1 :
びかぁ〜 ◆PKPKs4sF8s :
なぜ本を買うとき上から二冊目を買うのか。それは本の中身というソフトは同じでも、
一冊目にくらべて二冊目は、だれかに開かれていないだろうという唯一性を
所有することにより、私の単独性を獲得するのである。
すなわち「小さなアウラ」を消費するのである。
ベンヤミンは、複写技術によって消滅する心的な現象を「アウラ」と呼んだ。
その本質はコミュニティ内で唯一なものであると承認されたものである。
その高い唯一性は「礼拝価値」を持ち、鑑賞するものが鑑賞することによって、
高い単独性を獲得するものである。
街に人は溢れている。しかし孤独である。私の居場所(私が私である場所)はどこであるか?
孤独な群衆は、本来コミュニティ内の偶有的な位置に対して、単独性を見いだすことであり、
それは、「小さなアウラ」を消費することによって行われるのである。
アウラな時代@はてなD
http://d.hatena.ne.jp/pikarrr/
2 :
考える名無しさん:04/05/22 03:31
ぴかぁー大好き
3 :
びかぁ〜 ◆PKPKs4sF8s :04/05/22 03:31
処女の股間にはアウラがすんでいる。ロリータはまだ社会とかかわりが少ないアウラである。
これらは男性という主体に対する所有物である。つかわれれば価値が下がるのである。
性はタブー視され男尊女卑的社会の中で高い商品価値を生む。
女子校生はミニスカ、ルーズなどでアウラを演出する。
それはエンコウとして商品にしなくとも、みずら小さなアウラを演出し、
男性の注目をあつめることにより自己価値を高める。同じ偶有的制服はキーワードだろう。
オタクは作品としてのアウラをみずからつくりだすのである。
4 :
びかぁ〜 ◆PKPKs4sF8s :04/05/22 03:32
たとえばあこがれの子が鼻をほじるのを見たときに、主体の中で失われるものはなんだろう。
主体はあこがれの子に他の子ては違う高い単独性=アウラを見ている。
すなわちそれはあこがれの子にあこがれることにより主体の単独性を勝ち得ている。
そこにはあこがれの子を神格化する。しかしあこがれの子がはなをほじるという俗な行為、
だれでもする偶有的な行為をすることに、アウラはおとしめられ、主体の単独性もおとしめられるのである。
5 :
びかぁ〜 ◆PKPKs4sF8s :04/05/22 03:32
ただ屈折しているがあこがれの子が鼻をほじるのをみることによって興奮する場合もある。
これは高潔なものを辱めたいという心理であり、たとえばコスプレや女子高生、
幼女への性的倒錯にみられる。
それは「上から二冊目の本」えある。
あこがれの子というアウラがけがれたところを主体だけが
知っているということに主体の単独性は高められるのである。
性はそのタブー性により、さらに人に内在する強い欲求のためにアウラを生みやすい場である。
6 :
考える名無しさん:04/05/22 03:34
ぴかぁー最近エロスだな
ポストモダンと2本立てで行くのか?
8 :
びかぁ〜 ◆PKPKs4sF8s :04/05/22 03:36
ポスモダは収束の方向で・・・
9 :
びかぁ〜 ◆PKPKs4sF8s :04/05/22 03:40
オタク、コギャル、2ちゃねらーに共通するものは、
それはマスコミにより反「大衆」として、醜悪なものと
刻印されている。
それは、消費として梱包されていない小さなアウラを
放出する存在である。かつてのロッカーのように。
それはいつも性的な、野蛮化かたちで表出するのである。
10 :
考える名無しさん:04/05/22 03:44
ぴかぁーえっちしたいんだろ
11 :
びかぁ〜 ◆PKPKs4sF8s :04/05/22 03:48
アウラは、いつも狂気をはらんでいる。
それは偶有性から単独性への転倒である。
すなわち過剰な思いこみである。
恋は、相手が運命の人であるという思いこみである。
恋は主体を単独性へ導く、アウラである。
その先には高い所有欲を表す。
そして虚像が暴露されないように、自己の単独性が破綻しないことを望む。
しかし相手は偶有的な存在でしかない。
もし、相手を殺せば、永遠の所有、単独性が保証される
という狂気が潜む。
12 :
考える名無しさん:04/05/22 03:51
二冊目の本はそれとほとんど同じものが世の中に山のようにあふれているが
>>1ではアウラを見出されている。
一枚絵は複製されることでアウラを失うが、複製画はは二冊目の本そのものなんじゃないか。
13 :
びかぁ〜 ◆PKPKs4sF8s :04/05/22 03:52
ビンラディンはアメリカにアウラを見ている。
アメリカを攻撃することによって
彼は単独性を見いだすのである。
そしてNYテロは、彼を神格化し、
最高の単独性を手に入れたのである。
アウラはいつも狂気をはらむ。
14 :
びかぁ〜 ◆PKPKs4sF8s :04/05/22 03:53
15 :
びかぁ〜 ◆PKPKs4sF8s :04/05/22 03:55
レスすることは小さなアウラである。
16 :
考える名無しさん:04/05/22 03:56
「小さな」=「擬似」?
17 :
考える名無しさん:04/05/22 03:59
一冊目の本と二冊目の本の差はアウラを持ち出すまでもなく商品としての価値の差に他ならないけどね。
18 :
びかぁ〜 ◆PKPKs4sF8s :04/05/22 04:00
19 :
考える名無しさん:04/05/22 04:01
20 :
考える名無しさん:04/05/22 04:03
立ち読みされた後の表紙のへこんだ雑誌と
日にちが経った切り身
俺は似たようなもんだと思う
21 :
考える名無しさん:04/05/22 04:05
ちなみに表紙のへこみ等の雑誌の物理的な損傷がなければ上にある雑誌を選ぶことがよくあるよ俺。
「小さなアウラ」についてはアウラよりも感じ方に個人差があるんじゃないかな。
22 :
びかぁ〜 ◆PKPKs4sF8s :04/05/22 04:05
>>20 本の機能は、中身にあり、表紙が凹んでもその機能は損なわれない。
日にちが経った切り身は、うまさが損なわれるという
機能が損なわれている。全く違う。
23 :
びかぁ〜 ◆PKPKs4sF8s :04/05/22 04:08
>>21 アウラは、個人の読み込みによってきまる。
礼拝価値だからね。
儀式的に二冊目の本は選ばれる。
24 :
考える名無しさん:04/05/22 04:08
活字ならそうかもしれないけど、グラビアや絵についても同じことが言えるかい?
何が売りかは売り手の勝手だけど、何を目当てに買うかは買い手の勝手だ。
25 :
びかぁ〜 ◆PKPKs4sF8s :04/05/22 04:10
>>24 同じことが言える。機能は損なわれない。
それは儀礼でしかない。
君はなにを否定したのか不明確だ。
1 アウラ論の否定
2 二冊目の本を選ぶことの否定
26 :
考える名無しさん:04/05/22 04:11
本の買取についても内容が同じなら価格も同じで当然というわけにはいくまい。
27 :
びかぁ〜 ◆PKPKs4sF8s :04/05/22 04:12
>>26 ん〜それがアウラの否定になっていないことは理解できるか?
28 :
考える名無しさん:04/05/22 04:15
>>25 二冊目の本を選ぶことはアウラ論以前に
同じ対価を支払うならよりよい品質(と思われる)ものを買いたいと思っていうrからにすぎないんじゃないの?
ってこと。
どちらかと言うと小さなアウラは普遍性をもたないだろと。
29 :
びかぁ〜 ◆PKPKs4sF8s :04/05/22 04:20
>>28 本にとってよい品質とはなにか?
さらにいえば、アウラ抜きに品質は語れない。
なぜならば、現代の消費はアウラを売っているわけだから。
普遍性?なににアウラを見いだすか違いであり、普遍性はある。
あまりにパロール的な会話は退屈だ・・・ねる。
30 :
考える名無しさん:04/05/22 04:21
自分を特別に思うための物語についてはそのとおりだと思うが
それと二冊目の本の例えはどうもしっくりこない感じがする。
31 :
考える名無しさん:04/05/22 04:24
ディスコミュニケーションを解消する気がないんならそりゃ退屈だろうね
独白の邪魔をして悪かったね 笑
32 :
考える名無しさん:04/05/22 09:47
アウラてオーラのことだよな。
33 :
考える名無しさん:04/05/22 09:50
ぁウララ ぁウララ ぁウラぁウラで
ぁウララ ぁウララ ぁウラぁウラよ
ぁウララ ぁウララ ぁウラぁウラの
この世は私のためにある
34 :
びかぁ〜 ◆PKPKs4sF8s :04/05/22 10:31
>>30 たとえば可能性として、上から一冊目の本は多くの人の開かれている。
確率的に、読むという機能において支障をきたす可能性が高い。
すなわち、機能が損なわれているという意味での品質が損なわれている
可能性が高い。だから人はより高い確率をもとめ、二冊目を買う。
このような推測は成り立つし、実際にそうかもしれない。
でも現実に、それほど品質がそこなわれた経験があるだろうか。
それだけで説明するのは困難だろう。
単にわれわれは「新しいもの」、「だれも開いていないもの」
を好むのである。それは本に限らない。
35 :
考える名無しさん:04/05/22 10:39
相変わらず馬鹿だね〜
36 :
考える名無しさん:04/05/22 10:41
あれ?面白そうなタイトルだな、と思って開くと、ぴかぁスレだったりすることがよくある。
がっかりする。
37 :
びかぁ〜 ◆PKPKs4sF8s :04/05/22 10:50
わしのスレ以外におもしろいスレなど見たことがない。
38 :
考える名無しさん:04/05/22 10:57
ああ、面白いな、確かに。とてもな。
39 :
考える名無しさん:04/05/22 10:57
笑える。
いいからもうぴかぁーのスレに書き込みするのやめようぜ。
奴が自分は人気があるんだと勘違いする。
41 :
考える名無しさん:04/05/22 11:21
アエラは上から何冊目を買っても等しくつまらない
42 :
考える名無しさん:04/05/22 12:16
自明なことを難しく言ってて恥ずかしくないの?
43 :
考える名無しさん:04/05/22 12:33
自明なばかりかそもそも難しくないし。
44 :
女帝グェス ◆1dMlI2wLRM :04/05/22 12:37
>>42 ・・・・・・シッーーー、いっちゃダメだって
本人気にしてるかもしれないんだから・・・
(ぴかのやってることは一つの単語をいろんなシチュエーションに
当てはめていってるだけ。なーんてことありません。
よく赤ちゃんが、日常のある特定のパターンに出くわした時に、
自分で作った変な言葉を毎回発っする時あるじゃない? あれと同じ。)
45 :
考える名無しさん:04/05/22 13:18
3 :びかぁ〜 ◆PKPKs4sF8s :04/05/22 03:31
処女の股間にはアウラがすんでいる。ロリータはまだ社会とかかわりが少ないアウラである。
これらは男性という主体に対する所有物である。つかわれれば価値が下がるのである。
性はタブー視され男尊女卑的社会の中で高い商品価値を生む。
女子校生はミニスカ、ルーズなどでアウラを演出する。
それはエンコウとして商品にしなくとも、みずら小さなアウラを演出し、
男性の注目をあつめることにより自己価値を高める。同じ偶有的制服はキーワードだろう。
オタクは作品としてのアウラをみずからつくりだすのである。
w
46 :
考える名無しさん:04/05/22 13:22
しかし疲れるなー。
うんざりすることばかりだ。
馬鹿は気楽でいいよ。
47 :
THE グル:04/05/22 13:47
\ │ /
/ ̄\ / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
─( ゚ ∀ ゚ )< ていせつていせつ!
\_/ \_________
/ │ \
∩ ∧ ∧∩ / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄\ ∩∧ ∧∩\( ゚∀゚)< 定説!定説!定説!
ていせつ〜〜〜〜! >( ゚∀゚ )/ | / \__________
________/ | 〈 | |
/ /\_」 / /\」
 ̄ / /
 ̄
48 :
考える名無しさん:04/05/22 14:44
ぴかぁー童貞?
49 :
考える名無しさん:04/05/22 14:49
そこは確実でしょ。
50 :
びかぁ〜 ◆PKPKs4sF8s :04/05/22 16:27
アウラな世界
51 :
考える名無しさん:04/05/22 16:36
ころすけとやればいいのに
52 :
考える名無しさん:04/05/22 17:20
53 :
考える名無しさん:04/05/22 17:48
個人的な問題を普遍的な問題にすりかえてしまうのはひきこもりにありがちだよね
54 :
びかぁ〜 ◆PKPKs4sF8s :04/05/22 17:58
たとえば東氏への環境管理権力とは、
アウラの消滅を意味している。
アウラは偶有性から単独性への転倒である。
環境管理社会では偶有性が管理される。
転倒という自己の恣意性が管理され、
転倒がだれかにより起こされるということです。
しかしこの転倒の恣意性は、完全なる自由意志ではないために、
それを管理、権力と呼ぶのか、疑問が残るところです。
55 :
びかぁ〜 ◆PKPKs4sF8s :04/05/22 17:58
東氏のいう環境管理権力
56 :
ころすけ ◆u8YSn49l0. :04/05/22 17:59
こんにちは!
ぴかぁーいる?
57 :
ころすけ ◆u8YSn49l0. :04/05/22 17:59
いた!
ぴかぁー明日遊ばない?
どこで?
59 :
ころすけ ◆u8YSn49l0. :04/05/22 18:03
ぴかぁーの家で!
60 :
びかぁ〜 ◆PKPKs4sF8s :04/05/22 18:03
また偶有性から単独性への転倒は、「イデア」の原理であると言えます。
このために形而上学にもつながります。
デリダが、脱構築というときには、それはポストモダン社会の
安易な転倒が難しい状況を指していると考えられます。
現代、「これは運命だ」を容易に感じることができなくなっている。
だから、上から二冊目の本のような小さなアウラで満足せざる終えない。
さらには、それでもわれわれはアウラを必要としてということです。
ん、でも今日はわしの彼女が家に来るからな〜〜
62 :
びかぁ〜 ◆PKPKs4sF8s :04/05/22 18:04
ころすけ、いいかげんにしてくれ。
彼女が見てたら、しばかれる。
頼むから、どこかで彼氏を楽しくやってくれ。
63 :
ころすけ ◆u8YSn49l0. :04/05/22 18:05
ぴかぁー彼女いたの!?
どんな人?
64 :
びかぁ〜 ◆PKPKs4sF8s :04/05/22 18:07
たとえば、2ちゃんにレスすることは、小さなアウラです。
それは、脱構築装置である2ちゃんで解体されます。
そのために、ブログやパーソナルなHP,掲示板など周辺で
アウラを育てるのです。
65 :
びかぁ〜 ◆PKPKs4sF8s :04/05/22 18:07
66 :
ころすけ ◆u8YSn49l0. :04/05/22 18:10
ぴかぁーひど〜い(;_;)
じゃあ私の家にくる?
>>62 > 彼女が見てたら、しばかれる。
おまえに彼女がいるわけね〜だろ!!
じゃあころすけは俺の家に来るべきだな。 そしたらもれなくプリングルスを
御馳走してやる。
69 :
ころすけ ◆u8YSn49l0. :04/05/22 18:14
本当!?
どこに住んでるの?
東京都世田谷
71 :
ころすけ ◆u8YSn49l0. :04/05/22 18:16
私の家と近いね
でも私ぴかぁーと話ししたいだけなんだよ
じゃあころすけは俺とメールするべきだな。 そうすればもれなく
エルビスプレスリーの動画をプレゼントしてやる。
74 :
ころすけ ◆u8YSn49l0. :04/05/22 18:20
エルビスプレスリーって…(・_・;)
私は別に出会いを求めるんじゃないよ〜
ころすけはいいから黙ってメ〜ルすると言え!
76 :
考える名無しさん:04/05/22 18:21
>>72 今気づいたの?
ぴかぁ〜同じのコピペしてるだけだよ
78 :
ころすけ ◆u8YSn49l0. :04/05/22 18:22
また怖い人にからまれちゃった(-.-;)
メールするくらいなら別にいいけどアドレス分からないよ
79 :
びかぁ〜 ◆PKPKs4sF8s :04/05/22 18:22
アウラな世界@はてなD
http://d.hatena.ne.jp/pikarrr/ 連載中
<アウラな世界>
その1 偶有性と単独性
その2 「上から二冊目の本」
その3 小さなアウラの消費
<溢るる余剰>
その1 生命力という力
その2 社会的コミュニティから記号コミュニティへ
その3 オタクの自己制作性
その4 ネットコミュニティの差異化運動
その5 2ちゃんねるスタイル
その6 2ちゃんねる/大衆
その7 2ちゃんねるの二重構造
その8 2ちゃんねるを遊星するプログ群
その9 つながりへの欲望
80 :
びかぁ〜 ◆PKPKs4sF8s :04/05/22 18:24
なんかガキのたまり場化してきたな。
ここはコンビニの前的なんだな。
ぴかぁ〜も会話にまざれ。
82 :
ころすけ ◆u8YSn49l0. :04/05/22 18:26
ぴかぁーえっちしたことないの?
