小説「新・LOVE論外伝」

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1申魔法楽団
http://www.interq.or.jp/yellow/hiuga/morning/novel/love.html
↑過去ログ(保存屋さん、使わせて頂いてます)

本編をほっぽりだして、外伝です。
元々、何を書きたかったのかすっかり分からなくなりました。
2申魔法楽団 : 2000/12/27(水) 20:32 ID:aBo40Al6

あのときの感触が、まだこの指に残っている。

『男たちがあれに夢中になる理由は、あの瞬間が射精に酷似しているからだ』
って話を聞いたことがある。
もし、それが本当なら、私は擬似的に男性としてイク経験をした。

私の手の中から放たれたバレットが、つんくさんの柔らかな肉に潜り込んで
いく甘美な感触を、確かに、この手のひらに感じた。

そう。私は、三度、達したのだ。
3プロローグ : 2000/12/27(水) 20:33 ID:aBo40Al6

鈍く光る、冷たい鉄の筒に、つつ……と指を滑らせる。
もう、撃ち出す弾はないのだけれど、これを腰にぶら下げていると、本当に
男になったような気がした。

可愛いだけの、か弱い存在なんてまっぴらだ。
私は、強くならないといけない。
私には、守らなくてはならないヒトがいるから。

私は、

私は、男だ。
4: 2000/12/27(水) 20:34 ID:aBo40Al6

『新・LOVE論外伝〜吉澤震〜』
5吉澤震−1 : 2000/12/27(水) 20:35 ID:aBo40Al6

マレーシアの朝。
ホテルのドアが、いきなり開け放たれた。
私は、凍り付いた。

「ひとみちゃん、朝御飯食べに――」
ノブに手をかけたままの姿勢で、梨華も、驚きの表情のままで硬直していた。

「なんだ、梨華っちか……。驚かすなよ。さっさとドアを閉めて、中に入りな」

私は、ちょうどサスペンダータイプのホルスターに拳銃を差し込んでいるところ
だったのだ。きっと、すごい顔で、梨華を睨んでいたんだろうと思う。

写真集と、特番の収録と、雑誌の取材を兼ねた、海外遠征。
モーニング娘。たちは、入国審査をノーチェックで通ることが出来た。これまでも
そうだったから、安心して、拳銃を持ち出せた。
6吉澤震−1 : 2000/12/27(水) 20:36 ID:aBo40Al6

「ひとみちゃん、まだそのぴすとる、つんくさんに返してなかったの?」

非難の目を私に投げかけながら、梨華は部屋に入ってきた。
この銃は、つんくさんが起こした梨華の誘拐騒動(狂言)がらみで手に入れたもの
(新・LOVE論〜いしよし編〜参照)だった。
ただ、弾は入っていない。
つんくさんに全弾、ブチ込んでしまったから。

「ねえ、見つかったら、怒られちゃうよ。そんなの、ポイしようね? ね?
ひとみちゃん」
はい、と、両手を差し出して、ちょうだいのポーズ。

「うっせ、ブス」
もーっ、と梨華は頬を膨らませて、怒ったぞ、と言いたげに、腕を振り回した。
7吉澤震−1 : 2000/12/27(水) 20:36 ID:aBo40Al6

可愛いな、と思う。
昔は、そんな風に感じること自体がまるで変態みたいに思ってたから、押しとどめ
もしたけど、もう、あれこれ考えるのはやめた。
ただ、感じるままに、行動する、って決めたんだ。

「怒られる程度じゃ済まないよ。拳銃の所持は、立派な犯罪だからね」
「余計ダメじゃない。いいから、それ、こっちに渡しなさい」
梨華が、私の脇腹に手をのばした。
その手首をつかみ、ぐい、と引き寄せる。

「――!!」

鼻の頭同士が触れ合わんばかりの距離で、じっと、梨華の瞳を覗き込んだ。
8吉澤震−1 : 2000/12/27(水) 20:37 ID:aBo40Al6

拳銃を手に入れてから、私は、確実に変わった。
少なくとも、梨華と二人でいるときは、まるで男のように振る舞うようになった。

私にじっと見られてるうちに、梨華の目が潤んできた。
「……カーテン、空いてるよ」
「それで?」
梨華は、唇を半開きにして、静かに瞼を閉じた。

私は、どん、と梨華をベッドに突き飛ばした。
そして、ゲラゲラと笑った。

「キスされるとでも思ったのか? まったく、フェロモンまき散らしてるんじゃ
ないよ。色気バカ」

梨華は、口を尖らせて、泣きそうな表情を作った。
私は、彼女をベッドに置き去りにして、ユニットバスに向かった。
9吉澤震−1 : 2000/12/27(水) 20:37 ID:aBo40Al6

洗面台の横に置いている、フロントで借りたラジオのスイッチを入れる。キューバ
の古い音楽が流れてきた。
口笛を吹きながら、ジェルで、髪を乱暴に後ろに撫でつける。

薄い青のサングラスをかけると、胸のふくらみを除けば、少年のように見えた。

クローゼットから、黒のジャケットを取り出す。
軽くはおってみて、姿見に全身を映した。

脇の下の拳銃は、外からではまったく分からない。

(よし)

「私、格好いいかな?」

鏡ごしに、梨華に話しかける。
10吉澤震−1 : 2000/12/27(水) 20:37 ID:aBo40Al6

両手をあごの下に、うっとりとした表情を浮かべていた梨華は、鏡の中の私に
見られて、間抜けなほどに慌てた。

「うん、うん。すっごくかっこいいよ!」

「そっか。……なら、今日は矢口さんでも誘惑するかな」

梨華は、枕を抱きしめた格好で、ふてくされて横を向いた。

冗談だよ、朝御飯食べに行こうか、と、梨華の頭に手を乗せて、私は言った。
11申魔法楽団 : 2000/12/27(水) 20:38 ID:aBo40Al6
続く
12名無し娘。 : 2000/12/28(木) 14:45 ID:0vy277J2
これはこれで楽しいけど・・・。
いちごま編はどうなったの?
13申魔法楽団 : 2000/12/28(木) 20:00 ID:tI8JT3rw
>>12さん
ううう……(汗
いちごま編、思いつかなかったんで、気楽に書けたこっちに逃げました。
14吉澤震−2 : 2000/12/28(木) 20:01 ID:tI8JT3rw

レストランへと降りるエレベーターで、妙な白人に会った。
でっぷりとした、赤ら顔のいやらしそうなオヤジだ。
オクラハマ州で牧場でも経営してそうな、成金田舎モノの空気を
ぷんぷんと漂わせていた。

そのオヤジは、梨華に、英語でなにかを話しかけた。梨華は、英語
が分からなくて、曖昧な表情で笑った。

と、いきなりオヤジは、梨華の露出していた肩を、ペタペタ触った
のだ。

「やめて下さい」
眉を八の字にして、気弱そうな表情で拒絶する梨華。でも、オヤジ
は、オーバーなしぐさで、梨華を抱擁しようとした。
15吉澤震−2 : 2000/12/28(木) 20:01 ID:tI8JT3rw

いつまでも黙って見てた訳じゃない。

「クソオヤジ。手を離せよ馬鹿野郎」

毛むくじゃらの腕に、思い切り平手で叩いた。

オヤジは、その時になって初めて、私が女だってことに気付いた
らしい。英語で、なにやら女性にとっては侮蔑的な言葉を吐き
ちらした。

そして、やわら、私の胸をつかんだのだ。

私は、触られた、ってことより「お前は女だ」って指摘されたこと
に逆上した。こぶしを作って、オヤジの鼻の真ん中を殴りつけた。

オヤジは、鼻を押さえて、私を突き飛ばした。なんたって、梨華の
十倍は体重のありそうなヤツだ。私は、文字通り、吹っ飛ばされた。

ははは。
日本じゃ、こんな体験をすることはないだろうね。

モーニング娘。の吉澤ひとみも、ここじゃあ単なるねーちゃんに
過ぎないって訳だ。
16吉澤震−2 : 2000/12/28(木) 20:02 ID:tI8JT3rw

(……って、ふざけんなよ、オヤジ)

抜くか──?

