仏教の根本三法印・四法印について

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952942:02/03/23 03:19
>生の次に死が来てを繰り返すというのは生まれ変わり死に変わりという意味ですか?

必ずしもそういう意味ではないね。輪廻と転生は別の概念と思っている。
しかし、人は誰かが死ぬのを見て、自分は今、生きていると思う。
いつかは自分も死ぬのだと気がつく。
もし、誰も死なないのなら、誰が自分が生きていると気がつくだろうか?

>ただし言葉は現象にすぎない(縁起せる)ものを
>実体化(固定化)する力を持つので要注意である
>と習ったのですがどうなのでしょう?

私もそうだと思いますよ。
ただ、私はもう少し別の角度で見ている部分もありますが、
説明は面倒くさいのでご容赦ください(笑)。
953942:02/03/23 03:23
>輪廻の二元性とやらは、昼と夜、生と死の二元性と等価だとなぜいえるのですか?

なぜ?という質問自体がこの場合は不適切。
例えば、なぜS極とN極があるのか?
と訊かれて、その理由を答えることのできる物理学者がいるとは思わない。
正しい質問を心がけてください。
954門外漢:02/03/23 03:31
>>953
二元性を仮定した上で、複数の種類の二元性の関系の質問をしているのですが。

今日はこれで寝ます。
レスありがとう
955ベロ ◆od7XM/js :02/03/23 03:34
>>943
屁理屈のようになりますがもし輪廻を前提としなければ、一切衆生を救う事ができない
といわれるのなら、輪廻という概念を持たない民族はどうなるのでしょうか?

>>952
生と死、昼と夜などはコインの裏表で決して切り離されては考えられないと言う事ですか?
そう言う意味で輪廻と涅槃はワンセットと言う事でしょうか?
956向こうの227:02/03/23 04:18
>>930
>・ブッダの立場から見ると、輪廻はない。
>・形而上学的問題でわからないというのは凡夫に合わせて説いたこと。

つまり、ブッダには五感を超えた認識能力があると主張するのか
バイオレット吉川が主張するように、瞑想によって五感を超えた認識能力を発することが出来ると

例えば、瞑想することで過去や未来を見通したり、地球の裏側で起きていることを見たり
957神霊能力者・ヘノ ◆.t4dJfuU :02/03/23 06:54
輪廻があろうとなかろうと今の我々にはわからん事です、それは宇宙は無限か有限か?と同じ様な部類のもので把握できないでしょう。
我々は、宇宙のマクロと原子のミクロの狭間に生かされております、つまり生まれながらに中道に生きていると自覚するべきなのです。
958考える名無しさん:02/03/23 08:46
失礼、やっぱりよく考えずに反射的に書くのはいけない。訂正します。
・しかしブッダでない者は、自覚のあるなしにかかわらず輪廻のなかにいる、
・だから実に苦しい。
・輪廻の中いる者に「輪廻はない」と言ったところで、それは単なる言葉だけ、
959 :02/03/23 08:52
ここにいる人たちは
輪廻によっても時間が連続しているととらえているのだろうか?

輪廻の時間が無数に重複しているとして何か不都合でもあるだろうか?
960 :02/03/23 08:58
具体的に書いておいて、俺はこの場を去ろう

2002年3月23日に死んだ人は
2002年3月23日以降に生まれるものにしか輪廻しないのか?
ということ
961考える名無しさん:02/03/23 08:58
>>956
>つまり、ブッダには五感を超えた認識能力があると主張するのか
>バイオレット吉川が主張するように、瞑想によって五感を超えた認識能力を発することが出来ると
>
>例えば、瞑想することで過去や未来を見通したり、地球の裏側で起きていることを見たり

それは神通はあると確信するが、輪廻がないこととあまり関係ないと思います。
それよりも識蘊も、我を感じない状態みたいなものが輪廻がないことと関係が深いと思います。
宿命通なんてちょっと器根の優れた人が真面目に行すれば、結構すぐでるです。
オラの周りにもの何人もいるよ、もちろんどっかの人たちみたいに自慢はしないけど。

