1 :
申魔法楽団 :
2 :
申魔法楽団 : 2000/12/27(水) 20:32 ID:aBo40Al6
あのときの感触が、まだこの指に残っている。
『男たちがあれに夢中になる理由は、あの瞬間が射精に酷似しているからだ』
って話を聞いたことがある。
もし、それが本当なら、私は擬似的に男性としてイク経験をした。
私の手の中から放たれたバレットが、つんくさんの柔らかな肉に潜り込んで
いく甘美な感触を、確かに、この手のひらに感じた。
そう。私は、三度、達したのだ。
3 :
プロローグ : 2000/12/27(水) 20:33 ID:aBo40Al6
鈍く光る、冷たい鉄の筒に、つつ……と指を滑らせる。
もう、撃ち出す弾はないのだけれど、これを腰にぶら下げていると、本当に
男になったような気がした。
可愛いだけの、か弱い存在なんてまっぴらだ。
私は、強くならないといけない。
私には、守らなくてはならないヒトがいるから。
私は、
私は、男だ。
4 :
題 : 2000/12/27(水) 20:34 ID:aBo40Al6
『新・LOVE論外伝〜吉澤震〜』
5 :
吉澤震−1 : 2000/12/27(水) 20:35 ID:aBo40Al6
マレーシアの朝。
ホテルのドアが、いきなり開け放たれた。
私は、凍り付いた。
「ひとみちゃん、朝御飯食べに――」
ノブに手をかけたままの姿勢で、梨華も、驚きの表情のままで硬直していた。
「なんだ、梨華っちか……。驚かすなよ。さっさとドアを閉めて、中に入りな」
私は、ちょうどサスペンダータイプのホルスターに拳銃を差し込んでいるところ
だったのだ。きっと、すごい顔で、梨華を睨んでいたんだろうと思う。
写真集と、特番の収録と、雑誌の取材を兼ねた、海外遠征。
モーニング娘。たちは、入国審査をノーチェックで通ることが出来た。これまでも
そうだったから、安心して、拳銃を持ち出せた。
6 :
吉澤震−1 : 2000/12/27(水) 20:36 ID:aBo40Al6
「ひとみちゃん、まだそのぴすとる、つんくさんに返してなかったの?」
非難の目を私に投げかけながら、梨華は部屋に入ってきた。
この銃は、つんくさんが起こした梨華の誘拐騒動(狂言)がらみで手に入れたもの
(新・LOVE論〜いしよし編〜参照)だった。
ただ、弾は入っていない。
つんくさんに全弾、ブチ込んでしまったから。
「ねえ、見つかったら、怒られちゃうよ。そんなの、ポイしようね? ね?
ひとみちゃん」
はい、と、両手を差し出して、ちょうだいのポーズ。
「うっせ、ブス」
もーっ、と梨華は頬を膨らませて、怒ったぞ、と言いたげに、腕を振り回した。
7 :
吉澤震−1 : 2000/12/27(水) 20:36 ID:aBo40Al6
可愛いな、と思う。
昔は、そんな風に感じること自体がまるで変態みたいに思ってたから、押しとどめ
もしたけど、もう、あれこれ考えるのはやめた。
ただ、感じるままに、行動する、って決めたんだ。
「怒られる程度じゃ済まないよ。拳銃の所持は、立派な犯罪だからね」
「余計ダメじゃない。いいから、それ、こっちに渡しなさい」
梨華が、私の脇腹に手をのばした。
その手首をつかみ、ぐい、と引き寄せる。
「――!!」
鼻の頭同士が触れ合わんばかりの距離で、じっと、梨華の瞳を覗き込んだ。
8 :
吉澤震−1 : 2000/12/27(水) 20:37 ID:aBo40Al6
拳銃を手に入れてから、私は、確実に変わった。
少なくとも、梨華と二人でいるときは、まるで男のように振る舞うようになった。
私にじっと見られてるうちに、梨華の目が潤んできた。
「……カーテン、空いてるよ」
「それで?」
梨華は、唇を半開きにして、静かに瞼を閉じた。
私は、どん、と梨華をベッドに突き飛ばした。
そして、ゲラゲラと笑った。
「キスされるとでも思ったのか? まったく、フェロモンまき散らしてるんじゃ
ないよ。色気バカ」
梨華は、口を尖らせて、泣きそうな表情を作った。
私は、彼女をベッドに置き去りにして、ユニットバスに向かった。
9 :
吉澤震−1 : 2000/12/27(水) 20:37 ID:aBo40Al6
洗面台の横に置いている、フロントで借りたラジオのスイッチを入れる。キューバ
の古い音楽が流れてきた。
口笛を吹きながら、ジェルで、髪を乱暴に後ろに撫でつける。
薄い青のサングラスをかけると、胸のふくらみを除けば、少年のように見えた。
クローゼットから、黒のジャケットを取り出す。
軽くはおってみて、姿見に全身を映した。
脇の下の拳銃は、外からではまったく分からない。
(よし)
「私、格好いいかな?」
鏡ごしに、梨華に話しかける。
10 :
吉澤震−1 : 2000/12/27(水) 20:37 ID:aBo40Al6
両手をあごの下に、うっとりとした表情を浮かべていた梨華は、鏡の中の私に
見られて、間抜けなほどに慌てた。
「うん、うん。すっごくかっこいいよ!」
「そっか。……なら、今日は矢口さんでも誘惑するかな」
梨華は、枕を抱きしめた格好で、ふてくされて横を向いた。
冗談だよ、朝御飯食べに行こうか、と、梨華の頭に手を乗せて、私は言った。
11 :
申魔法楽団 : 2000/12/27(水) 20:38 ID:aBo40Al6
続く
12 :
名無し娘。 : 2000/12/28(木) 14:45 ID:0vy277J2
これはこれで楽しいけど・・・。
いちごま編はどうなったの?
13 :
申魔法楽団 : 2000/12/28(木) 20:00 ID:tI8JT3rw
>>12さん
ううう……(汗
いちごま編、思いつかなかったんで、気楽に書けたこっちに逃げました。
14 :
吉澤震−2 : 2000/12/28(木) 20:01 ID:tI8JT3rw
レストランへと降りるエレベーターで、妙な白人に会った。
でっぷりとした、赤ら顔のいやらしそうなオヤジだ。
オクラハマ州で牧場でも経営してそうな、成金田舎モノの空気を
ぷんぷんと漂わせていた。
そのオヤジは、梨華に、英語でなにかを話しかけた。梨華は、英語
が分からなくて、曖昧な表情で笑った。
と、いきなりオヤジは、梨華の露出していた肩を、ペタペタ触った
のだ。
「やめて下さい」
眉を八の字にして、気弱そうな表情で拒絶する梨華。でも、オヤジ
は、オーバーなしぐさで、梨華を抱擁しようとした。
15 :
吉澤震−2 : 2000/12/28(木) 20:01 ID:tI8JT3rw
いつまでも黙って見てた訳じゃない。
「クソオヤジ。手を離せよ馬鹿野郎」
毛むくじゃらの腕に、思い切り平手で叩いた。
オヤジは、その時になって初めて、私が女だってことに気付いた
らしい。英語で、なにやら女性にとっては侮蔑的な言葉を吐き
ちらした。
そして、やわら、私の胸をつかんだのだ。
私は、触られた、ってことより「お前は女だ」って指摘されたこと
に逆上した。こぶしを作って、オヤジの鼻の真ん中を殴りつけた。
オヤジは、鼻を押さえて、私を突き飛ばした。なんたって、梨華の
十倍は体重のありそうなヤツだ。私は、文字通り、吹っ飛ばされた。
ははは。
日本じゃ、こんな体験をすることはないだろうね。
モーニング娘。の吉澤ひとみも、ここじゃあ単なるねーちゃんに
過ぎないって訳だ。
16 :
吉澤震−2 : 2000/12/28(木) 20:02 ID:tI8JT3rw
(……って、ふざけんなよ、オヤジ)
抜くか──?
