プロジェクトSEX 皇太子妃の子供を作れ!

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1名無しさんといっしょ
原稿大募集!
2ななし:2001/05/18(金) 06:37
試験管ベビーの噂は嘘だよ>>1
3名無しさんといっしょ:2001/05/18(金) 23:17
AGE
4名無しさんといっしょ:2001/05/19(土) 06:39
age
5名無しさんといっしょ:2001/05/19(土) 11:26
あげ
6ゾマホン:2001/05/20(日) 00:10
主題歌は♪痴情の星で決まりだね。(w
7名無しさんといっしょ:2001/05/20(日) 00:16
元気なオタマジャクシは三波豊和からGet。
これなら子供がオヤジ似でも国民にばれない。
8名無しさんといっしょ:2001/05/20(日) 02:41
>>7 うにゃ秋篠宮らしいぞ
9没になった街頭インタビュー:2001/05/20(日) 02:59
あの一族に餓鬼が出来たってのは、そんなに喜ぶべき事なのか?
てめぇの身内でもないのに、喜んでるヤツラの気が知れない。
10まさよし:2001/05/20(日) 03:54
小泉総理も、憲法改正とか日本の改革とか、どうせできないなら、
「皇室をなくす」とか一度やってみればいいのに。
「皇室がないとやっぱりさみしい」とかで、50年後に皇室復活となったら
だれが天皇陛下になるんでしょう?
11名無しさんといっしょ:2001/05/20(日) 07:35
>10
マジレスかネタか判別付かない。

ともあれ、雅子の子が浩宮の子ではないことに一票!!
12名無しさんといっしょ:2001/05/20(日) 11:43
結構危惧されている問題だと思うが、ダウソだったらどうすんのかな?
13名無しさんといっしょ:2001/05/20(日) 18:56
三波豊和、密かに精子採取。
それを知ってしまったオヤジの春夫、
実は何者かに殺られたのです。
14名無しさんといっしょ:2001/05/20(日) 22:26
先週だっけ、正式に発表されたのは。
身体障害者でないと確認できたから、発表したんじゃない。
15名無しさんといっしょ:2001/05/20(日) 23:11
子供が悉く女だけの家系に男が生まれたら
なにかした可能性大。
16名無しさんといっしょ:2001/05/21(月) 01:11
>>12
確かに母体が高齢だと確率高まるよね。
前回そうだったから、下ろされてしまったって噂あったのか?
今回は羊水検査も終わったから発表したんじゃない?
>>14とかぶってスマソン
17名無しさんといっしょ:2001/05/22(火) 22:01
どんな体位でやったの?
18名無しさんといっしょ:2001/05/23(水) 03:59
尊皇攘夷。
19名無しさんといっしょ:2001/05/23(水) 04:03
皇廃位。
20名無しさんといっしょ:2001/05/23(水) 06:18
検査の結果、かたわであることが判明しましたので、葦の船に乗せて川に捨てました。
21名無しさんといっしょ:2001/05/23(水) 07:08
生まれて奇形だったら死産扱いで闇に葬られるんでしょうなぁ
22テーマ曲は:2001/05/23(水) 14:28
へーッドラーイト
テールラーイト♪
ガーキはまだ生まれない〜♪
23エノキ:2001/05/23(水) 14:33
 >>20
 日本神話はひどい人権侵害。学校で教えたら、障害児いじめ
につながる。
24名無しさんといっしょ:2001/05/23(水) 20:53
ここにその妹伊邪那美命に問ひたまはく、「汝が身は如何にか成れる」ととひたまへば、「吾が身は、成り成りて成り合はざる處一處あり」と答へたまひき。ここに伊邪那岐命詔りたまはく、「成り成りて成り餘れる處をもちて、汝が身の成り合はざる處にさし塞ぎて、國土を生み成さむと以爲ふ。生むこと奈何」とのりたまへば、伊邪那美命「然善けむ」と答へたまひき。ここに伊邪那岐命詔りたまひしく、「然らば吾と汝とこの天の御柱を往き廻り逢ひて、みとのまぐはひ爲む」とのりたまひき。かく期りて、すなはち「汝は右より廻り逢へ、我は左より廻り逢はむ」と詔りたまひ、約り竟へて廻る時、伊邪那美命、先に「あなにやし、えをとこを」と言ひ、後に伊邪那岐命、「あなにやし、えをとめを」と言ひ、各言ひ竟へし後、その妹に告げたまひしく、「女人先に言へるは良からず」とつげたまひき。然れどもくみどに興して生める子は、水蛭子。この子は葦船に入れて流し去てき。
25名無しさんといっしょ:2001/05/23(水) 23:36
>21
今はオトタケみたいなのは超音波エコーでわかるから、
事前に間引けるはず。
26名無しさんといっしょ:2001/05/24(木) 03:07
(なかぢまみゆきの歌流れる)

2001年。21世紀が始まった年。
それとは別の、何年だかわからなくなる迷惑な暦の基準となるある日本の家族に、存続の危機が訪れる。
最先端の科学や、優勢の多い母方の遺伝子を混ぜても消せない呪われた血統。
血族結婚の積み重ねがダイオキシン並に家系を蝕んでいた。
オンナか、カタワか。

しかし、もう後がない。

ギリギリにまで追い詰められた、日本で一番小さな家族は最後の決断をする。

(なかぢまみゆきの曲の音が大きくなる)


(タイトルバック「プロジェクトSエーックス)

(回想再現静止画像)

アカちゃんは思った。「私のせいじゃない。私はオトコを二人も作った。」

アヤちゃんは尋ねた。「とりあえず、ヒロちゃんが死んだらオレでどう?うちの娘のムコってーのは無理だろうな」

ヒロちゃんは言った。「うちのヨメは体がでっかいから、オレの製紙は至急まで泳ぎ着かずに死んでしまう。」

アカちゃんは答えた。「ブルックシールズにしろ柏原よしえにせよ、お前のデカ女好きは、将来困ることになると思ってたのだ。身の丈を、もとい、身の程を知れ」

ヒロちゃんは泣いた。

ヨメは口がゆがんだ。

妹は新井素子に似た。コミケに行ってみたい。
じいやは言った「アニメに凝るのはそろそろやめてください。ムコを調達せねばと思っとります。」

ヒロちゃんの母上は思った。「もうそろそろ、いっこく堂に私の声の代わりをさせとくのも疲れた。」

マサちゃんは思った。「これも、外務省の仕事のうち。いつか外務次官になるためだと思えば、あの小男の相手をするのも仕方がない。」

キコちゃんはつぶやいた。「笑い顔の整形って顔が突っ張るわ」

旧ヒロちゃんは古墳から飛び出してきてマイクに向かって唱えた。「無条件降伏」

スタジオに来ていたヒロちゃんの涙ぐんだ顔。
愛人を2人囲っている男性アナウンサーと、ベンツを乗り回す2世コネ女性アナウンサーが、泣かせよう泣かせようとする。
ヒロちゃん号泣。ツ…ツライ。

(感動のうちに番組終了)

…イマイチか。
27名無しさんといっしょ:2001/05/24(木) 04:02
↑自分で認めているように、いまいち。長いんだよ。

大正天皇の悪夢再び。
2826の名無しさんといっしょ:2001/05/24(木) 09:33
>>27
すまぬ。反省する。芸を磨いて出直しますわ。
29名無しさんといっしょ:2001/05/24(木) 15:21
age
30名無しさんといっしょ:2001/05/25(金) 06:12
>>28
そうして下さい
31名無しさんといっしょ:2001/05/25(金) 15:17
93/01/20 東京朝刊 一面 05段
全力で守る/皇太子さま 言葉信じて/雅子さん おそろいで初会見=号外も発行

