THE IDOLM@STER アイドルマスター part7

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1創る名無しに見る名無し
アイドル育成シミュレーションゲーム「アイドルマスター」のスレです。
基本的になんでもありな感じで。
dat落ちしてしまったクロスSSスレとも暫定合流中です。クロス作品も
よろしければどうぞ。

前スレ
THE IDOLM@STER アイドルマスター part6
http://yuzuru.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1286371943/

過去スレ
THE IDOLM@STER アイドルマスター part5 (dat落ち)
http://namidame.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1270993757/

THE IDOLM@STER アイドルマスター part4
http://namidame.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1257120948/

THE IDOLM@STER アイドルマスター part3
http://namidame.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1246267539/

THE IDOLM@STER アイドルマスター part2
http://namidame.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1241275941/

THE IDOLM@STER アイドルマスター
http://namidame.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1221366384/

アイドルマスタークロスSSスレ
http://jfk.2ch.net/test/read.cgi/gsaloon/1228997816/



まとめサイト
THE IDOLM@STER 創作発表まとめWiki
ttp://www43.atwiki.jp/imassousaku
2創る名無しに見る名無し:2011/09/21(水) 17:52:08.65 ID:BXw5+TCa
          ┏  ━ゝヽ''人∧━∧从━〆A!゚━━┓。
╋┓“〓┃  < ゝ\',冫。’  ,。、_,。、     △│,'´.ゝ'┃.      ●┃┃ ┃
┃┃_.━┛ヤ━━━━━━ .く/!j´⌒ヾゝ━━━━━━━━━━ ━┛ ・ ・
       ∇  ┠──Σ   ん'ィハハハj'〉 T冫そ '´; ┨'゚,。
          .。冫▽ ,゚' <   ゝ∩^ヮ゚ノ)   乙 /  ≧   ▽
        。 ┃ ◇ Σ  人`rォt、   、'’ │   て く
          ┠──ム┼. f'くん'i〉)   ’ 》┼刄、┨ ミo'’`
        。、゚`。、     i/    `し'   o。了 、'' × 个o
       ○  ┃    `、,~´+√   ▽ ' ,!ヽ◇ ノ 。o┃
           ┗〆━┷ Z,' /┷━'o/ヾ。┷+\━┛,゛;
話は聞かせてもらいました! つまり皆さんは私が大好きなんですね!!

公式サイト
ttp://www.idolmaster.jp/

【アイドル】★THE iDOLM@STERでエロパロ28★【マスター】
http://pele.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1315844040/
【デュオで】アイドルマスターで百合 その34【トリオで】
http://pele.bbspink.com/test/read.cgi/lesbian/1314857234/
SSとか妄想とかを書き綴るスレ8 (したらば)
ttp://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/game/13954/1221389795/

アイマスUploader(一気投下したい人やイラストなどにご利用ください)
ttp://imas.ath.cx/~imas/cgi-bin/pages.html



マナー的ななにか
・エロ/百合/グロは専用スレがあります。そちらへどうぞ。
・投下宣言・終了宣言をすると親切。「これから投下します」「以上です」程度でも充分です。
・「鬱展開」「春閣下」「961美希」「ジュピター」などのデリケートな題材は、可能なら事前に提示しましょう。
・一行には最大全角128文字書けますが、比較的多数の人が1行あたり30〜50文字で手動改行
しています。ご参考まで。
・「アドバイスください」「批評バッチコイ」等と書き添えておくと、通常より厳し目の批評・指摘を
含んだ感想レスが投下されるようになります(実際んとこ書かんでも充分キツry)。熱く語り
合いたい方や技術向上に適しますが、転んでも泣かないこと。
・(注:読み手の皆さんへ)批評OKの作品が来ても大切なのは思いやりですよ、思いやりっ!
3創る名無しに見る名無し:2011/09/21(水) 17:52:54.05 ID:BXw5+TCa
知っていると便利なSS執筆ひとくちメモ

このスレの1レスあたりの容量制限
・総容量4096バイト(全角約2000文字)
・改行数60行
・1行制限256バイト(全角128文字)

バイバイさるさん規制について
短時間での連続投下は10レスまで、11レス目はエラーが返され書き込めません。
アクセスしなおしてIDを変えるか、時間を置いて投下再開してください。
(検証したところ毎時0分に解除されるという噂はどうやら本当。タイミングはかるべし)

その他の連投規制
・さるさん回避してもtimecount/timeclose規制があります。「板内(他スレを含む)直近
 ○○レス内に、同一IDのレスは○○件まで」(setting.txtでは空欄なので実際の数値は
 現状不明)というもので、同一板で他所のスレがにぎわっていれば気にする必要は
 ありません。とは言え創発は過疎気味ですのであまり頼ってもいられませんが。
 上記のさるさん回避後合計12レスあたりで規制にかかった事例がありました。
・あちこちの板で一時騒がれた『忍法帖規制』は、創作発表板では解除となっています。
4創る名無しに見る名無し:2011/09/22(木) 01:04:04.55 ID:tS8vuRmJ
>>1乙。だけだと味気ないとは思いつつもなんもSS書けてないので
こんなクロスオーバーどうでしょう的なのを番組予告風に紹介してみる。
クロス相手は()内参照。


「765プロ事務の音無です。魔王エンジェルとの一件も終わり、
元々トップアイドルだった千早ちゃんとやる気を出した美希ちゃんを筆頭に
皆順調にランクアップしている……のはいいんですけど問題がありまして……
プロデューサーさん一人じゃとても手が回らなくなって来たんです。
何とかならないんですか社長。え? 新入社員として新しいプロデューサーが来る?
そういう事はもっと早く言って下さいよ。ちょっと私にも書類見せてください。
え〜と、名前は川村ヒデオ…………ってこの人、目つきが悪過ぎませんか〜?」
(Relations×戦闘城砦マスラヲorレイセン)


「如月千早です。高校に入学して早々に入ったばかりの合唱部を退部してしまった私の所へ、神楽坂響子と名乗る先輩がやってきました。
民族音楽研究会とは名ばかりの軽音部に私を入部させたいようですが、既に765プロに所属している事を理由に断らせていただきました。
もっとも、諦める気はなさそうです……一体、これから私の生活はどうなってしまうのでしょうか」
(さよならピアノソナタ)


「天ヶ瀬冬馬だ。こないだとあるパーティーに出席したんだが、向こうのセレブが
『やっぱり日本の若造はマトモにスーツも着られないんだな』
なんて言いやがった。見返してやろうとは思ったが何が悪いのか皆目見当もつかねえ。
そんな俺の所に声をかけてきた冴えないニイチャン。名前は織部悠。何でも普段はイタリアのナポリで仕立て屋やってるらしい。
丁度良い。向こうのセレブを黙らせられるくらいの一着、仕立ててもらおうじゃねえか」
(王様の仕立て屋)


「菊地真です。プロデューサーに教えられて行った金魚屋という古本屋さん。
そこは色んな漫画が沢山あって、あんまり大きい声じゃ言えないけどずっと探していた少女漫画も見つかったりして、
それ以来すっかり常連になったある日、店員の斯波さんから
『たまにはこんなのも読んでみない?』
そう言って渡された一冊の漫画。だけどどうしても僕はそれを読む事ができなくて……」
(金魚屋古書店)


「えーと、765プロでプロデューサーをやってます。ある日、事務所で朝礼をしてる最中に大きな地震があったと思ったら気を失って、いつの間にか皆見知らぬ所に居たんだ。
そこで出会ったロクサーヌという吟遊詩人とフィリーという妖精の話によれば、俺達は異世界に飛ばされてしまったらしい。
そして、この世界のどこかに在るどんな願いでも叶えるといわれる魔宝があれば元居た世界に帰れると言う事だった。
それじゃあ皆で団結して魔宝を探しに行こうと思ったら社長が、
『ここは、私と君で競争といかないかね?』
なんて言いだして、気がついたら黒井社長(何で居るんだ?)にさっき会ったばかりのカイル、レミットまで魔宝の争奪戦に加わってきたから大変だ。
5つのチームに分かれてしまったから人数も心もとないし、こうなったらまずは協力してくれる子を探さないとなぁ……」
(エターナルメロディ)
5創る名無しに見る名無し:2011/09/22(木) 22:04:01.37 ID:tS8vuRmJ
業務連絡ー。業務連絡ー。
前スレの作品保管庫へ収録しました。作者様方は確認、訂正願いします。
6レシP ◆KSbwPZKdBcln :2011/09/26(月) 20:16:30.92 ID:RrZgGkje
はいどーもレシPです。前スレ完走おめでとうございます。
雪歩と貴音で1本まいります。タイトルは 『赫(あか)い契印<Signature blood>』 。

・注意書き
世界観のベースはSP、貴音は961プロに所属しています。
ただ、他のアイドルは出てきませんし961の描写もありません。

本文5レスでまいります。でははじまりはじまり。
7赫い契印<Signature blood>(1/5) ◆KSbwPZKdBcln :2011/09/26(月) 20:17:08.69 ID:RrZgGkje
「萩原雪歩……可愛らしい娘」
「し……四条……さ、ん」
 四条さんの顔が私に迫って来ます。私はまるで体が痺れたみたいになっていて、指の
一本も動かせなくて、声を出すのも途切れ途切れで。
「さあ、心を落ち着けて」
「あ……」
 四条さんの唇が私の頬をかすめて、まっすぐ私ののどに向かって行って。そこから先は
視界の外のはずなのに、彼女の紅い唇が大きく開かれてそこから鋭いキバが覗くのが
どうしてか私にはわかって。それでも私は催眠術にでもかかったみたいに四条さんを
自然に受け入れて、首の右側にチクリとした痛みと、それから言い知れない快感みたいな
ものを感じて……。
「──はっ」
 そして、目が覚めました。
「……え、と」
 きょろきょろとあたりを見回してみます。なんの変哲もない、いつもの私の寝室でした。
「えーと、あ、そうか、昨日打ち上げで」
 連続ドラマのクランクアップがあって、最終回のゲストに出演してくれた四条さんも
参加して。私は大きなお仕事をやり遂げたことや四条さんと共演できた嬉しさとか興奮
とか、疲れもあってフラフラになっちゃって、それで家まで四条さんに送ってもらったん
です。タクシーの中で私はうとうとしてしまい、家に到着したと四条さんに揺り起こされる
までは記憶もなくって、恐縮しながらお別れしてシャワーも浴びずに眠ってしまって。
 そして、今です。
「……ふわあ」
 あまりに非現実的な、それでいてあまりに生々しい夢の感触に火照る頬を押さえました。
「わ、私、欲求不満なのかな」
 自分の口から出た言葉のはしたなさに、顔がもっと熱くなりました。欲求不満とはそもそも
私は何を欲しているというのでしょう。しかも四条さんにそ、そ、そんなことを、あわわ。
「はうぅ、私どうしちゃったんだろ」
 そう言えば夢の私たちはどんな姿だったのでしょう。ぼんやりした記憶ですがひょっと
して、は、はだ、はだ……っ。
「ひやああ、私ヘンな子だよぉ」
 ジリリリリ。
 そこで目覚まし時計が鳴りました。夢に驚いてセット時刻より早く起きてしまっていた
のです。
 ベッドの中で、取りあえずなにがどうしたのか考えてみます。
「……そっか、昨日のドラマ」
 寝ぼけていた頭が働きだして、ひとつ思い出しました。撮影が終わったドラマはオカルト
もので、主人公の私は自分で知らないうちに吸血鬼に血を吸われた女の子の役でした。
 心当たりもないまま次第に超人的な力を発揮するようになる肉体、周囲で蠢きはじめる
不穏な人影。やがてそれは近くの街で起きていた女子高生の連続失踪事件と不思議な
連携を見せはじめ……。
 クライマックスシーンを思い出しました。昨日のお仕事の最後に収録した場面です。
吸血鬼にされてしまったけれど、自分を吸血鬼にした親玉と戦う決心をした主人公が
謎の洋館へ向かい、そこで親玉――四条さん扮する太古のヴァンパイア――と対峙
する一連のカット。私の演じる主人公はそこでヴァンパイアを睨み返しますが、私は、
萩原雪歩は、四条さんの美しさと凛々しさに打ちのめされてしまったのでした。
 たぶん、私はあの場面で四条さんに何かを吸い取られてしまったのでしょう。それで
ゆうべの私はどこかおかしく、それで今の夢を見ることとなったのでしょう。
 それほど四条さんは美しく、なまめかしく、高貴だったのです。
 今日は朝からお仕事です。しかも四条さんと。そう思っただけでまた動悸が速まり
ますが、お仕事なら夢の記憶でいつまでも混乱している場合ではありません。まずは
シャワーを浴びて頭をはっきりさせようとバスルームへ向かい、洗面台の鏡を見て
びっくりしてしまいました。
「え……これ、って」
 首筋に、赤い跡。
8赫い契印<Signature blood>(2/5) ◆KSbwPZKdBcln :2011/09/26(月) 20:17:44.64 ID:RrZgGkje
 小さな赤い点が、私ののどについていました。それもふたつ。ちょうど。
 ちょうど、夢の中の四条さんが私にかみついた場所に。
「え、え、えええーっ?」
 さすがに騒ぎすぎだ、とお母さんに叱られてしまいました。

****

「お、おはよう……ございますぅ」
 そっと控え室のドアを開けて、おそるおそる声をかけてみます。今日の現場は二人
部屋で、ドレッサーの奥側のスツールでお化粧してるのは、もちろん。
「お早うございます、萩原雪歩。昨夜はよく眠れましたか?」
「お、おはようございます、四条さん」
 クールな外見ながら軽く微笑んでくれたのがわかりました。思わず、見とれてしまい
ます。
「……?なぜそこに立っているのです?入室なさい」
「は、はいっ」
 ドアのところで硬直してしまっていました。あわてて部屋に飛び込み、あいている
椅子に腰掛けます。
「昨夜までは芝居、本日は歌謡番組。アイドルと言う仕事もつくづく幅が広いもの
ですね」
「は、そっ、そうですねっ」
「その幅広い予定の中で萩原雪歩、あなたと続けてともにいられるのはある種の
運命を感じます。そうは思いませんか?」
「そ、そうですね」
 入室した時の様子で私が緊張していると判ったのでしょう、四条さんが気さくに話し
かけてくれているのに、私はと言えばどこかのバラエティ番組のお客さんみたいに
同じ相槌ばかり返してしまいます。四条さんはドレッサーに自分のお化粧道具を広げて
いて、つまりもう収録の準備を始めているのに、私はまだなにも出来ていないのを
思い出しました。またもや慌て気味に、バッグの中からファンデーションやリップなど
並べ始めます。収録時にはあらためてメイクさんが来てくれますが、リハーサル時に
すっぴんというわけにはいきません。
 昨日のお礼をまだ言っていなかった、とようやく頭が回り、話のきっかけを探ります。
「し……四条さんはあれからお帰りだったんですよね、わざわざ私のこと送ってくださって
ありがとうございました」
「問題ありません。あなたの家はわたくしの帰路の途上にありました」
「あ、そ、そうですか。でもタクシー代とか」
「事務所の予算内です。あなたが気にすることではありません」
「はあ……でっでもあんなに遅い時間になって」
「帰宅後はもう休むだけでした。十数分のズレなど誤差は少ないほうでしょう」
「そ、そうですね、すみません」
 困りました、さっきから全然会話が弾みません。私、こういうの得意ではないんです。
「えと、えと」
「萩原雪歩」
「ひゃいっ」
 困ってしまったところに、四条さんから話しかけられました。思わず声が裏返ります。
「ふふっ」
「?」
 笑った?四条さんが、笑い声を?
「萩原雪歩。わたくしは……かように恐ろしく見えますか?」
「ふえ……っ」
 びっくりして見つめ返してしまいました。目の前の四条さんは、私を見ながら優しげに
微笑んでいます。
「先日のCD収録からこちら、事務所が違うとは言えあなたとは大分打ち解けてきたか
に感じていたのですが」
「そ、そ、そんな!」
9赫い契印<Signature blood>(3/5) ◆KSbwPZKdBcln :2011/09/26(月) 20:18:20.82 ID:RrZgGkje
 その言葉に残念そうな響きがあったのに、さすがの私も気づきました。慌てて
打ち消します。
「ち、違うんです四条さん、私、四条さんと一緒にお仕事できたのが嬉しくて、えと、
嬉しすぎてかえってどんなふうにお相手したらいいかわからなくなってしまって!
その、私あんまり人付き合いとか得意じゃないから、こういうときどんなお話すれば
いいとか全然わからなくってぇ!」
「そうなのですか?」
「ふえええ、やっぱり私ダメダメです!せっかくお友達になれた四条さんを困らせる
ようなダメダメな子です!」
 いつものクセが出てしまいました。そう気づくには気づいたのですが、体が言うことを
ききません。手元のバッグを開くと、肌身離さず持ち歩いているスコップの柄が見えます。
「こんなダメダメでひんそーでひんにゅーでちんちくりんな私なんか、穴掘って」
「お待ちなさい」
「埋まっ……え?」
 声とともに、振り上げた手を取られました。力は入っていませんでしたが、あっけに
取られて相手を……四条さんを見つめ返します。
 四条さんがこちらを見つめていました。さっきの笑顔ではありませんがかといって
怒っている様子でもなく、ただ強い視線で私のことを見ています。まるで……。
 まるで、主人が従者を見るように。
「あなたを埋まらせるわけには行かないのです、萩原雪歩」
「し……じょう、さん」
 そう見えたのは一瞬で、彼女の表情はまた少し前の優しい微笑みに戻っていました。
「なにしろこれから番組収録、しかもあなたと共演なのですから」
「あ……あ、ごめんなさい、私、少し緊張しているみたいで」
「適度な緊張は集中力をもたらし、己の能力を最大限発揮するのに有用です。しかし、
過ぎたるは及ばざるが如しとも言いますよ」
 四条さんは私に歩み寄り、立ち尽くしていた私の手をあらためて取りました。
「心を落ち着けて、しかる後に本日の共演を大いに楽しみましょう、萩原雪歩」
「は、はい」
 不思議、です。
 四条さんに見つめられると、私の心はみるみる落ち着いてゆきました。
「まずはリハーサルです。ディレクター殿が入り順を変えると伝えてきました、わたくし
たちの出番まで10分とありませんよ?萩原雪歩」
「あ……はい、そうですか、急がなきゃですね」
 なんだか、四条さんと一緒ならどんなことでもできそうに思います。私は四条さんに
答え、準備を始めました。

****

 リハーサルは順調に終わり、いま私たちは二人の控え室で、本番の収録順を
待っています。
 当然ですがメイクも終わり、本番用の衣装に着替えています。さっきのジャージ
とは違います。
「萩原雪歩。どうしたのですか?また緊張が戻ってきたやに見受けますが」
「は……はうぅ」
 四条さんが私に近づいてきました。その右手をゆっくりと私の頬に添わせます。
「顔も紅潮していますね」
「ひゃう」
「おや、ますます。大丈夫ですか?萩原雪歩」
 だ、大丈夫じゃありません。だって、だって。
 今日の衣装は二人とも『ナイトメア・ブラッド』なんです。
 真っ赤なビキニスタイルの軽甲冑で、ブラやボトムのデザインなんか私がこれまで
着たどんな水着より面積が小さいんです。手足の先は軽いプラスチックの鎧で覆われて
いますが、肩やおなかや腿などは肌がむき出しで、この衣装は単にハダカでいるより
セクシーな感じが出るようにデザインされたのだと、いくら私でもわかります。
10赫い契印<Signature blood>(4/5) ◆KSbwPZKdBcln :2011/09/26(月) 20:18:49.11 ID:RrZgGkje
 二人でそんな裸同然の姿で、今日は『inferno』を歌うことになっていました。燃え盛る
情念の炎の中で手の届かぬ相手を想う歌を、小悪魔とかサキュバスとかそういう、
ディレクターさんの言葉をそのまま借りれば『テレビを見てる男子中高生が白目
むいて行っちまうような』――どこへ行ってしまうというのか少し怖く感じましたが――
大人な雰囲気でステージングを行なうのが今日の収録なのです。
 はっきり言えば、私の一番不得意なジャンルの演出なのです。
「し、四条さん。私、今日みたいなステージが苦手で」
「苦手?はて」
「私ってアピールとか自信がなくて、あ、もちろん歌もダンスも一生懸命レッスンして
ますけど、いくらやっても共演の人の足を引っ張ってしまうんです。真ちゃんや
事務所のみんなは『もっと自信を持てばいい』って言ってくれるんですけど、本番前は
どうしてもこんな風になっちゃうんですぅ」
たまらず、打ち明けてしまいました。こんなことを本番直前に言われたらいくら
四条さんでも呆れるんじゃ、そう思いながらでしたが、彼女の表情は不思議そうです。
「自信がない、と言うのですか?萩原雪歩」
「は、はいぃ」
「CDの時もあなたの歌には感動しましたし、少し趣きは違うでしょうが昨日の芝居にも
感銘を受けました。あれだけの実力を備えるあなたが自信を持てない、というのは
おかしくはありませんか」
「そ、そんなこと言ってもリテイクいっぱいしましたし、ドラマも監督さんに叱られ
どおしでしたし」
「先ほどのリハーサルでも、本日の曲目を歌唱といい踊りといい見事に披露していた
ではありませんか」
「リハーサルと本番は違うんですよう」
 売り言葉に買い言葉、みたいな感じになっているのは気づいていましたが、なにしろ
こうなると止まらないのです。まるで私の頭ではなく、口が勝手にいつものフレーズを
言い始めてしまうのです。
「はうぅ、私、わたしっ、やっぱりダメダメアイドルなんですぅ!せっかく優しくしてくれる
四条さんにまで迷惑かけて、こんなこと言ってるようじゃ収録だってきっと失敗
しちゃうに決まってますぅ!」
 四条さんに近寄られるのを避けていたため、私は部屋の隅に追いやられてしまって
いました。リハーサル前の騒動で壁に立てかけておいたスコップが、指の先に
触れました。
「こんなダメダメな私なんか穴掘って埋まってればいいんですぅ!」
 四条さんに背を向けてスコップを振り上げました。頭の中では『これでいいんだ』と
いう思いと『これでいいのかな』という疑問が渦巻いたまま、私の両手はスコップを
振り下ろそうと勝手に力を入れてゆきます。
 ……と。
「お待ちなさい」
 四条さんの声が──落ち着いた、それでいて厳然とした存在感をもって──響き、
私は動けなくなりました。
「待つのです。萩原雪歩」
 再び振り返ると、四条さんは今しがたの場所に立ったまま、強い視線で私を見つめて
います。
 その姿は今までの四条さんと寸分変わらず、でもそれでいてなにもかもが違う、
そんな雰囲気をまとっていました。
「……四、条、さん」
「萩原雪歩、わたくしの目を見なさい」
 そう告げる彼女の瞳が一瞬、妖しい色に輝きました。私はさっきの一言を最後に、
言葉も出せなくなってしまいます。呼吸をするのもやっとで、目の前で光と闇が明滅
します。
「萩原雪歩。汝は我に導かれし者。我が心のままに振る舞う者」
 四条さんが低い声で話し始めます。聞こえなくはありませんが、魔法の呪文でも
詠み唱えるような小さな声です。
「汝が務めは今宵の舞台。汝のなすはその舞踏、その歌謡」
11赫い契印<Signature blood>(5/5) ◆KSbwPZKdBcln :2011/09/26(月) 20:19:35.34 ID:RrZgGkje
 冷たくそして熱くもあるまなざしで、四条さんが私に……いえ、主人が従者に告げ
ました。
 そうなのです。私はいま理解しました。
 あの夢はきっと、夢ではなかったのです。ドラマと同じように、彼女は実際に宵闇の
住人で、私を送るときにきっと血の契約を交わしたのだと思います。
 私はそれを、単なる夢だと思い込んでいたのです。
「我とともに来よ、萩原雪歩。我とともに舞い歌い、三千世界の従僕を我等が足下に
集わせよ」
 私は彼女から目を離せません。
 だって、サーヴァントはマスターの命令に忠実であらねばならないのです。
 私は答えました。
「わかりました、マスター」
「……」
 マスターは少し不思議そうな顔をしましたが、ゆっくりと微笑んでくださいました。
「行けるのですね?」
「はい」
 確認、ではないのがわかります。命令なのです。
「ならば、まいりましょう」
「はい」
 マスターがマントを翻し、部屋を出ます。私もすぐ後を付き従いました。これからの
収録に対する不安はもう何ひとつありません。四条さん……マスターと共にであれば、
私はどこへでも征き、どんなことでも為すでしょう。
 そして、この日収録された番組は放送されるや否や視聴者に大評判となり、
音楽番組部門でこの四半期トップの瞬間視聴率を記録することとなったのです。

****

 翌朝、私はアラームの力を借りず目を覚ましました。日中はあまり得意では
ありませんが、人間の生活に溶け込むためには今までのサイクルを守らない
わけにはいきません。
 今日はマスターとの仕事もなく、通常の授業とレッスンがあるだけです。心に小さな
穴が空いているような気分ですが、仕方ありません。
 ゆっくり体を起こし、ベッドから抜け出しました。
 ふと携帯電話を見ると、着信ランプが点いていました。帰宅後はひどく疲労して
いて、すぐに寝入ってしまったので夜中の着信に気づかなかったようです。
 メールを開いてみると、四条さ……マスターからでした。
『昨夜はお疲れ様でした。本番直前には些か強い口調になってしまい、反省して
います。貴方が気にしていなければよいのですが。渡した薬の説明をし損じていた
ようなのでメールにて補足いたします』
 内容はこんな感じです。あと、この時期の虫刺されはたちが悪いと聞いているので
すぐ治療を、とも。メールを読みながら、昨日別れ際にマスターから頂いた塗り薬を
思い出しました。一見普通のかゆみ止めですが、きっと、これも……。
 とりあえずチューブから指に移し、首筋の跡に塗っておきます。洗面を済ませて、
リビングへ行くと、お母さんが朝食の支度をしていました。
「おはよう、お母さん」
 薬のせいでしょうか、かえってむず痒くなった首筋に指を当てながら、緑茶の用意を
始めようとするお母さんを制しました。
「あのねお母さん、うち、トマトジュースってある?うん、今朝はなんだかそういう気分
なんだ」




赫い契印 〜雪歩が中二病にかかったでござる〜





おわり
12赫い契印<Signature blood>(end) ◆KSbwPZKdBcln :2011/09/26(月) 20:20:47.81 ID:RrZgGkje
以上です。ありがとうございました。
ご覧のとおり中二ネタです。雪歩Pの皆様すいませんでした。

前スレ終盤の皆様楽しく読ませていただきました。
個人的には1行目で(ノ∀`) アチャーってなったけど美希のやつ面白かったです。

では今スレも元気出してまいりましょう。
投下準備している方がおられましたら、どうぞ重ねてご投稿ください。
13創る名無しに見る名無し:2011/09/27(火) 21:51:43.78 ID:UUevFTKs
>>7
……その気はないんだろうけど、お姫ちんも酷なことを……(遠い目)

クロスもOKとのことですが、例えばニコニコにある数多の架空戦記のように、
クロス先作品の一部のキャラが変態紳士化してるようなもの、というのは、やはりニコ動ならではの
ものであって、文章だと受け入れ辛いでしょうか?(一部キャラ崩壊しててもカッコいい作品、
というのがあったので)

14創る名無しに見る名無し:2011/09/27(火) 22:10:11.24 ID:ndCYguQx
やってみて反応を見ればいいんじゃないかな?
文章と動画の違いっていうか多分見ている層の問題なんだと思うけど本当に面白ければ
多少の悪ふざけくらいは許容するよ。俺は
15創る名無しに見る名無し:2011/09/28(水) 00:44:49.49 ID:Ie1VcIX2
>>12
ああー。この時の雪歩の行動を逐一記録に収めてしばらく経ったあとに上映会してえなー。
>>13
そこらへんをどこまで許容出来るかはもう読む人次第で変わるとしか言えないんで、とりあえず書いてみてはとしか言えないですハイ。
16創る名無しに見る名無し:2011/09/29(木) 01:56:09.57 ID:K2AaVlWw
>>13
面白くなければ「面白くない」とはっきり言うのでそのつもりで。
17創る名無しに見る名無し:2011/09/29(木) 07:11:06.14 ID:DM2NGL+g
こんな過疎スレで脅すなやw
と思ったけど、もともと面白くないものには面白くないと言うスレだった。
18創る名無しに見る名無し:2011/09/29(木) 11:52:10.22 ID:c1i4d0ja
いや、「ここが気になった」とか「こうした方が良いのでは?」みたいなのはあるけど、
キッパリと「ツマンネ」ってのは滅多に無かったような。
そもそも面白くない(自分に合わない)と思ったらわざわざ感想書かないし。
19創る名無しに見る名無し:2011/09/29(木) 20:35:01.09 ID:O/2x8vRe
前スレを美樹で調べれば……
20創る名無しに見る名無し:2011/10/01(土) 13:05:16.80 ID:NyTG5epv
投稿前の注意書き

エセ架空戦記風味のクロス序章。なのに今のところクロス先で登場するのはサブキャラ尽くしです。
21TOWもどきim@s異聞〜序章〜 1:2011/10/01(土) 13:11:33.91 ID:NyTG5epv
夢は自分の深層意識の現れだと、いつだったかクラスメイトが雑誌片手に話していた。
 お姫様、アイドル、お嫁さん。この3つを自分は、女の子が幼い頃に思い描く願望の三種の神器、
みたいな感じで捉えている。
最初の一つは高貴な生まれに恵まれない限り選びようもないような肩書きだけど、後の2つは
自分の努力次第で掴みようもある。

なりようがないのだ。おとぎ話で出てくるような、ティアラや風船みたいにスカートの
膨らんだキラキラのドレスに身を包んだお姫様には。

だからこそ、少し呆気に取られてから気づいたのだ。夢なんだ、と。
 最初に気づいた時、見えたのは周囲を飛び交う蛍火の群れが醸す、天を射抜く猛々しさ、母のような
包容力を感じさせる大樹のふもとだった。
シンデレラ城のように子供の幻想の、綺麗な部分だけ切り取って城という形にしたのではない。人間の命数では
遠く及ばない年月を積み重ね、圧倒的な威容を放っている石の古城。眼下には、人種も様々な人達が暮らす
おとぎ話じみた街並み。

そこで、音無小鳥は暮らしている。
ただし、夢の中でなら叶えられると思っていたお姫様、なんてものではなくて。
城の隅っこで細々と、年代も様々な女性達と同様の、スカート丈が踝まで伸びたシックな制服を纏って働く、単なるメイドとして。


 トレーニングで酷使した喉を、室温まで戻したミネラルウォーターでゆっくりと潤す。
壁にかかった時計で時刻を確認すると、練習開始からもう二時間半は経過していた。それだけの時間を費やしても尚、覚えたての歌詞をメロディーラインに乗せるだけで手一杯で、
「曲」として物になるにはまだまだかかるだろうな、と思う。

(でも、仕方ないわよね)

今までは既存の曲での練習が中心だったから、練習量が膨大でも着実にステップアップしているという自信はあった。
けれど、この曲はまだ世の中の誰も知らない。自分が譜面を、歌詞を、そしてその全体の中のメッセージを丸ごと飲み込んで初めて完成し、ちゃんとした「歌」になっていく。

「こと・・・・・・音無君。調子はどうかね?」
「あっ・・・・・・高木さん!」

軽い数回のノックの後、ペットボトルの入ったビニール袋片手に入ってくる男性の顔を見て、それまでジッと譜面を見つめていた小鳥の顔がぱっ、と綻んだ。
 
「お忙しい中ありがとうございます!他のお仕事もあるんですから、ちょくちょく顔を出してくれなくたっていいのに・・・・・・」
「私は君の担当プロデューサーなんだよ?ステップアップしようとしている君の踏ん張りを見守らずして、書類仕事にばかりかまけてもいられないさ」

物心つかぬ内から『おじちゃん』、小学校からは『高木のおじさん』として小鳥の人生の大部分を家族同然に占めている彼は、今は彼自身が言ったように彼女のプロデューサーだ。

「しかし、この段階まで来るのには、長いようで短かったような・・・・・・君の歌が世界に広まる時が来るのかと思うと、感慨深いものだねぇ」
「・・・・・・ヤだなぁ、お年寄りみたいなこと言わないで下さいよ」
「そりゃ、最初は歌詞は一発で覚えられても譜面もロクに読めなかった君が、こうして自分のオリジナル楽曲を持つまでに来たんだよ?世の中はなるようになるものだなぁ、
とつくづく・・・・・・」
「高木さん、チョップの一発位かましてもいいですか?」
「はははは・・・・・・怖いぞ小鳥ちゃん」

声こそいつもの調子なものの、無意識に昔の呼び方を使っている辺りちょっと怖じ気を与えることは出来たらしい。ここら辺にしておくか、と思いつつ差し入れに貰ったジュースを
口に含む。

「でも、確かにおじさんの言う通りなんですよね。・・・・・・ほんの少し前まで、歌も踊りも学校通いの傍ら、友達と一緒にカラオケでやる位のものでしかなかったのに」

数ヶ月前からは想像もつかなかった。ビルの最上階にあるトレーニングルームの窓枠から見える、きゃらきゃらした笑顔で下校する制服姿の女の子達。
自分も確かにああいう輪の中でありふれた青春を謳歌する、ひとかどの存在でしかなかった。そう、母の一周忌を境に、目の前の彼からひとつの選択肢を提示されるまでは。

「おじさんの「ティンときた!」・・・っていうのが正しいかはまだわかりませんけど。でも、自分の曲を作ってもらってるってだけでもスゴいことだなぁ、と思うし」

それがそう遠くない未来に形となった時は、即ち『アイドル』音無小鳥としての自分を世に広める一歩となるということ。大衆がどれ程、この歌に心を傾けてくれるかは
わからないにしても。
22TOWもどきim@s異聞〜序章〜 2:2011/10/01(土) 13:16:35.65 ID:NyTG5epv
「勿論、まだまだ頑張らなきゃいけないってことは、わかってるつもりです。おじさんにこんなに良くしてもらってるんですから、むしろこれからは今まで以上に気合いを
入れないと―――」
「―――『小鳥ちゃん』」

居住まいを正したような声で呼びかけられ、え。と顔を上げた時。
ツン、と節くれだった指先が彼女の額を小突いた。

「確かに、ここが君の目標に至る途中経過なのは確かだ。でも―――今この瞬間の成功も、確かに君自身の努力で勝ち得た掛け替えのないものだ。
『まだまだ』なんて言葉は抜きにして、それはちゃんと喜んでいい。先のことは、先のことだ」

―――この業界に身を投じてからの月日は、まだ決して長くはない。
でも、小鳥がオーディション等で見てきた他のアイドルやプロデューサー達は、例え合格しても顔のどこかに未来への焦りみたいなものが見えている人ばかりだった。
まだここじゃない。ゆくゆくは。そんな言葉が見え隠れしているような表情の人達。野心、というには大袈裟だけど、いつだって「トップアイドル」という今は見えない『先』の
展望を見据えている。
でも彼は、『次』とかいう言葉を滅多に口にはせず、小鳥の成功も失敗も、その都度自分のことのように分かち合ってくれる。厳しい表情も向けられることはあるけど、
それだけは変わらない。

「次もこの調子で」「次はこんな事のないように」。そういう言葉を滅多に口にはしない。
こういう柔らかさを知っているから、自分はこの人について行こう、賭けてみようと思ったんだ。

そして、そういうこの人だからここまで来て、こうして自分だけの歌を歌う段階まで来ている。
胸の前で握り締めていた拳を解き、そっと撫でてみる。決して速すぎるスピードではないけど、確かにいつも以上に高鳴っている鼓動。ジワ、と温かなさざ波が波打つような感触。
確かな歓喜と、期待感だった。

「・・・・・・本当に、私だけの曲、なんですね」

途切れ途切れ、噛みしめるようにして口に出した言葉は確かに現実だから。
―――だから、喜ぼう。こうして掴むことが出来た一歩を。

「大事に、していかなければね」
「はい。・・・・・・でも、何だか不思議ですね。これからステージも立つんだなぁ、って思うと凄くドキドキしてるけど、何だかこう、この曲を歌う時のこと考えると・・・・・・娘を
送り出すお父さんみたいな気持ちかも知れません」
「・・・・・・いや、それは正に私の役割という気もするんだが。・・・・・・おお、そうだ!」

ポン、と手を打って立ち上がった高木は、壁の時計をチラリと確認してから、

「そろそろ昼時だし、久々に何か食べにでも行かないか?勿論、私が奢るよ」
「え、ホントですか!?」

母が健在の頃は、誕生日やクリスマスといった祝い事で食事を共にしたりすることも多かった。しかしアイドルを目指すことになってからは、日々の忙しさの中でそんな余裕は露と
消えてしまって。

「まあ、給料日前だから大したものは奢ってやれないだろうが・・・・・・たるき亭のランチ辺りで手を打ってはくれないかね?」

売れっ子アイドルを何人も抱えている敏腕プロデューサーのお言葉は、果たして謙遜か本気なのか、ちょっとだけ苦笑する。でも、あそこのご飯はお袋の味、とまではいかなくとも、
スルッ、と心や舌に馴染みやすいので結構気に入っている。
しかし、その時空腹と共に脳裏を閃くものがあった。
「向こう側」で初めて目の前に出された時には一瞬、自分が『起きて』いるのかと疑いたくなった珍レシピ。

「・・・・・・マーボーカレーって知ってますか?」
「・・・・・・は?」
「あ。何でもないです、何でも。―――ところで、ステージの決め台詞とかあった方がいいと
思いますか?例えばですけど『私の歌を聴けぇ!』とか」
「……いや、単なる勘だがそれをやると何かに抵触しそうな気がするから、
やめておくことをお勧めするよ」
23TOWもどきim@s異聞〜序章〜 3:2011/10/01(土) 13:23:13.80 ID:NyTG5epv
※注意書き追加
クロス先のキャラ(サブというか脇)に、私的解釈による多少改変要素あり。


「―――ごちそうさまでした!」

その言葉を手を合わせて呟く「今の」小鳥の目の前には、空っぽになった件の珍味ことマーボーカレーの膳が置かれている。
晴天の下、マットまで敷いてヒッソリとだが、城外れの森の川縁で食べるお昼も、キャンプかピクニック気分でまた乙な物だった。
王侯貴族や庶民に至るまで幅広く食されているというだけあり、成る程癖になる味だな、と食べる度に実感するーーーが。

(・・・・・・ここ、一体どういう世界観なんだろ)

「―――それで?その「高木のおじさん」と食事に行って、その先はどうなったのかしら?」

そんな彼女と『いつものように』相席している、蜂蜜色の髪と柔らかな美貌が特徴のその女性は、どこか期待に満ちた眼差しを投げかけながら問う。

「その先も何も。たるき亭―――あ、ご近所の定食屋さんなんですけど、そこで奢ってもらって、歌のことに関して色々話して、それでおしまい。ご期待に添えなくて残念でした。
・・・・・・ていうか、ホントにそういう人じゃないんですよ?そりゃ、プロデューサーとしての実績はすごいけどやっぱり親戚の親しいおじさんみたいな感じだし」
「あら、そうなの?・・・・・・残念ねぇ」

何故か不満げに唇を尖らせてから、彼女は自分のお昼であるざるそば(・・・)を口に運んだ。

「あなたの話を聞く限りだと、何だかその『プロデューサー』というのは白馬の王子様みたいな職業に聞こえるのだけど」
「い、いえいえそんな・・・・・・」

確かにアイドルとプロデューサーの結婚というドラマのような前例を耳にしたこともある。が、それと自分達とのことはまた別だ。

「待望だった歌い手としてのステップアップと来た日には、お次はやっぱりロマンスを期待してもいいじゃない」
「・・・お見合い進める仲人さんみたいですよ?」

ここでの小鳥は、身寄りも姓もなければ後ろ盾もない。高木という存在が身近にいる訳でもない、ただの城住みのメイドだ。
ただ、ここで過ごしている時は―――オリジナル曲発表を間近に控えた「向こう側」こそが、時折『夢』』なのではと思うこともあるけど。

「夢っていうのは願望の表れって言うじゃない。国の中のどこにいても連絡を取り合える通信機とか、遠くの出来事やお芝居まで映せる箱が普通に生活の中にあるなんて、突拍子もない
スケールの夢を見る位だもの。
それに、ちょっと位疲れた日常の中でロマンスを夢見たって罰は当たらないと思うけど」

あ、これ主人には内緒ね?とコロコロと笑う。ああ、そういえばどう見ても二十代半ばにしか見えないのに旦那さんも子供もいるとか話していたような―――と、漠然と思い出す。

不思議なものだった。天涯孤独なことは変わらないにしても、確かにアイドル活動中の『音無小鳥』と、こちらで母の顔も歌も知らない普通のメイドとして生きてきた小鳥。
その2つ分の「小鳥」が記憶にのし掛かってきたのは、丁度向こう側でアイドルを目指すことを決めた日だった気がする。
 
ある日突然異世界に飛ばされる、なんてイントロで始まる物語は、映画にしても小説にしても沢山存在している。だが、身一つで放り出されるような彼らよりも自分は遙かに幸運だ。

立ち位置もするべき仕事も、体がしっかりと覚えている。効率のいい仕事のこなし方、朝と晩のスケジュールまで。
そうして観察してみると、嫌でも気づかされるのはこの『世界』の異様さだ。
城及び城下町のそこかしこに潜む謎の料理人ワンダーシェフやいぬにん・ねこにん。更には今食したこのマーボーカレーなど、『音無小鳥』の観点からしてみればコメディリリーフ
みたいなものが散りばめられている。

「・・・・・・あっちの私も、多分そんな余裕ありませんから。アイドルの仕事にいっぱいいっぱいだし、そんな素敵な人が仮に現れたって上手くいくかどうか」
「自分の夢なんだもの。あなたが望むようにすれば、何だって出来る筈じゃない。掃除や料理に箒や火打ち石も要らないような、そんな生活出来ることなら、私だって
寝てる間だけでもしてみたいわぁ・・・・・・」
「・・・・・・いえ、箒は普通にちゃんと使われてますよ?」

何気に彼女が主婦であることを想起させる所帯じみた呟きに、その恩恵を何の疑問も持たず受けてきた小鳥としては少しばかり身を縮こませるばかりだ。
 いや、『音無小鳥』の過ごす世界の技術水準はそれ程、この世界の人からすれば羨ましいものなのだろうけど。
24TOWもどきim@s異聞〜序章〜 4:2011/10/01(土) 13:31:38.93 ID:NyTG5epv
(↑一部打ち間違いに気づきました。正しくは『ねこにん・うさにん』でした)

「この際だから、こっちの世界でイイ人のひとりでも見つけてみたらどうかしら?小鳥ちゃんは奥手だから
そんなイメージ湧きにくいかも知れないけど・・・・・・」
「・・・・・・いや、そんなことは」

ハッキリ言うが数多くの少女漫画やハー●クインロマンスを愛読してきた小鳥の、A4ノートをびっしり埋め尽くす過激な妄想力はこんな物ではない。
「生活」だけをこうして夢の中の産物として話している分にはまだいいが、ノートの妄想をありのまま話したら絶対に引かれる、という悲しい自信はある。

「現にモテモテじゃない、ほら。騎士団にいる新顔だっていう、確か、グ―――」
「ここにいたか、黒き雛鳥よ!」

―――ああ、余計なネタフリなどしないでほしかった、出来ることなら。
何故なら一度存在を示唆したが最後、それは「彼ら」を呼ぶことと同義なのだから、ということを、最近の小鳥は頭痛と共に思い知っている。
 頭を抱えている小鳥の様子を知ってか知らずか、背後から正しく出没したその「影」は、尚も揚々と言い募る。

「どうした、道端でナイトレイドにでも出くわしたような顔をして」
「・・・・・・あの、グリッドさん?お腹が空いてるなら、生憎ですけどあの時みたいにグミは持ってませんよ?」
「人を意地汚い欠食児童のように言うな!
お前が定期集会に来ないものだから、こうして迎えに来たんろうが!」
「定期集会のことは初耳ですけど・・・・・・ていうか、何度も言いますけど、私はあなた達のチームに入るとか、そんなつもりは全っ然ありませんから!黒きなんとかって呼び方も
やめて下さい!」

・・・・・・ふと、こんな事態を作る一因となった二ヶ月程前の出来事がフィードバックする。
軽い買い物の帰り道、グーグーと腹を鳴らした飢餓状態で今にも天に召されそうな倒れた見知らぬ人と、彼らを取り囲む何体かのオタオタ(弱い部類だがモンスターという生物には
入るらしい)という場面。
多少無謀だったにせよ、その場にあった荷物をオタオタへと投げつけて、彼らを背負ってその場を離脱し、ついでに非常食用のグミをお裾分けした―――。と、そこで終わればただの
自分のことながらただの美談で済んだのだろう。
荷物をそのまま置き去りにしたことで多少侍女長からお小言は食らったものの、人としては間違いのない行動だった筈だ。ただ、不幸だったのは助けた相手が彼らだった、というだけで。
キョトンとして2人のやり取りを眺めていた女性は、やがて得心したように手をポン、と叩いて、

「・・・・・・ああそう、確か音速の奇行子のグリッド君だったかしら?」
「おぉ、見ない顔だがそこなご婦人よ、確かにその通り。見たことか小鳥!こうして漆黒の翼の高名も着々と広まっている今、栄えあるシングルナンバーの団員として名を連ねることが
出来るのは今だけなんだぞ!」

多分小鳥だけが気づいてるであろう、あてた字の違いはこの際指摘せず。
彼女は必死になって言い募る。

「あの時はたまたま上手くいって逃げられただけで、私にはそんな戦う力なんてないって言ってるでしょう!?
マトモな戦力を捜したいなら、普通に騎士団の友達に声でも掛ければいいじゃないですか!」
「ふっ、甘いな小鳥・・・!」

その無駄に艶のいい金髪をふぁさっ、とかき揚げて、グリッドは高々と胸を張る。

「俺にジョンやミリー以外の友達なんていると思うのか!」

・・・・・・うん、ここで涙してしまうのは失礼だろう。
その事実を認識してはいても、別段恥じている様子はないのだから。
25TOWもどきim@s異聞〜序章〜 5:2011/10/01(土) 13:37:26.74 ID:NyTG5epv
「あの出会いは正に運命だった・・・・・・そう、お前がバスケットを投げつけ、風と共に舞い上がったその長いスカートの中の神秘の聖域を目に焼き付いた瞬げふぉっ!?」

世間的にはイケメンと呼べなくもない顔で清々しいほどアレな台詞を放つその鼻面に、空になったマーボーカレーの膳が炸裂した。

「そういう発言も程々にしてくれないと、いい加減こっちも実力行使に出ますよ!?」
「もう出ているだろうが、というか何が気に食わん!?自分だけ見られるのが嫌だというのなら、俺だって快く脱いでやる!なんならこの場で!」

本当、ここで誰かがシャープネスの呪文でもかけてくれれば、多分今の自分なら目の前の男を拳一つで星にしてしまえるのに。
膳を投げ捨て得物らしい得物のない小鳥は、うっすら本気でそう考えた。

「妥協してるような口調で堂々とセクハラ宣言しないで下さい!仕舞いには訴えますよ!?」
「とにかく、その時俺は確かに予知したんだ!お前が敢然と武器を奮うメイド騎士として、俺の背中を預け戦う図がっ!」
「そこで何でそんな未来図と直結するんですか!?メイドが好きならミリーさんに着てもらえばいいじゃないですか!」
「メイドだから誘うのではない!お前だから誘っているのだ!」

・・・・・・前述の余計な一言さえなければ、多少はグッとする台詞なのかも知れないが。

(・・・・・・ホント、どうしてこの人騎士団に入ったんだろう)

目の前の彼が他2名と共に騎士団内で自称している「漆黒の翼」。空腹だったとはいえ素人の小鳥に助けられている辺り実力の程は知れているというのに、その手綱を放された
荒馬の如き言動や奇行の数々は、騎士団のみならず城内でも悪目立ちしている。どう考えても、規律の厳しい騎士団向きの性質ではなかった。
「サインでも貰ってきてよ、マニアに売れそう」など、からかい混じりに小鳥に頼んでくる者もいる位だ。
こうしてうんざりする程付き纏われても尚、総合的に言うなら決して悪い人間達じゃない、とは思うのだが―――

「という訳で、長々と話したがここまでだ!ジョンやミリーもお前の来訪を心待ちにしているぞ!」
「だから嫌ですってば!それに今日は侍女長から直々に頼まれ事が―――って!」

ふと、自分で口にしたその事実にサァーッと血の気が引いていくのを覚えた。
首を猛烈な勢いで上空へと向ける。太陽は既に中天から僅かに西へと傾きだしている。

「・・・・・・そうだ、ブレッド・ブレッドへの買い出し!あそこのパン、昼のタイムセールにはすぐ売り切れちゃうから急がないといけないのに!」

王宮御用達、とまではいかずとも、使用人や兵士達には重用されている城下で評判のパン屋。昼を済ませたら直ちに向かうように、侍女長に念を押されるまでもなく、再三自分に
言い聞かせていた、というのに。慌てて隣の女性へと向き直り、丁寧に頭を下げてから、

「ごめんなさい!急ぎの用事があったの思い出しました、お話の続きでしたらまた今度で!」
「こら待たんか小鳥!リーダーたる俺への申し開きはないのかぐふぉぁっ!?」
26TOWもどきim@s異聞〜序章〜 6:2011/10/01(土) 13:47:30.56 ID:NyTG5epv
突如、尚も食い下がるグリッドの頭に、突如として降りかかってくるコミカルな衝撃。
「ピコハン」と呼ばれる、モンスター相手だったら牽制程度にしかならないけれど、人間一人喪心させる分には充分なその術を放った「彼女」は、小鳥に対してあっけらかんと、

「モンスターのいそうな道はなるべく避けて通るようにね?いつかみたいに、誰かがタイミングよく助けてくれる保障はないんだから」
「―――度々すいませんメリルさん!今度運よくワンダーシェフの方とか見つけられたら、美味しいデザートでも教えてもらってご馳走しますっ!」

―――スカートをたくしあげ、走りながら思う。ナースキャップみたいな大きな帽子に白い法衣に杖を携えたスタイルを毎日のように見ているのに、どうも周囲が騒ぐような『王室仕えの腕利き
法術師』というよりも、普段他愛ない話に花を咲かせている時の、お姉さんや母親みたいな、フランクな印象が先行している。
しかし、さっきの手品じみた小技だけでなく、実際に奇跡のような光を放って、人を癒し守っている姿を、小鳥は現実として目の当たりにしている。

(・・・・・・実際メリルさんがいてくれなかったら、危なかったろうなぁ)

市街地での騎士団と盗賊団の乱戦の中、右往左往する自分を保護してくれた、という多少物騒な経緯で知り合ったのが、今はこうして茶飲み友達だ。いつの間にか、おいそれとは
話すまいと思っていた向こう側の話すら、スルリと喉からこぼしてしまう程。
けれど聖職者としてか一児の母としての包容力のなせる技なのか、下手をすれば距離を置かれかねないという自覚もある『音無小鳥』の物語を、彼女は笑顔で受け入れてくれる。
あっけらかんとしたその反応に、逆に小鳥が肩すかしを食らうほど。
・・・・・・まあ、あくまで「夢」と前置きして話したからかも知れないが。
 
行く手には青空と風。向こう側では多分滅多なことでは味わえない、混じり気のない清々しさを胸いっぱいに吸い込む。
デザートを振る舞うその時には、また話すことは増えているだろうか。

27TOWもどきim@s異聞〜序章〜 7:2011/10/01(土) 13:49:56.05 ID:NyTG5epv
「・・・あら。回収ご苦労様です」

去りゆく小鳥の背中に手を振っていたメリル・アドネードは、スッと忍者の如き静謐さで現れた「彼」の様子にさして驚くこともなく、のんびりとした挨拶を交わす。
「・・・・・・手間をかけさせてすまない、メリル殿。何が定期集会なんだか。その前にまず隊の演習を優先させろというに」
子分の連中もしっかり参加してるぞ、と呟きながら、鎧のみならず人としての印象も無骨そうなその騎士―――マルス・ウルドールはよいしょと気絶中の部下をかつぎ上げる。
「それにしても、今去っていった少女がいつも騒いでいた『黒き雛鳥』、だったか?あれ程入れあげているようだからどんなキワモ―――変わり者かと思っていたんだが、
案外普通の娘で安心した。万が一にでも勧誘に屈しても、今以上の被害を城にもたらすことはなさそうだ」
「……そういえば、面白い話を結構聞いてるわね」
騎士団内で友人同士、大なり小なり徒党を組むこと自体は、反乱のような不穏なものでない限りさして問題ではない。
が、シンプルに規律違反を犯していないにしても、彼らこと『漆黒の翼』は騎士団における鼻つまみ者の代名詞だった。
ある時はモンスターの卵を複数食用と勘違いして持ち帰って城内で孵化させ、腕試しのつもりか知らないがチンピラ同然の手口で在野の冒険者並びに戦士達に喧嘩を売っては
敗れ去り。傍で見ている分には愉快だが、『監督』役を任されている身としては堪ったものではないのだろう。その見慣れた眉間にうっすらとだが、決して年輪に
寄るものではない皺が刻み込まれているようだった。

「この間など、暑さで頭でもやられたのかは知らないがメイド達の夏用制服を水着とエプロンなんてはしたない物にしようなどという呼びかけを行っていた位だぞ。
ナイレン殿が殴って止めなければ、最悪腹を切らせる事態にもなりかねなかった」
「やんちゃなのも考え物ねぇ、『盗んだバイクで走り出す』っていうならまだカッコいいんだけど」
「……何の話をしてる?」
「貴方の知らない、遠い世界のお話よ」

説明のつかないことだらけなのに、やけにリアルな手触りがある遠い世界。
歌で人々に夢や希望を届ける、その為に突き進むもう一人の『彼女』がいる世界。

「……一介の侍女とやけに親しげなようだったが、メリル殿。彼女とはどういう?」
「あら、侍女と法術師が仲良くしてはいけないなんて理屈はないでしょう?」
「いや、肩書きがどうという以前だろう。主婦同士の茶飲み友達にするには、まだ年代的に」

瞬間、マルスの使い古した肩当てが、見えざる疾風によってその三分の一を削られる。すぐ傍らの木をぶっすりと刺すスターメイスに冷や汗を垂らしながら、
彼は野太いながらもちょっと震える声音で、

「・・・・・・ま、曲がりなりにも一児の母ならば、もう少し控え目に行動してもいいような気がするのだが」
「あら、母ではあっても心はいつまでも乙女のつもりよ?」

・・・・・・アルザス殿も苦労するだろうな、などとため息混じりに呟くその様に、メリルは立て続けに釘を刺す。

「あなたにだけは言われたくないわね。・・・いくら任務があるからって、たまには家に帰ったらどうかしら。健気に待ってる可愛い奥さんから、何も聞いてないとでも思ってる?」

途端、マルスはわざとらしげに咳払いしてから、改めてグリッドを担ぎ直すと、少し先にある城門目指して「では、演習があるので」とそそくさと去っていった。


―――普通の、女の子。

(……そうであってほしい、けどね)

デザートをご馳走する、そうやって『また会う時』を約束していった彼女の笑顔を、言葉を。
嬉しく思う一方で、いつからか胸のどこかが痛む、微かな感触を覚えていた。
語り合う楽しさの分だけ増す、罪悪感や後ろめたさ。それらは多分、あの娘は知る由もないだろう。知らないままであってほしい。

最初に彼女に『接触』していった時は、こんな感情に見舞われることになるなんて思ってもみなかった。
娘や妹というには気恥ずかしいけれど、それでも法術師としてではない、メリル・アドネード個人としてあの少女への好ましさが増すにつれて、思う。
このままの日常が続いてくれるように。彼女が、自分が見て知っている『ただの』小鳥であってくれるように―――。

「……あ、そういえば」

ブレッド・ブレッド。その名を聞いて思い出すのは、自分の法衣の裾を握り締めて後ろにいることの多い一人娘の顔。
その人見知り矯正の一環として―――今朝がた件のパン屋への『おつかい』を頼んでいた、ということを、彼女は今更ながらに思い出した。
28TOWもどきim@s異聞〜序章〜 (あとがき):2011/10/01(土) 13:56:54.27 ID:NyTG5epv
(あとがき)
アイマスSS初心者な割に、のっけから伏線だらけでキャラがちゃんと動かせてるか自分でも
怪しいこの頃です。動画でいうツクールゲーとかim@s架空戦記の路線を目指してはいるけれど、
のっけからメインが一人もいないという有様が肌に合わない方もいらっしゃるかも知れませんが、
気に入らなかったらスルーして下さい。『TOW』風と銘打ってはいますが、本格的な
世界観説明は次回になるかと…。
29創る名無しに見る名無し:2011/10/01(土) 14:30:04.71 ID:CwViBLwQ
TOWを知らない人間からしてみれば、序章とはいえ出てくるアイマスキャラが小鳥一人。
それも彼女がメインの話で完結すればいいものを色々ほかの要素がくっついて敷居が上がってるような気がしなくもないです。
いっその事簡単な世界設定をはじめに書いちゃうのがいいかもしれないです。
(小鳥の目を通して現代日本とはあれが違うこれが違う、普通のファンタジーとはあれが違うこれが違う
 ってやるだけでもだいぶ違う気がします。法術師って事は回復魔法とかあるんですよね?
 ねこにん・うさにんと言われてもピンとこないです。)

でも小鳥さんの妄想癖が異世界経験につながっている辺りは結構面白いと思いました。
301レスネタ『僕は友達が少ない』 ◆G7K5eVJFx2 :2011/10/04(火) 01:23:21.35 ID:LSqwRN2/
注:題名にティンと来ただけで僕は友達が少ないの内容は知りません。
非クロスです。


涼も上手い事、トップアイドルになって……
私がプロデュースしたかったわね。良く考えたら、『男の娘』アイドルとして……
小鳥さんに影響されて来たのかしら。気をつけないと。
「律子お姉ちゃん!」
あれ? 何で涼が目の前に?
「さっきから呼んでるのに、話聞いてた?」
素直に考え事をしていたと謝り、話を聞き直す。
「はぁ、細かい所は端折るけど僕に友達の作り方を教えて欲しいんだ」
……はい? 割と友達多そうなイメージなんだけど、いないの?
「学校とかにはいないの? ほら涼なら人気ありそうだし」
首を横に振る涼。
「アイドルになってしばらくは忙しかったし、有名になってからは『友達』には……」
ああ、なるほど。あれ?
「でも、アイドルになる前から、」
「告白されて縁切ったけど?」
……ああ、アイドル目指す原因は元友達なわけね。
「同僚は? 876プロは仲良しなイメージ強いけど」
少し間が開いて、暗い声が返ってくる。
「二人共、男だとバレてしばらくしてから『僕たち友達だよね?』って聞いたら、暗い顔して少し間を開けて肯定されたんだ。多分、変態だと思われてるんだよ」
理由違うと思うけど、まぁ指摘するのは野暮よね。
「話は聞かせて貰ったよ」
肩からタオルをかけた真が部屋に入って来た。
「涼、ボク達友達、いやもっと親しくなれるよね」
「真さん……」
「ところでボクは明日オフなんだけど、良かったら」
「はい、遊びに行きましょう」
「友達、だろ? 敬語はなしにしようぜ」
「分かりました。遊びに行こう、真」
「お、おう」
真の顔が心なしか赤いのは気にしちゃ駄目よね。うん、昔の涼の話を聞かれてたとか言う必要ないし。


……ちなみに、後日改めて『友達』の作り方を聞かれた際に、「律子お姉ちゃんと小鳥さんみたいに仲の良い友達が欲しいんだ」と言った涼はミニスカメイド服を着せて放り出したわ。
31創る名無しに見る名無し:2011/10/04(火) 01:53:37.63 ID:1IK1jp2H
>30
小話としては面白かったです。
ただ、涼のセリフがいまいち引っかかるのと、真くんのセリフ回しが男前すぎる気がw。
#涼が男バレするルートってあったっけ? 自分からばらしたら男バレとは言わない気が。
32創る名無しに見る名無し:2011/10/04(火) 08:40:09.83 ID:phTxNIT/
>>30
面白かったけど涼って告白されても友達だって関係にすがりそうなイメージがあるねw
まぁ、そこんところはきっと各自のイメージの問題だと思うけど。
331レスネタ『口癖と微妙に違う』 ◆G7K5eVJFx2 :2011/10/06(木) 02:08:21.66 ID:ZdgMmcfW
私の方がずっと前から好きだった。それこそ真ちゃんと彼女が出会う前からずっと、ずっと。
真ちゃんのためなら何だってするつもりだった。いえ、今でもそうです。
だから、教えて下さい。どうして隣にいるのが私ではないのですか?
例えば、母性溢れる人の運命の人になったのなら私は祝福出来たのかもしれません。
彼女は私とは違うから。
あるいは動物好きな人の隣なら、諦められたかもしれません。
彼女のようにはなれないから。
真ちゃんの隣に居たのはかわいくて、守ってあげたくなるようなか弱い感じの女の子でした。
おどおどと真ちゃんの胸を触る姿、目に焼き付いて離れません。
教えて下さい。私に何が足りないのですか?
私はなんだってします。彼女は何をしてくれたのですか?
私、彼女の名前も知りません。ですが、876プロ、この言葉だけで十分です。
穴を掘って埋めて来ます。
今日は美味しいお茶を淹れる事が出来なくてすみません。
明日は話をしながらお茶でも飲みましょう。ゆっくり、ゆっくりと。
お家に来て貰えれば良いな。事務所で淹れるのより美味しいお茶をたくさん、たくさん。それこそ、好きなだけご馳走できますから。
自信はありませんがお茶菓子や手料理も振る舞いたいな。
真ちゃん、今でも大好きですよ。
(加害者Y.H氏の日記より抜粋)
34創る名無しに見る名無し:2011/10/06(木) 07:34:29.45 ID:B2XIk/7D
>>33
ぎゃおおおぉぉぉん!
僕とばっちりだよおっ!

おっつー。
雪歩ヤンデレは基本ですなあ。
35創る名無しに見る名無し:2011/10/06(木) 08:30:21.67 ID:9OKVQic3
>>34
どこでそんな基本が出来たんだか。
つか、雪歩。それ同族嫌悪だから。
36創る名無しに見る名無し:2011/10/06(木) 10:12:39.65 ID:SKCI3jL8
流石にヤンデレ基本とかないわー…

苦手な方はスルー推奨って言う前置きもたまに見かけるけど
スルーの蓄積が住人離脱に繋がってる一面も多少は考えようぜ
過去スレでクロス合流したあたりからそんな感じするわ
37創る名無しに見る名無し:2011/10/06(木) 19:22:21.72 ID:A67wnE2/
ヤンデレ基本は自分は受け入れないなあ。ヤンデレとして使われやすい、なら同意せんでもないけど

全年齢板だよってことを別にすれば、書き手が書きたいものを書けばいいって思ってる
で、読み手は読んだなら言いたいこと言ってもよいだろって
ただ、受け入れがたいものを書いてる書き手は自分の書いたものはそういうものだって
自覚となにか言われるかもしれないって覚悟は持っておいた方がいいし
それ読んだ読み手も言いたいこと言えっていっても、配慮欠いた好き放題言っても
いいってことじゃないよねってわかっとけってとこ
きれいごとだけどね
381レスネタ:2011/10/07(金) 21:15:51.19 ID:YuKvGOXR
ジャコビニ彗星の日



おかしな時間に目が覚めたのは、きっとゆうべのニュースのせいだろう。
今日は朝からスポーツバラエティの収録があるので、今から寝なおすには少し都合が悪い。
『今年は当たり年なんですよね、85年、98年と13年周期であるんですよ』
帰り際、タクシーの中のFM放送。プロデューサーは充分休めとメールをくれたけど。
りゅう座流星群。ラジオの締めにアナウンサーが、ドラゴンの涙と呼ぶ人もいる、と言っていた。
きっとその龍も、誰かを恋しがって泣くのだろう。
ドレッサーの椅子を窓際に運んで、いったん点けた部屋の明かりをまた消して。
部屋を探したらクイズ番組の賞品で貰ったオペラグラスが見つかった。
――プロデューサー、使いませんか?私には必要のないものですから。
――そう言うなよ。せっかく自分で手に入れた賞品だろ?
品物を譲り合った時に触れた、温かい指先を思い出した。……あの時はまだ、別にどうとも思っていなかったけれど。
プロデューサーは、さすがにこの時間は寝ているだろうか。それともまた、無理をして仕事をしているのだろうか。
担当タレントの多い彼は業務連絡をメールでするのがもっぱらで、電話で声を聞くのも少なくなっていた。
忙しいのはわかるけれど、こちらの気持ちも考えて欲しい。

……って、私の気持ち?

伝えてもいない恋心なんか、考えられる筈もない。自嘲と諦観の引き連れた笑みが貼りつく。
これから流星が見えるなら、それはきっと私が流したものなのだろう。暗い夜空を見上げながら思う。

アイドルを始めて、しばらくは芽も出ないで。プロデューサーに出会って、考え方を変えるコツを教わって。
真剣な顔ばかりじゃなくて、優しい表情で自分の歌を届けることができるようになって、私はそのことに気づいた。
遠い昔の記憶のような……「おねえちゃん、やったね」とはしゃぐ幼い面もちや、そんな私たちを包み込んでいた大人の笑顔。
身勝手なのかも知れないけれど、私を見つめて笑ってくれる、そんな笑顔を私は見たいのだ。
友人の瞳、同僚の笑顔、社長の表情。そして、プロデューサーの微笑む顔を見たいから、今の私は歌を歌っているのだ。

そんな笑顔を恋しくなって、こちらが涙を流すというのも、思えばおかしな話だろう。
ふうと小さく息をついて、再び顔を上げた時。
「……あ」
光の糸が、短く一筋。涙にしては明るくて、少し不思議に思ったその時。ドレッサーの上で、携帯が震えた。

『起きないで欲しい、けど』

妙なタイトルの下に目を走らせた。

『流れ星が見えた……って書いてから、いま何時なのか思い出したんだ。でもせっかく書いたんで、送ります』

「……ぷっ」

くすくす笑いがこみ上げた。やっぱり、こんな時間に起きていたなんて。
さっきの薄く描いた弧線は、涙の跡ではないようだ。だってまるで、眼鏡の奥で細くなった彼の目にそっくりだったから。
いきなり電話を返したら驚くだろうか。
それともメール返信で『また徹夜ですか?』と怒ってみせようか。
一生懸命考えて、結局『おはようございます』から書き出すことにした。

さっきの笑い目がもう一筋くらい見えないだろうか、と空を見上げる頃には、黒かった空はほの明るい蒼になっていた。



おわり
3920:2011/10/07(金) 21:49:53.35 ID:pDkoXbax
・アイドルマスター×テイルズオブザワールド、文章型の架空戦記を目指しているつもり
・現段階では小鳥さん(時間軸的)に10代オンリー
・シリーズのサブキャラ並びに原作メインキャラの幼少(名前は直接は出てませんが)が登場
・後にアイドル総出演の予定
・苦手な方はスルー推奨
40TOWもどきim@s異聞〜序章〜:2011/10/07(金) 21:50:43.55 ID:pDkoXbax

『世界樹』と呼ばれて、この地に生きている限り何処からでも見えるその樹は、『あちら側』での言葉を借りるなら正しく神様仏様イエス様の化身だった。
ただ、あの世界と違うのは単純に心の拠り所、という意味でなく、『実際に』人の営みを、生活を支えているということだ。
 数千年だか数万年だかの太古の昔から、その樹が世界の隅々へと生み出し、浸透する見えざる神秘。その力あってこそ作物は実り、土を潤わせる雨雲が生み出され、
数千年に渡ってこの世界を支えてきた。

 その神秘の名を、この世界の人々はマナと呼ぶ。



世界樹の麓近くにあり、精霊やマナを信仰する聖職者達が数多く集っているという以外は、歴史の古さ以外に特筆すべきこともない辺境の小国家。小鳥が現在住まう
ヴォルフィアナなる地は、そういう国である。

この国を含めた「世界」の名前については―――まだ直に確かめる術がないので、暫定だが小鳥的には『夢世界』なる呼称で落ち着いている。(一時は中○国だの
セ○ィーロだのといった呼称も候補に入っていた)

交通には馬車(遙か遠くの先進国では、長距離での移動用に飛空艇なる科学の最先端じみた代物を用いたりもしているらしいが)、炊事には薪や炭、小川や井戸水という
その文明レベルにはまだ納得がいく。自然との調和、とでも言えばいいのか。向こう側の記憶が混じっても、別段不便さみたいなものを感じたことはないし、最近では
種火で火を起こす動作一つにしても、万一向こうで何かあったら役立ちそう、なんて思える位だ。―――が、
「・・・・・・何で食文化だけはこんなに進化してるのかしら・・・・・・?」
当たり前のように浸透している、さっきの自分の昼食を始めとした日本のコンビニや食堂でも見かけるようなラインナップが目立っている。いつか見た
ファンタジー小説の一幕にあったような、硬い保存用の塩漬け肉みたいな代物を恒常的に食べさせられるよりはマシだが、ヨーロッパの片田舎辺りにありそうな郷土料理っぽいものを
期待するのは間違いなんだろうか。
そう考えつつも、店内に溢れかえっているメロンパンやカレーパン、コンビニエンスストアではよく見かけていた調理パンの放つ芳香につい我を忘れていると、レジから
威勢のいい声が投げかけられる。
「はい、お待ちどうさま!運が良かったね、今日はこれで完売だよ」
「いつもありがとうございます、ブレッドさん」
丁寧に頭を下げてから紙袋の中身を確認すると、小鳥は「ん?」とばかりに眉をひそめた。城での調理用に用いられるバゲットや食パンの他に、一個だけ浮き彫りになった
アップルパイが見える。
「あの、このパイ―――」
頼んでませんけど、と戸惑い混じりに声を上げた時、しかしささやかに『城の人達には内緒だよ』と前置きされ、
「いや何、君にアドバイスを貰ったあのパンへのささやかなお礼だよ。お三時にでも食べてくれ」
―――あ、と思い出してつい苦味走った記憶が走る。
(……あれはアドバイスというか……)

―――ラピ○タパンは置いてないんですか?

