うっせーばっかー♪
( ・ё・)__ __うっせーばっかー♪
ノ/ ¶/\_\. |[l O |
ノ ̄ゝ\/__/ |┌┐|
| ̄ ̄ ̄| __ll__ .|└┘|
| ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄|
( ・ё・)__ __<3
ノ/ ¶/\_\. |[l O |
ノ ̄ゝ\/__/ |┌┐|
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| ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄|
カトチャン、ペッ
5 :
考える名無しさん:04/12/24 12:16:55
哲学板 ますます人少なくなったみたいね・・・
>>976 :考える名無しさん :04/12/21 06:38:29
>>965 魂を超越的世界と捉えるのはイデオロギーである。
↑
違うな。お前は間違っている。
ニーチェは魂を体感しながら、自己の思考や、見てきたものの根底に横たわる、
人間の共通性を認識し、それを愛したのではないか。
機械論的宇宙が永劫回帰することを魂が肯定し、愛したのだよ!
↑
それは間違っている。
悟りを開けば自己の循環から出られる。
と釈迦も説いた。それに生まれ変わるたびに普通は
魂が学習しどんどん善性が開発され深みのある人間になる。
魂の進化の仕組みは物理の法則ちが少し いやだいぶ違う。
お前は全然わかってない。
原子の世界だって 100のものを二つにわると50と50ではなく
100と100のにわかれる。
お前の狭い視野で宇宙のことがわかるはずはない。今の段階では。。。
お前は俺の見解を読んだのか?少し(ずっと)前にそこそこ詳しく書いてあるぞ。
霊的進化 魂の進化 霊界通信 類魂説 (悟りを開いた)マスター
その他色々検索してみろ。
霊界通信・・・
まさしく電波・・・
10 :
@@@:04/12/24 14:13:26
>>985 :963 :04/12/21 20:17:11
>>976 > 魂を超越的世界と捉えるのはイデオロギーである。
確かにそうですね。私にとって自然なイデオロギーだということに気づかされました。
ただ、
> ニーチェは魂を体感しながら、自己の思考や、見てきたものの根底に横たわる、
> 人間の共通性を認識し、それを愛したのではないか。
> 機械論的宇宙が永劫回帰することを魂が肯定し、愛したのだよ!
といわれると、それはそれでイデオロギーかな?(いや、別に子供じみたオウム返しをしようとしているわけではありません。)というような気がします。
「魂」の体感が可能かどうか……。たとえ何かしらの「体験」ができたとしても、それは究極「信仰」だ、ということになりませんか。
私の論法というか、論理が、もしかしたら不毛かもしれませんが。
↑
魂はお前の内部にあるではないか?
信仰とは関係ない。
ある意味 魂=心の声+良心だよ。
あなたがたは魂でもあるがあなたがは
今この瞬間は魂 精神 身体および人間の視点を持つ生物でもある。
11 :
@@@:04/12/24 14:13:58
12 :
考える名無しさん:04/12/24 14:15:22
ニーチェは梅毒ですか?
13 :
@@@:04/12/24 14:15:23
ニーチェの永劫回帰について。。。
進化って
鉱物→植物→動物→人間→神→大神→大大神→大大大神→以下永遠無限の終わりのない
拡大一方の永遠無限の向上進化あるのみでは?
魂の数なんて無限で一定ではないだろう。。。
違うの?
永遠無限にくり返すのは あなたの一部では?
つまり あなたの人生→大神になった一部(あなたの人生)→
大大神になった一部(あなたの人生)→大大大神になった一部(あなたの人生)→以下永遠無限
では。。。
つまり あなたの人生→拡大したあなたの人生の一部(あなたの人生)→もっと拡大したしたあなたの一部(あなたの人生)→
さらにもっともっと拡大したしたあなたの一部(あなたの人生)→以下永遠無限で
つまり 永遠無限にくり返すのは 拡大した一部ででその次はまたその一部の中の一部で 次は
その一部の中の一部の中の一部で。。。以下永遠無限であると。。
同じであったとしても
同じものが(つまり今のあなたそのものが)永遠無限にくり返されるわけではないと思うのだが。。。
14 :
考える名無しさん:04/12/24 14:16:57
おい一秒差だぞ
15 :
@@@:04/12/24 14:17:12
16 :
@@@:04/12/24 14:17:45
ニーチェの永劫回帰について。。。
で永遠無限にくり返すのは
つまりa→ab→abc→abcd→以下永遠無限の拡大なんだが
a→abになるabはやがて→abcになる
で a←これをあなたの個の魂 つまりあなたの人生と仮定します。
あなたはやがてabになります。
で あなたがabになった時 a を産み出します。で生み出したaがやがて
abになった時 a を産み出します。この時あなたはabcになってます。
abcはabを生み出し abcdはabcを生み出すと思われます。
で あなたが生み出したaがやがて
abになった時 a を産み出しますが そのaもやがてabになった時 a を産み出します。
これが永遠無限にくり返されるので そういう意味では同じことがくり返されると
いうのも正しいかもしれませんが 全く同じ人生 ということはないと思われますが。。
これは私の勘なのですが 多少違うと思われます。
なぜなら 同じ顔 同じ指紋 同じ葉っぱというのは存在しないのですから。。。
かなりかなり似ているものは存在すると思われますが。。。
一秒前の自分と1秒後の自分も 同じ ではありません。。。
では。。。
人間が神に進化するか?
18 :
@@@:04/12/24 14:18:56
ニーチェの永劫回帰について。。。
訂正
つまり あなたの人生→拡大したあなたの人生の一部(あなたの人生)→もっと拡大したしたあなたの一部(あなたの人生)→
さらにもっともっと拡大したしたあなたの一部(あなたの人生)→以下永遠無限で
つまり 永遠無限にくり返すのは 拡大した一部ででその次はまたその一部の中の一部で 次は
その一部の中の一部の中の一部で。。。以下永遠無限であると。。
同じであったとしても
同じものが(つまり今のあなたそのものが)永遠無限にくり返されるわけではないと思うのだが。。。
↓
つまり あなたの人生→拡大したあなた(あなたの人生)→もっと拡大したしたあなたの一部(あなたの人生)→
さらにもっともっと拡大したしたあなたの一部(あなたの人生)→以下永遠無限と。。
つまり 永遠無限にくり返すのは 拡大した一部ででその次はまたその一部の中の一部で 次は
その一部の中の一部の中の一部で。。。以下永遠無限であると。。
同じであったとしても
同じものが(つまり今のあなたそのものが)永遠無限にくり返されるわけではないと思うのだが。。。
訂正
向上進化→進化向上
19 :
@@@:04/12/24 14:19:23
魂の仕組みや類魂説をできるだけ詳しく説明できる方
私の見解は正しいでしょうか?
できればメールで教えてください。
お願い致します。
[email protected] どうかよろしくお願い致します
20 :
@@@:04/12/24 14:19:47
↑
21 :
@@@:04/12/24 14:21:33
22 :
@@@:04/12/24 14:22:59
>>974 :考える名無しさん :04/10/05 12:42:21
メールはしないけど、
キミの意見は、正しくないと思う。
↑
では書いたら 哲学板に書いたよ
と一言だけ欲しいです。
お願い致します。
他の方もご意見があればメールください。
お願い致します。
23 :
@@@:04/12/24 14:24:07
24 :
考える名無しさん:04/12/24 14:24:25
最悪・・・
>>21 哲学板より、宗教の板に行ったほうが、詳しい人いると思います・・・
26 :
@@@:04/12/24 14:24:34
また上記と関連して
やはりわれわれ進化して 神 創造神 大宇宙創造神 大大宇宙創造神 大大大宇宙創造神
と以下永遠無限に終わりのない拡大をし続けるのが
進化ではないのでしょうか???
なぜかと言うと 神との対話という本には
すべての魂は最初につくられたぶんの一部だ
という文章があるからです。
つまり 今存在してる全宇宙全生命は 太古に(最初に)創られた魂の一部
で つまり太古に(最初に)創られた魂は 遥か昔 元人間だった進化し 自己意識も
無限に拡大し 今はもう
神(のような存在)になり (根本宇宙神は一人かもしれないが)
その拡大した自己意識の神の意識の一部(←つまりその意識の一部が
われわれ(今の全宇宙全生命)であり)
を無数にわけて 無数の自己を体験しているでは?と思うのですが。。。
どう思われますか?
ニーチェって基地害だろ?
28 :
@@@:04/12/24 14:25:26
つまり
創造自体は意識的、創造的状態で7つの劫にわたって生きる。その後、同じ期間にわたって眠りにつくが、創造はそこで 7層倍に 膨張する。そして7つの劫を経た後、7層倍になって 目覚め創造する。(1つの劫は311,040,000,000,000地球年、7つの劫は
2,177,280,000,000,000地球年であり、これを永遠とも呼ぶ。
7つの大いなる時の7倍は永劫である。)
↑
によると ↑(ビリー・マイヤーだったかな?みたいな人の
サイトから抜粋しました)
宇宙の膨張や収縮に全く関係なく ←←←(注)
宇宙意識は ひたすら7倍×7倍×7倍で無限に拡大していくのでしょうか?
ひらすら拡大一方で 決して収縮せずに拡大一方のみっでしょうか?
また
このことから進化は 鉱物→植物→動物→人間→神→宇宙創造神→大宇宙創造神→大大宇宙創造神
→大大大宇宙創造神と以下永遠無限で終わりのない拡大一方のみでしょうか?
そしてそれはまた ひらすら拡大一方で 決して永久永遠に収縮せずに拡大一方のみでしょうか?
非常に気になります。
推測でもかまいませんので
できれば できるだけ詳しく答えて欲しいです。
でも できればできるだけわかりやすく お願い致します。
では失礼致します。
29 :
@@@:04/12/24 14:26:51
↑
ちなみに 28のビリーマイヤーという人の
チャネリングが正しいかどうかはわかりません。
各自自分でよく考えてください。
では失礼致します。
30 :
@@@:04/12/24 14:29:21
上記に関連して
神との対話 という本にも
人に与えたことは7倍になって返ってくると書いてありました。
それはつまり
宇宙意識は ひたすら7倍×7倍×7倍で無限に拡大
するのが正しいのかもしれません。
創造自体は意識的、創造的状態で7つの劫にわたって生きる。その後、同じ期間にわたって眠りにつくが、創造はそこで 7層倍に 膨張する。そして7つの劫を経た後、7層倍になって 目覚め創造する。(1つの劫は311,040,000,000,000地球年、7つの劫は
2,177,280,000,000,000地球年であり、これを永遠とも呼ぶ。
7つの大いなる時の7倍は永劫である。)
↑
によると ↑(ビリー・マイヤーだったかな?みたいな人の
サイトから抜粋しました)
ビリーマイヤーという人の
チャネリングが正しいかどうかはわかりません。
各自自分でよく考えてください。
では失礼致します。
ちなみに 28のビリーマイヤーという人の
チャネリングが正しいかどうかはわかりません。
各自自分でよく考えてください。
では失礼致します。
↓
ちなみに
>>28のビリーマイヤーという人の
チャネリングが正しいかどうかはわかりません。
各自自分でよく考えてください。
では失礼致します。
32 :
@@@:04/12/24 14:31:28
33 :
@@@:04/12/24 14:32:02
↑
続き
魂の仕組みは複雑だが
つまりa→ab→abc→abcd→と(宇宙の拡大や収縮やビックバンなどに関係なく)
以下永遠無限の拡大となると
俺は確信します。
つまり (この全宇宙にある?!)すべての魂は 最初に創られたぶんの一部である
(神との対話 という本3巻12章)
という意味からみても
魂の仕組みはこういうことだと思います
つまりa→ab→abc→abcd→以下永遠無限の拡大なんだが
a→abになるabはやがて→abcになる
で a←これをあなたの個の魂 つまりあなたの人生と仮定します。
あなたはやがてabになります。
で あなたがabになった時 a を産み出します。で生み出したaがやがて
abになった時 a を産み出します。この時あなたはabcになってます。
abcはabを生み出し abcdはabcを生み出すと思われます。
で あなたが生み出したaがやがて
abになった時 a を産み出しますが そのaもやがてabになった時 a を産み出します。
これが 宇宙の膨張や収縮に全く関係なく ←←←(注)
永遠無限にくり返されると確信しますが。。。。
いかがでしょうか?
34 :
@@@:04/12/24 14:32:27
やはりわれわれ進化して 神 創造神 大宇宙創造神 大大宇宙創造神 大大大宇宙創造神
と以下永遠無限に終わりのない拡大をし続けるのが
進化ではないのでしょうか???
なぜかと言うと 神との対話という本には
すべての魂は最初につくられたぶんの一部だ
という文章があるからです。
つまり 今存在してる全宇宙全生命は 太古に(最初に)創られた魂の一部
で つまり太古に(最初に)創られた魂は 遥か昔 元人間だった進化し 自己意識も
無限に拡大し 今はもう
神(のような存在)になり (根本宇宙神は一人かもしれないが)
その拡大した自己意識の神の意識の一部(←つまりその意識の一部が
われわれ(今の全宇宙全生命)であり)
を無数にわけて 無数の自己を体験しているでは?と思うのですが。。。
どう思われますか?
35 :
@@@:04/12/24 14:32:54
上記が私の見解であり ニーチェの永劫回帰の見解は間違っていると
思うのですが。。。
皆様はどう思われますか?
反論ある方 できるだけ詳しく書いて欲しいです。
お願い致します。
できればメールください。
よろしくお願い致します。
またメールがめんどいまたは嫌だという方は
では書いたら 哲学板に書いたよ
と一言だけでも欲しいです。
お願い致します。
それすらも嫌なら結構ですが。。。(泣。。。)
他の方もご意見があればメールください。
お願い致します。
では 失礼致します。
36 :
@@@:04/12/24 14:34:31
魂の仕組みや類魂説をできるだけ詳しく説明できる方
私の見解は正しいでしょうか?
できればメールで教えてください。
お願い致します。
[email protected] どうかよろしくお願い致します
何回失礼してんだよ。
38 :
@@@:04/12/24 14:35:03
上記が私の見解であり ニーチェの永劫回帰の見解は間違っていると
思うのですが。。。
皆様はどう思われますか?
反論ある方 できるだけ詳しく書いて欲しいです。
お願い致します。
できればメールください。
よろしくお願い致します。
またメールがめんどいまたは嫌だという方は
では書いたら 哲学板に書いたよ
と一言だけでも欲しいです。
お願い致します。
それすらも嫌なら結構ですが。。。(泣。。。)
他の方もご意見があればメールください。
お願い致します。
では 失礼致します。
39 :
@@@:04/12/24 14:42:48
前スレ
>>659 :考える名無しさん :04/10/15 03:08:50
>@@@
一つ言って置く、全てを得ることは全てを失うに等しい
>>661 :@@@ :04/10/15 11:14:20
>>659 :考える名無しさん :04/10/15 03:08:50
>@@@
一つ言って置く、全てを得ることは全てを失うに等しい
↑
どういうことですか?
できるだけ詳しく説明してください。
お願い致します。
誠に誠にお願い致します。
40 :
考える名無しさん:04/12/24 14:43:37
なんで同じ内容のレスを何度もコピペしてんだ
確実に荒らしだぞ
荒らすつもりじゃなくてやってるのなら一度病院の精神科に行け
41 :
@@@:04/12/24 14:47:47
42 :
@@@:04/12/24 14:53:42
なんで同じ内容のレスを何度もコピペしてんだ
↑
一スレに一つだからいいじゃん。
確実に荒らしだぞ
荒らすつもりじゃなくてやってるのなら一度病院の精神科に行け
↑
すいません。
お許しください。
ただ自分の説を書いただけで前スレにあるのでここにまた
書いただけです。
まあ@@@が居ないとゴミスレになるのも事実。
44 :
考える名無しさん:04/12/24 22:02:50
@@@がいるとニーチェのスレじゃなくなるのも事実。
>>42 > 一スレに一つだからいいじゃん。
違うだろ、見直してみろ
それに1スレに1つでも良くないだろ
46 :
がじゅまろ:04/12/25 00:54:43
>>6
魂を超越的世界と捉えるのはイデオロギーである。
↑
違うな。お前は間違っている。
↑
根拠もなしに否定するのは、イデオロギーそのもの!
あくまで、私なりの現時点での結論であり、その見解を否定するのは自由だ。
しかし、「悟りを開けば自己の循環から出られると釈迦も説いた」
↑
は、あなたが釈迦でもないのに特定の人名の権威を根拠に反論する、三流社会学者
であることを示していると考える。
47 :
がじゅまろ:04/12/25 00:55:28
>>6
魂を超越的世界と捉えるのはイデオロギーである。
↑
違うな。お前は間違っている。
↑
根拠もなしに否定するのは、イデオロギーそのもの!
あくまで、私なりの現時点での結論であり、その見解を否定するのは自由だ。
しかし、「悟りを開けば自己の循環から出られると釈迦も説いた」
↑
は、あなたが釈迦でもないのに特定の人名の権威を根拠に反論する、三流社会学者
であることを示していると考える。
48 :
がじゅまろ:04/12/25 01:11:20
>>33
魂の仕組みを図式で示そうと考えるのは無駄な努力だ。
知識とは何ですかと聞かれて、脳のしわですと答えてそれが何を意味するのか。
結局、昔から、その人間が最も心の奥深くから体感した事を魂と名づけているだけなのだ。
確実にいえる事は、あなたがどれほど言葉や数式で理解しようとしても、死ぬまでの間にピュタゴラス学派の感じた魂を追体験できる訳ではないと言うことだ。
私には、魂を感じる行為自体が、一つの賭け事の結果にしか思えない。
魂に位階があるかについては、シュタイナーや仏教学派によって様様だと思うが統一されていないようだ。
それを、云々して魂が向上するのか果たして疑問だ。
俺は、
いわゆる高等動物が環境を制御する機能、
意識とか心とか呼ばれているものを、
魂と呼んじまうべきじゃないかとか思ってるが。
50 :
がじゅまろ:04/12/25 08:08:52
鉱物→植物→動物→人間→神→大神→大大神→大大大神→以下永遠無限の終わりのない拡大一方の永遠無限の進化向上あるのみでは?
鉱物より、植物の方が上に位置するというのは偏見だと思います。
そもそも、動物や植物も沢山あります。貴方の考え方だと、動植物のなかにも位階をつけなければなりません。
また、各グループ内で差異がない立場にたつ場合は、あなたは動物と人間との境界線について明確に定義できなければなりません。
それに、a→ab→abcの図式だと、abcdはaを含んでいなければ、aの上位者たる地位を失います。われわれは、鉱物をすべて含んでいるのでしょうか??
別の角度から考えてみましょう。
ここで、神という、魂??の点で人間より高度の存在形態があると仮定します。
しかし、魂が拡大するということは、進化向上と同列に扱うことはできないと考えます。
そもそも、あなたはニーチェの著作のほとんどを読破されたのですか?
あなたの見解は理解に苦しみます。前提として下記の点についての見解を伺いたい
。
@ニーチェは神は人間が生み出したと考えている。
Aニーチェはおおまかにいって時代によって人間のレベルが異なり、ギリシャ時代の人間の価値を最も高く評価している点。
>>50 >あなたはニーチェの著作のほとんどを読破されたのですか?
@@@がニーチェ読んでも理解が出来んだろ。
「自らを疑うこと」を頑なに拒んでるし。
てか何でニーチェなの?ハイデガーの方が@@@に合ってんじゃない?
ニチェーならリア消厨でも名前くらいは知ってるからね。
ニーチェ読んでる俺天才!これがわかる俺天才!!
おまえら普通の子どもたちとは違うんだぜ、大人も俺にひれふすんだ
ああ、今日もまた馬鹿どもが、2ちゃんで俺にたてついてくるぜって
妄想に浸れやすい。
これで30代、無職、病院からカキコしてます…
とかだったら合掌
俺ニーチェ結構好きだけど…何この電波スレ
54 :
がじゅまろ:04/12/25 17:48:18
>49
もう少し詳しく書いて欲しい!魂が揺り動かされるという表現は環境を制御する機能と無関係な気がする。
>51
そうやね♪@@@は僕には理解不能。
>52
2chはオナニーの場だからな。これで30代、無職、病院からカキコしてます…
とかだったら合掌 →合掌してくれてありがとう!で、あなたの推奨する(偏差値の高い?)哲学者は誰なんですか??
うわ・・・スルーできないで反応してるところをみると本当に・・・?
ほんもの。
教授に同じような手紙が来たのを見せてもらったことがある。
57 :
がじゅまろ:04/12/25 22:08:02
でも童貞じゃないけどね
にーちぇの「この人を見よ」を初めの何十ページか読んだんだけど笑ったよ!
ナルシストじゃん!wwwww
なぜわたしはこんなに賢明なのか
なぜわたしはこんなに利発なのか
なぜわたしはこんなによい本を書くのか
60 :
考える名無しさん:04/12/26 19:42:03
「この人を見よ」を読むとニーチェが如何に神経質で病的な人間だったかが分かるよな
ある医者は私をかなり長い間神経病患者扱いにしていたが、しまいにこう言った。
「いや、あなたはなんともない!私の神経のほうが心配性だったのです」と。
もうニーチェの相手するのが疲れたんだろうな
62 :
がじゅまろ:04/12/27 21:15:32
おまんら!ニーチェをナルシストとか神経症呼ばわりするのはやめろ。
病気や変人の一言で片付けるのは短絡的だし意味が全くない。
たとえ病気だとしても、ハイデガーやフーコー、ドゥールーズ等が検討している事実を無視している。
ただの病人(漏れのこと)ではないんだよ!
お前は自分が見えていてたいへんよろしい
64 :
考える名無しさん:04/12/27 21:57:51
ありがちょ♪
アリストテレスは奴隷制度を肯定してたし
カントは結局、悟性一元化に走っちゃったし
アインシュタインは晩年に量子力学を否定してたし
ニュートンは人の功績パクってたし
個人的なことをいい始めるとキリがない
66 :
考える名無しさん:04/12/28 00:15:09
ニーチェはかなり仏教の影響受けているよね。だいたい彼のいってることは
すでに千何百年も前にゴータマ君が言ってるよ。仏教は宗教というか哲学だね。
般若心教なんかモロに哲学だよ。
67 :
考える名無しさん:04/12/28 06:04:31
「私の哲学は階序を目指してきたのであって個人主義的道徳を目指してきたのではない」
この人の哲学は論語みたいなもんだと理解すればいいの?
68 :
がじゅまろ:04/12/28 06:41:08
どうやったら論語と結びつくんだ??精神の貴族だとのたまってるから、カースト制を
指してたんだろ。道徳は弱者/デカダンの思想らしいよ。
>>66
ニーチェは仏教を生理学と捉えている。ニーチェの思想に仏教の影響がみられると言うのは理解できぬw
「ニーチェと悪循環」もワケわかんないですけど。
70 :
がじゅまろ:04/12/28 21:18:26
クロソウスキーよりもバタイユの方が分かりやすいな。
ニーチェがソクラテス・エピクロスなど哲学者の間を彷徨うことで、個体の限界である裂け目まで導かれてしまう。
このことが、個体に悪影響を及ぼすという理解でよいのではないかな。
1.例えば近代哲学の祖デカルト。cogitoと物がきっちり二分割。
どうやったら統一できんのか。アポリアです。
2.善なる神が認識の正しさを保証→アンイさに非難囂々。
神を世界観の中心に科学的認識による文明の発展をもくろむです。
3.現実の諸科学分野への還元とかいろいろあって
「(普遍的)存在=神」概念の死。同心円状の文明構造崩壊です。
4.今こそ人間の時代か、と思いきや実は
1のアポリア再燃。「人間」「主体」といった概念もその統一を失い
信じるべきもの全くナシです。
(民族、国家といったものも既に混淆し引き裂かれており、
貴族、種族、力などの術語は日常的用法と違う)
5.ニヒリズムという「病」。諦念の人。それはそれでOK。
でも生理学的健康さを求めないと、氏にそうです。
6.何か(神とか科学とか)に与えられた「真理」の追求(奴隷道徳)
でなく永遠に回帰する無意味さ自体を無根拠に肯定、
価値を作り出す超ニヒリズムです。でも暴走特急的なアブナさも
感じるです。
72 :
考える名無しさん:04/12/29 14:57:23
>>66 ゴータマ君の言ってることなど、その1000年くらい前には既に
ヴェーダで説かれているけどな。
インド的悟りなどニーチェにとっては出発点にしか過ぎん。
73 :
考える名無しさん:04/12/31 18:04:52
『ニーチェ』ドゥルーズ(ちくま学芸文庫)の後半にある
「ニーチェ選集」ってもしかしてニーチェの文章をコピーしただけ?
これじゃ半分以上がニーチェの著作だと思うんだけど、、、
読んだ。意外にわかりやすかった。永遠回帰についてちょっとわかった気がしたYO
同じドゥルーズの「ニーチェと哲学」はよく分からん
76 :
考える名無しさん:05/01/01 23:02:21
じゃ、「ニーチェと哲学」はパスしよーっと。
78 :
考える名無しさん:05/01/03 11:43:11
レトリック、言い回しを楽しむだけでも読める。
久しぶりに読み返しているが「楽しい」よ、ニーチェ。
正月には刺激が強いな。
高校からずっとつきあいのあるクリスチャンのひとがいる。
趣味が合うところがあってよく会って遊んだんだけど
どうも通じ合えない。俗を嫌うところが特に。
母親が信仰に熱心でおれにちょくちょくキリスト教の
なんともセンスの無い本を送ってくる。
その母親はオレのことを哀れな子羊だと思ってるみたいで
本人は善意でやってるつもりなんだけど
オレは見下されてるとしか思えない。
付き合いそこそこ長いのによそよそしい関係がなんとも苦痛です。
ニーチェを読めば何か解決するヒントがありますかね?
80 :
考える名無しさん:05/01/04 02:19:00
増田達哉はカス。
>>79 喧嘩するつもりなら使えるかも知れないけど
アンチキリスト養成教材
83 :
考える名無しさん:05/01/05 04:47:03
増田達哉はカス。
84 :
考える名無しさん:05/01/05 11:57:16
>>76 文章から察するに恐らくクリスチャンなんだろう。家柄を誇るタイプか。
ニーチェも俗を軽蔑する点で共通するが、ニーチェを読むとキリスト教徒も軽蔑するだろう。
関係が疎遠になっても良ければ呼んでも差し支えないとは思う。
86 :
考える名無しさん:05/01/05 21:52:34
>>73 ドゥルーズのニーチェ解釈、どう思われますか?
87 :
考える名無しさん:05/01/06 00:43:58
>>84 訂正:クリスチァン→カトリック
道徳の系譜から読むと良い。
>>86 永遠回帰には遠心力がある、永遠回帰とは同じものの
反復ではなく、差異化の反復であって、回帰することによって
差異そのものが明白になる、という解釈には感じ入りました、はい。
89 :
考える名無しさん:05/01/06 13:45:38
ドゥルーズ解釈を理解するにはベルグソン読まなきゃダメか?
『差異と反復』から読むのがいちばんいいのとちゃうか?>89
91 :
考える名無しさん:05/01/07 06:59:39
『ニーチェと哲学』は、間違ったところは無く優れています。
ニーチェ論としてなら、理解のためにベルクソンやドゥルーズの他の著作を読んでいる必要はありません。
92 :
考える名無しさん:05/01/07 10:25:47
ナイスと読む人
ニースと読む人
ニーチェと読む人
93 :
考える名無しさん:05/01/07 10:26:15
ホントはナイチェと読む
そんなことナイッチェ
95 :
考える名無しさん:05/01/07 10:35:41
ナイセと読む人
ニーセと読む人
ニッケと読む人
ニーツヘと読む人
97 :
考える名無しさん:05/01/07 10:44:20
ナイシェツと言いかえる人
ニイッチェという表記が正しいと思うのだが
99 :
考える名無しさん:05/01/08 15:15:36
ドゥルーズに詳しい人に質問!
彼は「回帰するのは同じものの反復ではなく、差異の反復である」
と言ってますが、これは
「回帰するものはユニークさである」というのとは違うんですか?
100 :
考える名無しさん:05/01/08 16:25:54
ニーチェに関しては、回帰する差異をユニークさと言い換えても、
得るところはありません。
101 :
考える名無しさん:05/01/08 19:01:44
ニーチェは「差異が回帰する」などとは一度も言ってないのだが?
「細大漏らさず、そっくりそのままの人生が回帰する」とニーチェが
言ってるのを「差異が回帰する」と言い換えてるのはドゥルーズでは?
それとも、言い換えてるのではなくて、ニーチェとは全く別なことを
ドゥルーズは言ってるのかな?
102 :
考える名無しさん:05/01/08 19:13:34
>>101 「そっくりそのままの人生が回帰する」ってのは読み違えだよ。
あれって瞬間についての話だよ。
103 :
考える名無しさん:05/01/08 19:53:23
読み違いって訳が悪いって意味?そうは思えないですがね。
そのそも、全ての瞬間が回帰するなら、結局全てがそっくりそのまま
回帰するんじゃないのですか?
>>101 曙光からツアラに至る時期のノートを読んでごらん。
回帰するものは真にユニークなものであり、永遠回帰には
遠心力がある、というニーチェ自身の指摘があるよ。
>>104 永遠回帰についてのニーチェ自身の解釈が、そもそも
何通りもあるんだ。ドゥルーズは文献学者として
古代ギリシャ哲学に精通していたニーチェが、
ヘラクレイトス流の「同じものの回帰」を
自己の哲学の根幹をゆるがす発見と考えるはずはない、と
「差異と反復」で指摘している。これには説得力があるね。
>>103 この瞬間が回帰するというときの瞬間って、
連続性という様態でとらえられた時間から
切り離された時間そのもののことなの。
だからすべての瞬間が回帰するわけじゃない。
逆にこの特異な瞬間のみが回帰することによって、
真にユニークな「時間」があらわになる。
これがドゥルーズの言う永遠回帰の遠心力なのさ。
107 :
考える名無しさん:05/01/08 20:12:50
>>103 違う違う。瞬間が回帰するんじゃなくて、回帰したのが瞬間なの。
だから、結局全てがそっくりそのまま回帰するって錯覚だよ。
永遠回帰というアイディアのすべてではないにしても、
そのうちの一つに、
いまのこの一瞬のなかに脱時間的な永遠がある、という
捉え方があることはたしかだよ。
「永遠回帰」という表現はあくまでメタファーであって、
ニーチェがそんな事態を「思考実験」以上のものと
みなしていたかどうかは不明だが。
110 :
考える名無しさん:05/01/08 21:52:53
>>105 >古代ギリシャ哲学に精通していたニーチェが、
>ヘラクレイトス流の「同じものの回帰」を
>自己の哲学の根幹をゆるがす発見と考えるはずはない
それはドゥルーズやあなたの願望に過ぎないのでは?
ニーチェは古代ギリシャの芸術には本当に精通していたけど、
哲学についてはイマイチだったと思うよw
111 :
考える名無しさん:05/01/08 21:59:36
ニーチェ自身「この人を見よ」で
「永遠回帰はすでにヘラクレイトスによって説かれていたのかも
しれない。ストア派にはその痕跡が見られる」
って書いてるけどね。
ようするに今回の人生と次回の人生は違うと。
113 :
考える名無しさん:05/01/08 22:25:14
100はわたしです。ニーチェは差異が回帰するとは言っていません。
その解釈としてのドゥルーズの「回帰するのは同じものの反復ではなく、差異の反復である」を
「回帰するものはユニークさである」、と言い換えたとして、
よく解らない言葉を別のよく解らない別の言葉に置き換えただけで、
理解した事にはならないだろう、と言うことです。
少なくともわたしが「ユニークさ」という言葉を聞いて思い浮かべる意味では
ニーチェの考えていた「回帰するもの」の内実を捉えるには不十分です。
114 :
考える名無しさん:05/01/09 09:29:36
神スレあげちゃいました
byハイデガー
115 :
99:05/01/09 15:26:24
>>113 そうですか?