 ◆悩み、迷いを乗り越え
 皇室会議で結婚が正式決定した皇太子さま(32)と小和田雅子さん(29)は、十九日午後二時四十六分から約二十二分間、東京・元赤坂の東宮仮御所で記者会見された。この中で、雅子さんを結婚へと動かした決め手は、「雅子さんのことはぼくが一生全力でお守りします」という皇太子さまの言葉だったことが、明らかにされた。また、皇太子さまは周囲の声に、雅子さんは皇室入りと外交官という仕事を捨てることに、それぞれ悩み、乗り越えるまで長い道のりがあったこともしんみりと語られた。
 お二人によると、皇太子さまのプロポーズは、昨年十月三日、千葉県市川の新浜鴨場でのデートで。「結婚していただけますか」と率直に切り出されたが、雅子さんの返事ははっきりせず、十二月十二日に仮御所で会った際に再び申し込んだところ、雅子さんは「私でよろしいんでしょうか」と確認したうえで、「殿下のお力になれるのなら、謹んでお受けします」と承諾の返事をしたという。
 雅子さんのこの決心の裏には、皇太子さまからの「心を打つお言葉」があった。雅子さんによると、「皇室に入るには不安や心配があると思いますが、ぼくが一生全力でお守りします」「(皇室に来てもらいたいが)本当に幸せにして差し上げられるのか、悩みました」という誠実さあふれる二つの言葉だった。
 プロポーズに応じた際、雅子さんは「殿下の言葉を信じて二人でやっていけたらと思います。殿下に幸せになっていただけるよう、また私自身もいい人生だったと振り返られるようにしたいと思います」とも話したという。
 お二人の出会いは昭和六十一年。その時、皇太子さまは雅子さんに「心が通じ合うという感じ」という好印象をもったが、その後の交際中断については「(雅子さんの祖父がかつて社長を務めた)チッソの問題もあり、宮内庁でも慎重論が出て、中断もやむを得なかった」とされた。
 しかし、その間も「常に雅子さんのことが念頭に」あった皇太子さまは、そのことについて宮内庁に申し入れたことを明かし、「周囲の意見、考えも大切にしたいと思っておりましたので、雅子さんでいいということで固まった時は、大変うれしく思いました」と、ご自分の立場をわきまえ悩んだことを率直に口にされた。
 雅子さんも、外交官という職業への断ち切れない思いがあり、「外務省を去ることにさびしさを感じないと言ったらうそになる」と複雑な心境をのぞかせたが、「私が果たすべき役割は皇室という新しい道で自分を役立てること。今は悔いはありません」と言い切った。
 どのような家庭を作りたいかという質問には、皇太子さまは「安らぎのある明るい家庭」を挙げ、雅子さんはそれに加えて「苦しい時やつらいことがあった時に、いたわりあって助け合っていくことができるような家庭を」と述べた。
 また皇太子さまは、皇室入りする雅子さんについて「苦労があった場合には私が全力で守って、助けてあげたい」と、この結婚に寄せる強い決意を改めて示された。
 この日の会見には、外国特派員協会の代表としてロイター、ワシントン・タイムズ、CNNの三社も加わった。

http://www.yomiuri.co.jp/yomidas/konojune/93/93n1c.htm
32名無しさんといっしょ:2001/05/25(金) 15:17
毎日新聞特集記事(94年)

雅子妃のもっとも身近にいた人物に会った。小和田家のお手伝い、皆川薫さん(43)。
「今の雅子さまが、本来の雅子さまだと思います。おっとりした方です。キャリアウーマンは、
マスコミが作り上げたイメージに過ぎません」。結婚後、雅子妃の母優美子さん(58)は
「外務省で仕事をするより、結婚を選んだことはあの子にとって良かった」と話していたと明かす。

 皆川さんによると、雅子妃はお忍びを含めてこれまで東京・目黒の小和田家に5回ほど里帰りした。
うち2回は皇太子さまも一緒だったという。「かいがいしい感じで……。殿下に私が料理を出す時も
手を添えてくれたり、普通の新婚さんですよ。何かを変えようとして皇室に入ったわけじゃないんです。
皆さんが期待され過ぎている」と語る。

控えめな性格については、周囲の見方もほぼ一致する。

 皇室会議の日のロイヤルイエローのドレスを作り、今も雅子さまの洋服作りを手掛ける
ファッションデザイナー、角田明美さん(65)は「初めから静かで優しく、とてもバリバリの
キャリアウーマンという感じではなかった。おばあちゃまとまるで子供のように、コロコロと笑って
話されるのよ」と振り返る。
33名無しさんといっしょ:2001/05/25(金) 15:17
雅子妃殿下33歳 御所内で初の単独会見
一部の皇室報道に疑問提起

皇太子妃雅子さまは九日、三十三歳の誕生日を迎えられた。これに先立ち、東京・元赤坂の東宮御所で記者会見に応じ、この一年の印象、外国メディアや国内週刊誌の皇室報道への疑問、皇太子妃としての立場などについて、率直に語られた。
(中略)
 これからの一年については「自分の立場で何かお役に立てることがあるのであれば、力を尽くしていきたい。皇太子殿下とご一緒に、日々の生活を明るく、生き生きと過ごしていくことができたらと思っております」と抱負を語られた。
 ご自身が、海外メディアで「姿を消したプリンセス」「沈黙する悲しみの妃」などと、繰り返し報じられたことは「ある一つの側面なり、一つのテーマというものを強調するあまり、少し事実にはないようなことを事例として挙げていたり、極端な結論を導いていたりしている」と分析。
 「私の姿が見られるのは列車や車に乗るときだけになったですとか、公の場にはほとんど姿を見せない、といったものもあったようですけれど、本当にそうでしょうか。少し極端に過ぎないでしょうか」と疑問を投げかけられた。
 特に、国内の週刊誌報道などについては「皇室なり、宮内庁なり、私に対して一定の先入観を持って、事実に基づかない憶測を中心として議論を進めている。そして、その上にとてもセンセーショナルな見出しがつけられていることがございます」と批判。「そういったことで、国民の中に皇室ですとか、皇族に対して誤解が生じたり、間違ったイメージが広がっていかなければいいけれど」と懸念を示された。
 皇太子妃の立場と自分らしさの調和については、「私の中に伝統的な部分と新しい部分と両方があって、その時々でどちらの要素をどのように生かしていくかということ」と話された。
 日常生活については「皇太子殿下には何事についても、なるべくよくご相談するように心がけております」と述べ、赤坂御所内で、皇太子さまのジョギングに自転車で伴走をしているエピソードを紹介された。
 最後に、初の単独会見の感想を聞かれると、「のどがからからになりました。今までは殿下がお隣にいらっしゃったので、安心感があったのですけれど。少し緊張して参りました」と笑顔で答えられた。

http://www.sankei.co.jp/databox/paper/9612/html/1209side07.html
34名無しさんといっしょ:2001/05/25(金) 15:17
雅子妃35歳誕生日会見

Q3:結婚されて5年を過ぎましたが、夫婦円満の秘訣は何ですか。夫婦げんかになったりした時は、どのように仲直りされますか。できればエピソードを交えお聞かせください。

 A:まず何よりも皇太子殿下がいつも大変に寛大なお心で、私のことを温かく見守って下さるということに感謝申し上げたいと思います。幸い、公務なども含め、一日のうちで二人でともに過ごす時間というものが長いものですから、いろいろなことをご一緒に体験することができますことを大変幸せなことと思っております。そして、そうですね、あの、それぞれが関心を持っておりますことにお互いに関心を寄せて、何ごとについても、いろいろと話し合うという雰囲気ができているように思います。夫婦げんかにつきましては、ご期待に添そえないかもしれませんが、仲直りが必要なようなけんかには、あまりなりません。ただ、相手の、相手に不快な思いをさせてしまったかしらと思う時には、素直に謝るということが大切なのかもしれないと思っております。それから、今、犬(注:参照)がおりますけれども、この犬がいるというのも夫婦の仲にとって、とても良いように思います。よく夫婦げんかは犬も食わぬと申しますけれども、けんかの種は割と良く拾って食べてくれるような気がいたします。(一同笑い)

http://www.mainichi.co.jp/eye/feature/details/koushitsu/masako/3-01.html

Q4:皇室に入られた当初と現在とで、皇室に対するお考えやイメージはどのように深められたでしょうか。両殿下の皇室での役割、若い世代の皇族としてご自分たちらしさをどんな面で生かしていきたいとお考えですか。