ないなら私やってあげてもいいよ〜
83 :
びかぁ〜 ◆PKPKs4sF8s :04/05/22 18:27
コンビニの店長が雑談してたら、意味ないだろう。
おれがぴかぁ〜ところすけをくっつけようとしている努力がわからないのか?
85 :
考える名無しさん:04/05/22 18:29
ぴかぁーは長年童貞だったから女の子の扱いが分からない
86 :
ころすけ ◆u8YSn49l0. :04/05/22 18:31
ちょっと用事できたんでまたあとで♪
せっかくぴかぁーが乗り気になってきたのにころすけが行くとは。。。
ん?
アウラとは偶有性から単独性への転倒であり、神的体験を伴う
すなわち神は偶有性から単独性への転倒時に発生し
そこにコミュニティという宗教が形成される
90 :
考える名無しさん:04/05/23 01:59
アウラとコノテーションは似たとこあるな〜
このような神の創造は太古も今もかわりない
ただ現在はかつての神の大きな物語をつくりだすかとは困難になっている
それは単独性が強く求められるためだろう
たとえばわれわれの日常には沢山の小さな神、すなわち小さなアウラがある
カリスマ、アイドル、お守り、思い出の品、大切なもの、買ったばかりの品などなど
最終的にアウラを信じているのか否か
われわれは個人的な思い込みの対象を神格化し、崇拝する
〜の神様、〜の女神などなど
歌謡曲のフレーズみたい。
95 :
考える名無しさん:04/05/23 02:07
今寝てるころすけのクリをいじってまつ
アウラが素敵な言葉をつむぐとき、
あなたの心に花が咲けばいいな、なんて。
97 :
考える名無しさん:04/05/23 02:09
寝てるくせにころすけのやつ潮ふきやがった
「それがどうした」
99 :
考える名無しさん:04/05/23 02:10
よし挿入しよう
100 :
考える名無しさん:04/05/23 02:13
ああ締め付けられる
101 :
考える名無しさん:04/05/23 02:16
やべえ!中だししてしまった!種付けしてしまったなぁ
アクメ……
103 :
考える名無しさん:04/05/23 02:17
よしそうだ
ころすけの首ちょんぎろう
チョキチョキ
104 :
考える名無しさん:04/05/23 02:18
あ〜あ
ころすけバイバイ
ぴかぁ〜さんなの?
106 :
考える名無しさん:04/05/23 02:19
ん〜でもまだやりたりないなぁ
よしころすけ死んでるけどもう一回やってやろう
まだ暖かい
107 :
考える名無しさん:04/05/23 02:20
よ〜し中にだしちゃうぞ〜
108 :
考える名無しさん:04/05/23 02:20
ドピュ
ああすっきりした
ころすけの死体どうしようかな?
109 :
考える名無しさん:04/05/23 02:21
よし!マンコだけ切り取ってもって帰ろう!
チョキチョキ
よし特製オナホールのできあがり
神々しい……。
終に「ポストモダンを超える2ちゃんねる・実践編」が
このスレッドなんですね。
アウラを感じます……。
111 :
考える名無しさん:04/05/23 02:22
死姦ハァハァ
112 :
考える名無しさん:04/05/23 02:24
よ〜し次は三浦とホモプレイするぞ〜
113 :
考える名無しさん:04/05/23 02:25
あ、三浦も寝てる!
よしまずは弱らせよう!バットで頭を
ゴン
よし半死にだ
理解はさらに難しくなりましたが、
ぴかぁ〜さんganbatte!
115 :
考える名無しさん:04/05/23 02:26
三浦のチンポは〜
包茎だ〜!
おいしそ〜
チュパチュパ
う、うまい
ぴかぁー会話しないの?
117 :
考える名無しさん:04/05/23 02:28
こいつ死にかけてるのに勃起してやがる
よ〜し頑張るぞ〜
アムアム
チャプチャプ
118 :
考える名無しさん:04/05/23 02:29
ん?
ドピュ
うわっ!でた〜
119 :
考える名無しさん:04/05/23 02:30
よ〜し次は俺の番だ!
アナルにつっこむぞ!
よいしょよいしょ
ああきつい
120 :
考える名無しさん:04/05/23 02:30
ああもういきそう
ドドピュ〜
ふう
121 :
考える名無しさん:04/05/23 02:32
よ〜し満足したから帰ろっと
122 :
考える名無しさん:04/05/23 02:33
死姦もアナルも「小さなアウラ」なのだ
アナル好きの私からすればアナルは小さくなくとても大きなアナルになるのだ
ほんとにアウラな時代なのかな。
しかし、穴ルが大きくては締まりが悪くなってしまうのも事実。
アナル=アウラ
今の瞬間から
アウラな時代をアナルな時代とすることにする
映画の「アレックス」って観ました?
アレックスもアナルです
そでしたね。
アレックスをいい映画という時点であなたはアナルに乗り遅れています
えー……そんなアナルばっかり観てらんないしー。
偶有性から単独性へ転倒するとき、
すなわち自我を見出だそうとするときに
神は人の中に捏造される
アニミズム、自然崇拝、多神教、一神教など神はその時代のコミュニティ形態に依存し、
人びとの神は宗教コミュニティとして作られる
本質的に無神論者は存在しない
自己を形成するとき、神は必要とされる
135 :
びかぁ〜 ◆PKPKs4sF8s :04/05/23 03:48
本質的に無神論者はいない。
偶有性が単独性へ転倒されるとき、すなわち自己を見いだそうとするとき
そこに神はねつ造される。
現代の神は消費によって制作される。
現代において消費するということは、アウラを消費することであり、
そこに自己を見いだすことである。
マスメディアは神を演出する。
アニメのキャラクターであり、ファッションであり、
おしゃれ小鉢であり、そこにはアウラが演出されている。
いわば現代は消費教の世界といえるかもしれない。
萌え記号とは、アウラ記号である。
それにあるのは、幼児性というより無垢な女性の
パターン化である。
コギャルのミニスカ、ルーズも、幼児性であり、幼態性である。
そのような無垢に対する性は、処女性の演出である。
処女とは、だれも開かれていない本であり、
はじめて汚すものが単独性を所有するという暴力が存在する。
アニメの女性キャラが神話につながることが多いことも偶然ではない。
それは、アウラの演出である。
なんかアウラって人それぞれなのかな……?
少なくともベンヤミンの「アウラ」とぴかぁ〜さんの「アウラ」は
違いますよね?
137 :
びかぁ〜 ◆PKPKs4sF8s :04/05/23 03:55
>>136 違います。いわば、ベンヤミンのアウラは大きなアウラ、
わしが言うアウラは小さなアウラというようなことです。
くわしくははてなで。
138 :
びかぁ〜 ◆PKPKs4sF8s :04/05/23 03:57
というか、ベンヤミンのアウラは有名な割りには、
それがなんであるか明確に示されていませんね。
芸術作品に宿る唯一性、礼拝価値、複写技術で消失された。
これぐらいのことしか、言われていません。
139 :
考える名無しさん:04/05/23 04:02
>>137 読んだんだけどなー。
違うのに「アウラ」なんですよね。
ベンヤミンのアウラがアウラじゃなくて、
アウラじゃないものがアウラであるとする……
ぴかぁ〜さんは「アウラ」の何に惹かれたんですか?
何か想うところあって、この言葉を選んだんだと思うのですが。
寝ちゃったかな……ぴかぁ〜さん。
141 :
びかぁ〜 ◆PKPKs4sF8s :04/05/23 04:11
>>110 >終に「ポストモダンを超える2ちゃんねる・実践編」が
>このスレッドなんですね。
実践というか、普遍性への探求ですか。
>>114 >理解はさらに難しくなりましたが、
そうですか。わかりやすと思ってのですが・・・
ようは、私とはなにかを見いだすときに、
60億人の中の一人から、必然的な私への錯覚が必要になるわけです。
そこにアウラという神格化の手法が用いられるということです。
たとえばアイドルを好きになるということは、その60億人の中の一人の女性を
特別な存在ににして、神格化するということです。
その特別な存在を熱狂的な私もまたと特別な存在である、という構図で
私の意味が見いだされるのです。このとき私を特別なものにする対象がアウラです。
これはかつての神の製造方法と同じですが、
現代ではかつてのような神を全能まで引き上げる力はあらいませんから、
小さな神=小さなアウラを見いだすことにより、
私は救われようとするのですね。
>>128 >映画の「アレックス」って観ました?
みていません。
142 :
びかぁ〜 ◆PKPKs4sF8s :04/05/23 04:13
>>139 新解釈です。
哲学では前任のタームを再解釈してリサイクルする
ことは普通でしょう。
143 :
びかぁ〜 ◆PKPKs4sF8s :04/05/23 04:16
デリダのフッサール解釈、ラカンのフロイト解釈
等々、哲学者は惹かれた前任の再解釈から
自分の考えを構築していくものです。
あ、あー、ぴかぁ〜さんのレスじゃ無かったんですね!?
えと、私が
>終に「ポストモダンを超える2ちゃんねる・実践編」が
>このスレッドなんですね。 とか
>理解はさらに難しくなりましたが、
と言ったのは、一連の……「アナル」だとか、
そういった言説を……否、失礼致しました。
145 :
びかぁ〜 ◆PKPKs4sF8s :04/05/23 04:19
>>144 わしに張り付いてるコテ粘着ですね。
放置してください。
146 :
びかぁ〜 ◆PKPKs4sF8s :04/05/23 04:20
では、おちます・・・
うーん。眠れない。
できれば、アウラに至った「動機」を知りたいんですけど……
やっぱり、動機を越えたアウラなのかな。
ぴかぁ〜さんを走らせる物は。
混乱してきました。
……と。
やっぱり、ぴかぁ〜さんは眠ってしまうのか。
おやすみなさい……
148 :
びかぁ〜 ◆PKPKs4sF8s :04/05/23 04:27
アウラに至った「動機」ですか・・・
私は、ここで、生命思想、Supersoul、溢るる余剰という名前で
あるものを追い求めています。
それは、人の中から溢れる力、記号に、理性に回収されない
力です。
だから2ちゃんねる論=メディア論を語るときの、そこに潜む力、
2ちゃんねるに溢れる野蛮性はなにか考えてきました。
それを説明するのにアウラという概念がとてもあっていると
思ったのです。
すなわちそれは私が私でありたい!という力ですね。
149 :
考える名無しさん:04/05/23 04:29
いじらしいまでのジエンでつね
150 :
びかぁ〜 ◆PKPKs4sF8s :04/05/23 04:32
恋愛でも、2ちゃんねるでも、オタクでも、コギャルでも
イチローでも、ビルゲイツでも
人間の本質は、私が私でありたい。
私がなにものかであることを証明したい。
コミュニティの中で特別でありたいということです。
愛憎、嫉妬、自己愛、欲望・・・の根元です。
それはアウラをねつ造することにより行われます。
たとえば、ビンラディンもアメリカにアウラを見て、
イスラム教にアウラをみて、テロをするのです。
151 :
びかぁ〜 ◆PKPKs4sF8s :04/05/23 04:33
では・・・
自演じゃないよーって、ぴかぁ〜さんだけが解ればいいか。
>>148ありがとうございます。
>私が私でありたい!という力
……意外でした。聴いてみるもんですね!
普段はあまり表に出さない、とても情熱的なものを感じます。
引き止めてしまって済みませんでした。
153 :
LLLLLLLLL ◆LLLLLLLLL. :04/05/23 10:01
ぴかはまだわかっていないのだね。
アウラだけでは君の言う「人の中から溢れる力」は表しきれない。
エルが必要なのだよ。
そ
う
`
エ
ル
が
必
要
な
の
だ
154 :
LLLLLLLLL ◆LLLLLLLLL. :04/05/23 10:03
アウラはエルのサブセットにすぎない。
156 :
LLLLLLLLL ◆LLLLLLLLL. :04/05/23 10:18
赤んぼうが今の自分を捨てて、
よつんばいになり地を這いながら歩き、
その後、自らの二本足で立とうと試みる。
その根源がエルなのだ。
冗談じゃなくほんっっとうに精神異常者が紛れているんだ
というのをやっと最近理解できるようになりました
ここまで、臆面もなくジエンできる神経は普通じゃ考えられません
周囲もカンづいてるなと思ったら、さっさとやめるのが普通のバカ
それさえ感知できないか無視してしまえるのは精神異常者
まあなんと言ってよいやら とにかくお大事に
159 :
LLLLLLLLL ◆LLLLLLLLL. :04/05/23 10:31
158の発言にはエルが隠されている。
158の発言は他の抜き出た、自分以上のエルを壊そう、
若しくは縮めようとしたものであり、
その根源はやはりエルなのである
160 :
LLLLLLLLL ◆LLLLLLLLL. :04/05/23 10:32
エルは我々を支配するものである
ころすけやらLLLLLLLLL ◆LLLLLLLLL.やら
恥ずかしくないですか?
あなたはまるで、両手に持った人形で一人遊びをしている女の子のようですよ
それが女の子じゃないというのが奇怪で面白いのですが
163 :
LLLLLLLLL ◆LLLLLLLLL. :04/05/23 10:37
まだ、一人遊びがしたいのですね
それでは、邪魔はしません さようなら
∩___∩ ∩___∩
|ノ ヽ |ノ ヽ
/ (゚) (゚) | / (゚) (゚) |
| ( _●_) ミ | ( _●_) ミ あ〜たし♪
彡、 |∪| 、` ̄ ̄ヽ /彡、 |∪| ミ
/ __ ヽノ Y ̄) | ( (/ ヽノ_ | さくらんぼ〜♪
(___) Y_ノ ヽ/ (___ノ
\ | | /
| /\ \ / /\ |
| / ) ) ( ( ヽ |
∪ ( \ / ) ∪
\_) (_/
166 :
LLLLLLLLL ◆LLLLLLLLL. :04/05/23 10:55
わたしのエルは奇抜である。
そして、わたしはエルに正直である。
故にわたしは他のエルに罵倒されながらもわたしのエルに従うのだ。
167 :
考える名無しさん:04/05/23 10:58
今度は Lvsぴかぁー の戦いか・・
情けないほどしょうもない争いだな
奇怪と言われて奇抜と言いかえるいつものセコさ
も情けないな
びかぁーやらLやらころすけやら恥ずかしくないですか?
いまさらだけど、ぴかーの周りにはまともな人は寄ってこないね
うける(w
いや、Lさんはまともっぽいが、、、
76 :考える名無しさん :04/05/22 18:21
>>72 今気づいたの?
ぴかぁ〜同じのコピペしてるだけだよ
Lはぴかぁ〜の新しい自演キャラだっちゅーの
ってあんたがぴかぁ〜か
私はは修羅研なんかよりもずっとかっこいいし容姿もスマートで
足も長い、鼻も高いし、肌も白いし、好青年で、髪も遺伝で少し赤みがかってる
オレのような人がこの世にいることをしった女を
自分の彼氏を見て嘆き後悔させることが
私の目的
ブスじゃない2人の子に告白されたことがあるもん pooh
あはははは
※たぶんこの板のほどんどの人が不細工、低い身長、4頭身(私は8頭身だけど)
※髪は堅い(私はストレートでさらさらだけど)、
※今まで生きてきて分かったけど、私とつりが会わない人はキモイ人が多い
あはは
いやあ 、レスからはその人の性格や人間味は少しはわかるけど、顔、容姿、ルックス
はまったくわからないでしょ。 なんだかなぁ
私はたぶん神の子たぶんそんな気がする
私を大切にしないからだよ または放置してるからだよ
だから神様は怒って君たち社会をみはなしてるんだよ 自演してる奴=恥ずかしい、バカ
176 :
考える名無しさん:04/05/23 11:30
> いまさらだけど、ぴかーの周りにはまともな人は寄ってこないね
本当にいまさら。こういう肥溜めの中でいじましくも自演を
続けられるのは、もうどこにも行き場がないからなんだろうね
177 :
考える名無しさん:04/05/23 11:32
>175 これ何回も貼ることになんか意味あるの?
いや、おれはマジデLはぴかぁーの自演ではないとおもうんだが・・・
おれの中では
ぴかぁー=もはぁー
L=L
ころすけ=神
なんだがな
まあ、言いたいこと言ってなはれ、ここは悪名高き2ちゃんねる
自演、大ボラなんでもござれ
ま、誰が誰でもいいってことで
言いたいことをそれぞれが言うと
で、いいんでしょ?
まあな、理論的にこのスレのレス全てが自演ということも可能だしな
ぴかー自身、自分の言ってる事がくだらなく、他人から関心をもたれてないことはわかってると思う。
だから意味なく、age続け、荒らしでもいいから構って欲しがってるんだと思う
184 :
考える名無しさん:04/05/23 11:41
本人の中では、煽られる=自分の言ってる事が関心をもたれている
と思い込もうとしてるんだと思う
ageちゃった・・
>183-184 わかってるんならもっとやりようがあるだろうに
ここまで不器用な人間も珍しい
不器用っていうときこえがいいかもしらんが
それが悪になってまう人種もいるというのを
目の当たりにしてるような気がするねえ
>>177 いや 高校の時にね
キモイグループといっしょのグループになったことがあって
はじめからその人たちといっしょになるのには気が進まなかったんだけどね
そのうちの1人が間接的にオレをばかにするような発言をしたんで、たぶん
私のカッコよさに対する嫉妬からだと思うけど。
で2ちゃんねらーはそのキモイ人たちと似たような人が多そうなので
だからぴかぁ〜とLは違うっつてんだろ!!