『記憶』が目覚めプライベートで初めて店を訪れた時、思わず零れた第一声はそれだった。別に『向こう側』でだって食べられない訳ではなかったにせよ、
ファンタジーでの食の代名詞みたいなイメージがこびりついていたせいだ。
無論、怪訝な眼差しを向けられた際に瞬時に我に返り、彼女は己の発言をなかったことにしようとした。そこは料理人としての性だったのか、心なしか獲物を狙う
ハンターの目で詰め寄ってくる店主の気迫に勝つことは出来ず、とりあえず『田舎にあった名物レシピ』ということで教えてはみた。
……よもや、基本目玉焼きをトーストに載せただけのそれが、色とりどりの調理パンの数々に並んで人気商品に昇りつめるなど思いもしなかったが。
「あれのお陰で一時は傾きかけてた店が持ち直したからね。けど、何でわざわざ『目玉焼きトースト』なんて商品名に?
原名の方が君の故郷の名前も広まるんじゃないかと思うんだが……」
「いえいえいえ!お気遣いは結構ですので」
いくらここでの小鳥が孤児とはいえ、出身地を天空の都市だなんて偽って名作を冒涜する勇気はない。それ以上の追求を拒む勢いで、彼女は店を慌てて飛び出していく。
41TOWもどきim@s異聞〜序章〜:2011/10/07(金) 21:51:22.56 ID:pDkoXbax
所々苔むした部分もあるのに、汚さみたいなものは感じさせない立ち並ぶ白い家々。
牧歌的な普段着で井戸端会議に興じる主婦もいれば、物騒な鎧や仰々しいローブに身を包んだ冒険者達といった人々が混在する大通り。
「あちら」でアイドルを目指すようになってから過ごすことの多くなった、けばけばというかゴテゴテした混沌の都会とは違う、
健やかな活気が溢れ返っているようだ。
大量のパンを詰め込んだ買い物籠の重量によろめきそうになりながら、城への家路へつこうとした時だった。
シャラ、というか細い音と共に、ブーツのつま先に何かが当たる気配がした。

「・・・・・・あれ?」
銀色の鎖に通された、元はペンダント状であったのだろうそれは、何てことはない一本の鍵だった。
「だった」というのは他でもなく、元は輪っかをなしていたであろうその鎖は、途中でぷっつりと切れていたからだ。
どこかの家の鍵だろうか―――何気なく拾い上げてみたその時に、不意に脳裏を掠める一つの記憶。
さっきの店の中、小鳥の一つ前でレジで並ぶ、王冠のような金色に輝いているサラサラの後ろ頭がやけに印象的だった女の子。右手で不器用に料金を払う一方、
もう片方の手が強く胸元で「何か」を握りしめていたようなちぐはぐな仕草が、やけに引っかかっていた。
(・・・・・・考えすぎ、かも知れないけど)
でもそれは、身をもって体験した覚えのある仕草だったようにも思う。
「向こう側」では母子家庭として育った小鳥があの少女と同じ年頃だった時分、ギュッと手にして放そうとしなかったもの。万が一にでも手放してしまえばオシマイだ、みたいな
思いこみが根付いていたアイテム。
確証はない。けれど―――そっと、手のひらの上で銀色にきらめいているその小さな鍵には、ささやかだがほのかな温度の余韻が残されているような気がして。
それを知覚した途端、足は城とは逆方向目指して反転していた。


こういう時、仕方のないことなのだろうけど交番のようなシステムを持つ施設がないことが悔やまれる。
「金髪の女の子ねぇ・・・・・・それだけだとちょっと。街の中は色んな髪の子もいるから」
聞き込みに応じてくれた、買い物籠をぶら下げ井戸端会議中のマダム達は困り顔でそう返答した。まあ確かに―――と、改めて周囲を振り返る。
自分のような黒髪の者もいれば、赤に茶、時には銀髪と様々な髪色の者達で入り交じっている街並みで、ロクに顔を見ていないその女の子を捜そうなんて途方ない無茶かも知れない。
「あなたも奇特ねぇ。そんなに気になるんなら、どこかのギルドに頼んで捜してもらったら?」
「い、いえ。流石にそこまでは・・・・・・」
『ギルド』は総合的に言うならば、規模は様々なれどこの世界における『何でも屋』の代名詞だ。ある程度腕の立つ冒険者達が組み合って、大きい依頼では魔物の巣窟から
貴重な資材を採取してきたり、小さなものでは街の失せ物捜しまで引き受けてくれるという。
が―――小さなギルドでもそれなりに依頼というものは値を張るというのに、買い物を終えてすかんぴんの今の小鳥に代金を支払える余裕はない。
「でも家の鍵なんて言われると、うちも確かに心配になってくるわねぇ。ちゃんと施錠してきたかしら・・・・・・」
「確かに。最近は一層よくない話も聞くしねぇ・・・・・・ほら覚えてる?こないだ地中から発掘されたあの・・・・・・古代文明の遺跡の話」
「あら、私が聞いた話じゃ、海賊アイフリードの遺したかつての愛船らしいけど?」
「何でもいいけど。そこに怪しい集団が紛れ込んでるから、今日騎士団の小隊が確保に乗り込んだって話聞いて―――」
話が横道に逸れだしたのを察して、小鳥はそろそろとカニのそれにも似た横歩きでその場を脱した。船なのに何で地中から?という微かな好奇心がなくはなかったが、
今はそんな場合ではない。
足を棒にする程聞き込みに励んだつもりはないが、うっすらと疲労を覚えてきた。そもそも侍女長から課せられた「門限」もある。
けど、さっきのあの子の仕草を覚えていて、この鍵を見つけてしまった今の小鳥は、そのまま城へ足を向けることがどうしても出来なくなっていた。 
余計なお節介だということはわかっている。
ちゃんと帰りを待っている家族は家にいて、鍵一つなくしたところで、あの子は特別困ることなんてないのかも知れない。
(―――でも)
こうなったら、多少叱られる覚悟をしてでもギリギリまで粘ってみようか―――そう考えて、街の中を改めて見回してみた時だった。
42TOWもどきim@s異聞〜序章〜:2011/10/07(金) 21:52:46.07 ID:pDkoXbax
「―――だからさお嬢ちゃん、捜し物があるなら手伝うからよ、おじさん達に任せてみちゃくんねえか?」
困ったようなそれでいて柔らかい問いかけの声が、雑踏の中不思議なまでにスルリと耳へ入り込んできて―――顔を向けてみれば、一種
異様な光景が広がっていた。
(・・・・・・かごめかごめ?)
腰を屈めた甲冑姿の騎士達が、「何か」を中心に円をなしている姿は正しくそんな感じだった。3名、という取り合わせについ先程メリル夫人の手で
撃沈されたあの男の顔が過ぎってしまうが、幸いさっきのようなことはなく皆普通の男性だった。
「あー、だからンな顔すんなって・・・・・・なあ、俺そんなに怖そうな顔してる?」
「そうですね・・・・・・怖そうというより、笑顔に油断して近づいていったらかどわかされそうな怪しいおじさんみたいな顔はしてると思いますが」
「・・・・・・単純に怖いって言われた方がまだマシなんだが」
えらい言われように若干へこんだような調子で声を上げたのは、小鳥本人は面識はないがやはり見覚えがある顔、というか有名人だった。ただし、自分に付き纏っている
ストーカー予備軍とは別の、もっとプラス方面の意味でだが。
 ナイレン・フェドロック―――やや焼けた顔と、顎に走った傷跡が粗野な印象を与えるだけに、その下に纏った騎士甲冑が妙に浮いているその男は、騎士団に数ある一個小隊の
内一つを預かっている、と聞いたことがある。
しかし、何やら小さな子をあやすみたいなその口調を聞いていると―――
(迷子でも保護しようとしてる、とか?)
いやいやそんな場合じゃない―――と頭を切り替えて、再び少女の姿を捜そうと身を翻して。



「―――隊長っ!すいませんっ、取り逃がしましたっ!」
明後日の方向から、誰かのそんな切羽詰まったような悲鳴が届いた時、騎士達の顔つきのみならず街全体の空気がビリビリと張り詰めたような気がした。
え、と声のした方に首だけ向けてみれば、ギョロギョロと異様な圧力を視線で放つ、痩せこけた体躯を黒いローブに包んだ壮年の男達がのろのろと近づいてきている。
開け放した窓が閉められ、大人が近くを遊んでいた子供達の手を強引に引っ張る。そこまで来て、ようやく呆然と立っている他なかった小鳥も状況を察し―――
(に、逃げないと!)
戦闘とは無縁の日々を生きる者にとっては起こってほしくない「有事」、それが起こる時の気配というのを、街の人達は普段城勤めの小鳥よりも敏感に嗅ぎとれる。
しかし、小鳥がその場を離脱しようとするには、少々タイミングが悪すぎた。
「・・・・・・エアスラストォッ!」
くぐもった声と共に響いた叫びが辺りを揺るがした時、小鳥の腰回りが物凄い勢いで引っ張られる。
「舌ぁ噛むなよ、しっかり掴まってろ!」
―――どこに掴まれ、というのか。
いつ小鳥の存在を察知したのかは知らないが、すでに抜剣していたナイレン氏が小鳥を脇に抱え込み、石畳を削って遅い来る風の刃から身をかわす。
「―――ま、魔術っ!?」
ギリギリで鼻先を掠めていったそれに、思わずギョッとしてしまう。この世界において精霊との契約を持ってなされるその奇跡の技を使う魔術師達は、
単純な武力以外での魔物達への防衛手段が乏しいこの小国では貴重な戦力の筈なのだが、よもやこんな往来で騒ぎを起こすなんて。
「くそっ、目ぇ離すなっつったろ!トイレでも要求されたのか!?」
「そんなベタな失敗はやらかしませんよ!・・・・・・口惜しい話ですが、どうも術だけでなく、武道にも通じていたようで・・・!」
最初に報告してきた騎士は、何か一撃を貰ったのか、首の辺りを押さえてよろめきながら駆け寄ってくる。
 通りを駆けるナイレンの、その脚力がなすスピードに思わず酔いそうになっていた時、不意に目まぐるしくスライドしていた景色がストップした。
そのまま、フワリとばかりに地へ身体を下ろされる。大きく立てかけられた、居酒屋の立看板の傍で呆然と佇む小鳥の顔を見ないまま、
「終わるまではそこから動かないようにしてくれ。多分皆鍵閉めちまってて、建物の中に入れねえからな」
畳みかけるようにそう言ってから、再び術を詠唱しようとしている魔術師の男目掛けて突進する。
43TOWもどきim@s異聞〜序章〜:2011/10/07(金) 21:53:11.98 ID:pDkoXbax
「―――あの船の神秘は貴様ら如きが言いようにしていいものではないわ!身の程を知れぇ!」
「ったく、不法侵入しといて往生際が悪ぃ―――あんなガラクタのことよりも、街をしっちゃかめっちゃかにしてくれた落とし前は、
裁判でキッチリつけてもらうから覚悟しとけ!?」
「ほざけぇっ!ライトニングッ!」
一瞬の閃光と共に降り注ぐまさに「青天の霹靂」に、遠目で見ている小鳥ですら思わず背筋が震えた。
「―――すいません、この子のこともお願い出来ますか!?」
乱戦の中、部下と思しき騎士の一人が、立看板に隠れていた小鳥に声をかける。見てみれば、カタカタと小さな背を震わせる、
小さな女の子を腕に抱えている。
「なるべく被害がそちらに及ばぬよう尽力しますので、それまでお願いします!」
「えっ、あのちょっ―――!」
小鳥の返事を待たずして、騎士はその腕から下ろすと、ナイレンらの後を追って「戦場」へと舞い戻る。思わず手を伸ばして
待ったをかけようとしたが、出来なかった。
―――少女を下ろすその腕から流れる、赤黒い液体を目の当たりにした瞬間、息が詰まったように声が出なくなる。

 本人が気づいていない筈もないのに、それでも当然のように血を流したままのその腕は、今度は剣を力強く振り抜き、駆けていく。
どくどくと、心臓が早鐘のように脈打つ。オーディションに臨む時にどうしても付き物の「それ」とは、比べ物にならない速度で。
(―――大丈夫よ、落ち着いて。だって―――)
その先に続きそうになった言葉に気づいた瞬間、戦闘の中緊張しきった小鳥の脳を、一瞬の自己嫌悪が支配する。
自分が嫌になるのは、こんな時だ。
それまで当たり前で愛おしいと思ってた筈のこの日常を―――「これはどうせ夢」と、切り捨ててしまいそうになる時だ。

陰りのようなものなど何も見えなくても、この『世界』は交通事故よりも高い確率で、下手すれば明日の朝陽を拝めない危険を孕んでいる。
小鳥のみならず、人々が当たり前のように受け入れている事実。でも『音無小鳥』を、少なくとも目に見える危険も何もなかった世界を
思い出してしまった今は―――

―――自己嫌悪の海に沈みそうだった彼女の意識を呼び戻したのは、目の前を吹き抜けた金色の風だった。

「―――えっ?」

正確には、金糸のような髪が目の前を過ぎっていった。そのことに―――傍で震えていた筈の少女が、やおら立ち上がって走り出し、通りへ
飛び出していった瞬間を目の当たりにした時、サァッ、と冗談抜きで血の気が引いた。
「まっ―――待ちなさい、何やってるの!?」
耳を鋭く打つ剣戟と、呪文による総攻撃の波に怯えている暇はなかった。走り出した後に、唐突によりにもよって道のど真ん中へ座り込んだ少女を
連れ戻すべく、小鳥は飛び出していく。
「ここは危ないの!すぐに戻らないと―――」
怪我じゃすまない―――そう続けようとしたその瞬間。
見てしまった。ぐったりと、四肢を路面に横たわらせた、野良と思しき子猫。その腹が無惨にもバッサリと裂け、内蔵すら覗かせている惨状を。
反射的に、今の状況を忘れて口を押さえる。

「い、癒しの力よ・・・・・・ファーストエイド!」

幼くも鈴の鳴るような声が呪文を紡ぐと同時に、拳一つ分の天上の光を集めたような輝きが、少女の小さな掌に宿る。
そうして初めて、目の前の女の子の顔をしっかりと認識した。
44TOWもどきim@s異聞〜序章〜:2011/10/07(金) 21:53:46.08 ID:pDkoXbax
黄金の月を糸にしたような、儚い印象を覚える輝く金髪。恐怖に揺れながらも、強い意志を燃やしている蒼い瞳。真ん中で
分けられた前髪から覗くその白い額には、うっすらと玉の汗が浮かんでいた。
先程まで必死になって捜し回っていた「落とし主」がいる、という感動など介在する余地はなくて。
5、6歳程度にしか見えない彼女は、しかし目の前で尽き果てようとしている命を救わんと、必死になって尽力している。
―――頭を思い切り不意打ちで叩かれたようだった。
こんな幼い少女が、いつか見た法術という癒しの奇跡を用いていることではない。
少女は、震えながらもしっかりと見据えていたのだ。
雨あられと降り注ぐ魔術の恐怖から目を逸らさずに、炎や雷がすぐ間近で舞う状況の中でこの子猫を見つけ、そして飛び出していった。

小刻みに震える身体から確かに滲む恐怖。あの奇跡のような光を注いでも、子猫の傷はほんの少ししか塞がらない。
いくら法術といっても、やはり限界はあるのか。
普通の子供であれば目を背けても当然の筈の子猫の惨状を前にして、泣きそうな表情になりながらも、
それでも彼女は術をかけることをやめなかった。

「・・・・・・お願い、治ってっ・・・・・・!」

それは神か、それともこの世界の流儀ならば世界樹への祈りだったのか。震える手から灯る光は、絶える気配を見せない。
小鳥の視線が不意に、尚も戦い続ける騎士達の方へと向かう。
深手を負っても、逃げ遅れた人を避難させる者、倒れた仲間を介抱する者、発動する術にその身を晒しながらも飛び込む者達がいた。

躊躇わずに誰かを守るなんて、人の空想か漫画の中にしかいないと思っていた人達が、目の前にいる。
 その『現実』が、凝り固まってへばりついて、自分ではどうしようもないと思い込んでいた筈の澱を静かに吹き飛ばす。
気づけば、小鳥の手は、無駄な長さを誇る自分のスカートへと伸びていた。
ビィィッ、と裂かれる布が立てる耳障りな音によるものか、少女の目線がハッとこちらを映した。
「とりあえず、これ以上血が出ると危険だわ。今はこの子を連れて移動しましょう」
付け焼き刃の応急処置に過ぎないが、裂かれた腹部分に強引に布を巻き付ける。無論、この程度じゃ気休めにも
ならないだろうけど、せめて場所を移動させないと、これ以上は子猫どころか少女の身も危険だった。
「で、でも・・・・・・!」
「その子がこれ以上、呪文に巻き込まれるようなことになったら、今度こそ死んじゃうかも知れない。それでもいいの?」
直截的にも程がある、ともすれば恫喝するような勢いだったかも知れない。しかし少女は、ハッと我に返ったよう蒼い瞳を見開いた後、
しばし逡巡する様子を見せてから静かに頷いた。
少女と子猫を慎重に抱え上げ、さっきまで身を潜めていた立て看板へ視線を移す。
路地裏にでも身を移すべきか?いや―――

その数瞬の迷いの後、彼女らの後方から最悪のタイミングで次なる災禍が襲って来た。


「どけぇ、女!」

思いもかけず近い距離から降り懸かってきた声に振り返った時、頭から爪の先まで凍り付いたようだった。決死の形相で追い立ててくる騎士達を
振り切ったのであろう魔術師の一人が、血のように赤いドロドロした光を杖の先に纏わせて、突進してきている。
標的は考えるまでもない―――逃走経路の延長線上にいる、自分達だ。
しかし、鋭く息を呑む少女の気配を悟った瞬間、ほぼ反射的に、抱き上げる腕に力がこもる。
絶対放さない。避けられなくて、倒れてしまっても、せめて意識のある内は。
45TOWもどきim@s異聞〜序章〜:2011/10/07(金) 21:54:25.35 ID:pDkoXbax
「―――疾風!」

勇ましくも清涼な声が大気に融け、風となったようだった。
わずかなブレや歪みもない、定められた道筋に沿っているかのように虚空を駆けるその軌道が閃くと同時に、
くぐもった呻き声が木霊する。
数秒前まで固めていた覚悟を思い切り霧散させ、小鳥は今の状況を冷静に反芻しようとした。
(―――あ、ありのまま今起こったことをryっていやいや!)
某奇妙な冒険ネタを引き合いに出すようなコミカルな状況ではないが、小鳥本人の心情としてはこんなものだった。
ただ、こっちに呪文を浴びせようとしていた人間の身体を、わずか数本の矢が「引っ張って」いった。
見事に袖口や裾―――体を掠めることなく、衣服のみを射抜いて、建物の壁へ画鋲みたいに人を縫い止めるという妙技を
目の当たりにして、小鳥と少女は揃って口を半開きにするより他ない。
 彼女らの困惑を余所にして、技を放った『射手』は、静かな足取りでこちらへ歩み寄ってくる。
「・・・・・・怪我はありませんか?」
木製の弓を携えた救いの主は、驚いたことにまだ年端も―――といっても十歳前後ほどの少年のようだった。
褐色の肌と相反する透明な水色をした長い髪を肩先辺りまで垂らしているその少年は、
年不相応な落ち着きと気品を空気に纏って歩み寄ってくる。
「発動する前に取り押さえられてたと思っていましたが……そこにいる猫は、まさか今ので?」
「あ、いいえ、この子のは―――呪文のせいには違いないんですけど、もっと前の―――」
……確実に年齢は下の筈の相手に、無意識に敬語を用いていることに疑問を持つ間もなく小鳥が対応している時。

「―――コラコラ」

闖入者は、少年だけに留まらなかった。やんわりと諌めるようなしわがれた声と共に、長い白髪を高い位置で括った、如何にも好々爺といった雰囲気の老人が、
しかし隙のない足取りで現れてくる。
「森の獲物ならいざ知らず、まだ人に向けていいと許可した覚えはないぞ。まあ、相手は相手かも知れんがな」
「・・・・・・すいません、先生。つい、先走って飛び出してしまいました」
穏やかな口調のまま、しかしキッパリと窘められ、少年が小さく頭を下げる。見れば老人もまた、肩には矢筒を、背中に弓を掲げている。
察するに、師弟関係にあるのだろうか。
「まあ、致命傷を負わせていないのは由としておくがの。―――別嬪さんの前でいいトコを見せたかったか?」
不意にニヤ、とした視線を小鳥に馳せる老人に対し、少年は眉根を寄せた真剣な表情で弓を下ろしながら、
「先生、不謹慎ですよ」

―――その言葉の後、見えざる第二撃を放った。


「家庭あるご夫人を前にして、そういった発言は失礼かと思います」


ブロークンハートという言葉の意味が、本来とは違う趣で嫌という程伝わってくるようだった。
自分の格好を、頭の中微かに残された冷静などこかが徹底検証している。とりあえず一目で家事手伝いとまでは知れる、踝まで伸びているスカート丈の地味なワンピースに、
腰周りには白いエプロン。実際の年より結構上に見られてしまう、髪を纏め上げたシニョンカバー。ついでに言うと、メイドとしての執念だったのか肘にはしっかりと買い物籠が
ぶら下がっていて、そして何より腕には小さい女の子。
 ―――ご夫人=自分。
16歳である。決してまだチョメチョメとかいう擬音を入れるような年齢ではなく、更に言うなら義務教育を終えたばかりの年齢である。
そうだそれより子猫が治療を受けられる状態にしないとああそういえば鍵のことだってあったっていうか落とし主(多分)はすぐ傍にいるし―――

「お、お姉さん、お姉さん……?」

先程呪文の嵐の只中にあっても歪まなかった女の子の顔が、泣きそうな顔でこっちを見ている。何とか笑顔で答えようとするも、悪気のない矢を心にぶっ放された
今の小鳥は、それに気づける余裕がなく。

「……?先生、彼女はどうしたんでしょう」
「……わしゃー知らんぞ、この節穴が。乙女心をズタズタにしよってからに」


―――その後、少女の必死な呼びかけの末、小鳥が意識を取り戻すのはもうしばらく先のことだった。
46TOWもどきim@s異聞〜序章〜:2011/10/07(金) 21:54:48.33 ID:pDkoXbax
(あとがき)
規制に巻き込まれて、代行スレにお願いしました。投稿直後での出来事だったので、
微妙に凹んでおります(orz)
結構な長編を予定している上にアイドル達登場までは時間が掛かりそうですが、
一人でもこの拙作を楽しんで下さる方がいれば幸いです。
47創る名無しに見る名無し:2011/10/07(金) 21:55:08.50 ID:pDkoXbax
以上代行でした
48創る名無しに見る名無し:2011/10/09(日) 00:21:21.93 ID:ks52nVci
>>46 文章もしっかりしてるし、普通のクロスSSとして見れば十分面白いんですが
(私はすんなり読めました)
アイマスのSSとして見た場合、上でも出ている意見だけどやっぱりアイマスから若小鳥さんしか出ていないというのはネックになっている気がします。
まだ序章だからというのもあるのでしょうが、じゃあその序章が終わって他のキャラが出てくるまでにどれぐらいかかるのだろうってな疑問と言うか不安が少々。
ちなみに私はTOW未プレイなもんでこんな感想になってしまうんですが、両方知っている人ならどんな感想になるのか少し気になったり。


ホントにどーでもいー事だけど、代行の人のIDが惜しい(エックスバックス……)
49創る名無しに見る名無し:2011/10/10(月) 16:28:19.45 ID:uSHRPOjx
>>38
表現が『涙』から別の物へにシフトしていく流れが、ジワッときました。
メールの表現の中で、うっかりしてるけど何か温かいPの雰囲気もいいと思います。
あと、蛇足ですが眼鏡してるPというと咄嗟にアニマスのPが連想されます。

50創る名無しに見る名無し:2011/10/12(水) 02:26:28.32 ID:b6YB3FIC
あーテステス。掌編投下します。
51創る名無しに見る名無し:2011/10/12(水) 02:27:54.98 ID:b6YB3FIC
765プロの事務所にはアコースティックギターが一本だけ置いてある。
メーカーなんて全然わからない、安物なのか稀少な物なのかの判別さえつかない古ぼけたギター。
時々、双海姉妹や春香が適当にかき鳴らしたりして律子に呆れられたり怒られたりしている。
そんなギターだがしっかりと定期的なメンテナンスはされていて、
それはつまり社内にギターが弾ける人物が居るという事の証明に他ならないのだが、誰もその人物を探そうとはしない。
あるいは知っている人は知っているのかも知れないが、本人が言わないのなら別にそれで良いという事なのかもしれない。



「只今戻りました」
誰も居ない事務所に声をかけながら手探りで電気を点ける。
歌番組の収録が終わり、スタジオから戻ってきた如月千早とその担当プロデューサーである。
スタジオからそのまま直帰でも構わないようにスケジュールを組んでいたが、少しだけ予定を変えてここへ戻ってきた。
あることをするために。
彼がごく当たり前のようにギターを持って手近な椅子に座れば、千早はその正面に位置を取る。
幾度となく繰り返されたように。


話は暫く前に遡る。
52A Song For Life:2011/10/12(水) 02:29:52.14 ID:b6YB3FIC
千早は事務所のソファで目を覚ました。
いつもの通り自宅に帰るのを少しでも遅らせようと事務所で時間をつぶしていたが、いつの間にか眠っていたらしい。
電気はついたままで書置きも無い。大方、小鳥さんが買出しにでも出かけたのだろう。
起こしてくれなかった薄情さを責めるべきか、居眠りをするアイドル一人残して出かけた無用心さを責めるべきか。
完全には目覚めきらない頭でそんな事を考えている時、それに気づいた。

ギターの音が聞こえる。適当な音の羅列ではなく確かな旋律として。
これは何の曲だったろうか。随分前に時代劇で使われていたような覚えがある。
果たして弾いているのは誰だろうか。誘われるようにして音の出所へと歩みを進める。
元々小さな事務所だ。すぐにそこへとたどり着いた。立て付けのあまりよろしくないドアを開ける。

「プロデューサー……?」
「ありゃ、バレちゃったか」

全く予想もしていなかった人物の登場に少し思考が止まる。

「ギター、弾けたんですね」
「まあ、それなりにな」

言葉を交わす事で徐々に頭が働き始める。それと同時に、浮かんできた疑問と僅かな憤りをぶつけてみる。

「どうして言ってくれなかったんですか」
「いやだって、その道のプロとさんざ仕事してる人間前にして俺弾けるんですって言うのは中々照れくさいじゃないか」

どこまで本気か解らないが一応の理由に納得はしたものの、今まで秘密にされていた事に対する不満は残る。
どうにかして溜飲を下げようかと思案し、程なくして一つの考えが浮かんだ。

「わかりました。今ここで何か一曲弾いてください。それでこの件は不問にしてあげます」
「承知。何かリクエストは?」
「私の知らない曲をお願いします」

この一件以来、いつからか二人だけの時には小さな演奏会をするようになっていた。
歌詞の無いインストゥルメンタルの時もあれば、千早が歌う時もあり、ごく稀にプロデューサー本人が歌う時もあった。
53A Song For Life:2011/10/12(水) 02:31:58.83 ID:b6YB3FIC
ギターを手に取りチューニングを始める。
通常は5弦のA音から合わせる事が多いが、彼の場合はまず3弦G音を最初に合わせ、その後、3→2→1、4→5→6弦と中心から端に向けて合わせていく。詳しい説明は省くが、僅かな音程のズレを全体に分散させるという事だった。
以前、何故そうするのかとその理由を聞いてみた事があったが、その時は
「好きなギタリストがこの方法でやっててな、それからずっと真似してるんだ」
そう苦笑まじりに言っていた。

チューニングも終わり、幾つかのコードを鳴らして具合を確かめる。
僅かに長く目を閉じて、軽い深呼吸。


始まりは柔らかなアルオペジオから。
徐々にコードストロークが強くなる。
もう一度冒頭のアルペジオ。
高音弦を使った切なさの混じるフレーズ。
澄んだ音色のハーモニクスをアクセントにして。
ピックを使わずに指で奏でられる弦の響きは何処までも優しい。
そして、2分半程の短い曲が終わる。


演奏が終わった後も二人は何も喋らなかった。一言でも発してしまえば、音の余韻が消えてしまいそうに思えた。
ようやく、千早が
「なんという曲ですか」
とだけ口にする。
「……A Song For Life」

A Song For Life。人生の歌。
しばらくその言葉の意味を自分の中で反芻する。
ふと、一つの疑問が言葉となって出る。あるいは不安かもしれない。

「……いつか歌える時が来るでしょうか。私の人生と言えるような歌が」
「んー……無責任に出来るとは言えないからなぁ……ああでも」
「でも?」
「今まで生きてきた時間だけじゃなく、これから生きていく時間も含めて人生じゃないかなって。なんとなく今そう思った」

これから。
自分はまだ10代で時間はある筈なのに。そんな当たり前のことを思い出す。
ずっと余裕の無いままに、今まで考える事の無かった遠い未来に思いを馳せる。
1年後。
5年後。
10年後。
さらにその先まで。


やがて、千早は一つの願いを口にする。
「……私にギターを教えて下さい。曲も詩も自分で作る事が出来るように」



────私が、私の歌を歌えるように────
54創る名無しに見る名無し:2011/10/12(水) 02:34:37.20 ID:b6YB3FIC
以上投下終了。

>>51にタイトル入れ忘れ。

A Song For Lifeという曲はアメリカのギタリスト、
エリック・ジョンソンのSeven Worldsというアルバムに収録されています。
ちなみに劇中でPがやってるチューニングもこの人のやり方。
まともなSS書くのはほとんど初めてみたいなものなんで、色々反省点もありますが少しでも楽しんで頂ければ幸いです。

それではこれにて失礼。
55創る名無しに見る名無し:2011/10/12(水) 03:25:17.39 ID:1Q3elhwI
綺麗な話GJ
&すみません1レスネタに使います。

アメリカンジョーク風ネタ







ある時、オフの千早に誘われ、街を歩いていたら、見知った胸の大きな女性に手を振られた。
不機嫌な顔をする千早に彼女とは仕事の関係である事を伝えると不承不承ながら頷き、胸を大きくしてくれと言われたから休憩した。
またある時、オフの真に誘われ、街を歩いていたら、見知った可愛らしい女性に手を降られた。
不機嫌な顔をする真に彼女とは仕事の関係である事を伝えると、ボクにも女らしいところがあるのだと休憩させられた。
そしてある時、オフの律子に誘われ、街を歩いていたら例の二人に手を降られた。
不機嫌な顔をする律子に彼女とは仕事の関係である事を伝えると、領収書は出すなと怒られた。
561レスネタ『既視感』 ◆G7K5eVJFx2 :2011/10/13(木) 05:37:06.76 ID:fhe3B26t
「涼って、初めて会った気がしないの」
オーディションが終わり、765プロの美希さんに妙な事を言われた。
ナンパで良く聞かされた台詞だけど……うう、言ってて悲しくなって来た。
「どういう事ですか」
少し考えて、美希さんは手を叩いた。
「765プロに似たような人がいるの。紹介するの」
そう言われて手を引かれる。
多分、律子お姉ちゃんだよね。まぁ、笑っていとこですって言えば良いよね。


「真くん、いるの?」
事務所に入るなり、真さんを呼ぶ美希さん。……真さんに似てるってこと?
美希さん、オーラとか見えそうなタイプの人だし、そう言われると嬉しいな。
真さんの王子様役は僕もときめき……いや、真さん女の子だから。何か違うから!
「どうしたの?」
真さんを見るなり頷く。
「うん、真くんを女の子にしたらこんな感じかなって娘見つけたから紹介するの」


その後、二人で愚痴を零し合った。ついでに律子お姉ちゃんに美希さんの事をお願いして来た。
57レシP ◆KSbwPZKdBcln :2011/10/13(木) 19:25:56.34 ID:F/TbFxUd
レシPの来週のアイドルマスターは『絵理の貯金宣言』『真の中の人がやばい』
『翔太風邪ひいた』の3本です。
ttp://shindanmaker.com/160209



……だそうなので、書いてみました。
各1レスお借りします。んっがっぐっぐ。
58絵理の貯金宣言 ◆KSbwPZKdBcln :2011/10/13(木) 19:27:34.61 ID:F/TbFxUd
「サイネリア、私、貯金、始めようと思う……?」
 その朝、いつものチャット中に絵理センパイがこう言った。
「……貯金って、あの、お金を貯める貯金、ですか?なんでまたいきなり」
 素直にそう言葉が出た。だって、あの水谷絵理だ。ぶっちゃけ金に困っている筈がない。
「ちょっと買いたいもの、あって」
「なに買おうって言うんですか。宇宙ロケットとか無人島とか?それともチョーでかい豪邸?
高級車・運転手付き、あと執事も」
「執事はちょっと魅力あり?」
「デスヨネ」
 理由は不明だがセンパイはわざわざそのために古風なブタの貯金箱を手に入れ、お金は
例えばご両親からのお駄賃だったり、お遣いのついでに社長からお釣りを貰ったりするという。
「……昭和時代の小学生デスか」
 アタシはチャットを閉じた後、そんな風につぶやいた。
 それから数ヶ月、センパイは驚くほどよくやった。上の諸条件は全て守り、たまに見せてもらう
貯金箱は着実に重くなっていった。絵理センパイが親やら事務所社長、あげく同僚やロンゲ、
アタシにまでお駄賃をせびるのはどうかとも思ったが、なにしろ当人が楽しそうなのだ。
 そしてある日センパイに呼び出されたアタシは、いつの間にやら金髪ツインテの装飾を施され、
会議テーブルの上で小さな座布団に鎮座した貯金ブタと対面することとなったのだった。
「こ……こちらはドナタで……?」
「サイネリア。似てる?」
「そらリアルアイドルのお歴々ほどスタイルに自信はないですが、いきなりブタ扱いとか」
「そういう意味じゃない、ごめん。これ、サイネリアのためだったから」
 そう言ってセンパイが、笑った。花が咲くようににっこりと。
「少し早いけど、お誕生日おめでとう、サイネリア」
「絵理はね、鈴木さん。自分でお金を貯めて、あなたにプレゼントをしたかったんですって」
 会議室の後ろで控えていたロンゲが補足した。トップアイドル・水谷絵理ではなく、ネット活動を
していたELLIEのころのようにこつこつ資金をためる行為を再現したかったのだそうだ。
「せ……センパイが?ア、アタシっ……なんかの、ために……?」
「うん。じゃ、さっそく?」
「え」
 センパイは笑顔ででかいトンカチを振り上げ、貯金ブタにためらいもなく振り下ろした。
 がっしゃーん。ド派手な音を立てて、ブタの破片と小銭が舞った。
「みょげええええっ!?アタシが、いやブタが、じゃなくてちょ、ちょ、えええっ?」
「あ、ここちょっと割れ残ってる」
 がしゃんがしゃん、がしゃしゃしゃ。
「ちょwwセンパイwww」

 ……要するに。
 要するにセンパイは誕生日プレゼントというより、『目標を決めてこつこつ貯めた貯金箱を割り砕く
快感』、を得たかったということらしい。確かに、実際に貯金箱を割る人間は多くない。もったいないし
危ないし、なぜかアタシがやっているが破片と小銭をより分けるのがなにより大変だ。
「思ったより、貯まらなかった?」
 より分けたコインを積み上げながら、嬉しそうにセンパイが言った。
「でも、お茶代くらいにはなりそう。あとで一緒に行こ、サイネリア?」
「よ、よろこんでっ!」
「まったく、破片が目にでも入ったら大変だったわよ。絵理、こんなことはもうやめてね」
「でも、次の貯金ブタももう買ってある」
「ど、どうしてっ?」
「ざっと半年したら、今度は尾崎さんの誕生日?」
「え……絵理……っ」
「こらロンゲ、さっきこんなんやめって言ってなかったか?」
「鈴木さんは黙ってなさい」

 そのあと、3人でファミレスに行ってささやかに誕生日を祝ってもらった。足りない分はロンゲが
出してくれた。
 しかたない。貸しを作るのも嫌だし、半年後にはこいつも祝ってやるか。
 そんなことを思いながら、アタシはちっちゃなケーキに刺さったロウソクの火を吹き消した。

/おわり
59真の中の人がやばい ◆KSbwPZKdBcln :2011/10/13(木) 19:28:19.04 ID:F/TbFxUd
「雪歩、『中の人』ってなんのことか知ってる?」
「えええ!どどど、どうして私にそんなことをっ」
 ある日の午後、事務室で仕事までの時間待ちをしていた真が、顔を出した雪歩に訊ねた。
「え?いや、いま『喋ったー』見てたらフォローしてる人がそんな話を。どうかしたの?」
「あ、そ、そうなんだ。あはは、急に不思議な言葉が出たから驚いちゃった。どんな話なの?」
 真が雪歩に示した液晶画面には、ある少女漫画がアニメ化するという話題が続いていた。
「主人公の子、ボクすっごい憧れちゃってるんだよねー。で、この人が『中の人がヤバイ』って
書いて、他のフォロワーさんとケンカ始めて」
「あ、なるほど。……ふうん、これだと多分、アニメで声を当てる声優さんのことかなぁ」
「やっぱりそれでいいのか」
 小さな文字列を大雑把に追うと、その声優は最近他の芸能人と交際していることが発覚した
人物で、「好きだったのに裏切られた気分だ」「ファンなら幸せになるよう祝福するべきだ」「この
アニメ化のための話題づくりではないか」などと言い争いが始まっているところらしい。
「この人の参加してるアニメや映画、いくつか知ってるよ。でもそれとこれとは別なんじゃないかな」
「声優さんも今は音楽CD出したりライブやったりするし、私たちアイドルと活動内容は変わらない
よね。ファンの人はやっぱり、好きな人に恋人ができたらショックなんじゃないかなぁ」
「ううーん。ファンの人がいっぱい増えると嬉しいけど、考え方は色々あるんだろうな」
「仕方ない……って言ったらいけないんだろうけど、でも、私たちが会ったこともない人たちが、
私たちを見てくれているっていうこと、大切に考えなくちゃね」
 765プロでも時々『勉強会』と称してお金のことや法律、芸能人としての心構えなどをレクチャー
されることがある。特に恋愛ごとに関しては何度も出てくる『タブー』のひとつだ。
 異性との恋愛など、男性に近づくことも出来ない雪歩にとってはむしろホラーじみた話ですら
あるが、真としては釈然としない部分が大きいようだった。デビュー前は普通の女子高生だった
のだ、無理もない話かもしれない。
「雪歩は好きな人って、いる?」
「ええ?そ、そんなの無理だようっ」
「あ、そか、だよね、ゴメン」
 いきなり聞かれて面食らう。真も軽い質問のつもりだったようだ。
 実は気になる人物はいないわけではないが、……今のままではどうしようもあるまい。ふと
チャンスだと思い、彼女に聞き返してみた。
「あの……」
「うん?」
 こちらに向ける瞳に、思い切って口を開く。
「ま、真ちゃんは、いないの……?好きな人、とか」
「……っ」
 彼女の動きが止まった。目が泳いだ。頬が上気して、やがてたどたどしく両手をぱたぱたと振った。
「い、い、い……っ、あ、あははは、いないよそんな、もちろん、まさか、あはは、あは」
「……そ、そうだよね、ふふ、うふふふふ」
 一緒になってしどろもどろに笑いながら、あっ、と思った。これは……これが……恋する乙女、
というものか。
「おーい真、そろそろ時間……お、雪歩も来てたのか」
 突然ドアが開き、プロデューサーが顔を出した。これから真の営業に付き添うようだ。
「あ、おはようござ――」
「うひゃあっ?」
 雪歩の横で、真が素っ頓狂な声を上げた。
「……どうかしたのか?真」
「な、なっ、なんでもありませんプロデューサー!し、仕事ですか仕事ですよね、ボクちょっと
準備してきますっ」
「ああ、頼む……な」
 風切るごときスピードで部屋を出てゆく真を目で追いながら、プロデューサーは訊ねる。
「雪歩、なんかあったのか?いま」
「さあ」
 と、口では答えたが、雪歩は軽いめまいを覚えていた。これは、大変だ。どう見てもあからさま
ではないか。

 雪歩は今、先ほどの液晶画面で争っていた者たちの気持ちがわかったような気がした。

/おわり
60翔太風邪ひいた ◆KSbwPZKdBcln :2011/10/13(木) 19:29:01.49 ID:F/TbFxUd
「っくしっ!くしょんっ!」
 ふぁ、しまった。予感はしたけど、止めることができなかった。打ち合わせが終わって、社長の
いなくなった夕方の会議室で、時間つぶしの雑談をしていたときのこと。
「おいおい、カゼか?そんな寒そうなカッコしてっから」
「ここんとこ寒い日が多かったからねえ。オコサマにはこたえたかい」
 冬馬くんと北斗くんが、ここぞとばかりにニヤニヤ笑いを浮かべた。
「ふんだ、きっとかわいいファンの子が僕の噂でもしてるんだよ」
「くしゃみ二つは悪い噂だって言うねェ」
「二人でいい噂してくれてるのかもよ?」
 憎まれ口をきいてみるものの、出てしまったものは引っ込められない。黒井社長がいたら
同じく、自己管理がなってないと言われちゃうだろう。
 確かに、ここのところは忙しかった。もともと予定されていたツアーの仕上げ期間だったし、
狙っていたとは言え新曲のCDがバカ売れでテレビの飛び込みが3件も入ってしまったのだ。
2件は断れそうだったのに、共演者の名前を聞いて社長の目の色が変わっちゃった。
『765プロだと!?よかろう、お前たち、連中を完膚なきまでに叩き潰して来るのだ!』
 言うはやすし、だよ。あそこのアイドルはいま、流れに乗ってる。だいたいフェスティバルでも
ないのに戦って勝って来いとか、ねえ。
「とにかく、俺たちにうつさないでくれよ?」
「だな。足手まといになるんじゃないぜ、ボーヤ」
「冬馬くん北斗くん、僕のカゼがうつるんなら二人もその程度ってことなんじゃないの?」
「ざけんじゃねえ!俺が風邪ごときに負けるか」
 こう言うときにつっかかって来るのは冬馬くん、鼻で笑うのは北斗くん。
「いいか翔太、とにかく俺たちや事務所に迷惑かけるなよ。なんぴとたりとも俺たちを脅かすことは
できない。それが765プロだろうと他の事務所だろうと、風邪や雷や交通事故であろうとも!」
「冬馬くん後半おかしい。自然現象と不可抗力入ってる」
「うるせえ、そのくらいの心構えでいろって話だよ」
「冬馬くん、雷こわいの?」
「こわいわけあるかっ!」
 冬馬くんの演説はきりがないので混ぜっ返した。実際のところ、僕より二人の方が疲れている
はず。どっちも他人の前でカッコ悪いとこ見せるの嫌いだから絶対認めないだろうけど、冬馬くんは
人一倍練習してるし北斗くんは今回のツアーでは演出に参画してる。
 だから、僕は僕で二人には離れていて欲しかった。
「まあいいや。今日は夜まで仕事ないんでしょ?僕、ここで一休みしてから合流するから、二人とも
先に行っててよ」
「医者に行った方がいいんじゃないのか?」
「またまた。誰かに見られたらあらぬ噂立てられるでしょ?そもそもそんなにひどくないって」
「まーアレよ、それだけ言い返せりゃ上等でないの。冬馬、行こうぜ」
「ん、ああ」
 まあ、実際このくらいの不調は不調のうちに入らない。夏休みのツアー中なんか体温が基本的に
38度から下がらなかったし、口には出さなかったけどあの二人も似たようなものだった。鞄を引き寄せ、
持ち歩いている風邪薬を栄養ドリンクで飲み下して、1時間くらいは眠れるだろうと椅子を回した時。
「……翔太、まだいるか?」
 ノックとともに、入ってきたのは冬馬くん。
「忘れ物?」
「まあな」
 そう言いつつ、なにかを探すでもなくどかりと椅子に座り込んで、そっぽを向いたまま黙ってる。
「なんなの?僕、寝ておきたいんだけど」
「ああ、気になるか、すまねえ」
 ようやく動き始め、ポケットをまさぐる。出てきたのは小さな包み。
「やるよ。俺が使ってる漢方だ」
 それだけ言って、出て行ってしまった。
「……ぷっ」
 思わず、吹き出す。
 かわいいとこあるよね、冬馬くん。誰かに言ったらたぶん怒るから、秘密にしておくけど。

 そのあと北斗くんも栄養ドリンク買って戻ってきたから、その二つは収録後に使うことにした。
 ね。こんなんじゃ、風邪なんかひいていられないよね。

/おわり
61レシP ◆KSbwPZKdBcln :2011/10/13(木) 19:29:50.59 ID:F/TbFxUd
以上でございます。突然失礼いたしました。
※追記:夕方再診断したら結果が変わってしまいました。どーしろとwww



>>54
いいお話ありがとうございます。秋の夜長にほっこりしますね。
原曲を知らないのですが、千早は歌を歌いたいがために楽器を嗜んだりすることがあるのではないか、と
考えたことがあります。シンガーソングライター・如月千早は素敵な未来のひとつだと思います。

>>55
女心は難しいっつう話でしょうかね。
とりあえずこの男、食いすぎであるw

>>56
美希はオーラとか見えない、というか見ないタイプだけれど、そういうのと無関係に人の痛いとこr違った
真実を見抜く才能を持っているのですw
涼と真は悩んでるままでも、本来の性別を発揮したあとでもいいカップルだと思いますですハイ。





ではまた。
来週もまた、見てくださいね!
6255:2011/10/13(木) 19:54:30.44 ID:fhe3B26t
>>61
ヒント:
×『プロデューサーの仕事』の関係
○『出会った二人の仕事』の関係
63創る名無しに見る名無し:2011/10/13(木) 20:36:30.50 ID:F/TbFxUd
>>62
了解したw頭悪くってすまん
解説のお手間を取らせ申し訳ないwww
64創る名無しに見る名無し:2011/10/13(木) 20:48:28.69 ID:3TtG91L7
>>62
ひどい詐欺を見たwww(褒め言葉
種明かししてもらって二度楽しめたのはお得な感じです
65創る名無しに見る名無し:2011/10/13(木) 22:25:29.37 ID:fhe3B26t
アメリカンジョーク第二段

涼がライブで仕事中に大けがをして、病院にかつぎこまれた。そして数日間昏睡状態の後、やっと目覚めた。
「ここは…?」
「病院ですよ。意識が戻ったばかりで早速ですが、あなたにいい知らせと悪い知らせを伝えないといけないんです。まず、あなたはもう仕事ができない身体になってしまいました」
「えっ。そうですか。仕事ができない身体に…」
涼はつぶやき、そして言った。
「…で、悪い知らせの方は?」
66メグレス ◆gjBWM0nMpY :2011/10/14(金) 00:23:54.07 ID:f0ABnBq5
あーテステス。トリップってこれで良いのかな?
67メグレス ◆gjBWM0nMpY :2011/10/14(金) 00:26:45.68 ID:f0ABnBq5
管理人じゃない人の業務連絡ー、業務連絡ー。

まとめwikiの作者別の項目ある程度追加しました。
とりあえず過去ログ読んで
・複数作投下した方
・コテ、トリを名乗った方
のページを作ったつもりですが、確認はしたものの不安です。
・間違いを発見した
・この作品も俺が書いた
・俺のページも作ってくれ
等の時は教えて下さい。てゆーかチェックお願いします。

全ての作者諸氏のページにコメント欄付けてあります。
あの時書けなかった過去作への感想、又は規制に巻き込まれた作者様からの連絡先等にどうぞ。
トップページにも書きましたが誹謗中傷、荒らしコメントは当然NGです。

>>20様、>>55様、
コテでもトリップだけでも名乗って頂ければページ製作します。
特に>>20様は現在規制に巻き込まれているとの事なのでコメント欄を上記のようにも使えるかと。
68 ◆3gtGh3EDKs :2011/10/14(金) 01:09:41.89 ID:YAgWV7AZ
>>67
こんばんは>>55です。一応、アメリカンジョークは読む人選ぶのでトリなしで書いてましたが先日、同一IDなのを忘れて書き込みました(苦笑)
とりあえず、アメリカンジョーク系はこちらのトリで名乗ります。

追記:ページ数に難ありなら◆G7K5eVJFx2も私なのでまとめて下さっても結構です。
当方、携帯なので編集出来ずお手数・ご迷惑おかけします。
69◇NyTG5epv:2011/10/14(金) 15:27:23.15 ID:g71FNAaf
>>67
>>20です。
とりあえず、今のところは書き込めるようにはなったのでご報告をかねて、
上記の名前で名乗らせて頂きます。
あんまり編集には詳しくない為、お手数おかけします。
70 ◆NiiVEAmSro :2011/10/14(金) 17:42:25.39 ID:q8qdS1mb
>>69
トリは名前欄に#文字列ですね。
例えば#涼くん
なら私の名前欄みたいになります。

71 ◆G7K5eVJFx2 :2011/10/14(金) 18:06:35.16 ID:q8qdS1mb
>>67
前スレ無題371並びに黒い鳥も私の作ですね。
無題371の『みき』の訂正ありがとうございました。
72 ◆zQem3.9.vI :2011/10/14(金) 21:28:54.19 ID:g71FNAaf
>>70
>>20です、ご指摘ありがとうございます。
ちょっとトリについて勘違いしていたようです(汗)、↑のような感じでいいでしょうかね?
731レスネタ『紳士』 ◆G7K5eVJFx2 :2011/10/15(土) 02:57:41.19 ID:GGpT05nb
「芯の強い娘を最後まで折ってこそ紳士だろう」
ああ、またプロデューサーが変な事を言ってます。誰か、止めて、
「それは、違う」
真ちゃん。しっかり止めてね。凄く嫌な予感がするから。
「プロデューサー、真の紳士たるもの……」
そうそう、紅茶を嗜むとかレディファーストとか……
真ちゃんとお茶会とか、憧れるなぁ、
「気の弱い娘に攻められて、否、攻めさせてこそだ!」
って、え、ええ? ……白い歯が嫌に眩しいよ、真ちゃん。真ちゃんも遠い人だったの!?
ねぇ、真ちゃん。格好良くて、王子様みたいなあなたはどこに行ったの?
私の中の真ちゃんは答えてくれない。いつもと変わらない笑顔を向けてくれるだけ。
「「雪歩!」」
二人に、呼ばれ現実に戻される。小鳥さんがちょっと羨ましい。戻らないで済むから。
「は、はい」
弱々しく口を開く。願わくば、
「「雪歩はどっちが正しいと思う?」」
どちらの箱にせよ、その中に希望が僅かでも残っていますように。
あるいは、被害者が私ではありませんように。
74 ◆zQem3.9.vI :2011/10/16(日) 19:49:04.41 ID:bmndDUy4
>>73
今週のアニマスにおいて別ベクトルで遠い人になっていた雪歩を思って、ついニヤニヤしました(笑)
あと、需要があるかわからない長編を投下しようと思います。今回で一応序章は終わりです。
75TOWもどきim@s異聞〜序章〜:2011/10/16(日) 19:52:10.83 ID:bmndDUy4
―――某日。レッスン帰りに立ち寄った喫茶店にて、「音無」小鳥はクリームソーダに突き刺さったスプーンをかき回して、向かい合った席で顔を抑えながら小刻みに肩を震わせている担当プロデューサーの姿に少しばかり頬を膨らませた。
「・・・・・・そ、それでその・・・・・・どうしたんだね?」
「―――どうするもこうするも」
心なしか、ストローをくわえた唇に思いの外強い力がこもり、思わずズッ、と音を立ててしまう。
「その後は騎士の人達が手伝ってくれて、お城勤めの法術師や街の獣医の方々に連絡つけてくれましたから、子猫は何とか無事でした。今じゃさっき話したミントちゃんが引き取り手を捜してくれてるって話です」
「い、いやそうじゃなくて・・・・・・その助けてくれた男の子というのは・・・・・・」
「・・・・・・神妙な顔で謝られちゃいましたけど何か?」
事実を知り、茶化すこともなく、生真面目な態度で謝辞を告げてきたあの表情には、一層こちらをやりきれない思いをさせられた。
過去の出来事となってそれなりに日にちは経っている。が、こうして改めて具体的に口にしてしまうと、その時の感情まで鮮烈に蘇ってしまうようだった。
「しかしまあ、災難だったな君も。勇者は無理でもせめて魔法使いだったら良かったのに」
「そうですね・・・まあ、街の外を出歩かない限りは滅多にあることでもないんですけど」
そもそも、盗賊及び魔物の襲撃だったらまだしも、「魔術師」があんな街中で騒ぎを起こす、なんてことは初めてだった。
「後で騎士さんの一人がこっそり教えてくれたんですけど・・・・・・街の近くで発掘された妙な船に侵入したとかで、
引っ立ててる最中だったらしいんですよね」
実物を目にしたことはないのだが、向こう側における伝説の大海賊アイフリードが駆けていたという巨大船―――バンエルティア号。
一部では海の空をもひとっ飛び出来る神秘の船、だなんて妙な伝承もあるが、何せ海から引き揚げられたのでなく地中から発掘されたのだ。
アイフリードの所有物かどうかも怪しいなどと言われてはいたが、実際にそれを信じて潜り込むような者まで現れたとなっては多少信憑性は高まった。
「王様含めて臣下の方々も観光スポットに出来れば、位にしか考えてなかったそうなんですけど。・・・・・・ああいう人達が
現れた以上は正式にどこかの研究機関とかに調査を依頼するかも知れないって言ってました」
―――まあ、どちらにせよ今の小鳥には縁のない話だが。
「ふむ、まあその船のことはともかくとして・・・無事で何よりだよ、小鳥君」
しみじみと頷いてコーヒーを口に傾ける高木は、心なしか本当に安堵した様子すら見せていた。思わず茶化すように手を振ってから、
「―――や、やだなぁ高木さん。あくまで夢の中の話なんですよ?」
「・・・まあ、現実的に考えれば、その表現が似つかわしいんだろうな」
正直小鳥としては、話をしていて今の今まで、高木が一度も口を挟むことなく、真摯な様子で話に耳を傾けている姿が意外に思えた。
「あくまで私の主観なんだが・・・・・・眠る時に見る夢というのはえてして形がない。意味のない光景が続いたり、非現実的な幸福や残酷なものだったりする時もある」
黒い沼のようなコーヒーにミルクを注ぎ、一瞬だがそこに作られた螺旋に見入られた。白い糸のような道筋が見る見る内に溶けて、コーヒーの一部になっていく。
「でも、君の今の顔を見ながら話を聞いていると、何というか夢に聞こえないんだ。
真に迫っているというか、それこそ「もう一つの人生」を生きているみたいに感じるよ」

「あ、あははは・・・・・・」
―――現代の感覚に無理矢理当てはめると、「そう見えるのは少しマズいのでは」、と脳のちょっと
冷めた部分が警鐘を鳴らしていた。相手が鷹揚な高木だからいいようなものの、こっちでは尚更話す相手を選ばなければ。
もう一つの人生。目に見えて素晴らしかったりするものでもないけど、こっちの「音無小鳥」とは決して重ならない道を思う。
「・・・・・・しかし、そんな大分前からそのような不思議体験をしているとは思っていなかったよ。どうして急に話してくれる気になったんだい?」
「・・・・・・本当、どうしてでしょうねえ」
自分でも魔が差した、としか言いようがなかった。向こうでそれこそ九死に一生を得て、何か感じ入ることでもあったんだろうか―――
自分の心なのに、気づけばこっちでスルリとあの出来事をこぼしていたことが、信じられなかった。でも、あそこでメリルに茶飲み話として話していた時のような感覚ともかみ合わない。
76TOWもどきim@s異聞〜序章〜:2011/10/16(日) 19:56:40.22 ID:bmndDUy4
「・・・・・・こっちでも、誰かに知っていてほしいって、思ったからかも知れません」
窓際席のガラスに映る自分の姿を改めて眺めてみる。あのお団子から解放された髪が、解放されて白いブラウスの背中になびいている。
スカート丈だって、こけるような心配もない膝より少し位の長さ。
とりあえず、年相応の女の子の顔。まだまだ眼鏡も帽子も必要なんてなさそうな、駆け出しアイドルの顔。
ここでは激流のように目まぐるしい業界を、ふるい落とされぬよう駆け上がろうともがくことの、その息苦しさはやはりある。
でも、少なくともいつ何時命を失うかという心配なんて無用だ。
小鳥のように、何かの「逃げ道」を作って逃避しようなんて人は誰もいなかった、それでいて自分に出来ることをしようと必死だった。
そんな場合じゃなかった筈なのに、思えばその光景が途方もなく眩しくて、尊いもののように思えたのだろうか。
けどそんな鮮やかな思い出は、この世界で起こったことじゃない。文字通りだけど、今は小鳥の頭の中にしかないものだから。
「ちゃんと覚えていたいって思ったのかも知れません。こっちで誰かに『こういうこと』があったよ、って伝えて、
私以外にもあの世界のことを知ってる人がこっちにもいてくれれば・・・・・・勝手な話だけど、ちょっと安心するような気がして」
朝起きて出社して、みっしりと課せられたトレーニングに打ち込んで、スケジュールが空いていれば学校へ行って友達と歓談して。
―――夜寝る前になるまで、あの世界のことを思い出せない日もある、ということが急に怖くなった。忘れようとして忘れるんじゃなく、それこそ波にさらわれる位の呆気なさであの場所の思い出がかき消えてしまいそうな、そんな気配が。
「茶飲み話の種でもいいから、『そういえば前言ってた夢は最近どう?』とか、そういうこと言ってくれる人がいるって思えば。
少なくとも、本当に忘れる心配はないんじゃないかって」
そして、話す相手として思い浮かんだのは誰でもなく、目の前のこの人だった。
「・・・・・・おかしいでしょうか。別にあそこで、目に見えて特別嬉しいこととか幸せなことが起こった訳でもないのに」
「良いとか悪いでカテゴライズするような問題でも、ないような気もするがね」
思いの外サラリと返答してくる彼は、角砂糖をとぷん、とコーヒーに追加してから、
ティースプーンで水面をひっかき回す。節くれ立った指先とは裏腹の、仲々優雅な仕草だった。
「無理に意味を求めなくてもいいじゃないか。少なくとも私は嬉しいよ。もう一つの君の顔っていうものを知るっていう楽しみが増えて」
「・・・・・・楽しかったですか?」
目に見えて愉快な部分があったといえば、漆黒の翼やあの少年の無自覚の言の刃の件ぐらいしかなかった気がするが。
「というか、少しだけ羨ましいという気もするよ。誰だって、別の人生を歩んでいる自分を「想像」することは出来ても、
本当に体験するなんて普通は叶わないものさ」
「・・・・・・高木さんも、憧れたことがあったんですか?そういうこと」
様々な少女達をきらめくステージへと導き支えるその役割が、パズルのピースみたいにぴったりと当てはまるような人なのに。
成功しているいっぱしの「大人」としての、完成されたイメージしか思い浮かばなくても、
そんな十代の若者のような夢想をしてみることもあるのか。
「今の仕事は勿論やり甲斐を感じてはいるが、私だって人間だ。かつては銀河烈風隊局長になりたいといったような、
誇大妄想みたいな肩書きに憧れる時分もあったさ」
気のせいだろうか。そちらの方が小鳥の見ている夢よりももっとリアリティが高い気がしたが、敢えてツッコまずにおいた。
「だから、気が向いたら『次』の話も聞かせてもらえると、私としてもいい気分転換になるしね」
―――多分、八割方本気なんだろう。おべっかを使ってこういうことを言うほど甘い人じゃないこと位はわかっているつもりだ。
でも、あんな一大事みたいなのは多分、向こう側でも早々起こりはしない。彼が待ち望む『次』に、
メイドとしての仕事以外で語れることなどあるだろうか。
窓越しに、ビルとビルの間の狭い空に浮かぶ、心細げな真昼の月を見上げる。

今日も夜が来る。小鳥が、もう一人の「自分」が城のベッドで目を覚ます時間が。
77TOWもどきim@s異聞〜序章〜:2011/10/16(日) 20:03:37.16 ID:bmndDUy4
トントン、と肩を叩かれて、反射的に振り向けば頬に当たる人差し指の感触。
典型的過ぎて言葉もない。
「―――よ、お嬢ちゃん!あれから大丈夫だったか?」
―――洗濯物のシーツをいそいそと運んでいる小鳥に、日本でも久しく
お目にかかることがないレトロないたずらを仕掛けてきた当の本人は、年に似合わぬ
子供のような表情で片手を上げて挨拶してくる。
「あ、ナイレンさん!・・・・・・そ、その節はどうもお世話になりまして」
「あーいいっていいって。・・・・・・とりあえず、そんなにバリバリ仕事こなしてる位なら、
まあ大丈夫なことは大丈夫みてえだな」
心なしかホッと肩を撫で下ろす仕草は、鷹揚なようでその実真摯な感じがした。
こういう辺りが部下からの信望が強い所以なのかも知れない。
「あの、私よりもナイレンさん達の方がよっぽど大変そうに見えたんですけど・・・・・・他の騎士の方達は?」
「ああ。まああの後城に戻って治療受けたからな、みんなケロッと任務に戻ってるよ。
・・・・・・上からはこってり絞られたがな」
一瞬眉をひそめたのも束の間、「ああ・・・」とその理由に思い至った。確かに昨日の出来事は、向こうで言うなら現職刑事が連行中の
被疑者を取り逃がした、という失態でもあるのだ。
「まあ、いくつか公共物が壊れた以外に人的被害がないってことと、相手が魔術師連中だったってことで、
始末書程度で済んでるけどな」
と言う割に、キセルを加えているその顔は少々苦々しいものがある。頭の中で疑問符を浮かべていると、
隣で書類を運んでいた部下が口を挟んできた。
「本当、殿下が取りなしてくれて助かりましたよね。正直市街地で魔術師と乱戦なんて、
始末書どころじゃどっかに左遷かと―――」
「オイこら!」
騎士はその叱責及び、キョトンとした小鳥の様子に気づくと、失言でしたとばかりに口を押さえる。
(・・・電化?)
が、今の小鳥にとっては馴染みの薄い単語は、そんな風にしか変換出来ない。
そんな彼女の様子に気づいているのかいないのか、あからさまにゴホンと咳払いしてから、
「そ、そそそーだお嬢ちゃん!あのチビスケのことなんだけどよ、あれからどうした?」
「チビ・・・・・・って、あの子猫のことですか?」
持ち直していることは確認済みだが、それ以降はあの小さな法術師こと
ミント嬢―――というかメリル夫人預かりとなっているので、詳しくわからない。
「いい引き取り手が見つかるといいんですけどね・・・・・・」
「ま、悪い様にはしないと思うぜ。まあ俺が引き取ってやれるならやりたかったが・・・」
常日頃から通常の任務に加え、近々徴用される予定の軍用犬を世話しているナイレンである。彼に限らず、
何かと多忙な城勤めの人間にはプライベートで猫を飼う余裕があるとは思えない。すると、一瞬脳裏に閃くものがあった。自分よりも小さいその指先が放った矢の、玄人を思わせる程まっすぐな軌跡。
「・・・・・・あの時の男の子とかはどうなんでしょう?」
自分に対する悪気ないあの一言は置いておいて、二言三言話しただけだが幼いながらに誠実そうな人となりのような気がした。そんな気持ちでつい軽く提案してみる。
「あの時ちょっと話し込んでたみたいだし、お知り合い・・・・・・なんじゃないんですか?」
「あー、いやお知り合いっつーか・・・・・・」
気まずげに頬を掻きながら、妙に何かを言いあぐねているような彼らの様子に気づく。
明らかに、触れてほしくない部分に触れてしまったのだろうか―――その時、何気なく
脳裏を過ぎった思いつきをポロッと口にしてしまう。
「ひょっとして、ナイレン隊長のお子さんとか?」
刹那、がっくりと肩を外すそのコミカルなアクションで、かなり確信に近いものだったそれが外れだったことを悟った。
「・・・・・・あのな嬢ちゃん。俺としてもあっちにしてみても、それはちょっと笑えない想像なんだが」
「あ、す、すいません!・・・・・・年齢的にはピッタリかな、とか考えちゃって」
「・・・・・・そりゃ俺はトシもトシだが、カミさんもいた覚えもねえのにあんなデカイ子供は・・・・・・」
「・・・・・・重ね重ね申し訳ありません・・・・・・」
78TOWもどきim@s異聞〜序章〜:2011/10/16(日) 20:09:46.56 ID:bmndDUy4
流石に邪推し過ぎたか、とつい萎縮して頭を下げると、隣の騎士が茶化すように、
「まあ、隊長の場合普通の家庭から縁遠い感じはありますけど、うっかり一夜の過ちでってパターンなら有り得ますよね」
「てめぇ・・・・・・回復早々また医務室送りになりたいか?」
おどけててるのか本気なのか判断のつきにくい表情で、手甲に包まれた拳をアピールする上司に部下は苦笑いを返しつつ、
「ああ、そうだ。―――小鳥ちゃん」
「はい?」
「・・・・・・今後、万が一あの少年に会うようなことがあっても、迂闊に今言ったみたいなことはおいそれと口走らない方がいいよ」
唇こそつり上がってはいたけれど、諭して聞かせるその口調と目は真剣そのものだった。


(・・・・・・ああいう言い方をするってことは、やんごとない身分の人ってことなのかな)
濁すような言い方ではあったが、実際部下の言い方や、あの時の少年の纏っていた不躾だが「血統書付き」のような
洗練された印象。突拍子もないけど、不思議と確証があるような気がした。
夕食用のハーブをぶちぶちと菜園で摘み、あらかたのノルマを終えてからうーんと腕を伸ばす。想像通りなら、猫の世話なんて
ご近所さんのように頼める相手ではなさそうだ。
 ナイレンらにも言ったことではあるが、現在子猫はメリル夫人預かりとなっている。といっても今はスケジュールが少し
空いていて家で世話を出来る時間があるだけで、いつまでも飼っている訳にもいかないそうだ。

―――飼えるものなら飼いたいんだけどね。

あの日出会った子猫の恩人こと、驚くタイミングを掴みそこねたがメリルの一人娘であるミントというあの女の子とは、鍵を
渡して以降ロクに会話もしていない。母親の後ろ姿からこちらをオドオドと見つめてくる姿は、あの鉄火場へ飛び出していった時の勢いが
嘘みたいな程いたいけというか、頼りなさげだった。

―――ごめんね、人見知りする子だから・・・・・・

拒絶、という訳ではないにしても、何度笑顔で話しかけてみてもビクついた顔で後ずさりされ、傷つかなかったといえば若干嘘になる。
が、それは置いておいて、会う都度に少しばかり伝わってくる、物言いたげな視線が少し気にかかってもいた。
(・・・聞きたいことでもあるの?って言って答えてくれる訳でもなさそうだしなぁ)
向こうも同じという家族でもないけれど、自分も小さい頃はあんな感じだった気がする。大人達に話しかけられても、それが例え
気安い笑顔であれ降りかかる言葉が異国の言葉のように思えて、萎縮して母の後ろをくっついた頃。そう思うと、無闇に
距離を詰めようとするのは酷のようにも感じた。

カゴに置かれたハーブの数々を確認する。言い渡されたノルマとしては充分だろう、そう考えてよいしょ、とばかりに屈んでいた腰を上げる。
ハーブの数々を布袋に入れ、開け口の先端を絞り上げながら見上げた空はもう、儚い赤に揺らめいている。
(・・・・・・もうおじさんに報告出来ることなんてないかもなぁ)
けど、世の中そういうものかと身を翻した瞬間―――
鳥達のさえずりと擦れ合う葉が醸す自然の音に混じって、にぁ、と。
甘く頼りなげな鳴き声が微かに、しかしこちらの耳目掛けて飛び込んでくるような存在感を以て飛び込んできた。
「え?」
と、間の抜けた呟きと同時に、ハーブの詰まった布袋を茶色い「何か」が警戒する間もなくかっさらっていく。
シタッ、と俊敏かつ華麗に地に降り立ち、布袋を抱えたその姿を見て「あ」、と思う。
今は鮮血ではなく、土埃や葉っぱにまみれたふわふわの茶色い毛並み。萎れるように折れていたあの時とは違い、ピンと三角に立った両の耳。
直感に近いものが降って湧いた。あの子だ。
「ちょっ―――!」
その細い目はこちらを見据えたかと思うと、ハーブ袋をくわえたそのままで、ぷいっ、と鮮やかに小さな身を
翻して再び茂みの向こうへ消えていく。
「・・・・・・ま、待ちなさい!」
―――魚を取られるならいざ知らず、ハーブを取られるとはどうなんだと思いながら、猫の背を追いかけて駆けだしていく。
あの時の猫かどうかとかハーブのことを抜きにしても、向かった先は魔物も潜んでいることもある森林地帯だ。城下の街角とは訳が違う。
オタオタレベルの魔物であっても、自分とは違い子猫の体躯では万が一遭遇したらひとたまりもないだろう。
 
79TOWもどきim@s異聞〜序章〜:2011/10/16(日) 20:18:05.84 ID:bmndDUy4
乱雑に伸びた木々の間を文字通り潜り抜けるように、小さな背を見失わないよう追いかける。魔物の気配は窺えないが、
最近何かと走ってばかりいるな―――と、呑気に思う一方で、痛い位に伸ばした指先が、徐々に猫との距離を詰めていく。
木々の気配が段々と少なくなり、行く手に光が差す気配にも気づかぬまま、
「―――つかまえっ、たぁ!」
走りながらも一気に大股でジャンプして距離を詰めた後、一気に近づいた猫の体を強引に懐へ抱え込む。
尚暴れているが、猫及びハーブがとりあえず無事であることを確認して、胸を撫で下ろすと―――

目の前を、燃えているのか光っているのかわからない、小さな「色」が舞っていた。

「それ」が花びらと気づいて広がった視界で映るものを確認した瞬間―――
海以外にも空の色を映すものがある。その景色を見て小鳥が感じたのは正にそれだった。
向こうもこちらを覚えていたのか、一瞬意外そうな表情で、名残り惜しげになくなりそうなブルー、目にも鮮やかでありながらも
頼りなげに混ざり合う緋とピンクのグラデーションの更に下で、深く溶けそうな紫色が沈んでいる。
そして、目の前で広がっている花畑もまた、何の偶然かその複雑な空模様をはめ込んだように、どこか半端に融け合った水彩画の絵の具のような、
しかし不思議と目に心地よい彩りを放っていた。花々の輪郭に、うっすらと蛍火のような淡い光が宿っているようだった。
綺麗だと、その一言で済ませてしまうのは簡単かも知れない。ただ、一瞬猫を囲い込む両腕の力が緩まりそうになる程、その光景は鮮烈だった。

