創作小説with音ゲー 6thtrax

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1爆音で名前が聞こえません
音ゲーを交えて小説・SSを書くスレです。
題材はIIDX、ポップン、ギタドラ、DDR、その他何でもOK。
ノンフィクションでもフィクションでもOKです。
文章形式も正統派からブーン系まで何でもどうぞ。
投下は1レスのSSから、どなたでもお気軽に!

◆投下時の注意
投下する話を完成させてから書き込むようにしましょう。
話がパート別になる時も、投下するパートをきちんと完成させてから。
書きながらの投下は避けるように。
ただし、携帯からの投稿はこの限りではありません。
また、なるべく投下終了時には『投下終了宣言』をして下さい。
作者名の明記は強制ではありませんが、名無しで二作品以上(もしくは連載)投下した場合、
『初投下時のスレ番号-初投下レス番』の名前がまとめ側で識別の為付けられます。
(初投下スレ番が3、初投下レスが250だったら『3-250』となります)

◆投下された作品について
基本的に投下された作品は、全てまとめwikiに保管されます。
その際、題名が無い作品は仮の題名が付けられます。
なるべく本文投下時には、名前欄に題名を入れてください。
なおwikiに保管されたくない人は、投下開始時または投下後にその旨を記述してください。

◆スタッフ視点・曲のイメージとして作成した小説はこちらへ。
bemani長編・漫才・二次創作総合スレッド-14th-
http://schiphol.2ch.net/test/read.cgi/otoge/1164655894/

◆まとめサイト
本家まとめ(現在更新停止中?)
http://boonstory.xxxxxxxx.jp/

臨時まとめWiki(本家が復活するまでの臨時Wiki)
http://www40.atwiki.jp/beatnovel/

◆過去スレ
( ^ω^)ブーンが音ゲーを始めたようです
http://game11.2ch.net/test/read.cgi/otoge/1151857063/

( ^ω^)ブーンが音ゲーを始めたようです2
http://game11.2ch.net/test/read.cgi/otoge/1167326761/

創作小説with音ゲー
http://game13.2ch.net/test/read.cgi/otoge/1175531879/

創作小説with音ゲー 2ndtrax
http://game13.2ch.net/test/read.cgi/otoge/1196339079/

創作小説with音ゲー 3rdtrax
http://schiphol.2ch.net/test/read.cgi/otoge/1211113343/

創作小説with音ゲー 4thtrax
http://schiphol.2ch.net/test/read.cgi/otoge/1227987925/

創作小説with音ゲー 5thtrax
http://schiphol.2ch.net/test/read.cgi/otoge/1241276676/
2とまと ◆iK/S6sZnHA :2009/11/29(日) 03:04:17 ID:tg6aaS+X0
前スレが容量不足でしたので、新スレを立てさせていただきました。
早速ですが「トップランカー殺人事件」の続きを投稿していきたいと思います。
今スレもよろしくお願いしますぞね。
3とまと ◆iK/S6sZnHA :2009/11/29(日) 03:14:14 ID:tg6aaS+X0

〜〜〜 「トップランカー殺人事件」前スレまでのあらすじ 〜〜〜


beatmaniaIIDXのトップランカー、BOLCEが殺された。
無残にも絞殺された上、IIDXの筐体から首吊りにされて。
早速捜査に乗り出した盛岡警察署捜査一課の乙下と空気は、
現場に残されたダイイングメッセージや証言の不自然さから、
同じくIIDXのトップランカーであり第一発見者の1046に対して強い疑いを持つ。

1046にはe-AMUSEMENT PASSを使った鉄壁のアリバイがあったが、
自称「占い師」の女子高生IIDXプレイヤー・杏子の協力も得て、
ついに乙下は1046が築いたアリバイトリックを崩すことに成功する。

そして今、乙下と1046は最後の対決を迎えようとしていた。



(※前スレまでに投稿した本文は>>1の臨時まとめサイトで読むことが出来ます)


 
4トップランカー殺人事件(228) byとまと ◆iK/S6sZnHA :2009/11/29(日) 03:28:42 ID:tg6aaS+X0
デラ部屋の中は様子が一変していた。

なにしろ、IIDXが動いているのだ。

床中に散乱していたガラスの破片はすっかり掃除され、
今は代わりにドライバーやニッパー等の工具が散らかっていた。
壊れたモニタは部屋の隅っこに追いやられており、
一方で筐体内のかつてモニタが置かれていた場所には、
家庭用の古めかしいブラウン管テレビが収められていた。

サイズは25インチくらいだろうか、本来のIIDXの画面サイズに比べ数段狭い。
もちろんワイドでもフラットでもない。
そのくせ箱の厚さだけは負けていない。
地上デジタル放送なんてどう転んでも映りそうにない。
そんな時代遅れの一品であり、
薄型の液晶テレビが家電製品として主流にある昨今において、郷愁さえ感じさせるテレビだった。

よって違和感はとても隠せないが、それでも画面は
「beatmaniaIIDX15 DJ TROOPERS」のタイトルロゴを
色鮮やかに映し出しており、十分にその役割を果たしている。

そして、IIDX筐体の向かいにあるベンチには、くたびれた顔の空気が座っていた。

「ううう、腰が痛いっす」

空気は腰に手をあてながら立ち上がった。

「このクソ重いテレビ、わざわざ部屋から運んで来てセッティングするの大変だったんすよ!
 このせいで腰痛持ちになったら恨みますからね」
「しょーがねぇだろ、今時ブラウン管のテレビなんか持ってるの
 周りにお前くらいしかいなかったんだもん。
 大体お前は警察官のくせにひ弱過ぎるんだよバカ」

テーマ曲が鳴りやむと同時に、1046の深いため息が聞こえた。
彼は空気と入れ違いでベンチに浅く座り、膝を組んだ。
ふてぶてしい座り方だ。

「筐体の復旧、ご苦労様ですね。
 で、わざわざこんなことして今度は何を始めるわけ?」

1046は空気、杏子、乙下の顔を順番に見回した。
杏子に目を向けた時だけは気のせいか少し悲しげに見えたが、
乙下に目を向けた途端、逆にこちらが悲しくなってしまうほど
眉間に皺を寄せて敵愾心をぶつけてくる1046であった。

進んで火に油を注ぎたくはなかったが、もう仕方がない。
乙下は意を決して断言した。



「1046さん。BOLCEを殺した犯人はアンタだろ」


 
5トップランカー殺人事件(229) byとまと ◆iK/S6sZnHA :2009/11/29(日) 03:37:48 ID:tg6aaS+X0
1046は薄気味悪く笑った。

「くくっ、ようやく言い切りましたね。
 俺を疑ってるんなら最初からそう言やいいのに、まどろっこしい」
「大人の事情ってもんがあるんだよ。許してくれ」
「まどろっこしいのは特別サービスで許しましょう。
 ですけど、俺を犯人扱いするのは許せませんね。
 なぜなら俺はBOLCEを殺してなんかいないからです」
「これを見ても同じことが言えるんすか?」

口を挟んだ空気の手には、一枚の赤いカード。
どこからどう見てもイーパスだった。
新品に近いらしく、乙下の所有するそれに比べてもほとんど傷や汚れが見当たらない。

1046は最初こそ無反応だったが、数秒経過したところで
急に思い出したように体を震わせて立ち上がった。
慌ててジーンズの前ポケットに手を当て中を探り、
同じように後ろポケットを探り、それから空気の顔を見上げる。

「お前、まさか……」
「申し訳ないっす、1046さん。財布の中から勝手に拝借させてもらいました」

1046が止めに入る暇も与えず、
空気はイーパスを1P側のカードリーダーに突っ込んだ。
立ち所にカードのデータが読み込まれ、筐体が暗証番号を聞いてくる。

「1046さん、暗証番号は?」
「……イチゼロヨンロク」

しらばっくれても仕方ないと踏んだのか、1046は素直に答えた。

「芸がのない番号っすね」
「ほっといて下さい」

空気がイチ・ゼロ・ヨン・ロクとタイプすると、画面には恒例のプレイデータが表示された。



   DJ NAME:1046
   IIDX ID:2012-1221
   所属エリア:岩手
   段位認定:SP ―/DP ―
   DJ POINT:109.PT
   プレイ回数:8回



「DJ 1046、岩手県、109ポイント。プレイ回数はたったの8回。
 1046さん、どうしてこんなイーパスを持ってるんすか?」
6トップランカー殺人事件(230) byとまと ◆iK/S6sZnHA :2009/11/29(日) 03:48:36 ID:tg6aaS+X0
「どうしてって、ただのサブカードですけど。
 サブカードなんて今時珍しくもなんともない。
 杏子だって持ってるだろ。なぁ?」
「確かに私も持ってます」

杏子は俯き、身じろぎ一つせずに答えた。

「ほら見ろ。えーと、空気さんだっけ?
 あなたも結構デラに詳しいみたいだから聞きますけど、
 サブカードが珍しくないことくらい分かるでしょう?」
「そうっすね。1046さんの言う通り、サブカードならボクも持ってます。
 けど問題はそこじゃなくて……」

空気は自腹で100円玉を投入し、
メニューからSTANDARDモードを選んで選曲画面に移行すると、
数あるフォルダの中から即座に「FULL COMBO」フォルダを開いてみせた。

フォルダの中にあったのは、全部で五曲。
昭和企業戦士荒山課長、ライオン好き、システムロマンス、マチ子の唄、ヨシダさん。
言わずと知れたAKIRA YAMAOKAコースの楽曲であり、いずれもHYPER譜面だった。

空気は記録されているスコアを、淡々と読み上げる。

「昭和企業戦士荒山課長、1504点。
 ライオン好き、1200点。
 システムロマンス、1802点。
 マチ子の唄、1324点。
 ヨシダさん、1456点。
 さすが1046さん、『全曲とも理論値』だなんて同じ人間とは思えないスコア力っす……しかしですよ」

空気は「FULL COMBO」フォルダを閉じた。
この時点で、見る人が見れば明らかに不自然な光景がそこにはあった。
本来であれば存在すべきフォルダが存在していないのだ。

すなわち、「FULL COMBO」フォルダの下にあるべき
「HARD CLEAR」「CLEAR」「EASY CLEAR」「FAILED」等々のフォルダが一切見当たらない。
「FULL COMBO」フォルダの下にあるのは、「NO PLAY」フォルダだけだった。

「不思議っすね−、1046さん。
 このイーパスにスコアが記録されていたのは、山岡コースHYPERの五曲だけでした。
 つまり1046さんは、
 『山岡コースHYPERをプレイするためだけにこのサブカードを作った』ということになります。
 一体なんのためにそんなことをする必要があったんすか?」
「それは……」

1046は言葉に詰まった。

「答えられないのなら、代わりに俺が答えてやろうか」

乙下は一歩前に出た。

「アンタがこのサブカードを作った理由はただ一つ。
 BOLCEを自由自在に操り、ニセ物のアリバイを築き上げるためだ」
7トップランカー殺人事件(231) byとまと ◆iK/S6sZnHA :2009/11/29(日) 03:57:36 ID:tg6aaS+X0
「……言ってる意味がよく分かりませんね」
「あくまで白を切る気か。
 まぁいい、せっかくだから簡単に整理しておこうか」

選曲画面がタイムアップになり、自動的に何かの曲が選ばれたようだった。
だが乙下は気に留めず、説明に集中した。

「1046さんのアリバイは一見すると完璧だった。
 事件当日の7月16日、
 BOLCEは殺されるまでの間ずっとシルバーでデラをプレイしていた記録が残っている。
 一方、1046さんも日中ずっとABCでデラをプレイしていた記録が残っている。
 誰が見ても明らかなアリバイだ。
 でもね、この記録はアンタが巧妙な手口で捏造したアリバイに過ぎない。
 実のところは『シルバーにいたのが1046さん』、『ABCにいたのがBOLCE』。これが真実だろう?」
「バカ言わないで下さいよ乙下さん。
 それはつまり、俺とBOLCEがイーパスを取り替えっこしたってことですか?
 誰よりもBOLCEと一緒に時間を過ごした俺が言うんだから間違いない。
 アイツはどんな理由があろうと他人のイーパスを使うなんて絶対にしないし、
 他人にイーパスを使わせることだって絶対にしない!」

1046は昨日の杏子と同じことを主張した。

「だろうね。だからアンタが取った選択肢は、
 『イーパスの取り替えっこ』じゃなく、『イーパスのすり替え』だった。違うか?」
「……ちが、俺は」

乙下は自分で聞いたにもかかわらず、1046の言葉を遮って続けた。

「おそらくアンタは、前の日の晩あたりにこっそり
 BOLCEのイーパスと自分のイーパスをすり替えたんだ。
 二人のイーパスはどちらも使い込みすぎて真っ白。
 目で見て簡単に見分けがつくような状態ではない。
 その上で、アンタはDJネームを『1046』から『BOLCE』に変えておいたんだ」
「……」
「そうしてから、アンタはBOLCEに挑発的な態度で山岡コースHYPERの勝負を持ちかけた。
 勝負を挑まれたBOLCEは、1046さんのスコアを抜かすまで
 延々と山岡コースだけを粘着プレイすることになる……アンタはそれを狙っていたんだ。
 BOLCEがEXPERTモードだけをプレイしている限りは、
 イーパスのすり替えがバレることもないからね。
 ただし、このトリックを実現するためには、二枚のイーパスが必要になる。
 一枚は1046さんが元々メインで持っている、真っ白イーパス。
 そしてもう一枚は、下準備としてあらかじめ山岡コースHYPERで
 BOLCEでも簡単には抜かせないほどの高スコアを出しておくためのイーパスだ」

IIDXは二曲目の選曲画面に移行していた。
ゲームオーバーにならなかったことを見ると、
どうやら自動的に選ばれた一曲目は☆5以下の曲だったようだ。

乙下は筐体の前に立ち、先ほど空気がそうしたように、「FULL COMBO」フォルダを開いてみせた。
そこにはさっきと変わらず、五つのフルコンボランプが目映く輝いている。

「見てくれ1046さん。
 アンタが持ってたサブカードの中身は、
 誰が見たって山岡コースHYPERの全一スコアそのものだ。 
 アンタがこのサブカードを作った理由がBOLCE殺害のアリバイ工作のためじゃないとすれば、
 一体どんな理由があるって言うんだ?納得のいく説明をしてみてくれ」
8トップランカー殺人事件(232) byとまと ◆iK/S6sZnHA :2009/11/29(日) 04:13:14 ID:tg6aaS+X0
1046は自分が出したはずのスコアを鋭い目つきで凝視しながら、「なるほど」と呟いた。
呟いてからもう一度ベンチに腰をかけ、目を閉じ、
こめかみに指をあてて「なるほど、なるほど」と繰り返した。

「なるほど、面白い推理です。非常に面白い推理です。
 確かにその方法を使えば、BOLCEに気付かれないまま
 イーパスをすり替えることも可能でしょうね。なるほど、本当に面白い推理です」
「とぼけちゃダメっすよ、1046さん。
 さっき1046さんの財布をくまなく調べさせてもらいました。
 中に入ってたイーパスは二枚。
 一枚はメインの真っ白イーパス、もう一枚はこの山岡コース理論値のイーパス。
 完全にオトゲ先輩の言った通りじゃないっすか!」
「ったく、とんでもない刑事さん達だね」

1046はぼやきつつ頭を掻いた。

「つまりアレだ。さっきの金庫の茶番劇は、
 空気さんが俺の財布を抜き打ち検査するための時間稼ぎだったわけだ」
「まぁね。ただアンタが思惑通りに、
 財布を置きっぱなしにして事務室へ行くかどうかは賭けだった」
「そうか、そのための『ビニール傘』か。まんまと引っ掛かりましたよ」
「……ごめんなさい」

杏子はまだ俯いたまま、小さな声で謝った。

「私はウソをつきました。そもそも私の能力は『今日のラッキーアイテム』を占うこと。
 『明日のラッキーアイテム』を占うことはできません」
「そうだったね。その時点でおかしいと気付くべきだった」
「実際に占ったのは、全然別のことです。
 1046さんの財布を調べる隙を作るにはどうすればいいか……それを占いました」
「お前の占いはよく当たるからな。おかげ様でびしょ濡れだし、財布は荒らされるし、
 おまけに親友の殺人容疑をかけられるし。もう踏んだり蹴ったりだよ」

1046は気持ち悪そうにジーンズの生地をつまんだ。
衣服が濡れてぺったりと肌に密着するあの生ぬるい感覚を想像し、乙下は勝手ながらちょっとだけ1046に同情した。

「世も末ですね。こんな馬鹿げたやり方をする刑事がいるだなんて、世も末です。
 ここまでやっといて、もし財布から何も見つからなかったり、
 俺が財布を置きっぱなしにしなかったらどうするつもりだったんだか」
「その時はその時で、しょうがないから無理矢理にでも財布を見せてもらってたさ。
 ただね、俺は十中八九アンタがまだサブカードを持ち歩いてるはずだと思ってた」
「……へぇ」

1046は乙下の目前に迫るほど至近距離に立った。
乙下がわずかに1046を見上げる形となり、
そうか身長では負けていたのか、と、ついどうでもいいことを考えてしまう。

「この際だから教えてもらいましょうか。
 一体どうして俺がこのサブカードを持っていると思ったのか」



「簡単なことだよ。アンタはこのサブカードで、まだ『やり残したこと』がある。そうだろ?」





                            to be continued! ⇒
9とまと ◆iK/S6sZnHA :2009/11/29(日) 04:27:56 ID:tg6aaS+X0
今週は以上です。
風呂入って寝ます(−o−)ノ
10爆音で名前が聞こえません:2009/11/29(日) 08:01:19 ID:nK3BdDucO
スレ立て乙&保守
とまと氏も乙
いよいよクライマックスですね
頑張ってください
11爆音で名前が聞こえません:2009/11/29(日) 22:16:33 ID:uHb7WVrn0
新スレ&投下お疲れ様でした。
遅れましたが、ここまでの投下作品を全て保管致しました。
最近、仕事が詰まりすぎです…
こまめな保管はできませんが、ちゃんと更新はしていくので宜しくお願い致します。
12爆音で名前が聞こえません:2009/12/01(火) 01:52:25 ID:h5pBTwS60
前スレに埋めネタを投下してみました。
ネタ自体は、ちょっと変化球で攻めてみましたが。
それに伴い前スレは容量一杯になりましたので、報告しておきます。

あ、埋めネタなので保管はしなくて結構ですよw
ライブの日が近くなってきたので、ちょっと遊びで絡めてみました。
こういうのもアリですよ…ね。
13旅人:2009/12/01(火) 23:06:48 ID:kEvpSScR0
>>とまとさん
スレ立て&投下乙です。
読んでいて、なんかこう、流石だなぁと思わされちゃいます。
なんと言えばいいんだろう……なんか良いんだよなぁ、この感じ。
変な感想でごめんなさい。続き待ってます。

>>まとめさん
お忙しい中、本当にありがとうございます。
稚拙なものしか書けない僕ですが、これからもよろしくお願いします。

>>12さん
前スレ埋め乙です。
埋めネタですが……僕はアリだと思いますよ。
アイマスの事は何にも知らないけど、とても面白かったと思いましたし。
また何かネタを思いついたら、ぜひ投下してください。



 今晩は、旅人です。

 前回の投下ですが、誰もお前の話なんか聞きたくねーよと
思われたのではないかと内心びくびくしております。
ただ、僕の自己満足のためだけに書いた短編ですから、
どう思われても仕方が無いのですが、分かってても怖いんだなぁこれが。

 あと、そうそう、もうフェーズ3の話自体は書き終わってます。
後は時間を見て投下するだけなんです。いやぁ、楽だなぁ……

 これから本編を投下します。よろしくお願いします。
14carnival (re-construction ver) Phase 3 -decisive battle-:2009/12/01(火) 23:13:35 ID:kEvpSScR0
 これから先に私が書き記す文は信憑性が無くなる。
烏が「ショウタイム」と宣言したその後、無線の記録が残されていないからだ。
それでも、私は僅かな資料を元に書けるだけ書くつもりだ。
これまでに私は自分の限界を何度も見た。今度はそれを越えてやる。必ず。





 ターミナルタワー深部にあるWSFカーニバル基地。
遥か上空を飛ぶ空中管制機フェニックス。敵の侵攻の迎撃にあたる子供たち。
主にこの三つを結んできたものが切れた。連絡システムがダウンしたのだ。
代表的なのは、無線での連絡が不可能になった事が挙げられる。
その他、ここには書き切れないほどの細々としたトラブルが続発した。

 バレンタイン姉弟がルセの代理を任せられ、指令室で色々な指示をしたり、
よく分からない事をスタッフに教えてもらっている時、その異変が起きた。
司令室にあるモニターが全部死に、死んだモニターが別の映像を送った。
その映像というのも、映像というには程遠い、気味の悪い黒色のノイズであった。
そのノイズが人の唇に見えたその一瞬、指令室の全てのスピーカーから声が響く。

「おばんです」

 落ち着いた、しかしどこか威厳と威圧を併せ持った声が言った。
しかしこの言葉は、今はどこにも存在しない。
近いものに「トーホク方言」というものが挙げられるが、この時代の殆どの人はその存在自体を知らない。

「総帥だ…総帥の声だ…」

 にわかにざわつき始める司令室の空気。
アルベルトが静粛を求め、次にこう言った。

「質問だ。アンタが総帥とやらか?そしてアンタはふざけてんのか?」
「いいえ」
「そうか?……いや、皆はアンタを総帥と呼んだ。違うのか?」
「ええ。私、いいえ、私という一人称は使うべきなのだろうか…
 それは分からないのですが、とりあえず自分の事を私と呼ばさせて頂きますね」
「前置きは良いからとっとと何か話せ」
「分かりました。私は自らを『全てを回帰へと導くもの』と呼んでいます」


 前に書いたが、闇に取りつかれた人は、それの自覚を持たずに行動する。
自らの意思で行動しているように思っているのだが、実際は違うのだ。
しかし、この総帥は自らを「全てを回帰へと導くもの」と称している。自分は闇であることを認めている。
先の黒い鳥にとりつく「全てを破壊するもの」も、どこか自らを闇であることを認めている風に匂わせる。
この二つの闇は、二人の人間の全てを浸食し、殺し、彼らの全てを奪ってしまった。最悪だ。

15carnival (re-construction ver) Phase 3 -decisive battle-:2009/12/01(火) 23:22:16 ID:kEvpSScR0
「で、アンタは何をしに来たんだ」
「あなた達の『回帰』です。この基地と小賢しい大きな蠅、
 そして哀れな光の選者の……私一人で十分なのですが、保険として先輩に頼んでいますが」
「何を言ってんのかわかんねぇがこれだけは分かった。
 アンタがこの異常事態を引き起こしている、そうだな?」
「人の話を最後まで聞かない割には、随分と勘がよろしいようで」
「褒めてもアンタをぶちのめす右ストレートが出るだけだぜ」
「あぁ怖い怖い。兎に角、私のひとまずの役割は終わりました。
 先輩が君の仲間達を殺せば、とりあえずは私の勝ちとなるので…」
「あいつらはそう簡単にやられるほどヤワじゃねぇよ。アンタらが負ける」
「それはその時で、実力行使であなた達を回帰させます。
 知っていますか?全ては何も無い状態から始まった。宇宙がそうです。
 宇宙は今も広がり続けている。でも、いつかは収縮を始めるでしょう。
 それが『回帰の時』なのです。しかしあなた達の歴史を見ると、虫酸が走るのですよ。
 私がものにしている体の元の持ち主の心が嘆いていました。だから私が手を貸すのです」
「聞いてもいねぇのにべらべら喋りやがって。テメェの話が吐き気がするっつーの」

 アルベルトがそう返すと、総帥の声を持った「全てを回帰へと導くもの」が黙り、唐突に

「黙れ愚者よ!貴様らのような無価値な者どもを全て殺してから『回帰』を実行するのだ!
 私がそう言うのだ、貴様らは私の『回帰』によって救われるのだぞッ!!感謝するがいいッッ!!!」

 そう気が狂ったかのように叫び、総帥の声は途絶えた。






 一方その頃、ユールはP-UFOでアクロバティック飛行をしつつ、烏と戦っていた。
ブリーフィングで伝えられた前情報とは全く違うフォルムを持つ敵。
ユールが攻撃を紙一重で避けた瞬間、彼女の脳裏にある考えがよぎった。

「闇がとりつく事によって、無機物も有機物にも何らかの変化を起こすのだろうか?」

 分からなかったが、そうでなければこれは説明できない事は分かっていた。
闇の力というのは人の心に入り込んで支配するだけでなく、無機物の造形をも変容させる。
これほど恐ろしい存在は無いだろう。人の心も、無機物も変えてしまう。
何もかもを変える、という表現は当てはまらない。正しくは支配とコントロールだ。最悪だ。
 光の力にも、そんな効果は無いのだろうか。変容でも何でも良い。
どんなのでもいいから何か効果がないと、まともに太刀打ち出来ない。

 この一瞬の脳内超高速旅行で、明らかにユールは焦っていた。

16carnival (re-construction ver) Phase 3 -decisive battle-:2009/12/01(火) 23:25:26 ID:kEvpSScR0
 ユールと烏の戦いは圧倒的にユールが不利だった。
ルセと交換し、彼女を乗せた支援機は、
ユールが搭乗しているP-UFOと比較にならない運動性能を有している。
これまでまともに烏の攻撃を受けなかった事自体が奇跡といえよう。
もしかすると、もう私は死ぬのではないだろうか…ユールはそう思い始めていた。

「闇の力は強大だ。あらゆる存在に浸食し、殺し、そして乗っ取る。
 でも、光の力だって捨てたもんじゃない。
 現に君の体は大きく変化している。人間レベルの身体能力を大きく超えた。
 それに無自覚だとしたら、君はもう最高水準の光の力を持っているって事だ」

 そんなユールの心を見通し、勇気づけるかのように、マキナが大きな声でユールに力強く言った。

「だから、今まで相手の攻撃を受けなかった。そうじゃないか?」
「…かもしれないね!うわっ、ヤバッ!!」
「そうそう、その調子。それに、もう一つだけ教える事がある」
「それは!?…うわあぁぉぉおおっ!!!」

 相手の攻撃を避けつつ、自分の攻撃を当てていく。
そんな戦闘行為に極度の興奮を見出したのか、ユールは滅多に上げない声を上げていた。
そんな声に何の反応を示す事はせずに、マキナはユールに向かって言った。

「それは光の力を引き出す方法。とても簡単だ。
『人を信じ、理解し、そして人から信じられる』だけ。ただそれだけなんだよ」

そんなマキナが言った短い言葉が、ユールをもう一度脳内超高速旅行へと引きずり込む。




 随分と前の事だった。まだ私が幼かった頃。小学二年生だった。
たしか、クーリーと一緒に下校していた時だ。
トワイライトという言葉が当てはまる時刻と、それと同期する風景だったのを記憶している。
二人並んで歩いている時、クーリーが唐突に言いだした。

「僕は人を信じる人になる。人を理解できる人になる。人から信じられる人になる」

 私はそれを聞いて、一体それは何なんだと笑った。
しかし、クーリーの目は本気であった。
長い間彼とは行動を共にしたが、これまでにそんな目を見た事は滅多に無かった。

「僕は、ちょっと前に酷い事をしたんだ」
「え〜?クーリーがそんな事するって、どんな事をするの?」
「ある人の希望を砕き、また別のある人のイフを無かった事にした」


17carnival (re-construction ver) Phase 3 -decisive battle-:2009/12/01(火) 23:30:31 ID:kEvpSScR0
「イフ?あぁ、ifっていう『もしも』って意味の言葉のこと?」
「またアクセントを間違えたかな。でも、それが問題じゃない。
 そんな罪を犯して、それから僕は僕に約束したんだ」
「さっき言った三つの言葉のこと?
『人を信じる人になる、人を理解できる人になる。人から信じられる人になる』ってやつ?」
「うん。そんな人間になるしか、二人に謝る方法は無いから」

 クーリーはそう言ってから、いつもの彼に戻った。
私はは「変なクーリーだったなぁ」という印象しか抱かなかった。


 そんな記憶がユールの頭で再生され、そして気づいた。
クーリーはあんな幼い頃から、マキナの言う光の力の引き出し方を知っていたのだ。
マキナの言ったように、聞くだけなら簡単な事ではあるが、よく考えれば幼子であっても
それを達成する事がいかに難しいか分かるだろう。
 それでも、クーリーはその三つの方法を実践していた。
罪を犯し、損害を与えた二人に対する謝罪か贖罪のつもりであっただけかもしれない。
そうであったとしても。ユールはクーリーのこれまでの生き方を認めたかった。。
クーリーが何をしたのかは知らないが、それが彼をここまで高める事が出来たなら。
それは彼を肯定しなければならないということにつながる。ユールはそう考えた。


 そう考えて、そして思い出していく。


 両親の死があって、幼い頃からクーリーとその両親の下で育った。
クーリーの両親からは、まるで二人の実の娘のような扱いを受けた。
クーリーとは、唯一無二の親友であった。
そんな環境に幼い頃から身を置いていた私は、いつしかそれを当然だと思っていた。
 やがてそれに恥じ、反発するようにして考えを練った。
それが、高校へ進学すると同時にクーリーの家を離れて一人暮らしをするという計画だった。
この計画は頓挫する事なく成功、晴れて自分は愚かな自分から解放されたのだと思い、次に考えた。

 クーリーの両親は何故、私に優しくしてくれたのだろう。
クーリーは何故、私と仲良くしてくれたのだろう。…何か裏があるのではないか。
私は一時期、何も信用できなくなった。私の思考のベクトルが狂ってしまったのだ。
そうなってしまった私は、それより昔や今のように明るく振る舞う事が出来なくなった。
被害妄想。パラノイア・スパイラル。強烈な自己嫌悪。私は気が狂いそうになっていた。

 それを救ったのがクーリーだった。

「何か悩みでもあるんじゃないかい?」

 そんな軽い調子で放たれた彼の言葉が、私を苦しみから救い出した。
泣きじゃくって、彼の胸に顔をうずめて。そして私は新しいクーリーという人物に出会えたような気がした。
新しいのだけれど、それは今までの、いつも通りのクーリーの姿だった。
 心の底から私のことを心配してくれる。心の底から私を理解してくれる。
だから、私もクーリーを心の底から信じていこうと思ったんだ。

18carnival (re-construction ver) Phase 3 -decisive battle-:2009/12/01(火) 23:39:34 ID:kEvpSScR0
 そうだ、私もマキナの言う光の力の引き出し方を知っていたんだ。
それを意識するかしないか、忘れていたかどうかの違いだけだったんだ。
あまりに抽象的な方法だけど、実際にはそういうものなのだろうと思う。

 もし、それらが間違っていようとも、私はクーリーが正しかったと信じる。
勝手にパラノイア・スパイラルに取り込まれて、自己嫌悪の塊と化した私に手を伸ばしたから。
彼にとって死の罰を受けるべき罪を犯して、彼とマキナの言う三つの方法を見つけられたから。
だから、クーリーは、正しいんだ。
だから、私は彼を、信じるんだ。理解するんだ。そして、彼に信じられるようになるんだ。





 ユールの脳内旅行はここで終点を迎える。
敵を前にして集中を途切れさせるのは、愚の骨頂であるかもしれない。
しかし、これはユールにとって必要な隙であった。この隙が、彼女をもっと強くする。
この隙に考え、自分なりに結論が下された信条が、それらが、彼女をもっと強くする。

 ユールは一度カーニバル側へ反転、烏を誘導する作戦に出る。
あまりにも強大な敵である烏をカーニバルへと接近させるのは、あまり良い行動とは言えない。
ユールはそれを承知で、自分の仲間達を信じる事に決めた。
単なる無責任と呼ばれるかもしれない。でも、ユールは仲間達を信じた。
後ろからの攻撃を捌いていく中、カーニバルへと進むユールは自らを鼓舞するように言った。


 「私は信じる、私は理解する、そして…皆に信じてもらう!!」





 この時、カーニバルでは総帥にとりついた「全てを回帰へと導くもの」が
ユール達の連絡手段を無効にし、それぞれを孤立させたという事は書いた。
「全てを回帰へと導くもの」がコンピューターウィルスのような働きをして
WSFカーニバル基地へダメージを与え、そういう風にさせたのだ。
 だから「資料」が無い。これまで私が「資料」と呼んできたのは
主に無線の記録である(他にも主たる資料はあるのだが、代表的なのはそれだ)。
他にも色々な取材の結果を総合し、それらを照らし合わせて信憑性と整合性を高めていた。
 しかし、前述のようにメインの資料である無線の記録がこの辺りから全く無い。
そして参考になる資料は僅かしかない。だから、もう、あまり長くは書けない。
 これが私の限界らしいが、まだだ。まだまだ書いてみせる。
私は私を信じる。三つの方法の内の一つが、私の限界を超える唯一の鍵を担っている。


  これは、私の最後の抵抗だ。


19carnival (re-construction ver) Phase 3 -decisive battle-:2009/12/01(火) 23:48:01 ID:kEvpSScR0
 人には努力しても超えられない壁というのがある。
それは私にとっての文才かもしれない。それは彼らにとっての連絡手段の回復かもしれない。
だから、それが何なのかは定義できないが、努力する人は必ず、その限界という壁を見る。
 闇はその限界を超える。そして光も。
二つの力は相反しているようで似ているのだ。
個人のネガティヴな感情につけいって力を発揮する闇。
全体のポジティヴな感情を力に変えて力を発揮する光。
どちらの力も人の心に依存する。しかし、アドバンテージを握るのは闇だ。
個人だけで力を振るえる。それがどれほど使い勝手が良いか分かるだろう。

 それでも一つだけ言える事がある。どんな時でも「奇跡」を起こすのは光の力だ。




 ユールがカーニバルへ烏を誘い込んでいる頃、
クーリーは自らの過去を思い出していた。
 脳内で断片的に回想される映像を振り返り、クーリーはあの時に自分の言った事を思い出した。

「信じる、理解する、そして信じられる……僕が言ったんじゃないか」

 そしてクーリーは、いつの間にか涙の溜まっていた目元を拭い、そして呟く。

「ユール、僕を信じていて。僕も信じて、君の事を理解する……」

 そう呟いて口を閉じ、クーリーは自機の状態を確認する。

「相当酷いなぁ。自己修復装置が働かない、ダメージ率も相当高い。
 まるで猫に追い詰められた鼠みたいじゃないか……
 あと数発、奴の攻撃をもらったら終わり。んっと、脱出装置はオールグリーン。異常なし。……ん?」

 クーリーの視界に収まる画面に、新しい切り札が使える表示が出ていた。

「音声認証コード『Last Stand』…自機が窮地に陥った時に使える強力無比な攻撃だって?
 ラストスタンド……『最後の抵抗』ってとこか。窮鼠猫を噛む…使ってみるか」


20carnival (re-construction ver) Phase 3 -decisive battle-:2009/12/01(火) 23:56:04 ID:kEvpSScR0
 クーリーが新しく使える切り札の認証コードを言おうとした時、
頭の中に誰かの声が響いた。その声は、彼がよく知る人物にそっくりだった。

(クーリー!クーリー!)
「まさか…ユール?」

 無線ではない。突然、アルベルトと話している途中に切れてしまったのだから。
だとすると、これは幻聴なのだろうか…

(クーリー!聞こえる!?)
「ユール…ユール!君なのか!?」

 ユールの名を呼ぶのは久しかった。今まではログとかノエル1としか呼べず、
フラストレーションが溜まったせいだろうか。クーリーの口から出る言葉は興奮に満ち満ちていた。

(今、烏と交戦しているの)
「何だって?」
(アレは鷲じゃない。烏よ。クーリー、気分の方は?)
「僕の心配をするより、自分の心配をした方が良い。
 いま直ぐにそっちに行く。ユール、最後の切り札だ。こいつで勝負を決める」
(分かった。クーリー、今そっちに烏を誘導しているから、そこで待ってて!)

 オーケイ!クーリーはそう返し、そして涙を流していた。
烏賊の墨に精神を冒され、そしておかしくなってしまった自分が恥ずかしい。
そんな自分をさらけ出してしまっても、ユールはいつものように振舞ってくれたのだ。
もしかしたら自分を気遣っているのかもしれないが、とにかくそれが嬉しくてしようが無かった。



 クーリーのレーダーに赤い光点が現れた。
その方角を見ると、巨大な烏とそれにまとわりつく黒い点が見えた。

「あれはユールか!?あっ、ルセさんが…!」

 クーリーと同じく身を潜めていたルセが、急発進してユールの加勢に向かっていった。
彼女の後に続くクーリー。切り札をスタンバイしたままバルカンで攻撃を仕掛けていく。


21carnival (re-construction ver) Phase 3 -decisive battle-:2009/12/02(水) 00:03:01 ID:m7OVOhQn0
 ユールは片手でP-UFOの操縦を、もう片方の手で携行型重火器を持って戦っていた。
通常、P-UFOでは考えられないアクロバットな機動をもってして
翼で打つなどの攻撃を避けつつ、的確に一発一発を烏の体へと撃ち込んでいく。
それでも烏は攻撃の手を緩める事も無く、何処かから煙を上げて壊れる事も無かった。

「あんな下らない童話の真似をして、何が楽しいっていうのよ!!」

 ユールは敵のあまりのタフさ加減に怒りを覚えていた。
いつの間にかルセとクーリーが自分の加勢に来てくれていたが、
三人分の攻撃をもってしても烏が倒れる気配はない。

 ほんの少し前からだが、ユールはテレパシーのような力を使う事が出来た。
それでクーリーと意思の疎通を取る事が出来たのだが、ルセとは取れないようだった。
こちらが念じて相手に自分の意思を伝える。相手の意思は相手の肉声を通して伝わる。
そんな能力を使ってユールは再度クーリーとコンタクトを取る事に決めた。

(切り札、撃てそう?)
「ダメだ、奴の機動はとても速い。正直言ってついていけない。
 ユールはよくあんなのについていけるね」
(そう?…それより、ダメージを蓄積させて動きを止めないと。
 ルセが敵を拘束する兵装を使わないのは、きっと彼女もついていけないから?)
「多分ね。だから、今は君が頼りだ」
(分かった。私を信じていて。こんな童話の産物なんかに負けやしないんだから!)

 ユールはそう念じてクーリーに送り、烏の真正面からP-UFOを突っ込ませる。
烏は両方の羽を閉じて自らを守るようにしてユールを迎え撃つ。
 それに対して、ユールは右手に構えたロケットランチャーに「光の力」を流しこんだ。
ロケットランチャーが白く発光したのを見てピク、と烏が微妙に動きを見せた。
ユールの行動が烏の予想に反していたのだろうとかいうのは分からないが、
とにかく、ユールはロケットランチャーの形をした発光体というべき代物を烏に投げつけた。

 それから、ユールは右手を首のネックレスへと持っていく。
P-UFO操縦の役目を担った左手を離して烏へと向ける。
左手の掌は開かれている。
その手のくぼみに白い光が集まる。

「こうすれば撃てる!こうすれば撃てるの!!こうすれば――!!!」

 自分に言い聞かせるように叫ぶユール。
三度目の叫びの途中で、彼女の左手から白い弾が飛び出す。
しかし、ユールの撃った白い弾の標的は烏ではなかった。
標的となったのは、烏へ向かって放物線を描いて投げられたユールのロケットランチャーであったのだ。

22carnival (re-construction ver) Phase 3 -decisive battle-:2009/12/02(水) 00:05:57 ID:m7OVOhQn0
 一発撃ってダメージを与えられないのなら、一気に何発も撃ってダメージを与えればいい。
それが出来なければ、一気にドカンとやってしまえばいい。
ユールが自分の投げたロケットランチャーを撃った理由は、そんな簡単な発想だった。
もちろん、ただロケットランチャーを投げつけ、破壊させるだけではだめだ。
ユールはそれを見抜き、効果的にダメージを与えられるように光の力を流しこんだのだ。

 ユールの作戦の成果は……烏の翼に初めて目に見えるダメージを与える事が出来た。
パラパラと翼を覆う装甲が剥がれていき、海面に着水して沈んでいくのが見える。

「よしっ!どんどん行くよ!!」

 ユールは自らを鼓舞してP-UFOから飛び出した。
右手には大剣の姿に戻ったマキナが握られている。
マキナを手にしたユールは、恐らく高威力兵器の弾体のように見えただろう。
 烏はそんな突撃を敢行したユールを食い止めるために翼を閉じ続けた。
少女と巨大な烏の激突。どちらの力も殆ど同じ程度であった。
だから、ユールは烏を突き破る事も無く、烏がユールを撥ね退ける事も無い。
凄まじい力の衝突が継続しているからか、ユールは重力を無視して烏と激突していた。
普通なら重力に従って海面へと落下していく。しかしそれはなかった。
あらゆる法則を無視する、そんな力同士が衝突し続けていた。


 クーリーはユールと烏の激突を見た瞬間、ユールが自分に何を求めているのかが分かった。
十数年もの付き合いだ。相手が何を言わなくても何をして欲しいかくらいは分かる。そう、理解している。
 クーリーは烏の頭上に位置取り、切り札の発射準備を整える。
新しい切り札「ラストスタンド」はいつものようにIIDXのプレーによる認証を要さなかった。
白鍵を押すだけで、クーリーはこの新しい切り札を撃つことが出来る。

「最後の抵抗か……いいや、これは最後じゃない。
 僕らにとって、まだ中間点にしか過ぎない……」

 クーリーはそう呟き、そして白鍵を押した。
すると、目の前が全く見えなくなるほどに機体前面にエネルギーの凝縮体が現れ、直ぐに発射された。


「ぎゅおぉぉおぉお」とでも表現すれば良いのか迷う音が
烏と激突を続けるユールの耳に入った。音源は頭上。確信する。クーリーの準備が整ったのだ。
ユールはわざと力を抜いて激突から離脱、重力に従って落下していく。
力をぶつける相手を失った烏は、少し前進して一瞬の隙を見せる。
この一瞬の隙に、クーリーの切り札の初弾が烏に撃ちこまれた。

23carnival (re-construction ver) Phase 3 -decisive battle-:2009/12/02(水) 00:11:06 ID:m7OVOhQn0
 「ラストスタンド」は強力無比なエネルギー弾を
秒間3つの間隔で撃ち続けるものだった。
 一発の威力が烏に確かなダメージを与えるものである。
それが秒間3つも当たるとなると、当然のことながら、烏の高度は次第に下がっていく。
これが一分間にも及ぶ猛攻となるのだから、
3×60=180発ものの高威力弾体がはじき出す攻撃力は、凄まじいという表現を軽く越える。

 総計180発もの弾体を浴びてもなお、烏はまだ飛行を続けていた。
飛行とはいっても、海面擦れ擦れの超低空飛行ではあったのだが。
 全身の駆動系統は殆どが駄目になった。それでもまだ墜落はしていない。
そう、烏のメインコンピュータを乗っ取った
「全てを破壊するもの」の名を冠した闇はまだ諦めていなかった。
 この異常な耐久力は闇の力でもって、どうにか工面しているからだろう。
ノイズ混じりでいながらの自然な声で、烏が恨めしそうに言う。

「くそ、まだまだやれる!必要最小限のパーツだけ残して他をパージすれば…!」

 言い終わると、バラバラと烏の装甲が音を立てて剥がれ落ち、
それらは全て海に落ちる。海面から上がった飛沫が月の光を照り返す。
以前と比べると、明らかに威圧感が無くなった烏が羽ばたいて少しだけ高度を稼ぐ。

「どうだ!見てみろぉ!!まだまだお前らなんてぶっ殺せるんだよォ!!!」

 うおおぉおぉぉ!!!!と雄叫びをあげる烏。
クーリーとルセの二人は臨戦態勢を整えた。が、その必要はなかった。



「ナイン!お前はこれでお終いだ!!」
「そうだね!行くよマキナ!!…えぇい!!!」

 二つの大きな声がした。その後、ピアノのような鍵盤楽器風の音色が二度響く。
それからあっという間もなく、烏の二つの翼が機体から剥がれた。
烏は何かを言う暇もなく急速に高度を下げ、そして海に沈んでいった。

「ちくしょおぉぉおおお!!!誰がやったんだあああぁあぁあああ!!!!!」

 断末魔を上げていく烏の姿は、次第に海の底へと消えていく。



先程まで烏が滞空していた所に何者かが浮かんでいた。

 その人物は、腰にまで届く漆黒の髪を持つ、並より上の顔立ちをしている少女。
黒のロングコートと暗めの色の服と、動きやすい黒のズボンを身につける少女。
その少女の右手に握られているのは、どう見ても不釣り合いな大剣。
例えるなら……ライトな雰囲気を持つ、聖夜の夜に現れた魔女。 ……こんなものだろうか。

24旅人:2009/12/02(水) 00:13:00 ID:m7OVOhQn0
 いかがでしたでしょうか?これにて今回の投下は終了です。


「おばんです」って言葉の意味、知ってますか?
東北の方言で「こんばんわ」って意味なんです。
僕は北海道の人間なので、これ、北海道弁にもある言葉なので
「『おばんです』ってのは北海道弁なんだよな」と思いこんでいたのですが、
やっぱりネットっていいですよね。ググるって事が本当に大事だと実感しました。

 作中にある「光の力の引き出し方」ですが、ちょっとそれについて書こうと思います。
「人を信じて、理解して、そして人から信じられる」というかなり抽象的な三つですが、
僕は色々考えてみて、抽象的でもいいんじゃないかなと思ってます。
だって、こういうのが「具体的にあーでこうで…」って述べられてるのって
ちょっと気持ち悪くありません?僕はそう思うんですけど。
お前、そんなの全部分かるのかよって。まぁこれは、勝手な僕の考えなんですけど。
そんなわけで、今の僕はこの三つの事を意識して日々を送ってみています。

 実践してみると、難しいんですよね、コレ。
僕の場合ですが、人を信じる事が出来ません。あんまりいい思い出が無いからですかね。
次に、人を理解できません。そんな事が出来るんならお前はエスパーか?とひねくれてます。
最後に、人から信じられません。僕はオオカミ少年なので、ホントの事を言っても信じてくれません。

 それでも、この三つを出来る限り履行していくと、
前の自分とはオサラバ!って感じで。生まれ変わった感が!みたいな。
綺麗事かもしれないけど、上記の三つを少しだけ意識して行動してみませんか?
……なんて主張してみたけど、今度こそ怒られそうで怖い。

「お前みたいな若造が、何を分かった風な口を聞いてんだオラァ!!」って感じで。

 まぁあの、文章力の欠片も無いような僕が、こんな事を言ったところで……ねぇ?


 今回もここまで読んで頂きありがとうございました。次回をお楽しみに!
25旅人:2009/12/05(土) 23:37:10 ID:dnkqKzva0
 今晩は、旅人です。

 これから本編を投下しますので、よろしくお願いします。
26carnival (re-construction ver) Phase 3 -decisive battle-:2009/12/05(土) 23:40:46 ID:dnkqKzva0
 いつかルセの言っていた言葉を覚えているだろうか?

「そのうち、空、飛んじゃうんじゃない?」

 光の力はどんなものにも変換できる。あらゆる力に変換できる。
それは例えば、光弾を撃つための光弾が持つ熱量、エネルギー自体に変換される。
高速移動する際の推進力になる。強烈な威力を持つ打撃を放つための威力になる。
そして、ユールが空を飛ぶための、浮遊のための力となっている。

 ユール達と烏の戦いに終止符が打たれた。
ユールはP-UFOを捨て、烏への正面衝突を試みた。
そこで彼女は離脱し、次に烏を襲ったのが、クーリーの切り札「ラストスタンド」である。
これは、これまで撃ったどの切り札も比較にならない威力を秘めていた。
そんなものを喰らえば、流石の烏も超低空飛行しか出来なくなっただろう。
 そこにP-UFOを捨て、宙に浮き続けるユールの見えざる斬撃である。
真空波のような物を飛ばして(その点では9の「ステルス」に通じる)
烏の両の翼を切断し、烏を海中へと没せしめた。

 浮遊を続けるユールは、比較的被害の少ない第二ブロックへと降り立った。
何とも言えない心地よさを心に留めながら、クーリーにテレパシーを送る。

 (クーリー、やっと終わったね、全部、終わったよ)
「まだ、全部じゃない」
 (……総帥、いいえ、全てを回帰へと導くものがまだだった)
「そう。奴を倒して、この戦いは終わり」
 (クーリー、無線は使えないまま?)
「……そうだね、もう一度試してみたけど、駄目だった」
 (マキナが言ってるんだけど、光の力も闇の力も、色んなものに変えれるんだって)
「例えば?」
 (例えば……電力とか)
「はぁー……そりゃあ、とても便利だね」
 (電力だけじゃないよ。熱にも変えられるし、冷気にする事だって出来る)
「何でもありだな」
(そうよね。だから、全てを回帰へと導くものも自身の形を変えられる。たぶんね)

 そうユールがテレパシーを送った直後に割り込むように、ネックレスに戻ったマキナが言う。

『1000年前の9がそうだった。奴は自分の姿を獣に変えてきたりしていた』

 ユールはクーリーとのテレパシーを切ってマキナと話す。

「マキナも同じように?」
『そうだね。最初に君にに話しかけた時、こういうふうにしていたはずだ』
「……そういえば。それで、思ったんだけど」
『何を?』
「全てを回帰へと導くものが、ターミナルの基地に何かの形で入ってきて、無線を切ったとは考えられないかな」


27carnival (re-construction ver) Phase 3 -decisive battle-:2009/12/05(土) 23:43:50 ID:dnkqKzva0
 ユールは適当に言ったのだろうが、それは合っていた。
女の勘、というやつなのだろう。マキナは少し考えるように間をおいてから言った。

『それは大いに考えられる。闇もコンピューターウィルスのような形にもなれるはずだ』
「となると、ウィルス説で考えると…どうやって相手を倒せばいいんだろう?」
『君の光の力でターミナルの基地にいる闇を取っ払う。吹き飛ばすんだ』
「でも、本当にターミナルにいるのかな……」
『考えてみて。今までに色んなトラブルがあった事を思い出すんだ。
 プロフェッショナルの集まる場所で、あんな失態が続くと考えられる?
 事前情報の間違い、管理体制の不備…色々挙げられるでしょ?ちょっと考えればわかる』
(それが全部闇の力によるものだって言うの?)
『その可能性は高いって言ってるんだ。確かにいるかどうかは分からない』

 そうね、と言ってユールはクーリーにテレパシーを送る。

(なんか、ターミナルタワーに闇がとりついているらしいの。
 そのことがこれまでの不自然に繋がるみたいで、
 私だけが何とか出来そうなんだけど、私、出来るのかな?)
「……よく言葉が分からないけど、ユールにしかできない事なんでしょ。
 ユールにしか出来ないって事は、僕は君の成功を信じるしかない。頼むよ、ユール」
(ありがとう、クーリー……ちょっとやってみるね……)

 ユールはここでテレパシーを切った。
そして両方の腕を伸ばしてターミナルへと向ける。
掌がターミナルの下、WSFの基地のある方へと近づくと、次第に熱を帯びてくる。

「掌が熱い!」
「きっと、そこに全てを回帰へと導くものがいる。そこに光の力を流し込めばいい」
「力の動かし方のコツは掴んだ。きっと、こういう事よね?」

 ユールの二つの掌から白い霧のようなものが流れ出た。
それはターミナルの基地へと動き、そことユールを光の線で結んだ。
 両手から光の霧を出し、ターミナルタワーへとそれを送る少女の姿は
月の明かりに照らされていて、妙に神秘的であった。
光の霧が消え、ユールの掌の熱が去った時、自分の無線機がざざっと音を立てた。

「こちらノエル2!誰か聞こえるか!?」

オールコネクションで聞こえてくるその声はクーリーのものだった。
思わず彼の名を呼びそうになったが、そこはぐっとこらえて応答に出る。

「こちらノエル1!ノエル2、聞こえてるよ!」
「そうかぁ、良かった!お、ルセさんとも繋がってるみたい。応答願います!」
「はい、こちらルセ。さっきの凄かった!ログ、あれが光の力ってやつ?」
「えぇ。さっき烏に止めを刺したのも、いま無線を回復させたのも、そう」
「グッジョブ、ログ!さ、一度基地へ帰還しましょう。
 タワーの屋上の一部が開いているから、そこに入って。
 ログは空を飛べるから…着いたら歩きで中に行って頂戴。出来る?」
「出来るよ!それにしても、生身で飛ぶのって気持ちが良いの!」
「それ、いいなぁ…」

 高所恐怖症だったはずのクーリーがそう呟いた。戦いのなかでそれを克服できたのだろう。
28carnival (re-construction ver) Phase 3 -decisive battle-:2009/12/05(土) 23:48:29 ID:dnkqKzva0
 最初にユールがふわっと浮きあがってターミナルタワー屋上を目指した。
クーリーが「レディーファースト」と言ってユールとルセを先に移動させたのだが、
直ぐに自分で切り札を撃った反動で、移動可能なだけのエネルギーがない事を明かした。
 しばらく時間を置けば、行動可能になる程度のエネルギーが回復するという。
その無線を聞き、ユールは浮遊しながら空を見て、そして誰に言うでもなく呟いた。

「月が綺麗ね…」

 ユールは今の今まで戦いに集中していて
月が姿を現していることすら気付かなかったのだ。そんな彼女の呟きにマキナが相槌をうつ。

「気付かなかった?」
「気付けなかった、と言うべきかもしれない。だってあんな戦いをしていたもの。
 ……総帥は、いいえ、『全てを回帰へと導くもの』は今どこで何をしているんだろう…」

 ユールが話題を変え、マキナは考えているのか少し黙り、声を発した。

「さっきユールが奴のコントロールを解いた。
 だから基地の能力も回復するはずだ。
 そちらとの通信が可能になったら、ちょっと聞いてみないか?」
「何を?」
「奴とコンタクトをとったかどうかだ。
 それさえ分かれば、奴が憑依する総帥の体の居場所は絞られる」
「へぇ。じゃあマキナ、ちょっと聞くけど、あなたの予想ではどこにいそうなの?」
「これまでに獅子、蠍、烏賊、鷲…鷲は鷲ではなく烏だったけど、そいつらを倒したんだから…」
「倒したから?」

 ユールのその言葉に、マキナは答えるべきかどうか迷っていたようだ。
が、答えはあっさりとした口調で返された。


 「次は宇宙からやってくると思うよ」

 

 ユールとルセの移動が終わり、クーリーも移動できるようになったと思われた時だった。


 空からピンク色の光線が、一瞬の間に五本照射された。
照射された四つの箇所は海で、照射された海面だけが蒸発している。
もう一つの箇所はクーリーの機体だった。
ばごん。そんな気の抜けた爆発音を響かせ、クーリーの機体がゆっくりと高度を下げていった。

29carnival (re-construction ver) Phase 3 -decisive battle-:2009/12/05(土) 23:54:21 ID:dnkqKzva0
 ピンク色の光線が五本照射された音も、
クーリーの機体が爆発した音も、ユールの耳にしっかり届いていた。
何が起きたのかは理解できたが、どうしてそうなってしまったのかが理解出来なかった。
どうして、あのレーザーが、クーリーに当たった?

「痛みがない……根幹までもがやられたとでも?
 くそ、無線は通じるか……?全員に告ぐ!ノエル2は完全に行動不能!
 グラビティコアのエネルギー生成能力が異常値を示している!
 動けば機体の大破は免れない!脱出装置もダウンしている!
 ……僕に残された道は死ぬことしかない!!……くそっ!!!」

 クーリーが無線で叫んでいた。他の人たちのざわめきも聞こえる。
ユールはそれらを聞いた。その内容を理解した。だが、どうしてこうなった?

「……このままだと機体が海面に落ちる。ちょっとの衝撃でも与えたらアウトだ。
 着水予測時間が残り約6分。それまでの間、ノエル1と話させてくれ。
 あと、厳重なプロテクトもかけておいてほしい。
 彼女といつものように話したい。それが、僕の望みだ」

 誰に言うでもなくクーリーは言った。
先の動揺に満ちた叫びの後の発言とは思えないほどに落ち着いていた。
それはきっと全員の耳に届いたのだろう、他の人達のざわめきが消えていった。
クーリーがそれを確認してから、ユールにログコネクションで語りかけた。

「最後のお願いが二つあるんだけど」
「……」
「僕は君をいつものようにユールと呼ぶ。君も僕をクーリーと呼んで欲しい。これが一つ」
「うん……」
「もう一つは、さっき言った僕の犯した罪、その話をしたい。まぁ、懺悔だ。いいかな?」
「いいよ。でも、クーリーは、本当に死んじゃうの?」
「残念だけど。ユール達には本当に申し訳ないと思う」
「私が、私がクーリーを助ける。光の力で。それでいいでしょ?」
「触れられただけでアウトなんだ。誰の助けも借りられない。
 だから、このまま死ぬしかない。いつの日だったか忘れたけど……
 地球を破壊するほどの大きさの隕石が落ちてきた夢を見たって話、覚えてる?」
「ごめん、覚えてない。というか、初耳かも……ごめん」

 ユールが申し訳なさそうに返す。いいんだ、とクーリーが言って続ける。

「夢の中で僕は散歩をしていた。どこに行くってわけでもなく、そこら辺をうろうろしていた。
 で、空が熱いなぁと思ったらね、赤く燃えてこっちに突っ込んでくる隕石が見えた。
 やたらリアルだったし、感覚が現実に感じるものに近いし。得てして夢ってそういうものだけどさ。
 でね、その夢の中で僕は死んだ。目が覚めたらベッドの上だ。
 夢で死ぬ体験はしたからね、だから、今が怖いかと聞かれても、怖くないって返すさ」
「でも、私はクーリーのいない生活を体験していない。例え夢の中であっても」
「そうだね……で、小学校の時に犯した罪を、ここに告白しようと思う。いいかな?」
「いいよ。それでクーリーに悔いが残らないのであれば」

30carnival (re-construction ver) Phase 3 -decisive battle-:2009/12/06(日) 00:06:14 ID:vb59bTD70
 小学一年生の頃だった。入学式から日は浅いから、まだ春だった。
君も覚えていると思うけど、何故か僕と君はいつも同じ教室にいたね。
 で、一年生の時に出来た友人がいてね。男の子なんだけどさ。
入学から一週間とちょっとが経って、その彼が僕に一通の手紙を渡した。
彼には好きな人がいたようでね…初恋ってやつだね。
それで、その好きな人に近い僕に、この手紙を渡してくれって頼んだんだ。
今どき珍しいと思ったよ。ラブレターなんてさ、メールで送る人が殆どだからね、今もだけど。

 で……彼の好きな人は僕の好きな人でもあったんだな。
だから、僕はこの手紙を渡す事によって、僕と彼女の妙な関係を壊す事になったら、と恐れた。
それでね、僕の家に大きな暖炉があるでしょ?クリスマスになったら大きな丸太を入れているアレ。
パチパチと音を立てて燃えるそこに、僕は迷いなく手紙を放り込んだ。
手紙は直ぐに燃えて炎になった。灰になって、どこかへ消えた。

 それで…一日経って、彼から結果はどうであったかを聞かれたんだ。
彼女に手紙を渡していない僕は、こう答えるしかなかった。渡したはいいが、断られたって。
そう言ったさ。全くの虚構を、僕は初めて口にしたかもしれない。
彼は残念そうな顔をして、そして僕に言ったんだ。あの言葉はよく覚えている。

「そうか……じゃあクーリー、お前があの子を、ユールを……見守ってやってくれよな」

って言われたんだ。その時僕は……僕は、泣いていた。







 これが、クーリーの犯した罪だった。そして、ユールに特別優しくする理由だった。
これを読んで、大した事をしていないと感じる人もいるだろう。
それとは間逆で、とんでもない事をしでかしたと憤る人もいるだろう。
はたまた、別に何も感じないという人もいるだろう。
 十人十色だ。誰もがそれぞれの思った感情を抱く。全く同じ感情は抱けない。
だから…ユールの感情は、彼女の言葉を通してしか、知る事が出来ない。


31carnival (re-construction ver) Phase 3 -decisive battle-:2009/12/06(日) 00:08:45 ID:vb59bTD70
「私…」

 静かにユールが言った。

「私は、怒ってなんかない。
 流石に当時に聞いたら怒ってたかもしれないけど。
 でもね、クーリーが悪いと反省して、それでクーリーなりに成長したなら。
 それならね、私はいいと思うんだ。全然問題ない」
「ユール……」
「ねぇ、モンドさんの言葉、知ってる?」
「WOSの設立者の?」
「うん。モンド・スミスさん」
「……ごめん、知らないんだ」

 ユールは意外そうな顔をした。クーリーの知識量はユールのそれを上回っていたから。

「『成長は猛省と共に訪れる。人は罪を犯し、それを償おうとする過程でのみ成長する』」
「初めて聞いた」
「これ、クーリーの事を言っているみたいじゃない?」
「僕はあの時から成長なんてしてないさ。君を大切にすることしか考えてないんだから」
「でも、私にマイナスになるような事はしてないんでしょ?
 だったら、それはクーリーがとても成長したって事だと思うの。
 それに『光の力の引き出し方』もクーリーは一人で発見したの」
「それって?」
「それはね、クーリーが言ってたんだよ。
 人を信じて、理解して、人から信じられる人になるって」
「……言ったね、確かに。僕は、それを目指してきた」
「クーリーがどう思ってるかは分からないけど。
 私はクーリーはその目標にとても近づいてると思う。いいえ、達成したと訂正する」
「そうかな?」
「そうよ。じゃないと、今の私もいない。
 あなたをシンボルとした私の信条が存在しない。人は、ホントは良いんだって。
 根っからの悪人なんて、存在しない。その信条が、存在しない」
「性善説でも性悪説でもないよね…ユールらしくって、とてもいい考えだと思う。
 どうか、それを大切に思い続けていて。……それじゃ、あと30秒だ」

 ユールはその言葉を受けてから数秒黙った。カウントダウンが進む中、彼女は口を開く。

「これでクーリーと話が出来ないなんてね…もう、会えないなんてね……」
「僕は死んで、もうこれから音ゲーが出来なくなったり、
 ユールと面と向かって話したりできなくて残念だけど、まだ生き続けられるよ」
「え?」
「僕はユールの中に生き続ける。空に還ったとしても、僕はユールの中で生き続ける。
 ……だから、本当の最後のお願いだ。叶えてくれるかな?」
「うn」
「……僕が死んでも、時々で良いから、僕の事を思い出してほしい。
 そうじゃないと、ユールの中で生きられなくなるから。……どうか、お願いします」

 ユールはそこで少し間を開け、そして言った。 

「だいじょうぶ。クーリーの願いは、必ず叶える」
「ありがとう。これで、後悔しないで死ねるよ」


 直後、爆発音が轟く。そして、少女の泣き声が静かに響く。

32carnival (re-construction ver) Phase 3 -decisive battle-:2009/12/06(日) 00:14:47 ID:vb59bTD70
 烏は倒した。クーリーは死んだ。だが、まだすべては終わってはいない。
総帥を操る「全てを回帰へと導くもの」との決着がついていない。

「クーリー……」
「ユール、ここで泣いちゃ駄目だ。
 彼は、君に悲しみに浸っていて欲しくは思っていないはずだ。……僕がそうだった」

 ユールの呟きにマキナが言う。
彼はナインこと「すべてを破壊するもの」との最終決戦で死んだ。
そんな彼の言葉には重い説得力があった。
マキナの言葉を受けたユールは無線を使って本部と連絡を取った。

「こちらノエル1。ノエル2が死亡した……そうだ、敵の位置はどこ!?」
「十中八九、宇宙圏内にいる。大気圏内にあんな攻撃が出来るものは確認できない」

 応答したのはルセだった。いつの間に……と思う間もなくルセがまくしたてる。

「宇宙空間からの攻撃となると……駄目、こっちには対抗手段が何もない!」
「何もって、何も無いの?」
「そう。本当にお手上げね……あの攻撃を見た限りでは、
 再攻撃までにはまだ時間がある。試し撃ちをしたのかもしれない」
「試し撃ちって……彼は死んじゃったんだ!!」
「それは分かってる。でも、今はこの状況に集中して。
 私達は、私達の兵器の中にあんなレーザーを照射できるものを知らない。
 総帥が一から創り出したのかもしれない。でも、今はそれが問題じゃない」
「そうよね、ごめんなさ……そうだ、良い考えがある。ちょっとだけ耳を貸して……」


 この時、ユールの中に浮かんだ構想はとてもシンプルなものだった。
自分の光の力を使って、宇宙にいると思われる敵を攻撃するというものだ。
私に言わせれば、音楽ゲームのように指示されたからタイミング良く操作、というのと変わりない。
例えがおかしかったかもしれないが、それだけ純粋に単純な構想であった。 

「それ、出来るの?」
「ルセも見たよね。私が離れた位置から烏の翼を断ち切ったのを」
「アレをやるの?」
「応用を利かせるの。アレの応用は…光線を撃つ。敵をかき消してしまう程の」
「光線、ねぇ…あ、ログ、ちょっと聞きたいんだけど」

 ルセが訊ねた。ユールは一体何を聞きたいのかを問い、それを知った。

「今爆発した機体、あなたが乗っていた支援機もそうなんだけど、
 アレには莫大なエネルギーが詰まってる。それって吸収できないかな」


33carnival (re-construction ver) Phase 3 -decisive battle-:2009/12/06(日) 00:18:52 ID:vb59bTD70
「そういうものを吸収って出来るの?」

 ユールはマキナに小声で訊ねた。マキナは考えるそぶりも見せずに即答する。

「出来る。電力だったり、熱だったり、闇の力だって吸収して自分のものにできる」
「マキナに言わせれば出来るそうなんだけど」
「じゃあ、ちょっとやってみせて」

 それだけを言ってルセは無線を切った。


 ユールはクーリーが搭乗した機体が爆発した海面を見た。
そこには青色の霧がたちこめていた。機体の色と何の変わりもない。
 ユールはそこに両手を重ねて向けた。
頭の中で青い霧を掌に吸い込むイメージを思い浮かべて、実際に吸い込み始めた。

「…色んなものが、私の中に流れていく」

 ユールが独り言を言った。

「その中には、きっと、彼もいるかも」
「そうかもしれない。そうじゃないかもしれない。
 でもクーリーは、私の中で生き続けていく。私が死ぬまで、生き続けるよ」
「そうかもしれないね。いや、そうじゃないかもしれないね…」

 それから二人は黙っていた。ユールはエネルギーの吸収に集中しなければならないし、
マキナも喋ってユールの気を散らそうとは考えていなかった。
それから30秒もたたない内にユールが呟いた。

「……終わった」
「どう?どんな感じ?」
「さっきよりも、体の内側から力が溢れだすような…それに、心も暖かくなった」
「良い事じゃないか」
 
マキナが言って、そして続ける。

「あそこにいる敵は、もう烏のように黒に染められているはずだ。
 だからもう、生半可な攻撃は効かない。下手に挑めばしっぺ返しを食らう」
「私の光の力と、さっき吸い上げた力だけじゃ足りないの?」
「はっきり言うよ。足りない。アレをクリアー出来た人間はそれ程いないからね」
「アレって?」
「何でもない。こっちの話だよ。それより、こうしてみたらどうかな…」

マキナの言葉に耳を傾けるユール。マキナの言葉が終わった時には、彼女の顔には驚きが広がっていた。


34carnival (re-construction ver) Phase 3 -decisive battle-:2009/12/06(日) 00:24:36 ID:vb59bTD70
「はぁ!?そんなことしたら、あなたが死んじゃうでしょうが!!!」

 ルセは怒鳴っていた。怒鳴られていたのはユールだった。
これが本来のルセの姿だ。先に登場したウィーグルも少しばかり恐れるほどの。


 何故ユールが怒鳴られなければならなかったのか。その理由は少しさかのぼる。
マキナはユールに、キリーが担当するパワー生成装置について説明したのだ。

「カーニバルを建てた時から存在するパワー生成装置?」
「あぁ。君の友人が、多分それの担当をしているはずだ。DDRで遊んで、力を作る。
 力ってのは何にでも変換できる。その意味では光や闇の力に共通するね」
「じゃあキリーが担当だね。それで、それが第一ブロックと第二ブロックを結ぶ橋を壊したの?」
「そう。それだけでも大変なエネルギー量になると思うでしょ?
 ところが、それ程のものでもないみたいなんだ……何が言いたいか分かる?」
「分かった。橋を爆破した時は大してエネルギーを使っていなかった。
 私が全部のエネルギーを吸収して、敵にありったけの力を込めた攻撃をぶつける!」
「そういう事。それじゃ、ルセと相談してみようか……」


 そしてユールがルセにそれを提案し、そして怒鳴られてしまったという話だ。
予想もしていなかった大音声に耳を痛めながら、ユールは反論する。

「でも、相手がどんな奴か分からないでしょ?
 常に全力で臨まないと、絶対に敵は倒せないよ!」
「知ってる?教えちゃいけないんだけど教えてあげる。
 橋の爆破に使ったのは5/30程度だった。
 単純計算であれだけのエネルギーの六倍、
 けれども単なる倍数計算で結果が求められない。どういう事か分かる?」
「…加速度的にエネルギーの総量は上昇する」
「頭が良いのね。だったら、その良い頭でよく聞いてよく考えなさい!
 全部のエネルギーは大型核弾頭十発分に相当するのよ!!」

 世界を終焉へと導くことのできる負の遺産、それが核兵器だ。
第三次世界大戦の背景として、それは色濃く歴史の教科書には書かれている。
一発でも放たれたら大変なことになる核兵器が、十発分。
それを聞いてユールは一瞬頭をふらっとさせた。だが、一瞬だった。

「それがどうしたっていうの?敵を倒すのには不足なんてない!」
「そんなものを吸収して、宇宙空間に放出して、そしたらどうなると思う?
 間違いなくカーニバルは、あんたの攻撃の反動を受けて跡形も無く崩壊してしまう!!」


35carnival (re-construction ver) Phase 3 -decisive battle-:2009/12/06(日) 00:33:52 ID:vb59bTD70
 何だ、そんな事か。ユールは素直にそう思った。

「別に大したことじゃない。カーニバルを壊そうなんて思ってもいない。
 自分が空に昇って、そこから攻撃をすればいいだけの話。ね、そうでしょ?」
「…ログを信じよう。おい、彼女に全部のパワー生成機の力を…」

 無線の奥で「了解」と声がしたと同時に、ターミナルタワー屋上の床が強烈な光を発した。
ユールは自分が大木になったと想像し、その大きな根で莫大なエネルギーを
吸い上げていくのをイメージし、実際に足元から吸い上げていく。
 徐々にタワーの床の光が弱くなっていき、最後には元のように光らなくなった。
大型核弾頭十発分という驚異のエネルギーを吸収したユール。
彼女の体はそんな吸収に耐えられたのだろうか。

「……全部…吸い取ったよ、マキナ………」

 疲労困憊した声でユールが言った。
彼女の体は立っているのがやっとという感じだ。
マキナは信じられない、と返してから続ける。

「体、大丈夫じゃないよね」
「当り前じゃない…」
「ユール、僕を構えて。早く」

 マキナに指示され、ユールはどこか無気力な様子でネックレスを引きちぎり、マキナを大剣に変えた。

「……もし、無理かもしれないって言ったら?」
「僕は何とも思わない。でも、彼はとても悲しむだろうね」
「…彼?」
「そうさ。君の中で生き続けているって言った彼だよ」
「……クーリーのこと?」
「うん。君の中に生きているんだろ?
 苦しんでる君の中に生きる彼も、きっと苦しんでる。
 でもね、絶対にクーリーは、諦めてしまう君の姿なんか見たくないだろうね」
「……どうしてよ」

 クーリーはいつも自分を気遣ってくれたじゃないか。
私が苦しんでいるなら、癒してくれるはずじゃないか……
そう思っていたユールの心に、マキナの言葉がずぶりと突き刺さる。

「勝手なこと言って申し訳ないんだけどね。
 きっと彼なら、自分がどれだけ苦しんでも構わないだろうさ。きっと彼ならね。
 でも、彼は君が苦しんでいるのには耐えられないだろう。たとえあの彼であっても。
 さらに言うよ。君がそこで諦めようってんなら、きっと彼はもう一度死ぬことを選ぶだろうね!!」

36carnival (re-construction ver) Phase 3 -decisive battle-:2009/12/06(日) 00:38:44 ID:vb59bTD70
 マキナの叫びを聞いて、ユールは自分の心が壊されたような思いをした。
そしてそれと同時に、心が急速に再建されていくような感覚もあった。


 そうだった。クーリーは自分の中に生きさせて欲しいって言った。
そして私が生かすって言った。そうだ、クーリーは自分の中に生きているのだ。
 今や私は、私ひとりのために生きているのではない。
クーリーと共にこれからも生き続けなければならない。
それを…マキナに言われるまで忘れてしまっていたのだ。

「クーリー、ごめん。私はきっと……絶対にやってみせるから」

 ユールはそう呟き、そしてふわっと空に浮きあがった。
ゆっくりと高度を上げていくユールの体。
それを迎えるように照射される、クーリーを殺したピンクのレーザー群。
ユールに向かって照射されたレーザーは、不可視の障壁によって軌道を捻じ曲げられた。
光の力による現象だ。もうここまでくれば何でもありだ。
 ユールはタワーの屋上から5000メートルほど浮上した。
眼下のものが小さな点に見えてしまう程に高い位置にいるユールは
ゆっくりとマキナを自分の胸の前で構え、その切っ先をレーザーを放つ巨大な黒点に向ける。
もうこの高度まで上昇すれば、敵の姿もどうにかして見えることが出来ていた。

「こちらログ。そこの大きな飛行機に告ぐわ。危ないからそこをどいて」
「話は聞いている。計算ではこの位置が安全圏だと出ている。遠慮なくやってくれ」

ユールとイロンの短い会話が交わされ、そしてユールは目を瞑った。


  今日は色んな事があった。


 カーニバルに遊びに行ったり、途中の喫茶店で不味いオススメの飲み物を飲んでみたり。
不思議な子供に会ったり…そういえば、彼はこのことを予見していたような。何者だろう?
まぁいいや。私自身のルーツを聞かされてびっくりした事の方がもっと重要だから。
 そして、いつも一緒にいる皆がこんなに心強い存在だという事に気づけた。
私が思っていたよりも、クーリーはずっとすごい人だってことに気づけた。
そのクーリーは死んじゃったけど、私の中に生き続けている。
 そのことをもう一度気づかせてくれたのはマキナだ。
これまでに私を支えてくれた多くの人が、とっても大切だという事に気づけた。

 ただ遊びに来ただけだと思った一日が、私に教えてくれた。

  私は、多くの人たちに支えられて存在しているんだ。

 だから、自分の勝手で全部を台無しにしようっていう闇を、このまま許すことはできない――!!!


