◇◆◇◆有閑倶楽部を妄想で語ろう37◇◆◇◆

このエントリーをはてなブックマークに追加
1名無し草
ここは一条ゆかり先生の「有閑倶楽部」が好きな人のためのスレッドです。

前スレ

◇◆◇◆有閑倶楽部を妄想で語ろう36◇◆◇◆
http://jfk.2ch.net/test/read.cgi/nanmin/1249794423/

お約束
 ■sage推奨 〜メール欄に半角文字で「sage」と入力〜
 ■妄想意欲に水を差すような発言は控えましょう
*作品への感想は大歓迎です。作家さんたちの原動力になり、スレも華やぎます。

関連サイト、お約束詳細などは>>2-7の辺りにありますので、ご覧ください。
特に初心者さんは熟読のこと!
2名無し草:2009/12/26(土) 15:11:19
◆関連スレ・関連サイト

「有閑倶楽部 妄想同好会」 http://houka5.com/yuukan/
 ここで出た話が、ネタ別にまとまっているところ。過去スレのログもあり。
 *本スレで「嵐さんのところ」などと言う時はココを指す(管理人が嵐さん)

「妄想同好会BBS」 http://jbbs.livedoor.jp/movie/1322/
 上記サイトの専用BBS。本スレに作品をUPしにくい時のUP用のスレあり。
 *本スレで「したらば」と言う時はココを指す

「有閑倶楽部アンケート スレッド」
 http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/movie/1322/1077556851/
 上記BBS内のスレッド。ゲストブック代わりにドゾー。

「画像アップロード用掲示板」
 http://cbbs1.net4u.org/sr4_bbs.cgi?user=11881yukan2ch
 これまでの競作などに使用した暫定的な掲示板です。
 途中で消えることもあり。
3名無し草:2009/12/26(土) 15:12:06
◆作品UPについてのお約束詳細(よく読んだ上で参加のこと!)

・初回UP時に長編/短編の区分を書いてください。ネタばれになる
 場合を除き、カップリングもお願いします。

・名前欄には「題名」「通しNo.」を。

・未成年も見ているので、性的な描写は良識の範囲内でお願いします。
 18禁描写入りのものをUPする時は、エロパロ板の有閑スレなどを
 ご利用ください(姉妹スレではないので、先方で断りを入れてから利用)。

・最終レスに「完」「続く」などと書いてもらえると、読者にも区切りが分かり、
 感想がつけやすくなります。

・連載物は、2回目以降、最初のレスに「>>○○(全て半角文字)」という形で
 前作へのリンクを貼ってください。

・リレー小説で次の人に連載をバトンタッチしたい場合は、その旨明記を。

・直前に更新ボタンを押して、他の作品がUP中でないか確かめましょう。
 重なってしまった場合は、先の書き込みを優先で。

・作品の大量UPは大歓迎です!
4名無し草:2009/12/26(土) 15:12:48
◆その他のお約束詳細

・萌えないカップリング話やキャラ話であっても、 妄想意欲に水を差す発言は
 控えましょう。議論もNG(必要な議論なら、早めに別スレへ誘導)。

・作家さんが他の作品の感想を書く時は、名無しの人たちも参加しやすいように、
 なるべく名無し(作家であることが分からないような書き方)でお願いします。

・あとは常識的マナーの範囲で、萌え話・小ネタ発表・雑談など自由です。

・970を踏んだ人は新スレを立ててください。
 ただし、その前に容量が500KBを越えると投稿できなくなるため、
 この場合は450KBを越えたあたりから準備をし、490KB位で新スレを。

※議論が続いた場合の対処方法が今後決まるかもしれません。
 もし決定した場合は次回のテンプレに入れてください。
5名無し草:2009/12/26(土) 15:15:12
◆初心者さん・初投下の作家さんへ

○2ちゃんねるには独特のルール・用語があるので、予習してください。
 「2ちゃんねる用語解説」http://webmania.jp/~niwatori/

○もっと詳しく知りたい時
 「2典Plus」http://www.media-k.co.jp/jiten/
 「2ちゃんねるガイド」http://www.2ch.net/guide/faq.html

○荒らし・煽りについて
・「レスせずスルー」が鉄則です。指差し確認(*)も無しでお願いします。
 *「△△は荒らしだからスルーしましょう」などの確認レスをつけること。

・荒らし・アオラーは常に誰かの反応を待っています。
 乗せられてレスしたら、「その時点であなたの負け」です。
 詳しくは「■■ 注 意 ■■」を参照のこと。

○誘い受けについて
・有閑スレでは、同情をひくことを期待しているように見えるレスのことを
 誘い受けレスとして嫌う傾向にありますので、ご注意を。

○投下制限
・1レスで投下出来るのは32行以内、1行は全角128文字以内ですが、
 1レス全体では全角1,024文字以内です。
 また、最新150レスの内の15レス以上を同じIPアドレスから書き込もうと
 すると、規制に引っかかりますので気をつけてください(●持ちを除く)。
6名無し草:2009/12/26(土) 15:17:04
■■ 注 意 ■■

このスレには、「現実」と呼ばれる粘着荒らしが居ついています。
清×野嫌い、野梨子主役嫌いの清×悠厨で、短時間にレスを連投するのが得意。
好きな言葉は「過疎」。

上記の要素がある作品を投下した作家さんを攻撃し、感想を装った誹謗中傷を
繰り返しますが、全て一人の自演行為です。
乗せられてレスしたら、その時点であなたの負け。 スルーするようお願いします。

 || ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄||
 || ○荒らしは放置が一番キライ。荒らしは常に誰かの反応を待っています。
 || ○放置された荒らしは煽りや自作自演であなたのレスを誘います。
 || ○反撃は荒らしの滋養にして栄養であり最も喜ぶことです。荒らしに
 ||  エサを与えないで下さい。.             ΛΛ
 || ○枯死するまで孤独に暴れさせておいて    \ (゚ー゚*) キホン。
 ||  ゴミが溜まったら削除が一番です。       ⊂ ⊂ |
 ||___ ∧ ∧__∧ ∧__ ∧ ∧_      | ̄ ̄ ̄ ̄|
      (  ∧ ∧__ (   ∧ ∧__(   ∧ ∧     ̄ ̄ ̄
    〜(_(  ∧ ∧_ (  ∧ ∧_ (  ∧ ∧  は〜い、先生。
      〜(_(   ,,)〜(_(   ,,)〜(_(   ,,)
        〜(___ノ  〜(___ノ   〜(___ノ
7名無し草:2009/12/26(土) 15:18:09
◆「SSスレッドのガイドライン」の有閑スレバージョン

<作家さんと読者の良い関係を築く為の、読者サイドの鉄則>
・作家さんが現れたら、まずはとりあえず誉める。どこが良かったとかの
 感想も付け加えてみよう。
・上手くいけば作家さんは次回も気分良くウプ、住人も作品が読めて双方ハッピー。
・それを見て自分も、と思う新米作家さんが現れたら、スレ繁栄の良循環。
・投稿がしばらく途絶えた時は、妄想雑談などをして気長に保守。
・住民同士の争いは作家さんの意欲を減退させるので、マターリを大切に。

<これから作家(職人)になろうと思う人達へ>
・まずは過去ログをチェック、現行スレを一通り読んでおくのは基本中の基本。
・最低限、スレ冒頭の「作品UPについてのお約束詳細」は押さえておこう。
・下手に慣れ合いを求めず、ある程度のネタを用意してからウプしてみよう。
・感想レスが無いと継続意欲が沸かないかもしれないが、宣伝や構って臭を
 嫌う人も多いのであくまでも控え目に。
・作家なら作品で勝負。言い訳や言い逃れを書く暇があれば、自分の腕を磨こう。
・扇りはあまり気にしない。ただし自分の振る舞いに無頓着になるのは厳禁。
 レスする時は一語一句まで気を配ろう。
・あくまでも謙虚に。叩かれ難いし、叩かれた時の擁護も多くなる。
・煽られても、興奮してレスしたり自演したりwする前に、お茶でも飲んで頭を
 冷やしてスレを読み返してみよう。
 扇りだと思っていたのが、実は粗く書かれた感想だったりするかもしれない。
・そして自分の過ちだと思ったら、素直に謝ろう。それで何を損する事がある?
 目指すのは神職人・神スレであって、議論厨・糞スレでは無いのだろう?
8名無し草:2009/12/26(土) 15:23:18
いちおつです。
週明けくらいまで前スレが持つといいんだけど。
9名無し草:2009/12/26(土) 16:15:48
乙乙!
10名無し草:2009/12/26(土) 20:57:25
いちおつ
11名無し草:2009/12/26(土) 21:33:35
少女漫画板によると、あさって発売のコーラスでプライドがとうとう最終回だそうです。

今まで一つの連載が終わると必ず有閑を描いてきた御大だけに
来年は8年ぶりの新作が読めるかも…
(もし今回描かなかったら、事実上有閑は完結かなと思う)

アクションはもういいから、シークレットエピの清四郎・野梨子・可憐編希望だけど
緑内障と腱鞘炎で御大もボロボロだし、どうなるだろうなあ。
12名無し草:2009/12/26(土) 21:38:59
お、プライド終わるんだね。
終わったら一気読みしようと思っていたのでそっちも楽しみだ。

有閑は…もう新作いらない、正直。
13名無し草:2009/12/26(土) 21:59:15
シークレット・エピ、既存分だけでも、何かに収録してくれないかなぁ。
コミックス派だったし、どこかに収録されると思ってたから
結局読みそびれたまま。。
14名無し草:2009/12/27(日) 21:03:42
>13
どっかに収録してほしいよね。美童のだけ立ち読みしたけど、すでにうろ覚えだし。
15名無し草:2009/12/27(日) 22:14:43
DX版の9巻に収録されてるよ。ついでにプライドとのコラボ編も。

16名無し草:2009/12/28(月) 13:04:54
あれ、ただの宣伝で萎えた
>>1 乙です。
http://jfk.2ch.net/test/read.cgi/nanmin/1249794423/612-620の続き

それは、高校卒業後の進路を決めた直後だった。

「あんたもアメリカに行くですって?美童」
「うん、別に大学はどこの国にいってもいいんだ。可憐が行くなら僕も行く」

美童はあたしの進路を確認した直後に、すぐあたしについてくると言った。

「どこでもいいんだったら、日本でもいいじゃない。みんな多分日本にいるわよ?」
「だって、可憐はN.Y.行くんでしょ?英語すごく苦手なのに。どうやって生活するつもり?
僕が一緒に行ったら、だいぶ楽になると思わない?」
「そりゃ、助かると思うけど、でもあんた大事な進路をそんな簡単に決めていいわけ?!」

すると美童はケロリとしていった。

「根拠がないわけじゃないよ?」
「じゃ、なに?」

「N.Y.にはブロンドもブルネットも、可愛い彼女がたくさんいるしぃ〜。ヨーロッパの
彼女たちとも会いやすいしぃ〜」
「あ〜もう、勝手にしなさい。後悔したって知らないわよ」

あまりにも馬鹿馬鹿しくて、あたしは大あくびしながらそう言ったのを覚えてる。


*** *** ***

あたしが失業してから2年がたった。

清四郎のくれた大きなチャンスは、チャンスと言うより、大きなコネだった。
スポンサーの力というのが、これほど大きいとは!
契約書にサインした直後に、あたしは新人女優のスタイリストと言う肩書きで仕事をする事になった。
実際の衣装選びの現場にはわざわざ清四郎も来てくれた。
おかげで、あたしは緊張する事も委縮する事もなく、仕事に集中する事が出来たのだった。

そして、あたしが決めたドレスを着た新人女優は、レッドカーペットで注目を浴びる事になった。
彼女は各誌に取り上げられて(これにも清四郎の手が加わっていると思うけど)、
イメージ戦略的には大成功だ。
あたしはその仕事が評価され、なんと別件でも仕事の依頼が来るようになったのである。

あたしはもう、がむしゃらに働いた。
起きている時はいつでも、寝ている時だって仕事の事を考えていた。
この経験の浅い、才能もあるかどうかわからないあたしが、この仕事を続けるには、
並大抵の努力では足りないと思ったから。仕事以外の事をするなんて、生意気だと思ったから。
やっぱり根はくそ真面目の努力家なのだ、あたしは。

働いて、働いて、それから2年……
いつの間にか、あたしは、本物のスタイリストという肩書きを手に入れていた。
顧客は、主にセレブ。
女優、財界の婦人と言った人たちが中心。
ドレスとジュエリーが得意なあたしには、これ以上はない理想的な仕事環境だ。
女優達に身につけさせるジュエリーはこっそり、ジュエリーアキ製。
ママのお仕事に貢献もできるし、ママも喜んでくれている。
ママはあたしが働く事に大賛成だった。そういえば玉の輿は自分で作れ、がママの口癖だった。

本当に大きなチャンスを清四郎はくれた。
ただ、そのおかげで、同時にかなり不本意な肩書きも付いてきたけれど。
それは……

「よお、来たか、清四郎の愛人」
「あんたが言うなっ!悠理!」

そう、世間様からあたしは『愛人』と呼ばれていた。
この世界ではまだ若く、しかも実績もないまま大きな仕事ばかりを請け負う事になったあたしだから、
そう言われてしまっても仕方ないと思う。
けど、清四郎とは前科がないわけじゃないので、否定しきれないところが、痛いところ。

清四郎がふくふくとした子供を抱っこしながら言った。

「言いたい人には愛人だと言わせておけばいいですよ。知りもしない相手から悪口を言われるって事は、
君の実力が認められている証拠です」
「そうかしら?」
「むしろ、それで仕事が有利に進むなら、僕の名前を使えるだけ使えばいい。僕はかまいません。
まぁ、君ならそのうち誰も陰口を言えなくなりますよ。僕もこんなに可憐が仕事できるとは、
仕事を与えた時には思ってなかった。よくやってます」

清四郎はそう言ってニヤリと笑った。
剣菱財閥を背負う清四郎に、ひいき目とはいえ認められるのは、正直、嬉しい。だけど、

「……でも、あたしはやっぱり嫌なのよ。何と言っても悠理に悪いでしょ?」
「あたいは別に平気だよ?」
「本当に?」
「ってか、こんな『父ちゃん』見てたら、そんなの気にするの、馬鹿馬鹿しくて」

横では清四郎が嬉々として息子のオムツを取り替えはじめている。
2人の一番初めの子供は、男の子。
清四郎は、『目に入れても痛くない』という形容詞そのままに、息子を猫かわいがりしている。
そして、悠理のお腹には、今2人目の赤ちゃんがいた。
菊正宗夫妻の関係は、ものすごく円満だ。
客観的に見ても、悠理はなかなかよい奥さんであるとあたしは思う。
まず、悠理はお母さんになってとても満足そうだ。自分も子供っぽいからか、子供と遊ぶのが好きみたい。
ずっと子供と一緒でも息詰ることもなく、楽しそうに子育てしている。
清四郎との関係も上手だ。適度に夫に頼り、甘え、それでいて適当に清四郎を放っておく。
思えば元々悠理は、素直で単純で可愛くて、愛すべき奥さんになる素質は充分にあったのだ。
その素質を清四郎は見抜いていたんだろうか?
ガッチリ清四郎に守られて、スッポリ奥さんの座におさまって、悠理は今とても安定している。

とはいえ、家事やマナーや社交的な事はさっぱりで、いわゆる『立派な奥様』では全然ないけれど。
でも、そんな悠理が奥さんで、清四郎ものびのび居心地がよさそうだ。
清四郎は口で言うほど、立派な奥さんは必要としていないのだと思う。

あたしはオムツを換え終わった子供を抱っこした。
すごく可愛い。2人の子だからとてもヤンチャで陽気。それに……

「この子見る度思うけど、2人の顔のちょうど半分よね〜。小さい悠理と清四郎。可愛い可愛い♪」
「いや、実はどっちにも似てないんです」
「そーお?そっくりよぉ」
「あたいはこの子を見てると、うちのにーちゃんを思い出す」
「僕は姉を思い出す」
「やだっ!本当だわ!」

3人でひとしきり子供をかまって遊んでやって、子供が疲れて眠くなってきた頃、
悠理は子供を寝つかせにいった。すっかり母親業が板についている。

しばし2人になると、清四郎は言った。

「美童とは連絡を取ってますか?」
「……ぜんぜんよ。家には帰って来なくなっちゃったし、今どこで何してるのかも分からない」
この2年、美童とは音信不通だった。
N.Y.のアパートメントの家賃は折半しているので、その振込だけは定期的にあるから、
生きてるって事だけはわかっているけれど。
あれ以来、ブロードウェイの舞台には立っていないようだし、役者として名前を聞く事もない。

あたしも自分の事で手いっぱいで、あまり美童の事を思い出す事もなくなった。
時折、部屋の中に美童の幻を見て胸が痛んだりはするけれど……

「僕はこの間、美童を見た」
「えっ?!」
「あいつは今多分、ロスに住んでいる。仕事で西海岸に行った時、偶然見かけた」
「本当?元気そうだった?変わってなかった?」
「…………」

清四郎は唇に拳を当てて、何か考え込むようにして言った。

「美童は、あまり良い環境にいないかもしれない」
「それって生活が苦しそうって事?」
「見かけは相変わらず華美でしたよ。ただ、一緒にいた人が……、いや、なんでもない」
「そこまで言って、なによ、それ!」
「いや、姿を見かけただけだから。とにかく、今、美童は苦労しているのかもしれない」
「……そんな」

あの美童が苦労?
いつも根拠もなく余裕で、能天気で、明るくって、気が小さくって、ひ弱で。
苦労とか努力とか、そんな言葉が似合わなくって、女の子と遊んでばっかりだった美童が?

「それでも割と悠理とは連絡を取ったりしていたんですけどね、ここ1年ぐらい音信不通らしい。
まぁ、悠理も子供が生まれて忙しくなって連絡してないのもあると思いますが」
「1年?って事は1年前までの様子はわかるの?」
「ハリウッドを拠点にオーディションを受けていたそうです。なかなか仕事がなかったらしい」
「……そう、なの」
美童はとっくにN.Y.からいなくなっていたんだ。
あたしに何も連絡せずに。
その時、なぜだかあたしは美童から『捨てられた』と感じた。

「それで、話は変わりますが……明日の予定ですが」
「ああ、そういえばその確認をしに来たのよね。パーティ、18時開始だわよね?」
「そう、僕は悠理を連れていくので、君のエスコートはできませんが」
「わかってるわ。例のアクターを着替えさせてから連れて行くわ。コーディネートは結局B案の方?」
「そうです。それで、君のエスコートも彼にお願いしてください。よろしくお願いします」

明日は、清四郎たちと共に、日本をはじめ世界各国の財界人の集まるパーティに参加する。
ちなみに、これも立派なお仕事。
今年の剣菱自動車のイメージボーイをセレブに化けさせて、上流階級の奥様達に披露するのだ。
おばちゃま受けが良ければ大成功。
要するに退屈な奥様達が集まるパーティに『花』を届けにいくわけだ。

あたしはちょっと気が重かった。
清四郎と悠理は気にするなと言ってくれるけれど、他人から見たら、本妻の悠理と愛人のあたしが
同じパーティに出席するわけだから、何か噂されるにきまってる。
清四郎はともかく、悠理は本当に嫌じゃないのかなぁ?


次の日。
あたしは例の俳優と共に、パーティに出席した。
それは晩餐会というような装いの、ものすごく豪華なパーティで、俳優はカチコチになっていた。
当然よね、このあたしですら気後れするほどだもん。

剣菱のリムジンで乗りつけたあたしたちは、すぐにおば様方たちの餌食になった。
(正確には餌食になったのは俳優の方だけど)
その中にはあたしの顧客のご婦人もいたので、その方と軽くお話などして、あたしは壁の方に向かった。
だって、なるべく注目されたくなかったから。ここでは壁の花になって小さくなっていたい。
遠目に悠理の姿が見えた。
料理のテーブルに張り付いているところを見ると、相変わらず高校生のようだ。
違っているのは妊婦だってことぐらい。
その姿をほほえましく見ていたら、視線を感じた。
うわさ好きのご婦人たちが、あたしと悠理を見比べているらしい。
仕方ないので、あたしはひと気のないテラスの方に逃げることにした。
外なら、指をさされたり、あえて誰かが追いかけてきて話しかけるなんて事もないだろう。

でも、テラスにも先客がいた。

どうやら、中年の女性と、さらさらブロンドの男の子。
男の子はご婦人の肩に手をまわし、何かを耳元でささやいている。

若いツバメっていうやつかしら?
ちゃんと旦那さんもいるんでしょうに。
上流のご婦人と言うのは、本当に恋愛ごっこが好きなのねぇ。

すると、
あたしのぶしつけな視線を感じたのだろうか?
その男の子は敏感なことに、あたしの方を振り返った。
彼とあたしは同時に息をのんだ。2人とも思いがけない再会だったから。

そして、しばらくあたしと見つめあった後、
その彼はご婦人の肩を抱いたまま、わざわざ英語で言ったのだ。

「やぁ、久しぶりだね。清四郎の『愛人さん』」


2年ぶりの、美童だった――――――

*** *** ***


あたしと一緒にアメリカに来ると決めた美童は、あたしに言った。

「彼女はたくさんいた方ががいい。なにより、可憐がいるほうがいい」
「あーら、美童の長い女の列にあたしも加えてくれるの?」
「先頭にしてあげようか?」
「まぁ、ありがとう。でもお断り」
「なぜ?」
「あたしは先頭の女になるよりも、最後の一人になりたいのよ」

美童はへーえという顔をした。

「じゃぁ、僕の女の列には可憐は加えられないかな」
「って事は、エンドレスに行列を続けていくつもり?元気ねぇ、あんた」

今思い出しても、実に下らない会話だった。

だから、美童があたしにくっついてアメリカに来るなんて、半分信じていなかった。
でも、美童は本当にあたしと一緒にN.Y.に来たのだった。



(続きます。良いお年を)
25名無し草:2009/12/30(水) 10:39:05
乙です。相変わらず面白かったw
可憐が昔の美童を思い出すが、自分の高校生の時と重なって切なくなりました。
続き待ってます。
26名無し草:2009/12/30(水) 15:52:52
>あたし、美童と〜
美童がいま、どういう状態なのか心配だなぁ。
二人の昔の会話が、この二人らしくちょっと背伸びしているようで、でもそこに
本音がちらっと混じっているようで、毎回、いいなぁと思います。
続き楽しみに待ってます。
27名無し草:2009/12/31(木) 19:27:03
今年もあとわずかですね。
作品を投下してくださった作家さんたち、ありがとうございました!
28名無し草:2010/01/04(月) 19:16:34
旧スレ落ちてたので保守
今年もすてきな作品がたくさん読めますように
29名無し草:2010/01/05(火) 08:29:47
嵐さん、サイト更新、乙です!
>>17-24の続き。あけましておめでとうございます。


一緒に暮らそうと言ったのは、美童の方だった。

「可憐を一人でN.Y.に暮らさせるなんて、考えるだに恐ろしい。危険すぎる」
「どおして?あたし、一人で何でもやるためにN.Y.行くのよ?」

清四郎と別れて、変に肝の据わっていた当時のあたしは、抵抗した。

「あんたと2人で暮らすなんて、そっちの方がむしろ身の危険を感じるわよ!」
「僕は可憐に手を出すほど、馬鹿じゃないの。それよりも、英語もほとんどわからない、
社会の仕組みもわからない、そんな可憐が誰も頼らず一人で?無理だよ。隙だらけだ。
変な男にほだされて、恋愛と錯覚させられてレイプされて、そのままヒモになられるのがオチ」
「やな事言わないでよ!英語は学校行って勉強するし、色々覚えるよう努力するし……」
「甘いよ」

美童はやけに真剣な顔をして言ったのだ。

「僕が、N.Y.で可憐を見たら、まず口説き落とそうと考えるね。いい男ならそこで終わるけど、
悪い男なら、それからどうやって吸い取ってやろうかって思うだろう。僕はそんな悪い男の気持が
手に取るように分かる」

「そりゃ、あんたが悪い男だからでしょ?!」


*** *** ***


「美童が一緒にいるのは石油王の後妻だ。財産目当てで老富豪と結婚し、今は病気の老富豪を放って、
放蕩を繰り返しているともっぱらの評判です」

清四郎は苦々しく言った。

「なぜ美童が一緒にいるのかしら?」
「若いツバメやってんじゃないの?」

悠理がオードブルを食べながら呑気に答える。

3人でかたまって真剣なヒソヒソ話をしているこの状況は、愛人とその旦那とその妻という、
見る人によっては非常に興味深い光景なはずだ。
清四郎の『愛人』と噂されている私だから、今日は清四郎と悠理とは接触すまいと思っていたけど、
今回ばかりはさすがにそうせざるを得なかった。
あたしは美童と2年ぶりに再開した。
美童を見つけた瞬間、あたしはわき目も振らず清四郎に直進していた。
もう世間様の根も葉もないうわさなど気にしておられない。

「清四郎が言ってた『美童の悪い環境』ってこの事?」
「そうです。あの夫人は色々な場所でトラブルメーカーです。良い所なし。あるのはお金だけです」
「なぜそんな人と一緒にいるのかしら?」
「やっぱり、引き立てが目的でしょう。お金持ちのパトロンがいるのは、役者にとって有利です。
君が僕からチャンスを得たように、美童も彼女からチャンスを得ようとしているのだと思う」

ってことは、きっと役者をやめたわけじゃないんだわ。
そこは少しほっとした。

「……ねぇ、だったら、清四郎が美童にチャンスをあげるわけにいかないの?
イメージボーイは無理でも、CMで使ってあげるとか、色々出来る事はあるはずでしょ?」
「いや、できません」

清四郎はきっぱり言った。
「なんで?!あたしは助けてもらったわ!だから美童も……」
「僕が君にチャンスをあげられたのは、僕が男で君が女だからだ。僕が手を差し伸べたところで、
男の美童は僕の助けなんて絶対に受けませんよ」
「だからって……」

あんな美童見ていられない。
いいお歳のご婦人と馬鹿みたいにいイチャついて、まるで安っぽいホストだわ。
役者として売れたいのはわかるけど、だからってあんな事することないじゃない。
美童はそんな事しないでも充分自分ひとりの魅力で輝けるのに。

「これでも僕たちの間には暗黙のルールがあるんです。不干渉っていう、ね」

そういえば、有閑倶楽部の男どもは、お互いのやる事には絶対口出ししてなかった。
清四郎の変な趣味にも、魅録のちょっと悪い遊びにも、美童の女遊びにも。
お互いの主義主張、縄張りには絶対、手も口も出さなかった。それは男どものルールだったのか。

「ってかさ、気になるならこんなところでコソコソ話してないで、あいつ呼べばいいんじゃん?」

悠理はそう言って、カラッと大きな声で美童を呼んだ。

「おーーーーーい!美童ーーーーーっ!!ちょっとこっち来いよーーーーっ!!」」

その一声で会場の注目を一身に浴びて、あたしと清四郎は飛び上がった。
ただでさえ、注目の的なのにっ!!

美童はすぐに気づいて、やっぱり飛び上がっていた。
そして、ぶんぶん笑顔で手を振る悠理に苦笑いをして、噂のご婦人と一緒にやってきた。
誰も悠理にはかなわない。

「やあ」
「久々だなー美童!あたい何度も電話したんだぞ?なんででないんだよ」
「僕にも色々事情があってさぁ〜」
悠理と話す美童は、昔とあまり変わってない、軟派でお気楽な美童のままだった。
でも、ルックスには磨きがかかってた。
相変わらずキレイな男だ。ほんと、まぶしいぐらい。

石油王の婦人は、卑しいものでも見るような眼であたしたちを見て言った。

「あーら、それ日本語?あなた日本語なんかしゃべれたの?」
「僕は日本のハイスクールを出てるんだ」
「あら、そうなの?へーえ」
「実はこの人たち、同級生。剣菱財閥の娘さんとその夫で副会長」
「ま、剣菱財閥!」

石油王夫人は剣菱の名前で、とたんにあたしたちを見る目を変えた。
本当に、ろくな人じゃなさそう。
ドレスだってお金はかかっているけど、なんとなく下品だ。

あたしと美童の眼があった。
美童はまぶしいものでも見るように少し目を細めて、口の端をあげた。

「……相変わらずお綺麗で」
「ええ、御覧の通り。いい女でしょ?」

その時、ダンスの音楽がなりはじめた。
そのタイミングで、清四郎が石油王夫人に向かって言った。

「よろしければ、代わりに僕とお相手していただけませんか?実はこの2人、ダンスはなかなかの
腕前でしてね。僕はこの2人のダンスを久々に見てみたいんです」
「まぁ、でも奥様はよろしいんですの?」

悠理は英語が全く分かっていないようで、話に加わらずにケーキに集中している。
夫とダンスを踊る気なんか、どう見たってさらさらない。
「妻は今、妊娠中でして……、ダンスはできませんので」
「そういうことでしたらよろしくってよ」

清四郎はご婦人の手を取り、センターに向かって行った。
あたしに振り返って、ウィンクをしながら。
美童はそんな清四郎を冷たい視線で見送って、そっけなくあたしに向かって言った。

「じゃ、僕たちも行く?」
「ええ」

美童が差し伸べてくれた腕に手をかけて、あたしはダンスに向かった。
久々の美童の腕。美童の肩。少し、緊張した。
美童は相変わらず華やかだったけど、あたしが知ってた美童とはちょっと違う。
甘い雰囲気の中に、鋭さのようなものが加わった。苦労してるって本当なんだろう。
かつてよりも精悍な横顔。

ダンスが始まると、あたしの体は羽が生えたように回った。
美童のリードはやっぱり上手。
あたしだってかなり上手い方だと思うから、誰と踊ったって様になると思うのだけど、
やっぱり美童が一番、息が合う。気持ちよくダンスできる。
久々の懐かしい空気の中、美童のリードに任せて思い切り身体を伸ばした。
のびのびと踊るあたしたちに、会場の注目が集まっているのが分かる。
当り前でしょ?あたしたちを誰だと思ってるの?

しばしダンスを楽しんで、スローテンポの曲になった時、美童はつぶやいた。

「最近は、スタイリストをしてるんだって?」
「ええ、見かけを変えてイメージを作るのはあたしの得意技だから。それを生かして仕事をしてるわ」
「宝石店は、どうした?」
「クビになったのよ。副業禁止だったから。でも逆によかった、天職が見つかったわ」
「それはそれは……」
クックと面白くもなさそうに美童は笑う。

「なによ」
「良いパトロンがいてラッキーだったね、可憐。持つべきものは清四郎だ」

思わずカッとなった。
この子はなんでこんなに意地悪で、卑屈なんだろう。

「自分があのご婦人に取り入ってるからって、あたしも一緒だと思わないで」
「何が違うの?可憐は清四郎の愛人で、清四郎に夢を提供してる。僕はあのご婦人に夢を。
そして、報酬としてお金や仕事をもらう。やっている事は同じじゃない?」
「あたしは清四郎の愛人じゃないわ!」
「今更ごまかさなくたっていいよ。それで、清四郎とベッドでどんな話をするの?
昔は楽しかったね、なんて話しながら、清四郎に抱かれるの?それって感じる?」

あたしは、思いっきり右手を放った。
パーンと予想以上に大きな音がして、たくさんの人が振り向いた。

「サイテーよ!あんたって!」

美童は頬を押さえもせず、あたしを見もしないで、殴られたまま立ち尽くしていた。
涙が出そうになった。でもぐっと堪えて、そのまま会場を後にした。

悠理が慌ててあたしを追いかけてくるのが分かる。
妊婦のくせに足の速い悠理はすぐにあたしに追いついて、剣菱のリムジンを呼んだ。
リムジンは即座に悠理の前について、あたしたちは乗り込む。

「どうしたんだよ、可憐らしくもない。このあたいだってさすがにびっくりだ!」
「言ったって悠理にはわかんないわよっ!!」
「なんで?」
「あんたみたいに!清四郎にたった一人愛されてるあんたに!子供もいて幸せなあんたに!
あたしの気持なんかわかってたまるもんですかっ!」

きゅーっと胸が痛んで、涙が出てきた。
あたしは、思いっきり大きな声で泣いていた。

美童があたしを侮辱した。下世話なひどい言葉を投げつけた。
美童がちょっと意地悪なセクハラまがいの事言うなんていつもの事なのに。
そんなの慣れてたはずなのに。こんなに悔しいなんて。

悠理はあたしの背中を、ぽんぽんと撫でてくれる。赤ちゃんを寝付かせるように。
この子、いつの間にかこんな事してくれるようになったんだわ。
リムジン呼んで、人の目から庇ってくれて、あたしの背中を撫でて……。

そして悠理はつぶやいた。

「あんなパーティ行きたくなかったよな。あたい清四郎に可憐連れてくのやめよって言ったんだ。
でも、あの頑固父ちゃん、変な噂があるからこそ可憐を連れてくって、一点張りでさぁ」
「…………」
「結局、嫌な思いをいっぱいする事になったよな。ごめんなぁ」

悠理だって、本当は嫌だったはずだ。ハートの強い子だから表に出さなかっただけで。
でも、自分の事より、まずはあたしの気持ちを心配してくれる。
あたしは悠理に八つ当たりすることしかできなかったのに。

結婚してお母さんになって、悠理は随分大人になった。
人の気持ちを気遣える、優しい女になった。

あたしだって、それなりに頑張って大人になったつもりだわ。
清四郎だって、高校生の時とは全然違う。

でも、美童、あんたは『違う大人』に変わってしまったの?