なぜなら、今、話題になっている二元性に合わせて説けば、
我があると思うことで、他が現れ、全てが自分に対する対象のように現れてることから、
輪廻が始まると考えるからです。
調べてないけど、たしか『中論』にそんなことが書いてあったと思います。
962考える名無しさん:02/03/23 09:07
>>933
>>正:伝統仏教はすべてそのように教えている。近代仏教学を除いて。
>近代仏教学は輪廻を否定も肯定もしないだろう。
>「近代の日本仏教を除いて」とすべきだ。

そうですか、私は和辻哲郎あたりからそのようになったと思いますけど。
例えば明治時代の釈雲照の『仏教大意』では輪廻を前提に説かれ、
和辻あたりから、輪廻は不必要と考えるものが出たと思います。

もちろん近代仏教学のすべてが輪廻は不必要と考えるとは思いません。
963考える名無しさん:02/03/23 09:22
>>941
>釈尊当時のインドの民衆にはそれこそリアルに死後にはどうなるのかホントに切実な
>問題だったと思うが、現代日本人でそんなにリアルに輪廻を考えられる人はいるのかな?

当時のインドの民衆がリアルに輪廻を信じていたとは思えません。仏教徒やヒンドゥーの
行者のような人だけがリアルに輪廻を信じていたと思います。それほど現代と違わない
かもしれませんよ。まあ、現代は疑似科学信仰が強いから、やっぱ弱いかな?
 順世外道というぐらいだから民衆には信者が多かったかもしれない。
 順世外道と疑似科学信仰者の説がよく似てるんですよ。
 例えば、「人生は一度だから思いっきりたのしまなくっちゃ」みたいな。
 
>>938
>う〜ん、55さんがリアルに感じられる輪廻とは如何なるものか説明して下さい。
>そりゃ55さんが感じとってしまうとおっしゃられるなら、どうしようもない事ですが
>申し訳ないですが、僕には輪廻なんてお伽噺程度の認識しかありません。仏教は輪廻を
>前提としていない僕にも感銘を与え、「仏教は素晴らしい」と思わせて下さいますよ。

リアルに感じられるとは思いません。世俗諦としては輪廻はリアルだということです。
もちろん、輪廻を前提にせずに仏教を実践してもいいと思います。
それぞれの人に合ったやり方で仏教は実践すればよく、
これだけが唯一絶対の正しい仏教というのはないと思います。
ただ、仏教は輪廻、あるいは来世を前提としないものだと言うのは困るのです。誤解だから。
964考える名無しさん:02/03/23 10:13
いろんなスタンスで発言が行われているので、議論がすれ違っている。
俺も含めて輪廻肯定派の論拠は、次の点ではないか。

・初期仏教教典、大乗教典、密教教典、論書を通じて、輪廻を前提に
した主張が広範に見られる。
・それらの教典・論書において、輪廻を前提とすることを否定する
ような主張は見られない。
・それらにおいて、輪廻に直接関わらない主張も見られるが、それは
別の箇所で輪廻を前提とする主張があることと矛盾しない。
・以上の点は、輪廻を否定する君らを含めて現代の日本人の多くが輪廻を信じない
こととは関係がない。

仏陀が14無記で言おうとしたことは、あなた方が認識できないことに
こだわって、大事な修行をそっちのけにするのは愚かなことだ、
ということであって、輪廻を否定しているわけではない。
965943:02/03/23 10:26
>>955 ペロさん
>屁理屈のようになりますがもし輪廻を前提としなければ、一切衆生を救う事ができない
>といわれるのなら、輪廻という概念を持たない民族はどうなるのでしょうか?
そうではないと思います。問題は、輪廻という概念を持っているかどうかではないと思います。
964さんがおっしゃっているように、仏典に説かれる思想の多くが、輪廻を前提にしてしか成り立たないと思うのです。