37carnival (re-construction ver) Phase 3 -decisive battle-:2009/12/06(日) 00:45:07 ID:vb59bTD70
 私の限界はここまでだった。
自分でもその天井を突破できたような気はするが、だが駄目だった。

 何にも目的を達成できていないのだ。
ここで今一度、私の抱いていた目的を明かそう。
前にも書いていたかもしれないが、今抱いている目的の方が正しいはずだ。

「2999年12月25日に起きた『カーニバル事件』の真相を描く」

「この時代での文化などの背景を伝えていく」

 これが今現在に私が抱いている目的だ。
前に書いたものと違うというなら、こちらが正しい目的になる。
言い訳になるが「不変のものなど存在しない」という言葉がある。私はそう思う。

 この「Phase」の物語は前の項で完結を迎える。
私は長いものを書くというのが初体験であるので、十分に納得のいく結末にはならなかった。
手にした資料の不足もその原因となっているのだろうが、明らかに私のレベルが足りていない。
私は限界を超えたと自覚した。だが、それでは駄目だったのだ。


 ここで、私では駄目であったのだということを謝らせて下さい。
本当に、本当にここまで読んでくださった方には申し訳ないと思っています。








  …思いついた。


 私がこれを書くきっかけになった事、それから続く様々な出来事。それらを書けば。

 カーニバル事件のその後を描くことができる。果たせなかった目的も果たせる。

 …もう少しだけ、この愚かな私に、付き合っていただく時間を。もう少しだけ、お願いします。


38旅人:2009/12/06(日) 00:47:14 ID:vb59bTD70
 いかがでしたでしょうか?これにて今投下は終了、フェーズ3の物語は終わりを迎えます。
あり得ない誤字脱字の類が目についたと思われます。
ちゃんと清書したんだけどねぇ、なんて言い訳は無駄だって分かってます。本当にすみません。


 すごく中途半端な終わり方でしたが、
「私」としてはもっと前に終わらせたかったと思っているでしょう。
烏の宣言したショウタイム以降、「私」の得た資料は
全くと言っていいほどなかったのですから、信憑性ゼロの僅かな資料を使って
続きを書こうとは簡単には決意できなかったはずです。

 こんな風に僕は「私」の行動を考えてみました。
次に「私」がどんな風に続きを書いていくのか、それは仄めかしました。
けれどそれを無視してここでこの物語を完結させる事も出来ました。でも、やっぱり続ける事にしました。
 以降は「私」の物語になっていきます。今まで本気で書き続けてきましたが、
次のフェーズは、自分の全部を出し切っていこうと決意しています。これまでも出してたけど。

 それで、僕の納得がいくまで次のフェーズを書いていこうと思います。
長くて半年かそこら、短くても三ヶ月後位に投下しに行こうと決めています。
もしかしたらそんなに投下期間を空けないかもしれないけど、その位の時間、空けます。

 次を投下した後の話ですが、誰かに「こんな風に宣言してもクオリティが今までと同じじゃないか」と、
そう言われたら、僕はもっと反省して、それを超えられるように頑張りたい。
 もしかすると、もう頭が天井まで付いているかもしれません。
でも、もしそうだとしても、足掻きたいんです。また、ご迷惑をおかけしますが……


 という事で、次回をお楽しみに!……とは言えませんね。すみません。
とりあえず、完結だけはさせます、とここで約束させてください。
例外として、僕がここで書けなくなる理由を背負ったら(例えば僕が死んじゃったりとか)したら、これは無効ということで。

 そんなことを付け加えて。それでは、またいつか。
39とまと ◆iK/S6sZnHA :2009/12/06(日) 22:26:39 ID:3ekm5b2x0
>>まとめWikiの方
お忙しい中、本当にお疲れ様です。
誤字まで直していただけたみたいで…感謝しきりです。
今後もよろしくお願いします。

>>旅人さん
お疲れ様でした。
次はぜひ音ゲー小説をおねがいします…

>>埋めネタ殿
まさかBEMANI以外の音ゲーで来るとは…w 楽しく読ませていただきました。
やっぱりブーン形式はいいですね。安心感が高いといいますか。
「大作が多くて躊躇」という話がありましたが、
かつてはこのスレもブーン形式が主流だったわけですし、
実際ブーン形式を望んでる読者も多いと思います。
次回作も楽しみにしてますよ。



それでは、トップランカー殺人事件の続きです。
プレイヤー不在のIIDXは二曲目もあっけなく終了し、ゲーム終了後のプレイデータ画面に移った。

プレイ回数だけは8回から9回に増えていたが、当然他の項目はさっきと何の変わりもない。
エントリー前と同じDJネーム、
エントリー前と同じ所属エリア、
そしてエントリー前と同じIIDX IDが表示されている。

乙下は筐体の前に移動し、八桁のIIDX IDを指し示した。

「"2012-1221"。1046さんのサブカードのIDだ」
「見りゃ分かります」
「俺は見なくても分かった」
「理解できるように言ってくれません?」
「1046さんのサブカードのIDが"2012-1221"だってのは、昨日の段階で分かっていたよ。
 山岡コースの曲のHYPER譜面で全一スコアをとっているIDを調べれば一発だからな。
 そんなわけで、俺達は昨日のうちにこのサブカードのデータについて
 コナミに問い合わせて調べてみたんだ。すると面白いことが判明した」
「なんですか、面白いことって」

1046はちっとも面白くなさそうに言った。

「このサブカードね、最終プレイ時刻が『7月16日の23:46』で、
 最終プレイ場所がABCだったんだわ。7月16日と言えば何の日だい?」
「事件当日に決まってるじゃないですか」
「そう、事件当日。
 ということはだ、23:46と言えばアンタがBOLCEの死体の第一発見者として
 警察に取り調べを受けた後の話だね。
 アンタ、この日は昼の間ずっとデラをプレイしてたくせに、
 取り調べが終わった後もわざわざABCに戻って、
 なぜかこのサブカードを使ってデラをプレイしたということになる」
「だから何?そんなにおかしいことですか?」
「別におかしくはない。が、どうも引っ掛かった。
 もしもさっきの俺の推理が正しいとすれば、
 BOLCEを殺してさえしまえば、もうこのサブカードは不要のはずだ。
 なのにアンタはサブカードを使ってプレイした。
 なぜだろう?俺達はそれを考えてみた。
 するとね、一つの可能性に辿り着いたんだ」

重々しい効果音と共に、画面に「GAME OVER」が大きく表示された。
その直後の静寂に乗じて、乙下は言った。



「アンタはこのサブカードのDJネームを、
 『1046』から別の名前に変えておきたかったんじゃないか?」


 
ぴくりと眉を上げた1046を横目に、乙下は1P側のカードリーダーから
今しがた排出されたばかりの赤いイーパスを抜き取った。
それをうちわで扇ぐように揺らしながら、乙下は1046の方にゆっくりと向き直る。

「このサブカードのDJネームは、BOLCEが山岡コースをプレイしている最中、
 ライバルグラフのオーナーとして常に画面に表示される名前だ。
 だからBOLCEの目を欺くには、このサブカードにも
 アンタのメインカードと同じく『1046』と名付けておく必要があった。
 これはトリック実現のための絶対条件だ。
 しかしだ。BOLCEを殺した後はもはや『1046』にしておく必要はなくなる。
 と言うよりむしろ、トリックの痕跡を消し去るために、
 アンタはできるだけ早く別の名前に変えてしまいたかったことだろう」

そう言って乙下は再び1P側のカードリーダーへ1046のサブカードを挿入し、
イチ・ゼロ・ヨン・ロクの暗証番号を打ち込んだ。

「正直言って、ここから先は推測になるが……アンタは取り調べの後で
 早速DJネームを変えようとして、一つ困ったことに気付く」

画面にはつい一分前に目にしたのと同じプレイデータが表示された。

DJ 1046。
IIDX IDは"2012-1221"。
所属エリアは岩手県。



そして――『プレイ回数9回』。



「DJネームを変更するには、最低10回プレイしなきゃいけない。(※注3)
 アンタはたまたまそれを知らなかったか、
 うっかり忘れていたのか……どちらにせよ、このサブカードのプレイ回数は一桁。
 残念ながらまだ名前を変えることができない。
 やむなくアンタは、プレイ回数を増やすためにサブカードを使うことにしたんだ」



※注3:
より正確に言うと、DJネームを変更するためには
「前回の変更から数えて」10回以上プレイした後でなければならない。
初めて変更をしようとする場合はイーパスを作成した時、
すなわち最初にDJネームをつけた時が『前回の変更』と見なされるため、
総プレイ回数が10回未満の時点ではまだDJネームを変更する権利が発生していないのである。

余談だが、IIDX17 SIRIUSからはプレイ回数にかかわらず、
DXポイントを消費することでいつでもDJネームを変えられるようになった。
1046はうんともすんとも言わない。
構わずに先を続けることにする。

「だが、プレイ回数を増やせさえすれば何でも良いというわけでもない。
 このサブカードの存在は、アリバイトリックのアキレス腱だ。
 できれば使っているところは誰にも目撃されたくなかったはずだ。
 そこで、打ってつけのゲーセンがある。ABCだ。
 ABCの筐体はモニタへの照明の映り込みを防ぐため、
 筐体を囲むようにカーテンを引くことができる。
 これなら誰の目にもとまらずにデラのプレイ回数を増やすことができる。
 アンタは急いでABCに向かうが、到着したのは閉店間際の23:46。
 この日は一回しかプレイできず、続きはまた明日にすることを余儀なくされる。
 まぁ名前の変更が一日くらい遅れたところでどうってことない。アンタはそう思っただろう。
 が、翌日の7月17日……アンタにとって予想外の不運な出来事が起きてしまう」

乙下は右手の人差し指を立てて、そっと自分の胸の中央あたりに触れた。

「俺と出会ったことだ」

1046は黙秘したまま、やれやれといった風に小さく首を振った。

「俺の目的がただの事情聴取だけなら特に問題はなかっただろう。
 ところが、俺はアンタにデラのプレイを見せてくれとせがんだ。
 さぁ、どこで見せよう?アンタは事情聴取の中で、
 『普段出入りしているゲーセンはシルバーかABCのどちらか』と喋ってしまっていた。
 シルバーが営業停止中とあっては、もうABCに行くしかない。
 こうしてアンタは、不本意ながら俺をABCに連れて来るハメになった。
 しかも、俺はちょっとだけアンタに疑いを持ってることをほのめかした。
 こうなった以上、余計なものを見られるリスクは冒せない……そう考えたアンタは、
 もうこの日はサブカードのプレイ回数を増やすことを諦めて、さっさと帰った。
 だが残念なことに、俺は翌日の7月18日も朝一でABCに現われた。
 仕方なくアンタはこの日も帰らざるを得なかった。
 この調子じゃABCではおちおちサブカードを使えやしない。
 かと言って、他のゲーセンのデラ筐体にはカーテンがないので、誰かに見られる危険がある。
 遠征をしようにも、この状況で目立った行動はできない。
 結局アンタは安全にプレイ回数を増やすチャンスをうかがいながら……」

乙下は再びカードリーダーから排出されたサブカードを手に取った。

「このDJネーム『1046』のままのサブカードを持ち続けるしかなかったってわけだ。
 ……まぁさっきも言ったようにこれはほとんど推測なんで、どこまで合ってるかは知らないけどね。
 あ、悪い悪い。これもう返すよ」

乙下は用済みだと言わんばかりに1046へサブカードを差し出した。
つられて空気もポケットに隠し持っていた1046の財布を取り出す。
1046はひきつったような笑みを浮かべながら、それらを荒っぽく奪い返した。

「感動しました。本当に感動しましたよ。
 実際に見たわけでも聞いたわけでもないのに、
 少ない材料でよくもまぁそこまでぽんぽんと考えつきますね」
「誉めるんなら空気を誉めてやってくれ。
 このストーリーを一から編み出したのは、実は彼なんだ」

1046はぐるりと首を曲げて空気を見た。
マリオネットみたいな、ぎこちない動きだった。

「見上げた想像力です。いや、妄想力って言った方がいいな。
 こんな妄想たくましい人、俺は初めて見ました」
さすがの空気も皮肉られていることを理解したのか、顔をしかめている。
そんな空気に1046は追い打ちをかけた。

「空気さん。0点です」
「はい?」
「0点ですよ0点。
 あなたの推理に点数をつけるとしたら、0点です。
 フィクションとしてはなかなか面白かったんですけど、推理としては0点です。
 だって驚いたことにですよ、今の推理の中で正解している箇所はただの一つもありませんでした」
「……口では何とでも言えるっす」

空気は眉をハの字に曲げつつも食い下がった。

「だいたいね、1046さん。
 現にアンタの財布から山岡コースHYPERの全一スコアが収められている
 サブカードが出てきたのは、揺るぎようのない事実じゃないっすか!」
「だから?だから何?」

1046はジーンズのポケットに両手を入れて、
デラ部屋の壁に寄りかかり、トントンとつま先を揺すった。

「皆さんも馬鹿じゃないんですから、何度も同じこと言わせないで下さいよ。
 確かに俺は山岡コース専用のサブカードを所有していました。
 でもそれが一体なんだっていうんですか?
 何かの証拠になるんですか?なるわけないですよね」
「まぁね。アンタが不自然なサブカードを持ってたからと言って、
 それはさすがに逮捕する理由にはなりゃしないさ」
「でしょう」
「けど俺の質問にはまだ答えてもらってないね。
 アンタがこのサブカードを作った理由がアリバイ工作のためじゃないとすれば、
 一体どんな理由があるんだい?納得のいく説明をしてもらおうか」
「大した理由はないですけど。
 ちょっと山岡コースを集中的に練習したくてさ……これじゃダメ?」
「ダメだな」

1046は小さく吐息を漏らした。



「いいでしょう、説明します。これはね、BOLCEとの賭けだったんです」



「賭け?」
「そう。賭けです」

1046は思い出に浸るように、遠い目をして語り出す。





                            to be continued! ⇒
44とまと ◆iK/S6sZnHA :2009/12/06(日) 23:10:28 ID:3ekm5b2x0
今週はここまでです。
少しペースを上げて投稿して参りますので、また近い内に。
45とまと ◆iK/S6sZnHA :2009/12/12(土) 18:00:32 ID:WKnoUGc+0
昨日、仕事中にいきなり鼻血が出ました。
皆さんも気をつけて下さい。

続きです。
「自分で言うのもなんですが、俺とBOLCEは
 一昔前には不可能とされていたことを次々と覆してきました。
 難曲のフルコンボだろうがAAAだろうが、何にでも手をつけて、そして結果を出してきました。
 けどこのIIDXというゲームには終わりがない。前人未踏の目標なんていくらでもあるんです。
 『HYPER以上のEXPERTコースで理論値を出す』ってのも、その一つでした」

乙下は空気に目配せした。

「そうなのか?」
「……確かにそうっす。
 っていうか、NORMAL譜面でさえコースで理論値を出したって話はこれまで聞いたこともありません。
 IRの上位入賞者でもせいぜいグレ一桁ってレベルですし」
「簡単なコースのNORMAL譜面なら、俺もBOLCEもとっくに理論値を達成済みです。
 IRへ登録するだなんて野暮な真似はしなかったんで、あまり知られてはいないのでしょうけど」

何がどう野暮なのか、乙下にはよく分からなかった。
トップランカークラスになると、ANOTHER以外でIRに登録するのは「弱い者いじめ」みたいに感じてしまうのだろうか。

「ただね、HYPER譜面となるとまるで勝手が違うわけですよ。
 NORMAL譜面の場合、簡単なコースなら2000ノート未満のものもあります。
 でもHYPERだとそうはいかない。ノート数が格段に増えるし、譜面も難解になる。
 その状況で、五曲続けて全ノートJUST GREATで押さなきゃいけないんです」
「そりゃ並大抵のことじゃないね」

と言いつつ、乙下にはもはや現実離れし過ぎていて、
それがどれほど困難なことなのか想像のしようがなかった。

「ついこの間、俺はこの目標に挑戦することにしました。
 BOLCEに『EXPERTのHYPER譜面で理論値を出す』と宣言したんです。
 けれど、BOLCEは無理だと否定した。
 だから俺は意地でも理論値を出してやろうと決めたんです。
 コースは最初からAKIRA YAMAOKAコースに決めていました。
 現行機種で選べるコースの中では圧倒的に簡単でしたから。
 ただ必死に練習しているのをBOLCEに悟られたくなかったから、サブカードを作った。
 俺がこんなイーパスを持ってた理由は、ただそれだけです」

1046は目を細めて、手に持った赤いイーパスを見つめていた。

「思ったよりも早くにそれなりの成果は出ました。
 さっき見てもらった通り、課題曲単体でなら
 五曲とも理論値を出すことができました。先週の話です。
 もちろん一度に出たわけじゃないですから、
 後はやり込んで、五曲連続で理論値が揃うのを忍耐強く待つことになります。
 そこからは精神力の勝負ですよ。 
 俺は7月16日の午前中、いよいよメインカードを使ってその挑戦に踏み切りました。
 けどあの日は全然ダメダメだったんです。
 調子が悪かったのか、揃うどころか一向に良いスコアが出なかったんで、
 山岡コースへの粘着は午前中で打ち切りました」
「なるほどねぇ」
「どうですか?乙下さん。
 俺が山岡コース専用のサブカードを持っていた理由。
 ついでに、俺が7月16日の午前中に山岡コースへ粘着していた理由。
 あなたの望む通り、納得のいく説明をしたつもりです。これで満足していただけましたか?」

確かにスジは通っている。
だがしかし――。
そう切り出そうとした乙下に先んじて声を上げたのは、あろうことか杏子だった。

「ウソです。1046さんはウソをついています」
「……杏子?」

戸惑う1046に対し、杏子はきっと正面を見据えて喋った。

「『BOLCEさんが無理だと否定した』?ウソです。
 BOLCEさんはどんなことでも無理と決めつけることはしません。
 ましてや1046さんの挑戦を頭ごなしに否定するなんて、考えられません。
 それは1046さん自身が一番知っていることなのではないですか?」
「杏子、それは……」

それは、に続く言葉はなかった。
唇を噛むようにして立ち尽くす1046には、わずかな動揺が見られた。

「俺からも一つ言わせてもらおうかな」

乙下はポケットからひどく皺の寄った一枚の用紙を出して広げた。
思えばこの紙の皺が増えるにつれ、自分の顔や脳みそにも皺が刻まれていったような気がする。
だが、こいつを見て頭を抱える日々も今日で最後だ。

そんな思いを胸に、乙下はたくさんの数字が印字されたその紙を、1046へ手渡した。



  ■DJ 1046 e-AMUSEMENT PASS使用履歴
  (ID = 4649-5963; DATE = 08/07/16 の検索結果)

  START = 10:27, END = 10:39;(山岡コース MAX-17)
  START = 10:40, END = 10:52;(山岡コース MAX-11)
  START = 10:52, END = 11:03;(山岡コース MAX-8)
  START = 11:04, END = 11:16;(山岡コース MAX-14)
  START = 11:17, END = 11:29;(山岡コース MAX-8)
  START = 11:30, END = 11:42;(山岡コース MAX-9)
  START = 11:43, END = 11:55;(山岡コース MAX-6)
  START = 12:00, END = 12:02;
  START = 12:03, END = 12:09;
  START = 12:09, END = 12:20;
                < 1046がABCの監視カメラに映る(12:35)
  START = 12:37, END = 12:48;
  START = 12:49, END = 13:01;
  START = 13:02, END = 13:13;
  START = 13:14, END = 13:25;
  ……



1046は自らのイーパス使用履歴をまじまじと眺めた。
近眼なのかと思わせるほど、やたらと目に近付けて見ている。

「どうも納得がいかないね」

乙下は言った。


「最初のプレイでは黄グレ17個。次のプレイでは黄グレ11個。
 確かに物凄いスコアではあるんだけど、1046さんにしては低くないか?」

 
「言ってくれますね。
 総ノート数が4000個近い中で、たった17個しか黄グレを出してないんですよ?
 これを『スコアが低い』だなんて言われたら、さすがの俺も虫の居所が悪い」 
「そうは言うけどアンタさ、サブカードで練習を積んで、
 五曲とも理論値出すつもりで挑んだんだろ?
 それにしちゃ……と考えると、このスコアはやはり低いと言わざるを得ない。
 となると、このスコアは本当に1046さんがプレイして出したものかどうか疑わしいのさ。
 じゃぁ一体誰が出したスコアなんだろうか?
 考えるまでもない。
 アンタ以外にこのレベルのスコアを出せる人間は、BOLCEしかいない」
「だーかーらー!」

1046は急に声を荒げた。

「この日は単に調子が悪かったんだって言ってるだろ!
 それとも何か?このスコアを低いって言うんだったら、
 乙下さんはこのスコアを出せるんですか!?」
「いや、そりゃもちろん無理だけど……」

小学生みたいな屁理屈を持ち出してきた。
追い詰められて焦っているのだろうか?
これまでの1046からは想像しにくい、冷静さを欠いた言動だった。

「あなたが何と言おうと、俺はやってない。やってないんだ。
 ここに記された時刻に俺はABCでデラをプレイしていた。
 それ以上でもそれ以下でもない。俺は、本当に、殺してなんかいないんです!」

紙を持つ手を振るわせながら、1046は顔を赤くして叫んだ。
かと思うと、1046はふっと全身から力が抜けたかのようにうなだれた。
両腕がダラリと垂れ下がり、持っていたイーパス使用履歴はパサ、と小さな音を立てて床に落ちた。

やはり様子がおかしい。

「……と言ったところで、どうせ信じてはくれないんでしょう。
 だったらこっちにも考えがあります」

1046はおぼつかない足取りでデラ部屋の出入口に向かった。

「おい、どこへ行く!?」

乙下の呼びかけに、1046はぞっとするほどの白眼で振り返った。


「逃げやしないよ。ちょっと待ってて下さい。
 俺が犯人でないことを示す『証拠』を持ってきますから」

 
「証拠……?」

1046は足を踏み鳴らして部屋を出て行った。
乙下と空気、空気と杏子、杏子と乙下、それぞれの組み合わせで互いに顔を見合わせたが、
誰一人として1046の意図を掴めた様子はなかった。

1046はすぐに戻って来た。
本当にすぐだった。
時間にして10秒も経っていない。

1046の手には一冊のノートが握られていた。
表紙に「デラ部屋予約ノート」とマジックで記載されている。

乙下はすぐに思い出した。
シルバーでは平日の日中、デラ部屋のタイムレンタルサービスが実施されている。
その予約状況は、シルバーのカウンターにあるノートで閲覧できる。
他ならぬ1046から聞いた情報だった。

1046はノートをパラパラとめくりながら乙下に接近した。

「このページを見て下さい」

1046が開いたのは、7月16日の予約状況が書かれたページだった。
「7月16日(水) 10:00〜16:00 BOLCE」とある。
見た記憶のある字面だった。
一昨日、捜査のためにシルバーへやって来た時にもこのページを目にしたからだ。

「見ての通りです。
 BOLCEは事件当日、シルバーのデラ部屋を前もって予約していたんです」
「そうみたいだな。それが?」
「乙下さんの推理だと、俺とBOLCEは実は入れ替わっていたことになります。
 俺はABCにいるふりをして、実際はシルバーに。
 BOLCEはシルバーにいるふりをして、実際はABCに……という具合ですね」
「おっしゃる通りで」
「でもね、ダメなんですよ乙下さん。その推理は通らない。
 このノートがそれを物語っています」

1046は勝ち誇ったような薄笑いを見せ、ピースをした。
とうとう気が触れたのかと肝を冷やしたが、そうではなかった。

「乙下さんの推理では、二つほど説明のつかないことがあるんですよ」

ピースではなく、数字の"2"だったらしい。



「一つ目。『俺はどうやってBOLCEをABCに行かせたんでしょう?』
 二つ目。『俺はどうやってBOLCEをシルバーに戻って来させたんでしょう?』」


 
1046はノートをメガホンのように丸めて、リズミカルに手を叩きながら言った。

「BOLCEって男はああ見えて、相当に頑固なヤツでさ。
 自分で『こう』と決めたら人の意見なんか聞きゃしない。
 とりわけデラのことになると、テコでも動かないんですよ。そうだろ?杏子」

杏子は素直に頷いた。

「だから、BOLCEが予約した時間帯に他人がしゃしゃり出て来て
 デラ部屋を使わせてもらうなんて真似は、まかり通らないんです。
 まして『人目を盗んでABCに行け』だとか、
 『12時過ぎにシルバーへ戻って来い』だなんて命令は、BOLCEに通じるはずがない。
 だから乙下さんの推理は無理。100%無理なんです。
 10年ほどの付き合いになる俺でさえも、
 親友のよしみだなんて無意味な理由じゃBOLCEを動かすなんてどうやったって……」
「あー、1046さん1046さん。それはもう知ってる」

1046の熱弁に、乙下は若干申し訳ない気持ちで割って入った。
なだめすかすように軽く両手を上げて、息を切らしかけた1046と向かい合う。

「……なんですって?」
「俺はもう杏子ちゃんから聞いて知ってるんだ。
 BOLCEは素直にアンタの言うことを聞くような性格じゃなかったらしいね」
「だったら説明するまでもない。乙下さんの推理は成り立ちません」
「いや」

乙下はかぶりを振った。

「俺は見破っていたよ。
 アンタはBOLCEの頑固な性格を逆手に取って、
 思い通りにBOLCEを操るための心理的トリックを仕掛けていたんだ」
「心理的トリックって、今度は何を言い出すんですか!?」

額に脂汗を浮かべる1046を差し置き、乙下は空気に指図した。

「おい空気。例のモノを」
「ほい、ただいま」

空気は筐体の横に置いてあった工具箱を漁り、『例のモノ』を掴み上げた。
そのまま下手投げで乙下にパスをする。
キャッチすると、それは大きさの割にズシリと重量があった。





「1046さん。アンタは『これ』を使うことで、
 BOLCEがABCに移動せざるを得ない状況を作り出すのに成功したんだ」





                            to be continued! ⇒
51とまと ◆iK/S6sZnHA :2009/12/12(土) 19:00:52 ID:WKnoUGc+0
というワケで、次回へ続きます。
52爆音で名前が聞こえません:2009/12/13(日) 22:25:42 ID:9Q8G5LWmO
沈みすぎの定期age
53爆音で名前が聞こえません:2009/12/14(月) 17:47:06 ID:sKsr8ik40
>>38
投下乙でした。
続きはしばらく後との事ですが、頑張って完成させてください。
投下を待っていますよ。

>>51
投下乙です。
続きが妙に気になる引き方で、演出がニクイですのう。
次の投下を楽しみにしています。
54とまと ◆iK/S6sZnHA :2009/12/20(日) 21:33:40 ID:hjSxajcg0

>>53
どうもです。
本日投稿文で前回の種明かしをしますので、
ぜひ読んでいただけると嬉しゅうございます。

それでは、ひっそりと続きを書いて参ります。

それは、黒光りする卵ほどの大きさの物体だった。
平べったい円筒形の形状をしており、表面はややザラザラしている。
持つと手にひんやりとした感触が伝わった。

乙下はデラ部屋に備えつけられているベンチの前にかがみ、
ベンチの骨格を成しているスチール製のパイプへ、その物体を近付ける。
すると、「カチーン」と金属的な音を立てて、物体はパイプにへばり付いた。



「これは磁石だ」



乙下は1046を見上げた。
1046は肩で息をしながら、焦点のはっきりしない目つきで乙下を見下ろしていた。

「見りゃ分かりますよ。それが?」
「いい加減白々しいな、1046さん。
 アンタはこれを使って、BOLCEをABCに行かせたんだろ」
「何を言ってるんだか。
 磁力でBOLCEを引っ張ったとでも言うんですか?
 あぁそうか。IIDXの鉄人だから、磁石に反応するってこと?あはは」

1046は苦しそうに乾いた笑いをこぼした。

「この期に及んでなかなか上手いことを言うのには感心させられる。
 だが誤魔化しても無駄だ。アンタは、磁石をこんな風に使ったんだろ?」

乙下は磁石をベンチから引き剥がして立ち上がり、
今度はIIDXの筐体へ磁石を持った手を向けた。

「ちょ、先輩!実際には試さない約束でしょ!?」

空気が両腕を大の字に広げて、乙下の行く手を阻んだ。

「せっかく用意したんだから、ちょっとだけやってみようって。
 大丈夫大丈夫。ちゃんと元に戻してやるから」
「ダメですって、ああああ、ボクのテレビが……」

乙下は空気の制止を振り切って磁石をテレビにかざし、
画面の右上から右下へ向かってゆっくりと動かした。

まるで、目に見えない絵筆を持っているような感覚だった。

磁石をかざした軌跡に沿って、画面がじんわりと紫色に変色している。
もう一度同じ場所に磁石をなすりつけると、色合いの乱れはより顕著になった。
乙下はキャンバスに色を塗るようなその動きを、何度も何度も繰り返しながら言った。

「おお、すげー。どんどん色が壊れてくな」
「……何をしたいんですか、乙下さん」
「『ブラウン管モニタに磁石を近付けると、内部の陰極線が歪んで色ムラが発生する』。
 まぁ、有名なお話だよな。
 今日空気に持って来させたコイツはとびきり強力な磁石だから、効果てきめんだ」
「んなこと小学生の頃から知ってるんですよ。で、一体なんの関係が……」
「先輩、そろそろ勘弁して下さいよぉ」

空気が涙ながらに訴えた頃には、すでに画面の右半分が壊滅的な状況に陥っていた。
「DJ TROOPERS」のオープニング画面が本来有しているはずの
緑を基調とした美しいデザインは見る影もなくなり、
今は暖色も寒色も関係なしにあらゆる部位がサイケデリックな濃い紫色に染まっていた。

続いてゲームのデモ画面が始まり、違和感はより一層強まる。
かろうじてオブジェらしきものが降ってくるのは見えるのだが、やはり色が問題だった。
白いオブジェも青いオブジェも、赤いスクラッチさえも、全て紫色で統一されてしまっているからだ。
画面中央には「白い音符の時は白い鍵盤、青い音符の時は黒い鍵盤を叩きます」という
親切な説明文が表示されていたが、この時ばかりは滑稽でしかなかった。

「どうだい、1046さん。アンタはこの状態でまともにプレイできるかい?」
「いくら俺だって、これは無理。
 IIDXで白と青の区別がつかないのは致命的です」
「ごもっともな意見だ。が、しかし……アンタは『1Pサイドのプレイヤー』じゃなかったか?」

1046の言うように、空気のテレビはIIDXのモニタとしてはもう使い物にならない。
ただしそれは画面の右半分に限った話であり、画面の左半分は健康的な色合いを保っていた。
世界の中央を境に天国と地獄がせめぎ合っているような、奇怪な光景だった。

「アンタがゲームで使うのは左半分だけだろ。
 右半分の色が見えなくて、何が困る?
 せいぜい曲を選びづらいだとか、グラフが見づらいだとか、そんな程度じゃないか。
 この状態で本当に困る人間は、『2Pサイドのプレイヤー』……つまり」

乙下は1046の目を射抜くように見据えながら言った。



「この筐体は1046さんにとっては普段通り遊べるものだが、
 BOLCEにとってはゴミ同然のクソ筐体ってことになる。
 これがBOLCEをABCに行かせたトリックの正体だ」



おそらくはこういうことだ。

7月16日の日中、BOLCEはデラ部屋のタイムレンタルサービスを予約していた。
それを知っていた1046は、朝BOLCEがやって来る前に、そっとデラ部屋へ忍び込む。
そして、乙下がそうしたように、強力な磁石を使ってモニタの右半分を使用不能にしてしまう。
作業が終わり次第、1046は一旦デラ部屋を離れ、BOLCEが来るのをこっそりと待つ。

BOLCEが来ると同時に、1046は何食わぬ顔でデラ部屋へ姿を現わす。
当然BOLCEはモニタの件で店長へクレームをつけようとするが、
1046はこれを止めて、BOLCEに提案を持ちかけたのだ。


例えば、こんな風に。
『おいBOLCE、これ店長に知らせるつもりなのか?』
『もちろん。これじゃまともにプレイできないし、一刻も早く直してもらわないと』
『でも今知らせたら、せっかくの今日の分の予約を放棄にすることになるぞ』
『んなこと言ったって、こんな状態じゃ仕方ないでしょ。せめてお金だけは返してもらわなきゃ』

『いい考えがある。店長に知らせるのは、夕方にしよう』

『どういうこと?』
『今日の日中は俺とこっそり入れ替わろうぜ。
 モニタの左半分は無事だ。2PのBOLCEには無理でも、1Pの俺ならいつも通りプレイできる。
 代わりに、明日の俺の予約はBOLCEに譲る。そうすりゃアイコだろ』
『明日までに直るかなぁ?』
『この症状は確か電気屋に持っていけば一時間くらいで直してもらえる。
 夕方に店長に知らせれば、明日の朝までには復活するはずだ。
 夕方以降だったら例えモニタが修理に出されても、
 どうせ俺達はすぐバイトに行く時間になるから関係ない。
 せっかくのタイムレンタルサービスだ、こんな時こそ有効活用しようじゃないか』
『1046頭いいね。その作戦、乗らせてもらうよ。それじゃ、僕は今日はABCに行く』
『なるべく人目につかないようにな。特に店長には見つかるなよ。
 BOLCEは本当はここにいることになってるんだからな』
『OK。そっちも気をつけてね。また夕方に来るよ』



――実際にこんなやり取りだったかどうかは分からないが、
BOLCEの性格を知り尽くしている1046だからこそ、
言葉巧みにBOLCEを誘導し、狙い通りABCへ行かせるのに成功したのだろう。

これはモニタがブラウン管であるシルバーの筐体だからこそ成立したトリックだと言える。
ABCのような液晶モニタ筐体では、同じことはできなかったはずだ。


「最初におかしいと思ったのは、BOLCEの死体検案書を見たときだったんだ。
 医師によれば、犯人はBOLCEを殺した後で、
 わざわざBOLCEの頭をデラのモニタに叩きつけたらしい。
 なぜ犯人はそんなことをする必要があったのか?
 答えは一つ。この変色したモニタを、誰にも見らないようにするためだ。
 モニタそのものを粉々に壊してしまえば、画面は二度と映らないからな。
 変色のことは誰にもバレないってわけだ」

狭いデラ部屋の中に四人。
外は大雨と言えども、蒸し暑くなってきた。

しかし、1046の額を玉になってつたい落ちる汗は、暑さのせいだけではないはずだった。

「……磁石とは恐れ入りました。
 本当に、よくあの手この手のこじつけを考えつくもんです」
「こじつけじゃない。事実だろ」
「仮に事実だとしても、まだ半分だ。
 朝にBOLCEをABCに行かせた方法は分かりました。
 問題はその後。昼に『どうやってBOLCEをシルバーに戻って来させたか?』です。
 さぁ、今度はどんなこじつけを聞かせてくれるのやら」

明らかに動揺しているのに、1046はあくまで徹底抗戦の構えだ。
ならば、乙下は戦いに応じるしかない。


「ヒントはここにあった」
 
乙下は床にしゃがみ込み、先ほど1046の手元から滑り落ちた
彼のイーパス使用履歴を拾い上げ、『ヒント』になった部分を指差した。



  START = 11:43, END = 11:55;
  START = 12:00, END = 12:02;
  START = 12:03, END = 12:09;
  START = 12:09, END = 12:20;



それは、不自然さゆえにこれまで何度も議論の対象になった部分だった。

「ここなんだよここ。
 やっぱりどう考えてもおかしいんだ。
 それまでまったく休まずにデラをプレイしてたはずなのに、
 11:55〜12:00の間、突然5分のインターバルがある。
 かと思えば、次のプレイはたった2分。次のプレイは6分。
 なんでこんな不自然な動きになっているんだろう?」

1046は不快感を露わにして言った。

「それは前にも説明したはずでしょう?
 5分間の隙間はただの休憩。
 次に2分でゲームが終わってるのは、DUE TOMORROWで一曲目HARD落ちしたから。
 次に6分でゲームが終わってるのは、FREEモードを選んだから。
 何回言わせれば気が済むんですか」
「そんなデタラメな話、何回言ってもらっても気が済まないね」

乙下は挑戦的に反論する。

「この時刻、BOLCEとアンタは入れ替わっていたんだ。
 だから、このプレイ記録は断じてアンタのプレイ記録じゃない。
 知らず知らずの内にアンタのイーパスを使わされていた、BOLCEのプレイ記録なんだ」
「……だとしたら、乙下さんはこの不自然なタイムテーブルに、
 一体どう説明をつけるって言うんですか?
 そこまで言うんなら、スジの通った説明をしてくれるんでしょうね?」
「もちろんだ」

乙下は自信を持って答えた。



「BOLCEはアンタが仕掛けた『ある大胆なトリック』に操られて、
 まんまとシルバーへ戻ってくるはめになった。
 まさか殺されることになるとは知らずにね。
 この不自然なタイムテーブルは、まさにアンタが仕掛けたトリックの痕跡そのものだったんだ」





                            to be continued! ⇒
59とまと ◆iK/S6sZnHA :2009/12/20(日) 22:19:02 ID:hjSxajcg0
今週はここまでです。
1046君ピンチです。

それではまた次回。
60ノック:2009/12/24(木) 00:39:13 ID:6EGdXRTWO
初めて投稿します。
全く怖くないと思いますが、一応恐怖系を目指したので少しでも苦手な方は回避してください。あと虫が苦手な方も回避推奨です。
尚、このストーリーはフィクションであり、実際の人物・団体とは一切の関係はございません。


















今の状況を一言で表すなら最悪だ。
どれくらい最悪かというと普段皆伝と十段しか居ないゲーセンで誰も居ない時にこっそり穴冥を選び、皿だけ適当に回している最中トップランカーが背後に並んでいる事に気付いてしまった時より最悪だ。
いや、実際問題状況はその数百倍以上に悪かった。
「おい!…ああくそっ、何で出ないんだよ!!」
呼び出し音の続く携帯を握り締めながら俺は31回目の電話を切った。玄関からは扉を激しく叩く音が断続的に響いている。
いっそ耳を塞いでしまいたい。
そんな衝動に駆られながら再び友人に電話した。
今日はベストアルバムの発売日。日本中の音ゲーマー達の元へ佐山急便が忙しなく荷物を配達している。
しかし俺の元にやって来たのは…
ドンドンドンドンドンドン!!
激しく扉を叩く音に思考を遮られて現実に戻される。繋がらなかった32回目の電話を切りながら俺は忌々しげに玄関を見た。
佐山の代わりに来た招かざる客。それは音ゲー板のあいつだった。
持ち前の反射神経と動体視力で何とか扉は閉めたものの、それ以降玄関に張り付かれて逃げも出来ない。
みんなふざけてんだと思ってたのにマジで居たのかよ…やっぱりあんな事書かなきゃ良かった。
しかし今更後悔したところでもう遅い。消される前に早く何とかしなければ。
ひとまずベランダに出ようか。手すりを伝って非常階段に出られれば逃げられるかもしれない。
こんな悪天候の日に高層マンションで曲芸紛いの事をするのは自殺行為としか言い様がないが手段を選んでいる場合ではない。大丈夫、俺初見は得意じゃないか―――
根拠の無い自信で自分を奮い立たせる。
ベランダに出るにはリビングを横切らなければならない。
飛び出しそうな心臓を何とか押さえながら隣室の扉を開いた。
61ノック:2009/12/24(木) 00:48:08 ID:6EGdXRTWO
しんと静まり返った室内には玄関からのノック音と先程より勢いを増した雨音だけが不気味に響いている。
よし、奴はまだ動いてないな…
足音を殺して窓際に移動し、そっとカーテンに手を伸ばした。
落ち着け、あと少し―――
カーテンに手を触れようとした瞬間、空一面を焼き尽くす様な閃光が迸った。直後に響くであろう轟音に備え反射的に耳を塞ごうと手を引っ込める。
目を瞑ろうとした刹那、俺の目と鼻の先に上の階のベランダを掴んでぶら下がる人間のシルエットが映し出された。
「――――――っ!!」
まさか上の階から…?
その可能を否定しようとした俺を嘲笑うかの様に玄関をノックする音にガラス窓をノックする音が加わった。
ああくそっ、今まで時間通りに来た試しがないくせにどんだけ仕事熱心なんだよ―――!?
無論本物の佐山なら2〜3回ノックして応答が無ければ不在票を一枚残してさっさと帰るのだろう。
僅かに残った理性で悲鳴を噛み殺しつつリビングを飛び出し、隣の台所に転がり込んだ。こんな季節にも関わらず、全身びっしょりと汗をかいていた。
普段は開けっ放しにしている引き戸を後ろ手に閉め、その場に座り込んだ。
この部屋にあるのは小さな冷蔵庫と流し台と僅かな食器。今入ってきた扉意外に出入り口は無い。
ここなら大丈夫か…?
ベランダと玄関はやられた。風呂場とトイレはそもそも窓が無い。
雨はいよいよ勢いを増し、ノックの音すらまともに聞こえなくなった。こんな時にゲリラ豪雨か。これでは外の状況がよく分からない。

と、視線を滑らせた先にあるものが目に止まった。床に落ちている茶色い物体。
一瞬枝か何かかと思ったが、よく見るとカマキリの死骸だった。それも最近死んだようなものではない。植物の様な瑞々しさは既に無く、カラカラに干からびて変色していた。
こんなもの最初からあっただろうか。いや、無かった。じゃあ一体どこから…?
首を捻る俺の目の前に一匹の蛾が落下してきた。それはカマキリと同じ様にミイラ化している。
上?
それ以外有り得ない。
しかしどうしても見上げる事が出来なかった。その間にも俺の周りには次々と干からびた虫の死骸が降ってくる。トンボ、蛾、カミキリ虫…あっという間に俺の周りは虫で埋め尽くされていった。
62ノック:2009/12/24(木) 01:03:26 ID:6EGdXRTWO
全身が総毛立つ。堪えるまでもなく、最早悲鳴さえ出なかった。虫嫌いな人でなくとも失神してしまいそうな地獄絵図。頭に降ってきた死骸が髪を撫で、汗で濡れた首筋にオブラートの様な薄い羽が水分を吸ってぴったりと張り付く。
気色悪いことこの上ない。しかし俺はこの感覚に覚えがあった。
今でもはっきりと覚えている。あれは一昨年の夏だった。汗だくになって友達の引っ越しを手伝った時。荷物を全部運んだ後、背の低い友達に代わって台所の掃除をしていたら―――
ガコンッ
結論に辿り着くよりも早く、換気扇のファンと虫除けネットが音を立てて落下した。

「―――う、うわぁぁぁぁぁぁぁ……いてっ!」
全力で走り出そうとした途端、両足を襲った痛みに悶絶しながら俺は飛び起きた。
まず視界に飛び込んできたのは古ぼけた合板の天井。部屋の片隅に置かれた机の上に、ところ狭しと積み上げられた本やCD。
見間違える筈もなく自分の部屋だ。
「…あれ?」
何かがおかしい。
俺は確か朝から佐山を待ってて…そうだ、中々来ないから寝っ転がったんだ。
強かに両足を強打した机を忌々しげに睨みながらその上に載せられた時計に視線を移す。
時刻は午後5時47分。指定の時間を大幅に過ぎている。どうやら待ちくたびれてうたた寝をしていた様だ。
つまり全部夢だったのか?
否定する要素は何もない。数秒の沈黙の後、ひどく情けない気分になって一人苦笑いした。
あれほど怖かった筈なのに今はもう輪郭すら思い出せない。唯一覚えているのは佐山が出てきた事くらいだ。
「…で、肝心の佐山はまだなのか?」
午前中の指定にしたはずなのに遅すぎる。窓の外を見るとずぶ濡れの庭が夕日を受けてキラキラと輝いていた。
そういえば朝から天気が悪かったし昼過ぎには遠くで雷鳴も聞こえた気がする。寝ている間に随分降っていた様だ。
しかしここまで赤い空も珍しい。せっかくだし写真でも撮ろうか。
カメラを起動させようと携帯を開いた俺は待受画面を見てぎょっとした。
63ノック:2009/12/24(木) 01:08:45 ID:6EGdXRTWO
残された32件の着信。その全てが友人のTからだった。
何だ…?何かあったのか?
妙な胸騒ぎがする。
かけ直してみても呼び出し音が聴こえるだけで応答する気配は無い。
あいつが電話に出ないなんて変だ。音ゲーをプレーしながらでも器用に出るのに。
まさか急病?いや、事件かもしれない。これから行ってみようか。
今まで中に入った事は無いけれども場所だけは知っていた。駅前にあるマンションの…確か73階だ。
その時、立ち上がろうとした俺の耳に玄関の扉をノックする音が聞こえた。
こんな時に誰か来たのか?…あ、佐山かな?






END
64爆音で名前が聞こえません:2009/12/24(木) 01:10:53 ID:6EGdXRTWO
以上です。音ゲーというよりは音ゲー板がテーマになってしまったかもしれません。うっかり禁忌に触れると現れるあの方に登場していただきました。
ちなみに余談ですが実は
あれ?こんな時間にチャイムが鳴った様な…誰か来たらしいのでこの辺で。
65爆音で名前が聞こえません:2009/12/26(土) 12:44:41 ID:go8XttwsO
>>64
音ゲー板となんの関わりがあるかわからんorz
普段音ゲー板に入り浸ってるのに分かってない俺みたいな奴がいるから分かりやすく作品中で説明してくれると助かるね
66爆音で名前が聞こえません:2009/12/27(日) 09:49:14 ID:wPaKeqtJO
久しぶりの新規作者さん来ましたね。
ようこそ創作小説スレへ。

>>64さんの言う通り、この板との関わりがわかりませんね…
特定のスレッドを見ていないとわからないネタ等は、
解説を邪魔にならない形で付けていただけると良かったですね。

話の作りは良い感じだと思います。
今回は音ゲー板がテーマだったようですが、音ゲーそのものを絡めた新作にも期待していますね。
67爆音で名前が聞こえません:2009/12/27(日) 09:51:13 ID:wPaKeqtJO
アンカミスやってもーた…
>>64ではなく、>>65の間違いです。
68とまと ◆iK/S6sZnHA :2009/12/29(火) 14:33:10 ID:1Nddxnyt0
>>64
投稿乙でした。
実は俺もネタが分からなかった者の一人なんですが、
それでも文章力がずば抜けていて感心しました。
次回作、ぜひ読んでみたいです。
お待ちしてます。



それでは、続き書きます。
「またトリックですか。もう聞き飽きました」
「俺も言い飽きたよ」

1046はひどい顔をしていた。
自信に満ち溢れた二枚目ランカーの顔はすっかり影をひそめ、
虚ろな目とにじんだ脂汗、不自然に半開きになった口から漏れ出る荒い吐息は
一人の男が窮地に立たされていることを如実に示していた。

しかしそれでも1046は、果敢に乙下へ食ってかかった。

「聞かせて下さいよ。
 俺は一体、BOLCEをシルバーへ連れ戻すために何をしたって言うんですか?」
「いや、何も。アンタは何もしちゃいない」

1046の顔が般若のような形相になった。

「ふざけんのもたいがいに――」
「しいて言えば」

1046が今にも掴みかかりそうな勢いで怒声を上げかけたが、
乙下はそれ以上の音量で、1046の声に重ねて言った。

「『7月16日』。犯行にこの日付を選んだことが、アンタのしたことだ」

それを聞いた瞬間、1046の動きがポーズをかけたかのようにピタリと止まった。

「アンタはこの犯行を7月16日に実行した。
 一見信じられないよう話だが、たったそれだけで
 BOLCEは昼の12:00を過ぎれば勝手にABCからシルバーへ戻って来る。
 アンタはそれを見越していたんだ」

1046は視線を泳がせながら、左手を口に当てた。

「1046さん、俺の質問に答えてくれ。7月16日は何曜日だ?」

1046は消え入りそうに小さく、そして低い声で「水曜日」と答えた。

「そう、水曜日だ。では水曜日の昼12:00に何が起こる?
 さすがに知らないとは言わせないよ」
「……知ってます。知らないはずがない。
 普通のIIDXプレイヤーなら誰でも知ってる、常識中の常識だ」





水曜日の昼12:00――それは、『WEEKLY RANKINGの更新時刻』。




 
乙下の推理はこうだ。

7月16日水曜日、朝10:00。
1046の策略によりABCへとやって来たBOLCEは、早速IIDXのプレイを開始する。
選ぶのはもちろん、1046から勝負を挑まれたAKIRA YAMAOKAコース。
この時、BOLCEのイーパスはすでに1046によってすり替えられている。
BOLCEは知らず知らずの内に、1046のイーパスを使わされてしまうことになる。

ところが、1046の仕掛けた用意周到なトリックにより、BOLCEはイーパスのすり替えに気付かない。
BOLCEがAKIRA YAMAOKAコースを選び続ける限り、
BOLCEはそのイーパスが自分のものだと勘違いし続ける。


ところが、この均衡は12:00ちょうどに破られる運命にあった。


BOLCEが七回目のAKIRA YAMAOKAコースのプレイを終えたのが、11:55。
あと5分経てば、新たなWEEKLY RANKINGが始まる。

BOLCEにとって1046との勝負は大切なことだったが、それ以上に彼は習慣を重んじる性格だった。
つまり。
ここでBOLCEは一旦1046のスコアを追う作業を中断し、WEEKLY RANKINGに臨んだのだ。

12:00。
BOLCEはWEEKLY RANKINGの課題曲をプレイするために、
ようやくこの日一回目のSTANDARDモードを選ぶ。
ここでBOLCEは初めて気付いたのだ。
あらゆる曲のベストスコアが、自分の記憶にある数値と異なっていることに。


Vも、
AAも、
B4Uも、
SigSigも、
gigadelicも、
RED ZONEも、
GOLD RUSHも、
Dazzlin' Darlinも、
The Dirty of Loudnessも、
Scripted Connection⇒N mixも、
Scripted Connection⇒H mixも、
Scripted Connection⇒A mixも、
朱雀も、青龍も、白虎も、玄武も、ライオンも、烏賊も、蠍も、鷹も。

どれもこれも自分のスコアではない。


BOLCEの頭の中を、様々な思考が駆け巡る。

これは一体どういうことなんだ?
よく見るといずれも見覚えのあるスコアだ。
どの曲も全一の自分に肉薄するスコア。
いや。中には自分のスコアより高い曲もある。



――――これは、1046のイーパスだ!!!


 
おそらくBOLCEにとって、天地がひっくり返るほどの衝撃だっただろう。
自分の見ているものが信じられず、パニックを起こしかけたことだろう。

なぜ1046のイーパスがここにあるのか。
自分のイーパスはどこへ行ったのか。
なぜ今の今まで何も気付かなかったのか。
1046が企んだことなのか。
疑問が次から次へとわいてくるのに、答えを想像する余地すらない。

ともかく1046に話を聞くしかない。
そう思ったBOLCEはゲームに手をつけず、
即刻GAME OVERにしてイーパスを取り出し、一路シルバーへ向かう……これが12:02の出来事。

以上、全ては1046のシナリオ通りだったのだ。



乙下は言った。

「発想の逆転ってヤツだな。
 午前中の間はBOLCEにイーパスのすり替えを気付かれないよう、徹底して細工する。
 だがアンタはWEEKLY RANKINGを利用することで、
 『昼になった時点で敢えてBOLCEにすり替えを気付かせた』。
 それによりアンタは指一本使わず、見事にBOLCEをシルバーへ戻って来させたんだ」

続けて、空気が言った。

「1046さん。今週のWEEKLY RANKINGの課題曲が何なのか、知ってますよね?
 7月16日から7月23日までは、ANOTHERでも☆9の『マチ子の唄』っす。
 これ、今作屈指のスコアが出しやすい曲っすよね。
 こういう簡単系の曲の週だと、複数のプレイヤーが同率一位のスコアを取るケースも少なくない。
 そうなった場合、ランキングの一番上に表示されるのは、
 『一番最初にそのスコアを出したプレイヤー』の名前っす。
 BOLCEはきっと、今週のWEEKLY RANKINGが混戦になることを予想して、
 12:00ちょうどにスタートダッシュをかけた。
 1046さんはそのBOLCEの行動を見越していたんでしょう?」(※注4)

続けて、杏子が言った。

「私はBOLCEさんの行動特性をよく知っています。
 BOLCEさんは空気さんがおっしゃったような理由で、
 いつも可能な限り早くWEEKLY RANKINGに参加していました。
 水曜日の昼にゲームセンターにいた場合など、
 きまって今回のように12:00ちょうどにWEEKLY RANKINGの課題曲に手をつけていました。
 まして、今週は1046さんの得意な簡単系の曲です。
 1046さんに勝つため、BOLCEさんがスタートダッシュをかけることは必至です。
 貴方はそれを利用したんですね……」



※注4:
事実、この週のWEEKLY RANKINGは大混戦であった。
http://www.konami.jp/bemani/bm2dx/bm2dx15/weekly_data_show.php?week=19&class=2
一位は1796点で単独首位だったものの、
二位の1794点を出したプレイヤーは二名。
四位の1793点を出したプレイヤーに至っては五名もいたのである。
見ての通り、同じスコアを出しても日時の早い者ほど上に掲載されているのが分かる。

ちなみに、その週の課題曲は水曜日の午前0:00に公式サイトで発表される。
よって「マチ子の唄」が課題曲になることを、BOLCEや1046は昨晩の内に知っていたのだ。
「ちょっと、ちょっと待った!」

1046は目を白黒させて叫んだ。

「あんたら、おかしいこと言ってる!全然辻褄が合わないじゃねーか!」

1046は乙下が拾ったイーパス使用履歴を奪い取り、
問題になっている数行を乙下の目の高さに合わせて突きつけた。



  START = 11:43, END = 11:55;
  START = 12:00, END = 12:02;
  START = 12:03, END = 12:09;
  START = 12:09, END = 12:20;



「5分のインターバルが発生した理由と、12:00からのプレイがたった2分で終わっている理由。
 この二つはその推理で通るかも知れません。
 けど、その下の二つは?
 今の話だと、BOLCEは12:02の時点でシルバーへ向かって歩き始めている。
 だったら12:03〜12:09と12:09〜12:20、こいつらは一体どこの誰がプレイした記録だって言うんですか!?」
「1046さん、アンタだろ」

乙下はなんでもないことのように言った。

「アンタはアリバイをより確実なものにするため、
 できるだけ長くABCでプレイしていた記録を作っておきたかった。
 だから、この時だけはこっそりシルバーからABCまで移動して来ていたんだ。
 で、12:03〜12:09および12:09〜12:20の二つのプレイ記録を残した。違うか?」
「馬鹿な!」

1046は思い切り振りかぶり、持っていたイーパス使用履歴と
デラ部屋予約ノートをまとめてベンチの上に叩きつけた。
パァンと抜けのよい乾いた音が、湿ったデラ部屋の空気をつんざく。

「どうしてそんな訳の分からないことを言えるんですか!?
 乙下さんの推理だと、俺のイーパスはBOLCEが持ってるんでしょう!?
 BOLCEが持ってるはずのイーパスを、どうして俺が使えるんですか!?」
「盗むんだよ。BOLCEの懐から、イーパスを盗み出すんだ」
「あのねぇ。俺は手先が器用な方だけど、スリは専門外なんですよ。
 そんなことできるわけないでしょうが?」
「できるさ」

あと一歩で破裂しそうな1046に対し、乙下はあっけらかんと言い放った。



「アンタはある方法を使って、シルバーへ向かって歩いている
 BOLCEの懐から、華麗にイーパスを盗み出してみせたんだ。
 無論BOLCEに悟られることなく、一瞬の内にごっそりとね」





                            to be continued! ⇒
73とまと ◆iK/S6sZnHA :2009/12/29(火) 15:21:37 ID:1Nddxnyt0
トリックがマニアック過ぎてごめんなさい。
あまり感想がつきませんが、
ここまで来たら引き返せないのでヤケクソで最後まで書ききろうと思います。

それでは。
74爆音で名前が聞こえません:2009/12/31(木) 02:58:00 ID:vdxAxMZP0
>>73
乙。毎回読ませてもらってるぜ。
最近投稿が少ない中、あなたの作品が楽しみでここをちまちま見にきている。
1046…

次回もよろしく。
75爆音で名前が聞こえません:2010/01/06(水) 09:02:58 ID:R/irznCR0
新春初age

>>73
毎回続きを楽しみにさせてもらっていますよ。
いよいよ追い詰められてきましたね…
76爆音で名前が聞こえません:2010/01/06(水) 16:00:34 ID:ty/orbly0
規制によって感想がつきにくいのは仕方ないが、楽しみにしている人は確実にいるぜ。
がんばってください。
77爆音で名前が聞こえません:2010/01/07(木) 02:26:04 ID:RHq1lWC50
こんなトリックが隠されていたとは…。
今までがマターリしてただけに衝撃というか
突然緻密に推理されすぎてて1046に少し同情してしまう。
じわじわ迫ってこなかったというか。反論の余地はないのかというか。
78旅人:2010/01/10(日) 01:14:54 ID:K6iNb2KN0
>>64さん
ごめんなさい、僕もネタが何なのか分かりませんでした。
でも話自体は面白かったし、それに惹きつける力がすごいなと思いました。
見習いたいな、と思える作品をありがとうございます。

>>とまとさん
久しぶりにここに来たので、まとめ読みな感じで読んでました。
磁石とテレビの話とか、WRの更新が水曜の正午とか初めて知って
いやぁ凄い知識量だと素直に感じました。
 トリックも凄いなぁ、この先も凄いトリックが隠されてるんだろうなぁと
予感させられるのですが、ヤケクソはいけませんて。
色々あって感想は書けないけど、応援してる人って結構いると思います。
いや、絶対にいます。いるんですよ。

 ところで、前々から気になっていたのですが、
どうやってとまとさんはトリック等を考えつくのでしょうか?
よろしければ、ぜひその極意か何か、聞かせて頂けませんか?


