【マルチチュード】ネグリ+ハート【<帝国>】

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840考える名無しさん:2008/09/16(火) 02:59:11 0
「虐殺の正当化」、「選民思想の強化」って批判にしては安直過ぎる。
841考える名無しさん:2008/09/16(火) 11:36:29 0
ネグリチュード
842考える名無しさん:2008/09/30(火) 04:40:01 0
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■特別掲載「『野生のアノマリー』日本語版序文」/ アントニオ・ネグリ
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 本書が出版されてから、すでに25年が過ぎた。本書は獄中で書かれたもので
ある。いまとなっては、どうやってこの本を書いたものか自問しても、その答
えは見つからない。

(略)

 スピノザの思想の布置は、近代の始まりにおいて「異形」として登場したが、
いまや近代の終わり、かつて「ポスト(〜以降)」と呼ばれていたものが同時代
的になるこの時に、根本的に「オルタナティブ」なもの、実際的に革命的なも
のとして姿を現す。

 「野生」というあの規定は、十七世紀の反宗教改革的の重苦しい雰囲気との
衝突のなかで、スピノザ思想の危機的かつ構築的な経験を特定するものであっ
た。こんにちではまったく別なパースペクティブ、すなわち転覆の経験の多様
性と、マルチチュードの生き生きとした力能の励起のなかでそれが称揚されて
いる。

 したがって、この作品が再び読み直されるようになったとしても、わたしは
もはや驚かない。そのなかには実現しつつある欲望があり、そこではひとつの
布置が構成されるにいたるのである。おそらく、ひとたび生が神的なものの幻
想と手を切るや、無限が(ドゥルーズがわれわれに教えたように)われわれのな
かに実現する、すなわち、欲望と現実性の一致の中に。しかし、これもまた、
スピノザが革命という普通名詞で呼んだものにほかならない。


★特別掲載「『野生のアノマリー』日本語版序文」/ アントニオ・ネグリ
→ドゥルーズ絶賛の画期的スピノザ論、待望の日本語訳がついに来週発売!
http://archive.mag2.com/0000013315/index.html
843考える名無しさん:2008/10/04(土) 09:16:11 0

 【このスレッドは ル・サンチマン™ の提供でお送りしております】


844考える名無しさん:2008/10/04(土) 16:07:26 0
機械発狂wWwWwWwWwWwWwWwWwWwWwWwWwWwWwWwWwWwWwWwWwWwWwWwWwWwWwWwWwWwWwWwWwWwWwWwWwWwWwWwW
845考える名無しさん:2008/11/08(土) 20:20:50 0
『野生のアノマリー』出たけど反応なしだね
846考える名無しさん:2008/11/09(日) 01:19:33 0
ネグリが終わってるもん。必要なし。
847考える名無しさん:2008/11/15(土) 14:40:34 0
野生のアノマリー――スピノザにおける力能と権力
アントニオ・ネグリ 作品社 2008年9月30日
レビュー

待望の翻訳という言葉がこれほど相応しい本は珍しい。

英訳では削除されたドゥルーズの序文もうれしい。

ただし内容は、フランスのスピノザ再評価の後を受けているからある程度の成果はあるにしても、一言で言えば陳腐だ。

スピノザの『エチカ』から『神学政治論』への流れを、実体から様態への力点の変化、ユートピア主義から唯物論へ
の変化(『エチカ』内では2部と3部の間の断絶に対応すると言う)ととらえることで、ネグリは自らの政治主義に何
ら反省を見出さないですまそうとしている。

極端に言って、ネグリにとって、実体がブルジョアで、様態がプロレタリアートなのだ(属性は実体に従属するので
(p156)プチブルとでも言うべきか)。そして目指されるものはその転覆(p208)であり、二元論自体は変わら
ない。それならば、むしろ思惟と延長がプロレタリアートとブルジョアと見なされた方が、平行論というよりも
アンチノミーが維持されてよかったのに。

構成力への過信は生産中心主義にすぎないし、アナキズムの内実を再検討することなく(p441,476)コミュニズム、
つまり集合力の政治的使用にスピノザを援用することはたんなるポピュリズムにすぎない。こうした「欲望」の追
認(ネグリのそれはニーチェの力への意志が擁護として相応しい)はスピノザの意図するところではない。
848考える名無しさん:2008/11/15(土) 14:41:40 0


無限と無際限の区別をしながら(p193)、そこに意義を見出さないネグリは(p197)、重要なポイントを見のがし
ている。

その点で、柄谷行人が『探究2』でしめしたスピノザ理解の方がよりコミュニズムに寄与しただろうが、、(柄谷
はカントにシフトを変えてしまった)。

ここに示された想像力は、反体制を気取った(状況に対して受動的な)所産的自然にすぎない。

対ホッブズ的にスピノザによる契約論の破棄を重視するのはいいが(p82,296,431)、新たな弁証法を(p82
で本人は否定しているが)、それもマルクスの『共産党宣言』直系の弁証法(それは解放の幻想だ)をばらまく
のは犯罪的ですらある。

