◆◇現象学・再入門◆◇

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673純一
その時、私は母親の後手を眺めながら、神社の境内を横切っていた。

私の母の手に握られているは、私の大学の退学届、
空を見上げると、並木の木々の間から木漏れ日がキラキラと揺れながら歩いていた。

「ねえ、母さん」

「何?純一」

「ごめん」

「…いいのよ」

母親の古惚けた軽自動車は、丸八スーパーで止まった。
夏の暑い日、中古車のハンドルは溶けそうなくらいに、熱せられている。
674純一:2007/04/29(日) 00:44:42
丸八スーパーは、幼少期からの私の記憶の一部である。
不安定な旦那を持つ彼女にとって、私もまた子供の一人である。

サイドブレーキをかけると、埃だらけの熱い中古車から彼女が身を起こす。
彼女は買い物をするつもりなのだ。

彼女にとっては、買い物は丸八であって他の空間に依存したりはしない。
きっと、死ぬまで彼女はこの世界で生き続けるつもりなのだ。

それが不幸だと思っているのも、きっと私だけだ。
675純一:2007/04/29(日) 00:57:15
母はふざけたつもりなのか、特売品の菓子の
詰め合わせみたいなもの(三歳〜四歳児向けくらい)を買ってきた。

「ほら」

「うん」

こういった菓子類を、母はふざけて買う質ではないのは分かっていた、
ただ単に、安価だから買ってくるのだった。
ビニール袋に入っている菓子類は、今となっては対象となる子供すら見向きもしないものだろう。
節分にでも食べるような炒り豆、まだ製造が終わっていなかったのかわからないほどに古い昔の忘れ去られたお菓子、
そして、作ったであろう製造機器の匂いのする綿菓子等々、この歳に食べさせる代物ではない。
676純一:2007/04/29(日) 01:09:54
私は哲学者のつもりなので、手には哲学書が握られていた。
でも、本当は握っていなかったのかもしれない。

熱く熱せられたアスファルトからは地が歪んで見える。
子供の頃は良く、それが蜃気楼のような様相をていする事に友達と興奮したものだった。
今の自分はどうか、たぶん違う場所に立っているのだ。

中古車の中の、乞食が握る哲学書と、車の外に広がる陽炎のあるアスファルトは、
外では普通に過ぎていく、彼女がいる時間とは全然流れの違うものだった。
677純一:2007/04/29(日) 01:31:49
行く先々で出会う人々は、まず、私を一人の人間として扱う。
概念的な人間ではなくて、通常の意味での人間として、だ。

つまり、私だけが人間ではないのだ。
なり切れていないどころか、別のものに成り下がっている。

何を偉そうにしていたのか、と、ふと思う思惟。
その途端に、前に居た世界の癖で、それを抽象概念に差し替えようとする自分が居る。
そしてまた嫌悪感を抱く自分を見なければならなくなる。
678純一:2007/04/29(日) 01:59:01
畳敷きの空き部屋で、1人で余っていたワンカップを空ける。
外からは虫の鳴き声が聴こえる。

あぐらの下は十年前と少しも変わらず、あちこちが剥がれている。
ここは、十年位では全く何も変わらないところだと思った。
かつて、私が居た場所は3カ月もすれば景色は変わっていた。
それが健康の証でもあった。

綺麗な店に、綺麗な…
679純一:2007/04/29(日) 02:04:52
かつて、私がそこに居た頃、コンビニの看板は飴のように見えた。
それは、海岸から直ぐ近くにあったのだ。
剥きだしのコンクリートが並ぶ、高速道路の下には、
いつ消えるかもわからない小さな砂浜が広がっている。

そこは、私がカミュを渡された場所でもあった(別項参照)。
あの子のことを思い出すも、それはただ私が挨拶を交わしたというだけのことに過ぎなかったのだが。
それよりも話は夜に遡る。
680純一:2007/04/29(日) 02:18:18
いつものように私は、海岸を歩いていた。
それは、何てことのない、唯の現実逃避の為の海岸歩きだ。

海岸や砂浜を歩いたとしても、誰かが救ってくれるのは勘違いだと、
この時になってようやく気付き、小説や映画の観念から解放された。

では、何故、海岸を歩いたのか?
それはよくわからないものの、海岸を歩くことで救われた面があったからだと言う他ない。
たとえば、タールのような海だとか、別世界のような海岸のライトだとか、
そういうものが私を救ったというより、それしか私を救ってくれなかったのだろう。
681純一:2007/04/29(日) 02:26:01
要するに私は1人だったのだが、何故、
海岸歩きがそれほどまでに私を救ったのかはわからなかった。

しかし、ここで思い出したことがある。
ある日の夜、夜明け前に私はいつもの海岸へと向かったのだった。
その日は月が空に昇っていて、例の詩のごとく、太陽が海と溶けるのではなく、
驚くべきことに、月が海と溶け合っていた風景を、私は絶壁から見る機会に見舞われた。

