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>>4のつづき)
「今日がデビューだと思ってやれ。今日から始まる」
その言葉を胸に刻んだ松井は、雪の中に飛び込んで行った。それまで分析してきたことが、全部プラスに
なった。雪の向こうに光りが差していたのを、松井は確かに、見た。
そこからは破竹の勢いだった。27日には、ブリュージュでUEFAカップに先発初出場し、紫電一閃、
テクニカルなスルーパスを放ってゴールをアシスト。16節(30日)も先発し、煌めくスルーパスでナンシー
観客のどよめきを呼んだ。
だがまだ肝心なことが残っていた。ホームで先発するという、本当の再スタートだ。
17節(12月6日)、その日がやって来た。松井は90分間、走り抜いた。鮮やかなフェイント、ワンツー、
ミドルシュート、スルーパス、クロス、ロングパス、サイドチェンジ、鳩の翼にソンブレロ…。そしてきわめつけに、
ヒールパスの起点で、ゴールを演出した。ショドロン(煮え鍋)と呼ばれるジョフロワ・ギシャールの観衆は、
どよめき、沸騰した。本当の松井の姿が、ついにショドロンを魅了したのだ。
お金の論理ではなく、美しいサッカーの力が、勝利した瞬間でもあった。
試合後、感激したカイアゾ会長が、日本人記者団の前に進み出ると、突然、感きわまって語った。「私たちに
見る眼がなかったせいで、こんな素晴らしい選手を冷遇して、日本人のみなさんにすまなかった。本当にすまなかった」
カイアゾ会長は、松井にも同じことを言った。松井はそのシーンを思い出す。
「僕は嬉しかった。すまなかったと言ってくれたこと、また言わせることになったことが、すごく嬉しかった。やっぱり、
日本人が悪くみられたり、日本人はショボイみたいに思われるのは厭だし、ルマン時代のようにね、みんなに喜んで
もらいたいと思うから」
翌日のレキップは、囲み欄に「われわれはついにマツイを見た」の見出しをつけた。
(つづく)