*** *** ***

あたしに「悪い男」呼ばわりされた美童は開き直った。

「そうだよ。でも、玉の輿を狙っている可憐が人の事言えるの?よーく考えてごらんよ。
キラキラした金目のエモノを目の前に、まず可憐が何を考える?どんな風に口説く?」
「……その通りですわ」

普段の行いが悪いあたしは認めざるを得なかった。

「可憐は、僕が守る」
「なーに言ってんのよ。いつも清四郎と悠理に命救ってもらってるあんたが」
「悪い虫を追い払う事はできるよ」
「世界最大の悪い虫のくせして、生意気だわよ」

そして、結局あたしと美童は2人暮らしする事になったのだ。


(続きます)
38名無し草:2010/01/06(水) 10:32:18
待ってました!
屈折しすぎの美童が気にかかります…。
39名無し草:2010/01/06(水) 10:35:37
>あたし、美童と〜
大人になった二人がダンスする姿を想像してうっとりです。
でも変わってしまった美童が辛そうで、早く救ってあげてほしいよぉ。
続き待ってます。
>>30-37の続き

N.Y.で暮らし始めた時は、本当に美童がいてよかったと、何度も思った。
あたしは自分で思っていたほどしっかりものでも要領がいいわけでもなかった。
アメリカに行けば何とかなると思っていた英語だって、やっぱり努力しなきゃどうにもならなかった。

美童は学校と家の往復『だけ』になりがちになるあたしを、無理やり街に連れ出してくれた。
部屋の近くにある小さなカフェには、本当によく行った。
日本にいたら絶対口に入れないような、ミルクたっぷりのカフェオレと、砂糖と小麦粉の塊みたいな
カロリーの高いドーナツ。
それから、美童との軽い会話。
それがあたしの心の栄養源になっていた。

でも……

「あんた、また彼女変えたわね」
「なんでわかるの?」
「髪の毛。長い黒い髪の毛から、短い赤毛に変わってたわ」
「いや、その通りだけど、よくわかるね」
「そりゃー、バスタブにべったりくっついてますから!お願いだから、彼女たちと一緒に
お風呂に入るのやめて!それができないなら、掃除ぐらいして!あたしだって入るんだから!」

あたしが怒るのを見ながら、美童は悪びれもなく笑った。

でも、美童のそんな悪い癖は、あたしがN.Y.にだいぶ慣れてきた頃になっても、
2年たっても3年たっても治らなかった。

「あんた部屋の掃除ぐらいしなさいよ!コンドームの包装紙、その辺に散らかしておかないで!
ほんと、そういうの見るのうんざり!」
「ひょっとして可憐、少しでも妬いてくれてるの?」
それであたしは激怒した。

「あたし、あんたのそういう女にだらしないところ、本当は大嫌いなのっ!
今後は家に女を上げるの禁止!どうしても女遊びがしたいなら、女の部屋でやって頂戴!」

そして。
あたしがそう言った次の日から、美童はほとんど家に帰って来なくなったのだった。


*** *** ***


次の日、街中で突然、腕を掴まれた。

「きゃっ!!」
「僕だよ、可憐」

美童だった。

「昨日はごめん。ちょっと時間ない?」

美童はニッコリ笑ってしゃあしゃあと言った。
あたしがびっくりして何も言えないでいるのに。
それでも、美童が自ら会いに来たってだけで、あたしはやっぱり断る事ができなくなってしまう。
これ以上、元の関係が崩れたままでいるのは、本音を言えば嫌。

「……あたしこれから仕事だから、その辺でお茶飲むぐらいしかできないけど」
「もちろん、それでOK」
それで、あたしたちはカフェでお茶する事になった。
N.Y.に来た頃、まだあたしが英語が全然話せない頃に、美童と良く行ったカフェ。
ここで美童と向かい合って過ごす時間が、どれだけあたしを支えていたかしれない。

「昨日はあたしの方こそ、ごめんなさい」
「ほんと、周囲の人に笑われるわ、カッコ悪いわ、痛いわで、散々だったよ」
「そりゃそうよね」
「おかげで、例のご婦人にも嫌われちゃってさ。恥かかせたって。あっさりお別れされちゃった」
「縁が切れたってこと?」
「そう、クビ!」

美童はちょんと首を切る仕草をした。あたしはそれを聞いて、少しほっとしていた。
やっぱり、あまり評判のよくない人のツバメなんて美童にやって欲しくない。

「よかった。あんた曲がりなりにも大使の息子なんだから、変な人と変な事しちゃダメよ」

そう言うと、美童は肩をすくめ、いや〜な顔をした。
多少の自覚はあるらしい。

「人の事言う前にさ、可憐はあの後、どうしたの?」
「あたしは悠理に送ってもらって、アパートに帰ったわ」
「ふうん、悠理にねぇ」

「あのね、美童」

あたしはしっかり目を逸らさずに、美童に言った。

「あたしは本当に清四郎の愛人でも、なんでもないの。今でも有閑倶楽部の時の仲間。それだけよ」
「…………」
「清四郎がこっちに来る時は、よく仕事で会ったりするけど、その時、必ず悠理も一緒にいるの。
2人きりでいることは絶対ないわ。あんた知らなかった?清四郎って、すごく子煩悩で愛妻家で、
家庭を壊すような隙、1ミリだってないわよ」
「ふーん……」
「大体あんた、清四郎が絡むと、妙に熱くなるわよ?前はそんなじゃなかったでしょ?変よ」

はあと息を吐いて、美童は力を抜いた。
一拍置いて、あたしと眼が合うと美童は言った。「僕は」と。

「僕は、可憐と寝た清四郎を絶対に許せない」

カッと頭に血が上り、体中の血が煮えたぎった気がした。

「またその話?!しつっこいわねぇっ!もう7年以上も前の話よ」
「僕の可憐を、清四郎は自分の衝動の赴くままに『捌け口』にした。だから一生許さない」
「……なっ」

美童があたしの手を急にぎゅっと握り締めた。

「なぜ清四郎と寝たんだ可憐」
「本当に今更やめて!大昔の事よ!」
「可憐は、傷ついても汚れてもいけなかった」
「傷ついてなんかいないわよ。納得ずくだったから後腐れもないんだわ」
「それでも僕は何年たっても理解できない。あの時可憐が行った場所がなぜ清四郎の元だったのか」

真剣なまなざしだった。
美童は乞うようにあたしを見つめる。

「どうして僕ではなかったのか」
あたしは美童の手からするりと抜けた。

「……あたしが美童とは寝たくなかったからよ」
「なぜ?」
「美童の長い女の列に加わるのは、どうしても嫌だったの」

美童が驚いた顔であたしを見た。
そんな事考えた事もなかったんだろうか。


その時、女の声がした。

「あーら、ビドーじゃない!N.Y.に帰ってきてたのぉ?!何か月ぶり?!」

白人で赤毛の、キレイな女の人だった。多分、年上?
彼女はあたしを見下ろすと、お構いなしに続けた。

「N.Y.に来るなら連絡しなさいよね。あんたの家はあたしの家でしょう」
「ま、今はね」

美童は彼女にそう答えて、チラリとあたしを見た。
何よその目。バッカみたい!
口で言うほど女のあしらいが上手なわけでも、度胸があるわけでもないんだから。
美童は、この2年の間も、N.Y.に来ていたんだ。
それで、あたしと暮らす家には帰って来ないで、もう他に暮らすところを見つけていた。
なーんだ、そうだったの。

あたしは赤毛の女にはお構いなしで日本語で美童に言った。

「あたしは、まだ、あんたと2人暮らしだと思っていたんだけど、もう違ってたのね」
「違うんだ、可憐」
「それならもう、家賃を入れないでもいいのよ?あたしだって一人であそこを維持できるぐらいは
稼げるようになっているから」
「……可憐は、今も一人であそこにいるの?」
「ええ、文字通り一人きりであそこにいるわよ」
「ボーイフレンドは?」
「彼氏を作れるほど、仕事の余裕がないわよ。まだまだ力不足だから仕事に夢中でいなきゃ」

そんな、あたしたちの会話が分からない赤毛の彼女は、嫌味な調子で美童に言った。
「変な言葉ぁ。それ何語?」
それで、あたしは席を立った。

「じゃぁ、本当に仕事遅れちゃうから」
「もう行くの?まだ話が終わってないよ」
「…………」
話したい事は山ほどある。
それでも、2年の間に、あたしたちの間にすっかり立ちはだかってしまった壁のせいで、
何も話せない。

ただ、たったひとつ、美童に伝えておきたい事があった。

「美童、役者をやめないでね?」
「可憐」
「あたし、あんたが役者になるって言った時、本当にうれしかったの。いつも人についてくだけの
あんたが、一人で決めた事でしょ?だから、絶対やめないで」

あたしは一番言いたかったそれだけを伝えて、足早にカフェを後にした。

美童とは、またしばらくそれっきりだった。
でも、家賃は相変わらず振り込まれていて、あたしはほっとしていた。
美童があたしとのつながりを消したいと思っているわけではないのかもしれないと、思えたから。


そして、美童と再会を果たすのは、それからまたしばらく、月日がたってからの事となる。



(前半戦終了。後半戦はもう少しまとまってから続きます。
当初予定より長い。お付き合いいただきすみません)
47名無し草:2010/01/07(木) 07:26:27
いつも楽しみにしてます
続き投下を待ってます!
48名無し草:2010/01/07(木) 09:35:49
後半戦お待ちしています。
このシリーズ、本当に大好きです!
49名無し草:2010/01/07(木) 09:37:23
長くてうれしいです!
でもなるべく早めの投下希望。おもしろくって待ちきれない!
50名無し草:2010/01/07(木) 11:50:18
>あたし、美童と〜
本当におもしろいです。
個人的に美童がかつてなく素敵に思えます。
可憐もすっごくかっこよくて大好きです!
このシリーズずっと好きなんですけど、今回が一番続きが気になってハラハラしているかも。
皆様と同じで、とても楽しみにしております!
51名無し草:2010/01/07(木) 16:47:11
52名無し草:2010/01/08(金) 21:46:48
今年はとまってる連載の続きが読めるといいな。
53名無し草:2010/01/09(土) 00:04:33
連載の作家さん、待ってます!
54名無し草:2010/01/12(火) 10:00:07
ほしゅ
55名無し草:2010/01/13(水) 09:34:44
56名無し草:2010/01/15(金) 00:52:51
>>40-46の続き 後半戦
 

僕にはたった2人の男友達がいる。
菊正宗清四郎と松竹梅魅録だ。

清四郎も魅録も、僕にとっては、何ものにも代えがたい大切な仲間ではあったけれど、
同時に強烈なライバル心を抱いている存在でもあった。
僕たちは、お互いを尊重しつつ、認めつつ、だがお互い見えない『何か』をかけて、
ひっそりとガチガチに戦い続けていた。
僕自身、奴らの事を愛しているのか憎いのか、時々わからなくなる事がある。
だけど多分、3人の女友達の存在と、有閑倶楽部という枠組みで与えられる「役割」が、
僕たちの間にある緊張感を緩和してくれていたのだろうと今では思う。

だが、ある春の日、僕の中のそのバランスが崩れた。
『可憐』という存在によって。


その春のある日、僕と魅録、清四郎は男だけの魅録の壮行会という名目で飲んでいた。魅録の部屋で。
魅録は新しい生活へ旅立つという気負いがあったのか、自宅の気楽さか、珍しくしこたま飲んで潰れ、
僕と清四郎はその隣で日本酒を傾けていた。

「―――たぶん、お前が思ってるのはあたってますよ」

それが何か?
とでも言わんばかりに涼しげに、いつものポーカーフェイスで、清四郎は言った。

僕の体中の血が沸き立った。
だって、僕の質問は「可憐とやったでしょ?」だったのだから。
嫌な予感が的中してしまった。
清四郎はどんな風に可憐を抱いたのだろうか?とか、
可憐はどんな顔をして応じたのだろうか?とか、
ぐるぐると頭の中を色んな雑念が飛び交ったけれど……
でもそんな事よりも、何よりも、
僕は、僕の可憐の中にあった『穢れのないもの』が崩れ落ちたような気がして―――

「それで?清四郎は、可憐と付き合ってるわけ?」
「いいえ、それだけです」

つい、おちょこを持つ手を滑らせてしまった。
息が、詰まる。

「へ〜ぇ?僕たちは、そんな風に簡単に関係を持ったりしてはいけなかったはずじゃん」
「そんな決まりがあったんですか?可憐とも合意の元、行ってますよ」

『合意』という言葉に、思わず拳に力が入る。
僕はもう、堪えるのが精いっぱいで、日本酒をあおった。
なぜこんなに動揺するのか自分でもよくわからない。

『そう簡単に男とは寝ない』と言っていた、可憐の尖った口を思い出した。
だったら、清四郎となんか、何で寝たんだよ!
あの惚れっぽくって大人ぶってるだけのお嬢ちゃんが清四郎なんかに!馬鹿め!

すると、僕の隣で清四郎はぽつりとつぶやいた。

「……謝りませんよ」

分かってる。僕などが絶対に清四郎を責められるわけがない。
しかし、体の奥には清四郎をどうしても許せない僕がいて、そいつが胸を掻き毟って、
―――痛い。
こうして、僕の中の、清四郎との間にあった微妙なバランスが崩れた。


*** *** ***


あたしに大きな顧客がついた。
イタリアから来た、金髪サラサラの人気女優で……、ジーナと言う。

「あなた日本人?じゃ、知ってる?私、昔バイクレーサーのミロクの恋人だったのよん」

ジーナはあたしに向かって、重大な秘密を漏らす子供みたいな無邪気な顔で言った。

「知ってるわ。パパラッチ除けの偽装の恋人だったんでしょ?」
「……あら?なんでそんな事まで知ってるの?」
「あたし、その魅録とも、奥さんの野梨子とも、高校の同級生で親友なの」
「ええっ!世間ってせまいわねぇ!なぁんだ、自慢できないじゃない!」

ジーナは、なんだか可愛い人だった。
多分、あたしと気が合うと思う。この人にならいい仕事ができそうだ。

実際、あたしと彼女は相性がよかった。
話が合うので、打ち合わせもするする進むし、彼女の持つイメージがあたしにも合っていた。
ちょっと奇抜かな?と思われるようなものでも、彼女は上手に着こなし、表現してくれるので、
あたしは自分の個性を思い切り発揮することができた。
それに、あたしも彼女のイメージアップに貢献できたと思う。

ジーナとはプライベートでも仲良くしていた。
お互い、他国からやってきてそれなりに頑張っているという事もあるし、共通の話題もある。
魅録という―――
「……ミロクは伸び悩んでいるわねぇ」

ある日、スポーツ誌を見ながらジーナがつぶやいた。

「そうなの?」
「なによカレン知らないの?今年は、1勝もできてないわよ。motoGPは体格的にキツかったのかな」

魅録は野梨子と結婚して上のクラスに上がって以来、なかなか勝ちきれない日々が続いている。
確かに、身体の小さい日本人には大きなバイクが向いていないというのもあるけど、
やはり最高峰の舞台と言うのはそう甘くもないのだろうとあたしは思う。

「でもミロクって、ほんっといい男よねぇ」

ジーナが雑誌の魅録の写真を見ながら、しみじみ言った。

「……いい男よ。ジーナはいい獲物を逃しちゃって、お気の毒さま」
「あーら、私はもっと上の男を狙うからいいのよん。アメリカ大統領とかどこかの国の王子様とか♪
でも、ねぇ、あの奥さんそんなにいい女?可愛いのは認めるけど」
「意地っ張りでプライドが高くて、カタブツな女よ」
「ちっともいい女に聞こえないけれど」
「出来た女じゃない処がいいのよ、きっと。セレブな男の妻って、変わった女が多いじゃない?」
「私たちみたいなイイ女は損よねぇ」

ケラケラとあたしたちは笑った。
ジーナもたぶん、あたし同様、魅録に片思いして失恋した女の一人だ。

「それはそうと、今、可憐、ヒマ?」
「ヒマじゃないけど、話によってはヒマよ?」
「じゃ、OKね?すっごくいい男に会わせてあげる」
そして、その日の夜、あたしはジーナの紹介で、あるドラマのプロデューサーと会っていた。

「ドラマのコスチュームをあたしが担当?!」

ジーナは新しいドラマのオーディションに合格して、次のシーズンから主役をやるらしい。
そのドラマの衣装に、なんとあたしを採用したいと言ってくれているのだ。

あたしを使いたいと言ってくれたプロデューサーはジェイと言った。
まだ30半ばぐらいで若いのに、次々と人気ドラマを成功させている、実力派だ。

「俺がジーナを採用する決め手になったのは、彼女の普段のドレス姿が印象的だったからだ。
ジーナに聞いたら、君がコーディネートしてるというから、ぜひ、ドラマの衣装を担当して
欲しいと思って、今日、来てもらったんだ」
「そんな大役!」
「今度のドラマで求めているのは、まさに君の感覚なんだ。今ジーナを装っている感覚で仕事して欲しい。
ドレスは作品の重要なアイテムだから、期待してる」
「今度のドラマは、どんなお話なんですか?」
「アメリカの金持ちで、上流階級で、いけ好かない人間たちの、愛憎入り乱れた〜」
「シリアスな人間劇?」
「いや、ホームコメディさ」
「コメディ?!」

あたしの反応が上々だったらしく、ジェイはほころぶような笑顔を見せた。

ジェイは魅力的な人だった。
切れ長の目でちょっと怖い顔をしてるけど、笑うとキュートな子供みたいな顔になる。
それに話すと明るくて、器の大きさがにじみ出ているような人だった。
彼の作るドラマはどんな悲惨なテーマでもあったかい。きっと彼はすごく人間が好きなんだと思う。

昔のあたしだったら、速攻、全力でアタックしてたところだわ。
でも今はそんな事より、まずお仕事、お仕事。
そんなジェイが言った。

「だから、パーティ衣装なんかに力を入れようと思っていて、君はその分野が得意だって聞いたし、
ぜひ、お願いするよ、カレン」
「……ありがとうございます!」

すごく嬉しい!ジーナを担当する事になって、本当によかった。
清四郎がくれたチャンスも大きかったけど、これは、自分の力で手に入れた大きなチャンスだ。
夢のようだ!

「今日は、そのドラマで準主役の、ジーナの弟役の俳優も呼んでるんだ。
カレンに彼のイメージも湧かせておいて欲しいと思ってね。もう着くはずなんだが……」

ジェイはきょろきょろして、彼を見つけたようで「ああ、来た」と手をあげた。

「紹介するよ、カレン。ジーナの弟役の……」

ジーナのようにさらさらした金髪。
いたずら好きな子供みたいにキラキラした目があたしに笑いかけた。

「はーい、僕。またまた久しぶりだね、可憐」
「美童……!」

こうしてあたしたちは、何度目かの再開を果たした。
ジェイとの打ち合わせが済んで、あたしと美童は夜のロスを歩いていた。
N.Y.とは違って、夜でも街中が広々と明るい感じ。今の開放的な気分にぴったりだ。

「……本当に大きな役を手に入れたわね。あたしもすごく嬉しい。一緒に仕事できるなんて夢みたい」
「まあね〜、僕の実力もあるけど、ま、今回は正直、運が良かった。僕、ジーナと似てるでしょ?」
「あ、言われてみれば!ジーナが崩れたような顔してる」
「ひどいっ!」

二人で笑い声をあげた。
美童と一緒に笑うなんて、本当に久しぶりで、嬉しい。

「あのプロデューサーの、ジェイの作品なら、きっと数千万人が見るわよ。あんた、スターになるわ」
「当然でしょ?僕を誰だと思ってるの?」
「世界の恋人」
「ご名答」

N.Y.に一緒に暮らしていた頃だったら、こんな時、美童はあたしの肩を抱いただろう。
でも、今はただ並んで歩くだけ。高校生の時みたい。
それが寂しいとは感じない。むしろ、心地よい距離感。

「このところ、どうしてたの?」
「こっちでオーディションを受けまくって、芝居の勉強しまくって。でも全然受からなくってさ。
小さい仕事をしたり、イベントのモデルやったり。正直ぱっとしない感じだった」
「あたしはジーナと仕事して、確実にキャリアアップしたわよ、どう?すごいでしょ?」
「うん、知ってた。すごいと思ってたし、僕は負けたくなくって悔しかったよね、やっぱり」

いつもだったら、ここいらで憎まれ口をきく処なのに、やけに素直で、少し戸惑った。
美童は、いつもの話しやすい美童だったけど、やっぱり何かが違う。
本当に、あたしが思っている以上の苦労を、美童はしたのかもしれない。
「可憐が『役者やめるな』って渇を入れてくれたおかげで、僕はここまでやって来れた。
役者をやめないで、よかった」
「そーよぉ、あんたは役者やめちゃダメよ。ね?持つべきものは『あたし』でしょ?」
「本当にそうだね」

二人でニッコリ笑い合った。

ふいに、美童のまなざしが変化する。
久々に見る、N.Y.であたしをハグしてくれた時の、美童の優しい瞳。

「……僕の可憐だ」
「え?」

顔をあげると同時に、唇を奪われ深くキスをされた。

なぜかしら?あたしはまたすんなりと受け入れてしまう。
以前、キスされた時もそうだったわ。
あの時も、すごく自然ですごく気持ちよくて……怖くなった。
でも、今は……

「今日は嫌がらないの?」
「……キスなんて久しぶりだったからよ」

美童がぷっと吹き出した。
そして、それ以上、何もしなかった。その代わり、言った。

「……また、一緒に暮らせないだろうか?可憐」
「『まだ』よ。N.Y.のあの部屋は、まだあのまま。あたしたち、まだ一緒に暮らしてるのよ、美童」

すると、一瞬、美童の顔が崩れた。泣いたような笑ったような、不思議な顔。
そして、つぶやいた。
「そっか、『まだ』一緒か」

そして、その日からあたしと美童は再び、高校時代のように仲良くつるみ始めたのだった。


*** *** ***


僕が、可憐が魅録の事を好きだったと気付いたのはいつの頃だったからか。
魅録がアメリカに来る度に、律義にレースを見に行っていた可憐。
僕の未来の共演者であるジーナが魅録の恋人になっても、それは変わらなかった。
可憐の魅録を見つめる眼差しがいつまでもあまりにもまっすぐで、清らかで、健気で―――

居たたまれなくなった僕は、あまり魅録のレースに行かなくなった。

僕は、『可憐』のせいで、痛切に感じてしまっていた。
清四郎、魅録と、自分の距離感を。
高校時代には同じ土俵に上がっていると思っていた。それが勘違いだった事を。

奴らは持ち前の能力を最大限に生かして、ガンガン成功していくだろうけれど、
僕はどうだろうか?
僕の取り柄と言えば、あいつらよりちょっと女の子を口説くのが上手な事ぐらい。

何よりも可憐の態度がそれを物語る。
清四郎とは寝た。
魅録には恋している。
だけど、僕はなんだろう?
ずっと、可憐の「トモダチ」だ。

僕はそれまで苛まれた事もない、『劣等感』という名の泥沼に陥っていた。

(続きます)
66名無し草:2010/01/15(金) 07:31:35
>あたし、美童とそれから幾年
お待ちしてました!
ジーナとのやりとりが洒落ていてイイ!みんな生き生きしてて面白いです。
ドラマってデス妻みたいなのかな?w
続きも首を長くしてお待ちしてます。
67名無し草:2010/01/15(金) 10:40:12
>あたし、美童とそれから幾年
美童の心情が色々と分かって興味深かったです。
男同士の間にあるライバル意識や距離感なども、そうだろうなぁと
思わせる描写で。

劣等感に苛まれる美童って、ありそうで無かった展開なので、
続きを楽しみにしています。
68名無し草:2010/01/15(金) 20:12:13
>あたし、美童とそれから幾年
知的で大人でおしゃれですね!

可憐は、魅録に片思いしてて
やけくそで清四郎と寝て
美童とルームシェアするのか。
いいなあ。
69名無し草:2010/01/15(金) 23:39:51
「金持ちで上流階級でいけ好かない人間たちの愛憎入り乱れたコメディ」
ってつまり有閑倶楽部かw

連載再開ありがとうございます!続きも楽しみです。
>>57-65の続き

魅録が僕に言った事がある。

「お前、よく可憐と2人暮らしなんかできるなぁ?俺はできねぇ!怖すぎる!」
「まぁね〜。今や魅録、超お金持ちだし、スターだから、可憐に襲われちゃいそうだもんね」
「逆だ、俺の方も食っちまいそうでヤバイ」

ちろりと舌を出して魅録は笑った。

「ほー、金髪の彼女が出来ると、言う事大胆になるねぇ」
「いやいや、可憐が傍にいて性欲コントロールしまくれるお前を尊敬すらするぜ?さすが美童先生」
「あたりまえじゃん?だって可憐は仲間でしょ?大事な有閑倶楽部の仲間」

僕たち6人の関係の『模範解答』を答える僕に、魅録は「違うだろ」と言った。

「仲間、だから何が起こるか分からねぇって言ってんだよ、俺ぁ。
あいつが気を抜いて部屋ん中ウロウロしてたら、俺だったら多分ヤバイ」

その時は魅録が重要な事を言ってる事に気付かなかった。
でも、実は恋愛に疎いはずの魅録の方が良くわかっていた。僕たち6人の際どさを。

「ま、俺とお前じゃ、可憐の位置づけが違うんだろうけどさ」
「なによ。アタシじゃ美童をその気にさせられないっていうのぉ?」
「おお、可憐なら言いそう!さすが、可憐のマネも上手になったよなぁ」

話はそれっきりだった。
だけど僕は、可憐のマネして誤魔化しながら、心の中で苦笑いをしまくっていた。
事実僕はもう、可憐にやられっぱなしだったのだから。

高校時代の可憐は、ああ見えて隙のない女で、色っぽいけど色気がなかった。
だから、セクシーな胸元や豊かな腰つきを見ても『良い眺め』としか思ってなかったのだ。
しかし、一緒に生活を始めると少しずつ、思いがけない隙が生まれて、戸惑っていた。
部屋のドアの隙間から見える生身の背中とか、風呂上がりの上気した肌から立つ甘い香りとか、
転寝をする時に少し開いてしまった腿とか、そんなドキリとする瞬間が毎日少しずつ増えて行く。

しかも、可憐の癖に可愛いのだ!
N.Y.に来た可憐は高校生の時より明らかに素直で、本気で僕を頼っている様子が見れる。
でも相変わらず、世話女房のようにあったかくて、僕にとっては庇護すると同時に甘えられる
不思議な存在になっていた。

五感から、ハートから、可憐に攻められて、正気でいろって方が無理だ!
可憐にはもはや仲間意識など持てるはずもなく、僕にとって、強烈な『生身の女』になっていた。

僕の強烈な劣等感と、あられもない劣情。
それは全て『可憐』が発端で、僕は可憐にどう振舞っていいのかさっぱりわからなくなっていた。

それで、僕は予防線として、大して好きでもないGFを部屋に呼んでセックスにふけったり、
付き合う女をコロコロと変えてみたりしたわけだけど。
おかげで、僕の生活は乱れまくってしまった。(いや、それはそれで楽しかったけど)

そんな時だった。

「あたし、あんたの女にだらしないところ、本当は大っ嫌いなの!どうしても女遊びがしたいなら、
女の部屋でやって頂戴!」

可憐にそう怒鳴られて、僕は胸をなでおろした。
よかった。これでやっと、可憐から離れる口実が出来た。
可憐は僕にとって、大事な大事な、『仲間』であるハズなんだから―――

*** *** ***

ドラマの撮影は、10ヶ月間ほどかけて行われる。
あたしは拠点をN.Y.からハリウッドに移して、ドラマの仕事に集中する事にした。
登用が決まった2週間後には撮影に入り、それからほぼ毎日衣装の打ち合わせ。
それから、役者さんへのインタビュー。もちろん、美童にも。
役のイメージを掴んで、役者さんの個性を引き出して、化学変化させるように、
キャラクターの衣装を作り上げていく。
すごく楽しい作業ではあったけど、あたしは自分の能力を限界ギリギリまで使うのに精いっぱいで、
もう必死だった。

ほどなくして、ドラマの放映が始まると、番組は初めから高視聴率を叩きだした。

ヒットを飛ばすプロデューサー、ジェイの作品だけあって、数千万人が見る。
美童の知名度はあっという間に上がり、全くの無名から、誰もがカメラを向ける対象へなり果てた。
まさにアメリカンドリームだ!

美童の演じるキャラクターは、軽薄なプレイボーイでお馬鹿さん。だけどナイーブな可愛い男……
という、美童そのものと言ってもいい役だった。
コミカルだけど、なぜだか哀愁漂うその役がウケて、女性からの人気は凄まじかった。
ティーン誌や、女性誌にインタビューされたり、イベントで黄色い声をあげられたり。
美童は、長年夢見ていたであろう世の中の多くの女性を魅了する男になった。

そんな美童の活躍は、なんだかんだでやっぱり嬉しい。
初めて美童がブロードウェイの舞台に立った時もそうだったけど、自分の事のように自慢したい気分だ。

一方、あたしの方はと言うと、そう冴えてもいなかった。
ほぼ毎日、プロデューサーのジェイとバトルをやりあっていた。
天才プロデューサーは、衣装一つでも手を抜く事はない。

「この色の濃いドレスは違う、このシーンに使うべきではない。もうちょっと軽めにならないか。
例えば、こっちの薄い色とか」
「でも、ジーナのキャラクターのイメージ考えたら、薄い色は避けた方がいいんじゃないですか?」
「そりゃ基本はそうだが、ここはジーナが重大な決意をするというシーンだ。少し印象を変えたい。
この濃い色のドレスじゃ、またかよって感じだぜ?イメージ変わらないだろ?」
「でも、薄い色でジーナのキャライメージに合わせるのって難しい」
「それをなんとかするのがお前の仕事だろ?似たようなドレスばっかり用意して手を抜くなよ、お嬢ちゃん」

思わず、ぐっ黙ってしまった。今日もあたしの負けだ。
ジェイは口調が強くって、会話はほぼ、口論に近かった。
あたしの腕を認めてくれて採用したって言ってたくせに、あたしをこき下ろす発言も少なくない。
でも負けるもんか!