海は常に揺れているから、月が海上に写る際には、月は円形をとどめていない。
月は海の底から光を放っているように見えたのだった。
682純一:2007/04/29(日) 02:37:52
私が砂浜に降りた頃は、夜明け前になっていたが、
月は依然として輝いていたから、まだ夜が半分くらいだったのだろう。

普段はそこまで起きないのでわからなかったが、
それは生きてきて一度も見ていない景色であったのは確かだった。
その時の空は薄暗い青であって、だがしかし、月明かりのおかげで真っ暗でもなかった。

その海は冷たい温度であり、波が起こす音も聴こえた。
しかし、何よりも珍しかったのは、月が海と融合しているという点にあった。
たしかに、空には月が浮かんでいるのだが、月の光自体は海水と完全に融合している。
683純一:2007/04/29(日) 02:49:38
煎じ詰めれば、それは金ということだった。
帰ってからもずっとその余韻は続いていた。

それが綺麗なのは、その金が流れるように揺れ動いていたからだ。
海水と月光が融合する場所でしか、その金は発生しないのであるから、
そこにある金は、その場所と時にしかあらわれないという意味で本物の金になる。
684純一:2007/04/29(日) 03:02:41
そうであるならば、物質的な金はこの本物の金の比喩みたいなものであり、
物質的な金の本質は、その物体ではなく、その金の光にあることになる。

物質的な金は、あの時の金のおそらくは比喩としてだけの模造品なのだ。
では、この本物の金は一体何だったのか、
1つは、これは独りで見なければ、意味の無いものであるという点、
もう1つは、これは何らかの宗教的な意味合いを持っているという点である。
685純一:2007/04/29(日) 03:22:19
そんな風に思いを巡らせながら、ワンカップと共に夜は更けていった。
私は今でも時々思い出す、故郷の子供の頃の遊び場を思いながら眠りについた。

隣にいる名も忘れた友達と、釣りに出掛ける。
少々山の中のため池、塞き止める為の西洋レンガに蔦が這う深緑色の池である。
そこまでくると、もはや何も無い、レンガの上に座って、時々見える魚を追うか、
それとも、何もない緑の景色を見るかである。
686純一:2007/04/29(日) 03:41:40
山道を登ると、今は使われていない広場が山頂に残っている。
兎の置物だけが、当時からそこに子供の影を偲ばせるのである。

だが、そこで気付いた。
私が哀愁を抱くこの全てに、おそらく同世代の人間は誰も興味がないだろうということだ。
金儲けと色欲しか頭に無い波平やポールを思い出し、彼等が金儲けや色欲の観念から解放されるのは、
後、何十年先なんだろうか、などと考えていると、私はいつの間にか深い眠りについていた。
687純一:2007/04/29(日) 20:51:59
黄色い傘と黄色い帽子は、かつてそのものであった存在のシグナルでもある。
紫陽花が咲く通学路の下校時間には、勿論、蝸牛が存在している。
地面に打たれる雨と、淡い光に微細に照らされる砂利の白い光は、
泥水が空を写し出すのと同様、憂鬱なものなのだ。

坂を上がると、どこかでこの街が見える。
そんな幻想は、民家の冷たいコンクリート壁によって遮断される。
番犬の鳴き声、それが今の1人雨によって何か異次元の音に、
日常の音が抵抗しているといった次第だった。
688純一:2007/04/29(日) 20:56:23
冷たい滴に濡らされた小さい手は、やがて同じく冷たくなり、
霜焼のような痛みと共に、内部にほんの少し温度を残し、その痛みだけを残していく。
濡れた体は、砂嵐の音と共に誰かにこのことを話すという仕草を拒絶されるのだ。

不意に、雨が作る音の壁が、人の声によって再び遮断される。
小さな子供の孤独が終わり、生暖かい日常の、人の空気に触れて、
また、下校時間まで、雨音に遮断されることは無い。
689純一:2007/04/29(日) 20:59:50
鋏で真っ赤な紙を切る時は、窓の外に目をやりましょう。
孤独な雨が、今ここにいる人間の空気から遮断された状態で、
再び人を1人にしようと、孤独に待ち構えています。

私は、糊をとって、いつもの通りキャンバスに貼り付けるのだった。
690純一:2007/04/29(日) 21:09:14
ところで、そろそろ彼女の話に戻らなければならない。
彼女との出会いはいつも待ち構えた様に現れるのだ。
私の人生の局所局所で、突然光を放つ雷鳴の如くである。

まず、彼女は師として現れた。
その怠惰な師は、低俗さの権下でもあったが、一種の開き直りを感じさせた。
私は彼女に掴みかかったのだが、彼女はさも当然かのようにそれを拒絶した。
691純一:2007/04/29(日) 21:12:31
次には、彼女は同世代の仲間として現れた。
はたまた低俗な観念を振り回して、よく人を屈服させていた。