反ブルジョアの思想家をスピノザに見ている点は、イタリア人らしい斬新さがあるし、『国家論』をはじめスピノザ
の矛盾が現在もなお開かれているという認識は貴重なものだとはいえ、空虚な演説を聴かされたあとのような虚脱感
が残る。

なお、ドゥルーズの序文は「諸力の自発的な発展」(これはアナキズム以外の何者でもない)とニーチェ(スピノザ
の影響を受けている)に触れており、さすがだと思う。
849考える名無しさん:2008/11/16(日) 03:28:30 0
>>848

同意。
850考える名無しさん:2008/12/12(金) 15:00:25 0
『世界共和国へ』の柄谷のネグリに関する指摘は大枠で正しいが、

ネグリは政治主義だがプルードンは違う。
ネグリはコミュニストであってアナーキストではないし、アルチュセールの文脈で政治革命志向だ。
政治革命と社会革命の違いは大きい。

ネグリは階級二元論だが、プルードンは三元論(二元論をフランス国会で演説したこともあったが)。
中間層が両極に引き裂かれているというのがプルードンの現状認識。
851考える名無しさん:2008/12/25(木) 21:54:36 0
174 名前:考える名無しさん[sage] 投稿日:2008/12/22(月) 01:44:02 0

 (スピノザの言う)絶対的民主主義の実践とは真っ向から対立する、力と主権の超越性を認める見解は、
今日、ネオ・リベラリズムの協議事項となって、再び息を吹き返している。フランス革命後にフランス・ドイツ
のロマン主義の中で政治神学が発明されたのと同様に、今日のアメリカにおける新保守主義は、「主権の
超越的本性」という神話を捏造している。レオ・シュトラウスからブッシュの戦争政策を必死で弁明する者ら
に至るまで共通して見いだせるのは、「力というものは、正義という抽象的な不変の観念に結びつけられる
場合にのみ正当化を必要とする」という確信である。これまでプラトンは、宗教的原理主義、あるいは政治
的ファシズムと言っても過言ではないこうしたイデオロギー的立場に奉仕する者とされてきた。しかし、これ
らの立場を最もよく特徴づけるのは、戦争遂行の布告を支持するようなある特殊な社会学、すなわち、グロ
ーバルな水準での主権政治の自律性を要求する主張の根底に潜む、「社会的葛藤の打ち消しと国家理性
の発動」という発想にほかならない。

                                        by ネグリの新著 『〈帝国〉とその彼方』より
852考える名無しさん:2008/12/27(土) 16:03:57 0
プラトン的実在論を擁護したいのだろうが、哲学と実際の政治を一緒にするべきではない。
スピノザもホッブズも現実に対しては非対称的であり続けた。
彼らは原理を明確にしただけで決して預言者を気取ってはいない。
そうでなければヘーゲルやライプニッツを論じた方がましだ。

ネグリは価値論ではなく価格論としてのマルクスの経済決定論を学び,分析に活用すべきだ。
帝国主義は資本輸出を伴う軍産複合だからイメージだけで批判しても不毛だ。
853考える名無しさん:2008/12/28(日) 13:52:49 0
結局政治哲学は政治学にはならない。
854考える名無しさん:2009/04/07(火) 06:29:38 0
そうかな?
855考える名無しさん:2009/04/17(金) 05:39:24 0
この文からは、ネグリがプラトン的実在論を擁護しようとしているとは読めんが
プラトンらを批判しとるんじゃろ
856852:2009/04/17(金) 20:42:34 0


ネグリのスピノザ理解はドゥルーズ経由で、従ってライプニッツ寄りだ。
それはそれでかまわないが、例えばかつてゲーデルは、ライプニッツをプラトン主義者として
解釈し、自らをその系譜で実在論者と規定(これは正確で建設的な規定だから有意義だ)していたが、
ネグリにはそうした自覚がない。

ネグリはこうした自己規定が曖昧だから、建設的な議論にならない。
アリストテレスのカテゴリー論を批判するなら、
全体主義者プラトン(byポパー)から実在論者としてのプラトンを奪い返すのが彼のプログラムであるべきだ。
(これは端的には政治主義からの脱却を意味する)。
歴史的なアナーキズムへの無理解といい、あまりに惜しい。

繰り返すが、
観念論者か実体論者かどちらかの系譜であるかと言えばネグリは実体論者だろうが、問題はネグリにはその
歴史的な系譜の自覚がない。

マルチチュードの連帯は時空を超えたものであるべきなのに。
857考える名無しさん:2009/04/18(土) 07:03:55 0
ネグリを実体論者とみなす根拠がわからん