>187 一人称が揺れてるのはキモイよ ネカマでもなんでも
いいけど日本語はちゃんとしる!(外国人じゃないよな)
しかし、そのもはぁ〜ってのはなんなんだい?
臭そうなのはぴかぁ〜にぴったりだが
間違えた。もはぁーはいくらなんでもバカすぎる
やっぱり
ぴかぁー=L
もはぁー=もはぁー
ころすけ=神
かもな
ぴかぁ〜って、してしましました、なんてよく打っちゃう人だろ
いや、おれはこう思うぞ
ぴかぁー=L=もはぁー=ころすけ=神
ひゃひゃひゃ
>ぴかぁ〜って、してしましました、なんてよく打っちゃう人だろ
不覚にも笑ったw
おれのぴかぁー目印。
打ちミスの多さ、てにをはのおかしさ。
でもこうやって書き込まれたレスを見て「俺って人気者だな」とか
「俺の哲学が関心を持たれてるな」とか勝手に勘違いしてそう。
>>189 いやね 自分のことをオレと言うか私と言うかをいまだに迷っているんだけど
オレって言うとなんか地方の田舎の男ってイメージを抱かれるんではないか
私って言うと少しインテリでおすましやさんってうけとられるんじゃないかと
いまだにどちらを使うか迷ってるんだけど、なんか中間的なのないかな、
ないだろうね
だって地方の田舎の男なんだろ
オレでいいやん
ネカマやりたいんだったら、漏れでも私でもなんでも
いいんじゃない
「僕」じゃ2ちゃんでは浮くしなあ
とにかく一文の中で一人称を揺らすのはクレイジー
か外国人
決められないんだったら日替わりぐらいにしたほうが
まだ狂人性がなくなると思うが それじゃ、ものたりない
のだろうか?
201 :
考える名無しさん:04/05/23 12:13
「ミー」。
ミーがぴかぁ〜ザンス
ぴかぁ〜が人気者っていうのは周知の事実。
狂人性を演出(てか地のままか?)したいんだったら
一人称を揺らすのは有効かもな(w
はいはい、人気ものだよ〜、ミーは!
普段はどっちを使ってるの?「オレ」と「私」
私って書いてるじゃないか。☆☆アウラな時代☆☆ヨロピク
なんかオレってアイデンティティ希薄だろ?
女にモテはしたいんだけど、現実はそうもいかんしのお
男でいることがつらくなるんよ
などとたまには本音を書いてみたわけだ
あはははははははは
しかし、オレ、私のスレにこんなに人が群がるとは
オレ、私もまだまだ捨てたもんじゃないな。
よし、これからもガンガン書きこみまっせーーーー!!
ファンのみんなも応援してケロ!!
↑やっぱりキモイな
俺はぴかぁ〜が大好きだよ!!
オレはばかぁ〜のほうが好きだ!
自演する人に愚問だとは思うんだけどさ。
自分を応援したり好いたりするキャラクターを作って
一人で会話して、何かが補償されるのかい?
惨めさが先に立たないのかい?
>>213 は誰に向けたものでもないのでことわっておくよ
虚空に投げてみた
届かば届け
216 :
びかぁ〜 ◆PKPKs4sF8s :04/05/23 20:16
>LLLLLLLLL ◆LLLLLLLLL
アウラなコテ名だね。ややベタだが。
たとえば、子供がロッカーの番号などを好きな数字を選ぶのは
まさに小さなアウラですね。
1000ゲット!も小さなアウラ的儀式ですね。
かつてピタゴラスが数学自体が秘術であり、宗教教団を作っていたのも、
アインシュタインが神はサイコロと振らないとつぶやいたのも
偶有性というにはあまりに美しすぎるという
偶有性から単独性の転倒で、アウラですね。
上げんな引き篭り!!!
218 :
びかぁ〜 ◆PKPKs4sF8s :04/05/23 20:29
>>90 >アウラとコノテーションは似たとこあるな〜
コノテーションは記号の読み込み的意味ですね。
アウラも読み込み的意味ですが、
それが自己の単独性と結びついているものですね。
だからコノテーションというよりも・・・
219 :
考える名無しさん:04/05/23 20:32
アウラって一回性でも同じ意味ですか
220 :
びかぁ〜 ◆PKPKs4sF8s :04/05/23 20:33
ベンヤミンのアウラは一回性です。
確かにあのときは既に錯乱状態の白痴だったわけだがそれまでにひとつ在るべきものが削げ落ちたというある種の喪失感があった。タクシーに乗車拒否されたくらいであれほどヘコム珍しい女の痛みに何かシンパシが生じたわけだが
>>216 > アウラなコテ名だね。ややベタだが。
言うと思ったよ。でも君も結構エルってるよ。
君のエルはやや弱いような気もするが。。。
223 :
LLLLLLLLL ◆LLLLLLLLL. :04/05/23 22:39
私のような大きく逞しいエルを持った男がさげてしまうとはね。。。
アウラを得るためならば自演もやむをえないのだ
225 :
LLLLLLLLL ◆LLLLLLLLL. :04/05/23 22:47
LLLLLLL#*Tp0tp8[
226 :
LLLLLLLLL ◆LLLLLLLLL. :04/05/23 22:51
227 :
LLLLLLLLL ◆LLLLLLLLL. :04/05/23 22:52
エ
ル
を
愛
し
な
さ
い
゜
そ
し
て
同
時
に
エ
ル
を
恐
れ
な
さ
い
゜
228 :
LLLLLLLLL ◆LLLLLLLLL. :04/05/23 22:53
君の理性は度々エルを邪魔する。
229 :
考える名無しさん:04/05/23 22:57
イデア論
230 :
びかぁ〜 ◆PKPKs4sF8s :04/05/24 00:18
>>229 なかなかいいとこつくね。
あえて言えば、イデア論はなぜ作られたか論ですね。
231 :
びかぁ〜 ◆PKPKs4sF8s :04/05/24 00:23
232 :
考える名無しさん:04/05/24 00:29
またお前か
ホント死ねよ
ベンヤミンと解説本読んだオナニー哲学だろ
ageんなカス
死んで欲しい
233 :
びかぁ〜 ◆PKPKs4sF8s :04/05/24 01:21
人は自己を見いだすために、「小さな神(アウラ)」をねつ造し続ける。
そして人類史における宗教とは、コミュニティにおけるこのような人の中に
内在する「小さな神(アウラ)」を一つの方向にまとめることである。
このために宗教は、コミュニティの形態、あるいはその時代性に適した形で作られてきた。
アニミズム、自然崇拝、多神教、一神教それぞれは、コミュニティ形態および、コミュニティの
おかれた状況を反映する形で様式化されたのである。
234 :
びかぁ〜 ◆PKPKs4sF8s :04/05/24 01:29
これが示すことは、コミュニティとは本質的に神的なコミュニティであるということだ。
それはカトリック教であるが、ガンダム好きであろうが、人々の「小さな神(アウラ)」を
集約するコミュニティの方向性、価値が現れ、コミュニティはコミュニティたり得るといえる。
たとえば、ゲームやアニメの制作者が安い賃金で長時間労働する姿など、
功利的な理由では説明させない。それはまさに神的な姿をみることができる。
コミュニティの価値に即した「小さな神(アウラ)」もとめて信心しているのである。
235 :
THE グル:04/05/24 01:39
\ │ /
/ ̄\ / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
─( ゚ ∀ ゚ )< ていせつていせつ!
\_/ \_________
/ │ \
∩ ∧ ∧∩ / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄\ ∩∧ ∧∩\( ゚∀゚)< 定説!定説!定説!
ていせつ〜〜〜〜! >( ゚∀゚ )/ | / \__________
________/ | 〈 | |
/ /\_」 / /\」
 ̄ / /
 ̄
ジャンプの読みすぎ
237 :
考える名無しさん:04/05/24 02:36
マガジンな
238 :
考える名無しさん:04/05/24 10:06
物語も役者も音楽もすべてが感傷的な映画の、
そこから細かく分断され、山場だけを繋ぎ合わされて編集された予告編を
ネットで繰り返し見てしまう心理はなんだ
ぴかぁ〜、ごめんな。
おれもばかぁ〜のように、もうニチャンに飽きてしまったようだよ。
ニチャンにいても時間が無駄に過ぎていくだけだ。
ニチャンは俺のオナニ〜場所になっていたのだろう。。。
もう戻ってこれないかもしれないがぴかぁ〜もこれからは一人でがんばってくれ。
ま
た
な
`
ぴ
か
ぁ
|
゜
お
ま
え
の
こ
と
嫌
い
で
は
な
か
っ
た
・
・
・
次キャラはもう少しねったほうがいいぞ
最近マンネリだ
偶有性から単独性の転倒は神を捏造し行われる
ここの転倒においてさらに大切なことはここに狂気が潜んでいることだ
ぴかぁー、おまえもそろそろこんなとこから抜けだした方がいいぞ。
最後のアドバイスだ。
元気でな
以上、エルでした。
-------- エルはアウラのサブセットにしかすぎない。 -- L
最後の最後で間違ったな。
-------- アウラはエルのサブセットにしかすぎない。 -- L
恋愛はまさにアウラな場である
恋をするとは相手にアウラを見出だすことである
ここでは運命、奇跡が簡単に溢れている
相手と奇跡的な出会いをして運命を感じる
それは主体から相手への読み込みである
しかしそれがかなわない時
それは狂気に変わる
恋愛は盲目であり、ストーキングと紙一重である
過剰な相手への読み込みはアウラ(神)により正当化される
それが相手に受け入れられなかったとき
それは狂気にかわる
私は神により運命により奇跡的に出会った二人である
それを受け入れない相手は正しくないのであり、
私はそれを相手に気付かせる使命がある
このような構図はテロリズムにもみられことがわかるだろう
すなわち転倒において捏造された神は、
正当性、真理、正義へと変容する
そしてそれが拒絶されたとき狂気がうまれるのである
歴史における戦争、虐殺などは
いつも正義のもとにおこなわれたのである
それはこのような自己の単独性をみいだすために
神という正義が捏造され
それが狂気となるのである
正義とは狂気である
250 :
考える名無しさん:04/05/24 10:47
上から二冊目を買うのは単に汚れていないものを買ってるだけ。アウラとは関係ない。
251 :
考える名無しさん:04/05/24 10:54
一冊目が汚れていようといまいと
一冊目は取らない
哲学は真理の探求である
それはいつも神を伴ってきた
真理をすなわち捏造された神を理論武装するのが
正義である
だから最近ではハイデガーとナチ、マルクスと共産主義など様々な哲学的言説が狂気を
補完するのは当然である
これら哲学家の言説が悪いと言う単純なことでなく
そもそも哲学には宗教同様に狂気がひそんでいるのでいる
さらにいえば、主体となることに狂気がひそみ、暴力を内在しているのである
狂気は生きることの一面である
ぴかぁー君
君は肥満でしょ?
そんな気がする
とうとうピカはフランクフルト学派におさまったか
今週いっぱいはちと忙しいけど、週末からピカに議論をふっかける予定
乞うご期待
フランクフルト?ベンヤミンだから?ばかだねぇ〜
>>256 ピカはぴか〜学派でいいよ
だが、
>>250近辺などはフランクフルト学派の考え方が出ていると思うよ
フランクフルト学派に関しては
「彼らを批判することは、彼ら自身も沈みつつある沼のなかに、剣を抜いて彼らの後から、彼らと一緒に沈むために、飛び込むようなものです」
というのがあったな
フランクフルとも広いからなあ
一期あたりか
狂気を排除しようという狂気
>>258 初期ほどヘーゲル色が強いよな
>>259 それを排除としか解釈できないところに君らの欠点がある
まあヘーゲルからのながれだからね
排除をみとめられないところに君らの限界がある
>>261 もし、排除ならば、なぜ俺は君を相手にするんだ?
ひとりで排除はできないだろうに
>>263 アフォ???
訊くまでもなかったか
もう少し知性があれば
おいおい、雑談したいだけかよ
絆の一面が排除だろう
わしの話理解できずになにがしたいんだよ
>>265 悪かったな
どうも俺はピカ語は理解できなくてな
そこまで卑下しなくとも
単なる馬鹿の壁だろ
なるほど、アノルド、権威者のパーソナリティーあたりだね
でもフランクフルト派は左よりだね
この辺りは最近ではハーバーマスとデリダの論争にも現れているが
わしとしてはデリダよりのデリダのりこえみたいな感じかな
ヒトラーの狂気
フレーミングの狂気
そこにはいつも正義がある
アサハラに正義がなくとも
そこでおこなわれたのは正義であり
そして狂気への転倒である
アムロに対するシャア
しんじに対するレイ
あたるに対するラム
ワトソンに対するホームズ
トリックスターは主体の影であり、アウラである
物語は
偶有性(主体)から単独性(トリックスター)への転倒し
主体が神になるまでを描く
いつまで現実から逃げるつもりだ? >ぴかぁー
ちんちんぱんぱん福田伝説
276 :
ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :04/05/24 20:47
ん?
ぴかぁ〜さんが現実と闘っている姿が
目に浮かばないかっっ!!
278 :
ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :04/05/25 00:42
279 :
ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :04/05/25 00:47
20000アクセス突破おめでとー!
280 :
女帝グェス ◆1dMlI2wLRM :04/05/25 01:14
ここの板の人達は誰もぴかのサイトに足を踏み入れる
ことなどないと信じるが、いちおうみんなに忠告しておく。
ぴかはページ毎にあるレンタルカウンタを挿入しているが、それは
他人がぴかのページにアクセスするごとにそのクライエントの
IP とかリファラーとかを集積するようになっている。
その IP さえあれば、あなたの住んでいる場所やプロバイダは
簡単にわかってしまう。
だからぴかのサイトにはproxyなしで行かないほうがいいよ。
ぴか、
20000アクセス突破おめでとー!
でもこれで未来のアクセス数減ったね。 めんご。
281 :
ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :04/05/25 01:25
>>280 IPの意味わかってない子がいるな・・・クス
これは安心安心。
ページの作者は IP からのロケーティングをしらないらしい。www
283 :
ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :04/05/25 01:31
ロケーティングであなたの住んでいる場所がわかるって・・・
そういえば昔2ちゃんでもIP抜かれるとか騒いでた時期があったな・・・クスクス
284 :
ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :04/05/25 01:33
閲覧とIPの関係がわかってないって・・・
よくネットにつないがってるな・・・クスクス
285 :
ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :04/05/25 01:34
女帝グェス ◆1dMlI2wLRMはアウラな狂気ってことだね。
だれも「確実な」場所とは言ってないんですけど・・・。
プロバイダデータベース作ればだいたいの場所なんて簡単に
わかるんだが。
>>284 その言い方いらつくね。
そんなにネットワーキングに詳しいぴかさんは
どんなサーバ構築したんですか?
およ。ツワモノがピカリンと闘っておるな。
ぴかりん、早く。 とりあえず、http、ftp、smtpさーば はベタでしょ?
289 :
ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :04/05/25 01:39
>>286 >プロバイダデータベース作ればだいたいの場所なんて簡単に
>わかるんだが。
東京都をだいたいの場所っていうのか、さすがグローバルだね・・・クスクス
ってか、小さな狂気にレスしても損する。
ぴかりんのコンピュータ環境何?
もちろんハカーなぴかりんはfreebsd かslackware linuxだよね?
> ってか、小さな狂気にレスしても損する。
ぴかりん、そんなこと言わないで早くーー。
ぴかりん、逃げないでもっとネットのことについてお話ししよーよーー
ぴかぁ〜に、そんな技術はないよ。
294 :
ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :04/05/25 01:42
わかった、わかった。 いじわるしてごめんね、ぴかりん。
だからいじけないでね。
また逃げか
もうしんでくれ
うざすぎぴかぁ〜
障害もってんのかこいつ
ピカリンはタイマンなら君と戦うかもしれないけども観客がいると・・
慎重だからね 自分の土俵でしかたたかわないんだよ
じゆんなに?