脇の下の、固い感触が、私を萎縮させないでいた。
弾は入っていないけど、脅しには充分だろう。

だけど……

「ひとみちゃん、大丈夫?」

オロオロと、梨華が私のそばにしゃがみこむ。
もう泣きそうにしてる。

他のお客さんたちが歩いてくる気配がした。
白人のオヤジは、ニヤニヤと私たちを見下ろし、足早に立ち去った。
17吉澤震−2 : 2000/12/28(木) 20:02 ID:tI8JT3rw

「もー、裕ちゃんやめなよ」
「ええから、ちょっと触らしてみ……お、なんやぁ、石川と吉澤や
んか。二人とも仲ええなあ。なんや、どうしたん?」

中澤さんと矢口さんだった。
最近、二人は──特に、中澤さんが矢口さんを見る目は、どこか普通
じゃない、執着のようなモノを感じる。

とにかく、助かった。

「ひとみちゃん、大丈夫だった? わたしのせいでゴメンね」

全身が脱力するのと入れ替わりに、汗がどっと出てきた。
(さっき、拳銃を抜いたら、どうなっていただろう)

梨華が、心配そうに私の頬を撫でているのを、中澤さんは微妙な表情で
眺めていた。
18吉澤震−2 : 2000/12/28(木) 20:03 ID:tI8JT3rw

        ◇
19吉澤震−2 : 2000/12/28(木) 20:03 ID:tI8JT3rw

ホテルの二階にある、大きなレストラン。
朝食のチケットを渡して、海の見えるテーブルを陣取った。

「つんくさんは、まだこないんですか?」
娘。たちは全員、テーブルに集まっていた。隣りには、スタッフ
さんたちや、マネージャーさんたちも揃っている。
ただ、当のつんくさんがまだ来てなくて、朝食を取りにいけない
のだった。

「ねえ、ひとみちゃん。なんで、食べ放題のことをバイキングっていうのかなあ」
「知らないよ」

梨華を適当にあしらいつつ、先に取っていたオレンジジュースを
飲んでいた。
20吉澤震−2 : 2000/12/28(木) 20:03 ID:tI8JT3rw

と、いきなり、

『すまんすまん、準備に手間取ってもうたわ』

ガンガンにエコーがかかったつんくさんの声が、ホテルのスピー
カーから流れた。

中澤さんが、キョロキョロと、忙しく辺りを見回した。

「なんや、つんくさんがまたなんかしでかそうと──」
そのまま、絶句した。

入り口から、白馬にまたがったつんくさんが、

『♪ステ〜イ ウィズ ミィ〜』

マイク片手に、歌いながら登場したのだ。
21吉澤震−2 : 2000/12/28(木) 20:05 ID:tI8JT3rw

「マジなの!?」
「ここ、ホテルの中だよ」
「なんでキンキ歌ってんねん!!」
「誰かあいつを止めろ」

ところが、外人の客たちは、ウォーッ、と歓声をあげて、つんくさんを迎えた。
(大歓迎だ……)
外人の感覚は、よく分からない。

『おおう、サンキューサンキュー』

だが、白馬が何歩も歩かないうちに、つんくさんは屈強なボーイさんたちに引きずり
下ろされて、どこかへ連れていかれてしまった。

私は席を立って、
「梨華っち、ごっちん、朝ごはん取りにいこうよ」
皿を取って、オムレツを作ってくれるトコロに向かった。
22吉澤震−2 : 2000/12/28(木) 20:08 ID:tI8JT3rw

ベーコンを入れた大きなオムレツ、そして山盛りのポテトサラダと格闘してる間に、
つんくさんは帰ってきた。

「なんや、あいつら、シャレ通じへんなあ」

ぷりぷりと怒っていた。

「なんでやねん!」
裕ちゃんがツッコミ入れていた。

プリンを十個ほど皿に乗せて、満面の笑みで席についたつんくさんに、

「つんくさん、あの白人、知ってます?」
今朝の、セクハラオヤジが向こうに座っていたのだ。
黒いスーツの、若い男たちが取り巻くように座っていて、どうやら、地元の有力者
のようで。

さっき、オヤジの存在に気付いた時に、イヤな予感がしてた。
23吉澤震−2 : 2000/12/28(木) 20:09 ID:tI8JT3rw

「なんや、あいつに用なんか? 今度の仕事相手の1人やで」

内心、舌打ちした。

「ちょっと、ここでは言えない話があるんですけど」
「エエで。じゃあ、1時間後に。俺の部屋で」
「はい」

テーブルに戻ると、ヨーグルトを、どんぶりみたいな容器いっぱいに入れた梨華が、
しゃもじみたいなスプーンで口一杯に頬ばってるトコロだった。

「ちょっと、ここのってプレーンだから、砂糖とかブルーベリー入れないと──」
「ひとみちゃん、これ、すごくすっぱい」

私は、横を向いて肩をすくめた。
24申魔法楽団 : 2000/12/28(木) 20:25 ID:tI8JT3rw
続く
25吉澤震−3 : 2000/12/29(金) 22:35 ID:zLXfgjhw

「おう、吉澤、待っとったで。……なんや、あんときの拳銃やんか。まだ持ってたんか。
って、こら、こっちに銃口の○を見せんな。待て、こら待てって」

カチッ

「弾、もう無いんですよね」
「やからって、引き金ひいて説明することないやろ」

私は、拳銃をホルスターに戻した。
つんくさんの個室は、プロデューサーだから、とても豪華なのかな、と思ったけど、違った。

つんくさんがいる、って聞かされた場所は、ホテルの裏手の資材置き場みたいなトコロで、

野ざらしの場所に、テントが張ってあった。
中に、キャンプ用品が入れられていた。
そして、

「……なんですかアレ」
「土管や」
26吉澤震−3 : 2000/12/29(金) 22:36 ID:zLXfgjhw

それだけで、つんくさんが何を考えてるのか分かった。
きっと、某番組を見て、マネしたかったに違いない。

あえてそれには触れず、

「この拳銃用の、弾が欲しいんですよ」
直接、用件を切り出した。

「ふーん」
つんくさんは、おもちゃを見つけた子どものような表情になった。

「なんで、そんなこと思うんや?」
私は、手の中の拳銃を弄びながら、
「弾がないと、脅しにも使えないですから」

朝の屈辱を思い出して、少しだけ体温があがった。
もし、あれが暴漢だったなら、私も梨華も、無事では済まされなかっただろう。
やっぱり、力は必要なんだ。
27吉澤震−3 : 2000/12/29(金) 22:37 ID:zLXfgjhw

私の思い詰めた表情を見て、
「分かったわ。まあ、こっちなら、そーゆーのは簡単に手に入るしな。ただし――」

つんくさんは、ズボンのポケットをジャラジャラやって、手を広げて、私に差し出した。
2発、弾があった。

(やっぱり、つんくさんは、あっち側の人間なんだ)

これは、手付け分や、とつんくさんは言った。
「ちょっと、仕事を手伝って欲しいんや。あんまし表だっては行動でけへんねんヤツでな。
まあ、当然、若いのも連れてきてるけど、吉澤の方が腹座ってるみたいやし」

私は、つんくさんの手のひらの銃弾を、食い入るように見ていた。それは、暴力、という、
圧倒的なエネルギーの結晶のように見えた。

「分かりました」

私は、つんくさんから、銃弾を受け取った。
それは、熱を持っているかのような錯覚を覚えた。

「今回の取引相手は、こいつや」
出された写真を見て、私の心拍は上がった。
今朝の、白人だった。
28吉澤震−3 : 2000/12/29(金) 22:38 ID:zLXfgjhw

「なんや、いわくがあるみたいやな」

ニヤニヤ笑いのつんくさん。きっと、ある程度はお見通しなんだろう。

「こいつは、ハッキリ言って、地元の興業ヤクザや。アジアでのモーニング娘。の人気は、
吉澤もよう知ってるやろ? で、非公認のビデオとか写真集を流通させて、荒稼ぎしてん
ねんな。この情報は、アップフロントも、まだ知らへん。俺の、独自のネットワークで掴
んだ情報や」

