1 :
萌え男。 :
2 :
萌え男。 : 2000/12/21(木) 11:53 ID:BZIn6mKM
保存屋さんへのリンク、貼らせてもらいます。
3 :
3−1.5 : 2000/12/21(木) 12:15 ID:BZIn6mKM
深夜を過ぎ、店が一番盛り上がりを見せる時間に、その事件は起こった。
慌ただしくフロアを飛び回る私の元に、例の気のいいバーテンが早足で
近寄って来たのだ。
「おい、お前ら、ちょっと隠れとけ。」
バーテンは普段カウンターから出る事がほとんどない。抑えてはいるが
緊張した声と、こわばった表情からただならぬ気配を感じた。
「なんですか?どうしたの?」
「警察だよ、ケーサツ。今入り口にいる。お前ら未成年だろ。早く行け。」
その言葉を聞いた途端、私の目の前が一瞬暗くなった。警察‥!動悸が
激しくなり冷たい汗がどっと吹き出す。警察。私達を、捕まえに‥!?
「おいっ!」
肩を揺すられて我に帰った。慌ててレジを振り返ったが梨華はいない。
「あいつなら先に行かせたよ。トイレにいるから、早く!個室でカギでも
閉めとけ!」
4 :
萌え男。 : 2000/12/21(木) 12:19 ID:BZIn6mKM
梨華が殺した父親を私が埋めてから、およそ4ケ月‥。
私達の失踪についてメディアは、一度小さく報じただけで、それ程大きく
取り上げなかった。それ以降も新聞とかニュースとか、随分気を配っては
いたが、それらしい報道は何もなかったはずだ。しかし警察はおおむね
情報を隠すものという事も常識として知っている。すると、とうとう死体
が見つかったのか?
トイレのドアを開けると、顔面を蒼白にした梨華がひとりきりで待っていた。
暦の上では春ということになるが、朝と夜は未だずいぶん冷え込む。タイル
張りのトイレももちろん例外ではなかった。あまり長いこと居たくはないけ
れど、店の通用口も抑えられているようだ。
「ひとみちゃん‥!」
追い込まれた瞳の梨華は、声がはっきりと震えていた。極度の緊張と、気温
の低さ。かわいそうに。風邪をひいているのに‥!そう思ったらなんだか
無性に腹が立ったが、どうすることもできない。舌打ちしたい気持ちを抑え
て私はカーディガンを脱ぎ、梨華の肩からかけてやった。
「大丈夫、きっと。普通の取り締まりだよ。クスリやってる人多いし、ココ。」
ともすれば崩れそうになる自分自身に叱咤して、たとえ根拠のない事を言っ
ても梨華を安心させたかった。いつになく取り乱した梨華は聞く耳を持と
うとしない。
「イヤ、今はイヤ!捕まりたくないの、私!」
「だから大丈夫だって。私がついてるってば!」
5 :
萌え男。 : 2000/12/21(木) 12:25 ID:BZIn6mKM
大騒ぎした割に、結末はなんともあっけなかった。30分も過ぎた頃、
もうひとりのウェイトレスがやって来て、警察が去ったことを告げたのだ。
私が言ったでたらめは予想に反して現実となり、常連の2人が薬物所持
の現行犯で逮捕されたそうだ。その2人は普段から見境なくあれこれと
手を出していたから、当然と言えば当然だけれど、聞いたところによると
誰か密告した人物がいるらしかった。
とりあえず危機を脱したと思った私は息を吐き出してほっと胸を撫で
下ろした。けれども梨華はまだ何ごとか考え込んでいる。それが少し
気になったけれど、ともかく梨華を連れて私はトイレを出た。寒すぎ
るのだ、ここは。私に手をひかれ通路をフロアへ歩く途中、もともと
体調が悪かった梨華はとうとう倒れてしまった。ポツリと小さな声で
その一言を呟いて。
6 :
3−1.6 : 2000/12/21(木) 13:42 ID:W0LpaD6A
その日、朝陽が顔を出した頃、私はようやく仕事を上がって、
鉄だかアルミだかで出来た階段を一足飛びにカンカン上がって
梨華の眠る部屋へと戻った。薄暗い店内に慣れた視線は昇りかけ
の太陽の、ごく柔らかな光線にも敏感に反応する。建物の外に
つけられた階段を私は顔を顰めながら昇ったけれど、それでも
全体に薄蒼く他の時間帯よりも湿気をやや多めに含んだ空気が
ピリピリ冷たく清々しかった。吐き出す息は未だ白い。どこか
遠くの方で鳥の鳴く声が聞こえたが、その姿はとうとう発見で
きなかった。
7 :
萌え男。 : 2000/12/21(木) 13:45 ID:W0LpaD6A
安倍さんの行動は意外だった。
警察の登場でもともと体調の悪かった梨華は心身の均衡を崩して倒れて
しまった。暖房がイマイチ届かずにしんしんと冷え込む通路から、梨華
の腕を肩にかけ、なかば引きずるようにしてフロアへと戻った私は、
早退させてもらうべくオーナーへ掛け合ったのだけれど、普段親切な彼
は果たして渋面を浮かべたのだった。警察が帰って店はいつもどおり
の賑わいに戻っている。そのうえ今日は従業員が足りない。
「そうですよね‥。」
息を吐いた私は梨華を振り返った。
気を失った直後に一度意識を取り戻したけれども、彼女は今、フロア
の隅の比較的静かなソファに体を預け、青い顔で再び眼を閉じてしま
っている。それにしても店内は空気が良いとは言えず、切れ目のない喧
騒にしたって病人には良くないに決まっていた。
8 :
萌え男。 : 2000/12/21(木) 13:46 ID:W0LpaD6A
「そしたらとりあえず、りかっちを部屋に寝かせて、またすぐに戻って来ます。」
「ああ。そうしてくれないか。悪いな。」
右手を顔の前にかざしてオーナーがそう言うと、シェイカーを振りつつも
チラチラとこちらを伺っていたバーテンが心配そうに声をかけた。
「お前、大丈夫か?手伝おうか?」
「ううん、平気。注文けっこう詰まってるじゃないですか。」
それはとても嬉しかったのだけれど、私は断わって笑った。彼の前にもまた
空のグラスがいくつも並んでいて、酒が注がれるのを今や遅しと待ちわびて
いるのだ。
9 :
萌え男。 : 2000/12/21(木) 13:49 ID:W0LpaD6A
相変わらず心配顔のバーテンが不安そうに見守る中、店を出た私は梨華を
おぶって階段をゆっくり上がった。梨華は軽かったし、こう見えて私も
かなりの力持ちだからそんなにツラくもなかったけれど。けれどやっぱり
息は切れるのだった。
ハァハァと背負った梨華の速くて浅い呼吸を耳元に感じながら、私の呼吸
の間隔もだんだん短くなっていって、それは一体どっちの物なのかそろそろ
区別がつかなくなってきた頃、一歩一歩踏みしめるように昇っていた私の
足元をサッと一つの影が覆った。
不思議に思ってなんとなく顔を上げた私の視線の先、ちょうど2、3
メートル上のおどり場のところ。そこに安倍さんが立っていた。
「もっと早く来ると思ってた。こんなに待つんだったら、上着持ってくれば
よかった。」
少しも笑わずにそう言い切る安倍さんは、階段の上で月と街灯に照らされ、
シアン色に染まった姿は、幽かに揺れるそのスカートも、そして安倍さん
自身も、限りなく透明に近い希薄な水影のようだった。
10 :
名無し娘。 : 2000/12/22(金) 12:19 ID:yN3uN4bU
ひっそりと再開ですね。
期待してます。
11 :
萌え男。 : 2000/12/22(金) 22:46 ID:9BQpIWpo
「安倍さん‥、どうして?」
部屋で私はまず、梨華をベッドに寝かせた。私について部屋に入ってきた
安倍さんは、その間窓から外を眺めていたが、私が問い掛けるとなんでも
ない様子で平然と振り返った。表情に相変わらず笑顔はない。安倍さんは
素早く2、3度瞬きをした後、真直ぐに私の眼を見て話し出した。
「さっき、なっちもトイレの近くで隠れてたんだけど。警察が帰ってフロア
に戻る時、石川梨華さんが通路で倒れるのが見えたから。その後にあなた
がオーナーの人と話し合ってるのも見てたよ。お店忙しいんでしょ?」
「え?ああ、まあ‥。」
私は水のボトルを冷蔵庫から取り出してグラスに注いだ。目が覚めた時、
梨華はきっと喉が渇いているだろう。
「そろそろ戻らなくちゃ。安倍さんも‥。」
私はベッドまで歩いて、脇のテーブルに水の入ったグラスを置いた。その
様子をじっと見ていた安倍さんは私の言葉を無視するようにして立ち上がり、
ゆっくり部屋を見渡した。
「タオルは?」
「え?」
「タオルどこ?よっすぃーがいない間、なっちが看ててあげるよ。このコ。」
12 :
3−1.7 : 2000/12/22(金) 22:48 ID:9BQpIWpo
ビックリした。けれども安倍さんが梨華に対して興味っていうか、親近感みた
いな物を抱いている事は彼女の言動から知っている。誰に対しても素っ気無い
安倍さんは、梨華には必要以上に絡んでいた。そして梨華も。不器用な安倍さ
んの裏腹な態度には、彼女もきっと気付いている。意地っ張りな2人はお互い、
決して口には出さないけれど。
「それは‥、助かりますけど‥。いいんですか?」
「いいよ、ヒマだし。」
「連れの男の人は?」
「ああ。いいんじゃない?別に。だいたいあの人誰か、なっち知らないし。
ねえ、タオルは?こっち?」
そう言った安倍さんは、スタスタと洗面所へ歩いていってしまった。苦笑する
私を尻目に。
13 :
萌え男。 : 2000/12/22(金) 22:50 ID:9BQpIWpo
数時間後、仕事を終えた私が再び部屋へ戻ると、安倍さんはベッドから少し
離れたソファにじっと座っていた。
「すみませんでした遅くなって。りかっちは?」
「うん、寝てるよ。汗かいてたからさっき着替えさせた。」
安倍さんはなぜか私の目を見ない。
「ほんとにいろいろありがとうございました。あ、コーヒー飲みますか?
今、いれます。」
安倍さんの様子に少し不思議な感じがしたけれど私は特に気にとめず、自分の
カバンを肩から下ろし、そして店に置いたままだった梨華のバッグをキッチン
テーブルに置いた。
「うん、ありがとう‥。」
お湯はすぐに沸いた。安倍さんに背を向けた私がコポコポと注いでいると、
その間黙っていた安倍さんが唐突に口を開いた。
「ねえ‥。クローゼットにあったリュックさ、彼女の服とった時に上から
落としちゃって。中味、見えちゃったんだけど‥。あのお金って‥。」
突然そう言われた私はハッとして、ビクッと震えた手元が狂った。カップに
入りそこねたお湯が指先に少しだけ跳ねる。動く事のできない私に、安倍さん
は更に続けた。
「警察が来た時、トイレの中であのコ確か、『つかまりたくない。』とかなんとか
って言ってたよね?ごめん‥。聞こえちゃった‥。あの時はよくわからなかった
けど。アナタ達、一体‥?」
14 :
萌え男。 : 2000/12/22(金) 22:51 ID:9BQpIWpo
部屋の中を重い沈黙が流れた。
「ま、言いたくないなら聞かないよ。」
私は安倍さんを振り返った。梨華はぐっすりと眠っている。
「彼女を‥、守りたいんです。理由は言えないけれど‥。」
「そう‥。」
15 :
名無し娘。 : 2000/12/23(土) 04:07 ID:GB51d7C6
羊で再開されたんですね。
これからも頑張って下さい。
なるべく長く続けていってもらえると幸せです。
16 :
名無し娘。 : 2000/12/27(水) 23:57 ID:Crolqhvg
ホゼム…
17 :
名無し娘。 : 2000/12/29(金) 05:04 ID:lpzGus52
発見
18 :
萌え男。 : 2000/12/29(金) 05:41 ID:k9SszR92
このコって、お嬢サマだよね?見ててわかる。気が強くって‥。潔癖で、なっち
とは全然違うよ。あ、頑固なところは似てるわ。
ねえ。なっちの顔ってさ、可愛いでしょ。
それに軽くてバカだから、男とかどんどん寄ってくるの。ふふ。当然女のコ
からは嫌われるよ。まあ別にそんなのは気にしてないけどね。悪いけど敵じゃ
ないし。でもこのコさー、正面から挑んで来たんだよ。このなっち様に。
すっごい久しぶり、ってかんじ。
ぬるくなったコーヒーを飲みながら、安倍さんは言った。偽悪的な物言いと裏腹に
とても柔らかく微笑みながら。新鮮‥。本当の彼女はこんな風に笑うんだ。
ふと、私は思った。こういう笑顔をもっと人に見せればいい。そうすれば安倍さんは
楽になれるんじゃないだろうか?
「安倍さん、『笑う月』って何ですか?」
「ああ。言ったね。そう言えばあなたに。」
安倍さんは恥ずかしそうに笑った。
19 :
3−1.8 : 2000/12/29(金) 05:42 ID:k9SszR92
「あのね、なっちね。昔、ちっちゃい頃、今よりもっともっと可愛かったの。
もっともっと幸せでさ。誰からもちやほやされてね。皆の事が大好きだったし、
皆からもすごく大事にされてた。
近所に、偏屈で有名なお婆さんが住んでたんだけど。そのお婆ちゃんもね、
なっちにはすごい優しいの。なっちにだけ。へへ。いっつもおやつとかくれて。
でも、そのお婆ちゃん、周りの人には好かれてなかったから。みんなは、うちの
家族とかも『一緒に遊んじゃだめだよ。』ってよく言ってたんだけど。でもなっちは
お婆ちゃんが大好きだったから、いつも内緒で遊びに行ってたの。
あれはお婆ちゃんと最後に遊んだ日。秋が深くなって、木枯らしで落ち葉が
カサカサ舞ってた日。近くの山で柿をとったの。2人で。帰るのが少し遅く
なってね。だからお婆ちゃんが手をつないで、なっちを家の近くまで送って
くれたの。夕方で冬が近かったから、もう随分暗くて。暗いけどきれいな星空に、
明るい満月が浮かんでた。
20 :
萌え男。 : 2000/12/29(金) 05:44 ID:k9SszR92
一緒にとった柿が嬉しくてね。柿を詰めた紙袋の中を何度も覗きながら、なっちは
歩いてたの。そしたらお婆ちゃんが言った。
『なっちゃんは気をつけなけりゃいけないよ。かわいい子はお月様に妬まれて
しまうんだ。月はいつだって明るい物にやきもちをやくからね。いつだって
お日様の陰にかくれているだろ?だから皆に愛される子も嫌いなんだ。
ホラ、ちょうどこんな満月の晩さ。真ん丸で、笑っているように見えるじゃないか。
月はね、嫉妬をすると笑うんだよ。そうしないと、その子にバレてしまうからね。
そうして騙しておいて、子供をさらって行くんだよ。皆の元から。遠い、闇の世界へ。
笑う月を見た子は皆、連れて行かれてしまうのさ。』
いつも、なっちには優しいお婆ちゃんだったけど、あの時はなんだか、知らない人
みたいに見えた。まるで、月。そのものみたいに。
あの日、月はやけに大きくて。色も、いつもよりぜんぜん濃いかんじで、なんだか
本当に気味悪く笑っているように見えたの。
『怖いかい?』
そう言ったお婆ちゃんは、もう普段のお婆ちゃんに戻っていたけど。でもやっぱり
怖くて。つないでた手を振り離して、そこから家まで走って帰った。家までは、まだ
少しあったんだけど。一人で。暗い畦道の途中に、お婆ちゃんを残して。
21 :
萌え男。 : 2000/12/29(金) 05:45 ID:k9SszR92
その日あった事は誰にも言わなかったけど、それからなっちは二度とお婆ちゃんと
遊ばなかった。一緒にとった柿も食べなかった。あの時走りながら、なっちは何度か
振り返ったんだけど。振り返る度にどんどん小さくなるお婆ちゃんは、なっちをずっと
見てた。寒くて透き通るくらい澄んだ景色のなか、ずっと、ずっと‥。」
随分と長い話を、安倍さんは、ただ静かに語った。かすかに微笑みながら話す
様子は、まるで熱にでもうかされているようで、フワフワした口調がなんだか
本当に目の前から消えてしまいそうだった。呼吸とか瞬きとか、それら微細な
動きさえも私には許されていないように思え、安倍さんがいなくなってしまわ
ないよう、息を詰めて見つめていた。
22 :
萌え男。 : 2000/12/29(金) 05:46 ID:k9SszR92
「ま、今となっては迷信だって事くらい、ちゃんとわかってるけどね。
多分そのお婆さんも、もう生きていないと思うし。」
私の様子に気付いた安倍さんは一瞬気恥ずかしをうな顔をしてから、すぐに笑って
強がって見せた。私の視線を避けるようにして、すでに冷たくなっていたコーヒーへと
手を伸ばす。カップに口づけた彼女の。言葉の最後の方ははっきり聞き取れなかった。
「アンタ達2人なら、もしかして見た事あるのかなー、なんて思っただけ。
‥なっち以外にも、‥そういう人いるかな、なんてさ‥。」
「え?」
「なんでもないよ。あらー、このコーヒー冷たい。ねえ、新しいの
いれてよ。温かいヤツ。」
「え‥。あ、はい。」
安倍さんを支配するもの。それは、孤独‥?
「よっすぃー、いいコだから。今度いいモノをあげるよ。」
私がいれなおした新しいコーヒーを半分も飲まないうちに、安倍さんは帰って行った。
なんか照れ臭いし、何話していいかわからないから。と、梨華が目を覚す前に。
「駅まで送って行きますよ。」
立ち上がる後ろ姿に私は声をかけたが、安倍さんは断わった。
「その間に梨華ちゃんが起きたら、彼女一人でかわいそうじゃない。側にいてあげて。」
明るい日射しの中、とっくに動き出していた街は、騒がしいラッシュのピークをすでに
越えていた。ずいぶん落ち着いた道をのんびりと駅に向かう人々の、そのゆるやかな波に、
安倍さんがまるで溶け込むように消えて行くのを、私は部屋の窓から見ていた。
23 :
名無し娘。 : 2000/12/30(土) 05:42 ID:hITOWtno
今もう一回最初から読み返してみたけどやっぱり第1部のラストは最高だね。
かっこよすぎ。何度読んでも鳥肌立つよ。
24 :
名無し娘。 : 2000/12/31(日) 05:40 ID:VxaTt/Ao
どこがどうこう、というより、これはただで読んでるのが申し訳なくなってくるよ。
普段もっと下らない文章に幾らでも金払ってるのに。
25 :
名無し娘。 : 2001/01/02(火) 04:46 ID:VP2hgEng
この小説は、読んでて情景が頭の中に浮かんできますね。
あ〜、この話を映像化したのを見てみたいな〜。
26 :
名無し娘。 : 2001/01/05(金) 02:57 ID:oYppaoOQ
>>24 俺もそう思った。
この文なら登場人物が作者のオリジナルでも全然普通に買って読める。
27 :
3−1.9 : 2001/01/08(月) 01:54 ID:DsoMR7qk
梨華が倒れて以来、連日店に出ていた私達の体を気遣って、オーナーは
仕事を減らしてくれた。矢口さんの口添えもあったのだろうか、週3で
休めるようになった。それはそれで相当嬉しい事だけれども、部屋に
ただで住まわせてもらっているし、未成年の私達を使いといった危ない橋を
渡らせている負い目もあったので、本当にそれでいいのかどうかもう一度
確認したが、いいよ、全然。彼はそう言って笑った。
「それに未成年のお前らが店に出る回数を減らした方が、実際危険は減る
んだなこれが。」
とも。もっともだった。薬物が横行し逮捕者を出す店を余裕ヅラして仕切り
まわす、この男はいったいいくつなのか。よくわからないけれど邪気のない
目は案外若いようにも思える。
矢口さん。朗らかで面倒見がいいけれど、あの年齢でこういう人脈を持つ
あいつも一体どんな人物か。
弱冠15才。学校に行かなくなってしまった私には世の中わからないこと
だらけだ。けれど彼女がただのギャルじゃないことだけは解る。
そう言う私達にしたって殺人犯とその幇助者だ。
28 :
萌え男。 : 2001/01/08(月) 01:56 ID:DsoMR7qk
休みがもらえるようになってしばらく経った日の午後、そんなことを考えて
いた。仕事のない日だったからぼんやりしていたら、いつの間にか時が流れ、
点け放しのTVでは料理番組が始まった。郁恵と井森は今日、ハンバーグを作る
らしい。バンバン言ってる歌をバックに素敵なタイトルが現われた。世の中
平和ってかんじだ。
「手作りのハンバーグなんて、ひさびさに食べたい‥。」
郁恵のはじける笑みを見ていたら、自然とそういう気分になった。自分でも
気付かず漏らしてしまった私の呟きを、梨華は聞き逃さないのだった。
「そうだね。最近そういうの食べてないよね。」
ゆっくり相槌を打ってから、思い出して私を見る。
「でもひとみちゃん、お肉ダメじゃないの?」
「あ、ひき肉は平気なの。言わなかった?」
そうだっけ?そう答える梨華はあまり興味がなさそう。画面では今日もまた、
井森がヘマをやっていた。8割方蓄膿確実な声で『エヘヘ』と井森が笑う。
一方、鼻の通りの良さそうな梨華は風鈴みたいな声で言った。
「山瀬まみは料理上手いのに。」
TVを切った私達は近所のスーパーへ出かけ、ひき肉と玉ねぎ、それから卵と
サラダを買った。
29 :
萌え男。 : 2001/01/08(月) 01:57 ID:DsoMR7qk
「卵3つも要らないよ?1つでいいんだよ?」
キッチンで手を洗った梨華に玉ねぎを渡して、私はそれから必要な材料をテーブル
に揃えた。とりあえずまだ使わないものを冷蔵庫にしまっていると、梨華が不審な
視線を向ける。
「いいの。他の2つは今茹でとくの。で、明日の朝食べるの。」
「あ、そっか。」
初期、毎日ゆで卵を食べる私を不思議がって、何かと梨華は好奇の目で見てきた
けれど、今となっては慣れたもので、彼女は普通に納得した。
梨華が炒めた玉ねぎを肉と一緒にボウルに入れ、そして卵とパン粉も合わせて
私が素手で練りに練った。
「良くコネた方が、より美味しくなるのです。」
フライパンを準備した後、サラダを冷蔵庫から取り出した梨華が、まるで家庭科
の先生みたいに言ったからだ。背筋を伸ばし私を見つめる彼女の両目は、さっき
刻んだ玉ねぎの名残りで、まだ少し赤い。
30 :
萌え男。 : 2001/01/08(月) 01:59 ID:DsoMR7qk
ゆっくりと力を入れると、ひき肉が手のひらからこぼれる。特有のにゅるにゅるした
感触が指の間を通る度、微妙にざらついた感覚が喉の辺りに込み上げたが、それが
不快なのかどうか、自分でもよく解らない。柔らかくテラテラと光った肉が、自分の
手から次々と押し出されるのを見つめていたら、頭が少しクラクラした。
水道の蛇口をひねり、梨華は使い終えた調理器具を洗い出した。しばらくカチャカチャ
と音を立てていたが、思い出したように呟く。
「最近、安倍さん来ないね。」
「ほんと。どうしたんだろう?」
私はネタを丸め、ハンバーグの型に整えていたが、相槌を打って手を休めた。流しに
向かう梨華は私に背中を向けたままだ。手は動かしているけれども、他の何かを考え
ている背中に向かって、私は構わず言葉を続けた。
「でも矢口さんは来てるよね。進級できたみたいで良かった。そう言えば、こないだ
珍しく知らない人と一緒だったよ。学校の友達かね?」
「あの、背の高い人?」
「うん。」
「きれいだけど、なんか不思議な感じのする人?」
「そう。」
31 :
萌え男。 : 2001/01/08(月) 02:00 ID:DsoMR7qk
おおかた洗い終えた梨華は水を止め、手を拭いた。そのまま私の横へ来て所在なさげ
に胡椒の小瓶など弄んでいたが、やがてため息を吐くと、テーブルに手をついて凭れ
かかった。
「まだお礼言ってない‥、安倍さんに。借りがあるみたいで、なんかイヤ。」
居心地が悪そうに視線を落としながら、唇を結ぶ梨華。頑なな幼い少女の仕種が
まだ抜けない。苦笑する私。
「本当に素直じゃないよね。気になって仕方がないくせに。ふふふ。」
「べつに‥。そんな事はないけど‥。」
「ねえ、『笑う月』っていう話を、この間人から聞いたんだけど‥。」
私はふと思いついた。梨華はどう感じるのか。
『笑う月を見た子供は連れて行かれてしまう。』
安倍さんの名は出さず老婆の語った所だけ、私は梨華に話してみた。
32 :
萌え男。 : 2001/01/08(月) 02:01 ID:DsoMR7qk
こころもち眉間をひそめながら、梨華は黙って聞いていた。
「信じる?」
思った以上に神妙な様子が興味深かった。話し終えた私が思わずニヤけながら
聞くと、梨華は少し考えて答えた。
「信じない。今は。単なる迷信だよね。でも子供の時に聞いてたら、信じてたかも‥。
確かに月って、見てると、へんな興奮を喚起するもの。怖いような、懐かしい
ような。‥そんな感情。」
ピンポーン。
ジュージューと小気味良い音を立てつつ梨華は肉を焼き、私が食器を並べていると、
突然ドアのチャイムが鳴った。手が離せない梨華をキッチンに残し、玄関のドアを
開けると、そこに立っていたのは眼鏡をかけて帽子を目深にかぶった安倍さんだった。
33 :
萌え男。 : 2001/01/08(月) 02:02 ID:DsoMR7qk
「安倍さん‥!」
「よっス。久しぶり!」
突然の訪問に驚きながら聞くと、色のついた眼鏡の奥で安倍さんは満面の笑みを
浮かべた。
「ほんとお久しぶりです。どうしたんですか?」
「お店行ったら休みって言われてさ。で、部屋の電気ついてるのが外から見えた
から、なっち来ちゃった。」
気のせいか少し痩せたように見えるが、今日の安倍さんはとても機嫌が良さそうだ。
「今、ハンバーグ作ってるんですよ。良かったら食べて行きませんか?」
「うん、すごいいい匂いする。けど、あんまり時間ないから‥。」
安倍さんが玄関先で肩をすくめた。安倍さんと梨華は今日こそ仲良しになるだろう。
3人で食事ができたら、きっと楽しいはず。そんなふうに期待していたから、少し
残念だった。
34 :
萌え男。 : 2001/01/08(月) 02:03 ID:DsoMR7qk
「コレ。」
そんな気持ちを知ってか知らずか、安倍さんは桜色の紙袋を、とても得意げに差し
出した。目の前の小さな紙袋には、同色の持ち紐が通してあった。
「なんですか、コレ?」
「この間、約束したでしょ?『いいものをあげる』って。ハイ。」
半ば押し付けるように手渡された少女趣味の紙袋は、見た目の可愛らしさに比べて、
予想以上の重みがあったけれど。ただ、目の前の安倍さんが本当に嬉しそうに笑って
いたので、私は目を反らす事が出来ず、つられて曖昧な笑顔を作った。
「こんにちは。」
一段落ついたのか、そこへ梨華がやって来た。
「こんにちは。」
安倍さんの笑顔はほんの少しだけ悪戯っぽくなった。けれどそこに挑発の色がない。
はにかんでいるけれど、嬉しそうな顔。例えばシャイな少年なら、こんな風に笑う
だろうか。
「この間は本当にありがとうございました。なんだかお世話をかけてしまって‥。」
「どうしたの?やけに素直じゃない。別に、単にヒマだっただけよ。」
顔を上げた梨華も少しだけ目を細めて、眩しそうに笑っている。
「相変わらずへらず口ですね。」
「そういうアンタだって、相変わらず一言多いわ。」
35 :
萌え男。 : 2001/01/08(月) 02:05 ID:DsoMR7qk
ふふ。
幸せそうに笑う2人を見ていたら、私は嬉しくなった。2人はやっぱり似ているし、
初めから2人もそれをわかっていた。安倍さんには久しぶり、そして梨華には
おそらく初めての、対等な理解者になり合うはずだった。
少なくとも私はそう思ったのだけれど。
ふと目を落とすと、手に提げた紙袋の中味が見えた。
黄色っぽい包装‥。油紙‥?
これって‥。
「じゃ、行くね。今日は本当に、ちょっと急いでいるの。」
ハッとした私が顔を上げると、安倍さんは手をドアにかけていた。
「安倍さん、コレ‥!」
踵を返しかける彼女の腕を慌てて掴むと、振り返った安倍さんはその反動を利用して
逆に私を引き寄せた。劇的に詰まった私と安倍さんとの距離を、梨華は何も言えず
目を丸くして見ている。そんな梨華に向かって安倍さんはいつもの、不敵で自信に
満ちた笑顔をつくった。華やかな、華やかな微笑。至近距離で見る迫力にただ圧倒
されていた私の耳元へ、安倍さんがそっと囁いた。
しっかり、守ってあげて。
36 :
萌え男。 : 2001/01/08(月) 02:07 ID:DsoMR7qk
静かな声だっだけれど、はっきりと聞こえた。
様々な断片がその一瞬、頭の中を駆け巡った。
今が、すごく幸せなの‥。
捕まりたくない、そう繰り返した梨華が、倒れる直前に残した言葉。
笑う月を見た子供は‥
浮遊しているような、まるで消えてしまいそうだった安倍さん。
そして‥。
こっち系のパトロンとかいるらしいよ。
頬に傷をなぞりながら、矢口さんが言った噂‥!
37 :
萌え男。 : 2001/01/08(月) 02:09 ID:DsoMR7qk
トン‥。
動揺し、動けない私を軽く押して、安倍さんはドアを開けた。事態が呑み込めない
梨華は、その場にずっと固まったまま。ドアが閉じられた後、すぐ我に帰った私は、
夢中でドアの外に出た。安倍さんを、追って。
「こんなことして‥、安倍さんは大丈夫なんですか!」
安倍さんはすでに廊下を抜けて階段を下っていた。
「平気だよ。ちょっとくすねてきただけだもの。」
安倍さんがどんどん遠くなって行く。
階段の上から、私は夢中で安倍さんを呼んだ。
夜の街に溶けるようにして消えて行った安倍さんは、最後ににっこりと微笑んだ。
世界中の誰も、冒せないような笑顔で。
安倍さんが置いていったピンク色の紙袋。
油紙に包んだ改造済みのピストルが、その中には入っていた。
「元気で。」
そう言って手を振った彼女の姿を、私は忘れない。
安倍なつみと会う事は、その後一度もなかった。
38 :
萌え男。 : 2001/01/08(月) 02:13 ID:DsoMR7qk
読んで頂いている皆様、いつもありがとうございます。
更新が遅くてすみません。
39 :
名無し娘。 : 2001/01/08(月) 03:25 ID:5IUMzwW6
いつも楽しみに読ませてもらってます。あせらずゆっくりと
続けてください。
40 :
名無し娘。 : 2001/01/08(月) 14:33 ID:0M2eIUWs
どこかの小説で見た事有るようなんだけれど、そうでない世界観がなんかいいよ。
萌え男。の文才に惚れたよ。
41 :
名無し娘。 : 2001/01/08(月) 23:32 ID:eYUdUNck
安倍なつみ、せつないなぁ…
ピストル入手、ってことは、終わりが近いのかな。
切ないねぇ。切ないよ。
43 :
名無し娘。 : 2001/01/10(水) 19:20 ID:9FR3EM/.
シアターって何部まであるの?
出来れば終わって欲しくないよ。
44 :
名無し娘。 : 2001/01/14(日) 04:22 ID:agKSAQE6
待ってます
45 :
萌え男。 : 2001/01/15(月) 03:11 ID:hSlzDyMg
いつになったら終われるのやら‥。
あと2部くらいは確実にあります‥。
すみません。
もう少し付き合ってください。
46 :
3−2.1 : 2001/01/15(月) 03:13 ID:hSlzDyMg
なんだかものたりない‥。
最近外出できないし。辻とも部屋違っちゃったし。
あの2人もどっか行っちゃって、矢口も全然会いに来てきてくれない。
なんだよ、みんな。どうしたんだよ!?
‥ふう。カオリ、ヒマ。
47 :
萌え男。 : 2001/01/15(月) 03:14 ID:hSlzDyMg
<証言> 飯田圭織
1日目
えっとー、あの2人に会ったのはぁー‥、そだ。矢口にバーに連れてってもらった
トキだ。あの時は、ガイハクキョカが出てたんだよたしか。あの頃はさー、結構
しょっちゅう外に出さしてもらってたんだよねー。週1くらいで。で、その時に
矢口がナイショで連れてってくれたんだよね。
え?ああ、だからそのバーに。
カオリのお父さんとかお母さんとかもぉー、矢口が一緒だとけっこうオオメに見て
くれんだよね。普段。
ホラ、カオリ矢口とー、ずっと一緒じゃん?ヨウチ園のトキから。
矢口ってさ、結構シッカリしてんじゃん。だからウチのオヤとかも頼っちゃってー。
ママなんてさあ、
「カオリの事ヨロシクね、マリちゃん。」
なんつってー、超ムカツク。カオリだってシッカリしてるっちゅーの。
いい加減コドモ扱いすんなよ?ってかんじ?
48 :
萌え男。 : 2001/01/15(月) 03:15 ID:hSlzDyMg
ん。なんだっけ?ああ、アノ2人の話だ。
えっとね。
だからー、その、矢口と行ったバーでー。ああ矢口は常連みたいだったケドね、ソコの。
で、そこでー、あの2人を紹介されたワケよ。矢口に。
ん?イシカワとヨシザワ?っつったっけ?
やー。あの2人ー、なんかワケアリってかんじだったけどー、なんつうか、
超ガンバッテるってゆうかー。すんごい、なんてゆうの?青春?てかんじ?したからー、
カオリけっこう気に入ってー。いろいろハナシも弾んだワケよ。
49 :
萌え男。 : 2001/01/15(月) 03:16 ID:hSlzDyMg
で、その時、ヨシザワがね。クルマ買うとかなんとか言っててー。
まあ、あのトキはまだ。そんな、本決まりってわけじゃなかったんだけどね。ケドなんか、
車のセールスしてるヒトと知り合ったみたいで。
つーかあのコってさ、まだ15かそこらじゃん?だからカオリ超ウケてー。
「ナニ言ってんの?アンタらまだ免許取れないっしょー。」
とか笑いながら言ってたんだー。
したらそのセールスの人ってゆうのが、なんかオンナノヒトみたいなんだけどー。
も、ワケわかんなくて。
そこらへんの事?書類とか免許のコトとか?
なんか、ゴマかしてくれる?みたいなんだー。
てゆうか、超ウケない?フツー売るかよ、子供に?ねえ。
ナンダソリャ?とかって思ったんだけどー、矢口も平気なカオしてっからー。
だから。カオリも。なんか。そういうモンなのかなー、って。
50 :
萌え男。 : 2001/01/15(月) 03:16 ID:hSlzDyMg
で、さあ。ホラ、カオリって免許持ってんじゃん。
うん。取ったんだよ。入院する前に。
クルマの運転とかって、なんかめっちゃ興味あったからー。
18になった時ソッコー取った。気持ちよさそー!とか思って。
ああ、好きですよ。運転。今度教えてやろっか?いい?
ちょ待って、上手いんだって、こう見えて。ほんとにいいの?
そ。残念。
はい。続きね。そう、なんだかんだ言ってあの時ハナシが進んでー。
で、カオリ運転上手いからー、カオリが教えてあげるよ。って事になったんだよ。
矢口は免許持ってないしさあ。
アイツ誕生日遅いから。
それに、あのコたち、なんだか教習所みたいなトコ行きたくないみたいでー。
ん?‥つうか、なんで?
ナニモノ?あの2人?なにやったの?
矢口も。
あれ?カオリって、矢口の何なんだっけ?
矢口って、カオリの知ってるヤグチなんだっけ‥?
51 :
萌え男。 : 2001/01/15(月) 03:17 ID:hSlzDyMg
2日目。
こないだは、すみませんでした。なんだか取り乱しちゃって。最後の方。
暴走しちゃう癖、自分でもわかってるんです。けど、なんか。
なんかダメなんですワタシ。止まんないんです。
今日はがんばります。
ハイ。ちゃんと話します。
次に会ったのは、3週間後です。ピッタリ3週間。
その週は、えっと。ちょっと大きな検査があったんで、ちゃんと覚えてるんです。
矢口の家で会いました。外出日でした。
えーと、前、同室だった、辻希美っていう子がいるんですけど、その子も一緒に。
52 :
萌え男。 : 2001/01/15(月) 03:18 ID:hSlzDyMg
カオリは、その日、矢口たちと会うコトになってたんで、午前中から支度とかして
たんですけど。ふと、隣のベッド見たら、辻がボーっとしてて。その日、外出日だった
から、他のコとかもけっこう楽しそうに準備とかしてたんですけど、辻だけ、ひとりで
ボーっとして、ベッドに座って、窓の外見てたんです、ひとりで。
で、カオリ不思議に思って、辻に聞いたんですよ。
「今日予定ないの?」って。
そしたら、辻は、振り返って首を振るんです。醒めた目で。
「ない」って。
あ、もちろん声には出しませんけどね。
53 :
萌え男。 : 2001/01/15(月) 03:19 ID:hSlzDyMg
知ってるかもしれないですけどー、辻って、失語症なんです。鬱とかも、かるーく
入ってんのかな? ま、何があったのかは良く知らないですけど。
なんか、甘いモノとか好きみたいで、グミとかアメとか、よく食べてました。窓の外
見ながらね。
時々、機嫌がいい時があるみたいで、そういう時はカオリにもお菓子くれました。
少しだけ、本当に少しだけ笑いながら。もちろん何も言わないですよ。フラフラ−
って立ち上がって、カオリのとこまで来るんですよ。で、黙って差し出すの。アメ。
2、3粒。
愛想のない子なんですけど、カオリはまあ、可愛がってたんですよ。だってかわいく
なっちゃうじゃないですか。そんなんされたら。
考えてみたら、辻に誰かがお見舞いに来てるところって、ほとんど見た事ないんです
よ、カオリ。いっつもひとりでポカーンとしてるんですよねー、辻って。
あ、だからって辻が悲しそうな表情してるってことじゃなくて。いたって、普通なん
ですよ。辻本人は、別にそんなのどうでもいいみたいで。同じ部屋の誰かにお見舞い
の人が来て、楽しそうに喋ってる時も、べつに羨ましそうなかんじじゃなくて、ただ
ずーっと外見てる。グミとかくちゃくちゃしながらね。
54 :
萌え男。 : 2001/01/15(月) 03:20 ID:hSlzDyMg
ケド、カオリ思うんですけど。そういうのって良くないじゃないですか。辻なんて、
ただでさえ失語症なのにー。そうやって、誰とも話さないってゆうか、誰も話しか
けなかったら、治るどころか、どんどん悪くなっちゃうじゃないですか。言葉なんて
忘れちゃうじゃないスか。
カオリ、常日頃そういうふうに思ってたんですけどー。なんか、その日はもうムラムラ
来ちゃって。辻も一緒に連れてったんですよ。
「辻。カオリと一緒に遊びに行こうよ。」
そうやって後ろ姿に声をかけたら、聞こえてるんだかないんだか、なんか、無視なん
ですよ、初め。で、もう一回
「辻!」
つって、肩掴んで振り向かせたらー、すっごい不思議そうにヒトの顔見んの。目、ぱち
ぱちさせて。
「でかけるよ。」
ってムリヤリ立たせたんですけど、まだボーっと突っ立ってるからー、カオリ、辻の
荷物開けて勝手に服とか選びだしたんですよ。
55 :
萌え男。 : 2001/01/15(月) 03:21 ID:hSlzDyMg
したら、まあ、けっこう普段から可愛いパジャマとか着てたしー、なんとなくわかって
たんですけど。めっちゃいっぱい持ってるんですよ。服とか小物とか。
しかもすっごいカワイイのばっか。
いいウチの子なんですかね。けっこう高そうなのばっかだったしね。
親とか見たことないけど。
辻は、ずっと、服の詰まった箱を、つまんなそうに見下ろしてたんですけどー、そんなの
無視してカオリは勝手に取り出しましたよ。スカートとTシャツと靴。
あ、そんなコトはどうでもいっか。で
も、けっこうかわいいカンジに選んだんですよー。カオリは。
で、その間辻はー、カオリのことじっと見てたんですけど。ただ見てるだけでなんにも
言わないから。拒否とかもしないし。だからべつに、イヤじゃないんだなー。って思って。
てゆうか、意思表示しないってコトは、イコール嫌じゃないって事ですよね?
あれ?そう思うのってカオリだけ?
56 :
萌え男。 : 2001/01/15(月) 03:23 ID:hSlzDyMg
ま、そんなこんなでー、辻、着替え始めたんですよ。ノロノロとだけど。
辻が、相変わらず無表情で着替えてる間、カオリは前髪つくりながら待ってたんですけど。あ、
カオリけっこう前髪とか気にするんですよー。前、もっと前髪ソロってたんですけど、
あん時は超タイヘンだった。キマらない日は、学校とか休んでました。
あ、そんなのもどーでもいいですね。えへへ。
約束の時間、てゆうか、いつも矢口が迎えに来てくれるんですけど。
それまでにまだちょびっと時間があったんで、カオリ、辻の髪、おだんごにしてあげました。
普段は辻、髪、おろしてるコトが多いんですけど、絶対、辻は、2つ結びが似合うってカオリ
思ってて。
耳の上でおだんご2つ作ってあげたら、案の定、超似合ってやんの。
やっぱね。って思った。
57 :
萌え男。 : 2001/01/15(月) 03:23 ID:hSlzDyMg
その後、すぐに矢口が来て。
ドアんところに現われた矢口は、髪の毛おだんごにしてた。もっとも、辻と違ってぜんぜん
茶髪なんだけど、矢口は。
「今日、辻も一緒に連れてくけど。イイ?」
ってゆったら、矢口。何回もカオリんとこ遊びに、ってゆうかお見舞いに来てくれたり
してたから、辻のコトも知ってて。
「いいよ。」
って言った。ちょっとだけ唇ゆがめて、いつもみたく笑いながら。ま、ダメって言われ
ても連れてくけどね。つか、矢口は言わないか、そんな事。ぜったいに。
知ってますよカオリは。
「おそろいだね、今日。」
辻の頭を見て矢口は言ったんだけど。
その時辻が少ーしだけはにかんだのを、カオリは見逃さなかったよ。いつも無愛想なのにね。
それでも少しはウレシイのかね。矢口はその日もニヒルで、気がついてたのかどうかは知ら
ないけど。
58 :
萌え男。 : 2001/01/15(月) 03:24 ID:hSlzDyMg
タクシーにのって、カオリ達は矢口の家まで行ったんだよ。まあ、矢口家はいつ見ても
立派で大きいやね。門の前でタクシー降りてさ、そっから広い庭を歩いたんだけど。
ガレージのとこに見慣れないクルマが置いてあったわけよ。赤い、4駆?
「アレ?矢口の家、また新しいクルマ買ったの?」
矢口のオヤジが税金対策とかでクルマとかしょっちゅう買ってるの知ってたから、そう
聞いたんですけど。
「あ、あれ。よっすぃー達のだよ。」
普通にそう答えやがった。
辻はそれより広い庭が珍しいみたいで。でっかい松の木とかその下の池とかめっちゃ見てた。
けどカオリ超ウケてー。
「ヤダ。ほんとに買っちゃったんだー。アハハ。」
とか言ってー、すっごい笑ってたんですよ。
2人は、もう来てるよ。そんなかんじのコトをー、矢口は応接間の窓を指差して
言ったんだけどー。指差しながら、矢口もめっちゃ笑ってたよ。
「あの2人はどう?」
ってカオリが言ったらー、
「イヤ、今日もめっちゃ仲いい。」
とか言って。
またまた笑ってるんですよ。
59 :
保田記念日 : 2001/01/15(月) 05:20 ID:oXSXKawk
かなり予想外の展開だ。
60 :
名無し娘。 : 2001/01/15(月) 06:45 ID:gMeVCISY
そうか、まだまだ続くのか。嬉しいね。
61 :
名無し娘。 : 2001/01/16(火) 00:48 ID:XgkORuDY
飯田、面白いね。
脱帽。あんたすごいよ。脱帽。あんたすごいよ。
脱帽。あんたすごいよ。脱帽。あんたすごいよ。
脱帽。あんたすごいよ。脱帽。あんたすごいよ。
63 :
名無し娘。 : 2001/01/18(木) 01:46 ID:fTp8Xal2
これマジおもしろいね。すげーよ。
64 :
名無し娘。 : 2001/01/20(土) 00:50 ID:UapCf1m.
保全。飯田・辻はどう絡むのかなあ。
65 :
萌え男。 : 2001/01/22(月) 05:47 ID:tI6LUc8Y
66 :
3−2.2 : 2001/01/22(月) 05:50 ID:tI6LUc8Y
えっと。
その日はそれからー。そう、運転教えたんですよ。前に約束してたとおり。
場所は、遊園地です。てゆうか遊園地のウラ。矢口の家からー、クルマで
25分くらい行ったとこにー、あるんですよ遊園地が。けっこう大きいヤツ。
カオリとかも元気だった頃よく行きました、そこ。プールとかがかなり充実
しててー。なんか、その遊園地、中学校のトキになぜか流行ったんですよねー。
なにかっつーと行ってたな、みんな。近いし。でも最近はみんなもオトナに
なって。そんな。皆の関心とかが薄れちゃってるんですけどー。
で。そこの裏っ側が、なんか。ちょっと雑木林みたくなってるんですけど。
一応、道とかもちゃんとあってー。そこら辺通るクルマってー、みんなその
遊園地入っちゃうからー、その奥の林になんて誰も来ないんですよね。
矢口ん家の応接間でー、
「ドコにする?」
とかいって、みんなで話してたんですけどー。その時に矢口がそこのコト
思い出したんですよ。
カオリもー、なんか超なつかしくなってー。
「いいねそうしよう。」
みたいなカンジで。
ま、他の3人は地元違うし、どこでもいいみたいなカオしてましたけど。
67 :
萌え男。 : 2001/01/22(月) 05:52 ID:tI6LUc8Y
あ。そこまでの道ノリは、もちろんカオリが運転したんですよ。つーか入院
以来カオリ運転止められてたからー。ほんとはいけないんだけど、ひさびさに
ハンドル握ったら、なんか超たのしかった!
カオリ、クルマとか自転車とか、すごい好きなんですよー。だってドコにだって
行けるじゃないですか!楽しいよね、ホント。自由ってカンジです。
「ぶーん」
とか言って、ちょっと調子のって運転してましたけどー。でも、カオリ、
ちゃんと安全運転ですよ?スピードとかきっちり守りますもん。
基本ですよ。安全第一。
68 :
萌え男。 : 2001/01/22(月) 05:53 ID:tI6LUc8Y
クルマの中ではー。えっと。矢口が助手席に座って、カオリに道教えててくれ
たんですけどー、後ろはイシカワが真ん中でー、で、辻とヨシザワが挟んで
座ってました。
なんかね、あの2人、めっちゃ面倒見いいってカンジ。イシカワとかなんて、
きっと、クラス委員とかやってたんじゃないかなぁ。
辻ってさ、ホラ、あんま笑わないじゃん。人見知りとかもめっちゃ激しいし。
喋んないから、普通のコだったら多分、敬遠しちゃうと思うんですよ。実際、
病院の他のコとかもそうなノデ。
ケド、あの2人は違うの。特にイシカワなんて、すんごいアレコレ話しかけて
るんですよね。
「いくつなの?」
とか、
「頭、かわいいね。」
とか。ニコって微笑みながらね。あー、なんか、「保健係」ってかんじです
かね。どっちかって言うと。クラス委員とかよりも、もうちょっと気さくな
カンジしたなあ。違いますか?