ゆえに、なぜ「実在論者としてのプラトン」を奪還ような企てを、あのネグリがしなければならんのかも、さっぱりわからん
858考える名無しさん:2009/06/06(土) 13:09:53 0
保守
859考える名無しさん:2009/08/10(月) 02:47:27 0
この頃マルクス学者がスピノザに擦り寄っているな。スピノザを汚染するな。汚らわしい。
860考える名無しさん:2009/08/10(月) 06:14:42 0
ドゥルーズの頃からずっとそうだろ
そもそもマルクスとスピノザが無関係だと言うのもマルクス理解においてどうなのよ
861考える名無しさん:2009/09/13(日) 01:16:18 O
マルクスの理想って、案外と素朴なギリシャ崇拝だったりしねえ?
862考える名無しさん:2009/09/13(日) 01:25:58 O
>>856
>マルチチュードの連帯は時空を超えたものであるべきなのに。

資本論の導入部分の一見さんお断りな風の執拗な議論が良いよな。
863考える名無しさん:2009/09/13(日) 01:44:51 O
市場原理完全無視の労働価値説の絶対座標系で、砂漠のごとき
一見、論理学のような無意味な論理が延々と続く。
864考える名無しさん:2009/09/13(日) 09:04:10 O
社会が豊かになって進学率が上がると、誰も彼もがホワイト・カラーに
なりたがる。ホワイト・カラーになれなかった人間は文字通り、人生を
落第したことになる。
865考える名無しさん:2009/09/13(日) 09:54:54 0
視線とか「まなざし」とか言い出すと大体、話はgdgdになるけどな。
文学とか哲学の人がそーゆーののメタファーに光学用語とか使うと
理科の得意な中学生なら間違えないような間違い平気で書くし、
じゃあそれはポエムで、文脈から推論しなきゃいけなくなって面倒くさかったりするからヤなんだよな。

http://wwwsoc.nii.ac.jp/robun/bulletin38/38_mouri.pdf

↑でも「映画はネガに光を当てることによって投射される」とかあって。
ネガじゃねえよポジだよ。気取らないでフィルムって書きゃいいのに。

ふと「虚像 実像 実体」でgoogle検索してみて、最上位に表示されたのが、

http://www.satoshi-nitta.com/nemuri5/nemuri-852.htm

うあー。なんだこれ。
866考える名無しさん:2009/09/13(日) 11:50:37 O
そいつは「映像の詩学」という奴だよチミ
867生電社:2009/09/13(日) 17:19:16 O
868考える名無しさん:2009/09/13(日) 19:15:56 0
この数十年間で日本の政治思想・評論業界は孤絶し、かなり立ち遅れてしまった。ドイツとフランスの
古色蒼然たる百年前、二百年前の政治思想の本を。訳も分からないまま読み続けてるのが現状だ。
全くヒドいものだの一語につきる。
日本の八十年代の言論を圧倒したフランスの構造主義の大家ミシェル・フーコのような、現代もの
でも、かなり癖のある思想・哲学なのであって、本当はフーコや、ジル・ドゥールズらの思想は
「人文」である。文学あるいは文化研究なのだ。政治権力なるものを生まで扱う学問ではない。
現在のフランスやドイツの本当の最高の知識人たちとは「どうやったら、自分たちが、アメリカ
の支配から脱却できる」を本気で考えている人々だ。日本知識人は文化研究しかできない人々だ。
副島隆彦「日本の秘密」 P148~149


これ以外に下等学問としての 「人文」というのがある。この人文というのはヒューマニティーズの
日本語訳である。 ヒューマニティーズとは「人間、および記録された文学に関わること」という
意味である。 簡単に言えば現在で言う文学(部)のことである。他に歴史学があり、その内容は
古文書や石碑の文の解説などを行う。これらは、学問としては下等学問である。
これとサイエンス(学問)の区別をつけなければならない。これが日本人にはできていない。
すべてごちゃまぜなのが日本の大学制度である。国家的学問犯罪と呼んでもいい。
大欠陥学問観と呼んでもいい。日本の大学は、世界基準では高等学校程度であろう。
このヒューマニティーズとサイエンスの区別がついてる日本知識人がほとんど
いない。すべてごちゃまぜである。
副島隆彦「ハリウッド映画で読む世界覇権国アメリカ(上)」P324
869考える名無しさん:2009/09/15(火) 14:59:19 0


67 名前: 考える名無しさん Mail: 投稿日: 2009/07/19(日) 01:17:35 [ 0 ]
別冊情況で今出てるらしい
「68年のスピノザ」って特集なんだけど
ネット上で買えるとこないかな?
海外なんで、ネットで買えるところ探してる。