「わかりました。じゃ、もう一回考え直してみます」

すると、唐突に、ジェイが言った。

「君はビドーと仲がいいな」
「何よ突然。いったはずです。高校の時の友達だし、昔はルームメイトだったから」
「……恋人だったのか?」
「いーえぇ、彼には星の数ほど美しいお相手がいて、あたしなんて『女』にすら見られてませんわ。
っていうかあたしだって、あんな浮気男、お断り」

ジェイは「ふーん、女にすら見えない、ねぇ」と信用してなさそうな調子だった。

「とにかく、ビドーは今、番組の中でも1、2を競う人気だ。ドラマにとっても大事な時期だ。
くれぐれもパパラッチの餌になどならないように。あまりビドーに近づくなよ、わかったな!」

言うだけ言うと、ジェイはイライラしながら出て行ってしまった。
嫌な奴!
こんな意地悪な男に一度でも心ときめいた、過去のあたしを殴ってやりたい。
しかし、彼は本当に天才だった。
彼に言われたとおり、必死に考え直すと確かに自分で初めに用意した衣装よりも『よいもの』が
できるのだ。悔しい事に。
あたしの腕は確実にジェイによって磨かれていた。
だからどんなに侮辱されてもやりなおすしかないのだ。ほーんと、あたしってド根性!

そうして、ドレスとジュエリーを並べて頭を抱えているところに、美童がひょいとやってきた。

「可憐ー!僕、休憩入った!ご飯食べに行こうよ」
「あら、美童。あたし、今あんたとあまり近づいちゃいけないの」
「なんで?」
「ジェイからパパラッチの餌になるから、美童と一緒にいるなって言われたのよ。
ほんっと、あたしなんかを疑うなら、もっと疑うべきところがあるでしょうに」
「どういうこと?」
「あんた、ジーナの友達役の子と付き合ってるでしょ?」
「え?どっかで噂になってる?」
「あら、的中した?噂にはなってないわよ。見ればわかる。あんたとの付き合い長いから」

美童は大げさに頭を抱えるポーズをした。そして笑った。

「さすが、可憐は目ざといなぁ」

あいかわらず、美童の病気は治ってない。
どんな現場でも、女の影がチラつく。しかも複数、だ。
でも、誰もがたった一人の美童の女だと思っている事だろう。幻のような愛を信じて。
そして、『愛が冷めた』という理由で、いつの日か美童にポイッと捨てられるんだわ。
驚くほど後腐れがない方法で。

昔から、美童のそんなところは大嫌い!だった。本音を言えば。
女好きといいながら、実の処、美童はさほど女が好きじゃないんだろう。
でないと、こんなに女をポイポイ変えられるわけがない。
よかったわ、あたし、美童にとって『家族』で。『女』じゃなくて。
美童は悪びれもなく、あたしの隣に座った。
そして、あたしの目の前の衣装たちを見てころりと話を変えた。

「これは、ジーナの衣装?」
「そう、あたしはこっちの派手な色を押したんだけど、ジェイはもっと軽い薄い色にしろって」
「ふーん、でも、薄い色ってジーナのイメージじゃないよな」
「それでも、何とかジーナらしくするのが『あたしの仕事』だって言われた」
「あははは、ジェイらしい。僕もそれ、よく言われる。『無理を何とかするのがお前の仕事』って」

あたしは美童に聞いた。

「ねぇ、美童?あんたジェイの事好き?」
「好きだよ。仲間思いで、時々子供みたいに夢中になって、そう、あいつを思い出す」
「あいつ?」

あたしがきき返すと、美童はチッ!と舌打ちした。口を滑らせた事を後悔するように。
そして、しぶしぶ彼の名前を出す。

「……魅録、だよ」

あら、その通りだわ。人種が違うから気付かなかったけど、確かに雰囲気はそっくり。
ちょっと怖い顔なのに、良く笑う。すごく仲間思いで、上下間なく友達もいっぱい。
そうか、ジェイがどんなにキツくても憎み切れなかったのは、魅録に似ているからかもしれない。

美童はまたあたしの様子をうかがっている。この子はいつまでたっても、こんな調子。
有閑倶楽部の男仲間を何より大事に思ってるクセに、同時に激しくライバル意識を持っている。
多分、魅録も清四郎も、3人ともそんな感じなんだろうな。
清四郎も、不干渉と言う名のもとに、窮地に陥ってる美童にあえて手を差し伸べなかった。
あいつらの男同士のプライドってやつなんだろうけど、本当にやっかいだ。

「あたしは今更、魅録にも清四郎にも未練も思いもございません。あしからず」
「……別にそんな話はしてないんだけどね〜」
美童はそういって、席を立った。

「ま、一回僕と食事でもして、頭を冷やしたら?いいアイデアが浮かぶかもしれないよ?」
「そうね、行くわ」

あたしと美童はそうやって、ジェイの忠告を無視していた。
お互い、この土地では唯一の『家族』なのだ。
あたしはアパートを借りて、美童はホテルで、N.Y.の時のように一緒には暮らしていなかったけれど、
結束はN.Y.の時以上に強まっていたと思う。
ハリウッドのあたしにとっては美童と日本語で話す時間が唯一のリラックスできる時間で、
きっとそれは美童にとっても同じだったと思う。
カメラの前の美童は、すごい気迫とオーラを放っていたから。

あたしはだから、あたしといる時ぐらい、安らがせてあげたいって思っていた。
そうよ。限界ギリギリまで神経を張り詰めた毎日なんだから、少しぐらい居場所があってもいいじゃない。


しかし、それからしばらくしたある日。ジェイの懸念する事件は起きることとなる。
予想だにしない形で――――。

「カレン!ちょっと来い!」

またいつものバトルか、と、あたしは一発気合を入れてからジェイのオフィスへ向かった。
するとジェイはタブロイド紙を投げつけるように机に置いて、言った。

「カレン!どういうことだ?!あれほどパパラッチには気をつけろと言ったのに」

ジェイの持っていたタブロイド紙には、スクープという文字と共に、美童の写真が載っていた。
美童と女性が身を隠すようにして、ホテルに入る姿。

「日本人女性とビドーが熱愛だそうだ。これは君じゃないのか?」
あたしは、そう言われて、タブロイド紙をまじまじと見た。
正直、あまりよく撮れてない写真で、しかも背中で顔がわからないけれど……
でも、この美童の隣にいる女の人は……

「あたしじゃないわ。美童のホテルなんか行かないし」
「本当か?」
「行くわけないでしょ?……ましてや、キモノなんか絶対着ないわ」
「じゃ、これは誰だ?」

あたしは胸がキリリと痛んだ。

ジェイは本当に魅録によく似ている。
魅録に問い詰められているようだから、胸が痛い。

でも、この首筋、この背中、よく見なれた着物姿。
間違いない。

「……松竹梅野梨子」


*** *** ***


可憐に追い出されたのと同じ頃、僕は大学の友人から声を掛けられていた。

「ビドー、お前役者やってみるつもりないか?」と。

そう言われて、僕はアメリカで初めて舞台に立った。
オフブロードウエイのさらにオフ。小さな小さな劇場で、素人同然の舞台だったけど、
僕は観客から絶賛を受けた。
どうすれば、自分を魅力的に見せられるのか、どう動いてどう声を出せば効果的なのか、
そんなもんが考えないでもわかる。
女の子を口説きまくってた成果だろうか?

自分の意外な能力を発見して、調子に乗った僕は、大学の専攻を演劇のコースに変えた。
可憐は、部屋に戻らない僕を女の家を渡り歩いていると思って、眉をしかめていたけれど
実際は演劇仲間と、遊び半分で稽古したり修行もどきをしたりして、過ごしているのが大半だった。

その頃には、女性に対する興味がさほどなくなっていた。
まぁ、乱れ切った生活を送って、うんざりしていた事もあって、女性とベッドの上で過ごす時間が、
さほど僕にとって重要な事でもなくなっていたのだ。(楽しくはあるけれど)

それよりも、自分を生かせる世界があるのが、嬉しくて仕方がない。
もしかして僕は、清四郎に、魅録に、肩を並べる事ができるのかもしれない。
そう思えたから。

その証拠に、役者としての僕は本当にとんとん拍子で、ランクアップしていった。
オフブロードウェイの舞台には、役者仲間からオファーがあって、出る事ができたし、
気まぐれで受けた、本格ブロードウェイの新作のオーディションには、他の多くの候補者を
なぎ払って、簡単に合格する事ができたのだ。

僕は、『足手まといの美童』から少し脱却できるかもしれない、糸口を見つけた気がしていた。

(続きます)

79名無し草:2010/01/16(土) 09:46:55
来てたー!

可憐の「女」じゃなくて「家族」でよかった、という割り切りとか
美童の可憐への生々しい感情や男友達へのライバル心、
心の動きに説得力があって引き込まれます。
まさかの野梨子登場にwktk!
80名無し草:2010/01/16(土) 10:21:53
>あたし、美童と〜
美童視点で、ますますこちらの美童が好きになってしまいました。
ほんと、魅力的だ〜
そしてまさかの野梨子登場に自分もwktkです!
続き待ってます。
81名無し草:2010/01/16(土) 12:57:31
>あたし、美童と〜
ド根性可憐が御大とキャラ被っててイイw
美童が可憐に恋心を抱くようになった心情の説明も、「スカートの中見ても嬉しくない」
とまで言ってた原作の美童と矛盾してなくてすごく自然だったし
毎回、有閑六人の関係性を考察する描写の鋭さに感心させられてます。
続きが楽しみ〜
>>70-78 の続き

あたしはジェイの許可を得て、仕事を早めに上がって、美童の滞在するホテルへ向かった。
スタジオの通行証やら台本やらをわざと見えるように持って。
いかにも『スタッフです。仕事の用事でございます』という顔をしなければ。
どこにパパラッチがいるかわからない。

その日、美童はオフで、スタジオには来ていなかった。
あたしは美童に何度も電話もメールもしたけれど、一向につかまらず。
心ここにあらずの状態でスタジオで一日を過ごしていた。

だって、相手があの野梨子だ!
あの着物姿の女性が誰なのか、マスコミはまだ嗅ぎつけてないようだけど、
野梨子の名前が出て大ごとになる前になんとかしたい。

『松竹梅』野梨子

苗字を変えてからこの数年、野梨子は日本のみならず世界のマスコミに叩かれまくっていた。
日本では、サゲマンと言われ、イタリアでも、ミロクはジーナと結婚すべきだったと酷評だ。

それはお茶の間の本音だろう。
TVで人気者の白鹿流の若手を振って、世界的レーサーの魅録と駆け落ち同然に結婚。
さらにその後、魅録は大型バイクに乗るようになってなかなか勝ち切れず、だ。
まぁ、野梨子の責任ではないにしろ、サゲマンと言われてもしかたない。

そのうえ、野梨子はマスコミ全般に全く愛想がない。
マスコミの取材には嫌な顔をしてそっけなく応じる、ツーンとお高くとまったお嬢様。
野梨子と友達じゃなかったら、あたしだってちょっと悪く言ってそうだ。

その野梨子が、今、アメリカの人気急上昇スターの美童のところにいる。
これがバレたらまたマスコミの良い餌だ。大変な騒ぎになる。
いいえ、それよりも、真相が知りたいわ。
なぜ野梨子が美童のホテルに行ったりするのか。
魅録と野梨子に何かあったのか――――。


美童は部屋に、いた。
ドアを何度も叩き、大きな声で美童の名前を呼ぶと、ようやく出てきた。

「やぁ、ハニー。うるさいよ?」
「ハイ、ダーリン、おイタが過ぎるわよ?あたし以外の女とデートしたでしょ?」
「まあね。どうぞ、入って」

美童の部屋は意外と片付いていた。美童にしては綺麗すぎるほどだ。
ホテルなんだから、掃除してくれるんだろうけれど、それにしてもこれは……

「やっと僕の部屋に来てくれたんだね、可憐。早速、ベッドインしちゃう?」
「じゃぁ、ベッドルームを見せてもらおうかしら?野梨子はそこにいるんでしょ?」
「あら〜?やっぱりそうなる?」

美童はぱっと両手を挙げてニッコリ笑った。

「でもダメだよ。ベッドルームには入れられない」
「なんで、野梨子があんたのホテルに泊まるような事になってるのよ?!」

すると美童が肩をすくめた。

「詳しくはよくわからない。僕は野梨子に呼び出されたからデートしただけ。着物を着て、
僕と夜のロスをお散歩」
「着物なんか着た女と一緒に歩いているから、こんな目に会うのよ。わざわざ目立つ事して」
「だって、野梨子に着物を着せてやりたかったんだよ」
「どういうこと?」
「野梨子は息詰まっているように見えた。だから着物を買って着せてみた。そうしたら、
ふうっと息を吹き返したように見えた」

そこまで言って、美童はしばし考え込む風に黙った。

「……魅録は、いつか野梨子の息の根を止める」

美童の乱暴な言い回しに、思わずぎょっとした。
それと同時に、ベッドルームの扉が開いた。

「美童、もういいですわ」
「野梨子!」

久々に会った野梨子は、相変わらず凛として、美しかった。
野梨子はあたしに「お久しぶり」とニッコリ笑って言った。

「……『遊びに』来ただけですのよ」
「は?」
「退屈でしたから、遊びに来ただけ。本当にそれだけですのに、まさかこんな大ごとになるなんて」
「魅録と何があったのよ?」
「何もございませんわ」

美童は黙って野梨子とあたしの様子を探るように見ていた。
野梨子がただ遊びに来ただけじゃないのは、あたしにもよーくわかる。
だからって、何も美童じゃなくたって!

「だったら、あたしんところに来なさいよ。これでも美童、今売れ初めの俳優で大事な時期なのよ?
そもそも人妻が、友達とはいえ独身男の部屋へ軽々しく入るもんじゃないわよ!」
「…………」
野梨子は答えなかった。
その代わり、美童が野梨子の肩に手をかけて、言った。

「野暮だよ、可憐」
「なによ」
「野梨子が僕のベッドルームに入る理由なんてひとつしかないだろ?」
「…………!」

美童は野梨子を引き寄せ、髪にキスをした。
野梨子は何も言わない。
あの野梨子が、男嫌いの野梨子が、美童の腕の中で抵抗すらしない。

「とにかく、野梨子は僕が預かった。今日は可憐は帰って」

それで、
あたしはぽいっと部屋を追い出されて、外へ出されてしまった。

美童め!あたしを追い出したわね〜っ!
あれは美童のブラフで、本当に野梨子とベッドインする事は絶対にないと思うけど、
わかっててもそれでも、手が震えた。
美童の胸に体を預ける野梨子の姿が目に焼き付いて、脳裏から離れない。
心の奥にしまってある何かが、ぐらぐらと掴まれて揺らされてる気分。

とにかく、このままじゃヤバイ。何か手を打たなくっちゃならない。

それで、あたしは震える指で咄嗟に携帯のアドレス帳を開いた。
懐かしい名前。今でも見るだけで、少し心がときめく名前。
あたしは、メールを送った。『彼』に―――。

その時、あたしの横に、突然車が停車した。

「カレン!」

なんと、ジェイだった。

それで、あたしは、すごくイラっとした。
タイミングもすごく悪かったけど、何よりも、部外者に土足で踏む込まれるような気分だったから。
しかもあたしの一番大事な場所に。

この人は、何を考えてるんだろう?美童のホテルにまで押し掛けて。
そんなに番組の事が心配なんだろうか?

「へーえ。番組プロデューサーが自ら、役者のプライベートにまで首突っ込むわけ?」
「……ビドーは今、うちのドラマの看板だからな」
「辞めて!美童の事なら大丈夫。美童と一緒にいるのは、あたしの友達で、あたし同様、
美童と仲がいいの。あなたに心配されるような事じゃないわ」
「そうか?」
「美童を問い詰めたり、部屋に行くような事は絶対やめて!あなたには関係のない事でしょ?
あなたの仕事が大事なのはわかるけど、だからってプライベートに立ち入りすぎだわ!」
「…………」

つい、食ってかかるようにジェイに対応してしまう。
あたしのあまりの剣幕に、ジェイが黙った。
そして、所在なさそうに髪を掻きあげて、言った。

「違う。俺は、お前が心配だったんだよ、カレン」
「は?」
「今日一日、泣きそうだっただろ」
「そんな事ないわ。仕事もミーティングもしっかりこなしたでしょ?」
「何言ってんだ。立ってるのがやっと、って感じだったぞ、お前」
「まさか!」

そんなに動揺して見えたんだろうか?
確かに美童の事ばっかり考えてはいたけど、そこまでひどい様子を見せたつもりはなかった。

「帰るんだろ?車に乗れ、送ってやる」
「大丈夫、一人で帰れます」
「言い方が悪かった。……せめて俺に君を送らせてくれないか?カレン」

そういったジェイは、とても申し訳なさそうで弱った感じだった。
ボスのこんな顔を見るのは初めてだ。

それで、あたしもつい笑顔を見せてしまった。

「じゃ、お願いしますわ、ボス」


次の日。

美童は何事もなかったかのような顔をして、スタジオに出てきた。
スタッフたちにスクープ記事の事をからかわれて、陽気に返している。
美童はこの事件を笑いごとにするつもりのようだ。
あたしは美童を呼びとめて、日本語で聞いた。

「野梨子は?」
「ホテルにいるよ?」
「魅録の奥さんよ?……どうするつもりよ」
「さぁね。野梨子がいたいって言ってる間は僕の処にいればいいでしょ?」
美童はさらっとそれだけ言って、クロマキーの前へ立ち位置の確認をしに行ってしまった。
代わりに、ジェイがあたしの元へやってきた。

「ビドーが来たな」
「ええ、スクープを笑い話にしてるわ。多分、これで大丈夫よ」
「友達は?」
「まだホテルにいるみたい。頭のいい子だから、これ以上噂になるような行動はしないわ」
「それより、カレンは大丈夫か?」
「……平気よ」

あたしは、自分で思っていたよりも、今回の件に動揺していたらしい。
昨日は結局、車の中でジェイに洗いざらい感情的に自分の事をぶちまけてしまっていた。
有閑倶楽部の思い出から、美童との関係、それから、魅録を好きだった事まで。
我ながら、こんなにおしゃべりだったのかしら?と、思うほど。
でも、止める事ができなかった。なぜ、こんなに心が揺さぶられるのか、答えが欲しかったから。
そんな相手に、聞き上手のジェイはちょうどよかったのだ。
ジェイとは毎日、全力で言い争いをしているから、話しやすかったというのもある。

ジェイはあたしの肩をぽんと叩くと、撮影に向かって行った。

その時、メールが来た。『彼』から。

『アメリカについた。今からそっちに向かう』というシンプルな文面のメール。

ただそれだけのメールだったのに、あたしはつい気持ちがこみ上げて、
fromの欄を指でなぞってしまう。
未だにあたしの一番キレイな思い出の場所にいる、懐かしい人の名前。


―――Miroku


*** *** ***


悠理と清四郎が結婚し、続いて野梨子と魅録が結婚した。

僕もショックだったけど、それよりも可憐の事が心配でならなかった。
可憐は相当ショックを受けていたはずだ。
だけど、可憐は言っているのだろう。
「全く平気!」という顔をして、「あたしも嬉しい」と。

僕は居たたまれない気分だった。
肉体関係まで持ちながら、可憐ではない女を選んだ清四郎と、
ずっとほのかな恋心を抱き続けてきた魅録。
その2人の結婚した相手が、これまた大親友の女友達ときたら、可憐の心はズタズタだろう。
平常な気分でいられるわけもない。

なのに可憐は、自分の首を絞めるような事を実に安易にする。
わざわざ可憐が、悠理に清四郎との件を伝えに行った時は、正気か?!とヤキモキした。
わざわざ『野梨子と魅録の結婚のお祝いに行く』というメールが可憐から来た時は、
僕もさすがに家に帰らざるを得なかった。

可憐は本当に危なっかしくて仕方がない。

松竹梅夫妻の結婚祝いから帰った可憐は、案の定、僕がいるのを見てほっとしたような顔をした。
その顔を見て、怒りのような、泣きたくなるような、不思議な感情が僕を襲う。

それでも、クリスマスの雪の中、僕と可憐は陽気に歩く。
「可憐は、魅録とちゃんとお別れできた?」

思わず、口から出てしまった言葉だった。
可憐の顔が少し歪む。
泣き顔になる、直前の顔だ。

涙もろくて、強がりな、『僕の可憐』。

「……でも、よく気付いたわね、美童」
「可憐の恋愛には鋭いよ。『家族』だからね」

そう、僕には可憐の事がなんだってわかるんだ。
どんな不安を抱えているのか、どれだけ傷ついたのか。

可憐の髪にかかった雪がふわふわと跳ねる。羽のようで、綺麗だ。
イルミネーションの中、無理して陽気に笑う可憐が、強がりなのに弱々しい可憐の全てが、
―――愛おしくて。

ついに、自覚してしまった。
僕は可憐を「愛している」のだと。

清四郎に猛烈な怒りを感じるのも、
魅録に八つ当たりのような妬みを感じるのも、
すべて、僕が可憐を愛してきたからだ。
何もせずに、距離を保って一緒に暮らすのが苦しくなったのも、愛しているからだ。

そして、僕は可憐の肩を抱いた。
隣にいながら、可憐の肩を抱くことしかできない自分自身が、呪わしかった。


(続きます)
91名無し草:2010/01/17(日) 13:54:46
わ〜、続きが来てた〜〜〜!!
あまりの上手さに毎回wktkしながら読んでいます。
お忙しいと思いますが
続きを楽しみにしておりますので
よろしくお願いします!
92名無し草:2010/01/18(月) 02:21:24
美童の心の動きがよく分かり、今まで以上に楽しく読んでいます。
ハッピーエンドかと思った魅録と野梨子の結婚生活にも波乱が
あるようで気になるし、続きが待ち遠しいです。
>>83-90の続き

ブロードウェイの舞台が決まった時、僕は可憐に僕の舞台を見て欲しいと思った。
僕がこれから一生をかけて、歩んでいくつもりの世界、その一歩を可憐にも見て欲しい。
純粋な思いだった。

しかし、可憐が舞台を見に来たその時、隣にいたのは清四郎だった。

なぜ?
なぜ清四郎と可憐が一緒にいるのだろう?
清四郎は悠理と結婚したはずで、可憐と清四郎とは終わったはずなのに!

その時の僕を襲ったのは、猛烈な焦りと怒り、そして嫉妬だった。

そして、僕はその日の夜、ついに可憐に手をかけた。
初めて触れる、夢のように甘い可憐の唇、そして柔らかく温かい肌。
それは想像以上に僕を夢中にし、僕はしばし可憐に酔った。

しかし、それはすぐに破られた。
可憐が『掟破り』をした僕に下したのは、完全なる拒絶だったから―――


*** *** ***


「さっぱり、わかんねーんだよ!俺ぁ!」

魅録はあたしの部屋に来るなり、大きな声で言った。

なんと、魅録は野梨子が出て行った事にすら、気付いていなかった!
どうやらファンイベントの出張で、他国に出て行ってる間に、野梨子はアメリカに渡ったらしい。
家から出る時も、いつも通りに朝食を作り、いつも通りに笑顔で送り出してくれたそうだ。
もちろん、タブロイド紙に美童といるところをすっぱ抜かれた事も、全然知らなかったという。

って事は、『何かがあったから』野梨子が出てきたわけじゃないってこと?
でも、それって、もっと悪い状況じゃない?
……とは、きっと魅録も思っているわね。むっとした顔をしてる。

「まぁ、とにかく野梨子は美童の処へいるってわかってるし、ひとまずは安全よ」
「ちっとも安全じゃねーよ。一番危険な男の処じゃねーか」

一番危険な男。
そう美童を評したのは魅録だけじゃなかった。
むかし、美童と2人きりになった悠理に、清四郎も言ってたっけ。

「野梨子に手を出すほど、美童は馬鹿じゃないわよ。あたしと暮らしてても全然平気だった」
「だから余計心配なんだよ。お前と野梨子じゃ存在価値が全く違う」
「なによ、あたしには手を出さないけど、野梨子には出すってわけ?どうせ、
女としての価値が低いですよ!あたしは!」
「逆だ。お前は重いけど、野梨子は軽いんだ、美童には」
「どういう意味よ?」
「…………」

魅録は無言になってしまった。

だけど……
静まり返った部屋の中で、あたしは不謹慎にも、ドキドキしていた。
久しぶりに生身で見た魅録は、高校時代よりも引き締まって鋭さが増していて、すごくセクシー。

なぜ、野梨子は魅録から逃げ出したりしたんだろう?
あたしが未だに、こんなに心奪われてやまないこの素敵な男から。
そう思ったら、意地悪な気持ちがむくむくとわき起こってきた。
取り澄ました顔をして「遊びに来ただけですわ」と言った野梨子を困らせてやりたくなった。
ツーンと澄まして、美童の腕の中にいたあの可愛くない女を。魅録と結婚したくせに、美童の気持ちまで弄んで!

「もし……」

あたしは口に出していた。

「もし、あたしが今、あんたを愛してるって言ったら、どうする?」

魅録は一瞬、跳ねるように顔を挙げて、馬鹿馬鹿しいと言わんばかりの態度で言った。

「……どうするって、何もしねぇよ。俺は既婚者だよ」
「そうよね、でも野梨子が帰って来なかったら?」
「関係ない」
「そう?」

そう言って、あたしは指で魅録の唇に触れた。
至近距離で視線が絡む。
そのまま、首に手をまわして、軽く唇を重ねた。
魅録は逃げない。逃げずにあたしのキスを受け入れていた。

「ずっと、好きだったわ。高校生の時から……」

魅録は何も言わずに、首に巻きついたあたしを見つめている。
柔らかい唇。

あたしは魅録の耳に触れた。
赤くなってる。可愛い。
よかった、赤くなってくれて。青くならなくって。

「美童は?」
ふいに耳元で魅録があの男の名前を出した。

「お前は美童をどうするんだ?」
「……どういう意味?」
「気付いてないわけないだろ?可憐」

思わず顔が強張ってしまう。
なんで、魅録の口から今、美童の名前がでなくっちゃならないの?
ずっとあたしの一番きれいな場所にいたはずのこの人から。

魅録はゆっくりあたしの手をほどいて、肩をぽんぽんとたたいた。

「アメリカで8年?9年?あいつがお前の事を守り続けて。並大抵の月日じゃない」
「やめてよ、あたしたちそんな関係じゃないわ。ただの友達」
「友達だと?美童がそう思っているとは到底思えない」
「それは勘違いよ。美童にとってあたしなんか、あんたにとっての悠理みたいなものよ」
「そもそも俺は、悠理と一緒に暮らす気になんかならねぇよ。『変な気』起きるもん、絶対」

「……そうなの?」
「そうだよ?」
「悠理でも?」
「悠理でも」

そして、ちょんとあたしのおでこをつつくと
「もちろん、お前でも」と魅録は言った。

「俺たち6人のキワドサはお前だってよーくわかってんだろ?だからこんな事、辞めるんだな」

魅録はニッと笑った。
あたしはそれで、我に返ってしまった。
ぱっと、魅録と距離を取る。
「俺の事なんか、たいして好きでもない癖に」
「そんなこと……」
「『ある』、だろ?お前が好きだって言ってる俺は、若い頃の思い出が見せるただの幻だよ。
俺はそんな出来た人間じゃねぇ。今だって女房が出て行った理由がさっぱりわからない、馬鹿な旦那だ」

そう言った魅録が、高校時代と全然変わってなくって、あたしは胸が締め付けられた。
そう、あたしは魅録のこんなところが好きだったのだから。

「誰が一番、お前の事大切にしてるのか、本当はわかってんだろ?」
「……本当に違うわ。だって今でも美童にはGFがいるし、あたしなんて女ですらないわよ」
「認めろ、可憐!」

魅録に大きな声で一喝されて、あたしは思わず黙ってしまった。

「いい加減、美童を無視するのやめろよ。ずっと特別扱いされてきたくせに」
「…………」
「『特別』だから、そう簡単に手が出せないんだよ。関係が崩れるのが怖いから。
あの女狂いが10年近くも可憐にだけは手を出さず、だ。どんだけお前の事が大事なんだ、あいつ」

魅録はあたしに笑いかけて、あたしの頭をぽんぽんと撫でた。

ふと『僕は清四郎を一生許さない』と言った時の美童の顔が思い浮かんだ。
真剣なまなざしだった。
それで、あたしは、観念した。

「……そうよ……」

魅録の言うとおりだ。
あたしたち6人は、かなり際どい関係だった。
それは、ちょっとしたはずみで清四郎と寝てしまったあたしが一番よくわかっている。
際どい壁を安易に壊して、あたしと清四郎は一時の衝動で寝てしまって、
きっとそれは美童をすごく傷つけたのかもしれない。
それでも、美童は必死に、守ろうとしてくれていたんだ。あたしを。そしてあたしとの関係を。

それでも……

「でも、やっぱり、美童はダメ」
「なんで?」
「あたしはこう見えて、モテないのよ」
「は?」
「誰かのたった一人、に、なった事がないの。あんたにとっての野梨子のような」

言った瞬間に、涙が溢れた。

あたしはいつだって、誰かの唯一の女になれた事はなかった。
玉の輿を目指してアタックした男にとっても、お遊びでお散歩してた男の子にとっても。
ましてや清四郎や魅録にとっても、『大切な仲間』以上のものにはなれなかった。
そして、美童だって……

「あたしは、たった一人の男のたった一人の女になりたいのよ。でも、美童じゃそれは無理。
いつだって美童にはたくさんの女が付きまとっていて、それで、どれだけあたしが―――」

『傷ついた』か。
思わず飲み込んだ、自分のその言葉に、また傷ついた。

美童から女の影が消える事はない。
美童があたしを唯一の女にする事は絶対にない。
万が一、あたしと一緒になったとしても、美童は、あっさりあたしに飽きてしまうかもしれない。
そして、飽きた瞬間に他の女に手を出すのだ。
ましてや結婚なんて、絶対にあり得ない。
野梨子のように、悠理のように、ずっとあたしが愛し続けてもらえるわけがない。
だって、美童は、『美童』だから。たくさんの女を愛す事が出来る人だから。

あたしは、美童の女になるのが、どうしても、怖い。
『美童の特別』でなくなるのが、どうしても、怖い。
だから、

「美童は好きになっちゃダメ」

魅録は頭を掻きながら、あたしのそばへ来て、あたしの頭を広い胸に寄せてくれる。
泣け、と。
あたしはその腕に甘えた。
有閑倶楽部の男たちは、みんなあたしに優しい。
優しいけれど、あたしが一番欲しいものはみんな別の人に捧げてしまう。

魅録は野梨子を、きっと永遠に愛し続ける。
だけど、美童とあたしは、結ばれた瞬間に、きっと終わりが始まる。
美童の『女』になった瞬間に、きっとあたしは怯えるのだろう。
魔法にかけられたような幸せの時間が、美童に飽きられた瞬間に、幻のように消え去る、
その時を恐れて、その恐怖ゆえに、

だから美童は、ダメ。
愛してしまっては、ダメ。

どんなにあたしが美童を愛していても―――


*** *** ***


可憐の元から逃げ出した僕は、やりきれない気持ちを抱えたまま舞台を終え、
拠点をN.Y.からハリウッドに移すことにした。
臆病な僕は、もはや可憐と同じN.Y.にいる事ができなかったのだ。

ブロードウェイでは、とんとん拍子に仕事を手に入れる事が出来た。
だからきっと、ハリウッドでも成功するのは簡単だろう、そう思っていた。

しかし、考えが甘かった事に気づくのはすぐだった。
ブロードウェイでは単に運が良かっただけ。
僕は大した力も魅力もない若造で、箸にも棒にもひっかからない、芸のない役者だった。

それに気付いた僕の生活は、もちろん、すぐに荒れた。
幸というか不幸と言うか、僕を援助したいという女性には、本当に困らなかったから。

また、セックスと恋愛ごっこに溺れる日々。
以前はそれでも楽しかったけど、今度ばかりはさすがに楽しいとは思えなかった。
苦痛ですらあった。

ただ、それが僕の存在証明。
だから、「やる」。それだけだ。

それでも、僕は健気に役者として這い上がる手だてを探し続けてもいた。
演技の勉強も続けたし、オーディションも受けまくった。
いつか映画スターになりたいと僕が初めて夢を語った時、可憐が言ってくれた言葉が
ずっと消えなかったから。

「いい夢だと思うわ。あんたにならそれも不可能じゃないと思う!」
輝くような笑顔で、嬉しそうに言ってくれた可憐の面影。
悔しい事に、それが僕の支えだった。

しかし、ほどなくして、それすらも崩れ落ちる事となる。
僕は、僕を可愛がってくれる人たちが棲む、腐った上流社会の噂で、可憐がスタイリストとして
成功している話を聞いた。

そして、同時に「清四郎の愛人」でもあるという事も―――

僕は、それを聞いて、笑いに笑った。
笑いすぎて気が狂うかと思った。
いや、すでに狂気の淵にいたのだと思う。

もう、全てがどうでもいいと思えた。
生きていることすらどうでもよかった。

高校時代の楽しい思い出も、有閑倶楽部の仲間も、全て失った。

何より、僕の中で、最後まで大切に守り続けていた『可憐』の全てが朽ち果てた。


(続きます)
102名無し草:2010/01/19(火) 07:24:44
くぅ〜、可憐も美童もせつない…。
そして魅録の格好いいこと!

