これは実におもしろい光景で、僕はだんだんワクワクしてきた。次から次へと人が通る。
もうちょっとのところで踏みそうになるが、最後の瞬間に気がついて飛びのく。
気づかなくても、たまたま足の先が危うくズレて、誰も踏まない。
まるで、サーカスの命知らずの若者が綱渡りをしているのを見ているようだったよ。
だんだん僕は楽しくなってきて、にこにこしながら声を出して笑っていた。
煙草に手が伸びなくなっていた。
するとカフェのオーナ −いつもはとてもじゃないけどお友だちになれるような人物には思えなかったんだが−
が、僕の笑い声を耳にして何ごとかとやってきた。
僕らは、哲学からアメリカの野球に関することまで、山のように話をした。
彼は奥さんに僕を紹介してくれた。
そして奥さんときたら、「まあそんなにやせていて」というなり奥のほうへ入り、
これまで食べたことがないほどおいしいポテトシチューを持ってきてくれたんだ。
オーナーのほうは特別のワインを開けてくれ、僕らはこの愉快な宴会を楽しんだ。
この一晩だけで、それまでの五か月間にしゃべった人数より大勢の人と言葉を交わしたよ。
そうこうしているうちに、それまで抱えていた芸術化気取りの苦悩なんか、どこかに吹き飛んでしまった。
別れ際に新しい友人たちに心をこめてさようならをいったあと、僕はうきうきとドアを開けて外へ出た。
そして犬のフンの真上に足を踏みおろしてしまったんだ。
さっきまでワクワクしながら見守っていた災難は、結局、僕の上に降りかかってしまったというわけさ。
僕は一段と大きな声で笑い転げ、自分の笑顔を再発見した。
そして残りの旅の間、それを再び忘れることはなかった。
人生に必要な荷物
いらない荷物
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