わたしたちは偶有的状況から単独性をみいだとそうとしている
このとき神によって承認されたという形をとる
運命、奇跡、ついてる、祈る、占い、信じるなどは小さな神を捏造している
それは正当性であり、正義の捏造でもある
そしてそこにはたえず狂気がひそんでいる
捏造された正義は狂気へとかわる可能性がいつでもある
法の維持であれ、ともかくなんらかの目的のために行使される暴力
神話的暴力
純粋にそれ自体のために行使される、何ものも目的としない暴力
神的暴力
個体が個体として秩序を手に入れる方法は二つある
ひとつは生理システムにたいする反抗である
もうひとつはコミュニティの中で必然的な位置をみつけることである
それはベンヤミンのいう
神的暴力と神話的暴力に対応するかもしれない
すなわち神的=自然的作用
神話的作用である
共産党と障害者施設と基督教
神話的作用とは、イデアであり、形而上学を生む
すなわちそれが正義の捏造である
そしてそれが狂気にいたる
そしてゲーテル的脱構築は否定神学につながるというわけである
恋愛とはアウラな場である
相手に神性をいだく
それは正義となればまた狂気となる
すなわち「愛」というイデアが捏造される
これは神性をともなう
そしてそれがうまくいかなかった時、ゲーテル的脱構築がおこなわれ
愛など無駄なこと、私は不幸な女、あるいは元彼は最低男と
否定神学化される
これは、このような神性が自己の単独性へつながっているために
容易にはなれられないものであることをしめしている
この否定神学はラカン的、あるいはジジェク的主体の空虚論である
そのためにデリタ的、郵便的脱構築が必要であるというのが
デリダの正義論である
それは愛の、あるいは恋人の神性=超実体化を脱構築しつづけ、
それらが「幽霊」であることをしるということである
このようなデリダの正義論は法の正義として展開された
しかしこのようにそれを日常生活、恋愛に展開されたときにいかに滑稽であるかわかる
しかし法の問題も恋愛の問題も主体レベルでは同じである
そこにあるのは偶有性から単独性の転倒による神の捏造である
現に権力者の恋愛沙汰が多くの民衆の犠牲につながった例は
歴史上いくらでもある
すなわち主体は幽霊から神あるいは悪魔を生み出し生きている
それが生きるということである
しかし主体がラカン的無である
すなわちぴかぁー的アウラを求めることから
のがれられないとしても
デリだが郵便的誤配性をいうときに違う面があるかもしれない
それは主体に閉じていない、すなわちコミュニティとして開かれているときである
個体の単独性よりもコミュニティの単独性が低いだろうという可能性である
すなわちルーマンのシステム論でいうところの観察に観察をぶつけることにより
そして選択すること(超言的作動)ことにより
単独性は偶有性に逆転倒されることができるかもしれない
これがデリだ的、ルーマン的正義論の帰結である
そしてわしはそのような場の可能性として
ネットコミュニケーションをみている
にちゃんとその周辺にデリダ的脱構築、ルーマン的超言的作動の場の可能性をみているのである
しかしにちゃんは日本に閉じている…
ん?
そして、私はエリートサラリーマンである。
マスメディアの衰退の原因は時代に追い越されたことにある
321 :
ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :04/05/26 01:17
しっかしこの板人いねえな。哲板も崩壊していってるなw
323 :
ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :04/05/26 08:37
7時にいうな(w
早すぎ? しかし、哲板急速に衰退してっているぞ。 おまえも気付いてるだろ?
おい、ぴかぁ〜。
そろそろ時間だぞ
>>280 え〜……チョト怖い話ですね。こんばんは!
「はてな」ペース上げてますねぇ。
むずかしい横文字がいっぱいあると
すぐには読めないのですが、それでも
前にも増して話が親しみやすくなったと思います。
「カリスマ」とか「運命の人」の話ですね!
神ですか……う〜ん。神とか正義ねぇ
むずかしい問題なんですけど、
われわれ人間は、完全な客体にはなれませんよね。
ぴかぁ〜さんの視点は、かなり貴重なものに感じます。
こう言っていいのかどうか……
言った時点で、違ったものになっちゃいそうなんですけど、^^;
すごく「公平」だと思います。凄いですよね。
これから世界は一部の役者と
膨大な数の観客がともに小さなアウラを探し求める時代なんですかね。
う〜ん……やっぱりむずかしいや!
327 :
ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :04/05/26 19:27
>>326 ありがとうございます。
ベンヤミンは20世紀初めに芸術作品のアウラが喪失し、
礼拝的価値から展示的価値へし、変容するといっています。
展示的価値とは、芸術の遊技性です。
小さなアウラの時代とは、遊びの時代です。
確かに現代は余暇が重視され、おしゃれになって
遊びな時代ですね。ベンヤミンはなかなかすごいです。
329 :
パレルゴン ◆DRyRniyr9k :04/05/26 20:01
ぴかぁ〜ちゃん
元気そうね。
たまには、挨拶に来ないとね。
ところで、しろうと氏のスッレドなんて言ったっけ。
近頃見かけないけど?
330 :
考える名無しさん:04/05/26 20:06
おいパレ。なんか話ししよーぜ
331 :
考える名無しさん:04/05/26 20:12
パレやんかぴかぁー、はやく来いよ
332 :
ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :04/05/26 23:09
こうしーん!ラカンとデリダがつながっちゃいました〜あ。
ただし現在、脱構築、オートポイエーシス、ラカン、クリプキ固有名論と
かなり高尚なっております。しろうとの方はご控えください。
アウラな世界 その7 正義論2 ラカン+デリダ≒アウラ論?
アウラな時代@はてなD
http://d.hatena.ne.jp/pikarrr/
333 :
ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :04/05/27 00:08
334 :
考える名無しさん:04/05/27 00:09
ぴかぁ〜も大変だな。
すなわちクリプキの固有名論でデリダが展開した散種→多義性は、
ルーマンの複雑系→観察による単純化(複雑性の縮減)に対応し
さらにわたしがいう偶有性から単独性と同じである
デリだがこの過程(正確には転倒)で生まれるとした対象aなどの否定神学は
わたしがいう「神の捏造」に対応する
すなわちわたしがいう小さなアウラとは「対象a」のメタレベルにある
だからデリダが「アリストテレス」で展開したことは
わたしが「アウラ」で展開したことと対応するのである
デリダは散種を「幽霊」とよび、これは脱構築のキーワードとして
重要だからであり
わたしが転倒を「小さなアウラ」とよぶのは
同一性が生まれる構造に注目するからである
さらに違いはデリダがこの多義性化を言語記号の同一性を生む構造と考えていたのに対して
わたしはコミュニティ内での自己獲得過程ととらえる
これはルーマンの自己観察に相当し
またラカンの鏡像に相当する
すなわち言語記号の獲得は鏡像的な自己獲得であり
デリだのいう否定神学は自己獲得過程の自己正当化のために神の捏造である
さらに違いはデリダがこの多義性化を言語記号の同一性を生む構造と考えていたのに対して
わたしはコミュニティ内での自己獲得過程ととらえる
これはルーマンの自己観察に相当し
またラカンの鏡像に相当する
すなわち言語記号の獲得は鏡像的な自己獲得であり
デリだのいう否定神学は自己獲得過程の自己正当化のために神の捏造である
脱構築はこの過程を逆に読み込み、捏造された神を暴露することである
すなわちこれは言語記号一般の獲得過程であると同時に
鏡像的な自己獲得過程でもある
ここまでくると
デリダの脱構築の戦略、さらには限界あるいは
そこに潜む暴力が見えてくる
すなわち脱構築は自己獲得に対する
自己解体を意味する
たとえば「愛」を脱構築するとは
愛に潜む神性を暴露すること
愛は錯覚であると暴露することである
しかしこれは自己を獲得する上ですなわち生きる上で必要な錯覚であり
生きることそのものである
343 :
女帝グェス ◆1dMlI2wLRM :04/05/27 09:50
> (ぴかのやってることは一つの単語をいろんなシチュエーションに
> 当てはめていってるだけ。なーんてことありません。
> よく赤ちゃんが、日常のある特定のパターンに出くわした時に、
> 自分で作った変な言葉を毎回発っする時あるじゃない? あれと同じ。)
この場合は「脱構築」だな。
社会学者達も大変だな。
自分たちがやってることが簡単で取るに足らないことを隠すためにこんな言葉作ってん
だろ? 「undoing」 でいいじゃん。シンプルで。
しかし、自分達がアカデミーに相手にされないからってこれはないよね。ダサダサ。
344 :
女帝グェス ◆1dMlI2wLRM :04/05/27 09:52
あ
ぴかりんこの前はゴミンネ、いじめちゃって。
最近哲板静かというが
わしはブログに力入れて、くろしろもいなくなって
機械やんに必死に粘着してるけど
機械やんも淡泊だし
コテ粘着一人も格板にでもいってるんだな
あ、かまってくれそうなコテ、じゆんがいるか!?
でもじゆん=コテ粘着一人だから、自演になるか
それを静かって言うんだろうが
全世界ん億人のアウラな人々、はてな更新したよ
神はどのように捏造されるか
アウラの脱構築
やっぱぴかぁ〜は自分のスレで主張するのが一番だね。
ぴかぁ〜がんばれよ、応援してるから!!
351 :
ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :04/05/27 20:13
サンクスっす!
352 :
考える名無しさん:04/05/27 20:53
俺ヒッキー板のもんだがぴかぁーはこっちてば人気あるんだな
向こうなら変態丸だしだったな
353 :
考える名無しさん:04/05/27 20:54
俺ヒッキー板のもんだがぴかぁーはこっちでは人気あるんだな
354 :
ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :04/05/27 23:24
<FONT size="+1"><b>アウラな世界 その8 正義論3 アウラの脱構築</FONT></b>
<b>アウラの脱構築</b>
クリプキの固有名議論をベンヤミンの芸術作品のアウラに展開すると。たとえば「モナリザ」という固有名は、
フレーゲ/ラッセルの記述理論によると、確定記述の束であるとなります。これに対してクリプキは、
確定記述に回収できない新事実が判明すると、自己矛盾を起こす可能性があり、確定記述の束に
還元できない「力」=「固定指示子」が宿っているといいます。ジジェクはこの「固定指示子」を
「現実界」(象徴界の穴)に求め、それが「現実界」に対応するシニフィアン(記号記述)(対象a)であると言います。
デリダは「固定指示子」、「対象a」を理論的に確保できない否定神学であり、単数化し、
特権的な「超越論的シニフィアン」としていると批判します。デリダは散種→多義性を指摘します。
固有名は齟齬を含み様々な経路を通って配達される。そして今「モナリザ」を現前化するときに
多義性=確定記述の束が作られる。そして確定記述の束に還元できないのは、伝達経路で行方不明になった
意味たちである。
355 :
ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :04/05/27 23:25
ベンヤミンの「アウラ」も同様に言うことができます。アウラは確定記述の束に回収できない「力」であり、
ジジェクのいう対象aです。しかしデリダ的解釈をするとそれは「超越論的シニフィアン」であり、
いま「モナリザ」を現前化している鑑賞者が誤配可能性がある伝達経路を抹消して多義性=確定記述の
束として還元するときに、伝達経路で配達されなかった意味ということになります。
私はアウラについて「偶有性から単独性の転倒」と言いました。「多くの芸術作品という偶有性、
あるいはそれは色素が並べられたという偶有性が、「大きな物語」を持ち得た時代の多くの人々が礼拝的な
価値を読み込みつづけた事実により、主体はそこに真正性を読み込む。」と言いました。これは本質的には
デリダの見解と近いものだと思いますが、さらにアウラが読み込まれた理由について示しています。
デリダの見解と私の見解を比較します。多くの芸術作品という偶有性とは、「モナリザ」とともにあった多くの
固有名との関係性によってあらわれた「モナリザ」の無数の意味、すなわちデリダのいう散種です。
主体はそこに多義性を読み込みます。
ここまではデリダの見解を同じです。続いて否定神学が生まれる構造を考えます。デリダはその剰余が
否定神学となると言いましたが、私はこの多義性を読み込む行為そのものに神が捏造されるのだと思います。
すなわち「名指しする」とは、それが神が介在し行われた行為であるとして、イデア的同一性をもち、
余剰は否定神学性をもちます。
356 :
ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :04/05/27 23:28
<b>神が捏造される構造</b>
なぜ固有名が特別なのでしょうか。デリダが示すように多義性への読み込みはコンテクストに依存します。
そして固有名は「唯一なもの」というコンテクストによって特別なのです。人は人に高い唯一性を感じます。
そしてコミュニティに広く認知されているという人も高い唯一性をもちます。さらには母の形見のようなものは、
主体にとっては高い唯一性を持ちます。このように主体が高い唯一性を読み込むものほど、高い特別性を
持ちます。
唯一性がなぜ特別なのかは、名指しという行為が、鏡像的に自己を形成するからです。名指しにおいて、
神=アウラが捏造されるのは、それが自己の正当性を保証する行為だからです。だから唯一性の高い
言語記号は、自己の単独性をより強く保証するために、より高いの神性が捏造されるのです。
ベンヤミンが、複写技術時代前の芸術作品に「大きなアウラ」を読み込んだのは、その芸術作品が主体が
「大きな物語」という記号コミュニティがあると認識し、「大きな物語」という記号コミュニティにおいて
高い唯一性をもっているという意識によるものです。すなわちこれは主体のコミュニティへの帰属し意識を
強くするということです。すなわちアウラとは自己の単独性を高める唯一性をもっていると主体が認識する
ときに、捏造された神です。
再度示すと、名指し全般において、神は捏造され、鏡像的に自己形成につながります。そして読み込みは、
デリダが示すようにコンテクストに依存します。そして唯一性が高いコンテクストほど、鏡像的に自己の単独性を
高めるために、大きな神が捏造されるのです。たとえば「上から二冊目の本」と「モナリザ」の捏造される
神の大きさ=アウラの大きさは、そのコンテクストに読み込む唯一性の度合いに依存するということです。
357 :
ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :04/05/27 23:29
<b>デリダ、ルーマン、アウラ論</b>
デリダの脱構築、ルーマンのオートポイエーシス、私のアウラ論の関係を示す。
:デリダ 散種→多義性:
言語記号一般の生成。多くにおいて「散種から多義性への転倒」がおこり、イデア的同一性、形而上学、
否定神学が生まれる。
:ルーマン 複雑系→観察による単純化:複雑性の縮減
:アウラ論 偶有性→単独性:コミュニティ内の自己位置の獲得、鏡像的な言語記号一般の制作。
そのときに自己正当化のために神が捏造される。
クリプキの固有名論でデリダが展開した「散種→多義性」は、ルーマンの「複雑系→観察による単純化
(複雑性の縮減)」に対応し、さらにわたしがいう「偶有性から単独性」に対応します。デリダがこの過程
(正確には転倒)で生まれるとした対象aなどの否定神学は、わたしがいう「神の捏造」に対応する。
すなわちわたしが小さなアウラというときは、それは「対象a」のメタレベルにある。
デリダがこの「散種→多義性」を言語記号一般の同一性を生む構造と考えたのに対して、わたしは鏡像的に
コミュニティ内での自己を獲得する過程ととらえます。これはルーマンの自己観察に相当し、またラカンの鏡像に
相当します。すなわち言語記号の獲得は鏡像的な自己獲得であり、デリダのいう「イデア的同一性」、
「形而上学」、「否定神学」は自己獲得過程において、自己正当化するために「第三の審級」が捏造されたと
いえます。そして脱構築は「散種→多義性」を逆に読み込み、多義性に捏造された神を暴露することを
あらわします。
358 :
ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :04/05/27 23:31
<FONT size="+1"><b>アウラな世界 その9 正義論5 能動的なデリダと受動的なルーマン </FONT></b>
<b>アウラな場</B>
正義論に再びもどると、デリダの脱構築、ルーマンのオートポイエーシス、アウラ論に共通するのは、「正義」と
いうときにコンテクストと主観によって、そこに複雑性の縮減が行われいるという懐疑です。このような
神=正当性=正義が捏造されやすい場=唯一性が読み込みやすい場を「アウラな場」と呼びたいと思います。
ベンヤミンにおいて、複写技術時代前の芸術作品はアウラな場であったということになります。
さらに正義論、(政治、法、学問など)、金銭関係、愛情関係、さらには最近ではネット上などが考えられます。
そしてこのような場は正義同士の闘争の場でもあるといえます。
私は、「アウラな場」、すなわち「偶有性から単独性への転倒」が起こりやすい場の一つとして、恋愛をあげました。
「愛」とは無数にいる人から、唯一人を読み込むことです。そして唯一人を読み込むことにより、
主体も高い唯一性を手に入れるということです。運命の出会いという超越論性は、「偶有性から単独性への転倒」
による神の捏造です。「愛」は神に語りかけるように、唯一性をもって語られます。そしてそれは正当性を
捏造します。「あなたのためなら死ねる。」とうような純愛は、そこに社会性とは、異なった神(正当性)を主体が
見いだしたことによる強い意志表示です。
このように「偶有性から単独性への転倒」はわたしたちの日常レベルで起こるものです。そして私たちは日々、
運命、奇跡、ついてる、祈る、信じるなどのように小さな神=正当性=正義を捏造しています。それが人が
自己を見いだすことであり、人が自分であるということです。誰でももつ排他的、偏見的な小さな狂気は、
生きることの一面です。だからヒットラーのような考えを主体レベルでもつ人は、現在においても見られるのでは
ないでしょうか。
359 :
ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :04/05/27 23:31
<b>日常を脱構築する滑稽さ</B>
では、このような「愛」を脱構築するとは、どういうことでしょうか。それは「愛」とは「幽霊」であるということです。
「断絶する無数の伝達経路を、透明な全体性(自己同一性)へと縮減することから生じてくる、錯覚にすぎない。」
あなたが、彼を好きになったのは、錯覚であるということですこのような日常レベルを、脱構築すること、たとえば、
「あなたが彼を好きなこと」、「あなたがあのタレントを好きなこと」、「あなたが入っている宗教」、「あなたの子供」
は、錯覚である。このような日常を脱構築することは滑稽です。
たとえば、デリダは自己の同一性について懐疑的です。それは絶えず「幽霊」であるといいます。また署名を偽る
ことにより、その幽霊性を示そうとします。しかしこれらの行為がすでに小さなアウラであり、デリダがデリダたる
自己の同一性を求める行為であるともいえないでしょうか。人が人であるということは、小さな神を捏造しつづける
ことであり、デリダは幽霊でありつづけるということと同じように、「デリダ」であろうとすることからは逃れられない
ということです。
360 :
ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :04/05/27 23:32
<b>デリダ脱構築の限界</b>
デリダの脱構築はその根底において「主体が能動的に脱構築する」という行為を元にしています。そして何を
脱構築するかという主体による「他者」の選択を必要とします。たとえばそれはデリダの脱構築の対象により、
デリダの言説の「迫力」が大きく作用しているということはいえないでしょうか。
デリダが、形而上学、あるいはラカンおよびジジェクのいう「主体の空虚とそれを埋める「不可能なもの」
(現実界ないし対象a)」に対して否定神学であると批判できるのは、それが理論化された言説であるためです。
しかしデリダの脱構築の日常生活レベルへ展開することの滑稽さから、デリダがラカンおよびジジェクを
否定神学と否定することに無理があるということを示しているのかもしれません。それはラカンおよびジジェクの
射程が日常レベルをも視野に入れたものだからです。
では、脱構築はどこへ向かうべきでしょうか。それはデリダ自身が試行錯誤しているのではないでしょうか。
サイードがこの点を指摘しています。「デリダはなぜヨーロッパの評価が確立されたテクストに向かうのか。」
すなわちデリダが目指す方向は、アウラな場であり、伝統的で理論的なテクストが提示され、あるレベルの
社会的な弊害が起こっている、起こりそうな「大きなアウラ」=「正義」についてということになるでしょう。
しかし愛という捏造によって、多くの事件が起きていますし、歴史上には権力者の愛憎が大きな悲劇に
つながった事例も多くあります。「愛」がコミュニティへ展開されても同じことがいえます。タレントのファン(信者)
などは一人の人間にアウラ=正当性を見いだしますが、それは宗教者、権力者、あるいはテロ集団リーダー
などへと、同じ構造で発展していきます。法の問題も愛の問題も、そこに捏造される神=正義においては
主体レベルで起こります。このような複雑性の中で脱構築の射程をどこに設定するか。そこに脱構築による
正義論の難しさがあるように思います。
361 :
ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :04/05/27 23:35
<b>ルーマン脱構築の可能性</b>
ルーマンの脱構築は一つの示唆を与えているかもしれません。私は「偶有性から単独性へ転倒」は、
コミュニティレベルと個体レベルで起こるといいました。主体は主体として単独性を見いだそうとし、
コミュニティはコミュニティで単独性見いだそうとします。主体の単独性は主体の自己と深く結びついていますが、
コミュニティは柔軟性が高いです。ルーマン的脱構築は、標的をコミュニティレベルにします。
「言語を用いる観察者を観察することは、確かに脱構築的である。というのは、このレベルにおいては、
超言的な作動を投入しうるからだ。つまり、観察されている観察者の観察を制御している区別を、拒絶したり
受け入れたりできるのである。かくして、セカンド・オーダーの観察のレベルでは、すべてのものが
(セカンド・オーダーの観察そのものを含めて)偶発的になるのである」(Luhmann[1995a:18])。
コミュニティ内の主体群がそれぞれ観察による単純化=自己形成、たとえば日常レベルの恋をして、
趣向をもつ、宗教に入信するなどなどしながら、コミュニケーションする(議論し、否定し、肯定する)ことが、
すでにコミュニティレベルの脱構築であるということです。コミュニティ自体が、事後的に成立し、コミュニティ
価値は、偶有性が向かいます。
362 :
ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :04/05/27 23:35
ルーマンの脱構築は、いわば受動的な脱構築です。主体レベルでは、拒絶したり受け入れるという寛容性が
含まれており、それがコミュニティレベルで脱構築されています。このためにルーマンの脱構築は日常レベルも
含めた広い範囲を射程にすることができます。
しかしルーマンの超言的作動は、ルーマンのシステム論全般に言われる保守的すぎるという批判があるかも
しれません。現在においても、このようなコミュニティとしての脱構築は行われているのではないか。
現状肯定でしかないということです。そのためにルーマン的脱構築をより活発に機能させるコミュニケーション場
が必要になります。私は、このような超言的な作動をより活性化させるものとして、ネットコミュニケーションの
可能性に期待しています。
363 :
ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :04/05/27 23:36
更新
アウラな時代@はてなD
http://d.hatena.ne.jp/pikarrr/ アウラな世界 その9 正義論5 能動的なデリダと受動的なルーマン
アウラな世界 その8 正義論4 アウラの脱構築
アウラな世界 その7 正義論3 ラカン+デリダ≒アウラ論?