永遠回帰についてのニーチェ自身の記述は僕にとってはどれも分かり
やすいですよ。単刀直入だし。
ドゥルーズが何を言ってるのか良く分からないので言い換えてみまし
たが、104さんいよるとニーチェ自身「ユニークなもの」という表現を
使っているみたいですね。
116 :
考える名無しさん:05/01/09 18:11:50
近代哲学についてのニーチェの知識はずさんなものですが、タレスからアリストテレスまでのギリシャ哲学に関してはそうではありません。
永遠回帰についての、ニーチェ自身の記述は、大変解りやすいとわたしも思います。101さんの「細大漏らさず、そっくりそのままの人生が回帰する」というのも読み違いではなく、
ニーチェ自身が確かにそう言っています。ただ、おっしゃる通り、それに対するドゥルーズの解釈を、ニーチェ自身のものと比べると、はるかに難しいと感じます。
永遠回帰についての直接的なニーチェの記述のわかりやすさは、回帰思想自体のわかりやすさと言うより、彼の理解したことが十分に展開されていないからだと思います。
この展開されずに遺されたニーチェの考えを、彼の膨大な遺稿群や『ツァラトゥストラ』と照らし合わせながら解き明かす事が、ドゥルーズやハイデガーの仕事でした。
「回帰するのは瞬間である」という考えも、そうした過程で、ハイデガーによって明確にされたものです。
ニーチェ自身がそう言っている箇所を、後からならいくらでも見つけることができますが、ハイデガーの解釈の前にそう言い切るのは、なかなか難しいはずです。
ニーチェ自身が「ユニークさ」という言葉を使っているかどうかは今は確認ができませんが(しかしあれほど多くの断片を遺している人ですから、見つける気でかかれば見つかるでしょう)、
だとしたらなおさら、永遠回帰の解釈としての「差異と反復」において回帰するものの内実を、ユニークさと言い戻してしまっては、そのユニークさを、「差異の反復」と言い換えたドゥルーズの必要性が理解できなくなります。
最近実存主義を読み始めたド素人なのですが、
ニーチェにハマった香具師が次に読むべき、
それ以降の時代の哲学者って誰がいますか?
なんか禅問答みたいなのだと読めない性質の人間なので……
返信有難う御座います。
文明の呪詛者……。なかなかに面白そうですね。
早速本屋に行ってみることにシマス。
定番だけど、ハイデガーの「ニーチェ」。
121 :
考える名無しさん:05/01/21 17:23:09
ワーグナー万歳。
123 :
考える名無しさん:05/01/22 01:14:29
あれは禅問答みたいに感じるんではw
125 :
考える名無しさん:05/01/22 05:11:02
クロソウスキーも、ハイデガーも、
ニーチェとのスタイルの違いが気になるでしょうね。
アフォリズム作家なら、
ニーチェが生きていればシオランよりもエリック・ホッファー
を喜んで読んでいたと思いますよ。
126 :
考える名無しさん:05/02/01 01:31:15
ニーチェ→ 道徳の否定
ニート → 労働の否定
俗物にニーチェは無理。止めとけ
128 :
鬼谷晴喜:05/02/02 19:43:36
ここはニーチェについて話をする場ですので、わたしの投稿もスレッドの本義を外れはしないでしょう。
『テセウス・コンプレックス』
最初わたしは、フロイトがテセウスに相当すると思っていました。そうした趣旨の投稿が他のスレッドに見つかるはずです。
ですが、フロイトはやはりオイディプスに相当し、テセウスは彼の患者達に相当すると見なした方がすっきりします。
これで、最期を迎えたオイディプスの姿が人々の目から消えた理由も説明できます。
http://www2.tbb.t-com.ne.jp/oniya/
新田章という人の解説本はいかがだろうか
130 :
考える名無しさん:05/02/04 12:03:29
2チェキター(^ε^)
32スルー(T_T)
ニーチェは官能には「無邪気さ」が必要だと言いましたが、
ここで言う「無邪気さ」とは何でしょうか?
キモチイイーなどと言ってオマンコガバガバの女子大生とか
クラスメイト皆とエッチしてる性病の中高生たちが正しいとは思えないのですが。
ネタレスではありません。
132 :
考える名無しさん:05/02/05 21:19:41
>>131 元ネタがよくわからないんですが、
「官能に対する無邪気さ」が官能には必要だってことですか?
>>131 これは飽く迄ネタとしてのレスですが(打撃投手)、
アンチ・ソクラテスな、リズム&ブルースへの信頼。
>132
ツァラトゥストラの純潔の章からです。
>>131 ちょっと難しく考えすぎでは?
ここで言うところの「無邪気さ」とはその言葉通りのものであると思います。
要するに、人間が成熟し、多くの分別智を身に付け「無邪気さ」が無くなれば、官能も無くなるという意味でしょう。
むしろ官能には「官能に対する無邪気さ」が必要というよりは、ある意味で官能そのものが人間の本能の無垢さの表出であるような
気がします。
これは論理的に突き詰めて分かるという事柄ではなくて、経験的に知り得る事柄だと思います。
>キモチイイーなどと言ってオマンコガバガバの女子大生とか
>クラスメイト皆とエッチしてる性病の中高生たちが正しいとは思えないのですが。
正しい、正しくないとは別次元の問題だと思いますよ。
そもそもニーチェはあるがままの事象に対して「善悪正邪」の観念を貼り付ける行為を弱者のルサンチマンであると喝破したわけで・・・。
136 :
考える名無しさん:05/02/07 15:49:20
ニーチェが来たらとりあえず32回まわせよ!
137 :
考える名無しさん:05/02/07 22:28:02
ツァラトゥストラより「善悪の彼岸」の方がわかりやすくない?
聖書のパロディされてもなあ 一字一句聖書憶えてるわけじゃないしな 特に日本人は。
「善悪の彼岸」は名著だと思う
おお、高貴なるストア派よ 諸君は自然にしたがって生きろと説くのか
しかし・・・いかにして諸君はそうでなくありうるのか
根本誤謬から生じた真実などまやかしである
自称真実同士が他者を否定し我こそは、と主張したがるのは力への意志である
しかしそれは真実を知る喜びではなく、認知することの喜びに成り下がっている
139 :
考える名無しさん:05/02/08 01:15:27
真実を知ることと認知することはどう違うの?
140 :
考える名無しさん:05/02/08 05:34:34
差異と反復
↑
これについて誰かわかりやすく説明してください。
お願い致します。
142 :
考える名無しさん:05/02/10 02:26:03
「私、妊娠したの」←真実を知ること
「ちゃんと責任とってね」←認知すること
143 :
139:05/02/10 04:19:06
なるほどね
つまり、「認知すること」ってただ単に相手に是と言わせるってことだよね?
要するにパワーゲーム。だから、権力への意志か
大いなる正午はいつ来るのだろう
145 :
考える名無しさん:05/02/11 01:03:28
>>140 ドゥルーズスレから答えにきたよ。
差異とはdifference反復とはrepetitionのことさ
答えになってなくね?
もしかして、ニーチェって生涯女と一度も正式に付き合ったことが
ないの?
>147
お前と同じでよかったな。
つきあってたよ。結婚申し出たが断られてる。
150 :
考える名無しさん:05/02/12 00:20:30
151 :
考える名無しさん:05/02/12 00:23:43
古きよき時代だね
>>149 サロメだろ? あれは遊ばれてただけやん。
ルーの方は「付き合い」だったとは思わなかったんちゃうか
妹があまりに強い&邪悪すぎて女性不信になってたんでは
154 :
考える名無しさん:05/02/13 16:11:24
かーちゃんとは仲良かったみたいよ
母子家庭だったし
ワーグナーの嫁さんが気になってたってほんと?
>>154 いや、妹ともなんだかんだで仲よかったじゃないか。
>>155 ほんと。それに、気が狂ってから何度か彼女に Dionysus (デュオニソス)
の名前で手紙を送りつけている。
その手紙は時に「愛している」の一言だったこともあった。
ニーチェは人生全てでアートを表現した唯一の哲学者。
ニーチェの思想が歪められてナチに結びついたのはエリザベートのせい
158 :
考える名無しさん:05/02/16 16:36:50
ニーチェの認識論はカント系なんでしょうか?
混沌したもの→力への意思
159 :
考える名無しさん:05/02/19 18:43:16
ニーチャ
ニートェ
161 :
考える名無しさん:05/02/20 00:05:00
善悪の彼岸読んだけど、時間の無駄だったわ
少なくともこれを読んで何か身につくというようなことはないな
162 :
ニコライV ◆ggDFgffMfs :05/02/20 00:13:30
ニーチェはカントをまともに読めなかったけど何と無く批判した。
力への意思説は道徳批判の文脈で読んだ方がニーチェスゲエって感じがするはずだよ。
彼岸とか書きまくってるんだろ、車輪変えろよ
164 :
考える名無しさん:05/02/21 16:11:39
ニーチャの洞察力はすばらしい。
元々哲学に向いていたのであろう
165 :
考える名無しさん:05/02/21 16:35:38
天才の哲学って、一般人の思考パターンと違い過ぎて、わけがわからないよな。
166 :
考える名無しさん:05/02/21 16:38:48
普通にわかるんだけど。。。
"君は" 一般人だからな!
167 :
考える名無しさん:05/02/21 17:52:16
ニーチェの真骨頂は道徳批判だと思ってるよ。
キリスト教的道徳観の破壊、西欧的高貴さの破壊。
だから道徳の系譜や彼岸はとっても評価してるよ。
ちくまの全集あと半分だけど行っといたほうがいいだろうか
169 :
考える名無しさん:05/02/21 19:56:24
>>166 ニーチェの怖いところは、君のように
わかったつもりになった人間
を大量に生産するところだ!
ドゥルーズ解釈が一番良い
171 :
考える名無しさん:05/02/21 22:13:12
「この人をみよ」は、わざと書いたんだよな。
マジレスにきまってらぁ
173 :
考える名無しさん:05/02/21 22:27:56
現在幅広く信奉されている畜群道徳に変わり、なお多くの、高次の道徳
が可能であり、あるいは或るべきであった。
こう主張するニーチェの思想は、今日の道徳的欺瞞を晒し、民主主義の
根幹をも否定する。そこが魅力なんだよね。
174 :
考える名無しさん:05/02/21 22:37:16
何故私がこの書を予め世に出すのか、人々は思いあたるだろう
人が私に不法なしうちを加えないように用心するのがこれの役目だ
…聖者になることは欲しない、まだしも道化者の方がいい…
「この人を見よ」
死後妹エリザベートが兄の名を売るため勝手に順番を入れ替えたり編集したりした。
だから現在出回ってるのが本当にニーチェ本人の言いたかったことを伝えているかは確信できない
坐禅と見性 第十四章
http://life7.2ch.net/test/read.cgi/psy/1108144172/ 一粒の芥子、よく須弥山(しゅみせん)を隠す。
一掬(きく)の水の中に人魚たちが心ゆくまで踊る。
私は終日汝に相対していて、劫初以来会った事がない。
看よ、東山全嶺が水上を歩いている。
エックハルトの乞食の挨拶 「[朝な朝な好(よ)き朝です」。 雲門 「日々是好日」
扇を扇と呼ぶな、鋤(すき)を鋤と呼ぶな。
昨日は痛かったが、今日は痛くない。 さっきは泣きわめいたが、今は笑っている。
腹が減れば食い、疲れれば眠る。
雪がすべての山を白く覆うている時、なにゆえにあるひとつの山は覆われずにあるのか。
清浄の行者、涅槃に入らず、破戒の比丘、地獄に堕ちず。
我の知っている事を汝は知らず、汝の知っている事を我はことごとく知る。
大力の人がどうして彼の両脚を挙げることができないのか。
柱が毎日動き回っているのに、どうして私は動かないのか。
わたしは釈迦の出現以前からさとりの状態にある。 光あれと命ずる以前の神と共にあれ。
177 :
考える名無しさん:05/03/01 12:24:45
堀江がTV取材で怨念怨念連発してたんだけど奴はニーチェ信者の可能性が高い。
「力への意志」「永遠回帰」「運命愛」「超人」を自分の都合のよい解釈で実践してるのでは。
どなたか分析してくれ。
しかし、他人の怨念がわかるということは、自分もさんざん怨念を
抱いたことがある証拠なのでは。
179 :
考える名無しさん:05/03/01 12:41:55
「力への意志」で乗り越えタンだよ。
ということは大いなる真昼を迎えたのか
181 :
考える名無しさん:05/03/12 02:07:33
あんだって?日銀に入りたいだぁ??
人材がいい!とか留学して勉強ができる!って
いってもよ、近代労働とか資本主義のイカレぶりを
思想・哲学勉強して知ればアホらしくなってきますわ。
そもそもな、そういう成長経済社会安定装置に
わざわざ試験受けて入社する時点で糞。
ばっかみてー。近代を知れっての。
人間らしくかわいいカミさんと子供と家庭を
築くのが一番。転勤なしでさ。転勤なんか
家庭を不安定にするだけだぞ。
近代労働は家族まで攻撃してきやがる!
おい、目覚ませ!いくらお前が勉強して留学の
チャンス得てシカゴで博士号取ろうが、
後期近代社会なんてもう人間の手ではどうにもなんねーんだよ!!
182 :
考える名無しさん:05/03/12 02:29:05
力への意志はアメリカでは当たり前で彫りえは真似しただけなnだね。
堀江は宗教学だか宗教人類学だかの専攻だったっけ?
こうやって道徳は作られたのだろうか。
215 名前:SF[] 投稿日:05/03/05(土) 21:58:11
>>207 いくら後世に暴虐っていわれてもいいよ。
虐げられてきたんだ。
せめてやり返したいんだ。
イケ面の上にたって
イケ面の差別社会を破壊して、
平等な社会を作りたいんだ。
社会を根本的に変えたいんだ。
可能性は0じゃないと思う。
俺は田舎で暮らすことに
にげるのは耐えられない。
何度もいうようだけど。
違うでしょう
186 :
考える名無しさん:05/03/15 21:01:54
俺はこの3週間で図書館からニーチェ全集を全て盗むことに成功しました。
通報しました
188 :
考える名無しさん:05/03/15 21:38:53
>>187 いつもしている(されている)ことです。
通報することのことでもないですよ、ということを通報させてください。
Entschuldigung
でも、しちゃったから
191 :
考える名無しさん:05/03/15 23:47:44
>>190 「あびる」てのは万引きするって意味か?
唯物論的見地からの生命の肯定こそが超人へと至る道だと思える。
唯一絶対の神という抑圧的な概念を排し
形而上の世界への思考の逃避を排し
人間存在が、肉体を拠り所とした
純粋に形而下の活動である事を認めつつ、
自身の本質(これを便宜上「魂」とよぶ)からの
内なる声に従って生きる事(基本的欲求の肯定)が
人を高次の存在へと導くのだとニーチェは説いているのではないか。
安易に宗教に救いを求める事をせず
生命を祝福されたものであると捉えるこの考え方は
一神教の重苦しい原罪の考え方や戒律とは対極の
生命讃歌に満ちていると思える。
195 :
考える名無しさん:05/03/19 07:14:34
ニーチェをいまだにナチズムやファシズムを肯定する思想として
とらえる人が多いようですが、これは正しいのでしょうか?
詳しい人よろしく
ぎょーていぎょーていはーらーぎょうていぼーじそわか
はーらーそうぎょうていぼーじそわか、か
善人なほもつて往生を逐ぐ況んや悪人をや。しかるを、世の人常に曰く「悪人なほ往生す。いかに況んや悪人をや」。この条一旦、その言われあるに似たれども本願他力の意趣に背けり
因習的な古い価値観に捕われず
新たな価値観を自ら打ち立てよということが
論旨であるのに、なぜファシズムやナチズムと結びつくのか理解に苦しむ。
ニーチェは愚衆を軽蔑していたし
ドイツ的な尊大も嫌っていた
何よりも個人主義的自由思想を拠り所とした
ニーチェが愚衆の全体思想を許容し得たとは思えないが?
愚衆軽蔑のエリート思想が、独裁政治に利用されたわけだが?
202 :
考える名無しさん:05/03/19 08:58:45
ニーチェとナショナリズムとの関係はどうなんでしょうか?
ニーチェをいまだにナチズムやファシズムを肯定する思想としてとらえる人って誰?
204 :
考える名無しさん:05/03/19 10:20:53
例えば、インターネットで検索するとニーチェ主義者、三島由紀夫という
ことを言っている人がかなり見受けられます。
三島信奉者に超国家主義者やナショナリストが多いことはいうまでもないでしょう。
そうすると彼らは今も漠然とニーチェをナチズムを肯定する思想家として
捉えているのではないか。
三島由紀夫の場合、作品のギリシャ趣味や肉体改造からニーチェ主義者と言われる場合もあると思うけど。
明治三十年代について
「萩原朔太郎の指摘した、ニーチェを一頁も読まずしてニーチェ主義が本能肯定の
代名詞として以降ジャーナリズムに固定したという点は、ほとんど疑いのないところであろう。」
饗庭孝男「ニーチェと日本文学」
エピクロスを一行も読まない美食家を糾弾しても詮無い。
ナチズムに転用されたのは、妹エリザベートのせい。
あいつ南米にアーリア人だけの国家創ったし。
ニーチェ → 道徳の否定
ニート → 労働の否定
2ーchぇ→ 現実の否定
最後のちょっと無理があるな
>>209 ニーチェ → 欺瞞と偽善に満ちた道徳の超克
ニート → 楽しくも甲斐もない労働の拒否
2ーchぇ → (似非)文化人に二律背反な感情を抱くアホ
たぶん無理があると言ったのは2ーchえの方だと思われ
つかナチがニーチェを利用したのを誰もが知ってるっつーだけだろ。
214 :
考える名無しさん:2005/03/23(水) 12:41:53
水で充分だ
ニーチェ主義者はニーチェ主義そのものも超克しなければならないのだから
ニーチェ主義者なるものは存在し得ないのではないか?
216 :
考える名無しさん:2005/03/26(土) 14:55:29
ユダヤ系といわれる現代アメリカのネオコン達は、皆ユダヤ人でアメリカに亡命したレオ・シュトラウス
の門下生。そのシュトラウスはニーチェの思想を継承する。ニーチェは思想的にも心情的にもユダヤ人志向。
いったい、ドイツ人のニーチェにユダヤ人の血が人種的に少しは入っているの?私の年来の疑問、偉い人、教えてください。
217 :
考える名無しさん:2005/03/26(土) 17:15:17
ヒトラー総統が崇拝してたくらいだし、純系なんじゃないの?
しかしネオコンほどニーチェの思想から遠いものはないな。
どこで変わったんだ?
219 :
考える名無しさん:2005/03/26(土) 22:20:56
人間を本能タイプと抑制タイプに分けたうえで、
本能タイプを「貴族型」と持ち上げ、抑制タイプを「僧侶型」と貶める。
ニーチェの最大の業績は、このイメージ操作だろう。
社会の現実としては、本能タイプは社会の下層に多く、
抑制タイプは社会の上層に多いわけで、
前者をヤクザ型、後者をカタギ型と呼ぶ方が実情に即しているのだが。
>>216 それよりも、ニーチェの「漂泊者の思想」という奴はユダヤ的だし、
ニーチェが批判した「ユダヤ的なる物」って、実際はキリスト教なんだよね。
なんでそういう勘違いをしたのかと思う。
偶像の黄昏読みなおしてみなさい
ニーチェと通俗保守が結びつくと最低の代物になるっつーことで
まあどんな奴でも、つい結びつきたくなるところはあるわな
223 :
考える名無しさん:2005/03/27(日) 15:40:26
初心者なんだが・・・
「Der Wille zur Macht」ってのがよくわからんぜよ。
生命の欲情?ディオニュソス的なもの?
うーむ、実感がともないません。
例えば、野球をやってると(やってるw)もっとうまくなりたいと自然に思うことや、
勉強してるともっと頭よくなりたい多くを知りたいと自然に思うことなんてこと(つまり
上昇志向か?)は昔から結構不思議だなぁと思っていたんだが、そういうのが力への意志
なのか?
224 :
考える名無しさん:2005/03/27(日) 15:50:09
>>223 人間の方向の定まっている意思とは違うんじゃないかな。
我はパンツ魔王であるぞ。
崇拝しれ、ばか
力への意思とは真理にむけて自らが開かれる場所へとたどり着くことじゃないの?
単独者になりたいっす、という強い意志。ちがうの?
ハイデガーやドゥルーズだと、存在論的側面が強くなる。
じゃあデリダやベルクソンでは?
哲学って理解力競争みたいに読む人がいるけど、ぼくは違うと思うんだよね。
ニーチェの言っている言葉がわからないのは、実体験がないからでしょ。
そんなんじゃいくら読んでも辞書的知識が増えるだけだよ。
哲学にもセンスは必要。
クロソウスキーがそんな感じ。
233 :
考える名無しさん:2005/03/30(水) 22:41:20
なんだよ!ドゥルーズ『ニーチェ』おもシレエジャネえか。
ただ記述圧縮しすぎのような。無駄がなくていいのかもしれないが。
いままで偏見があってさけていたのだが。
234 :
考える名無しさん:2005/03/30(水) 22:45:39
>>231 そのとうり。
死にたえず隣接していない者には、頭で理解できても感じることはできない。
「そのとうり。」とか書いてる馬鹿が哲学的センスに恵まれているとはとても思えないが。
>>233 まあドゥルーズは唯一ニーチェの系譜上にいる哲学者だからな。
>>233 その文庫本、枕元にある。
ただ、俺は読んだとき、読みながら、こう思った。
ニーチェやドゥルーズの余りに真摯な(あるいはふざけた)言葉を、
俺の日常の地平に引きずり落として、分かった気になっているのではないか、と。
ニーチェは西洋の仏陀です
239 :
考える名無しさん:2005/03/31(木) 01:25:38
Nietzsche
ってよー
チェの部分くどくねえか。ニーッッチュェって感じじゃねー?
ドゥルーズの解説書のたぐいは自分に引きつけすぎとも言われるけど、
意外とまともなチャート本。
ハイデガーも面白いけど、わかりにくい。
結局結論は、自分が一番偉いだしw
241 :
考える名無しさん:2005/03/31(木) 04:32:10
242 :
考える名無しさん:2005/03/31(木) 05:59:04
>>231 結局おまいも「ニーチェの本を読んでニーチェの思想を理解できる力」の上下にいついて語ってるわけだが・・・。
先人の思想を学ぶ中で自分自身の哲学に入り込む人も居るだろうけれど
それがないうちは単なるニーチェの思想の研究者であって哲学者じゃないだろ。
>239
何故かジョジョっぽい。
245 :
ローカルルール審議中:皇紀2665/04/01(金) 23:17:25
「ツァラトストラ」読んで・・・
言ってる事わかるけどさ、結局この人狂人じゃないかと・・・
246 :
ローカルルール審議中:2005/04/02(土) 09:06:29
そんなことより聞いてくれよ・・・・・
オレは電車の中でツァラトゥストラを読んでいたのさ
ちょうど「老いた女と若い女」のあたりだったさ
オレの横でイケメンの兄ちゃんがツァラトゥストラを覗き込んでニヤニヤしやがった
ヤツの目は語っていたね
「プッ、こういうダサくてキモイ奴らに限って男尊女卑なんだよなw童貞君お疲れ」
オレは震えたね、怒りに
オレが男尊女卑なんじゃなぇ。ニーチェが言ってるだけだ。
オレは今年大学生になるからニーチェの本一冊ぐらい読んでおいた方がイイかなぁ、って思っただけだ
何が言いたいのかさっぱりだったよ。
だれだよツァツゥストラはティーン向けの本だとか抜かしたバカ朕は
ワロスw
コピペ改変?オリジナル?
248 :
ローカルルール審議中:2005/04/04(月) 17:30:43
17歳、大人じゃない子供じゃない微妙な気持ち・・・・とは無関係に
暇だったから古本屋で売ってる本を読もうとしたのですよ
セネカ難しかったからキケゴールに逃げてさんざんな目に遭い
傷心を癒してくれそうな痴愚神とワルツを踊り、お友達紹介でトマスモアに出会う。
ユートピアに和みながら、別にエンクロージャーにイチャモン付けてないじゃんと思い
これなら難解難解と教科書に書いているマクスウェーバーもいけるかなと思い突入後・・・・・没
クセノポンと一緒にアナバシスを普通に楽しんだ後、オイディプス王の運命に涙する
メルヴィルとイシュメールとクイークェグとモービー狩りしてたけど途中放棄、エイハブの独白いらん
ガリヴァーの話は馬の話しか頭に残らなかったので、内容濃そうなペストにチャレンジ
でも途中で小説に飽きてきたんでニーチェに行ったんだよ。
4月2日で大学生に成るし、っていうかもう成ったし。哲学書ぐらい読まなきゃ、って
で「90分で解るニーチェ」っていうノーテンキな本を読んだが
ニーチェが18歳の頃はすでに非童貞だったことにショックを受けたよ。
仲間だと信じていたのに・・・
で、246に進む
金を見て物欲しい感情が沸き起こっているな。
賎しい女め
250 :
Nietzsche ◆vPVwMJwozM :2005/04/05(火) 10:28:15
お前等無能な人間達は自殺しろ。
251 :
Nietzsche ◆vPVwMJwozM :2005/04/05(火) 10:38:13
吾は Nietzsche である。
定期的に現れるニーチェなりきりキャラの人ですか?
>>251
チンポ太郎の新キャラとか
255 :
Nietzsche ◆vPVwMJwozM :2005/04/06(水) 11:25:40
Re:>252 吾から見れば君の方が狂っているぞ
Re:>253 吾は Nietzsche である
Re:>254 Nay
256 :
ローカルルール審議中:2005/04/06(水) 13:40:08
>>248 カントは一生童貞だったんだよ!!
君にはカントが待っている!!
257 :
ゴージマン:2005/04/06(水) 21:04:41
>18歳の頃はすでに非童貞
なんてこった・・・・。
258 :
ローカルルール審議中:2005/04/06(水) 23:06:35
ニーチェ、この人やっぱりいいなあ。
この人の感覚を彷徨うことがこのうえなく気持ち良い。
まだ自分は、この人の思想について何もわかっちゃいないが、この
人の思想の中を泳ぐと気持ちいいなあ。ただ溺れないように泳がないとね。
一度溺れかけたよ。精神が崩壊しそうな一歩手前の壁までいったよ。
あぶなかった・・。
みんなも気をつけてね。
259 :
ローカルルール審議中:2005/04/07(木) 00:09:04
アンチクリストかあ
変体牧師でタイムリーだな
>>259 頼むからあんなんを牧師と呼ばないでくれ。
麻原を仏教の僧侶と認めるようなもんだぞ?
ありゃ統一教会と同系統のかの国のインチキ集団だろ。
何であんなもんが我が国にのさばってるのか・・。
苛々するぜ。
霊感商法やったり若い女性を騙して合同結婚式たら言ってかの国にさらって行ったり、、
今度は子供まで。
許しがたい。
あれは一種のテロじゃねーのか?
261 :
ローカルルール審議中:2005/04/07(木) 10:12:58
まあ少なくとも今のぬるま湯社会では、
力への意志を見直す価値があるんじゃないのか。
262 :
Nietzsche ◆vPVwMJwozM :2005/04/07(木) 14:04:21
Reply-to:
>>261 > まあ少なくとも今のぬるま湯社会では、
> 力への意志を見直す価値があるんじゃないのか。
君はそう呼びかけるだけで実際は自分でもその "見直し" を
未だにしていないのではないか?
先ずは自分で考えてみたまえ!
____________
"Self" is that which is in the process of becoming... --Zeno
Today's Lucky Number: 3
263 :
ローカルルール審議中:2005/04/09(土) 21:57:49
何でがす?
統べからく、この世界には解釈しか存在しない。
266 :
ローカルルール審議中:2005/04/20(水) 14:29:41
生の謳歌を否定するキリスト教に反抗しアンチクライストを名乗るマリリン・マンソンこそ後継者。
そして稲妻と共に出現した超人たちが既存の社会を破壊し地上の理想郷を追い求め最後には愛や憎しみを無限に繰り返す人生を受容するCASSHERN。
268 :
ローカルルール審議中:2005/04/21(木) 03:31:24
マリリンって誰?アンチクライストは英語読み?
269 :
ローカルルール審議中:2005/04/21(木) 07:20:14
270 :
ローカルルール審議中:2005/04/21(木) 23:39:01
貴族的人間はタバコ吸ってる未成年や援交してる高校生に対してどういう態度を
とるの?
説教は価値の逆転に繋がるし認めるのも結局は同じこと
貴族的人間は自己肯定だから他人は関係ないと無視するのか?
1.貴族的人間はタバコ吸ってる未成年や援交してる高校生をそもそも
人間と認めない。
>>270 >説教は価値の逆転に繋がるし認めるのも結局は同じこと
ニーチェが堂々と価値の逆転を宣言し目指していた時期はあるんじゃないの?
生や現世を否定するキリスト教に対して、生や現世の肯定を善としようとする価値の
逆転を。
でもその後は善悪を自ら創造すること=自らが神となることこそ、善であるとしたのでは?
しかしこれはたぶん矛盾だよね。だって「善悪を自ら創造することが善」であるという善悪
を創造したのはニーチェであって・・・以下(ry
ニーチェの考えってニーチェの思索が進むにつれてかなり変化してると思うんだけど、
変わらないのはキリスト教に対する反感だと思う。それと、他人や社会の善悪や価値評価に妥協してしまって、
自ら世界を解釈し価値や善悪を創造できない弱者=大衆に対する嫌悪感も一貫していると思う。
とするならば、ニーチェ流に言うならば、
そのDQNが、何も考えずに、もしくは意志を貫徹できずに、もしくは「社会に対する
反抗」という一つの価値観に迎合して、そういう行動をしているならばそのDQN
らは卑小である(貴族的な人間の対極である)ということになるのではないだろうか。
ニーチェが生や現実世界の肯定や礼賛を主張するとき、その主張は哲学なんかじゃ
なくて、完全に「ニーチェ教」だと思えるのだが。高貴さや強さや偉大さこそ善
であるという主張だって一つの宗教じゃないか?
俺には「キリスト教VSニーチェ教」という構図に見える。
でもそのニーチェ教を信じる者たちも結局ニーチェによって否定される。何故かっつーと
ニーチェ教の信者であるということはニーチェ教の教義に反するからだ。ニーチェ
教は他人の作った善悪に迎合する弱者になるな、と教えるから。
ニーチェのニヒリズムは始め、神や形而上学を否定した。その否定は、神や形而世界(=無)
の対極である現実世界を礼賛するという形であらわれた。
のだろうか?
では力への意志は?永劫回帰は?
力への意志はやっぱり形而上学的な考えだと思う。
永劫回帰は、今の俺の認識では、妄想や狂気としか思えない。
この世界が同じ姿で何度も何度も繰り返し生成する、という思想をニーチェは「体験」
し、「確信」したのだよな?
てか俺ぶっちゃけ223ね。あれから結構がんばってニーチェ読んだんよ。
力への意志ってのはつまり、人間の行動は全て力への意志の表れである、ということ
だよな?
これってさ、もちろん実証なんてできない事柄なんだけどすげえ納得できちゃうん
だけど。例えば2chなんてみんな自らの解釈や価値評価を他人に押し付けようと
している場じゃん?それってまさに力への意志の表れだよね。2chでは誰もが知ったかぶり
して、自分が頭が良いことを示すような書き込みをしたがるのは、論理や知識で他人
を圧倒して、自らの世界解釈、価値評価で他人を支配したいという力への意志の現われだと
考えたときにすごく納得できてしまう。
いや、2chなんていうクソみたいな卑小な場所だけじゃない。哲学や、もしかしたら
自然科学、全ての学問は力への意志の典型的な具現化かもしれん。
俺は理系なんだが、例えば大学のやつが「○○理論はなんて美しいんだ、感動したよ。」
と言うときなど、顕著な力への意志を見ることができると思う。まず、第一に自己欺瞞として
表れる力への意志。本当は理論の美しさになんて感動していないのに、自分がそういう難しい
理論で感動できる頭の良い、そして科学的な感性を持った人間であると思い込もうと
する力への意志。そして第二に、そういう人間であることを他人にも認めさせて、自分の科学的な才能
で他人を圧倒してやろうとする力への意志。これらを見ることができる!
そして、そのような解釈をする俺自身においてさえ「ルサンチマン的な」力への意志が
解釈への意志として表れているのではないだろうか!?
そして、掲示板にこんな長文を書くこと、自分の頭の中で個人的に考えていれば良いのに
わざわざ自説を開陳しようとすること、それだって他人に自らの解釈を認めさせよう
とする力への意志ではないか!?
学問や知識への情熱なんていう欺瞞は止せ!全ては力への意志である。特に学問に対する
情熱を語る輩の自己欺瞞や、他人に対する欺瞞には気をつけねばならない。それは力への
意志の歪められた形での発現であるからだ!
と考えると納得できてしまう部分はある。
>>274 眠いから超簡単に書くねw。権力への意思にも「良い権力への意思」と「悪い権力への意思」
があって、「俺はなんと上手い歌を歌うのか」も「俺はなんと頭がいいのか」も能動的、肯定的
な「良い権力への意思」なんですよ。ニーチェはそういう「良い権力への意思」は認めるわけで、
学問や芸術への情熱は全て建て前だという主張をしているわけではないのです。ただの厭世主義
ではない。
しかしニーチェって恐ろしいわ。
なんつーかこう、統○教会とかオウムとかそういうのの教祖が言うことと紙一重
じゃない?つーか論理構造は同じ?
しかもニーチェって天才だろうから言うことに説得力があるし、読む人はどこかで冷静さを
保ってないと洗脳されてマジに危険な行動を起こしかねないと思う。
ホンマに長文&連続投稿スマソ
>>275
ふうん。でも力への意志ではあるという解釈は成り立つわけだよね?