 A:皇室に入りましてから、いろいろなことを経験する機会に恵まれ、大変ありがたいことと思っております。お陰さまで、初めのうちは、右も左もわからず、一つ一つのことを一から教えて頂いておりました。宮中のお行事や、それから公務なども次第に慣れてまいりまして、段々と楽しく感じるゆとりも生まれてまいりました。その中で、皇室の中では、あの、両陛下お始めが、国民の喜び、そして悲しみと伴のう深くお心にお留めになり、そして、あのご自身のお喜び、ご自身の悲しみとして、日々お過ごしになり、また、あの、国民の幸せというものを常に願っていらっしゃるということを幾度となく実感いたします。それから、また、私は以前、普通の生活をしておりましたので、考えてみますと、皇族の公務というものは、一般の方の目に映るよりもかなりたくさんあって、そしてまたあの多岐にわたるのではないかという気がいたします。特に陛下は、皇居でのご公務も大変多くおありになり、そして毎日、大変お忙しい日々を送っていらっしゃいます。そのあたりのことが、国民の皆さんにも広く理解されていると、よろしいんですけれども。そのあたりいかがでございましょうか。

 それから私たちの皇室での役割ということでございますが、やはり、皇室での役割としては、両陛下を私たちの立場でできる限りにおいて、お助けしていくということが大切なことだと思っております。そして、若い世代の皇族としてということでは、皇太子殿下は、いつも私たちと同じ比較的若い世代の人々がどのようなことを考え、どのようなことに関心があり、そしてまた、皇室にどのようなことを期待しているのかということを、常に視野に入れていきたいというふうにおっしゃっていらっしゃいまして、私もこのことを、とっても大切なことだと思っています。それから、殿下にはイギリスへのご留学の経験がおありでらっしゃいますが、その時に大変多くのことを吸収なさっていらっしゃったようにうかがえますので、そのような視点も大切にしていきながら、世の中の様々なことに関心を持っていくことができたらというふうに思います。昨年もお話ししたかもしれませんが、いろいろな新しい考え方ですとか、新しい技術、そういったものに触れていくということも、大切なのではないかと思っています。また、自分たちらしさということに、自分たちらしさを生かしていくということについては、皇室で長い間培われてまいりました伝統というものを大切にするということも、大切なことでございますし、また新しいものを取り入れていくということ、それからまた、自分たちらしさを大切にするということ、それぞれが大切なことだと思います。そしてそのような違ったいろいろな要素を、その時々で、どのようにバランス良く取り入れていくのかということについて、常に考えながら若い世代の皇族としてどのようなことができるのか、殿下とご一緒にご相談しながら、常に考えていきたいと思っております。

http://www.mainichi.co.jp/eye/feature/details/koushitsu/masako/3-02.html
35名無しさんといっしょ:2001/05/25(金) 15:18
Q5:最近、公務を離れて興味をもって取り組んでおられること、楽しみにしておられることはどんな事ですか。

 A:楽しみにしていることは、いろいろとございますが、そして以前お話ししたこととも重複するかもしれませんが、1年に何回か自然の豊かなところを訪れる機会に恵まれました折には、そこでいい景色を、きれい、美しい景色を眺め、そしてきれいな空気を吸って、そしてまた、山歩きなどをしながら、植物ですとか、あのそういったものについて、いろいろと教えて頂くこと、それからまた、そういう空気のきれいなところでは、夜には天体観測をしたりすることも大きな楽しみになっております。それから、日々の生活では、先程もお話しに出しましたが、犬たちとの散歩ですとか、いろんな触れ合いを通じて、たくさんの楽しみや喜びを見いだしております。

 それと今年の夏、クワガタムシ(ノコギリクワガタ)の、昆虫のクワガタですけれども、クワガタが、ここの、御所の窓の外の所で、弱っているのを見つけまして、私自身ここにクワガタがいるということ自体、驚きだったんでございますけれども、皇太子殿下がお小さいころに、クワガタやカブトムシもここにたくさんいたとかっていうことで、殿下も大変久し振りに御覧になられたということでしたけれども、クワガタが弱っておりましたので、保護いたしまして、飼育いたしました。そして、その後、雌を加えて、一緒に飼育いたしましたところ、繁殖いたしまして卵を産んで、それで今は幼虫を飼育しております。幼虫の飼育というのは、取り掛かってみて分かったんですけれども、クワガタの場合、成虫になるまでには3年ぐらいかかる、ということで、割と長い、3年がかりの仕事になるかしらと思っておりますけれども、子供のころに、親しんだ昆虫にまた触れることができて、そのことによって、いろいろな、たとえば虫ですとか、そういった小さな命一つ一つが、大変いとおしく思えてくるものでございまして、そのようなことから、現代の子供たちにも、そういう体験をすることっていうのは、とても大切なことなのではないかしらというふうに感じております。

 それから一つ新しいことといたしましては、皇太子殿下やそれからご家族やほかの皆様とも音楽、何か、アンサンブルですとか、そういったものを、演奏をご一緒できたら楽しいかしらと思いまして、フルートを始めたっていうことがございます。これは上達するまでには、長い道のりだと思いますけれども少しずつ、楽しく練習していかれたらというふうに思っております。ほかには、皇室の伝統でございます和歌、書道は、引き続き楽しく学ばせて頂いておりますけれども、たまに殿下とご一緒に絵を描くこともございます。絵と申しましても、大体あの、草花の写生なんでございますけれども、そうやって写生をしてみますと、写真とはまた違いまして植物の細かいところを、いろいろ見ることになって大変新しい発見がたくさんございまして、世界が広がるような気がいたします。このようにして、いろいろと新しいことを試してみますと、楽しい発見がございますので、大変幸せなことと思っております。

http://www.mainichi.co.jp/eye/feature/details/koushitsu/masako/3-02.html
36名無しさんといっしょ:2001/05/25(金) 15:19

雅子妃36歳誕生日記者会見

問3  ご公務でお忙しい日々を送っていらっしゃる中での気分転換やリラックス法があればお聞かせください。

皇太子妃殿下  確かに私たちの生活では,仕事と生活の境というものが余りはっきりしていず,ふだんの生活と公務が非常に近く結び付いているという面がございますので,ふだんの生活の中でうまく気分転換を図るということは確かに大切なことのように思います。公務の間に余裕を見いだすことのできる何日間というのがございます時には,幸い御用邸の方で過ごさせていただき,そこで山へ出掛けましたり,それから,自然の中でゆったりと過ごさせていただいているということは大変有り難く思っております。また,ふだんの生活の中では,まず皇太子殿下に何でも,何についてもお話ができるということを本当に幸せなことと思っております。やはり話をするということでいろいろな意味で気分が楽になるということは随分とあることなのではないでしょうか。
 それから,私にとりまして,今飼っております犬たちと一緒に過ごす時間というのもホッといたしますし,大切な時間となっています。例えば,一日の日程を終えて,あるいは夕方に公務があったりいたします時は,その公務の間の時間を見付けて,夕方,犬たちを連れてここの御用地の中を散歩いたしましたり,自転車で回ったりいたしますと本当に良い気分転換になります。もう少し時間があります時には,皇太子殿下とご一緒にテニスをさせていただきましたり,楽器のフルートの練習をいたしましたりもしますけれども,最近は,秋の日程が忙しかったこともあり,フルートの方はしばらくレッスンをごぶさたしてしまっているような状況になっています。後は,一日の終わりに,夜,本を読んだりというようなことも休息になるような気がいたします。


問4  今年は,北海道や岩手八幡平,那須などへの,皇太子様とのお出ましがありました。日常の生活も含めまして皇太子様との生活の中で夫婦のきずなを深められたことや新しく発見されたこと,そして,妻として皇太子様に望まれることがありましたら,お聞かせください。

皇太子妃殿下  今年は,北海道での冬の国体への出席の後,一日お休みを頂くことができまして,クロスカントリースキーを楽しむ機会に恵まれました。クロスカントリースキーを習うのは初めてのことでしたけれども,林の木立の中で木漏れ日を浴びながら滑るというのは,とても気持ちよく大変楽しい時間を過ごすことができました。夏には,先ほどおっしゃられた八幡平,そして,志賀高原の方に参ります機会を得て,そして,そこで美しい高原を歩き,また,案内の方から植物ですとか,自然のことについていろいろ教えていただくなど,大変楽しい滞在をさせていただきました。皇太子様と御一緒にこのような経験をさせていただいて,段々と世界が広がっていくということを大変うれしく思っております。
 ふだんの日常生活では,先ほどもちょっと申しましたけれども,皇太子様がなるべくいろいろなことについて一緒に考え,そして,話し合おうというお気持ちでいらしてくださることを大変幸せなことと思っております。そしてまた,例えば音楽ですとか,自然や動植物との触れ合い,天体観測,時折絵を描くことなどを通じて,それから,日々犬たちを伴って一緒に過ごす時間などを通じ,いろいろな楽しみを分かち合ってくださいますことを大変有り難く思っております。
 皇太子様は,大変お体がお丈夫でいらっしゃいますことを,私は心強く感じておりますけれども,これからも,いつもお元気でいらしていただけますようにと願っております。そしてまた,私自身,何かお役に立てますよう努めたいと思っております。

http://www.kunaicho.go.jp/koutaishi/hidenkakaiken-h11.html
37名無しさんといっしょ:2001/05/25(金) 15:19
雅子妃37歳誕生日前記者会見 (2000年12月7日)

