【歴史】狛犬の角は朝鮮半島が起源である可能性を示唆している〔01/07〕

このエントリーをはてなブックマークに追加
1そごうφφ ★
昨年の干支(えと)は戌(いぬ)。それにちなんで大阪、町田、富山を巡回した展覧会の最終会場での開催です。
今年は亥(いのしし)年では、とお考えの向きもあるかも知れませんが、さにあらず。
干支は本来は旧暦の習俗ですから、厳密に言えば、旧正月の2月18日(日)が来るまでは、
戌年が続いていると考えるのが正しいそうです???

陶磁研究家の小山冨士夫(1900−75)は1947年、瀬戸、常滑、信楽、丹波、備前に越前を加え、
日本の代表的な古いやきものに六古窯の呼称を与えました。愛知県陶磁資料館の
井上喜久男・主任学芸員によるとその後の研究で、中世古窯の種類は現在では79にまで増えているそうですが、
小山の卓抜なネーミングは、依然として健在です。このうち灰釉の掛かった12世紀中ごろの渥美が、
人為的な中世施釉陶としては最も古く、六古窯では、12世紀末の瀬戸がこれに次ぐそうです。
瀬戸(現在の愛知県)やお隣の美濃(岐阜県)地方の神社などには、
褐色の鉄釉や黄みを帯びた灰釉で彩られた狛犬(こまいぬ)が、数多く残っています。

日本電話施設会社の創業者で、愛知県陶磁資料館設立にも尽力した本多静雄(1898−1999)は狛犬コレクターとしても著名で、
収集した200体を同館に寄贈しました。今回展示された136件のうち96体が本多コレクション。
これに神社などの所蔵品と遺跡からの出土陶片を加えた構成です。瀬戸の古窯址からの出土資料によると、
生産の始まりは鎌倉末期の13世紀末から14世紀初頭と見られます。伝世品は15世紀、室町以降しか知られていません。
口を開いた阿形(あぎょう)と閉じた吽形(うんぎょう)で一対を成し、
南面する神社本殿に向かって右手(東側)と左手(西側)に、守護獣として鎮座していたようです。

展覧会を企画した愛知県陶磁資料館の神崎かず子・主任学芸員によると、室町・桃山期の瀬戸の狛犬は、
元祖である獅子の面影を残すタイプと狼(山犬)を連想させるタイプにほぼ二分され、
その中間型や何が祖形かはっきりしないタイプもあるそうです。
鉄釉狛犬 阿・吽(高23cmと23.7cm)は獅子型。ピンとたった両耳や吊り上った眉が精悍な印象を与えます。
応永25(1418)年の墨書銘のある名古屋市・伊勝八幡宮所蔵の鉄釉狛犬 阿・吽(高31.5cmと33.2cm)は鼻筋が通り
体つきもしなやか。鋭い目つきなどが山犬の野生を思わせるとされています。

(01/07)朝日新聞
http://www.asahi.com/shopping/yakimono/ono/TKY200701070079.html

>>2以降に続く