【韓国/コラム】実在の人物となった”檀君”・・・戦犯英雄視の日本や中国の歴史歪曲へ効果期待[01/16]

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1壱軸冠蝶φ ★
ソース:1/14付東亜日報(依頼スレ>>984さんの依頼で記者がハングル記事を翻訳)
http://www.donga.com/fbin/output?n=200801140141
*記事が非常に長いので一部略します。中略部等は>>2以降)

(冒頭文一部略・・・>>2以降に掲載)
檀君!神話の中の人物か?それとも 実在の人物か? 今年度高等学校に入学する学生
たちは国史の時間に新しい事実を学ぶことになる。高等学校国史教科書で内容の一部が
修正されたからだ。

2006年度の教科書では古朝鮮の建国過程は”三国有史と東国通監の記録によれば、
古朝鮮は檀君王倹が建国したと言われている(B.C. 2333年)’と記述している。
変更点は”言われている”と言う文字が抜けたのだ。

これは青銅器時代始めの年代を500年繰り上げて檀君神話を歴史に編入させたのだ。
修訂版教科書は考古学界の研究成果を多々反映したように見えるが、これに対する批判
も強い。

檀君神話を歴史で編入させた主張の根拠は何だろう?何より青銅器時代の遺跡中、B.C.
15世紀とB.C. 13世紀まで報告の上がっている遺跡らに関係している。江原道の旌善、春川
洪川・京畿道加平・慶尚南道晋州等の地で最近出土した遺物などがそれだ。

これを根拠にして韓半島に青銅器文化が伝来された時期を繰り上げなければならないと
いうのがその主張だ.。また中国が古朝鮮の建国場所である中国東北地域の青銅器導入
時期を繰り上げているのだから、韓半島の青銅器導入時期を繰り上げることは当然だと
主張している。

(中略*1・・・北朝鮮の檀君稜と、それを根拠に檀君を実在したと認めるべきなど)

2007年度の高校1年生用国史教科書から、古朝鮮の建国過程を公式の歴史に編入して、
韓半島の青銅器普及時期を最大1000年まで繰り上げたことは、韓半島で最初の国家で
ある古朝鮮の歴史を含めた我々の古代史を、実証的な研究を土台にし積極的に解釈した
という事に意味がある。

これを通じ対外的に韓民族の起源を確かにすることで中国の東北工程を含めた周辺国等
による韓半島への歴史歪曲に対立できるだけでなく民族のアイデンティティを確立すること
を歴史学界は期待している。

(中略2・・・檀君実在に対する、韓国内での反論や反発の紹介。北朝鮮の檀君稜は歴史上
の証明にするには無理や、見つかったという遺骨の年代測定結果では年代が食い違う、
中国の東北工程に対応しようとする余り、急ぎすぎている等)

実は韓民族平和財団の代表が日本は戦犯たちを、自国の英雄として名誉回復に注力して
おり中国は”東北工程”を先鞭に我が国の高句麗、さらに遠くは檀君朝鮮さえも自国の歴史
として編入させようと目論んでいるこの時に、強大国らの精神的攻勢に対応し一日も早く
檀君を単純な神話ではない、歴史上の主人公として認めなければならないと主張した事が
ある。

最近中国社会科学院が発行した”列国誌-韓国”で”韓半島最初の国家、古朝鮮は韓国史”
とし、韓半島最初の古代国家を古朝鮮として確定した。実際建国年代は確かではないと
しながらも、B.C.2333年に建国したという檀君神話も紹介した。

これは韓国史古代史歪曲を主導した”辺彊史地研究中心”の学者ら主張と研究結論を上級
機関である中国社会科学院が不正だったとした点で意義がある。

(以下略)

関連記事:中央日報2007年2月記事
http://japanese.joins.com/article/article.php?aid=84883&servcode=400§code=400
2ファウストパトローネ ◆UrPXB1TQ56 :2008/01/16(水) 20:27:02 ID:i2R1XbLG

するだけ無駄
3壱軸冠蝶φ ★:2008/01/16(水) 20:27:24 ID:???
(省略した冒頭文)

”古朝鮮を建国したという〜”→”古朝鮮を建国した”と変わった歴史教科書の内容。
神話と歴史の人物・・・檀君は本当に実在したのだろうか。

《檀君!神話の中の人物か?それとも 実在の人物か? 今年度高等学校に入学する学生
たちは国史の時間に新しい事実を学ぶことになる。高等学校国史教科書で内容の一部が
修正されたからだ。

修正内容は”B.C. 2000年頃からB.C. 1500年頃に韓半島で青銅器時代が本格化した”とし
”三国有史と東国通監の記録によれば、檀君王倹がB.C. 2333年に古朝鮮を建国したと
記されている”だ.。》
4壱軸冠蝶φ ★:2008/01/16(水) 20:27:53 ID:???
(中略部分・・・1)
これらのことから、ソウル大のシン・ヨンハ教授は最近壇君陵を発見した北朝鮮考古学界
の発掘報告を受け入れなければならないということを前提に、檀君がB.C. 3000年頃の実在
した人物だと主張した。

また1993年に北朝鮮で発掘された壇君陵にある遺骨も無視することができないだろう。
北朝鮮は平壌江東地方に壇君陵があったという”肅宗実録”などの文献記録と”出土した
人骨の年代測定結果が檀君朝鮮の開国したB.C. 2333年と近い”との考古学的証拠を
土台に壇君陵を掘り出し、檀君の遺骨を確認したと発表した。

(中略部分・・・2)

しかし檀君神話の歴史編入に対する反論も甘くはない。講壇史学者たちは”檀君朝鮮は
歴史ではなく神話である”と強く批判している。南韓歴史学界は発掘された壇君陵は石で
石室を作り、土で覆った石室土墳で5世紀後に高句麗で見られる典型的な墓の様式と
して疑問を申し立てた。

盗掘の痕跡がないという壇君陵で、どのような高句麗時代の遺物が出土されたのかに
対し論理的に答を出すことができない限りは、壇君陵は歴史にはなれないと強力に主張
している。

彼らは檀君に関しても”歴史的状況を盛り込んだ神話”と見做している。檀君神話は実在
するのだが、その中から史実を抽出することは史家の領分であり神話自体はそのまま
歴史として置き換えられるようなものではないとしている。

また”中高校教科書に載せられている檀君影幀は民族始祖としての象徴であるだけで
古朝鮮を建国した特定人物としての檀君を描いたものではない”とし”檀君の銅像もそう
いった意味でナンセンス”と主張した。

また青銅器時代の遺跡中でB.C.15世紀からB.C.13世紀までの遺跡に対して学界の綿密な
検証が必要だと言っている。まだ中国東北地方の青銅器時代の典型的遺物である琵琶型
銅剣と弓張月刀、そして美松里型土器などが使われた時期はB.C.10世紀が最初でB.C.
8〜7世紀頃に発展したとするのが中国及び我々考古学界の一般的な見解と明らかにした。

また今度の高校教科書修正過程では、中国の東北工程に対応するという目的が多分に
反映されたようだと指摘し、中国政府が政治戦略次元で近付く東北工程問題を私たちが
学界の研究成果とは無関係に年代を引き上げようと拙速に対応しようとする点は大きな
問題だと言った。

(後略部分。平壌にある檀君稜を”本物”だと証明できるのかについての考察。
北朝鮮側の年代測定では2333年の檀君建国と矛盾が生じるが、それは中国側の見解に
事大しているからで、紀元前3000年に建国したと見れば問題ないなどの主張なども紹介
している。ただこれらは北朝鮮側の政治的ショーから来ているとする韓国学会の見解で
締めている。)

以上