「こいつを潰すんですか?」

なんでやねん。そんな勿体ないことするかいな、とつんくさんは言った。
ジュラルミンのケースを取り出し、中を開けて見せてくれた。

中には、無数の、モーニング娘。の生写真があった。

「こいつを、裏のルートに乗せて、アジア全土に流通させる。そのための取引や」

……これは、事務所から出ているオフィシャルバージョンじゃない。
それどころか……
29吉澤震−3 : 2000/12/29(金) 22:39 ID:zLXfgjhw

「市井さんとごっちんのツーショットばかりじゃないですか。よくもまあ、こんなに
集めましたねえ」

つんくさんは、このときばかりは、純粋に嬉しそうに、

「そうや。海外から、いちごまをブームにするんや。やる気がない、ってのが生来の
性格に見える後藤の過去には、市井脱退、という、大きなファクターがあった、って
バックストーリーや」

私は、ため息をついた。
ふと、ジュラルミンケースが二重底になっていることに気づいた。
……私が拳銃を持ち込むときと同じやり方だったから、すぐに分かった。

「あっ、それは……」
私が無造作に隠しを開ける間、つんくさんは、気まずそうにしていた。

そこにあったのは、
30吉澤震−3 : 2000/12/29(金) 22:41 ID:zLXfgjhw

「ま、まあな、こういう地道な活動が、世界にいしよしを広めることに(ガチャリ)
ちょっと待て。何で撃鉄起こしてるねん。お前、さっき弾込めたやろ。冗談にならへん
から、拳銃をしまっていただけないでしょうか」

私と石川の写真だった。

しかも、今朝の、黒いジャケット姿で、鼻が触れ合わんばかりに見つめ合ってる写真まで
あった。

盗撮か!!

「分かった、分かった。流通させるのはやめや。俺個人の楽しみにする。そやから、落ち着け」

これは全部没収します、と宣言して、私は、二人の写真をポケットにねじ込んだ。

ちえっ、と舌打ちして、つんくさんは納得してくれた。
31申魔法楽団 : 2000/12/29(金) 22:42 ID:zLXfgjhw
続く。
年内の更新は、もうないです。きっと。
32名無し娘。 : 2000/12/30(土) 01:43 ID:NbnVE7NI
おもろ
かくし芸ドラマの薫りがする
33名無し娘。 : 2000/12/30(土) 13:37 ID:f6avwVzI
おもしろい!!
34名無し娘 : 2001/01/02(火) 11:30 ID:srgLsb9U
続き頼む
35名無し : 2001/01/03(水) 02:20 ID:9JOafbek
うあっ!
外伝でぁ。うれすぃ〜♪
しかし、吉澤がグレている……
36吉澤震−4 : 2001/01/03(水) 19:27 ID:4QBiq3u2

今日のスケジュールは、砂浜に出て、グラビアの撮影だった。水着っぽい、
パレオを巻いた衣装で、何枚か、写真を撮った。

「え〜、そうですかあ。そんなことないですよ〜」
「こういうの、得意だったんですよぉ」

カメラマンさんや、スタッフの人と、普通の女の子として言葉を交わす。
梨華は、そんな私を見て、何かいいたげに、微笑していた。

分かってる。梨華は、喜んでいるんだ。
二人でいるときだけ、本当の吉澤ひとみを出してくれる、って思ってるから。
37吉澤震−4 : 2001/01/03(水) 19:29 ID:4QBiq3u2

つんくさんは、大通りにあるスタジオで、今度発売する、ベストアルバムのミックス
に付きっきりだ、って話だった。ベストなんだから、何もすることないんじゃないかな?
って思ったけど、結構、手を入れるみたいだ。

だから、仕事を手伝うのは、夜になりそうだ。

「ねえ、よっすぃ、なんでそんな隅っこに座ってるの?」
一通り撮影も終わり、休憩になった。

ビーチの側にある、ドリンクを出してくれる海の家? みたいなとこで、マネージャー
さんたちと休んでいた。
38吉澤震−4 : 2001/01/03(水) 19:31 ID:4QBiq3u2

「ああ、ごっちん。ここからなら、店の中を見渡せるから……ううん、なんでもない」

別に、なにも警戒する必要もないんだけど、店に入ると、なんとなく、脱出経路を
チェックしたり、挙動不審な客をマークするクセがついてしまっていた。

「ひとみちゃん、トロピカルドリンクだよ」

両手で大きなドリンクを抱えた梨華が、私のテーブルに戻ってきた。
ごっちんと梨華は、ちら、と視線を交わしあった。
わずかな時間に、いろんな攻防の初戦が行われたみたいだ。

「最近のよっすぃさ、市井ちゃんに似てるんだよね」
「そうかな?」

だん、と、梨華が、私の目の前にドリンクを置く。梨華の顔を見上げると、ふん、と
視線をそらされた。
39吉澤震−4 : 2001/01/03(水) 19:32 ID:4QBiq3u2

(別にごっちんは、私のことを梨華みたいな感情では見てないよ。どうしてそれが分かんないかな)

めんどくさい。

「ね、ね。よっすぃ、一緒に飲もうか。んー」

また、ごっちんの方は、梨華の反応を面白がってるフシがあって、露骨に挑発したりする。
私のドリンクに、二つ差してあるストローの一つをくわえて、もう一つを私に差し出して
きた。

あ……梨華、怒るな。これは。
きっと、同じことを、私としたくて、二つ差してきたに違いないから。

しかし、今日の梨華は、ひと味違った。

「私が飲みます」

梨華が、がばっ、とストローに吸い付くと、一気に半分くらい、ずずずっ、と飲み干して
しまったのだ。
40吉澤震−4 : 2001/01/03(水) 19:45 ID:4QBiq3u2

私は、席を立った。
「二人とも、仲良くやってよね」

「あ、ひとみちゃん」

さっきから、気になってたんだ。
私は、出入り口付近でたまっている集団のトコロに移動した。
スタッフの人が、現地の人と口論している。

通訳の人の話だと、どうも、自分のカバンと、私たちのカバンとを勘違いしているようで、
所有を主張し続けて、困っているらしい。

「とりあえずさ、店の中じゃあ迷惑だから、外で話をしよう、と言ってます」
通訳の人の言葉。
41吉澤震−4 : 2001/01/03(水) 19:46 ID:4QBiq3u2

ふん。
勘違いな訳ないじゃん。
その男、店に入ってくるとき、手ぶらだったんだよ。

それに──

男性スタッフ三人と、通訳の人と、私たちのマネージャーは、店の外に出ていった。

私は、テーブルに戻った。
ずっしりと重い、自分のポーチを手にする。

「どうしたの、ひとみちゃん。なにかあったの?」
「別に」

挙動不審なのって、彼だけじゃなかったんだよね。

(二重三重のワナだなあ)

私は、出入り口に回り込んだ。
ちょうど、現地の子どもが走って、ドアをくぐり抜けようとしていたトコロだった。
42吉澤震−4 : 2001/01/03(水) 19:46 ID:4QBiq3u2

どん、と、その子と衝突する。

「気を付けてね、きみ」

その子は、私の顔を見て、怯えたような表情でダッシュで逃げていった。

「これで、一つ目の問題は解決」

私は、水着の上からパーカーをはおっただけの格好で、スタッフさんたちの後を追った。
43吉澤震−4 : 2001/01/03(水) 19:47 ID:4QBiq3u2
        ◇
44吉澤震−4 : 2001/01/03(水) 19:47 ID:4QBiq3u2

「どんな感じですか?」
店のウラで、激しく口論しているスタッフの人の横にいる、マネージャーさんに話しかける。

「なんかね、CCDカメラが無くなってる、って言うんだよ。あれ、何千万もするヤツなん
だよね」

案の定だ。

マネージャーさんに、耳打ちする。
(そろそろ、引き上げた方がいいですよ。このパターンだと……)