 皆様お久しぶりです、旅人です。遅れますが、新年明けましておめでとうございます。

 唐突ですが、フェーズ1〜3の物語で伝えたいことって、そういうことだったんです。
読んで頂いて、こういう事が言いたかったんだな、と感じ取れること全てなんです。
 でもここは「音ゲー小説」を発表する場です。はっきり言って、ルール違反です。
それを犯していると分かっていながら「もうやめろ」の声が上がらなかった。
僕はこれに、本当に感謝しないといけません。

 それで、これが最後のフェーズです。
フェーズ1〜3の物語の時間は朝→昼→夜の順に流れて行きました。
朝を迎えるためには夜明けが必要です。このフェーズは、まさにその夜明けにあたります。
 この夜明けを描くのに相当な時間を掛けています。
今も少しずつ、この時間を描くための時間を使っています。

 文才も知識も何もない僕がここまで書く事が出来るのは
皆さんのおかげだと感じています。本当にありがとうございます。
 
 さて、これから本編の投下再開です。よろしくお願いします。
79carnival (re-construction ver) Last Phase -day break-:2010/01/10(日) 01:18:24 ID:K6iNb2KN0

 私はこれを書くべきかどうか一度迷った。
本来であれば、フェーズ3において全ての謎は明かすはずだった。
その予定だったのだが、それは無理だった。

 私は自身の限界に気がついた。
本当はこんなものを書けるような人間ではなかった。
だから私はこれを途中半端で切らざるを得なかった。
提示した情報は、何が真実で何が虚実なのかは勝手に判断してもらおうとも思っていた。

 そこで私の迷いは晴れた。
私は何のためにこれを書こうとしたのだろうか。
過去の世界に真実を伝えるためだったではないか。

 何もかもを振り切った私は、自身の記憶の海へダイブする。
そこで私はこれを書く経緯を思い出し、書き出していく。
ある種の虚構である「ユールの物語」はあれで終わらせよう。
これからは私の真実である「私の物語」を書き始めよう。

 
     carnival (re-construction ver)

            Last Phase -day break-


 全てが終わり、円環が修復される

 その環の中、ある一つの異端因子は求める

  円環に起きた全てを

 異端因子は知ることのみを求める


  全ての真実を それは求める
80carnival (re-construction ver) Last Phase -day break-:2010/01/10(日) 01:26:46 ID:K6iNb2KN0
 まず、私について説明しよう。簡単に言えば自己紹介だ。

 私は第五大陸ファルコンの生まれで、同大陸の三流の私立大学の二年生をしている。
専攻は「時間学」で、将来はWOSのプロジェクトである
「タイムマシン計画」の下っ端で働くことを望んでいる。

 いきなり時間学と書いても、一体何のことか分からないだろうから、そこから説明する。

 時間学とは、その名の通り時間について突き詰めていく学問だ。
十数年前に「時間の穴」と名付けられた穴の存在が確認され、
穴の向こうに約千年前の世界と思われる光景が広がっていることが確認された。
時間学自体の考え方はそれより以前に漠然とはあったが、
この時間の穴の発見以来、時間学は急速な発展をみせてきた。

 もうひとつ、時間学と並ぶ人気を誇る学問がある。それは「空間学」というものだ。

 空間学とはよくフィクションの世界で表現され、
「パラレルワールド」または「並行世界」と呼ばれるものを突き詰めていく学問だ。
空間学自体の考え方は、時間の穴が見つかるまでは荒唐無稽と笑われていたのだが、
穴の発見以来、空間学の前身のとある団体が考え出した理論が証明された。
これによって空間学は時間学と切っても切り離せない関係となった。

 パラレルワールド、おもに空間学では並行世界と呼ばれるものについて。
例えば、あなたがいつものようにゲーセンに行ったとしよう。
この時に色んな「分岐」があるのだが、ポップンを例にたとえ話をする。

 あなたはチャレンジモードのファーストステージにてレベルソートで曲を選ぶ。
ハイパーlv36の曲であるジャンル「ドラムンフライ」
曲名「テンプラ揚三」という曲のことはご存じのはずだ。

 そこであなたはこれを選曲、好みにオプションを付け、プレーを開始する。
予備知識として書くが、この曲のこの難易度は驚異的なラス殺し譜面を有している。
この時代では初見でクリアすることは不可能に近いとまで言われるそれを
あなたは初見でクリアすることに挑戦する。ただし、この時のあなたはラス殺しのことを知らなかったとする。

 ここで分岐が生まれる。あなたは初見でこの曲をクリア出来たか、出来なかったか。この二択だ。
圧倒的に「クリア出来なかった」方の確率が多い。統計を取ればこの分岐の数が多い。
この分岐をとれば、あなたのデータの同曲同難易度の欄に非クリアマークが点灯、エクストラなしのプレーを続行できる。
「クリアできた」分岐をとれば、同曲同難易度の欄にクリアマークがつき、次の選曲画面へ移行する。


 時間の穴によって過去世界を確認し、そして未来からの干渉を与える。
過去世界に与えられた干渉によって、過去世界に意図的な分岐を発生させ、
先の「分岐における並行世界の発展理論」は証明されていった。
 現在時間学では、人工的な時間の穴の創造が
タイムマシン開発のキーになるとして、日々研究がすすめられている。
残念ながら、空間学の方は今は何をやっているかは知らない。

81carnival (re-construction ver) Last Phase -day break-:2010/01/10(日) 01:33:21 ID:K6iNb2KN0
 時間学と空間学。そういう学問がこの時代にあるということは伝えた。話の本筋を進めよう。


 12月25日にカーニバルの無料キャンペーンなるものが実施されることは知っていた。
もちろん私も行きたかったのだが……私は行かなかった。決して行けなかったわけではない。
全世界の人々が熱中になっている娯楽の聖地的な場所には連日多くの人が集っている。
そこが無料キャンペーンを打ちだしたとなればどれだけの人が殺到するか、想像もつかない。
 だから私は行かなかった。
同日の夜にトプラン決定戦が開催されることも知っていたが、
後にWOSがその映像を何らかのメディアを通して販売するだろうと思っていたから気にならなかった。




 翌日、私はMPDに設定した目覚ましアラーム機能の時間よりも早く起床した。
いや、私のMPDに電話が来たのだから、起床されたと書くべきだ。

「もしもし」
「おう!早くTVの電源を付けてみろ!!」

 電話の主は私の友人だった。
私は了承の返事をし、近くにあったリモコンでTVの電源をオンにする。

 どこの局もひどい映像を流していた。
ここでいうひどいとは、あまりにも悲惨で無残で見るに堪えない、という意味だ。
ある局にチャンネルを固定し、その局の番組に目を凝らした。
 映像はヘリコプターから送られてくるのだろう、上空から見下ろしたものになっている。
カメラの目線の先には、カーニバルの全体像があった。
どこもかしこも悲惨で……ぐしゃぐしゃとしか言いようがなかった。
 どうしてこんな事になったのか、と考える私だがすぐに番組から答えが出された。
カーニバルが何者かによって襲撃された、というのがとりあえずのこの状況の説明であった。

「おい!これ、酷いよなぁ!!」 朝の五時というのに、こんなものを見ても元気だ。
「あぁ……ちょっと、切らせてもらう」

 あの時の私は誰かと話をしながら、これを見るつもりにはなれなかった。


82carnival (re-construction ver) Last Phase -day break-:2010/01/10(日) 01:40:16 ID:K6iNb2KN0
 カーニバルを見る私の視点、視界となるカメラが第一ブロックを向く。
カメラが送る映像は、破壊し尽くされていた建造物を映し出していた。

「これは、これはなんという事でしょうか……!!」

 レポーターが興奮気味に喋っている。
そんな彼の言葉を流しながら、私はカメラの写す視界の端に何かを見つけた。
レポーターとカメラマンもそれに気づいたようで、そちらにカメラを向ける。

 元はお土産屋だったと思われる建造物が破壊され、二階より上は消えていた。
だが、問題はそこではなかった。そんなことではなかった。
瓦礫に隠れるようにして、何者かが背中をその建造物に預けていたことの方が重要性は高い。
 ヘリが移動して、座り込んでいるらしき何者かを注目して映し出す。
アップにして映し出された何者かは、やはり人間であった。
 だが、全く動かない。離れて見ているからという理屈は通用しない。
カメラがズームしてその何者かの顔を、外見年齢は16歳ほどの少女の顔をクローズアップさせた。

 頭から血を流していることを除けば、ただそこで眠っているようにしか見えなかった。
少女の表情は見えない。息をしているのかしていないのかが分からない。
 その少女の特徴は……おそらくは腰に届くまでに長いのであろう黒髪。
この髪が、彼女がどんな表情でいるのかをうまい具合に隠している。
来ている服はすべて黒色で、まるで烏のような……言い方は悪いが、第一印象はそんな感じだった。

「あ!!あそこに頭から血を流している少女がいます!!!」
 ……救急隊を呼んでください!!早く、早く!!!!」

 ヘリに乗っているレポーターは気が狂ったかのようにそう叫んでいた。
しかし、声色の割にはまともな判断能力は手放していない。プロだな、と私は妙に納得していた。

 ただ、何かが変だと直感した。……私の勘はよく当たる。
しかし、一体何に違和感を抱いたのかは、この時は分からなかった。


83carnival (re-construction ver) Last Phase -day break-:2010/01/10(日) 01:44:25 ID:K6iNb2KN0
 その日の正午。
カーニバルの公式サイトにこんな文章が掲載された。
それの写しを取っていないので全部は書けないが、大体はこんな感じだ。


「本日は皆様にご迷惑をおかけいたしまして、誠に申し訳ありませんでした。
 これよりカーニバル運営部はWOSの力も借りて、この襲撃事件の犯人を突き止めていきます。
 そしてカーニバルの施設ですが、本日から来年の一月上旬までは営業停止とさせていただきます。
 
 最後に、カーニバルより見つかった身元不明の少女の死体についてですが、
 このまま引き取り手がいなければ、カーニバルが葬式を挙げようと考えています。
 もし、皆様に少女の死を悲しむお心があれば。
 葬儀の日時を発表しますので、ご来園してください」


 カーニバル襲撃事件の犯人追及。そして身元不明の少女の葬式。
この文章でカーニバル側は、以上の二つを行うことを表明したのだった。
 事件の犯人は、恐らくは変なテロ組織だろうというのが私の考えで、
これは後日ぴたりと的中した。大多数の人の予想も当たったのだが。
 ただ、その組織を潰そうにも、彼らは実体がないかの如く
カーニバルに何の痕跡も残さなかった。まるでゴーストである。
人々はしばしの間、そんな幽霊的なテロ組織に怯えて暮らしていた。

 そして少女の方だが…翌日、名無しの少女にカーニバルが仮の名を与えた。


     その名前は、これまで私が書いてきた話の主人の名前だ。

 クリスマスの夜に死んでしまった少女に「ユール」と名付けられたのは、27日の朝方であった。

 
84carnival (re-construction ver) Last Phase -day break-:2010/01/10(日) 01:49:25 ID:K6iNb2KN0
 2999年12月29日

 この日がユールの葬式開始の日であった。
29日から大晦日の31日まで葬式が行われると、カーニバルから発表があった。
初日は献花式、二日目に死体の焼却、最終日にその灰をレイヴン海に撒くという、散骨葬式だ。
葬儀に参加した人が棺の前に立つ事が出来るのは、初日と最終日だけだ。
 私は先の友人と共にユールの葬式に参加することにした。
友人から誘われてはいたが、私は元から行く気はあった。

 この時代の人々の特徴として、自分以外の事にも関心が持てるということが挙げられる。
近くにいる人の動きを見て、その人の助けになるような行動をとる……
 例えば、両手一杯に荷物を抱えていて建物の中に入りたい人がいる。
しかしドアが自動開閉式のそれでないために入れない。
そんな時に近くにいる人が、彼(または彼女)の代わりにドアを開けてあげるのだ。

 そんな光景や思想が日常、そして常識となっている時代だから、
カーニバルが壊滅状態だろうと三度目のミレニアムであっても。
他に何かがあろうとしても、大勢の人々が駆け付けるのは目に見えていた。





 28日に私と友人はファルコン大陸を出発した。
この大陸には一番大きな街がある第四地区にしか空港がないため、まずはそこへ向かう。
この空港からレイヴン第五地区の空港へと飛び、そこで一泊。
翌日の29日に、この地区の駅からカーニバルへと移動。
 あまりにも人が多いので一度電車を見送り、近くにあった「サイ」という喫茶店に立ち寄ったが……
あれはひどかった。お勧めのコーヒーが得体の知れない液体だとは思わなかった。潰れてしまえ。

 そんなこんなでカーニバルのあるレイヴン第十地区に到着したのは10:23頃だった。
人が辺りを埋め尽くしていて、それはもうひどい渋滞であった。
立体駐車場の上にある受付で名前を書いたのは、一時間後だった。

 受付で名前を書くと、係員から一輪の花を手渡された。
この花は、今日の献花式のための花なのだろう。一人合点し、私は友人とカーニバルへと移動した。
 第一ブロックのメトロステーションからターミナルタワーまで移動。
メトロ内で大勢の人と押しつ押されつとやっていて、いつか圧死者が出るのではないかと恐れを抱いた。

 蛇足だが、ここから見れる海底の景色は綺麗という事で評判である。
私は海底の景色を見たかったのだが、人の頭で窓が埋め尽くされていたので見えなかった。


85carnival (re-construction ver) Last Phase -day break-:2010/01/10(日) 01:53:11 ID:K6iNb2KN0
 そうしてメトロはターミナルタワー内部で停車、大勢の人々が下車を始める。
私はすぐに下車し、友人を待って合流してから案内表示板の通りに動いた。
タワー内部はシンプルな構造になっていて、思っていたよりは複雑な道ではなかった。

 25日に行われたトプラン決定戦の会場が、この日はユールの献花式の会場となっていた。
その会場は大きな円形の部屋で、殆どの照明装置が機能していないので相当暗かった。
通路がかろうじて分かる程度の証明しか使われていない。
 中央に全体の1/5を占める大きな円卓がある。
大会中、筐体が置かれてあったであろう中央の円卓に、蓋を開けている棺があった。
これだけが唯一スポットライトを当てられている対象物であったと思う。
その中で一人の少女が横たわっていて、顔に白い布が覆われていた。
遠目から見て、死体の状態はまだ良好のようだった。上手いこと保存されていたのだろう。

 この会場に到着してからも時間を取られた。
会場入りしてから十分が経ち、私はようやくユールに花を供えることができた。
すでに、彼女の周りには沢山の花が供えられている。羨ましいな、と思ってしまった。


  それと同時に、私は非常に強い違和感を覚えた。





 昔の話をする。
私は幼いころからとても勘の強い人間だった。第六感に優れていたのだ。
まぁ、幽霊を見たりという事はなかったのだが……
 それを活かし、私は音ゲーのプレイ時に目隠しをしても、
簡単な曲ならクリアすることが出来るという特技を持つことが出来た。
オプションでステルスをかけても同じだ。特に難しいと感じたことは殆どない。

 そんな勘を持った私は、自分の直感は信じてもいいと思っている。
そのおかげで色んな交通事故を回避することが出来た。自分で自分を助けている。
だから、ユールの死体を見て強烈に感じた違和感は……私の直感は、私にこう告げた。


        「この少女は死んでなどいない。間違いなく生きている!」

86旅人:2010/01/10(日) 01:54:59 ID:K6iNb2KN0
 いかがでしたでしょうか?これにて今投下は終了です。

 これを書いていて気付いたのですが、僕に文章力はないようです。
「そんなの分かってるよ」と言われそうだけど、ショックですよ。
だって二年ですよ。二年近くも物を書いていて進歩してないって、ねぇ。
ショックを受ける以外にどんなリアクションを取らねばならないのかと。

 けれでも、僕は話を考えるのが好きだという事も
その話を文に直す作業が好きだという事も
それらの元になっている音ゲーが大好きだという事も
絶対に否定できないんです。だって繋がらないから。

 自分の能力が劣ってるからある物事が嫌いだ、なんて事はあるけど絶対そうとは限らない。
僕が知っている人に、長年音ゲーを続けていても
中級者程度の実力から上に行かない人がいます。(仮にその人を彼と書きます)
彼はなんで音ゲーが上手くならないんだろうと自問して悩んでいるようですが、
音ゲーについて語る時の彼の顔はとても輝いています。僕はその輝きが羨ましい。

 僕がレベルの低い作品を投下し、皆様には申し訳なさを感じています。
反面、僕自身は楽しんで創作させていただいています。こう書くと愉快犯っぽいですね。
 もしかしたら、僕の存在がこのスレの敷居を下げる役割を担ってるかもしれないし。
少しでも誰かに「私も何か書いてみたい」と感じていただく手伝いが出来たならいいなと思います。
思い違いもいいとこだけど、なんかそう思っちゃった。すみません。

 次回投下はいつにするか決めてません。
ハッピーニューイヤーだし、最初の所だけ……と思いつきで今回は投下したので。
 とりあえず全体の2/5程度は書き終わりましたので、
大体書けたら今までのように普通に投下していきたいなと思います。

 それではこれにて。夜分遅く失礼しました。次回をお楽しみに!

87とまと ◆iK/S6sZnHA :2010/01/12(火) 00:30:30 ID:cv/tmJxD0
皆々様、温かい声援ありがとうございます。
ほんの少しでも読んでくれてる人がいるのは幸せなことです。
ふて腐れてないで、完結に向けて頑張るべさ。

>旅人さん
待望の続編ですね。
ここまでの話とここからの話がどう繋がっていくのか、楽しみにしています。
あんま偉そうなこと言えませんが、文章力がないってことはないと思いますよ。
過去に厳しい指摘ばかりした甲斐もあって(汗)、成長してらっしゃると感じます。



それでは、新年一発目のトップランカー殺人事件です。
「BOLCEに気付かれずにイーパスを盗むだなんて、どう考えても不可能ですよ!」

1046は真っ向から全面否定した。

「いや、盗むどころか、そもそもBOLCEに近付くこと自体に無理があります。
 赤の他人ならまだしも、BOLCEが俺に気付かないわけないですから」
「本当にそう思う?」
「当たり前でしょう」
「本当の本当に?」
「しつこい」

乙下は「よし」と独り言のように呟いた後で、
この場の雰囲気に余りにもそぐわない提案を持ちかけた。

「1046さん、ゲームをしようか」
「ゲ……」

何を言ってるんだお前は。
そんな心の声が聞こえてきそうなほど、1046は訝しい顔つきになった。

「ルールは簡単。
 今から1046さんが持ってるイーパスを盗む。アンタがBOLCEに対してやったようにね。
 無事に盗めたら俺の勝ち。盗めなかったら1046さんの勝ちだ」
「は……ははは。ははははは。
 下らない。けど面白いじゃないですか」

1046は矛盾めいたことを言いつつ、咄嗟にジーンズのポケットを右手で覆った。
イーパスを護衛しているつもりなのだろう。

「もし俺が勝ったら。つまり、乙下さんがイーパスを盗めなかったらどうしてくれるんですか?」
「その時は即刻アンタを解放してやるよ」
「すごい自信ですね。逆にどんな方法で盗むのか楽しみになってきました」
「もう盗んだよ」
「はい?」
「もう盗み終わった。俺の勝ちだ」
「……え」

1046は呆けたようにポケットを見下ろし、
再び「え?」と小声を発して、それからまた乙下を見上げた。

「空気、見せてやれ」
「うぃっす」

反射的に1046の視線が空気に注がれる。
と、空気の指にいつの間にやらつままれている赤いイーパス。
それを見た途端、1046の目がみるみる大きく見開かれた。

「俺が盗むとは誰も言ってない。泥棒役は空気にやってもらった」
空気はイーパスを1P側のカードリーダーに挿入し、
イチ・ゼロ・ヨン・ロクと「芸のない番号」を入力する。
それはついさっき見たものと同じ動作だったが、
IIDXの画面にはより強い既視感を覚えさせる光景が広がっていた。



   DJ NAME:1046
   IIDX ID:2012-1221
   所属エリア:岩手
   段位認定:SP ―/DP ―
   DJ POINT:109.PT
   プレイ回数:9回



どう見ても1046のサブカードだった。
見間違えるはずはない。
ほんの15分ほど前に、何度も目にしたばかりのプレイデータだ。

「ほーら見ろ。アンタが持ってるはずのイーパスだ」

勝ち誇る乙下の横で、1046は幽霊でも見てしまったかのような青白い顔色をしている。

「あり得ない……どうして……?」
「だからさっき言った通りだよ。空気はアンタに気付かれないように、イーパスを盗んだんだ」
「だって、あのイーパスはさっき乙下さんから返してもらって、確かにポケットの中に……!」

そこで1046は、思い出したようにジーンズのポケットへ右手を滑らせた。
「あれ?」という釈然としない声と同時に、
1046のポケットから顔を覗かせたのは、傷一つない赤いイーパスだった。

「ちゃんとあるぞ!?やっぱり盗まれてなんかなかったんだ!」

1046はもう一度IIDXの画面に目をやり、「はっ」と鼻で笑った。

「なーんだ、アホらし。ようやく分かりましたよ。
 トリックがどうこう言うから、どれだけ大層なことしでかしたのかと思えば……。
 『イーパスを盗んだ』なんてのは真っ赤なウソだったんだ。
 さっき乙下さんは俺にサブカードを返すフリして、実は全然関係ないイーパスを俺に渡した。
 で、肝心の俺のサブカードは、こっそり空気さんが隠し持っていた。
 それだけのことでしょ?ばっかばかしい」
「違うな」
「何ですって?」

1046は鼻に皺を寄せて乙下を睨みつける。

「俺にはイーパスをすり替える隙なんてなかった。
 だから俺がアンタに手渡したのは、正真正銘アンタのサブカードだよ」
「意味不明。じゃぁそれなら、俺のポケットに入っているこのイーパスは何なんですか?
 本当に空気さんが盗んだのなら、ポケットには何も入ってないはずです」
「カードごと盗んだのならな」
「……カードごと?」

乙下の言葉を反芻しながら、1046は頬に新たな汗のすじを作った。


「1046さんの言うように、この状況でイーパスそのものを気付かれずに盗むなんて無理さ。
 だったら最初からそんな無謀なことは考えず、
 『イーパスの中にあるデータだけを盗み出す』ことを考えればいい」
そう言い切ってから、乙下は「ってことだろ?」と空気に話をふる。
すると空気は、

「トップランカーの1046さんならご存じかと思いますけど」

そんな風に前置きしてから喋り始めた。

「例えばほら、もし間違ってイーパスを無くしちゃったら困るでしょ?
 下手すりゃ火事で焼けちゃうなんてこともあり得るっすよね。
 だから、万が一そんなことがあっても大丈夫なように、
 『イーパスのデータは別のイーパスへ移し替えることができる』ようになってるんす。
 ボクはその機能を使って、1046さんのサブカードを『盗み』ました」

空気は颯爽とポケットから携帯電話を出して、画面を乙下と1046の方に向けた。

「このページはコナミe-AMUSEMENTサイトの
 トップページから入れる、イーパスの管理・設定画面っす。
 ここにボタンが四つ並んでるのが見えるでしょ?」

空気が言うように、画面には上から順番に

   e-A PASS登録
   e-A PASS切替
   e-A PASS切離
    データ引継ぎ

と四つのボタンが並んでいる。

「やってみたらビックリするくらい簡単でしたよ。
 手順その一。まず『e-A PASS登録』で、1046さんのサブカードをボクのアカウントに登録する」

空気は器用にも、画面をこちらに向けたままで携帯電話を操作している。

「手順その二。『e-A PASS切替』で、参照するイーパスを1046さんのサブカードに変更する。
 手順その三。『データ引継ぎ』で、あらかじめ用意しておいた
 新品のイーパスのカードナンバーを入力する。
 ここまでの操作を、皆さんがデラ部屋へ入って来る前に終わらせておきました。
 あとはカーソルを『引継ぎ』ボタンに合わせておいて、
 タイミングを見計らいつつポケットの中でこそっとボタンを押せば……」

空気は1P側のカードリーダーを指差して言った。

「それだけで1046さんのサブカードのデータは、ボクが用意した
 この新しいイーパスへ丸ごと移動するってわけっすよ。
 だから、1046さんが今持ってるそのイーパスの中身は空っぽ。
 新品と同じ状態になってるはずっす」(※注5)



※注5:
補足説明。
スコアやクリアランプ等のプレイデータは、実際はイーパスの中に保存されているわけではない。
あらゆるデータはコナミのサーバーに保存されており、
イーパスはそのデータをサーバーから引き出すための「鍵」の役割だと思えばよい。

よって、ここでいう「データ引継ぎ」とは、
「データを引き出すために必要な鍵(イーパス)を変更する」という意味合いになる。
そのため、作中のセリフにある「データを盗み出す」や「データが丸ごと移動する」といった表現は
厳密には正確でないのだが、便宜上このような形で記述させていただいているのでご了承願いたい。
1046は下を向いた。
右手に持った「空っぽ」のイーパスを見下ろしているようにも、
空気から目を背けてうつむいているようにも見えた。

乙下は腰を屈めて、1046の顔を覗き込む。

「1046さん。アンタはこれと同じ方法で、BOLCEからイーパスを取り戻したんだろ?
 ま、アンタの場合は自分のイーパスのデータ引継ぎだから、
 手順その一と手順その二は不要だったろうけどな」

1046は何も答えない。
言葉も血の気も失い、ただ立ち尽くしている。

「1046さん、もういい加減に終わりにしよう」

1046は歯を食い縛っただけで、やはり何も言わない。

反応がないと見るや、乙下は一人で話し始めた。
ゆっくりと、神経を使い、丁寧に言葉を選んで、
事件の終着点へ向かって一歩一歩足を踏みしめるように。



「7月16日水曜日、アンタは――――」


 



7月16日水曜日、1046はかねてからの計画を実行に移した。

計画の目的はBOLCEの殺害だ。



8:00。

1046は盛岡第三小学校へ通う店長の息子を、通学中に誘拐する。
速やかに睡眠薬で眠らせ、人の出入りがほとんどない倉庫で寝かせておく。



10:00。

1046はBOLCEより一足先にシルバーへやって来る。
店長に気付かれないようにデラ部屋へと忍び込み、
例の磁石のトリックを使って、BOLCEをABCへと追い払う。

こうして1046は、デラ部屋という名の誰にも邪魔されないアジト兼犯行現場を手に入れた。

それからしばらくは、BOLCEに扮してIIDXをプレイし続ける。
あらかじめすり替えておいたBOLCEのイーパスを使うことで、
『BOLCEがシルバーにいた記録』を作り続けた。



11:10。

プリペイド式の携帯から、一回目の脅迫電話を店長にかける。
普段はIIDXのポスターに隠されているが、デラ部屋の壁には小さな穴が空いている。
その穴を利用して、カウンターの内側にいる店長の様子を監視しながら。

その間もチュートリアルのトリックを使うことで、BOLCEによるIIDXのプレイ記録を捏造し続ける。



11:55。

ここで1046は大胆な行動に出る。
店長に動向に注意を払いつつ、一旦シルバーを抜け出してABCへ向かうのだ。
その際、やはりチュートリアルのトリックを使うことにより、
BOLCEのイーパスで「11:55〜12:06」のプレイ記録を残した。



12:00。

1046がABCへ到着する。
この時間帯、自転車を使えば5分でシルバーからABCまで移動できることは実証済みだ。

1046は人目につかないようにABCへ入店し、物陰からBOLCEの様子をうかがう。

すると、ちょうどBOLCEはWEEKLY RANKINGに挑戦するために、
この日初めてのSTANDARDモードを選んだところだ。
ここでBOLCEはようやく、なぜかイーパスが1046のものとすり替えられていることに気付く。
当惑したBOLCEは1046を問い質すため、すぐさまシルバーへと向かって歩き始める。
12:03。

例の「イーパスを盗む」トリックの出番だ。

1046はあらかじめ新品のイーパスを持参しておき、
e-AMUSEMENTサイトでデータ引継ぎ操作をすることで、
BOLCEの懐にあるはずのイーパスを、魔法のごとく手元に呼び寄せる。

こうして見事自分のイーパスを取り戻した1046は
ただちにIIDXをプレイして、ギリギリまでABCにいた記録を作り出す。

まずはFREEモードで12:03〜12:09のプレイ記録を残し、
続いてチュートリアルのトリックで12:09〜12:20のプレイ記録を残した。



12:10。

自転車に乗り、再びABCからシルバーへと戻る。
ABCを出発した時刻はBOLCEより遅いが、移動手段が自転車なので、
徒歩であるBOLCEの先回りをすることは容易い。



12:15。

BOLCEを追い越して、1046がシルバーへ到着する。
人目に触れないようにデラ部屋へと舞い戻り、二回目の脅迫電話を店長にかける。
この時もデラ部屋の壁に空いた穴を利用して、店長を監視しながら話を進める。



12:18。

脅迫電話を切り上げる。
同時に、BOLCEがシルバーへと到着する。
ABCからシルバーまでは徒歩で約15分。
計算通りのタイミングだ。

狙った通り、BOLCEと店長を鉢合わせさせることに成功する。

「一億円を払わなければお前の息子だけでなく、シルバー常連客の命も追加でいただく」。
この言葉を聞かされたばかりの店長は、慌ててBOLCEに危険を告げ、家に帰れと命じる。
その指示に対して素直に従うBOLCEを見届けた店長は、デラ部屋に人が残っているとは思いもしない。

だがBOLCEはその性格上、店長の忠告など知ったことではない。
今はイーパスの件をはっきりさせることが先決なのだ。
BOLCEは帰ったふりをして、1046に会うためデラ部屋へ入る。

全ては1046の読み通り。
BOLCEを密かにデラ部屋で葬り去る準備は、こうして着々と整っていく。

まさか思い詰めた店長がシルバーを飛び出し、
銀行強盗をやらかすことまでは想像の範囲外だっただろうが……。
12:19。

デラ部屋に入って来たBOLCEを横目に、BOLCEのイーパスでチュートリアル開始。
これにより12:19〜12:30のプレイ記録を残す。

「1046、何をしているんだ?それは僕のイーパスじゃないか!
 どういうことなんだ。なぜ1046が僕のイーパスを持っている!?
 それにほら、これを見てみろ!!!」

BOLCEが財布から1046のイーパスを取り出す。

「これは君のイーパスだろう?
 なぜ僕の財布に1046のイーパスが入ってるんだ!?」

1046はその質問に答えず、BOLCEに襲いかかる。



12:20。

BOLCE殺害。
用意しておいたロープをBOLCEの首に巻き付けて、強く締め上げた。



12:23。

BOLCEの絶命後、1046は証拠隠滅を実行する。
すなわち、磁石のトリックにより
右半分がすっかり紫色になったモニタを、BOLCEの頭部で粉々に叩き割った。

続いて凶器のロープを使い、BOLCEの死体をIIDXの筐体フレームから吊るす。



12:28。

周囲に十分警戒しつつ、シルバーの事務室に侵入。
金庫から現金200万円を奪う。
金目当ての犯行に見せかけるためと推測。
ただし、金庫に50万円を残して立ち去った理由は今なお不明だ。



12:30。

チュートリアルが終了し、GAME OVERとなる。
ここで1046は自分の耳を頼りに、全神経を集中させ、
『GAME OVERの暗転からきっかり三秒後』のタイミングにイーパスを再挿入した。
認証した直後にカードリーダーからイーパスを抜き取る、例のバグ技を駆使したトリックだ。

これにより、チュートリアルで12:30〜12:40のプレイ記録を残しつつ、
BOLCEの財布へ彼のイーパスを戻すことに成功。
1046は鉄壁のアリバイを築くための最重要項目をクリアした。

もちろん、BOLCEのイーパスを財布に戻すだけでなく、
自分のイーパスを回収することも忘れない。

ここまで来れば後一歩だ。
目立たないよう細心の注意を払いつつ、自転車でABCへと急ぐ。
12:35。

ABCへ到着。
トイレに向かい、わざと監視カメラに姿を映す。



12:37。

トイレから出て、もう一度監視カメラに映りつつIIDXの方へ移動。
今度は自分のイーパスを使い、『1046がABCに一日中いた記録』を作り続ける。

なお、12:00過ぎにデータの引継ぎを実行したので、
どこかのタイミングでさっきとは逆方向にデータの引継ぎを実行し、元の状態へ戻しておく。



13:18。

ABCのIIDX筐体のカーテンに隠れながら、三回目の脅迫電話。
今回は遠方にいるので店長を監視できないが、もはや関係ない。

必ず一億円用意することを約束させ、電話を切る。



16:00。

デラ部屋のタイムレンタルサービス終了時刻に伴い、ABCからシルバーへ移動。
BOLCEの死体を自ら「発見」し、第一発見者として警察に通報する。

こうして1046は、計画をやり遂げた。





「――――――――違う!!!」





それまで乙下の推理を黙って聞いていた1046が、
突然鼓膜を貫通させるほどの勢いで声を張り上げた。
驚きよりもまず、耳が痛かった。


「違う、そうじゃない。そうじゃないんだ。
 信じてくれよ。俺はやってないんだよぉ!」


1046は血管がはち切れんばかりに拳を握り、デラ部屋の壁を殴打した。
悲鳴のような軋みを立てて、拳が壁にめり込む。





                            to be continued! ⇒
96とまと ◆iK/S6sZnHA :2010/01/12(火) 02:00:09 ID:cv/tmJxD0
今週はここまで。

そう言えば、旅人さんの質問に答え忘れてました。
>どうやってとまとさんはトリック等を考えつくのでしょうか?
とのことですが……俺がよく使う発想法の一つを簡単に紹介しましょうか。

説明が難しいんですけど、例えば
「不可解な事件を考える」→「そのトリックを考える」
という順番だと、アイデアを出すのは絶望的に難しいです。

そこで、順番を逆にしちゃうわけです。
「何かの現象に目をつける」→「その現象を事件やトリックに応用できないか考える」
という流れで物事を考えてみるわけです。
まず現象ありきで、後付けで物語を考えるんですね。

トプラン殺人事件で言えば、
「チュートリアルを選べば10分間は絶対にGAME OVERにならない」
「WEEKLY RANKINGは毎週水曜日に更新される」みたいなのが現象に相当します。
これはまぁ何だっていいわけで、これらを材料に色々考えて物語を構成する、と。
なんだか本末転倒みたいなやり方ですが、こんな方法もありますよってことで……。

それではまた。
97とまと ◆iK/S6sZnHA :2010/01/12(火) 02:20:52 ID:7P0zfKgk0
(なんだか、書いた後で当たり前のこと言ってるだけな気がしてきた…)
98爆音で名前が聞こえません:2010/01/12(火) 16:16:41 ID:MrmElFHl0
>>97
乙!珍しく投下と同じ日に読めたw

1046がどんどん追い詰められていくなぁ、
色んな意味で哀しい話だわ…(´・ω・`)
99とまと ◆iK/S6sZnHA :2010/01/17(日) 14:50:13 ID:5kRwp3bp0
>>98
読んでくれてありがとうございます。
今回はもっと哀しいかも知れませんが……どうか最後までお付き合い下さい。

では、いよいよアレな感じになってきた続きです。
1046は拳を壁にめり込ませたまま、深くうつむいた。
形の良いつむじがこちら側を向き、小刻みに震えている。

「……三回目」

1046は床へ落とすように、ぼそりと声を発した。
ほぼ絶叫に近い大声を聞いた直後であることも手伝い、聞き取りづらかった。

「なんだって?」
「三回目ですよ、これを俺が言うのは。『だから何なんですか?』」

不敵なこと言う割に、1046の震えは収まらない。

「何度も同じようなことを言わせないで下さい。
 乙下さんや空気さんの推理は、ただの憶測に過ぎないじゃないですか。
 いいや、憶測ならまだマシだ。
 俺が犯人であることを前提に無理やり作り出しただけの、ホラ話だ」
「往生際が悪いよ、1046さん。
 あらゆる状況がアンタを犯人だと物語ってるんだ。
 いい加減に認めたらどうなんだ?」

そこで1046は、ばっと顔を上げた。

「じゃぁ証拠は!?」

怒鳴る1046の顔面は、筋肉が非対称に歪んでいた。
目が痛々しいほど充血している。
もはや別人だった。

「証拠だよ、証拠!
 そんなに俺を逮捕したいんなら、証拠を出してみろっつってんだよ!」

めり込んだ拳をようやく壁から引き抜いたかと思えば、
またも1046は続け様に壁を殴りつけた。
砕けた石膏ボードの一部が、粉となって周囲に散らばる。

「1046さん、ちょっと」
「つーかよぉ、あんた達のホラ話にはいちいち無理があんだよ!
 トリックだか何だか知らねーけど、んな上手くいきっこねぇだろが」

口調までもが別人のように荒っぽくなった。
どんなに責め立てられても丁寧語を崩さなかった1046は、どこへ行ってしまったのか。

「なにがイーパスのすり替えだぁ?
 現実的に考えて、絶対バレるに決まってんだよ!
 BOLCEはな、天才なんだよ。
 あんた達が一生努力をしても絶対に追いつけない、桁外れの天才だ。
 そんなBOLCEだよ。例えイーパスをすり替えたって、きっとBOLCEなら……」

1046が止まった。
言葉も止まったし、身振り手振りも止まった。
追い詰められた末に身体機能を停止させて自害した、というわけではどうやらなさそうだ。
よく見ると教育番組の操り人形のように、口を小さく動かしている。

「……で……あ……いや……そうか……」

念仏を唱えているのかと思った。
何かを言っているが、明らかにコミュニケーションのために発せられた言葉ではない。

さすがに心配になり、1046さん、と声をかけようとしたところで、





「ははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは」





1046が笑った。
「笑った」と表現していい状態なのかどうかよく分からないが、とにかく笑った。

右隣で空気がびくりと体を震わせた。
左隣で杏子が一歩後ずさる。

「あーっはっはっはっはっは」

1046は手の平を目にあてがい、口を大きく開けて、なおも笑い続ける。

狂気。
そんな言葉が乙下の頭をよぎった。
この男の脳髄は、狂気に蝕まれている。
そうとしか思えなかった。

「はははははは。本当にバカだなぁ俺は。あーっはっはっ」

やっと落ち着いてきた1046は、何度か深呼吸して息を整えた。
それから1046は、何もできずにいる乙下との距離を狭め、見下ろすようにして言った。

「どうして最初に気がつかなかったんだろう。
 乙下さん。あなたの推理は間違っている。あなたの推理には、大きな穴がある」
「穴だと」

1046は喉が詰まったような気色悪い笑い声をこぼしつつ、乙下の耳元で囁いた。





「暗証番号……!暗証番号なんだよ、乙下さん」




 
1046は目を剥いて杏子に言った。

「よぅ杏子、BOLCEの誕生日は知ってるだろ?」
「……1984年2月15日」

杏子はひるみながらも、はっきりと答えた。
1046は満足げににんまりとする。

「そうだ。BOLCEが生まれたのは84年の2月。
 その数字を使って、BOLCEはイーパスの暗証番号を『8402』にしてた。
 ま、空気さんの言う芸のない番号ってヤツだよ」

急に1046は芝居がかった口調に変わった。

「さーて、ここでクイズです」

そう言って、右手の人差し指をピンと立てて、眉間に当てた。
そんな仕草も芝居がかっていて、どうも落ち着かない気分にさせる。

「もし乙下さんの推理通りだとしたら、
 BOLCEは俺のイーパスを自分のイーパスだと思い込んで使っていたことになる。
 だとすると……?はい、明らかにおかしいですよね!」

1046は拳銃を構えるように、立てた人差し指を乙下の眉間に向け直した。



「BOLCEはABCでプレイ開始する時、いつも通り『8402』の暗証番号を入力するはずだ。
 でも俺のイーパスの暗証番号は『1046』なんだよ?
 当然BOLCEはゲームを始めようにも始められないし、異変に気付く。
 乙下さんの描いた下らないシナリオは、はじめの一歩で頓挫ってことだね。ははははははははは」



1046はまたも高らかに笑った。

「言っておくけど、今度はちんけなトリックなんて通用しないからな。
 なんせ、イーパスの暗証番号は一度決めたら二度と変えられない。
 小細工の出る幕なんてありゃしねーんだよ!」(※注6)





※注6:
この物語はDJTROOPERSが稼働中の2008年7月を舞台背景としており、
当時は1046が主張する通り、イーパスの暗証番号は変更できない仕様となっていた。

しかし、2009年9月よりイーパスの暗証番号を変更するサービスが開始された。
http://www.ea-pass.konami.jp/news/osirase_20090916_02.html
これにより、現在では>>90で書いた「e-A PASS切離」と「データ引継ぎ」の間に、
「暗証番号変更」というメニューが追加されている。
「ぴんぽーん」

乙下は気の抜けた声で言った。
威勢のよかった1046は、途端にきょとんとして乙下を見た。

「……え?」
「いや、だから、クイズなんでしょ。答えていいか?」

1046はしぱしぱと目を瞬いている。

「答えが分かったって言うんですか」
「うん」
「ウソでしょう?」
「本当だけど」

潮が引くように、1046の顔からサーッと笑みが消えた。

「ウソだ」
「本当だってば」
「それなら、せつ、説明してみろよ」
「んー、説明したいのは山々なんだけど」

乙下はこめかみを掻いた。

「ちょっと説明が難しいんだよな、そのクイズの答えは」
「んなこと言ってる場合かよ!
 きちんと説明してもらわなきゃ納得できるわけねーだろ!」
「落ち着けって。そうだな……分かりやすく説明するために、ちょっとお願いが」

乙下はデラ部屋の主である、IIDX筐体に向けて親指を立てた。



「IIDX、今からプレイしてみてくんない?」



1046は身を固くした。

「なぜ?」
「いいから。いつも通りに頼むよ」
1046は躊躇しているようだったが、
やがて根負けして、渋々と財布から真っ白いイーパスを取り出した。
牛歩戦術のようにゆっくりと筐体に近付き、ステージへ足を乗せる。
イーパスを地面と水平の角度にして、2P側のカードリーダーへ半分ほど差し込む。

そこで1046は一旦手を止めた。

「乙下さん……何を企んでるんです?」
「さぁね」

十秒ほど視線を戦わせた後で、1046は観念したようにイーパスの残り半分を押し込んだ。
カチリ、と微かな機械音がして、スピーカーから流れる音楽が切り替わる。
画面は暗証番号の入力を促した。

1046はほんの少しだけ指先を震わせながら、
イチ・ゼロ・ヨン・ロクとタイプして、再度乙下の方を振り返った。

「乙下さん、一体、何を企んでるんですか?」

繰り返された同じ質問に対して、乙下は違う回答をしてみせた。

「画面を見れば分かる」

1046は恐る恐る、まるでスローモーションのように画面へと視線を戻す。

すると。





   DJ NAME:BOLCE
   IIDX ID:1192-2960
   所属エリア:岩手
   段位認定:SP皆伝/DP ―
   DJ POINT:10829.PT





「はああああああああああああああああああ!???」





1046は筐体のコントロールパネルに両手をつき、
これでもかというくらいに顔を画面へ接近させた。

「ボ、ボ、ボ、ボ」

右半分がすっかり紫色に染まっているため、非常に見づらくはあったが、
かろうじて文字の形を認識できるその画面に映し出されたプレイデータは、

「BOLCEのイーパスううううう……!???」

のものだった。
DJネームが表示されるその場所に出現したのは、B・O・L・C・Eの五文字だったのだ。
「どどど、どういうことだあ!?」

1046は大股で乙下に詰め寄り、胸ぐらを掴んだ。

「どういうことだよ、これは!?
 なんでBOLCEのイーパスなんだよ!?」
「ボクがすり替えました」

と、空気。

「1046さんがBOLCEに対して仕掛けたように、ボクも1046さんに罠を仕掛けました。
 さっき財布を拝借した時、実は1046さんのイーパスを抜き取って、
 代わりにBOLCEのイーパスを入れておいたんすよ。
 これまで散々言ってきたように、お二人のイーパスは真っ白で見分けがつきませんからね」
「んなことは聞いてねぇんだよ!」

1046は目を血走らせて乙下を揺する。

「どういうことだ、答えろ。
 俺は確かに『1046』と入力したんだぞ?
 どうして暗証番号が『8402』のBOLCEのイーパスが認証されたんだ!?」
「何をそんなに驚くことがある」

乙下は1046の手首を力の限り払いのけた。
その反動で1046は後ろへ倒れ、尻餅をつく。

乙下はしゃがみ込み、混乱している1046の目線と同じ高さになって言った。



「1046さん、アンタが自分で考えたトリックだろ……?」



1046はほとんど泣きそうになりながら、首を左右に振った。





                            to be continued! ⇒
106とまと ◆iK/S6sZnHA :2010/01/17(日) 15:37:19 ID:5kRwp3bp0
今週はここまでです。

次回、ついに……。
107爆音で名前が聞こえません:2010/01/17(日) 15:51:25 ID:E/eivtOO0
乙です!
緊迫感出てて面白いです
108爆音で名前が聞こえません:2010/01/21(木) 20:05:49 ID:1tPS+BA80
>>86
お、さり気なく最終章の導入部分が投下されていますね。
完結に向けてどうなるか楽しみです。
続きをお待ちしておりますー

>>106
いよいよクライマックスという感じですね。
これは次回が楽しみです。
1046の運命やいかに…

ちょっと沈み気味なので、ageておきます。
109とまと ◆iK/S6sZnHA :2010/01/25(月) 01:08:55 ID:wvFIQSC70
続きです!
「俺達はなんら特別なことをしたつもりはない。
 ただ単に、1046さんが事件当日に仕掛けたトリックを、ここで再現しただけだよ」
「いや、だから……!」

1046は長めの髪を振り乱した。

「俺は知らないって言ってんだろ!マジでそんなトリックは知らないんだよ!
 つーか見当さえもつかないよ。
 だって、イーパスの暗証番号はどうやったって変更できるはずが……」
「そうだよ。イーパスの暗証番号はどうやったって変更できない」
「だったら!」

あっさりと認めた乙下に食ってかかろうとした1046だったが、
それをいなすように乙下は立ち上がり、空気に向かって言いつけた。

「おい、ここ開けろ」
「ラジャー」

空気は乙下の指示を予想していたらしく、すでに手に鍵を準備していた。
例えば玄関や車の鍵ような、一般家庭でしばしば目にする平べったいものとは形状が違う。
タバコほどの太さの小さな円筒にツメがついた、業務用の鍵。

それは、IIDXのカードリーダーの鍵だった。

普段はあまり意識しないが、カードリーダーの正面上部には、鍵穴が空いている。
円のてっぺんに小さく縦の切れ込みをいれたような、
ちょうどパソコンの電源ボタンの記号に似た形をした鍵穴だ。

空気が2P側のカードリーダーへ鍵を差し込んでひねると、
カードリーダーの前カバーは、あたかも仮面を脱がされるように、いとも簡単に外れた。

仮面の下は混沌としていた。
迷宮を思わせる複雑なパターンが刻み込まれた緑色の電子基板や、
密林のように絡まり合った無数の細いケーブル。
滑らかで質素な外見からはおよそ想像がつかない光景だ。

「1046さんの言う通り、一度決めた暗証番号は二度と変えることができない。
 だからこのトリックは、これまでのトリックのように
 e-AMUSEMENTシステムの隙をつくタイプのトリックではなく――」

乙下は床に散らばった工具の中から
フォークほどの長さの細いマイナスドライバーを拾い上げ、
その先端で2P側のカードリーダーをコツコツと叩いた。



「これはもっと直球勝負のトリック。
 アンタは『カードリーダーそのものに細工をした』んだろ?」


 
1046が何かを言いたげに唇を動かしたが、
乙下は取り合わず、内部が剥き出しになったカードリーダーへ視線をやる。



     ┏━┳━┳━┓
     ┃7 ┃8 ┃9 ┃
     ┣━╋━╋━┫
     ┃4 ┃5 ┃6 ┃
     ┣━╋━╋━┫
     ┃1 ┃2 ┃3 ┃
     ┣━╋━╋━┫
     ┃0 ┃00┃  ┃
     ┗━┻━┻━┛



そこには機械にとっての脳であり神経であり臓物である電子部品達に混じって、
12枚のテンキーだけが、いつもと変わらぬ姿でフロントに収まっていた。
0〜9の数字の他、"00"と空白のキーを含んだその配列は、電卓でお馴染みの並び順だ。

乙下はドライバーの先端をキーとキーの間に滑り込ませ、軽く柄をねじった。
そうすることで、キーを簡単に本体から分離することができた。

乙下はプチプチと音を立てながら、次々にキーを分離させていく。
その作業があらかた終わると、今度はパズルを組み立てるように、
パチパチと音を立てながら次々にキーを本体にはめ込み直していった。

ただし。



     ┏━┳━┳━┓
     ┃7 ┃1 ┃9 ┃
     ┣━╋━╋━┫
     ┃0 ┃5 ┃2 ┃
     ┣━╋━╋━┫
     ┃8 ┃6 ┃3 ┃
     ┣━╋━╋━┫
     ┃4 ┃00┃  ┃
     ┗━┻━┻━┛



意図的に『一部のキーの配置を組み替えて』……だ。

「何じゃこりゃあ!?」

床にへたり込んでいた1046は勢いよく立ち上がり、
組み上がったテンキーをまじまじと見つめた。

「これ、配置がおかしいじゃねーかよ!」



「いや。これで正しいんだ。
 今このカードリーダーは、『この配置になるように中身を改造してある』んだ」
「……改造だぁ!?」
「あぁ、これは単純明快なトリックだったんだ。
 アンタは事件前日の夜、ABCの2P側のカードリーダー、
 すなわちBOLCEが使う方のカードリーダーに改造を施した」
「おい黙れ。デタラメ言うな!」

わめく1046をものとせず、乙下は低学年向けの算数の授業のように、懇切丁寧に説明した。

「さて、考えてみよう。
 BOLCEは『8402』と入力しようとするが、
 実際には『1046』と入力してもらわないとまずいことになる。
 どうすればいい?ごく簡単な話だ。
 『1と8』を入れ替えて、『0と4』を入れ替えて、『6と2』を入れ替える」

乙下は緩い動きで、本来『8』があった場所を押し、
続いて本来『4』があった場所、本来『0』があった場所、本来『2』があった場所を押した。

つまりは、『イチ・ゼロ・ヨン・ロク』のキーを順に押したのだ。

「こうすることで、晴れて『8402』は『1046』に生まれ変わる。
 デラも一般的な暗証番号のインターフェースと同様に、
 数字を入力しても画面には『****』としか表示されない。
 だからBOLCEは知らぬ間に『1046』と打ち込んでいたなんて、夢にも思わないって寸法さ」
「ってことは、さっきのBOLCEのイーパスは……」
「そう。このトリックの面白いところは、逆も成り立つってことなんだ。
 『8402』が『1046』になるってことは、
 『1046』が『8402』になるってことでもある。
 だからさっきアンタは自分のイーパスを使うつもりで、BOLCEのイーパスを認証できたんだ。
 悲しいかな、アンタは自分自身が作り出したトリックにまんまと嵌められたんだよ」

1046は背中を丸めて、小刻みに体を震わせていた。

「……何だよ……何なんだよそれ、そんなの納得できるか!」

力の限り目を閉じているのか、眉間に数え切れないほどの皺が寄っている。

「理屈だけなら理解できるけど、
 そんな常識外れの改造、機械オンチの俺にできるわけねーだろ!」
「果たして、本当にそうなんすかね」

空気が疑惑のニュアンスを含んだ口調で言った。
1046は悲壮感の滲んだ表情で空気を見上げる。
もうこれ以上はやめてくれと言わんばかりの、すがるような雰囲気さえあった。

「一般的にはほとんど知られていないことなんでしょうけど、
 このデラのカードリーダーにはちょっとした秘密があるんすよ。
 ボクも昨日、初めて知ったことなんすけどね」

空気は2P側のカードリーダーへ、撫でるように軽く手を乗せた。

「1046さんは、最初からその秘密を知ってたんでしょう?」
「知らない。俺は何一つ知らねーよっ!」

1046は具体的な内容を聞く前から、大袈裟に否定した。



「いいえ、1046さんは知ってたはずっす。
 このカードリーダーのテンキーは『メカニカル方式』だってこと」
 
キーボードをスイッチの機構で分類すると、大別して二種類の方式がある。
一つはメンブレン方式。
そしてもう一つはメカニカル方式。

メンブレン方式とは、フィルム上にスイッチがまとめて印刷されているもので、
キーを押すと内部で二枚のフィルムが押し付けられることにより電流が流れ、スイッチがONになる仕組み。
近年流通しているキーボードはほとんどがこの方式であり、
特にノートPCのようなコンパクトなキーボードは、ほぼ全てがメンブレン方式である。

一方メカニカル方式とは、キー一つ一つに対して
独立したスイッチが基盤に取り付けられている、昔ながらのタイプ。
コストは高いがタッチや耐久性がメンブレン方式に勝っているため、
少数ながら好んで使うユーザーが存在している。



空気がそんなことを大雑把に説明していたところ、
1046はとうとう堪えきれずに、鼻をひくつかせて怒鳴った。

「ちょっと待てよ。
 メカニカルだか何だか知らねーけど、全っ然何の関係もねーだろ!」
「白を切るつもりっすか?
 関係大ありだってこと、知ってるくせに」

空気は2P側のカードリーダーを覗き込み、
テンキーのユニットの隅にプラスドライバーをあてがった。

「このテンキー、目立たないけど実は凄いヤツなんすよね。
 なんせ『コンパクトキーなのにメカニカル方式』なんです。
 こういうキーボードって、普通はなかなかないんすよ」(※注7)

空気は電工職人よろしくプラスドライバーを反時計方向に回しながら、独り言のように続けた。

「で、ここからが肝心なこと。
 メカニカル方式ってのはさっきも言った通り、
 キー一つ一つに対して独立したスイッチが入ってるんすよ。
 それは何を意味するかってね」

空気はそこで一度作業の手を止め、こちらを振り返った。



「言い換えれば、改造が容易にできちゃうってことっす」





※注7:
beatmaniaIIDXに付属しているカードリーダーのテンキーには、
ドイツのCherry社というメーカーが製造している「MLキースイッチ」という製品が採用されている。
空気の言うように、あの小ささにしてメカニカル方式という、比較的珍しいキーなのである。


 
空気はテンキーを固定している四隅のネジをすっかり外して、
その電卓のようなユニットの裏表を綺麗に引っ繰り返した。
つまり、テンキーが向こう側を向き、緑色の電子基板がこちら側を向いた形になる。

するとその基板には、素人目に見ても明らかに違和感を感じる内容が二つばかりあった。

一つ目は、基板のあちこちに人為的としか思えないキズがつけてあること。
二つ目は、基板のあちこちに後付けとしか思えない細いケーブルが接続されていること。

「ご覧の通り。『数字を入れ替える改造』なんて言うと
 突拍子もないことに聞こえちゃいそうっすけど、
 メカニカル方式のキーボードなら意外と簡単に実現できちゃうんすよ。
 要するにね、キースイッチなんてただの電流の通り道なんだから、
 『電流の入り口と出口をそのまんま入れ替えてしまえばいい』ってことっすね」



空気の説明はこうだった。
手順は大きく二つ。

まず、それぞれのキーにおける『本来の入り口と出口を塞ぐ』。
これは基板にプリントされた銀色のパターンにカッターで傷を付けて、
電流を堰き止めてしまうのだと言う。

次に、それぞれのキーに『偽物の入り口と出口を繋ぐ』。
細く短いケーブル――「ジャンパー線」と呼ぶらしい――を用意して、
基板に半田付けし、電流のバイパスラインを無理やり作ってしまうとのことだ。

例えば、本来『1』のスイッチに流れるはずだった電流を堰き止め、
代わりに『8』のスイッチへ流れ込むように、電流の経路を繋いでしまう。
すると、考えるまでもなく『8』を押せば『1』が押されたのと同じ結果になるのだ。
確かによくよく観察すると、『1』の裏側付近と『8』の裏側付近が互いにケーブルで繋がっている。
他のキーも同じ具合だった。



「いいっすか、1046さん。
 こんなの、ほんのちょっと手先が器用な人なら誰だってできることなんすよ。
 ところでさっき『俺は手先が器用な方だけど』って言ってたのは、どこの誰でしたかね?」



1046は首筋に爪を立て、下唇をきゅっと噛む。





                            to be continued! ⇒
115とまと ◆iK/S6sZnHA :2010/01/25(月) 01:55:40 ID:wvFIQSC70
今週はここまでです。

「次回、ついに……」とか思わせぶりなことを書いておきつつ、
目標地点まで到達しなかったという(汗) すんません。
次回こそは。
116旅人:2010/01/26(火) 23:52:45 ID:STXLPhiT0
>>108さん
楽しみにして頂いてありがとうございます。
精一杯、出来る限りの努力を重ねていこうと思います、よろしくお願いします。

>>とまとさん
質問に答えて頂いて、本当にありがとうございました。
プロットを作る手順というか要領でトリックを考えていたんですね。
それでも、こんなの書けるなんて、やっぱりとまとさん、頭いいんだなぁと思います、はい。

 トプラン殺人事件の方ですけど、
殆ど全部の殺人トリックが解き明かされましたので、スッキリしてます。
アレはこうだったのね、コレはそれに繋がるのか、とか。
テンキーの話だとかで初耳なこととか、勉強になるなぁなんて読んだりして。
 あと気になるところは……最初のとあるセリフが引っかかってます。
そこも何かの伏線なのかな、なんて考えたりして。
最後に、変かもしれないけど、自分のペースで頑張ってください。続き待ってます。


 今晩は、旅人です。

 とりあえず、続きの一回分は投下できる感じになったのでやってきました。
最初から今までの話をひっくり返すような展開でしたけど、どうなんでしょう。
ユールが死んじゃった。でもやっぱり生きてる。なんて訳の分からない……ねぇ。

 まぁあの、最後までお付き合いしていただければと思います。今回もよろしくお願いします。
117carnival (re-construction ver) Last Phase -day break-:2010/01/26(火) 23:56:52 ID:STXLPhiT0
 
 私は29日のユールの献花式で、ユールは本当は生きているのではと直感した。

 私の勘はよく当たる。音ゲープレー時に目隠しをしても大丈夫だし、
宝くじも嘘のように当てまくることが出来るだろう。
もっとも、くじの方は後々面倒くさいのでやらないが……私の勘はよく当たるのだ。
不確定な感覚なんかではない。確信できるほどの感覚だ。


 ユールの死体を焼却するとした30日、私は友人とレイヴン大陸の観光をして回った。
この日のカーニバルは、一切の来園者を立ち入らせることが出来ないのだという。
あまりにも怪しいではないか、と思ったが口にするのはやめた。
もしかしたら、いや、かなり確実に近い確率で殺されるかもしれないと思ったからだ。

 私はこの大陸にはカーニバルしか特徴がないと思い込んでいたが、
レイヴンをなめてかかった私は美味しい罠にかかった。食べ物が美味しかったのだ。
気に入ったのは、第一地区にある「ナン」というレストランのカレーライスだ。
今まで私が食べてきたそれの中で最高級のクオリティを誇っていたと思う。


 そうして30日を経て、31日がやってきた。
葬儀の最終日は、先日の火葬で出来上がったユールという名の少女の骨を砕き、
粉にしてターミナルタワー屋上より海に撒く、いわゆる「散骨」という形式をとっていた。
 私達はカーニバルの責任者であり、WOS設立者の孫娘であるクレア・スミス氏による
散骨のシーンの演説を離れて聞いて、そして安らかに眠るように祈った。

 そうだ、「私達は」ではない。私以外の全ての人がそうしていた。
私も祈りはしたが、心は込めていない。ユールは生きているからだ。
もしかすると、生きていたけど殺されてしまったという可能性もあった。
誰に?なんて問いはナンセンスだ。答えは決まっている。

 ユールはテロの攻撃に撒きこまれて死んだというのが、世間一般に広まっている。
しかし本当はそれによって死亡していない。
あの時、頭から血を流していたのを発見された時には生きていたかもしれないし、
この時、葬式と称して本当に殺されてしまったかもしれない。それは分からない。

 とりあえず考えてみる。
ユールはカーニバル側にとって、不都合な何かを見てしまったのではないだろうか。
そうだと考えれば、ユールの葬儀が行われた本当の狙いも分かってくる。

118carnival (re-construction ver) Last Phase -day break-:2010/01/26(火) 23:58:11 ID:STXLPhiT0
 多分ないとは思うが、これを読むあなたが混乱していた時のために、
そして私自身の記憶の整理のために、ここで少々場所を取る。


「カーニバル事件」とは


 2999年12月25日 

 この日の夜、カーニバルの来園客は全員ターミナルタワーに移動していた。
同施設で行われているトップランカー決定戦を観戦するためである。
 時を同じくして何者かによってカーニバルが襲撃される。
WSFの決死の抵抗により武装集団を鎮圧、そして夜が明けた。


「世間一般に知られているたった一人の犠牲者の少女 ユール」とは


 武装集団の襲撃によりカーニバルは巨大な廃墟と化した。
当然のようにマスコミが殺到し、そして一人の少女の死体が発見される。
カーニバルから「ユール」と名付けられた少女は
引き取り手がいないためにカーニバルで葬式を挙げられる事になった。

 ユールの死因は、彼女は武装集団とWSFの戦闘に直接または間接的に関わってしまい、
背後にあった建造物の倒壊に気づかず、それに巻き込まれて死んだ、とされている。


「私がユールの死に対して絶対的な違和感を覚えた理由」とは


 これを書いている私には絶対的な感覚として「勘」がある。
それで私は命拾いした事もあるので、これだけは信じられる要素である。
 これが訴えることには、献花式で見た棺に納められた
ユールの遺体は実は生きているという事だった。
私の勘は生まれてこのかた一度も外れた事がない。恐らくは、これも当たってしまうのだろう。

 そこで、私はこんな仮説を打ち立てる。
ユールはカーニバル、ひいてはWOSにとって何か都合の悪いものを見てしまったのではないだろうか。
あの時発見された彼女はまだ生きていて、葬式と称して殺されてしまった。
 そう考えると、次にこんな疑問が浮かび上がる。
本当にカーニバルは武装集団によって襲撃され、ボロボロにされてしまったのだろうか、という疑問だ。
これに関しては何とも言えないが、「カーニバル事件」と「ユールの死」は密接なつながりがありそうだ。

 こうして、違和感と疑問を抱いた私の前に、その二つの謎が立ちはだかったのである。

119carnival (re-construction ver) Last Phase -day break-:2010/01/27(水) 00:05:30 ID:dejgJ2dB0
 3000年1月5日

 この日が、ユールの死の真相を知るために私が動き始めた日だ。
WOSがユールを殺したとするなら、私の起こす行動に必ず反応するはずだった。
そのためにこの日の11時、私は公共の施設である「フリーネットスペース」にいた。

 このフリーインターネットスペース、通称「フリネ」とは
無料でPCを使ってインターネットを利用できる場所の事だ。
1000年前でいう「ネカフェ」が一番近いと思う。
 私の家にネット環境はあるが、この日起こした行動の性質上、ここを使用せざるを得なかった。

 私がここで閲覧したのが「WOS運営掲示板」である。
その名の通り、運営などはすべてWOSが行っている掲示板だ。
とはいってもあまり堅苦しい場所でない。どちらかと言うとライトな場所だ。
 この掲示板には色々なジャンルの板があるが、その中には勿論音ゲー専用の板もある。
利用者のマナーは良好、あまり問題といった問題は見受けられない。他の板もそうなのだが…
 その音ゲー板では「ユールの死を悼むスレ」がパート20まで立てられていた。
この中で、私はある一つのスレッドを立てようとしていた。

「ユールの死に疑問を抱いた奴ちょっと来い」

こんなタイトルにした。そして、本文は確か……

「献花式の時にしかあの子の姿は見れなかったけど、ホントに死んでるように見えたか?」

 そうだ。こんな感じにした。こんな感じでスレッドを立て……そして異変が起きた。

 スレッドを立てると、スレッド表の一番上に立てられたそれが表示される。
だが、私の立てたスレッドは表に登場することはなかった。
 何度も何度もスレを立てた。が、何度も何度も立つことはなかった。
どういう事なんだ、と腹を立てていると、突然PCの電源が切れた。
この時、私の勘が警鐘を鳴らした。「ここは危険だ、早く離れないと!」と。


120carnival (re-construction ver) Last Phase -day break-:2010/01/27(水) 00:08:40 ID:dejgJ2dB0
 この日の正午、ある事件が大きな話題を呼んだ。

「ファルケン大陸第七地区駅前のフリネにて爆破事件が発生」
「爆弾は27番号室に仕掛けられた模様」
「爆発の規模は小さく、部屋内の人間だけを爆殺する爆薬量と推測」
「警察は近隣に聞き込みを行うも、有力な情報は得られず」


 この爆破は明らかに私を狙っていた。思い返してみても、そう直感せざるを得ない。
私がWOSに仕掛けた行為に、彼らは過剰な反応を返した。
これはどう見ても、彼らの側に何らかの秘密があるということになる。
 そしてこれは、もうひとつのことを私に示唆している。
私ひとりの力でこの謎を解明することはできない、ということだ。

 頼れる協力者のつてはあった。
私の一歳年下の、同じ大学の後輩の女性がその頼りにしている人だった。
今まで色々な彼女の面倒を見ていた――喫茶店で奢ったりとか――ので、
その借りを返させてもらう、という意味で断わりはしないだろうと思った。

 ファルケン大陸第七地区の都市部の西方に彼女の家はあった。
彼女は学生をやっていると同時に、私立探偵もやっている。
私が直接聞いた話では、彼女は「オグレ」の血筋を引く人間らしい。家系図を見せてもらった事もあった。




 ここでオグレについて説明する。

 正式名、小暮正俊。千年前の過去の人間で、
現代に伝わる千年前頃の有名人の一人として知られている。
職業は私立探偵と私塾の経営、講師。
 詳細は分からないものの、当時の噂によると、
彼の住む町で起きた事件を警察と協力し、解決へ導いた事がきっかけで一部地域で有名になった。