本当に唐突な思いつきだった。けれど一端思いついてしまった以上は、なかったことにする気にも出来なくて、何気なくキョロキョロと辺りを見回す。
人の気配はない。
「・・・・・・うん、よし!」
息を深く吸い込みながら、頭に手を伸ばし、纏め上げられていた髪が広がる。

「・・・・・・猫さん、どこー?」
ガサガサと、文字通り草の根を分けて捜索を開始してから、かれこれ一時間程だろうか。
家と今の場所との距離を考えると、門限もそろそろギリギリだ。父と母が心配するかも知れない。
―――来てほしかったようなほしくなかったような、「引き取り手」が名乗りを上げてきたのは今朝のことだった。
里心がつかないようにと名前をつけることも禁じられ、「猫さん」と呼び続けたあの子は、これから
よその家で暮らすようになって、きっと自分のことなんて忘れてしまうだろう。
ならせめて、お気に入りの「あの場所」へと連れて行く位はしてやりたかった。
―――いや、思い出がほしいのは、自分の方だったのだろうけど。
(猫さん、ごめんなさい)
目を離してしまったことは悔やんでも悔やみきれないが、とにかく今は捜すしかない。自分は『あそこ』まで
たどり着くまでの、魔物との遭遇を回避出来るルートを熟知しているが、あの子はそうじゃないのだから。
暗くなる空の向こう側で、夕陽を背負った城が見える。城の影が見えなくなったら、自分も帰り道を見失ってしまうけど―――と、思った時。
最早小さい尖塔のシルエットしか見えない城の向こう側に見出したのは、子猫と知り合った
あの日にお世話になった、母と『お友達』だという黒い髪の女の人の顔だった。
「・・・・・・あの人、元気かなぁ」
鍵をなくしたことに気づいた時には、本当に途方にくれた。
ミントの家は城下ではなく、城壁の外にポツンと立った一軒家だ。天文学者の父が「星を見る」為の絶好の
ポイントであるということから選んだ立地だが、「あの日」―――そんな我が家は折しも両親共に不在だった。
だからこそ、その時鍵はなくてはならない重要アイテムだった。
母曰く「対策」を施しているというだけあって、今まで家の近くで遭遇したことはないけれど、魔物だって生息している。
そんな状況下で家を開ける為の鍵を持たないということがどれ程心許ないか―――だから、あの騒動の後で
ハイ、と捜し求めていたものを手渡された時は、本当に安堵でくずおれた。
呪文から庇おうとしてくれたこともそうだったが、お礼はしっかり言わないと―――母に言い含められるまでもなく、
自分でわかっている筈なのに。
これまで何度顔を合わせても、ついつい尻込みしてしまう。
80TOWもどきim@s異聞〜序章〜:2011/10/16(日) 20:20:33.38 ID:bmndDUy4
「・・・鍵を拾ってくれて、ありがとうございました」
顔を合わせている時はどう絞り出そうとしても出せなかったのに、誰も見ていない今だけはひゅるりと声を出せる。
 父と母以外の大人が、「大きい人」が自分を見ていると思うと、背筋が強ばるのはどうしてなんだろう。あの女性も、
助けてくれた騎士の人達も、皆優しい人だということはわかるのに。
―――思考が横道に逸れていたことに気づき、慌てて首を振る。今はあの子を捜さなくては―――決意も新たに、
一歩大股で踏み出した時だった。
ヒュカッ、と乾いているが鋭い音が耳を打った。
「ひゃうっ!?」
反射的に肩を戦慄かせると同時に、背中がそっくり返って地面に尻餅をついてしまう。
鈍い痛みに涙目になっていると、ガサガサと近くの茂みを分けて現れる人影があった。
「・・・・・・大丈夫かい?―――と」
父を思わせるような穏やかな声音でこちらを出迎える、矢筒を背負ったその少年は見覚えのある顔だった。
あの慌ただしい状況下の中、自分達を助けた後で騎士達と気難しげな顔で話し込んでいた―――
「君は、あの時の―――」
「・・・・・・ええと、「デンカ」さん、ですか?」
記憶の中の呼称をそのまま口にしたら、一瞬だがその表情が鋭く強ばる。が、キョトンとしたミントの表情をしばし見つめてから苦笑混じりに、
「・・・・・・騎士の人達がそう呼んでいたからかい?」
「は、はい。お名前じゃないんですか?」
「あだ名のようなものだよ。私の名前はデンカじゃない、ウッドロウだ」
手を差し出してくる少年―――ウッドロウは、思いの外強い力で座り込んでいたミントを引き上げてくれた。
「驚かせて済まなかった。・・・・・・弓の丁度修練をしていたところだったんだ」
チラ、と視線を馳せた先には、何本もの矢が突き刺さった丸い的がぶら下がった木があった。
「ところで、君はどうしてこんな所に?・・・私も言えた義理ではないが、早く帰らないとご両親が心配する」
やんわりとした口調で諫めてくる彼に対し、ミントは本来の目的を思い出して、
「あ、あの―――」
猫さんを見ませんでしたか―――と、続けようとした彼女の声は、そこで途切れた。

自分の五感が感じ取ったその違和感を、彼女は一瞬気のせいかとも思った。
けれど数秒と経たないその内に、自分の直感が正しかったことを悟る。
半ば「庭」のように知り尽くしているこの森の中で、確かに今までの記憶にない何かが遠く、何処かから木霊していた。
むずがゆいような鳥や虫の鳴き声に、微かに混じるもの。
唐突に黙り込んでしまった彼女の様子を訝しみ、ウッドロウが視線を合わせるように屈み込み、
「どうかしたのか―――」
「何か、聞こえてきます」
彼女には珍しい、断定の響きを以て断言した時、その「音」―――いや、声は、彼女の言を証明するように、一層存在感を増して耳に飛び込んでくる。
「・・・・・・魔物の声、ではなさそうだね」
同じく声を感じ取ったのか、彼もまた目を閉ざし耳に手を当てて、森に染み渡る音に神経を研ぎ澄ましているようだった。
確かに、断片的にしか伝わってこないその声は、魔物の類がいなないている、というには殺気のような物騒な気配は感じられず、けれど耳の
入り口から体の中を真っ直ぐに駆け抜けていくその気配。
迷った後、子供達は示し合わせるまでもなく、好奇心に従って足を踏み出していた。

「声」のする方へと。



その声―――歌が、当初ミントの目指していた「お気に入りの場所」への道筋から響いてくることに
気づいたのは、途中からのことだった。
それ程盛大に絞り上げられている訳でもないのに、高く空へと突き抜けるその声の主は、彩り鮮やかな花畑の中でただ一人、光景に黒点を作るように立っている。
81TOWもどきim@s異聞〜序章〜:2011/10/16(日) 20:25:33.72 ID:bmndDUy4
その空と花々が織り成す夢のような絶景も、ミントが捜していた小さな友のことも、その時は頭から吹き飛んでいた。
少しばかり警戒して、自分を守るように前に立っていたウッドロウも、呆けたようなその顔が年相応にいたいけな感じに見えている。
もうすぐ全てが夜闇に沈もうとしている中で、「彼女」のシルエットは2人の視界にハッキリと映し出されていた。
お団子状態から解放され、深緑の木陰を思わせる豊かな黒髪が風になびき、幼い印象が強くなった横顔。真っ黒いメイド服の輪郭すら
夕闇に溶けることなく、どこかきらきらと小さな星の砂みたいに瞬いて見えて。
 そして何より、伴奏など一つとしてない中で、人の肉声がこんなにも素晴らしい楽器になるということを、初めて知った。
その声も、紡がれる言葉も、全てが今映っている世界の美しさを、飾ることなく素直に表している。
胸の内に、矛盾した2つの感情がせめぎ合っているようだった。眠れない夜、母が入れてくれたホットミルクを飲んだ時の凪いだような幸福感と、
父に手を連れられていった祭りに心を弾ませた高揚の感触。
 いつか使わなくなっていた、「もう少し」という言葉がまた口をついて出そうになっていた。子猫のことを惜しんだ時でさえ、
両親を困らせまいと決して使おうとしなかった言葉が。
横に並び立つ少年もまた、褐色の肌の上からはわかりにくいけれど、心なしかその横顔は上気していて、隣で握られた拳にも力がこもっているように見えた。
―――空がすっかり濃紺に塗りつぶされるまで、彼女の歌は2人をその場へ縫い止めていた。



―――何年ぶりだろうか。ステージでもカラオケボックスでもない、全くの無人の場所で、思い切り歌うなんて。
熱にうかされたように歌っている間、縁起でもない話だが走馬燈みたいに、「この世界」の思い出が鮮やかな彩りと共に、頭に映り込んでいた気がした。
それこそ、絶景への感動だけじゃなく思い出まで一緒に歌になったみたいに。
はぁ、と吸い込んだ息を吐き出し、ゆるゆると花畑に腰を下ろす。
(こっちじゃボイストレーニングもロクにしてない筈なのに)
掠れることも音程がズレることもなく、するすると声は歌を奏でてくれた。
足下でさっきの子猫が姿を消していることには一応気づいていたが、まあ問題はない。ハーブはしっかり確保している。
全き黒い夜空を眺めて思う。自分の記憶をカメラで写せたら、高木にもあの歌いだしたくなる位の美しさを、手土産に出来たかもしれないのに。

美しいもの。ストレートにそう言い表すしかないものが飛び込んできた時、躊躇うことなく歌い出した自分にも驚いたが―――
どうしてこの世界の自分は、今まで歌を「知らず」にいられたんだろう。向こうでの記憶があっても尚。一度声を張り上げたが最後、
歌は最早自分の四肢か五感のように切り離せないものになっていたのに。
世界と自分と歌しかないような、さっきまでのひと時の中で思い返すのは、「向こう」での母との思い出だった。

人目よりも、上手く歌えるかよりも、ただ母と一緒に歌うことが楽しみで、何よりの喜びだった記憶。
 アイドルでもないひとかどのメイドであっても、この世界の自分も歌えた。その事実に、遅ればせながら安堵して、喜んでいる自分に気づく。
もう、「向こう」の自分になる時は近づいている。やっぱり取り立てて「何か」が起こった訳でもなかったけれど。

(やっぱり、この世界は好きだと思います)

素晴らしい出会いがあった訳でもないけど、歌い終えた瞬間素直にそう思えた。
闇に沈み、少しばかり彩りの失せた花畑を見回し、
「時々は使わせてもらおっかな」
きっとこうなった以上、この世界でも自分はまた歌わずにはいられないだろう。ただ、それと人に見られることとはまた別だが。
アイドルを目指している身としては関心出来ないだろうが、やっぱり人目を意識しだすと恥ずかしさは拭えない。
パンパンとスカートの花びらを払って立ち上がり、何気なく横を向いた時―――
全身を嫌な意味での電撃が駆け抜けた。
82TOWもどきim@s異聞〜序章〜:2011/10/16(日) 20:29:28.21 ID:bmndDUy4
先程自分が飛び出してきた木々のすぐ傍だった。二対の、見覚えのある子供達の瞳が、これでもかという程見開かれて自分を見つめている。
見られていた、というか、聴かれていた。
歌い終わった瞬間に通りかかっただけなら、文字通りあんな別世界の人間でも眺めているような眼差しを向けたりしない。
雪の中に手を突っ込んだ時にも似た霜焼けみたいな熱が、頬のみならず耳まで駆け抜けていくのを感じる。
(―――いぃぃやぁぁぁ!?)
「あ、あのあの!違うの、これは!」
ブンブンと両手を盛大に振って、半べそ状態で必死に抗弁を試みる。視線に気づかずさっきまでの自分を思うと
盛大にケリを入れてやりたい気分に陥った。
曲がりなりにもアイドル活動中の向こう側でならまだしも、聖歌隊にも楽団にも入っていない一介のメイドがひとりきり―――しかもノリノリで
広い場所で歌っていたなんて光景は、無垢な子供らの瞳にどう映ったかと思うと恥ずかしさで゙死にそうだ。
「ま、魔が差したっていうか、今のは私であって私じゃなかったの!だからお願い、見なかったことに―――」
子供達の自分を見つめる表情にも気づく余裕などないまま、小鳥は羞恥のあまり更に言い募る。彼らとの間合いが、それこそ
自分との心の距離を表しているんじゃないかという自嘲めいた妄想にかられた時、返ってきたのは静かな声だった。
「・・・・・・見なかったことになんて、出来ません」
強い意志を以てきっぱりと告げてきた少年は、スッと歩み出て、こちらへ徐々に近づいてくる。その表情に、呆れや侮蔑の色はない。
「先日失礼なことを利いた口で今更何を、と思うかも知れません。けれど、あなたの歌は決して恥ずかしくなどない」
強い口調で告げてくる少年の顔は、それこそ小鳥がさっきまでの己を恥じるような言動を許さない、とほのめかすような真摯さを含んでいて。
たじろぐ彼女に追い打ちをかけるように、ポスン、とスカートの辺りに軽い感触があたる。
え、と思った時には、紅潮した顔でこちらを見上げる金髪の少女が、小鳥のスカートの裾を握りしめて畳みかけてくる。
「鍵、ありがとうございました!え、ええと、ぬすみぎき?とか、そういうつもりじゃなかったけど、でも」
「え、あ、あの」
人見知りを体現していた筈のあの子犬のような佇まいが消え失せたみたいに、少女はマシンガンの如き勢いで
小鳥のスカートの裾をしっかりと掴んで、畳みかけるように言葉を連ねてくる。
「あの、お歌、とってもとっても素敵で、聴いたことなくて、その、お名前」
「・・・え?」
―――聴いたことがなくて当たり前だ。この世界で歌といえば教会の賛美歌ぐらいなもので、向こう側ではありふれているとはいえ
さっきの歌はまさに「異世界の歌」なのだから。
そう思って、軽い気持ちで答えようとする。
「あの、あれは『花』、っていう歌なんだけど―――」
ブンブンと金色の髪を必死に振り乱して、否定の意を表する少女。
「―――違います!お歌のこともそうだけど、そうじゃなくて!」
その時、自分を見上げる少女の顔に、ふっと霞みたいな既視感が過ぎった。
歌っている母を、まばゆいものに触れているような気持ちで見上げた時の、幼かった自分の顔はきっとこんな風だったかも知れない。
「私、ミント・アドネードです!お姉さんのお名前、教えてください!」
さっきまでの情けなさにも似た羞恥は、その無垢な叫びでたちまち遠のいていく。だが、一拍置いた後に、また頬は熱くなる。
こちらを見つめる2人の目が、混じり気なしの輝きでこちらを見つめる姿に、狼狽しつつも確かに喜んでいる自分がいて、そのことに呆れてしまう。
面映ゆさの中で、一つ高木に報告出来ることが増えそうだと、思考の片隅でそんなことを思った。
―――それが、ほんのひと時の幸福な日々の始まりにして、やがて訪れる「喪失」へと踏み出していく一歩だなどとその時は知らずに。
小鳥は、笑って自分の名を告げた。
83TOWもどきim@s異聞〜序章〜:2011/10/16(日) 20:38:44.45 ID:bmndDUy4



―――積み上がったA4プリントの山をぼんやりと視認した時、ぼんやりとした思考の中で真っ先に思ったのは口元に
よだれでも垂れていないか、という懸案だった。
口で言うだけなら漫画みたいだけど、実際にやらかしてしまって手書き書類のインクを滲ませた時は、後輩事務員にしてアイドル候補生たる
少女の柳眉をこれでもかという位つり上がらせてしまったから。
何か、長い夢でも見ていたのだろうか。内容はそれこそ、霞がかったみたいに思い出せないけれど。
ポーチから取り出したコンパクトで、久々の徹夜明けで顔がどのような有様になっているかを恐る恐るチェックする。
肩で切り揃えた髪には多少の寝癖はついているが、手櫛でまだ何とかなるだろう。頭のヘアバンドにインカム、ついでに口元の黒子までもを
チェックしてから、ホッとため息をつく。とりあえず、人前に出られないような惨状ではない。
壁にかけられた時計を確認すると、もう間もなく皆の出社時刻だった。
「・・・・・・顔でも洗って、お化粧直ししとかないとね。・・・・・・あっ!亜美ちゃん達ったら、お菓子は家に持ち帰るように言ったのに・・・」
「未完の幼きビジュアルクイーン」の指定席となった来客用ソファ前のテーブルで、まだ中身のあるベックリマンチョコの
派手派手しい紙袋がが放られているのを見て顔をしかめる。
そして、ガムテ張りされた「765」の社名が影を作っている窓をガラガラと開け、朝の空気を思い切り吸い込む。いつから、と
決めた訳でもないけれど、徹夜明けにおける恒例の作業だった。
「・・・・・・さて、今日も一日頑張りますか」
あと少し経てば、今はだだっ広く錯覚してしまうオフィス内も、息つく間もない程騒がしくなるだろう。
 シャワー代わりに朝陽を浴びて、ひとしきりリフレッシュした後―――

透明度の低いガラスの向こうに、ゆら、とたなびく長い髪が見えた気がした。
「―――え?」
反射的に瞼を擦ってガラスを見直した時、当たり前だがそこには髪を短く切り揃えた自分の姿しか映ってはいない。「音無小鳥」の姿しか。
(・・・・・・伸ばさなくなって、どれ位経ったっけ)
アイドルを断念してからずっと、今の髪型を通していることに深い意味はない、と思う。ただ、ここへの就職を決意した時に、
『舞台裏』の人間にとっては長い髪よりこっちの方が融通が利く、と思っただけで―――
 ぼんやりとそんな風に考えていた時、デスクに置いた自分の携帯が軽やかに着信音をでる。
慌てて手に取ったそれの着信画面には、自分のかつてのプロデューサーにして現上司の名前。
「―――あ、もしもし社長ですか?珍しいですねこんな朝早くに―――」

そうして話し込んでいる内に、さっきまでのぼんやりとした逡巡は消え去り、たちまち事務員としての日常を取り戻していく。
ただ、差し込んでくる金色の朝陽が、不意に「あの子」の髪のようだ―――などと、一瞬過ぎった感想も、忙しさの中で存在ごと消えていき。

―――嘘のように突拍子ない光と緑の世界を。確かにあった筈のもう一つの思い出を、忘れたことすら忘れたまま、彼女は今日もアイドル達を笑顔で出迎える。

再び始まりの日がやって来る、その日まで。

(あとがき)
投下終了、レスの都合によりあとがきという名の言い訳も投稿させて頂きます。
一応次回からは時間軸が現在に戻りアイドル達も活躍する予定ですが、様々な方が言うようにテイルズサイドを知ってる人にとって
どういう感じになっているのかが気になってもいます。
TOWというお祭りの特性上、シリーズキャラも越境させて登場させてしまってますが、今のところテイルズファンの読者様は
いらっしゃらないようで、動かし方がこれでいいのかと試行錯誤する今日この頃でもあり……いっそ物は試しと別の投稿所とかで
挑戦してみようかと、魔が差した考えに襲われたりもしています。
84 ◆zQem3.9.vI :2011/10/16(日) 22:17:47.43 ID:bmndDUy4
・アイドルマスター×テイルズオブザワールド、文章型の架空戦記を目指しているつもり
・現段階では小鳥さん(時間軸的)に10代オンリー
・シリーズのサブキャラ並びに原作メインキャラの幼少(名前は直接は出てませんが)が登場
・後にアイドル総出演の予定
・苦手な方はスルー推奨

↑という注意書い兼前書きをうっかり忘れてしまっていました。
気分を害されてしまった方はすいません……
85メグレス ◆gjBWM0nMpY :2011/10/17(月) 00:41:57.88 ID:6rQtYW4E
>>55 綺麗と言ってもらえると嬉しいです。
無駄の無い文章を目指したつもりですが、ただの描写不足になってやしないかと不安だったもので。

>>58 笑顔で貯金箱を割る絵理を想像して和んだ。
半年後は尾崎さんが自分を模した貯金箱が割られるのを見てまた複雑な顔をするんだろーなー。

>>59 またビミョーに時事ネタですねー。
4月1日に結婚しましたとツイートしたあずささんの中の人を思い出して思わず目頭が熱く……
それにしてもこの二人解りやす過ぎである。

>>60 何気にジュピター物はこのスレで初めてかしら。
そらあんな二の腕と腹丸出しの衣装なら体調も崩すわな。(ナイトメアブラッドから目を逸らしながら)
そして多分冬馬は風邪ひかないような気がする。

>>61 感想ありがとうございます。
意地の悪い質問ですが、千早に対して「曲も歌詞も他人が作った物を自分の歌と言えるの?」
と言った時にどうするだろうかというのが結構前から頭の中にありまして……
それとは別に、歌を歌っていくのならいずれ自分で作りたいと言う欲求は出てくるだろうなとか
そういったものとタイトルとか曲の雰囲気とかと色々混ざり合って出来たのがコレです。
ちなみに原曲ttp://www.youtube.com/watch?v=cr-pNH9iaEA

>>83 少し上から目線になってしまうかもしれませんが、歌のシーンが出てきて、ああ、ようやくアイマスらしくなってきたなぁ。と思いました。
序章終わりとの事なので、これから誰が出てくるのかなと気にはなっている身としては続けて欲しいですね。
うまく感想を書けるかどうかはちと自信無いのですが。
なにぶんテイルズシリーズはPSで出た3つしかプレイしてないし、随分と昔で記憶もあやふやなもので。


そしてなんとなく浮かんだワンシーン。
小鳥「ホ、ホラ、私ユニコーンには会えないから……」
一同「……………………」
小鳥「スイマセン嘘つきました……」

ここから業務連絡ー。
>>73まで保管庫に収録しました。作者別のページも作成。
ところで、保管庫ってどのぐらいのペースで収録すればいいんだろう……
86創る名無しに見る名無し:2011/10/18(火) 20:12:53.79 ID:EVqB0LXw
1. 初恋ばれんたいん スペシャル
2. エーベルージュ
3. センチメンタルグラフティ2
4. ONE 〜輝く季節へ〜 茜 小説版、ドラマCDに登場する茜と詩子の幼馴染 城島司のSS
茜 小説版、ドラマCDに登場する茜と詩子の幼馴染 城島司を主人公にして、
中学生時代の里村茜、柚木詩子、南条先生を攻略する OR 城島司ルート、城島司 帰還END(茜以外の
他のヒロインEND後なら大丈夫なのに。)
5. Canvas 百合奈・瑠璃子先輩のSS
6. ファーランド サーガ1、ファーランド サーガ2
ファーランド シリーズ 歴代最高名作 RPG
7. MinDeaD BlooD 〜支配者の為の狂死曲〜
8. Phantom of Inferno
END.11 終わりなき悪夢(帰国end)後 玲二×美緒
9. 銀色-完全版-、朱
『銀色』『朱』に連なる 現代を 背景で 輪廻転生した久世がが通ってる学園に
ラッテが転校生,石切が先生である 石切×久世

SS予定は無いのでしょうか?
87創る名無しに見る名無し:2011/10/18(火) 20:59:30.43 ID:Ln3cc1I2
どこの誤爆か知らないけどエーベルージュって懐かしいなww
アンヘル族なアイドルとか面白そう。ちょうど金髪に翠眼てのもいるし。
88創る名無しに見る名無し:2011/10/18(火) 22:05:52.82 ID:R/sqRd+m
>>86は誤爆っつーか、SS関連のスレに時々現れるマルチ(notロボ)だかスクリプトなのよ
以前と少し内容変わってるみたいだけど。
89創る名無しに見る名無し:2011/10/18(火) 23:25:33.26 ID:Ln3cc1I2
それはそれはw
変わったこと考える人もいるみたいですね。しかも私が知ってる作品が大半ってことは同年代なのかな?
もうちょっとまともな事に労力を回せばいいのにとか思うんですが
90創る名無しに見る名無し:2011/10/19(水) 00:27:28.72 ID:M6MONhWU
【2次】ギャルゲーSS総合スレへようこそ【創作】
http://toki.2ch.net/test/read.cgi/gal/1298707927/101-200
91創る名無しに見る名無し:2011/10/19(水) 00:48:08.61 ID:L6mHoA4Q
つまり初代Pの葬式から始まるアイマス2……うんダメだこりゃ
「私は愛が人を殺すとは思いませんよ。だって、愛と言うのは誰かを心から信じ、許すことです。違いますか?」
絵理ちゃんのアガリ性対策になればと事務所の一角を借りてディスカッションをしている。
お題はサイネリアさんから直前にメールして貰った。今のところ、ディスカッションの勝率は半々。地力の差を考えるとせめて七割は勝って欲しいところだけど。
「その点は肯定?」
その言葉を受け、言葉を返す。
「それならば、簡単です。人を殺すのは『愛』ではなく、『独占欲』または『嫉妬心』です。共にあることが多いために間違えられますが、『愛』とその二つは必ずしも一つではありません。いかがですか?」
手加減はしない。練習にならないから。感情はなしに理論をぶつける。
「涼さんは、一つ失念してる?」
頷き、先を促す。
「確かにその定義ならば『愛』は『他人』を殺す事はない?
だけど、『人』は『他人』だけではない?」
しまったと顔に出してしまった。ディスカッションではリアクションも理論を正しく見せるポイントだ。
歌を上手く聴かせるためのダンスやヴィジュアルのように。
「そう、『愛』はその想いが故に『自分』を殺す?
あの人が幸せなら、と『自己』を消し、必要ならと与え『財産』を失う?
残るのは空っぽの『自分』。それは『愛』に殺されていると言える?」
二の句が告げない。
「……絵理の勝ちね」
ジャッジ役の尾崎さんが判定を下す。
「絵理は涼の意見を肯定した上で別の形の『愛は人を殺す』事を提示したのに対し、涼は否定出来なかった」
贔屓なしで絵理ちゃんの勝ちだ。僕相手なら意見を交わせる程度には慣れて来たかな。
「今度は愛辺りに相手をお願いしようかしら」
「愛ちゃん、ディスカッション苦手そうですけど?」
「強い弱いじゃなくて、感情相手に冷静なまま意見出来るようになって欲しいのよ……まだ遠いけどね」
なるほど、ディスカッションのルールを理解している僕じゃ駄目な訳か。
そういえば、今日は事務所が静かだと思ったら、愛ちゃんがいなかったのか。
愛ちゃんと絵理ちゃん……ディスカッションになるのかな?

絵理ちゃんと帰っていると絵理ちゃんの携帯が鳴った。
微かに聞こえた『先輩』と言う言葉から、相手がサイネリアさんであることが分かる。
絵理ちゃんは話を切り上げると、こちらを向いて言葉を発した。
「『愛』は、」
ディスカッションの反省をしながら帰るのは通例で絵理ちゃんが言えなかった事を聞く事が多い。
脈絡はないがそうなのかと思い耳を傾けた。
「『狂気』に変わる? 与え続けられる程人は強くない?」
肯定する必要さえなかったのか。落ち着けば変わった『ソレ』を『愛』と呼ぶかで勝負出きるけど。
「だから、答えて? 涼さんが好きなのは『愛』? それとも私?」
決定的なズレを感じた。そして感じた後では、間に合わない事にも気づいた。
上着をまくり、白い肌を晒した絵理ちゃん。そこには痛々しい痣があった。
「どうしたの?」
流れから愛ちゃんが原因なのは分かる。
だけど、その現実から逃げてる、どうしろと言うのだ?
二人が僕の事を好きだった、それは理解出来た。
なぜ、僕を取り合うのか、分からない。僕より格好いい人は沢山いるのに。
「涼さんを返してと、言われた? 少し家でお仕置きしてる。
愛が大切なら、来る?」
事態の把握に失敗した。状況が理解仕切れない。
「愛は狂気へ、それから凶器にもなる?
想いが強いから」
抱き付かれ、耳元で囁かれる。
「私の想いも負けてない?」
そう言った絵理ちゃんの瞳は、確かに狂気に染まっていた。
94創る名無しに見る名無し:2011/10/25(火) 00:30:49.29 ID:sxbiVuKt
アニメ11話、春香と千早が入ったスーパーでベン・トーの連中と遭遇してたらどうだろうとか言ってみる。
以下妄想。



「そうだ、お弁当コーナー行こうよ」
「え? でももう閉店間際よ?」
「だからだよ。お弁当は残しておけないから売れ残ったのは半額になるの。お買い得だよ」
「そう。じゃあ行ってみましょうか」

────そうして向かったお弁当コーナーは、戦場でした────

「え……何コレ……?」
「春香……流石にこれは……」
「ああ、お嬢ちゃん達は知らないのかい?」
「貴方は……」
「なぁに。名も無い狼の一人さ」
「狼……?」
────そうして、私達は『狼』と呼ばれる人たちのことを知ったのです────
春香は後に述懐する。
────あの時、私が千早ちゃんの様子に気づいていればあんな事にはならなかったのかもしれません────

そんな事があってから徐々に千早ちゃんの様子は変わっていきました。
仕事やレッスンは真面目にしてるし、何処がおかしいという訳でもありません。
ただ時々、闘気みたいなもの(自分で言っててもマンガみたいですが)を滲ませるようになりました。
そしてある日私は見てしまったのです。千早ちゃんがスーパーのビニール袋から半額シールの張られたお弁当を取り出す所を。

「千早ちゃん……それ……」
「ああ春香。バレちゃったわね」
「私達アイドルなんだよ!?」
「大丈夫よ。仕事の無い時しか行っていないから」
「ケガでもしたら」
「だから手じゃなく足を使うようにしているわ」
「ちゃんとお給料もらってるじゃない」
「春香。これは私のプライドの問題よ。ただの自己満足でしかないの」

────駄目だこいつ。早く何とかしないと────


ギャグ作品だと、千早って真面目さゆえに間違った方向にも全力疾走するよなーとか思ってたら浮かんできた。
以下さらに番外っぽいもの。


「まさか千早が狼になるとは思わなかったぞ」
「噂を聞いてると二つ名が付くのも時間の問題みたいだしね。それより響は大丈夫? 結構久しぶりみたいだけど」
「帰りを待ってるハム蔵達の事を思えばなんくるないさー。そういう真も怪我の心配とか大丈夫か? 格闘技は空手の黒帯取った所で止めたって聞いてるぞ」
「別に平気だよ。『空手は』初段っていうだけだから」
「成程。よーしそれじゃあ……」
「「行くとしますか」」
95創る名無しに見る名無し:2011/10/25(火) 17:31:08.68 ID:aUCmC6QR
>>92
「うわぁ〜ん!! 絵理さん、えぇぇぇりぃぃぃぃさぁぁぁぁんん!!!」
がっくんがっくんがっくんがっくん
「愛ちゃんやめて! 絵理ちゃんホントに死んじゃうから!」

・・・タイトルからこんなんしか思い浮かばんかった
961レスネタ 『curtain raiser』:2011/10/28(金) 22:02:08.77 ID:drnBpo9+
 暗い舞台に真上から、まばゆい光が降り注いだ。
 ざわ、とどよめく客席に、あれ誰だ、とか、えっまさか、みたいなひそひそ声が聞こえてくる。まずは静かに、お辞儀とともに一言。
「本日は星井美希のコンサートにお越しくださり、ありがとうございます」
 私の声には特徴がある。知ってる人なら間違えないくらい。案の定、気づいた人がいた。
「伊織ちゃん!」
「いーおりーん!」
 舞台上の正体を知った会場の空気が一変する。そこからゆっくり、十まで数えた。
 そろそろいいかなとあたりをつけて、マイクを構えて息を吸う。ゆっくりとした動きで指を開いた右手を、真上に向ける。
「さぁてっ!」
 しん。私の一喝で、観客が息を潜めた。
「美希のために来てくださったファンのみんなに……」
 五本指を右端の観客に移動。そこから呼吸に合わせて、反対端のファンまで順繰りにたぐりよせてゆく。本日お越しのお歴々、ってわけ。
「大事なお知らせがあります。一部音響設備の調整のため、ライブの開演を30分遅らせることになったの」
 ええっ、と今度はがっかりしたような声。
 本当は、機材ではない。トラブっていたのは、美希本人だった。
 ──39度超えてるじゃない!どうしてこんなになるまで黙ってるのよ!
 ──だって、ファンのみんながぁ。
 ──アンタが倒れちゃったらそのファンはもっとショックでしょうがっ。
 ──だって、だってー。
 あの時のMCが効いたらしい。コンサート直後からオファーが殺到し、美希は今日までほぼ休まず仕事をしていた。
 プロデューサーはずいぶんセーブさせようとしたそうだけれど、美希本人がやりたいと言って聞かなかったのだ。
「でもね、安心して。幸いこのマイクや、他の機材もいくつか生きてるから」
 今、美希は控え室で寝ている。というか、寝ろって命令してきた。
 毛布でぐるぐる巻きにして、エネルギーゼリーをくわえさせて、ついでに差し入れのおにぎりを持たせて、出番までに熱を下げろと言ってやったのだ。
「この水瀬伊織ちゃんが、世界一贅沢な前座をやってあげるからねっ!」
 どお、おっ。ファンの歓声は見えない音圧になって、私の立っているステージまで押し寄せてくる。
 ぞく、ぞくぞくっ。
 体の奥に震えが走る。
 『美希を見に来たんだから伊織なんか引っ込め』なんて言われたらどうしよう……ともちょっとだけ思ったけど、どうやら一安心。まだまだ美希には負けないでいられそう。
 怒涛のコールに圧し負けないよう、肺いっぱいに空気と気合を溜め込む。
「いい、アンタたち!開演までにちゃあんと会場あっためとかなかったら、美希ががっかりするかもよ?」
 言葉を切る度に、観客の声圧が上がってゆく。美希は、いいファンに恵まれてる。
「ぬっるいコールなんかしたら、あの子はステージだって寝ちゃうわよ!」
 私たちのため、なんて言葉通りの働きではなかったと、プロデューサーから聞いていた。あの時の美希は結局、決まった誰かじゃなく765プロ全体のために、キラキラ輝くステージを作り上げたのだ。
「美希がハジけられるように、いいわねみんな!」
 そんな子に全部やらせっぱなしじゃ、私の名前がすたるじゃない。
 だいたい、借りっ放しというのは性に合わないのだ。ここで勘定を御破算にして、明日から正々堂々と競い合うのが……ライバルだし、ともだちでしょ?
「さあ、お立ち合いよ!伝説の星井美希の!伝説のファーストソロコンサートの!これまた伝説の前座ショー!」
 割れんばかりの歓声の渦に、伴奏が飲み込まれてゆく。この熱気では無理もない、でもそれでいい。
「とくとその眼に!焼き付けなさぁいっ!」
 私の歌が、この渦を握っちゃえばいいんだからねっ!

 翌日は竜宮小町の収録があって、オフをとった美希がお礼と応援に顔を出してくれた。
「どうしてこんなになるまで黙ってるのーっ」
「うるさいわね、あんたと違って微熱の範囲内よ」
「デコちゃんが倒れちゃったらファンのみんながショックなんだよおっ」
「倒れてないし今からしっかり仕事してくるわよっ!」
 昨日のアレで風邪をうつされた。元気になった美希はここぞとばかり、うれしそうに攻め立てる。
「うふふぅ。ねーデコちゃん」
「デコってゆーな」
「ミキ、デコちゃんたちの前座やってこよっか?」
「〜〜〜〜っ!」

 ニヤニヤしながら見守るあずさと亜美の前で私は、さっき咥えさせられたエネルギーゼリーのパックを、美希に思いっきり投げつけた。



おわり
97創る名無しに見る名無し:2011/10/29(土) 07:44:01.15 ID:lSAi2d9S
デコちゃんもミキミキもかわいい
98『赤・青・緑』:2011/11/01(火) 02:28:05.75 ID:fqfbKJxP
「なきごえ・ほえる・たいあたり・とっしん?」
「確かにそんな感じかも」
ふと、僕らのイメージカラーの話をしていた時にそういえば、昔流行ったあのゲームの三色だねという流れになった。
で、今絵理ちゃんが言ったのは愛ちゃんがそのゲームに出てきたら使えそうなわざだ。
「ううーなんか馬鹿にされてる気がします」
うっ、見事にノーマルタイプのわざに偏っちゃったからなぁ。
「マシな方。涼さんは、がまん・こらえる・まもる・みずでっぽう」
「……うわぁ」
「いやまもるはおかしくない?」
「それを言ったら私のもほえるはおかしいですよ!」
「で、絵理ちゃんは?」
みずでっぽうに突っ込んだら負けるからとりあえず流そう。
「なみのり・からにこもる・でんじは・つるぎのまい?」
踊ってみても無駄、というか僕らに比べると強くないかな。
……あれ? このわざだと。
愛ちゃんが僕に勝って、僕が絵理ちゃんに勝って、絵理ちゃんが愛ちゃんに勝つ?
愛ちゃんのたいあたりは防ぎきれない。なみのりだけだとPPが足りない。威力差でごり押しの試合展開が見えた。
「やってみる?」
考えてるのがバレたのか声がかかる。って、うわパソコンで用意してある……というか、違法だよね?
しかも、絵は僕らのグラビアだし。


ちなみに絵理ちゃんに負けました。
つるぎのまいやからにこもるを使われるとは思わなかった……
逆に愛ちゃんにはがまんが決まって勝てた。現実も2ターン後に良いことあればいいけど……
なきごえを上げる愛ちゃんに『みずでっぽう』……いや、股の間がムズムズしちゃマズい。マニアックすぎるよ。
今は絵理ちゃん対愛ちゃんが対戦中。画面を見ると……
絵理ちゃん、なみのりしようよ。でんじはからのからにこもるとかしてないでさ!
愛ちゃんがかわいそうだよ!
991レスネタ『Allerseelen』:2011/11/02(水) 21:15:44.92 ID:Ccrfmnoo
「あら、教会ね」
「ほんとだ、たまに通る道だが、気づかなかったな。これは……へえ、カトリックの教会か、
あまり見ないよな」
「ふうん……ちょうどいいわ、寄っていきましょう」
「えっ?」
 収録帰りの道すがら、小さな教会を見つけた。伊織は手馴れた風に門をくぐり、前庭の
マリア像に一礼して聖堂へ入ってゆく。今の時間は人がいないようだが、俺も
見よう見まねで後ろをついていった。
「伊織、クリスチャンだったっけ?」
「違うわよ、知り合いには多いけどね」
 立派な木の扉を開け、また一礼。無人だが灯がともり、一種独特な雰囲気に呑まれた。
伊織は中央の祭壇に向かってすたすたと歩を進め、真ん中あたりの席に着く。隣に
腰掛けて見ていると、やがて低く指を組んで目を閉じた。
 要するにこの教会に、お祈りをするために立ち寄ったようだ。わけが解らないが止め立て
する状況ではないし、俺もここにいるとなんとなく清らかな気持ちになってくる。同じように
手を合わせて目をつぶり、少し考えて765プロの繁栄とアイドルたちの成功を祈った。
「ありがと、もういいわ」
 数十秒ほどだろうか。伊織の用がすんだようだ。ゆっくり立ち上がる彼女に問いかけた。
「なあ伊織。今のは?」
「今日は11月2日よね。カトリックでは『万霊節』って言うの」
「『万聖節』なら聞いたことがあるぞ。ハロウィンのことだよな」
「ちょっと違うわね、まあ私もたまたま知ってるだけだけど」
 伊織によると、万聖節は全世界の聖者のための日だそうだ。過去と未来の全ての聖人の
記念日。
「信教のために人生を捧げた人たちのために、信者が祈りを捧げる日なの。まあ、
キリスト教って1年中なにかしらの記念日で、そのたびにミサをしてるみたいだけどね」
「はは、それが仕事だもんな」
「英語では『オール・ハロウズ』、全ての聖なる者の日っていうわけ。ハロウィンは、その
イヴのことよ」
「ハロウズ・イヴって意味だったのか。それで、『万霊節』は?」
「万聖節の翌日、今日。この日は全ての死者のために祈りを捧げる日なのよね」
「全ての死者……ね」
「生きてる人たちが死んだ人たちのために祈ると、その人たちが天国で救われる日が早く
なるんですって」
 思えば今年は、ずいぶん人が死んだ。よき者もそうとはゆかぬ者も、日本でも世界でも。
生きるものはいつか死ぬとは言え、これを実感させられた年であったとも言える。
「今朝出がけに、パパが教会に寄るって言ってたの。あの人も信心深い方ではないけど、
さすがに今年は神様に注文つけたかったみたいね」

 あ、と思った。伊織の父親と、その無二の親友のことを。

「なんだよ、ずるいぞ伊織、先に言ってくれよ」
「あんたのことだから『宝くじが当たりますように』とかお願いしてたんじゃないの?にひひっ」
「失礼な。あたらずとも遠からずくらいにはなってたさ」
「どうだか」
「ま、確かに祈り足りなかった。ちょっと待っててくれ、追加で『そっちの事務所に合流する
のはだいぶ先になると思うから、スカウトはほどほどにしておいてください』って言ってくる」
「……頼むわね」
 ドアをくぐる伊織を背中で見送り、もう一度中央の祭壇に目をやった。大きな十字架に、
神の御使いどのがよりそっている。
 今開いた戸口から、庭の金木犀が強く香る。
 伊織の父の親友、伊織をこの世界へ導いてくれた人物、俺をこの事務所へ迎えてくれた人物。
 もう一度、指を合わせて目を閉じて、彼と全ての死者たちの幸せを、俺は改めて祈った。



おわり
100創る名無しに見る名無し:2011/11/08(火) 13:37:28.86 ID:pQ0LkLjy
>>99
社長…(涙)
作中で何気に言ってるけど、「ずいぶん」というのはもしや現実の春先に起こったあの震災のこともあるんでしょうかね?
101創る名無しに見る名無し:2011/11/08(火) 20:41:29.27 ID:1C+QEDvt
>>98
ハイパーボイスがない愛ちゃんとちょうのまいがない涼ちんなんて…
102Wing gainer(1/2):2011/11/09(水) 08:43:47.81 ID:5v9sTGCf
 コツはいくつかある。あるが、全てエッセンスは同じだ。「少し不安になる
くらい」、それが最大のポイント。
 少し不安になるくらい、中火の上に置き放って。
 少し不安になるくらい、たっぷりの油をなじませて。
 少し不安になるくらい、粉を溶かした水を回して。
 そして少し不安になるくらい、のんびりじっくりと蒸し焼きにするのだ。
 黒い鍋肌に白い膜ができ、それがふつふつと泡を出し、やがて茶色く
焦げてゆく。
 薄く見えるが小麦粉の皮は意外と頑丈だ。まして焼き固めるにつれ
丈夫になってゆく皮膜は、内側の具をほどよく煮込むまで充分な時間を
必要とする。家庭用コンロの中火は見た目以上に熱量が少なく、フライパンは
テフロン製、それに油をたんと含ませれば、昔の鉄鍋とは違ってそうそう
焦げ付くことはない。
 そんな御託を並べているうちに、旨そうな餃子が焼き上がった。軽く返して、
焦げた面を上にして皿に並べる。
「ほい、お待たせ」
「わ、おいしそう」
「これは美しいですね」
「貴音の大手柄だな」
 貴音の働きによる中華レストランチェーンのCM撮影、今日はその帰りに
生の餃子を山ほど土産にいただいた。
 そこで事務所に居合わせた皆で食べようと、給茶室の小さなコンロが
大活躍していたところなのである。
「撮影時の表情ばかりでなく先方の社長さんと話している間も餃子の
皿から目を離さなかったんだ、評判がよければ次も、と約束までもらった」
「プロデューサー、そのような仰り様ではわたくしが常に空腹であるやに
聞こえます」
「あ、ああすまん。ディレクターも褒めてたもんだから、つい」
「うっうー!プロデューサー、ほんとのラーメン屋さんみたいです!」
 料理のほうはどうやら及第点、アイドルたちにも好評のようだ。
「ふぁ、おコゲのところ、おいしいです!うちでお魚焦がしちゃったりすると
大ショックなのに」
「魚の皮と餃子の皮じゃ違うだろ。お好み焼きだって少し焦げてるくらいが
うまいよな」
「これ、『羽』って言うんですよね。やよい、これなんかチョウチョみたいだよ、
チョウチョ」
「おいおい、食い物で遊んでくれるな」
 春香が楽しそうに箸でふるふると揺らすのを、さすがにたしなめた。
収録でもあるまいし職業病が過ぎるとは思うが、こういうのをこころよく
思わない視聴者も多い。
「どうせならお前たちが飛び立てるような羽を生やしてやりたいところ
だけどな、プロデューサーとしては」
「餃子の羽を?」
「わはは」
 ド直球の返しに思わず頬が緩む。
「ほら、今の餃子もじっくりじっくり、時間をかけて焼きあがったろ?説明書にも
あるように、なんならレンジでチンでもおいしく出来上がる筈だよな」
 春香の箸につままれたままの一包を指差し、続けた。
「そこを中火でゆっくり焼くことで、油が回り、香ばしい焦げ目ができて、見事な
羽を生み出した。おんなじように、お前たちをじっくりプロデュースすれば
きっと素敵な羽根ではばたいてくれるんじゃないか、ってな」
103Wing gainer(2/2):2011/11/09(水) 08:44:35.32 ID:5v9sTGCf
「へー、なるほど。あむ」
 しばらく手元を見つめ、やがて春香は一口で頬張った。さくさくと小気味よい
音、それから幸せそうな鼻声が聞こえる。
「じゃあ、プロデューサーさん」
 ふうとひと息ついて、彼女が俺に微笑んだ。
「私たちのこともしっかりお料理、してくださいねっ」
「あ、あっ、じゃあわたしも、お料理してくださいっ!」
「わたくしからも、ぜひとも美味にお頼み申し上げます」
 見目麗しいだけでなく、口も胃袋も達者な姫君たちは、大皿に盛った餃子を
どんどん平らげてゆく。それはもちろん構わないが俺もいささか空腹だし、
このままでは出来ばえの確認すら危うい。何はともあれ箸でひとつ取り上げた。
「どれ、俺もひとつ」
「あれっ?プロデューサーさんまだ食べてなかったんですか?すみません」
「いいんだよ、お前たちの分だし。ただ作り手としてちょっと味見をね」
 醤油を慎重にひとたらし、まだ熱いだろうがそんなものにはかまわずに、
大きく口を開けてがぶりと頬張った。
「んぐ……」

 焼き固めた皮と周囲に広がる羽が、さくり。
 蒸し煮にされていた肉と野菜から汁が、じわり。
 噛みしめるたびに旨味の湯気が喉から鼻腔に、ふわり。

「ふぅ。我ながらいい出来だ」
 喉を通って溶け落ちるまでの道行きにすら味を感じる濃厚な滋味。しょせん
チェーン店と侮っていたが、これはこれなりによくできている。
 時間に追われるあまり、実は久しぶりのあたたかい食事であった。自然と
二つ目に箸を伸ばしたその時、ふと気づいたのは俺を見つめるみんなの瞳。
「……ナンスカ?」
「プロデューサーさんって……すっごいおいしそうに食べますね」
「はわぁ、なんかわたし、お夕飯も餃子にしたくなりましたぁ」
「わたくしのレポート技術はまだまだでした。今の表情、勉強いたします」
 自分で焼いた食い物に、どうやらとてつもなく気の抜けた顔をしていたようだ。
「えーっと、俺そんなに腹ペコの子供だった?いま」
「はっきり言って、見とれちゃいました」
 一瞬で耳が熱くなる。それこそ、焼きたての餃子のように。
「ま……ま、まー、アレだな!お、俺の育成テクニックはそのくらいスゴイ
ってことだ。相手が餃子だろうがアイドルだろうがな!」
「えええ?私たちって、ほんとに餃子と一緒のテクニックでプロデュース
されてるんですかぁ?」
「さっきも言ったろ?基本は一緒なんだよ。まず今はじっくり育っていけ」
 かくして。
「いつかお前たちにもいい羽がはえたら、俺が美味しく味わってやるからな!」
「……」
「……あれっ?」
「……ぷっ」
 かくしてうろたえた俺が、なかばやけくそで言い放った言葉は……。
 プロデューサーさんのえっちーっ、という大合唱で跳ね返されたのであった。



おわり
104 ◆zQem3.9.vI :2011/11/12(土) 11:10:47.60 ID:PbZ+RX0H
>>102
ガチで餃子食べたくなってきました…(じゅる)後餃子の羽云々を二十ン年生きてきて
初めて知った私はアレでしょうか?

気分としては架空戦記とノベマスが合体したような感じで、
・テイルズオブザワールド×アイドルマスターのクロスオーバー
・響・貴音・ジュピターが961プロ在籍、でもプライベートでは765とも仲良し
・有能だけど空回ってる黒井社長
・前回とは違いテイルズ勢の出番まだナシ。

以上の条件に拒否反応がありましたらスルーして下さい。
 
105TOWもどきim@s異聞 1:2011/11/12(土) 11:13:40.72 ID:PbZ+RX0H

 見上げていると呼吸が詰まりそうな鈍く重苦しい空模様から、針のように細く鋭い雨が容赦なく地上に降り注いでくる。
あまりの勢いに、窓にガムテープ張りされた社名もペラリと剥がれそうだった。 
ソファへと座った天海春香は、ともすれば猫背になりそうな背筋をピンと伸ばしながら、一台の携帯を親の仇の如く睨みつけ―――

―――ぱか。パタン。ぱか。ぱたん。

液晶に映った人名に目を通し、その度にため息混じりに再び閉じる。
ため息の数だけ幸せが逃げるぞー、などと、オーディションの失敗をちょっとおどけながら励ましてくれた
プロデューサーの言葉が鮮やかに蘇る。
あの時は容赦なく『おじさん臭いですよー』なんて茶化していられたが、実際ため息を繰り返すその都度に、風船から抜ける空気みたいに
エネルギーがどこかへ逃げていくような心地がした。
・・・・・・ため息を止める方法なんてわかっている。問題の原因も自分にある。

「―――だーっ!鬱陶しいからやめなさいっつの!」

怒髪天、という言葉が似つかわしかった。紅茶色の髪の先端が蛇みたいにうねりを見せているような錯覚を覚える程の凄まじい怒気。
水瀬伊織が令嬢らしからぬ大股で歩み寄り、柳眉をつり上がらせてにじり寄ってきていた。
「そういうのは一人の時にやりなさいよ!ただでさえこのクソ重い雨で気分晴れないのに、何なのよさっきから!」
「・・・・・・あ、ごめん伊織。いたんだ」

偽らざる本音をポロッとこぼしてしまった時―――あ、マズイ。と、頭のどこかが警鐘を鳴らした。
「・・・・・・へえぇぇぇ。彼氏からのメール返信待ちみたいな散っ々人を苛つかせるようなパフォーマンスしてるような脳内花畑の乙女には、私のことなんて
ハナから眼中になかった訳ね」
「か、彼氏!?伊織ったら何言ってるのやだなぁ、プロデューサーさんはまだそんなんじゃ」
「誰がいつアイツの話を持ち出したのよそれに『まだ』って何!?・・・・・・って違う。
・・・・・・あんた、これ以上ふざけるようなら」
「―――い、伊織ちゃん!?どーどー!」
給湯室でいそいそとお茶を入れていた音無小鳥が、煮えたぎったマグマにも似たオーラを纏い春香へと迫らんとしていた伊織を
後ろから羽交い締めにして取り押さえる。
「止めないでよ小鳥!この色ボケは多少キツめでも一撃喰らわせてやらないと延々このままになるわよ!」
このまま行けば伊織ちゃんパンチの一発でもお見舞いされるのは確定的に明らかな勢いだった。小鳥に牽制されながらも着実に
こちらに迫りつつある伊織に対し春香は苦し紛れに、
「だだだだからゴメンてば伊織!・・・・・・あーそうだ!今度のオフにやよいと一緒に雑貨屋さん巡りに行く約束してたんだけど、空いてたら一緒にどう!?」
起死回生、という心地で繰り出した切り札は、思いの外効果覿面だったらしい。ピタリ、と面白い位に暴れ出す手前だったそのモーションはストップした。
神様のの様よりもやよい様である。こと伊織に関しては。
「・・・・・・フ、フン。まあいいわ。・・・・・・私抜きで勝手に約束なんてしてたのはちょっといただけないけどね」
このところ事務所で顔を合わせる時間帯が重なっていなかったかもな、と今更ながらに思い出す。
根は寂しがり屋な伊織だ。何だったら一昔前の漫画みたく、当日になったら体調不良の一つでも装って二人きりにしてあげた方がいいかな、などとにべもないことを考える。
「まあそれはさておいて。・・・・・・アイツもそろそろ営業から帰って来るだろうし、メールが遅い位長い目で見てやりなさいよ?」
「へ?・・・・・・ああ」
ついつい苦笑いしてしまう。成る程、事務所メンバーの中で一番『彼』とのメールのやりとりが頻繁なのは自分だ。パカパカ携帯を開いていたら、
自然と『そっち』を連想するのは致し方ないのだろうけど。
「・・・・・・あのね・・・・・・」
106TOWもどきim@s異聞 2:2011/11/12(土) 11:16:23.79 ID:PbZ+RX0H
『で、俺にどうしろと?』
前方のフロントガラス及び、ハンドルに注意を払ったまま左手が高速とも呼べる動きで液晶に文字を踊らせる。返信。
やれやれと携帯を再び懐に仕舞おうとした矢先に再びブブブ・・・と鈍い震動がした。
『あんた今千早と営業中でしょ?ならそれとなく探りの一つでも入れられない?』
あの十数秒の間でよくもこれだけの文字を打ち込めたものだ。呆れながら感心しつつも、後部座席で座り込んでいる
如月千早の気難しげな顔をバックミラーで確認した。
『伊織が友達想いなのはよくわかったが、俺があれこれクチバシ挟まなくても解決するだろ。だって春香と千早だぞ?』
送信。するとまた殆ど間を置かないハイスピードのレスポンス。
『今の春香見てないからそんな台詞言えんのよ!「今度こそ嫌われたかなー」とか「このままだったらどうしよー」とか。
一旦口にしだしたらもうウザいの何のって。頭の横にリボンじゃなくて
キノコが生えててもおかしくなさそうだったわ!』
間断なく左右に動いているワイパーはともすればその内すっぽ抜けるのではという危惧すら
抱かせるせわしなさで、何処となく携帯の向こうの伊織の様子を連想させる。
元々は深窓の令嬢だったとはいえ、多少業界の波に揉まれて辛抱強さもついてきた(筈)の
彼女をしてここまで言わしめるのだから、恐らく相当な落ち込み様らしかった。
「・・・プロデューサー、さっきからどうしたんですか?頻繁にメールを打ってらっしゃるようですけれど」
「ああ、すまん。うるさかったか?」
「いえ、この雨に比べたら些細なものですけど」
うるさいことは取り立てて否定しないのが千早らしい。
「渋滞してるといっても、あまり気を取られすぎないで下さいね。運転中なんですから・・・」
シートベルトをしっかり装着しつつも、体をだらしなく背もたれに預けることなく、
ピンと背筋を正している凛とした佇まい。

 別段いつもと変わらない。春香がそこまで沈んでいるなら、千早の方ももっとテンションに変化が現れている筈なのだが、と確信に近い形で思っている。
『で、その様子じゃ原因は春香の方にあるっぽいみたいな感じだけど、詳しい話は聞いたのか?』
『知らないわよ。それ以上のことツッコもうとするとますます勝手に沈んでうざったくなるんだもの、追求は諦めたわ』

・・・・・・何か、自分と喧嘩した時とかはそこまで沈まなかったような気がするんだがその事実に微妙な感傷を抱いてしまうのは筋違いだろうか。
しかし、春香本人が「自分に原因がある」と思っているなら問題はない気がする。前は双方譲らない緊迫した膠着状態の末、周りが仲裁に入らねばならなかったということもあったが、
彼女の方から折れれば話は丸く収まるだろう。心底から謝ればそれに応えないほど千早は意固地ではない―――と思う。

(・・・・・・春香の方に軽く発破でもかけてやるか)
嘆息と共に、アドレス帳の一番上にある当の本人宛てに激励メールでも送ろうとした時―――

―――だんっ、だんっ!

「おーい、千早、プロデューサーッ!」
「っんなっ!?」
サイドガラスを勢いよく叩き、響いてくる威勢のいい声には覚えがあった。
ニカッ、とこぼれるような笑顔をたたえ、雨粒に塗れた窓の向こうで一人の少女が声高に存在を主張していた。
「が、我那覇さん?」
面食らいながらも慌てて窓を開ける千早に対し、この雨模様にも関わらず太陽を背負っていそうな程エネルギッシュなその少女―――961プロ擁する
プロジェクトフェアリーの一員、我那覇響がアクアマリンの傘を片手に立っていた。歩道からガードレールへと乗り出して。
「もー、さっきから呼びかけてるのに全然気づいてくれなくて、自分寂しかったぞ?」
「あ、そうだったのかスマ―――って違う!なに考えてんだ、ここ車道だぞ!?」
「ハム蔵を捜してここまで来たんだけど、ここら辺で見てないか?」
「い、いえ。・・・というか、見かける方が大変な気がするんだけど」
何せ掌ほどのサイズしかないハムスターだ。万が一にでも車道に出ていたらただじゃ済まないという危惧もあるが、あれで響のペットらは賢いのでこんな危険な
場所へ飛び出すような愚は犯さない気がする。
「・・・・・・えと、悪い。すまんが今回は捜すのつき合ってやれる時間がないんだが」
「べ、別に手伝ってもらおうとしてた訳じゃないぞー!それじゃ自分、いつもペット達捜す為じゃなきゃ声かけちゃいけないみたいじゃないか!」
「いや、そういう理由じゃなくてだな・・・」
チラチラと窓の外を窺ってみる。しかし、懸念していた『影』は一応気配を見せることはない。思わず胸を撫で下ろした時―――
107TOWもどきim@s異聞 2:2011/11/12(土) 11:21:15.58 ID:PbZ+RX0H



「うぉいこら!そこの凡骨プロデューサーめ、また私のフェアリーちゃんにちょっかいかけよってからに!」

―――巻き舌気味に因縁をふっかけてくる罵声に、がっくりうなだれフロントガラスに頭をぶつけた。彼女とかち合った時というのは、大
抵『アレ』もおまけというか金魚のフンよろしくついてくるのだから頭が痛い。
後部座席の千早も、あからさまに『面倒くさいのが来た』と言わんばかりの諦めの境地に至った表情で、ズカズカと車へ
近づいてくる人物に軽く会釈する。
「く、黒井社長。奇遇ですね・・・」
「そこから離れなさい響ちゃん!早く避難しないと、この陰湿な凡骨プロデューサーは響ちゃんが素直なのをいいことに挨拶代わりの
πタッチでも仕掛けかねない!」
恐ろしく人聞きの悪い台詞と共にツカツカと歩み寄ってくるのは、件の961プロ社長にしてテラコヤ・・・とにかく黒井崇男だった。
「あ、やっほー社長!いぬ美の方は見つかったのか?」
「ああ、マンションの方の管理人さんに頼んで部屋に送ってもらってって違う!いい加減765のアホ共と馴れ合うなと何度言えば・・・…!」
「あ、そうそう千早!この前借りたCDありがとなー!新しい振り付けの参考に出来そうだぞ!」
「そ、そう?私はダンスについてはまだ真や我那覇さんには及ばないから不安だったけど・・・参考になったなら何よりだわ」
―――頭をかきむしる黒社長を脇に追いやって、和やかに会話を続ける(名目上は)ライバル同士のアイドル二人。
雄叫びを上げながら765(こちら)側への罵詈雑言を繰り出している社長に、忠告ついでに声をかけてやる。
「えーと黒井社長。そこまで大声張り上げると近所迷惑ですよ?ここ、一応公道ですから」
「・・・…はっ。き、貴様に言われる筋合いではないわ!」
ようやくマトモに相手をしてもらえそうな人に声をかけてもらえた嬉しさ故なのだろうか。怒っているような口調ながらも、
ちょっとだけ語尾が跳ね上がっている気がした。
(・・・・・・うん。この人はライバル事務所の社長、ライバル事務所の・・・・・・)
自分の胸に言い聞かせておく。この愉快なやり取りの中では忘れそうになるが、彼はプロジェクトフェアリーのみならず、
つい最近『ジュピター』なる男性アイドルユニットをも発表した歴としたやり手だ。やり手・・・・・・の筈。
もうアイドル達当人にとっては、オーディションの場所以外では宿敵同士だなどという設定は忘れ去られているに等しいようだが。
「あのー、ところで傘もさしてないみたいですけど大丈夫なんですか?風邪引きますよ」
「はっ!それこそ杞憂というもの。水も滴る何とやらというだろう、高木のような半隠居状態の老骨とは違うのだ、
この程度で風邪を引いたりは―――」
「あれ、社長ー?さっき『はっ!いかん降りが酷くなってきたぞこれを使いなさい響ちゃん!昨今の風邪は侮れん!』って
この傘渡してくれたの社長じゃ―――むぐっ」
「いいから帰るぞ響ちゃん!こんな男にいつまでもつき合ってたら、その内何処ぞの崖下へプチ遭難させられ動物番組の
司会を下ろされるという画策に陥れられかねん!」
・・・・・・何だろう、和む気持ちと『あんたが言うな』という気持ちとがせめぎ合っているような気がする。
黒井社長に強引に手を引かれてながらも、挨拶代わりに傘をブンブン振り回していた響が、そこで不意に何かを思い出したかのように、

「あ、そーだ千早ー!そろそろ春香のこと許してやれよー!?どんな頭にされたかは知らないけどさー、随分へこんでたぞー!」

思いがけない一言に、「え」と間抜けな呟きが唇からこぼれた。同時に、反射的に後ろの千早に視線を向けると、自分と似たような感じでその鋭い印象の瞳を見開いている。
 

・・・・・・とりあえず、あの発言を耳にして尚知らんぷりを決め込むのも不自然だ。一応何も知らないことにして、千早に確認を取ってみる。
「・・・・・・春香と何かあったのか?」
ここで『喧嘩の原因はそれか?』などと尋ねる失敗は犯さない。そもそも伊織の言う『仲違い』の前後の事情がわからないという点では、状況を把握しておく必要があるだろう。

「・・・・・・春香、ひょっとしてまだ気にしてたのかしら?」
おや、と軽く目を瞬かせる。伊織の言ったように怒っているというなら、多少眉をしかめるものかと思っていたが、むしろ千早の反応は思いも寄らないことを聞いた、
と言わんばかりにキョトンとしたものだった。
多少新鮮なその反応に幼さを見出しつつも、とりあえず躊躇いがちに続きを促してみる。
すると彼女は言い渋ることもなく、思い当たるという『心当たり』について語ってくれた。
108TOWもどきim@s異聞 4:2011/11/12(土) 11:29:12.00 ID:PbZ+RX0H
↑ 3でした。

「その・・・・・・三日前に少しうたた寝している間に少し、髪型をいじられたことがあって、その時少しばかり強い口調で叱責してしまったんです」
「・・・・・・アフロかドレッドにでもされたのか?」
「いえ、そういうものではなく・・・・・・まあ、ヘアカタログの雑誌とかに載ってる流行りもののような感じでしたね」
ふーん、と相づちを打って、その時―――斜め上ほどに視線を馳せて、回想しているようなその仕草にピンと来た。
それはやよいが、通りがかった八百屋で半額セールス品として陳列されたもやしを見たそれにも似た。
「・・・・・・千早個人としては満更でもない感じだったのか?」
「なっ・・・・・・!」
どうやら図星だったらしい。目を見開いてこちらを見やった後、「くっ」といつものように口惜しげに顔を逸らした。
「何だ。額に肉と書かれたんだったらまだしも、それほど悪くない髪型にされたんだったらそんなに怒らなくても良かったんじゃないのか?」
むしろ仕事以外で、『着飾る』ということに対しあまり関心のないようだった千早の、年相応の少女らしい一面が見えて少し安心する。
「・・・・・・目が覚めた時、携帯で写真まで撮られてたんですよ?私がどう思うかというよりも、やはり一言言っておかないと」
「なら、充分反省してるみたいだしそろそろ許してやれば?」
「・・・・・・あの、その話なんですけど」
千早は改まった様子で居住まいを正すと、キッパリとした様子で告げてくる。
「許すも何も、私としては春香に一言言ってもう終わったつもりでいたんですけど」
「・・・・・・は!?」
思わず裏返ったような声で反復する。何の気負いもなく告げた千早の表情はそれこそ「何を今更」といった戸惑いの部分が多く滲んでいて、
少なくとも嘘をついたりしているようには見えなかった。
「いやだって。伊織の話じゃ何か近づき難い雰囲気で声かえても無反応だったって言うからまだ怒ってるのかと―――」
「―――ひょっとしなくても、さっきからのメールってそれですか」
―――あ、しまった。
聞いていた話と大分違うとはいえ、つい言わなくてもいいことまで言ってしまった。
「最初のメールが来てから私の方をチラチラと見てるから、何かと思ったんですけど・・・・・・水瀬さんも人が好いというかお節介ですね」
苦笑混じりに呟く仕草にはとりあえず気分を害した様子はなくて、とりあえず軽くため息をついて改めて問いただしてみる。
「・・・・・・伊織から又聞きした程度のことなんだが、お前がまだ根に持ってるって思って結構参ってるみたいだったぞ?
・・・・・・まあ、連絡貰うまで気づかなかった俺が言っても、説得力はないかも知れないけどな」
「・・・・・・春香には別段普通に接していたつもりです。邪険にしたような覚えはないんですけど・・・・・・あ」
ふと、不自然に言葉を途切れさせた千早に訝しげな視線を送る。
「何だ、やっぱり心当たりがあるのか?」
「心当たりといいますか・・・・・・」
千早にしては珍しく歯切れが悪いというか、少々後ろめたいようなものが滲んだその表情。
「その翌日くらいから、役作りにのめり込んでいたので。ひょっとしたら誤解させてしまったかも知れません」
「・・・・・・へ、役作り?」
何の、と反射的に問い返してみると、千早は軽く目を瞬かせた後、次いで半眼になって回答をくれた。
「『硝子の剣』のことですよ」
「がら・・・・・・あー、そうかそうか!」
硝子の剣。脚本家から直々にオファーを貰い、千早が主役の座を勝ち取った時代劇企画のタイトルだった。
 千早演じるヒロインはさる大身旗本の息女という身分に生まれながらも、謀略により没落に追い込まれ、天涯孤独となった
悲運の娘であり、流浪の末に剣客となった彼女は父を陥れた悪代官への復讐を誓うというそのストーリーだ。
千早は彼女にしては珍しく、わざとらしい唇を尖らせるような仕草を見せてから、
「・・・・・・忘れてたとは呆れますね。この間握り拳で役を取れたことを喜んでくれたのは、演技だったんですか?」
「い、いや違うぞ、断じて!」
脚本家は数々のヒットシリーズを打ち出してきた実力派とはいえ、正直ベッタベタ過ぎて視聴率が平均を切るのか若干不安という点もあるにはある。
が、現時点ではボーカル以外のキャリアが乏しい千早の、またとない飛躍のチャンスだ。喜ばない訳がない。
109TOWもどきim@s異聞 5:2011/11/12(土) 11:34:37.78 ID:PbZ+RX0H
「まあいいですけど。・・・・・・その、本題なんですけど……『背後に立たれたら即座に抜刀する癖がある』という役柄に則って台本を読み返していたら、
その時たまたま春香が後ろから声をかけてきたので・・・・・・」
ゴルゴ某も真っ青の、江戸時代とはいえちょっと日常生活に支障をきたしそうなそのヒロイン設定を思いだし、
苦い顔をしたのも一瞬で、慌ててあることに思い至って血相を変える。
「ちょっ、まさかバサリとやっちまったのか!?」
「・・・・・・撮影所でもないのにバサリと出来るような凶器を持ってると思ってるんですか?」
『大丈夫なのかこの人』という内心がビシバシと伝わってくる半眼に、
流石にグゥの音も出ずに押し黙る。
「けど、なりきり過ぎて周りが見えていなかったのは否めませんね。
つい必要以上に殺気立って払いのけてしまって・・・・・・」
「・・・・・・ああ、それでまだ怒ってると誤解してるのかも知れないと」
浮き沈みが激しいからな春香は、と内心苦笑する自分とは裏腹に、しかし千早は
どこかしおれた花を思わせるように沈んだ雰囲気を湛えていた。
「・・・・・・やけに暗い顔してるな、どうかしたのか?」
「いえ、その。・・・・・・そんな誤解をさせていたのに今まで気づけなかったのが、
春香に申し訳なく思えてしまって」
ともすれば、雨音の中にかき消えそうな程小さい声音。ハの字になった眉にはどこか、
叱られた子供の見せるしおれたような雰囲気が見える。
一度自分の懐の懐へ招き入れた人間には、誠実な態度を崩さないのが千早だ。そんな様子を身かね、
彼はコホンと一つ咳払いしつつ、
「―――じゃ」
ふと見ると、いかにもそろそろといった緩やかなペースだが、前方の車がまた動き出していた。
軽くアクセルを踏んでから、
「営業が終わったら、千早のチョイスでケーキとか春香に差し入れでもしてやろうか」
弾かれたように顔を上げた千早の顔を、またミラー越しに確認する。運転を再開した今、
流石にそう何回も後ろを振り返る訳にはいかないので無理だけれど、もし叶うなら
頭を軽く撫でてやる位は出来たら、と思った。
「事務所でお茶の時間にそれ振る舞って話でもしてれば、春香ならきっと面白い位の
猛スピードで立ち直ると思うけどな」
「・・・・・・丸っきり子供扱いしてませんか?」
ほんのり。擬音にするならそんな風に綻んだ口元がミラーに映って、振り返れないのが残念だと思った。
「甘い物食べて幸せよとか歌でも言ってるだろ?それでも上手くいかなかったら、千早の方から遊ぶ約束でも
持ちかければ喜ぶんじゃないか?」
疑問形を装いつつも、どうしてもという時はそれで解決するだろうという確信に近い考えがあった。
春香の凹み具合がどの程度のものかはわからないけど、千早からお誘いをかけるなんて滅多にない『ご褒美』を
喜ばない筈はないだろう。何せ年の近い親友同士というよりも、
いっそ出来立てのカップルを思わせるような親密度の二人なのだから。
「・・・・・・春香の好みそうな所とかはお菓子屋さん位しか見当がつきませんが、努力してみます」
―――うん、まあ大丈夫だろう。
ひとまず胸を撫で下ろし、次いで次の信号を左折してから、ふと思い至る。
「けど、いくら主役だからって珍しいよな。千早が演技にそこまでのめり込むなんて」
正直、主役を掴んだことを一応喜びはしたものの、役柄の詳細を聞いた時は少しばかり心配だった。
ヒロインの暗いバックボーンを若干違う形で反映しているように、千早―――というか如月家の現状は決して明るくはない。流石に脚本家がそんなことまで把握している筈も
ないだろうが、それでもこの仕事が今後の千早のテンションを左右しかねないという僅かばかりの危惧はあった。
「・・・・・・役柄のことを気にされてるんでしたら、そんなお気遣いはいりませんよ?手を抜くなんて以ての外ですけど、だからって役に呑まれて自分を見失っては本末転倒ですから」
華奢な立ち姿に見合わないどっしりとした気構えが垣間見える発言に、
「そりゃ頼もしいな。・・・・・・けど、あんまり根を詰めすぎないでくれよ?何かお前の『本気』っていうと、それこそ寝る間も惜しんで
練習三昧みたいなイメージがあるからその内ぶっ倒れそうで怖い気もする」
「大丈夫ですよ、私も自分のペース配分は考えているつもりです」
ならいいんだが、と、一端話をそこで区切ることにして、再び運転に集中する。
何せこの豪雨だ、うっかり前方不注意でスリップ事故など起こしたら目も当てられない。
 不安はまだ拭えないが本当に様にはなっていると思う。運動神経こそ真などには及ばないが、殺陣で見せた鮮やかなアクションは、
指導役も僅かばかり目を向いていた位だ。
110TOWもどきim@s異聞 6:2011/11/12(土) 11:50:57.76 ID:PbZ+RX0H
まあ、脚本に記してあったかは知らないが、技っぽいものまで叫ぶのはちょっとやり過ぎという
気もしたけど。

(ってか、『まじんけん』ってどういう字当てるんだ?)