脇の下の、固い感触が、私を萎縮させないでいた。
弾は入っていないけど、脅しには充分だろう。
だけど……
「ひとみちゃん、大丈夫?」
オロオロと、梨華が私のそばにしゃがみこむ。
もう泣きそうにしてる。
他のお客さんたちが歩いてくる気配がした。
白人のオヤジは、ニヤニヤと私たちを見下ろし、足早に立ち去った。
17 :
吉澤震−2 : 2000/12/28(木) 20:02 ID:tI8JT3rw
「もー、裕ちゃんやめなよ」
「ええから、ちょっと触らしてみ……お、なんやぁ、石川と吉澤や
んか。二人とも仲ええなあ。なんや、どうしたん?」
中澤さんと矢口さんだった。
最近、二人は──特に、中澤さんが矢口さんを見る目は、どこか普通
じゃない、執着のようなモノを感じる。
とにかく、助かった。
「ひとみちゃん、大丈夫だった? わたしのせいでゴメンね」
全身が脱力するのと入れ替わりに、汗がどっと出てきた。
(さっき、拳銃を抜いたら、どうなっていただろう)
梨華が、心配そうに私の頬を撫でているのを、中澤さんは微妙な表情で
眺めていた。
18 :
吉澤震−2 : 2000/12/28(木) 20:03 ID:tI8JT3rw
◇
19 :
吉澤震−2 : 2000/12/28(木) 20:03 ID:tI8JT3rw
ホテルの二階にある、大きなレストラン。
朝食のチケットを渡して、海の見えるテーブルを陣取った。
「つんくさんは、まだこないんですか?」
娘。たちは全員、テーブルに集まっていた。隣りには、スタッフ
さんたちや、マネージャーさんたちも揃っている。
ただ、当のつんくさんがまだ来てなくて、朝食を取りにいけない
のだった。
「ねえ、ひとみちゃん。なんで、食べ放題のことをバイキングっていうのかなあ」
「知らないよ」
梨華を適当にあしらいつつ、先に取っていたオレンジジュースを
飲んでいた。
20 :
吉澤震−2 : 2000/12/28(木) 20:03 ID:tI8JT3rw
と、いきなり、
『すまんすまん、準備に手間取ってもうたわ』
ガンガンにエコーがかかったつんくさんの声が、ホテルのスピー
カーから流れた。
中澤さんが、キョロキョロと、忙しく辺りを見回した。
「なんや、つんくさんがまたなんかしでかそうと──」
そのまま、絶句した。
入り口から、白馬にまたがったつんくさんが、
『♪ステ〜イ ウィズ ミィ〜』
マイク片手に、歌いながら登場したのだ。
21 :
吉澤震−2 : 2000/12/28(木) 20:05 ID:tI8JT3rw
「マジなの!?」
「ここ、ホテルの中だよ」
「なんでキンキ歌ってんねん!!」
「誰かあいつを止めろ」
ところが、外人の客たちは、ウォーッ、と歓声をあげて、つんくさんを迎えた。
(大歓迎だ……)
外人の感覚は、よく分からない。
『おおう、サンキューサンキュー』
だが、白馬が何歩も歩かないうちに、つんくさんは屈強なボーイさんたちに引きずり
下ろされて、どこかへ連れていかれてしまった。
私は席を立って、
「梨華っち、ごっちん、朝ごはん取りにいこうよ」
皿を取って、オムレツを作ってくれるトコロに向かった。
22 :
吉澤震−2 : 2000/12/28(木) 20:08 ID:tI8JT3rw
ベーコンを入れた大きなオムレツ、そして山盛りのポテトサラダと格闘してる間に、
つんくさんは帰ってきた。
「なんや、あいつら、シャレ通じへんなあ」
ぷりぷりと怒っていた。
「なんでやねん!」
裕ちゃんがツッコミ入れていた。
プリンを十個ほど皿に乗せて、満面の笑みで席についたつんくさんに、
「つんくさん、あの白人、知ってます?」
今朝の、セクハラオヤジが向こうに座っていたのだ。
黒いスーツの、若い男たちが取り巻くように座っていて、どうやら、地元の有力者
のようで。
さっき、オヤジの存在に気付いた時に、イヤな予感がしてた。
23 :
吉澤震−2 : 2000/12/28(木) 20:09 ID:tI8JT3rw
「なんや、あいつに用なんか? 今度の仕事相手の1人やで」
内心、舌打ちした。
「ちょっと、ここでは言えない話があるんですけど」
「エエで。じゃあ、1時間後に。俺の部屋で」
「はい」
テーブルに戻ると、ヨーグルトを、どんぶりみたいな容器いっぱいに入れた梨華が、
しゃもじみたいなスプーンで口一杯に頬ばってるトコロだった。
「ちょっと、ここのってプレーンだから、砂糖とかブルーベリー入れないと──」
「ひとみちゃん、これ、すごくすっぱい」
私は、横を向いて肩をすくめた。
24 :
申魔法楽団 : 2000/12/28(木) 20:25 ID:tI8JT3rw
続く
25 :
吉澤震−3 : 2000/12/29(金) 22:35 ID:zLXfgjhw
「おう、吉澤、待っとったで。……なんや、あんときの拳銃やんか。まだ持ってたんか。
って、こら、こっちに銃口の○を見せんな。待て、こら待てって」
カチッ
「弾、もう無いんですよね」
「やからって、引き金ひいて説明することないやろ」
私は、拳銃をホルスターに戻した。
つんくさんの個室は、プロデューサーだから、とても豪華なのかな、と思ったけど、違った。
つんくさんがいる、って聞かされた場所は、ホテルの裏手の資材置き場みたいなトコロで、
野ざらしの場所に、テントが張ってあった。
中に、キャンプ用品が入れられていた。
そして、
「……なんですかアレ」
「土管や」
26 :
吉澤震−3 : 2000/12/29(金) 22:36 ID:zLXfgjhw
それだけで、つんくさんが何を考えてるのか分かった。
きっと、某番組を見て、マネしたかったに違いない。
あえてそれには触れず、
「この拳銃用の、弾が欲しいんですよ」
直接、用件を切り出した。
「ふーん」
つんくさんは、おもちゃを見つけた子どものような表情になった。
「なんで、そんなこと思うんや?」
私は、手の中の拳銃を弄びながら、
「弾がないと、脅しにも使えないですから」
朝の屈辱を思い出して、少しだけ体温があがった。
もし、あれが暴漢だったなら、私も梨華も、無事では済まされなかっただろう。
やっぱり、力は必要なんだ。
27 :
吉澤震−3 : 2000/12/29(金) 22:37 ID:zLXfgjhw
私の思い詰めた表情を見て、
「分かったわ。まあ、こっちなら、そーゆーのは簡単に手に入るしな。ただし――」
つんくさんは、ズボンのポケットをジャラジャラやって、手を広げて、私に差し出した。
2発、弾があった。
(やっぱり、つんくさんは、あっち側の人間なんだ)
これは、手付け分や、とつんくさんは言った。
「ちょっと、仕事を手伝って欲しいんや。あんまし表だっては行動でけへんねんヤツでな。
まあ、当然、若いのも連れてきてるけど、吉澤の方が腹座ってるみたいやし」