69 :
萌え男。 : 2001/01/22(月) 05:54 ID:tI6LUc8Y
まあ、なんていうか、辻はね、やっぱ。初め、初対面のひとたちだから相当
緊張しててー、ずいぶん、警戒?とかしてるカンジだったんですけどー。でも、
なんだかんだあの2人が話し掛けるうちに、少しココロを開いたみたいで。
ま、やっぱり固くはなってはいるんですけど、辻なりに、一生懸命、イシカワの
言うコトに答えてるんですよ。首を振ったり、指つかったり。時々、声の出ない
口とかも、動かしたりして。真剣なかんじでねー。
でね、そんな2人を、ヨシザワがめっちゃ優しいカオとかして見てんの。
ヨシザワ自体は、あんまり何かを話す、ってかんじでもないんだけど。辻の
返事にいちいち目を丸くしたり、ニコニコ頷いたりして、すっごいちゃんと
聞いてるんだよねー。うーん。
そーいうのが、ミラー越しに見えてさぁ。カオリ、なんか嬉しくなったよ。
辻が、いっつも窓見てる辻がさ。ほっぺたとか赤くしちゃって、ちょっと
興奮気味なカオしてるんだもん。
ああ連れてきてよかった。ってホント思った。
矢口?矢口はその間、ずっと景色見てたよ。口数少なかったけど、時々見えた
横顔が穏やかなかんじで笑ってたよ。たぶん、同じような事を考えてたんだと
カオリは思うけど。
70 :
萌え男。 : 2001/01/22(月) 05:55 ID:tI6LUc8Y
そー、途中さー。コンビニ寄ったんだー。飲み物とか欲しくて。したら、ほんと。
チョ−仲いいの。ヨシザワとイシカワ。イシカワの飲みたいモノが、棚の、
ちょっと上の方にあったのね?で、イシカワが、手、届かなくてー。そしたら、
ヨシザワが、ほらヨシザワって背高いじゃん。ま、カオリの方が高いけど。
カオリ168cm。ちっちゃい時はー、そうでもなかったんだけどー。いつの間に
すくすく育ったんだよねー。背の順とかなんて、まんず一番ウシロでした。
なにげに自慢なんだけどー。
あ、すみません。それはいいんです。
でね、えーと。
そう、で、そしたらー、ヨシザワがー、背伸びしてるイシカワの横からー、
スッと手ェ伸ばしてー。てゆうか、取ってあげてるんですよー。
で、なんかその雰囲気がー、‥めっちゃ甘いの。
「ありがとう‥。」
とかってイシカワが、例の、あのアニメっぽい声でー、言っちゃったりしてー。
ヨシザワもヨシザワでー、なんだか嬉しそうにしてるしー。
なんかカオリ照れた。
71 :
萌え男。 : 2001/01/22(月) 05:56 ID:tI6LUc8Y
そうそうカオリと辻が矢口ん家に着いたトキもね、なんか。ウチらが応接間に
入ったら、2人は同じソファに、ちょっと間隔あけて座ってたんだけど。
「こんにちは。」
なんつって、すっごい自然なワケですよ。2人の様子は。きちんと座ってるんだ
けど、ちゃんとそれなりにくつろいでるっぽくね。
ケドその自然なカンジがさー、コレまたなーんか甘いんですよ。わかるかな。
カオリが言ってるコト。その、いかにも自然な2人の位置が、やけにハマってる
距離の取り方ってゆーかー。なんてゆうか、ビミョ−にエロいってゆうか。
よくわかんないですけど。なんか2人は2人っきりでいるコトにー、慣れて
るってかんじだったんですよー。モロ付き合ってます、ってかんじで。
ハレンチですよねー。なんっか超ラブ×2。やってらんない。
72 :
萌え男。 : 2001/01/22(月) 05:58 ID:tI6LUc8Y
あー。でね。その日は、夕方、カオリ達の戻んなきゃいけない時間まで運転教えて、
またタクシーで病院に戻りました。矢口に送ってもらって7時半頃だったかな?
はじめはー、ちょっと広いとこで基本的なコト教えてたんですけどー。なんか、
やっぱヨシザワは、そういうの、スジがいいみたいで、けっこうすぐ、コツとか
掴んでましたよ?
んー、イシカワはね。ちょっと苦労してたけど。
オートマなんだけどさあ、やっぱ梨華ちゃんオンナノコですよ。感覚つかむまで
にちょっと時間かかりましたね。
73 :
萌え男。 : 2001/01/22(月) 05:59 ID:tI6LUc8Y
はじめ、みんなしてクルマに乗ってたんですけど。途中から辻と矢口は降りちゃ
いました。酔っちゃって、青い顔して。カオリはー、真剣に指導してたからー
全然平気だったんですけど。ヨシザワも、なんか平気なカオして、ずっと乗って
ましたよ。それで、イシカワが失敗した時とか、
「りかっち、ダッサーい。」
とか言って、超からかってるの。で、イシカワは
「もう。ウルサイ。」
とか言って、ちょっと目に涙とか浮かべそうになってるんだけどさー。
それもまた甘いんだよね〜。なんだかんだ言ってるヨシザワは、もうホント、
『萌え〜。』ってかんじでイシカワ見てるし。
まあ、カオリから見ても、一生懸命なイシカワはちょっとかわいかったです。
真面目なお嬢さん、てかんじで。
そんなこんなで、クルマの中、窓とか開けてるのに温度が1〜2度高かったんです
けど。あてられながらも、カオリがしきりに奮闘してるのを、矢口は石に腰掛けて
ぼんやり見てました。で、辻はその間、しゃがみこんで花を摘んでた。もくもくと
首飾りとか作ってました。
あの日は、梅雨に入る前の、最後の土曜日でしたよ。よく晴れてました。
74 :
名無し娘。 : 2001/01/23(火) 01:27 ID:86czi83s
再開まじうれしいです。
75 :
名無し娘。 : 2001/01/23(火) 02:01 ID:QOxbYn92
早朝の更新ご苦労様です。
楽しく読まさせてもらいました。
76 :
名無し娘。 : 2001/01/23(火) 07:09 ID:GTRiGk1.
新しい展開も凄く楽しみです。
出来るだけ長く続いてくれれば嬉しいです。
77 :
名無し娘。 : 2001/01/23(火) 14:44 ID:o9I5Sl5I
なんかいいっすね。ほのぼのって感じで。
でもこのほのぼの具合が逆に悲しいというか切ないというか・・・
はぁ・・・
78 :
名無し娘。 : 2001/01/23(火) 16:35 ID:/TBdFUBs
だだ
79 :
名無し娘。 : 2001/01/25(木) 03:29 ID:babOVV0s
age
80 :
名無し娘。 : 2001/01/27(土) 16:01 ID:itBMW9YA
上げマニア
81 :
名無し娘。 : 2001/01/28(日) 10:43 ID:PPiG.zho
飯田行けっ
82 :
EMR@受験生 : 2001/01/28(日) 18:32 ID:10bN0F8k
やっとこさ「シアター」スレ発見!
保存屋で2部まで見てすごく感動しました。
週一で更新してるとこがまた良いですね。
連ドラみたいで。
っていうか連ドラにしてほしい!
83 :
萌え男。 : 2001/01/28(日) 23:36 ID:HpreWkZk
読んでもらってる皆様、ほんとうにありがとうございます。
がんばります。
84 :
3−2.3 : 2001/01/28(日) 23:38 ID:HpreWkZk
3日目
ヤグチって、交友関係とか広いじゃないですか。カオリも時々、
「なんでこういヒトまで知り合いなの!?」
とかツッコミたい時もある程、そりゃもうスバラシく広いんですけど。
ヤグチってほんと、誰に対しても愛想いいからー。
偉いですよジッサイ。だってカオリにはできないもん。
カオリ的にはー、あんま。全然知らないヒトとか、あと気が合わないヒト
とかって、ほんと、一緒にいたくないんですよ。カオリ、そういうのガマン
できないから。
でも、ヤグチは違うの。本当にどんなヒトとでも仲良くできるんですよねー。
ん。どんなヒトにでも合わせられる、って言った方がいいのかな。
誰とでもうまくやれるんです。
そういうトコロ、カオリすごく尊敬するな。すごいコトですよそれは。だって
普通、できなくないですか?てゆうかカオリはできない。
85 :
萌え男。 : 2001/01/28(日) 23:40 ID:HpreWkZk
昔はー。小学校くらいまでかな。ヤグチってめっちゃワンパクでー。
今でも小さいですけど、あの頃から、ひときわちっちゃかったんですよ。
もうまれに見る小ささってカンジで。学校中でも話題になる程の小ささ
でした。でもヤグチ、ほんっときかん気つよくってー。嫌いな女の子は
もちろん、男の子までも、めちゃくちゃ泣かしてましたね。またその理由
とかがひどくてー。おまえの弁当よこせ。とかそんなレベルです。
もう、その暴れっぷりたるやすごくて、とにかくやんちゃだったんですけど。
今思えばホント、仲良くしてて良かったなってカンジです。
けど、根っからのガキ大将肌っていうんですかね?不思議と人を惹き付ける
んですよ。逆らったり、気に入らないコに対しては、思いっきりそういうの
カオに出すし、めっちゃイジワルとかするんですけどー。差別とかヒイキとか
も激しいのに。それでもヤグチのまわりには、いっつも大勢のコが集まってる
んですよ。ヤグチと遊びたくて。
86 :
萌え男。 : 2001/01/28(日) 23:41 ID:HpreWkZk
なんってゆーか、遊びの天才みたいな?そういうところがヤグチにはありました。
鬼ごっこにしてもかくれんぼにしても、それこそおままごとにしたって、ヤグチ
が入ると2、3倍楽しくなるんですよね。なんでなのかよくわからないですけど。
そういうカリスマチチックな子って、周りにいませんでした、小さい頃?
そういうかんじで、すごく傍若無人だったヤグチなんですけど。今みたいに
なったのって、うーん、中学校ぐらいかなー?ウチってほら私立だし、エス
カレーターだから、中3になっても受験勉強とかってほとんどないんですよ
ね。ちょっぴりテストの勉強するくらいで。
ケド、まあ、いちおカタチだけは進路相談みたいなのがあったんですよ。
親も呼んで。担任と自分と3人でやるヤツ。そういうの一番最初にやったの
って、中2のはじめぐらいだったような気がするなー。。そのくらいから、
ヤグチがだんだん変わり始めたんですよ。なんか落ち着いたってゆうか。
オトナになったってゆうのかなー。うん。
87 :
萌え男。 : 2001/01/28(日) 23:43 ID:HpreWkZk
相変わらずおもしろくて、みんなのリーダーなんですけどー。その中から、
キョーボー性ってゆうか、好戦的な部分がなくなったんです。あ、ワガママ
じゃなくなったってかんじです。それまでだったら気に入らないコとかを
完膚なきまで叩き続けて来てたんですけどー。その、中2くらいから、誰に
対しても、平等に明るく振舞うようになって来たんですよね。
どっちにしてもおもしろいし人気者なトコなんかは変わってないんですけどね。
うーん多分ねー、カオリの推理では。
ヤグチの家って大金持ちだし、それに、子供、ヤグチとお姉ちゃんしかいない
じゃないですか。男子の跡取りがいないってやつ?だからー、多分、親から
いろいろ言われ出したんじゃないのかなー。しっかりするように、って。
カオリ思うんだけどー、それって結構プレッシャーですよねー。年頃の女子には。
もしかしたらヤグチが跡目を継ぐコトになるかも知れないし。結婚なんて、それこそ
好きな人となんて絶対できないだろうしねー。
まあカオリにしてみれば、がんばれよ、ってかんじです。
88 :
萌え男。 : 2001/01/28(日) 23:45 ID:HpreWkZk
えーと、ヨシザワ達にはその後も何回か運転教えたんですよ。外出日のたびに。
辻はねー、喋らないコトにかわりはないんですけど、それでも一緒について来る
んですよね。やっぱ楽しいのかしら?ね。
辻、その頃ちょっとだけ顔色とか良くなってたし、なんか、前よりも表情とか
少し増えたみたいでした。
ヤグチはね、最初の一回は来たんですけど、その後はなんか、来たり来なかっ
たりってかんじでした。いろいろ予定がつまってたみたいで。ま、友達多いし、
ヤグチにもいろいろあるんですよ。昔も今も、ヤグチって人気者なんです。
89 :
萌え男。 : 2001/01/28(日) 23:46 ID:HpreWkZk
一回、ドライブに行ったことがあるんですけどー。てゆうかそれが、最後です。
2人に会ったのは。
えっと、その日はね。海に行ったんですよ。その頃はもう、ヨシザワ、だいぶ
運転うまくなってたんで。ヨユウで、公道とかするする走れるようになって。
だから、今度はヨシザワの運転で、どっか行きましょうよってことになってたん
です。
前の回、運転教えた時に、あ、その時はたまたまヤグチも来てたんですけど。
ヨシザワが
「今度どっか行きましょうよ。私が運転しますよ。」
ってカオリに言ったんです。お礼にって。で、
「遠くでもいいですよ?」
ってヨシザワが付け足したら。そしたら、辻。
なんかー、超嬉しそうなカオしてんのー!
辻が!カオリ見たことないよ、あんな辻。
パーッって顔輝かしてさー、すっごいハシャぎながらカオリの腕、掴んでー。
ぶんぶん揺らすのー!
90 :
萌え男。 : 2001/01/28(日) 23:47 ID:HpreWkZk
だからカオリ驚いてー。
「おお!」
とか思って、しばらく辻のコト見ちゃいましたよー。そしたらヤグチにー、カオリ
が固まってたからー。
「てゆうかカオリ見過ぎ。気持ち悪いとかまた言われちゃうから。」
とかって笑いながら突っ込まれて。で、我に帰ったんですけど。てゆうかカオリ的
には、そんなに気持ち悪いかなー。ってかんじなんですけど。ヨシザワたちに聞いたら、
2人ともちょっと笑ってました。
91 :
萌え男。 : 2001/01/29(月) 00:03 ID:ebUfofJ.
そんなことはともかく、辻に聞いたんです。やっぱカオリお姉さんですから。
カオリはー、お花畑とか行きたかったんですけどー。でもホラ、辻が超喜んでる
から。やっぱここは辻の行きたいとこ、連れてってやるべきでしょー。
とか思ってー。
「辻、どっか行きたいとこあるの?」
ってゆったらー、辻。ちょっと上目づかいにカオリのコト見てー。
顔、めっちゃ赤くして、
う み
ってゆったんです。きゃーカオリ感動ー!!
あ、言ったってゆーか、口をそうやって動かしただけですけど。その時、そこにいた
全員が、辻のコト見てたからー。多分、辻、緊張してたんですよね。カオリの腕、
掴んでる手が、ちょっとだけ汗かいてた。力はいってたし。
でね、カオリを見上げる目が、すごいなんか、
「あ、ドキドキしてるんだなコイツ」
ってかんじで真剣なんですけど、でも、けっこう積極的なんですよねー。
92 :
萌え男。 : 2001/01/29(月) 00:06 ID:ebUfofJ.
もーカオリびっくりしちゃってー。何回も使っちゃって恐縮ですけど。
なんか、クララが立ったー!ってかんじでした。
ほんっとカオリもう、じーんと来ちゃってー。またじーっと見てたら、また言われ
ちゃったんですよー。
「飯田さん、見過ぎ。」
って。今度はヨシザワに。
どっちか忘れましたけど、イシカワか、ヨシザワか、ヤグチに聞いたんですよ。
「矢口さんも、海でいいですか?」
って。カオリ達のコト、ニコニコ顔でヤグチは見てたんですけど、ゆっくり振り
返ってうなずいてました。
「いいよ。ヤグチ、海、だいすっきだもん。」
いつもの通りですよ。優しくていいヤツです。カオリほんと、ヤグチとはずっと
一緒に遊んでたかったけどな。
93 :
萌え男。 : 2001/01/29(月) 00:07 ID:ebUfofJ.
で、次回、てゆーかその、海行った日です。その日もガイハク許可とってあった
んですけど。ヤグチとイシカワとヨシザワが、迎えに来てくれることになって
たんです。もちろん、ヨシザワの運転です。もうめっちゃワクワクしててー。
カオリどころか、辻もけっこうテンション高めにスタンばってたんですよ。
ほんとに。
実はカオリその日ー、前髪ちょっとイケてなかったんですけどー、も、そんなの
全然いいんですよ。関係なくって。
辻のおだんごは、なにげにかなりカワイくてー。
いつもだったらマジ、クヤシイしいから負けてらんないってかんじなんですけどー。
その日はほんと。前髪なんて、ヘッ。ってかんじでした。辻の頭、逆に誉め
ちゃったりして。で、今か今かと待ってたんですけどー。その週はもう、とっくに
梅雨入りしてたんで、雨がずーっと続いてたんですけど。でも別に気にしません
でした。そんな強く降ってるわけじゃないし、関係ないっすよ。ってかんじで。
94 :
萌え男。 : 2001/01/29(月) 00:08 ID:ebUfofJ.
それが、ビックリです。来てみてビックリ!めっちゃ雰囲気悪くなってんの。
誰って、あの2人ですよ!イシとヨシですよ!ヤグチがー、病室まで迎えに来て
くれてー。で、カオリたちも外に出てクルマ乗ったんですけどー。
ヤグチも居づらかったんですかね。3人で。いつもだったら、もちろん誰かひとり
がクルマに残ってて、それでももう一人は必ず一緒に病室まで上がってくるって
かんじなのにー。
その日はヤグチがひとりでした。クルマに向かう病棟の途中、ヤグチは何も言い
ませんでしたけど。
クルマには、助手席にイシカワが座ってて、運転席にヨシザワ。ウチら3人は
後ろに座りました。なんつーかもう、ドア開けた瞬間から、雰囲気重いの。
いつもだったら絶対、なんか楽しそうに、2人して喋ってるハズなのにー。
2人とも、黙って窓の外とか見ながら待っててー。
なんかー、それまでなんてー。めっちゃ仲良かったじゃんあの2人?
ムカツくくらい甘ったるかったのに。それなのにいきなりー、超空気冷たくてー。
「ナニがあったの?一体?」
ってかんじでした。もちろん声に出しませんけど。だって、聞ける雰囲気じゃ
ないんですもん。辻も、なんか、ヤバい空気を敏感に感じ取ったみたいで、軽く
眉しかめてカオリのコト見てきました。カオリもわかんないから、ヤグチの方を
見たら、ヤグチは知ってるのかどうか、カオリにはわかんなかったですけど、
無言で肩すくめてから、首をちょっと、ヒネリました。
95 :
萌え男。 : 2001/01/29(月) 00:09 ID:ebUfofJ.
でも、なんだかんだ言って、ヨシザワも、イシカワも、ウチらには気を使って、
いろいろ話しかけてくるんですけよ。でももうねー、それがウチらには余計
ツラいの。だって、ヨシザワもイシカワも、カオリ達には普通に話しかけてくる
のに。それにウチらの話にも普通に入ってくるのに。ケドお互いには何も会話とか
交わさないんですよ?
例えばー、カオリがー、
「ヨシザワほんと運転上手くなったよね。」
とかって振るとするじゃないですか。そうすると、ヨシザワ、
「そうですかー?飯田さんのおかげですよー。」
とかって、ふつーに答えるんですよ。笑ったりして。
96 :
萌え男。 : 2001/01/29(月) 00:10 ID:ebUfofJ.
ああ、免許のコトはね、なんか、そのクルマのセールスしてる人?ヤスダさん
とかって聞いたような‥?が、偽造してくれたみたいですよ。きっともう、
それもわかってますよね。だってカオリのことまで調べてるんですもんね。
で、それで、その、ヨシザワの言った事に対して、カオリが、
「いやー、これでイシカワも、いろんなところに連れてってもらえるね。
いいなー。」
とかってイシカワに返すと、イシカワも、
「そうですねー。」
なんて言って、ニコヤカに笑うんですけど、そのあと、しーん。とか。
会話がプッツリ途切れちゃうのー!続かないんです、それ以上。
辻は辻でいろいろ気を揉んで、なにかとカオリの言う事とかに、珍しく頷いたりし
て、いろいろ応援とかしてくれてるんですけど、いかんせん辻、喋れないし。
あんまり、戦力とかにならないんですよ。
97 :
萌え男。 : 2001/01/29(月) 00:11 ID:ebUfofJ.
ヤグチはヤグチで、知、ら、なーい、みたいなカオして、あんまり絡んで来てくれな
いし。もう、カオリ辛っ。ってかんじでした。
まあ本当は、ヤグチみたいにして関わらないのが一番いいのかも知れないですけど。
でもカオリそういうの苦手なんですよ。なんかできないの。耐えられなくて、
そういう空気に。これでもカオリ、けっこう気つかってるんですよ。ヤグチは、
そういうの慣れてたりするのかな。元、ガキ大将ですし。知ってるんですかねー。
そんな場合の身の振り方を。
くやしいがオトナってかんじです。
クルマの中の空気をー、ほんっと強調するみたいにー、小雨は、ずっと。続いて
たんですけどー。梅雨の、雨が、しとしと降る中をー、カオリたちのクルマが
ザーッて走っててー。で、その中は、重ーい空気が。たまたまかけてたステレオ
の曲だけ、なんか。
あーとうさんかーあさーん
とかいっててー。皮肉な事にやけに明るいんですよ。かなり浮いてました。
98 :
萌え男。 : 2001/01/29(月) 00:12 ID:ebUfofJ.
あ、途中高速使ったんですけど。ヨシザワはー、初めてだったんでー、けっこう、
緊張、してるみたいでしたけど。重い空気の中でさらに。でも、ちゃんと上手か
ったですよ?ハイウェイ、ちっとも混んでなかったし。2時間弱くらいで、目的の
海岸に着きました。時間的にもう夕方に近かったんですけど、雨なんで、明るさ
とかは別に変わりませんね。ずっと薄暗いまんま。太陽出てないから。
人かげとか、予想以上にまばらでした。そりゃー雨降ってはいるけどー、もっと、
サーファーとかいるかな?って思ってました。あ、午前中じゃないから?あれ?
サーファーって、もっぱら朝から活動してるっていうイメージが、カオリの中には
あるんですけど。違うんですか?
ま、いいや。ほんとね、人、ほとんどいなくて。時々、向こうの方を、犬つれた人
が通るくらいでした。
99 :
萌え男。 : 2001/01/29(月) 00:14 ID:ebUfofJ.
ケドうちらやっぱ、海ってゆーか、港とかじゃなくて、ビーチに来たのなんて久し
ぶりだしー。そりゃ雨降ってっけど。でも波打ち際とかー、ほんと今年初だった
んでー、それなりにはしゃぎましたよ。
特に、辻。
辻はたぶん、海自体、初めてだったんじゃないかなー。あ、もちろん入院して
以来ですけど。クルマの中の、かなり居心地の悪い空気から開放されて、なんか、
波追い掛けて、パシャパシャやってました。空なんて超どんよりしてたし、海も、
向こうの方とかかなり荒れてるんですけど。ほんと楽しそうにしてましたよ。
もう、いかにも、
「キャーッ」
っていう声が聞こえてきそうなカンジでした。ゆってませんけど。
100 :
萌え男。 : 2001/01/29(月) 00:15 ID:ebUfofJ.
カオリ達も、なんか、ね。やっぱ密室出たからー。なんか、空気、抜けたって
ゆうか。2人のモメゴトとか、ちょっと、どうでも良くなりました。あー、ま、
どーでもいーってゆうか、気にならなくなった?まあそういう時もあるか。って
かんじで。
やー、改めて見るとねー、どうも、イシカワの方が、ヨシザワを避けてるような
カンジなんです。ヨシザワの方はー、けっこうそれなりに、イシカワのコト、
気つかってて。チラチラ見たりしてるんですけど。クルマ降りる時とかも、傘とか
渡してあげたりしてて。
はーん。どうやら、イシカワが、意地はってるのねー。
ってかんじでした。その時とか、傘、一応受け取るんですけどー、視線、ぜったい
合わせないんですよ。
ケンカ?って始めは思ってましたけどー、なーんだ。
イシカワがー、一方的にヨシザワ避けてるだけなんじゃーん。みたいな。
つーかその避け方もさー、無理してるってゆうのが見え見えなんだけど。
どースかコレ、ってかんじで。
101 :
萌え男。 : 2001/01/29(月) 00:16 ID:ebUfofJ.
でも、ヨシザワも、多分、アレだね。躊躇しちゃってるんですよー。もう一歩
つっこめば、さーあー?カオリ、思ったけどー。イシカワも、上手く素直になれそ
うなカンジなのに。ヨシザワ、普段わりとオトナなくせに、今回、テンパりすぎ。
見えてないんだよねー、そこら辺。
なによー、どうしたのよー。冷静なんじゃなかったのー?ってカオリ思いました
けど。よっぽど、一大事なんでしょうかね。
どうしていいかわかんなくて、よけいギクシャクしちゃってんの。
だからよけいぶっきらぼうっぽくなっちゃって。
そう思ったら、カオリ、なんかヨユウになっちゃってー。やっぱコドモだねー。
とかなんとか、その時は思ってたんですけど。あとで人から理由聞いたら、
めっちゃビックリしましたよ!
まーじーでー!!!ってカンジ。聞いた日、一晩眠れませんでした。
まあ結局、その日カオリがとった行動は、我ながらナイスだったんですけど。
あ、いかんせん仲直りさせたんで、カオリ的にはそう思うんですけど。
102 :
萌え男。 : 2001/01/29(月) 00:18 ID:ebUfofJ.
辻は、相変わらず波とたわむれてて。ヤグチとヨシザワは、なんか、しゃがみ
こんで、棒倒しとか始めちゃったんで。あ、もちろん雨の中で。
それも、かなり熱中した様子ですよ。今さら入っていける雰囲気でもなかったんで、
それに、ヨシとイシは今ヤなかんじになってるから、カオリなりに気を遣って
貝殻、拾いに行きました。イシを誘って。
えーと、そうは言ってもー。そんな、きれいな海とかじゃないし。そうそうたい
した貝殻とか、落ちてなんてないんですけど。けどカオリ、浜辺とかによく落ち
てる、ガラスが丸くなったヤツとか好きなんですよ。だからそういうのも拾い
ました。なんか、パステルみたいな色になってて、キレイじゃないですか?
103 :
萌え男。 : 2001/01/29(月) 00:19 ID:ebUfofJ.
で。カオリ、
「ヨシザワと、なんかあったの?」
って、イシカワに聞いたんですよ。2人して歩く途中。あ、もちろん目は、めぼしい
モノ物色してたんで、地面に向けたままだったですけど。
ケド、イシカワ。しばらく何も答えないからー。カオリ、
「言いたくないんなら、べつに。いいけど。」
って言ったんですよ。なんか、ウチらまで気まずい雰囲気になるの、ヤだったんで。
なにげにキョドっちゃったかも。傘とかクルクル回しちゃったり。あー、あの
せき払いとか、今考えてもすっごい不自然だった。もうカオリったら。
けど、カオリがまた歩き出したら、イシカワがなんか、後ろから、言うんですよ。
「ケンカ、した、ってわけじゃ‥、ないんです‥。」
これ。ネガティブな声でまた。カオリが振り返ったら、イシカワは言葉を続けて。
「ひとみちゃんが悪いとか‥、そういうのじゃ‥、ないんです。誰が悪いとか、
そういうかんじじゃなくて‥。ただ、私、どうしていいかわからない‥!」
それだけ言うと、突然辻のいる方へ走ってっちゃいました。カオリを残して。
も、カオリ、呆然としちゃった。
「?」
ってカンジでしたよ。けどなんか、悩んでいるんだなー、ってことだけは薄々
解りました。
「ちょっと待てよー!」
つって、慌てて追い掛けたんですけど。あ、ひとりでそこに取り残されたまんま
でいるのが、なんか恥ずかしかったんで。でも、思わず出遅れました。だって
イシカワのダッシュが、めっちゃ速かったんです。
104 :
萌え男。 : 2001/01/29(月) 00:20 ID:ebUfofJ.
いやー。なんか。なんだかんだ、7時過ぎまで遊んじゃってー、結局。海岸には
とうとうヒトッコヒトリいなくなっちゃってて。民家とか近くにないし。マジで
ウチら以外誰もいなかったです。穴場ですよ、ここ。コイビト同士は行った方が
いいってかんじです。
6月だったし、全然寒くはないんですけどー、けっこう皆、つかれ気味だったんで
クルマに入ってまったりしてたんですよ。カオリ的には、
「そろそろ帰んべ。」
ってかんじで。
ヤグチとヨシザワは、あれから3時間くらい、ずーっと棒倒しやってたんですけど。
最終的に勝ったのは、ヨシザワみたいでした。
「ヨッスィーの本気加減、マジすごいよ。見せたいホント。もうヤグチ、負けで
イイ。」
とか、苦笑しながら言ってるのを、みんなで聞いてました。イシカワも、ひそかに
笑ってた。ちょっとだけだから、みんな気付いてないんだけど。
てゆーか、相変わらずイシとヨシは口きいてないんだけどー。ウチらもほんと、その
頃になると慣れてきちゃってー。辻も、ヤグチの話を、にやにや笑って聞いてまし
たよ。
105 :
萌え男。 : 2001/01/29(月) 00:21 ID:ebUfofJ.
「で、どうする?帰る?てゆかゴハン食べよーよー。カオリハラ減った。」
って言ったら、辻と、あとイシカワもうんうん頷いたんですけど。
そしたら、ヨシザワが、ちょっと黙り込んで、で、ヤグチのコト、チラって見てから
ポケットから何か取り出したんですよ。
「コレ‥。」
そう言ったヨシザワの手にのっかってるのは、拳銃でした。
ヤグチは、知ってたみたいで、驚いてなかったです。
ああ、イシカワは、今日持ってきてるってコト、知らなかったみたいで、ウチら、
カオリと辻?と同じくらい、本当にびっくりしてました。
辻が、唾を呑み込む音が、ゴクって聞こえて、カオリははじめ、びっくりしてた
ケド、けどおもちゃだと思って、手を伸ばそうとしましたんですよ。
「良くできてるねコレ。改造ガンってとこが、それっぽいよね。」
とか言って。ピストルには、銃身?に同じ黒い色のテープが、ぐるぐるまきになって
ました。
106 :
萌え男。 : 2001/01/29(月) 00:22 ID:ebUfofJ.
そしたらヤグチがカオリの手を止めて、
「本物。」
って静かに言うんです。で、ヨシザワも続けて言った。
「たぶん、そう。ある人から、貰ったんです。」
クルマの中を、さっきとは違った緊張が流れて、しばらく、誰も、喋りません
でした。車内灯は消していたので、メーターとか、オーディオの、緑色のライト
が、多少ぼんやり、光っているだけ。みんなのカオは、それに照らされて、
ぼーっと浮かんでるんですけど、少しだけ、粉っぽいような、ざらざらした
かんじに、カオリには見えました。
ヨシザワが、体を、少しだけ動かして、そしたら、手の上の銃が、ギラって
光って、その瞬間、ヤグチが、口を開いて、そのあと、ヨシザワも頷いた。
「弾はいっぱいあるの。」
「撃って、みたいんです。」
一瞬、カオリは、カオリ達が撃たれると思って、超コワかった。辻も、同じこと
思ってたみたいで、カオリの腕に、強くしがみついてきた、けどー。
「ちょ、誤解しないで、ってば。別にカオリ達を撃つワケないじゃん!
しーないっつーのマジで。ただー、カンとか撃って、ちょっと練習したいだけ。」
「えー!?しませんよ、そんなこと!なんでですか!」
ウチらの動揺にヤグチがすぐに気付いて思いっきり否定したんだけど、そしたら、
ヨシザワも、ウチらがそう思ったコトがそうとう意外だったらしくて、超首振っ
てた。
107 :
萌え男。 : 2001/01/29(月) 00:23 ID:ebUfofJ.
「なーんだよ、カオリ、アセったー。ビビらせないでよね。」
とか言って、カオリのみ込んでた息吐き出して、シートに座り直したら、辻も
やっと手を離した。
そしたらさ、ヤグチが、ちょっと真剣なカオして、カオリに言うのよ。
「ねえ、カオリはどう思う?ウチら、撃っちゃっていいかなあ。」
ちょっと、震えてるのがわかった。ヤグチには珍しかった。
「カオリを撃つの?」
念のため、もう一回聞いたけど、
「じゃなくて!銃を撃つっていう行為を、カオリはどう思う?ウチら、やっても
平気?カオリ的にアリ?ナシ?」
だって。ヨシザワも、
「飯田さんて、その辺りの判断、正しそうじゃないですか。真実、知ってますよね。」
とか言って。
カオリ、そんなコト言われても困る。
だってカオリだよ?病院入ってるし、ちょっとおかしいコですよ?はっきり言って。
なんでカオリに聞くの?
‥て思ったけどー。真実知ってそう、とかそういう言葉にー、カオリちょっとくすぐ
られてー。その時、真剣に考えましたよ。
108 :
萌え男。 : 2001/01/29(月) 00:24 ID:ebUfofJ.
なんつーか。カオリ、ボウリョクとか許せないしー。ピストルとかも、ほんとは
嫌いなんですけどー。けど、イシカワとヨシザワは気まずくなっちゃってるしー、
ヤグチも現実けっこう大変そうだしー、辻なんて言葉喋れないしー、カオリはもう、
気が狂っちゃってるしー。
そんなかんじで。なんかみんな、息が詰まっちゃいそうなカンジだったんで。
決めました。
「撃つか、みんなで。」
ってコトで。
109 :
萌え男。 : 2001/01/29(月) 00:26 ID:ebUfofJ.
そうと決まったら、早速みんなで外に出ました。
ちょうど近くに手ごろな岩があったんでー。ヤグチとヨシザワに、空き缶集めて来て
もらって、上にそれらを並べました。一列に。慎重に。
カオリは現場を指揮してて、で準備してる間、イシカワと辻は、近くに座って、見学
させてました。だってあの2人、なんかあぶなっかしいんですよ。夜の海岸とかで
放っといたら、どっか行っちゃいそうじゃないですか?わるい悪魔とかにそそのかさ
れそう。
で、準備かんりょうして、辻と、イシカワが、ヤグチ・ヨシザワよりも後ろにいる
ことを確認して、カオリは、声をかけました。
「いいよー。」
って。あ、もちろん、自分の安全も、しっかりカクホしてますよ?位置とか、ちゃん
と考えて。カオリ、狂ってますけど、さすがにまだ死にたくないもん。
110 :
萌え男。 : 2001/01/29(月) 00:27 ID:ebUfofJ.
ピシュッ。とか、そんなかんじの音がして、で、カンッ、つって20mくらい先の缶が
弾き飛んでました。なんか、サイレンサー?とかいうヤツがついてるみたいで、銃声は
あんまりしませんでしたよ。思ったよりかは。
暗いし、それにけっこう距離あるのに。初めて撃ったヨシザワがイキナリ当てたからー。
カオリ、なんか超楽しくなってー。
「カオリにもちょっと撃たしてみ?」
つってー、ヨシザワから銃、受け取りました。
もー、みんなシツレイなことにー。そうっとうカオリから離れててー。しかも。固まる
と危ないとか言ってー。ひとりひとり、5mくらいずつ間隔空けて立っちゃってー。
なんだよアイツラ。当ててやるからしっかり見てな。ってかんじでした。
で、指に力入れたらー、また、空気が抜けたみたいな音がしてー。
「キャッ。」
って、カオリ、あまりの衝撃に、しりもちついちゃいました。カオリの予想に反して、
缶は倒れなかったんですけどー。でも、あの時の自分の声、今思うと、けっこう
かわいかったと思います。男の子がいたら、たぶん好きになられてたな。
マジあぶねぇ、ってかんじです。
111 :
萌え男。 : 2001/01/29(月) 00:28 ID:ebUfofJ.
「よーし、もう一回。次こそ当てる!」
っていきごんでー、もう一回撃ったんですけどー、やっぱり弾は当たりません
でした。なんでー?とか思ってたらー、ヤグチの声が聞こえてー。
「もう近付いていいー?」
とか言うからー、振り返ったらー。なんか、みんな。身を低く伏せてた。いい加減
にして欲しかったです。
で、ヤグチの命令でー、おそるおそる近くに来たヨシザワに、ピストル渡したらー。
やっとみんな、近寄ってきてー。
「どうだった?」
ってヤグチに聞かれたんで、
「いや、楽しいよ、コレ。」
って答えました。
「なんか。撃った瞬間、ガンって体に衝撃が来て、で、脳が揺さぶられて、いろんな
コトが、吹っ飛ぶカンジ。カオリは、その瞬間、花が見えた。いっぱ咲いてる。」
みんなはちょっと、「え!?」ってカオしてー、ヨシザワを見たんですけど。
そしたら、ヨシザワ、
「ま、でも、だいたいそんなカンジ。間違ってはないです。」
って言った。つうかカオリには花が見えたんだってばー。こんなコト言ったら、
また退院とか遅くなるかなー。なんつって。
べつにどうでもいいです。
112 :
萌え男。 : 2001/01/29(月) 00:29 ID:ebUfofJ.
いやー、でもカオリ、こりゃ是非辻に撃たせなきゃいかん。て思ったんですよ。
その衝撃?てゆうか、頭、つき抜けてくかんじ?めったにないと思ったんで。
いや、辻はやるべきだ、って。
「撃ってみな、辻。」
てゆったら、案の定、辻は興味しんしんなかんじでした。
ヨシザワが、構え方とか、辻に教えてるあいだー。カオリ達、談笑しながら
見てたんですけどー。でもカオリ、ふと思いついてー。イシカワにも言った
んです。
「いやー、イシカワは、いいです。」
ってー、彼女イヤがってたんですけどー。
「撃っとけばいいのに。」
とか
「ないよ?なかなか。」
とかヤグチとカオリに言われてて。ケド、まだためらってました。
そしたら、なんか。向こうからヨシザワが、それ見てたっぽくてー。辻に教えながら。
「撃ちなよ。」
って声をかけました。一言。つよい口調で。
で、イシカワ。ちょっとカチンときたみたいでー。ちょっと息すって、ヨシザワの事
チラって見て、で、またすぐに下向いたんですけど。
113 :
萌え男。 : 2001/01/29(月) 00:30 ID:ebUfofJ.
そうこうしてる間に、辻は撃ち終わってー。ヨシザワは、挑発するみたいなカンジで、
イシカワを見てました。なんか、火花散ってました。
辻は、撃ったばっかで、なんかぼーっとしてるしー。ヤグチとカオリは、2人の視線
の間に挟まれちゃって、カオリなんて、オロオロしながらなりゆき見守ってたんです
よ。そしたら、ヨシザワが、
「怖いの?」
って。で、イシカワは
「じゃあ撃つ。」
って、ヨシザワの言葉にかぶせるようにして言ったんですよ。
カオリ、緊迫した空気をかんじてー。イシカワが、ヨシザワの方に、ずんずん向かって
行くのを、呼び止めようとこころみたんですけどー。そのカオリを、ヤグチが止めました。
「ま、見てなよ。」
つって。
も、カオリー。ハラハラしながらー2人のコト見てたんですけどー。ヨシザワは、
ゆっくり、静かな口調で、撃ち方、教えてんのね。イシカワは、なんか。口ちょっと
とがらして、たまに頷いてんだー。ヨシザワはイシカワの目みて、しっかり確認
するみたいに話してんだけどー。イシカワは、ぜーったい目合わせないの。
114 :
萌え男。 : 2001/01/29(月) 00:32 ID:ebUfofJ.
イシカワが、ピストル構えたときー、ヨシザワ、両手で、イシカワの肩、後ろから
押さえてあげてて。で、なんかカオリ、その辺りからまた、も、どーでも良くなって。
なーんだよ。こりゃ仲直りするよあの2人。ばっかみたい。気つかってソンした。
ってかんじでした。そんなカオリを見て、ヤグチは笑ってたけどね。
「目、つぶると危ないよ。」
ヨシザワがそう言った後、イシカワは一度頷いて、引き金をひいた。
115 :
萌え男。 : 2001/01/29(月) 00:33 ID:ebUfofJ.
はい。それだけ。これで終わりですよ。その後、会ってないもん。その帰り、
ゴハン食べて帰って以来。あの2人のコトが、テレビとかで騒がれるように
なって、カオリと辻、そっこー部屋べつにされちゃったけど。
カオリなんて、一人部屋だよ。超つまんねー。
あ、ヤグチだけはその後、一回会いに来てくれました。一回だけ。それも夜中。
カオリはその時、寝てたんだけど。なんか人のケハイがして、目開けたら、ヤグチ
が立ってました。一人部屋の、カオリのベッドの横に。
116 :
萌え男。 : 2001/01/29(月) 00:34 ID:ebUfofJ.
で、カオリ。ヤグチだー。久しぶりじゃーん。とか思って。
ケド起きたばっかで声、でなかったんですよ。だから、カオリはただ、へらへら
笑ってたんですけど。
ヤグチは、ずっと黙ってたんだけど、少し経ってから
しばらく、会えないと思う。
って、そう言いました。
ちょっと淋しそうにしてたから、カオリ、気になったんだけど。
ケド、眠くて眠くて。
気がついたら、朝で、ヤグチはいなくなってました。
せんせいとか、かんごふさんとか、みんな夢だよって言うんですけど。
カオリは見たんだけどなー。
みんな信じてくれないんですよ。まーた退院遠のいたってかんじです。
ま、いいですけどね。も、ほんと、どうでもいいんですよ。
狂ってるとか、電波とか、そーゆーコト言われても、べつにいいや。
まーじで。それがカオリの生まれてきた宿命かなー。なんつって。
ほんっと。昔、テストでー、学校行ってる間にー、メイン奪われたことも、
もう忘れる事にします。ねえ笑って。
117 :
萌え男。 : 2001/01/29(月) 00:37 ID:ebUfofJ.
あ、そう言えばね、辻にも。その日は会ったんだけど。
廊下で、なんか移動中っぽかった。その時、辻、なんか暴れてて。
介護のおねえさん達に、両側から抑えられちゃってたんですけど。
「ののちゃん、落ち着きましょうね。」
とか言われちゃって。
ケドそのわりには、けっこう手荒な扱いとか受けちゃってて。
で、介護の2人、カオリが廊下の反対側から見てるのに気がついて。
ハッとして、なんか動揺して、手元が弛んだみたいで。
その拍子に、辻、するって抜け出して、カオリの方まで走ってきました。
正確には、その途中でタックルされてたけど。すごいカオのおねえさん達に。
はは。なんかウケた。
辻、廊下に転びながら、両手結んで、ピストルのカタチつくって、カオリの方
向けんの。
「バーンッ!」
つって。ま、ジッサイは声を出してませんけど。
でも、聞こえたような気がした。片目つぶってそう言うから。
八重歯がのぞいて、すごく強く見えたよ。
118 :
萌え男。 : 2001/01/29(月) 00:42 ID:ebUfofJ.
飯田・辻編 終わり。
119 :
焼肉帝王 : 2001/01/29(月) 01:04 ID:aUSvs9gw
いつも楽しみに読ませてもらってます。
だけど今回はいつもより長かったし、疲れたのでは?
これからの矢口の行動が楽しみ!あと加護は?
120 :
名無し娘。 : 2001/01/29(月) 01:15 ID:SXthQGuI
素晴らしいです。
121 :
名無し : 2001/01/29(月) 01:56 ID:dEdcSrfU
飯田の射撃の時に伏せているその他が超笑えた(w
圭織の独白という思い切った書き方もすごいですね。
自分にはあの人はなかなか理解できないから……(苦笑
122 :
名無し娘。 : 2001/01/29(月) 04:27 ID:5hMWQp/s
今回は、少なくともある種の救いを感じさせるラストがよかったです。
本当はもっといろいろ感想書きたくて30分位考えてたけど、ちょっと
5、6行にはまとめ切れなかった。
123 :
ぐいおち : 2001/01/29(月) 04:34 ID:JYklH3uE
何でイシとヨシはイヤーなかんじになったの?
124 :
名無し娘。 : 2001/01/29(月) 05:57 ID:Ra6q7lo.
>>119 はい。今回は疲れました。ありがとうございます。もちろん加護さんも出ます。けっこうおいしい役です。
>>120 ありがとうございます。いつもそう書いてくれてる人がいますが、同じ人なんでしょうか。
>>121 そうですか?飯田さんは(少なくともTVでは)素直ないいコに見えるけどなあ。これからも読んでくれると嬉しいです。
>>122 ものすごく興味がある。ぜひ聞きたい。いつか書いて下さい。君はだれ?
>>123 ひみつ。
125 :
名無し。 : 2001/01/29(月) 12:12 ID:avKwV/s.
いや、飯田・辻編よかった。まじで。
飯田いい奴だな〜 自分も素直ないいコだと思いますよ。
そこらへんも文章から滲みでてて、読んでて楽しかったです。
終わりは近いのでしょうか?続きがきになります。
・・・保田の登場はあれで終わりなんすかね?
126 :
せぺ : 2001/01/29(月) 23:43 ID:cupWumDc
「面白い」の一言です。
今後も楽しく読ませて頂きますので、頑張って執筆活動を続けて下さい。
出来れば長く長〜く続けて欲しいのですが…。
127 :
名無し娘。 : 2001/01/30(火) 02:38 ID:QLOraDyY
市井はでてくるのかな?だめか…?
主役の二人はもちろんだけど登場しては去っていく脇役のメンバーもすごく
魅力的でいいと思う。
普通登場人物が多くなってくるとなかなか全員をきれいに消化しきれないんだけど
そのひとりひとりのキャラを上手に使いこなせる作者さんはやはりすごいっす
128 :
名無し娘。 : 2001/01/30(火) 11:52 ID:B/Vr6mGo
おもしろいおもしろいおもしろ〜い。最高です。
うまくいえないんですが、いままでこれほど興奮して読める文章ってなかなかなかったです。
最後まで楽しみにしてます。お体に気をつけて。これからもがんばってください。
初カキコでした。
129 :
名無し娘。 : 2001/01/30(火) 14:38 ID:B/Vr6mGo
失語症の辻がいい。本物よりなんかそっちのほうがうるさくなくていい。
と思うのは俺だけ?
130 :
名無し娘。 : 2001/01/30(火) 21:50 ID:X3RzHoX6
凄く面白いです。
ますます先の展開が楽しみになってきました。
現メンバーは全員登場するんですね。
これから先も頑張って下さい。
131 :
名無し娘。 : 2001/01/31(水) 02:16 ID:of1kuNzY
溜め息が出る程の素晴らしさです・・
132 :
名無し娘。 : 2001/01/31(水) 03:49 ID:Ztzpey5k
素晴らしいとしかいいようがないです。
これからもガンバってください。
133 :
名無し娘。 : 2001/01/31(水) 11:54 ID:afpOYApM
続きが気になってしょうがないです
134 :
ポッキー : 2001/02/01(木) 10:21 ID:Ouro562I
何で辻ちゃんの描写があんなに素晴らしいのですか?
あいぼん編でも辻ちゃん出してください
135 :
名無し娘。 : 2001/02/02(金) 01:32 ID:4ZwRMQdA
凄いひきこまれた。なにがって、オリジナリティに富んでて凄い。
ないとは思うけど、辻の再登場(加護絡み)は確かに見てみたい。
でも、やっぱりメインのいしよしがどうなっていくのか、とにかく
期待してます。作者さんがんばって!
このスレが週末の楽しみ。
文章力・構成、展開の上手さはもとより、
メンバー一人ひとりが持っている個性を生かしきった
描写には脱帽ですね。
完結された折にまた感想を書かせてもらいます。
137 :
名無し娘。 : 2001/02/02(金) 12:13 ID:SnvoKmgk
矢口も気になる、その後は今後の展開に少しでも関わるのだろうか?
138 :
名無し娘。 : 2001/02/02(金) 13:53 ID:SgkQnN46
後藤と保田はあれっきりなんだろうか?
残ってるのは中澤と加護?西へ行くのかな?