遅かった。
現地の男が、あと二人、路地の出口をふさぐように立っているのが見えた。

(私も、逃げられないじゃん)

「このパターンだと、何?」

ノンキに、マネージャーさんは言う。
45吉澤震−4 : 2001/01/03(水) 19:49 ID:4QBiq3u2
「──! ──!」

叫びながら、二人の男が路地に入ってきた。
通訳の人に、なにやらわめき立てた。

何を言ってるのかは分からなかったけど、大体、予想は出来た。どこの国でも、基本は同じだ。

「貴方が引き留めた、その男の借金取りだそうです。今日の三時までに、銀行にお金を振り込む
約束だったのに、入金がなされてない。お陰で、仕事がひとつフイになった、と言ってます」

口論していた男は、スタッフの人を指さして、がなり立てた。

「私を泥棒呼ばわりして、拘束した。私は盗んでいない。身体検査してもいい。だから、
損害賠償なら、こいつらにしろ、と言ってます」

ふむ。
つまり、CCDカメラの件は、この騒ぎで、無かったことにするつもりみたいだ。
まあ、保険をかけて海外に来てるんで、スタッフの人も、おおごとにするつもりはない
だろうし、ここまで用意周到にやられたら、もうダメだろうね。
46吉澤震−4 : 2001/01/03(水) 19:50 ID:4QBiq3u2

んで、明日辺りに、どこかの骨董品屋辺りで、盗まれたCCDカメラが売りに出される
んだ。その情報を持ってくるのが、この通訳さん。

盗んで、返して、お金をもらう。

ははは。
みんな、グル、って訳だ。

私は、通訳の人に、耳打ちした。

「……?」

通訳の人は、最初、何を言われたのか、分からない様子だった。

路地から見える通りに、さっき私とぶつかった子どもがいた。申し訳なさそうに、
こちらを見ていた。
47吉澤震−4 : 2001/01/03(水) 19:51 ID:4QBiq3u2

「そういうこと。カメラは、取り返してあるのヨー」

私は、笑いながら、スタッフさんたちに見えないよう、通訳の脇腹に、ポーチごしに、
銃口を当てた。

声を低くして、
「あんまり舐めたことしないでよね。これは、あんたたちの為に言ってるのよ。事務所サイド
からは話は行ってないだろうけど、今夜、あんたたちのボスと、うちのボス(つんくさんね)
で、取引があるの」

借金取りだ、と騒いでる男二人は、朝、あのセクハラ白人の取り巻きの中に見た顔だった。
つまり、通訳も含めて、こいつらはみんな、現地ヤクザの下請けだったってことだ。

通訳の人が、現地の言葉で男たちに何かを言った。
途端に、みなが動揺するのが分かった。
48吉澤震−4 : 2001/01/03(水) 19:53 ID:4QBiq3u2

「なに? なに? なにがあった?」

状況が飲み込めてないのは、スタッフさんたちだけだった。私が通訳と言葉を交わして
いたことや──それこそ、銃を突きつけてたことは、知る由もない。

「通訳さんが、話をつけてくれたみたいですよ。雰囲気がヤバくなる前に、撤収
しましょう!」

私の言葉に、

「でも、カメラが……」

イライラした。引き際も分からないんだろうか?

「CCDカメラなら、お店にありますよ」

店の中で騒ぎ立てることで注意を引いて、そのスキに、子どもがカバンから金品を抜き取る。
よくある手口だ。

私は、ここに来る前に、取り返したカメラを、プロデューサーさんに手渡してから来たのだ。
49吉澤震−4 : 2001/01/03(水) 19:54 ID:4QBiq3u2

さあ、さあ、とみなを急き立てて、路地裏から私たちは脱出した。
マネージャーさんの背を押しながら、私は視線を感じた。

ごっちんだった。

ごっちんが、大通りの野次馬たちにまぎれて、じっと、こっちを見ていたのだ。

(見られたかな?)

微妙な表情のごっちんは、私と目が合うと、店に戻っていった。

まあ、気にすることもないか。

私は、今の件が、夜の取引で有利に使えないか、あれこれ思いをめぐらせるのに夢中だった。
50申魔法楽団 : 2001/01/03(水) 19:55 ID:4QBiq3u2
続く
51名無し娘。 : 2001/01/04(木) 03:05 ID:sQlkFxs2
久しぶりの更新に感動。ぐわんばれ。。。
52名無し娘。 : 2001/01/04(木) 13:54 ID:psGF6A9U
53名無さん : 2001/01/04(木) 14:11 ID:iWoFu7ek
>>52
これは!?石川の流出ビデオか!?
・・・・・とでも言ってほしかったのか?

しかし、後藤のそっくりさんで売ってるくせに
石川の服を真似るとは意味がわからん。
54名無し娘。 : 2001/01/06(土) 04:10 ID:f9Hj2vms
久々に来てみれば随分と吉澤ハードボイルドになったなあ
55名無し娘。 : 2001/01/12(金) 17:29 ID:a9NUi5to
まだかにゃ?
56名無し娘。 : 2001/01/13(土) 04:27 ID:8HWkmCrs
おーい、どーしたーageちゃうぞ
57名無し娘。 : 2001/01/13(土) 15:27 ID:fkd4XacY
今日は皆さんにageをしてもらいまーす
58申魔法楽団 : 2001/01/14(日) 23:19 ID:pSFkaP5k
まだ、ぜんぜん書きためてないですけど、
粛正防止の為にも、ある分だけ、書いておきますです。
ごめんね、ちょびっとで。
59吉澤震−5(前編) : 2001/01/14(日) 23:22 ID:pSFkaP5k

夜の八時。
夕御飯のお弁当を急いで食べる。
この後は、メンバーはそれぞれに分かれて、ラジオの収録や雑誌の取材に入る。

私だけは、つんくさんが手を回しておいてくれたのか、自由時間になっていた。
「よっすぃだけ、ズルぃ〜〜」
石川は、なぜか、私の部屋に居座っていた。ホテルの地下にある24時間営業のファー
ストフードレストランから、お菓子とジュースを買ってきて、私のベッドに寝転がって
、ポリポリと食べている。

「梨華っちさ、オソロの収録あるんだろ? 早く行かないと、飯田さんに怒られるよ」

「よっすぃは、ドコに行く気なの。そんなおめかしして」

丁寧に髪を撫でつけている私の横顔を、不満げに見ながら言う。
60吉澤震−5(前編) : 2001/01/14(日) 23:24 ID:pSFkaP5k

ブルックスブラザーズの細身のカッターシャツ、濃紺のネクタイ。黒のスラックスをサス
ペンダーで吊している。

「これのドコが──」
「カッコイイ」

私は、ムシすることにした。
これがおめかし、っていうなら、石川のお洒落の基準は、オンナノコとして、間違っている。

「よっすぃ、私に秘密でデートなんでしょう!」
「……」
61吉澤震−5(前編) : 2001/01/14(日) 23:25 ID:pSFkaP5k

私は、無意識のうちに、頭をかいていた。
折角、撫でつけた髪が、くしゃくしゃに戻っていた。

(騒がれてもナンだし、口止めしとくか)

私は、サスペンダーを肩から抜いた。
ネクタイを緩めて、カッターのボタンを一つ外した。
62吉澤震−5(前編) : 2001/01/14(日) 23:25 ID:pSFkaP5k

        ◇
63吉澤震−5(前編) : 2001/01/14(日) 23:25 ID:pSFkaP5k

私は、タバコの明かりをかざして、ホテルの電話の受話器を探した。

『もしもし、吉澤? そっちに、石川いるでしょ?』

電話の相手は、飯田さんだった。
ベッドの横のサイドテーブルのスタンドの明かりを付ける。

「ええ、いますよ」

「……ん、なに? よっすぃ、誰?」

私は、タバコをくわえて、空いた方の手で、石川にストップをかけた。
ついでに、深く煙を吸い込む。
64吉澤震−5(前編) : 2001/01/14(日) 23:26 ID:pSFkaP5k

「はい。ロビーに集合なんですね。すぐに行かせます。分かりました」
煙と一緒、言葉を吐き出す。

受話器を置いて、
「飯田さんからだよ。もうみんな、ロビーにいるんだって」
ソファに掛けてあったスーツを手早く身につける。

「ちゃんと戸締まりしておいてよね。じゃあ、私は先に行くから」

少し、時間をとりすぎた。
私は、シワになったスーツと、手ぐしで簡単に整えただけの髪のまま、つんくさんの
土管の部屋に向かった。
65吉澤震−5(前編) : 2001/01/14(日) 23:27 ID:pSFkaP5k

        ◇
66吉澤震−5(前編) : 2001/01/14(日) 23:28 ID:pSFkaP5k

エレベータが開く。私は、フロアに備え付けの灰皿にタバコを押しつけて、

他人の気配に、身体の動きを止めた。

もう、体質的に、この格好で移動するときは、むやみに音がしないよう、スニーカーを
履くことにしている。

私は、壁際に身をひそめて、つんくさんの部屋の前でゴソゴソとなにかをしている男を
覗き見た。

(ボーイさん?)