ほいじゃあ、例えば俺の274の解釈は「悪い権力への意志」なわけかな?
自分の学問的な未熟さと怠慢を(つまり卑小さ)を克服しようとしないで、
「学問への情熱は虚偽である!(ということは学問への情熱が虚偽であることを<誠実に>
認識して、学問を怠けている自分は<誠実さ>という徳において善である)」
というような解釈を作り出すことは「歪められた、悪い権力への意志」なのかな?
てか「権力への意志」「力への意志」どちら一般的なの?
>>277 なにもそんなに自虐的にならなくともよかろう。「○○理論はなんて美しいんだ、感動した
よ。」が能動的な感情ならいいじゃん。それが即「「○○理論はなんて美しいんだ、感動した
よ。」と人前で言うことは俺の科学徒としての評価を上げるぜ!」に直結するわけではない。
>自分の学問的な未熟さと怠慢を(つまり卑小さ)を克服しようとしないで、
>「学問への情熱は虚偽である!(ということは学問への情熱が虚偽であることを<誠
>実に>認識して、学問を怠けている自分は<誠実さ>という徳において善である)」
>というような解釈を作り出すことは「歪められた、悪い権力への意志」なのかな?
そう考えることによって「良い」を「悪」に「悪い」を「善」に転化してしまう論理は
確かに「悪い権力への意思」と言えるでしょう。
あと「権力への意思」も「力への意思」もどっちもポピュラーな訳語です。
>そう考えることによって「良い」を「悪」に「悪い」を「善」に転化してしまう論理は
>確かに「悪い権力への意思」と言えるでしょう。
納得。これぞキリスト教的価値転倒。弱者道徳。
>>279 ただし、そのように転化してしまう論理、弱者の論理は、キリスト教道徳なんかより
日本的な「世間の無言の圧力」のほうが数倍強力だと俺は思うけどね。
>>280
なるほど。罪の文化、恥の文化という言葉を連想します。
しかしルースベネディクトさえ読んだことないorz
282 :
ローカルルール審議中:2005/04/22(金) 19:01:50
>>272 貴族的人間がDQNを卑小な人間であると見下した瞬間、その自称貴族は
DQNは間違ってるが自分は正しい判断を下したという価値の転倒を行ってると
思うのだが
貴族的人間というのは完全に自己完結しているがゆえに他人や周囲を
意に介さない人間としか思えない、つまりDQNは放置というか目に入らない
良い、悪いという価値観そのものを否定したのがニーチェではなかったのか?
あらゆる二項対立が生じる以前の未分化な状態、すなわち良かろうが悪かろうがどうでもいい次元の話をしてる人かなかったのか?
良いもの、悪い物とは美味しい物、不味い物。
美味しいものを食べて栄養つけてる人が良い人。
貴族的人間=超人?
286 :
ローカルルール審議中:2005/04/23(土) 21:57:39
読んだ?
287 :
考える名無しさん:2005/04/23(土) 22:37:48
>>283 「道徳の系譜学」さえ読まずにいい加減なことを書くんじゃない。
「善悪の彼岸、それは必ずしも優良と劣悪の彼岸ではない」
ニーチェ読みにとっては基本中の基本だろ。
ニーチェって列伝風に書いてあるんでしょ。どうやって読むの。
289 :
ローカルルール審議中:2005/04/23(土) 22:49:20
翻訳があるだろ。
全集で全部読むんだよ。寝言書くなヴぉけ。
290 :
ローカルルール審議中:2005/04/23(土) 23:04:29
ハハハ
291 :
ローカルルール審議中:2005/04/24(日) 11:37:59
三島=ニーチェ主義
292 :
ローカルルール審議中:2005/04/24(日) 21:06:05
新訳の超訳おもろいわ
293 :
ローカルルール審議中:2005/04/24(日) 23:34:10
294 :
ローカルルール審議中:2005/04/25(月) 01:46:47
ニーチェってなんかキモーイ
295 :
ローカルルール審議中:2005/04/25(月) 11:51:12
おまえがきもいわ
296 :
ローカルルール審議中:2005/04/25(月) 20:22:04
ニーチェは畜群を徹頭徹尾批判唾棄したというけれど、
とすると彼は人は権力への意志を肯定したのであり、それが
高貴さであり高級者であるという事であるのではないか?
それがデュオニュソス精神であり、生の謳歌であると。
297 :
ローカルルール審議中:2005/04/25(月) 22:41:17
で?
298 :
ローカルルール審議中:2005/04/25(月) 23:39:25
ニーチェというのは本当に偉大な哲学者だ。
彼はその誇りの高さゆえに、誇りの感取に敏感であったと思う。
誇り高い人間を何より尊敬していて、それが超人思想に繋がったのだろう。
しかし誇り高き人間でいる事が、他者をないがしろに見る事ではない。
命令し、対立的緊張に打ち勝ち、自己を止揚すること。
だから他者は自己の内部へと吸収され、一体化される。
だから決して見下し、排他的に軽蔑する事ではない。
これが高貴の人間=超人の条件なのだと思う。
299 :
ローカルルール審議中:2005/04/25(月) 23:48:23
ニーチェはブラームスに自作曲の譜面を送って、シカトされたらブラームスの
批判を始めたという、とんでもない奴だよw 人間としてはとても卑小な奴だった。
300 :
ローカルルール審議中:2005/04/25(月) 23:51:58
日本人でニーチェにハマッてるヤツはわざとらしい。
缶コーヒーブラックうまいって言ってるヤツに似てる。
他人のコーヒーの趣向にあーだこーだ言うのは卑小な俗物
>命令し、対立的緊張に打ち勝ち、自己を止揚すること。
>だから他者は自己の内部へと吸収され、一体化される。
お前自分で意味わかってないだろプゲラ
303 :
ローカルルール審議中:2005/04/26(火) 05:30:01
で?
304 :
ローカルルール審議中:2005/04/26(火) 22:32:36
>>292 [キリスト教は邪教です」という本が新書ででてるね。
読んだ人いますか
305 :
ローカルルール審議中:2005/04/26(火) 22:45:04
307 :
ローカルルール審議中:2005/04/27(水) 09:05:43
で?
308 :
ローカルルール審議中:2005/04/27(水) 13:19:36
このDQNを見よ
309 :
考える名無しさん:2005/04/27(水) 23:11:21
真理子ちゃん
310 :
考える名無しさん:2005/04/27(水) 23:22:43
>>302 打ち勝つ事により、他者の存在地位は自分より下に位置付けられる。
あるいは拮抗して、同等という認識が得られる。
この場合は自我は対象を取り込み、その分拡充するのも同様といえるだろう。
これを一体化といったのだ。
まあプゲラみたいな卑小な言葉使う奴に答える義理はないのだが一応。
311 :
考える名無しさん:2005/04/28(木) 19:57:52
312 :
考える名無しさん:2005/04/30(土) 03:22:58
俺今日から超人めざすからヨロシク
313 :
考える名無しさん:2005/04/30(土) 03:32:10
ユーバーメンシュ
314 :
考える名無しさん:2005/04/30(土) 09:29:32
ホッカルって、むかつくんだけど。
こいつ
↓
(;´Д`)ハァハァ 相変わらず 何を言っているのか
さっぱり分かりません。
ヒトラー総統が愛読していたのだから きっと凄いことを
書いているのでしょう。
でも一般人には理解不能です。
何を言ってるのか さっぱり分かりません。
悪の天才や悪の帝王って、いつも超人思想を引き合いに出して、悪の論理の正当性を大演説するしなぁw
(神竜剛次とか真久部六郎とか...)
>>314 二ーチェはヒトラーには否定的で、それでワーグナーとは不仲になった。
ガイシュツだろうけど。
1900年に死んだニーチェがヒトラーの存在を知ってるわけねぇだろw
>314
ホッカルさんを馬鹿にすると僕が許さないぞ(;´Д`)ハァハァ
>>317 いや、永劫回帰するんだからこれでいいのだ!
なぁんてねw、スマン勘違いしてました。確かに時代がずれてるわ。
>>316は撤回致します。
ニーチェが攻撃したのは、ナショナリズムと反ユダヤ。
321 :
考える名無しさん:2005/05/01(日) 03:16:52
>320
ばかですねー
実際そうじゃん。
ニーチェは結構ユダヤ批判してるし
ユダヤ民族を奴隷道徳を作った元凶とみなしてるから
その一方で反ユダヤ主義も攻撃してるよ。
要するに民族主義全盛の世の中ではじめて脱民族主義を唱えた人、ということだな。
ただ100年ほど早かった。今の世の中に生きていたら、きっと中国の民族主義的な反日運動を激しく批判してただろう。
326 :
考える名無しさん:2005/05/01(日) 18:29:23
327 :
考える名無しさん:2005/05/02(月) 03:57:54
328 :
考える名無しさん:2005/05/02(月) 17:07:18
947 名前:名無しさん@社会人 :2005/05/01(日) 21:03:48
読者に対して、フーコーのように実存主義的なシンパシーを感じさせる
わけでなく、ドゥルーズのようなアジテーションに心惹かれさせるわけ
でなく、デリダのように一転突破全面展開的な眺望を与えてくれるわけ
でないルーマンですが、見向きもされない飄々とした(むしろ殺伐とし
た、といっていいかもしれない)やりかたで、しかし、こうした人たち
が決してやれなかった、深い(というよりも複合的だが浅いと言換える
べきかも知れない)地点でルーマンはニーチェの教説を“解体”してい
るのだと、私は捉えています。by泰斗
↑どゆ意味?
>328
そのまま
330 :
考える名無しさん:2005/05/02(月) 18:56:05
331 :
考える名無しさん:2005/05/02(月) 18:59:48
316 :ケツ学者性行為 ◆OFgB7bzRJI :2005/04/30(土) 10:16:37
>>314 二ーチェはヒトラーには否定的で、それでワーグナーとは不仲になった。
ガイシュツだろうけど。
332 :
考える名無しさん:2005/05/03(火) 08:39:44
1900年に死んだニーチェがヒトラーの存在を知ってるわけねぇだろw
>331
ホッカルさんを馬鹿にすると僕が許さないぞ(;´Д`)ハァハァ
334 :
考える名無しさん:2005/05/04(水) 04:21:49
なぁんてねw、スマン勘違いしてました。確かに時代がずれてるわ。
>>332は撤回致します。
ニーチェをこれから読み始める場合、
どの本から始めればいい?ゾロアスター?
あと、誰の訳がいいかな?
338 :
考える名無しさん:2005/05/04(水) 23:56:29
おまえは調薬で十分
316 :ケツ学者性行為 ◆OFgB7bzRJI :2005/04/30(土) 10:16:37
>>314 二ーチェはヒトラーには否定的で、それでワーグナーとは不仲になった。
ガイシュツだろうけど。
317 :考える名無しさん :2005/04/30(土) 13:47:51
1900年に死んだニーチェがヒトラーの存在を知ってるわけねぇだろw
どういう脳を持ってれば「ガイシュツだろうけど」なんて言えるのかね?
341 :
考える名無しさん:2005/05/05(木) 06:09:59
『エンタクシー』(2005春)の巻頭匿名コラムに
〈新聞の書評欄なんか全然面白くないからオレはずいぶん前から斜め読みですませてるが、唯一といってよいぐらい愛読しているのは読売新聞の(飼)氏のコラムだな。〉
とあった。
この前の日曜日(24日)の(飼)氏は、
ニーチェの『キリスト教は邪教です!』(講談社+α新書)を取りあげていた。
現代語訳『アンチクリスト』であるそうだ。
『これがニーチェだ』(講談社現代新書)で永井均はこう言っている。
〈ニーチェを比較的読んでいる方でも、この『反キリスト』は読んでないことが多いのは、とても残念なことである。ニーチェを読むなら、私はむしろこの本こそ第一に薦めたい。〉
で、西尾幹二訳を薦めるが、とにかく、『アンチクリスト』は読んだ方がいいようだ。
私は、ニーチェは『この人を見よ』と『道徳の系譜』の途中までしか読んでないので、
この新刊を読んでみたい。
342 :
考える名無しさん:2005/05/05(木) 06:53:27
>>337 アマゾンでニーチェの本に評価いれてる奴。
こいつだけ、NG登録したいんだが。
343 :
考える名無しさん:2005/05/05(木) 10:20:05
>>336 Ecce Homoを読んで、面白そうなのを読む。
346 :
考える名無しさん:2005/05/07(土) 11:19:57
ニーチェ好きのお前らなら、ドストエフスキーも読んでるよな?
ドストだと何が好き?俺は、地下室の手記だな。
ああいう暗い笑い大好き。は、は、は!
348 :
考える名無しさん:2005/05/08(日) 04:42:09
読んだ?
349 :
考える名無しさん:2005/05/08(日) 20:09:39
アンチ・キリストであったニーチェは
死後どのように(どの宗教に基づいて)葬儀がなされたのですか?
そして葬儀がなされたのならば、それだけでニーチェは結局
自分の最も嫌悪していた生涯「宗教者」であったという事実に
甘んじざるを得ないのではないですか?
350 :
考える名無しさん:2005/05/08(日) 21:08:29
どんな葬儀かは知らんが
少なくとも死んだ本人とはまったく関係ないだろう
351 :
考える名無しさん:2005/05/08(日) 21:11:54
ニーチェは梅毒持ちであったというのは本当ですか?
桜毒というのは無いやね
神は死んだ。もはや全ての謎は解けた。
ニーチェがその生涯を以って示してくれた。
哲学とは病である。しかも、狂い死ぬ病である。
生きたければ、触れる莫れ。
354 :
考える名無しさん:2005/05/09(月) 04:51:13
本当ですよ。
ニーチェを学ぶ人は将来のことが気になるというのは本当ですか?
356 :
考える名無しさん:2005/05/09(月) 11:15:59
本当ですよ。
357 :
考える名無しさん:2005/05/09(月) 17:05:39
なにが。
なんだか
359 :
考える名無しさん:2005/05/09(月) 22:59:16
現代語訳「アンチクリスト」読んだ者です。
ちくま文庫のものと比べると、何倍もわかりやすくて、
初心者にとって非常に消化がよかったです。
ただ、166ページのフリードリッヒ2世は、プロイセンのじゃなくて、
ホーエンシュタウフェン家の人のことだと思うのですが。
360 :
考える名無しさん:2005/05/10(火) 05:43:18
>359
するどい!
著書の本文に記述されるフリードリッヒ2世は
ホーエンシュタウフェン家の人だと思います。
おそらく、フリードリッヒ2世の絵と解説の方が間違っている。
2人のフリードリッヒ2世は時代が全く違う。
361 :
考える名無しさん:2005/05/10(火) 09:21:45
>>359 訳者です。おっしゃるとおりです。キャプションの編集のミスだと思われます。次の重版から直させていただきます。ありがとうございました。
362 :
考える名無しさん:2005/05/10(火) 20:35:47
ニーチェは結局ニヒリズムを克服することはできたの?
「人生とはこのようなものだったのか。よし、もう一度」と言って、
結局やってるのは自己欺瞞でしかないんじゃ…?
362 俺もそう思う
364 :
考える名無しさん:2005/05/12(木) 05:36:27
結局人間は、自分がエライと思いたいんだよ。
社会的に地位の低い人間でも、ニーチェ的に生きればエライ、と思えるんだろう。
「ニーチェ」は、弱者のための哲学なんだよ。
オーネー、オーネー、ニヒリズ、フィロソフィー♪
366 :
考える名無しさん:2005/05/13(金) 19:15:05
367 :
考える名無しさん:2005/05/13(金) 19:17:14
いつまで考えてもたどり着けない
今のヒトという種族の安全と発展を考えれば他人との調和、
簡単に言えばマナーを守り他人に親切にしましょう〜ってなるんだが、
しかしこの進化というものが間違っていたら?と考えると終わりがない。
ヒトというものが「悪」であると認識することができたなら可能な限りヒトを減らすことを考えるだろうが、
そんな日が来るのかどうか・・
最終的に信ずるものは救われる、信念を貫き通せたものだけが幸せてことなのかねぇ
そしてこの「善」なる基準を求めること自体が「善」と言い切る自信も無いんだ
だからと言って思考の放棄は好ましくない、心のどこかで「悪」と考える自分がいる
そもそも絶対的な善悪なんて、存在するのだろうか?
とりあえず進化論を勉強したら進化が間違ってるとか種族の為にとかの思考からは解放されるだろうな
翻訳した誰かが間違っていたんだ。
本当は「人間は考える悪しである」が正解。
370 :
考える名無しさん:2005/05/14(土) 10:48:53
人間は考える唖であるが正解
371 :
考える名無しさん:2005/05/14(土) 10:49:42
人間は考える香具師である
372 :
考える名無しさん:2005/05/14(土) 11:30:15
絶対的な善悪なんて存在しない、善悪なんて一過性なものに過ぎない
373 :
考える名無しさん:2005/05/16(月) 03:14:14
イエスは最高にディオニュソス的な人間だった。
それゆえ人間のディオニュソス性の恐ろしさを誰より知っていた。
それゆえ神と天国という虚偽を信じて禁欲的に生きよと諭した。
ニーチェは、イエスが神と天国という虚偽を真理だと僭称している、と勘違いして憤激した。
神と天国の虚偽性を暴こうと死闘を演じた。
しかし、45才になってニーチェは気付いてしまった、イエスは天国を<虚偽として>創造した
のだ、と。
神と天国の虚偽性を暴けるのは、<最もディオニュソス的でない>人間である!つまり、神と天国という虚偽が
なくとも自らの乏しいディオニュソス性に容易に耐え得る人間である!
自分が称揚していたディオニュソス性が、実は自分に一番欠如していると気付いたとき、
ニーチェは発狂した。
374 :
考える名無しさん:2005/05/16(月) 03:18:56
「生の衝動すべてを肯定せよ!」
と言えるのは、生の衝動が弱く、それゆえそれが危険でない人間だけだ。
375 :
考える名無しさん:2005/05/16(月) 03:23:52
>>367
善悪とは、我々が意志の赴く先々の事物に対して付着させる塗装である。
善悪があり、意志がそこへ向くもしくは向くべき、なのではない。
ニーチェはどうでもいいが
日本の素人ニーチェ読みはどうして・・・・・・・
377 :
考える名無しさん:2005/05/19(木) 06:13:23
俺らの身の回りでさ、ルサンチマン的な価値転倒が起こっている例ってあるけ?
うだつの上がらないリーマンが、自身の甲斐性のなさを隠して、
上司の瑣末な弱点をさがして、自分を高みにたてようと価値転倒を試みたらルサンチマン
>378
>自身の甲斐性のなさを隠して、
>上司の瑣末な弱点をさがして、
全然だめ。
これじゃ、以前の価値観がまったくそのまま残ってる。
>379
ルサンチマンだからそれでいいんじゃねーの
381 :
考える名無しさん:2005/05/19(木) 14:07:36
>380
なにが“ルサンチマンだからそれでいい”だよ。意味がわかんねーよ。
おまえ単純に「ルサンチマン=ダメ人間」とか思ってるだろ?
上の例がルサンチマンといえるためには、
まず「甲斐性のなさ」を「隠してる」ようではだめ。
「うだつの上がらなさ、甲斐性のなさこそがすばらしい」と、
自身が心底思えるようになること。
そのうえで、(甲斐性のある)上司より優位に立てたと実感することができたなら
その人は「ルサンチマン」的であるといえる。
だから、ただのダメ人間じゃルサンチマンにはなれない。ある種の才能が必要。
例えば、ブルーハーツの
“ドーブーネーズミみたーいにー美しくなりーたいー”
とかいう曲はルサンチマン的才能によって生まれたといえる。
382 :
考える名無しさん:2005/05/19(木) 14:17:37
ニーチェは発狂したが、イエスは死刑になった
>381
釣りか?
勝手な解釈してんじゃねーよ、ボケが。
>>383 じゃ「ルサンチマン」に対するおまえなりの解釈を述べた上で、
どのへんが“勝手な解釈”なのか指摘してみろ。
まともな批判もできないアホが哲板に来るな。
385 :
377:2005/05/19(木) 15:54:32
>>381、383
えー、381のブルーハーツの歌の解釈に納得してしまったんだが。
奴らが、自分らは不器用でかっこわるくて必死(どぶねずみ的)
だと思ってて、でも自分らはそれでいいんだそれが美しいんだと心底思うように
なったならばルサンチマン的価値転倒じゃないのー?
つかルサンチマンてさ、弱者の強者に対する憎しみを一般的に言うんじゃない?価値
転倒を起こさなくても
>>385 良質なロックンロールは、みな「負け犬の遠吠え」であり、
ルサンチマン的な叫びを含んでいると思う。
それに反して、質の悪いロックもどきが歌うのが「道徳」だ。
(「自分を捨ててだれかのために〜♪」などが典型)
もうすでに「道徳」は現代ではこれ以上ない完全な勝ち組であり、
弱者でもなんでもない巨大権力である。
にもかかわらずこれをわざわざ主張するという行為は、
その権力に乗って自らも勝利の気分を味わおうとする品性の低い輩の行いとして、
ニーチェ的に批判されるだろう。
387 :
考える名無しさん:2005/05/20(金) 03:04:44
ニーチェがよく分かるお勧めの本ってありますか?
388 :
考える名無しさん:2005/05/20(金) 03:23:55
本ではなくて
シュトラウスの「ツァラツゥストラかく語りき」を聞くだけで
(感覚的には?)半分くらいわかる。(ような気がする)
389 :
考える名無しさん:2005/05/20(金) 03:41:57
この曲を聴くとどうもボブサップを思い浮かべてしまいますが
390 :
考える名無しさん:2005/05/20(金) 03:51:39
シュトラウスは心理学の「初発効果」をつかって、
一番最初の「導入部」で客の心を引きつけときゃ
あとはこっちもんだ、と思っていたので、くわせ者とも考えられる。
ちなみに、導入部のあとはつまんない曲ばかり。
391 :
考える名無しさん:2005/05/20(金) 03:56:30
ニーテェはこんな明るい曲が好きだったの?
ワグナーと決別したぐらいだから大仰な曲はあわないんじゃないか?
393 :
考える名無しさん:2005/05/20(金) 08:10:43
2001年宇宙の旅
394 :
考える名無しさん:2005/05/20(金) 08:13:48
ニーチェ ん1年の旅 ^^;
395 :
考える名無しさん:2005/05/20(金) 20:48:11
ワグナーといえばヒトラーが熱狂的なファンだったという
ニーチェとヒトラーはどこか通ずるところがあるように思える
396 :
考える名無しさん:2005/05/20(金) 22:34:20
ワグナー←心酔←ヒトラー←心酔←ハイデッガー
↓↑←←←↑ ↓ ↓
親交 影響 ↓ ↓
↑ ↓←←↑←←↓←←←←← 影響
ニーチェ←←↑ ←利用
↓ ←←↑↓
作曲させる→→→シュトラウス
397 :
考える名無しさん:2005/05/21(土) 20:30:02
>>397 「ニーチェ・アルヒーフのエリーザベト・ユダ」(バタイユ談)
別にバタイユが批判したから悪いという訳じゃないが、今ニーチェ・アルヒーフに学ぶのが有意義かどうか……
しかしこの暗いご時世、デカダンが大流行ですからのー。
デカダン粉砕!
永遠回帰と永劫回帰ってどっちとも使うみたいだけどどっちがいい?
自分は永劫回帰の方が響きがいい。未来永劫とは言うけど未来永遠
ていわないし。
ぶっちゃけどっちでもいいが、自分で使うときは永劫回帰。響きがいいから。
永劫回帰はニーチェ解釈でも分かれるところだろうな。
永劫回帰って平たく言うとニーチェの妄想?
「俺は永劫回帰するんだ!!ああああ!!!」みたいな
403 :
考える名無しさん:2005/05/24(火) 03:56:59
ココデスカ、ビョーニンガ ビョーニンヲ カタル スレ?
404 :
考える名無しさん:2005/05/24(火) 05:04:50
永劫回帰のおれ解釈。
ニーチェは結局道徳は超越できても、
科学的思考は超えられなかったんじゃないかな。
永劫回帰なんてトンデモ概念が生まれたのはそのせいだろう。
ニーチェが究極的な価値とした「今・私」というものは、
原理的に語ることができないものであり、それゆえ根拠というものが存在しない。はず…。
だが、ニーチェはそれを強引に因果律(科学的思考法)で語ってしまった。
それが「今」の根拠を、「ここではない今(過去・未来)」だとする、永劫回帰、という概念だ。
ニーチェ自身、永劫回帰を「科学的に考えても〜」なんて言っているのがオモロイ。
ぼくはニーチェが大好きだが、この永劫回帰ってのはなんだかなぁ。
ビンボ臭い感じがするんですよ。「今」があまりにも薄っぺらなもんで、
無限の過去と未来でサンドして存在感をアップしてみました(当社比)、みたいな。
そんなへんてこな後ろ盾を必要とするあたり、
ニーチェは「今・私」の価値を自分で言ってるほど信用してないんじゃないか、
と勘ぐりたくなる。
405 :
考える名無しさん:2005/05/24(火) 17:18:37
>>404つづき
永劫回帰って、そんなムズカシイことでも高尚なことでもなくて、
わかりやすくて馬鹿げたことだと思うんだけどな。
なんか無理矢理神聖で神秘的なものにされちゃった感じ。
ニーチェ自身が痛烈に批判したキリスト教的な「先送りされた価値」、
いわゆる「死後救われる」とかいうやつ。
実は「永劫回帰」は、このキリスト教的「生の肯定原理」ととてもよく似てる。
それは
「今」を「未来」になってから肯定する、という「距離感覚」。
キリスト教は「今でない時、遠い未来」に「真なる価値・神」を置いたが、
同じようにニーチェは「今でない時」に「真なる価値・今・私」を置いた。
ニーチェがあれだけボロクソ言ってたキリスト教と、永劫回帰の「救い」は、
この距離感においてほぼ共通しているといっていい。
ニーチェが肯定したかったのが「今」なのだとしたら、
なぜこんな「距離」が必要だったのか?
(つづく)
>>405つづき「なぜ「距離」は必要なのか?」
一言で言えば、「今」を今、肯定することは、原理上不可能だから、
ということになる。
原理上、つまり「理性」「科学的思考」「因果律」等では、ということ。
ニーチェが肯定しようとした「今・私」という概念は、完全にそれらの圏外にある。
顔に押し付けた本が読めないのと同様、
「因果律」が成立するためには、距離が必要なんだ。
だからニーチェは「今・私」をむりやり引き裂き、遠ざけた。
だが問題は、それが本当に正しかったのか、
「今・私」を救うのに「因果律」など本当に必要だったのかどうかだ。
(つづく)
>>406つづき
キリスト教だってひょっとしたら、もともと肯定したかったことは、
「死後」なんて話じゃなくてニーチェと同じ「今」「生のすべて」
だったかもしれないじゃないか。
というよりむしろ、最初はそうだと考えるほうがはるかに自然だろう。
ただ、「生きる」こと全体の意味が問われた場合に、
その西欧的、理性的思考の枠内(現代の我々もその内だが)では、
「死後」を想定する以外、肯定のしようがなかったのだ。
だから、ニーチェが「永劫回帰は科学的に正しい」などと得意げにいってみても、
実は科学的に正しくあろうとした、まさにそのことこそが、
「今・私」を救うための、最大の誤りなんじゃないのだろうか。
ぼくがニーチェのファンであることを一言断ってから、ある妄想をしてみる。
実はニーチェ本人が最後まで否定しきれなかった、科学的理性を、
無意識下では直感的に否定し、乗り越えることに成功したんじゃないのか、
ということだ。
「道徳」という誰一人越えられなかった壁を軽やかに飛び越えた男が、
最後にきっと「科学的理性」も飛び越えたんだ。「狂気」という度肝を抜く方法で。
…そう、信じたいんだ。■
> 永劫回帰なんてトンデモ概念
ここまで読んだ。
>>406 >原理上、つまり「理性」「科学的思考」「因果律」等では、ということ。
>ニーチェが肯定しようとした「今・私」という概念は、完全にそれらの圏外にある。
私が因果律の圏外だったらそれは大変なことなんだが……
ニーチェが生きてた時代ってキェルケゴールは貶されててマルクスの時代も来てない。
当時ドイツの学者がどういう時間論を持ってたかというと、ヘーゲルなのかなぁ……
分厚くて読みたくないなぁ……
410 :
404:2005/05/25(水) 04:51:29
>>409 なにが“大変なこと”だよ、ここでの「私」とは、「社会的な私」なんかじゃなくて、
「今=私」というような意味での「私」だぞ。因果の圏外であることは自明じゃん。
長げーので、さっきのを要約すると、
●「永劫回帰」がトンデモなのは、「非科学的」だからではない。
むしろ、それが「科学的」であろうとしたことに由来する。
●キリスト教もニーチェも、科学的理性、つまり「因果律」の信奉が根底にあり、
そのため「生」を別の時空で肯定せざるを得ないという「仕組み」そのものは
「キリスト教」も「永劫回帰」も全く同じである。
●ニーチェが肯定しようとした、「今(=私)」という概念は、アウトオブ因果であり、
本来「科学的」に語ることなどできないが、彼はそれを強引に行った。
その方法とは、あまりに近すぎて客観的には見ることのできない「今(=私)」を、
無限に分裂させて、観測できる距離まで引き離す、という力技だった。
●そこで問題は、そもそも「今(=私)」という科学とは無縁な概念を、無理に
科学的に肯定する必要などあったのか、ということだろう。
「永劫回帰」は結局その強引さゆえの「歪み」ばかりが際立った
無茶な思想であるように感じられる。ニーチェが乗り越えるべきは
「科学の枠組み」それ自体だったんじゃあなかろーか。■
411 :
409:2005/05/25(水) 15:30:39
>>410 もし「今=私」が因果律と無関係だとすると・・・
「私」が死ぬことと「今=私」が無くなることの間に因果関係がない。
故に私の生死に拘わらず「今=私」が有ることになる。
オレ哲学に付き合ってやるのはべつに嫌じゃないからもちついてかんがえれ。
あと、409が「今=私」を出発点に哲学を構築するならもっとていねいに説明すれ。
412 :
409:2005/05/25(水) 20:27:49
411の最後は
「あと、410が「今=私」を出発点に哲学を構築するならもっとていねいに説明すれ。」
が正しい。こんな間違いをするとは……お恥ずかしい。
因果律について書かれている本があったら、紹介して頂けないだろうか?
まあ、確かにニーチェの科学に対する態度には矛盾する点はあるよ。うん。
でも因果律を否定してしまっては、それこそトンデモ以下になるんじゃないの?