それは、キリスト教では、神が全知全能の力をもち、世界を想像し、最後の審判を下す、
という宗教が別にあるのを見、そういった複数の宗教を並べ、さらに
科学的な知識を前提にした場合、個々の宗教の作り上げた概念装置を
相対的なものと位置づけることとは別の事柄です。
966電波男Ψ(´д`)Ψ ◆KW8mn4ss :02/03/23 10:39
輪廻とは「おこない」とその「むくい」という人間のありかたが際限なく繰り返され
止まらないことを言います。

この世とは三界の事です。三界とは六道輪廻する迷いの状態のことを言います。六道輪廻
とは死を基点として生まれ変わることでは決してありません。ある時は怒り、ある時は貪
り、ある時は闘争心を剥き出しにし、ある時には色欲に刈られ、ある時には社会生活を遵
守して行動し、ある時は喜びに酔いしれる。このように人間の心の状態は日々、刻々変動
し、その中をぐるぐる言ったり来たりして心静かに煩わされる事のない状態になるのは不
可能な事です。その意味で輪廻は否定しませんが、「おこない」によって死後、地獄にお
ちたり、天人になったり餓鬼になったり、畜生になったりする事は体験できません。

釈尊在世に「観念」として「生まれ変わり」は当たり前とされたかもしれませんが、実際
に体験した人、体験したと勘違いした人はまれであり、一般的ではありません。また人間
、畜生を除いた四つの生存形態が一般的に確認されるわけでもありません。

大切なのはいま、現実として苦しんでいるということで、その苦しみのあり方を六道輪廻
として説明し克服する方途を提示しているのが仏教だと考えます。

もし「生まれ変わり」が真実だとすれば、来世における「わたし」と言うのは別人格です
ので、現世をもっと無責任に生きてしまいがちです。いまの人格、およびアイテンティフ
ァイされる私というものは間違いなく現世という枠でしか確認できないのですから。
967向こうの227:02/03/23 11:25
やっぱハンドルないと見にくいね
それとも名無しは全部同一人?
968今を精一杯、生きる!:02/03/23 11:49
イマージン オール ザ ピーポー    LIVING FOR TODAY
969942:02/03/23 11:58
>>954
>二元性を仮定した上で、複数の種類の二元性の関系の質問をしているのですが。

質問の意味は理解していますよ。
しかし、答えようがない。

>>955
>生と死、昼と夜などはコインの裏表で決して切り離されては考えられないと言う事ですか?
>そう言う意味で輪廻と涅槃はワンセットと言う事でしょうか?

そうですね。それが真実だ、という意味ではありませんが、
そのような二元性が最初からないなら仏教の必要もないでしょう。

>>961
>我があると思うことで、他が現れ、全てが自分に対する対象のように現れてることから、
>輪廻が始まると考えるからです。

それが一番近い説明ですね。
970門外漢:02/03/23 12:35
電波男Ψ(´д`)Ψ さんの説明で納得しました。
971964:02/03/23 13:11
>>970
>電波男Ψ(´д`)Ψ さんの説明で納得しました。
「納得しました」と言うが、それは現代日本に生きる自分の問題としては
納得できた、という意味だろう。
だが、電波男氏の言うのは、過去の仏教の言説の、現代人に受け入れやすく
改釈したものにすぎない。仏典の文字通りの意味ではなく、
ちょうど親鸞が自分の実存的問題意識に基づいて強引な読替をしたのと
同じようなものだということを忘れてはならない。
過去の仏教徒が電波氏のような考え方を持っていたわけではない。