服装は、ホテルの従業員のものだった。
ただ、ノックもしないで、鍵を空けようとしている。
しかも、周囲を伺う、その様子があからさまに怪しかった。
67吉澤震−5(前編) : 2001/01/14(日) 23:28 ID:pSFkaP5k

ただ、その挙動は素人くささ満点で、だから、私でも、相手よりも先に察知できた、
ってことで、

ってことは、あれは、オトリで、つまり──

(ワナか)

「動かないで」

静かな声で、私の背後から、首筋に、冷たいモノが押しつけられた。

全身の汗が、一気に噴き出し、そして凍り付いた。
まったく、気付かなかったのだ。
68吉澤震−5(前編) : 2001/01/14(日) 23:29 ID:pSFkaP5k

反射的に、銃のグリップには手が伸びている。
これを抜いて、相手に突きつけて、そして、

(引き金を引く)

脅し目的ではなく、相手に弾を撃ち込むことを目的とした行動と、意識。

とてつもない恐怖感はあったけど、不快ではなかった。

いや、そのとき私が感じていたのは、性的ななにかだった。

唇が乾き、半開きになる。
心臓が、いやにゆっくりと鼓動を刻む。
69吉澤震−5(前編) : 2001/01/14(日) 23:30 ID:pSFkaP5k

ここで、もし、相手が、ぴくり、とでも動いたら、私の身体も勝手に動いただろう。
私が動けなかったのは、相手の──彼女の動作が、あまりにも自然だったからだ。

優しく、といっていい柔らかさで、私の右手首はつかまれていた。私は、グリップから
手を外さない訳にはいかなかった。

「へえ。驚いたね。吉澤がこんなになってたなんてさ」

私の耳元で囁かれたその声に、私は驚愕の叫び声をあげそうになった。

(静かに)

唇を、彼女の手がふさぐ。

(あの男、私も尾行してたんだよ。今気付かれたらヤバいっしょ?)

私は、彼女の手のひらの感触と、手首からほの香るウルトラマリンに、なぜかうっとり
としてしまっていた。
70申魔法楽団 : 2001/01/14(日) 23:30 ID:pSFkaP5k
後編(もしくは中編)に続く。
71名無し娘。 : 2001/01/15(月) 16:19 ID:hEQDOP4Q
もしかしてちゃむ…?
72吉澤震−5(後編) : 2001/01/15(月) 22:09 ID:GgevjNTI

(もう、騒がないね?)

耳元で、彼女が囁く。
私は、ゆっくり頷いた。

指が私の唇から外された。ぬくもりが離れていくようで、軽い喪失感を覚えた。

私は、そろそろと、彼女の顔を見た。
(久しぶりだね、吉澤)

最後に会ったのは、去年の5月の、武道館コンサートだった。
まだ一年たっていないのだけど、ずっと昔のように思えた。

少し、やせたみたいだ。
少し、陽に焼けたみたい。

(久しぶりです、市井さん)

でも、にいっ、と笑った笑顔はそのままで、
私は、まるでデビュー直後の頃に逆戻りでもしたかのような錯覚を覚えていた。
73吉澤震−5(後編) : 2001/01/15(月) 22:18 ID:GgevjNTI

(あの頃の私は、世の中のしくみをなにも分からないでいて、だから、少女のままだった)
(市井さんのもっとビッグになりたい、って言葉を、少しバカにして聞いていた)

久しぶりに会って驚いたのは、市井さんからも、夜の匂いがするって、分かるように
なったってことだ。
新人だった頃には、他のモーニング娘。のメンバーとは、違和感のようにしか感じと
れなかった……今の私なんかよりもずっと濃密な、何か。

(つんくさんは、アルバムのミックス、って云ってたけど、市井さんと会っていたのかも知れない)
(市井さんが、ゴシップ雑誌にもまったく姿を現さなかったのは、こんなトコロにいたから?)
(……なら、つんくさんが、今回のモーニング娘。の仕事を海外に指定したのは、同時に、
市井さんのレコーディングに関わりたかったから?)
74吉澤震−5(後編) : 2001/01/15(月) 22:19 ID:GgevjNTI

チーン、と、業務用のエレベーターが、自分のたちの階に到着した。出入り口は、
ちょうど、私たちと、扉の前の男の向こう側にあった。

私と市井さんは、一気に緊張した。

(あの男の仲間たち、ですかね?)
(さあ、どうだろうね)

「♪小池さ〜ん 小池さ〜ん 好き好き〜」

私の肩に手を置いていた市井さんが、がくっ、と軽くズッこけた気配があった。

ペラペラのビーチサンダルと、派手な柄のシャツ、短パン、5ドルくらいで売
ってそうなサングラス、という、安っぽいいでたちで、鼻歌まじりに向こうか
ら歩いてきたのは、つんくさんだった。
75吉澤震−5(後編) : 2001/01/15(月) 22:22 ID:GgevjNTI

「な、なんやお前、俺の土管ハウスに何の用や!」

結局、つんくさんの部屋のカギを開けることが出来ないでいた(多分ニセモノの)
ボーイに、びし、と指をさして云った。

男は、侵入者としては三流だったかも知れないが、暴力に関しては、一流のようだった。
瞬時につんくさんに迫り、腹を強く一撃した。

つんくさんは、吹っ飛んだ。

「ああああっ」

尻もちをついたつんくさんは、自分の腹をさすって、悲鳴をあげた。

「苦労して入手した、海賊版のビデオがあ!」

つんくさんが真っ青になって両手に持っている、二つに割れたビデオテープのジャケット
は、カラーコピーで見にくくはあったけど、間違いなく『モーニング刑事(コップ)』の
モノだった。
76吉澤震−5(後編) : 2001/01/15(月) 22:24 ID:GgevjNTI

(なにしてんだよ)

私は、飛び出そうとした。
市井さんにひっぱられて、物陰に引き戻された。

(どうして!)
(落ち着きなよ、あれを見て)

隣りの部屋の扉があいて、現地の警官が飛び出して来たのだ。三人いた。
そして、彼らは、拳銃を抜き、

つんくさんに向けた。

「なんやなんや、お前ら、えらい騒ぎやなあ」

ホールドアップしているつんくさんの身体を、警官が身体検査している。警官の後ろ
ポケットから、何かを取り出して、それを高く掲げて、叫んだ。

市井さんは、警官たちの言葉に耳をすませていた。

「よくは分からないけど、ドラッグがどうこう云ってるみたい。きっと……つんくさんを、
ハメる気ね」
77吉澤震−5(後編) : 2001/01/15(月) 22:26 ID:GgevjNTI

ふーん。
あの男は、つんくさんの部屋に、それを仕掛けるつもりだったんだろうな。でも、
先に騒ぎになったから、急遽シナリオが変更になった、って感じか。

(……地元の警官と組んでるんだ。まあ、本物かどうかは、分かったもんじゃない
けどね。とりあえず、ここで私たちが飛び出しても、なにも出来ないよ)

「あれ? なんでこんなもんが俺のポケットに?」

つんくさんは、マジで驚いているのか、警官が突き出したビニールの小さな袋――
緑色の、乾燥した植物の葉……マリファナだろう――を見、気の抜けた声で云った。

「おっかしいなあ。ちゃんと、部屋に隠しておいたハズやのに」

(やっとったんかい!)