私は、つんくさんの手のひらの銃弾を、食い入るように見ていた。それは、暴力、という、
圧倒的なエネルギーの結晶のように見えた。
「分かりました」
私は、つんくさんから、銃弾を受け取った。
それは、熱を持っているかのような錯覚を覚えた。
「今回の取引相手は、こいつや」
出された写真を見て、私の心拍は上がった。
今朝の、白人だった。
28 :
吉澤震−3 : 2000/12/29(金) 22:38 ID:zLXfgjhw
「なんや、いわくがあるみたいやな」
ニヤニヤ笑いのつんくさん。きっと、ある程度はお見通しなんだろう。
「こいつは、ハッキリ言って、地元の興業ヤクザや。アジアでのモーニング娘。の人気は、
吉澤もよう知ってるやろ? で、非公認のビデオとか写真集を流通させて、荒稼ぎしてん
ねんな。この情報は、アップフロントも、まだ知らへん。俺の、独自のネットワークで掴
んだ情報や」
「こいつを潰すんですか?」
なんでやねん。そんな勿体ないことするかいな、とつんくさんは言った。
ジュラルミンのケースを取り出し、中を開けて見せてくれた。
中には、無数の、モーニング娘。の生写真があった。
「こいつを、裏のルートに乗せて、アジア全土に流通させる。そのための取引や」
……これは、事務所から出ているオフィシャルバージョンじゃない。
それどころか……
29 :
吉澤震−3 : 2000/12/29(金) 22:39 ID:zLXfgjhw
「市井さんとごっちんのツーショットばかりじゃないですか。よくもまあ、こんなに
集めましたねえ」
つんくさんは、このときばかりは、純粋に嬉しそうに、
「そうや。海外から、いちごまをブームにするんや。やる気がない、ってのが生来の
性格に見える後藤の過去には、市井脱退、という、大きなファクターがあった、って
バックストーリーや」
私は、ため息をついた。
ふと、ジュラルミンケースが二重底になっていることに気づいた。
……私が拳銃を持ち込むときと同じやり方だったから、すぐに分かった。
「あっ、それは……」
私が無造作に隠しを開ける間、つんくさんは、気まずそうにしていた。
そこにあったのは、
30 :
吉澤震−3 : 2000/12/29(金) 22:41 ID:zLXfgjhw
「ま、まあな、こういう地道な活動が、世界にいしよしを広めることに(ガチャリ)
ちょっと待て。何で撃鉄起こしてるねん。お前、さっき弾込めたやろ。冗談にならへん
から、拳銃をしまっていただけないでしょうか」
私と石川の写真だった。
しかも、今朝の、黒いジャケット姿で、鼻が触れ合わんばかりに見つめ合ってる写真まで
あった。
盗撮か!!
「分かった、分かった。流通させるのはやめや。俺個人の楽しみにする。そやから、落ち着け」
これは全部没収します、と宣言して、私は、二人の写真をポケットにねじ込んだ。
ちえっ、と舌打ちして、つんくさんは納得してくれた。
31 :
申魔法楽団 : 2000/12/29(金) 22:42 ID:zLXfgjhw
続く。
年内の更新は、もうないです。きっと。
32 :
名無し娘。 : 2000/12/30(土) 01:43 ID:NbnVE7NI
おもろ
かくし芸ドラマの薫りがする
33 :
名無し娘。 : 2000/12/30(土) 13:37 ID:f6avwVzI
おもしろい!!
34 :
名無し娘 : 2001/01/02(火) 11:30 ID:srgLsb9U
続き頼む
35 :
名無し : 2001/01/03(水) 02:20 ID:9JOafbek
うあっ!
外伝でぁ。うれすぃ〜♪
しかし、吉澤がグレている……
36 :
吉澤震−4 : 2001/01/03(水) 19:27 ID:4QBiq3u2
今日のスケジュールは、砂浜に出て、グラビアの撮影だった。水着っぽい、
パレオを巻いた衣装で、何枚か、写真を撮った。
「え〜、そうですかあ。そんなことないですよ〜」
「こういうの、得意だったんですよぉ」
カメラマンさんや、スタッフの人と、普通の女の子として言葉を交わす。
梨華は、そんな私を見て、何かいいたげに、微笑していた。
分かってる。梨華は、喜んでいるんだ。
二人でいるときだけ、本当の吉澤ひとみを出してくれる、って思ってるから。
37 :
吉澤震−4 : 2001/01/03(水) 19:29 ID:4QBiq3u2
つんくさんは、大通りにあるスタジオで、今度発売する、ベストアルバムのミックス
に付きっきりだ、って話だった。ベストなんだから、何もすることないんじゃないかな?
って思ったけど、結構、手を入れるみたいだ。
だから、仕事を手伝うのは、夜になりそうだ。
「ねえ、よっすぃ、なんでそんな隅っこに座ってるの?」
一通り撮影も終わり、休憩になった。
ビーチの側にある、ドリンクを出してくれる海の家? みたいなとこで、マネージャー
さんたちと休んでいた。
38 :
吉澤震−4 : 2001/01/03(水) 19:31 ID:4QBiq3u2
「ああ、ごっちん。ここからなら、店の中を見渡せるから……ううん、なんでもない」
別に、なにも警戒する必要もないんだけど、店に入ると、なんとなく、脱出経路を
チェックしたり、挙動不審な客をマークするクセがついてしまっていた。
「ひとみちゃん、トロピカルドリンクだよ」
両手で大きなドリンクを抱えた梨華が、私のテーブルに戻ってきた。
ごっちんと梨華は、ちら、と視線を交わしあった。
わずかな時間に、いろんな攻防の初戦が行われたみたいだ。
「最近のよっすぃさ、市井ちゃんに似てるんだよね」
「そうかな?」
だん、と、梨華が、私の目の前にドリンクを置く。梨華の顔を見上げると、ふん、と
視線をそらされた。
39 :
吉澤震−4 : 2001/01/03(水) 19:32 ID:4QBiq3u2
(別にごっちんは、私のことを梨華みたいな感情では見てないよ。どうしてそれが分かんないかな)
めんどくさい。
「ね、ね。よっすぃ、一緒に飲もうか。んー」
また、ごっちんの方は、梨華の反応を面白がってるフシがあって、露骨に挑発したりする。
私のドリンクに、二つ差してあるストローの一つをくわえて、もう一つを私に差し出して
きた。
あ……梨華、怒るな。これは。
きっと、同じことを、私としたくて、二つ差してきたに違いないから。
しかし、今日の梨華は、ひと味違った。
「私が飲みます」
梨華が、がばっ、とストローに吸い付くと、一気に半分くらい、ずずずっ、と飲み干して
しまったのだ。
40 :
吉澤震−4 : 2001/01/03(水) 19:45 ID:4QBiq3u2
私は、席を立った。
「二人とも、仲良くやってよね」
「あ、ひとみちゃん」
さっきから、気になってたんだ。
私は、出入り口付近でたまっている集団のトコロに移動した。
スタッフの人が、現地の人と口論している。