アウラな世界 その6 正義論2 デリダとルーマンの正義論
アウラな世界 その5 正義論1 正義という狂気
最近ぴかーが気合い入っているのはわかるがタグぐらいは
消して書き込みしたらどうだ?
ん?
長すぎて全然読む気が・・・
ぴかぁー、最近元気か?
ラカン+デリタ+ルーマン=アウラ論
アウラが対象aではなく、対象aがアウラである
370 :
考える名無しさん:04/05/28 16:15
脱構築って、構築を脱すること?
ちいさなアウラでは
愛は錯覚で、その錯覚を我々は積極的に利用しようとしているのですよね。
脱構築批判なのね。なんかよくわからないけど。
371 :
考える名無しさん:04/05/28 16:19
「超言的な作動をより活性化」てどういうこと?
脱構築は内部破壊ですね
なにかを断定する中に潜む隠された可能性をしてきする
アウラ論は脱構築を脱構築したときに見えてくる神の姿=アウラの補完ですね
超言的作動は、相手の考えていることを考え、同意、または批判することです
アウラとは捏造された神である
それは名指しするときに捏造される
たとえは「りんご」と名指ししたときにそこには小さなアウラが捏造されている
プラトン的イデアとはアウラである
ではなぜ捏造されるのか?
それはりんごを「りんご」呼ぶときの根拠である
なぜ「りんご」なのか?
神は決めたから
りんごのアウラは小さいためにわかりにくいかもしれない
たとえば「好き」と名指しするとき
なぜ「好き」なのか
運命だから(神が決めたから)
たとえば「りんご」と名指しするときそれが「りんご」であることは
コミュニティが決めたことであるという構図をとるのである
「好き」なのはコミュニティが決めたことだから
このコミュニティとは主体があるだろうと考えるコミュニティであり
すなわち第三者の審級=大文字の他者=神である
これは主体とコミュニティとの鏡像関係を示す
りんごが「りんご」であることは鏡像的に決定されている
それは名指しすることが主体を主体とする行為だからである
これを「りんご」と名指しする、彼を「好き」だと名指しする、
これが「正しい」と名指しする私が主体なのである
ここでわかるのが、より私を私たる名指しにおいて
より大きなアウラが捏造されるということである
たとえば「りんご」よりもより自己に根差したもの「思い出の指輪」などに
神性=礼拝価値=アウラか現れるのである
すなわち対象aはアウラである
380 :
考える名無しさん:04/05/28 17:48
>脱構築は内部破壊ですね
>なにかを断定する中に潜む隠された可能性をしてきする
>アウラ論は脱構築を脱構築したときに見えてくる神の姿=アウラの補完ですね
脱構築は何かの必然で起こるものですか?
「脱構築の脱構築」は脱構築という考え方の内部からの自動破壊のようなもんですか?
内部破壊ですから神が破壊するのでしょうか?
たとえば
「でたらめはでたらめで無いものに比べて部分的には、より多くの真実を含んでいる。」
という直感を得たとします。(ピカーさんの文章よんで)
でたらめは必然的に内部破壊の傾向を持っていて、脱構築すると、真実が現れる
可能性がある。破壊するのは真実=神。
こんな感じでいいのでしょうか?
アウラ論簡単解説でした
全然違います
テクストに潜む、異なった読みを提示することにより
そのテクストの意味を揺るがせるのが脱構築です
すなわち何語とも
〜である。と断定したときには、その他の可能性を排除している
そしてその他の可能性をしめして
断定するのが間違いであることを暴露するのでーす
で、わしはではなぜ人は〜であると断定するのかと考え
なんでもかんでも暴露することの無意味さ、あるいは不可能をしめしたのでーす
385 :
考える名無しさん:04/05/28 18:12
>全然違います
全然違うんですか? すいません。
「別の角度で読み替える」ということですね。わかりました。
だって内部破壊とかいうから。
捏造の構造がいまいちわからないのですが、私の何が
捏造するのでしょう。願望ですか? それはコミュニティーに
根ざしたものですよね。
生理が捏造するんじゃないですか
387 :
考える名無しさん:04/05/28 18:23
>で、わしはではなぜ人は〜であると断定するのかと考え
>なんでもかんでも暴露することの無意味さ、あるいは不可能をしめしたのでーす
「暴露」には根源的な快感のようなものがありませんか?
それが無意味なのは、生が無意味ということと同じような意味を持つように思います。
不可能であっても、それこそ捏造してでも、「暴露」し続けるのではないでしょうか?
我思う我ありの
我はなにか?
アウラである
「我」を名指しするとは「我」があると承認されたコミュニティを主体が想定している
では想定している「主体」とはなにか?
個体という秩序=生理である
なかなかよいですね
超言的作動ですね
構築するそして暴露するの繰り返し
システム論であり
アウラ論です
>>387 何を言ってるのかね君は!?まさか脱構築していないのではないのかね!
脱構築だ!脱構築だ!脱構築だ!脱構築だ!
393 :
考える名無しさん:04/05/28 18:44
消費の意味がわかりません。
何でアウラを消費するんですか? 名指ししても消費するというのは
不自然な感じがします。
394 :
考える名無しさん:04/05/28 18:48
>脱構築だ!脱構築だ!脱構築だ!脱構築だ!
あんまりそういうことを言っていると脱糞して刑務所に入れられません。
395 :
ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :04/05/28 18:53
>>393 アウラは自己の単独性を保証するものです。
そして単独性という価値はコミュニティの価値です。
コミュニティないで、おまえはやっぱ違うなと思われる
(と主体が思う)ことです。
消費とは消耗と考えれば、おまえはやっぱ違うなという評価は
経過とともに消耗します。
何を言ってるのかね君は!?真なる脱構築の威力を知らないのかね!?
とにかくまずは脱構築しなさい!
脱構築だ!脱構築だ!脱構築だ!脱構築だ!脱構築だ!脱構築だ!脱構築だ!脱構築だ!
397 :
ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :04/05/28 18:56
ネットはアウラな場である。
なぜなら物理的に第三者の審級=大文字の他者を
捏造しやすいからです。
レスするときに、ネットの向こうの誰かがみているという
可能性を物理的に保証します。
398 :
ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :04/05/28 18:58
しかし消耗するアウラと成長するアウラがあります。
わしはこれを、減算するアウラと加算するアウラとして
示しました。
たとえば、処女は減算するアウラを持ち
童貞は加算するアウラを持ついいました。
> ネットはアウラな場である。
それはわかったから、たまにはぴかぁーさんも新しい単語を導入したらどうですか?
なんかアウラは聞き飽きました。発音自体もそんなによいものではないですし。
400 :
考える名無しさん:04/05/28 19:03
暴露は限界を感じたとき、捏造を行いますが、限界点はある人は高く、
ある人は低い。極めて低い人だけが、常に捏造に走るのではないでしょうか?
常に脱構築しつつあるものは、アウラは生じない。名指しは主体が脱構築を
やめたとき起こるのですね。
401 :
考える名無しさん:04/05/28 19:06
「大文字の他者」てどういう意味ですか?
じゃあ、「これは80%ナニナニだ!」と断定したらどうなるんでしょう。
403 :
ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :04/05/28 19:11
>>400 暴露の意味が少し違いますね。
私が暴露とは、懐疑するという程度のことです。
捏造の意味の違いますね。
たとえば「これはりんごだ。」というとき、
なぜそれがリンゴなのか
リンゴとはなにかというような多様な意味(デリダ的には散種)が
隠されて、これは「リンゴ」だ。と
捏造されているのです。
404 :
ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :04/05/28 19:12
405 :
ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :04/05/28 19:13
プラトン的イデアは、アウラなのですね。
407 :
考える名無しさん:04/05/28 19:17
小さいアウラと大きいアウラの関係はどうなのでしょう。
我は小さいアウラなの?
408 :
ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :04/05/28 19:22
>>407 はてなに書きましたが、
主体の単独性につながるものほど大きなアウラが
捏造されます。
「我」は、微妙ですね。
それほど大きくないかもしれません。
なぜなら、「我」という言語は、だれにとっても
同じ意味しかないからです。
409 :
ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :04/05/28 19:25
「我」とは、コミュニティがいう「我」でしかない。
我=主体ではなく、鏡像関係を考えると、
主体は、他者(コミュニティ)からしか、
意味を与えられません。
410 :
ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :04/05/28 19:29
あなたが大切にしているもの、ことはなんですか?
そこに礼拝的価値はありませんか
411 :
考える名無しさん:04/05/28 19:58
>あなたが大切にしているもの、ことはなんですか?
>そこに礼拝的価値はありませんか
PCは大切なものですが、普段はそういう感じはないですね。
むしろ、PCが壊れたとき、その大切さに気付きます。
ですからアウラには「失うもの」という属性が必要です。
そしてそれを意識しているとき、礼拝的価値が生じるようです。
412 :
考える名無しさん:04/05/28 19:59
ぴかぁーのちんちん食べちゃいたいわ♪
413 :
考える名無しさん:04/05/28 19:59
ぴかぁーのちんちん食べちゃいたいわ♪
414 :
ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :04/05/28 20:45
>>411 これはとてもいい示唆ですね。
私は「我が子」ということで思考中です。
「我が子」は、私にとって高い単独性を保証するもののはずですが、
アウラを持たないように見えます。
これは減算するアウラと加算するアウラの関係性から
考える必要があるように思います。
415 :
ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :04/05/28 20:46
>>411 これはとてもいい示唆ですね。
私は「我が子」ということで思考中です。
「我が子」は、私にとって高い単独性を保証するもののはずですが、
アウラを持たないように見えます。
これは減算するアウラと加算するアウラの関係性から
考える必要があるように思います。
416 :
ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :04/05/28 20:51
たとえば、PCを買って箱から取り出したときに
礼拝的価値がありませんか。
それは使い込むことによって、消耗する。
これが「減算するアウラ」です。
しかし同時に使い込むによって、増える愛着という
「加算されるアウラ」があります。
しかしこれは礼拝的価値がありません。
しかし失うことによって、礼拝的価値が生まれる。
さてこれは、どういうことでしょうか。
417 :
ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :04/05/28 20:53
たとえば、PCを買って箱から取り出したときに
礼拝的価値がありませんか。
それは使い込むことによって、消耗する。
これが「減算するアウラ」です。
しかし同時に使い込むによって、増える愛着という
「加算されるアウラ」があります。
しかしこれは礼拝的価値がありません。
しかし失うことによって、礼拝的価値が生まれる。
さてこれは、どういうことでしょうか。
鯖が重い・・・鯖移動してから調子が悪いようですね。
418 :
ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :04/05/28 21:00
アウラとは、主体の読み込みであり、主観的なものですが、
感情に近いものと考えてみてはどうでしょうか。
感情とは、加速度的なものです。
等速運動中は力が働きませんが、
加速度運動のときに力が働きます。
簡単にいうとなれると言うことです。
一つの物体に対して一つの対象しか見出してないからそんな考えに行き着くんだよ。
汚れや傷・思い出が本体と対等程度の価値を持っているから、愛着がわくんだと思うよ。
あと、IEは鯖に負担かかるから自粛したほうがいいかも。
ぴかぁと真面目に関わったら馬鹿を見るぞ
421 :
ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :04/05/28 21:13
422 :
ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :04/05/28 21:15
そもそもアウラが一定なら、人はすぐに満足してしまうでしょう。
423 :
ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :04/05/28 21:16
みなさんは鯖重くないですか?
424 :
ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :04/05/28 21:17
みなさんは鯖重くないですか?
アウラとは承認である。
ぴかぁ〜には何のアウラも無いな
多木の屑本読んですっかりハマっちゃてる程度だし
426 :
ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :04/05/28 21:21
アウラとはコミュニティによって自分がどれだけ承認されているかという
主体の「感じる量」である。
427 :
考える名無しさん:04/05/28 21:23
と、マルクスは200年も前に言いました。
どこ炒っても見て見ぬ振りされてるだけだもんなあ
429 :
考える名無しさん:04/05/28 21:25
「やっぱ画質はSANYだね。」なんて聞くと灸にSANYのがアウラを帯びて見えたりする。
430 :
ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :04/05/28 21:26
なんでぴかぁ〜はみんなから嫌われてんの?
432 :
考える名無しさん:04/05/28 21:37
>>431 それがぴかぁ〜のアウラだからでしょう。
世間でいう「人望がない」ってやつだろ
434 :
ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :04/05/28 22:51
ん?マルクスは200年も前にどう言ったの?