問2 昨年末には残念な出来事がありました。これまでのお気持ちをお聞かせください。

雅子さま
  国民の皆さんの期待もある中で、昨年の暮れの結果は私も残念に思っております。
 そしてまた同時に、非常に早い段階から、報道が過熱してしまったということについて正直申しまして、戸惑いを覚えたことも事実でございます。
 その間、皇太子殿下には、常に深い思いやりを持って、私を包み支えてくださいました。また両陛下にもこれまでずっといつも変わらず、温かく支え、お励ましいただきましたことを心より感謝申し上げております。おかげさまで、お医者さま方に大変良くしていただきまして、順調に回復することができましたことを深く感謝いたしております。
 そしてまた、国民の皆さまからも大勢お便りをいただきましたり、温かい励ましをいただきましたことも、忘れられないことでございます。どれほど多くの方々の善意に支えられて自分があるのかということを身に染みて感じました。国民の皆さんの温かいお気持ちにこの場をお借りして、深くお礼を申し上げたいと思います。

http://www.sponichi.co.jp/society/kiji/2000/12/09/03.html
38名無しさんといっしょ:2001/05/25(金) 15:20
平成6年歌会始お題「波」

皇太子殿下お歌
 我が妻と旅の宿より眺むればさざなみはたつ近江の湖(うみ)に

雅子妃殿下お歌
 君と見る波しづかなる琵琶の湖(うみ)さやけき月は水面(みのも)おし照る

平成12年歌会始お題「時」

雅子妃殿下お歌
 七年(ななとせ)をみちびきたまふ我が君と語らひの時重ねつつ来ぬ

◇平成13年(2001年)歌会始お題「草」

雅子妃殿下お歌

 君とゆく那須の花野にあたらしき秋草の名を知りてうれしき

http://www.zakzak.co.jp/spo/s-2000_03/image/s2000033007masako_b.jpg
http://www.shufu.co.jp/magazine/kousitu6/images/wata6_l.gif
http://www.sponichi.co.jp/society/kiji/2000/12/09/20001209010657.jpg
『元級友が明かす知られざる素顔』

「東京大学から外務省に入ったキャリアウーマンが皇室の
 因習の中で・・・でも私が見た雅子さまの実像は全然違う」

工藤雪枝(キャスター・ジャーナリスト)

●友人が妃殿下になった日

 1993(平成5)年の一月初旬、当時の小和田雅子さんが皇太子妃に内定したというニュースが発表となった日、私の家の留守番電話はパンク状態となってしまった。たまたまその日は、私は地方に出かけており、「内定」のニュースさえも気づかないでいた。そんな中、家に戻ってくると、日本のテレビ各局、また様々な新聞社、雑誌社からのメッセージが入っていた。
 どれも「もう既にご存知でしょうが、今回の件について、コメントをいただきたい」という非常にあいまいなものだったので、何だろうと思いつつテレビをつけて、私は大学時代の仲のよい友人が皇太子妃に内定したというニュースを知ったのだった。
 そのとき、既にテレビのキャスターとして、またジャーナリストとして仕事をしていた私にとって、職業的理由を鑑みても、その日を境に、これまでの「友人」は、もうお会いできない存在となった。またもちろん、現雅子妃殿下にとっては、その日を境に、自らの一挙手一投足が、世間の注目を浴びることになった。友人として、その幸せなニュースを心から祝福すると同時に、その日から、雅子妃殿下と私はもう気軽にお話ししたり、お会いできなくなるのかと一抹の寂しさを感じた日だった。
 雅子妃殿下と私がはじめて出会ったのは、86(昭和61)年、私が東大の法学部の学生だった頃、雅子さまが米国のハーバード大学を卒業されて、東大の法学部に学士入学されたのがきっかけだった。当時の私の親友が、学士入学組で、雅子さまと同じ系列の学校に高校まで通っていたこともあり、我々三人、また時にはもう一人加わって四人で食事をしたりしていた。その頃は、雅子様が皇太子妃になられるという噂さえ出ていなかった。雅子様は既に外交官試験に合格されたばかりだった。
 私達は雅子さまのことを、「オワ」というニックネームで呼んでいたのだが、外交官試験に受かって外交官として、様々な土地に赴任していくであろう彼女の結婚相手を心配して、「外交官になったら、やはり芸術家と結婚するしかないんじゃない。もし相手が作家とか画家だったら、オワの赴任するところに、どこにでもついてきてくれるわよ。」などと、今から考えると大変失礼極まりない「提言」までしていた。オワはそんな私達の提案を「そうね」といいながら、半ば面白そうに、微笑みながら聞かれていたのを思い出す。
 その後、オワが雅子妃殿下になられてから、大変な量の情報がメディアによって流された。私自身も、当時はテレビ朝日でフリーのキャスターとして仕事をしていたこともあり、テレビ朝日の皇室関係の特番やご成婚の際のニュース番組など数多くの番組の取材を受けたり、友人として出演もした。他の民放はもちろんのこと、海外のメディアでもアメリカの三大ネットワークのCBS、NBCをはじめ英国のBBSの取材を受けた。他にもニューズウィークの国際版が「静かなプリンセス」(原題「サイレントプリンセス」)という特集を組んだときにも、文章を寄稿した。しかし、雅子妃殿下に関する報道や記事を目にしたり、自分自身が取材される中で、次第に疑問に感じるようになったのは、雅子妃殿下の本当の姿がマスコミの都合で歪められていることだ。
 私自身は、たとえ短い期間であったとはいえ、親密なお付き合いを通じて、雅子妃殿下のお人柄や、本当の姿にいろいろな形で触れることができた。ところが、日本の、そしてまた海外のマスメディアは彼女の本当の姿を知らずに、多くの面で勝手に誤解し、また造られたイメージに振り回されているように思う。私自身、そういった面を少しでも是正できたらと考えて、これまで数多くのメディアの取材に応えてきた。メディアを通して伝えられる雅子妃殿下の情報が少しでも正確なものになるようにと、自分なりに使命感のようなものを感じて、できるだけそのような依頼に応じてきたつもりだ。
 しかし、テレビの場合でも、また活字の場合でも、私自身が言いたいこと、雅子妃殿下の人となりといったものが、「編集」という作業を経てみると、歪んで伝えられるということを身をもって体験するようになった。事実に近いことを話せば話す程、その部分は編集でカットされ、「不幸せで、かわいそうなプリンセス」というマスコミの望むイメージにそったコメントが部分的に使われるということを、嫌と言うほど経験した。
 たとえば、某民放の取材を受けたときなども、「雅子妃殿下はお幸せだと思いますか?」という問いに対して、私は「お会いしていないので、詳しいことは分かりませんが、いろいろな方から伺うところによると、お幸せだということですよ」と答えた。しかし、結局、番組で使われていたのは、「お会いしていないので、詳しいことは分かりません」というパートだけだった。その後の場面は、「友人にも会えない妃殿下、友人達も、妃殿下の今の生活がお幸せかどうか分からない」といった流れで作られた。
 私が結婚後の妃殿下にお会いしていないのは、自分がジャーナリストであることからこちらからご遠慮しているのが一つ。また宮内庁記者クラブの「慣習」で、マスコミ一社が代表して皇族に会うことは許されないという制約があるからで、決して、今の妃殿下が友人にも会えない閉ざされた環境にいらっしゃるということではない。
 そういう点も含めて、少なからず雅子妃殿下の素顔を見知った者として、また数多くのマスメディアの取材を受けてきた者として、我々日本人が、否、世界の人々が雅子妃殿下に対して抱いている幻想や誤解を少しでも改めるべく、この文章を書くことを決意した。雅子妃殿下を擁護するための文章を書こうとしている積りはなく、妃殿下に関する報道のあり方に疑問を感じる一ジャーナリストとして、様々な報道と事実の違いを明らかにしたいという一心から筆を執った次第である。
●ご結婚に至るプロセス