68 名前: 考える名無しさん Mail: sage 投稿日: 2009/07/21(火) 22:59:46 [ 0 ]
>>67
ttp://situation.main.jp/
「情況」のHP。買えるところにリンク貼ってるよ。

しかし、この号は買ってよかった。マシュレーとマトゥロンの「野生の
アノマリー」評、ネグリのスピノザ論が四本翻訳されてるし、
上野修、鈴木泉、江川隆男、上村忠男、市田良彦、小泉義之、廣瀬純、浅野俊哉
とよくまあ原稿が集まったなあって感じの壮観さ。で、肝心の編集長がもろ全共闘
世代で、マルクス−ヘーゲルなので、スピノザが分からんと言ってるのが、可笑しい。
でもそうなんだよね、俺も散々研究会で実感したもん、この世代のスピノザ軽視は。
870考える名無しさん:2009/11/21(土) 21:47:38 0
ネグリさんにも一度日本に来て欲しいな。
871考える名無しさん:2009/11/22(日) 11:32:22 0
Commonwealth読み始めたけどいい感じ
872考える名無しさん:2010/02/07(日) 01:15:06 0
ネグリに対するランシエールに興味があってチビチビ読んでるんだけど、
ランシエール読んでいる人います?バディウ読んでいる人はいるみたいですけど。
873考える名無しさん:2010/03/03(水) 16:15:58 0
復活
874考える名無しさん:2010/03/04(木) 11:12:48 0
マルチチュードって実際のところどうなのよ。
シーシェパードみたいなのもマルチチュードなんだろ?
875考える名無しさん:2010/03/04(木) 11:38:06 0
>>874
それでなにが悪いの?
876考える名無しさん:2010/03/04(木) 13:28:34 0
>>874
シーシェパードもマルチチュードだし、2ちゃんねらーもマルチチュード。
2ちゃんを落したコリアンもマルチチュード。

マルチチュードの具体的行為の是非を語ることに意味はないよ。
877考える名無しさん:2010/03/04(木) 17:11:51 0
いや、具体的行為はどうでもいいのだが、
私たちのようなねらーやシーシェパード他NPOや民衆蜂起が帝国をのっとれるの?って話。
正直、可能性を感じない。
878考える名無しさん:2010/03/04(木) 21:27:25 0
>私たちのようなねらーやシーシェパード他NPOや民衆蜂起が帝国をのっとれるの?

「帝国の思惑どおりにはならないぜ!」ということにはなるだろうけど
あたらしい秩序は作れないだろうね。でもあたらしい秩序を作っても
それはあたらしい帝国になるだけだし、帝国を否定するんなら秩序を
求めたらダメなんだよね。

ってことはまずは帝国壊し、その後どうするかは壊してから考えれば
いいんじゃね?

ってことだと理解してる。

それに可能性を感じるかと言われれば、微妙。
879考える名無しさん:2010/03/04(木) 21:45:17 O
世界の名著の「オルテガ/マンハイム」の巻はガキの頃から
背表紙しか知らない。
880879:2010/03/04(木) 21:48:36 O
>>879
イミフな話すんなコルァ
881考える名無しさん:2010/03/04(木) 22:02:17 0
オルテガって最初にやられた奴だっけ?
882考える名無しさん:2010/03/04(木) 22:05:36 O
ア・バオア・クーがアフガニスタンに見えるんだろ?
それがどうした?
883考える名無しさん:2010/03/04(木) 22:10:12 O
五月革命以降ベトナム戦争集結に伴って70年代は日本は左翼運動が
衰退期で、80年代からすぐ反共右派の反転攻勢が始まったのな。
空白期間ってないもんだ。
884考える名無しさん:2010/03/05(金) 07:38:04 O
宇宙世紀0079は実に忙しい年だな。
米中国交回復
イラン・イスラム革命
中越戦争
スリーマイル島事故
サッチャー政権
アフガニスタン侵攻
日本で最初のサミット
ウォークマンやPC8001発売とか
885考える名無しさん:2010/03/05(金) 08:38:22 O
土曜日午後五時半朝日放送系列の合体ロボットアニメーションも
妙にキナ臭くなってさ。
886考える名無しさん:2010/03/05(金) 08:50:21 O
サダム・フセインも79年大統領就任、イライラ戦争はスタートラインが
立った年だ。
887考える名無しさん:2010/03/05(金) 08:58:56 O
スタートライン「に」

アメリカのテコ入れでだろ?
888考える名無しさん:2010/03/14(日) 21:14:45 0
70年代ってのは、やっぱり空白の印象強いよな。
赤軍は海外に出てっちまったし。
889考える名無しさん
sage