通訳の人の話だと、どうも、自分のカバンと、私たちのカバンとを勘違いしているようで、
所有を主張し続けて、困っているらしい。
「とりあえずさ、店の中じゃあ迷惑だから、外で話をしよう、と言ってます」
通訳の人の言葉。
41 :
吉澤震−4 : 2001/01/03(水) 19:46 ID:4QBiq3u2
ふん。
勘違いな訳ないじゃん。
その男、店に入ってくるとき、手ぶらだったんだよ。
それに──
男性スタッフ三人と、通訳の人と、私たちのマネージャーは、店の外に出ていった。
私は、テーブルに戻った。
ずっしりと重い、自分のポーチを手にする。
「どうしたの、ひとみちゃん。なにかあったの?」
「別に」
挙動不審なのって、彼だけじゃなかったんだよね。
(二重三重のワナだなあ)
私は、出入り口に回り込んだ。
ちょうど、現地の子どもが走って、ドアをくぐり抜けようとしていたトコロだった。
42 :
吉澤震−4 : 2001/01/03(水) 19:46 ID:4QBiq3u2
どん、と、その子と衝突する。
「気を付けてね、きみ」
その子は、私の顔を見て、怯えたような表情でダッシュで逃げていった。
「これで、一つ目の問題は解決」
私は、水着の上からパーカーをはおっただけの格好で、スタッフさんたちの後を追った。
43 :
吉澤震−4 : 2001/01/03(水) 19:47 ID:4QBiq3u2
◇
44 :
吉澤震−4 : 2001/01/03(水) 19:47 ID:4QBiq3u2
「どんな感じですか?」
店のウラで、激しく口論しているスタッフの人の横にいる、マネージャーさんに話しかける。
「なんかね、CCDカメラが無くなってる、って言うんだよ。あれ、何千万もするヤツなん
だよね」
案の定だ。
マネージャーさんに、耳打ちする。
(そろそろ、引き上げた方がいいですよ。このパターンだと……)
遅かった。
現地の男が、あと二人、路地の出口をふさぐように立っているのが見えた。
(私も、逃げられないじゃん)
「このパターンだと、何?」
ノンキに、マネージャーさんは言う。
45 :
吉澤震−4 : 2001/01/03(水) 19:49 ID:4QBiq3u2
「──! ──!」
叫びながら、二人の男が路地に入ってきた。
通訳の人に、なにやらわめき立てた。
何を言ってるのかは分からなかったけど、大体、予想は出来た。どこの国でも、基本は同じだ。
「貴方が引き留めた、その男の借金取りだそうです。今日の三時までに、銀行にお金を振り込む
約束だったのに、入金がなされてない。お陰で、仕事がひとつフイになった、と言ってます」
口論していた男は、スタッフの人を指さして、がなり立てた。
「私を泥棒呼ばわりして、拘束した。私は盗んでいない。身体検査してもいい。だから、
損害賠償なら、こいつらにしろ、と言ってます」
ふむ。
つまり、CCDカメラの件は、この騒ぎで、無かったことにするつもりみたいだ。
まあ、保険をかけて海外に来てるんで、スタッフの人も、おおごとにするつもりはない
だろうし、ここまで用意周到にやられたら、もうダメだろうね。
46 :
吉澤震−4 : 2001/01/03(水) 19:50 ID:4QBiq3u2
んで、明日辺りに、どこかの骨董品屋辺りで、盗まれたCCDカメラが売りに出される
んだ。その情報を持ってくるのが、この通訳さん。
盗んで、返して、お金をもらう。
ははは。
みんな、グル、って訳だ。
私は、通訳の人に、耳打ちした。
「……?」
通訳の人は、最初、何を言われたのか、分からない様子だった。
路地から見える通りに、さっき私とぶつかった子どもがいた。申し訳なさそうに、
こちらを見ていた。
47 :
吉澤震−4 : 2001/01/03(水) 19:51 ID:4QBiq3u2
「そういうこと。カメラは、取り返してあるのヨー」
私は、笑いながら、スタッフさんたちに見えないよう、通訳の脇腹に、ポーチごしに、
銃口を当てた。
声を低くして、
「あんまり舐めたことしないでよね。これは、あんたたちの為に言ってるのよ。事務所サイド
からは話は行ってないだろうけど、今夜、あんたたちのボスと、うちのボス(つんくさんね)
で、取引があるの」
借金取りだ、と騒いでる男二人は、朝、あのセクハラ白人の取り巻きの中に見た顔だった。
つまり、通訳も含めて、こいつらはみんな、現地ヤクザの下請けだったってことだ。
通訳の人が、現地の言葉で男たちに何かを言った。
途端に、みなが動揺するのが分かった。
48 :
吉澤震−4 : 2001/01/03(水) 19:53 ID:4QBiq3u2
「なに? なに? なにがあった?」
状況が飲み込めてないのは、スタッフさんたちだけだった。私が通訳と言葉を交わして
いたことや──それこそ、銃を突きつけてたことは、知る由もない。
「通訳さんが、話をつけてくれたみたいですよ。雰囲気がヤバくなる前に、撤収
しましょう!」
私の言葉に、
「でも、カメラが……」
イライラした。引き際も分からないんだろうか?
「CCDカメラなら、お店にありますよ」
店の中で騒ぎ立てることで注意を引いて、そのスキに、子どもがカバンから金品を抜き取る。
よくある手口だ。
私は、ここに来る前に、取り返したカメラを、プロデューサーさんに手渡してから来たのだ。
49 :
吉澤震−4 : 2001/01/03(水) 19:54 ID:4QBiq3u2
さあ、さあ、とみなを急き立てて、路地裏から私たちは脱出した。
マネージャーさんの背を押しながら、私は視線を感じた。
ごっちんだった。
ごっちんが、大通りの野次馬たちにまぎれて、じっと、こっちを見ていたのだ。
(見られたかな?)
微妙な表情のごっちんは、私と目が合うと、店に戻っていった。
まあ、気にすることもないか。
私は、今の件が、夜の取引で有利に使えないか、あれこれ思いをめぐらせるのに夢中だった。
50 :
申魔法楽団 : 2001/01/03(水) 19:55 ID:4QBiq3u2
続く
51 :
名無し娘。 : 2001/01/04(木) 03:05 ID:sQlkFxs2
久しぶりの更新に感動。ぐわんばれ。。。
52 :
名無し娘。 : 2001/01/04(木) 13:54 ID:psGF6A9U
53 :
名無さん : 2001/01/04(木) 14:11 ID:iWoFu7ek
>>52 これは!?石川の流出ビデオか!?
・・・・・とでも言ってほしかったのか?
しかし、後藤のそっくりさんで売ってるくせに
石川の服を真似るとは意味がわからん。
54 :
名無し娘。 : 2001/01/06(土) 04:10 ID:f9Hj2vms
久々に来てみれば随分と吉澤ハードボイルドになったなあ
55 :
名無し娘。 : 2001/01/12(金) 17:29 ID:a9NUi5to
まだかにゃ?