なぜか、私の胸に、市井さんの平手ツッコミが入った。
……どうも、市井さんも、つんくさんにかなり毒されてしまっているみたいだ。
少し、悲しかった。
78吉澤震−5(後編) : 2001/01/15(月) 22:30 ID:GgevjNTI

つんくさんは、腰に手をあてて、高らかに笑いだした。

「まあ、バレたからには仕方がない」

ねちっこい、まるで悪代官のような腹の立つ口調でつんくさんは言った。

「その通り、オレは、ワルワルよ。しかーし、君たち、下っ端の警官は知らない
だろうが、オレは、ここの署長とも懇意の仲でね、だから、電話一本で、君たち
には撤収命令が出るのだよ。悔しいかね」

つんくさんは、言葉どおり、おもむろに携帯電話を取り出し、

「あっ、圏外や」

みんな、しばらく動かなかった。
79吉澤震−5(後編) : 2001/01/15(月) 22:39 ID:GgevjNTI

「逃げるが勝ちやで!」

つんくさんは、こっちに向かって、走り出した。

(やばっ)

ぱん

警官の一人が、つんくさんに向けて、水平に発砲した。

つんくさんは、走る姿勢のままで、固まった。当たってはいないようだ。

「マジ?」

つんくさんは、振り返って、云う。
警官たちは、日本語は分からないだろうけど、ニュアンスは読みとれたのか、
こくこくと頷いた。

そのまま、つんくさんは、連行されてしまった。
80吉澤震−5(後編) : 2001/01/15(月) 22:41 ID:GgevjNTI

男たちがいなくなって、きっちり5分、その場で動かなかった私たちは、その後で
行動を開始した。

ホテルのオフィスサービスの部屋を借りた。市井さんがあっちこっちに連絡をとっていた。
留置所につんくさんが入った、という情報はなく、つまり、ニセ警官に拉致されて
しまったのだろう、という結論に達した。

「……」
「……」

私と市井さんは、お互いの顔を見、

「それじゃあ、私は部屋に戻って寝ます」
「私もそうするよ」

つんくさんなら、適当にどうにかするだろう。
どちらも、全然心配していないことは確かだった。
81吉澤震−5(後編) : 2001/01/15(月) 22:42 ID:GgevjNTI
         ◇
82吉澤震−5(後編) : 2001/01/15(月) 22:43 ID:GgevjNTI

(私がこの国にいる、ってこと、みんなには秘密にしてて欲しいんだ)

市井さんは、独自に動くそうで、別れ際にそう云った。

(……ええと、特に、後藤にはさ)

ごっちんの名を呼ぶときだけ、少しはにかんだように見えたのは気のせいだったの
だろうか。

とにかく、私は疲れていた。

つんくさんがいないことには、仕事もなにもあったもんじゃないし、とても驚いたの
と、ドキドキしたのとで緊張の連続だったし、これから面倒になるんだろうな、って
いう思いもあり――とにかく、くたくたになっていた。

午前三時。

だから、私の部屋の前に立ったとき、中で人の気配があったんで、そのまま引き返した。

石川が、ずっと起きて待っている姿が、まじまじと想像出来たのだ。きっと(こんな
時間まで、何してたのっ!)と、ぐちぐち、恨み言を聞かされるに決まってる。
83吉澤震−5(後編) : 2001/01/15(月) 22:45 ID:GgevjNTI

私は、スーツ姿のままで、矢口さんの部屋を訪ねた。
矢口さんは、私の顔を見上げて、絶句していた。

(ああ、この格好の私を見せるのって、矢口さんには初めてだったっけ)

私は、ちょっと眠らせて下さい、と中に上がり込んだ。
泥のように疲れているのに、気が立っていた。タバコに火をつけて、大きく吸い込んだ。
ミニバーからIWハーパーの小さなボトルを取り出して、ぐっとあおって、ソファに
倒れ込んだ。

矢口さんはなにか言いたげだったけど、今は、何も考えられなかった。
タバコの赤い点を見つめているうちに、とろとろとした眠気が私の中に満ちてきた。

「矢口さん、お休みなさい」

タバコの火を消して、私は、沈んでいくような心地よい眠りに身を任せた。

矢口さんは、眠れなかったみたいだ。
84吉澤震−5(後編) : 2001/01/15(月) 22:46 ID:GgevjNTI
       ◇
85吉澤震−5(後編) : 2001/01/15(月) 22:47 ID:GgevjNTI

「なんや、今日は騒がしいなあ」
中澤さんが、朝食を食べながら、つぶやく。
朝から、警官たちがホテルをうろうろしていたのだ。

「なんだか、昨日の夜、このホテルで発砲騒ぎがあったみたいですよ」
私は、赤い目をした石川の横で、なんでもない風を装って、言った。

「ふーん。やっぱ外国は怖いなあ。うちら、大丈夫かな。ホテル代えたほうがええん
とちゃうか?」

「つんくさんが、さらわれました」

中澤さんは、テーブルに突っ伏しざま、ベーコンをつついていたフォークで、皿を強く
ひっかいた。
「なんで、そこでつんくさんが出てくるんや。なんで、騒ぎがあったら、必ずつんく
さんが――」

まあまあ裕ちゃん、落ち着きなよ、と矢口さんになだめられている。その矢口さんの
目も真っ赤だ。
86吉澤震−5(後編) : 2001/01/15(月) 22:49 ID:GgevjNTI

「よっすぃ、昨日はどこに行ってたの?」
「ん……矢口さんのトコ。すぐに寝たよ」

石川は、矢口さんをちら、と見て、

「矢口さん、寝てないみたい。よっすぃ、ウソついてる!」

石川は、充血した目を見開いて、
いきなり、私の首筋に、鼻を持っていった。
イヌみたいだ。石川の髪が首にこすれて、くすぐったかった。

「よっすぃがつけてる香水とは、違うニオイがする。……これは、ウルトラマリンね!」

(ああ、それは、市井さんの匂いだね)

市井さんの腕が、私の口をふさいだんだ。
すごいな、ホントにイヌ並の嗅覚だね。

「視線が左に泳いだよ。なに思い出してるの!!」

「いーじゃん、どーでも」

どうして、人は嫉妬なんてするんだろうね。
無くすのが怖いから?
なら、こんな追求をして、相手をうんざりさせて、自分で自分を追い込んでしまってる。
全然、理にかなってない。
87吉澤震−5(後編) : 2001/01/15(月) 22:50 ID:GgevjNTI

きっと、私と石川は、住む世界が違ってしまったのかも知れない。
(市井さん……)

彼女なら、私と同じ世界を共有出来るだろうか?
私を、もっと高い場所に連れて行ってくれるだろうか?