139 :
名無し娘。 : 2001/02/02(金) 18:33 ID:EN9uQslk
中澤はもうでてますよね?
140 :
名無し娘。 : 2001/02/04(日) 21:30 ID:gntkF73g
あれっ?保田は出てた?どんな役で?続き早く見たーい。
141 :
萌え男。 : 2001/02/04(日) 22:50 ID:6Xp4gKu.
読んでいただいている皆さま、ありがとうございます。
142 :
3ー3.1 : 2001/02/04(日) 22:51 ID:6Xp4gKu.
安倍さんの死体が埠頭に上がった。一晩泣いた私達は翌朝一番の電車に
乗り、現場周辺の空気が排ガスその他で汚されてしまう前、つまりまだ
蒼く透明なうちに赴き、海面に向かって花を投げた。
死者に送る白い花。白い安倍さんのワンピース。
波間を頼りなく漂う花束を黒い服に身を包んだ私達が、2人で、とても
長い間見つめた。
143 :
萌え男。 : 2001/02/04(日) 22:52 ID:6Xp4gKu.
半月程経った夜、バーに一人女性客が現われた。普段と同じく、ひそひそ
と交わされる会話が、他人には漏れない程度混み合っている。未だ早い時間。
カウンターの一番はしにひっそりと座る彼女が、私の興味を特別ひいたのは、
ストイックな、その服装ゆえだった。
「ご注文は?」
「そうね、ドライ・ジン。ロックで。」
黒いスーツにネクタイ、下はちなみに膝の丈のスカート。髪をしっかりと
分け、痛そうな程に撫で付けた彼女の注文もまた、その容貌と同程度には
変わっていると思った。ジンをそのままで飲む女性に、出会った事がそれ
までなかったから。
「おかしいかしら?」
「いえ。」
だいたいマティーニとかギムレットとか、そういう事を思っていたら、大き
くて強い目が、ギロリと私を見た。
「そう。」
ローファーを履いた足元には、軽そうなジュラルミン・アタッシュ。
彼女はすぐに視線を戻し、言葉をそれ以上続けなかった。
144 :
萌え男。 : 2001/02/04(日) 22:53 ID:6Xp4gKu.
彼女のペースは早かった。あっと言う間にもう3杯目。相当強いのか、姿勢
ひとつ崩れていない。私が4杯目を運び、空のグラスを下げた時、とても
唐突に 彼女は言った。
「ねえ、クルマ買わない?買いなさいよ。」
「は?」
本当に突然だったので、思わず私はひるんだ。やはり酔っているんだろうか?
戸惑う私。その隙にふたたびジンをあおり、今度は大きな声で言った。
「いいから買えばいいじゃない!買いなさいよ私から!」
途中からは大粒の涙が、その勝ち気そうな瞳の淵に、ひとつ盛り上がって
いたのだが、それがボロリとこぼれた瞬間、「わーん」と彼女は一言叫び、
そのままカウンターの上に泣き崩れてしまったのだ。
腹の底から声を張り上げ、激しく慟哭する彼女。激情に身を焦がして、やっぱり
酔っていたみたいだ。当然私はうろたえたのだった。
145 :
萌え男。 : 2001/02/04(日) 22:54 ID:6Xp4gKu.
周囲に助けを求めたけれども、ひたすら人々は遠巻きに見守るばかり。注目して
はいるのだけれども、誰も近寄ろうとしない。うろたえる私をよそに、彼女の
エキセントリシティが増す。
「話ぐらい、聞きなさいよっ!」
ひときわ大きく叫びつつ、泣き止む気配が一向になかった。息をのむ店内。
ああ今、ヒーローはいない。
「あ。じゃあ、お話だけでも‥、聞かせてもらおうかな‥。なーんて‥。」
「本当?」
私が口を開くと、周囲の緊張が弛むのがわかった。中には頷いたりしている
人も、ちらほらいるみたいだった。嘘のように涙がひき、顔を上げた彼女の
拳が、私の服の袖をきつくきつく掴んでいた。
「あ、でもー‥。今、ちょっと手が離せないんでー‥。また、次回にでも‥。」
「次っていつよ!」
私の言葉にかぶるせるようにして、彼女は言い放った。
「あ、それは、その、お店がヒマな日とか‥。」
「今日何時に終わんの!」
「いや、もう、朝‥。明け方。」
「待ってるわよ!じゃあ!話聞いてよね!」
146 :
萌え男。 : 2001/02/04(日) 23:00 ID:6Xp4gKu.
そういうやりとりが少しの間続いて、結局私は押し切られたのだった。
午前3時。
客が退いた。薬なのか酒なのか酔って立ち上がれなくなった2〜3名 を除い
て。彼らがそれぞれ、思い思いのソファにゴロンと仰け反り、各自、白目を
向いたり、時々、何かを呟いてはクスクスと笑ったりしている。そんな中で私は
黙々とテーブルを拭き、床を軽く掃いた。金を数える梨華の仕事は、 しばらく終わ
りそうもない。絞っていた光源が通常に戻り、白々しくもこうこうと照らされ
た店内に、煙草のケムリが白い幕を創っていた。
私を待つ間、彼女は片肘をついて、ずっと同じ場所に座っていた。随分長く
そうしている様子だったので、とても忍耐強い人だなあと私は思ったものだ。
しぶしぶ側へ行くと、彼女はニコリともせず、視線だけを軽く合わせた。
「思ったより早かったじゃない。」
そうですか?とかなんとか私も適当に答えてとりあえず横にすわると、彼女は
改めて私を見て、そこで始めて笑った。
「じゃ、さっそく。説明に入らせてもらいますね。私は保田圭。よろしく。」
そしてブリーフケースを開けた。ガタッと得意げに音を立てた ジュラルミンだっ
たが、照明を反射してギラリと鈍い煌めきを放った。
147 :
萌え男。 : 2001/02/04(日) 23:01 ID:6Xp4gKu.
未だ明けきらず薄暗い部屋で、私は遠いスコールのような、シャワーの音
だけを聞いていた。どんなに疲れていても寝る前に梨華は必ずシャワーを
浴びる。曰く、
「染み付いた匂いがイヤ。」
なのだそうだ。
大きく息を吐いた私は高い天井を見つめて、保田圭さんの事を考えた。
クルマ‥、あったらそれは楽しいんだろうけれど。
148 :
萌え男。 : 2001/02/04(日) 23:02 ID:6Xp4gKu.
「私達、免許持ってないんです。」
アニメ声。私に遅れること20分。仕事を終えた梨華がカウンターにやってきて、
私の横の席に座った。保田さんに押される私に、とうとう味方がついた。
「そうそう。それに実は、クルマ乗れる年じゃないし‥。内緒にして下さいよ?」
助力を得た私も意気揚々と言ったものの、保田さんは更に聞く耳を持たない。
「だーかーらー、とりあえず話だけっつってるでしょ!だいたいねー、買うだけ
だったら誰でも買えんの!‥‥こちらのステーションワゴンなんていかがですカ?」
だめだこりゃ。梨華の方を見たが彼女も半ば諦め気味。とりあえず、気が済むまで
話をさせましょう。そんな空気だった。
かつぜつ良く話し続けた保田さんだったが、依然煮え切らない私達の態度に、次第
に業を煮やし始め、だんだん話が逸れて行くのだった。もともと私達に買う気は
ないのだし、話だってかなり強引に聞かされているのだけれども、彼女はキレ気味
のようだ。
「だいたいアンタ達!付き合ってんの?カップルなんでしょ?
いーわよ別にそんなのどうだって!女同士だからってねー、私が気にするワケないジャン!
‥たーだー、カップルなんだったらー。例えば、2シーターぐらい?乗ってなくって
どーすんのYo!ってハナシ!!!」
149 :
萌え男。 : 2001/02/04(日) 23:03 ID:6Xp4gKu.
やってらんない!!保田さんは最後にそう付け足して、プイっと横を向いてしまった。
そんなふうに言われても私達は困った。
‥とは言え、新車ばかりのカタログがまた魅力的なのも確かだ。保田さんの理論は
ともかく。さいわい、カネならある。‥けれども、免許がない。
私達は首を振った。
「ごめんなさい。やっぱりムリです。」
あーあ。
そう言って再び振り返った保田さんの、先程までの凄まじい勢いはその表情から消え、
妙に達観したような、言い換えれば醒めた視線に戻っていた。
「ま、そうよね。アナタ達未成年ですものね。そりゃお金ないわよ。だいたいこんな
高いモン、私だって売ってるけど買えないわよ!」
150 :
萌え男。 : 2001/02/04(日) 23:04 ID:6Xp4gKu.
「あーあー、もー仕事変わろっかなー。やーだーなー。」
手足をブラブラさせる保田さん。私が言った言葉は、すごく不用心だった気がする。
話が上手い具合に進んだから良かったようなものの、これからは控えるべきだ。
今回は保田さんが相手で良かったが、以後言わないように気をつけたい。
「お金なら、まあ、あるんですけど‥。」
「ナニ?」
保田さんの目は光った。
「お金があるんだったら、買えるじゃないよアンタ達!」
「でもやっぱり免許‥。教習所だって行けないし。」
「ばーかーねー!ナニいってんの?免許くらい、このアタシがなんとかするわよ!
ああこりゃ初めて売れるわ。危ない橋だって渡れる気がする!」
しごく興奮ぎみの保田さん。私達は信用しなかった。そんな事普通できないし、
普通しないでしょう?
「ま、見てなさい。」
保田さんはケースを閉じ、念入りに確認する。
「書類関係をクリアすれば、買ってくれるのね!?サァ、買うんでしょッ!?」
「ええ‥まあ。」
絶対むり。
「OK。じゃあごきげんよう!近いウチにまた来るから!」
帰り支度に余念のない保田さんの隙をうかがい、私と梨華は顔を見合った。
「できるわけないじゃん。」
「ねー。」
151 :
萌え男。 : 2001/02/04(日) 23:05 ID:6Xp4gKu.
絶対なんとかしてやるわ!最後に保田さんはそう言って去っていったのだけれど
(それも猛烈な勢いで)、そんなことが本当に出来るんだろうか。
私てきには、やっぱりムリだろうと思う。
考えながら、いつの間にか眠っていた。物音に目を開けると、バスルームから出た
梨華が、鏡台に座り、髪を無心に乾かしていた。ドライヤーの熱に目を細めて、
私の視線に気づいていない。
それにしたって‥。
密かにため息をついた。
このごろの私はおかしい。気がつくと梨華を、執拗に目で追うようになった。
俯いた時にそっと閉じる瞳、ためらいがちな唇。女の子な肩。それから、細い、腰‥。
152 :
萌え男。 : 2001/02/04(日) 23:06 ID:6Xp4gKu.
拙い幻想としてなら、これまでも抱き続けて来たはずだった。
それは例えば私達が、いつか許され死ぬまで暮らす、永遠の楽園。2人、変わらぬ
愛を誓う祝福の大地。毎日。くちづけなんかを交わす生活。
そしてその延長。幼稚な、消防てき妄想。
漠然とではあるけれど、常に存在した欲望ではあった。けれどもかつてこれ程、肉感
を伴って押し寄せたことはない。
戸惑っていた。梨華がこれほどなまめかしく見える自分。微熱の続く日々のように
四六時中、肥大し、うかされている感覚。あの日の混乱にまかせ、2度梨華にキス
をしたまま、私はそれ以上踏み出して来なかった。ただ梨華を守る為、必死で、
私は精一杯だったから。それだけで十分幸福だったから。
153 :
萌え男。 : 2001/02/04(日) 23:07 ID:6Xp4gKu.
今はしかし、奪いたいと思う自分がいる。
梨華は父親に、そして中澤という大人に、何度も、何度もやられた。
欺瞞だ。
守るだけで満足していたなんて、なんていう綺麗ごと!本当はその事実が、常に
頭から離れなかっただけ!経験のない自分が嫌だっただけ!
そのコンプレックスを私は、とうとう乗り越えるというのか。
梨華は多分、私の事を愛している。おそらく望めば手には入るんだろう。
少女時代の終焉なのかはたまたこれこそその幕開けか。
なまめかしい肢体と、加速する心臓。
薄暗い部屋には鏡台のランプのみが灯り、その僅かな明かりは梨華の身体の
ラインを、パジャマ代わりのTシャツごしにはっきりと、示していた。
ドライヤーの音は止まない。私は寝返りをうち、とりあえず背中を向けた。
154 :
萌え男。 : 2001/02/04(日) 23:10 ID:6Xp4gKu.
保田さんは今回です。
155 :
名無し娘。 : 2001/02/05(月) 00:52 ID:tGDFfi1U
相変わらず凄いね。はずれキャラ一切なし。
156 :
名無し娘。 : 2001/02/05(月) 02:10 ID:mGuLRsGw
相変わらず複線の張り形が絶妙ですね。うだつのあがらない
中古車セールスマンが保田か?安部が誰に殺れたのもこれからの
話しで展開して行くんですか?
157 :
名無し娘。 : 2001/02/05(月) 02:28 ID:zSIZJ3ec
今回も面白いです。「娘。十夜」だっけ、あれ以来の独創性だ。
個人的にファンの市井紗耶香の活躍に期待してしまうが、とにかく期待通りでも
裏切られても構わないや。作者さんがんばれ、本業でもやれるんじゃない!?
158 :
名無し娘。 : 2001/02/05(月) 02:48 ID:BMuaIDnE
今度は保田ですね。あいかわらず超面白いです。
がんばってください。
159 :
名無し娘。 : 2001/02/05(月) 08:19 ID:51FmQrhs
すっごく面白いです。
いしよしのこれからの展開もとても気になるし、
他のキャラの動向も楽しみです。
毎週の更新が凄く楽しみになってるので、
出来るだけ、長く続いて欲しいです。
160 :
名無し娘。 : 2001/02/05(月) 23:39 ID:LhfgAqHE
安倍なつみやっぱり殺されてたか…
結構イイやつだったのにな。かわいそうに…
161 :
名無し娘。 : 2001/02/06(火) 09:44 ID:/kciGQn2
なっちの死に絶句、、、ご冥福をお祈りします。
162 :
名無し娘。 : 2001/02/09(金) 00:04 ID:4IGQZtwQ
いしよしどうなるんだろう?保全
163 :
名無し娘。 : 2001/02/09(金) 19:19 ID:ax7yTLow
吉澤はいつにまに男になったんだ(藁
164 :
名無し娘。 : 2001/02/10(土) 03:48 ID:TlxY.3JI
吉澤はああ見えて女です(わら
165 :
3ー3.2 : 2001/02/10(土) 19:16 ID:HvVOm6CU
あれから結局、あまり眠れなかったせいで、頭が少しボーッとしている。
背を向けたまま悶々と妄想をめぐらす私の横へ、乾かし終えた髪に数回
櫛を入れ、かるくバサバサと揺らした梨華は、小さな息をひとつついてから
静かに入って来た(もっともこれらは物音から私が推しただけなので、正確
には少し違うかもしれない)。普段から割合寝付きの良い梨華は、びくびく
している私をよそに、やがて健やかな寝息を立て始めた。
部屋にはベッドがひとつしかないから私達2人は毎晩、布団を共にする
格好になっているわけだが、このベッドというのが、オーナーの不要品を
譲り受けたもので、キングサイズで寝心地が良い。とても大きくて、例えば
私達が両隅ぎりぎりに横たわるとすると、3メートル弱の距離が空く。これが
極端な例としても、ともかく広いベッドの上で、私達はそれほど接近すること
もないのだった。寝返りをうった時、偶然梨華の寝顔に遭遇することが、ごく
たまにあるくらいか。
166 :
萌え男。 : 2001/02/10(土) 19:18 ID:HvVOm6CU
開店間もなく、まだ空いている時間に矢口さんはやってきて、友人を私達に
紹介した。飯田さんというきれいな髪の長い女性で、なんでも2人は幼馴染み
だそうだ。
矢口さんがここへ、本当に親しい人を連れてくることはあまりないから、少し
意外な気がしたが、普段周囲を盛り上げつつも、いつもどこかで気を張ってい
る矢口さんが、背伸びをやめ、むやみに愛想をふりまいていないところが、
やけに印象に残った。歴史というか時間というか、2人の間にはそういうもの
がたくさんある。お互い、信頼関係が余程の強いのだろう。そういうかんじだ。
167 :
萌え男。 : 2001/02/10(土) 19:19 ID:HvVOm6CU
「矢口さん、こんにちは。」
「おう、よっすぃー。こんにちは。」
暇だった私が矢口さんに声をかけると、矢口さんは少し笑って、飯田さんの
肩を叩いた。
「この人、幼馴染みなの。飯田さん。」
「どうもー。飯田佳織でーす。精神科に入院してまーす。」
「あ、どうもこんにちは。吉澤ひとみです。矢口さんにはいつもお世話になって
るんです。」
「別にどこも悪くなんてないじゃん。」
眉根を上げた矢口さんが吐き捨てるように言うと、飯田さんは身をガバッと乗り出し、
食い下がるように矢口さんに迫った。
「わーるいんだって!狂ってんの、カオリは!」
「別におかしくないよ。普通普通。」
「そーかなあ。」
矢口さんが言い募ると、飯田さんはうかない顔をして不満げに、そしてしきりに
首を捻っていた。一見、大人っぽくて、モデルみたいにスレンダーな飯田さんは、
案外フランクな人のようだ。多少笑顔をつくって、矢口さんごしに私へ、きれいな
首をコキンと折った。入院うんぬんは、現にここへ来ているのだし、飯田さん特有
の(それは時に凡人に理解されにくい)いわゆるひとつのジョークだと思った。
168 :
萌え男。 : 2001/02/10(土) 19:19 ID:HvVOm6CU
そこへ梨華もやってきて、4人しばらく談笑していたのだが、突然飯田さんが、私達
を指差した。ハッブル展望台について、彼女が熱い思いをひとしきりぶちまけた直後
のことだ。
「ところで2人はつき合ってんだべ?」
ドリンクを口に含み、今まさに飲み込まんとしていた私は、その唐突さにむせかけた
が、それよりも、飯田さんのダイレクトな物言いに、妙に感動した。梨華は目を丸く
している。
「は、はい。まあ‥。」
「やっぱねー。カオリすぐわかったよ。だってなんか、エロいもん。」
梨華はしばらく固まっていたのだが、やがてニッコリと笑うと白い歯をちらつかせて
控えめに、飯田さんに聞き返した。
「エロい‥、ですか?」
「うん。エロい、エロい。つーか甘い。甘い夜ってかんじだよ。」
例によって矢口さんは知らんぷりを決めこんでいて、プライベートな話題にはあまり
関わろうとしない。聞いた当人の梨華は飯田さんの見透かすような視線に、耳まで赤
くなってしまっている。私はそれとない笑顔をつくり、なんとか体裁を保った。けれど。
内心穏やかではない。
甘い夜?何もないのに?手を出せずにいるのに?‥ふふ、おかしい。他人にはそう
映っているんだ?
169 :
萌え男。 : 2001/02/10(土) 19:20 ID:HvVOm6CU
しばらくの間、軽い沈黙が続いたのだが、梨華が、それを振払うように口を開いた。
「あの、この間、クルマのセールスの人がやって来て‥。」
まるで、飯田さんの追求をかわすように。急に話題なんて変えて、しらじらしいよ。
茶番と思いながらも、私の視線を意識してか、いまだ頬を赤らめる彼女が懸命に話し
始めたので、私もところどころ補ってやった。
車を買うかも知れないこと。免許証を含む書類すべてをそのセールスウーマンが偽造
すると豪語して去ったこと。例え車を買っても教習所へは行けないから、独学で技術
を学ばなければならないこと、等。矢口さんと飯田さんは私達の話を、思いのほか
真剣に聞いていた。
170 :
萌え男。 : 2001/02/10(土) 19:21 ID:HvVOm6CU
「危ない橋でも渡って見せる、って、その人。とても息巻いていたんです。」
最後に梨華が付け加えると、飯田さんはケタケタと笑い出した。
「てゆーかさー。できないって、そんな事ー。ムリムリ。」
「まあ、そうだとは思うんですけど‥。けど、なんかその人、不思議っていうか、
つかみどころのない人だったんで、もしかしたら‥?って思っちゃうんですよね。」
梨華に同意し、うーん、と私が首をかしげたところへ、飯田さんはさらに続ける。
「あるワケないじゃん。なあヤグチ?キミら、アレだね。騙されたんだよ。ただの
話好きな人だったんじゃん?」
尚も愉快そうに笑う飯田さんの横で、矢口さんはしばらく黙っていたのだが、やがて
(いっちょまえに)組んでいた腕をほどくと、ドリンクを一口飲み、冷静に口を
開いた。
「それ、いつの話?」
「昨日です。昨日っていうより、今朝方。」
答えた私の目を、じっと見つめる。
「じゃ、今日はまだ来てないのね。ま、昨日の今日じゃ、まだ判断しようがないか。
ホントかウソか。実際そのウーマン、奔走してる最中かも知れないもんね。」
「そうですね。まだ、なんとも言えないですよね‥。うーん。本当なのかなあ。」
言葉をつなぎながら、私は梨華と目を合わせはしなかったけれど、自分の肩ごし
にも、横に座った彼女が私の言葉を見守っていることが、はっきりと感じられた。
171 :
萌え男。 : 2001/02/10(土) 19:22 ID:HvVOm6CU
全員、それから思い思いのことを黙って考えていたのだけれど、しばらく経って
客がだんだん入り始めたので、私達は席を立とうとした。私が梨華を促している
と、急に飯田さんが顔を上げた。何か思いついたのか、瞳を輝かせている。
「じゃ、カオリが教えてやろっか、運転。免許持ってるんだよカオリ。実は運転
上手いし。」
驚いて返事に窮する私達を無視し、俄然張り切る飯田さん。動転した様子の矢口さんが、
飯田さんの腕を押さえた。
「ちょっと待って。カオリ病気じゃん。ダメだよ。」
飯田さんはびっくりしたように矢口さんを見つめ、少しキレ気味に言う。
「なんだよオマエ?さっき普通って言ったばっかじゃん。」
矢口さんは少しばかりひるんだが、やがて意を決し、言い放った。
「病気だよ!」
「ムカツク!違うよ!!」
172 :
萌え男。 : 2001/02/10(土) 19:24 ID:HvVOm6CU
どうやら飯田さんは本気で入院患者らしかった。考えてみれば案外重い話なのだ
けれど、2人のやりとりは愉快だ。精神病棟の飯田さん。私は話してみて、おか
しいとは感じなかった。そこがポイント。もし、万が一クルマが届いたならば、
飯田さんに運転を習おう。そう思った。医師がどう診断しても、飯田さんは普通
だ。私は私の目しか信じやしない。
「じゃあ、教えて下さい。」
矢口さんはそれまでの言葉と裏腹で、案外楽観視しているのか、仕方ないと言わん
ばかりの苦笑を見せていた。梨華も頷く。
「もし、車が無事手に入ったら、のハナシですけど‥。」
飯田さんは頼もしく、顎をこころもち上げて見せた。大きな瞳は得意げに細められ、
私達を見下ろしている。
「もちろんそうよ。連絡はヤグチを通して。ホラ、なんせカオリ携帯使えないから。
ダメじゃん?病院て。」
な、いいよな真里。そう言って肩を叩く飯田さんに、矢口さんもしぶしぶ頷いた。
173 :
萌え男。 : 2001/02/10(土) 19:25 ID:HvVOm6CU
仕事を終えた私達は部屋に入って、ソファに腰を下ろした。
飯田さんを気づかってか、矢口さんたち2人は、早い時間に引き揚げていった。
明け方、仕事は滞りなく終わり、店を出た私達は、まだ暗い階段を部屋へと
黙って昇った。いつにない緊張が走っていた。近頃の私にはそれも珍しくない事
なのだが、今日は梨華も言葉を発しなかった。飯田さんの言葉のせいだ。
いつもならさっさとシャワーを浴びている梨華が、私の横に座っている。相変わらず
黙ったままだ。張り詰めた空気に耐えきれずに、私は口を開いた。
「くクルマ、本当に買えるのかな。保田さんはまた、現れるんだろうか。」
「うん。」
俯いている梨華が、小さな声で頷く。しばらくの間、焦りにまかせてぺらぺらと
まくしたてていた私だったが、初めのうちはそれに反応してくれていた梨華も、
いつの間にか黙ってしまった。
「な、何か飲む?」
いたたまれなくなった私がそう言って立ち上がると、
「いらない‥。」
かすかに呟いた梨華が私を見つめた。しばらくの沈黙。動けない私。
174 :
萌え男。 : 2001/02/10(土) 19:26 ID:HvVOm6CU
「エロい、って、言われたね。今日‥。」
梨華の言葉に動悸が速まる。私はまだ‥怖かった‥。
「そうだねハハ。何もないのに‥。おかしいよね、ホント。」
梨華を傷つけないように、なるべくサラリと言ったつもりだった。
が、それは逆効果だった。
「シャワー浴びてくる。」
涙の滲む目で詰るように言った梨華は立ち上がり、私の横をすり抜けようとしたが、
すれ違う瞬間、私は梨華の手首をとっさに掴んでいた
「!」
梨華が驚いて振り向く。。
私は私で反射的に掴んだものの、それに続く言葉が出ない。
どうしたものか思案にくれていると、梨華が消えそうな声で呟いた。
「ひとみちゃんは私のこと、好き‥?」
もちろん。そう言おうとしたけれども、梨華と目が合ったら、声が出なかった。
視線を逸らした私を見て、梨華は少し笑う。
「不安‥。」
笑っている梨華は泣いていた。涙なんて出ていないけれど、明らかに泣いていたのだ。
175 :
萌え男。 : 2001/02/10(土) 19:27 ID:HvVOm6CU
私は梨華を抱き寄せた。心臓がばくはつしそうだ。
「聞こえる‥?し、しんぞうの音?はれつしそう。好きすぎて、手が出せない。
こわい‥。」
しばらくそのままでいた。心音が次第に遅くなるのがわかった。きつく抱き締めていた
腕から少しだけ力を抜くと、梨華が、静かに言った。
「私が2人の人と寝ているから‥?」
「‥うん。」
「私に笑われそうと思う‥?」
「‥うん。」
私の返事にしばらく黙っていた梨華は、やがて柔らかな声で言った。
「いくじなし、だね‥。」
梨華を抱き締めたままで私は、離すこともできずにいた。普段はまったく優等生な梨華。
耳もとをくすぐったのは、甘い甘い囁き。
「キス、してよ‥。」
「うん‥。」
顔を上げた瞬間、ぶつかった視線がどこまでも深く、吸い込まれてしまうと思った。
176 :
萌え男。 : 2001/02/10(土) 19:32 ID:HvVOm6CU
今さらこういうのを書くと恥ずかしいです。
皆さんヒかないで下さいね‥。
177 :
保田記念日 : 2001/02/10(土) 22:52 ID:1fHR7ipE
連載開始から7ヶ月、とうとうここまで来ましたか……。
178 :
名無し娘。 : 2001/02/11(日) 00:37 ID:e7oOpd7o
>>176 読んでいてちょっと恥ずかしくなりました。でも、ヒいていませんよ。
毎週楽しみにしていますから。末永く続けて下さい。
>>177 羊板でも自動なんとかをやってもらえませんか?
179 :
名無し娘。 : 2001/02/11(日) 01:13 ID:iG5x6oJg
ヒくどころか、やっと・・・(涙
180 :
名無し娘。 : 2001/02/11(日) 02:10 ID:s68v/bgY
更新分を堪能すると来週がひどく待ち遠しい
吉澤は女だ
今度はワラはなし。女だ。
181 :
名無し娘。 : 2001/02/13(火) 21:11 ID:Q37PVL.c
おー、ついにここまで・・・。
来週もまた楽しみです。
182 :
名無し娘。 : 2001/02/14(水) 00:44 ID:..MwmoXs
夜中に一気読みした。
面白い。がんばって。
183 :
名無し娘。 : 2001/02/16(金) 18:16 ID:5nAmiqk2
ほぜむしよう
184 :
3ー3.3 : 2001/02/17(土) 19:50 ID:NGHlm6NU
結局まだ、コドモだったという事だ私は。じっと覗き込む瞳に、さながら魂のひとつ
も吸い取られる勢いで梨華と唇を重ねた私は、暖かで、とろけるような感触と、その
全身を駆け抜けた甘いシビレに、へなへなと腰砕け、その場に座り込んでしまったの
だった。
なにこれ‥、強烈‥。
あの時は暴走していた。とはいえよく平気でできたもんだ。などと、ショートした
回路でかすかに思っていた。改めていたしてみると、キスってすっごい‥、等。
壁に凭れて放心著しい私の視界に、梨華の優しく微笑んだ笑顔が、ゆっくりと入って
来た。私の正面に立っていた彼女もまた、その場にしゃがみ込んだのだ。
自失し、しばらく言葉など発せない私。目を、そしておそらく口も、ポカンと開いてい
たことだろう。まるでアホの子みたいに。焦点の定まらないままで、私はゆっくりと瞳
を巡らせる。目と目が合った瞬間、少しだけ梨華はクスッ。と、声を出して笑った。
「安心、した。」
彼女はそう言ったのだけれど、実際その時の私には、いまひとつ伝わっていなかった。
馬耳東風かつ猫に小判。その時の状況を今の私はこう判断するのだけれど、どうですか。
注がれる梨華の慈愛に満ちた視線に反応し、私はともかく一度だけ頷き、頬の筋肉に
力を込めた、つまり笑ったのだが、妙な私の笑顔に梨華は相好を更に崩して、
「やだ、しっかりしてよ。」
なんて言う。天井のライト、その黄色い色を反射し、光をふんだんに湛えた彼女の
瞳に、私は、大地に太陽を浴びて咲く、大輪のひまわりを見た。きらきらと痛い位
光って、それは思わず目を細めてしまう程、全くの陽なるもの。殺人を犯した彼女
の裡に、これ程の正を見る私。私達はどうなるんだろう。
185 :
萌え男。 : 2001/02/17(土) 19:51 ID:NGHlm6NU
遊離して行く思考をどこまでも追って行くうち、そっと梨華が耳許へ囁いた。
「焦っているなら、やめて。ゆっくりでいいよ。」
そして一瞬口籠る。接近した距離を感じ、私の頬は熱い。
「私べつに‥、ヤ、ヤリマンッテワケジャ‥、ナイもん‥。」
消え入るように言った梨華は直後、私の頬に素早くキスし、そのまま立ち上がって
バスルームへと消えてしまった。
梨華が唇をあてた部分に空気が触れ、ひんやりと冷たい。それはそのまま私の熱さえ冷
ましてゆく様だ。
ゆっくりでいいんだ。私は手をあて、自分の勇み足を理解した。
自分は中澤と、ましてやあの父親とも違う。
ゆっくり行く方向で。
同時に、はっきりと認識した。
梨華が彼等から受けていたもの、それと同じ物を与えてやる力量が、今の私にはまだ
ない。不幸にも歪んだ形をとってしまったが父親の梨華に対する溺愛は疑う余地がなく、
そして、中澤の献身的な愛は、梨華に替えがたいやすらぎを与えた。
その2人を、いつか私は超えるだろう。
なぜなら。
梨華に咲くひまわりを最期まで守るのは、私。
他でもないこの私であるから。
186 :
萌え男。 : 2001/02/17(土) 19:52 ID:NGHlm6NU
以後、気負いのなくなった私の変化に伴い、私達の間には平穏な空気が流れるよう
になった。一時に比べ、とても自然な時を過ごす梨華と私。気が向けばキスなど
交わすし、手を繋いだりなんかもする。随分と甘酸っぱいようだが、急ぐことを
やめた私に今、それ以上進む気はなかった。
しばらくたったある午後、保田さんは再び現れた。梨華と私が、バーへ観葉植物を運
んだ日だ。
前日、近所のゴミ置き場に捨てられていたその樹を、偶然通りかかった私達は見つけた。
味気ないいくつかのゴミ袋の中にあって、ますます枝葉は観賞用であるその本来の性質
に特化し、不自然なまでに目をひいたのだった。白いプラスチックの鉢を覗いてみると、
中の土はまだ養分を辛うじて含んでいるようで、いくらか黒く湿っている。樹本体も
水分の不足から多少しなびてはいるものの、決して生命を終えているというわけでは
ない。むしろ健康と言って良かった。
普段から店内の空気の悪さにへきえきしていた私達は、ほんの気休めにしかならなくても、
少しでも改善試みようと、それを拾って来たのだった。
187 :
萌え男。 : 2001/02/17(土) 19:53 ID:NGHlm6NU
「こんなカンジでいいよね。」
「うん。」
だいぶ傾いた太陽の、窓から差し込む西日が数本、店内に光の筋を伸ばしていた。
いろいろと悩んだ末、結局カウンターの脇に鉢を置いた私達が、しばらくその姿を眺め、
悦に入っていた最中だった。
「ごきげんよう!!来たわよ!」
日光のせいで普段より更に埃っぽく、白くかすむ店内に、こんなふうに形容するの
はとても失礼けれどまるで、カラスを絞め殺したような、無駄に陽気な声が響いた。
突然の再会はさらに半信半疑でもあったので、入り口を誇らし気に塞ぐ保田さんに
私と梨華は目を見張った。が、それに臆する様子など微塵も見せず、保田さんは
ガタガタと板張りの床を進んでくる。
「御げんこ!」
見守るばかりの私達の前で、保田さんはずいぶん機嫌が良いのか、片手を上げて
そう言った。この間とは対照的で、今回の保田さんは髪をツンツンに立てている。
装いもどことなくアナーキー。なんとなくだけれど、片手に提げたジュラルミン
ケースを除けば、グレイあたりにこういう人がいそうだと、私は思った。
188 :
萌え男。 : 2001/02/17(土) 19:54 ID:NGHlm6NU
「ああ、保田さん。こんにちは。‥今日は何の用?」
素早く観察を終えた私は口を開き、やっとの思いでそれだけ言った。梨華もなかば
私の影に隠れるようにしているものの、なんとか笑顔を作って、その一挙手一投足
に着目している。
「何の用ってあんたねー‥。」
保田さんが苦笑する。と、その瞬間、俊敏な保田さんの視線が、私の右の拳を捕えた。
私は右手の中に、黄緑色の養分ポットを握りしめていた。
「ン?なにソレ?なに持ってンの?」
「あ、これ、薬。植物用の。さっき、花屋で買って来たんです。」
握った手を私は、保田さんの前で広げて見せた。梨華が付け足して樹の鉢を指差す。
「アレ。捨ててあったのを、拾って来たんです。ひとみちゃんと2人で。ココの空気が、少
しは良くなるかな、って。」
「なるほどねー。で、なんて木?」
「ポトス。とても、育っているケド。」
澱みない梨華の受け答えに、保田さんは少し驚いていた。頷きながら腕を組み、
しげしげと梨華を見つめている。
「なんっつーか‥、詳しいのね。」
梨華は躊躇うことなく言った。
「母の影響です。母が、好きだったんです。でもひとみちゃんの方が、もっと詳しいん
ですよ。ひとみちゃんのお父さん、植物学の教授なんです。」
189 :
萌え男。 : 2001/02/17(土) 19:55 ID:NGHlm6NU
過去の事を口にする梨華に私は少し驚き、彼女の瞳の色を探った。随分注意ぶかく伺った
つもりだけれど、そこには一遍の翳りもない。忘れたとまでは行かなくても、こんなふう
に笑って話せるようになるところまで、梨華は来ていた。それが少し嬉しかったので、私も
調子にのって、知識をひけらかしてやった。
「ポトス、って。あまり日光に当てなくてもちゃんと育つんです。寒さにも強いし。
だから、こんなバーの中でも平気かなって思って。」
「フーン。あたし植物なんて、ペンペン草ぐらいしか知らないけどな。昔よくむしった
わ!かたっぱしから根こそぎ!あれって音が鳴るのよね!」
こう。ぺんぺんさ。右手を揺らす保田さん。梨華が、生真面目に言った。
「根こそぎって‥。いちおう生き物なんですよ?」
「は?サムいこと言ってんじゃないわよ!あたしはねー、やりたいようにやるの!
弱肉強食!!」
ふふ。
どちらも正しい。そう思いながら、私は微笑ましく見つめていた。
190 :
萌え男。 : 2001/02/17(土) 19:56 ID:NGHlm6NU
本当は2人の意見をもっと詳しく聞いていたかったのだけれど、それに見合う十分な
時間がなかった。
逸れていた話題を私は、本題へ戻した。
「‥それはまあ、ともかく。で、車の件、どうなったんですか?上手く行きそう?」
梨華とにらみ合う格好になっていた保田さんが、ニヤリと笑う。
「全部揃ったから。」
「ほんとう?」
驚いてすぐには言葉が出なかった私の横で、つい今まで顔をしかめていた梨華が、
代わって感嘆の声をあげた。まさか。できるなんて思ってなかった。
「ほんとよ。あー、さんざんっぱら走り回ったわ、この一週間!私の暗躍ぶり、
あんたたちに見せてあげたいくらいジャン!」
保田さんは肩に手を置き、息をついて首をまわした。
おかげで私痩せたわ!そう言いながら。
しかし私はいまだに警戒を解いていない。訝し気に見つめる私をよそに、保田さんは
アタッシュを開けた。
「ほら。これ、車庫証明。で、こっちがウチの契約書。見なさい。」
私と梨華は頭を寄せあい、ペラペラした薄い紙を覗き込んだ。各欄きちんと記入されて
いて、全ては準備を終えているようだった。もちろん、知らない名義ではあったけれど。
他人の名前が記載されたそれら数枚の書類に、私達はしばらく、息をひそめ目を通した。
191 :
萌え男。 : 2001/02/17(土) 19:57 ID:NGHlm6NU
「これが、私達のものなの‥?」
「すごい‥。区役所の判もしっかり押してあるよ。一体、どうやって‥。」
しばらくしたのち、ため息まじりの梨華の言葉につられ、私も口を開いた。
保田さんは上を仰ぎ、得意げに眉を寄せる。
「それは、大変だったわよ。ハジメはね。正直このヤスダさんも、どうしていいか
わかんなかった。けどある日、一冊の本に出会ったのよ‥。」
色を濃くした西日の黄金の光を燦々と受け、遠い目をした保田さんの顔面は激しく
輝いていた。
192 :
萌え男。 : 2001/02/17(土) 19:57 ID:NGHlm6NU
その本は、マニュアル本でね。一時流行ったんだけど、知ってるかしら。自殺とか、
失踪とか、いろいろあるのよ。私はさ、当てもないまま彷徨ってる途中、ブラっと立ち
寄った古本屋でね、なつかしいその本見つけたのよ。
あ、『失踪』の方ね。
そりゃ、そんなモノ即信じる程、ヤスダさん、コドモじゃないわよ?
‥けどさ。もしや?って思って。
本に書いてあるとおりにさーあ?区役所行ってみたのよ!アラやだ!
けどまあ。まさか〜。とかなんとか思いながらよ?
そんな事、できっこないジャーン!とか。思いながら。
そしたらさッ。アンタッ!貰えるじゃないッ!他人の戸籍!
嘘でしょッ?って思ったけど、ついでに、その戸籍で他の書類も申請してみたら、
通っちゃうのよッ、コレが!
びっくり!!
いや〜。ヤスダさんびびった。
成功しといて、こんなこと言うのもアレだけど、さッ!
世の中って、なんていうか。
こんなもんなのね〜。
193 :
萌え男。 : 2001/02/17(土) 19:58 ID:NGHlm6NU
「あ、言っとくケド、車。外にもう停まってっから。」
熱を込め、アツく語った保田さんの話にあてられ、しばし私達は考え込んでいた。
うーん。世の中って、そんなモンなんだろうか。
つい今し方まで、語る自分に酔ってさえいたふうの保田さんはしかし、唐突にそう
言った。本当にケロリとして。
「えっ!?」
突然の事に焦る私達。
カシャッ。
光るストロボ。
いつの間にカメラを手にしていた保田さんが、その瞬間の顔を写真に納めた!
「激写!!」
ファインダーを覗いたままの保田さんが、おかしな口調で言う。
「ひゅ〜いい写真とれたぜえ〜。もらったぜ〜?」
驚愕は既に去っていたのだが、それでも、なんとも言えないままの私に、早々に
背を向ける保田さん。今度は梨華にレンズを向けた。
「はい、リカちゃんストップ。笑って〜。そう、いいよ〜。」
多少ぎこちないものの梨華は、いつも通りの笑みを浮かべてカメラの中に治まった。
その写真は、免許証に使うんだそうだ。どうでもいいけど。
194 :
萌え男。 : 2001/02/17(土) 19:59 ID:NGHlm6NU
「ねえ。」
しばらくして、大切なカメラをケースへしまった保田さんは、何かを考え込むような
顔つきで、私のもとへと近付いた。
「写真撮って気がついたんだけど‥。」
そう言って、私の左腕を掴む。保田さんはそれから、少し離れていた梨華の事も呼んで、
手で招いた。
「コレ、さあ。」
保田さんは両手には、それぞれ、梨華と私の手首が握られている。そこには、同じかたち
の痣があった。手のひらから三分の一くらい、肘へと向かったところ。場所も、ほぼ
同じ。もちろん私達はそれに、とうに気付いていたけれど。
まじまじと見つめる保田さんに私は言った。
「そう、ウチら、同じところにアザがあるんですよ。場所も。おもしろいでしょう?」
すると保田さんは、おもむろに腕をまくる。差し出された手首に、私達は息をのんだ。
「私も、あるのよ‥。」
微妙に形状は違ったけれど、確かに保田さんの左手首にも、同じような痣があった。
場所も近い。どういう事‥?唾液を飲み込む私。梨華も真剣な瞳で、3本の腕を
見比べていた。
「似てる‥。」
「なんていうか、オドロキね‥。」
掠れ気味に漏らした梨華の言葉に、保田さんも頷いた。
195 :
保田記念日 : 2001/02/17(土) 22:56 ID:E9oleUtQ
うむむ!!!