56 :
名無し娘。 : 2001/01/13(土) 04:27 ID:8HWkmCrs
おーい、どーしたーageちゃうぞ
57 :
名無し娘。 : 2001/01/13(土) 15:27 ID:fkd4XacY
今日は皆さんにageをしてもらいまーす
58 :
申魔法楽団 : 2001/01/14(日) 23:19 ID:pSFkaP5k
まだ、ぜんぜん書きためてないですけど、
粛正防止の為にも、ある分だけ、書いておきますです。
ごめんね、ちょびっとで。
夜の八時。
夕御飯のお弁当を急いで食べる。
この後は、メンバーはそれぞれに分かれて、ラジオの収録や雑誌の取材に入る。
私だけは、つんくさんが手を回しておいてくれたのか、自由時間になっていた。
「よっすぃだけ、ズルぃ〜〜」
石川は、なぜか、私の部屋に居座っていた。ホテルの地下にある24時間営業のファー
ストフードレストランから、お菓子とジュースを買ってきて、私のベッドに寝転がって
、ポリポリと食べている。
「梨華っちさ、オソロの収録あるんだろ? 早く行かないと、飯田さんに怒られるよ」
「よっすぃは、ドコに行く気なの。そんなおめかしして」
丁寧に髪を撫でつけている私の横顔を、不満げに見ながら言う。
ブルックスブラザーズの細身のカッターシャツ、濃紺のネクタイ。黒のスラックスをサス
ペンダーで吊している。
「これのドコが──」
「カッコイイ」
私は、ムシすることにした。
これがおめかし、っていうなら、石川のお洒落の基準は、オンナノコとして、間違っている。
「よっすぃ、私に秘密でデートなんでしょう!」
「……」
私は、無意識のうちに、頭をかいていた。
折角、撫でつけた髪が、くしゃくしゃに戻っていた。
(騒がれてもナンだし、口止めしとくか)
私は、サスペンダーを肩から抜いた。
ネクタイを緩めて、カッターのボタンを一つ外した。
◇
私は、タバコの明かりをかざして、ホテルの電話の受話器を探した。
『もしもし、吉澤? そっちに、石川いるでしょ?』
電話の相手は、飯田さんだった。
ベッドの横のサイドテーブルのスタンドの明かりを付ける。
「ええ、いますよ」
「……ん、なに? よっすぃ、誰?」
私は、タバコをくわえて、空いた方の手で、石川にストップをかけた。
ついでに、深く煙を吸い込む。
「はい。ロビーに集合なんですね。すぐに行かせます。分かりました」
煙と一緒、言葉を吐き出す。
受話器を置いて、
「飯田さんからだよ。もうみんな、ロビーにいるんだって」
ソファに掛けてあったスーツを手早く身につける。
「ちゃんと戸締まりしておいてよね。じゃあ、私は先に行くから」
少し、時間をとりすぎた。
私は、シワになったスーツと、手ぐしで簡単に整えただけの髪のまま、つんくさんの
土管の部屋に向かった。
◇
エレベータが開く。私は、フロアに備え付けの灰皿にタバコを押しつけて、
他人の気配に、身体の動きを止めた。
もう、体質的に、この格好で移動するときは、むやみに音がしないよう、スニーカーを
履くことにしている。
私は、壁際に身をひそめて、つんくさんの部屋の前でゴソゴソとなにかをしている男を
覗き見た。
(ボーイさん?)
服装は、ホテルの従業員のものだった。
ただ、ノックもしないで、鍵を空けようとしている。
しかも、周囲を伺う、その様子があからさまに怪しかった。
ただ、その挙動は素人くささ満点で、だから、私でも、相手よりも先に察知できた、
ってことで、
ってことは、あれは、オトリで、つまり──
(ワナか)
「動かないで」
静かな声で、私の背後から、首筋に、冷たいモノが押しつけられた。
全身の汗が、一気に噴き出し、そして凍り付いた。
まったく、気付かなかったのだ。
反射的に、銃のグリップには手が伸びている。
これを抜いて、相手に突きつけて、そして、
(引き金を引く)
脅し目的ではなく、相手に弾を撃ち込むことを目的とした行動と、意識。
とてつもない恐怖感はあったけど、不快ではなかった。
いや、そのとき私が感じていたのは、性的ななにかだった。
唇が乾き、半開きになる。
心臓が、いやにゆっくりと鼓動を刻む。
ここで、もし、相手が、ぴくり、とでも動いたら、私の身体も勝手に動いただろう。
私が動けなかったのは、相手の──彼女の動作が、あまりにも自然だったからだ。
優しく、といっていい柔らかさで、私の右手首はつかまれていた。私は、グリップから
手を外さない訳にはいかなかった。
「へえ。驚いたね。吉澤がこんなになってたなんてさ」
私の耳元で囁かれたその声に、私は驚愕の叫び声をあげそうになった。
(静かに)
唇を、彼女の手がふさぐ。
(あの男、私も尾行してたんだよ。今気付かれたらヤバいっしょ?)
私は、彼女の手のひらの感触と、手首からほの香るウルトラマリンに、なぜかうっとり
としてしまっていた。
70 :
申魔法楽団 : 2001/01/14(日) 23:30 ID:pSFkaP5k
後編(もしくは中編)に続く。
71 :
名無し娘。 : 2001/01/15(月) 16:19 ID:hEQDOP4Q
もしかしてちゃむ…?
(もう、騒がないね?)
耳元で、彼女が囁く。
私は、ゆっくり頷いた。
指が私の唇から外された。ぬくもりが離れていくようで、軽い喪失感を覚えた。
私は、そろそろと、彼女の顔を見た。
(久しぶりだね、吉澤)
最後に会ったのは、去年の5月の、武道館コンサートだった。
まだ一年たっていないのだけど、ずっと昔のように思えた。
少し、やせたみたいだ。
少し、陽に焼けたみたい。
(久しぶりです、市井さん)
でも、にいっ、と笑った笑顔はそのままで、
私は、まるでデビュー直後の頃に逆戻りでもしたかのような錯覚を覚えていた。
(あの頃の私は、世の中のしくみをなにも分からないでいて、だから、少女のままだった)
(市井さんのもっとビッグになりたい、って言葉を、少しバカにして聞いていた)
久しぶりに会って驚いたのは、市井さんからも、夜の匂いがするって、分かるように
なったってことだ。
新人だった頃には、他のモーニング娘。のメンバーとは、違和感のようにしか感じと
れなかった……今の私なんかよりもずっと濃密な、何か。
(つんくさんは、アルバムのミックス、って云ってたけど、市井さんと会っていたのかも知れない)
(市井さんが、ゴシップ雑誌にもまったく姿を現さなかったのは、こんなトコロにいたから?)
(……なら、つんくさんが、今回のモーニング娘。の仕事を海外に指定したのは、同時に、
市井さんのレコーディングに関わりたかったから?)
チーン、と、業務用のエレベーターが、自分のたちの階に到着した。出入り口は、
ちょうど、私たちと、扉の前の男の向こう側にあった。
私と市井さんは、一気に緊張した。
(あの男の仲間たち、ですかね?)
(さあ、どうだろうね)
「♪小池さ〜ん 小池さ〜ん 好き好き〜」
私の肩に手を置いていた市井さんが、がくっ、と軽くズッこけた気配があった。
ペラペラのビーチサンダルと、派手な柄のシャツ、短パン、5ドルくらいで売
ってそうなサングラス、という、安っぽいいでたちで、鼻歌まじりに向こうか
ら歩いてきたのは、つんくさんだった。
「な、なんやお前、俺の土管ハウスに何の用や!」
結局、つんくさんの部屋のカギを開けることが出来ないでいた(多分ニセモノの)
ボーイに、びし、と指をさして云った。
男は、侵入者としては三流だったかも知れないが、暴力に関しては、一流のようだった。
瞬時につんくさんに迫り、腹を強く一撃した。
つんくさんは、吹っ飛んだ。
「ああああっ」
尻もちをついたつんくさんは、自分の腹をさすって、悲鳴をあげた。
「苦労して入手した、海賊版のビデオがあ!」
つんくさんが真っ青になって両手に持っている、二つに割れたビデオテープのジャケット
は、カラーコピーで見にくくはあったけど、間違いなく『モーニング刑事(コップ)』の
モノだった。
(なにしてんだよ)
私は、飛び出そうとした。
市井さんにひっぱられて、物陰に引き戻された。
(どうして!)