 一部地域で有名……こんな認知度では現代に伝わるような人物には聞こえないだろう。
彼の名がこの時代で知らしめるようになった原因は二つあった。
その内の一つは、次に紹介する二人の人間との繋がりである。


121carnival (re-construction ver) Last Phase -day break-:2010/01/27(水) 00:15:33 ID:dejgJ2dB0
 「マチダ」という女性が小暮の友人だった。

 正式名、町田彩。特定の職業には就いていなかったようだ。
千年前から知り得る事が出来た情報によると、オグレの家に泊まりこむようになったらしい。

 マチダはインターネットランキングにほとんど参加しない、「仙人」と言われる人だったようだ。
ランカー一歩手前程度の実力を全ての音ゲーで持つ、万能マルチプレイヤーとして知られている。
 現代において、彼女の事はほとんどの音ゲーマーに知れ渡っているといってよい。
それほどまでに有名な人物と付き合いがあるのだから、オグレも必然的に有名になった。


 もう一人のオグレの友人は「マツキ」と伝えられている。彼もまた、有名人だ。

 正式名、松木ゆう。現代で彼の事を指す場合、性であるマツキか名であるユウで呼ぶ。
彼は少年時代に、ゲーセンに漂う一種のマイナス要素をすべて消し去ろうとした。
 彼は過去のデジタルな資料からデータを得られた人間ではなかった。
音楽ゲーム発祥の地とされる遺跡「ピース」から発掘された、アナログな資料からその存在を確認されている。
だから、この世界で音楽ゲームのプレイヤーで彼を知らない者はいない、と言っても過言ではない。

 マツキは理想のゲーセンを作るべく「ピース」を経営していた。
それからの彼の行動には色々と変なところもあったようだが、
現代人のほとんどはマツキを善人として捉えている。私もどちらかと言えば、悪い感情は抱いていない。


122carnival (re-construction ver) Last Phase -day break-:2010/01/27(水) 00:21:44 ID:dejgJ2dB0
 自宅から少し歩いてバスを使えば、30分で例の彼女の家の前に到着する。
彼女の家はバス停の近くにあるので色々と便利そうだ、と今更ながら思った。

「小暮私立探偵事務所」という古い看板が家の外壁に掛けられている。
間違いなくここが彼女の家だ。私は呼び鈴のボタンを押して彼女を呼びだす。
 しばらくして、彼女はとてもゆっくりとドアを開けた。
このドアがとてつもなく重いというわけではない。
確かに彼女は背が小さく、一見するとまだ十代前半のように見えるが、
力がないという事はなく、彼女は夜型の人間であるだけなのだ。

「あれ、先輩……ですか?」
「顔を見れば分かるだろう。あぁ、コンタクトをつけてないのか?」

 勘違いしないでほしいのだが、私は誰に対してもこんな態度を、無意識に取っている。
だから特別に彼女に……アヤノに冷たい態度を取っている、という事はない。

「あたし、ちゃんとコンタクトはつけてます」
「ならどうして確認をしようとしたんだ」

 そりゃあ、とアヤノは言ってしばしの間黙りこんだ。
私は、外は寒いから早く中に入れさせて欲しい。そう言おうとすると、

「だって、変じゃないですか」

 一瞬にして時間が凍った。凍てついたそれが溶けて動き出したのも、また一瞬だった。


「何が?」
「ついさっき、駅前のフリネが爆破されたって事件がありました。
 普段は滅多にあたしの所に来ない先輩が、どうしてそんな事件の直後にやってくるんですか?」

 成程な、と私は思った。そう考えたか。
それとは全く関係無しに遊びに来た、という考えは浮かばなかったのだろうか。

「事件の直後だろうと何だろうと、関係はないさ。ただ、私は――」

 遊びに来た。そんな嘘をつきたかったが、アヤノが途中で口を開いた。

「先輩、昔言いませんでした?」
「何を?」
「あたし、先輩の顔を見るだけで、先輩が何を考えているのか分かるって」
「……いつ、それを話した?」
「去年の夏祭りです。ほら、射的のゲームで
 先輩が何を狙ってるか分かるって言ったじゃないですか」
「そうか……そうだったな」

 記憶の奥底に、確かにそんな事実があったことを確認して、どうしてか溜息をついてしまう。

「だから、先輩は『探偵の』私に会いに来たんだってことも、分かってます。
 ……あ! 外、寒いですよね。ごめんなさい先輩、早く中へ」

 そう言われて通されたのは、アヤノが依頼人の話を聞く応接間だった。
広い部屋の周りには様々な家具が置かれており、生活感を出している。
中央に置かれた長方形の背の低いテーブルを挟むように置かれた柔らかい椅子に、私とアヤノは座って面を合わせた。

123carnival (re-construction ver) Last Phase -day break-:2010/01/27(水) 00:25:52 ID:dejgJ2dB0
 私の目的は「アヤノの家」に住んでいるアヤノ・オグレではなく
「小暮私立探偵事務所」にいる探偵のアヤノ・オグレと会うことだった。
それをアヤノは一発で見抜いたのだから、流石だと思わざるを得ない。
私は素直にそのことを褒める言葉をかけた。すると、

「ま、探偵ですからね。そのくらい出来ないと、ねぇ?」

 ちょっと褒めてやればすぐこれだ。
仕事の性質上、こういう性格は直した方がいいとは思ったが、言わなかった。
そのうち自分で気づくことになるだろう。いつか、近い将来に。

「それで、先輩は一体何の用でここに?」
「探偵だったら読心術まがいの事も出来るんだろ? やってみせてくれ」

 絶対にアヤノは間違える。私がここに来た理由は絶対に見抜けるはずがない。

「だから…爆破事件の事で来たんじゃないんですか?」

 馬鹿め……もちろん口には出していない。心の内で叫んだ。

「違う。私がアヤノに頼みたいのは……」

 そこで私は話した。カーニバル事件にて一人の少女が死んだ事と
その少女はユールと名付けられたことの確認。
そして、私がユールの葬式に行って感じた違和感、それが告げた事の公表。
 アヤノは、最初は笑って聞いていた。
どうしてカーニバルが、言い換えるならば、どうしてWOSが一人の少女が死亡したとでっち上げ、
そのあとに本当に殺し、散骨葬祭をしなくてはならないのか、と笑った。
だが、私を笑ったアヤノは顔色を変えた。どうしたのかと私が聞くと、

「先輩、WSFに流れる黒い噂を知っていますか?」
「噂?聞いた事がないな」
「ここで一度確認しますけど、WOSではなくてWSFですからね。
 ……WSFが防衛用機動兵器を開発しているって噂なんですけど」
「知らないな」
「その噂によるとですね、人の脳がメインコンピュータに使われるらしいんです。
 そうすると反応速度が速くなったりとか、色々と性能アップが見込めるとか何とか……」
「知らないな」

 私は二回も同じことを言ってしまった。本当に、私には芸というものがない。
アヤノはこの噂に興味を持たない私を見て、こんな話をし始めた。

「最近多いですよね、『神隠し事件』」
「それが?」
「その噂によると、この防衛兵器の実験、そして製品化のために、各地で特殊部隊が人をさらってくるらしいとか……」

124carnival (re-construction ver) Last Phase -day break-:2010/01/27(水) 00:28:10 ID:dejgJ2dB0
 その噂は初めて聞いた。神隠しなんてものがこの世に存在するとは。
でもそれは、どこかのランカーが超高難度の曲の譜面を
やっとの思いでフルコンする程度のありえなさなのかもしれない。
だからつまり、あり得ないとは言いつつもあり得るかもと思っている事と同じなのだ。
 現に、GFdmで超高難易度とされる楽曲「DAY DREAM」や
「Timepiece phase II」の他にIIDXの「冥」などがフルコン間近という話を聞いた事がある。

「先輩、人の話をちゃんと聞いてます?」
「聞いてるよ。で、その噂がさっき話したユールの件とどう関わりがあると?」

 それだ。私はそれを聞きたかった。
私の言っている事も突拍子もないものだったが、
アヤノの言う事も私以上にそうである、荒唐無稽であると感じた。

「知りませんよ、そんな事」
「知らないって、それはないだろう」
「先輩だってさっきまで『知らないな』って連呼してたじゃないですか」

 それはそうだが、ここで反論できる材料にはならないだろう。
そんな事を言って私はアヤノの顔を見つめる。私の視線が射抜くのは、彼女の双眸だ。

「そんなに見つめたって、私がそんな危ない仕事をすると思いま――」

 私は椅子に腰かけながら頭を下げた。
やれと言われたら、どんな事をするつもりでいた。

「……分かりました、とりあえず、出来る限りの事はしてみます。
 料金の方は、後でお話ししましょう。先輩、そんなにお金を持てそうに見えないし」
「分かった。……ありがとう。それじゃ、頼んだよ」

 私はそう言ってここを出て行こうとした。すると、

「先輩は、どうしてあの人を、ユールの事を知りたがってるんですか?」

 当然の質問だろう。見知らぬ人が死んだというのを嘘だと主張して、
探偵に依頼させるなんて常識では考えられないだろう。
そんな常識を乗り越える動機が、私にはあった。

「何でって、当然だろ? 一人の人間が殺されたかもしれない……WOSに。
 そしたらどうしてWOSがたった一人の人間を殺したのかって疑問を抱くのは当然じゃないか」

 それだけ言うと、アヤノは分かりましたとだけ言って、
外へ出て家路につく私を手を振って送ってくれた。

125旅人:2010/01/27(水) 00:37:20 ID:dejgJ2dB0
 いかがでしたでしょうか?これにて今投下は終了です。

 実はフェーズ3を書き終えた時から、あるサイトを見て勉強していました。
ものを書くための色々な基礎基本が書かれていて、ためになったんですよね。
恥ずかしながら、初めて知った事とか結構あって。
その中に「うわ、そうだったのか」と思った事があるんです。

「登場人物に過去を語らせてはいけない」みたいなんですよ。
よくドラマや映画、アニメなんかで回想シーンってありますよね?
それを小説の中でやってしまうと、プロの人なら大丈夫らしいのですが、駄目みたいなんです。

 その理屈は、一例ですが、いくら過去に死にそうになった事件とかが起きたとしても
それを体験した本人の口から語られるのであれば、
大して緊迫感を持ってもらえない、みたいな……そんな感じだったかな、多分。

 で、最初の方を書いているときにこれを知ったんですよね。
「うわ、そうだったのか」って、凄い勢いで汗かいて。やらかしたなぁと。
まぁでも上手くやればいいかと気を取り直して、今頑張ってます。

 今回も読んでくれてありがとうございました。次回をお楽しみに! 
126爆音で名前が聞こえません:2010/01/27(水) 02:32:19 ID:N1+jrmOR0
>>115

メカニカル方式なんかw知らんかったw
うp主の知識ぱねぇなぁ…
127爆音で名前が聞こえません:2010/01/27(水) 03:36:44 ID:PhgQJtXL0
>とまとさん
ここ数回のトリックに関する話題では、それまでと大きく表現の密度の差を感じています。
もしかしたらそういう職種の方にとっては一般的な知識なのかもしれませんが
とまとさんは電気系統のお仕事か研究をされていらっしゃる方なのでしょうか。
機械の仕組みのレクチャーはわかりやすくて面白く(この関心は本筋とは多少関係ないかもしれませんが)、
とまとさんはこのようなトリックを書きたかったのかと新鮮な驚きがありました。

一方で、ここまで読んではじめて、この作品が長期連載の小説でありながらにして、
読者として一緒に推理しながら物語を組み立てるという事が
ほぼ不可能だったということが判明し、その点ではでとても残念ですが
とまとさんならではの目線を感じながら楽しく読ませていただいています。

作中においては、そんな専門的な会話が当たり前に成立しているということから
最早1046も乙下も空気君も遠くの存在のように思え少しさびしい気持ちでもいますが、
なおかつ今後の展開、1046の切り返し、そして殺害動機が気になって、続きが前よりも楽しみです。
いまだに犯人が1046じゃないように思えるのは、トリックがあまりにも綿密だからでしょうか。
期待しています。くれぐれも焦らず、続き頑張ってください!

あと、最近作風や表現が多少旅人さんに似てきているなあと感じました。
特に前々回の表現が・・大げさなアクションの描写をするということは難しいのですね。
テーマを共有している発表の場でお互いに影響を与えながら作品制作を出来るというのは
なかなかいいことなんだなあと、ちょっとうらやましく思いました。

これからも頑張ってください。長文失礼致しました。
128とまと ◆iK/S6sZnHA :2010/02/04(木) 22:57:30 ID:LuHaJ1zi0
こんばんわです。

>>旅人さん
どのセリフが気になっているのか気になる(笑)
伏線じゃなくて、単に何も考えてないだけだったらどうしよう。
さて、投稿お疲れ様です。
お馴染みの1000年前の人物名が出たり、
ちょっとサスペンス風味の展開だったりで、わくわくさせられました。
次回も頑張って下さい。

>>126
マニアックですんませんでした。

>>127
大袈裟な表現は難しい、というのは本当にその通りでございまして、
今回身をもって知ることができました。
以前旅人さんに対してそのような表現は控えた方が良いのではと
指摘したのに、人のこと言えませんね…。
次はもっと工夫して書けるようにしなければです。
その他、様々なご意見ありがとうございます。



それでは、トップランカー殺人事件の続きを書かせていただきます。
「ふざけんなよ」

1046は言った。

「ふざけんじゃねーよ」

1046はもう一度言った。

「……手先の器用さがあったところで、 知識がなければどうしようもないだろ!
 俺はな、電子工作に興味を持ったことなんて、生まれてこの方一度もねーんだよ!」
「それは妙だな」

乙下は存分に低い声を響かせた。

「だったら、どうしてあんなものを買った?」
「あんなものって、どんなものだよ」
「こんなものなんだけど」

乙下は背広の内ポケットから一枚の写真を取り出した。
それを目にした1046が、「ぐぅ」と奇妙な唸り声を発する。

「その様子だと、心当たりがおありのようで」

そこに写されているのは、ホームセンターの店内の光景だった。

高い場所、おそらくは天井に取り付けられたカメラから、店内を見下ろすようにして撮影されている。
店の構造はスーパーマーケットにも似ていたが、
資材やガーデニング用品が目につくため、ホームセンターであることが見て取れる。
手前から奥へ向かって八台ものレジが一直線に並んでいる、かなり規模の大きい店舗だ。
それぞれのレジに順番待ちの列ができており、
店内の喧騒が写真の外にまで漏れてきそうなほど混雑していた。

その混雑の中、一番手前のレジで会計をしている人物は、
人相も、体型も、髪型も、何もかもの特長が乙下の目の前で顔を赤くしている人物と一致していた。

「昨日ね、このトリックを解明してから色々と調べてみたんだ。
 するとすぐに見つかったよ。
 三週間ほど前、盛岡市郊外のホームセンターで買い物をした男がいる。
 購入したのはドライバー、ニッパー、カッター、ケーブル、半田ごてセット、等々。
 販売記録が残っているから間違いない。
 そしてその時間そのレジで、店内の監視カメラに映っていた人物の姿は……」

乙下は1046に向けて顎をしゃくった。

「1046さん、アンタだよ。
 それとも?他人の空似とか言い出さないよな?」
「いえ、これは1046さんです」

杏子が躊躇せずに言った。

「着ているシャツにも、首のアクセサリーにも見覚えがあります。
 これは1046さんがしょっちゅう身につけているものです」
「だそうだ、1046さん。
 さて。電子工作に興味を持ったことがないなら、
 アンタは一体どんな目的でこれらを買ったって言うんだ?」
「違う……違うんだ、話を聞いてくれ……!」
「どうした、いくらでも聞くぞ」

しかし、1046の口から聞いてほしい話とやらがこぼれ出ることはなく、
代わりに一段と息が荒くなるばかりであった。
「話すことがないなら、俺の話を聞いてもらおうか」

乙下はすっかりバラバラに分解されてしまった2P側のカードリーダーへと視線を送る。



「このカードリーダーね、実は『ABCのカードリーダー』なんだ」



1046は返事をしない。
ただ異様に速い周期でまばたきを繰り返している。

「つまりこういうこと。
 もし空気の推理が本当なら、ABCのカードリーダーには何らかの痕跡が残るはずだ。
 それを調べるために、わざわざABCの店員に頼んで2P側のカードリーダーを借りて来たんだ」

もちろん借りっぱなしではABCの営業に差し支えるので、
代わりにシルバーのカードリーダーをあちらに貸すことで穴埋めをした。

「早速ABCのカードリーダーを調べてみたらな、出るわ出るわ。
 中身は改造の痕跡で溢れてたよ」

乙下は1046の肩を、ほとんど触れるように軽く叩いた。
途端に全身がビクっとはね上がる。
まるで痙攣だ。

「まず誤解を解いておこう。
 さっき空気は『8402』と『1046』を入れ替えるトリックを再現したが、
 あれは空気がカードリーダーを改造したんじゃない。
 正確に言えば、空気は『元々施されていた改造を復元した』だけなんだ。そうだろ?」
「その通りっす」

まだテンキーのユニットを持って立ち尽くしていた空気は、
緑の電子基板のあちこちに施された改造部分を指し示しながら喋った。

「キズを付けたのもボクじゃないし、ケーブルを繋げたのだってボクじゃない。
 キズもケーブルも、最初からABCのカードリーダーに付いてたんすよ。
 ただし……ボクがカードリーダーを調べた時には、
 ケーブルはちょん切られていたし、キズも導電性接着剤(※注8)で修復されていました。
 ってことは、犯人はABCのカードリーダーに一度改造を施して、
 その後で『改造を無効にする改造』……要するに、
 カードリーダーを元の状態に戻すための改造を施していたんです」

空気は流暢に舌を振るい続ける。

「この改造を復元するのは簡単でした。
 接着剤はもう一度カッターで傷付ければいいだけだし、
 ちょん切られたケーブルはもう一度繋げればいいだけの話っすから。
 さて、復元してみてあら不思議。
 この改造は『1と8』、『0と4』、『6と2』をそれぞれ入れ替えるための改造だったことが判明しました。
 どこかで見た数字の組み合わせっすけど……こんな改造をして
 一体誰に何の得があるのか、もうお分かりっすね?」



※注8:
電流を流す性質を持つ接着剤のこと。
空気の話を整理し、今回の事件に当てはめると、おそらくはこういうことだ。



1046は事件前日の夜、ABCの閉店間際に、
IIDX筐体のカーテンに隠れてカードリーダーを改造した。

そして事件当日の午後。
BOLCEを殺害した1046は、夕方までABCでIIDXをプレイしながら時間を過ごした。
その間を利用して、やはりカーテンに隠れながら
カードリーダーを元の状態へと戻すための再改造を施したのだ。

この時に必要な作業は、前日にキズを付けた場所へ接着剤を塗ること、
および前日に繋げたケーブルを切断することのみ。
すなわち、一回目の改造に比べれば短い時間で済む。
工夫さえすれば、選曲時間の合間を縫って作業をすることもできたであろう。

こうして1046は、イーパスすり替えトリックを実現するにあたって立ちはだかった
「暗証番号」という名の障害を、見事に取り払ったのだ。



「ところで、このABCのカードリーダーに残っていた痕跡は、それだけじゃないんだ」

1046が顔を曇らせる。
と言うより、外の天気と同様、ほとんどどしゃ降りの表情だった。

「基板に繋がっていたケーブルなんだけどね。
 アンタがホームセンターで買った製品と同じ型式のものだった」

1046の視線や指先が、落ち着かずにあちらこちらを向く。

「それだけだったら偶然かも知れないけど、
 さらにケーブルを繋ぐのに使われた半田も、
 アンタがホームセンターで買ったものと成分が一致している」

1046が頭を掻きむしる。

「百歩譲って、そこまでも偶然で片付けてやってもいい。
 けどな、1046さん。さすがにこれはかばえないよ」

乙下は空気が外したカードリーダーの前カバーを手に取り、内側を1046の眼前に突きつける。
緊張のあまりか、1046の口からしゃっくりが飛び出る。

「空気。照らせ」

命令を受けた空気は、弾かれたように工具箱を引っかき回し、
中から懐中電灯に近い形状の器具を掘り起こした。
簡易式のレーザー光源だ。
空気がレーザーを照射すると、デラ部屋は人工的な深い緑色に染まった。

同時に、乙下の持つカードリーダーの内側へ、いくつもの白い渦巻きが浮き出る。



「アンタの指紋だ」


 
1046は「あぁ」と息を漏らし、よろめいた。

「1046さんアンタ、まさかこんな場所まで調べられることはなかろうと
 高をくくってたんだろうが、残念だったな。もっと慎重にやるべきだった」

1046はIIDXのコントロールパネルに肘をつき、頭を抱える。

「分泌物の成分から、これが7月16日前後に付いたものだってことはもう分かってる。
 こんな日付のこんな場所に、一体どんな理由でアンタの指紋がつくって言うんだ?
 納得のいく理由を説明できるか?」

1046は自分で自分の髪を鷲掴みにする。

「……俺の指紋なんて、一体いつの間に採ってたんだよ……」
「喫茶店で初めて会った時。
 俺が奢ったコーヒーのカップを、店に頼んでこっそり持ち帰らせてもらった」
「そんな最初からかよ……ちくしょう」

1046はそのまま背中をぶるぶると震わせていた。
その姿を斜め後ろから見つめていたところ、
やがて涙のような汗が、もしくは汗のような涙が、1046の顔から落ちたようだった。

それを契機に、1046の体の震えは止まった。

「もうこれ以上は無理だな」

1046はそう言うと、一度顔を拭ってから立ち上がり、大きく深呼吸して、乙下の方を振り向く。

乙下は驚いた。

それまでの動揺からは信じがたいほど、1046が落ち着きを取り戻していたからだ。
いや、落ち着きを取り戻すどころか、軽く首をすくめ、微笑さえ浮かべている。
その様子は乙下の背筋をぞっとさせた。

そして、1046は一息おいてから一息で告白した。





「そうだよ。BOLCEを殺したのは俺だ」





                            to be continued! ⇒
133とまと ◆iK/S6sZnHA :2010/02/04(木) 23:16:34 ID:LuHaJ1zi0
今回はここまで。
数日以内に続きを投稿する予定です。
134爆音で名前が聞こえません:2010/02/05(金) 21:03:26 ID:0zWrJiKJ0
乙。
あぁ、ついに自白してしまった…
実は別の犯人がいて、っていう展開をこっそり期待していたんだw
ではまた数日後に。
135爆音で名前が聞こえません:2010/02/08(月) 02:08:00 ID:+OrqfUEA0
そろそろ上げる時期
136旅人:2010/02/08(月) 11:04:46 ID:nQ3BkUwK0
>>とまとさん
投下乙です。
とうとう1046さん、自分が犯人ですって言いましたね。後は動機だけですか……
僕はこういうミステリーな話は、トリックも読んで楽しむのですが、
何よりも一番楽しみにしているのは動機なんです。
だって、人を殺そうとするのはそれ相応の動機がないと出来ないじゃないですか。
そういう訳で、続きを楽しみに待ってます。


 今日は、旅人です。
こんな時間ですが、投下できる時間ならばした方がいいと思ってやってきました。

 唐突ですが、ちょっと気づいた事がありまして。
この作品ね、このフェーズ分だけ投下すりゃよかったんじゃねぇの、と思ったんです。
 前の3フェーズ分はどうひいき目に見ても音ゲー小説じゃないけど、
このフェーズは最低一個は音ゲー要素めいたものを入れてますから。
まぁあの簡単に書けば、ちょっと後悔したかな、って感じです。

 そんなことはさておき、本編を投下しようと思います。よろしくお願いします。

137carnival (re-construction ver) Last Phase -day break-:2010/02/08(月) 11:10:07 ID:nQ3BkUwK0
 こうして、カーニバル事件の真相を知りたいと願う私に協力者が出来た。
あのオグレの血を継ぐ、名をアヤノと言う探偵だ。

 一応の調査は彼女がやってくれる。
だから私が頑張る必要などどこにもない。
しかし、何もしないで結果報告を聞く態度など取れはしない。
私も行動を起こさなくてはならない。何でもいいから、とにかく何かを。





 私が求めたその「何か」は、アヤノに調査を依頼した四日後に見つかった。
いつものように大学で時間学の講義を受けに行こうとした私に、
カーニバルへ行った際に私と行動を共にしていた例の友人がこんな事を言ったのだ。

「そういえば、お前こんな噂を知ってるか?」

 噂。この言葉に私の勘が反応した。
彼の言いたい噂が何かは知らないが、それを話題にしなければならないと感じた。

「いや……それは一体、どういう噂なんだ?」
「カーニバルが建造されてる東レイヴン海、分かるよな」
「あぁ、まぁ」
「あの海底には何かが埋まっているらしいぜ」

 何かが埋まっている……この言葉にも勘が反応する。

「何かって、一体それは何なんだ」
「分かってたら噂にならねぇじゃねぇか! 馬鹿だなぁ」

 そりゃそうだ、と私は返し、時間がないからと言って会話を切った。


138carnival (re-construction ver) Last Phase -day break-:2010/02/08(月) 11:16:10 ID:nQ3BkUwK0
「時間という概念はぁ、×××が○○○で▽□☆なので……こうなるっ!!」

 その後、私は四階にある第五講義室で時間学の講義を受けた。
しかし私の耳には、教壇に立って熱心に講義をする教授の話は全く入ってこない。




 カーニバルの噂。
海底に何かが埋まっているという、
何らかの説得性を持たせる材料すらない噂だ。
 しかし、私の仮説で言う「ユールが見てしまったWOSにとって不都合なもの」
がどうしても分解、解体、隠蔽が普通では行えないものなら。
そんなものであれば海底に埋められた、というのも頷けなくはない。
 この噂の真偽を確かめ、そしてそれが真実であったとするなら、
その何かの正体を暴く事で真相に一歩近づくかもしれない。




「うぉおい! そこの居眠り君、やる気がないなら帰ってもらうぞぉ!」

 私は何者かの叫びによって眠りから覚めた、らしい。
考えを固めていく途中、いつの間にか睡眠していたようだ。

「すみません、寝不足なもので」
「昨日の復習か?」
「はい」

 嘘は言っていない。寝不足だったのも、復習に没頭していたのも本当の事だ。

「なら言えるな? 昨日の最重要項目は?」
「人工の時間の穴の完成には、オリジナルの時間の穴の解明が必須だという事です」
「次は?」
「そのプロセスは、オリジナルの時間の穴に実験機材を投入し、
 様々なデータを過去から持ち帰る、というものです。
 投入後、機材が過去のデータを保存し、
 プログラムされた指定の位置で1000年近く待機して……
 しかし、私達にとっての時間はすぐですが、投入と同時に現れます。
 とにかく、その場所を調べることによって過去のデータを得る事が出来ます」


139carnival (re-construction ver) Last Phase -day break-:2010/02/08(月) 11:23:23 ID:nQ3BkUwK0
 教授は私の発言を聞き、ふむと呟いてこう続けた。

「肝心な『人工の時間の穴の完成に必要な事』を言ってないぞ」

 そうだ。そこが重要で、先刻述べた事はそれを語る上で重要となる。

「過去のデータを集めない事には、過去を知ることができません。
 ひいては、時間の穴がどういった原理で対象物に
 過去を遡らせるように作用するのかが解明できないということです。
 何度も実験機材を過去に送り、送られる間に何が起きたのかを
 知る事が出来なければ人工の時間の穴を作ること自体が不可能です」

 私は一気に教授に言った。そういうことなのだ。
今のところ、時間の穴を通る間に何が起きているかを
モニターする以外に、人工の時間の穴を完成させる方法はない。
もっとも、モニターしたものを解析して作成に取り掛かる方が
はるかに難しい、という事らしいのだが……

「よくできたな。
 補足情報として、WOS本部にある時間学研究センターには
 一時間前の過去に遡れるという人工の時間の穴がある。皆、覚えておけよ!」

 この教授は本当にうるさい。ここまで熱血という言葉が似合う人間に出会った事はないと思う。
それに、熱血教師なんていうのは中等学校か
高等学校にのみいるものだと思っていた。大学にこんな人間は、言葉は悪いが、要らないのではないか。

 ふと、こんな光景が浮かんだ。
彼らが一生懸命に生徒たちに授業するが、生徒たちはそんなのに構わず、
友人たちと他愛のない世間話に花を咲かせる……そんな光景だった。
 しかし、ここで展開されている現実は少し違う。
あの教授は熱心にレーザーポインターを操作し、喋り、机を叩いて注意を向ける。
そんな講義を途中から抜け出していたのは、私以外に誰もいなかった。

140carnival (re-construction ver) Last Phase -day break-:2010/02/08(月) 11:29:54 ID:nQ3BkUwK0
 その日に受けるべき講義をすべて終わらせると、もう日が暮れかかっていた。
この時間であれば「彼」はあのゲーセンにいるはずだ。勘がそう告げている。

 ここでいきなり出てきた「彼」だが、私の友人の一人である。
先に噂を提供したくれた友人とは違う人物である。
 彼は機械を作る仕事を目指し、機械工学部に入学した。
技術はまだ未熟ながらも知識は相当持ち合わせていると自称する、
落ち着いて自分を見つめる事が出来る冷静な人間だ。




 彼がホームとしているゲーセンは
私の住む家から歩いて20分くらいの所にある。
大学からだと1時間はかかるので市電に乗る事にした。
 この時、17:52を私のMPDは指していた。
18時を少し過ぎたあたりで、私は目的地に着く事になる。
この間に私は脳内シュミレーションを繰り返していた。
彼にどのように相談を持ちかけようか、というものだ。

 だが、いくらシミュレーションを重ねて最良の行動を見つけ出しても
現実において上手くいくとは限らない。
限りなく客観的にシミュレートできるコンピュータに比べると、
僅かながら主観的にシミュレートしてしまう私の脳は、遥かに劣っている。

 私と彼のドラムマニア(以下dm)における腕前にも同じ事が言える。
彼はリズム、というものがとにかく好きだった。
恐らく、彼にとっての幸せとはそれを刻む事かもしれない。
難易度レベルは70代以上のもの以外をプレーする姿はあまり見た事がない。
二回ほど彼にとっては簡単で、私にとっては難しそうな曲をプレーしていたのを見たことがある。
彼曰く、「この曲が好きだからさ。たまにはまったり行こうと思ってね、それだけ」らしい。

 話はずれるが、彼がこんなようなことを言っていたのを、移動中に思い出した。

「俺たちは音楽が好きだ。嫌いだって奴もいるだろうけど。
 でも、音楽を構成するもの全て否定できるはずがない。
 俺たちの周りは常に音楽に満ちている。それら全てが嫌いならば、今頃そいつらは発狂しているはずだ。
 しかし現実には、音楽で発狂した奴なんていない。楽しすぎて狂ってしまった奴はいるかもしれないけど。
 そういうことだから、音楽を構成する要素の全ては否定できないんだ。
 リズム、メロディ、和声……色んなもので構成された音楽を、全て否定することなんて無理だ」

141carnival (re-construction ver) Last Phase -day break-:2010/02/08(月) 11:39:26 ID:nQ3BkUwK0
 私は彼がいるであろうゲーセンの前に立った。
何故か胸の動悸がおさまらない。誰かに好意を告白するわけでもないのに。
夕陽を背に、私はゲーセンに一歩踏み出した。


 いつもの場所――dm筐体前のベンチ――に彼はいた。
他にも数人の男女が座っていて、その位置関係から彼は最後尾にいるようだった。

「ルーク、調子はどうだ?」

 こんな風に私は声をかけた。

「あぁ……まだやってないんだ。今来たばかりで」

 ルークはそう返し、隣に座る外見は中学生くらいの少年に何か尋ねられた。

「オルトンさん、あの人は?」
「俺の友達さ。名前は――」 

「言うな!!」

 思わず私は叫んでしまった。同時に「しまった」と後悔の念がこみ上げてくる。
色んな音が混ざり合って一種のBGMを作り上げ、それで全体を満たす
ゲーセンの中とはいえ、私の上げた叫びはあまりにも大きすぎた。声が、響いた。
ルークに問いかけをした少年の瞳が震えていた。
怯えているのか、それとも違う感情が揺らしているのか、分からなかった。

「って言うとな、こうなんだよ。
 だから姓だけ教えよう。それなら文句ないだろ、クロイス」

 ルークが私の姓を口にした。
彼の言うとおり、私が気にしているのは名であって姓ではない。
私は少年の方に向き直り、謝罪の意味で頭を下げた。

「……すまない、自分の名前が嫌で嫌でたまらないのでな、怒鳴ってしまった」
「いいですよ、そんなこと。
 そうだ。クロイスさんも遊びに来たんでしょ? 一緒にセッションしません?」

142carnival (re-construction ver) Last Phase -day break-:2010/02/08(月) 11:54:02 ID:nQ3BkUwK0
「あぁ、よろしく」 

 その誘いに私は乗った。
たまにはいつも頭を満たしている疑念を払い、遊んでみるのもいいかもしれない。
そうする事で、ルークにあの話を切り出しやすくなるだろう。そう思った。


 ルークはdmを、私と少年はGFをそれぞれ1P側と2P側でプレーする事になった。
私はMPDを読み取り装置に認証して(※6)自分のデータを画面に表示させる。
隣に立つ少年も、私と同じようにMPDをかざした。
直後、右側の画面に少年のデータが表示される。

「『ジャック』って名前なのか?」
「いいえ、本名じゃないんです」

 少年のゲーム中の名前はジャックといった。
本名の方は教えてもらえなかったが、私も名を教えていないのでおあいこだ。
 ルークが選曲権をジャックに委ねる。
その後、ジャックが私のスキルポイントを見つつ
易しめの曲にカーソルを動かしていたのは覚えているが、
これは本筋とは関係のない事であるし、何より記憶が曖昧なので正確な描写が出来ない。よって割愛する。


(※6…1000年前は「イーアミューズメントパス」なるカードを使って
 ゲームデータの保存、読み出しを行っていた事が資料により判明した。
 もっとも、厳密に言えばそうではないらしいのだが、残念ながら私にはよく分からない。
 現代ではそのカードの代わりに、MPDを用いてのゲームデータのやり取りを行っている)

143carnival (re-construction ver) Last Phase -day break-:2010/02/08(月) 12:17:45 ID:nQ3BkUwK0
 それから数時間が過ぎた。
久しぶりに音楽ゲームに触れ、かなり舞い上がっていたのだろう。
ルークに、楽しすぎて狂ったようにニヤニヤしていると指摘されてしまった。

 そんな事は置いておこう。
少年も帰り、周りには私とルークと他数名の客しかいない。
ルークが用を足しに行く、と言って席を立った。私もそれに続く。
 それからしばらく歩いた。このゲーセンは広すぎるのだ。
トイレに入るまであと数歩、といった距離の所で私はルークの肩をつかんだ。

「なんだよ、どうした?」
「ちょっと話したい事がある。もう少し我慢できるか?」
「別に凄く漏れそうってわけでもないし。話したい事って何だ?」

 私はここで数秒の間をおいた。
この間に話したい事をまとめなければ、説明が出来なくなりそうだったからだ。
シミュレーションを振り返るのも良かったが、それは駄目だと直感した。

「こんな噂を知ってるか? カーニバルの海底には何かが埋まっているってやつだ」
「聞いたことあるな、それ」
「この海底に埋まっている何かをだな、調査する機械は作れるか?」

 ルークの目が点になった。
それは私の気のせいだと錯覚させられるほど、一瞬の間の出来事であったが。

「……個人レベルでは限界があるけど。
 限界はあるけど、とりあえず海底を自走できる機械なら作れそうだ。
 それにカメラを積めばどうにでもなるはずだとは思う」
「分かった。じゃあ頼まれてくれないか」

 今度は錯覚なんかではなく、確かにルークの目が点になっていた。
私の言っている事は、彼にとっては荒唐無稽であるに違いない。
そんな噂を鵜呑みにするような人間なのだと、もしかしたら蔑まれているのかもしれなかった。

144carnival (re-construction ver) Last Phase -day break-:2010/02/08(月) 12:26:33 ID:nQ3BkUwK0
 そんな私の恐れは全くと言っていいほど無駄であるようだった。

「クロイス、お前、そんな事が言えるような面白い人間だとは思わなかった」

 笑いながらルークは言った。
心底から面白いと思っているのが目に見える、そんな明るい表情で笑っていた。

「面白い……だって?」
「だってよ、お前よ、いっつも『私は〜』なんて
 レポートの一人称みたいな口調で話していてだ。
 そんな人間が面白そうだなんて思えるか?思えたら変態だと思うぜ」
「それは褒め言葉……として受け止めていいのか?」
「当り前じゃだろ? とりあえず一週間経ったらお前の家に行くからな。
 例の機械の試作品でも土産にしてさ。そんじゃ、楽しみに待ってろよ!」

 ルークはそう言ってベンチから立ち上がり、出口の方へ歩を進めた。
私もすぐに立ち上がり、去りゆく彼の背中に声をかけた。

「待ってくれ!」
「ん?」
「……ありがとう。
 それと……どうしてこんな噂のために協力しようと?」

 例の言葉以外は、私が意識していったようには思えない。
それほどまでにスムーズに言葉が流れていった。あの時の唇の滑らかさはまだ覚えている。

「簡単な事さ」

 ルークは少し時間を開けてから答えた。

「海底に埋まってる何かってのが財宝とかだったらさ、いいだろ?夢があって」

 そうだな、と私は返して右手を挙げ、左右に振る。
ルークも右手を挙げて左右に振った。
その後ろ姿は、彼がゲーセンから出てすぐ、夜の闇に消えていった。


「あ、トイレはどうしたんだ……?」

 どうでもいい事だが、なぜかそれが気になって仕方がなくて、GFをもう一度プレーした。
なぜそうしたかは聞かないでほしい。疑問に思ったところで、答えられるはずがないから。

145旅人:2010/02/08(月) 12:30:18 ID:nQ3BkUwK0
 いかがでしたでしょうか、これにて今投下は終了です。

 このフェーズって「私」ことクロイスって人の目線で
カーニバルに隠された真実を追う話なんですけど、
あまりミステリーって感じで書いていません。というかそんな風に書けません。

 という事でそういうのにはあまり期待しないでね、という話でした。次回をお楽しみに!
146とまと ◆iK/S6sZnHA :2010/02/08(月) 23:02:22 ID:wEgA3aKX0
>旅人さん
名前を知られることを極端に嫌う主人公って設定が興味深いですね。
どうしてそうなのか、実際どんな名前なのか、と続きが楽しみです。
何気ないやり取りで時間学の設定を説明したのも上手いね。



さて、トップランカー殺人事件の続きです。
1046は認めた。
1046はついに認めた。

BOLCEを殺したのは俺だ。

そう認めたのだ。

この一言に、このわずか一言に、全てが集約されていた。

ここ数日間、乙下のあらゆる行動は「BOLCEを殺した犯人を捕まえる」という
ただ一点に向けて成されてきた。
たった今この瞬間、その成果が出た。
BOLCEを殺したのは俺だ、このわずか一言に、あっけないほど全ての成果が集約されていた。



しかしなぜだろう。
乙下は素直に喜べなかった。

「どうして?」

気付けば、ほぼ反射的に聞いていた。

「どうしてBOLCEを殺した?アンタ達、親友だったんじゃないのか!?」
「親友って」

1046は面倒くさそうに、白けた口調で答える。

「周りが勝手にそう言ってただけじゃん」
「ウソだよ。アンタ自分で言ってたじゃないか。
 誰よりも一緒に時間を過ごしたって……」
「そうだよ。誰よりも一緒に時間を過ごしたさ。
 お互いこんなゲームを極限までやり込んでるんだもん、
 そりゃ自然と一緒に過ごす時間は増えるわな。
 で、一緒に過ごした時間が長いと親友になるわけ?
 乙下さんと空気さんは親友なの?」

乙下は薄ら笑いを浮かべる1046から目を背け、空気と顔を見合わせた。
空気は開いた口が塞がっていない。
それを見て乙下は、自分の口も塞がっていないことに気付き、慌てて顎に力を込める。

「おい、真面目に話せ!」

乙下は1046の両肩を掴み、前後に揺らす。
が、手応えはない。
1046の首はなされるがままに、ガクガクと前後するだけだった。

「質問に答えろ。アンタ、一体どうしてBOLCEを殺したりなんかしたんだ!?」
「邪魔だったんだよ」

耳を疑うような言葉が聞こえ、乙下は動きを止めた。

「……なんて言った?」
「だから、邪魔だったんだって」

1046は装着していたヘッドホンを外すみたいに、
肩に絡まる乙下の手首を掴んで払いのけた。
今度は乙下の方がなされるがままだった。
「ご存じの通り、BOLCEはデラが圧倒的に上手かった。
 そりゃもう物凄い持てはやされ方だった。
 トップ。優勝者。世界一。百年に一人の天才。神。
 冗談抜きで、ありとあらゆる名声を手にしていたんだ。
 で、俺の立場はどうなの?ってこと。
 二番目。準優勝者。BOLCEの次に上手い人。
 泣けてくるよ。泣けてくるさ。
 どこへ行っても俺はBOLCEの引き立て役であり、噛ませ犬でしかないんだ。
 2ちゃんねるとか見てみろよ。
 酷いもんだよ。アイツら下手クソのくせして、匿名をいいことに好き勝手書きやがる。
 『永遠の二番手』だ、『ベジータ様』だ、『銀メダルコレクター1046』だ、あんまりだろそれは。
 『なぜ1046はBOLCEに勝てないのか』なんてスレを立てて、真剣に議論してる馬鹿までいたぞ?
 ふざけんなっつーの。お前らが俺の何を知ってるんだよ。俺の何が分かるんだよ。
 一体俺がどんだけ努力したと思ってるんだ?
 来る日も来る日も、昨日よりほんの少しでも上達するために、血の滲むような練習を繰り返した。
 その甲斐あって、俺はどんどん上手くなってる。
 でもそれじゃダメなんだよ。そんなんじゃBOLCEに勝てないんだよ。
 俺が地道に階段を上っている横で、アイツは三段跳びくらいで駆け抜けていくんだ。
 差は広まる一方だよ。どうやってあんな化け物に勝てっていうの?
 もはやチートだよ。人間性能的にチートだよ。つーか人間じゃねぇよ。
 もう完全に別種族なんだから、BOLCEのスコアはノーカンにすべきだとさえ思うね。
 まぁそれはさすがに冗談だけどさ、とにかく俺はどうしてもアイツに勝てなかった。 
 いや、正確に言えばいつもかも負けてたわけじゃないよ。
 発狂譜面ではBOLCEに一度も勝てなかったけど、
 簡単系の譜面を光らせる技術なら、ほんのちょっとだけ俺が上回ってた。
 事実、簡単系の曲のベストスコアは軒並み俺の方が高かったし、
 WEEKLY RANKINGの課題曲が簡単系の週は、俺が勝つことも多かった。
 俺にもBOLCEに勝てることが一つあるわけだな。
 んで、それでめでたしめでたしってことになると思う?
 この武器をアイデンティティにして生きていけっての?
 はっ。めでたしどころか、無様なもんさ。
 考えてもみてよ、『発狂のBOLCE、簡単系の1046』とか呼ばれる当人の気持ちを。
 こんなマヌケな異名が付いて嬉しいわけないじゃん。
 ステータスどころか、かえって小物臭さが増しただけじゃねーか。
 まるで俺が簡単系の譜面しかできないみたいじゃねーか。
 俺はな、発狂だって十分できるんだよ。少なくともお前らよりは百万倍上手いんだっつーの。
 それなのにさ、たまに簡単系で俺が負けると『さすがBOLCEは万能』だとかって誉めそやすくせに、
 俺には『得意分野で負けてどーんすだよ』だとか『もう落ち目だな』とか心ないこと言いやがる。
 誰も好きこのんでこんなヘタレた得意分野を売りにしてねーんだっての!
 ちくしょう、ホント辟易だよ。マジでムカつくわ。
 とにかく俺は人生かけてこのゲームに打ち込んでるのに、どうしてもBOLCEだけには勝てなかった。
 BOLCEだけにだよ?BOLCEだけ。
 その他大勢、何万人ものプレイヤーには確実に勝てるのに、たった一人にだけ勝てない。
 それでもBOLCEに勝ちたくて、一心不乱に打ち込んで、でもやっぱり勝てない。その繰り返し。
 なんで?どうして?
 もういっそのこと死んでくれよとまで呪ったね。
 それほどまで思い詰めた俺の気持ちを知ってか知らずか、BOLCE本人は呑気なもんよ。
 自分の方が格上だって思ってるくせして、俺のことをライバルだとか親友だとか、気色悪いんだ。
 ライバルってのは一点二点のスコア争いにしのぎを削るだとか、そういうのが真に正しい姿だろ?
 俺の会心のスコアを片っ端から叩き潰しといて、なに永遠のライバルとか調子いいことぬかしてんだよ!
 アイツ絶対心の中じゃ俺のことをほくそ笑んでたんだぞ。間違いない。
 無駄な努力ご苦労様とか思いながら、ウジ虫を踏んづけるように、俺のスコアを蹂躙してたんだ。
 これ、驚いたことに一年や二年の話じゃないんだよ。
 もう高校時代からずっとそんな感じ。十年近くこんな状態なわけだよ。我慢の限界だよ。
 そしたらもう殺すしかないでしょ?
 あの鼻持ちならない男をこの世から消し去って、
 んでもって俺が一番になるためには、もう殺すしかないでしょ?」
何なんだこれは。
乙下には理解できなかった。
1046が放つ言葉の意味は理解できたが、彼の精神状態がさっぱり理解できなかった。

そんな動機で1046は殺したのか?
そんな動機でBOLCEは殺されたのか?

乙下は昨日のABC店員との会話を思い出した。
銀メダルしか取れないアスリートは、金メダリストを殺すか。
結論は「否」だった。
まさかそんな動機で人が人を殺すなんてあり得ない。
ABC店員はそんな極めて自然かつ常識的な判断を下し、乙下もその意見に納得した。

はずだった。

だが、事実は違った。
乙下がふとしたことで思い付き、そしてあまりに現実離れしているゆえ、瞬時に捨てた仮説。
その仮説とまったく同じ内容が、今1046の口から動機として語られている。
1046は奇しくも「銀メダル」という例えを持ち出して、
IIDX界を独走し続けたBOLCEへの恨み辛みを吐露している。

……嘘をつくな。
人間が人間をそんな動機で殺せるわけないだろう。
1046さんアンタ、そんな動機でBOLCEを殺しただなんて、嘘っぱちだろう?
嘘だと言ってくれ……。

激しく問い質したい思いとは裏腹に、乙下は動くことができずにいた。
まるで金縛りにかかったかのように筋肉は固まり、1046の独演を聞き続ける人形となり果てる。



「分かる。分かるよ。分かりますよ。
 そんなアホらしい理由で人殺しをするわけないだろって言いたいんでしょ。
 デラなんてたかがゲームじゃないかって、そう言いたいんでしょ。
 でもね、さっきも言った通り、俺はこのゲームに人生かけてたわけ。
 このゲームでトップを取ることが俺にとっての全てなの。
 他のことなんてどうでもいいんだよ、ぶっちゃけ。
 信じられない?まぁ信じられないのも分かりますよ。
 あんたらみたいなヌルゲーマーには理解できない境地だよね。
 でもさ、人が何のために生きるかなんて、完全に100%その人次第でしょう。
 それをあんたらの狭い価値観で――」



それは一瞬の出来事だった。
一瞬だけれども、スローモーションのように、一つ一つの動きが鮮明だった。



杏子が1046を殴った。


 
杏子が1046の真正面に立ったと思った次の瞬間には、もう殴っていた。
グーで鼻を殴ったのだ。
平手で頬を打つようなドラマっぽさ、あるいは女の子っぽさは皆無だった。
ほとんど予備動作のない、素早く綺麗なストレート。
そんな渾身の一撃を、あろうことか杏子は普段と変わらぬ無表情な真顔で放ったのだ。

不意を衝かれた1046は、その拳に蓄えられた運動量の全てを受けきるしかなかった。
缶詰をカーペットの床に落とした時のような、
鈍く低く大きな音がデラ部屋に鳴り響き、同時に1046は大きく後ろにのけぞる。
1046は短く悲鳴を上げ、鼻を両手で押さえる。
その手の下から溢れ出る、大量の血液。
当たり前だが赤い。
閉めきりそこなった水道の蛇口のように、どんどんどんどん滴り落ちる。

そこまでの一連の流れが、あたかも映画のワンシーンのように、次々と乙下の視界に飛び込んできた。
突然の出来事に乙下の思考は麻痺し、茫然とその光景を眺めるしかできない。

「あ……杏子ちゃ」

ゴツ、と再び鈍い音が響く。

杏子がもう一発殴った音だった。
しかも、狙いは1046の鼻だった。
懸命に患部を押さえている1046の両手越しに、
杏子は容赦なく同じ場所をめがけて、同じモーションで殴りつけたのだ。

「やめろ!」

我に返った乙下は、杏子の体を羽交い締めにして、1046から遠ざける方向に引き寄せた。
そして精一杯の怒気を孕ませて、呆気に取られている空気を睨みつける。

「おい空気」

乙下はやっとのことで声を振り絞る。

「なにボーっとしてんだバカ、早く連れてけ!」

今の今まで呆けて突っ立っていた乙下は
もちろん空気のことを責められる立場になかったが、自分のことを棚に上げてとにかく叫んだ。
空気は慌てふためきつつも、すぐ自分のすべきことを理解したようだった。
工具箱から銀色に光るそれを引っ張り出し、千鳥足で1046に近付く。

かつてこれほどまで頼りなく、情けない逮捕の瞬間があったであろうか。
空気は上擦った声で、何度も噛みながら宣言した。



「たた、竹之内俊郎!
 BOLCE……じゃなくて、なんだっけ……そうだ、三浦清殺害の容疑で、た、逮捕する!」


 
空気は1046の両手を無理やり後ろに回し、手錠をかけた。
潰れた鼻筋、そしてべっとりと赤く汚れた口まわりがあらわになる。
あまりの痛々しさに乙下は思わず目を逸らしたくなったが、
1046本人はさして苦痛を感じている様子はなく、
落ち窪んだ二つの目は、ただ生気の失われた眼差しをたたえているだけだった。

「さぁ、行くっすよ!」

そのまま1046は空気に引き摺られて、
右に左にふらつきながら、デラ部屋を出て行った。



あとに残されたのは静寂、
1046が歩いた軌跡に沿って点々と描かれる血痕、
そして乙下と、乙下に羽交い締めにされた杏子。

乙下がそっと杏子の体を解放すると、
彼女は魂が抜けてしまったかのように、力無く床に膝をついた。

どうすれば良い?
この憐れな女の子に、一体なんて声をかけてあげれば良い?

だが、乙下の心配は杞憂に終わった。


「……あああ……あああああっ……!」


杏子が泣き出した。
くしゃくしゃに顔を歪め、雨のごとく涙をこぼし、大声で嗚咽を漏らして。

「あああああ!ああああああああああ!!!」
「杏子ちゃん……」
「あああああ!いやああああああああ!!!」



杏子は今まで内に溜め続けていた感情を爆発させるかのように泣いた。
ただひたすらに泣き続けた。
乙下が入り込む余地など、はなから与えてはくれなかったのだ。


 





――どしゃ降りに見舞われる平成20年7月20日日曜日の午前10:45、
BOLCEこと三浦清の殺害容疑で、1046こと竹之内俊郎は逮捕された。

こうして、まるで世界の終末を嘆くような杏子の慟哭と、
ひどく後味の悪いやるせなさを残したまま、
「トップランカー殺人事件」はその幕を下ろした――。





                            the end of the case, and... ⇒




 
153とまと ◆iK/S6sZnHA :2010/02/08(月) 23:52:12 ID:wEgA3aKX0
それでは。
154爆音で名前が聞こえません:2010/02/11(木) 00:48:17 ID:acjaXyNa0
お久しぶりのWikiの中の人です。
新年が始まって一ヶ月以上経ってしまいましたが、ここまでの投下作品を全て保管しました。
長編作品がいよいよラストへと差し掛かる中、新規投下の方も来て嬉しいですね。
なお前スレ最後の埋めネタは、作者本人の要望により保管はしませんでした。
一応アイマスでプロデューサーをやっている(=ゲームをプレーしている)自分としては、ニヤニヤできる内容でしたね。

遅すぎる挨拶ですが、今年もしっかり保管をやっていきたいと思います。
それでは、よろしくお願い致します。
155爆音で名前が聞こえません:2010/02/18(木) 23:15:31 ID:pOZIAUtkO
以前「ああああ」という名前で小説書いてた者です。28歳になっちゃいました。
旅人さんはまだ小説書かれてたのですね。
「継続は力なり」といいますが、「力がなくては継続できない」というニュアンスもあります。
続けられているのを見ると嬉しく思います。

保管の方もありがとうございます♪
久々に自分の作品見て(ノ∀`)ってなりましたwww
156旅人:2010/02/20(土) 00:18:04 ID:ajwBFFKs0
>>とまとさん

後味が悪いけど、事件は解決しましたね……
あと少し続きそうなので、楽しみに待ってます。

>>まとめさん

乙です。毎度ありがとうございます。
今後もよろしくお願いします。

>>155さん

ありがとうございます。
そんな風に思っていただけるなんて、僕も嬉しいです。


 今晩は、旅人です。

 何も書く事がないので、このまま投下を始めます。よろしくお願いします。
157carnival (re-construction ver) Last Phase -day break-:2010/02/20(土) 00:22:11 ID:ajwBFFKs0
 
 ルークを仲間にし、一週間後に再会する約束をした。
その一週間という時間の間、私は色々な噂を収集し、それを出来る範囲で検証していった。
そういうのはアヤノの仕事なのだろうが、
彼女がどのようにして調査を進めているのかは知らない。
もしかしすると、こういった事はやっていないのでは……
そう決めつけた節もあったと思うが、私もやれる事はやっておきたかったのだ。

 そのやれる事をしている最中、アヤノから電話が入った。
丁度、その時PCの前で作業をしている途中だったと思う。
噂の整理とか、そんなようなものだったはずだが、作業の手を止め、腕をMPDに伸ばす。

「もしもし、先輩?」
「どうした?」
「レイヴン大陸のホテルを予約します。三日後に宿泊できるように」
「何?」
「もしかするとWOSが先輩の家をマークしているかもしれません」
「それは……足跡をつけてはいないとはいえ、あり得るかもしれないな」
「でしょ? だから、第五地区の『ジュデッカ』というですね、
 小さなホテルなんですけど。そこに予約を取るんですよ」

 なかなかいい案だと思った。場所を移動すれば何者かの監視から脱する事が出来る。
勿論あくまでその何者かという仮想敵を想定した場合の話だ。
しかしその仮想敵を想定するか否かによって、私達の命が消えるかどうかが左右されるかもしれなかった。
 ここで私はある事を思い出した。
ルークとの再会の日は、あと三日なのである。
彼も一緒に同行させる事を思いつき、私はアヤノに提言する事にした。

「ルークって覚えているか?」
「はい、あの……dmがメチャクチャ上手な先輩の友達ですよね」
「そうだ。彼も一緒に同行させてほしい。
 詳しい事情は伏せている。だから多分大丈夫だ」

 言っていて、何が大丈夫なのだろうと思った。
ルークが私の意志を知っていようが知らないでいようが、
私は彼を危険にさらそうとしている。無性に虚脱感というか、罪悪感というか。
それが私の身体を急速に重くしているように感じた。

158carnival (re-construction ver) Last Phase -day break-:2010/02/20(土) 00:30:38 ID:ajwBFFKs0
 そんな私の心を無視して、というよりは知る由もないのだが、
とにかくアヤノは色々な手配は自分がする、と言った。
私はその言葉に甘え、彼女に全てを託した。
そして、私に残された仕事はルークにこれを伝える事だけだった。

「は? いや、別にいいけど、どうしたんだよ」
「ちょっとした事情だ。それに、向こうで集まった方がいいと思った。
 お前の作ってくれている機械を早くテストしてみたくてな」
「別にかまわないさ。分かった、レイヴンのジュデッカだって?」
「全ての手配はある人に任せた。お前はお前のなすべき事をするだけだ」

 ここでアヤノの名前を口にしたら
ルークはきっとこの話に裏があるに違いないと気づくだろう。
彼は彼女が探偵だという事を知っている。二人の仲は良いのだが……
 しかし、それでは駄目だ。
 今はまだ言えないとして、いつかは話さなくてはならないだろう。
その時に彼が私の仲間であると言ってくれるだろうか。
そう考えると体の芯が冷える。私は酷く臆病な人間なのだな、と自覚した。

「そっか。それじゃ、後で連絡待ってるからな。またな!」

 ルークはそう言って電話を切った。
私はMPDをPCデスクの上に置き、噂の解析を続けた。
 これしか私に出来る事はない。
それが思い込みや勘違いだとしても、そう思わないとやっていられなかったのだ。


159carnival (re-construction ver) Last Phase -day break-:2010/02/20(土) 00:36:56 ID:ajwBFFKs0
 3000年 1月 16日

 この日、私はルークと共にレイヴン大陸へ渡った。
アヤノは現地の空港で待っていると連絡してきたので、
待ち合わせ場所を簡単に決めておいた。
巨大掲示板の前、のような気がするがどうでもいい。

 ルークは飛行機の何に魅力を覚えるかというと
雲の上の高度に達した時に窓から見る空の景色だと語った。
 あの日は、ファルコン大陸全域が大雨だった。
この飛行機だって飛ぶかどうか分からないというほどの程度のものである。
そんな天気でさえ、雲の上を飛べば全く関係がない。
光輝く太陽が雲の白い色を映えさせている。
少し目を細めなければ直視は難しかった。それほどまでに輝いていた。

 この時まで私はルークの言う魅力には触れないでいた。
触れないでいたというか、興味がなかったというか。
大体、外の景色なんて周囲の安全状況を確認するためのものであったし、
そんなものに芸術性なんてものを要求した事がない。

 しかし私は知ってしまった。
この天上の景色を。この素晴らしいまでに輝かしく、美しい世界を。
それを見るときの高揚した感情は、音ゲーをプレーする時とそっくりだ。
 あの時から、私は飛行機に乗る時は、なるべく窓側の席を取るようにしている。
こんな世界を見ないでいるのは、ちょっとした罪になりそうで。
しかし、それに背いても罪にはならないだろう。
あの美しい世界は、地上だろうと上空だろうと関係なく広がっているからだ。


 この時代、この美しい世界を全て支配しているのはWOSだ。
あの組織が全てを掌握している。どんな秘密も、何であっても、闇に包みこんでしまう。
その闇に、カーニバル事件とユールという少女は飲まれてしまった。
 私はアヤノに知りたい理由を話した。
あの時は単に「不安だから知りたい」というように言った。
しかしこの時、その理由は改められた。

「ユールをWOSの闇から救い出す。
 彼女が既に死んでいようとも、必ずこの美しい世界に連れ戻したい」

160carnival (re-construction ver) Last Phase -day break-:2010/02/20(土) 00:40:18 ID:ajwBFFKs0
 飛行機が着陸したのは17:23頃だったように思う。
もう時間の記憶なんてものは曖昧で、メモも取っていない。
だから確認のしようがないのだが、とにかく日が暮れていた事は覚えている。

 待ち合わせ場所だった巨大掲示板は屋外にあった。
この掲示板は宣伝を目的としたもので、色々なコピーが書かれている。
 多すぎる人の頭と立ち位置の関係による逆光でよく見えなかったが、
確かにその近くにはアヤノがいた。
印象的だったのが、彼女の頭の上に「散髪 ナカノ」
という広告があった事だ。まったく、どうでもいいことしか書いていない。

 それはそれとして、私とアヤノとルークは近くの公園のベンチに腰掛けた。
駅前では人が多い。話す事は出来ないし、それに危険だった。命が。

「お久しぶりです、ルークさん」
「おっ、アヤノちゃんか。元気だったか?」

 私を間に挟んで二人が楽しげに話す。
正直うるさい。が、この二人は前に探偵と依頼人の関係であったと聞く。
仲が良くなり始めたのは、恐らくその頃からだろう。

「はい。ルークさんも元気そうで」
「へへっ、俺は病気をしないんだ、馬鹿だからな。
 おいクロイス、お前も話す事あんだろ? 言えよ」

 私が飛行機の中で噂をまとめた資料を保存していた
ファイルを読んでいたのを見ていたからか、ルークは私に気を使ってくれた。

161carnival (re-construction ver) Last Phase -day break-:2010/02/20(土) 00:47:33 ID:ajwBFFKs0
 私は旅行バッグの中から一冊のファイルを取り出す。
無言で左に座るアヤノに渡し、反応をうかがった。
 アヤノは真剣な眼差しで資料を読む。
全部で10ページにも満たないものであったが、どうなのだろうか。

「これ、先輩が全部?」
「そうだ。MPDにデジタルデータを押しこむ事も出来たが
 そうすると検閲が怖くてな。だからこうした」

 そうですね、賢明です。そんな風に返事をしてアヤノは黙読を続ける。

「……先輩、私より仕事をしないで下さいよ」

 不意に、アヤノはぼそっとそう言った。
この頃になると、流石にルークも何かこの雰囲気を感じ取ったのだろうか、

「おいおい、一体何の話をしているんだよ?」

 寂しそうな声で話しかけてきた。
私は振り向いて人差し指を静かに口元に持っていく。
ルークは納得がいかない顔をしていたが、うなずいてくれた。
 それから数分が経ち、アヤノは私にファイルを返した。
その顔には笑みがあふれていた。嬉しいな、と顔が言っているような気がした。

「続きはホテルで話し合いましょう。ルークさんも一緒に行きますよね?」
「え? あぁ、そうだね。
 ……ホラ行くぞクロイス、ちゃんと立てよ」

 猫背でもなければエビのように反ってもいない。
直立という言葉が似合うほど私は直立している。

「分かってる。行こう、ジュデッカへ」

162carnival (re-construction ver) Last Phase -day break-:2010/02/20(土) 00:55:28 ID:ajwBFFKs0
 アヤノの手配により、私達は三つの部屋を割り当てられた。
私は310号室であったが、二人の部屋の番号は知らない。
ホテル「ジュデッカ」の朝食付きコース。
安い料金ではあったとは思うが、全てアヤノが負担していたので心配になった。

 作戦会議と称してアヤノは私の部屋にやってきた。彼女の後ろにはルークもいた。
とりあえず私は、アヤノに今考えていた事を話す。

「アヤノ、私の分は私が払う。そんなに無理をするな」
「報酬のためですよ」

 報酬……そうだ、私はまだアヤノにどう報酬を渡せばよいか、聞いていない。

「後々、ゆっくり払っていこう……駄目か?」

 私の口元は引き攣っていた。不自然な笑みを浮かべてしまう。
口の端から変な笑いのようなものが漏れる。やめろ、私はこんな人間ではない……

「その話は後で頼みます。
 それよりかはこっちの方が重要なので。ルークさん、命、惜しいですか?」

 アヤノはそう言った。
いきなり言葉の矛先を向けられたルークは、その内容を受けて呆けたように見えた。

「……え? 命って、どういうこと?」
「すみません、死にたくなかったらいますぐ帰ってください。
 命を落とす可能性は限りなく低いですが、絶対ではないんです」
「何を言っているのかが全然分からねぇ。
 ……おいクロイス、一体どういう事なんだ?」

 動揺を隠せないルーク。
ここで本当の事を話しておいた方がいいだろうと考え、私はゆっくり口を開いた。

163carnival (re-construction ver) Last Phase -day break-:2010/02/20(土) 01:01:41 ID:ajwBFFKs0
「去年、カーニバル事件が起きたことは……」
「知ってる、知ってるさそんなこと」
「その後、ユールと名付けられた身元不明の少女の葬式が挙げられた」
「で、それが何だって言うんだ」
「お前も知ってると思うが、私には絶対の『勘』がある。
 それが教えてくれたんだ。ユールは死んでなんかいないと」

 ルークは何も言わなかった。
前に彼が宝くじを買うから適当に数字を言ってくれよ、と私に頼んだ事がある。
そのくじは3等でそこそこの額で当選した。
それ以来、彼は私の勘は信頼できる情報を発信すると知っている。

「まさか。いくらクロイスの勘が凄いったってさ、無理があるだろ」
「ルークさん、ところがそうでもないんですよ」

 アヤノが会話に割り込んできた。
ここで報告も兼ねた発言でもするのだろう。

「WOSに関する噂の一つなんですけど、
 自分の子供をWOSが行う人体実験に提供してお金を得るっていう噂があるんです。知ってます?」
「……聞いた事はあるけど、それが本当に行われている訳がないじゃないか」
「他の噂は全部元がとれません。しかしこの噂だけは
 あながち間違いではないようなんです」
「証拠は?」
「まだ手に入れていません」
「証拠もないのに、アヤノちゃんは……」

 でもね、とアヤノは言った。

「ルークさん、前に私に仕事を依頼した時、そのお金の出所を覚えていますか?」
「……クロイスに、3等の宝くじを当ててもらった」
「そうです、それなんですよ。
 先輩が本気を出せば、1等のくじを当てられたかもしれませんよ?
 どうですか? この噂はもしかしたら本当かもですよね?」

 アヤノが私に言う。勘で考え、とりあえずうなずく。

「ほーら、先輩はこうだって言っていますよ。
 あたしもこの噂に関しては、探偵の勘が働いていますから……」

164carnival (re-construction ver) Last Phase -day break-:2010/02/20(土) 01:06:57 ID:ajwBFFKs0
 ルークは黙り込んでいた。
手が震えている。頬の筋肉が震えている。全身が震えている。何故だ?