だから、何か、今を生きる自分の肥やしになるものを求めるのと
膨大な仏教典籍に説かれた思想を、かれらの思考を正しく理解しようとするのは
別のことなのだ。
972門外漢:02/03/23 14:55
>>971
あなたがなぜ怒っているのか僕にはわかりますが、それは誤解です。
昨夜から僕を含め仏教をあまり知らない人のレスが増えたので電波男Ψ(´д`)Ψ さん
はかみくだいて説明してくれたのに、それで仏教がわかったつもりになるほど僕は馬鹿
ではありません。
僕のこのスレでの関心は937で書いたように「輪廻で問題にすべきことは、土着の転
住神話がどのようにして仏教に取り込まれていったのかということなのではないか?」
ということです。(スレ違いだとは思ってますが)
966の電波男Ψ(´д`)Ψ さんの説明は、僕にとってはこの問いに一つの視点を与えて
くれるように思えたのです。
(僕はキリスト教の史学はちょっとだけかじったことがありますが、仏教に関しては
まったく無知であるということを付け加えておきます)
973考える名無しさん:02/03/23 15:05
>生きる自分の肥やしになるものを求める
>説かれた思想を正しく理解する

よくわかんないけどこの二つの読み方は矛盾しないだろ。
どこで両者の交錯点を 自分で見出すか が大事なんだろ。
これがなければそもそも 読むってことは不可能。

完璧に人の思想を理解するなんて不可能なんだし。



974電波男Ψ(´д`)Ψ ◆KW8mn4ss :02/03/23 17:05
>>971
輪廻は否定しない。正しい知見として三世両重の因果は否定される。それは縁起解釈


1 死を基点として三世に渡るか
2 苦しみの原因の追求とみるか

の相違であって、その文脈以外では三世両重の因果は説かれていない。思い込みも
程ほどにしたほうがいいよ。君は55だろ?eva論文は理解できたかね?
975ペケ:02/03/23 17:13
>>966
>輪廻とは「おこない」とその「むくい」という人間のありかたが際限なく繰り返され
>止まらないことを言います。
屁理屈じゃないですが、その解釈だと明日僕が死んだなら輪廻はなくなる。
すると輪廻に際限があり、止まることになりませんか。

あと、気づいたんですが漢訳では「輪廻」でなく「生死」が多く用いられますね。
976電波男Ψ(´д`)Ψ ◆KW8mn4ss :02/03/23 18:01
>>975
「際限なく」というのは、人間が生きている間、因果応報という繰り返される仕組みが
中断される事無くという意味です。一瞬たりとも休むことなく無間に繰り返されると言う
のが輪廻の仕組みであり、無明が原因となり、煩悩が増大し心が休む事が無いのです。

>屁理屈じゃないですが、その解釈だと明日僕が死んだなら輪廻はなくなる。
>すると輪廻に際限があり、止まることになりませんか。

明日死んだらどうなるか。死後はどうなるかと言うのは預かり知らぬ事です。
輪廻がそれで止まってしまうということも断言できません。ただ、死の瞬間
というのはその人生での集大成であり、いかに生きてきたかの結果が出る時
であると解釈できます。飛行機墜落の事故死、通り魔による惨殺、食中毒に
よる悶死、、、などであっても、死の瞬間の心のあり方は別だと思います。
断末魔の瞬間に全ての報いが出尽くされるという観察が私の経験です。

>あと、気づいたんですが漢訳では「輪廻」でなく「生死」が多く用いられますね。
そうでもないですよ。
977ペケ:02/03/23 18:08
>>976
>明日死んだらどうなるか。死後はどうなるかと言うのは預かり知らぬ事です。
>輪廻がそれで止まってしまうということも断言できません。

前に書いたと思いますがあなたの(僕の)その心が無明で三際の愚痴なのでは。
それを明にするのが仏教だと僕は理解しておりますが。
978考える名無しさん:02/03/23 19:06
>>977
>前に書いたと思いますがあなたの(僕の)その心が無明で三際の愚痴なのでは。
>それを明にするのが仏教だと僕は理解しておりますが。

まったくその通りだね。
釈尊や他の覚者も、死後の世界は知らない、と言うだろう。
しかし、覚者の言う、知らないとか、わからない、というのは、
涅槃に至っていない凡夫の言う、わからない(無明)とは根本的に意味がちがう。
知る者としての我がいない状態で「知らない」と言っている。
そこが哲学と宗教の分かれ目でしょうね。