>>178 見逃しててごめんなさい。やろうと思えばすぐできるんだけど、面倒くさくて……。
羊は稼動中のスレも多いし、ちゃんと作者さんたちと意思疎通ができるように準備してからと思ってついのびのびです。スマソ
196 :
名無し娘。 : 2001/02/18(日) 02:09 ID:4EM5p622
さすが。
安易ではないところが逆にリアルで二人の関係をエロく感じさせる。
197 :
名無し娘。 : 2001/02/18(日) 02:34 ID:SzLSZZeY
さいこう・・です。
保田の存在が今後この二人にどう影響していくのだろう・・
などと、思いながら眠りにつこう・・
198 :
名無し娘。 : 2001/02/18(日) 03:01 ID:xIGmbxoA
なんつーか…ヤスに恋をしてしまいそうだ(そっちか)。
色んな意味で注目の女、ヤス。
こんな良質の作品をタダで読めるなんて、
なんて幸せな時代に生まれて来たんだろう。
199 :
アホ学生 : 2001/02/18(日) 03:16 ID:e80QEHe6
吉澤の思考とか石川の瞳の描写とか文章表現がホント綺麗で素晴らしい。
200 :
名無し娘。 : 2001/02/18(日) 14:31 ID:6K8Yclus
今更だけど、飯田・辻編いいです。
最後の飯田のセリフがめちゃくちゃ効いてる。胸がきゅっとこう。
実際に浜辺で辻が打つところで、もうちょっと辻を描写しておくとなおセリフが生きてくるような気もします。
よけいな口だしすまんす。
201 :
名無し娘。 : 2001/02/18(日) 21:24 ID:eB1fAGnA
保田がどう関係してくるのか楽しみ。
ホント面白過ぎです。
202 :
名無し娘。 : 2001/02/21(水) 23:04 ID:d4tOHtXs
ほぜん
203 :
名無し娘。 : 2001/02/23(金) 05:14 ID:fPo2hTxU
わくわく(藁
スバラ。
205 :
名無し娘。 : 2001/02/25(日) 21:49 ID:nNFuuI.M
・・・。
206 :
萌え男。 : 2001/02/26(月) 00:40 ID:Sg13V1uY
都合により今週は休ませていただきます。
もうしわけありません。
207 :
名無し娘。 : 2001/02/26(月) 01:38 ID:5v0g2l5M
残念
ほぜーん
待つわ。
時間かかってでも、いいもの書いてくれる方が嬉しいしさ。
210 :
名無し娘。 : 2001/03/01(木) 04:11 ID:4RPYYreE
来週分を楽しみに待ちます。
ゆっくり頑張って下さい。
211 :
3ー3.4 : 2001/03/03(土) 05:05 ID:cBJmARkc
保田さんが帰った直後、私は矢口さんへ電話を入れた。保田さんの言った通り
で、店の前には注文した4駆がすでに停まっている。暮れなずむ路地の新車は
周囲のくすんだ景色さえも俄に輝かせ、ピカピカに磨かれた車体が先程の痣の
件を、私の頭の隅へと追いやっていた。
「へえ。本当に買ったんだ。」
「ハイ。お金はまだ払ってないんですけど。」
経緯を聞いた矢口さんは驚いていた。しきりに感心する矢口さんに、私は用件
を伝える。
「ひとつ、相談があるんです‥。」
「なに?」
「車、停めておける場所‥、どこかいいトコ知りませんか?」
もちろん私は確信している。矢口さんに頼めば、必ずどこかが見つかるはず。私達
は矢口さんにいつも頼ってばかりいるから、それでも極力遠慮がちに切り出した
つもりだけれど、返って来た矢口さんの口調は随分とあっさりしたものだった。
「あー、じゃあウチに置けば?」
「え。平気なんですか?」
「いいよ別に。」
212 :
萌え男。 : 2001/03/03(土) 05:06 ID:cBJmARkc
受話器をあてたまま、傍らの梨華を私は見た。目配せで駐車場確保の旨を伝えると、
梨華は楽し気に2、3度頷き、白い歯を見せてニッと笑う。
「ヤグチ、今日、用があってそっち行けないんだけど。誰か適当に頼んでクルマ
取りに行ってもらうから。うん大丈夫、ちゃんとした人行かせるよ。連絡入ったら
カギ渡して。」
そんな私達を他所に電話越しの矢口さんはテキパキと話を進めていた。剛胆で気紛れ
なリーダー、そういうイメージを他人にまず抱かせる矢口さんだが、実際は加えて
たいした実務家でもあるのだった。
「わかりました。ありがとうございます。」
「あ、それと。カオリにも連絡しとくよ。けどアイツ本当に教えれんのかよ。って
カンジだけど。あはは。」
213 :
萌え男。 : 2001/03/03(土) 05:08 ID:cBJmARkc
しばらくたった休日。約束した時間の通りに、梨華と私は矢口家を訪れた。私達が
運転を教わる最初の日だった。矢口さんは飯田さんを迎えに行っていて、まだ病院
から帰っていない。
矢口さんの家が立派だという事は周囲から聞いて知ってはいたのだが、留守の間に
通された居間の高級な調度に、梨華はともかく私は、とりあえず姿勢を正した。
すぐに彼女たちは現れた。まず最初に部屋に入って来たのは飯田さん。矢口さんは
その後ろで、控えめに笑っていた。勢いよくドアを開けた飯田さんだけれども、
矢口家の廊下を、当の矢口さんよりも先頭に立って、ずかずか歩いて来たんだろうか。
頼もしい姿を思い浮かべたら、思わず笑みがこぼれてしまった。
「ひさびさ。」
目が合った瞬間、飯田さんはなぜか少しだけ頬をピンク色に染めたのだが、やがて
不器用に片手を上げて、ぶっきらぼうにそう言った。久しぶりに会ったので、いく
らか照れてもいるんだろうか?飯田さんの動作が、よりぎこちないように思えた。
214 :
萌え男。 : 2001/03/03(土) 05:09 ID:cBJmARkc
驚いたことに、飯田さんのスカートの裾には、ひとりの少女が隠れていた。飯田さん
が私達の視線に気付き、少女を前に押し出す。
「このコは辻。」
人見知りするたちなのか。
「こんにちは、辻さん。」
梨華と私が笑顔を向けると少女は顔を真っ赤にして、飯田さんの腰のあたりに再び隠れて
しまった。少女----辻さんはどうやら言葉を話せない様子だ。後から聞いたところによると、
なんでも飯田さんとは病院でベッドを並べる仲らしい。心因性の失語症を患っていて、詳し
い原因などは飯田さんも含め、他の入院仲間の誰も知らないそうだ。
それからしばらくの期間、私達は飯田さんの教習を受けた。
精神の病気。医師にそう烙印を押された飯田さんだった。彼女の運転は思っていたより
ずっと上手く、そして何より楽しそう。週に一度ほどのペースで通算5、6回教えてもら
ったわけだけれども、大声で歌いながら飯田さんはハンドルを握る。そんな彼女を見る度、
私は昔読んだ伝記の、ジャンヌ=ダルクを思い出した。天真爛漫な笑顔でスピードを上げ
続ける飯田さん。自由へと馬を駆った中世の魔女もきっと、こんな姿だったに違いない。
215 :
萌え男。 : 2001/03/03(土) 05:09 ID:cBJmARkc
車の運転に関して、私はいわゆるセンスがあるみたいだった。一日目の練習で、私は
おおむねのコツを掴むことができた。アクセルに載せた足に初めて力を込めた時は、
もちろん恐々としていたのだけれど、私はそれにもすぐに慣れた。
一方の梨華は随分苦戦していた。テニス部の部長を勤めたりして、運動神経などは特に
悪くもないはずなのに、エンストと急発進を無限に繰り返す彼女の運転に、最初はつき
合っていた矢口さんと辻さんだったけれど、30分も経った頃、とうとう体調不良を訴え、
2人は車外に出てしまった。
本当の事を言えば、私も気分が悪くなりかけていたのだが、ハンドルを握って悪戦苦闘する
梨華の真剣な姿がとてもおもしろくて、結局最後まで乗って見ていた。
216 :
萌え男。 : 2001/03/03(土) 05:10 ID:cBJmARkc
「ねえ。今度、どこかに連れていって。」
一ヶ月程経って、公道も遜色なく走れるようになった私にそう言ったのは、その頃既に運転
を諦めていた梨華だ。
「いいよ。免許が来たらね。どこ行きたい?」
「うーん‥、遠いところ。ドライブがしたい。」
車を届けたついでに免許用の写真を激写し、同じ痣を見せつけて帰って行った保田さんから、
以後連絡はない。相変わらずの音信不通ぶりだが、神出鬼没な彼女なのでぼちぼちやって来る
だろう。だいたい支払いがまだ済んでいないのだし、遠からず現れるに決まっている。
「じゃあ、飯田さん達も連れて、みんなで行こうか?」
「うん‥。本当は、ひとみちゃんと2人がいいけど‥。うん。でも、そうしよう?ふふ。
ホントに、お世話になったもんね。」
私の言葉に、少し残念そうな表情を見せた彼女。すぐにおどけて肩をすくめた仕種にかなり
ときめいて、私は彼女の頬にキスした。
217 :
萌え男。 : 2001/03/03(土) 05:11 ID:cBJmARkc
数日後、ついに保田さんから連絡が入った。
「ごきげんよう。ヤスダです。」
非通知の携帯を訝しみつつ出てみると、それは果たして保田さんだった。
「あ、こんにちは‥。」
「来週の中頃に免許証をお届けに伺いますのでその時に支払いの方もどうぞよろしくね。」
低いトーン。そして早口。しかし不思議だった。携帯の番号、保田さんには教えてなかったはず
だけれど‥。書類も偽造だし。
「はい‥、わかりました。‥あのう、保田さん?」
「なんでしょうか。」
「その‥、このケータイの番号、どうして知ってるんでしょうか‥?」
「そんなコト今は問題じゃないわッ!!」
「ひッ。」
私が聞くと、なぜか保田さんの口調が一転した。私は驚いた。
「では。来週お目にかかります。ごきげんよう。」
ドキドキしている私にかまわず電話を切った保田さん。その口調はまた、元の低いトーンに
戻っているのだった。
218 :
萌え男。 : 2001/03/03(土) 05:12 ID:cBJmARkc
海。
失語症の少女が発したその短い言葉を、おそらく私は忘れない。
保田さんに会うまでに、飯田さん矢口さんののちゃんに会う機会があったので、以前
梨華と2人で話していたことを彼女達に伝えたのだ。
「飯田さんが決めて下さい。遠くても平気ですよ。」
私達の誘いに瞳を輝かせた飯田さんは、白く長い腕を組んで真剣に考え始めた。
「んー、カオリはねー。自然のキレイなトコに行きたいんだけどー。うーん‥、
どこがいっかね。」
目をぱちぱちさせつつ長い間決めかねる飯田さん。矢口さんが口を挟んだ。
「ホラ。カオリ。どこでも行けるんだって。いちばん行きたいトコって何処?」
「えー。それはー。一面、超咲いてる花畑だけどー。でもカオリ、どこにあるのか知ら
ないよ。‥そうだ辻!辻が決めな!ねえヨシザワ。辻が行きたい所に連れてってあげて!」
まるで小さい子供みたいに、すっかり顔を上気させた飯田さんは、顔中を笑顔でいっぱいに
して少し興奮気味に叫んだ。
219 :
萌え男。 : 2001/03/03(土) 05:12 ID:cBJmARkc
ドライブ、そう聞いたののたんが、いつになく喜んでいる事はすぐに解った。飯田さんの
腕をずっと掴んでいる手が、相当リキんでいるのが、見てはっきりとわかる。その頃に
なってだいぶ私達にも慣れてきた彼女は、出会った当初に比べ、随分と笑顔を見せてくれる
ようにもなってはいたけれど、それ以上に今日はずっとにこにこと笑っているのだ。
「ののちゃん、どこがいい?」
ののたんの顔を覗きこみ、梨華が笑いかけた。ついさっきまで目をきらきらさせていた
ののたんは今、急に白羽の矢が当たり息を飲み込んでしまっている。皆の視線を知った
彼女は耳までも朱く染め、耐えきれず俯いてしまった。
「ホラ、辻!言ってみな。」とは飯田さん。
「どこでもいいよ。」と私。
「ののちゃん。」と梨華。
矢口さんは微笑んだまま、特に何も言わなかった。
220 :
萌え男。 : 2001/03/03(土) 05:14 ID:cBJmARkc
「え、なに?もう一回!」
顔を上げたののたん。口を動かした直後に梨華が目と口を開ける。どうやら見逃して
しまったようだ。矢口さんの視線も同様、いまだののたんの口から離れてはいない。
飯田さんはすでに視線を逸らし、足下の雑草を見つめていた。頑な口を一文字に結んで、
目が少し赤い。
私にも聞こえた。聞いた事がないはずの、ののの声。
海。
彼女は今、そう言ったんだ。
221 :
名無し娘。 : 2001/03/03(土) 07:39 ID:Bxd9oPzY
海ですか。
「ののたん」?
ののたん?
ノノタム…
ののたん?
225 :
名無し娘。 : 2001/03/06(火) 04:50 ID:na036c/w
レス、ののたんだらけ(藁
次ぐらいで吉澤と石川が気まずくなった原因がわかるのかな?
楽しみにしています。
226 :
萌え男。 : 2001/03/07(水) 08:26 ID:MwAq0eEw
『ののたん』。
中澤‥
鬱‥
227 :
名無し娘。 : 2001/03/08(木) 23:11 ID:VAOhsUQQ
辻をののたんと呼ぶ吉澤萌え。
今日のうたばん見て尚更。
・……ま、鬱だけどさ。
228 :
よし : 2001/03/09(金) 05:32 ID:6JQ4w8vg
すごくいい作品ですね。これを読んで辻がちょっと好きになっちゃいました。
ここまでハマったのは、log0076さん以来初めてです。
これからの展開も楽しみにしていますから頑張ってくださいね♪
229 :
名無し : 2001/03/10(土) 16:44 ID:JL1C84j6
>>228 ここまでハマったのは、log0076さん以来初めてです
ネタ?
230 :
ろんろん : 2001/03/11(日) 18:40 ID:vy3FRjUw
231 :
萌え男。 : 2001/03/12(月) 01:14 ID:mKIqwZ7U
あるけど明日。
232 :
名無しさん : 2001/03/12(月) 02:18 ID:DqkuWXi2
タノシミ
233 :
酪農名無し : 2001/03/12(月) 05:53 ID:PKJ/anVw
マテマス
234 :
名無し娘。 : 2001/03/12(月) 07:20 ID:buohXj7.
やった!更新あるんだ!
待ってます。
236 :
萌え男。 : 2001/03/13(火) 06:02 ID:BjTKjl2k
読んでくれてありがとうございます。
遅くなってすみません。
237 :
3ー3.5 : 2001/03/13(火) 06:04 ID:BjTKjl2k
数日後。午過ぎに鳴った電話で私達は目が覚めた。
「今から行くから。店にいてくんない?」
保田さんだった。仕事を終えベッドに入った時、外はすでに白み始めていたから、
6、7時間は眠ったろうか。シャワーを浴びた私は急いで身支度を済ませ、梨華と
一緒に店に降りた。札束の入ったバッグもまたクローゼットから取り出して、忘れ
ずに持っていった。
今から行く、保田さんはそう言ったが、しかしなかなか現れなかった。通常の出勤
時刻にはまだ随分間があり、私達2人を除いて店内には誰もいない。穏やかに晴れ
た昼下がり、柔らかい日ざしが静かに差し込むフロアは、私と梨華の靴音のせいで
多少の埃が舞い立った。
238 :
萌え男。 : 2001/03/13(火) 06:05 ID:BjTKjl2k
「うーん。やっぱり目が醒めちゃってるみたい。寝れない」
横になっていた身体を勢いをつけて起こすと、向かいの梨華も目を開けていた。
保田さんが来るまでの間、それぞれ一つずつソファを占領し、私達は再び眠ろう
としたのだ。けれど無理矢理起こした頭は思ったよりも冴えていて、期待した
眠気は一向に訪れる気配がない。しばらく目を閉じてみたのだけれども、すぐに
飽きた。
「私も。」
そう呟いた梨華も半身を起こす。私達は顔を見合わせ、ため息をついた。
「遅いよね、保田さん。起こしといてさあ。」
「ほんと。私お腹すいちゃった。何か作ろうかな。ひとみちゃんも食べる?」
「うん。キッチン何か残ってるかな。」
239 :
萌え男。 : 2001/03/13(火) 06:06 ID:BjTKjl2k
厨房の冷蔵庫を開けると、ピーマンとハムがあった。それらを炒めてパンに
挟めば、きっと美味しい。あいにく卵は切れていたが、それはそれでよしと
した。
「べつに簡単だし、私が作るから。ひとみちゃんは座ってていいよ。」
手伝おうと思ったけれど梨華がそう言うので、私は素直に従って再びフロア
に戻った。
ふと目に入ったポトスの鉢。暇だし水でもやろうか。観葉植物を置いたことで
店の空気は果たして良くなったのかどうか、私に実感はなかったけれど、こう
した陽光の元で葉の緑を見るのは、目に確実に心地よい。
通路の物置きからじょうろを持って来て、3分の1程水を満たした。鉢植えの
前にかがんで根元にぱらぱら播いていると、幼い頃の記憶がなつかしく胸に
蘇った。
240 :
萌え男。 : 2001/03/13(火) 06:07 ID:BjTKjl2k
あれは父がまだ、助教授だった頃。他の家と比べると割合帰宅の早かった彼が、
普段よりも遅くなって帰った。
夏の夕暮れ。夕飯の準備はとっくに整っている。空腹のせいで私は、無邪気に
苛立っていた。連絡を入れずに遅くなった父の帰りを、母と2人で待っている。
不機嫌に口を尖らせ、TVアニメを見る私。片手に麦茶のグラス。
風鈴が鳴った。
「もう食べちゃおうか」
時計を見た母が私の頭に手をのせた。と、瞬間、玄関を開ける音が聞こえる。父だ。
私は立ち上がって駆け出した。
241 :
萌え男。 : 2001/03/13(火) 06:08 ID:BjTKjl2k
「遅いよパパー」
「ゴメンな、ひとみ。ただいまっと」
足元に抱きついて、そのまままとわりつく私を、父は優しく抱き上げた。
「悪い、連絡も入れずに」
エプロンで手を拭きつつスリッパを鳴らしながら現れた母は、それでも安堵した表情
で、2言3言軽い文句を言った。
片手で私を抱いたまま、父は廊下を歩く。もう一方の手には鞄ともう一つ、白い
ビニールの袋を共に提げていた。
「ねえ、それなにー?」
父の腕に抱かれ、すっかり機嫌を直した私が指をさした先。一旦目線を落とした父は、
私に再び笑顔を向けた。袋の中。根元を紙で覆った苗木。
「これはお土産だよ。一緒に育てよう」
白いプランターに父が植えかえた小さな木に、次の日から私は夢中になった。おもちゃ
の小さなじょうろで水をあげるのが、毎日とても嬉しくて、朝と晩の2回、それがしば
らくの日課になった。気に入っているあまり私は、隙を伺って時間外にも水やろうとす
るのだけれど、そうするとなぜか、父か母かに必ず見つかる。
「あげ過ぎてもダメなんだよ」
そう諭されて、歯がゆい思いをしていたっけ‥。
ふふふ。懐かしい。
242 :
萌え男。 : 2001/03/13(火) 06:08 ID:BjTKjl2k
「何ひとりで笑ってんのよ、気味悪いわね!」
突然かかった声に振り向くと、保田さんが立っていた。鉢の前にしゃがみ込んだ
私の背中を見下ろし、歯を見せて笑っている。悔しいが私は驚いて、そのまま尻
もちをついてしまった。
この女いつの間に‥!知らない間に背後を取られていたことに私は憤りを覚えたが、
おののきのあまり言葉がでない。
「や、や、保田さんこそ何ですか!気味悪いのはそっちですよ!」
震える声でそれだけ言うのが精一杯だった。下から仰ぐ格好になった保田さんの
表情は、言い知れぬ迫力に満ち溢れている。
「フん!」
しばらく私の瞳をじっと見つめたあと、おもむろに保田さんはそう言った。なんとも
不敵な表情を浮かべ、そのままプイと踵を返した。
243 :
萌え男。 : 2001/03/13(火) 06:09 ID:BjTKjl2k
ソファに腰掛けた保田さんは無言でアタッシュを開く。私も落ち着きを取り戻した。
立ち上がって正面に座る。
「石川は?」
保田さんが聞いた。
「キッチンでサンドイッチを作ってます。急いで店に来たから、私たち何も食べて
ないんです。」
「ふーん」
うってかわってサッパリとした口調。少し、怒りがこみあげた。
「だいたい遅いですよ!『今から行く』って言ったくせに!」
「ああ。ごめんごめん。なんていうかこう、ちょっとした抗争に巻き込まれてね。」
語調を荒くした私をなだめるように、保田さんは片手をかざした。表情があくまでも
得意げだ。
「ハァ?抗争?」
「そう、犬がさあ。」
244 :
萌え男。 : 2001/03/13(火) 06:10 ID:BjTKjl2k
つまるところこの先の埋め立て地で、2匹の野良犬が1匹の雌をめぐってケンカをして
いたらしい。偶然通りかかった保田さんは放っておくことができず、そこへ仲裁に入った
という。見れば保田さんのスーツの裾にはかすかに土がついていた。
「犬の‥、ですか‥?」
「そうよッ?大変だったわよッ」
真剣な様子でため息をつく保田さん。武勇伝に逞しくも鼻を広げる。
「その2匹があんまり聞かないからさッ、もう、私、噛んでやったッ!」
ソファに座る自身の外腿を、顔を顰めた保田さんは激しく叩いた。
「そしたら!そいつら仲間なんて呼びやがって!そっから小一時間、野犬の大群と!もう、
ガチの睨み合いよッ!」
245 :
萌え男。 : 2001/03/13(火) 06:12 ID:BjTKjl2k
そんな保田さんをよそに、私は話題を変えた。
「支払いは、キャッシュでいいんですよね。」
「そうよ。その方があんたたちもなにかと楽でショ。」
保田さんは何度か首をまわしたのち、がさがさとアタッシュを探った。封筒をひとつ取り
出して、テーブルの上にひらりと置く。
「はい、コレ。こっちも全部渡したわよ。」
なかば放り出すように置かれた茶封筒には、2人分の免許証が入っていた。
「あ、どうも。いろいろと本当にありがとうございました」
割と本心からそう言った私は、あらかじめ示されていた金額を揃え、保田さんへ
押し出した。確認する保田さん。私は免許証に目を通した。
「ちょっ‥!コレ!ヤバくないですか写真!」
「あー、それ。ほんとにブサイクよね」
大声を出した私に、保田さんも顔を上げる。札を鞄にしまう途中だった。
驚いたひょうしに撮られた、例の私の写真。それは予想以上にイケてなかった。
ポカンと開いた口、微妙に膨らんだ小鼻。目など半目だ。
「てゆうか、いいんですかこんな写真?免許ってちゃんと写ってなきゃいけないんじゃ
ないの?」
動揺する私。保田さんは余裕だ。
「平気よそのくらい!むしろイケイケよ!」
「ほんとうですか?」
取りあえず頷いたけれど、運転する際には細心の注意を払わないといけない、私は激しく
そう思った。
246 :
萌え男。 : 2001/03/13(火) 06:19 ID:ZcTgvsHE
「保田さん。来てたんですね。気がつかなかった」
調理を終え、梨華がやってきた。手に持ったトレイにミルクとサンドイッチを載せている。
振り返った保田さんはニッコリと微笑んだ。
「元気、石川?なによソレ、おいしそうじゃん」
「あ。よかったら食べます?けっこう多めに作ったんです」
梨華がトレイを置いた。保田さん用に私はもう一つのグラスを取りに、カウンターへと
席を立った。
「できれば私、コーヒーがいいんだけど。」
保田さんがそう言うので、カウンターで湯を沸かした。ソファに座った保田さんは、出来
あがった免許証を、梨華にも見せている様子だ。楽しげに、いくらか高くなった梨華の声が、
私にも聞こえた。
「アハ。私、やっぱり黒いですよねー。美白しようー。」
「待ちなさいよ!アンタなんてぜんぜんイケてんじゃん!吉澤の写真見てからでも遅くな
いわよ!ホラ」
その言葉に反応し、私は敏感に顔を上げる。同時に、深く反省した。免許証をすぐにしまっ
ておくべきだった。
「どうよコレ?ヤバくない?」
「ヤバい‥。強れつ‥。」
そう言って、ケタケタと笑う2人。いれたてのコーヒーをこぼさないように、精一杯の注意
をしながら、私は早足でソファへ戻る。
「うるさいなあ。見ないで」
ふてくされてみせると、2人はますます笑った。案の定のスマイル、梨華の免許証、彼女が
自分だけ可愛く写っていたことは、私が言うまでもない。
247 :
萌え男。 : 2001/03/13(火) 06:20 ID:ZcTgvsHE
「はー。食べたわ。ごちそうさま。」
ひとしきり笑ったのちに先に食事を終えた保田さんは、コーヒーを飲んで息をついた。
私達は本当にお腹が空いていたから、保田さんよりも多く食べ、その分時間も長くかか
った。
「なんだかアンタたちよく食べるわね。微笑ましいわよ!」
しばらくの間、ニッと笑いながら私達を眺めていた保田さんだったが、やがて大きく息
を吸い込み、両手を上げて身体を伸ばす。
「あー、売れた売れた!」
ミルクに手を伸ばしながら私は保田さんを見た。ほおばったパンのせいで、口は開く
ことができない。
「初めて売れたの。言ったわよね?あー。気分イーいなー。」
頷いたりしている私の横で、梨華が微笑んだ。
「保田さんにはいろいろして頂いて‥。本当に、ありがとうございました。」
「何言ってるのよ!アンタ達のおかげよ!さしずめ、今日は記念日ってトコねッ!
ありがとう!感謝しているわよッ!」
保田さんの言葉に、左右に首を揃って振った私達。そんな様子を見た保田さんは目をカっ
と見開いて笑った。その後、ひと呼吸置いたのち、妙に真摯な瞳になる。
「いいモノ‥、見せてあげようか。アンタ達いいコだから。」
その頃になってようやく食べ終えた私は聞いた。
「え?いいモノって?‥なんですか?」
食後、肺から持ち上がる空気をなんとか抑えつつ保田さんに注目する。
「それは、おたのしみ。でも、なかなかスゴいわよコレ。2人には特別にやってあげる!」
「なに?」
不思議そうに呟いた梨華。私達は思わず互いに顔を見合った。
248 :
萌え男。 : 2001/03/13(火) 06:21 ID:ZcTgvsHE
構わずに立ち上がった保田さんはテーブルを回って、私達の正面に立った。そんな彼女
をただ見守るばかりの私達。背中をかがめた保田さんは意味ありげな顔をして、私達を
覗き込んだ。突然の挙動。とまどう私と梨華。
保田さんは言った。
「深く腰掛けて。‥そう、楽に。」
やけに静かな口調によって私達は逆に気圧され、言葉をついのみ込んで、保田さん
に従った。そんな様子を確認した保田さんは、続いて、私達の手をとる。右に梨華
の手、左には私の手をそれぞれ握った。事態がつかめないうちに急変した、その厳か
ですらある空気に、私達は息を詰めた。
249 :
萌え男。 : 2001/03/13(火) 06:22 ID:ZcTgvsHE
「コレを見て。」
顔の下に右の手を持っていくと、保田さんは人さし指を立て、アゴのホクロを指
差した。梨華の手は、握られたままだ。
「え‥、ホクロ‥?」
「そうよ。」
吐息にも似た私の言葉に答え、上げていた右手を保田さんは戻す。
一体ナニ‥?からかってるんだろうか。
「集中して。良く見なさい。」
私の動揺を見透かしたように保田さんが言った。静謐さを増す口調。抗いがたい雰
囲気をひしひしと感じ、言われた通りにホクロを見つめる。動悸が速まって行くの
がはっきりとわかった。突然、保田さんが叫ぶ。
「深呼吸して!逝くわよ!」
「あっ!」
梨華が小さく息をのんだ。
ホクロが‥!動いた‥、今!?
瞬間、波にさらわれる感覚と共に、周囲の景色が暗闇へ変わった。
250 :
萌え男。 : 2001/03/13(火) 06:22 ID:ZcTgvsHE
気がつくと私は、薄明るい無の中にいた。黄を帯びた灰色。なまぬるい空気だけが
XにもYにも、永遠に、ひたすら伸びてゆく空間。否、空間という表現すら正しいの
かどうか、それさえも解らない。
俄に不安が襲った。一生懸命に目を凝らしたが2人の姿はおろか、他のいかなる物体
が、何も像も結ばない。
「ここ‥、なに‥?」
そもそも目を開けているのか、それ自体定かではなかった。怖い。
「りかっち!保田さーん!」
夢中で叫んだ。それが声となって果たして発せられているのか。そういう判断なども
同様につかなかった。
(うっさいわね。いるわよ!!)
私の予想に反し、案外近いところから保田さんの声が聞こえた。耳の裏側、声よりは
むしろ、意志というべきなのか。
「キャッ、保田さあん!」
(うるさいっつってんの!響くのよアンタの声。叫んじゃって小心ね!)
やっぱり意志が、直接届くみたいだ。気がつけば私の体も消えている。が、かすかな
感覚は残っていた。外界とのボーダーは、とても曖昧だったけれど。
251 :
萌え男。 : 2001/03/13(火) 06:23 ID:ZcTgvsHE
「あれ?りかっちは?」
保田さんの声が聞こえて急に安堵した私は、さっさと平静を取り戻し、梨華の所在を尋
ねた。
(さあ。そこら辺にいるわよ)
保田さんはこともなげに答える。するといつもの声が聞こえ、手を繋ぐイメージが私の
中枢を駆け巡った。
「ひとみちゃん。ここ‥。」
「あ、コレ、りかっちの手‥?」
「うん‥、たぶん。」
突然上がる保田さんの嬌声。
(ええ!アンタ達、こんなトコで手なんて繋げんの!?だって何も見えないでしょ!?)
「でも、手を伸ばしたら、ソコにありました‥。」
ぽつりと答える梨華。
(スゴイわよ!よっぽど深い繋がりがあるのね!)
そんなやりとりを聞いて、得意になる気持ちを私は抑えきれない。
やっぱり私たちって素敵ね。
愛しあっているのだから、当然と考えた。
252 :
萌え男。 : 2001/03/13(火) 06:24 ID:ZcTgvsHE
「で?ここ、なんなんですか?」
(知らない!!)
梨華と手を繋いで、気が大きくなった私。あろうことか保田さんは、きっぱり言い放った。
このアマ‥!そう思ったけれど、やはり落ち着かなければいけない。それでも語気には隠し
難い険が、強く現れてしまった。
「知らないって!困りますよ!こんなトコに連れて来てッ!」
(あー、知らないってゆうかー。ここがなんなのか、ワタシにもわかんないのよ。けど何回
も来たことあるよ?)
「どういう事ですか?」
憤慨する私に変わり、今度は梨華が尋ねる。
(なんかー、私。過去に行けんの!人も連れて来れるし!だからアンタ達にも見せて
やろうと思っただけよ!文句ある!!)
ハァ?過去?およそ信じられない話だった。からかうにも程があると思った。
「有り得ませんよそんな事ッ!早く元に戻して下さい!どんなトリック使ってんだッ!」
(信じる信じないはアンタ達の自由だわ。)
飄々然な態度をあくまでも崩さない保田さん。とうとう、私の怒髪は天をついた。
「このやろうッ!」
253 :
萌え男。 : 2001/03/13(火) 06:24 ID:ZcTgvsHE
激昂する私と、梨華の繋いだ手。ギュッと、瞬間、力が込められた。すっと息を吸って、
梨華が呟いた言葉。
「保田さん‥。」
(何?)
「私‥、お母さんに会いたい。」
「!」
梨華は真剣だった。握られた手からそう感じた。
(いいわよ。)
「ほんとう?本当に会えるの‥!」
(実際に、会う事はできない。ただ見るだけ。)
梨華はゆっくりと、そして深く頷いた。
「‥それでもいい。」
(オーケー。で、吉澤。アンタはどうすんの?)
梨華の気持ちを考え、私の胸が張り裂けそうになった事は事実だ。けれど今さら。
素直にうんと言えない。梨華には気の毒だと思うけれど、私はそんな話、やっぱり
認めない。超常現象とか、非科学的な話は大嫌いだ。
「でもたぶん嘘だよ。」
精一杯冷たく言った私。寂し気に笑う梨華。
「それでも‥、いいよ。」
そんな物を信じてまで、母親に会いたいと梨華は願う。なんだか痛々しくて、梨華の
見えない姿から、私はそれでも必死に目を背けた。
254 :
萌え男。 : 2001/03/13(火) 06:25 ID:ZcTgvsHE
ゆるゆると空気が動いた気がした。
あるいは実際気のせいなのかも知れない。
やがて虚無以外の、何もなかった空間に、自然と目の焦点が合わされていった。先程
から梨華は言葉を発さなくなった。靄状のものが幽かに出始めた一角。瞬きもせずに
見つめ梨華は、淡い期待を抱いて記憶を懸命に辿っているのか。
「なんだか胸がざわざわするよ‥。」
そのまま梨華が、遠くへ行ってしまいそうだ。私は不安のあまり話し掛けたけれど、
返事のない指先から、興奮した彼女の心理状態だけが、振動となって伝わるばかり
だった。
意味をなしていなかった靄が、やがてなんらかを形成し始め、それらが合わさって
物体を象ってゆく。見る間に現れた広い庭。見覚えがあるけれど、矢口さんの家と
は明らかに違う。私は舌打ちした。石川家だ。
いつの間にか私達は古風に手入れのされた、庭の中へと入り込んでいた。私の記憶
よりもやや古びていない屋敷。特別大きな柘榴の陰に、私達は身を寄せていた。気
がつけば私達の体はもう透明でなくなっていたが、なぜか保田さんだけは相変わら
ず見えない。すると、軒先に佇む若い女性が見えた。少し距離はあったが、梨華の
母であると私にはすぐ解った。似ていた。
255 :
萌え男。 : 2001/03/13(火) 06:26 ID:ZcTgvsHE
「ママ‥」
夢見るような口調だった。ふらふらと歩き出そうとする。
(出て行っちゃだめ。)
厳しい口調で保田さんが言った。母親の足元には、幼児がしゃがみこんでいて、地面
に小石で、絵を描いている。赤い服を着た梨華。
(あれはアナタよ。気付かれたらいけないの。)
聞こえていないのか、梨華はそれでも近寄ろうとした。私は必死に彼女を抑え付けた。
「嫌‥。離して‥。」
うつろに呟く梨華。恐ろしい程の力。懸命に抱き止める私の手の甲に、温かな水滴が
ぽたぽたと落ちる。たまらず叫んだ。
「もうやめて下さい‥!」
相変わらず姿の見えない保田さんに、私がそう願った時だ。
「その子が、梨華なのか‥?」
若い男性の張りのある声。ふいに強い違和感を感じ、私は顔をあげた。木の陰が邪魔して、
男の顔は見えない。
サンダルを履いた梨華の母親は、男に声をかけられ、文字通り凍り付いていた。様子から
して男は、私達が埋めた父親ではない。前進をやめた梨華は背筋を強張らせ、黙ってただ
見つめていた。先程から私の心臓は、激しい動悸を繰り返している。
256 :
萌え男。 : 2001/03/13(火) 06:28 ID:PcXgDmtg
「一度だけ、俺にも‥抱かせては貰えないだろうか‥。」
やはり‥!聞き覚えのある声!
「お願い、さや造(仮名)さん‥。帰って下さい!」
「俺の子でもあるんだ‥!なつみ(同上)ッ‥!」
泣き濡れて首を振る梨華の母親へ、男が大きく一歩踏み出た。顔が見えた。
神様。
「パパ‥。」
口に出さなければ良かったと思う。私だけの胸に秘めていれば、何も起こらなかった
かも知れないのだ。
けれど。
ことのほか大きな声で私は呟いてしまった。
吉澤さや造。彼を知っている。
不用意な私の言葉で、驚愕に見開かれた梨華の瞳。
ぶつかった視線を最後に、あたりは再び闇に戻った。
・・・!!
258 :
名無し娘。 : 2001/03/13(火) 11:45 ID:5SXeB1k6
えぇーーー!!まじっすか!?
なんなんだこの展開は・・・
シアターすごすぎるよ、これは・・・
260 :
名無し娘。 : 2001/03/13(火) 22:03 ID:0axDidDo
突然、凄い展開になってますね・・・。
でも楽しみ。
261 :
黄板 : 2001/03/13(火) 22:13 ID:rnJMmEiw
保田記念日…?
262 :
名無し娘。 : 2001/03/13(火) 23:22 ID:7idNMWJQ
マイノリティー三重苦女がふたり…。
ふむむむ。。。
263 :
名無し募集中。。。 : 2001/03/14(水) 00:48 ID:V9RugDO2
加護は出ますか?。
1章で石川が吉澤の家に行った時に吉澤の母親が変な反応してた時点で
俺は二人が腹違いの姉妹かもって予想できたぜ。たくさんヒントあったからみんな気づいてた?
265 :
名無し娘。 : 2001/03/14(水) 01:15 ID:SNmODowE
神様・・
266 :
名無し娘。 : 2001/03/14(水) 02:06 ID:rAjjnzFM
どこまでいくんだ、この物語は。
しかし(仮名)・・・
267 :
名無し娘。 : 2001/03/14(水) 03:42 ID:pvnfm.XI
さや造か、ぷぷぷ,ええわー。あんたおもろい。がんばって。
ちょっと昼ドラくさいけどな。
268 :
名無し : 2001/03/14(水) 22:37 ID:W3hnozcM
>>267 昼の1時半から8CHでやってる東海テレビ制作のやつね
途中から荒らしかと思ったよ、くそう(w
シアター最高。萌え男。最高。
270 :
名無し娘。 : 2001/03/14(水) 23:49 ID:rOBvIiFM
保田がいいね。噛み付くなよ(W
同じところに痣があるってことは・・・まさかね・・・
271 :
名無し娘。 : 2001/03/14(水) 23:50 ID:rOBvIiFM
スマン。あげてしまった。
272 :
名無し娘。 : 2001/03/15(木) 06:17 ID:hEQDOP4Q
ある意味いちなちだね(w
>>264 全然気付かなかったよ。言われて読み返したらそうだった
この話しはマジで凄い。
2ちゃんでこんなにハマッタ話しはシアター以外にないよ
萌え男マンセー
274 :
名無し娘。 : 2001/03/17(土) 04:07 ID:ZNuCfLTs
249辺りに森博嗣を感じた(マイナーか)
ほんと面白かった。凄いね、萌え男。次に期待してマターリ待ってる。
275 :
名無し娘。 : 2001/03/17(土) 04:09 ID:ZNuCfLTs
スマン、あげてしまった、申し訳ない。
276 :
名無し娘。 : 2001/03/18(日) 22:19 ID:TUJ6Wb5U
待てねぇ・・
いつもいつも、続きを想像しては想像以上のものが書かれてて・・
期待なんて言葉は重荷なってうざいかもしれないけど、やっぱ期待しちゃう。
続きがみてぇ!
277 :
萌え男。 : 2001/03/18(日) 22:35 ID:YyxukL3s
読んでくれている皆様、いつもありがとうございます。
278 :
3-3.6 : 2001/03/18(日) 22:37 ID:YyxukL3s
時間旅行、サイコキネシス、地底の王国。我ら科学の子、そんなものに
今さら惑わされやしない。月の裏側に潜む敵艦隊の群れなんて、今さら
どこを探したっているはずないんだ。
そういう世界から私は少なくとも、とっくにさよならしたはずだった。
一方的に連れて行かれた、およそ信じ難い空間。目にした光景。信じる
信じないは自由。そう保田さんは言った。出来ることならば頭ごなしに
否定して、笑い飛ばしてしまいたかったけれど。普段の私であれば、
必ずそうするはずだけれど。
では、いつかの母の動揺ぶりは?手首にある同じ痣は?草花を愛した梨華
の母親は?植物学者の私の父は?
偶然か、それとも、必然か。
思い返してみれば、あまりにも辻褄が合うのだった。
279 :
萌え男。 : 2001/03/18(日) 22:38 ID:YyxukL3s
気がつけば私は、再びソファに座っていた。ひどく動揺した保田さんは
私が目を開けたとたん、気まずそうに視線を逸らしたのだが、私は何も
言わず、横に座る梨華を見た。手を繋いだままの梨華は、未だ戻って来
ない。
あまりにも静かで、本当に息なんてしてるんだろうか?そんな私の不安
がぎりぎりまで高まったところで、梨華はようやく目を覚ました。瞳を
開けた彼女は、私と目が合った瞬間、繋いでいた手を反射的に離した。
「な、なんか、凄いモノ見ちゃったけど‥。その‥、あんまり‥、
き、気にしない方がいいわよ‥。」
張り詰めた空気に耐えられなくなった保田さんは、
「鬱だ氏のう‥」
そういう呟きをひとつ残して済まなそうに帰っていったのだが、私の中
では、保田さんを責める気持ちなど、とっくに萎えてしまっていた。彼女
に責任を押し付けたところで、事態はもはや、好転など決してしないのだから。
やがて2人きりになった私達は、しばらくの間、言葉を探し続けていた。けれ
ど、良い台詞は見つからないまま、梨華は私に背を向けてしまった。彼女のピン
と伸ばした繊細な背中に、私は手を触れようとしたのだけれども、華奢な肩の
張り詰めた脆さに、伸ばしかけた手が行き場を失った。
280 :
萌え男。 : 2001/03/18(日) 22:39 ID:YyxukL3s
「まさか信じてるなんて事ないよね。」
仕事を終え部屋に戻るなり、私は梨華に言った。ひどく動揺する内心を彼女に
悟られないために、わざと傲慢な声を出した。
梨華は仕事中、ずっと私を避けていた。他の従業員の手前、私とも一応は言葉を
交わす。それなりに笑顔もつくってはいる。けれど、決定的に違う。決して視線
を合わせないのだ。
「あんなの、嘘に決まってるよ。」
用心深い私はもう一度、念を押すように繰り返した。そうであって欲しい。それ
は同時に、ともすればくじけてしまいそうな、自分への鼓舞でもあった。
沈痛なおももちで梨華はソファに腰掛け、口を開こうとしない。苛立った
私はつかつかと歩み寄り、彼女へと詰め寄ったが、横に私が座った瞬間、
まるで梨華は怯えてでもいるかのように、立ち上がって、窓辺へ逃げてし
まった。
281 :
萌え男。 : 2001/03/18(日) 22:40 ID:YyxukL3s
何も言わずに避けるだけ。そんな梨華に腹立たしさを覚えた。私はただ、
賛同の言葉が欲しいだけ。本当でも嘘でも今さら関係ないわ、とか、そん
なふうな言葉が欲しいだけなのに。
「まやかしだよ!なんで逃げんのッ!?」
激昂した私は立ち上がって、梨華の後を追った。
「嘘に決まってる!証拠なんてないじゃん!あんなもの信じてるの?どうか
してるよ!」
支離滅裂なのはわかっていた。けれど、止まらなかった。部屋の隅に梨華を
追い詰め、早口でまくし立てた。依然梨華は視線を反らし続ける。苛立ちが
焦燥に変わり、不安のあまり私は彼女の肩をつかんだ。
「ねえ‥っ!!りかっち!!」
少し目眩がした。頭に血が昇ったからだ。力まかせに梨華を、ガクガクと
揺さぶった。望む返答が得られない。涙が出そうだ。
「いいかげん見なよ!私の目!!」
282 :
萌え男。 : 2001/03/18(日) 22:41 ID:YyxukL3s
なかば祈るようにして心から叫んだ私を、彼女はようやく視界に入れてくれた。
苦悩の混じった自虐的な笑みを、薄く浮かべる梨華。永遠にも感じられたほんの
一瞬を私は呼吸さえ忘れて待った。
「私‥、もう。何がなんだか‥。少し、時間をちょうだい。」
絶望的。すがりつく私に、まるで同情でもするような、梨華の弱い瞳。少なく
とも私にはそう見えた。曖昧に頭を振ったのち、一言ずつ梨華は呟く。
「もしかしたら、ひとみちゃんは‥、たったひとりの、妹かも知れないんだもん‥。
どうしたらいいのか‥、わかんないよ。‥私ね、一人っ子じゃない?‥兄弟って
ずっと、憧れていたの。」
息が苦しくなった。姉妹だとしたら、私達の関係は、これからどうなる‥?
今までみたいに梨華は、私を見てくれるんだろうか?それとも恋人では、なく
なってしまうの?
283 :
萌え男。 : 2001/03/18(日) 22:41 ID:YyxukL3s
「やだよ!そんなの‥ッ!!」
脇にあったベッドに私は梨華を力ずくで抱きすくめ、そのまま押し倒した。
「ちょ‥っ、やめ‥て!」
「ねえ、エッチしよう今ならあたし出来る。しようよ」
一方的に言って、梨華の服を無理矢理たくし上げた。梨華は激しく抵抗した。
「イ‥ヤッ‥!時間が欲しい‥て、言ってるでしょ‥!‥ッ離して!」
梨華は渾身の力を込めて私を押し退けようとしたが、その突っ張った腕を、更に
私が、強いちからで押さえ付けた。
「やめて、‥よッ!」
荒くなった呼吸と共に吐き出された梨華の言葉に、もう私は答えなかった。
もがく体に全体重をかけてのしかかって、無我夢中に唇を奪った私は、彼女が息を
吸い込むその一瞬の隙をついて、口腔に侵入した。そのまま蹂躙をし続けている
うち、いつしか梨華は抵抗をやめた。
284 :
萌え男。 : 2001/03/18(日) 22:43 ID:YyxukL3s
やがて唇を離すと、梨華の咽が鳴った。梨華の頬に涙が伝っていることは、キスの
最中目を閉じていた私にもわかっていたのだが、無視した。彼女が泣いていたとこ
ろで、別にどうでも良いとさえ思った。
おとなしくなった梨華の服を本格的に脱がそうと、顔を上げた私の視界に、それを
遥かに凌ぐ衝撃映像が待ち受けていた。
凍り付いた私は即座に醒め、自分の愚かさに胸が悪くなった。見開かれてはいる
けれど、何も映さない梨華の瞳。
「ゴメン‥。」
私は呟いた。果たして許されるべきか。梨華は無機質な声で言った。
あの男と、どこが違うっていうのよ‥。
ベッドの脇には小さなテーブルがあるのだけれど。小振りのナイトランプの他に、大き
なガラスの灰皿がひとつ。指輪とか、ピアスとか、こまごましたものを入れる為に使っ
ていた。
ベッド下にだらりと垂らされた細い腕の先に、その決して軽くなどない鈍器がしっかり
と握られていた。
それは、私に向かって振り下ろされはしなかったけれど。
梨華はそれでも、許してくれていたのだけれど。
ほどこしようのないばか者。
殺されていた方が、よっぽど救われたろうに。
あの・・・胸が苦しいんですけど・・・
こんな切ない話がありますか?
286 :
名無し娘。 : 2001/03/18(日) 23:50 ID:xmQvNeuw
あぁ・・・なんてこった・・・
しかし保田さんよぉ「鬱だ氏のう‥」って(W
287 :
名無し娘。 : 2001/03/19(月) 02:06 ID:vpA0Zdps
また長い一週間が始まるな・・
つーか、りかっち・・ひどいじゃないか・・
288 :
名無し娘。 : 2001/03/19(月) 02:21 ID:AfFd4DgE
最近一週間がめっちゃ長いねん!!
シアターぐらいおもろい小説はないんか!!(モ板に)
289 :
名無し娘。 : 2001/03/20(火) 19:19 ID:60n5Bux2
かおり早く出てきてくれ。
この最悪な状況を早く壊して・・・・
290 :
名無し娘。 : 2001/03/21(水) 00:13 ID:l1q2aQAY
291 :
名無し娘。 : 2001/03/21(水) 08:52 ID:TVRo5GNE
おもしろいのぅ。
logなみかそれ以上かのぅ。
292 :
名無し娘。 : 2001/03/21(水) 09:53 ID:SqDFyOpA
>>291 sageで逝こうよ(w
昔から見てたよ、この小説だけは。
萌え男よ、頑張ってくれ。
293 :
名無し娘。 : 2001/03/21(水) 14:15 ID:jDKskhkE
この小説はすごすぎる。
あ〜、今の俺の感動を伝える文才が欲しい。
作者さん、頑張ってください。毎回更新が楽しみです。
294 :
名無し娘。 : 2001/03/22(木) 01:00 ID:O7VOIIj.
切ない、切なすぎる。
完全に感情移入した。
吉澤に。
295 :
名無し娘。 : 2001/03/22(木) 22:45 ID:nWZwnof6
切ないねぇ・・・。
何か胸が痛いよ。
次の更新が待ち遠しくてなりません。
ホゼム…
297 :
名無し娘。 : 2001/03/23(金) 22:45 ID:ppgW4CwY
保全さげ
298 :
名無し娘。 : 2001/03/24(土) 06:31 ID:bgb14O5w
「欝だ氏のう…」で死ぬほど笑った。
おかげで、その後のシーンを読むのが死ぬほど辛かった。
何度も言うようだが、萌え男。マンセー。
299 :
名無し娘。 : 2001/03/26(月) 02:16 ID:V5nKNJLg
更新楽しみ。
300 :
名無し娘。 : 2001/03/26(月) 09:52 ID:2SQnp.22
まだかなー
301 :
名無し娘。 : 2001/03/26(月) 19:23 ID:PBTsWeBo
ガンバ!萌え男
302 :
3ー3.7 : 2001/03/26(月) 21:18 ID:rxks7t.k
憔悴した私はよろめきながら立ち上がった。フラフラと、おぼつかない足で
後退ると、梨華の手から灰皿が落ち、ゴトリと床が硬い音を立てた。
無造作に転がったガラスの灰皿。周囲には、ばらまかれたアクセサリの類が、
薄暗い部屋で鈍く光っていた。梨華は仰向けに横たわったまま、うつろに瞳を
見開き、時折ぶつぶつと何事かを呟いている。こめかみに伝う涙など拭おう
ともしない。
私はただ跪き、床に散らばったピアスやらを、両手で、すくうようにして集めた。
アゴが床を擦るくらい上体を落とし、まるで這いつくばりでもするように無心に
手を動かした。
一度手に入れた、少なくともそう思っていた梨華の気持ちを、焦燥に駆られた私は
自ら手放してしまった。涙なんてもう出なかった。
圧倒的な喪失感。
そこから来る放心だけが、私を支配していた。
303 :
萌え男。 : 2001/03/26(月) 21:19 ID:rxks7t.k
部屋の一つしかないベッドではなく、私はソファに横たわり、クローゼットから
取り出した一枚の毛布を、妙に冷えた体にかけた。ソファは2人掛けだったけれど、
女子にしては身長のある私が、自由に手足を伸ばせる程大きいわけでもなかった。
背中を丸めた姿勢はかなり窮屈だったけれど、それでも良いと思った。あんな事を
しでかして尚、梨華の脇で眠れる程、私は強いわけではないから。
梨華と離れて休むことで、物理的な距離を置いた。が、そうしたところで安眠など、
簡単には訪れない。
体はひどく疲弊しているのに、なんだか、ぐちゃぐちゃに絡まった神経が眠ること
を許さなかった。体の向きを何度も変えた結果、快適な体勢などは無いことだけが
解った。途方に暮れた私がごわごわした毛布を頭の上まで持ち上げた時、太陽は既に
随分高くなっていた。
304 :
萌え男。 : 2001/03/26(月) 21:20 ID:rxks7t.k
梨華は以前の彼女に戻った。
単に私が忘れていただけだ。
梨華にとっては単純な、規定通りのパターン。
ピピピピ/ピピピピ
神経に障る目覚ましの不快なアラームの音で、浅く不確かな微睡みから再び呼び
戻された時、梨華が寝ていたはずのベッドに、彼女の姿はなかった。ほとんど眠れ
なかったせいでズキズキと頭が痛む。朦朧とする意識の中で、瞳を巡せてみると、
ベッドのシーツの角が綺麗に揃えられていた。
更に耳を澄ましてみても彼女の気配はなかったのだが、私はべつだん驚かなかった。
先に仕事に行ったのだろう。そう思ったからだ。
私が目を覚ます前に、梨華のいれたコーヒーが、キッチンのコーヒーメーカーに
温かいままで残っていた。梨華との対面が多少なりとも延期された事によって、私は
安堵し、目を開けた瞬間から続いていた動悸が少しだけマシになった。
私は冷蔵庫から、茹でておいた卵とそしてバナナを2本取り出して、コーヒーと共に
食した。食欲がなく、胃も、相当ムカついていたけれども黙々と、我慢して詰め込んだ。
ましてや寝ていないし。食べなければ力がでないのだ人間は。
梨華は、何か食べただろうか?