「そりゃあお前よ、あり得ねぇだろ」
「だから、何が?」
「お前はおかしい。お前の依頼を受けて仕事をしたアヤノちゃんもおかしい」
「だから何がって言ってるだろ。一体何が……」
「こんなのは目ぇ瞑ってりゃいいんだよ!
 こんな話に首を突っ込んでんじゃねぇよ、死ぬぞ!?」

 ルークは吠えた。その表情は私が今までに見た事のないものだ。
怒り、驚き、不安、どんな感情も、それを形容するにふさわしくないように思えた。

「だったら、ユールがどうなったのかは知りたくないのか」
「知りたかねぇな。あの子がどうして死んだかなんてな、
 自分の命と相談して決めてみろ。どうでもいいって答えが返る」
「知りたい、そしてユールをこの世界に連れ戻したい。
 そんな答えが出た私は、異常だとでも言うのか?」

 何となく、この時になってある考えが浮かんだ。
ここでまともな事を言っているのは誰なのだろう。
一人の少女とそれに関連する物事を考える私がまともなのか
自分の命が大事な友人がまともなのか、分からない。

「あぁ異常だよ異常! はっきり言って病気みてぇだぜ!」
「ちょっとルークさん、何を言って――」
「うるさい! もう俺は明日になったら帰る。お前らの事なんか知らねぇぞ!」

 彼はそう吐き捨て、勢いよくこの部屋から出ていった。
 この時私はやっと理解する事が出来た。
こんな状況において、世間一般で正解とする態度はどちらなのか、ようやく分かったのだ。

 彼は正常な存在だ。普通とされる側なのだ。何の危険もない一般市民だ。

 一方では。
 
 私は異常な存在だ。異端とされる側なのだ。異端因子と呼ばれる、危険人物なのだと。

165旅人:2010/02/20(土) 01:09:58 ID:ajwBFFKs0
 いかがでしたでしょうか? これにて今投下は終了です。


 このフェーズの主人公のクロイスと、協力者の探偵アヤノ。
二人が目指すのは、世界を支配する組織の隠している謎を暴く事です。
これを普通の人は何というでしょうか。
上手くは書けませんが、快く思わない事は確かでしょう。
そういう意味で、ルークの取った態度は正しいかな、なんて思って書いてました。

 とりあえず今回はここまでです。次回をお楽しみに!
166とまと ◆iK/S6sZnHA :2010/02/22(月) 00:54:27 ID:ct4IFmjQ0
>まとめさん
気付けば膨大な量のテキストなのに、いつもいつもありがとうございます。
余裕のある時で結構ですので、今後もよろしくお願いします。

>旅人さん
お疲れ様です。
どうして主人公は命を賭してまで秘密を暴こうとしているのか、
そこの動機付けがはっきりと分からないので、
赤の他人になんでそんな必死なの?と思ってしまうところがあります。
そこをきちんと描かないと読者の気持ちが入りにくいので、
工夫をした方がいいかなーなんて思いました。
(今後きちんと描く構想を立ててたんならすんません!)

>ああああさん
もしかして、以前「青春は音ゲーと共に」を書いてらした方ですか?
俺がこのスレを見つけて以来、まとめサイトにある作品は全部読みましたが、
ダントツで一番好きな作品でした。(本当ですよ!)
読んでてとてもあったかい気持ちになりましたさ。
またいつかああああさんの作品を読みたいです。勝手に待ってます(笑)



では、トップランカー殺人事件の続きを投稿します。

今回、何かが起こります。(?)
日曜日の誰もいない捜査一課で一人、乙下は席に座っていた。
腕を組んで、足を組んで、目を閉じて、身じろぎ一つせず座っていた。

乙下は事件のことを振り返っている。

BOLCEのこととか、1046のこととか、杏子のこととか。
シルバーのこととか、そこの店長のこととか。
ABCのこととか、そこの店員のこととか。
何重にも張り巡らされた、複雑なトリックのこととか。

とりとめのない有形無形のイメージが洪水のように乙下の頭の中を駆け巡る。
だがしかし、それによって何が変わるというわけでもない。
BOLCEが殺された事実も、1046が犯人であったという真実も、
乙下の心にもたげる救いがたく陰鬱な感情も、何一つ変わらずそこにあった。

そこで捜査一課のドアが開き、乙下の思考は分断された。
見ると、浮かない顔をした空気が立っている。

「どうだ?」
「全然ダメっす」

空気はお手上げのポーズをとって、かぶりを振った。

「だんまりっすよ、だんまり。
 さっきは青筋浮かせてベラベラ喋ってたくせに、
 今はスイッチが切れちゃったみたいに、何一つ喋ろうとしません」
「ケガの具合は?」
「鼻中隔骨折。要するに、鼻の骨が粉々に折れちゃったみたいっすね。
 まぁとりあえずは耳鼻科の先生に手当てしてもらったから大丈夫だと思いますけど」
「ったく、まずいよなぁ」

乙下は腹の底から溜め息をついた。

「気持ちは分かるけど、これじゃ傷害罪の現行犯だよ。
 1046と一緒に杏子ちゃんも逮捕しなきゃいけないとこだったよ」
「実際のところ、逮捕しなくて問題ないんすかね?」
「別にいいんじゃねーの。状況が状況だし」

乙下は投げやりに答えてから、立ち上がった。
足が少しふらつく。

「疲れた。俺はもう帰る。お前も早く帰って休めよ」
「留置所の1046はどうするんすか?」
「ほっとけ。俺達の仕事はここまでだ。
 明日になれば正式に1046の身柄を検察に引き渡して、それで終わりだ」
「了解っす。なんだか……終わってみれば、あっけなく終わりましたね」

おかしな日本語だが、言いたいことは伝わった。
そして、乙下も同感だった。
実にあっけない終わり方だった。

だが、敢えて乙下は自分に言い聞かせるように

「まぁ事件なんてそんなもんだよ」

と告げ、すれ違いざまに空気の肩を叩き、捜査一課のオフィスを後にした。
乙下は盛岡警察署を出て、帰路についた。
いつの間にか雨はすっかり上がり、雲間に陽がさしている。

しかし、乙下の心の中には相変わらず暗雲が立ちこめていた。
紆余曲折あったが、1046は罪を認めた。
それにより事件は片が付いた。
そのはずなのに、どうも乙下は手放しで気分を晴らすことができずにいた。
小魚の骨がのどにつっかえた時のようで、
痛み自体は大したことないのに、ちょっとした違和感が気になって仕方がない。
水をいくら飲んでも、なかなか流れて去ってくれない。
それと同じで、乙下は胸に引っ掛かるわだかまりのようなものを取り払えずにいた。

乙下はアスファルトのあちこちにできた水たまりの間を縫って、ジグサグに歩く。
なかなか前に進まない足取りが、今の気分に重なった。

やがて行きつけのゲームセンターの前に差しかかったが、
寄り道をして遊んでいこうという気持ちには到底なれない。
ここ数日間、捜査のためにいやというほどIIDXのことばかり考えてきた。
例え丸っきり遊び目的だとしても、
半ば食傷気味のIIDXにあらためて接したいとは思わなかったのだ。

そのまま迷わずゲームセンターを通り過ぎようとして、乙下はふと思い出す。



「今日の貴方のラッキーアイテムは『ルーレット』です」



今朝、いつものように乙下は杏子に占ってもらった。
その時の言葉を、今ふと思い出したのだ。

ラッキーアイテムがルーレット?
朝の乙下は内心で吹き出した。
カジノに行く習慣などないし、普通に生活していて
ルーレットに触れる機会なんてあるわけないじゃないか。
そう思った。

だが、今は少し違う。

「ルーレットって、もしかして……」

乙下は踵を返し、ゲームセンターに入った。
日曜日の日中だったが、幸いにしてIIDXの周辺に人はいなかった。
乙下は百円玉とイーパスを筐体に入れ、STANDARDモードを選ぶ。
続いて、記憶を頼りにLEVEL 5フォルダを開き、目的の曲を探してターンテーブルを回した。

その曲はほどなく見つかった。
乙下は躊躇せずに白鍵を押し、曲を決定する。





           1ST STAGE


           EUROBEAT

            Roulette


             Y&Co.





なんのことはない。
そのまんま「ルーレット」というタイトルの曲がIIDXにある。
それを思い付いただけの話だった。

曲が始まり、乙下は華やかで心地良いユーロビートの音色へ身を委ねる。
その一方で、ただゲームを楽しむばかりでなく、
乙下は何か特別なことに気付かないかと、意識を尖らせながらプレイした。

乙下は占いなど信じていなかった。
少なくとも、杏子に出会うまでは。
しかし、杏子の占いをきっかけにアイデアが浮かんだり、
道が開けた場面を体験したのも事実だった。

別に期待を寄せていたわけではない。
お遊びでラッキーアイテムに触ってみるのも一興だろう。
そんな気まぐれで、乙下は「ルーレット」を選んだ。

だから、別に何事もなく曲が終わっても、期待を裏切られた気分にはならなかった。

「まぁ、こんなもんだよな」

何も起こらなかったものは仕方がない。
乙下は残りの曲を適当に消化して帰ることにした。



さて二曲目に何を選ぼうか。
選曲画面に戻り、ターンテーブルを回しかけたところで、
あるものが乙下の視界に入り、はたと手を止めた。


 
「????????????」。
そう表示されているのだ。

LEVEL 5フォルダの先頭位置に、他のたくさんの楽曲達に混じって、
いくつもの疑問符が右から左へぐるぐると動いている項目がある。
もちろん「????????????」というタイトルの曲が存在しているわけではない。
いわゆるランダムセレクトだ。
カーソルを合わせると、物凄い勢いで様々な曲名が入れ替わり立ち替わり表示された。

「まさかこれのこと?」

ある意味でこれもルーレットと呼べるような気はする。
やや強引な解釈なのかも知れないが、他に選びたい曲もないので、乙下はそのまま白鍵盤を押した。





           2ND STAGE


           HARD ROCK

            FAKE TIME


          dj REMO-CON





それまでは余興のつもりで、気軽に杏子の占いにつきあっていた乙下だったが、
その曲を見た途端、見てはいけない何かを見てしまったような、奇妙な胸騒ぎを感じた。

気持ちの整理をつける暇もなく曲が始まった。
次々と降りかかるオブジェを叩きながら、乙下は考える。

フェイク・タイム。
不吉な予感を感じさせる言葉だ。

これは警告なのだろうか?
何かが『フェイク』であると、乙下に対して警告を発しているのだろうか?
だが、その意味するところははっきりと分からない。
直訳すると「いつわりの時間」といったところなのだろうが、
それは一体いつなのか、どんないつわりなのか。

そしてもう一つ気に掛かるのが、『dj REMO-CON』というアーティスト名だった。

遠く離れた場所にいながら、BOLCEを意のままに操った1046。
乙下はその状況を、「まるでリモコンのようだ」と感じていた。
つまり、『dj REMO-CON』とは、まさに1046のことを意味する言葉だと考えられる。

なぜその言葉が今ここで出て来るのだろうか。
これは単なる偶然なのだろうか。
そうこうしている内に曲は終わった。
HYPERやANOTHERは恐ろしく難しい譜面なのだと以前空気に聞かされたことがあったが、
幸い☆5のNORMAL譜面は乙下にとって難無くクリアできる難易度だ。
特に波乱もなく、最後までゲージを保つことができた。
もしANOTHERを引いていたら間違いなくゲームオーバーだったと思うと怖くなる。

だが、よく考えればANOTHERを引く可能性などなかったな、と思い直す。
乙下はLEVEL 5フォルダのランダムセレクトを選んだのだから、
☆5の簡単な曲を引いてくるのは当然の結果なのだ。

「……でも、ちょっと待てよ?」

本当の意味で「占い」をするのであれば、それじゃ駄目なのではないだろうか。

三曲目の選曲画面。
乙下はそこで少し検討した後、意を決してLEVEL 5フォルダを閉じ、
代わりに「ALL DIFFICULTY」フォルダをオープンした。
☆1〜☆12の全譜面がズラリと並ぶ。
合計1000譜面以上を擁する、特大ボリュームのフォルダだ。

もし本当の意味でこの「ルーレット」により運命を占うというのであれば、
このフォルダでランダムセレクトをするのが正しいやり方なのではないだろうか。
根拠はないが、乙下にはそんな風に思えて仕方がなかった。

とは言え、SP三段の初級者である乙下にとって、丸腰でこのフォルダに挑むのは少々心許ない。
そこで、気休めではあるが、オプションにEASYとAUTO SCRATCHを付けて三曲目に臨むことにする。

乙下は何でも来いとの意志を込めて、叩きつけるように白鍵盤を押した。





          FINAL STAGE


          DRUM'N'ROCK

              罠


            good-cool





身震いがした。

それは、乙下にとって手厳しい難易度である☆8のHYPER譜面を引いてしまったから、ではない。
「罠」という、またしても不吉な曲名を見せつけられたからだ。

罠と言えば、思い当たる節がある。
昨日乙下は、1046を罠にはめると宣言した。
そして今日、実際に1046を罠にはめることで彼を追い詰めていき、結果として逮捕にまで漕ぎ着けることができた。

だが、乙下はここであらためて「罠」という曲を引いた。
一体どんな意味を見出せば良いのだろうか。

それを考え出した時、乙下の思考は恐ろしい想像を生み始めた。
乙下は1046を罠にはめた。
てっきりそのつもりでいた。

けれど、本当にそうだったのだろうか?



例えば、『1046は別の誰かに、別の意味で罠にはめられていた』としたら?
それは『乙下が罠にはめられていた』ことをも意味するのではないか?



これまで思いも寄らなかった悪い想像から逃げ惑うように、乙下は必死でオブジェを叩いた。
「罠」のHYPERは鍵盤とスクラッチが複雑に絡む譜面であり、
本来であれば乙下が太刀打ちできないほど難しいものであったが、
EASYとAUTO SCRATCHのオプションが功を奏し、
乙下にもギリギリで見切れて、かつギリギリでゲージを維持できるレベルにまで易しくなっていた。

そしてラストの一小節。
スクラッチを回す必要がないとは言え、
2〜3個の同時押しをbpm180の速さで連続的に処理する必要があり、
現段階の乙下にそれをこなす技術はなかった。

だが、クリアはできた。

さっぱり見切れていなかったが、
何も押さないよりはマシだとばかりに、乙下はとにかく適当に鍵盤を叩いた。
結果、運良くゲージを80%残すことができたのだ。

乙下は肩で息をしながら小さくガッツポーズをした。
FINAL STAGEで☆8の曲をクリアした。
これでEXTRA STAGEを選べる。
占いの続きを見ることができるのだ。
運命の分岐点で、間一髪流れに乗ることができたような気がした。

しかし。

「……はは。何やってんだ俺」

乙下は不意に冷めた目で自分自身を見つめた。

俺は何を必死になっているんだろう。
たかが女子高生の占いに意味を見出そうとして、
挙げ句の果てに自分を見失いそうになっただなんて。
冷静に考えれば滑稽極まりない光景だ。

よほど疲れているのだろう。
今日はさっさと帰って休もう。

乙下はほぐすように首を回しながら、気楽に四曲目をランダムセレクトで選んだ。





「――――――――――――え?」


 
そこに現れたのは、見慣れた曲のANOTHER譜面だった。
EASYだろうがAUTO SCRATCHだろうが、乙下には逆立ちしてもクリアできないほど難しい曲だ。
だが、そんなことはどうでもよいことだった。

「おい……何だこれ。何なんだよ、これは」

まず最初に"FAKE TIME"を引き、次に"罠"を引き、そして、最後にこの曲を引いた。
その意味するところは。

「……ウソだ。あり得ない。そんなこと絶対にあり得ない」

それは、これまで一度たりとも考えたことのない可能性だった。
同時に、考えたくもない可能性だった。

そう。
こんなことあり得ない。
あってはならないんだ。
頼むよ。
頼むから、ウソであってくれよ。

その祈りとは裏腹に、乙下の頭の中で新しい推理が
これまでと全く違う角度から、急スピードで展開されていく。
胸にこびり付いていた違和感が一つまた一つと吹き飛び、
代わりにどす黒い何かが乙下の内側にむくむくと充満していく。

目の前をとてつもない物量のオブジェが通り過ぎる。
だが、乙下はすでに鍵盤から手を離していた。
乙下は頭を抱え、震える奥歯が刻む不規則なリズムを聞いていた。
自分自身の推理が、自分自身の体をずたずたに引き裂いていく。
苦しくて身悶えする。
なのに、どう足掻いても自分自身の意志でその残酷な推理を止めることはできなかった。

数秒の後、50個連続の見逃しPOORにより、IIDXはGAME OVERとなった。
時を同じくして、乙下の思考もGAME OVERを迎えた。
どうあっても信じたくないその推理は、乙下の意に反して、一つの結論を導いた。
それが意味するのは、絶望以外の何物でもなかった。

乙下は茫然自失としながらゲームセンターを出て、再び盛岡警察署の方向へ歩き出す。



「この事件について俺は……とんでもない勘違いをしていたのかも知れない……」





                            to be continued!? ⇒
174とまと ◆iK/S6sZnHA :2010/02/22(月) 02:20:34 ID:ct4IFmjQ0



と、いうわけで…。
一度収束したかのように見せましたが、もうちょっとだけ続きます。
第五話の副題は"dj REMO=CON"、第六話の副題は"罠"でしたが、
その本当の意味を明かしつつ、物語の核心を描いていきたいと思ってます。

乙下が四曲目に引いた曲はなんだったのか?
乙下は何をどう勘違いしていたのか?
そして、事件の真相とは?みたいな感じです(笑)

それではまた。
175爆音で名前が聞こえません:2010/02/23(火) 00:42:50 ID:Rr+xefr10
>>174
おおお!乙!
どういうことになるのか楽しみにしてるw
176旅人:2010/02/27(土) 00:12:54 ID:i8crHEOl0
>>とまとさん
乙です。いよっ、待ってましたぁ!って感じで読ませていただきました。
まだ事件には裏があるんですね。乙下さんが四曲目にプレーした曲だとか、
事件の真相だとか、読みどころがまだまだある感じなので楽しみに待ってます!

>どうして主人公は命を賭してまで〜
という意見に答えます。

この時間軸でのクロイスは本当に>>159の後半のように考えています。
言い方は悪いですが、この人は馬鹿です。本当のアホです。
後になって納得のいく理由は提示できると思います。
それまではこの馬鹿みたいな動機で納得して欲しいかな、と。すんません。


今晩は、旅人です。

この間、初めてシリウスやらせんごくやら
最新作を遊ぶ事が出来ました。ちょっと遅いね。
ちょっとしたお金で、すごく楽しい思いが出来る音ゲーに乾杯しつつ、
本編を投下します。今回もよろしくお願いします。
177carnival (re-construction ver) Last Phase -day break-:2010/02/27(土) 00:16:54 ID:i8crHEOl0
 夜が明けた。
緊張していたからか、私は五時頃に目を覚ましていた。
とりあえず着替え、窓のカーテンをさっと開ける。
 窓から見る景色は美しかった。
ゆっくり昇る太陽が、その光が建造物と光と影のコントラストを生む。
それがたまらなく美しかった。この世界は美しいと改めて感じて、なぜか涙した。

 それからしばらくして、アヤノが部屋の戸をノックした。
朝食のサービスを受ける事になっていたので、
私は二人で一階にあるレストランに足を運んだ。
 ルークにも声をかけようとしたが、一体どの部屋番号なのか分からない。
アヤノにそれを教えてもらい、二度声をかけるが、彼は返事を返さなかった。

 食事を終えて、私はアヤノから離れてフロントへと向かった。
ルークがこのホテルにいるかどうかの確認である。
ホテルマンは端末を操作して確認し、ルークがここにいない事を教えてくれた。

 10:00がチェックアウトの時間だった。
時間ぎりぎりまでにアヤノは一体何をしていたのだろう。
彼女のために時間が無為に流れていく。
 慌ただしく姿を現したアヤノと合流し、ホテルの玄関を出る。

「あ、そういえば先輩、ルークさんから例の機械をもらってない……」

 ホテルを出てから数歩、アヤノが小さく言った。
私がそれに気がついたのは彼女の発言があってこそだが、
探偵が今になって気付いてよいのだろうか?

「仕方がない、と言いたいところだが……
 帰りの飛行機はいつ出発するんだ?」
「昼の三時です」
「それだったら、一時まで遊べそうだ。
 折角だからカーニバルに遊びに行かないか?」
「いいですね、それ。いいですよ。行きましょう!」

 ルークの機械の件はどうでも良くなったのだろうか。
そんな風に思ってしまうほど、アヤノは嬉しそうに言った。


178carnival (re-construction ver) Last Phase -day break-:2010/02/27(土) 00:23:35 ID:i8crHEOl0
 それからしばらく駅を目指して歩いていた。
道中ではアヤノと他愛のない話をしながら笑っていた、そんな時だった。

「おい、ちょっと待てよ!」

 後ろから誰かに呼び止められたのだ。
水を差されたような気分になり、顔色を険しくして振り返る。
そこには旅行バッグを持ったルークがいた。

「ルーク……」
「勘違いするなよな! これだからな!」

 そう言いながら彼はバッグの中から黄色い包みを取り出した。

「これの使い方を教えるだけだからな! 別にクロイスのやろうとしている事に
 賛同してじゃあ俺もやるって話じゃねぇからな!」
「わかった、ありがとう。それだけで十分だ。
 という訳でアヤノ、予定を元に戻そう。お前が私達を引っ張って行ってくれ」

 分かりました、と胸を張ってアヤノは答えた。
これで謎の真相に少しでも迫る事が出来る。
たったの一歩になるのだろうが、大きな一歩になるに違いない。

179carnival (re-construction ver) Last Phase -day break-:2010/02/27(土) 00:35:07 ID:i8crHEOl0
 それから駅に行って第十地区まで行き、カーニバル立体駐車場にはバスに乗って行った。
道中の事は全くと言っていいほど記憶がないし、それに重要な事でもないので割愛する。

 立体駐車場前のバス停に降り立った私達は
カーニバルの中に行くわけではないので受付には行かなかった。
あまり人気のなさそうな場所を選び、そこで調査の準備をする。

「いいか、これはIIDXの専用コントローラを改造したものだ」

 ルークは例の黄色い包みから、見れば分かると返したくなるような物を見せた。
一見すると、ごく普通に見えるコントローラだが、アンテナが一本つけられていたように思う。

「クロイス、お前はIIDXをやった事はあるか?」
「下手の横好きってレベルだな」
「SPはどっち側でプレーしているんだ?」
「1P側だ。右利きだからな」
「分かった。これから簡単に説明をする。
 スクラッチを回してカメラの向きを変える。
 1鍵を押して前進、7鍵を押して後退だ」

 これを頭の中で復唱し、大体のイメージを掴む。

「ルークさん、カメラのズームって出来ますか?」

 アヤノが私の集中を乱す。邪魔をしないでほしい。

「あぁ、2鍵でズームイン、6鍵でズームアウトだ」
「んじゃ先輩、そういう事です。私が指示したらお願いします」

 分かったと言いながら私はアヤノに向き直り、
いつの間にか設置されていた簡易的なモニター設備に驚いてしまった。

180carnival (re-construction ver) Last Phase -day break-:2010/02/27(土) 00:41:04 ID:i8crHEOl0
 ここで、今更ながらブリーフィングが始まった。
目標を目の前にして、このタイミングでしなければならなかったのは痛かった。

 これから始まる調査作戦は11:25が決行時間である。
 最初に私達はカーニバル受付から北西に300m離れた海辺の近くで作業をする。
近くには砂浜が広がっているが、私達は準備をした所から
もう使われなくなって久しいのであろう、元・海の家らしき建物にいるので安全だと思われた。
 その建物内にて遠隔操作により、ビデオカメラを積んだ
「小型海底走行車」でカーニバル近辺の海底を調査する。
操縦、カメラ操作は私が、カメラから送られる映像を
モニターし、記録するのをアヤノとルークが担当する。
後は映像を解析し、何らかの証拠が出てくればいい。
 十分間撮影して車は帰還、私達もそそくさと帰って家で寝るという寸法だ。

 早速、砂浜に車を置く。一見、スポーツカーをモデルにしたラジコンカーのようだ。
それにしては少し大きい感じがある。赤くペイントされ、黒い線が何本か引いてある。
ダサくはないが格好良くもない。この塗装をルークがやったとするなら
彼にこういった作業のセンスはないと断言できる。

 車の形をした機械を走らせ、海へと突っ込む。
水没しても車は潜って走る。これには純粋に驚いた。
普通、車は海上でも動けるようになっている設計(※7)なのだが、
そこまでは出来ていないようだ。出来ていても困るが。



※7……この時代の車は人工の反重力装置が標準装備で搭載されている。
    フェーズ3でユールとクーリーが乗った
    あの戦闘機のものよりは性能はかなり劣っているが、
    車の運転という使用方法ならば十分である。
    通常時はタイヤを使って走行するが、非常時にはタイヤをパージして
    一定時間だけ浮遊する事が出来る。よってこの時代に水没という事故はない。

181carnival (re-construction ver) Last Phase -day break-:2010/02/27(土) 00:48:59 ID:i8crHEOl0
 例の機械は私が操縦しているが、実際は機械から送られてくる
映像をモニターする二人の指示に従っているだけだ。

「クロイス、ちょっと右に軽く曲がってくれ」
「違いますよルークさん、このまま直進ですよ」

 どちらの行動を取ればいいのか、誰か教えて欲しい。

「もうじきカーニバル第一ブロックの所に着くぞ」
「あと100mってとこですね。分速100mか……
 もう少しスピード出せなかったんですか?」
「まだあれはテスト段階だし、個人レベルじゃ限界があるし……」
「アレじゃないですか。10th八段並みに酷いじゃないですか」
「そこまで酷くはないだろ? っていうか少しは褒めてくれよアヤノちゃん」

 お前ら、今何をしているのか分かってるんだろうな。
特にルーク……昨日、お前はなんと言った? 




 私が軽くイラつきを覚え始めた頃、アヤノが声を張り上げた。

「ねぇ! あれ、アレ何?」
「……生き物? 魚ではないし、見た感じは陸上の動物っぽいな……」


182carnival (re-construction ver) Last Phase -day break-:2010/02/27(土) 00:53:01 ID:i8crHEOl0
 その言葉を聞いて、私の勘が働いた。
直ぐに機械を後退する操作をする。それに気づいたルークが言った。

「クロイス、何してんだ?」
「アレは危険だ。ズームするからよく見ておけ」

 言いながら謎の生物の方へカメラを向けてズームイン。
綺麗な海の中で見えるシルエットは、四つの脚を持った動物だった。

「ルークさん、このビデオは録画しているんですか?」
「送られてきている映像は随時そうしているけど、どうした?」
「だってアレ、こっちに向かってきていません?」

 私もモニターを見る。
確かにシルエットはこちらに向かってゆっくり近づいている。
別に私が命を狙われている訳ではないが、言いようのない恐怖が襲ってきた。

「あれ、あれはライオンじゃ?」

 アヤノが変な事を言い出した。
ライオン? 海の中にライオンがいるというのかお前は。
いや……もしかしたらあり得ない事はないのかもしれない。分からない。

「た、鬣が光った!」

 タテガミ? じゃあそれライオンだろう獅子と呼ばれる生物だろうそうだろう。
しかもそれが光っただって? ファンタジーじゃないんだからやめてく――

183carnival (re-construction ver) Last Phase -day break-:2010/02/27(土) 01:03:57 ID:i8crHEOl0
 いきなり操作が出来なくなった。何故かは分からない。
一体何が起きたのか、と聞いてみる。少々パニックになったアヤノが答えた。

「先輩、あのライオンに攻撃されたんです!
 レーザーみたいなものが照射されて、それで!」

 分かったから落ち着け、と返す。
そうなるともう機械は破壊されるしか道がない。
とりあえずここから離れようと思うのだが
ここにいないはずのライオンに射すくめられたような気がして動けない。

「先輩! また鬣が光って……やられました!」
「分かった、とりあえずここは危険かもしれない。
 逃げるぞ! ルーク、急いでここの片づけをしてくれ」
「わーったよ、で、どこに逃げる?」

 テキパキと片づけの手を動かし続けながらルークは言う。
どういう意味だと返すと、こういう意味さと答えを述べた。

「奴はWOSかWSFかは分からないけど
 俺たちを見つけるのは簡単だろうよって話だ。
 どこに隠れたって多分無駄じゃないか? どうなんだよ」
「どうなんだって、お前……無駄でも逃げて、隠れるしかない」

 だからそれだと見つかってお終いだ、とルークが言った。
それはそうだ。しかし諦めるのにはまだ早いだろう……どうしようもないかもしれないが。

「方法ならありますよ」

 混乱で停止しかかった思考が動き始めたような気がした。
この時だけは、アヤノのその一言が神の一言に思えた。何の宗教も信じていないくせに。

「アヤノ、それは一体どういう……」
「カーニバルの中に入ります」
「敵の中に飛び込むだと? それはあれだ、『飛んで火に入る夏の虫』ってやつだ」
「そうです。無謀かもしれないけど、こういう言葉を知ってますか?
『木を隠すなら森の中』です。私達を隠すなら、一体どこの中でしょうか」

 簡単なクイズだ。答えは明確で、外しようがない。
私達は虫でもあり、木でもあるのだ。だからどちらの言葉も当たってしまう。
とにかく、私達は急いでカーニバルへと走った。
どこからか狙われているような気がして、あの時はものすごく恐ろしかった。


184旅人:2010/02/27(土) 01:04:38 ID:i8crHEOl0
 いかがでしたでしょうか?これにて今投下は終了です。

 やっと次回からネタを
少しだけばらせる感じなので、張り切って書いています。

 という事で、次回をお楽しみに!

185とまと ◆iK/S6sZnHA :2010/03/03(水) 23:32:19 ID:B18mejZi0
おお、復活している。
ようやく続きを投稿できます。

>>175
いつも読んでいただいてどうもです。
もうちょっとなんで、ご期待に添えられるよう書いていきたいです。

>>旅人さん
緊張感があっていいですなー。
結びの「あの時はものすごく恐ろしかった」という何気ない書き方が逆に印象的でした。
主人公の動機のあたりも楽しみにしてます。



それでは、トップランカー殺人事件の続きです。
乙下は捜査一課のドアをそっと開けた。
どうやら空気はすでに帰宅をした後のようで、
事務所はしんと静まり返っている。

テレビの方に向かって首を伸ばし、目を細めると、お目当ての物が見つかった。
「BEMANIトップランカー決定戦2008」のDVDパッケージ。
空気の私物だ。
期待した通り、まだテレビの横へ置かれたままになっていた。

乙下はテレビの電源を入れ、DVDプレイヤーの再生ボタンを押す。



『ご覧いただけましたか?予選第二位通過、DJ 1046の神業プレイング!
 とにかく驚異的としか言えないこのJUST GREAT率。
 見て下さい、この☆1から☆11までの全フォルダが
 まばゆいフルコンボランプで埋め尽くされている様子は圧巻です!』



テンションの高いナレーションが大音量で流れ、慌ててボリュームを下げる。
DVDは昨日停止された場所の続きから再生されているようだ。
捜査一課の室内は薄暗かったが、乙下は電気もつけないまま映像に見入った。
『それでは、インタビューの方に移って参りたいと思います。
 1046さん、よろしくお願いします』
『あ、よろしくお願いします』

真っ白の壁をバックに1046が映し出された。
カメラのやや左側に視線を向けて、椅子に座っている。
おそらくカメラの左側にインタビュアーがいるのだろう。

乙下の知っている1046よりも髪が短めで、春物の服装を着ている。
DVDのパッケージを手に取って裏返してみると、

「2008年3月30日に東京都中野サンプラザで行われた
 BEMANIトップランカー決定戦2008の一部始終を収録!」

と書かれており、約四ヶ月前に撮影されたものであると推察できた。

『まずは予選通過おめでとうございます』
『どうもです』
『第二位での通過という結果については?』
『最近は若くて勢いのあるプレイヤーが増えてきてますから、
 予選突破できただけでも満足ですよ』

場慣れしているのか、カメラを向けられているにもかかわらず、1046は落ち着き払っていた。
甘いマスクとの相乗効果もあり、テレビの中に存在していることがちっとも不自然に見えない。
芸能人気質とでも言えばいいのか、なかなか大したものだ。

『それでも、第三位を大きく突き放しての通過でした』
『一位の人にはもっと突き放されてますから、全然威張れないです。はは』
『一位のDJ BOLCEとは高校時代からの親友と聞いてます』
『もう嫌になりますよねー。
 10年近くも一緒にこのゲームで競ってきましたけど、
 一回もまともに勝てた試しないですもん。
 BOLCE以外のほとんどの人には勝てるのになぁ。あははは』
『今回の大会、念願の初勝利は狙ってますか?』
『勝てるもんなら勝ちたいですけど、
 その一方で誰よりも僕がBOLCEのファンであり、誰よりも僕が彼の優勝を望んでるんです。
 矛盾してますか?矛盾してますよね。あはは』

四ヶ月前の1046は、明るく饒舌に語った。
いちいち小粋なことを言っては笑う彼は、一見するとただの無邪気な男性だ。
BOLCEに勝てないことを全身ですっかり受け入れており、
嫉妬心や劣等感を胸の内に溜め込んでいるようにはとても見えない。
少なくとも、それを理由にBOLCEを殺そうとしていただなんて話は、絵空事としか思えなかった。

『でも、今日のために相当練習を積んできたんですよね?』
『できる限りの準備はしてきました。上達のための努力は欠かさなかったつもりです』
『それだけ上手くなるために最も必要なものは何だと考えますか?
 全国の上達を望むプレイヤー達に教えてあげて下さい』
『……"出会い"ですかね。切磋琢磨できるライバルとの出会いが何よりも大切です。
 自分がここまで来れたのも、BOLCEというライバルがいたからですし』
『これからそのBOLCE選手との決勝戦を迎えます。勝算はおありでしょうか?』
『ここは流れ的にあるって言うべきなんでしょうか?
 はい、それじゃ、あるってことで。あははは』
『頑張って下さい。以上、1046さんへのインタビューでしたー!』
ここで映像と音楽は一度フェードアウトし、
新たに「予選第一位通過 DJ BOLCE」のテロップが右から左へと流れてきた。

『さぁ、続いてはいよいよ生ける伝説の登場!
 予選第一位通過、D・J・BOLCEだあああ!!!
 もはや説明不要のトップランカー・オブ・トップランカー。
 まずはそのスーパープレイ、とくとご覧あれ!』

画面がVTRに切り替わる。
映像は三つに区切られており、
それぞれIIDXのゲーム画面、BOLCEの手の動き、BOLCEの後ろ姿を録画したものだ。

始まったのは、「V」のANOTHER譜面。
カカカ、カカカ、カカカ、カカカ……と、
機械のように正確な打鍵音で、お馴染みのイントロが演奏されていく。
打鍵音は機械のようだというのに、
BOLCEの右手と左手はそれ自体が一つの意志を持った生き物のように
鍵盤とターンテーブルの上を高速で這いずり回っている。

なんて上手いんだろう、と乙下は思ったが、
BOLCEのプレイを「上手い」の一言で片付けるのは
むしろ失礼に当たるような気がして、別の言葉を探した。
そうして乙下が適切な言葉を探しているその間にも、
BOLCEは合計1519個のコンボをフルに積み上げ、デモプレイの映像は終了してしまった。
なんて上手いんだろう。

『予選第一位通過、DJ BOLCEのプレイでした!
 まさに圧巻。まさに圧倒的。
 かつてこれほどまでに存在感のあるプレイヤーが存在したでしょうか?
 今日この日までに彼が打ち立てた偉業は数知れずですが、
 このトップランカー決定戦、果たして今度はどんな伝説を残してくれるのでしょう?
 それでは、DJ BOLCEへのインタビューをご覧いただきます!』

間もなく、先ほどの1046と同じ椅子に座った青年が、
先ほどの1046と同じアングルで映し出された。

『BOLCEさん、よろしくお願いします』
『よろしくお願いします』

正面から姿を映されたその青年は、小柄な体型と前に下ろした髪型が相まって、
少年のあどけなさが残る風貌をしていた。
24歳という年齢を考えると、童顔の部類に入る。

「これが……生きてた時のBOLCE……」

乙下が生きているBOLCEを見るのは、本当の意味ではこれが初めてだった。

以前空気にこのDVDを半ば無理やり見せられたことはあったが、
その時の乙下はトップランカーに何の興味も抱いていなかったため、
映像の内容をほとんど覚えていなかった。
と言うより、真面目に見ていなかった。
かろうじて決勝戦の「冥」でAAAを叩き出して優勝したBOLCEの輝かしい笑顔と、
ピークに達した会場の熱気が印象に残っていたくらいだ。

だが今は違う。

「そうか、なるほど……。これがBOLCE、か」

BOLCEという人物が動き、喋り、生きているその様子を、乙下は注意深く観察した。
『トップでの予選通過、おめでとうございます』
『ありがとうございます』
『ダントツのスコアを稼いでの予選通過となりました。手応えはどうでしたか?』
『手応えはありませんでしたが、歯応えはありました』
『……えーと、あっはっは。それはつまりどういう感じなんですか?』
『こういう舞台はベースとなる自分の実力に加えて、
 いかにプレッシャーに左右されずプレイできるかと、
 そんな勝負になると思うんです。それが歯応えです』
『なるほど、歯応えですか。さすがBOLCEさん、目の付け所が違いますね』

ただ者じゃない。
この会話だけで、BOLCEという人物がただ者ではないことが伝わって来た。

喋っている内容が個性的なのもあるが、それ以上に雰囲気が堂に入っているのだ。
冗談混じりに軽く話す1046と違い、BOLCEの発言には重みや説得力が感じられた。
カリスマ性というかオーラというか、この小柄な青年のどこからそんな力が溢れてくるのか。
インタビュアーもすっかり及び腰だ。

乙下はふと、BOLCEに心酔する杏子のことを思い出す。
なるほど、これを見た後ならBOLCEを「神様」と仰ぐ杏子の気持ちがちょっとだけ理解できる気がした。

そして、もう一つのことに気付く。

「やっぱりそういうことだったのか……」

乙下は映像を見ながら、「あること」を確信し始めていた。

『これから決勝を迎えますが、自信のほどは?』
『先ほども言いましたように、今回は気持ちの勝負だと考えてます。
 けど、僕にとってこれほどの大舞台は初めての経験ですから。どう転ぶかは未知数です。
 特に1046は肝が据わった男です。
 精神的なバランスを整えて臨まないと、楽には勝たせてくれないでしょう』
『素晴らしい。まるでプロのスポーツ選手のような心構えに感服しました。
 それでは最後の質問です!貴方の考える、IIDXの上達に最も必要なものとは?
 全国の上達を望むプレイヤー達に教えてあげて下さい』
『……"覚悟"です』

BOLCEの目つきがさらに鋭くなった。

『覚悟があれば不可能はありません。
 僕以上の覚悟でトップを目指すプレイヤーが現われた時こそ、僕の陥落する時です』
『BOLCEさんの立ち位置を脅かす、そんなプレイヤーの出現は、
 観戦者である我々にとっても大変エキサイティングなことです。
 はい!以上、BOLCEさんへのインタビューでしたー!』

そこで映像と音楽は再びフェードアウトし、
新たに「beatmaniaIIDX トップランカー決定戦 決勝」のテロップが流れる。

『それでは、いよいよ予選を勝ち抜いた選手達による、待ったなしの決勝戦の模様を――』

乙下はDVDプレイヤーの停止ボタンを押した。
ボタンを押す指は震えていた。

「間違いない」

乙下はうなだれて、顔を手で覆う。



「やっぱりだ。やっぱり、俺の思った通りだったんだ……」



乙下は空気に電話をかけた。

「もしもーし」
「おう、空気。帰って休めって言ったばかりなのに、電話しちまって悪いな」
「いや、全然大丈夫っすけど。どうかしたんすか?」
「うん。一つだけ聞きたいことがあるんだ」
「聞きたいこと?」



「実は、1046とBOLCEのイーパスに記録されてたタイムテーブルのことなんだけど――」


 



乙下は杏子に電話をかけた。
しかし、杏子は電話に出ない。
一分ほど待ってみたが、むなしく呼び出し音が繰り返されるばかりだった。

無理もない。
きっと今は誰とも喋りたくないのだろう。
諦めて電話を切ろうとしたところで、

「……もしもし」

杏子が出た。

「……杏子ちゃん?」
「……」
「杏子ちゃんだね?」
「……はい」
「お疲れのところ電話に出てくれてありがとう。
 長くは時間とらせないから、どうしても教えてほしいことがあるんだ」
「……なん……ですか……」



「実は、昨日の占いのことなんだけど――――」


 



乙下はゲームセンター・ABCに電話をかけた。

「お世話になります、ゲームセンター・ABCです!」

いつもの店員の声だ。

「あ、どうもお世話様。盛岡警察署の乙下ですけど……」
「おおお、刑事さん!日曜だってのに、まさか今日もお仕事ですか?」
「まぁね。でもそれはアンタも一緒じゃないか」
「あはは、そう言えばそうでした。それで?また何を聞きたいことでも?」



「実は、この前言ってた『プレイヤーの腕前が音で聞こえる』って話についてなんだけど――――」


 



乙下は店長と面会をした。
盛岡警察署内の留置所に勾留されている店長を、面会室に連れ出したのだ。

「何か用かい、刑事さん。
 またわけの分からん手紙を書けってのかい?」

店長は気丈に振る舞っていたが、この数日で目に見えて痩せてしまっていた。
その姿を見るのが不憫で、少しだけ目のやり場に困ってしまう。

「その節はお世話になりました。でも、手紙はもう結構ですよ」
「じゃぁ何の用だよ」
「店長さんに聞きたいことがいくつかあるんです」
「事件のことなら洗いざらい喋ったつもりなんだがな。
 それとも、また一から話せってのか?もうそろそろ勘弁してくれよ」
「いえ。事件について聞くことは、もう何もありません」
「なら、一体何を聞きたい?」



「実は、シルバーというゲームセンターについてなんですけど――――」


 
店長との面会を終えた乙下は、続いて1046を面会室に連れ出した。
鼻に巻かれた包帯が痛々しいが、それ以上に、目が完全に死んでいた。

「1046さん。鼻は痛むか?」
「……」
「ま、そりゃ痛まないわけないよな」
「……」
「……このままずっと何も喋らなつもり?」
「……」

とりつく島もない。
空気の言ってた通り、沈黙を貫いている。

「喋りたくないなら喋らなくてもいいよ。そのまま聞いてくれ」

乙下は潔く本題に入った。

「お願いだ。本当のことを話してくれ」

1046の目が揺れた。

「だいぶ回り道をしちまったけど、この事件の真相がようやく分かってきた。
 あと一歩で全てが明るみに出るんだ。
 そのためにはアンタの証言が必要なんだ。分かるか?」
「……」
「もう一人で抱え込まないでくれ。アンタは十分に苦しんだ。
 もういいじゃないか。もう終わりにしよう、1046さん」
「……」



「俺の推理が正しければ、BOLCEが死ぬことになった本当の理由は――――」



乙下は乙下が辿り着いた推理を語った。
今日の午前中にデラ部屋で語った推理とは、似ても似つかぬ推理を。

話を進めるにつれ、1046は涙ぐんでいった。
痛ましいほどに下唇へ歯を突き立て、嗚咽を噛み殺そうと必死になっていたが、
やがて1046の涙腺から堰を切ったように涙が溢れた。

「……乙下さん……」

その涙一粒一粒が、乙下の推理が間違っていないことを示す、何よりもの証拠だった。



「乙下さん、俺……。ごめんなさい。本当に、ごめんなさい……」



乙下は1046をなだめた。

いいんだ。
こっちこそ、もっと早く気付いてあげられなくて申し訳なかった。

ごめんな、1046さん。
何年ぶりだろう。
乙下は煙草を吸った。
1046への取り調べが一段落し、面会室を出た乙下は、ただ何となく気を紛らすためだけに、
黄ばんだビニールで仕切られたこの喫煙所へやって来て、
置きっぱなしになっていた誰かの煙草に、勝手に火を点けて吸った。

衰弱した脳の隅々にニコチンが行き渡り、気を失いそうになる。
気を失いそうになりながらも、乙下は記憶を辿った。



あの時、空気は言った。
『これでIIDXロボット、名付けて"DJ AUTO"の完成!』と。


あの時、杏子は言った。
『今日の貴方のラッキーアイテムはポスターです』と。


あの時、ABCの店員は言った。
『何かあった時のために、監視カメラの画角は電波時計が映り込むように調整してあるんです』と。


あの時、店長は言った。
『何でだろうな。なぜかすぐ近くにヤツがいるような気がしたんだよ』と。


あの時、1046は言った。
『とりあえず俺の好きな曲を選びますね』と。


そしてあの時、奇しくも乙下自身が言った。
『この事件の犯人は中学生、あるいは高校生。もしかしたらそのくらいの年齢かも知れない』と。



ただ何気なく聞いていたそれぞれの言葉。
その本当の意味に気付いた時、全てが一本に繋がり、真実という名の糸が紡がれた。

今すぐにでも、バラバラに切り裂いてしまいたい真実。
だが、乙下は知ってしまった。
もう二度と抜け出すことのできないぬかるみに、足を踏み入れてしまった。

「なぁ。どうしてだよ」

乙下は壁に背をもたれ、そのままずり落ちるようにしゃがみ込み、誰にともなく問いかける。



「なぁ。教えてくれよ。なんでこんな悲しい事件が起きちまったんだよ……」



煙草の煙が目にしみて、乙下は目頭を押さえた。





                            to be continued... ⇒
196とまと ◆iK/S6sZnHA :2010/03/04(木) 01:20:22 ID:exwugHEb0
それではまた。
197爆音で名前が聞こえません:2010/03/04(木) 12:57:13 ID:/XduQeBvO
期待のage
198爆音で名前が聞こえません:2010/03/04(木) 16:05:57 ID:KODY89peO
>>195
乙!続きが気になって仕方ないw
199爆音で名前が聞こえません:2010/03/04(木) 21:41:55 ID:chXAY8oS0
>>196
おっつ!
何が起こったんだ?続き待ってます!
200旅人:2010/03/05(金) 07:53:09 ID:vS7GJjC60
>>とまとさん
乙です!これから先が今まで以上に気になります!続き待ってます!


 おはようございます、旅人です。こんな時間ですが投下を開始します。
今回は少しだけネタをばらす、と前に書きましたが
これはあくまでヒントのようなものです。
それを踏まえて「クロイスの物語」の核心を探ってみていただけると嬉しいです。

 それでは投下を開始します。今回もよろしくお願いします。
201carnival (re-construction ver) Last Phase -day break-:2010/03/05(金) 08:00:01 ID:vS7GJjC60

 私達はカーニバル近辺から海底調査に乗り出した。
しかし、調査を行う機械がライオンのような生物(?)により発覚、破壊されてしまう。
身の危険を感じ取った私達は、アヤノの提案により、
敢えてカーニバルへと隠れ潜みに行くのであった。





 3000年 1月 17日 11:51

 受付にはほとんど人はいない。
第一ブロックの城壁が未だに修復作業されているのを横目に
急いで受付で入園手続きを済ませる。
嫌々ながらも私はここで姓名を書き、料金を支払う。
受付の女性スタッフが、私の名前を見て苦笑いを浮かべていたのが腹立たしい。

 その後、私達は崩れてはいるが十分に安全である城壁の上で軽く打ち合わせをした。

「アヤノ、復唱するぞ。
 12:30にここに集合し、急いでバスに乗って駅へ行く。
 そして第五地区で潜伏してギリギリのタイミングで空港へ行って飛行機に搭乗する……だな?」
「はい。あたし達はバラバラに散って、捕まる確率を減らします。
 相手はプロですけど、多分大丈夫。こんなに人の多い所では大きな行動はとれません」

 確かにな、と返す。眼下には大勢の人々が楽しそうに過ごしているのが分かる。
12:30という時刻は、丁度パレードがこのブロックに進入する頃なので
今よりも更に人口密度は増大する。そうなれば、多分逃げやすいはずなのだ。

202carnival (re-construction ver) Last Phase -day break-:2010/03/05(金) 08:12:23 ID:vS7GJjC60
 アヤノはカーニバルタワーに、ルークは第二ブロックに逃げ込んだ。
私はどこに逃げようかと迷ったのだが、とりあえず第三ブロックへ
行ってみようと考えた。まぁ、勘が示すとおりに動いただけなのだが。

 第三ブロックに行くのにはメトロを使った。
ブロック間を結ぶ橋を使ってもよかったのだが
途中で大きな穴が開いていて使えなかったのだ。

 この時、初めてメトロの窓から綺麗な海底が見えた。
これだけクリアな視界があるのだから、
例のライオンも見えるだろうかと思って目を凝らしたが、何も見えなかった。
まさかあれが幻という訳ではあるまい。
幻影がどうして攻撃を仕掛ける事が出来ようか……

 カーニバルタワーを経由し、第三ブロックへ到着する。
駆け足で地下にあるメトロステーションの階段を駆け上がる。
このブロックの至る所にあるスピーカーから誰かの声が聞こえる。
声というよりは歌であった。歌がスピーカーから響いている。という事は……

「この思い あなたに 届くと信じて……」

 前に、第三ブロックではライブが催されていると書いたと思う。
一回のライブの時間が一時間程度で、それが一日に五回ほどもあるのだ。
 いつもは暴力的な(失礼)ロックサウンドが
響き渡っているライブ会場だが、この時は少し様子が違っていた。
 歌声に吸い寄せられるように、
ライブステージである円卓に私の足は動いていた。
基本的なロックバンドの編成――ドラム、ギター、ベース、キーボード等――は変わらないのだが、
ヴォーカルの人が少し変わっていたように思われる。

 腰のあたりまで届いていそうな程に伸びている白にピンクが少し混ざった長髪の少女。
白の厚めのドレスを着て、優しい歌声をリズムとメロディーに乗せていた。

 上手いな……と不覚にも感心してしまっていた。
今はそれどころではないというのに。早く、急いで何処かに隠れて時間を過ごさないと……

203carnival (re-construction ver) Last Phase -day break-:2010/03/05(金) 08:21:17 ID:vS7GJjC60
 どこか安全に時間を過ごせる場所はないものだろうか。
そう思ってあたりをきょろきょろと見渡していく。
くるくる回る景色の中に、一人の男の姿が目に入った。
この冬の季節に似つかわしい恰好、つまりはおしゃれな帽子やマフラー等を
身にまとったその男、外見上は18歳程度に見えるその男がどうも気になって仕方がない。

 白髪の少女の歌が終わると同時に大きな拍手が沸き起こる。
例の気になって仕方ない男も拍手をしている。していないのは私だけだ。

「みなさん、ありがとーっ!
 またこうして歌う時があれば、その時はよろしくねーっ!」

 元気な子なのだな、とどこか感心したように思ってしまう。
彼女の声は快活という言葉がぴたりと当てはまる。
 ライブの客が口笛を吹いたり歓声を挙げたりしている。
彼女はかなりの人気をもつ歌手のようだ。
しかし、歌の方にはあまり興味がない私にとって
彼女が一体どういった人間なのかを知るすべはない。
無事に帰れたら調べてみよう、と思った。

 ライブが終わり、例の男が動きを見せた。
別に誰かをストーキングする趣味は持ち合わせていない。
が、どうしても何かが引っかかる。
何かが一体どういうものかは分からないが、引っかかりを感じたのだ……


204carnival (re-construction ver) Last Phase -day break-:2010/03/05(金) 08:33:22 ID:vS7GJjC60
 男は北の方へと歩いていく。
私はMPDをちらっと見た。時間はまだ正午。
15分だけ尾行すれば約束の時間には戻れそうだった。
MPDを動画記録モードに設定、私の向く方向の撮影をさせる。
目立たないような所に持ち歩いて、早速尾行する事にした。

 男は第四ブロックへと足を進めていた。
私は近くの植え込みに隠れながら、男の行く先を見つめている。
時間はまだ12:03である。まだいける。
 ブロック間をつなぐ橋があり、この橋は確かに第四ブロックへと通じている。
あそこはまだ工事中で遊べる所ではないはずなのに、男はそこへ行こうとしていた。

 男が橋を渡り終わったのは12:05頃であった。
私は駆け足で橋を渡り、姿を見失った男を探し続けた。
 この辺りは摩天楼のような造りになっていたのだが
カーニバル事件で大半が壊れて瓦礫の山となってしまっている。
再建工事中で運営していたカーニバルだが、ここはまだ手がつけられていなかったのだ。
建造物の色のほとんどが灰色であったために
本当にここはカーニバルなのだろうか、という疑問が浮かび上がってきた。

「そこの人、止まって」

 背中に何かが当たった。
何が当たったかは分からない。ただ、丸くて冷たいものである事は確かだ。

「動いたら撃ちますよ、ストーカーさん」
「待ってくれ、違う、それは誤解だ……」

 誤解も何もないだろう、と自分に突っ込んでみる。
これまでに私がしてきた行為は、後ろで拳銃か何かで
私の命を脅かしている人物をストーキングしていた以外に何と言えるのだろうか。

205carnival (re-construction ver) Last Phase -day break-:2010/03/05(金) 08:47:47 ID:vS7GJjC60
「あなた……彼女の事を探っているのですよね」

 唐突に男はそう言った。
まだ背中には凶器が押し付けられている。
それをつたって、私の一際大きくなった鼓動を感じられてしまうのでは、と恐れた。

「彼女……?」
「とぼけても無駄です。あなたの事は知ってるんです」

 それを聞いた私は思わず舌打ちをしてしまった。
今ここで相手の機嫌を損ねる事があれば、そうでなくても殺されてしまうのだが
その時間を早めることになってしまう。時間があればチャンスは生まれるはず……

「でも、僕はWOSのでもWSFの人間でもありません。
 僕もあなたと同じく、彼女を……ユールの事について知りたいと願っています」
「だったら何故、私に銃を向ける?」
「僕とあなたは同じだからです」
「願っている事が?」
「それとは違う。違うんですよ。僕とあなたは『同じ』なんです」

 言っている意味が分からなかった。
ここで命を失う恐怖よりも、この男の意味不明の言葉の方が恐ろしさの面で勝っていた。

「まだ僕の言っている事は分からないと思います。
 でも、彼女について知る事が出来たら。
 そのゴールのテープを切った時、あなたは自分のアイデンティティを失う」
「……何だって?」
「どうか、それに打ち勝ってください。
 僕も今、戦っているんですが……そうだ、僕の仮の名を教えましょう」
「いらない。お前の名だなんて、それも仮のだと?」
「はい。とりあえず人物標識としての名前です。そうですね……『J』とでも名乗っておきます」
「『ジェイ』だって? ……おい!」

 銃口が押し付けられた圧が消えたのに気がついたのは数秒前だった。
その時間を生んでしまったのは、私の余計な思考のせいである。

 私がユールとカーニバル事件について全て知った時、
その時に私のアイデンティティを、私が私であるということを証明する何かを失う?
つまりそれは、私もあの二つの謎に関わりがある、という事を暗に示していることになってしまう。

 そしてMPDが既に12:15を示していた。
急がないと、約束の時間に間に合わない。

206carnival (re-construction ver) Last Phase -day break-:2010/03/05(金) 08:55:47 ID:vS7GJjC60
 二人と落ち合う場所は受付前、時間は12:30であった。
私はどうにか予定通りに時間を守ってそこへ到達した。
 10秒もしない内に二人が物陰からやってきて
数分後に出発するバスに乗ろう、という事になった。

 私達は辺りを警戒しながら先を進んでいった。
立体駐車場を降りながら、車の陰になっている所から
誰かが襲ってくるかもしれないと身構えたりしていた。

 立体駐車場を通過、あとはあまり人気のないバス停に駆け込むだけだった。
そのはずだったのだがここにきて私の勘が働いてしまう。
勘は、ここに留まっておいた方がよい、と私に告げる。

「すまない、私は一本遅れて駅へ行く」
「何言ってんだクロイス、早く帰ろうぜ」
「しかし、勘が……」
「カンでもガンでもいいから、行くぞ!」

 そう言って差しのべられた手は止まった。
どことなくルークの顔が青ざめているように見える。
その後ろではバスが停車して客を乗せる準備をしていた。

「先輩、絶対に帰ってきてくださいね!」
「クロイス、十分だけ待ってやる。必ず顔を見せてくれよ」

 二人はそう言ってそそくさとバスに乗り込んだ。
何か様子がおかしかったように思う。視線が私ではなく、私の後ろに……

「誰だ!?」

 右脚を軸にバックターン、反転して怒鳴る。
私の眼に映るのは、20代前半の外見をしているどちらかというと美しい女性であった。
しかし、その手には何かのグリップが握られていた。
アレが何かは分からない。しかし、それが命を脅かすものだとしたら……

207carnival (re-construction ver) Last Phase -day break-:2010/03/05(金) 09:07:13 ID:vS7GJjC60
「どうしてあなたは、彼女の事を知りたがるの?」

 対峙する女性の第一声はそれであった。

「彼女とは……ユールの事か」
「そう、どうして知りたいの?」
「その前に聞かせてくれ。お前はWOSの人間なのか?」
「正しくはWSF。階級は伏せるけど、それがどうしたの?」

 そのあとに返す言葉が浮かばない。
何と言えばいいのだろう、彼女の眼を見ていると、頭が動かなくなるのだ。
しかしそれを無理やりにでも抑え込み、口を開かなくてはならない。

「お前たちが何を隠しているのかは知らない。
 そんな事はどうでもいい。私の目的はそれを知ることじゃない」
「どういう意味?」
「お前たちが死亡を偽装したか、それとも本当に殺したかどうか分からない少女がいる。
 ……お前たちによってユールと名付けられた少女だ。私の目的は彼女を助け出すことだ」
「ちょっと待って、そんな事のために命を捨てようっていうの?」

 馬鹿なんじゃないの、と女性の目が語りかける。
それでも私の目的と意思は生半可なものではないと自負している。それを目で語り返す。

「……とんでもない馬鹿みたいね」
「そうか? そんな自覚はないが」
「自覚のある馬鹿なんて、そんなのは馬鹿って言わない。さて、そんな事より……」
「私を殺すのだろう? ユールの次は、一体どうやって殺すつもりだ?
 ここで気絶させて医務室に連れていき、医療ミスで殺すのか?
 いや、一気にここで殺すってのもありだろうな。人がいないんだから」

 確かに、この時はパレード中で殆どの来園客が外にいなかった。
そんな事を自分で言っているうちに、私は何を言っているんだと笑えてきた。


208carnival (re-construction ver) Last Phase -day break-:2010/03/05(金) 09:16:15 ID:vS7GJjC60
「いいえ、殺しはしないわ」

 女性はそう言った。ここで異端因子である私を殺しておけば、
何の心配の無いまま秘密を守れるはず……
そんな試行を巡らせる私だったが、女性はそれを見抜くように言った。

「自分が危険な存在だっていうのに、殺さないってのはおかしいって思ってるんでしょ?」
「……私なぞ、生かしても殺しても同じだと言いたいのか?」
「いいえ違うわ。あなたは異端因子だけど、危険因子ではないもの」

 何と言った? この女性は今、何と言ったんだ?

「ちょっと説明をするわ。聞けば分かると思うからよく聞きなさい。
 危険因子っていうのは、そう識別された人間が危ないってことね。
 まぁ文字通りなんだけども、そういう人間は積極的に排除するわ。
 それで、異端因子っていうのも、危険であることには変わりはないんだけど……」
「なら、どうして私を殺さない?」
「死にたいと言うのなら、そうしてあげてもいいわ。
 でもあなたが死ぬのは早い。説明も終わってないし。
 ……で、異端因子とされた人間の思想は危険であることには変わりないの。
 でも、その思想は単に『危険』とされるだけじゃない。
 もしかしたらそれが『正解』かもしれないとみなされる。だから放置されるの」

 女性の説明を聞いているうち、私の中で何か考えが固まっていく。
その中に大昔の人物の名が浮かんでいく。
人物の唱えた説は異端とされたが、のちに正解とされる……そんな説を唱えた人間は……

「地動説で有名な、ガリレオやコペルニクスのような……」
「そうねぇ、例としてはそんな感じね。
『これは違う、こんなのありえない』って当時は言われたでしょうね。
 でもね、実はこれが正解だった。そうでしょ?」
「そうだ……それがどうしたって?」
「これだけ言っているんだから分かりなさい。
 あなたが私達に楯突くその姿勢は危険極まりない。
 でももしかすると、それは正解なのかもしれない……ということね。
 もっとも、私が、ひいては私達があなたを殺さない理由はそれだけじゃない」

 ここで、私は何かが変だと感じた。
一体何が変だというのかは簡単に説明がつく。私を殺さない理由が複数あるという事だ。
 人が人を殺す時、カッとなって殺してしまった場合を除いて、
それ相応の動機と覚悟を要するものだ。私にはその経験がないので憶測で書いているのだが……
そしてそれは逆の事にも言える。人が殺されない理由、とでも言えばよいだろうか。
私はWOS並びにWSFにとっては危険な存在だ。
だから彼らにしてみれば、私は排除されなければならない存在なのだが、
それが出来ない理由は恐らく相当なものであろう。

209carnival (re-construction ver) Last Phase -day break-:2010/03/05(金) 09:29:38 ID:vS7GJjC60
「二つ目は」 女性が口を開いた。

「今はまだあなたを殺す時期じゃないということ」
「何だって?」
「それと三つ目。私達はあなたを殺してはならないという命令を受けた」
「……つまり、それは……」
「WSF、そしてそれを動かすWOSもあなたに手出しできない」

 意味が分からなかった。
私を殺したいはずのWOSとWSFの人間たちが、
それもその中で最も殺したくてうずうずしているはずの
偉い立場にある人間が、私を殺すなと命じた?
 まだ一つ目の「異端因子」の理由の方がもっともらしい。弱い理由ではあると思うが。
二つ目の「時期ではない」というのは明らかに変だ。今がその時期ではないか。
しかしそんな事より、もっとおかしいのは三つ目の理由だ。
その理由……「私を殺してはならないという命令」を下したのは
一体どこの馬鹿なのだろうか。私がやろうとしている事を知っていて、何故手を出させない?

「……一つだけ教えて欲しい」
「いいわよ、言って」
「私を殺すなと命じた人間は誰だ?
 頭のねじが数本欠落した、そんなお偉いさんか?」

 それを聞いた女性は、確かにくすっと笑った。

「何がおかしいんだ?」
「いやね、それがね……
 とりあえずあなたのヒントになる事を言っておくわ。
 あなたが助け出すって言った少女は、ユールは今、生きている」
「本当か!?」
「ホントよ。こんなとこで嘘をついても仕方がないでしょ。
 それにあなたになら、私がホントの事を言ってるかどうか分かるはず。
 んで……三つ目の理由の命令を下したのは、ユールなの」

 そんな馬鹿な。ユールが、彼らに命令を下した? どう考えてもありえない。
ユールは生きていて、そして私を消したがってる彼らを彼女が抑え込んでいる?
 どう考えても、やはり理解を超えている。
このわけのわからない事態は、カーニバル事件の真相を知ることでしか理解する事は出来ない。


210carnival (re-construction ver) Last Phase -day break-:2010/03/05(金) 09:41:16 ID:vS7GJjC60
「驚いたって感じね。顔に出てるわよ」

 気づけば、私の口は大きく開いていた。
それは私の意志に反していた。それだけ、衝撃が大きかったということなのか……?

