小説 R−17(娘。version)

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1S.S
意外とキャストが娘。たちにハマリます。
元ネタはあるんであしからず。
2Karte1:2001/07/13(金) 01:52 ID://ORDg2M
新学期の始まりを1週間後に控えた、さわやかな春の朝、ひとりの少女が屋上から身を投げた。
陽光ゆらめく川沿いの土手を、少女は颯爽と自転車で駆け抜けた。
ウォークマンから流れる流行りのメロディーが、彼女の表情を華やかにしている。
その笑顔は、これから始まる楽しい1日の予感に胸を弾ませているようにも見えた。
少女は通いなれた学校の駐車場に自転車を止めると、まっすぐに屋上へと向かった。
扉を開けると、まぶしいほどの朝の光に目がくらむ。
今日はとっても天気がいい。
さんさんと降り注ぐ太陽の光は、どこまでもやさしく、心地よく、自分だけを照らしてくれているような気がした。
誰もいない屋上でひとり笑顔を浮かべ、まるで仲のいい友達のそばにでも駆け寄るように、ためらいもなく歩みだす。
そしてそのまま、青い空に吸い込まれるように、少女の身体は宙に舞った。
ドスンという鈍い音とともに、色とりどりの花々が整然と並ぶ花壇の中で、少女はまるで素敵な夢を見ながら眠っているように横たわっていた。
しかし、そのみずみずしい肢体はすぐに硬直し、二度と動くことはなかった。
3名無し娘。:2001/07/13(金) 01:52 ID:36t8o7qA
お!期待してます!
4Karte1:2001/07/13(金) 01:52 ID://ORDg2M
信号が青に変わると同時に、一斉に流れ出す人の群れ。
行き交う人々など見向きもせずに、真希はいつもの渋谷のスクランブル交差点を、携帯電話を片手に歩いていた。
「日航ジャンボ機墜落?阪神優勝?知らない、そんなの」
登校途中はこうしていつも誰かと話している。
そうしないと真希は、毎日変わらないその光景に、やりきれない気持ちになる。
後藤真希、もうすぐ16歳。
スカートを膝上までたくし上げ、どんな時も携帯を離さない今時の女子高生だ。
すらりと伸びた細い四肢と、整った顔立ちは街中でもひときわ輝いている。
ただ、その大人びた輝きを秘めた黒い瞳はどこか、ガラスのような冷たさがあった。
「ああ、あたしの生まれた年。・・・・だから?あ、ねえ、知ってる?2070年にさ、大きな惑星が地球にぶつかるかも知れないんだって」
点滅を始める信号を気にもせずに、真希はまだ話し続けている。
「90近くのおばあちゃんになって地球滅亡だなんて、なんかバカみたい」
あの角を曲がれば、真希が通っている朝日女子学院だ。
「自殺?したい人は勝手にすればいいんじゃない。あたしには関係ない」
真希は下駄箱で靴を履き替え、ゆっくりと教室へ向かっていった。
5Karte1:2001/07/13(金) 01:53 ID://ORDg2M
校内のテニスコートでは、インターハイを控えた部員たちがサーブの練習をしていた。
その中に、ひときわ優美なフォームでラケットを振る少女がいる。
石川梨華、テニス部の部長であり、エースである。
部員の間を歩き回りながら、大声を張り上げているのは、テニス部顧問の田中義剛。
身体にフィットした真っ青なジャージ姿と鋭い目つきが、いかにも保健体育教師らしい。
テニスの指導力には高い評価を得ており、学校からの信頼も厚い。
彼の指導を受けたくてこの学校に入学してくる生徒も少なくないほどだ。
「石川!おい、ちょっと来い」
サーブを返すのに疲れはて、ついレシーブミスをしてしまった梨華に田中の罵声が飛んだ。
「はい!」
梨華は手を止め、素早くコーチのもとに駆け寄っていく。
6Karte1:2001/07/13(金) 01:54 ID://ORDg2M
「アップが足りないんじゃないか?それに少し硬いぞ。ストレッチ!」
「はい!」
コートの脇に座り込み、梨華はいつものように開脚のスタイルになった。
あのおぞましい瞬間の訪れを予感し、胸がざわめく。
田中は梨華の柔軟体操をサポートするように後ろから身体を押し始めた。
「まだまだ、息吐いてー、吐いてー。もう1回」
次第に田中の手が、汗で透けた梨華のブラジャーの線をなぞるように背中の上をなで回す。
まただ。
そう思いながら梨華は、ぐっと奥歯をかみしめた。
やがて田中の手は、大きく開かれた梨華の両脚へと移動した。
梨華に覆い被さるように背後から身体を密着させながら、膝から太ももの付け根のほうへと伸びていく。
両脚をさらに押し広げるように、しっかりと太ももをつかむ大きな手。
激しい嫌悪感を覚えながらも、梨華はまったく抵抗できなかった。
7Karte1:2001/07/13(金) 01:55 ID://ORDg2M
「今度の大会で勝とうって意気込みがあるのか、お前には」
「あります!」
「なら、もっと気合入れろ」
「はい!」
執拗なセクハラと身体の痛さに耐えながら、梨華の表情はさらに堅くなり、額からは汗が滴り落ちていた。
やめて!と大声を出し、その手を振り払いたい。
しかしそう思うたび、自分のテニスに期待を寄せる両親、親戚、部員たちの顔がちらつく。
インターハイが終わるまでの我慢だ、そう言い聞かせて梨華は言葉を飲み込んだ。
周囲で練習を続ける部員たちは、明らかに白けきった雰囲気で、さりげなく2人を観察している。
内心はこのスケベオヤジ!とさげすんでいても、学院内で強大な権力を持つ田中に対して真っ向から反抗する勇気のある者はいない。
また同時に、いつもいつも特別扱いされるエースの梨華に対するねたみもあった。
コーチの期待を一身に背負う梨華。
どうせ私たちなんて、いてもいなくてもいいんじゃないの、そんなゆがんだ気持ちが日に日に募っていくのだった。
しかし田中にとってはそんな部員の気持ちなどどこ吹く風。
ただ自分の信ずるがままに、梨華を特訓し続けた。
8Karte1:2001/07/13(金) 01:55 ID://ORDg2M
うららかな春の空を、つがいのカモメがゆったりと滑空している。
その様子を眺めながら圭織は、まるでそこにある空気を全部吸い込んでしまうかのようにたっぷりと深呼吸をした。
晴れた春の日の青空はどうしてこんなにも人を穏やかにさせるのだろう。
太陽のまぶしさに目を細め、かすかなそよ風を感じながら、窓の外に半身を乗り出して大きく両手を伸ばしてみる。
と、その瞬間、圭織は背後から誰かに身体をつかまれ、引き倒された。
2人の身体が廊下に投げ出される。
「あ、すみません!」
白衣を身につけたメンタルクリニックのスタッフのひとり、前田だ。
「人違いです。ホント、すいませんでした。てっきり自殺しそうなクライアントかと・・・・大丈夫ですか」
そう言いながら、圭織の身体をゆっくりと引き起こす。
「はい・・・・。大丈夫ですかって」
前田は、謝罪して立ち去ろうとしたが、急に思い出したように「もしかして、飯田さん?」と声をかけた。
「あ、はい」
「五木先生が探してましたけど」
9Karte1:2001/07/13(金) 01:56 ID://ORDg2M
大学で心理学を専攻しカウンセラーを志望していた飯田圭織は、卒業後このメンタルクリニックに身を置き、さまざまな研修を積んできた。
そしてこの春、念願のスクールカウンセラーとして朝日女子学院に赴任することとなった。
今日はこのクリニックへ、最後の挨拶に訪れていたのだ。
院長の五木ひろしが笑顔で圭織を迎え入れ、椅子を勧めた。
「明日からだって?」
「もう、どこもダメかと思ってました」
「年々、スクールカウンセラーの需要は高まってるから」
「ホントは小学校を希望してたんですけどね」
そう言いながらも、明日からの新しい仕事を思うと胸が弾む。
そんな圭織の隣室では、ひとりの女性がカウンセリングの真っ最中だった。
その会話が、この院長室にも漏れてくる。
「デリバリーピザのバイクが3台・・・・」
稲葉が部屋の一郭のカーテンを開くと、小さなガラス窓が現れた。
それはマジックミラーになっていて、隣室からはこちらが見えない仕組みになっている。
30がらみのクライアントの女性は、鏡の正面に立って落ち着かない様子でしゃべり続けている。
明るめの茶色の髪の毛、たばこをふかしている艶やかな唇、カウンセラーに注がれる眼差しは、どこか威圧的であり、けだるそうでもある。
その会話を聞きながら、圭織はそのクライアントから目が離せなくなっていた。
10Karte1:2001/07/13(金) 01:57 ID://ORDg2M
「ある住宅街を、同じ方向に並んで走っている、デリバリーピザのバイクが3台や。さあ、その理由として1番説得力があるのは?」
片ひじを立てながら、彼女は脅すように、まだ未熟そうな若い男性カウンセラーに詰め寄る。
「どこかの家がたくさん注文したんでしょう」
「1度にバイクが3台分もピザを注文する家がある?1台で5〜6枚は運べんやで、あれ」
「じゃあ、たまたま同じ方向の別々の家から注文が重なった」
「偶然同じ時間に?偶然同じ地域の3軒の家から?そんなの絶対にありえへん」
要領を得ない回答に、彼女の苛立ちが強まる。
カウンセラーはもうお手上げ状態といった様子で言葉を詰まらせた。
「3台とも店に帰る途中だったとか・・・・」
圭織が思わず口を挟んでしまった。
その声に反応したのか、クライアントはまるでこちらの様子が見えているかのようにマジックミラーをにらみつけた。
「そんなん説得力に欠けるわ」
憤然とそう言い捨てると、もうその話題には興味を無くしたように、再びカウンセラーにしゃべり始めた。
11Karte1:2001/07/13(金) 01:57 ID://ORDg2M
「ところであんた、少年法についてどう思う?改正されたやん。14でも刑事罰の対象にするって。それで少年犯罪ってなくせるか?」
女性の鋭い視線にたじろぎ、自分の軽々しい言動を悔いながら完全に固まっている圭織の手元に、五木はそっとカルテを差し出した。
「中澤裕子・・・・朝日女子学院」
「そこの教師だって」
「・・・・私の採用された高校です」
目の前にいるつかみどころのないこの女性が、これから自分が赴任する高校の教師だと知り、圭織は漠然とした不安を抱いた。
彼女が教壇に立っている姿、女子高生たちに語りかけている姿が圭織にはどうしても想像できない。
今まで描いていた赴任校へのイメージが、バラバラと音をたてて崩れていく思いだった。