305 :
萌え男。 : 2001/03/26(月) 21:21 ID:rxks7t.k
予想に反し梨華は普通だった。と、いうよりもむしろ、それが梨華の普通。
そう言い換えるべきか。
「おはよう。」
思った通り彼女は先にバーへ来ていた。張り詰めた、ある種ドラマチックな対面を想像
して、緊張していた私を裏切り、梨華はいつも通りの、どこか淋しげな、けれど眩しい
微笑みを、これまた、いつものように浮かべていた。まるで昨日の事など、全部忘れて
しまったように。
「‥あ、‥うん。先に来てた、んだね今日は‥。」
戸惑った私の答えは、ひどく曖昧で、おかしなものになってしまった。
306 :
萌え男。 : 2001/03/26(月) 21:22 ID:rxks7t.k
「ひとみちゃん。2番のテーブル、ドリンクおかわりだって。」
仕事中梨華は本当に、普段どおりに振る舞った。何も知らない他人、例えばくだんの
バーテンダーなどからすると、むしろ、普段よりも明るく映っているんだろう。
「石川。なんか、機嫌がいいねぇ。かわいいよ今日すごく。」
その証拠に彼は、ニコニコと微笑んでレジスターに座る彼女に、そう声を掛け
ていた。
「えー。そう見えますかー?」
一見無邪気に顎を上げて、軽く、可愛らしく返す梨華。あしらっている。
最初こそその真意を計りかねた私だけれど、それ程時間もかける事なく、やがて理解する
ことができた。清潔感があって、誰からも好かれる特有の笑顔。やや憂いを含んで、それ
が逆に、見る者を惹き付けずにいない瞳。
307 :
萌え男。 : 2001/03/26(月) 21:23 ID:rxks7t.k
私にはわかった。何も映していないのだ。
あの頃と同じ。完全に。そう言って良かった。全てを呑み込むような、包み隠すような、
優等生の微笑み。よく知っている。
レイプまがいの行為を梨華に押し付けようとした私。そんな私をもっとあからさまに、
言ってみれば単純に、梨華は拒絶するものと思っていたのだった。嫌悪されて蔑まれて
視界にすら入れない-----、そういうかんじの青い覚悟を私はしていた。
けれど、そうじゃなかった。考えてみれば単純なことなのに、最近の私は忘れていた。
あの頃の梨華は中澤に縋る事で、辛うじて微笑んでいられた。
では縋る者のない、今の微笑みは?
「あ、今持ってく‥。」
すれ違いざま、同じ調子で声をかける梨華に、忙しいフリをした私は視線を上げずに頷いた。
動揺し、梨華を正視することができない。
ある意味懐かしいよ‥。
足取りも軽く遠ざかる彼女の背中を感じながら自虐的に呟いてみる事だけが、私の私に出来る
唯一のポーズだった。
308 :
ヌカナB : 2001/03/26(月) 21:52 ID:rxks7t.k
>>290 ヌツヌ。ヌ*鴣ヌιネナB
筵ヌ呵?ヌ「ヌιネヌユヌ*ヌ�ヌゥヌ*ナB
あわわわわわわっっ!!!!!!
一体どうすれば・・・・・ふんぎぃー!
ムネガイタイ・・・
310 :
ななっすぃー : 2001/03/27(火) 02:38 ID:pyhYo432
ここまでくるとプロですね。
「シアター」ファンページでもつくろうかな・・・。
311 :
名無し娘。 : 2001/03/27(火) 04:21 ID:4lH5ePzs
面白過ぎです。
312 :
名無し : 2001/03/28(水) 02:43 ID:LYgW1cbk
よっすぃーーー!!
313 :
名無し娘。 : 2001/03/28(水) 13:36 ID:/w.74z9Y
>> 310
是非作ってくれ。
314 :
ななっすぃー : 2001/03/28(水) 18:49 ID:UCKdVxiY
>>313 反応ありがとう!
挑戦してみまふ。
いいっすか?>萌え男。さん
315 :
名無し娘。 : 2001/03/28(水) 19:24 ID:A69tMxgw
よっすぃ〜ファンになってしまいそう・・・。
316 :
名無し娘。 : 2001/03/28(水) 22:31 ID:qMIm9pPM
317 :
ななっすぃー : 2001/03/28(水) 22:37 ID:UCKdVxiY
>>316 いやそれは雰囲気がかなり違ってくる気が・・・。(w
318 :
萌え男。 : 2001/03/29(木) 03:57 ID:sYfgfV3M
>>314 気持ちは嬉しいけど、だめ。
ここで読んでもらえるだけで十分幸せだもの‥。
有難うございます。頑張って妄想するので、おもしろかったら時々感想をください。
それだけでいいんだ‥俺は。
偉そうな口を聞いてほんとすみません。
これからも読んで下さい。おねがいします。
‥マジレススマソ。
319 :
名無し娘。 : 2001/03/29(木) 16:04 ID:53qh5.0M
最高!
久しぶりだよ。この胸が詰まる感じは。
320 :
名無し娘。 : 2001/03/29(木) 22:25 ID:9KPxp5Mk
謙虚な萌え男。に更に萌え。
面白いと思わなかった事は一度も無いです。
321 :
名無し娘。 : 2001/03/31(土) 13:02 ID:SUo/xHFw
遅まきながら、今、通して読み終わりました。
細かな描写の数々に、切なさ大爆発です。
シアターに出会えたことを、感謝しつつhozen
322 :
名無し娘。 : 2001/04/01(日) 12:53 ID:ebT63Dpo
hozenn
323 :
萌え男。 : 2001/04/01(日) 14:15 ID:PSpWBBg6
家に2人でいる間、梨華は口を開くことがなく、ただ黙って微笑んでいた。多少青ざめ
た表情で静かに目を伏せ、うつむきがちではある。けれど、沈痛な表情を決して見せない。
ひたすら楚々と。ただ控え目に。
彼女がそうして私を避ける以上、私は無言で従うしかない。
うなだれ、頭を垂れて過ごした。
あの日以来、眠れぬ日々が続いていた。ソファに横になったところで一睡もできず、その
まま仕事に出てゆく事もしばしばあった。一応ポリシーだったから、何かしら食べるよう
には心掛けていたけれど、食欲はどんどん低下し、何を食べても美味しく感じない。
数日たったある日。仕事中。私は体力の限界を感じていた。眠れないから食べられず、
食べられないから眠れない。そうした悪循環の中で目のまわりがひどく黒ずみ、立っている
事さえ辛いのだった。
「お前の顔、土みたいな色してるぞ?平気かよ?」
「ええ、なんとか‥。」
明らかに様子がおかしい私。自覚はある。心配した従業員に何度か声をかけられる度、笑顔
を作ってそう繰り返した。もっともきちんと笑えているのか、自分でも解らなかったけれど。
「どうだっていいよ‥。」
人知れず呟いて壁にもたれ掛かる。
324 :
3ー3.8 : 2001/04/01(日) 14:16 ID:PSpWBBg6
(つかれた‥。ヤバいかも私‥。)
小さく息を吐いた。ふと上げた視線の先にキャッシャー。梨華。すると、今日髪を染め直
したばかりというウェイトレスが、やや軽薄な足取りで梨華の元へ近付いた。片手に摘んだ
一万円札をひらひらさせて。大方客に両替えでも頼まれたんだろう。
快く受け取る梨華は満面の笑み。テキパキと紙幣を揃えコインと共に銀皿に載せる。つられて
微笑むウェイトレス。人を惹き付けてやまない梨華のあの笑みが、とってつけた仮面と知ったら
皆驚くだろうか?
早速踵を返し、客の元へとウェイトレスは急ぐ。立ち上がった梨華が、その後ろ姿をニコニコと
見送る。いつもの事だ。
そう思い、壁から背中を離した瞬間。
「‥!」
ゆっくりとその場に、梨華が崩折れてしまった。
325 :
萌え男。 : 2001/04/01(日) 14:17 ID:PSpWBBg6
私よりも早く、梨華の方が参ってしまった。不眠は等しく彼女の上にも訪れていたというのか。
私は気づいてやれなかった。ああ‥、そう言えば食べているところをほとんど見なかった‥。
「お前達はさあ、一体どうしたっていうんだよ‥?」
揃って呼ばれたオーナーの部屋。彼は当惑した声を出した。吸いかけのまま放置された煙草が
灰皿の中で、今、燃え尽きようとしている。
「石川は倒れちまうわ‥、吉澤は死人みてえな顔してやがるわ‥よぉ。」
「すみません‥。」
私は力無く謝った。梨華は横で黙っていた。
気丈にも笑っていた梨華が、フラフラとしゃがみ込むのを目にした瞬間、疲れた体も忘れて私は
反射的に走り寄った。誰よりも早く。声を出す事が億劫で、私が黙って抱え起こすと、覗き込む
無言の視線から、梨華はすぐに瞳を逸らす。
「ちょっとした貧血‥。大丈夫だから‥。」
細い二の腕を掴んで私は彼女を支えていたが、梨華はそう言ってやわらかく逃れた。
「とにかく、」
オーナーは言った。
「今日はもう上がっていいから。ゆっくり休んで、2人とも、体調をなんとかしろ。」
口調は厳しかったけれど、いたわりが感じられた。
気を抜いたら泣いてしまう。優しくされたら特に。
「はい‥。ありがとうございます‥。」
力無く立ち上がった。梨華はもう笑っていなかった。
326 :
萌え男。 : 2001/04/01(日) 14:18 ID:PSpWBBg6
部屋に戻った。ベッドに浅く腰掛けて、梨華は窓を見上げている。ずっと続いている雨。
自分の感情に精一杯になって、梨華を気づかう余裕がなかった。可哀想な自分を憐れむことに
無我夢中の私は、それ以外のものが見えなかった。完璧な笑顔に騙されていたのは私。梨華の
仮面、唯一その存在に気づいていたこの私‥!
クローゼットからヤッケを取り出した。フードを被って、ポケットに携帯をしまう。例の
バッグから2枚程、一万円札を抜き取った。
「出かけるの‥?」
「うん‥。」
やっと梨華が私に、私だけに向けて口を開いた。まるで随分長い間、声を聞いていなかった
みたい。そう漠然と感じた。
「私がここにいたら、りかっちは‥、眠れないでしょう?‥だからどっか行く。」
「‥雨だよ?」
「大丈夫。少しお金、持って行くね。」
「そう‥。」
327 :
萌え男。 : 2001/04/01(日) 14:18 ID:PSpWBBg6
梨華が辛そうな顔に見えたが、私の希望的な観測かもしれない。
「でもすごく、疲れているんでしょう?」
「私がどれだけ強いか、りかっちはまだ知らないんだよ。心配しないで。最悪、ホテルに
でも泊まる。」
財布をおおげさに叩いて見せる私。不安げに見上げる梨華の瞳。そんな目で見ないで。
切なさに一瞬逸らしてしまった視線を、私は再び梨華にもどした。
「明後日、海に行く日だよ?飯田さんたちと。りかっちも行くでしょう?迎えに来るよ。」
私の問いに答える代わりに、梨華はただ笑った。私もそれ以上突き詰めようとは思わなかった。
「気をつけて‥。ね。」
「うん‥。」
玄関に向けて向き直った私。梨華の声に振り返らず答えた。
328 :
萌え男。 : 2001/04/01(日) 14:19 ID:PSpWBBg6
深夜と言うには少し早い時間。残り少ない気力を容赦なく奪ってゆく霧のような雨を避け、
とっくに閉まった商店街の、とある店の軒先きで、私は携帯を取り出した。
向かいの自販機が硬くて青白い照明を放つ。それが逆光になって、手元の液晶が見えづら
かった。大気中に充満した6月特有の湿気のせい。吐き出す息が白い。
「どうしたー?」
2回半、呼び出し音を聞いた後、例の明るすぎる声が受話器を通して響いた。つかまった-------。
少しだけ脳に障る声が、ひどくなつかしく感じた。
「矢口さんこんばんは。」
「ナニよ?」
いつでも笑いを含んでいる口調。また飲んでいるのかな。ひどくまわりが騒がしいけれど。
私は軽く咳払いした。
「イヤ、何してんのかなーって思って。」
はぁ?イキナリ何?そんな感じの間を置いた矢口さんだった。
「飲んでるけど?今日も。」
「そう。楽しいですか?」
泊めてもらうのはやっぱり無理だろうか‥。
「ああ?悪いけど聞こえない!もう一回言って?」
なかば怒鳴るように言った矢口さんの向こうで、酒特有の嬌声が上がった。派手な悲鳴にも似た。
「あー‥。やっぱいいです。楽しんで。」
「何?ちょッ‥待っ‥。」
最後まで聞かなかった。気落ちする心のまま、私は通話を切った。
329 :
萌え男。 : 2001/04/01(日) 14:20 ID:PSpWBBg6
心なしか雨が強くなった気がした。多少気温も下がったようすだ。
「寒いなあ。」
私はひとりごちた。参っているせいか、ひどい逆境にいるように錯角する。まるで全てに見放な
されたような。
「まあ、矢口さんは人気者だしね。急につかまるわけないか‥。」
足元の空き缶を蹴飛ばしてみたって、何かが変わるわけない。
‥いけない。自分を憐れむのはやめようと決めたのだった。全く私は放っておくとすぐそっちに
向かおうとする。
馬鹿じゃないの?自分?
そう罵倒してみると少しだけ元気が湧いた。けれど、いい加減体力が限界だ。眠い。
(とりあえずホテル探そう‥。)
雨のそぼ降る街を、私は駅方向に歩いた。
330 :
萌え男。 : 2001/04/01(日) 14:20 ID:PSpWBBg6
捨てる神あれば拾う神あり。この場合、双方とも矢口さんなのだけれど。
重い足を、さながら引きずるようにしてとぼとぼと歩いていると、携帯が着信した。矢口さんから
コールバック。少し、期待が膨らむ。
「もしもし。」
「よっすぃー?つうか急に切んなYo!で、ナニ?」
先程に比べて、矢口さんの背後はとても静かになっていたのだが、私がその旨伝えると、
「や。ちょっと移動した。気になったから。」
あくまでも軽く矢口さんは言った。優しい‥。
「てゆうか今日、仕事なんじゃないの?」
「はい、まあ‥。」
「てゆうか梨華ちゃんは?」
「いや、ちょっと‥。」
「ナニ?ワケアリ?」
「‥そんな感じです。」
331 :
萌え男。 : 2001/04/01(日) 14:21 ID:PSpWBBg6
ふうん。
矢口さんはしばらく神妙に考えていたが、受話器越しに頷いて再び明るい声を出した。
「よっすぃー今どこにいるの?これから来る?えーっとねぇ場所はー‥」
居場所を説明する矢口さん。私は困った。疲れてなければ行きたい。パッと騒ぐのもいい
だろうこんな時は。けれども。
「あの‥、眠りたいんですよ私。矢口さんの家に泊めてもらえませんか‥?」
わがままなのは承知していたけれど、思いきって言ってみた。
しばらく考えた矢口さんは、これみよがしにため息をつき、わざとらしく舌打ちまでした。
最終の電車にはギリギリ間に合った。20分程乗って、着いた先の駅。近くのファミレスで
一時間あまり、時間を潰した。コーヒーを飲んで暖まった体に、ひどい眠気が襲った。
やがて、携帯が鳴った。矢口さん。
「今帰って来た。もう来ていいよ。玄関の前で待ってる。」
私のわがままにムカついているくせに、相変わらず優しさが口の端に滲み出してしまっている。
やっと眠れるよ‥。のろのろと立ち上がった私はレジで精算をすませ、矢口家までの道のり
を約5分ほど歩いた。
332 :
萌え男。 : 2001/04/01(日) 14:22 ID:PSpWBBg6
都心を外れた閑静な住宅街に矢口さんの家はあるのだが、立派な屋敷ばかりが、夜のしじま
にひっそりと息づくその一角において、一際目立つ和風のいかめしい門の前に、厚底を脱いだ
矢口さんがスニーカーでぽつんと佇んでいた。
「コンバンワー。」
電柱のライトに切り取られ、浮かび上がる雨粒。どこか取り澄ましたような表情で、ぼんやり
と見上げる矢口さんの横顔。私は声をかけた。夜中だからもちろん声は落として。
「てゆーかホントムカつくよ、オマエー‥」
つれない表情のまま振り返った矢口さんは、私を見て眉をひそめた。
「てゆうか傘は?」
無理もない。雨の中私は、ヤッケだけで歩いて来たのだから。目深に被ったフードの先から
滑り落ちた雨の雫が、目の前を2、3粒かすめた。前髪が、けっこう濡れちゃったな‥。
333 :
萌え男。 : 2001/04/01(日) 14:25 ID:dAZPq0rw
「へへ‥。持って来なかった‥。」
ポケットに入れた両手を出すことなく、私は笑って答えた。矢口さんはスニーカーだから、
いつもよりも視線が低い。
「馬鹿じゃないの?こんな雨の中‥。途中で買えばいいじゃん‥!お金持ってるくせに!」
「ふふ‥。」
「ふふ、じゃないよまったく‥。早く入んな!」
差している傘を頸でささえ、矢口さんは門を開ける。ぼうっと立っている私を振り返り、急かす
ように手招きする。
「ほんと。すみませんね。」
「ほんとだよ。今日けっこうイイカンジの男子とかいたんだから。」
なにさまだよオマエ、ぶつぶつ言いながらも帰って来てくれた矢口さんの好意が心に沁みた。
「ありがとうございます。」
「も、いーイから!早く入って!」
矢口さんは小さい。
334 :
ななっすぃー : 2001/04/01(日) 22:52 ID:39dG8vuI
>>318 あらら。途中まで作ったのだが・・・。
まあ、作者さんがそう言うなら表に出すわけにはいかんな。(^^;
それじゃあ、これからも楽しく読ましてもらいます。
時々感想も書きます。
がんばってください。
今回のも良かったっす!
335 :
名無し娘。 : 2001/04/02(月) 00:28 ID:xt3ukA8o
>>334 気持ちはわかるがあまり困らせないでやってくれ‥
・・・・・やな予感
337 :
名無し娘。 : 2001/04/02(月) 01:41 ID:aGhz.by6
今週も堪能しました。
いやー毎週毎週すごいすね。ホントおもしろくて。
ところで「ひとりごちた」ってのが最初わかんなかったよ。
今ってそういう風に言うんすね。
338 :
ななっすぃー : 2001/04/02(月) 02:32 ID:lqQZ/0v2
339 :
名無し娘。 : 2001/04/02(月) 08:50 ID:S4qb4wAg
毎週更新されるたびに、飯田・辻偏を読み返す・・
それでも全然先きが読めないです。ほんとに引き込まれる作品です。
しつこいですが、がんばって下さい。
340 :
名無し娘。 : 2001/04/02(月) 11:36 ID:UL1rlO.o
「ヤッケ」って何?
ごめん、誰か教えて。
341 :
ななっすぃー : 2001/04/02(月) 12:18 ID:KTMs1CE6
342 :
名無し娘。 : 2001/04/02(月) 16:01 ID:D3aIXX/U
>>340 要するにウインドブレーカーみたいなやつ
アウトドアっぽいジャケットのことだろ?
>>337 別にそれって今風の言い方じゃないですよ。
普通に小説読んでればいくらでも見かけられる表現。
ホゼム
345 :
名無し娘。 : 2001/04/06(金) 13:58 ID:DG5FrXNY
なるほど。
ヤッケ教えてくれた人どうもありがとー。
346 :
焼肉帝王 : 2001/04/07(土) 01:58 ID:/Sl3oCTo
ひょっとしてシアターとシスターをかけているの?
347 :
萌え男。 : 2001/04/07(土) 02:15 ID:zM.67JmI
348 :
3-3.9 : 2001/04/07(土) 02:17 ID:zM.67JmI
ねえ、梨華。ママはね、結婚前。すごく、好きだった人がいたの。
高校が一緒でね。若かったから、私達は。出会ってすぐに恋に落ちたわ。
すごく格好いいの。会話もいかしてたから、彼は人気があった。
少し、キザで。ドジなの。でもそういうトコロも、魅力的なのよ?
女の子にも随分モテてたみたい。
ママと付き合うようになってからも、彼は手紙とか、よく貰ったりしていたわ。
疑ったママが、嫉妬して、怒っちゃって、困らせた事がたくさんあった。
でも、その度にね。彼は。不安で、泣いているママを、しっかり抱きしめてくれるの。
俺達は結婚するんだ、心配するな。って。
真顔で彼は言うんだけど、ママ、吹き出しちゃった。
だって。その頃はまだ高校生なのよ?
アツイ人なの。
ふふ。怒ってるのも忘れちゃうくらい。
毎日一緒にいたわ。
誕生日には必ずパーティーを開いてくれて。
旅行にも行ったの。
あの時買ってもらった指輪は、まだ持っているわ。
349 :
萌え男。 : 2001/04/07(土) 02:18 ID:zM.67JmI
「今、よっすぃーから連絡があって。」
ひとみちゃんが出て行って、一時間ほどたったあと、矢口さんから電話が
ありました。私が受話器を取るなりそう言った矢口さんは、今、家に帰る
途中なのだそうです。
雨の中、傘も持たずひとみちゃんは一人で出て行ったから。寝ていなくて
フラフラなのは私と同じなのに‥。消息さえわからないままじゃ、眠れる
わけがないもの。心配していたところでした。
とりあえず今日は家に泊めるから。
そう言った矢口さんに、私は心からお礼を言いました。
「安心しました。矢口さん、教えてくれてありがとう‥。ひとみちゃんを
よろしくお願いします。とても疲れているんです。」
「大丈夫。梨華ちゃんも今日は眠って。何があったか知らないけど、あなたも
よっすぃーも、すごい声してる。」
私の声が、普段よりずっと掠れているからかしら‥。矢口さんは相変わらず
無愛想に言ったのですが、返ってそれが優しさを強調していました。
そう言えば、ひとみちゃんもほとんど声が出ていなかったわ‥。
心配しないで。
出がけに残した彼女の、明らかに力のこもらない口調を思い浮かべていました。
350 :
萌え男。 : 2001/04/07(土) 02:20 ID:zM.67JmI
告白してしまいます。
私は彼、-----ひとみちゃんのお父さんであるという事が保田さんのおかげで最近解り
ました----、その存在を知っていました。随分小さかった頃、生きていた母がよく話
をしてくれましたし、綺麗な口紅を目当てにこっそりと開けた母の鏡台から、私は
彼らしき写真を数枚発見した事がありましたから。
古く小さな宝箱でした。若い頃の母の思い出。ほんの少しだけ色褪せた写真が、
おもちゃの銀の指輪と一緒に大切にしまわれていました。
少しだけ口を尖らせて、斜に構えたような視線。学生服。どの写真でも、必ず母の
脇に寄り添うその男性こそが、例の『彼』であると、私にはすぐ解りました。
『彼』について話す母と、写真の母の表情が、まるで恥じらっているみたい。全く
同じでした。圧倒的な幸福に、じっと耐えているような。ある種のかなしみさえも
換気させる微笑。
誰にも言ってはダメ。ママと梨華の秘密よ?
『彼』の事を話した後、決まって母は言ったんです。
香水と化粧品の大人びた匂い。
むせそうになりながらも私は、あまりに可憐な母と、強い目をした隣の少年に
いつまでも魅入っていました。
自分もいつの日か、こういうふうになるのか。
そう考えて、少し興奮しました。
351 :
萌え男。 : 2001/04/07(土) 02:20 ID:zM.67JmI
それ程までに愛し合っていた吉澤さや造と、母・なつみが何故別れ、どのような
いきさつから、それまで私が父と思っていたあの人と結婚するに至ったのか、今と
なっては解らないし、調べることも出来ません。
ただ、私の記憶に残っているのは、父が(実際は疑問なのですが便宜上こう呼びます)
あたかも崇拝でもするように、母を愛していたという事。
父と母は、仲の良い夫婦でした。いつも微笑んでいる母と、頼もしくて威厳のある父。
私は常に羨望の目で見られていましたし、私自身、それを自慢に思っていました。
実際母が生きていた頃、彼は良い父親だったのです。忙しかったけれど、家族に対する
サービスのようなものに、彼は力を惜しみませんでした。
352 :
萌え男。 : 2001/04/07(土) 02:21 ID:zM.67JmI
まだ父が、秘書だった頃。ついていた代議士の選挙を目前に控えた夏。
定例だから。
ひとことそう言った父は私達を海水浴に連れて行ってくれました。父の多忙さを
知っていて、遠慮した母と私の言葉など、一向に聞き入れず。
ギリギリまで父の仕事が入っていたので、私達が伊豆に着いた頃には、辺りは
すっかり暗くなってしまいました。着替えもせずにそのまま運転して来た父のワイシャツ。
背中と腕に皺がきつく寄っていた事を、今でもはっきり覚えています。
ルームサービスで夕食を済ませて、誰もいない夜の海岸。
私達は3人で、すいか割りをしました。
入り江の向こう側に時々上がる花火の煙が、こちらの浜まで微かに匂って来ていました。
堤防の内側にはみやげもの屋が、びっしりと、並んでいました。
極彩色のネオンが淡く届いて、夢のような色に、砂浜が染まっていました。
353 :
萌え男。 : 2001/04/07(土) 02:22 ID:zM.67JmI
『彼』の事を母が、最後に私に語った時。私が小学校に上がったばかりの頃だったと
記憶しています。
「ほんとうは、もっと大きな秘密があるの。それは、あなたには辛い事かも知れない
けれど‥。でもママ、後悔はしていないの。あなたが大きくなったら、きっと話すわ。」
結局。その「もっと秘密」を母の口から直接聞く日は、とうとう来ませんでした。
例えばそれが、私の出生にまつわる事と仮定します。
すると父が、少し不憫に思えました。
お前の母さんは俺を許してくれなかった、父は私にそう言いました。
だからと言って彼が私にした事を許すつもりなど毛頭ないんですけど。
それはともかく。
私が父の子ではないと父が知っていたとしても、あるいは逆に知らなかったとしても。
父が可哀想であることに、結果は、変わらないのです。
354 :
萌え男。 : 2001/04/07(土) 02:26 ID:zM.67JmI
来週と再来週、更新を休みます。
本当に申し訳ありません。
が、必ず復活します事をここに誓います。
355 :
萌え男。 : 2001/04/07(土) 02:42 ID:zM.67JmI
>>353 5行目
「もっと秘密」→「もっと大きな秘密」
でした。すみません。
356 :
名無し娘。 : 2001/04/07(土) 03:09 ID:qXa4B2VQ
石川編か・・
石川の気持ちがとても気になっていたとこなので興味深々で読みました。
2週間の更新無しはつらいですが、がんばって待ちます。
復活を誓ってくれてありがとです。いつまでも待てる・・。
357 :
名無し娘。 : 2001/04/07(土) 13:55 ID:AFPnoahU
>>354 そういう情報を先に言ってくれると助かる。
待ってます。
358 :
名無し娘。 : 2001/04/07(土) 14:42 ID:qXa4B2VQ
毎日一緒にいたわ。
> 誕生日には必ずパーティーを開いてくれて。
旅行にも行ったの。
あの時買ってもらった指輪は、まだ持っているわ。
思い出すなぁ・・(笑
359 :
名無し娘。 : 2001/04/08(日) 03:49 ID:bmCypWM6
最初から読ませてもらったけど、すげー読み応えがあるね。
2週間待つのは辛いよ、マジで。
前の方のレスでファンサイト作りたいってレスがあったけど
ほんとそういう気持ちもわかるわ。
サイト立てるのは禁止みたいだけど、
氏にスレ使って(sage進行で)「シアターのつぼ」みたいな
今後の展開の予想とか登場キャラクターの人気投票とかの
スレとか作るのはダメ?
360 :
名無し娘。 : 2001/04/08(日) 05:02 ID:FTFxhNXA
相変わらず面白いですね。
先の展開が凄く気になるので2週間待ちは辛いですけど、
じっくりと待ちます。
復活を楽しみにしてます。
2日に1回
362 :
アップ職人 : 2001/04/11(水) 14:58 ID:5TlieNmc
上げてやったぞ
…ホゼム
364 :
ティムポ博士 : 2001/04/14(土) 11:00 ID:Utg/uNzc
ファ・イ・ト!ウッフ〜ン。
365 :
名無し娘。 : 2001/04/16(月) 01:37 ID:zt/xAh9k
保全しましょう
モイッチョホゼム。
シュウマツホゼム。
368 :
名無し娘。:2001/04/20(金) 19:09 ID:Ws7IT.2s
はじめから一気に読ませてもらいましたけど、
面白かったです。
続きを待っます。
369 :
名無し娘。:2001/04/21(土) 13:53 ID:UzzhUxQY
保全なのれす。
370 :
名無し娘。:2001/04/22(日) 16:47 ID:a/PjJ9hc
保全。
371 :
名無し娘。:2001/04/22(日) 17:59 ID:ecD8HlhU
ほぜーーん
372 :
名無し娘。:2001/04/22(日) 22:42 ID:m47nDBgE
2週間更新なしとゆうことは・・3週間待たないといけないんだ。。
長いのぉ。なんて、長い3週間なんだ。。
373 :
名無し娘。:2001/04/22(日) 23:21 ID:6gNnC0UY
そうか。今週も更新なしか・・・。
くそ、こんなに待つのがつらいとは・・・。
374 :
名無し娘。:2001/04/22(日) 23:22 ID:6gNnC0UY
あげてしまった。すみません・・・。
375 :
名無し娘。:2001/04/22(日) 23:30 ID:sQu3ldeA
急いでさげ
376 :
名無し娘。:2001/04/23(月) 00:49 ID:Og0OoFnE
そっか来週かぁ〜残念。
チャーミー剣士の石吉スレ更新されてたゾ
377 :
名無し娘。:2001/04/23(月) 01:18 ID:Kzplme4M
376>それってどこ?
378 :
377:2001/04/23(月) 01:19 ID:Kzplme4M
あげちゃった。すみません・・・。
379 :
名無し娘。:2001/04/23(月) 02:34 ID:jD9b8W2.
さげましょう
380 :
名無し娘。:2001/04/23(月) 09:59 ID:eI1h1M6I
ageちゃいやんホゼムー
381 :
名無し娘。:2001/04/24(火) 00:15 ID:9sOPXWvE
hozen
382 :
名無し娘。:2001/04/25(水) 01:23 ID:OCHSLzlY
昨日から読み始めたんですけど、一気に読み終わっちゃいました。
すごい、面白い!
正直、熱心な娘。ファンじゃないんですけど、関係なく面白いと思えました。
キャラが立ってるし、何より描写が巧いので読んでいて頭の中に映像がっ!
特に飯田、辻編がすばらしいと思います。映像化してみたい。
383 :
名無し娘。:2001/04/25(水) 18:24 ID:rLdL021c
>>376 漏れも気になる
それって小説?どこにあんの?
名前からして石川が主人公っぽいんだけど(w
384 :
名無し娘。:2001/04/26(木) 01:24 ID:Pr5siSqc
シュウマツホゼム…
ほぜむ。
387 :
名無しこ:2001/04/27(金) 16:09 ID:b2XoY/3Q
オイラモホゼム
388 :
名無しさん:2001/04/28(土) 00:34 ID:BcK8lOH6
どうせなら日付変更線を越えてから……
そんなわけでホゼム
389 :
名無し娘。:2001/04/29(日) 00:28 ID:lAfihTvA
そろそろかな?保全?
390 :
名無し娘。:2001/04/29(日) 14:19 ID:cZOxirLU
昼間もホゼム
姐さんのANNを聴きながら、ホゼム。
392 :
名無し娘。:2001/04/30(月) 12:53 ID:GfKg97Qc
保全
393 :
萌え男。:2001/04/30(月) 17:17 ID:IbhMwm8w
こういう言い方を自らするのは、とても、気が引けるんです。けれど、
過去の経験を通して私は、無理矢理体を求められること、つまりそのよう
な際に自分の感情をコントロールする術を、多少なりとも身につけている
つもりでした。人と体を合わせること、それまでの私にとっては、あまり
たいした事ではありませんでしたから。
それがどうしてか。ひとみちゃんとだけは嫌だった。ああいうかたちで、
関係を持ってしまう事‥。ひとみちゃんとだけは。
姉妹であるという事実(私はそれを真実であると考え始めています)が
あの時、ひとみちゃんを拒んだ私の行動に全く影響を及さなかったとい
えば、嘘になります。一人っ子の私は実際、兄弟というものに憧れてい
ましたから。
けれど、近親相姦に(ああなんてイヤな響き!)少なくとも私は免疫の
ようなものがありました。結局は殺してしまったのだけれど、私はあの
男との行為には、何度も耐えていられたんです。血の繋がりを信じている
という点において、ひとみちゃんとあの男、彼等の間に差は無いんです。
どうして。
あの男に無理矢理奪われるのは、ギリギリだけど、耐えていられた。
ひとみちゃんの時は、ほんの少しの時間も我慢することができなかった。
その違いは。
394 :
萌え男。:2001/04/30(月) 17:19 ID:IbhMwm8w
翌日、昼過ぎに目を覚ました私は、ひとみちゃんの姿を無意識に探して
いました。昨日出ていってしまったから、隣に寝ているはずなんてない
のに‥。そもそもあれ以来、私達は別々に眠っていたんだわ‥。今さら
のように思い出して、少し涙が流れました。
奥手なひとみちゃんだったから、私達は今まで、一緒に眠っても肌を合
わせることなどなかった‥。それこそあの事件以来、彼女はソファに寝
て、そして会話もろくにしていなかったけれど、ひとみちゃんが同じ部
屋にいる事が、どれだけ私を安心させていたか、ひとみちゃんには、
わかっていないんです。
「ハイ‥。」
けたたましく鳴った電話の受話器を、私は静かに取り上げました。バイ
トに行く身支度を沈んだ気持ちで整えている最中のことです。
「梨華ちゃん?調子は?」
落ち着いて、澄んだ口調。矢口さんでした。
「まあまあ、です‥。」
もしかすると、電話の主はひとみちゃんかも知れない、そう期待してい
たので、落胆が口調に現れてしまったのだと思います。
「その割には、元気のない声してるけどね。」
「そう‥、ですか?」
案の定矢口さんには、それが伝わってしまったようで、彼女には失礼な
ことをしてしまいました。
395 :
萌え男。:2001/04/30(月) 17:20 ID:IbhMwm8w
「あのね、よっすぃーが。今日はバイト休むって。」
矢口さんは言いにくそうに切り出します。
「梨華ちゃんに電話して欲しいって、頼まれちゃって‥。自分でしろっ
て言ったんだけど‥。いやー。」
私を気づかうように、揶揄を絡めつつ矢口さんはひとみちゃんを非難し
ます。けれど、私はそれに特には答えませんでした。
「ひとみちゃんは、今どこに‥?」
「あ、家にいるよ。ベッドで、布団かぶってる‥。」
「そう‥。矢口さんは、私達のコト‥。」
「うん、聞いた‥。まさか、姉妹だったなんて‥。なんて言ったらいい
のか‥。」
私達の間に立って、骨を折っていただいている矢口さん。私は丁寧にお
礼を言って電話を切り、そのままバイトへ向かいました。
私まで休んでしまったら、きっと、いけない‥。
私から逃げるようにしてバイトを休んだひとみちゃん‥。彼女の事を考
えて、辛くて、涙がまた滲みましたが、私は懸命に堪えました。バーへ
続く鉄の階段が、私のサンダルのヒールの足元をカンカンと追うように、
乾いた音をずっと、立て続けていました。
396 :
萌え男。:2001/04/30(月) 17:21 ID:IbhMwm8w
次の朝。海へ行く日。
なのに雨が、しとしとと降り続いていました。重たい雲をどんよりと冠
した近頃の空と同じよう。私の心もまた、暗く曇っているのです。
昨夜のバイト中、私の休憩時間を、まるで見計らったように携帯が鳴り
ました。矢口さんでした。
「明日、海、お昼頃迎えに行くから。ごめんね、梨華ちゃん、バイトの
後、あまり、眠れないけど‥。」
2人がこんな状況のまま、海なんかに出かけて行くのは、あまりにも
しらじらしく思えたのですが、楽しみにしてくれていた飯田さん、特に
ののちゃんの笑顔を思い出すと、断る事など出来ませんでした。もちろ
ん私だって、こんな事さえなければ、とても楽しみにしていたんです。
それにしても、こんな連絡の電話まで矢口さんにかけさせるなんて、
ひとみちゃんは‥。弱虫だわ‥。
そう思って、少しだけイライラしていたから、お昼を少し回ってひとみ
ちゃんが私を迎えに現れたとき、その場に矢口さんがいるにも関わらず、
私は気持ちを表情に出してしまいました。
ひとみちゃんと出会ってから、私はどんどんおかしくなって来ている様
です。以前はもっと辛い事でも、誰に気付かれることなく、隠し通して
いられた。それなのに、今は。
動揺した表情。そんな私の前に立ち、ひとみちゃんは弱々しく、目を伏
せて笑いました。
「こんにちは‥。」
横を向いた彼女が投げやりに呟いた挨拶。ぎこちなくかざされた右の手
の平に、なんだか乗り越え難い壁を感じて、私は答える事ができません
でした。
「早く行かないと、あの2人が暴れ出すから」
私達の空気を敏感に感じとった矢口さんは、まるで、救いの手を差し出
すように明るく、可愛らしい声を出しました。
「梨華ちゃんは、準備いい?」
私は軽く頷きました。
398 :
萌え男。:2001/04/30(月) 17:23 ID:IbhMwm8w
その後私達は、病院で飯田さんとののちゃんを拾って、まっすぐ海へと
向かいました。気を遣った矢口さんは、戸惑う私を助手席へ乗せてくれ
ましたが、私の心は晴れる事がありません。こんな気持ちでひとみちゃ
んの助手席に座ったって、嬉しいはずがないもの。後部座席の方が気楽
だったわ。気付かれないようひとみちゃんを伺ってみると、ひとみちゃ
んは無表情に、ただ前方を見つめていました。
最悪の雰囲気、ともすれば皆が黙り込んでしまいそうな車内を、飯田さ
んはなんとか和ませようと、いろいろ話題を提供してくれました。盛り
上がるよう気を遣って、あれこれ話し掛ける飯田さんに、ハンドルを握
るひとみちゃんは、とてもにこやかに笑って、普段通りに答えていまし
た。さっきまでの、私と矢口さんと3人でいた時までの様子が、まるで
嘘のよう。
その笑顔が、本当にいつもの彼女のものとほとんど変わらなかったので、
なんだか私は悔しくなって、負けじと笑うようにしました。なによ、私
の方が気持ちを隠すの上手いんだから。あなたがそういう態度をとるな
ら、私だって負けないわ。そういう気持ちでした。
399 :
萌え男。:2001/04/30(月) 17:23 ID:IbhMwm8w
雨の海岸は、少し肌寒くて。私は上着をもう一枚持って来なかったこと
を後悔しました。仲良さそうに手を繋いで、波打ち際へと走って行って
しまった飯田さんとののちゃん。少し離れた場所をブラブラと歩く矢口
さん。
「寒い‥。」
彼女たちの後ろ姿を目で追いながら無意識に両腕をさすった私の横を、
ひとみちゃんがあっさりと、追い抜いて行きました。すれ違いざま、無
言で、自分の上着を私に渡して。突然の事だったから、私はお礼も言え
なかった。
見る間にひとみちゃんは矢口さんに追い付き、並んで歩きながら談笑を
始めました。
「関係ないよ!」
そう言ったくせに、あんな風に私を襲ったりして、姉妹うんぬんを気に
していたのは、いつだってひとみちゃんの方。勝手に出て行って、傷付
いたふりをして、こんなふうに優しくされたって、どうしていいかわか
らないよ。
400 :
萌え男。:2001/04/30(月) 17:24 ID:IbhMwm8w
随分長い間、遊んで、疲れて、そろそろ帰ると思っていたから、ひとみ
ちゃんがピストルを出した時、私は本当に驚いたんです。
撃ちたいだなんて、この人、何を考えているの?
安倍さんに貰った改造銃。ひとみちゃんが今日持って来ている事を、私
は知りませんでした。私を迎えに部屋まで来た時に、クローゼットから
取り出したのでしょうか。
矢口さんは知っていたみたいでした。けれど、さすがの矢口さんもピス
トルを発射する事に、何か、抵抗のような物を感じているようでした。
そう、銃なんて、ライセンスのない私達は、所持、ただそれだけで既に
犯罪なんです。ましてや人を殺傷するためだけに、基本的には存在する
凶器。矢口さんの手は、震えていました。
結局、飯田さんの一言で撃つ事が決まって、私達は車外へ出ました。雨
はその時上がっていたけれど、暗くなっていたし、風がでて、気温が下
がっていました。カオリ部長の指揮の元、矢口さんとひとみちゃんが
セッティングを始め、その間私とののちゃんは飯田さんの横に立たされ
ていました。
401 :
萌え男。:2001/04/30(月) 17:25 ID:IbhMwm8w
しばらく経って、私達が充分離れている事を確認したひとみちゃんが、
岩の上に、きれいに並んだ空き缶から、少し離れた場所に立ち、一度
私達を振り返ってから、静かに銃を構えました。両腕を突き出して、
右の頬をこころもち、その肩に押し付けるように、顎を引き狙いを
定めるひとみちゃんは、少しだけ素敵でした。
このまま、連れ去ってくれたら‥。
迷い無く引き金を引いた彼女の弾丸で、アルミの缶がひとつだけ吹き
飛び、飯田さんが悲鳴を上げ、矢口さんが息を呑む間、要領を得たひ
とみちゃんは、もう一度撃って、その弾も、命中させました。ずっと
私の腕を握っていたののちゃんの手には固い力が込められていて、
まるで喘いでいるみたいに、息で肩を弾ませていました。
飯田さんが撃ち終わって、ののちゃんが撃ち終わって、そうしたら
「石川も撃ってみたら?」
って、飯田さんに言われました。人ひとり、殺しちゃってる私が言う
のも、なんだかおかしな話ですけど、私はやっぱり怖くって、
「いいです。」
って、断ったんです。
「滅多にない機会だから」
とか、
「やっておいた方がいいよ」
とか、飯田さんや矢口さんに勧められている私を、ひとみちゃんが向
こうから見ていました。
402 :
萌え男。:2001/04/30(月) 17:28 ID:IbhMwm8w
403 :
名無し娘。:2001/04/30(月) 19:28 ID:Wbn1kmGM
おかえりなさいです・・。
相変わらず読んでいてドキドキします。
吉澤編を見ていた時はりかっち酷すぎっ!とかおもってたんだけど・・・
石川編見てると・・・よしざわぁ!!みたいになりますね・・・。
萌え男さん・・さすがです。
おかえりお待ちしておりました・・・
それにしても吉澤、男前過ぎる。
相変わらずの文章で楽しませていただきました。
405 :
名無し娘。:2001/04/30(月) 23:35 ID:MyVNxdEs
いつも期待どうりまたはそれ以上のものを読ませてもらって感謝してるよ
これからも頑張ってくれ
406 :
名無し娘。:2001/05/01(火) 00:15 ID:Ip4/addg
祝!復活sage
407 :
名無し娘。:2001/05/01(火) 08:59 ID:BitIkbtQ
お待ちしておりました。
408 :
まちゃ。:2001/05/02(水) 01:45 ID:CQhKaWsg
頭からよんだ。
『体調が悪かった梨華はとうとう倒れてしまった。ポツリと小さな声で
その一言を呟いて。』
ってかいてるけど
一言ってなに?
409 :
まちゃ。:2001/05/02(水) 12:49 ID:MnuUen3U
ごめん。もっかい読んだらわかった。
410 :
名無し娘。:2001/05/03(木) 03:18 ID:KfpFCmYQ
保全sage
411 :
名無し娘。:2001/05/03(木) 15:40 ID:TvZjmtPE
俺は萌え男。に連れ去られてるな(笑
流石だ。ありがとう。
412 :
名無し娘。:2001/05/04(金) 12:55 ID:g8gbbFS.
ホゼーム ホゼーム
シュウマツホゼム・・・
イチニチ イッカイ イチホゼム
415 :
名無し娘。:2001/05/07(月) 01:15 ID:MJIFYEZY
sage
416 :
名無し娘。:2001/05/07(月) 10:12 ID:GCtsMgmw
ああ続いてる・・・
うれしい
417 :
名無し娘。:2001/05/07(月) 15:40 ID:KQOfv5Hg
荒らすわけじゃないけどなんか、ゆるんできてない?
このまま逝くわけ?
418 :
萌え男。:2001/05/07(月) 22:10 ID:scc2t5GU
すみません‥。精一杯頑張ります。
撃ち終わってまだぼんやりとしている、ののちゃんの薄い肩。そこに、
休めるようにひとみちゃんは手を置いて、相変わらずためらっている
私の様子をしばらく見つめていました。飯田さん矢口さんの間で、私は
彼女の視線にも気がついていたけれど、なんとなく気が引けて目は合わせ
ませんでした。
「なかなか。気分がいいから」
「やっておいた方がいいと思うけど?」
2人のそういう言葉に、私が口籠っていた時です。
怖いの?
挑むみたいな声が、耳に届きました。
私がハッとして、視線を上げた先。腰に手をあてたひとみちゃんが、首を
少し傾けて、なんだか色の薄い瞳で、私を見下ろしているのでした。
420 :
萌え男。:2001/05/07(月) 22:13 ID:scc2t5GU
冷淡な表情。尊大な態度。
どういった理由から、彼女がそうして見せたのか、後日私は尋ねましたが、
ひとみちゃん自身にも、はっきりとはわからないそうです。
「なんとなく。」
そう言って普通に笑っていました。
もちろん私は頭に血が昇ってしまいました。
もともと。負けず嫌いなんです。
怖い?ですって?アンタねー。
散々逃げ回っといて、その顔は、ナニ!?
どうしてそんな態度とれるの!?
私の頬が、みるみる紅潮したので、飯田さん達は言葉を失くしていました。
421 :
萌え男。:2001/05/07(月) 22:14 ID:scc2t5GU
込み上げる気持ちに、わなわなと私は震えていたから、自分のワンピース
のピンク色の裾が、視線の片隅であたかも同調するように、かすかに揺れて
いるのがはっきりとわかりました。
「じゃあ、撃つ。」
一度、目を閉じてから答えた私。
「一応、肩、抑えてるから。」
故意に事務的に発せられた言葉。
砂の上をずんずんと、ひとみちゃんに向かって歩き出した時から、恐怖
なんてもうなくなっていました。なのに、涙が出そうなのは、なぜなん
だろう?
拳銃なんて構えてる、異常な事態だから?
それとも、肩から伝わる、ひとみちゃんの手の温度?
よくはわからなかったけれど、とにかくがんじがらめのストレスから、
私は早く逃げたいと思っていました。
小さく見える空き缶がいくつか、正面には並んでいるんです。
ホラ。私が躊躇しているから、滲むみたいに、ダブって見える。
まるで笑っているみたいに。
少し腹が立った私は、それらを引き裂こうと思って、引き金を引きました。
進むしかもう‥、ないよねウチら。
瞬間、耳許で囁かれた言葉を、私は忘れないと思います。
422 :
萌え男。:2001/05/07(月) 22:15 ID:scc2t5GU
銃を撃った衝撃、それ自体はそんなに大したものではありませんでした。
それなのに私は、足から力が抜けてしまって、砂の上にへなへなと座り
こんでしまった‥。ワンピースに砂がついてしまうけれど、その時は
気になりませんでした。
強くなった風が、雲を散らしたからでしょうか。砂浜にはいつの間にか
明るい月が出ていました。呼吸が整ったところで見上げたひとみちゃん
の顔は、影になってよく見えなかった。ただ、差し出された手に、私は
つかまりました。
立ち上がった私のワンピースの裾を叩いて、砂を、ひとみちゃんが
払ってくれました。飯田さん達が向こうから見ていたけれど、私はもう
気にしていません。
「そんな事とっくに知ってた。好き。」
そう言った私に、ひとみちゃんは白い歯を覗かせました。風が逆向きに
吹いていたから、皆にはきっと、聞こえていないよね。
423 :
萌え男。:2001/05/07(月) 22:16 ID:scc2t5GU
「今度マジ、手料理でもごちそうすっから。」
病院の玄関の手前で2人を下ろした時に、飯田さんはにこにこと笑いなが
ら言いました。道すがら矢口さんは先に、家に降していました。帰り道、
食事に寄った国道沿いのファミレスは、あまりおいしくなかったんです。
口なおしのつもりなのか、ののちゃんはさっきからずっと、飴をなめ続けて
いました。
「本当ですか?うれしい!」
ひとみちゃんは言います。心からの素朴な、柔らかな笑顔に戻って。
「また、連絡してよ。つうかカオリからも電話するし。」
「もちろん。また遊んでくださいね。ののたんも。」
上目遣いのののちゃんが口の中で飴を噛み、小気味のよい音がカリカリと
漏れました。
「ちょっと、遅くなっちゃったから。怒られちゃうかもね。」
そう言った飯田さんはののちゃんの手を取って、ガラスの入り口へと歩き出し
ました。
「ありがとう、今日は楽しかった。」
2人して、何度も振り返りながら。
私達は非常灯の、緑色の明かりに浮かぶ2人の姿が、やがて見えなくなっ
てしまうまで、いつまでも見送っていました。
424 :
萌え男。:2001/05/07(月) 22:17 ID:scc2t5GU
2人きりになって、家に向かう車中、私達はあまり話をしませんでした。
タイヤが回転する音と、ウインカーの、時々カチカチ言う音。無機的なくせに
心が落ち着くそれらのリズムに、私は耳を澄ませていました。
部屋に帰った私達は、ソファにしばらく座っていました。とりたてて何か、
するわけでもありません。何か話をするわけでもありません。さっきいれた
コーヒーが、どんどん冷たくなってゆく。ひとみちゃんはずっと、黙っています。
そのくせ私の手を、握ったまま離さないから、すごくドキドキしていました。
ひとみちゃんの手にだんだん力が入ってきたから、
「いよいよ、かな。」
って、私は思ったけど。
不思議なくらい、心臓が音を立てて、ひとみちゃんに届いてしまいそう。とても
恥ずかしかった事を今でも覚えています。
425 :
萌え男。:2001/05/07(月) 22:19 ID:scc2t5GU
重圧に耐えかねた私がソファから立ち上がりかけた瞬間(理由はコーヒーを
いれなおすとでも言おうと思っていました)、ずっと下を向いたまま微動だに
しなかったひとみちゃんが、急に私へ向き直りました。
「りかっち‥、」
そう言って私の肩を掴むんです。
(来る‥!)