「どうしてそうなったのかは、私が答えを見つけなければならないのか?」
「そうよ。でも、真相を知ると同時に
 あなたはあなたのアイデンティティを失う」

 まただ。あのジェイという少年の言った言葉と同じだ。
その言葉が指す内容――私があの事件と関係があるということ――も同じだ。

「……私が、カーニバル事件を引き起こした?」

 そんな事があるわけない。
そう思いながらも口からはそんな言葉が漏れる。そんな事があるわけないのに。

「そんな事があるわけないじゃない。あなたはあの事件に直接関わってはいない」
「なら、間接的に関わりがあるという事だな? そうだな?」
「……大ヒントになるんだけどね、そうなっちゃわね。
 さてと、話は終わったしバスは来たし。お互い自分の家に帰りましょ」

 後ろから大きなエンジン音が聞こえる。
振り返るとカーニバルのバスが見えた。
アレに乗って駅に行かなくては。だが、その前に。

「その前に、もう一つ聞かせてくれないか?」
「手短にね」
「お前の名前を教えて欲しい。
 私はもう受付に名前を書いた。変わった名前だからすぐに分かるはずだ
 そして私がお前の名前を知る事が出来ないというのはフェアじゃない。違うか?」
「そうねぇ、コードネームで良いなら」
「何でもいいさ、お前を識別できる名前なら」
「そう。私の名前はね、『ルセ』っていうの。覚えといてね」

 ルセと名乗った女性は踵を返し、カーニバルへと帰っていく。
その足を途中でとめて、彼女はこちらを振り返って言った。

「ユールはあなたを殺さないように頼んだ。私達も元からあなたを殺せない。
 でも、あまりやりすぎると、その戒は解かれる。私達は自由になってあなたを殺す」

 ルセははっきりそう言った。そりゃそうだ、お前たちは私を殺したくてうずうずしているのだから。

211旅人:2010/03/05(金) 10:04:09 ID:vS7GJjC60
 いかがでしたでしょうか?これにて今投下は終了です。

 んーとまぁ、そうなんです。
クロイスはカーニバル事件に関わっているといえば関わっているんです。
しかし、関連性はほとんどありません。クロイスと事件はほぼ無関係です。
 どういう事かっていうと、続きをお楽しみにって事になります。

 んで、今更な感じで申し訳ないんですけど
これって分かりにくい物語だと思うんですよね。主に僕の力不足で。
なので、物語に関するどんな質問でも答えようと思います。
もちろん、意見・感想等もありがたく頂戴します。

 今回もここまで読んで頂き、ありがとうございました。次回をお楽しみに!
212とまと ◆iK/S6sZnHA :2010/03/07(日) 22:15:10 ID:gFOT7n1/0
>旅人さん
乙であります。
確かに複雑な話で、疑問もたくさんあるんですが、
その分だけいずれ一つの結末に収束する時を楽しみにしてますよ。



さて、トップランカー殺人事件の続きを投稿します。
今回で第六話は終了します。

あまり数は多くないと思いますが、
ここまで読んで下さった全ての方にあらためて感謝申し上げます。
本当にありがとうございました。
乙下と空気は夕焼けに染まる小高い丘の上にいた。
盛岡市街を一望できるこの場所で、二人はしばし語り合った。

「いい眺めだな、ここ」
「いい眺めっすけど、なーんか薄気味悪い場所っすねー。こんなとこで何するつもりっすか?」
「実は人が来ることになってるんだ」
「誰」
「真犯人」
「……はい?」
「事件の真犯人だよ。BOLCEを殺した真犯人を、この場所へ呼び出したんだ」
「いきなり何を言い出すんすか。事件の犯人は1046でしょ」
「いや、違う。1046は犯人じゃない」
「はああああ!?」
「この事件には黒幕がいたんだ。
 その黒幕によって、1046は罠にはめられていただけだったんだ」
「うそぉ!?だって、1046を犯人だって断定したのはオトゲ先輩じゃないっすか」
「残念ながらそれは間違いだった。つまり、悔しいけど俺も罠にはめられてたんだよ」
「いやいやいや、そんなわけないっすよ。1046自身も罪を認めてたじゃないっすか。
 『BOLCEを殺したのは俺だ』って自白してたじゃないっすか」
「それも罠だった。罠罠罠。全部罠だ」
「……」
「……」
「……何が何だか分からないっすよ。ちゃんと分かるように説明して下さいよ」
「うん。最初におかしいと思い始めたのは今日、デラ部屋で1046を追い詰めてる最中だった。
 今日の1046を見てて、どうも様子が変だと思わなかったか?」
「ずっと変でしたよ」
「いや、まぁそうなんだけど。俺が言いたいのは、
 俺の推理に対して1046はいちいち『驚き過ぎ』じゃなかったか?ってこと」
「そうっすねぇ……確かに思い当たる節はありますね。
 ボクが彼のポケットからイーパスを『盗んだ』時も、
 『イチ・ゼロ・ヨン・ロク』の暗証番号でBOLCEのイーパスが認証された時も、
 1046は尋常じゃないほど驚いてましたもんね」
「そうなんだ。でも、それって妙だよな。
 もし自分で考えたトリックなら最初から知ってる話なんだから、あそこまで驚くはずないだろ」
「驚いたフリしてただけじゃないんすか?」
「それにしては本気で驚いてるように俺には見えた。
 まるで、『初めてそのトリックを見た』ようにね。
 ってことは、もしかして1046がそのトリックを見たのは、本当に初めてだったんじゃないか?
 言い換えれば、俺の推理は間違っていたんじゃないか?そんな疑念が浮かんだ」
「でも、たったそれだけのことで先輩の推理が間違ってたとは、とても言い切れないっすよ」
「まぁな。カードリーダーから1046の指紋が出たのは事実だし、
 1046が事件で使われた道具をホームセンターで買ったのも事実。
 少なくとも1046が今回の事件に何らかの形で関与していることだけは確信していた。
 だから俺は強気で1046を責めたんだよ。
 俺の推理が正しいにせよ、そうでないにせよ、
 あれだけ追い詰めれば1046は真実を語ってくれるはず。俺はそんな風に期待してた」
「……でも、1046は何も喋らなかった」
「そう。1046は何も喋らなかった。
 無茶苦茶な動機で『俺が犯人だ』と自供して、そのまま口を閉ざしてしまった。
 な?どうもすっきりしないだろ?」
「うーん、言われてみればそんな気がしないでもないっすけど」
「だから俺は1046を逮捕した後も、ずっと引っ掛かりを感じていた。
 この事件にはまだ何か裏があるんじゃないかと、考えを巡らせていた」
「それ、先輩の思い過ごしってことない?」
「だったら良かったんだけど。
 困ったことに、俺の推理が間違っている決定的な証拠を見つけてしまった」
「何すか、証拠って」
「お前の持ってきたDVDあるだろ」
「DVDって、トップランカー決定戦のDVD?」
「そう、それ。あの中に重要な手掛かりが隠されてたんだよ」
「手掛かりも何も、あのDVDの中身ってもう四ヶ月くらい前に撮影されたものっすよ。
 それが今回の事件に関係してるとは到底思えないんすけど」
「そう思うだろ。ところがだ、俺の推理と完全に矛盾する、重大な事実が記録されてたんだ」
「んー……何のことやら、想像もつかないっす」
「1046のフルコンボランプだよ」
「フルコンボ……?ランプ?」
「1046はあのDVDが撮影された3月の時点で、
 ☆1から☆11の全フォルダがフルコンボランプで埋め尽くされていた。
 これが何を意味するか分かるか?」
「全然」
「よく思い出せよ。俺の当初の推理では、
 1046はイーパスのすり替えをBOLCEに気付かれないようにするため、
 AKIRA YAMAOKAコースHYPERの課題曲を全て0点に維持しておく必要があった」
「……あ!!!」
「もう分かっただろ。
 『0点でフルコンボ』なんて、矛盾もいいとこだ。
 もちろん前作までにフルコンボを達成していた旧曲なら、
 今作で手をつけずにおけば0点フルコンボは成立する。
 けど、五曲の中で『マチ子の唄』だけは新曲なんだ。
 新曲である以上、0点を保ったままフルコンボランプを点けるのは不可能だ」
「ってことは、オトゲ先輩の推理は……」
「あぁ。完全に見当違いだったってことになる」
「そんな!先輩の推理が間違ってただなんて、信じられないっすよ。
 それじゃ、1046は完全に無実だったってことになるんすか?」
「いや、完全に無実ではない。
 ある意味では1046も罪を犯した人物の一人だと言える。
 つまり、事件の一部は1046にも責任があるんだよ」
「どういうことっすか?」
「結論を言おう。
 1046はあの日、店長の息子を誘拐して、さらにシルバーの金庫から現金200万円を盗んだ。
 しかし、1046が犯した罪はそこまで。
 BOLCEを殺した犯人は、1046ではない」
「……BOLCEを殺した真犯人が、他に存在するってこと?」
「そうなる」
「オトゲ先輩には、もう真犯人の正体が分かってるんすか?」
「あぁ」
「教えて下さい先輩。この事件の真犯人は、一体誰なんすか?」
「それは……」
「それは……?」
「いいか。俺は今から信じられないような話をするぞ。
 頼むから落ち着いて聞いてくれよな」
「……はい。分かりました」







「BOLCEを殺した真犯人の正体は――――――――――――――――――――――――――――――






 





             トップランカー殺人事件



                 解 答 編





        〜〜〜 第0話 もう一つのプロローグ 〜〜〜







                            to be continued!!! ⇒






 
216とまと ◆iK/S6sZnHA :2010/03/07(日) 22:38:48 ID:gFOT7n1/0
お疲れ様でした。
そんなワケで、ようやく次回から解答編となります。

真犯人は誰なのか?
そして、なぜBOLCEは殺されたのか?

非常に難易度は高いかも知れませんが、
一応は慎重に読めばその謎を解くことができるように作られています。
正解の見当がついた方は、ぜひ真偽をご自分の目で確かめてみて下さい。
また、正解の見当がつかない方も、ぜひ真犯人の正体を予想してみて下さい。
残り僅かですが、楽しんでいただけるよう頑張って書きたいと思います。

それでは、近日中に続きを投稿します。
217爆音で名前が聞こえません:2010/03/08(月) 03:43:18 ID:Cb+JVzc20
>>216
乙!
いやぁ、1046が真犯人じゃなくて本当に良かったw
熱いな。続き待ってます!
218カワカミプリンセス推奨 ◆OPtMoGmogU :2010/03/08(月) 13:44:55 ID:rxSGPOI/O
>>216
乙!続きも楽しみにしています
219旅人:2010/03/09(火) 23:59:03 ID:Wypfvzvp0
>>とまとさん
乙です!真犯人が別にいてよかったと思ってます。
今までに登場した人物の中に真犯人がいるわけですよね?
残念ながら僕には今の段階では分かりませんでしたが
あの人かな、この人かなと予想を立てて続きを待ってます。


 今晩は、旅人です。

 現在書かせて頂いているカーニバルですが、
色々と複雑な話にしてしまいました。
種明かしの時には出来る限りシンプルに展開して
この一連の話を分かりやすくしていきたいと思っています。

 最終的に、オチが弱いとか思われるかなぁなんてドキドキしながら、
今回はそんなものとは無縁の回を投下させて頂きます。よろしくお願いします。

220carnival (re-construction ver) Last Phase -day break-:2010/03/10(水) 00:03:04 ID:3/295CCY0
 こうして3月17日の出来事は幕を閉じた。
私はルセと名乗った女性と別れ、
アヤノとルークが待つ駅へと向かうバスに乗り込んだ。
二人にジェイと名乗った少年との会話、
そしてルセと名乗った女性との会話の内容を話し、色んな事を検討した。

 それによって、以下の事が決定事項となった。
 一つは、ルークはもうこの一連の調査行動に関わらないという事。
調査のための機械は気が向いたら作ってくれるらしいが、直接関わる気はないと言ったのだ。
 もう一つは、私達のカーニバルに対する調査行動はしばらく控えるという事。
いくら私が命を狙われないとされていても、
それが絶対でない限りは注意が必要だとアヤノが言ったのだ。
それに、私もしばらくはユールの事には目を向けたくない時期があった。

 カーニバル事件を調べると、私のアイデンティティは消失する。
この言葉は、私が事件と何らかの関わりがある事を意味していた。
 私のアイデンティティとは何なのか、
つまるところ、私の存在を証明する何かとは何なのかは分からない。だから恐ろしかった。

 その恐怖が、この事件から手を引こうと思わせる。
実際、ユールなんてただの他人で、生きていようが死のうが助け出すという意味が分からない。
ただ、彼女は生きてはいるようで安心している。
 それに、ジェイとかいう少年も事件を追っているようだ。彼だけに任せればいい。
ユールを美しい世界に連れ戻す、なんて思ったが、カーニバルも十二分に良い所だ。
裏に何かを隠し持っていなければの話だが、もう彼女にとってそれは関係ないだろう。
下手に首を突っ込んで、自分が自分でなくなるリスクを背負いこむ事はない。


221carnival (re-construction ver) Last Phase -day break-:2010/03/10(水) 00:12:09 ID:3/295CCY0
 時は過ぎて二月。その始まりの日。
私は家の掃除をしていた。その日はどこにも出かける用事はなく、
ただひたすら清掃作業に没頭する事が出来た。
 そんな中、私は自室からあるものを引っ張り出していた。
昔の学校の成績書だった。小、中学校のものである。

 とりあえず中を見てみる。
見て、苦虫をかみつぶしたような顔をしてしまった。
とにかく成績は悪い。最低評価は取ってはいないが、平均以下だ。
 そういえば、その頃の私といえば、結構ネガティブな人間だったと思う。
どうせ何をやったって無駄だ、そんな事よりどこかに遊びに行こう……
そんな事ばかり考えていたと思う。勉強なんてものは排泄物以下のものだと思ってもいた。

 そんな事は置いておこう。
私の存在を証明する、私が私であるという事を証明する何かが
この成績書であるとするなら、喜んでカーニバル事件を続けて調査できる。
しかし、アイデンティティと呼ばれるものがそんなものであるはずがない。
 人は存在を否定された時、それと同時に死んだも同然なのだと思う。
息をしているから、心臓が鼓動しているから……
そんなのは生きる理由にならない。私はそう思っているから、これが怖いのだ。

 しかし、だ。私は何をやっているのだ?
私は赤の他人であるあの少女のために、命をも投げ出すと決めたのではなかったか?
私はあの少女を美しい世界に連れ戻すのではなかったか?
私はあの少女に起きた悲劇を解き明かしたかったのではないか?
私は全てを知るために動き出したのではなかったのか?
それこそが私の存在を証明する事になるのではないか? 

だとすると、何かは不明の現在のアイデンティティは消えたとしてもだ。

 未 来 で 新 し く ア イ デ ン テ ィ テ ィ は 獲 得 で き る のではないか?


「そうか、そうじゃないか……」

 私は呟いた。
これは簡単な事なのだ。
失ったものは何かで代替すればいい。
これが間違っている態度かどうかは無視しよう。そうでないと、体が震えてしまうから。

222carnival (re-construction ver) Last Phase -day break-:2010/03/10(水) 00:20:04 ID:3/295CCY0
 その日の夕方、私はアヤノの家を訪ねた。
玄関の脇にあるインターホンを使って連絡を取り、中に入れてもらう。

「先輩、今から夕食を作る所だったんです。
 ナポリタンスパゲッティにしようとしたのですが、何か食べたいものはあります?」

 玄関に足を踏み入れた途端、アヤノはそう切り出した。
何か食べたいもの……と考え、私はそれが食べたいと言った。
それを聞いたアヤノは、嬉しそうな顔をして奥の方へと引っ込んでいった。
私は何か手伝う事がないかと辺りを見回したが、
既にテーブルの上の準備は済ませてあるようだった。

 それからしばらくして、アヤノは両手に二つの大きな皿を持って現れた。

「お待たせしました、シェフ・アヤノがおつくりしました、スパゲッティです」
「あぁ、ありがとう。頂くよ」

 用意されたフォークを使って食事を進めていく。
アヤノは二口ほど口に入れた後、私にこう聞いてきた。

「で、先輩」
「何だ? 味は美味しいぞ?」
「ありがとうございます。でも、そんな事じゃなくて……」
「今日は一体何の用でここに来たのか、だろ?」
「はい」
「……いつ、カーニバルに対する調査は再開させるつもりだ?」

 アヤノはフォークを動かす手を止めた。
何か重大な事を話す前置きか、と思ったのだがそれは動きを止めた手で水を飲む準備動作だった。
ごく、と水を一口飲んでアヤノは言う。

「時期が来たら、お知らせします。
 それまで先輩はいつもの生活を送ってください」
「そんな……アヤノ一人に任せられるか。私だって何か手伝える事は……」
「今のところ、ないんです。作戦立案は一人でできます。
 それに今ここで素人が介入されると、ちょっとだけ邪魔なんです」


223carnival (re-construction ver) Last Phase -day break-:2010/03/10(水) 00:30:24 ID:3/295CCY0
 ちょっとだけ邪魔なんです。この言葉には聞きおぼえがあった。




 一年ほど前の事だっただろうか。
私はアヤノと一緒に、ルークと話したゲーセンに遊びに行った。
この時、私はギタドラでセッションしようと言いだし、アヤノはそれを承諾した。
 選曲権は私、アヤノ、私、アヤノの順番と決めて
私は簡単な曲を選び、そしてプレーを始める。
この時、私はGFをプレーしており、立ち位置は1P側。スキルポイントは200程。
アヤノはdmをプレーしていて、スキルポイントは700程度だったろうか。

 それから何の問題も無くプレーは終了したのだが
最後にMPDをかざした時に不意にアヤノがこう言ったのだ。

「ねぇ先輩、もうちょっとSP上げた方がいいんじゃないんですか?」
「……下手の横好きって奴でな。そうそう上げれるもんじゃない」
「でも、勘があるじゃないですか。勘が」
「それも絶対じゃないさ。それに高難度の曲は無理だ」
「いや、良いんですけどね、ちょっとだけ邪魔なんです」
「……何が?」
「ちょっとだけずれるんですよ。だから邪魔なんです。
 ……ごめんなさい、失礼な事を言いました」
「いや、本当の事なら仕方ない。謝るのは私の方だろう。すまない」




 アヤノの言った一言から始まった回想はここで終わり、現実が再開される。

224carnival (re-construction ver) Last Phase -day break-:2010/03/10(水) 00:38:46 ID:3/295CCY0
 アヤノは「あと半年待ってください」と言っていた。
半年も、一体何をやるというのだろう。
作戦立案のためだけにこれだけの時間を割くはずがない。
しかし、私には彼女を信じるしか道が残されていない。前に進むしかない。





 それから半年が経とうとしていた。

 七月の半ば、私が夏休みを満喫している時の事だった。
朝の11時過ぎに、私のMPDにアヤノから電話がかかってきたのである。
仕方なくプレーしていたCSのポップンを中断し、電話に出る。

「アヤノか、どうした?」
「先輩、とうとう機は熟しましたよ!
 早く私の家に来てください! 待ってますよー!」

 一方的な通達だった。
おまけに私の鼓膜がいたくなるオプションも付けて。
しかし、機は熟したとは一体どういう事なのだろうか。
練りに練った作戦がようやく実行できそうなのだろうか。
とにかく、それはアヤノの家に行けば分かる事である。私は外出の準備をした。


225carnival (re-construction ver) Last Phase -day break-:2010/03/10(水) 00:48:27 ID:3/295CCY0
 私が外に出てから40分くらいは経っただろうか。
それくらいの時間をかけて私はアヤノの家の前に立っていた。
玄関の前にはアヤノが立っていて、私の姿を見るとすぐに手を振った。

「先輩! 待ってたんですよ!」
「仕方がないだろう、少しばかり離れているんだから……」

 この暑い時期に、アヤノはそれを無視しているかのように動く。
彼女の夏服から守られていない肌から、汗は一滴も見当たらなかった。
制汗剤でも使っているのだろうか、と意味のない思考を巡らせながら私は家に上がった。

 この時、既に居間のテーブルには昼食が用意されていた。
美味そうじゃないか、などと言って私はそれを頂くことにした。
しかし、何を用意されたのかは思い出せない。そこは重要ではないので割愛する。

 昼食を食べ終え、アヤノと「good以上の評価割合」で対戦した。
彼女の家のCSIIDXを使って、同じ曲と同じ譜面で文字通りの競い合いを演じる。
使用されたソフトは11作目であるRED(※8)。
選曲されたのは「spiral galaxy」であり、選択された難易度はハイパーであった。
 私とアヤノの段位は互いに六段である。実力は均衡していると言っていい。
私は正規譜面というものがやりやすいと感じているために
アヤノからランダムをつけるように言われた。公平に試合を進めるためらしい。
 結果は72%対75%で私が負けた。
何かのペナルティがつくわけでもないが
たったこれだけの差で得意げになっていたアヤノに苛立ちを覚えた。


226carnival (re-construction ver) Last Phase -day break-:2010/03/10(水) 00:59:11 ID:3/295CCY0
 そんなくだらない勝負の話は置いておこう。

 アヤノは「勝利の美酒に酔いまーす」と言って水を飲みだした。
酒じゃないじゃないか、と突っ込む気も失せていた私は代わりにこう切り出した。

「で、こんな勝負がしたいがために私を呼んだんじゃないよな?」
「えっ、はいそうです。ようやく機は熟したんですよ」
「では聞くが、その機は何だ?」

 分かりませんか? アヤノはそう言って自分のMPDを見せつける。

「これですよこれ。見てください」

 アヤノのMPDはインターネットに接続されていた。
それに表示されていたのはカーニバルの公式サイトトップページであった。
私は画面を下にスクロールしていき、そこで驚くべき記事を目にした。

「『8月7日、カーニバルで発生する料金、入園料などはすべて無料になります』……これは?」
「えーとですね、七夕って知ってますか?」
「アレだろう? 短冊という細い紙に願い事を書き、それを飾るとかいう……」
「えぇ。本来は7月7日なのですが、色々そっちの方であったんでしょう。
 実際に、レイヴン大陸の元になった所では
 8月7日に七夕の祭りがあったという記録もあります。変な所はありません」
「それで、これがお前の言う『機』だと?」
「そうです。ようやく機は熟したんです!」

 ひどく興奮してアヤノは叫んだ。
私は彼女に落ち着くように言って、熟した機で一体何をするのかと聞いた。

「その日、多くの来園客が来ると予想されます。
 予想では、平常営業の200%程度だと思います」
「二倍と言え」
「んで、あたしと先輩が行っても多分大丈夫だと思うんです」
「前にお前が言っていた。木を隠すなら森の中……だったか?」
「はい。そしてあたしはカーニバルの深部に潜入します。
 もう既に内通者のつてはあります。先輩の出る幕は殆どないです」

227carnival (re-construction ver) Last Phase -day break-:2010/03/10(水) 01:10:01 ID:3/295CCY0
「つまり、私は黙って見ていろと?」
「そういう事になります。心配しないで下さい」

 それを聞いた私は何だか面白くなかった。
いや、不愉快という感情とは違う。
頼られてない、アテにされていない……そう思う所から来る感情だ。
多分私は悲しかったのだろう。だからこんな事を言ってしまったのだ。

「私は……いてもいなくてもいいのか」
「え?」
「私に出来る事だって何かあるはずだ」

 その言葉を聞いたアヤノの顔は変わった。
少しだけ、怒りの色が見える。何かまずい事でも言っただろうか。

「先輩、いいですか? 先輩は依頼主なんです。
 その依頼主が探偵と共に行動して何かいい事でもありますか?」
「……いや、無いだろうな」
「ですよね。だから、その日の潜入調査は任せて下さい。
 それに先輩の話じゃ命の保証はされているみたいだし」
「アレは私に対してで、それに絶対の保証じゃない」

 私はそれだけ言って帰る用意をした。
アヤノは元気に手を振って私を送ってくれた。私も手を軽く振って返した。





 ただ、嫌な予感がしていた。
8月7日の七夕。何かが起きる。
それは私になのかアヤノになのか、それともユールになのか。
分からないが、私の勘は警鐘を鳴らしていた。




(※8…大して重要なことではないので、間をおいて解説する事にした。
 サブストリームを含めるとREDは12作目という事になるが
 実は8thと9thのCS作品が発売される間に、全世界の音楽ゲームのプレイヤーに
 アンケートを取って作られた、トレジャーボックスという名曲集ソフトがあるため
 REDは13作目という事になる。ややこしいが、この時代ではそういう事になっている)


228旅人:2010/03/10(水) 01:11:34 ID:3/295CCY0
 いかがでしたでしょうか?これにて今回の投下は終了です。

 一気に物語の中の時間が進行して、冬から夏に大ジャンプです。
次回は8月7日に起きたクロイスの出来事が語られます。お楽しみに!

 そうだ、書き忘れていました。
とまとさん、感想を書いてくださって、ありがとうございます。
こういったものが、やる気を出させてくれるんですよね。ですよね?

 という事で、次回をお楽しみに!

229旅人:2010/03/12(金) 23:21:59 ID:tDCSVFlX0
 今晩は、旅人です。

 今回の投下はいつもより少し長めです。
何かミスをするかもしれませんが、大目に見て下さい。

 それではこれから本編を投下します。今回もよろしくお願いします。

230carnival (re-construction ver) Last Phase -day break-:2010/03/12(金) 23:30:52 ID:tDCSVFlX0
 8月7日がやってきた。
この日の朝、私が目覚めた場所はあのホテル「ジュデッカ」である。
部屋番号は忘れたが、とにかくそこで目を覚ましたのである。
 いつもなら私は自宅で起床し、自宅で就寝する。
一体何があってここで目を覚ましたのかというと、勘の告げた警鐘のせいである。

 アヤノが機は熟したと言ったあの日、私は漠然と不安を感じていた。
協力者の助けもあるが、アヤノ一人でカーニバルに潜入するという
あの計画にはどうしても不安を感じていたのだ。
私はアヤノを信用していない訳ではない。
しかし私は彼女を出来る事なら傷つけたくないのだ。

 だからこうして朝の五時という私にとっては異常な時刻で起床し、
そしてチェックアウトを済ませる事になった。
 日はまだ昇っていない。光こそは見えるのだが、まだ暗い。
 その時は、第五地区駅前の噴水を見ながら時間を潰していた。
弱い光を照り返しながら噴き出し、そして重力に従って落ちる水を見ながら私は考えていた。

 私がカーニバルに行ったところで、アヤノに何か出来るわけがない。
仮に何かが出来たとしても、私は彼女の邪魔になるだけだ。

 これを何回も繰り返していた。
気が遠くなるほどの回数だったか、それとも数回程度の回数だったかは問題ではない。
そのループの中、私は一つの結論を導き出した。それが重要だ。

 私は何もやれなくたっていい。私はただ、見守っていればいいんだ。

231carnival (re-construction ver) Last Phase -day break-:2010/03/12(金) 23:41:04 ID:tDCSVFlX0
 それから5:30出発の電車に乗り、第十地区駅で下車。
バスは使わずに歩きでカーニバルへと向かった。
 旅行鞄を持ちながら歩いていくと、私はある考え事をしていた。

 ユールが生きているという事は、
すなわち彼女はカーニバルで生活しているという可能性がある。
もしかするとWOS本部に身柄を拘束されているかもしれないが……
 しかし、階級は不明だがあのルセというWSF女性兵士に
指図できるような立場にいるのだとしたら
ユールは何かをやり遂げて誰かに認められた、という事になる。
 ユールがやり遂げた何か、そしてユールを認めた誰かは分からない。
もっとも、これは仮説なので正解かどうかは分からない。
これはユール自身と答え合わせをしなければ、どうしたって分からないのだろう。

 その謎を解き明かす鍵を見つけるには、アヤノの潜入調査に期待するしかない。
私に出来る事は、ようやく登った朝日を見つめ、世界は美しいと改めて感じる事しかなかった。

 他に何かできる事があるとすれば、花のように黙って見つめる事しか思い浮かばない。

232carnival (re-construction ver) Last Phase -day break-:2010/03/12(金) 23:46:56 ID:tDCSVFlX0
 私は6:10頃にカーニバルに到着した。
この時に既に多くの人が受付の前に並んでいる。
受付の建物がいくつか増えていて、臨時体制を取っているのだなと分かった。

 私がカーニバルに入園したのは6:30頃だったと思う。
まだ朝が始まったばかりなのに、ここにいた人々は皆生き生きしていた。
死んだ目をしている者はいない。いたのは楽しそうな眼をしている者だけだった。

 その時は、私は第一ブロックにいた。
復興したお土産屋の屋上には喫茶店がある。
屋外に開かれた店で、白いテーブルが10個、白い椅子が30席あった。
ウェイターは二人。マスターと思しき人が一人でやっているようだ。
 私はそこでコーヒーとサンドイッチを頼んだ。
しばらくしてウェイターがその二つを乗せた皿を持ってやってくる。
私はそれを受け取り、食しながら下の様子を見る。

 基本的にカーニバルへ入園した者は
パレードでもやらない限りゲームコーナーやお土産屋等の施設にいる。
勿論、屋外にいて楽しそうに話をする者もいる。
カーニバル事件からの復興も完了したおまけに
新たに普通の遊園地にあるようなアトラクションも建造された。
だから、それを楽しみに行く者もいる。

 そしてその中で、私だけが彼らとは違う理由でここにいることを改めて思い知らされる。
しかし私はここで何をしたいのかが分からない。何をすべきなのか、勘も教えてくれなかった。
だから、コーヒーカップを手に取ったまま旅行鞄に取り付けてある
赤ポップ君のストラップに、どうしたらいいんだろうな、なんて言っていたのだ。


233carnival (re-construction ver) Last Phase -day break-:2010/03/12(金) 23:54:57 ID:tDCSVFlX0
 喫茶店でサンドイッチを食べ終え、
コーヒーのおかわりを頂いていると、誰かが私の席に近づいてきた。

「半年ぶりね、調子はどうなの?」

 無言で振り向いて相手を確かめる。
半袖の服に、スラックスのようなズボンをはいた女性がいた。
そこで私ははっとした。椅子から転げ落ち、もう一度横転してから立ち上がって身構える。

「お前は……ルセか!」
「そうだけども、少し落ち着こうよ。お互い丸腰なんだし
 ……すみませーん! コーヒー一杯と苺のショートケーキお願いします!」

 かしこまりました、とウェイターが言ったのが聞こえた。
私は警戒を解いてもとの椅子に座り、ルセは私の真正面に座った。

「で、とうとう私を殺しに?」
「だからさっきも言ったでしょ。そんなつもりは全くないわ」
「それでも、ただ単に話をしに来たわけではないだろう?」
「いいえ、あなたの言うとおりよ、クロイス」

 何故ルセが私の名前を……とは思ったのだが、受付の名簿を見て分かったのだろう。
そう推測して、次に聞いてみたい事が浮かんだ。

「私の名前は……分かったみたいだな」
「えぇ、とても特別な名前ね」
「特別か……こんな名前を付けた親を恨んでいるとは分からんだろうな」
「良い名前だと思うわよ? それとも何、嫌なの? この名前が?」
「嫌だな。これで幼い頃に散々バカにされた。そんな名前を好きになれるか?」
「いえ……ごめんなさいね、ホント」
「謝る必要はない。それで、少し尋ねたいことがある」


234carnival (re-construction ver) Last Phase -day break-:2010/03/12(金) 23:58:24 ID:tDCSVFlX0
 私がそう言うと、ルセの眉がピクリと動いたような気がした。
これは聞いてよいものかどうか迷ったが、決心がついたのは早かった。

「お前たちは、というかWSFというかWOSと言うべきか……
 私の事を一体どこまで知っているんだ? 答えられなければ答えなくていいが」
「ショックを受ける覚悟があるなら、話してもいいけど。
 ……あなたの通学している大学は把握しているし、あなたの現住所も把握している」
「だろうな。それくらい朝飯前だろうからな」
「まぁ、ちょっとした邪魔はあったの」
「邪魔? 一体誰が?」
「正体不明のハッカーね。誰か特定できればいいんだけど……
 それより、今日は無料の日って事で来たんだろうけど、何かやらかすの?」

 その言葉に私の心臓が一際大きく鼓動した。
別に私が何かをするわけではない。アヤノが潜入し、情報を得るだけだ。

「いや、遊びに来た」
「はいウソ。ウソったらウソ。このウソつき!」

 ルセは子供が囃したてるようにそう言った。
彼女の態度の豹変ぶりに、私はこう呟かざるを得ない。

「なんなんだ、いきなり……」
「だってね、目を見れば分かるんだよ?」
「目って、どうして」
「最新式のバイザーを使うまでもないんだよね。
 あなたの目だけ、他のお客さんとは違うから。
 言っちゃうとね、遊びに来ている人の目をしていないのよね」

 そんな馬鹿な、と思うと同時に何かひっかかりを感じた。
彼女の発言の何が気になったのだろうか。考えてみて、それはすぐに見つかった。


235carnival (re-construction ver) Last Phase -day break-:2010/03/13(土) 00:02:52 ID:g1lUcB6M0
「ルセ、さっき最新式のバイザーがどうしたって言ったな?」
「言ったわよ」
「そのバイザーって、ただの日よけではないのだろう?
 見せられたらで良いから、見せてもらえないだろうか」

 私の言葉を受けたルセは、無言で服のポケットからPSCRを取り出し、それを開封した。
中身を見てみると、そこにはゴーグルのようなものがあった。

「これ、ゴーグルっていう代物じゃ……」
「そう思うでしょ? でも、これはWSF隊員が戦闘時に使う大事なものなの。
 視界に映るあらゆる物体の情報を収集して、戦闘をサポートする。
 初期型のこういったサポート装置がサンバイザーの形だったから、そう呼んでいるの」
「そうなのか……ややこしいな……」
「よかったら、つけてみる?」

 はい、と言ってルセは私にバイザーを手渡した。
私はこれを装着するつもりは全くなかった。もしかすると何かの罠かもしれないからだ。
しかし、素人がこれに何を仕組んでいるかなんて見ても分かるわけがない。
仕方がないので、私はバイザーを装着する事にした。

 視界は全くもってクリアーである。何か色がつくのかとは思ったのだが、そんな事はないようだ。
 そして、バイザーから送り込まれる情報は膨大にあった。
まず、目の前にあるテーブルは、どこを何キログラムの力で攻撃すれば簡単に破壊できるかとか、
ルセの外見から予測された体重は何キログラムなのかとか、
私が今座っている場所からウェイターまでの距離は何メートルとか、
テーブルの上で煙を上げるコーヒーの成分が表示されていたりだとかしていた。
 他にも視界補助機能として、暗視機能や赤外線視認機能はもちろんの事
音波を探知する機能、X線で物を見る機能、エネルギーを視認する機能などが装備されていた。

「カフェインってのは、結構入っているもんなんだな」
「え、何? そんなことまで表示してるの?」
「細かい事まで、多分私が思いつく限り以上の情報が表示されてる」
「はぁーっ、やっぱ最新型とだけはあるようねぇ……」

 送り込まれる情報を享受し、何だか面白くなった私は色んなものを見た。
その時私が足をつけていた床の材料は、ある材料Xが70%、材料Yが22%、Zが8%で構成されているのを知った。
見渡せば一つは目に入るカーニバルの旗が、推測でだが約一年半前に作られたものである事を知った。
 他にも見たものは山ほどある。
戦闘用として使うだけではもったいない、もっと日常生活で役立てればいいのに。
そう思った私は旅行鞄を見た。鞄はこの材料で作られている表示。いつ作られたかを示す表示。
強度を示す表示。危険度を示す表示。色んな表示が視界を埋める。その中に違和感は確かにあった。


236carnival (re-construction ver) Last Phase -day break-:2010/03/13(土) 00:11:08 ID:g1lUcB6M0


 こんな色なんてあっただろうか。
旅行鞄はほとんどが白く、いくつかの部品が黒い。
この時代においてはモノクロタイプと呼ばれるものだ。
その鞄に、こんな色なんてあっただろうか。





 視線をそのままに、私はそっとバイザーを外した。
ルセが「もういいの」と訊ねてきたが、それを無視してゆっくり外していった。
 バイザーを外しきった時、私は違和感の正体に気がついた。

「これが、これが変だったのか……」
「これって、一体何が?」

 ルセが私の独り言にくらいついた。
いや、これがな……そう言って私は鞄に取り付けていた
赤ポップ君のストラップを手に持ってゆらゆらさせる。
 ルセはそれを見て、ははぁと感心したように呟き、こう言った。

「それが、茶色に見えたんでしょ?」
「どうしてそれを?」
「あらー、まだそこは改善されてないのか……」
「質問に独り言で返すのはどうかと思うんだが」
「研究班は何をやっていたんだろう……」

 ずっと独り言を続けるルセに注意を向けるため、
私は拳を軽く握ってテーブルをコンコンと多々いた。
ルセはそれにすぐ気付き、ごめんねぇと言って続けた。

「その答えは、多分あなたのパートナーが見つけてくれる」

237carnival (re-construction ver) Last Phase -day break-:2010/03/13(土) 00:21:00 ID:g1lUcB6M0
 その言葉を聞いて、私はすぐにバイザーを装着した。
色んな視界補助装置を切り替えながら、私はある場所だけを見つめていた。
ターミナルタワーの海面より下、言うならばタワーの深部と言ったところだ。
X線、赤外線、音波、エネルギー……
ほぼ全ての装置を切り替えてそこだけを見たが、
おかしなことに、構造的に考えて海底にも伸びているはずのタワーが見えなかった。
これなら、いるかどうかは分からないが、アヤノの姿なんて視認できるはずがない。

「見えない? 見えないよね」
「ルセ、タワーの下、下は……?」
「特殊な造りになっているの。
 もしここが襲われた時、一番重要なものはタワーの深部にあるのね。
 で、特殊な視界を持つ者から見えない素材を使っているの。
 ……もちろん、来園客の命も大事よ。深部にあるのは二番目に大事なものなの」
「それはお前たちが隠している秘密なんだろう?」
「……言っても言わなくても、正解って事になるわよね」

 恐らく、アヤノは事前調査を入念に行っていた。
そしてターミナルタワー深部にWOSが隠している秘密、
即ちカーニバル事件とユールの死の秘密があると分かった。
さらに、ルセの「あなたのパートナー」発言から、その推測が当たっている可能性は強まる。

「ルセ、頼む」
「なに?」
「私を今すぐ殺してくれてもいい。だから、彼女には手を出さないでくれ」
「彼女? あなたのパートナーの事?」
「言っても言わなくても、正解になるだろ?
 お願いだ。ユールに頼まれたとか異端何とかっていうのを無視してもいい。
 その対象を私ではなく彼女に移してくれ。頼まれる義理はないだろうが、お願いだ!」

 言っていて、私は何を口走っているのだろうと思った。
誰だって、いざという時には自分の命が大事なはずだ。
例外はあるが、ドラマや映画では自己犠牲が当たり前に存在している。
しかし現実においてはそれは絵空事でしかなく、その精神は存在しないはずなのだ。
 そう思っていながら、私はある事に気がついた。
そういう意味では、私はまさに「異端因子」なのだろうな、という事だ。


238carnival (re-construction ver) Last Phase -day break-:2010/03/13(土) 00:33:15 ID:g1lUcB6M0
 そんな事を考えていた私の思考は
両目から溢れる涙の感触で現実を考え始めた。
涙を流したのはいつ以来だろうか。そんな思考は生まれた途端に捨てた。

「無理ね」

 あっさりとこれだけ言われて、余計な思考をキープできるだろうか。
残念ながら、私にはそれは出来ない。出来る者はいるのだろうが、私には無理だ。

「そうか……」

 私は涙を拭い、旅行鞄を持って椅子から立ち上がった。
バイザーを装着し、駆け出して階段を降りようとすると、

「待ちなさい!」

 ルセが引き留めた。
私は踏み出そうとした左足で強烈にスタンプし、それを軸足にバックターンしながら叫んだ。

「うるさい! アイツが死ぬかも知れない時に黙っていられるか!」
「だから待ちなさいって。少し落ち着こうよ、あの時は言い忘れてたんだから」
「言い忘れだと?」
「うんそう、言い忘れ。にしてもクロイス、
 あなたがここまで熱い人だとは思わなかったわ」

 怒りと焦りと不安で押しつぶされそうになった頭は
ルセの言葉で落ち着きを取り戻し、冷静な判断が出来るようになった。
それを感謝しつつ、私はルセに向けてこう言った。

「言い忘れた事って何だ」
「半年前、あなたに言ったわよね?
 あなたを殺さない三つ目の理由は、誰からの命令だった?」
「ユールがお前たちにそう命令したと聞いた」
「そうそう。それ、ちょっとした不備があってね……」

239carnival (re-construction ver) Last Phase -day break-:2010/03/13(土) 00:41:55 ID:g1lUcB6M0
 そこで私は気がついた。
そして、ユールに感謝しなくてはならないと深く感じた。
いつか必ず彼女に会って、これに「ありがとう」と言わなければならない。

「もう気がついたかと思うけど、ユールはこう言ったの。
『カーニバルで起きた事と、私が死んだ事に疑問を持って立ち上がる人が出ると思う。
 もし本当にそんな人が現れたら、殺しちゃ駄目。
 その人と協力関係にある人も殺さないで。お願いだから』って。今のあなたみたいに」
「それじゃ……」
「あなたのパートナーは監視はしているけど殺しはしない。
 色んなデータを取る目的もあるし、私はユールと約束したしね」

 ルセはそう言って笑った。とても良い笑顔だった。
私も笑った。本当に良かったと心の底から思えてきた。

「そういえば、フルールのライブには行かないの?」
「フルール? あぁ、あの歌手か……」

 一月にカーニバルに調査に行った時、
第三ブロックに逃げ込んだ私が見た歌手の名はフルールといった。
 あの後、軽く調べたら直ぐに詳細が分かった。
初デビューがあのライブだったようだ。だから「今度また〜」という発言をしたのだろう。
そんな彼女は順調に名を知られるようになり、
ついには音楽ゲームの新曲枠(※9)で歌を歌う事が発表された。

「……行こう、かな」
「そう? 10:25からだそうだけど、行ってらっしゃい」

 そうルセは言うと席を立ってここを去った。


(※9…音楽ゲーム最新作の新曲とは、そのバージョンの新曲と+αとして数曲を足したものである。
 αの分は、過去で言う版権曲と、現代のゲームミュージック作曲者が作曲した曲だ。
 説明が分かりにくいかもかもしれない。理解できなければ、ここで謝らせていただく。
 当時、フルールは最新作であるポップン14に「落ちる流れ星」という歌を提供する事が予定されていた。
 実際にそれは提供され、その歌の人気は結構高かったようである)

240carnival (re-construction ver) Last Phase -day break-:2010/03/13(土) 00:48:35 ID:g1lUcB6M0
 その後、私はカーニバルで適当に遊び、
フルールのライブに行って、それから家に帰った。
その道中、生きている事の喜び、音楽ゲームで遊べる事の喜び、
そして久々に歌を聴く喜びをかみしめてばかりいた。

 そして私は二つの事に気がついた。
一つは、ルセにバイザーを返し忘れた事。
もう一つは、今まで外れなかった勘が外れた事。
私はアヤノが危険な目に遭うかもしれないと勘により察知した。
しかし、現実には何も起こらなかった。初めて、勘が外れた。
この場合、それは良い事なのだが、少なからず動揺していた自分がいた事に驚いた。








 そして私の物語は急展開を迎える。
10月10日、アヤノが私を呼びだした。

「大変な事が分かったんです、先輩!」

 留守番電話に残されたメッセージ。それは多分忘れる事はないだろう。

「カーニバルが、WSFが、WOSが抱えているトップシークレットが分かりました!」

241旅人:2010/03/13(土) 00:50:59 ID:g1lUcB6M0
 いかがでしたでしょうか?これにて今投下は終了です。

 えーと、フルールについてですが、ようやく名前が出せました。
フランス語で「花」という意味らしいです。

 次回からようやく謎が解けていくのですが、
オチが弱いぞと思われたらどうしよう、なんて続きを書いています。
でも、もしそう思われても、その時はその時でいいかなと思ってます。

 今回もここまで読んで頂き、ありがとうございました。次回をお楽しみに!

242とまと ◆iK/S6sZnHA :2010/03/14(日) 14:36:48 ID:LkrKOQtA0
旅人さん乙です。
そのオチというのを楽しみにしております。



「トップランカー殺人事件」の続きですが、
今回からようやく解答編です。
カップラーメン食いながらのそのそ投稿して参ります。よろしく。
電話が鳴った。

「もしもし?どうした?」
「……1046。ちょっと聞いてほしいんだ」

俺は二つの理由で眉間に皺を寄せた。
一つは、かかってくるはずのない電話がかかってきたこと。
二つは、彼の声のトーンが異様に重々しかったこと。

何かあった。
しかも、何かまずいことがあった。
俺はそう直感した。

元々この計画を実行する上で、彼とは幾つかの取り決めをしてあった。
その一つに、「特別な理由がない限り電話はしない」という決まりも含まれていた。

ということはつまり、何かあったのだ。

「何があったんだ?」
「まずいことになった」

やっぱりだよ。
半ば予想していたとは言え、心臓がドクンと脈打つ。

「どういうことだよ」
「なんて言うか、その、話すと長くなる。
 いや、別に長くはならないんだけど……」
「わけわかんねーよ」
「とにかく、1046も一度こっちに来てくれ」
「来てくれったって」

携帯電話を耳に当てたまま、足もとに置いたショルダーバッグを横目で見る。

「金はどうすんのさ」
「そんなのどうでもいいよ」
「ど……」

さすがにどうでも良くはないだろう。
そう反論したかったが、彼は「いいからすぐに来るんだ」と一方的に言い残し、電話を切ってしまった。

「ホント、わけわかんねーよ」

わけが分からないけど、とにかく彼のところに行くしかない。
俺は札束が入ったショルダーバッグを肩に引っ掛けて、
ゲームセンター・ABCの階段を駆け上がり、自転車にまたがった。

200枚の一万円札は思っていたほど重くない。
それよりも、アミューズメント・シルバーへと向かってこぐ
自転車のペダルの方がよっぽど重かった。

一体何があったんだよ。

気が付けば、ハンドルを握る手はじっとりと汗ばんでいた。
この日、俺は犯罪を犯した。

シルバーの店長の息子を誘拐する。
息子の身柄を盾に、店長へ一億円の支払いを要求する。
慌てふためく店長の隙をついて、シルバーの金庫から現金を盗み出す。

全ては黒幕である『彼』の立てた計画だった。

俺は彼と手を組み、彼の計画通りに行動した。
その結果、俺達は金庫から200万円を奪うことに成功した。
拍子抜けするほど呆気なかった。

200万円。
彼と山分けしても、一人100万円。
目のくらむような金額だ。
あとは持ち帰って好きなように使うだけ。
そのはずだった。

しかし、電話越しに彼は「まずいことになった」と言ってきた。
考えられ得る最悪のケースはただ一つ。

ばれたんだ。

何をどうしくじったのかは知らないが、
誘拐・窃盗事件を企てたのが彼であると、誰かにばれてしまった。
そうだとすれば、当然彼は罪に問われる。

彼が警察に捕まろうが、彼の人生が狂おうが、正直なところどうでも良かった。
今この瞬間俺にとって重要なのは、俺が警察に捕まらずに済むかどうかだ。

「頼むから、俺のことは喋るなよ」

どうせ捕まるなら勝手に一人で捕まってくれ。
ついでに俺を道連れにしようだとか、そんな非生産的なことは考えないでくれ。

「頼むよ、マジで……」

俺は祈るように呟きながら、シルバーへと急いだ。
ABCからシルバーまでは、自転車で約5分。
気持ちの整理をつける暇もないまま、あっと言う間に到着してしまった。

周囲の目を気にしながら、背中を丸めて入店すると、

「よっ、1046」

突然声をかけられて、危うく飛びのきそうになるほど驚いた。
格闘ゲーム好きの常連だ。
対戦相手のいない対戦台に腰を下ろし、レバーを掴んだまま俺を見上げている。

「う、うす。今日も暑いですね」
「暑い暑い。やってらんねーよなー」

天気の話題かよ、と自分自身に突っ込みたくなった。
動揺を悟られまいと注意すればするほど、
普段とは異なる行動をとってしまう自分の脆さに呆れてしまう。
さて、どう自然に会話を繋げたものかと戸惑ったものの、
男はすでにゲームへと意識を戻し、次なる戦いをスタートさせるところだったので、
俺は黙って会話を切り上げた。

あたりを見回す。
そこはいつもと変わらぬシルバーの光景であり、
何人かの常連が馴染みのゲームで思い思いに遊んでいる。

ただ、その中で『彼』だけがゲームもせず、ぼんやりと座っていた。
デラ部屋のすぐそばにある古いスロットマシーンの椅子に座り込み、空中の一点を見つめている。

ひとまず捕まったわけではないらしい。
俺は安堵しつつ、極力目立たないように最小限の動きで彼のもとへ近付いた。
そして彼の顔を間近で見た矢先に、せっかく芽生えた安堵の感情は粉々に吹き飛んでしまった。
死人のような土気色に覆われた彼の顔が、深い絶望感を漂わせていたからだ。

「おい、来たぞ」

軽く腰を曲げて、耳打ちをするように話しかけたと言うのに、
彼は俺のことを見ようともしない。

「何があったんだよ。まさか、誰かにばれたのか?」
「……そっち方が……まだマシだったかな……」

そう言ってから彼は、表情を変えずに、ふ・ふ・ふ、と怪しげな笑いをこぼした。

「落ち着けよ、何が何だかわかんねーよ。
 何があったのか、ちゃんと説明してくれ」
「見れば分かる」

彼はゆっくりとデラ部屋を指差した。

「……それより1046こそ落ち着いてほしい。何を見ても動じないで。
 とにかく、今は落ち着いて行動するしかない」
「デラ部屋に、何かあるのか?」
「見れば分かる。いいかい、信じられないようなものを目にしても、とにかく落ち着いてほしい」

こんな怯えた彼を見るのは初めてのことだった。
いつも自信に満ち溢れ、何事にも動じず、飄々と生きていた彼を、何がここまで変えてしまった?

不安と緊張に耐えきれず、俺はもうその場から走って逃げ出してしまいたかった。
けど、走って逃げ出してしまう勇気さえない俺は、
震える手でデラ部屋のドアを開けるしかなかった。
デラ部屋に足を踏み入れた俺は、その場に立ち尽くした。

全身の血液が沸騰する。
皮膚という皮膚から大量の汗が噴き出る。
心臓が乱暴に音を立てて、体の中で反響する。

最悪だ。
事前に頭の中で思い描いていたどんな最悪な想像より最悪の光景だ。



それは、かつて親友だった男の首吊り死体だった。



まず俺の思考が取った行動は、この光景が現実の物ではないと否定することだった。

これは何かの間違いなのだ。
例えばそうだ、この死体らしき物体はよく出来た人形なんだ。
それとも、実のところコイツはまだ生きていて、俺を驚かせようとしているのかも知れない。
もしくは、これは丸ごと夢だったという可能性もある。

でも駄目だった。
死体は圧倒的なリアリティを伴って、これは現実なのだと俺に迫った。

IIDXの筐体フレーム上部に括り付けられた縄からぶら下がったその死体は、
手足を力無くだらりと地面へ向かって垂直に落とし、
あたかも俺のことを恨みがましく睨みつけるかのように、大きく目を見開いていた。

これは、現実の死体だ。



途端にかつてない恐怖が俺を襲った。

胃の奥から酸っぱいものが込み上げてきそうになり、慌てて口を手で押さえる。
涙で視界がぼやける。
目をぬぐうと、また死体がはっきりと見えて、また涙で視界がぼやける。

「お前が悪いんだぞ、BOLCE……」

奥歯をガチガチと震わせながら、俺はやっとのことで声を振り絞った。
だが、彼からの返事はない。

返事をしろよ。
全部お前が悪いんだ。
返事くらいしろよ、この大馬鹿野郎。

俺は後ろを振り返り、彼が聞こえるように大声で、ほとんど半狂乱になりながら叫んだ。



「BOLCE、BOLCE!!!BOLCEええぇぇぇぇぇええええええええええ!!!!!!
 おい、BOLCE……ウソだろおい、死んでる、死んでるぞーーーーーーーーーーー!!!!!!!」



そして俺は一度大きく息を吸い込み、さらに叫んだ。







「BOLCE、来てくれぇぇぇえええええ!!!『店長が』死んでるぞおおおーーーーー!!!」






 
この事件の黒幕である『彼』――BOLCEが、血相を変えてデラ部屋に飛び込んで来た。

BOLCEはデラ部屋のドアを閉め切り、俺の胸ぐらに掴みかかる。

「だから落ち着けって言っただろ!他の客に聞かれたらどうするんだ!?」
「だって、店長が……店長が!店長が死んでるんだぞ!?」
「落ち着け!」

BOLCEは俺の頬を思い切り引っぱたいた。
そこで俺はようやく騒ぐのをやめた。

俺とBOLCEの荒い息遣いが、デラ部屋に響く。

「そうだ。店長は死んだ」
「なんでこんなことになってるんだよ……冗談じゃねーよ……」

膝から力が抜けて、俺はその場にへたり込んだ。
ショルダーバッグの中で、札束がガサガサと擦れ合う音が聞こえた。

「やっぱりやめりゃ良かったんだ、こんな計画……」

どうしていいか分からないまま、ただただ後悔の涙が流れ落ちる。
泣いたって仕方がないのは分かっているのに、それでも涙は止まらない。

「1046」

BOLCEはしゃがんで、俺の手を握り、ささやくように言った。



「泣いてる場合じゃない。これから僕の言う通りに行動するんだ」



その時、俺は気付いた。
BOLCEの瞳が何らかの強い決意を宿していることに。

同時に、俺達は平和な日常から足を踏み外し、もう二度と元に戻れないであろうことも悟った。



――次回。今明かされる、あの日の真実。





           〜〜〜  第0.1.A話  BOLCEと1046  〜〜〜





                            to be continued! ⇒


 
250とまと ◆iK/S6sZnHA :2010/03/14(日) 15:52:49 ID:LkrKOQtA0

……え?どういうこと? と混乱しているでしょうか。
それとも勘の良い人なら、すでに真相にお気付きでしょうか。

これまでは一貫して乙下刑事の視点から、事件の表側をなぞってきました。
ここからは主に1046の視点へシフトし、事件の裏側で一体何が起きていたのかを明かしていきます。
どうぞお楽しみに。

なお、今回の話を含めて、ここから先は「プロローグ」と読み比べてもらえると
より楽しんでいただけることと思います。
http://www40.atwiki.jp/beatnovel/pages/79.html



それではまた。
251旅人:2010/03/14(日) 22:53:38 ID:ZCRjfE8M0
>>とまとさん
乙です。今回から解答編という事で、初っ端から驚きました。
文面だけを見れば、何と言うかその、理解できないというか。
一応、この人が犯人じゃないかという
確信に近い思いはあったのですが、それがいきなりぶっ壊れたっぽいw
僕は勘が鈍い人間なので、次回を楽しみに待ちます。



 今晩は、旅人です。

 いよいよ物語はクロイスが真実を知る場面までやってきました。
つまりそれは、この物語も終わりが近くなっているという事を意味しています。

 これから本編を投下します。今回もよろしくお願いします。

252carnival (re-construction ver) Last Phase -day break-:2010/03/14(日) 22:58:04 ID:ZCRjfE8M0
 10月10日。カーニバル事件発生から約十ヶ月も経過していた。
それを考えると、新年の頃から調査に協力し、
主に活躍しているアヤノの力に驚いてしまう。
流石はオグレの血を引いている事はあるといったところだろうか。

 その彼女の力は、その日私が大体の真実を知るために発揮された。
恐らくはもう、彼女に何かを依頼する事はないだろうし、それが平和だとは思うのだが、
これだけ難しそうな事件でも達成してしまったのだ。
何かあった時には、まずは彼女を頼ろうと思う。私一人では何もできないから。



 10月10日 12:00

 私はアヤノの家にいた。
アヤノは居間を模様替えしたようで、
そこには投影式のプロジェクターとスクリーンが設置されていた。
スクリーンの向かいには大きなソファーが。テーブルの上にはレーザーポインタがあった。

「アヤノ、トップシークレットが分かったって、本当か?」
「オグレの血をなめちゃいけませんよ。本当に本物をつかみました。大丈夫です」

 アヤノはそう言うとプロジェクターを起動させ、スクリーンに像を写した。
そしてレーザーポインタを手に取り、まるであの教授のように大声を張り上げた。

「いいですか! もうこれを見たら、後には引けませんよ!」
「いいさ。既にそんなところまで踏み込んだんだ、大丈夫だ」

 私はそう返し、スクリーンを注視した。

253carnival (re-construction ver) Last Phase -day break-:2010/03/14(日) 23:20:08 ID:ZCRjfE8M0
 アヤノはそう言い、プロジェクターを操作する。

「2999年12月25日、テロリストの襲撃によってカーニバルは壊滅、
 民間人の死者一名を出し、WSFはテロを鎮圧しました……」

 アヤノのスピーチと共に、スクリーンに映っているカーニバル全体図が
爆発や燃焼のエフェクトと共に滅茶苦茶になっているのが見える。

「しかし、実際はそうではありませんでした」

 全体図が復活する。これから真実が一つ明かされようとしているのだ。

「WSFで一番偉い人、知っていますよね?」
「あぁ。確か、ダロール総帥だったと思うんだが」
「ダロール・フェニル。彼はWSF総帥としての責務を放棄し、クーデターを企てたんです」
「……は?」
「私だって信じられないですよ。でも、これが真実なんです」

 ダロール・フェニル。WSFの総帥として有名だが、
私が幼い頃に彼に握手をしてもらった記憶がある。
 第四地区の空港でWSF軍事パレードのようなものが催された。
私は物珍しさでそれに駆け付け、それを眺めていた。
そんな時「面白いかい」と見知らぬ中年男性に話しかけられ、
首肯すると彼はよかった、と言って右手を差し伸べた。
握手しようという意思表示であったのは明白で、私はすぐに右手を伸ばし、握手をしたのだ。
 その後、別の見知らぬWSF隊員がその中年男性がダロールである事を教えてくれた。
幼かったのでよく実感はわかなかったが、凄い人と握手が出来たんだと感動した。

 そんな彼がクーデターを起こした、というのは無理があると思えた。
しかしアヤノがこの十ヶ月間ウソをかき集め、ドッキリを企てるような人間でないことも分かっている。

「ダロールはクーデターを起こす際、四体の秘密の大型兵器を盗み出していました。
 それらはライオン、蠍、烏賊、そして鷲の形を元に作られていたようです」
「では、WSFはその四体の兵器と戦って、そして彼らの中に死者は出ずに
 民間人の死者一人を出してしまったものの、勝利を収めたと?」
「まぁ、そうですね。そうなります」
「しかしそれは変だろう。
 その兵器群のスペックは分からないが、
 総帥が……ダロールがクーデターを起こす時に盗み出したのだろう?
 ならば相当な戦闘力を有しているはずだ。だから……」


254carnival (re-construction ver) Last Phase -day break-:2010/03/14(日) 23:31:14 ID:ZCRjfE8M0
 言葉を続けていくうち、これではないかと思う答えにたどり着いた。
しかしそれは違うような気がして、それを言いきる事が出来なかった。

「先輩?」
「だから、おかしいんだ。
 相当のとは言ったが実際は驚異的な戦闘力を有していたであろうその四体の兵器は
 カーニバルを壊滅させることも可能だったはずだ。
 しかし実際には半壊に留まっている。これがおかしいと思うんだが……
 そして、私はWSFの戦力で四体を活動停止に追い込むのはかなり難しいと思う。
 戦闘が長引けば被害はどんどん拡大していく。死者だってかなり出る。
 さっきWSFの戦力では難しいと言ったが、彼らの死体だって沢山出るはずだ」

 私はその違和感を上手く言い切ったと思った。
真実としての話と、現実としてのデータは整合性がない。
WSFの兵士が死ななさ過ぎている。民間人一名、つまりはユールの事だが
彼女がどうしてトプラン決定戦に行かずに外に留まっていたのかも、今更ながら疑問に思った。

「つまり先輩はこう言いたい訳ですね?
『WSFが人間相手に戦ったとするなら、現実に発表された数字はまだ納得できる。
 しかし、そんなヤバそうな敵を相手に、WSFの死者が一人も出ないのは変だ』って事ですね?」
「そうだ。誤解してほしくないが、私は誰かに死んで欲しいなんて一言も言っていないからな」
「分かってます、分かってますって。
 次にそれを言って、それに関する真実を話すつもりでしたが、そのまま行きます。
 で、ここからはユールがどうして死んでしまったと
 とんでもないウソを発表されたのかという所に踏み込みますね」


255carnival (re-construction ver) Last Phase -day break-:2010/03/14(日) 23:43:45 ID:ZCRjfE8M0

 ここで一段落して、少しだけまとめてみようと思う。

 カーニバル事件の真相は、クーデター鎮圧劇であるという事だった。
WSF総帥ダロールはクーデターを起こす際、四体の大型兵器を盗み出したという。
 盗み出した、という事はWSFがその四体を開発していた事に他ならない。
彼らの存在意義は世界防衛である。その四体もそれを目指して作られたはずだ。
その四体の性能は、これを読んでいるあなたなら
もうそれは分かっているはずだ。しかし、この時の私達はそれを知らない。
知らなくても、カーニバル事件の残したデータはおかしい所がある。

 WSF隊員は対テロの組織というイメージが強い。人間相手なら最強の戦力だろう。
しかし、彼らは大型兵器を前にその実力を発揮できるのだろうかと思うと、否めない感じがする。
言い換えるなら、恐竜に人間たちが立ち向かって勝てるかどうかという感じだろう。
確かに人間たちは勝利を収めるかもしれない。しかし、被害は相当のものだろう。
 話を変えるが、私は幼い頃に昔の恐竜映画を見た事がある。
それは恐竜テーマパークでの生還劇だったような気がするが、記憶は定かではない。
その映画では、人間は恐竜を前にすると無力だった。銃は一応は効いたが、死ぬ人が多すぎた。
 そういう映画を見たせいで、そんなイメージが刷り込みされているのかもしれない。
 つまり、人間が相手をするにはあまりにも強大な敵は
人々に死をまき散らす。最終的にそいつが死んでもなお、死をまき散らすのだ。

 だが四体の兵器は死をまき散らしても、その成果は民間人一名を死に至らしめただけだった。
しかもその民間人は死を偽装した存在であった。つまるところ、それはユールである。
つまり、データを見る限りでは、四体の兵器は物は壊せても誰も殺せなかったという事になる。

 それは変だと思うのは私以外にも沢山いると思う。いや、いるはずだ。
なぜそんなデータが残されたのかは、それはアヤノによるとユールが死を偽装した理由と繋がるようだ。


256carnival (re-construction ver) Last Phase -day break-:2010/03/14(日) 23:53:13 ID:ZCRjfE8M0
「実は!」 アヤノが叫んだ。

「WSFは例の四体の大型兵器とは戦っていませんでしたー!」

 何を言ったのか理解できなかった。
WSFは戦っていなかった。こう聞き取れたが、その意味が分からない。

「戦って……いないだって?」
「そうです。WSFが手を出したのはカーニバルの近くにある島です。
 そこには秘密研究所があり、ダロールがそこを根城にしていました」
「んなことを聞いているんじゃない。
 そしたら、一体誰がカーニバルを襲った四体の大型兵器と戦ったっていうんだ?」

 言っていて、答えが浮かんだような気がした。
まさかな、そんなはずはないよな。
頭の中でそんな思考がぐるぐる回るが、勘はこれを正解だととらえようとする。

「先輩、もう気がついているんじゃないですか?」
「あぁ……もしかして、四体の兵器と戦ったのは、ユールなのか?」
「ビンゴです。正確には、ユールと彼女の友人たちが四体の兵器と戦いました」
「ばっ、そんな馬鹿な……」

 しかしそれが真実。馬鹿馬鹿しくても、それは変えようのない過去だった。


257carnival (re-construction ver) Last Phase -day break-:2010/03/14(日) 23:57:26 ID:ZCRjfE8M0
「そんなのアヤノ、おかしいじゃないか。
 何で民間人を戦闘に出させた? そして、どうしてユール達は勝利を得たんだ?」

 戦いの素人である(と予想される)ユールとその友人らは
カーニバル事件が起きた際に立ちあがり、四体の兵器を倒したという。

 細腕のヒョロヒョロしたもやしのような男と、格闘技のチャンピョンが戦う。
その戦いの勝者はもやし男であった……そんな空想をする人間などいるだろうか。

「まず、何故民間人であるユール達が戦闘に出たかについてです」

 アヤノはプロジェクターを操作し、次の映像を再生させる。
 WSFカーニバル支部の隊員達の名前が表示され、
そして彼らの上下関係が、まるで何かのトーナメント表のように線で結ばれて示されていた。

「ターミナルタワー深部にいるマキナという人物が
 ユール達に戦わせたと記録にはあります。
 しかし、この隊員リストにはマキナという名前はありません」
「それで?」
「複数の記録からマキナという言葉は見つかっています。
 隊員リストには載らない、何らかの理由があると思われます。
 例えば、彼らのリーダーより上に立つ裏のリーダーとか……」
「その正体までは探れないか……
 じゃあ次だな。何故ユール達は勝利し、クーデターを終結させられた?」
「記録によると、基本装備はWSF隊員が身につけるものと大差ないそうです。
 空を飛ぶためのジェットパック、地上を速く走るための加速装置つきの靴。
 身体能力を引き上げるためのパワードスーツ、
 そして先輩が持ち帰ったバイザーという名前のゴーグルです」

 これをWSF隊員は皆装備するとなると、
戦いの素人とプロの実力差は絶望的に広がっていくだろう。
それでもユール達が勝つ事が出来たのはなぜなのだろうか。
これについては正解はこの時点では分からなかったが、それを推測する記録だけはあった。


258carnival (re-construction ver) Last Phase -day break-:2010/03/15(月) 00:05:08 ID:nKXf2jHL0
「ユール達は全員それを装備して出撃した訳ではないようです」
「どういう事だ?」
「さっき言った装備は、コールサインは……あぁこれだ。
『ダイヤ』と『スペード』という二人だけが装備しています」
「他の三人は一体何をやっていたんだ?」
「『ログ』と『クウ』というコールサインの人が
 箱形戦闘機というものに搭乗して戦ったようです。
 最後に『ダンサー』というコールサインの人が
 ターミナルタワー深部にある『パワー生成機』を稼働させていたようです」
「もう少し詳しい事を教えてくれ」
「『ダイヤ』と『スペード』は地上で敵を迎撃する役目を、
『ログ』と『クウ』はさっき言った戦闘機で迎撃していたようです。
『ダンサー』は直接戦闘には関わっていませんが、重要な役割を担っていたと言えます」

 これでユールと彼女の友人たちは計五名いた事が分かった。
そして、どういう風に敵を迎え撃ったのかもある程度は予測できた。
 しかし私はまだ納得がいかない。
戦闘機、そしてパワー生成機という代物が多大な戦闘力を有する事は推測できるが
それらに比べ、地上迎撃部隊の武器は貧相なものになっているに違いない。
自分が傷つかずに相手を倒す方法は、圧倒的な力でもって速攻を仕掛けるしかない。
死傷者ゼロの戦いを演じる上で、地上迎撃部隊の武器は並みのものではあってはいけない。

「……地上迎撃部隊の二人は、一体どんな武器を装備していた?」
「それがですね、特殊な銃を持っていたようです」
「特殊? 一体どんな風に特殊なんだ?」
「その銃はとても威力が高いだけでなく、どうやらGFのコントローラの形をしているようなんです」
「GFのコントローラ? ピックして弾を撃つとでも?」
「仕様書にはそうあります。三色のネックボタンを押さえてピックして 
 対応した弾を撃つ事が出来るようです。オープンピックで一発の威力を上げる事も出来るようです。
 ちなみに、箱型戦闘機の操作方法も、音ゲーに慣れ親しんだ者なら扱いやすそうでした。
 操縦は頭にヘルメットをかぶり、搭乗者の意志で自在に動かせます。
 次に攻撃方法ですが、『ログ』が搭乗した戦闘機はポップン筐体を、
『クウ』が搭乗した戦闘機はIIDX筐体をそのまま用いて、搭載兵装のトリガーとしていたそうです」
「なるほど、音楽ゲームの操作系統を模した高火力兵器を用いたという事か」
「そうですね、そういう事になります」


259carnival (re-construction ver) Last Phase -day break-:2010/03/15(月) 00:07:09 ID:nKXf2jHL0

 ここで、時間をこれを書いている私に合わせる。
もう既に前述の真実を知っていて、そして「ユールの物語」を書き終えた私にだ。
これを読んでいるあなたは、既に「ユールの物語」を読んで、
アヤノが掴んだ真実をよく知っているはずだ。

 アヤノが掴んだ真実がこれだけだというのなら、
私は「私の物語」なんて書こうとはしなかったと思う。
これから、フェーズ1から3までに明かす事が出来なかった真実を書こうと思う。