「わかってると思うけど、君には立場上、守秘義務がある。学校で彼女にあっても、今日ここで見たことは・・・・」
五木の言葉に、圭織は真剣な表情でうなずいた。
隣室ではすでに何事もなかったように、相変わらず噛み合わない会話が続いている。
12Karte1:2001/07/13(金) 01:58 ID://ORDg2M
「それより中澤さん、最近どんな夢見ました?」
カウンセラーの唐突な質問に、裕子の顔色が変わる。
「バカヤロ、自分の都合で話題を変えたら・・・・」
五木がつぶやいたが、すでにあとの祭りだ。
「あんなあ、あんたカウンセラーなんやろ?だったらもっと人を気分よくさせてくれるもんちゃうん?なんかこっちはさっきからずっと話してて、
イライラしてくるばっかなんやけど。それっておかしくない?なあ」
裕子は興奮した様子でテーブルの上にタバコを押しつけた。
カウンセラーが取り上げると、いらだたしげに立ち上がり、
「あんた、ウチのこと馬鹿にしてるやろ!そうやろ」
と叫びながら、ずかずかとマジックミラーのほうへ歩み寄り、いよいよ抑えきれなくなった怒りの矛先を、見えない隣室にまでぶちまけた。
「そっちもいい気になって高みの見物してんじゃないでっ!」
裕子は近くのものをつかみ、鏡に向かって力まかせに投げつけた。
その瞬間、マジックミラーは見事に砕け散り、圭織と裕子の視線が初めてひとつに重なった。
2人を隔てていた鏡がなくなると、その距離は思いのほか近く、真正面で対峙する格好になる。
圭織はあっけに取られ、ただ呆然と裕子の顔を見つめるしかなかった。
手の甲にはガラス片のかすり傷ができ、うっすらと血がにじんでいる。
思わぬ展開にさすがの裕子も言葉を失い、狼狽した表情で圭織を見返した。
13Karte1:2001/07/13(金) 01:59 ID://ORDg2M
「・・・・何様のつもりや」
やっとの思いでそんな捨て台詞を絞り出し、裕子は一目散にその部屋から逃げ出してしまった。
カウンセラーとして、ろくに修羅場も踏んだことのない圭織にとってそれは衝撃的な体験だった。
もし自分だったら、彼女に対してどんなケアができただろう。
しかも明日からはたったひとり、誰にも頼らずに多くの生徒たちをサポートしていかなくてはならない。
そう思うとさっきまでのワクワクした気持ちは消え失せ、言いようのない不安と緊張がふつふつと湧き上がってきた。
14Karte1:2001/07/13(金) 01:59 ID://ORDg2M
朝日女子学院は、圭織のアパートからバスで15分の場所にあった。
通学途中のバスの車内は、同じ制服に身を包んだ女子高生たちでごった返している。
彼女たちの楽しげな会話や笑い声、携帯電話の音などが充満し、華やいだ雰囲気に包まれていた。
圭織は、生徒達の姿に初々しさを感じながら、昨日のことをぼんやりと考えた。
「デリバリーピザのバイクが3台・・・・同じ方向・・・・同じ時間・・・・」
その時、急に圭織のお腹に激痛が走った
過敏性腸症候群・・・・・・新しい環境や極度の緊張を体験すると、突然激しい腹痛を覚えトイレに行きたくなる、圭織の持病である。
すっかり慣れた痛みだが、とても我慢できるものではない。
圭織は慌てて人の波をかきわけ、窓枠の停車ボタンを押した。
下車するとすぐに近くのコンビニに駆け込む。
「すいません、トイレお借りできますか?」
そう言ってトイレの扉を開けようとしたその瞬間、朝女の制服に身を包んだ女子高生が中から飛び出してきた。
テニス部部長の石川梨華だ。
その衝撃で梨華は、キラリと光る小さな物体を床に落としてしまった。
しかし素早くそれを拾い上げポケットに押し込むと、そのまま逃げるように走り去った。
圭織は梨華の暗い表情と彼女が落とした物体が無性に気になったが、腹痛には勝てずに個室に飛び込んだ。
15Karte1:2001/07/13(金) 02:00 ID://ORDg2M
面接などで何度も訪れてはいたが、今日の学院にはこれまでとは違った印象がある。
たくさんの女子高生達が続々と集まってくる朝の登校風景は、とてもすがすがしく、活気に溢れていた。
ただひとつ圭織が違和感を覚えたのは、竹刀を手にした男性教師による校門前での持ち物検査だった。
「放課後、職員室まで取りに来ること。反省文、原稿用紙3枚持参!・・・・あ、ちょっとお宅は」
学生たちにまぎれながら、そそくさと校門をくぐろうとする圭織を呼び止めたのは、あのテニス部のコーチ、田中だった。
威圧的な目つきで圭織を見据えている。
「え?あ、今日からこちらに赴任します、飯田圭織です。私、スクールカウンセラーです」
その言葉に、生徒たちの視線が一斉に圭織へと集まる。
「ああ、聞いてます、どうも。保健体育の田中です」
「よろしくお願いします」
挨拶を済ませて、その場を離れようとする圭織を、田中が呼び止めた。
「教職員じゃないですよね、スクールカウンセラーさんは」
「はあ・・・・」
「教職員以外の者は、校内に立ち入る際に持ち物チェックをするのが決まりですから。じゃ、失礼」
承諾を待つこともなく、田中は圭織の荷物を勝手に取り上げ、中を調べ始めた。
資料や書籍類がぎっしり詰まったかばんには、さっき立ち寄ったコンビニで買った数冊のレディースコミックも入っている。
16Karte1:2001/07/13(金) 02:01 ID://ORDg2M
「なんですか、これは」
「レディコミですけど・・・・」
「見ればわかります」
田中のいぶかしげな目つきに圭織は慌てて釈明を始めた。
「あ、これ、最近、女子高生の間ではよく読まれてるみたいで、・・・・どういうことに興味があるんだろうかとか、研究資料として」
田中がぱらぱらとページをめくると、過激なセックスシーンが次々と飛び出してくる。
「・・・・預かります」
田中の毅然とした物言いに、圭織はうつむき加減に「はい」と答えるしかない。
「あっ、パンだけは返していただけますか」
恥ずかしさに耐えながら、昼食用に買っておいたパンだけは何とか奪還し、登校時間を告げるチャイムとともに圭織は校内に向かって駆け出した。
17Karte1:2001/07/13(金) 02:01 ID://ORDg2M
新学期がスタートするこの日は、体育館で全校集会が行われる。
横並びに置かれた教員用のパイプ椅子の1番端に、お腹を押さえながら緊張ぎみに圭織が座っていた。
高等部長の都築が挨拶を続ける中、生徒たちの私語は一向に治まらず、会場は騒然としている。
「ええ、今日は、皆さんに紹介しておきたい方がおります。掲示板でもすでにお伝えはしておりましたが、このたび我が校にもスクールカウンセラーの先生に常駐していただくことになりました」
圭織は腹痛に耐えられなくなり、冷や汗をかきながら、隣の田中に耳打ちした。
「・・・・すみません。あの・・・・おトイレは」
「シーッ」
「ええ、では、飯田先生。ひと言ご挨拶を」
「・・・・え」
田中に無視され、圭織はとうとう壇上の都築に呼ばれてしまった。
仕方なく挨拶のために壇上に向かうが、極度の緊張と腹痛で頭の中は真っ白だ。
片手にハンカチを握りしめ、なんとか笑顔を取り繕い声を絞り出した。
「あ・・・・飯田です。飯田圭織と言います。土2つの圭に、織り姫の織って書いて、かおりです」
18Karte1:2001/07/13(金) 02:02 ID://ORDg2M
その頃正門では、猛スピードでやってきた黒塗りの高級車がキキーッと音をたてて止まった。
中から現れたのは、何やら携帯電話でせわしなく会話を続けるビジネスマン風の男。
パリッとしたスーツに身を包み、頭髪は少し薄くなりかけているが、メガネの奥から狡猾そうな瞳がのぞいている。
「私は先方の企業努力の成果を報告しろと言ったはずです・・・・、それは仮の話だ!」
教育者のイメージとはほど遠いこの男こそ、朝日女子学院の理事長、山崎直樹だった。
精力的な実業家タイプで、社会人としての体裁を何よりも優先させる人物として知られている。
山崎は運転手に向かって「45分で戻る」と言い残し、すたすたと校内に向かって歩き出した。
出迎えの教頭、高畑秀太が異常なまでの低姿勢で挨拶を始めた。
「ああ、どうも、理事長。お待ち申し上げておりました」
そんな教頭には目もくれず、直樹は足早に歩きながら、なおも携帯電話の相手と会話を続けていた。
「気持ちなんかどうでもいい、私は結果にしか興味はない」
山崎と高畑が体育館に到着した時、全体集会はちょうど圭織の挨拶が始まったところだった。
19Karte1:2001/07/13(金) 02:02 ID://ORDg2M
「あの・・・・大学では心理学を専攻してまして、いろいろ試験とか受けて・・・・今日からこちらの高校でスクールカウンセラーをさせていただくとに・・・・」
再び襲ってくる腹痛に、圭織は顔を強張らせる。
数人の生徒たちがそんな圭織に気付いて失笑し始めた。
教師のひとりが、圭織を見兼ねて壇上へと上がってくる。
生徒の間で絶大な人気を誇る寺田光男だ。
「スクールカウンセラー言うても、おまえらはあまりようわからへんやろ」
寺田が話し始めたとたん、生徒たちの私語がやみ、壇上に視線が集まった。
見た目は遊び人ぽいが柔らかな物腰、フランクな性格、生徒の能力を伸ばしてきた実績で生徒や父母から一目置かれている。
「スクールカウンセラーは教師やない。教師やない立場から、おまえら生徒の、言わば心の援助をしてくれる人や」
「寺田先生、エンジョしてー!」
生徒の黄色い叫び声に会場は沸き、再び私語の波が押し寄せてくる。
20Karte1:2001/07/13(金) 02:03 ID://ORDg2M
「静かにしなさい!」
田中の一喝で大半の生徒は静かになったが、一部にまだおしゃべりを続ける者がいた。
寺田の困った表情に、思わず圭織はマイクに向かった。
「あの、すいません・・・・、あいぼん、あやや・・・・だっけ?お話し聞こうね」
初登校の圭織が生徒を名指しで注意したことで、名前を呼ばれた本人ばかりか、会場の誰もが仰天し、会場は水を打ったように静まり返った。
「ごめんなさい、朝乗ったバスの中で、そう呼び合ってたの聞いて。ごめんね・・・・」
寺田もあっけに取られていたが、すぐに気を取り直し、話を続ける。
「平たく言えば、いじめや不登校で悩む生徒や、その親の相談にも乗る。それと、基本的にカウンセラーには守秘義務がある。
相談内容は教師や家族に知られる心配はない。えっと、つけ加えたいこと、聞きたいことがあれば」