夢想は、突然の激痛に破られた。
石川が、私の右手の人差し指を強く噛んだのだ。

(いって……)

みるみる血の玉が浮かび上がる。シャレにならない。

「梨華、いったい、どういうツモリで」

がたん、と、石川は、席を立った。

「さよなら、よっすぃ」

あ……

私は、動けなかった。
気持ちの半分は、潮時だろう、って思っていたから。

(……)

私は、うなだれて、座ったままでいた。
88吉澤震−5(後編) : 2001/01/15(月) 22:51 ID:GgevjNTI

私の背後から、するりと手が伸びてくる。
後ろから抱きつくようにして、私の耳元に唇をつけて来たのは、ごっちんだった。

(ウルトラマリン……市井ちゃんの匂い)
静かに、囁く。

(なんなんだよ、もう)
私と石川の会話が聞こえていたのだろうか。
それとも、匂いに引き寄せられて……まさかね。
89吉澤震−5(後編) : 2001/01/15(月) 23:00 ID:GgevjNTI

午前中は、ハロモニ海外バージョンの収録だった。
海岸にステージを作って、地元の人たちや外国人観光客の好奇の視線の中、

「ラストフレーズを歌っちゃ!」

♪ダメ ダ〜メ〜

お約束の、矢口さんと中澤さんの絡み。
私と石川は、水着姿でじゃれあうシーンをカメラに撮ってもらった。いつもなら、
ホンキで嬉しそうに抱きついてくる石川の仕草は、どこか芝居めいていた。

「挑戦、それは、自分との戦い」

砂浜には場違いのお嬢様衣装で登場した石川に、日本語の分からない外人さんたちも
興味津々のようだった。保田さんや中澤さんにいじられて困っている姿が、笑いを
誘っていた。

チャーミー石川は、すっかり板についていて、立派なキャラクターになっていた。
間違いなく、彼女が同期では一番の出世頭だろう。

いや、同期、というのなら、加護も辻も、独自の世界を作り上げている。ミニモニで
矢口さんとユニットデビューも果たしたし。

(……やっぱり、モーニング娘。で、一番、いらないのは私なんだろうな)

卑下するでもなく、ごくごく自然に感じた。
90吉澤震−5(後編) : 2001/01/15(月) 23:03 ID:GgevjNTI

        ◇

お昼を食べた後、わずかな休憩をラウンジで過ごしていると、ボーイさんが伝言カードを
持ってきた。

イニシャルは、S・I。

(市井さんだ)

どくん、と全身が脈打った。
私の中の何かが入れ替わった。

(来た――)

すうっ、と、頭の中がクリアになっていく感触があった。

        ◇
91吉澤震−5(後編) : 2001/01/15(月) 23:04 ID:GgevjNTI

いつもの時間。
いつもの服装。

私は私の部屋に一人きりだった。

市井さんの指示どおり、つんくさんの部屋からジュラルミンケースを持ち出していた。
二重底は、地元の警察も分からなかったようだ。この写真が、つんくさん拉致犯
(もう正体もある程度予想できるけど)の要求だそうだ。

ホテルの受話器を取りあげ、石川のルームナンバーを押す。
コール音が鳴る前に、電話を切った。

(私って、自分勝手だよね)
92吉澤震−5(後編) : 2001/01/15(月) 23:04 ID:GgevjNTI

いると面倒なのに、いないと心細くなる。
今、こうやって、部屋を出る前に、一言だけでも、声が聞きたくなってしまった。

肩をすくめて、据え付けのメモ帳に、さらさらと石川あてのメッセージを書いた。
つんくさん盗撮の、私と石川の二人の写真を添える。

これで、心の準備は完了した。

鍵はかけないでいよう。
もし、石川が訪ねて来ても、閉め出したりしてしまわないように。

私は薄い色のサングラスをかけた。部屋を出る前に、フロントに電話を入れて、
タクシーを頼んだ。
93申魔法楽団 : 2001/01/15(月) 23:05 ID:GgevjNTI
続く。
94申魔法楽団 : 2001/01/16(火) 22:23 ID:8LeLX0gw
エージェントいちーちゃんのイメージ
http://www.geocities.com/monkeymagicjp/1.jpg
95名無し娘。 : 2001/01/17(水) 01:45 ID:v6o6M7H2
吉澤の葛藤が面白いね。
96名無し娘。 : 2001/01/17(水) 23:01 ID:xFHaBxcE
>>94
いいね、エージェントいちーちゃん
97申魔法楽団 : 2001/01/18(木) 23:36 ID:Kfskzszc
今回で、外伝は終わりです
98吉澤震−6 : 2001/01/18(木) 23:37 ID:Kfskzszc

まあ、こんなこともあるだろうな、とは思っていた。
タクシーは、私が言った場所とは、全然違うトコロに向けて、走っているようだった。

「ねえ、どこに行くつもりなの?」

一応、日本語で聞いてみる。運転手は、無言だった。

(市井さんが、脅されて、私を誘い出した。その可能性は無し)
(市井さん自身が、騙されてしまった。これも、考えにくい)
(なら――)

どっちにしろ、相手とは接触しないといけないのだ。
自分で探し出すか、相手に誘い出されるかの違いでしかない。

タクシーは、ひとけのない丘を登っていく。街の明かりが、遙か眼下に広がる。
なにもない、荒れ地のような場所に、タクシーは止まった。
99吉澤震−6 : 2001/01/18(木) 23:38 ID:Kfskzszc

車のライトに、市井さんの姿が浮かび上がった。

私は、タクシーを降りた。
車のエンジンが止まると、辺りはしんとした。

(でも、きっと、たくさんの兵隊が潜んでいるんだろうな)

火薬庫の中でタバコを吸うような、ピリピリした緊迫感が漂っている。

「つんくさんを人質にとられたんですね?」

私の問いかけに、市井さんは肩をすくめて見せた。

「なんとかうまくやろうと思ったんだけどねえ」

お手上げだよ、と、市井さんは言った。
その目が、面白そうにくりくり動いた。
なにかを、企んでいる?

「ほら、目的のモノは持ってきたよ。これと、つんくさんの身柄とを交換の約束よね」

市井さんは、大きな声で叫んだ。

ぬっ、と暗闇から顔を出したのは、私の知らない人間だった。
100吉澤震−6 : 2001/01/18(木) 23:39 ID:Kfskzszc

「あいつが、つんくさんを拉致したグループの頭だって」

(つんくさんの取引相手だった、興業ヤクザのセクハラ白人とは違うんだ)

予想は、少し外れた。

ぞろぞろと、男たちのシルエットが立ち上がる。
十人はいるだろうか。

そのウチの一人が、つんくさんのこめかみに拳銃を突きつけていた。

一人が、私に近づいてくる。その手が、ジュラルミンケースを奪っていくのを、ただ見守る
ことしか出来なかった。

「ねえ、市井さん。あいつら、約束守ると思います?」
「思わないね」

さらりと市井さんは答えた。じゃあ……
101吉澤震−6 : 2001/01/18(木) 23:40 ID:Kfskzszc

「ほら、吉澤さ、ムカつくセクハラ白人がホテルにいる、って言ってたじゃない?
私さ、その地元ヤクザに、コンタクトとってみたんだよね」

いきなり、市井さんは何を言い出すのだろう。
私には、先が読めなかった。

「昼間の、カメラ盗難の貸しもあるんでしょ? それをちらつかせて、聞いてみたのよ。
警官の格好させて、つんくさんを連れ去ったのか? って。そんなことは知らない、
って言ってたわ。オレのなわばりで、そんなことをするヤツは、あいつらに違いない、
って、抗争相手のグループを教えてくれたんだ」

じゃあ、どうして、彼らに頼まずに、私を呼び出したりなんかして……

「あっ」

分かった。市井さんは騙されたんじゃなくて、

「そう。吉澤の後に、ついてきてもらったの」
102吉澤震−6 : 2001/01/18(木) 23:41 ID:Kfskzszc

いきなり、無数のスポットライトが、私たちを中心に、荒れ地を照らし出した。

私たちを囲むように立っている男たちの輪よりも、さらに一回り大きな、男たちの姿。
ちっ、市井さんに、いっぱい食わされた。

「これからが、勝負なんだよね」

市井さんは、唇を舐めて言った。
これで、暴力としての条件はこっちが有利だ。

ただ、つんくさんが人質に取られている分、差し引きゼロか。

「ただね、あっちの白人さんも、そう思うか? っていうと、違うかも知れないでしょ?」

確かに、つんくさんが死んでしまっても、痛くも痒くもない。いや、金を払わずに、目的の
写真を入手できたら、それに越したことはないだろう。

モーニング娘。のアンオフィシャル写真と、つんくさんの命が同じ価値である、っていうの
は、それはそれで悲しい事実だけど。
103吉澤震−6 : 2001/01/18(木) 23:45 ID:Kfskzszc