 それは二つあった。
一つはユールの送ってきた人生。
もう一つは、WOSがレイヴン大陸に
カーニバルという施設を建造することを許可した理由である。

 それらは、私の記憶を元に書かれていくこの物語で明かしていこう。

260旅人:2010/03/15(月) 00:11:52 ID:nKXf2jHL0
 いかがでしたでしょうか?これにて今投下は終了です。

 あの、すみません。
今回の投下分で書いた事って、
フェーズ1〜3での事を詳しく書いたに過ぎません。
それに、まだクロイス達が分かっていない事もあります。

 次回で前のフェーズで語られない、
今フェーズで初めて明かされる真実を書いていきます。
僕が心配しているのは、これのインパクトが弱いんじゃないかなって事です。
楽しみにしてもらっているのに、期待はずれをさせては申し訳ないので。

 今回もここまで読んで頂き、本当にありがとうございました。次回をお楽しみに!
261旅人:2010/03/18(木) 23:51:22 ID:Wyp9aMCZ0
 今晩は、旅人です。

 投下して、それから何もレスがつかないってのは
まるで滑った芸人のような気分だなぁと思い、
あぁそうか、僕の書いたものはつまらないんだなぁと落ち込むのですが、
そんな時には「ストイックにやれ」と、昔に言われたのを思い出します。

 以前、僕が同じような事を思い、
情けない事にその思いを書いてしまった事があります。
そこにレスがつき、その中に「ストイックにやれ」とあったのです。
あれが誰からのレスだったかは忘れたのですが、
その人には今も感謝しています、というお話でした。

 これから本編を投下します。今回もよろしくお願いします。
262carnival (re-construction ver) Last Phase -day break-:2010/03/18(木) 23:54:09 ID:Wyp9aMCZ0

 ここからこのフェーズで明かされる真実を書いていく。
今までの話は複雑であったと思われるが、
実は極めてシンプルな話である事が分かるはずだ。


 10月10日 12:18

 
「で、ユールはなぜ死亡を偽装されたかは分からないのか?」
「はい。記録に基づく憶測でしか、その答えは用意していません」
「それでいい。聞かせてくれ」
「先に話したマキナですが、ユールと接触したそうなんです。
 記録にはそうあります。多分それが理由なんでしょう」
「マキナはWSFにとって知られてはまずいものだったのだな……」
「憶測ですが、そうだと思います」
「……そうだ、ユールの友人は? 戦いが終わった後、どうなった?」

 実を言うと、これが気になって仕方がなかった。
彼らはユールと共闘するにあたって、WOSにとって何か不都合なものを目にした可能性が高い。
そうでなくても、民間人がWSFに代わって戦闘行動を起こしたというのが問題だ。
口封じのためには拘束するか殺すかの二択しかない。
少なくとも、私にはそれ以外は考えられない。さて、WSFはどっちの対応をしたのだろうか。

「えっとですね、全四名のうち一名を除く三名が記憶の改竄処置を受けています。
 彼らにしてみれば人間の記憶なんて、簡単に捻じ曲げられるのでしょう。
 事件当時に開催されたトプラン決定戦を観戦していた、という偽の記憶を植え付けたそうです」
「残りの一名は?」
「それが、何の処置も受けていません」
「何だって?」
「即、帰宅させたという事になっています」


263carnival (re-construction ver) Last Phase -day break-:2010/03/18(木) 23:57:07 ID:Wyp9aMCZ0
 ユールの友人の一人は「即、帰宅」していたそうだ。
しかし状況が状況だ。死亡の間違いではないのかと問うたが、

「記録にはそうとしか……」

 アヤノはそれだけを答えた。その後、この会話は別の方向へ進んでいく。

「しかし、この行方不明のユールの友人について
 けっこう詳細な情報を得る事が出来ました。それを話していきます」
「分かった。そいつの名前は?」
「名前ですか、んーっと、ありました。『ジェームズ・クーリー』です」
「クーリーって、まさか、アレか?」



 今までこれを説明していなかったのは痛い事だと思う。
すぐここで謝りたいのだが、説明をする事をもって謝罪としたい。

 私がクーリーという姓に過剰に反応したのには理由がある。
その理由を書く前に、一度復習のつもりで読んで欲しいものがある。

 昔、レイヴン大陸は財政難に陥っていて、
WOSレイヴン支部の役人が遺跡から発掘された音楽ゲーム筐体から
景気回復の可能性を感じ、WOS本部に掛け合ってレイヴン支部は
「BEMANI追体験プロジェクト」を発足させることができた。
これが大成功し、レイヴン大陸の景気は回復、
プロジェクトの大きな事業であるカーニバル建造も成功、ウハウハである。

 この「BEMANI追体験プロジェクト」発足と同時期に急成長を遂げた会社があった。
その名を「クーリーゼネラルコーポレーション」という。略して「CZC」ともいう。
 ここまで書けば何を言いたいのかは分かるだろうが、もう一つ付け加えておく。
レイヴン大陸、いや、世界中のどこを探してもクーリーという姓を持つ人間は滅多に見かけない。
つまりクーリーという姓は世界記録に残るほどに少ないのだ。
そして、CZCの社長であるジャック・クーリーは自身のプライベートを書き綴っている。
過去にブログと呼ばれたもののようなものだ。そこに、彼の息子の名前は書かれていた。



「そうです。CZC社長の息子です」

 私の要領を得ない言葉にアヤノは返事をしてくれた。
ただただ驚くしかなかった。ユールは、そんな人物と友人であったとは。


264carnival (re-construction ver) Last Phase -day break-:2010/03/18(木) 23:59:01 ID:Wyp9aMCZ0
 驚き、口を半開きにしていた私は
アヤノに言われるまでそれに気がつかなかった。

「で、いいですか先輩……
 一連の事件にジェームズの関与があったのは明白です。
 あたしはカーニバルで全記録のコピーを取ったその日のうちに
 クーリー家の豪邸に忍び込みました」
「な、お前、それは犯罪だろう……」
「大丈夫ですよ。探偵七つ道具があれば、ちょろいもんです」
「いや、そういう事を言ってるんじゃなくて……もういい、続けてくれ」

 アヤノの発言に突っ込みたい衝動は殆どなかった。
こんなのにいちいち反応して突っ込んだら疲れるし、何より私のキャラじゃない。
 分かりました、とアヤノは答えてプロジェクターを操作した。
スクリーンにはある動画が再生を待っているのが見えた。

「これは?」
「ジェームズが私に語ってくれました。撮影してもいいよと言われたので、それで」

 ジェームズという男は相当の馬鹿だと思った。
不法侵入した女にそんな態度を取って、頭がおかしいんじゃないだろうか。

「で、それは合成なんだろ?」
「違いますよ。全部本物です。生で撮ってます」
「分かった、分かったから再生してくれ」

 アヤノは少しためらって、そしてスタンバイしている動画を再生させた。

 映像には優しそうな金髪の少年の姿がある。
これを撮影する角度の問題で、アヤノの姿は見えていなかった。
そんな彼女の声がスピーカーから流れる。


265carnival (re-construction ver) Last Phase -day break-:2010/03/19(金) 00:03:37 ID:Wyp9aMCZ0
――えっと、これで大丈夫です。録画しています。――

「はい、どうもありがとう。
 それで侵入者さん、僕に何の用ですか?」

――ジェームズさん、あなたはカーニバル事件に関わっていますね?――

「いきなりだなぁ、一体、何を言ってるんですか?」

――いやもう、色々分かってきているんです。ばっくれても無駄です。――

「……いやまさか、ユールが立てた予想が、ここまで当たるなんてなぁ。
 ちょっといいですか。僕が答える前に、確かめたい事があるんです」

――何でしょうか?――

「あの、あなたはオグレって人の血族……ですよね?」

――え、何でそれを?――

「いえ、ユールが多分そんな人が来るはずだって教えてくれたんです」

――予言者か何かみたいですね。それで、あたしが聞きたいのはあなたとユールの関係です。――

「関係というか……ユールのプライバシーに触れるとこもあるけど
 その時が来れば話してもいいって言われたからなぁ……いいでしょう、喋ります。
 ……ユールは三歳の時に両親を強盗に殺されました。
 その時ユールは外にいたそうです。だから死なずに済みました。
 で、僕の父親はユールの父親とは仲が良かったようなんです。
 それでユールがこの家にやってきました。
 どういう訳か、正式な手順を踏まずにこの家の養女になりました。
 それで、僕とユールは長い時間接してきました。お互いに親友だと思っています。
 あ、そうそう。当然、ユールがカーニバル事件前までに持っていた身分証明書の類も全てダミーです」


266carnival (re-construction ver) Last Phase -day break-:2010/03/19(金) 00:11:13 ID:HUAtpgH50
――何故、そんなようにしたのでしょうか?――

「僕は事件が終わるまでそれに気づけませんでしたが、
 父親はその理由をユールの両親から聞かされていたようです。
 だから、あなたがさっき話した強盗殺人の件も、
 一家全員が殺害されてしまったとされているはずです」

――それは分かったんですけど、その理由は?――

「それは、ユールが『心の光に選ばれた者の血を継いだ人間』だったからです。
 もっともそれは直接的な血族という訳では無くて、
 献血制度を経由し、全くの赤の他人であるユールの先祖に継がれたそうです」

――献血、ですか。――

「そうなんですよ。おかしいでしょう?」

――いやまぁそうなんですが、それで、心の光とは何なのでしょうか。――

「うーーん、説明は難しくないし、中身自体も簡単なんですけど
 これを言って納得してくれるかどうかが……いや、話しましょう。
 ユールが昨年の12月25日に打ち明けてくれたんです。
 いや、その日にユールは自分の秘密を教わったらしいのですが、それはおいといて。
 んー、千年ごとに、世界は破滅の危機を迎えていたそうなんです。
 あ、西暦で数えてはいますが、別に何かの宗教が関係している訳ではないですよ。
 一度目の危機はどんなものか記録に残って無いので分かりませんが、
 二度目の危機は2000年を少し過ぎたあたりに、全く公にされなかった戦いがありました。
 ところで、心の光に選ばれた者っていうのは誰と戦うか知ってます?」

――いいえ。えっと、悪党ですか?――

「そうですね……正解といえば正解です。彼らは僕たちと戦っていたんです。
 正確に言えば、僕たちが誰でも持っている負の感情と、です。
 千年ごとに負の感情が強まっていって、何らかの理由で世界を滅ぼそうとします。
 この時は決まって、強い負の感情を抱く人間に感情の集合体のようなものが……
 ユールはそれを『心の闇』と教えてくれましたが、それに体を乗っ取られてしまうそうです」


267carnival (re-construction ver) Last Phase -day break-:2010/03/19(金) 00:20:15 ID:HUAtpgH50
――なんだか、下手なファンタジーな話を聞かされているような気がします。――

「いや、そう思いますよね。
 だってね、そんな事、ある訳ないじゃないですか。
 でも親友であるユールが、そんな訳の分からない事を言って困らせようとするでしょうか。
 それはないよと思ったんですけど、でもどこか信じられなかった。
 僕はユールと共に戦って、改めてそれが本当だって分かったんです。
 ……僕以外の仲間も、多分そう思っているはずです」

――すみませんが、一度話を整理させてもらってよろしいでしょうか。
  あなたがユールと出会ったのは十五年程前、でいいですね?――

「はい」

――そして、ユールは心の光が云々という理由で
  正式な手順を踏まされずに、あなたの父親の養子になった。――

「はい」

――あなたはユールと十五年間もの間付き合い、お互いに親友と呼べる間柄になった。
  そして昨年の12月25日、あなたはユールと共にカーニバルへ行き、
  その日の夜に、ダロール総帥が起こしたクーデターをユールと共に鎮圧した。
  それであなたは「カーニバル事件の当事者」となった……ですよね?――

「雑な説明だと思いますが、概ね合っています。
 そうだ、そこまで分かっているんだったら、変だなって思うところがありますよね」

――はい。あたしがコピーしてきたカーニバル事件に関する全記録のコピーには
  ユール達は五人いたとあります。ユール、ジェームズ、そして他の三人……誰なんでしょうね?――

「それはですね、皆ここで働いている人達の子供なんです。
 彼らは小さい頃から、ユールが本当は『いない』という事を知って、これまで付き合ってきました。
 でもね、あなたはそんな事だけを変に思ったわけじゃないでしょう。どうぞ、聞いてみてください」


268carnival (re-construction ver) Last Phase -day break-:2010/03/19(金) 00:32:59 ID:HUAtpgH50
――では、少し話はずれますが、あなたはこれを聞いた事がありますか?
 「兵器開発プロジェクト-オーガン・リプレイスメント」というものですが。――

「臓器の置換、ですか。黙ってても知ってるって言ってるようなものですし、
 それにあなたはもう殆どを知り尽くしている。答えは『イエス』です。
 もうこれも知っているんでしょうね。私はそのプロジェクトの被験者NO.13です」

――それがどのような内容であったか、聞かせて下さい。――

「そのプロジェクトの目的は兵器の開発です。
 兵器とは言っても、攻撃用のものだけではないようです。僕のも違うし。
 臓器の置換という事は、人の持つそれよりも性能の良いものに変えちゃうんですよ。
 僕の場合は右目を特殊な義眼(※10)と置換しました。
 それで、余計なものまで見えるように……って、幽霊とかじゃないですよ。
 見えちゃうんですよ。相手の身長と体重だとか、物を見てここが一番脆いとか分かって。
 小さい頃からそうだったので、もう慣れてしまったんですけどね。
 ただ、唯一慣れないのが高所なんですよ。高所恐怖症とは違うんですが。
 右目がこの高さから落ちたら即死だって、ずっと警告するんですよ?
 だから観覧車なんて、本音を言えば乗りたくないんです」

――それだったら、女の子とデートの〆が出来ないじゃないですか。
  ほら、遊園地に行って最後に観覧車に乗ってキス、だとか。――

「えぇ。でもまぁ、その義眼のお陰か、動体視力が結構いいんです。
 人間の能力は身体能力だけではなく、動体視力にも左右されるんです。知ってました?
 だから僕は音ゲーが、特にIIDXが結構得意なんです。大会にも出た事があります」

――それって不正行為って言いません?――

「不正だって言われるかもしれないけど、取り外しが効かないものですから。
 それに僕が望んでこうなった訳でもないんです。仕方がありませんよ」



(※10…この時代における義眼は、もはやダミーの眼球という役割を捨てている。
 装着者に視力を与えるのが、この時代においての義眼と呼ばれるものである。
 しかしジェームズが言ったように、彼に埋め込まれているものは特殊なものである。
 この時代で一般とされている義眼には、彼の発言のような機能は備わっていない)

269carnival (re-construction ver) Last Phase -day break-:2010/03/19(金) 00:39:03 ID:HUAtpgH50
――では、誰に望まれてあなたは置換手術を施されたのでしょう?――

「それは、あなたが答え合わせをしてみればいいじゃないですか。
 こればっかりは、あまり口にしたくないんです」

――分かりました、では答え合わせという事で。
  あなたの家は会社を経営していた。しかし、その会社は今にも潰れそうだった。
  そこにあなたが生まれ……それからなんですよ、会社が急成長したのは。
  世間一般に広まっている噂として、こんなものがあります。
  WOSに子供を人体実験の材料として提供し、見返りに莫大な金を貰える……
  あなたの親は、いいえ、主導したのは社長であるあなたの父親であると思いますが、
  まぁ誰でもいいでしょう。重要なのは、あなたが人体実験に提供され、
  そしてあなたの父親の会社が急成長を遂げた。これだけです。――

「……完璧に合っています。という事は、もうあなたは、知っている?」

――はい。何て言ったって、あたしはオグレの子孫ですから。――

「そうそう、質問される前に言っておきます。
 ユールも僕達も、クーデターを鎮圧するにあたって四機の大型兵器を目にしました。
 それらはトップシークレットのものらしく、
 僕達が見てしまったという事はあり得てはならないんです。
 今のWOSにとって心配事というか、都合の悪い事といえば
 あの時戦った僕達が、今こうして生きているという事です」

――でも……それならどうして、あなた達は生きているのですか?――

「それは……ユールはあの戦いでの一番の功労者です。だから殺されなかった。
 そんな彼女の願いは一度くらい叶えられるでしょう。
 僕以外の三人の友人の記憶を消したうえで、三人を解放する事がユールの願いでした」

――あなたの理由がまだです。――

「そうでしたね。僕の場合は『まだ殺す時期じゃない』という理由でした。
 今はもうその時期を過ぎましたが、刺客らしい人を見た事がないので、
 多分、ユールがお願いしてくれたのでしょう。まだ僕は殺されそうになっていません」


270carnival (re-construction ver) Last Phase -day break-:2010/03/19(金) 00:47:10 ID:HUAtpgH50
――という事なんです、先輩。――

「先輩って?」

――この人体実験の被験者をモニターする支部は
  ターミナルタワー深部にあります。
  WOS本部には長く隠し通すことは難しかったんです。
  そこに、レイヴン大陸の支部がBEMANI追体験プロジェクトを持ちこんできました。
  それに対して、WOS本部はこう伝えたんです。
 『BEMANI追体験プロジェクトの中に、人体実験モニタールーム設営を義務付ける事が条件だ』と。
  それと引き換えにプロジェクトを始動する機会と、資金を提供すると……――

「な、何でそこまで? オグレというのは、ここまで……」

――話を変えます。先輩はこの人に会った事がありますよね? あたしにそう言いましたよね?――

「え、ちょっとちょっと……」

――先輩、あたしは、ずっと先輩の味方です。
  ……先輩が何者であったとしても、あたしは、味方です。
  これでも分からなければ、後は先輩一人で考えてみて下さい。
  あたしはもう、全てのヒントを提示しましたから……――






 そこで動画は停止した。最後まで再生されたのだ。
気になって視線を動かしてみる。この家のどこにもアヤノはいなかった。

 ジェームズというこの少年は、恐らくはあの『J』であろう。
それは分かっても、その他にユールがどんな人生を送っていたのかが分かっても、
そしてWOSの人体実験の噂が本当である事が分かっても、
それがカーニバル建造へと結びつく事が分かっても、肝心な事が分からない。

 最後のアヤノの言葉だ。いつもの私なら、ここで勘を働かせて分かるのだろう。
しかし、勘は働かなかった。それを知ると、何かが壊れそうな気がしたからだ。
だからまだ、ここで気付くべき事を、私はまだ気が付いていない。

271旅人:2010/03/19(金) 00:54:04 ID:HUAtpgH50
 いかがでしたでしょうか。これにて今投下は終了です。

 ジェームズ、というかクーリーなんですけども、
何で生きてるの?死んだんじゃないの?と思われたと思います。
それにはちゃんとした理由があります。それは続きをお楽しみにという事で。

 この回で、大体のネタや謎は明かしました。
勘の良い方ならもう説明不要でしょうし、
僕がこういうのを考えるとワンパターンになるので、
大体の人がもう気が付いていらっしゃると思います。

 しかしまだ、色々な事を明確に書いた訳ではありません。
なので、まだよく分からない人もいるのではないかと思います。
とりあえず次回でもう少しはっきりと、謎やネタを詳しく明かしたいと思います。
同じ事の繰り返しの連続になりますが、もう少しでこの話全体が終わるので、見逃してやってください。
 

 今回もここまで読んで頂き、本当にありがとうございました。次回をお楽しみに!

272爆音で名前が聞こえません:2010/03/19(金) 02:42:01 ID:+nP2uXcB0
>>271
言っちゃ何だが、ここは過疎スレだという事も考慮しておくれ。
感想レスは正直付き難いが、読んでいる人は確実にいるぞ。

物語も少しずつ核心に迫ってきましたね。
これらのピースがどう繋がっていくのか、楽しみにしています。
273旅人:2010/03/20(土) 23:38:16 ID:oHKAT93Y0
>>272さん
すみません。なんかこう、不安な気持ちになるのが悪癖みたいなものでして。
書いていて、これ面白いんだろうか?と思えてきて……
でも、あなたの応援を受けてそんな気持ちも吹き飛びました。ありがとうございます!


 今晩は、旅人です。

 今回でも色々と明かす事が多く、
実は話自体はシンプルなんだ、そして謎の明かし方もシンプルなんだと書きましたが
全然そんな事はないと思います。明らかに力量不足です、すみません。

 まぁあの、謝ってばかりでも仕方がないと思うので本編投下します。今回もよろしくお願いします。

274carnival (re-construction ver) Last Phase -day break-:2010/03/20(土) 23:44:37 ID:oHKAT93Y0
 あの後、私はテーブルの上に一枚のメモ用紙とディスクを見つけた。
アヤノが書いたもののようで、家に帰ってから見るようにと注意書きがあった。
家のどこにもアヤノの気配はない。
盗難が心配だったが、彼女の事だ、盗まれてもすぐに犯人を捕まえるだろう。


 それから家に帰り、情報を整理するためにPCの電源を入れる。
ディスクを読み込み、それがアヤノが手に入れた全情報であることを確認する。
これにはジェームス・クーリーが17年前に誕生し、
その直後に置換手術を受けた事も記載されていた。
 一通りの情報を読んだ時には、既に外は真っ暗であった。
私は頭に入れた情報を整理するため、簡単なテキストを打ち込むソフトを立ち上げた。
ここでは書いたものをそっくりそのまま移したいところだが、
そうするとかなり複雑なものとなるため、ある程度省略している所がある。



 2982年 レイヴン大陸から遺跡「ピース」が発掘される。

 2983年 ジェームズ誕生、右目の置換手術を受ける(記録によると、彼が十三人目の被験者)。
     同時期にクーリーゼネラルコーポレーション(CZC)が急成長、大企業になる。  

 2987年 レイヴン大陸第五地区にて一家強盗殺人事件が発生。
     時を同じくして、クーリー家は正式な手順を踏まず
     ユールという名の女の子を養女として育て上げる。
     彼女とジェームズがこの頃から接触し、親しんでいく。

 2989年 BEMANIプロジェクトが発足。
     この裏で、WOS本部はプロジェクト本部が設置されているWOSレイヴン支部に
     置換手術による人体実験の成果をモニターする施設を
     同プロジェクト内に組み込み完成させる事を、
     プロジェクトを進めるための資金を得る交換条件として提示、WOSレイヴン支部はこれを受け入れた。

 

 2999年 BEMANI追体験プロジェクトNO.■■として
     巨大遊園地「カーニバル」の建造が予定される事が発表され、すぐに工事が始まる。
     どこもかしこも音楽ゲームとの繋がりを意識しており、
     一般的なアトラクションは少ない事から赤字経営になるのではないかと懸念の声が上がったが、
     同年12月19日の開園時の客の多さから、その心配は無用であると判断される。

     このカーニバルが、11年前にBEMANI追体験プロジェクト発足の交換条件として提示された
     人体実験の成果をモニターする装置の偽装であった。
     
275carnival (re-construction ver) Last Phase -day break-:2010/03/20(土) 23:49:03 ID:oHKAT93Y0

 これだけ書き連ねてみたが、どうもよく分からない。
だから私は、他にも知っている情報を書き連ねていった。


 2999年 カーニバル事件発生。
     12月25日に全料金無料キャンペーンを実施したカーニバルが
     武装テロ集団による攻撃を受けて半壊する。
     WSFの鎮圧によってテロ集団は排除されたが、民間人の死者が一名出た。

     この死者はWOS側にユールと名付けられ、彼らの手によって葬られる。

     しかしそれは全て自作自演のようなものであった。
     カーニバル事件とはテロによる攻撃を受けたものではなく、
     本当はWSF総帥であるダロール・フェニルがクーデターを起こしたものだった。
     その際に彼が用いた武器はライオン、蠍、烏賊、そして鷲の形を模した大型兵器四機だった。

     これに対して存在自体が不明瞭の「マキナ」なる人物は
     ユールとジェームズ、そして友人三名を召喚して対クーデター部隊を編成する。
     何故民間人がこんな戦いに駆り出されたのかは、ユールを除いて不明。

     そのユールの理由とは、彼女が1000年前に「心の光」に選ばれた人間の血を、
     彼女の先祖が献血によって集められた血液を輸血された事で継いでしまったからだ。

     心の光とは、私達人間が誰でも持っている黒い部分、これを心の闇というのだが、
     それが1000年ごとに引き起こす人類滅亡の危機を未然に防ぐためにあるものだという。
     それの力を持ったユールは、あのカーニバル事件を引き起こしたダロールが
     心の闇によって操られているという理由で、マキナに戦うようにと指示されたらしい。

     そうしてクーデター鎮圧はユールとジェームズ、そして友人三名によって
     完全に鎮圧、カーニバルの被害は半壊に留まり、死傷者はゼロである。
     なお、ダロール・フェニルのその後の行方は全く不明。記録には何も残っていない。



 カーニバル事件が、テロ事件ではなくクーデターによるものは分かった。
ユールとその仲間達がなぜクーデター鎮圧をしたのかも分かった。
しかし、まだまだ分からない所がある。
ダロールは今も生きているかどうか、何をしているのか。それも重要な事じゃないか?

276carnival (re-construction ver) Last Phase -day break-:2010/03/20(土) 23:54:14 ID:oHKAT93Y0

 次に、私が体験した事を書き連ねていく。



 3000年 昨年のユールの葬式に参列した私は、
     ユールの遺体を見て彼女がまだ生きている事を勘で感じ取った。

     新年、私はWOSがユールの死について深くかかわっている事を確信、
     1000年前の名探偵といわれる、オグレの子孫であり後輩である
     アヤノ・オグレに調査協力を依頼、ついでに友人のルークにも
     海底を走り偵察する機械を作ってもらう。

     海底で謎のライオン――恐らくは例の大型兵器だと思われる――によって
     機械は大破、私達はその場を離れ、カーニバルへと逃げ込んだ。
     そこで私は二人の人間に会う。その二人は同じ事を口にした。
     一人目は「J」と名乗った、恐らくはジェームズ・クーリーと同一人物の少年だ。
     二人目はコードネームで名乗った女性である。その名を「ルセ」という。
     この二人は私に「真相を知れば私自身のアイデンティティが消失する」と言った。
     さらにルセは「WOSは私の命を奪う事が出来ない」と告げた。

     ファルコン大陸に帰り、ルークは機械製作のみを担当してやると
     以前より消極的な協力をするようになる。まだ世話になった事はない。
     アヤノは半年待っていて欲しいと言い、七夕がやってきた。

     七夕の日にカーニバル無料キャンペーンが実施された。
     アヤノはこの日に単身潜入をする事を告げてレイヴン大陸へと発ってしまう。
     私はアヤノの身に何かが起こるような気がして、後を追う事にする。

     七夕当日、私は第一ブロックでルセと出会う。
     彼女はWSFの最新装備の一部、バイザーを試着させてくれた。
     そして彼女は前に私に言った言葉に不備があったとしてこう言った。
    「WOS並びにWSFは、私と私に協力する全ての人間を殺せない」という。

     そして10月10日。私はアヤノがまとめてくれた真実を知る。
     映像の中にジェームズ・クーリーが登場、アヤノのインタビューに答えていた。


 そして大体の真実は分かった。しかし、まだ私は肝心な事を分かっていない気がした。

277carnival (re-construction ver) Last Phase -day break-:2010/03/20(土) 23:57:30 ID:oHKAT93Y0
 例のインタビューの最後、アヤノはそれまでの調子を崩し、
私に一気に真実を告げ、気になる一言を残す。

「先輩、あたしは、ずっと先輩の味方です。
 ……先輩が何者であったとしても、あたしは、あたしは……」

 これが、何を意味するのかが全く分からないのだ。
もしかすると私は、何かとんでもない存在なのかもしれない。

 インタビューの中で、ジェームズは言っていた。

「今のWOSにとって心配事というか、都合の悪い事といえば
 あの時戦った僕達が、今こうして生きているという事です」

「僕の場合は『まだ殺す時期じゃない』という理由でした。
 今はもうその時期を過ぎましたが、刺客らしい人を見た事がないので、
 多分、ユールがお願いしてくれたのでしょう。まだ僕は殺されそうになっていません」

 ジェームズもまた、私と同じようにユールに助けられた人間なのだ。
だから、あの時彼が言った言葉には一応の納得がいく。

「僕とあなたは『同じ』なんです」

 1月17日にカーニバルへ調査をし、ジェームズとルセに出会った日。
あの時ジェームズは確かにそう言った。
 この「同じ」という意味は、ジェームズが殺されなかった理由と同じということなのだろうか。
確かにルセが私に言った私を殺さない理由と一致はしている。
しかし、これが同じの意味なのだとは思えなかった。

 その一方で、私の頭の中で最悪の仮説が構築されていく。
こんな事があってたまるかと思ったのは、生まれて初めてだった。


278carnival (re-construction ver) Last Phase -day break-:2010/03/21(日) 00:03:48 ID:MWljnJJ90

 その仮説の結末は「実は私自身も置換手術を受けた人間である事が分かった」というものだ。
ジェームズと同じといえば、このくらいしか思いつかない。
それを確かめるために全記録を収めたディスクを調べてみる。
しかしいくら検索しても私の名前は出てこないし、
手作業でしらみつぶしに見ても、結果は同じであった。

 という事は、私は置換手術を受けた事がないのだろうか。
もしそうだとすると安心できる。が、見落とした点があった。
 よく考えてみると、置換手術をすれば何らかの分野が得意になるはずだ。
ジェームズの場合は義眼を埋められたという。
まるであのバイザーと同じような機能が使え、そして動体視力が非常に良いという。
しかし私には何か特筆すべき良い点があるとは思えない。謙遜とかではなく。

 そこで私はアヤノがこんな事を言っていたのを思い出した。

「この人体実験の被験者をモニターする支部は
 ターミナルタワー深部にあります。
 WOS本部には長く隠し通すことは難しかったんです」

 この発言で重要なのは場所の名前ではない。
「人体実験の被験者をモニターする施設がある」というのが重要なのだ。
アヤノはカーニバル深部でそこの全ての記録をコピーした、と言った。
そして実験の被験者をモニターをする施設は、カーニバル深部にある。
 私はすぐにディスクで記録を探した。
もちろん、カーニバル深部に関する記録を。


279carnival (re-construction ver) Last Phase -day break-:2010/03/21(日) 00:08:42 ID:MWljnJJ90
 ディスクを調べていくと、こんなタイトルのフォルダが見つかった。

「NO.13(眼球)のモニタリングデータ 2999年1月〜12月」

 来た、と心の中で呟き、このフォルダを開く。
中身は膨大なテキストファイルだった。私はこれを一つずつ閲覧していく。
ここで紹介するのは12月分の一部だけにしておこう。
これをコピーするのは容易い事だが、それをする事は出来ないからだ。

「12月17日
 朝六時起床。自分でトーストを焼き、苺のジャムを塗り食す。
 朝の七時から十時まで、高等学校の冬季休暇の課題に取り組む。
 その後二時間は地下の防音室へ移動。
 各種音楽ゲームの筐体が取りそろえられたそこで練習に精を出す。
 昼間は太陽が沈むまで冬季休暇の課題。夕食後は防音室で過ごす」

 ストーカーが一人の人間の私生活に密着しているようで怖い。
しかし彼の置換したものが眼球であるため、全てが丸見えになるようだ。
他の被験者のモニタリングデータも見てみたが、
例として鼻を置換手術された被験者のデータを挙げてみよう。

「12月17日 
  推定時刻8:00に起床。原因はどこかから流れてきた牛乳の匂い。
 その匂いが消える。恐らくは飲んだのだと推定される。
 昼間には外出していた模様。昨日は雨が降っていて、雨の匂いが強烈にしていたようだ」

 この事から、モニタリングデータというものは
被験者が置換された部位に依存して書かれているものだと分かる。
これを読んでいて、ジェームズが可哀相に思えてきた。


280carnival (re-construction ver) Last Phase -day break-:2010/03/21(日) 00:16:46 ID:MWljnJJ90
 続けて、ジェームズのモニタリングデータを書いていく。
時間が飛んでいるのは、同じような事ばかり書かれてあるからだ。
それらの内容はどうでもいいものが多く、全く重要性を感じない。

「12月19日
 朝六時に起床。前日、彼の家に泊まっていた
 ユールという少女がいて、別室で眠る彼女を起こす。
 冬季休暇の課題を共にこなしていくためにそうした模様。
 朝食後にPCを起動、カーニバルの公式サイトを閲覧。
 昼食後にユールを呼び、同サイトのトップページを見せる。
 参考までに、このトップはカーニバル無料キャンペーンを宣伝するものだという事を記す」

「12月20日
 朝六時に起床。直ぐに着替え、外出する。
 外気温はマイナス五℃と推測。目標はユールの住む古い家。
 道中で暖かい缶コーヒーを一本購入、合鍵で家に侵入。
 ユールの状態は非常に危険。コーヒーを与え、事なきを得る。
 そしてユールを連れて自宅へ。ともに豪華な朝食を食べ、冬季休暇の課題に取り組む」

 しかし12月25日の記録の分はこう題されている。

「オーガン・リプレイスメント NO.13 モニタリング・ラストフェーズ 前・後編」

そして記録は、この二つとちょっとしたおまけを最後に途絶えている。


「オーガン・リプレイスメント NO.13 モニタリング・ラストフェーズ 前編」


「12月25日
 この日が被験者ジェームズのモニタリング・ラストフェーズ突入日である。
 朝六時に起床。朝食を食べ終え、7:30に外出。行き先は第五地区駅。
 被験者、ユールにアッパーカットされる。
『サイ』という喫茶店に入店、暇を潰していると使用人の子供三人と出会う。
 2986年の記録に記載した通り、この三人と被験者、そしてユールは友人同士である。
 その後電車に乗り、第十地区駅に到着。当然下車する。向かう先はカーニバルである。
 送迎バスを利用せず、被験者とユールは徒歩でカーニバルへ向かう。

 カーニバルへ到着、モニタリングの精度が微妙に上がる。
 被験者はユールと別れて第二ブロックへ移動し
 IIDX15  DJ TROOPERS の超先行体験会へ参加する。
 
 それを終え、会場から出ると三人の友人のうち一人、アルベルトからメールを貰う。
『アイツ』なる存在、つまりはルセWSFカーニバル基地航空部隊副部隊長の事であるが、
 それがアルベルトにユールの秘密を明かし、仲間になるよう言ったのだという内容である。
 ユールの秘密については別のファイルに記載しているので、それを参照にされたし」

281carnival (re-construction ver) Last Phase -day break-:2010/03/21(日) 00:21:43 ID:MWljnJJ90

「その後、被験者はユールからのメールで
 ターミナルタワーに来てほしいとの連絡を受ける。
 被験者はすぐに指定の場所まで到達、
 そしてユールから彼女自身の秘密を聞かされた模様。
 被験者はユールと共に戦う事を決意、その後はルセ副部隊長の指示に従っていく。

 ブリーフィング終了後、ユールと喧嘩してしまい、一時的な不仲に。
 戦闘前の待ち合わせ時刻18:00にターミナルタワー屋上集合となっていたが
 被験者はルセ副部隊長に、被験者が受けた実験の内容を伝えられたようだ。
 これを聞いた被験者は、それによるショックは殆ど感じていない模様。予想外である」


 これで前編が終了している。
読み終わって抱いた感想といえば、
ジェームズが自分の右目が義眼である事を知っても
さほど衝撃を受けなかったという事に驚いたというところか。
彼の一番の自慢である視力が与えられたものだという事を知らされたら、
相当なショックを受けるはずなのだが……それが無いというのは妙である。
もしかするとジェームズは、自分の右目が義眼である事を勘づいていたのかもしれない。


「オーガン・リプレイスメント NO.13 モニタリング・ラストフェーズ 後編」

「その後、再集合の際にユールと和解した模様。
 18:00より箱型戦闘機の操り方を覚える。
 義眼より流入、取得する異常なほどの情報量のせいで
 擬似的な高所恐怖症に陥っていたのだが、
 ここにきて被験者は義眼の使い方を無意識下で覚えたようだ。
 無意識に流入して取得する情報量を減らし、危険を感じる要素を減らしていた模様。

 それよりも衝撃的な事実は、義眼が被験者の全体的な能力の
 底上げに貢献しているらしいという事である。
 蠍戦にて、海上を高速移動する蠍を保護するコンテナを海上で撃墜しようとした時、
 被験者はルセ副部隊長も実行する事は難しいと推測される、
 180度回転しての背面飛行をしながら猛攻を仕掛けるという荒業をやってのけた。
 どれほど戦闘機のシステムが素晴らしいとはいえ、それの戦闘力は搭乗者の力量にも左右される。
 戦闘の素人である被験者がここまでやれたのは、きっと義眼の力があっての事だろう」

282carnival (re-construction ver) Last Phase -day break-:2010/03/21(日) 00:28:51 ID:MWljnJJ90

「そして被験者は四体の大型兵器との戦闘を終了。
 これをもってモニタリング・ラストフェーズも完了となった。
 が、謎の兵器により被験者の機体がダメージを負い、
 ユールと最後の会話を交わし、機体は大破した。

 しかし被験者はまだ生きているらしい。その裏も取れている。
 改めて我々の手で始末しようとするも、ユールの願いによりそれは取り下げられる」

 これで後半は完結している。
あとは実験結果とそのまとめ、そして謎の怪文書だけが残されている。


「オーガン・リプレイスメント NO.13 オールフェーズクリア。 以下は実験結果とまとめ」

「被験者NO.13 ジェームズ・クーリーの置換部位は眼球。
 右目を我々が作成した特殊義眼と置換、以来18年間にわたりモニタリングを続けてきた。
 この義眼により動体視力が非常に優れる事、それにより優れた身体能力を発揮できる事、
 そして物体を様々にデータ化する事が今回のモニタリングで分かった。
 これは大体仮説と合致している。身体能力向上には驚いたが、これは実用化できない。
 それでも、この実験結果及び膨大なデータ量は
 現在進められているバイザー・プロジェクトの大きな飛躍に貢献するだろう。
 しかしこの眼球には大きな欠陥がある。
 赤色を茶色、茶色を赤色と間違えてしまう事が、唯一の欠陥である。

 今後、被験者は新たな義眼の使い方を思いつくかもしれないので、
 一応はモニタリングは終了していて被験者も自身の事は気が付いているので
 早急な始末をしたいのだが、それはモニタリングが終了していない事と
 クーデター鎮圧において最大の働きを見せたユールの願いにより、始末はしないものとする」


「答え合わせをしたい場合は、この電話番号にTELせよ。○○○-▽□×-☆○×■」


 なるほど、七夕のカーニバルの赤ポップ君の件はこれだったのかと納得した。
こうしてジェームズのモニタリングは終了。
彼が「まだ殺される時期ではない」という意味も分かったし、
ユールの願いで殺されないという話も裏が取れた。
 しかし、答え合わせの意味が分からない。
この番号を調べてみたが、それを使う法人も個人も引っかからなかった。


 そういえば、私も殺す時期じゃないと言われた。
という事は、私もオーガン・リプレイスメントの被験者なのだろうか?
しかしそれはあり得ない。なぜなら、あのディスクの全記録には私のデータは一切含まれていないからだ。


283carnival (re-construction ver) Last Phase -day break-:2010/03/21(日) 00:34:26 ID:MWljnJJ90
 しかし、それでも嫌な予感がする。
ジェームズとルセの発言は、このディスクに記録されている情報を踏まえて考えると
私も人体実験を受けたとしか考えられない。
何回もそれが違う場合を想定して考えるのだが、
やはり私も被験者なのだろうと考えざるを得ない。

 しかしそれではおかしな点が二つほど挙げられてしまう。
 一つは、カーニバル深部にある全てのデータを記録したディスクに
私のデータが受付で書いた情報以外の情報が一切入っていないという事だ。
受付では名前、住所、電話番号を書くのが決まりだ。
私のそういった個人情報以外、私のデータは入力、保存されていない。
 もう一つは、私が何かを得意とするものが全くないというところだ。
ジェームズの場合なら義眼で得た動体視力で音楽ゲームの腕を上げている。
しかし私はどの音楽ゲームも下手の横好きでやっているようなものだ。
ジェームズは大会に出るまでの実力を持っている。それも義眼を用いて……
置換手術を受けたとするなら、私もなにか得意な事の一つや二つはあってもいいはずだ。
しかしそんなものはない。得意な事とは言えないが、勘が良い事しか取り柄はない……










   勘 が 良 い 事 が 取 り 柄 ?









 もしかすると、このディスクの記録には残っていないだけで
私も何かの人体実験を受けたかもしれない。
そうでないと、あの二人の発言が不自然極まりないものになる。

 もう既に一部を除いて全ての謎は解けた。
残った一部は、私自身に秘められた謎であり、きっと明かされるであろう秘密だ。


「私に残された選択肢は、答え合わせしかないようだな……」

 そう呟き、私はMPDに手を伸ばし、怪文書に記載されてある電話番号をプッシュした。

284旅人:2010/03/21(日) 00:40:18 ID:MWljnJJ90
 いかがでしたでしょうか?これにて今投下は終了です。

 今回の話は、クロイスは自分が普通の人間とは少し違う事に
何となくですが気がつけたという事を書きたかったんです。
クーリーのモニタリングデータとかはおまけのつもりで書いていました。


 今回もここまで読んでくれてありがとうございます。次回をお楽しみに!




 話は変わりますが、僕、思ったんです。
このスレって過疎スレという位置づけですけど、なんか勿体ないなって思うんです。
 僕のこれまで書いた作品は駄作呼ばわりされても構わないのですが、
これまで多くの人が書いてくれた作品は、どれも良いものばかりだと思うんです。
それらがより多くの人に読まれないんだと思うと、なんだか勿体ないなって。

 ごめんなさい。また、変な事を書いてしまいました。
今度こそ、これで終わりです。おやすみなさい。
 
285爆音で名前が聞こえません:2010/03/23(火) 23:27:50 ID:ANdFbWDi0
賑わうのを願ってage
286爆音で名前が聞こえません:2010/03/24(水) 22:46:18 ID:0B3kJeHO0
スティルに捧ぐをメインにしたかったけどファンキーが半分ぐらい入ってます。
Des-ROWファンの皆様、2曲のイメージをそれぞれお持ちだと思いますが出来れば怒らないでください;
287STARLIT DUST/彼女に捧ぐ:2010/03/24(水) 22:47:24 ID:0B3kJeHO0
 大学受験で大コケしたものの、奇跡的に受かった中堅私大の夜間部に通う俺にとって、昼間はバイトと小説書き、そしてゲーセンで埋められている。
 午前10時の開店と共に、メダルゲームやパチスロに向かうおっさんおばさんに混じって中へと入る。マジアカの横を通り過ぎ、二台並んでいる弐寺の裏へと回る。
 俺の目的はjubeatだ。ripplesにアップデートされてからグレードが凄い勢いで昇格していく。前作の昇格条件だったフルコンやエクセレントがなかなか出せなかったせいだろう。
 クレを重ねるだけで新しい曲が解禁されていくようになったのは嬉しい。ユビは初心者向け、と言う人もいるけど俺はそんなjubeatを気に入っている。
 KONAMIパスを入れて、100円を投入。暗証番号を入れて、さてプレイ開始。今日のオススメ曲は何だろう、と画面に視線を向ける。
『STARLIT DUST/スティルに捧ぐ』
 鮮やかな青とオレンジ、サーフボードを持った真っ黒い影が書かれているジャケット。下の方にDes-ROWの名前が読み取れた。
 Funky sonic worldとか大見解のDes-ROWか、と思って彼の歌声を少しだけ想像してみる。
 曲選択画面に移る。オススメ曲を探してみるが、見当たらない。どうやらまだ解禁してないようだ。
 青い画面。青という染色。jubeatのジャケットには青が使われている曲が多い。有名なEvansやギタドラに移植されたアイシクルズもそうだ。
 俺は、青という色が好きだ。
 昔から、幼い頃から。そして俺は、昨日の事を少しだけ思い出した。


 その日、いつもとは違うゲーセンに出かけていた。別にゲーセンが目的だった訳ではなく、買い物のついでに近くのゲーセンに寄っただけだった。
「あれ? 珍しいな。こんな所で会うなんて」
 エスカレーターを通って上へと上がろうとした時、急に声をかけられた。振り向くと、一階のクレーンコーナーに女子高生らしい制服の少女を連れた奴がいた。
 中学の時、同じ部活だった奴だ。高校は別になったが、それでも時折メールぐらいのやり取りはする。
「よう。確かにそうだな。なんだ、デート中か?」
「まぁなー。お前がゲーセンに通うタチだとは思えなかったが」
「なに。音ゲーとマジアカが好きなんだよ」
 旧友は俺に近づきつつ「確かにマジアカはお前がハマりそうだな」と呟く。
 旧友に会えたせいか、少し懐かしくなった。大学に入って以来、友人と遊ぶ事が減ってしまったからだろうか。
「ま、それにしてもゲーセンに来る元気があるって事は元気そうだな。良かった良かった」
「おいおい、俺がまるで入院でもしてたみたいじゃねぇか」
 旧友の言葉に俺がそう返すと、旧友は急に声を落とした。
「あー……まぁ、その。あれだ。空元気は解るが、あんま無理すんなよな」
「なにが?」
「この前の事さ」
「この前?」
 話が全く見えず、俺は思わず聞き返す。すると旧友は逆に驚いた顔をした。
「待て。この前の事っつったらアレだろ。お前が忘れる筈ないだろ」
「何をだよ?」
「………本当に知らないのか?」
 旧友はもう一度だけ聞き返すと、携帯を開き、少しだけ操作をする。
 そこに映し出された一枚の写真に映る少女。俺は、彼女を知っている。否、知っているというレベルじゃない。
「……彼女、どうかしたのか」
 高校の時。初めて出来た、そして本当に本当に好きになった唯一の異性がそこに映っていた。彼女に旧友を紹介した記憶もある。だから、旧友が彼女を知っていてもおかしくない。
「…………落ち着いて聞け」
 旧友は口を開く。
「一ヶ月ぐらい前になるが……交通事故だと」
「………え?」
 一瞬、理解出来なかった。待て。今、なんと言った。
 走馬灯のように、思い出がよみがえった。
「嘘……だろ……」
 俺はもう一度だけ呟いた。
288STARLIT DUST/彼女に捧ぐ:2010/03/24(水) 22:48:09 ID:0B3kJeHO0
 高校二年の時の話だ。
 当時、兄がハマっていたギタドラを真似て自分も叩き始めたがどうにも上手く行かない。好きなアーティストがあさきというのが一番の原因だろう。
 あさきは初心者に優しい譜面ではない。
「あちゃー……」
「相変わらず巧くなんないね」
 学校帰り、二人で待ち合わせて繰り出したゲーセン。ドラマニに挑戦したものの、やはり31の月光蝶緑ですらクリア出来ない。
 そんな俺を、彼女はやっぱり笑っていた。
「結構凹むんだけどなぁ……」
「いいじゃん。下手なんだし」
「そもそも出来ない人に言われたく無い」
「死ね」
「ぐはぁっ!」
 弁慶の泣き所とは良く言ったものでおすねちゃんを蹴られるとかなり痛いのである。
 そんな彼女は今年大学受験の筈ですがこんな乱暴で大丈夫なのでしょうか。
「おぅ、痛たた……」
「しっかし、アレだねー。君は目は悪いし反射神経悪いのによくもまぁこの手のゲームに挑戦するかね」
「……曲がいい」
「の割には特に楽器が出来る訳でもない」
「うぐぅ」
「ついでに言うと他のゲームも決して得意とは言えない。むしろ下手な方」
「…………」
「まぁそんな君が好きだけどねー」
 彼女はそう言って笑う。この頃には俺は既に筐体からどいて次の人が叩き始めていた。
 そのプレイヤーが選曲した曲はDes-ROWのFunky sonic world。
 ノリの良いドラムの音と歌声が響き始める。英語と日本語が適度にちりばめられたリズム。
「お、なんかいい曲だね……カッコいい」
 普段笑ってばかりで直接評価を下すような言葉を聞いた事がないせいか、少し意外だった。
 そのプレイヤーは俺と彼女の会話が届いているのかどうか解らないが、見事にフルコンボを決めていた。
 すげぇ、フルコンボ。
 俺がそのプレイヤーのプレイを眺めていると、彼女は口を開く。
「君はあの曲はまだ出来ないよね?」
「まぁ、無理だ」
「でもいい歌詞だね。1mmも負ける気はしない、か……。まるで意地を張った時の君だね。君、意地っ張りだから」
「……ひでぇ」
「失礼な。褒めてるんだよ? そこまで譲れないものがあるってのはいい事なんだからね」
 譲れないものがある。その為に立ち向かう。
 まぁ、男として一度は夢見る事だろう。なんとなく、合っている気がした。
「よっしゃ!」
 俺は気合いを入れて待ち列へと向かう。
「またやるの?」
「次はファンキー叩きます。緑で…」
 幾ら緑だろうが構うものか。そう、1mmも負ける気はしない。なんというか、意地の為に。

 もちろん、閉店だった。
289STARLIT DUST/彼女に捧ぐ:2010/03/24(水) 22:48:59 ID:0B3kJeHO0
「……あははは……」
「もう、なんつーか、俺を見ないで…」
 流石の彼女も呆れていた。そりゃそうだ。
「一番大事な部分でゲームオーバーなんて悲惨だね……ま、でもあたしはこの曲好きだなー。ジャケットも好きだね。青と黒って、いいね」
「そうですか?」
 俺の言葉に、彼女は頷く。
「青が好きなんだよ。君は確か、黒好きだったでしょ?」
「ええまぁ」
 黒が好き、というのはよく言う。でも、昔から本当に好きだったのは。
 青が好きだった。でも、青という色は男の間では結構人気のある色。周りの皆が青が好きで、その分、青という色に依り付く事がなかなか出来なかった。
 そして、周りからもよく解らない奴だと言われる事が多かった。友達は他の人に比べればだいぶ少ない。色になると、黒になっていた。
 全てを飲み込む。全てを消し去る。そんな色。だけど。
 彼女は。青が好き。純粋で、真っ直ぐで、そして。真っ黒な俺を、見ている。
「君とあたしと好きな色両方入っているじゃん」
「なるほど……」
「そう、二人して好きになれるじゃない?」
 青と黒。
 反り合いそうになくて、隣接する色。絡み合う、2色。
 全てを飲み込む黒と、全てを透過する青。
 そんな俺たちは、何時から……。

 それから一年後に、別れてしまった後も。
 俺は彼女の事を思い続けていた。青と黒。2色に例えられた、俺たち。
 黒に戻ってしまった俺を、彼女がどう思っているかは解らないけれど。


 意識を現実に引き戻す。三曲をプレイし終え、グレードポイントが加算されていく。
「ん……?」
 グレードアップの表示と共に、新たな曲が解禁された。
 表示された曲は、『STARLIT DUST/スティルに捧ぐ』。今日のオススメ曲。そして。
「あ……」
 青い背景と、黒い影。青と、黒。
 後ろを確認し、誰も並んでいない事を確認しつつ2クレ目を投入する。
 緑譜面を選択し、ジャケットを探す。あった。
「青と、黒……」
 青も黒も、好きな色。俺が好きになった色。そして、ほんの少しだけ彼女の事を思い出した色。
 今はもう、なくなってしまった大切なもの。愚かな俺は、無くしてから気付く。
 戻らない。けど、忘れない。
 曲が始まる。

 あなたが残してくれたものは、今も俺の中に残っている。
 だから、あなたは安心して眠ってくれ。
 あなたとの日々も、出会いも、別れも決して無駄にはしない。
 そして、明日未来を目指せる。

 別れを綴る、哀しいけれどもカッコいい。そんなDes-ROWの歌声と共に、走馬灯のように蘇る日々。涙があふれそうになる。
 きっと、Des-ROWも、同じように誰かとの思い出を思い出していたのだろうか。
 大好きだった青と黒。そして、オレンジにも彩られて。終わりがあるから始まりがある。
 曲が終わった。フルコンボの表示。あの日、俺はFunkyを叩けなかった。でも、今はスティルを叩ける。あの時の日々も、無駄にはしない。
 明日未来を、あなたとの日々があったから目指せる。
「………ありがとう」
 どこかで、笑っているであろうあの人に。俺は、この曲を贈ろう。


 Des-ROW兄さん、ありがとう。
290爆音で名前が聞こえません:2010/03/24(水) 22:50:32 ID:0B3kJeHO0
投下完了。
いかがでしたでしょうか。この話が実話かどうかは想像にお任せしますが……。
ちなみに今、ファンキーは緑でしか叩けないので結局腕前は上がってません。
291とまと ◆iK/S6sZnHA :2010/04/01(木) 00:23:59 ID:f6LNsWxq0
>旅人さん
俺もあまり感想つかないんで気持ちは分かります。
そこで踏ん張って、逆に嫌でも感想をつけたくなるような
良い作品を作る努力をしていくのが大事じゃないですかね。俺もだけどw
話も大詰めっぽいですし、頑張ってください。
主人公の出生の秘密とか、その辺楽しみにしてます。

>>290
投稿乙でした。
バナー画像に焦点を当てるというアイデアが新鮮で面白かったです。
これが実話だったら悲し過ぎるよ……。
また何か作品ができたらお待ちしております!



それでは、続き書きます。一応、新展開ってヤツです。



俺がBOLCEと出会ったのは高校一年生の春だった。



その頃の俺はどちらかと言えば無気力に生きてる人間だったと思う。
特別に成績が良いわけじゃないから、大学に向けて受験勉強をしようだなんて考えもしなかったし、
かと言って熱中できるスポーツもないから、部活にも入らなかった。

その一方でクラスの連中は、これから始まるであろう
充実した三年間を思い描いては目を輝かせていたものだから、
いわゆる夢や目標と呼べる何かがなかった俺にとって、彼らはとてもまぶしかった。

でも、そんな俺にも一つだけ誰にも負けない特技があった。
音ゲーだ。





「まぁそういうわけだよ」
「どういうわけだよ」
「だからさ、俺も高校生になったわけだし、
 場合によっちゃもう音ゲーから足を洗ってだね、
 輝かしい青春時代ってヤツを謳歌しようと思ってたのさ。
 でもやっぱ駄目だ。俺には音ゲーくらいしかやることがないもん」
「ったく、中坊の時から全っ然進歩がねぇな、お前は」

カウンターを挟んで向かい合った店長が苦々しく笑った。

「なんだよ、その言い草。
 俺の貴重な小遣いを割いてこの店の売り上げに貢献してやろうってのに。
 少しは感謝してもらいたいんだけど」
「俺はそういうことを言ってるんじゃねぇの。あれ見ろあれ」

店長が指差したのは、壁に貼られている見慣れたポスターだった。

ビデオゲームのように熱く。
メダルゲームのように大きく。
プライズゲームのように明るく。

この三行に加えて、「アミューズメント・シルバー 店長 神崎誠一」の名前が毛筆で書かれている。
良く言えば荒々しく力強い字体。
悪く言えば下手クソといったところだ。

「1046ちゃんよ。あの格言を見てどう思う?」
「どう思うと言われましても」

これまでそのポスターを背景の一部としてしか認識していなかったので、
そこに書かれた意味を考えたことなど一度もなかったし、
あらためて考えてみてもやっぱり意味が分からなかった。
まさか下手クソな字ですねと正直な感想を漏らすわけにもいかずに困惑していると、

「今のお前には熱さも大きさも明るさも足りねぇんだよ」

店長が溜め息半分に言った。
「音ゲーをやるのは結構だよ。
 だけどその理由が、他に何もやることがないからってのは悲しくねぇか?
 どうせやるならよ、もっと能動的に、もっと情熱を持ってやればいいんじゃねぇのか?」
「だって俺より上手いヤツなんていないんだもん。本気になんてなれないよ」
「そういう言葉はな、全国トップになってから言えってんだ。
 インターネットを見てみろよ。
 1046ちゃんがそうやって思い上がってる間にも、血で血を洗う激戦が繰り広げられてるんだぞ」

店長はまるで見てきたように話し、
体格の良い体で俺に覆い被さるような仕草をした。
言葉に迫力を持たせるための演出のつもりなのか何なのか知らないが、
俺はカウンターに片肘をついたまま身じろぎもしなかった。

「そりゃ世の中には俺なんかより上手い人達がいっぱいいるんだろうけどさ。
 インターネットとか言われても、相手が見えなきゃピンと来ないよ」
「ダチとして言わせてもらうけどな。
 そうやって何のかんのと理由をつけて、お前は本気で取り組むことから目を背けてるんだよ」

店長は眉をハの字に曲げて、心底不憫そうな目で俺を見てきた。
そんな不憫な目を向けられると、まるで俺が可哀想な子みたいだからやめて欲しい。

「俺は今のままでいいの。
 本気だろうが本気じゃなかろうが、音ゲーは楽しいし」
「楽しいだけじゃ駄目なんだぜ、1046ちゃん。
 男ならな、ビデオゲームのように熱く、メダルゲームのように大きく、
 プライズゲームのように明るく生きなきゃ駄目なんだよ」

店長は胸を張って言い、悦に浸っている。
よほどこの格言が気に入っているらしい。
が、やはり俺には意味がよく分からなかった。
上手いこと言ったつもりなのかも知れないが、
ただ単にゲームのジャンルへそれっぽい形容詞を当てはめただけじゃないか。

「そもそも、なんで今時音ゲーが仲間外れなの?」
「仕方ねーだろ。このポスターはな、俺がシルバーを開店した記念に書いたんだ。
 もう何年も前の話だ。
 信じられないかも知れないがな、当時はビデオゲーム・メダルゲーム・プライズゲームが
 アーケードゲームの三本柱って言われてたんだよ。
 その頃には音ゲーもプリクラもまだ存在してなかったんだぜ」
「音ゲーのないゲーセンなんて、今じゃもう考えられないのにね」

俺はシルバーの店内をぐるりと見回した。
目に入ってくるのは音ゲー、音ゲー、音ゲー。
猫も杓子も音ゲー、まさにそんな状態だった。
ダンスダンスレボリューションが二台並べて設置されており、
そのどちら側も順番待ちの長い列で賑わっていた。
「BUTTERFLY」でぴょんぴょん飛び跳ねてはしゃぐ女子高生。
その隣で「PARANOiA MAX」を華麗に踊りこなし、ギャラリーから拍手を受けるサラリーマン。
2nd MIXにバージョンアップされて以来、その人気はますます加熱している様子だった。

他にも冬に入荷したばかりの新作であるギターフリークス、
先月バージョンアップされたばかりのポップンミュージック2、
そして、これまたつい先日バージョンアップされたばかりのビートマニア4thMIX。
それら全てにプレイヤーが大挙して押し寄せ、
先を争ってプレイしている光景は、もはや日常茶飯事だった。

時代は音ゲー全盛期。
社会現象を巻き起こすほどの熱狂的な音ゲーブームが続いており、
コナミはこの機を逃すまいと言わんばかりに、飛ぶ鳥を落とす勢いで新作をリリースしていった。
夏には6パネルのダンスダンスレボリューションや、
ドラムをシミュレートした音ゲーが発売されるとの噂まで流れていた。

そんな中、ある音ゲーだけ閑古鳥が鳴いていた。

他の音ゲーより一回り大きく、またデザイン的にも異彩を放っているというのに、
まるでバリアが張られているかのように誰一人として客が寄りついていなかったのだ。

「……ねぇ店長、IIDXやばいんじゃないの?今日も誰もやってないじゃん」
「あぁ……今日も誰もやってないな」

店長は苦虫を噛み潰したような顔をした。

「だから何回も言ってるけど、高過ぎるんだよ。
 1プレイ200円じゃ誰もやらないってば」
「そうは言うけどな、他の店を見てみろよ。
 ABCだってどこだって、1プレイ300円だろ?
 そこをウチは出血大サービスの200円にしてるんだよ。これが精一杯の営業努力だよ」
「けど、客が金を入れてくれなきゃ200円も300円も同じだろ」
「いや、大丈夫だ」

店長は親指を真っ直ぐに立てて、顔をほころばせた。

「1046ちゃんがプレイしてくれるからな」
「……はいはい。店長には敵わねーよ」

つられて微笑んだ俺は、同じように親指を立てて、店長の指と腹を合わせた。

「その代わり、メンテナンスは手を抜かないでくれよ」
「まかせとけって」

俺は店長に背中を向け、誰もいないIIDX筐体へ向かった。
なけなしの小遣いから200円を払ってまでIIDXをプレイするのは、店長への同情心が理由じゃない。
まず一つに、他の音ゲーはすでにほとんど極めてしまい、
上達の楽しみが見出せる音ゲーがIIDXしか残っていなかったから。
そしてもう一つは、純粋に面白かったからだ。

ビートマニアの鍵盤が七個に増えた。
最初は「なんて安直で浅はかなコンセプトだ」と揶揄したものだけど、
安直で浅はかだったのはその自分自身の思考だとすぐに思い知らされた。
楽曲の方向性も、ゲームシステムも、インターフェースも、
全ての要素が五鍵盤のビートマニアから正統に進化していた。
特筆すべきはその音圧だ。
ボタンを一発ポンと押した時、鼓膜だけじゃなく体の芯が震えるこの感覚は、
他の音ゲーでは絶対に味わうことはできなかった。
初めてIIDXに触れたその日から、
俺はこのゲームがいずれ音ゲーのメインストリームになると確信していた。

この日も俺はIIDXを存分に楽しんだ。
一曲目「Dr.LOVE」で五鍵盤には存在しない実写ムービーを横目で楽しみ、
二曲目「perfect free」で五鍵盤より大きい皿の感触を楽しみ、
三曲目「celebrate」で五鍵盤ではあり得ない密度のオブジェを楽しみつつ、
順調にクリアを重ねていった。

そしてEXTRAステージ「GRADIUSIC CYBER」。
難易度は非常に高かったが、俺は五鍵盤のビートマニアより遙かに洗練された
ファットなサウンドを全身で感じながら、七つの鍵盤を次々に押しまくった。
左右それぞれの指がそれぞれの役割を独立してこなしている感覚が実に心地良い。

俺のテンションが絶頂に達すると同時に、
「GRADIUSIC CYBER」は呻き声のような音色を放ち終了した。
やはりIIDXは最高だ。
なのに、どうして世の人々はこの魅力に注目してくれないのだろう?
急に寂しいようなもどかしいような気持ちになりながら、
俺はIIDXの筐体を下りようと振り返った。

すると、プレイ中はまったく気付かなかったが、一人の少年がこちらをじっと注目していたのだ。

風貌からすると中学生か、
あるいは少し大人びた小学生だろうか。
当時の俺はそんな風に見当をつけたのだけど、実際には大いなる間違いで、
まさかそいつが俺と同い年の高校生だなんて思いもしなかったし、
ましてや俺の人生にとてつもなく大きな影響を与えることになる人物だなんて、考えもしなかった。

ともかく、俺とBOLCEはこの瞬間に出会ってしまったのだ。





1999年、春。

BOLCEがIIDXのトップランカー決定戦で優勝し、
そしてこの世を去ることになる九年前の出来事だった。





                            to be continued! ⇒
296とまと ◆iK/S6sZnHA :2010/04/01(木) 01:22:12 ID:f6LNsWxq0
今回は以上です。

ここから先はややこしい話もあまりないんで、
肩の力を抜いて気軽に読んでいただければ幸いです。

それではまた。
297爆音で名前が聞こえません:2010/04/08(木) 00:04:53 ID:lmCdycWgO
>>290
おぉ、久しぶりの新規さんが。
ちょっとしんみりと来る話でしたね…
話の作りも良い感じで、つい読み込んでしまいました。
次の作品も期待しています。

>>296
過去編ですね。
少しずつ真実が紐解かれていくのを楽しみにしています。
こういう引っ張り方に弱い自分…
298旅人:2010/04/10(土) 22:18:53 ID:cSeReRSq0
>>290さん
乙です。読み終わって、こういうのを書けるのっていいなと切に願ってました。
こう、なんか……文も上手いと思ったし、話の内容が良いなと思ったんです。
僕みたいな語彙の貧弱な人が感想を述べると、
ホントにそう思ってんの?って思われるかもしれません。
けれど、ユビートなんてやったことないし、ファンキーもあまり聴いた事がないのですが
それでもこう、いいなぁと思わせられるのって、凄いなぁと思いました。
もちろん、これがフィクションである事を願ってます。
また後で何か書けたら、待ってます!


>>とまとさん
はい、これからも精進します。
久々にほのぼのした感じの場面だなぁと思いながら読ませていただきました。
店長が良い人だなぁとか、なにぃ昔は1クレ300円だって!?というのを初めて知ったりとか。
そんな感じで、色々な意味で感動をさせてくれるとまとさんは改めて凄いと思いました。

これからは気楽に読めそうなので、なぜか胸をなでおろしました。
難しい事を考えながら読んでいたからかもしれません。続き待ってます!