完璧な説明を終え、寺田が圭織に聞き返すと、圭織は苦しそうな表情でそっと耳打ちした。
「トイレ?」
寺田のオウム返しがマイクを通じて会場に響き渡り、場内は爆笑の渦と化す。
顔をゆがめて下腹を押さえながらトイレへと走り去る圭織の姿を、誰もが笑いながら見送った。
これが、圭織にとって記念すべき、朝日女子学院での仕事始めだった。
21Karte1:2001/07/13(金) 02:03 ID://ORDg2M
圭織がトイレから出てくると、廊下では寺田が荷物を持って待っていてくれた。
「大丈夫か?」
「あ、すいません・・・・すいません・・・・」
圭織は情けなさと恥ずかしさで、まともに寺田の顔も見られずに、何度も頭を下げながら荷物を受け取った。
圭織の仕事場となる新設のカウンセリングルームへは寺田が案内してくれることになり、2人は並んで廊下を歩き出した。
「すごいなぁ。バスの中の会話を聞いただけで、生徒のニックネーム覚えたんか?」
「ああ、はい・・・・」
はにかみながら圭織は短く答える。
初日から醜態をさらしてしまった自分に対する彼の素直な親切がとても嬉しかった。
この学校で初めて、心から信頼できそうな人に出会ったのだ。
初めてクラスメートに声をかけられた引っ込み思案の転校生みたいな、うきうきした気分だった。
22Karte1:2001/07/13(金) 02:04 ID://ORDg2M
その時、寺田のもとに2人の生徒が駆け寄ってきた。
「寺田先生、ちょっといいですか。宿題のことで」
圭織との間を邪魔するように2人は寺田の両脇に滑り込み、さりげなく左右の腕を取る。
しょうがないなあといった表情で、寺田は「すまん」と圭織に謝った。
そしてちょうど近くを通りかかったひとりの生徒を呼び止め、圭織に紹介した。
「生徒会の後藤真希くん。飯田先生、案内してやって。部屋わかってるやろ」
「はい。初めまして。よろしくお願いします」
圭織にとっては学院で初めて接する女子生徒だ。
その感じのいい穏やかな笑顔は、圭織を再び温かい気持ちにさせた。
後藤真希。
このことなら気軽に話ができそうだ。
「よろしく」
2人で階段を昇りながら、圭織は世間話のように自分のことをしゃべり始めた。
23Karte1:2001/07/13(金) 02:05 ID://ORDg2M
「私、過敏性腸症候群なの。知らない?過敏性腸症候群。たとえば、トイレがどこにあるかわからないとトイレに行きたくなって、どこにあるかわかってると行きたくならない」
「・・・・大変ですね」
「大変なの」
自嘲気味に薄笑いを浮かべる圭織に対して、真希は優しく包み込むような、それでいてどこか冷たく美しい笑顔で応えた。
そうして2人がたどり着いたのは『生物学教室準備室』と表示された扉の前だった。
「生物・・・・」
「こちらの準備室を相談室にということになりましたので」
ちょうどその時、扉がガタガタと開き、金に近い茶色の髪をなびかせた白衣の女が現れた。
自分の背丈ほどもある骸骨のような全身骨格模型を大事そうに抱えている。
驚くべきことにそれは、昨日クリニックで会ったあの中澤裕子だった。
24Karte1:2001/07/13(金) 02:05 ID://ORDg2M
「中澤先生、おはようございます」
真希の声に、裕子もうつむき加減で挨拶を返す。
「お、おはようございます」
何かおどおどしたような裕子の表情は、ガラスを打ち砕いたあの狂気の人物とはまるで別人に見える。
「こちら、今日からいらした、スクールカウンセラーの」
「飯田です」
緊張しつつも圭織は何とか自らの名を名乗った。
「あ・・・・中澤裕子と申します」
「生物の先生です。準備室の一部を空けていただくことに」
「恐れ入ります・・・・」
「どうぞ、ご自由に・・・・あ、これと、あと少し運んだら、終わりやから」
決して圭織のほうを見ようとしなかった裕子が、初めて顔を上げた。
圭織はなんとなくバツが悪くなり、思わず「どうも・・・」と会釈してしまう。
とたんに裕子が視線をそらした。
「初めまして」
それだけ言うと、裕子は2度と圭織と目を合わすことなく、骨格模型を抱えて逃げるように隣の生物教室へと去っていった。
『君には立場上、守秘義務がある・・・・』
クリニックの院長の言葉がふと圭織の頭をよぎった。
25Karte1:2001/07/13(金) 02:06 ID://ORDg2M
ひとりでぼんやり廊下を歩いていた石川梨華は、前方から田中が近づいてくるのに気付いた。
逃げ出したいと思ったがもう手遅れだ。
すれ違いざま、悪夢のような田中の声が耳に届いた。
「放課後コートに来い」
「えっ?でも今日は部活は・・・・」
驚いて振り返った梨華の精一杯の反論も、さらなる田中の言葉で一蹴されてしまう。
「嫌ならいいよ」
それだけ言い残して去っていく田中。
その後ろ姿を見つめながら、梨華は絶望的な気分になった。
誰もいないコートで2人だけの練習・・・・考えるだけで恐ろしい光景だ。
何かとんでもない事が起こりそうな気がする。
しかし、もし自分が行かなかったらどうなるだろう。
まるで脅迫するかのような田中の言葉を思い返し、その報復を思うと、それはさらなる恐怖に変わるだけだった。
行っても地獄、行かなくても地獄・・・・。
梨華は完全に追いつめられた。
26Karte1:2001/07/13(金) 02:07 ID://ORDg2M
カウンセリングルームとなる生物学準備室は、ぞっとするほど不気味な空間だった。
ホルマリン漬けになった臓器や爬虫類、小動物・・・・血管が浮き出た人体模型や標本の数々。
その場に残されたさまざまな学術資料は、圭織の背筋を凍りつかせた。
唯一の救いは、まだ真新しいデスクトップのパソコンがあったことだ。
「じゃ、授業始まっちゃうんで。失礼します」
真希が退室しようとした時、ノックもせずにいきなり誰かが入ってきた。
「山崎です。理事長の」
名乗りながら山崎はするりと真希の髪をなで上げる。
「あ・・・・飯田です。よろしくお願いします」
不審そうに挨拶を交わす圭織に、「娘です」と言い添える。
後藤真希は理事長の一人娘なのだ。(設定上・名字は変えるとわからなくなるから変えない)
真希は一礼して授業へと戻っていった。
27Karte1:2001/07/13(金) 02:08 ID://ORDg2M
「覚えてくれてないんですか。面接の時お会いしました」
「え?あ・・・・ああ、すいません。あの時はなんか、緊張してて・・・・」
「前もって申し上げておきたいんですが」
落ち着きなく周囲の生物資料を見回しながら、有無を言わさぬ威圧的な口調で山崎は話を継いだ。
「ウチの学校には、イジメも不登校も校内暴力もありません。つまり何の問題も、ない」
「え?・・・・」
「あなたは毎日決まった時間、ただここにいるだけでいい」
激励とは反対の、予想もしなかった山崎の言葉に、圭織は状況を把握しかねていた。
「あ・・・・でも、来ますよね、生徒たちもここに」
「・・・・んー、あまり来んでしょう、キモイしね」
山崎の右手が、室内の生物資料をぐるりと一巡するように、空を切った。
こんなところにいったい誰が好き好んでやってくるかといわんばかりに。
そう、ここは校内で最も陰気で気持ち悪い場所。
誰も近づきたくないような最低の部屋を、山崎はあえてカウンセリングルームに指定したのだった。
しかし圭織はそんな山崎の狙いなど全く気付いていない。
ただ、始めからやる気をそぐような彼の発言には納得がいかなかった。
自分は何のために採用されたのか、自分はこれから何をしたらいいのか。
不機嫌な表情を隠そうともせず、山崎を見つめ返した。
28Karte1:2001/07/13(金) 02:08 ID://ORDg2M
「生徒以外でも来ていいんだよね。僕とかも」
「・・・・大歓迎です」
仕方なく愛想笑いを浮かべる圭織に納得したのか、山崎はせいせいとした表情で部屋をあとにした。
山崎を見送り、ふと廊下に目をやると、開いたドアの向こうにひとりの生徒が立っていた。
いつかコンビニですれ違った石川梨華だった。
しかし、圭織が声をかける前に、別の生徒が現れて梨華の肩をぽんとたたいた。
「ごっちん・・・・」
「行くの?相談室。一緒に行ってあげようか」
「え?あ・・・・いいよ」
「そう・・・・」
2人はもう何もなかったかのように、談笑しながら歩き出した。
その後ろ姿を見つめながら、圭織は梨華がのぞかせた寂しげな表情、あの時落とした小さな物体のことを思い出していた。
29名無し娘。:2001/07/13(金) 02:14 ID:RgpImL9o
今日はもうおわり?
30名無し娘。:2001/07/13(金) 02:16 ID:RgpImL9o
かなり面白いよ!期待して更新まってるね!
できれば辻をきぼんぬ。可愛い役で…
31名無し娘。:2001/07/13(金) 03:13 ID:65aeTTsE
ドラマ中頃くらいにあったレズ話はどうするのかな
やるなら、いしよしを使ってほしかったけど。。
32Karte1:2001/07/14(土) 00:08 ID:5gukQtsg
困ったこと、心配なこと気軽に相談室へ
『なんでもメールしてね|||゜〜゜)‖』
スクールカウンセラー飯田圭織
33Karte1:2001/07/14(土) 00:09 ID:5gukQtsg
昼休み、圭織は菓子パンをかじりながら掲示板にポスターを貼っていた。
圭織のメールアドレスやメッセージを画用紙に書いただけの簡単なものだが、なるべくカラフルにかわいらしく、女の子うけするデザインをと考えたつもりだった。
「いよいよ店開きか。あ、店開きは失礼か。すまん」
そう言いながら近付いてきた寺田の笑顔に思わず圭織も顔をほころばせる。
寺田はレディースコミックの入ったコンビニの袋を圭織の前に差し出した。
「田中先生から預かってきた。生徒の前じゃ、シメシがつかんからな、彼も」
「すいません、そうですよね」
ばつが悪そうに受け取る圭織の姿を、遠くから梨華が見つめている。
「なぜ、うちが急遽、スクールカウンセラーを置くことになったか知ってる?」
窓の外に広がる花壇を指差しながら、寺田は唐突に話し始めた。
カラフルな春の花々に彩られたその花壇の一角では、数人の作業員が修理工事を行っている。
34Karte1:2001/07/14(土) 00:10 ID:5gukQtsg
「春休みに・・・・生徒がひとり、飛び下りてん」
飛び下り自殺・・・・?