続き楽しみに待ってます。
103名無し草:2010/01/19(火) 07:28:36
相手が相手だけに、自分の思いにストップをかけちゃう可憐が
本当せつない。
美童は可憐の不安を払拭することができるんだろうか?
続きをお待ちしてます!
>>93-101の続き

唐突にアメリカに来た野梨子は、どこか寂しげだった。
魅録が夫だけあって、野梨子に苦労させている様子もなく、生活そのものは満ち足りているようだったが。

魅録と結婚して以来、ほとんど日本に帰ってないというので、僕たちはリトル東京に行ってみた。
東京とは程遠い、アジア系の多種多様な民族が混在する実にアメリカンな日本だったけれど、
野梨子はそれでも、その日一番の笑顔を見せた。

「ねぇ野梨子、久しぶりに着物を来てみない?僕が買ってあげる」
「そんな!いいですわよ!」
「僕が野梨子の着物姿が見たいんだ。だからお願い、僕のためにコスプレしてくれない?」

そんな僕の無茶なもうひと押しに、野梨子は素直に着物を着る事に同意してくれた。
本当に何年振りだというその着物姿は、僕の思い出の中の『野梨子』そのものだった。
着物を着た野梨子は息を吹き返したように見えた。普段着でいる時よりも、楽そうだ。

僕たちはしばらくそのままの姿で一緒に歩き、食事をし、すっかり夜になると僕は言った。

「せっかくだから僕のホテルに泊まっちゃう?」

いつもの軽薄な言葉のつもりだった。
野梨子ならこんな冗談も本気で怒って、僕を軽蔑した様に見下すはずだ。
だけど野梨子は言った。「ええ」と。

「一人になりたくないんですの」

野梨子は僕なら安心だ、と思っていたのかもしれない。
いや、少しやけっぱちだったのかもしれない。

だから、僕の部屋に入った野梨子に、僕は言った。
「魅録には内緒だよ?」

僕は野梨子に軽く口づけた。
野梨子は、しばらく茫然と受け入れて、我に返るとバージンのように真っ青になって僕を拒否した。

「やめて!私は魅録の妻なんですわよ?!」
「そうだよ、だったら魅録から逃げ出して、こんな風にふらふらと男の部屋に来ちゃダメだよ。
野梨子の結婚の陰で、泣いてる子もいるんだから」

すると野梨子は眉をしかめて、泣きそうな顔になった。

「……可憐の事ですの?」
「気付いてた?」
「ええ。もう、ずっと前から。知ってて、私は魅録と結婚したんですわ」

卑怯でしょ?
と、野梨子は言った。

「魅録が野梨子の事が大好きだったんだから仕方ない。可憐だってわかってるよ。
だから、君たち2人の結婚祝いにも行ったんだ」
「そう。ですから、私もあえて思いっきり惚気たんですの」

その怒ったような横顔がすごく野梨子らしく可愛くて、僕は笑顔になってしまう。
僕は一拍置いて、野梨子に聞いた。

「野梨子は、魅録と何があってここに来た?」
「…………」
「言わないと本格的に襲っちゃうよ?」
「もう!」

野梨子はクスリと笑って、それからゆっくりと語り始めた。
まとまりきらない、物思いを。
*** *** ***

部屋のベルが鳴った。

「はい?」
「私です、可憐」

野梨子がやってきた。小さな体に大きな荷物を持って。

「あんた!美童の処から出て来たの?」
「ええ。やっぱり、人妻が独身男性のところにいてはいけませんわ」
「って、……まさか美童と何かあった?」

そういうと、野梨子は静かに首を振った。

「なにも。可憐とお話がしたくって来ましたの」

野梨子は疲れているようだった。
あたしはコーヒーを淹れて、野梨子をダイニングの椅子に座らせた。

「それで、あんた、魅録に連絡はとったの?」
「いいえ、きっと私がいなくなった事にも気づいてないと思いますわ。実は出張中にこっそり
出てきてますの。魅録は仕事で世界中を駆け回っていて、家にいない事が多いですから」
「普段もこんな風に家を出たりしてるの?」
「いいえ。大体一人で、家の中にいますの。買い物をしたり、掃除をしたり。気楽な身分ですわ」

気楽な身分と言った割には、その気楽さを全然楽しんではいなさそうだった。
野梨子はコーヒーを一口飲んだ。
酸味がきついコーヒーに少し眉をひそめてから、野梨子はぽつりと言った。

「……子供ができませんの」
「は?」
唐突な告白に驚いた。

「結婚してもう4年近くなるのに子供が出来なくって、お医者さんにかかりましたの。そうしたら、
私も魅録も特に問題はないって言われて。考えられるとしたら、多分、私のストレスだろうって」

……ストレス。
サゲマンと言われ、お高くとまった女と言われ。
世界中から姑感覚で叩かれている、松竹梅野梨子にかかるストレスは確かに大きなものだろう。

「魅録は気にするな、子供はいてもいなくても別にかまわないって、そう言ってくれますけれど。
でも、私は思ってしまうんですの。私じゃなかったら子供が出来てたかも、私じゃなかったら、
魅録のレースの成績も良かったかも。私じゃなくって、」
「…………」
「魅録が結婚した相手が可憐だったらって」

ドキンと、心がはねた。
野梨子はじっとあたしを見つめている。

「バッ……」

バカじゃないの?
そう言おうと思ったけど、声が出なかった。

野梨子は気付いていたのだろうか?あたしが密かに魅録を好きだった事を。
気付いていたとしたら、一体、いつから?まさか高校生の時から?

「……そんな事を考えていたら、もう堪らなくなって、昔の仲間に会いたくなって、
美童の処へ来てしまいましたの」
「……あんた、行くところ間違えてるわよ。結局、そんなぶっちゃけ話をするなら、初めから
あたしの処に来てくれればいいのに」
「そうですわよね」
野梨子は、はぁと大きなため息をついた。

「本音を言えば悠理が羨ましくって仕方ないんですの。私がこんなに苦労してるのに簡単にって。
友達の幸せも素直に喜べなくなっているなんて、私は心が貧しい」

同じ事をあたしも思った頃がある。
それは、今、目の前にいる野梨子と魅録が結婚した時だった。
羨ましくって、素直には喜べなくって、気持ちがグラグラしていて……。
ただ、あたしにはその時、美童も悠理も清四郎もいてくれた。

でも、野梨子にいたのは、留守がちの夫の魅録。魅録を好きだったあたし。
お母さんになってる悠理。もう保護者ではない清四郎。
そう、野梨子には『逃げ場』が美童しかなかったのだ。

あたしは魅録にキスなんぞをしてしまった浅はかな自分を呪った。
それでもう堪らなくって、野梨子にぶっちゃけてしまう事にした。

「きっとそれでいいのよ。あたしもそうだったから」
「え?」
「妬ましかったり悔しかったりしてて。あたしもあんたたちが結婚した時、そりゃー、凹んだもの。
おめでとうって顔しなきゃって、もう必死!」
「……可憐」
「だからね、きっと野梨子もそれでいいのよ」

野梨子は、硬い顔であたしをじっと見つめていた。

「勘違いしないで、あたしは魅録を好きだったけど、多分、あたしは魅録の、野梨子一筋!みたいな
ところが好きなのよ。野梨子と別れてしまったら、それはあたしの好きな魅録じゃないから」

野梨子の表情が少し泣きそうに歪んだ。
それで、この子でも愛に不安になったりすることがあるって初めて気づいた。
今、あたしには野梨子の孤独がわかる。
野梨子は白鹿家の両親は和解していたが、茶道の世界とは完全に断絶していた。
和解したとはいえ両親だって、白鹿流の婚約者を振って駆け落ち同然に魅録と結婚した野梨子に、
立場上良い顔ばかりも出来ず、実家に甘える事も出来ていない。

世界中から叩かれ、実家にも友達にも頼る事も出来ず、
一人ポツンと魅録の帰りを待って、部屋に佇む野梨子の姿が見えた気がした。

美童は言った。
着物を着たら、息を吹き返したように見えた、と。
野梨子にとっては、自由があるように見える今の生活こそ、息苦しいのではないのだろうか?

「ねぇ、野梨子、あんた日本に帰ったら?」
「……なぜ唐突に?」
「あんた、ずっと日本に帰ってないそうじゃない。あんたにはやっぱり日本も大事なんだと思うわ。
白鹿流の事もおうちの事も、心配でしょ?たぶん、悠理にとっての子供たちと同じぐらい」
「…………」
「あんたが日本を無視して、茶道を無視して、魅録だけ見てるって、それって幸せなの?」
「でも、日本に帰ったら魅録と別居することになってしまいますわ」
「魅録と一緒にいるのも大事な事かもしれないけれど、あんた自身は、それでいいの?」

あたしは、結婚してのほほんと幸せそうな悠理を思い出していた。
悠理は、そこそこ衣食住が整っていて、日々、面白い事があれば、それで幸せになれるタイプ。
あとは清四郎の膝の上でゴロゴロ喉を鳴らしていればいい。
でも、野梨子はどうだろう?

高校時代、野梨子にとって、茶道は生活そのものだった。
子供のころから、茶道によって生活習慣、メンタル面、色んな事が培われてきたはずだ。
それを捨て去って、今、不在がちな夫の帰りを待ちながら、異国でホテル暮らしを続ける野梨子。
家族とも友達とも、人生を捧げようと思っていた仕事からも離れて、魅録の妻となって。
それでも魅録の愛さえあれば幸せ、と、言い切れるんだろうか?
「ま、どっちにしても、あたしの出る幕じゃないわね」

あたしは立ち上がって、バスルームの扉を叩いた。

「もう、とっくに用事は済んでるんでしょう?出ていらっしゃいな」

カチャリと扉が開いて、魅録が出てきた。
所在ないような顔をして。
その姿を見て、野梨子が跳ねるように顔をあげて、手で口を覆った。

「魅録?!いたんですの?なぜ……」
「ここにいたどころか、バッチリ話も聞いてたようよ?」

魅録は野梨子のそばへ駆け寄って、椅子に座ったままの野梨子を後ろからガッシリ抱きしめた。
野梨子は何も言わなかったし、魅録も何も言わなかった。
愛おしそうに、苦しそうに野梨子の髪に顔をうずめる魅録と、その腕をぎゅっと握り締める野梨子。
眉をしかめてその腕にそっと顔をうずめて。
たったそれだけの光景で、あたしは本当にこの2人には敵わないと思った。
あたしには見えない、2人の絆がそこにはあったから。

「明日まで、この部屋使っていいわ。あたしは仕事あるしスタジオに泊まるから」

そう言い残して、あたしは鞄を持って部屋を出た。

さぁ、今日はどこで寝よう。
ふと、N.Y.のあの部屋が頭に浮かんだ。
こんな気分になった事が過去にもある。
独りぼっちだと感じて、寂しくて、悲しくて、何もかもが上手く行かなくて。
あの時は、美童が傍にいてくれて、あのN.Y.の部屋であたしにハグをしてくれたんだった。
ただ、包み込むだけの、美童の優しいハグ。
それが懐かしくて、本当はもう一度欲しかったけど。
でも、自分の気持ちに嘘がつけない今は、もうダメ。
美童にはもう甘えられない。
美童のたくさんの女性のうちの一人、それになるのはあまりにもみじめだから。
だからもう、できない―――

「ジェイ?」

家の前の道端に、見なれた車が停まっていた。

「こんなところで何をしてるの?!」
「お前がピンクの頭の奴と帰ったから。あいつがミロクなんだってな。ジーナに聞いた」
「って、仕事はどうしたの?!」
「体調不良で自主オフだ」
「……あたしが部屋から出て来なかったら、どうしたつもりよ?」
「さぁ?ここにいたんじゃないか?」
「なぜ?」
「狂ってるからさ」

ジェイが車から出てきた。
出てきて、あたしの肩をいつものようにぽんと叩く。

「大丈夫か?」
「……もう、そればっかり」
「お前、頼りなくって見てらんねぇんだよ。仕事もプライベートも、できないのに無理ばっかりして」
「仕事で無理させてるのはあなたでしょう?」

そういうと、ジェイがふっと笑顔を見せたので、あたしは、ジェイの胸にちょんと額をつけた。
美童よりも広い胸。大きな体。ジェイが片手であたしの体を包み込む。
肩を抱きしめられて、もう、あたしは一人で立っているのが嫌になった。
一人で勝手に傷ついて、それでも立ったままでいるのは、もう本当にうんざり。

あたしはジェイに腕を回して体をうずめた。
腕からジェイの緊張が伝わってきた。あたしも緊張していた。
これから起こる事を2人とも、もう予感していたから。

「……あたし、本当は簡単に寝るような女じゃないのよ?」
「それぐらいわかってるよ。俺だってそうだ」
「でも、今日は泊めてくれる?」

ジェイは黙って助手席の扉を開けた。
あたしは、そこへ、決意のようなものをしてから、乗り込んだ。
そうだ、あたしはいい加減、卒業しなきゃいけないのだ。
高校時代の仲間の、あの優しい男たちから。
魅録から、清四郎から、それから、美童から―――

その晩、ジェイは激しくあたしを抱いた。
あたしは狂おしいほどの情熱に戸惑ったけど、その熱に身を任せた。
彼はあたしを本気で愛してくれるのかもしれない。その感覚に酔いたかった。

ふと、「僕の可憐」と呼ぶ声が聞こえたような気がした。

でも消えた。いや、打ち消した。
あたしは、もう美童にしがみつくのは、やめなくっちゃいけない。
たくさんの女を愛して、ぼろ雑巾のように簡単に捨てさる、あの男を愛すのは。
ジェイの身体で果てたい。きっと『あたしだけ』を愛してくれる男の腕の中で。
あたしは必死でジェイに陶酔しようとした。

それでも、何度も美童の声はささやき続けた。

可憐。
僕の可憐、と。

(続きます)
113名無し草:2010/01/20(水) 07:16:31
>あたし、美童〜
それぞれの立場、それぞれの苦悩が凄く細かく書かれていて
どのキャラにも共感してしまいます。
野梨子が美童のもとに来た理由にも深く納得。
高校時代の優しい彼らから卒業しなければ、という可憐の思いが切ない。
続きお待ちしてます。
114名無し草:2010/01/20(水) 21:34:13
GJ
115名無し草:2010/01/20(水) 23:15:24
なるほどね〜。

しかしまぁ、原作の6人のイメージをきちんと保ちながら
こんな風に膨らませられるなんて見事です。
キャラクターの言動にきちんと気持ちの裏付けがあって、丁寧に書かれてて、
・・・ホントタダで読んでいいんだろうかw

美童、どうなっちゃうんだろう。
続き猛烈に楽しみにしています。
>>104-112 の続き

僕と野梨子がタブロイド紙に写真を撮られたその日、可憐は僕の部屋に来た。
みんなの世話女房な可憐が、僕と野梨子のピンチにじっとしているわけがない。
僕の事をすごく心配していたのも、わかってた。

「魅録と何があったのよ?」
「何もございませんわ」

野梨子は……
可憐が魅録に横恋慕している事を知っている野梨子は、緊張しているようだった。
可憐に気持ちを聞いて欲しいと思っていても、伝えられない『立場』だ。
おそらく、可憐が野梨子の話を聞いたところで、可憐の心の冷めた部分には受け入れられないだろう。
可憐が強烈な嫉妬、それに苦しむかもしれない事は野梨子にもわかっている。

僕は可憐を追い払う事にした。

「野暮だよ、可憐。野梨子が僕のベッドルームに入る理由なんてひとつしかないだろ?」

僕がそう言うと、可憐はすごくショックを受けているように見えた。

僕には可憐の痛みが自分の事のように分かる。
魅録と野梨子の関係にヒビが入っているかもしれない事で、可憐は心のどこかで『喜んで』しまう。
でも、そんな自分が許せないから、また激しく自分で自分を傷つけて、揺れに揺れるんだ。

だが、可憐は何も言わず帰って行った。
可憐がドアの向こうに消えると、腕の中の野梨子がつぶやいた。

「……震えてますのね、美童」

野梨子がふいと僕の顔を見て言った。
「ずっと、聞きたかったんですの。美童と可憐は、一体、何なのですの?」
「トモダチ」
「そうは思えませんけど」
「少なくとも、可憐にとっては」

野梨子は、そっと僕に体を寄せ直して、腕を背中に回してきた。

「それじゃ……私のために、無理をさせましたわね」

僕はたまらなくなって、野梨子を抱きしめ直す。
吸いつくように触れあう体が熱を帯びてゆく。僕と野梨子の間にある空気が変化した。
艶っぽい、人妻となった野梨子の、僕を見る瞳。
視線が絡み、僕は吸い寄せられるように唇を近づけてゆく。

だがふと、その時、魅録の顔を思い出した。
あの春の日、桜の下で野梨子を見つめた真摯なあの瞳を。
可憐と清四郎を動揺させた、迷いのないあの顔を。

「……仲間だから何が起こるか分からない」
「え?」
「魅録が僕に言った言葉」

そうだ、かつて魅録はそう言ったのだった。
それを聞いた当時の僕はその言葉の意味をよくわかっていなかった。
だけど、魅録の方は当時から僕よりよっぽど分かってた。
愛じゃなくとも愛に近い意識。それぐらい僕たちの関係は、密だ。
何かのはずみさえあれば、僕たちは簡単にどんな関係にでも陥れる。
魅録は知っていた。僕たち6人の間の、本当の危うさを。

可憐も清四郎と―――
「……っ!!」
「どうしましたの?」

思わず顔を手で覆っていた。感情の堰が壊れる。

ああ、また僕の『なぜ?』が始まった。

なぜ、可憐は清四郎と寝たんだろう?
なぜ、僕じゃなかったんだろう?
なぜ、セックスする事を選んだんだろう?

頭の中で必死に整理しても、気持ちがどうしてもついてゆけない。
僕は、何年たっても、可憐が清四郎と寝た事がどうしても許せない。

相手が清四郎だったから?
いや、違う。
今更、清四郎に対しては、何の恨みもない。
清四郎に対する信頼も、仲間意識も、今ではしっかり戻っている。

そうだ、相手が「僕ではなかった」事が問題なのだ。

『僕の可憐』が僕以外の男とセックスをした。
ただ、それだけの事実が、信じられないほど僕をズタズタに傷つけるのだ。

何という独占欲!
たくさんの女と遊んできて何を今更!自分を棚に上げてるのは分かってる。それでも……!

すると、僕の様子を見て野梨子は言った。

「今度は、美童が話す番ですわ。可憐と何があったんですの?」
「…………」
「言わないと、襲っちゃいますわよ?」
口調と裏腹に、その表情が、意外と真剣で―――。
僕は観念した。
野梨子は、魅録に返さなくてはならない。一つも汚れのない状態で。

「ねぇ、可憐と清四郎に何があったのか、知ってる?」

僕は、全てを打ち明ける気になった。

*** *** ***

野梨子は日本に帰る事になった。
帰って、もう一度、白鹿流に入って一からやり直すという。
魅録は海外暮らしをせざるを得ないので、別居という形になる。

「俺は、それだけは絶対に避けたかったんだけどな」
「あんたたちの仲はそれぐらいで揺らがないでしょ?」
「俺んち、両親が別居してるようなもんだから、漠然と夫婦は一緒にいた方がいいなと思ってた。
でもま、逆に考えれば、うちの親もあんなだし、別居でもなんとかなるんだろ、きっと」

魅録は、はーあ、とため息を声に出して、肩を落とした。
でも、その様子は自分で言っているほど、落ち込んでもいないようだ。
ここ数年、野梨子の元気がなかったのは魅録も自覚済みで、本当はどうするのがいいのか、
無意識にはわかっていたんだろう。
諦めがついて、魅録は肩の荷が落ちて軽くなったように見えた。

魅録は少し沈黙した後に、あたしにいつもの温かい瞳で言った。

「色々ありがとな、可憐」
「いいの。あたしも踏ん切りがついたから」

あたしはそう言って、魅録と別れた。
そう、もうあたしはあなたたちに執着したりしない。
有閑倶楽部の男どもはあたしに優しいけど、いつまでもそれに縋ってばかりはいられないから。
それは、清四郎と別れた時よりも、深い覚悟だった。

「野梨子は日本に帰るんだって?」

今日も呑気にあたしの衣裳部屋に遊びに来た美童は言った。

「そうよ、魅録が迎えに来て、話し合った結果そうなったみたい」
「それはよかったね。僕も野梨子は日本に帰った方がいいと思う」
「……あんた、野梨子となんかしたでしょ?」
「ナイショ」

美童が肩を挙げて、しらばっくれた。

「ま、結果的に野梨子をあたしのところへ寄こしてくれる事になったのは、よかったわ」
「でしょ?」

美童は悪びれもなくそう言った。
以前だったらイラッとしたところだったかもしれないけど、もはや、美童には何も期待しない。
友情以上のものは。

美童はそんなあたしの変化には気づいてないようだった。いつもの調子で話を変えた。

「ねぇ、今度のオフ、一緒にどこか行かない?軽く旅行でもどう?」
「あたしなんかと旅行に行ったら、またパパラッチされるわよ?」
「平気だよ。可憐と噂になる分には、嬉しいぐらい」

あたしと美童は昔っからこうだった。
少し際どいこんな会話を楽しんで、その気もないのに気があるふりをして。
でも、美童とあたしの関係に、これ以上の進展はない。
「あたしはオフも役者さんほどオフじゃないの。ブランドと交渉したり構想練ったり、仕事しなきゃ。
あんたの可哀そうな彼女の衣装も考えなきゃいけないしね。だから彼女と遊んであげて」
「ああ、あの彼女が可哀そうだって?まさか!僕はいつでも女の子には極上の幸せをあげてるよ」

ケロリと美童はそう言った。
バカは死ぬまで治らないってこの子のための言葉だわ。

「いつか痛い目に遭えばいいんだわ。あんたが気付いた時にはもう手遅れになるような」

あたしは茶化すような調子で言ったけど、それは本音だった。
本当に美童の不実にはもううんざり。いっそ、この子を軽蔑しきる事が出来たらいいのに。

オフの日、あたしはジェイと、ジェイ所有のクルーザーに乗って大海原へ出かけた。
あたしにとっては、本当に久々の海だ。

「俺は、中西部のド田舎生まれでね。海ってもんを大学でこっちにくるまで、見たことがなかった。
だから、このクルーザーは憧れの象徴。いつか成功して金儲けをしたら、絶対買うつもりだった」

田舎もんがやりそうな事だろう?とジェイは笑った。

「アメリカには海を見た事がない人がたくさんいるって、本当だったのね」
「俺のばあさんなんて、海を見ないまま死んだぞ。たぶん、魚もまともに食べた事がないんじゃないか?
そういえば昔、ホタテを食べた時、『美味しい野菜だ』と言ってた」
「あはははは」

ジェイの舵取りで海風の中を進む。本当に久しぶりに晴々とした気分だった。
ジェイとはすごく気楽に過ごす事ができる。
いつも腹の底から感情むき出しで話しあっていたからだろうか?

ジェイはクルーザーを止めると、あたしの頬に手をかけて、そっと唇を寄せてきた。
あの日以来、何度かキスを繰り返してきたけれど、ジェイのキスにはいつも違和感を感じた。
でも、この人なら、誠実なこの人となら、あたしは愛を育てていけると思っていた。
その時だった。

あたしたちのクルーザーの隣を、より大型のクルーザーが駆け抜けて行った。
目の端に、金色の影がうつる。
突き刺さるような鋭い視線。
……この視線をあたしは誰のものか知ってる。

ああ、あの彼女とは旅行に行かなかったのね。
そういえば、ジーナがスタッフたちを集めて、パーティをやるって言ってた。
あたしは断ったけど、美童はそれに参加したのね。クルーザーパーティだったのか。

何人かの仲間たちが、あたしたちに気づいてはやし立てて始めた。ジーナもいた。

「2人してあたしの誘いを断ったと思ったら、こんなことしてたのね!」

ジェイが照れ笑いしながら、仲間たちに手を挙げる。
あたしたちはクルーザーを横付けして、仲間たちの輪の中に入った。
はやし立てるスタッフたちにジェイとあたしはからかわれ、質問攻めにあう。
美童もいた。
ずっとあたしを見つめ続けている。体中に視線が突き刺さるような気がして、苦しい。

ジーナが美童に言った。

「元ルームメイトとしてはカレンがジェイのものになっちゃうのは複雑なんじゃない?ビドー?」
「まぁね。可憐はいつかは僕のワイフになると思ってたからね」

仲間たちがどよめいて笑った。
美童なりのリップサービスだと、誰もが、ジェイも、あたしですらも疑わなかったけれど。
でも、次の瞬間、美童が言った言葉にあたしは凍りついた。

「愛してるんだ、可憐」
それは日本語だった。
周りの皆は意味は分からなかったと思うけれど、一瞬、その場に沈黙が訪れる。
あたしは咄嗟に、英語で言った。

「……あたしをあんたの女の行列に加えるつもり?お断りよ?プレイボーイさん」

それで、その場にどっと笑いが起きた。
美童の悪い癖は、野梨子との件もあってもうみんなが知っている。
ジェイがあたしの肩をしっかり抱いて、美童に向けてシッシと追い払う仕草をした。
美童は肩をあげて、情けない顔を作った。それでみんなまた爆笑だ。
その件はそれっきりでおしまいだった。

だけど、あたしは胸の鼓動がおさまらない。

「愛してる」

ですって?
信じられるわけがないでしょう?
何人の女にその言葉を言ったの?何人の女をその言葉でだましたの?
美童の愛なんて信じた瞬間に終わりがはじまる。
それは、分かりきった事。だから、信じてなんてあげない。

あたしは「あたしだけ」に愛してるって言ってくれる人がいいの。
だからもう、あたしに希望を持たせるのはやめて―――!


―――再び、撮影の日々がはじまった。
あたしとジェイはすっかり公認の仲として受け入れられ、あたし自身もジェイといる事が多くなった。

美童とはたまに話す。
でもそれは、本当に事務的な事だけ。
あたしと美童はずっと『家族』だった。
何でも話して励まし合って、2人で踏ん張ってこのアメリカで戦っていたのだった。
だから、美童と話せないのは身が切り裂かれるぐらい寂しい事ではあったけれど……
でも、こんな物思いもいずれ時間が解決してくれるだろう。
美童はあたしにとって本当に過去のものになって、またお互い何事もなかったように、
冗談を言ったり、笑ったりするんだろう。いつの日か―――

あたしはジェイの部屋にたまに泊まるようになった。
交際してるんだから当然なんだけど、それでもあたしはジェイと寝る度に戸惑っていた。
だって、こんなにジェイの優しさに甘えすぎて、申し訳ないという思いが消えなかったから。
それでも、ジェイは言う。

「もっと、甘えてきてもいいんだぞ?カレン」
「え?」

あたしはジェイの胸から顔を離して、ジェイを見つめた。
ジェイは腕枕をする腕であたしの髪を撫でながら、ため息をついた。

「お前が何でも一人で解決しようとするからさ」
「そんな事ないわ。あたしあなたに頼りっぱなしよ?ボス」
「そうだろうけどさ。プライベートな時ぐらいはボスはやめろよ」

ジェイが寂しそうな顔をしたので、あたしはあえてニッコリと笑う。
するとジェイはまた激しくあたしを求めてきた。

ほら、こんな風に。
ジェイに抱かれても、もはや美童の声も聞こえない。
ジェイはたぶん、本気であたしを愛してくれているんだろう。
あたしは一人の男に愛される喜びに酔おう。

―――あたしたちは、本当に『有閑倶楽部の仲間』になるのだ。
(続きます)
125名無し草:2010/01/22(金) 07:13:57
可憐の揺れる女心と決心が悲しいー!
ありふれた言葉なのに、美童の日本語での告白にドキッとしました。
のめりこんで読んでたからかな。
続きも楽しみにしています!
126名無し草:2010/01/22(金) 10:40:59
それぞれの心の内が丁寧に描かれていて、あぁそうだったのかと
うなずきながら読みました。
仲間だから何が起こるか分からない、って深い言葉ですね・・・

切ない恋模様の中で、野梨子の襲っちゃいますわよ?には、
笑ってしまいました。
人妻になったんだなぁとw
>>116-124

「結婚?!」

あたしは驚いてジェイを見つめた。
ドラマはいよいよ最終回に向かって撮影が進んでいる時の事だった。

「あたし、日本人よ?人種も宗教も違うわ」
「いまさら何言ってんだ」
「あなただったら、その気になったらいくらでも素敵なお嫁さん候補はいるでしょうに」
「自分で言うのもなんだがそりゃいるさ。でも俺が結婚したいと思った女は可憐だけなんだから仕方ない」

あたしはあんぐりと口を開けてしまった。
まさか、こんなタイミングで、こんな風にプロポーズされると思っていなかったから。
すると、ジェイが頭を掻きながら言った。

「俺は知ってのとおりの田舎者で、割と古風な考え方をする。それに、もういい歳だ。
このままお前と不安定な付き合いをずっと続けて行くよりも、結婚して安定していたい。
それと、そろそろ、子供が欲しい」
「子供……」

えっと、その子供は、この話の流れだと、あたしが産むのよね?
あたしがジェイの奥さんになって、ジェイの子供を産む……。あたしが?
子供のころから、ひそかに憧れてきたプロポーズの瞬間だったけど、あたしは思い描いていた
感情とは程遠い気分でジェイの話を聞いていた。

「……ちょっと待って。考える時間をくれない?」

あたしがやっとの思いでそう言うと、ジェイはふっと悲しげに笑った。

「その様子だと俺との結婚は考えてなかったんだな」
「だってそんな事、一度も態度に出さなかったじゃない」
「まあな。即答してくれるとは思ってなかったけど。やっぱショックだな」
「そんな事言ったって、突然心の準備もなくプロポーズされて気持ちが整理しきれると思う?」
「……あいつの事もあるしな」
「え?」
「なんにせよ。俺はお前の答えを待つよ」

ジェイにそう言い渡されて、あたしは思わず電話をかけていた。
―――野梨子に。

「結婚なさればよろしいじゃありませんの?」
「あんた、簡単に言うけど一生の大問題よ!」
「この歳で、結婚を全く考えてなかったというのはウソでしょ?」
「まぁ……少しは考えていたけど」
「ほーらやっぱり。ジェイはお金持ちですし、可憐にとっては念願の玉の輿でしょう?」

日本に帰って数カ月。
野梨子は再び白鹿流に入り、茶道の世界へどっぷり漬かっていた。
責任放棄して魅録の元へ走った野梨子へ、白鹿流のお弟子さんの反応は実に冷ややかだったが、
開き直った野梨子は異常なぐらい強い。
逞しく、ずうずうしく、目指すは茶道白鹿流の時期家元!と、奮闘していた。

そして、以前よりもずっと、あたしたちはお互い連絡を取るようになった。
高校時代のように、いえ、それ以上に心が通じ合ったように感じて、あたしも嬉しかった。

野梨子は電話口で茶目っ気たっぷりの口調で言った。

「それとも、他に結婚したいお相手がいらっしゃるのかしら?」
「なによそれ」
「例えば……、美童とか」

思わずドキリとした。
「やだ!わかってるでしょ?美童に結婚は無理!あたしだってあんな浮気男、お断り!」
「……そうは思えないから、言ってるんですわ」
「なによ、何か知ってる口ぶりね」
「可憐こそ、その様子だと、何もご存じないようですわね」

野梨子は先ほどとは打って変わった口調で静かに言った。

「……美童は、ドラマを降板するそうですわよ」
「まさか!」
「本当ですわ。私、美童から直接連絡が来て聞きましたの」
「だって、ドラマで今人気絶頂の美童よ?やめるなんてありえないわよ!もうシーズン2の
撮影日まで決まっているのよ?!」
「そうですわよね。でも、そのまさかを美童はやるんですって」

美童がドラマを降板する?そんなのありえない。
だって、美童はあのドラマの重要なキャストで、今、役者としては一番大事な時期なハズだ。
番組にとっても、今美童にやめられるのは大痛手だと思う。
ジェイが美童を手放すなんて事……

すると、あたしの考えを見透かすように野梨子が言った。

「『あなたの』ジェイも、認めてるそうですわよ」
「……本当に?」

あたしの知らないところで、こんなに話が動いていたなんて!