 多くのメディアの論調に見られるものだが(特に海外のメディアに多いような気がするが)、雅子妃殿下が「不幸」である理由の一つとして、そもそもご結婚にいたるプロセス自体が、周りからお膳立てされたもので、雅子妃ご自身の意志を無視したものではないか、ということを挙げている。
 皇太子殿下と雅子妃殿下との関係が結婚へと発展していくにあたっては、外務省関係者など、いわゆる「仲人」のような方々の存在があったことは、事実である。
 しかし、たとえそのような状況から始まったご関係であっても、雅子妃殿下は、「皇族の方に求婚されて断れないから」という理由で、ご結婚を決められたわけでは決してない。ご自分の意志でお断りしてもかまわないということは、最後まで自覚しておられた。プロポーズをお受けするにあたっては、周りのプレッシャーから決められたのではなく、あくまでご自身の意志で決断された。
 そもそも、雅子妃殿下が、皇太子殿下とのご結婚を承諾されたのは、92年12月12日のことだとうかがっている。その直前の11月、共通の友人の結婚式で、私と雅子さまとは席が隣同士となり、久々に、ゆっくりとお話することができた。
 その日は丁度アメリカの大統領選挙の結果が出る日と重なっており、二人で「クリントンが勝つとどうなるか?」などと話をしたのを覚えている。私が気軽な気持ちで、「オワは結婚はどうするの?」などと質問を差し向けると、「私はまだまだよ」などと屈託なく答えておられた。
 でも、あとでうかがったところでは、雅子様にはその半年ほど前から、皇太子殿下からプロポーズの意志が表明されていたという。それから半年程の間に、雅子さまは皇太子殿下の誠実なお気持ちに対して、ご自身も誠実にお応えしようという気持ちに次第になっていかれたとのことだ。
 学生時代から、雅子さまはどちらかというと、積極的に、あるいは自分から主体的に行動するタイプではなく、周りから何かを望まれて行動に出るとか、周囲の期待にご自身の気持ちを協調させていくというタイプの方だった。おそらく殿下の心からのお気持ちに応えるように、ご自身の気持ちを熟成されていかれたのだと思う。短いながらもしっかりとした殿下とのお付き合いを通して、雅子様の心の中に殿下に対する深い尊敬と信頼の念が芽生えたともうかがっている。
 正直なところ、私も突然の「内定報道」には、「オワの女性としての気持ちはどうなのだろう?」などと心配したこともあった。
 でも、実際、結婚のご内定が明らかになり、報道陣の前に姿を見せた雅子様は、私達友人がこれまで見たこともないような、幸福な女性でなければ見せられないすばらしい笑みを浮かべていた。それを見て、私は、「オワは本当に幸せなんだな」とホッとしたのを今でもよく覚えている。また、ご成婚の時のパレードでも、雅子妃殿下は本当に輝いていた。今、お二人の、仲睦まじいご様子をテレビなどで見るにつけても、お二人の気持ちはしっかり繋がれていると確信している。雅子妃殿下は、皇室の中での振る舞いその他のことでも、皇太子殿下の適切なアドバイスを最も頼りにされており、折りにふれ相談されていると聞く。
●「キャリアウーマン志望」は間違い

 これも多くのメディアで語られていることだが、雅子様は外務省のキャリア外交官としての華々しいキャリアをお持ちでありながら、もったいないことにそれを捨てて皇室に入ったという、彼女の「職業上の選択」を嘆く(?)議論がある。
 私は、この点で、マスメディアも、そして一般の人々も最も大きな誤解があると思う。多くのテレビ映像や、写真で報道された颯爽としたキャリアウーマンの雅子様は、キャリア指向の強い、バリバリの働く女性としての印象を与えたかもしれない。でも、私が知る実際の雅子様は、一般に流布している、いわゆる「男勝りのキャリアウーマン的資質」を、ほとんど持ち合わせていない。
 こう書くと、外務省時代の雅子さまに対して失礼かもしれないが、大学時代から、雅子様ほど、今では化石となってしまった感がある「大和なでしこ」のような方はいないというのが、友人達皆の意見だった。私達が数人で、お茶を飲んでいる時も、いつも話をしているのは私かもう一人の友人で、ご自分のほうから何か話をされるということはあまりなかった。雅子様ほどの聞き上手はいないというくらい、どちらかというと大変おっとりして、のんびりしたタイプの女性だった。
 雅子様は、世界各地で教育を受けた国際人でありながら、「自分はやはり日本人として、日本のために生きたい」と考えて、帰国を決意されたと聞く。私が見るかぎりでも、自分の考えを胸の中でしっかりと捉えて、表面的に大騒ぎしたりしない安定感を持っておられたという印象が強い。当時の東大の女子学生はキャリア指向を強く持ち、自分を全面的に打ち出していくようなタイプの女性が多かった中で、雅子さまはとても自然体だった。キャリアウーマンというよりも、いい母親になるのではという感じさえ私は持っていた。同時にどんな環境にも自然に馴染む柔軟性を持っていらした。
 そんな雅子様の資質を考えると、外務省のバリバリ外交官よりも、むしろ皇太子妃のほうがあっていらっしゃるように思える。流れる水のごとくどんなシステムにも、自分を合わせていく類まれなる資質をお持ちだったからだ。人を押しのけるようなアグレッシブな面とか我の強さといったことは、全くといっていいほど持っておられなかったので、私たちは雅子さまとお話ししていると、自然な安らぎを感じられた。外務省のキャリアを捨てたのがもったいないという感覚は、私たち友人には当時も今も基本的にない。
 また私の友人等から聞いた話では、何よりもご本人が、外務省の仕事に関しては、このまま続けていくと、体力的にも精神的にも疲れてしまうのではないかという気持ちを持たれていた時期もあったという。そういった意味でも、雅子妃殿下ご自身の後悔はないと確信している。東大法学部から外務省=キャリアウーマン志向というマスコミの見方は、あまりに短絡的ではあるまいか。別の見方をすれば、皇太子妃という「仕事」のスケールの大きさを考えると、雅子様は外務官僚以上の、重大な仕事につかれた訳でもある。
 大学時代から、雅子様は不思議なオーラをお持ちで、ほんの短時間しか彼女とお話ししたことのない人をも、あっというまに魅了する素晴らしい能力をお持ちだった。その資質は、むしろ皇太子妃として、よく生かされるのではないかとも考えている。彼女が教室にいらっしゃっただけでも、雅子様を取り囲む空気は何となくよそと違っているような存在感があったと記憶している。
 私は、当時から、雅子様は将来何か凄いことをしてくれるに違いないと、心の中で何となく確信していた。皇太子妃になられるとは予想していなかったが、今から振りかえって考えると、雅子様は初めからそう運命付けられていたのではないかという気もするくらいだ。
●ハーバード大学と日本の皇室

 これは主にアメリカのメディアを中心として海外のメディアが指摘することであるが、何故ハーバード大学まで卒業した才媛が、日本の皇室のように伝統的な、そして外からみると不可解な世界に入るのかという疑問がある。
 この疑問の背景には、皇室自体を何か神秘的でミステリアスで合理的でないものとする、一種、エキゾティズムの上に乗っかった思想があると思う。こうした議論をする人々にとって、ハーバード大学は、自由、合理性、そして西洋的なものの象徴であり、一方日本の皇室は、不自由、非合理性、そして東洋的なものの象徴なのである。
 さまざまな伝統やしきたり、そして独自の文化など、海外メディアにとって、日本の皇室というのは、「わけのわからない日本」の象徴として格好の材料になっている感がある。その理由として、皇室や日本についての知識の欠如が挙げられる。
 たとえば、アメリカのCBSが製作した世界の皇室や王室を取材する特別企画の「シックスティ・ミニッツ」の中で、アメリカ人特派員が、皇太子ご夫妻がお住まいの赤坂御所ではなく、お堀の前で皇居のほうを指差しながら、「この多くの緑と塀に囲まれた敷地の中で、いったい雅子妃殿下は何をしているのか、我々には少しも窺い知ることはできません。」という、事実誤認の記者リポートを行なっていた。
 加えて、これがまさにアメリカ的価値観であると思うのだが、事実がすべてクリスタルのようにクリアーでなければ、問題を感じるという「情報開示の国」アメリカと、一方、物事はすべてを明らかにするところに本質があるわけではないとする「隠しの美学」を持つ国日本のカルチャーギャップがある。
 海外メディアの多くが、ハーバード大学まで出た女性が、どういう理由か、何の価値もない生活に自分の身を置いているという発送で、今の雅子妃殿下を捉える。日本の皇室に対する、変な意味での神秘主義、そして実態がわかっていないのに、自分たちの価値観でだけそれを捉えようとする態度が感じられる。
 実際、皇太子妃というのは、インテリジェンスと感受性を必要とする職掌であると考える私にしてみれば、ハーバード大学を出たからこそ、皇室に嫁ぐというのももっともだという意見の一つぐらいあってもいい気がするのだが・・・。
●「かごの中の鳥」は本当か?