初めて耳にするその衝撃的な事実に、圭織は言葉を失った。
あんなにきれいな花壇の中で、少女が死んだ・・・・しかもほんの数週間前に・・・・。
圭織の脳裏にその光景が鮮やかに浮かび上がり、圭織の胸を激しくかき乱した。
山崎は「この学校に問題はない」と言ったではないか。
そんな重要なことを、なぜスクールカウンセラーである自分に話してくれなかったのか。
「・・・・原因は不明や。いじめではないというのが、学校側の見解。・・・・福田も、俺のとこに相談に来ればよかったのに。
あ、福田明日香っていうんやけどね、飛び下りた子。・・・・なんのサインもなかった」
「・・・・サイン」
その言葉は、圭織の胸に深く突き刺さった。
胸の中にもやもやとした暗雲が立ちこめる。
一気に押し寄せてきた自分への責任と不安。
今この瞬間にも、誰かがどこかで、必死にサインを送っているのかも知れない。
35Karte1:2001/07/14(土) 00:11 ID:5gukQtsg
花壇に飛び下りた少女のことをぼんやりと考えながら相談室に戻る途中、圭織は教室から騒がしい声が聞こえてくるのに気づいた。
何事かと中をのぞくと、それは裕子の生物の授業だった。
生徒たちは、携帯電話で話をしたり、手紙を回し合ったり、勝手気ままに自由な行動を取っている。
「それが、単細胞生物です・・・・」
そんな生徒のことなどお構いなしに授業を進める裕子は、ふと誰もいない机の上に飾られた花瓶の花に目をやった。
清楚でどこか寂しげなその純白の花束は、春休みに自殺した生徒のために供えられたものだ。
「飾ったんだ。・・・・墓場じゃないんやから」
裕子はいきなりその花束をわしづかみにし、あっさりとゴミ箱に投げ捨てた。
生徒はあっけに取られてその様子を眺めている。
一瞬にして教室はしんと静まり返った。
「空いてるんやから、前に詰めて」
そして裕子は何事もなかったかのように授業を再開した。
信じられない授業風景、手に負えない生徒の言動、そしてそれ以上にまったく理解できない裕子の行動。
ここで目にするもの、体験すること、そのすべてが恐ろしいほどにゆがんでいる。
まだ登校初日だというのに、圭織の中にはこの学院のすさまじい現実が怒涛のように流れ込んでくる。
それは圭織が想像していた以上に、複雑で、奥深く、ひどく危ういものに思えた。
しかも、それらはおそらく、巨大な氷山の一角に過ぎない。
スクールカウンセラーとしての前途多難な自分の責務を思うと、圭織は気が遠くなりそうだった。
36Karte1:2001/07/14(土) 00:11 ID:5gukQtsg
放課後の部室で、梨華はひとりテニスウエアに着替えていた。
あれからずっと思い悩んでいたが、やはり田中の命令にそむくわけにはいかない。
1度はカウンセリングルームに行こうかとも考えたが、初めて向き合うスクールカウンセラーに、どう接していいのかもわからず、部屋に入る勇気もない。
結局、誰にも相談できないまま、放課後を迎えてしまった。
田中と2人だけのレッスン・・・・また、何をされるかわからない。
どうしようもない不安と戦いながら、のそのそと制服の上着を脱いだその時、戸口に突然、田中が現れた。
梨華はとっさに、あらわになった胸元をテニスウエアで隠す。
上半身は白いスポーツブラ1枚しか身につけてなかった。
しかし田中はそんな梨華の状況など目にも入ってないかのように、ずかずかと部室に入ってきた。
「どうだ。前に痛めたヒザは」
「・・・・大丈夫です」
梨華は制服のポケットに忍ばせておいた、小さなナイフを握りしめる。
「見せてみろ」
梨華の足元にしゃがんだ格好で、田中はヒザのあたりをなで始めた。
柔らかなその肌に、生温かい手のひらの感触が伝わってくる。
何度触られても決して慣れることのない、激しい嫌悪感、おまけに今日は誰も見ていない密室の中だった。
梨華の身体は恐怖で硬直し、金縛りにあったように動けなくなった。
37Karte1:2001/07/14(土) 00:12 ID:5gukQtsg
「動くなよ。知ってるだろ?先生はしっかり整体学を学んでる。触ればわかるんだ」
ヒザから太ももへと田中の手はゆっくりと上下する。
制服のスカートをはいた梨華の下半身は、あまりにも無防備だ。
梨華は拳を握りしめてその感触に耐えていた。
やがて田中は梨華の背後に回り、今度は腰のあたりを押し始めた。
「背骨が曲がってる。ホントなら金取るんだぞ」
田中の手は白いブラジャーの上をなぞるように、背中じゅうはい回る。
大声で助けを求めて逃げ出したい衝動にかられた梨華だったが、実際には緊張で息もできない。
しかし、今日の田中はそれだけで終わらなかった。
その行為はさらにエスカレートしていく。
「・・・・ほら、こんなに曲がってる。うつ伏せになれ」
「え?」
「いいから。先生時間ないのに無理して来てるんだからな」
梨華はいよいよ絶望的な気持ちになる。
しかし、どうしても田中にだけは抵抗することができず、まるで見えない糸にでも操られるように、梨華は全身を震わせながらベンチの上にうつ伏せになった。
スカートの上に馬乗りになって 背中をもみ始める田中。
その汗ばんだ大きな手にはだんだんと力がこもり、背中から脇腹、そして梨華の胸のふくらみのあたりにまで伸びてくるのだった。
まだ16歳の梨華にとって、それは経験したことのない屈辱的な体験だった。
38Karte1:2001/07/14(土) 00:13 ID:5gukQtsg
「先生な、お前には期待してる。お前が頑張れば部員みんなをインターハイに連れていける。わかってるのか?自覚しろよ」
そんな説教とともにしばらくマッサージを続けた田中は、やがて動けないでいる梨華を残し、部室を出ていった。
ほっとすると同時に言いようのない悔しさが込み上げ、梨華は泣き崩れんばかりだった。
だがともかく、一刻も早くその場を離れたくて、大急ぎで制服に着替え、外へ飛び出した。
そこを偶然、同じテニス部の鈴音と麻美とひとみが通りかかった。
部室から順に出てくる田中と梨華の姿を3人揃って目撃したらしく、聞こえよがしに梨華をちゃかす。
「いいな、また個人特訓してもらって」
「さすが、才能ある子は違うよねー」
「これからどこ行く?カラオケ行こうか」
いつものことだ。
田中のセクハラを見ていながら、梨華のSOSをあっさり無視し、知らん顔で自分を見捨てるのだ。
そんな3人の前で、梨華はやり場のない孤独を感じた。
その時、携帯にメール着信が入った。
『一緒に帰ろう』
遠くからこちらを眺めている真希のやさしい笑顔に救われて、梨華にもやっと小さな笑顔が戻った。
39Karte1:2001/07/14(土) 00:14 ID:5gukQtsg
「来てるじゃん、メール」
カウンセリングルームの圭織のパソコンに、初めてのメールが届いた。
スクールカウンセラーという自分の存在を頼りにしてくれる生徒がいたのだ。
圭織は嬉しくなって、急いで受信ボックスを開く。
『本当に助けてくれるの? ブルー』
たったそれだけの短いメール。
誰が出したのかもわからない。
そのメッセージの裏にどんな気持ちが隠されているのか、どんな悩みを抱えているのか・・・・。
送ってきた生徒のことを考えると、圭織はいてもたってもいられない気持ちになった。
いろいろ話を聞いてあげたい、早く楽にしてあげたい。
しかし、はやる気持ちを抑えて、圭織は努めて気楽に、シンプルに返事をしたためた。
『ブルーさんへ。いつでも相談に来てください』
変身すると、圭織は満足げに微笑んだ。
彼女はここに来てくれるだろうか。
彼女を救ってあげることができるだろうか。
今は不安というよりも、これから始まる仕事への期待のほうが大きかった。
40Karte1:2001/07/14(土) 00:15 ID:5gukQtsg
急に手持ちぶさたになった圭織は、思い出したように椅子を移動して、横で仕事をする裕子のほうに近づいていった。
「抜き打ちテストですか?」
慣れた手つきでサラサラと答案用紙に赤ペンを入れている裕子は、手も休めずに
「テストしてると、喋んないでええからね」
とだけ答え、一方的に会話を打ちきってしまった。
仕方なく、圭織は自分のデスクへ引き返す。
すると今度は裕子のほうからしゃべり始めた。
「別にウチは辞めたってええんやで。バラされたってかまへんし」
圭織にはまったくわけのわからない話だった。
再び裕子のもとへ椅子を移動し、「何をでしょうか?」と聞き返す。
「高校の教師が心療内科でカウンセリング受けてちゃ、まずいやろ。そんなん学校にバレたら、いっぺんでクビやろうな」
「言いません、私」
「じゃあ、今朝のアレは何なんやろ。ウチに会ったとたん、なんだか顔見知りみたいに挨拶しようとしたけど」
「いやあ、あれは・・・・」
今朝、裕子と再会した光景を思い出し、圭織は恥ずかしくなった。
カウンセラーである自分にとって、細心の注意を払うべき絶対的なルール、守秘義務。
クリニックの院長にもあれだけ釘を刺されていたのに、たとえ一瞬でもそれを忘れていたのは事実だった。
41Karte1:2001/07/14(土) 00:16 ID:5gukQtsg
「したで、そういうふうに見えたわ」
裕子は次第に語気を強め、息づかいが荒くなってきている。
数日前のクリニックでの裕子の爆発風景がふと重なって見え、圭織はゾッとした。
「すいません、つい」
「カウンセラーやて、守秘義務?フッ、結局のところアンタ、ウチの秘密握ってイイ気になってるだけやろ」
「いや、そんなことないですッ」
「だいたいさ、アンタどうしてここにいるんや」
「あー、面接受かったのここだけで・・・・」
圭織は落ち着きなさげにまわりを見渡しながら、とっさに話題を切り替えてしまった。
「あ、不眠症なんですって」
「カルテ見たわけ?」
うかつだった。
さらに墓穴を掘ってしまった。
圭織はあせりまくって、さらに新しい話題を探す。
「っていうか・・・・すみません。いや、アレ、ずっと考えてたんですけど、ほら、あのデリバリーピザのバイクが3台、同じ方向に向かって走ってるってやつ。
答えはこれしかないと思うんです。そこには相撲部屋があった。へへへ、いや、それなら1度にたくさん注文してもおかしくないと思うし」
「アホちゃうか」
裕子は休めていた手を再び動かし始める。
その言葉にムカつきながらも、裕子が暴走しなかったことにほっとして、圭織もいったんデスクに退散した。