979ベロ ◆od7XM/js :02/03/23 19:31
そろそろ1000が近づいてきましたのでパート2を作りました。
http://mentai.2ch.net/test/read.cgi/philo/1016879190/
まだまだこれから面白くなりそうです。新スレではできれば固定ハンドルで
誰の意見かわかるようにしていきたいと思います。
980ベロ ◆od7XM/js :02/03/23 20:04
>>977
>それを明にするのが仏教だと僕は理解しておりますが。
ペケさんは無明を明にするのはいかなる方法によってとお考えですか?
あと、世俗諦の定義はいかなるものとお考えですか?
981考える名無しさん:02/03/23 22:43
964さん、うまい! よくまとめてくださった。

そんな感じです。

門外漢さんにしても、ベロさんにしても、電波のこの説で納得できるのは、
それは仏教だからではなく、自分の思いにあってるからでしょう。
こんな説はまったく経典に説かれないよ。その証拠に以前挙げた典拠は単なる誤読だし、
それ以後、誤読ではないという反証も、別の典拠もあげられてないでしょ。
>この世とは三界の事です。三界とは六道輪廻する迷いの状態のことを言います。六道輪廻
>とは死を基点として生まれ変わることでは決してありません。ある時は怒り、ある時は貪
>り、ある時は闘争心を剥き出しにし、ある時には色欲に刈られ、ある時には社会生活を遵
>守して行動し、ある時は喜びに酔いしれる。このように人間の心の状態は日々、刻々変動
>し、その中をぐるぐる言ったり来たりして心静かに煩わされる事のない状態になるのは不
>可能な事です。その意味で輪廻は否定しませんが、「おこない」によって死後、地獄にお
>ちたり、天人になったり餓鬼になったり、畜生になったりする事は体験できません。
>釈尊在世に「観念」として「生まれ変わり」は当たり前とされたかもしれませんが、実際
>に体験した人、体験したと勘違いした人はまれであり、一般的ではありません。また人間
>、畜生を除いた四つの生存形態が一般的に確認されるわけでもありません。
>大切なのはいま、現実として苦しんでいるということで、その苦しみのあり方を六道輪廻
>として説明し克服する方途を提示しているのが仏教だと考えます。
>もし「生まれ変わり」が真実だとすれば、来世における「わたし」と言うのは別人格です
>ので、現世をもっと無責任に生きてしまいがちです。いまの人格、およびアイテンティフ
>ァイされる私というものは間違いなく現世という枠でしか確認できないのですから。

おいおい、964さんはオラじゃないよ。文体違うやろ。
eva の説明、聞きたいんですか? あんまり追いつめるのは可哀想だからやめといだんだけど。
ホントに聞きたいなら、書くよ。ただし貴方の無知が明らかになるだけだけど。
大体、それは桂紹隆『インド人の論理学』中公新書、257頁の図、及びその周辺に明らかだよ。
ほんと、情けないよ。せっかくいいかんじな展開になってきてるんだから、もういいかげんにしたら?
982考える名無しさん:02/03/23 22:52
>明日死んだらどうなるか。死後はどうなるかと言うのは預かり知らぬ事です。
>輪廻がそれで止まってしまうということも断言できません。ただ、死の瞬間
>というのはその人生での集大成であり、いかに生きてきたかの結果が出る時
>であると解釈できます。飛行機墜落の事故死、通り魔による惨殺、食中毒に
>よる悶死、、、などであっても、死の瞬間の心のあり方は別だと思います。
>断末魔の瞬間に全ての報いが出尽くされるという観察が私の経験です。

あー、死んで蘇ったのですか?
それとも私はいろんな人の人生を観察してきたってことですか?
嘘つきまくって幸せな人生を送った横井ヒデキとかどうなるの?
生まれながらに不自由な人とか、白痴な人とかはどう解釈するの?
983考える名無しさん:02/03/23 23:03
うーん、仏教の経典には詳しいけど
なんか自分で消化し切れてない人が多いような・・・いや失礼