……まあ、それこそ事務所のお茶会でいい話の種になるだろう。

そう思いながら、彼は降りしきる豪雨の中で再びハンドルを切った。


(あとがき)
まだもうちょっと続きます。黒井社長のところが一番書いてて楽しかったです、
アニメではホント悪役一直線なので……自分のイメージとしてはこういう社長が理想的。
111創る名無しに見る名無し:2011/11/15(火) 17:48:57.39 ID:AFQ08Z0l
>>103
よし、今晩は焼き餃子にしよう
112創る名無しに見る名無し:2011/11/16(水) 02:10:07.54 ID:uVQ3Cjw+
>>60
読んだ後の感覚が何かに似てるな〜と思ったら、
キン肉マンでサンシャインマンが『悪魔超人にも友情はあるんじゃ〜』
と叫んでアシュラマンの顔が全て泣き顔になるシーンを読んだときの感覚だわ。
113創る名無しに見る名無し:2011/11/17(木) 00:16:51.79 ID:FeyytXJt
身長190以上、武道は達人級、性格は穏やかだが目つきは鋭く不器用で口下手
そんな人間が雪歩のPになってしまい、
最初の頃はお互い話すのにも一苦労だったのが徐々に打ち解けてきて
後半になれば雪歩の方からPの事をちょっとからかったりわざと困らせたりしたりなんかして……
とかそんな事を妄想してるが傍から見てると割とアレな感じ
114創る名無しに見る名無し:2011/11/19(土) 14:24:02.21 ID:zvR32xfX
>>113
それは普通に連作SSやれるネタじゃないかw
115創る名無しに見る名無し:2011/11/19(土) 14:34:21.96 ID:VSpFIuAo
>>113
初対面






S
これでプロット作ってみてくれw
116創る名無しに見る名無し:2011/11/19(土) 16:39:17.89 ID:rtilv/HW
>>113
なんでそんな人がプロデューサー(しかも765プロ)になったのか、理由付けをどうしようか。
117創る名無しに見る名無し:2011/11/19(土) 17:30:39.68 ID:ySkon7n7
おいしい部分だけ妄想して満足したら、長い文章にする気分なんて消えてる法則

ソースは俺
118創る名無しに見る名無し:2011/11/20(日) 01:06:41.78 ID:dntbVddx
>>116
アケの存在を忘れたのかい?
道行く人を「ティンと来た」という理由でPにしてしまおうとする謎の黒い紳士のことを……
119創る名無しに見る名無し:2011/11/20(日) 13:30:52.00 ID:qehivql1
>身長190以上、武道は達人級、性格は穏やかだが目つきは鋭く不器用で口下手
萩原組にいそうなタイプですな
120創る名無しに見る名無し:2011/11/20(日) 23:22:13.37 ID:2wQgEYol
「ん〜?」
「どうしたの真? 深刻な顔をして」
「これ、ボクの初期ステータスなんだけどさ……」
「歌が駄目ね」
「うっ、確かにそれはあるけど仕方ないかな、って」
「なら、何を悩んでいるの?」
「Viが低くない? 不本意だけど『王子様』なのにさ」
「……」
「……」
「このゲーム、プレーヤー層がほぼ男性よ」
121創る名無しに見る名無し:2011/11/21(月) 17:49:52.77 ID:E7YhRrBR
>>113
山崎ひろみPと聞いて
あ、武道の達人と目つき鋭くが若干外れるか
・・・じゃ、三溝幸宏P?
122メグレス ◆gjBWM0nMpY :2011/11/23(水) 01:05:03.70 ID:q2fFBCyQ
業務連絡ー、業務連絡ー。
>>103まで保管庫に収録しましたー。

1レスネタは多分◆G7K5eVJFx2様だと思うのですが、
もし違ってたらマズいので確認取れてから作者ページに追加したいと思います。

それから◆zQem3.9.vI様。>>105からのはタイトルというかナンバリングどうしましょう?
序章終わったので、1章○○話にするか、単に通しで○○話にするか、それとも他の何かにするか。
御自身で編集しても結構ですし、スレに書いて頂ければこちらで編集します。
123創る名無しに見る名無し:2011/11/23(水) 01:10:20.56 ID:q2fFBCyQ
もののついでに軽く1レスで。
>>115 A(もしくはS)ランクの一例

事務所に戻ると、プロデューサーがソファで居眠りをしていた。
デビューしたての頃と違って、今はひっきりなしに仕事が入ってくる。
そういった活動が出来るのはプロデューサーを始めとした表には出ないスタッフの助力があるからで、
当然その人達も自分と同じくらい、もしかしたらそれ以上に疲れは溜まっているのかもしれない。
そんな訳だから起こしてしまうのが気の毒に思えたからであって、
滅多に隙を見せる事の無いプロデューサーの寝顔をこの機会に観察してみようなんて思った訳では決してない。

少しずつ近くに寄ってみる。物語で言われてるみたいに寝顔だけはあどけないなんて事はなくて、
やっぱりいつも通り気難しい顔つきのままだったのがなんだか可笑しかった。

そういえば、初めて会った時はあまりにも怖くて穴を掘るより先に気絶してしまった事とか、
暫くは面と向かって話す事も出来なくて、同じ場所に居るのに携帯やメールで会話していた事を思い出すと
こんなに近くに居られる事がとても不思議な事に思えてしまう。


なんとなく、指を伸ばす。
頬に触れる。
まだ目を覚まさない。
顔を近づける。
自分が何をしようとしているのか解らない。
自分の意思が解らないまま体だけが動いて、
頬に軽く触れるだけのキスをした。


たっぷり10秒は硬直してから、自分がしでかしたコトの重大さに気づいて辺りを見回す。
大丈夫。誰も見ていない。
少しだけ安心して、これは自分だけの秘密にしておこうと固く固く決意したが、
やっぱりマトモにプロデューサーの顔を見られそうになかったのでそのまま外に出かけた。

数日後。

サインペンを持った双海姉妹が雪歩の元へ駆けてくる。

「ねーねー雪ぴょんからも言ってやってよー」
「え? どうしたの?」
「雪ぴょんの兄(C)だけ寝顔に落書きさせてくれないんだよー」
「他のPはみんな寝てる時でも、一人だけ近づいただけで目を覚ましちゃうんだもん」
「既に体に染み付いた習性だからな。自分ではどうする事もできん」
「それは凄い……けど、ちょっとだけ不便そうですね」
「気にする程の事でもない。もう慣れている」

そう会話を続けてはたと気づく。

ちょっと待って
今 なんて言った?
人が 近づくと 目を覚ます?
じゃあ
あの時は
もしかしなくても

ギ、ギ、ギと油の切れた機械のように首を回す。

どうしよう
目が
逢って
しまった
124創る名無しに見る名無し:2011/11/23(水) 01:39:00.45 ID:Yz05nls9
やばい にやにやがとまんねぇww
125創る名無しに見る名無し:2011/11/23(水) 05:40:06.87 ID:iBtUb/RN
>>123
俺の顔がたいそうキモくニヤついた 狸寝コンビめw
126創る名無しに見る名無し:2011/11/23(水) 08:48:41.27 ID:co4/0pJF
>>122
えっと、ここのところは書いてないですね。
多分、教会(ハロウィン)の話のことだと思いますけどアレは私ではないです。


というわけで、これだけで終わるのもアレなので以下小ネタ



半レス小ネタ『悩んだ結果が……』

もやもやするの。真くんとハニーがデートしたと聞いて思わず叫んじゃったけど、あの時ミキはどっちにしっとしていたんだろう。
考える。ハニーと一緒に遊園地。コーヒーカップに乗ったり、ソフトクリーム食べさせあったりするの。
考える。真くんと一緒に遊園地。ジェットコースターで抱きついたり、一緒にファンシーショップを見るの。
どっちがミキがやりたかったこと何だろう……
悩んでも仕方ないから来週は真くん、その次はハニーと遊園地に行こう。
「もしもし真くん? 来週の週末暇なの?」
127 ◆G7K5eVJFx2 :2011/11/23(水) 09:08:53.86 ID:co4/0pJF
あれ?
sage忘れ&トリ忘れ失礼しました
128 ◆l78cdu4x/o :2011/11/27(日) 10:09:08.64 ID:Rs8QCI25
多分誰も待っていないだろう長編を投下しようと思います。


・テイルズオブザワールド×アイドルマスターのクロスオーバー
・文章に大いに厨二要素(多分)がある可能性大。
・テイルズサイドの世界設定が独自のもの。

以上の要素に抵抗及び拒否感を覚える方はスルー推奨。
129TOWもどきim@s異聞〜第一章〜 春香編 7:2011/11/27(日) 10:12:17.27 ID:Rs8QCI25
↑トリ入力を間違えました…(汗


 降りしきる雨の中を早足で急ぐ人の群れの中。
一瞬誰もがそこに目を留めては、とりあえず何事もなかったかのように行き過ぎていく。
一見しただけだと、花屋の軒先なこともあって、まるでラフレシアばりに大きな花が満開になっているようにも錯覚出来たことだろう。
路上にしゃがみ込んだ少女の体を覆い隠しているパステルピンクの傘が、クルクルと床屋のサインポールばりに回っているのだから。

「・・・・・・あの、これ下さい!」
店先でかれこれ五分、唸りながら座り込んで陳列された鉢植えを眺めた末に、彼女は店員にそう言って、
柔らかな花弁を開かせた数輪の、名も知らぬ青い花の鉢を手に取った。
『散歩でもして気分転換でもしてきなさい』と伊織によって事務所から強制的に叩き出され、傘をくるくる回しながら
近所をうろついていたのがつい先程までのこと。
雨の醸す湿気にも負けない後ろ向きな心地で歩いていて、今日は雨靴でもないのに、とわずかに湿ってくる靴下の感触で殆ど
無意識に顔をしかめそうになった時、吸い込まれるような引力でその小さな花は彼女の目を惹いたのだ。
毎度ありがとうございました、と店員の笑顔に見送られながら、ビニール袋の中の花を見やる。深い海の底にも、高く晴れ渡った空のようにも見える青色。
頭の隅に思い浮かぶ彼女のシルエットそのままの。
渡す時には、さり気ないにこしたことはない。
(―――千早ちゃんに似合いそうだから何となく買っちゃったんだ)
あくまで自然に、自然にと胸中で繰り返していると、何だか彼女への口説き文句みたいだな、とちょっと笑えてしまう。
これで花束だったら、真辺りが好みそうな少女漫画の世界だ。
一時は千早の趣味に合わせてクラシックかオペラのCDでも、という思いもあるにはあったが、もし曲調及び作曲者について
聞かれたら答えられるだけの知識がない。こと『音楽』という土俵では、千早に対し迂闊なプレゼントは禁物、という意識があった。
 殆ど破れかぶれのチョイスだったが、何もしないよりマシだ。

(―――けど)

風でゆらゆらと揺れる花びらの輪郭に、彼女の後ろ姿と颯爽となびく髪を見出しながら、脳がつい先日の鮮烈な光景を掘り起こす。

亜美や真美のそれに比べたら本当に些細な、イタズラにも満たないちょっとしたお遊びのつもりだった。
少なくとも、多少羽目を外しても許してもらえるものと無意識に信じ込んでいた。

穏やかにまどろんでいた、白い面差し。ぐっすりと彼女が寝入っているのを確認してから、すべらかで長く、
自分が伸ばしてもここまではいかないだろうと思わせる艶を放つ髪を編み終えるまで、春香は本当に気楽だった。
怒られることを全く考えてなかったなんて嘘になる。
ただ怒りはしても、一言二言注意してくるか、呆れてため息をつきながら小突いてくるか、それで終わりと気楽に構えすぎていた。

そんな決めつけにも似た考えは、ふと自分の手を彼女の瞼に翳した瞬間、粉々に吹き飛ばされることになったが。

一歩足を引かなければ、生ぬるい比喩抜きで鼻先を切り裂いていた。頭の端でそんな風に思うほど、振りあげられたその小さな
指先は刃のように鋭い勢いを伴っていて。
何よりも、その瞬間、それまで和やかに寝入っていた空気をあっさりと反転させたその表情こそ、春香に『打ちのめされる』という心地を味あわせた。
 事務所で共に活動してはや数ヶ月、花が綻ぶように穏やかに見せてくれていた筈の親愛も何もかも消え失せ、向けられた眼差しは
心臓を片手で握られたような錯覚さえ覚えるほど冷えきって―――

それ以来、気づけば正面から千早の顔を見ることすら何となく怖くなっていた。

だけど。

 冷たく湿った空気に混じる車の排気ガスや、換気扇から漂う飲食店の雑多な芳香、それら全てを深く吸い込み、吐き出す。一緒に、
胸に溜まったしみったれた気持ちも綺麗に身体から排出出来たらと埒もないことを考えた。
どうして、とかあの程度、とか。過ぎてしまったこと、犯してしまったことの理由を考えてみたところで、最早どうにもならないだろう。
ただ今は、千早とちゃんと正面から話すこと。それを考えなければ始まらない。
 もしまた、あの苛烈な眼差しをぶつけられ―――拒絶されたらというIFは、やはり春香を怖じ気づかせる。
けど、だからといってこのままでいい訳もないと、ここに来てようやく彼女も腹を括った。
まずは話してみよう。そもそも、直接言葉で断絶を突きつけられた訳でもない内に、こんな風にいじいじ悩んでいるのは性に合わない。
130TOWもどきim@s異聞〜第一章〜 春香編 8:2011/11/27(日) 10:13:58.36 ID:Rs8QCI25
文字通り、打ちつける雨に頭を『冷やされた』お陰だろうか。多分、あのまま事務所でゴロゴロとのた打ち回っているままでは
不毛な一日のまま終わるところだったかも知れない。
(・・・・・・伊織に感謝、かな)
今頃うさちゃんを片手にくしゃみをしているかも知れない彼女の姿を思い浮かべると、沈鬱な心境も忘れてクスリと口の端がつり上がった。
雨のせいもあってか、周りの空気もふるりと肌寒さを増したいる気がする。
そろそろいい頃合いだし、早く事務所へ戻ろうか―――そう考え、帽子で喩えると『目深に』掲げていた傘をほんの少しばかり上げると、
視界がほんの少しばかり開けた。

今にして思えば、タイミングは、それこそ図ったようだった。


苛立ち紛れに力を込めたブレーキを踏み、乱雑な扱いをされたタイヤが耳障りな悲鳴を上げながら、車はその場所、
双海総合病院の前に横付け停車された。平時であれば決してしないような不作法を、自覚しない程彼も彼女も気が急いていた。
これ以上ない程青ざめながら、後部座席の千早の手を強引に取ってそのまま車を降りた。入り口まで殆ど目と鼻の先だったとはいえ、
傘もささずに飛び出した二人の身体を
容赦なく冷たい雨が叩く。さっきまで呑気に眺めていたこの曇天も雨模様も、さっきの連絡を受けた後では
それこそ不吉の前兆としか思えなくなっていた。

水滴を飛び散らしながら院内へ飛び込んできた、スーツ姿の男と少女という取り合わせに怪訝な顔を向ける患者や職員達の姿に
構うこともなく、必死に目的の人物の姿を捜した。
 首元から手首に至るまでをブルーと白のストライプのシャツで包んだ、跳ねたおさげ髪が特徴の後ろ姿が、
こちらに背を向けて腕を組んで立っている。
「律子っ!?」
院内のささやかな喧噪を突き抜けた呼びかけに振り向いた秋月律子は、その先にあった担当プロデューサーと
同僚アイドルの有様に目を剥いた。
「ちょっ・・・・・・何て格好してんですかプロデューサーっ!?それに千早までっ」
突然の大声によりびっしりと集められた注目に辟易した様子を見せながらも、律子はとりあえず両者の手を強引に取って、
非常口付近―――人気の少ない場所を見定めてズンズン進んでいった。
それから疲れたように重いため息をこぼした時、
「・・・・・・思ったよりも早く着いてくれたのは助かりましたけど。亜美達のご実家とはいえ、目立つようなことはやめて下さいよ」
「―――あのなぁ!」
報告を受けたのなら、何でそうも落ち着いていられるのか。焦燥と共に吐き出そうとした言葉を遮ったのは、それまで静かに俯いていた千早だった。
「春香は、春香の容態はっ!?」
身を切られんばかりに震えながらも、鬼気迫る気迫が伝わってくる問いかけだった。最も知りたかった、気がかりだったことを
先んじて訴えられたプロデューサーの声が、掠れるように萎む。ともすれば、さっきのエントランス周辺にも少しは届いていたのではと
思わせる声量を発した当の千早は、真っ直ぐに律子を視線で射抜きながらも、プロデューサーのスーツの裾を握りしめて小刻みに肩を震わせていた。

―――そんな二人のただならぬ様子を見て、しばし呆気に取られたように目を瞬かせていた律子は、
やがて頭を片手でかきむしりながら、一言こう発した。

「・・・・・・担がれた訳ね、二人とも」


嫌な想像ばかりがリアルに頭を過ぎっていた。集中治療室に運び込まれたか、もしくは定期的かつ不吉なメロディを
奏でる心電図の傍で痛々しい程の数のチューブに繋がれながら、ベッドに横たわっているか。
しかし一足先に着いていた律子の落ち着き払った態度のみならず、廊下でかち合った親御さんからの実に朗らかな
『ご迷惑をおかけして・・・』という言葉が来た日には、流石に引いていた血の気も冷静さも戻ってくる訳で。
131TOWもどきim@s異聞〜第一章〜 春香編 9:2011/11/27(日) 10:15:22.67 ID:Rs8QCI25
そして、案内された病室で実際の有様を目の当たりにした時、二人は途端に脱力感でヘナヘナとくずれ落ちた。
布団の下から、ゆるやかに上下する胸部と、ふにゃふにゃと唇を変に波打たせて、時折「うへへへ・・・・・・」と
妙なにやけ面を披露して寝返りを打っている姿。
尋ねるまでもなく、彼らの想像していたような惨事になど至ってはいなかった。
途端、ジワジワとこみ上げてくるさっきまで自分達が晒していた醜態への羞恥に悶えていると、枕元に立っていた『元凶』から
呆れたような声が投げかけられた。
「・・・・・・ちょっと、あんた達何よその格好?身体位拭きなさいよね」
―――おい伊織さん、あんたさっきまでしゃくりあげるみたいな鼻声で『春香が・・・・・・春香が車に・・・・・・っ』とか言っとらんかったか?
恨みがましい視線を向けてくる彼の、そんな内心に気づいたのかまでは定かではないが、伊織は先手を打つようなタイミングで、
「春香が車に『風で飛ばされた傘を潰されて、回収しようと走ったらコケてガードレールに頭ぶつけて気絶した』から
病院に運ばれたって言おうとしてたのよ」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・それで、改めて聞きますけど・・・・・・春香の容態は?」
平静を装いながらも、やはり若干怒りや羞恥を滲ませた千早が、低い声音で問うてくる。
心なしか、周囲の空気にもビリビリとした電流めいた剣呑さが漂ってくるようだった。
伊織と同じく春香に付き添っていた小鳥が、そんな彼女の様子に若干冷や汗を掻きながら、
「ぶつけたのが頭だって聞いたので一時は肝を冷やしましたけど、脳検査も異常はないそうです。結構寝入っちゃってますけど・・・・・・
先生の見立てだと軽い睡眠不足によるところが大きいだろう、と話してたので、心配はいりませんよ」
―――今度こそ、プロデューサーと千早。両者の肩から力が抜けていった。
「・・・・・・伊織、頼むからこういう悪ふざけはやめてくれないか?」
「悪ふざけのつもりはないわよ。・・・・・・あ、それと千早」
伊織はスタスタと未だ険しい顔を向ける千早の視線を物ともせずに近寄っていくと、ズイッ、と一つのビニール袋を差し出した。
「これ、鉢は割れちゃってるけどあんた宛のカードが添えてあったから。貰っておけば?」
吐息にも似た「え」、という間の抜けた響きが、ほんの少し耳朶に触れたような気がした。
今更確かめようもなかったが、とりあえず千早はその張りつめていた雰囲気を若干緩和させたような―――或いは伊織の言葉に面食らったような感じで、
ズイッと差し出されたビニール袋を受け取った。
 横合いから覗き込む。土台となる鉢は少し割れてしまったが、誰もが知っている『千早の色』が凛然と咲いていた。

「値札見てみるけど、結構自腹切ったみたいだし。・・・・・・ここいらで許してあげたら?」

さり気なさを装いつつも、後半で若干調子を窺うように上がったトーンで、ちょっとピンと来た。
こちらとは違い、まだ喧嘩の詳しい経緯を知らない伊織のことだ。春香視点での情報だけを頼りに推測してみて、意志の固いというか
頑迷なところのある千早に、かなり乱暴ではあるが軽く発破をかける意味でああいった言い方をしたのだろう。

千早の方も、担がれたことへの怒りはどこへやら、少しばかり戸惑ったような顔つきで花びらに触れている。
一応病室に『鉢植え』は、と余計な茶々を入れそうにもなったが、贈る相手が患者でないならばノーカンということに
してもいいだろう、と呑み込んでおくことにした。

「・・・・・・春香のフォローのつもりなのか知らないけど、水瀬さん。・・・・・・次からはもう少しやり方を選んでもらえないかしら」
疲労しきってはいるが、呟く言葉にさっきまでの険や緊迫感はなかった。
「ほ、ホントだぞ伊織。・・・・・・ていうか、電話の時ホントに鼻づまりしてるみたいな声だったけど、風邪でも引いてるのか?」
「あ、それはですね。・・・・・・反対したんですけど臨場感を出したいから、ということで私が黒胡椒を」
「そこ、余計なこと言わないっ!」
―――さっきまでの、それまでの全部が失われそうな、形のない危機感や焦燥に怯える空気は微塵もなくなっていた。
そうなれば、場所が病院でも一気に『いつもの765プロ』へと早変わりする。
 「交通事故」というキーワードをダシに使われたにも等しい千早は、とりあえずもうそんなに引きずった様子はない。
そんな姿を見て、それまで勝手にドギマギしていた気持ちが、またも勝手にホッと収束する。
幼い頃に彼女やその家族を見舞った悲劇について、事務所内で知っているのが自分だけである分仕方ないのだろうけど。
132TOWもどきim@s異聞〜第一章〜 春香編 10:2011/11/27(日) 10:22:23.93 ID:Rs8QCI25
「たまたま個室が空いてて助かりましたよ、大部屋に運び込まれてたらややこしくなるところでした」
それまで入り口にもたれ掛かり、事の成り行きを見守っていた律子が、やや疲れたように初めて話に加わってきた。
「大したことないとはいっても、明日からの仕事とかはしばらくキャンセルしないといけませんから。春香の親御さんは
もう承知してくれてますけど、関係各位への謝罪と挨拶周り、よろしくお願いしますよ、プロデューサー?」
まあ私も手伝いますけど、とポンと肩を叩かれながら、ウッと喉の奥が詰まったような感触を覚えたのは無理からぬこと。
頭の中に詰め込まれていた春香の今後のスケジュールには、結構大口の仕事も残っていた覚えがあるだけに、頭が痛くなりそうだ。
見下ろす当の本人の、こちらの苦悩など知る由もなさそうな無垢で呑気な寝顔を、ちょっとばかりつねってやる。
 そんな酔狂滅多にしない。けど触った瞬間、いつもの平凡で安らかな世界がようやく、自分の中で取り戻された気がした。
(―――どんな夢見てるんだか)
病室の外から、バタバタと賑やかな足音が迫ってくる。大方知らせを聞いた他の事務所メンバーが駆けつけてきているのかも知れない。
・・・・・・騒ぎすぎて看護師に叩き出される前に、しっかり言い含めておいた方がいいかと、とりあえず顔とネクタイだけは引き締めながら
病室の入り口へと向き直った。


浮上出来ない。何かの底に自分がわだかまって、縫い止められているように。
見える世界は本当に真っ暗で、風情もへったくれもなく子供が絵の具で塗りたくったような乱雑な黒さは、
逆に春香に冷静さを取り戻させた。

手足をどれだけ動かしてみても、ぶつかるものは何もない。ただ、身体を起こしたその瞬間、妙に重たい荷物がぶら下がっているような感触はした。
水の中を静かに溺れている、という方が一番しっくりくるだろうか。
(カナヅチって訳じゃなかった筈なのになぁ)
呑気な呟きを発した傍で、でも人間の身体は主に体脂肪によって浮き上がるというから沈んでいるというのは
ちょっと喜ばしいのかも、とか考える。
けれど、そんな怖くもない黒の世界に変化が訪れるのにそう時間はかからなかった。

鼻先を、何だか湿ったような土と、濃密だが澄み切った草の香りが満たしていく。
最初は、ともすれば気のせいかとも思う位のささやかなものだった。けれど、一端聴覚に飛び込んで春香の脳を刺激したその音―――
いや『声』を、自分が聞き逃す筈もない。
でも、一瞬信じられなかった。
確かにそれは、脳裏に思い描いた人物の持つそれだと本能が訴えかけている。
日常の他愛ない歓談の時には少し静かで頑な部分もあり、でも一度歌えば喜怒哀楽の全てを美しく奏で、聞く者の心を等しく響かせる。
でも、春香は未だかつて聞いたことがない。
彼女のこんな歌い方を、レッスンでもコンサートでも聞いたことがない。

―――何で。


―――そんな泣きそうな声で歌ってるの、■■ちゃん


遠くから降り注いでくる、覚えのない声、声、声。
それがきっかけとなったように、気づけば周りの『黒』はさながらガラスに亀裂が入ったみたいに剥がれ落ち、帯のような光が差し込んできた。
 黒一色の世界に慣れきっていた視界にその光はいきなり受け入れるには眩しすぎて、反射的に腕で目を庇う。
同時に、それまで思うようにならなかった身体が嘘みたいに軽くなり、そして、軽くGすら感じさせる勢いでグングンと
突き抜けるように浮上、いや飛翔していく。上へ、上へと。
 絶叫マシーン並みとは言わないけど、それまでの軽いまどろみも一気に覚めるようなスピードに、少しばかり背筋が震えた。
このまま突き進んだら、果たしてどこへ辿り着くんだろう。
たった一回きり。トクン、と胸を鼓動が揺らしたのは、恐怖かそれとも未知への好奇心だったのか。
やがてゆらり、と頭上の光へとかざした自分の掌の切っ先を。

軽く乾いた羽ばたきの音を響かせて、一羽の鳥が駆け抜けた。


濃霧が晴れたみたいにクリアになった意識の中で、最初に認識したのは自分の横たわっているしっとりとした草むらの感触だった。
光の中に遠くなっていく鳥の影に目を奪われていると、そっと口づけるように灰色の羽根が彼女の頬に舞い降りてくる。
(……あれ?)
電線と建物で狭まった窮屈な空と、無機質なビル群で構成されたコンクリート・ジャングルもそこにはなく、見渡せど見えるのは
目にも鮮やかな木々の群ればかり。
133TOWもどきim@s異聞〜第一章〜 春香編 11:2011/11/27(日) 10:25:06.55 ID:Rs8QCI25
そして、むくりとた拍子に耳に飛び込んだしゃらんという金属音に気づいて首を下に向けた時、今度こそ春香は硬直した。
見慣れた自分の私服じゃない。
風船のように膨れ上がったパフスリーブが特徴の、踵まで丈の伸びたワンピース。胸元には、白く広がった襟と銀に輝く十字架のネックレス。
臑まで覆わんばかりの紅茶色のブーツ。
いわゆる『修道服』と呼ばれるそれは、やけに主張が激しい赤―――自分のイメージ・カラーをしていうのも何だが―――で
派手に染め上げられていた。
いよいよもって、今置かれている状況の現実感が薄れていくようだった。
(・・・・・・だってこんなダンスの時に転びそうな衣装、絶対に着な―――)
「って痛っ!?」
後頭部が鈍い痛みを訴えて、春香はやや涙目になって患部を押さえる。
痛みがあるなら少なくとも夢や天国と称される場所ではないのかも知れない―――と、見当違いな安堵感を抱いた時だった。

―――それでは一時間後に再度召集をかける。各々の持ち場についた後は―――

野太く朗々とした男性の声が、茂みの向こう側から響いていった。
え、と反射的に首を向けると、鮮やかな緑の空間の中では妙に目立つ、煤けた灰色の鎧の群れが行儀よく列を成して歩いていた。
「・・・・・・じ、時代劇の撮影かな?」
こんな時でも反射的にポジティブに解釈出来る楽観性は長所かも知れないが、しかし第三者がツッコむ間でもなく脳は「否」を告げていた。
並々ならぬ気迫を纏い、奥へ奥へと進んでいく兵達の様子を固唾を飲んで見守っていると―――
それを一瞬、春香は見間違いかと思った。
だが、屈強な兵達の中では際立っている滑らかな黒髪と小柄で華奢な体躯。―――そして、隣の兵に何事かを
注意されて体勢を変えた時に見えたその横顔を見た瞬間、春香の背筋に電流が走った。

「―――ちはっ」

反射的に駆け出して草むらをかき分けた、その瞬間。
 悲鳴を上げる暇さえない。目の前の現実を認識するのに、多少脳の回路が繋がらなかった。
自分の影を覆わんばかりの、ただただ巨大なそのシルエット。ただ、それを見た瞬間、春香の脳にはそれと相対している自分の姿に
象の足に踏みつけられる蟻のイメージを抱いた。
唐突に自分の前に立ちはだかり、その太い腕を振るうその様を呆然と―――

「下がっててっ!」

その瞬間は実に鮮やかだった。
大した助走も踏み台もなく、恐らくは少女と思しき『誰か』の細い足は音も立てずに天高く跳躍し、春香の頭上で華麗な一回転を披露する。
 春香がギョッと身を引いた時、次に過ぎったのはあらゆる意味で「有り得ない」光景だった。
長い長いオレンジのスカートから伸びた小さな足の踵が、ほの昏い森の影から身を乗り出していた巨大かつ茶色い『何か』の肩を、殆ど
陥没させるかの如き勢いで強襲したのだ。
「・・・・・・く、くくく・・・・・・クマッ!?」
それは幼き日、絵本やテディベアという媒体でのみ慣れ親しんできた「くまさん」への幻想を、動物園で粉々に打ち砕かれた時の衝撃にも似ていた。
丸太何本分を束ねたみたいに太く逞しい上半身と比較し、チョコンという擬音がつきそうな位の短足ぶりが際立った下半身は何ともバランス悪く映った。
眺めているだけでも実に痛そうな牙を覗かせた口は大きく裂け、前脚には鍬みたいに太く鋭い爪がギラリと物騒にきらめいている。
だが、そんな巨体も別段鍛えられてるようにも見えない少女の踵落としのみで、信じられないことに痛恨の一撃を喰らったようによろめいている。
苛立ち紛れに横薙ぎに振られた爪を、少女はバックステップで軽々とかわした。
その身代わりとなる形で、すぐ後ろにあった巨木が、その爪の餌食となって忽ちその太い幹にメキメキを空洞を作った。
「三散華っ!」
凛とした声と共に少女が放った、そこからの一連の攻撃はまさに演舞のようだった。
ブロック幣にでもぶつかれば忽ち壊れそうな華奢な拳や脚が繰り出す、ただ「殴る蹴る」だけの動作。全てを見切るには
あまりにも素早く、されど火花すら散っていそうな。
その一連のコンボがトドメの一撃となったのか、クマモドキはヨロヨロとふらつくような仕草を見せた後―――その体躯を、
地響きと共に大地へと沈ませた。
134TOWもどきim@s異聞〜第一章〜 春香編 12:2011/11/27(日) 10:28:14.90 ID:Rs8QCI25
目の前の少女は吐息と共に顎を伝う汗を手の甲で拭うと、素早く呆然と座り込んでいる春香の元へと駆け寄って、手を差し出した。
「怪我とか、してない?」
「え?・・・・・・あ、ハイ!」
パンパンとスカートの土埃を払って立ち上がる。深緑の木陰のような髪を木漏れ日にきらめかせたその少女からは、
先程雄々しくクマモドキ(仮称)と戦っていた時の気迫は感じられない。
「余計なお世話、だったかな?」
「いやいやそんな!あ、あの・・・・・・あなたこそ大丈夫なんですか?あんな大きい熊なんかと戦って・・・・・・」
「熊?・・・・・・ああ、エッグベアか。大丈夫だよ。私これでも、人より鍛えてるんだから」
・・・・・・エッグベア?と聞き慣れぬ単語に春香が疑問符を浮かべるよりも早く、そこで少女がズイッと顔を近寄らせ、少しだけ
窘めるような口調で言ってくる。
「でも、ロクな武器もないのに女の子一人で危ないよ?せめてボムとか・・・・・・って!」
彼女はそこで驚いたように声を張り上げると、グイッと春香の後頭部に顔を寄せる。
「うわ、すっごい腫れてるよ!?全然大丈夫じゃないでしょう、これ!」
「痛たたたっ!?・・・・・・あ、いやこれは襲われて出来た傷じゃなくて・・・・・・!」
「とにかくちょっとついて来て!私の村にいい先生がいるの!」
「え、ええ!?」

ほんの一瞬、さっきの行列を見た森の深奥を眺める。
でもそこには彼女どころか人っ子一人いる気配はなく、ただ鳥のさえずりが響き渡るのみ。
(・・・・・・とりあえず、着いていってみようかな)
『村』という時点で正直どんな僻地にいるのかと戦々恐々とした心地だったが、まずは人のいる所に行かなければ始まらない。
「え、ええとわかりました。お言葉に甘えてもいいですか?」
「敬語なんて使わなくてもいいよ、多分私達同い年位だと思うし。―――あ」
ふと、少女はそこで思い出したように振り向くと、オレンジのスカートを翻して一回転。
その拍子に、風と一緒に太陽と藁のような、どこか安らかな香りが鼻をくすぐったような気がした。

「私はファラ、ファラ・エルステッドっていうんだ。あなたの名前は?」
135 ◆zQem3.9.vI :2011/11/27(日) 10:41:01.04 ID:Rs8QCI25
投下完了。
結構な時間をかけて、結局話的には大して進んでないという…。
テイルズファンの方が板にどれ程いるかはさておいて、とりあえずアイドル達含めて
登場キャラをちゃんと描いていけたら、と思ってはおります。

136創る名無しに見る名無し:2011/12/02(金) 12:05:24.98 ID:UR4n5y9P
>>126
あの回を見る限りPと真への好意はどちらもどっこいどっこい、という感じですよね。
そして美希、両手に花と開き直って3人揃ってというのはどうでしょう(爆)
137創る名無しに見る名無し:2011/12/02(金) 20:15:46.49 ID:7jIq1baz
>>135
このスレ実は過疎るほど住人が少ないわけではないのですが、なにせ口を
開く奴がいないw
確かな筆力を感じ楽しく読ませていただいておりますものの、テイルズ知らないのと
続き物は途中で感想書きづらいのとでついつい読み専になっております。
ファンタジー部分はそんなわけでサッパリなのですが、現実パートはそれだけで
話の流れを追えるようにもなっており、おかげさまでどうにか付いて行っております。

引き続きの投下楽しみに待ってます。
138メグレスP ◆gjBWM0nMpY :2011/12/05(月) 08:30:29.96 ID:ZZyB0AND
あーテステス。ちょこっとした掌編投下します。
139メグレスP ◆gjBWM0nMpY :2011/12/05(月) 08:32:01.70 ID:ZZyB0AND
パソコンに向かって一人の男性が作業をしている。
よほど集中しているのか身じろぎもしない。
やがて一段楽したのか男性──天海春香のプロデューサーは大きな欠伸をした。

「ふぁ……」
「あら? 随分お疲れみたいですね」
「ああ小鳥さん。そうか……もうこんな時間か。ちょっと根を詰め過ぎたみたいです」
「仕事熱心なのは良いですけど、自分の体も気遣ってくださいね。春香ちゃん心配しますから」
「そうですね。すいませんがちょっと仮眠室使います」


数十分後。よたよたとおぼつかない足取りで春香が出勤して来る。
「おはよ〜ございます……」
普段から三半規管の働きに疑問を持たれるというのに、
更に輪をかけてあやしげな動きに思わず如月千早のプロデューサーが声をかけた。
「どうした? 随分元気が無いようだが」
「最近スケジュールが詰まってて……ちょっと寝不足気味です」
「次の仕事まで少し時間がある。仮眠室で一眠りして来い」
「そ〜させてもらいます……」

照明が落とされ暗闇となった仮眠室に入り、
皺にならないようブラウスを脱いで、インナーのタンクトップ一枚で布団の中に潜り込む。
何故だか布団の中は適度に暖められていたが、
眠気で朦朧とした春香の頭脳はその温もりの発生源など疑問に思う事も無く
その意識を手放した。


「あら? 今春香ちゃんの声が聞こえたような気がしたんだけど」
「春香なら寝不足っぽかったんで仮眠室に行かせましたが」
「仮眠室? だって今あそこには……まあいいか。なんだか面白くなりそうだし」


目覚まし代わりにセットした携帯のアラームが鳴っている。
(あー……起きなきゃ……)
何をするでもなく適当に動かした手が何かに触れる。
(あれ……?)
予想外の感触に意識が急速に覚醒する。
薄暗い闇に慣れた目が『それ』を認識する。
ほんの数cm先、息がかかる程の距離にプロデューサーの顔があった。
既に目は開かれ、こちらが起きたのを確認したのかいつも通りの優しげな微笑を浮かべて
「やあ。おはよう春香」
なんて気楽に挨拶をしてくるが、春香本人はそれどころではない。

(えーとここにプロデューサーさんがいるって事はつまり今の今まで一緒の布団で寝てたわけで
なんだか新婚さんみたいないやいや違う違う今考えなきゃいけないのは
向こうが先に目を覚ましてるって事でそれはつまりバッチリ私の寝顔も見られた訳で
私はプロデューサーさんの寝顔なんか見た事無いのになんだか不公平だと思うんだけど
じゃなくて私今結構薄着なんだけどっていうかああもうどうしたらああああああ)

「………………だ」
「だ?」
「だぎぇぇぇぇぇっっっっ!!!!」


「あーこーなるのねー」
「しかし春香の奴、アイドルなんだからもう少し可愛げのある声を出しゃあいいのに」
「お二人とも言いたい事はそれだけですか」
9393しながら千早も出社してきた。
765プロは今日も平和である。
140創る名無しに見る名無し:2011/12/05(月) 08:34:34.05 ID:ZZyB0AND
以上投下終了。
つらつらと。
今更ですが>>113は私でした。もうちょっと雑談増えてほしいなーとか思ったので。
>>117 返す言葉もございません。
ちなみに自分が想定してたPのモデルは、スパロボのゼンガーとか血界戦線のクラウスとかその辺。
なんだけどストーリーというか雰囲気はフォークソングって一昔前のエロゲの道成&歩編だったり。
不器用同士って良いよね。

>>126 勘違い失礼しました。やっぱり早とちりはいかんなぁ……。

>>135 中々感想書けずに申し訳ありません。
文章の読みやすさ、丁寧さもあり楽しみにしています。
新しく登場するキャラが一気に増えないのでかえってキャラの特徴が覚えやすくて楽ですね。

それではこれにて失礼。
141レシP ◆KSbwPZKdBcln :2011/12/08(木) 20:31:25.32 ID:OdfZIloo
ごぶさたしておりますレシPです。まだ生きてます。
また長い奴書いたんで投下しにまいりました。

タイトルは『祓魔の聖戦<Evildream crusaders>』

……ひょっとしたら、と思ったあなた。このスレど頭の『赫い契印<Signature blood>』の続編です。
・前作の少しあとのお話
・貴音と伊織がメインキャラ、雪歩も出てきますが今回はバイプレイヤー
・SPベースの世界観、伊織と雪歩は765プロ、貴音は961プロに所属

本文……16レスになってしまいました。まいります。
142祓魔の聖戦(1/16) ◆KSbwPZKdBcln :2011/12/08(木) 20:31:59.72 ID:OdfZIloo
「雪歩の様子が変なのよ」
 テーブルの向こう側で、伊織は腕組みをして言った。
「萩原雪歩の様子が変?はて」
 こちら側で小首を傾げてみせるのは貴音である。
「なにか病にでも?」
「まー病気って言えば病気よね。貴音、あんたはなにか気づかなかった?」
「そうですね、特には」
 昼下がりの応接室には、彼女たちしかいない。961プロに所属している四条貴音が
765プロに来ているのは、先ほどまで一緒だったスタジオから水瀬伊織が彼女を
事務所に連れ込んだからである。
 収録が終わった後、萩原雪歩のことで相談があると持ちかけた伊織は、なにやら
不可思議な表情をしていた。雪歩になにか心配事でもと心を捕らえられ伊織に
ついて来たのであるが、ソファに座ってオレンジジュースを勧められるが早いかの
質問であった。
「あの子がおかしくなったの、あんたとの共演が続いた頃からなのよね。ほら、
吸血鬼ドラマとinfernoの」
「ああ、あの時……なるほど、それならば」
 心当たりがないではない、と貴音は応じた。ドラマの最終日に送っていったこと、
翌日の歌番組でひと騒ぎあったこと、動揺していたらしい彼女を貴音が叱咤激励
したこと。
「少し不安定になっていたようなので、些か強い言葉を用いました」
「強い言葉?」
「そうですね……彼女に奮起するよう促すと言うより……わたくしのために力を振るえと
命ずる調子で」
 貴音が言うことは伊織にも察しがついたようだ。あくまで時と場合によるが、人には
優しいなだめ言葉より威圧をもっての命令の方が効果的なことがある。
「どんな感じで話したか教えてもらえるかしら」
「そうですね……『汝は我に導かれし者。萩原雪歩、我とともに来よ』、このような
言い回しでした」
「あはは、さすがの貫禄ね。私までゾクゾク来ちゃいそう」
 面白そうに笑い、伊織は身を乗り出した。
「たぶんそれだわ。貴音、あんたドラマでは吸血鬼の親玉だったわよね」
「ええ。そして萩原雪歩はわたくしに血を吸われた犠牲者」
「その親玉から、ドラマ現場以外の場所でも『私はあなたのマスター』とか言われたら、
あの子はどうなっちゃうかしら?」
「どう、と言われても。普通は以前の仕事に絡めた冗談口くらいに思うのでは?」
「普通、ならね」
「萩原雪歩が普通ではないと?」
「あんたから見りゃ大概の人は普通の範囲内でしょうよね、そりゃ」
 伊織は貴音を見つめたまま、何事か思案しているようだ。悲しみや不安感のような
雰囲気はほとんど感じなかった。むしろこのやりとりを面白がっている様子であり、
相談事というのも悪い内容ではなさそうなのが救いと言えば救いだが、貴音にして
みれば雪歩の事情が掴めずもどかしい。
「水瀬伊織。勿体をつけるものではありません。萩原雪歩になにがあったというの
ですか?」
「もったいぶってるんじゃなくて、あんたにどう説明すればいいか悩んでるのよ」
「かように重大な?」
「人によってはね。貴音、あんたは『中二病』って聞いたこと、ある?」
 チュウニビョウ。その言葉とここまでの会話からすると、それが雪歩に関係のある
病名なのだろう。だが貴音にはそれがどのようなものか見当がつかない。しばし首を
捻り、やがて最近その単語を聞いたことがあると思い出した。
「詳しくは存じませんが……いつだったか仕事帰りの車中で、ラジオ番組の司会者が
そんな話題を」
「内容は憶えてる?」
「待ってください、確か……そう、番組にメールを送った方のご友人が、野球のボールが
頭に当たって以来」
143祓魔の聖戦(2/16) ◆KSbwPZKdBcln :2011/12/08(木) 20:32:40.10 ID:OdfZIloo
「ふんふん」
「クラスメートの中に数名、宇宙人が紛れ込んでいるのが見分けられるようになったとか」
「それを聞いて、貴音はどう感じたかしら?」
「珍しい経験をする方もいるものだと」
「はあぁ」
 伊織の表情がみるみる渋くなる。
「あのね貴音、それが中二病よ」
「……宇宙人を見抜くようになる病気なのですか?」
「だからあんたに説明するのがホネなのよ」
 伊織の説明によると、中二病とは『自分が荒唐無稽な作り話の主人公だと思いこんで
しまう病気』なのだという。悪霊や妖怪など実在しないとされているものが見える、魔法や
科学で説明できない能力を持っていると思い込む、おとぎ話や空想の世界、歴史上の
人物の生まれ変わりを信じる、などなど。
「手に負えないのはその大部分に自覚があるってことよね。ようは『普通じゃない自分』に
陶酔してるのよ」
「自覚があるのならかまわないのでは?」
「TPOを自分に都合よく解釈するから面倒なの、当人じゃなくって主に周りが!」
「はあ」
 伊織はソファに腰掛け直し、ため息をついた。
「うちのクラスにも一人いるのよね、ワイシャツで隠れてるけど左腕に包帯ぐるぐる巻きに
してるヤツ」
「なにかお怪我でも?」
「独り言を聞いたわ。『暗黒龍の逆鱗』っていうのを使役してるらしいの」
「それは難儀なことです」
 聞くだに禍々しい存在である。貴音はそのクラスメートに同情した。しかし、伊織からは
方向違いの制止を受けただけであった。
「……今から全部説明するから、終わるまでちょっとだけ口を挟まないでちょうだい。
いいわね?」
 かくして、その後30分。
 伊織の講義を受けてようやく、貴音にも合点が行った。萩原雪歩は、少々厄介な
思い込みを背負ってしまったのだ。彼女は自分が貴音に血を吸われ、吸血鬼・貴音の
支配下に置かれていると考えているのだ。
「それでわたくしをマスターと」
「ドラマでもそうだったわね。雪歩は最後まで抵抗していたけど、あんたに血を吸われた
登場人物はあんたをマスターと呼んでいた」
「たしかに」
「もう少ししたら雪歩が帰ってくるわよ。試しに『三遍回ってワンと言え』って命令して
みたら?」
「冗談を。本人もある程度わきまえていると言ったではありませんか」
「まあ、これは冗談。でも、あんたの言うことなら大概は聞いちゃうわ、きっと」
 貴音は少し考えてみた。深く推量すれば、雪歩は誰かに指図されることを無意識下に
望んでいたということになるのだろう。ただ、一人ひとりが目的を持って活動している
芸能界で、それは種々の困りごとを生み出すに違いない。
「……少々懸念を感じます。わたくしはこれから、萩原雪歩と同じ仕事をする際には
世間話ができなくなりそうではありませんか」
「そうね、『お手柔らかに』なんて言ったら雪歩は収録で手を抜くに違いないわ。『あの
共演者が苦手で』とかいう話になったらあの子、その人を妨害にかかるかも。意識的で
はないかも知れないけどね」
「わたくしの言葉を彼女に都合よく受け取るのですね?」
「番組でもオーディションでも、特定の相手に手心を加えるタレントは芸能界的には
長生きできないわね」
「それは困ります!」
 貴音は立ち上がった。
144祓魔の聖戦(3/16) ◆KSbwPZKdBcln :2011/12/08(木) 20:33:17.49 ID:OdfZIloo
「せっかく知り合えて、互いに尊敬できる部分を見つけ、正々堂々と戦おうと思えた
相手です。萩原雪歩にそのような道を歩ませるわけにはまいりません」
「そうね。同じ事務所だけど、私も雪歩にはそう思ってるのよ」
 伊織は貴音に着席を促し、にこりと笑った。
「意見が合ってよかったわ。私はあの子の目を覚ましてあげたいんだけど、あんたは
どうかしら?」
「是非もありません。わたくしになにか落ち度があったというなら、一肌でも二肌でも
脱ぎましょう」
「その言葉を待ってたのよ。あんたにして欲しいことがあったから。あのね──」
 伊織が身を乗り出したときである。事務所のドアが開く音が聞こえた。
「お疲れさまでしたぁ」
「──あら。貴音、あとはメールでね」
 聞こえてきたのは雪歩の声であった。眉を軽く上げ、声をひそめて伊織が告げる
その直後、入室してきた雪歩は応接ブースの二人に気づいたようである。
「あれ、誰かいらして……えっ、マス、し、四条さんっ?」
「あーあ、邪魔が入っちゃったわね!」
 貴音が雪歩に挨拶しようとするのを遮って、伊織が大声を上げた。立ち上がった
貴音の首元に人差し指を突き付けて言い放つ。
「水瀬伊織?」
「貴音、今日のところは見逃してあげる。だけど次はないわよ、肝に命じておくことね」
「い、伊織ちゃん?」
「お疲れさま雪歩。悪いんだけど四条さんがお帰りだそうだから、お見送りしておいてね」
 そのまま席を立つと応接室を出ていこうとする。
「お待ちなさい、水瀬──」
「来週」
「──?」
「来週、あんたと共演があるのよね。そこで決着をつけてあげる。首を洗って待って
いることね、あははは」
 言うだけ言って、伊織は事務室を出て行ってしまった。残されたのは貴音と雪歩
だけである。
「……四条さん」
「水瀬伊織。何を……」
 貴音はここまでの伊織の言動を斟酌してみた。雪歩が入室してきたときの彼女の
表情を思い返してみた。
「四条さん?伊織ちゃん、なにかあったんですか?」
「……いえ」
 雪歩が問いかける頃には、自分なりの方針を決めた。伊織の策略に乗ることにしよう。
「邪魔をしました、萩原雪歩」
「あ、いえ。あの四条さん、わたしそこまでお見送りを……」
「必要ありません」
 なにしろ、あの顔だ。雪歩の死角で自分に見せた伊織の表情は。
「まだ宵闇には程遠い。我らが群れて歩くには些か日が高すぎましょう」
「あ……はい」
 とっさに、先のドラマのセリフを引用した。雪歩が従うのを、なるほどこれかと得心
する。
 一人で765プロダクションを出て、自分の所属事務所へ向かう。よもやと思ったが
充分な距離を取って、胸元から紙片を取り出した。先ほど伊織に指を突きつけ
られた際に、密かに差し入れられていたものだ。
「これは……メールアドレス、ですね」
 伊織もあの時、そんなことを言っていた。おそらく雪歩に知られぬように打ち合わせ
を目論んででもいるのだろう。
145祓魔の聖戦(4/16) ◆KSbwPZKdBcln :2011/12/08(木) 20:33:55.23 ID:OdfZIloo
 なにしろ、別れ際の伊織の表情は、これからとても楽しいことをするのだとでも
言いたげに、期待と高揚に照り輝いていたのである。

****

 『決着』を約した収録までは瞬く間に時が過ぎてしまった。貴音とて暇を持て余して
いるわけではなく、それは伊織の事情も同様だったろう。彼女の指示通り、着信も
送信もその都度削除するという手間のかかったメールでの相談も結局数回しか
機会がなく、わかったことといえば「とにかく都度指示を出すのでそのとおりに動け」と
言われたことぐらいである。貴音なりにも考えてみたがそれが何を示すかわからず、
最後に見た伊織の笑顔が貴音をかつぐつもりではなかったという予感を信じるばかり
であった。
 かくしてその番組収録は特段の異変もないままに終演を迎え、歌のゲストで
呼ばれた貴音、コーナーゲストの伊織は収録現場では顔を合わせることなく
ディレクターがクランクアップを告げた。
「水瀬伊織」
「あら貴音、お疲れ様」
 先に着替えた貴音が控え室から出てくる伊織を呼び止めたのは、それからほどなく
してのことである。
「見事な手並みでした。これならよい番組になるでしょう」
「そちらこそ。あんたんとこはずいぶん慌てて新曲を出すのね、うちの倍のペース
じゃない?」
「わたくしには呑気に芸能活動をおこなうつもりもいとまもないのです。王たる者、
下々とは格が違うということです」
「粗製濫造を事務所の腕力で売りさばく王様ね」
「負け惜しみとは地に落ちたものですね」
「正攻法でやってるだけよ、あんたんとこと違って」
「961プロが邪道を行なっていると?」
「そうは言ってないわよ」
 伊織は貴音を睨みつけた。
「ファンの首筋に歯形をつけるのが邪道じゃないと言うなら、ね?」
「……お主」
 貴音は低い声で言い、動きを止めた。……恐らく近くで固唾を飲んでいる雪歩に、
自分が怒っていると悟らせるために。
 貴音の控え室、化粧ポーチの裏蓋に貼ってあったメッセージには伊織の筆跡で『私の
部屋に来て私とケンカなさい』とだけ書いてあった。例の収録以来、人が変わったように
頻繁にメールをやりとりするようになった雪歩からは彼女が今日はオフであることを
聞いており、今回の『計画』の流れから言っても主賓の彼女を輪に入れねば意味が
ない。先週の事務所での諍い以来、雪歩は貴音と伊織との間に何らかの確執を
感じているはずであるし、恐らく伊織は本日この場に、彼女が来ているのを承知
しているのだろう。
 自分と喧嘩をしろ、というのが伊織の注文だったが、それは今ここで取っ組み合いを
しろという意味ではあり得ない。なにか、彼女なりの舞台を用意しているはずだ。
 そこで、こう訊ねた。
「何を知っている?」
「あんたが知らないで欲しいと思ってることを」
 打てば響くように切り返した表情は得意げで、それは伊織の満足のしるしであろう。
「そうか。では、忘れてもらおうか?」
「まあ待ちなさい。場所が悪いでしょ?」
 以前演じた吸血鬼はここまで性急ではなかったが、及第点は取れているようだ。
「あと30分で、D7スタジオの撤収が終わるわ。あそこは明日も朝から続きを撮影する
からほとんどそのままになってるし、防音もしっかりしててお誂え向きよね。そこで
待ってる」
 D7スタジオは子供向けのヒーローものを専門に撮影するスタジオだ。ドラマ部分では
なく屋内の戦闘シーンを撮影するため、巨大な倉庫様の造りになっており、本番の
際には弾着や爆発でたいそう賑わう現場である。子供番組というものはファン層拡大
には非常に効率的で、貴音もデビュー間もない頃そのスタジオでゲストを務めていた。
146祓魔の聖戦(5/16) ◆KSbwPZKdBcln :2011/12/08(木) 20:34:43.22 ID:OdfZIloo
 返事も待たずきびすを返す伊織の背中を睨みつけてみせつつ、貴音はようやく全貌が
見えてきた今回の『プロジェクト』に、一種言い知れぬ高揚感を芽生えさせていた。

****

 萩原雪歩は、当然ではあるが忍び歩きに慣れていない。D7スタジオへの通路を
移動する間に、貴音は彼女が物陰に潜みながら後をついてくるのを確認した。
「萩原雪歩」
「はっ、はいっ」
 立ち止まり、振り向きもせず呼びかければあっさりと姿を見せる。あるいは、
呼ばれるのを待っていたのかも知れない。
「本日はオフのはずのあなたが、なぜここにいるのです?」
「す、すみません。わたし、なにか胸騒ぎがして」
「……水瀬伊織のことですね」
「はい……この間、四条さんと伊織ちゃんのやり取りを聞いてしまって。メールでは
教えていただけませんでしたし、わたしなんだか不安で」
 雪歩とやりとりしていたメールの中で、彼女は貴音と伊織の仲をそれとなく気に
していた。はっきりと訊ねられれば違ったかもしれないが、その内情を探られるのは
不都合だったため、あえてその話題をすりかえて会話していた。
「心配には及びません。もとより水瀬伊織とわたくしは敵同士」
「それはそうですけど」
「765プロダクションと961プロダクションは昔から因縁浅からぬ関係であると聞いて
います。何度か共演や競争を経て、わたくし自身も水瀬伊織に対しては思うところが
あります」
 これは、今回の件とは無関係に貴音自身が感じていることだった。
 デビュー時期が違っていたことや年齢差、彼女の立ち居振る舞いなどを遠目で
見ているうちは、本心を言えば水瀬伊織を見下していた。現在までの間にいくつかの
オーディションでひやりとさせられ、番組収録後に会話の機会を得て、彼女への
認識を改めたのはごく最近のことである。
 もともと『765プロダクションは最低最悪の事務所だ』と主張していた黒井社長の
言葉を否定する材料も持ち合わせていなかったため、大会社を率いる人物が
ああまで感情的になる種を心に植え付けた事務所や社長にも非はあるのだろうと
うっすらと考えていた。
 貴音がその考えを変えるきっかけとなった人物が水瀬伊織であり、そしていま
目の前に立っている萩原雪歩なのだ。
「わたくしも彼女とは腰を据えて話をしたいと思っていたのです。今日はその考えを
質す好機、心ゆくまで語り合うとしましょう」
「はわわ、それって言葉での語り合いのような気がしないですぅ!」
 雪歩にしてみれば『マスター』への精一杯の反駁なのだろう。自身の言葉が思惑
通りに伝わったことに、貴音は密かに満足を覚えた。
 ゆっくりと彼女に歩み寄り、さらにゆっくりと顔を近づける。
「雪歩、可愛いしもべ」
「……あ」
「汝は心配せずともよい。遠き時代より交わりし互いの縁を、いま一度見定める
だけです」
「は、はい」
 その頬に右手を滑らせ、微笑みを浮かべてみせる。妖艶と言われるような表情に
なっているか不安だったが、雪歩の顔に陶酔の兆しを認めて満足した。
 このまま強引に唇を奪っても雪歩は貴音を受け入れそうだが、筋を外れてしまう。
ほんの少し残念に思いながら、こう告げた。
「共に参りましょう。ただし手出しは無用です」
「……はいっ」
 おぼろげに見えてきた伊織の計画とは、少々違った行動になりそうだと思った。
147祓魔の聖戦(6/16) ◆KSbwPZKdBcln :2011/12/08(木) 20:35:20.32 ID:OdfZIloo
 だが、水瀬伊織ならこの程度の路線変更は対処できようし、そうでなければ……貴音が
認めた甲斐がないというものだ。

****

「遅かったわね、貴音」
「失敬。連れの者がおりました故」
「……雪歩」
 巨大倉庫の中心に立ち、大仰な態度で話し始めた伊織の顔色が、貴音の背後から
姿を現した雪歩を見て変化する。その表情から貴音が読み取ったのは焦りより
感心であり、伊織の用意したシナリオに貴音が朱を入れるであろうことは案の定、
予測済みであったようだと知れた。
「い、伊織ちゃん」
 自分の出番とわかったのだろう、雪歩が声を張り上げた。
「これ、いったい何なの?伊織ちゃんと四条さんの間に、なにかあったの?」
「雪歩、危ないわ、ちょっとどいていて」
「伊織ちゃん、こんなスタジオ危ないよ?なにかお話があるなら、どこか別の場所で」
 貴音としては、雪歩がスタジオまで隠れてついてきてしまうと伊織が会話のしどころを
失うのではないかと考えてのことだった。雪歩を同じ『舞台』へ上げることはこの先に
支障なかろうし、これで彼女は正式に観覧者の地位を得たことになる。
 貴音は声をかけた。
「萩原雪歩」
「四条さん」
「心配は無用です。お下がりなさい」
「でもっ」
「雪歩」
「……はい」
 ほんの少し語気を強めると、しぶしぶながら従う。次は伊織の手番の筈だ。
「水瀬伊織。先ほどの続きです。お主はわたくしの何を知っているのだ」
「あーら、言葉が乱れておいでよ?四条貴音さん」
「相手の程度に合わせているだけです」
「それはわざわざ手間かけさせたわね」
「はぐらかすならそれでもよかろう。お主の口を今宵限り閉じさせればよいだけのこと」
「へえ、どうやって?私の血は安くないわよ!」
 来た、と貴音は思った。まなじりを上げ、対峙する相手を睨みつける。
「なに?」
「昼間はトップランクの人気アイドル、見た目の美しさと独特な雰囲気で見る者を
惑わす。でもその実態は夜の闇に紛れてなにも知らない人間の生き血をすすり、
従順な下僕と化しておのが欲望のままに跳梁跋扈する吸血鬼。それがあんたの
正体よ!」
「ふん」
 予想の範囲内で助かった、と不敵な笑みの裏側で貴音は思った。きっかけが
貴音の吸血鬼なら、その幕引きもそうなるはずだ。これは、雪歩の中二病を
治療するための大掛かりなセレモニーなのだから。
 伊織と別れてからの一週間、貴音も彼女なりに研究をし、理解できたことがある。
中二病は、『治る』ものではなく、『卒業する』ものなのだ。
「そこまで知っていながら、なぜ我らの邪魔をする?所詮人の身ではかなわぬと
解ろうものを」
「忘れたの?その人の力で永いこと寝てたくせに」
 伊織の口上は、要するに芝居のト書きだった。筋立ての詳細を知らない貴音に、
大仰なセリフ回しで互いの役回りを解説するためのものだ。
「下らぬ。お主等の世話に少し飽いただけだというのに」
「一休みに300年もかけてたから、あんたの大事なしもべは空腹で死んじゃった
じゃない」
 貴音演じる吸血鬼はつまり、300年前に人間と戦い、最近まで雌伏していたようだ。
なにかがきっかけになって目を覚まし、この時代の人間を意のままに操るべく夜な夜な
血を吸って歩いているのだ。
「かまわぬのだ。人はいつの時代にもたんとおるのでな」
「そして人のいるところには、必ず私たちがいる」
148祓魔の聖戦(7/16) ◆KSbwPZKdBcln :2011/12/08(木) 20:35:53.09 ID:OdfZIloo
 じり、と伊織が身構えたのがわかった。これは以前出演した特撮番組の殺陣の
きっかけと同じで、つまりはこういうことだ。
 ……アクションシーンの始まり。
「お主等はいつもそう言う」
 言いながら、貴音も腰を落として右手の──固唾を呑んで見守る雪歩から死角に
なった方の──ポケットに手を入れる。この中に『スタート用』と書かれたスイッチを
説明書と共に発見したのはさっきのことだ。
「今も、300年前も、その前も。いちいち我等を煩わせる、お主等は何者なのだ」
「あら?興味ないんじゃなかったの?」
「我ではなく、我が同胞が欲しておるのだ。お主等を未来永劫……」
 空いた左手で真っ直ぐ伊織を指差し、ポケットのスイッチを準備して……叫んだ。
「晒し者にするためになあッ!」
 押すと同時に、爆発音。
「きゃあああっ!」
 貴音の視界の端で、雪歩が叫び声をあげた。
 飛び散る地面ともうもうたる土煙。爆煙は褐色の竜巻となって、伊織の立っていた
場所を天井まで覆い尽くした。
 小さな電子機器はその瞬間、伊織の足元に仕掛けられていた火薬を破裂させた
らしい。その規模の大きさに貴音は、一瞬『敵』の安否を気遣ったほどである。
 ただ、貴音の予想している筋書きでは当然これでおしまいの筈はない。当たり前だ、
相手は『正義の味方』なのだから。
 耳鳴りがおさまる頃を見計らって、強めの声音でつぶやく。
「ふ、他愛もない」
「それはどうかしら?」
「なに?」
 案の定答えがあった。声の主が見あたらず、とりあえず上だろうと視線を天井
あたりに流す。
「『闇を照らすは気高き光』」
「どこだ!」
「『魔を征するは聖なる刃』」
「し……四条さんっ」
 雪歩が声を上げるのと同時、貴音も見つけた。積み上がったコンテナ様のセットの
屋上に人影がある。
「そこか」
「『闇より這い出る魔の眷族を、光の刃で清めて祓う』」
 人影はさらに一歩、セットから身を乗り出した。ちょうどそこはスタジオ内のスポット
ライトが集束しており、変身──衣装の早変わり──を終えた伊織をひときわ
鮮やかに浮かび上がらせた。
「『太陽の女神の戦巫女!スウィート・エンジェリオン、ここに参上っ!』」
「……おのれ」
 口上の終わりしなに漏れたのは、台詞ではない。貴音の心からの一言だった。
 あの服装は以前、雪歩からデザインを見せてもらったことがある。765プロダクションの、
来シーズン用の未発表の衣装をベースとしたものだ。
 真っ白な上下セパレーツにコーラルピンクの縁取り。ノースリーブの羽根のような
肩口から伸びる腕は健康的な白さを際立たせ、ひらりと広がるスカートから覗く
膝小僧もそれは同様だ。胸元には大きなラップキャンディ型のリボン、背中に負って
いるのはクリスマスを思わせるスティックキャンディをかたどったアクセサリーで、
これからの立ち回りを思えば打撃武器にもお誂えである。
 その衣装をまとった伊織の姿は確かに美しく、可憐で、それでいて力強さを合わせ
持ったまさに太陽の天使と呼ぶに相応しい見目であり、彼女の登場を目の当たりに
した貴音はつい言葉を失ってしまったのである。
 アイドルとしてはクールビューティーを前面に押し出してはいるが貴音とて一人の
乙女、かわいらしいものにはつい惹かれてしまう。自分に似合うかどうかではなく、
あのようなキュートな衣装を着ている伊織を……貴音が本心から羨んでの嘆息だった。
 それが伝わったのかも知れない。満足げに微笑む伊織の表情はいかにも生き生きと
して、まさに主役の佇まい。翻ればこちらは……悪役とはいえあのような、はしたない。
149祓魔の聖戦(8/16) ◆KSbwPZKdBcln :2011/12/08(木) 20:36:34.70 ID:OdfZIloo
 よろしい、と貴音は思った。この上は憎まれ役を、見事に引き受けて見せましょう。
「エンジェリオン、か」
「違うわ、スウィート・エンジェリオンよ」
 きっと自分で考えたのだろう。伊織はこの魔法少女の名が気に入っているようだ。
「些細なことだ、墓碑に刻む文字数を省いてやろうと言うのに」
「要らないお世話ね。そのお墓に名前を刻まれるのは……」
 伊織が両手を上げた。今度は向こうの攻撃だ。……しかし、貴音はどこにいれば
よいのだ?おそらく足元のどこかに火薬が仕掛けてあり、先ほどの伊織と同じように
身を隠せばよい筈だ。
 そして伊織は、背中の巨大キャンディを取り上げて体の前に構えた。……飛び道具
だったのか?
「あんたの方なんだから!」
「くっ!」
 持ち手だと思っていたキャンディの棒の部分は、なんと銃身であった。マズル
フラッシュとともに貴音からかなり遠い地面に土煙が舞い始め、点々と跡をつけながら
段々近づいてくる。弾着のルートは大きく弧を描きながら迫って来ており、貴音は
これで走る方向を把握した。偶然だろうが雪歩と分断される方向、貴音は右奥に
逃げねば銃撃に捉まってしまう。
「このっ、ちょこまかとーっ」
 伊織はますます意気揚々とマシンガンを振り回す。貴音に逃げる隙を与えるためでは
あろうが、構図だけ見るとどちらが悪役かわからない。
 濛々たる砂埃が雪歩を視界から消した。これはつまり、貴音の姿も雪歩から見えない
ということだ。そのまま弾着を避けて走り続けると、進行方向の壁がドアのように開いた。
了解して勢いをつけ、飛び込むと同時に誰かがドアを閉めるのがわかった。
 その直後、ドアの向こうで聞こえた爆発はおそらく、先ほどの伊織のように貴音の
姿を消し去るための煙幕だろう。逃げ込んだ小部屋で貴音は一息つき、呼吸を整えた。
「四条さん。ご協力に感謝します」
「あなたは」
 ドアを閉めた人物がこちらに向き直り、そう礼を言った。貴音はこの女性を知っている。
「……秋月律子」
「ご無沙汰してます。30秒ばかりありますから、大まかに打ち合わせと行きましょう」
 律子とは直接には幾度か会っただけだが、噂はそれ以上に聞いている。アイドルと
しては決して侮れないレベル、それ以外の部分ではいわゆる参謀タイプの人間である
とのことだ。
「あなたが裏で糸を?」
「残念、発案は伊織です。私は雪歩のため、裏方全般を引き受けたの」
「そうですか。では、筋書きを教えてもらいましょう」
「……なにも聞かずに?」
 律子がいぶかしんだのは、貴音が『自分が陥れられている』可能性に及ばなかった
ことについてだろう。
「そうですね。時間が惜しいので端的に言えば、今あなたが『事務所のため』ではなく
『雪歩のため』と仰ったので、もう少しこの芝居に乗るつもりになりました」
「助かるわ」
「では、教えてください」
 猪突猛進型ではあるが頭も相応に切れる伊織が、相手や自分を怪我させかねない
火遊びを裏づけなしにしているとは考え難かった。消し炭の破片が目に入るだけで
巨額の補償問題に発展しかねないキャスティングなのだ。
 そのこともあったのだろう、伊織が先に攻撃を受けるストーリーにしてあった。これで
彼女が無事なのであれば、詳細を知らされていない貴音もある程度は安心できる。
火薬の量やタイミングなどは演者である伊織には測りかねようし、誰かナビゲーターが
いるだろうというところまでは貴音に想像がついていた。彼女のプロデューサーでは
ないかと予測したところだけが、これまでのところ大きな誤算である。
「あらあら、あんたはまた穴倉に潜っちゃったの?私は300年も待てないわよ?」
150祓魔の聖戦(9/16) ◆KSbwPZKdBcln :2011/12/08(木) 20:37:26.72 ID:OdfZIloo
 舞台側で伊織の声がする。断続的に爆音が続いているのは、貴音の準備を待って
いるのだろう。
 律子から必要な情報を得て、貴音は準備に入る。そろそろ魔物の本性を現す頃合だ。
服の襟に手をかけた。
 この服は彼女の私服とそっくりだが、似せて作られた衣装である。この下に『本性』の
衣装を着け、上から羽織っているだけのマントのような作りなのだ。
 ドアの影に身構えて、息を吸う。伝声管とメガホンを組み合わせた仕掛けが壁を
這っているという説明を受けており、ここで声を張り上げれば舞台中に大音声が
響き渡る。
「誰が逃げ隠れなどするものか!」
 地声がうまく響いたか、予想以上の大きな音に自分で驚く。壁の向こうの伊織も
同様で、一瞬声の勢いが消えたのがわかった。
「よくも散々虚仮にしてくれた!もうよい、遊びは飽いた。血なども飲みたくもないわ。
今からお主を微塵に切り裂いてくれる!」
 まだ隠れた状態であるので、貴音の姿は後ろに控えている律子にしか見えて
いない。本性の衣装になっていても構わなかった筈だがあえて普段着のままでいた
のは、それをきっかけとするためと自分の気持ちを切り替えるため、そしてもうひとつ。
 襟の手に力を入れ、一気に脱ぎ去る。それを確認した律子が手元のスイッチを操作
すると、ドアの向こうでひときわ大きな音が聞こえた。貴音が逃げ込んだ場所の
隣にある建物が、爆発とともに崩れ落ちた音、の筈だ。
「そこかあっ!」
 伊織の銃声が聞こえ、その方向に歩き出す。『本性を現した吸血鬼』には、スウィート・
エンジェリオンといえども通常の銃弾では傷ひとつ負わせることはできないのだ。
 ドアを超えて砂埃を抜け出すと、正面に銃を構えた伊織、左奥の壁に身動きできずに
いる雪歩が見えた。雪歩がこちらの姿に気づいて一瞬安堵の笑顔を見せ、ついでその
表情を凍らせる。
 衣装をぎりぎりまで脱がなかったもうひとつの理由は……そのコスチュームが
いささかならず恥ずかしかったためだ。
 ベースは先日も着た『ナイトメア・ブラッド』であるが、仔細を大きく違えていた。
背中の羽根と言い手足の爪と言い、鎧としてはより鋭く、禍々しくデザインされている。
色もブラッドレッドではなく、貴音のイメージカラーであるダークワインレッド。そこまでは
いい。しかしその上、ただでさえ露出の多い布地がますます減っていた。ブラもボトムも
ビキニラインは通常よりなお小さく細く、腹や足などほぼ丸出しである。肘からさき、
膝より下こそ堅牢に守られているものの、実際の戦場でこの格好をしようものなら
ものの数分で膾にされてしまうだろう。
 繰り返しになるが、貴音も本来は一人の乙女である。仕事ならともかく、映像にも
残らない余興でここまで肌を曝け出す衣装はどうにも恥ずかしい。いや、映らないと
言ったが、これがカメラに写る仕事なら地位も境遇も省みずキャンセルしたかも
知れない。雪歩のため、と心に決めたからこそこの衣装を身にまとい、こうやって
悪役を演じ続けてはいるが、正直ここまで扇情的な演出が必要だったのか、と
全てが終わったら伊織を問い詰めるつもりである。
 土煙から自らの姿が全て現れた頃、銃撃では効果がないと心得た伊織が武器を
下げた。
「豆鉄砲の出番は終わりか?まだ少し背中が痒いのだがな」
「うるさいわね」
「こちらの台詞だ。我らを小馬鹿にし続けた一族よ」
「なにか言いたいことがあるの?宵闇の住人」
「ない。なぜなら」
 右手を一振りすると、手首の内側から細身の剣が登場する。見た目は鋭利だが、
殺陣で使用する樹脂製である。
「今ここで貴様を滅ぼすからだ!」
 叫び、一気に伊織に駆け寄る。
 上背もあり鷹揚な印象のある貴音だが、職業柄筋力は充分に鍛えてあった。瞬く間に
距離を詰め、大きく振りかぶった一太刀目は例のキャンディで辛うじて受け止められた。
「ぐぅっ!」
「きゃああっ」
151祓魔の聖戦(10/16) ◆KSbwPZKdBcln :2011/12/08(木) 20:37:59.55 ID:OdfZIloo
 ぎぃん、と樹脂同士にしてはよい音がする。伊織が歯を食いしばり、雪歩が少し離れた
場所で悲鳴をあげ、手で顔を覆った。
 貴音も伊織も子供向けの特撮番組にゲスト出演したことがあるが、その立ち回りに
際してはいくつか基本的な決まりごとがある。先ほど律子から受けたレクチャーでも
その話題が出ていた。
 たとえば、今のような上段からの切り込みは下から受け、力相撲になる。そして受けた方が
必ず競り勝ち、切り込んだ武器を跳ね飛ばすのだ。
「があっ!」
「ぬう?」
 伊織の武器が貴音の剣を押し上げ、体を崩した貴音は数歩引いて姿勢を整える。
その隙を突いて、伊織がキャンディを――ここから先は棍棒扱いらしい――横薙ぎに
振る。
 横からの剣撃には剣撃で合わせ、三度の打ち合わせの後四度目で互いが引く。
 また、武器同士の戦いが続くと子供が飽きるので適宜、互いに避け合いながらの
肉弾戦を一しきり。手足の攻撃は長い武器に比べると動きが小さくなりがちなので、
体全体を使って大きく打ち、大きく受けるようにする。
 右、左、右と切り込むが全て合わせられ、四撃目はタイミングを合わせられて剣を
弾かれる。すんでのところで踏みとどまり、剣を後ろ手にして左フック、右ハイキック、
左後ろ回し蹴り。
 一対一での立ち回りの場合、カメラは横からは撮らない。攻撃が当たっていないのが
見えてしまうからである。必ず写線上に二人が重なり、攻撃がいかにも迫力あるように
撮影する。
 この場合の写線はカメラではなく、唯一の観客である雪歩だ。貴音の視界には
目の前で切り結ぶ伊織と、その先に腰を抜かして固唾を呑む雪歩が見えている。この
位置なら蹴りが実際には当たらなくても、雪歩からは痛烈な攻撃に映る筈だ。
 伊織が下段にガードを固めた。ならばと、右足をまっすぐ振り上げる前蹴りを見舞う。
「かあっ」
「きゃあああっ!」
 両手を合わせた部分に脛が噛み、伊織が後ろ向きに――貴音は自分の方が
驚きそうになるのをあやうくこらえた――十数メートルも吹き飛んだ。地面に深い
引き摺り跡を残し、雪歩の脇を通り過ぎて向こう端の壁に激突する。
 呼吸を整えて足元を見ると、地面に穿たれた跡の中に細い切れ込みがある。ここの
仕掛けはこれだ。どこかのタイミングで腰にでもワイヤーを取り付け、それがレールに
沿って伊織を引き摺って行ったのだ。
「どうした、もう終わりか?」
「……まだよっ」
 ゆっくり歩み寄り、声をかける。ここの壁はもろく作られていたようで、貴音の『魔の
力』で伊織は壁に大穴を空けていた。
「往生際が悪いな。楽に死なせてやろうと言うのだぞ?」
「誰があんたなんかにっ」
 貴音が近づくまでには、伊織は立ち上がっていた。これも仕掛けだろうか、スカートや
上着が大きく破れている。肌が見えるわけではないが、よくできたダメージ表現だ。
「真っ直ぐ立てもせぬひよっ子に何ができ……んむ!」
 小さなモーションで伊織が何かを投げるのを、すんでのところで顔を振ってよける。
小石?いや、服の影に隠し持った武器か。数歩下がって距離をとった。
「まだ何か持っているのか」
「これよ。あんたの大好きな十字架」
 片手に広げてみせたのは小さな、十字架の形をしたナイフだった。顔をしかめて
みせ、さてどのくらいおののいてみせようかと迷う。
「祝福儀礼済みの特製よ、さっきの豆鉄砲よりは効くんじゃない?」
「……小癪な」
 つまり、吸血鬼に効果のある武器である。貴音は小さく歯をむき出し、唸った。
「かように小さな鉄片が我にいかほど傷をつけられる?」
「かように小さな鉄片にずいぶん驚いてたの、見てたわよ」
「ならば我につけてみよ、傷を。できるのならな!」
 再び細剣を構え、伊織に駆け迫った。