しかし、さっき見た裕子の授業風景がふと頭に浮かび、次の瞬間にはまた、新しい話題を切り出していた。
42S.S:2001/07/14(土) 00:25 ID:5gukQtsg
>>39訂正
変身→返信
失礼致しました
43名無し娘。:2001/07/14(土) 03:09 ID:y.jx/t2c
R-17全部見てたけど、これもなかなか楽しめるね
セクハラ教師=田中がハマりすぎ(w
44Karte1:2001/07/15(日) 02:27 ID:vN5hYtws
「あの、さっき、先生の授業のぞきました。あの花瓶の花、なんで捨てちゃったんですか?」
「ん?目ざわりやろ」
「でも、あれって春休み中に自殺した生徒の・・・・」
圭織の言葉をさえぎるように裕子は顔を上げ、血走った目で圭織をにらみつけた。
「自殺した人間、美化してどうすんねん、ん?死んだら勝ちだって教えたいんか、アンタ。死んで花実が咲くもんだって教えたいんか?」
強烈に個性的な、しかも意外に説得力のある裕子の答えに、圭織はうまく反論することができなかった。
裕子の言ってることは正論かもしれない。
でもどこか違っているような気がする。
とっさに考えがまとまらず、圭織は言葉を飲み込んだ。
そして何気なく裕子の手元の答案用紙に目をやると、そこにはまた裕子の人間性を疑うような、とんでもない事実が転がっているのだった。
45Karte1:2001/07/15(日) 02:28 ID:vN5hYtws
「それ、ほとんど白紙なのに100点ばっかじゃないですか」
「こんなん、ウチが100点つけたら100点や。高校生にもなれば、何がいけなくて何がいいかくらい本人が1番良くわかってるわ。
100点取れない人間は、100点取れないのを1番よくわかってる」
そう言って、ひとり納得している裕子の顔を圭織はあらためて凝視した。
ゴーイング・マイウェイ。
いったい全体、どうやったらこんな人間ができあがるのだろう。
これまで学んできた心理学の知識をいくらかき集めても、圭織の範疇をはるかに超えた人間だった。
こんな人が教師なんかやっていていいのだろうか。
しかしその反面、何かひと筋通ったような、不思議な魅力を感じ始めてもいた。
46Karte1:2001/07/15(日) 02:29 ID:vN5hYtws
「中澤先生、友達いないでしょ」
「は?」
ますます裕子に興味を覚えた圭織は、まず自分を語ることから始めることにした。
「私もそうだからよくわかるんです。私ね、最初小学校のカウンセラー希望してて。でも、急に高校行けって言われて。
どうしようかなーって考えたんですよ」
「ちょっと、もしもし」
制する裕子の言葉などまったく無視して、圭織は軽やかに言葉をつなぐ。
「怖いじゃないですか、最近の高校生って。何考えてるか全然わからないし・・・・。でもね、よく考えてみたら私の高校時代って、
いろんなことを頭ぐちゃぐちゃになるくらい考えて、考えて・・・・私ってなんだろうとか、なんのために生まれてきたんだろうとか。
そういうことって迂闊にクラスの子とかに話すと、あいつは暗いーとか言われちゃうし、親なんかにそんな話したくないし、
先生なんかにそんなこと言ったら、内申に何書かれるかわからないし。でも、そういうこと悩んだり、考えたりしてる子って、きっと今もたくさんいると思うんですよ。
・・・・だから私が、そういう子たちの話し相手っていうか、なんか、友達みたくなれたらいいなー、て思ったりして。
そういうふうに考えたら、高校生のカウンセラーって、うん、悪くないのかもって思ったりなんかして」
一気に話し終え、圭織はなんだかとても気持ちよくなった。
あの頃の怒りや悲しみや孤独や絶望も、みんな消化して今の自分がいる。
いろいろな経験を経てきたからこそ、今スクールカウンセラーとして等身大の生徒たちと向き合えるんだ。
そんな自分が誇らしくさえ思え、満足げな笑顔を浮かべた。
47Karte1:2001/07/15(日) 02:30 ID:vN5hYtws
「あ、済んだの?話」
裕子はほっとしたようにそう言うと、今度は私の番よとでも言わんばかりに得意げに話し始めた。
「あんな、4月にウチの高校の募集要項のパンフレットにスクールカウンセラー常駐っていうふうに刷り込まれたんよ。
まあ、いろいろあったしな。保護者、安心するやろ。入学希望者増えるやろ。・・・・客寄せパンダ!」
裕子はさもおかしそうに圭織の鼻先を指差し、勝ち誇ったように微笑んだ。
圭織の心の中に広がっていたさわやかな清涼感は、しぶきをあげて吹き飛んでしまった。
48Karte1:2001/07/15(日) 02:32 ID:vN5hYtws
『ハロー出版社』と記された扉の向こう、その中の一室ではさまざまな学校の制服を着た女子高生が集まっている。
雑誌を読んだり、ゲームに興じたり、スナック菓子を食べながらおしゃべりしたり、みんなやけに楽しそうだ。
朝日女子学院の制服を着た亜依と亜弥は、サンプルのお菓子を試食しながら、メーカーの人らしき男子社員に好き放題の文句を並べていた。
「ダメ、こんなの絶対売れへん」
「かわいくないもん」
「味、とかは?」
「わかんなーい」
ほどなく学校帰りの真希がそこに加わった。
さらに編集部の矢口真里が紙束を片手に入ってくる。
「ごめんねー、みんな。またアンケート答えて欲しいんだ。みっちゃんお願い」
ここでは、いまやトレンドの中心となった女子高生たちの生の声を集め、商品のマーケティングに活用したり、その情報を売ったり、雑誌に反映させたりしている。
矢口真里は、この出版社で女子高生向けの雑誌に携わるカリスマ編集者だ。
世間を見すかしたようなクールな面持ちで、常に最先端のファッションとメイクで決め、十代の少女の中に入っても見劣りしない華やかさと派手さがあった。
ここに集まる女子高生にとっては姉御的な存在だ。
49Karte1:2001/07/15(日) 02:33 ID:fdbjrqPg
助手のみちよがアンケートを配り始めると、すっかり慣れた生徒たちが興味深げ訊ねた。
「女性誌?男性誌?」
「今日は男性誌」
「じゃあ、適当にエッチな感じ?それあやや得意ー」
「やめてよー」
笑いながらじゃれ合う亜依と亜弥の横で、真希も黙ってアンケートを記入し始める。
「そういえば、スクールカウンセラーが来たって?」
「うん」
真里は真希に向かってたずねたつもりだったが、得意げに答えているのは亜依と亜弥だ。
2人はすっかり真里の信奉者になっている。
「結構若いんだって?」
「そうでもない。20過ぎてるよ」
「あたしも過ぎてるけど」
「向こうのほうがすっごい老けてる」
真里はまんざらでもなさそうにフフッと笑った。
「でもさ、ああいう人たちって本気で人の心の中、のぞけると思ってるのかなぁ。だとしたら笑っちゃうな」
その言葉に答えるでもなく、真希も軽く微笑んでみせる。
「ハイ、協力費」
真里が千円冊数枚を差し出すと、真希はごく自然にそれを受け取った。
ここでは当たり前の光景だ。
自分たちの情報がお金になること、それは高校にいる3年間だけの特権だということ、誰もがそれを理解し、冷静に受け止めていた。
50Karte1:2001/07/15(日) 02:34 ID:vN5hYtws
その時、派手な服装に身を包んだ数人の男の子たちが部屋に入ってきた。
「ちぃーす」
「金ないけどさー、遊びに行こうぜ」
茶髪にピアス、そのほかさまざまなアクセサリーを身につけた、女の子にもてそうな今風の少年ばかり。
女子高生たちにとっては見慣れた顔のようで、みんな楽しげに声をかけ合っている。
ただ亜依だけは無言のまま立ち上がり、ひとりの少年の腕を取ってそそくさと部屋の片隅に移動した。
「ねえ、ある?」
亜依が耳元でささやくと、少年はすぐにポケットから白い錠剤の入った小さなビニールのパケを取り出し、手渡した。
もどかしげにパケを開き、コリコリと音をたてて錠剤を噛み砕く亜依の表情には、恍惚感さえ漂っている。
その光景を真希がじっと眺めていた。
驚くでもない、責めるでもない、一切の感情を排除したその無機質な表情は、まるで別の世界をのぞいているようだった。
51名無し娘。:2001/07/16(月) 00:29 ID:wbSVn0zg
なるほど
矢口があれか。
ピッタリだな
52名無し娘。:2001/07/16(月) 03:44 ID:HOFVM/XQ
ヤクか
53Karte1:2001/07/16(月) 16:53 ID:jIb/xT4k
「ただいま」
梨華が帰宅した頃には、あたりはもう暗くなりかけていた。
立ち込める夕飯の匂いとともに、母親のバカ丁寧な話し声が聞こえてくる。
「ハイ、それはもう必死で頑張ってる様子で・・・・。何しろ田中先生にコーチしてもらいたいからって、それだけで朝日女子を受験したものですから。
あ、ハイ。梨華をなにとぞよろしくお願いします。ハイ、失礼いたします」
リビングに入ると、母親は受話器を片手にペコペコおじぎしている。
話の内容から、すぐに相手は田中だとわかった。
顔を合わせるのも嫌になり、母に気付かれる前に自分の部屋へ上がろうとしたが、すぐに呼び止められた。
「あ、梨華帰ってたの?梨華大丈夫?今ね、田中先生からお電話いただいて。練習の疲れが出てるみたいだからって。ねえ、ちょっと後ろ向いて」
母親は梨華の背中をなで始めた。
「あー、嫌だ。すっごい張ってる。先生も心配なさって・・・・」
背中に伝わる母の手の温もりに、田中の手の感触が蘇る。
あの部室での悪夢が頭の中でリプレイし始めた。
心臓が高鳴り、背中が凍りつき、額から冷たい汗がにじみ出る。
頭の中が真っ白になった。
次の瞬間、梨華は絶叫しながら狂ったように母の手を振り払い、家を飛び出していた。
母親の言葉などまったく耳に届かない。
ただ無我夢中で走った。
頭を左右に振り乱し、当てもないまま、ひたすら街を駆け抜けた。
部室やコートでの出来事、全身に残る田中の手の感触。
それら全てを自分の中から消し去ってしまいたかった。
54Karte1:2001/07/16(月) 16:53 ID:ugxdAylQ
気がつくと、歩道橋の上にいた。
走っても、走っても、精根尽き果てるまで全力で走り続けても、現実を消し去る事もそこから逃げる事もできないのだ。
だいたい自分はなぜ、こんな思いをしてまで田中のセクハラに耐えているのだろう。