私は彼女に皮肉を吐いた。
彼女は理屈の虚構を暴かれると、お馴染の低俗な理論を振りかざした。
そして、それ以来、つい最近まで会うことも無かった。
692純一:2007/04/29(日) 21:14:09
意外なことに、彼女からの電話だった。
ありえないことだと思いつつも、電話をとり、会いに行く。

変わっていなかった。
彼女には彼女なりの方程式で、私を理解しているらしいことがわかった。
693純一:2007/04/29(日) 21:22:37
もうその時点で、私が求めているのが、
理論的整合性ではなくて、その奥にあるものだということがわかった。

波平やポール等同世代の仲間と話していると、彼女とはまた違った感覚を持った。
彼等はやはり所詮理論と生き方を一致させることはできないのだ。
彼女は買い被りもあれど、理論的営為に一切加わらないことによって、
彼等とはまた違う意味で、私にとっては一致した意識のように思えたのだ。
694純一:2007/04/29(日) 21:33:56
最終的に、おそらくは彼女は母であって、
その弾痕だけが、私の哲学の主要テーマの奥義なのはわかりきったことだ。

そして、おそらく、両方とも妙な決意によって不幸だということだ。
695純一:2007/04/29(日) 21:50:06
なにかつまみでも買いに行こうと、夜中のコンビニに急いだ。
時々、遠くの方から電車の明かりが見えるのだ。

感覚的に冷たい体は、私が今、一切の人の営みから外れた生き方をしている、
という点を認めなければならない程だった。

暗い夜道の脇にひっそりと生える雑草には、きっと私しか気付いていない。
そんなことを直感的に思いながら、街の向こう側で走る電車の明かりを見ていた。
明かり、もしかすると、私よりも同世代の仲間達は、もっと明かりがある空間にいるのかもしれない、
いや、きっとそうだ、と初めてそんなことに気付いたのも、その年のそんな買出しの最中だった。
696純一:2007/04/29(日) 22:13:46
同世代の仲間の言葉に一喜一憂する、そんな生活な馬鹿馬鹿しく思えたが、
今の自分がその言葉の中で生きられないからこそ、そんなことを考える。

そんな中、>>664が目にとまるが、同世代の太郎が私と感覚が同じだとは思えなかった。
おそらく、何か決定的に違うのだろうと思った。

次はそんなことを思い出してみる。
697純一:2007/04/29(日) 22:18:50
太郎は自作自演の名手という印象が一般的だった。
この自作自演は、理論を扱う者にとっては禁じ手であるが、
立場を明らかにしない、という手法はそこら辺の誰でもやってる事なのであり、
それが理論的純度を著しく落とすことになるからである。

即ち、それをやってしまえば、理論的な整合性等、最初から必要ないのである。
それ故、彼への第一印象は似非哲学者という印象だった。
698純一:2007/04/29(日) 22:29:22
私は他の場面でも、太郎やポール、それに波平のような友達が多かった。
学生時代に理論的純度を追求していた時代は、彼等が社会と関りを持ちながら、
次第にその純度を落としていく。

ある時、波平と私は休憩所で話していた。
波平は哲学や思想で食っていけない場合には、宗教で稼ぐと言った。
それは、もはやあの時のような理論的な追及が、純粋なものではなくなってしまったことの証明でもあった。

またある時、ポールと話していた時のことだった。
ポールは解けない哲学的問いを前にしても、決して己の無知さを疑うことはなかった。
それは、もはや彼等二人が大人になってしまったことの証明である。

つまり、普通の、理屈を振りかざす、
そこら辺のよくいる世代特有の大人になってしまったということである。
699純一:2007/04/29(日) 22:41:25
では、太郎はどうか。
私は実は太郎のような人物も友達に多いのである。

この友達もやはり、色々な仕事を経験しているが、
一般的な人間としてならば、それも構わないと思うのだが、
やはり、根本的には理論的営為とはまた違ったものである、という具合に見えるのだった。

一言にまとめると、彼等計3人は、私からすると、
団塊Jr世代特有の思考形式に嵌った思考回路の中で永遠にループを繰り返してるように見えるのだった。
700純一:2007/04/29(日) 22:47:13
例えば、仲間で彼等3人が集まると、
団塊Jr世代特有の話題に固執するようになってしまう。
彼等3人にとって、それは理論的営為とは全く無関係に行われる世間話に過ぎない。

だが、私からすると、それはやはり世代的思考回路を少々甘く見過ぎているように見えるのだ。
確かに、同じ世代同士なら共通の話題を持つことは、普通のことであるが、
同時にそれは、理論的な純度が世代的共同体のドグマに負けた、ということでもあるのを、
もはや、彼等3人は気付ける程にナイーブではないのである。

何故、彼等3人はナイーブになるのか、というと、
社会に出て、それなりに認められたという知らず知らずの自負が、
精神のナイーブさの根元である、アンバランスの感覚を奪ってしまうからなのだ。

それ故、もはやこの同世代の友達は哲学を真に行うことはできないのである。