『簡単に言うと、あなたの優勢、伊織の優勢、あなたが逆転、伊織が大逆転、です』
『なるほど、簡単に言ってくれますね』
152祓魔の聖戦(11/16) ◆KSbwPZKdBcln :2011/12/08(木) 20:38:34.37 ID:OdfZIloo
『でも、わかりますよね?』
『ええ、しかと』
 先ほどの、律子との会話の最後がこうだった。スタジオのあちこちに仕掛けを作って
あるから、臨機応変に利用して戦いの優劣を演出するということだった。
 剣と巨大スティックキャンディで奇妙な殺陣を続けながら、貴音はそれを思い出して
いた。伊織は近づけば打撃、距離をとると十字架の短剣を投げてくるので、戦況を
推し量るのも骨だ。
『して、わたくしの最期はどうなるのです?吸血鬼ですから、心臓に杭でも?』
『死んじゃうの、困るんですよね。なにしろあなたはアイドルだから』
『死亡を思わせる演出だと、翌日から雪歩と顔を合わせられませんね、確かに』
『だから、憑き物だけ落とすんです』
 そう言って律子は、貴音にウインクした。

「……どうした」
 先ほど短剣を投げたあと、伊織の動きが止まった。棍棒を青眼に構え、何かの
タイミングを計っている。
「ははあ、例の鉄くれも尽きたのだな。いよいよ進退窮まったと言ったところか、
光の使者よ」
「……」
 順序的には自分の優位になる番だ。この後が『伊織が大逆転』。今後の展開を
見極めながらゆっくりと一歩踏み出す。
「お主はよくやった。褒めて遣わそう」
「うるさいわね」
 背後で固唾をのむ雪歩に、自身の威厳をありったけ表現する。悪役はこういう時、
尊大不遜な振る舞いで正義の味方に接し、最後にはそのことで足元をすくわれる
ものなのだ。
「そうよの、せめてもの慈悲だ。苦しまぬよう一瞬でその細首を切り落としてやろうか。
それとも」
 残心を解き、剣を背後に回す。冷酷な声になっているよう祈りながら、舌なめずりを
した。
「おとなしくしているなら、あらためて我らの下僕としてこき使ってやってもいいが?」
「まっぴらだわ。どんな世界が来ようとも、私はあくまで私だから」
「殊勝よな。そういう顔が快楽にとろけるのを見るのはさぞ楽しかろう」
「ぬぅっ!」
 殺してやると初めに宣言したのを翻し、血を吸ってやると脅してみた。これを
きっかけと捉えたようで、伊織はよろめく体に鞭打ってキャンディの棍棒を振り
かぶった。
「猪口才な!」
 鈍い金属音を最後に、伊織の手から武器が弾け飛ぶ。貴音の後ろ数メートルの
位置にいる雪歩にも、この優劣は明らかであろう。雪歩から見て貴音の向こうに膝を突く
伊織と、伊織の背後に転がる棍棒が一直線に並んでいるはずだ。
「往生際が悪いな。お主のような輩を手駒にするのも面白かろうが、のちのち厄介事の
種にもなりそうだ」
 一度は下げた剣を再び構え、ゆっくりと伊織に近づきながら言った。
「やはりお主には死んでもらおう。我らの栄えある未来のためにな!」
「……あと一歩」
「なに?」
 声が小さかったため、反応が遅れた。しかし、それもどうやら伊織のシナリオ
だったようだ。細剣を上段に振り上げたまま動きを止めた貴音に、疲れの見える
表情で伊織は笑みを浮かべたのだ。
「あんたの立っている場所をよく見ることね、神に見放された者!」
153祓魔の聖戦(12/16) ◆KSbwPZKdBcln :2011/12/08(木) 20:39:12.23 ID:OdfZIloo
「なんだと!?くぅ?」
 不意に足取りが重くなり、本心から声が出た。同時に低い地鳴りが聞こえてくる。
……これは。
「あんたを縫い止めるのにはずいぶん仕掛けがかかったわ、さすがね。でも」
「こ……これは」
 これは……磁石だ。いつの間にか床が地面ではなく、むき出しの鉄板になっている。
そこに靴底が張り付き、動けなくなっていたのだ。
 衣装のブーツが妙に重いとは感じていたが、床に仕込まれた電磁石に反応するよう
仕掛けが施されていたのだろう。
「でも、この十字架からは逃れられないんだから!」
 地鳴りはさらに大きくなり、あたりを見回すと自分に光が注がれているのに気づいた。
伊織から少し角度をつけて、前後と左右からサーチライトのような光が貴音に放たれて
いるのだ。
「なん……だと……っ」
 これが、『伊織の大逆転』だ。彼女が投げていたナイフはやみくもに放られていた
のではなく、貴音を囲むように巨大な十字架の結界を張るべく設置されていた、という
筋立てなのだ。
 光と地鳴りがひときわ大きくなった。すなわち、『結界が強くなった』のだろう。そろそろ
クライマックスだ。
「ぐおおおおおっ!」
 貴音は大きな声で唸る。巨悪の最期だ、怒り任せの最大の抵抗を見せねば正義の
味方も甲斐がなかろう。
 磁石で縫い止められた足取りがままならないだけでなく、手も体も動かし難い。
布地の少ない衣装だが、この中にもいろいろ仕掛けてあったようだ。それに抗いながら
もう一度剣を振り上げる向こうに、取り落とした棍棒を再び手に取る伊織の姿が見えた。
「劫魔伏滅、エンジェル・ウォーハンマー!」
 必殺技の呪文だろう、棍棒を頭上に掲げて叫ぶと、キャンディの部分が変化した。
自動車用のエアバッグでも仕込んであったのか、破裂音とともに十字架型の両手棍、
すなわち巨大な金槌の姿になったのだ。
「闇より出でし悪しき者よ、神の破槌にて光に還れ!」
「おのれ、スウィート・エンジェリオンンンッ!」
 伊織の祝詞に応ずるように、貴音の怨嗟の絶叫が響く。白く輝く十字架を構えた
伊織が貴音に向かって走り出し……。
 ……その時。
「だめええええっ!」
 悲鳴とともに、二人の間に雪歩が割って入った。
「ばっ、ばかっ」
「雪歩!?」
 驚いた表情の伊織は、しかし走る勢いを緩められない。彼女の頭の中にはこの
ような妨害は想定外だったのに違いない。
 そして貴音は、自分をかばって伊織に立ち塞がる雪歩の足が震えているのに
気がついた。
 本当に雪歩が貴音の『魔力』に囚われているのなら、怯えたりなどしないだろう。
マスターを護るのはサーヴァントの務めなのだから。雪歩が震えている、その理由は。
 体じゅうの力を振り絞り、貴音は雪歩の肩に手をかけた。
「よいしもべだな」
「マス……」
「だが、もうよい」

 とん、と体を突き、伊織の進路から彼女を避けさせた。

「し、四条さんっ?」
「雪歩」
 彼女が怖がっているのは吸血鬼でも神の使いでもなく……。
 大切な友達同士が争っていること、なのだ。
154祓魔の聖戦(13/16) ◆KSbwPZKdBcln :2011/12/08(木) 20:39:57.60 ID:OdfZIloo
「萩原雪歩、心のままに生きよ。我でなく、自身の、な」
「だあああああああっ!」
 伊織が高く──踏み切り板かトランポリンか──ジャンプし、巨大なハンマーを貴音の
脳天に振り下ろす。数メートル離れてぺたりと座り込んだ雪歩には、まさに吸血鬼を
退治する神の使いが見えたことだろう。
 伊織の着地とともに大きな爆発音と、いちばん当初にあったような砂煙が立った。
たちまち全員の姿が見えなくなる。
 直後、貴音のすぐ脇の地面に穴が開き、中から顔を出したのは……。
「──」
「しっ」
 つい言葉を発しそうになる貴音を制し、現れた秋月律子はさきほど彼女が脱ぎ捨てた
普段着の衣装を取り出した。最後の仕上げというわけだ。


****


 戦いは終わり、やがて周囲を遮っていた塵埃も落ち着いてゆく。少しずつ晴れる
視界の中に雪歩が見たものは、一人うつむき立ち尽くす伊織。
「い……伊織ちゃんっ!」
 いまだ震えの止まらない膝頭に鞭を入れ、どうにか立ち上がって彼女の元へ
駆け寄る。
「伊織ちゃん!いったいこれは──」
「雪歩」
 伊織が視線を定めたままなのに雪歩は気づいた。彼女が見つめていたのは。
「あ……!」
「あの吸血鬼は消える前に、あんたになんと言ったかしら?」
 その先にあるのは、安らかに目を閉じる、元の姿に戻った貴音であった。
「四条さん!」
「……雪、歩」
 地面に膝を突き、手を差し入れて助け起こす。普段着の服を上からかけられている
その下は一糸まとわぬ姿である。あの禍々しい吸血鬼のいでたちは、伊織の一撃で
霧消したという設定なのだろう。
「四条さんごめんなさい、わたし、わたしっ」
「大事ありませんか、雪歩」
「ねえ、雪歩」
 手にしていた武器を投げ捨て、伊織も二人に歩み寄った。
「いくらなんでも気づいてるわよね?これ、お芝居よ」
「うん……。私がおかしなふうになっちゃったから、二人で付き合ってくれたんだよね」
「ま、そういうこと」
 中二病は治るものではなく、卒業するものである。
 自らの内になにか大きな能力や才能が秘められているのでは、と夢見ることは
誰にでもある。だが子供ならともかく、大人と呼ばれる人種はそれに陶酔しない。
 その能力を開花させるのは自分自身であると知っているからだ。それを知ることで、
人はまた一歩成長するからだ。
 人間には無限の可能性がある、それは事実だ。しかし、可能性を現実に変えるのは
神や悪魔や超常現象の力ではなく、その本人の努力そのものであるのだから。
「うん。四条さん、迷惑かけちゃってすみませんでした」
「萩原雪歩。わたくしの言動がもとで、あなたの思い込みが迷走を始めたのだと聞き
及びました。わたくしは、あなたを陥れる気も一人勝ちに浸るつもりもありません。
あなたとは、正々堂々と芸能を競い合いたいと考えているのです」
「はい、肝に銘じます。わたし、これからもっと頑張って、四条さんに認めてもらえる
ようなアイドルを目指しますね」
「その程度では困ります。私にとって脅威に足る存在となってもらわねば」
「ふええ?それは無理ですようっ」
155祓魔の聖戦(14/16) ◆KSbwPZKdBcln :2011/12/08(木) 20:40:29.04 ID:OdfZIloo
 雪歩が、貴音の手を取った。貴音もそれを受け、ゆっくりと身を起こす。肌が露わに
ならぬよう手早く服を着るそばで伊織が微笑んだ。
「あらあら、とんだサービスショットじゃない」
「……水瀬伊織」
 貴音は立ち上がり、眉間にしわを寄せて伊織に向き直った。
「あなたには質したいことがあるのです」
「え?いったいなんのことかしら?」
「この顛末の脚本についてです!確かにわたくしは雪歩のために付き合うと言い
ましたが、ここまで手の込んだ仕掛けが必要だったのですか?」
 当然のことながら、収録スタジオを無断で使用することはできない。まして弾着や
爆発、倒壊セットまで準備するには資金も時間も少なからず必要である。貴音と雪歩の
スケジュールの空きは事前に調べると仮定しても、それに合わせて伊織や律子の
体を空けておくのも決して簡単なことではないだろう。
「だって、私たちはアイドルでしょ?クラスの友達のために一芝居打つってわけじゃ
あるまいし、相応に説得力のあるバックグラウンドを作らなきゃ出演者たちだって
力が入らないじゃない」
「それにしても、単なる余興に行なう規模では」
「遊びは本気でやらなきゃつまんないでしょ。それに」
 悪びれることもなく伊織が続けた言葉に、貴音は耳を疑った。
「なんなら元が取れるくらいの作品になったしね、にひひっ」
「い……今、なんと?『作品になった』?」
「ああ、もちろん今すぐどうこうとは考えてないのよ、961プロが765プロとの共同制作に
OK出すとは到底思えないし。いつかあんたがフリーになるか移籍でもしたら──」
「撮ったのですか!?い、今の芝居を撮っていたのですか!」
 あまりのことに眩暈がしてくる。楽しそうに語る伊織の解説によれば、スタジオ内の
ありとあらゆる場所に隠しカメラを設置し、コンピュータ制御と律子の操作によって
今の戦闘シーンの全てが撮影されていたという。あとは編集とナレーションだけでも、
起承転結のあるドラマに仕立てることが出来るというのだ。
「言ったでしょ、本気でやらなきゃつまんないって」
「……なんと……なんという」
「貴音もいい芝居してたわよ?アドリブであそこまでできるなんて、さすがトップアイドルは
違うわね」
「世辞などいりません!消去をっ、その映像の消去を求めますっ!」
「え?やーよ、何カットか見たけどけっこうよく撮れてたんだから」
「そんなものが世に出たらわたくしは、わたくしはぁっ!」
 すっかり騒動のおさまったスタジオに、二人の言い争いはしばらく続いていた。


****


 一週間後、貴音はまた765プロダクションを訪れていた。伊織と契約を交わすため
である。
「じゃあ、これでいいわね。例のビデオに関しては、私とあんたの双方の合意なしには
上映・放送・その他、当事者4名以外の他者の目に触れる状態にしない、と」
「よろしいでしょう。本当なら記録原本を今この目の前で焼き捨てて戴きたいくらい
ですが」
「ケチなこと言わないでよ。ほんとにいい出来なんだから」
「どんな出来であろうと、出自を疑われるものを民輩の目に晒すわけには参りません」
 この点に関しては貴音は実に強硬であった。
 何度も言うが貴音も一人の乙女である。題目はいろいろと唱えはしたものの、要するに
過剰に肌の見える衣装を自らの意思で身に付け、自ら進んで大立ち回りに及んだ
ことがあの『映像作品』を見たものに知れてしまうのがあまりに恥ずかしかったのだ。
156祓魔の聖戦(15/16) ◆KSbwPZKdBcln :2011/12/08(木) 20:41:07.25 ID:OdfZIloo
「ま、いいわ。実際あんたが嫌なら世に出すつもりはなかったし、当初の目的どおり
雪歩の中二病もどうにかなった。私としては満足よ」
「雪歩の件に関してはわたくしもそう存じます。手段の仔細は今さら問いますまい、
伊織、雪歩を思い遣っていただき感謝しています」
 貴音は改めて伊織に頭を下げた。一瞬前まで喧嘩腰だった相手に恭順の態度を
とられ、伊織は頬を赤らめる。
「べ、別にいいのよっ、ほら私だって雪歩があのままじゃ困るわけだしっ」
 慌てる伊織を見て、これまた可愛らしいことだと貴音は思う。これまでの彼女の
立ち居振る舞いを見る度、貴音は軽い羨望を覚えるのだ。
 萩原雪歩に対しては純粋に、互いに技を磨き、競い合いたいという願望がある。
好敵手……そんな言葉が似合いの相手だと感じている。しかし、伊織にはもっと複雑な
感情が貴音の中に生まれていた。
 雪歩のことは真実、心配もしたし彼女の心を強くする手助けもできたと満足している。
ただ、貴音がそれだけで行動を起こしたかというと、そうではなかった。
「雪歩の目を覚まさせるためだけなら、実際には膝詰め談判で説き伏せることもできた
でしょう。しかし伊織、あなたはそうはしなかった」
「だって……」
「お互いスケジュールに追われる身、時間や資金のことを勘定に加えるなら間違っても
『特撮ドラマを1本撮る』という選択肢は生まれ得ません。あえてそうした、その真意は」
 初めて相談を持ちかけられたときのあの表情。即興芝居で活劇を行なうという
考えがたいシチュエーションでの、あの生き生きとした立ち回り。伊織は、おそらく。
「誰かと、思い切り遊びたかったのでしょう?」
「──っ」
 伊織の顔に、みるみる朱が差してゆく。
 彼女もまた忙しい身の上である。気詰まりな仕事も、我慢を強いられる局面もある
だろう。そんな中、仲間が中二病という病気にかかった。この病を治す可能性を調べて
ゆくその中に、たいそう楽しげなものがあった……そんな経緯だろうと思う。
「仕事では荒唐無稽な役柄を演ずることもあるでしょうが、それはあくまで台本あっての
もの。伊織、あなたは自分の好きな状況で、自分の思い描く主人公を演じたかったの
ではありませんか?」
 これを推測する、とても大きな要素があった。

 水瀬伊織は中学二年生……彼女こそが『中二』そのものなのだ。

「……わ、私がなにかいけないことでもしたわけ?」
「いけないことなどなにもありません。ですが伊織、わたくしにくらいはもう少し、素直に
してくれても良かったのにとは思っていますよ」
「なんであんたあんかに素直になんなきゃならないのよっ!」
 ますます赤い顔でまくし立てる伊織に、貴音は涙を拭う振りをする。
「わたくしにあのような恥ずかしい衣装を着せたくせに。自分ばかり目立つ都合の良い
シナリオを考えたくせに。くすんくすん」
「だー、もう。悪かったわよ、だまし討ちみたいにあの衣装着せてごめんなさいってば」
 伊織の態度で自分の推測が裏付けられ、貴音はそれで溜飲を下げることにした。
「まあ、いいでしょう。少々の不満はありますが、総じてはわたくしもおおいに楽しめました」
「そう?なら、よかったわ」
 再び笑顔に戻ってそういうと、ほっとしたような面持ちで伊織は言った。
 この、くるくる変わる表情もうらやましい、と貴音はそっと思うのであった。
「時に、あれも伊織のデザインなのですか?」
「まあね。セクシーだったでしょ?」
「殿方の欲望丸出しという意味では。大したセンスを持っていますね、水瀬伊織」
「人をおっさんみたいに言わないでよね」
「お疲れさまでしたぁ」
 他愛もない話題を続けていると、事務所入口の方から萩原雪歩の声がした。営業から
戻ってきたようだ。
157祓魔の聖戦(16/16) ◆KSbwPZKdBcln :2011/12/08(木) 20:41:45.74 ID:OdfZIloo
「久しいですね、萩原雪歩」
「あ、四条さんいらっしゃいませ。伊織ちゃん、ただいま」
「おかえり、雪歩。今ちょうど、こないだの話してたのよ」
「この間のって……あっ」
 伊織の手招きに応じてソファに座った雪歩は、何かに思い当たったように声を上げた。
「また、なにか事件があったんですね!」
「……え?」
「は?」
 二人は揃って首をかしげる。事件、とは?
「この間のわたしみたいに、また誰かが中二病を発症したんでしょう?いよいよまた
『中二病ハンター・タカ・アンド・イオ』の出番が来たんですねっ?」
「は、萩原雪歩……あなた、まさか、まだ」
「え?やだな四条さん、わたしは至って正気です!」
 嫌な予感を拭えぬまま問う貴音に、しかし雪歩は元気に反論した。
「あの時、わたしは目が覚めたんです!お二人はわたしみたいな悩める少年少女を
心の暗い呪縛から解き放つ救世主なのだと完璧に理解したんです!」
「きゅ、救世主?」
「ええええっ?」
「わたし、治していただいたご恩は絶対忘れません。お二人のためならなんでも
しますから、今度のターゲットは誰なのか教えてください!まずは内偵ですか?
それとも舞台装置の準備にかかりましょうかっ」
「あ……あー、雪歩、実はこれから計画を練るところなのです。まだ少しかかります
から、まずは荷物を置いてきてはどうですか?」
「あ、そうですね、わたしったら。じゃあちょっと失礼します。伊織ちゃん、わたし
ロッカールームに行ってるね」
「はいはい」
 雪歩の姿が消えたところで、二人は渋面を作って互いを見つめた。
「どういうことです水瀬伊織。治っていないではありませんか」
「おっかしーわね。あの子、今日まであんなこと一言も言わなかったのに」
「ふうむ。わたくしたちが共にいると雪歩の『中二ごころ』がくすぐられるのでしょうか」
「よしてよ縁起でもない」
 伊織は迷惑そうに思案しているが、貴音は今の萩原雪歩なら心配することはない、
と判断していた。以前のようなおかしな妄念とは桁違いに現実寄りであるし、
『中二病ハンター』という単語にも彼女なりの遊び心を感じる。
 雪歩は、この三人が揃っているときだけ、あの時の伊織や貴音の立ち位置で
不思議な設定を楽しんでいるのだろう。おそらく他の者がいればすぐ現実に立ち返る
だろうし、番組やオーディションでまみえれば全力で立ち合ってくれるに違いない。
 それに。
「しかし、これは由々しきことです」
 貴音は真面目な表情になり、腕を組んだ。
「わたくしの『吸血鬼』が消滅してなお、あのような思い込みが残るとなると、これは
むしろ一連のお膳立てを行なった伊織、あなたの方に原因ありやとも懸念されますね」
「はあ?あんたナニ言い出して」
「伊織」
 それに。
 これで、また伊織と遊べるではないか。
「いずれにせよ今度は、あなたが『一肌脱ぐ』番だと考えますが?」
「……えっ」
 貴音は笑いながら、赤い顔のままで黙り込んでしまった伊織をしばし堪能することにした。





158祓魔の聖戦(あとがき) ◆KSbwPZKdBcln :2011/12/08(木) 20:42:25.39 ID:OdfZIloo
以上でございました。お読みいただけたなら幸せに存じます。
まー中二病にかかったまんまというのも申し訳ないので、回収話を考えていたら伊織が
「そんなの私にまかせなさいよっ!にっひひ♪」
って首つっこんできました。
この世界観に中二はもう一人いるのですが、こちらの姫は発症しなさそうですねー。

>>139
春香のイザと言うときの色気のなさマジ天使w
つーか春香が起きるまでPなにしてやがったのか激しく気になるところです。

この先どうなるやらってんで皆様、よいクリスマスと年末と年明けを迎えられますよう
あらかじめお祈り申し上げておきます。
ではまた。
159創る名無しに見る名無し:2011/12/11(日) 22:28:37.40 ID:XeNWAaOS
>>158

次は誰が発症するのでしょう(笑) そしていおりんが楽しそうで何より。
160創る名無しに見る名無し:2011/12/12(月) 00:19:58.53 ID:bZykTdlq
>>158
あのDVD欲しいんですが、ドコに振り込めばいいでしょうかw?
161 ◆zQem3.9.vI :2011/12/13(火) 11:50:38.53 ID:/994f1b4
長編投下致します。
・テイルズオブザワールド×アイドルマスターのクロスオーバー
・文章に大いに厨二要素(多分)がある可能性大。
・テイルズサイドの世界設定が独自のもの。
・アイマスサイドの出番は現時点で春香のみ。

以上の要素に抵抗及び拒否感を覚える方はスルー推奨。
162TOWもどきim@s異聞~第一章~春香編13:2011/12/13(火) 11:52:56.73 ID:/994f1b4

 それまで単なる辺境の小国家とばかり思っていた自分の生まれ故郷が、『ある側面』では特別であり幸運な国なのだということを、
風聞として知ったのはそれなりに幼い日のことだった。けど、実際それは彼にとってそんなに大した意味があるとは思えない。
 屈折したプライドを持った一部の上流貴族の中には、世界樹の麓で生きているという事実だけで他国への妙な優越感を抱いている者も
いるのだから、呆れるより他ない話だ。
「自分が生き仏にでもなったつもりかしら」―――と、同じ貴族達のそんな風潮を、嘆くようにそう呟いていたその少女の顔は、
会ったのが一度きりだったというのもあり細かい輪郭ももう思い出せないが、妙に疲れきっていたのを覚えている。
あと、眩しいを通り越して痛い位に自己主張してくるあの額とか。

閑話休題。
そんな『一応』特別な国ヴォルフィアナの北端に位置する、フロランタン村の片隅にて。
―――幼なじみの家の小窓から覗く、今日も変わらず遠くでどっしりと根付いている世界樹に視線を馳せていた赤毛の猟師ことリッド・ハーシェルは、
ふとうずうずとこみ上げる衝動に堪えきれず、大口で大欠伸をしてしまう。
そこで、ジュージューカチャカチャと美味しそうな匂い及び音を発生させていた家主が咎めるように声を飛ばしてきた。

「こらリッド!せめて口は手で押さえてよ、はしたない!」
「あのな、男相手に『はしたない』もどうかと思うぞ」
「どっちにせよ人前でみっともないことには変わらないでしょ!」
人前、と言われてふと気づく。
―――ああそうだ、今回はお客もいたんだった。
「待っててね、もうすぐ出来上がるから!」
目の前には、カチコチという擬音が似合いそうなほど凝り固まった表情で両手を膝に置き、沈黙を貫く一人の少女。
肩先までの長さの焦げ茶色の髪の両サイドに、自分と同年代にしては若干子供っぽい気もするような桃色のリボンをあしらっている様が不思議と似合う。
ただ、どこの宗派なのかは知る由もないが首から下の全身を包む修道着は、ちょっと本人には不釣り合いに大人びた意匠に思えたが。
彼女は落ち着きなく辺りを見回すと、ちょっとばかり焦ったようにキッチンのファラに声をかける。
「あの、せっかくのご厚意は有り難いんですけど・・・」
「敬語はいいよってさっき言ったでしょ?」
「・・・・・・そ、そう、だね・・・・・・あの、帰ったばかりでファラも疲れてるだろうし、無理してご飯作ってもらわなくたっていいんだよ?」
「大丈夫大丈夫!それに、前から欲しいって思ってたハーブやスパイスがいっぱい手に入ったんだもん、試したくなっちゃったんだ」
楽しげに鼻歌すら口ずさみつつ、ファラはそのまま調理を再開した。
「あ、リッド?そういえばちゃんと手ぇ洗った?一緒に食べるのは構わないけど、汚れはちゃんと落としておいてよ!」

窘めるようなその口調に半ば投げやりに「へいへい」と答えてると、ふと萎縮しきった謎のシスターと目が合う。
「あ、あははは・・・・・・」
遠慮がちに、だが引きつったその笑い顔には「何でこういうことになってるんだろう?」という戸惑いが大いに見て取れた。
「気にすんなよ、お節介はあいつの専売特許みたいなもんだから」
 出されたお茶を片手でグビグビあおるとーーー次の瞬間、「ぐほっ!」と喉から茶を逆流させかけた。
「おっ、おまっ・・・・・・!一体何入れたんだこれ!?」
苦い・辛い・しょっぱい―――と、味覚の負の要素がこれでもかという程入り交じったようなお茶(と称するもおこがましい気がする液体)を指さして、
珍しく声を荒げて幼なじみに文句をつける。
「・・・・・・あれ、美味しくなかったかな?結構自信があったんだけどなぁ、このハーブティー」
「味だけで死ぬかと思ったぞ!」
「失礼だなぁ・・・・・・さっき手に入れた体にいい薬草がたっぷり入ってるのに」
―――何でも入れればいいってもんでもないぞ、おい。
というか、まさか今このお茶に仕込んだようなブツ(ハーブ)を料理に入れる気なのか、と戦々恐々となったところで。
不意に「プッ」と笑いを堪えるような声が思いも寄らぬところから届いた。
ファラと揃って声の発生源を見やると―――ハッと我に返ったかのように、少女がワタワタと手を振って、
「ごっ、ごめっ・・・・・・笑うつもりはなかったんだけど、なんか、二人のやり取り見てたら急に力抜けてきちゃって
それに比べればか細く可愛げのある腹の虫が自己主張してきた。
163TOWもどきim@s異聞~第一章~春香編13:2011/12/13(火) 12:01:54.36 ID:/994f1b4
「・・・・・・うう」
さっきとは明らかに違う意味で小さくなり、顔を赤らめている少女を見て。
幼なじみ二人は示し合わせた訳でもないのに、視線を交わして少し笑い合う。
どうやら、緊張の糸は多少ほぐれてくれたようだった。
 その考えには、何の根拠もなかった。
 多分だけど、きっとさっきみたいに控え目に振る舞うより、歯を見せて元気に笑っている方が似合うような娘なんじゃないのか、と。
そんならしくもない感想が、彼女の笑顔を見た瞬間、真っ先に頭を掠めた気がした。



話はつい先刻、リッドが午前の分の『獲物』を狩り終えて、一旦村へと帰還した時まで遡る。
入り口付近に出来上がっていた小山のような人だかりを、リッドはさして気にすることもなく流そうとしていた。何せ飼育されている山羊の
子供が生まれただけでバケツをひっくり返したような大ニュースになる小さな村なのだ、いちいち気に留めていたらキリがない。
だが、喧噪の中から幼なじみの名前が漏れ聞こえた時、気づけば足は反転して人垣を押し分け、騒ぎの中心に向かっていた。
お人好し・世話焼き・お節介焼きと三拍子揃ったその気質が祟っては、騒動に巻き込まれることも少なくはない彼女の名前を聞いた時点で、
リッドの脳裏には最早この後待ち受けているであろう『後始末』への懸念ばかりがあったのだが、実際は少し違っていた訳で―――。

「それでね、春香ったらすごいんだよ!魔物にぶつかっては転んで、立ち上がったらまた転んで、それ繰り返すだけでバンバンすっごい
アイテムが増えてくるんだもん。
やっぱり神サマに仕えてる人って徳が高いのかな?」
「・・・・・・ごめんねファラ、自分で言うのも何だけどもう全然ラッキーでも何でもない気がする」

興奮する幼なじみとは裏腹に、乾いた笑顔で応じる少女―――春香の声は若干自己嫌悪に沈んでいるようだった。
人垣の中心に立っていた彼女らと、その脇にどっさりと積み上がっていたアイテムや食料の山を目にした時には、予想を大きく
外れた光景だったことも手伝い若干口を半開きにするより他なかった。
 話を要約すると、彼女が転ぶその度に何故か異様に魔物との遭遇率が高くなり、そしてその都度ファラが倒したそれらからは、何故か
普段森ではお目にかかることのない貴重な資材やレアアイテムを採取することが出来たというらしい。
(・・・・・・まあ、ホントにそんなことで手に入ったなら確かにすげーよな、これは)
内心ちょっと信じられない心地で、彼女らの傍にドッサリと袋詰めにされ鎮座しているアイテムの数々を眺めてみる。
聖なる実、オーラクリスタルにヒヒイロカネ、レアスパイスetc.
今は遠い先進国の大学に留学中の、気難しい幼なじみ程の見識がなくともわかる。世界一周でもしなければ到底手に入らないような代物ばかりだ。
「というか、村の皆に分けるにしたって、大前の分だってもう少し残しておいたって良かったんじゃねえの?」
遭遇率の話はさておくとしても、実際にそれらの魔物と戦ってアイテムを勝ち取ったのは他でもないファラの功績だ。
が、そもそも独り占めという発想自体浮かばないであろう彼女の手元に残ったのは傍目から見てごく僅かだった。
「私一人分くらいはちゃんと計算して残しておいたから大丈夫だよ。それに、こうして早速有効活用させてもらってるもん」
そういってファラは、「ほっ」と軽い呼気と一緒にフライパンを振り上げ、脇にあった皿の上に料理を見事に『着地』させた。
 鮮やかな緑色が混じったハーブオムレツにスープ、温め直した固焼きのパンが、湯気を立ててリッドと春香の前に差し出される。
「前に城下のレストランで食べた奴の見よう見まねなんだけど、結構自信あるんだ。
遠慮しないでドンドン食べてね!」
空腹も手伝い、「いただきます」の挨拶もなしに木製の匙で一口。するといつものとろけるような卵の触感に混じり、ふわりと爽やかな風味が広がる。
「おー。・・・・・・まあ確かに、結構イケるなこれ」
「「遠慮しないで」って言うのはリッドに向けて言った訳じゃないからね?」
若干警戒するような調子で言うファラに対し、随分な言われようだなと肩を竦める。
「いいじゃねーか、俺だって午後からの仕事に備えてスタミナつけときたいんだよ」
「食べること自体は構わないけど、遠慮はしてって言ってるの!リッドが本気出したら春香の分なんてあっという間になくなっちゃうじゃない!」
164TOWもどきim@s異聞~第一章~春香編15:2011/12/13(火) 12:16:13.11 ID:31WashLc
↑14でした(汗)

さ、春香!とファラによって目の前に置かれたオムレツに、当の彼女が面食らったのも束の間だった。
 木製のスプーンでフーフーと息を吹きかけながら恐る恐る口に入れて―――瞬間、それまで借りてきた猫のようだった顔が満面の笑みに染まった。
「・・・・・・美味しいっ!ファラ、料理まで出来ちゃうんだね!」
「あはは、これでも一人暮らししてるもん。これ位出来ないと。―――ああホラ、ゆっくり食べよ!」
それなりに空腹だったのか、結構なハイペースでオムレツをかきこんで少々噎せた春香の背中を、ファラが慌ててさする。
「卵も綺麗に焼き上がってるよね。スゴいなぁ、私って半々の確率で焦がしちゃうもん・・・」
お菓子だったらそれなりに出来るんだけど、とちょっと羨ましげに言う。そんな彼女にファラもうんうんと同意するように頷いて、
「昔は私もそうだったけど、慣れれば簡単だよ。何だったら後でコツ教えようか?」
「え、いいの?」
と、それまでガチガチに緊張していたことも忘れたかのように、春香はそのままファラと料理談義に突入していく。
 ・・・・・・さて、言及するならばここらがいいかも知れない。
この和気藹々とした空気に水を差すのも無粋だが、それでも一応確認しておく必要はある。
「―――で、春香。お前一体どこから来たんだ?」


ああ、やっぱり尋ねられて当然か―――
本人にしてみれば何気ない確認事項のつもりで放った筈の、だが春香にとっては爆弾に近い質問。
というか、ついさっきまで赤の他人に近かった春香を、取り立てて何も聞かずに自宅へまで招き入れているファラの対応の方が異例なのだろうが。
一番最初のクマモドキーーーもといエッグベアだけならばまだギリギリ常識の範疇で片づけられたことだろう。
しかし、事ここに至っては、最早春香は諦めに近い心地で一つの確信を抱いている。
 ここが電車はおろか、それこそ飛行機を使ってでも通常は辿り着けるような場所じゃない、という事実に。
―――春香はトレイを手にしたファラに少し頭を下げてから、
「ごめん、ファラ。頼みたいことがあるんだけど」
「え、何?どうしたの?」
「私の顔、遠慮なく思い切りつねってみてくれないかな?」
「・・・・・・は、はい?」
いきなりの要求に、勿論彼女の顔は流石に面食らったような感じで引きつった。
無論春香だって、現状を受け入れられないが為にそんな台詞を言っている訳でもない。事実ここまでの道中、ファラが前に立って戦ってくれてはいても、
ちょっとした痛みの他に降ってきた様々な感覚は夢で済ませられない位鮮やかさだったのだ。目の前のオムレツの味も含めて。
が、そこで戸惑うファラに代わって、意外にもひょいっとその手を顔に伸ばしてきたのは
彼女の幼なじみにして場の空気に一石を投じた本人たる赤毛の猟師こと、リッドだった。
「い、いひゃひゃひゃひゃ!」
「おー、伸びる伸びる」
「こ、こらリッド!?」
「・・・・・・んだよ、本人がやれっつってきたんだろうが」
言葉を切ると同時にパッと手を離された後も、しばらく雪の中に手を突っ込んだ時にも似たジンジンと腫れるような感覚はしばし続いた。
頬を多少押さえて涙目になりながらも、加速していた心音はほんの少しばかり静まったようだった。

―――よし。

ふと、前触れもないのに事務所のドアをノックした「一番最初」の時を思い出した。
 ちょっと斜め上ではあるが、成る程状況としては似ているかも知れない。
アイドルになる為―――しいては自分のことをしっかり伝える為に、言葉を絞り出そうとしていた時と。

そう思って、春香は2人の顔を正面から見据えた。
165TOWもどきim@s異聞~第一章~春香編16:2011/12/13(火) 12:17:47.50 ID:31WashLc


「『東京』?・・・・・・そこが、春香の住んでた場所なの?」
「悪いけど・・・・・・聞いたことないぞ、そんな街」

うーん、と唸りながら、春香が今し方説明し終えた内容を真面目に反芻しているファラと、若干探るような眼差しでこちらを見つめるリッドと、
幼なじみ同士らしい彼らの反応は対照的だった。
「少なくともヴォルフィアナにはそんな街があるなんてことはないな。何せちっせー辺境国だし。・・・・・・気を失って目が覚めたらあの森にいたっていうなら、
一番可能性が高いのは魔術での転移とかだけど。あんた、誰かから狙われるような覚えはあるのか?」
「うーん・・・・・・ない、つもりなんですけど。でも、私自身に覚えがなくたって、やっぱり知らない内に人を怒らせたりすること、あるかも知れないから」
あはは、とちょっと乾いた笑いで言う春香を、ファラとリッドは怪訝そうに見つめている。
目立っている、それだけで他人の悪意の火種となることは、芸能界に。アイドルという道を選び、プロデューサーという力強い手が導き、時として
盾になってくれることがあるとしても、それでも『業界人』故の悪意とは無縁ではいられなかった。
こちらがそんなつもりなくても、悲しい話ではあるが好意と一緒に粘ついた悪意や批評、みたいなものも、ネットでの評価や『仕分け前』のファンレターで
垣間見てしまったことはある。
・・・・・・だが、覚えがあろうとなかろうと、どの道こんな見知らぬ土地に自分を飛ばすなんて真似が出来る訳もない。
「ね、東京ってどんな所?建物の様子とか、温かいのか寒い地方なのか、ってだけでも十分手がかりになると思うんだけど・・・・・・」
身を乗り出すように尋ねてくるファラの瞳には、春香の身を案じるそれと半々の割合の好奇心が見え隠れしている。
「・・・・・・つってもなぁ。春香、肝心なこと聞くけど持ち合わせあるのか?」
「―――え」
リッドに言われて忽ち蒼白になった春香は、反射的に慌てて今纏っている覚えのない服を両手で探る。だが、意識を失う前ならまだ持ち合わせもあったものの、
今は殆ど手ぶらに等しかった。
「ご、ごめん!ご飯の料金今は払えないよ!?」
慌てて弁解した途端、頬杖をついていたリッドはコントの如くズルッと体勢を崩す。
「・・・・・・何でそこで飯の話になるんだよ。帰るにしても、運賃が結構かかる距離じゃないかっつってんだよ」
「あ、ああ・・・・・・」
ポン、と手を打ってから得心の様子を見せると、苦笑気味に頭を掻きながら、
「そうだよね・・・・・・でも、ホントに美味しかったもんだから」
「あはは、ありがと!お世辞でもそう言ってもらえると嬉しいよ」
・・・・・・お世辞じゃないんだけどな、と笑顔で返そうとしたその瞬間。
「―――ファラ、いるかい、ファラッ!?」
ドン、ドドン、と、木製のドアが荒々しく叩かれるその音に一瞬目を剥いた。だが、ファラは取り立てて動揺した様子も見せず席を立つと、
当たり前のようにドアを開いて応対する。
顔を覗かせたのは、『肝っ玉母さん』という形容が似つかわしいようなふくよかな体格の、春香の母よりも少しばかり年嵩といった感じの婦人だった。
「どうしたの、おばさん?」
親しげな様子から察するにご近所の顔見知りなのだろう、焦燥の色を顔に滲ませていた婦人はファラの姿を捉えるとホッとしたように、
「ああ、いてくれて助かったよ。・・・・・・出来上がってた櫓の一部が壊れちまったんだけど、修理に回れる男手が足りなくってねぇ。
良かったら手伝って貰えないかい?」
「え、大変!・・・・・・本番までもう時間ないよね、じゃあ急がないと」
「―――はい、ストップ」
腕まくりしながらついていこうとしたファラに待ったをかけたのは、いつの間にか婦人との間に回り込んでいたリッドだった。
あれ、と思ってついさっきまで彼が腰掛けていた場所を見やると、パンもオムレツもスープも、出されたものはあっという間に片づけられた後だった。
何とも素早いことである。
「おばちゃん、修理だったら俺が行くから。・・・・・・ファラは今、見ての通りお客の相手してるとこなんだよ」
つい、と顎で示されると同時に婦人と目が合い、慌ててペコリと会釈する。
「あら、そうなの。ここらじゃ見ない顔だねぇシスターさん。こんな田舎までようこそ」
初対面の異邦者(多分)に対して大らかに挨拶を返してくれる。ドラマではこういう、世間から隔絶されているような辺境というのは大抵『余所者』を
歓迎しないという偏った印象がこびり付いていたが、ファラといい婦人といいそうでもないのかも知れない。
166TOWもどきim@s異聞~第一章~春香編17:2011/12/13(火) 12:20:59.82 ID:31WashLc
「ちょっ、リッド?私は」
「春香のこと拾ってきたのはお前なんだから、しっかり面倒見てやるのが筋ってもんだろ?」
拾ったって私犬猫じゃ―――
思わず反論しようとしたが、既にリッドは婦人の背を押して、
「それじゃファラ、ごっそさん。また後でな」

そんな台詞と共にパタンと閉じられた扉を、ファラはちょっとポカンと口を半開きにして見送った。
「珍しいなぁ。狩りでもないのに自分から働きに行こうなんて・・・・・・」
雪でも降るんじゃ、だのと呟く彼女の眼差しは本当に珍しいものでも見るようだった。
春香としても出会って間もないが、話し方や振る舞いから少なくとも勤労青年というイメージからは遠い印象はあったので、
意外といえば意外だったが―――
「・・・・・・あの。櫓って何かな?お祭りでもあるの?」
雰囲気を取り繕うように話題を振ってみると、ファラはハッと我に返ったような表情を見せたかと思えば、
わざとらしく咳払いなどしつつ説明してくれた。
「ああ、うん。・・・・・・明後日くらいにね、村総出で収穫祭をやるから、みんな設営の準備で忙しいんだよ」
いそいそとリッドの分の食器を片づけながらファラが説明してくれたところ、出稼ぎに都へ行った村民が積極的に広報し、
外部の人間を招いいての盛大な催し物であるらしい。
「村は今、私やリッドとか極少人数くらいしか若い人がいないから。スローライフを考えてる人達とかが来てくれればっていう
村おこしも兼ねてるの」
 まるっきりファンタジーの世界なのに、一瞬『過疎化』という世知辛い単語が頭を過ぎってしまった。自分の捉えている常識と
かけ離れた場所であっても、思わぬところで嫌なリアリティを覚えてしまう。
「櫓って・・・・・・ひょっとしてキャンプファイヤーでもするの?」
「あはは、まあメインはそれだけじゃないよ。近くの木で作った彫刻やアクセサリーを売ったり、村の特産品で色んな料理を作ったり」
あとはー・・・、と指折り数えるように挙げられる出し物を聞いている内に、まるで磁石の対極で引っ張りあげられたみたいに一つの思い出が浮上してくる。
 限界集落寸前とまで言われた村を盛り立てるのPRとして、小さいステージでマイクを取った他、地元の名物料理に
挑戦したりした思い入れある仕事。
 ほんの僅かな間だったにしても、色んな人達と触れ合ったそれは確かに忘れ難いエピソードだったように思う。
「聞いてる限り大変そうだけど・・・・・・でも、何かワクワクしちゃうね、祭りって聞いちゃうと」
流石にたこ焼き屋台や射的屋なんてものが出るような世界観とも思えないが、何気なく耳をすませてみれば多種多様な野太いかけ声が
定期的に聞こえてくる。
何故かそういう部分にこそ「祭り」の兆しを覚えてしまう辺りは、果たしてどうなのだろうか・・・・・・と苦笑した時だった。
 その時聞こえた音は多分、重たいものが沈むようなものに似ていた気がする。

「あれ?」

その時まで、本当に何の兆しもなかった。その快活なかんばせには、熱か何かで紅潮していたり青ざめたりするような様子もなくて。
まして、何匹もの『敵』と森の中で激闘を繰り広げたそのすぐ後で料理なんて出来る位だ。出会って間もないものの、彼女の中でファラという少女の印象は、
やよい並みにエネルギッシュなものだったのだ。
 だからこそ、ついさっきまで笑顔で食器洗いをしていたファラが、グッタリと床で倒れているという単純な事実に気づくまで、
春香の中ではかなりの時間を要した訳で。

「―――ファラ!?」

喉から絞り上げた声は驚きに上擦り、ガタッと荒々しく席を立ち大急ぎで少女の元へ駆け寄った。
「しっかり、どうしたのファラ!?」
思わず揺さぶりをかけようとして、思考に「待った」が入る。原因が何であれ、倒れ込むぐらいの状態で揺さぶりをかけてしまうのは危険だと、
いつだったか保体の授業で習ったなけなしの知識が蘇ったからだ。
どうしようか、とオロオロと逡巡している間に、春香の腕の中でうっすらと瞼を開けたファラが、弱々しく謝辞を告げてくる。
「・・・・・・あ、ゴメンね、春香。・・・・・・大丈夫だよ、ちょっと立ちくらみがしただけだから・・・・・・」
「い、いや立ちくらみって時点で大丈夫じゃないよ!?」
「まだまだイケるって、これぐらい。・・・・・・それよりも、私もまだやらなきゃいけない仕事が沢山あるんだもん。倒れてなんか・・・・・・」
167TOWもどきim@s異聞〜第一章〜春香編18:2011/12/13(火) 12:24:09.28 ID:31WashLc
声を聞くだけなら、病人とは思えないほど芯は通っているものだった。でも、単純に顔色が悪いこともあるが、笑っている表情にはさっきまでは
なかった儚さが見えてしまって、
そして確認してしまった以上、春香はファラのそんな「大丈夫」を鵜呑みに出来る訳もなかった。
「ファラ、ちょっとごめんね!」
「え。―――わっ!?」
肩を貸す形でファラの身体を強引に引き上げる。戸惑うようにファラが声を上げるも、振り払われる様子はないのは驚いて行動出来ないのか、
そうするような気力もないのかのどちらかだろうと思った。?
手を彼女の額へスッと当ててみるが、とりあえず熱らしきものはない。専門的な医学知識がない以上、これ以上のことは自分には出来ない。
せめてどこかに風邪薬か栄養剤でも常備していればいいのだろうが、流石に他人の家をひっくり返すのは気が引けた。
(ああもう、せめてお医者さんを―――って)
ぐるぐると迷走mind状態に陥り出した思考の隅で、その時瞬間的にふと蘇った一つのこと。
この地が自分の知る常識が離れている、その現実を森の珍道中以外で思い知らされたもう一つの現象を思い出して、春香は外へ背を向けた。


「・・・・・・過労ですね。・・・・・・その内こうなるんじゃないかと言う気はしたんですけど」
「あの、こういうのって、さっきの「魔法」で治るようなものじゃないんですか?私の時みたいに・・・・・・」
「春香さん、魔法が有効なのは身体的外傷や解毒といったものです。体力的なものは自然回復で任せるしかないんですよ。
・・・・・・けどベッドに空きがあって良かった。とりあえず、今日のところはしばらくこのまま寝かせておいた方がいいでしょうね」
周囲には、癖のある匂いを放つ薬草を詰めた小瓶を並べた木棚、三つほど置かれた白く清潔そうなベッド。
その内の一台に横たわり、今はそこそこ穏やかな顔で寝息を立てているファラの姿を、不安の入り交じった内心で見つめていると、診断結果を下してくれた
『先生』はそっと温かな湯気を立てる紅茶を差し出してくれた。
「あれだけ息咳き切らして走ってきたんです、喉が渇いてるんじゃないですか?」
「あ、お気遣いすいません・・・・・・さっきといい今といい」
「いえ、さっきのことだって、お釣りくる位のアイテムをファラさんから治療費として頂いてますから」
これまた春香やファラとそう変わらない年頃の、アニーと名乗った跳ねた茶髪の印象的なこの少女医師には先程世話になったばかりである。
しばらく引かないと思っていた春香の頭のコブを、ブツブツ何事か呟いた後に降り注いだ温かな光であっという間に治してしまった彼女は、
まだ村に住み始めて日が浅いものの、腕の立つ医者として重宝されている―――というのは、森から帰ってきて真っ先にここへ連れて来られた際のファラの弁だ。
「けど驚きましたよ。『頼もーっ!・・・・・・じゃなかった急患です!』なんて言って、ファラさんをお姫様抱っこして舞い戻ってきたんですから」
「・・・・・・すいません、それ忘れてくれませんか?」
火事場の馬鹿力、といえば凄いことのようにも聞こえるが、振り返ってみるともっと普通におんぶとかでも良かったような―――という気もした。
よくよく記憶を辿れば、ここに来るまで何人かの村人が目を剥いてこちらを見ていた気がする。自分はともかく、
地元のファラにとってはちょっと恥ずかしい光景を提供してしまったかも知れないと思うと申し訳ない気持ちになってくる。
「やっぱり無理してたんですね。・・・・・・まあ、休めって言っても聞くようなファラさんじゃないんですけど」
はぁ、とため息をつく彼女に、春香は差し出された紅茶を一口くぴりと含みながら(流石にリッドの時のようなことにはならなかった)、
「ファラ、傍目から見ても張り切ってるみたいでしたけど・・・・・・やっぱり収穫祭があるからですか?」
「それもありますけど、普段もファラさんは多少の不調なら、『イケるイケる』って押し切って強引に押し切って働こうとしますから。
強引にでも連れて来てもらえて良かったです」
168TOWもどきim@s異聞〜第一章〜春香編19:2011/12/13(火) 12:26:15.42 ID:31WashLc
でも、とちょっと前置いてから、けれど彼女は次に声を潜めて、
「・・・・・・意外でした。倒れたファラさんを運ぶにしても、その役目はもっと別の人がするかと思ってたので」
ちょっとだけ意味深に呟かれたその一言に、社長流に言うと「ティンとくる」ものがあった。年頃の少女が家に招き入れ、ちょっと立ち入れないところも
あるくらいに気安い雰囲気を作っていた―――
「それひょっとしてリッド・・・・・・くんのことですか?」
「あれ、もうお会いになったんですか?」
意外そうに目を瞬かせる彼女の反応は『正解』を物語っていて、同時にさっきあの婦人がやって来た時の彼の行動にも合点がいった。
ファラのこういう部分があるからこそ、闇雲に仕事を引き受けさせないようにしたのかも知れない。
「・・・・・・けど、困りましたね。医者としてはあまり無茶をさせたくはないんですけど。・・・・・彼女は一応、祭りの総指揮を取っている立場なんですよね」
「え、つまり・・・・・・文化祭の実行委員長とかそういうのなんですか、ファラって」
「・・・・・・喩えの意味がよくわかりませんけど、貴女の顔を見てると変に正解のように思えてしまうのはどうしてなんでしょう・・・・・・。
まあ、正確に言うと選ばれてなったっていうよりも、あれこれファラが祭りの為に奔走している内にそうなったといいますか・・・・・・」
はぁ、とため息をつきながら、アニーは憂い顔で語ってくれる。その経緯は何となくだがわかる気がする―――ファラの場合律子のような仕切り屋というよりも、
あれこれ働けることを捜してる内にいつの間にかそうなったのではないだろうか。
「まあ総指揮の件は別にしても。差し当たっての問題は今日のことですね」
「・・・・・・え?」
「お祭りの時に、この村のフルーツをふんだんに使った特製スイーツを作る講習会をやる予定なんです・・・・・・ファラ主宰で」
「うわぁ・・・・・・」
アイドル並み、とはいかなくとも、森であれだけ働いた(戦った)そのすぐ後にまたそんなことをする予定だったらしい。ワーカホリックもいいところかも知れない。
「王都に出稼ぎに行った時に、ちょっとパティシエ・・・・・・みたいなことしてる人とお知り合いになって、レシピを教えてもらったらしくって。
『外から来た人にも美味しく食べてもらえるように!』って皆に教えようと張り切ってたんです」
俄然やる気を入れて取り組もうとしていた辺り、恐らくは祭りの目玉商品として売り出そうとしていたのだろうとアニーは言った。
「講習会のことがなきゃ、起きてきても今日はいっそピコハンでも使って強制的にも休ませたいところですね」
「・・・・・・ごめんなさい、言っている意味はよくわからないんですけど出来ればやらないであげないでくれませんかアニーさん。何か怖いです」
―――そんなやり取りはそれなりに音声が大きかったような気がしたけど、ベッドのファラは目を覚ます様子もなく昏々と寝入っていた。眠りはそれほど深いのかも知れない。
以降は何となくだが声を潜めつつ、春香はアニーに問いかける。
「あの、収穫祭っていつからいつまでやるんですか?」
「・・・・・・明後日の正午から三日間ほどですけど・・・・・・」
―――春香はしばし目を閉じて、らしくもなく思考する。
 正直東京に、765プロに帰れるかもわからない今の現状なのには違わない。
でも、森でファラに拾われなければ、そもそも帰還について思索し始める前に
ジ・エンドとなっていたかも知れないのだ。
だったら、出来る範囲で色々と手伝えることでもあれば―――
「・・・・・・あの、良かったら」
私にも何か手伝えること―――そう続けようとした春香の耳を、ふと賑やかな気配が掠めてくる。
169TOWもどきim@s異聞〜第一章〜春香編20:2011/12/13(火) 12:31:55.61 ID:31WashLc
最初、それは気のせいかと思った。だが、祭りの工事の音を打ち消す勢いで迫る騒音は、確かな存在感を彼女に知らしめてきて。

―――ちょっ、落ち着いてロッタ!まだ決まった訳じゃ・・・・・・!
―――やかましい!ていうか、真っ赤な修道着とリボンのシスターなんてアイツしかいないでしょう!