親の期待、インターハイ、部員やクラスメートの冷たい目・・・・小さな肩にのしかかるさまざまな現実の重み。
あんなに好きだったテニスも今はもう苦痛でしかない。
歩道橋の下を駆け抜ける車をぼんやり眺めながら、梨華は自分の限界を感じていた。
もう全てを終わりにしてしまいたい・・・・。
ふと梨華の脳裏に真希の笑顔が浮かんだ。
誰も信じられなくなりそうな今の梨華にとって、心から甘える事のできる唯一の友人であり、救いでもあった。
携帯電話を取り出し、アクセスしてみる。
「梨華ちゃん?どうした?」
「ごっちん・・・・」
「どうした?」
真希のやさしい問いかけに、梨華は苦しい胸の内を打ち明けたくなった。
これまで誰にも弱音を吐いたことなどなかったが、今はもう自分を制する事などできない。
「変なのは私なのかな・・・・私がおかしいのかな・・・・」
「どうしたの?」
「どうしよう、なんかもう、死にたいよ・・・・」
しかし実際に「死」という言葉を口にしたとたん、梨華は生まれて初めて「死」というものをリアルに感じ、恐ろしくなった。
いったい自分は、何を望んで真希に電話したのだろう。
真希もきっと驚いているに違いない。
思わず口にしてしまったその禁断のセリフに、梨華は少しだけ現実に立ち返り、平静さを取り戻した。
55Karte1:2001/07/16(月) 16:54 ID:ugxdAylQ
「ごめん、変なこと言って。・・・・切るね」
携帯電話を耳から離しかけると、真希の声が飛び込んできた。
「梨華ちゃん・・・・。春休み、学校の屋上から飛んだ子ね。花壇の花に包まれて、とっても幸せそうだったって。・・・・いつ?」
「えっ?」
「ねえ、いつ死ぬの?・・・・あたしね、人が死ぬとこ、1度見てみたかったんだ」
梨華は耳を疑った。
真希はいったい何を言っているのだろう。
「死」という言葉を先に口にしたのは自分の方だが、まさか真希に後押しされるとは夢にも思わなかった。
梨華の頭はさらに混乱し、行き場を失って、黙ってその場に立ち尽くすしかなかった。
56Karte1:2001/07/16(月) 16:55 ID:jIb/xT4k
梨華からの電話の後、真希は母親に呼ばれてリビングに下りた。
テーブルには溢れんばかりのごちそうと、大きなケーキが並んでいる。
今日は真希の16歳のバースデー。
いつも忙しい山崎も今日ばかりは早めに帰宅し、満面の笑みで真希を祝福した。
「16歳、おめでとう」
「ありがとう」
16本のロウソクの灯は、幸せそうな家族の姿を暖かく包み込んでいる。
「パパ、ちょっと写真撮って」
「おー、撮るぞ。いくよー」
カメラに向かって顔を寄せ合い、この上ない幸せな笑顔を見せる母と娘、そしてカメラを構える父親。
その光景は、どこから見ても申し分ないほどの完璧な家族の肖像だった。
57Karte1:2001/07/16(月) 16:56 ID:jIb/xT4k
どこをどう歩いてきたのだろう。
いつの間にか梨華は誰もいない学院のテニスコートに立っていた。
「いつ死ぬの?」
真希の言葉が頭の中で何度も何度もこだまする。
何を信じればいいのか。
自分はこれからどうすればいいのか。
家で、学校で、テニスコートで、いったいどんな自分を演じればいいのか。
何もかもわからなくなってしまった。
コートのまわりにはいくつかのテニスボールが外灯を浴びてほのかに輝いている。
梨華はそれをひとつ拾い上げた。
ラケットを握りしめ思いきりサーブを打つと、心の中のもやもやがボールと一緒に飛んでいくような気がした。
ボールの入ったカゴを持ち出し、次々とサーブを打ち始める。
鉛のように重くなった心に重しを、ひとつひとつ吐き出すかのように。
静寂の中に球の流れる鋭い音が響き渡った。
梨華の額から滴る汗が月夜に照らされ、きらきらと輝いていた。
58Karte1:2001/07/16(月) 16:56 ID:jIb/xT4k
帰り支度を終えた圭織が、そんな梨華に気付いてテニスコートに近づいてきた。
「どうしたの?こんな時間に」
梨華は圭織を無視してひたすらサーブを打ち続ける。
圭織はおもむろにかたわらのラケットを取ると、靴を脱いでネットの向こう側に立った。
ひどい運動音痴でテニスラケットなど握った事もない圭織。
グリップを両手で持ち、コートで構える姿はあまりにも不恰好だ。
梨華の球を受けようとするが、インターハイを狙うエースの弾丸サーブを打ち返せるはずもない。
右へ左へと大きく振れながら規則正しく飛んでくる剛球を、それでも圭織は必死で追った。
かすりもせずに転倒を繰り返すが、懲りずにまた次の球を追いかける。
一方の梨華は、圭織の存在などまるで目に入らぬかのように黙々とサーブを続けていた。
圭織の激しい息づかいと鋭い球音が夜のコートで重苦しいリズムを刻んでいた。
59Karte1:2001/07/16(月) 16:57 ID:ugxdAylQ
どれくらい続いただろうか。
突然、ポーンという軽快な音がそのリズムを打ち破った。
圭織のラケットが、偶然梨華の放った1級を捕らえたのだ。
ボールはふわりと夜空に舞い上がり、梨華の立つコートに落ちた。
「・・・・やった!」
圭織は思わず歓声を上げた。
梨華も驚いて手を止め、呆然とその球を見つめている。
誰にも受け止められる事のなかった一方通行の孤独なサーブ。
それが初めて自分のもとへ戻ってきた時、梨華の心に風穴が開いた。
魔法から解けたように初めて周囲を見回し、圭織の存在を確認し、へなへなとその場にしゃがみ込んでしまった。
60Karte1:2001/07/16(月) 16:58 ID:jIb/xT4k
「うまいんだね、やっぱり」
息を切らしながら圭織は梨華に近づくと、ゆっくりと隣に腰を降ろした。
きちんと束ねられた長い髪、小麦色にやけた健康的な肌にまぶしいほどの瞳。
しかしその端正な容貌には、追いつめられたような悲壮感が漂っていた。
そして、あの時コンビニで見た小さな物体。
今朝からずっと気になっていた少女が、すぐそこにいた。
「よかったら見せてくれるかな・・・・あの時、落としたもの。あなたと初めて会った、コンビニで」
圭織の真意を推し量るかのように、梨華は硬い表情でうつむいたまま黙っていた。
もう誰も信用できなくなっていた。
「誰にも言わないから」
そう言って微笑みかける圭織は、自分のサーブを懸命に追いかけ、打ち返してくれたのだ。
梨華はこのカウンセラーを信じてみようかという気になった。
ポケットを探り、誰にも見せたことのないその大切なお守りを、圭織のほうにゆっくりと差し出す。
月の光を受けてキラキラ光る、それは小さな小さな折りたたみ式のナイフだった。
61Karte1:2001/07/16(月) 16:58 ID:ugxdAylQ
「可愛いナイフだね、ちっちゃくて。今朝会った時から、あなたの事気になってた。・・・・なんで、こんなの持ってるの?必要なの?」
傷つけてはいけない、急かしてはいけない。
デリケートな梨華の心の中に、ゆっくりと入っていかなければならないのだ。
そのスピードを模索しながら、圭織はなおもやさしく語りかけた。
「まさか、自分を傷つけるためじゃ、ないよね」
圭織の暖かな眼差しが、梨華の孤独な心を少しずつ溶かしていく。
梨華の頬を涙が伝い落ちた。
「・・・・どうしたの」
「いいんです・・・・あたしが我慢すれば」
唇を噛みしめ、涙をこらえながら、梨華がようやく口にしたその言葉に、圭織はたまらない気持ちになった。
そのか細い肩の上にいったいどんな荷物を背負っているというのか。
思わず梨華の手をとり、きつく握りしめる。
梨華は吸い込まれるように圭織を見つめ、せきを切ったように大声を上げて泣き崩れた。
圭織の瞳にも熱いものが込み上げてくる。
何も言わず黙って、包み込むように梨華を抱き寄せた。
彼女が自分から話し始めるまで、いつまでもこうしていようと思った。
62Karte1:2001/07/16(月) 19:22 ID:ugxdAylQ
「学校に化粧ポーチなんか持ってくんじゃない、没収」
翌日、校門前ではいつものように田中が持ち物チェックをしていた。
圭織は意を決して、そんな田中に近づいていく。
「あの・・・・ちょっといいですか」
梨華から全て打ち明けられた圭織は、いても立ってもいられなかった。
傷つきやすい歳の女子高生の気持ちを、この無粋な体育教師はまったく理解していない。
いったいどういうつもりで梨華に接しているのか、梨華をどれだけ苦しめているのか、とにかく直接話してみるしか手はない。
圭織はなりふり構わず田中を呼び出していた。
話せばきっとわかってくれる、行きすぎた自分の指導を少しは自重してくれると圭織は思っていた。
ところが田中との会話はまったく噛み合わないばかりか、とんでもないベクトルに進み始めた。
「あの、田中先生、そういうことじゃなくて、私は先生に内々にお話を・・・・」
田中は憤慨し、引き止める圭織には目もくれずに職員室へ直行すると、即座に緊急の職員会議を要請したのだ。
有無を言わせぬ田中の1声で、すぐに理事長の山崎や高等部長の都築を始め職員全員が会議室に顔を揃えた。
そしてなんとその場に梨華本人も呼ばれる事になった。
63Karte1:2001/07/16(月) 19:23 ID:jIb/xT4k
いぶかしげな表情を浮かべた職員がずらりと並ぶ重苦しい会議室に、梨華が現れた。
全員の視線が一斉に集中する。
まるで魔女狩りの弾劾裁判のようだ。
こんな状況で梨華が真実を話せるわけはない。
圭織は下腹を押さえつつ、梨華に寄り添うように横に立った。
「私はただの1度も人に言えないような行為をした覚えはありません。正々堂々と、皆さんの前で疑いを晴らしたい」
腕組みした田中は、鋭い表情でキッパリ宣言すると、梨華に視線を移した。
「石川、オマエどうしたんだ?」
何も言えずにうつむく梨華。
「石川。言いたいことがあるなら言ってええんやで」
寺田がやさしい口調で語りかける。
「こんなの、無理です。こんな、みんなの前で・・・・」
腹痛に耐えながら必死で訴える圭織の言葉に、耳を貸す人間はいなかった。
田中のさらなる追及が始まる。
「石川。もしかして、あのこと言ってるのか。お前の背骨が曲がってるから、俺が整体で治してやろうとしてる、あれがセクハラだって言うのか?」
「ちょっと・・・・待ってください!」