今シーズン、美童の出る最後のシーンはもう撮り終えていた。
ジーナはまだ前の前の回を撮っている。
なのに、美童はもう最終回の最終シーン。確かに少し違和感はあった。
このドラマでは回が前後する事なんてよくある事だからあまり気に止めなかったけど。
美童の出る最後のシーン。
日常のようで日常ではない、出立の場面。
確かに、旅立ちのシーンともとれる。美童が今後ドラマに出なくても違和感がない終わり方。
あたしは、この時の衣装を、ジェイからも、美童からも、「一番『らしい』ものにして」と言われていたんだった。
それで、何となく聖プレジデントの夏服をイメージして、白いブラウスを選んだのだ。
似合うかどうかは別にして、あたしの記憶の中で一番、お気に入りの美童だったから。
珍しくジェイも何も言わなかったし、美童も素直にそれを着て、ニッコリ笑ったのだった。
そうだ、気付くチャンスはたくさんあったのに!

「美童が白旗をあげたからこそ、ジェイは可憐にプロポーズしたんでしょうね」
「どうしよう……野梨子、どうしよう?」
「どうしようじゃありませんでしょ。高校生の時から、何回失敗したらわかりますの?
可憐は、相変わらず男性の心を見抜く力が、全くない」
「あんたは、相変わらず、意地悪よね!」

野梨子は電話の向こうで大きなため息をついた。

「美童がドラマをやめるぐらいでこんなに揺らぐなら、初めからジェイとお付き合いしてはダメでしょう?
可憐は軽率だったと思いますわ」
「そんな事言ったって、あたしが美童の事が心配なのは当り前でしょう?あんただって心配でしょ?」
「あら?私は心配などしませんわ。彼もいい大人ですし」
「……薄情モノ」
「どうとでもお言いになって」

野梨子はしゃらっとそう言うと、「さておき」と言った。

「美童が可憐の恋人の番組にずっと出ていられるほど、強い心臓を持っていない事は、
知ってますでしょ?それをわかっていてジェイとお付き合いなさったんでしょう?」
「あたしと美童の今回の事は関係ない」
「美童がどれだけ可憐を愛しているのか知っている癖に」
「そんな、美童はあたしの事なんて大して思ってないわよ。今だって彼女いるのよ?」
「さぁ、それもどうかしら?」

野梨子はあたしの気持ちを探るような調子だった。何かを知っているのだろうか?
あの騒動以来、野梨子と美童の関係は微妙に変化しているようだ。
そうだ、美童はこんな大切な話を、野梨子にはしている。あたしには一言も言わなかったのに。
野梨子と美童の関係は、あたしと清四郎と似たような変化をしたのかもしれない。

「2人の男性の心を弄んで、罪深い女ですわね、可憐」
「そんな言い方しないで。あたしだってたくさん迷って必死に……」
「なにが必死なもんですか!」

ぴしゃりと野梨子に言われて、あたしは黙った。魅録といい野梨子といい、この夫婦の一喝は強い。

「美童がどれだけ傷つくかわかった上で、ジェイとお付き合いしたんですから、
これぐらいの覚悟、当然しておくべきでしたでしょ?観念してジェイとご結婚なさいませ」
「覚悟なんてしてないわよ!」
「だからこんな事になるんですわ!とにかく、責任はおとりあそばせ!」

野梨子はそのまま電話を切ってしまった。
責任って何よ!

あたしはジェイの事はともかく、今、大問題なのは美童だと、急いで美童に電話をかけた。
でも、何度鳴らしても出ない。
あたしだとわかった上で、居留守を使っているのだろう。
ホテルにもかけたけど、すでに長期滞在したホテルは引き払ってしまったようだった。

今、美童はどこにいるんだろう?
また、どこかの女の処にいるんだろうか?

あたしはスタジオに戻って、美童が付き合ってた女優に声をかけた。
この彼女とは仕事以外の事であまり話しをした事はない。
正直、美童の彼女だと思うだけで、何となく話づらかったからだけど。
それでも、美童の行き先が知りたかった。何を考えて、これからどこへ行こうとしているのか。
手掛かりがわかるなら何でも知りたかった。

「ビドーが辞めるって言ってたのは知ってるけど、その後どうしてるかまではわからないわ」
「なぜ?あなたガールフレンドでしょ?」
「GFって言ってもあなたとジェイみたいな関係じゃないわよ。私なんてちょっと遊んだりするぐらいで、
本当にただのフレンドだもの」

ショックだった。
高校時代から美童に女性が途切れた事はなかった。
だから彼女とも当然、そういう仲だと思っていたのに。

彼女は美童について知っている事を親切に教えてくれたけど、あたしが知ってる情報以上のものは
出て来なかった。
だけど、あたしは何よりも、彼女と美童に肉体関係がない事を知った事が一番ショックだった。

スタジオのトレーラーの隙間に風が強く吹いて、あたしは空を見上げた。
カリフォルニアの明るい空。明るい日差し。熱帯の植物が作る真っ黒な影。
あたしの気持ちとは裏腹に、陽気な西海岸の空気。

―――ここじゃない。
美童がいるのは、きっとここじゃないわ。

ジェイが遠くからスタッフたちと何かを話しながら歩いてくる。
ジェイがあたしに気づいて、一瞬動きを止めた。
まっすぐ視線が合う。
ジェイの視線はいつも温かくって、あたしをちゃんと愛してくれているって思えた。
あたしはそれがすごく幸せで、出来る事なら一生それに酔っていたかった。
だけど……

「どうして、教えてくれなかったの?!」
ジェイはそんなあたしをただ見ていた。何も言わずに。
あたしはジェイに向かって、スタジオの通行証を投げつけ、スタジオから出た。
ジェイはあたしを追いかけてはこなかった。
突き刺すような視線であたしを見ていたのはわかっているけれど、その視線も振り切った。

優しくって頼りになって、何でも話せるジェイ。
わかってる、この優しい人を裏切る事になるのも、傷つける事になるのも。
うんとジェイに甘えたくせに、あたしは彼の甘えを許してあげないひどい女だ。
野梨子の言うとおり、あたしは軽率で、相変わらずすごく馬鹿だった。
でも、それでも、あたしは行くわ。

あたしは、N.Y.に飛んだ―――

久しぶりに訪れる、N.Y.のアパート。
美童がいるのはきっとこの部屋。
一緒に暮らして、今もお互い家賃を払い続けている、この部屋だ。
美童が『帰る』としたら、ここしかない。

部屋のドアノブを回すと、ドアがあいた。
美童はこの部屋に一人でいる時は、いつも鍵をかけない。昔、それはなぜかと尋ねた事がある。
それは、あたしの帰りを待っているからだ、と美童は言った。いつもの、冗談を言う口調で。

「やぁ」

あたしが部屋に入ると、美童がソファーの上にいた。
その美童の姿を見て、あたしは息をのんだ。

「あんた!髪の毛!」
「似合う?どお?魅録みたいでしょ?」
美童はトレードマークの長い髪を切っていた。
切ったなんてもんじゃない、まるで丸刈りだ!

「……どうして?」
「役作り。戦争映画のオーディション受けたから」
「戦争映画?」
「そう、僕を評価してくれる監督がいて、その監督が映画撮るっていうから受けてみた。
主役は無理だろうけど、チョイ役ぐらいならいけそう」
「戦争よ?そんなもんにひ弱なあんたが出て……演技できるの?」
「やるさ。見てよこの力こぶ」

美童はガッツポーズのように腕をあげた。
逞しいような、痛々しいような、その姿を見て思わずあたしは怒鳴っていた。

「なにも、こんな大事な時期にドラマを降板する事ないじゃない!」
「いつまでも同じプレイボーイの役じゃいけないって思ってさ。僕はブロードウェイの時代から
そんな役ばっかりで、このまま歳をとったら使えない俳優になる」
「だからって、なにも今じゃなくたって!やっと人気出始めたばかりじゃない!また初めからなのよ?!
ドラマ出るまでだってすごく苦労したくせに!また苦労するの?!もう苦労は充分したでしょ」
「……まあね」
「あたしもう、あんたが一人で苦労するの見るの嫌……」

涙がこみあげてきた。
本当にあたしは涙もろくってダメだ。思わず顔を手で覆ってしまう。

美童はそんなあたしの様子を静かに見ていた。

「可憐は、何しにここへ来たの?」
「あたしはあんたの事が心配で」
「余計な御世話だよ」

美童はぽつりと言った。
「ジェイと結婚するんでしょ?僕は可憐とは何の関係ないんだから、僕の事を心配する必要はない」
「だからって、放っておけないわ。あんたはあたしの大事な友達よ?『家族』だって、言ったでしょ?」

「何様のつもりなんだよ!!ハッキリ言って迷惑だ!!」

美童に怒鳴られて、あたしは呆気にとられてしまった。
こんな風に怒鳴られた事なんてない。
いつだって美童はあたしに対して余裕で、あたしに声を荒げるなんて事、一度だってなかった。

美童はショックを受けるあたしの顔を見て一瞬ハッとして、それから苦々しい顔になった。
それから立ち上がると、あたしの腕をとった。

「本当に、憎くて仕方ないよ。可憐」
「…………」
「いつだって僕を拒絶するくせに、女房風吹かせて、僕の心配なんてする。
優しい女の振りして、僕をとことん痛めつけるんだ」
「そんなつもりは……」

涙がおさまらない。
なのに美童の手があたしの服の胸元にかかる。
あっという間に服は肌蹴て、美童の指が、あたしの素肌に触れる。

「……今日は、抵抗しないの?」

美童はそう尋ねてきたけれど、あたしは何も言えなかった。


(続きます。あと2回)
136名無し草:2010/01/23(土) 14:14:35
>あたし、美童と〜
美童の超短髪、以外と似合いそうで、見てみたいな。
やっと、美童と可憐がまっすぐに自分の気持ちと相手の気持ちに向き合えるのか、
どきどきしながら続き待ってます。
>>127-135の続き

美童の手があたしの素肌を弄る。
あたしは抵抗しなかった。
その代わり、美童の短くなった髪に目が行く。
短くなった髪から、キレイな首筋に、そして、いつの間にかつけた男の筋肉へ。

いつの間にか、あたしの上半身は何もつけずに素肌をさらしていた。
あたしが胸を手で隠そうとすると、美童は面白そうにあたしの両手を掴み、上にぐいとあげた。
掴みあげられた手首がぎりりと痛む。

そして、値踏みするように、あたしの体を見た。
美童は一瞬息を呑んだように見えたけど、すぐにひゅうと口笛を吹いた。

「こんなに綺麗だったんだ、可憐」

あたしの大好きだった、おませで可愛い男の子。あたしの美童。
弱虫のくせにアメリカであたしを必死に支えてくれて、2人で励まし合って、時々離れて。
あたしの事だけは、こんな風に扱わなかったはずなのに。

美童の舌が、あたしの胸元を這いはじめる。
広い美童の手があたしの体を支える。体が弓なりになってぞくりとする感触に肌が震えた。
なのに、体の内側はだんだん熱を帯びてくる。熱く熱く。
ふと美童と視線があった。
すると尖った胸の先を舌でたっぷり弄くってから、美童はにやりとあたしに笑った。

「感じちゃった?」

それで、緊張の糸がプツリと切れた。
あたしは床に崩れ落ちた。
涙が止まらない。

腕で涙を拭きながら、あたしは子供みたいに泣きじゃくってしまう。
わんわんと大きな声で。

その時、美童はしばらくあたしを見下ろしていたと思う。
あたしが泣きやまないのを見ると、美童は大きなため息をついて、あたしの肩に服をかけた。

「本当に可憐はすぐに泣くんだから」
「…………」
「駆け引きなんて知らない癖に、知ってる顔して男の気持ちを弄ぶ。
それでいて、馬鹿みたいにストレートに男に抱かれる。いつまでお嬢ちゃんのつもり?」

「shit!」と言って、美童はソファーに体を落とした。

「……ハリウッドに帰れよ。ジェイと結婚するんだろ?僕の処になんか、いちゃダメだ」
「だって美童」
「もう僕を惑わすのはやめてくれ!もう満足だろ?!可憐一人に何年も翻弄されて、
挙句の果ては他の男と結婚するという。もうたくさんだ!」
「美童……ちがうの美童!」

あたしは美童に縋りついた。

「ごめんなさい」

あたしがジェイと付き合った事が、こんなに美童を傷つけているとは思わなかった。
傷ついているのは、あたしの方だと思っていたのに。
一瞬、あたしを振り払おうとしてから、それでも美童はあたしの顔を見た。
すると美童の青い瞳が心配そうな色で陰る。

「ああ、もう!ったく……」

美童は声を荒げてそう言って、結局、あたしの肩を抱いてくれた。
久しぶりの、美童の腕。
あたしの肌が見えないように、洋服をしっかりかけなおし、あたしの髪を撫でる。
『優しい美童』のハグだ。

ああ、そうだ。
ずっと欲しかったのは、この腕だ。
ジェイじゃない、清四郎でも魅録でもない。
優しくなだめる様に、心配ないよと語りかけるように、安心させてくれるこの腕。

あたしは、美童が愛おしい。本当はずっとずっと、誰よりも愛していた。
どうして魅録を好きだと思っていたんだろう?
どうして清四郎に抱かれたんだろう?
どうしてジェイと恋人になんかなってしまったんだろう?
あたしが欲しかったのは、ずっと美童だけだったのに。

もう、降参してもいい頃だ。

「好きよ、美童。本当はずっと、あんたを愛していたの」
「……可憐?」
「あんたは仲間の中で一番カッコいいけどカッコ悪くて、誰よりも優しいけどすごく意地悪で、
弱虫でひ弱で、誰よりも腰ぬけで、いいところなしで本当に大好きだった」
「…………」
「でも、あたしはあんたを愛してるって口に出せなかったの。あんたと身体の関係にならないのに
特別扱いしてもらえる女はあたしだけだったから」

あたしがそう言うと、美童は、大きく眼を見開いた。
過去、何人の女がこの部屋で美童と寝たんだろう?
あたしは美童が女を連れ帰る度に、鋭い爪で心を引っ掻かれるような思いをしていた。
だけど、平気な顔をしなくちゃいけなかった。
美童はただの仲間だと何度もいい聞かせながら。

「ジェイはあたしだけ愛してるって言ってくれるの。だから、彼と付き合ったの。
本音を言えば、もう傷つくのに疲れたのよ。あんたの女遊びに平気な顔をするのはできないの」

そういい終わるや否や、美童があたしを息苦しくなるほど、強く抱きしめた。
美童はあたしの目を見つめながら、耳から顎、それから唇に撫でるように手をかける。

そして、キス。
驚くほど、自然なキス。熱く甘いキス。
美童とのキスはなぜこんなにしっくりくるのか、本当は知っていた。
それは愛しているから。
本当はあたしが心から、体の全てから愛しているのは美童だから。

「来て」

美童があたしの手を取って、ベッドに招いた。
もう、あたしは抵抗などせずに、素直に美童に抱かれに行った。

あたしが服を脱ぐと、美童の瞳が、まぶしいようなものを見るようになった。少し照れくさい。
そして、美童は先ほどとは打って変わって、そっと優しく、あたしの肌に触れた。

美童のセックスは、これ以上はないほど優しくて、自分が貴重な宝石にでもなったように感じた。
大切に大切に愛撫されて、身も心も解放されて行く。

あたしは、知っていた。
清四郎とは、ジェイとは、寝ても何も変わらなかった。
でも、美童と寝たら絶対に自分が変わってしまう事を。
だから、寝たくなかったのだ。
そうだ、あたし自身が美童一人しか愛せないのだからしかたない。
美童があたしだけを愛せなくとも。結婚など夢のまた夢であっても。

ジェイはあたしと結婚したいと言った。子供が欲しいとも言ってくれた。
でも、その時、あたしが感じたのは絶望だった。
美童があたしと結婚する事はない。
ましてや、あたしが美童の子供を産む事もない。
その事実をつきつけられたような気がしたから。

だから迷った。『結婚』をしたいなら、ジェイと結婚するしかないと思った。

でも、『結婚』などできなくっても、今、あたしは本当に幸せだ。
愛した男と抱きしめあうってこんなに幸せな事なのね。
ずっと、知らなかった。

「本当は、美童以外の男なんて、あたしにも愛せないのよ。
でも、あんたには必ず女の人がいて、ずっとそれが辛かった」
「…………」
「本当は心の奥で思ってたの。あんたのたった一人の女になりたいって。
でも言い出せなかった。だって、それは叶わぬ願いでしょ?」

もう、あたしはこれだけの関係で充分だ。
美童のたくさんの女のうちの一人、それでいいのよ。
多分、これからも時々、涙は出るけど。
それも美童なんぞを愛してしまった運命だ。自分が悪いんだから、諦めればいい。

すると、美童が苦しそうに言った。

「可憐……今までごめんね」
「美童?」
次の瞬間、あたしは美童の熱い大きなうねりの中に巻き込まれていった。
それはかつて体験した事のないほどの快感で、激しい衝撃だった。
悲しいとか嬉しいとか、色んな気持ちがどこかへ行ってしまうほど、あたしは夢中になって、

そして……

「え?」
「うん、そう」

美童は怒ったような声で、そういった。
一瞬の出来事だった。
でも、我に返るのには充分な出来事でもあったので……
あたしは思わず叫んでいた。

「って、どうするのよ!あたしピルなんて飲んでないわよ!」
「可憐は僕と結婚する。だから、何の問題もない」

しばらく、あたしは茫然と美童の顔を見つめていた。
美童も、あたしの顔を見つめていた。
呆けたように、2人で見つめあって……

今、美童はなんて言ったの?
耳を疑うようなまさかの言葉に、身体が震えた。

「今、結婚するって言ったの?」
「うん、可憐にプロポーズした」
「結婚よ?!アンタに結婚は無理よ」
「無理じゃない!」

美童は真剣な目をしていた。

「僕が愛してるのは可憐だけだ。ずっとそうだったのに。可憐は無視するから」
美童は起き上がって、それからしばらく黙っていた。
けれど、急に顔をゆがませて、悔しそうに言った。

「可憐は知らない。僕が可憐の男を、清四郎を、ジェイを、何度殺したくなるほど呪ったかを。
奴らが可憐に触れたって思うだけで、今だって嫉妬で気が狂いそうだ」
「…………」
「僕はずっと可憐を愛してきた。この部屋で暮らしていた時から、いや、高校生の時からだ!
なのに、やっと少し距離が近づいて、ゆっくり関係を育てて行こうと思っていた矢先に突然、
ジェイに盗られた。僕がどれだけ自分を殺したかったかわかる?発狂するかと思った!」

まくし立てるように一気にそう言うと、美童はあたしの泣きぼくろに触れた。
そして、もう一度キスをした。
温かで、天国にいるような、幸せな美童のキス。

「僕の可憐だ……僕のたった一人の可憐」

僕の可憐。
ずっと大好きだった言葉。
ずっと聞き続けていたい、言葉。

「僕は数え切れないほど女と寝てきて、だからこんな事を言うのは信じてくれないかもしれない。
それでも、僕は可憐の事だけを愛してきた。ずっと、ずっとだ」
「……美童……」
「僕なんかが可憐を愛するのは申し訳ないとすら思う。でも、もう絶対誰にも渡したくない。
絶対に離したくない。可憐が僕のたった一人の女だ」

こんな美童の嘘みたいな甘い言葉に、あたしは馬鹿みたいに舞い上がってしまう。
美童を本当に信じ切れるか?と言えばそれは嘘だ。

それでも、人生でこんなに嬉しかった事はなかった。だから、
「こんな僕だけど、結婚してくれる?」
「……いいわ」

2人とも裸だし、タイミングも間抜けだし。
ちっともロマンティックなプロポーズじゃなかった。
でも、大好きな人からされた、子供の頃から憧れていた、本物のプロポーズだった―――

*** *** ***

あたしと美童は、ジェイのオフィスまで一緒に行った。

美童の姿を見てジェイは少しうろたえたように見えたけど、ジェイは静かにあたしの話を聞いて、
あたしがジェイの元を去る事を認めてくれた。
ジェイは仕事とプライベートは別だと言い、仕事は続けろと言ってくれたけど、
あたしにはそんな事、できなかった。

こんな時まで、あたしの善きボスとして振舞おうとするのだ、彼は。
ちょっと前まで、そういう垣根を取り払おうと努力していた事を考えると、少し切なくなった。

ジェイは信頼できる、何でも話せる、甘えられる人だった。
美童がいなかったら、美童が誰かのものだったら、あたしは彼と結婚していたと思う。
ジェイの子供を産んで、それなりに幸せになったのだろう。
だから、ジェイの事を思うと、胸が痛い。

ジーナは、仕事を辞めると言ったあたしに怒りをぶつけた。

「もう、日本人が大嫌いになりそう!一度ならず二度までも、男を奪われて!」
「えっと……ジーナ、まさか美童が好きだったの?」
「違うわ。ジェイよ。ジェイの気持ちをガッチリつかんでおいて、プロポーズまでされて、
それで、あれだけ友達だって言い張ってたビドーと結婚するなんて、訳わからない!」
「……そうだったの」
ごめんなさい……と言いかけたあたしに、ジーナは言った。

「謝らないで。謝られる理由がないもの」
「ジーナ」
「ジェイがあなたを好きだったから遠慮しただけよ。もう、遠慮なくあたしがいただくからね!」

ジーナは天性のコメディエンヌだ。こんな風に怒っている時でも、すごくキュート。
あたしは思わず泣き笑いしてしまった。すると、ジーナもあたしにつられて笑った。

「幸せに。でも、おめでとうとは言ってあげない」

ジーナはそう言って、ハグをしてきた。
あたしはジーナと抱き合いながら、ハリウッドでの、あたしの全てが終わった気がした。
でも、不思議な事に後悔はないし、未練もなかった。

また一から美童と出直し。
美童は高校時代からの悪友で、これから先、どうなるのかもわからないぽっと出の俳優で、
全然、あたしが憧れた玉の輿ではない。
あたしも失業だ。すごく不安だし、何が待ち受けているかわからない。

それでも、大丈夫。美童と2人なら、なんとかやっていける。
力を合わせて支え合って、頑張れる。
これが終わりじゃなくって、始まり。
また、あたしと美童は長い時間をかけて、共に生きて行くのだ。

大切な『家族』だから―――


(続きます。次回で最後)
146名無し草:2010/01/25(月) 07:03:46
本当はずっと美童を愛していたという可憐の独白に
思わず涙が出そうになりました。
あと1回で終わってしまうのが寂しいくらい感情移入して読んでます。
続きも楽しみにしてます。
147名無し草:2010/01/25(月) 12:39:55
私も涙ぐみながら読みました。
いいなあ、この二人。すごくいい。
しかし二人に感情移入しつつも、親と同じように別居状態になってしまった松竹梅家も気になる。
最終回も楽しみにお待ちしております。
148名無し草:2010/01/25(月) 15:42:40
>あたし、美童と〜
映画のワンシーンのように素敵なラブシーンでした。
やっと結ばれて本当によかった。
最終回、寂しいけど、楽しみにしています。
149名無し草:2010/01/25(月) 19:42:56
>あたし、美童と〜
とても素敵なお話ですね。
心が震えるよ。もう。

松竹梅家は、
「平安時代だって通い婚でしたのよ。それに
夫婦は必ず別居すべし、なんて古いですわホホホ」
とかいってしたたかに暮らしていて欲しいな。
心配すぎる。

菊正宗家は人員増えてそう。


150名無し草:2010/01/26(火) 23:49:14
>>あたし、美童と〜
今日はアップされてないのね。
残念なような、ほっとしたような。
楽しみすぎる。
>>137-145の続き

美童とあたしはN.Y.のアパートに戻っていた。
そして、昔のようにソファーに寝そべって、自分たちの関わったドラマの最終回を見る。

「いやー、本当にいい男♪この俳優、なんでやめちゃったんだろうね?もったいない」

と、短髪になった美童が人ごとのように言った。でも、本当にそう。
2人でここでこうしていると、このドラマに関わった1年余りが夢のように思える。

「結局、ここで2人暮らしかぁ。しかし可憐は、玉の輿とは縁遠い男と結婚する事になっちゃったねぇ」
「ほんとよねぇ。よりによって美童とは、高校生のあたしが聞いたらゲンナリしそう」
「入籍は近々済ませるとして、結婚式どうする?」
「いいわよ。しなくっても」
「なんで?憧れてたんじゃないの?やろうよ!僕にだって結婚式できるぐらいの蓄えはあるよ。
有閑倶楽部呼んで、お互いの家族も呼んで、ちゃんとやっておこうよ」
「まー、お金はともかく、時間はそんなになさそうよ?」
「ん?」

あたしは、お腹に美童の手を寄せて、言った。

「妊娠2カ月。よろしくね、お父さん」
「ええっ?!」
「本当にできちゃったのよ。あんたのプレイボーイ人生も、これで本当におしまい」
「…………」
「なによ。今更逃げ出したりしないでよ?」
「モチロン……。だけど」
「だけどなに?」
美童はあたしのお腹にそっと顔を寄せてきた。

「あんな事で本当に、妊娠するんだなぁって、感動して」
「感動するところ、そこ?!」
「いやさぁ、さすがに子供が出来ちゃうのは初めてだから、僕といえども」

美童はそう言ってお腹に軽く口づけした。
あたしは笑ってしまう。美童は本当にお馬鹿さん。

「じゃぁ、僕も爆弾発言しようかな?」
「なに?」
「例の戦争映画が決まった。アカデミー常連俳優が主役。僕は脇だけど、割と重要な役。
主役と一緒に行動して戦場で狂うんだ。結構良いキャリアになると思う。賞も狙っていくつもり」
「……あたし、こんなにすぐチャンスが来るとは思ってなかった!」
「ま、それは、このドラマのおかげだ。ドラマの追い風吹いてるうちに勝負しなきゃ」

あたしは、じっとTV画面を眺める美童の横顔を見た。
すっかり大人の男だ。
凛々しくもあり逞しくもあり、高校生の時の、あの線の細さはどこかへ行っていた。

美童は、ひょっとしたらだけど、これから玉の輿を自分で作るのかもしれない。
あたしを玉の輿に乗せてくれるつもりでいるのかもしれない。

すると、美童は言った。

「可憐は、日本に帰りなよ」
「えっ?」
「僕は撮影に入るから、ハリウッドと海外の往復になって、ほとんどN.Y.にはいないし。
それに、子供を産むなら日本がいいと思うしさ」
「……せっかく、一緒に暮らし始めたのに、また別れて暮らすの?」
「大丈夫、浮気は絶対しません!そんな事したらまた可憐が別の男に走りかねない。怖すぎる!」
美童は敬礼の様なポーズをした。

「その代わり僕がちょくちょく日本に行く。だから子供が生まれて落ち着くまでは、
日本に居なよ。僕も身重の可憐をここに残すより、可憐のママといてくれた方が正直安心だし、
産休のつもりでさ」

あたしが、ついにアメリカを去る。
結局、あたしのアメリカ生活って何だったのだろう?
こっちでがむしゃらに、とにかく上に這い上がって、成功するのを夢に生きてきた。
わかってるのは、あたしがすごく真剣に仕事に打ち込み、上を目指して頑張った事だけ。
あたしは結局、なりたかった自分になれているんだろうか?