その複数の気配が、診療所の前で不意に立ち止まったことを悟った瞬間―――

バーン、とばかりに、診療所の扉が押し開かれた。同時に、ひゅうっと飛び込んできた冷たく鋭い風が春香の頬を掠める。
 その短く切り揃えたボブカットの髪を見た時、春香は瞬間的に同い年の事務所の同僚の気弱な白い顔を連想した。
だが、瞬間的に人違いであることはすぐわかった。髪の色は彼女と違い烏の塗れ羽の如き漆黒だし、何より自分を捉えるその苛烈な眼差しは、
両者をイコールで結びつけることなど出来なかった。

「・・・・・・やっ・・・・・・みつっ・・・・・・!」

憤怒に塗れた顔が、険しい声が、容赦なく春香を真っ直ぐに射抜く。疲れきってはいるが、清々しいほどの敵意をビンビンに向けてくるその少女は、
荒れた息をどうにか整えてから、ビシリと指を突きつけてきた。

「―――やっと見つけたわよ、春香!」

言い放ったその瞬間、頭にちんまりと置かれた黄金の王冠が、反射ではなくライトのようにこちらを射抜いたような気がした。

170 ◆zQem3.9.vI :2011/12/13(火) 12:35:31.44 ID:31WashLc

投下終了。有り難くもテイルズ知らないのに感想をくれる方々がいて嬉しい限りです。
怖いもの見たさという感じではありますが、アイマスとテイルズどっちも知っているという方にも
向けて別所でも投稿してみようかとも考えてしまってるのですが、どうでしょうか……(汗)
171創る名無しに見る名無し:2011/12/14(水) 01:09:44.76 ID:PZ/px7oA
マジレスすると、完結する目処が立たないまま、あちこちに連載するのはオヌヌメしない
小説でも動画でも、投稿スパンが開くにつれて閲覧者やリアクションが減ってくのと、
作者のモチベーションが保てなくなって自然消滅する連載が多いのが大きな理由
週一で定期更新するとか、完結している長編を分割投稿するのが良策じゃないかな

>>170氏の連載がどうこうというわけではなく、あくまでも一般論ね
特にクロスは読み手を選ぶから、一定数の読者を捕まえるのは難しそうではある
172創る名無しに見る名無し:2011/12/14(水) 19:30:08.72 ID:iunGtCsz
>>170
GJ。テイルズサイドらしいので静かに固唾を飲んでおります。いまアニメが鬱絶頂
ですんで春香には不安を抱えて欲しくない親心w

170の文脈が「今ここで連載中のこのSSを別所でも投稿」と読めたので思うところを。
個人保管庫以外の場所に同一の作品を投稿することを歓迎する読み手さんは希少です。
すくなくとも、「マルチ失せろ」と思う人の方が圧倒的に多いです。
もしそうではなく、別の連載作品を手がけたいという意味なら171さんに同意です。
それも違い、単発/短編を他のどこかに、でしたら、止める理由はありません。それを
目にすることができるかが不明なのが悔しいですがw、別の空も飛んでみたいと
おっしゃるのでは致し方なく。
そこでも出会えたら嬉しいなー、と思うばかりです。

またお待ちしてます。
173 ◆zQem3.9.vI :2011/12/15(木) 13:57:05.69 ID:xr85L3lp
>>171,172さん

お二方、貴重かつ真摯なレスありがとうございます。そして>>172さん、文脈の解釈は
前者の方で合っております。
気に入っているいくつかの二次作品SS(同一)が複数の場所で投稿されているのを確認して、そのことが
特に荒れてるといった様子じゃなかったのでついつい魔が差してしまいました。
お二人の意見を胸に、当面はこの板でしっかり書いていこうと思います。重ね重ね
申し上げますが、本当にありがとうございました。
174創る名無しに見る名無し:2011/12/15(木) 19:24:21.64 ID:qIpeEVoZ
両方の原作を知っている人がいる場所に投稿する方が、ここよりは書きがいがありそうだけど……。
折角のクロスSSなのに、原作ネタに関して反応する人がいない場所で書き続けるのは辛くならない?
175創る名無しに見る名無し:2011/12/15(木) 21:29:19.02 ID:xzNRZ61b
まー書いた以上多くの感想が欲しいってのは書き手としては当然の感情なわけで。
とりあえず、
・より多くの感想がもらえる可能性がある
というメリットと
>>172で言われているようにマルチ行為として歓迎されない可能性がある
っていうデメリットを考えてご自分で判断なさって下さい。

上記の事は悪魔でも可能性であって、逆に
他所でもあまり感想がつかなかったり、全く荒れる事は無かったりという可能性もあります。

私個人としては他所にも投下したからといってその事で何か言うつもりはありません。

それから、仮に他の所(サイト)へ投下する際そういった二重投稿をOKしている所と、
NGっていう場所があるので注意を。
17696:2011/12/17(土) 14:23:02.69 ID:C5zK0r5D
1本投下させていただきます。
かなり前に書いたものなので、最近の設定とかは反映されておりません。
皆様に暖かなクリスマスが訪れますように。
1771/4:2011/12/17(土) 14:24:07.88 ID:C5zK0r5D
half and half

 クリスマスの夜、プロデューサーはしたたかに酔っぱらっていた。普段の彼からすれば、
こんなに酔った姿を人前にさらすのは珍しい。今日はいつもお世話になっているテレビ局の
パーティで、大きなスタジオを片づけた会場には、局の人間や関係者、いろいろな番組の
出演者などがひっきりなしに入ったり出たりしていた。
「メリー・クリスマス」プロデューサーはオリーブの入ったカクテルグラスを目の高さに上げ、
局の若い女性ディレクターに半目開きのままあいさつをした。
「メリー・クリスマス。どうしたんです、今日はそんなに酔って。普段のプロデューサーさん
らしくありませんね」彼女は困ったような、面白がっているような、そんな表情だ。
「今日はもう、昼間からパーティやら忘年会やらで、もうここが三軒目…じゃなくて
三か所目なんですよ。この不景気に『来年もがんばってくれ』とか『今年はよくがんばったね』
とか言われるのはありがたいにしても、何杯も勧められているうちに…とうとうこんなに
なってしまいました!」
 普段のように、正気を保ちたいのに、血液中のアルコールがそうはさせてくれないのか、
それともむりやり酔っぱらいたいのか、プロデューサーはうまくろれつがまわっていなかった。
「あらあら、それはお疲れさま」ディレクターはそう言うと、あたりを一通り見回した。
「…おひとりなんですか?真くん…いえ、真ちゃんは一緒じゃないの?」
「ええ、あいつは…いまごろ事務所でみんなとクリスマス・パーティの真っ最中のはずです」
「連れてくればよかったのに…もうあの子も、お酒が飲める歳でしょ?うちの女子社員にも、
ファンがたくさんいるんだから」
「それはありがたいとは思ってるんですが、女の子に騒がれるのって、やっぱりあんまり
よろこばないし、朝に短い仕事が一つ入ったきりだったんで、まあ、今日くらいはちょっと
ゆっくりさせた方がいいかな、って思ったんですよ。酒を飲ませて具合でも悪くなったらいけない
ですしね。アルコールの方はおれが引き受けます」彼はそう言って、グラスにまた口をつけた。
 そんな話をしている最中、会場の入り口の方から、さざなみが大きな波になっていくような
どよめきが伝わってきた。人波が紅海のように割れ、いかにもパーティ用というような、
白いドレスを身にまとった長い髪の女の子がディレクターとプロデューサーの方へやってきた。
ディレクターが女の子に何か言おうとするより先に、半目開きだったプロデューサーが口を開いた。
「これはこれは…かわいいお嬢さんですね。局の方ですか?」
「え?」横にいた女性ディレクターがぽかんとする。
「か、かわいい…」自分のことを『かわいい』と言われた女の子は、彼の前で立ち止まると
自分の口に手を当て、赤くなった。
「ちょっと、プロデューサーさん…」女性ディレクターは彼の袖を引っぱった。
「ん?どうしました?」プロデューサーはディレクターを振り返った。
「ごめんなさい、ちょっと一緒に来てもらえますか?」女の子はプロデューサーの手をつかむと、
入り口へ引き返した。プロデューサーはグラスを持ったまま引きずられ、紅海はまた元通りに閉じた。
「どうしちゃったんですかね?」そばにいたADの一人が二人の後ろ姿を見ながら言った。
ディレクターは、やれやれという顔をした。
「人んちのことはほっときなさい」

 女の子は、プロデューサーを誰もいない小さな控え室まで引っぱっていくと、彼のえりもとを
つかんで、がくがくと揺すった。
1782/4:2011/12/17(土) 14:24:46.20 ID:C5zK0r5D
「どうしたんですか、そんなに酔っぱらって!」
「なんだ、心配してくれてる?ひょっとしたら、おれのこと好きになった?」
「えっ」女の子は手を離した。
「なんだ、違うのか」
「ち、違わなくないですけど…じゃなくて、プロデューサー、ぼく…じゃなくて、私です!」
女の子は自分のかぶっていたウィッグをつかんでソファの上に放り投げた。プロデューサーは、
彼女の言葉に動じた様子もなく、ソファにどっかり腰を降ろした。
「そんなのわかってるよ。何年一緒に仕事してると思ってるんだ」
「じゃあ、なんで知らないふりなんかしたんですか?」いつものショートカットに戻った真は、
少しむくれたような言い方をした。
「知らないふりしてた方が言えることだってあるんだよ」
「なんかよくわかんないなあ…ねえプロデューサー、なんかあったんですか?今日は…っていうより、
最近変ですよ。仕事が終わるとぼく…私を送ってすぐ帰っちゃうし」
 真は、ハタチになった際、プロデューサーから『一人前の女性としての意識を身につけること』を
目標に掲げられていた。プロデューサーいわく、『男の子には女の子のアイドルとして、女の子には
ボーイッシュなアイドルとして、それぞれ人気があっても、それは単に両方へ、半分ずつの要素しか
見てもらってないということだ。これからは一人前の女性として、男も女も魅了しろ』
 その第一歩として、自分の呼び方を『ぼく』から『私』に変えるよう言われていたが、
なかなか一朝一夕には身につかないようだ。
「そんなことより、なんで真がここにいるんだ?」プロデューサーは、まだ半分くらい中味の
残っているグラスをそばにあったテーブルに置いた。
「罰ゲームですよ」
「罰ゲーム?」
「事務所でパーティしてたんですけど、誰かが王様ゲームやろう、とかいう話になって、結局ぼく…
私が、めいっぱい女の子っぽい格好して、プロデューサーを迎えに行く、っていう罰ゲームに」
 王様ゲームって、そんなやり方だったかなあ、とプロデューサーは思った。
「帰りましょうよ、プロデューサー」真は彼のそでを引っぱった。
「まだパーティの最中なんだけどな」
「社長もみんなも待ってますよ。プロデューサーがこないと盛り上がらない、って」
「こんなヤツ行ったら辛気くさいだけだぞ」
「ホントにどうしちゃったんです?ひょっとして、誰か女の人に振られたとか…」
「お、近い近い。いいセンいってる」
「えっ」半分冗談で言ったつもりの真の顔から少し血の気が引いた。
「振られたっていうより、どうしたらいいのかわからない、って感じかな。…考えてみたら、
今に始まったことじゃないんだけどな」
 真はさっき見たテレビ局の女性プロデューサーを思い出し、会場の方向をちらりと振り向いた。
1793/4:2011/12/17(土) 14:25:28.41 ID:C5zK0r5D
「ひょっとして、さっきの…」
 プロデューサーは、真の方を見ずに言った。
「毎年、クリスマスになんかあげてただろ?」
「え?あげてた…って、誰が誰にですか?」真はきょとんとした。プロデューサーは、自分を
指し、それから真を指さした。
「あ、はい…」
 プロデューサーは真に、クリスマスのプレゼントを欠かしたことがない。どこかへ連れて行って
一緒に晩ご飯を食べたり、冬物を買ってあげたりと、毎年彼女のよろこぶことをいろいろしてあげている。
「今年はちょっと早めに買っておいたのに、どうにも腰がひけて渡せる気がしない」
「えっ、プレゼントを?」真の顔がほころんだ。物が欲しいわけではなく、彼からプレゼント
されることが彼女にとってはうれしいようだ。
「真がおれに向かって『私』っていうたびに、心臓をつかまれた感じがして、どうにも普通に
渡せない。自分でそうしろ、って言ったくせにな」
 真はびっくりして、息づかいが荒くなった。
「そ、それって、もしかして、プロデューサー…私…のことが好きってこと、ですか?」
「まあそんな感じ」プロデューサーは、わざと適当に返事をした。
「でも、酔ってるプロデューサーに、そんなこと言われても、うれしくない」真はちょっと
怒ったような表情になった。
 プロデューサーはさっきのグラスをもう一度手に取ると、真に渡した。真は意味が分からないまま
受け取ると、顔を近づけて匂いをかいでみた。
「あれ?」真はグラスにそっと口をつけた。「これ、水じゃないですか」
「ああ。今日はパーティや忘年会のかけもちがあるから、最初の乾杯だけビールを一口飲んだだけで、
あとはずっとそれだ」いきなりプロデューサーの話し方が、酔っぱらいから通常運転に戻った。
「じゃ、じゃあ、酔ってるふりしてたんですか?」真はさっきプロデューサーから聞いた言葉が、
酒に酔って出たものではないと知り、全身によろこびがわき上がってくるのを止めることが
できなかった。
「いや、酔ってなかったらこんなこと言えないんだから、おれは酔ってるんだ」プロデューサーは
また酔っぱらいのような、ふてくされた声で言った。
「プロデューサーのあまのじゃく」真はすねたような声を出した。
 プロデューサーは大きくため息をつくと、ジャケットのポケットから小さな箱を取りだして
フタを開けた。
「ほら」
 彼は真に箱を差し出した。細い指輪が青いベルベットに埋まっていた。
「…もらっていいんですか?」
 プロデューサーはそっぽをむいたままうなずいた。だが、真は黙って見ているだけだ。
彼は仕方なく、親指と人さし指で指輪をつまんで持ち上げた。
「…好きな指にすればいい。人さし指でも中指でも小指でも」彼はそう言ってまたそっぽを向いた。
つっ、と指輪が押される感じがしたかと思うと、彼の手から指輪がなくなった。
「プロデューサー、見てください」
1804/4:2011/12/17(土) 14:25:57.55 ID:C5zK0r5D
 彼は見なかった。真がどの指にしたのか、見なくても知っていた。なにしろ、その指に合う
サイズの指輪を買ってきたのだから。
「せっかくプロデューサーにもらったのに、本人が見てくれないんじゃつまんないなあ」
「見なくてもどんなだか、わかってる。だから、見なくてもいいんだ」
「プロデューサーのケチ」
「はいはい、どうせおれはケチなあまのじゃくですよ」そう言いながら、プロデューサーは、
まだ真を見ずに、彼女の手を取った。彼の手のひらにちょっぴり、指輪のひんやりとした感触が
伝わった。
「おかしいなあ、クリスマスって、こんな涙が出るような悲しい日でしたっけ」真は笑いながら、
空いている手で両目をこすった。プロデューサーは、真の手を離すと、酔っぱらいのように、
ソファに横になりかかった。
「もう、ちゃんとして下さいよ」真はプロデューサーの手を引っぱって起こそうとした。
「もう、ちゃんとして下さいよ」起こされたプロデューサーは、真の物まねをした。
「なにやってるんですか」
「なにやってるんですか」
「なんかのマネですか?」
「人のマネをするあまのじゃくのマネ」
「あ、今違うこと言った」
「あまのじゃくだって、たまにはあまのじゃくになるよ」
「…なんだかよくわからないなあ…よーし」
 同じソファに腰かけた真は、彼のほっぺたをきゅっ、とつねった。彼も真のほっぺたをつねった。
「い、痛い」
「い、痛い」プロデューサーは楽しそうにマネをする。むっとした真は、プロデューサーの髪を
右手でくしゃくしゃにした。プロデューサーは、真の頭に手をあてて、やさしくなでつけた。
 しばし沈黙のあと、真は彼のほっぺたをそっとなでた。プロデューサーは、また同じように
真の頬に触れた。真は人さし指で、彼の唇に触れた。彼も同じことをした。真の脈はさっきから
どんどん速くなっている。プロデューサーが心臓のスピードまでまねしているのかどうかは、
さすがに真にもわからない。
 真は気持ちを落ち着けようとしたのか、舌を出してあかんべーをした。彼も舌を出した。
真はプロデューサーの手を握った。プロデューサーは、同じ強さで握り返した。真はプロデューサーの
顔をじっと見た。彼も同じように真を見つめた。真は息をするのも忘れ、プロデューサーに少しずつ
顔を近づけた。プロデューサーまでの距離が半分まで縮まったとき、真は自分のしていることの
緊張感に絶えられず、動きを止めてしまった。緊張の解けた真は荒い息をしながらも、顔を
もとの場所までもどそうとした。その時、プロデューサーの顔が、真と同じように、
あと半分の距離を静かに移動し始めた。



end.
181創る名無しに見る名無し:2011/12/19(月) 19:38:02.13 ID:FFkGRFxy
>>180
これから短期バイトへの自分には極上の甘々プレゼントでした、GJ!
二人揃ってのあかんべーを想像してついニヨニヨが止まらないwww
182創る名無しに見る名無し:2011/12/20(火) 15:11:02.59 ID:aaGpROK1
>>180
めんどくせえプロデューサーだなw
GJ、久々のおでましに小躍り中です。
方向性は違えども肝心なことは腰が引けるお二人さん、これからも
幾久しくこんなやり取りして周囲に呆れられてそうです。
メリークリスマス、そして爆発しろ。
183レシP ◆KSbwPZKdBcln :2011/12/21(水) 20:02:24.08 ID:lvr82ANO
よし俺まだ書ける!こんばんはレシPです。
クリスマスも近くなってまいりましたがみなさまいかがお過ごしでしょうか。
久しぶりに砂糖撒きの96Pもお目見えし765プロにも甘い風が吹いてまいりました。

ということで、不肖わたくしもクリスマス絡みのSSを1本。
小鳥さんで『あわてんぼうのサンタクロース』本文6レスです。
相変わらず字ばかり多くてすいません。よろしければご笑覧のほど。
184あわてんぼうのサンタクロース(1/6) ◆KSbwPZKdBcln :2011/12/21(水) 20:02:55.04 ID:lvr82ANO
 12月も後半にさしかかったある夜のことです。
 エントランスのドアが開いた時、私はちょうどロッカールームから戻って
来たところでした。事務室は非常口を除くと出入り口が一つしかなくて、制服を
着替えて退勤するときも自分の持ち場を通り抜けなければなりません。
 誰かと思ってそちらを見ると、亜美ちゃん真美ちゃんのプロデューサーさんが
立っていました。
「あれ、小鳥さん。お疲れ様です、いまお帰りですか」
「あ、プロデューサーさんお帰りなさい。早かったんですね」
 プロデューサーさんは今日、担当している二人を連れてデパートのミニライブに
行っていました。壁のホワイトボードには『双子姫をエスコートしてから戻ります』
と書いてあったのを憶えています。几帳面な性質らしく、他の同僚が体言止めで
殴り書きをするような場所にも柔らかな筆跡の、ですます調が目立っていました。
「ラッキーでしたよ、二人のお母さんが来てくれていたんです。買い物のついでに
娘の晴れ姿を見ようと思ったのだと」
「へえ、亜美ちゃんと真美ちゃん、嬉しかったでしょうね」
「そのままデパートのレストランで夕食のおねだりに成功してましたよ。
お父さんは遅いそうで」
「さすが」
「俺も見送り免除で助かりました」
「連絡いただければ待ってたのに。ちょっと待ってくださいね、コーヒーいれて
きます」
 私もラッキーでした、とは口には出さず、せめてプロデューサーさんを
ねぎらってあげられればと言ってみましたが、彼は恐縮して手を振りました。
「え?いいですよ、小鳥さん帰るとこだったんでしょう?ほら、このあとの
用事とか……」
「お気になさらないでください、帰ったところでデートの当てもありませんし、
おほほ」
「……小鳥さん」
 恐縮する彼に捨て身のディフェンスで給茶室に向かおうとすると、少しの
間を空けてプロデューサーさんが私を呼び止めました。
「はい?」
「あの、急いで帰らなくてもいいのなら、その」
 なにか思案するふうに視線を泳がせ、口ごもりました。しばらくして心を
決めたのでしょう、ふたたび私の顔を見ました。
「コーヒーより、生ビールとか……いかがですか?」

 二人が向かったのは事務所の直下、1階で暖簾を掲げている居酒屋さんです。
今日のお昼は他のお店でよかった、とちょっとほっとしながらカウンターに
並んで、腰を落ち着けるより先に出てきた中ジョッキの縁を合わせました。
「乾杯、今日も無事にお仕事が終わったことに」
「乾杯、明日もまた楽しい仕事が山ほど待っていることに」
 どうやらプロデューサーさんは、予想以上に頑張ってきたみたいです。
「……お疲れですか?プロデューサーさん」
「ああ、すみません。駆け出しアイドルでもさすがに年末は仕事が多いですね、
はは」
 プロデューサーさんは、芸能界の業界経験はあまりありません。異世界人
とまでは言いませんが、社長がスカウトするまで彼は服飾商社のバイヤーさん
だったのです。
 765プロが関わっていた映画の衣装担当の一人として参画していたのを、業界でも
おなじみの『高木がピンときた』で引き抜いたのはまだほんの数ヶ月前でした。
185あわてんぼうのサンタクロース(2/6) ◆KSbwPZKdBcln :2011/12/21(水) 20:03:21.07 ID:lvr82ANO
「去年まではね、この時期は一瞬暇になる時期なんです。年末の品揃えが終わって、
来年の夏の新作情報も出揃って」
「ああ」
「体のサイクルが芸能界モードになってないようです。修業不足ですね、はは」
 日本のファッション情報はだいたい半年前に決まっているのだ、と以前聞いた
のを思い出しました。彼が来た頃、アイドルの子たちと一緒にファッション業界の
話をたくさん聞いたときに出ていた話題です。
「まだスタートしたばかりですもんね。私もこのお仕事はじめたとき、それまで
お休みだった時期が忙しいのにびっくりしましたよ」
「サービス業ですから当然なんですが。俺はともかく二人が頑張ってくれる
んでありがたいですよ」
「プロデューサーさんだって頑張ってるじゃありませんか。内緒で残業してる
の、知ってますよ?」
「えっ」
「タイムカード打刻してからお仕事、してますよね」
「……マジですか。バレてましたか」
「マジです。バレバレです」
 なんてこったい、とカウンターにくずおれる彼の背中を叩き、笑いながら
励ましてあげます。こういうやり方に慣れてしまうと『表向きの退勤時間』に
法則性が生まれる、ということをプロデューサーさんは知らなかったようです。
これまでにもこういう人はいましたし、どうせ打刻どおりに残業代が出るわけ
ではありません。こうして私がツッコミを入れて、みんな開き直って本当の
勤務時間を書き込むようになるのです。
「でも、お体には気をつけてくださいね?私たちのような事務スタッフと違って
プロデューサーさんは替えが利かないんですから」
「そうですかねえ」
「そうですよ。さ、辛気くさい話はおしまいにして飲みましょう、騒ぎましょうっ」
 この様子ならたくさん飲ませてあげてもいいでしょう。私は自分のビールを
一気に空け、プロデューサーさんの顔と、そしてだいぶ残量のある彼のジョッキを
わざわざ見比べた上で、おにーさん中生ふたつー、と注文を入れました。苦笑
しながらジョッキをあおってくれる彼の様子に、私もだんだん楽しくなって
きました。
「……小鳥さんって」
 プロデューサーさんが突然話題を変えたのは、店内のBGMが『津軽海峡冬景色』
から『サンタが街にやってきた』に変わった時でした。奥の座敷で大学生らしき
団体客が選曲の妙に歓声を上げるのが聞こえます。
「いつまでサンタクロースを信じてました?」
「え?サンタですか。んー、いつ頃だったかな」
「いや、俺イナカ育ちなもんで、けっこう信じてたんですよ。ひょっとしたら
亜美真美くらいまでヨユー」
「へえ、いいご家庭だったんですね」
 サンタクロースを信じ続けるには様々な条件が必要です。純真な心、あたたかな
家庭環境、それから、イベントのノリに付き合ってくれるご両親も。
「親がまた上手かったんですよ。こっちに知恵がついてくるとフィンランド
からサンタの絵葉書が届くサービスあるでしょ?あれ使ってごまかしたりして」
「はあ、クラスメートにからかわれて露見したクチ?」
「親父が言うにはこうです。『サンタさんはいたずら好きでな。誰かのパパに
化けて、わざとその子に見つかったりするんだ。そういう子はサンタさんが実は
パパなんだ、って思い込んじゃうだろ?』」
「あはは」
186あわてんぼうのサンタクロース(3/6) ◆KSbwPZKdBcln :2011/12/21(水) 20:03:47.76 ID:lvr82ANO
「『お前ももう大きいんだから、ウソか本当かちゃんと自分で見分けられる
ようになれよ』、と。まあつまりこれがウソだったわけなんですが」
 ただ、話のトーンに恨みがましさはありません。ご家族に愛されて育ったの
だなあと思います。自分の父親の声色を交え、落語家さんさながらの話芸を
披露するプロデューサーさんに私は笑さわれどおしです。
「亜美真美に話したときもそんな感じでしたよ。『兄ちゃんかわいーねー』だと」
「昔とは情報の集まり方も段違いですからね」
 お話が一段落して、私もひと息つけました。プロデューサーさんに話しかけます。
「でもわたしは、こんな風にも思うんですよ。ファンタジーの登場人物の名前
じゃなく、『サンタクロース』っていう肩書きを持ってる人は現実にいるって」
「肩書き、ですか」
「世界中の子供たちのお父さんやお母さん。クラスメートや仕事仲間や恋人たち。
クリスマスにプレゼントを持って来てくれる人には、みんな『サンタクロース
代理人』っていう肩書きがつくんです」
 私の説明が気に入ったのでしょうか、プロデューサーさんは興味深げに耳を
傾けています。その顔の前に、私は人差し指を差し向けました。
「プロデューサーさん、あなたも、ですよ」
「え?俺が?」
「はい。サンタクロースさんです」
 意外そうな表情に答えて、満面の笑みを返します。
「クリスマス特番にコンサート、イベントゲストに握手会。『可愛いアイドル・
双海亜美』っていうプレゼントをファンや、ファン候補のみんなに贈ることが
できる、立派なサンタさんです」
「はは、なるほど。そう来ましたか」
 少し考え、プロデューサーさんは嬉しそうに笑いました。
「クリスマスまではまだ少しありますよ、気が早くはありませんか?」
「この業界ではもうお正月番組だって撮ってますし、歌にもあるじゃありませんか。
クリスマス前にやってくるあわてんぼうのサンタクロースは、きっとプロデューサー
さんたちみたいな人なんです」
「こりゃ大変だ。急いで鐘を鳴らさなきゃいけませんね」
「煙突を覗く時は落っこちないように注意してくださいね」
「肝に銘じます」
「ふふ」
 それからもしばらく、プロデューサーさんは色々な話をしてくれました。彼の
得意のファッション業界のお話は天井知らずでしたし、そもそもお話が上手で
つい引き込まれてしまいます。
「……ですって。俺の立場はいったいどこに行ったんだっていう」
「あははは、プロデューサーさん、も、もう勘弁してください、わたしお腹がっ」
 お酒で勢いがついたのか、いつにも増して強力な笑い話に涙まで出てきました。
ここまではしたない姿をさらすなら、もう一つくらい余分に恥をかいてもいいかな、
とふと頭をよぎります。
「すいません小鳥さん。つい調子に乗ってしまいました」
「こんなに面白いプロデューサーさんのこと、亜美ちゃん真美ちゃんも大好き
なんでしょうね」
「まあ言うこと聞いてくれてますよ。笑われる話ばっかりする俺を哀れに思って
くれてるんでしょう」
「そんな。あの二人に好かれるのは並大抵ではないですよ。か、彼女さんも
鼻が高いでしょうね」
「……えっ」
 少し口ごもってしまいました。プロデューサーさんは驚いたような顔を向けます。
「そんな人いませんよ、俺」
「ええー?」
187あわてんぼうのサンタクロース(4/6) ◆KSbwPZKdBcln :2011/12/21(水) 20:04:14.33 ID:lvr82ANO
 今度はいい感じでからかうような視線を作れました。ただ、恋人はいないと
聞いて嬉しくなったのが自分でわかります。
「またまたあ」
「ほんとですって。前職は仕事時間が滅茶苦茶でプライベートの時間なんて
なかったですし、今は今で修行中の身です」
「真面目なんですね。誰かを好きになったりもしないのかしら」
 後半は独り言でした。私はプロデューサーさんと並んで座れるだけでこんなに
はしゃいでしまっているのに、この人は誰かを恋しいと感じたことはないので
しょうか。
「いや……でも、俺なんかじゃ」
「え?」
 耳を疑う返答に、思わず振り向きます。プロデューサーさんは、しまったという
表情をしています。
「……ああ、すいません。なんでもないんです」
「んんー?そんなことないでしょう?」
 放っておけばいいのに。放っておければよかったのに。すっかり慣性のついた
私の口が、勝手に話を続けます。
「つまり、好きな人は、いる、と」
「……」
 私の顔は、寂しくなっていないでしょうか。ちゃんと、人をからかうような
顔で、面白い話を聞き逃さない猛禽類の視線で、プロデューサーさんを見ている
でしょうか。よもや、言い出すこともなかったほのかな恋が一瞬で破れた女の顔に
なったりしていないでしょうか。
 プロデューサーさんはしばらく私の目を見つめ返して、そしてようやく口を
開きました。
「……はい。俺には、好きな人が、います」
「そうですか」
「でも、俺はまだ未熟者です。自分もまだまだ、担当アイドルもこれから、
こんな俺では誰かに釣り合うはずはない」
「そうでしょうか」
「サンタクロース代理人なんか片腹痛い。俺なぞトナカイの角の垢でも煎じて
飲めばいいんです」
 私から視線を外し、その瞳は両手で抱え込んだジョッキの中身に注がれています。
 そんな彼を見て、私は少し悲しくなってしまいました。
 さっき、思わぬタイミングで帰ってきたプロデューサーさんが。
 同僚になって初めて、お酒を誘ってくれたプロデューサーさんが。
 亜美ちゃん真美ちゃんを指導して日々一生懸命な姿を見ているうちに、いつの
間にか大好きになってしまったプロデューサーさんの、自分自身を卑下する姿が
私にはとても残念だったのです。たとえ他に誰か好きな人がいても、私にとって
大切なプロデューサーさんが自分を悪く言うのが、私には耐えられなかったのです。
「そんなことありません!」
 だからでしょうか、そんな彼の顔を覗き込んで、私は言っていました。
「未熟なはずないです。プロデューサーさんはいつも一生懸命で、どんなお仕事
にも真面目に取り組んで、夜も遅くまでプロデュース方針検討して、亜美ちゃん
真美ちゃんのレッスンや、営業や、イベントに走り回って。そんな頑張ってる
プロデューサーさんが未熟なはずありません!」
「……こ、小鳥さん?」
「プロデューサーさんは立派なサンタクロースです!ダンスがうまくいかなくて
落ち込んでた真美ちゃんに、休日潰して自主トレに付き合ったのも聞いてます。
風邪で具合が悪かった亜美ちゃんを収録の合間中ずっとお世話してあげてたのも
知ってます。亜美ちゃんと真美ちゃんのためならどんなことだって、迷わず
頑張るプロデューサーさんを私はずっと見ていました!そんなプロデューサー
さんは、どんな相手にだって胸を張って肩を並べることができるに決まってます!」
188あわてんぼうのサンタクロース(5/6) ◆KSbwPZKdBcln :2011/12/21(水) 20:04:45.12 ID:lvr82ANO
 少し飲みすぎたお酒と今の彼の発言のショックで、私はすっかりハイテンション
になっていました。プロデューサーさんが目を丸くしてこちらを見ているのは
わかるのですが、長広舌がとどまることはありませんでした。
「だから、元気出してくださいプロデューサーさん。私も、亜美ちゃん真美ちゃんも、
ちゃんとあなたのことを見ています」
 でも、さすがに興奮しすぎです。感情の手綱をどうにか取り戻し、プロデューサー
さんに笑いかけました。
「いつか勇気が持てる日を祈っていますね。こんなに素敵なプロデューサーさんの
想いが、相手の方に通じない筈なんてありませんから」
「小鳥さん……」
「あはは、ちょっと飲みすぎちゃいましたね。そろそろ帰りましょうか」

 事前に申し合わせたとおり割り勘のお会計を済ませる間、プロデューサーさんは
おとなしくなってしまいました。私の醜態に引いてしまったんでしょうか。
隠しごとを暴いてしまったのを怒っているのでしょうか。私が話しかければ
応じてくれますが、そうでない時は何か考え込むような表情になっています。
「少し遅くなってしまいましたね。小鳥さんタクシー使ってください、俺は
帰れますから」
「え?でも」
 なにか言い返そうとする前に、プロデューサーさんはさっと手を挙げてタクシー
を止めました。
 自動で開くドアを支えながら、そこでプロデューサーさんはこう言いました。
「小鳥さん、ありがとうございます」
「えっ?」
「今日はたくさん教えられた気がします。確かに俺は若輩者ですが、だからと
萎縮するのもよくないですね」
 私の目をまっすぐ見つめる視線には力がこもり、さっきの弱気は姿を消して
いました。
「考えてみればそんな心残りをしていては仕事にも差し障ります。きちんと
整理をつけるべきだ、と小鳥さんは言いたかったのですね」
「は、はあ」
「あと少しだけ時間をください」
 プロデューサーさんは手元の端末で、スケジュールを確認しています。
「来週の土曜日、正月特番の録りのあと流れ解散なんですよね、ほら、小鳥さんも
立ち合う」
「ああ」
 765プロのアイドルが何人も、代るがわる出演する長時間のバラエティーです。
特にこんな時期は、私もスタッフの頭数に入ることがしばしばです。
「そのあと、少しお時間をいただけますか?あっでも、もし不都合でしたら……」
「あ、平気ですよ、もちろん」
「……よかった、では打ち上げと行きましょう。俺もそのときまでに覚悟、
決めてきますから」
「ええ、楽しみにしていますね」
 乗らないのか、と言いたげな運転手さんの威圧感に、二人の会話は途中から
早足になってしまいました。私はといえばプロデューサーさんと新しい約束が
できたことや、それに何しろ彼が元気を取り戻してくれたことに、顔がほころぶのを
こらえるのに一生懸命でした。
「では失礼します。おやすみなさい、プロデューサーさん」
「ええ、また明日。直行なので、会えないかも知れませんが」
 いつものような挨拶を交わし、タクシーの窓から駅へ向かう彼を見送ります。
途中で何度か振り返り、頭を下げてくれる彼に笑顔で応えながら、帰ってゆく
彼が人ごみに見えなくなるのをずっと追っていました。
189あわてんぼうのサンタクロース(6/6) ◆KSbwPZKdBcln :2011/12/21(水) 20:05:44.71 ID:lvr82ANO
 別れ間際のプロデューサーさんの笑顔。私の言葉が、少しでも彼の元気に
繋がったのが嬉しくて、ついつい頬が緩みます。明日もこれからも、彼が充実して
仕事に打ち込んでくれることが、事務所でその笑顔に出会えることが、ささやか
ながら私の喜びなのです。
 信号が変わって車が動き始め、私はバッグから手帳を取り出しました。大切な
約束です、忘れないようにしなければ。
「土曜日の収録明け、ええと………『P』、っと」
 一文字のアルファベットに、私を見つめた頼もしい表情が重なります。
「覚悟とか言っちゃって。気合い入ってたなあ、プロデューサーさん」
 そこで、ふと疑問が湧きました。プロデューサーさんはなにを、あんなに
思い詰めていたのでしょう。少し考えて、彼の想い人のことを思い出しました。
 ひょっとしてプロデューサーさんは、彼が恋している誰かに胸の内を告げる
決心をしたのではないでしょうか。
 だとしたら、喜ばしいことです。あのサンタクロース代理人さんは、きっと
素敵なプレゼントを届けることになるのでしょう。それが誰かはわかりませんが、
今度の土曜日には明らかになるでしょう。
 私はプロデューサーさんの楽しいお話を思い出しつつ、手帳に記したPの文字を
見つめるのでした。



……。



「あれ?」
 ふと気づきました。来週の土曜日……この日って。

 ――あわてんぼうのサンタクロース、『もいちど来るよ』と帰ってく。

 12月24日……クリスマス・イブ。
 降って湧いたように、とある想像が脳を一瞬で占領しました。
 まさか、いえそんな、でも、そういえば、いやいや、まさかまさか。

「……えぇえ〜?」

 自宅へ向かうタクシーの中で私は、どんどん熱を高める頬を押さえながら
おかしなうなり声を上げ続けることになったのでした。




おわり
以上です。このSSはきれいな小鳥さん推進委員会の提供でお送りしました。

>>180
二十歳の真!さぞかし美しいレディになっているのでしょうが、せっかくの
パーティに肝心のナイトがいないとさぞ精彩に欠けているんでしょうな。



伊織(18)「あら?真のプロデューサーは来てないの?」
亜美(16)「まこちんの兄(C)なら接待だよ→」
響(19)「それで元気なかったのかー、心配したんだぞ」
真美(16)「乾杯の時は逆にハジケてたし、ぶっちゃけイタイタしんだよね」
美希(18)「ふっふっふ、ミキにいい考えがあるの」
伊織(18)「嫌な予感の方が大きいけど、言ってみなさいよ」



てな乙女会議が催されたに違いないw
脳味噌が甘ったるくなったのでブラックコーヒー飲んできます。

ではまた。レシPでした。
191創る名無しに見る名無し:2011/12/23(金) 21:04:32.63 ID:7/hEc9vw
くも膜下液がガムシロップに置換されたような……この感覚!
1921レスネタ『マキアート・ハート』:2012/01/07(土) 18:21:42.11 ID:+7FJger8
「はい、キャラメルマキアート」
「わ、ありがとなの!」
 前はコーヒーか紅茶、それかオレンジジュースしか選べなかったのに、今日は
お姉さんがこれ用意してくれた。聞いたら、エスプレッソマシン買ったんだって。
「美希ちゃん、好きだったでしょ?しばらく待っててね」
「うん、大好き!」
「でも……よかったの?ウチなんかで髪やっちゃって」
 お姉さんがちょっと心配そうに聞いた。
「美希ちゃんもう有名人なんだから、ちゃんとしたメイクさん、いるんでしょ?」
「あははは、いないよそんなの。そーゆーのはもっともっーと、すごい人たちだよ」
 おっきな声で笑ったら、安心してくれてみたい。だけど、シーってされちゃった。
有名なのには変わりないんだから、こんなトコで大声出さないの、って。
 このお店は、ミキやお姉ちゃん、ママが前から使っているカットハウス。
レッスンとか収録で全然来れなかったから、顔を出したらすっごい喜んでくれた。
 セットもいつものお姉さんがしてくれて、その間ミキが知ってるゲーノー界の
お話して、お姉さんがファンだっていうバンドのリーダーさんが行きつけの
ごはん屋さん、ナイショだよってこっそり教えたりして。
――マキアートの意味?ううん、ミキ知らない。
――染み、っていう意味なんだって。
 さっきお姉さんに聞いたマメ知識。泡立てたミルクの上に流したキャラメルが、
じわじわ染みてくるからなんだって。
 カップを包み込むみたいに覗いてみたら、まっしろい雲みたいなミルクの上で、
茶色のフレーバーがじわじわ広がってく……雲、かぁ。
 ミキは、雲みたいにほわほわって浮かんでるのが好きだった。勉強だって
体育だって、半分寝ててもソコソコできたし、アイドルになってもおんなじ
だった……おんなじって思ってた。でも。
 でもほんとはちょっと違ってて、ううん、全然違ってて。
 プロデューサーもディレクターも、出演者さんもスタッフも、ADさんから
エキストラから小道具のアイスクリームまでヒトもモノもみんなみんな一生懸命で、
そんななかでミキもいつの間にか一緒に一生懸命にさせられちゃって。
 それが……すっごく、キモチよかった。
 『今から変わる』、そう決めたのはミキだったけど、よく考えたらミキには
そんなこと決めるスイッチ、ついてなかったなって思って。これって、もう
変わっちゃってるってことだよね。
 いつの間にか、変わってる。それはたぶん、ミキの心に、別の想いが染みて
きたから。
 ふわふわしてたミキの心にじわって染みた、プロデューサーの思い。それは
ちょうど、このマキアートみたいにどんどん色が混じりあって。
 ミキの心ももう、プロデューサーの心の色に染まっちゃってるんだな、なんて
思って顔赤くしたりして。
 ミキはね、きっとプロデューサーのために、どんなことでも頑張れる。それを
プロデューサーに言うのはぜったいムリだけど。わざとベタベタ甘えて、
ハニーハニーって困らせるくらいしかできないけど。
 でもこの思い、ホントだよ。だから変わった。だから変われた。だから今日は、
その第一歩。
 戻ってきたお姉さんがシャンプーしてくれて、きれいに仕上げしてくれて。
「でも、ほんとによかったの?」
「だいじょぶ。プロデューサーがいいって言ってくれたし」
 最後まで心配そうなお姉さんに今日イチの笑顔で言って、お金払ってお店を出た。
 飲んでくうちに広がって、茶色の染みはいつの間にミルクの白と合わさって。
 ハニー、ミキもね、ハニーの色に染まったんだよ。
 何年ぶりかに首筋に、すり抜ける風が気持ちいい。

 キャラメル色に染め変えた、ハニー好みのヘアスタイル。
 ふわって揺らして、そうして一歩、踏み出した。



おわり
193創る名無しに見る名無し:2012/01/07(土) 18:53:59.15 ID:IwTBgp/e
>>192
GJ
こういうふんわりとしたのは好きだな
194創る名無しに見る名無し:2012/01/07(土) 19:13:22.32 ID:lIsqgHPQ
失礼します。ノーマルSSで短いのをひとつ。
注意書きです

・アイマスSPでノーマルSS
・貴音とP
・Pは雪歩をプロデュース中

NGは『SP貴音』でお願いします
195創る名無しに見る名無し:2012/01/07(土) 19:26:16.87 ID:lIsqgHPQ
失礼します、ノーマルSSで短いのをひとつ。
注意書きです

・アイマスSPでノーマルSS
・貴音とP
・Pは雪歩をプロデュース中

NGは『SP貴音』でお願いします
196SP貴音 1/4:2012/01/07(土) 19:30:10.83 ID:lIsqgHPQ
「逢い引き、なのでしょうか」

 対面に座る四条貴音が、ハーブティーを飲みながらそう呟いた。霧雨のような昼下がりの日
差しがカフェ――珍しくも彼女が選んできた店だ――の窓際の席に落ちる。それは貴音の触れ
れば溶けて消えてしまいそうな銀髪に絡み、拡散して空間にそっと輝く。これは決して俺の錯
覚なのではなく、実際にこの場を支配しているのだ。店内にいる店員や客が、常に彼女の存在
を意識しているのがわかる。これが持って生まれてきたアイドル性、というものだろうか。
 しかし、彼女はそんな事には気づきもせず――いや、気づいていて、それでも気にしていな
い胆力の持ち主なのか――また悠然と小生意気に小洒落たカップをそのガラス細工のような口
元へと持っていく。
「やはり、逢い引きなのでしょうか」
「何がだよ」
 音を立てながらエスプレッソをすする。高そうな豆っぽいが、事務所で飲んでる業務用のイ
ンスタントコーヒーと何が違うのか無教養の俺にはさっぱり分からない。これ一杯で札が一枚
飛んでいくのだから、せっかくなら何か得るものが欲しい。違いは何なのか。
「一番は香り、ですね」
 勿論それだけではありませんが、と彼女が口元に手をあててふふっと上品に笑った。
「……俺の心を読むな」
「心ではありません。顔を読みました」
「同じ事だ、それは」
「こうして向き合って座っているのです。あなた様の顔以外、何を見つめろと?」
「物好きだな、お前は」
「私もそう思います」
 貴音は肩をふるわせて笑った。しかしそこにいやみな所作はなく、そんな仕草でも彼女は相
手の心を掴んでしまうのかと、俺は敵ながら呆れるように感心してしまった。
「で、なにがあいびきだって? 今日の昼飯がハンバーグだったのか?」
 俺の言葉に、貴音が笑う事を止め、きょとんとした顔でこちらを見る。
「……なんでもない」
「はんばーぐ?」
「なんでもないっていってるだろ忘れろ。忘れて下さい」
 はぁ、と彼女は納得のいかない様子で首を縦に振った。
197SP貴音 2/4:2012/01/07(土) 19:31:29.12 ID:lIsqgHPQ
「逢い引きとは、もちろん私たちの関係の事です」
「どうしてそうなる」
 片手で痛む頭を抑えそうになる。俺と――俺達と彼女はライバルだ。誘われればこうしてお
茶をする程度には気を許してはいるが。
「違うのですか?」
「逢い引きの意味、知ってるのか?」
 貴音は顎に人差し指を添えて、小首を傾げた。普通の娘がすればわざとらしい仕草が、彼女
によれば浮世離れした可憐なものとなるのだから、ずるい。
「男女での密会、でしょうか」
「特別な関係の、な」
「特別な関係とは?」
「それは、その」
 俺はなんだか年甲斐もなく気恥ずかしくなって、視線を窓の外へ移した。手を繋いだカップルが二組、俺の目の前を通っていった。
「あ、愛し合ってる男と女、とかだろ」
 ぱちん、と軽い音がした。貴音の方に顔を戻すと、彼女が胸の前で手を合わせていた。
「それなら問題はありません。私はあなた様の事が好きです。そして、あなた様も私の事が好
きなのでしょう?」
 俺は完璧に痛くなった頭を両手で押さえた。彼女に何をどういう風に伝えればいいのかさっ
ぱり分からない。
「違う。いや、嫌いじゃないし、どちらかといえば君の事は好きなのかもしれないけど、でも
そういう意味ではなくて……」
 なるほど、と彼女は腕を組んだ。強調されたその豊かな胸元を意識しないように俺はより強
く頭を抑えた。
198SP貴音 3/4:2012/01/07(土) 19:32:09.22 ID:lIsqgHPQ
「逢い引きではない、と」
「あぁ」
「それでは」
 彼女が腕を組み替えた。
「浮気」
 俺は頭をテーブルの上へ叩きつけた。カップとソーサーが壊れそうな細い音をたてた。貴音
の小さく驚いた声が聞こえた。でも驚いたのは俺の方だ。
「浮気の意味は?」
「既に特別な関係にある異性がいるというのに、別の異性と会う事、でしょうか」
「当たりだ。つまりハズレだ」
「そうでしょうか」
 俺の所為でこぼれてしまったお茶を、彼女が紙ナプキンで丁寧に拭いた。
「あなた様は萩原雪歩という特別な関係にある女性がいるのに、こうやって私と逢瀬を続けています」
「俺と雪歩はアイドルとプロデューサーの関係だ」
「それは特別な関係ではないのですか?」
 俺は言葉に詰まって何も言えなくなってしまった。
「相手を愛し、愛される関係なのではありませんか?」
 そうかもしれない。そうでないかもしれない。それに対する答えを俺は持ち合わせていない。
きっと、これから一生かけて探し続けて、それでも最後まで見つからないものなんだと思う。
「とにかく、浮気は止めてくれ」
 今頃、スタジオで汗だくになりながら先生とマンツーマンでレッスンを受けているであろう
雪歩の姿を思い浮かべる。すごく申し訳ない気持ちになってきた。もちろん雪歩には、貴音と
お茶を飲んでくる、という事は伝えてある。彼女は満面の笑みで、いってらっしゃい、といっ
た後、私も行きたかったなぁ、と小さく零した。
199SP貴音 4/4:2012/01/07(土) 19:33:06.76 ID:lIsqgHPQ
「それでは、私とあなた様との関係はなんなのでしょう」
「弱小プロダクションのさえないプロデューサーと、そのライバル事務所の人気アイドル、だろ」
 俺は投げやりな言葉を返した。しかし彼女は得心したかのように深く頷いた。
「やはりあなた様は素晴らしいです。なるほど、確かにその通りだと思います」
 貴音は胸元に手をあてて、そっと瞳を閉じた。
「あなた様と私の関係はそのまま、あなた様自身と、私、四条貴音、という関係なのでしょう。
決して、一般化されるような関係ではありません」
「褒めてるのか?」
「少なくとも、私にとってはそれがとても嬉しいのです」
 貴音は、年相応の少女らしい笑みを浮かべた。
「ローズヒップと、エスプレッソのような関係です」
 俺は何も言えなかった。彼女の言葉を否定出来なかったのか。もしくは、否定したくなかっ
たのか。なぜならきっと俺も彼女と同じで――。
 と、その時自分の携帯が震えるのを感じて、ポケットから取り出し中を覗く。
「……雪歩からメールだ。今からこっちに来るって」
「まぁ、それは素晴らしい」
 彼女は嬉しそうに両手を合わせた。雪歩からのメールは、いつもより絵文字が多くて随分と
機嫌が良いようだった。少しだけ、嫉妬心のようなものが沸いてきた自分に気がついて、それ
を誤魔化すようにコーヒーを流し込んだ。
 俺が高いコーヒーの楽しみ方が分からないように、貴音にだって分からない事がたくさんあ
る。もちろん雪歩にも。それを互いに補完しあえるような関係であれば、この‘密会’もそれほ
ど悪い事ではないんだろう。
 ともあれ、今日の午後は楽しい時間になりそうだ。
「……これは、修羅場というものになるんでしょうか」
 ちがうわ、という俺の心の声は、どうやらまた顔に出ていたようで、貴音は本当に楽しそうに笑い声を上げた。


200創る名無しに見る名無し:2012/01/07(土) 19:34:07.65 ID:lIsqgHPQ
以上です。
うぅ、二重投稿失礼しました・・・
箸休めになれば嬉しいかなと思います。ありがとうございました。
201創る名無しに見る名無し:2012/01/07(土) 21:39:28.15 ID:4w1/adw/
ここってアイマスのみのSSの場所?

つか、アイマスと他作品のクロスオーバーのスレって別にあるの?
202創る名無しに見る名無し:2012/01/07(土) 22:05:05.29 ID:b7HV6WQQ
>>201 昔は別にクロスオーバースレがあったけど落ちたんでこっちに合流。
このスレにもクロス物投下してる人は居るよ。
203創る名無しに見る名無し:2012/01/07(土) 23:24:27.51 ID:Bn4Uen8G
>>195
貴音の雰囲気が良く出てて面白かった
後は雪歩も交えて会話してもらいたいw
204創る名無しに見る名無し:2012/01/08(日) 00:41:40.64 ID:rybiB/Yg
>>200
自分の中の貴音のイメージに合っていてスッキリ読めて良かった
205創る名無しに見る名無し:2012/01/08(日) 10:34:40.66 ID:NT3vjIK2
没ネタ

社長「えー、今日集まってもらったのは他でもない。わが765プロでもQCをやることにした」
P「そこでみんなにも、QCをしてもらう」
アイドル一同「QC???」
小鳥「うちでもやるんですか。確かに必要かも……」
亜美「QCってなあに?」
真美「キュゥべえなら知ってるけど。アニメに」
律子「QCというのは、Quality Controlの略。品質管理ね。
お客さんに出す商品やサービスの品質を良くするための活動を言うのよ。
みんなはアイドルで、歌がイベントが商品でしょ。それをどうしたらもっと良くすることができるかを考えるのよ」
千早「そんなの簡単じゃないですか。もっとレッスンや場数を積めば……」
P「甘い。そのレッスンもただすればいいってもんじゃない。もっと効率良く、効果を出せるか。
そこを考えるんだ。現場にいる者の目線で」
春香「何か難しそうですね」
P「うん。本当のQCはもっと複雑なんだ。データを使ったり、グラフや図を使ったりで、
みんなにはそれは無理だ。そこまでやることはない。文章のレポートで十分だ。
そこで、改善提案をレポートにまとめて、提出してもらう。期限は今月末まで」
アイドル一同「ええーっ!?」
律子「社長とPと私が見るわ。それで良かったものは、業務に採用します」
伊織「そんなのできっこないでしょ!」
P「文句言うな! いつまでも新人気分でいるんじゃねえよ」

そして……
社長「まあ、なんていうか……」
律子「これは……予想以上でした……」
P「正直言って……子供が夏休みにやる自由研究のレポートの方が、まだマシです」
206創る名無しに見る名無し:2012/01/08(日) 11:48:13.59 ID:bMrVJXKl
>>205
何か、Pの声が泰勇気。
そして、もっと(内容的に)ヒドいレポートを出すPと小鳥さんw

>>200
あ〜、またSRやりたくなった。

そういや、シンデレラガールズのキャラでSS作ったとして、投下場所はココでも良いのかな?
キャラ的においしそうなのが多過ぎる……。
207創る名無しに見る名無し:2012/01/08(日) 22:29:32.32 ID:Lbs0rgJ+
>>192
柔らかい読後感で微笑ましい気持ちになりました。GJ。
>>195
まーホントにどこまで御存知なんでしょこの貴音さんってば。
この後雪歩も来たら更にPの頭痛が悪化するのかしら。
>>205
「CQCなら知ってるんだけど……」
「何それ?」
「Close Quarters Combat。簡単に言っちゃうと軍隊の近接戦闘技術かな」
「成程。自衛の手段は持っておくに越した事はないわね」
「あーちょっと君達」
>>206
別にココでも構わないとは思うけど、モバマスやっていない一個人としては
画像は色々見てるけど名前とキャラと性格が一致しないんで少し厳しいかな。
逆にSSで興味を持たせられたら書き手冥利に尽きるってなモンかも知れないけど。
208創る名無しに見る名無し:2012/01/10(火) 10:15:11.05 ID:B3XjB7LA
>>202
遅くなったけど 了解

で、アイマスクロス物SSって幾つかあったの?&どこかに、まとめあるかな?
詳細たのんます
209創る名無しに見る名無し:2012/01/10(火) 11:43:53.67 ID:WoqWqPrE
>>208 ちょこちょこ小ネタは投下されたけど2話以上続いたのは時をかける少女とのクロスだけだったと思う。
まとめは特に無いけど、アイドルマスター クロスSS で検索かければキャッシュ残ってる所が幾つか引っかかる筈。
……他の人の了承得られればだけどクロススレの作品も保管庫に収録して良いのかしら。
210あわてんぼうのサンタクロース(6/6) ◆KSbwPZKdBcln :2012/01/10(火) 18:34:31.80 ID:Djc2AGNJ
>>208
ログ持ってたのでdatどぞ

ttp://imas.ath.cx/~imas/cgi-bin/src/imas95978.dat

ただ内容は209のおっしゃるとおりで、ある程度続いたのは時かけと、このスレに
続けてくれてたメルヘンメイズだけ。
初っ端の飢狼とかライダーとか個人的に期待してたけど、なんとなくクロスものは
ニコニコに活躍の場を移したみたいな雰囲気ですねー。
211創る名無しに見る名無し:2012/01/10(火) 18:35:32.89 ID:Djc2AGNJ
名前欄……orz
212創る名無しに見る名無し:2012/01/11(水) 04:40:34.00 ID:FEbdzGfL
あわてんぼうだなあー
213創る名無しに見る名無し:2012/01/12(木) 00:55:13.87 ID:PzYp1NpA
10ヶ月と13日は世界新かもしれんなぁw
214メグレス ◆gjBWM0nMpY :2012/01/13(金) 00:54:54.08 ID:VHO3MUXS
13日の金曜日に業務連絡ー。業務連絡ー。
>>207まで保管庫に収録しましたー。作者の皆様は確認お願いします。
作者別ページの更新はまた後日。

レシP様へ。『祓魔の聖戦<Evildream crusaders>』は文章量が多かったのでテキストモードでページ作成しました。
また、タイトルに使われている不等号は半角だとプラグイン扱いになってしまい表示されないので勝手ながら全角にさせて頂きました。御了承下さい。


……さて、今は亡きクロスSSスレの作品群は保管庫に入れるか否か。どーしましょうね。
215レシP ◆KSbwPZKdBcln :2012/01/13(金) 02:08:52.16 ID:4e0lUCRe
>>214
あわてんぼうのレシPですすいません。
しかも収録作業もサボってて申し訳ないことでございます。
ご連絡事項了解です。長いものもよしあしですねえ(汗)。

クロスSS作品についてですが……実を申しますと書き手の端くれとしては、
収録しないほうがいいのでは、と感じています(ログ貼っといてなにを言ry
かのスレに投下された作品の全てが中断していること、しかも大部分は
初回投下のみであることからすると、これらの作品が将来完結する可能性は
残念なことにかなり低いと言わざるをえません。そして書き手としての
個人的な意見は、「完結させられなかった我が子を晒されるのは非常に辛い」
というものです。あくまでレシ個人の意見です。
ログそのものはレスの集合体としてのテキストですのでまた趣きも違おうと
UPした次第ですが、これをあえて作品群としてまとめることを、書いた皆さんが
喜ぶかどうか、と考えてしまいます。
時かけの作者氏はまだこのスレをご覧になっているかもしれませんし、他の
みなさんのご見解も聞かせていただきたいと思います。



さて、あわてついでに1本書けましたので投下します。
はるちはで『ホーム・メイド』、2レスです。
216ホーム・メイド ◆KSbwPZKdBcln :2012/01/13(金) 02:10:28.22 ID:4e0lUCRe
「春香ちゃん、それじゃあわたし、失礼するわね」
 給茶室のドアを開けて、小鳥さんが声をかけてくれた。
「あっはい、お疲れさまでしたっ」
「ごめんなさいね、なにかお手伝いしてあげたいんだけど」
「いえっ、いいんですよ。プロデューサーさんたちが帰ってくるまでの時間つぶし
ですし……あ、そんな言い方しちゃダメですよね、すみません」
 定時どころか6時も回ってるのに、なぜか私が謝られてしまう。一方私も正当な
理由があって残ってるとは言い切れないので、なんだか不思議なゴメンナサイ大会
になってしまった。それでも手の方は動きっぱなしで、ボウルの中身をぐるぐる
混ぜている。
 バターが15グラム、お砂糖が30グラム、お塩は隠し味にひとつまみ。
 ふるっておいた茶色い粉は薄力粉100グラムに、ベーキングパウダーとシナモンが
小さじ半分、ナツメグとクローブは香りづけ。
 練って溶かして粉を入れて、ショウガの絞り汁が大さじ1杯。
 ほんとはあまり混ぜ過ぎてはいけないんだけど、ついつい力が入ってしまう。
「……いい匂い。春香ちゃんが作ると、どうしてこんなにおいしそうになるの
かしら」
「ありがとうございます小鳥さん。いっぱい焼いておきますから、明日にでも
食べてくださいね」
「楽しみにしておくわ。だけど気なんか使わなくていいわよ?プロデューサーさんは
たぶん、夜食代わりに食べると思うし」
「食べてくれるのは嬉しいですけど、ご飯はご飯でちゃんととって欲しいなあ」
「本人に言うことね、春香ちゃん」
「ですよねー。たはは」
 部屋を出て行く小鳥さんに、ドアを開けておいて下さいってお願いした。
電話はこの部屋でも鳴るけど、締め切ってしまうと入り口のドアが開く音は
聞こえないから。
「お客さんは来ないでしょうけど、千早ちゃんとプロデューサーさんはインターホン
鳴らさないと思いますから」
「それもそうね」
「千早ちゃんってね、おっかしいんですよ。ショウガ、あまり得意じゃないのに
このクッキー大好きなんです」
「ほんと?」
「顔しかめながら食べるんですよ、匂いをかいだだけでくしゃみするし。
はじめは私が焼くの失敗したんじゃないかって焦ったくらい!」
「ふふっ、見たかったな、その顔」
「じゃ、あとでこっそり写メっちゃいましょうか?」
「あらだめよ、『氷の歌姫』の変顔なんか流出したら大変だわ」
 バカなお話でまたまた盛り上がる。小鳥さんは帰りづらいのだろうけど、今日は
用事があるって聞いた。
「小鳥さん、約束あったんじゃないですか?」
「え?わ、いけない、時間」
「頑張ってくださいねっ!」
「なにをよー!」
「だってさっき、初恋の人と会うとか」
「違いますー!同窓会です、ただの!」
「あれ?」
 なんて言って、とうとうさようならになった。
「じゃあ春香ちゃん、あんまり遅くならないでね。戸締まりはプロデューサーさんに
まかせて、なるべく早く帰ること」
「はい、大丈夫です。千早ちゃんが戻ったら一緒に帰るつもりですから」
「春香ちゃん」
「はい?」
 小鳥さんが、最後に一言。
「よろしくお願い、ね」
 その視線に、私も精一杯の力で応える。
「はいっ!」
 今日は千早ちゃんのオーディションの日だった。
217ホーム・メイド ◆KSbwPZKdBcln :2012/01/13(金) 02:11:22.25 ID:4e0lUCRe
 混ぜ終わった生地を麺棒で薄く延ばして、クッキー型を用意する。冷蔵庫で
1時間くらい寝かせてから焼くとサクサクの軽いクッキーができるけれど、今日は
こねたらすぐ焼いてしっとり水分の残る歯ごたえを目指すことにした。型も
大ぶりの人形型、童話に出てくるジンジャーマン。
 オーブンも150℃の低めでじっくり。赤く火照るのぞき窓から中を見つめて
20分……もう少しかな。
 自分用に淹れておいた紅茶のカップを両手で抱えて、椅子に腰かけた。
千早ちゃん、あんまりヘコんでなきゃいいけど。
 ……オーディション、ダメだったって、小鳥さんから聞いてた。
プロデューサーさんが、帰る前に連絡をくれていたのだ。
『春香の焼いたお菓子を食べているとね』
 千早ちゃんの言葉が思い出される。
『なんだか、小さなことがどうでも良くなるの。レッスンの出来が満足できない
とか、学校のテストが上手くいかなかったとか』
『ほんと?えへへ、なら嬉しいな』
『こういうのが家庭の味わい、みたいなことなのかしら』
 その時は二人で笑いあって終わったけれど、後になってあれって思った。
千早ちゃんの家では、なかったのかなって。
 テーブルの上の携帯、今の待ち受けは、この間プロデューサーさんに撮って
もらった千早ちゃんとのツーショット。
 家に帰ってお母さんに見せたら、まるで仲のいい姉妹みたいねって言って
くれて、嬉しかった……千早ちゃんのほうがお姉さんに見えるって言われたのは
ちょっとショックだったけど。
 あんまり詳しく聞けない、千早ちゃんの家のこと。でも、そのことは実は関係なくて。
 私が、千早ちゃんと仲良くしたくて。
 私が、千早ちゃんを元気づけたくて。
 私が、千早ちゃんに笑顔になって欲しいから、私は今日もこうやって事務所で
お留守番してる。
 お節介って思われるかな。『人が落ち込んでるっていうのに春香、あなたは
まるでわかってないわ』とか言われたりして。
 でも、それでもいいかなって。千早ちゃんにだったら、言われてもいいやって思う。
 私はそういうのけっこう平気だし、それに……なんとなく千早ちゃんはそういう
文句も、思う通りに言えてないんじゃって思ったことがあったから。
 不満でも不安でも、それから愚痴でもくしゃみでも、千早ちゃんの吐き出せる
ものはなんでも受け止めて、そうしていつか千早ちゃんの心に隙間ができる日が
来たら。
 その時そこに、私がいられたらな、って。
 ……ピ、ピ、ピ。
 タイマーが0になって、クッキーが焼きあがった。オーブンの扉を開けてみると
事務所中に、お砂糖とショウガの合わさった甘くてスパイシーな香りが立ち込める。
うん、うまくできたみたい。

「ただい……くちゅんっ」

 まるで狙い済ましたかのような可愛らしいくしゃみが、到着の合図。
 できたてのクッキーをお皿に移して、私は、

「おかえり、千早ちゃん!」

 おっきな笑顔を作って、待ち人を出迎えに行った。





おわり
218創る名無しに見る名無し:2012/01/13(金) 02:14:08.67 ID:4e0lUCRe
以上です。夜分に失礼しました。
春香と千早はゲームでも他媒体でも「すでに仲良し」の設定になっていますが、
その手前の人間関係はどうだったのかな、などと妄想したお話でした。

ではまた。
おやすみなさいまし。
219『ゲシュタルト崩壊英会話』:2012/01/13(金) 02:59:07.47 ID:PUxziRkt
今度、事務所のみんなが英語のテストらしく、私やプロデューサーが勉強を見てる。
自分で対象仕切れないと呼ばれる訳だけど、人数多いのである程度で見切りを付ける。
いつまでも『春香の手作りのクッキー』と言おうとしてるはずなのに『春香家政婦のクッキー』になってる真とかは軽くスルーしたわ。
ホームとハウスは混乱するの分かるけどね。
もう、作文してくれれば英訳するから覚えてよ。それで良いでしょ?
ためにならないとプロデューサーに止められてなければGoogleに変わって、英訳してるわよ。というより台本から作るわよ。
登場人物三人の愛憎劇で良いかしら?
「律子さん……この発音が、」
単語を見て、五線譜に大まかな発音を書いて渡す。千早にはこれが一番早い。というか、本当は最低千早レベルになってから聞いて欲しい。
本職が家庭教師ではないから、底辺からの底上げは難しい。
「えっと、『あなたは神様とシた事がありますか?』」
お茶を吹きかける。どんなプレイよそれ!
『する』じゃなくて、『祈る』。スペルに違和感感じて欲しいわよ春香。
暇だと騒ぐ亜美達が羨ましい。
アイスクリーム〜と言う声に叫びたいのは私だと言いたくなった。
220創る名無しに見る名無し:2012/01/13(金) 18:55:56.20 ID:efGFGPz2
>>218
( ゚∀゚)o彡゜はるちは!はるちは!
221創る名無しに見る名無し:2012/01/15(日) 14:13:49.84 ID:qfLa8HfV
没ネタ

よその会社からやってきたプロデューサー。
「天海」
「は、はい!」
「アイドルにとって一番大事なものはなんだ?」
「心です」
「……どうやら、アイドルをあきらめる第一候補らしいな、お前は」
「!?」
「アイドルにとって一番大事なものは、集客力、集金力、歌唱力、演技力、それらひとまとめにして……技術だ」
「……」
「俺の仕事は、アイドルを作ることじゃない。アイドルの資格がない者を排除することだ」
「た、確かにおっしゃる通りかも知れませんが、それだけじゃ……やっぱり心がないと……」
「人様の役に立ちたいと思う心。そんなものは、あって当たり前だ。どうしてそれを言う必要がある?
技術がなくても心さえあれば? ふざけるな。プロはその技術に心をこめるものだ。
それじゃあ、お前は心で誰かを励ませたか? 今自殺しようとしている奴を救える自信があるか?」
222創る名無しに見る名無し:2012/01/18(水) 08:49:42.60 ID:IfjVjymM
クロスSSといえば
理想郷のアーチャーPと黒子バスケクロスものが、
俺的になかなかGJだな
223ジェイ・ケー 0/4:2012/01/20(金) 02:42:23.27 ID:WpnG5bAf
春香と千早の話で短いのひとつ、失礼します
4レスです
224ジェイ・ケー 1/4:2012/01/20(金) 02:43:34.58 ID:WpnG5bAf
 女子高生は、恋をする生き物だ。
 なんたって身体の7割は恋で出来ている。嘘じゃない。疑うなら、どうぞ私を解剖してみれ
ばいい。メスが私の肌に触れたとたん、そこから恋が日曜の午後の噴水のようにあふれてくる。
心臓のどくんどくんという動きに合わせて、その七色の輝きは雲の上まで突き抜けるのだ。け
れど、その噴水は決して枯れる事はない。あふれればあふれるほど、私の中から新たな恋が生
産されていくのだ。ほら、空を見渡してみよう。あっちこっちに無数の綺麗な恋の虹が見えるでしょう?
 嘘じゃないってば。本当。女子高生はみんな知っている話。

 だから、なんにもお仕事が入っていない休日の午後、事務所のソファでうんうんと唸ってい
る千早ちゃんを見つけたのは、偶然でも何でもない事だ。

 頭のリボンの位置を手早く整えた私は、小さく深呼吸をしてからバスケットをよいしょと抱
え直し、事務所の入り口をゆっくりと開いた。もちろん悪い事をしている訳ではないのだけど、
本来来るべき日ではないのに出社している事になにか罪悪感めいた事を少し感じてしまう。事
務所はとても静かで、いつもの喧噪が嘘のようだった。たぶん、色々な人のオフが集中していたんだろう。
 私は真っ先に彼の机を確認したが、残念な事にちょうど席を外しているようだった。2人で
食べようと思って焼いてきたクッキーの入った、下心満載のバスケットがどすんと重くなった
気がした。目論見が外れて肩を落としつつも、待つ事も恋愛の楽しみの一つだ、という恋愛小
説の一節を思い出し、そしてそれを実感しながら事務所の中をふらふらと歩いて回った。
 そうして千早ちゃんを見つけたのは応接室兼会議室兼休憩所だった。多少古くはあるけれど
も、がっしりとした作りのソファの上、こちらに背を向けて私のデュオの相方が座っていた。
彼女は背を丸めて熱心に何かと格闘している。私がいる事に全く気づいていないらしい。
 にやり、と自分の口角がつり上がるのが分かった。ゆっくり、ゆっくり忍び足で後ろから千
早ちゃんに近づく。そして。
「ちーはーやーちゃーん」
「きゃあっ!」
 ソファ越しに彼女にがばっと抱きついた。彼女の長く腰まで伸びた黒髪がはためき、石けん
の良い匂いが広がる。うりうり、と頬を頬へあてる。千早ちゃんは自分のあまり肉つきが良く
ない身体がコンプレックスらしいけど、肌はさらさらだし、弾力もあるし、触ってて本当に気
持ちが良い。彼女にしては珍しくフローラル系の香水が香る。うっすら化粧もしているようだ。
「ちょっと、なに? やめ、えっだれ?」
 こんなに慌てる千早ちゃんは珍しくて、私は楽しくなってしまってもっと続けてしまう。
「うりうりうり〜」
「やめてー!」
225ジェイ・ケー 2/4:2012/01/20(金) 02:45:08.17 ID:WpnG5bAf
「春香だったの……。てっきり亜美か真美かと……」
「あはは、ごめんごめん。なんかこう、急に飛びつきたくなっちゃって」
 なにそれ、と千早ちゃんは小さくため息をついた。私はごめんごめんと言いながら、机を挟
んで千早ちゃんの対面に腰をおろす。
「何してたの? メール?」
「え、えぇ。まぁ」
 千早ちゃんはバツが悪そうに携帯電話をぱちんと折りたたんだ。なにか悪戯が見つかった幼
稚園児のようだ。
「は、春香は何しに来たの? オフなのに」
「千早ちゃんこそ、オフなのに」
「私は別に――」
 恥ずかしそうに視線を落とし、携帯を弄びながら呟く。
「別に、オフだろうとなんだろうと、独りで歌と接している事には変わりないから。それなら
ここに来ても同じだから」
「またまた」
 最近の千早ちゃんは随分と人当たりが良くなって、学校の友達とも時々遊んでいるらしい事
は聞いている。彼女はその話をすると迷惑そうな素振りをするけど、その口元は随分と穏やか
なのだ。ほら、今みたいに。
 しばらく心地よい無言の時間が続く。心から信頼できる友人との間にだけ生まれるこの空気
が、私は大好きだ。だから、千早ちゃんの次の言葉に、私はすっかり油断してしまっていた。
「春香は」
「うん」
「その、好きな人、って……いる?」
 あまりにあまりな突然な話題に、私は思考が停止してしまった。えっ? なんだって?
「ごっごめんなさい! 忘れて! なんでもないの!」
 千早ちゃんが顔を真っ赤に染めて首をぷるぷると横に振る。自分でも突拍子過ぎた事がわか
って、よっぽど恥ずかしいのだろう。そんな彼女を見て、逆に私の方が冷静になる。恋バナ、
か。千早ちゃんが恋バナ、か。そんな女子高生の当たり前の話題が、とても嬉しかった。だか
ら私はテキトーには流したくなくて、しっかりとした答えを口にする。
「本当に何でもないから――」
「いるよ」
「え?」
「いる。私、好きな人、いるよ」
 アイドルとしてどうかと自分でも思うけどね、仕方ないよね、とぐっと握り拳を固める。
 ……言ってしまった。アイドルの癖に、好きな人がいるだなんて。流石に彼の事を、とは言
えなかったけど。でも、こういう事を言い合える仲というのは、すごくすごく素敵な事だと思
うのだ。私はなにか不思議な満足感に包まれるのを感じた。
226ジェイ・ケー 3/4:2012/01/20(金) 02:46:36.68 ID:WpnG5bAf
 そんな私の笑顔を見て、千早ちゃんは、そ、そう、と言ってまた俯いてしまった。もじもじ
として次の言葉をなかなか言い出さない。彼女はこんなに可愛らしくて色っぽい表情が出来るのか。
 その、えっと、と何度も躊躇して、ようやくぽつりと呟いた。
「聞きたい事が、あるのだけど」
「うんうんなんでも聞いて」
 大きく身を乗り出して、千早ちゃんに顔を寄せた。一言も聞き漏らすまいとして。
 そして千早ちゃんは、ゆっくりと口を開いた。

「もし、もしもの話だけど。好きな人にメールを送るとして、あからさまな好意は気づかれた
くなくて、でもそれとなく会いたいっていう事を告げるには、どうしたらいいと思う?」

 ――あぁ、なるほど。
 これ以上ないくらい顔を真っ赤にした彼女を見て、私はわかってしまった。
 オフの日にわざわざ事務所に来ている目的や、仕事以外ではあまり使わない香水や化粧をし
ている理由や、彼女がメールを送ろうとしている相手が誰か、なんて事を。
 すとん、と理解してしまった。
 ショックは全然ない。先ほどの満足感は萎むことなく、むしろ輪にかけて私をいっそう充足
させてくれるのだった。
 だから最終的に私が思ったのは、私は千早ちゃんの親友で良かったな、という当たり前の話だった。
「そういうのはね」
「えぇ」
「自分で考えた方が、素敵だと思う」
「そう……よね、やっぱり」
「うん、千早ちゃんだけの思いを込めた方が、いいよ」
「こ、これはもしもの話よ」
「うん、もしもね」
 千早ちゃんは大きく息を1回はいてから、ぱんぱんと両手で自分の頬を叩いた。
「ごめんなさい、なんか変な話をしちゃって。らしくないわね」
 そんな事ないよ、と私は大まじめに首を振った。
「私、応援するよ」
「な、なんの話よ」
「他でもない千早ちゃんの事だもの。私、応援するから」
 千早ちゃんは再び顔を赤くした後、照れくさそうに笑いながら、ありがと、と小さく口を動かした。
227ジェイ・ケー 4/4:2012/01/20(金) 02:47:10.39 ID:WpnG5bAf
 早く話題を切り替えたかった千早ちゃんが、そういえばと口を開く。
「それで春香はなんでここに?」
「あぁ、えっとね」
 私はずっと手元に抱えていたバスケットを、どすんと机の上においた。
「クッキーを焼いてきたの」
「さっきから良い匂いがするな、とは思ってたけど」
「でしょでしょ。よく出来たと思うよ」
「まさか、電車の中でもずっと垂れ流してたの?」
「え、えへへへ」
 はぁ、と千早ちゃんはおでこに手をあてた。
「とにかく、今日はこれをね」
 ちくりとした胸の痛みを感じなかった事にして、私は今日一番の笑顔を咲かせた。
「‘みんな’で、食べたいなって思って」


 勘違いしないで欲しい。
 千早ちゃんに譲ったとか、勝てなさそうだったから、とか、そういう理由では断じてない。
どういう事かといえば、つまり最初に言ったとおりだ。

 女子高生は、恋をする生き物だ
 なんたって女子高生の7割は恋で出来ている。
 だけども、残りの3割は、もっともっと素敵なもので出来ているのだ。


228ジェイ・ケー 0/4:2012/01/20(金) 02:48:07.79 ID:WpnG5bAf
以上でした
自分も春香さんのお手製クッキー食べたい!食べたい!
きっと砂糖と塩を間違えてるだろうけどそれでも!

ありがとうございましたー
229創る名無しに見る名無し:2012/01/20(金) 08:40:48.28 ID:QXCfPKd+
>>228
( ゚∀゚)o彡゜はるちは!はるちは!