「な、なに?ひとみちゃん」
彼女の視線がまっすぐだったから、返事をする私の声も、思わず上ずって
しまったんです。
そうしたら、いきなり。
「私のこと、とみこって呼んでいいよ?」
「え?」
ワケがわからなくて、私は固まってしまいました。
「なんつって。」
冗談なのか真剣なのか、よくわからない顔をしたひとみちゃん。
どうしていいかわからないチャーミー‥。
すると、ひとみちゃんは、突然両手に力を込め、つよく私を抱き締めました。
「今さらだよね‥。」
「うん‥。」
私は、すごく驚いていたけれど、ひとみちゃんが何を言っているのか、すぐに
わかった。
「姉妹だって何だって、今さら関係ないわ。ここまで‥。来ちゃったんだもん‥。」
私がそう言うとひとみちゃんはとても嬉しそうな顔をして、目と耳と口に、順番に
キスをしました。
426 :
萌え男。:2001/05/07(月) 22:20 ID:scc2t5GU
ひとみちゃんはそれ程、キスが上手いってワケじゃないけど。私はとても敏感に
なってしまって。
「あ‥。」
唇が、首筋を通った瞬間、私は声を出してしまいました。
なんだか、小指の先が、ピリピリと、甘く痺れる感じ‥。
これが‥、愛?
「ちょっ‥と、待‥って‥。」
だって今日、海で遊んで来たんです。シャワーを浴びなければ、いや‥。
しぶしぶ、私から体を離したひとみちゃんは、
「一緒に入ろうか?」
なんて、余裕ぶって言ったけど。
「‥そうする?」
って、私がわざと言ってみたら、急に照れちゃって。
「ウソ。ま、まだムリ。」
赤くなった顔を、凄い速さで振ったりするんです。
おかしい。気が弱くて‥、ふふ。
427 :
萌え男。:2001/05/07(月) 22:22 ID:scc2t5GU
おかげさまで、無事、私達は結ばれました。
「いつまで、一緒にいることが出来るのかしら‥。」
なぜか私の腕に頭を預け、ぐっすりと眠るひとみちゃん。規則正しい寝息を
首筋のあたりに感じながら、そんな事を考えていました。
見上げた窓の向こうには、綺麗に月が見えています。
するとひとみちゃんが、苦しそうに息をつきました。
ウンウンと、首を捩るひとみちゃん。
私の胸に顔を埋めて眠っているのに‥、うなされてる‥。
複雑な気持ちで見守っていると、やがて歯ぎしりをしながら
「だ‥、や‥す‥。」
そう、何度か繰り返すんです。
「保田さん‥?何‥?」
私はそう思ったけれど、そろそろ眠かったんです。
ひとみちゃんの髪を撫でているうちに、いつの間にか眠ってしまいました。
428 :
萌え男。:2001/05/07(月) 22:28 ID:scc2t5GU
読んでもらっている皆様、ありがとうございます。
第3部は、以上です。
次回から第4部に入りますが、出来るだけ緩むことのないように
がんばりたいと思います。
ありがとうございました。
429 :
名無し娘。:2001/05/07(月) 22:28 ID:1Vst.ot.
今回の更新は早かったですね。嬉いっす。
430 :
名無し娘。:2001/05/07(月) 22:42 ID:75BSdDi2
萌え男、サイコー!
緊張と緩和、うまく溶けこんですごく楽しませてもらった。
これのどこが緩んでる?
二人が無事結ばれてよかった。
4部も期待してるっす!
431 :
名無し娘。:2001/05/08(火) 00:40 ID:i9DYxjA.
とうとう次回は第4部か・・・
萌え男。、俺はアンタにどこまでもついて行くと決めたぞ。
432 :
名無し娘。:2001/05/08(火) 01:00 ID:YOXHjVOY
緩んでるなんて、そんな。
いい緊張感を保ってると思いますよ。作者も読者も。
・・・えらそうなことを書いてしまい申し訳ありません。
第4部も楽しみにしております。
433 :
名無し娘。:2001/05/08(火) 05:26 ID:TktM/mPI
緩んでるってのは
たぶん更新までのレスの内容じゃないの?
決して作者じゃないと思うが。
434 :
名無し娘。:2001/05/08(火) 19:06 ID:9kRDwJBY
だ‥、や‥す‥。(ワラ
435 :
名無し娘。:2001/05/09(水) 05:29 ID:vGFsAnQw
あ〜、なんか泣けた。
ひとまずお疲れさまでした。引き続き期待してます。頑張ってください。
…月並み過ぎる。
436 :
名無し娘。:2001/05/10(木) 00:43 ID:7dcf/QbY
第4部に期待sage
437 :
し:2001/05/11(金) 01:35 ID:Qu7/WqMk
438 :
し:2001/05/11(金) 01:41 ID:0BPY5NJY
439 :
名無し娘。:2001/05/11(金) 01:55 ID:EMnZtPgs
お願いだから、ここだけは荒らさないでくれ。
440 :
し:2001/05/11(金) 03:01 ID:NFByxIMU
441 :
名無し娘。:2001/05/11(金) 04:41 ID:kP.f45NU
とりあえずsage
442 :
名無し娘。:2001/05/11(金) 22:07 ID:F96jUgOE
壺飛び職人sage
443 :
名無し娘。:2001/05/12(土) 22:46 ID:yP5xp3o6
第何部まで続くの?これが終わったらたぶん2ちゃんねらーやめるわ、俺。
444 :
名無し娘。:2001/05/12(土) 23:22 ID:eFbLQHAE
>>443 いや、その時はさ。
萌え男。さんに新作を書いてもらう、つーことで
445 :
名無し娘。:2001/05/13(日) 18:33 ID:jAbacT6c
保全sage
一回やってみたかった
四部に逝く前に短編を行きぬきで入れてほしい。
ほのぼの系が読みたいー。
447 :
名無し娘。:2001/05/13(日) 23:35 ID:7O1eq1a6
448 :
名無し娘。:2001/05/14(月) 09:59 ID:aclh3/QE
449 :
名無し娘。:2001/05/14(月) 23:56 ID:tSFN/fo.
451 :
名無し娘。:2001/05/15(火) 09:34 ID:VyrzVKtM
ああ、勝手に3週間待っちゃった。
452 :
名無し娘。:2001/05/16(水) 02:05 ID:1Vg02EzQ
今週は更新なしかな?
ホゼム
シュウマツホゼム
455 :
名無し娘。:2001/05/20(日) 00:34 ID:D5ARnd/A
保全します
456 :
4ー1.1:2001/05/20(日) 19:15 ID:ST.Du2XY
最寄りのコンビニに於いてつい最近発売されるようになったこの
ヨーグルトは、とある牧場より直送とラベルにあり、初め、ピンク
の小花柄といった愛らしいパッケージに思わず手を伸ばした梨華は
一口食べ、思いのほかまろやかなその口当たりにすっかり夢中に
なってしまった。
今朝方、バイトが終わった後にコンビニまで彼女がわざわざ買いに
行ったくだんのヨーグルトといくつかの調理パンを数時間後、昼過ぎに
目覚めた私達は食べ、バイトまでの空いた時間をソファでだらだらと
過ごすうちに私はまたもや眠くなった。
夢見が悪いから、あまり深く眠れないせいだ。
つけ放したTVの音が、ああまるで、子守唄のよう。
‥。
457 :
萌え男。:2001/05/20(日) 19:16 ID:ST.Du2XY
居眠りから目覚めると梨華が覗き込んでいた。
「確かに気になるケドね。でも、そこまで夢に見る程?」
と、いうことはまた、私はうなされていた。ほんの少し微睡んだ、
こんな短い時間のあいだに。
数十分前、共に座っていた梨華の肩に凭れ掛かるようにして、うとうと
眠りに落ちた私だけれども、目を開けた今、いつの間にか頭部を、彼女
の膝の上に預け、両足を伸ばし横たわっている。
あ。膝枕されてる‥、やさしい‥。
嬉しさの為に少しだけ甘えたくもなったが、それをダイレクトに悟られ
るのは妙に恥ずかしい事とその時思い、私は敢えて眉を顰めた。
「自分でもわからない。どうしてこうまで、うなされるのか。でも可動式
のホクロと、‥あの痣ッ!もう気になって気になって‥。」
とみこ、しっかり!私は心の中で自分を叱咤し、頭を左右に振った。更に
気合いを入れるように、ピチャピチャと顔を両手で叩いた。
膝の上でおおいに暴れる私を梨華は目を丸くして、声を上げて笑うのだった。
「私達だって姉妹なんだから、別にいいじゃない。今さら身内が何人増えようと。
関係ないんじゃなかったの?」
「うーむ‥。」
私は口籠った。納得して良いものか。
458 :
萌え男。:2001/05/20(日) 19:17 ID:ST.Du2XY
と、その時。時報とともに切り替わったTV画面に、一人の少女が映し
出された。複数から同時に向けられるマイクと夥しいシャッターの罵声。
まるで乱国の兵のように一斉に押し寄せる記者達の中を、ほんの数名の
スタッフに守られ、彼女は無言で進んで行く。たった今降りた灰色
のヴァンから十数メートル歩いた彼女の、最後の数歩は駆け出すように、
白く、目深に被った帽子は建物の奥へと消えて行った。
梨華の膝に頭をのせたまま、私はその映像をいまいましい思いで見つめて
いた。普段なら特に、ワイドショー等には興味のない私だけれど。
‥なぜならそれが真希ちゃんだからだ。彼女は今、叩かれている。
直後、しらじらしい程明るい曲が番組のタイトルとともに流れ、挨拶
を終えた司会者が端から順に出演者を、ひとりひとり紹介してゆく。
一番隅に座った自称芸能評論家は、他の2人のゲストと比べて倍に近い
時間を取り、熱く、不愉快な程かつぜつ良く喋った。
459 :
萌え男。:2001/05/20(日) 19:18 ID:ST.Du2XY
「彼女の場合アイドルであり、且つG教(※作者注。『ジーきょう』と
読んで下さい。)というカルトの教祖といった肩書きも同時に持つわけ
ですが、今回の教団本部、売春斡旋疑惑が仮に真実だとすると、彼女も
当然絡んでいる、そう考えて間違いないと思います。メディアを通した
圧倒的な人気、主として中高生に強い影響力を持つ彼女自身が広告塔に
なるため、少女売春の対象となる素材、つまり彼女に憧れた未成年女子
信者ですが、その多数獲得が可能になるんです。
僕はそういうのは許せないッ!生理的に吐き気がするんだ。
まあ、今回の事は政財界も巻き込んだ大騒動になりかねないのですが、
それよりも僕は今日、後藤真希本人に関する欺瞞をここで徹底的に検証
して帰りたいと思っています。今のところはまだグレーだが、そもそも
彼女には黒い噂もピンクの噂も、それこそ掃いて捨てる程あるんだ。
シロであろうとクロであろうと、この際はっきりさせた方が彼女のため
にも良いと思いますよ。未成年ですし。そういう意味では今回の騒動も
彼女にとっては決してマイナス面ばかりではないということですかね。」
ハァ?つうか長い。
小ぎれいな身なりをしていても話すうちに興奮し、やがて、歯茎を剥き
出してしまうのは、近頃テレビで良く見かける、この男の耐え難い癖だ。
セーターなんか肩からかけて、むしろお前の鼻の下のその溝の深さの方が、
よっぽどの大問題なんだよ。
真希ちゃんはなあ‥、真希ちゃんはなあ‥っ!!!
拳を握りしめる私。
460 :
萌え男。:2001/05/20(日) 19:19 ID:ST.Du2XY
「ほんとコイツら『死ね』ってカンジ。」
諸々の、真希ちゃんのあまりの言われ様に体温が上がってしまったのか、鼻の
通りがやけに良い。途中、梨華の膝から身を起こして、怒りに震えていた私だが、
結局、真希ちゃん関連の部分は全て最後まで見てしまった。下唇を無意識のうち
せり出していた私に、梨華が遠慮がちな声を出す。
「売春疑惑‥。どうなんだろうね、ほんとうのトコロ‥。随分いろいろ言われ
てるケド‥。」
「さあね!けど私は真希ちゃんを信じるよッ。」
『黒い噂』に『ピンクの噂』。週刊誌なんてもっと酷い。返答する声が、
どうしたって不機嫌になってしまうのは、とりあえず誰にも責めて欲しくない。
すると梨華は、両手を上げ、大袈裟に驚いて見せるのだった。
「まあ?逆ギレかしら?怖いこと〜。」
その独特の、息を果たして吸っているのか吐いているのか、実際よくわから
ない発声法に、私は一気に怒気をそがれ、傍らの電話に腕を伸ばした。
461 :
萌え男。:2001/05/20(日) 19:20 ID:ST.Du2XY
「保田は今日、出社しておりませんが。」
対応に出た女性は、明るいが事務的な声で答えた。
保田さんからの連絡はあれ以来ないし、彼女からの電話は常に非通知だった
から、彼女のプライベートな連絡先を私達は結局知らない。
かといって、あの痣のことを気にかけているのもいい加減うんざりだったので
書類の入った、社名の印刷された封筒を頼りに、記載された番号へこちらから
電話をかけてみたのだ。
私達は運がよく、取次ぎの女性はそこそこ話好きな方なのだろう。書類偽造等、
負い目もあった為私が適当な偽名を使い顧客である旨を伝えると、彼女は
少しも疑う様子を見せず、保田さんが昨日から無断で欠勤していること、直属の
上司が連絡を取ろうとしているが彼女が捕まらない事、等を声をひそめつつも
明らかに楽しんでいるとわかる口調で話した。
バレたのだ----、私は一瞬にしてそう直感したが、ともかく書類上の私達に
関する記述は全くの出鱈目だったし、保田さんが捕まって口を割っていない
以上、私達のプロフィールが保田さんの勤める会社をはじめ、その他もろもろ
の関連機関に伝わってしまう事は不可能であることも次の一瞬で理解すること
が出来たので、とりあえず様子を見ることにした。
462 :
萌え男。:2001/05/20(日) 19:20 ID:ST.Du2XY
梨華のくるぶしに、小さくまだ新しい傷をひとつ発見したのは、電話を
切った私が彼女の腿に再び体を預けようとした矢先だった。
既に横たえてしまった体勢のまま、梨華の膝越しに私はその下方についた
すり傷を指さす。そういえば、オキシドールを切らしていたっけ。そんな
事が即座に連想された。
「これ、何?」
そう聞いた私の声に、尋問めいた色合いなど、これっぽっちも含まれていな
かったはずだ。が、梨華はなかなか答えなかった。
「うん‥、今朝、ちょっと‥。」
梨華の返事を待つ間私は傷に触らぬよう、そっとその周辺へと、静かに指
を這わせていた。
微妙に、うわずっている声。
真希ちゃんへのTV報道に対し憤慨する私、或いは保田さんと連絡が取れ
ずに落胆する私。その両方を、先程までいつも通りの軽い笑顔をたたえ、
穏やかな空気で見守っていた梨華。そんな彼女が見せた、突然変わった
不自然な様子。
463 :
萌え男。:2001/05/20(日) 19:22 ID:ST.Du2XY
「今朝?ヨーグルトを買いに行った時?」
梨華のひざ元からゆっくりと頬を離し、そのまま起き上がって私はソファ
を降りた。彼女の正面へ回り込み、床に座って梨華を見上げる。
「うん‥。ちょっと‥。走ったら転んじゃった。ハハ、私ドジだから‥。」
「暗かったし、やっぱり一緒に行けばよかった。そう言ったのに。」
「別に、コンビニくらい‥。」
隠し事がないとは言わせない。何故‥、走った?
私はおもむろに手を伸ばし、梨華の足首をささげ持った。
「今度から、絶対一緒に行くから。」
紅く、滲んだ傷はまだ、乾き切っていない。見つめているうちに、自然
と唇が吸い寄せられた。
梨華の命、そう言って良いと思われる誰よりも細く、そして綺麗に伸びた
足。私が実際こう思っていると知ったら、彼女は果たして怒るだろうか?
こんな小さな傷ひとつ、許す事ができない。
464 :
萌え男。:2001/05/20(日) 19:32 ID:I0vsfHz2
本文中に「G教」と出てきますが、「G教」とG会は、
全く関係ありません。
本当に他意はありませんので、どうか、ご了承ください。
465 :
ななし:2001/05/20(日) 19:53 ID:iFik2PEs
第4部スタート
先が予想できない展開ですね。待ってた甲斐がありました。
466 :
名無し娘。:2001/05/21(月) 00:11 ID:QMjudFBs
更新嬉しいsage
もう何がどうなるのか全く先が読めないね。
467 :
名無し娘。:2001/05/21(月) 01:01 ID:xMtUgN4.
何故走ったんだ・・知りたいがしりたくない・・
468 :
名無し娘。:2001/05/22(火) 08:10 ID:Q7SeIh76
sage
469 :
名無し娘。:2001/05/22(火) 18:30 ID:uHuGbVKI
保全〜♪
470 :
名無し娘。:2001/05/23(水) 15:58 ID:NXGpwkxI
hozemm
471 :
名無し娘。:2001/05/23(水) 18:49 ID:cVlqyx1w
早く!
続きを早くぅ!!
472 :
ナナツ:2001/05/23(水) 19:30 ID:UAS0telc
sageでいこうよ。
続きは来週まで待たなきゃ見れないんだからさ。
473 :
団長:2001/05/23(水) 21:41 ID:tHZzk4jg
さっき1部から3部まで通しで読みました!!
感動っす!!4部も期待してます!!
ホゼム
シュウマツホゼム
いいねえ
477 :
名無し娘。:2001/05/27(日) 18:13 ID:zrmCV80A
今夜も期待sage
478 :
名無し娘。:2001/05/28(月) 01:36 ID:feOI56Rk
期待下げ。
479 :
4ー1.2:2001/05/28(月) 13:53 ID:B65X8soM
あの日がバイトに出た最後の日だったから、店内の雰囲気とか、客層とか、
細々としたところまで、本当に良く覚えている。
スピーカーから漏れる重いギターの音。そこそこ入っていた客の、拡散した
喋り声。それらは混じり合い、膨らんだ波のような層を構成する。更にその
上部には煙草の煙が薄い雲となって、天井付近に澱んでいるのだった。
普段真面目なバーテンは随分機嫌が良かったのか、アルコールを注ぐ合間に
自分もグラスをあおっていた。照れて、シェイカーを嫌う彼が、おどけて作った
綺麗なカクテル。くわえ煙草で出されたグラスをテーブルへと運ぶ途中、私は
それを耳にしたのだ。
客の年齢層がいつもより若干高めだったから、はりきった様子の2人の服装
は余計に目立って映った。大人びたミュール。さんご色の爪。あどけさが
残る口元は多分、高校生‥?
トレイを持って横を通り過ぎる瞬間、なにげに私がチェキを入れた瞬間だ。
結婚するんだってね、ヤグチ。
聞いた聞いた。
囁き交わされる感心の薄そうな声が、私の耳へと届いた。
マジ?
びっくりしてバランスを崩しそうになったけれど、私はなんとか持ちこた
えた。運動神経の良い私だけあって、酒はこぼれずに済んだ。早く梨華に
言わなくっちゃ。足早に歩く。
480 :
萌え男。:2001/05/28(月) 13:54 ID:B65X8soM
「ウソ?」
カクテルを出した帰り、直行したキャッシャーデスクで、梨華は目を丸くした。
サンダルを履いた足を、梨華はきっちりと組んでいたから、くるぶしにある
べき傷は、ちょうど私から見えなかった。
「わかんないけど。そう話してた。」
肩ごしに私は、高校生とおぼしき先程の2人を、視線のみで梨華に示す。
なにげない風を装い、その先へ瞳を巡らす梨華。
「あ、」
梨華が小さな声を上げた。
「あの2人、知ってる‥。何回か、矢口さんと一緒に来てた‥。」
「そうなの?じゃあ本当に結婚するのかな、矢口さん‥。」
梨華の視線は動かない。彼女へ向けていた視線を私も例の2人組へと、
そうと気付かれないように注意深く戻した。
「いや、本当だけど?」
休憩時間。ちょうど席を立った2人を、私は入り口付近で呼び止めた。従業
員は2名同時に休憩を取ることができないから、梨華は相変わらずキャッシャー
カウンターから離れる事ができないけれど、店を出ようとする2人に気付いて
私が走り寄る瞬間、一度だけ梨華とも目が合った。
481 :
萌え男。:2001/05/28(月) 13:54 ID:B65X8soM
「父親の取り引き先の息子だってさ。」
「向こうがすごい気に入ってるんだって。けっこう年上の人らしいよ?」
2人のうち髪の明るい方がそう言うと、もう一方の唇を過剰につやつやさせた
方もすかざず相槌をうった。
「そうなんですか、知らなかった‥。でも随分急なんですね‥。」
腕を組む私。
「急だから大変なんだよ。稽古ごとやら何やら、かなり大変みたいだし。」
「そう言えば。最近、矢口さん来てないけれど‥。」
「軟禁もいいとこらしい。ウチらだって全然会ってないよ。てゆうか遊んで
ないんじゃん?」
「あの矢口さんがですか?」
「そ。可哀想だよねー?」
「ねー。」
矢口さんの飲み仲間。この頃から私は違和感を覚え始めた。
2人はしきりに頷き合うが、声がいたって軽薄なのだ。
482 :
萌え男。:2001/05/28(月) 13:55 ID:B65X8soM
「そうだ。」
突然。グロスの方が愉快そうに、軽快に私を指差した。
「つうか、あんた。ヤグチと仲いいじゃん。私、知ってるよ?よく一緒に
座ってんの見た。」
ちょっと前、一緒に海に行ったばかりだ。この人たちって、飯田さんとか
ののたんとか、知ってるのかな。
「ええ、まあ。」
「でッしょー?ならさー、助けてやりゃいいじゃーん。てか名案じゃない?」
ギャハギャハと笑いながら言われたので、少し腹が立った。なんだ、コイツら?
からかっているの?
ひそかにそう思ったけれど、私は笑顔。
「てゆうか、なんで私なんですか? 無理に決まってるじゃないですか。ハハ。」
「だよねー。可哀想だけどー。しょうがないよねー。」
「お嬢のくせにあんだけ遊びたおしてたんだし。ま、年貢の納め時って
コトじゃん。なんつってちょっと早いけど。アハハ。」
嫉妬?こういうヤカラはどこにでもいる。矢口さんの前じゃこんなクチ聞けない
くせにさ。
しばらく立ち話をした後、挨拶をした私が扉を開けてやると、2人は笑いながら
出て行った。
「また来て下さいね。」
現在は互いの恋バナに夢中。私の声なんて耳になどとっくに入っていない様子。
なんて。今の私にはそんなこと、とっくに重要ではなくなっているけれど。
483 :
萌え男。:2001/05/28(月) 13:56 ID:B65X8soM
数時間後。
バイトから帰った私は、ベッドに仰向けに横になった。昨日のほぼ同じ
時間帯、梨華が足に傷を作った理由を、あれから私は特に聞き出しては
いないけれど。ともかく彼女は今日、コンビニに行きたいとは言わなかっ
たし、あれ程毎日のように食べていたヨーグルトも明日は我慢するらし
かった。
梅雨も末期となった今、雨は決して止まない。長いこと水を吸い続けた
この建物も、そろそろその昇華の限界を迎えているのか、雨漏りこそまだ
していないが、天井の片隅にはいつしか輪郭のぼやけた染みが、いくつか
ぽつぽつと浮かぶようになった。
梨華がシャワーを浴びる間、私は眠るでもなく、曖昧に黒ずんだ染みの
数を懸命に数えたりする。
484 :
萌え男。:2001/05/28(月) 13:57 ID:B65X8soM
スニーカーを履いていたから矢口さんはあの日、いつにも増して幼かった。
梨華を襲った後、家を飛び出した私が雨に濡れて訪れた夜。
周囲が寝静まった時間。青白い電柱の灯りに降り続く雨が切り取られ、飽和
した水分のせいで、全てが静かに発光していた。立派な、大きな門の前で傘
を差した矢口さんはひとり。ひっそりと私を待っていたが。
まるで、いるわけない遠い存在に、それでも思いなんかをひそかに寄せて
でもいるよう。ぼんやりと斜め上空を見つめる矢口さんの、時折白い息を
吐きだしたりする横顔の、なんと美しく、そして、なんと孤独だったこと。
濃い色の上着の、フードまですっぽりと被った私は一瞬の間、本当に一瞬の
間だけ声をかけるのをためらって、彼女をじっと見つめた。
485 :
萌え男。:2001/05/28(月) 13:57 ID:B65X8soM
声をかけた途端、矢口さんは普段の様子に戻った。予想通り。一度、意地悪
そうにわざと睨んで見せて、直後、ニッとゆるんだ口元。良く動く奔放な瞳
のまま。
「早く入って。」
常に大人ぶろうとする。
不自然に明るい玄関で濡れた靴を脱ぐ私に、厚い大きなタオルを矢口さんは
投げてよこした。
広い家。廊下の奥の方は、暗くてよく見えない。それでもやっぱり、声は
響いてしまう?私の育った家はこんなに大きくなかったから、知る由はない
のだけれど、果たして梨華ならどうか?
そう考えて私は苦笑した。
だって。つうか姉妹じゃん。
そんな私を見て、矢口さんはそっと、唇に指を当てた。
「静かに。お風呂沸いてるから入って。着替え、新しいのあったから、
出しといてあげたよ。仕方ないから。」
言われるまま私は矢口家風呂へ向かった。浴槽に浸かったら、体の末端部分
がここちよくじんじんと痺れて、自分の体が随分冷えきっていたのだという
ことに、そこで初めて気がついた。
486 :
名無し娘。:2001/05/28(月) 15:20 ID:CXqnOB6E
更新だ! わーいsage
487 :
名無し娘。 :2001/05/28(月) 15:54 ID:Ge3bfLsc
感謝sage
488 :
名無し娘。:2001/05/28(月) 22:39 ID:TWJ6YJ6w
一度ageなくて大丈夫か?
489 :
名無し娘。:2001/05/28(月) 23:29 ID:yZPPNS8w
じゃああげ
490 :
名無し娘。:2001/05/30(水) 04:58 ID:LH20cgI.
sageましょう。
491 :
名無し娘。:2001/05/31(木) 03:55 ID:7evfZj1E
保全sage
ほーぜんsage
493 :
4ー1.3:2001/06/03(日) 01:04 ID:aHmi.n7M
数カ月前、初めて会った矢口さん。それ以来随分良くしてもらった私が
彼女に対して思うこといくつか。
頼りがいがあって、優しい。人当たりは良いけれど、決まってどこか
クール。現在の矢口さんは周囲に対し、常にドライな態度を崩さないけれど、
本来の彼女は、自分のことと同じくらい、他人のことが好き。
ほんの数年前までの彼女が、やりたい放題の豪快なガキ大将だったこと
からも容易に想像がつく。
人は幼い頃の欲求を、大人になるにつれ上手に隠す事ができるように
なるけれど、それらを全く消してしまうことは、不可能に近い。
他人を好くにしても、嫌うにしても、対象に費やすエネルギーはほぼ同量
であるし、外部に向け、あらゆる感情を常に発散しつづける程、以前の
矢口さんがバイタリティーに溢れていたということは、その外部に対する
矢口さんの興味、要するに周囲の人間へ向けた矢口さんの好意が、旺盛
だったという理由に他ならない。
わがままひとつ言うにしたって、相手に対する、ある種の信頼じみた感情
(たとえそれが一方的であるにせよ)が、矢口さんの中にはしっかりと
存在している必要があるからだ。
494 :
萌え男。:2001/06/03(日) 01:05 ID:aHmi.n7M
飯田さんいわく「わがままさがなくなった」という現在の矢口さんは、
つまり周囲に無関心になった。もしくはそう装うようになった。
情熱を失くした最大の理由は、おそらく絶望。
無防備な好意は今の世の中、災厄を自分に呼び込んでしまう。
ましてや豊かな家庭に矢口さんは生まれた。近寄って来る人間といちいち
本気で相対するうち、彼女はいつしか学んでしまった。
わがままを通して生きて行く方が、この時代よっぽど難しいこと。
いちはやく大人になった方が、全てにおいて有利であること。
そうしてガキ大将のいじめっこは消え、クレバーなリーダーができあがった。
威圧感を与えない生まれ持った身長の低さと、昔とった杵柄の、人なつこい
黒い瞳。あらゆる人脈を吸収する際、それらはおおむね好ましくはたらいた。
495 :
萌え男。:2001/06/03(日) 01:06 ID:aHmi.n7M
あわれな家出少女2人に、矢口さんが何を見たのか、私は今でも知ら
ない。出会った日、矢口さんは気前よく住居と仕事を用意してくれた。
彼女の手際の良さ、そしてあまりの旨い話ぶりに私と梨華は訝しんだが、
結局、矢口さんについて来て悪い思いはしなかった。
感謝の気持ちでいっぱい、とか。そういったようなかんじだ。
しかし、かならずつきあたる疑問。
私達のどこを、矢口さんは気に入ったのか。
影?逃亡者にありがちな?もしくは殺人者の血におい?
まさか。
私達にそんなもの、ありはしなかった(と、思う)。
496 :
萌え男。:2001/06/03(日) 01:06 ID:aHmi.n7M
一般的な矢口さんの遊び友達には、恵まれたバックグラウンドを持つ、
いわゆる選ばれた子女が多い。そして矢口さんには彼ら或いは彼女ら
に決して見せない表情があり、私の知る限り梨華と私、もしくは飯田
さんとののたんあたりが、それを見る事ができる。例えば海に行った日。
銃のアリ・ナシを震えながら問う姿とか。或いは安倍さんの話題で見せた、
無邪気な悪意の表情とか。
一段深いところにある、矢口さんのひそかな感情。私達にしか見せないのは、
安堵しているから?
私達には未来がないから?
そこまで考えて少し笑った。さすがにこれは失礼か。
矢口さんはそんな人じゃない。‥と、いうよりもむしろ、どっちだっていい。
実際の彼女が私達に向けるもの、例えそれが同情だろうと、憐憫だろうと、
私にはあまり関係ないのだった。
世の中は主観で成り立っている。
彼女が私達を愛していると私は考えているし、私も彼女が大好きなのだから。
それ以外の世界へ私が足を踏み出すことなど、まったくもって不可能に違い
ない。
497 :
萌え男。:2001/06/03(日) 01:07 ID:aHmi.n7M
風呂を出た私は矢口さんの部屋へ向かった。以前、何度か訪れたことが
あって家のつくりはだいたい頭に入っていたから、長い廊下にも、東西
2つある階段にも、私は迷う事がない。夜中だし、もちろん足音には気を
つけたけれども、なんなくたどり着く事ができた。
部屋のドアをノックして開けると、ベッドに腰掛けた矢口さんはTVの
深夜放送を見ていた。バラエティ番組。乾いて聞こえる笑い声が、ます
ます深夜の気分を煽り、私はふと、自分が世間から切り離されたように
感じた。
「あ。真希ちゃんだ。」
まだ、叩かれる以前の真希ちゃんが画面に一瞬映ったので、素早く目の
端に捕えた私は、思わずそう呟いてしまった。
「え。ファンなわけ?」
矢口さんに聞かれ、うろたえる私。
「いや‥、エ? ああ‥、まあ‥。」
つきまとう恥ずかしさはなんだろう。もしや。真希ちゃんがあまりに
イケイケだから?
‥うう。
私はごまかしまぎれに、濡れた髪をごしごしと拭いた。ヲタだとばれ
たくない。大きなバスタオルは動揺を隠すのに都合がよかった。
498 :
萌え男。:2001/06/03(日) 01:08 ID:aHmi.n7M
幸運なことに、矢口さんはそれ以上突っ込んでこない。手に持った
麦茶を飲みながら、少しだけ楽しそうに私を眺める。
「よかった。あんまりピチピチじゃないね。」
「ああ、着替え‥。快適です。」
矢口さんの視線は、私が身に付けているTシャツと短パンに
そそがれていた。私の趣味とは違って、女の子らしい色で可愛い。
「よっすぃー、デカイからさ。お父さんのヤツとか出してきて
あげようかな。とか思ったんだけど。けどあの人たちもう寝てるし。
たんす、寝室にあるんだよ。」
「ああ。でもほんと平気ですよ?ホラ。」
腕をぶんぶん振って見せた私。矢口さんも満足そう。
「それ。ヤグチが持ってる中で一番大きいヤツだもん。つうか
おまえデカすぎ。」
「‥つうかおまえが小さすぎ。ふふ。」
苦々しい思いが満ちたあの部屋から抜け出し、ここ最近で初めて息を
したような気分になった。
真夜中の明るい部屋。起きているのは2人だけだと錯覚した。
499 :
萌え男。:2001/06/03(日) 01:09 ID:aHmi.n7M
誰かに聞いて欲しかったのは、私が弱っていたせいも多分にある。しかし
それだけではなく、矢口さんはそんな告白をした私をもきっと許し、今ま
で通り受け入れてくれるというかんじの勝手な期待を抱かせるような、
そういうオーラがあった。
梨華の殺人を除いた全て、家出、金、銃、それから、当時大問題となって
いた、私と梨華との異母姉妹説まで、私はもろもろを、矢口さんに打ち明
けてしまった。もちろん、私が梨華を襲ったことも。
殺人のことは敢えて話さなかったが、なぜなら、いくら矢口さんとは言っ
てもさすがに重すぎる話だろう、個人的にそう判断したからだ。
銃入手のいきさつについて目を丸くした矢口さんは、殺された安倍なつみ
について
「そういうアツイ部分もあったんだね、あの人。」
と、ごく簡単なコメントを述べた。
続く保田さん関連の、梨華と私の血の繋がりにおいては、あっけにとられ、
言葉など出ない様子。しばらく息を呑んだまま、まじまじと私を見つめていた。
500 :
萌え男。:2001/06/03(日) 01:09 ID:aHmi.n7M
私は疲れていたはずだったが、矢口さんの親身な聞きっぷりがとても心地よく、
えんえんと話し続けてしまった。絶望にくれた私の論調は、混乱も甚だしい
ものだったけれど、矢口さんはそれらめちゃくちゃな言葉のひとつひとつを、
時にはなだめ、時にはすかしなどして、真剣に耳を傾けてくれた。
そして。
レイプ騒動のくだり。その他を話したのに、最大の罪を話さないわけには
いかない。ここで隠せば私は永遠に卑怯ものとなるのだった。人前で泣く
のは恥ずかしいし、なるべく冷静に話すつもりだったけれども、身体の震え
は止まらなかった。矢口さんは牧師のように、ただ目を伏せていた。
501 :
萌え男。:2001/06/03(日) 01:11 ID:aHmi.n7M
「嫌がる彼女を、押し倒したんですよ私。最低‥ですよハハ。灰皿は‥
振り降ろされなかったんです‥。」
語尾の方に、奇しくも涙が混ざる。泣きたくなんかないのに。
「どうしよう‥、私。りかっちに捨てられたら、生きて行けないのに‥。」
「そう‥。ならなんで襲ったりしたの?」
「だって‥。もう怖くて。姉妹だったりしたら、彼女は結局‥。他の人の
ところへ行っちゃうと思って‥。」
ああ‥!
わたし用。ベッド脇に敷かれた一組の寝具。ブランケットで顔を隠し、
私は両手で涙を拭った。
「かわいそうなよっすぃー。」
慈愛に満ちた声で矢口さんは言った。
「けど、梨華ちゃんも同じだね。それは。」
それはもう。本当にわかっていた。頷く私。けれど、不意に襲った嗚咽の
せいで、それはぎこちないものになった。
すでに外聞などなく、ひたすら私はしゃくりあげた。矢口さんは相当大人。
姉妹なんて関係なくても、別れるトコロは別れるし、続いてくトコは続い
て行くよ。アベックってやつは。
502 :
萌え男。:2001/06/03(日) 01:12 ID:aHmi.n7M
問答にも似たやりとりは、明け方まで続いた。空は明るさをいくらか取り
戻したが、天気は相変わらずの様子。私達はそれぞれの場所に横たわり、
雨が紡ぐ、単調な音だけを聞いた。すなわち矢口さんはベッド、私はふとん。
消耗著しい身体に睡眠は逆に訪れない。泣いたから、興奮しているのだ。
天井をずっと見つめた。
「矢口さん。」
そう声をかけたのは、疲れた彼女の呼吸が一定のリズムを刻み始めた頃。
彼女が眠ってしまった後に、一人になるのが嫌だったため。律儀に答えを
返す彼女は、決して不機嫌などではなかった。いつだって優しいんだ。
「何?」
私は努めておどけた声を出した。号泣してしまった照れもある。
「一緒に寝てもいいですか?」
それほど本気ではない。矢口さんにも解っているはず。
503 :
萌え男。:2001/06/03(日) 01:13 ID:aHmi.n7M
しかし。答えはしばらくなかった。予想外。考え込んでいるのか。それとも
眠っている?
「矢口さん。」
「だめ。」
ほぼ同時だった。返事を待ち切れなかった私が再び口を開いた時だ。焦れた
様子の私の声に矢口さんがかぶせて言った。それにつけても私はひどい鼻声
なのだった。
「なんで?」
「早く寝なよ。」
「いいじゃないですか。」
「もうなんなの?どうしたいの?」
「わから、ないけど。」
「早く寝なってば。まだ声が震えてるよ?ヘンな声。」
そもそも返事をしてもらってる事が嬉しい、眠れない私。
「さっきまで泣いてたくせに。」
なかなか引き下がらなかったから、矢口さんはとうとう言った。
504 :
萌え男。:2001/06/03(日) 01:13 ID:aHmi.n7M
「つーか。ヤグチの事一番好きな人とじゃないと、ヤグチはそういうのしないん
だけど?それに--------。」
「ハイハイ知ってますよ。眠れなかったからちょっと聞いてみただけですよ。」
珍しく真剣になった矢口さんが愉快だった。すっごい遊んでるフリして意外と
真面目なのを私は知っている。
フフフフ。
笑う私に矢口さんは呆れ顔。その後、少しからかう口調。
「じゃあ、明日。梨華ちゃんに電話しなよ?自分でかけてよね。」
「いいですよ?できますとも。」
「言ったね?」
「余裕です。」
矢口さんが、結婚する‥。
505 :
萌え男。:2001/06/03(日) 01:14 ID:aHmi.n7M
長く回想している間に梨華はシャワーを浴び終えて、寝仕度を整えたよう
だった。私は目を閉じていたから、私が眠っているものとてっきり思った
んだろう。物音を気にする様子で静かにベッドに近付き、上がけをそっと
めくった。
「りかっち。」
「きゃ‥っ!」
端から驚かすつもりで、突然私は声をかけたから、案の定彼女は小さく、
かわいい悲鳴を上げた。てゆうか大・成・功。
「起きてたんだ。本当にびっくりしちゃった。」
「まあね。」
ベッドに入った梨華に私は腕を伸ばし、そのまま、半ば抱きつくようにしな
がら、もぞもぞと距離を詰めていった。
梨華は軽かったし、私もなかなか動いたから、2人の間に空いた距離など
あっという間に縮まった。
506 :
萌え男。:2001/06/03(日) 01:15 ID:aHmi.n7M
「明日さー‥。てゆうか今日起きたら。行ってみようと思うんだよね。」
私は少しも笑わずに言った。
「矢口さんの家?」
「うん‥。仕事、明日ないし。携帯にさっき電話してみたけど‥、やっぱり
でなかった。一応メール、入れたけどさ。」
「なんて?」
「まあ、それはいいとして。」
超直前の梨華の顔は、(雨だけど)朝の、青い光にさらされて綺麗。
私と梨華の額は、あとほんの数ミリ動くと、ぴったりと重なってしまいそう。
そんな至近距離で私達は、お互いの瞳を生真面目に覗き合う。
「会えるかは解らないけど。でも会って確かめたい。」
「結婚のこと?」
「うん‥。」
「本当に矢口さん結婚しちゃうのかしら。」
そろそろ眠くなった私は、不安そうに囁いた梨華を、一度改めて抱き寄せた。
瞬間、ふと開けた視界に、天井の染みが映る。黒くぼやけた輪郭は先程よりも
大きくなっていた。薄れる意識の中で私は考える。あんな感じの形、どこかで
見た事ある‥。
ああ。ガン細胞に似ているんだ。
508 :
名無し娘。:2001/06/03(日) 05:11 ID:5lsog1gU
おお、更新してる
矢口とは会えるのかな?
509 :
ちび:2001/06/03(日) 16:17 ID:PDcb/7z6
シアター大好き
最高!はまった!!
続き気になる〜
510 :
日比野:2001/06/03(日) 18:28 ID:B9/6p16c
ここにある小説の中で抜群に面白いです!
作者さんのセンスには頭があがりません!
しゃげ保
512 :
名無し娘。 :2001/06/04(月) 15:41 ID:z8GR7lH2
保全ほぜsage
513 :
名無し娘。:2001/06/05(火) 08:07 ID:Q4IR1fU2
ほぜーむ
ホゼム
515 :
名無し:2001/06/08(金) 10:27 ID:1ZQrjGiI
保田
516 :
名無し娘。:2001/06/09(土) 03:40 ID:NlLlFjj6
518 :
名無し娘。:2001/06/09(土) 14:30 ID:ktIT7b9.
再開してたのか
マジヲタと2ちゃんノリが融合してて俺は好きだったりする
519 :
名無し娘。:2001/06/09(土) 22:51 ID:jCXvmfIk
tunku town ni kikaku okuttara ikaga de shou?
cool na eiga ga dekiru to omou nodesuga...
520 :
名無し娘。:2001/06/09(土) 23:48 ID:mOyIua9c
>>519 Neta desuka? Aite ni saremasenyo, konna no okuttemo.
Mou sukoshi shihan no syousetsu toka yomimasyou.
Kanchigai shinaide hoshiindakedo, ore, kono syousetsu suki yo.
521 :
名無し:2001/06/10(日) 02:10 ID:T35IhGaY
「ああ。ガン細胞に似ているんだ。 」
この表現萌え〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
522 :
名無し娘。:2001/06/10(日) 03:40 ID:h5GtGojs
ageんなよう
一気に読んでしまった。
作者さんうますぎます。
524 :
名無し娘。:2001/06/11(月) 00:59 ID:RxHvqfQY
更新が待ち遠しい・・・
525 :
4ー1.4:2001/06/11(月) 14:19 ID:n4B0cpLs
目の前には大量のゆで卵が積まれている。殻を剥くのは私の仕事だ。私は
そもそも茹でた卵が大好物だから、殻を剥くのも得意なわけだ。
まず、白い小山をざっと見渡し、その中からひとつ、そこそこ大きくすべ
すべとしたものを選び取る。迷いはない。
カツカツ。
私は机の角を使い、表面に適当な割れ目を入れた。出来たひびに沿って殻を
ペリペリと剥いてゆく。慣れたものだ。今まで何個剥いたと思ってるんだ。
少しも経たないうちにつやつやした白味が、陶器がかった白い肌を露にした。
芸術的とも言える。
「これは安倍さんの分。」
そう呟いた私は脇の皿の上に、剥いたばかりの卵を加えた。皿の上には既に
剥き終えたゆで卵が、実は相当数積み上がっているのだけれど、私は気にも
とめない。次に剥くべき卵へとさっさと腕を伸ばす。
殻を剥くのは得意だったし、それが私の役目だ。
そうこうする間に、はやくも次の卵を剥き終えてしまった。
「これは矢口さんにあげよう。」
526 :
萌え男。:2001/06/11(月) 14:20 ID:n4B0cpLs
さて。
次はおでこで割ってみようか。
調子にのった私は手中のゆで卵をひとり眺め、秘密裏にほくそ笑んだ。殻を
剥く自分の職人並みの手際の良さに、得意な気持ちがこみあげるのだ。
ゴッ。
「痛ッ。」
ペリペリペリ。
あれ?これは誰にあげるんだっけ?
私はふと考えた。予想以上の衝撃に、目には涙が滲む。
安倍さんと矢口さんの分は、もう剥いてしまった。梨華の両親までも含めて、
知り合いの分は全て剥き終えている。
527 :
萌え男。:2001/06/11(月) 14:20 ID:n4B0cpLs
私自信は食べない。梨華も食べない。飯田さんも、多分食べないことだろう。
あとは誰に剥いてあげるんだった‥?
「あれ?」
私は首を捻る。
「ま、いいや。」
ペリペリ。
作業を再会した。いずれ新しい誰かが必ず食べるのだから、剥いておいて損はない。
カツカツ。
‥カツーン。
ん?カツーン‥?
音が違う‥?
528 :
萌え男。:2001/06/11(月) 14:21 ID:n4B0cpLs
目よりも先に、耳の方が起きたらしい。軽い衝突音のようなものが、私を
うつつへ連れ戻した。
数秒遅れて目を開ける。見なれた天井がゆっくりと広がり、ガン細胞に似た
染みも、隅の方には健在だった。私はまず隣に眠る梨華を眺め、とりあえず
ここが現実なのだと、ぼんやりしながら確認する。
「卵‥、剥く‥、のは夢‥か。しかし‥。」
少し混乱の残る脳には、理解を越えた夢なのだった。我ながら見てしまった
がじつに意味不明だ。私はそんなふうに思いつつ、慣性にならって身を起こした。
すると、また衝突音。
カツン。
私は音源を求め、視線を巡らせた。夢の中の、卵の外殻にひびを入れる音‥?
529 :
萌え男。:2001/06/11(月) 14:21 ID:n4B0cpLs
と、似ているが同じではない。
『あれ?卵は?』
なんて、目が覚めてきた私は、もう混同しやしない。
「なんだ‥?」
注意深く聞き耳を立てる。正体はすぐにわかった。
窓に小石が当たっているのだ。
誰?うちの窓に、石なんてぶつけて。危ないじゃないか!
そう憤慨した私だが、立ち上がった体は意志に反してよろけた。寝癖の
激しい頭のまま、ヨロヨロと窓辺に寄る。
果たして窓の下には、もっか行方不明中の保田さんがいたのだが、どういう
わけか黒いサングラスをかけている。石をぶつけていたのは、すなわち訪問
の合図だったらしい。それにしても随分アナログな方法で私達を呼び出した
ものだが、そんなことより、ずっと探していた彼女が自ら現れてくれた事に
びっくりして、一気に覚醒した。
「保田さん‥!」
私は半ば叫びながら、急いで窓を開けた。逃がすわけにはいかない。今日
こそ話してもらわなければ。全てを。
眼下の保田さんは、次の小石を振りかぶっていたが、窓辺の私を確認すると、
その腕を下ろした。保田さんの瞳は濃い色のサングラスに隠れていたけれども、
それでも、私を見上げる彼女の微笑みが激しく輝いているのがわかった。
530 :
萌え男。:2001/06/11(月) 14:22 ID:n4B0cpLs
約3分後、梨華を起こし急いで階段を降りた私達に、保田さんは開口一番
言った。
「その通りよッ!!」
「?」
保田さんは笑顔。
何が?