「子供が生まれたら、またアメリカに家でも買って暮らそう?仕事もそこで復帰すればいい」
「……わかったわ。日本に帰る」

あたしがそう言うと、美童は黙って髪を撫でてくれた。
「お疲れ様」、とでも言うように。

N.Y.のアパートも引き払う事にした。
このアパートがあたしと美童の絆だった。お互いが帰る場所で、『家族』の証だった。
でも、それももう必要ない。
あたしがいるところが美童の家で、美童がいるところがあたしの家だ。
十年の月日を経て、ようやくそれがわかったのだから。

あたしは、ついに日本に帰った―――

*** *** ***
そしてこちらは、とある日の剣菱邸。
あたしの目の前には悠理と野梨子がいた。

「可憐と美童が」
「できちゃった結婚」

2人がぽかんと大きな口を開けて言った。

「そうよ。できちゃったのよ。あたしとした事がお恥ずかしい限り」
「とんでもない!結婚おめでとうっ!」
「本当におめでとう!」

2人は盛大にお祝いの言葉を投げつけてくれた。

けれど、なんとなく微妙な空気。
満面の笑みと言うよりは、うっすらとにやけ顔。

「じゃ、なによこの空気は?」

「いや、さ、結婚する事は心からめでたいと思うんだけど」
「そうそう、私もすごく嬉しいんですけど、ねぇ?」

悠理と野梨子はうすら笑いを浮かべたまま、顔を見合わせ、顔を赤くした。

「いやー、可憐と美童が子供作ったと思うだけで……」
「生々しいというか、正直、考えるの恥ずかしいですわ。あの美童と可憐が……」
「なにも可憐たちまで結婚することないじゃん?ここまで身内でかたまると、なぁ?」
「ねぇ?」

「よりによって、あんたたちが、それ言う?!」

あたしが叫ぶと、悠理と野梨子がカラカラと笑った。
懐かしい空気だった。有閑倶楽部の女どもの、ちょっと手厳しくて不思議に温かな空間。
そうか、あたしはここへ帰ってきたんだ。長い時間をかけてやっと。

「悠理、子育ての事色々教えてね。あんたを先輩扱いする日が来るとは夢にも思わなかったけど」
「まあな〜。あたいも3人目だし、まかしとけっ!」

「「は?」」

野梨子とあたしは思わず聞き返した。悠理の子供は2人のはずだ。
すると悠理は言った。

「言ってなかったっけ?今あたい、3人目妊娠中。可憐よりちょっと先に生まれる」
「あんたまた産むのーーーっ?!」
「へへへっ!妊娠するのも産むのも得意なのさ〜。つわりは苦手だけど。今回もキツくてさぁ」
「…………」

野梨子が黙り込んでしまった。
あたしは焦った。さすがに野梨子には辛い話だわよね?
すると、野梨子はあたしたちに向かってニッコリ笑って言った。

「奇遇ですわね」

「「ん?」」

「実は私も妊娠しているようですの。たぶん、可憐よりちょっと後になりますわ。
まだ分かったばかりで早いから、言おうかどうか、迷っていたところでしたの」

「野梨子!」

思わず涙が出そうになってしまった。
「日本に帰ってきたのが良かったんですわ、きっと。連絡したら魅録もとても喜んでくれて、
無茶して明日帰ってきてくれますの。一緒に病院に行ってきますわ」
「よかった!よかったわね!」
「ええ」

外国で魅録だけを盾に、世間の冷たい視線や孤独と戦っていた野梨子。
日本で、家族や悠理たちの元でようやく肩の力を抜くことができたのかもしれない。
野梨子が言った。

「……美童も」
「うん?」
「美童も喜んでますでしょ?」
「そうね」
「よかった。私のせいで色んな事があったので、本当は申し訳ないと思ってましたの」

野梨子とあたしは、見つめあってほほ笑んだ。
あたしと野梨子はある意味、戦友だ。
こんな風に笑い合えるまで、本当に長かった。抱きしめあいたい気分だ。

すると、悠理がそんなあたしたちの熱い空気をぶち壊す発言をした。

「ってことはさぁ。あたいたち、同時に腹でっかくなるってわけ?それはさすがに……」

それで、ハッとなったあたしたちは、3人同時に顔を見合わせて、叫んだ。

「「「恥っずかしい!!」」」

窓の外には満開の桜。
何年目かの春が、やってきていた―――


*** *** ***
「しっしっ!あっち行け!美童」

魅録が、窓の外に向かって、何か言っていた。
すると清四郎が興味を持って窓に近づいて行き、校庭を眺めた。

「ほ〜お、美童のところの長男ですなぁ」
「そうなんだよ。俺の娘に気安く声を掛けやがって、あの野郎」
「幼馴染なんですからいいじゃありませんか」
「その幼馴染とやらがどれだけ危険か、俺は知ってるぞ」

窓の外では僕の長男が魅録の娘にちょっかいを出しているところだった。
まだ中学生になったばかり。思春期の男子ながら、幼馴染にこの猛アタック。
さすが僕と奥さんの息子だけある。

僕は言った。

「うちの息子を僕の名前で呼ばないでよね」
「だって、見た目、若い時のお前にそっくりじゃねーか」
「それ言ったら、魅録の娘だって、魅録そっくりじゃん。よくもまぁ、あれだけ男前なのに
美少女に見えるよね。まさに奇跡だ!」
「それを言うなよ〜。俺に似ちゃったのは申し訳ないと思ってるんだからさぁ」
「心からよかったですね。奇跡的美女に育って。おっと、うちの三番目も来た」
「うわ〜、清四郎と美童に挟まれた。蹴散らせ!娘!」

清四郎の息子と、うちの息子に迫られて、魅録の娘が困惑している。
見事に3人とも男親にそっくりで……まるで

「どう見ても僕と清四郎が、競って魅録を口説いてる図だよねぇ」
「わざわざ言うな、美童!俺が思ったのに口に出さなかったんだから」

それでも3人組は仲良く並んでキラキラと。前途洋々の少年少女たち。
「……良い景色だよね」
「ええ」
「いいねぇ、これからの人たちは」

そこへ野梨子と悠理がやってきた。

「あーっ!清四郎!またここにいたのか。兄ちゃんが探してたぞ!一人で切り盛り大変だって」
「PTA会室を私物化しないでくださいませ『会長』。用もないのに子供の学校に入り浸って」
「いいじゃないですか。僕がこの聖プレジデントにどれだけ寄付をしてると思ってるんですか?」
「お前、平気でそーゆーこと言うから、万作じいちゃんより器が小さいって言われるんだよ」

悠理がいっちょ前の口を利くので笑いが起きた。でも、もっともだ。

「しかもこの父ちゃん、一番下の子が卒業するまでずっと、PTA会長やるって言ってるんだぜ?」
「まぁ、独裁政権!」
「無論。まだあと10年は」

清四郎は今ではすっかり剣菱の実権を握っていた。
好景気の波にも不景気の波にも大して左右されず、剣菱が巨大企業であり続けているのは、
清四郎のおかげと言っていいだろう。
とはいえ、今では人に仕事を任せる術も身につけて、少し楽そうだ。
私生活でも6人の子供に恵まれ、全員、幼児から高校生まで聖プレジデントに通わせている。
そして、聖プレジデントのPTA会長の座も、しっかりと握って放さない。

「ってことは、俺もずっと副会長なのかよ」

魅録は、年が離れた娘が二人。しかも魅録の末っ子と清四郎の末っ子は同い年だ。
清四郎が会長である限り、副会長は魅録で決定だろう。
魅録はすでにレーサーを引退し、今は、レース界の重鎮として、世界的タレントとして、
和貴泉の若頭(?)として、器用に世界を飛び回る活躍をしている。
野梨子は白鹿流の家元になった。
一時は衰退の危機にあった白鹿流だが、野梨子の手で再び盛り返している。
別居していた時代もあったけど、今は共に暮らす事が出来て、おしどり夫婦は幸せそうだ。

そして、僕は……

「そういえば、美童はそろそろまたアメリカへ行くんですか?」
「うん、映画の撮影始まるから」
「今度は何の役ですの?」
「超陰気で超非道で超人見知りな天才プロファイラー。もちろん主演♪」
「また、そんな変な役ばっかり……」
「でも、美童がやるとひどく変わり者でも魅力的に見えてくるんですのよね。不思議ですわ」

ラッキーな事に、ドラマを辞めて出た戦争映画で、狂った演技で当たった僕には、
ちょっと毛色の変わった役がたくさん舞い込んでくるようになった。
これが僕の幅を広げてくれた。「どんな役でも安心して任せられる」と言われるのは強みだ。
世界一有名な賞もとる事が出来て、僕は皆に遅れてようやくセレブの地位に就く事が出来た。
今は、撮影でまとめて数カ月アメリカへ行き、基本的には日本やスウェーデンで過ごす生活。
僕の奥さんも、無理のない範囲で、ハリウッド映画やドラマのスタイリスト業を続けている。
再びジェイとジーナ夫妻のドラマにも関わって、その事は日本でも大きく取り上げられた。

でも、可憐の第一に優先すべきは、仕事より家庭なんだそうだ。
だから僕たちは結局、アメリカではなく日本に居を構えて、男の子を2人、自分たちの母校
聖プレジデントに通わせている。
その時、僕の奥さんもPTA会室にやってきた。相変わらず最高に綺麗だ。
可憐は、入ってくるなり言った。

「ちょっとぉ、ドアに貼ってあるあのヘタクソな看板なに?!書いたの誰よ?!」
「はーい、あたい〜!字はまちがえてなかっただろ?」
「字はともかく!子供の学校のPTA会室にあんなの貼っていいの?!」

それで僕たち6人は、ドアの前に行ってみた。

『有閑倶楽部』

驚くほどヘタクソな悠理の字だった。
その看板を見て、僕たちは爆笑した。

「ま、このままでいいんじゃないですかねぇ?」

『会長』である清四郎がそう言ったので、看板はそのままにしておいた。
6人が集まる場所、そこが『有閑倶楽部』である事は間違いないのだから。


(終わり)

長い間ありがとうございました。


161名無し草:2010/01/27(水) 07:07:07
gj
おもしろかったです。
今回はこのお話だけじゃなくシリーズ全部の最終回でもありましたね。
〆に『有閑倶楽部』。
すばらしい!
162名無し草:2010/01/27(水) 07:25:42
お疲れ様でした。連載中ずっと楽しませてもらいました。
読んでいる間はドキドキしたけれど、有閑らしい大円団に
胸が温まりました。
綺麗な幕引きでした。ありがとうございました!
163名無し草:2010/01/27(水) 08:50:11
>あたし、美童と〜
最っっっっっ高に面白かった!
ハラハラする展開に、誰もが望んでたハッピーエンドで大満足です
有閑倶楽部はこうじゃないと!
連載本当にお疲れ様でした&有難うございました
164名無し草:2010/01/27(水) 13:52:09
>あたし、美童と〜
連載乙でした。
この3連作でこちらの作品の世界にどっぷりはまり込んで読ませて頂きました。
どのシリーズもすごくおもしろかったです。
ラストも原作の夢話で出てきたエピを思い起こさせる、有閑らしい素敵なラストでした。
165名無し草:2010/01/27(水) 22:23:17
悠理が有閑倶楽部って書けるようになってる!
清四郎の教育が実ったのかな。

にぎやかに終わって、とてもすがすがしい
気持ちでいっぱいです。

年末から今までありがとうございました。
166名無し草:2010/01/28(木) 00:56:45
>あたし、美童と〜
お疲れ様でした。
こちらの女性陣は皆気が強いのに女らしくて大好きでした。
爽やかな読後感が素敵でした。
ありがとうございました。
167名無し草:2010/01/28(木) 01:36:43
>あたし、美童と〜
夢中になって読ませて頂きました。
美童の役者元ネタは、もしかしてドノフリオ氏でしょうか。
お疲れ様でした。素晴らしい作品をありがとうございました。
168名無し草:2010/01/28(木) 22:13:19
>あたし,美童〜
お疲れ様でした。
すてきなお話をよませていただいてありがとうございます。
世界に引き込まれました。みんな幸せになって良かった。
169名無し草:2010/01/30(土) 00:45:21
170名無し草:2010/02/01(月) 23:55:47
171名無し草:2010/02/02(火) 00:02:29
172名無し草:2010/02/02(火) 18:48:07
173名無し草:2010/02/04(木) 17:06:15
174名無し草:2010/02/05(金) 09:16:19
175名無し草:2010/02/06(土) 22:59:18
脂漏
176名無し草:2010/02/08(月) 22:32:06
177名無し草:2010/02/08(月) 23:04:16
178名無し草:2010/02/08(月) 23:12:24
179名無し草:2010/02/09(火) 07:25:21
180幼馴染:2010/02/10(水) 18:30:31
8レスほど頂きます。
カップリングは特にでてこないのですが、ほのかに清X悠です。
181幼馴染1:2010/02/10(水) 18:32:17
いつの頃からか、清四郎の視線の先にはいつも悠理が笑ってるのが見えた。
肩越しに覗き込むと必ず。
そして二人は微笑み会う。まるで示し合わせたかのように。
その瞬間、私はなんとも言えないバツの悪さを味わうのだ。
見てはいけないものを見てしまったかのように肩をすくめる。
そう、まるで悪戯を見つかった子供のように。
自分で違うところを見ようとするのに、私の視線はあの二人に吸いつけられるのだ。
まるで引力に導かれるかのように。
無意識に。

隣にいるのは、私、なのに。
清四郎は一度でも、私をあのような眼で見たことがあるだろうか?
―――否―――。
清四郎が私を見る目は、例えて言うなら保護者の目。
あのような優しい眼差しを私に見せたことは、ない。
無意識にため息が出た。
「どうしたんです?野梨子?最近ため息が多いですね」
清四郎が心配顔して私に問う。
そう、その眼。いつも見ている幼馴染を見る目。
悠理を見て微笑むのとは違う、目。
「え、あ、そうですか?気がつきませんでしたわ。
最近茶会が立て続けてありましたから…。少々疲れがたまってるのかもしれませんわね。」
ふいをつかれた質問に、多少どぎまぎしながらも無難に返す。
「そうですか、それならいいのですが…」
まだ納得がいかない顔をしてるのは、それは19年間も隣にいたからわかる幼馴染の嘘を見抜いたから。
私は嘘を言うとき、眉根が少しだけハチの字になる、そうだ。
だから、野梨子が嘘を言うときはすぐにわかる。
それを教えてくれたのは清四郎だ。
ばれないはずが、ない。
また無意識にため息。
182幼馴染2:2010/02/10(水) 18:32:59
「ほら、また。僕でよかったら力になりますよ」
「…ありがとうございます。でも本当に疲れてるだけですの」
私は清四郎を見て微笑んだ。
私の顔に、清四郎のせい、とは書いてないはずだから。

秋晴れの生徒会室。
残暑もやや落ち着いて、秋の気配を感じさせる空。
窓から見る学園は、夏の名残りを残しつつも確実に秋の気配を感じさせる。
学年史の編集をしていると、どこからともなくコーヒーのいい香りがしてきた。
一人だとばかり思っていたら、誰かが来てたらしい。
可憐かと思いきや、美童がコーヒーをいれてきてくれた。
「はい、野梨子。ちょっと甘めに作っておいたよ。目が疲れただろ?
入ってきた僕にも気がつかないで資料読んでんだもん。」
「ありがとございます、あら、美童、すごいいい香りですわね」
「そうだろ?美味しい豆を彼女からもらったんだ。いいよね、これ。
まだ商品化されてないんだって。」
一口飲むと、コーヒーのいい香りと少し甘めの味が心を満たす。
「美味しい…」
「だろ?良かった。野梨子、最近疲れてるっぽいからさ。」
美童がすかさずチョコを勧める。
美味しそうなトリュフを一粒つまむ。
「あれ?清四郎は?」
美童が周りを見渡す。
「知りませんわ。」
にべもなく言ってしまったのを少し気まずい思いをしながら言葉を続ける。
「私は、学年史の編集作業で早めに生徒会室に来ましたから…」
「そっか。早く清四郎にも飲ませたいんだよ、可憐には合格をもらったし、野梨子にも合格をもらえたみたいだしね。
あとコーヒーの味にうるさいのは清四郎だけだからさ。」
「あら、魅録や悠理は?」
「あの二人は、飲めれば何でも美味しいってタイプだからさ。それにもうツーリングに行っちゃったよ。
こんな秋晴れなのに部屋の中にいたらクサクサするって。今日はどこへ行ったのやら」
ということは、今日はあの眼を見ないですむのだ。
183幼馴染3:2010/02/10(水) 18:34:27
私は少しだけホッとする。
最近の私は、変だ。
清四郎のあの眼を見ると、途端に落ち着きがなくなってしまう。
清四郎は変わらず、優しい。
何一つ、変わったことなどないのに。
あの眼に気がついてから、なぜこんなに自分の胸がかきむしりたくなるくらい切なくなるのだろうか。
そして、なぜこんなにあの二人が気になるのか。
ガチャリ、ドアがあき清四郎が顔を出した。
「おや、美童と野梨子だけですか」
「清四郎、遅いね。今さ、野梨子にスペシャルコーヒーを出してたんだ、清四郎も飲んでみてよ」
美童がいそいそと準備をしに給湯室に向かう。
今宵彼女に報告でもするのだろうか。
手の中にあるマグを見つめる。
「魅録と悠理は、ツーリングへ出かけたそうですわ。」
少し意地悪のつもりで二人の不在を伝えても、清四郎は顔色一つ変えないで頷いた。
「美童、あたしの分もよろしく!あのコーヒーでしょ!?あれ美味しいわよ、本当に」
可憐がドアを開けたと思ったら開口一番にコーヒーの注文をした。
「本当に、おいしいコーヒーですわよね」
「よね?久々にあたしもはまるコーヒーができたわよ」
可憐は興奮気味に今度来るという編入生の話をした。
相変わらず耳が早いですね、と清四郎が可憐をからかう。
いつもの光景。
二人がいないだけで。いや悠理がいないだけで、こんなにも胸が安らぐなんて。
私ったら何を考えて…
清四郎が美童に感想を言うのが聞こえる。
無意識の、溜息。
「…何度目よ、それ」
可憐が上目使いに覗き込む。
「資料読みながら、何度溜息ついた?それとも、それって欠伸が出るほど退屈なの?」
「そんな何度もため息ついてました?茶会の疲れがまだ取れませんの。」
微笑んでみせても可憐の何か言いたそうな目は変わらない。
184幼馴染4:2010/02/10(水) 18:40:01
「そう…、お疲れなら早く帰って寝るのが一番よ。学年史の編集なんて明日でもいいじゃない。
今日はもう帰らない?」
「あ、僕ももう出るから、ありがとね、みんな。彼女、きっと喜ぶと思うよ、この報告聞いたらさ。
なにせ君たちときたら百戦錬磨の美食家たちばかりだからね」
美童が茶目っ気タップリの笑顔を振りまいて部屋から出て行った。
知らずのうちに口元に微笑がわく。
普段なら軽薄に見える美童の行動が妙に可愛らしかった。
純粋に彼女が喜ぶことを喜んでる表情だった。
―――私にもいつか、相手が純粋に喜んでくれることを喜ぶような笑顔が出来るのだろうか?
「野梨子の疲れが取れないみたいですから、たまには女同士ででも甘いものでも食べに行ったらどうです?
野梨子も気分転換になるかもしれませんよ?明日、僕も学年史の編集作業を手伝いますから」
清四郎が私に微笑んで勧めた。
まるで、私がお荷物みたいに。
僕にはお手上げだから可憐、頼むよ、そんな清四郎の気持ちまでが手に取るように分かる。
…邪推ですわね…
多分、清四郎は純粋に心配をしてるのだ、私に。
なぜなら、幼馴染だから。
それだけの理由で。
「そうよ、いい気分転換になるわよ。あ、私最近聞いた噂のカフェ、まだ行ってないの。
そこにしましょ、決まり!」
可憐がこぼれるような笑顔を見せて私を誘う。
「そうですわね、行きましょう」
私が承諾して立ち上がると、清四郎がホッとしたような表情をした、いや、表情は見えないけど
全身から放つ私に対する気遣いが、フッと緩んだ雰囲気になったのが分かった。
まるで全身で清四郎を感じとろうとしてるみたいですわね、私。
自己嫌悪に陥りそうになりながら、足早に学園を出た。
185幼馴染5:2010/02/10(水) 18:41:54
噂の新しく出来たカフェ、は情報通の可憐らしくお洒落で落ち着いていて、特に紅茶の種類が豊富らしく店内は紅茶の匂いが充満していた。
「あ、ここ、パブロヴァがある。あたし、パブロヴァとう〜ん、シンプルにディンブラのアイスティーかなぁ。」
可憐は真剣にメニューに見入っている。
「私はアップルパイとアールグレイにしますわ。」
ウェイトレスにメニューを返すのを待ちきれないように可憐が口を開いた。
「さぁ、野梨子、何があったのよ、あんた達。聞かせてもらおうじゃないの」
「…え…?」
あんた、達?
「何があったって、何のことですの?私と、そして誰が…」
「な〜に言ってるのよ、あんたと、もちろん清四郎よぅ」
「特に何もありませんわ?どうしてそんな事思ったんですの?」
私が真顔で聞き返したから、なのか、可憐の顔が拍子抜けした、という顔に変わった。
「何にもないのぉ?だって、最近あんた達、変じゃない。特に、野梨子、あんたが。」
「…」
何も言えずにうつむいてしまった私に可憐は優しく言った。
「そっか、何もないのか。なら、もういいわ。ごめんね、世話焼き叔母さんっぽくてさ。
てっきり何かあったかと思ってさ。相談に乗ろうと思ってたの。気にしないでね、野梨子」
可憐はやさしく微笑む。
私たちはしばし沈黙をした。
運ばれてきたアップルバイは皮はサクサクとして、リンゴは甘酸っぱく紅茶は申し分ない美味しさだった。
可憐のほうも沢山のフルーツが盛られたパブロヴァを美味しそうに頬張っていた。
「美味しい紅茶ですわね」
「あたし、久しぶりに見たわ、あんたのその笑顔」
顔をあげて可憐の顔を覗き込む。
「最近あんた、いつも泣きそうな顔して笑ってたからさ。気になってたのよ、ずっと。
野梨子のことを気にかけてたってのは清四郎が一番だろうけどさ。」
多分可憐はそんなに深い意味も持たずにその台詞を言ったのだろう。
でも私はその台詞に理不尽な怒りがこみ上げてきた。
私が、清四郎の一番なんかじゃない、ということは私自身が一番良く知っているから。
だから。
「清四郎は、そんなんじゃありませんわ。」
思った以上にきつい声が出てしまったのだ。
186幼馴染6:2010/02/10(水) 18:44:00
「え?」
「清四郎は、そんな気持ちで心配なんてしておりませんわ。」
「の、野梨子?」
「清四郎は私が幼馴染だから心配してるだけであって、そんな深く心配なんてしていませんわ。」
「……」
可憐が私を見上げるように、困ったようにして見つめてる。
自分が言い過ぎたことに気がついて、私は動揺した。
「あ、えと…つ、つまりですわね」
私の言い訳を可憐は手で制した。
「いいのよ、野梨子。何も言わなくて。多分、大体の事情は察したから。」
可憐の声音は優しい。
私は口を開きかけて、止めた。
「いいわね、幼馴染って。って、あたし、ずいぶん前から思ってたんだけど。
あんたにとってはいきなり幼馴染の清四郎ちゃんが一丁前の男の清四郎になったら、そりゃ面食らうわよねぇ」
うんうん、と可憐は一人で頷いている。
「可憐、何言ってますの?清四郎は前から…」
「前から男だったわよ、そんなの。でも生身の男として意識しちゃったから困ってるんでしょ、野梨子は」
「…え…?」
生身の男?
「ま〜、あんな完璧な、性格的にはどうよ、と思うところもあるけどさ、とりあえず全て出来る男だからね〜。
理想的よね、ある意味。そんなあんたにとっても男として完璧で理想的な清四郎ちゃんだったんだもん。
だから、あんまり見たくないのよね、きっと。―――清四郎の生々しい部分は」
そして可憐はニッコリと笑った。
「あの裕也さんのときの清四郎の立場と、あんたの立場が今、入れ替わってるだけよ。」
「あ…」
何となく腑に落ちたような落ちないような顔をしている私に可憐が優しく諭すように言った。
「これはあたしの推測だけどね、野梨子、多分あんた、清四郎にとって自分が一番じゃなくなってしまったことで寂しいんだと思うわ。」
私は俯いた。
そう、その通りだ。
今まで私を見ていたやさしい目。それが、あんな瞳をするなんて知らなかった。
それが、嫌だった。自分の知らない清四郎が目の前にいるのが、嫌だった。
全てを欲しがってばかりいる、子供のような自分に気がつき恥ずかしくて顔から火がでそうだ。
187幼馴染7:2010/02/10(水) 18:50:20
「多分、無意識よねぇ。あんなに近くにいたんだもんね。仕方ないんじゃないかな。
でもこれからどんどん、あんたの知らない清四郎の面が出てくると思うわよ。」
清四郎ちゃんの野梨子ちゃんでいた時代が終わったのだ。
たった、それだけのこと。
頭では理解できても気持ちは、感情の面では理解できなかった。
唇をかみ締める。
可憐に言われて気がついてしまった。
この気持ちは、もしかして清四郎に対して抱いた淡い思いではないか、
自分でそう思うようにしてたのだ。
だけどそれは全然違う。
そう、恋ではないということを確信してしまった。
単に嫉妬だということを。
―――たちの悪い子供じみた独占欲―――
「お手上げですわ、可憐。その通りですわよ。」
私は顔を上げて力なく笑った。
「多分、私はいつまでも清四郎ちゃんの可愛い野梨子ちゃんでいたかっただけですわ。
子供過ぎますわね。
……私、裕也さんのとき、清四郎の忠告を大きなお世話と思って聞いていましたわ。
いつまでも小さな子供じゃありませんのよって。
それなのに、本当に勝手な話ですわよね。」
フゥ、と大きく一息ついてから、カップに残った冷えたアールグレィを飲み干す。
可憐はそんな私を優しい目でずっと見つめている。
「ねぇ、野梨子、一旦家帰ってさ、これからちょっと夜遊びしない?たまには女同士でさ。」
可憐が悪戯っぽく笑う。
「そうですわね、あ、でしたら悠理も誘いませんこと?まだツーリングから帰ってないかしら…?」
「いいわね、じゃ、とりあえず早く帰って来いってメールでもいれとくか。温泉なんぞ行ってないといいんだけど。」
188幼馴染8:2010/02/10(水) 18:54:06
秋晴れだった空は綺麗な夕暮れ空に変わっていた。
今までのモヤモヤを吹き消してくれるような綺麗な夕暮れ。
まだきっと、私は一人で寂しい思いをするのだろう。
でも平気だ。
だって私は清四郎を失うわけではないのだから。
寂しいのは、そう、きっと清四郎も一緒だったのだろう、と今なら分かるから。
自然に口元に笑みがわいた。
「可憐、これも一種の失恋なのかしら?」
私が笑って聞くと可憐は真顔になった。
「う〜ん、あえていうなら擬似失恋?なんちゃって失恋?」
そして私たちは顔を見合わせて笑った。
やっぱり少し寂しくて、でも何だかとても嬉しくて。

ありがとう。
心の中で可憐にお礼を言う。
明日からは、またいつも通りの幼馴染に戻れそうだ。
悠理からメールの返信が入った。
どうやらこっちに向かってるみたいだ。
今夜は女3人で楽しめそうだ。

陽が沈んだ空には、遠慮がちに月がのぼりだしていた。


*おしまいです。
稚拙な文章にお付き合いいただき有難うございました。
189名無し草:2010/02/11(木) 21:57:32
野梨子が清四郎から卒業するのはきっとこんな感じなんだろうなぁと、
自分も高校生に戻った感じで読みました。
ガールズトークも聞いてみたいです
190名無し草:2010/02/13(土) 08:23:40
途中、野梨子が歯がゆくて辛かった。でも吹っ切れた姿は清々しい。
久々に野梨子らしい野梨子を読んだ気がする。
美味しそうなものがたくさん出て、お腹がすきました。こんな所も有閑倶楽部っぽいw
191名無し草:2010/02/15(月) 17:25:34
(*^ー゚)b グッジョブ!!
192名無し草:2010/02/20(土) 21:05:16
ほしゅ
193名無し草:2010/02/26(金) 15:22:46
hosyuついでに日頃の疑問。

結局のところ、魅録ってどんな男なんだろう?
明るいんだろうけど、熱狂はしない。
常識的だけど、不良。
矛盾する人格。
194名無し草:2010/02/26(金) 16:12:38
初期と最近とで全く人格が変わっているからなあ。
1巻あたりは結構シニカルで不良でクールな遊び人。
最近は人情に厚くて気さくなあんちゃん。
195名無し草:2010/02/26(金) 21:50:57
この間のコーラスの御大対談で
前は魅録が好きだったけどこの年になると美童が最高、
魅録と結婚しても自分は倉庫にこもって舎弟の面倒みさせられるから
甘い生活なんてないし〜とか、結構ひどい言われようだった。
今新作描いたら美童age魅録sageになるのは間違いないね。
196名無し草:2010/02/26(金) 21:58:49
え、そうなんだ。
魅録が一番普通っていうか絵に描いたような幸せっていうか、を感じられそうな気がするけど。
197名無し草:2010/02/26(金) 22:04:44
言われてみると年齢によって理想が変わりそうだね。
若い頃は何でも知っててお任せできる清四郎。
或る程度の年齢になるとヤンチャでかわいい魅録。
もっと歳を重ねると女の扱いに慣れてて何でもこなせる美童。
美童なら森光子でも最後まで見とってくれそうだしな…
198名無し草:2010/02/27(土) 18:04:33
>197
ジュエリーアキのごうつく大家の
キヌさん?思い出した。
199名無し草:2010/03/03(水) 22:06:32
鯖復活したね、よかった
200名無し草:2010/03/03(水) 23:05:50
狼から難民が来ているみたいだから、こまめに保守したほうがいのかな。
201名無し草:2010/03/04(木) 23:30:02
難民のスレが750越えると700に圧縮される。
今日は10時頃と22時頃に2回圧縮きてるね。
このスレも気をつけて保守しないと、dat落ちするかも。
202名無し草:2010/03/05(金) 20:22:01
じゃあ雑談していいかな?