でも経典を研究してるばっかじゃ
仏陀のような自分で悩み苦しんだ末に悟った人には
一生近づくこともできないんじゃないかな

怒られないうちに退散〜
984考える名無しさん:02/03/23 23:06
いや、そのとうりだよ。禿同だ。しかもオラはハゲだ。
985考える名無しさん:02/03/23 23:11
輪廻と転生、普通の漢訳では生死と流転だろうか?
それを分ける典拠ってあるの? ソースきぼんぬ。
986電波男Ψ(´д`)Ψ ◆KW8mn4ss :02/03/23 23:26
無明とは輪廻(苦しみ)の原因について無知であるという事です。
無明であるから三世の輪廻(生涯に渡る苦しみという生存)の束縛から離れる
事が出来ない。
987考える名無しさん:02/03/23 23:44
無明とは輪廻の苦しみである原因について無知であるということ。
そして、その無知とは、自己(自我ではない)についての無知を意味する。
自己について知っているものは、私は自分を知らないと言う。
凡夫は自我を自分と思っているので自分を知っていると言う。
この「自分を知っている」というのが無知の本質なんです。
988ベロ ◆od7XM/js :02/03/24 00:58
>>982 は55さんですよね。
>嘘つきまくって幸せな人生を送った横井ヒデキとかどうなるの?
>生まれながらに不自由な人とか、白痴な人とかはどう解釈するの?
僕が輪廻思想に疑問をいだくのはこのような、宿業論を持ち出し、
現在の不幸を過去世の業だとする、あるいは悪を犯してしまった人は
必ず不幸に陥るという思想は非常に民衆の脅迫や支配に利用しやすいと
思うからです。もし仏教の本質が業報輪廻の宿業論なら仏教と縁を切りますね。
989ベロ ◆od7XM/js :02/03/24 01:19
964さんの>>964>>971を読むと僕の誤解が見えてきたような気がします。
>だから、何か、今を生きる自分の肥やしになるものを求めるのと膨大な仏教典籍に
>説かれた思想を、かれらの思考を正しく理解しようとするのは別のことなのだ。
ここをきっちり区別できれば仏教典籍に何が説かれていようと、自分の実存的問題意識
の解決という目的の達成のためには、親鸞さんのように強引とも言える読み替えが可能
なのですね。「私だけの仏教による救い」というような考え方です。
990精一杯、生きる!:02/03/24 01:25
そう、その通りーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
991電波男Ψ(´д`)Ψ ◆KW8mn4ss :02/03/24 07:07
>>981 55
いいかげんにするのはチミのほうです。人間としての責任を果たしなさい。
eva 関係、やっと解ったようだね。そこにたどり着くまで時間掛かったよね。
しかも中公新書を紹介するの?チミの無知はもう晒され尽くしてるんだからさ。
強がりはやめようよ。あの訳の説明を見ると、(訳のままならまだ良かったん
だけど)遍充関係について明るくないのは多少仏教論理学を齧った人間になら
すぐわかるよ。ただしイエーシェーデーなどを軽視するチベット宗義書読みは
別としてね。

それとな、誤読誤読と壊れた機械みたいに何回さけんでるんだ?何回説明させ
るんだ?あれで理解できないのなら偉そうに文献資料を語るな。文献資料を持
ち出しておいて文献学で迫ると「おら文献学者じゃなくて行者だもんね」と逃
げるんだろ?どーせ。それと何回も質問してまったく返事貰ってないんだけど、
私がいつ断見論を展開した?和辻や山口組と安直にただ単に同一視して言って
るんだろ?断見、常見の両方とも否定する中道を言ってるのにチミは断見だと
決め付ける。それこそ視野が狭いとしか言いようが無い。さらにニ諦説を言い
出して「世俗では常見、勝義では断見論」を展開して、大無知をさらけ出す始末。
おまけに宿業論者?