435 :
ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :04/05/28 22:54
<b>アウラ論の補強</b>
アウラ論をラカン、デリダ、ルーマンにより補強すると
+私が何かを名指しするとは、混沌の世界から、「対象」を記号記述(シニフィアン)へ還元し、
記号意味(シニフィエ)という一義的な多数の意味へ還元することです。そして還元によって
還元されなかったもの=剰余が生まれます。
++名指しするというのは、ラカンの象徴界に入ることであり、ルーマン的には「観察による単純化
(複雑性の縮減)」です。そして一義的な多数の意味とは、フレーゲ/ラッセルの記述理論の
「確定記述の束」です。還元することは、デリダ的には「散種の多義性化」です。
+還元するときに、神性=アウラが捏造されます。
++これはプラトンのイデア的同一性です。この剰余はクリプキの「固定指示子」であり、
ジジェクの「対象a」であり、デリダはこれらを否定神学、超越論的シニフィアンと呼びました。
436 :
ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :04/05/28 22:55
-神性とは、「記号コミュニティによる承認」であり、主体は名指したことの承認を得ます。
記号コミュニティとは主体がそのようなコミュニティが存在し、帰属している意識による
(象徴界の)コミュニティです。
--これはラカンのいう「大文字の他者」であり、大澤真幸のいう「 第三者の審級」である。
+このような承認を必要とするのは、主体が主体であるということは、コミュニティ内の誰でもよい
位置から主体でなければならない位置をみいだす必要があるからです。(偶有性から単独性への
転倒)。
++コミュニティ内の主体でなければならない位置とは、コミュニティとの関係によって私が承認される
ことであり、私の価値はコミュニティの価値です。これはラカン的な鏡像関係に近いです。
+<b>対象が主体の単独性にどれほど関わるかという主体の読みによって、名指しするときに
捏造され神=アウラの「大きさ」は変わります。
++ラカンの対象a、ベンヤミンの「アウラ」は、大きなアウラを示します。
+私たちは日々名指しし続けることによって、自己を獲得しようとしています。
ん?
438 :
考える名無しさん:04/05/28 22:56
>>1 初めてきたんですが、どんな時代なんですか?
439 :
THE グル :04/05/28 22:58
いいですか、
ぴかぁ〜さんは池沼ではないですよね?
これが断言できます。
どうかしましたか?
440 :
ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :04/05/28 23:00
ん?池沼?
池沼〜?
442 :
THE グル:04/05/28 23:02
>>439 いいですか、
ぴかぁ〜さんはお馬鹿さんではないですよねと、
聞いているんです。
これが定説です。
どうかしましたか?
443 :
THE グル:04/05/28 23:03
グル先生を騙るな! (#゚Д゚)ゴルァ!!
445 :
THE グル:04/05/28 23:26
>>444 いいですか、
騙りではなく本物なんです。
パソコンは無事直りましたので、
また定説が始められるんです。
これが断言できます。
どうかしましたか?
446 :
ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :04/05/28 23:32
>パソコンは無事直りましたので、
>また定説が始められるんです。
な〜んだ、じゆんか。
パソコン直ったって、じゆんであること
認めてもいいのかよ(w
448 :
THE ゲル:04/05/28 23:34
いいですか?
私はじゆんではないのです。
これが定説です。
分かりましたか?
うーん……読みましたよ。ぴかぁ〜サンこんばんは。m(_ _)m
「愛は幽霊である」――コレは私がこの板のどこかで
以前云ったような気がするのですが、きっと気のせいでしょう。
偶有性だとでも言いますかね。
僕はね、アウラでも神でもいいじゃないかと思います。
固有性の嘘が仮に客観的な形で暴かれようとも
それによって、確実に現実は形を変え得るし、
そうでない仕方では、世の中に参加できないんじゃないかって思うのですよ。
「ゼロから歩き出そう」ってね……歌を唄ってたゼロってグループがいたんですよ。
結局、ゼロに戻っちゃったんですけどね。
で、「1から」じゃなくて「0から」って言うのは、新鮮なんだけど
あり得ないんじゃないかと思うんです。
写真を見て「左から3番目」って言ったときに
やっぱり左の人は1なんですよね。起点は【その人】なんです。
で、0のほうは「左」という、「1さん」の隣に拡がる【空間】なんですよね。
何言ってるのか、自分でも解らなくなってきましたが、
否定神学の現状肯定、これに意味があるか無いかと言うと、
やっぱり「無い」気がします……「ゼロ」ですから。
やっぱりね、1からはじめるしかない、
一歩進んだところから肯定なり否定なりして、生きていかなくちゃならないんだと思うんですね。
意味不明な長文ごめんなさい。
これからも不定期に楽しませてもらいますよ☆
450 :
THE グル:04/05/28 23:37
>>446 いいですか、
グルはじゆんさんではないんです。
そもそもお互いパソコンが壊れていたというだけで、
同一人物であると断定するのは愚かだと思います。
これが断言できます。
どうかしましたか?
451 :
THE グル:04/05/28 23:38
>>448 いいですか、
真似をされるのなら色を変えるなどしてほしいですね。
どうかしましたか?
452 :
THE ゲル:04/05/28 23:39
いいですか?
よく見てください。
大きな違いがあります。
これが定説です。
分かりましたか?
いいですか、
いいですか?
>>451 ぴかぁ〜グルを騙るほど学がないんだからやめときな
455 :
THE グル :04/05/28 23:44
>>452 いいですか、
これは失礼しました。
肝心なところを見落としていたようですね。
どうかしましたか?
456 :
THE ゲル:04/05/28 23:45
いいですか?
ぴかぁ〜さんには才能があります。
これが定説です。
分かりましたか?
457 :
ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :04/05/28 23:47
>>449 否定神学の現状肯定、これに意味があるか無いかと言うと、
やっぱり「無い」気がします……「ゼロ」ですから。
「デリダは幽霊でありつづけるということと同じように、
「デリダ」であろうとすることからは逃れられないということです。」
私はこういいました。私はゼロにはなれません。
生きている以上は、アウラを捏造し続けるしかない。
それが私が私であることですから。
捏造、解体、捏造、解体・・・この繰り返しです。
ぴかぁ〜自演
放送大学で浅田がベンヤミンを語ると昇るスレ
・
・
・
・
・
・
はじめまして ぼくは15才のがくせいです
脱こーちくってなんですか?
よろしくおねがいします ペコリ
462 :
(*゜Д゜)ハッハッ:04/05/29 00:15
初心者の方ですか?
脱構築とは、フランスの哲学者のデリダが編み出した哲学の技法でありまして、
ポスト構造主義の思想に属するものです。
>>462 あんたがここ初心者なんだろ?
そんなこと誰でも知ってるよ。ぴかぁーなら言うまでもなく。
ここはひとつ
トホホなアウラを放つ2ちゃんねらーのぴか〜さんに
引用ではなくアウラで答えていただきたい罠w
森本>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>宮台
466 :
ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :04/05/29 02:16
ん?
467 :
ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :04/05/29 02:18
<b>アウラ論の補完2</b>
やや強引に、もうすこしパースペクティブを広げてみます。
●コミュニティ内では、私は偶有的存在であり、単独性的存在です。そして共生し、衝突するという
超言的作動をしている。これは二つのことを示しています。主体レベルで脱構築しており、コミュニティ
レベルで脱構築している。
「言語を用いる観察者を観察することは、確かに脱構築的である。というのは、このレベルにおいて
は、超言的な作動を投入しうるからだ。つまり、観察されている観察者の観察を制御している区別を、
拒絶したり受け入れたりできるのである。かくして、セカンド・オーダーの観察のレベルでは、すべての
ものが(セカンド・オーダーの観察そのものを含めて)偶発的になるのである。」(Luhmann[1995a:18]))
●主体レベルとは、器官によって構成された「コミュニティ」=人であり、コミュニティレベルとは、
人によって構成されたコミュニティである。ここには階層構造がある。主体レベルの秩序は、
人の単独性を高める。コミュニティレベルの秩序は、人をコミュニティ内の偶有的存在にする。
人には単独性と偶有性という両義的な作用が働いている。
「たとえば元素、組織、器官を取り出すと、中間の層は、下位層の目的となり、上位層の手段となる。
中間層は両義的な性質を持つことになる。これを自律−従属関係で言いかえると、中間層は下位層
に対して自律的であり、上位層に対しては、従属的であるというように、自律性と従属性を両面性
としてもつことになる。こうした事態を現代的に言えば、ケストラーのいう「ヤヌスの双面」である。
こうした両面性を備えた要素単位を、ケストラーは「ホロン」読んだ。
(「オートポイエーシス」 河本英夫)
468 :
ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :04/05/29 02:19
●主体レベルの単独性は本質的に、下位層の器官さらには細胞による秩序によっても行われるはず
である。すなわち生理システムの秩序ある活動が、主体の単独性を高める。しかし生理システムの
秩序を高めた結果、この高度な秩序を運用する方法が遺伝情報を越えてしまった。新たな
「マニュアル」が他者であり、コミュニティとの鏡像関係である。鏡像関係は必ずしも人に限ったことでは
ないかもしれない。ある程度高度な動物は、他者をみて「自己」の運営の仕方を学ぶ。すなわちそれは
世代を越えて受け継がれる。そして生理システムの秩序の向上は、人によって「自意識」の獲得に
至る。私とは何であるかという問いが発せられたときに、主体の単独性は、鏡像的なコミュニティによる
承認によってしか満たされなくなっていた。「名指しするとは、言語による世界を認識することであり、
私たちは日々名指しし続けることによって、単独性を獲得している。」
生物学的な定義(ドーキンス):ミームは文化の伝達や複製の基本単位である。心理学的な定義
(プロトキン):ミームは文化の遺伝単位であり、遺伝子のようなものである。そして知識の内部表現で
ある。認知学的な定義(デネット):ミームは一つの考え方である。しかも、それ自身が形を作り上げ、
記憶に残る個別の単位となるような、複雑なある種の考えを指す。そしてミームの物理的現れで
ある媒介物によって広まってゆく。ミーム学の定義(リチャード・ブロディ):ミームとは心の中の情報の
単位であり、その複製が他の心の中にも作られるように様々な出来事に影響を及ぼしてゆく。
469 :
ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :04/05/29 02:19
走りすぎてもいいじゃなーい♪
470 :
考える名無しさん:04/05/29 04:41
たとえば癌はコミュニティには属すが個人には属さない。階層構造や主従関係からは
外れているが、常に一定の位置を持つわけで、これではあまりにも雑といえる。
まずそうゆう流れでないので雑でしかたない
またこれは人への道であり、生命全般のパースペクティブではない
472 :
考える名無しさん:04/05/29 09:25
ぴかーおはよう。
人への道だったんですか? それをまったく感じさせない展開です。
人への道と言うか人に内在する作用というか
474 :
考える名無しさん:04/05/29 09:39
グルっておもしれー。
言語的な片端ってのは個性になるんだね。
足が無いというのは、「足がほしい」というアウラであると同時に
「無いぞ、凄いだろ」という個性のアウラでもある。
個性のアウラを捏造するほうが、優位に立てるわけだが、
アウラを実用的なレベルに引き上げるとすると、この辺の分析が必要では
ありません?
475 :
考える名無しさん:04/05/29 09:47
望まないのに複製するという意味では、癌はぴったしだと思うよ
ミームにおいても癌はあると思うよ。明朝の癌とアウラの関係も
パースペクティブに含めてほしい。
476 :
ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :04/05/29 10:07
足が無い?障害者?
実用的はあまり興味がありません。
望まないのに複製するという→すべての生命は望まないのに複製しますよ。
ミームにおいても癌はあると→癌の意味が病気の癌と「悪」が重複してる?
明朝?
ぴかぁー、なんか話しようか。
478 :
ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :04/05/29 10:11
「名指しするとは、言語による世界を認識することである。私たちは日々名指しし続けることによって、
単独性を獲得している。」
象徴界とは、私そのものである。と考えるとわかりやすいと思います。
>>478 「名指しするとは、言語により世界を刺激することである。私たちは日々名指しし続けることによって、
自分の世界内のオブジェクトに刺激をインプットして与え、その気まぐれな、故にファンクションとも言えない
ダイナミックなアウトプットを楽しむのである。」
サーバー重いな
480 :
ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :04/05/29 10:25
よって、象徴界とはアウラな世界である。
481 :
ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :04/05/29 10:26
ぴかぁーのバかぁーン。
483 :
ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :04/05/29 10:31
なぜ電車内で携帯電話を使うのはだめなのでしょうか。
484 :
ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :04/05/29 10:34
・ペースメーカーに支障をきたすから説
・うるさいから説
もう今はこの状況を享受するしかない。実際ここから出て
何になるというのか何にもならない。また逆戻りだ。とにかく
しばらく状況を見ようではないか。そのなかで当初と違った状況
になっても仕方が無い。
486 :
ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :04/05/29 10:38
・ペースメーカーに支障をきたすから説
これは電車に限ったことでもなく、最近は
理由にされないようです。
・うるさいから説
携帯電話でなくとも、電車ないでおしゃべりする人はいる。
「電車内ではお静かに、携帯電話はお静かに」でいいのでは?
487 :
ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :04/05/29 10:42
電車内はひとつのコミュニティであるという説がある。
だからコミュニティ外とコミュニケーションされることは
不快であるというのだ。
いつも居るが友達いないのか?
>>483 盗み聞きは卑しい行為だとういう社会通念があるから
どうでもいいけど、ぴかぁ〜は丸写し厨だなw
原典原理主義はまさにアウラですね
礼拝価値
ただの寓喩だ
盗み聞き説ならば
電車ないのおしゃべり全般に当て嵌まります
人は磁石のような存在ですね
電車ないというなんの必然もない場でも
コミュニティ意識をもつのです
なぜならアウラとはコミュニティの承認だかです
人が磁石のような存在なら、惹きつけあう他に反発しあうということでもあるわな
496 :
ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :04/05/29 14:21
ん?
あうらららー♪
だから何やねんって感じでもあるが
498 :
考える名無しさん:04/05/29 15:12
テス
主体にはこのような鏡像関係による承認と
さらには内的な承認があることを忘れてはいけない
それなぜ人を殺してはいけないのか、ということである
それは自分が死に抵抗する存在だからである
生命は死に抵抗する存在である
自殺をしようてする人であろうが、それはかわらない
それがコミュニティに展開されたとき
人を殺すことは間違いとなる
社会通念だろうが
法だろうが
人の生理システムに反することは間違いであるという
根底があるのである
503 :
ころすけ ◆u8YSn49l0. :04/05/29 15:29
いつのまに哲学板もとにもどったの?
つながりもしなかったからなくなったのかと思っちゃった
504 :
ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :04/05/29 15:44
我々が正義というときに
我々が求めているものはなんだろうか。
人類が平等な社会だろうか。
戦争がなくなることだろうか。
505 :
ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :04/05/29 15:48
しかし正義はアウラの面であり、その裏は狂気である。
われわれが生きると言うことがアウラを作り出すことならば、
そもそも人類平等などは、意味がない。
差異化、闘争は、共生の裏面であり生きていることそのものである。
だから闘争もなくならない。
506 :
ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :04/05/29 15:49
では残る可能性は、戦争をなくすことである。
闘争の場を他に見いだすことである。
507 :
ころすけ ◆u8YSn49l0. :04/05/29 15:51
ぴかぁー久しぶり!
相変わらずだね
508 :
ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :04/05/29 15:51
たとえば、マクドナルドがある国では
戦争は起こらないという「神話」がある。
509 :
ころすけ ◆u8YSn49l0. :04/05/29 15:53
イラクにマクドナルドあるよ
510 :
考える名無しさん:04/05/29 16:03
ころすけには神話を破る力がある。
512 :
考える名無しさん:04/05/29 16:12
ころすけは場の雰囲気を壊し、
神話を反駁し、
さらにはぴかぁーの理性をも破壊しようと試みる。
ころすけこそが時代の求む破壊神なのだ。
513 :
ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :04/05/29 16:13
イラクにマクドあるか?
イスラエルはあるが
514 :
ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :04/05/29 16:14
>>512 わしが哲学板で認知度がある。
わしに粘着する。自分の認知度が上がったきがする。
アウラだねぇ〜
515 :
考える名無しさん:04/05/29 16:19
ころすけこそがぴかぁーの最も恐れる存在である。
ゆえに彼は拒絶するしかないのだ
516 :
ころすけ ◆u8YSn49l0. :04/05/29 16:19
本当にそんな神話あるの?
ぴかぁ〜はたぶん肥満だと思う。
518 :
ころすけ ◆u8YSn49l0. :04/05/29 16:20
みんな変なこと言わないでよ!
519 :
考える名無しさん:04/05/29 16:21
ころすけ、今度からコテ名を「破壊神」にしろよ
520 :
ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :04/05/29 16:23
521 :
破壊神 ◆u8YSn49l0. :04/05/29 16:23
ガオォー
522 :
考える名無しさん:04/05/29 16:24
ソフィだろ?あんたの苦い思い出。
523 :
考える名無しさん:04/05/29 16:25
524 :
ころすけ ◆u8YSn49l0. :04/05/29 16:27
いやだよ〜
525 :
ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :04/05/29 16:27
>>522 >Pーーーだろ?あんたの苦い思い出。
それはこのスレではNGワードなんだけど・・・
526 :
考える名無しさん:04/05/29 16:28
527 :
考える名無しさん:04/05/29 16:29
ぴかぁー、社会学はあまりおもしろくないから数論を学ぼう。
528 :
ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :04/05/29 16:30
数論にはアウラを感じないなあ
529 :
考える名無しさん:04/05/29 16:32
ぶぶーーー。 数論はアウラだらけだよ。
もし数論の根本的なシステムを問うていったら
数論、論理構造が問題だらけで新鮮なフィールドだってすぐ気づくだろうに。
530 :
ころすけ ◆u8YSn49l0. :04/05/29 16:32
私にアウラを感じて♪♪
531 :
考える名無しさん:04/05/29 16:33
まいったな、破壊神はギャグセンスもお持ちだ
532 :
ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :04/05/29 16:34
>>529 それはキミのアウラであって、わしのアウラではない。
533 :
考える名無しさん:04/05/29 16:35
では、あんたの「アウラ」へ方向づけられたベクターはどのようなものであるか?