(落ち着きなよ、あれを見て)
隣りの部屋の扉があいて、現地の警官が飛び出して来たのだ。三人いた。
そして、彼らは、拳銃を抜き、
つんくさんに向けた。
「なんやなんや、お前ら、えらい騒ぎやなあ」
ホールドアップしているつんくさんの身体を、警官が身体検査している。警官の後ろ
ポケットから、何かを取り出して、それを高く掲げて、叫んだ。
市井さんは、警官たちの言葉に耳をすませていた。
「よくは分からないけど、ドラッグがどうこう云ってるみたい。きっと……つんくさんを、
ハメる気ね」
ふーん。
あの男は、つんくさんの部屋に、それを仕掛けるつもりだったんだろうな。でも、
先に騒ぎになったから、急遽シナリオが変更になった、って感じか。
(……地元の警官と組んでるんだ。まあ、本物かどうかは、分かったもんじゃない
けどね。とりあえず、ここで私たちが飛び出しても、なにも出来ないよ)
「あれ? なんでこんなもんが俺のポケットに?」
つんくさんは、マジで驚いているのか、警官が突き出したビニールの小さな袋――
緑色の、乾燥した植物の葉……マリファナだろう――を見、気の抜けた声で云った。
「おっかしいなあ。ちゃんと、部屋に隠しておいたハズやのに」
(やっとったんかい!)
なぜか、私の胸に、市井さんの平手ツッコミが入った。
……どうも、市井さんも、つんくさんにかなり毒されてしまっているみたいだ。
少し、悲しかった。
つんくさんは、腰に手をあてて、高らかに笑いだした。
「まあ、バレたからには仕方がない」
ねちっこい、まるで悪代官のような腹の立つ口調でつんくさんは言った。
「その通り、オレは、ワルワルよ。しかーし、君たち、下っ端の警官は知らない
だろうが、オレは、ここの署長とも懇意の仲でね、だから、電話一本で、君たち
には撤収命令が出るのだよ。悔しいかね」
つんくさんは、言葉どおり、おもむろに携帯電話を取り出し、
「あっ、圏外や」
みんな、しばらく動かなかった。
「逃げるが勝ちやで!」
つんくさんは、こっちに向かって、走り出した。
(やばっ)
ぱん
警官の一人が、つんくさんに向けて、水平に発砲した。
つんくさんは、走る姿勢のままで、固まった。当たってはいないようだ。
「マジ?」
つんくさんは、振り返って、云う。
警官たちは、日本語は分からないだろうけど、ニュアンスは読みとれたのか、
こくこくと頷いた。
そのまま、つんくさんは、連行されてしまった。
男たちがいなくなって、きっちり5分、その場で動かなかった私たちは、その後で
行動を開始した。
ホテルのオフィスサービスの部屋を借りた。市井さんがあっちこっちに連絡をとっていた。
留置所につんくさんが入った、という情報はなく、つまり、ニセ警官に拉致されて
しまったのだろう、という結論に達した。
「……」
「……」
私と市井さんは、お互いの顔を見、
「それじゃあ、私は部屋に戻って寝ます」
「私もそうするよ」
つんくさんなら、適当にどうにかするだろう。
どちらも、全然心配していないことは確かだった。
◇
(私がこの国にいる、ってこと、みんなには秘密にしてて欲しいんだ)
市井さんは、独自に動くそうで、別れ際にそう云った。
(……ええと、特に、後藤にはさ)
ごっちんの名を呼ぶときだけ、少しはにかんだように見えたのは気のせいだったの
だろうか。
とにかく、私は疲れていた。
つんくさんがいないことには、仕事もなにもあったもんじゃないし、とても驚いたの
と、ドキドキしたのとで緊張の連続だったし、これから面倒になるんだろうな、って
いう思いもあり――とにかく、くたくたになっていた。
午前三時。
だから、私の部屋の前に立ったとき、中で人の気配があったんで、そのまま引き返した。
石川が、ずっと起きて待っている姿が、まじまじと想像出来たのだ。きっと(こんな
時間まで、何してたのっ!)と、ぐちぐち、恨み言を聞かされるに決まってる。
私は、スーツ姿のままで、矢口さんの部屋を訪ねた。
矢口さんは、私の顔を見上げて、絶句していた。
(ああ、この格好の私を見せるのって、矢口さんには初めてだったっけ)
私は、ちょっと眠らせて下さい、と中に上がり込んだ。
泥のように疲れているのに、気が立っていた。タバコに火をつけて、大きく吸い込んだ。
ミニバーからIWハーパーの小さなボトルを取り出して、ぐっとあおって、ソファに
倒れ込んだ。
矢口さんはなにか言いたげだったけど、今は、何も考えられなかった。
タバコの赤い点を見つめているうちに、とろとろとした眠気が私の中に満ちてきた。
「矢口さん、お休みなさい」
タバコの火を消して、私は、沈んでいくような心地よい眠りに身を任せた。
矢口さんは、眠れなかったみたいだ。
◇
「なんや、今日は騒がしいなあ」
中澤さんが、朝食を食べながら、つぶやく。
朝から、警官たちがホテルをうろうろしていたのだ。
「なんだか、昨日の夜、このホテルで発砲騒ぎがあったみたいですよ」
私は、赤い目をした石川の横で、なんでもない風を装って、言った。
「ふーん。やっぱ外国は怖いなあ。うちら、大丈夫かな。ホテル代えたほうがええん
とちゃうか?」
「つんくさんが、さらわれました」
中澤さんは、テーブルに突っ伏しざま、ベーコンをつついていたフォークで、皿を強く
ひっかいた。
「なんで、そこでつんくさんが出てくるんや。なんで、騒ぎがあったら、必ずつんく
さんが――」
まあまあ裕ちゃん、落ち着きなよ、と矢口さんになだめられている。その矢口さんの
目も真っ赤だ。
「よっすぃ、昨日はどこに行ってたの?」
「ん……矢口さんのトコ。すぐに寝たよ」
石川は、矢口さんをちら、と見て、
「矢口さん、寝てないみたい。よっすぃ、ウソついてる!」
石川は、充血した目を見開いて、
いきなり、私の首筋に、鼻を持っていった。
イヌみたいだ。石川の髪が首にこすれて、くすぐったかった。
「よっすぃがつけてる香水とは、違うニオイがする。……これは、ウルトラマリンね!」
(ああ、それは、市井さんの匂いだね)
市井さんの腕が、私の口をふさいだんだ。
すごいな、ホントにイヌ並の嗅覚だね。
「視線が左に泳いだよ。なに思い出してるの!!」
「いーじゃん、どーでも」
どうして、人は嫉妬なんてするんだろうね。
無くすのが怖いから?
なら、こんな追求をして、相手をうんざりさせて、自分で自分を追い込んでしまってる。
全然、理にかなってない。
きっと、私と石川は、住む世界が違ってしまったのかも知れない。
(市井さん……)
彼女なら、私と同じ世界を共有出来るだろうか?
私を、もっと高い場所に連れて行ってくれるだろうか?