額からは汗が滴り、圭織の表情ももはや限界である。
そして状況はさらに暗転していく。
64Karte1:2001/07/16(月) 19:24 ID:jIb/xT4k
「ほかの部員たちも呼んでありますから。どうぞ、入って」
教頭の高畑が、外に向かって呼びかけると、遠慮しがちに入ってきたのは遅れてやってきた裕子だった。
続いて3人のテニス部員。
昨日部室から出てくる田中と梨華を見ていた、鈴音と麻美とひとみだ。
「・・・・どうなんだ。君たちは普段見てて、田中先生の石川さんへの接し方というか・・・・」
話しづらそうに高畑が語りかけると、寺田があとを取る。
「正直に言ってええんやで・・・・戸田、木村」
「・・・・別に普通だと思いますけど」
「梨華ちゃんがどうかしてるんだと思います」
2人はためらいもなく、さらりと言ってのけた。
こんな事態に追い込まれても梨華を助けようとしない彼女たちの冷酷さに圭織は愕然とする。
さらに悲壮感を増していく梨華の表情が痛々しい。
「吉澤は」
中学時代に梨華とダブルスを組み、ともに頑張ってきたひとみ。
しかし彼女もまた梨華の味方にはなれなかった。
「田中先生は・・・・一生懸命、指導してくださってます」
すがるような思いでひとみを見つめていた梨華は、全身を震わせながらその言葉を聞いた。
全ての希望を打ち砕かれ、あきらめたような表情でがっくりとうなだれる。
張りつめていた会議室の空気が一転した。
65Karte1:2001/07/16(月) 19:25 ID:jIb/xT4k
「・・・・結論は、出ましたかな」
高畑の額には、大事に至らずホッとしたような安堵の色が見え見えだ。
梨華は耐えきれずに、「失礼します」と小さく告げ、会議室を飛び出した。
扉の外にたむろして会議の様子をうかがっていた生徒たちの波が2つに割れる。
その中を逃げるように駆け抜ける梨華のあとに、圭織が続いた。
梨華をさらしものにしてしまった、自分が起こした行動が最悪の結果を招いてしまった・・・・どうしようもない罪悪感。
しかし、彼女をこのままにしておけない。
「石川さん・・・・」
「もう、いいですから」
圭織の顔を見ようともせず逃げ出そうとする梨華を、なおも追いかけ呼び止める。
「待って」
梨華はようやく立ち止まると圭織のほうを振り返り、鋭くにらみつけながら、小声で言い捨てた。
「・・・・あんたなんかに話すんじゃなかった」
圭織の心にぐさりと突き刺さる、梨華のひと言。
それに対していったいどんな言葉が返せただろう。
こんな自分に、本当に人が救えるというのか。
生徒たちの友達になりたい、彼女たちを救ってあげたい・・・・そう安易に考えていた自分の未熟さに、そして突きつけられた現実の厳しさに、圭織は完全に打ちのめされてしまった。
66Karte1:2001/07/16(月) 19:26 ID:jIb/xT4k
田中のセクハラ事件はあっという間に学校中に広まり、梨華はテニス部員のみならず、クラスメートからも白い目で見られることになった。
「私も田中先生誘って特訓してもらおっかなー」
「ちょっとテニスがうまいからってさ・・・・」
席に座ると、聞こえよがしの冷やかしや、耐え切れないようなイヤミな会話が渦を巻いて押し寄せてくる。
梨華は耳を覆うようにして教室を飛び出した。
67Karte1:2001/07/16(月) 22:30 ID:jIb/xT4k
東京で独り暮らしを始め、5年目になるこのアパートは、少々ぼろいが家賃のわりに広々している。
どうしても物が捨てられず、整理整頓ができないという性分の圭織にとって、ひと目で気に入った物件だった。
アパートに戻った圭織は、死ぬほど落ち込んでいた。
パソコンをいじりながら、ひたすら梨華のことを考え続ける。
彼女の最後のひと言が頭を離れない。
自分のせいで問題はさらに大きくなり、梨華の傷口はどうしようもなく広がってしまった。
これから彼女に対してどうしてあげればいいのか。
第一、彼女は再び自分の言葉を聞いてくれるのだろうか。
思い出すたび、情けなくなり、消えてしまいたくなるのだった。
68Karte1:2001/07/16(月) 22:31 ID:jIb/xT4k
突然、ドアをノックする音がした。
東京に住んで以来、孤独な暮らしを続けてきた圭織に、アパートを訪ねてくる友人などいない。
時計の針はもう午後10時を回っている。
こんな時間に誰なんだろうと考えてる間も、ノックの音はさらに激しく、せわしなく執拗に続いた。
ドアの穴からそっと外をのぞくと、なんとそこには裕子が立っていた。
「中澤先生・・・・どうしたんですか?よくわかりましたね、ここ」
あたふたしながら、ドアも開けずに圭織が声をかけると、裕子は幾分ふらついた様子で言葉を返す。
「アンタなんか、全然ダメや・・・・」
「あの、そういうこと、言いにワザワザ・・・・」
ダメな事は自分でも十分にわかっている。
激高した圭織はすぐに追い返そうと思ったが、急に裕子の顔つきが豹変し、甘えるような猫なで声が聞こえてきた。
「ねえー、お願い。ウチが心療内科に通っている事、誰にも言わないで、ね、お願い」
圭織はあきれながら、「言いませんよ」とついドアを開けてしまった。
その瞬間に裕子はするりと扉の隙間を抜けて上がり込んできた。
「ちょっと、ちょっと、ちょっと・・・・」
圭織の制止など気にもとめずに、部屋の真ん中まで踏み込んできた裕子は、目の前の光景に唖然とした。
天井いっぱいに洗濯物がぶら下がり、床には足の踏み場もないほどに物が散乱している。
とても女性の部屋とは思えない散らかりようだ。
圭織はばつの悪さと恥ずかしさでいつもの腹痛が始まり、そのまま裕子を残してトイレに駆け込んだ。
69Karte1:2001/07/16(月) 22:32 ID:jIb/xT4k
圭織が戻ると、裕子はもうすっかり部屋になじんだかのように、ちゃぶ台の前に座ってタバコに火をつけている。
圭織は仕方なく台所から灰皿を持ってきて差し出した。
「うち、禁煙なんですけど」
「知ってる。それよりあれ、あの答えわかった?デリバリーピザのバイクが3台、なぜ住宅街を並んで走っているか」」
「ああ、全然」
圭織はそっけなく答えた。
今はもうそんなクイズに付き合っているどころではない。
「3人組が、盗んで逃げてんの」
「・・・・何それ」
「それ以上に説得力のある答え、あるか?」
「いや、全然わかんないんですけど・・・・」
玄関前での話といい、今の話といい、こんな時間に突然訪ねてきて、いったい何なんだこの人は。
圭織はだんだんイライラしてきた。
70Karte1:2001/07/16(月) 22:32 ID:jIb/xT4k
「真実なんてどうでもエエってことや」
いきなり裕子は真顔になってそう言った。
しかし圭織にはさっぱり裕子の意図がつかめない。
するとまたもや裕子の表情がコロリと変わる。
まるで多重人格者のようだ。
「なあ」
「はい?」
「はいじゃなくて、ちょっと・・・・」
何を思ったか、裕子は突然そばに近寄り、圭織をぎゅっと抱きしめた。
あっけに取られ身動きもできずにいる圭織をしばらく抱え込んでから、そっと身体を離す。
「今、気持ち悪いと思った?あんたが気持ち悪いと思った時点で、被害者の誕生」
71Karte1:2001/07/16(月) 22:33 ID:jIb/xT4k
少しずつ、裕子の言葉が核心に近づいてくる。
「それ、テニス部の石川さんの・・・・」
「被害者がおるってことは、イコール加害者の誕生やね」
「何が言いたいんですか?」
「別に」
「・・・・カウンセラーは、相手の言葉を聞いて信じて受け入れてあげる事から始まるって教わりました」
「なあ、知ってる?人は身を守る嘘をつくために言葉を覚えたんやて」
なんてちぐはぐな会話だろう。
彼女はいったい何を言いに来たのか。
ため息をつきながら、その言葉に対する反論を考え、ふと頭を上げると、裕子はタバコを指にはさんだまま眠りに落ちていた。
「・・・・不眠症ね」
そっとタバコを抜き取り、裕子の背中に毛布をかけてやる。
そして圭織は、少しだけ今日の苦悩と心の痛みを忘れていた自分に気付いた。
もしかしたら裕子は、落ち込んでいる自分を心配して来てくれたのかも知れない。
ふとそんな考えが圭織の頭に浮かんだ。
72名無し娘。 :2001/07/18(水) 00:10 ID:Pnqqw8Yk
元ネタ知らないけど、この話は面白い。
73Karte1:2001/07/18(水) 21:02 ID:7APRmWtM
翌朝、パソコンから流れるメールの受信音で圭織は目を覚ました。
そこにはもう裕子の姿はなく、裕子にかけてあった毛布は自分にかけられている。
梨華からのメールに違いない。
あわててボックスを開く。
『誰も助けてくれない、死ぬしかない ブルー』
「石川さん・・・・」
次に瞬間には部屋を飛び出していた。
圭織の脳裏には、春休みにあの美しい花壇に飛び下りた生徒の死のイメージが浮かんでいる。
学院の屋上を目指して、圭織は全力で走った。
絶対死なすわけにはいかない。
74Karte1:2001/07/18(水) 21:03 ID:7APRmWtM
扉を開けると、そこにはきちんと揃えられた1足の靴と、屋上のヘリで下の花壇をのぞき込む梨華の姿があった。
「石川さん」
「来ないで!」
思わず駆け寄ろうとする圭織を、梨華はキッパリと拒否した。
今にも飛び下りんばかりの姿勢、思いつめた表情・・・・。
圭織は凍りついたように動けなくなった。
どうしよう、どうしよう、どうしよう・・・・どうしたらいいんだっけ・・・・。
圭織は頭の中の教科書をめくる。
大学での授業、クリニックでの体験・・・・。
いろいろな状況を思い描いてみるが、マニュアルなど見つかるはずもない。
梨華から目だけは離さずに、圭織は必死で考えをめぐらせた。
「無理だよ・・・・」
梨華はあきらめたようにそう呟いて、再び背中を向ける。
ゆっくりと青空をあおぐと、気持ちよく飛べそうな気がした。
75Karte1:2001/07/18(水) 21:03 ID:NgWtb8iY
「わかるの!・・・・わかるから」
圭織はとっさに叫んでいた。
「だって、私があなただったら・・・・やっぱり死にたくなっちゃうもんね」
ああ、何を言ってるんだろう。
これではまるで逆効果だ。
相手の言葉を聞いて、信じて、受け入れてあげる・・・・でもその先は?