415 :
404:2005/05/26(木) 03:57:42
>>411ちょっとスレ違いになるかも知んないけど…。
●「因果律」。大抵のものごとはこの形式(原因→結果)で語ることができるが、
中には例外も存在する。それが「今」であり「私」である。
●たとえば今は、2005年5月であるが、そうであるべき根拠など全くない。
物理学にとって「今」とは任意の一時点にすぎず、
端的な「この今」の特殊性など科学的には存在しない。
同様に「私」が「私」である根拠(因果)もまた存在しない。
(それがなんでかってのは、スレ違いの上やたら長くなるだけだからやめとく。
調べる必要もないし考えればすむことなので、あなたが自分で考えればいいことだ。)
●「今」と「私」は言葉は違っても実は同値の概念だ。
「今」というとき、そこに必ず「私」は存在する。(今 ⊃ 私)
「私」が存在するのは常に「今」である。(私 ⊃ 今)
(今 ⊃ 私)∧(私 ⊃ 今) ⇔ 今 ≡ 私
●「死」について確かに与えられた事実は「他人の死」という現象だけである。
「私の死」についてはなんもわからん。
だから、「私の死」が語られる場合、それは事実ではなく単なる定義だ。つまり
「私が存在しなくなること」=「私の死」
という言葉の意味を規定したまでだ。
したがって
>「私」が死ぬことと「今=私」が無くなることの間に因果関係がない。
と、あるけど、その両者を結びつけるのは「因果関係」なんかじゃなくて
ただ「言葉としての意味の規定」であり、
>故に私の生死に拘わらず「今=私」が有ることになる。
という結論がヘンなのは、「仮定とした前提が偽だから」ではなくて、
単純に「言葉」として成り立っていないからヘンなのだ。
(「赤は青い、ということになる」みたいなもんだ)
416 :
404:2005/05/26(木) 11:39:18
>>414 >科学に対する態度に矛盾する点
ニーチェ本人は「永劫回帰」を質量保存則に適応した概念だと思ってたらしいが、
それを熱力学的に批判してみてもしょうがないんだよね。
そんな地味なツッコミなど、どーでもいい。もっと大きな問題が別にあるんだから。
>>405のたとえ話としては、とある建築家(仮にニーチェとする)が、
別の建築家(仮にキリスト教としよう)の建てた家をボロクソ批判したとする。
「あんなもん人様の住む家じゃねーよ」とかなんとか。
で、そのニーチェがどんなすげー家建てたのかな、と思ったら、
キリスト教の設計図を丸々パクって、内装だけ替えた家だった…。
普通こんなことがあれば、「フザケンな」とか「チね」とか皆さんブチ切れるだろうに、
なぜか、あまり批判は聞こえてこない。
それどころか、さすがニーチェ様、と絶賛する人すらいる。なにか変だ。
その理由として「永劫回帰」と「キリスト教」が、因果律、科学的思考という
同じ思考パターン、同じ肯定の図式の元に生まれたよく似た概念であることに、
われわれ自身も「気づいてない」ということがある。
なぜなら、われわれ自身もその思考パターンにドップリはまりすぎて
それらの内側で生活しているため、その構造そのものを鳥瞰できずにいるからだ。
確かにわれわれが日常で論理的思考や因果律を否定する必要などはないし、
(というよりそんなこと不可能だろう)
日常で、そうすることが必要な場面になど直面することもないだろう。
だが、にもかかわらず「因果律に結びつかない概念」というものは存在するのだ。
キリスト教もニーチェも、「今を生きる」という、
まさにその「因果律から外れた概念」を(因果律によって)救おうとした。
(※キリスト教に関しては、ぼくの推測ではあるが、正しいという自負はある。
だれが好き好んで「最初から」「死後」の救いなんてバカなことを考えるだろう)
「因果律から外れた概念でも因果律で救うことが可能である」と
なんの批判もなく信じてしまうこと、そのことこそ問題視すべきでは中廊下■
417 :
409:2005/05/26(木) 13:46:02
>>415 >同様に「私」が「私」である根拠(因果)もまた存在しない。
私が私であるのは同一律から自明である。同一律には根拠がない。よって正解。
なるほど今=私がすなわち私だとすると……
即死といっても死ぬときには何ミリ秒かのずれがある。
「今=私」の消滅が何ミリ秒か過去の死因と因果関係が結べないとすると
死ぬときは何らかの死因があるわけだから「今=私」すなわち私は不死である、と。
そうじゃなくて今=私では因果関係が完結しないということだな。無関係ではなく。
因果律と無関係だとすると話は簡単なのだ。通常、因果は時間に即して語られるので、
今=私は過去や未来と無関係になれる。では因果律があるとどうなるか?
今の行動が未来に影響するため今を自由に肯定することができなくなる。
未来のための「今=私」の否定、すなわち奴隷道徳が生まれるのだ!
つまり、404〜407は話がまるっきり逆なのだ。今を肯定するために時間が必要か、ではなく、
今を因果の思考(企図)から救い出すためにはどうしたらよいか、だ。
……あと、哲学はトンデモありありのルール。5分前に世界が創造されたとか、飛んでる矢が存在しないとか。
418 :
409:2005/05/26(木) 14:06:11
ん、リロードしないで推敲していたらかぶったな。
>>416 ニーチェがどうやって今を救おうとしていたかはおいといて、丸々パクってはいない。
409にも書いたが時代はおそらくヘーゲルの時代だ。いつか人類は絶対知に至る。
キリスト教的にいえば千年王国が建設されるという考え。
そんな歴史の終わりを永劫回帰は明確に否定している。
究極の理想を削除することでその他の雑多な理想を否定できるかという問題はあるが。
>>416 > で、そのニーチェがどんなすげー家建てたのかな、と思ったら、
>キリスト教の設計図を丸々パクって、内装だけ替えた家だった…。
俺はそうは全く思わないがね。例えばどの辺が?
俺はむしろキリスト教こそが、より古代の諸民族の神話・宗教にある
人心を捉えるツボを寄せ集めた、パクリの集合体だって考えているよ。
おそらく、キリスト教を国教にしたローマのかの人はその辺を理解し
ていた。。。キリスト教はすばらしくローマ的である。。。
ニーチェ語録集を読んだけど、
俺は優れていて馬鹿どもに合わせてやってるんだよというのが
伝わってきた。
あと、言ってはいけない真理をズバズバ言う人なんだなと思った。
あんなことばっかり言ってたら俗物からは疎まれるわ。
可哀想なニーチェ。天才は理解されないんだね。
俺、凡人で良かった。
421 :
409:2005/05/28(土) 14:37:48
>>419 >俺はそうは全く思わないがね。例えばどの辺が?
俺も全く思わないが、404の考えを察するに、
キリスト教=今を肯定するために未来(死後の救いなど)を考える
永劫回帰=今を肯定するために回帰した次の「今」を考える
ということなんだろう。404は今を肯定するには今以外が必要だと言ってるから、
結局どんな考えでも404にとってはキリスト教のパクリになるんだろう。
個人的には419の「永劫回帰」観を知りたい。ちまたでは、
「永劫回帰は物事の価値を軽くする」「永劫回帰は物事の価値を重くする」
この二者択一すらなかなか決着がつかないようだが。
422 :
四式:2005/05/28(土) 19:04:09
キリスト教は終末思想と救済だから
永劫回帰はインドの原始的輪廻感に近い気がする、仏陀の涅槃以前の奴。
とちょっかいをかけてみる。
>421「永劫回帰は物事の価値を軽くする」
まゆつば情報源ですがタイなどの輪廻が信じられている国では自殺率が高いようです。
423 :
419:2005/05/29(日) 01:23:03
>>421 岩に磔にされたプロメテウス。。。それが俺の永劫回帰観です。
ニーチェが先人から何かを受け取っているとしたら、
キリスト教などではなくて、やはり、古代ギリシャでしょ。
ニーチェが言及していないのが非常に不思議なのですが、
アイスキュロスの『プロメテウス』には永劫回帰思想がはっきり
と現れていると思います。
死ぬ運命を持たないプロメテウスは、未来のことをすべてあらか
じめ知っている。
「死後の救い」など入り込む隙間の無い運命の硬さ。
>423
「シジュフォスの神話」とかね
425 :
考える名無しさん:2005/05/29(日) 13:17:28
南無妙法蓮華経 の7字 が真理
426 :
考える名無しさん:2005/05/29(日) 13:40:57
ニーチェの思想は、文学やエンタメの世界では
誰にどのように受け継がれていると見ますか?
427 :
考える名無しさん:2005/05/29(日) 13:51:16
>426
そのままスーパーマンじゃないですか?
428 :
409:2005/05/29(日) 14:00:22
>>422,423
こちらのいい加減な質問に、回答感謝。
運命は誰も知り得ないが決まっている、といったところで誰も納得しないでしょう。
決まっているから運命を肯定できるのか? という疑問が残る。
……なぜ運命を肯定できるのだろうか。
>>426 ストーンオーシャン
429 :
考える名無しさん:2005/05/29(日) 14:05:38
ニーチェの思想はその後の文化に決定的な影響を与えてるな。
文学ではいわゆるジョイス、ベケットなどの不条理文学がそう。絵画芸術ではピカソ、エルンストなどのシュールレアリスム。音楽でも現代音楽、プログレッシブロックなどに影響が見られる。
430 :
四式:2005/05/29(日) 20:19:55
>>423 あんまりニーチェの著作は知らないが
>ニーチェが先人から何かを受け取っているとしたら、
>キリスト教などではなくて、やはり、古代ギリシャでしょ。
ニーチェはアーリア人の伝統主義者でしょ、後のヒトラー政権の思想的土台?にもなったし、、
ヨーロッパの思想はアラブルーツのキリスト教よりギリシャに求められるのはかなり同意だが
ニーチェはアーリア人のバラモン階級や仏陀なんかの思想からのが受ける影響は強いんじゃないか?
431 :
409:2005/05/29(日) 20:29:33
>>430 ニーチェは文献学者で専門は古代ギリシャなのでむしろギリシャだと思う。
ツァラトゥストラは名前だけ持ってきたと思った方がよさそう。回帰はゾロアスター教とは関係ないし。
432 :
四式:2005/05/29(日) 21:40:16
>>431 なんかさっき見た奴によると
ニーチェの「精神の三様の変化」がツァラトゥストラが永劫回帰するのに必要な魂の遍歴らしい。
宗教的観念に縛られる駱駝野郎 → 力への意思を持つ獅子 → 無垢な聖なる子供
433 :
409:2005/05/29(日) 22:29:21
>>432 その下りはツァラトゥストラかく語りきの中の……上下どっちだったかは忘れた。
だけどその下りをどうとるかすら一定しないのがニーチェ解釈の難しいところなんだよねぇ……ワカンネ
高校倫理教科書なんかではキェルケゴールの
美的、倫理的、宗教的実存の三段階と対比している。んなわけないっつーの。
アンチクリスト読んでないけど現代語訳(笑)読んだら仏教の方がマシだ、みたいな書き方。
当時のヨーロッパには仏教が知られていたことは確か。ただ回帰と輪廻を同じように語れるか疑問。
輪廻は善行を積めばよい生き物に生まれ変わるけど回帰は一切の同じ物が回帰するから。
でも結局、構造主義について話すときは構造主義のニーチェ解釈に、
現象学について語るときは現象学のニーチェ解釈になっちゃうんじゃないかなぁ……
434 :
考える名無しさん:2005/05/29(日) 22:59:55
ニーチェってクラシックでいうところのショパンみたいな位置付けだな
ショパンはピアノを独奏楽器として確立させた第一人者
435 :
考える名無しさん:2005/05/29(日) 23:03:50
ニーチェはただの馬鹿だろ
436 :
考える名無しさん:2005/05/30(月) 03:51:01
ニーチェは賢いよ
437 :
考える名無しさん:2005/05/30(月) 03:52:58
>>428 ジョジョですか・・・
いわれてみればそうかも
ニーチェって哲学じゃなくて、ただの妄想じゃん
439 :
考える名無しさん:2005/05/30(月) 04:47:19
妄想から、色々生み出されるのよ
人生自体そもそも妄想でしょ
最後は死だよ死
自分が<消滅>するんだよ
ありえねーでしょ
440 :
四式:2005/05/30(月) 19:37:12
>>433 ニーチェの精神の三様の変化というインスピレーションは、人間は解釈する生き物であるとすると
私見ながら宗教団体の格階層を解釈した結果じゃないかな?信者、中堅幹部、教祖の
ルサンチマンによって出来るとした宗教倫理と団体から各人が教祖たれとニーチェは言いたかったのではないか?テキトーだが
>ただ回帰と輪廻を同じように語れるか疑問。
>輪廻は善行を積めばよい生き物に生まれ変わるけど回帰は一切の同じ物が回帰するから。
徳や善行なんかという大乗的輪廻感覚というより、ニーチェは唯物論的輪廻として見たのでは?
441 :
考える名無しさん:2005/05/30(月) 22:49:25
>>433 現代語訳w「キリスト教は邪教です」講談社+α新書を読みました。
おっしゃるように、輪廻と回帰は違いますね。唯物論的にとらえるからむしろ間違うんだと思いますよ。
442 :
409:2005/05/30(月) 23:05:09
>>435 相手は24歳で文献学教授だ。何を言っても負け犬の遠吠えだ。
>>437 ストーンオーシャンで時間を進めて回帰するスタンドが出てきた。まんまじゃん(笑)
>>440 と、なると中堅幹部がライオンであることになる。
ライオンは否定する動物だから一番中堅幹部から遠いとは思わないか?
各人が教祖たれ、という考え方自体は悪くないと思うが、それなら
一般信者→棄教者→教祖
の方がしっくりくるだろう。
>徳や善行なんかという大乗的輪廻感覚というより、ニーチェは唯物論的輪廻として見たのでは?
では、それを論拠にキリスト教の「千年王国」という考え方の人と討論してみましょう。
たぶん水掛け論になると思います。
結局、千年王国より回帰の方が精神衛生上よいことがしめされなきゃいけないね……
443 :
ネオ ◆XRhOafI0.w :2005/05/30(月) 23:06:11
永遠回帰は瞬間、瞬間に消え去るアートです、
一瞬が永遠であります。
444 :
考える名無しさん:2005/05/31(火) 02:13:39
この人を見よ! を読んでファンになたー
445 :
404:2005/05/31(火) 05:22:39
>443
一瞬が永遠である、ってことはランボーも言ってたよ。
ものすごく美しい考え方なのはわかる。
でも哲学というにはちょっと無理があるなぁ。
446 :
ネオ ◆XRhOafI0.w :2005/05/31(火) 07:48:19
そうだね、ツァラツゥストラのニーチェはあまりにも詩的だ、そいでランボーは詩的であるがゆえに
ざらついた現実に引き戻されてしまった、
447 :
409:2005/06/01(水) 00:10:08
おおっ、404だ。この間はボロクソ書いて悪かった。
別に喧嘩する気はないのだ。そのうちまた議論しような。
瞬間、瞬間が重要なのは違いないが、過去‐現在‐未来の一時点で
「瞬間が重要なのだ」と言ったところで何の重要性も感じまい。
未来に続く現在では現在の一瞬に未来以上の重要性があるとは認められない。
しかし永劫回帰は理想を否定しており、未来はない。すべてが決定している。
すべてが回帰に含まれている。決定権を持っているのは力への意志なのだ。
力への意志が現れる瞬間、これこそ重要ではあろう。
……それでは力への意志は回帰に閉じこめられている事にはならないか?
力って何??
物理的力とどう違うの??
ショーペンハウアーとどっちがえらいの?
450 :
考える名無しさん:2005/06/01(水) 13:57:38
意思の力だろ。不幸をものともせず前進する力。世界中を敵にまわしても断固として自分の意思をつらぬく力。
何度倒れても再び起き上がって前進する。これが永劫回帰。超人の真の姿。
ニーチェの思想は実に単純明快でわかりやすい。
>>450 前進行軍の途上で精神力が枯渇してしまい
よくてメンヘル
悪けりゃ 自己あぼーーん
しそうな希ガスるのだが
コメントきぼんぬ
452 :
考える名無しさん:2005/06/01(水) 16:39:25
>>449 ショーペンに決まってるだろ
ニーチェは生涯ショーペンの影響下から出ることはできなかった
いやよいやよも好きのうちってね
『従藍而青』
青は藍より出でて藍より青し
(弟子が師匠の偉業をさらに発展させていくこと)
一番信じてたからねぇ 弟子ですな
抜け出そうとしたのは「どうしても信じてしまうから」でしょうかね
ニーチェは青 ショーペンは藍 ?
ニーチェは青 ショーペンは藍 マルクスは赤
ニーチョってしってる?
ニートョ?
ニーチェ→ニーチョ→ニート→超人
458 :
考える名無しさん:2005/06/02(木) 04:31:08
460 :
考える名無しさん:2005/06/02(木) 08:33:20
『キリスト教は邪教です!』
って、なんかおもしろいじゃん。そりゃ意味的にはそうだけんども…。
462 :
考える名無しさん:2005/06/03(金) 00:34:31
「ツァラトゥストラかく語りき」ってドイツ語では何ていうの?
463 :
考える名無しさん:2005/06/03(金) 00:48:20
ドイツ語はいってねぇやこのPC
also sprach zarathustra
なぜニーチェはゾロアスター教をパクッたのか
イエス・キリストに対抗させたいから。
どういう事?ゾロアスター教とキリスト教は対立してるの?
467 :
考える名無しさん:2005/06/04(土) 02:32:33
>>466 聖書のパロディーとしてゾロアスターの名前を使っただけ。ゾロアスター教とは関係ない。
458のニーチェの現代語訳はよくできてたな。
なるほどー。dクス
邪教です! って恣意的な訳だな
470 :
考える名無しさん:2005/06/04(土) 22:32:59
471 :
考える名無しさん:2005/06/04(土) 22:53:29
どいつごはいってねぇやこの、←でつ ^^;
472 :
考える名無しさん:2005/06/04(土) 22:58:03
日本語に似てまつ。
473 :
考える名無しさん:2005/06/05(日) 05:13:44
本当にキリスト教は邪教だよな
474 :
考える名無しさん:2005/06/05(日) 07:45:07
イエスかな?ブンブンブーン♪
アルゾー シュプラーハ ツァラトゥストラ
てかドイツ語入ってなくても関係ないだろ
476 :
考える名無しさん:2005/06/06(月) 04:38:23
超訳すげーーおかしーー♪
477 :
考える名無しさん:2005/06/06(月) 05:51:22
空気読まずにレスするが
ツァラトゥストラ第2部の「夜の歌」、「墓の歌」が本当に秀逸だと思う。
こういう繊細な物事を比喩を使ってイメージ豊かに表現するニーチェの文才はマジですごいよな。
当初ニーチェを哲学者じゃなく文学者と捉えてた人が多かったことにも頷ける。
キン肉マンはダメ超人。
479 :
考える名無しさん:2005/06/06(月) 20:03:49
>>448 「力」はKraft,「権力」はMacht。ニーチェで「力」って言ったら普通このMachtの方。
英語のmakeの語源にもなってるmachenを名詞に変化したのがこのMacht。
>>464 ニーチェが高校生の頃から愛読していたエマーソンの"essays"のどっかにゾロアスター
って言葉が使われているらしいよ。詳しくは新田章って人の書いた論文に載ってたよ。
確か20年近く前の早稲田の比較文学だか比較思想の紀要に入ってたと思う。
「ニーチェ エマーソン 新田章」で検索すればヒットするはず。
480 :
考える名無しさん:2005/06/07(火) 17:06:25
おまいら。。。
そろそろ超人について論じるのはやめて、
超人になったらどうだ?
資本について書くよりも資本を蓄えたらいいのに。
482 :
考える名無しさん:2005/06/07(火) 17:37:12
>>479
お、お前は何者?
哲学院生?
483 :
考える名無しさん:2005/06/07(火) 19:43:24
超人を目標にしてりゃいいんだろうが。
484 :
考える名無しさん:2005/06/07(火) 20:11:24
てか、超人になった人っているの?
ニーチェのみ?
485 :
考える名無しさん:2005/06/07(火) 21:37:04
超人になった瞬間に発狂します
486 :
考える名無しさん:2005/06/07(火) 21:43:54
かみゅ
487 :
考える名無しさん:2005/06/08(水) 00:07:09
超人というのは成るものじゃない。
超人として生まれるしかない状態。
そういう風に超人として生まれてしまった存在には、
ニーチェのアドヴァイスは意味があるかもしれないが、
人類の大半にとっては、ただ単に何の関係もない。
488 :
考える名無しさん:2005/06/08(水) 01:23:29
超人として生まれるってのがよくわかんないんだけどね。
超人てのはやっぱ周囲の影響外にある人だよな。
そうでなければ超人ではない。影響外っていうのも言い過ぎだけど
大衆迎合の正反対みたいな人か。
だれか「超人」の代表的な人物の霊を挙げてみてくれないかね?
489 :
考える名無しさん:2005/06/08(水) 01:36:26
ニーチェの言わんとする事、つまりエッセンスを血肉化して、哲学以外の色んな経験を重ねて行けば超人になれるよ。ただニーチェの限界と凄さも両方見えてくるけど。ヒトラーは超人界を相撲に例えれば幕下だよ。
>489
ヒトラーは「偉大なアーリア人」とか言ってる時点で、ニーチェの言う超人とは関係ない。
むしろ、普通の猟奇殺人犯、普通の狂人、普通のボケ老人の方が「超人」に近い。
491 :
考える名無しさん:2005/06/08(水) 14:45:24
ニーチェの妹や義弟がユダヤ差別を主張していたんだが、
ニーチェ自身は彼らのことを心の底から嫌悪してた。
ニーチェが長生きしてたらヒトラーのことも軽蔑しただろう。
根本的に違うんだよ。おおいうのとは。
492 :
考える名無しさん:2005/06/08(水) 16:52:22 BE:13953825-
>>490 そのヒトラー観はあまりにもステロタイプ過ぎると思うけど
「超人=新しい価値の創造者」というニーチェの定義に則るならば、特異な思想を持ちそれを実行したヒトラーも超人の資質を十分に持ってると言えるのでは?
まぁ、狂人であることには変わらないけど、少なくともニーチェの嫌悪した畜群ではないね。
むしろヒトラーを熱狂的に受け入れた当時のドイツ国民がまさに自己決定能力の欠如した畜群にほかならないと思う。
493 :
考える名無しさん:2005/06/08(水) 17:03:11
解釈が分かれる難しい本を書くニーチェが悪い
494 :
490:2005/06/08(水) 17:25:55
>>492 ヒトラー観?ただの事実でしょ。
「超人」が単純に「新しい価値」の創造者ということなら、
それこそニーチェがルサンチマンと批判したキリスト教道徳も、
発生当初は「新しい価値」だったわけで。
だから、たとえその価値の創造者自身だろうが、
「一度創られた価値」に従う人間は超人ではない。
ヒトラーの場合も同様。
495 :
考える名無しさん:2005/06/08(水) 22:10:01
当時のドイツ人が超人ではないというのは分かるけど、
ヒトラーは超人かなぁ・・・
彼のような被害妄想で誇大妄想狂で、固定的な理想主義をぶち上げて他者をそれに嵌め込んでいった人だからなぁ
「この人を見よ」でニーチェが述べている理想像から考えると、超人がいるとすれば、かなり繊細で慎重な姿勢の持ち主なんじゃないかという希ガス
496 :
考える名無しさん:2005/06/08(水) 22:23:27
「神は死んだ」で近代(modern)に決別した人類が、近代後(ポストモダン)の、生存競争の永劫回帰、生存力競争のむき出しの時代に、力への意思、で積極的に生きていくヒトのことかなと、ニーチェ読まずの私は素人的に考えていたが。
ニーチェ読みのヒト、私のこの誤解を解析してくれ。
497 :
考える名無しさん:2005/06/08(水) 22:50:40
>>496 私もニーチェ読まずですが、
ポストモダン人とはニートで代表され、超人はホりエモンに予兆を
見ることができるのでは?
498 :
考える名無しさん:2005/06/08(水) 23:01:08
Thank you very much. 論語読みの論語知らずの逆に近かったようで、見当違いに誤っていないようで安心しました。
499 :
考える名無しさん:2005/06/08(水) 23:02:35
感心したことでないことは重々承知ですが。
500 :
409:2005/06/09(木) 00:10:20
>>496 前にも出た精神の三段階では二段階目がすべてを否定するライオンなんだな。
となると生存競争の中で「積極的に生きる人」の主体性すら肯定できかねる。
主体が消滅しないまでも主体の地下を流れる欲望の方に重点が置かれているのではないか。
欲望は否定できないからね。抑圧はできても。
まあ、こちらも他人を解析できるほどはニーチェを読んではいないけど。
501 :
492:2005/06/09(木) 00:16:05
>>494,495
ヒトラーに関してあれこれ判断を下すのは時期尚早かと
危険思想だと思われるかもしれないけど、俺個人としてはヒトラーを単なる「精神異常者、誇大妄想狂、大虐殺者」と割り切る
のは知的誠実からはかけ離れた態度だと思ってる。
現代におけるヒトラーの一般的評価にはかなりバイアスがかかってると思うし、また、そのような態度からはヒトラーの真の姿
は掴めないと思う。
ヒトラーは卓越した政治家、指導者としての顔も持っているわけで、そういう部分も含めてヒトラーを総体的に捉える観点を持
てるようになるにはあと数世紀は待たなきゃいけないんじゃないかと。
ことヒトラーに関しては「あまりあれこれ考えてはいけない。ただ誹謗してればいい」という無言の要請が存在している。
そのような圧力に屈することはまさにニーチャの喝破した「臆断の虜囚」の姿にほかならないわけで
ただナチズムという現象自体には、ニーチェの行なった大衆社会への批判がそのまま当てはまると思う
ナチスが台頭する半世紀前にナチズムを生みかねない土壌がドイツにあることをニーチェは見抜いてたことは明らかかと
502 :
考える名無しさん:2005/06/09(木) 00:22:43
ヒトラーは良かれ悪しかれカリスマですね。
503 :
492:2005/06/09(木) 00:32:56
ヒトラーをこき下ろす側もかなり胡散臭い連中だからね
そして、そういう連中が現代の国際社会を実際に牛耳ってるわけで
これ以上書くと身の危険を感じるので、この辺でやめますけど
504 :
考える名無しさん:2005/06/09(木) 00:35:48
>>500 >>496だけど、近代的な「積極的な主体性」の概念より、「欲望」に重点があるというのはさもありなん、よくわかる。否定の近代性と、抑圧の現代性も。
その点よく注意するようにする。
とにかくコメント、大変ありがたい。
505 :
494:2005/06/09(木) 03:53:35
>>501 ここで問題にされてたのは「ヒトラーがニーチェ的な超人かどうか」ということだろ。
ヒトラーが「人種」というすでに固定化された価値に従ってたことは、
俺の評価どうこうではなく単なる事実であって、
そのことからヒトラーを「(ニーチェの云う)超人ではない」って言ってるだけだよ。
だからべつに「いい」とか「悪い」とかヒトラーという人物の評価をしてるわけではない。
ヒトラーの評価なんてここでの議論とはまったく無関係。
卓越した政治家だろうが大量虐殺者だろうがどっちでもいい。
(そもそもそういう固定的な価値評価自体、ニーチェとは無縁)
506 :
考える名無しさん:2005/06/09(木) 04:51:28
ニーチェの著作を読んで奇妙と思うのですが
岩波から出ているものとちくま学芸文庫で出ているものと
どちらがおすすめでしょうか?
507 :
考える名無しさん:2005/06/09(木) 04:54:44
奇妙、ではなく「みよう」です、、、。
すみません。
508 :
492:2005/06/09(木) 07:24:55
>>505 だからさ、ヒトラーの思想の全貌が正しく現代に伝わってるわけじゃないだろ
そういう意味でヒトラーについて何かしらの判断を下すのは時期尚早なんじゃないのって言いたいわけ
「人種差別主義者」としてのヒトラーが過剰に宣伝されてるのは、連合国側のプロパガンダかもしれないし
それだけをもってヒトラーをニーチェ的な超人と相容れないと言い切るのはおかしいだろって話
少なくともヒトラーは周囲の人間と同じであることを美徳とする畜群ではない(つまり、いくぶんか超人的)
それに反道徳家だし、十分ニーチェ的な超人の資質を持っていると思うが
509 :
考える名無しさん:2005/06/09(木) 07:47:06
ヒトラーは近代主義者だろ
おわり
510 :
考える名無しさん:2005/06/09(木) 08:16:43
>>509,
なるほど、そう思えるね。
彼の反共産主義あたり、近代主義の近親憎悪かもね。
またニーチエ読まずで申し訳ないけど、正統派ユダヤ教徒的でニーチェ思想かぶれのレオ・シュトラウス。彼を始祖とするネオコンあたりが超人たることを狙っているといってもよいかも。ヒットラ
とちがって、欲望に関連しても、ネオコン連中の貴族趣味、贅沢は凄いらしい。
511 :
494:2005/06/09(木) 08:43:55
>>508 もうムチャクチャ。なんかレスすんのもアホらしいので最後にするけど、
時期尚早って…、あんたさ、じゃあ
もしかしたら数年後にヒトラーは実は「人種差別主義者」ではなかった、
なんてことになる可能性があったりするわけ?
ユダヤ人の大量虐殺は連合国側の宣伝なの?
それと「超人の資質」って、あなたが勝手にそう思ってるだけですよ。
反道徳的だから超人だ、なんてことはいえないよ。
512 :
考える名無しさん:2005/06/09(木) 10:26:24
皆さんはニーチェいうところの「超人」は「超能力者」だと思いますか?キリストは超能力者であったわけですが。ニーチェも自分の事を「十字架にかけられし者」と言っていたようですけど。
513 :
492:2005/06/09(木) 11:06:15
>>511 >もうムチャクチャ。なんかレスすんのもアホらしいので最後にするけど、
どこがムチャクチャなんですか?
アホらしいならそもそもレスしなきゃいいじゃないですか
私だって好き好んでヒトラーを擁護するようなことを書きたいわけじゃないですよ
>もしかしたら数年後にヒトラーは実は「人種差別主義者」ではなかった、
>なんてことになる可能性があったりするわけ?
そういうことじゃないです
そもそもあの時代において「人種差別主義者」であることがその本人の人格を語る上で決定的な意味を持つのでしょうか?
あの時代のヨーロッパ人なんて多かれ少なかれ誰もが「人種差別主義者」だったと思いますよ
だからこそナチス党がドイツにおいてものすごい大衆人気を博したんでしょう
「人種差別主義者」であることを殊更に暴き立てるのは極めて現代的で事後的な価値観だと思います
あの時代の哲学や政治思想の意義を最大限に汲み出すためには、ある程度人種差別的な部分を括弧に入れる必要があると思います。
所詮、哲学はヨーロッパのものですから、いちいち人種差別的な描写に引っ掛かっていたら思想研究なんかできませんよ。
ナチズムに傾倒していたからといってハイデッガーの哲学が無意味になるというわけじゃないでしょう?
それにもっと言ってしまえば人種差別主義者であることがニーチェ的超人であることと相容れないものであるとは思えないです。
ニーチェの生理学的な階序の思想はいろいろと誤解を受けやすいものではありますが、優生学的な思想との親和性があることは
否定できないと思います。
>ユダヤ人の大量虐殺は連合国側の宣伝なの?
かもしれないです
>それと「超人の資質」って、あなたが勝手にそう思ってるだけですよ。
そうですよ。哲学なんて所詮当人の思い込みですから
>反道徳的だから超人だ、なんてことはいえないよ。
そりゃそうです。反道徳家が即超人であるとは一言も言ってません。
反道徳家であることは超人であることの一つの兆候です。
514 :
考える名無しさん:2005/06/09(木) 11:10:09
『善悪の彼岸』だったか『道徳の系譜』だったか「ユダヤ人差別する奴こそ糞」という主旨の箇所があったよ。
515 :
考える名無しさん:2005/06/09(木) 11:42:47
>>514 当時のドイツの後進性を皮肉って、「私が嫌いなものを全部集めると何が出てくる? ドイツ人が出てくる」。いまなら、さしずめ、「ヒットラーが出てくる」というんじゃないかな。
>>513 >>あの時代のヨーロッパ人なんて多かれ少なかれ誰もが「人種差別主義者」だった
と言うなら、ヒトラーも形は違えどその価値観に乗っかった畜群と変わらんのではないのか?
言ってることが矛盾しているね。
517 :
考える名無しさん:2005/06/09(木) 11:59:33
ユダヤ人は昔から迫害されてたよ
518 :
511:2005/06/09(木) 12:04:36
>>513 レスすんの最後にしようと思ったけど、予想以上にオモシロかったので、
>「人種差別主義者」であることを殊更に暴き立てるのは〜
えー?誰の話をしてるんですかあなたは。
およそ人類史上屈指の「人種差別主義者」だろ、ヒトラーは。
“殊更暴き立てる”もなにもないだろ。
>人種差別主義者であることがニーチェ的超人であることと
>相容れないものであるとは思えないです。
この時点で、あなたが「超人」についてまったく理解していないことがわかる。
どんな「主義」であれ、「〜主義」と名のつくものと「超人」とは相反するものだ
ってのは、普通のニーチェ読みならば自明のことだろ。
>ニーチェの生理学的な階序の思想はいろいろと誤解を受けやすいものではありますが、
>優生学的な思想との親和性があることは否定できないと思います。
本気か?あんたとヒトラーくらいのもんだぞ、そんなこといってんのは。
“いろいろと誤解を受けやすい”って…あんたがいうな。
>>ユダヤ人の大量虐殺は連合国側の宣伝なの?
>かもしれないです
昔、「アウシュビッツは無かった」とか記事乗せて廃刊に追い込まれた編集長がいたけど、
あなたみたいな人だったのかな。とてもじゃないが理解できん。
519 :
考える名無しさん:2005/06/09(木) 12:22:57
ニーチェ読みでも、ニーチェ知らずがいるようだ。安心した。
520 :
考える名無しさん:2005/06/09(木) 12:38:35
なんか酷いニーチェ黄泉がいるようだな。w
521 :
考える名無しさん:2005/06/09(木) 15:29:14
畜群どもめ
ヒトラーは人種差別主義者じゃないよ。
人種差別主義者は、どうあっても「イエローモンキーと手を組んだり」しません。
それについてはフェレやローパーを読みましょうね^^
523 :
409:2005/06/09(木) 15:43:02
ヒトラーは超人ではない。この点では一致しているようだが……
政治家としてはアウトバーンの建設とかすごいことやったらしい。
ハイデガーが考えた詩人・哲学者・国家創造者は有名だよな。(詩人は誰だっけ?)