今晩は、旅人です。

久しぶりな感じがします。二週間程度、間を開けただけなんですけどね。
それはそれとして、少し短めの本編を投下します。今回もよろしくお願いします。
299carnival (re-construction ver) Last Phase -day break-:2010/04/10(土) 22:22:08 ID:cSeReRSq0

 さて、一度時間をこれを書いている私に合わせる。
ここまで読んで話の流れが分からない事はないとは思うのだが、
私がこういったものを書くのはこれが初めてなので、上手く伝わらないとは思う。
 私が怪文書に書かれてあった電話番号にアクセスした時点で
分かった真実をここに羅列してもいいのだが、それでは駄目だろう。
同じ事の繰り返しを続けていては、全く先に進む事は出来ないから。


 時間はMPDを右手に持って電話をかける私に巻き戻る。
怪文書に書かれてある電話番号にアクセス、数回のコールの後、相手が電話に出た。

「もしもし」

 相手が発したのは、ごく普通の人間が使う応答の言葉だった。
その声の調子から、相手の性別は女性だと判断できる。

「もしもし、答え合わせをしてくれる人でしょうか」

 相手が女性だと分かっていようが何だろうが、私は相手の名前を知らない。
ただ知っているのは電話番号だけだ。だからこんな言葉しか発する事が出来ない。

「あなたが、円環の異常を見る事が出来る人……ですか?」
「……え?」
「すみません、私達はこの電話番号に連絡してくる人、
 つまりあなたなんですけど、便宜上ではそう呼んでいるんです」
「円環、とは聞きなれないな……
 そんな事はどうでもいい。私が訊ねたいのは……」
「どうでもいい事じゃないんです!」

 相手はいきなりそう怒鳴った。私の言葉の何かが琴線に触れたのだろう。

「私にとってはそんなのどうでもいいし、関係がない!
 あんたが答え合わせをしてくれる人かどうかが知りたいんだ!」

 私は叫びながら、これはいつもの自分の態度ではないと感じた。
私が意識もしないで叫ぶのは、やはり不安という感情が私を支配していたからだろう。


300carnival (re-construction ver) Last Phase -day break-:2010/04/10(土) 22:29:12 ID:cSeReRSq0
「……すみません、取り乱しました。
 あなたの質問に答えます。その答えは、イエスです。
 私はあなたの答え合わせをする役です」
「そうか……答え合わせをした後で、円環とやらについても聞かせてくれないか?」
「もちろんです。本当はそれが本題ですから」

 この相手が一体何者なのかは知らない。
しかしWOSもしくはWSFの人間、それでなくても関係者だろう。
 もし私が彼らの手により何らかの手術を受けたとして、
そして答え合わせがそれに関係していたと仮定するなら、
それが本題でないとはどういう事だろうか。
 けれども、この時はそんな思考は重要じゃない。
私はただ、相手の声に耳を傾ける事に集中した。

「それが本題……なのか」
「はい。それが一応の本題です。
 あなたは円環の抱える問題を解消するための手伝いをされたと聞いています。
 そして、そのためにあなたがされた事も、知っています」
「それが答え合わせの内容か?」
「そうです。これを話すだけならこちらの準備なしであなたに来てもらって
 それで私とあなたで……場所はカーニバルで、答え合わせをしようと思います」
「分かった。そちらが時間を指定するという事だな?」
「いいえ、違います。あなたが私といつ答え合わせをするか、
 それを一週間後に指定して欲しいんです」

 これは予想外だった。まさか私が時間を指定する事が出来るとは。
相手がどんな狙いで私にこんな条件を提示したのかは分からない。
しかし、私の頭の中である二つの計画が急速に芽生え、花を咲かせようとしていた。

「分かった。では……今から一週間後。夜の八時に連絡をする」
「分かりました。それでは」

 電話はここで切れた。相手は自分の名を明かすことなかった。
私の名前はばれているはずなのに、と不公平だと思ったが、仕方がない。

 実は、私はこの相手が誰なのか分かっていたような気がした。
はっきりとその人であるとは分からない。けれども勘がそう告げるのなら間違いはないだろう。
そしてこの相手が何を求めているのかも、大体の予想はついた。
相手が提示してきた条件を十二分に活用し、プレゼントの用意をしてやるのも良いかもしれない。


301carnival (re-construction ver) Last Phase -day break-:2010/04/10(土) 22:34:30 ID:cSeReRSq0

 さて、なぜプレゼントなんて言う言葉を使ったのか、
その意味をここで分かる人はあまりいないだろう。
今ここでそれを明かすつもりはない。もうしばらく読んで欲しい。


 とにかく、私の頭の中である計画が動き出した。
これで相手は喜ぶ顔をしてくれるだろうか? それとも困惑の表情を浮かべるのか?
それはその時にならなければ分からない。今はただ行動を起こすしかない。
 この時の私は、今までの私とは違う行動理念で動いていた。
他人のために動くという点では同じである。しかし、そのベクトルが全く違っていた。
私は純粋に誰かを喜ばせてあげたいのだと思っていた。
この体を流れるクロイスの血がそうさせているのかもしれない。
今までにこれを何度となく呪う思いをしたが、この時に初めて許せるような気がした。


 相手との通話が終わり、次に私はアヤノに連絡を取る事にした。

「もしもし、アヤノか?」
「……先輩ですか?」
「大体の真実は分かった。だが、私自身についてはまだよく分からない」
「私も……分かりませんでした。
 どこをどう探しても、先輩の正体に関するデータは……」
「しかし私が普通の人間でないという事ははっきりしている。
 何がどう普通ではないのかは分からないというだけで。
 それを確かめるために、奴らは答え合わせの場を設けてくれた」
「あぁ、あの電話番号の……」
「一週間後にまた奴らに電話をしなきゃいけない。
 そして贈り物の用意もだ。電話の相手が、一番喜びそうなものを贈ってやる」
「贈り物ですか。先輩、それって……」
「そうだ。もう自分の名前を呪ったりしない。恨みもしない。
 なんだかなぁ、この名前を付けたのは母なんだけどな、感謝したい」
「じゃあ行ってくればいいじゃないですか。
 丁度あれですよね、レイヴン大陸の方にお母様のお墓があるって……」
「そうだな。答え合わせの時に花でも買って、置いておこう」
「それがいいですよ。きっとそれが、いい事なんですよ」
「多分な。生きているうちにまともな孝行をしたかったんだが、
 仕方がないよな……それとだな、アヤノ!」
「はいっ!?」
「ここまでしてくれてありがとう! 色々終わったら、今度どこかに食事に行こう!」
「はい、分かりました! 楽しみに待ってます!」


302carnival (re-construction ver) Last Phase -day break-:2010/04/10(土) 22:42:43 ID:cSeReRSq0

 そこでアヤノとの通話を切る。
個人的な事は書きたくなかったので今まで伏せていたのだが、
実は私の母は死んでいる。死因が何かまでは書かなくてもいいだろう。
父は生きていて、WOSファルコン支部で働いている。公務員というやつだ。

 個人情報の公開はここまでにしよう。
次に私はルークに電話をする事にした。数コール後に彼が電話に出る。

「クロイスか、どうした?」
「今年の一月に作ってくれた機械があるだろ?」
「おい、まさかもう一度行くのか?」
「あぁ。多分、こういう目的でカーニバルに行くのはこれが最後だろう」
「俺はついていかねぇぞ」
「分かってる。あの時も、そして今も。迷惑をかけてすまなかったと思う」
「……迷惑はしてねぇよ。
 とりあえず三日後にお前の家に同じものを持っていく」
「何を報酬にすればいい?」
「お前が掴んだ真相……は要らない。俺が知っても得する事じゃないし。
 そうだ、クロイスと久しぶりに遊ぶってのは?」
「それでいいのか?」
「あぁ。お前、この一年近くずっとユールとカーニバルの事しか考えていなかったもんな。
 勉強の方は大丈夫そうだったが、人との関わりを忘れているようだったから」
「……最近まともに話をしていたのはアヤノくらいだからな。心配かけてすまなかった」
「いやいや、全然そういうのはなかった。
 やるからにはクロイス、思いっきりやれ。納得がいくまでな……」
「分かった……そのために行くんだ。じゃあな」

 私はそう言って通話を切った。
こんな事をしている間、ふと思った事がある。
別に死にに行くわけではないのに、なぜかそんな気分になってしまっていた。


303carnival (re-construction ver) Last Phase -day break-:2010/04/10(土) 22:47:53 ID:cSeReRSq0

 それから一週間が経った。
前に宣言した通り、夜の八時に電話をかけ、相手の応答を待つ。

「もしもし」

 相手が出た。一週間前と同じ人間だ。

「時間を指定できる。言っていいか?」
「はい」
「12月25日」
「どうしてその日を?」
「これは昨年、カーニバル事件が起きた日だった。
 でも、これはそれとは関係がないんだ。何の日か分かるか」
「もちろん。クリスマスでしょう?」
「そうだ。だから……その時までにお前の準備とやらは済ませられるだろう。
 私も私で準備がある。お互い、その日を待ちわびよう。これでいいか?」
「不都合な点は何もありません。
 その日の正午、カーニバルの受付で私は待っています。それでは」

 そう言って相手は切った。
私は頭の中ですべき事を整理する。
そして、自分が言った期日までに
頭の中で練り上げられた計画の準備は終わるであろうと確信し始めていた。


304旅人:2010/04/10(土) 22:53:02 ID:cSeReRSq0
 いかがでしたでしょうか。これにて今回の投下は終了です。

あと少しでクロイスの約一年間に及ぶ
カーニバル事件の真相を探る旅は終わります。
その時にクロイス自身の秘密が明らかになったり、
これまでに浮かび上がった
ユールの物語とクロイスの物語での
繋がりようのない事実が説明できると思います。
(例えばクーリーがどうして生きていたか、とかです)

 次回からそんな感じでやっていこうと思うので、よろしくお願いします。
今回もここまで読んで下さり、ありがとうございました。次回をお楽しみに!

305爆音で名前が聞こえません:2010/04/13(火) 20:06:46 ID:MSMNqAwv0
Wikiを更新し、ここまでの投下作品を全て保管しました。
一覧にjubeatカテゴリを増やしたりと、細微な更新もしています。
作者の皆さん、投下お疲れ様です。

最近の寒暖激しい気候のせいか、軽い風邪をひいてしまいました。
体調に気をつけていても、なる時はなりますね…
306とまと ◆iK/S6sZnHA :2010/04/13(火) 23:42:56 ID:+jR6Egsy0
>>旅人さん
お疲れ様です。
なんとなくですが、結末を予想できてきました。
間違ってるかもですけどね。
次回もよろしく。

>>まとめWikiの方
保管作業お疲れ様でした。
風邪、早くよくなるといいですね。お大事にですよ!



では、眠くて倒れる前に続きを投稿します。
その少年は紺色のパーカーのポケットに手を突っ込んで、こちらを見ていた。
背が低いので、「見上げていた」と言った方が正確かも知れない。

特徴的だったのが、身長と相反して髪が妙に長いことだった。
えり足が肩にかかるくらいまで伸びており、耳はほとんど隠れてしまっている。
オシャレのために髪を伸ばしているというよりは、
ただ放っておいたら伸びてしまったかのような無造作感がある。
だけど、なぜか不潔な感じはしなかった。

俺は筐体からどいて彼の背後に回ったが、
そのまま二十秒ほど待っても、彼はIIDXを見つめたまま動こうとしなかった。
しびれを切らした俺は、後ろから声をかけてみた。

「やるの?やんないの?」

俺の質問に対する彼の答えは、やるでもなく、やらないでもなく、無言だった。
彼は振り向くどころか、微動だにしなかったのだ。

聞こえなかったのだろうか。
やかましいゲーセンの中だから無理もない。
さてもう一度声をかけようかどうかと躊躇していると、
ようやく彼はのろのろと歩き、IIDXのステージに上って、筐体に200円を入れた。
そして腫れ物にでも触るかのように、おそるおそるSTARTボタンを押したのだった。

彼の慣れない手つきからすると、おそらくIIDXに触るのは初めてなのだろう。
その証拠に、彼はモード選択画面を前にして、どれを選ぶべきか決めあぐねている。

珍しく自分以外の客がIIDXに興味を持ってくれた。
そのことは喜ばしくもあったし、
同時に、彼があっさりと興味を失ってしまうことが心配でもあった。

だから俺は彼の背中に近付き、意を決して再び話しかけた。

「初めてなら4KEYSか5KEYSがいいよ。いきなり七鍵盤はちょっと難しいから」

声のボリュームを上げて、さらに喋る。

「初代ビーマニに慣れてても、やっぱ最初から七鍵盤はやめた方がいいと思うよ。
 五鍵盤とは完全に別ゲーになってるし、IIDXってのは……」

ピチューン。
近未来的な効果音と共に選ばれたモードを見て、俺は愕然とした。
俺の助言に対する彼の答えは、4KEYSでもなく、5KEYSでもなく、まさかの7KEYSだったのだ。

確信した。
今の声の大きさと距離で聞こえなかったわけがない。
俺は堂々と無視されたのだ。
この野郎。
さすがにムッとした。
精一杯の親切心のつもりでアドバイスしたのに、なんて態度だ。

死んでしまえと思った。
もちろん本当に死んでしまえと思ったわけじゃない。
ゲーム的に死んでしまえと思っただけだ。
俺の言うことを聞かず7KEYSに特攻した報いとして、
一曲目でゲームオーバーになっちまえと念じたのだ。

そしたら彼は、本当に一曲目でゲームオーバーになってしまった。

彼は初心者御用達の入門曲「5.1.1.」を選曲したのだが、
鍵盤を叩くタイミングが音楽に全然合っておらず、ゲージが地を這ったまま曲は終わった。
200円が1分ちょいで溶けてしまったということになる。

「ったく、言わんこっちゃない……」

1秒単価3円。
どこの国際電話だよ。

ざまみろという気持ちより、罰の悪い気持ちが先行した。
学生の身分において200円は大金だ。
きっと計り知れないほどの喪失感に苛まれていることだろう。
少なくとも俺ならへこむ。

しかし、彼は思いのほか潔かった。
"STAGE FAILED"が表示された画面とブーイングの鳴るスピーカーに
くるりと背を向けたかと思うと、IIDXから離れて、
そのままさっさと店を出て行ってしまったからだ。
すれ違い様に一瞬だけ目が合ったけど、彼は俺の存在など歯牙にもかけていない様子だった。

彼はもう二度とIIDXに近寄らないだろう。
これじゃ楽しむどころか、単にトラウマを植え付けられただけだ。

俺は溜め息をついた。
せっかくの新規参入者を増やすチャンスが、また一つ潰れたわけだ。
この時俺は実感した。
このゲームが流行らない理由は値段が高いからだけじゃない。
敷居が高いから、という理由も確実にある。
満足度だって負けずに高いのは間違いないけど、
そこに到達する前に、ほとんどのプレイヤーは離れていってしまうんだ。

でもこれで良かったのかも知れない。
はっきり言って嫌なヤツだった。
とてもじゃないが俺は彼と仲良くできる自信なんてない。

だから、これで良かったんだ。
なんて思っていたら、彼は次の日もIIDXをやりに来た。
しかも、昨日より上手くなっていた。

昨日あっさりゲームオーバーにさせられた「5.1.1.」を、
まだおぼつかない手つきながらも、今日はちゃんとクリア達成していた。
「5.1.1.」だけじゃない。
二曲目に選んだ「Beginning of life」もクリアできていた。

つまり、彼は☆1ができるようになったのだ。
けれど、彼は☆1ができるようになっただけで、☆2はまだ無理だった。
彼が三曲目に選んだのは☆2の「GAMBOL」で、前半はなんとか善戦を見せていたのだが、
後半に何度か登場する鍵盤と皿の複合パターンで体勢を崩し、
ラストの1鍵連打でとどめを刺された形だった。

その姿を見て俺は思った。
彼に上達は見込めない。

一曲目であっさり死亡した昨日に比べれば確かにめざましい進歩ではあるが、
なんとなく先が見えてしまったと言うか、すぐ頭打ちになるだろうな、という気しかしなかった。
仮に音ゲーをプレイするのが初めてだったとしても、
ちょっと見ればそいつが音ゲーに向いているかどうかくらい大体分かる。
彼は音ゲーに向いてない。
むしろ、彼ほど音ゲーに向いてない人間も逆に珍しいほどだった。

いかんせん彼には音楽的なセンスが無さ過ぎる。

音ゲーで大事なのは音楽。
音楽に合わせてオブジェを処理することが全てだ。
誰だって特別な訓練を受けなくたって本能的に歌ったり踊ったりできるのと同じように、
普通の人間なら例え初プレイであっても、多少は音楽にノるものなのだ。
もちろん個人差はある。
その差が、音ゲーに向いているかどうかの俺的判断基準だ。

その点、彼のプレイはあまりにも音楽に無頓着だった。
おそらく落ちてきたオブジェを単に目だけで追い、
耳でタイミングを合わせるという重要な作業をしていないのだろう。
結果としてひどいリズムのよれ具合になってしまっており、
まさかこれをグルーブ感のある演奏だと好意的に解釈するわけにもいかなかった。

それでも、俺はなんだか嬉しかった。
昨日200円を無駄にしたと言うのに、懲りずに戻って来てくれたことが嬉しかったのだ。
きっと彼はIIDXの魅力に気付いてくれたんだ。
そうに違いない。

結局彼はこの日も一プレイで帰った。
その後ろ姿を見送りながら、自然と「明日も来いよ」と願っている自分に気付いた。
無視されて腹を立てたことも、もう半分忘れていた。
その願いが通じたのか、彼は翌日以降も姿を見せた。

驚いたことに、彼はどんどんクリアできる曲を増やしていった。
三日目の彼は☆2の曲をクリアできるようになっていた。
四日目には☆3の曲を、五日目には☆4の曲をクリアできるようになった。

一日あたり星一つ分の上達。
あり得ない。
一体どんな手品を使ったんだ?
まるで彼の才能を見くびった俺をあざ笑うかのような、信じがたい成長スピードだった。

ただし、俺の考察がまったくの見当外れだったかと言えば、そうでもない。
「彼に上達は見込めない」という予想が間違っていたのは認める。
けど「彼が音ゲーに向いてない」という考えは、あながち間違ってもいないようだった。

と言うのも、彼は☆4がクリアできるようになった五日目においても、
相変わらず音楽的なプレイがままならない状態だったからだ。
つまり、彼はゲージを80%以上に引っ張り上げられる程度には
オブジェを処理することができているのだが、
その一方で、「音楽に合わせて」オブジェを処理する能力が壊滅的に欠如していた。

彼が鍵盤を叩くタイミングは早めのGOODから遅めのGOODまで広範囲に分布しており、
そこへところどころミスが加わるものだから、
彼のプレイ画面の判定表示はJUST GREAT、GREAT、GOOD、BAD、POORが
ほどよくブレンドされていて、実に賑やかだった。
だから聞いてて心地良くないし、スコアも低い。
当然、俺のスコアとは比べるべくもなかった。

でも、俺は徐々に彼の驚異的な成長から目を離すことができなくなっていった。

もしかして彼なら。
彼ならいずれ、俺のスコアを脅かす日がやって来るんじゃないだろうか。
彼ならいずれ、ずっと探し求めていた俺のライバルになる可能性を秘めているんじゃないだろうか。



「なぁ店長。あいつってよく来るの?」
「んあ?」
「あいつだよあいつ」

カウンターの内側で間の抜けた声を出した店長の前で、
俺は☆5の「prince on a star」へ挑戦している彼に向けて顎をしゃくった。

「おお、あの子ね。最近よく見るぞ」
「最近ってどれくらい最近?」
「四月に入ってからだな。
 春からこの辺の中学に通うようになったとか、それ系じゃねーか?
 ここ数日はIIDXもプレイしてるけど、本業はシューターみたいだぞ」
「シューター?」

今度は俺が間の抜けた声を上げる番だった。
「シューターって、シューティングゲーマーのこと?」
「そうだよ。よく『怒首領蜂』とかプレイしてるけど、かなり上手いぜ」
「道理であんなプレイスタイルなわけだ」

色々と納得がいった。
彼はおそらく、シューティングゲームのような感覚で音ゲーをプレイしていたのだろう。

シューティングにおいて重要なのは、判定の見極めだ。
「判定を見極めることで、ギリギリで弾丸を避け続ける」……その技術を、彼は音ゲーに応用した。
つまり、彼はオブジェを正確なタイミングで押すことを目標にはせず、
オブジェの判定を見極めて、GOODの範囲内で鍵盤を押せばそれで良しとしていたのだろう。
だからあんなにもリズムがよれていたのだ。

まして、怒首領蜂と言えば弾幕系シューティングとして有名な作品だ。
発狂するほどの密度の敵弾をくぐり抜けてきた彼には、
IIDXのオブジェを見切る能力の下地がすでに出来上がっていた。
そう考えれば、音ゲーの上達がこれほど速いのにも頷ける。

「でも、なんで急にIIDXなんか始めたんだろうね?
 シューティングよりずっと値段が高いくせ、プレイ時間はずっと短いってのに」
「知らねぇよ。つーか、んなこと本人に聞いてくりゃいいじゃねーか」
「だって……」

俺は口を尖らせた。

「アイツ、なんか知らないけど俺のことシカトするんだよ」
「本当かよ。そんな性格の悪そうなヤツにゃ見えないけどな」
「本当だよ。間近で話しかけたのに、振り返りもしなかったんだから」
「もしかして耳が聞こえないんじゃねーの?」
「んなわけないでしょ。耳が聞こえなかったら誰も音ゲーなんてやらないよ」
「まぁそれもそうか……あ、死んだぞ」

見ると、彼のプレイはゲームオーバーを迎えていた。
どうやら「prince on a star」に、完膚無きまで叩きのめされたらしい。
さすがに☆4までと☆5ではレベルに差があり過ぎる。
ここから先は簡単にはいくまい。

だが。
彼は三日目で☆2をクリアし、四日目で☆3をクリアし、五日目のこの日、☆4をクリアした。
この法則に従えば、彼は六日目の明日に☆5をクリアしてしまう。

一週間も経たずに☆5をクリア?
いくらなんでもそりゃ無茶だろう。
けどもし現実にそんなことができたとすれば、前代未聞の大事件だ。

俺はもうすでに、明日が待ち遠しくなっていた。
翌日。
すなわち、彼がIIDXを始めて六日目。
俺は学校が終わると、寄り道もせず全速力でシルバーへと向かった。

今日、彼は☆5に挑戦するはずだ。
クリアできるかも知れない。
クリアできないかも知れない。
そのどちらだとしても、俺は一部始終を見届けておきたかった。

店長と駄弁って時間を潰しつつも、注意深く待ち構えていると、やがて彼が来店した。
長い前髪が目に覆い被さっていて表情を読み取りづらかったが、
すでに集中力をカミソリのように研ぎ澄ませて歩いて来るのが分かった。
彼は本気だ。

俺は店長との会話を一方的に切り上げて、
IIDXと向かい合う彼の後ろ手に回り、その瞬間を心待ちにした。

一曲目、☆3、「diving money」。
問題なくクリア。
二曲目、☆4、「Deep Clear Eyes」。
ちょっとは手こずるかな、と思ったら、またも問題なくクリア。
やっぱりリズム感は最低だけど、昨日より上手くなっているのは確かだ。

そしていよいよ問題の三曲目。
彼は、☆5の「GRADIUSIC CYBER」を選んだ。

「グラサイかよ!」

俺は口の中で小さく叫んでいた。
よりにもよって、全曲中最高難易度の曲を選ぶなんて。

でもあるいは、彼なら。

俺は期待に胸を高鳴らせ、手に汗を握りながら、彼のプレイを固唾を呑んで見守った。
すでに俺には確信めいた予感があった。
彼ならきっとクリアする。



そうして始まった「GRADIUSIC CYBER」。
鳴り響く図太い低音。
はずむような鍵盤を叩く音。
真剣にプレイする、彼の後ろ姿。

彼のプレイは、想像を遙かに超えていた。
それを目の当たりにした俺の感情を、どう表現すればいいだろう?



結論を先に言えば、彼はクリアできなかった。
クリアできなかったどころか、てんでお話にもならなかった。
惨めなほどボロボロだった。
圧倒的物量譜面を前に、彼は為すすべもなかったのだ。

俺は急に冷静になって考えた。
そもそも、最初からちょっと頭を使えば分かる話じゃないか。
普通の人間が一週間で「GRADIUSIC CYBER」をクリアできるようになるか?
なるわけがない。

なんのことはない。
勝手に俺が変な期待を抱いて、期待通りにならなかったというそれだけのことだ。
裏切られただなんて思うのは、筋違い以外の何物でもない。
彼は彼なりに全力でもってゲームをプレイしただけで、何一つ悪くないのだから。

頭ではそう分かってるのに、俺は落胆する気持ちを止められなかった。

俺は彼に何を望んでいたんだろう?
俺は彼とどうしたかったんだろう?
急に何もかもが分からなくなって、俺は呆然とその場に立ち尽くしてしまった。

だから、彼が振り返ってまともに目が合った時、俺は不意を突かれたような気分だった。
別にそんな義務はないのに、何か喋らなきゃいけないような気がして、
俺は無視されていることも忘れてしどろもどろに喋った。

「お、惜しかったな」

口をついて出たのはそんな馬鹿みたいな言葉だった。
言ってしまってから恥ずかしくなった。
別に惜しくもなんともないのに、惜しかったなもないだろう。

けれど、そんな俺の動揺は些細な出来事でしかなかった。
俺は彼の次の行動を見て、生まれて初めて自分の目を疑った。

彼はほんのちょっぴり眉に皺を寄せたかと思うと、
両手を耳の方に持って行き、耳たぶをつまむような仕草をした。
何やってんだ?と思ったのも束の間、
彼の長い髪の毛から、黒く細いケーブルが、まるで芋づるのように掘り起こされたのだ。



それはイヤホンだった。
彼はイヤホンを外したのだ。



「何か言った?」

彼は怪訝そうな目を俺に向けて、小声で話しかけてきた。
開いた口が塞がらないとは、まさにこのことだ。
俺は彼の顔とイヤホンを何度か交互に見やってから、やっとのことで声を絞り出した。

「……まさかそれ、ずっと聞いてたの?」
「そうだけど」
「昨日も?一昨日も?」
「そうだけど」
「……」

俺はようやく全てを悟った。
思い返せば、彼がIIDXに興味を持ったのは
俺が「GRADIUSIC CYBER」をプレイしているところを見てからだ。
彼はイヤホンをしたままそのムービーを見て、ある大きな勘違いをしてしまったのだ。

彼はシューティングゲームのような感覚で音ゲーをプレイしていたんじゃない。
彼は音ゲーをシューティングゲームだと思い込んでいたんだ。

こいつは紛れもなく、近年稀に見る本物のアホだ。
じゃなけりゃ、本物の天才に違いない。

俺は恥も外聞も無く、その場で腹を抱えて笑った。
昨日の店長の言葉が頭をよぎる。
「もしかして耳が聞こえないんじゃねーの?」――当たらずとも遠からずだよ、店長。
彼がますます怪訝そうな目を向けてきたけど、俺は我慢できず、いつまでも大声で笑い続けてた。





こうして俺とBOLCEは衝撃的な出会いを果たした。

IIDXが音楽に合わせて鍵盤を叩くゲームであることを理解したBOLCEが、
次のプレイであっさり「GRADIUSIC CYBER」をクリアしたことも、今ではいい思い出だ。





                            to be continued! ⇒
315とまと ◆iK/S6sZnHA :2010/04/14(水) 00:58:19 ID:0YTuxAdq0
んではおやすみなさい。
316旅人:2010/04/16(金) 23:07:43 ID:czpj0K9y0
>>とまとさん
投下乙です。
今回の投下で一番笑ったのが、イヤホンの件です。
音楽が聞こえないのに、異常な上達スピードを見せるところが
凄いなぁこの人凄いよと思わずにはいられませんでした。

で、なんかあの、結末を予想されちゃったみたいですけど
予想通りに終わったらどうしようかなぁなんて焦ってます。
それでも、楽しみにしていて頂けると嬉しいです。


>>まとめさん
今回も保管をして頂き、ありがとうございます。
風邪をひいたそうですが、実は僕も風邪気味で。
お互い、早めに直していきましょう!


 今晩は、旅人です。

物語中の時間は飛んで、3000年12月25日になりました。
その日にクロイスは、単身でカーニバルへと赴きます。
今回はそのさわりになります。今回もよろしくお願いします。
317carnival (re-construction ver) Last Phase -day break-:2010/04/16(金) 23:14:47 ID:czpj0K9y0
 あの電話から時は過ぎる。
その時から12月25日までには私の計画の準備は整った。

 計画には二つの内容がある。
一つは、カーニバル事件の真実を全て明かし、
そしてリアルな当事者の記録を取る。
そうして得られた全てのデータを元に、もう一度カーニバル事件を再現する。
 こう書くとあまりにも物騒に見えるかもしれない。
しかしこの内容は既に終了している。あなたもこれは読んだはずだ。
そう。全てのデータを元にカーニバル事件そのものを、リコンストラクトする。
言葉を直していうと「再構築する」という事である。
 しかし当時は再構築のための最後の一手を欠いていた。
それは、あの電話の相手と面と向かっての対話をする事であった。
言ってみれば、それはまさしく再構築のためプロット作成のラストフェーズであろう。

 もう一つは、3000年12月25日に実行済みだ。
今から描かれる私の物語にも、そこには焦点が合う。
大事なのはあの対話で知った真実を書く事だ。
しかしこれは物語だ。どんなアプローチでもいいから、オチをつけねばならない。

318carnival (re-construction ver) Last Phase -day break-:2010/04/16(金) 23:20:42 ID:czpj0K9y0
 二つの計画のどちらも成功させるために、私は12月19日にファルコン大陸を発った。
20日から行動を起こしたとして、それでも余裕で計画は成功すると思ったのである。
 一つ目のカーニバル事件再構築計画は、プロットに基づき
現実に存在する登場人物の、リアルな生活態度を観察する事が
ラストフェーズ一歩手前であった。
 ここで言う登場人物とは、あの双子の姉弟、バレンタイン姉弟の事である。
ユールの友人であるという設定のキリーも、別の使用人の娘だった。

 あの双子はユールの物語で描かれたような個性をもっていた。
双子であるというのにセリフをハモれず、
しかしそれでいてお互いがお互いを信頼している所がある。
 弟のアルベルトは、かわいい女の子を見つけたら即ナンパするという女好きだ。
その時のセリフは決まってこうなのだという。

「ねぇそこのネェちゃん、一緒にお茶しない?
 あのクーリー家の豪邸の中庭でさ。
 俺、あの家の使用人の息子なんだ。それくらいは出来るのさ」

 姉のアリスは、そんな弟をいつもこんな言葉で叱るのだという。

「もう、アルの馬鹿! (バコンと殴ってから)すみません、ご迷惑をおかけしまして……」

 大体ながら、この辺りの個性は描けたとは思う。
キリーという少女も、いたずら好きそうな感じではあった。
それでいて、何かこう、妙に鋭そうな所とかもあった。

 あの三人と面と向かって話し、少し驚いた事がある。
ユールという少女がいたのだという事実を数少ないながらに知る者達の中に入っていた彼らは
WOSの記憶操作によってユールの存在自体を忘却させたのかと思ったのだが、そうではなかったようだ。

 彼ら三人の記憶はこうなっていたのだ。
ユールという少女がクーリー邸で生活をしていた事がある。
彼女と友人としての付き合いをした事がある。
2999年12月25日、カーニバルに行って現地でユールを見た事がある。
同年同日、三人はトップランカー決定戦を観戦するが、そこでユールは見ていない。
そして最後に、民間人の少女が死んだ事を知り、その少女がユールである事を知った……
3000年12月22日に、アリス・バレンタインとアルベルト・バレンタイン、
そしてキリー・トーレンに行ったインタビューで、それらは判明した。


319carnival (re-construction ver) Last Phase -day break-:2010/04/16(金) 23:26:21 ID:czpj0K9y0
 カーニバル事件再構築の計画は、残す作業は執筆のみとなった。
それさえ完了してしまえば、私がユールの物語と呼ぶそれが完成する。
残すはもう一つの3000年12月25日に実行した計画のみだ。

 それを実行するのには「彼」の協力が必要だった。
計画実行の二日前、12月23日の晩に私は「彼」に協力をお願いした。
これを快く引き受けてくれる事は分かっていた。お互いに利益のある話だから。

 結果として「彼」はこの願いを聞き入れ、協力すると言ってくれた。
数時間の間苦しい思いをさせてしまう、とは言ったのだが
「彼」はその苦しみの先の事を考えると、そんなのはどうでもいい事だと言った。






 3000年12月25日 正午 カーニバル受付前

 その日の天気は雪だった。
何故か気温が氷点下に近かったのだ。
レイヴン大陸の気候上の例外ともいえる
カーニバル近辺の平均外気温10℃はそれをもって初めて崩れた。

 そう書くととんでもない事に聞こえるのだろうが、実を言うとそんな事はない。
季節は冬。だから、レイヴン大陸全体が寒い気候になる。
さらに書くと、各大陸からカーニバルへと直接アクセスする公共交通手段はない。
それをカーニバルの来園客やレイヴン大陸の観光客は
この事を知っているから、当然厚着をする。私も例外ではない。
黒色の長袖の服、青いジーンズ、そして白いロングコートを着て、寒さに耐えていた。

 しかし、私はレイヴン大陸のように寒い地域で長く過ごした経験がない。
したがってどんなに厚着をしようと、身にしみる寒さに長時間耐える事が出来ない。
だから私は、第十地区駅からカーニバルへ直行するバスに乗った。
これまでにバスに乗ったのは、海底でライオンを見て、
ジェームズとルセに会った日の帰りしかない。
健康のためにと歩きで移動する事にしていたのだが、寒さには敵わない。


320carnival (re-construction ver) Last Phase -day break-:2010/04/16(金) 23:32:17 ID:czpj0K9y0

 この天候と外気温によるカーニバル来園客の変化は少なからずあった。
昼の正午という時間もあるのかもしれないが、
普段より受付にいる人の数が少ない。
 そう書くより、誰もいなかったと言った方が正しい。
職員である受付の人間もいなかった。はっきり言って異常な光景だった。
もしかすると、あの電話の主が人払いをさせたのかもしれない。
仮にそうだとして、そうする理由が分からなかった。
ただ一つ考えられるのは……人に見られたくない事をしたいから、なのだろうか。

 私は受付の人間に何かあったのだろうかと思い、前に進んだ、その時である。
何者かの影が一つの受付の建物から出てきたのだ。
私は思わず身構え、そしてそこで立ち止まる。
影は外の光を浴びて姿を明瞭にしていく。
 姿をあらわにした影は、少女だった。
その髪の色は白く、その長さは腰にまで達していた。
その身にまとう服は黒く、世間一般的に言っても顔立ちは良い方だった。

「誰だ、お前は……」

 私は少女の姿を見ながらそう問いかけた。

「電話の相手です」

 少女曰くそうらしい。

「約束の時間だ。この時間ならまだ受付は出来るはずなんだが……何をした?」
「ちょっとだけ人が来ないようにしました。
 どうしても、私達のためにやりたい事があるからです」
「やりたい事だと? それは何なんだ」
「言いません。すぐに分かります」


321carnival (re-construction ver) Last Phase -day break-:2010/04/16(金) 23:39:38 ID:czpj0K9y0
 そう言った直後に少女は消えた。
しかし私の勘がそれを否定する。
信じがたいスピードで動き、それで姿を消したかのように見せかけ……

「たぁーーっ!!」

 後ろから殴ってくる! 分かってはいても、私にはどうする事も出来ない!

「ごふぁっ!」

 私は背中を殴られた、ような気がした。
書いていても妙に思うのだが、直接殴られたというよりは
空気に殴られたような感覚だったのだ。
 数歩前につんのめって、私は後ろにいるであろう少女の姿を見ようとしたが、
それは無駄である事が勘を使って分かったいた。
もう既に少女は後ろになんかいない。いるとすると……

「前か!」

 私はそう叫びながら思いっきりバックステップした。
タイミングとしてはその直後に、少女が現れ、私が元いた場所を回し蹴りしている。

「外した!?」
「ただの勘だ!」
「休みはないわ!」

 少女は叫びながら飛び蹴りをかましてくる。
そんな動きは、既に勘で読み切っていた。けれども当たるわけにはいかないので右に横転した。
白いコートに雪がくっつくが、元からコート自体が白いので問題はない。
 一撃必殺の威力を秘めた蹴りを繰り出した少女は
着地の後にばっと振り向いて呟いた。

「ただの勘じゃない……まぁ分かっていたけど……」
「分かっていた? それは一体どういう事だ」
「……」
「黙ってないで、何か言え。口はついてるだろ」


322carnival (re-construction ver) Last Phase -day break-:2010/04/16(金) 23:49:11 ID:czpj0K9y0
 少女は一歩後ろに足を動かし、そしてゆっくり頭を下げた。

「ごめんなさい。これがあなたのラストフェーズだったんです」
「ラスト……フェーズだって?」

 その言葉を聞いた瞬間、記憶の中である事が一致した。
ジェームズ・クーリーも、一年前のこの日が
彼の義眼のモニタリング研究、データ収集のラストフェーズであった気がする。
これはつまるところ、確実に私も人体実験を受けていた事を意味する。
そして、私の何が影響を受けたのかも……なんとなく、しかしはっきりと気がついた。

「はい。これであなたは、解放されます」
「やはり私は、何かの実験を受けていたのだな?」
「そうです。円環の異常を見るための、大切な実験だったと聞いています。
 それより……どうしてあなたは私の攻撃をかわせたんですか?」
「それはお前達が一番知っているはずだ。
 勘だよ、勘。例えて言えば、だ。音楽ゲームを何でもいいからやった事はあるな?」
「一応、全機種は……」
「オブジェが上がったり、もしくは下がって判定ラインに近づくだろ?
 例えて言うなら、お前の攻撃はオブジェ。
 それとラインを比べてみて、攻撃が避ける事が出来た……そんな感じだ。
 説明は出来ないから、こんなふざけた事しか言えないが」


323carnival (re-construction ver) Last Phase -day break-:2010/04/16(金) 23:56:23 ID:czpj0K9y0
 少女はそれを聞いて、納得したように首を縦に動かした。
私は歩いて少女に近づき、そしてひとつだけ言う。

「……自己紹介がまだだった。もう名前は分かっているとは思うが……
 私の名前はクロイス。これは姓で、まだ名を明かすつもりはない」
「えぇっ? 良い名前だと思うんですけどね……
 あ、私の名前を言うんでした。
 もうあなたの察しはついているとは思われます。えーと……ユールです」

 そんな気はしてはいたが、
実際にその名を口を開いて言われると、少なからずとも驚きを禁じ得ない。

「とりあえず、私の家に来てください。そこで話をしましょう」
「分かった。それで、ユール……お前の家はどこなんだ?」
「第一ブロックで物件が売りに出されていた事は覚えていますか?」
「あぁ、まぁ」
「そこが世に知られるカーニバル事件でなくなりました。
 だから今年の復興作業で元に戻って、そして私はそこで住んでいます」
「そうか……人には見られても平気なのか?」
「多分大丈夫です。もう、見た目がだいぶ変わったので……」
「どこがだ?」
「体の大きさとかじゃなくて、ただ、髪の色が黒から白に変わっちゃって……」
「はぁ?」
「一年前の私の自慢といえば、何をやっても艶のあった黒髪なんですけど……」

 まるで今の髪の色が気に入らないように、ユールはそう言った。
しかし私はこれもまた良いのではないかと思った。
あの時降っていた雪と、小さな風になびくユールの白い髪が
言いようのない雰囲気を醸し出していたのである。
何か言葉にして彼女を言い表すのなら、白い魔女、とでもいうべきなのだろうか。

 それから、私達はユールの住む家にて、
かなりの時間をかけて語り合った。
そこでは私がユールから未だ明かされない真相を聞いたり、
ユールの口からカーニバル事件を再構築する材料を聞きだしたり、
ついには彼女と親しげに話す事も出来た。次にそれをまとめたものを書いていこう。


324旅人:2010/04/16(金) 23:59:24 ID:czpj0K9y0
 いかがでしたでしょうか? これにて本投下は終了です。

 この回の最初の方で、この一連の物語のタイトルに
(re-construction ver)とつけた理由は明らかになりました。

 で、明らかになったものって何? といえばこれしかありません。
手抜きもいい所だとは思いますが、
クロイスの語る勘のたとえの説明は、我ながら上手く書けたと思いました。

 今回もここまで読んで頂き、ありがとうございました。次回をお楽しみに!
3252-387:2010/04/22(木) 20:12:45 ID:ziWUrZ140
>>315
音ゲーをシューティングに例える文を思い出しました。
あれは高難易度に対する皮肉みたいな内容でしたけど、今はもうそれが標準になっているのが妙な感じですね。
続きも楽しみにしています。

>>324
少しずつ核心に近付いてきましたね。
まだ謎が少し残っていますが、それが解き明かされるのも近い感じですかね。
一つ引っかかったのが、セリフ中に説明文を入れるのはどうかなと思いました。
台本の指示なら有りなんですけどね…


今だから言いますが、前スレの埋めネタは私でした。
たまには変化球も良いかなと思いまして、一気に書き上げたものだったりします。
しばらくここではSSを書いていませんが、またそのうち新しい物を書きたいですねー
ネタが浮かべば、ですけど…
326旅人:2010/04/23(金) 23:41:31 ID:3MvO4TED0
>>2-387さん

 どうも読んで頂き、そしてご意見の方、ありがとうございました。
僕としてはあそこで喋らせることで、
なにか効果があるのではと思ったのですが……
一応は音ゲー小説だし、そんな感じの一文も無ければ
ちょっとアレかなと思いまして。今度からはちょっと考えてみます。

 それで、前スレの埋めネタを書いたのがあなただと知って驚きました。
凄く硬派なものを書く人なんだなぁ、というのが僕の抱くイメージだったので。
いやでも、埋めネタも面白く読んだので、凄い人だなぁと思うんです。
また何か思いついたら、ぜひ投下しに来てください。お待ちしてます!


 今晩は、旅人です。

 さて、僕のHDDに保存しているこの作品の
ファイルを見る限りでは今回の投下は39回目らしいです。
だからどうしたんだと言われても、何も無いのですが。

 これから本編を投下します。よろしくお願いします。
327carnival (re-construction ver) Last Phase -day break-:2010/04/23(金) 23:47:53 ID:3MvO4TED0
 カーニバル第一ブロック内にあるユールの家に、
私はお邪魔させていただく事になった。
その目的は、私にとっては答え合わせ。
ユールにとっては円環の意味を教える事である。
 この家は一人で住むには十分に広かった。
台所と居間と寝室、そして物置として機能する地下。
和風な造りでありながら、それとは少し様子は違っていたのである。

「いやぁ、汚い家ですよねぇ……
 こんな所ですけど、すみませんねぇ……」

 ユールは自分の住む家をそう評しながら
私を居間の座布団に座らせた。
もちろん、ユールの家は汚くはなかった。むしろ綺麗にしていると言える。
私はそんな彼女の態度を見聞きして、何か言いようのない違和感を覚えていた。

「ありがとう、ユール。
 早速話を始めたいのだが、その前に……」
「その前に、何ですか?」
「その言葉遣いをやめよう、というより、普通に話して欲しい」
「普通って……どういう意味ですか?」
「実はな、ここに来る前にジェームズの住む家にお邪魔したんだ。
 ある計画があって、そのためのインタビューをしたのだが、
 その結果からしてな、お前はそんな喋り方をするような人間じゃないと思ったんだ」
「……」
「私は、いつも通りの言葉でお前と話をしたい。
 こういう口調だが、これがいつも通りだ。
 そして……ユール、お前のそんな言葉遣いは、正直言って似合っていないと思う」

 そう言ってから、私は少しだけ後悔した。
何で私はあんな事を言ってしまったのだろうか、と。
私はユールとは赤の他人なのに、そんな事を言う資格があったのだろうかと。


328carnival (re-construction ver) Last Phase -day break-:2010/04/23(金) 23:51:23 ID:3MvO4TED0

「ですよねー、あっはははっ!!」

 少しだけ沈んだ思考に、直接そんなセリフが飛び込んできた。
何が「ですよねー」だよ何なんだよ、と思ったのだが、
それはユールが自分の事を言ったのだと気付いたのは次の瞬間だった。

「は?」
「そうだね。あれは私の喋り方じゃないもん。
 あの喋り方は何か疲れちゃって。これから何時間か話をするのに
 だるい思いをするのは嫌だなって思ってたの。
 だから、ありがとう。クロイスってなんだか、クーリーみたいな人だね」

 これだ。こんな喋り方だ。
ユールと接点のあった人物から得られた証言に基づいた推測に、かなり近い。
 これでこそユールなのだ。
今までに日のあたる素晴らしい世界に連れだしてあげたいと願った、あのユールなのだ。
そして、私は何者なのかを知るための答え合わせをしてくれる人物なのだ。

「クーリーというと、ジェームズのことか」
「そうそう。そういえばクロイス、ちょっと聞きたい事があるんだけど」
「何だ?」
「クーリーはその名前で呼ばれて嫌な顔をしていなかった?」
「嫌な顔、か……分からないな。少なくとも、そんな気配はなかった、とは思う」
「そうなの……じゃ、許せたのかしらね」
「許す、とは?」
「クーリー、一年前のカーニバル事件が起きるひと月前くらいにお父さんに聞かされたんだって。
 クーリーの眼が良いのは、実はお金欲しさに人体実験の被験者として差し出したからだって。
 もちろん、クーリーはそんな話は信じなかった。でも、ルセが私に教えてくれたの。
 カーニバル事件が起きた日の出撃前に、クーリーはWSFからその話が本当だと聞かされて……」
「大体は分かった。それで……」

 その話がどうでもいい、とは思っていない。
しかし、手術がらみで一番気になっていた事があった。 

「私は一体、何の手術を受けたんだ?」


329carnival (re-construction ver) Last Phase -day break-:2010/04/23(金) 23:55:58 ID:3MvO4TED0
 そう、それが問題だった。
私は一体何をされたのか、それが全く分からない。
ただ、ある程度の予測はついていた。それをユールは言うかどうか……

「それは、円環の話とリンクする所があるんだ。
 だからその話をしながら、クロイスの事も話していこうと思うんだけど、いい?」
「何でもいいさ、分かるのなら」
「うん。それなら……何を話せばいいのかな……
 私がカーニバル事件に関わったきっかけの一つとして、
 千年ごとに訪れる世界の破滅を止めるってのがあったのね」
「知ってる」
「それで、私が戦った理由は、それを止めるための力があったというのもあるんだけど
 それだけじゃなかった。大切なものを守りたかったからなのね。
 その思いが私の力を増幅させるらしいんだけど、それはこの話とは関係がないから省くわ。
 簡単に言うと、世界は千年間を一つの単位として、スタートとゴールを繰り返しているの」

 言っている意味が分からなかった。
ただ、その言葉から読み取れる事を口にする事しか私には出来なかった。

「つまり……今から数えたら4000年には、この世界は破滅すると?」
「うん。でも、そういう事実、真理があるのに、
 どうしてこの世界は存続を続けられていたと思う?」
「それはお前のような特別な存在が、世界の破滅を回避させてきたからだ」

 そのはずだった。が、

「違うよ」

 あっさり否定された。


330carnival (re-construction ver) Last Phase -day break-:2010/04/23(金) 23:58:40 ID:3MvO4TED0
「確かに私は世界の破滅を止める役割を背負ってるけど、
 私だけじゃ全部食い止める事は出来ない。
 そこで、もう一つの役割をもった存在が必要になるの」
「それは……何なんだ?」
「世界の千年ごとの崩壊には、世界の円環が深くかかわっている。
 一つの大きな輪っかがあると想像してみて。
 でもそれには一つだけ欠陥がある。その輪は繋がってないの」
「だから途切れてしまう。そのサイクルはちょうど千年、という訳か」
「そうそう。それで、その輪を繋ぐ作業は私がしたんだけど、
 その作業をする前は、どこをどのように繋げたらいいのか分からなかった。
 そこでクロイスが何をされたか、というのが関わってくるの」

 ようやく、私が一番聞きたい所が来た。
しかし予想より重大そうな感じがする。正直な感じ、聞きたくないという思いもあった。

「……それは何なんだ」
「簡単に言うと、クロイスは頭の中を手術されたんだ。
 WSFの新兵器のアイデアに、危険を予知して知らせる補助的な兵器があったの。
 簡単に言うと、虫の知らせを感じ取って、それを伝える……みたいな」
「なるほど。で、私の頭に何を埋め込んだかというと……」
「もう分かっていると思うけど、クロイスの勘は、実は与えられたものなんだ」

 それを聞いて、やはり、という思いが私の頭を占めた。
しかしこうもあっさりと告げられるとは思わなかった。
ドラムロールなんかが鳴るくらい、間をおいてくれてもいいと思ったのだが。
 自分のアイデンティティが崩壊するとは言われてはいた。
しかし、ここまでダメージが深いものだとは思っていなかった。
私の無意識が、自身の勘をアイデンティティだと、自己を証明するものだと認識していた。
それを与えられたものだと、生まれ持って備えていたものではないと言われると……

「……ちっ、クソったれ……」

 少しだけ涙を浮かべ、そう呟く事しか出来なかった。


331carnival (re-construction ver) Last Phase -day break-:2010/04/24(土) 00:03:19 ID:3MvO4TED0
 私の口から暴言が出て、それからしばらく経った。
こんな空気を経験した事がないのか、
ユールは不安そうな表情を浮かべていた。
そんな彼女の口から放たれる言葉が、この場を支配していた沈黙を破る。

「でも……クロイスのモニタリングデータで、円環の破損個所が分かったんだ」
「私のモニタリングデータで、だと?」
「うん。例えばクロイスは……確か……
 前にお友達の宝くじを買ってあげた事があったよね?」
「あぁ……狙って、三等のものの番号を書いた事はある」
「それも、音ゲーをやってるような感覚で、分かったんだよね?」
「あぁ。前に話したたとえ話が一番近いと思う」
「そんな事をクロイスは、生まれてからの二十年近くもの間ずっとやり続けていた。
 だからこっちでは、クロイスが頭の中に埋め込んだ機械から得られた超感覚を
『勘』として受け取って、それをどう処理したのかというデータがたくさんあるの。
 んで、それらのデータは円環のどこが壊れているかを判断するために使われたんだ」

 あの時の私は、自らのアイデンティティを否定された
ショックから立ち直れずにいて、ユールの話は少し流し気味に聞いていた。
しかし話の後半部分だけを聞いて、うつむいた目をユールの目に合わせる事が出来た。

「……大体は分かった。円環を直す役目をもっているのがお前。
 円環のどこが壊れているのかを教えるのが、私……ということか」
「大体そんな感じ」
「……いや、ちょっと待て」

 私の頭の中に違和感が生まれた。

「それじゃおかしいぞ」
「え?」
「カーニバル事件は、ダロール・フェニル総帥が起こしたクーデターだった。
 しかしそれは闇にとりつかれたダロールで、ダロール本人が意図して起こしたものではなかった。
 あの事件と今回の円環とやらは……関連性がないんじゃないか?」


332carnival (re-construction ver) Last Phase -day break-:2010/04/24(土) 00:11:01 ID:wmb+FutL0
 私の感じた違和感とは、まさしくそれだった。
どう考えてみても、ダロールを操った闇が起こしたクーデターと
今回明らかになった円環の話は繋がらないのだ。

「それがね、実は繋がるんだよね」

 ユールはあっさりそう言った。
私は思わず、あ?と言ってしまった。それしか言う言葉が浮かばない。

「繋がらないように見えて、本当は繋がるんだよ」
「なぜだ」
「闇が人にとりついて、千年の終わりに世界を破滅に導く……
 このサイクルは、円環が仕組んでいた事なんだ」
「……分かりやすく言ってくれ」
「うん。言い忘れたけど、円環っていうのは、この世界や別の世界……
 時間学や空間学で証明された『並行世界』を支えている存在なんだ」
「そいつは、生き物なのか?」
「いいえ、意思を持った無機物というか……
 姿としては指輪みたいな形をしているけど」
「で、その円環が悪意をもって私達を殺そうとしていると?」
「違うよ! その反対で、円環は私達を生かそうとしている。
 でも……三千年前から円環の世界を存続させる力が弱まっているんだ」
「それで?」
「それで……人にとりつき、世界を破滅に導く、闇の力が生まれた。
 千年サイクルで円環は、自分の意思とは関係なしに
 闇の力を生みだして、そして自分の意思で光を生みだしたの」

 そういう事らしい。
千年ごとに世界を破滅に導く闇とやらは
三千年前の円環の力の減衰により生まれたのだと、ユールは言った。
そして、それに対抗すべく、円環は光の力を生みだし……
それは二千年前と千年前に闇と戦った人物に宿り、そしてそれはユールに宿っている。


333carnival (re-construction ver) Last Phase -day break-:2010/04/24(土) 00:18:21 ID:wmb+FutL0
「……大体の話は分かった。だが、まだ分からない事が一つだけある」
「なに?」
「お前が円環を修復して、世界は大丈夫だという事は分かった。
 だがな、その円環の損傷個所を調べるのに、どうして私の勘が……
 お前達に与えられた勘から伝えられたデータが、なぜ必要だったんだ?」

 恐らくこれが、最後に残された謎だ。
これまでの活動の中で、多くの真実を暴き、知る事が出来た。
しかしこれらは、あまりにも現実離れしている話である。
これを現実といってよいのかは分からない。ただ、これが真実だという事は出来る。

 私の勘は、与えられたアイデンティティは
この世界の存続のために使われたらしい。
偽物であったとしても、それでも私は喜ばずにはいられなかった。
 だが、知らなければならないだろう。
私の勘から読み取った研究データが、どんな理由があって使われたのかは……

「それは、人間の頭じゃ絶対に分からなかったから」
「何だって?」
「円環の損傷個所は、人間が考えても分からなかった。
 コンピュータが生まれた理由って知ってる?」
「うろ覚えだがな。最初は人間の計算を楽にするため……
 後にはある兵器の破壊力を演算したり、敵軍の暗号を解読するため……
 最終的には、人が安全かつ楽に生活するため……まてよ、まさか……」
「察しがついたと思うけど、クロイスの勘のデータが必要だった理由は
 円環が発信している情報を読み取るためだったの。
 それを受け取る事が出来るのは私だけなんだけど、さっぱり意味が分からなくて」
「そこで、勘とはこういうデータで成り立っているという実験成果が必要だった。
 そのために私は勘を与えられ、お前達に勘とはどういうものかを教えていた……」
「うん。クロイスの勘をコンピュータで再現して、
 そのコンピュータを使って、私は円環の情報を読み取った。
 それで、どこが壊れているかを知ったから、光の力で修復できたの」

 これが最後に残された謎の答えだった。
これを聞いた私と、これを読んだあなたは、大体の真相を知る事が出来たと思う。
しかし……まだまだ残されている小さな謎はある。
それを明かして、そしてこの物語にオチをつけ、幕引きをしようと思う。


334旅人:2010/04/24(土) 00:22:00 ID:wmb+FutL0
 いかがでしたでしょうか。これにて今回の投下は終了です。

 クロイスの勘は、実は与えられたものであった……
これは読んでくれた人たちの殆どは分かっていたのではないでしょうか。
恐らくは、予想された結末だと思います。それと、次回が最終回です。頑張ります。

 唐突ですが、僕は僕がこれまで投下した作品の殆どは
ここに投下されるべきではないものであったと自覚しています。
 しかしこれには理由があります。
僕が物語を読んで、この人は凄いなと感じる着眼点の一つに
「身近ではないものを題材にし、読んだ人を惹きこませる、そして楽しませる」ことがあります。
 そういう観点で考えても、これまでここに素晴らしい作品を投下した
多くの作者さんは凄い人だと、良い作者さんなのだと思わざるを得ないのです。

 そして僕は、そんな考えに基づいてある事を考えたのです。
「音ゲー要素を下地に、多くの作者さんとは
 全く別の路線の物語を書く事は出来ないだろうか」と、いつからかは忘れましたが、そう思ったのです。
その思いの集大成が、このカーニバルという物語です。
これで僕も、きっと良い作者になれる……そう思ったのです。

 けど、これはここに投下すべき作品ではなかったのではないか?
今までに投下した駄作よりも、さらに駄目な作品なのでは……?そう思う事があります。
これが真に駄作といえるかどうかは、最後まで読まないと分からないかもしれません。
 そこで、これを読んでいる皆さんに、お願いがあります。
最終回を投下し終わった後に、この問いかけに、もしよろしかったら答えて頂けないでしょうか。

「『旅人』と名乗った作者は、あなたにとって良い作者でしたか?」


 すみません、何かあの、でしゃばってすみません。
けれど、不安なんです。僕が二年近く書いてきた作品たちは、特にカーニバルは、
果たして本当に読んでくれた人を楽しませる事が出来たのか、それが不安なんです。

 今回もここまで読んで頂き、ありがとうございました。最終回をお楽しみに!
335爆音で名前が聞こえません:2010/04/24(土) 09:16:48 ID:Sm4pNhBH0
>>334
多分2-387氏が指摘した部分は、>>318にある

>「もう、アルの馬鹿! (バコンと殴ってから)すみません、ご迷惑をおかけしまして……」

の部分じゃないかな。
台本っぽいとあったから、多分ここの事を言ってるんだと思う。

遂に次回で最終回か。
幕引きが一体どういう形になるのか、楽しみにして待っていますよ。
336爆音で名前が聞こえません:2010/04/29(木) 01:25:51 ID:POExBaA70
そろそろageる時期。
そういえばテンプレにある二時創作総合スレ、消えちゃってるな…
337爆音で名前が聞こえません:2010/05/04(火) 21:27:07 ID:A1tKKfI3O
あげ
338旅人:2010/05/08(土) 22:57:05 ID:st665sy90
>>335さん
あぁ、そこのことだったんですね。
僕は書いてて変だなとは思いませんでした。
今思えば、別の書き方もあったと感じます。気をつけていこうと思います。


 今晩は、旅人です。
現在、カーニバルの最終回を書いている途中でして
完成まであと三分の一程度残っているのですが、
このスレに投下するには容量が足りません。
一スレあたり500KBだというので、あまりにも足らない訳です。

 そこで投下する時に、必要であれば自分でスレ立てをして
投下をしようと思ったのですが、その前にこのスレを埋めてみようと思いまして。
そんなわけで書いてみたのが「adittion」というタイトルの短編です。
久しぶりに小暮と町田を書いたので、何か違和感があるかもしれません。

 それでは埋めネタを投下します。今回もよろしくお願いします。
339addition:2010/05/08(土) 23:00:15 ID:st665sy90
 2010/5/7

「町田さーん、起きて起きて! もう朝の九時なんだけど!」

 小暮の探偵事務所に、事務所の主の声が響いた。
事務所にあるソファーで眠っていた町田に対するものだ。

「……へ?」
「だから、朝の九時だって言ってるんですよ。
 もう朝御飯の支度は出来ていますからね。一人で食べて下さいね」
「……あ、ごめんごめん。
 で、小暮君はこれから何をするの?」
「仕事ですよ。仕事っても、探偵業の方じゃないです」
「あ、塾の?」
「そうです。明日は小学校一年生に足し算を教えないと」
「そうなんだ。じゃあさ、1+1は?」
「2……としか言えないじゃないですか」
「はずれ〜。正解は田んぼの田でした!」
「……子供みたいな真似しないで、さっさとご飯食べて下さいよ」

 わかった〜、と町田は言ってソファーからとび起き、そして小暮の部屋へと歩く。
この事務所は大体、探偵業のためと塾のための事務所と
トイレ、風呂、キッチン、居間、寝所がそろった小暮の部屋からなっている。

 小暮がIIDXのDPを始めたのと時を同じくして起きた事件以来、
彼と町田は一つ屋根の下で暮らすことになった。
かといって、別に二人が特別な関係にあるわけでもない。気の会う友人といった感じだ。


340addition:2010/05/08(土) 23:09:23 ID:st665sy90
 この日、小暮は明日の授業のためのプリントを作っていた。
一桁の足し算、一桁で繰り上がる足し算の問題を適当に書き、
そして印刷すれば良いだけの簡単な仕事だった。
 それで満足すればよいものを、小暮はどうも納得がいかない。
彼は小学校一年生でも簡単に、四桁の数字で足し算が
出来るようになるのではないかと考えていた。

 小暮は朝食を終えた町田にそのことを相談した。
うんうん、と相槌を打ちながら話を聞いた彼女はこう提案した。

「もしかしたら、それは出来ない事じゃないかもね。
 でも……無理強いは駄目だよ? そこのところは……」
「うん、そこは気を使うつもりでいるけど……
 町田さん、今日はどこかに出かけない?」
「いいけど、考えなくて良いの?」
「考えすぎるのも駄目なんですよ。特に僕の場合は……
 天気は曇りだけど、きっと晴れますよ。
 今朝の天気予報の人は、いつも外すっていうので有名だから」
「じゃあ分かった。一緒に行こう!」

 町田はそう言うとすぐに外出の支度を始めた。
楽しむことに関しては素早いよな、と思う小暮だったが、
そんな町田に悪い感情は持っていなかった。


341addition:2010/05/08(土) 23:17:15 ID:st665sy90
「けど、結局来たのはゲーセンなのよね〜」
「途中でレストランに寄ったじゃないですか。忘れたんですか?」

 外出から数時間後、二人は白壁の前に立っていた。
この白壁が意味するものは、この略称がつけられているIIDXの楽曲ではなく、
二人が暮らす市にあるゲームセンターである。

「町田さん、ここで何クレか使ってから帰りましょう」
「そうだね。じゃ、ギタドラでもやる?
 平日の昼間だから、人はあまりいないし……」
「分かりました。足を引っ張らないよう、頑張ります」

 そんなわけで、二人は白壁で音楽ゲームをプレーして時間を過ごした。
この時の小暮の頭の中には、足し算で悩んでいたことなど消し飛んでいただろう。

 しかし、一度頭の中を支配したものはそうそう離れてくれるものではない。
それは小暮が町田のIIDXのSPを見ていた時に訪れたのである。
 町田はエクストラステージで、冥(A)を選曲、難なくノーツを捌いていく。
この光景は見慣れてしまったと言ってもいい小暮だった。
だが、その光景が小暮に足し算のことを思い出させてしまう。

「二桁の足し算、三桁の足し算、四桁の……
 どうやって簡単かつ確実に教える事が出来るんだ?」

 小暮は町田の後ろ姿と、大量に降るノーツと、
そして爆発する判定ラインを見ながらそんな事を考えていた。
 モニターがリザルト画面を写す。
殆ど右肩上がりのゲージ推移。
トータルノーツ2000。
ジャストグレート1890。
グレート65……


「分かった!分かったぞおおぉぉぉ!!!」

 小暮は叫んだ。自分が今どこにいるか、何をしているかを忘れ、思いっきり叫んだ。

「これで子供たちに足し算を教えられるぞおおぉぉ!!!」


342addition:2010/05/08(土) 23:23:57 ID:st665sy90
 2010/5/8

 その日の夕方、小暮の事務所に三人の子供がいた。
横幅の長いテーブルに、それぞれが勉強道具を持って準備している。
子供たちの視線の先には小暮がいた。

「やぁ、今日は。
 今回は足し算についてやっていこうかと思います」
「知ってるー! 1+1は2になるんでしょ!?」
「はい正解。よく出来ましたー。
 でも今からやる足し算は少し難しいんだな。ちょっと頑張ってみて!
 はい、じゃあ、5+6は?」

 答えはどう考えても11である。
しかし小学校一年生の三人には、まだ難しかったのかもしれない。

「難しい? じゃあね、5+5は?」
「10!」「10!」「10!」
「そうだね。そんじゃ、それに1を足すと? 1の位に1を足せばいいんだから?」
「11!」「11!」「11!」
「よくできました。よし、それじゃあちょっとこっちに来て。
 さっきのように足し算をして、ゲームをします」

 ゲームという単語に反応してか、子供達は喜んではしゃぐ。
小暮の後についてきた三人は、小暮の部屋にいる町田の姿を見て喜んだ。

「あ! 町田のお姉ちゃんだ!」「彩お姉ちゃんだ!」「お姉ちゃんだ!」
「今日は〜。小暮先生に頼まれて、私も皆の勉強に協力するからね。
 まずは早速だけど、これを見て欲しいんだ」

 そう言って町田はテレビの前に向かって歩き、電源を付けて座る。
画面にはIIDXのCS 13 DISTORTED のトレーニングモードの画面が映っている。


343addition:2010/05/08(土) 23:28:49 ID:st665sy90
「んじゃ、今から私が皆に画面を見せるから、足し算してみて!」

 町田はそう言うと、トレーニングする曲を冥(A)にして
一小節送りで子供たちにオブジェの数を数えさせた。
小暮はこの時に二桁の数を足し、三桁になったらどうなるのかを教えた。
 子供達は一生懸命考えながら、何枚ものA4用紙を使って
冥(A)の全ノーツ数を調べ上げていった。

 一時間弱もの時間をかけて、子供達は小暮にそれぞれの答えを見せた。

「うん、頑張ったね。じゃあ答えを見てみようか。
 1989か……惜しいなぁ。2007……これも惜しい。
 で、君のは……2000! これ凄いよ、当たってるよ!」
「え、ほんと?」
「本当さ! よくやったね!」

 小暮に褒められた子供は嬉しそうにとび跳ねた。
正解を書けなかった二人の子供も、
ようやく終わった無駄な計算から解放されて
とても幸せだというように笑っていた。

「小暮君、やったね」
「いやぁ……まさかここまで理解が進むなんてなぁ……」
「よく思いついたと思うよ、一小節ごとのノーツで足し算させるなんて」
「えぇ。でもこれ、町田さんのお陰ですよ。
 僕がリザルト画面を見なかったら、これ、思いつかなかったし」
「そうそう、その時の話で、ちょっと」

 町田は小暮に顔を近づけて言った。

「……しばらく出入り禁止だって」
「え?」
「白壁の店長から電話が来たの。私が出たんだけど、そう伝えるようにって」
「え? どういうこと?」
「ゲーセンで大声で叫んでもらったら困るって言ってた。
 まぁ大丈夫よ、出入り禁止期間は今月中みたいだから」

 それを聞いた小暮は、しばらく時間をおいてから言った。

「うん、ねぇ……こりゃぁ、ないだろうよ……」


344旅人:2010/05/08(土) 23:34:01 ID:st665sy90
 バットエンドで締めくくらさせていただきましたが、いかがでしょうか?

 これが僕の15作目となります。
僕の中で15といえばアドベンチャー、アドベンチャーといえばポップンなのですが、
今回は冒険をしてみました。いつもしていると思うのですが。
 算数と音ゲーの融合で教育革命!ってのが書きたかったんです。
んで、このネタを思いついたのは今日です。
きっかけは、ゲーセンで皆伝が冥(A)を余裕にクリアしていったのを見て、です。

 次回こそは本当に、カーニバルの最終回を投下します。
その時はどうかよろしくお願いします。ここまで読んで頂き、ありがとうございました。
345とまと ◆iK/S6sZnHA :2010/05/10(月) 20:39:01 ID:k7DfOn130
>2-387さん 
感想ありがとうございます。 
でもって、前スレの埋めネタの件でビックリ。
一ファンとして新作楽しみにしてますよ!

>旅人さん 
発想がいい意味でアホらし過ぎて笑いました。
1989とか2007とか、ちゃんとIIDXの曲名にゆかりのある数字を 
持ってくるあたり芸が細かいなぁw 
本編の最終回もお待ちしとります。 



さて、容量がいっぱいになってしまったので、 
新スレ立ててそちらで続きを投稿したいと思います。
346とまと ◆iK/S6sZnHA
次スレです。

創作小説with音ゲー 7thtrax
http://schiphol.2ch.net/test/read.cgi/otoge/1273491813/l50

テンプレの漫才・二次創作スレはdat落ちしたようなので消しました。