目は覚めているけれど頭がボサボサな私と、まだ眠たげに目をこすっている
梨華。保田さんの言う意味が汲み取れず、思わず眉を顰める私達に、保田さ
んはもう一度繰り返した(厳密には私が途中で阻んだ)。
「その通り----」
「何がですか。」
保田さんの今日の格好は、どう見たって普通じゃない。頭には白く、つばの
広い帽子を被り、全身にはこれまた揃いの白いスーツを着込んでいる。ズボ
ンではなくスカート。サングラスをかけ、重そうなスーツケースを傍らに置
いた姿は、明らかに怪しかった。どこの大女優?と、いったようなかんじだ。
「バレたのよ。アンタもそう思っていたでしょう?」
訝しがる私達を前に、保田さんはひとつ咳払いをした。
サングラスのせいで、彼女の正確な感情は伺えない。
「あ。偽造が、会社に‥。ですか?」
「そうよ。」
やはり、油断のならない女だと思った。保田さんが会社を休んでいると
聞いて確かに私はそう感じたが、それを見事に言い当てられるとは。
唇を噛みしめた。
531 :
萌え男。:2001/06/11(月) 14:23 ID:n4B0cpLs
保田さんは更に付け足すように、一言ずつ区切りながら話した。
「会社に‥、私の犯罪がバレた。‥そう。だから私、飛ぶわ。」
「え‥ッ?じゃ、海外へ‥?」
「そうよ。ちょっとブラブラしてくるつもり。中南米あたりでね‥。」
「そうですかぁ‥。へえ‥。」
口髭を生やした半裸の男たちが保田さんを取り囲み、しきりにもてはやし
ている姿が、私の頭の中でただちに広がっていた。
熱いラテンの国々へと縦横に想像を巡らせる私。その真横で、梨華は掠れて
いるが割と冷静な声を出した。いくらか目を細めているところを見ると、まだ
しっかり開かないのだろう。昼前に起きるというのは、今の私達にとって随分
珍しい事なのだ。
「じゃあ、車は‥?私達、もう乗らない方がいいんですか‥?」
そう、私が聞きたかったのはそれだ。
「ええ、そうとも言う。‥でもまあ、大丈夫だと思うわ。アンタ達の身元
は、まだバレてない。私も脱出するから、きっと誰も知り得ないわ。さし
あたっての問題は、ナンバープレートだけど‥。なんなら、そうね。いい
板金工を紹介するわ。私そこで、バイトしてたんだ、昔。」
532 :
萌え男。:2001/06/11(月) 14:24 ID:n4B0cpLs
保田さんの紹介をむげにするつもりはなかったけれど、梨華と話し合った
結果、それは矢口さんに頼もうと決めた。保田さんのいでたちからして
彼女はこの後、すぐに飛び立ってしまうに違いない。すると私達は彼女の
元・バイト先へ直接出向いて行かなければならないわけだが、さすがに
それはためらわれる。
ムシの良い話だが、危険をおかしたくない。
矢口さんは花嫁修行に勤しむ日々との噂だから、場合によっては時間が
かかってしまうだろうけれども、例え多少待ったとしても彼女のルート
に頼った方が、より安全だと感じた。
矢口さんならばそういった方面へのツテも必ずあるに決まっているし、
何よりも、私達とプロとの間に、第三者をかならず挟んでくれるという
信頼感情が私の中にはあったからだ。
533 :
萌え男。:2001/06/11(月) 14:26 ID:ZrX2b0Mk
保田さんの様子からして、彼女のフライトまでには、まだ多少の時間が
あるように思えた。立ち話もなんだと思った私は、
「良かったら中へ入りませんか?」
と、聞いたが、
「スーツケースを持ち上げるのが面倒だから。」
と、保田さんが断った。
さて。本題はこれからと言っていい。もう一つ、聞かねばならぬ事が私達
にはある。とんでもない過去を見せつけられた、そもそものきっかけ。例
の痣。これだけ震撼させられた私と梨華の2人から、理由を訊ねる権利を
奪うまっとうな理由など、この世に一体存在するだろうか?
もっとも、仮に保田さんが私達の姉だとすると、父・さや造(仮名)には
他所にもう一人、子供がいた事になる。そうなると私の中の父親像は見事
に一転し、優しかった父はその実とんでもない男だったということが、ダメ
押し的に判明するしくみだ。
「保田さん。」
「何?」
けれども、全てを受け入れる心構えはできている。
(愛していたよ、父さん。
朗らかに笑う父の顔を思い出していた。)
「同じところにある痣‥、それはつまり、保田さんが私達の姉‥、そういう
ことでいいんですか?」
534 :
萌え男。:2001/06/11(月) 14:28 ID:ZrX2b0Mk
サングラスをかけたままの保田さんは、曇った空をしばらく見上げていた。
何事かに思いを馳せているようだった。
今さら姉妹が何人増えようと構わない-----過去に梨華はそう豪語したが、
さすがに関心を隠せない様子だ。既に眠気などとは完全に決別した瞳で、
眉を寄せ、保田さんをじっと見守っているのだった。
黙り込んでいた保田さんが、口を再び開き出すまで、それほど大量の時間を
費やしたというわけではない。が、それでも、私達が立つ道の、歩道の反対側
なんかを、ニャーと鳴いた野良猫が用心深く歩いて行ったり、付近に住む
お年寄りが、それぞれ散歩がてらなのか、数名ヨロヨロと行ったり来たりした。
「どこから、話したらいいのかしら‥。」
保田さんがサングラスを取り、ゆっくりと語りだしたのは、
------都心には逆に老人が多く住むのだ
と、私が改めて実感し直している最中だった。
あたい、こう見えてもサ。
昔は結構な不良(ワル)でさ。
先公なんか、決してわかっちゃくれねーし、気の合うダチも、あの糞みてーな
ハイスクールじゃ、どこ探したって見当たらなかった。
「つまり結果から言うとね、私の痣‥、あれはヤキの痕なの‥。」
思い掛けない言葉に、私は耳を疑った。
535 :
名無し娘。:2001/06/11(月) 18:01 ID:ekwEcUDY
おっ!
536 :
名無し娘。:2001/06/11(月) 19:13 ID:JJzE1wuM
惚れたぞ保田!!
537 :
名無し娘。:2001/06/11(月) 20:21 ID:IbcG2Xng
いつもいつも萌え男にはいい意味で裏切られる。
あんたほんとすごいわ。
先の展開は全然読めないよ。
538 :
名無し娘。:2001/06/12(火) 00:19 ID:KFKQZLj.
この時間に上げるんです、ボクは。
539 :
名無し娘。:2001/06/12(火) 00:35 ID:OsGshsP2
あーあ、保田行ってしまうのか・・・
この小説の中でも数少ない、ボケに持っていけるキャラだと思うのだが。
540 :
名無し娘。:2001/06/12(火) 02:47 ID:SAUXwRVI
541 :
名無し娘。:2001/06/12(火) 21:46 ID:ROP6.gHM
542 :
名無し娘。:2001/06/12(火) 23:16 ID:UnfdxGWc
文脈上は
>>540が妥当。
アナログには本来「古めかしい」というニュアンスはないが
一般的にデジタルよりアナログの方が古い技術なので
アナクロと混同されがち。
543 :
名無し娘。:2001/06/13(水) 17:37 ID:0N/hMBkg
保全sage
544 :
名無し娘。:2001/06/13(水) 17:45 ID:WixgfzDA
アナクロ(アナクロニズム)=時代錯誤
時代の異なるものを混同して考えること。
また、考え方がその時代の流れに逆行していること。
時代の風潮に外れた行き方。
なるほどね。
545 :
4ー1.5:2001/06/14(木) 21:32 ID:bYeheLDY
保田さんの回想はそれからずっと続いた。
自称、「ナイフみたいに尖ってた」保田さんは高校生だった頃、
当時としてはバリバリに最先端なコギャルとして他の生徒を圧倒
していた。が、いわゆる、生徒会だか風紀委員だか、ともかく
上級生を含む、多少ギャルも入っているが保田さん程イケてない
女生徒達の反感を多いに買い、何かにつけ意地悪をされたそうだ。
それでも保田さんは「他人は他人、自分は自分」と、当時から割と
分けて考えるタイプだったから、教科書をビリビリに破かれても、
画鋲を上履きに仕込まれても、相手の仕打ちがどんなに馬鹿馬鹿
しくとも、黙って無視していた。
しかし、そういう保田さんのノーブルな態度もまた、イケてない面々
のコンプレックスをよけいに刺激したようで、どんなに挑発しても決
してのって来ない保田さんに業を煮やしたそのグループは、ある日、
校内の人気のない場所へ保田さんを呼び出したらしい。保田さんの
入学から、一年と経っていないある放課後の事だそうだ。
546 :
萌え男。:2001/06/14(木) 21:33 ID:bYeheLDY
ソイツらがいい加減ウザイからー、あたいもまあ、体育館裏、行って
やったわよ。まあ、イザとなったらあんな人たち。ワンパンで逝か
す自信あったし。
初めのうちは、さあ。まあ、生意気だァなんだァ、向こうがぐだぐだ
言ってんの、聞いてやってたのよ。
「ザコどもが、アラ。吠えるコト。」ってね。
ちょうど、チェックしてた再放送あったし、
「早く終わらないかしら。」とか、つま先見ながら思ってたの。
そうしたら、その中のボスみたいなナオンがさ、
「つーか、くせーんだよ、オマエの髪!」
って、いきなり、私の頭を掴んだ。
547 :
萌え男。:2001/06/14(木) 21:34 ID:bYeheLDY
いいえ、臭くなんかない。
朝シャンなんて、もち、してたわ。あの頃。
今の私なら、「ほっときなさいよ。」なんて、軽く受け流す器用な
マネなんかも、覚えちゃってるけど。
当時はホラ、若かったからサ、あたいも。
カッとなっちゃって。
「クサくなんかないわよッ!その手を放しなさいッ!」って。
おもいっきり、振り払ったってワケ。
私の形相に、奴等、一瞬ビビってたけど、そのうち、
「んだとテメー。」とか、
ゲス野郎みたいなコトバを吐きながら、下っ端の、いかにもトロそう
な女が、牛みたいに掴み掛かって来たわ。
548 :
萌え男。:2001/06/14(木) 21:34 ID:bYeheLDY
早く帰りたい、ってのもあった。
あの日は再放送見た後、パー券とステッカー捌かなきゃいけなかったし。
でも、一番の理由はね‥。
ナメられたら終わり‥、ってトコかなぁ。
殴りかかられる瞬間さ。ちょうどそのバカ女、タバコふかしてたん
だけど。その、火のついたタバコ奪って、ア然としてるタコども全員
の前で、押し付けてやった。フフ。自分の腕にね。
熱かったし痛かったけど、効果はあった。奴等、あっけに取られて、
私のこと、口開けて見てたわ。
その時にさ。
「腐ったミカンじゃねーゴルァ!!!」
って、覚え立てのセリフを、ついでに言ってみたら、アイツら、完全に
ビビッちゃって。
「覚えてろ、ブス!」とか、低能丸出しな捨てゼリフ吐いて、クモの子
みたいに散ってったわ。
549 :
萌え男。:2001/06/14(木) 21:35 ID:bYeheLDY
次の日私は、そんなこともすっかり忘れて、いつも通り学校に行った。
昨日捌ききれなかったパー券のことで、頭がいっぱいだったの。
喋る友達なんて、もちろんいないから、誰に話し掛けることもなく、
いつも通り席に着いたわ。
そこら辺までは、いつもと変わらない朝だった。でもひとつだけ、
普段と違う所があったの。
教室中の皆が、クスクス、私を見ながら笑ってた。
そんなこと、いちいち気にするヤスダさん、て思ってもらっちゃ困るの。
よくわかんないけど勝手にしなさい、って、ずっと無視していたんだもの。
そのうち、クラスの中でも大人しくて羊みたいに目立たなかった子が、
こっそり寄って来て、私に耳打ちしてくれた。
「ヤリマンとか尿道とか、わけわかんない噂が学校中に広まってます。」
って。その親切な、人の良さそうなメガネちゃんを、なんだかムシャクシャ
して、私は殴ってやったけどね。
550 :
萌え男。:2001/06/14(木) 21:36 ID:bYeheLDY
噂の数々はやがて、先公たちの耳にも入って。私はこってり絞られた。
私がそうだって、アイツら、勝手に決めつけんのよ。
表向きはホワイトカラーの学校に、私は嫌気がさしていた。
「あたいの居場所はここじゃない。」
って、飛び出して、夜中にバイクで走り出したわ。
ま、今風に言えば、さっさと退学してやった、ってコトなんだけど。
行く先もわからぬまま、辿り着いた十五の夜。
腕に着いたヤキの痕が、かさぶたになって、たまらなく痒かったわ。
私は、耐えられなくて、掻きむしった。かさぶたも、つい剥がした。
それを繰り返しているうち、痕は、とうとう消えなくなった‥、ってわけ。
言ってみればメモ青、ってかんじかな‥。
ゴメンなさい、こんなオチで‥。
551 :
萌え男。:2001/06/14(木) 21:40 ID:rdfRVdU.
「その後よ。ジョニーと出会うことになるのは------」
「ちょっと保田さん‥!」
遠くを見つめて話す保田さんを、多分に険を含む声で梨華がそう
遮った事は、私にとって少し意外だった。痣の真相はともかく、
保田さんの青春列伝の方により深く、単純な私が感銘を受けていた
時のことだ。梨華の肩は震えていた。
「それが、今度の件の真相だって言うんですか? ‥私、納得出来
ません!そんな事が発端で、私達の間にどれだけの亀裂が走ったか‥!
もう少しで‥、もう少しで私達‥、ダメになってしまうところだったッ!」
「だーかーら、ゴメンねっつってんでしょーが!!私だってビックリ
したわよ!『こんなトコロにも、ピュアーなキッズがいた!意外ねッ!共に
語り合いましょうッ!』ぐらいにフツーに喜んでたんだから!だいたいねー、
あんた達の痣にそんな理由があったなんて、思いもよらなかったわ!根性
ヤキじゃなかったなんてッ!こっちこそギョウテンよッ!!」
「でも納得いきませんッ!!」
「ハイハイ!全ての原因は私です!って言えばアンタの気も収まるのかしらッ?」
552 :
萌え男。:2001/06/14(木) 21:41 ID:rdfRVdU.
私は何も言わなかった。2人のやりとりを黙って聞いていた。
今回の事件で、梨華は私に比べてかなり冷静に振る舞っていたと言える。
その梨華が事後、保田さんに対しこれだけ言い募るほど、実は動揺して
いた事は、意外だったけれど、やはり嬉しいのだった。
結局、保田さんに悪気はなかったという事で、決着がついた。今回の事件
は乗り越えるのに多少苦労したけれど、そのおかげでより深い絆を私達は
得る事ができた、というような感じの私の言葉に、梨華も納得した。
「わかってくれればいいのよ‥。でも本当にゴメンね。私も、軽はずみ
だったわ‥。」
「いいえ、私こそ‥。久しぶりに母に会えて‥、実はちょっとだけ嬉し
かったんです‥。」
梨華は少し涙ぐんだ。腕を組んだ私は、ただ頷いた。
「さて。湿っぽいハナシは嫌いよ。もう行かなくっちゃ。」
保田さんは鼻をかんだ。
「最後に、言っておく。」
外していたサングラスを再びかけ直してから、呟いた保田さんの言葉は、
とてもあたたかい物に聞こえた。
「私は‥、アナタたちを未来に連れて行くことも出来る‥。でもそうしな
かった。‥理由はわかるわね?」
「ハイ。」
「何が見えたって、結局いいことないのよ。」
私達は頷いた。保田さんの瞳は、隠れていて見えない。
553 :
萌え男。:2001/06/14(木) 21:41 ID:rdfRVdU.
その後、私達3人は大通りへ出た。肩にもうひとつ荷物を提げた保田さん
の為に、スーツケースは私と梨華が押してやった。
「ヘイ、タクシー!」
そう言ってさっそうと手を挙げた保田さんに、一台の空車が間もなく停
まった。
「あ。」
スーツケースを後部トランクに押し込み、まさに今乗り込まんとする際、
思い出したように保田さんが叫んだ。
「忘れてた。そもそもコレを渡そうと思っていたんだわ。」
差し出されたのは、白く小さな紙切れだったが、2つ折りを開いてみると
どこかの電話番号が、ボールペンで記されていた。
記された電話番号は、その数字の並びから、すぐに携帯電話とわかった。
554 :
萌え男。:2001/06/14(木) 21:43 ID:rdfRVdU.
私は言葉を発さず、保田さんを黙って見上げた。
「いつか‥。もし本当にピンチが来たなら‥、それを使いなさい。
きっと助けてくれる。」
そう、微笑みながら言って保田さんは車内に乗り込み、直後、バタンと
固い音を立てて、タクシーのドアは閉まった。
「アディーダース!!!」
保田さんのそんな嬌声とともに、車は発進した。
それを言うならアディオスだろう。と、私は思ったけれど、なんとなく
感慨深いものもあって、無心に手を振り続けた。
同じく梨華も、私の横で大きく手を振っていたが、やはり無表情だった。
今後、出会いと別れを一体何回私達は繰り返すのか、そんな事を考えていた。
保田さんの残した番号。それが、その日のうちにすぐ必要になると、私達
はまだ知らなかった。
555 :
名無し娘。:2001/06/14(木) 23:42 ID:aP.jGmCg
今週は更新早いのね・・・。
いかすぜ!やっすー!!
556 :
名無し娘。:2001/06/14(木) 23:53 ID:Ue5HknqI
やっぱ保田だよ。こういう時には。
「アディダース!」って・・・(w
557 :
名無し娘。:2001/06/15(金) 00:00 ID:uHth9HmM
ああ・・・アディダスヤッスー!!
558 :
あげるなよ:2001/06/15(金) 00:16 ID:xmOBgTDw
なよ
559 :
名無し娘。:2001/06/17(日) 04:27 ID:fzUu.J/I
アディダース!
560 :
名無し娘。:2001/06/19(火) 02:13 ID:XGuuKrVg
とりあえず保全しとこう
561 :
名無し娘。:2001/06/19(火) 03:05 ID:Yh3z0e0g
保全
562 :
名無し娘。:2001/06/20(水) 11:50 ID:K./wp11g
保全。
ツボの方は過去ログに逝っちゃったね・・・
563 :
名無し娘:2001/06/20(水) 19:34 ID:Pj.Itmmk
ほーぜん
564 :
名無し娘。:2001/06/21(木) 19:18 ID:WBc7rKt2
通して読んだ。
21世紀のB&C萌え。
狼におりすぎてこんな大事な小説を見逃していた
この前の日曜日に一気に読んだ
四日たった今でも俺の頭の中で吉澤と石川が常にバーで働いている
そして石川と安倍の舌戦がエンドレスで流れている
俺は安倍ヲタじゃないけど安倍に物凄く惹かれた
安倍が綺麗に描かれている小説はどこか面白く感じる
第3部第3章の一行目を見て俺は30分程固まっていたよ
いろんな事を想像していた
萌え男さんあんたは天才だ
俺はこの小説を日本中のみんなに読んでもらいたいと思うよ
続きを期待しているよ
長々と駄レスして申し訳ない
566 :
名無し:2001/06/21(木) 23:13 ID:wC2RbykQ
568 :
名無し娘。:2001/06/22(金) 00:40 ID:qMkVrvHI
>>565 安倍がピストルを持ってきた時点であの展開は予想できそうなもんだが。
つか、安倍の行動にはかなり無理があるような気が。ピストルを持ち出
すこと=自分の死であることを安倍は自覚していたはず。つまり二人
に自分の命を投げ与えるようなことをしたわけだが、そこに至るまでを
読んでも、二人と安倍の間にそこまでの繋がりができたとは思えないん
だよなあ。二人はピストルがないとヤバいというほど切羽詰まってたわ
けでもないし。
無粋な茶々入れごめんね。
>>568 いいか
俺は通して一気に読んだんだ
3章突入の時点で俺の頭の中は辻のピストル真似でいっぱいだったんだ
解るな?
確かに安倍は自分の死を自覚していたはずだ
それと同時に自分の人生に嫌気がさしていたように思える
安倍は2人のために命を投げ与えたワケではない
自分のためにやっただけのこと
まあワケ有りの大金も見てたしな
知能の低い狼住人の駄レスですまねえ
570 :
名無し娘。 :2001/06/22(金) 01:25 ID:6m5egwaU
571 :
名無し娘。:2001/06/22(金) 01:32 ID:DVApaoZk
ああ、こーいう議論こそ つぼ。でやってほしかった・・・
572 :
名無し娘。:2001/06/22(金) 02:00 ID:on64akFU
つぼ。は復活しないの?
573 :
名無し娘。:2001/06/22(金) 07:07 ID:p7xsNKpM
つぼ。だれか新しく立てるか、死にスレに誘導するかしてくれ。
574 :
名無し娘。:2001/06/22(金) 14:43 ID:mK5uIczI
575 :
名無し娘。:2001/06/22(金) 17:50 ID:mIdeStjI
576 :
名無し娘。:2001/06/23(土) 01:04 ID:mVpyAI0w
ああ、マジで映画化にしてもらいてーよ
俺は間違いなくヒットすると確信してるからな
まあオメーも見に来るだろうけど許してやんよ
577 :
だから。:2001/06/23(土) 01:09 ID:9ayiAZM6
あげんなって。
578 :
名無し:2001/06/23(土) 08:42 ID:0WZULGH6
映画化したらEDテーマは、川本真琴の「EDGE」でお願いします。
579 :
名無し娘。 :2001/06/23(土) 08:48 ID:0WZULGH6
冒頭を見ると、警察に取り囲まれているんだよなぁ。
でも先が読めないなぁ。
ああ、おもしれえよこれ。
なんか雰囲気だけでも楽しめる。
いしよし達の映像がリアルに浮かんでさぁ。
バーの店長になりたくなってきた。
いしよしの働くバー・・・、いいね・・・・。
580 :
てうにち新聞新入社員:2001/06/23(土) 12:20 ID:YwIKlvFE
さて…後始末後始末っと。sage
582 :
名無し娘。:2001/06/23(土) 14:18 ID:4sQgEH/s
583 :
名無し娘。:2001/06/23(土) 15:02 ID:wL53nIqw
580の人嫌い。改行下手で読みにくい。
実際、580のレスだけ飛び出てるし。
内容も…
584 :
萌え男。:2001/06/23(土) 18:46 ID:OFgBWPHk
申し訳ありません。
忙しくて少ししか書けませんでした。
585 :
4ー1.6:2001/06/23(土) 18:48 ID:OFgBWPHk
連絡のとれない矢口さんの家へ、とりあえず行ってみようという
事にその日はなっていた。
私がシャワーを浴び、出かける準備をおおむね整える間、梨華は
キッチンでサラダを作っていた。
「あり合わせで作ったから、こんなカンジだけど‥。」
と、ほんの少し遠慮がちに出されたサラダは例えばベーコン、
ツナ等といった動物性タンパク質がなく、本当に野菜のみだっ
たけれど、トマトやコーンの色合いはむしろ普段よりも美しく
見えた。
保田さんを見送った淋しさからなのか、私達は2人とも言葉少な
だった。私は食欲が旺盛なので、サラダの他にシリアルも少し食
べた。惰性で点けていたテレビはやがてワイドショーに変わった。
随分牛乳にふやけたシリアルを、ボウルの底から私が懸命に掬っ
ている最中のことだ。
586 :
萌え男。:2001/06/23(土) 18:49 ID:OFgBWPHk
「ワタシはあのコと仕事した事もありますケド、収録中以外では
挨拶もきちんとするし、ああ見えてとてもいいコだと思いましたよ。
それは教祖と言う立場上‥、時々度を越した言動も有りますケド。
今回の事件に対する関わりはともかく、彼女はその辺はわきまえて
いるコなんです。
仮に‥、仮にG教に関する噂が事実だとしても、ワタシは彼女自信は
潔癖だと信じていますワ。実際にはそんなこと‥、とてもできるよう
なコじゃない。一連の報道で彼女のファンはたいへん胸を痛めている
と思いますが、かくいうワタシもそうですケド‥、今、本当に、本当
に辛いのは、真希さん本人なんです。」
「実際の彼女が思いのほかマトモだなんて、そんなコト今は問題じゃ
ないんだ‥!いいですか?一般の青少年、後藤真希を試聴する主な層
である子供達には、そんなモノは伝わらないんですよ!普段彼女が言っ
ている言葉の数々を思い出してみるといい。皆殺しとかミラクルだと
か‥。言葉遣いや態度だって良いとは言えない!そういう彼女を使った
番組が視聴層へ与える影響を各局はもっと考えるべきだ!このまま若い
信者が増え続けたら、この国はいずれ売春天国になってしまうかも知れ
ない‥!悪の芽は早く摘むに越したコトは無い!」
587 :
萌え男。:2001/06/23(土) 18:50 ID:OFgBWPHk
‥馬鹿馬鹿しい。
「もう出よう?」
じっと画面を睨んでいた私が、突然そう言って電源を切ったから、梨華
は少し驚いていた。
「え、見ないの?」
「別に。」
頷きながら私は男の鼻の下の溝を思い出していた。この芸能評論家は昨日
の番組で、真希ちゃんの真実を追求するといいながら、結局は妄想の域を
出ない猥雑なスキャンダルを、だんご虫のようにひたすらこねくりまわし
て終わった。
一方の擁護派は中年の、以前はそこそこの人気を誇ったという女優。真希
ちゃんの過去の共演者の一人。今回の放送を見る限り彼女は真希ちゃんに
同情的であるようだ。しかし。
「なんで?やっと真希ちゃんのコト応援してくれる人が出て来てたじゃない。」
「いいの。この人だって鼻溝男とたいして変わらないんだよ、きっと。」
芸能界は鬼の住む場所と聞いた。
588 :
名無し娘。:2001/06/24(日) 16:18 ID:6Tjbi4OY
少ないとか別にいいっすよ、読めるだけで大満足ですから。
保全しとこう
590 :
名無し娘。:2001/06/26(火) 10:22 ID:TcDEvX.A
保全
591 :
名無し娘。:2001/06/26(火) 17:15 ID:.vV7F7NQ
無理しないで頑張ってください。
面白いの期待してますんで。
それでは保全!
保全じゃおらあ!
593 :
名無し娘。:2001/06/27(水) 03:37 ID:uzcyclyk
ほんとに面白い。いや、凄いよ、萌え男さん。
この小説のためだけに2chに来てる
594 :
名無し娘。:2001/06/27(水) 06:20 ID:Ea/YcwLY
meicosで見ました。
面白いすね、萌え男さんの作品。
全部読むのに朝までかかりました。
この小説は、最後まで続けて欲しいです。
萌え男さん、次になにか書くんだったらエロものじゃなくって、純愛ものがいいです。
これからも、毎日のぞきにくるんで、萌え男さん、無理せずがんばってください。
595 :
名無し娘。:2001/06/27(水) 13:19 ID:Qc5Aq0ZA
よかよか、気長に気長に。
一日一回保全
597 :
名無し娘。:2001/06/28(木) 03:56 ID:gC9UfzSM
1日1回って既に3つもレスついてるだろ
598 :
名無し娘。:2001/06/28(木) 16:27 ID:Q/1VTETk
599 :
保全娘。:2001/06/30(土) 00:10 ID:LJWf2u3s
保全中・・・
600 :
モー娘。板に名無しさん(羊):2001/07/01(日) 01:31 ID:THZCWuEU
ゴメン、保全age。
601 :
名無し娘。:2001/07/01(日) 01:40 ID:ISQikki2
お前さっきからウザイ。
むやみに小説スレageんなよ・・・
602 :
名無し娘。:2001/07/02(月) 03:31 ID:aIevt1cI
・・・
603 :
名無し娘。:2001/07/02(月) 21:47 ID:1W8jwaO.
保全
604 :
4-1.7:2001/07/03(火) 00:53 ID:k0E36tqE
その時は特に気にしてもいなかったけれど。
家を出て駅に着いた時、男は確かに私たちの背後にいた。
午後4時をまわった時間。
急行が停まらない私達の最寄り駅は、朝のラッシュ時を除くとあまり混
み合ったりすることがない。しきりに汗を拭きながら携帯で話すサラリ
ーマン、肉色のストッキングを履いたおばさん、私達を含め上り線を待
つ人々は静かに、そして測ったような等間隔を置いてプラットフォーム
に立っていた。
やがて、アナウンスを伴って構内に滑り込んだ銀色の車両に私達は乗り
込んだ。駅同様、車内はあまり混雑していない。ドアを入ったすぐのと
ころに苦もなく空席を見つけて、私は梨華と並んで座った。
605 :
萌え男。:2001/07/03(火) 00:57 ID:k0E36tqE
カタコトと音を立て、まるで終点など無いように淡々と電車は進んでゆ
く。車内は冷房が効いていて、外の不快な蒸し暑さはほぼ完璧にシャッ
トアウトされていると言ってよかった。梨華はお行儀よく座り、移りゆ
く車窓にじっと目を向けている。その横で私は車体の天井を見上げた。
この快適な空気がいったいどこから運ばれてくるのか、送風口の位置を
確認したい気持ちになったからだ。
送風口はなかった。
-------ただれた日常・後藤真希(15)の交友関係!!
正確に言えば、そう誇らしげに印刷された車内広告の陰にかくれて、私
の座る位置からは見ることができなかった。おそらくはその裏側から、
快適な風は付近一体に運び込まれている。その証拠に、びっしりと文字
がつまった芸能週刊誌の派手派手しい広告が、車体の揺れとは別な一定
の間隔でひらひらと揺れている。
中央のひときわ大きな見出しの横には「関係者30人の証言!」とかな
んとか、過激なピンク色の文字が添えられていた。苦々しい気持ちでし
ばらく見つめるうちに、私は顔を上げた本来の目的を忘れてしまった。
606 :
萌え男。:2001/07/03(火) 01:02 ID:k0E36tqE
正面に座る男と目が合ったのは、憤懣やる方ない私が例の広告からプイ
ッと視線を逸らした時だ。
「ねえ、りかっち------」
本当は、真希ちゃんは-------、といったような感じで始まる、メディア
ですら解ききれない論争を、梨華に持ちかけようとした矢先。正面に座
る男(この男が私たちと同じ駅にいて、私たちに続き同じドアから車両
に乗り込んだ事を、私は覚えていた)が薄笑いを浮かべて私達を見てい
た。
私はすぐに視線を落としたし、目が合っていたのは多分、1秒と経たな
い間だったろう。けれど男はその短い一瞬の間に、たとえようの無い不
吉な印象を、私の胸へと刻み込んだ。
607 :
萌え男。:2001/07/03(火) 01:03 ID:k0E36tqE
黒目が異様に大きいのか。
皮膚の裂け目、すなわちまぶたの奥に伽藍の空洞でもあるかのような、
真っ黒い三日月型の瞳。のっぺりと伸びた鼻と、不気味に歪む薄い唇。
その笑顔、というよりも白い開襟シャツを着た男の体全体から発する、
得たいの知れない陰鬱な空気に、私は冷水でも浴びたような心地に陥っ
た。
「なに?」
声をかけたまま固まってしまった私に梨華が続きを促した瞬間、電車は
次の停車駅に到着し、すぐに開いたドアから大量の女子高生が雪崩れ込
んできた。空いていた車内は同じ制服で瞬く間に埋め尽くされ、同時に
持ち込まれた喧騒もしくは熱気のようなものが、ある意味非現実的でも
あった車内の空気を一気に覚醒させた。
608 :
萌え男。:2001/07/03(火) 01:04 ID:k0E36tqE
「‥なあに?」
梨華はもう一度繰り返した。私の、落としたままの視線の前には今、
革靴と白ソックスの足があたかも品評会のように、ズラリと並んでいる。
奇妙な男と私達の間にそういった遮断壁が出来たことで、私はひとまず
持ち直し、ようやく顔を上げることができた。
「う、うん。‥ううん、なんでもない。」
「何よ?どうしたの?」
‥今、変な人がいた。
明らかにぎこちない私の挙動に梨華は眉をひそめた。梨華に言ってしま
っても良かったのだけれど、怖くてなんとなく言い出せなかった。自分
自身とても動揺していたので、咀嚼して吐き出すのにもう少し時間が必
要だった。
「うーん‥。ほら、矢口さんいるといいよね。」
「え‥?うん。それを言おうとしたの?」
609 :
萌え男。:2001/07/03(火) 01:05 ID:k0E36tqE
------アイツ、ヒトのムネめっちゃジロジロ見てくんの、マジ最悪。エロ教師。
------明日マラソンやだな。生理とか言って休もうかな。
------期末の範囲写した?
気がついて見ると、車内はそんな会話で溢れていた。
目の前に立つ2人連れ。つり革につかまって話しながら、時々携帯を覗
いたりしている。そのうちの片方がほんの一瞬だけ、本当に一瞬だけ梨
華と私をチラリと見下ろし、そしてすぐに視線を戻して、直後、連れと
の会話に再び戻っていった。
制服を着た同い年くらいの少女たちに四方を囲まれ、梨華は少し、居心
地が悪そう。例えばあの時、何も起こらずにいたら。血の繋がりはないにしても、梨華の父がもし、ごく一般的な父親であったなら、私達の未
来は一体どんなふうだっただろうか?
目の前につきつけられた、私達が過去、手放してしまった生活。優等生
でそれに執着し、ひたすら耐えてきた梨華はその分、後悔とまではいか
なくても、多少戸惑ったりもするのだろう。膝に手を置いて俯きがちに
なった彼女の耳元に私は口を近づけ、ひそひそと言ってやった。
「けっこう慣れたよね、こういうのにも。」
(とっくに置いて来たモノ。)
「遠い過去だね。」
「うん‥。ふふふ。」
私が少しおどけて言ったので、梨華も顔を上げて頷いた。私の言葉。嬉
しそうな彼女の笑顔。遮断壁の向こう側に座っているはずの男、そして
決して明るいと思えない私達の未来さえも、梨華が一緒ならば、私は忘
れてしまえる。
610 :
萌え男。:2001/07/03(火) 01:06 ID:k0E36tqE
やぐの家に行くには一度、巨大な駅で乗り換えなければならない。私達
の最寄り駅とは比べものにならないほど、そのホームは混みあっている。
もともと混雑しているところへ休むことなく新たな車両が到着し、街に
終結する若者をダイヤ通りに吐き出して、また去って行く。その繰り返
し。特に、私達が降りた時にはプラットフォームを共有する反対側の線
路にも電車がちょうど停まっていたので、私達の車両をほぼ満杯に満た
していた女子高生の制服は、向かいの電車から下りた一派と交じりあい、
組んずほぐれつ、私などはもう前の人のかかとを踏まないように注意し
て歩くのが本当に大変だった。
すごいね。こんなに人がいるとなんか酔いそう-------。周囲と歩調を合
わせ俯きながら歩く私達が何気なくそんな会話を交わしていた時だ。私
の、梨華のいる側とは反対側の手首を、誰かが突然掴んだ。
もちろん私は驚き、振り返ると例の車内で正面に座っていた男が、いつ
の間にか横に並んでいた。
依然、私の手首を握る男の手は、混雑し蒸し暑さの増しているはずのホ
ームにいながら、なぜかひどく乾燥していた。そのくせ異常に体温が高
い。熱を汗として発散しない男の手のざらついた感触に、私は鳥肌が立
った(もっとも、男の手が汗でぬるぬるしていたとしても、それはそれ
で戦慄だ)。
先程車内で目が合った時の得体の知れない恐怖が、腕を掴まれた今、最
高潮に達した。
-----やだ、キモい!!
こみ上げる嫌悪感に、私が顔を歪めた時だ。男は妙に機械じみた声で言
った。
「吉澤ひとみちゃんだろう。ちょっと一緒に来てもらうよ。」
611 :
萌え男。:2001/07/03(火) 01:08 ID:k0E36tqE
けたたましいベルの音とともに、また新しい車両が到着し、ホームの雑
踏は更に密度を濃くした。様々な雑音が複雑に混ざり合い、既に音は
音としての機能を果たしていない。
「くく‥。リカちゃん。ヨーグルトはもう買いに行かないの?」
いびつな笑いを含んだ囁き声が、耳のすぐ真後ろで聞こえた。私の手を
掴んでいる開襟シャツの男ではない。声がもっと若い。
「りかっち!」
ハッとして振り返ると、梨華の姿はそこになかった。それよりほんの、
3,40センチほど後ろ、制服姿の女子高生を2,3人ほど、私から隔
てた場所。顔面を蒼白にし、緊迫に瞳を見開いた梨華が、金髪の男に腕
を引きずられていた。
私達のこんな危機に、無関心な周囲は誰一人気付かない。あるいはこん
な事、たいして珍しくもないのか。
「ひ‥みちゃん‥!」
雑音の間を縫い、切れ切れに聞こえた梨華の逼迫した叫び声に、私は我
に返った。連れ戻さなきゃ。
612 :
名無し娘。:2001/07/03(火) 01:44 ID:dCxIxRzY
うう、石川が!
613 :
名無し娘。:2001/07/03(火) 03:44 ID:b0ajwow2
石川を助けろ、吉澤!
614 :
:2001/07/04(水) 07:27 ID:QxNn2e3.
615 :
名無し娘。:2001/07/04(水) 20:59 ID:h1c4DihU
走れ!よっすぃー!
616 :
名無し娘。:2001/07/05(木) 00:37 ID:Gsd8SmR6
スレッド圧縮対策hozen
617 :
ごんた娘。:2001/07/06(金) 01:29 ID:l./GOjQI
辻・加護といるときの矢口の暴言どうにかならんのか?
つーか、この小説中でさっさと殺してくれよ、マジで。
618 :
名無し娘。:2001/07/06(金) 16:47 ID:NI8L0nCM
これまでの話が読めません…サーバが見つからないって…
619 :
名無し娘。:2001/07/06(金) 16:55 ID:/3opiyko
620 :
名無し娘。:2001/07/06(金) 21:02 ID:tKBVC5o6
621 :
名無し娘。:2001/07/07(土) 09:38 ID:ITUyEI4M
622 :
名無し娘。:2001/07/08(日) 00:55 ID:LQahkyCs
やっぱり最後は石川と吉澤死んじゃうのかな
623 :
名無し娘。:2001/07/08(日) 01:11 ID:00QCRl/2
624 :
:2001/07/09(月) 13:26 ID:XqsLmaj6
625 :
名無し娘。:2001/07/10(火) 12:56 ID:g6uhn6bM
ほぜーん
626 :
4-1.8:2001/07/10(火) 17:58 ID:IkCBmZEY
大衆は関心を寄せずに流動する。その波に逆らい、梨華のもとへ私は駆け
出そうとした。が、踵を返した瞬間に男は、私の手首を掴む手に更に強い
力をこめた。
「ちょっと!離して下さい!!」
「無駄だよ。」
「何が?‥何が目的?大声出しますよッ?」
がっちりと手首を押さえられたまま、私は繰り返し体を捩り、何度となく
梨華を振り返った。しかしそうして確認するたび、梨華は金髪の男に肩を
掴まれて、じりじりと距離を開けてゆく。
パニック。梨華と離されるのが、嫌で嫌で仕方なかった。
りかっち‥っ!
焦り、じたばたする私。すると男は余裕綽々に、歯のすき間からくぐもっ
た笑いを漏らす。
「騒ぎになって困るのは、キミたちの方だ。違うかい?」
何‥、
その言葉に私は、暴れていた身体を硬直させ、まじまじと男を振り返った。
627 :
萌え男。:2001/07/10(火) 17:59 ID:IkCBmZEY
息を呑んだまま私は、私の腕を掴んで陰湿に笑う男と、たっぷり5秒間程
見詰め合った。
私と男を、ぞろぞろと押し流そうとする背後の人々のうねり。離れてゆく
梨華と金髪。目の前で男が笑う。苦しい呼吸。
誰‥?何を知っている‥?
「警察だよ‥。」
一瞬で硬直した私をまさに嘲るように男は一瞥し、直後、空いている方の
手で億劫そうに自身のIDを示した。すなわちシャツのポケットから覗い
たものは、見慣れた黒い手帳。
「嘘ッ!」
私はそう、とっさに叫んだけれども、致命的な動揺を隠すことはでない。
自然の摂理でも復唱するようにそれをやすやすと見透かした男は、虫みた
いな声を出して更にこう付け加える。
「信じても信じなくても、それは構わない。重要なのは今、我々が圧倒的
優位に‥。立っているということさ‥。」
ニヤニヤする細い目‥。
628 :
萌え男。:2001/07/10(火) 18:00 ID:IkCBmZEY
「うるさいッ!離せ、バカ!」
そんな場合じゃないんだよ。もう一度振り返った梨華は、もうずいぶん向
こう。距離にしておよそ、12、3メートルくらい。背があまり高くない
彼女は、間に挟んだ人々の動きに既に呑みこまれ、ほとんど姿を確認する
ことができなくなった。金髪の男、その背が高く頭ひとつ出ていることが、
唯一の希望。
私はイナズマのように叫び、賭博性の高い攻撃にでた。
目つぶし。
私自身の体と人ごみによって男から死角になる位置から、私は掴まれてい
る方ではない手、つまり左の手のひらを固く握りしめ、不意に、男の眼前
へ突き出した。
右利きの私が繰り出したのは左手による攻撃だったから、つき立てた2本
の指は的である眼球をまんまと外れ、男の鼻梁と眉根のあたりに、それで
も相当な手ごたえをもって突き刺さった。女子供である私たち2人に対し
て、成人男性2人をして臨んでいることが、相手に余分な余裕を与えてい
たことも確かだ。私は私で突き指しそうだったけれど、油断が過剰だった
男へ、期待したよりも大きな眩惑を私は与えることができた。
629 :
萌え男。:2001/07/10(火) 18:01 ID:IkCBmZEY
「おお‥、」
突然襲った痛みか或いは混乱の、そのどちらかに耐えようとしているのか、
呻いた男は一方の手で顔を押さえた。ひるんだ男の一瞬の隙をついて、私
は踵を返し、無我夢中で進みだす。目つぶしをくらわした瞬間、渾身の力
を込めて揺すったから、私の腕は、乾燥した男の手の平から完全に自由に
なっていた。
「りかっち!」
人の波を押しのけ、進みながら私は声を出した。けれど、梨華の見えない姿
同様、返事もまた返ってはこない。梨華を連れているはずの金髪の男。その、
人々の間をぬっては時折見える横顔。耳に、派手なピアスをぶら下げる男の
背中を、私は目標にして進んだ。
うごめく駅利用者の流れに私は逆向きに進んでいたから、何度も何度も、そ
の単体とぶつかった。わき目も振らずにひたすら人ごみをかき分け、金髪男
を目指す私。ぶつかった人々はもちろんその周囲までもが、迷惑げな表情を
私にむけたけれども、私は足を止めなかった。
途中、動向が気になっていた開襟シャツを一度振り返ってみると、あの男は
まだ顔を押さえていた。そのままで首を左右に振り、見失った私を探してい
る。開襟シャツと金髪、2人の男のあいだの、私はちょうど中間といった位
置まできている。梨華まであと半分、逃げ切ってみせる。喧騒と人いきれで
膨張したプラットフォームで、私はひとり、密かにそう決意した。
630 :
萌え男。:2001/07/10(火) 18:01 ID:IkCBmZEY
その時、また新しい車両が到着し、その際の騒音と、意味などはとっくに持
たなくなったアナウンスによって、ホームの煩雑度は更に増した。私が進む
付近の開いた車両のドアからは、第三勢力とも言える新たな女子高生の群れ
が相変わらず大量に下車してきた。その制服の群れがまたひとつの塊となり
本流に加わる直前に、私は肩から下げていたカバンをすばやく胸の前へ引き
寄せた。男達2人には、大きな誤算があった。
おそらくは多少の抵抗などもしているだろう梨華を押さえ、同じ状況下で進
む金髪の男は、私よりも随分不利だ。私と梨華たちの距離は思ったよりもス
ムーズに縮まっていった。
きっと、私よりも後方に位置する開襟シャツの男の、顔を押さえて一人たた
ずむ姿、あるいはもしかすると既に私を追いかけて人ごみをかき分ける姿等
を見つけて、金髪も異変に気付いたのか。階段方向へ進みながら、男は何度
もふりかえった。
けれども、私と金髪男の面識は私の知る限りではほとんどなかったし、周囲
をうごめく女子生徒の群れが私の姿を上手い具合に隠していたから、結局男
は接触するまで、私を発見できなかった。
631 :
萌え男。:2001/07/10(火) 18:02 ID:IkCBmZEY
つい先程、女子高生の集団をまとめて吐き出した車両は、しばらくの間ホー
ムに留まっていたが、私と金髪男との距離がぐんと近づき、ついにはその間
に2〜3人を挟むまでとなった時、軽やかなメロディが流れて、その列車の
発車を告げた。
梨華を奪い返すタイミングを息を詰めて私は見計らっていたが、すでに彼ら
との間に、女生徒の壁は一列しかなかった。梨華は男に歩かされながら、そ
れでも懸命に抵抗などをしている。その彼女が身体を捩った瞬間に、私達2
人の視線が出会った。
--------ひとみちゃん!!
私を見て、驚きと喜びが入り混ざったような顔をした梨華は目を見張り、そ
う声を出しそうになったけれども、間もなく訪れるはずの絶好のチャンスを
私は逃したくなかった。
--------シッ!
人差し指を口に当てて大慌てで遮った私の、思わず目までもつぶってしまっ
た必死な表情を後に梨華は、
「あまりに一所懸命すぎて、ちょっと面白かったよ。」
と、そんなふうに評した。
それを言うならその直前の、男に抵抗して脇腹にエルボーをかまそうとする
梨華自身の、尖った口だって相当ウケたけど?
と、私だって言ってやった。
男たち2人の最大の誤算は、この日の私が、銃をもっていたということだ。
632 :
萌え男。:2001/07/10(火) 18:03 ID:IkCBmZEY
出発する列車のドアが閉まり始めた瞬間、胸に抱えたバッグから私はピスト
ルを抜き取った。梨華の腕に手を伸ばし、そして思い切り強く引くと、男も
その反動を感じ取った。腿の裏側に銃口を押し当てられているとも知らず、
男は面識の浅い私に瞬間、怪訝な表情を浮かべたけれど、すぐに私と認め不
遜な笑みを滲ませたところへ、私は構わず引き金をひいた。
衝撃に驚いた男はとっさに太ももに手をやった。続いて訪れる予期せぬ激痛
に、何が起こったのか、まだわかってはいない様子。直後、梨華と男の間に
すばやく体を入れた私は、梨華の手を取るすれ違いざま、もう一度男を振り
返った。そしてもう一発。
顔を歪め、腿を押さえる男の肩口に、私は銃口を押し当てる。
「そんなモン持ってるなんて‥俺ぁ聞いてねえぞ‥。」
私が人を撃ったというのに、その梨華は時嬉しそうな顔をした。
消音装置を備える2発の銃声は、ホームを出る車両のけたたましい音によっ
て完璧にかき消された。
633 :
訂正:2001/07/10(火) 18:09 ID:IkCBmZEY
>>627 11行目
致命的な動揺を隠すことはでない。
↓
致命的な動揺を隠すことはできない。
です。すみません。
634 :
名無し娘。:2001/07/10(火) 21:32 ID:JomkxlHQ
かっけー・・・
635 :
まちゃ。:2001/07/11(水) 00:02 ID:FX5QrExY
>>その梨華は時嬉しそうな顔をした。
その時、梨華は嬉しそうな顔をした。
じゃない?