>>511 >それと「超人の資質」って、あなたが勝手にそう思ってるだけですよ。
>反道徳的だから超人だ、なんてことはいえないよ。
ドゥルーズは哲学者ならば議論をさけるはずだ、と言っている。
なので508は508自身の基準によって議論せずに超人を決めてよいだろう。
508の決めた超人の資質が妥当かどうかはその後に議論されるべき。
だがニーチェは自身すら超人とは考えていなかった。
ツァラトゥストラは超人の到来を予言するが、自分自身は超人ではない。
ニーチェが理想として思い描いたモノを「俺こそ超人」と言いだしたら十分ニーチェの悪用と言えるだろう。
524 :
考える名無しさん:2005/06/09(木) 16:10:11
あ、そういうこと、到来を予言! それで、
>>497 ホリエモンは超人そのものではなくて、「予兆」という言葉が使ってあったのか!
ニーチェ読まずも一寸づつつかみかけてきたぞ。
525 :
492:2005/06/09(木) 16:24:00
>>518 >およそ人類史上屈指の「人種差別主義者」だろ、ヒトラーは。
それは言いすぎ
>“殊更暴き立てる”もなにもないだろ。
過剰に宣伝されていると思います
>>523 確かにヒトラーをニーチェ的超人と呼んだのは言いすぎだったかもしれない
だけど、ヒトラーをニーチェ的理想の対極に位置する人物だという物言いはどうかと思う
526 :
考える名無しさん:2005/06/09(木) 22:57:50
>>512 ツァラトゥストラ読め。
町人に「お前がホンモノの預言者なら奇跡を見せろ」とか言われても
それは無理、ていうか超人とはそんなもんじゃないつってる。
ニーチェのいう超人とは、アニオタゲーオタ的な
「怪力パワーを持つ超能力者」ではなく、善悪について正しい認識を知るだけもの。
というかそれだけで十分。
超能力が使えても、人生の意味がわからなければそれは敗北者なのです。
527 :
409:2005/06/10(金) 00:37:56
>>526 人生の意味がわかればどんな惨めな生活してたって勝ち組。
そういうのをルサンチマンというんだよね。
もっとも超能力は身体能力と本質的な違いがあるとは思えない。
三人の人が5キロの鉄アレイをそれぞれ
「俺は片手で」「俺は指一本で」「俺は指一本ふれずに」
持ち上げられるとしても、三者の間に本質的な違いはない。
そうなの?
529 :
考える名無しさん:2005/06/10(金) 01:51:09
>>527 >人生の意味がわかればどんな惨めな生活してたって勝ち組。
>そういうのをルサンチマンというんだよね。
ばかじゃねーの?
ニーチェはあくまで「世界の背後に意味がある」という思想を
ルサンチマンと断罪したわけで。
「どんな惨めな生活」というのが物質的なことを言ってるのなら、
金持ちがニーチェの言う貴族道徳になってしまうな。
『アンチキリスト』で仏教の「欲望に注意する」
思想を評価している意味を考えましょう。またキリストの生き方自体にも否定的ではない(パウロを攻撃)。5点。
というわけで、ニーチェにとって人生の意味とは新しい価値の創出なのです。
人生の意味がわからなければいかに金や力を持っていても負け組です。
そこはキリスト教と共通です
530 :
考える名無しさん:2005/06/10(金) 02:02:46
あとツァラトゥストラの障害者についての記述<逆向きの障害者たち>も参照な。
ニーチェは肉体的スペックのみを絶対的な価値と考えているわけではない。
<健康>という天から授かった幸運を浪費する愚民が
<逆向きの障害者たち>であり、
障害者はそれらよりも高みへ行ける可能性を持つ。
ま、著作くらい読んでくれたまえって話だね
531 :
考える名無しさん:2005/06/10(金) 05:10:55
>>526 ではニーチェいうところの「超人」にブッダやインドの覚者は入ると思いますか?ニーチェは神に取って代わるものとして超人を考えたわけだから超能力者を排除するのは早計かと。物凄い圧倒的なパースペクティブを開く超能力者思想家が出てこないとは言えないし。
普通の反キリスト読みてえ〜
新しいやつはふざけてるっぽいし
533 :
409:2005/06/10(金) 09:09:45
526=529=530だよな。
>>529 じゃあ、勝ち組の人生って意味に還元されちゃうの?
勝ち組の人生の意味を誰かが見てて評価してもらえるの?
魔界塔士SAGAみたいだ。神が出てきてあいつは面白かったとか寸評してもらえるの。
でも俺が527で書いた惨めってのはよくない。スマン。反省。
>>530 俺は確かにあんまり熱心なニーチェ読者じゃないが(ツァラトゥストラしか読んでない)
527の後半は超能力と超人は無関係という論を補強すると理解してくれ。
身体能力で超人になれると思う奴はいないだろう。
>>531 ニュータイプって言いたいのか?
534 :
考える名無しさん:2005/06/10(金) 12:35:56
>>531 ニーチェの思想は非科学的なものに力点はないよ。
マリアの処女懐胎をバカにしてるし、
ツァラトゥストラは奇跡を使えない預言者の話。
確かに、「わたしは人間のうちで最大なものと最小なものの裸を見た。
しかしそれらには殆ど違いがないのだ。わたしは落胆した」
みたいな事を言っているが、そこで絶望して<死語の世界>を求めたり、
矢追純一みたいにUFOを追っかけるのはルサンチマン。
現実を肯定せよという事。
そもそもキリスト教の<奇跡>を科学的に切って捨てるのだから、
超能力なんて持ち出したら論理破綻を起こす事になる。
ゆえにニーチェのプライベートはどうかしらんが
テキストの思想は超能力者否定という事になる。
535 :
考える名無しさん:2005/06/10(金) 12:50:39
「世界の価値はわたしたちの解釈のうちにある」
「世界に事実はなく解釈だけがある」
『権力への意志』
まあそれだとニーチェの主張も世界解釈の一つに過ぎないので
聞く価値がなくなるわけだが、
しかし正しい"解釈"はあるのだとニーチェは言う。
「それは権力への意志による解釈だ」
だからわたしの主張を聞きなさいという。
しかし、「権力への意志」という仮説は系譜学的にしか証明されない。
だからニーチェの仮説を"真理"だと盲信する人は、
ニーチェ的なものから一番ほど遠いという逆説が生じてしまう。
536 :
考える名無しさん:2005/06/10(金) 13:38:28
>>533 「誰かが見て評価」しないと価値は生まれないのですが。
ニーチェ認識論によれば世界に
「もの自体」はなくただ解釈のみなのだから尚更。
人間も神もいなくて誰が世界を評価するの?
「悲惨な生活」をも「だが、これはわたしが望んだ!」と言い切れる事、
『生の苦悩に…「悲劇的意味」を見出すこと。
すなわち、巨大な苦悩にもかかわらず生を是認し、
さらにそれに「然り」ということ。
後者の態度をニーチェはディオニソス的態度と呼ぶ。』
「ニーチェ入門」竹田青嗣
537 :
考える名無しさん:2005/06/10(金) 15:16:40
>>534 それは納得できないな。動物を従えるツァラトゥストラだとか、苦痛のみの人生に対して「汝の苦痛を愛せ」だとか。運命愛、永劫回帰とかはハッキリ言って超常的な世界観と思うのが普通でしょう。ニーチェは反ヘーゲルと言われている所から見ても科学主義者なんてとても思えない
538 :
考える名無しさん:2005/06/10(金) 15:45:55
>運命愛、永劫回帰とかはハッキリ言って超常的な世界観と思うのが普通でしょう。
「いかなる目的のために虚言がなされるかが問題となる」『アンチキリスト』
ニーチェは永劫回帰が虚言である事を自覚している。
永劫回帰という"寓話"を使ってなにを言いたいのかを考えてくれ。
ていうかこのスレにニーチェを本当に何冊か読んだことある奴はいまいるのか?
どうやったら超能力とかそういう話になるんだよ。
539 :
考える名無しさん:2005/06/10(金) 16:01:02
ニーチェの思想を安っぽい神秘主義と解せば、
それは単にキリスト教とは違う宗教を作っただけにすぎなくなるよ。
寓話とはつまり、永劫回帰は唯物論よりさらに覚悟が必要な世界観だという事。
唯物論だと、「人間は死ねば無になって、あらゆる苦しみから解放される」。
そういう非主体的な救いがまだ残されている。
こういう思想だと、「じゃあ別にいま一生懸命生きなくてもいいや。
どうせ何やったって死んで無になるんだから」
というニヒリズムしか生まれない。
しかし同じ宇宙が、同じ生が無限に繰り返されるとしたらどうだ?
それはある意味で地獄だ。死んでも救いはないのだから。
一生懸命生きない奴は無限に後悔と退屈で苦しむ事になる。
だからいまを肯定する事が必要なのです
でも永劫回帰によると私の人生は過去(?)に既にあった。
いくら頑張ろうとも、私の人生は既に決まっている。
541 :
考える名無しさん:2005/06/10(金) 16:30:34
・・・・・・・・・・朝鮮民族撲滅文・・・・・・・・・
朝鮮民族は完全に我が日本国のことを馬鹿にしてます。
朝鮮人はうざいです。撲滅しましょう。
あの憎き朝鮮民族を撲滅しましょう。
撲滅したい方は
http://www2.ezbbs.net/32/kankoku/ まで。
※このメッセージを5つの掲示板に貼った瞬間に貴方は死にます。
>>540 永劫回帰に従ったとしても、
未来の不可知・不確定性は些かも揺るがない。
「いくら頑張ろうとも、私の人生は既に決まっている。」
そうやって、自分で自分の未来を確定しない限りね。
必要なのは「今・この瞬間」に高みを目指し続けることなんだよ。
ニーチェはそうやって不断の自己超克を実践すべしと説いてるわけよ。
高みを目指すことも、既にあったこと、
自己超克も、既にあったこと。
そう言う意味では、決まってるといえないだろうか?
>>543 だから、決まっているかどうかは現時点では人間には知り得ないことだろ。
知り得ない事柄を「既にあった」と決めてしまうのは
他ならぬおまい自身なんだよ。
永劫回帰によって決められているわけじゃない。
ここに「高みを目指すか否か」「自己超克の道を選ぶか否か」
という選択の余地があるわけよ。
永劫回帰ってのは常に「選択」を要求され続ける厳しい考え方である一方、
高みを目指さない自由もちゃんと認めてる。
ただし、永劫回帰に従うなら、ダメな人生が永遠に繰り返すわけだ。
だからこそ「そんな人生でいいのか?」とニーチェは問いかけてるんだと思うがな。
それでいいと言うようなヤシは端っから相手にしてないんだし。
一言で言うと、キリストのように生きろと、そういうことなんでしょうか?
(いや、適当ですいません)
なんとなく、カルバンの予定説に似てる
547 :
ぼくはニート:2005/06/11(土) 00:58:59
>>542 「すべし」ということはニーチェは何一つ言ってない。
それを言い出したらただの道徳家だ。
548 :
409:2005/06/11(土) 01:01:24
>ていうかこのスレにニーチェを本当に何冊か読んだことある奴はいまいるのか?
>どうやったら超能力とかそういう話になるんだよ。
偉そうなこと言えた義理ではないがある意味しょうがないかもしれん。
近年ニーチェほど話しのダシにされた哲学者はいないだろう。
ニーチェについて話をする、もしくは聞くたびに何を学んでいるのか考えてしまう。
ドゥルーズのニーチェ論バタイユのニーチェ論フーコーのニーチェ論……
今要求されているのはニーチェ論であってニーチェでないのかも、とも思う。
549 :
考える名無しさん:2005/06/11(土) 01:31:13
運命愛も永劫回帰もだいたいイメージが掴めてきましたが、ニーチェスレの議論は何も「正しいニーチェ解釈」を競い合うばかりが能じゃないでしょう。ニーチェをだしに想像を膨らませたっていいじゃないですか。でないと儒教の尻すぼみみたいになるんじゃないですか
>>549 ニーチェを現実主義者と見るか、
超能力者を予言したオカルティストと見るかでは
ニーチェの評価が180°変わってくる。
オカルト哲学に興味あるならシュタイナースレをどうぞ
551 :
考える名無しさん:2005/06/11(土) 01:46:13
いや実はひとつ挑発を混ぜて見ようかという意図もあった事は事実です
超人として生きようとすれば、行き着くのは孤独ではないかと思うのだが。
世の中のスタンダードに抗して新しい価値を生もうとすれば、必ずと言っていいほど
迫害されるでしょ。。。
真理追究や新しい価値の創造を第一とみなしている世界ならいざ知らず
既存の価値の再生産が是とされる現状の世界では
ニーチェ流の生き方は、過酷なものになる気もします
(適当に書いておりますが。。。)
それを過酷と感じなくなるような境地を、超人が持っていると、
そういうことなんでしょうかねー。
554 :
考える名無しさん:2005/06/11(土) 02:05:44
孤独だから、過酷だから、どうしたってんだい?
それとも、たとえ耐え切れずに精神が破綻しても、それはそれでいいのだと、
そうみなすのでしょうか。。
>>554 いや、別にいいとか悪いとかってんじゃなくて、
精神が破綻するのではないかなと。
それでもいいという立場なんですかね、ニーチェ自身は?
それが素朴に知りたいだけですよ。
557 :
考える名無しさん:2005/06/11(土) 02:23:17
いや、ニーチェ思想は世界のドグマではなく、所詮は一つの思想なんで。
梅毒だか脳梗塞で発狂して死んだおっさんの思想にすぎない。
反発や否定があって当然。
もし理路整然としてるなら、今頃ドイツではキリスト教民主同盟に変わって
ニーチェ教民主同盟が政権とって大変なことになってる
>>557 ふーん そうなんですかね
別に理路整然としてるから政党が出来たり
政権をとったりするわけでもないと思いますが
「所詮は一つの思想」
このあたりに貴方の感覚が現れています
いや、別にいいとか悪いとかいってるんじゃありません。。。
別にそんな人がいてもいいし、現にいっぱいいますし
思わず、「結婚して、子ども育てて、孫の顔を見て、幸せな一生の後に、死んでくださいね。」
って言いたくなりました。
いや、なんとなくね。
ニーチェ思想を神格化するくらいなら、キリスト教を信仰した方がマシだな。
理解できないものを崇めるのは信仰にほかならない。
ニーチェが一番嫌うことだ
>>559 >理解できないものを崇めるのは信仰にほかならない
この信仰観も笑った
誇張するわけではなく
単に無知ですね
562 :
考える名無しさん:2005/06/11(土) 03:24:15
貴方様はニーチェ思想を人生の経典にでもしたいんでしょうか?
ちょっと理解できませんね僕は。
でもね五木寛之とか柳美里あたりの本と似たような扱いだとニーチェがかわいそうだ
>>562 そのレスは哲板のクオリティじゃない気がするが。。。
なんでそう決め付けてるのか、そう決め付けたいのかが
サッパリ分からない。
一度もそんなことを宣言した覚えもないのだが(困惑)
>でもね五木寛之とか柳美里あたりの本と似たような扱いだと
全然そういう扱いはしてないわけだが。。。自分の脳内妄想観念と、外部事象を峻別できない方の様で。
>ニーチェがかわいそうだ
なんですか?それは?ニーチェがかわいそう?何の哀れみですか?
ニーチェは、どんな外部の評価にも左右されることなく
今でも屹立した存在だと思いますけど。
ニーチェ自身が、自分の哲学を人生哲学にして生きてた人だからなぁ
「この人をみよ」では
自分の思想に基づいた公的な教育機関が
未来において作られるであろうと
予言している
これも読んでないような奴が、このスレで色々言ってる件
566 :
ネオ ◆XRhOafI0.w :2005/06/11(土) 10:38:06
上昇すればするほど深淵が深くなるんだよ、
567 :
409:2005/06/11(土) 10:39:26
>>565 日本語文法にかんしては日本語を今まで以上に合理的に説明できる新しい学説があるらしい。
外国人に対する日本語教育ではすでに成果を上げているが、日本の公教育では取り入れられていないという。
>>563 外部の評価に左右されることのない思想に則って思考しようというのは矛盾しているというのが
559あたりの批判なんだろう。ニーチェが言ったことに対して、なぜそういえるのか? という議論も
なされるべきではある。ただ、掲示板には議論をまとめられる人物がいないわけで……
568 :
考える名無しさん:2005/06/11(土) 22:07:44
>>566 至言だな
「深く降りていくほど高く飛べる」という言い方もある
そんなことより聞いてくれよ
俺は今日ひきこもって考えたんだYO
俺は女にモテない。モテないと綺麗な女とかモテる男にルサンチマンを抱くよねー。
そこであなた、「女は馬鹿で浅はかで卑怯で汚い生き物だから、付き合うな。」的な
考えの友人とか小説家とか思想家に親しむわけ。それでさ、その思想に従って孤独に生きるわけよ。
だってモテないやつほど男尊女卑でしょ、実際www
汝なすべし、に従う駱駝ね。
でもさー、やっぱ生理学的にはイイ女と結婚してイイ遺伝子残そうとするのが生の本能な
わけだから、女を欲すわけね。そこで一念発起してオサレしたり合コン行ったりするわけだ。
健康な力への意志の復活。「女は下等だ。」という僧侶を否定し、我欲す、という獅子ね。
そしてめでたく女をゲトー。もう毎日が楽しすぎ。女は下等だとか、イイ女と結婚して
イイ遺伝子を残すとかもうどうでもいいわけ。もうパースペクティヴとかどうでもいいし。
むしろこの瞬間よ、永遠に回帰してくれ!と、ひたすら肯定し続ける子供になると。
なんか上のほうで
人生はそっくりそのまま永遠回帰するから一生懸命生きよう!
的な感じになってる気がするんですが。
ニーチェってそんなに毒のない哲学者なのかなぁ。
571 :
考える名無しさん:2005/06/12(日) 00:59:27
>>570 毒のある解釈をお持ちならどうぞ披露しろ
いや、正直永遠回帰と超人はよくわからんww
573 :
考える名無しさん:2005/06/12(日) 01:09:09
永劫回帰は「明日があるさ」くらいのものだよ。
574 :
考える名無しさん:2005/06/12(日) 01:43:56
先生方に質問です。カミュの「シジフォスの神話」はバカにするのにニーチェの永劫回帰は持ち上げるのは何故ですか?エッセンスは似ていると思うのですが。哲学の学会でのネームバリューという俗な問題のように思えてなりません。
575 :
考える名無しさん:2005/06/12(日) 01:53:18
エッセンスは大体同じでしょうね。ニーチェは「永劫回帰」という
ネーミングで得してるのでしょう。
576 :
考える名無しさん:2005/06/12(日) 02:01:59
人を殺したのに女の子の事ばかり思い出してるから心証が悪いのでしょう
ニーチェは単体では意味をなさない思想家の典型だな。
ハイデガーやドゥルーズと絡んでこそ真の成果を発揮する。
579 :
考える名無しさん:2005/06/12(日) 04:54:34
577
ドゥルーズ????
真の成果???
なんで?????????
580 :
考える名無しさん:2005/06/12(日) 08:44:59
ニーチェは十分自足した思想を確立してると思う
ちゃんと理解されてないけど
581 :
考える名無しさん:2005/06/12(日) 12:21:27
>570
ニーチェに毒があるのは、ニーチェの思想を持ち上げる人間が
実はニーチェの批判したキリスト教徒と同じことをしている、という
ところにあるんだよね。
582 :
409:2005/06/12(日) 12:25:42
>>580 いや、そうじゃなくて577はニーチェだけを学んでも現実味がないと言いたいんでしょう。
それにはおおむね同意。思想は多かれ少なかれそうだと思うけど。
むしろニーチェ読者各人がハイデガーやドゥルーズに続いて「真の成果」を発揮するべき。
だとするとニーチェの真意って何? とも思うけど、それはそれ。
こうしてニーチェは歪められる。。。
果たしてニーチェは自分の考えが後世に
誤り無く伝わると思っていただろうか?そんなことはあるまい
おそらく想定の範囲内だ
ニーチェの考えが歪んで伝えられていると解釈する自分が正しいと
思い込むのはどうかと思う
585 :
考える名無しさん:2005/06/12(日) 17:18:09
ニーチェ思想の核心は、
世界は<主観-客観>ではなく、<主観-混沌>だという事です。
そして主観を支えるのは<力への意志>であるから、
弱者は弱者の価値観を、強者は強者の価値観を作り出す。
しかしこの原理をニーチェ思想自体に当てはめてみると、
キリスト教は未だヘゲモニーを失っておらず、
ニーチェ自身が『反時代的』なるタイトルで自覚している通り、
弱者は実はニーチェ自身なのです。
ユダヤ人がいわゆる<奴隷道徳>でローマ人に打ち勝った事こそが
ユダヤ人の力の証でありローマ人の弱さのはずなのですが、
ニーチェはこれを認めず奴隷道徳=弱者の思想という決めつけに固執する。
なぜ<奴隷奴隷の宗教>が世界宗教になったのか、
それは万人に対し普遍妥当性を持ったからです。
すなわち弱者が束になれば少数の強者をたやすくはふれる。
人間の個人技とはしょせんその程度の力なのです。
ゆえに超人思想は破綻しています。
ヘーゲルの世界精神(=普遍的集合意識)という思想のほうが論理的には上でしょう
586 :
考える名無しさん:2005/06/12(日) 17:23:57
>585
なんつーか、過去レス嫁。
ヘーゲルの世界精神は「無意識」を排除しているから問題外。
ニーチェは「個人が超人になる」と言ったか?
588 :
考える名無しさん:2005/06/12(日) 20:07:53
まぁ、ヘーゲル云々言う前にコジェーヴ嫁
589 :
考える名無しさん:2005/06/12(日) 20:13:05
>>585 >なぜ<奴隷奴隷の宗教>が世界宗教になったのか、
>それは万人に対し普遍妥当性を持ったからです。
普遍妥当性を持ったというより、彼岸に価値を打ち立てるというイカサマをやってのけたから
彼岸に打ち立てられた善悪の価値規範を否定する材料が此岸には無いだけ
>ユダヤ人がいわゆる<奴隷道徳>でローマ人に打ち勝った事こそが
>ユダヤ人の力の証でありローマ人の弱さのはずなのですが、
>ニーチェはこれを認めず奴隷道徳=弱者の思想という決めつけに固執する。
>すなわち弱者が束になれば少数の強者をたやすくはふれる。
>人間の個人技とはしょせんその程度の力なのです。
ヲイヲイ、あんたはニーチェを読み間違いしているぞ
弱者は強者にルサンチマンを抱き、弱者の生存本能は倒錯し自己破滅的なものになるわけだが
この弱者の倒錯した自己破滅的な本能こそが強者にとっての危険であり、人間の生存そのものを脅かすものになるから
この前の爆弾を投げた高校生しかりイスラム教徒の自爆テロしかり
虐げられた弱者のやぶれかぶれこそ強者にとっての最大の危険になるってこと
弱者はこのようなイカサマをすることによって強者を倒すことができるようになるが、非常に不健全であることには変わりない
ニーチェはキリスト教の中にこのような本能の倒錯を見出した
奴隷道徳であるキリスト教が自己犠牲や禁欲など一見すると生存にとって不利になるようなことを説くのはそのため
そして、キリスト教のこのような性格によってヨーロッパの文化は閉鎖的で息苦しいものになったわけだが
「こうしてニーチェは読み違えられる」スレになってきたようです。
591 :
まさお:2005/06/12(日) 20:53:10
>>589 1. だからね、力で破れる存在は"強者"と呼べないでしょ?
ローマ帝国はキリスト教徒に破れてキリスト教を信仰するようになった。
ニーチェも「道徳の系譜」でユダヤ人を"勝者"と認めております。
ではなぜニーチェは新しい"勝者"の道徳を肯定しないのか?
それは"力への意志"に反しているからだそうだが、
この前提(力への意志)についてニーチェ理論で言えば、
数において圧倒的に広まったキリスト教に反抗して
ニーチェが作り出したルサンチマン概念とも呼べるわけだ。
2. "不健康"ってアンタ、その"不健康"と判断する視点は
ニーチェのいう強者の道徳でしょ。
強者の道徳で強者を擁護するのはトートロジ反論でしかありません。
3.また、自己犠牲道徳じゃなくても攻撃的本能、
つまり人類が核兵器で自滅しようとしてる現状をどう考える?
核兵器はニーチェの肯定する戦争の重要要素だよ。
これは不健康じゃないのカナ?
592 :
409:2005/06/12(日) 20:53:51
>>589 それも違うだろうな。自爆テロが危険だとしたら、それは、
「彼らは自分の命をかけなければアメリカの軍事力に対抗できないのです。
軍事力を背景に彼らを抑圧するアメリカは悪です。彼らは正義の戦いをしているのです」
って言い出しちゃう奴が出てくる所だろ。ここの論法にペテンがある訳だが。
>>585 バタイユ的にいえばキリスト教のドラマツルギーが普遍性を持ったということだろう。
593 :
まさお:2005/06/12(日) 21:00:10
不健康ではなく不健全ですね、訂正。
加筆:そもそも何を持って"健全"というのか。
核兵器に加え、地球環境を破壊する事で自らの首を
絞めつつ発展する人類は生物的に"健全"なのか?
ニーチェ思想を消化したと自負する御仁で、
現代においてニーチェ思想が"健全"だと認める人物の例がいたら挙げてみなさい。
594 :
考える名無しさん:2005/06/12(日) 21:00:41
まぁもまえら、とりあえず俺様を超人と呼べと
595 :
まさお:2005/06/12(日) 21:13:44
ニーチェの思想は、その正当性の構築に二つの根拠を持っていると思う。
一つは、「キリスト教=自己犠牲→破滅 ∴だからイクナイ」
という生物的な自滅を招くからという唯物論的な批判。
もう一つは、「弱者が強者へ復讐するために奴隷道徳を作ったから、作る動機が不純」
という動機的な批判。
しかし前者は前に取り上げた例の通り、現実には人間の利己的な欲望による破滅も
起こりうるという反証ができる。
後者も、いかにもよくできた説得だが、
実証する事はできずあくまで「ストーリー」にすぎない。
だから、わたしは同じ方法でニーチェを批判するストーリーを作れたのです。
596 :
409:2005/06/12(日) 21:32:40
>>595 >一つは、「キリスト教=自己犠牲→破滅 ∴だからイクナイ」
>という生物的な自滅を招くからという唯物論的な批判。
と
>しかし前者は前に取り上げた例の通り、現実には人間の利己的な欲望による破滅も
>起こりうるという反証ができる。
では反証になってない。それぞれ相手の手の内が読めなくて、
その結果相互に滅ぼすとしたら破滅的だが自滅ではない。自己犠牲でもない。
後者は前者のキリスト教批判が成り立ってさえいれば成立しない。
ルサンチマンではなくちゃんとした論拠があるんだから。
ニーチェの尻馬に乗ってルサンチマンなキリスト教批判する奴もいるかも知れないけど、
それはそれ。
597 :
考える名無しさん:2005/06/12(日) 21:40:37
永井均が言うとおり、そういった「答え」が問題じゃなくて、
「問いの構造」が問題じゃないのかな?
598 :
まさお:2005/06/12(日) 21:47:58
>>596 前半は、自滅だろうと他滅だろうと滅ぶなら生物的に同じ事。
端的に言えばキリスト教の教義=信頼
冷戦=疑心暗鬼
の選択ですが、どっちに偏っても人類に危険である事に代わりはない。
無抵抗平和主義でもまずいが、人を信頼できなければ
そもそも社会は構築できないからね。
後半は、経験的に実証できない以上、
ニーチェ思想を肯定する事は
ニーチェ思想の「ストーリー」への信仰にならざるを得ない。
もっともこれは歴史学一般の宿命ですが。
反証は他にも出せます。奴隷や罪人だけでなくローマ貴族へもキリスト教が
受容されていった事についてニーチェは何も語らない。
この事からニーチェ歴史学は破綻しているといってよいでしょう。
599 :
589:2005/06/12(日) 21:50:08
>まさお氏
あなたのレスを読んでいると頭が痛くなってくる・・・。
なんかズレまくってます。どこからツッこめばいいのか・・・・。
てか、ニーチェを本当に読んだことがありますか??
逆に聞くけど、
「騎士的価値規範(貴族道徳)」と「僧侶的価値規範(奴隷道徳)」の違い
「アポロン的」、「ディオニュソス的」という用語の意味
を理解していますか?
この辺が分かってたら
>>591,595みたいな勘違いには陥らないと思いますが・・・
てか、上記の4つを知らないようだと、正直ニーチェについてあれこれ言う資格は無いと思いますよ
600 :
まさお:2005/06/12(日) 22:09:45
>>599 貴族道徳=「力強い肉体、今を盛りの豊かな、溢れたぎるばかりの健康。
戦争、冒険、狩猟、舞踏、闘技、さらにはおよそ強い、
自由な快活な行動を含む一切のものごと」
僧侶道徳=「惨めな者のみが善いものである。貧しいもの、力のないもの、
賤しいもの、悩めるもの、病めるもの、醜いもののみが善いものである。」
アポロン的=夢幻、形象化、個体化、秩序化、英知的、理性的、造形芸術、節度、コスモス
ディオニソス的=陶酔、一体化、狂騒、情動的、感性的、音楽、過剰、カオス
いいですか?何かありますか?
ではわたしからも質問。
現代において、ディオニソス的人間は誰かな?
601 :
考える名無しさん:2005/06/12(日) 22:15:37
オレオレ!オレオレ!
602 :
409:2005/06/12(日) 22:16:59
>端的に言えばキリスト教の教義=信頼
>冷戦=疑心暗鬼
全然二者択一になってないんだが。アメリカはキリスト教国だし、
ソヴィエトでもロシア正教は生き残ってた。
>>601 俺俺詐欺か……
最近「アンチクリスト」の超訳読んでみたけど
わかりやすい上にワロス
604 :
589:2005/06/12(日) 22:24:25
>>600 う〜ん、なんか辞書で引いてきたような解答ですね・・・・w
ホントは上記の4つの言葉で簡単にニーチェ思想の出発点について書いて欲しかったんですけど
>現代において、ディオニソス的人間は誰かな?
そんなこと分かりませんし、本質的な質問だとも思えません
605 :
まさお:2005/06/12(日) 22:29:27
>>602 まあだから"教義"と書いたわけで。もともと"奴隷道徳"なんて
どこにも根付いてないんだよね。だからキリスト教国が戦争を止めない。
ニーチェ思想はシャドーボクシングなんですよ。
>>604 あなたの理解度をわたしが判定して差し上げようと言うのですが。
人に抽象的なケチをつけて勿体ぶっていると、
何もないのに何かあるふりをしていると思われますよ。
606 :
ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :2005/06/12(日) 22:29:48
「ワロス」っていうな!
607 :
589:2005/06/12(日) 22:45:15
>>605 >>591の>ではなぜニーチェは新しい"勝者"の道徳を肯定しないのか?
ニーチェ思想の出発点を知っていたらこのような発想はできないと思いますが
だって、ニーチェがキリスト教的道徳の肯定者だったら、そもそもニーチェがこれほど有名になることはなかったわけで
なんか前提からしてぶっ飛んでます
608 :
409:2005/06/12(日) 22:49:25
>>605 なるほどキリスト教徒はたくさんいるが教義は広まってない、と。
ならばアンチクリストというのは現状肯定の書だということですね。現在の勝者の道徳です。
>あなたの理解度をわたしが判定して差し上げようと言うのですが。
たぶん589氏の「そんなこと分かりませんし、本質的な質問だとも思えません」
に対しての事だと思いますが、それならまさお氏の質問が本質的であると考えられる論拠は何でしょう?
>>607 ニーチェ思想の来歴、というのも本質的ではないと思います。
サッカーの中田、超人ぽいな
あ、あくまで俺が理解する範囲でだが。
611 :
589:2005/06/12(日) 22:57:50
>>608 ニーチェが哲学者として有名になったのは、「価値の顛倒」が歴史的に行なわれたことを発見し、当時のドイツ文化の強烈な
批判者であったことによるものです。
キリスト教道徳を肯定していたら、ニーチェ思想自体の存在意義が無いわけなんですが・・・
612 :
409:2005/06/12(日) 23:08:56
>>611 それを本質的というのが哲学の議論だとは思いません。
ただ、ドイツ文化の批判者であったという点に関しては同意です。
ただ自殺を禁じたキリスト教(ドイツの文化)と589の「イスラム教徒の自爆テロしかり」の間には
一貫性がありません。そもそもムスリムたちが戦っているのは他ならぬキリスト教徒です。
613 :
まさお:2005/06/12(日) 23:21:02
>>607 政治的に支配されている民族が、
おのれの境遇を肯定し支配者に復讐するために
件の奴隷道徳を作り上げた、これでよろしいかな?
わたしはしかし、ローマ帝国の支配層までこの宗教を受け入れた時点で
もはやキリスト教徒は政治的弱者ではないと言っているのだが、
いいですか?何かありますか?
その時点でローマ的な"貴族道徳"の上位性はなくなるのだという話なのですが。
ちなみに「弱者の道徳による支配」という概念は、
ニーチェが初めてではなくヘーゲルもアブラハムを例に似た事を言っております。
614 :
409:2005/06/12(日) 23:28:03
>>613 まさお氏は先ほど世界中にキリスト教の教義は広まっていないとおっしゃいましたが、
それならキリスト教は今も弱者ではないでしょうか?