いいっすねえ、最後の締め。
窓の外の白いものもなんとなく、あったかくて甘いような気がしてきました。
230創る名無しに見る名無し:2012/01/21(土) 01:50:42.21 ID:uHhgMs8h
たまには?P以外が相手でもいいかもしれないと思う今日この頃
暇つぶしにお読みください

「春香ー?夏休みの宿題は終わったのー?」
夏休みももう少しで終わりという日の夜
母から毎年お決まりのセリフを頂戴した春香は、返答に詰まっていた
今年の夏は、海外ロケやら何やらで忙しかったのだ
「うー…Pさんは出張だし、困ったなー」
「しょうが無いわねー。明日にでも、お兄ちゃんに聞いてききたら?」
春香の家の裏手には、春香と7つ程の離れた従兄が一人で住んでいる
天海家の血を引く者の中ではずば抜けて頭が良く
主に生物学を専門としているが、他にもわけの分からない研究を色々やっている
世界レベルの大手企業から主任待遇で幾つも誘いを受けているが
全て『めんどい』の一言で断っているらしい
今は家庭教師と塾の講師をして生計を立てている
最近はPに宿題や課題も手伝ってもらっているが
昔から、この時期の春香の切り札は彼だった
「うん。そうする」
一族の中では、新年の集まりにすら顔を見せず
若干孤立している従兄ではあったが、春香はそんな彼が嫌いではなかった
231創る名無しに見る名無し:2012/01/21(土) 01:51:29.96 ID:uHhgMs8h

家の裏手の周り、溝を超えて隣の家の塀の勝手口を開ける
そこには半開きになっている窓があった
窓の外に設置された空調の室外機の上には、猫が一匹鎮座している
彼が飼っているペットの猫、小町だ
猫のくせに10年以上生きていて、半分人間化しているのか、非常に猫らしくない猫だ
「小町ちゃん、こんにちは。お邪魔するね」
窓を開けるとそこはゴミ屋敷だった
「お兄ちゃーん。入るよー?…って相変わらず汚い部屋だねー」
その評価に対して、部屋の…正確には家の主は堂々たるものだ
椅子に浅く腰かけ、背もたれに上半身を預けて脚を机の上に乗せて軽く組んでいる
「汚いだと?その評価は適当じゃない。物が多いから散らかってる様に見えるだけだ
 現に、俺自身は何処に何があるのか完璧に把握している。第一…」
彼は体を垂直に戻し、机の上に置いてあった宅配ピザの箱からピザを一切れ出して咥える
お前も食うか?と言わんばかりに箱をこちらに向けてくる。春香も一切れもらった
彼は宅配ピザを頼むとき、いつももちピザ(照り焼きソース)を注文する 
春香もコレが一番好きだ 中学生の頃から、お腹が空いた時やお小遣いがピンチの時
当時大学生だった彼によくこのピザを奢ってもらったものだ
「人様の家に堂々と窓から上がり込むやつが言うセリフでもねーだろ」
「えー、いいじゃん。昔からそうなんだし」
「フン。で?今年は何と何と何だ?」
完全に見透かされているようだ
「えーっと…英語と数学と生物と化学デス…」
「計4つとはな。相変わらずお前さんは、俺の予想を素敵に裏切ってくれる」
「学問に王道無しって言うけど、近道というかコツみたいなのは無いのー?」
「個人的な見解だが、結果を出す為に必要なのは99%の努力でもなければ1%の才能でもない
 一番物を言うのは、重ねた手数と撃った弾数だな 理論的には、あれが一番良い」
232創る名無しに見る名無し:2012/01/21(土) 01:54:18.34 ID:uHhgMs8h
そこまで言うと彼は、茶でも淹れてくると言って、隣の部屋に入って行った
待っている間に部屋を見回して見ると、ふと見慣れない物が目に入ってきた
「メガネ?」
平然と暗い所でパソコンを弄ったり本を読んだりしている割に
彼は両目とも視力は良かった筈だ
(お兄ちゃんのじゃない…という事は…)
「彼女さんのとか?」
もっとあり得ないだろう
別に遊び方を知らないという訳でもないのだが
彼は基本的に、恋愛よりも友情を重んじる男である
考えている内に、彼が湯飲みを手に戻ってきた
「緑茶でいいかー?…っておい、そのメガネは…」
「あっ、ちょうどよかった。このメガネって誰の?」
「それはさっき完成した新発明。名付けて、“クロノのメガネ”だ」
「クロノ?」
「ギリシャ神話で“糸の紡ぎ手”と呼ばれる、運命を司る女神さ
 その名の通り、何とそのメガネを掛けると…」
「掛けると…?」
「メガネを通して見た人間の、所謂“運命の赤い糸”が見える」
「へー…運命の赤い糸が…って!!それ凄い発明じゃない!!」
「そう、割と凄い発明なのだ。ただし一つ欠点があって…」
「じゃあさっそく。私の運命のお相手は、だーれ?」
春香はメガネを掛けて目を閉じ、自分の小指を立てて目の前に持ってきた
(キャー!!誰だろう!!ひょっとして、Pさんだったらどうしよー!!)
春香は、期待と興奮に胸を膨らませ、恐る恐る目を開ける 
すると…
「…無い」
(これはひょっとして…生涯…独身?)
「最後まで人の話を聞け。欠点というのは、自分の糸は見えないという所だ」
「なーんだ…ビックリして損したよ…」
しかし…
「ちょっとコレ、面白そうだから借りるね!」
「あっ!おい、ちょっとま…」
彼が何かを言い終える前に、春香は窓から飛び出て靴を履き
道を走りだしていた
「…宿題は良いのかね?」
小町が呆れたように、欠伸を一つ放った
233創る名無しに見る名無し:2012/01/21(土) 01:54:56.08 ID:uHhgMs8h

2時間後、春香は事務所の下まで来ていた
「ムムム…半信半疑だったけど、まさか本当だったとは」
事務所に来るまでの間、変装も兼ねて例のメガネを掛けていたのだが
電車の中も、道端も、ともかくそこらじゅうが赤い糸だらけだった
しかし、効果が証明された以上、実践に移るべきだ
「さてと…じゃあ本命と行きますか」
春香は、事務所の中に足を踏み入れた
(確か今日事務所に来てるのは…)
「あれ、春香どうしたの?今日はオフだったよね?」
まず最初に見つけたのは、765プロが誇るアイドルの一人、菊池真だった
「あっ、真。ちょっと用事ができちゃて…」
そう言いながら、春香はさり気なく真の手に目をやる
(赤い糸…ある。へー、この真がねー)
お相手は誰だろう?もしPさんだったら…
(真、女の友情は意外と脆いかもしれないよ?)
「…春香?聞いてる?」
「あっ!!ゴメンゴメン。聞いてる聞いてる」
「そう?じゃあ僕、これから予定が有るから」
そういって去っていく真の後ろ姿から伸びている赤い糸は
事務所の外にまで続いていた
「…雪歩まで繋がってたらどうしよう…」
絶対にあり得ないとは言えないのが怖い所だ

事務所の奥に進むと、小鳥さんがいた
「あら春香ちゃん。休日出勤かしら? Pさんは、今ちょっと出てるけど…」
「はい、ちょっと。小鳥さんもですか?」
「そうなのよねー。もう肩が凝っちゃって…
 でもね、今日は友達に誘われてねー 久々に合コンなのよ」
「へー、そうなんですか…」
「あっ、その眼、年甲斐も無いと思ってるでしょー
 私は断ったのよー?でも、付き合いってのもあるじゃない?」
そう言う割には、いつもより随分とお化粧に数段力が入っていたが
(あっ、そうだ)
小鳥さんの手元に目をやると
(…ある!!)
「?春香ちゃん?どうかした?」
「い、いえ。あの…小鳥さん」
「なぁに?」
「い、いつかきっと、素敵な出会いがありますよ!」
そう言って春香は事務所を後にした
「? 変な春香ちゃん」
234創る名無しに見る名無し:2012/01/21(土) 01:56:47.53 ID:uHhgMs8h

春香は近くの公園まで来ていた
Pさんは事務所にいるものだと思っていたから
彼の赤い糸の確認はできなかったが
とりあえず、もうちょっと待ってもう一度行ってみればいい
「んー、まさか小鳥さんにまでねー」
ちょっと以外だった 確かに綺麗な人ではあるのだが
何となく、小鳥さんは結婚しないものだと思っていたからだ

そんな事を考えていると
何処からか、聞き慣れた声が聞こえてきた
辺りを見渡すと、声の主が見つかった
春香達765プロ所属のアイドル、皆が憎からず思っている男
765プロのアイドルを一人で束ねるプロデューサーだ
外回りの途中だろうか? 春香は声を掛けようとした
「プロデューサーさ…」
すると彼の隣に並んで、一人の女性が一緒に歩いていた
どうやら、春香達がよく利用しているスタジオの女性スタッフのようだ
とても優しくて綺麗な人で、デビュー当時から凄くお世話になっている

春香は声を止め、近くの木陰に身を隠した
二人は噴水の近くを歩きながらとても親しげに話していた
春香はバッグからメガネを取り出すべきかどうか迷った
春香はまだ若いが、主観的には17年という時間は決して短くは無い
そんな中で、悪い予感に限って大抵当たるのだという事も知っていた
何も見なかった事にして此処を去る 別にそれで良いんではないだろうか
この場の事は私しか見なかったのだ だから、それを私が忘れてしまえば…
だがどうせ忘れるのなら…
「…」
春香はバッグの中に、そっと手を差しいれた
235創る名無しに見る名無し:2012/01/21(土) 02:01:50.62 ID:uHhgMs8h

「遅かったな。どこまで行ってたん…」
従兄のそう問う声も耳に入らなかった
何があったのか、その高すぎる洞察力で大方の所を悟ったのだろう
彼は大きく息を吐くと、それ以上何も言わずに湯飲みの中の冷えた茶を飲み干し
新しいカップで春香が好きな紅茶を淹れてくれた
彼自身は紅茶よりもコーヒーが好きなのだが、何故かいつもこの紅茶だけはキッチンに常備している
いつもなら心を落ち着かせてくれる優しい香りも、今の春香にはあまり効果が無かった
「だから使わせたくなかったんだ」
「…ゴメン」
「見ようが見まいが、知ろうが知るまいが、どんなに必死に抗っても変えられない事はある。それは事実だ
 知ってしまうのが辛いなら、始めから見ないというのも選択肢の一つではある」
彼はそう言いながら、足元に転がっていた箱を取り上げる
「だが…今回に限って言えば、打つべき手が無いわけではない」
その言葉に春香が顔を上げると、箱の中にはハサミとノリの様な物が入っていた
「赤い糸を自由に切り張りできるハサミとノリだ。メガネとセットで作った」
それだけ伝えると、「後はお前次第だ」と言うように、彼は論文を読み始めた
236創る名無しに見る名無し:2012/01/21(土) 02:05:35.85 ID:uHhgMs8h

春香は、二つの道具を見つめながら考えた
色々、本当に色々考えた その間、彼は何も言わずに待ってくれていた
そしてようやく結論を出した というより、心の中で考えが纏まった
春香にとっては、義理や倫理観も大事だったが
何よりも、自分が相手をどうしたいのかが一番大事だった
仮に彼の運命を捻じ曲げたとして 己と彼の運命の弦を絡ませた所で
自分も彼も幸せになれるとは思えなかったし、自分は彼に永遠に負い目を感じ続ける事になる
「やっぱり、いいや」
「そうか」
彼も、それ以上を聞かなかったし、言わなかった
人によっては、ぶっきらぼうで冷たく見えるかもしれないが
春香は、彼のこういう所も嫌いではなかった
「このメガネも返すね…。あっ、ちょっと待って」
「ん?」
「まだお兄ちゃんの糸を見てなかったよね!見てあげる」
春香は、彼の顔が引きつったのを軽く数年ぶりに見た気がした
「結構だ!」
春香の手からメガネを奪い取って本棚の上に置く
「それより早く宿題を進めるぞ」
「はーい。もう、照れちゃって」
「照れてない!それに、俺は結婚で幸せになるタイプじゃないんだ」


本棚の上には先客がいた
小町は、昼寝を邪魔された事を起るでもなく
寝そべったまま大きな欠伸をして顔を前に向けた
するとちょうど、小町の眼の前にメガネが来る形になった
小町は、自分の目の前の空中を軽く引っ掻き始めた
それは、まるで目の前で揺れている糸を捕まえようとする
最近の小町としては非常に珍しい、猫的な行動だった   ≪終≫




何か最初決めてた展開と全然違った感じになっちった
でも気にしない
237創る名無しに見る名無し:2012/01/21(土) 06:17:56.62 ID:qY9rfBa6
春香にこんなキテレツな従兄がいるとはw
おもしろかったっす
雰囲気重視ってことかそれぞれの「糸」に深くつっこまなかったのも
ひとつのやりかたですね
また楽しい作品読ませてください
個人的にはタイトル欲しいなー
238創る名無しに見る名無し:2012/01/21(土) 13:34:43.93 ID:gwjpV6hr
>>236
なかなか面白かったGJ
239創る名無しに見る名無し:2012/01/22(日) 00:18:35.43 ID:Dffawh1I
>>236 小鳥さんは結婚しないと思ってたとか春香さん何気にひどい
俺も同じ事考えたけどね!
2401レスネタ『white step』:2012/01/24(火) 19:01:25.41 ID:eSVBj74n
 朝の出掛けの小糠雨は、電車を降りるころにはみぞれ混じりになっていた。
 あー雪だ、えっほんと、じゃあ初雪だね、なんていう女の子たちの歓声を横で聞きながら、顔を伏せて改札を
抜ける。ほんとは少し前に初雪のニュースをやっていたけれど、わたしも目にするのは今シーズン初めてだし、
そう思っていた方が気分はいいかも。
 ――お前もそろそろ顔が売れてきたし、ファンの子に囲まれたりしないように工夫しなきゃな。
 プロデューサーがそう言っていたのを、ふいに思い出した。今日は傘があるから大丈夫だと思うけど、春香ちゃん
みたいにメガネとか帽子とか、なにか考えなくちゃいけないかなぁ。でもわたしはメガネ似合わないし、帽子は
髪に跡がついちゃうし、なんだかヘンな見た目になってかえって目立っちゃうかも、そんなことを考え始めると
なかなか踏ん切りがつかなくて。
 少し先を歩いてる高校生らしい女の子が、頭に可愛らしいニットを乗せていた。ああいうの、いいな。……でも、
わたしに似合うかな。わたし顔おっきいし、髪の毛も多いからすっごくアタマでっかちになっちゃうかも。事務所に
ついたら亜美ちゃんや真美ちゃんにからかわれて、見かねたプロデューサーがなだめようとして、
「そうでもないさ、なかなか似合って……ぷっ」
 とか吹き出されたりするかも。ああっ、わたし想像の中でもダメダメだようっ!
なんだか歩きながら声が出ていたみたいで、さっきの子が不思議そうにこっちを振り向いた。うっかり目があって、
あれっていう表情に変わるのを見て慌てて脇道にそれて。い、今、気づかれちゃった?
 今日は傘があるから大丈夫、気をつけていれば大丈夫。自分に三度言い聞かせて、改めて歩きだした時、傘に
当たる水音が軽くなっているのに気がついた。
 いつのまにかみぞれは、ぱらぱらと急ぎ舞う粉雪に変わっていた。
 雪は、いつの間にか地面に溜まっていた半透明のシャーベットにも振りかけられて、どんどん道が白くなっていく。
 しゃくしゃくという足音を感じながら歩いているうち、お母さんから聞いたことを思い出した。
 ──あなたの第一歩は、雪の中から始まったのよ。
 わたしが生まれて、親子で退院した日は大雪だったそう。病院の玄関からお父さんが待つ車への数メートル、
ま新しい雪に足を踏み出して、わたしの未来を祈ったのだ、と。
 なにものにも染まっていないまっ白な世界へ、一歩一歩すすんでゆくその姿を応援したのだ、と。
 事務所のビルの前に会社の車が停まっていて、まだけっこう距離があるのにプロデューサーだってわかった。
プロデューサーも気付いたみたい、運転席のドアを開けて降り立ち、小さく手を振ってくれた。わたしはぺこりと
頭を下げて、急いで……でも、足をとられて転ばないように、そちらへ向かって歩いてゆく。
 今日はファッションビルのレポーターで、わたしの好きなお店も入っている。収録が終わったら解散だから、少し
見て回ろうかな。そんなふうに考えながら、ふと思った。
 プロデューサーに、選んでもらっ……わ、わわわっ。
 そんなの、できないよ。わたしの仕事が終わってもプロデューサーは次の予定があるかもしれないし、女の子が
入るような店に行くのは照れくさいかもしれないし、第一わたしが恥ずかしすぎてそんなこと言えないよ。自分で
考えた想像で慌ててしまい、思わず足が止まった。
 ほんの少し先にいるプロデューサーは雪の中、笑顔で首を傾げている。は、早く行かなきゃ、プロデューサーは
コートも着てないし風邪ひいちゃうかも。
 改めてさっきの想像を打ち消して、普段どおりに行こうって決めて踏み出す足先を確認して、また、目に入った
まっ白な道。


 なにものにも染まっていない、まっ白な世界。
 わたしの世界。


 すう、と胸の鼓動が落ち着きを取り戻した。
 まずはお仕事。そのあと、様子を見ながら、……もしかして、もしかしたら。
『このあいだの話なんですけど、帽子とか、選ぼうかなって』
 言えなければ、それでもいいと思う。今日で最後っていうじゃないから。でも。
『もしお時間があったらプロデューサー、一緒に見ていただけませんか?』
 でももし言えたら、それが今日の第一歩。


 プロデューサーが待つ車まで、あと数メートル。
 わたしは傘を閉じて、今は大きな綿雪が降りしきる白い道を、一歩ずつ踏みしめて歩いていった。





おわり
241創る名無しに見る名無し:2012/01/24(火) 19:03:42.18 ID:kqKN5Txb
投下乙

ゆきぽ可愛い
242創る名無しに見る名無し:2012/01/24(火) 20:07:15.64 ID:Xq0pFGBh
雪歩はモノローグ形式似合うな
243 ◆zQem3.9.vI :2012/01/30(月) 11:16:12.16 ID:aXgODyZh
長編投下致します。
・テイルズオブザワールド×アイドルマスターのクロスオーバー
・文章に大いに厨二要素(多分)がある可能性大。
・テイルズサイドの世界設定が独自のもの。
・アイマスサイドの出番は現時点で春香と、今回は最後に出る約2名のみ。
以上の要素に抵抗及び拒否感を覚える方はスルー推奨。
244TOWもどきim@s異聞〜第一章〜春香編 21:2012/01/30(月) 11:21:23.05 ID:aXgODyZh
 愛想こそないけれど、「一見しただけでは」確かにごく普通のシスターだったのだ。
だが自分を始めとした仲間達数人は、それ以降の数日の旅路でそんな認識をたやすくひっくり返されることになる。
まず初日、戦闘終了後に回復の為と進呈されたグミによって、彼女はあっさり『いけすかない女』認定された。あれだけ舌を蹂躙する味でありながら
しっかりTPが回復するというのはどうなのだろうか。
あまりの辛さにのたうつ自分達に、仕掛けた本人は特に大笑いすることもなく、ただ『知り合いの王女に教わった調合法だけどこんなに上手くいくなんてね』と、
感心しているのかそうでないのかわからない口調で平然とのたまった。
 そして次、情報収集の為に立ち寄ったカジノで、よりにもよって自分達全員(の装備品)をチップにした非合法ブラックジャックなどというものに挑んだ時には、
(スリーセブンで圧勝したとはいえ)本気で息の根を止めようかとも思った。護衛対象―――即ち顧客でなければ、呪文の一発や二発でも
かましてやりたいと強く願った瞬間である。

そして、彼女の顔をマトモに見た最後の日のことだけは、割と鮮明に覚えてる。

『―――あら、お姫様。夜更かしはお肌の大敵なんじゃなかったかしら?』
一緒に迎えた幾度目かの野営の夜、火の番を交代している時に、ふと目を覚ましていたらしい彼女とかち合った。
普段は日頃からの仕打ちも相俟って、考えうる限りの悪口雑言を繰り広げていたロッタではある。が、その時はやたら眠かったことも
ありいつもの憎まれ口も互いになりを潜めたのか、その夜だけは珍しく―――まるで普通の友人同士のように話し込んでいた。
 あの時の「彼女」も、多分それなりに開襟を開いてくれていたのではないかと思う。目に見えて声を立てて笑ったりなどしなかったが、
けれどそれまで話さなかったような『夢』を語ってくれるぐらいには。

「信じてくれなくてもいいけど、『それ』はそういう職業なのよ」

思えば、掴もうとすると手品のようにその手を音もなくすり抜けるような少女だった。
年相応に泣いたり怒ったり泣いたり、情動を発露するという行為には縁遠いと思っていたけれど、その時だけは夢物語のような
途方もない夢想を仰ぐ子供のように見えた。
まあ、そんな感傷を抱いたのも一瞬だけで、あとは彼女の傍若無人ぶりに振り回される忙しい日々の中に置き去りにされていった訳だが。
 何故今になって、そんなどうでもいいとすら思っていた筈の記憶を思い出したのかと言えば―――


脂汗を浮かべ、壁に張り付いた『彼女』が引きつった眼差しでこちらを見据えている。
「・・・・・・もう一度確認するわよ。難聴になったつもりはないけど、気のせいかしら今あなたの言ったことが物っっっ凄く理解しづらいのよ。
―――明確に、そして誠実に答えてくれないかしら?」
感情的になってはいけない。交渉というのは何を言われようと先に我を忘れた方が負けである。元より僧侶とは慈悲深さと寛容を旨とする生業だ、
決して路肩の通り魔みたいに「ついカッとなって」みたいな展開になってはいけないのである。
だが、追いつめられ脂汗を浮かべた少女本人もそれ以外に答えようがないのだ。答えようがないからこそ、繰り返してしまう。ロッタの逆鱗を刺激したその一言。

「・・・・・・どちら様、でしたっけ?」

「・・・・・・光よ 命を糧とし彼の者を打ち」
「ストップストップ!ロッタ、はやまらないで杖を構えないでそしておもむろに術を詠唱し始めないでぇぇぇっ!」

八割方本気で目の前の少女に術をぶち込もうとしたロッタと、それを羽交い締めにして押さえる仲間達によるどんちゃん騒ぎに対し、
診療所の主たるアニーが柳眉を吊り上がらせて雷を落とすまでそう長くは掛からなかった。
245TOWもどきim@s異聞〜第一章〜春香編 22:2012/01/30(月) 11:23:59.46 ID:aXgODyZh
とりあえず、ベッドで寝入っている患者の少女の身内を呼びに行かせるという名目で春香を一旦退席させた
アニー女史の英断は正しかったといえる。一応、さっきまでヒートアップしていたロッタの頭も大分冷えつつあったのだから。
「―――『あの』ラクリマ修道会ですか?・・・・・・それはまた」

そのキーワードを口にした瞬間、ゴリゴリと延べ棒で薬草をすりつぶしいたアニーは目を丸くした。

「そんな高貴な出の方とは思いもしませんでした・・・・・・それにしては随分としょみ―――親しみやすい感じの方でしたので」
「別に言い繕わなくてもいいわよ」
世界全土、とまではいかずとも、依頼主の高名は届く所には届いているようだった。それだけに、そんな大口からの依頼を
こんな形で『失敗』させてしまうかも知れない現状を鑑みると頭痛を覚えてしまう。
「まず、当の本人―――天海春香さんは、貴方方とは面識がないと言い張って、更にはシスターでなく
『東京』と呼ばれる遠い異国から来た、と主張しておられるようです」
「・・・・・・そうね。そこら辺をどうにかしないといつまでも話が進まないんだけど・・・・・・」
アニーは作業の手を休めると、コホンと咳払いしつつ神妙に告げる。
「春香さんは、さっきポルカの森でエッグベアに襲われているところをファラさんに助けられ、村へ案内されたそうです。
ただ・・・・・・どういう経緯で出来た傷かはわかりませんが、頭部を少し打っていたので、さっき私がここで治療しました」
頭部、と聞いてロッタの眉間の皺が深くなる。治癒魔法もそれなりに普及している昨今ではあるが、やはり頭というのは非常にデリケートな部位だ。
非常に不躾だが機械などでいう『不具合』のようなものが彼女の身に起きた結果が、さっきのあの不毛な問答になったという線も充分にありうるのだ。
事態の深刻さを改めて噛みしめるように、カノンノもまた己の足下を見て俯いて、
「・・・・・・だから、あそこまで様子がおかしくなっちゃったのかな・・・・・・?」
「・・・・・・あの、つかぬことを聞きますけど『あそこまで』なんて言われるほど様子がおかしいんですか?
私も少し話した程度ですが、普通の娘さんのように感じたんですけど」
そうだ、アニーに『ファラの保護者に知らせてほしい』という口実を与えられ出ていくまで、彼女は一貫して『普通の女の子』
だった―――普通の女の子『過ぎた』。
 「・・・・・・そうね。例えば世界に仇なす伝説の魔王が突然引退宣言して「普通の女の子に戻りまーす!」、なんて宣言したらどう思う?
・・・・・・私達にとってそれと同じなのよ、あの娘の今の変貌ぶりは」
「・・・・・・・・・」
どんな所業を犯せばあそこまで言われるのだろうか、とアリアリと浮かんでいる瞳である。
疲れたようにため息をついていると、カノンノがコソコソと声を潜めて、
「・・・・・・ロッタ。これからどうする・・・・・・?」
「・・・・・・とりあえず、一旦リーダーに報告して指示を仰ぐしかないでしょう」
嘆息して、事態の複雑さに改めて目眩を覚えた。あのように人格までも変化してしまっては、どんな風に接していけばいいものかわからない。
「いや、そうじゃなくて・・・・・・」
透き通った湖面のような瞳が、迷うようにソワソワと宙を見つめる。
いつもなら、言いたいことがあるならハッキリ言え、とでも叱り飛ばしているところだが、場所は病人も寝ている診療所である。
唇を引き結んで次の言葉を待っていると、
「大丈夫なの、ロッタ?」
―――魔物との戦闘でヘマをやらかし、多少深手を負った時にかけられた労りと似た響きだった。
訳もなく胸を走った動揺を悟られぬように、彼女から背を向けて、
「何って―――何がよ」
呟き返す声は震えていなかっただろうか。
だが、強気を装ったそれに動じることもなく、カノンノは次の一言を―――

「・・・・・・そういえば、もう一人のお仲間の方はどちらへ?」

言うより前に、サラリとアニーが指摘した事実に固まった。


じー。
「・・・・・・あー、あの・・・・・・」
じー。
「そ、そんなに見られると穴が開いちゃうかなー、なんて・・・・・・」
「・・・・・・?開いてないよ?」
―――どうしてこうなった。
246TOWもどきim@s異聞〜第一章〜春香編 23:2012/01/30(月) 11:29:44.29 ID:aXgODyZh
変な癖っ気のある輝く金髪、ノースリーブの赤い上衣によって浮き彫りになった体躯は若干小柄だが、
腰に提げた物騒な得物(剣)が妙に不釣り合いな気もした。
職業柄、『見られる」』ことには慣れているつもりだったが、こんな風にひたすら無心に見つめられ続けると妙に緊張感が増す。
ある意味彼の三大審査員と対面した時以上のプレッシャーだ。
「・・・・・・春香は、戻りたくないの?」
「い、いや!?そういう訳じゃ・・・・・・」
―――いや、すぐにでも戻らない時点でそう主張しているも同然か。胸中で思い返すが、そんな春香の胸中とは裏腹に、少年―――
名乗ったところによるとロア・ナシオンは相も変わらず静かに澄んだ瞳でこちらを見つめる。

一人診療所を出てリッドを呼びに行ったものの、既に彼は村人からの報を受け診療所に向かっていた、とのことだった。
文字通り骨折り損だった訳だが、かといってまだ今の「現実」と向き合おうという覚悟が固まった訳ではなく、
結果、無意味にそこいらをぶらつくより他なかった。・・・・・・ある意味状況は、『ここ』へ迷い込む前と似たものになったといえる。

「・・・・・・ロア君、だよね。その・・・・・・何で私に付いてきてくれたの?」
原因その1は質問に対して、コクリと首を傾げる。見た感じ春香と同年代のようにも見えるが、妙に幼い仕草だった。
だが、少なくとも見かけ通りの人物でないことは何となくわかる。身についた習性は裏切らないのか、いつものように転んだところにサッと
ナチュラルに手を差し伸べられるまで、彼の接近に全く気づけなかったのだから。
そして、それまで無心に春香の横顔を見ていたロアは、その質問にしばし沈黙したかと思うとおもむろにドサッ、と草むらに身を投げ出して、
「目玉焼きって、塩と胡椒以外に何かかけたりする?」
「・・・・・・は?」
答えをもらえるどころかいきなり何だ、と自分でもわかってしまう位に目を丸くした。
「ひょっとして、目玉焼きもわからなかった?」
「い、いやわかる、わかるよ?・・・・・・でも、どっちかっていうと何もかけないでパンに載せるっていうのが好きかな」
そっか、と頷いてから、何だ次は自分の好みの調味料を話し出すのかとも思ったが、

「前に、カノンノから・・・・・・さっき一緒にいた僕の仲間から見せてもらった本に、サニーサイドアップっていう
光線を目から出すどこかの勇者のお話っていうのがあったんだ」
「・・・・・・」

何だろう、彼が語るのはあくまでも異世界の寓話なんだから春香が知っている訳がない、と思うのに。
今、猛烈に内容にすごい既視感を覚えた気がした。
「・・・・・・長い三つ編みの女の子が焼芋(スイート・ポテト)とか叫んでる場面も出てきた?」
「あれ、知ってるの?」
「・・・・・・うん、知ってるけどこれ以上詳しい話はやめた方がいい気がするんだ。何ていうか、お互いの世界観的に」

乾いた笑いで誤魔化す春香の顔を再度、ジッと瞬きもせずに見つめる。そして、ゆっくりとそれまでどこか茫洋としていた口調に、わずかな確信を滲ませて、
「・・・・・・ホントにそういう呪文があるって最初は信じてたんだ。カノンノの本は僕には教科書代わりだったから、
実際に食べ物としてテーブルに出てきた時にはちょっとビックリして」
へ、と言葉には出さずに口を半開きにする。それに気づいているのかいないのか、補足するように彼は淡々と続けた。
「僕の時は、そんな風に色々カノンノや皆が話しかけてくれて、そのお陰で僕も―――まだわからないことも多いけど、出来ることが多くなってきたけど。
本当に、君は違う場所から来ただけで忘れた訳でもないのなら、必要なかったのかな」
僕の時。そして、何だか小動物を目の前にそていると相手に思わせるような、無垢な仕草や口調。躊躇いが胸に生まれながらも、春香は核心を問いただす。
「・・・・・・えっと、君は・・・・・・ロア君は」
「拾われたのは、半年位前になる。それより前のことは、わからないんだ」

―――彼は、『本物」』らしい。他2人にしてみれば、中身が変なことになっている『自分』とは違い、純粋な意味で。
(・・・・・・ああ、そっか)
表情自体に変化はないながらも、彼なりに気を遣って―――励ましも兼ねて普通に話そうとしてくれているんだと。情けないことに、その時になってようやく理解出来た。

「・・・・・・あの、詳しく聞けなかったけど。私って、ロア君達の仲間か何かだったの?」
「ううん」
そうかぶりを振ってから、彼はポツリポツリとだが説明してくれた。
早急に行かねばならぬ場所があり、でもさっき熊モドキことエッグベアと対面したように一人歩きなど以ての外の世界観だから、
彼らの所属する『ギルド』に護衛を依頼してきたのだと。
247TOWもどきim@s異聞〜第一章〜春香編 24:2012/01/30(月) 11:37:12.24 ID:aXgODyZh
「・・・・・・ごめん、さっきからチラホラ耳にしてるんだけど、その『ギルド』って一体・・・・・・」
「―――僕もあまりまだわかってないけど、最近では嵐で瓦が壊れちゃった屋根を修理したり、後はオタオタやピヨピヨの着ぐるみを被って、
町の子供達に『こういう危険な生き物がいっぱいいるから外にはあんまり出ないように』っていうお芝居を―――」
「ギルドの存在意義を誤解されるような説明の仕方はやめてもらえないかしら!?」
上擦った声で割って入ってきた声に、思わずビクリと肩を戦慄かせた。
恐る恐る振り向いてみれば、そこには王冠を戴いた頭に手を当て、頭痛でも起こしているようなポーズで仁王立ちするボブカットの少女。
「・・・・・・ギルドはまあ、何でも屋の代名詞のようなものだけど、一般的には人々に依頼されて魔物を討伐したり、危険な土地へ資材採取に赴いていったり。
ある程度の実力を持った冒険者達が集って、普通の人には危険な依頼を完遂することが主な役割よ」
ほえー、と人形のように頷く春香の姿を、一瞬疲れたように一瞥しながら、その視線をぼんやり突っ立っている仲間の少年の方へと向けて、
「ロア、あなたどういうつもり?」
「ちょっと目玉焼きとスイートポテトの話をしてたんだ」
「・・・・・・ふざけてるの?」
怒りのパラメータを一気に増大させるロッタに、これ以上やばいことになる前にと割って入ったのは春香だった。
「と、ところでさ!・・・・・・あなたの名前、ちゃんと聞いてなかったけど、何ていうんだっけ。教えてもらってもいいかなー・・・・・・なんて」
正直、何を言おうと発言しているのが「春香」であるだけで噴火しそうなこの少女を相手にするのは正直怖じ気がなくもなかったが、意を決したように尋ねてみる。
だが、予想していたような例えるなら伊織並みの罵倒が返ることはなく、凛々しく細められた彼女の視線は、真っ直ぐに春香の全身を射抜く。
「・・・・・・ロッタ。ヴォルフィアナ首都城下町の冒険者ギルド『モンデンキント』に所属してる僧侶よ。・・・・・・他、後は好きに自己紹介して」
「・・・・・・ロッタったらもう・・・・・・あ、ごめん。私はカノンノ。カノンノ・イアハート、職業は一応魔法剣士だよ」

ペコリ、と頭を下げると、椰子の木のように結い上げられた桃色の髪がふわっ、と揺れた。
涼しげなノースリーブワンピースが快活な印象を与える少女で、ロッタに比べれば幾分か穏健派のようにも見えた。
「・・・・・・さっきは私達も大人気なかったわ。一応今の貴女にしてみれば、見知らぬ他人に過ぎないというのに」
「・・・・・・怒ってるのはロッタだけだったような」
ボソリと呟くロアの口を、カノンノが静かに塞いでみせた。それをむすっとした目で流してから、ロッタは改めてゴホンと咳払いして、

「とりあえず、改めて貴女自身の話を聞かせてもらえないかしら」
「・・・・・・へ?」
「貴女にしてみれば、私達どころかこの土地全てが全くの未知のものだってことは、さっきの口振りでわかった」
眼差しこそきつそうに見えるが、そこにはさっきまでの荒々しい怒りはない。
「正直、どこまで理解出来るかはわからないけど、『貴女』の身上を噛み砕いて説明してほしいの。
・・・・・・正直今のあなたの状態は、他人から見れば気がふれているように見えてしまいかねないけど、話さないままでいるよりは
私達としても何か修道会の人達にフォロー出来るかも知れないし」
改めて見渡した周囲には、藁の積まれた荷車を重たげに引く牛や、どこからか積んできた稲穂を手に走り回る子供達。
自分は今確かにここを生きている。でも彼らと過ごした記憶はない。
不安だらけなことには変わらないけど、でもひとつだけわかる。
何となくだけど、友達になれる気がすると。

「―――わかった。ええっと、とりあえず始めに言うと、私はシスターじゃなくて・・・・・・」
248TOWもどきim@s異聞〜第一章〜春香編 25:2012/01/30(月) 19:57:03.20 ID:HICSUxe0
「―――おい新入り!そろそろ休憩入るぞ、しっかり身体休めとけ」
「―――はい、ではお先に」

―――参った。いや非常に。
フロランタン村若衆による男臭い空気に満ちた(こう表現すると彼自身も多少うんざりしてくるが)、祭りの設営現場のぐ近く。
都からやって来た祭の設営支援スタッフとして入り込んでいた青年は、その悪意があるとしか思えない偶然に珍しく渋面を作っていた。
頭に被った日除け用タオルは顔半分を覆い、土埃にまみれたタンクトップにツナギなどという、美意識的に考えて平素では絶対しない
格好に身をやつしている、ということもあるが。
「よりにもよって、こんな時にねぇ」
この世界で会えるなんて予想はしていなかったが、服装云々を抜きにしても出来ればこんな形でまみえたくはなかった。出会うならもっと、
街角でバッタリとか平和的かつロマンスのある形が良かったのだが、これではどう足掻いても物騒なことになりそうだ。
「・・・・・・ごめんなさい、こういう時どんな顔すればいいのかわからないの」
「ちょっ、それ遠回しに『笑ってもいいか』って訊いないかなぁ!?」
理由はわからないが、噛み砕いてアイドルという職業に就いていること、そしてアイドルの委細について
説明を聞いた僧侶の少女に、そんなにべもない言葉でバッサリ一蹴され、涙目になっている知り合いがいた。非常に残念ながら、
見間違いじゃないらしい。
そりゃ最近では半ばバラドルみたいな扱いされてるけど、あそこまで言われる程だろうか―――とちょっと気の毒になる。

「仲がいいのは結構だけど、こうなるとやり辛くなっちゃうなぁ」
「・・・・・・おい、何ブツブツ言ってるんだよ」
ポーズではなく本心からの苦笑いでひとりごちていると、やがて同じように潜伏していた同僚がやって来た。
それが同じ事情を抱える仲間であったことに軽く口の端を上げると、
「いやー・・・・・・目標を見つけたはいいんだけど、こういう時に会いたくない子が一緒でね」
「はぁ?おい、何いっ・・・・・・―――!?」
顎で促したその先にいた存在に気づいて、彼の言葉が一端途切れる。
筆舌に尽くしがたい驚愕が、振り向きもしないのに伝わってくるようだった。
流石に声は控えているが、こちらへ近寄って動揺のあまり襟首を引っ掴んで乱暴に引き寄せると、
「―――な、何であいつが!?おい、まさかアイツもギルドのメンバーだっていうんじゃ」
「いや、幸いなことにただの顧客らしいし、僕らが『引っ張る』理由はないよ。・・・・・・ただ、ちょっと彼女の場合
ややこしいことになってるみたいだけど」
コッソリと聞いていた経緯をザッと説明すると、案の定予想していた通りの渋面を作る。
「盗み聞きかよ、あんまいい趣味じゃねえな。・・・・・・要するに何だ?アイツ、こっちでの記憶だけ抜け落ちてる状態なのか?」
「まあそういうことになるかな。・・・・・・けど、彼らも報告で聞いていたよりもいい子達みたいだね。荒唐無稽だってわかってる筈なのに、
何だかんだで受け入れてくれてるみたいだ」
―――参った。重ねて言うが、本当に。
多分、それは彼も―――冬馬も同じことだろう。
商売敵同士彼女とは取り立てて親しい間柄という訳ではない。
向こう側において、一見平凡でありながら舞台の上では一番の強敵であると看做している存在だった。
歌うことの楽しみや喜びを、誰かと分かちあうことを何よりも尊ぶ、まだ荒削りな原石ではあるがアイドルという言葉を体現したような少女。
 これで彼女にここでの記憶が―――この不穏な世界で一個の生命として根を下ろした彼女であれば、まだ躊躇いはなかったかも知れない。
だが、目の前にいるのは『765プロ』の天海春香だ。誰かの血を流すような悪意や脅威とは、無縁の場所にいる、『向こう側』の。
「・・・・・・夕刻までには確保するようにって言われてるけど、出来れば彼女から離れるのを待つ方向でいかないか?」
「―――努力はするさ。まあ、俺とお前でかかりゃどうにか出来るだろ」
249TOWもどきim@s異聞〜第一章〜春香編 26:2012/01/30(月) 20:04:12.17 ID:HICSUxe0
嫌な方向に強くなったものだな、と。冬馬の横顔を見ているとそう思う。いばる上司に顎でこき使われる縦社会も同然の騎士の世界よりも、
丁度目の前の『確保対象』のような―――何にも縛られぬ立場で信念の為剣を振るえていれば、よっぽど『らしかった』気がするが、
貧乏籤を引きやすいのだろうか。
同時に、大袈裟な身振り手振りで何とか説明している『彼女』に視線を馳せる。
こっちとあっちが溶け合った時の混乱具合は、自分も冬馬も身をもって思い知っている。それが彼女の場合、向こう側での意識しかない状態で
この世界に放り出されたも同然の状態では、立ち振る舞い方もままならないだろうに。
―――そんな状態で出来た友人を、いきなり取り上げるようで申し訳ないが。

「―――これが、こっちでの俺達の仕事なんだよね。ごめんね、春香ちゃん」

ギルド『モンデンキント』構成員の、無力化及び確保。
祭の前準備という賑やかな空気とは似つかわしくないそんな任務を負った伊集院北斗は、
どうか彼女に見つからないことを切に願いつつ―――

服の下に隠した得物に手を伸ばしていた。
250 ◆zQem3.9.vI :2012/01/30(月) 20:12:06.98 ID:HICSUxe0
投下終了。

先日(一ヶ月以上前になりますが)は、別所での投下云々について様々な方から
貴重かつ真摯なご意見を頂けたこと、誠に感謝しております。
ひとまずは創発板にもテイルズファンがいつか訪れてくれるかなという淡い期待を胸に秘めて
投下はこっちに限定してみようかと思いますが、その内警告されているにも関わらず
魔が差してしまうかも知れません…。
今回出てきた3人はテイルズシリーズでも個人的にコアな気がしたので軽く紹介しておきます。
ロア・ナシオン……RM2の主人公。記憶喪失でぶっちゃけて言うとディセンダーだが、今作品でどう転ぶか不明。天然にして万能イエスマン。
カノンノ・イアハート……RM2のヒロイン。別称『夏カノンノ』。またを添え物ヒロイン。
ロッタ……RMのNPC傭兵キャラの僧侶。尾張行先生ののコミカライズされていたRM2の番外編では結構活躍する自称『姫』のツンデレ。
251創る名無しに見る名無し:2012/02/01(水) 21:01:57.31 ID:z7MbYVGw
いつも読ませていただいております
ジュピター登場よりギルド名が驚きですw
あいかわらずアイマス世界とテイルズワールドの
繋がりが理解できてませんが頑張ってついてくぜ

2chにテイルズSSのスレってないのかな?
マルチではなく、そういうところでこっそり宣伝したら
いいんじゃないのかな、「某所でクロスもの書いて
るんですが云々」とか
252 ◆zQem3.9.vI :2012/02/02(木) 13:23:39.83 ID:ZYCApbWB
>>251
風呂敷広げすぎてわかりづらい拙作に、貴重な感想&ご意見ありがとうございます。ギルド名については、まあおいおい
種明かしもするつもりです。
アドバイスに従って「テイルズ」でスレッド検索かけてみましたが、エロパロくらいしか該当しませんでした(汗)
貴方のような読者様がいらっしゃる限り、どうにか連載は続けられるよう頑張ってみるつもりです。

2531レスネタ『wafer girl』:2012/02/03(金) 18:55:20.05 ID:kv57CVg6
「懐かしいな、こういうの」
 四角い駄菓子を片手に持って、しげしげと眺めた。
 『765エンジェルウエハース』と書かれたそれは新発売となる、765プロのアイドルたちのトレーディングカードを封入したスナック菓子だ。
 デスクの俺に視線を合わせてかがむやよいは、不思議そうに俺の顔と駄菓子を見比べて言う。
「プロデューサーも、こういうの食べてたんですか?」
「おーよ、俺たちの時代にはものすごいブームだったんだぞ。あん時はおまけがシールでな、たくさん持ってる奴が一番えらかったんだ」
「へー、そうなんですか。そうしたらすごいお金持ちじゃないとダメだったんですねっ」
 あの当時の騒ぎは、子供心にも記憶が残っている。シール欲しさに食い物を粗末にした者もいた、なんて話をしたら、やよいにこってり叱られるのは俺の方だろう。
「でも今は少しやり方が違うよな。友達と、ダブったやつ交換したりするだろ?いわばわらしべ長者だよな」
「あ!わらしべ長者ならわかります!この間も、みかんがお夕飯に変身しましたっ」
 なんでも、地元の八百屋の店番を手伝ってお駄賃にミカンを袋一杯貰い、持ち帰る途中で魚屋のおかみさんが奉仕品の切り落としと交換してくれたのだという。
「そうか、よかったな。でもまた内職か?」
「……あうぅ。ごめんなさい」
「商店街には話通してるからいいけどさ、『うちにも、うちにも』ってなったらやよいが困るだろ?ほどほどに頼むな」
「はぁい」
 そろそろ有名になってきたやよいは、頼まれたら嫌とは言えない性分だ。俺としては純真な彼女が、無用のトラブルに巻き込まれることだけは避けたかった。
「あ、そうだな、事務所で予算ぶん取って、商店街で販促イベントやるか。ちょうど新曲も出たところだし、来てくれた子にコレあげてさ」
「はいっ!うっうー、それすっごく楽しいかもです!」
「うん、ちょっと面白いな。やよいのファンには小学生もたくさんいるし、こういうお菓子のターゲットには……ん?」
 つたない叱責を誤魔化すいいわけのつもりで口をついて出た企画は、やよいとその周辺の購買層を並べてみたら案外ものになりそうである。
 おもわず没入しかけて、おやと思った。やよいの視線だ。
「……やよいもそう思うだろ?」
「はいっ」
 喋りながら手を動かすと、彼女の顔が合わせて動く。
「地元ばっかりじゃなくて、あちこちのちょっとした商店街をさ」
「はい」
「こうして、ぐるーって回って」
 と言いながら右手を大きく回したら、やよいの顔が釣られて……右手に持ったウエハースに釣られて、ぐうんと動いた。あれだ、目の前にニンジンをぶら下げられた馬。
 俺の顔のまん前でお菓子の動きを止めるとやよいの顔が付いてきて、俺の鼻先5センチにくりくりとした寄り目が停止した。
「最後に元の場所にだな……やよい、どした?」
「は……はわあっ!?」
 すっとんきょうな声を出して飛びすさったとなると、どうやら自分がなにをしていたのか気付いていなかったようだ。
「ハラ減ってんのか?」
「えっ、えっ、そーいうわけじゃないですけどっ」
「わけじゃないけど?」
「あうぅ……わたし、このお菓子食べたことなかったから……」
 さもありなん。やよいに買い食いの習慣はないだろう。
「あはは。食べるか?」
「いいんですか?」
 笑いながら持っていたそれを手渡すと、はじけるような笑顔で受け取った。
「サンプルで届いた分なんだから、好きにしていいんだよ。でもせっかくだから、どんな味か聞かせてもらうかな」
「はいっ!あまくて、ふわふわで、ぱりぱりで、それですっごくおいしいですっ!」
「……コメントはともかく、そのうまそうな顔は使えるな」
 味わってみると甘くて、ふわふわで、口の中でさらりととろけ、天にも昇る美味の花。と言って高嶺に咲くわけではない、誰にでも親しまれる身近な存在。
 有名パティシエの作り上げるケーキではなく、高級メーカーのチョコでもなく、大衆製菓会社のウエハースこそがやよいにふさわしい。
「そこの箱全部いいから、みんなが帰ってきたら分ければいい」
「いいんですか?ありがとうございます!」
「なんならやよい、お前だけ先によさそうなの選んでもいいぞ?」
「あ、ダメですよプロデューサー、そんなのはズルです!」
 仏心三割増しでそんなことを言ったら、しまったと思うより先に眉を上げられた。
「みんなでなかよくわけっこです!」
「デスヨネ」
 ……四角四面で、油断してると妙にパリパリとお固くて。

 やよいは、まさにウエハースのような女の子だ。



おわり
254創る名無しに見る名無し:2012/02/04(土) 23:50:18.70 ID:rc/oy5GL
>>253
旬なネタで良いですね
やよいはやっぱりかわいいな
255メグレス ◆gjBWM0nMpY :2012/02/08(水) 06:54:41.29 ID:0lVYmi3z
あーテステス。短編投下します。
シンデレラガールズ物なので苦手な方は御注意を。
256Secrets On Parade:2012/02/08(水) 06:56:38.79 ID:0lVYmi3z
「ねえ、キスしていい?」

何気なく発した言葉は、静かな事務所の中に張本人である自分でも少し驚くくらいに良く響いた。
この空間に居るのは私、渋谷凛とあとは男の人が一人だけ。
一応アイドルなんて仕事をしている私の担当プロデューサーだ。

「一応聞くけど……誰とだ?」
「今ここには私達二人しか居ないよ」
「だから一応聞いてみた」
そう言ったきり、プロデューサーは腕組みをして考え込んでしまった。


私のプロデューサーは何の変哲も無い普通の人だと思う。
「凛はどうしたい?」
そう言って私の希望を聞いたと思ったらいつの間にか仕事を取ってきて、
いつの間にか順調に私のランクが上がっている事を考えると仕事は有能と言って良いのだろうけれど。
ただ、笑うときはいつもどこか困ったような顔をしながらだったり、
あるいは苦笑だったりで心の底から笑う顔を見た事が無い。
それが少しだけ引っかかる。

そもそも何でこんな事を口走ってしまったのかと言えば、
午前中のレッスンが終わって事務所に戻ってきたはいいけれど何となく帰るタイミングを逸してしまって、
そういえばクラスの女の子達が恋愛のアレコレで盛り上がっていたなあ。
あの子とあの子がキスしてたとかそんな話題だったような。
なんて事を考えながら仕事をしているプロデューサーの様子を観察していたらふと思いついただけなのだ。


高校入学と同時に空けたピアスを触りながら返事を待つ。
空けたばかりの頃、気になって触っているうちにいつの間にか癖になってしまったらしい。
直したほうがいいのかなと思うけど、自分ではどうしようもないから癖って呼ぶんだろう。
今の所それで何か言われた事は無いし。

そんな事を考えているとプロデューサーがようやく溜息を一つついて、
「凛が良いならな」
そう呟いて椅子の背もたれに体重を預け、それから微動だにしなくなってしまった。
その言葉は私の意志を尊重してくれているのか、それともまだ子供の言う事だと軽く考えているのか。
どちらにせよほんの少しだけ悔しい。
そう思ったところで、じゃあ私は一体どんな反応を返して欲しかったんだろうかと思い返す。


よく、わからない。


とはいえ、許可は貰ったのだから後は行動するのみである。
自分で言い出しておきながらやっぱりやめますっていうのはなんだかカッコ悪いし。
安っぽいソファから立ち上がってプロデューサーの所に行くまでほんの数歩。
どうしよう。何だか緊張してきちゃった。
257Secrets On Parade:2012/02/08(水) 07:00:05.19 ID:0lVYmi3z
私が隣に立っても動かない、小憎らしい顔を両手で包み込むように押さえる。
プロデューサーは座ったままだから、必然的に私が屈む形になる。

顔が近づいていく。お互いに瞬きもせず相手を見つめている。
伸びてきた指が私の頬を通り過ぎて耳のピアスに触れる。
なんだ。気がついていたんだ。
私自身でも最近気づいたばかりの癖に。
耳朶から伝わってくる僅かな体温に少しだけ安心する。
そういえばキスの仕方なんて調べた事は無かったからよくわからないけど
皆そうしていたから多分それが正しいのだと思って、
プロデューサーも同じ様にしてくれれば嬉しいなとそんな事を考えながら

目を閉じて、

唇を重ねた。



時が止まった様に感じた僅かな時間の後。
唇を離して目を開いた先にはいつも通りの苦笑を浮かべたプロデューサーの顔。
だから私もいつも通りの顔をしていつも通りに口を開く。

「一つ言って良い?」
「何なりと」
「唇、少し荒れてるよ。リップ貸してあげようか?」
「いや、後で自分のを買っておくよ」

それだけを伝えて出口に向かう私の背中にプロデューサーが声をかけてくる。

「こっちからも一つ聞いて良いか?」
「何?」
「ファーストキスの感想」

そんな事を聞かれても、ただの興味本位でやった事に感想なんて求められても困ってしまう。
我に返るとなんだかとんでもない……というか取り返しのつかない事をしてしまったような気がする。
後悔は無いけれど、胸の中に名前のつけられない色んなモヤモヤが沢山出来て言葉に詰まる。
うまく言葉に出来ない。
だから、

「……よく、わかんない」
そう言って、振り向いた私はいつもプロデューサーがしているみたいに曖昧な笑顔を浮かべていた。
258創る名無しに見る名無し:2012/02/08(水) 07:01:58.36 ID:0lVYmi3z
以上投下終了。徹夜明けだから添削校正なにそれ状態。
ちなみに今回の曲は元ディジー・ミズ・リジーのリーダー、ティム・クリステンセンの1stソロアルバム
Secrets On Paradeのタイトルトラックから。
ttp://www.youtube.com/watch?v=L7IdU59rmas
同じアルバムに収録されている「Watery Eyes」とどっちにするか迷ったけどコッチに。
反省点とかその他諸々は後で書きますですハイ。
それではこれにて失礼。
259創る名無しに見る名無し:2012/02/08(水) 16:03:58.53 ID:C+eIHpsj
こういう曖昧な関係の探り合いも良いね
260創る名無しに見る名無し:2012/02/09(木) 21:24:05.58 ID:/6VPOrGo
 風呂上がりの晩酌を済ませ、さあ寝ようか、と思った所で、テーブルの上に投げ出していた携帯電話がぶぶぶと震えた。メールの着信だった。
 サブディスプレイを覗くとそこには現在担当しているアイドル――雪歩の名前が表示されていた。
 男が苦手、という彼女の性格はメールにも如実に表れていて、自信のなさそうな語尾や三点リーダ等が頻繁に見られる。
 それでもこうして時々送られてくるメールの内容は実に他愛のないもので、それが逆に、こちらとの距離を少しずつでも頑張って縮めようとする彼女の努力がはっきりと表れていてなんとも喜ばしい。
 尤も、今回注目すべき点はそこではないのだが。

『小学生並み……』

 メールを開いて最初、タイトルにはそう記載されている。
 はてさて一体何が、と思いながらつらつらと文面に眼を通し、

「……ふむ」

 誰に対して気取っているやら頷きを一つ、それから思わず頭を抱えた。
 曰く。
 彼女の体型は小学校時代からあまり変化がないようだ。

「いやいやいやいや」

 頭を抱えながらぐわんぐわんと上半身回転。傍目から見たら奇行だが、主観からしてもやっぱり奇行だ。
 しかしながらこうでもしないと色々やばいのである。想像してしまうではないか。色々。色々。あれとかこれとか。
 もわんもわんと頭に広がる情景を必死に追い払いながら、そのままテーブルに突っ伏した。

 雪歩よぉ……送る相手と内容を考えてくれよぅ……。

 小学生時代の服がまだ着られるらしい。節約という観点から見れば実に素晴らしいことだろう。長く着ることであちこちよれよれにはなるだろうけれど、その間服に対して一切お金をかけなくて済む。やよいだったら泣いて喜ぶんじゃなかろうか。
 だがしかし、だ。
 問題はスタイルである。
 メールの内容を、額面通りに受け取ることはしない。着られる、というのはまあ文字通り着ることが出来る、ということだろう。
 適したサイズであるとかその辺は置いておいて。
 萩原雪歩という少女は、本人が思っている通りにひんそーでちんちくりん、ということは断じてない。
 アイドルという職業、且つ周りの環境から考えるとサイズ80というのは確かに大きいとは言えないだろうけれど16という年齢を考えれば十分だろう。
 そして、その数字が成長期である十代半ばの間に一切変動しなかった、ということはまずあり得ない。個人差こそあれ、変動はあったはずだ。年を経るにつれて増加する、という方向に。
 ってことは、ってことは、だ。
 このメールを送る直前、何らかの理由で雪歩は主に胸部がキツイだろう服を着たわけで――――

「いかん駄目だまずいそれ以上想像するな俺」

 ごんごんごん、とテーブルに頭を打ち付けた。空っぽのビール缶が音を立てて倒れ、転がった。
 もう一度言いたい。雪歩よ、送る相手と内容を考えてくれ。
 君が苦手を克服しようとしたり、こちらとの距離を縮めようとしてくれているのは分かる。分かるし、非常に嬉しいことだ。
 でもさ、でもさぁ、何もこういう翌日会ったら微妙にこっちが気まずくなりそうな内容で無くてもいいじゃないか。
 お布団の中から、とかさぁ、四葉のクローバーとか、お琴の楽譜の話とか、そういうので良いんだよ。
 いやいやこっちが変に意識しすぎているだけだってのは分かってる。だがしかし俺だって男だし、職場は女性ばかりだし、それに夜寝る前とか一番心に隙間が生まれる時間じゃないか。そんな時にこんな痛烈な一撃くらったら指先一つでダウンさ!

「……テンションおかしくなってきた」

 いい加減頭が痛くなってきた所で身体を起こし、そのまま椅子から立ち上がって冷蔵庫へ向かう。
 この変なテンションと煩悩を追い払うには酒の力を借りるのが一番良さそうだ。
 中に残っていたビール缶三本をテーブルまで運び、プルタブを開けた。
 雪歩には何と返事をしようか。
 下手につつくとぎくしゃくしそうだし、かといって折角送ってくれたのだから返事をしないわけにもいかない。
 無難な返信、無難な返信……。

 いつの間にか夢を見ていた。
 夢の中で雪歩は、真っ赤になりながら幼少時のものと思われる衣服を身に纏い、

『さ、さすがに小さすぎましたぁ…‥』

 翌日、一方的に雪歩に対してぎくしゃくしてしまったのも、詮無き事である。
261創る名無しに見る名無し:2012/02/09(木) 21:25:36.95 ID:/6VPOrGo
雪歩メールネタ。今更ながらSPやってたら件のメールが送られてきて、思わず。
……こんなの投下して良かったのだろうか。
262メグレス ◆gjBWM0nMpY :2012/02/10(金) 03:25:33.25 ID:AAA0P6ES
>>250 他の765組より先にまさか来るとは思わんかった。
そしてここでも冬馬は不憫よのう。

>>253 お菓子+トレカだとそのうちアイマスチップスなんてのも出るのかな。なんて思ったり。
(昔あったよねJリーグチップス)

>>261 そこは『ちょっと確認したいから写メで送ってくれ』っていう所じゃなかろーか。
楽しかったんでいくらでも投下したって下さい。


んでちょっとばかし>>256の反省なぞ。あんまりこういう事書くと
「本人が納得してないなら投下するなよ」
って言われるかもしれませんが、第三者の意見も欲しいなと思ったので、
ちょいと技法的なトコでアドバイスというか意見を頂きたいのですが、


先ず、句読点(特に読点)の位置はおかしくないかという事。
以前投下したのを読み返してみると少し区切り過ぎたかと思ったので
今回は控えめにした(つもり)なのですが、かえって読みづらくなってやしないかなと。

もう一つは、文章全体でちゃんと繋がっているかという点。
なんとゆーか、書ける所から書いて後で纏めるとゆープラモ組み立てるみたいな書き方してるもので、
自分で読むと別段破綻はしてない……筈なんだけど……
ブツ切りに見えるって人も居るのかしらと少しばかり不安になったり。



余談になるけどモバマスのキャラって大体の都道府県揃ってるから
各アイドルに地元の名品や名店紹介させても面白いんじゃないかなーとか考えたり。
ID持って無いけどPixivあたりに持っていったほうが良いのかしら。
ちなみに私は山形県なので榊原里美サンらしい。
(ステージ衣装をボタン一つずらして着てしまう灰色の髪をでっけえ三つ編みにした娘)
263創る名無しに見る名無し:2012/02/10(金) 11:47:25.05 ID:Uz+wmRmQ
>>262
言われてどんな作風かなってまとめサイト見に行ったらミル姉もあなたかw

作風に関してはお気にされるほどのことはないかと。
テンマルに関しては我等が原典が読点まみれのものすごい台詞回しを
平気でやるテキストなんで一種マヒしてる気はしますが、漢字とひらがなの
バランスも悪くないのですらすらっと読んでも違和感はありません。
文章ブロックの繋ぎも同様で、いわゆる『作風の範囲内』だと感じます。
作風という点では、無印の人気がピークだった時期のSSのような、「原作に
どっぷりハマりこんだ様子」のない、一種の距離感を覚えさせられる
文章運びが心地良いと思っております。

モゲマスは30分で匙を投げたクチなのでよくわかりませんが、全国対応
アイドルがいるっていうのは面白いですね。どっかにまとめとかないかな。
264創る名無しに見る名無し:2012/02/10(金) 12:03:09.97 ID:ve/KJCNu
>>260
面白かったよGJ
265創る名無しに見る名無し:2012/02/11(土) 00:59:22.97 ID:Ps20y4Qd
>>262
別に句読点は気にならなかったよ。
個人的にはセリフだけで進んでる所がちょいと気になった感じ。
#自分だともうちょっと表情とかの描写を入れたくなる。

あと、この冬,アイドルマスターウエハースが発売予定だったはず。4ヶ月遅いわ!
266メグレス ◆gjBWM0nMpY :2012/02/12(日) 00:23:57.43 ID:zXTGefUc
意見、アドバイスありがとう御座いました。
これから書く時に心の片隅にでも留め置くようにしたいと思います。


>>263 対応というか全員にプロフィールが設定されてて、その中に出身地の項目もあるってだけなんだけどね。
まとめはテキトーにwiki辺り見てもらえれば。
ちなみにちょっと前のだからこの画像以降追加されてるアイドルも居るけど
ttp://imas.ath.cx/~imas/cgi-bin/src/imas97131.jpg
なんとゆーか、最初は興味無くても人が書いてるとじゃあ自分も書いてみようかなって気になるよね。


んで業務連絡ー、業務連絡ー。
>>260まで保管庫に収録ー。いつも通り確認訂正お願いします。
今回は作者別も更新。これも自分が書いたから追加してくれって時はこちらにでも書いて頂ければ更新します。
もちろん御自分でして頂いても構いません。

で、レシP様毎度毎度申し訳ありません。今回は、
・赫い契印<Signature blood> なんですが、
最初にページ作成する時にそのまんまで作っちゃったもんですから
<>の部分が表示されないんです。(>がプラグイン扱いになるため)
んで、作者別のページのフォーマット準拠だと
・作者別のページから本文に飛べるけど該当部分だけベッコリ凹む
・作者別のページからは本文に飛べないけど表示が崩れない
の二者択一になってしまうのです。一応後者で作っておきましたが……

私で考えられる範囲の解決策としては、
・赫い契印<Signature blood>で新しいページを作る
・既に作成したページタイトルの不等号を半角から全角に変える
のどちらかなのですが、後者の方法の「既に作ったページタイトルの変更or削除」は管理人さんしか出来ないので、
管理人さん音沙汰無しの現状だとどーすればよいものやら。

勿論これらが私の知識不足、早とちりでしかない可能性もあるのでとりあえず御確認お願い致します。
これで伝わるかしら。説明下手で申し訳ありません。

それではこれにて失礼。

267創る名無しに見る名無し:2012/02/12(日) 12:28:13.13 ID:0JiYPqqp
群馬が罰ゲーム過ぎる……
268レシP ◆KSbwPZKdBcln :2012/02/15(水) 20:23:44.05 ID:rg4ck3oK
はいごめんくださいレシPです。
1本書けましたので投下します。
美希とやよいで『ゆとり指南』、タイトルでお察しかもしれませんが
落語翻案ものです。本文4レスお借りします。

ではひとつ、ばかばかしいお話にお付き合いのほど。
269ゆとり指南(1/4) ◆KSbwPZKdBcln :2012/02/15(水) 20:24:42.83 ID:rg4ck3oK
 新しい年も明けまして、2月も半ばとなりました。こちら765プロでもアイドルの
みなが仕事に学業に精を出す今日このごろ。
「美希さん美希さん、私にゆとりを教えてくださいっ!」
「えーっと……どーゆーイミかな?」
 昼下がりの事務所で、なにやら決意の瞳でそう請うのは高槻やよい、訳が
わからず首をかしげているのが星井美希。いずれもただいま絶賛売出し中の
アイドルの女の子であります。
「あっごめんなさい、わたし、昨日の番組収録ですっごく怒られちゃって」
「へえ?やよいが怒られるなんて珍しいね」
 なんでもトークバラエティで張り切りすぎてしまい、他のゲストに迷惑を
かけてしまったとの由。ちょうど戻ってきたプロデューサーも苦笑しながら
解説します。
「テーマが節約術だったんだよな。俺もやよいの得意分野で目立てるって
期待してたんだが、期待以上でな」
「お笑い芸人さんがいっぱいゲストで来てたのに、わたしその人たちのお話
取っちゃったみたいで」
 若手芸人の貧乏話というのは言わば様式美であります。やれ小麦粉だけで
1週間生き抜いた、アパートを追い出されて青テントから営業に出かけた、
その夜の食事にありつくためだけにナンパの腕が上がったなどなど、悲惨な話を
笑いに変えて繰り広げる話芸の見せ所と言えましょう。
「あ、わかった。やよいの話のほうがレベルが高かった?」
「ピンポン。お笑いの話はどうしてもネタ重視だろ、笑いは取るんだがその
すぐ後にやよいがためになる話をするもんだから」
「ミキはやよいのおトク情報、好きだよ?」
「そこはいいんだよ。でも情報番組じゃなくバラエティなんだから、バカな話や
失敗したネタで笑いも入れなきゃならないだろ」
 収録した番組的には情報の面では充実した濃い作品になりましたが、観客を
笑わせるために呼ばれたゲストが不完全燃焼で終わったしまったのだそうです。
「それでわたし、ディレクターさんに『もっとゆとりをもって、まわりの空気を
読んでくれなきゃ』って言われちゃったんです」
「笑い混じりだったし、ニュアンス的にも怒られた感じじゃなかったんだけど、
いつまでもワガママが通用する世界じゃないしな」
「だからゆとりを勉強したい、っていうコト?」
「はいっ。美希さんっていつもおちついてて、わたしだったら収録前には絶対
はわわーってなっちゃうのに控え室で仮眠とってたり、わたしもいっぱいがんばって
美希さんみたいになりたいなーって思ったんです!スタッフさんたちからも
ゆとりがあるとかゆとりがあるいてるとか言われてて、ほんとすごいなーって!」
「えーっと……後半ほめられてないっぽいの」
「美希さん、わたし真剣なんです!どうしても美希さんのゆとりを身に着けないと、
わたしお仕事干されちゃうんですっ!」
「そ、それはオーバーだよ」
「そうなったら家にお金入れられなくなっちゃうし弟たちも小学校やめて働いて
もらわなきゃなりません!それもこれもわたしにゆとりがないからなんです、
ごめんね長介、うわあああああん」
「……やよいにナニふきこんだのハニー」
「何も言ってないよ。それにハニーと言うな」
「ともかく、今のやよいを見てたらなるほどゆとりのひとつもあった方がいい
っていうのは、さしものミキにもわかったの。いいよやよい、ミキがしっかり
ばっきり、ゆとりのゴクイを教えてあげるから!」
「ほんとですか美希さん!ありがとうございます!わたし、死んじゃうくらいの
気持ちでがんばりますっ!」
「……まず最初に肩のチカラ抜くとこから始めよっか、やよい」
270ゆとり指南(2/4) ◆KSbwPZKdBcln :2012/02/15(水) 20:25:29.02 ID:rg4ck3oK
 とまあそんなわけで、やよいのゆとり修行が始まりました。
「みんなはミキがただ単にサボってるだけって思ってるみたいだけど、あれは
実はそうじゃないの」
「俺もただサボってるだけだと思ってた」
「ちっちっち、ハニーもまだまだだね。みんなが思ってるようなゆとりは
『駄ゆとり』といってフーリューのかけらもないんだよ」
「風流ときたか」
「うっかりすれば人さまに失礼になるものを、タイミングと空気を読みながら
可愛げのあるしぐさに変えて、しかもこちらは体を休めて精神を集中させる
という、それがミキのゆとりのシンコッチョーなんだよ」
「ふええ、美希さんすごいです!」
「正当化ここに極まれりだなオイ」
 プロデューサーは渋い顔をしてみましたが思い返してみるとなるほど、
美希のあくびや昼寝は制作陣や共演者に悪くとられたことがありません。以前も
大女優との共演時にやらかしたものの、青くなるスタッフを尻目に『うふふ、
美希ちゃんってかわいいわね』などと許容の言葉を頂戴し、結果的に番組の質
まで上がったという逸話すら持っているのです。
「ふむ、まあ確かにやよいは収録に臨んで力が入りすぎる部分もあるな。今までは
まず自分の全力を出すのが最優先だったが、コミュニケーションの絡む仕事が
出てくると落ち着いて周囲を見定める余裕も欲しいとは考えてしまう」
「ゲーノー人なんだから自分が頑張るのなんか当たり前って思うけど、他の
タレントの人がいたらその人にもたっくさん目立ってもらわなきゃでしょ。
今はこの人がしゃべる番、今は自分がイケイケなとき、みたいな」
「適材適所ってことだな」
「みんなが楽しい方が番組も楽しいですよね」
「他の人の持ち場の間こそ、ゆとりの持ちどころなんだよ。リラックスする
ことで自分の出番を見極めたり、番組の流れを感じとってテキカクな話題を
振る準備したり」
「なるほど、緊張してたらそんな余裕ないもんな」
「もっと慣れてくると律子のお説教の最中に話を聞かないというスゴ技も」
「それはダメだろ」
 そんなこんなで何日かが経ち、美希がやよいの師匠となって修行のほうも
だんだんと形になってまいります。今日は実地訓練ということで、番組収録の
ためにテレビ局にやってきました。
 リハーサルの方はつつがなく終了いたしまして控え室に戻った一行、美希が
口火を切りました。今こそゆとりを持つときだ、と言うのです。
「じゃ、ミキがちょっとやってみるね。題して『本番収録前のゆとり』」
「はいっ」
「本当に本番収録前だし、やよいの身になりやすいかもな」
「歌でもお芝居でも、本番だからってキンチョーすることはないんだよ。それまで
やってきたレッスンやリハーサルを、そのまま出せればそれでいいんだもん」
「なるほど、そうですね」
「そう考えるとだいぶ気が楽になるでしょ、ミキはいっつもそうしてるん
だよ。たとえば……」
271ゆとり指南(3/4) ◆KSbwPZKdBcln :2012/02/15(水) 20:27:13.33 ID:rg4ck3oK
 そう言うとソファに深く腰かけ、お茶のペットボトルを持って目を閉じます。
「もうすぐ収録、準備もオッケー、あとはスタッフの人が呼びに来るのを待つだけ
……こうやって空調の効いた控え室で、ゆっくりお茶でも飲みながら、これからの
ステージのこと考えてると、楽しみで、楽しみで……あふぅ、ならないの」
 それは見事な、しかもたいそう可愛らしいあくび。固唾を呑んで見守っていた
プロデューサーたちも一瞬、軽い眠気に誘われたほどです。
「なるほどこれか。だが美希、言っとくが寝るなよ」
「いーじゃん、ハニーのケチ」
「ハニーと言うなと」
「ね?やよいもやってみなよ」
 そう促され、やよいも美希に並んで腰かけました。
「は、はいっ!えっと、本番前であとはスタッフの人が呼びに来るのを待つだけ、
こうやって空調の効いた控え室で……って、スタジオが寒かったらどうしよ、
電気代ももったいないしやっぱりスイッチ切って」
「横道にそれてるよ、やよい」
「はわっ!……お、お茶ですねそうでしたね、……でもこのお茶ってテレビ局が
用意してくれるペットボトルですよね、わたしいつも飲まないで家に持って
帰ってるんですけど」
「飲んで!今日は飲んで!」
「わ、わかりましたぁ……んく、んく、ふぅ、おいしいですー。あ、なるほど、
なんだかほっとした気持ちです」
「うんうん、本筋に戻ってきたよ」
「あっでもキャップとパッケージは分別しておかないと」
「そういうのは収録後でいいの!」
「ふぇ?じゃ、じゃあ次はえっと」
「ここ一番のキモだぞ、やよい!」
「やよい、これからの収録のこと考えるんだよ」
「はっ、はいっ!そうですよね、わたしは今日のためにレッスンもいっぱい
がんばりましたし、いまのリハーサルもNG出さずにできました」
「でしょ?やよいが心配することなんか、なーんにもないんだよ」
「あとは本番で、練習の成果を思う存分出すだけです。スタッフの人が呼びに
来てくれるまで、こうやって空調の効いた控え室で」
「うんうん」
「ゆっくりお茶を飲みながら、これからの収録のこと考えると……楽しみで、
楽しみで……」
「あと一息だよ、やよい」
「楽しみで……うっうー!なんだかめらめらーってしてきました!今日は
すっごくいい番組になりそうですっ!」
「っ、えええ〜?」
 ま逆のテンションになってしまったやよいに驚く間に、聞こえてきたのは
ノックの音。
「高槻さーん、巻き入りました、10分で本番です」
「あっはい、いま行きますっ!」
 ADの声に、ばね仕掛けのように立ち上がりました。
「えっちょっ」
「や、やよい?」
「美希さんありがとうございます、わたしすっごくリフレッシュできました!
これなら本番も、ばばーんってうまくできそうですっ!」
 言葉を失う二人に言うだけ言うと、満面の笑みで右手を高く差し上げます。
「うっうー、ハイ・ターッチ!」
272ゆとり指南(4/4) ◆KSbwPZKdBcln :2012/02/15(水) 20:28:51.85 ID:rg4ck3oK
 ぱん、と軽やかに掌を打ち合わせ、両腕を大きく振って最敬礼。
「じゃあプロデューサー、美希さん、わたし力いっぱい頑張ってきますねっ!」
「あっはいなの」
「お、おう、思う存分やって来い」
 心のゆとりなどどこへやら。
 風をも切らん勢いで部屋を飛び出してゆきました。呆気にとられた二人は
完全に置き去り状態であります。
 少したって、ぽつりと美希がつぶやきました。
「……ハニー、やよいにゆとりの道はやっぱりキビシーってミキ思う」
「俺も思ったわ。あとハニーって言うな」
「タチに合わないっていうか、スジが悪いっていうか、ね。やよいはあんなふうに
全身にチカラ入りまくりなのがいいんじゃないかな。こないだみたいに失敗も
あるのかもだけど、ミキ的にはそれもやよいらしいんじゃないかって思うよ」
「ああ、そうかもな」
 人の個性なんてものは、一朝一夕でほいほい変わるものではありません。
美希には美希の、やよいにはやよいの十数年の成長が、彼女たちの彼女たち
らしさを形作っているのです。大先輩の鼻先であくびをかますのもそう、芸人
渾身のネタにも負けず実生活に役立つ知恵を披露するのもそう。
「前のだって怒られたんじゃないって言ってたよね?やよいはああいう子、って
みんなわかってるんでしょ?ほんとは」
 美希が尋ねると、プロデューサーはばつの悪そうな顔になりました。
「やっぱりー」
「すまん。そうは言っても緊張をほぐすスキルは持ってて損はしないんで、
美希に、ちょっとだけ力を借りようと思ったんだ」
「むー、ヒドーイ」
「ごめんな。美希じゃないとできないことだったからさ」
「そんなふうに言われたら怒れないよ。ハニーってやっぱりズルイの」
 そんなことを言いながらプロデューサーにしなだれかかります。負い目の
あるプロデューサーもさすがに無下にはできません。どっかりソファに腰を
下ろし、二人で控え室のモニタを見つめました。
「お、収録始まるな」
「それでね、ミキちょっと思ったんだけど」
「なんだ?」
「ハニー……やよいについてなくていいの?」
 美希の言葉に応ずるごとく、部屋の扉に矢のようなノックの音。その上さらに、
先ほどのADと思しき慌て声がかぶさります。
「あ、あのっ、まだ中にいらっしゃいますかっ?さっきから『プロデューサーが
来ない』と、高槻さんが困っていらしてっ」
「……あ、やっべ」
 それはそうでしょう、やよいのプロデュースに同道してきたわけですから、
ステージ脇で細かい指示を出さねば具合がよくありません。
「あはぁ」
 青くなるプロデューサーに、嬉しそうに微笑む美希が言いました。

「なあんだ、ハニーの方がスジがいいの」





おそまつ
273ゆとり指南(あとがき) ◆KSbwPZKdBcln :2012/02/15(水) 20:34:10.15 ID:rg4ck3oK
メグレスPいつもいつもおまとめ作業お疲れ様です。完全にわたくしの
個人趣味暴走してる作者ページまで補完していただき言葉もありません。

>今回は、
>・赫い契印<Signature blood> なんですが

の件につき、リンクが繋がるように修正することができました。
wikiのリンクは『[[○○>■■]]』の形式で、表示されている文字列と異なる
名称のページへジャンプさせることができます。本件では

[[赫い契印>赫い契印<Signature blood>]]

となります。
本来の管理人が現れないままの整備は困りごとも多いですがずいぶん
手をかけていただき、ありがたく思っています。
そしてあのwiki作った人、見てる〜?反応待ってるよー。



えーさて、わたくしごとですが全年齢向けSSが本作で200本となりました。

100本記念で保管庫作ってはや3年半、事情も環境もずいぶんと変わりましたが
ゲームもメディアも増え、諸論ありながらもたくさんのPが現在もアイドルたちを
育成しつつ活躍中であります。
自分に読者さんがいるかどうかはともかく、マーケットが存在することがわたくしの
脳内妄想の糧になっている部分もございまして(キャラスレの一言ネタがSSに
育ったり)、今後も拙いながらにちょっとした文章なぞ投下させていただければと
思っております。
引き続きよろしくお願いします。
274創る名無しに見る名無し:2012/02/20(月) 13:55:15.81 ID:UYmFHFM9
ssじゃなくて台詞集みたいな感じですが、ちょっと妄想してたらにやにやしてきたので投下させていただきます。
題して『チョコ渡されるときに言われたい一言』

 春香「プロデューサーさん! 私、プロデューサーさんのこと、大好きです!」
  真「プロデューサー! あの、ボク……プロデューサーのこと、大好きです!」
やよい「うっうー! プロデューサー、だーいすきですー!」
  響「かなさんどープロデューサー! ……うがぁぁぁ! これ、すっごい恥ずかしいさー!」
 雪歩「ぷ、プロデューサー! あ、ああああの! あの! えっと、えっと……だ、だ、だ、大好きですぅ!」
 真美「あ、えっとさ、にーちゃん、あの……好き、だよ?」
 亜美「にーちゃんだいすきー!」
 伊織「ほら、あれよ、その、えっと、少しくらいなら……す、好き、よ、あんたのこと」
 貴音「お慕い申し上げております、あなた様」
 千早「プロデューサー、あの、その……好き、です……」
 律子「ふふっ、大好きですよ、プロデューサー殿」
あずさ「私の運命の人になっていただけませんか、プロデューサー?」
 美希「はーにぃっ、大好きなの!」

脳内再生した時の美希の破壊力がやばい。
275ふじた ◆07mafIj/ZY :2012/02/21(火) 22:11:49.69 ID:8rL4ww9v
 高槻やよいが自主レッスンから帰ってくると、事務所の中に朝見かけた姿はどこかへと消えていた。
 祝日のことである。その日は予てから高木順二郎社長がこの日は会社丸ごとオフにする! と宣言していた日で、きょろきょろと辺りを見渡しても人っ子一人見当たらない。
 やよいが今事務所の中にいるのは、朝、彼女が間違えて出勤した際にこの部屋で事務仕事をしていた『誰か』がいたからで、自主レッスンを終えて戻ってきても部屋に入ることが出来たのはその『誰か』がまだ帰っていない、ということになる。
 しかし、その『誰か』の姿が見られなかった。

 ぽふぽふと歩いてデスク群に近付けば、その『誰か』のデスクの上にはすっかり冷めた珈琲がマグカップの中で静かに佇んでいた。
 パソコンの電源は入りっぱなし。一応スリープモードにはなっているらしく、電源ランプは気だるげに点滅していた。
 買物にでも出かけたのかな、と思う。
 けれど時間はお昼を大きく回り、そろそろおやつ時。昼食を買いに行くには少々遅くないかな、とも思う。
 じゃあ、どこに?