636 :
萌え男。:2001/07/11(水) 01:29 ID:iQ9hjE56
>>635 まさに、そのとおりです。
どうもありがとう。
637 :
名無し娘。:2001/07/12(木) 07:15 ID:avpGJnDY
「ヲタ向けじゃない」と言いながら、「実はヲタ小説」ってのを
無意識レベルで感じながら観ているからいいんですよね。
これと同じ話を文庫本で「芥川賞受賞確実!」なんて触れ込みで見せられたら、
絶対に楽しめないと思います。
それがこういう形で見せられると何度も観てしまう。人間心理って面白いですね。
638 :
名無し娘。:2001/07/13(金) 01:08 ID:drgvaj.o
>>637 まあな、たしかに言える。
これがどこかのサイトにポーンと置いてあったら、評価はどうでるかって
ところだな。
639 :
名無し娘。:2001/07/13(金) 13:12 ID:RHR.6sCo
更新に期待sage
逃げ切れるのか?
641 :
名無し娘。:2001/07/15(日) 00:23 ID:VQLZwD8o
話の最初で捕まりそうだったと思うが
642 :
名無し娘。:2001/07/16(月) 00:57 ID:I57H2k/.
今日一日かけて最初から読んだけど、すっげーおもしろい!
1年前から始まってるからもう連載は終了してると思って
たけど間に合って良かった。
続き期待してます。
ところで飯田編は裁判所での証言なんかな?
だったらやっぱ最後は捕まってしまうのかな。
643 :
名無し娘。:2001/07/16(月) 13:01 ID:5DxNknAE
自分も初心者ながら小説書いてるんだけど、シアターの存在が最高の刺激に
なってる。おこがましい話だし、到底超えられそうにない高い壁なんだけど
そういう壁って必要ですよね(同時に果てしない絶望・焦燥感もあるけど)
そんな萌え男。さんにもきっと壁があるんだろうな…希望的観測かな
とにかく、ひっそりと応援させてもらってます、頑張って!
644 :
名無し娘。:2001/07/17(火) 04:11 ID:8DZzZBuw
645 :
名無し娘。 :2001/07/17(火) 11:59 ID:p4qKz9SI
最初から読みたいんだけどエラーが出るのはなぜ?
646 :
名無し娘。 :2001/07/17(火) 18:43 ID:mJAq4EZE
647 :
名無し娘。 :2001/07/18(水) 11:44 ID:dFGhxM7c
最初から読ませてもらいました。
メチャクチャ面白くて、話の世界に引き込まれます。
本当に、こんなに面白い小説読んだのは生まれて初めてです。
萌え男。さん、更新大変でしょうが、完結まで頑張って下さい。
応援しています。
648 :
。。。 :2001/07/18(水) 11:44 ID:vBSPMBNc
650 :
名無し娘。:2001/07/19(木) 12:22 ID:zauN9Wzw
萌え男。さんガムバレ!
保全sage
651 :
642:2001/07/19(木) 23:35 ID:22ouyCAU
>>644 わかりました。
丁寧にありがとうございます。
保全です
652 :
名無し娘。:2001/07/20(金) 09:03 ID:z7IABaPw
保全sage!
653 :
保全娘。:2001/07/21(土) 01:38 ID:7tDjUW7A
保全sage
654 :
ティムポ博士:2001/07/21(土) 02:36 ID:f4dgbgX6
いい小説ですね。
これからのご活躍、一ファンとして拝見させていただきます。
末筆になりましたが、暑い日が続きますので、お体にはお気を付け下さい。
揚げてしまいました、申しわけありません。
656 :
名無し娘。:2001/07/22(日) 02:49 ID:Dz10Uq46
保
657 :
4-1.9:2001/07/22(日) 03:10 ID:QXwaF2T.
「痛ェ‥。」
金髪男の弱々しい声が耳に届いたけれど、梨華の手をつないだ私は速度を
ゆるめず進んだ。二発目を発砲した際、驚きに目を見張る男の肩越しに、
依然立ち止まったままの開襟シャツと視線がかち合ったからだ。私を見つ
けた瞬間、男は嬉しそうに一度目を輝かせた。直後、即座に無表情へ戻っ
て、人ごみを掻き分け私達の方角へ進み始める。
追ってくる-------!私はそう直感した。
私と梨華が、ホームから地下へ抜ける階段にたどり着いた時、後方でキャ
ーという悲鳴が上がった。被弾し血を流す金髪の男に、そろそろ周囲が気
付きだしたのだろう。急いではいたけれど、確認の意味も含め私は人ごみ
を一度振り返った。すると、案の定金髪がいると思われる付近に、ぽっか
りと穴ができていた。
開襟シャツの男はもっとも、仲間であるはずの金髪にもはや興味を失って
でもいる様子だ。その穴を既に通り越えている。私達が振り向くと、すぐ
に姿を認識できる位置までその距離を詰めている。
「急ごう。」
踵を返した私達は何とか転倒などもせず、人々がひしめき合う階段を下った。
658 :
萌え男。:2001/07/22(日) 03:12 ID:QXwaF2T.
先程の例から、極端な人ごみも危険なのだと判断した。私達は改札を抜け
た後、街に出ることはせず、そのまま、適度に人目のある駅ビル内部へと
逃げ込んだ。なんとか男をまこうとして、巨大デパートの上から下までそ
れこそ縦横に売り場を動き回ったけれども、何度振り返ってみても、開襟
シャツの男は小走りの私達より少し離れたところを執拗に、犬みたいに
ついて来る。
そして、いつしか追っ手には、更にもう一人新たな男が合流していた。さ
っき撃った金髪同様、これもまた随分若い男。リストバンドを嵌めた腕の、
肩には派手な刺青を入れている。
(若い2人はともかく‥、)
エスカレーターを梨華の後ろから駆け上がりながら、新たな男の出現につ
いて私は考えた。
(開襟シャツの方は、もしかしたら本当に警察‥。それか‥。そっち関係
のプロ‥。)
警察にしても民間にしても、そういった組織は2人組での行動を常に崩さ
ないらしい。そういう内容のテレビ放送を見たことがあった。ひとり年の
離れた、中年の開襟シャツの男が、彼らのおそらくリーダーだと思われた。
その開襟シャツを中心に据えた彼らの動き方もまた、くだんの放送の内容
にまったく良く似ていた。
659 :
萌え男。:2001/07/22(日) 03:13 ID:QXwaF2T.
30分以上もフロアを変え、休まずに移動し続けて、次第に私達は疲労を
感じるようになった。それでなくても冷静に状況を考える、少しまとまっ
た時間が欲しい。
どちらともなくそう切り出した私達は小走りのまま、息を切らしつつ意見
を出し合ったが、結果、階下の婦人服売り場までひとまず移動することに
決めた。
背後の男達は駅ビルに入ってから、小走る私達の後ろを、ただひたすら
ついて来るだけ。人目など多少気にしたりしているのか、先程のプラット
フォームの時のようには気安く襲ったりしてこない。が、それでも、人気
の無い階段や密室になってしまうエレベーターを、私達は当然避けた。
660 :
萌え男。:2001/07/22(日) 03:14 ID:QXwaF2T.
「試着、いいですか?」
現れるなり手近な服をそれぞれ2,3着、それもロクに選ぶ様子もなく手
にとって私達は詰め寄ったから、売り場の、若くこぎれいな店員は目をシ
ロクロとさせた。背後の男達は相変わらずさりげない距離を保ってはいる
けれど、私達のそんな動向からも、目を片時も離さない。
店員について試着用個室へと通される間、私は彼らの方を振り返り、しば
らくじっと見つめてみた。
中年の、つまり開襟シャツの男は私の視線をがっちりと受け止め、ニヤニ
ヤ口を歪めていている。その脇、リストバンドの男は早くも飽き始めてい
るのか、目を時折、辺りの商品へと伸ばしている。
人数分2つの試着室を店員は用意したけれども、私達はその一方を断った。
2人して一つの個室に入ったのだから、店員が、ますますおかしな顔をし
たというのは、しごくまっとうな反応と言える。内部には壁の一面全体を
使って、巨大な鏡が据付けられていた。思っていたよりそこは広かったけ
れども、鏡が照明を大量に反射するので、へんに明るく感じた。
661 :
萌え男。:2001/07/22(日) 03:15 ID:QXwaF2T.
梨華は靴を脱ぎ内部にしゃがみこんだ。私は特に理由もなく、ドアの内鍵
をなるべく静かにおろした。
「警察だ、って‥、言ってたよアイツが‥。」
脇に腰を下ろしながら、梨華にまずそう伝えた。壁に背中を寄せながら
彼女の反応を待ってみたが、ただ無言に頷かれただけ。梨華がずっと壁を
見ているから、私ひとりが喋っていた。
「でもおかしいよね。リーダーっぽい男はともかく‥。若い2人はどう考
えても違う。だってさ‥、金髪とかタトゥーとか、そんな警察いるわけな
いじゃん。‥ねえ?」
私の舌はいつもより数段滑らかに動いていた。次から次へと言葉が浮かんだ。
そのくせ頭の中で私は
(鏡に映った私達がなんだか4人もいるみたい。)
とかなんとか、ひどくちぐはぐな事を、思ったりもしている。
「この間りかっちがケガしたから‥。それになんか‥、様子もおかしかっ
たし、だから今日、ピストル持って来てたんだ。‥でも持って来て良かっ
たよね?‥ね。なかったら大変だったよね。」
要するに興奮していた。
しばらくペラペラと話し続けていた私だったが、梨華が壁から目を離
して私の方へ顔を向け出した頃から、だんだんと苦しくなっていった。
662 :
萌え男。:2001/07/22(日) 03:16 ID:QXwaF2T.
膝を抱えて壁に寄りかかる。私達2人はいつの間にか、同じ体勢で座るよ
うになっていた。膝の上に組んだ私のひじの辺りに、ためらいがちな視線
を梨華が固定した頃ともなると、既にだいぶしどろもどろだった私は、沈
黙のほかに取る道がなくなった。
個室内にも冷房は効いているはずだったけれど、温度が少し高いように感
じた。重苦しい時間のみが静かに流れる時間が流れ、そっと盗み見た梨華
の唇が、かすかに薄く開かれていた。なにか言いたげ。タイミングをじっ
と、懸命に測っている様子。
やがて梨華は、息を吸い込んだ。反射的に私は一度、まばたきをする。
それから先手を打ってしまって梨華が切り出す前に、自ら核心に触れた。
すなわち、人を撃ってしまったこと。
ため息交じりの言葉に梨華は、今度は静かな返事をかえした。
「やっちゃったよ私‥、とうとう‥。」
「うん‥。」
「撃ったとき‥。あんまり、実感がなかったんだ。」
「そう‥。」
663 :
萌え男。:2001/07/22(日) 03:16 ID:QXwaF2T.
「ひとみちゃん‥。」
「なに?」
そう切り出したのは梨華。声にはなんらかの、追い詰められた調子が
随分混ざっている。自然と顔を向ける私。
「ごめんね、私。いつもなんか‥。弱くて‥。」
「いいよべつに‥。」
すると梨華は、ゆっくりと頷くような動作を繰り返しながら、まるで自
分自身に言い聞かせるみたいに、穏やかな口調で話し始めた。
「私が、もし‥。もっと力とかあったらさ、あんな男なんかに、簡単
に‥連れてかれたりしないのにね‥。そうしたらひとみちゃんも、ヒト撃
ったりしなくて、済んだかのも知れない。」
「どうかね‥。でももう仕方ないよ。やっちゃったんだもん‥。」
傍らにあるカバンには、中に拳銃が入っている。取り出して一度、その存
在を確かめたい衝動にかられたけれど、その一方でなんとなく怖く、私は
結局、カバンの肩ひもを少し引き寄せただけでやめた。
664 :
萌え男。:2001/07/22(日) 03:17 ID:QXwaF2T.
「金髪の男がりかっちをひっぱって行く時、なんか、言ってたけど‥。あの
コンビニの帰り‥、やつらに、何かされたの?」
「後をついてきたの‥。金髪の人、ひとりだけだったけど‥。いろいろ、
話しかけたりしてきて‥。私の名前も知ってて‥。怖くなって走ったら、
つまづいて、転んだ。
『大丈夫?』なんて、‥ニヤニヤ笑いながら手を差し出してきたけど、気
持ち悪いし振り払って、夢中で家まで走ったの。男は家の階段の手前まで
追いかけてきて‥。私は階段を急いで上ったけど、なんか、それ以上、
ついてくる気配がなかったから、途中で下を見て確認した‥。そしたら近
くの電柱の脇を、金髪は、のんびり歩いてた。口笛吹きながら。」
「そうだったんだ、あの時‥。」
相槌を打ちながら私は、店に来たことのある顔をできるかぎり思い出して
みた。けれども彼ら3人は、見覚えのない顔だった。
開襟シャツの男は今日、最寄りの駅についた時から私たちのそばにいた。
梨華の話と考え合わせると、彼らは私たちの住所を確実に掴んでいる。名
前も知られているし。
開襟シャツの、リーダーっぽい男はともかく、若い男2人はやっぱり警察
なんかじゃない。
そう私は思った。見た目は明らかに街のチンピラふぜいだし、金髪の方は
朝方梨華に近づいたりして、行動の仕方も明らかにおかしい。
そうなると、そんな2人とつるむ開襟シャツの男も警察とは考えにくい。
すると、誰?
はっきりした見当は、まったくつかなかったけれど、とにもかくにも、非
合法的なニオイが、ぷんぷんと漂っていた。
665 :
萌え男。:2001/07/22(日) 03:18 ID:QXwaF2T.
「あ。てゆうかさあ。」
しばらく考えているうちに、私はふと思い出した。言いたい事があったの
だった。
「なんで言わないの!?そんなことがあったならもっと早く?」
「だって怖かったんだもの‥。」
申し訳なさそうに、梨華は肩をすぼめる。
「名前とか知られてたし、言わなきゃな、って思ってたけど。なんか。
言ったら、悪いことが‥、本当に起こりそうな気がして‥。」
さっき電車の中で感じた開襟シャツ男への恐怖を、私は思い出していた。
なんとなく、わかるような気がする。
「そう‥。でも今度からは、ちゃんと言ってよね。私もなるべく、全部
りかっちに言うようにするから‥。」
666 :
萌え男。:2001/07/22(日) 03:20 ID:QXwaF2T.
「さて。どうしたもんかね‥。これから。」
私が考え込んでいると、梨華が状況を、ゆっくりと整理していった。ぽつ
ぽつと紡ぐ梨華の言葉に、私はいちいち頷いたりした。
「家に帰るのは‥、危険だよね。場所とか‥、だって知られているんだも
ん‥。」
「うん。」
「ホームには‥、カメラがあったね‥。私たちが撃ったこと‥、映っちゃ
ってるのかなあ‥。バレちゃうのかしら‥。」
「うーん‥。」
そう、返事をしつつ私は、なにげなく囁かれた梨華の言葉に少し驚き、ま
じまじと梨華を振り返った。
彼女は、優等生だったはず。
「え?何‥?」
ふと感じた違和感に私にしばらく目を見張っていたから、梨華は不思議そ
うに聞き返した。そんな彼女はまだ、自分の言葉のおかしさに、少しも
気付いてはいない。
「なんかさあ、りかっち変わった?」
「え?」
私の言葉に、動揺した素振りを見せる。
「なんか、『バレるとかバレないの問題じゃないモン』とか、そういうノリ
じゃなかった?昔?」
「え、うーん‥。まあ、どっちかって言ったら‥。」
「てゆうか、絶対そうだったよ。真面目で、お嬢様だったじゃない。」
667 :
萌え男。:2001/07/22(日) 03:21 ID:QXwaF2T.
からかうみたいな私の口調に、梨華は少し照れたように笑った。
「そうだね。私、変わったかもね。」
白い歯をこぼし、まっすぐ私を見つめて、直後、ハッとしたように真顔に
なる。
「え、ちょっと待って。ダメ‥?」
「ううん。いい。なんかかっこいいってカンジ。」
出会ったばかりの頃は、虫も殺さないお人形さんだって、私は思っていた
んだよ。
「私が金髪を撃った時‥、りかっち、嬉しそうな顔したでしょう。」
「うん。‥でもね私。変わったって言っても、ひとみちゃんを巻き込んで
しまったことに‥、やっぱり罪を感じずにはいられないの、今でも‥。
でもあの時は。ひとみちゃんがあいつを撃って、私を助けてくれたときは。
本当にちょっと嬉しかった‥。まだ一緒にいられるんだなって‥。
ごめんね。私のせいでひとみちゃん、人撃っちゃったりしたのに‥。喜ん
だりして、ほんとうに勝手だよね‥。私といると、ひとみちゃんもどんど
ん変わっちゃうね‥。」
668 :
萌え男。:2001/07/22(日) 03:21 ID:QXwaF2T.
「だから、もうそれはいいよ。後悔してないもん、私。そんなにあやまら
ないでよ。」
後悔とか動揺とか、そういった気持ちがまったくないわけではなかった。
けれども私は、本当は、より決定的な罪を犯したことに、むしろ満足して
いた。
殺人という重責を背負う梨華と、逃亡を幇助する私。今回私が人を撃って、
その十字架がまた一歩、梨華に近づいたのだと私は考えていた。彼女と
同等、もしくはより近い罪を私も犯したことで、梨華の重荷を半分背負っ
たような、そんな気分になっていた。
もっともこんなこと梨華が悲しむだろうから、絶対に言えないけれども。
私の罪がいつかもっと大きくなって、梨華の殺人など覆い隠せるようにな
ると良い。
669 :
萌え男。:2001/07/22(日) 03:22 ID:QXwaF2T.
きっと試着室の外には男達がまだいる。なんとか無事に家、もしくは矢口
さんの家にたどり着けたとしても、私たちが発砲したことはそのうちバレ
る。男達とそして警察にも、近いうち追われることになるんだろう。そも
そも今まで無事だったこと自体が、かなり奇跡に近いのだと思う。
私はズボンの尻ポケットを探って、保田さんの残した、少し皺のよった紙
を取り出した。
------本当にピンチの時に使いなさい。
保田さんの言葉を思い出す。
「まさに今ってカンジだよね‥。」
2つ折りを開くと、梨華もゆっくり頷いた。
670 :
萌え男。:2001/07/22(日) 03:23 ID:QXwaF2T.
――この番号、誰から聞いたの?
記された番号の持ち主は、繋がるなり、そう唐突にたずねた。
「や、保田さん‥。保田圭から聞きました‥。」
静かだけれども、なにかしら威厳のようなものを感じさせる口調に、私は
やや緊張気味。
――それで?
保田さんと聞いた相手は少し黙り込んだのち、やがて再び尋ねる。話し方
は随分落ち着いているけれども、声質自体から、相手は案外若いと感じた。
「あの、ピンチなんですけど‥。助けてくれませんか。」
――フフ。じゃあ場所は?
短く笑った声はやはり若い。
671 :
萌え男。:2001/07/22(日) 03:24 ID:QXwaF2T.
――わかった。今あなた達は、4Fの試着室にいる。その外で、男が待っ
ているのね。この電話を切って10分たったら、そこから出て売り場から
走って。左に向かった先に、本館の東階段がある。そこを8階まで駆け上
がるの。いちばん重要なのは、きっかり15分後に7Fを通過すること。
それができなかったら、計画は上手くいかないと思う。
まるで建物を完全に把握しているよう。電話の向こうで、彼女はすらすら
と、澱みなく話していた。
――だいたい、こんなかんじ。経路は頭に入った?繰り返して欲しい?
「いいえ‥。大丈夫です。」
たいして複雑なわけでもない。左に走って15分後に、7階。そう声に出
して復唱した。脇の梨華も、2,3度頷いたりしている。
あまりに単純だ。私は少し疑った。ハナシがうまく進みすぎる。物事はこ
んなにスムーズではないはず。
――もっともあなた達が、私を信じれば、のハナシ。
そう思っていた矢先の言葉だったから、相手がそう言った時もあまり驚か
なかった。
――私を信じる?そうしたら助けてあげるよ。
672 :
名無し娘。:2001/07/22(日) 03:30 ID:1qn3RCSY
やった〜、再開だ〜〜!!
リアルタイムで読めたしラッキー!!
673 :
萌え男。:2001/07/22(日) 03:54 ID:QXwaF2T.
訂正
>>666 第3段落2行目
ふと感じた違和感に私にしばらく
↓
ふと感じた違和感に私はしばらく
でした。すみません。
674 :
名無し娘。:2001/07/22(日) 11:14 ID:nbzSy5JQ
ドキドキするぜ〜!誰が助けてくれるんだろ?
675 :
名無し娘。:2001/07/22(日) 13:42 ID:95UbbZQs
二人はどうなっていくのだ〜。
676 :
名無しさん:2001/07/24(火) 02:41 ID:T2nk4Zc2
誰が出てくるのか予想しつつマターリ
677 :
与太:2001/07/24(火) 15:15 ID:AKp0A.Kc
俺がこれを読んでて、一番ピッタリ来ると思った言葉は、
「耽美」
ちゃいまっか?
678 :
名無し娘。:2001/07/25(水) 14:48 ID:.TTAJEIg
わかったぁ!市井だぁ!
・・・ちがうか。
679 :
ぼかあねえ:2001/07/26(木) 17:11 ID:ZMycq9fM
ほぜむ
680 :
ぼかあねえ:2001/07/26(木) 17:12 ID:ZMycq9fM
すまんっっっっっっっっっ!!!!!!あげてもうた。
681 :
名無し娘。:2001/07/26(木) 17:13 ID:NCE0ttRs
682 :
ぼかあねえ:2001/07/27(金) 00:16 ID:n/Vu4WNc
683 :
ぼかあねえ:2001/07/28(土) 02:00 ID:c1nYjWhc
保全し舛。
684 :
名無し娘。:2001/07/29(日) 00:31 ID:HiJWDblE
(0 ´〜`0 )・・・ほぜん?
( ^▽^)そう!保全です!
685 :
名無し娘。:2001/07/30(月) 02:14 ID:EoNRF8AM
保全
686 :
名無し娘。:2001/07/31(火) 14:21 ID:h3Kbcw7U
HoneN
687 :
名無し娘。:2001/07/31(火) 16:48 ID:Xc/iPid2
つぼがまた消えたね。
自分は立て直さなくてもいいと思うけど。
688 :
名無し娘。:2001/08/01(水) 00:01 ID:8bWD4wHE
つぼなくていいというか、どちらかと言えばない方がいいに一票。
689 :
名無し娘。:2001/08/01(水) 01:06 ID:TEzx6dnM
そんなこと言っても次回更新時にたてるから
690 :
名無し娘。:2001/08/01(水) 02:19 ID:lsf6zM6c
立てるほうに一票
691 :
名無し娘。:2001/08/02(木) 02:21 ID:rQh08agg
保全
692 :
名無し娘。:2001/08/02(木) 15:51 ID:1WZc1rMI
豊年保全
693 :
名無し娘。:2001/08/02(木) 15:54 ID:BtDi7UD2
694 :
名無し娘。:2001/08/03(金) 10:03 ID:FJZVJ6VA
hoxem
695 :
ぼかあねえ:2001/08/03(金) 22:13 ID:4IumLiAA
696 :
名無し娘。:2001/08/04(土) 00:06 ID:7hHo0BEI
更新待ってるぜ!保全
697 :
名無し娘。:2001/08/04(土) 23:25 ID:yZ51BC7A
保全
698 :
名無し娘。:2001/08/04(土) 23:36 ID:KUBof1FM
>>697 保全の意味もわかってねえような夏厨があげんな!
699 :
名無し娘。:2001/08/04(土) 23:54 ID:geETFELk
700 :
名無し娘。:2001/08/05(日) 14:35 ID:xZtQEz/A
最初に立った時から読んでるけど、
上げられてキレてる方が厨房っぽいよ
一部だけが読めればいいという、ずっとsage進行の小説スレなら、
自分で垢とってサイト開いて書いてろ。と思うね
701 :
名無し娘。:2001/08/06(月) 00:33 ID:Yi5l1EKI
>>700 でもまあそれを言ったら(理由はともかく)
ここの小説スレはほとんどsage進行なわけで。
702 :
名無し娘。:2001/08/07(火) 00:45 ID:sAvf5sIc
703 :
名無し娘。:2001/08/07(火) 20:57 ID:dFGCAE6s
萌え男。氏
とてーも続きが気になーる
最高の物語が早くみたーい
704 :
名無し娘。:2001/08/08(水) 18:40 ID:6x5KPW6o
保全
ティムポゼンム
「信じる、‥って言っといた方が、良かったんじゃないかしら。嘘でも‥。」
梨華は息を弾ませながら、いくらか不安そうな声を出した。
電話を切った私たちは数分後、タイミングを見て試着室を出、与えられた指
示の通りに東階段へ向かって走り出していた。男達ももちろん、私達が再び
姿を現したからほんの一瞬だけ意外そうな表情もして見せたけれども、私達
の後ろを私達に合わせ、先程よりもずっとペースを上げてついて来る。
「うーん‥、」
足音もはばからずに売り場を駆けてゆく私たちを、周囲の客は怪訝な目で睨
んだ。私は何度も背後を振り返りつつ、次第にあがり始めた呼吸を押さえつ
けるようにして答えた。
「でも、さあ。あんなふうに、聞かれてさ。」
梨華と背後に気を取られ、多少の前方不注意。
「あ、すみません‥!『ハイ信じます、』って言えちゃう程、幸せな道、進
んできたわけでもないじゃん‥、ウチら。」
セール中のワゴン前、靴下を眺める中年の女性に、私はいきおいぶつかりそ
うになったが、直前でよけた。
707 :
萌え男。:2001/08/08(水) 22:06 ID:JYILf5yE
あの時。
「わかりません。」
信じるのか、という問いに、私はそう咄嗟に答えていた。
『信じない』と突っぱねるには、状況はあまりに差し迫っていたし、逆に、
『信じる』というこたえをすんなりと口にできる程私は純真でも、或いは大
人でもなかったからだ。
「信じるも‥、何も。私たちには、他に、方法なんて思い浮かばないんです。」
それでも少し後悔した私が弱い口調で付け加えると、電話の向こうの彼女は
――ふーんそう。じゃあお楽しみに。
と、一度、軽く笑って切った。
708 :
萌え男。:2001/08/08(水) 22:07 ID:JYILf5yE
すぐに私たちは指定の階段へ突入した。そこは思っていた以上に人影が乏し
く、駅や他の入り口から考えてちょうど使いづらい位置にあるのか、それと
もエレベーターやエスカレーターでしか人々はフロア間を移動しないのか、
わからないけれどともかく売り場とは壁で隔たれ、およそ半閉鎖的な空間は
こころなしか照明なども暗い。方角と階数を示す黄色いペイントが側面の壁
にやたらと大きく記されているほかは、トイレなどもなくてまるで通用かと
思うほどに淋しく、そしてひっそりとしていた。
男達との差は時間にして十数秒。婦人服売り場を有する4階から私たちは階
段に飛び込んだわけだけれども、そんな私たちがそろそろ5階へさしかかろ
うとする頃、私たちより更にけたたましい靴音を響かせ、男達2人も侵入し
てきた。隔絶された場所ですでに人目など気にする様子もなく、彼らはつい
に本腰を入れ凄まじい勢いで追って来る。今度こそ確実に私とそして梨華を
捕らえようとしていた。その頃になって私にはもう背後を振り返る余裕など
なくなっていたが、後方から響いてくる彼らの靴音と激しく息をつく音から、
それらは容易く判断された。
709 :
萌え男。:2001/08/08(水) 22:08 ID:JYILf5yE
息をつく暇もなく私達は合計100段近く疾走した。階段はまるで永遠に続
く螺旋とも思われた。更なる加速を試みたけれども、次第に意識が朦朧とし
始め、筋肉の上下動が鈍ってゆく。自分でもそれはわかったけれど、背後の
男達との距離が徐々に縮まりつつあった。気を抜く暇などなかった。
破裂しそうな心臓を片手で押さえ、必死で私は梨華を促し続けた。先程のプ
ラットフォームでは一瞬の隙をついて梨華と引き離されてしまったから、デ
パートに入ってからというもの私は、私に比べて力の弱い彼女の常に後ろか
ら行動をとるようにしていた。その、2,3歩先をゆく背中もまた同様に苦
しそう。肩が激しく上下している。
「もう少しだから‥」
そう励ましたつもりだけれども、苦しい喘ぎに紛れて、声には多分なってい
なかった。
いくつめかの踊り場で方向を変えた時、私の顎は無意識のうちにに上がって
いたのだが、その拍子にE7と記された壁が前上方に目に入った。E7。腕
の時計を咄嗟に確認した。例の電話を切ってからちょうど15分だった事を
覚えている。
710 :
萌え男。:2001/08/08(水) 22:09 ID:JYILf5yE
「そうすればキミも、あんなチンピラに発砲せずにすんだものを‥。」
梨華は強い力を込めて、私の手をずっと握っていた。巨大にペイントされた
背後のE8という文字に擦れ、固くざらついた感触を手の甲に感じた
(信じるって答えていたら、助かっていたんだろうか‥。)
背中のカバンを片手で手繰り寄せながら、私はそんな事を考えていた。
「おっと、そいつはムダさ‥。」
そう言って男は、傍らの若い相棒の腕を唐突に引いた。ゆるゆると私が銃を
取り出したからだ。
「な‥、何するんスか‥。」
突然肩を押さえられた男は動揺した声を出したが、中年の男は意にも介さな
い。銃を構えるためゆっくりと持ち上がる自分自身の腕を、私はまるで映画
でも見るように見ていた。
「もっとも‥、キミのような美しいコに撃ち殺されるというのも、実は甘美
でいいかも知れない。」
「じ、冗談やめてくださいよ‥。」
背後から仲間の首に腕をまわした男は、笑みを崩さぬまま、じりじりと迫っ
てくる。盾にされた男がひきつった笑顔で言う姿が、とても滑稽だった。
711 :
萌え男。:2001/08/08(水) 22:11 ID:JYILf5yE
梨華と繋いでいた手を離して、私は拳銃をゆっくり両手で握った。少し体を
前に出して、梨華を背後に隠すようにした。
「フフフフ‥。」
男はやっぱり、どこかおかしいのかも知れない。顔をいびつに歪めて笑って
いる様子は相変わらず。仲間の体を盾にとった男は、拳銃を突きつけられて
いるというのにひるむ様子など微塵も見せない。
(この2人を殺せばよいのだ。)
額に汗の浮いた若いリストバンドの男の喉元に、私の銃口は正確に向かって
いた。このまま指に力を込めるだけ。後ろの中年男だって、べつに、その後
やってやればよい。例えばその真っ暗闇な目でも撃ち抜いてやったら、また
少し、私たちは逃げ延びる事ができる。
「おまわりさんおまわりさあん。こっちでえーす。」
(焦って撃つのは嫌だ。万一外したら、大変だし‥それにちょっと、格好悪
くはないだろうか‥。)
両肩に背後から添えられた梨華の手のひらはかすかに震えていて、その感触
を感じながら、そういったどちらかといえばくだらない事柄が私の脳裡をよ
ぎった。
それは、落ち着いてコトを遂行するため、私が一度目をつぶった瞬間だった。
馬鹿馬鹿しいくらい能天気な声がコンクリートの階段に響いた。
「ここなんですぅー。お財布おとしちゃったんですぅ〜。」
男達との間で張り詰めていた空気が一瞬で覆った。声の主は後に加護亜衣と
名乗った。
712 :
萌え男。:2001/08/08(水) 22:12 ID:JYILf5yE
遅くなってすみませんでした‥。
713 :
名無し娘。:2001/08/08(水) 22:48 ID:gNerhrec
萌え男。にも色々都合があるからしょうがない。
ただ
>>709-710の間抜けてない?
714 :
名無し娘。 :2001/08/08(水) 23:08 ID:PPdtv7j2
ワオ!更新されてる!
>>713 漏れもそう思うYO!
715 :
名無し娘。:2001/08/08(水) 23:31 ID:KUTrJiNg
久々に更新されたし、やっぱツボスレも立てとくべきか?
716 :
名無し娘。:2001/08/08(水) 23:59 ID:ifMinvXY
萌え男。マンセー!
717 :
名無し娘。:2001/08/09(木) 00:01 ID:9lOYNRoY
あいぼむ!!!
きゃわいいい!!!!
718 :
名無し娘。:2001/08/09(木) 00:03 ID:9lOYNRoY
つぼスレたてといてください。
719 :
名無し娘。:2001/08/09(木) 00:25 ID:kUImf496
>>713 いや、これでいいんでない?
萌え男さんらしいやん。
720 :
保全娘。:2001/08/09(木) 01:05 ID:1arWnBXg
加護亜依です・・・
721 :
名無し娘。:2001/08/09(木) 01:18 ID:stYIysSI
やった!更新されてる!
見てから寝るッス
722 :
名無し娘。:2001/08/09(木) 01:48 ID:mj5hGcnQ
723 :
名無し娘。:2001/08/09(木) 03:38 ID:tEWXy1Xw
こんなに下がっててもイイの?
724 :
名無し娘。:2001/08/09(木) 04:21 ID:NLfUzPzs
久びな更新にsage
725 :
名無し娘。:2001/08/10(金) 01:35 ID:by7KdIG6
hozen
726 :
萌え男。:2001/08/10(金) 23:00 ID:MCaHTT5Q
それから約一分後、E8と記された踊り場で、私たちは壁の隅に追い詰めら
れていた。
「おとなしく一緒にくれば、手荒な真似はしないさ‥。さあ、観念した方が
いい‥。」
男はにやつきながら、顔中に滴る汗を右腕で一度拭った。途中から登場した
リストバンドの男も潜在的な狩猟本能というものに火がついたのか、ほりの
の深い両眼に異常な煌きを宿している。
東階段を4階から8階まで駆け上る、
15分後に7階を通過することが重要――。
私たちは時間通りに7階を走り抜けた。電話での指示を、ほぼ完璧に私たち
は実行した。けれど何も起こらなかった。
期待した救いは差し伸べられる気配もなく、8階まで到達した私達は一瞬躊
躇して足を止めた。すると消耗した筋力や気力は、一度弛めてしまうと再び
起動させるのが容易くない。そうしてそのすきをついて、男達に追いつかれ
てしまった。
728 :
萌え男。:2001/08/10(金) 23:03 ID:MCaHTT5Q
以上です。
大変失礼いたしました。
729 :
名無し娘。:2001/08/11(土) 03:29 ID:.cX3tnyM
ほう・・・・・・・・
730 :
名無し娘。:2001/08/11(土) 07:56 ID:FqZRP0.A
ほぜむ
731 :
名無し娘。:2001/08/11(土) 17:42 ID:PLVhtcuo
下から5番目まで下がっていたので保全
732 :
名無し娘。:2001/08/11(土) 22:35 ID:gcKKitAk
保全
733 :
名無し娘。:2001/08/12(日) 00:59 ID:jUwiqQPY
保全は一日一回でよろしぃ・・・
734 :
名無し娘。:2001/08/12(日) 20:16 ID:qd2RbUgY
やっぱあの間に一つ入ったんだね。
735 :
名無しさん:2001/08/13(月) 15:28 ID:u5W77EqU
一日一保全。
736 :
名無し娘。:2001/08/13(月) 21:20 ID:T762f.Fk
hozennage
737 :
(0^〜^0)@狼:2001/08/13(月) 22:05 ID:wm0yh.hI
糞スレ上げ〜
738 :
名無し娘。:2001/08/13(月) 22:19 ID:74GKMZjo
忘れてたよ。
ここが2ちゃんだってこと。
739 :
sage:2001/08/13(月) 22:23 ID:smh/3d5.
740 :
ななし:2001/08/14(火) 16:08 ID:YNBPqXBY
保全
741 :
(0^〜^0)@狼 :2001/08/14(火) 21:08 ID:AAFwp7TI
742 :
名無し娘。:2001/08/14(火) 22:50 ID:A6PUKtoQ
さげる
743 :
名無し娘。:2001/08/15(水) 15:48 ID:QPSeA6PU
そろそろ保全
744 :
名無し娘。:2001/08/16(木) 00:22 ID:9zSegSQg
ほぜ
745 :
名無し娘。:2001/08/16(木) 15:06 ID:2TVoO4ng
保
746 :
1:2001/08/16(木) 21:04 ID:L6Bs9BJA
h
747 :
名無し娘。:2001/08/17(金) 03:44 ID:6w5uk81.
保全全
748 :
名無し娘。:2001/08/17(金) 14:25 ID:5kEIx8eU
ho
749 :
石川梨華:2001/08/18(土) 01:20 ID:7qU0.Xb.
( ^▽^)< 前から保全したかったんです。
750 :
4-2.1:2001/08/18(土) 03:14 ID:V66CWGX2
薄暗い部屋で加護亜依の視線はずっとテレビのスクリーンへ向けられている。
奇妙な部屋だった。大きなサッシ窓のある部屋の西側を除いた三方の壁の壁紙
には、空や山脈や河川といった雄大でパノラマ的な光景が全面にプリントされ
ている。
部屋は広く、加護亜依の点したテレビ音声以外には閑散としていて、音といえ
ば他にはビル自体の空調設備が低く静かに唸っているくらい。部屋の中央より
もやや壁によったかたちで大きなグランドピアノがあって、今は蓋が閉じられ
ている。
「あのピアノは‥誰が?」
照明の点されない部屋で、テレビの光源のために逆光となった加護亜依の背中
に私が声をかけると、加護亜依は首を振って
「誰も弾きません。」
と、無関心な声で答えた。
依然としてテレビに夢中で、私のほうは振り向かない。
751 :
萌え男。:2001/08/18(土) 03:16 ID:V66CWGX2
加護亜依は一本のビデオテープを繰り返し流していた。昨日今日のワイドショ
ーのほか最近の真希ちゃんのテレビ出演部分、細かなところまで全部。彼女の
曲も数曲含んだ内容でそのテープは構成されている。それらはテレビ放送から
録画されたものらしいが、CMなどは全てカットされていた。
全長一時間弱のビデオを加護亜依が何度も巻き戻してはずっと流し続けてい
たおかげで、私はあの気に入らない男の言葉をも正確に覚えることができた。
後藤真希本人に関する欺瞞をここで徹底的に検証して帰りたいと思っていま
す。今のところはまだグレーだが、そもそも彼女には黒い噂もピンクの噂も、
それこそ掃いて捨てる程あるんだ。シロであろうとクロであろうとこの際はっ
きりさせた方が彼女のためにも良いと思いますよ。
752 :
萌え男。:2001/08/18(土) 03:17 ID:V66CWGX2
数時間ほど前、男達に追い詰められて窮地に陥っていた私たちの目の前に加護
亜依は舞い降りた。
「ここでお財布おとしちゃったんですぅ〜。」
とかなんとか、そんな嬌声を上げながら背後に本物(少なくとも私はそうだと
信じた)の制服警官を引き連れてバタバタと階段を下ってきた。
その時まさにE8という文字の前で緊迫していた梨華と私と男達は、その直前
に聞こえた「おまわりさん、おまわりさん」と言う声に一瞬動揺して、まるで
弾かれでもしたような勢いで、揃って右上方にある踊り場を見上げたのだった。
上階へ続く踊り場の角からまず最初に現れたのが、まともな神経ではとても履
いていられないような黄色いミニスカート――ピンクのカツラと共にそれが
ステージ衣装だったのだと、後に私たちは知ることになる――に身を包んだ加
護亜依。
都合の良い救いなどまやかしだったのだと自分に言い聞かせた矢先の出来事
だったから、ぴらぴらした黄色い布地が目に入っても、何が起こっているのか
瞬時にはわからなかった。人が来たというのに私は、男達に向けて構えた拳銃
を隠すことすら忘れていた。本当に吃驚していたのだ。私の服の肩のあたりを
後ろからぎゅっと掴んでいた梨華はもちろん、正面の男達でさえも、重たい空
気を切り裂き現れたアニメのヒロインのようないでたちの加護亜依に、私同様、
目を奪われていた。
753 :
萌え男。:2001/08/18(土) 03:19 ID:V66CWGX2
私たちから見て上の、加護亜依が立つ踊り場と、私達がいるフロア、その2点
間をつなぐ階段に派手な靴で一歩踏み出す前に、加護は一瞬だけ、本当に一瞬
の間だけ動きを止めた。感情の読み取りづらい、ついさっき聞こえた伸びやか
な嬌声とはまったく裏腹でずいぶん日常的な目をして、4,5メートル上方か
ら私達を一度見たのだ。やがて、
「この辺やったとおもうんですよぅ〜。」
と、また素っ頓狂な声で叫びながらすぐに段差を下りだしたが、けれどもその
ごく普通の視線が、今度は私のみを向いていた。
その後すぐ、もたついた足音を響かせ茶色い革靴と紺色の制服が踊り場の手す
り越しに複数現れたのだけれど、彼ら制服警官たちの姿が完全に露出する前に、
私は拳銃をカバンにほうりこんでいた。それまで放心しきっていた私だったけ
れども、加護亜依に見つめられたことによって我にかえる事ができたのだ。
754 :
萌え男。:2001/08/18(土) 03:20 ID:V66CWGX2
私たちを追い回していた男達はいつの間にか姿を消していた。本当のことをい
うと私達はその時、奇妙な格好をした加護が期待をした救いの舟であると、ま
だはっきりわかっているわけではなかった。目の前を大げさな身振りでちょこ
まか動き回る少女と、律儀にもそのあとをいちいちついてまわる人のよさそう
な警官2人を只、梨華とともに見守るばかりのありさまだった。
「ん〜?」とか「お〜い。」とか、さながらそのいでたちにぴったりとはまっ
たメルヘンチックな口調でガランとした踊り場をまるで蝶でも追うようにふ
らふらと歩き回った加護亜依だったけれど、やがてしばらくするとふいに立ち
止まって
「あれ〜?」
と、舌足らずな声をだす。スカートの中に手を入れ、ポケットでもついている
のか、ちらちらと見え隠れするアンダーショーツの尻のあたりをそれから探る。
「あー。ありましたよぅー。こんなところにいぃ〜。」
ややはにかむようにしてピンク色の小銭入れを取り出してみせた加護亜依に、
2人の警察官は口をあんぐりと開けた。
それでもにこにこしながら
「よかったなあ。」
などとばからしい言葉を加護亜依にかけて、警官達2人はにこにこしながら去
っていった。それをへらへら笑いながら見送った加護亜依は残された私たちを
チラリと一度だけ見てから
「5ひゃくおくせんまんおくえんになります。」
と、ひどくでたらめな事を言った。
755 :
萌え男。:2001/08/18(土) 03:20 ID:V66CWGX2
加護亜依に連れられデパートを脱出した私たちはすぐに車に乗せられた。私と
梨華と加護亜衣を乗せたワンボックスカーは夕暮れの首都をぐるぐる走り、や
がて新開発地区にそびえる真新しいマンションの前で停まった。
長旅を終えた川が湾にそそぐ河口付近だ。その沿岸の埋め立て地に立てられた
高層マンションの最上階、もしくはその付近のフロアを多く占めると思われる
広いこの奇妙な部屋には、ソファや椅子はおろかクッション座布団等といった
応接設備めいたものが何ひとつ置かれてない。固くて毛足の短かいカーペット
のようなものが、床一面に敷き詰められている。
それにしても。グランドピアノの蓋に刻まれた白く小さな紋章が私の目を捕ら
えて離さないのだった。
私がさまざまなことを考えていると、依然として画面に見入る加護亜依の背中
に、梨華が立ち上がって声をかけた。
「ここは‥、あなたは、G教とは‥、」
梨華も気付いていたらしい。画面に夢中で反応を返さない加護亜依に近づいて
ゆく途中で、ピアノの紋章に指を這わせた。
「このロゴ‥、シンボルよね‥。教団の‥。」
不恰好な白いハンマーを逆さにしたような、あまりに有名なマーク。
「真希ちゃん、かわいいね。」
やがてピアノを通過した梨華は、そう白々しい口調で言って加護亜依の脇に並
んで座った。頷いた加護亜依と梨華の、画面の光に照らし出された2つの青白
いシルエットに向かって、私もゆっくり腰を上げた。
756 :
名無し娘。:2001/08/18(土) 04:07 ID:CtvSwQ4k
おお!更新されてる!
757 :
名無し娘。:2001/08/18(土) 14:13 ID:624XErvs
容量の関係でそろそろ新スレに移った方がいいとのことですが?>萌え男。
758 :
名無し娘。:2001/08/18(土) 17:55 ID:2uVZL3as
M-SEEKとかで書けばいいのでは?
住民は大歓迎すると思いますよ。
759 :
名無し娘。:2001/08/18(土) 18:20 ID:yuuERTG6
ここで書いてほしいなぁ
人が多いし
とりあえず保全。
761 :
名無し娘。:2001/08/19(日) 06:08 ID:rx5UjY3g
初保全です。期待してます。>作者様
762 :
名無し娘。:2001/08/19(日) 19:53 ID:nPQnVhxc
763 :
萌え男。:2001/08/19(日) 23:52 ID:w910ji42
次の回の更新から新しいスレッドに移ろうと思います。
ですので、こちらはもう保全して頂かなくて結構です。
このスレはずいぶん長く使っていたので思い出深いものがあります。
保全してくれた皆さん、感想をくれた皆さん、それからここまで読んで下さった
皆さん、本当にどうもありがとうございました。
ではまた。
764 :
名無し娘。:2001/08/20(月) 08:09 ID:O0C9.9cM
新スレのリンク張ってからdat逝きの方が良いと思う
765 :
名無し娘。:2001/08/20(月) 17:06 ID:qRA6dY0o
では、保全
766 :
名無し娘。:2001/08/21(火) 05:18 ID:WLUQqIMA
リンク待ち。
ホゼーム
768 :
名無し娘。:2001/08/22(水) 21:18 ID:f2V1D1Ro
hozen
769 :
名無し娘。:2001/08/23(木) 05:44 ID:pZ7O.MaA
リンク待ち
770 :
名無し娘。:2001/08/23(木) 06:40 ID:IUQPfIQQ
は、いつの間にか更新してる。
書いてる人頑張って下さい。
警戒警報発令中に付き
何か沢山消えてるので、念のため保全しま〜す
772 :
名無し娘。:2001/08/23(木) 23:18 ID:xc97nkOw
つぼ逝ったみたいね。
773 :
名無し娘。:2001/08/24(金) 11:02 ID:VhFo1XUM
また逝ったのかよ!>つぼ
また作りなおすのか・・・?
つーか次でもう4個目・・
ぎゃんばってほすぃ。
775 :
名無し娘。:2001/08/25(土) 01:15 ID:TnEDv0zU
hozemu
念のために保全しときます。
777 :
名無し娘。:2001/08/25(土) 11:00 ID:0okvM7FI
萌え男さん待ち
778 :
名無しさん:2001/08/25(土) 15:09 ID:aH1Rj892
リンク待ち保全
779 :
名無し娘。:2001/08/25(土) 20:00 ID:0okvM7FI
モ板(つーか2ch)亡くなったらシアターはどうなるんですかー?(T▽T)
780 :
納豆甲子園:2001/08/25(土) 22:05 ID:WzdRW.f2
保全
781 :
名無し娘。:2001/08/25(土) 23:25 ID:Ahhua.VU
>>779 前もこんな事あったね。その時はBAD板って言ってたっけ。最終手段は名作集か。
とりあえず、作者待ちだな。
782 :
名無し娘。:2001/08/26(日) 00:30 ID:LeqlAWrM
保全
783 :
名無し娘。:2001/08/26(日) 00:59 ID:daeflBKo
1:30で全板消滅らしいぞ?
2ch消滅回避記念保全。UNIXマンセー
リンク待ち
786 :
ななし:01/08/27 01:41 ID:sUzRZxIg
復活記念。
もうモー板で続けるのはきつそうですね・・・
作者さんの見解を聞かせてください
「シアター」を失うのは痛すぎる