さらに言えば弱者を力のより少ないものと考えればキリスト教徒は強者ではないと思います。
もちろんドゥルーズの言う力の定義をニーチェの時代に適用するという無理がありますが。
615 :
まさお:2005/06/12(日) 23:39:08
>>589はニーチェ思想の内部で思考しているのでわたしの言っている事が
理解できないのだと思う。早い話が信者。
何を根拠に「不健全」なのか。「弱者」とは何か?
>>589にとっての「不健全」や「弱者」とは、ニーチェの貴族道徳に反する事、
という以上の意味を持たない。
そもそもその貴族道徳の上位性の根拠は何かと言ったら、
ニーチェが言うにローマ人のユダヤ人支配という政治的側面なのである。
だから仮にユダヤ人がローマ人を先に政治支配していたら
ニーチェの理論は成り立たない。
そして時代が経つにユダヤ人から生まれたキリスト教がヨーロッパの宗教になった。
どこの支配階級もたいていはキリスト教の信者である。
ではこの時点において政治的強者とは誰なのか、と言っているのだ。
いや政治に限らずヨーロッパで文化的な功績を残した人物で
キリスト教やユダヤ教以外の信者が果たしてどれほどいるんだ?
だったら、キリスト教を現在の強者の宗教・価値観として肯定して
何が悪いのかという話だ。
616 :
考える名無しさん:2005/06/12(日) 23:44:55
>609
同感です。
なんじ目の離れたるものよ。超人たれ!
617 :
まさお:2005/06/12(日) 23:47:55
>>614 ニーチェのシャドーボクシングなのだと思います。
自己犠牲や弱者への慈しみを実践しているキリスト教徒が果たして
ニーチェの時代から今までどれほどいたのか?
したがってニーチェの言うヨーロッパ文明堕落の原因はキリスト教ではない。
多神教or無神教の日本だって、いやむしろ日本こそ「みんなと同じがいい」
みたいな風潮が強い。
だからニーチェの思想はキリスト教の誕生原因は説明しても
それを現代の社会問題において
キリスト教悪玉説に当てはめるのは無理があると思います。
618 :
589:2005/06/13(月) 00:13:41
>>613 >件の奴隷道徳を作り上げた、これでよろしいかな?
>もはやキリスト教徒は政治的弱者ではないと言っているのだが、
>いいですか?何かありますか?
まったく正しいと思います。
当時の時代背景についてはまったくその通りです。
しかしながら、奴隷道徳と貴族道徳との質的差異の観点がまったく抜け落ちています。
また、どのようにして奴隷道徳が貴族道徳にとって代わるという価値顛倒が可能になったのかという方法についても
まったく考慮されていません。
そして、それこそがニーチェ思想の核心的な部分だと思います。
ですから、貴族道徳と奴隷道徳は単に政治的に優位か劣位かという発想では割り切れません
そもそも本質的に違うものですから
>その時点でローマ的な"貴族道徳"の上位性はなくなるのだという話なのですが。
これは奴隷道徳と貴族道徳についての質的な差異の観点が抜け落ちているため陥る発想です。
政治的に上位か下位かだけで思想の価値が決まるならば、ニーチェが生きた19世紀のドイツもキリスト教的な道徳がヘゲモニーを握っていたわけで
それを批判するのは負け犬の遠吠えということになってしまいます。
しかし、にもかかわらずニーチェは奴隷道徳であるキリスト教の背後にあるものを批判せずにはいられませんでした。
そのためニーチェは同時代への痛烈な批判者なることを余儀なくされたわけで・・・
619 :
409:2005/06/13(月) 00:35:21
>>617 論点がずれていると思います。確認しておきますが、
・現在、社会を支配しているのはキリスト教徒を名乗ってはいるが、
キリスト教の教義をわきまえない人間たちだ。
・故にキリスト教の教義(信頼)は現在の支配者の思想ではない。
・信頼と疑心暗鬼の二者択一において、現在の強者は疑心暗鬼を選択している。
ということでよろしいでしょうか?
598の二者択一はキリスト教=信頼、ニーチェの思想=疑心暗鬼ということだと思いますが、
でしたらニーチェの思想は支配者の思想であり、そこにはルサンチマンはあり得ないと思いますが、
いかがでしょうか?
>自己犠牲や弱者への慈しみを実践しているキリスト教徒が果たして
>ニーチェの時代から今までどれほどいたのか?
つまりニーチェによると、これらは弱者の思想であり、
これに訴えかけるのはルサンチマンである、というのがまさお氏の意見だと思います。
これに関してはまさにその通りだと思います。ニーチェもおそらくそう考えたことでしょう。
620 :
まさお:2005/06/13(月) 01:02:37
>>618 いや、だから質的も何も、貴族道徳の優越を理論的に根拠づける
系譜学的な説明が「ローマとユダヤの政治史」。
政治的強者から生まれた道徳であるから貴族道徳なのであり、
政治的弱者から生まれた道徳であるから僧侶・奴隷道徳なのです。
ゆえに政治的強者までもがキリスト教に改宗したとなると、
これはもう弱者の道徳とは言えないだろうと言っているのです。
それでもあなたが貴族道徳の優越を説くならば、
ニーチェ思想の外からその根拠を探してこなければなりません。
「ニーチェが言っているから」ではお話にならないわけで。
621 :
まさお:2005/06/13(月) 01:18:15
>>619 ここまでYES
>598の二者択一はキリスト教=信頼、ニーチェの思想=疑心暗鬼ということだと
>思いますが、でしたらニーチェの思想は支配者の思想であり、
>そこにはルサンチマンはあり得ないと思いますが、いかがでしょうか?
YES。つまり、ニーチェの言うキリスト教道徳の蔓延とは
そもそもフィクションです。
信者がみなキリスト教の教えを守るならばヨーロッパに戦争など起きたはずがない。
わたしはその虚構の中のニーチェ論理に則り
「ローマ帝国以降キリスト教徒が政治的強者になったので…」
としましたが、本来ならば
「キリスト教の純粋な教義が政治的に舵を取ったことなど一度もない」のです。
というわけでニーチェの理論は二つの意味で破綻しています
622 :
考える名無しさん:2005/06/13(月) 01:22:18
なんで今時ニーチェすれがにぎわってるんだ?
623 :
409:2005/06/13(月) 01:38:58
>>621 >YES。つまり、ニーチェの言うキリスト教道徳の蔓延とは
>そもそもフィクションです。
>信者がみなキリスト教の教えを守るならばヨーロッパに戦争など起きたはずがない。
ではなぜまさお氏は戦争が起きたことを問題視されているのでしょうか?
まさお氏が奴隷道徳に則って思考されているのでなければ戦争など些末事のはずです。
また、キリスト教が政治的強者であるにも関わらず政治の舵を取り得ないような無力な宗教であれば、
影響力を行使できないのですから弱者と呼んでもよいと思います。いかがでしょうか?
624 :
まさお:2005/06/13(月) 02:04:52
>ではなぜまさお氏は戦争が起きたことを問題視されているのでしょうか?
ニーチェの言うような「キリスト教道徳の蔓延」は事実ではないという証拠だからです。
>また、キリスト教が政治的強者であるにも関わらず
>政治の舵を取り得ないような無力な宗教であれば、
>影響力を行使できないのですから弱者と呼んでもよいと思います。
>いかがでしょうか?
人間の行動に影響を与えない宗教をニーチェは問題にしたの?
そもそもニーチェは、キリスト教の教義に忠実な人間を"反自然的"だと
断罪したのであって、知行合一でない信仰の薄い人は問題外だと思います。
625 :
考える名無しさん:2005/06/13(月) 02:06:14
>622 俺がいるからだよ。なんつっても超人ですから。
出身はチョウゾディアです。4649!
626 :
409:2005/06/13(月) 02:19:19
>ニーチェの言うような「キリスト教道徳の蔓延」は事実ではないという証拠だからです。
では、戦争を遂行している国に反戦主義者はいないということでしょうか?
>人間の行動に影響を与えない宗教をニーチェは問題にしたの?
>そもそもニーチェは、キリスト教の教義に忠実な人間を"反自然的"だと
>断罪したのであって、知行合一でない信仰の薄い人は問題外だと思います。
その論法で言えば、問題にしうるようなキリスト教は存在しないと思います。
故に598の二者択一は成立しないので、必然的に疑心暗鬼が正しい事になります。
そもそも存在しないキリスト教を持ち出して他人に信じさせようというのは病的です。
確認しておきますが、この論法ではキリスト教の教義=信頼は存在しないことになります。
627 :
まさお:2005/06/13(月) 02:51:50
>その論法で言えば、問題にしうるようなキリスト教は存在しないと思います。
だからそう言ってるでしょ。
まったく何がしたいのアンタは
628 :
まさお:2005/06/13(月) 02:57:16
質問責め攻撃ではなく議論の核心を扱ってくださいネ
・貴族道徳の価値が奴隷道徳に優越する根拠を示すこと
これをして下さい。「ニーチェが言っているから」は禁止です。あしからず
629 :
409:2005/06/13(月) 06:45:25
>>627 いや、まさお氏が信頼と疑心暗鬼との二者択一を提示されたので、
まさか疑心暗鬼しか選べないとは思いませんでしたので。
>>628 まさお氏の論では「疑心暗鬼=貴族道徳=ニーチェの道徳」がこの世で唯一の道徳ですから、
疑心暗鬼が何に対して優越する根拠を示せばよいのかわかりません。
ご自分のレスを読み返してみてください。
補足、訂正はいつでも受け付けます。
630 :
まさお:2005/06/13(月) 06:56:59
>いや、まさお氏が信頼と疑心暗鬼との二者択一を提示されたので、
>まさか疑心暗鬼しか選べないとは思いませんでしたので。
わたしは「どちらに偏ってもダメ」と言っただけですが?
そして歴史的事実として冷戦は疑心暗鬼の論理でしたね。
さらに言うとニーチェと殆ど関係ありませんね。
>まさお氏の論では「疑心暗鬼=貴族道徳=ニーチェの道徳」がこの世で唯一の道徳ですから
そんな事をどこで言ったのかソースを提出願います。
脳内妄想では議論になりませんよ?
631 :
まさお:2005/06/13(月) 07:00:38
本題から脱線してないで
>>628をお願いしますね。
"疑心暗鬼=ニーチェの道徳"などと恐ろしい簡略化を行って
レベルを下げるのは恐縮ですね。
なるべくニーチェの用語に沿って議論したいものです
このスレでユーモアも解せずにゴタクを並べているやつらは
ニーチェについて語っているのは間違いなさそうだが
決してニーチェレベルの人間ではないと思う
境地が違うんだよね。
全然魅力がないし。哲学ヲタクの匂いがする。
ニーチェはそうじゃないんだよね
人生かけて哲学してる 自分の存在でちゃんと哲学を生きてるんだよね
まあ、こう書いても、ロクなレスもないだろうが。。。
つまり、ニーチェは真剣なんだよ
ちっぽけな優越感とか、そういうもののために哲学をしてない
実は命懸けの信仰者なんだよね、彼は
日本文化に親しんでるヤシには、そこんところが実感できないんだろうけどね
はい。つまらないレスどうぞ。↓
636 :
考える名無しさん:2005/06/13(月) 08:01:05
超人は俺のことかとゴリラ言い
637 :
409:2005/06/13(月) 08:17:01
>>630 598ははっきり選択と書いてありますので、その中間という選択肢をありだとしても、
信頼が存在しない以上疑心暗鬼の一択です。
>そんな事をどこで言ったのかソースを提出願います。
まさお氏の意見をまとめたらこうなったというだけです。
これが間違いならまさお氏のニーチェの問題とは別に
まさお氏の文章力には問題があると思います。何にせよ読み返してみてください。
>>631 >"疑心暗鬼=ニーチェの道徳"などと恐ろしい簡略化を行って
そもそもこれは619で私の行った確認に対して、621文頭の「ここまでYES」の
指示対象が不明確なことが問題です。もし違うとおっしゃるなら、
621をもっと正確に書き直してください。
>>632 >決してニーチェレベルの人間ではないと思う
それはそうだと思います。まあ、人生修行ですから。これからもあるって事で。
↑アンタ意外と謙虚ね☆
639 :
考える名無しさん:2005/06/13(月) 08:33:55
宮崎哲弥がニーチェの調薬ほめてたな
640 :
まさお:2005/06/13(月) 14:53:30
>>637 人の質問には答えない、それなのに人に要求しまくるでは議論が成り立ちません。
>>628はまさにニーチェ思想の論点です。
某氏はニーチェ思想を議論する気はなく"まさお"を叩きたいだけのようですが、
>>628に正面から反論という形で叩かなければ意味がありません。
これを避けているようではニーチェ思想を避けているのと同じ事なのです
641 :
KingOfMathKingdom:2005/06/13(月) 15:02:04
「まさお」っていうコテハンの響きはネタぎみですね。
特にニーチェについて語ることはないな -- もう飽きてしまったな。
というか、自分で世界の Hermeneutics を見つける作業に忙しいです。では。
642 :
まさお:2005/06/13(月) 15:10:15
>>630 >598ははっきり選択と書いてありますので、その中間という選択肢をありだとしても、
>信頼が存在しない以上疑心暗鬼の一択です。
疑心暗鬼の一択だと
>>628にどのような変化が起こるのでしょうか?
ここからどうやって
>>628への反論につながるのか期待しています
>>そんな事をどこで言ったのかソースを提出願います。
>まさお氏の意見をまとめたらこうなったというだけです。
あなたの独断に過ぎませんね。
>これが間違いならまさお氏のニーチェの問題とは別に
>まさお氏の文章力には問題があると思います。
>何にせよ読み返してみてください。
あなたの独断に過ぎませんね。
643 :
考える名無しさん:2005/06/13(月) 15:10:20
644 :
まさお:2005/06/13(月) 15:14:15
>>643 "まさお"叩きのみが目的でしたら、無視させていただきます。
645 :
まさお:2005/06/13(月) 15:15:55
>>643 その"強者"の定義がもっかの問題でして。
「もともと政治的強者であるローマ人の道徳だったから」
という系譜学的な根拠は過去レスで反論がなされております。
>>644は偽物のルサンチマンです。トリップつけますね
647 :
考える名無しさん:2005/06/13(月) 15:21:42
648 :
まさお:2005/06/13(月) 15:29:26
ここの皆さんがやっているように、今時「〜哲学者が〜と言ったから〜である」といった
内容の議論は古典的すぎて (つまり、非効率的すぎて) 鼻水がでてしまいます。
649 :
まさお:2005/06/13(月) 15:31:41
>>647 そんなことも理解できないのであれば、もうここには
来ないでください。
651 :
考える名無しさん:2005/06/13(月) 15:36:17
652 :
まさお ◆YivWa5GZ62 :2005/06/13(月) 15:37:27
409だか895だか知りませんが議論で白黒すべきで荒らすべきではないですね?
いいですか?何かありますか?
895ではなく589ですね。訂正
>>651 645ではなく644を相手にするあたりが自演臭いですね?いいですか?
自演でないならトリップを相手にするべきですね?
またこんな昼間に人が沢山いるのもおかしいですね?いいですか?
655 :
まさお ◆qIMxozaSM2 :2005/06/13(月) 15:44:22
今日はタチの悪い私の偽者が私に粘着しているようです。
トリップを念の為付けておきます。
>>656 あなたこそレス番間違いですね?
足下がお留守ですよ?いいですか?
658 :
考える名無しさん:2005/06/13(月) 15:54:34
私は、「ニーチェ読まずのニーチェ気になる」の輩です。
偶々見ていて、
>>628の問いがエッセンスだということで、私なりの答え
>>643を,
>>628さんにしただけです。
これに対するほんとうの再答はどうなんでしょうね。
以下は無視してもらって結構ですが、前後の経緯としては、
>>644さんの答えに
つい腹が立って
>>647を云ってしまったのです。
>>659 それで貴方はニーチェのどの思想が気になるのですか?
学問的アウトプットを求めるのであればガダマーあたりを学ぶのが
良いと思うのですが。
660 :
考える名無しさん:2005/06/13(月) 16:04:38
>>659 俺が思うにまさおさんはある部分だけ気似なるのだとおもう
661 :
考える名無しさん:2005/06/13(月) 16:07:33
>>659,
有難う御座います。
>>658です。「現代」との関係が気になります。
わたし手一杯で、とても各種の難解な哲学書を読む時間がありません。このようなところで、そのエッセンスを
ご披露いただくのは無理なのでしょうか。理系では、自分の考えていることを、簡潔な言葉で他人に分かるように説明できないのは
自分が解っていない証拠のようなことを言います。
>>643のように考えるのは、たんに私の誤解で、ニーチェとは関係ないのでしょうか?
662 :
まさお ◆YivWa5GZ62 :2005/06/13(月) 16:22:57
>>660-661 まさお ◆qIMxozaSM2 はニセモノです。
>>661さん、ではわたしのわかる範囲でニーチェ思想の解説をしたいと思います
663 :
考える名無しさん:2005/06/13(月) 16:28:53
どなた様にも多謝。出来たら極めて簡潔に、しかし良くわかるようにお願い。
664 :
考える名無しさん:2005/06/13(月) 16:33:19
それと、
>>628の問いはやっぱりエッセンス(時期により代わって云ったそうですが)の一つですか?そして
>>643の考えは?
665 :
まさお ◆YivWa5GZ62 :2005/06/13(月) 16:36:31
>>661 >・貴族道徳の価値が奴隷道徳に優越する根拠を示すこと
ニーチェによるとこれは二つの根拠で説明されます。
一つは、歴史上のある規範(道徳、慣習、宗教)の成立理由を推論する
”系譜学”と呼ばれる手法です。
かつてローマ人はユダヤ人を征服しました。ニーチェによると、
支配民族であるローマ人が生み出した道徳は”貴族道徳”と呼ばれます。
強いものから生まれた道徳ですから、肉体の強さや健康、勇敢を”よい”
とする価値観です。(そこは
>>600に詳しい)
対する征服された民族であるユダヤ人の道徳は、”強さ”を”よい”とする事が
できない。なぜならば自らはローマに征服された”弱い”民族だからです。
ゆえに強さを称えることは自己否定につながる。
ではどうするか?ユダヤ人は”天国””神”と言った”向こう側の真の世界”(彼岸!)
を創造したのです。”真の世界”では、弱きもの、貧しきもの、病めるもの
といった現世で”弱者”と呼ばれる価値観こそ”よい”ものとされるのです。
かくしてユダヤ人は”あっちの世界”という物語を作ることで、
道徳においてローマ人を支配することに成功したのだ、
というのがニーチェの系譜学的理論です。
666 :
まさお ◆YivWa5GZ62 :2005/06/13(月) 16:45:21
二つ目は、”自己保存”という生物学的な根拠。
キリスト教の”何時の敵を愛せ””殉教の上に天国がある”
という道徳は、生きることを卑しい事だとするので、
自殺信仰であるという批判。
667 :
考える名無しさん:2005/06/13(月) 16:45:25
しばらく伺い続けますのでよろしく。
まず
>>665に反論したいと思います。
まず面白くない反論から。
キリスト教がヨーロッパに広まった後も、いつの時代も戦争が絶えません。
これは、(少なくとも国家の指導者は)キリスト教の教義(汝の敵を愛せ)を
遵守していない事の動かぬ証拠であり、キリスト教に人々の道徳を
強制するほどの大した影響はなく、ゆえに”近代ヨーロッパ文明の堕落”の
原因をキリスト教に着せるのは無理があるという事です。
また、キリスト教徒が1%もいない現代日本でも、いや日本のほうが
”みんなと同じでないと虐められる(=蓄群)””自殺者が先進国の中で
トップクラスで多い”というニーチェがキリスト教道徳のせいにした
”退廃”が起こっているといえるわけです。
>>665 もう一つは、仮にニーチェの言う通りキリスト教道徳がヨーロッパ人にしかと
根付いているとして、
いかに起源が弱者の怨恨が生み出した”奴隷道徳”であれ
(このストーリーもニーチェの”推論”に過ぎませんが)、
一旦それを政治的強者までも受け入れたならば(ローマ帝国のキリスト教国教化)、
それは”強者の道徳”になるのではないかという事です。
奴隷道徳を受け入れたローマ人の”弱さ”または”それを受け入れる精神の本質”は
問題にならないのか?もともとローマ人も様々な神々を信仰する
”彼岸”を夢見る民族だったのです。
なぜ、彼岸を夢見ることを人間の本質としてはいけないのか、
その根拠がニーチェ思想にはありません。
人を助けるために自己犠牲をし電車に飛び込む人間は”弱い”
人間なのでしょうか?
死ぬことを恐れて黙ってみている人間のほうが”勇敢”なのか?
このあたりが不自然だと思うのです。
>>666は功利主義的な発想ですが、
例えば19世紀から20世紀初頭の帝国主義や冷戦は、
国家の”自己保存”の働きによる”万人の万人に対する闘争”
により人類自体が破滅する危機でした。
キリスト教の”無抵抗平和主義”でも国家は滅びるが、
キリスト教の”右の頬をぶたれたら左も差し出す”と表現される
”信頼関係”がゼロだと国家どころか人間社会そのものが成り立たないのです。
以上。
671 :
考える名無しさん:2005/06/13(月) 17:32:34
ゆうこりんは、懲りん星から来たらしいよ。。。
672 :
考える名無しさん:2005/06/13(月) 17:48:00
丁寧に解説していただき有難う御座いました。簡単でないこと、奥が深いことがよくわかりました。
ニーチェのした系譜的解釈、宗教的価値観の変遷、時代の流れなど、優劣や根拠関係について
錯綜していてすぐにはわかりかねていますま。
>>665-670、ゆっくり読ませてもらいます。
なお、
>>666の生物学的自己保存はは突き詰めれば一種の「弱肉強食の道徳」のようなものでしょうか。
>>672 そうです。ニーチェは民主主義を否定しています。厳しいです
>669
>もともとローマ人も様々な神々を信仰する ”彼岸”を夢見る民族だったのです
ニーチェの言う”彼岸”はそこで価値転倒が起こるような空間のことだと思います。
つまり現実の世界での弱者が、そこでは善い(天国行き)とされるような空間です。
古代ローマ人の信仰とは関係ないと思います。
675 :
考える名無しさん:2005/06/13(月) 21:35:55
>671 懲りんやつだ
676 :
考える名無しさん:2005/06/13(月) 21:55:05
ニーチェ読まずの
>>672です。
>>673についてですが、近代主義的で安易な民主主義の批判と考えてよいか、民主主義の本質的な否定と解すべきか、はたまた第3の道か?
どんなことでしょう。
>>674 もちろんローマ人の多神教とキリスト・ユダヤ教では性質がまるで違いますが、
どちらもこの世界とは別の"神々(上位)の世界"を虚構しています。
この想起は人間の本質ではないかという事です。
だって、ニーチェ理論では弱者は現世で不幸だから、
天国で価値観の逆転するキリスト教を信仰したと言っている。
ならば、現世で幸福なはずの強者にもキリスト教が広まった理由は何だ?
現世での強者にとってキリスト教は不利ではないか?
考えられるのは、キリスト教徒を名乗っているがキリスト教を信じていないか、
またはどんな(精神的・肉体的・金銭的・権力的)強者でも「私欲を捨てた真の世界」
という物語にあらがいがたい魅力を感じるからでしょう。
678 :
考える名無しさん:2005/06/13(月) 23:01:46
>>677 >ならば、現世で幸福なはずの強者にもキリスト教が広まった理由は何だ?
それが企てられた価値転換じゃないの。
679 :
考える名無しさん:2005/06/13(月) 23:12:45
680 :
まさお ◆YivWa5GZ62 :2005/06/13(月) 23:15:18
>>676 「ユダヤはフランス革命とともにまたしても古典的理想に打ち勝つことになった」
『道徳の系譜』
どうもニーチェは、「民主主義の弊害」というよりも、「民主主義それ自体」を
ユダヤ教から連綿と続く奴隷道徳の"制度化"と見ているようです。
解説書も見ましたが間違いないでしょう。
ではなぜ彼はここまで必死なのか?
いまの時代、民主主義を否定する奴は悪の権化として発言力を持ちません。
しかし、ニーチェにとって制度などは問題ではなかった。
それよりも逼迫した問題、"神の不在"、唯物論、死んだらそれで終わり、
国家や社会や道徳、そんなものは何の意味もない---
この強烈なニヒリズムの前では、民主主義がどうなどという事は
まず問題にならなかったと思われる。
まず「生きる意味」を見いだすこと。大衆が憧れ規範とすべき"上位の人類"を
創出する必要があった。と思われる。
超人も、永劫回帰も「どうやって現世に価値を持たせるか」という視点で
考えたら、必要不可欠な舞台装置だったという事が理解できる。
681 :
409:2005/06/13(月) 23:21:17
勤め人なもんで、今日一日レスできませんでした〜ははは♪ 疲れてちょっとハイです。
でもレスのびてるし、まさおさんもいつの間にか二人になってるし、三人目はいつですか?
というのはさておき、かいつまんでレスします。
>640 要求に応えていただかない事には、質問の趣旨が理解しかねるのですよ。
>652 589一緒にされちゃあぷんぷんです。
>661 別にニーチェには限りませんが、勉強する労力は極力、惜しまない方がいいですよ。
>668 勇気を持って戦わなくなるのが堕落ですよ。近代ヨーロッパ文明の堕落というのはそゆこと。
668では堕落が二通りの意味で使われてますネ。
>669 624あたりで二種類のキリスト教徒がいることをお認めになったじゃないですか。
奴隷道徳を実践してる人は指導者になってないんでしょ?
支配者が政治的弱者を理想とする道徳。変身! ルサンチマン!
>670 電車の中で他人の足を踏んでしまい、「あ、ゴメンナサイ」
ところが踏まれた人はもう片方の足を踏んでくださいと差し出してくる。
キモイっすよね。こんな人。こんな人信頼できません。
>671 ゆうこりん!
>677 ニーチェは神一般を否定してはいませんよ。現代語訳読みましたが。
キリスト教が広まった理由? 弱者のみすぼらしさ見て後ろめたくなったんじゃないッスか?
>680 解説書? まさかニーチェのじゃないよね?
死後の世界がないのはおそらく万人が了解してます。それがニヒリズムっすか?
明日は忙しくて夜になってもレスできません。明後日レスします。じゃ、別れの挨拶。カサレリア!
682 :
考える名無しさん:2005/06/13(月) 23:24:06
どんな思想も政治的道具としてのイデオロギーに転化し得る。
大部分の大衆はこれに包含され得る。
このような大衆の有りようをどう考えるか? ですね。
>>678 人間がある価値観を受け入れるってのは、
やっぱ目先のエサ(天国)で釣られるというよりも、
自分が共感し納得するからというのが大きいと思うんですよ。
例えば電車でおばあさんに席を譲るのは「天国に行けるから」
というエサではなく、かわいそうだからとかそういう利他心からだろう。
線路に落ちた人を助けようと電車に飛び込んで自分が死んじゃう人も、
何も天国に行きたかったからじゃなく突発的な利他心からだと思う。
ニーチェのいうように弱者ほど他人に同情するってのは納得いかない。
精神の強い、勇敢な人ほどエゴを殺すのだと思いマス
684 :
考える名無しさん:2005/06/13(月) 23:27:15
>>679 人間の本質の話だから。ベクトルが逆なんじゃないの?
まあ、中心が一緒だとは思うけど。
685 :
考える名無しさん:2005/06/13(月) 23:33:46
>>民主主義それ自体を ユダヤ教から連綿と続く奴隷道徳の"制度化"と見ている、
>>680 さもありなん、
>>672です、そんなことが聞きたかった。今でも見方によればズバリじゃないですか。
それから、彼にしてなおかつ、>>「どうやって現世に価値を持たせるか」に拘り続けていたのですか? 永劫回帰で彼なりに解決したとしているのですか? 21世紀とのかかわりでのことですが。
686 :
考える名無しさん:2005/06/13(月) 23:42:07
>>683 ニーチェは鞭打たれる馬に取りすがってかばったそうですよ。
>>685 永劫回帰とはつまり、「宇宙にある物質は有限、宇宙の時間は無限」
と仮定するニーチェ物理学から導かれる結論です。
すなわち物質の組み合わせが有限で時間が無限ならば、
いつか必ず「わたしとこの世界」は戻ってくるだろう、
あたかもビリヤードの玉突きのように。
理系の人から見れば前提が「ありえない」と思いますが、
とりあえずニーチェはこの仮説で唯物論の「死ねば無になって終わり、
だから超人だ何だと必死に生きる必要はない」
というニヒリズムに対抗しようとしたのだと思う。
また同じ人生が戻ってくるのなら、いま有意義な生き方をしないといけない。
永遠にそれが繰り返されるのだから。という奇妙な論法です。
永劫回帰は、超人思想を支える保険だと言えると思います
688 :
考える名無しさん:2005/06/14(火) 00:07:18
>>687 永劫回帰説は当時の物理学でもエントロピー増大による宇宙の死滅と
矛盾するのですが、物理学的解釈よりも生きる姿勢(運命愛)を示した
ということでしょう。
689 :
考える名無しさん:2005/06/14(火) 00:15:40
>>687,
>>688 >>だから超人だ何だと必死に生きる必要はない」 というニヒリズムに対抗しようとしたのだと思う。 また同じ人生が戻ってくるのなら、いま有意義な生き方をしないといけない。
永遠にそれが繰り返されるのだから。という奇妙な論法です。 永劫回帰は、超人思想を支える保険だと言えると思います、 あるいは、馬を助けるなど >>生きる姿勢。
これがまさに教えていただきたかったこと、聞きたかったことです、感謝します。
ニーチェの、彼としての到達点と考えてよいということかと思います。
そこからどう展開するかはひとさまざまとして。
>>688 わたしは永劫回帰というアイデアは止めとけばよかったと思う。
ユダヤ人が奴隷道徳を支えるために"彼岸の世界"を虚構したように、
ニーチェが貴族道徳を支えるために永劫回帰というおそらく間違った前提を虚構した。
唯物論からくる"投げやり人生"に対するカウンターパンチだけど、
これをやっちゃったばっかりにニーチェの言説は
"理論"ではなく"思想"になっちゃったなと思う。
「永劫回帰は間違ってる」という人が根拠を示すのを見たことがない。
692 :
考える名無しさん:2005/06/14(火) 03:20:52
>なっちゃったなと思う。
らしい。。。
皆さんの健気な奮闘に対して、冥界のニーチェ様から、祝福メッセージが届いております。
皆さんのレベルが上がり、哲学の勇者としての完成に一歩近づきました。
しかし、まだまだ道半ば。さらに精進なされたい。なにはともあれ、おめでとうございました。
伝言をおおせつかったのは私、愛と真理の天使、グレートヒェンでございました。それではみなさま、ごきげんよう。
694 :
考える名無しさん:2005/06/14(火) 11:54:21
しかし何かを肯定したり否定したりと、
人は二元論を乗り越えることはできんのか。この相対性を。自分と他者、陰と陽とかさ。なんだろな、この分離は。この域に有る限り闇の中を漂うしかない。ほらまた闇と光だよ。
>>694 そこに人と人が愛し合うことの秘密があるのでつ
696 :
考える名無しさん:2005/06/14(火) 12:45:22
愛は統一感ですか?
言葉は愛を見失った認識が産出した虚構か。
697 :
考える名無しさん:2005/06/14(火) 13:43:54
どれは確かだ、オマイの場合なw
698 :
考える名無しさん:2005/06/14(火) 13:44:26
ど→そ
>>696 愛の探究もせねばならないのかもしれません。。。
700 :
考える名無しさん:2005/06/14(火) 16:13:33
二項を立てて対象を認識するというのが我々の脳の仕組みなんだよ。
「分ける」から「分かる」わけだ。認識とは分類のことなんだよね。
>>700 それはそうだけどー
それを過剰に適応していくところには弊害があるわけで。。。
そのあたりも考察してください
702 :
考える名無しさん:2005/06/14(火) 18:29:37
分かたれたものが結び付けられる時に、分かる。次第に対立概念すら結び付いていくんだ。本当は分けることで分からなくなってる。わかたれたものを結び付ける真実の探求は愛の探求でもある。
切断によって病を治療する。結び付ける事で幻想が生まれる。
関係性でしか世界を理解できない人間のさだめ
関係性の理解の仕方も、ホント三者三様ですよね
複雑性を解しない人は、暴力的(精神的に)になる気がします
705 :
考える名無しさん:2005/06/15(水) 01:18:57
俺さあ、ニーチェがルター派の牧師の家に生まれてなかったとしたら
ここまでキリスト教の価値観を批判しなかったような気がしてならない。
仏教国に生まれていたら満足だったのか。イスラム教国だったら満足だったのか。
どちらにしろ「枠組み」が存在するなら批判したんだろうと思われてならない。
そうでなければ、彼はキリスト教の教義にかなり恨みがあったんだと思う。
そのことは彼の著作に多々記されているけど、根本的に気に入らなかった何かが
あるんだよね。感情的に受け付けない何かが。おそらくニーチェもそれを明らかにしなかった。
そうでなければあそこまでやらない。普通の人はやらないけど、ニーチェならやったかもしれない。
でも、ニーチェは一体何にそれほど腹を立てていたんだろうか?