それと質問にはいつ答えるんだい。チベットもちこんだ文脈も言ってみろ。
あれがどうしたんだ?「こんなんできるんだじょ〜〜〜〜〜〜〜〜」と自慢した
かったのか?程度が低く、傲慢だね。卑怯だね。実社会では、お前似たいなやつは

「だれも相手にしない」

お前を試す格好の資料が見つかったが、挑戦してみるか?難しいもんじゃないよ。
ただし訳も注釈も無いけどね。
992電波男Ψ(´д`)Ψ ◆KW8mn4ss :02/03/24 07:38
>>982
>あー、死んで蘇ったのですか?
>それとも私はいろんな人の人生を観察してきたってことですか?
>嘘つきまくって幸せな人生を送った横井ヒデキとかどうなるの?
>生まれながらに不自由な人とか、白痴な人とかはどう解釈するの?

なにを言いたいのでしょうか?悪い人が死後地獄に落ちると溜飲が下がる?生まれながらに不自由な
人には現状を是認させる過去世の宿業を説いてあげるのがいいとでも?そんなもの仏教でもなんでも
ない。邪教です。他人の業報に関知するなど性根が卑しいとしか言いようが無い。

輪廻や業報思想は死をまたぐものではなく、今の生涯におけるありかたを説明するのです。悪い事を
すればそれに見合った苦しみが生じ、悪い事ばかりしていると心は悪に染まります。

身体の障害について、明快な解答が出ているわけではありません。「現在、君が五体不満足なのは前
世で悪い事をしたからだよ」と平気で言う自称宗教者、行者が多いことには驚かされます。こいつら
は差別主義者であって、宗教者でもなければ人間でもない。そのようなことに解答を与える事の出来
るのはその障害と一生共にできる人でなければならない。
993ワタシの言うとうりにしなさいっ!:02/03/24 14:55
ひとの弱みにつけ込む___  へっへっへっ
994考える名無しさん:02/03/24 15:29
>>992
ほぼ全面的に同意
業報思想については別の解釈もあるけど
(死の直前の業に対する報いの説明にも困らないような・・・
 もちろん差別主義者の連中の考え方とは全く異なるもの)

このスレは最後まで有効に使われてますね〜
995ベロ ◆od7XM/js :02/03/24 20:20
>>992 電波男さん、
三世にわたる業報思想が差別意識を支えて来た事は、
仏教者にも大きな責任があると思います。
障害者、被差別部落、性差別など前世の因縁に責任を押し付けて、
差別支配の構造を温存して来た。誤った仏教理解は正していくべきだと思います。

>>994 994さんの業報思想の別解釈というのもお聞かせ下さい。

みなさん、ここまでありがとうございました。新スレです↓
http://mentai.2ch.net/test/read.cgi/philo/1016879190/


996考える名無しさん:02/03/24 22:30
>994さんの業報思想の別解釈というのもお聞かせ下さい。
もうしばらく保留させてください・・・結論だけ書いても電波って言われそうなので
(自然な推論の末に到達したつもりですがちょっとまとめきれません
 力不足で申し訳なく思います)
997考える名無しさん:02/03/24 22:51
このスレの人ならこれでいいかなと思うので一言だけ

「自受法楽の極大解釈」が近いと思います
998考える名無しさん:02/03/24 23:13
でも、結論だけじゃやっぱり電波でしょうね
(バラモン教や密教は同じ結論だと思うんですけど明記してないんですね、これが)

時間軸を同時にとらえた4次元の視点からは宇宙全体が完全に連続した
ひとつのものであるとか・・・
意識がなければ時間は意味を持たないとか・・・

やっぱり、書くべきことが多すぎてまとまりませんね
999考える名無しさん:02/03/24 23:34
ここまで書いてしまうと完全にスレ違いですね〜

失礼しました
1000考える名無しさん:02/03/24 23:35
でも経典をよく読めば(暗に)書いてあることだと思いますのでご容赦を

スレ終了
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