 ニューズウィークが大々的に雅子妃殿下の特集を組んだときにも、「かごの中の鳥」という言葉が比喩として使われていた。「かごの中の鳥」論は内外両方のメディアによってなされている議論で、雅子妃殿下は自由に買い物をしたり、赤坂御所の外に出たりすることができない、それが可哀相であり、雅子様ご自身も不自由に思っていらっしゃるに違いないというのである。
 このような報道は、私にはマスメディアの無責任さが感じられるところだ。故ダイアナ妃の場合は少し違ったかもしれないが、たとえば、英国王室のメンバーが自由に外出したり、また99年6月に結婚したエドワード王子やその妻ソフィーのようにそれぞれが職業を持つというのは、王室をある一定の距離を持って見つめるという、成熟したマスコミと一般国民の存在を前提にしていると思う。果たして、日本のワイドショーなどのメディアを見ていると、そうしたいい意味での皇室への「距離感」が可能であるかどうかは、はなはだ疑問である。
 ニューズウィークがとりあげた「沈黙するプリンセス」というテーマにしても、そうした状況を作り上げたのは、宮内庁もさることながら、今のマスメディアにも責任があるのではないだろうか。
 たとえば、お二人が、ご結婚内定後、初めて開いた記者会見の中で、雅子さまが、わずか数十秒ながら皇太子殿下よりも長くお話しになったというので、批判を受けたということがあった。こうしたことにもっと寛容にならなくては、皇室のドアは、我々に向けてますます閉じられてしまうだろう。
 もう一つ疑問なのは、雅子妃殿下ご自身が、こうした状況にフラストレーションを感じておられるかのような論調である。大学時代以降に私が知っている妃殿下のご性格を考えると、マスコミが言うような不自由さを妃殿下が感じておられるとは私には思えない。雅子様は皇室に入る際に、さまざまな制約があることを十分理解して、ご結婚を承諾されたはずだし、「沈黙」といってももともと自ら積極的にお話しされるご性格でもない。
 現在の雅子妃殿下はご自身の妃殿下としての立場を全うしようと尽くされておられるとうかがっている。そこは、英国の故ダイアナ妃が、二十歳という若さで、王室のメンバーになることの責任と自覚の欠けたまま結婚し、後になって「こんなはずはなかったのに」とがっかりされたのとは、全く異なっている。妃殿下は責任と義務のためには、自分の自由を犠牲にして尽くすことを潔く行える方だと思う。
 たとえのレベルが違うかもしれないが、雅子さまが、まだ小学生だった頃、クラスの「動物係」に選ばれたことがあった。その際、雅子さまは毎日誰よりも朝はやく学校に出かけては、動物の面倒を熱心に見ていたという。また、その後、大学時代も、外交官試験に受かってからは、私達と一緒によくお茶を飲んだり食事をしたりされていたが、私よりも歳が上で早く試験を受けられる状況にあったので、試験が済むまでは、お茶などに立ち寄ることなく毎日、授業が終わるとすぐに自宅に戻られて勉強をされていた。そうした意味でも、責任感と達成意欲の大変高い方であると常々思っていた。
 雅子さまはちょっと不思議なところというか、浮世離れしたところがあって、当時から、私や友人が語る大学の授業やシステムに対する不満なども全く感じない、いい意味での鈍感さをお持ちだった。普通、人間は誰でも、自分の置かれている環境に対して、「これがもっとこうだったらいいのに」とか、「これはこうあるべきだ」という考えを持つものだ。
 だが、雅子妃殿下の場合は、どんな理不尽なことが起ころうとも「柳に風」とばかりに、サラリと受け止めるという能力を持っておられた。最初に雅子様が妃殿下に内定したというニュースを聞いたとき、私ともう一人の「仲良しグループ」の友人は「大丈夫かしら?」と心配した。しかし、二人で考えれば考えるほど、雅子様の「柳に風」スタイルは、日本の皇室の妃殿下という難しい立場にお成りになるのに相応しいのではないかという結論に達したのだった。
 そのような雅子妃殿下の性格をよく表しているのが、これほど多くの報道がされているにもかかわらず、妃殿下はご自身に関する記事をほとんどお読みにならないということだ。故ダイアナ妃が、マスコミの取材対象となることを嫌がりながらも、一方で自分のことを扱った記事や新聞をチェックし、また時には自分の書いて欲しいことを書いてもらえるように、マスコミや友人に情報をリークしたり、新聞の記者やテレビのプロデューサー達をケンジントン宮殿に招いていたのとは大きな違いだと思う。
 日本の皇室でも美智子皇后は、ご自分の記事や番組をご覧になり、またご友人達にもご自身の気持ちをよくお話しになっているという。そのことで、美智子様のご様子が我々国民に比較的伝わりやすいということもあるようだ。
 しかし、幸か不幸か、雅子妃殿下にはそうした「欲」のようなものが一切ない。それがマスメディアや一般の国民からすると「不自由な、外界との接触が断たれた環境にいる」ように見えてしまう。
 そこに一般の人々が想像する「雅子妃殿下」像と実像との、大いなるギャップがあるのではないか。また、雅子妃殿下をよく知る方のお話によると、妃殿下は自分の妃殿下としての任務と責任を果たすことに懸命で、不自由や窮屈を感じるようなメンタリティではないとのことだ。
●お世継ぎ誕生のプレッシャー

 最近の女性週刊誌などは、皇室の「お世継ぎ問題」を抜きには存在しないというようなありさまだ。
 このテーマから抜け出せないところに、「キャリアウーマン」出身の妃殿下が、皇室に革命的な変革をもたらすことを期待しながら、一方で日本古来の家族制度的価値観から抜け出せないという、マスメディアの自己矛盾を感じる。
 お二人の間にお子様がまだ生まれていないことで、「もしかして夫婦として仲がよくないのでは?」という疑問を差し挟む向きもあるようだが、お二人に実際にお会いしている人々から話をきくと、雅子妃殿下は心から殿下のことをご尊敬しているし、お二人が一緒に(公の席ではなく、プライベートに)いらっしゃるときも、大変仲睦まじいご様子であるという。
 現在の雅子様は、カメラ、音楽、テニス、山登りなどを殿下と共に愉しむというご様子で、お二人にお会いしている方の話によれば、「ご結婚前は、充分時間があってしょっちゅうお会いしていたお二人というわけにはいかなかった分、ご結婚生活の中で恋愛感情をお育てになっている」とのことだった。そうした意味でも、ご結婚されて数年間はお子様がいないお二人の生活の中で、お二人の関係をさらに育んでいかれているのは、むしろ望ましいことで、夫婦仲のよろしいことの証左ではないか。
 ただ、お子様のことについては、雅子妃殿下ご自身もプレッシャーを感じておられるようだ。宮内庁関係者によると、天皇・皇后両陛下もお子様を早くと期待されている。また、宮内庁でも、お世継ぎができるまでは、外国訪問の行事は入れにくい空気があるらしい。
 実際に外務省には海外から招聘の申し込みが数多く届いているようなのだが、宮内庁にまわってきた段階で、なるべく控えるという結論を出さざるをえないという。たとえば99年は、ドイツで「ドイツにおける日本年」という国をあげてのイベントが始まっている。その名誉総裁でいらっしゃるのが皇太子殿下なのだが、そうした背景があってか、ドイツの招きを受けて、9月の開会式典に出席されたのは秋篠宮殿下だった。
 こうしたことは、日本にとってもまた諸外国にとってももったいないことであろう。いっそのこと、お世継ぎが生まれるまでという考えを改めて、積極的に外国訪問を行っていってはいかがだろう。
 皇太子殿下と妃殿下の魅力と資質をもってすれば、素晴らしい仕事をされると思うし、お二人ともまだ若く体力もおありになるのだから、以前にも行かれた中東だけでなく、いわゆる発展途上国にも行かれて、日本の皇室外交を充実していただきたいと願うものである。
●皇室の在り方