夢想は、突然の激痛に破られた。
石川が、私の右手の人差し指を強く噛んだのだ。
(いって……)
みるみる血の玉が浮かび上がる。シャレにならない。
「梨華、いったい、どういうツモリで」
がたん、と、石川は、席を立った。
「さよなら、よっすぃ」
あ……
私は、動けなかった。
気持ちの半分は、潮時だろう、って思っていたから。
(……)
私は、うなだれて、座ったままでいた。
私の背後から、するりと手が伸びてくる。
後ろから抱きつくようにして、私の耳元に唇をつけて来たのは、ごっちんだった。
(ウルトラマリン……市井ちゃんの匂い)
静かに、囁く。
(なんなんだよ、もう)
私と石川の会話が聞こえていたのだろうか。
それとも、匂いに引き寄せられて……まさかね。
午前中は、ハロモニ海外バージョンの収録だった。
海岸にステージを作って、地元の人たちや外国人観光客の好奇の視線の中、
「ラストフレーズを歌っちゃ!」
♪ダメ ダ〜メ〜
お約束の、矢口さんと中澤さんの絡み。
私と石川は、水着姿でじゃれあうシーンをカメラに撮ってもらった。いつもなら、
ホンキで嬉しそうに抱きついてくる石川の仕草は、どこか芝居めいていた。
「挑戦、それは、自分との戦い」
砂浜には場違いのお嬢様衣装で登場した石川に、日本語の分からない外人さんたちも
興味津々のようだった。保田さんや中澤さんにいじられて困っている姿が、笑いを
誘っていた。
チャーミー石川は、すっかり板についていて、立派なキャラクターになっていた。
間違いなく、彼女が同期では一番の出世頭だろう。
いや、同期、というのなら、加護も辻も、独自の世界を作り上げている。ミニモニで
矢口さんとユニットデビューも果たしたし。
(……やっぱり、モーニング娘。で、一番、いらないのは私なんだろうな)
卑下するでもなく、ごくごく自然に感じた。
◇
お昼を食べた後、わずかな休憩をラウンジで過ごしていると、ボーイさんが伝言カードを
持ってきた。
イニシャルは、S・I。
(市井さんだ)
どくん、と全身が脈打った。
私の中の何かが入れ替わった。
(来た――)
すうっ、と、頭の中がクリアになっていく感触があった。
◇
いつもの時間。
いつもの服装。
私は私の部屋に一人きりだった。
市井さんの指示どおり、つんくさんの部屋からジュラルミンケースを持ち出していた。
二重底は、地元の警察も分からなかったようだ。この写真が、つんくさん拉致犯
(もう正体もある程度予想できるけど)の要求だそうだ。
ホテルの受話器を取りあげ、石川のルームナンバーを押す。
コール音が鳴る前に、電話を切った。
(私って、自分勝手だよね)
いると面倒なのに、いないと心細くなる。
今、こうやって、部屋を出る前に、一言だけでも、声が聞きたくなってしまった。
肩をすくめて、据え付けのメモ帳に、さらさらと石川あてのメッセージを書いた。
つんくさん盗撮の、私と石川の二人の写真を添える。
これで、心の準備は完了した。
鍵はかけないでいよう。
もし、石川が訪ねて来ても、閉め出したりしてしまわないように。
私は薄い色のサングラスをかけた。部屋を出る前に、フロントに電話を入れて、
タクシーを頼んだ。
93 :
申魔法楽団 : 2001/01/15(月) 23:05 ID:GgevjNTI
続く。
94 :
申魔法楽団 : 2001/01/16(火) 22:23 ID:8LeLX0gw
95 :
名無し娘。 : 2001/01/17(水) 01:45 ID:v6o6M7H2
吉澤の葛藤が面白いね。
96 :
名無し娘。 : 2001/01/17(水) 23:01 ID:xFHaBxcE
97 :
申魔法楽団 : 2001/01/18(木) 23:36 ID:Kfskzszc
今回で、外伝は終わりです
98 :
吉澤震−6 : 2001/01/18(木) 23:37 ID:Kfskzszc
まあ、こんなこともあるだろうな、とは思っていた。
タクシーは、私が言った場所とは、全然違うトコロに向けて、走っているようだった。
「ねえ、どこに行くつもりなの?」
一応、日本語で聞いてみる。運転手は、無言だった。
(市井さんが、脅されて、私を誘い出した。その可能性は無し)
(市井さん自身が、騙されてしまった。これも、考えにくい)
(なら――)
どっちにしろ、相手とは接触しないといけないのだ。
自分で探し出すか、相手に誘い出されるかの違いでしかない。
タクシーは、ひとけのない丘を登っていく。街の明かりが、遙か眼下に広がる。
なにもない、荒れ地のような場所に、タクシーは止まった。
99 :
吉澤震−6 : 2001/01/18(木) 23:38 ID:Kfskzszc
車のライトに、市井さんの姿が浮かび上がった。
私は、タクシーを降りた。
車のエンジンが止まると、辺りはしんとした。
(でも、きっと、たくさんの兵隊が潜んでいるんだろうな)
火薬庫の中でタバコを吸うような、ピリピリした緊迫感が漂っている。
「つんくさんを人質にとられたんですね?」
私の問いかけに、市井さんは肩をすくめて見せた。
「なんとかうまくやろうと思ったんだけどねえ」
お手上げだよ、と、市井さんは言った。
その目が、面白そうにくりくり動いた。
なにかを、企んでいる?
「ほら、目的のモノは持ってきたよ。これと、つんくさんの身柄とを交換の約束よね」
市井さんは、大きな声で叫んだ。
ぬっ、と暗闇から顔を出したのは、私の知らない人間だった。
100 :
吉澤震−6 : 2001/01/18(木) 23:39 ID:Kfskzszc
「あいつが、つんくさんを拉致したグループの頭だって」
(つんくさんの取引相手だった、興業ヤクザのセクハラ白人とは違うんだ)
予想は、少し外れた。
ぞろぞろと、男たちのシルエットが立ち上がる。
十人はいるだろうか。
そのウチの一人が、つんくさんのこめかみに拳銃を突きつけていた。
一人が、私に近づいてくる。その手が、ジュラルミンケースを奪っていくのを、ただ見守る
ことしか出来なかった。
「ねえ、市井さん。あいつら、約束守ると思います?」
「思わないね」
さらりと市井さんは答えた。じゃあ……
101 :
吉澤震−6 : 2001/01/18(木) 23:40 ID:Kfskzszc
「ほら、吉澤さ、ムカつくセクハラ白人がホテルにいる、って言ってたじゃない?
私さ、その地元ヤクザに、コンタクトとってみたんだよね」
いきなり、市井さんは何を言い出すのだろう。
私には、先が読めなかった。
「昼間の、カメラ盗難の貸しもあるんでしょ? それをちらつかせて、聞いてみたのよ。
警官の格好させて、つんくさんを連れ去ったのか? って。そんなことは知らない、
って言ってたわ。オレのなわばりで、そんなことをするヤツは、あいつらに違いない、
って、抗争相手のグループを教えてくれたんだ」
じゃあ、どうして、彼らに頼まずに、私を呼び出したりなんかして……
「あっ」
分かった。市井さんは騙されたんじゃなくて、
「そう。吉澤の後に、ついてきてもらったの」
102 :
吉澤震−6 : 2001/01/18(木) 23:41 ID:Kfskzszc
いきなり、無数のスポットライトが、私たちを中心に、荒れ地を照らし出した。
私たちを囲むように立っている男たちの輪よりも、さらに一回り大きな、男たちの姿。
ちっ、市井さんに、いっぱい食わされた。
「これからが、勝負なんだよね」
市井さんは、唇を舐めて言った。
これで、暴力としての条件はこっちが有利だ。
ただ、つんくさんが人質に取られている分、差し引きゼロか。
「ただね、あっちの白人さんも、そう思うか? っていうと、違うかも知れないでしょ?」
確かに、つんくさんが死んでしまっても、痛くも痒くもない。いや、金を払わずに、目的の
写真を入手できたら、それに越したことはないだろう。
モーニング娘。のアンオフィシャル写真と、つんくさんの命が同じ価値である、っていうの
は、それはそれで悲しい事実だけど。
103 :
吉澤震−6 : 2001/01/18(木) 23:45 ID:Kfskzszc
人質を盾にした、地元ヤクザグループは、なにかをわめき立てていた。でも、白人の
親分は、肩を揺すって笑っただけだった。なんか、イヤな雲行きだ。
(さすがのつんくさんも、頭を撃たれたら死ぬだろうなあ)
「つんくさんが自由になれば、私たちの勝ちですよね?」
「そりゃあ、あとはあの人たちでなんとかしてくれるだろうけどね」
市井さんは、額に汗をかいて、口元には笑みを浮かべて、逆転の機会を狙っている。
その姿は、とてもキレイで、一瞬、見とれてしまった。
「つんくさんを殺してしまわなければいいんでしょう? そんなのカンタンですよ」
私は、拳銃を抜いた。
つんくさんと、つんくさんを盾にしている男に、狙いを定めた。
みなの視線が、私と、私の銃に集中した。
104 :
吉澤震−6 : 2001/01/18(木) 23:46 ID:Kfskzszc
「吉澤、あなた、射撃の腕に自信があるの? 失敗したら、つんくさんに当たるよ」
さすがの市井さんの口調にも、焦りが見える。
ふっ、と、夜が明るくなった。
瞳孔が開いたのだ。
頬が、上気してくる。
口元が、ひきつったように、笑みの形になる。
(私は、性的に、興奮している)
「あかん、吉澤、キレよった。離せ、離してくれぇ!」
つんくさんは、暴れだした。だが、男に背後からがっちり押さえられて、動けなかった。
「市井さん」
「なに?」
「今まで、つんくさんを撃ったことはない?」
返事を待たずに、引き金を引いた。
市井さんの、ええ?って声と、銃声は、同時だった。
105 :
吉澤震−6 : 2001/01/18(木) 23:47 ID:Kfskzszc
全身が、ビクビク痙攣した。
私の手の中から飛び出した銃弾が、
柔らかな、肉に、めりめりと食い込んで、
(イッちゃった……)
私にあるはずのない男性器が、ジンジンと痺れた。
腰が抜けてしまいそうな、
快感だった。
私の代わりに、つんくさんが、その場に崩れ落ちた。
キモチイイ。
キモチイイ。
今こそ、私は、私でなくなってしまいそうだ。
あと一歩、
それだけで、私は、違う私になれる。
私は、人質を失ったまま、まだ状況が飲み込めずに突っ立っている男に、狙いを定めた。
106 :
吉澤震−6 : 2001/01/18(木) 23:47 ID:Kfskzszc
ほら、行け。
行ってしまえ。
男は、自分に向けられた銃口を見、恐怖に顔を歪ませ、股間を濡らし始めた。
(もう一回、私をイカせてよ)
引き金にかけた人差し指に、力を込める。
ずきん。
ずきん。
ずきん。
(──血?)
