>>379 間違いを長文で書かれても困る。
>>378の言う通りハイファイ・モニター派とピュア・オーディオ派は対立する概念ではない。
ハイファイ⇔ローファイ
モニター派⇔色づけ派
ピュア・オーディオ⇔オーディオ・ヴィジュアル
である。
オーディオの歴史は蓄音機、SP、LP、CDと、一貫してハイ・フィデリティを志向して来た。
そこで問題になるのは、ステレオ化がハイ・フィデリティかどうかという問題である。
真のピュア・オーディオ・マニアがステレオ黎明期にステレオを否定し、モノラルに拘ったという経緯がある。
つまり、リニア的にピュア・オーディオはハイ・フィデリティを目指したわけではないのだ。
ローファイに拘り続けたのが真のピュア・オーディオファイルであるという事実がある。
原音再生というタームがオーディオを解く鍵である。
原音再生を志向するマニアはスタジオにおけるモニターこそが原音であるとし、モニター志向に走った。
己の再生装置から出る音の基準を求めた結果、色づけの無い音が、スタジオでマスタリングを終えたときの音であり、それが原音であるとしたのである。
これがハイファイ・モニター派である。
だが、考えても見ればわかることだが、全てのステレオ装置から出る音は夫々である。
どれが原音であるかなどということは出来ない。
その意味では、全てのステレオ装置は色づけを行っていると言えるのだ。
そこで勃興したのがハイエンド・オーディオである。