女子の中で同姓に好かれるのは実は可憐な気がする。
可憐は優しいし、同級生レベルとは男を争うこともないだろうし。
野梨子は嫌われてるだろうな。有閑以外の友達はいなそうだ。
悠里は一部の女子に熱狂的に慕われてそう。

魅録に仲間が多いのは当然として、清四郎はどうだろう?
清四郎と楽しく友達付き合いできる高校生ってあんまり想像できないや。
美童も有閑以外の男友達はいないのかな。
203名無し草:2010/03/05(金) 22:00:28
>>202
可憐は姐御肌だし、人気ありそうだよね。
野梨子・悠理・魅録・清四郎にも同意。

美童は結構人がいいし、それなりに友人がいそうな気がする。
女性の口説き方やエスコートの仕方を教わりたがっている
同級生もいそうw
204名無し草:2010/03/05(金) 22:52:23
可憐は中等部編でもそうだし、時々描写されてるよね
有閑倶楽部ではとっきやすくて一番普通 の人だと思う
トラブルメーカーではあるけど

美童は知り合いは多いだろうけど、女性とみれば口説いてるから男友達つくる暇はないんじゃない
205名無し草:2010/03/05(金) 23:57:49
確かに可憐とだったら女子トークが盛り上がりそう。
お化粧でもファッションでも流行り物は押さえているだろうし。
悠理と野梨子は女子なんだけど、女子が興味を持ちそうなものに反応薄そう。
悠理はグルメ系なら楽しめるかも。
野梨子は思いつかない...
206名無し草:2010/03/06(土) 02:15:49
700超えてる^^;
207名無し草:2010/03/06(土) 05:30:09
また圧縮だ。
一日2〜3回は圧縮来てるね。気をつけないと・・・
208名無し草:2010/03/06(土) 05:58:48
ひっそりとage
209名無し草:2010/03/06(土) 06:15:43
上がってなかったorz
難民が混雑している
210名無し草:2010/03/06(土) 14:36:29
ttp://kaomiki5.hp.infoseek.co.jp/nanmin.png(下のグラフ参照)

0:10、5:10、13:33と、今日になってから3回も圧縮きてる
スレ数が750に近づいたら要注意だな

211名無し草:2010/03/06(土) 16:44:03
dubai鯖が完全に死亡してるんだね。
まだまだ新スレが乱立しそうだから気をつけないと…
212名無し草:2010/03/06(土) 17:47:38
今743スレある。
今日中にもう一回圧縮くるね。
213名無し草:2010/03/06(土) 17:49:13
>>202
でも初期の清四郎は同世代の友人も多い設定だったよね?
ナンチャラ同好会みたいなので先輩に可愛がられてた。
今じゃ人格に難有りで友人も少なそうなキャラだけど…
214名無し草:2010/03/06(土) 18:13:17
ナンチャラ同好会のおかげか清四郎の友人は年上ばかり、というイメージだな。
名前しかでてこないけど同級生では白波君がいるんだったっけ。
野梨子は意外と習い事関係で友達がいたりしないかな?
三味線はともかく琴とか日舞とか…何をするのかさっぱりわからないけどw。
215名無し草:2010/03/06(土) 21:18:30
18:32にも圧縮きてる
今日中に、さらにもう一度来るかも
216名無し草:2010/03/07(日) 00:53:19
保守
217名無し草:2010/03/07(日) 00:59:34
趣味友はいるかもしれないな>清四郎
ピンポイントでそれにだけ詳しいオタクな人と
その部分だけで付き合ってそうな気がする
魅録は広く浅くどんな人間でも受け入れそうだけど
逆にヲタはちょっと苦手な感じ
美童は女だけじゃなく男あしらいもそこそこ上手そうなので
案外友人は多いんじゃないだろうか

女の中では一番友人少なそうなのはやっぱり野梨子だな
可憐は普通に女子人気高そう、嫌われ度も高そうだけどw
悠理は学校外に女子友が案外いそう、バンドやバイク好きな女の子たちとか
218名無し草:2010/03/07(日) 01:29:24
もう保守しなくて大丈夫かな?
219名無し草:2010/03/07(日) 01:38:32
清四郎は友達多いと思うな。
頭良いいし、割と面倒見良さそうだから、同級生だったらなにかと頼られそう。
魅録や悠里は普通に人気ありそうだけど、話しかけにくいって子も多いような気がする。
美童や可憐は同意。
野梨子は憧れてる人は多いだろうけど、友達づきあいまでいく子は確かに少なそうな気がする。
でも学校外には、皆結構友達多いような気がする。
全員多趣味だし、その方面の友達がいるんじゃないかな。
それにクラブだと、意外と野梨子とか清四郎みたいなのが人気でると思う。
ああいう場所って、可愛くて変わってる子と友達になりたがる子って多くないw
220名無し草:2010/03/07(日) 05:23:47
3〜5時間に一度圧縮がきてる。やれやれ。
今745だから、もう少ししたら次の圧縮かな。
221名無し草:2010/03/07(日) 05:52:14
こんな時間に目がさめたからついでに保守
結局一番友人少なそうなのは野梨子かなw
222名無し草:2010/03/07(日) 07:21:22
ゲイの気ないのに男から好かれるタイプ…清四郎
マブダチとして男に好かれやすいタイプ…魅録
男には嫌われやすいタイプ…美童

って原作内のどこかでコメントがあったような

美童と野梨子は、メンバー以外の同性とはあんまり付き合いなさそう
美童の場合、女性と会うのに忙しくて男と遊ぶ時間はないだろうし
野梨子は、目上の人には受けが良さそうだけど、同年代からは苦手意識もたれてるだろう

まあタートルでいったら、やっぱり野梨子が交友関係少ないだろうね
223名無し草:2010/03/07(日) 08:47:52
>>222
悠里そっくりの雅央くんの回だね
美童は男友達必要としてなさそう
趣味のスキーやテニスも女のインストラクターたらしこんで教わってそうだし
野梨子は有閑以外で友達になれるとしたら、子どもかお年寄りだろうな
224名無し草:2010/03/07(日) 09:05:41
お年よりには確かに受けそう>野梨子
優しくしそうだし。
225名無し草:2010/03/07(日) 09:10:24
お年寄りに優しいっていうのは6人全員だよね
こいつらいいやつなんだなw
226名無し草:2010/03/07(日) 09:21:16
自分を基準に女キャラを考えてみる。

自分が友達になりたいのは圧倒的に悠理。
純粋にノリだけで動くから、多分気が合うし、一緒にいて楽しそうだ。
(バイク乗りな私の興味の範囲は魅録に近いというのもあって)

可憐は、実はそんなに得意じゃないタイプだなぁ。
自分自身、ブランドやおしゃれに興味あんまりないから、何話していいやら。
つかず離れずなんだろうな。明るいし、付き合いよさそうだからいれば話はするんだろうけど、
それだけだろうな。メルアドの交換すらしないだろう。

野梨子とは、こんにちは、こんにちは。ぐらいの挨拶はするんだろうか?
すごく……遠い……。
227名無し草:2010/03/07(日) 13:48:03
6人のキャラのバランスっていいよねぇ。
男女3人3人だから、くっつけようとすれば3カップルそれなりに成立するキャラだし。

自分が男キャラを見た場合、一番とっつきにくいのは魅録だけど、一番長く友達続けられそうなのも魅録。
清四郎は、やっぱり何か趣味が共通で、それについてだけのめり込んで話す感じ。
美童は、世間話?情報交換?的な話題になりそう。

228名無し草:2010/03/07(日) 16:31:33
もしかして6人とも誤解されやすいタイプ?
付き合えばみんないい人なんだけど。
清四郎→嫌味で人を見下す男
魅録→恐い人
美童→軽くて不誠実な男
野梨子→お高くとまってる嫌な女
可憐→軽薄な尻軽女
悠里→ただの馬鹿
229名無し草:2010/03/07(日) 16:42:13
>>228
どれも誤解とは言えないのでは…w
それぞれ、そういう面は確実にあると思うぞ
230名無し草:2010/03/07(日) 17:26:08
ひっくるめて味があるキャラだよね。
これだけ強烈なキャラが6人も出てて、よく話しがまとまると思うよ。
231名無し草:2010/03/07(日) 18:34:30
>>230
御大は、キャラが立ってる方が書きやすいタイプだと思う。
言動が予測しやすいから。
御大は有閑に限らずキャラ強烈なのが目立つ。
232名無し草:2010/03/07(日) 18:42:56
その方がキャッチーだしね。
有閑は話し言葉だけで誰のセリフかほぼわかるのが凄いと思う。
233名無し草:2010/03/07(日) 19:16:12
それある。
こうやって、みなさんの作品を文字だけで読んでいても分かるもんね。
234名無し草:2010/03/07(日) 19:54:51
「保守いたしますわ」
「保守しとくよ」
「保守するぜ」
「保守するとしますか」
「保守しとくわよ」
「保守だあ!」
235名無し草:2010/03/07(日) 20:46:42
ないす!
236名無し草:2010/03/08(月) 01:00:55
昨日だけで5回も圧縮・・・
早く静かにならないかな
237名無し草:2010/03/08(月) 09:48:58
ほしゅ
238名無し草:2010/03/08(月) 11:35:57
スレ数、740超えたね。保守しとこ
239名無し草:2010/03/08(月) 16:19:44
ほしゅ
240名無し草:2010/03/08(月) 18:58:48
hosyu
241名無し草:2010/03/08(月) 20:11:33
仮処置かもしれんが、狼の移住先がyutori鯖にできたので
とりあえず落ち着きそう
http://qb5.2ch.net/test/read.cgi/operate/1268034539/
242名無し草:2010/03/08(月) 21:54:34
今日は12:40と20:45とで圧縮2回か
243名無し草:2010/03/09(火) 09:28:47
昨日も圧縮きたんだね
回数は減ってきたけど、もう暫くは落ち着かないかもね
244名無し草:2010/03/09(火) 11:25:13
日付変わってからは圧縮なし
そろそろ大丈夫かな?
245名無し草:2010/03/09(火) 16:50:53
今日はまだ圧縮きてなさそうだから落ち着いたのかな
246名無し草:2010/03/10(水) 00:21:48
春の嵐だったね
247名無し草:2010/03/10(水) 10:59:54
もう圧縮無いかな?
248名無し草:2010/03/10(水) 23:45:19
作品こないかなー
249名無し草:2010/03/11(木) 00:37:48
スレが745に増えているから、夜のうちに1度圧縮がきそう。
250名無し草:2010/03/11(木) 18:46:44
スレ数が減ってるし、夜中に圧縮きたんだ
でも、もう落ち着いたから、とうぶん大丈夫そうだね
251名無し草:2010/03/13(土) 12:19:11
連載の続き、短編待ってます。
252名無し草:2010/03/15(月) 17:21:07
ちょっと古い話題だけど
悩み事を相談しようと思ったら
清四郎→話す気にならない(馬鹿にされそう)
魅録→話したい(頼りになりそう)
美童→話す気にならない(軽くあしらわれそう)
野梨子→話しにくい(とっつきにくい)
可憐→話したい(聞き上手そう)
悠里→話しても仕方ないと思ってしまう(馬鹿だからw)
253名無し草:2010/03/15(月) 17:31:19
美童は凄く親身になってくれそうだと思う。
ただし女限定w
254名無し草:2010/03/15(月) 19:35:27
>>253
女限定っていうより美人限定でしょ
255名無し草:2010/03/15(月) 20:20:55
基本的に女には美人じゃなくても優しいんじゃ?
さすがに瑠璃子さんレベルは厳しいだろうけどw
256名無し草:2010/03/16(火) 19:20:17
相談事の内容にもよるかもだけど、自分もやっぱり魅録と可憐かな。
美童も意外といいアドバイスをくれそう。
257名無し草:2010/03/16(火) 22:12:23
一番波風立てず上手くまとめるアドバイスは美堂な感じ。
意外と美堂って、深い読みとかしそうだし。
258名無し草:2010/03/16(火) 22:17:54
恋愛相談なら可憐
仕事の相談なら清四郎
人間関係の相談なら美童
なんとなく落ち込むときは魅録か悠理
カツを入れてほしいときは野梨子
259名無し草:2010/03/17(水) 22:14:49
>>258
なんとなく落ち込んでて言葉で慰めてほしくないときは魅録と悠理に
遊んでもらうと元気になれそうだね。
260名無し草:2010/03/17(水) 22:18:12
魅録と悠理って、仲間の気分が落ちてるのとか敏感に反応しそう。
261名無し草:2010/03/17(水) 22:19:03
それはやっぱり動物のカンというやつかw

なんとなくやる気が出ないときなんかには
野梨子に強く叱って欲しいなあ
262名無し草:2010/03/18(木) 22:46:38
最下層
263名無し草:2010/03/20(土) 01:28:32
あげ
264名無し草:2010/03/23(火) 21:54:17
保守
265名無し草:2010/03/27(土) 00:32:28
ほしゅ
266名無し草:2010/03/30(火) 19:39:24
hosyu
267名無し草:2010/04/02(金) 01:06:06
保守的age
268名無し草:2010/04/09(金) 17:45:13
ほしゅ
269名無し草:2010/04/10(土) 21:02:15
しばらく有閑から離れてましたが
久しぶりにここへ来て「あたし〜」楽しく読ませてもらいました。
270名無し草:2010/04/12(月) 16:48:32
age
271名無し草:2010/04/14(水) 16:35:58
保守ついでに・・

携帯の機種
やっぱり清四郎&野梨子はドコモかなぁ?


272名無し草:2010/04/14(水) 17:07:01
6人とも同じで揃えてそう。
悠理と魅録は間違いなく同じだろうなぁ。
あ、でも、通話料なんて気にする必要のない6人か。
273名無し草:2010/04/14(水) 17:47:54
有閑世界では剣菱グループの携帯会社がありそう。
悠理のは豪華絢爛オリジナル携帯。
274名無し草:2010/04/14(水) 21:53:30
美童は全キャリア持ってるんじゃないか?w
275名無し草:2010/04/14(水) 22:19:04
キャリアどころか、何台も使い分けが必要な状態か。
276名無し草:2010/04/15(木) 09:02:46
そういや美童は94年のプリスカの回でもう持ってたね
277名無し草:2010/04/15(木) 15:45:49
美童は登録電話番号&アドレス数は一番多いだろうな。

魅録はiPhone 使ってそう。
278名無し草:2010/04/15(木) 17:14:58
魅録は一番早く入手して使いこなしてそう。
好きそうだもんねー。
女性陣あたりに使い方を教えたりもしてそう。
279名無し草:2010/04/16(金) 19:24:09
悠理の携帯ストラップはすごそう。
280名無し草:2010/04/16(金) 19:28:26
野梨子はらくらくホンかなw
281名無し草:2010/04/16(金) 21:41:55
可憐はデコ携帯とかにしてそうな気がするw
282名無し草:2010/04/17(土) 01:26:47
可憐の携帯は薄紫できらきらストーン付きだろうな
283名無し草:2010/04/18(日) 19:28:53
ストラップはみんなどんなのをつけてるんだろう??
可憐だとジュエリーAKIのオリジナルとか?悠理は絶対タマとフクのキャラクター
ものだろうし。野梨子は和風で着物の生地とか組紐で作ったものっぽい感じかな?
男性陣は想像がつかない・・・。
284名無し草:2010/04/18(日) 19:45:18
女性陣はそんな感じがする。
男性陣は基本シンプルだけど高級って感じ?
3人ともジャラジャラはつけてなさそう。
285名無し草:2010/04/19(月) 16:14:43
美童は女受けのいい、ブランド物の限定品とか?

あ、可憐もそうかな?
286名無し草:2010/04/22(木) 17:25:18
きっと6人のストラップを見ただけで、どれが誰のか分かるんだろうね。
287名無し草:2010/04/22(木) 21:26:50
携帯の色とかはどんな感じだろう??
イメージ出来るのは、清四郎は黒、野梨子は深紅かちょっと黒味がかかった渋い赤。
悠理はオレンジ・・・??可憐はパールピンクっぽいかな。
後の魅録はシルバー?美童はチョコレート色???ちょっと、この2人は予想が
難しい・・・。
288名無し草:2010/04/22(木) 23:34:35
あー、そんな感じの色かも!
清四郎と野梨子はまさにって感じ。
悠理にゴールドとかもありかな。
美童はチョコに近いところでブロンズとか。

みなさんの作品を読んでいるせいか、6人も大人になってたりして、持ち物のイメージとかが大人っぽい予想になってきてるかも。
289名無し草:2010/04/23(金) 10:52:20
野梨子は白だと思った。
悠理はゴールドかショッキングピンクかな〜。
290名無し草:2010/04/23(金) 21:08:40
剣菱夫妻の携帯がめっちゃ派手で高価そうだから悠理もすごい高い装飾のやつかも
万作さんは霊柩車みたいなゴテゴテの装飾の携帯で
百合子さんはラインストーンやプラスチックの代わりに全部宝石を使ったメルヘンなデコ携帯を持ってそう
291名無し草:2010/04/24(土) 10:35:25
ちょっと前に人間国宝が作った漆塗りの携帯っていうのがでていた。
清四郎あたりは欲しがるかも(実用というよりは骨董に近いコレクションとして)。
それより万作さんが飛んでもない絵柄を注文してるかもしれないが
292名無し草:2010/04/27(火) 19:00:56
万作さんの趣味も個性的だもんね。
293名無し草:2010/04/29(木) 01:18:15
衛星でやってるヒッチコック特集を一昨日から観てたら、有閑を思い出した。
ああいうお話がまた読みたい。スパイと言っても半島ネタは要らんけど。
温帯は韓流ブームには引っかからずにすんでるのかしら。
294名無し草:2010/05/06(木) 02:55:40
ほしゅ
>本スレ36内164の続き

【act.7】 高校三年生・二月

 カカオを糖質と油脂で固めたあの甘ったるくも不健康な食品を、
心の奥底からこいねがい、また同じだけの強さで憎悪する。
 不合理で幼く、我ながら愚かなこの感情の動きがすべて、神経伝達物質や
内分泌の働きによって説明しうるものに過ぎないのであれば――と、僕は
夢想さえした。
 理性の力で抗えぬものがあることを、認めたくなかったのだ。


                       ※


 まだ時刻の上では夕方だというのに、すっかり日は暮れていた。
 仄暗い空の下、空気が硬く凝っている。
 下校時の僕と野梨子は、肩を並べて歩いているようでいて、実際のところは
いつだって、ごく僅かに僕の方が先をゆく。
 同じ校舎に通いながら、しかし僕とは全く別の時間を過ごす彼女の話を聞く
のが、いつしか苦痛となっていた。もっともその理由を自覚したのは、つい
最近のことだけれども。
 肩の厚み半分もない少しの距離のリードは、それでも十分に僕らを隔てる
カーテンの役目をはたしてくれた。
 野梨子、君は気づいているか。
 僕が振り返らない限り、ふたりの視線は交わらない。
 あるのはただ、規則正しくアスファルトを踏みしめる靴音――そして、
凍えた冬の中、野梨子が吐く息の白さはかそけき。
『今年は迷ったのですけれど、作りませんでしたわ。
 毎年、ぞっとしない騒ぎですものね?』

 高校生活最後のバレンタインデー。
 朝の挨拶もそこそこに、開口一番に君の放った一言を、僕は放課後になった
今でもうまく咀嚼できずにいた。
 それは言葉通りの言葉なのか。
 それとも――僕が握りつぶした魅録への恋を、今もなお密やかに胸に
しまっているからこそなのか。
 考えたところで答えなどでない。
 野梨子はもちろんのこと、僕の所業を知る魅録もまた、ふたりの間にあった
ことを――いま尚あるだろうことを、欠片とも仲間内で語ることはなかった
のだから。

「……ヘレン・フィッシャーはその著書で、脳内物質のPEAが恋愛に大きく
作用すると言いました。眉唾物ですがね。かいつまんで説明すれば、PEAとは
カンナビノイドのリカンドとして単離されたアナンダミドのひとつで……ああ、
カンアビノイドとはマリファナなどの主成分だと言えば分かりやすいでしょうか。
恋におちるとこのPEAが……」

 沈黙しがち野梨子と反比例するように、僕の言葉は上滑りする。ひとり空しく
道化のように、信憑性のない似非科学の蘊蓄を垂れ流すしかなくなるのだ。
 呆れながらそれを聞く野梨子に祈る。
 ――君よ、僕のこの白々しくも焦燥に満ちた声音に気がつかないでくれ。
 本当はどうだっていいのだ。
 今日の僕がべらべらと饒舌に語る内容に、重要なことはひとつもなかった。
 見知らぬ女生徒から押しつけられる贈り物になど、迷惑という感情すら、
本当は湧かない。捨てる手間すら惜しんで、その場に置き去りにしても良かった
ぐらいだ。
 手作りだろうと既製品であろうと。
 直接手渡されようと、不衛生な靴箱に押し込められようと。
 どれも等しく僕には無価値で、数学上で真に無意味な数式を解くときと
ほぼ変わらぬ感情しか持てない。
 ましてフェニール・エチル・アミンが本当に脳内で生成され、恋愛感情に
作用しているか否かなど。
(どうだっていいんだ、本当は)
 野梨子がこの僕に、チョコレートを作らなかった、ただそのこと以上に僕の
関心を引く事柄などありはしない。
 
「やっぱり、今年はチョコレイト作らなくて正解でしたわ。傍にいるだけの私でさえ
胸焼けしそうなんですもの」
「確かに、この匂いだけでもうチョコレイトはもう沢山という気分ですからね」
 情けない僕の思いなどどこ吹く風で、野梨子はどこまでも薄情であった。
 語る内容は平凡であったが、態度がそれを裏切っている。
 あたかも肌を切るこの冬のように、彼女は透徹としていた。僕は笑いたい
ような泣きたいような中途半端な心地のまま返事を返すと、目を伏せる。

 そして気づかぬふりを、した。

 彼女の淡々とした物言いの中に、魅録を想ったのだろう沁みだすような切ない
響きがあったことに。
 ――それがいっそ凄絶と言っていいほどに鋭く冷たく、そしてうつくしいことに。


                       ※


『愛ってなあに』
 今はその甘えた質問に、反吐が出る。


                              act8へ
298名無し草:2010/05/09(日) 09:11:56
>薄情女は〜
お待ちしていましたー!
スレのぞいてよかった。
ほんの少し先を歩く清四郎。野梨子サイドで読んだときは野梨子に感情移入して
せつなかったけれども清四郎の想いを知ってしまうとこれまたせつない…

不感症男〜で読んだときにはわからなかった清四郎の心の動きがわかって本当に
おもしろいです。
続き楽しみに待っています。
299名無し草:2010/05/09(日) 09:18:41
>薄情女〜
バレンタインエピソード、キタ━━━ヽ(゚∀゚)ノ━━━━!!!!
まとめサイトへ野梨子サイドを読み直しに行ってしまいました。

清四郎にはこういう葛藤があったんだと納得。
続きも楽しみにお待ちしています。
300名無し草:2010/05/09(日) 14:59:37
>薄情女
久しぶりに覗いてみたら、大好きなシリーズがうpされていて嬉しい
自分もさっそく野梨子サイド読み直してきます
301名無し草:2010/05/11(火) 14:49:55
薄情女。待ってて良かった。続き楽しみにしてます。
302名無し草:2010/05/17(月) 13:18:02
同じく、待ってて良かったです。
303名無し草:2010/05/20(木) 21:48:33
とまってる連載陣の再開もお待ちしています。
304名無し草:2010/05/21(金) 20:47:05
ドラマの清四郎のような男の人ってどこにいるの 泣
305名無し草:2010/05/24(月) 12:06:14
保守。
306名無し草:2010/05/27(木) 17:07:08
ほしゅ
307名無し草:2010/05/30(日) 18:18:42
保守します。
308名無し草:2010/06/02(水) 09:55:37
薄情女の再開待ってます。
309彼女の彼 1/2:2010/06/04(金) 20:05:56
さっきから何度も繰り返し車の中に流れてるメロディーは
以前の彼の趣味とはまったく異なるものだった。


なのにかすかにくちずさんだりする魅録に悠理は無性にいらついていた。


大好きな海に連れてきてもらったのにちっとも楽しくない。
はしゃぐ魅録とは逆に悠理の心はどんどん沈んでいく。
あー。
くそっ。
きっとあの太陽のせいだ。
まぶしくてまぶしくて泣きたくなる。
もうどうしようもない。わかってる。
魅録のココロはもう神様も動かせない。



「どうした?具合でも悪いのか?」
心配そうな顔をしてあたいの顔を覗き込む魅録のほっぺに
あたいのかぶってる麦藁帽子の影が差した。
310彼女の彼 2/2:2010/06/04(金) 20:06:58
ふっ・・・
涙が零れそうになるのをぐっとこらえてそのほっぺをぐいっとつねる。
「なんでもねーよ!」

なにするんだとほっぺをさすりながらぶつぶつつぶやいてた魅録だが
やっと笑った悠理を見て魅録は優しく微笑んだ。

あたいの大好きな魅録の笑顔。

「行こうぜ!」
差し出された手を握りあたいは魅録の横に並んで歩き出した。
いつもはあたいのことなんかお構いなしにどんどん先に行っちゃう魅録が
珍しくあたいに歩幅を合わせてくれた。



今日だけは・・・今日までは・・・
恋人のふりをして歩いてもいいよな。




明日から魅録はもう彼女の彼だ。
311名無し草:2010/06/05(土) 12:45:03
>彼女の彼
短いけど、悠理のせつない気持ちが伝わってきておもしろかったです。
彼女が誰なのか可憐でも野梨子でも想像できるのもいいですね。
312名無し草:2010/06/08(火) 02:06:14
保守
313名無し草:2010/06/09(水) 10:55:17
以前、かなり前に書いた話の続編です。
ttp://houka5.com/yuukan/short/cpsei/s30-619.html

カップリングは 可憐、清四郎
悠理と美童が夫婦
野梨子と架空の人物が夫婦という設定です。

一人迷路の清四郎バージョンで10レスほど頂きます
314一人迷路:清四郎の場合:2010/06/09(水) 10:56:36
いつからか、野梨子からのメールに弱音が含まれるようになった。
大抵は夫であるジャンの愚痴ではなく、義娘であるセシルの行状についての、
いや彼女を巡る父親であるジャンと義母である野梨子の教育方針での対立、であったから根が深い。
野梨子のような育ち方をしてきた人間にセシルのような自由奔放に暮らしてきた人間は
水と油のようでお互いを煙たく思っているであろうことは容易に想像出来る。
実際、ジャンと野梨子の結婚式でのセシルの態度を見ればセシルがこの結婚に不服があるのは誰が見ても明らかだったし、
それが先行き不安であるという野梨子の言い分も理解出来た。

ただ僕としては、なぜ不安な気持ちを持ちながらも野梨子がジャンと結婚したのか、という疑問が頭から離れなかった。
詰まるところ、野梨子はジャンをその時既に愛していた、という事実。
そして、僕は野梨子を自分の手から離してしまった、という事だ。
いつの頃からか、いや自覚はしてなかったが自分の妻になる人物は野梨子だ、と決め付けていた。
野梨子が実際ジャンと結婚するというのも、まるで夢物語のように思っていた。
野梨子が僕から離れていくはずがない、と高をくくっていた。
恋とか愛とか、そんな感情に起伏が起きるような心があったかどうかは別にして。
なぜだろう?僕は野梨子に対して使命感のような想いにとらわれていたし、彼女を生涯守っていこうと思っていた。
いや事実、今でもその想いは変わらない。

彼女の結婚式、僕は自分の手の中から巣立っていく野梨子を黙って見ていた。
結婚式後に可憐が「清四郎?あんた大丈夫?」と声をかけてきた。
あの時は自分の心の一部を可憐に見られたようで、正直情けなかった。
そして多分可憐は、僕を愛してるとかでなく彼女の優しさであろう、僕を慰めるように機会を作っては飲みに誘ってくれた。
それがキッカケといえばキッカケで、僕と可憐はいつの間にか付き合いだした。
元々気心は知れていたし、何より可憐は野梨子と違い機転が利く。
男女の機微も良く分かっている。そして彼女は、女性的魅力に溢れてる。
いや、正直になろう。
――あの時。
僕は、寂しかったのだ。
ただ、寂しいだけで付き合ったわけではないが。
寂しさだけで付き合っていたなら3年も続くはずがない。
315一人迷路:清四郎の場合2:2010/06/09(水) 10:57:24

「まさか離婚するとは・・・思いも寄りませんでしたね・・・」
僕は知らずのうちに声に出して呟いていた。
まさか離婚するとは。
僕も、かなり動揺してますね。
僕は苦笑いを浮かべた。
目の前にある画面には父の紹介で予約を取った旧呉春邸でのスケジュールが詳細に書いてある。
言うまでもない、可憐の誕生日の為の、予約、だ。
敷地300坪と少々敷地面積が少ないが、横浜の一等地にあり海が見えるこの旧家は、アメリカ大使館の表向きは避暑地として、
実際はスパイなどの隠れ蓑の家として使われた歴史を持つ。
そしてここは今、ほんの一握りの人間しか利用できない秘密の隠れ家として利用されている。
1軒丸々の貸切だ。希望を出さなければ使用人は来ない。
客の秘密厳守は当然のこと、徹底した教育を使用人にしている事でも有名だ。
家は趣がある、可憐の好きそうな洋館で、もちろん内装もかなり趣向が凝らされている。
シェ・ルソーの出張料理人との料理の打ち合わせ、段取りなども細かく書かれている。
メニューもこの日のために、用意してもらっていた。
真剣に可憐の誕生日のことを考えていたんだ、僕は。
そう、少なくとも、野梨子が離婚する、と聞くまでは。
今の僕は、まだ可憐にも、いや他の連中にすら野梨子が離婚して帰ってくることを伝えられないでいるような有様だ。
情けないですね、僕とした事が。
野梨子が帰ってくる日は4日後だ。可憐の誕生日は2週間後。
僕は一体どうしたいんだ?

「清四郎、清四郎っ!おいってば!聞いてるのかよ、清四郎?」
「え、あぁ?どうしましたか、悠理?」
菊正宗病院の特別室、というよりは今じゃすっかり剣菱専用室となった見晴らしの良いホテルのような1室が、今の悠理の住居だ。
「だからさ、さっきから何度も言ったけど、天海先生の診たてはどうなったんだよ?」
「特に今のところは問題なし、ですよ、悠理。安心してください。元気な子ですよ」
それを聞くと彼女は顔じゅうこれ笑顔、というほど顔をクシャクシャにして笑った。
「そ、なら良かった。やっぱ清四郎にそういわれると安心するよ」
そうして悠理は優しく自分の大きなお腹を撫でた。
316一人迷路:清四郎の場合3:2010/06/09(水) 10:58:03
「でも、僕は専門外ですよ?産婦人科は。」
「へ?医者って何でも出来んじゃないの?」
「一通りはどうにか出来ますよ、でも専門でやってる人との差はどうしても出てきてしまいますしね、
自分の専門分野じゃないと、どうしても新しい知識が増えないですし」
「ふ〜ん、そっか、あぁ、そういえば野梨子って何時帰ってくるんだろ?
赤ちゃんが生まれたら、すぐに会いに来るって言ってたんだ。」
急に野梨子の話題になったので、僕は一瞬驚く、が、彼女の後の台詞でまだ離婚の事は知らない、というのは察しがついた。
「美童は何も言ってないのですか?」
「特に。ジャンがこの間持って来てくれた、ダニエル家ご用達って所のチョコレート、又食べたいじょ」
「その元気なら、予定日より早めに産まれそうですね」
「あ、そういやあたい、最近魅録に全然あってないや。
あいつも冷たいよな、入院してから来たの、片手だもん。清四郎は?」
どうやら悠理はスッカリ退屈してるようだ。
退屈を紛らわす為ならば1日中でも喋ってそうな勢いだ。
無理もない、動き回る事が出来ないのだから。
「あぁ、僕も、そうですね・・・中々時間が合わなくて最近はご無沙汰ですね。」
「そっかぁ。」
悠理の猫っ毛に日が当たってキラキラしている。
「心、ここにあらずって感じだな。いいよ、もう。仕事戻ってろよ。あたい映画でも見てるし。」
「ちょっと心配な受持ちがいるので、すみませんね、悠理」
「ふ〜ん。清四郎がそんなんなるなんて、余程の患者なんだな」
悠理は何も知らない、が、知らないからこそ事実が突きつけられる。

――僕とした事が。
本当に、こんな調子じゃいけませんね。
「そうですね、心配掛けましたね悠理」
僕はニッコリ笑って席を外す。
317一人迷路:清四郎の場合4:2010/06/09(水) 11:00:50
ドアを閉めた瞬間、溜息が出る。
可憐の笑顔や仕草を思い出す。
恥らうような笑顔、放漫な物言い、強がる姿、全てが愛しい。
僕は可憐を必要としている。
なのに、なぜこんなにも胸が騒ぐのだろう?
野梨子に対する想いは、想いは・・・。
流石にそんな事ばかり考えてる暇もなく午後の僕は慌しく動く。
患者は右から左に流れるようにたくさん来る。
明日の朝一にある手術の打ち合わせ何やら、やる事は際限なくある。
野梨子にばかり、気を配っていられない。

「清四郎、これどうかしら?変?」
試着室から出てきた可憐が僕の目の前にいる。
「似合いますよ、可憐。」
「ん〜。でもこのラインがちょっと気になるなぁ。どうも腰のラインが野暮ったいような気がするんだけど・・・」
パタン、と試着室のドアが閉まる。
僕は手持ち無沙汰で試着室前の椅子で可憐を待つ。
可憐が好む服と野梨子が好む服はまるで正反対だ。
野梨子は体の線が出る服は極端に嫌う。正装にかならず着物を選ぶ。
フ、と野梨子が好んで買っていた匂い袋を思い出す。
いつも決まった店でその季節に合わせて楽しんでいた。
一瞬、野梨子の匂いがしたような気がした。微かな残り香のような。
あの店は京都の、なんと言ったか・・・
名前が思い出せない事実に唖然とする。
「色よりも香こそあはれとおもゆれ誰が袖触れし宿の梅ぞも」の話をして匂い袋の話になったのまでは覚えてるのに。
店員に「ごめんなさい、ちょっとラインがイメージと違って・・・」と言いながら服を返す可憐をぼんやりと見る。
「清四郎、ごめん、待った?やっぱりあのラインがどうしても許せなくて。」
可憐が笑いながら近づいてくる。
安心しきった顔、だ。
「可憐」
「?」
318一人迷路:清四郎の場合5:2010/06/09(水) 11:02:45
「色よりも香こそあはれとおもゆれ誰が袖触れし宿の梅ぞも」
「?え、何?」
「古今和歌集に載っている句ですが、知ってますか?」
「覚えてないわよ、そんなの。習った、とは思うけど。
あ、でも誰が袖ってのは知ってるわ。匂い袋のことでしょ?」
「そうですよ。よく知ってますね」
「野梨子が教えてくれた松樂栄堂の匂い袋は私気に入ってるもの。箪笥の中に入れてるのよ。」
「松樂栄堂、でしたか。」
「それが、何か?」
「いえ、別に。今、ふと思い出した句だったんですよ。」
「変な清四郎」
何もしらない可憐は、何も知らず屈託のない顔で笑う。
いっそ、こうなったら何もかも打ち明けてしまおうか・・・・。
打ち明ける?
何を?
いったい何を打ち明けるというんだ?