 やよいが思いつく場所は、一つしかなかった。

 果たして、件の人物はそこにいた。
 仮眠室である。
 この仮眠室はかつてのボロビルから移転する際に新たに設置されたもので、他にもやよいが先程まで居たレッスン室や以前の倍程に広くなった給湯室(という名の駄弁り場。キッチン付)等が所属アイドルや事務員の要望によって備え付けられていた。
 主に事務方の熱望、要望によって設置された仮眠室のドアを開けて、一番手前。八つあるベッドの一つに、こんもりと毛布の山が出来ていた。
 やよいの探していた『誰か』――プロデューサーである。

 プロデューサーは入口に背を向ける様に横になって、まるで電池の切れた人形の様に静かに眠っていた。
 あまりに静かでまさか、との考えが一瞬やよいの頭を過ぎったが、よくよく耳を澄ませば静音になっている空調に混じって微かな鼻息が聞こえて、ほっと胸を撫で下ろす。
 壁に立てかけられているパイプ椅子をベッド脇に設置して、座る。首の所までしっかりと毛布に埋まっており、後頭部しか見えなかった。

 やよいはプロデューサーの後頭部をじっと見つめる。すっかり寝入っているらしく、彼はピクリとも動かない。
 疲れているんだろうなぁ、とやよいは思う。当たり前だよね、とも。
 竜宮小町をはじめとした総勢12名のアイドルたちは、今、それぞれに雲を得て空高く昇り始めた所だ。彼女たちの仕事が増え、それに従い人員が増え、事務所が手狭になり、こうして新しく居を構えることとなった。
 まだボロビルに居た頃からの、謂わば最古参の一人である彼は、それに伴って今までのプロデュース業と事務仕事に加えて新米たちの教育にまで携わることとなった。
 今日、本来ならばオフであるにもかかわらず彼がこうして出社していたのも、消しても消しても増え続ける仕事を纏めて終わらせるためであったらしい。
 今を乗り越えれば――。黄昏時の事務所の中で、彼と音無小鳥、そして秋月律子の三人で目の下に物凄い隈を作りながら死んだような目で笑っているのをやよいは目にしたことがあった。
 労基法何それ美味しいの? なレベルの激務に身を置く彼らの姿には一種特有の絆があり、それを少々羨ましいと思う傍らで出来るだけ無理をしてほしくないな、とも思ったのを覚えている。

 小さな寝息を立てるだけの後頭部を、人差し指で軽く突く。んがぁ、と無意識の抗議が返ってきた。

 やよいの脳裏にあるのは、いつかの病室で横たわるプロデューサーの姿だ。
 あの時と原因こそ違えどこのままではまたあの光景を目にすることになってもおかしくはない。そしてそれはきっとやよいだけではなく、当時を知るものであれば誰もが思っているに違いない事である。

――でも、じゃあ、どうすればいいの?
 突いたことによって軽く跳ねてしまった髪の毛を撫で整えながら、やよいは考える。
――私にできること。何かないかなぁ。
 やよいに事務仕事を手伝うことは出来ない。精々がパソコンとにらめっこをする彼を応援したり、かっちかちに凝り固まった肩をマッサージするくらい。
 でも、他の『何か』ならば。
 『何か』出来ないだろうか。
 『何か』ないだろうか。
276ふじた ◆07mafIj/ZY :2012/02/21(火) 22:12:22.93 ID:8rL4ww9v
 静音になっている空調の吐き出す空気の音、小さな寝息、電波時計の駆動音。
 そして自身の呼吸の音。そんな穏やかな世界でやよいは暫し黙考し。
 ぱさぱさに荒れた髪の毛を撫でながら、不意に一つの考えに辿りついた。

 あまりに大胆な考えに、一瞬音が消え、思わず呼吸までもが停止した。
 あっという間に頭に血が上る。顔が熱くてたまらない。心臓が高鳴っていくのを自覚する。
 ごくり、と唾を飲み込んだ音は、想像以上に大きく響いた。

――だ、だいじょうぶ、へんなきもちは、ない、よ、うん……!

 心中で誰にともなく言い訳して、やよいはそっと靴を脱いだ。
 お邪魔します、と小さく呟いて、毛布をそうっと持ち上げる。起こさないように、起こさないように、身長に潜り込む。
 張り付いたプロデューサーの背中は、予想以上に温かくて、大きくて、汗臭くて、逞しくて、安心した。

「……たぅー……」

 口から吐息ともつかない不可思議な声が漏れた。
 背中から腕を腹の方に回す。額をぴったりと背中に押し付ける。
 心音が背中越しにどくどくと伝わってくる。上下する胸の震動が直接感じられる。

 今朝、プロデューサーはこんなことを言っていた。
――休日だというのに出勤したくなるくらい、ここがやよいにとって居心地の良い場所なら嬉しいな。
 目の下に見るに堪えない隈を拵え、珈琲の入ったマグカップ片手に、若干焦点の合わない目で、どこかからかう様な、けれど本当に優しい笑顔で。

 そっと目を瞑る。
 心音と、寝息と、温もりに身を委ねる。
 もし、もし、やよいにとってこの場所がどうしようもないくらいに愛おしく心地の良い場所なのだとしたら。
――それは、皆と……あなたが。
 いつか言えたら良いな、と思いながら、やよいはゆっくりと眠りについた。



 思いだしたのは、幼い頃の記憶で。
 母の、父の温もりに包まれて眠った夜は、どんな悪夢も吹き飛ぶくらいに安心することが出来た――。
277ふじた ◆07mafIj/ZY :2012/02/21(火) 22:13:51.39 ID:8rL4ww9v
以上、投下終了。これだけだらだら書いてもやりたかったのはやよいのたぅーのくだりだけです。

>>260です。二作目なのでコテとトリつけてみました。
では。
278創る名無しに見る名無し:2012/02/22(水) 00:03:34.26 ID:8+CcPZcw
>>277
雰囲気良くてほんわかした
GJ
279メグレス ◆gjBWM0nMpY :2012/02/23(木) 23:12:59.48 ID:XyDdt+eu
あーテステス。投下します。
タイトルは「四条貴音のラーメン探訪番外編」で。
280四条貴音のラーメン探訪番外編:2012/02/23(木) 23:14:24.90 ID:XyDdt+eu
お疲れ様でした。
型通りの挨拶をスタッフと交わしてテレビ局を出る。
目の前にはすっかり見慣れた高層ビル郡……ではなくそれなりの規模の町並みと、遠くに見える山と畑。
現在、四条貴音とその担当プロデューサーである自分は地方局での仕事を終えた所である。
ただ、いつもの仕事と唯一違う点を挙げるならば何を隠そうここ山形県は自分の故郷なのだ。


散歩がてらに駅までの道のりを歩く最中、隣を歩く貴音がわざわざこっちに向き直って言った、
「さて、ここ山形県は全国でも有数のらぁめん消費地と聞きました。そしてプロデューサー殿の故郷である事も存じております」
という言葉と、
もうその後は言わずとも解っているだろうなこのまま何もせずにサッサと帰ろうなどと言おうものならたとえ神様仏様アッラーエホバその他諸々が許そうともこの四条貴音が許さぬぞだから心おきなく貴様が知る名店へと案内するが良いさあ今すぐ早く迅速に早急に
と言わんばかりに期待に満ちた視線が少々痛い。
とはいえこれはもう予想通りの事だったのでうろたえる事無く、
「ご期待に添えるかどうかはわかりませんが、それでは行くとしますか」
そう軽く冗談めかして案内を開始する。


足は繁華街へ向かうことなくそのまま駅へ。そこから電車で揺られる事大体30分、お隣の天童市へ。
天童駅で降りてから真っ直ぐ国道13号線へ向かって5分程歩くとその店は見えてきた。
看板の下で回る水車が印象的な店だ。
タイミングの良い事に昼食の時間帯は過ぎて、店内は込み過ぎず空き過ぎずの程よい混雑具合。
大木を切り出したテーブルに二人揃って座る。
席に着いたところで貴音が声を潜めて問いかけて来た。
「プロデューサー殿……ここは……お蕎麦屋さんではないのですか? 私は確かにお蕎麦も好きですがやはり……その……」
「そ。お蕎麦屋さん。だけど貴音の期待を裏切るような事は無いと思うから安心して良いよ」
貴音を安心させるようにそう言って給仕のおばちゃんに前もって決めていた注文を伝える。
「鳥中華2つで」
「鳥中華2つですね。かしこまりました。少々お待ち下さい」
注文の品を待つ間、湯呑に注がれた蕎麦茶をすする。
香ばしい香りが心地良い。
と、少々不安げな貴音が声をかけてくる。
「それで鳥中華とは一体どのような……」
「それはまあ来てからのお楽しみという事で」
「そう仰るのでしたらお品書きは見ずに待つ事にいたしましょう」
確かに品書きを見てしまえばどんな料理なのかは一発で解ってしまう。
だが、あえてそんな事をせずにこちらの子供じみた悪戯心に付き合ってくれるという。
本当にありがたい話である。
281四条貴音のラーメン探訪番外編:2012/02/23(木) 23:15:50.18 ID:XyDdt+eu
そんなやりとりをしていると程なくして、
「ハイ鳥中華お待ちどう」
そんな声と共に二人の目の前に丼が置かれる。
具は鶏肉、三つ葉、ネギ、天かす、刻み海苔。
訝しげながらもまずはつゆを一口。
「少々甘めですがお蕎麦のつゆですね。ああ、胡椒も利いています」
そして麺を持ち上げた時、貴音の表情は驚きに変わる。
「なんと……これは中華麺ではありませんか」

そう、温かいそばつゆに蕎麦ではなくラーメン用の中華麺を入れたメニュー。
それがこの店の名物鳥中華の正体である。

おそるおそるといった感じで一すすり。
目を閉じて全ての神経を味わうという一つの事に傾けている。
味、香り、歯ごたえ、喉ごし。それら全てを確認するようにして最初の一口を嚥下する。
「……ふむ」
それきり貴音は一言も無く無言で食べ進める。
何も言わないという事はそれだけ食べる事に集中している訳で、つまりはこの味が気に入ったという証拠である。
程なくして丼を空にした貴音は近くの店員を呼び止め、
「同じものをもう一つお願い致します」
とのたまった。


さて、いつまでも貴音に見惚れている訳にもいかないので自分の分にも取り掛かるとする。
麺は中太の縮れ麺でだしと麺がよく絡む。
貴音が言っていた様につゆは甘めで、それに天かすと鶏の油も加わり
少々甘味が強くなりそうな所を強めに効かせた胡椒が引き締める。
適度な弾力を返す鶏肉は生臭さなど微塵も無い。
アクセントが欲しい時は小皿に載った漬物に箸を伸ばす。ちなみに今日の漬物は青菜漬けだ。
確かに美味いが、食べて感動や感激を呼ぶような物では無い。
だが、これはそれで良い。
毎日は無理にせよそれなりに食べ続けても飽きの来ない、それでいて偶に食べると安心する。
そういう味なのだ。これは。

そんな益体も無い事を思いながらこちらが食べ終わると、ほぼ同時に二つ目の丼を空にした貴音は
「大変美味しゅうございました」
そう言って手を合わせた。
店員のおばちゃん達もその様子を見て微笑ましく思ったのか笑っている。
282四条貴音のラーメン探訪番外編:2012/02/23(木) 23:17:02.89 ID:XyDdt+eu
「この鳥中華って最初は賄いとして従業員にしか出してなかったんだけど、
ここの蕎麦って所謂田舎蕎麦だから、確かに美味しいんだけどちょっと苦手っていう人も居るんだよな。
で、そんなお客さん向けに出してみたらって常連さんが提案してみたら大ヒット。とまあこんな感じらしい」
「成程……しかし世にはこのような物があったとは……まだまだ私も勉強不足のようです」

そんな事を話しながら新しく注がれた蕎麦茶を飲んで一息ついた後、満腹になった事で店内を見回す余裕が出来た貴音は少々意外そうに呟く。
「食事をするだけかと思いましたが、色々な物を売っているのですね」
「ここは老舗だしな。土産物代わりにもなるし貴音も何か欲しいのがあったら選んできていいぞ」
そうしてレジ近くの販売コーナーを物色していた貴音は蕎麦茶を手に取り、
「大変芳しい香りでした。東京に帰ってから雪歩に煎れてもらうとしましょう」
そう言いながら更に視線を巡らせると、ある物を見つけ雷に打たれたように動きを止める。
「なんと……鳥中華もお持ち帰りが出来るというのですか」
「この店の看板メニューの一つなんだしそりゃあるさ。流石に鶏肉は付いてないけどな」

次の瞬間瞬きもせずにこっちを見据える貴音。というかこの視線に晒されるの本日二度目だな。
「プロデューサー殿。古くから伝わる年越し蕎麦という行事について私は常々思っておりました。
無論伝統とは繋げてゆかねばなりません。しかし何故らぁめんではいけないのか。どちらも同じ麺類ではないのかと。
しかし、今年からはそのような事に思い悩まずともよいのです。このお蕎麦屋さんの手で作られたらぁめんならば!!」
「あー貴音。ここちゃんと通販もやってるから。流石に10箱も持ち帰れないから」

いやそんな恨めしそうな目で見られても困る。
結局すったもんだの果てに、東京の事務所に戻ったら即座に食べられるよう3箱だけ買う事にして、
後は欲しくなったら自分で注文するという事でこの件は解決した。

今更ながらにこれは映像に残してテレビ局に売り込んだ方が良かったのかもしれないなどと思いつつ、
自分の故郷の一部分でも気に入ってくれた事は素直に嬉しかった。
こうして、僅かな時間ではあるが俺の地元案内は終わりを告げたのである。

そして帰りの新幹線の中、鳥中華の味を思い出しているのか満足げに微笑む貴音の顔を見ながらふと思う。
(……事務所で食べてる時に誰かに発見されたらどうすればいいんだろうな。特に亜美真美)
1箱3食入り。それが×3で合計9食。その時居る人数がこれ以下ならば良いがもしそれ以上だった場合……
過ぎた事はどうしようもない。俺はそれ以上深く考える事を放棄する事にした。
皆売れっ子なんだ。そうそう大人数が集まる事は無いだろう。
283創る名無しに見る名無し:2012/02/23(木) 23:19:01.24 ID:XyDdt+eu
以上投下終了。
……店名は出してないからセーフ。セーフです。
いやまー上で「地元出身のモバマスキャラに紹介させようぜ」とか抜かした割りにはフツーに貴音さんだったんですが、
いやだってコレ他のキャラ使ったら逆に怒られますよね? とか思っちゃったんで。ええ。
年越し蕎麦云々〜の台詞はこれホントは年末に投下するつもりだったんですが、単に私の遅筆のせいでここまでズレこみました。
ちなみに色々と郷土料理調べてたら、
『どんがら汁』
などという誰かさんにピッタリのブツがあったりしたんですが、そっちは多分書かない。


>>273 あれ……なんかこの美希の後ろにのび太クンが見えるよーな……
んでwikiの件。あー。そーかそれで良かったんだよなー。何を難しく考えてたんだろう自分。
しかし200本ですか。素直に凄いとしか言えないですハイ。

>>274 そういった1レス物でも構いませんのでまた何か浮かんだらどうぞお越し下さい。

>>277 うわーうわー何コレー。2828って感じでもなくてただなんか凄い幸せな気分になるんですけどー。


それではこれにて失礼。山形県民でしたー。
284レシP ◆KSbwPZKdBcln :2012/03/22(木) 06:38:23.21 ID:kactiRxB
おはようございますレシPです。朝の日差しも明るくなってまいりましたが
みなさまいかがお過ごしでしょうか。
さて、1本書きあがりましたので投下させていただきます。
伊織で『いちばん咲き、みつけた』、本文3レスです。
285いちばん咲き、みつけた(1/3) ◆KSbwPZKdBcln :2012/03/22(木) 06:39:28.73 ID:kactiRxB
「ふう、これが噂に聞く『テッペン超え』なのね。こんな時間まで外にいる
なんてウソみたい」
「もう二度と勘弁してくれよな。中学生をこんな時間まで連れ回したとあっちゃ
世間様に顔向けができん」
 仕事帰りの車の中。
 生まれて初めての体験に酔いしれている私をほったらかしで、プロデューサーは
お小言モードでハンドルを握っている。
「共犯者が正論ぶったこと言ってるんじゃないわよ」
「へえへえ主犯サマ。念のため言っておくがな伊織」
 赤信号で停まった隙をついて、プロデューサーはこっちに顔を向けた。
「機材トラブルと共演者全員の口裏合わせのもとで成り立ってるんだぞ?これが
バレたらお前だけじゃなく、765プロ全体の社会生命に関わるんだからな」
「私としてはあんたが不安の余りボロを出しそうで怖いくらいなんだけど」
 ことと次第はこうだ。レギュラー番組の改編特番収録が、不慮の事態で22時
までに終わらなくなった。法律に縛られる窮屈な立場の私は本当なら就業を止め
なければならないが、番組的にも私の出番的にも絶対省略できないコーナーが
まだいくつも残っていた。私と共演者、そしてスタッフのみんなで目配せを
交わしあったのはその直後。
「事情は事情、責任は責任だ。お前のお父さんや新堂さんにまで片棒担がせて
申し訳ないよ、俺は」
「そんなの気にすることないわよ。パパはこういうのよく心得てるから何も
聞かずにオーケー出してくれたし、新堂なんかむしろいつも通りに運転手やり
たがって大変だったんだから」
 詳しくは教えてくれないけど、パパと新堂は『もっと無茶が許されていた時代』
に、今の法律や常識からするととんでもないことをたくさんしてきたらしい。
だから規制や条例にケンカを売りながら日々を過ごしてるみたいな芸能界の
ことを内心面白いと思っているようで、表立っては何も言わないものの私が
やりたいようにやらせてくれるのだ。
「お前んちの車は目立つからな。余計な勘ぐりどんと来いになっちまう」
「『新聞記者だろうが私立探偵だろうが全て撒いて見せますぞ』って言ってたわよ」
「ならその腕前は別の機会にお願いします、って伝えておいてくれ。今夜は
カーチェイスの気分じゃなかったんでな」
 かれこれ15分も走ったろうか、どうやら安心だとプロデューサーが言ったのは
住宅街の並木公園を走っている時だった。
「よもやと思っていたがついてくる車もないし、局の出口は万全だったしな。
もう2、30分で着くぞ」
「そりゃそうよね、私は後部座席で寝そべってたんだから」
「わかってくれよ、大義名分ってのは必要なもんなんだ」
 まあ、頭ではわかってる。お尋ね者みたいな扱いがなんとなく気にくわなかった
だけだ。
「はいはい。ねえプロデューサー、ちょっと車止めてよ。もう人目は気に
しなくていいんでしょ?」
「うん?どうした、忘れ物でもしたか?」
 いぶかしげにしながらも車のスピードを落としてくれる。ハザードランプの
カチカチという音が大きく感じるのは、周りが静かだからだろうか。
「違うわ。今日はいい仕事ができたから、余韻を楽しみたいかなって」
「余韻?疲れてないのか?」
「体力満タンってわけじゃないけど。でもほら見てよ、窓の外」
「外って……おー」
 プロデューサーが首を巡らし、驚いたような声を上げる。
286いちばん咲き、みつけた(2/3) ◆KSbwPZKdBcln :2012/03/22(木) 06:40:02.42 ID:kactiRxB
 このあたりは歴史のある高級住宅地で、いま走っていた道は計画中断した
国道の一部。中央分離帯を拡張して公園にして、今や道路を覆うほど育った
並木は、それはそれは見事な枝葉の屋根をかざしかけていた。
「桜の木か。まだ蕾か、でも、そろそろ咲きそうだな」
「気づいてなかったの?ひょっとして」
「久しぶりの道でな、上見る余裕なかったよ」
 たまらなくなり、ドアノブを引きながら言う。少し興奮していたみたいで、
ドアの隙間から夜の街に声が響いた。
「ね、ちょっと歩かない?」
「おっおい、伊織」
「もう人も全然いないし、平気でしょ?行きましょ」
 かまわず外に出て、そっと深呼吸。少し気温の下がった湿った空気が、木の
香りを鼻から肺に運んだ。
 私を追いかけて外に出たプロデューサーがドアをロックする音を聞きながら、
歩道側の桜の根元に立って上を見る。まだ星空が透けて見えるようなちょっぴり
寂しい景色だけれど、ところどころに膨らんだピンクの蕾のいくつかは、指で
つつけば今にも弾けそう。
「ふうっ、気持ちいい」
「味しめるなよ?不良娘」
「うるさいわね」
 髪を揺らす風がくすぐったくて楽しくて、笑っていたら後ろから渋い声が
飛んできた。片手にコーヒーとオレンジジュースの缶をぶら下げている。
自販機の音には気づいていたけど、どうやらこれを買っていたらしい。
「もし私が不良になったとしたら、それはきっとこんな時間まで仕事をさせる
あんたのせいだわ」
「自分から仕事長引かせたクセに」
「ふん、私のプロデューサーなら機材トラブルくらい未然に防ぎなさいよねっ」
「無茶言うな」
 自分でも無茶だと思ったけれど、まあ本気じゃないのはお互い様みたいだし。
ゆるい下り坂になっている桜並木を歩き始めると、プロデューサーも後を追って来た。
「桜の木っていいわね。華やかさが好きだわ、まだ咲いてないけど」
「俺は咲く前の桜も好きだよ。知ってるか?」
 オレンジジュースの缶を手渡し、自分はコーヒーのプルタブを引っ張る。
「一番咲きに出会えると、その春は運がいいんだ」
「一番星みたいなもの?」
「植物は夜育つからな。ひょっとしたら今日、見つかるかもしれないぞ」
「ほんと?私がみつけるからあんたは目をつぶってついて来なさい」
「コケるわ」
 一番咲き。
 普段からいいかげんなことばっかり言う奴だけど、そのフレーズが気に入った。
ここの樹々の咲き逸る様子はまさにうってつけで、私はもう上ばかり見て
並木道を歩き始めた。
「あれは……まだね、あっちは大きいけど全然つぼみだし。んー、意外と
見つからないもんね」
「こんなにあるもんな」
「やっぱりあんたも探してよ。でも見つけそうになったら目をつぶりなさいよね」
「難易度上がってる?」
 プロデューサーを従えて、二人で梢を目で追って。夜のしじまに響くのは
彼と私の弾む息。
287いちばん咲き、みつけた(3/3) ◆KSbwPZKdBcln :2012/03/22(木) 06:40:50.09 ID:kactiRxB
「それは?」
「全然だな。お、伊織そっち、いい色してないか?」
「どこ?……なによ、向こうのビルの航空灯じゃない」
 いつの間にか一番咲きを見つけるのが二人の目的みたいになっていて、
夢中で目を走らせた。こうして二人で同じ目標を探すのって、なんだか普段の
アイドルで活動しているのとダブってくる。
「伊織そこそこ。その隣の木の、いやもっと右寄り」
「わ、おっきい。でもまだ固そうね……ってプロデューサー、あんたの頭の上の
それは?」
 二人であれこれ言い合って、あるかどうかもわからない花を探して。でも
こんな風に二人で進んでいけばきっと見つかる、そう思った。
「なあ伊織、坂の下まで着いちまうぞ」
「なに言ってるのよ、あきらめたらそこで試合終了でしょ」
「誰のセリフだよ……あ」
「えっ」
 彼の視線がふわりと上がって、私がそれに釣られると……。
 月光が透ける、ほのかな五弁。
「みつ――」
 そのとき踏み出したブーツが、地面を捉えそこねた。
「――ふぁ」
「伊織っ!」
 植え込みの縁石を踏み外したらしい。あっと思う間もなく、私に黒い影が
覆いかぶさる。私の体は水平から斜め45度の角度で、とっさに追いすがってきた
プロデューサーの両腕に支えられていた。
「大丈夫かっ?」
「あ……ありがと、大丈夫よ……って」
 そう、まるでタンゴを踊るペアのように。一瞬でほっぺたが熱くなって、
私は彼を蹴り飛ばした。
「どこ触ってるのよ変態っ!」
「あ痛!ひでえ!?」
「ゆ、油断も隙もないんだからっ!」
 こんな石畳で転んだら擦り傷くらいは免れない。それを身を挺してくれた
プロデューサーはほんとなら、誉められてしかるべきだろうけど。でも、こうでも
言わなきゃ私の口が感謝以上のセリフを洩らしそうだったから。
 大きく息を吸って、平常心平常心と心の中で唱えてから、あらためて桜を見上げた。
「でもほら、あんたのおかげね。見つけたわ、にひひっ」
「ん、そうだな」
 右手を精一杯伸ばしてみた。もちろん木の上のそれには届かないけど。
 でもいつか、私もああして咲いてみせる。あの高みに立って、回りの花にさきがけて。

 私はそう決めて、肺一杯に夜の空気を吸い込んだ。
「いちばん咲き、みーつけたっ!」
「わわ、伊織、時間考えろっ!しー、しーっ!」





おわり
288いちばん咲き、みつけた(あとがき) ◆KSbwPZKdBcln :2012/03/22(木) 06:45:25.39 ID:kactiRxB
以上でございます。ご笑覧いただければ幸い。

うちの近所でも「さくら祭り」なんて看板が目に付くようになりまして
満開が待ち遠しい一方、その前の力を溜める樹々がたたずむ
風情もなかなか見所があるものです。
鈴なりになった薄桃色の蕾の下を歩きつつ、ふとワンシーン
思いついた次第。

ではまた。みなさまよき春を。
289創る名無しに見る名無し:2012/03/25(日) 13:13:48.58 ID:oXblgmro
1. 初恋ばれんたいん スペシャル
2. エーベルージュ
3. センチメンタルグラフティ2
4. Canvas 百合奈・瑠璃子先輩のSS
5. ファーランド サーガ1、2
6. MinDeaD BlooD
7. WAR OF GENESIS シヴァンシミター、クリムゾンクルセイド
SS誰か書いてくれたらそれはとってもうれしいなって
290ふじた ◆07mafIj/ZY :2012/04/07(土) 18:53:55.18 ID:YLtxo5qP
投下します
291ふじた ◆07mafIj/ZY :2012/04/07(土) 18:54:38.72 ID:YLtxo5qP
 事務所に戻ると、美希がソファの上で寝ていた。
 ごろんと背を向けてくぅくぅ寝息を立てているその姿は、髪の毛のボリュームも相まってともすれば金色の毛虫にも見えて少し不気味である。
 少しだけ膝を曲げて、背を丸めて、シャツがめくれて素肌が見える。

「風邪引くよ」

 手近なところに毛布が見当たらなかったので、着ていた上着を代わりにかぶせた。
 どうせ暖房も入れるし、そろそろ少しずつ温かくなってきたおかげで普通に行動している分には問題ない。
 ただ彼女みたく背中がちろりと見えていると寒いのではないだろうか、との配慮である。
 あと、万が一担当アイドルに風邪引かれると私が困る。下げなくて済むなら、あまり頭は下げたくない。

「しっかしまぁ元気に寝てること」

 もこもこ金髪に隠れる寝顔は、良い夢でも見ているのか満面の笑みだった。
 時折口元がもごもごと動いて、何か食べているのか喋っているのか。はにぃ、と動いた気がした。はちみつだろうか。

「ほっぺたもちもち。肌すべすべ。うらやましー」

 無性に腹立たしくなって頬を突く。
 ぷにぷにつるつる。弾力抜群で肌触りも良好なそのほっぺは、癖になりそう。
 自分が若い頃はどうだったかしらねぇ、と思いながら、無意識のうちに空いている手を自分の頬に添えていた。
 かさ、っとした感触に、私は泣きそうになった。

「人が必死で駆けずりまわって仕事探してるってのに、この子はもう……」

 腹立ちがエネルギーへと変換され、頬を突く速度が上がる。
 ぷに、から、ぷにぷに、へ。
 ぷにぷに、から、ぷにぷにぷにぷに、へ。
 寝苦しそうに少しずつ顔を顰めた美希は、連打速度が高橋名人もかくや、といったところまで上がった所で、鬱陶しそうに私の手を払ってのそのそと起き上がった。
 ぱさり、とかけていた上着が床に落ちた。美希はそれを気にすることもなく、眠たげに眼を擦りながら、

「……おにぎりとハニーがいないの」
「おにぎりとはちみつとはまた斬新な組み合わせね」

 しかも『いない』って。アレらはいつから食い物からランクをあげたのだろう。

「あふぅ……。もうひと眠り……」
「起きたなら話したいことがあるから、寝ないでもらえると嬉しいんだけど」
「んー、なぁに?」

 床に落ちた上着を叩いて埃を払い、デスクに放り投げて、鞄から書類を取り出す。

「ミキ、スーツはもう少し丁寧に扱うべきだって思うな」
「いーのよ、やすもんなんだから。それよりお話、お話」
「おもしろい話?」
「お仕事の話」
「おやすみなさいなの」

 背を向けごろん、と横になった金髪の尻尾を思い切り引っ張る。
 美希は、この世のものとは思えない程甲高い悲鳴を上げて飛び起きた。

「痛い痛い痛い!」
「ほぉら、ちゃんと座んないともっと痛くなるわよー」
「ヤ! 座るから、座るから放して!」
292ふじた ◆07mafIj/ZY :2012/04/07(土) 18:55:33.63 ID:YLtxo5qP

 涙声の嘆願に応じて尻尾から手を放した。
 何本か抜けた髪の毛は掃除の手間になるから手のひらで丸める。あとでゴミ箱に捨てるとしよう。
 美希は、うぅー、と唸りながら涙目で私を睨みつけた。

「……アイドルに手を挙げるなんて、プロデューサー失格だと思うな」
「毛繕いよ。あるいはコミュニケーション。何も問題は無いわ」
「へりくつぅー……」
「律子も呼ぼうか?」
「お仕事って、なに?」

 名前を出しただけで態度が改まった。神様仏様律子様である。

「またちっちゃな雑誌のグラビア?」
「そー」
「ミキ、早くテレビとかCMとかに出たいの」
「まだまだ駆け出しなんだから、ちっさいことからコツコツと。はい、読んでおいてね」
「うぅ、文字ばっかりで頭痛くなりそう……」

 差し出した書類に、いやいや目を通す美希を見ながら、私はふと思う。
 よくもまぁ、こんな文句ばっかり言う子をプロデュースしているものだ、と。

 私と同時期に入社した彼は、菊地真、萩原雪歩、如月千早という三人を見事トップアイドルへと導いた。
 アイドルを引退した後プロデューサーへと転身した秋月律子は、竜宮小町というアイドルユニットを編成し、今やテレビに舞台にライブに雑誌に引っ張りだこである。
 私たちが入社するまで一手にプロダクションを支えていた先輩は言わずもがな、最近高槻やよいという少女をどこかからスカウトしてきて、既にランクCに手が届きそうだという。

 それに対して、私は。

 眉毛をハの字にしながら、眠たげに書面を動く美希の瞳を見つめる。
 猫の様に気紛れな瞳。眠ったり笑ったり怒ったり泣いたりくるくると表情を変えるその綺麗な目。

「……そういえば、それに魅かれたんだっけ」
「何か言った?」
「何でもないわよ」

 不思議そうに小首を傾げる美希に、苦笑を返した。

 第一印象は最悪だった。
 なんか甘えたこと言っているし、お世辞にもやる気があるとは言えないし、こちらを敬う気は微塵も見られないし。
 最近の若いもんは、なんて年寄り気取ってぶちぶち文句を言いながら、それでも何とか距離を縮めようと必死に話題を振っていた時。
 彼女が言った。
『ミキね、もっとキラキラ輝きたいの』
 そういった時の彼女の眼が、いつもの眠たげで気だるげなものではなく、どんな煌びやかな宝石よりも美しく輝いているのを見て。
 社長風に言って、ピン! ときた。
――簡潔に言えば、惚れた、のだ。彼女のその瞳に。
293ふじた ◆07mafIj/ZY :2012/04/07(土) 18:56:04.51 ID:YLtxo5qP
「……お腹空いたの」
「おにぎりあるよ。お昼の残りだけど。食べる?」
「本当!? 食べる!」

 鞄からちょっと形の悪い、少し硬くなったおにぎりを取り出す。
 嬉しそうに包みを開けて被りついた美希は、次の瞬間渋い表情になった。

「……これ、何が入ってるの?」
「栄養剤とかサプリメントとか」
「……ざんしんだね」

 それでももぐもぐと食べる辺り、おにぎり好きは筋金入りだ。

 机の上に放り出された書類を片付けながら、思う。
 未だに甘ったれたこと言ってるしやる気にムラがあるし時々そこの人とか呼ばれるけれど。
 いらいらしたり喧嘩したりすることもあるけれど。
 ピン! ときた感覚を、私は信じる。

 この子は、絶対、トップアイドルになる。

「……ねぇ、美希」
「なぁに?」
「頑張りましょうね」

 美希は最後の一口をもぐもぐごっくんと飲み込んだ後、

「頑張るのはミキじゃなくってプロデューサーなの。ミキは天才だから頑張らなくてもすぐにトップに行けるし」
「てめぇこのやろう」

 生意気言う美希の尻尾を引っ張りながら、思う。
 早くこの子が、才能を存分に発揮できるように。
 早くこの子が、キラキラ輝けるように。
 頑張ろう。
 頑張らなきゃ。
 ……頑張ろう、ね?
294ふじた ◆07mafIj/ZY :2012/04/07(土) 18:57:24.17 ID:YLtxo5qP
投下終わり。以上、美希と女性Pの話でした。やっと規制が解除された……!
295創る名無しに見る名無し:2012/04/14(土) 02:16:19.53 ID:t3WFZ+ea
上田鈴帆とPのSSを投下いたします。
SSでは鬼門な方言娘アイドルですが、ネタ要素だけじゃない
上田しゃんの魅力を感じてくれたら嬉しいです
以下注意点、苦手な人はスルーで

・モバマス準拠。登場人物は最後あたりに赤西瑛梨華、難波笑美も追加
296無題(P×上田鈴帆)@:2012/04/14(土) 02:19:40.68 ID:t3WFZ+ea
上田鈴帆というアイドルを担当している俺は今、ある問題に直面していた。
彼女は元気で素直な良い娘で、仕事もパワフルにこなして着実にファン層を広げている。
しかし彼女にはバラエティ番組の仕事ばかり入ってきて、歌やダンス関係の仕事は一切来ない。
俺は彼女に歌って欲しくてスカウトしたのだが、未だにその目的を果たせていなかった。
原因はまだDランクに上がったばかりの頃にある。その時彼女は某テレビ番組の特番に出た。
正月番組でタレントを集めてワイワイするだけの番組だったが
鈴帆のランクを考えると、まず来ないビックネームの仕事だ。
俺はどういったアピールをするべきか迷ったが
ここはインパクトを重視して着ぐるみで出演させることにした。
正月に相応しい鏡餅の着ぐるみを来た鈴帆が登場すると、番組は笑いに湧いた。
お茶の間からの反響も大きく、あれから鈴帆の名前は一気に知れ渡った。
仕事はDランクでは考えられないほど増え、他の同期アイドルたちを差し置いて
短期間でCランク入りを果たした。

   #  #  #

「またか……」
しかし喜んでいるのも最初だけだった。舞い込んで来る仕事は、全てバラエティー関係。
それもお笑い芸人がやりそうな内容のものばかりだ。
Bランクに一歩踏み出そうとしているレベルのアイドルなのに
あれから彼女は歌やダンスを全くと言っていいほどテレビでしていないのだ。
俺は鈴帆に一度でもいいから綺麗な衣装を着て、歌って踊ってもらいたいと思い、
歌の仕事を何とか取ろうと必死に営業をした。
しかし、彼女をアイドルとして見てくれる人間はほとんどいなかった。
俺が言うまで、音楽関係のプロデューサーですらお笑い芸人と思っていた程だ。
睡眠時間を削って何度も局に足を運んでやっともらってきた歌の仕事は、あるアイドルの代理だった。
担当プロデューサーの手違いによって同日のスケジュールに別々の仕事が重なり
急に出られなくなって困っていたという。
代わりだろうがなんだろうが、鈴帆にとってはデビュー以来久々の歌の仕事だ。
これを機に彼女がバラエティ一辺倒の人間ではない事を知ってもらおう。
「鈴帆、気合を入れていけよ!」
「ま、まかしときっ!」
しかし本番直前の鈴帆はどうもおかしかった。
底無しの元気でいつも太陽のように輝いている彼女だったが、今回に限っては表情に少し陰が差していた。
バラエティーばかりだったから感覚が鈍っていると思い、直前までボーカルとダンスのレッスンをやったのだ。
だから、少し疲れているのかもしれない。しかしこの仕事だけは外せないのだから、当然力も入る。
「行ってくるばい!」
俺は一抹の不安を抱えて、彼女を送り出した。
297無題(P×上田鈴帆)A:2012/04/14(土) 02:21:33.82 ID:t3WFZ+ea
   #  #  #

俺の不安は見事に的中した。
ステージに上がった鈴帆はどこかぎこちなく、時折ダンスもけつまづいて実力を半分も出せなかった。
結局、その番組は不完全燃焼に終わった。
「お疲れ様でした」
ディレクターを始めとする番組関係者の声が、むなしく耳に響いた。
何がいけなかったのか意気消沈しながら自問自答している俺の後ろで
番組プロデューサーが仲間内で何か喋っていた。
「あーあ、鈴帆ちゃんは失敗だったな」
「まあ所詮は穴埋め要員だし、期待はしてなかったけどね」
「しかし、これならもっと他に視聴率稼げるアイドルや歌手を連れてくるべきだったと思うよ
 ったく……芸人は芸人らしく、笑いでも取っていればいいのに」
彼らの笑い声が俺に追撃ちをかけた。

   #  #  #

「プロデューサーしゃん……」
「鈴帆……今日はもう帰っていいから」
「……」
俺は椅子に座り、じっと自分の手を見ながら頭をうな垂れていた。
やっと取った仕事なのに、そのチャンスを生かす事が出来なかった。
アイドルとして鈴帆と共に進んでいかなければいけないのに
歌やダンスの仕事を満足に与える事の出来ない俺は
プロデューサー失格なのではないだろうか。
「君、少しいいかね?」
そんな俺の肩を叩いた人がいた。振り返ると高木社長が立っている。
「社長……」
「これから飲みに行こうと思ってね。付き合ってくれないか。
 いつもは志乃君や楓君と飲んでいるんだが、今日は早めに帰ったみたいなんだよ」
俺は社長に誘われて、駅前の居酒屋に足を運んだ。
店内の奥にある座敷で腰を下ろし、メニューを開く。
騒いでいる客もいない、ただ料理を焼いている音だけの響く割と静かな店だ。
「ここの串焼き物はどれも美味しいぞ。楓君は炙りイカが好みだそうだがね。
 私のおごりだから、遠慮なく食べたまえ」
彼は慣れた口調で店員に料理を注文した。
やがて中ジョッキのビールが二杯運ばれてきて、机に置かれる。
俺は何かを忘れたいようにそのビールを仰ぐようにして飲んだ。
「いい飲みっぷりだね」と社長はカラになったジョッキを下げて、料理皿を回す。
しかし基本気がふさいでいる俺は、中々料理が喉に通らない。
酒だけを腹に詰め込んで俺の無能ぶりを忘れたかった。
「上田君が心配していたよ。君の元気がないとね」
「……」
社長の投げかけた言葉にどう返答したらいいのか困り、俺は押し黙る。
すると、彼はしばらく料理を口に運ぶのを止めて俺を諭した。
「君。アイドルはね、何も歌って踊る事だけが存在価値ではない。
 この目まぐるしく変化する社会と共に、アイドルとしての在り方も多様化している」
社長は居酒屋のテレビを指差す。眼をやるとバラエティ番組が放送されていた。
芸人やタレントに混じってアイドルグループも、ワイワイと騒いでお茶の間を沸かそうと働いている。
「見たまえ。昔はバラエティ番組など、アイドルの出るものではないとされていた。
 そういった仕事も少なく、出演しても周囲の理解は得にくかった。
 だが今はどうだ。そのようなステレオタイプな考えは淘汰されている。
 アイドルは太陽のように光り、人々を楽しませ、幸せにする才能が求められている。
 そしてそれは、何も歌謡やダンスのステージだけとは限らないのだよ。
 それぞれのアイドルの個性を見極め、彼女たちが最も輝く事の出来る場を逐一提供していく
 それが、プロデュースする事において大切であると思っている」
「社長……」
「小鳥君に少しファンレターを見せてもらった。上田君宛てのものを、ね。
 明日、君も見てみなさい。ハハハ。私は彼女がここを選んでくれて、嬉しく思ったよ」
298無題(P×上田鈴帆)B:2012/04/14(土) 02:23:57.40 ID:t3WFZ+ea
後日、俺は小鳥さんから分類済みのファンレターの束を受け取り、一枚一枚目を通した。

『鈴帆ちゃんにはいつも元気をもらっています。
 いつも怒ってばかりで不機嫌なおじいちゃんも、鈴帆ちゃんが出ている時には笑顔になります。
 これからも頑張って欲しいです』

『妻と母は反りが合わないのか毎日口喧嘩の応酬を繰り広げています。
 ですが鈴帆ちゃんの活躍を見てから、二人共ファンになって
 それ以来共通の話題が出来た二人は以前より衝突する事も少なくなりました。
 鈴帆ちゃんには感謝しています』

『学校でよく苛められている私は、時々学校に行くのがいやになります。
 以前は週に2日だけ学校に行くだけでした。
 でもテレビで鈴帆ちゃんが出てから、ちょっとずつ勇気と元気をもらって
 今では何とか4日行けるようになりました。この前は5日間全部行ったよ。
 鈴帆ちゃん、いつもありがとう。これからも頑張って下さい』

鈴帆には多くの人を一纏めに元気にする素晴らしい力があると俺は知った。
それならば、社長が言ったように、彼女がもっと輝ける場所を用意すべきだ。
気を取り直した俺が次に取って来た仕事は、鈴帆の得意分野であるバラエティ番組である。
とにかく彼女の良さが最大限に出せるように、俺は演出や流れを研究し鈴帆に助力した。

「先輩、ちょっと頼みがあるんですけど……」

別のアイドル・赤西瑛梨華を担当しているプロデューサーが仕事の件で相談に来た。
地方ラジオのMCの仕事が取れたというのだ。瑛梨華は鈴帆に似て、疲れを知らないパワフルな女の子だ。
しかし瑛梨華はまだDランク途上で、単体として売り出していくには今一つ何かが足りない。
彼女の魅力は他者との言葉の掛け合いである。それを最大限に引き出せる相方が必要だ。
そう判断した彼は、上ランクで注目度も高い鈴帆と組ませてその部分を補おうと考えた。
そしてラジオ局に同行してMCを複数にしてもらうように交渉して欲しいのだという。
「ラジオかぁ……」
「先輩の鈴帆ちゃんなら仲間内でも知名度は高いし
 何より楽しいラジオ番組が出来ると思うんです。どうですか」
俺はしばらく考えていたが、新しい仕事に鈴帆をチャレンジさせるのも悪くないと思い
その頼みを呑んだ。どうせ人数を増やすならと、ツッコミ体質の難波笑美も誘おう
という事になり、彼女のプロデューサーにも声をかける。
デビューしたばかりの笑美にとっては渡りに船とばかりに彼も二つ返事で承知した。
局のトップは「ここで約束を破るのは……」と渋い顔をしたが
俺たちの粘り強い交渉によって態度を軟化させていく。
最後にはそっちの方が面白そうだという事を何とか納得してもらい、交渉は成立した。
299無題(P×上田鈴帆)C:2012/04/14(土) 02:25:08.77 ID:t3WFZ+ea
早速鈴帆にもそれを報告する。
「嬉しかぁ! こんお仕事ば待っとったとよ!
 うち、このラジオいつも聞いとったと!
 まさか自分がラジオ番組を持てるなんて、夢のようばい!」
「瑛梨華と笑美も一緒なんだ。やってくれるか?」
「もちろんたい! 皆ばドカンドカンと笑わしちゃる!」
やはり鈴帆はこれくらい元気があって欲しい。
得意分野を伸ばすという社長の方針をこれからは大切にしていこう。
俺は彼女の笑顔に釣られて笑った。
「プロデューサーしゃん……」
すると、鈴帆の声が急に大人しくなり、徐々に涙声になっていく。
何かまずい事でもしたのかと不安になり、俺はその訳を聞いた。
「……プロデューサーしゃん、やっと笑っちくれたちゃ……
 最近プロデューサーしゃん、ずっとつらそうな顔やったけん……」
「鈴帆……」
「うち……笑わす事は得意やけんど、真面目に歌ったりするんは正直得意じゃなか。
 だけん、こん前の歌の仕事ば頑張らんと思うてたとに、失敗したけん……。
 うちのせいでプロデューサーしゃんの元気がのうなったと思おと、つらかったとよ……」
あの時思い悩んでいたのは俺だけじゃなかったとここで知り、俺は鈴帆の頭をそっと撫でた。
「鈴帆……お前のせいじゃないさ。だから、泣かなくていい」
「本当……?」
目尻に溜まっていた涙滴を袖で拭い、彼女は泣き止んだ。
「うち、元気一杯と良く言われるとばい。だけんど、沈む時もあると。
 お客さんが笑わなかったり、うちの事バカにしたりする時もあるたい。
 そんな時、プロデューサーしゃんの笑顔を見て、元気もらっとうよ……」
「鈴帆……」
「うちにはプロデューサーしゃんが必要たい。
 プロデューサーしゃんが楽しいと、うちも楽しか。
 プロデューサーしゃんが笑ってくれると、なんぼでも仕事できるたい」
俺が鈴帆から元気を分けてもらっていたように、彼女も俺から力をもらっていたのだ。
知らず知らずのうちに俺たちは二人で支え合い、求め合って前進していた。
独り立ちにはまだまだだが、それはアイドルとプロデューサーの理想とも言える関係だった。
300無題(P×上田鈴帆)D:2012/04/14(土) 02:27:25.62 ID:t3WFZ+ea
   #  #  #

ラジオの仕事は始まるやいなや、大盛況を博した。
続けていくうちに毎日百通は余裕で越える看板番組へと変貌し
ラジオ局局長は嬉しい誤算だとニコニコしながら俺に漏らした。
「ウチの所なんか、家族全員で聞いているんだよ。
 そして全員ラジオネームを考えて、はがきを送っているんだ。
 瑛梨華ちゃんの番組進行も日に日に進歩しているし、何より鈴帆ちゃんとの会話が面白い事!
 それだけじゃない、笑美ちゃんが拾い損ねたボケにすかさずツッコミを入れて来るから
 番組も良く引き締まって余す所なく楽しいんだ。
 録音してまた聞きたくなるラジオなんて久し振りで嬉しくてならないよ」
俺は局長の言葉を聞いて、体の芯に英気が充ちていくのを感じた。

「じゃあ、しっかり笑わせて来いよ!」
「おう、プロデューサーしゃん! 鈴帆に任しときっ」
控え室で、いつものように鈴帆をラジオ番組に送り出す時の事だった。
「……プロデューサーしゃん」
「んっ?」
「ちょっと目ば瞑ってほしか……」
椅子に座っていた俺は、言われた通りに目を閉じた。
(……!)
俺は頬に柔らかい感触を覚えて思わず目を開けた。
鈴帆は隣で顔を真っ赤に染めてモジモジとしていた。
「いつもウチのためにきばってくれてる、プロデューサーしゃんへの感謝の気持ちたい」
「鈴帆……」
「あっ、あはは……! ……やっぱり、ウチみたいな子供じゃ嬉しくなかと?」
俺は込み上げてくる愛おしさを抑える事が出来なかった。
彼女の小さな体を抱き寄せ、その口唇へ先ほどのキスを返す。
「あん……プロデューサー、しゃん……」
彼女の瑞々しい唇は赤々とした苺のように甘かった。
「んっ……、うち……口同士のキス、初めて……」
それを聞いて俺は罪悪感から唇を離す。
「鈴帆、これは、その……」
彼女は満面の笑みを浮かべ、俺に抱きついてきた。
「初めてのキスば大好きなプロデューサーしゃんので、ウチ、嬉しかぁ……。
 顔、洗いたくなか……」
「鈴帆……!」
俺はさらに彼女に熱いキスをする。彼女はそんな俺の想いを全て口唇で受けた。
夢中になっている所を足音がして、条件反射的に顔を離した。
「鈴帆ちゃん、時間だよぉ!」
控え室の扉を開いたのは、共演者である赤西瑛梨華と難波笑美の二人だ。
「はよしぃやー、ウチらは先にスタジオで待っとるさかい」
そのどさくさ紛れに鈴帆を送り出した俺は
すんでの所で人目につかずに済み、安堵の吐息を落とした。
301無題(P×上田鈴帆)ラスト:2012/04/14(土) 02:28:33.38 ID:t3WFZ+ea
   #  #  #

――収録現場――

「おいーっすっ! 今週も元気に参りますっ、『トリオでO・MA・KA・SE☆レイディオ』の時間です!
 MCは私、みんなのアイドル・赤西瑛梨華と」
「おりゃー! 上田鈴帆と難波笑美の3人でお送りするけんっ! みんな笑顔で楽しんでけー!」
「はーい、それじゃ早速行ってみよー☆」
「ちょい待ちぃっっ! 鈴帆、鈴帆ぉっ! ウチのアイサツする所、代わりに言ったらあかんやないかいっ!」
「あれれれ。いやぁ……甘酒飲み過ぎたけん、ついうっかり!」
「甘酒て……、酔っ払うにしてももう4月やっちゅーねんっ!
 いつまで雛祭り気分でおるねんなー、もー」
「じゃあ、笑美ちゃんもアイサツする?」
「せやな、一応言っとかんと何やぁけったいな気分になるし……
 知っとると思うけど、ウチは難波笑美!
 このボケたおしのラジオでもバンバンとツッコミ入れて
 おもろうしてゆくさかいに、よろしゅう!」
「はいはーい! ところで鈴帆ちゃん、今日はやけに顔真っ赤だよ?
 本当に甘酒、沢山飲んできたの?」
「えっ、……そ、そんな赤うなかとよ……」
「いやいやいや、充分赤いでー自分。
 今日はテレビみたいに着ぐるみ着てへんねんでっ! せやのに暑がってどないすんねんっ!」
「へへへへ……」
「何か嬉しそうだね、鈴帆ちゃん。良い事でもあったの? 教えて教えて!」
「ひ、秘密たい……」
「そないニヤニヤしとったら、ウチも気になるやん。
 ええからはよ言い、今日のトークはそこからやで」
302創る名無しに見る名無し:2012/04/14(土) 02:29:04.27 ID:t3WFZ+ea
以上です
303モバマスと言われると別のを思うP:2012/04/15(日) 01:06:13.16 ID:ksuMJ9qz
>>295
乙。
自分も上田しゃんで一編考えてたんでちょっと焦ったり。
周りから芸人扱いされているって見方をしてなかったんで、この立ち位置は新鮮かも。

あと、鬼門のセリフを減らして、地の文を多くしてるように思えましたが、ナイスアイデアですね。
ただ、その地の文がちょっと固い。説明的に感じました。
特に、Pの心情なのか、ただの説明文なのかはっきりしないので、
>>299の最後の1文は『おいおい、自分で言うなよ』と感じます。
304創る名無しに見る名無し:2012/04/17(火) 23:13:49.47 ID:L7+7L5PB
>>302ネタ扱いされる事の多い上田しゃんがフツーに可愛い。GJでした。

ところで、残り容量的にそろそろ(あと1つ2つ)次スレなんですが、テンプレどうしましょう? 
追加して欲しい文章とか逆にこれはもういらないんじゃないかとか
個人的にシンデレラガールズ関連は入れた方が良いのかなとは思いますが
305創る名無しに見る名無し:2012/04/20(金) 20:00:09.36 ID:ZNQTj1Qp
>>294
よかったGJ。まとめで困ってた人かな?女性Pもの少ないので新鮮でした。
つうかこのPガサツじゃないかえw
>>302
うはぁGJ。かわゆくてよかったです。アイドルとPはどうしてもこうなるのかー。
デレラーズやってないんで特定に少々苦心したけどこっちの話。



さてそしてテンプレ案を貼ってみる
http://imasupd.ddo.jp/~imas/cgi-bin/src/imas100721.txt
・注意書き関係のアナウンスを上に
・エロパロ/百合スレおよびアイマスロダのURL更新
こんなもんでしょうかね?>>304の入れたいものと合ってるか不安ですがw
ご意見どぞ
306創る名無しに見る名無し:2012/04/26(木) 00:28:12.56 ID:cgeUQgtK
>>305
いや、注意書きの所に「シンデラガールズ」
を追加するぐらいかなーとかそのぐらいのつもりだったんですが……
ちなみに新しいテンプレ案ですが、
SSだけじゃなくてもいいのよ。
の部分はSSでなくとも構いませんぐらいにしておいた方がいいのかなと思います。
あとは関連リンクにシンデレラガールズのエロパロも追加ぐらいで。
307メグレス ◆gjBWM0nMpY :2012/05/05(土) 01:16:04.90 ID:WhWMbvE5
あーテステス。お久しぶりです。一本投下します。
登場人物は春香と千早で、特に注意するような事は無いはずです。
308Cryin':2012/05/05(土) 01:17:37.58 ID:WhWMbvE5
春香が765プロに来なくなってもう数日になる。
最初の1日目は無断欠勤だったが、次の日に御両親からしばらく休むと連絡があったそうだ。
大きなライブを終えたばかりで他に大きな仕事も無く、仕事に穴を空ける事が無かったのは不幸中の幸いと言っていいだろう。
とは言っても、765プロの皆は私も含めて誰もがその原因を知っていた。

一言で言えば失恋したのだ。

日頃の態度を見ていれば彼女が自分の担当プロデューサーにどんな感情を持っているかは容易に想像がついたし、
周囲もいつ気持ちを伝えるのかと微笑ましく見守っているような側面さえあった。

春香もドームでのライブという大きなイベントを成功させた後は最高のタイミングだと思ったのだろう。
そうして告白をして、その想いが受け入れられる事は無かった。
ただ、それだけの話。

春香が来なくなってもプロデューサーは何事も無いかのように自分の業務を続けている。
これはあの2人だけの問題で、他人が口を挟める事ではない。
告白を断ったからといって誰も彼を責める事は出来ない。
プロデューサーの方はそれでもいいが、春香の方は流石に何日も音沙汰が無いと心配になって来る。

そんな事を話していたら、何故か、私が春香の家に向かう事になった。
そもそも会ったとして何を話せばいいのだろう。

電車に長い時間揺られて、駅から更に春香の家までの道のりを徒歩で進む。
彼女の家には既に連絡を入れてある。
最初は携帯にかけたが半ば予想していた通りに春香は出なかったから、
家の方に電話をして彼女の母親にこれから行く旨を伝えた。

春香はこの道をいつも自転車で通っているらしいが私の手元に自転車は無い。
必然的に歩く事になるけれど、かえってその時間が今の私には丁度よかった。
春香の足跡を辿りながら考える。
いつも春香はどんな気持ちでこの道を通っているのだろう。
自分の想いが受け入れられなかったあの日、何を思いながらこの道を通ったのだろう。

結論の出ない考え事をしながら足を動かしているうちにいつの間にか春香の家へと着いてしまった。
ごく普通の郊外の一軒家。
インターホンを鳴らすと春香の母親が出迎えてくれた。
どこかの顔のパーツが似ているというよりも、全体的に纏う雰囲気のようなものが似ている。
やはり親子なんだな。そんなどうでもいい事を考えながら後を付いて行く。
事情は察しているのか言葉少なに春香の部屋へと案内された後、ドアをノックをして呼びかけると、ノソノソと人の動く気配がして春香が部屋から出てきた。
泣いた後なのか眼は赤く髪もボサボサで、照れ隠しなのか曖昧な笑顔を浮かべていたけれどそれ以外はいつもの春香だったので少し安心した。
部屋の中に入ると薦められるままに私は椅子に座り、春香はベッドの縁に腰掛ける。
309Cryin':2012/05/05(土) 01:20:33.62 ID:WhWMbvE5
「千早ちゃんがここに来たのってやっぱり……」
「そうね。様子を見てきてと頼まれたから」
失恋のショックは大きいでしょうしと声には出さずに胸の中で呟く。
そんな事には気づかずに申し訳無さそうにこちらを覗き込みながら更に尋ねてくる。
「皆心配してた?……よね」
「無断欠勤なんて初めての事だったでしょう? 皆気にしてたわよ」
そんな風にして最初のうちは傷を避けるように、触れないようにぎこちなく他愛の無い話をした。

しばらく経った頃、春香は意を決したように大きく深呼吸をして語り始める。
「んーと……私ね、プロデューサーさんの事が好きだった」
「春香……凄く言いづらいんだけど、それは皆知ってたわ」
え? とこちらを見つめる目に話の腰を折ってしまったかと少しだけ罪悪感が浮かんでくるが、言ってしまった事はどうしようもない。
「じゃあ私が休んでる理由も」
「プロデューサーは何も言わないけど、皆大体察しているわね」
「そっか……皆知ってたんだ……」
ははは……と力なく笑ってベッドに倒れこむ。枕に顔を埋めたまま言葉を吐き出していく。

「私ね、告白してフラれた時もう全部どうでもいいやってなっちゃって、家に帰ってきてからずーっと眠り続けてこのまま何もせずに死んじゃってもいいやって思ったの」
その言葉に私は身を固くする。けれどその後に続いた言葉は、
「でも、やっぱりダメだった」
そういって自嘲気味に笑う。
「お腹は空くし、トイレには行かなきゃならないし、お風呂にも入ってないから髪もベタベタだし、
続きが気になるマンガだってあるし、いつも買ってる雑誌の今月号買って無いし、
そんな事考えたらやっぱり死ぬなんて出来ないなって思った」

特別なんて何も無いあまりにも普通の理由。
けれどその普通の積み重ねで人は生きている。
春香も、見知らぬ誰かも、私も。
言いたい事は言い切ったのか、春香は口を閉じて部屋の中には沈黙が横たわる。
どんな言葉をかければいいのかわからない。こんな時はもう少し口が回ればいいのにといつも後悔する。

何も言わないままの私達を夕日が紅く染めている。

少しだけ続いた無言の後、重くなってきた空気を散らすように少しだけわざとらしい声音で
「千早ちゃん、一つお願いしていい?」
と聞いてきたので、
「私に出来る事ならね」
と返す。その言葉を聞いた春香はにへら、と相好を崩して、
「一緒にお風呂入ろ。そして私の髪洗って?」
私は大きな溜息を1つついて数秒前の自分を呪いながら、その要求を渋々ながら受け入れる事にした。
いつもであれば即座に跳ね除けるような願い事でも聞いてしまったのは、
やはり心の何処かに傷ついているのだろうから優しくしようという心理が働いていたのだろう。
310Cryin':2012/05/05(土) 01:21:47.24 ID:WhWMbvE5
2人で入ってもまだ少し余裕があるお風呂場に感心しながら春香の頭にお湯をかけていく。
積もった数日分の汚れは一度洗う程度で落ちきるはずも無く、
シャンプー3回にトリートメント2回、更にドライヤーを当てながら椿油を吹いてようやく春香の髪は普段の調子を取り戻した……と思う。
他人の髪を洗うなんて始めての事だったから上手く出来たかはわからない。
それでも、髪を乾かしている時は随分とさっぱりした顔をしていたのだからそれなりに良く出来たと言ってもいいだろう。

その後、お風呂に入ったんだしせっかくだからと勧められるまま食事も御馳走になり、
気がつけば電車の時刻も過ぎ去ってしまった事に気づいたが後の祭りで、結局そのまま泊まることになってしまった。
寝巻きであったり、布団であったり、翌朝の用意であったり、私が泊まるための準備を進める春香と彼女の母親。
互いに気遣いながらも遠慮の無いその姿は絵に描いたように暖かい家族そのもので、思わず自分の境遇に重ねてしまい少しだけ胸が痛んだが、それは今思うべき事では無いとその痛みに気づかないふりをした。

目覚ましをセットして、春香は自分のベッドに、私は床にしかれた布団に横になる。
明かりは消したが、隣ではまだ起きている気配がする。
一日中何もせずに家の中でゴロゴロしていたから当然といえば当然だけど。
「千早ちゃん」
「何?」
「有難う」
何かお礼を言われるような事をしただろうか。心当たりが無いのでそれを素直に口にする。
「私は何もしてないわよ」
「ううん。私の話を聞いてくれた」
「それだけじゃない」
「違うよ。聞いてくれる、受け止めてくれる人がいるっていうのは大事な事だもん」
視線を交わす事なく、私達の言葉だけが暗闇と月明かりの混じる部屋の中に響く。
「正直、やっぱりまだ悲しいしプロデューサーさんとどんな顔をして会えばいいのかもわからないけど、
でももう大丈夫だから。いっぱい泣いたらまた笑えるようになるから。だから、ありがとう」
ああ、きっともう私達の前ではこの事で春香が泣く事は無いだろう。
そんな確信があったから、安心して私の意識は眠りに落ちていった。
311Cryin':2012/05/05(土) 01:23:06.48 ID:WhWMbvE5
翌朝、仕事や電車の時間の都合もあるからと早くに春香の家を出る。
見送りに玄関まで出てきた春香に眠たげな様子は見えなかったのを少々意外に思ったが、
考えてみれば今から私が乗る電車にいつも乗っているのだから当たり前の事だった。

「次は事務所で会いましょう」
「うん」
そんな約束を交わして歩き出そうと背を向けた私の背中に、なんでもないように春香が声をかけてくる。
「そういえば、千早ちゃんは自分のプロデューサーさんとはそういうのは無いの?」
昨日色々と吐き出したからだろうか、随分と立ち直りが早いなと少し呆れながら自分の担当プロデューサーの顔を思い浮かべる。
そうして、
「少なくとも恋愛感情は無いわね」
と切り捨てた。けれど春香はまだ納得出来なさそうな顔をしていたのでもう少しだけ言葉を探して、
「うまくは言えないけど、私達の関係に名前をつけるのならそれは戦友とか相棒とか、そんな言葉が相応しいのだとと思う」
とだけ言って私は駅に向かって歩き出した。

来る時は何を話せばいいのか迷っていた道のりも、今は足取りが軽い。
朝靄の中、まだ人通りの少ない道を歩きながら想う。
きっと、私の姿が見えなくなったらまた春香は泣くのだろう。
そうやって泣いて、そして次に私達の前に現れる時はまたあの能天気な笑顔を見せてくれる。
その時が来るのはそう遠くない。そんな予感がある。

深く息を吸う。朝の清冽な空気が肺を通過して体の中を循環する。
周囲の迷惑にならない程度の控えめな音量で、いつしか私の声はハミングを奏でていた。

いつか、私もあんな風に誰かを強く想う時が来るのだろうか。
まだその時を心待ちに出来るほどではないけれど、いつかは私にもその時が来るのだと、その事実を認められる程度には自分も変わってきているのだろう。
765の皆と出会う前ならばそんなことはありえないと拒絶していたであろう事を素直に受け入れられる程度には。

どんな人間であっても、どんな形であっても人は変わっていく。
願わくば、その変化が良いものでありますように。
願わくば、その変化を良いものにする事が出来ますように。
ほんの少しだけ、ハミングを奏でる私の声が大きくなった。
312メグレス ◆gjBWM0nMpY :2012/05/05(土) 01:26:04.94 ID:WhWMbvE5
以上投下終了。今回のタイトルはJoe SatrianiのThe Extremist収録曲から。
眠たいので色々はまた後日という事で。それではこれにて一旦失礼。
313創る名無しに見る名無し:2012/05/10(木) 14:25:46.31 ID:7i/8Q/XH
で、次スレどうしましょう? テンプレを>>305の案にするのか、現行のままで良いのかとか。
314創る名無しに見る名無し
>>312
よいお話でした
千早に甘えたくなっちゃったんだな
無印のエピソードがベースなのにアニマスの二人が脳内で動いてたよ

>>313
んでわたくし305ですがまとめサイトにテンプレページ作ってみました。
ttp://www43.atwiki.jp/imassousaku/pages/272.html
(『・』がwiki記法になっちったりするので一部記号を変更)
306で言われたこと少し反映してみたりなど。どなたか投下をお考えでしたら
僕が立てるでも誰かが立ててくださるでも構わないと思いますので、ご意見
あればこっちかまとめサイトにどうぞ。