話題のため=会話のため=話に付いて行くための実用性からその「好き」が生じた
のでは?
又それは「スポーツ新聞」を呼んで脳への刺激を持続させるためのものでも
あるのでは?
そしてその刺激はばりばり仕事をこなすことに用立てられている
のでは?
2 :
考える名無しさん:2006/05/24(水) 04:06:12
2get
>そしてその刺激はばりばり仕事をこなすことに用立てられている
のでは?
これはちがう。
一度あの興奮と脳汁を知ってしまうともう、他のもので得る
刺激では足りなくなるくらいの興奮がそこにはある。
目的意識とか利益とかふっとぶくらいの、
電流が直に走るくらいの刺激が得られる。
一度、吉宗で出しちゃうともう戻れない。
大当たりを得られず消化するだけのゲームでもぜんぜん平気。
あの連チャンがくるから、と脳汁が低濃度で出っぱなし。
当たれば当然高濃度で放出。電流直撃。
ようは「釣り」と同じだと思うよ。
一度あの興奮と脳汁を知ってしまうともう、他のもので得る
刺激では足りなくなるくらいの興奮がそこにはある。
目的意識とか利益とかふっとぶくらいの、
電流が直に走るくらいの刺激が得られる。
一度、魚が釣れるともう戻れない。
大当たりを得られず消化するだけのゲームでもぜんぜん平気。
あの連チャンがくるから、と脳汁が低濃度で出っぱなし。
釣りれば当然高濃度で放出。電流直撃。
5 :
1:2006/05/25(木) 00:18:25
>>3>>4 目から鱗。
そーかーー釣りの感覚だったのかあああああ
とはいっても俺釣りやんないしその電流を実感出来ないけどw
でもね、理想を言えば、理想的な哲学、理想的な書物
とは、読めばたちどころに電流が走る、
読むことが電源との直結となるような、書物なんだ。
まあ、こんなことをいったのは後にも先にも
ニーチェとフーコーとD&G、そして淺田彰くらいだけどw
で、別の安易なる電流をしりたきゃ、10万もって
パチンコやにいって吉宗うつんだね。
運がよければ天井までにbigbonus引けるはずで、
そこで1ゲーム連チャンしたら、う、となるよ。
人生踏み外すけれど。
>>1 俺は競馬しかやらないから、競馬の場合だけだけど
あれも買いたい、これも買いたいという欲望を抑えて、
絞りに絞った馬券を当てたとき、もうなんとも言えない快感が得られるのよ。
その快感といったら、まるで自分が全知全能の存在にでもなったような、
世の中すべてが自分の意のままになるような、そんな感じ。
この快感は次に大負けしたときに跡形もなく消え去ってしまうんだけど…
でも、またこの快感を得たくて、、、
競馬がやめられない(;´Д`)