 最後に皇室の在り方について思うところを述べさせていただきたい。それは、いわゆる先例主義を廃止して、新しい皇室像を作り上げるために、皇太子殿下と妃殿下という若いカップルの資質をもっと生かしていくべきではないかということだ。
 今の皇室では、さまざまなことが、先例主義で規定され、先例がないものはなかなか実現にいたらないと宮内庁関係者から聞いた。
 確かに先例では、お子様を生む前に積極的に外国訪問に出るべきではないということになるのかもしれない。
 しかし、世の中は刻々と変化している。たとえば夫婦が共に仕事を持ち、あえて子供をつくらないという人々も確実に増えている。国全体でいえば、そうした夫婦の増加が少子化傾向に拍車をかけるという問題点はある。しかし、だからといって、若いカップルがお世継ぎ問題のことばかりクローズアップされるのはお気の毒である。常に国民と共にありたいと願う皇室を実現していくのであれば、皇室の有する価値観も過去の歴史にばかりとらわれるのではなく、同時に将来も見据えていく必要がある。
 皇太子殿下、妃殿下については、新しい時代に合った新しい価値観を作り上げる役割を担っている方々であると、私は認識しているし、マスメディアそして国民もそうした意味で彼らを暖かく見守っていくべきではないだろうか。
 私が、特に妃殿下にご期待申しあげるのは、たとえ地味でも構わないから、ご公務のなかからご自分が共感できるテーマを見つけられて、それと共に歩んでいっていただきたいということだ。今の、「お子様ができるまでは……」といった風潮の中では、難しいことなのかもしれないが、雅子様の人間的器の大きさを知る者として、大いに期待したいところだ。
 雅子様は、婚約後の記者会見の中で、「後悔のない、良かったと思える人生にしたい」とおっしゃった。果たしてそのために妃殿下は何を突き詰めていくのか、具体的に何を追及していかれるのか、もし私が雅子様にインタビューできるとしたら、その点をぜひうかがってみたい。
 単に家柄がいいなどの理由ではなく、雅子様のお人柄、そしてご自分で努力して手にいれたキャリア等を皇太子殿下が誰よりも評価したからこそ、お二人はご結婚されたと思う。そうした意味で、お二人のご結婚は日本人の意識を大きく変革したといえよう。今後も、皇太子殿下そして妃殿下の生きる姿勢が我々を勇気づけ、意識を共有しあえるものであってほしいと心からご期待申しあげたい。
48名無しさんといっしょ:2001/06/04(月) 20:24
あげまんこ。
49せんせい:2001/06/04(月) 20:38
〜47 文章が長すぎます。伝えたい事を的確に、短くまとめて下さい。
  再提出のこと。
 sage
50名無しさんといっしょ:2001/06/04(月) 21:23
400字以内の要約文きぼーーん
51〜47:2001/06/04(月) 21:24
このスレ削除希望
52無題:2001/06/10(日) 01:59
age
53名無しさんといっしょ:2001/06/10(日) 18:03
皇室ネタは怖いけどあげ
54あーこわ!!:2001/06/11(月) 03:57
やっぱ、狂信者って、いるし、こ、こわいなぁー
やっぱ、天皇陛下 様って、様、つけてんだろーなあー
神様、の様、ミタク;
でももう、陛下ってついてんだからソレって
アグネス・チャン・さん、みたいで少し、ヘン(笑)
55けっ・・・:2001/06/11(月) 04:12
つまんねーよっ
56名無しさんといっしょ:2001/06/12(火) 08:39
age
57名無しさんといっしょ:2001/06/12(火) 09:41
対象が誰であれ、こういうタイトルのスレは人として間違っていると思うが。
早く削除して欲しい。2ちゃんとはいえモラルがなさすぎる。
58名無しさんといっしょ:2001/06/12(火) 10:25
このようなスレが立つことをもって、現代日本人の精神が
健康であるということがわかるのだ。
>57 は、2ちゃんねらーとして常識がなさすぎる。
59名無しさんといっしょ:2001/06/12(火) 13:28
>>58
ガス抜きとして機能してる点は認めるよ。<2ちゃんねる
だがこういう状況をもって「精神が健康」とはいわない。
60名無しさんといっしょ:2001/06/13(水) 06:36
>59
こういうのが笑えないのなら「精神が健康」になりたくない。
公人だから、仕方ないじゃん。
小泉総理のオナニーはよくて、皇太子殿下のセックスはいけないの?
61名無しさんといっしょ:2001/06/14(木) 08:54
非国民どもめ。
この不敬スレッドは削除ぢゃ!
62名無しさんといっしょ:2001/06/15(金) 03:18
「非国民」って、日本国民でないってこと?
「非自民」って名乗って細川政権ができたけど、あれと一緒?
国民でなかったら、税金払わなくてもいい?

『プロジェクトX 皇太子の子を守れ!』というのは、どうよ?
殿下の子供を2CHのエジキにされないようお守りする、、、。
63下国民:2001/06/18(月) 03:13
『プロジェクトX皇太子の子をつくれ!』だと、やっぱり、
「では、いよいよそのときです」といって、クボジュンと男性アナが「こういう体位でした。」
と、スタジオで再現してくれるのかなぁ?

「その場に立ち会われた宮内庁の中島さんです。」と紹介されて、殿下の指南した人が
入ってくる。
「いえ、そのとき、殿下の指はそこではありません。乳房でした。」と証言。
64名無しさんといっしょ:2001/06/18(月) 08:41
>>59
> だがこういう状況をもって「精神が健康」とはいわない。

こういうマヌケなこと言ってるから、59は2ちゃんねらーとして
常識が無いって言われるんだ。
59は2チャンネルに来る資格なし。
退屈な朝日新聞でも読んでろ。(苦笑)
65名無しさんといっしょ:2001/06/18(月) 22:57
>>63
ちょっとワラ〜たよ
66下国民:2001/06/19(火) 06:38
『プロジェクトX皇太子の子をつくれ!』7月3日放送予定。

クボチュンが雅子さまの役。男性アナが殿下の役。
寝室のお二人の再現シーン。宮内庁の担当者が、
「ほんものの雅子さまは、もう少し、おっぱいが大きいです。
こー○んも、もうちょっときれいですし。
あっ、失礼、決して久保さんがどうのというわけではありませんので。
ただ、ヘアーもそんなにボウボウではありません。」
「殿下の方は、これでいいですか?」
「そうですね、殿下の大きさは、そのくらいです。」
6759:2001/06/20(水) 04:27
そうだ! 59は2CHに来るな!
まったく匿名でしか殿下の悪口言えないくせして、こいつら、ほんとはおもてでは、
皇室の悪口言ってるが、紀宮殿下のヘアヌード写真集見て、オナッてるんじゃないのか?
それに、必死に雅子さまのアイコラなんか探してんじゃねえかなぁ。

まったくこの前の戦争で「天皇陛下万歳!」って死んでいった若者がかわいそうになるよ。
こういうやつら捕まえて、1日に一人ずつ死刑にするとき、「天皇陛下バンザイって言ったら許してやる」としたら、
最初のやつはいきがって死刑になっても、二日目からは全員、1日中「天皇陛下バンザイ!」って言うんじゃないか。

ほんま根性のないやつらやでェ〜。
68下国民:2001/06/22(金) 03:58
「プロジェクトX皇太子妃の子を作ろう!」7/10放送分

5年間の不妊治療にもかかわらず一向に妊娠の兆候がない雅子さまに頭を痛めた宮内庁は斬新な計画を立てました。
雅子さまの妹君を殿下にあてがい、代わりに出産してもらおうというもの。
妹なら遺伝的にもたいした違いはないだろうとの、遺伝学者の話でした。