頭が真っ白になっていく。
梨華の気持ちは痛いほどわかったが、彼女をここまで追いつめたのは自分なのだ。
圭織にはうまい言葉が見つからなかった。
「どっか行ってよ」
梨華はあきれたようにそう言った。
「それはできない!ここにいる。最後まで、ちゃんと見てるから」
最後まで・・・・!?
見ているだけでは、ダメなのに。
でも見ていてあげることで、梨華と同じ目線に立てるかも知れない、梨華の気持ちに近づけるかも知れない・・・・。
ぐちゃぐちゃになっていく頭の中を整理しきれないまま、圭織はただ立ち尽くしていた。
身体が動かない。
「あ・・・・」
梨華の足が、1段高くなっている屋上のヘリに上がった。
もう先がない。
絶体絶命。
次の一歩は間違いなく、死への一歩だった。
76Karte1:2001/07/18(水) 21:04 ID:NgWtb8iY
屋上のヘリに立つ梨華のスカートが、下から吹き上がる風にあおられ、ひるがえった。
圭織はその姿を呆然と見つめるだけで、極度の緊張からか身体は1ミリも動かない。
どうしよう、どうしよう、どうしよう・・・・頭の中は同じところをグルグル回るばかりだ。
記憶の彼方から得体の知れない黒い影がぼうっと浮かび上がっては、消える。
思い出したくないその黒い影の再来に、圭織の思考回路は停止していた。
突然、バタントいう音とともに屋上の扉が開き、中から裕子が現れた。
周囲の事などまったく気にもせず、白衣の胸ポケットからタバコを取り出し、口にくわえる。
屋上でタバコを吸うのは彼女の日課なのだ。
シュポッと音を立ててライターに火をつけたその時、ようやく唖然として裕子を眺めている2人の存在に気付いた。
「何や」
2人して私の楽しみを邪魔しないでよ、とでも言いたげなその態度は、涙を浮かべた圭織のすがるような視線にも、靴を揃えて屋上のヘリに立つ梨華にも、いっさい頓着なし。
なんとも間の悪い空気が流れた。
急に気が抜けてしまったのか、梨華は屋上のヘリから下りて靴を履き、何事もなかったかのように出口に向かってすたすたと歩き出した。
「石川さん・・・・」
すれ違いざま、圭織が涙声で名前を呼ぶと、梨華は平然とこう言った。
「バカじゃないの。本気だとでも思った?」
そして裕子に向かって「おはようございます」と律儀に挨拶し、梨華は出て行った。
77Karte1:2001/07/18(水) 21:05 ID:7APRmWtM
よかった。
助かった。
あの時の梨華は真剣だった。
いつ飛び下りてもおかしくない状況だった。
なのに自分は、いったい何をしていたのか。
何を考えていたのか。
自分でもよく覚えてないのだった。
「どう見ても飛び下りる寸前に見えたんだけど、ウチには」
裕子はタバコをふかしながら、呆れ顔で圭織を見ている。
「・・・・はい」
「アンタ、何してんの」
「いやー・・・・」
「アンタはどう見ても止めようとしているようには見えへんかったんやけど。ウチには」
「はい」
「はい?」
裕子の言うとおりだった。
裕子が現れなかったらどうなっていただろう。
「・・・・なんか、石川さんが納得できるような、止める理由、見つからなくて・・・・ならもう・・・・見てるしかないかって・・・・アアー、なんなんだっ、私・・・・」
今の圭織には、子供のような言い訳以外に返す言葉はない。
カウンセラーの責任、という以上に、もう人間として最低だ。
圭織はそんな自分を持て余し、頭を抱えて絶叫した。
裕子がそっと目の前にタバコを差し出す。
「この10年吸ってないんで、結構です」
抜けきった魂を探し求めるかのように、圭織はふらふらとその場を去った。
78Karte1:2001/07/18(水) 22:44 ID:NgWtb8iY
「バカみたい・・・・」
誰に語るでもなく、梨華はそう呟いた。
屋上を目指したあの時、本当に自殺するつもりだった。
最後に残された手段として自ら死を選んだのに、実際に屋上に立ってみると目がくらみ、足がすくんだ。
カウンセラーの圭織が見ている前で、途方に暮れる自分がいた。
そして、裕子が現れたあの時、心のどこかでほっとしている自分がいたのだ。
こんなに苦しいのに、こんなに辛いのに、自殺する勇気もない。
そんな自分自身にほとほと嫌気がさしていた。
ぼんやりと階段を下りていると、寺田に呼び止められた。
「石川、ちょっと・・・・」
79Karte1:2001/07/18(水) 22:45 ID:NgWtb8iY
「反省文?」
圭織が呼ばれて職員室に入ると、そこには山崎や都築、そして田中らの面々に取り囲まれた梨華の姿があった。
「解決策としてはそれがいい、ということですか」
「生徒の親からこの件について何本か電話が入っておりまして」
「それは、どういう・・・・」
「つまりその、教師による、生徒に対するセクハラがあったのか、というような・・・・」
「まずいな、それは。まずいよ」
時間を気にしながら、早く終わらせろと言わんばかりに山崎がせかす。
田中はどっしりと腕を組み、目をつぶって一部始終を黙って聞いていた。
「ですから、そういうことは事実無根で・・・・石川本人が謝罪し、反省文を提出するという事で」
ようやく事の重大さに気付き始めた圭織は、何とかその展開を阻止しようとするが、口をはさむ隙がない。
「あの・・・・」
圭織の弱々しい声は、すぐに誰かに邪魔された。
とうとう都築は威圧的な物言いで梨華に向かって指示を始める。
「田中先生の厳しい練習についていけなかった。それから逃れたい。だからああいう嘘をついた。そういうことだったわけだね?」
梨華は何も答えずに、ただうつむいている。
「あの、すいません・・・・」
圭織の発言はむなしく宙を舞った。
「じゃ、石川くんには、今日中に反省文を提出してもらう、ということで。担任の寺田先生も、それでいいですね」
「・・・・はい」
80Karte1:2001/07/18(水) 22:45 ID:7APRmWtM
「あ!」
山崎が終止符を打とうとした時、突然裕子の素っ頓狂な声が聞こえてきた。
一同の視線が裕子に集まる。
「燃えてる・・・・」
裕子は灰皿の中で燃え始めたタバコをあたふたと消した。
場の流れが一瞬止まる。
山崎たちは怪訝な視線で裕子をにらみつけた。
「では、そういうことで・・・・。いいですね、いいですね」
気を取り直してそう念を押すと、山崎は立ち上がり携帯電話で会話をし始めた。
しかし、このまま終わらせてはいけない。
解散寸前のところで圭織はようやくうわずった声を上げた。
81Karte1:2001/07/18(水) 22:46 ID:NgWtb8iY
「すいません!・・・・なんで、反省文なんでしょうか。違うんじゃないでしょうか」
どうしても納得いかなかった。
梨華の気持ちも考えずに、ことを丸く納めようとする幹部の態度が許せなかった。
「あの、石川さんの気持ちをもっと大切に聞いてあげるべきだと思います」
「あんたね!」
今まで黙っていた田中が初めて立ち上がり、声を荒げる。
「スクールカウンセラーだかなんだか知らないけど、何でもかんでも生徒が正しくて教師が間違ってると、そうやって学内を混乱させるのがアンタの目的なんですか」
「そんなことは、ないです」
「昨日今日来たばかりのアンタに生徒の気持ちうんぬん、よく言えるもんだね。この僕とあなたと、どっちが石川のことを考えてると思う!ここにいる先生方に聞いてみなさいよ」
脅迫するかのような田中の激しい口論に圭織はたじろぎ、消え入りそうな声で、やっと反論する。
「昨日にしても、今日にしても、こんな皆さんのいる前でなんて、石川さん・・・・言いづらい事だって・・・・」
梨華の気持ちなどに心を配る人間はいない。
何を言っても無駄なのだ。
そう思うと、焦りと悔しさが込み上げ、気持ちは空回りしていく。
そしてとうとう感情を抑えきれずに涙がこぼれ落ちてしまった。
「こりゃ驚いた。仮にもスクールカウンセラーさんが、こういう席でそうやって泣きますか」
「・・・・これは、デリケートな問題なんです」
声にもならない涙まじりの声で、圭織はそれでも懸命に田中に食い下がった。
「そうだよ。デリケートな問題だよ。僕はアンタに、加害者にされたんだからな」
射るような田中の目、周囲の教師たちの冷ややかな視線。
圭織は追いつめられ、お腹がキリキリと痛み始めた。
82Karte1:2001/07/18(水) 22:47 ID:NgWtb8iY
「あたし、書きます。反省文、書きますから」
今まで黙っていた梨華が、突然口を開いた。
力強く、しかしどこかあきらめたようなその口調に、圭織は頭を殴られたような気がした。
「石川さん・・・・」
梨華が自ら、この問題を終わらせようとしている。
これでいいはずがない、納得いかない・・・・。
しかし今の圭織にはもう梨華を救う手段が見つからなかった。
「じゃ、いいですね?そういうことでいいですね」
都築が念を押すと一同はホッとしたように立ち上がり、そそくさと去っていった。
梨華もまた、うなだれる圭織から目を背けるように退室していく。
廊下に集まった野次馬の生徒たちも、もう梨華の目には入らなかった。
今までと同じように自分だけが我慢すればいいのだ・・・・。
そうするしかないのだ・・・・。
83名無し娘。:2001/07/19(木) 22:01 ID:WntJqCUQ
ハマった!期待してます
84名無し娘。:2001/07/23(月) 00:07 ID:ooQUh3Hk
ほぜん
85名無し娘。:2001/07/25(水) 00:15 ID:scCZMVIU
86S.S
いつ更新できるかわからない状況になってしまいましたのでM-seekに移転させていただきます。
保全してくれた方、紹介してくれた方ありがとうございました。