人質を盾にした、地元ヤクザグループは、なにかをわめき立てていた。でも、白人の
親分は、肩を揺すって笑っただけだった。なんか、イヤな雲行きだ。

(さすがのつんくさんも、頭を撃たれたら死ぬだろうなあ)

「つんくさんが自由になれば、私たちの勝ちですよね?」
「そりゃあ、あとはあの人たちでなんとかしてくれるだろうけどね」

市井さんは、額に汗をかいて、口元には笑みを浮かべて、逆転の機会を狙っている。
その姿は、とてもキレイで、一瞬、見とれてしまった。

「つんくさんを殺してしまわなければいいんでしょう? そんなのカンタンですよ」

私は、拳銃を抜いた。
つんくさんと、つんくさんを盾にしている男に、狙いを定めた。

みなの視線が、私と、私の銃に集中した。
104吉澤震−6 : 2001/01/18(木) 23:46 ID:Kfskzszc

「吉澤、あなた、射撃の腕に自信があるの? 失敗したら、つんくさんに当たるよ」

さすがの市井さんの口調にも、焦りが見える。

ふっ、と、夜が明るくなった。
瞳孔が開いたのだ。

頬が、上気してくる。
口元が、ひきつったように、笑みの形になる。

(私は、性的に、興奮している)

「あかん、吉澤、キレよった。離せ、離してくれぇ!」

つんくさんは、暴れだした。だが、男に背後からがっちり押さえられて、動けなかった。

「市井さん」

「なに?」

「今まで、つんくさんを撃ったことはない?」

返事を待たずに、引き金を引いた。
市井さんの、ええ?って声と、銃声は、同時だった。
105吉澤震−6 : 2001/01/18(木) 23:47 ID:Kfskzszc

全身が、ビクビク痙攣した。

私の手の中から飛び出した銃弾が、
柔らかな、肉に、めりめりと食い込んで、

(イッちゃった……)

私にあるはずのない男性器が、ジンジンと痺れた。

腰が抜けてしまいそうな、
快感だった。

私の代わりに、つんくさんが、その場に崩れ落ちた。

キモチイイ。
キモチイイ。

今こそ、私は、私でなくなってしまいそうだ。

あと一歩、
それだけで、私は、違う私になれる。

私は、人質を失ったまま、まだ状況が飲み込めずに突っ立っている男に、狙いを定めた。
106吉澤震−6 : 2001/01/18(木) 23:47 ID:Kfskzszc

ほら、行け。
行ってしまえ。

男は、自分に向けられた銃口を見、恐怖に顔を歪ませ、股間を濡らし始めた。

(もう一回、私をイカせてよ)

引き金にかけた人差し指に、力を込める。

ずきん。
ずきん。
ずきん。

(──血?)

人差し指から、血が一筋、流れて落ちた。

銃の柄を、口元に持っていく。
赤い血を、舌で舐めとる。

(……)

梨華に、噛まれた傷、だ。

(呼んでる? 行くな、って)
107吉澤震−6 : 2001/01/18(木) 23:48 ID:Kfskzszc

ふう、と、ため息をついた。全身から、力が抜けた。
緩慢だった時間の流れが、元に戻った。

「吉澤ッ!」
「……大丈夫。お腹を撃ったから」

地面に倒れ伏したつんくさんを、オロオロと見下ろす男。

「人質はいなくなった!」

日本語で叫んだんだけど、ちゃんと伝わったみたいだ。
途端に、あちこちで銃撃戦が始まった。

私と市井さんは、地面に伏せて、
「吉澤、あんたムチャクチャするね」
「つんくさん、頭撃たれたら、死んじゃうじゃないですか」
「そりゃそうだけどさ」

ほふく前進で、つんくさんのトコロに移動する。

「つんくさん、大丈夫ですよね」
「お前なあ……」
108吉澤震−6 : 2001/01/18(木) 23:49 ID:Kfskzszc

市井さんは、まだ危ないから、伏せたままの方がいいよ、と、言いながら、面白そうに
クスクス笑っていた。
一応、つんくさんの不死身さは知ってるみたいだ。

すぐにヤクザ同士の決着はついた。
市井さんの提案で、取引は、後日、病院で行うことになり、つんくさんは救急病院に
搬送された。

「オレが撃たれて事件解決、っちゅーのがこれからのオチになるんか?
そりゃないで……」

意味不明のつぶやきを残し、つんくさんは集中治療室に運ばれていった。

        ◇
109吉澤震−6 : 2001/01/18(木) 23:49 ID:Kfskzszc

病院に、マネージャーさんたちが駆けつけてくる前に、市井さんは姿を隠すことにしたらしい。今日も、歌のレッスンがある、って言ってた。

「毎日声だしとかないと、すぐになまっちゃうからね。吉澤も、基礎トレーニングだけはちゃんと続けなよ」

ごくごく普通のアドバイスを残して、彼女は、早朝のクワラルンプールの街の人混みの中に消えていった。

タクシーで病院に乗り付けたマネージャーさんは、もうちっとも驚いてはいなかった。つんくさんが姿を消しては大ケガして戻ってくる、ってのは、もう慣れっこになったみたいだ。

ただ、

「……ひとみちゃん」

マネージャーさんと一緒に、彼女が来ていた。
彼女は、よっすぃ、と呼ばずに、私の名で呼んだ。
私は、私の部屋に残してきた、恥ずかしいメッセージを思い出した。
110吉澤震−6 : 2001/01/18(木) 23:50 ID:Kfskzszc

「あれ、読んだの?」
こくり、と、うなづく石川。
二人して、少し顔を赤くした。

私は、ちょっと歩いて来ます、とマネージャーさんに伝えて、石川と二人で病院を出た。

早朝の喧噪の中を、港に向かって歩く。
手を差し出すと、石川は、おずおずと手をつないできた。

「私さ、昨日の夜、危なかったんだよね。いろんな意味でさ」
「……」
石川は、黙って、私の言葉を聞いている。

「きっと、戻って来れたのって、梨華のおかげだよ」

海に出た。
朝の海は、キラキラと眩しくて、軽いめまいを覚えた。

「ひとみちゃん、大丈夫?」
「うん……ちょっと、疲れただけ」

コンクリートのブロックに二人、並んで腰掛ける。

まわりに人がいないことを確認して、脇の下から、拳銃を取り出す。
そして、海に投げ捨てた。

あまり遠くには飛ばずに、ぽちゃん、と拳銃は落ち、すぐに沈んで見えなくなった。
111吉澤震−6 : 2001/01/18(木) 23:51 ID:Kfskzszc

きっと、もう、あれに頼ることはないだろう。
暴力を手にすることで、強くなれる、と勘違いする時期は終わった。

私は、私だ。
それが分かってさえいれば、いくらでも戦うことは出来る。

「明日の夜には、もう日本だね」
「あわただしい海外旅行だったね」

肩に手をまわす。
彼女が、寄り添ってくる。
体温が、私のそばにある。

「ひとみちゃん?」

石川の声を、遠くに聞いている。
彼女の肩にもたれて、私は、静かに眠りに落ちる。

今は、
今は、ただ、眠りたかった。

身体を丸めて、赤ん坊のように、

そして――
`

(終わり)
112申魔法楽団 : 2001/01/18(木) 23:52 ID:Kfskzszc
そんな訳で、終わりです。
ありがとうございました。
113名無し : 2001/01/18(木) 23:54 ID:ydPkHwCs
おわっちまいましたかぁー!
なんだぽっかりしちゃいますね。

吉澤が石川あてに書いたメッセージの内容がめちゃ気になります。
114名無し娘。 : 2001/01/19(金) 07:45 ID:OzQaBc0Y
吉澤が死ぬと思ってたが死ななかった・・(w
面白かったです
115名無し娘。 : 2001/01/20(土) 00:06 ID:MHv1vsGs
読んでいる途中、映画のワンシーンを観てるような気がしました。
ありがとうございました。
116名無し娘。 : 2001/01/23(火) 14:58 ID:/TBdFUBs
映画マニアにはおおうけ
117名無し娘。