>>705 キリスト教の凡庸なる信者達が、
ニーチェの希求を否定したんだろうね ありとあらゆる暴力によって。
そういう暴力性を感じていたと思われ。
もし、キリスト自身がニーチェと語っていたら、あんなことにはならなかったのかもしれない。。。
>>705 ショーペンハウアー経由で仏教やインド思想に触れていた事が大きいんじゃない?
14歳頃、インド哲学研究家のパウル・ドイセンとの交友もあるというし。
そして、音楽への感受性と「頭痛」が、キリスト教批判に向かわせた。w
708 :
409:2005/06/16(木) 00:16:44
ずいぶん流れたな……今日は静かだったみたいだけど。
>>705 経験によって思想形成するのは珍しくないね。一般的なニーチェ解釈からだと
キリスト教自体がダメだろうからそういうことにはならないだろうけど。
工場で働いたヴェイユとか、ロボトミー見ちゃったフーコーとか。
>>706 暴力性だけならかえってキリスト教に傾倒する可能性がある。
もちろん暴力性がきっかけとなった可能性は無いわけではないが。
709 :
考える名無しさん:2005/06/16(木) 05:56:57
>>705 キリスト教から派生したドイツの現状を嘆いていたんでしょうよ
710 :
まさお ◆qIMxozaSM2 :2005/06/16(木) 14:55:27
否。
ニーチャ はクリスチャンの "非自己昇華性" を嫌悪していたのだよ。
711 :
bbs:2005/06/16(木) 15:11:59
>>710 「欲望に忠実に」ですか。
ですが、彼の欲望とは結局は彼自身を否定する事であり、結局は非自己昇華的な人間になってしまったような気もします。皮肉ですがね。
>>711 そんなこと言い出したらー アンタ 堂堂巡りですがな
「理想主義者」がそのことに無自覚だったから
自覚を促したかったのでは?
もっと正確にいうと
そのことに無自覚でいられてしまう、その状態が
問題性があり
自覚的になった時に見えてくるものがあると
いいたかったのでは?
いや、違うな。
自覚的でいられるの者は、何かを実現しているのかも
無自覚なものは、・・・あぁーよく分からん
715 :
あげぞ:2005/06/16(木) 19:49:37
>>620 >政治的強者から生まれた道徳であるから貴族道徳なのであり、
>政治的弱者から生まれた道徳であるから僧侶・奴隷道徳なのです。
これは少し表現に問題があるように思いました。
「道徳の系譜」を読めば分かりますが、
「Gut=富=持っていること」が貴族的な良さになります。
「政治的強者or弱者」という要約はポイントからずれているような気がし、
やや簡略化されており解説書風と感じます。
>>618などの「質的差異の観点」の意味を正確に捉え切れていないのではないでしょうか?
「富める者」とは最終的には精神的な豊かさという通俗的な結論に陥りそうですが、
それはあながち間違いではないと思いますし、
いずれにせよニーチェはおよそ政治的な考えとはほど遠い人だと思いますので。
通俗的て…
717 :
409:2005/06/16(木) 23:01:21
>>715 まさお氏を擁護するようで変な感じがするが、
政治的強者はその立場を利用して富を蓄えるので、要点ははずれていても結局同じ事。
精神的な富というのであれば結局天国に貯金するキリスト教徒と同じ事になりかねない。
政治的強者が富を蓄え、「俺ってすごいだろ?」と生み出すのが貴族道徳であり、
政治的弱者が貧困に耐えながら「耐えてる俺ってすごい!」と生み出すのが奴隷道徳なのだ。
そうやって考えると超人思想と貴族道徳を一体として考えるのは違うのかも知れない……
素朴な疑問。
永井は「これがニーチェだ」の中で、ニーチェの力への意志説は、弱者であってルサンチマン
的であったニーチェ自身の力の渇望から生まれたと言っているよね。
最初読んだとき鋭い!って思った。だって「強くなりたい。」って言うやつって弱いやつだもんね。
でも!一体ニーチェのどこが弱者だったわけ?
ニーチェって天才だし、意志も強いし、病気がちだけど決して打ちのめされてないし・・・。
ニーチェは何にルサンチマン持ってたんだろう。
719 :
あげぞ:2005/06/17(金) 11:35:42
>>717 「精神的な富」の精神性は、ニーチェとキリスト教道徳では違いがありますよね?
ニーチェだと「限りなく自由であること」だと思いますし、
キリスト教道徳だと「禁欲主義的理想」とかだと思いますし、
両者の共通点としては「誠実性」などが挙げられそうですが。
>>718 カネがなかった。
モテなかった。
名声もなかった。
「強くなりたい」と言うのは弱者だからではなくて向上心だと思います。
これで良いと思った瞬間にそれ以上にはなれませんから。
現実を直視できないタイプが弱者なのではないでしょうか?
720 :
考える名無しさん:2005/06/17(金) 20:35:14
ニーチェは繊細で傷つきやすい感性を持っていたのかなあと思います。
強くなることは生きるに繫がるような・・
721 :
考える名無しさん:2005/06/17(金) 21:27:49 BE:19013142-#
いや、繊細傷つきやすい感性を持った友人が回りにいたんだろうと思うぞ。
他人ほど見やすいものはないし、それにニーチェの哲学はどうしてもニーチェ
自身のためのものとは思えない。
新しい見解ですね。
今こそ哲学オリンピックを開きないさい
724 :
考える名無しさん:2005/06/17(金) 23:15:25
>718
ニーチェが強く見える香具師はみんなルサンチマン持ちw
725 :
409:2005/06/17(金) 23:20:53
>>719 精神的な富を蓄えたら全てキリスト教などと言う気はない。
だけど限りない自由と禁欲の両天秤ではその両者の差が本質的だとは思えない。
つまり自由という財産を天上に積み上げたから貴族的というのも何か違う気がする。
>>721 ある日、突然馬鹿らしくなったのかもね。それで今まで同類相哀れんでた相手がキモくなったのかも。
>>718 永○って、つくづく典型例だよな。。。
まさに、天分の才がない
秀才ではあっても、天才ではない
哲学研究者であっても、哲学者ではない
の典型。読んでいても、心揺さぶられるものもない。
ニーチェをどうこう言って欲しくもない。
727 :
考える名無しさん:2005/06/18(土) 12:05:17
>726
だから揺さぶられたらダメなんだって
ルサンチマンに駆動されていて、メッセージではなく己の
欲望を読み解くことになるんだから。
それを永井は警戒しているだろ。序文を読んでみ
ふと思った。もし、現代に超人がいたら、どんな一日を送るのだろうか?
729 :
考える名無しさん:2005/06/18(土) 15:57:52
牛丼食べるに決まってるじゃないですか
>>729 超人違いw。その超人、額に「肉」があるでしょ。
731 :
考える名無しさん:2005/06/18(土) 20:39:35
なぜかプロレスばっかりやってますよw
732 :
409:2005/06/18(土) 21:08:22
じゃあ、体にボールの痣があって……野球やってて……
733 :
考える名無しさん:2005/06/18(土) 22:36:02
ギャグのつもりがギャグにならなくなる。それが宇宙の企み。キリストとヤハウェの関係について知ればニーチェがなぜ「神は死んだ」とか「超人」とか「ツァラトゥストラ」とか言い出したのか分かるようになる
734 :
あげぞ:2005/06/18(土) 22:44:34
>>725 「自由」という時には貴族的というよりは遊戯だとか踊りだとかディオニュソス的だとか、
そっちの文脈のほうが多いのではないですか?
貴族的というのは繰り返しますが「富めること」であり、
より本質的には「富めるが故に、他者に与えること」であり、
「他者に与える」という点ではまさにキリスト教となんら変わるところがありません。
キリスト教の場合は「他者に与えなさい、そうすれば良いことがあります」というロジックで、
ニーチェの場合は「他者に与えなさい、なぜならば自分が豊かであるから」となります。
だからニーチェがやったことは、ニーチェ的なキリスト教改革であるとも言えます。
ルター付近を第一次とすれば、第二次宗教改革と言えないこともありません。
信仰心の薄い、
見返りを求めてキリスト教に奉ずるロクでもない牧師が増えたことへの怒りではないでしょうか?
ニーチェの言いたいことは
「見返りを求めるような甘い人間になるな。自分が豊かであれば見返りは不要である」
という一点に尽きると思いますよ。
フォイエルバッハと同時代人だったりしますし。
結局のトコロ、「貴族的」というタームを「政治的強者」と捉えると、
ニーチェのキリスト教へのアプローチは分からなくなるのではないでしょうか?
735 :
あげぞ:2005/06/18(土) 22:49:57
「力への意志」「権力への意志」どう訳すべきか論争がありますが、
個人的には「生成力への意志」と訳すのがニーチェ的で良いような気がします。
736 :
409:2005/06/18(土) 23:10:49
>>734 自由を貴族的と関連づけたのは719をうけてのことよん。
715では精神的な富がニーチェの富となってるけど、それを施すってどゆこと?
「政治的強者=貴族」が正確ではないのは同意なんだけど、じゃあどうなの、って思う。
>>735 権力への意志は下手な直訳。力への意志でいいと思う。
構造主義の時代になるとニーチェとフロイトは関連づけられて語られてたし、
フロイトの主張は心のダイナミズムだから、それを動かす力とダブルミーニングでさ。
フルーチェ食いたくなってきた
739 :
考える名無しさん:2005/06/19(日) 05:38:03
740 :
考える名無しさん:2005/06/19(日) 09:56:02
力への意思が欠落している人間についてはどうなるんだろうか。
あんまり思いつかないけど数学者のオイラーとか。
>>727 心が揺さぶられる=ルサンチマンっていうのが
人間を舐めてるんだってのよ 永井は。
全然人間がわかってないのよ、彼は。
それは、永井自身が、そういう人間だから、そういうモノの見方になるんだよな。
ニーチェを曲解してるよあれは。
743 :
考える名無しさん:2005/06/19(日) 10:52:04
永田信者
ニーチェ信者
どっちもニーチェの思想に反する連中
そういう奴らこそが、ルサンチマンに駆動されているのだが。。。
744 :
考える名無しさん:2005/06/19(日) 12:13:45
100人いれば100人それぞれが違った解釈を持つのは当然だ
そしてニーチェはそんなこと当然分かっていたし
ニーチェ自身も、自分が見つけ出した真理ですら
最終的には自分なりの解釈しかできない(限界がある)ことを知っていた
ブッロッケンマンがラーメンにされたんだから、ジェイドは編みパンにするくらいの
勢いがあっていいはずだ
746 :
考える名無しさん:2005/06/19(日) 12:41:08
>741
そっかぁ、すごいなぁ。がんばって!
747 :
考える名無しさん:2005/06/19(日) 12:50:10
>>746 お前、萎える奴だなぁ しょーもないレスして
748 :
考える名無しさん:2005/06/19(日) 12:51:50
>>745 永田をラーメンにしてくれ ブロッケンJrよ
749 :
考える名無しさん:2005/06/19(日) 13:08:23
永田盲目信者キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!!
750 :
考える名無しさん:2005/06/19(日) 19:18:54
↑永井だろ、永井。。。
プロレスと掛けてるんじゃないの。
>>726>>741
見苦しいルサンチマンだなww
秀才でも哲学研究家でもないあんたが言うなよ。
753 :
考える名無しさん:2005/06/19(日) 22:33:42
永田さんだろ、永田さん。
今日本で永田さんを呼びつけにしたのはおまえだけだぞ!
三沢さんと永田さんはさん付けだ。わかったか?
ルサンチマンの何がいかんのか分からん。
いやむしろルサンチマン最高だし。
ルサンチマンこそ力の源だし
でもそれは奪い合う力にすぎないよ。
作り出す力ではない。原初に否定があるから。
756 :
考える名無しさん:2005/06/19(日) 23:25:59
>756
二元論はカントの「純粋理性批判」で一定の解決と
新たな問題提起を見た
平凡社ライブラリー版が新たに出たことですし、
それを読んでみるのも一興ですよ
759 :
考える名無しさん:2005/06/20(月) 01:46:37
>>758 カントは二元論を解決したというより、二元論的な思考のあり方を最初に理論化した人と言った方がいいのでは?
二元論について語る上でカントは素通りすることのできない出発点であるし、絶好の叩き台であるとは思う。
シュタイナーの「自由の哲学」ではカントの「物自体」という考え、すなわち人間は主観の外にある客観的実在については何も知りえない
という不可知論的態度を批判しています。
シュタイナー曰く、人間には主客の対立に先立つ要素があり、それこそが真に根源的なものであるということらしい。
カントの「物自体」や不可知論は、主観と客観とを根源的要素と見做すことによって陥ってしまう誤謬だそうな。
シュタイナーが何を根源的要素と見做したかは、実際に「自由の哲学」を読んでみて確認して欲しい。
あと、主客の対立に先立つものとして純粋経験を重要視した西田幾多郎との関連もその辺から分かるかと・・・。
ちなみに、ニーチェの認識論は権力への意思を根源的なものとするバリバリの一元論なんだよな
ニーチェはショーペンハウアーをこき下ろしてるけど、その辺の部分はショーペンハウアーの考えをほとんど継承してる気がする
760 :
考える名無しさん:2005/06/20(月) 02:25:51
カントは二元論を理論化することによって、一元論への道の基礎を構築したんじゃないか?
761 :
考える名無しさん:2005/06/20(月) 02:48:59
結局、墓場の中でしか永遠平和が訪れないというのが一元論なのかね?
>759 ニーチェは哲学史としての哲学は全然ダメみたいですよ
>760 いや、一元論ではないです。
763 :
考える名無しさん:2005/06/20(月) 03:49:54
二元の統一としての一元論。
764 :
考える名無しさん:2005/06/20(月) 04:07:06
二元論の実践の極に至ることで、その統一への門は開かれる。
765 :
コウ:2005/06/20(月) 07:19:06
ニーチェ、ベルクソン、と共通する人間哲学について、どう思うか?
766 :
考える名無しさん:2005/06/20(月) 10:20:14
カント、ヘーゲルとかのドイツ観念論は二元論の筆頭でしょ。
んで、それの流れの延長線上にあるのがマルクスなわけで。
そして、その対極にあるのがニーチェやショーペンハウアーって感じかな。
ベルグソンはよく知らないので、詳しい方解説キボン
二元的対立、偏向、不調和の中に身を置き続けることによって、それらを統一視する内なる他者が発生し発達していく。
そして統一されたものと、統一したものが改めて対立する。
768 :
考える名無しさん:2005/06/20(月) 12:40:33
「何が言いたい訳?やんなっちゃうワ!!」哲学教授の与太話に、クラブのママも切れかかっている様子だ。
弱者がキリスト教を信じて救いを求めるのがルサンチマンだというのはわかるし、
強者がキリスト教を政治的に利用していることもあると思う。
それでも、強者の中にもキリスト教を真剣に信じている人もいたはず。
その人たちはルサンチマンが生み出した「聖俗の価値観」や、「死後の幸福」に騙されたと言えるかもしれないが、
キリスト教がもつ神話的な美しさに惹かれた人も多くいただろうと思う。そいういう美的感覚から生じる欲望は必ずしもルサンチマンのものとは言えない。
だから、キリスト教がルサンチマンによって生み出されたとしても、それを信じる人がルサンチマンとは限らないのでは、と思った。
宗教と芸術を分離して考えないの?
771 :
409:2005/06/20(月) 22:38:58
>>766 ベルグソンはフランス人なのでドイツ観念論ではないと思うぞ。
もとい、ベルグソンは新カント派だと言われている。俺は詳しくはないが。
ドゥルーズはニーチェをベルグソンの次に来る哲学者だと書いてた。
……記憶があやふやで何に書いてあったか忘れたが。時系列では逆なんだよね。
ニーチェはマジ惚れしたザロメ・ルーに豪快にフラレタな。パウル・レーだったか
>768
いい話だ
774 :
769:2005/06/21(火) 02:09:02
分けて考えることはできるけど、「善」と「美」の境界は互いに侵食しあっているような気がする。
宗教に触れた人は、その両方を感じとっているはずだから、信じるときの動機を特定するのは難しいのではないかと思う。
てか西田ってあんま悟ってないようだな。シュタイナーの方が全然いい。
ちょっとしか読んでないが。
776 :
考える名無しさん:2005/06/21(火) 05:59:24
西田の主客統一は主客未分化のことであって、動物的認識への退歩である。
777 :
考える名無しさん:2005/06/21(火) 07:55:32
卒論で扱ってるテーマについて、相談にのってほしい。お願いします。
オスカー・ワイルドの『サロメ』を、ニーチェの『悲劇の誕生』に照らし合わせて考えたいのだが、それは可能だろうか。
クライマックスでヨカナーンに口づけしたサロメに見られるのは「感覚」の解放であって、このように「感覚」に訴えてきてるってことは、『サロメ』は「音楽」を志向した作品じゃないかと。
戯曲だし、踊りもあるし、『サロメ』は文字で作られていながら、非常に音楽的で、だからこそディオニュソス的要素を充分含んでるのでは。と 思うのだが 悲劇の誕生に即して『サロメ』を語るのはアリかな?
てか自分すっげズレてたら恥ずかしいな…
教えて下さい たのんます。
778 :
考える名無しさん:2005/06/21(火) 08:32:15
>>772 レーなんか眼中になかったと思われ・・。ザロメはニーチェが梅毒持ち
だったことを知って逃げたのさ。その後もライナー・マリア・リルケを
愛人にしたり、どういう関係か知らんがフロイトと付き合ったりして
すごいね。ルー・ザロメには会ってみたかったね。
779 :
考える名無しさん:2005/06/21(火) 08:34:43
>>777 可能だろうかなんて人に聞くなんてバカじゃないの?自分で力技で
やっつけてこその「作品」でしょ? 何、考えてんの?
780 :
考える名無しさん:2005/06/21(火) 08:36:14
人に聞く段階で、君はもうだめなのよ。
781 :
考える名無しさん:2005/06/21(火) 09:05:19
そう仰らずに
782 :
考える名無しさん:2005/06/21(火) 11:34:59
そうそう。そう、ケツの穴の小さなことばっかりおっしゃらずに。。。
783 :
考える名無しさん:2005/06/21(火) 11:39:54
>>769 「貴方の話し、なんか楽しいわ。美的感覚って、いい響きね。貴方が私のお店に通ってくれるのも
ルサンチマンからではないのよね。。。」
馴染みのクラブのママさんの目が少し潤んでいる。
784 :
考える名無しさん:2005/06/21(火) 11:49:22
西田なんかより道元の方が全集良いだろう。
道元ってどうよ?
785 :
考える名無しさん:2005/06/21(火) 12:25:07
昔のインド、東洋の哲学の方が西洋哲学より進んでるよな。
自分も進んでないことには読んでも誤解するだけだが。
だが西洋哲学はその進歩の道筋、歴史を辿らせてくれる進行形の哲学だ。
786 :
考える名無しさん:2005/06/21(火) 12:32:27
進行形?
文法の知識に疎いようだね。
787 :
考える名無しさん:2005/06/21(火) 13:17:57
788 :
考える名無しさん:2005/06/21(火) 14:00:23
786は人間が小さいだけだよ。
790 :
769:2005/06/21(火) 15:34:39
>>783 「そうだよ。ここに来るのは、憂さを晴らすためじゃなく、ママの美しさに触れるためだよ。」
と言っておいて、心の内はその両方+下心。来たいと思ったから来る、動機は後付け。
一つとは限らないし、特定できるとも限らない。
そんな哲夫(769)の心中も知らず、「そう。しんじるわ。あなたを。あなたって、まるでショーペンハウァーのように誠実な男ね」そういいながら、ママは哲夫(769)と唇を合わせるのだった。(つづく)
792 :
考える名無しさん:2005/06/21(火) 17:21:21
先生方に質問です。アメリカで日本のインテリと言えば鈴木大拙がビッグネームですが日本ではなぜあまり評価されないのでしょうか?日本のインテリが鈴木大拙について語るところをほとんど見かけませんが。
793 :
考える名無しさん:2005/06/21(火) 17:34:11
スレ違いな奴の元だから。
>>792 それは大拙が「大いに拙劣」の意であり
ケトウから過剰評価されているからかもしれません
795 :
考える名無しさん:2005/06/21(火) 19:30:51
超人とか解脱っていうのは苦を苦としないこと、楽を楽としないこと、問題との共存じゃないのか。 苦楽を見守る視点の獲得だと思うけどな。それは世界の全肯定だろ。それが愛だろ。
796 :
考える名無しさん:2005/06/21(火) 22:03:13
『ゾロアスター語り』は第4部のノリで最初から書けば
もっと読者が増えたのにね
797 :
考える名無しさん:2005/06/21(火) 22:11:31
鈴木大拙の逸話(ちょっと間違ってるかもしれないけど)
大拙がイギリスの学者と対談をしていて、仏教の故事、捻華微笑の
話題になった(釈迦が弟子たちに向かって華を見せた。その真意を
ただ一人マカカショウだけが理解して釈迦に微笑んだという話)
イギリスの学者「釈迦が伝えようとしたのはとても壊れやすいものですね」
鈴木大拙「私が話してあなたがお聞きになる。あなたが話して私が聞かせて
いただくこれが壊れやすいものでしょうか」
皆さんどう解釈しますか?
798 :
考える名無しさん:2005/06/21(火) 23:44:40
会話が噛み合わなかった
ようするに1=多ということですな
>>795 そんなのエネルギーがなくなる気がする
愛なのそれ??
801 :
考える名無しさん:2005/06/22(水) 19:10:50
鈴木大拙の逸話2
大拙は著名な数学者岡潔の依頼で対談をすることになった。しかし話は噛み合わず
1時間ばかり岡が一方的に話をするかたちになってしまった。その間大拙は目を瞑って
静かにそれを聴いていた。やがて岡は急に立腹してその場を飛び出してしまう。
部屋から出て廊下を歩いていると後ろで「鈴木先生のお見送りです!!」という声が
・・・・。岡が振り返ってみると、ドアの前で大拙が低頭にこちらへとお辞儀をしを
している。そして数学者が一言
「これや、これがほんまもんの臨済禅じゃ」と大声でいった。
>>801 達磨大師が聞いたら怒られるぞ
全然、禅の真髄じゃない、そんなの。
しかもスレ違い。
804 :
考える名無しさん:2005/06/22(水) 20:45:58
岡潔の本を読んだことあるがあまりピンとこなかったな
>>778 ニーチェがフラレたのは男としての魅力がイマイチだからじゃなくて梅毒だったからなのか
ニーチェが自分語り大好き人間だったら研究の手間が省けたのに…
自分の行動すべてを日記に書くような人間だったらよかったなぁ
俺が研究してるわけじゃないが
806 :
考える名無しさん:2005/06/23(木) 16:10:57
>>806ヤッパリ入門書ハ著者ノ主観が入りマクリナノデヤメテハ?
「この人を見よ」がオススメデツ
808 :
亀レス:2005/06/23(木) 16:39:21
あのさ、ヒトラーは超人かどうかとモメる前に、超人とは例えば誰か?とか
高貴な文化とは例えば何か?に答えられる人、このスレにいないよね。
ニーチェの思想をあまりにも理解してない人たちがニーチェを讃えるのは、
ちゃんちゃらおかしいと思いますよ
そもそもニーチェは超人ですか?
て聞いても答えは割れるよね。はいはいって感じ
>>808 他人を批判する前に自分の格調低いレスを改善したらええやん(-.-)
突然だが、ニーチェは生涯で何回くらい射精したんだろう
あんまりしてなさそ。。。
811 :
考える名無しさん:2005/06/23(木) 18:47:46
812 :
409:2005/06/23(木) 21:27:27
>>808 確かにニーチェについてレベルの高い議論が行われているかは疑問だが、
>そもそもニーチェは超人ですか?
>て聞いても答えは割れるよね。はいはいって感じ
これはNoが圧倒的多数だと思う。
以前、このスレにカキコしたが、ツァラトゥストラは超人ではないし、
ツァラトゥストラ=ニーチェとすればニーチェも超人ではないと考えるのが妥当だから。
あと、ニーチェはボルジアを超人的だと言ってたらしいし、
ドゥルーズが言ってるように、超人を具体的人物に当てはめてどうこうするのは
ニーチェの考えに則してないというのもある。
ニーチェこのスレの議論を低レベルというのはともかく、808が言うのは本質的問題ではない。
813 :
409:2005/06/23(木) 21:29:00
最後の行、ニーチェはいらない。推敲してたら消し忘れた……
誰にでも失敗はあるさ
815 :
考える名無しさん:2005/06/24(金) 02:42:00
哲学者よりもそこら辺歩いてるおっさんの方が人生に到達してたりするんじゃないの?
哲学板って、潔癖症で童貞の集まりですね。
性的な書き込みをすると躍起になって叩いたり
削除依頼する奴がいるみたいです
とんだルサンチマンですな。。。。
817 :
考える名無しさん:2005/06/24(金) 09:12:18
問題はニーチェの影響の大きさなのよね。ドゥルーズもフーコーもデリダも
現代哲学の大物と呼ばれているひとたちの多くが、ニーチェから多大な影響
を受けていると考えざるをえないでしょう? なぜ、それほどまでに巨大な
存在なのか、すくなくとも俺にはよくわからない訳よ? そう? ニーチェ
ってそんなに凄い?と思っちゃう。 「ツァラトウストラ」にしてもそんな
に凄い本だと思ったことは一度もないのね。それなのに、この影響の大きさ
・・・。その辺が、論ずべき点だと思うのね。
818 :
考える名無しさん:2005/06/24(金) 09:32:11
>>817 価値を転倒させたから、ではないでしょうか?
819 :
考える名無しさん:2005/06/24(金) 10:01:29
・・・う〜ん、そこがピンとこないんだよね。つまりは西欧の
キリスト教の伝統的価値観を転倒したんだ、と言うことなのか。
仮にそうだとしても、われわれ日本人にはそもそも、その伝統
が異なるというか無いわけだよね。キリスト教の伝統というもの
からあまりにも我々は隔たっていて、ニーチェが価値を転倒した
としても、それはもともと書割りだったものを倒しただけ、と
我々には見えてしまうと思う。
820 :
考える名無しさん:2005/06/24(金) 10:03:46
キリスト教というものが「当たり前」である社会を我々は知らないと
思う。
821 :
考える名無しさん:2005/06/24(金) 10:31:18
ニーチェは「普遍的に」凄い仕事をした・・・と果たして言えるのか。
822 :
考える名無しさん:2005/06/24(金) 13:02:47
>>819-820 実感がないのはよくわかる。おれもそうだ。
けれども「日本」においてキリスト教はすでに16世紀室町の時代に
伝えられていたのであり、その思想・信条がたとえ一部の人々にではあれ
まったく存在しなかったとはいえない。
さらに哲学としての西洋思想が輸入されたのはもっとあとのことだけれども、
哲学が「日本」に入ってくるとともに、そのとき日本人が哲学と名づけたものには
すでにしてキリスト教と根を切り離せないものであったのであり、
その後、こうした西洋哲学が日本思想に大きな影響を与えたことは
忘れられてはならないとおもう。
いまのわれわれにとってキリスト教的な思考・思想が、それがたとえ非主題的に
ではあれ潜在的にではあれ、含まれてしまっているというは事実におもえる。
西洋思想を学ぶならまず聖書を読むべきだ、というのは一理ある。
823 :
考える名無しさん:2005/06/24(金) 14:01:59
824 :
考える名無しさん:2005/06/24(金) 18:37:03
近代西洋そのものがキリスト教的である
それが見えない自覚化されていないだけだ
現代人にこそニーチェは有効である
825 :
409:2005/06/25(土) 00:31:50
>>817 価値観を転倒させたから、というのも一理あるとは思う。
だが、それだけではなく時間論的理由というのも考えられると思う。
「永劫回帰=反復」ってな考え方で。
実際、ニーチェ以降の哲学者はみんな過去、現在、未来という考え方をしてない。
ハイデガーは未来の代わりに先駆的決意性が出てくるし、ドゥルーズは生成変化だし。
>>824 同意。
ルサンチマンって、上手い概念を作り出したな。誰にでもあるルサンチマン
ニーチェの凄さがわからないってお前wwwwwwwwwwwwww
二チェのすごさ→あたまアボーンするまで考えたこと
ひとつ質問したいのですが、恐ろしい心理とよく言われますが、
なぜ恐ろしいのですか?教えて
「ルサンチマン」って個人的で表層的な怨恨感情まで含めると
思ってる人がいるようだけど、それはニーチェの言う意味
とは違うと思う。
個人も内包してるんじゃね?
832 :
817:2005/06/25(土) 13:47:54
>>409 それはちょっといいすぎましたね。永劫回帰とはなんでしょうか。
わたしもニーチェを詳しくリスペクトしているわけではないが、
もっとも素朴な言い方としてはキリスト教ユダヤ教的な終末論的
歴史観がもはや信ずるに値しない以上、残されたのは物理的な反応
の順列組み合わせである、と。そしてニーチェの割と素朴な科学
理解によるならば、順列組み合わせは非常に長い時間のあとには
現在とまったく同じ配列にふたたび戻らざるを得ないであろう、と。
そういう理解なのではないでしょうか。それはちょっと現代の科学
の、あるいは当時の科学的宇宙論の常識からしても、ありえない理解
なのではないでしょうか。また、ハイデガーにしてもドゥルーズにしても
過去・現在・未来という誰もが従っている時系列にそって、おのおのの
日常を生きていたのであり、先験的決意性や生成変化といった彼らの
哲学的な概念は、それとはべつの文脈で語られたものと思います。
833 :
817:2005/06/25(土) 14:10:04
>>822 そうですね。わたし自身はもはやそうゆう境遇にいないが、ここに
書き込む多くのひとはこれから哲学を研究していこうという人たち
が多いのでしょう。そういう立場からすれば、哲学の規範にあわせて
自分の思考を深めていこうとするのは当然の道なのかもしれません。
その際には、あたかも西欧人のように思考するわけであって、日本人
としての私が指摘したような疑問は括弧に入れられるわけです。また
そうしなければ哲学研究などそもそもできないでしょう。一種、役者の
ように西欧人的な思考を演ずるのですね。
834 :
409:2005/06/25(土) 16:43:48
>>832 もちろんそう考えるのが一般的。
でもドゥルーズは同じ物が回帰する訳がない、と言っている。
回帰するのは違う物だということ。反復というのは要するに「今になる」ということで、
ドゥルーズは少し前の今とは少し違う今になるというのを永劫回帰だと考えていたのではないか。
つまり一般の考え方からズレたニーチェ論を展開していた、ということ。
じゃあニーチェがホントにそう考えてたかわからないじゃん、と言うむきもあるだろうけど、
817氏が提起した問題は「なぜニーチェが広く影響を与えたか?」ということなので、
誤解されたまま広がった可能性を排除せずに825のレスをつけた。
835 :
考える名無しさん:2005/06/25(土) 17:52:32
ニーチェの永劫回帰思想って明らかにニュートン的な物理学の世界観がベースになってるものだよね
まず空間と時間という器があって、その中にエネルギーと質量を持った分子があると
836 :
考える名無しさん:2005/06/25(土) 20:34:32
お前ら何にもわかってない。
837 :
考える名無しさん:2005/06/25(土) 20:35:09
テレ朝で「神は死んだ」が
「知性の過信への批判」なんだってさ
838 :
考える名無しさん:2005/06/25(土) 20:46:53
ニーチェはただの馬鹿
神や信仰の成立の心理をいくら分析したって無駄。
ルサンチマンから信仰していたとしても神が存在するということは
ありえるからね
841 :
考える名無しさん:2005/06/25(土) 22:16:57
世界一の哲学者って誰?もしくは誰だったの?
>>837 それさ、見てたんだけど、意味が本気で解からないんだよね。
「神は死んだ」って、キリスト教的価値の価値転換くらいにしか
思って無かったよ・・・
だいたい、ニーチェって一言を取り出して語るのには
最も合わないんじゃないかと思う。
あちこちで矛盾してるじゃん。
843 :
哲学埋葬派:2005/06/26(日) 03:02:22
ニーチェは乱暴に言ってしまえば「人力飛行」哲学者です。
でも
>>842の通り「神は死んだ」からの告発、
「道徳の系譜」や「力(権力)への意思」で語られていることは
今まであった倫理観を相対化してみせた功績は大きい!!