人差し指から、血が一筋、流れて落ちた。
銃の柄を、口元に持っていく。
赤い血を、舌で舐めとる。
(……)
梨華に、噛まれた傷、だ。
(呼んでる? 行くな、って)
107 :
吉澤震−6 : 2001/01/18(木) 23:48 ID:Kfskzszc
ふう、と、ため息をついた。全身から、力が抜けた。
緩慢だった時間の流れが、元に戻った。
「吉澤ッ!」
「……大丈夫。お腹を撃ったから」
地面に倒れ伏したつんくさんを、オロオロと見下ろす男。
「人質はいなくなった!」
日本語で叫んだんだけど、ちゃんと伝わったみたいだ。
途端に、あちこちで銃撃戦が始まった。
私と市井さんは、地面に伏せて、
「吉澤、あんたムチャクチャするね」
「つんくさん、頭撃たれたら、死んじゃうじゃないですか」
「そりゃそうだけどさ」
ほふく前進で、つんくさんのトコロに移動する。
「つんくさん、大丈夫ですよね」
「お前なあ……」
108 :
吉澤震−6 : 2001/01/18(木) 23:49 ID:Kfskzszc
市井さんは、まだ危ないから、伏せたままの方がいいよ、と、言いながら、面白そうに
クスクス笑っていた。
一応、つんくさんの不死身さは知ってるみたいだ。
すぐにヤクザ同士の決着はついた。
市井さんの提案で、取引は、後日、病院で行うことになり、つんくさんは救急病院に
搬送された。
「オレが撃たれて事件解決、っちゅーのがこれからのオチになるんか?
そりゃないで……」
意味不明のつぶやきを残し、つんくさんは集中治療室に運ばれていった。
◇
109 :
吉澤震−6 : 2001/01/18(木) 23:49 ID:Kfskzszc
病院に、マネージャーさんたちが駆けつけてくる前に、市井さんは姿を隠すことにしたらしい。今日も、歌のレッスンがある、って言ってた。
「毎日声だしとかないと、すぐになまっちゃうからね。吉澤も、基礎トレーニングだけはちゃんと続けなよ」
ごくごく普通のアドバイスを残して、彼女は、早朝のクワラルンプールの街の人混みの中に消えていった。
タクシーで病院に乗り付けたマネージャーさんは、もうちっとも驚いてはいなかった。つんくさんが姿を消しては大ケガして戻ってくる、ってのは、もう慣れっこになったみたいだ。
ただ、
「……ひとみちゃん」
マネージャーさんと一緒に、彼女が来ていた。
彼女は、よっすぃ、と呼ばずに、私の名で呼んだ。
私は、私の部屋に残してきた、恥ずかしいメッセージを思い出した。
110 :
吉澤震−6 : 2001/01/18(木) 23:50 ID:Kfskzszc
「あれ、読んだの?」
こくり、と、うなづく石川。
二人して、少し顔を赤くした。
私は、ちょっと歩いて来ます、とマネージャーさんに伝えて、石川と二人で病院を出た。
早朝の喧噪の中を、港に向かって歩く。
手を差し出すと、石川は、おずおずと手をつないできた。
「私さ、昨日の夜、危なかったんだよね。いろんな意味でさ」
「……」
石川は、黙って、私の言葉を聞いている。
「きっと、戻って来れたのって、梨華のおかげだよ」
海に出た。
朝の海は、キラキラと眩しくて、軽いめまいを覚えた。
「ひとみちゃん、大丈夫?」
「うん……ちょっと、疲れただけ」
コンクリートのブロックに二人、並んで腰掛ける。
まわりに人がいないことを確認して、脇の下から、拳銃を取り出す。
そして、海に投げ捨てた。
あまり遠くには飛ばずに、ぽちゃん、と拳銃は落ち、すぐに沈んで見えなくなった。
111 :
吉澤震−6 : 2001/01/18(木) 23:51 ID:Kfskzszc
きっと、もう、あれに頼ることはないだろう。
暴力を手にすることで、強くなれる、と勘違いする時期は終わった。
私は、私だ。
それが分かってさえいれば、いくらでも戦うことは出来る。
「明日の夜には、もう日本だね」
「あわただしい海外旅行だったね」
肩に手をまわす。
彼女が、寄り添ってくる。
体温が、私のそばにある。
「ひとみちゃん?」
石川の声を、遠くに聞いている。
彼女の肩にもたれて、私は、静かに眠りに落ちる。
今は、
今は、ただ、眠りたかった。
身体を丸めて、赤ん坊のように、
そして――
`
(終わり)
112 :
申魔法楽団 : 2001/01/18(木) 23:52 ID:Kfskzszc
そんな訳で、終わりです。
ありがとうございました。
113 :
名無し : 2001/01/18(木) 23:54 ID:ydPkHwCs
おわっちまいましたかぁー!
なんだぽっかりしちゃいますね。
吉澤が石川あてに書いたメッセージの内容がめちゃ気になります。
114 :
名無し娘。 : 2001/01/19(金) 07:45 ID:OzQaBc0Y
吉澤が死ぬと思ってたが死ななかった・・(w
面白かったです
115 :
名無し娘。 : 2001/01/20(土) 00:06 ID:MHv1vsGs
読んでいる途中、映画のワンシーンを観てるような気がしました。
ありがとうございました。
116 :
名無し娘。 : 2001/01/23(火) 14:58 ID:/TBdFUBs
映画マニアにはおおうけ
117 :
名無し娘。 :
は