張る学者ばかりだ。
それは違うぞ、数多くの反証により観測が絶対だと言い張る学者ばかりだ。
それは違うぞ、数多くの反証により観測が絶対だと言い張る学者ばかりだ。
それは違うぞ、数多くの反証により観測が絶対だと言い張る学者ばかりだ。
光速不変を疑う学者がいないと思うのか?そんな発想だから(ry
171 :
考える名無しさん:2008/07/20(日) 10:54:12 O
頭悪そ
何が言いたいのかわからないが、
基本的になんでもとりあえず疑ってかかるのが学者としての正しい態度でしょ。
世界についての探偵みたいなもんなんだから。
174 :
考える名無しさん:2008/07/20(日) 13:20:16 0
>>172 脳にゆとり(隙間)がある人→アルツハイマー
哲学、フフ。
176 :
考える名無しさん:2008/07/20(日) 17:37:02 0
>>173ダメ学者じゃない?
ある程度、目星はつけないと、手あたり次第だとなんかヤケクソな感じがする。
>>176 くだらない反論だなあ。そんなこと当たり前だろ。
「何でも疑ってかかる」に「なんの見込みもなしにあてずっぽうをやる」なんて意味はないだろ。
178 :
考える名無しさん:2008/07/21(月) 02:23:05 O
「疑い」ってものは感情に過ぎない。
真理を探るには無感情を基本姿勢とするべきだ。
人間が相手ならともかく、我々に対して態度を変えてるわけではない万象に対してどんなギミックを使おうとそれは無意味なこと。
むしろ解き明かされるのをむこうは期待して待っているようなものともいえる。
「疑い」とは自分の思考に対するものであり、有能な人間になればそういった感情も無くなってくる。
証明の過程を「疑い」と呼ぶのならばそれは大きな間違いである。
単なる技法に過ぎないものだからだ。
179 :
考える名無しさん:2008/07/21(月) 08:51:16 0
好奇心
>>178 >むしろ解き明かされるのをむこうは期待して待っているようなものともいえる。
歪んだ感情w
好奇心は感情じゃないの?
喜怒哀楽の中に好奇心は無いな。
ゆとりの中にも好奇心はないようだ。
184 :
考える名無しさん:2008/07/22(火) 19:37:29 0
「疑い」も無いね?
185 :
考える名無しさん:2008/07/22(火) 20:25:58 0
>>177どちらにしても言葉を選ばなければいけない。何でも疑うは言い過ぎ。
186 :
考える名無しさん:2008/07/23(水) 00:18:27 0
疑いと言われる思考の多くは、信じることではないか。
反対の可能性を信じている事を疑うと表現しているかのように見える。
本当に疑っている哲学者もどこかにいるのかもしれないが、
僕が見てきた疑いは、逆の可能性を信じているに過ぎないものだった。
187 :
考える名無しさん:2008/07/23(水) 01:40:28 O
>>186 そういうこと。疑いは確証を得る過程における葛藤に過ぎない。つまり、単なる仮定に過ぎない。
結論を導き出せたなら後に証明や反証となるもの。
189 :
考える名無しさん:2008/07/24(木) 03:32:18 0
>>187 あのさ、「単なる仮定」に「過ぎなくないもの」って何かあるの?
具体的な例を挙げてみて?
190 :
考える名無しさん:2008/07/24(木) 03:37:14 O
太陽は今のところ永久機関
191 :
考える名無しさん:2008/07/24(木) 14:56:40 0
この世で「無限」と呼べる唯一のものは
「宇宙」である。
>>191 宇宙とは人が捉えられる空間の事である、故に宇宙も有限である。
時空連続体にある無次元こそ無限である。
何故ならそこは捉えることができない摩訶不思議な非合理な世界だからさ。
193 :
考える名無しさん:2008/07/24(木) 22:52:29 O
宇宙は全然無限じゃないよ。膨張してるくらい知ってる?
194 :
考える名無しさん:2008/07/24(木) 22:58:00 0
宇宙が膨張するってことは宇宙の外にも空間があるってこと?
195 :
考える名無しさん:2008/07/24(木) 23:02:43 O
時間を考慮せずに空間ばかり意識していると堂々巡りのいたちごっこになる
196 :
ラプラスの悪魔 ◆daemontaDA :2008/07/24(木) 23:12:12 0
>>1 ああ。
境界のないものを認識するのは、
天才に近くてアフォにも近いw。
>>194 宇宙という限界のそとは無限だからw。
197 :
ラプラスの悪魔 ◆daemontaDA :2008/07/24(木) 23:13:21 0
無限の物質と無限の空間を想像すれば、
良いだけなんです。w
もっと分かり易く言うと
「思考と感覚は無限通りなんで、現実も無限通り」です。
実在するモノ(空間とか)が無限だと混乱しやすいが
無限『通り』ならばそうではない。
世界は有限だ!宇宙の外もなく無機質な有限だが
思考と感覚なんで無限通り時間の在り方すら無限通り
199 :
考える名無しさん:2008/07/25(金) 01:18:09 O
>>194 宇宙の外は無です。空間もありません。
空間も時間もビッグバンで作られ今もなお宇宙は膨張しているのです。
恒星間の距離は光の速さで遠ざかっていることは観測することが出来ます。
つまりビッグバン以来膨張し続けているということです。
ですが、宇宙は無限に膨張するわけではなくいずれ収縮して無くなるでしょう。そしてまた新たにビッグバンにより宇宙は誕生するのです。
また、我々の感知出来る宇宙とは三次元空間と時間軸を含めたいわゆる四次元時空と呼ばれるものです。
こうした時空が多次元に渡り存在するとも言われています。
ビッグバンもこうした異次元の働きによるものでしょう。
200 :
194:2008/07/25(金) 12:50:28 0
>>201 190が死ぬまでにはおそらく太陽は燃え尽きない。
だからヤツは太陽の死を知覚できない。つまり枯渇しない。
ということでたぶん永久機関。ってことだろ。
説明もめんどくさくて適当に文章も考えられない子なんだよ。
203 :
考える名無しさん:2008/08/02(土) 21:39:11 0
どうも無限といったときに大きい方を考えるようだが
無限に小さい方を考えた方が良いんではないかな。
もちろん表裏一体の関係にあるんだけどね。
たとえば、エネルギーにおいては最小単位が決まっていて
無限に小さくすることは出来ない事は分かっているわけだけど、
時間や空間に対して無限に小さくすることは可能か考えてみる。
そうすると自然と連続性の話になって議論の幅が広がるのでは?
あと論理と実存のレイヤーは分けないとね。
204 :
考える名無しさん:2008/08/02(土) 22:47:20 0
宇宙の外には無限の空間がある。そう考えた方が合理的だ。
宇宙の外になにもないとすると現在の宇宙は無から誕生したことになりオカルト以下の論理になる。
205 :
考える名無しさん:2008/08/03(日) 01:50:57 0
>>204 実に君の説明は、非論理的だ。
何をもって、どのような仕組みや仮説を考えたのか?
何を観測して論理を構築したのか?
君のは単なる思い込み、それは主観でしかすぎない意見であり、オカルトそのものだ。
206 :
考える名無しさん:2008/08/03(日) 02:13:43 0
たかだか、三行で無限を語る、おまえらはエライ!
無限という概念について有無を問うのがナンセンスだろう。
それは”考え”に過ぎないのだから。
208 :
考える名無しさん:2008/08/03(日) 02:22:07 0
>>207 そんな考えはナンセンスだろう。それはおまえの妄想でしかないのだから。w
有限回の観測しかできない人間にとって
「真の無限(無限が存在するのなら)」は
意味が無いから考えない