534 :
ころすけ ◆u8YSn49l0. :04/05/29 16:37
アウラってな〜に?
535 :
ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :04/05/29 16:37
536 :
考える名無しさん:04/05/29 16:41
>>535 > 人間
わかっていた。 人間は数論では語りきれない。
むしろ生物学的アプローチをとるべき。その考えがあんたの根本を成す。
そうであろう。
しかし、その人間の進化は時に誤まった方向性をとる。
そのベクトルを正しい方向へしむけるのが数論のすべきこと。
537 :
ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :04/05/29 16:47
>>536 ってか数論ってなんなん?
シミュレーションと関係あんの?
538 :
考える名無しさん:04/05/29 16:48
>>537 おまえってやつは・・・
抽象化された論理学でいいよ、別に
539 :
ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :04/05/29 16:51
論理っていうものさしでは人ははかれないよ。
540 :
考える名無しさん:04/05/29 16:51
> シミュレーションと関係あんの?
あんじゃねーの。 コンピューターも数論からできたわけだし。
WolframのやってるCellular Automataとかもこんぴゅーたー上でやってるだろ?
541 :
考える名無しさん:04/05/29 16:52
アウラも地に押してきたなー。
542 :
考える名無しさん:04/05/29 16:52
>>539 だからわかってるって言っただろ。
540:
> あんじゃねーの。 コンピューターも数論からできたわけだし。
543 :
考える名無しさん:04/05/29 16:53
引用まちがった:
> わかっていた。 人間は数論では語りきれない。
544 :
考える名無しさん:04/05/29 16:53
ところでころすけは何処行った?
545 :
ころすけ ◆u8YSn49l0. :04/05/29 16:54
ここにいるよ〜
546 :
考える名無しさん:04/05/29 16:55
なんだ、何気に見てたのか。
おまえ学校であんまりめだたないタイプだろ?
547 :
ころすけ ◆u8YSn49l0. :04/05/29 16:56
目立たなくはないけど…
548 :
考える名無しさん:04/05/29 16:58
数論による人間の方向付け vs 進化による方向付け
おもろそうだな。
549 :
考える名無しさん:04/05/29 17:01
ころすけ、何かおもしろいことぴかぁーに言えよ
550 :
ころすけ ◆u8YSn49l0. :04/05/29 17:12
面白いこと?
なんにもないよ
551 :
考える名無しさん:04/05/29 17:15
530みたいなことだよ。
誰もネタ持ってないのか・・・
じゃ、俺もここを去るかな。
そのうち548系のスレでも立てて壮大な自慰でもするとしよう。
私はカッコイイです
スマートです
>>535 万能感に満たされ、自分のすべての判断が無謬なく完全で至高だと確信できたらアウラですか?
554 :
考える名無しさん:04/05/29 18:24
>無謬なく アウトです
555 :
オレオレ詐欺:04/05/29 20:44
エッセイを書きにくくさせている背景には、独創性への願望といったものがある。
われわれは、とくに日本人はということであろうが、独創性に欠けると思い込んでいる節がある。
また、ちまたには独創的であるようにと力説する論説も多い。
しかし、こと独創性に関しては、独創的であろうとして独創的になることができるのであろうか。
独創的であろうとする努力それ自体が、悲しいかな、誰かの猿まねになってしまうことだってあるのではないだろうか。
筆者は、独創性は結果であって、独創的たろうと努力してえられるものではないと考える。
ひと言で言えば、独創的であろうとするな、というのが筆者のモットーである。
われわれは自らが直面している問い(問題)に関して、それを明確に定式化するように努力したり、また解決するように努力するべきである。
要するに、みずからの問題について真剣に努力する(仕事をする)べきなのである。
そして、その結果をエッセイとして取り出せばよい。
ことは単純なのである。
たまたま、取り出した結果が、他の人々によって「独創的である」と評価されるなら、それはそれで大いに結構なことである。
独創的であろうと気持ちを先走らせるよりも、地道に問題に従事すること、この方がはるかに大切である。
換言すれば、問いを発して、問いに捕らわれつづけよということである。
認識とは複雑性の縮減であり
象徴的コミュニティによる自己の承認である
557 :
オレオレ詐欺:04/05/29 20:52
本書では、論理構造のしっかりした、そして知的に平明な文章から組み立てられたエッセイを書くべきことを主張してきた。
しかしながら、世間では、難解な文章は奥深い真理を解き明かそうとしているありがたい文章であるのに対し、
平明な文章はつまらなく価値のない文章であるという神話が依然としてまかり通っているようである。
これはまったく奇妙な話である。
語られている内容が同程度のことであったら、平明に語られていた方が理解も速やかに進むのは論じるまでもない。
内容を理解することが大事だというときに、理解を妨げかねない深遠すぎる文章を崇め奉っているというのは一種の精神錯乱ではないか、
ここでは難解な文章に対する一種の言語信仰的な現象についてはこれ以上触れることはしない。
それよりもむしろ、なぜ本書では平明な文章を書くべきであると主張するのかの理由を説明して、本書の立場を補強しておくことにしよう。
平明な文章を選びとる理由としては、つぎのようなことが挙げられると思う。
糞スレあげんな
559 :
オレオレ詐欺:04/05/29 21:01
・われわれはエッセイを知的な議論に参加するために書いているのであって、
けっして自己満足とか自己を誇示するために書いているのではない。
いわば、文章は他人のために書くものであるから、他人によくわかるように書かねばならない。
そのためには平明な文章を書かねばならないであろう。
・他者との討論においては、意味のつかみにくい表現とかいたずらに難解な言葉を用いて、何を言いたいのかを掴みにくくさせてしまうようなことは厳に避けるべきである。
そのようなことをすれば、時には、深遠な表現であって深い意味が込められていると感心してくれる人が出てくるかもしれないが、
肝心の討論の方は何を議論しているのかさえわからなくなり、不毛な争いに堕落していくことだろう。
これを避けるためにも平明な文章を書く必要がある。
・有効な討論をするためには、自分とはまったく異なった考え方をする他者が読んでも理解しやすいものである必要がある。
そのためには、みずからの主張はくっきりと述べられ、論拠も明快に提示されていなければならない。
意味がとりにくい文章が並んでいたのでは、批判する方は無益な時間を費やすことになってしまう。
560 :
ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :04/05/29 21:04
ん?
561 :
ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :04/05/29 21:07
よって私はたえずコミュニティに帰属していることを感じ
生きている。
562 :
オレオレ詐欺:04/05/29 21:07
・他者にとって批判しやすい平明な文章を書くのは、
書き手が思わず知らず犯してしまった誤りや欠陥を指摘してもらうためである。
われわれは他者の批判によってこそ知的に成長しうるのであり、けっしてみずからを批判から、
たとえば韜晦的な文章によって防衛しようなどと考えるべきではない。
誤りを排除し、客観的な真理に貢献することにエッセイを書くことの意義があるのだとしたら、
誰にでも接近できるような平明な文章を書かねばならない。
批判されることを恐れてはならない。
むしろ批判されるのは、批判に値するだけの価値が認められているのだと知るべきである。
目も通されず棄てておかれるような文章を書くよりも、多くの人によって議論の対象とされるような、平明にして真理に奉仕する文章をわれわれはこころがけるべきである。
563 :
考える名無しさん:04/05/29 21:08
これ誰の文? >オレオレ
>・他者にとって批判しやすい平明な文章を書くのは、
>書き手が思わず知らず犯してしまった誤りや欠陥を指摘してもらうためである。
>われわれは他者の批判によってこそ知的に成長しうるのであり、けっしてみずからを批判から、
>たとえば韜晦的な文章によって防衛しようなどと考えるべきではない。
いいこと言ってるね
565 :
オレオレ詐欺:04/05/29 21:17
>>563 小河原先生の『読み書きの技法』
ウェーバーの『プロテスタンティズム・・・』を探してたら見つけた
久々に読み返したら、意外と身につまされるというか、反省する材料になった
567 :
考える名無しさん:04/05/29 21:20
いいね。
この哲学板住人全員が上の言うような書き方をしてたらどのくらいの
議論が短縮され、そして価値を生みだすものになっていたのだろうかと思う。
ロールーに載せたい
569 :
オレオレ詐欺:04/05/29 21:22
570 :
考える名無しさん:04/05/29 21:22
571 :
ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :04/05/29 21:25
アウラ(神性)とアトレ(愛着)
この文章をみた後にぴかーの文を見返したらなんか笑えるw
防衛しまくりやんw
>認識とは複雑性の縮減であり
>象徴的コミュニティによる自己の承認である
ぴかぁーの書く文章の90パーセント以上は韜晦的である。
晦渋的でないのは他人を罵倒するときだけ。
575 :
オレオレ詐欺:04/05/29 21:32
んじゃ疲れて書くのをやめてた5番目
・最後に、知的に平明な文章を書くことはやりがいのある仕事であると指摘しておいてもよいだろう。
世間では、難解な文章を書く人はすばらしい頭脳の持ち主であると思い込んでいる節があるが、
現実には知的に平明な文章を書くことのほうがはるかに難しい。
ある意味で、難解な文章なら誰にでも書ける。
自分の考えを十分にときほぐさないままに書き連ねるならば、おのずと難解な文章ができあがることだろう。
われわれは、難解な文章の書き手を権威として崇拝するようなことをやめるべきであり、
むしろ、権威に屈せず、そこに思考の混乱を指摘するように務めるべきである。
576 :
ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :04/05/29 21:32
アトレ(愛着)
経験によって価値が上がる
現前化するものによって自己の単独性を獲得するもの
愛、童貞、子供、大好物
アウラ(神性)
経験によって価値が下がる
現前化するものでなく、それが象徴するものによって自己の単独性を獲得するもの
恋、処女、アイドル、母の形見
読んでみます、thx! >オレオレ
578 :
ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :04/05/29 21:36
恋する相手はアウラである
つきあうことによって、アトレとなる。
579 :
ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :04/05/29 21:40
母はアトレである
失うことによってアウラとなる。
580 :
女帝グェス ◆1dMlI2wLRM :04/05/29 21:44
なんでぴかはそんなに恋とか女とかにこだわるの?
本当のところ、あんたは自分の欲求(恋とか処女とか女とか)を文に仕立てて、そのフラ
ストレーションを昇華しようとしてるだけなんだろ?
581 :
ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :04/05/29 21:51
まだなにかが足りない・・・
582 :
ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :04/05/29 21:52
自己の単独性を保証するなら
神よりも親の方がアウラがあるはずだ。
583 :
ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :04/05/29 21:54
アウラとは無いものへの渇望である。
584 :
ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :04/05/29 21:57
たとえば私が親がいるとして、
親自体は、誰にでもいるために単独性を保証しない。
むしろコミュニティへの帰属を保証する。
それは偶有性である。
しかし親が死ねば、親はアウラとして現れる。
・・・
585 :
ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :04/05/29 22:02
デリダの散種の多義性化で考えれば、
多義性に還元されない余剰が、否定神学となる。
なら知らないということが大きいほど、
余剰は大きくなる。余剰がアウラであるなら、
知らないということが、アウラにつながる。
586 :
ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :04/05/30 00:15
アウラという高い唯一性は、そもそもにおいて幻想である。
しかしそれでも強く惹かれてしまう。
そこにアウラを感じる。
ベンヤミンがいう複写技術以前の芸術作品
富士山、夕焼け、なぜだか心に強く響く。
そこに神性が捏造される。
587 :
ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :04/05/30 00:18
高い唯一性は主観である。
ではこの唯一性はどこからきたのか。
まだおまえ居たのかw
589 :
ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :04/05/30 00:23
鏡像関係では得られない内的な「力」???
590 :
ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :04/05/30 00:25
芸術とは、鏡像関係を越えたところの
すなわち象徴界からの現実界へのダイブをすることである。
現実界からの声が、アウラ?
591 :
パレルゴン ◆DRyRniyr9k :04/05/30 00:36
ぴかぁ〜さん
どの本を参照してるの・・・
ラカンでしょうか。
>>586 遡及する拙き唄として、ぴかぁ〜さん捧げようw
pはかつての(スモール)aに憧れる
aの辿ったDの思考の道を辿る(素振りをして時折目配せする 一体誰に?)
pは労せず否定神学に至り 満面の笑みを浮かべる
Dが捨てaたちが捨てた残余を神秘化しその神官になろうする
わたしの神殿 わたしの教典 わたしの信者 わたしの全て
神秘をまとい遙かな上空を旋回するp(a)の幻影に自己陶酔するp
わたしの神殿 わたしの教典 わたしの信者 わたしの全て
まるで地面をのたうち回る傷ついたカラスのように 「宛先と署名のない手紙」
ナルシシズムが随所にみられますな
594 :
ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :04/05/30 00:50
鏡像関係で交換されるものは、
DNA的なもの
ミーム的なもの
595 :
ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :04/05/30 01:05
DNA的なものは、人の内的に現れるものである。
これも鏡像関係にある。
たとえば、怒った人を見ると、伝染される。
それは私たちが限りなく同じ生理システムであるからだ。
ミーム的なものは、コミュニティ内で伝搬されつづけていく。
DNA NO WAVE
少し歪なファンレターとして読んでね^^;
598 :
ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :04/05/30 02:39
なぜ 子供は子供に惹かれるのか。
集団の中で、より自分と近いもの惹かれる。
これは自分をわかってほしい。ということだろうか。
自分と近い趣味の人と話をするのは楽しいものである。
599 :
ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :04/05/30 02:44
これは二つのことを表している。
ひとつは分かり合えることのうれしさ。
もうひとつは、さらに複雑化できるということである。
たとえば、大人と子供がいると、
それは大人と子供として差異化される。
もし私が子供であれば、私は「子供」である。
しかしもしもう一人子供がいれば、私は「子供」ではいられない。
なぜなら、二人の子供の差が無くなるからだ。
そして私は「男の子」、もう一人の子供は「女の子」となる。
すなわち私が誰であるかということは、より近い人が
いる方が明確になるのである。
600 :
ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :04/05/30 02:46
これをコミュニティで考えると、
一見、同じものが集まるコミュニティは均質化するようで、
より差異化されるという構造がある。
601 :
ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :04/05/30 02:48
これは主体レベルとコミュニティレベルの違いかもしれない。
主体レベルでは、個体性が強まり、
コミュニティレベルでは集団性が強まる。
602 :
ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :04/05/30 02:53
これは主体がコミュニティへの帰属を
強めるほどに自分がないものかわかり、
弱まるほど、自分がなにものかわからなくなる
ということである。
603 :
ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :04/05/30 02:58
しかしこれにもいくつかの面があるかもしれない。
たとえば社会コミュニティに強く帰属することは、
家庭、近所、学校、など、社会機能によって自分が規定されることである。
それに対して、現代のように社会コミュニティよりも、趣味のコミュニティが
重視される。
この違いはなんだろうか。主体は後者を望むのだろうか。
604 :
考える名無しさん:04/05/30 07:23
パレってまじめだね
フェチな指にはアウラが住んでいる
606 :
オレオレ詐欺:04/05/30 10:21
「問いを見つめよ」ってことだ
自分がそれを書くことによって提起しようとしていることは何か、だな
まずはそこを書かなければならない
俺は古い人間だから詩を詠むほど暇ではないんだ
「は?!文学?」
その一言で捨てて終わりさ
君は自分の言葉に批判されるだけの価値すら与えないつもりなのかい?
モームスのだれがすき?
608 :
オレオレ詐欺:04/05/30 10:29
>>607 もちろん矢口だよ矢口!!!!!!
矢口以外はモー娘。じゃないね
ただのモー娘だよ
このスレか?
絶滅危惧種のポモサピエンスが公開オナニーしてるってのは(藁
610 :
ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :04/05/30 23:20
下妻物語みてきました。
かなりの良き出来でした。
611 :
考える名無しさん:04/05/30 23:40
何気にソーカル注が混じってるw
たとえば、火星表面の人面石はアウラである。
影を人の影のように見えるから火星人という対象aを
見いだす。あるいはそれを火星人がいると見る人を
アウラなやつとして、見下す。
ソープ行ってきました。
かなりの良き具合でした。
614 :
ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :04/05/30 23:51
本来偶有的なはずの世界に、意図を感じるということだ。
これは、主体がそこに意図があるように感じるということであるが、
ここには、意図という人の志向性があるだろう。
人はなにに意図を見いだすのか。
志向性があり、そこには本来ないという判断があり、
それがあることとの差異が、アウラを生み出す。
615 :
ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :04/05/30 23:52
616 :
ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :04/05/30 23:57
人は神がいて欲しいのである。
神がいれば、そこに絶対的な真理があり、正義がある。
そこに到達すれば、人々は救われるのである。
現実と理想とのギャップが神を捏造する。
617 :
ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :04/05/30 23:59
そこに因果律があってほしいのであり、
意味があってほしいのである。
618 :
ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :04/05/30 23:59
すべての意味は神の捏造である。
619 :
考える名無しさん:04/05/31 00:00
ぴかぁー目撃されたみたいだなwww
じゆんじゃないが、pタン元気そうでなによりだ
率直な感想だが「アウラ」が余計ではないか? 「アウラ」で思考中止に陥ってないか?