そして現代こそニヒリズムの時代であるから、それを予言したという意味で
読まれるということはある。
しかし、私が人力飛行哲学と比喩したのかた言うと、
人間は自らの身体のみでは飛べないという意味と、自らの体を持ち上げて
宙に浮くことはできないというとわかりやすいかと。
彼は、自身の哲学で理性を持ってカオス(欲とか闇とか情念とか)
=ディオニソスを克服できるかと立ち向かった最後のモラリストです。
しかし、結果は梅毒性の狂気。さらにニーチェ的なバタイユも身体麻痺、
ジル=ドゥルーズは投身自殺。神罰じゃー!
844 :
409:2005/06/26(日) 04:47:02
ハイデガーは?
ドゥルーズの投身自殺は神罰というよりタバコの吸いすぎによる
人工呼吸器につながれる生活に嫌気がさしてでしょう。自業自得だよねぇ。
そもそもニーチェはスピノザに共感を示しつつ、スピノザがまだモラルの中にいることを指摘している。
そのニーチェがモラリストなのかねぇ。ちょっと疑問。
だいたいバタイユが理性を持ってカオスと戦おうとしたのか? 逆じゃん?
845 :
817:2005/06/26(日) 08:45:42
ドゥルーズの場合、力強い記号=シーニュが時を超えて生き残るという
思想があると思いますね。暴力的なシーニュという言い方もしますけど。
そして、永遠回帰というのはそういう力強いシーニュを選別する原理だ、
という言い方をする訳です。これはほぼ、ドゥルーズ独自の哲学で、そ
れをニーチェの用語法を借りて表現したものだとわたしは思いますね。
まあ、ニーチェにも似た思考法があったからこそ、これが可能になった
とは思いますが。
846 :
哲学埋葬派:2005/06/26(日) 11:14:56
>>844 言葉が足りなくてごめんなさい(笑)。
確かにバタイユはカオスで理性の「神話」に止めをさしたと思います。
しかし、上述の人は神=他者を問題としたから「神罰」を食らったと思ってください。
バタイユは、「神」とはカオスでも克服できるのか?という問題も残したと思います。
そしてドゥルーズにしてもニーチェの問題が解けずにいらいらして
タバコに手を出し、カオスを抑圧したから反撃を受け体を蝕んだといえまいか?(笑)。
もっとも体を蝕まない哲学者が少なくないことも事実なので。どうかとは思いますが。
ハイデガーが「正直」な哲学者であったなら
ナチスに「積極的」に参加した事実を隠蔽するとは思えない点で疑問です。
あまり固く考えると「神の罠」にはまりますよ
847 :
考える名無しさん:2005/06/26(日) 11:22:12
理性をもってデュオニュソスを克服しようとしたの?。
もしそうなら俺はあまりにも無知だな。いわばデュオニュソスと共闘
してキリスト教的な抑圧的思想と闘おうとしたというだけであると思っていたのだが。
だからこそ、完全発狂前の手紙に自分とデュオニュソスとを混同したかのような署
名をしたりしたのだと理解していたのだが。
848 :
哲学埋葬派:2005/06/26(日) 11:58:33
>>847 「永劫回帰の神話」は新たな「理性の神話」と考えるべきでしょう。
つまり「神の罠」です。永久に繰り返される苦悩と言えるのですから。
だから苦悩した。それが発狂につながった。
神は罵倒するか、笑い飛ばすべきだった。初期の著作にはその片鱗が
あったのに、惜しい。
849 :
409:2005/06/26(日) 12:22:12
>>846 バタイユはコスモスの普遍性を否定したと思うよ。ハッキリと。
普遍経済にしても非合理な消費を肯定してるし。
まあバタイユは神罰上等だわな。自称「有罪者」だし。
850 :
考える名無しさん:2005/06/26(日) 12:56:07
永劫回帰は「それでも君は生きるか」という最終的な問いだと僕は思う。その問いに「イエス」と答えるか「ノー」と答えるか、それはニーチェを通して神(宇宙)が与えたクイズだと僕は思う
851 :
哲学埋葬派:2005/06/26(日) 14:01:53
だとしたら「神」とはそうとう「悪」ではないか?
バタイユが自称「有罪者」と称した気持ちもわかる
852 :
409:2005/06/26(日) 14:15:41
>>850 そんなのNoでしょ。永遠に苦痛に耐えることがイイなんて奴隷道徳だよ。
>>851 では「悪」とは?
ドゥルーズの悪の定義は既存の構成関係にマイナスに作用するような行為、だったかな?
バタイユが神嫌いだから有罪者という言葉を使ったのか?
「痴呆の私に、神が唇を押し当てて語る。火のような声が、闇の中から聞こえてきて……
冷たい炎、燃え上がる悲嘆として雨傘の男に向かって語る」(内的体験「刑苦」より)
この一説からもバタイユの逆説的な態度が伺える。
>>847 ディオニュソスを克服しようとしてるもんなのかな。
ディオニュソスは人間の根源にある混沌であって、それは
克服しうるものでは無いと思うけど。
アポロン的なものより、ディオニュソスの方が確かに
根本にはあるけど、両方がお互いにあって成り立つもんだと
理解してたけど。
854 :
(;´Д`)ハァハァ:2005/06/27(月) 15:28:28
(;´Д`)ハァハァ
855 :
ホットカルピス(;´Д`)ハァハァ ◆PDG4DGZXd2 :2005/06/27(月) 15:29:26
(;´Д`)ハァハァ おまいらのやうな低学歴に
ホッカルさんの事が理解できるわけない、
856 :
考える名無しさん:2005/06/27(月) 17:33:41
ホッカルって?
857 :
考える名無しさん:2005/06/27(月) 17:44:17
ホットカルピスの略じゃね?
うぅ〜ん・・・知的!
ホッカルにはニーチェがチンプンカンプンというわな。
PDG4DGZXd2でぐぐると、色々出てくる。
860 :
女:2005/06/27(月) 22:15:35
「道徳の彼岸」を読んでるのですがニーチェは女性が学問をする事を
「女性の退屈化」「近代観念」等批判し、女性を愛でられるものとして定義してます。
どなたか解説して下さいませんか。
ニーチェも永遠の女性的なものを信じたかったのでしょうか?
単に時代的な限界でしょうか?
861 :
過剰哲学:2005/06/27(月) 23:20:59
>>860 そこは、ニーチェで最も誤解を受けるところでしょう。
時代の転換期でもあったため「女性」の意識変容に疑問視していた
と肯定的に考えればそうなんですが、これは彼の特殊な家族関係にあります。
彼にはエリザベートという妹がいました。彼女はちょっと異常なブラコンで
一般には良き理解者であったとされてますが、男性として兄ニーチェを
見ていた様です。ちなみに彼女がナチスのニーチェ利用に加担したらしい
(このことは多くの研究者も認めてますが)
しかしそれはタブーですから、鋭い兄ニーチェは彼女を突き放します。
(嫌悪していたという説もあり)
精神分析では女性像は身近な女性と同一視する傾向があるという話らしい
ですが、ニーチェの女性像がこのエリザベートを見ての影響もあるのでは
と考えられます。つまり文字通りのブラザーコンプレックスがあった様です。
従って鋭いニーチェもここに及びどうしても歪んだ女性に対する愛情が
噴出していると考えられます。これは私の個人的見解ですが
862 :
考える名無しさん:2005/06/27(月) 23:26:18
この関係を読んで「萌え」は禁止
アニメ産業が商業的目的のために構造化した「萌え」とは
もうまったく次元の違う話だろうて
単に近代人が嫌いなだけだと思う。
愛でるだけじゃなく、男は女のようになるべきだ、みたいなこともいってたはず。
新聞を嫌ったニーチェが、どこかで女に新聞を読ませようとする女性運動家を
罵倒してたけど、本気だったと思う。
あー新聞を批判してたのも善悪の彼岸だっけ。
ドゥルーズ=ガタリで言えば、モルか分子かってこと。
>>865 ドイツ人は火薬を発明した。これはすばらしいことだ。しかしなんたることか、
ドイツ人は新聞を発明したことによって全てを台無しにしてしまった!!
こんな感じ。
柄谷行人だったら、ここからナショナリズムに繋げるだろうし。
ニーチェの女性観については、浅田彰も構造と力で触れていたはず。
あれは一見そう見えるけど、女性差別的な物じゃないって。
もちろん、これは男を批判するための鏡みたいなもので、
実際の女からすると、違うのかもしれない。
>>867 そうそう。そんな文脈。有難う。
読んだのかなり前だから記憶が・・・色んな本がごっちゃに
なってる・・・orz
確か、善悪の彼岸の初めで真理は女性的なものだって
言ってた(様な気がする)から、ニーチェと女性差別を繋げるのはどうかなぁ。
870 :
女:2005/06/28(火) 08:54:54
皆さんご丁寧な回答ありがとうございます。
ブラコンの妹がいたとは興味深い。女性を「弱い」とやたら書いてますよね。
新聞の話も初耳。弱い人とメディアはミーハーの相乗効果って事なのかな。
差別的なものを感じた訳では無く、むしろ女性を思いやる風(社会進出や学問に興味を持つ女性は
基督教信者と同じ罠にはまってるとでも言いたげな警告的な書き方)だったので気になったんですが
もう少し読んでみます。ありがとうございました。浅田氏の本もチェックしてみます。
あと「真理は女性的なもの」と言う記述確かに道徳の彼岸にありましたよ。
「女性」と「女性的」は別物と分かっていても、微妙に嬉しいw
872 :
考える名無しさん:2005/06/28(火) 16:22:16
>>871 善悪の彼岸でしょ。真理は女であると仮定すれば、、でしょ。
一方で、出典は忘れたけど、女は弱者なんて嘘、弱者の振りして男をコントロール
している、みたいにいってたはずで、女を憎む部分も確かにあったはず。
でも、やっぱりこれ、自分が男であることを強いられることに対する
苛立ちなんだよね。自分を戦士にたとえたり、勇ましいことを言う一方で
こういうところがある。
「これがニーチェだ」のみがベターな解釈書。
ニーチェ思想を社会的な良識との一致につとめたり、
「人生は一回しかないから頑張って生きましょう」みたいなくっさい説教に貶める解説、
ニーチェを去勢する解説はすべてクソ。
ってお父さんの友達が言ってたからそうなんだろうな
875 :
考える名無しさん:2005/06/28(火) 21:15:53
ニーチェは文章センスが良すぎ
876 :
409:2005/06/28(火) 23:12:42
>>870 エリーザベトはあんま気にしない方が……
ニーチェ自身が否定していた人物だし。
結局は「善悪の彼岸」の話だよね?
「Gut und Boese」は道徳とは訳せないし。
>>875 ニーチェって、音楽センスは無いけど言葉のセンスは
あると思う。
878 :
考える名無しさん:2005/06/29(水) 00:24:22
俺、名著といわれる本読むときはいつもノートとってるんだけどさ、
ニーチェはすげぇノートとりにくいわ。
印象に残る言葉は色々あるんだけどね、
名言集作りたいわけじゃないからなぁ。
879 :
考える名無しさん:2005/06/29(水) 02:15:40
880 :
考える名無しさん:2005/06/29(水) 02:16:25
ニーチェの言葉は素晴らスィ
「善悪の彼岸」の間違いでした、すみません(でも道徳でも意味同じですよね)
882 :
考える名無しさん:2005/06/29(水) 10:38:07
>>877 ニーチェはピアノの即興演奏が素晴らしかったと聞いたが?
>>882 上手い下手は、まぁ、別として
なんか意外と平凡な曲ばっかつくるなーって思った。
ワーグナーみたいなセンスは無いと思ったよ。
幸か不幸か。
884 :
ニーチェ:2005/06/29(水) 17:59:48
俺のギターソロを聴きゃ分かるだろ。前衛など楽な世界だ。お前はまだケツの青さが残っているのだよ
しきそくぜくうくうそくぜしき
886 :
考える名無しさん:2005/06/29(水) 18:51:29
CDまで出てるようだけど。
888 :
考える名無しさん:2005/06/29(水) 19:38:45
渡辺香津美ってそんなに上手いか?
889 :
考える名無しさん:2005/06/29(水) 20:26:23
ムゼオ・ローゼンバッハは一聴の価値がある。
まあ人それぞれだろうけど。
890 :
考える名無しさん:2005/06/30(木) 22:28:45
下村満子
ニーチェは人間であるために社会すら必要でないと感じたのだと思う。
「人間は市民的な動物である」とアリストテレスは言っていたが、それは
アリストテレス自身が社会にどっぷり漬かりすぎていたからではないか。
ちょっと思ったことを書き留めておきますよ。
892 :
考える名無しさん:2005/06/30(木) 23:03:58
永井はニーチェを越えたな。
ニーチェを土台にした永井流<力への意志>を書いてほしい
893 :
no name:2005/07/01(金) 04:48:28
初めまして。843から読ませていただきました。ニーチェについてもっと知りたく思います。
ドゥルーズ、バタイユ、ハイデガー…いくつか名前があがりましたがニーチェを知るにはどんな
書物を読めば良いのでしょうか?教えてください。宜しくお願いします。
ニーチェの教師の書物を読んだらどうでしょか
895 :
考える名無しさん:2005/07/01(金) 04:57:31
「ツァラトゥストラかく語りき」を読みましょう。
「ツァラトゥストラかく語りき」
「ツァラトゥストラも言う事には」
「これはツァラトゥストラも言っている」
「ツァラトゥストラと一緒に語る」
897 :
考える名無しさん:2005/07/01(金) 05:04:00
ニーチェのこの人を見よって読んだけどダラダラと思いつきみたいな事を
書き連ねているようで意味不明。哲学界の権威が書いたんじゃなければ
読み進める気も起こらないヘンテコな文章だった。
お前ら解説本を読んで初めてニーチェの言いたい事が掴めたんじゃないの?
正直に言えよ。
すわ、徒歩でもいそがれよ
899 :
考える名無しさん:2005/07/01(金) 05:12:03
ブスと美人、より生命力があるのはどちらか?
ブスは野生的である。骨格は大きく、頑丈で、鼻は低く、潰れにくい。
目は小さく、埃や紫外線に強い。四肢は短足である。骨太である。剛毛である。
対する美人はすべてが弱々しく、脆い。ブスは生命力に満ち溢れている。
対する美人は病的である。生物として優越するのはブスである。
ではなぜ諸君らブスが没落したのか?なぜ諸君らブスは見下されるのか?
それは、はるか古代、多数を占めるブスに対して、美人は少数の"奇形"であった。
美人は自分を呪った。そして世界を呪った。しかしそれでも子孫を残し生きねばならない。
美人は再び世界を承認するために、世界の支配権を握るために、
そのルサンチマンが価値観の転倒を行ったのだ!!
弱きもの、儚きもの、非野性的なもの、非機能的なものこそが"神聖"である、
善いものであるという転倒を行ったのだ。少数の奇形は、少数の神秘に変わった。
だからブスの諸君には再びこの世界を引き戻す義務がある。
僧侶的、アポロン的な価値観から、貴族的、ディオニソス的な価値観へと……!
いっさいの価値観よ、転倒せよ!
900 :
考える名無しさん:2005/07/01(金) 05:12:28
和辻哲郎のニイチエ研究の方がわかりやすい。
901 :
no name:2005/07/01(金) 05:17:04
902 :
考える名無しさん:2005/07/01(金) 05:22:02
農家の嫁はガッシリした体格のケツデカ女がいいだよ。華奢な女に畑仕事は
できね。美人は農家の重労働にゃ耐えられんから貴族のとこお嫁に行って
ディオニュソス的セックスの対象になっとればええ。貴族の嫁は農家仕事の
できねえ弱いやつだっぺ。
美人は発生を促すのだよ、何事かを被る心配無しにだ、
タフな生き物ではなさそうだね
904 :
竹田星人:2005/07/01(金) 05:25:41
いいから竹田青嗣読みなさい。ニーチェ入門。竹田。読めって。
次に永井のこれがニーチェだ読んだら道徳の系譜読みなさい。
アンチキリストは読んでないけど超訳は中身スカスカだよ。やめなさい。いらない。
この人もいらない。つまらん。ツァラトゥストラもたいがいうんこ。眠い。
というか竹田を10回読めって。ニーチェいらない。読め
905 :
考える名無しさん:2005/07/01(金) 05:26:58
農家のケツデカ嫁はネズミみたいに子供ボコボコ産むべな
906 :
no name:2005/07/01(金) 05:29:00
>>904 じゃあ、それも読んでみます。有り難うございます。
>>906 ニーチェ入門マジオススメだよおん。10万部売れてるしね。
ニーチェの次は竹田の現象学入門もいいね。ていうか竹田いいね
908 :
no name:2005/07/01(金) 05:41:27
>>907 色々教えて頂いて有り難うございます。竹田さん読んでみます!
909 :
考える名無しさん:2005/07/01(金) 09:59:17
910 :
前スレ 前スレ 前スレ:2005/07/01(金) 10:07:11
911 :
@@@:2005/07/01(金) 10:16:45
>>6〜
>>40あたりのわたしの質問に誰かできるだけ詳しく答えて
ください お願い致します。
前スレの がしゅまろさん お願いだから
わたしの質問にできるだけ詳しく答えてください お願い致します
永劫回帰についてできるだけ詳しく教えてください お願い致します。
↓
912 :
@@@:2005/07/01(金) 10:17:10
http://mimizun.com/cgi/dattohtml.pl?http://mimizun.com:81/log/2ch/philo/academy3.2ch.net/philo/kako/1057/10573/1057392559.dat ↓
976 :考える名無しさん:04/12/21 06:38:29
>>965 魂を超越的世界と捉えるのはイデオロギーである。
ニーチェは魂を体感しながら、自己の思考や、見てきたものの根底に横たわる、
人間の共通性を認識し、それを愛したのではないか。
機械論的宇宙が永劫回帰することを魂が肯定し、愛したのだよ!
と
986 :がじゅまろ:04/12/22 01:08:58
>>985 イデオロギーではなく、私なりの結論です。だから、言葉のレトリックで誤魔化しません。
体験を信仰と混同するのは、おかしいと思います。信仰は〜を信じるという、
〜自体に対する判断であって、体験は個人に帰着するものです。
信仰は、解釈(バイアス)が混入しています。体験の強度や内容は、事実です。
私が体験し、認識したであろうことをベースに、ニーチェのテキストを解釈し、
理解したと思ったものを信仰と表現されるなら、それも可能かもしれませんね。
についてできるだけ詳しく答えてください。お願い致します。
後 わたしの見解についてもできるだけ詳しい回答をお願い致します。
できれば メールで返事ください。お願い致します。
他にも誰か誰でもいいので
永劫回帰についてわかる方できればメールください。
お願い致します。
図々しくてすいません。ペコリ。。。
913 :
@@@:2005/07/01(金) 10:19:46
914 :
@@@:2005/07/01(金) 10:21:29
917 :
@@@:2005/07/01(金) 12:33:58
↑
訂正 がしゅまろさん→がじゅまろ
918 :
@@@:2005/07/01(金) 12:35:27
919 :
考える名無しさん:2005/07/01(金) 12:37:01
920 :
ホットカルピス(;´Д`)ハァハァ ◆PDG4DGZXd2 :2005/07/01(金) 14:19:37
921 :
考える名無しさん:2005/07/01(金) 18:15:14
ニーチェを理解するのなら、『道徳の系譜』だな。
tp://www31.ocn.ne.jp/~yu/review/game/memorial.html
923 :
考える名無しさん:2005/07/01(金) 22:01:24
誰かニーチェより優れた哲学者or著作家を教えてくれ
924 :
竹田星人:2005/07/01(金) 23:20:18
>>923 それは「哲学者」としてなのか…?
思想家としてなのか
哲学者としてならば迷うことはあるまい。
竹田青嗣こそ現在頂点的展開を続けている唯一の哲学者だ
まずソーカル読んでみれよ。
あれに名前書かれてるやつのは読む気なくなりだろ。ラカンとか。
あと脳科学の本読んでからに
カントとかの認識論の誤りはだいぶ削減できるでしょうよ
926 :
考える名無しさん:2005/07/02(土) 01:38:33
928 :
考える名無しさん:2005/07/02(土) 09:08:33
>>926 いや、しかし思想乗っ取り説を唱えたレビューは痛快だ。
929 :
考える名無しさん:2005/07/02(土) 13:30:21
ソーカル話ってでっち上げのつくり話かもしれないよ。いずれにしてもそんな事だけで哲学がインチキという事にはならない。人の発表する話がどこまで信頼性があるか?という問題は現代社会の深刻な問題の一つ
930 :
考える名無しさん:2005/07/02(土) 14:14:08
ねぇ、おまんこ舐めて♥
↓
931 :
考える名無しさん:2005/07/02(土) 21:57:02
>>927 で、たくさん読書した結果が竹田青嗣?
学生さんですかw
932 :
考える名無しさん:2005/07/02(土) 22:23:27
933 :
考える名無しさん:2005/07/02(土) 22:32:09
>>926 読んだが、キリスト教ってヒデェエエエエ〜〜〜〜〜
934 :
考える名無しさん:2005/07/02(土) 22:37:28
影響されやすい馬鹿のたんじゅん脳は猿に食われてしまえ
935 :
考える名無しさん:2005/07/02(土) 22:46:56
>>934 馬鹿の猿並みの脳みそはお前
キリスト教は邪教
936 :
考える名無しさん:2005/07/03(日) 18:27:46
自分で考えて結論を出してないような
>>933の受け売りっぷりには危惧を覚える
馬鹿だのたんじゅんだのといった
>>934のレッテルの貼りっぷりには懸念を表明する
邪教という言葉まるごと受け売りでレッテルを貼る
>>935のあり方にはもはや言葉もない
ニーチェはキリスト教を通ってキリスト教を否定した
宗教的実存より上の段階へ行くためには、なんらかの宗教は通らないといけない
なんていうか…ニーチェが言ったから正しいみたいな権威化っ…!!
ニーチェも言っているだろう。
「君たちは言うのか、ツァラトゥストラを信ずると。
しかし、ツァラトゥストラそのものに何の意味があるのか。
…いまわたしは君たちに命令する、わたしを捨て、君たち自身を見いだすことを。
そして君たちのすべてがわたしを否定することができたとき、
わたしは君たちのもとに帰ってこよう」
聖書にもよいこと書いてあると本質直観で俺は思うんだがねえ
そうそう、宗教も踏み台にしなきゃいけない
そして、ニーチェも踏み台にしなきゃ
聖書もニーチェも自分で考えるための教材だからね
939 :
409:2005/07/03(日) 19:11:01
踏み台になるために超人ではないツァラトゥストラを出したと考えるのは筋が通っている。
ただ、ニーチェは宗教全般の中でキリスト教が特に悪いと批判しているんだと思うが、
それならニーチェの主張にある程度つきあってみるべきではないかとも思う。
宗教を信じるのはよい。だがキリスト教はダメだ! というのはなぜなのか……
たとえば937の本質直感を否定するつもりはないが、ニーチェの批判論拠と
937が思う聖書に書かれているよいことを比較、検討してみればよい。
と言っても、俺アンチクリストの日本語訳持ってないんだよね。偉そうなこと言って須磨祖。
仏教には好意的だよな
キリスト教文化圏における自己欺瞞の帰結としてのペシミズムより
生きることに対して「現実的」だと言ってるだけだよ。(諦観)
>>939 ニーチェの父親、確かキリスト教の聖職者だったんじゃなかった?
父に対する反抗とかいう風に読むこともできるかもね。
>>926 この本立ち読みしたけど
作者はキリスト教は批判しているがイエス・キリストは批判していない
イエスが伝えようとしたものを、弟子たちが自分たちの都合のいいように
解釈したのが、この邪教が世界を征服するに到った原因なのだそうだ
隷属階級から生まれた宗教ってのは疫病のように世界を蝕むものなのだ
その点仏教は、王族、知的階級層から生まれ、善悪を超えた問いかけを行う
ことのできる唯一哲学的な宗教の一つであるということだ
ニーチェの2つの大ミス
1.仏蘭西人を誉めすぎた
2.仏教に甘かった
945 :
考える名無しさん:2005/07/04(月) 02:29:22
ニーチェの言った言葉の メールマガジンないですか??
できたら携帯向けの
946 :
考える名無しさん:2005/07/04(月) 02:52:43
ニーチェは自らを人類のための犠牲として考えていたね。
今のところ無駄死にと言えるんじゃないだろうか・・・?
947 :
考える名無しさん:2005/07/04(月) 03:01:27
>>946 >ニーチェは自らを人類のための犠牲として考えていたね。
そういう贖罪の発想はない
948 :
409:2005/07/04(月) 03:17:04
>>947 贖罪じゃないんじゃね? まあ、ニーチェも犠牲なんて考えてたとは思えんが。
>>944 それによってニーチェを理解しようとする人間が誤解するようななにかをミスといえるだろう。
梅原なんかみてると2はミスっぽいが1はどうかよくわからんな。
949 :
考える名無しさん:2005/07/04(月) 03:22:10
「犠牲」っていうとなんか微妙な感じもするけど、そう言う風にいえないこともない。
自叙伝だってEcce Homoだし。
『イエスの教えの中に「最後の審判」「犠牲死」「復活」といった変なものが混ざってしまった』(邪教)
とあるし。「自分を犠牲に」という発想はないでしょ。
強者はまず自分を喜ばせてから、余りを人に与える。
951 :
考える名無しさん:2005/07/04(月) 04:30:53
『この人を見よ』の「なぜわたしはこんなによい本を書くのか」の
6項が良くわかりません。心理学の珍奇なひとつの実演例とか書いてありますけど、
これは何を指しているのですか?
952 :
@@@:2005/07/04(月) 09:38:20
誰か誰でもいいので下記の質問にできるだけ詳しく教えてください。
お願い致します。
>>910 >>911 >>912>>918など誰か誰でもいいのでできるだけ詳しく教えて欲しいです。
お願い致します。
また
>>6〜
>>40あたりのわたしの質問に誰か誰でもいいのでできるだけ詳しく答えて
ください お願い致します。
953 :
@@@:2005/07/04(月) 11:52:33
954 :
@@@:2005/07/04(月) 11:53:35
955 :
@@@:2005/07/04(月) 11:54:34
956 :
考える名無しさん:2005/07/04(月) 12:34:21
図々しいというより、こういうものは、人に教えてもらうものじゃなく、考えるものなんだよ。
大体、その回答が「正しい」とどうやって判断するつもりなんだ?
958 :
考える名無しさん:2005/07/04(月) 13:41:26
ニーチェのテキストばかりこねくり回して解釈に明け暮れていても展望は開けないよ。旧約聖書と天文学から光を照射すればアッと驚く隠された意味が見えてくる。そのときには「それも一つの解釈に過ぎない」などとはもはや言えなくなる
959 :
考える名無しさん:2005/07/04(月) 18:11:17
>>958 うむ。「旧約聖書と天文学」以外は同意する。
全ての道がそこに通じていると言ってもいい。
俺の場合はそれが「グノーシス主義」だった。
あとは「ポスト・ニーチェ」を通ってもよい。
960 :
@@@:2005/07/04(月) 20:39:00
961 :
考える名無しさん:2005/07/04(月) 23:13:39
ニーチェで一番好きな本、一番好きな(断)章は?
963 :
962:2005/07/04(月) 23:28:24
964 :
考える名無しさん:2005/07/05(火) 07:45:21
961
「ツァラトゥストラ」と
「悦ばしき知識」が
同じくらいスキ。
欲深き人の心と降る雪は 積もるにつれて道を失う
ひつそりと悲劇の誕生が結構好き。
967 :
考える名無しさん:2005/07/06(水) 08:50:57
悲劇の誕生は結構若々しいよね。
嫌いじゃないけど、ニーチェ全体を見ると、あまり評価するものではない。
あれは後から書かれた序文が良い。
969 :
考える名無しさん:2005/07/06(水) 23:48:32
ツァラトゥストラ第三部「古い石の板と新しい石の板」最高。
読んでいてアドレナリン出ている気がする。
Des anirigh Ich detos al thesheochin.
そろそろ次スレ立てようぜ
まだ早ス
哲学書って普通意味不明だけどニーチェって読み物としても面白いからいいよねえ
974 :
さおり:2005/07/08(金) 23:18:41
964と同一人物デス。
ニーチェの書物は、文学作品としても高い評価受けてますよね。
『万人のための一書なれど、真に読み説く人なからむ』
ニーチェ…カッコいい。
ニーチェは千年に1人レベルの詩人。
976 :
考える名無しさん:2005/07/09(土) 00:38:45
詩人だったら詩人でもっと綺麗なの書いた人いるよ。
ただ、ニーチェの場合は思想がすごいからなぁ。
ニーチェって文学方面にも影響与えたんだっけ?
978 :
考える名無しさん:2005/07/10(日) 00:33:48
「大いなる健康」ってニーチェは良く使いますけど、
これってどういう概念なんでしょう?
どなたかご教授ください。
979 :
考える名無しさん:2005/07/10(日) 03:15:36
過激なまでに「生」を肯定すること
980 :
ホットカルピス(;´Д`)ハァハァ ◆PDG4DGZXd2 :2005/07/10(日) 06:38:41
(;´Д`)ハァハァ 哲学もいいが 数学もやらないといけないぞ。
糞コテうぜー
>>978 まんまだと思うよ。
あることに気づくと突然ストレスから解放されたようになる。
ニーチェは確かに生を肯定したようだけれども、それではまだ甘いと思うがね。
質問が悪かったな
誰かニーチェより優れた文章家を教えてkる絵
984 :
考える名無しさん:2005/07/11(月) 00:49:25
ニーチェは破壊と創造を訴えたよね。
しかし、著作を読んでいて思ったんだが、
どちらかというと創造よりも破壊に偏っている気がするんだが。
例えば破壊の方はかなり具体的だけど、創造の方はいやに抽象的だ。
破壊を主体にすることがニーチェの性分に合っていたのかな?
俺はニーチェより良い文章を書く人間を知らない。
986 :
考える名無しさん:2005/07/11(月) 01:03:28
っていうか良い文章って何よ?
>>938 ニーチェの場合深すぎて、と同時に高すぎて踏み台にしようが無いんだよ
人類の最深に行った訳だから、あれ以上深くならない。
ニーチェの場合、完全にニーチェ主義者になるか、完全に無視するしかない。
まあ本物のニーチェ主義者はホームレスになるだろうが。
988 :
さおり:2005/07/11(月) 04:21:55
984
今あるものを破壊するのは容易いから、いくらでも具体的に書けるんだろうと思う。
でも創造は、方法を示すものじゃないと思う。
伝授されたものを真似るのは、創造じゃない。
やり方を示し、破壊した後ですぐに創造できるなら、その創造されたものもまた、出来上がった瞬間に、『破壊されるべきもの』に変わるわけだし…。
それに伝授なんてしたら、自分の壊して創っての一人芝居になって、『自分の力』で創造する『超人』は生まれないだろう。
…と思った。
ニーチェってのは、もし音楽家の才能があったら絶対に哲学捨ててた人だからね。
ワーグナーなんかより百倍俗っぽいバイロイトを作ってたよきっと。
でもそのほうが彼にとってはずっと幸福だったでしょうね。
990 :
考える名無しさん:2005/07/11(月) 04:51:21
ニーチェは価値転換者であって創造者ではないんだね。
991 :
考える名無しさん:2005/07/11(月) 05:17:59
992 :
さおり:2005/07/11(月) 08:42:21
990
創造者でもあるのだろうけど、明確な指針を記していないだけだと思います。
自分で創造させるために…。
>>992 それはちょっとニーチェを祭り上げ過ぎのような。
それでは、実際に彼が創造した新たな価値体系って何よ?
強くなれさえすれば何でもいいってのは、フォースの暗黒面に落っこちてしまうのだ。
悪の帝王はいつも、ニーチェの超人思想や権力意志を引用する。
>>989 絵画の才能認められず
独裁者になったヒトラーみたいだな
996 :
さおり:2005/07/11(月) 12:34:49
死後の世界に思いをはせるのではなく、地に足つけて、今よりもっと素晴らしい自己を生み出す…という思想は、新しく彼が創造した人間の価値ではないでしょうか…。
…完全に理解していれば、私も今頃超人になれてるような気がします。
駄レスですみません。
m(__)m
今ならキーボード見ないでツァラトゥストラはかく語りきって正しく打てれば超人になれます
↓↓↓
998 :
ストーップ!:2005/07/11(月) 15:20:26
ニーチェは薔薇十字団に入ってたんだよ。だからニーチェの著作はシュタイナーの著作とからめて読まないと分からないんだよ
999 :
考える名無しさん:2005/07/11(月) 15:23:37
薔薇十字団は神秘主義だしょ?なぜにまた?
1000 :
考える名無しさん:2005/07/11(月) 15:25:33
「ニイチエ 三」につづく・・・・
1001 :
1001:
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もう書けないので、新しいスレッドを立ててくださいです。。。