「今日は、これから打ち合わせが入ってしまったんですけど・・・」
僕は申し訳なさそうな声で言う。
「え?そっかぁ。仕方ないね、それなら。一緒にいられる、と思って今日は楽しみにしてたんだけどな」
「すみませんね、可憐」
可憐は一瞬、ものすごいさびしそうな顔をして、それから笑顔になって気にしないで、と付け足す。
僕は、一体何をしたいんだ?本当は打ち合わせなんて入ってない。
なのに勝手に口から言葉が出た。
可憐を傷つけたくないはず、なのに。
穏やかな笑みを浮かべてる、今の僕は一体何なんだ?
「いいわよ。仕事なんだもの。そのかわり、誕生日、期待してるからね。」
華やかな笑顔で物分りの良い女、を演じる可憐。
その強がりも、その優しさも、その物分りの良い態度も、今の僕には、辛い。
いっその事、少しは取り乱してくれれば。
何を考えてるんだ僕は。
軽く頭を降る。
319一人迷路:清四郎の場合6:2010/06/09(水) 11:03:30
可憐と別れた後、足が自然に学校に向く。
懐かしい母校。
聖プレジデント学園。
幼稚舎から高校、大学1年までずっと通いつめた学び舎。
野梨子の笑い声が聞こえる気がする。
拗ねた顔、怒った顔、笑顔、泣き顔、澄ました顔。
あのころは、このままずっと続く気がした。
何時か終わりが来ることを知っていたのに。

「野梨子…」
呟きは風に乗って消える。
野梨子に会えばすべて分かる気がした。
とりあえずは、彼女に会おう。
身勝手かもしれないが、彼女に会えばすべて解決できる気がする。
僕が求めてるのは何か、を。
今は、この中途半端な状況で可憐を巻き込めない。
自分が、何一つ大人になっていなかった事を認めるためにも。
全てはそこから、だ。
自分のためにも、可憐のためにも。
そしてこれからのために。
最初の一歩、だ。

――僕は卑怯にも、野梨子が帰ってくる前日になって初めて可憐に連絡をした。
夜勤で、可憐が僕を問い詰めようとしても問い詰められない日を狙ったのは、
自分でもイヤになるくらい姑息で息苦しい気分だった。
320一人迷路:清四郎の場合7:2010/06/09(水) 11:05:45
――成田空港――

到着出口を出てすぐに野梨子は僕に気がついた。
「清四郎、迎えに来てくださったのですね。」
華やかな笑顔を向け、僕に向って歩き出す。
荷物は小さなカバンが一つ。
「おかえりなさい、野梨子。」
僕は微笑んだ。
二人は微笑みを交わす。
清四郎が野梨子を見つめる目は、変わらず優しさと慈愛に満ちている。
そして野梨子が清四郎を見つめる目も同じだ。
唯一つ、何かが欠けていた。
それを僕は気がつかない。
「元気そうですね」
「清四郎も。可憐は元気ですの?」
いきなり可憐の話になり一瞬僕は沈黙した。
「元気ですよ。相変わらず。美童は毎日のように仕事帰りに悠理のところにきてますしね。」
「ジャンから聞いてますわ。あの美童がって苦笑してましたもの。
そうそう、ジャンも皆によろしく伝えてほしいって言ってましたわ」
野梨子はフフフ、と思い出したように小さく笑う。
ジャンも皆によろしく伝えてほしい。
その台詞を心の中で反芻する。
僕の気持ちを読んだのか、野梨子が口を開く。
「私たち、夫婦ではなくなりましたけど、今でも彼は私の良きパートナーなんですのよ。」
わからない、という顔をした僕に野梨子が微笑む。
「私たちは、今でも変わらずお互いを必要としてますし、愛してますわ。
ただ、その愛情の形が変わってしまっただけで。…わかりますかしら?」
少しだけ含みをふくんだ言い方に僕は気がついた。
何かが違う。
それは、結婚するまで自分の家の隣にいた幼馴染の知らない面だ。
321一人迷路:清四郎の場合8:2010/06/09(水) 11:06:43
そして結婚生活によって得られた自信のようなもの、紆余曲折の果て離婚に至ったまでの経験がそうさせてたのだろうか。
昔あった、その頑ななまでの一本気な感じは影をひそめ、柔らかみのある円熟した女性になっていた。

その事実に僕は動揺した。
成田から家までの道のり、会話は依然と変わらず相変わらず知識の幅を感じさせるものだった。
が。
この居心地の悪さは何なのかを考えずにはいられない。
「…清四郎。わたくし、清四郎に言いたいことがありますの。」
その改まった言い方に僕は首をかしげた。
「…高速、おりますか?」
「いいえ、運転していて結構ですわ。」
「…フム…」
少しの沈黙の後に野梨子が言った。
「今日、清四郎が可憐と一緒にきてくれてたのなら、多分私はこの話はしなかったと思いますわ。」
そして。
助手席の野梨子が背筋を伸ばした。
何か、言いづらいことを言うのだろう、少し緊張した感じが伝わる。
「清四郎、私、清四郎を解放してあげますわ。」
突然の野梨子の言葉に僕は一瞬眉をひそめる。
「…解放、とは一体・・・?・・・何を言ってるんですか…?」
「わかってるはずですわ。もちろん、私のお守から。
もう、十分すぎるほど、私と清四郎はお互いを守り、慈しみましたわ。」
僕は野梨子が言うことを察した、が、突然すぎて一言も声が出ない。
「こんなこと言うのは、おこがましいのですけど…私たちの間は、男女とか友情とかを超えたものだと思ってますの。
幼い頃から清四郎が私にとっての男性の基準でしたわ、そしてその期待に清四郎が答えてくれていたのも知ってますわ。」
少しの沈黙のあと、毅然とした声で野梨子は言った。
「私、ジャンに言われましたわ。いい加減に清四郎君を解放してあげなさい、と。」
野梨子が微笑んだ。
「君たちの歪な形の愛は、君たちにしか理解できない、だから…だからそれによって周囲を惑わす、と。」
いったん言葉を区切る。
「だから、清四郎にちゃんと言ってあげなさい、自由にしてあげなさい、と。
そう、言われましたの」
322一人迷路:清四郎の場合9:2010/06/09(水) 11:09:03
僕は黙っていた。
動揺を見せまいと、車は安定したスピードを保ち、能面のような面構えを変えようとはしない。
野梨子も黙る。

どれくらいの沈黙が二人をつつんだのだろうか。
しばらくして僕は口を開いた。
「…言わんとするところは、わかりますよ。野梨子。」
そして一呼吸置くと、僕は静かに言った。
「ありがとうございます、野梨子。
僕は、たぶん、ずっとその言葉を待っていたんだと思いますよ。」
その言葉は、自分でも意外なほどに自分の全ての感情が解き放たれたような声だった。
野梨子は黙って微笑む。
僕も黙って微笑む。
同じような表情で微笑んでるのだろう、とお互いが分かっていた。
「僕は、野梨子が、好きでしたよ。」
「私も、清四郎が、好きでしたわ。」
高速道路の出口に向かうためにハンドルを切る。
「どこで、すれ違ってしまったんでしょうね、僕達は。」
それは、どこまでも答えを求める問いではなく、二人の思いを表す言葉が何一つ見つからずにでた言葉だった。
僕が無言で白鹿邸ではなく違う場所へ向かってるのを野梨子は気がついた。
少しずつ見慣れた景色が出てくる。
それは、二人で通いなれた場所、プレジデント学園。
小さい頃は手をつないで通った。
一体いつから二人は手を繋いで登校しなくなったのだろう?

校門前に車を止めたとき、野梨子が一言だけ言った。
「私たちの、大切な場所、ですわね。」
その言葉を聴いたとき、僕の何かが揺らいだ。
助手席の野梨子を引っ張るように抱きしめた。
野梨子は一瞬の動揺のあと、清四郎の背中に手を回した。
そして、多分初めて聞く野梨子の優しい声音を聞いた。
323一人迷路:清四郎の場合10:2010/06/09(水) 11:11:37
「ありがとう、清四郎。でも、もう、これが最後ですわよ。
清四郎も、自分の気持ちをしっていますでしょ?」
抱きしめながら清四郎が答えた。
「知っていますよ。だから、これが、最後です。」
最後。
そう、最後、だ。
もう、僕が一番に守る女性は、野梨子じゃ、ない。
もう、僕が一番に守る女性は、可憐、なのだ。
ずっと前から気がついてた。ただ、また失うのが怖かったのだ。

――大切な人を、失うのが。

ギュッと最後にもう一度だけ力を込めてからユックリと運転席に座りなおす。
野梨子は艶然とした顔で微笑む。
その口が、その眼が言っている。
早く、可憐に会いに行きなさい、と。
車を発進させ、今度こそ野梨子を白鹿の家に届けた。
家に寄って話でも、という叔父さん叔母さんの声を辞退して僕は踵を返す。
迷いも何もなく。
その足でジュエリー・アキを目指す。
誕生日に、なんてまどろっこしい。急いで家に戻り、僕の机から小さな小箱を取り出す。
今、伝えないと。
何かに急かれたように車を発進させる。
可憐は、何て言うだろうか?
こんな場所で、仕事中なのに、と怒るだろうか。
かまうもんか。
渋滞にはまる車の中で、僕はずっとつぶやいていた。

結婚しよう、可憐、と。

終わり。
324名無し草:2010/06/09(水) 14:05:08
>一人迷路〜
GJでした!
まさか清四郎編が読めるとは思っていなかったので嬉しいです。
可憐編を読んだときは魅野を期待してたのですが、どうやらなさそうですね。
でもハッピーエンドでよかった。可憐編、読み直してきます。
325名無し草:2010/06/10(木) 00:26:19
>一人迷路
野梨子と可憐が、二人とも魅力的で良かったです。
動揺している清四郎も可愛かったw
326名無し草:2010/06/12(土) 23:19:58
ほしゅ
327名無し草:2010/06/16(水) 00:27:29.67
移転保守
328名無し草:2010/06/17(木) 04:54:38.60
ほしゅ
329名無し草:2010/06/19(土) 02:07:46.50
>一人迷路

まさか続きが読めるなんて思いませんでした!
GJ!!
大人になった皆が素敵で、良かったです。
本当に有難うございました。
また素敵な作品を読ませて下さいね!!
330名無し草:2010/06/21(月) 11:51:53
梅雨の話、読みたいな
331名無し草:2010/06/24(木) 12:58:32
ほしゅ
332名無し草:2010/06/28(月) 20:13:41
保守
333名無し草:2010/07/03(土) 09:00:16
誰もいないですな。
334名無し草:2010/07/05(月) 13:40:06
いますよ〜。
335名無し草:2010/07/06(火) 17:48:17
七夕前だというのに、ですが……梅雨話いきます。
野梨子主の、短いお話です。嫌いな方はスルーして下さい。
336真花  1/2:2010/07/06(火) 17:51:37
濃紺と赤の傘がふたつ、いつもの通学路をいつものように家へと辿っている。
「野梨子、女子で気の合う友達は見つかりましたか?」
濃紺の傘の下、清四郎が隣の赤い傘に問いかける。
「いいえ、特に親しくするほどの方はおりませんわ。
 別にそれで支障が出るわけでもありませんし、女子の付き合いって清四郎が
 思い描く数十倍、面倒ですの。」
ツンと澄ました野梨子が答えると、清四郎はやれやれと言わんばかりに横目で赤い傘を見遣った。
少し前から、隣に並ぶ傘を見下ろすようになったと気付き、よく知るこの幼馴染にも、自分以外の
心を開く友人をつくってほしいと願い始めたところだった。

「ああ、黄桜さんはどうです?
 外部からの入学だと新鮮でいいじゃありませんか。」
「あら、清四郎も男ですのね。よくチェックなさってますこと。」
表情は傘が邪魔して見えないが、明らかに面白くなさそうな声が清四郎に向けられた。
「私とはきっと合いませんわ。共通するような話題すら思いつきません。
 黄桜さんはご自身を飾り立てるのがお好きのようですから。
 何だか、紫陽花みたいな人。派手な色をころころ変えて、本当の花の部分は別にあって……」
「紫陽花の、一見(いっけん)花に見える部分はガクですからねぇ。
 そういう野梨子もよくチェックしてるんじゃないですか、黄桜さんを。」
ついつい口の滑った清四郎を、傘を傾けてじろりと睨むと、野梨子は“では御機嫌よう”と言い残して
自邸へと消えていった。
337真花  2/2:2010/07/06(火) 17:55:45
数年後、同じ季節の同じ道に、光沢のある茶色の傘と赤い傘が並んだ。
「この道、紫陽花がよく咲いてるのね。とっても綺麗!」
「今年はよく降りますもの、いつにも増してどの紫陽花もいい色ですのよ。
 可憐はどんな色味の紫陽花が好みですの?」
茶色の傘を少し傾げ、可憐がしばし考え込む。
「そうねぇ〜、一株でいろんな色が混じってるのが好きよ。
 ひとつの色だけじゃつまんないじゃない、色々がいいわ!」

そう聞くと一瞬きょとんとした野梨子は、柔らかく微笑むと答えた。
「可憐らしいですわ。
 色濃く紫陽花が咲き続くのなら、梅雨も悪くありませんわね。」
「褪めちゃうとほんとくたびれた感じがするでしょ?
 綺麗なままがいいわよ、花も、女も!!」
力説する可憐の傘が揺れ、手触りの良さそうな茶色の布から一斉に雫が滴った。
338名無し草:2010/07/06(火) 17:57:41
おしまいです。
特に何もない話で、すみません。
339名無し草:2010/07/06(火) 21:12:11
すいません
「褪めちゃうと・・・。」 ってなんて読めばいいんですか?
340名無し草:2010/07/06(火) 22:26:07
>>339
http://dictionary.goo.ne.jp/leaf/jn/77637/m0u/%E8%A4%AA/
ネットで簡単に調べられるのに。
341名無し草:2010/07/08(木) 14:09:38
>真花
有閑の女の子話が好きなので楽しく読ませて頂きました。
342名無し草:2010/07/14(水) 10:24:44
hosyu
343夢で逢いましょう 蛇足:2010/07/17(土) 17:52:35
保守代わりのプチ清→野です。
「夢で逢いましょう」の巻(文庫版8巻)のラストを片手にお読みください。

野:「そういえばわたくし、昨日夢を見ましたの」
清:「ほう、どんな?」
野:「みんながおじいちゃんとおばあちゃんになって、にっこりお茶を飲んでますのよ」
清:「それはきっと、遠い将来の現実ですよ。
   ……ところで野梨子、その夢の中で、君の隣で笑っているのは、誰でした?」
野:「心理テストですの?悠里と可憐にはさまれて座ってましたけど、それがなにか?」
清:「……いいえ、なんでもないんです」

耳をそばだてて聞いていた可憐たち。小声でひそひそ話し合います。
可:(ばっかねえ!清四郎ったらヘタレなんだから。ちゃんと「それまで僕の隣にいてくださいね」って言わなきゃ、鈍い野梨子には通じないわよ!)
悠:(いやあ野梨子なら、そこまで言っても「菊正宗病院、移転の予定でもありますの?」とか言うよ。あいつら幼稚舎のころからあんななんだから)
魅:(どーでもいいーけどポジティブだよなああの二人。こんな事件だらけの生活してて年寄りになるまで生きる気でいるんだから)
可:(そういう呑気なとこ、お似合いだとは思うんだけどねえ。あれじゃほんとのジジババになるまで進展しないわよ)

野:「みんな、どうしましたのー?この先に吉兆の支店がありますから、お昼にいたしませんことー?」
悠・可・魅:「「「はーい!」」」

今日も平和な有閑倶楽部でありました☆

344名無し草:2010/07/18(日) 20:43:37
>心理テストですの?
の反応に笑えた。野梨子なら言いそう。
そして、可憐たちの反応も的を得ていて最高でした!!
345名無し草:2010/07/18(日) 22:32:39
レスありがとうございます。初カキコなので嬉しいです。


清野が好きすぎて、有閑のどこを読んでも清野妄想が炸裂してしまう今日この頃です。
「薄情女」の作者さまを始め作家の皆さまがた、どうか清野の作品を!!
心からお待ちしています!!
346名無し草:2010/07/24(土) 12:33:30
保守
347名無し草:2010/07/29(木) 22:15:42
保守
348名無し草:2010/08/01(日) 00:27:13
保守
349名無し草:2010/08/02(月) 03:46:03
清四郎と可憐が読みたい。
350名無し草:2010/08/06(金) 17:00:30
保守
351名無し草:2010/08/07(土) 13:17:00
雑誌の特集で読んだんだが、水木茂先生はラバウルに行ってられたんだね

万作さんってあのくらいの年齢なのか
352名無し草:2010/08/08(日) 21:52:50
その雑誌とはもしや芸術新潮では??
353名無し草:2010/08/09(月) 15:06:40
そう
清四郎や野梨子が読んでそうな、その雑誌
354名無し草:2010/08/09(月) 20:55:06
清×野が好きというわけではないですが、好きな特集のある時は買います→芸術新潮(笑)
355名無し草:2010/08/09(月) 23:58:45
御大も朝ドラになる日が来るのかな…
356名無し草:2010/08/12(木) 15:28:53
そろそろお盆だから悠理は海外行く頃だね
357名無し草:2010/08/12(木) 17:53:27
もちろん、みんな連れていかれる(ついていく)んですね
358名無し草:2010/08/17(火) 16:27:32
もっと海外話、読みたかったな
最後のほうはスケールがちっさくなっちゃったからなー
359名無し草:2010/08/18(水) 14:21:18
米寿パーティーをするだがや
360名無し草:2010/08/18(水) 17:12:01
そういえば清四郎ママの家柄や肩書についての記述がないね
可憐パパもどんな人だったんだろ
361名無し草:2010/08/21(土) 00:58:13
ハンサムそうだよね>可憐パパ
色素が薄そうな髪の色はパパ譲りかな
可憐はママにも似てるけど、パパの方がより似ていそうな気がする
362名無し草:2010/08/25(水) 22:43:56
保守
363名無し草:2010/08/26(木) 20:20:26
美童にそっくりなドールを見つけてしまった。
他キャラに似たのもないかなぁ。
ttp://www.dollmore.co.kr/shop/step1.php?number=3794
ttp://www.dollmore.co.kr/goods/images/20070922044314m.jpg
364カローラUに乗って(1):2010/08/29(日) 21:03:20
(短編、清野です。苦手な方はスルーしてください)

そのCMが流れたのは、梅雨の終わりのことだった。

「野梨子さんちは、お茶の先生。跡取り娘の野梨子さんは、今日も『りぼん』と一緒に修行中です」
アナウンスとともに、見慣れた白鹿家の正門の前に、流れるような動きでパールホワイトの軽乗用車『りぼん』が乗り付ける。
ここで車内にカメラが移る。
華やかな着物の裾から白い足袋を履いた足がちらりとのぞき、きゅ、とブレーキを踏みしめる。
そして茶道具らしい包みをもった野梨子が、裾捌きも慎ましく、車内から降りてくる。
ここで野梨子の母たる家元のコメント。
「18歳の記念に、主人とわたくしからプレゼントしましたのよ。野梨子さんには、これから一人でお稽古に出かけてもらうことも増えますからね」
続いて土塀と紫陽花に囲まれた石畳の路地を、由緒ありげなお寺に向かって『りぼん』がなめらかに走っていくシーン。
運転席の野梨子は余裕の笑顔で、しかし車体はあふれんばかりに路上に咲いた紫陽花にかすりもしない。
「コンパクトな車体で、狭い裏道もら〜くらく」
 続いて着物の袖をからげた野梨子が、お弟子さんたちと一緒に値打ち物らしい箱書きのついた茶道具をトランクに丁寧に積んでいく。
「新設計で、大事なお道具もたっぷり収納」
アナウンスに続いて、
「日本舞踊の大きなお衣装も、これなら一人で運べますわね。『りぼん』、大好きですわ!」
と嬉しそうな野梨子のつぶやき。
 最後に清洲画伯が顔を出して、
「野梨子、今度父さまもスケッチ旅行に乗せてってくれよなー!」
と言って、嵯峨野のような竹林を『りぼん』が走っていくカットでCMは終わる。
365カローラUに乗って(2):2010/08/29(日) 21:04:37
このCMはいたるところで反響を呼んだ。
まずは2ちゃんねる。
和服美少女、キタ━━━ヽ(゚∀゚)ノ━━━━!!!!
積水ハ○スの白鳥麗子以来のヒットじゃね?
もれも踏まれたいww
てか、最後のオサーン白鹿清…洲…?

続いて聖プレシデント学院。
「白鹿さん!!なにも国産の軽自動車なんて乗らなくても、僕がどんな車でもプレゼントしたのに!!」

「ご自分で自動車を運転されるなんて、すごいですわ、白鹿さま。わたくし恐ろしくて、想像もできませんわ」
366カローラUに乗って(3):2010/08/29(日) 21:05:27
最後に有閑倶楽部。
「へえ〜、野梨子ったらこの頃付き合い悪いと思ったら、CMなんか撮ってたのね。教えてくれたら友情出演してあげたのに、ずるいわあ!」
「ごめんなさい可憐。『娘が初めて乗る車』がCMのコンセプトで、家族での出演が監督さんのご意思でしたの」
「白鹿家総出演、てのが豪華なんだか質素なんだかよくわかんないよな。そりゃ野梨子んとこは名家だけど、ほかの俳優とか一切出てねーし」
「ええ。ここだけのお話にしてほしいのですけど、あちらの会社、少し経営が苦しいらしいんですの。それで社長さんの旧友である父さまに、低コストでも、アットホームなCMを、とお話がきましたの」
「なるほどな〜。ぶっちゃけ、ギャラってどんくらい貰えんの?」
「今回は、CMに使った『りぼん』一台とわたくしの自動車の教習所代金ですわ」
「えー!?安すぎよお!あわせて100万もしないじゃない!」
「ていうか野梨子、免許とったのか!?あのCMも差し替えじゃなくて!?嘘だろおい、どうみても美童より巧かったぜあの運転!」
「無謀だよな〜!おまえ止めなかったのかよ、過保護の『清四郎ちゃん』?」
367カローラUに乗って(4):2010/08/29(日) 21:08:27
無邪気に揶揄する友人たちの声を、清四郎は半ば茫然と聞いていた。
 知らなかった。
 野梨子がCMに出ていたことも。
免許を取ったことも。
自分より先に自動車を手に入れていたことも、なにもかも……。
「あら悠里。わたくしが免許を取るのがどうしてそんなに無謀ですの?
運転には確かに運動神経も必要ですけれど、法定速度内で走るのであれば、知識とある程度の空間把握能力があれば十分ですのよ」
「でもやっぱりあんたって運転席が似合わない女だと思うわ。ウンチは勿論だけど、折角そんな綺麗に生まれたんだもの。
やっぱり女はブレーキなんか踏めないくらいのピンヒールを履いて、男にエスコートされながら宝石みたいに助手席におさまるのがステイタスなのよ」
「可憐には、たしかにそういう煌びやかな『自動車』が似合いますわね。でもわたくしは、なんていうか……、
好きな時に好きな本を自分の車で買いに行けるような、ちょっとした自由がほしかったのですわ」
「車という自由、か。なるほどな、お前さんらしいよ。」
友人たちの会話も、清四郎の耳には半分も届かなかった。
好きな本を、好きな時に買える自由? 書店なら、自分と毎日行き来している通学路に2つもあるではないか。
もちろん清四郎だって、野梨子がそんな直接的な意味で言っているのではないことくらいわかる。
だが、いまみたいに仲間たちとはしゃぎころげる季節が過ぎて、その次に野梨子が何処かに行きたいと望むときが来るのなら、
そのときは自分が彼女を連れて行ってやるのだと思っていた。車に乗ってでも、どんな手を使っても。
なのに野梨子は清四郎の知らないうちに、小さな翼を自分で手に入れていた……。
368カローラUに乗って(5):2010/08/29(日) 21:10:42
「ねえ、清四郎。野梨子って本当にウンチなのかな」
 ほかの四人には聞こえないくらいの小さな声で、美童が清四郎に囁いた。清四郎は意味が分からず美童を振り返った。
ラムネ玉の瞳が、チェシャ猫のように細められている。
「だって野梨子って日本舞踊、免許皆伝の腕前なんだろ?あんな重い衣装着る、あんなテンポ取りにくいダンスって、世界でも珍しいと思うけどな。
幼稚舎のころは悠里と対等に喧嘩してたっていうし。今度の運転だってそうだよ。けっこう運動神経、あるんじゃないかな」
「……野梨子の体育の成績は知っているでしょう」
「悪い魔法使いに呪いをかけられていたんじゃない?」
「呪、い?」
「そうだよ。『野梨子はウンチなんだから』『僕がいないと、駄目なんだから』」
「僕はそんな……」
 そんな覚えはない、と胸を張って言えるか?ならばこの寂寥感はなんだ?たかが免許を取られただけで。
「君のお姫様はとびきりチャーミングだよ。素直に向き合わないと、あっという間に王子様にさらわれていっちゃうよ」
369カローラUに乗って(6):2010/08/29(日) 21:12:10
言っている端から魅録の弾むような声がする。
「おれ、野梨子の運転乗ってみたいよ。週末どっか行かねえ?」
いやだ、と思った。野梨子、行かないでくれ。
「ごめんなさい魅録。先約がありますの」
助かった。だが、先約とはだれだ?倶楽部の連中ではない。清洲画伯か?お茶の稽古か?それともCM撮影で知り合った誰かか?
あの若手の監督は、野梨子のCMをそれはそれはうつくしく撮った。野梨子の下駄箱は、ラブレターで蓋が閉まらなくなった。ああ、美童の言うとおりだ。僕はこんなにも野梨子を閉じ込めておきたがっている。
 「清四郎?」
と、それなのに野梨子は、あく迄も無邪気に彼の顔を覗き込むのだ。「どうなさったの?そんな難しいお顔をして」
その顔があんまり可愛いから、清四郎は何も言えなくなってしまうのだ。
「なんでもありませんよ。週末の試合のことでちょっと考えていただけです」
苦し紛れの言い訳をしぼりだす。
「あー、知ってるじょ!群馬で高校空手の全国大会だろ。神泉高校の主将がけっこー強くってさあ」
「なんだよ、清四郎が手こずる程の相手なのかよ」
気のいい友人たちにはあっさり釣られてくれた。
370カローラUに乗って(7):2010/08/29(日) 21:14:49
だが、肝心の野梨子だけは、含みのある目つきでじっと清四郎を見つめてくる。
「強敵、なんですの?」
「まあね。彼の師匠が雲海和尚の兄弟子に当たるかたでして」
「緊張、してますの?」
「そりゃあね。聖プレシデントだけじゃなく、東村寺の名誉にも関わる試合ですから」
なんでそんなにしつこく絡むんですか、と思わずキレかけた途端に、野梨子がにやっと笑った。
「大丈夫ですわよ清四郎。ぜったい勝たずにはいられない状況を整えて差し上げましたわ」
「へ?」
なんのことだ?こっちは野梨子のドライブ相手が気になって試合どころじゃないのだが。
「菊正宗のおばさまがね、『清四郎は中学に上がったころから恥ずかしがって試合の応援に呼んでくれなくなった』って嘆いていらっしゃいましたのよ。
それで和子さんが『あいつは親の有難味がわかってない。誰のおかげで武道だ試合だって浮かれて暮せると思ってんだか』と怒ってしまわれて。
わたくしもなんだかおばさまがお気の毒になってしまって、それで三人で約束をいたしましたの。
この週末の試合、おばさまの六年分の気持ちを晴らすくらいの盛大な応援をいたしましょうって」
「……へ?」
「びっくりしますわよ!わたくしたちね、少しずつ応援グッズを作って『りぼん』のトランクに積み込んでますの。
『めざせ清四郎、日本一!』の横断幕でしょ、勝った時用のくす玉でしょ、和子さんがブブゼラ?も買ってくださいましたし、当日は早起きして五段のお重箱にお弁当を作りますわ!」
「へ……?」
つまり野梨子の先約とは、自分の応援のことだったのか。
 いたずらの成功した子供のようなくりくりした瞳が可愛くて。
 飛んで行ってしまったと思ったのに、ちゃんと自分のことを思ってくれていたのが嬉しくて。
 ああ、もう、めちゃくちゃに抱きしめてしまいたい……!
「横断幕にお弁当って……。野梨子、君は神聖な武道の試合を小学生の運動会と勘違いしているのではありませんか?」
せいいっぱい渋い顔を作ってみせるが、口もとが緩むのを抑えきれない。
「神聖だからこそ、わたくしもおばさまも応援に行きたいんじゃありませんの」
ぷう、とふくれた頬さえ愛しい。
371カローラUに乗って(8):2010/08/29(日) 21:16:17
「あらあ面白そうねえ!あたしも応援行くわ。野梨子、チアしましょ、チア」
「悠里、俺らもダチ連れていくか」
「いいけど、あたいはチアガールなんていやだじょ。みんなで学ラン着てさ、『男塾』っぽく攻めよーよ!」
閑人どもが騒ぎだす。
 美童がやにさがった自分に呆れた視線をよこしているのを感じて、清四郎はこほんと一つ咳をした。
(わかってますよ。野梨子がいつまでもこのままでいてくれるわけじゃないことくらい。
それに、振り回されっぱなしっていうのは、僕の趣味じゃない)
野梨子の背後に立ち、しかめつらしく言ってやる。
「どうしてくれるんですか。ブブゼラにチアガールに男塾。このままじゃ、今年のプレシデントの応援席は、末代までの語り草ですよ」
「あ、あら、わたくし皆さんがこんなに盛り上がるなんて思わなくて……」
「責任を取ってくださいよ」
「え?」
「ドライブ。僕が優勝したらご褒美にドライブに連れてってください。野梨子の車で。二人っきりで」
「え……!?」
最後の台詞は息が吹きかかるくらい近づいて、耳もとで囁いてやった。甘い声に、野梨子の頬がぼっと火をふいた。「清四郎、それってどういう……!」
 裏返った声。完全に攻守逆転だ。ひゅう、と小さく美童が口笛を吹く。
「さてね。では僕は道場に修行に行ってきます。せっかくの皆の応援を裏切るわけにはいきませんからね。野梨子も運転の練習、頼みますよ」

 野梨子が免許を取った。CMに出て、車をもらった。
 僕たちは、これからも変わり続けていくだろう。
 でも僕は、ぜったいに野梨子のそばから離れない――。
 誓って清四郎は、生徒会室を後にした。
  
    完
372名無し草:2010/08/29(日) 22:40:21
久しぶりの投下♪
美童の観察眼はさすがですね。
珍しく清四郎がやりこめられていて、面白かったです。
まずは2ちゃんねるにも笑いましたw
373名無し草:2010/08/30(月) 11:41:18
>カローラUに乗って
GJでした!
ほんと、久々の作品投下、嬉しいよぉ…
まさか野梨子が免許を取ったとは、一体いくらかかったんだろうw
二人の初ドライブデートってどんなかんじなのか妄想が膨らんでます
またなにか思いついたらぜひお願いします
374名無し草:2010/09/02(木) 02:08:39
>カローラUに乗って
有難うございます。続きが」ありましたらぜひ!
375名無し草:2010/09/02(木) 19:16:16
>カローラUに乗って
久しぶりに覗いたら、短編がきていて嬉しいです
テンポも良くて、小ネタがあちこちに散りばめられていて面白かったです
その後のドライブデート、わたしも気になりました
たぶん他のメンバーが、魅録の車かなんかで尾行してそうw
続編等また思いついたら、うpしてくださいね。楽しみにしています
376名無し草:2010/09/03(金) 08:52:16
>カローラUに乗って

乙でした。「閑人ども」とか、有閑ならでは描写にニヤリとしてしまいました。

ただ気になる点が一つだけ。
白鳥麗子は積水ハウスではなく、三井のリハウスです
。細かい指摘ごめんなさい。
377名無し草
「カローラUに乗って」を書いたものです。
皆さま読んでくださってありがとうございました。
三井のリハウスでしたか。てきとうなことを書いてすいません。
ご指摘、ありがとうございました。

とりあえず清四郎は全試合瞬殺で勝ち進んで、
「なによ応援のし甲斐のないやつね!」と和子さんに怒られたり、
「ご褒美って、わたくしとんでもない約束をしてしまったのかしら……」と野利子さんを青くさせたりしたと思います。