621 :
ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :04/05/31 00:03
私の意味はコミュニティ内の単独性である。
ほかのだれにも代替が聞かない自分の位置=単独性である。
622 :
ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :04/05/31 00:04
623 :
ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :04/05/31 00:07
では、意味とはなんだろうか。
624 :
ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :04/05/31 00:10
意味とは救われたいということである。
では、救われるとはなんだろうか。
「私はアマチュアとはテニスしない主義なのだ」byラカン bye!
626 :
ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :04/05/31 00:24
救われる
・コミュニティ内で自分でなければならない意味を見つける。
・生理的な反発から解放される(空腹、死など)
627 :
ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :04/05/31 00:26
逆説的に私に足りないもの
・コミュニティとのつながり。
・生理的システムの安定維持
628 :
ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :04/05/31 00:28
主体の従属性・コミュニティとのつながり。
主体の自律性・生理的システムの安定維持
629 :
ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :04/05/31 00:29
繋がりとは、単に他者と関係性をもつことではない。
繋がりとは、他者に対する自分で無ければならない位置を見つけることである。
630 :
ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :04/05/31 00:31
細胞は単独性を望むか。
631 :
ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :04/05/31 00:40
花をみてなぜ美しいと思うのか。
それに答えることはできない。
なぜなら生理に根ざしているからだ。
だからいつも美は神を捏造する。
>>630 ソープ行ったらアウラはダメになるだろ。
633 :
オレオレ詐欺:04/05/31 10:58
>>611 おまえが言ってるのは俺のことだろ?
それにしても簡単にレッテル貼りするんだね
内容ではかなわないから仕方がないのだろうが
たとえば人はなぜ音楽が好きなのか
現代においてでさえ
一人が歌を歌うのに多くの人々が囲うという風景は、ある意味異様である
まさにアウラである
お兄さんが何でも論破してあげるよ。
ここには理解できないが
心地よさとそれを共有しているコミュニティへの帰属意識がある
アウラの二つの構成要素である
ベンヤミンがアウラの喪失いったときには
後者のあるだろう、記号コミュニティの消失を意味している
援助交際のアウラについては?
>>638 いまどきアウラなんて持ち出してきている君!
現代のコピー産業の発達によってそれは意味を成さなくなっているんだ。
価値の体系が変わってきた証拠だね。
理解できない引力とみなが同じ引力という不可思議が
神を捏造する
しかしさらに大切なことはそれが本質的に神とのマンツーマンコミューニケーションとして
せまってくることである
それはコミュニティへの従属性と
主体としての自律性をともに与えるものであることである
絆とは関係性ではなく
自己の自律性がみとめられることである
ベンヤミンがアウラの消失といい
リオタールが大きな物語の凋落といった
ポストモダンへの以降は
具現化されたキリスト教的神の失墜である
しかし神は死なない
それは生理という共有された究極的物語と
私でありたいという力により捏造されるものだからだ
わたしは現代においてよりアウラを捏造しつづけているといえる
無数の小さなアウラを
646 :
オレオレ詐欺:04/05/31 12:17
神は死んだ
神は死んだ
お前らが殺したのだ
647 :
ころすけ ◆u8YSn49l0. :04/05/31 12:26
ぴかぁーこんにちは!
お腹すいたよ〜
ぴかぁーの昼ご飯は私だよ♪♪
>>645 君はベンヤミンをちゃんと読んでいないな。
アウラという言葉の意味だけどこかで知って使っているに過ぎないんだね。
なぜ
>>645みたいにアウラを誤用するのか不自然だよ
「我」とはアウラである
650 :
オレオレ詐欺:04/05/31 12:33
>兄
んじゃ俺の相手になってよ
なんで「何を言いたいかまとめないと言葉って発してはならないの?」
わけわからん文章書いたっていいじゃん
ん? なんか面白い面子がそろってるな。
ころ元気か?
オレオレも兄もかかってきなさい。
653 :
考える名無しさん:04/05/31 12:46
>>650 相手に伝わらない文章なんてここでは書くだけ無意味なんだ。
そんなのは荒らしているのと何も変わりないし、独りよがりでしかない。
だいいち、自分が良く理解してないからそんな文章になってしまっていると思うんだ。
オレオレはカント途中で投げだして、ニーチェ読みはじめたばかりの
哲学初心者だね♪
655 :
オレオレ詐欺:04/05/31 12:50
>>654 いや、ニーチェはとっくに読んでいてお遊びで引用しただけ
656 :
オレオレ詐欺:04/05/31 12:50
657 :
オレオレ詐欺:04/05/31 12:54
とりあえず、なんか議論のテーマを決めないとな
>>653を受けて
「言葉の使用で意味/無意味の線引きをすることはどれだけ可能か」なんてどうよ?
ん? オレオレっぽいじゃん。
>>653 > 相手に伝わらない文章なんてここでは書くだけ無意味なんだ。
> そんなのは荒らしているのと何も変わりないし、独りよがりでしかない。
彼が2chはじめてからずっとだよ。そうやってみんなに見捨てられてきたんだから。
兄もあと1ヶ月すりゃぴかリンを構いたくもなくなるから安心して。
>>657 > 「言葉の使用で意味/無意味の線引きをすることはどれだけ可能か」なんてどうよ?
その話すると俺の正体ばれそうだからバツ。
660 :
オレオレ詐欺:04/05/31 12:58
>>658 まぁ、俺はカントだよ
今もちょうどいいとも見ながらカントを読み直していたところ
ただね、分からないのはカントの言ってることって俺はかなり肯定できるんだけど
カントを的確に否定しているのって誰がいるの?
カント以降のドイツ観念論はカントの誤解から流れている感じだし
きちんとした形で批判しているやつって誰がいる?
661 :
ころすけ ◆u8YSn49l0. :04/05/31 12:59
お腹いっぱいだ〜!!!!!!
ぴかぁーなに食べた?
662 :
オレオレ詐欺:04/05/31 13:05
>お兄さん
ちゃかしてごめん
これからは「お兄さん」とちゃんとフルネームで呼ぶから参加してよ
663 :
オレオレ詐欺:04/05/31 13:10
ひまだなー
なんかいいテーマないかなー
664 :
オレオレ詐欺:04/05/31 13:13
メシでも食うか
言語意味にはたえず余剰が存在する
それをバルトはコノテーションと読んだ
デリダが超越論的シニフィアンというときには
そのシニフィエが確定記述の束に還元できないことによる
理解できないことは
神性に還元される
その不気味なものを管理する誰かを捏造することにより
安心したいのである
またそれは主体の単独性を保障ものとして使われる
この不気味なものはどこからくるのか
それは主体の志向性である主体が世界から読み込むのである
すなわち主体の読み込みと理解の差異に余剰は生まれる
主体が読み込むこむのに
主体に理解できない
ここで考えるべきは
生理的なものと論理的なものである
生理を越えられない論理との差に余剰が生まれる
だから理解されれば(理解されたと重いこめば)余剰は消える
それは近代において神が科学に解体された図式である
余剰は主体の単独性を保障するものとして
つかわれる
確定記述の世界では自己の単独性を保障するのは困難である
火星表面の人面、富士山、夕焼け、芸術作品、花、異性、女子高生、ハマサキアユミ…
確定記述に還元されない余剰を生み、神性が捏造される
還元されないものは高い唯一性である
そしてそこに主体への語りかけを感じる
それを理解すること、征服することにより
私は私足りえる
謎の解体はパイオニアにより、私だけの意味を手に入れる
アウラとは謎である
674 :
オレオレ詐欺:04/05/31 15:17
やれやれ、んじゃ俺も難解で崇高な文章を書くか
ピカの好きなハベルマスからの引用だ
>>648 >君はベンヤミンをちゃんと読んでいないな。
>アウラという言葉の意味だけどこかで知って使っているに過ぎないんだね。
>なぜ
>>645みたいにアウラを誤用するのか不自然だよ
ぴかぁ〜はベンヤミンをネタに自己の哲学を展開しているんだから別にいいんじゃない。
言葉は誤用されて進化したり劣化したりするんだから。
それよりも延々と、My哲学を張りつづけるのはどうかと思うよ。
My哲学をここに張りつづける行為と、誰かのレスへの反応は全く独立していて、
ここでの掛け合いとは無関係なものが貼りつづけられていないか?
676 :
オレオレ詐欺:04/05/31 15:23
全体はその部分の総和以上のものである、という命題に従って全体を有機論的に把握することは、非弁証法的であるとして禁ずる、
厳密に弁証法的な意味での総体性として、彼は社会を概念的に把握する。
しかしまた総体性は、そのもとに包摂されたあらゆる要素の総計によって外延論理学的に規定される、一つのクラスであるのでもない。
アウラとはいわば女性である
しかし他方より近いものをに引かれる
678 :
オレオレ詐欺:04/05/31 15:27
理論は文章論的に拘束されている枠内で、われわれが任意に構成する整序図式である。
理論は、それに実在の多様性が適合するとき、特殊な対象領域に対して使用可能であることが証明される。
言葉を聞いただけで、ふつう人は信じる。
だが、やはりそこでは何かが考えられていなければならない。
なにも考えない者、
その者にかの力は与えられ、
彼は何のうれいもなしに、それを所有する
680 :
オレオレ詐欺:04/05/31 15:40
>>675 接点がないんだよ
何について述べたいのか分からないから
彼の言葉を否定したくても何を否定すればいいのかが分からない
また、彼が何を否定しているのか分からないから何を擁護すればいいのかもわからない
ならそういえよ
考え出すと夢中になるからさ
アウラと主体の関係を考えてるのさ♪
さらにいえば人はなにを望んでいるんだろうって
ことなんだけど…
683 :
オレオレ詐欺:04/05/31 15:52
>>681 違うんだよ
何を考えているかどうか、ではないんだよ
君の言葉を否定すると何が出るかが分からないんだよ
いまは一つはフロンティア性というべきもの
謎=アウラへの探求
これば征服により自己の単独性を高められる
もう一つは、近いものとの接近
これも自己をより複雑化して単独性を高められる
これはアウラでなくアントレ(愛着)と名付けようと思うんだけど
685 :
オレオレ詐欺:04/05/31 16:07
>>684 名づけるのは自由
何と呼ぶかも自由
その言葉によって何が排除されているかが問題だ
ついでにいうと何も排除されてないならばその言葉は無意味だ
差異化運動が外部に向かうか内部に向かうかということだね
687 :
オレオレ詐欺:04/05/31 16:19
>>686 内部でも外部でもないそれ以外という選択肢はないのか?
たとえば憧れの子はアウラなんだけど
つきあいだして内部に取り込むとアトレになる
たとえば処女はアウラで童貞はアトレ
これは社会的に女性が外部に置かれているということだね
アウラを手に入れた瞬間、幻滅しますた。
転移はアウラを取り込んで内部で差異化しようとする運動とみることができるね
転移はアウラを取り込んで内部で差異化しようとする運動とみることができるね
693 :
ころすけ ◆u8YSn49l0. :04/05/31 19:45
ぴかぁーいる?
いる
695 :
ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :04/06/01 18:51
<FONT size="+1"><b>コミュニティと私 その1 心象同期</FONT></b>
<b>世界への他者志向性</b>
たとえば火星表面の人面石とはなんでしょうか。火星の表面を観察をしたところ影が人の顔のように見えた。
そのほかにも人面魚というのもありました。鯉の模様が人の顔のように見える。このような現象におもしろいのは、
偶有的な模様からそのような模様に惹かれることです。ここにはそこにシグナル(意味)を感じるという人の
志向性があります。
たとえば富士山を見たときになんらかの感慨を持ちます。海に沈む夕日であり、星空であり、花であり、
なんらかの感慨をもちます。偶有的なものであるはずなのに、理解できないところで心が何かを感じてしまう。
そしてこのような感慨は、そこに誰かからの何らかのシグナル(意味)があるように捏造されます。富士山は誰か
からの私たちへのシグナルなのです。富士山は偶有的に出来たものではない。だれか富士山を美しくつくった
のです。だから私はそこに美しさというシグナル(意味)を受け取ることが出来るのです。
捏造される誰かとは、私とコミュニケーション可能な「他者」です。それは火星人であったり、幽霊であったり
しますが、多くにおいて「神」です。神は、人の英知を越えた存在ではありますが、私とコミュニケーション可能な
存在です。ここには、人の「他者志向性」があります。<b>人は惹かれるものに他者性を捏造する。あるいは、
人は他者性に強く惹かれるということです。</b>
たとえば人はペットや人形などさまざまものに、愛着をもちます。ペットや人形などに語りかけます。そして愛着
あるものに強く感情移入します。愛着あるものが傷つくときには、自分のように痛みます。ここにも「他者志向性」
があります。そしてさらには他者とは、限りなく私に近い存在であるということがわかります。
696 :
ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :04/06/01 18:52
<b>他者への他者志向性</b>
たとえば、友達がすねを打って痛がっている。この痛みは私にわかるのだろうか、という哲学的な疑問が
あります。これは確かめようがありません。しかし友達がすねを打って痛がっている様子をみると、
私自身も痛さを感じます。それを感じることが出来るのは、他者は限りなく私だからです。
たとえば、なぜ子供は子供に惹かれるのでしょうか。電車の中で何組かの家族連れがいると、
子供は他の家族の子供の動作をみているのに気づいたことはないでしょうか。彼らはなにかのシグナルを
出し合うように強く惹かれあっています。しかしこれは子供だけの特性ではないでしょう。たとえば異国で同じ
日本人に見かけたときなど、多数の異種の中に、自分と近い人をみたときに、感じるものがあります。
そこにはもう一人の「私」を見つけるのです。
人面岩や富士山やペットに見られた他者性志向による捏造された他者とのコミュニケーションよりも、
相手がほんとうの他者であった場合には、コミュニケーションは双方向的になり、それはよりお互いに
他者志向性を深めていくという同期行為となります。
697 :
ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :04/06/01 18:53
<b>他者との心象同期</b>
>>
「他者」とは、自他同期性という、同種においては先天的に密接なコミュニケーションが可能である存在である。
そして「コミュニケーションとは、主体が主体の内部に起こった心象を客体の内面(心象構造)に再現させよう
(複写)しようとし、客体が主体の内部に起こった心象を、客体の内面(心象構造)に(複写)再現しようとする」
こと、心象構造の同期行為である」(コミュニケーション自己構築論id:pikarrr:20040307)
<<
人面岩や富士山やペットに見られた、惹かれるものに他者性を捏造する。あるいは、人は他者性に強く惹かれる
という他者志向性は、本質的に本物の他者との同期行為を目的とした傾向ではないでしょうか。
それはコミュニティを形成する力となります。
たとえば人はなぜ音楽が好きなのか。人が偶有的な音よりも、ある音階の組み合わせに心地よさを感じるのは、
生理的なものかもしれません。そしてなぜその音楽にこころ惹かれるのか理解は出来ないが、そこには誰かが
いる、私へのメッセージがある。それは実体としての歌い手よりも、神性を捏造した人として現れます。
現代において、コンサートなど一人が歌を歌うのに多くの人々が囲うという風景は、冷静に考えるとある意味
異様かもしれませんが、これはかつてと宗教儀式と近い構造をもっていると考えられるます。そのような、
神性をおびた他者の音楽に対して、多くの人が同じように同期行為を行えるということは、隣の聴衆とも
同期しているのです。なぜ感動するのかはわからないが、同じことに同じように感動する人々は、コミュニティ
として一体感を作ります。
人は意味を、他者からの、コミュニティからの意味として求めます。それは人が強く他者を求め、コミュニティに
帰属することを求めているからです。
698 :
THE グル:04/06/01 18:59
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─( ゚ ∀ ゚ )< ていせつていせつ!
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ていせつ〜〜〜〜! >( ゚∀゚ )/ | / \__________
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699 :
ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :04/06/01 19:21
昔、ある女の子と飲み屋で知り合った。
かなりかわいい子だった。いいなと思った。
そしてその子が後輩の同窓生であることがわかったので、
卒業写真をみせてもらった。かなりブスだった。
整形したのか、化粧でかわったのかわからないが、
そのときの不快感はとても不思議なものだった。
ほんとに吐きそうな感じだった。
700 :
考える名無しさん:04/06/01 19:34
ベンヤミンの論考は興味深いものが多いが
"アウラ"概念はいただけない
アウラは、人が話し言葉を作り出し、火や道具を使い始めた時、
既に喪失したものだ
701 :
ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :04/06/01 19:34
整形するひとはそれはそれでいいと頭ではわかっていても
納得できない感が残る。
社会性的な整形への偏見はまさにアウラ信仰だろう。
顔という唯一性への冒涜。
これはDNA操作などに見られる感情的な不快感へも見られる。
702 :
THE グル:04/06/01 19:35
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>>701 心配するな、そんな感情すぐになくなるさ。
人間とはそういうものだ。
704 :
THE グル:
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