そこで、去年から妹と肉体関係をもっていた殿下でしたが、これが、ずばり的中。
去年12月には、妊娠となりました。

ところが、「私とはできないのに、なんでこの子にはできるの?!」と怒った雅子さまが妹を突き飛ばしてしまい
倒れた拍子に流産。残念な結果となりました。

今回は、そういう不祥事の起こらないよう、雅子さまは妹と離してあります。
ときどきテレビに出てくるのは、本物の雅子さま。
ちょっとずつおなかに詰め物をいれてます。
69名無しさんといっしょ:2001/06/26(火) 20:20
あげまんこ。
70名無しさんといっしょ:2001/06/27(水) 04:13
みんな必死でたくさん書き込まないと、上の方にある、誰かのレポートが消えない。
表示に時間がかかってしょうがない。
どんどん書いておくれ!
71名無しさんといっしょ:2001/06/27(水) 07:58
よーしゃ!バンバン書いたるで〜!
でも、今日はネタがない。
すまん、明日に期待あれ!?
72名無しさんといっしょ:2001/06/27(水) 23:36
>>70
これを使いなされ。
http://salad.2ch.net/test/read.cgi?bbs=nhk&key=990133771&ls=20
表示されたらブックマーク/お気に入りに登録じゃ。
73下国民:2001/06/28(木) 07:37
>72さま。貴重な情報、ありがとうございます。
ただ、このような板・スレをお気に入りにいれていると、警察の手入れがあったときに、ちょっとまずいことになります。
あの大阪の小学校を襲った人のように。(?)
さて、「プロジェクトX」のネタですが。

7/17放送分。
雅子さまの書斎。机にひじをついて、カレンダーを見つめため息をついてらっしゃる。
カレンダーには、「F」のマークがぎっしり。皇太子殿下が勃起しない、勃起不全を表すFでした。
雅子さまは、ついにカレンダーを持って立ち上がり、美智子妃殿下の元を訪れられました。

それから、半年、宮内庁を経て、国会へと伝わり、早々と「バイアグラ」が認証されました。
記念すべき国内第一号は、皇居へ届けられたのです。
そして、12月。
雅子様、お喜びのご懐妊となったのでした。
74下国民:2001/06/29(金) 03:41
「なんで雅子様がご懐妊されないか」について、宮中で検討されていた1996年ごろ。
「殿下は髪型が乱れるのをお嫌いになり、あまり激しい動きをされないのではないか?」
という意見が出てきました。

そこで、雅子さまが、美智子妃殿下にお呼ばれになられました。
「雅子さん、あなたが上になられてはいかがです?」
「私がですか?」
「ええ。殿下は、自分が上になり腰を動かすのを、あまりお好みになりません。
ですから、あなたが上になって、殿下をお喜ばせてあげては、いかがでしょう?」
「そうですね、おかあさま。わかりました。今晩、、、いえ、あさっての夜からさっそくそのようにいたします。」

2週間後、美智子妃殿下から報告を受けた宮中職員は、がく然とした。
雅子さまが、上になって動かれるのが、あまりにうまいため、騎乗位から正常位に戻そうとする途中、つまり外に
出してしまわれるのだそうです。
騎乗位でやった4回とも、外におもらしでした。

また、振り出しに戻り、頭を抱える宮中職員たちであった。
続く。
75下国民:2001/07/03(火) 03:46
7/24放送分

依然、皇太子妃にご懐妊の兆候がなく頭を抱える宮内庁職員、「皇太子妃ご懐妊課」。
いつものように会議でこんな意見が出された。
「地球の重力が殿下と雅子さまの受精に適していないのでは?」
「だとすると、どうする?」
「宇宙へ行ってやってもらう!」
「どうやって?」
「そうですねぇ、いきなり皇太子と皇太子妃を宇宙へ送り出すのも危険ですから、NASAに協力してもらいましょう。
今度行く向井千秋さんに実験してきてもらいましょう。人間が無重力でSEXしても安全かどうか?」
「誰が向井さんの相手になるんだ?」
「それは、一緒に行くグレン元上院議員でいいんじゃないですか?」
「いくつだと思ってるんだ!?」
「バイアグラでいけますよ。」
「あー、その手があるか、、、」

ということで、向井千秋さんとグレン氏の宇宙性交実験となりましたが、バイアグラと一緒に飲んだ酔い止めのせいで
グレン氏は、向井さんの胸の上にゲロってしまいました。
ゲロはスペースシャトル中に飛び散り、乗員みんなでゲロのかたずけ。
それが終わっても、向井さんは、ゲロを胸に吐かれたショックで「もうイヤだ」と言い出し、実験は中止。

皇太子妃の子供作りは、また振り出しに戻ったのでした。
76下国民:2001/07/05(木) 04:18
7/31は、参院選特番のためお休み。8/7放送分

宇宙での受精をあきらめた宮内庁「皇太子妃ご懐妊課」の職員。次の手立てを考えました。
水中での受精です。
日本にはないので、アメリカの原子力潜水艦の助けを借りました。
「グリーンヒル号」という名前でした。

横須賀からひそかに皇太子と皇太子妃を乗せたグリーンヒル号は、今年2月、ハワイ沖に到着。
しずかに潜航し殿下と雅子さまのまじわりが終わるのを待ってました。
ワイルド艦長は言いました「まだ終わらんのか?」
副官が答えます「はい、まだのようです。」
「日本人はいつもこんなに時間をかけるのか!?」
「日本人の性生活はわかりません。」
「もう寄港する時間が迫ってるぞ!」

さらに、1時間が経過。副官が叫んだ「艦長、終わりました!」
「よーし、急速浮上!」
水面に出ると同時にガリガリという嫌な音がした。
77下国民:2001/07/09(月) 04:04
8/21放送分

毎度おなじみ宮内庁「皇太子妃ご懐妊課」会議室。1998年秋ころのこと。
結婚5年でも子供ができないので、いっそ離婚して新しい皇太子妃を迎えたらどうかが議題になりました。
「それも仕方ないか」という課長の一言で、決定。内々に雅子さまに伝えられました。

雅子さまの回答を見て、一同、のけぞりました。
離婚の際の慰謝料は、数千億円。
そして、もっとおびえたのは、そのあと雅子さまが執筆される告白本「殿下と私」のなかで
なにを書いてもいいという承諾を与えるという項目でした。
この本の印税はもちろん雅子さまに。
もう一つ、その本がドラマ化されたときの皇太子妃役には、自分が出演するという項目。

「5年間の殿下とのSEXライフをゴールデンタイムに流されてはかなわん」と、離婚の件は、もみ消されました。
78下国民:2001/07/14(土) 05:09
8/28放送分

皇太子妃ご懐妊課のある職員が気づきました。
「妊娠しないのは、雅子さまではなく殿下の方に問題があるのではないか?」
そこで、さっそく殿下をお呼びして確認すると、「早漏」のせいではないかと告白されました。

早漏の治療という難問に取り組む宮内庁職員。
殿下を風俗店にお連れすることに。
こうして殿下の風俗店通いが始まりました。

1997年度、宮内庁予算が3割も増額されたのは、こういう理由でした。
あの店この店と渡り歩かれた殿下は、ついに海外の風俗店に顔を出すようになられました。
98年度、さらに予算は増加。
殿下がこれ以上、お出かけになるのはまずいということになり、風俗嬢を皇居に呼ぶことに。
そのせいで、99年度は、予算がさらに増えました。

そのおかげで、2000年の暮れには、雅子さまのご懐妊報道が生まれたのです。
79下国民
 古川清・東宮大夫の記者会見は16日午後0時半から宮内庁報道室で約20分間にわたって行われた。一問一答の要旨は次の通り。
 古川大夫 皇太子妃殿下におかれましては、ご懐妊の可能性が出てこられました。正式に発表できる段階までには、まだ、いくらかの時間的経過が必要です。
 その時まで、皆さんにもできる限り静かにして見守っていただけるようにご協力お願いいたします。

 ――正式発表はいつごろになるのか。

 古川大夫 医学的なことは知りません。皆さんにこういう発表をできたということでご判断ください。

 ――どういう検査をしたのか。

 古川大夫 具体的には知りません。

 ――後で正式に発表するということは、今回の発表はどういう位置付けか。

 古川大夫 皆さんにお知らせすることが可能な時期ということです。
 ただし、正式の発表までいろいろと時間経過が必要だろうと、医学見地から判断しました。
 皇太子さまの時も2段階で発表しています。

 ――雅子さまの体調は。

 古川大夫 健康状態はおよろしいです。とりあえず差し迫った予定の行事について今後、
 今回発表したようにお体に差し障りあるものはお取りやめいただくということになります。

 ――お誕生日はいつごろになるのか。

 古川大夫 私は何もうかがっておりません。